魔法少女リリカルなのは 〜オーロラ姫の凍りついた涙は誰のために〜 (わんたんめん)
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ANOTHER STORY WHITE REFLECTION

ようやくDVDにてなのはreflection借りてみたので息抜きがてらに初投稿です。

いわゆるアナザーストーリーって奴です。もし10年後ではなく2年後ってだけの


雪の降り積もる12月。将来『闇の書事件』と命名されるこの出来事。発端は特A級ロストロギアである夜天の書もとい闇の書が海鳴市に住んでいた少女、八神はやてを新たな主人と見立てて転移してきたことに始まる。

その主人であるはやてを闇の書の浸食機能という迫りくる死の運命から脱却すべく、主人を守るための機構である守護騎士、《ヴォルケンリッター》はわずかな可能性をかけ、闇の書のページを魔力で埋めるべく管理局員への襲撃を敢行。

 

やがて日々は流れ、高町なのは、フェイト・テスタロッサを始め、夜天の主人として覚醒したはやてと協力体制を結んだヴォルケンリッターたちの尽力により、闇の書を暴走させていた中心である『ナハトヴァール』は時空管理局・巡航L級8番艦、時空空間航行艦船アースラに搭載された『アルカンシェル』によって消滅された。

 

 

 

 

というのが、書類上の『闇の書事件』の顛末である。

 

 

 

 

だが、どんなものにも知られざる裏というのが存在してしまうようにこの事件にも一般に、それどころか管理局でもほとんどの人物には伝わることのない存在がいた。

 

 

「…………………」

 

1人の少女が日が沈みながらも変わらずに無限に広がっている夜空を見上げる。そこにはどこか期待のようなものが含まれていたが、程なくするとその目を伏せ、寂しそうな表情を見せていた。

 

 

「フェイトちゃん、大丈夫?」

 

自身を呼ぶ声に少女、フェイトはハッとした表情を見せるとその声のした方向に振り向いた。そこにはフェイトの親友であるなのはが心配そうな目をして彼女を見つめていた。

 

「…………うん、大丈夫」

「…………そっか。もう2年だもんね。」

「…………うん。」

 

声をかけてくれたなのはにフェイトは笑みを見せるが、あまりにも儚げなその笑みになのははフェイトの気がかりとなっている人間のことを察してしまう。

 

「あの人だったら、アミタさんの言っていたキリエって言う人をあの高速道路での戦いの時点で止められたのかな…………」

 

フェイトの語ったアミタとキリエという人名は2人揃って別惑星の人間であるのであった。

 

惑星エルトリア。それが彼女らフローリアン姉妹の生まれ故郷であった。姉であるアミタ………アミティア・フローリアン曰く、昔は緑豊かな惑星だったらしいが、年月が過ぎ去るうちに荒廃した大地が広がっていき、最終的には人は宇宙へと逃げ延び、そこは死の惑星に成り果ててしまった。その惑星の現状を憂いた姉妹の父親であるグランツ・フローリアンは自然の再生を試みるもその道半ばで危篤状態に陥ってしまった。

もちろん、フローリアン一家も父親の掲げた大きな目標に賛同していた。だが、肝心の父親が危篤状態ではどうしようもないと彼が倒れてからは介護を第一にしていた。妻であるエレノアと娘であるアミティアもそれが最善とーーーーー

 

だが、アミティアの妹であるキリエ・フローリアンだけは違った。

 

 

彼女は家族すら知らなかったキリエ曰く友人のーーーイリスという少女と共に海鳴市に転移すると、彼女の目的であるエルトリアの復興と父親延命に必要だとはやての持つ『闇の書』を奪い取ってしまったのだ。もちろん、なのはもフェイトも現場にいたが、キリエの纏っていたスーツの持つ解析した魔力を無効化するという反則じみた技術によりあえなく惨敗してしまう始末であった。

 

「多分…………できたと思う。あの人は魔力とか関係ないから…………」

「だが、いない人間を求めたとしても、どうしようもあるまい。今は為すべきことを為すだけのこと。」

 

なのはが悩ましげな表情を見せながらフェイトの言葉に頷いていると、その甘えのようなものを切り捨てるように烈火の将、赤紫色のポニーテールを揺らした女騎士、シグナムが語りかける。

 

「彼の力や在り方は確かに強大だ。どんなに過酷な状況でも、決して未来を捨てないその姿勢は、な。だが、彼は既にいない人間なのだ。」

「っても、アタシらだって全くそういうのを感じてねぇわけじゃねぇ。アイツもそうだし、初代リィンフォースがいてくれればって思うところはあるからな。」

 

甘えを切り捨てているような言葉を言い放つシグナムだが、反面彼女の隣にいる鉄槌の騎士、紅蓮のような髪色をした少女、ヴィータは得物であるグラーフアイゼンを肩に携えながら自分たちも決してなのはたちが感じていたような感情がないわけではないことを語る。

 

「永遠結晶エグザミア…………それを求めて、一体何をするつもりだ………?」

 

シグナムから語られるキリエの目的。それはアミティア曰く闇の書の奥底に眠っていたなんらかを封じ込めている結晶とのことだった。その結晶が闇の書事件の時にナハトヴァールと一緒に消滅せず海鳴市の海中に水没。時が過ぎ、なのはの親友であり、社長令嬢でもあるアリサ・バニングスの父親の会社がそこに水族館である『オールストンシー』を建設。エグザミアはそこに開発途中に発見された巨大結晶として展示されていた。

 

「今はわかりません。だけど、私はあのキリエって言う人と話し合う必要があると思うんです。」

「…………変んねぇな、お前は。」

 

なのはたちはそのエグザミアを護衛すべく、進路を遠目に見えるオールストンシーへと向ける。

 

 

あの事件から2年、ナハトヴァールが内蔵していた膨大な魔力により引き起こされた次元震に巻き込まれたヒイロは未だに帰ってこなかった。

なのはとフェイトと開いていた年齢ももはや片手で数えられるレベルまで少なくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーーイロ!!』

 

一方、ここは海鳴市を離れ、地球という星の領域すら脱している軌道上。ちらほらと漂っているスペースデブリの中で、明らかに人の形を成しているものが漂流していた。

それは見るものが見れば目を疑うものであるが、決して宇宙人などというちんけなものではない。

青と白ツートンカラーに覆われた装甲は何事もなく漂っている時点で宇宙空間における活動が可能であることを立証させ、頭部に付けられたブレードアンテナや緑色のツインアイがその存在を力強く主張する。

何より背部に見える二対四翼の巨大な翼はさながらその存在を天使を彷彿とさせるような生物、それでいて機械のようなロボットと、相反したものを想起させる。

 

 

XXXG-00W0 ウイングガンダムゼロ、『闇の書事件』の功労者であるその行方は搭乗者であるヒイロ・ユイと共にそこにいた。

 

「ッーーーーー」

 

何が耳元で叫ばれているような感覚にヒイロは思わず顰めた表情を浮かべながら気絶していた意識を覚醒させる。

まず目に飛び込んできた太陽からの光に思わず目を瞑るが、なんともない上に本来宇宙空間ではできないはずの呼吸が出来ることにヒイロはウイングゼロがひとまずこれといった損傷を受けていないことを察する。

 

『よ、良かった………生きていると言われたとはいえ流石にこの状況では心配だった……………』

「お前は一体誰だ?」

 

聞こえてくる声にヒイロが何者かと尋ねると、ポンッと飛び出すようにウイングゼロから光の球が吐き出される。その光の球が徐々に小さな人形を形どってゆき、ヒイロが見たことのある人物に姿を変える。

下ろされた白い雪のような髪に真紅の瞳、紛れもなくヒイロが闇の書の中に取り込まれに行った時に見かけた夜天の書の管制人格、リィンフォースだった。

 

「なぜウイングゼロの中にいる?」

『まぁそれもそうか………………』

 

 

そういうとリィンフォースはヒイロに自身がこのような形とはいえ生き延びた経緯を話し始める。

 

ぶっちゃけると30話と一緒だから、そっちを見てほしい。by作者

 

 

「アイツらの仕業か……………まぁいい。リィンフォース、お前は俺より先に目覚めていたようだったが、どこか通信とか取れていないのか?」

『すまないが、範囲には可能とした施設などはなかった。だがお前がナハトを破壊した時、近くにアースラがいたはずだ。それにもかかわらず気絶していたお前を回収しないとは考えにくいのだが…………』

「…………それもそうだな。」

 

リィンフォースからの指摘にヒイロは周囲を見回すも辺りにアースラのような反応はかけらも存在していなかった。アースラの艦長をしていたリンディの性格を鑑みても気絶したヒイロをほったらかしにするのはありえない。

 

『一応、予め言っておくとお前は次元震に巻き込まれている。もしかしたら現実世界との時間的なズレが生じているかもしれない。』

「……………辛うじて地球が目の前にあるだけ状況は比較的良好ということか。」

『まずは海鳴市に赴いてみるのがいいだろう。主人はやてもいるかもしれない。』

「了解した。まずはお前の言う通りに海鳴市に進路を向ける。」

 

リィンフォースの言葉に従って、ヒイロはウイングゼロの翼を広げると大きく羽ばたかせて地球へと向かう。

もちろん大気圏に突入すると圧力で赤熱化を始めるが、そこは主翼を前に持ってきて体前面を覆うことでやり過ごした。

 

「……………やはり予定コースからでは少し海鳴市から離れたところに降りる、か。」

『…………少し待ってほしい。』

「なんだ?」

 

大気圏との摩擦熱をやり過ごし、地球の成層圏に到達したヒイロはどんどん高度を下げていくが、その最中リィンフォースが声を上げる。

 

『距離が離れているからよくわからないのだが、魔力反応がある…………これは何人もの魔力が入り乱れているようだから…………戦闘が行われている?』

「場所はどこだ?」

『海鳴市の郊外といえば郊外だが…………』

「場所をゼロに転送しろ。すぐさま急行する。そこにはやて達もいるはずだ。」

『わかった。』

 

そういうとウイングゼロのレーダーにリィンフォースが感じた魔力の発生源が反映される。それを確認したヒイロはすぐさまウイングゼロの翼を広げ、現場へと急行する。

 

 

 

 

 

オールストンシーにやってきたなのは達だったが、直後にオールトンシーの海域に二つの巨大機動兵器が現れ、施設に向けて進撃を始める。それらの対処を行うなのは達を含めた管理局員だったが、その最中に星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)を名乗る少女が出現。なのはとフェイトがそれぞれの対処に追われる。絶大な魔力を有する2人を戦力から裂かれたとはいえ、守護騎士達を含めた管理局員は進撃を続ける巨大機動兵器に攻撃を仕掛けるも自動回復機能を搭載しているらしく、与えた損傷が瞬く間に修復されていき、決定打を与えられないでいた。

 

そしてそれはオールストンシーから少し離れた山中にももう一機いた。空を飛びかける機動要塞のような、竜のような外見した機動兵器を相手にしていたのははやてだ。そしてまるでなのはとフェイトの前に立ちはだかった殲滅者と襲撃者と同じようにはやての前にも闇統べる王(ロード・ディアーチェ)を名乗る少女がはやての前に立ちはだかる。二対一という劣勢の上、夜天の書が奪われ、あまり大規模な魔法の使用はできない彼女だが、なんとか大立ち回りを演じていた。だが、そこにいた機動兵器にも例外なく自動回復機能が搭載されており、時間が経てばたつほどはやてには辛くなる一方だった。

 

 

なのははともかくフェイトもはやても相手の想像以上の力量に苦戦を強いられる。それもそのはず、フェイトとはやては揃って自身の相棒であるデバイスを手にしていなかった。はやては言わずもなが夜天の書を、フェイトはバルディッシュを調整に回していたが、それに時間がかかり未だその手に相棒の姿はなかった。

なのはのレイジングハートはなんとか改造が間に合い、その手にはあったが、彼女が相手にしているシュテルも必然か偶然かはさておき、なのはと同じように砲撃魔法の使い手であり、施設に影響が行かないように相殺させるのに躍起になっていた。

 

たった六つほどの勢力が合わさっただけの集団にそれぞれの特異な能力に振り回され、管理局は完全に後手に回っていた。

 

この状況を打開したい、オールストンシーにいる局員のだれもがそう願ったその瞬間ーーーーーー

 

 

『この通信が届いている全ての魔導士に告げる。すぐさま施設の敷地内、および付近にいる大型機動兵器から離れろ。死にたくなければな。』

 

突然割り込んできた通信、一方的に要件を伝えるだけ伝え、すぐにそれは切れる。その場にいた管理局員は横暴にも等しいその通信に困惑の一色を揃って浮かべている。

 

だがーーーーーー

 

「ちょ、ちょっと待って!?今の通信………!!」

「はは…………まさに福音とはこのことか…………だがすまないが、シャマル、彼に連絡を。ここは我々だけでなんとかなるとな。」

 

人形の巨大兵器を相手取っていたシャマルとシグナムは驚愕と歓喜が入り混じった表情を浮かべる。

 

「おいおいおいおいおい!?この2年間、どこで何してやがったんだよ!?つぅーかここにあのとんでもをぶちこむつもりかよ、アイツ!!」

「ヴィータ、ここは敢えて機動兵器に張り付くべきだ。ここで撃たせてしまえば、施設どころの話ではなくなるからな。」

「ああもう!!一歩間違えればこっちの信用問題だっつうのによぉ!!」

 

突然のその警告に癇癪を上げ、喚き立てるヴィータだが、不思議とその表情には怒りのようなものはなく、嬉しそうにしながらザフィーラの言葉に従うと、敢えて機動兵器に張り付き、攻撃の手を加えていく。

 

 

 

 

 

オールトンシーのはるか上空3000メートル付近に純白の翼を羽ばたかせたウイングゼロが浮遊していた。

魔力反応のした地点にやってきたヒイロ。その場にやってきてもそれらしいものは見えなかったため、眼下に広がる風景を拡大させて見ているうちに沿岸に作られた施設になんらかの巨大機動兵器が襲撃している光景が映し出される。

それと同時になのはやフェイト、そしてその施設から離れた場所にはやての姿を確認したが、他の管理局員に動きに引っかかりを感じたヒイロはその様子を静観することにした。

しばらくして管理局員の動きが施設自体の防衛を目的としていることを見抜いたヒイロはすぐさま主翼に懸架されてあるバスターライフルを連結させ、ツインバスターライフルとして構えた。

 

「この通信が届いている全ての魔導士に告げる。すぐさま施設の敷地内、および付近にいる大型機動兵器から離れろ。死にたくなければな」

 

『まさか、お前が警告を発するとはな。』

「…………邪魔だっただけだ。他意はない。」

 

意外そうなリィンフォースの言葉にそれだけ答えるとヒイロはツインバスターライフルの標準を定める。狙いはーーーー一番佳境に立たされているはやての側にいる竜のような外見をした大型機動兵器だ。

 

『あ、あの!!ほんとにヒイロ君なの!?』

 

今まさに、ツインバスターライフルのトリガーを引こうとしたすんでのところでシャマルが焦ったような声を上げながら通信をよこしてくる。

 

「シャマルか。ちょうどいい。あの巨大な機動兵器についての詳細を教えろ。闇の書関連のものか?」

『ちょうどいいって…………でもそんなこと言っている間じゃないわね。今の警告、ヒイロ君、あなたあのとんでもない出力を持っている大型ライフルを使うつもりでしょ。』

「そうだが。」

『端的にいうとあの兵器には自動再生機能を搭載しているの。だから内部にあるコアを破壊しないと機能停止させることは難しいわ。』

 

シャマルから巨大機動兵器の概要が伝えられると同時にウイングゼロに巨大機動兵器の解析データが送られる。

 

「この程度であれば、ウイングゼロの火力でコアごと破壊できるが。」

『もう一つ注意してほしいのはその火力よ。貴方の視界から見えているでしょうけど、管理局員はこの施設の防衛に専念している。それはここの施設を作ったのが、アリサちゃんのお父さんの会社が作った施設なの。』

「アリサ・バニングスのか?妙に施設の防衛に動いている奴が多いと思っていたが………」

『その会社に地球での活動を支援してもらっている管理局側としては、その施設を破壊されるのは立場上好ましくないの………だから、援護してくれるのはありがたいけど、私たちで、なんとかするわ。』

「……………了解した。それと施設から離れたところにもう一機、はやて単体で応戦している。」

『ええ、流石に夜天の書が奪われてしまったはやてちゃんだけだと厳しいものがあるから…………』

『夜天の書が奪われた!?どういうことなんだ!?』

 

シャマルがはやての夜天の書が奪われたと話したことが信じられなかったのか、思わずリィンフォースが身を乗り出すような勢いで声を張り上げる。当然その声がシャマルに届いてしまっているわけでーーーーー

 

『え…………今の声、リィンフォース………貴方なの?』

 

当然聞かれてしまうわけだ。やってしまったと頭を抱えるリィンフォースだが、やがて観念したようになる。

 

『…………ああ。私もヒイロ・ユイと共に生きている。』

『あらあら……………へぇ……………そうなのねぇ…………?』

 

明らかに様子の変わったシャマル。口調こそ嬉しそうだが、含まれているものにそのようなものが一切ないように感じられる声色にリィンフォースは思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「……………そういうのは後にしろ。」

『…………ええ、そうね。はやてちゃんのこと、お願いするわね。』

 

幾ばくかの間があったが、ヒイロの言葉に引き下がる形でシャマルは通信画面を切った。

 

 

「ターゲットロックオン。直ちに破壊する。」

 

ロックオンが完了した音と同時にヒイロはツインバスターライフルのトリガーを引いた。

 

 

「なのは!!砲撃の余波は僕が受け止める!!それと…………あのデカブツはあの人がやってくれる!!全力全開、いつも通りぶっ放して!!」

「ッ……………うん!!!!」

 

シュテルとなのはがお互いと砲撃魔法を向けあっていた最中に届いた通信、その相手を察したなのはは涙を浮かべるが、今はそのような状況ではないと涙をふるい落とすと自身の相棒であるレイジングハートを握りしめる。

 

「…………………ねぇ、バルディッシュ?」

『なんでしょうか?Sir』

「今の警告…………嘘じゃないよね?」

『嘘だとすれば、出来過ぎです。主に声が、ですが。』

「そうだよね…………うん、そうだよね……………!!」

 

帰ってきたバルディッシュを握った手を眼前に持ってゆき、祈るのような姿勢を取ったフェイトはバルディッシュを展開し、その手に雷光が迸る戦斧を握りしめる。

 

()()()の前で…………負けられない…………何よりあの人の前で!!」

 

 

 

「今の声…………忘れるはずもない…………!!」

「小鴉め…………今のは貴様の仲間か!!」

 

新手が現れたことを察し、険しい表情を浮かべながらはやてを子鴉と詐称しながら問い質すディアーチェにはやては急接近し、自身が手にするシュベルトクロイツでブーストチャージを仕掛ける。突然の近接戦闘に移行したはやてにディアーチェは対応が一歩遅れ、防御用の魔法陣を展開するも、そのまま引き摺られるように突進に巻き込まれていく。

 

「仲間は、仲間でも…………わたしの命を救ってくれた、私だけのヒーローや。」

 

ディアーチェの闇のような魔法陣の向こう側でニヒルな笑みを浮かべるはやてにイラついたディアーチェが何か行動を起こそうとした瞬間、はやてがディアーチェに突進を仕掛けたことにより離れたところにいた竜型の巨大兵器が突如として極太の山吹色の閃光に呑み込まれ、さながら神罰のように思えたその一撃が鳴りを潜めたころにはその機動兵器は跡形の一片もなく、消滅していた。

 

 

 

 




続きは…………当分先かな……………(白目)

ちなみにウイングゼロの損傷はないです。ダメージこそはあるにはあるけど目に見えるほどじゃない


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第1話 凍りついた流星

はい、はじめましての人ははじめまして。
わんたんめんです。
タグでもお分かりかと思いますが、ガンダムWとリリカルなのはとクロスです。さらにヒイロはフロティア前で『前奏曲』のインプットもないため、今回、これまでの記憶を全て失っています。
そのことを留意しつつあったかい目で読んで頂けると幸いです。
あと私による勘違いも多々あると思います。
そこら辺もよろしくお願いしますm(._.)m


A.C196年 クリスマス・イヴ

 

 

地球圏統一国家と武装組織『ホワイトファング』による地球の未来を掛けた戦争『EVE WAR』からちょうど一年、誰もが平和への道を進んでいた中、トレーズ・クシュリナーダの娘を語るマリーメイア・クシュリナーダが地球圏統一国家に対して、宣戦布告を行った。

歴史ではこれを『バートンの反乱』と呼んだ。

なぜ『バートン』の名が付けられたのかはマリーメイアはあくまで傀儡でしかなく、事件の首謀者はバートン財団の盟主であった『デキム・バートン』であったからだ。

しかし、反乱の勢いは凄まじく彼らによって統一国家の大統領府まで制圧されてしまう始末であった。

なぜここまで後手に回ってしまったのかを敢えて弁護するのであれば、人々が平和に慣れてしまっていたからであろう。

だが、いつの時代にも目の前の現実に対して、立ち上がる者たちがいた。

目的はただ一つ、『平和』を、これ以上自分たちのような兵士を生み出させないためーー

人は、そのために立ち上がった少年たちの乗るモビルスーツをこう呼称した。

 

『ガンダム』とーーー

 

 

 

『バートンの反乱』から年月は流れ、人々の注目はある惑星へと注がれていた。

地球からもっとも近い惑星、大気のほとんどが二酸化炭素で構成されている『火星』である。

だが、その火星も増えすぎた人口の捌け口とされ、テラフォーミング化された結果、限定的ながらも人が住める土地と化していた。

そして、時はM.C(マーズ・センチュリー)0022 SUMMER

 

物語はイレギュラーをもって開幕を告げる。

 

人口冬眠装置である『星の王子様』と『オーロラ姫』のうち、突如として、『オーロラ姫』が行方不明となった。当然、捜索が行われたが、『オーロラ姫』の行方どころか持ち出した方法さえも不明という有様であった。

そして、誰もが口にする。魔法だ、魔法でしかこの異常現象の説明がつかない、と。

 

 

 

 

「・・・・・これ、本当になんなのかしら?」

「エイミィの調査だと、人工的に人を休眠、いや冬眠させるものと言っていましたけど・・・。」

 

艶やかな濃い緑色の髪をたなびかせているのは時空管理局所属戦艦『アースラ』艦長、『リンディ・ハラオウン』である。そして、その隣にいる黒髪の少年の名は『クロノ・ハラオウン』、弱冠14才という顔つきにまだ幼さが残っている年齢でありながらも時空管理局の執務官という高い役職に就いている秀才である。ちなみに苗字から察すると思うが、先に紹介したリンディ・ハラオウンの息子である。

 

「それは分かっているわ。でも、これを作った意味がよくわからないのよ。」

 

その親子が目の前に相対しているのは一つの機械、いや芸術品といっても過言ではないような美術的な装飾がなされた一つのカプセルであった。全長3メートル以上の巨体を誇るそのカプセルは美しい顔を持ち、そして天使を思わせるような純白の翼に包まれている。さながら中にある人物が天使から寵愛を受けている、と錯覚してしまうような荘厳な様子であった。

その冬眠装置の形状は涙の雫のようであった。さらにあたりに感じる冷気も相まってその装置は凍りついた涙の雫(フローズン・ティアドロップ)、と形容できそうであった。

 

「仮にこれがエイミィの調査通り、人工的な冬眠装置だとすれば、こんなにも煌びやかな装飾はいるかしら?もっと機械的になるのが当然と思わない?」

 

リンディの問いかけにクロノは顎に手を乗せながら思案に入った。

確かにそれもそうだ。ただの冬眠装置であればこんなにも美しいと感じてしまうような装飾はいらないはずだ。

ではなぜこんなにも煌びやかな飾りが必要なのだ?

 

「・・・・もしかして、かなり力のあるものを封じ込めている、謂わばオリという可能性もあるんでしょうか?」

「・・・・それもあるわね。昔から権力や単純な力を持つものは死後もなんらかの形で自分の力を指し示すものを残しているのは歴史が証明している。自分を冷凍睡眠させて、延命をするというのはよくあることだわ。可能性として、ないわけではないわね。」

「・・・・では、どうします?エイミィから解凍プログラム自体の解読は済んでいる報告は上がっています。」

 

実の息子からの提案にリンディは瞳を閉じて、考える。

 

(・・・・今はまだプレシア・テスタロッサの件が済んだわけではないわ。コレも無関係って断じるのは早すぎるわ。このカプセルに入っているのが、話の通じる相手かどうかはわからない。だけど、変に放置して、厄介ごとになってくるのは避けたい。)

 

ここで開くリスクと放置したさいに起こるもしかしたらの可能性。

二つのリスクが彼女の天秤にかけられる。

彼女が選んだのはーー

 

「クロノ、アースラにいる魔導師に召集をかけて。それとエイミィにも伝えて、解凍すると。」

「・・・わかりました。」

 

クロノはリンディからの指令を伝えるために管制室へと向かった。

一人残されたリンディはポツリと呟いた。

 

「・・・・さて、この判断が吉と出るか凶と出るか・・・・。」

 

 

 

 

程なくして例のカプセルが保管されてある部屋にアースラにいる全職員が集結する。

彼ら、または彼女らはバリアジャケットと呼ばれる魔力から身を守る戦闘服を身につけ、目の前の代物に視線を集中させる。

 

「これから例のカプセルの解凍を行います。サイズから鑑みるに出てくるのは人間だとは思うけど、まだプレシア・テスタロッサの件が終わってから間もないし、状況が沈静化したわけではありません。各員は油断はしないように。」

 

リンディの言葉にアースラの乗組員は気の張った表情をしながら大きく頷くことで応える。

その様子に少しばかり笑みを浮かべた彼女はコンソールについている管制官である『エイミィ・リミエッタ』に指示を飛ばす。

 

「エイミィ、解凍を始めて。各職員はバインドの準備を。」

 

リンディからの指示にエイミィはコンソールに解凍プログラムを始動させるためのパスワードの打ち込みを始める。

 

(何かの年号と季節なんだろうけど・・・・。どこの世界のものだろう?)

 

エイミィはパスワードの感じから、どこかの年号と季節であることは察することはできた。しかし、見たことも、聞いたこともなかったものだったため、それ以上の詮索はできなかった。

コンソールにパスワードを打ち込むと冷凍カプセルの様子に変動が起こった。

カプセルを包んでいた天使を彷彿とさせていた大きな翼が広がっていく。

冷気が室温に溶けていくと同時にカプセルには結露により水滴が生まれ、室内の照明に反射して、光を放っていた。

水滴は自身の重みで流れ落ちていき、カプセルの中が望めるようになっていった。

冷凍カプセルの中に入っていたのは、まだ20にも満たない少年であった。

その事実にいち早く気づき、声をあげれたのはーー

 

「っ・・・・!?子供・・・!?」

 

リンディであった。自身の子供と然程変わらない少年が中に入っていることに気づいた瞬間飛び出た言葉に職員に動揺が走った。よもや、大の大人が出てくるならまだしも、子供が入っているとは彼らも露にも思わなかったからだ。

やがて、少年を覆っていたカプセルが開かられる。

 

「救護班!!急いでっ!!」

 

リンディは一応側につけていた救護班を呼び寄せる。理由は冷凍睡眠をされた人間は筋力が低下して、しばらく立つことができないからだ。そういった自身の経験も兼ねた指示であった。

しかし、少年はカプセルから出ると()()()()()()()()()()()()()()()

その事実はリンディはおろか、クロノでさえ驚愕の表情に染まった。

ありえないからだ。冷凍睡眠から解放された人間がすぐさま立てるほどの筋力があるというのは前代未聞に他ならなかったからだ。

 

(もしかしたら、開けてはいけない箱を開けちゃったのかしら・・・?)

 

リンディの頭の中にそんな考えさえよぎってしまうほど異様な雰囲気に包まれていた。

そして、その少年の閉じられていた瞳が開けられる。

 

「・・・・・・・?」

 

彼はリンディたちの様子を見るとあどけない瞳をしながら首を傾げた。

その目に敵意などはなかった。むしろあるのは、純粋、そして疑問。そんな感じだった。

さながらその目はまだ生まれて間もない赤ん坊のようなものであった。

 

「・・・・敵、ではないのか?」

 

クロノがそうポツリと呟いた。

見たところ少年は特にこれといった行動は起こしていない。

だが、まだ何が起こるかは分からなかったため、職員は警戒心を強めながら状況を見守っていた。

誰もが膠着した状況が続くかと思われたその時、徐に前と歩を進める人物がいた。

 

「えっ!?か、母さ・・艦長っ!?」

 

母さんと呼びかけたのはクロノだ。であれば必然的にその人物は絞られる。

アースラの艦長であるリンディその人だ。

彼女には一種の直感があった。それは母親としての勘であった。

 

(もしかすれば、彼はーーー)

 

一抹の不安を交えながらも彼女は少年の前まで歩みを進めた。

少年はリンディの顔をじっと見つめていた。

その様子に彼女は微笑んだ。その表情は母親のような慈愛を持ち合わせたものであった。

目線の高さを少年まで合わせると、彼女は手を差し伸べた。

 

「少し、来てくれないかしら?君のお話を聞かせてくれる?」

 

優しげな声色であった。さながら彼女自身の子供に語りかけるような声に少年はーー

 

「・・・・・・。」

 

無言であったが徐々に手が伸び始める。そして、少年の手がリンディの手に、乗せられた。

 

「うん。いい子いい子。」

 

少年の手を優しく包むように握ると、職員に視線を向ける。

職員たちの表情は皆驚きに包まれていた。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

我が子の問いにリンディは無言で頷く。そして、職員に向けていた視線を救護班に向けた。

 

「医務室を空けてくれないかしら?多分、この子、記憶がないんだと思うわ。最悪、幼児退行も併発している。」

「わ、わかりました。」

 

リンディからの指示に救護班は室内から出ていった。

 

「職員のみんなは警戒を解いて構わないわ。この子は私が受け持つから。」

 

その言葉に職員に表情は心配するものに変わった。

職員の様子を見かねたリンディは指示を飛ばす。

 

「なら、クロノ。付いてきてくれるかしら?必要以上に集めちゃうとこの子が警戒しちゃうから。」

「・・・わかりました。」

 

リンディは少年と我が子を引き連れて、医務室へと向かった。

まだ少年の正体を知る者は一人もいない。少年の首に下げられてあった翼に包まれた剣のペンダントが光ったように見えたのも誰も気づくこともなかった。



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第2話 記憶を無くした少年

しばらくヒイロは一切喋らない話が続きますな・・・・


「うーん。症状が思ってた以上に深刻ね・・・・。」

 

少年を医務室に連れてきたあとクロノと必要最低限の職員を残して、退室させた後、いくつかの質問を少年に行なった。

しかし、少年の答えは無反応であった。否、反応自体はしてくれるのだが、まるでこちらの質問の意味が分からないと言うように首を傾げるだけであった。

自身の年齢や自分が何者かさえ答えることができない有様にクロノは思わずリンディに質問をした。

 

「彼、記憶を何もかも無くしているんでしょうか?」

「そう考えるのが妥当かしらね。おそらく解凍した際に脳の海馬部分に異常が発生して、事実上の赤ん坊状態になってしまったのね。」

 

リンディの言葉にクロノは表情を暗くした。なぜなら、その少年の記憶を奪ったのは、他ならぬ自分たちだからだ。まだ事件の収束が済んでいないから、関連性があるかもというもしものかのうせいを疑って、彼を目覚めさせた。

だが、結果としては関連性を掴むどころか、一人の少年の記憶を奪ってしまった。

 

「・・・・貴方が気にすることはないのよ。指示を下したのは、私なんだから。責任は私にあるわ。」

 

そんなクロノにリンディは優しく諭し、彼の頭に手を乗せる。

クロノはそのことが恥ずかしかったのか、顔を薄く赤らめながらリンディから距離を取った。

 

「や、やめてください!」

 

その様子も愛らしく感じるのは母親としての心なのかしらね、とリンディは軽く微笑んでいた。

 

「さて、本格的にこの子をどうするか、ね。」

「・・・・グレアム提督に預けてみますか?ロッテとアリアに何されるかわかりませんが。」

 

ギル・グレアム。時空管理局の顧問官を務めており、リンディの夫であり、今は亡き『クライド・ハラオウン』の上司に当たるベテランの重鎮である。

クロノの執務官試験の時の監督も務めていた老人である。

ちなみにクロノの言う、ロッテとアリアとはグレアムの使い魔である『リーゼロッテ』と『リーゼアリア』のことである。

彼女らはグレアムの使い魔として彼に連れ添っている。

そのコンビの強さは管理局随一と言われている程である。

なお、リーゼアリアはクロノの挌闘技の師匠である。

 

「そうねぇ・・・。一応、保護したっていう名目で預けてみるのもいいわね・・・。まだフェイトちゃんの裁判も済んでいないし・・・・。」

 

フェイト・テスタロッサ。プレシア・テスタロッサが引き起こした後に『P.T事件』と称されるようになる事件において、保護した少女である。テスタロッサの姓を名乗っている以上、プレシアとの関係性が疑われるが、彼女はプレシアの実の娘であった『アリシア・テスタロッサ』のクローンであり、彼女とプレシアの間に血縁関係自体は存在しない。

彼女は現在事件に関与したとして、裁判が行われているが、彼女自身の意思によるものでなかったのは明らかなため、事実上の無罪は確定している。

しかし、無罪が確定しているとはいえ裁判である以上、時間がかかるためその少女はアースラの艦内にいる。

 

そして、リンディの視線は少年の首に下がっているネックレスに注がれていた。

そのネックレスはとても簡素な造りに翼に抱かれた剣のアクセサリーが付いていた。

おそらく察するに管理局の魔導師たちが持っているデバイスという可能性が高い。

 

(ねぇ、クロノ。彼の首にぶら下がっているネックレス。どう思う?)

 

リンディはクロノに対して念話で語りかける。

 

(おそらく、デバイスだと思いますけど・・・。)

 

クロノからの返答は自身が思っていたことと同じものであった。

リンディは少しばかり意を決した表情をしながら少年に語りかける。

 

「ねぇ、君の下げているそのネックレス。見せてもらってもいいかしら?」

 

リンディのなかなか踏み入った質問にクロノや職員で緊張が走った。

渦中の少年は最初こそ疑問げだったが、少しするとリンディの伝えたいことが伝わったらしく、首にかけていたネックレスをリンディの目の前に差し出した。

 

「ありがとう。」

 

少年にそうお礼を述べると、少年の手からネックレスを受け取る。

 

(うーん、やっぱり悪い子ではないのかしら・・・?)

 

一見するとこの少年はとても素直に見える。だが、それは記憶を失っているからであり、本当の彼はまるで違う人間ということもありえる。

 

(・・・・やっぱり、話せないって言うのが一番ネックね・・・・。少しでも口を開いてくれれば、こっちとしても彼の性格を把握できるんだけど・・・。)

 

視線を向けるも当の少年の反応は軽く首を傾げるだけであった。

思わず軽い笑みを浮かべると少年もまるでおうむ返しのように笑顔を浮かべた。

その事が少年が自身の記憶を何もかも無くし、赤ん坊に戻ってしまっていることを否応がなしに認識させられる。

リンディが少年の処遇について考えに耽っているとーー

 

「・・・・うっ・・・・。」

 

思わずリンディ、クロノの両名はおろか、その場にいた職員でさえ目を見開いた。

今、たしかに喋れないと思っていた目の前の少年が口を開いて、声を発したのだ。

リンディは一瞬、少年が話せるかもしれない、そう思ったがーー

 

「・・・・うー、あー・・・」

 

およそ言葉とは言えない声を発した後、少年はむせてしまった。

多分、冷凍睡眠されていたことで長らく使っていなかったのと記憶が吹き飛んでいるのもあって喉を震わすことにまだ慣れていないのだろう。

 

「む、無理しなくて大丈夫だからね・・・?」

 

若干、肩透かしを食らった気分だったが、リンディは少年に気遣いの言葉をかける。

クロノも手がかかりそうだと言った表情を浮かべながらも柔らかそうな笑みを浮かべていた。

 

 

「それでは私たちは一度、管制室に戻ります。彼に何かあったら直ぐに報告を。」

「了解しました。」

 

職員にそう伝えたあと、リンディとクロノは少年を残して、医務室をあとにした。

アースラ艦内の廊下で二人の歩く音だけが響く。

 

「あの子、やっぱり悪人、ではないのかしら。」

「彼の佇まいを見る限り、今のところはそう判断はできます。ですが、それはあくまで彼の記憶がないだけ。もしひょんなことで記憶を取り戻した時、あのままの彼であるとは・・・。」

「・・・・そうよね。それに、彼が持っていたデバイスも気になるし・・・。」

 

リンディの手の上には少年から預かったデバイスと思われるネックレスは照明の光を反射して、光輝いていた。

 

 

 

 

 

 

『・・・・なるほど、あの冷凍睡眠カプセルの中には少年が入っていたのか。』

「はい。ですが、解凍を行った際に記憶を失ってしまったようです。おそらく海馬に異常が発生したためだと思われますが・・・。」

『記憶喪失の度合いはどれほどかね?」

「その子は・・・。かなり重度の記憶喪失を起こしています。それこそ、精神状態が赤ん坊のそれまで戻ってしまっているほど・・・・。」

 

管制室にやってきたリンディとモニターを介して会話をしているのは青白い髭を生やした初老の老人であった。

その人物は時空管理局における重鎮、ギル・グレアムその人である。

リンディは彼に対して、少年のことに関して、予めの報告は行なっていた。

彼はリンディからの報告を聞くと少々難しい表情を浮かべた。

 

『ふむ、それで今その子はどうしているのかね?』

「現在は医務室で監視を行っています。比較的、パニック症状などを起こしている訳ではないので問題はないかと思われますが・・・。」

『意思疎通はできているのかな?』

「ええ。なんとかこちらの話していることに理解は示してくれているようです。」

 

リンディの報告に対し、グレアムは少々考え込む仕草をした。

 

『確かアースラの定期メンテナンスはそろそろだったかい?その時にその子を預かろう。いつまでも置いておく訳にはいくまい。』

 

グレアムからの思ってもいなかった提案にリンディは驚いた表情を浮かべる。

 

「よ、よろしいんですか?」

『何、君が気にすることはない。デスクワークもいかんせん、暇な時が多いのでな。』

「提督がそれでよろしいのでしたらいいのですけど・・・。」

『・・・しかし、今回、君には中々酷なことをさせてしまったな。』

「・・・大丈夫です。提督が気にすることはありませんから。」

 

リンディの言葉にグレアムは柔らかな笑みを浮かべた。

 

『では定期メンテナンスの時にまた会おう。』

「はっ!!了解しました!」

 

リンディがグレアムに敬礼をすると、モニターの映像が閉じ、通信が終了する。

 

「まさか、提督がこちらから切り出す前におっしゃっていただけるとは・・・。」

「ええ・・・。でも、アースラ自体のメンテナンスはまだ先だし・・・・。あの子の経過次第で、艦内を出歩かせてみるのもいいかしら?」

「いやいやいや、母さん。それは不味いって・・・・。」

 

リンディの発言に思わず一執務官としてではなく、彼女の息子としての口調が出てしまうほどに狼狽した様子を見せたクロノを彼女は軽く笑みを浮かべる。

 

 

「・・・・・・・・。」

 

で、その件の少年、もとい、ヒイロ・ユイは医務室の外に出ていた。

監視していた職員はヒイロがあまりにも何もしなさすぎて、退屈のあまり居眠りをしていた。その間に彼は医務室から退室した。

その職員に咎はない、と思いたい。

ヒイロはその胸に抱いちゃった好奇心の赴くままにアースラ艦内をほっつき歩こうとしていた。

 

「あの・・・・見かけない方ですけど、どなたですか?」

 

声がかけられたが、そんなことは露知らず、ヒイロは御構い無しにそのまま歩を進める。

 

「あ・・・あれ?き、聞こえてないのかな・・・?あ、あのっ!!」

 

そこでようやく自分に声がかけられていると感じたのか、ヒイロは振り向いた。

振り向いた先にいたのはキラキラと輝いてみえる金髪の髪をピンク色のリボンでツインテールでまとめた少女がいた。

その少女の名前はフェイト・テスタロッサ。

 

物語の歯車に本来ありえないはずの歯車が組み合わさった結果、物語は僅かにその動きを変えた。

それに気づくものは誰一人として知りうることはない。

 

 



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第3話 始動する異質な歯車

(・・・・どうしよう、こっちから話しかけちゃったから何か話題を出すべきなんだろうけど・・・。)

 

フェイトは少々気まずそうに視線を目の前の男性(ヒイロ)に向ける。

しかし、当のヒイロはまだ話すことは叶わないためフェイトに視線を合わせ、首をキョトンと傾げるだけで、だんまりを貫いたままだ。

しばらくお互いの間で沈黙が走る。

 

(き・・・・気まずい・・・・。というより、お願いします。そのあどけない瞳をやめてください・・・。話しかけた私の身がもたないからぁ・・・・。)

 

あまりにも無言な間が多かったため、フェイトが精神的にその場にいられなくなりそうになったその時ーー

 

「んー?フェイトー?何やってんの?」

「あ、アルフっ!!」

 

救いの手が舞い降りた。声のした方向へ振り向くと彼女がとてもよく見知った人物、というより使い魔がいた。オレンジ色の髪におよそ人間にあるはずのない獣耳と尻尾を有しているその使い魔の名前は『アルフ』

彼女はフェイトとの付き合いはとても長く、主従を超えて、その繋がりはパートナーや姉妹と言える域まで達しており、ある意味、フェイトの家族であった。

アルフは嬉しそうなフェイトの表情を見て、満足感に満ち溢れるが、彼女が嬉しそうな表情をするのはあまりない。おそらくその前に何かあったはずだろう。そう思ったアルフは視線の先に見知らぬ男がいることに少なからず嫌悪感を抱いた。

 

「アンタ、フェイトに何かしでかそうとしてたんじゃないだろうね。」

 

睨みを効かせた視線でその男であるヒイロを見つめるが、ヒイロは特に意にもかさないと言った様子でその場を後にしようとする。思わずアルフは追いかけようとしたがーー

 

「ア、アルフ、あの人に最初に話しかけたのは私の方なんだから、そんなに睨んじゃダメだよ・・・。」

「え、そうなの?」

 

自分のご主人であるフェイトから静止の声がかかる。その言葉にアルフは踏みとどまって、伸ばそうとしていた手を引っ込めた。

踏みとどまったアルフに対して、フェイトは再度、何処かあてもなく彷徨うように歩いているヒイロの後ろに再び立った。

 

「フェイト、大丈夫なの?」

「うん。まずは、話してみないと分からないから。」

 

長年連れ添っているのもあってアルフは彼女が何をしようとしているのかを察して、心配そうな視線で見つめた。

フェイトはアルフのその視線に笑顔で答えると、ヒイロに向かって声をかける。

 

「あの!!」

 

ヒイロは今度は自分のことだと分かったのかフェイトの呼びかけに対して、一回で振り向いた。

 

「私は、フェイト。フェイト・テスタロッサです。あなたの名前を教えてくれませんか?」

 

かつて自分に対して、名を聞いてきた自分の友達のように彼の名前を聞く。

 

もっとも、今のヒイロは名前はおろか、自身の記憶が全て吹っ飛んでるので答えようがないのだが。

 

そんなことは露知らず、フェイトもヒイロの口が開くのを待ってしまっているため、お互いの間でどうしようもない沈黙が続く。

その沈黙を打ち破ったのはーー

 

「あら?貴方、もう医務室から出ているのね。」

「リ、リンディ提督っ!?」

 

様子を見にきたリンディであった。予想外の人物の登場にフェイトは少々上ずった声をあげる。

 

「フェイトもいるのね。ちょうど良かったわ。」

 

リンディはそういうとフェイトとアルフにヒイロのことの説明を始めた。

 

「記憶が、一切ないんですか・・・?」

「ええ、そうね。この前、たまたま見つけた冷凍睡眠カプセルの話があったでしょう?それの解凍を行った結果、この子が出てきたんだけど、記憶が一切ないのよ。事実上の赤ん坊状態ね。それにだいぶ冷凍されている期間が長かったのか、喉の機能もまだ十全なくて、話すことができないのよ。」

「しっかし、フェイトよりは年上のようだけど、まだ子供だろ?ソイツを冷凍睡眠させた奴の意図が知れないね。」

 

リンディからそのことを聞いたフェイトは少しばかり申し訳ない気持ちに苛まれた。

 

「わ、私、事情を何も知らないで名前を聞き出そうとしてました・・・・。」

「あー、うん。それはしょうがないと思うわ。事情を知らなければそうなっちゃうのも致し方ないわね。」

 

リンディからフォローの言葉を向けるとフェイトは視線をヒイロに向ける。

 

「あの・・事情を何も知らずにお名前を聞こうとしてしまってごめんなさい。」

 

そう言って、軽く頭を下げるフェイトに対して、ヒイロの反応は、彼女の頭に手を乗せることであった。

軽く彼女の金髪を触るように撫でるとほんの少しだけ表情を緩めた。

 

「気にしていないそうよ。」

 

リンディがヒイロの気持ちを代弁するように伝えるとヒイロはフェイトの頭から手を離した。

フェイトも顔をあげるが、表情には若干恥ずかしいものがあったのか軽く赤らめていた。

 

「何というか、感情まで吹っ飛んだ訳じゃあないみたいだね。」

「そうらしいわね。」

 

その様子を微笑ましそうに見つめる保護者枠の二人なのであった。

 

 

「それじゃあ、行ってきます。」

「ええ、行ってらっしゃい。」

 

手を振るフェイトにリンディが振り返す。

今、アースラはフェイトの裁判のために一度次元世界の第1世界であるミッドチルダの周辺次元まで来た。

実際にミッドチルダまで行くのはフェイト、アルフ、そして、弁護として付いていくクロノとユーノ・スクライアという少年であった。

リンディとヒイロは見送りとして、彼女たちが使う転送ゲートの側にいた。

ヒイロは見送りとしてはその場に立っているだけだったがーー

 

「フェイトは貴方にも手を振っているのよ。振り返してあげたら?」

 

リンディにそう言われ、彼女の真似をするような形でフェイトに向けて軽く手を振った。

やがて、転送ゲートから光が溢れるとそこにフェイト達の姿はなかった。

 

「あとは待つだけ、かしらね。」

「あ、提督、ちょうどいいので報告もしていいですか?」

 

軽く息を吐いたリンディにエイミィが声をかけた。

 

「どうかしたの?」

「えっとですね。この子のデバイスの件なんですけど・・・。」

 

リンディが内容を尋ねるがエイミィの声は少々言いずらそうにしていた。

少しゴマゴマした様子を見せたエイミィに疑問気な表情を浮かべる彼女だったが、程なくしてその報告を口にする。

 

「こちらでかなり調査はしたのですが、プロテクトが硬すぎて、大した成果が得られなかったんです。まるで調べられるのをデバイス自身が拒否しているみたいだったんです。」

「・・・それで、わかったことはあったの?」

 

リンディがそう促すとエイミィは説明を続けながらコンソールパネルを操作する。

 

「はい。ですが、本当に微々たるものです。わかったのがこのデバイスの名前くらいで・・・。」

 

エイミィの操作でモニターにある名前が映し出される。

その名前はーー

 

 

『XXXG-00W0 Wing Gundam ZERO』

 

 

「ウイング・・・・ガンダム・・・・ゼロ?」

「おそらく、そう呼ぶのだと思います。それとこの形式番号ですが、該当しそうなものはミッドチルダではヒットしませんでした。」

「少なくともミッドチルダ式ではないデバイス、そういうことなのね。」

 

 

リンディの確認とも取れる言葉にエイミィは静かに、それでいて確かに頷いた。

その報告にリンディは頭を抱えるような仕草を見せる。

 

「こういう時は所有者である君に聞くのがいいのだろうけど・・・・。」

 

リンディはそういいながら側にいるヒイロに視線を向けるが、記憶を失っているヒイロは何も知らない、というより覚えていないと言った様子で首をかしげるだけであった。

 

「記憶がない以上、無理に問い質すことはできないものね・・・・。エイミィ、時間がかかってもいいから解読に全力をかけてって言えばできる?」

「・・・・それは、難しいかと思います。私も含めて全力で事に当たりましたけど、これが精一杯で・・・いや、というよりこれだけ、ですね。この名前を知ることができたのも調べている最中に突然出てきたものだったので。まるで、デバイスに温情をかけられた気分です。」

 

エイミィの意気消沈といった様子にリンディはそれ以上は言えなかった。

 

「わかりました。ひとまずご苦労様、一度解読班には休息を設けます。英気を養うといいわ。」

「すみません。力が及ばなくて・・・・。」

「いいのよ。気にしなくて。今はしっかりと休みなさい。」

 

 

 

 

そして、日付をしばらく進めた12月2日。この日、裁判に赴いていたフェイトに裁判所より保護観察処分が下った。これは事実上の無罪判決であった。

その報告を聞いたリンディは肩の荷が下りたように表情を綻ばせた。

 

「ふぅ、いくら無罪が決まっているとはいえ、実際に判決が下されるのは緊張するわ。」

「・・・・そういうものなのか?」

「そういうものなのよ。」

 

リンディの言葉にぶっきらぼうにも反応したのはヒイロだった。日々をしばらく過ごしたからか、まだ口調が覚束ない時もあるが簡単な会話は難なくこなせるほどには回復した。

あとは、フェイトたちの帰りを待つだけ、そう思われたその時、アースラの管制室でけたたましいほどの音が鳴り響いた。

同時に画面にAlertの文字が表示される。そして警告音、つまり、異常事態だ。

何かが起こり始めた。

 

「艦長!!海鳴市に突如として封鎖結界が展開されましたっ!!」

「っ!?まさか、なのはちゃんが狙われたっ!?術式の解析を急いで!!」

 

不測の事態だったが、焦るような表情を見せず、リンディは迅速に指示を飛ばす。

ただちにエイミィとアレックスと呼ばれた管制官が結界の解析作業にかかった。

しかしーー

 

「これ、術式がミッドチルダ式じゃありません!!解析には時間がかかります!!」

 

エイミィの悲鳴のような声が管制室に響く。それと同時にモニターの一部によくわからない文字の羅列が現れる。おそらくあれが結界の術式、という代物なのだろう。

 

「術式が、違う・・・?転送装置はっ!?」

「問題なく座標の設定はできています!!ですが、それはあくまで行きだけで、帰ってくるには結界の破壊が必要です!!」

 

アレックスが解析を行いながらもそう答える。

 

「っ・・・・。不味いわね、クロノは少し出払っているし、フェイトちゃんたちが帰ってくるのもまだ少し時間がかかる・・・。」

 

リンディが状況を整理するが、現状、そのウミナリシという場所に行ける人物はいないらしい。

移動手段はあるが、行く人間がいない。ならばーーー

 

「リンディ。」

「・・・・なにかしら?」

 

込み入っている状況にも関わらず、リンディはヒイロに視線を向けてくれる。

 

「・・・・俺が出る。偵察ぐらいにはなるはずだ。」

 

ヒイロがその言葉を発した瞬間、管制室に沈黙が走った。

 

「ちょっと待って・・・・。貴方、正気?」

 

リンディが眉間に手を当てながらヒイロに確認するような視線を向ける。

 

「ああ。そうだが?」

「あのねぇ・・・。向こうの状況はなにがあるのかわかったものじゃないのよ!

場合によってはとんでもないやつがいるかもしれないのよっ!?」

「関係ない。俺は借りを返すだけだ。ただし、俺なりのやり方だがな。」

 

リンディの張り詰めた声にヒイロは特に表情を変えることはない様子でまっすぐに彼女の目を見つめる。

アラートの警告音が響く中、しばらくリンディとヒイロの間で均衡状態が続く。

 

「・・・・はぁ、目覚めた時はまだ愛嬌があったと思うのだけど・・・。おそらく、それが本来の貴方なのでしょうね。」

「・・・悪いが、俺がまだ記憶を失っているのは事実だ。」

 

ヒイロは軽く沈んだ表情をする。リンディはそれを見ると表情を柔らかいものにしながらヒイロに忠告をする。

 

「・・・・わかったわ。でも、無茶だけはしないこと。危険な状況になったらすぐになのはちゃんに頼ること!!多分、現場にいるはずだから。」

「・・・了解した。」

 

その様子はさながら手のかかる息子に注意をしている親のようにも見えた。

ヒイロはそのまま転送ゲートまで向かう途中、リンディが何かを思い出したような表情をした。

 

「あ、そうだ。貴方、忘れ物よ!!」

 

若干ヤケになってきているのか、リンディはヒイロに向けて、何かを投げ渡した。

ヒイロは片手でそれを受け取ると疑問気な表情を浮かべながら、それを確認する。

ヒイロの手には彼が目覚めた時にあった翼に抱かれた剣のネックレスがあった。ヒイロは少しばかり困惑した表情でリンディに視線を向ける。

 

「これは・・・。いいのか?」

「貴方がそれに関しての記憶がなかったとはいえ、見つけた時に貴方のそばにあったのであれば、それは貴方のものよ。お守りがわりみたいな感じで持って行きなさい。」

 

そう言って、リンディが軽い笑みを浮かべている様子を見るとヒイロは転送ゲートへと入り込んだ。

 

「エイミィ。転送ゲート、起動させて!!」

「了解!!」

 

エイミィがコンソールパネルを操作すると転送ゲートが虹色の光に包まれる。

 

「フェイトちゃんが戻り次第、すぐにそっちに向かわせるわ。だから、それまでは絶対に生きているのよ。」

「・・・・任務了解。」

 




原作1話、始まりますっ!!


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第4話 悪夢の海鳴市

最近、ヒイロを記憶喪失させた意味がねぇと感じてきたこの頃。


視界が転送ゲートが起動した時の光に覆い尽くされる。

それは目も開けられないほどのものだったが、程なくすると徐々に光は弱まり、目が開けられるレベルまで光の強さは落ち着いた。

 

「・・・・・ここが、ウミナリシ・・・か?」

 

目を開けると自分が今、ビルの屋上に立っていること、そして視界には月夜に照らされたビル群が聳え立っているのが映り込む。

しかし、その視界は妙なセピア色に彩られ、本来時間的にはまだ付いているはずのビルの電気は悉く消え、光源は町を照らしている月しか見当たらない。

さらに言うと人のいる気配が一切しなかった。

ヒイロは確認がわりにリンディに通信を送ろうとするがーー

 

「・・・・そういえば、通信機の類を受け取ってなかったな・・・。」

 

自分の失態に思わず苦い表情を浮かべるが、ないものは仕方ない以上、割り切るしかない。

そう自分に結論を立てたヒイロは空を見上げた。

リンディの話によれば、ナノハという人物がいるはずなのだが、見上げた空にはそれらしき人物は見当たらない。

 

(・・・・建物と建物の間にいるのか?)

 

ヒイロがそう思った瞬間、彼のいるビルが衝撃音と共に大きく揺れた。

咄嗟に身構えると同時に、周りを見回すことで状況を確認する。

 

「・・・・ビルの内部か。」

 

土煙が上がっているのが見えた。先ほどの衝撃音と照らし合わせるとおそらくビルの壁が崩落、もしくは破壊されたことを察する。

ヒイロはビルの屋上の出入り口からビルに入ろうとした時ーー

 

『貴方!聞こえるっ!?』

「!?」

 

突然、リンディの声が響いた。僅かにくぐもった声になっているため、通信機を介しているのだろうが、通信機の類は持ってきていないはずだ。

 

『ちょっとっ!聞こえているのっ!?返事をしなさい!!』

 

ヒイロが少し狼狽した様子を見せていると、再度リンディの声が響く。

音源を辿ってみると自分がリンディから受け取ったペンダントから声が出ているのに気づいた。

 

「・・・・ああ。聞こえている。」

 

ペンダントに向けてそう返事をすると、リンディの安堵したような声が聞こえた。

 

『ふぅ・・・なら良かったわ。通信機を渡し忘れたって思ったら、貴方のペンダント、というかデバイスに通信を送れるみたいだったから繋げたのだけど、そっちは大丈夫かしら?』

「現時点では問題はない。が、一つ確認したい。ナノハとはどんな奴だ?」

『茶色い髪色に短いツインテールの女の子よ。白いバリアジャケットを着ている子なんだけど、見えないかしら?』

「・・・・ついさっきだが、俺が立っているビルに衝撃音が響いた。これからビル内部に突入する。」

『・・・・あまりいい予感はしないけど・・・無理はしないようにね。』

「了解した。」

 

リンディの心配する声を他所に置いておき、ヒイロは屋上の出入り口のドアを僅かに開き、内部を確認する。

異常がないと確認すると、ドアを開け放ち、ヒイロはビルの内部に突入した。

 

 

 

 

「う、うう・・・・・。」

 

ヒイロがビル内部に突入した同時刻、一人の少女が痛みに顔を歪ませていた。

白いリボンで茶色い髪をツインテールにしている少女の名は、『高町 なのは』。

リンディがヒイロに告げた頼りにしろと言われた人物その人である。

だが、今の彼女の状態は杖にはヒビが入り、術者を守る役目を持つバリアジャケットも解かれ、視界が焦点が定まらず、ぼやけ続ける。彼女自身、まさに疲労困憊といった様子で肩で息をしていた。

そんな彼女に近づくのは柄の長い槌を手にした真紅の装束に身を包んだなのはより年端のいかない少女であった。

 

なのははその痛みに耐えながら、彼女が持つデバイス『レイジングハート』の杖を自分を襲ってきた少女に向ける。しかし、その杖を持つ手は力が入らないのか、カタカタと音を立てて震えていた。

それこそ、軽く払っただけで、彼女の腕は力なく振り払われそうなほどである。

そんなぼやけた視界の中でなのはは少女が自身にとどめを刺そうと槌を振り上げるのを見た。

まさに絶体絶命だった。迫り来るであろう痛みに目を瞑ったその時ーー

 

バンっ!!

 

フロアの扉が勢いよく開かれる音が響いた。思わずなのはは一度瞑った瞳を開いた。

 

「っ!?誰だっ!?」

 

少女は突然の乱入者に声を荒げるが、次の瞬間にはその場を離れ、なのはと距離を取った。

なのはが何事かと思ったのも束の間、視界を何やら四角いものがとんでもないスピードで横切った。

 

(え、今の・・・見間違いじゃなければ、パソコン、だよね?)

 

自身がこのビルに叩き込まれた時、それらしきものが転がっていくのは見えた。

だけど、なのはがそれを確認するよりも早く、自分の体が何者かに抱きかかえられている感覚に気づいた。

 

「あっ!?テメェ!!待ちやがれっ!!」

「ふぇっ?な、なになにっ!?」

 

少女の激昂する声が響く。しかし、自身を抱きかかえている人物はそれに気にかける様子もなく全力でその人物が入ってきたドアとは反対側へと走っていく。

 

「確認する。お前がナノハだな?」

 

そんな中、その人物はなのはに確認するような口調で聞く。しかし、その声は彼女にはとても聞き覚えのある声に似ていた。

故に、彼女は思わずーー

 

「お・・・お兄ちゃん・・・・?」

 

そう、口に出してしまっていた。ぼやけた視界が戻ってきている中で、自分を抱きかかえている人物の顔を見ようとする。

 

「・・・少なくとも、お前のオニイチャンとやらではないのは確かだ。」

 

視界のぼやけが完全になくなると彼女自身の兄とは全く違う顔の人物があらわれた

意識が朦朧だったとはいえ、全くの初対面の人を自身の兄だと勘違いしたなのはは顔を赤くする。

 

「あ・・・・その、はぅぅ・・・・・。」

「魔力もねぇ人間がしゃしゃり出てくんじゃねぇ!!Schwalbefliegen(シュワルベフリーゲン)!!」

 

後ろから聞こえてくる声にヒイロが振り向くと少女が指の間に挟めるほどのサイズの光弾を生み出していることに気づく。

 

「・・・・あれは?」

 

ヒイロが疑問気になっているのも束の間、少女はその生み出した光弾を自身の持つ槌で打った。

すると次の瞬間、光弾がヒイロにめがけて弧を描きながら飛来する。まだ僅かに部屋の扉まで距離はある。

 

「・・・誘導弾か。」

「あ、あの!!私が防壁を貼るのでーー」

「問題ない。余裕で避け切れる。」

 

なのはの言葉を制すると、ヒイロは軽々と迫り来る光弾を見切り、初弾と次弾を体を反らしたり、ステップなどの必要最小限の動きで避けた。

そして、部屋の扉に手をかけ、入ると同時に扉を勢いよく閉めた。

光弾はそのまま部屋の壁に着弾すると、爆発を起こし、部屋の壁を破壊する。

 

(炸裂弾でもあるのか・・・。広い場所に出るのは悪手か?奴の武器から近接戦闘をメインにおいていると感じたが・・・。)

 

ヒイロは先ほどの光弾についての考察を考える。仮に中距離戦闘もこなせるとあれば、広い場所に出てしまえば、一方的に撃たれることは避けられない。

だが、いつまでもビルの中にいれば、いずれは逃げ場がなくなる。

ヒイロの取った選択はーーー

 

(・・・外に出るか。逃げ場を失うよりはマシか。)

 

ヒイロはそう決めると階段を降りていく。いつまでも少女が待ってくれるとは思えないため、迅速に階段を駆け下りる。

 

「テメェ・・・まさか逃げられるって思ってんじゃねぇだろうな!!」

 

案の定、少女に追いつかれてしまう。だが既にヒイロはビルの外への脱出は完了した。

ヒイロが回避行動をとると少女の槌は空を切る。しかし、その威力は凄まじく、道路のアスファルトを粉々に砕くほどの威力はあった。

 

「ちぃ・・・!!」

「・・・・・。」

 

悪態を吐く少女に対して、冷静な表情を浮かべるヒイロ。

ヒイロのその様子が癇に障ったのか、少女は怒りに身を任せてヒイロに槌を振り下ろす。

しかし、それにヒイロはなのはを担いだ状態ながらも少女のラッシュを捌いていく。

 

「す、凄い・・・・あの子の攻撃を全部避けてる・・・・。」

 

一度少女と距離をとるとなのはの驚嘆する声が上がるがヒイロは特に耳を傾けることはなく、目の前の少女に視線を集中させる。

目の前の少女は自身の周囲に光弾を発生させていた。おそらく先ほどの誘導弾を撃ち出してくるのだろう。しかし、先ほど室内で仕掛けてきたときとは違い、数は増えている。

ヒイロは回避行動をするために足を動かそうとしたがーー

 

 

「っ!?」

「バ、バインドっ!?」

 

ヒイロの足がまるで縫い付けられたように動かなかった。咄嗟に足をみると白銀の魔法陣から出ている鎖がヒイロの足を縛り付けていた。

 

Schwalbefliegen(シュワルベフリーゲン)!!」

 

ヒイロが少女の方を見たときには既に光弾はヒイロに襲いかかっていた。

まだ避けれない距離ではないが、足が動かないため避けようがない。

咄嗟になのはを庇うように自分の体を間に割り込ませる。

 

そして、爆発がヒイロたちを包み込んだ。が、ヒイロには衝撃こそ伝わったが痛みを感じることはなかった。

 

「・・・・大丈夫ですか?」

 

かわりにヒイロにとっては聞いたことのある声、なのはにとってはなによりの友の声が聞こえてきた。

二人の前に立って魔法陣のようなバリアを展開していたのは、黒いマントに身を包んだフェイトとその使い魔、アルフ。

そして、緑色のマントを羽織っているユーノ・スクライアであった。

 

「・・・・間に合ったか。」

「フェイトちゃん!!」

「なのは・・・よかった。」

 

軽く息を吐くヒイロに対し、なのはは待ち望んでいた友人との再会を涙を浮かべながら喜びの声を上げる。

 

「アンタ、中々やるじゃないか。」

「借りを返しただけだ。」

 

軽い笑顔を浮かべるアルフにヒイロは表情を変えずに答えた。

アルフはヒイロの近くまで来ると、ヒイロの足枷となっていたバインドを解除する。

 

「ほら。あとはアタシとフェイトに任せな。ユーノ、頼んだよ。」

「わかったよ。とりあえず、ここでは満足に回復が出来ませんので、一度建物の中へ行きましょう。」

「了解した。」

 

ユーノに連れられて、建物中に戻るとひとまずなのはを下ろした。

ユーノはなのはに対して、何か言葉を紡ぐと彼女の周囲を緑色の魔法陣とバリアが覆った。

 

「とりあえず、この中にいると回復するから、ここから出ないように。・・・・なのはを頼みます。」

 

ユーノの頼みにヒイロは無言で頷く。それを見届けたユーノは建物の窓から外へと飛んで行った。

ヒイロはなのはの護衛のために周囲を警戒しながら立っていることにした。

 

「あの・・・・ありがとうございます。」

「お前が気にすることはない。」

 

突然なのはがヒイロに対してお礼の言葉を述べた。

 

「・・・・そういえば、お名前聞いてませんでしたね。私はなのは。高町なのはって言います。」

 

なのはに名前を問われたヒイロは少しばかり考えたが、隠す意味もない以上、話すことにした。

 

「・・・・俺には記憶がない。だから名乗れる名前もない。呼びたければ適当に呼べ。」

「え・・・記憶がないんですか?」

 

ヒイロの言葉になのははキョトンとした表情を浮かべる。

ヒイロは頷きながらそのまま話を続ける。

 

「ああ。どうやら俺は最近まで冷凍睡眠されていたらしい。しかもここではないどこかでだ。たまたま拾われたリンディたちに解凍してもらったが、その時に記憶が吹き飛んだらしい。」

 

ヒイロがそういうとなのはは聞いてはいけないものを聞いてしまったかのように表情を沈ませてしまった。

 

「その・・・ごめんなさい。」

「・・・・フェイトのときもそうだったが、なぜ謝る?」

「え・・・。その、聞いちゃいけなかったのかな、って思って・・・。」

 

なのはの言葉にヒイロはそれ以上、何も言わずに窓枠からフェイトたちの様子を伺っていた。

いつのまにか狼のような奴がいたが、アルフが押しとどめている。

そして、あの真紅の装束を見にまとった少女はフェイトとユーノの二人がかりでその少女をバインドで空中に貼り付けていた。

ほぼ制圧は完了したと考えていい。

その時、ヒイロが首から下げている翼に抱かれた剣のペンダントが朧げに光っていることに気づいた。

 

「・・・・なんだ?」

 

ヒイロはペンダントを手にとって眺める。ペンダントから発せられる光は強くなったり弱くなったりと明滅を繰り返していた。

その様子はまるでーー

 

(・・・・警告している、のか?)

 

 

そう思った瞬間、フェイトに向かっていく薄い紫色の光が見えた。高速で飛来してきたソレはフェイトを弾き飛ばすと真紅の装束に身を包んだ少女の前に立ちふさがった。

その光の正体は騎士装束に身を包んだ女性であった。

その女性は高く剣を掲げるとその手に持つ剣の刀身が焔に包まれた。

その焔を纏った剣でその騎士はフェイトに斬りかかる。

その威力は凄まじく、防御行動を取ったフェイトをビルの屋上に叩きつけるほどであった。

 

「・・・・かなりの腕だな。1対1の状況ではこちらが不利か。」

「や、やっぱり、私が、なんとかしないと・・・・。」

「お前は休んでいろ。そんな体で来られてもユーノ達にとっては逆に迷惑だ。」

「で、でも、それじゃあみんなが・・・・。」

 

バリアの中で杖を支えに立ち上がろうとするなのはを制しながら窓の外を見据える。

 

「・・・・なのは、お前はここから動くな。」

 

 

ヒイロはそういうと胸元にかけられているペンダントを掴む。

リンディ曰く、これもどうやらデバイスという代物らしい。そしてその名前はーー

 

「ゼロ、行けるか?」

 

その名前を呼んだ瞬間、胸元のペンダントが強烈な光を放ち始めた。それは視界が潰されるほどの輝きだった。

 

「・・・・いいだろう。」

 

その輝きを肯定だと受け取ったヒイロの視界は光に塗り潰された。

 

異世界の天使が魔法の世界でその美しい翼を羽ばたかせる。




ようやく、あの機体が出せる・・・・。


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第5話 新たなる起動

相手がガンダムファイターだったらレヴァンティンが折れてた。


「ーーーーーーー」

 

彼の持っていたデバイスから溢れ出ていた光が収まり、目を開けられるほどになってくると、なのはは言葉を失った。

先ほどまで彼がいた場所には人の形をした何かがいた。

背中には二対の翼が二つ。その何かの全身が包まれるほどの大きさはあるその巨大な翼は、天使を連想させる。

その天使は少しばかり自身を確認するような素ぶりを見せると、なのはに体を向けた。

その体は胸元に緑色に輝く宝石のようなものが埋め込まれており、白と青を基調とするツートンカラーの装甲を身に纏っていた。

誰がどうみてもそれはロボットと言える外見であったが、その背中の天使を連想させるような生きているような翼がそのロボットの神々しさを際立たせていた。

 

「・・・・綺麗・・・・。」

 

なのはは思わずそう感想を口からこぼしていた。

 

「・・・・なのは。今、俺はどうなっている?」

 

そのロボットから声がかけられる。その声は先ほどの彼のものであった。

どうやら、自分の状況がうまく把握できていないらしいが、なのはがそのことに気づくまでは数秒を要した。

 

「・・・・・聞いているのか?」

「えっ?う、うん!!えっと、ロボットみたいなんだけど、背中に翼が生えているよっ!?」

「翼、か。飛べるのか・・・?」

 

そう呟いたヒイロが軽く飛んでみると、普通であれば地面に戻るはずの足は宙に浮き続けていた。

 

「・・・・問題ないか。武装は何があるか知らんが、やれることをやるだけだ。」

 

ヒイロはそういうとビルの窓枠に手をかけ、飛び立とうとする。

 

「なのは、もう一度言うが、ユーノ・スクライアが言っていた通り、そこから出るな。」

 

それだけ告げるとヒイロはビルからその翼を羽ばたかせながら飛び立っていった。

 

「私は・・・・。」

 

ヒイロにそう忠告を受けたなのはだったが、その表情はわずかに曇らせたままであった。

 

 

(・・・・おそらくあの集団は一対一の勝負に長けている。そして、一番の実力者はあの紫色の奴か。)

 

そういい、ヒイロは先ほどフェイトを吹っ飛ばした騎士装束の人物に視線を向ける。

その表情は凛としていて、彼女纏っている騎士装束も相まって、出で立ちはほとんど文字通りの騎士だ。

 

「・・・・フェイト、聞こえるか?」

『えっ?この声・・・。貴方なんですか?』

 

ヒイロのデバイスについてある通信機能を使ってフェイトに呼びかける。

彼女は驚きながらだったがヒイロに送り返した。

 

「俺も戦列に加わる。お前と俺であの騎士装束の奴の相手をする。」

『す、少し待ってください!!貴方はデバイスを持っていたんですか!?』

「見ればわかるはずだ。それとユーノには赤い奴の相手をしろと伝えてくれ。」

 

少々一方的だが、フェイトにそう告げるとヒイロは騎士装束の女性の前に立ち塞がった。

 

「・・・・お前は何者だ?」

「知らんな。今の俺には俺自身に関する記憶はかけらも存在しない。」

「ならば重ねて聞こう。記憶がないのであれば、なぜ我々の前に立ちふさがる?」

 

騎士装束の女性はヒイロにその手に持つ剣の切っ先をヒイロに向けた。

返答によってはすぐにでも斬りかかるという暗示であろう。

 

「・・・・理由、か。強いて言うのであれば、お前たちの目的、それはなんだ?」

「・・・・悪いが、それを答えることはできない。」

 

騎士装束の女性がそう言うとヒイロに向けていた剣を上段に構えながらヒイロに向かって突っ込んできた。

普通の人物であれば、反応もできないまま、彼女の持つ剣の錆にされるだろう。

ヒイロはそれを紙一重で避ける。そして、そのまま体を回転させて、カウンターの回し蹴りを打ち込もうとするが、女性は左腕でガードをした。

 

「っ・・・。中々やる・・・。だが!!」

 

その騎士装束を纏っている女性、『シグナム』は左腕でヒイロの足を払いのけながら、さらに肉薄する。

構えは腕を後ろに引き、その切っ先の先端はヒイロに向けられている。

 

「はぁっ!!」

 

シグナムは鬼気迫った声と共に引いた腕を前に突き出し、強烈な突きを放つ。

鍛えられた女性の突きはヒイロが体を逸らしたため、掠めるに留まった。

 

(この男、いや、先ほどの声の質から見れば少年か・・・?それはそれとして、強い・・・!!反撃はーー)

 

シグナムは反撃を警戒したが、ヒイロは反撃をすることはなく、避けた勢いを利用して、そのまま高度を下げることで距離をとった。一瞬、シグナムはヒイロの行動を疑ったがーー

 

「フォトンランサー、ファイアッ!!」

 

その疑いはその声を自身に飛来してくる黄色の魔力光で構成された槍で晴れた。

視線の先には、先ほど弾き飛ばした黒いマントの少女が見えた。

 

「っ!!この程度っ!!」

 

シグナムは手のひらから防御用の魔法陣を展開する。紫色の魔法陣にぶつかったフォトンランサーはその防壁を貫くことは叶わず、爆発を起こす。

視界が爆煙に包まれるが、その程度で敵を見失うシグナムではない。

すぐさま振り向き、剣の樋で背後からのパンチを防ぐ。しかし、そのパンチに込められた力は凄まじく、拮抗しているように見えながらも僅かにシグナムの剣が押されているように見えた。

 

(バ、馬鹿な・・・。こちらが片腕とはいえ私が力負けしているだと・・・!?)

 

その現実にシグナムは表情には出さないものの内心は驚愕に打ちひしがられていた。

仕掛けてきた主を見ると、そこにいたのはヒイロであった。

ヒイロはさらに腕に力を込めようとするが、先にシグナムがバックステップで後退したため、ヒイロは一度フェイトと合流する。

 

 

「・・・・やっぱり一筋縄では行きませんね・・・。」

「そうだろうな。それに奴はまだ本気を出していないように感じる。近接戦闘では奴に軍配があがる以上、気をつけろ。」

「・・・分かりました。ところで、貴方は一応あの人で間違い無いんですよね?」

 

自分のデバイスである『バルディッシュ』をシグナムに向けて構えながらのフェイトからの確認にヒイロは軽く頷いた。

 

「ああ。一応、リンディからこれはデバイスだと聞いて返してもらっていた。あまりデバイスについてはよく知らんが。」

「分かりました。ですが、できればこっちの話も聞いて欲しかったです。突然言われても、いきなりすぎます。」

「・・・・・・・わかった。記憶には留めておく。」

「・・・・本当ですか?」

 

フェイトが訝しげな視線を向けるが、等のヒイロは顔が装甲に覆われてしまっているため、その表情を伺うことはできなかった。

 

「中距離からの援護を頼む。近接戦闘は俺がやる。」

 

ヒイロはフェイトにそれだけ言うと背中の翼を羽ばたかせながらシグナムに突撃していった。

 

「え、ちょ、ちょっと!?さっき私が言ったこと、何にも覚えていないじゃないですかっ!?」

 

フェイトはヒイロに驚きと困惑を含んだ声をあげるが、当のヒイロは既にシグナムとのクロスレンジでの戦闘を行ってしまっている。

 

「て、手のかかる人ですね、本当に!!」

 

ヒイロの振り回しっぷりに苦い表情を浮かべながらもフェイトは自身の周囲に魔力で編まれた光弾を生成する。その数は徐々に増えていき、最終的に先ほど放ったフォトンランサーの数の倍近くを作り上げていた。

 

Photon Lancer Multishot(フォトンランサー・マルチショット)!!ファイアッ!!」

 

フェイトがバルディッシュを振り下ろすと、光弾は槍の形を成しながら、シグナムを狙い撃つ。

シグナムは飛来するフォトンランサーを迎撃、もしくは避けるために回避行動を取ろうとするが、ヒイロがさながら逃すまいと言っているように近接戦闘を仕掛ける。

しかし、ヒイロはその格闘戦の中、シグナムは己の剣のギミックと思われる箇所に何やら二つほど細長いものを入れているのが見えた。

それはまるで、弾丸のように見えたソレがシグナムの剣が飲み込むと、突如として、衝撃波がヒイロを襲った。

 

「っ!?」

「まさか、ただ距離を取るためだけにカードリッジを使わされるとはな・・・。」

 

その衝撃波の圧は凄まじく、ヒイロが吹き飛ばされるほどであった。ヒイロが態勢を整えた時には既にシグナムはフォトンランサーの弾幕を切り抜け、フェイトに肉薄していた。

フェイトはバルディッシュで彼女の剣を受け止めるが、力の差が浮き彫りだったため、フェイトは再度、吹き飛ばされ、ビルの壁に叩きつけられた。

 

「っ・・・・無事か?」

『大丈夫・・・・。まだ、やれる。』

 

無事の確認をすると、フェイトから念話で返ってくる。どうやらとりあえずは無事なようだ。

しかし、現状としてヒイロ一人でシグナムの相手ができるかどうかははっきり言って不確定要素が多かった。

だからと言って、フェイトが戻ってくるまでただ待つ訳にはいかない。

ユーノとアルフはどうやら結界を破るために動いているようだが、赤い奴とやけに大きい狼がそう易々と行動を許してはくれない。

ヒイロが状況を整理しているなか、視界の端に突然ピンク色に輝く魔法陣が見えた。

 

何事かと思って見てみれば、あるビルの屋上に自身の杖を構えて立っているなのはの姿があった。

 

「・・・・何をするつもりだ・・・っ!?」

 

疑問気な表情を浮かべながらなのはのその様子を見た瞬間、ヒイロの頭に突如として激痛が走った。

それと同時に流れ込んでくるビジョン、否、ビジョンと言ってもそれは生々しいものではなく、さながら未来を見ているような感覚だった。

思わず頭を抑えながら、そのビジョンを見ると、衝撃的な光景が映っていた。

 

なのはが魔法陣から放ったビームが結界を貫いて粉々に打ち砕いている光景だった。

それはいい。問題はそのなのはの胸部から何者かの腕が出ていたことだ。その腕の中には光り輝くものがあったように見えたが詳しいことはわからなかった。

なのはが結界を破壊した後、胸部から突き出た腕も消え失せたが、なのははその場にうつ伏せで倒れた。

 

ヒイロはこのビジョンに見覚えがあった。だが、見覚えがあったのはなのはのビジョンではなく、そのビジョンを見せるという現象そのものに対してあった。

 

「なん・・・だっ!?これ・・・は・・・?俺は、これを知っている・・・っ!?」

 

痛みに耐えながらもなのはの方を見やる。まだなのははにはなんの異常も見られない。なのはの魔法陣から生成される巨大な光弾は徐々にその大きさを広げていく。

その時だった。彼女の胸部をビジョンで見た何者かの腕が貫いた。

突然の出来事になのはは何が起こったのかわからないと言った驚愕の表情を浮かべていた。

 

「っ・・・・!!おおおおっ!!!」

 

痛みに耐えながらも翼を羽ばたかせ、なのはの元へ直行する。ヒイロ自身、気づくことはなかったが、その速さは一瞬とはいえ突風を生み出すほどであった。

明らかに人間が耐えられないスピードを出したヒイロに周りの人物は反応することが出来ずにおどろいた表情を浮かべるだけになった。

 

瞬く間になのはの元へ駆けつけたヒイロは彼女の胸部から突き出た腕に手を伸ばした。

 




ヒイロはゴリラの10倍くらいの握力がないとへし折れない鉄骨を容易く折りやがります。
あとはまぁ、お察しかも知れないっす。


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第6話 介入する天使

ヒイロは次々と現れる突然のビジョンに頭を苛まれながらも視線をなのはに現れた『異常』を見つめる。

それはなのはの胸部から突如として出現した緑色の何者かの腕。

少し観察するとその腕は物理的になのはを貫いているわけではないようだ。その証拠として彼女から出血のようなものは感じられない。

 

(となれば、魔術的な何かによる干渉か・・・?)

 

リンディからある程度魔力について聞いておく必要があるな、と心の中で決めながらなのはに駆け寄る。

ヒイロが近づいてきたことに気づいたなのははその辛そうにしている表情を彼に向けた。

 

「お・・・お兄・・・さん・・?」

「・・・・少し待っていろ。お前はそのまま、砲撃準備を進めろ。」

 

ただそれだけを伝えるとヒイロはなのはの胸から出ている腕に手を伸ばす。

 

「な、何を・・・・?」

 

ヒイロの手がその腕を掴み、なのはがそう疑問気に呟いた瞬間ーー

 

バキィっ!!!!

 

「え・・・・?」

 

なのはは一瞬何が起こったのが理解できなかった。骨が砕けるような音が響いたと思えば、自身の胸から出ていた腕が曲がってはいけない方向に折れていた、というよりそれはもはや腕としての機能を果たさず、ダランと垂れていた。

もちろん、やったのは目の前にいる人物だとは察せる。

 

「い、一体、何を・・・?何をしたんですかっ!?」

 

なのははその目の前にいる人物に驚きとわずかな恐怖を帯びた視線を向ける。

無理もないはずだろう。なのはは確かに戦闘の経験はある。しかし、それは魔法を介し、なおかつ非殺傷設定という人がほとんど傷つかないというものであった。

だが、目の前で起こったのは明らかにそれとは常軌を逸脱したものであった。

 

「・・・・奴の腕の骨を、粉砕した。」

 

ありえない。そんな言葉がなのはの中で渦巻く。

殴るや蹴るといった傷害行為を誰かに行われた結果、骨が折れたのならわかる。だが、彼は掴んだ、もしくは握ったことしかしていない。つまり、目の前の人物は握力だけで骨を砕いたのだ。

明らかに人体に出来る枠組みを超えた行為になのはは本能的に恐怖を抱いてしまう。

 

 

「あ、貴方は・・・一体・・・?」

「俺は・・・・俺は・・・・・!!」

 

なのはに自身の素性を問われた瞬間、ヒイロの頭痛が悪化した。

思わず掴んでいた腕を離し、うめき声を上げながらなのはから距離を取った。

 

「うっ・・・・ぐっ・・・ああっ!!」

 

流れ込んでくるのは相変わらずビジョンで変わりはない。だが、内容が先ほどなのはの姿を見たものとは異なっていた。

何かロボット・・・・いやMS・・・・それも違う。『ガンダム』を駆る自分がシャトルを墜としているビジョン。そして、隣にいる男、名前は・・・名前は・・・確か、『トロワ・バートン』だったはずだ。その男と共に、誰かの墓に手を合わせていた女性・・・俺が偽の情報に気づかずに殺したノベンタの娘だったか・・・。

ビジョンは俺がガンダムを自爆させていたり、戦場で自分が戦う理由を求め、彷徨っていたころなど、凄まじい勢いで切り替わっていく。

 

これは、俺の・・・・記憶、なのか・・・?

 

『命など安いものだ。特に、俺のはな。』

 

『ゼクス!!強者などどこにもいない!!人類全てが弱者なんだ!!』

 

『俺はあと何回、あの子とあの子犬を殺せばいいんだ・・・?』

 

『俺はもう誰も殺さない・・・。殺さなくて済む・・・・。』

 

・・・・間違いない・・・・これは俺の記憶だ。

俺の記憶であれば、俺自身の名前もあるはずではないのか?

 

『ーーー!!!』

 

ーーーーーそう、か。俺の、俺の名前はーーーー

 

(・・・・感謝する。リリーナ。)

 

 

 

 

 

「だ・・・大丈夫ですかっ!?」

「俺に・・・構うな・・・!!」

 

なのはは思わず声をかけるがヒイロは指をさしながら拒絶する。

指をさした先には発射のタイミングを今か今かと待ちわびているようにも見える魔力の塊があった。

 

「そ、そうだ・・・。今は、結界の破壊を・・・。」

 

心配そうな視線をヒイロに向けながらも、なのはは魔力の塊に向けて、自身の杖である『レイジングハート』を振り下ろす。既に彼女の胸部から突き出ていた腕は微塵もなかった。

 

「スターライト・・・・ブレイカーーーーーッ!!!!」

 

振り下ろされた杖と同時に魔力の塊からピンク色の爆光が結界に向かって飛んでいく。

その爆光の威力は凄まじく、結界を粉砕してもなおその威力に衰える様子を見せずに空の彼方へ消えていった。

 

「はぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・・。リ、リンカーコアから、だいぶ魔力が吸われちゃった・・・・。もう・・・立っているのも、やっと・・・・。」

 

荒い息を吐き、自身の杖を支えにしながらもなんとかその場に立ち続けるなのは。

 

「なのはーーー!!!」

 

そんな彼女に駆けつけたのはなのはに取って一番大事な友人であるフェイトだった。

何度かビデオレターによるやりとりはしていたが、実際にあったのはおよそ半年ぶりだ。

待ち望んでいた友人との再会になのはは表情が自然と緩んだ。緩ませながらも軽く空を見上げてみれば、先ほどまで自分たちを襲ってきた人物はいなかった。おそらく撤退したのだろうと思い、フェイトに視線を向けた。

 

「大丈夫だった!?」

「う、うん。なんとか・・・お兄さんが、助けてくれたからーーー」

 

そこまで言ったところで、なのはは咄嗟にヒイロを探した。

少し周囲を見回すとビルの壁に寄りかかっているヒイロがいた。

だが、先ほどまで展開していた純白の翼と青と白のツートンカラーの装甲を持ったデバイスは解かれていた。

ただ、その表情は顔を下に向けられていたため、伺うことができないのは変わらなかったが。

 

「あの・・・大丈夫・・・・ですか?」

 

なのはは先ほどの腕を粉砕した出来事があったのもあり、わずかばかり気が引けた声でヒイロに声をかける。

 

「ーーーーーだした。」

「え・・・・・?」

 

ヒイロの呟きをなのはは耳にしたが、内容はよく聞こえなかったがために思わず聞き返した。

 

「全て、思い出した。記憶や、俺自身のことを。全てを。」

「・・・・・記憶、戻ったんですか?」

 

フェイトの確認とも取れる問いかけにヒイロは静かに頷いた。

ちょうどそのタイミングでユーノとアルフが駆けつける。

 

「なのは!!大丈夫!?」

「フェイトも、大丈夫かい!?」

「私は、大丈夫。だけど、なのは、リンカーコアから魔力を吸収されたみたいだったけど・・・。」

「うん。お兄さんが、なんとかしてくれたから持っていかれた魔力は少しで済んだよ。」

 

ユーノとフェイトの心配そうな視線を受けたなのはは心配させないためか笑顔を浮かべた。

・・・・もっとも、レイジングハートを支えにしているため説得力は皆無だったが。

ユーノは眉間に指を当てながら手に緑色の魔法陣と魔力の塊の生成を始める。

 

「とりあえず、一度アースラに戻ろう。それとなのはは一度検査を受けた方がいい。何も影響がないとは言えないからね。貴方もそれでいいですね?」

「・・・・問題ない。リンディにも話があるからな。」

 

ヒイロが頷いたことを確認するとユーノは手のひらにあった魔力の塊を増大させる。

視界が光に包まれ、程なくして晴れてくるとヒイロたちはアースラの管制室に戻ってきていた。

管制室には既にリンディの他、クロノといったアースラのメンバーが待っていた。

 

「リンディ、話がある。」

「・・・・・分かったわ。ちょうど私も貴方に聞きたいことがあったから。」

 

ヒイロがそういうとリンディは少々重い表情を浮かべながらそれに応じた。

 

 

 

 

 

「っ・・・・ふっ・・・・・ううっ!!」

 

海鳴市の一軒家、『八神』と表札が出ている家で一人の女性が自身の左腕を別の人物に支えてもらいながら回復魔法をかけていた。

その真っ赤に腫れ上がった左腕はとても痛々しかった。さらに言えば別の人物に支えてもらわなければダランと脱力したように垂れ下がってしまう有様だった。

 

「な、なぁ、シャマル、大丈夫か?」

「じ、時間はかかるけど・・・回復魔法は効いているわ。ありがとうね、ヴィータ。」

 

シャマルと呼ばれた緑色の修道服のような服を着た女性はなのはを襲った紅色の装飾を纏った少女、ヴィータに張り詰めた笑顔を向ける。それがやせ我慢であることはヴィータはおろか、他の二人のシグナムとザフィーラにもわかりきっていた。

 

「・・・・まさか、あの天使があそこまでの怪力を持っているとはな。」

「・・・・我らヴォルケンリッターは人の形を持っていても普通の人間を逸脱した力を持っている。それは耐久性もなおのこと。いくらシャマルが戦闘向きではないとはいえ、その腕の骨を粉砕するほどの力。この先、我々にとっての障害になりかねん。」

 

ザフィーラがそういうとシグナムは静かに頷いた。

この先、あの天使は自分たちにとって、障害以外の何物でもない。魔力をふんだんに持っているのであれば、苦労に見合うものがあるかもしれない。

だが、ヴィータの話でその天使は魔力を一切持っていないことが明らかになった以上、その天使と戦うのは文字通りの骨折り損となる。

 

「・・・・あの天使が出てくれば、私が相手をするほかないだろう。」

「やはり、そうなるか・・・。」

 

シグナムの言葉に今度は難しい表情を浮かべるザフィーラ。

ただでさえ本来の目的を達成できるかどうかが不透明となりかけている今、魔力を持たない上に、目的完遂の障害となる天使は邪魔以外の何物でもない。

 

「・・・・悪い、シグナム。アタシがもっとうまくやれれば・・・。」

 

シャマルの腕を支えていたヴィータが表情を暗くする。

ヴィータは確かに強い。彼女らヴォルケンリッターの中でアタッカーの役割を果たせるほどの実力はある。

切り込み隊長として、彼女の性格と戦闘スタイルはまさにうってつけであった。

しかし、それは十全に機能すればの話である。いくら振るう武器が優秀であろうと当たらなければそれはただのナマクラでしかない。

事実として加減があったとはいえヴィータはその天使に完全に抑えられ、管理局が介入する時間を稼がれてしまった。

その事実がヴィータに怒りや仲間をやられた恨みとして積もり、天使にその矛先が向けられる。

 

「・・・・ヴィータが気にする必要はない。結果としてあの天使は強かった。それだけのことだ。」

 

まさに憤怒といった表情をするヴィータにシグナムは優しげな声色で静止の声をかける。

ヴィータはそれに子供扱いされたのか少々ムッとした表情をあげるが、少なくとも怒りにまみれた表情ではなくなった。

 

「シャマル、今日でどれほどページが進んだ?」

「えっと、ザフィーラ、代わりに開いてくれるかしら?」

 

シグナムはまだ治癒魔法をかけているシャマルにそう尋ねるとザフィーラに代わりを頼んだ。

彼はシャマルのそばに置いてあった本を手に取り、ページをめくっていく。

その本は茶色い表紙に剣十字の意匠が施されている代物であった。

 

「・・・・ざっと15ページといったところだ。天使の介入がなければ30、40はくだらなかっただろう。」

「・・・・中々大きい失敗だったな・・・。闇の書の蒐集は同じ相手にはできないからな。」

 

闇の書。それは時空管理局において、一級のロストロギアに指定されている危険物である。

シグナムは少しばかり考え込む表情を浮かべると他の三人に向けて言い放った、

 

「・・・・主の侵食は今はまだ症状が進んでいないらしいが、いつ進行するかはわからない。場合によっては他の次元世界へ赴く必要が出てくるかもしれん。」

 

そのシグナムの言葉にヴィータたちも表情を重いものに変えながら頷いた。

 

 

 

 

ところ代わり、同時刻のアースラではヒイロがリンディたちアースラの乗組員に自身の素性を説明していた。

自身のこれまでの戦いや行ってきたこと。それら全てを多少のぼかしを交えながら説明した。

ぼかしを入れたのはこの場になのはとフェイトがいるというのも大きかった。

彼女らは戦闘自体は経験しているが、それはある程度の命が保証されているものだ。

しかし、ヒイロが経験してきたのは本物の戦争。命の保証などどこにもないものだった。

そんな凄惨なことを目の前の少女に教えるわけにはいかなかった。

 

「・・・・・アフターコロニー、ね。それと、宇宙に居を構えた人たちと地球による人類同士の大戦争。おおよそ、なのはちゃんたちの地球で起こったものとは思えないわね。」

「・・・・俺はいわゆる平行世界の人間、という部類に入るのだろう。なのはの世界を軽く思い返すととてもではないが戦争の傷跡のようなものは見えなかった。」

「それで、君は他の仲間達と共に、『ガンダム』と呼ばれる兵器に乗り込んで戦った。あの翼を持った姿は君が乗り込んだ兵器、という認識でいいのかな?」

 

クロノの言葉にヒイロは首を横に振った。怪訝な表情を浮かべているクロノにヒイロは説明を続ける。

 

「いや、厳密に言えばそれは違う。あの機体、ウイングゼロは俺たちが乗った機体の大元、いわばプロトタイプだ。もっともプロトタイプとしては異常な性能だがな。」

「・・・・そのウイングゼロの性能とかのそこら辺は教えてくれないのかしら?」

 

リンディの要請にヒイロは再び首を横に振った。

 

「・・・・お前達を信じていないわけではない。だが、この機体の特性や技術を教え、技術漏洩が発生した場合、技術的なブレイクスルーを起こしかねん。そうなれば、間違いなくどこかでテロが始まる。それがきっかけとなり平和だった時代は崩れ、最悪全ての次元世界を巻き込んだ戦争にもなりかねん。」

 

ヒイロの真剣そのものといった表情にリンディは理解の表情を浮かべた。

 

「わかったわ。貴方の気持ちを鑑みて、これ以上の詮索はしないわ。こちらからも貴方の許可なくして、ウイングゼロの解析は行わないと約束する。」

「・・・・・感謝する。それともう一つ頼みがある。」

 

ヒイロの言葉にリンディは疑問気な表情を浮かべる。

 

「どうやら俺はギル・グレアムという男に預かってもらうという話が上がっているらしいのだが、断らせてくれ。」

「・・・・理由を教えてくれるかしら?」

「・・・・あの騎士装束の奴らの目的が知りたい。ゼロの予測だと、あのままでは奴らに未来はない。」

「ゼロ・・・・?ウイングゼロのこと?」

「・・・・ああ。」

 

もっとも厳密に言えば、違うのだが、ヒイロはそれ以上は口を噤んだ。

 

「・・・・・わかったわ。グレアム提督には話を断る意向を伝えておくわ。それと時空管理局には貴方をアースラ所属の民間協力者として申請しておく。」

「・・・・世話になる。」

「それでなんだけど、そろそろ貴方の名前を教えてくれるかしら?記憶を取り戻したのなら名前も思い出しているんじゃないかしら?」

 

リンディにそう言われ、ヒイロは少しばかり考え込む表情を浮かべた。

 

「・・・・ヒイロ・ユイだ。よろしく。」

 




さーて、どんどん原作がぶっ壊れていくぞー(白目)

ま、いっか。原作はぶっ壊すものだし。


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第7話 未来への布石

「ゼロ、各部兵装の状況を教えろ。」

 

ヒイロはリンディから充てがわれた自室で一人、ウイングゼロにそう呼びかける。

すると、待機状態のゼロから各武装の詳細が表示される。

 

(・・・・ビームサーベル、問題ない。守護騎士とかいう奴らの戦闘でも使用は可能か。)

 

リンディとクロノからある程度騎士装束の人物達の詳細を教えてもらった。

奴らは第一級ロストロギア、『闇の書』のプログラムの一種とのことだ。その守護騎士は主の命に従い、行動を行う、とのことだった。ここのところ管理局員が何者かに魔力を奪われるという事件が発生しているらしいが、それはあの守護騎士達が主犯格であるとのことだ。

 

(奴ら、守護騎士の目的は闇の書の完成とのことだが、完成させればロクでもないことが起こるのは確かなようだ。)

 

闇の書は出現したばかりのころはページには何も書かれていない魔導書である。

しかし、他者からの魔力を奪うことでそのページを埋めていき、全てのページが満たされた時、闇の書は完成する。

先ほどの戦闘の時に砲撃魔法を撃とうとしていたなのはの胸部から突き出ていた腕はその手の中に何か光るものがあった。リンディに聞いてみればあれは『リンカーコア』というもので人間でいう魔力を生み出す臓器のようなものらしい。

守護騎士はそのリンカーコアから魔力を奪うことで闇の書のページを埋めているとのことだ。

 

だが、ヒイロにはその闇の書そのものよりも守護騎士達の方に違和感を持っていた。それはゼロが守護騎士達に未来はないという予測を出したというのもあった。

 

 

 

(・・・一見するとかつての俺たちのような、ただ命令に従う兵士のような奴らかと思ったがーー)

 

ヒイロは少し前に行われた闇の書についての説明を行なっていた際の光景を思い返していた。

ヒイロがなのはの救援に向かう前、紅い守護騎士から襲撃を受けたなのははある程度の抵抗はしていたとのことだ。

その際にその紅い守護騎士が被っていた帽子を落とした時、その守護騎士が怒りの表情を浮かべたとのことだった。その守護騎士にとって、その帽子はとても大事なものだったのだろうと推測は容易い。

 

(奴らは感情がない、ただ言われるがままのプログラムという訳ではない。おそらく、人間となんら変わりもない。それにあのリーダーと思われる守護騎士も俺が目的を聞いた時、『悪い』と前置きを置きながら話せないと言っていた。)

 

普通であれば、主人の命で話すことはできないなどの理由で言わないだろうと思っていた。

だが、『悪い』と思っているということは奴らに感情がないという訳ではない。

自身がやっている行為に罪悪感を抱いている。そういうことだ。

 

(ならば、奴らは魔力の蒐集を自分たちの主人に嫌々やらされているか、もしくは自分たちの意志でやっている・・・?)

 

守護騎士達の目的を考えながらもマシンキャノンや各部スラスター、自爆装置といったウイングゼロの武装データを見ていくとある一点で目が止まった。

それはウイングゼロのメイン武装である『ツインバスターライフル』の欄であった。

 

「ツインバスターライフルにリミッターが設けられている?」

 

ツインバスターライフルの出力は自由に調節が可能だ。本来はリミッターは設けられていない筈だ。そう思ったヒイロはツインバスターライフルの詳しい詳細を調べた。

 

(・・・・出力の限界が下がっているな。どういうことだ?)

 

本来の、ウイングゼロがMSだったころのツインバスターライフルの出力はコロニーを一撃で破壊するほどのものだった。しかし、こうしてデバイスとして形になった今、ツインバスターライフルの限界出力は下がり、それ以上の出力を出そうとするのであれば、リミッターを解除する必要がある、ということであった。

 

(・・・・MSからデバイスに無理やり変化したことから起こる不具合か・・・?まぁいい。それほどの出力を使う時はおそらくないはずだ。)

 

できれば使うことがないようにと、思っているとヒイロは突然ウイングゼロのデータを一度閉じた。

そして、扉の方に視線を向けるとーー

 

「鍵は開いている。入るなら入ってこい。」

 

そういうと少しばかり時間が開いた後、扉が開いた。そこから申し訳なさげな表情を浮かべながら出てきたのはフェイトであった。

 

「・・・・よ、よく分かりましたね・・・・。」

「俺は兵士だったからな。その程度、熟せなければ俺はとっくに死んでいる。」

「そ、そうですか・・・・。」

 

ヒイロのその言葉にフェイトは引き気味の表情を浮かべてしまう。

 

「それで、来た理由はなんだ?」

 

ヒイロはフェイトのその表情に気を止めることなく要件を尋ねた。

 

「その、さっきの守護騎士との戦闘で、貴方に任せきりになってしまったこと。それとあの守護騎士にクロスレンジで圧倒されたことがどうしても悔しくて・・・。それで貴方にお願いしたいんです。」

 

フェイトは真剣な表情を浮かべながらそういうとヒイロに対して頭を下げた。

 

「ヒイロさん。お願いします。私の特訓に付き合ってくれませんか?」

 

ヒイロはフェイトのお願いに少々思案に耽っていた。フェイトの思いは本物であることは先ほどの表情みれば明らかだった。

 

「・・・・一つ条件がある。治せる傷は治しておけ。僅かに腫れているぞ。」

 

そういうとフェイトは咄嗟に自分の左手首を抑えた。

その反応を見たヒイロは軽く呆れた視線をフェイトに向ける。

 

「怪我をした上で特訓を重ねても患部を余計に悪化させるだけだ。自己管理くらいは常に徹底しておけ。なのはの検査と一緒に医者に処置をしてもらうといい。」

 

ヒイロはそう言って椅子から立ち上がるとフェイトの横を通り過ぎて部屋を出ようととする。フェイトは驚いた表情を浮かべながらヒイロを追った。

 

「あ、あの、特訓の方は・・・!?」

「条件は言った。後はどうするかはお前次第だ。」

 

それだけ告げてヒイロは部屋を出て行った。部屋の主が居なくなった部屋でフェイトは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「・・・・ありがとう、ございます。」

 

部屋を出た後のヒイロはこんなことを考えていた。

 

(・・・・プランは、過度なものにするわけには行かないな。)

 

フェイトに自分と同レベルの訓練を行えば、強くはなるが確実に心の面で持っていかれる。

自分自身と同じ兵士をまた作るわけには行かないと難しい表情を浮かべながらアースラ艦内の廊下を歩く。

少し歩いていると見知った人物と鉢合わせた。

 

「・・・・リンディか。」

「あら、ちょうどよかったわ。」

 

ちょうどいい、とはどういうことだろうか?そう思ったヒイロはリンディに尋ねることにした。

 

「・・・・何か俺に用か?」

「これからアースラはメンテナンスで時空管理局の本局へ向かうのだけど、その時にグレアム提督、貴方を引き取ろうとしていた人が会ってみたいって言うのだけど、どうかしら?」

「ギル・グレアムが・・・・?」

 

ヒイロは最初それを断ろうとした。しかし、思い返してみればアースラがメンテナンスに入る以上、艦内に残ることは許されないだろう。

 

「・・・・・了解した。だが、俺から話すことは何もない。」

「そこら辺は大丈夫よ。クロノやなのはちゃん、それにフェイトちゃんも同席するから。」

 

断る理由がないと判断したヒイロは素直に応じることにした。

 

(なのは達が同席するのであれば別に問題はないか。)

 

 

 

 

しばらくして、アースラはメンテナンスのために時空管理局の本局へと帰港した。

案の定、アースラ艦内に残ることは許されなかったため、ヒイロはなのは達の検査が終わるまでクロノやリンディ達と行動を共にしていた。

 

「なのはちゃんの検査の結果が来ました。」

 

そう言ってきたのは手に検査の結果が記されていると思われるバインダーを持っているエイミィだった。彼女はそのままバインダーをみながら検査の結果を伝え始める。

 

「結論から言えば、怪我自体は大したことはないそうです。ただ少しばかりリンカーコアが縮小しているということでしたが、ヒイロ君が途中で妨害してくれたのが功を奏したのか、それも時間経過で元に戻るそうです。」

「そう・・・。となるとやっぱり一連の事件と同じでいいって言うわけね。」

 

リンディが言った一連の事件、というのは魔導師が襲撃され、魔力が蒐集されるという守護騎士達が起こしている事件で間違いはないだろう。

 

「はい。それで間違いはないようです。」

 

そういうとエイミィは少しばかり表情を苦いものに変えた。

 

「休暇は延期ですかね。流れ的にウチの担当になってしまいそうですし。」

「仕方ないわね。そういう仕事なんだから。」

 

二人がそこまで話したところでヒイロは少々気になったことを尋ねた。

 

「・・・・フェイトの方はどうなんだ?」

 

そう言った瞬間、クロノを含めた三人の表情が意外そうな視線をヒイロに向けた。ヒイロはその視線に疑問を覚えた。

 

「・・・・なんだ?」

「い、いや、そのなんだ。君がそういう誰かの容体を心配するのは珍しいと思って、ね。」

「・・・・あいつから特訓を手伝って欲しいとせがまれたからな。他意はない。」

 

クロノにそう言われるとヒイロは視線を逸らしながらそう答えた。リンディは納得といった表情を浮かべながら、ヒイロにこう伝えた。

 

「それなら、クロノと一緒に迎えに行ってあげたら?なのはちゃんの病室もちょうど同じだったはずだし。」

「・・・・・了解した。」

 

微笑みながらそういうリンディに鋭い視線を向けながらもヒイロはそれを了承した。

クロノと共にエレベーターを降り、廊下を進んでいく。

 

「なぁ、ヒイロ。君は元の世界では兵士として戦ってきたんだよな?」

「藪から棒だが、その通りだ。」

 

廊下を歩いているなか、クロノが突然そんなことを聞いてきた。ヒイロがそう答えるとクロノは少々難しい表情をしながら続けて尋ねる。

 

「それは、その・・・いつからなんだい?」

「・・・・・・・・・。」

 

クロノの質問にヒイロはしばらく黙っていた。話したところで反応が見えていたからだ。

 

「俺は、物心ついた時には既にこの手に銃を握っていた。そこからは何人もの人間を殺してきた。・・・・それしか生き方を知らなかったからな。」

「っ・・・・それは、すまないことを話させた・・・。」

「お前が気にする必要性はどこにもない。同情しているのであればむしろ迷惑だ。」

「う・・・・。それも、そうだな・・・・。すまない・・・。」

「・・・・・面倒な奴だ。」

 

わかりきった反応を見せたクロノにヒイロははっきりと不快感を伝える。

 

「それで、フェイトのことなんだが、よろしく頼む。」

「・・・言いたいことはそれだけか。さっさと最初から言え。」

「・・・・君、時折そのトゲのある言い方で誰かを怒らせたこととかない?」

「俺は事実を述べているだけだ。」

 

若干目が笑っていない笑顔を浮かべるクロノだったが、ヒイロは特にこれといった反応を見せずに淡々と言葉を返した。

そうこうしている間にフェイトの病室に差し掛かったのか、部屋から出てきた彼女が視界に入った。

 

「クロノ・・・それにヒイロさんも?」

「怪我の具合はそれほど悪くないみたいだな。」

 

クロノが怪我の度合いを尋ねるとフェイトは申し訳なさげな表情を浮かべる。

 

「その、ごめんなさい。心配かけて・・・。」

「まぁ・・・君となのはで慣れたよ。気にするな。」

 

クロノはフェイトの謝罪に乾いた表情を浮かべながらそう答えた。

ヒイロは特にこれといった反応を見せることはなかったが、フェイトからの視線が来ていることに気づいた。

 

「・・・・・・。」

「えっと、その・・・・。」

 

フェイトが気まずそうな反応を見せているとヒイロは少しばかり疲れた目を見せる。

 

「・・・プランは考えてある。だが、今は怪我の完治を最優先にしろ。それだけだ。」

「っ・・・・はい!!」

 

ヒイロがそういうとフェイトは目を輝かせながら頷いた。

 

「え、えらく慕っているんだね、彼のこと。結構言動とかにきついものがあるって思っているんだけど・・・。」

「そう、かな?優しい人ですよ、ヒイロさんは。」

 

フェイトのその言葉にクロノは半信半疑でヒイロに視線を移した。

移した先にはーー

 

「ちっ・・・・・。」

 

僅かに気恥ずかしそうに舌打ちをしながら顔をそっぽに向けるヒイロの姿があった。

 

(・・・・・図星か。)

 

割とかわいいところもあるんだな、この人。そう思うクロノであった。

 

 

 




ヒイロは搭乗機に自爆装置がないと不安になるらしい。


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第8話 変革への道筋

うーん、話が中々進まない・・・・


フェイトと合流したヒイロ達はなのはの病室へと足を運んだ。

病室の扉を開くとちょうど医師がベッドに腰掛けているなのはの容態を確認しているところだった。

その医師は何かクロノに用があったらしく、彼を部屋から連れ出し、病室の中にはなのはとフェイト、そしてヒイロが残された。

 

「なのは、体調は大丈夫?」

「うん。リンカーコアもあと少し休んだら元の大きさに戻るって医師の人が言っていたよ。」

 

フェイトがそう尋ねるとなのはは表情を笑顔にする。どうやら大事には至るようなことはないようだ。フェイトも表情を綻ばせて、安堵感を露わにする。

 

「そっか・・・。よかった。」

「ヒイロさんも助けてくれてありがとうございます。」

 

なのはからお礼を言われるが、ヒイロは壁に体を預け、腕を組んだまま軽く視線をなのはに向けるだけで特に言葉は返さなかった。

 

「あの、ヒイロさん、少し質問してもいいですか?」

「・・・・なんだ?」

「ヒイロさんがアースラで素性を話した時、襲ってきた人達、守護騎士に未来はないって言ってましたけど、それは一体どういう意味なんですか?」

 

なのはが言っているのはヒイロがゼロシステムを起動させた時に見た未来のことだろう。ヒイロはなのはの言葉に答えるかどうか少しばかり逡巡する。

 

「・・・・そのままの意味だ。このまま奴らが魔力の蒐集を行うのであれば奴らは死ぬ、というより消滅する。」

 

ヒイロが『消滅』という言葉を使ったのは訳があった。ゼロシステムが見せたビジョンにはその守護騎士達と思われる人物の体が光となって消えていく光景があったからだ。

ヒイロのその言葉になのは達は驚きの表情を浮かべた。

 

「そんなっ・・・!?じゃあどうしてあの人達は魔力を集めているんですかっ!?」

「ヒイロさん、私も気になります。」

 

なのはの悲鳴のような声と対称的なフェイトの物静かな声が病室に響く。

 

「・・・・奴ら、というよりあの紫色の騎士装束の奴は俺が目的を聞くと答えられないと言った。」

「それは・・・当然ですね。わざわざ敵に目的を明かすとは思えない。」

 

ヒイロの言葉にフェイトは同調の意志を示す。フェイト自身、なのはと初めて会敵した時は目的を伏せていた経験からくるものだった。

 

「だが、着目するのはこの前だ。騎士装束の奴は前置きに『悪い』とつけた。つまり奴の心情に罪悪感、ないしはそれに準ずるものが含まれているという裏付けに他ならん。」

「罪悪感・・・・?ということは嫌々やっているっていうことですか?なら、説得することもできるんじゃ・・・。」

「そちらの線も捨て置けないが、可能性は低いだろう。そもそも罪悪感には様々な形がある。もっとも、話し合いでどうこうできるとは思えんが。」

 

ヒイロがそういうとなのははまるでそんなことはない、というような表情をヒイロに向けた。

 

「・・・まさかとは思うが、お前は奴らと話し合いができると思っているのか?」

「・・・私はできると思います。だって、あの紅い服の子は私が帽子を撃ち落とした時、怒っている顔をしてました。」

「それは聞いている。奴らに感情があるのは明白だ。だが、だからといって奴らと対話ができる保証はどこにもない。」

「でも、それでも私は理由を知りたいんです。どうして魔力を集めているのか、その理由を。それを知ることができたら、私達にできることがあると思うから。」

 

理由、その言葉を聞いて、ヒイロは少しばかり言葉を詰まらせる。確かにヒイロは守護騎士達がなぜ魔力を蒐集しているのかは疑問に思っていた。

ただ『闇の書』の完成を目指しているのであれば、元々闇の書のプログラムである守護騎士達に罪悪感のようなものはないはずだ。

だが、集めること自体に罪悪感が生じているのであれば、完成以外の目的がある可能性が高い。

もっともヒイロ自身、守護騎士達が明確な敵であるとはまだ断定はしていない。

ただ話し合いでは解決は不可能であり、理由を聞き出すにも相手を無力化するのが定石である、そう彼の中では結論づけていた。

 

「・・・・確認する。お前はあくまで奴らの目的が知りたい。それは俺も同じだ。だが、お前のその手をさしのばす行為は奴らに取って火に油を注ぐようなものであるという認識はあるのか?最善の手は奴らと戦い、その上で無力化することだと思うが。」

「・・・それでも、です。私の力は誰かを傷つけるためじゃない。みんなを守るためにあるんです。」

「・・・・・・・了解した。次に接敵した時は最初こそ俺も戦闘態勢を解いておく。だが、チャンスはその一度きりだ。その時に奴らがこちらに攻撃を仕掛けてくるようであれば、それ以上の対話は不可能と断定し、俺も戦闘態勢に移行する。それでいいな?」

 

ヒイロの条件付きの承諾になのはは表情を嬉しそうなものに変え、頷いた。

そのちょうどよく話が終わったタイミングで病室のドアが開き、クロノが戻ってきた。

 

「・・・話は済んだのか。」

「ああ。なのははもう立てるのか?」

 

ヒイロがそう聞くとクロノは頷く。そしてクロノの視線はそのままなのはに注がれると同時に質問する。

「うん。一応大丈夫だよ。」

 

クロノの問いになのはは疑問気な表情を浮かべながら答えた。その言葉にクロノは頷きながらこう続けた。

 

「一度、ユーノとアルフにも顔を合わせよう。ちょうど君たちのデバイスの修理作業をしているはずだからな。」

「・・・・わかったの。少し着替えるから外で待ってて。」

 

なのはが着替える様子を見せたため、ヒイロは一度、クロノにとっては二度目の病室の外での待機となった。

ちなみにフェイトは何故か部屋の中にいた。

程なくするとなのはは私服に着替えた状態でフェイトを連れて病室から出てきた。

 

「僕が案内するからついてきて。」

 

クロノを先頭にして一同はユーノとアルフの元へと向かう。その道中、ヒイロはフェイトに話しかける。

 

「フェイト。」

 

ヒイロに突然話しかけられたフェイトは表情に驚きを表しながらヒイロの方を向く。

 

「なんですか?」

「・・・お前もなのはと同じ心境なのか?」

 

そう尋ねるとフェイトは微妙そうな表情を浮かべ、足を止める。

ヒイロも彼女の隣で足を止め、フェイトの答えを待つ。

 

「・・・・私もなのはと同じです。とてもあの人達が悪人とは思えません。分かり合える余地はあると思います。だけどーー」

 

フェイトはそこで言葉を切り、自身の胸元に手を添える。

その表情にはどこか悩んでいるように見える。

 

「私は、心の中であの人達と闘いたい、そんな風に思っているんです。もっと具体的に言うとあの騎士甲冑の人を越えたい。矛盾、してますか?」

 

フェイトはそういうと軽くヒイロに視線を向ける。今度はフェイトがヒイロの答えを待った。

 

「いや、矛盾などはない。お前がそう思っているのなら、その感情に従え。」

「感情に従え・・・ですか?」

 

思ってもいなかった答えにフェイトはヒイロの言葉を聞き返した。

 

「お前のその感情のまま、行動しろ。」

 

ヒイロはそれだけ伝えると先を行くなのは達を追っていった。

 

「・・・・じょ、助言してくれている、でいいのかな・・・?」

 

残されたフェイトはわずかに不安気な表情を浮かべる。

心の中に響いてくるのは、先ほどのヒイロの言葉ーー

 

「私の感情のまま行動しろ・・・。もっと貪欲になれってことなのかな・・・。」

 

フェイトもヒイロの言葉の意味を考えながらあとを追うために歩を進める。

 

 

 

 

ヒイロとフェイトが前を行くクロノとなのはに追いついた場所はちょうどクロノが言っていたなのはとフェイト、二人のデバイスが置かれている場所だった。

 

「・・・・手酷くやられているようだな。」

「わかるのかい?」

 

ヒイロの零した言葉にユーノが反応する。ヒイロは頷きながらも言葉を続ける。

 

「デバイスの待機状態の時点で既にヒビが随所に発生している。展開した状態は言うまでもなく、ボロボロ以外の何者でもないだろう。はっきりいって、戦闘を行うのは現状不可能だ。直すのならばパーツごと変えるのが手早いだろう。」

「うん。ヒイロさんの言う通り、レイジングハート、バルディッシュ共々損傷率はかなり高い。今は自動修復をしているけど、基礎部分の修復が済んだら、一度再起動して、いくつかの部品は変える必要がある。」

 

自身の相棒の痛ましさ、そして自分たちの力不足に直面した二人は悲しげな表情を浮かべる。

 

「・・・・それがお前たちと守護騎士達の力の差の現れだな。」

「ちょっとヒイロ。いくらなんでもそんな言い方は・・・。」

「アルフ、大丈夫・・・。ヒイロさんの言っていることはなんら間違ってないから。」

 

ヒイロの言い草につっかかろうとするアルフをフェイトが諌める。自身の主人の言葉にアルフは不満タラタラながらもとりあえずヒイロにつっかかることを抑える。

 

「なのは、私達は強くならないといけない。あの人達に話し合いのテーブルについた方がいいと思わせるぐらいの強さを示さないとなのはがやりたいって思っていることは多分、できない。」

 

フェイトは厳しいと表情でなのはにそう投げかける。対してなのはは軽く表情を緩ませていた。まるで、フェイトのその言葉を待っていたかのようだった。

 

「・・・想いを届けるためには力も必要なんだよね・・・。」

 

なのはは意を決した顔つきでフェイトに向き直る。

 

「私、強くなるよ。強くなってあの人達に想いを届けたい。」

 

なのはのその言葉にフェイトは笑みを浮かべる。

すると突然なのはは何かを思い出したような表情を浮かべ、フェイトに尋ねた。

 

「あ、そういえばフェイトちゃん。ヒイロさんと特訓するんだっけ?」

「え?えっと、うん。そうだけど・・・?」

「私も混ぜて欲しいって言ったら、混ぜてくれるかな?」

 

フェイトはなのはにそう言われるとヒイロに微妙な表情のまま申し訳なさげな視線を向け、なのははヒイロに期待するような視線を送っていた。

ヒイロはそれを見ると一つ、軽くため息を吐く。

 

「・・・・・問題ない。今のところはな。それほど面倒が見切れないほどの量をやらせるつもりはない。」

「わーい♪」

「その・・・何から何までごめんなさい・・・・。」

「とはいえ、はじめに言っておくが、お前達にやらせるのは専ら肉体改造だ。」

 

ヒイロがそう言うと二人、具体的にいうとなのはが先ほどまでの嬉々とした表情を固まらせる。首は油のさしていない機械のようにぎこちない動きでヒイロにその笑顔のまま青くなった顔を向ける。

 

「に、肉体改造・・・?それってもしかしてバッタとかの怪人とかに改造される奴・・・?」

「・・・・お前は一体何を言っているんだ・・・?」

 

ヒイロが無表情のままなのはに指摘すると呆れた表情をしていたクロノが説明を始める。

 

「肉体改造、つまるところ筋力トレーニングだ。フェイトはともかくなのはにそれはーーーいや、ありだな。」

 

その説明の途中でクロノは手を顎に乗せて考え込む仕草をする。その様子にユーノやアルフも疑問気な表情をする。

しばらくクロノのその様子を見せられているとクロノの顔がハッとしたものに切り替わる。

 

「ヒイロ、なのはの筋トレだが、君の思う存分にやってくれ。」

「何か理由ありきのようだな。聞かせろ。」

 

ヒイロがそう尋ねるとクロノは頷きながらもなのはに視線を向ける。

 

「なのは、君のディバインバスターやスターライトブレイカーと言った砲撃魔法だけど、本来であれば使用者のリンカーコアに物凄い負荷がかかるものなんだ。」

「え?でも・・・私今まで撃ってきた中でそんなことはーー」

 

なのはのなんともないと言った表情にアルフやフェイトも同意するようにクロノに怪訝な表情を向ける。

しかし、その中でユーノだけはハッとした表情していた。

 

「そうだよ・・・。なのはのリンカーコアの魔力係数が異常だったから気づかなかった・・・。」

「ゆ、ユーノ君までどうしたの?」

「ヒイロさん、僕からもお願いします。なのはを鍛えてやってください。」

 

ユーノがヒイロに対して頭を下げたことになのはは驚きの声と表情をする。

突然の事態になのは自身あまり追いついていないのだ。

 

「・・・・砲撃魔法には肉体的な負荷も少なからずあるということか?」

 

話の内容から導き出した予測をヒイロが口にするとクロノはその通りだと言わんばかりに頷いた。

 

「ああ。確かに今はなのはの言う通りなんともないかもしれない。君の魔力量は確かに眼を見張るものがある。だけど、あんな馬鹿出力の砲撃魔法を撃って、何もデメリットがないとは思えない。その小さな負荷がもしかしたら数ヶ月、いや数年と何もしないまま繰り返し撃ち続けていれば負荷はどうしようもないほど溜まっていく。それが爆発してからじゃ遅いんだ。」

 

クロノの説得とも取れる説明に一番早く答えたのはーー

 

「・・・・了解した。だが、限度は俺の方で決めさせてもらう。なのはとフェイトは兵士として戦うわけではないからな。もっともこの平和な世の中に俺のような兵士は必要ないがな。」

 

ヒイロであった。壁に背中を預けながらもその目にはある種の決意が見えていた。

 

 





おまけ

「そういえばなのは、お前はどこから俺がフェイトの特訓をすると聞いた?」
「え?リンディ提督からだけど・・・?」
「・・・・別に情報源がいるな・・・。リンディはフェイトが俺に頼んできた後に会ったが、その時点では知らなかったはずだ。」

ヒイロがそう言うとおずおずと誰かが挙手しているのが見えた。
全員の視線がその人物に集中する。その人物は、他ならぬフェイトであった。

「お前か・・・。まぁ、可能性ならないわけではないが・・・。」
「・・・・確かに私と言えば私だけど・・・正確に言うと言ったであろう人を知ってる・・・。」

フェイトはそう言って、この場にいるある人物に視線を向ける。その視線を向けられたのは、彼女の使い魔であるアルフだった。

「アルフ。私、貴方にしかヒイロさんとの特訓のことは教えていないはずなんだけど・・・。」

フェイトにそう問い質されるが当の本人は口笛を吹いてやり過ごそうとしている。

「アルフ?貴方でしょ。話したの。」

フェイトの冷えた声がアルフに突き刺さる。するとアルフの表情が諦めたものに変わった。おそらく白状するのだろう。

「いやーね。もしかしたらコイツがフェイトに何かするんじゃないのかって思ってさ。内緒でリンディ提督に教えちゃった☆」

テヘッという擬音が付きそうなおどけた表情でそう言うとヒイロはわずかに怒気を孕んだ目でアルフを睨む。

「・・・・・・。」
「・・・・・悪かったって。そんな目で睨まんでおくれよ。」

アルフがそうヒイロに向けてとりあえずの謝罪をするとヒイロは自分の感情を引っ込めた。

「ところで諸々のところなんだが、なんでフェイトはヒイロに特訓を頼んだんだ?」
「えっと、近接戦闘能力がすごかったから・・・。」
「そうなのか?僕はアースラにいたからわからなかったんだが・・・。」
「初見で守護騎士のリーダー格の人を筋力だけで圧倒してた。」

『・・・・・は?』

なのはを除く全員の間の抜けた声が響き、その原因であるヒイロに注がれる。
対してヒイロはこれといった反応は見せなかったがーー

「本当にヒイロさんはすごいよね。だって守護騎士の人の腕の骨を粉砕しちゃうんだもん。」

なのはの言葉に今度は一同は無言に伏した。そして、再度ヒイロに視線が注がれる。

「・・・・なぁ、ヒイロ、君に身体検査を依頼したいんだけど、構わないかい?」
「別に構わない。」

本人の許可を取って検査をした。ちなみにそのあまりな結果にリンディが軽く発狂しかけたのは内緒である。




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第9話 ゼロの警告

今回ちょっと少なめ。普通に書いていたら書こうと思ってた箇所が抜けていることに気づいて途中制作。割と急いで書いたから支離滅裂かもしれないっす。


「ねぇ、二人共、クロノ君知らない?」

 

レイジングハートとバルディッシュのそれぞれ破損したパーツが明日か明後日に揃えられることをユーノとアルフに伝えにきたエイミィはそんなことを尋ねる。

 

「ああ、それだったらなのはとフェイトとそれにヒイロを連れてどっか行ったね。」

「確か、管理局の偉い人に会いにいくとか言ってたような・・・・?」

 

アルフとユーノの言葉にエイミィは合点のついた表情をする。

おそらく前々から言っていた人物のところへ向かったのだろう。

 

「あ、グレアム提督のとこかな。」

「グレアム・・・?確かその名前はフェイトの保護観察官の名前じゃなかったかい?」

 

アルフの確認にエイミィは頷きながらこう続ける。

 

「うん。ギル・グレアム提督。フェイトちゃんの保護観察官でクロノ君の執務官研修の担当官だったんだよ。」

 

 

 

(・・・・・ゼロがこの男に対して警告を告げている・・・?)

 

ヒイロが視線を上げるとそこには一人の初老の男性がいた。青味がかった髪と髭を有し、温厚な見た目を醸し出している人物は、ヒイロと話しをしてみたいと前々から話しが上がっていたギル・グレアムその人であった。

なのはとフェイト、そしてヒイロは用意されているソファに腰掛け、クロノは少し離れたところに立っていた。

しかし、リンディの報告書からフェイトの人柄を優しいといった彼の笑みからあまり警戒する必要性は感じられない。

 

「ふむ、確かにヒイロ君。君は普通の人間とはわけが違うようだ。」

 

グレアムはヒイロを見やるとそんなことを口にする。長年、管理局に就いているのもあって、人を見る目がついたグレアムにとって造作もないことであった。

 

「君のその目は戦士、いや君の言葉でいうのであれば兵士の目だ。なるほど、リンディ君からの報告はほぼ間違えていないようだ。」

「・・・・俺個人としては話すことは何もない。」

「いいんだ。ただ君のことが心配になった老人のお節介という奴だ。君が話したくないことを話させるつもりは毛頭ない。もちろん、君のそのデバイスのこともだ。」

「・・・・・そうか。」

 

ヒイロはグレアムに対してゼロシステムが警戒を続ける理由はひとます置いておいた。探りを入れるのもいいかもしれないが、それでこちらの立場が悪くなるのは回避しておきたい。

無表情を貫くヒイロにグレアムは軽くほほえむような表情を浮かべるとなのは達に視線を移す。

 

 

「ふむ、なのは君は日本人なのか。懐かしいな、日本の風景は。」

 

そう言って懐かしむ表情を浮かべるグレアム。どうやら彼のルーツは地球にあるらしい。顔つきを鑑みるに西洋人なのは間違いないが。

なのはが驚きの表情をしながら尋ねると、彼は自身をイギリス人だと言った。

彼はそこから自分が管理局の一員となった経歴を話し始める。

今からおよそ50年前、ひょんなことから傷だらけの管理局員を助けたグレアムはその後の管理局の検査により自身に高いレベルでの魔力資質があることが発覚。

その出来事を機に彼は管理局の一員となったらしい。

 

「フェイト君。君はなのは君の友達かい?」

「・・・・はい。」

 

グレアムの質問にフェイトは少々疑問気ながらも頷く。

 

「友人や信頼してくれる仲間を裏切るような真似は絶対にしないでほしい。それを誓ってくれるのであれば、私は君の行動に一切口を挟むことはしない。できるかな?」

「・・・・・はい。誓います。」

 

グレアムの言葉にフェイトは噛み締めながらも力強い口調で頷いた。

 

 

程なくして、フェイトとなのははグレアムの私室から退席する。ヒイロもそれに続くつもりだったが、クロノがグレアムに自分達、アースラクルーが闇の書の捜査・捜索の担当になったことを告げる。

それを聞いたグレアムは険しい表情をしながらクロノに言葉を送る。

 

「そうか、君たちがか・・・・。言えた義理ではないかもしれないが、無理はするなよ。」

(・・・・この男、闇の書と何か浅はからぬ因縁があるようだな。こちらで調べてみるか・・・。)

 

ヒイロはグレアムを軽く見やったのち、なのは達と同じように部屋を後にした。

 

 

ヒイロはグレアムとの面談を済ませたあと、クロノ、フェイト、そしてリンディ達と共に今回の事件の資料を見ていた。その部屋の窓からはアースラなど他の次元空間航空艦がメンテナンスを受けている様子が見える。

ヒイロはその中でリンディの持ってきた捜査資料を見る。その資料には比較的『第97管理外世界』通称地球から個人転送で行ける距離で守護騎士達の出現が確認されていた。

 

「・・・・その守護騎士とやらは地球から然程離れていない距離で魔力の蒐集を行なっているようだな。」

「そうね。おそらくあの子の近くにこの守護騎士達の主人がいるのだろうとは思うのだけど・・・。」

「この結果から見て軽くプロファイリングを行なったがおおよそそれで間違いはないだろう。」

 

ヒイロの言葉にリンディは難しい表情を浮かべる。リンディ曰く、地球に赴こうとするのであれば管理局の転送ポーターでは中継を挟まないと行くことが難しいとのことだった。つまり有事の際には後手に回らざるを得ない状況になる可能性が高いということだ。

 

「・・・・アースラが使えないのは痛いですね・・・。」

「・・・・・使用できる次元航空艦の空きは少なくとも2ヶ月はないそうだ。」

 

フェイトが窓からアースラの様子を見ながら言った言葉にリンディも首を縦に振らざるを得なかった。クロノの言う通り、アースラなどの船が使えないのであれば、拠点を現地に用意するぐらいしか迅速に対応できる手段はなくなる。

 

「というか、フェイト、君はいいのか?それにヒイロも。」

「何が・・・?」

 

突然のクロノの問いかけにフェイトとヒイロは疑問の表情を浮かべる。

 

「フェイトは嘱託とはいえ外部協力者だ。ヒイロに至っては形上、なのはと同じ民間協力者。君たちが無理に付き合う必要はない。」

「クロノやリンディ提督が頑張っているのに、私だけ呑気に遊んでいる訳にはいかないよ。アルフも協力するって言っているから、手伝わせて。」

 

フェイトの答えを聞いたクロノは無表情で腕を組んでいるヒイロに視線を移す。

 

「・・・ヒイロ。君もフェイトと同じかい?」

「・・・・俺は借りを返すだけだ。だが、少しばかり懸念材料があるのが事実だ。それについて、リンディ。お前に聞いておきたいことがある。」

「懸念・・・材料・・・?」

 

そう言われ、リンディは首を傾げながらヒイロの言葉を待った。

 

「・・・・ギル・グレアムと闇の書の因縁関係を教えろ。ゼロがあの男に対して警告を告げていた。」

「っ・・・・!?」

 

リンディはとても驚いた表情をしたのち、その表情を曇らせた。それはまるであまり思い出したくないものを思い出したかのようなものであった。

リンディのその表情にフェイトは心配そうな表情を浮かべ、クロノはヒイロに厳しい視線を向ける。

 

「・・・・貴方のデバイスは、本当に賢い子なのね。」

「賢い、か。それで済めばいいがな。」

 

ヒイロがこぼした言葉に全員の視線に疑問のものが含まれる。

 

「それは、どういうことなんだ?」

「・・・俺がゼロと呼んでいるのは、この機体(ウイングガンダムゼロ)のことではない。これが積んでいるシステムのことだ。」

 

ヒイロは軽く自身の天使の翼に抱かれた剣の意匠を持つペンダントを触ると説明を続ける。

 

「これは俺がウイングゼロについての情報の開示を拒否する理由の一つだ。だがお前達の信用を得るためならば、致し方ない。これを教えるかわりにギル・グレアムの因縁関係を教えろ。」

「・・・・・わかったわ。約束する。」

 

リンディの頷きをみたヒイロはウイングゼロの搭載するインターフェース、『ゼロシステム』についての説明を始める。

 

「ゼロシステム。ゼロ、というのはあくまで略語であり正式名称はZoning and Emotional Range Omitted System。直訳するなら『領域化及び情動域欠落化装置』だ。」

「・・・あまり字面だけではよくわからないわね。」

「このシステムはパイロットの脳をスキャンし、神経伝達の分泌量を制御する。」

 

ヒイロの説明にリンディ達は疑問気な表情を浮かべる。ヒイロも無理もないだろうと思った。あの技術者達の考えることはいつもよくわからないからだ。

それでもそれはあくまで技術開発の面だけであり、自分達の技術力を誇示しようとしないだけマシだったが。

 

「簡単に言えば、人間が本来なら耐えられない動きを神経伝達を抑制することで欺瞞するということだ。」

「・・・・それだけ聞くと何も隠すようなことはないようにも見えるけど・・・。いや、十分にすごい代物だっていうのはわかるが・・・。」

「コイツの本領は超高度な情報分析と状況予測にある。ゼロは敵の動きを徹底的に解析し、敵が次にどう動くのか。いわばその人物の『未来』をパイロットの脳に直接フィードバックする。」

「それって・・・・凄くないですか?だから守護騎士の未来も分かったんですね。」

 

フェイトは純粋に凄いというがクロノとリンディは表情を厳しいものにしたままだった。フェイトはそのことに少しばかりオロオロする。

 

「あ、あれ・・・・?」

「・・・・フェイト。未来っていくつあると思う?」

 

クロノがそういうとフェイトは少し考え、そしてこう返した。

 

「え・・・?それは・・・()()()()ある、のかな。あ・・・。」

 

フェイトが何かに気づいた反応を見せるとクロノは頷きながらも険しい口調で続ける。

 

「そういっぱいだ。それこそ計り知れないほどの未来がある。そのゼロシステムはその未来を頭の中に直接叩き込むんだ。並の情報処理能力では一瞬で潰されてしまうだろう。」

「さらに言うが、ゼロは『敵を倒す』ことに特化している。その未来の中には味方もろともや操縦者を省みないものもいくつもある。その光景を直接脳にフィードバックされ、ほとんど現実と遜色ないビジョンで映し出される。仮にだがお前はなのはを自身の手で殺す未来を見て、耐えられるか?」

 

ヒイロからそう言われ、フェイトは思わず頭の中でイメージしてしまう。自身の手でなのはを殺してしまう情景を。その瞬間、フェイトはその恐怖から顔を青くし、悲痛な表情を浮かべながら首を横に振る。

 

「や、やだ・・・!!耐えられる訳ないっ!!」

 

フェイトのその様子を見て、ヒイロは少し時間を置く。彼女が落ち着く必要があったからだ。フェイトが落ち着きを見せ始めた時、リンディがヒイロに尋ねた。

 

「・・・・ねぇ、ヒイロ君。そのシステムの見せるビジョンに耐えられなかったら、どうなるの?」

「・・・・そうなったが最後、操縦者はシステムの傀儡に成り果て、システムの見せる未来に振り回され、暴走を始める。仮に暴走を止められたとしても、乗っていたやつは脳が焼き切れ、死ぬ。よくても精神が使い物にならなくなっているだろうから廃人がいいところだ。」

「・・・・貴方は本当に強い人間なのね。それに乗って今まで戦ってきたんでしょ?」

「俺にはできた。ただそれだけだ。俺はどうしようもないほど弱者だ。ついでに言えば、強者などどこにもいないと考えている。それこそ、奴ら守護騎士も例外ではない。」

「・・・しかし、貴方が隠すのも頷けるわね。未来を見るなんて、ミッドチルダ式の魔法ですらできないことを機械、というより科学がやってのけている。そんなのが明るみに出れば、ブレイクスルーが起きるのは避けられないわね。」

 

リンディは神妙な面持ちをしながらヒイロの目を見つめ、意を決する表情を浮かべる。

 

「さて、それじゃあ今度はこっちの番ね。貴方がそのゼロシステムについて包み隠さず教えてくれたからこちらも包み隠さず言うわ。」

「・・・母さん。大丈夫なのかい?」

 

クロノが心配そうにリンディに声をかけるがリンディはクロノに対して首を振った。

 

「大丈夫よ。もう自分の中で折り合いは付いているから。」

 

そう言うとリンディはヒイロに向けて話し始めた。

かつて闇の書の捕獲作戦において、自身の夫である『クライド・ハラオウン』が関わっていたこと。そしてその夫は突如として発生した闇の書の暴走に巻き込まれて殉職したこと。

最後にギル・グレアムがその艦隊の総司令官として現場にいたことを。ヒイロに赤裸々に語った。




感想など、気軽に送ってどうぞ^_^作者の励みになりますので^_^


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第10話 引っ越しと出会い

お気に入り250人越えました!!ありがとうございます!!


人々の喧騒が周囲を彩り、12月の冷たい風が肌を突き刺す。

道行く人々もその寒さから少しでも逃れるために身につけている衣服を生地の厚いものに変えて凌ごうとする。

人々から視線を外して周囲の風景に目を向けるとクリスマスの準備のためか街路樹にはイルミネーションがつけられ、大型ショッピングモールには緑や赤を基調とするポスターが貼られていたりする。

ヒイロはこのクリスマス準備真っ只中の海鳴市を一人で歩いていた。

 

あてもないまま彷徨うように人だかりの中を進んでいく。

なぜこうなったのかはおよそ数時間前に時を遡るが、今回はそれより前から説明を始める。

 

 

 

 

 

リンディからグレアムと闇の書との因縁を聞いたあと、ヒイロは彼女らと別れ、話の内容を纏めていた。

 

(・・・リンディの夫、クライド・ハラオウンはかつて闇の書の捕獲任務に就いていた。だが、その運搬中、突如として闇の書が暴走を始め、その男の乗る次元航空艦『エスティア』を掌握。さらにあろうことかその掌握された船はその銃口を味方へと向けた。その時の艦隊総司令であったギル・グレアムはクライド・ハラオウン自身の要求もあり、艦隊にエスティアへの攻撃指示を下した。最終的にエスティアは轟沈。クライド・ハラオウンは還らぬ人間となった。)

 

ヒイロはこの時点でグレアムはクライドの乗艦するエスティアへの攻撃の指示を下したことを後悔していると考えていた。さらに、その後悔は自責に変わっていき、最終的には闇の書に対する私怨に変わっている可能性が高い。

ゼロが警告したのはおそらくグレアムが闇の書に対する手段がよほど危険なものであるからであろう。

 

(・・・さらに言えば、あの男は優しすぎるし、責任感が強い。おそらく心的な負担を無意識のうちに押し殺し、積み重ねている。それが爆発すれば奴がどういう行動をとるのかは未知数だ。行動を起こす前、ないしは行動を起こした直後に何かしらの対策をしておく必要がある。)

 

ヒイロはそういいながらある人物を思い返していた。グレアムのように温厚な思考を持ちながらも自身にのしかかる心的疲労を吐き出さずに溜め込んだ結果、心が壊れ、ゼロシステムに飲み込まれた仲間、カトル・ラバーバ・ウィナーのことを。

 

(・・・あの男は、カトルに似ている。似ているからこそ、俺は奴の暴走を止めなければならない。場合によってはこちらの障害になる可能性もあるからな。)

 

 

 

 

 

 

ある程度時間が過ぎるとリンディから集合の号令がかかった。

休憩スペースと思われる自販機がいくつもある部屋にアースラのクルーが集合するとリンディから件の第一級ロストロギア『闇の書』の担当が自分達になったことを告げられる。

さっそく調査のために海鳴市に赴こうとするのだが、肝心のアースラはメンテナンスのため、動かすことは叶わない。

そこでリンディが発案したのが、海鳴市内に拠点を設けてしまおうという内容だった。

確かに海鳴市に拠点を置いておけば、有事の際には迅速な対応ができる。理にかなった案だっため、アースラに置いていた機材をあるアパートの一室を借り、そこを拠点とした。

なお、引っ越しの作業はヒイロの人外な筋力を持って、それほど手間はかからずに終えることができた。

 

「・・・・・あの細い腕のどこにあんな馬鹿力があるのかしら・・・?」

 

そう苦笑いを浮かべるリンディの目の前には本来であれば大の大人が数人必要な家具や機材を二本の腕で軽々持ち上げ、室内へと運び込んでいくヒイロがいた。

そのヒイロの仕事振りを見て、『もうこの子一人でいいんじゃないか?』というアースラクルーの心の声が重なった。だが、ヒイロは突然、足を止めて、視線をある一点に集中させる。その視線の先には・・・。

 

「・・・・フェレットと赤い子犬・・・。こんな奴、いたか?」

 

その二匹の獣は器用に二本の足で立っていた。フェレットはどうだか知らなかったが少なくとも子犬にそれほどの筋力が備わっているとは思えなかったヒイロはしばらくその二匹を見ていたがーー

 

「あ、ユーノにアルフ。こっちではその姿なんだ。」

 

エイミィがデータを確認しながら二人の名前を呼んだ。どちらも知っている名だったため思わずその二匹に驚いた視線を向ける。

 

「なのはの友達だとこの姿じゃないとダメなんだ・・・。」

 

フェレットが口を開くとユーノの声が響いた。ありえない現象にヒイロはしばらく驚いた表情から変えることができなかった。

 

「・・・・魔法というのはそのようなものもあるのか。」

「色々あるんだよー。今は子犬だけど、おっきくなれたりもするんだからね。」

 

アルフが肉球のついた手を振りながらそんなことを言ってくる。

ヒイロはそれ以上考えることはなく、作業に戻った。

 

そして、荷物の運搬作業もほぼ完了し、一息ついたところに訪問者の訪れを知らせるチャイムが鳴り響く。

ヒイロは最初こそ警戒心を露わにするが、それより先になのはが笑顔を浮かべながら扉を開けはなつ。

そこにはなのはと同年代ほどの少女が二人いた。そこでなのはが友達だと紹介したところでヒイロはようやく警戒心を引っ込めた。

 

「こんにちはー。」

「きたわよー。」

「すずかちゃん、アリサちゃん!!」

 

なのはとフェイトはその二人の友人に笑顔を向けながらお互いの再会を喜びあっていた。話を聞いているとフェイトも知り合いのようだが、ビデオメールでやりとりをしていたらしい。

やることがなくなったため、ヒイロはエイミィから許可を取って事件資料を流し読みしていると、なのは達の元に向かっていくリンディの姿が視界の端に映った。

どうやらリンディもなのはの友人達に挨拶をしているようだ。

 

(・・・・まぁ、俺には関係のないことだ。)

 

そう結論づけ、資料を漁っているとーー

 

「ヒイロ君ー?ちょっと来てくれるー?」

 

リンディの自身を呼ぶ声が耳に入る。何事かと思いながらも借りていた端末の電源を切り、リンディの元へ向かう。

 

「・・・・・何か用か?」

「これからなのはちゃんの実家に挨拶に行くのだけど、貴方も来ないかしら?こういうのあんまり縁がなかったでしょ?」

(それに、周囲の地形環境とかも把握しておける。理由づけにしてはもってこいだと思うのだけど?)

「・・・・了解した。」

 

ウイングゼロの通信機能を介して、リンディの念話が届く。ヒイロとしては周囲を把握しておくのもしておきたかったのもあったため、利害が一致すると判断したヒイロはそれ承諾した。

が、ヒイロの視界には気になるものが映っていた。なのはの友人であるすずかとアリサがヒイロに向けて、呆けたような表情を向けていた。

 

「・・・・・先ほどから俺の顔を見て呆けているようだが、なんだ?」

「え、あ、いや、なんか、なのはのお兄ちゃんに声が似ているって思って・・・。」

「う、うん。そっくりだよね・・・・。」

 

気になったヒイロがそう尋ねるとハッとした二人はヒイロにそう理由を述べた。

ヒイロが別人に間違われるのは初めてではなかった。一度目はその兄の親族であるはずのなのはからだった。意識が朦朧としているのもあっただろうが、それでも間違わられるということはよほど似ているのだろう。

 

「ソイツとは会ったことはないが、それほど似ているのか?なのはにも間違われたのだが。」

 

ヒイロがそういうと二人はなのはに視線を移す。特に金髪の髪をロングにしている少女、『アリサ・バニングス』はなのはに向けてきつい視線を向けている。

 

「な・の・は〜〜〜?アンタ、自分のお兄ちゃんと赤の他人を間違えるって、どういう了見しているかしら〜〜〜?」

「い、いや、それはその、色々と条件が重なっちゃってーー」

「問答無用!!アンタにはコメカミグリグリしてやるわー!!!」

「にゃあああああああっ!!!!!?!!?」

 

狼狽した様子のなのはにアリサが彼女の両方のコメカミ部分に握りこぶしをそれぞれ当てて、グリグリとえぐり始めた。その痛みになのはは悲痛な叫びを辺りに撒き散らしていた。

 

「あ、あの。」

 

なのはが叫んでいる様子を無表情で眺めていると自身を呼ぶ声に気づきそちらの方に振り向く。

その視線の先には紫色のウェーブのかかった艶のある髪を腰にまで伸ばしている少女『月村すずか』がいた。

 

「なのはちゃんがお世話になっています。」

 

そういうとペコリと頭を下げた。ヒイロはそれに特に表情を変えることはなかったがーー

 

「それはリンディに言え。俺はなのはに世話になられた覚えはない。」

「リンディさんって・・・あの人ですか?」

 

ヒイロはすずかと軽いやりとりを行うと一行はなのはの実家である喫茶店へと向かった。

借りたアパートからそれほど距離が離れていない場所になのはの実家の喫茶店はあった。その名は『翠屋』。ヒイロ達が訪れた時には注文したデザートを食べている集団がいくつかあったため、おそらく人気のある店なのだろうとヒイロは推測していた。

リンディはなのはの家族に挨拶をするため、店内に残り、ヒイロ達は頼んだ飲み物を持って、外のテーブルで近況を報告しあっていた。もっともヒイロはそれにはほとんど参加はせず、飲み物を口にしながら、警戒をしていた。

 

(・・・・視線を感じる。それに殺気も混じっているな。)

 

ヒイロは視線は向けずに意識だけをそちらに向けていた。その方角は店内からだ。先ほど、店内で注文を行なった時から妙な視線をヒイロは感じ取っていた。

 

(・・・・リンディと話している奴らではないな。)

 

ヒイロは飲み物を口に含みながらも先ほどから感じる殺気の根源を探す。

店内から感じるがその殺気の大体の発生源はカウンターあたりからだ。つまりこの時点で店内にいる客という線はない。となると、大方なのはの家族辺りに候補は絞り込めてくる。

ヒイロはもう少し情報が必要だと考え、なのはに視線を向ける。

 

「なのは。お前の兄妹は兄以外にもいるのか?」

「え・・・?お兄ちゃん以外にはお姉ちゃんもいるよ。私は一番下の末っ子なの。」

 

なのははヒイロの質問に疑問を覚えながらも答えた。ヒイロはその情報を元に再度店内に意識を向ける。ちょうど視界には眼鏡をかけ、三つ編みをした快活な印象を受ける店員が客から注文を取っている光景が見えた。

 

(おそらく、あれがなのはの姉か。奴もそれなりに鍛えているようだが、殺気の根源ではないか。)

 

となると、消去法でヒイロに殺気を当てているのはなのはの兄ということになる。

ヒイロは飲み物を飲みきると徐に立ち上がる。突然の行動になのは達は困惑の表情を隠しきれない。

 

「ヒイロさん・・・?どうしたんですか?」

「・・・・どうやらお前の側に俺がいることを良く思っていない奴がいるようだ。」

 

なのはに質問されたヒイロがそう答えるとなのはは不安気な表情を浮かべる。

 

「俺がこのままいてもお前たちの気を害するだけだ。適当に海鳴市を回ってくる。」

 

そう言って、ヒイロは席を離れ、出ていこうとする。

 

「ヒイロさん!!それってどうしてなんですか!?」

「知らん。だが、そこの店頭に立っている奴にでも聞け。」

 

なのははその瞬間、視線を翠屋に移す。その先には自分の兄である『高町恭也』が店頭に立っていた。しかし、その目はどこか鋭いものになっており、わずかになのはが兄に対して怖いという感情を覚えるほどであった。

 

「も、もしかして、お、お兄ちゃん・・・?」

 

なのはが確認ついでにヒイロに視線を戻すが既にヒイロは遠いところまで移動していた。

 

「ヒイロさん・・・・。」

 

しょぼくれた表情を浮かべるなのはにフェイトが何かしら声をかけようとした瞬間、なのはは店内に向かって駆け出した。

 

「お兄ちゃん・・・・。」

「なのは?いきなりどうしたんだ?」

 

突然自身の目の前にやってきたなのはに疑問気な表情を浮かべる恭也。なのはは特に言葉を返すことはなく、代わりに人差し指を一本だけ恭也に向ける。その表情は顔こそ笑っているが、明らかに目は笑っていなかった。周りの空気は凍りつき、雰囲気は処刑台に立たされ、今まさに刑が執行されようとしているようだった。

 

「・・・・少し、頭冷やそうか?」

 

その日、翠屋に魔王が降臨した。

 

 

その後、風呂場にてドザエモン状態になって、浮いている恭也が見つかったがこの時の様子をなのはの姉である『高町美由希』はーー

 

「なんか写真とか撮ったら右端に『つづく』って出てきそう。」

 

といって軽く笑いを堪えていたそうな。ちなみに恭也は五体満足で無事である。

 

 

そんなこんなでヒイロは海鳴市を一人で散策するという羽目になっていた。

連絡自体は取れないわけではないため、問題はない。ヒイロはそう思いながらほっつき歩いていた。

しかし、目的を然程考えてなかったため、どうしようかと思っているのも本音であった。

しばらく住宅街を歩いていると、ひらけた敷地が目に入ってきた。

その敷地の入り口と思われる場所には大理石でできた立派な看板があった。

そこには『風芽丘図書館』と彫られてあった。

 

(図書館か・・・。海鳴市の詳細な地図がある可能性が高い。今のうちに頭に叩き込んでおくか。)

 

そう考えたヒイロは図書館へと足を踏み入れた。図書館の中は綺麗になっており、何人かが机や椅子などで静かに本を読んでいる様子が見えた。ヒイロは図書館の案内に従って地図のありそうな場所に向かっている途中、ふと目にとまる光景があった。

 

「ん・・・・んん・・・・。」

 

それは必死に手を伸ばして、本棚にある本を取ろうとしているなのは達と同い年くらいの一人の少女がいた。

その高さはヒイロほどの身長であれば楽に取れるし、なのは達でも届く高さだった。しかし、彼女にはそれができなかった。決して彼女の身長が低い訳ではない。

彼女は車椅子に乗っていたのだ。足が全く動いていないことを鑑みるにおそらく下半身不随なのであろう。

 

「・・・・。」

 

ヒイロはたまたま目についてしまったというのもあったが、このまま見逃すのも後味が悪かった。ヒイロは無言で車椅子の少女に近づき、その少女が取ろうとしていたであろう本を代わりに取り、少女に手渡した。

 

「・・・・これか?」

「え・・・・。あ、うん!ありがとうございます。」

 

少女は突然声をかけられたことに驚きながらもヒイロに感謝の言葉を述べる。

 

「気にするな。」

 

それだけ少女に言って、自分の目的である海鳴市の地図を探しに行こうとした時ーー

 

「あ、あの!」

 

ヒイロの背後から少女の制止の声がかかった。ヒイロは振り向くと少女は自身の車椅子を引きながら、隣に来る。

 

「・・・何か探し物ですか?」

「・・・・そうだな。」

「でしたら手伝います。先ほどの礼です。これでもこの図書館には何度も来てるので、何か力になれるかと思います。」

(・・・・図書館の常連か・・・。初めて来た俺にとってはちょうどいいか。)

「・・・いいだろう。」

 

探す手間が省けるかもしれない。そう判断したヒイロは少女のその頼みを承諾した。

 

「私、『八神 はやて』って言います。お兄さんの名前は?」

「・・・・・ヒイロ・ユイだ。早速だが、お前の記憶力をあてにさせてもらう。」

 

ヒイロはそういうとはやてに自分が探している本を尋ねた。

はやてはそれを聞くと顎に手を乗せながら、場所を示した。

 

「それだったら、あの辺、です。」

 

少女はその本があるであろう本棚の方角を指差した。だが、ヒイロには少々気になる点があった。

 

「・・・・・無理をする必要はない。お前が話しやすいように話せ。」

 

ヒイロがそういうとはやては目を見開いて顔を上げた。

 

「ど、どうして・・・・?」

「言葉の節々に違和感があった。隠すのであればもう少し努力をしろ。できないのであれば、最初からしない方がいい。」

 

ヒイロの言葉に少女はフランクな笑顔を向けた。

 

「ほんなら、遠慮なく行かせてもらうわ。よろしゅうな。ヒイロさん。」

「・・・・・ああ。」

 

ヒイロは特にこれといった表情を浮かべなかったが、はやては満面の笑顔を見せていた。

ヒイロははやての後ろに回ると彼女の車椅子のハンドルを握って、前へ進み始めた。

 

「え、ちょ、ちょい待ちっ!?じ、自分でもできるから大丈夫や!」

「こっちの方が早い。それだけだ。あとは図書館では静かにするのが規則ではなかったのか?」

「う・・・。」

 

それきりはやては不服な様子を醸し出したままだったが、大人しくなった。ヒイロはそのまま彼女とともに本を探すことになった。




余談

恭也さんとヒイロの中の人と同じ。


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第11話 相手を思うが故に

前半 まぁ、そうなるな。

後半 (・3・)あるぇー?どうしてこうなっちゃったんだろうねぇー?


図書館の常連である車椅子の少女、八神 はやての案内でヒイロは目的の本がある本棚へとたどり着く。

本棚を順繰りと探索しているとはやてから声を掛けられる。

 

「ヒイロさんはまだ海鳴市に来てから日が浅いんか?」

「・・・そうだな。昨日しがたこちらに引っ越してきたばかりだ。」

 

目的の区画が記されている本を見つけたヒイロはその本を手に取りながらはやての質問に答える。

 

「お一人でなんか?」

「いや・・・・・アパートの一室を借りて、ルームシェアの形で複数人と同居している。」

 

流石に管理局の仕事としてとは口が裂けても言えないため、ヒイロはルームシェアという形ではぐらかした。

そんなヒイロに気づくことなくはやては納得といった表情を浮かべる。

 

「へぇー、私もそんな感じの同居人がおるんよ。みんなええ人達で毎日が楽しんよ。」

「そうか。」

(・・・・多分、海鳴市に何があるのかを知るためなんやろうけど、そもそもとして図書館に来て、わざわざ地図で探すかなぁ・・・・。)

 

そう疑問に思うはやてを置いておいて、ヒイロはそっけなく答えながら机に座り、手に取った地図を開く。

パラパラとページをめくる音だけが二人の周囲に響く。

 

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

 

淡々と本のページをめくっていくヒイロとその様子をただジーッと見つめるはやて。二人の間にどうしようもない沈黙が続いていく。

 

「・・・・こんなものか。」

「え、早ない?もう全部見終わったんか!?」

「知っている奴の家の周辺や海鳴市の主要施設さえ分かれば十分だ。」

 

パタンという本を閉じる音と共にはやての驚いた声が響く。ヒイロは閉じた本を片付けながらはやてに顔を向ける。

 

「俺はここにもう用はないが、お前はどうする?」

「そうやねぇ・・・。そろそろシグナム達が迎えに来るはずやから、私もここいらで切り上げようかな。」

 

ヒイロは効率を考え、はやての車椅子の取っ手に手をかけようとするがーー

 

 

「ちょっ、ちょい待ちぃ!自分で押せるから!!ヒイロさんに手間掛けさせる訳には行かへん!」

 

はやてからの遠慮しがちな声にヒイロは伸ばしかけた手を引っ込めた。はやては車椅子の車輪を自分の手で押して、前へ進んでいく。

 

「・・・遅かったら置いていくぞ。」

 

そうはいうヒイロであったが、歩幅ははやてが遅れないように車椅子のスピードに合わせて歩くのであった。

図書館の静かな空間を二人並んで歩いていく。

図書館の出口から出てみると、空はオレンジ色に彩られ、時刻が6時あたりに差し掛かっていることを伝える。

それと同時にヒイロ達に向かってくる人影が二つほど見えた。日光から逆光で人相を伺うことは難しかったが、状況から判断して、はやての言う迎えの人なのだろう。

辛うじて分かるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるというぐらいであった。

 

「っ・・・・・!?」

 

見たことのある人物に思わずヒイロは表情を強張らさせる。そこにいたのはなのはとフェイトを襲撃したあの守護騎士であったからだ。

ヒイロを視認した守護騎士の二人は予想外の存在に二人揃って目を丸くする。

 

「テメェ・・・!!なんでここにいやがる!!はやてから離れやがれっ!!」

 

赤髪の少女は青い瞳を大きく開いてヒイロに敵意を露わにする。

隣の守護騎士も表情には出ていないものの、ヒイロに鋭い視線を向けている。

 

「・・・・たまたま図書館で会っただけだ。」

「んな言い訳、通用すると思ってんのかよ!!」

 

赤髪の少女は犬歯を剥き出しにしながらヒイロに怒声を浴びせる。

ヒイロはこれといった反応は見せないが、頭の中では状況の整理を行っていた。

 

(はやての言う迎えというのは奴らで間違いないようだ。となると、闇の書の主人というのは十中八九、はやてだろう。よもやたまたま寄った図書館で最重要人物と出くわすとはな。)

 

「な、なんや?ヴィータにシグナム、ヒイロさんとは知り合いなんか?」

 

突然の状況に困惑気味のはやてはヒイロに鋭い視線を向けている守護騎士、シグナムとヴィータに質問を向ける。

シグナムは静かに、それでいて冷たい目をヒイロに向けながら頷いた。

 

「そう、ですね。少々、世話になったので。」

 

その表情は今にも彼女の持つ剣が鞘走るかと思うほどの鬼気迫る表情であった。

まさに一触即発。どちらかが動けば直ちに戦闘が起こりかねない雰囲気だったが、両者は一歩も動くことはなかった。

その理由として、はやての存在が挙げられる。はやては今現在ヒイロの側にいる。事実上の人質のような形になっているはやてに守護騎士の二人は迂闊に動くことはできない。

反対にヒイロもなのはに一度は対話の姿勢に臨むと言ってしまった手前、ここでシグナム達と鉾を交える気はサラサラなかった。それに自分の迂闊な発言でなのは達の対話の機会を奪う訳にも行かなかった。緊張感があたりに漂う中、先陣を切ったのはーー

 

「ふぅん。なんやヒイロさんはいつのまにか私らの世話になっとったって訳か。」

 

はやてであった。ヒイロに視線を向けると人懐っこい笑みを浮かべる。

 

「ヒイロさん。夕飯、私の家で食っていかへんか?」

「はっ!?」「ちょ・・っ!?」

 

突然のはやての発言に守護騎士の二人は素っ頓狂な声を上げながら驚きを露わにする。

ヒイロも呆気にとられながらもはやてに厳しい表情を向ける。

 

「・・・・正気か?」

「正気やで〜私は。だってただ世話になった礼をするだけや。なんらおかしいところはあらへんよ?」

 

おどけた表情をしながら手をヒラヒラと振るはやてにヒイロは訝しげな視線を向ける。

 

(はやては俺と奴らが関係が険悪になっているのは気づいているはずだ。その上で家に上がらせるなど、報復やそのあたりしか思い浮かばんが・・・。)

 

「・・・・やっぱり駄目、かな?ヒイロさんとは今日会ったばかりの仲やけど、それでも家族と喧嘩しそうな雰囲気を見るのは嫌なんや・・・。」

 

そう言ってはやては悲しげな表情を浮かべるが、ヒイロにはそれが演技が混ざっていることを見抜いていた。

 

「・・・・演技が混ざっているのは分かるが、お前のその言葉は本心なのだろう。」

 

ヒイロは視線を逸らしながらそうはやてに言う。はやてはいたずらがバレたような表情を浮かべるが意にかさずにヒイロは矢継ぎ早に続ける。

 

「だが、お前らはどうなんだ?俺が上がったとしてもお前達はよく思ったりはしないだろう。」

 

ヒイロに視線を向けられた守護騎士二人、特にヴィータは拒絶をはっきりと感じさせるように嫌悪感を露わにしていたがーー

 

「・・・・それが主人の願いであるならば。」

 

シグナムは割とあっさりと引いた。そのことに思わず困惑を隠せないヴィータ。

ヒイロも少し意外性を含めた表情を浮かべる。

 

「なぁ、ヴィータちゃん。ダメか?」

 

はやてが僅かに潤んだ声でヴィータに問いかける。それにヴィータはしばらく天を仰いで声にならない唸り声をあげていた。しばらく自分の気持ちと格闘した結果ーー

 

「ああもうっ!!わかったよ!!だがなお前が何か少しでもはやてにへんなことしそうになったらぶっ飛ばすからなっ!!」

 

ヴィータもヒイロに指差しながら条件付で承諾した。

これでヒイロが逃げる口実は無くなった。

 

「どや?これで文句はあらへんやろ。」

「ちっ・・・。物好きな奴だ。」

 

軽く悪態をつきながらもヒイロははやて達と同行することになった。

 

「あとシグナム達も家に帰ったらちょっとお話しせなぁあかんかもな。裏で何やってるのか気になったからな。」

 

そう言われたシグナムとヴィータは気まずそうに視線を逸らすのであった。

 

(・・・・主人であるはやてにも話していないのか?コイツらの目的は、一体なんなんだ?)

 

移動中、そう疑問に思うヒイロであった。

しばらく歩いていくと表札に八神と書かれてある一軒家にたどり着いた。

ヒイロは軽く視線を周囲に向けてから八神邸に入っていった。

 

「・・・・・・」

 

その様子を何者かの黒い影が見つめていた。

 

 

 

「おかえりなさい。・・・・って、その子は?」

 

玄関のドアを開けると出迎えてきたのは和やかな雰囲気を持った金髪の女性であった。その女性はヒイロの存在に気づくと見かけない人物に首をかしげる。

 

「・・・・・ヒイロ・ユイだ。お前達、ヴォルケンリッターの主人であるはやてに誘われた。」

 

ヴォルケンリッター。ヒイロがユーノから聞いたことの単語。それは闇の書に搭載されている『守護騎士プログラム』の別名である。シャマルはそれを知っている目の前の少年を十中八九、管理局の手の者だろうと思った。

そう判断した金髪の女性、『シャマル』は自身の指に装着されてあるデバイス、『クラール・ヴィント』を展開しようとする。

 

「シャマル、待ってくれ。結界も張っていないのにデバイスを展開すれば、管理局に目をつけられる。」

「・・・・この子は違うとでも言うの?そんな保障、どこにもないじゃない。」

 

シグナムがデバイスを展開しようとするシャマルに待ったをかける。シャマルは一応手は止めてくれたが、その視線はヒイロに突き刺さる。

 

「・・・俺は確かに時空管理局から民間協力者の形を取っているが、立場はほぼ一般人と相違ない。民間協力者というのもその方が動きやすいと判断したまでだ。」

「・・・・どういうこと?」

「俺が時空管理局に話すかどうかは俺次第ということだ。もっとも俺自身に話す気はない。さらに言えば、俺は魔力とやらは一切ない。魔力の追跡で管理局にここを嗅ぎ付けられるということはないだろう。」

 

ヒイロの言葉でもシャマルは疑いを持った視線を向け続ける。ヒイロは人の信頼というのは思った以上に取れないものだと心の中でため息をつく。

 

「・・・ならば、この背の低い奴が言ったが、俺が少しでも怪しい行動を取ればすぐさま切り捨てても構わん。」

 

ヒイロはヴィータに視線を向けながらシャマルに自分の命の裁定を預けた。

およそ少年から出てくるとは思わぬ自分の命を顧みない発言にシャマルは目を見開いた。

 

「・・・・本気なの?」

「それくらいでなければお前達は納得しないだろう。それだけだ。」

 

シャマルの確認にヒイロはさも当然だと言うように言い放つ。

虚勢を張っているのならまだしもヒイロの発言は本気以外の何者でもない。

ヒイロはシャマルの答えを待っていると視線を感じた。そちらの方向に顔を向けるとはやてがいた。その表情はどこか怒っているようにも感じられた。

 

「ヒイロさん。そんな簡単に自分の命を捨てたらあかんよ。」

「どんなものにも対価は必要だ。今回はヴォルケンリッターの信用を得るに値するのがたまたま俺の命を賭けるしかなかっただけだ。」

 

はやてはヒイロにムッとした表情を向け、発言の撤回を求めるような視線を向ける。しかし、ただの少女に気圧されるヒイロではないため、それが当たり前だと言うように反論する。

 

「でも・・・やっぱりあかんよ。そう易々と自分の命を賭けたら・・。それでヒイロさんが死んだら絶対に悲しむ人がいるはずやから。少なくとも私は多分、いや絶対泣いてしまうやろな。」

「・・・・そもそも、俺はそう簡単に死ぬつもりは毛頭ない。」

「・・・・・そっか。ならいいんや。」

 

ヒイロの言葉にはやては軽く笑みを浮かべ、シャマルの方に向き直る。

 

「そんな訳や、シャマル。そう警戒せえへんでええんや。ヒイロさんは私が誘っただけやから。ザフィーラも同じやで?」

 

そう言われ、部屋の奥で様子を見ていた紺色の毛並みを持った狼は警戒を緩めたのか床に座った。

 

「・・・・分かりました。貴方がそう言うのであれば。」

「ありがとう、シャマル。」

 

はやてはシャマルに対してお礼を述べるとキッチンへと向かう。

 

「さて、今日はお客さんもいる訳やし、いつもに増して腕によりをかけるで!!」

「・・・・・料理は基本的にお前がやっているのか?」

「え?そうやね。いつも私がやってるかな。」

 

はやてからその答えが返ってくるとヒイロはシグナムとシャマルに視線を向ける。視線を向けられた二人はシャマルは特に気にしていないようだが、シグナムは視線を逸らした。

 

「私はできることはできるわ。」

 

なら病人であるはやてを厨房に立たせずにシャマルがやった方がいいのではないか?そうヒイロは続けて質問をしようとしたが、ヴィータがちょいちょいとヒイロの服を引っ張っていることに気づいた。

 

「・・・頼む。何も聞かないでやってくれ。シャマルの料理は死ぬほど微妙なんだ・・・!!」

 

その表情は僅かに青い顔していたため、ヒイロはそれ以上は何も聞かなかった。

・・・・死ぬほど不味いとかならともかく微妙であればある程度の鍛錬を積めば出せるレベルになるのではないだろうか、と思ったのは内緒だ。

 

 

 

「えっと、確かここにアレがあったはずやけど・・・。」

 

必要な調理器具を取るために車椅子を移動させて取りに行こうとする。

車輪に手をかけ、いざ行こうとした時、目的のものがある引き出しにはすでにヒイロがいた。

彼はその引き出しを開けるとあるものを手にとって手渡した。

それははやてが必要としていた調理器具であった。はやてはヒイロから受け取ると驚きの表情浮かべたまま作業に戻った。

 

「よ、よく分かったなぁ・・・。」

「視線と作っている料理からある程度の推測は可能だ。」

「・・・ヒイロさん、もしかして料理できるんか?」

「一通りの家事全般は可能だ。」

 

 

しばらくするとはやてが作った料理が食卓に並べられる。

ヴォルケンリッター達やヒイロも用意してくれた席に座りながら家の主人であり、闇の書の主人でもあるはやてが切り出した。

 

「さて、それじゃ、話してもらおか。シグナム、裏で隠れて何をやっていたか話してや。」

 

はやてがそう聞くとシグナムは徐に話し始めた。自分達が主人であるはやてにも隠して行ってきたこと。はやての下半身不随の原因が闇の書がはやてのリンカーコアを浸食していることを知った彼女らが魔道士達やリンカーコアを持つ生物達を襲撃し、魔力を奪い取り、闇の書の完成を目指していたことを。

 

「ーーーこれで全部です。貴方との誓いを破っていたこと、我々は何の申し開きもしません。」

 

シグナムがはやてに対して頭を下げると、ヴィータ達も頭を下げた。彼女らには悪意は少しもなかった。あったのは、ただ自分達に優しくしてくれたはやてを救いたいという一心だけであった。

 

「・・・・みんな、顔を上げるんや。」

 

はやてからの声がかかると守護騎士達は揃って顔を上げた。叱責などを覚悟していた彼女らが見たはやての表情は笑顔であった。

 

「ありがとうな、こんな私のために。大変やっただろうに。」

 

主人からの労いの言葉に困惑を隠せない守護騎士達。シグナムはそんな彼女に思わず質問をぶつける。

 

「主人よ・・・その何もないのですか?」

「何もって・・・・何が?」

 

シグナムの質問にはやてはキョトンと首を傾げた。その様子が守護騎士達の困惑を一層引き立てる。

 

「だって、みんなは私のことを思って魔力を集めていたんや。まぁ、流石に人様に迷惑かけとったのはあかんけど、その気持ちを怒ったりはせえへん。」

「・・・・主人よ。貴方の寛大な御心、感謝します・・・。」

「・・・・ひと段落はついたようだな。それで、お前達はこれからどうするんだ?」

 

ヒイロがそう声をかけるとはやては悩ましげな表情を浮かべた。

 

「うーん。とりあえず魔力の蒐集はやめさせるとして問題は闇の書をどうするかねんな。実を言うと時間がないっちゅうのは私自身なんとなく分かってはいたんよ。それに関してはシグナム達には謝らなあかんわ。ごめんな。」

「というと・・・?」

 

シャマルが疑問気な表情を見せるとはやてはバツの悪い顔をした。

 

「実はというとな。ここ最近心臓辺りが突然激痛に襲われることがあるんよ。心筋梗塞とかそのあたりかと思っとったんやけど、あながち間違いじゃあらへんやな。」

「・・・・闇の書の浸食がそこまで進んでいるということか。」

 

ヒイロがそういうとはやては頷いた。シグナムの言っていた闇の書の浸食が進んでいるということは早急に手を打たなければはやては死んでしまう可能性がある。

 

「でも、闇の書が完成すればはやてちゃんの麻痺も治ると思っていたのですが・・・。」

「・・・その情報は本当にそうなのか?こちらでは完成させれば周りに甚大な被害を生むと聞いた。文字通りの災厄をな。」

 

シャマルの発言に対してヒイロがそういうと守護騎士たちは皆、驚きに満ちた表情を浮かべた。そのことにヒイロは怪訝な顔を浮かべざるを得なかった。

 

「・・・お前たちは闇の書のプログラムの一種のはずだ。記録とかは共有していないのか?」

「そんなの聞いたことがねぇぞ!!どこで聞いたんだよ、それ!!」

「管理局の執務官だ。名前は伏せさせてもらうが。」

「・・・シグナム。我らの記憶は朧げなところが多い。闇の書を完成させれば、主人の体が治るというのも我々の勝手な思いつきだ。ここは彼に情報を集めてもらった方がいいかもしれん。」

 

突然響いた男性の声にヒイロはあたりを見回す。声のした方向にいたのはザフィーラだけだった。だが、ヒイロにはアルフとユーノという前例からある結論を導き出した。

 

「・・・・お前、使い魔だったのか。」

「守護獣だ。そこのところは間違えないでほしい。」

 

どうやら違うらしい。何が違うのかはよく分からなかったが、追及はせずに話を戻すことにした。

 

「ザフィーラの言う通りだ。その、不躾で申し訳ないのを承知で君に頼みたい。闇の書に関する正確な情報がほしい。」

「・・・了解した。だが、こちらからも頼みがある。しばらく、魔力蒐集を続けてほしい。」

「理解しかねる・・・。どういうことだ?」

 

ヒイロの頼みにシグナムが訝しげな表情を浮かべる。先ほど、はやてが魔力の蒐集をやめると言ったのに、それを無下にするつもりなのだろうか、と。

 

「・・・無理に行う必要はない。それこそ蒐集を行う振りでも問題はない。だが、管理局は組織だ。組織である以上、一枚岩であることはありえない。必ず別の考えを持つ奴がいる。ソイツらを引きずり出す。マイナス要因は取り除いておく必要がある。」

「黒幕を炙り出す、ということか?」

 

シグナムがそう聞くとヒイロは首を横に振った。

 

「・・・・ソイツは黒幕ではない。だがこちらの出方によっては味方に引き込むことも可能だ。それに闇の書にも密接に関わっている。情報源としても味方に引き込んでおいた方がいい。」

「・・・主人、どうしますか?」

「え、私に振るんか?そうやね〜・・・・ヒイロさん、それは絶対しなきゃあかんか?」

「・・・しておいた方が誘きやすくはなるが無理強いをするつもりはない。」

 

ヒイロにそう言われると、はやては少々唸り声をあげながら思案に耽る。

 

「・・・・わかった。多分、魔力の蒐集を行なっているって相手に見せるのが重要なんやろうな。シグナム、一応許可は出すわ。けど過度な蒐集は行わないことが条件や。」

「・・・了解しました。」

 

話も一息ついたところで、とりあえず置いてあった夕飯を平らげ、ヒイロは八神邸を後にしようとする。

 

「な、なぁ、ヒイロ。」

「・・・・ヴィータか。」

 

振り向くとヴィータが少々思いつめた表情を浮かべていた。少しばかり逡巡した様子を見せていたが程なくしてヒイロに視線を合わせた。

 

「・・・あの白い服の魔道士の名前、なんて言うんだ?あいつにはちょっと謝りたくてさ。」

 

ヴィータの言う白い服の魔道士というのはなのはのことを指しているのだろう。

彼女を襲撃したことをヴィータは謝りたいらしい。

 

「・・・・自分で聞け。向こうもお前に名前を聞こうとしていたそうだからな。」

「うぅ・・・・ケチ。」

「ヒイロ。」

 

ふてくされるヴィータを無視して玄関のドアから出ようとするヒイロを再度呼び止める声が響く。その声の主はシグナムであった。

 

「なんだ?」

「・・・お前ほどの実力者であれば気づいているだろうが、つけられている。」

「・・・・ああ。理解している。」

「・・・・気をつけろ。」

「ああ。」

 

 

シグナムの言葉に軽く返事をし、ヒイロは八神邸を後にした。日は既に沈み、光源となりうるものは電柱のライトから照らされる光ぐらいであった。

そんな夜道を一人で歩いている中、ヒイロは立ち止まり、振り向いた。そこに広がるのは闇だけであったが、ヒイロには分かっていた。

 

「殺気で丸わかりだ。用があるなら姿を見せろ。」

 

闇に向かってそう呼びかけると闇の中から歩く音が響いてくる。闇の中から出てきたのは仮面を被った男であった。

 



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第12話 募る疑惑 力への渇望

本作が昨日か一昨日の日間ランキングが5位まで行っててびっくりしたわんたんめんです。
まずはありがとうございます!!

皆さんの期待に応えられるかどうかはわかりませんが、頑張ります!!


ヒイロの目の前に現れた仮面の男。その瞳は伺えないがヒイロに敵意を向けていることだけは察することができた。

 

「・・・お前は何者だ?」

「・・・・貴様は知りすぎた。故にここで眠ってもらうぞ。」

 

ヒイロが仮面の男に質問をぶつけるが、その男は答えることはなく一方的にヒイロに向けて言葉を投げかけた。

次の瞬間、仮面の男が一瞬で距離を詰めてきた。目の前に広がるのは既に腕を振りかぶっている男の姿。常人ではおろか並みの格闘家でも対処はできない。まさに奇襲であった。

だが、それはヒイロがただの一般人であればの話である。

ヒイロは突然の状況にも冷静に対応し、自身の腕をクロスさせることで襲撃者の攻撃を受け止めた。

 

「・・・これを止めるか。」

「・・・・・・?」

 

意外性を含んだ仮面の男の声にヒイロは疑問気な表情を浮かべる。そう思いながらもヒイロはそのまま力任せに襲撃者の拳を弾き飛ばし、一度距離を取る。

 

「邪魔をするな。」

「貴様はやはり危険だ!!ここで仕留めさせてもらう!!」

 

そういいながら腕を構えたと同時に仮面の男は再度ヒイロに急接近し、今度は右足で回し蹴りを仕掛ける。鋭いその蹴りはまともに喰らえばただでは済まないだろう。

 

(・・・何かコイツの攻撃から違和感を感じる・・・。一体なんだ?)

 

僅かにやり辛いと感じながらもヒイロはこれすらも軽く斜めに体を反らすことで避け、さらにカウンターのパンチをガラ空きとなったボディに打ち込もうとする。

 

「そう易々と攻撃を受けるわけにはいかんな!」

 

ヒイロの視界の端に僅かに映り込んだのは仮面の男の手の甲であった。回し蹴りの勢いをそのまま使って、ヒイロに裏拳を仕掛けていたのだ。

ヒイロはそれに軽く舌打ちをしながらカウンターを叩き込むのをやめ、そのまま仮面の男と入れ違いのような形で避けることにした。

 

「ふっ!!」

 

ヒイロは入れ違いになった瞬間、仮面の男に背を向けたままバックステップで拳を構えながら一気に距離を詰める。そして、そのまま上半身の回転を加えながら仮面の男に殴りかかる。

 

「何っ!?」

 

振り向いた時には既にヒイロが目の前にいるという逆パターンを仕掛けられた仮面の男は咄嗟に手のひらから魔法陣を展開し、それをバリアとする。

しかし、ヒイロの腕力は常人どころか人としてどうかのレベルまであったためヒイロの拳が当たった瞬間、仮面の男の張ったバリアは粉砕される。

 

「はぁっ!!」

 

乾坤一擲、ヒイロは軸足を地面に軽くヒビが入るほど思い切り踏み込みながら右足で追撃を行う。

 

「うぐっ!?」

 

バリアを破壊されたことに気を取られた仮面の男は防御する間も無く、胸部に蹴りをクリーンヒットさせられ、吹っ飛んだ。

しばらくバウンドしたのち、ようやく仮面の男は止まった。しかし、呼吸もままならない様子で肩で息をしていた。さらにバウンドした衝撃で所々、服が破けていた。

 

「・・・・肋骨は数本持っていったはずだが、加減はした。死にはしないはずだ。お前の正体を話してもらうぞ。」

 

ヒイロがそういって仮面の男に近づいた瞬間、男は何かを構えた。それはカードのようなものであった。ヒイロの視界にそれが映り込んだ瞬間、彼の体に縛り付けられるような感覚を覚える。

 

「っ・・・バインド・・!!」

 

それは四重ほどの青白い色をしたバインドであった。バインドはヒイロの腕を縛り付け、動きを制限させられる。

その仮面の男はその隙にカードから生み出された光で転移魔法のようなもので撤退していった。

 

「ちっ・・・逃げたか。」

 

ヒイロはバインドを平然と力で破壊しながら苦い顔をする。

追跡するのは不可能、そう断じたヒイロは何事もなかったかのように帰路に着いた。

 

(・・・・あの男の攻撃、妙に間合いが近かったな。)

 

ヒイロは先ほどの違和感の正体にあたりをつけていた。仮面の男の攻撃は男の身の丈の割には間合いがヒイロの予想と比べてかなり近かったのだ。

 

(・・・・奴は魔法陣を展開していた。おそらくは魔導士であることは明白だ。ならば・・・。)

 

ヒイロの目には鋭くなっていた。その視線は先ほどの仮面の男に向けられていた。

 

再度帰路につき、夜の海鳴市を歩くと、仮拠点であるアパートが見えてくる。

ヒイロは普通に部屋へ向かっていき、玄関のドアを開いて何食わぬ顔で入る。

 

「あら〜ヒイロ君。おかえりなさい。」

 

一番最初に迎えてくれたのはリンディだった。表情も笑顔だし、声色にも嬉しそうなものになっている。ただ、どうにも目が笑っていないように感じるという一点を除けば。

 

「貴方、一体今までどこをほっつき歩いていたのかしら?お姉さんに教えてくれる?」

 

軽く視線を奥に送ると青い顔をしているフェイトとクロノの姿が見えた。エイミィはヒイロに合掌を向けて、どうしようもないと言うような諦めの表情を浮かべていた。

 

「・・・・海鳴市を回っていただけだ。」

 

「なのはちゃん、すごく心配してたわよ?連絡もつかないわ行方はわからないわですっごく悲しそうな目をしていたわよ?」

 

特にこれといった反応を見せないヒイロにリンディが怒りのオーラを身にまといながら、ヒイロに近づいていく。

クロノとフェイトは慌てふためき、エイミィはヒイロに呆れたような視線を向け、乾いたため息を吐く。

 

「・・・・って、貴方その傷、どうしたの?」

 

リンディはその怒りのオーラを突然解くと、指をさしてヒイロに尋ねた。

リンディが指をさしていたのはヒイロの腕のあたりでそこには擦り傷のようなものができており、出血もしていた。仮面の男の攻撃を防御した時に付けられた傷なのだろう。

 

「・・・・正体不明の男に襲撃を受けた。返り討ちにしてやったが、これはその時できた防御創だ。」

 

ヒイロはそういいながらリンディや後ろで聞いていたフェイトたちに仮面の男のことを話し始めた。無論、はやて達のことは触れられないように細心の注意を払いながら説明を行った。

 

「・・・なるほどね。その男はどうしてヒイロ君を襲ってきたのかしら?」

「理由は不明だ。守護騎士の仲間であるという可能性もあるが、現段階で奴らの正体を掴むのは難しい。だがリンディ、少し聴きたい。魔導士の扱う魔法には自身の姿を変えるものもあるのか?」

「ええ。あるにはあるわよ?」

 

リンディの返答を聞いたヒイロは険しい確信めいた表情を浮かべる。

 

「・・・その男と格闘戦になった際、俺は奴の間合いの取り方に違和感を覚えた。背丈の割には間合いが近すぎる。おそらく奴はその魔法を使って、本来の姿を見せていない。」

「・・・ヒイロはその男の特徴を掴めたのか?」

「・・・擬態した姿の身長自体は180だったが、間合いの取り方から逆算するに奴の身長は150後半から160前半だ。だが、あまり期待はするな。これは俺の推測や主観でしかない以上、確証はない。」

 

傷を負った箇所を包帯で巻きながら、クロノの質問に答える。ヒイロの手際はこなれたものであっという間に応急処置が完了し、リンディ達に向き直った。

 

「・・・・わかったわ。とにかく貴方が無事でよかったわ。」

「格闘戦はできるようだったが、あの程度にやられるほど俺は弱くない。が、奴の目的を知らない以上、注意はしておけ。それと、クロノ。」

 

ヒイロに突然名前を呼ばれたクロノは疑問の表情を露わにする。

 

「なんだい?」

「闇の書に関する正確な情報が欲しい。具体的に言えば、完成させた時に起こる事象等だ。管理局本部のどこかに過去の捜査資料が置かれている区画はないのか?」

「あるにはあるけど、君は管理局員でない以上、立ち入るのは難しい。僕もちょうど欲しかったところだし、そういうのが得意なユーノに任せるつもりだ。彼にも僕の知り合いをつけるつもりだからそんなに時間はかからないと思うけど、それからでも構わないかい?」

 

クロノの言葉にヒイロは少々考え込む様子を見せる。闇の書がはやてのリンカーコアを浸食する度合いについて考えていたが、それを考えたところでどうしようもなさもあった。

 

「・・・・了解した。」

 

ヒイロはクロノの提案を頷くことで承諾した。その時にどこか不安気な表情を浮かべているフェイトに目がついた。少し見つめているとフェイトと目が合い、驚いた様子で慌てて視線を逸らした。少しばかり一体何を気にしているのかと思ったがーー

 

「・・・・特訓なら問題ない。お前が思い詰める必要はない。」

 

察しがついたヒイロはフェイトに向けてそう伝える。ヒイロの予想が当たったのかフェイトを嬉しそうな表情を浮かべ、はにかんだ。

 

「近くに広い丘を確認した。時刻は、朝の10時からでいいな?」

 

ヒイロがそういうとフェイトは今度は気まずそうな表情をし、何故かリンディは何かを思い出したような仕草をした。ヒイロが疑問気に思っているとリンディから説明が入る。

 

「そういえばヒイロ君、その時にはもういなかったわね。実はフェイトちゃん、なのはちゃんと同じ学校に通うことになってるの。その特訓はできれば学校が終わってからにしてくれないかしら?」

「そうか。問題ない。なら、特訓は近場の広場の丘でやることと動きやすい服装で来いとなのはに伝えておけ。連絡の手間が省ける。」

「うん。わかった。」

 

フェイトが頷いたところで話し合いはお開きとなり、時間が流れていく。

そして、フェイトが明日の学校のために寝付いた時刻。ヒイロはベランダに出て風に当たっていた。

 

(・・・・あの仮面の男、いや何か魔法で身を隠している以上、性別が本当に男かどうかも判別はできんな。)

 

ヒイロは今日相対した仮面の人物についての考察を浮かべていた。

技量自体はヒイロ自身ではなんとかなったがそれ以外の人物では対処は難しいと考えられる。それだけの技量を奴は持っていた。

仮面の人物について色々考えていると、ヒイロの側にクロノが現れた。

 

「・・・・話にあった仮面の男のことかい?」

「・・・・・そうだな。奴が敵対する以上、対策を考える必要がある。」

「そう・・・だね。ところで、さっき話した情報収集のことなんだけど、ユーノにつけるつもりの知り合いって言うのはグレアム提督の使い魔達なんだ。」

「・・・ギル・グレアムのか?」

 

確認するような口調で尋ねるとクロノは頷いた。警戒している人物の使い魔と聞いて、苦言を呈しそうになるヒイロだったが、それを抑えながらクロノに続きを促す。

 

「・・・グレアム提督に対して警告を告げていた君のことだ。一応伝えておいた方がいいと思ってね。」

「・・・・そうか。ソイツらの名前は?」

「リーゼアリアとリーゼロッテだ。二人はそれぞれ、僕の魔法、それと近接格闘の師匠なんだ。」

 

ヒイロはそこで引っかかる感覚を覚えた。ギル・グレアムが闇の書に対して私怨のような、責任のようなものを抱いているのは確かだ。それにヒイロは今回、はやて達、闇の書の主要人物を知ってしまった。ヒイロ自身、はやての家に上り込む前から薄々襲撃者の気配を感じ取っていた。そこにクロノの格闘戦の師匠というリーゼロッテという使い魔。複数のピースがヒイロの頭の中で組み合わさり、一つの確信へと構築されていく。

 

「・・・まさかとは思うが。」

「・・・うん。僕自身、あんまりそう思いたくはない。だけど、君の警告がどうしても僕の中で色濃く残って、あの人に対して懐疑心を捨てきれないんだ。」

 

そういったクロノの表情はどこか苦しそうなものであった。無理もないだろう。グレアムはクロノにとっては恩人以外の何物でもない。そんな彼を疑うことはクロノにとって裏切るようなものである。

 

「・・・・心が痛むのであれば、俺がやる。これからの行動の邪魔になるだけだからな。」

 

ヒイロはそう言ってクロノを突き放すような口調で話すが、クロノは首を横に振った。

 

「・・・気を使ってくれてありがとう。だけど、僕は管理局の執務官だ。時には非情に徹しなければならないこともある。今回はそういう経験だと、割り切るよ。」

「・・・・お前がそういうのであれば、俺は必要以上に干渉しない。だが、これだけは言っておく。自身の感情に従って行動しろ。」

「え・・・・?」

 

あまり意味がよく分からなかったという表情を浮かべるクロノにヒイロは続けて言い放つ。

 

「感情で行動することに異論はない。俺はそう学んで、戦い抜いてきた。」

 

それだけクロノに告げるとヒイロは部屋へ戻っていった。クロノはヒイロの言葉の意味を考えながら、12月の冷たい風に当たっていた。

 

「感情・・・自分の本心か。僕の思うようにやれ、そういうんだね、君は。」

 

 

 

次の日、時刻は午後を廻り、おおよそ4時過ぎ。ヒイロはなのは達の特訓のために仮拠点から比較的近い広場に赴いていた。彼の手にはそれなりに膨れた袋が握られていた。

適当なベンチに腰掛け、待っているとこちらに向かって走ってくる小さな人影が二つ見えた。

 

「来たか。」

 

そういいながら徐に立ち上がり、二つの人影、なのはとフェイトを出迎える。

 

「ヒイロさん、よろしくお願いします!!」

「ああ。」

「あ、あの!!」

 

フェイトからの挨拶に軽く返しながら手に持つ袋から用具を取り出そうとすると、なのはから声がかかった。

 

「き、昨日は私のお兄ちゃんのせいで気を悪くさせてしまってごめんなさい!」

 

そう言ってなのははヒイロに頭を下げた。ヒイロとしては別段気にした覚えはなかったが、なのはの中ではだいぶ思いつめていたようだ。

 

「気にするな。むしろお前の兄の反応は至極当然だ。家族の周りに突然知らない人物が現れて警戒しない方がおかしいからな。お前が気に病む必要はない。」

 

それだけ言ってヒイロは袋からシートと棒二本と木刀を取り出した。

 

「あの、それは・・・?」

 

フェイトがヒイロが取り出したもの見つめながら質問する。

ヒイロは用意したシートを二人分敷きながら説明を始める。

 

「筋力トレーニングを行うためのシートだ。服が汚れるからな。棒はお前たちの近接戦闘スタイルに合わせるためだ。長さはお前たちのデバイスと変わらん筈だ。最後に木刀だが、これは俺が扱うためだ。」

「ヒイロさんが・・・?」

「一通りこなした後は俺を相手にした模擬戦をやるつもりだ。もっともお前たちがそこまでメニューをこなせればの話だが。」

 

ヒイロの言葉に二人を驚きの表情を見せながらお互いの顔を見合わせる。アイコンタクト、もしくは念話で何か話し合ったのか、再びヒイロの方に向き直った時にはやる気に満ち溢れた表情となっていた。

 

「・・・いいだろう。だが、先も言ったが、まずはある程度のメニューをクリアしてからだ。」

『はいっ!!』

「まずは腕立て伏せだ。空中に飛んでいる状態では足腰を使うことは不可能だ。問われるのは自分の腕の筋力だけだ。これはなのは、お前が砲撃魔法を扱う際に照準のブレを抑えやすくなる。始めは50ほどでいい。」

 

ヒイロが指示を飛ばすが肝心のなのはたちは意外性を含んだ表情を浮かべていた。その様子はさながら拍子抜けと言ったところだ。

 

「どうかしたか?」

「えっと、その。もっとやらないのかな、って思って・・・。」

 

ヒイロがそう尋ねるとなのはが少しばかり気が引けたような口調で話した。

その瞬間、ヒイロの目が鋭く、冷たい視線に変わった。その様子はまさに怒っている様子だ。予想外の反応になのはとフェイトは思わず表情を強張らせる。

 

「基本的にオーバーワークを認めるつもりはない。自身の身の丈にあっていない訓練を積んだところで、待っているのは自分の体に爆弾を抱えるだけだ。特になのは、お前はただでさえ負荷のかかりやすい砲撃魔法を扱っている以上、オーバーワークは絶対にするな。わかったな。」

「は、はい・・・。」

 

上ずった声をあげながらも返事を返したなのはを見たヒイロは今度はフェイトに視線を向ける。

フェイトは思わず体を少しばかりビクつかせる。

 

「フェイトもわかったな?わかったならさっさとやれ。明朝からだったらペースはお前たちの好きにして構わんが、平日である以上時間のロスは許されないからな。」

 

険しい表情で頷くフェイトを見たヒイロはその怒りをひとまず引っ込める。

なのはたちはヒイロの言う通りに従い、ヒイロが敷いたシートの上で腕立て伏せをやり始めた。

 

 

 




>>無印A.sのフェイトとなのはの特訓シーンを見た感想

うんうん、普通だな。

>>2ndA.sのフェイトとなのはの特訓シーンを見た感想

・・・君たち本当に小学生?特にフェイトちゃん、君なのはの身長飛びこしてたよね。


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第13話 ヒイロズブートキャンプ

タイトルネタは言わずもがなのあの新人訓練マニュアル


ヒイロがなのはとフェイトの特訓の師事を始めて数日、メニューとしては腕立て伏せといった一般的な筋力トレーニングのほかにはランニングなどで数をこなしていくうちに徐々にペースを上げられるほどには二人の体力は向上の線を見せていた。

ちなみに体幹トレーニングもしていたが、これにはまだ小学生である彼女らにはきつかったのか終わった後には敷いたシートの上でドザエモン状態になっている時が何回も見受けられた。

 

「い・・・・インナーマッスルを鍛えるのってすっごい、大変なんだね・・・フェイトちゃん・・・。」

「うん・・・。でも、今はちょっと話しかけないでほしいかな・・・。少しでも気が抜けると、落ちそう・・・。」

「ううっ・・・フェイトちゃんが最近冷たいの・・・・。」

 

まさかの親友に話しかけないでほしいと言われたなのははショックを受けながら頑張っているフェイトに負けないように体幹トレーニングに励んだ。

 

「・・・・3分経ったぞ。時間だ。」

 

少ししてヒイロがなのはたちの元に戻ってくる。出された終了の合図が聞こえたと同時になのはとフェイトは疲れ果てたのかシートの上にうつ伏せで倒れた。

 

「にゃぁー・・・・・。」

「まだ、この腕立て伏せとは違った辛さに慣れない・・・。」

「・・・そう一朝一夕に筋力がつくわけではない。こうして訓練は積ませているが、最終的にはどれほど続けたかが結果を左右する。」

 

ヒイロの言葉に、そうですね、と頷きながら顔を上げる。すると、フェイトの視界には気になるものが目に入った。

 

「・・・ヒイロさん?それは・・・?」

 

フェイトはヒイロの手に持っていたものに視線を向けながら尋ねた。ヒイロの手に持っているのは二つのペットボトルだった。

 

「お前たちの水分補給用の飲み物だ。そこの自販機で買ってきた。」

 

ヒイロはそう答えながら、二人のそばにそれぞれペットボトルを置いた。

 

「あ、ありがとう、ございます・・・。」

「あうー・・・ありがとうなの・・・・。」

「それを飲んだらしばらく休んでおけ。次は模擬戦をやるつもりだからな。」

 

ヒイロがその言葉を言った瞬間、なのはたちの目が変わった。やる気に満ち溢れ、今すぐにでもやり始めそうな雰囲気であった。

その様子に軽くヒイロはため息をつくのだった。

 

 

「確認するが、どこか少しでも身体に異常が見られるようであれば特訓は即刻中止する。その点に異論はないな?」

 

ヒイロが木刀を手にしながらそういうと同じように棒を持っていたフェイトは無言で頷いた。

なのははその二人の様子を少し離れた場所から観察していた。

 

「時間は10分を考えている。力加減はするが時間中は何度でもかかってきて構わん。」

「・・・はい!!」

 

フェイトはヒイロに向けて棒を構えた。対称的にヒイロは特にこれといった構えはせずに自然体を貫いていた。

 

(・・・・まさか、他人に戦闘訓練を施すことになるとはな。)

 

ヒイロは内心、そんなことを考えていた。今まで戦いしかしてこなかった自分が誰かの指導を請け負う経験はヒイロ自身、全くなかった。ただ、教えている相手がまだ年端のいかないフェイトとなのはということはヒイロにはなんとも言えない気持ちを抱かせていた。

 

「・・・・行きますっ!!」

 

フェイトが声を張り上げながらヒイロに接近する。振り上げていた棒を上から下へと薙ぐように振り下ろす。

ヒイロは振り下ろされるそれを木刀で受け止め、鍔迫り合いに持ち込もうとする。

 

(ヒイロさんに鍔迫り合いに持ち込まれたら確実に力負けする・・・!!)

 

ヒイロの馬鹿にならない筋力を警戒してか、フェイトが鍔迫り合いに持ち込まれるより前に一度、ヒイロから距離をとって仕切り直す。

 

「・・・・あまり、俺を想定して動かない方がいい。お前の相手は俺ではなくあの剣を持った守護騎士だ。」

「え・・・・?」

 

フェイトはヒイロの言葉の真意を考えようとしたがそれより先にヒイロが動いた。

脚に力を入れ、地面を踏みしめたヒイロはその場から跳躍する。その高さ、およそ10メートルに届きそうであった。

 

「ふぇぇっ!?」

「う・・・嘘・・・!?」

 

およそ、生身では到達しえない高さへの跳躍になのはとフェイトの驚きの声が重なる。高く飛び上がったヒイロは木刀を上段に構えながら、重力に従い、自由落下してくる。

 

「あ・・・・。」

 

ヒイロの特異な行動に気を取られたフェイトは一瞬、その場に固まってしまう。

 

(しまった。逃げ損ねた・・・!!防御、するしか・・・。)

 

立ち止まってしまったことにより逃げる時間を無くしてしまったフェイトは棒を横にして、落下の力が加わったヒイロの木刀を受け止める。ヒイロが力を抜いていたとはいえ、重力による落下スピードが乗った木刀の威力は凄まじく、フェイトは思わず棒を落としてしまう。

 

「・・・それではこの前の二の舞になるだけだ。」

 

棒を落として、自身の武器を無くしたフェイトに木刀を向けながらヒイロは言い放った。

 

「お前の戦闘スタイルはスピードを生かし、相手を翻弄するタイプだ。さっきお前が取るべき手段は防御ではなく回避だ。それはお前の中でもわかっているな?」

 

その言葉にフェイトは無言で頷いた。ヒイロはフェイトの様子を見ると言葉を続ける。

 

「戦闘において重要なのは考えることをやめないことだ。一瞬の思考の停止が仇となり死を招くこともある。仮に相手が想定外の行動を取ったとしても冷静に対処し、自身の優位な方向に持っていく。それが基本だ。」

 

ヒイロはフェイトから視線を外すと彼女が落とした棒を手に取ると、フェイトにその棒を差し渡す。

 

「時間としてはまだ1分も経っていない。先ほどのことを留意しながらかかってこい。」

 

フェイトからヒイロから渡された棒を手に取りながら立ち上がる。フェイトは一度、息を吐いて深呼吸をすると、再度棒を構えてヒイロに向き直る。その表情は真剣以外の何物でもなかった。

 

「・・・お願いします。」

 

手にした棒を握り締めながらフェイトはヒイロに仕掛ける。フェイトは現状持ち得る戦闘スキルの全てを以てヒイロに攻撃を仕掛けていくが、ヒイロはそれを悉くいなしていく。

 

(くっ・・・やっぱり強い・・・!!どんな攻撃パターンを仕掛けても平然と対応される・・・!!)

 

フェイトはヒイロの対応力の高さに驚愕すると同時に有効打を一度も与えられないことに歯噛みしていた。今までやってきた攻撃パターン、もしくはヒイロとの模擬戦最中に思いついた良し悪し問わずのパターン、どんなに攻撃を加えてもヒイロの防御が崩れる様子はなく、フェイトの攻撃を防ぎ続ける。さながら要塞を相手にしているような気分であった。

 

(普通にやってもダメなら・・・!!)

 

決心した表情を見せるフェイトにヒイロの振るう木刀が迫りくる。防御のためにフェイトが棒を構えようとした瞬間、フェイトの姿が搔き消えた。ヒイロの木刀は標的を捉えることはなく、空を切った。

 

(ブリッツアクション・・・!!ヒイロさんには見せたことないからずるいと思われるだろうけど・・・・!!)

 

フェイトはヒイロの頭上へと移動していた。ブリッツアクションと呼ばれるフェイトが使う高速移動魔法。これを使って瞬間移動とも取れるスピードでヒイロの頭上を取ったフェイトは空中で棒を振り下ろそうとする。魔法まで使った完全な意識外への攻撃にフェイトは取ったと確信めいた感情を抱く。

だが、視線をヒイロの背中に向けた瞬間、彼女の表情は固まった。

 

(どう、して・・・?)

 

ブリッツアクションを使った背後を取る奇襲戦法には自信を持っていたフェイト。

しかし、そんな彼女に視線を向ける人物がいた。

 

「・・・・。」

 

他でもないヒイロであった。既に木刀は振り下ろした状態ながらも顔をわずかに横に向け、視線だけを背後のフェイトに向けていた。

その目は迷うことなくフェイトを捉えていた。

 

(読まれた?でもブリッツアクションは見せたことないはずーーそれよりも回避ーー)

「遅いっ!!」

 

ヒイロに奇襲がバレた状態でもヒイロの助言の通り回避行動を取ろうとするが振り下ろした棒はヒイロに振り向きながらの一閃によりフェイトの手から離れ、天高く打ち上げられる。

 

「っーーー!?」

 

フェイトは棒を高く打ち上げられたことに驚きながらもあることに気づく。

ヒイロの攻撃が棒を弾き飛ばした時、フェイトにも少なからず衝撃が伝わった。

その衝撃はフェイトの空中姿勢を崩してしまった。

つまりーー

 

(しまっーー)

「フェイトちゃんっ!!」

 

フェイトの体は重力に従って落下を始める。

なのはの声が広場に響き、フェイトが迫りくるであろう痛みに目を瞑った。

 

「・・・・?」

 

しかし、いつまで経っても想像していた地面に叩きつけられるような痛みが来ることはなかった。疑問に思って閉じていた瞳を開けると、目の前にはヒイロの顔があった。

 

「・・・加減を誤った。俺のミスだ。怪我はないな?」

「え・・・っと、はい。大丈夫・・・です?」

 

ヒイロの問いにフェイトが状況を把握できないながらも答えるとヒイロは表情に変わりはないもののどこかホッとしたような様子を見せる。

 

「・・・ならいい。お前に怪我をさせればクロノやリンディに何を言われるかわかったものではないからな。」

 

そう言ってヒイロが立ち上がると、同時にフェイトの視線の高さも上がった。

 

「あ、あれ・・・?」

 

気になったフェイトが辺りを見回してみるとヒイロの腕がフェイト自身の体を抱きかかえていた。

状況をうまく掴むことが出来ずに親友であるなのはに視線を向けると彼女はまるで凄いものを見ているかのような視線を送っていた。

 

「フェイトちゃんがお姫様だっこされてるの・・・。」

「お、お姫様だっこっ!?」

 

お姫様、つまるところプリンセス。その言葉にフェイトの脳内でドレスを着飾った自分自身を思い浮かべる。

 

(わ、私がお姫様・・・?)

 

さらに一度浮かんだ妄想はそう簡単に留まるところを知れず、彼女を抱きかかえているヒイロに視線を向けると、つい妄想を重ね合わせてしまう。

それはお姫様がいるところその存在ありと言っても過言ではないーー

 

(じゃあ・・・ヒイロさんが、王子様・・・・?)

 

その妄想を設定においた空想がフェイトの頭の中で思い描かれ始めた瞬間ーー

 

「降ろすぞ。怪我がないのであれば、問題あるまい。」

「あ・・・・。」

 

ヒイロがフェイトを降ろした。現実に戻される感覚と共に、僅かにもの寂しげな感情をフェイトは抱いた。

 

「10分は経っていたな。次はなのはだ。お前の場合は遠距離特化だったな。」

「うん!」

 

ヒイロの言葉になのはは大きく頷いた。フェイトはそこでヒイロの視線が既に自分ではなくなのはに向けられていることを察する。

 

「最後にやった背後への移動。あれは単純だが、それ故に安定した動きを出すことができる。お前の戦闘スタイルを鑑みてもそれの使い方が有効打の一つにはなる。今後も使っていけ。」

「え・・・?」

 

フェイトが驚きの表情を浮かべ、ヒイロに視線を向けた時にはなのはに説明を始めているところでとても先ほどの発言について詳しく聞くことはできなかった。

 

「ならば格闘戦に持ち込まれた際の対策を中心に置く。内容としては俺が攻撃を仕掛ける、お前はそれを捌く。それだけだ。お前はいかに相手との距離を稼ぐかを意識しろ。」

「はい!!」

(・・・・・どうしよう。動悸が止まらない・・・・。)

 

フェイトは模擬戦のために広場へと向かうヒイロとなのはをそっちのけで自分の止まらない心臓に顔を赤くしながら抑えるように自身の手を乗せるのであった。

 

 

「格闘戦に持ち込まれた際に相手との距離を取るには主に二つだ。攻撃を避けるか相手にカウンターを叩き込むかだ。」

「・・・・あれ?」

 

なのはと相対したヒイロはなのはに格闘戦についての教示を始める。ヒイロの言葉を聞きながら反芻するように頷いていたなのははふと気になったことがあった。

 

「主にってことは、回避とカウンター以外にも距離を取ることができる方法ってあるんですか?」

「・・・あるにはある。それは距離をとってからの魔法による反撃への移行も容易い。だが、それはできればの話の上、どうしても避けられない攻撃への咄嗟の対応という面が強い。失敗した時のリスクを考えれば回避と相手の隙を見出すことを強化したほうがいいと思うが・・・。」

「それじゃあ・・・内容だけ聞かせてもらってもいいですか?やるやらないは別として。」

 

なのはの言葉にヒイロは少々考え込む様子を見せる。程なくした後にヒイロの閉ざされた口が開いた。

 

「・・・いいだろう。簡潔に言えば、相手の攻撃に合わせて後ろへ飛ぶことだ。うまくタイミングが噛み合えば攻撃の威力を減衰させつつ、衝撃を利用して相手との距離を作ることも可能だ。」

「・・・失敗したりするとまともに相手の攻撃を受けちゃいますね・・・。」

「そうだ。だが、実行するかしないかの判断はお前に任せる。間合いの取り方や方法は俺が教えるよりお前自身で考え、経験した方が手っ取り早いからな。」

「はいっ!!」

 

なのはは返事を辺りに響かせながらヒイロに向けて棒を構える。

 

「それじゃあ、10分間、お願いします!!」

「・・・・行くぞ。」

 

 




・・・CVグリリバのキャラにお姫様だっこされると誰でも墜ちるような気がするのは小生の気のせいだろうか。


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第14話 新たなる力

まだ続いちゃう日常回

ウイングゼロ「・・・・・・」←5話以降出番が一切ない

(これからも日常回が)まだ続いちゃうんだなぁ!!これが!!

ウイングゼロ「自爆するしかねぇ。」←ボディから溢れ出る閃光

あー!!おやめくださいお客様ー!!あー!!


「・・・・10分経ったか。今回はここまでだ。後は戻ってマッサージでもしておけ。筋肉痛になっても知らんからな。」

 

10分経ったことを自身の体内時計でなんとなく察したヒイロはなのはとの模擬戦を切り上げ、片付けの準備をする。

その後ろではなのはが息が上がっている状態で棒を支えにして立っていた。

 

「ハァ・・・ハァ・・・・おかしい・・・ヒイロさんはずっと動いていたはずなのに私の方が息上がってる・・・。」

「元々の体力の差もある。それに相手の攻撃を防御するということはしばらく自分の思うようにできないもどかしさからくる精神的な疲労もある。」

 

ヒイロが用具の入った袋を担ぎながらなのはに近づく。

 

「そこにベンチがある。休みたければそこで休んでいろ。」

「はーい・・・・。」

 

ヒイロに棒を預けたなのははベンチに座ると疲れ果てたように背もたれにもたれかかった。

用具を片付け終わり、それらの入った袋を肩に担ぎながらヒイロはフェイトに視線を向ける。

 

「フェイト。」

「は・・・はい。」

 

突然声をかけられたフェイトは一瞬、肩を震わせながらヒイロに顔を向ける。

フェイトの挙動に若干の疑問を抱きながらもヒイロはフェイトに顔を向けた。

 

「先に戻っていろ。俺は少しなのはの様子を見てから戻る。」

「・・・・いえ、私もなのはのことを待ちます。」

「・・・わかった。お前がそうしたいのなら構わん。」

 

フェイトの言葉にヒイロは特にこれといった反応は見せなかった。

 

「うう・・・ごめんね。世話かけちゃって・・・。」

「そんなことない。なのはの必死さは見ている私にも伝わっていたから。」

 

休んでいるなのはの隣に座りながら柔らかい笑みを浮かべるフェイト。

ヒイロはそんな彼女たちを置いてその場を後にしようとする。

それに気づいたフェイトがヒイロに向けて声をかける。

 

「ヒイロさん・・・?」

「お前がなのはのそばにいるのであれば問題ないだろう。先に帰らせてもらう。」

「そう、ですか。・・・・今日はありがとうございました。」

「あ、私もありがとうございました!」

 

ヒイロはお礼の述べるなのはとフェイトを一瞥しただけで、何も言わずに広場を後にした。

 

 

 

 

フェイトはなのはとしばらく話し込んだ後、彼女と別れ、拠点であるアパートの一室へと戻った。

 

「ただいま・・・です。」

「あら、おかえりなさい。」

「おかえり〜。」

 

ぎこちない挨拶をしながら中に入るとそこにいたのはリンディとエイミィだけで、先に帰っているはずのヒイロの姿はなかった。

 

「あれ?ヒイロさんは?」

「ヒイロ君なら、荷物を置いたあとまたすぐに出かけていったわよ。本人は散策って言っていたけど。」

 

疑問を浮かべるフェイトに声をかけたのはリンディであった。抹茶にミルクを混ぜた飲み物が入ったコップを口につけた後、そう呟いた。

 

(・・・・どこに行ったんだろう・・・。)

 

そんなフェイトの疑問の渦中であるヒイロは風芽丘図書館へと赴いていた。目的はある人物と接触するためだ。

適当に図書館内をふらつくと目的の人物の後ろ姿が見えた。

 

「八神 はやて。」

「うっひゃあっ!?」

 

その人物であるはやてに近づき、声をかける。突然声をかけられたはやてはびっくりした表情を浮かべながらヒイロの方を向いた。

 

「な、なんやヒイロさんか・・・。足音とかしなかったし、急に背後から声かけられたからめっちゃびっくりしたわ・・・。」

 

はやては一つ息を吐いて自身の胸を撫で下ろした。ヒイロはそんなはやての様子を悪びれる様子を見せることもなく、話を続ける。

 

「魔力の蒐集はどうなっている?」

「え、まさかの謝罪も無しに私の発言スルーされた・・・?ま、まぁ、ええわ。私は魔力とかよう分からないからみんなの言っていたことをそのまま言うけど、周りの次元世界っちゅう奴に向かって魔力を持った生き物からもらっているそうやな。」

「そうか。」

「ヒイロさんの方はどうなんや?」

「しばらく時間がかかる。膨大な記録の中から調べなければならないようだからな。」

「そっか・・・。まぁ、仕方ないか。それで、私に何か用なんか?ヒイロさんが目的もなしにここに来るとは思えないのやけど。」

「話が早くて助かる。」

 

ヒイロはそう言うとはやてにやってほしいことを話した。

ヒイロの要求を聞いたはやては少々悪い顔をしながら口角をあげる。

 

「オッケーやで。ふふっ、なんかスパイをやっているようで楽しくなってきたわ。けど、その作戦やとシャマルがちょっとばかし不安やな・・・。」

「こちらにも話のわかる奴がいる。俺がお前たちと繋がっていることは伏せるが、頼めば向かうはずだ。シャマルが協力をする姿勢を付け加えれば問題はないだろう。」

 

ヒイロがそう言うとはやては頷き、納得した様子を見せる。

 

「りょーかい。シャマルやみんなにはそう伝えておく。あ、ヒイロさん、もひとつ質問ええか?」

「なんだ?」

「その作戦ができたあとはみんなはどうすればええんか?そのまま時空管理局とかについていった方がええか?」

 

はやての質問にヒイロは考え込む仕草を見せる。確かにその作戦が完遂されたあとははやて達は時空管理局、というよりリンディ達と合流させれば、後のことは考えやすい。闇の書に関する対策も立てやすくなるし、情報の共有もしやすくなる。

 

「・・・・少し話題から逸れるが、はやて。闇の書について、お前が知り得ることを教えられるか?」

「え?闇の書についてか?いや、私は機能とか全然知らんよ。」

「機能については聞いていないが、闇の書と一番年数を過ごしているのはお前だ。」

 

ヒイロから問い詰められるがはやては悩ましげな表情を浮かべるだけだった。

そのまま困った表情にしながらヒイロと話しを続ける。

 

「とは言うてもなー・・・・。私が精々分かるのは割と勝手に動くことだけやしなぁ〜・・・・。」

「・・・・勝手に動くのか?」

「私は散歩モードとか言うとるけど、時折ふよふよ浮いとるんよ。」

(勝手に動くということは闇の書本体にも自立駆動プログラムでもインプットされているのか・・・?だとすればかなり面倒だ。こちらの事情を顧みず行動される恐れが高い・・・。)

 

ヒイロはその情報を聞いて、内心歯噛みをした。守護騎士たち、ヴォルケンリッターは闇の書のプログラムであるが、各々にちゃんとした性格があり、対話も可能だったためなんとか繋がりを持つことはできた。しかし、闇の書は完全に本であり、無機物である。いわばただ自身のシステムに従う、ロボットのようなものと対話が成り立つとは思えない。

ヒイロは考え込む仕草をやめるとはやてに向き直った。

 

「・・・事が済んだら撤退しろ。闇の書が勝手に動くのであれば、不確定要素になりかねん。こちらの懐で何か行動を起こされればそれこそ事態が悪化してしまうからな。」

「でも、そんな害になるようなことはしておらへんよ?」

「今はそうだが、将来的に害にならないとは限らん。闇の書に関しての情報も出揃っていない以上、不用意に受け入れることはできない。」

 

ヒイロが頑なに言うとはやては残念そうな表情を浮かべる。

 

「そっかー・・・。それはしゃあないな。ヒイロさんの言うことももっともやし・・・。」

 

そう呟くはやてだったが、首を横に振るとすぐさま表情を朗らかなものに変え、ヒイロに向き直った。

 

「うん。シグナム達にもそう伝えておく。」

「頼んだ。」

 

ヒイロははやてにそれだけ伝えるとはやての元から去っていった。

 

「・・・・なぁ、闇の書さん。アンタは本当に悪い本なんか?私にはどうしても信じられへんよ。」

 

上を向き、悲しげな表情をしながらポツリと呟く。その言葉を聞き届ける者はいなかった。

 

 

その日はしばらくフェイトとなのはは特訓の日々が続いた。平日は学校に行かなければならないため、どうしても突貫でやらなければならない日もあった。

そんな特訓を続けてきた彼女たちだったが、今回は少々用事があるようでヒイロとの特訓は行わなかった。

その用事というのが彼女らのデバイスである『レイジングハート』と『バルディッシュ』の修復が終わったという通達が入ったため、それの受領に向かうということであった。

これにはヒイロも二人のデバイスの試運転に付き合わされる形で同行させられていた。

時空管理局の本局における訓練施設のスペースでフェイトとなのはが新しく新調された自身の相棒を手にし、何かを待つように佇んでいた。

そして、彼女らの周囲に無数のマーカーが展開される。魔導士が訓練の際に使われるターゲットだ。

 

「・・・久しぶり。レイジングハート。」

『お久しぶりです。マスター。』

「バルディッシュ。おかえり。」

『ただいま戻りました。サー。』

 

優しい声色でそう呼びかけるなのはとフェイトにそれぞれの相棒は機械音声で答える。

 

『・・・時にマスター、どうやら筋力量が以前と比べて増加しているようですが。』

「えへへ、レイジングハートやバルディッシュが強くなりたいって言う気持ち、私とフェイトちゃんも同じだから。これから使い方が荒くなるかもしれないけど、大丈夫だよね?」

 

レイジングハートにそう問われたなのはは少々恥ずかしげな表情を浮かべながら答える。

そう主人の言葉にレイジングハートはーー

 

『もちろんです。マスター。貴方の新たな全力全開、見させてください。』

「うん!!よーし、行くよ!レイジングハート!」

 

なのはが嬉しそうな声を上げながらデバイスの名前を呼ぶと白を基調した制服のようなバリアジャケットを展開する。

レイジングハートも赤い宝玉から形態が杖へと変化する。

 

「バルディッシュ・・・行くよ。」

 

フェイトも続けざまに自身のデバイスの名前を呼ぶ。バルディッシュは待機状態である金色の台座のつけられた宝石が外れ、それを基盤にして、杖というより、斧のような形態へと変わった。

フェイト自身もなのはと比べると比較的薄く、黒いバリアジャケットにマントを翻らせる。

それぞれのデバイスを構えた二人はターゲットに向かって飛翔する。

 

 

 

「・・・・デバイスに守護騎士達が使っていたシステムを搭載したのか。」

「カードリッジシステム・・・。予め魔力を込めた薬莢をリロードすることで瞬間的に爆発的な火力を発揮させる。」

 

訓練の様子を一望できる場所でヒイロが言葉を零す。リンディはヒイロの方を見やることはなく、レイジングハート達に新たに搭載されたシステムの概要を難しい顔をしながら話す。

 

「だけど、ミッドチルダ式はおろかレイジングハート達インテリジェントデバイスとは相性は良くないはずだが・・・大丈夫なのか?」

「それは・・・あの子達次第ね。」

 

クロノの言葉にエイミィがなのは達の様子を見守りながら答える。その視線はなのは達というよりレイジングハートやバルディッシュといった彼女たちの持つデバイスに注がれているようだった。

 

「あの子達が自分の意思で強くなりたいって言ったんだもん。」

 

 

 

「レイジングハート!カードリッジロード!!」

 

レイジングハートから薬莢が吐き出され、新しいカードリッジが装填される。

なのははレイジングハートを振りかざすと、自身の周囲に桜色の光弾を8つ作り出す。

 

「アクセルシューター!シュート!!」

 

なのはの声と共に桜色の光弾はそれぞれマーカーめがけて飛んでいき、貫いた。

貫いた光弾はそのまま真っ直ぐに飛んでいくかと思われたがなのはが少し念じると急転換し、またそれぞれの光弾が別のマーカーへと向かう。

それを繰り返し行うとなのはは少々物足りなさそうな表情を浮かべる。

 

「・・・もう少し増やそうかな。」

 

そういうとさらに4つ増やし、合計12個の光弾を操り始める。光弾はなのはの指示で縦横無尽に駆け巡り、凄まじい勢いでマーカーを破砕していく。

その桜色の光弾が生み出す嵐の中で一際目立つ金色の輝きがあった。

その輝きはなのはの操るアクセルシューターの光弾を上回るスピードで動き回り、マーカーを両断していく。

 

(・・・ブリッツアクションの連続使用。前まではそんなに乱発できなかったけど、ヒイロさんに鍛えてもらったのが効いているのか、連続使用してもそんなに負荷がかからなくなった。)

 

バルディッシュの先端から金色の光刃を出しながら、フェイトは目まぐるしいスピードでマーカーを切り裂いていく。

 

(強くなった自覚はある、。だけど、ヒイロさんは確実にブリッツアクションのスピードを視認できている。)

 

今まで特訓を続けてきたうちでフェイトはヒイロを出し抜けたことは一度もない。ブリッツアクションを使った奇襲を様々な角度、状況で試してみたが、一度たりとて、ヒイロの視線から逃れることはできなかった。

 

(なら、もっと根本的な魔法を使わない状態でのスピードを上げるしかない。もっと、もっと速く……!!)

「いっけぇぇぇぇ!!」

 

 

 

「おおう・・・フェイトちゃんすっごい動き方をするね・・・。早すぎて全然目で追えないよ・・・。」

「フェイトの動きも目を見張るものがあるが、なのはの方も負けてはいないな。」

 

エイミィとクロノがなのは達の様子を見て、驚きの表情を浮かべる。

マーカーの数も残り少なくなっていることと二人の気合の入り様を見て、程なくしないうちにマーカーを全滅されることは明らかだ。

 

「君のおかげだ。ありがとう。」

「・・・俺は大したことはしていない。フェイトはともかくだが、なのはの方は元々の魔力関係のセンスの高さもあった。それだけだ。」

 

クロノのお礼にヒイロは彼に視線を向けることもなくぶっきらぼうに答える。

 

「つまり、できて当然というわけか。中々手厳しい評価を下すんだな。」

「俺はありのままを言っただけだ。評価を飾ったところで二人が強くなる訳ではないからな。」

 

ヒイロがそういうとリンディは微笑ましげな笑みを浮かべる。その様子にヒイロは不思議に思い、リンディに尋ねる。

 

「・・・なんだ?」

「ふふっ、やっぱり貴方は優しい子なのね。」

 

リンディがそういうとヒイロは少々不機嫌気味に顔を逸らした。ヒイロのその様子すらも微笑ましげに思っていたリンディは唐突に思い出したようにヒイロに話しかける。

 

「あ、そうだ、ヒイロ君。明日、また付き合ってくれないかしら?」

「・・・・まだ何かあるのか?」

「ええ、そうね。今日は用事があったから行けなかったけど。明日は異常が見られなければ何もない日だからね。」

「・・・・了解した。」

 

リンディのそのお願いにヒイロは渋々だが承諾する。

それと同時に訓練プログラムが終了したことを告げるアナウンスが流れた。

記録は管理局の中でもトップクラスの成績だったようだ。

訓練を終えたなのはとフェイトを迎えに行く。ヒイロはリンディ達から少しばかり離れた場所で壁に背をつけながら腕を組んで様子を見ていた。

程なくしてなのはとフェイトが訓練場から出てくるとリンディ達が笑顔を浮かべながらデバイスの感想などの質問をする。

しかし、肝心の二人は質問には答えながらも視線をあっちこっちに向けて誰かを探しているようだった。

その誰かを察したリンディ達は一同に同じ方向を指差した。

指し示された指の先にはヒイロの姿があった。

ヒイロを見つけるとなのはとフェイトは一目散にヒイロの元へと駆けつける。

その様子は何かアドバイスを待っているかのようだった。

 

「・・・・なのはは光弾を操っている時も動けるように善処しろ。あれでは状況によっては的になりかねん。フェイトはスピードを気にかけるのは構わんが、デバイスの振り方が大振りになっている。それで複数の相手を同時に切り裂けるならいいが、一つのターゲットに絞っているならコンパクトに振ることを意識しろ。以上だ。」

『はいっ!!』

 

ヒイロの指摘になのはとフェイトは嬉しそうな笑顔を浮かべながら大きく頷いた。

 




日常回はもちっとだけ続くんじゃ。多分あと一回、だと思います・・・。


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第15話 偽りの闘争

ウイングゼロが久しぶりの登場。


なのはとフェイトが進化した相棒、『レイジングハート・エクセリオン』と『バルディッシュ・アサルト』の試し打ちをした次の日、ヒイロはリンディの頼みで彼女の外出に付き合っていた。

 

「・・・リンディ。」

「どうかしたかしら?」

「頼みに付き合うと言ったが、それはフェイトの携帯電話の購入のためだったはずだ。」

 

ヒイロがリンディを呼ぶと疑問気な声をあげながら視線を向けてきた彼女に気になっていた質問をぶつける。ヒイロが軽く視線を向けた先にはなのはとフェイト、それに彼女らのクラスメートであるアリサ・バニングスと月村すずかの姿があった。彼女らはフェイトの手に握られている袋を見ながら談笑に耽っていた。

その袋の中身がフェイトがリンディに買ってもらった携帯だった。

 

「・・・なぜ俺にも買ったんだ?」

 

その携帯が入っている袋はヒイロにも握らされていた。携帯電話が売られている電化製品店でフェイトを待っていたヒイロだったが、リンディから最初にこの袋を渡された時は割と目を疑った。

 

「まぁ、そうねぇ・・・。持っておいても損はないんじゃないかしら?」

 

たったそれだけの理由でヒイロに携帯を寄越したリンディにヒイロは呆れた表情をする。しかし、もらった以上無下にする訳にはいかなかったため、使わないだろうな、と前置きを置きながら確認のために袋から携帯の入った箱を取り出し、開封する。

デザイン自体はシンプルなもので青と白を基調としたものであった。

デザインには特にこだわりのないヒイロはしまおうとするがーー

 

「あれ、アンタも携帯電話買ってもらったの?」

 

ヒイロが携帯電話を持っていることを目ざとく発見したアリサ。そのことはすぐさま周りにいたなのは達にも伝わり、驚きに満ちた表情をする。

 

「・・・リンディに半ば強制的に押し付けられた。」

「って言うことは・・・それはヒイロさんのですよね?」

 

なのはにそう問われたヒイロはそれを否定する気も起きなかったため素直に頷いた。それを見たなのはとフェイトはお互いに目を合わせ、何か確認するように頷くとヒイロへと駆け寄ると、揃いも揃ってあるものをヒイロに要求する。

 

『携帯のアドレスをください!』

 

ヒイロはそれを聞くと、表情を一つ変えることもなく携帯を操作する。程なくしないうちに自分の携帯の番号やアドレスが書かれてあるページに辿り着き、その画面のまま二人に手渡す。

 

「・・・これだ。あとは好きにしろ。」

 

そう言われ、ヒイロの携帯を受け取るとヒイロの電話番号等を自身の携帯のアドレス帳に登録する。フェイトも覚束ない操作ながらも同じように登録する。

 

「アリサちゃんとすずかちゃんもする?」

「なのは・・・そう言うのはちゃんと本人に確認を取ってからいいなさいよ・・・。」

「え、えぇっと・・・。」

 

すずかは気が引けているといった表情をし、アリサはなのはの行動にため息をつきながらヒイロに視線を向ける。それを確認だと取ったヒイロは少し考え込む表情をするとーー

 

「・・・問題ない。お前達なら迂闊に言いふらすようなことはしないだろう。」

「しないわよっ!!なのはじゃあるまいし!!」

「ひ、ひどいよアリサちゃんっ!?」

「なのはちゃん・・・私とアリサちゃんはまだヒイロさんと出会って時間がそんなに経っていないからヒイロさんの警戒はごもっともだと思う・・・。」

 

友人二人からの口撃にショックを受けたなのはは少しばかりしょぼくれた表情を見せる。

なんだかんだありながらもアリサとすずかともアドレスを交換すると、何やら朗らかな表情しながら携帯を大事そうに握っているフェイトの姿を見かける。

 

「・・・妙に嬉しそうだが、それほどまでに携帯を買ってもらえたことが嬉しかったのか?」

「ひ、ヒイロさんっ!?」

 

突然ヒイロに話しかけられたフェイトは顔を赤らめ、驚いた表情をしながら口調をきょどらせる。

 

「その・・・こう言うの、なんて言うのかな・・・。普通の女の子らしいことをするのは、初めてだから・・・。友達になったのもなのはが一番最初だから。」

「・・・・なら、その繋がりを大事にするんだな。」

 

まるで、今までは女の子らしいことをしてこなかったというようなフェイトの言い草にヒイロは少しばかり怪訝な表情を浮かべるが深く追及することはなく、端的に伝える。

 

「ヒイロさん・・・?」

 

あまりヒイロらしくない発言にフェイトは少しばかり疑問に思った。しかし、それっきりヒイロはだんまりを貫いたため、それ以上、話題が続くことはなかった。

 

 

 

 

「・・・・さて、ヒイロさんが言っとった管理局員の巡回ちゅうのは今日やったな。後の憂いを無くすみたいな感じやったけど、一体誰なんやろうな・・・。」

 

守護騎士達の夕飯を作りながらはやては誰もいない自宅の中で言葉を零す。

ヒイロから管理局に関する多少のことは聞いているものの、その後の憂いの正体を聞いてはいない。

 

 

「まぁ、私が知ることじゃないか。今、私ができることはみんなが無事に帰ってくることを祈るだけや。無論、ヒイロさんもな♪今度またウチに誘おうかな♪」

 

そういいながらはやては表情を緩ませながら料理の工程を進めていく。

全ては自分の愛する家族のために。

 

 

 

 

ビーッ!!ビーッ!!

 

リンディ達のいる海鳴市の拠点としているアパートに似つかわしくないアラート音が響く。

 

「エイミィ!!」

「はいっ!!」

 

突然の警報にも狼狽える様子を微塵も見せず、リンディはエイミィに状況の確認を命じる。

エイミィはアパートの一室に設けられた管制用のシステムを操作し、状況を確認する。

 

「至近距離にて緊急事態!!守護騎士と思われる反応を確認しました!!巡回していた管理局員によりある程度の包囲は完了している模様!!」

「確かその巡回、クロノも一緒にいたわよね!?」

「数分で戦闘エリアに入ります!!」

(・・・・始まったか。)

 

リンディ達のやりとりを聴きながらヒイロはシグナム達が行動を起こしたことを察していた。

今回のヴォルケンリッター達の行動はヒイロがはやてに頼んだ、全て仕組まれたものだったからだ。

目的は仮面の男の正体を明るみに出すため。

 

「フェイトさん、ヒイロ君、問題ないわね?」

「はい。いつでも行けます。」

「・・・問題ない。」

「オッケーよ。エイミィ、なのはちゃんは?」

「少し時間がかかるそうです!」

「わかったわ。それならアルフ、お願いできる?」

 

エイミィからなのはの状況、そしてフェイトとヒイロの状態を確認したリンディはアルフに視線を向け、彼女になのはの移動を頼む。

 

「わかった!とりあえず今はフェイトとヒイロを運んでからでいいか?」

「ええ、大丈夫よ。」

 

リンディの承諾を得たアルフはその手に転移魔法用の魔法陣を展開する。

 

「そんじゃあ、行くよっ!!」

 

アルフの声と共にヒイロとフェイトの視界は光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

「・・・管理局か。」

 

周囲を見渡しながら、ザフィーラが自分達を囲んでいる人物達の正体を言い当てる。

管理局の巡回に引っかかったザフィーラとヴィータはおよそ10人ほどの管理局に囲まれていた。

 

「でも、一人一人の力量はお察しだな。アタシらヴォルケンリッターの敵じゃねぇ。」

 

ヴィータが自身のデバイスである『グラーフアイゼン』のハンマーを構えながら警戒していると、管理局員達は仕掛けようとはせずにヴィータ達から離れていった。

ザフィーラとヴィータが仕掛けてこないことへの不信感を抱いているとーー

 

「上だ!」

 

いち早くその不信感の正体に気づいたザフィーラはヴィータに警告を告げる。釣られてザフィーラと同じように自身の上を見るヴィータの視界には水色の刃が無数にも展開されていた。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフトっ!!」

 

その魔法の発動者であるクロノがデバイスを振り下ろすと無数の刃が雨霰のようにヴィータとザフィーラへと降り注ぐ。

咄嗟にザフィーラは自身の手のひらからプロテクションを発動させ、その範囲にいるものを悉く処刑せんがごとく降り注ぐ刃から身を守る。

しかし、その刃の鋭さは咄嗟だったとはいえ、強固だったザフィーラのプロテクションを破り、数本ザフィーラの二の腕に突き刺さる。

突き刺さる光の刃はザフィーラの筋力で粉砕する。大したダメージにはなっていない様子にヴィータは少し安堵した表情を見せた。

 

 

 

 

「・・・・あれほどの威力で少ししかダメージを与えられないか・・・。」

 

先ほどの魔法にかなり魔力を持っていかれたのか、少々疲れた様子を見せるクロノ。

だが、本来の目的は達成された。先ほどの刃が破壊された時に発生する粉塵でヴィータとザフィーラの視界を奪い、その間に結界の強化を他の管理局員にやらせた。

 

『クロノ君!聞こえるっ!?』

 

次をどうするかを考えているクロノにエイミィからの通信が入る。

 

「うん、聞こえーー」

『今、そっちに助っ人を送ったから!!』

 

クロノが返答するより先にエイミィは内容を伝える。助っ人という言葉を受けたクロノは周囲を見回した。

そして、ビルの屋上にその助っ人と思われる人影を見つける。

 

「あれは・・・フェイトとヒイロか。」

 

ビルの屋上にフェイトとヒイロの姿があった。クロノが声をかけようとした時に二人の周囲に橙色の魔法陣が展開される。

その魔法陣から今度はなのはとアルフの姿が現れた。

 

「・・・早いな。」

「アタシはフェイトの使い魔だからね!!これくらいは安いもんよ!!」

 

ヒイロの言葉にアルフが自信に満ち溢れた笑顔でそう答えるが果たしてそれが理由なのだろうかと、ヒイロは疑問に思ったが口には出さずにヴィータ達の方を見た。

 

(・・・・シグナムがいないな。奴はどこにいるんだ?)

 

そう思ったのも束の間、結界を貫きながら紫電がヒイロ達からさほど離れていない別のビルの屋上に落ちた。

 

(・・・・あれか。)

 

ヒイロがそう決定づけ、紫電が落ちた衝撃から発生した煙幕が晴れるとそこからシグナムが姿を現した。

 

「あの人は・・・!!」

 

フェイトがシグナムの姿を見ると険しい表情を見せる。

この前自分が手も足も出なかったことを思い返しているのだろう。

 

「・・・・前回のお前と今のお前は違う。奴に今のお前を見せつけてみろ。」

「・・・はいっ!!」

 

ヒイロの言葉にフェイトは自身を奮い立たせるように声を出す。

表情に思いつめたものがなくなったと判断したヒイロはなのはとアルフに視線を向ける。

 

「あの二人はお前達に任せる。俺は結界内部を回ってもう一人、闇の書を持っているであろう人物を探してくる。」

「うぇっ!?マジでっ!?」

 

アルフの驚きの声を置いていくようにヒイロはウイングゼロを展開すると、その純白の翼を広げ、飛び去っていった。

 

「ったく、自分勝手だなー、あいつは。」

 

ヒイロの突然の行動にアルフは呆れたような声を出すが、それはすぐさま好戦的な笑みへと擦り変わる。

 

「ま、私もアイツと戦いたかったから、ちょうどいいけどな!!」

 

獰猛な笑みを浮かべながらアルフはザフィーラに向けてファイティングポーズを取った。なのはも少し乾いた表情を浮かべながらもヴィータに視線を向けていた。

 

「・・・行こう、フェイトちゃん。」

「うん。行こう。なのは。」

 

なのははヴィータへ、フェイトはシグナムへと己の戦う相手を見ながら、自身の相棒の名前を呼ぶ。

 

「レイジングハート!」

「バルディッシュ!」

 

『セットアップっ!!』

 

 

 

 

「クロノ、聞こえるか。」

『ヒイロ?どうかしたのか?』

 

なのは達から離れたヒイロはクロノに連絡を取る。

 

「お前に頼みがある。守護騎士は四人いるが、まだ三人しか姿を現していない。残りの一人が闇の書を所持している可能性が高い。俺が結界内部を担当する。お前は結界の外を担当しろ。」

『・・・・わかった。闇の書も確認できていないから、おそらくその最後の一人が持っているんだろうな。』

「・・・仮面の男には注意しろ。状況によっては妨害に走る可能性がある。」

『・・・警告、痛み入るよ。』

 

ヒイロはそこでクロノとの通信を切り、姿を現していない守護騎士、シャマルを探すという名目のもと、結界の張られた海鳴市の空を飛ぶ。

 

(クロノとシャマルが協力関係になれれば、仮面の男の拿捕は可能なはずだ。だが、状況によってはコイツの使用も考える必要がある。)

 

ヒイロは自身の身の丈程の長さのある無骨なライフル銃、『バスターライフル』を二挺ある内の一つを手に取っていた。

 

 

 

 

 

「・・・・強くなったな。」

「・・・そうですか?」

 

フェイトと対峙したシグナムは不意にそんな言葉を零す。それにフェイトは疑問気に首を傾げる。

 

「相手の強さを測る目は持っているつもりだ。それに強さとは己自身では認識はあまりできないものと考えている。」

 

シグナムはそういうと自身のデバイスである『レヴァンティン』を構える。

構えからも改めて自分が対峙している相手がかなりの強敵だと認識したフェイトはバルディッシュを握りしめることでそれに応える。

 

「我が名は守護騎士ヴォルケンリッターが一人、烈火の将、シグナム。お前の名を聞きたい。」

「・・・管理局所属嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ。」

「フェイトか。いい名前だ。お前の全力、見させてもらおう。」

「言われずとも!!」

 

 

その言葉を皮切りにフェイトとシグナムが同時に動き出し、紫電と稲妻が交錯する。

 

 

 

 

「・・・・・・。」

「えっと、前回は教えてもらえなかったけど、今回こそは教えてもらうから。」

「・・・・あー、わかった。アイツ、伝えてないなこれ。」

 

自身を見下ろす形となっているヴィータに向けてなのはは改めて名前を問う。

しばらくヴィータはそのなのはの目を見ていたが、ふと合点がいったような表情を浮かべた。なのははそれに疑問気な表情を浮かべる。

 

「アイツ・・・?一体誰のこと?」

「いや、こっちの話だ。気にすんな。とりあえず名前だったな。それだったらアタシを打ち負かすぐれぇのことはしてくれねぇとな!!」

 

ヴィータは獰猛な笑みを浮かべながらなのはに自身のデバイスであるグラーフアイゼンのハンマーを向ける。

 

「・・・・やっぱりこうなっちゃうか・・・。」

 

なのははそういうと静かに、それでいて決意のこもった目をしながらヴィータにレイジングハートを向ける。

 

「はっ!テメェもやる気なんじゃねぇか!!」

「覚悟はある・・・。私は、闘う。」

 

 

「想いだけでも…力だけでも…。それが今、私があなたに届かせられるものだから!!」

 

 

 




なのはがどこぞの准将になってきた。


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第16話 海鳴の空を照らす山吹色

や、やっと出せた・・・。

一応できる限り端折らずに書いたらいつもより文量が多くなった・・・。

あとそれでもアルフとザフィーラの戦闘書いてねぇ・・・(白目)

追記

シャマルが若干オリジナルになっています(今更)


「はぁぁっ!!」

「やぁぁっ!!」

 

紫電と雷電が海鳴市に聳え立つビル群の中でいくつも重なり合い、火花を散らす。

いくつかの交錯があったのち、フェイトのバルディッシュとシグナムのレヴァンティンが鍔迫り合う。

しばらく力と力の鬩ぎ合いが続くが、お互い弾かれるように一度距離を取る。

 

「バルディッシュ、カートリッジロード!!」

 

いち早く体勢を整えたフェイトがそういうとバルディッシュに新たに装着されたリボルバー部分から薬莢が吐き出され、新しく装填される。

 

『Plasma Lancer』

 

バルディッシュから機械的な音声が流れるとおよそ八つ、フェイトの周囲に金色に輝く魔力体が生成される。

 

「プラズマランサー、ファイアっ!!」

 

フェイトが合図をするかのように腕を振り下ろすと魔力体が環状魔法陣を纏った鋭く尖った槍へと姿を変え、シグナムへと飛翔する。

対するシグナムは避けるような動きを見せることはなく、レヴァンティンを構えるとフェイトと同じようにカートリッジから空薬莢を吐き出した。

 

「ふっ!!」

 

軽く息を吐き出すような声と共に振るわれたレヴァンティンはフェイトの放ったプラズマランサーを四方八方へと弾き返す。

普通であれば、行き先を狂わされた弾丸は目標にたどり着くことはなく、あらぬ方向へと進んでいくだけだ。

ただそれはプラズマランサーがただの銃弾であればの話だ。

シグナムが弾いたプラズマランサーにフェイトは再び手を振るう。

 

「ターンっ!!」

 

その言葉がトリガーだったのか、プラズマランサーを纏っている環状魔法陣が輝くと突如として方向転換をした。その方角はもちろん、シグナムの方へと向いている。

一瞬の硬直があったのちプラズマランサーは再びシグナムへと襲いかかる。

 

「っ・・・・。」

 

ただ斬りはらうだけではダメだと察したシグナムはプラズマランサーに当たる直前で急上昇した。

対象を見失ったプラズマランサーは互いにぶつかり合うがフェイトが『ターン』という言葉を紡ぐと再度シグナムを目標へと定める。

 

「ちっ・・・。」

 

シグナムは苦い顔をしながらも鞘を取り出すとレヴァンティンを収めながらカートリッジをリロードし、薬莢を装填する。

レヴァンティンを鞘の中に収めると少しばかり体を沈め、さながら居合斬りのような構えを取る。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

気迫こもった声を出しながらシグナムは鞘にしまったレヴァンティンを引き抜く。

その刀身には焔が宿り、シグナムが振るったレヴァンティンの剣先を追うように焔が駆け走る。

その焔はシグナムとフェイトの間に壁を作るように張られ、迫り来るプラズマランサーを全て焼き尽くす。

焔の壁がきえ、シグナムはフェイトを探そうとするが、突然後ろを振り向く。

歴戦の勇士であるシグナムの戦士としての直感が働いたのだろうが、背後から気配を感じたシグナムの直感は当たっていた。シグナムの視界に映ったフェイトはバルディッシュを上段に構え、シグナムに向かって突撃してきていた。

焔でシグナムとフェイトの間に壁ができた瞬間、フェイトはブリッツアクションを用いてシグナムの背後に瞬間移動していたのだ。

 

(遅れは取ったが、向こうは上段に構えている。このまま横薙ぎに振ればーー)

 

フェイトが目前に来ながら対応が間にあうと判断したシグナムは勢いそのままレヴァンティンを横薙ぎに振った。

しかし、レヴァンティンの刃がフェイトに届くことはなかった。

刃がフェイトに触れるか触れないかの、まさに紙一重の瞬間に彼女の姿が掻き消えた。

その結果横薙ぎに振るったレヴァンティンは空を切ることとなった。

 

(しまった。今のはわざとかーー)

 

フェイトは敢えてバルディッシュを上段に構えて接近することによりシグナムに対処させるように心理的に誘導したのだ。

その目論見は見事的中し、シグナムはまんまとレヴァンティンを振るわされてしまう。

だが、シグナムも目を見開きながらもフェイトの行方をすぐさま捜索する。

 

「っ・・・上かっ!?」

 

シグナムの耳にある音が入り込む。それはマントのような布が風に煽られてバサバサとはためくような音であった。

咄嗟に上を向くがフェイトの姿は既にクロスレンジまで迫っていた。

振るったレヴァンティンはもう一度構える隙すら与えられず、せいぜい前に持ってくるのが精一杯であった。

バルディッシュとレヴァンティンがぶつかり合い、火花を散らす。しかし、互角の状況だった時とは違い、シグナムは防御するのが精一杯。さらにシグナムの上を取ったフェイトは高高度から落ちてきたスピードも重ねがけ、一気にバルディッシュに力を込める。

 

その結果、シグナムは下へと弾き飛ばされ、フェイトがシグナムと初めて戦った時と同じようにその身をビルの屋上へと叩きつけた。

 

(・・・フェイントからのブリッツアクション、手応えはあったけど、防御自体は許した。まだその程度で倒れる相手じゃない。)

 

フェイトは改めて気を引き締めるようにバルディッシュを構える。警戒するようにビルの屋上を凝視すると、フェイトの想像通り、土煙を払いながらシグナムが現れる。

 

「ははっ、まさか今度は私がビルの屋上に叩きつけられる羽目になるとはな。強くなったな、テスタロッサ。」

 

シグナムは乾いた笑顔を浮かべながらフェイトを称賛する言葉を述べる。

 

「・・・ありがとう。だけど、次はそう簡単に行くような貴方ではないでしょう?」

 

フェイトがシグナムに向けてそう返すと、シグナムは無言でレヴァンティンを構える。

 

「無論だ。この程度でやられるほど柔な肉体ではない。」

 

シグナムのその言葉を皮切りにフェイトとシグナムが同時に動き出し、第2ラウンドを告げるように両者がぶつかり合った。

 

 

 

 

「シュワルベフリーゲンっ!!」

 

ヴィータが指の間に挟んだ鉄球に魔力を込め、橙色に光る玉となった鉄球を彼女のデバイスであるグラーフアイゼンのハンマー部分で叩くと誘導性を持ちながらなのはへと飛んでいく。

なのははそれを落ち着いて軌道を読みながら避けていく。

 

(あの子が中距離戦で来るならーー)

 

ヴィータの攻撃を掻い潜りながらなのははレイジングハートから空薬莢を吐き出させ、リロードさせる。

 

(こっちもそれで応えるだけ!!)

 

リロードさせ、アクセルモードへと移行させたレイジングハートをヴィータに向ける。

 

「アクセルシューター!!シュート!!」

 

なのはの声に呼応するように桜色の魔力体がヴィータに向けて飛翔していく。

その数はおよそ12個。それぞれが複雑な軌道を描き、放たれた鉄球を破壊しながらヴィータヘ迫り来る。

 

「はっ!!お返しって訳かよ!!上等っ!!」

 

対するヴィータは自身に迫り来る桜色の光弾を避けるなり魔法陣を展開して防御するなどしながら切り抜けていく。

 

「足止まってんぞ!!それじゃあ狙ってくれって言ってるようなもんだ!!」

 

そういうとヴィータは自身の手のひらに再度鉄球を出現させる。しかし、先ほどの指の間に挟めるほどのサイズではなく砲丸ほどの大きさまで大きくしたものだった。

 

「お返しのお返しだ!!遠慮はいらねぇからもらってけっ!!」

 

ヴィータはその砲丸サイズの鉄球を放り投げると、グラーフアイゼンでかっ飛ばす。アクセルシューターの制御に追われてその場から動くことができないなのははーー

 

「レイジングハート、バスターモードへ移行!!」

 

レイジングハートの形態を魔力弾など加速させるアクセルモードからその名の通り砲撃がメインのバスターモードへと切り替える。

 

「カートリッジロード!!」

 

続けざまにレイジングハートに命じ、空薬莢を吐き出させ、新しくカートリッジを装填する。

 

「ディバイン、バスターーー!!!!」

 

レイジングハートから撃ち出される魔力の奔流はヴィータが放った鉄球を呑み込み、勢いそのままにヴィータへと迫る。

ヴィータは自身に向かってくるディバインバスターを避けると近接戦闘を行うべく、なのはに接近する。

 

「コイツで・・・・!!」

 

ヴィータはグラーフアイゼンを高く振り上げ、ディバインバスターを撃った直後の硬直で動けないなのはに振り下ろす。

なのはは右手から魔法陣を展開して、それを防御するも吹っ飛ばされる。

しかし、攻撃を当てたはずのヴィータは苦い表情を浮かべていた。

 

(手応えが少ねえ・・・。コイツ、ギリギリのところで後ろに飛びやがったなっ!?)

 

ヴィータは自分から吹っ飛ばされたなのはを追撃しようとするも、桜色の光弾が突如としてヴィータの目の前をかすめる。

出鼻をくじかれたヴィータは思わずその場で急ブレーキをかけた。

 

(あのヤロー・・・吹っ飛んでいる間にもシューターを動かせるだと・・・!?なんちゅうヤローだ・・・!!)

 

ヴィータが驚いている間になのはが飛ばしていたアクセルシューターはヴィータの周囲を囲むように飛び回る。

 

「ちっ・・・我慢比べって訳か・・・。」

 

まともに動けなくなったヴィータが悔しそうな表情をすると自身の周囲に見るからに硬い多面体のバリアを張った。

 

(・・・パンツァーヒンダネスでどこまで凌げる・・・?割とヤベェなこの状況・・・。)

 

ヴィータの攻撃を敢えて自分から吹っ飛ぶことで距離をとったなのははビルの外壁に着地するように足をつける。

 

「な、なんとかうまく行った・・・。まともに防いだら衝撃で手がやられちゃうから・・。」

 

自分でもかなりギリギリだった自覚はあるのか、ホッとしたような表情を見せる。しかし、それも一瞬ですぐさま気を引き締める表情を見せるとヴィータの方向に視線を向ける。障壁は見るからに硬そうだが、それでめげてしまうなのはではない。

 

「やるよ!!レイジングハート!!」

 

なのははレイジングハートにすぐさま攻撃指令を下した。

 

 

 

 

 

 

(さて、はやてちゃん、というかあの子の言った指定ポイントはこの辺りだったけど・・・。)

 

なのは達が戦っている舞台である管理局員が展開した結界から離れたビルの屋上にシャマルはいた。

その腕には闇の書が抱えられていた。

 

(本当に来るのかしら、その仮面の男という人物・・・。でも事実としてシグナムが正体はわからないけど、誰かにつけられていたって言っていたし・・・。)

 

シャマルは一人、不安気な表情を浮かべながら結界を見つめていた。

ヒイロがはやての自宅に来た時、シャマルははっきり言って、ヒイロのことはあまり信用はできなかった。言葉では自身の命を賭けてまでこちらの信用を取ろうとしたが、行動にそれを起こすのはとても難しい。

ヒイロが管理局に自分達の居場所を話して、管理局員が自分達を拿捕しに来るのではないのかと疑っていた。

しかしーー

 

(・・・でもそんなことは一度もなかった。結構期間はあったはずだけど、結局管理局員が来ることはなかったわ。)

 

管理局員がはやての家の扉を開けることは一度たりともなかった。その事にシャマルはヒイロは本当に伝えていないことを何となくだが察した。

 

(・・・あくまで協力者、というのは本当なのかしらね。魔力もない人間が魔導士にはなれないはずだし。)

(でも、あの筋力量はどうかと思うわ。シグナムを腕の筋肉だけで圧倒する人、それも男の子ってーー)

 

シャマルは以前ヒイロに腕をへし折られたことを思い出しながら苦笑いを浮かべる。

骨折は治癒魔法をかけることで治ったが、へし折られた事実は消えることはなく、シャマルの記憶に色濃く残っていた。

ヒイロの異常な筋力に自然と考察を思い浮かべていると、シャマルの背後から何かを構える音が聞こえた。

 

「捜索指定ロストロギアの所持、および使用の疑いで貴方を逮捕します。」

 

シャマルの背後を取った人物はクロノであった。クロノはシャマルに自身のデバイスである『S2U』を向け、投降を呼びかける。

 

「抵抗しなければ貴方には弁解の機会はある。同意するなら武装の解除を。」

(・・・・しまった。思案に耽っていたとはいえ背後を取られるなんて・・・。でも多分だけど、はやてちゃんから聞いた話のわかる人物って言うのはこの子よね?)

 

シャマルははやてを通してヒイロから言われた人物を後ろにいるクロノであると推測はする。しかし、推測である以上、確信へと繋がることはないためシャマルは何も行動を起こせなかった。

 

(どうしよう。この子でいいのかしら。)

 

その時、思案に耽っていながらもクロノに背後を取られた時から改めて気を張り詰めたシャマルがある音を聞き取った。

それは何者かが、この屋上の地面を踏みしめる音であった。

咄嗟に音源であろう人物を脳内でシミュレートする。

シグナム、ヴィータ、ザフィーラは結界内にいるため自動的に排除。

であれば、消去法で残されるのは、例の仮面の男しかない。

 

「クラールヴィントっ!!」

 

シャマルの両手の人差し指と薬指にはめられた青色と緑色に輝く指輪が光をあげると宝石の部分が外れ、そこから出される魔力で編まれた紐のような線が指輪と繋がり、振り子となったクラールヴィントの四つの光がクロノに奇襲を仕掛けようとした人物、仮面の男に襲いかかる。

 

「何っ!?」

 

およそ気づかれるとは思ってなかったのか、はたまた援護中心であるシャマルが物理的な攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったのかは定かではなかったが、出鼻を挫かれる形となった仮面の男はクロノへの奇襲を辞め、距離を取った。

 

「・・・どういうことだ?」

 

シャマルが自分を庇ったと思われる行動をとったことにクロノはシャマルに懐疑心を露わにする。

ヒイロから予め仮面の男について警告されていたクロノだったが、よもや敵であるシャマルに援護されるとは思ってはいなかった。

 

「・・・詳しくは言えません。ですが、今回行動を起こしたのは、あの正体不明の男をこの場に誘き寄せるためのものです。」

「・・・・貴方達の仲間ではないということなのか?」

「・・・これまで幾度となく転生を繰り返してきましたが、あのような男は一度たりとも。」

 

シャマルがクラールヴィントを周囲に展開しながら仮面の男と対峙する。

クロノはその様子を少しの間見つめていたが、程なくすると軽く息を吐き、先ほどまでシャマルに向けていた『S2U』を仮面の男に向ける。

 

「つまり、今は協力してくれるということでいいんだな!?」

「目的は貴方と同じはずです。騎士として後ろから撃つということはしないことを誓います。」

「・・・・・わかった。貴方の言葉を信じます。」

 

シャマルと一時的な協力関係を持ったクロノは仮面の男に鋭い視線を向ける。

その鋭い視線を向けられ仮面の男は明らかに狼狽したような様子を見せていた。

 

「お前が仮面の男だな?その仮面の下の素顔、曝け出してもらうよ。」

「貴方の目的は分かりませんが、少なくともあの子(はやてちゃん)に取って有益になるとは思えません。最低限、その仮面は外させてもらいます。」

「くっ・・・!!」

 

 

仮面の男が狼狽えているうちにクロノは先手必勝で『S2U』を構えながら突撃し、接近戦を仕掛ける。

 

「やぁぁっ!!」

 

振り下ろされる『S2U』を仮面の男は魔法陣を展開することで防御する。

 

「この程度・・・・っ!!」

 

仮面の男はクロノの攻撃を防御しきると一度距離を取ろうとする。

 

「逃がさないよっ!!ここで捕らえさせてもらうっ!!」

 

クロノがデバイスの高速詠唱機能を用いて、自身の周囲に白銀の魔力刃、『スティンガーブレイド』を展開させると仮面の男に向けて、掃射する。

 

「援護しますっ!!風よっ!!」

 

シャマルの一声がかかるとクロノが射出した刃に緑色の風が付与される。風の力を得た刃はさらに速度を上昇させながら仮面の男に迫り来る。

 

「制御が難しくはなりますが、いけますよね?」

「その程度であれば、なんら問題はない!!ありがとう!!」

 

シャマルの援護魔法により爆発的な加速を得たスティンガーブレイドは逃げようとする仮面の男を捉える。仮面の男は再び魔法陣を張ってその身を守るが、加速を得た刃に魔法陣は徐々にひび割れていく。

 

「やはり2対1では不利か・・・!!」

 

状況を不利だと思ったのか仮面の男は懐からカードを取り出した。ヒイロからある程度仮面の男について聞いていたクロノはそれを転移して逃げるつもりなのだろうと察する。

 

「魔力刃をあの仮面の男へ向けてください!!それと、バインドの準備を!!」

 

シャマルの突然の申し出にクロノは驚いた表情を浮かべるが、反射的に動かしていたスティンガーブレイドを全て仮面の男に向ける。

 

「風よっ!!舞い上がれっ!!」

 

シャマルが魔力を込めるとクロノのスティンガーブレイドに付与されていた風の力が倍増し、ただでさえ爆発的だった加速がさらなる加速を得る。

その速度は仮面の男の魔法陣にぶつかると粉々に粉砕されてしまうほどであった。

しかし、その分威力は凄まじく、刃が粉砕されるものの仮面の男が張っていた魔法陣を打ち砕く。

 

「何っ!?」

「今ですっ!!」

「恩にきる!!」

 

クロノが『S2U』を振るうと仮面の男の足元に魔法陣が展開され、そこから相手を捕らえるためのバインドが出される。しかし、クロノが展開したバインドは少々特殊な形状をしていた。

通常であれば、バインドの形状は空間に対象の四肢や体を固定するタイプや鎖型のチェーンバインドが普通である。

だが、クロノが仮面の男に用いたバインドは先ほど挙げた二つとは違う縄状のバインドであった。

魔法名『ストラグルバインド』 このバインドはただ相手をバインドするだけではない。

 

「う、ぐぅああっ!?」

 

このバインドに縛られた仮面の男は突如として苦しみだす様子を見せる。

突然の出来事にシャマルは思わずそのバインドの発動者であるクロノに視線を向ける。

 

「・・・あまり使い所のない魔法だけど、こういう時には役に立つ。」

 

クロノは静かにそれでいて悲しそうに呟く。

努力(ストラグル)の名が刻まれたこのバインドは父を亡くしながらも努力を続けてきたクロノが自ら編み出した魔法だ。その効果は対象にかかっている強化魔法を軒並み解除させる点にある。それは対象にかかっている変身魔法も例外ではなく、しばらく仮面の男が苦しむ様子を見せていると徐々にその変身魔法が剥げてきているのか、その正体が陽の目を見るかと思ったその時、シャマルとクロノに縛り付けられるような感覚が現れる。

 

「こ、これは・・・っ!?」

 

二人に突如として青いバインドがかけられる。シャマルが動揺している様子を見せている中、拘束されている仮面の男の側に全く同じ姿形を持ったもう一人の仮面の男が降り立った。

現れた男は拘束されている仮面の男のバインドを破壊すると、すぐさまクロノとシャマルから離れていった。

 

「・・・・追わないんですか?」

「・・・逃しはしないさ。だけど、あの二人相手だと僕じゃ少しばかり力不足だ。情けないけど、彼女らは僕の師匠なんだ。」

 

シャマルの問いかけにクロノが乾いた笑顔を浮かべる。正体がおよそ分かっているかのような口ぶりにシャマルは怪訝な表情を浮かべる。

 

 

『・・・・・苦戦しているようだな。』

 

突然結界内にいるはずのヒイロからウイングゼロの通信機能を介して、クロノに念話という形で通信が入る。ヒイロの自分達の現在の状況を把握している口ぶりにクロノは一抹の期待を寄せながら質問する。

 

「・・・君、この状況が見えているのかい?」

『・・・一応な。だが、俺がいるのはお前と正反対のところだ。手を届かせるのは無理だ。』

 

期待をかけたつもりだったが、それは叶わなかった。ヒイロの言葉にクロノは少々残念そうな表情を浮かべる。

 

「そうか・・・ならまたの機会にするよ。正体はわかったからね。」

『・・・俺は手が届かないと言っただけだぞ?』

「え・・・?」

 

 

 

「・・・今から奴らを狙撃する。」

『えっ!?ちょっとまーー』

「防御魔法と回復魔法を用意しておけ。奴らを現行犯で捕らえる必要がある。さらに言えば死んでもらっては困るからな。」

 

それだけ伝えるとヒイロはクロノとの念話を強制的に終了する。

ヒイロはクロノがいるポイントとは正反対の結界の端にいた。できる限り仮面の男を油断させるためだからだ。

ヒイロはその右手に身の丈程ある無骨なライフル銃、『バスターライフル』を手にして、照準をクロノ達がいる方角へと向ける。

その照準に迷いなどは微塵もなかった。

 

「ゼロ、奴らの動きを追え。」

 

ゼロシステムを起動し、仮面の男の動向を見る。ゼロが見せる未来に基づいて、ヒイロはバスターライフルの銃口を僅かにずらす。

 

「俺にははっきり見える。俺の敵が。」

 

ヒイロは少し目を閉じるとすぐさまゆっくりと瞼を開ける。

 

「現空域にいる全ての魔導士に告げる。忠告は一度きりだ。よく聞いておけ。直ちに戦闘を中止し、射線を開けろ。従わないのであれば、命の保証はしない。」

 

結界内にいるなのは達とシグナム達守護騎士にそう告げるとヒイロは静かに視線の遥か先にいる仮面の男に照準を向ける。

 

「ターゲット確認。目標、ギル・グレアムの使い魔、リーゼロッテおよびリーゼアリア。」

 

バスターライフルの銃口から光が輝き始める。その光は徐々に大きくなっていきーー

 

「攻撃開始……!!」

 

ヒイロがバスターライフルのトリガーを引くと銃口から山吹色の閃光がほとばしる。

その光は戦場と化した海鳴市の空を一直線に貫きながら目標へと飛んでいく。

 




最初に言っておきますが、猫姉妹はとりあえず死にません。
死ぬほど痛い思いはしてもらいますが(暗黒微笑)


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第17話 リーゼ姉妹、閃光に散る

散る(散るとは言っていない)


「・・・・・・・。」

 

中々唐突な話だが、ヒイロは現在、修羅場の真っ只中に放り込まれていた。

アパートの冷たいフローリングの上で正座させられているヒイロ。フローリングの冷たい感覚が足を伝ってくるが、過酷な任務をこなしてきたヒイロにとってはどうということはなかった。

 

視線を軽く周囲に向ければ、どうしたらいいのかわからないのか終始オロオロした様子を見せるなのはとフェイト。余談だが、アルフも子犬モードでフェイトの足元でプルプルと震えている。

それと、目のハイライトが消え失せ、死んだ魚のような目をしながら部屋に映し出されるディスプレイに現実逃避するように見入っているエイミィ。

 

『ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ』

 

部屋の隅からそんな音が響き、視線を向けるとその先にいた人物達は『ピィッ!?』と情けない声を出しながらお互いの肩を抱き寄せながら身を縮みこませている。

その人物達とはグレアムの使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアだった。二人はヒイロに対し、まるで悪魔やら魔王やら、ともかく恐ろしいものを見ているかのような涙目と怯えきった表情で震えていた。

そして、ヒイロが視線を自身の正面に戻すと仁王立ちしているリンディとクロノの姿があった。

 

クロノは明らかに怒っている様子だったが、リンディの方は笑顔であった。

だが、目が笑っていないことを鑑みるにリンディも怒ってはいるのだろう。纏っているオーラがいつものリンディとはかけ離れていたというのもあった。

 

「ヒイロ君?」

 

リンディの冷え切った声が雰囲気が凍りついた部屋の中で妙に良く響き渡った。

ヒイロはそれに表情を変えずに視線を返すことで答える。

 

「貴方、今回何をしでかしたか、分かってる?」

 

張り詰めた空気の中、リンディがヒイロに問い詰める。

ヒイロは特に表情を浮かべることはなく、意にも介していないかのように自分の行動を説明し始める。

 

時間はヒイロが仮面の男、もとい、リーゼロッテとリーゼアリアにバスターライフルを撃った時間に遡る。

ヒイロがバスターライフルを放った直後の結界内では、それぞれが困惑の様子を浮かべていた。

 

 

(ヒイロさん・・・?さっきの通告は一体・・・?)

 

シグナムも一度構えを解いたため、自然とフェイトも戦闘態勢を解除する。

突然の戦闘中止の忠告と射線を開けろという謎の勧告にフェイトは困惑気味な表情を浮かべていた。

どうしようかと思い悩んでいるとーー

 

『Sir!!高エネルギー体が接近中!!今すぐそこから離れてください!!』

「バ、バルディッシュ?わ、分かった。とりあえず離れればいいんだね?」

 

バルディッシュの急な警告に驚きながらもフェイトは一度その場から距離を取った。シグナムもバルディッシュの警告を聞いたのか、フェイトと同じようにその場から離れた。

フェイトが何事かと思って周囲を見渡す。

ふと視界にそこらの星より一際輝く光が一瞬見えたと思えば、先ほどまでフェイトとシグナムが戦っていた付近を山吹色のビームが駆け抜ける。

そのビームの出力は見るからにとても高い。フェイトはなのはのディバインバスターを彷彿とさせるビームの行き先を追った。

 

そのビームは結界の張られた海鳴市の空を一直線に駆け抜けていく。そのまま行くと管理局員が張った結界の端に到達する。普通であればビームが弾かれるなりなんなりの抵抗を見せる結界。

だがそのビームはその結界に阻まれるどころか、壊れる音すらも立たせずに結界にポッカリと穴を作り出した。

 

「け、結界が・・・!?」

(今のビームは一体どこから・・・!?いや、あのビームはヒイロさんの警告のあとに飛んできた。なら、あのビームはヒイロさんが撃ったもの・・・?)

 

思いもよらない結果にフェイトは思わず驚きの声を零した。

結界が突如として現れたビームに貫通されたことは別の場所からなのはとヴィータも見ていた。

 

「い、今のは一体・・・!?」

「ちっ!!なんちゅうトンデモをやらかしてんだよ、アイツはっ!!あんなのに巻き込まれたらアタシらでも無事じゃすまねぇぞ!?」

 

 

「一体なんなんだい・・・?あれ。」

「・・・・よもやあれほどの威力を誇るものが魔力もなしで撃ててしまうとはな・・・。」

 

アルフとザフィーラは先ほどまで交えていた拳を止めながら未だ目標に向かって飛翔を続けるバスターライフルの光を呆然と見つめていた。

 

 

 

 

「とりあえず、あの人の言う通りにするしかないか!!」

 

クロノはヒイロが無理やり通信を切ったことに苦い顔をしながらも自身の周囲にプロテクションを展開する。

程なくしないうちに結界を貫いたバスターライフルの光が見えてくる。

 

「こ、これはっ!?」

 

仮面の男は自身に迫り来る爆光に気づくと自身の周囲に渦のようなプロテクションを展開する。

しかし、そのバスターライフルのビームは仮面の男を飲み込むことはなく掠めるような形で夜空へと向かっていった。

 

「は、外した・・・?」

 

クロノが疑問気な表情を浮かべるが、それはすぐさま驚愕へと変わっていった。

仮面の男が張っていた渦のようなプロテクションが音を立てて破壊される。

 

(か、掠めただけで、あのプロテクションを破壊したのか!?)

 

クロノが見ただけでも、仮面の男が、いや自身の師匠であるリーゼロッテが張ったプロテクション、『ホイールプロテクション』の強度は並の魔導士ではたどり着くことができないほどの強度はあった。

だが、およそヒイロが放ったと見られるビームはそれを掠めるだけで突破する。

それどころか、ビームが掠めたリーゼロッテにさらなる異変が訪れる。

 

「うっ、ぐっ・・・・ああああああああっ!?」

 

リーゼロッテの体から突如として炎が上がる。それはリーゼロッテを包み込むと焼き尽くさんと言わんばかりの火力で彼女の体を焼いていく。

炎に焼かれたからか、変身魔法が強制的に剥がされ、仮面の男から特徴的な猫の耳と尻尾が生えた本来の姿に戻ると火だるまの状態で墜落していく。

 

「なっ・・・!!ロッテ!!アリアっ!!」

 

悲痛な状態へと成り果てた彼女らに向けて悲痛な声をあげながらクロノは彼女らの元へ駆け寄る。

 

「これは、私も向かった方がいいのでしょうか・・・?」

『シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、俺が開けた穴から結界を脱出しろ。』

 

シャマルは回復魔法が使えるため、一応クロノを追おうとする。その時にヒイロから念話で通信が入った。

なるほど、先ほどのビームはそのためでもあったのね。シャマルはそう思いながらクロノを追う。

 

『シャマル。お前も撤退しろ。』

「ありがとう。だけど、私にはやることがあるから。」

 

シャマルがそう言うとヒイロは考え込むように少しの間押し黙った。

両者の間で沈黙が走るがーー

 

『・・・了解した。だが、闇の書を持っているお前が捕らえられればこの作戦をやった意味がなくなるのを忘れるな。』

 

ヒイロはそう言うとシャマルと念話を切った。

シャマルは軽く笑みを浮かべるとクラールヴィントに向けて何かを呟く。

次の瞬間、バスターライフルの余波に当てられて重傷を負ったリーゼアリアとリーゼロッテの周囲を柔らかな風が包み込む。

一瞬、シャマルに鋭い視線を送るクロノだったが、彼女らを包み込む柔らかな風の正体が回復魔法の類だと気づくと、ホッとしたように表情を緩ませる。

みるみるうちに二人の傷口が塞がっていき、最終的には傷痕すら残さず完治した。

クロノは二人の傷を治してくれたことにシャマルに向けて感謝を述べようとする。

しかし、それよりも早くシャマルが軽く一礼をすると予め発動させておいた転移魔法を用いて、現場から飛び去っていった。

クロノは捕縛対象を逃してしまったこととその捕縛対象に知り合いを助けられてしまったことに微妙な表情をしながらリーゼロッテたちの元へと向かった。

 

 

 

「・・・・わかった。すまんがテスタロッサ。今回はここまでだ。」

「・・・・・貴方をここで逃すわけには行きません。」

 

ヒイロからの念話を聞いたシグナムがレヴァンティンを鞘に収めると転移魔法を起動する。

フェイトはシグナムの行動に怪訝な表情を浮かべながらも追撃するためにバルディッシュを構え、バインドを展開しようとする。

 

『Schlangeform!!』

「お前との戦いは久々に心躍るものだった。余程の鍛錬を積んだか、もしくは良き師に教えを請うたのだろう。」

 

そういいながらフェイトより早くシグナムは鞘からレヴァンティンを引き抜く。しかし、その刀身はさっきまでフェイトと斬り結んでいたものとは打って変わり、まるで蛇のように連結した極大の長さを誇る蛇腹剣へと姿を変えていた。

刃と刃がワイヤーのようなもので繋がり、変幻自在となったレヴァンティンの刀身がフェイト目掛けて一直線に飛んでくる。

 

「くっ!?」

 

今まで見せてこなかった攻撃、それも奇襲の形で使われたフェイトは魔法陣を展開して防御するのが精一杯だった。

そして、気づいたときにはシグナムは既に転移魔法の準備を整え終えていた。

 

「・・・やられた・・・。」

 

赤紫色の光の塊となってどこかへ飛び去っていくシグナムを見ながらフェイトは悔しげに言葉を漏らすのだった。

 

 

 

「ん、了解っと。てことはアタシらの役目も終わりか。」

 

シグナムと同じようにヒイロの撤退を聞いたヴィータが徐になのはの方に視線を向ける。展開していたパンツァーヒンダネスもなのはのアクセルシューターと何回かぶつかり合ううちにヴィータのパンツァーヒンダネスが先にひび割れ、そして破砕された。ヴィータは正直言ってなのはの実力に舌を巻いていた。

なのははヴィータのその様子に少しばかり疑問を感じるが、口には出さずに警戒心だけを強める。

 

「ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士、ヴィータだ。お前の名前・・・えっと、タカマチ・・・ニャノハ?だっけ。」

「なのはだよっ!?」

 

名前を間違えたことをなのはに指摘されるとヴィータは恥ずかしそうに顔を赤らめながらハンマーを肩に担ぐ。

 

「う、うるせっ!!お前の名前覚えづらいんだよ!!」

 

なのはに怒鳴りつけながらヴィータは光弾を生成する。なのははまたハンマーで殴りつけることで誘導弾を発射すると思って身構えた。

 

「アイゼンゲホイル!!」

 

先ほどとは違う名前の魔法、なのはがそれを聞いた時には既にヴィータのハンマーは光弾に打ち付けられていた。そこから出たのは誘導弾ではなく、なのはの視界を覆い潰すほどの爆光と思わず耳を塞ぎたくなるほどの轟音であった。

 

「っ!?」

 

思わず目 瞼を閉じ、耳を塞いでしまうなのは。光と音が止み、塞いでいた感覚器官を再び開くとヴィータの姿は既にそこにはなかった。

 

「探して、災厄の根源を。」

 

なのははヴィータがいなくなったことを確認すると、すぐさま詠唱を行い、自身の周囲に魔力で作り出した『サーチャー』と呼ばれる探査端末を展開する。

 

(・・・・あの子・・・ヴィータちゃんはどう出てくる?目くらましを使ったってことは奇襲とかありえるけどーー)

 

サーチャーを周囲に飛ばしながら同時進行でなのははヴィータの次の行動を予測する。

様々な奇襲が予想されるが、なのははふとヴィータの発言が引っかかった。

 

(・・・ヴィータちゃんは自分達の役目は終わったって言っていたよね・・?ということはこれ以上ここにいる必要はないってことだからーー)

 

なのはの思考がそこまでたどり着き、全てのサーチャーを隠れられそうなところに向かわせる。ビルの隙間や影、なのはが隠れられると判断したところへサーチャーが向かっていく。

 

しかし、なのはの探索も及ばず、とあるビルの隙間から転移魔法を発動させたヴィータが飛び去っていく様子をなのははただ見ているしかなかった。

 

 

 

 

(シグナム、ヴィータ両名の結界からの離脱を確認。ザフィーラもうまくアルフからの逃走が成功したようだ。シャマルも問題ないだろう。)

 

ヒイロはシグナム達の様子を整理しながらおおよその任務は完遂できたことを確認する。

 

(目標であるリーゼ姉妹の捕縛も成功した。任務完了・・・・か。あとはギル・グレアムの説得か。)

 

ヒイロが次の目標であるギル・グレアムに関してどういうプランで行くべきかを考えているとリンディから通信がかかる。

 

「・・・なんだ?」

「ちょっと拠点まで来てくれる?」

 

リンディにしては珍しくあまり声にいつもの和やかな雰囲気が感じられないと思ったヒイロだったが、応じないわけには行かなかったため、拠点へと赴く。

拠点に戻ったヒイロは何故かリンディに正座を強要された。

 

 

 

 

 

「・・・・以上だ。守護騎士を逃したのは結界を破壊するほどの攻撃をした俺のミスだ。」

「・・・・守護騎士を逃しちゃったのはまぁ、仕方ないとして、私が問題だと思っているのはその結界を破壊するほどの攻撃なのよねぇ・・・。非殺傷設定も為されていないようだし・・・。」

 

リンディがそう質問しながら部屋の隅でガタガタ震えているリーゼ姉妹に視線を向ける。彼女らは管理局では有数の使い魔のコンビだ。それこそ、管理局内では知らない者はいないほどと言われている実力の持ち主だ。そんな彼女らが歯の根も合わないほど表情を恐怖に染めあげるほどの威力、恐怖が一転して興味へと置き換わっていた。

 

ヒイロはリンディの質問には頷いた。しかし、そのことを話そうとするが、リーゼ姉妹の方に視線を向けながらリンディに言葉を返す。

 

「非殺傷設定は確かにない。武装のことを話そうとすると、どうしてもグレアムの使い魔が邪魔だ。よって話すことはできない。」

「貴方ならそういうわよねぇ・・・。ねぇ、貴方達、グレアム提督が何をしようとしているの?」

 

ヒイロの対応に仕方ないとため息を吐きながらリンディはリーゼ姉妹に視線を向ける。

予めゼロシステムによるヒイロからの警告でグレアムが何やらキナ臭い動きをしているらしい程度の認識でしかなかったが、こうして本当に姿を隠してまでグレアムの使い魔であるリーゼ姉妹が暗躍しようとしていた事実には驚きを隠せなかった。

 

「・・・・・提督は絡んでないよ。全部あたし達が勝手にやったことだから。」

 

リーゼロッテがリンディから視線を背けながら呟いた。リンディは困ったような表情を浮かべるとリーゼアリアにも視線を向ける。

しかし、こちらも仏頂面を保ったままで話そうともしてはくれなかった。明らかにしらばっくれている態度にヒイロは少しばかり眉を顰める。

 

「・・・こっちとしても手荒な真似はできない。しょうがないけどここはグレアム提督に直接聞くしかないかな・・・・。」

「・・・その方がコイツらを相手にするよりは断然早いだろうな。」

 

クロノの言葉にヒイロが呆れた口調で賛同する。その様子に姉妹は少しばかり狼狽した様子を見せ出した。

 

「まぁ、ね。その方が早いかもしれないわ。ちょうど私にもそろそろアースラの試験運航の要請が来ているだろうから本局に出向かないといけないし。その時にでも提督の真意を確かめに行きましょうか。・・・あの人の人柄的に闇討ちとかはしないと思うけど。」

 

リンディの一声で翌日、本局に出向き、グレアムに直接真意を確かめることになった。しかし、リンディは『でも』とつけるとヒイロに視線を向けて言い放つ。

 

「貴方はしばらく謹慎ね。」

 

謹慎、つまるところ自宅にいろという指示であった。ヒイロが少しばかりムッとした表情を浮かべているとリンディから説明が入った。

 

「彼女らが敵対行動を取っていたとしても、いくらなんでも流石にあれはやりすぎよ。一歩間違えればバリアジャケットがあったとはいえ死んじゃうところだったんだからね。」

「当たり前だ。コイツらに死んでもらっては後が困る。だから出力を結界を突破できる程度に抑えた上でわざと外したんだ。」

 

「・・・・嘘、あれで出力抑えていたの・・・?」

「それにあの結界の端から端のさらにその先にいたターゲットを捉えた上でわざと外す・・・?」

 

なのはとフェイトが驚きの声を上げている中、リンディが困り果てた様子で頭を抱えながらヒイロに再度告げる。

 

「とりあえず、貴方は謹慎ね。それはよくわかった?」

「了解した。グレアムの方はお前達に任せる。」

 

リンディはヒイロが本当によくわかっているのだろうかとすごく疑問に思ったが、追及してもヒイロが答えることはないと判断し、その場は収めることにした。

 

 

 

そして、その日から物語の歯車は急速に加速する。まるで、これまで足りなかったものを補うかのようにーー

 

はやてが寝つき、他の守護騎士も睡眠を取った深夜、闇の書が怪しく紫色の光を放つ。

守護騎士達の記憶からも零れ落ちた夜の誓い(ナハトヴァール)をヒイロはまだ知らない。

 





さて、As本編も佳境を迎えそうです・・・。


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第18話 破滅へのシナリオ

お、思ったより長くなってしまった・・・・。
一万字を超えたのはすごく久しぶりな気がする・・・。


リンディから謹慎を言いつけられたヒイロ。しかし、謹慎とは言うものの自由は保証されており、エイミィかそのあたりに言えば出かける程度は許されるほどの名ばかりのものだった。というか、ヒイロが同行しようとするともれなくリーゼ姉妹のトラウマスイッチが作動してしまい、同行どころではなくなってしまうため、むしろあたり前の処置であった。

 

クロノはリーゼ姉妹を連れて本局へ、リンディはアースラのメンテナンスが完了したため、その試験運行のためにクロノと同じように本局へと向かった。

そんなこんなで家の中にはエイミィとフェイトしかいなくなった拠点の中でヒイロはリンディから代理司令を任されたエイミィに出かける許可をもらい、必要なものを買ってきた。

 

「おかえりー。買い物って何買ってきたの?」

 

手に袋を携えて戻ってきたヒイロにエイミィが疑問に思い、尋ねた。ヒイロは袋を床に置くと入っていたものを取り出した。

その取り出したものにエイミィは余計に疑問気な表情を強めた。

なぜならヒイロが取り出したのは綿だったからだ。

 

「えっと、どうして綿?」

「必要だからだ。」

 

ヒイロはエイミィの疑問気な表情をスルーしてソファに腰掛けると今度は袋からまた別のものを取り出し、机に設置する。

 

「ん〜〜〜〜〜?」

 

その机に置かれたものにエイミィは首を傾げながらさらに疑問気な表情を強めた。

それは一般的に『裁縫セット』と呼ばれる代物であった。ヒイロはその裁縫セットの鞄から裁ちばさみを持つとこれまた袋から取り出したモコモコのファーがついた布を裁断していく。

 

裁縫道具、綿、そしてモコモコのついたファー。

これらのヒントを持ってエイミィの脳内であるものが組み立てられる。

 

「もしかして、ぬいぐるみでも作るの?」

 

エイミィがそう尋ねるとヒイロは作業を行いながら無言で頷く。

それをみたエイミィは目を輝かせながらさっきまでの疑問気な表情を消しとばすかのように興味深々にヒイロの作業を見つめていた。

ヒイロは手慣れた手捌きではさみで布から必要なサイズを切り取るとパーツとパーツを針で縫い付ける。パーツの縫合が完了するとできたパーツに綿を詰め込む。綿を詰め込まれた部分は徐々に丸くなっていき、最終的に楕円型の球体へと姿を変える。

その楕円形の球体にヒイロは別で作っておいた小さな半月型のパーツを右と左、左右対称になるようにそれぞれ取り付ける。それをつけられたことにより、半月型のパーツは『耳』、球体は『頭』の意味を持った。

 

頭が作られたのであれば次は胴と手足である。同じように布から裁断し、綿を敷き詰めて、胴と手足のパーツを数十分ほどでヒイロは作り上げる。

 

「早っ・・・?あっという間にできちゃった・・・。」

 

エイミィの驚嘆する声にヒイロは気に留める様子すら見せずに袋を弄り、今度はプラスチック製の1㎝ほど半分に切り落とされたような黒い球のパーツを取り出した。

 

再度頭のパーツを手にするとその半球型の黒いパーツを頭に取り付けていく。黒いパーツは全部で三つ取り付けたがそのうち対称に置かれたのが『目』でその下に取り付けたのが『鼻』だ。ヒイロはさらにその鼻の下に糸でカモメを逆さまにしたような形を作り出す。鼻の下につけたのであれば、それは十中八九『口』であろう。

こうして出来上がった頭部と胴体や手足といった四肢を合体させていくと机の上に一つのクマのぬいぐるみが出来上がった。

 

「わぁ〜!!可愛いー!!」

 

小一時間ほどで出来上がった代物だが、出来栄えはそこら辺で売られているぬいぐるみを凌駕しているヒイロ手製のテディベアにエイミィは感嘆の声を唸らせる。

 

「ヒイロ君って裁縫とかできたんだね!!」

「どこへ潜伏しても怪しまれないようにな。それも訓練の一環だった。それだけだ。」

「いやいや、これ普通にお店で出せるレベルだよ!!」

 

「エイミィ?そんなに大きな声を出して、何かあったんですか?」

 

そんなヒイロとエイミィのやりとりを聞いていたのか、フェイトが自室から顔を出した。

エイミィはフェイトを部屋から連れ出すとヒイロが作ったテディベアを見せ、感想を尋ねる。

 

「これ・・・ヒイロさんが作ったんですか?」

「ああ。」

 

「可愛い・・・・」

 

ヒイロが作ったテディベアをじっと見つめながらボソッと口に出した感想をヒイロは聞き逃さなかった。だからといって追及するようなことはしなかったが。

 

「・・・・これ、何のために作ったんですか?」

「あ、それもそうだね。そもそも急にぬいぐるみを作ってどうしたの?」

「・・・・・礼だ。」

 

ヒイロの返答に二人は首を傾げた。ヒイロの端的すぎる言葉にどう返答すればいいのかよくわからなかったのだ。

 

「礼って・・・お礼、ですか?」

 

フェイトの質問にヒイロは頷いた。誰へのお礼なのかはわからないが、これはヒイロがその人に対するお礼として作った品物なのだ。

そのことを認識したフェイトはーー

 

「そう・・・ですか・・・。」

 

彼女自身、気づいてはいなかっただろうが、ヒイロには明らかに残念がっているように聞こえた。理由を考えるよりも早く、フェイトが残念がった理由を直感的に理解する。

 

「・・・・欲しいのであれば、お前にやる。」

「えっ!?い、いえ、私、欲しいなんて一言もーー」

「お前の顔に出ていた。分かり易すぎるほどにな。」

「あ、いや、ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!」

 

ヒイロはテディベアを手にするとフェイトにテディベアを押し付ける。押し付けられたフェイトは困惑顔になりながらもヒイロを呼び止める。

 

「・・・なんだ?」

 

ヒイロがそう聞くとフェイトは気の引き締まった表情をしながらヒイロにテディベアを大事そうに手に抱き抱えながら差し出す。

 

「・・・これは、ヒイロさんが誰かに対するお礼として作ったものですよね。私自身、欲しいとは思っていませんけどやっぱり受け取れません。ヒイロさんが渡したいと思っている人にあげてください。」

 

ヒイロはフェイトのその様子に軽くため息をつくと自身の後ろを指差した。エイミィも少しばかり気まずそうな様子を醸し出しているのも相まってフェイトは怪訝な表情を浮かべる。

 

「お前の視界にアレが写っていないのであれば、お前の目はかなり節穴だな。」

 

ヒイロにそう言われ、少しばかりムッとしたフェイトはヒイロの指差した方向を凝視する。その先にはヒイロがテディベアを作る時ために買った材料があった。その量はフェイトが持っているテディベアと同じサイズのを作るのであれば材料が事足りる程の量はあった。

 

「えっ・・・・あ・・・・・。」

「えっとね、フェイトちゃん。あんなこと言っていたから凄く言いづらいんだけど。」

 

不機嫌から一転、困惑顔に表情を変えながらオロオロし出したフェイトにエイミィは生暖かい目を向けながら言い放つ。

 

「材料は結構残っているからもらっちゃっていいと思う、よ?それこそヒイロ君、そのサイズ作るのに一時間もかかっていなかったから・・・。」

「あ、えっと、その・・・・。」

 

気を使ったつもりがむしろヒイロからの好意を無下にしていたことに気づいたフェイト。

恥ずかしさと申し訳なさが彼女の感情バロメーターを支配していく。そして、その二つが振り切った瞬間ーー

 

「ご、ごめんなさいっ!!!」

 

とヒイロに謝罪の言葉を言いながら部屋へと駆け込んでいくフェイト。彼女の部屋のドアがバタンっと思い切り閉められる音が響いた後、ヒイロとエイミィは取り残された空間で黙りこくっていた。ヒイロは特にエイミィに何か話しかけることはなく、その場をあとにしようとする。

 

「あ、ちょっと待ってヒイロ君っ!!」

 

苦笑いを浮かべているエイミィに呼び止められたヒイロは顔だけエイミィの方に向ける。

 

「・・・・他に何か、できることとか、ある?」

 

それは場の居た堪れなさにエイミィが困り果てたすえに出たその場凌ぎの言葉であった。ヒイロがどう返すかは一切考えていない、まさに繋ぐだけの言葉。

 

「・・・掃除、洗濯、炊事といった一般家庭で行われる家事は一通りできる。」

「え、なにそのハイスペック。いつでも嫁に行けるレベルじゃん。」

 

予想すらしていなかったヒイロの言葉にエイミィは目を丸くするのだった。

 

「・・・料理、手伝ってとか言ったら手伝ってくれる?」

「了解した。」

 

 

 

「も、もらっちゃった・・・・。」

 

背中をドアにつけながらヒイロからせがんでしまったようにもらったテディベアを抱き上げるフェイト。

テディベアはお店で売られているような出来栄えで、とてもではないが人の手で作り上げられたものとは思えない。

 

「ヒイロさんの手作り・・・・。」

 

フェイトには何故かヒイロの手作りだと言うことが妙に心の中に引っかかる感覚を覚えた。皆目見当がつかないことだったので、そんな心のモヤモヤするような、はたまたときめくような感情を置いておくことにした。

 

「・・・・・柔らかい・・・・。」

 

フェイトはそのテディベアを顔を埋めるように抱きしめた。テディベアの中に詰まったモコモコな綿と柔らかなファーがフェイトになんとも言えない心地よさを与える。

 

「〜〜〜〜〜♪・・・・・・はっ!?」

 

自身の表情筋が緩みきっていたことに気づくと恥ずかしさに耐えきれずフェイトは自分のベッドへ向かって飛び込んだ。

飛び込んだベッドの上で恥ずかしさを搔き消すかのようにしばらくベッドの上で転がっていた。

なおその時でもヒイロからもらったテディベアをひとときも手放さなかったのは彼女のみぞ知ることである。

 

 

 

次の日の朝、エイミィと共にヒイロが朝食の支度をしているとフェイトがリビングに現れる。

しかし、その様子はどこかよそよそしい様子だった。見かねたエイミィがフェイトに声をかけようとするが、フェイトはそれを手の平をエイミィに向けることで制止させる。

フェイトのその視線は安全のため火元を見ているヒイロに注がれていた。

 

「あの・・・昨日は強請るようにぬいぐるみを頂いてしまって、ごめんなさい。」

「・・・・元々材料は多めに買っていた。お前が気にする必要性は微塵もない。」

 

頭を下げ、昨日の謝罪をしてきたフェイトにヒイロは特に視線を向けることなく言葉を投げかける。

ヒイロは一度キッチンから離れるとリビングへと歩いて行く。

 

「だけどーー」

 

フェイトが頭をあげながら話そうとした言葉は出てこなかった。

頭をあげたフェイトの目に映り込んで来たのは何やら茶色い物体のようだった。

 

「っ!?」

 

咄嗟にそれを掴むフェイト。恐る恐る投げつけられたそれを見ると、それは昨日フェイトがもらったものとデザイン性が大差ないテディベアであった。

フェイトは訳がわからないと言った様子でテディベアを投げつけた主であろうヒイロに困惑気味な視線を向ける。

 

「・・・なのはの分だ。本命のついでに作っておいた。学校でもどこででも構わんが、渡しておけ。」

「え、・・・あ、はい・・・。」

 

たどたどしい口調になっている彼女を置いておいて、ヒイロはコンロの上で加熱していた料理をそれぞれの皿に盛り付ける。

 

「できたぞ。さっさと食事を済ませろ。学校に遅れても知らんぞ。」

「あ・・・うん。」

 

ヒイロに流されるままにフェイトは席に座り、ヒイロとエイミィが作った朝食を食べ始めた。

 

「・・・そのテディベア、いつ作ったの?」

「お前達が寝た後だ。」

 

エイミィにそう返したヒイロは彼女の方に顔を向けると思い出したかのように話しかける。

 

「・・・午後から出かけるが、問題はないか?」

「え?うん。大丈夫だと思うけど・・・。」

「そうか。」

 

エイミィから外出の許可を得たヒイロは椅子に腰掛け、朝食を取り始める。

 

「・・・外出って、どこに行くんですか?」

 

口に入れていた料理を飲み込むとフェイトはヒイロに外出の理由を尋ねる。

エイミィも『あ、それ気になってた』とフェイトの質問に乗っかる形で同じようにヒイロに尋ねる。

 

「・・・・少しばかり図書館にな。」

「図書館・・・?もしかして風芽丘図書館ですか?」

 

フェイトの言葉にヒイロは少しばかり驚いた表情を浮かべる。咄嗟にフェイトがなぜヒイロが行っている図書館のことを知っているのか考える。

確信が得られていないような口ぶりからヒイロの行動をフェイトが把握しているとは考えにくい。

ならば、可能性としてあげられるのは知り合いかだれかがその図書館へ赴いていると言うことであった。

 

「・・・知り合いか誰かがその図書館へ行っているのか?」

「すずかちゃんがよく行っているんです。それと、最近車椅子の女の子と友達になったって言ってました。」

 

フェイトの言葉にヒイロは少しばかり眉を顰める。すずかが知っているのであればフェイトがその図書館の存在を知っていてもなんら不自然はないが、車椅子の女の子、この言葉がヒイロが眉を顰めた要因に他ならない。なぜならそれははやてのことを指しているのに他ならないからだ。

 

「確か、はやてちゃんだったかな。その車椅子の女の子の名前は。」

 

ヒイロが変に悟られないようにフェイトに質問しようとする前にフェイト自身が嬉しそうな表情をしながらはやての名前を挙げた。

そのことにヒイロは内心やはりかと当たって欲しくなかった予感が的中してしまったことを少しばかり警戒し、はやてがヒイロのことを話していないかをフェイトの言葉を注視する。

ふとエイミィの方に視線を向けてみるとフェイトの様子に彼女はフェイトが学校を楽しんでいることを喜んでいるのか相槌を打ちながらフェイトの話に聞き入っている。

しばらくフェイトの話を聞いていたが、それらしい言葉が出てこなかったことを鑑みて、はやてはすずかに自身のことを話してはいないのだろうと断定した。

 

 

 

 

キッチンとリビングが組み合わさったダイニングキッチンにトントンと小刻みの快音が響く。

まな板の上で切った野菜を丁寧に盛り付けるとその切られた野菜は綺麗な彩りを持ったサラダへと姿を変える。

 

「みんなー、朝ごはん出来たでー。」

 

はやてが朝食を作り終えたことを知らせると彼女の騎士であるシグナム達が徐に席につき始める。シグナムは読んでいた新聞を置き、シャマルははやての手伝いをしていたのか身につけていたエプロンを外し、ザフィーラは狼の状態で自身の器である犬用の餌やりプレートの前で腰を下ろす。ヴィータは寝巻き姿のまま、まだ眠たそうに目をこすりながら部屋から出てくる。

 

「もう、ヴィータちゃんったら。 顔を洗ってきなさい。」

 

見かねたシャマルがそう促すと少々足取りが重いながらも洗面台へと向かうヴィータ。

そのまるで家族のようなシャマルとヴィータのやりとりをはやては笑顔を浮かべながら眺めていた。

両親を早くに亡くした彼女にとってヴォルケンリッターら四人の存在はまさに『家族』といっても過言ではなかった。

いつまでもそんな光景が続いていくのだろう。そう思っていたーーー

 

「ーーーッ!?」

 

はやては自身の左胸、正確に言えば、心臓に突如として疾った激痛に思わず腕で胸を押さえる。

 

「・・・主?どうかしましたか?」

「・・・う、ううん。大丈夫やから・・・。悪いけどサラダ持ってくれへんか?」

「わ、わかりました・・。」

 

はやての異常にいち早く気づいたシグナムが疑問気に彼女に尋ねる。

しかし、彼女の引きつった笑みに添えられた頼みに騎士としてかそのお願いに実直に従ってしまう。

はやてはいつも通りにすぐに収まると思って車椅子の上で自分の心臓を抑えるかのように深呼吸する。

 

そして、はやての心臓がドクンっと明らかに大きな音を立てて鼓動すると、彼女の様子に明確な異常が現れる。

 

「ッーーーァッーーーハッーーー!?」

 

痛みが治まらない。それどころかいつも以上に酷く、胸を締め付けるかのようにはやての心臓が悲鳴をあげる。明らかにいつもと違う感覚にはやては目を見開きながら痛みに耐えようとする。

だが、その痛みはおよそ小学生の身に耐えられるものではなく、はやては車椅子から倒れるように崩れ落ちる。

 

「ッ!?主っ!?」

 

シグナムははやてが倒れると彼女が丹精に作ったサラダを床にぶちまけながらも彼女に駆け寄る。

すぐにザフィーラやシャマル、そしてヴィータが駆けつけ、はやての身を案じる。

 

(あ、あれ・・・?おかしい・・・な。いつもやったら、すぐに収まるはずやなのに・・・)

 

はやては痛みにより薄れゆく視界の中でシグナムがシャマルに何か指示を出したりしている様子を目にする。

おそらく救急車か何かを呼ぼうとしているのだろう。

はやてはそれを見ながらおよそ似つかわしいとは思えない笑みをこぼす。

 

(ああ・・・よかった。騎士のみんながこの世界に馴染んでくれてーー)

 

はやてはそのまま痛みに耐えかねて意識を暗闇の底へと落としていった。

 

 

 

 

 

「・・・・闇の書を破壊するなり何をするにしてもその無限再生機能が厄介だな。」

「そうなんだよねぇ・・・。傷を負った内から再生が始まるからもたもたしているとあっという間にダメージが全快されちゃうよ。」

 

ヒイロは学校へ登校するフェイトを見送った後、エイミィに頼んで、管理局が分かっている限りの闇の書に関することを教えてもらっていた。

闇の書が持っている機能は主に魔力の蒐集、主が亡くなった時に発動する転生機能、そして無限再生機能の三つだ。

前者二つはリンカーコアがないヒイロにとっては関係ない。だが、最後の一つの無限再生機能が文字通り、ダメージを与えたところで再生されてしまうため厄介極まりない。

 

「手段としては闇の書の回復スピードを上回るレベルのダメージを迅速に叩き込むか、そもそもの無限再生を機能停止させるかだが・・・。」

「なのはちゃんとフェイトちゃんの同時攻撃でも難しいかな〜・・・。」

「・・・・なのはは砲撃魔術師としていいが、フェイトもそれほど高火力な魔法を持ち合わせているのか?」

 

ヒイロがそう尋ねるとエイミィは何か納得したような表情を浮かべるとコンソールを操作してディスプレイにとある映像を映し出す。それはなのはとフェイトが戦闘を行なっている様子だった。

 

「・・・これはなんだ?」

「ヒイロ君、P.T事件のことは知らないでしょ?」

 

P.T事件、およそヒイロがアースラで目覚めてからその単語を聞いたことは一度もない。ヒイロ自身が情報蒐集をさほど行なっていないというのもあるが、ある程度のことならすぐに分かった。

一つはフェイトが関わっていること。そもそもとしてそうでなければこの会話には出てこないだろう。そしてP.Tというのはおそらく誰かのイニシャルであろうとヒイロは推測する。

 

フェイト・テスタロッサ。英文化すればFate Testarossa

 

P.T事件の『T』の文字とフェイトの名字が合致する。ヒイロはエイミィの今の言葉だけでフェイトがその事件に関わっておりーー

 

「・・・フェイトの親族が主犯格の事件か?」

(うっそ・・・!?今のだけでそこまで見抜いちゃうの・・・!?頭の回転早すぎない・・・!?)

 

彼女の親族が事件の中心であることまで見抜いた。ヒイロがそこまで見抜いたことにエイミィは舌を巻いた。

 

「・・・あくまで推測だったがな。お前のその表情で確信へと変わった。」

 

ヒイロがそういうとエイミィは『アハハ・・・』と反省するような表情を浮かべながら映像を操作する。

 

「まぁ、ヒイロ君の言う通りなんだけどね。P.T事件。略さずにいうとプレシア・テスタロッサ事件。フェイトちゃんはその人の娘だった。いや、娘って言うのも変かな・・・。」

「・・・・死んだのか?」

 

ヒイロの問いかけにエイミィは首を横に振った。それでプレシアが生きているのかははっきりとはしなかったが、エイミィの悲しげな表情を見たヒイロはーー

 

「・・・・生きているかどうかは定かではない、と言ったところだな。」

 

ヒイロがそういうと今度は映像の方へと目を向ける。映像ではフェイトがなのはにバインドをかけ、何か詠唱を行なっているところであった。

バインドをかけた理由はなのはを逃がさないためか、はたまた詠唱に時間がかかる魔法なのか、しばらく見つめているとフェイトの周りに無数の金色の魔力の塊が生成され始める。しかも一つ一つがそれなりの大きさを誇っており、そこから放たれる魔法の威力は想像に容易い。

 

「・・・威力を散らばせすぎだな。あれでは防ぎ切られる可能性が高い。」

 

ヒイロが話題を晒したことにエイミィは驚きながらも映像に視線を向ける。

 

「敵が複数いるなら効果的だが、この映像のように単体の場合では、変に散らばすより一点集中型の魔法にした方がなのはを落とせる可能性はまだ高かっただろう。いや、あれも一点集中なのだろうが、それでも威力を分散させすぎだ。」

 

映像の中のフェイトが腕を振り下ろすと槍へと姿を変えた魔力の塊がなのはに襲いかかる。その威力は画面を爆発の煙で覆い隠してしまうほどだった。

一見するとなのはがやられたとしか思えないがーー

 

「ヒイロ君は状況の把握というか、理解が早いよね・・・。」

 

画面の煙が晴れてきて、エイミィがそう言った瞬間、フェイトが桜色の魔力で編まれたバインドに四肢を拘束される。まぎれもないなのはの魔力に画面の中のフェイトは煙を凝視する。

そこにはバリアジャケットがススだらけになりながらもなのはがしっかりと健在していた。

 

なのははバインドで身動きが取れないフェイトに向けてレイジングハートを構えるとその切っ先に魔力の塊を作る。その塊はどんどん大きくなっていき、なのはの身の丈程までに巨大化させるとその塊から膨大な程の魔力のビームがフェイトを包み込んだ。

見るからに強大な威力だとわかるそれはフェイトを一撃で気絶させ、海へと墜としていった。

 

(・・・ツインバスターライフルの最大出力よりは下か。)

 

なのはの全力全開のスターライトブレイカーを見てもヒイロは特に動じることはなかった。

 

「・・・あんまり驚きはしないんだね。」

「・・・もっと威力の出るものを知っているからな。」

「もしかして・・・この前の?」

 

エイミィの言うこの前、というのはリーゼ姉妹をバスターライフルで狙撃した時のことを指しているのだろう。半分正解で半分不正解のような感じだがヒイロは首を振るだけにとどめた。

リーブラ砲やバルジ砲など、少なくともツインバスターライフルより威力だけならありそうなものを知っているからだ。

 

そう思っていると部屋に通信を告げる音が響いた。エイミィが疑問気に部屋の一室に設けられた管制部屋へ向かうとクロノの声が響く。

 

『ヒイロを呼んでくれるかい?』

「ヒイロ君?分かったけど・・・。」

 

エイミィが一声かけるとヒイロもその管制部屋に足を入れる。

 

「何か用か?」

『ついさっきユーノから念話で連絡があった。ある程度だけど闇の書に関する情報が出揃った。』

「・・・・内容を教えろ。」

 

ヒイロがそういうとクロノはユーノから教えられた情報をヒイロに伝える。

無限再生機能や転生機能は置いておき、闇の書は最初からその名で呼ばれているわけではなかった。

 

『夜天の書』

 

それが本来の闇の書の名前であった。夜天の書は元々は世界中を旅し、あらゆる魔法をその身に記す。いわば魔法の図書館のようなものであった。しかし、時が流れるにつれて夜天の書にあらゆる悪意ある改造を施され、現在のような世界に破滅をもたらす代物へと成り果ててしまった悲劇の魔導書であった。

 

「・・・元はなんの害もなかったのに・・・。」

「力とはそういうものだ。扱うものの使い方によっては善にも悪にもなり得る。魔法とて例外ではないだろう。」

『・・・ヒイロの言う通りだ。だから闇の書、いや夜天の書を僕達は止めないと行けない。これを見てほしい。』

 

悲しげな表情を浮かべるエイミィに対してヒイロは淡々とした表情をする。

クロノがヒイロの意見に同調しながらある一枚の写真を出す。

その写真には長い銀髪に深紅の瞳が特徴的な若い女性が映っていた。

 

『夜天の書の管制人格だ。プログラムの全てを統括していて、夜天の書そのものといってもいい。』

「ターゲットはその管制人格とやらか?だが、奴はこれまで一度たりとも姿を見せていない。引きずりだす必要があるのか?」

 

ヒイロがそう確認するとクロノは首を横にしながら画像を拡大する。ちょうど若い女性の左手部分が拡大されると、毒々しいほどの紫色のガントレットが現れる。

 

「クロノ君・・・これは・・・?」

『ユーノ曰く自動防衛運用プログラム、通称ナハトヴァール。これも夜天の書の後付けされたものなんだけど、どうやらこれが闇の書の暴走の原因なのかもしれない。』

「なに・・・?」

 

眉を軽くあげるヒイロにクロノはナハトヴァールについての説明を始める。

 

 

『ナハトヴァールは主の意思に関係なく過剰防衛を働くんだ。それこそ、主の身を滅ぼしてもだ。正確に言えば、これが組み込まれたことにより、夜天の書にバグが生じてあんな危険な代物になったんだ。何よりネックなのがーー』

 

『場合によっては魔力の蒐集を最優先にして、制御を管制人格から奪い取ってしまうんだ。』

 

クロノの言葉からヒイロは咄嗟に頭の中でこれまでのことを整理する。

ヒイロははやて達と出会い、魔力の蒐集を控えめにさせた。そのことにより闇の書に溜まっている魔力はそれほど多くはないはずだ。少なくとも完成には至っていない。それが導くのはナハトヴァールの早期起動による魔力の無差別蒐集だ。そしたらまず始めに誰が犠牲になる?

 

(八神・・・・はやて・・・・。)

 

最後の夜天の書の主であるはやてに他ならない。彼女が闇の書が原因で半身不随になっているのは明白だ。闇の書は今なおはやての体を蝕み続けている。

可能性によっては急激に浸食が進行しているかもしれない。

 

「くっ・・・・!!」

 

ヒイロは苦い顔を浮かべると管制部屋を飛び出した。

 

『ヒイロっ!?』

「ヒイロ君っ!?」

 

クロノとエイミィの驚く声が聞こえるがヒイロは気にすることもなく扉ーーではなく窓の方へ走っていく。途中、何か物の入ったナップザックを背負いながら、窓を開け放ち、ベランダの塀に手をかける。

 

「ちょっ!?ヒイロ君、ここ何階だと思ってーーー」

 

ヒイロを追うような形で管制部屋から出てきたエイミィの言葉はそれ以上続かなかった。ヒイロは塀を飛び越え、拠点としているアパートから飛び降りたのだ。

咄嗟に目を覆うエイミィだったが、いつまでたっても肉と地面がぶつかり合う生々しい音が響くことはなかった。

エイミィが恐る恐るベランダから覗くと、何事もなかったかのように走り去っていくヒイロの姿が見えた。

 

「よ、よかったぁ〜・・・・。」

 

ひとまず無事な様子を見たエイミィは腰が抜けたようにへたり込んだ。しかし、それも少々くぐもったクロノの通信の声が耳に届くとすぐさま管制部屋に戻り、クロノに報告をする。

それを聞いたクロノは少々頭を抱える仕草をしながらため息をつく。

 

『もしかしたらヒイロは既に夜天の書の主と接触していたのかもしれないね。』

「え!?もしそれが本当ならどうして私達に知らせてくれないのよっ!?」

『・・・そこでロッテとアリア、というか仮面の男とも出会ったんだろうね。彼はロッテとアリアの捕縛を優先して、僕達にそれを伝えなかった。となると、この前の捕縛作戦もヒイロが一枚噛んでいたのかな・・・。』

 

そこまで言ったところで一度言葉を切ってエイミィに厳しい視線を向ける。

 

『エイミィ、なのはとフェイトに伝えるだけ伝えておいてほしい。学校だから動けないだろうけど、ヒイロから事情を聞く必要がある。』

「わかったよ!!」

(・・・・もっとも彼女らに捕まる彼ではないだろうけどね。)

 

ヒイロの戦闘力ははっきりいってそこら辺の魔導士では束になっても敵わないだろう。生身の戦闘力でも守護騎士に及ぶものがあるのだ。クロノ自身でも捕らえるのは至難の技だろう。

 

(ヒイロのことはひとまず置いておこう。今はグレアム提督に真偽を確かめる!!)

 

自身のやるべきことを改めて確認しながらクロノは管理局本部の廊下をリーゼ姉妹を連れて歩む。

 

 

 

(奴らの魔力蒐集は結果だけを見ればナハトヴァールの起動の抑制になっていた・・・!!それを俺ははやてに半ば強制的に止めさせ、はやての寿命を縮めることとなった・・・・!!)

 

ヒイロは海鳴市の街を全力で走る。途中通行人から驚きの表情や声が上がるが知ったことではない。一人の人間の命がかかっているのだ。ましてやその人間が少女であることがヒイロを余計にかきたたせていた。

ヒイロの記憶から呼び起こされるのはかつての任務で幼い少女とその子が飼っていた子犬を自分のミスで殺してしまったこと。

 

「俺の・・・・!!俺のミスだぁっ!!」

 

ヒイロは悲痛な声をあげながらはやての家へと向かう。もう二度、あの少女と子犬のような人間を出さないために。




さて、ここからAs編は終盤へとさしかかっていきます。

どこまでヒイロのポテンシャルを引き出せるかはわかりませんが、頑張りたいと思います


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第19話 すれ違う運命

前回と比べてだいぶ文字数少ないけど、許して・・・・。
あれは書けるだけ書いてしまった結果なんじゃあ・・・・。


『ええっ!?ヒイロさんが守護騎士と繋がっているかもしれないってっ!?』

 

なのはは学校で授業を受けながら届いてきた念話の内容に驚きの表情を隠さないでいた。

 

『あの子に限ってそんなことはないって思いたいんだけど・・・!!闇の書の詳細を聞いたら突然ヒイロ君が飛び出していっちゃって・・・!!』

 

なのはの念話の相手であるエイミィが困惑気味ながらもなのはとの念話を続け、ヒイロが聞いた闇の書の詳細をなのはとフェイトに伝える。

 

『クロノ君とリンディ提督はまだ動けないし、君たちしかヒイロ君を探せるのはいないのよー・・・。』

『・・・・わかりました。ですが、今日は流石に難しいかと・・・。』

『うん・・・。今日はちょっと予定があって・・・。』

 

なのはとフェイトは苦い顔を浮かべながらエイミィにその予定を話した。すずかが図書館で知り合った友人が突然倒れてしまい、その連絡を受けたすずかがなのは、フェイト、アリサの四人で放課後見舞いに行かないかと誘われてしまったのだ。

 

『うわっちゃー・・・。それは断れない・・・・。わかった。なのはちゃんたちはそっちを優先して。ヒイロ君は・・・こっちで頑張って探してみる。』

 

顔を覆うような仕草をしながらしょうがないと割り切るエイミィを節目になのはたちの念話は終了した。

 

 

 

 

(・・・・・・妙だ。人の気配が感じられない。)

 

ヒイロは闇の書の詳細、主にナハトヴァールについてクロノから聞いた時、ヒイロの中で最悪の未来を思い描いていた。

それは魔力の蒐集を怠った結果、ナハトヴァールが勝手に起動し、魔力を所構わず蒐集することだった。

それを警戒して、ヒイロはできる限りの全速力ではやての家へと赴いたが、はやての家からは人の気配は感じられなかった。

それどころか守護騎士の面々もいないように感じられる。

 

(はやてが出かけたなら最低限、ザフィーラはいるはずだ。奴は基本、犬の形態でいるようだからな。だが、ソイツすらいないとなればーー)

 

ヒイロははやての家の前で思案に耽る。これまで見聞きした情報を整理し、はやての身に起こった事を考え出す。

 

『実をいうとな。ここ最近心臓辺りが突然激痛に襲われることがあるんよ。心筋梗塞とかそのあたりかと思っとったんやけど、あながち間違いじゃあらへんやな。』

『闇の書の浸食がそこまで進んでいるということか。』

 

 

「・・・・・海鳴大学病院か。」

 

 

ヒイロは頭の中に叩き込んでおいた地図から海鳴大学病院へのルートを導き出すと颯爽と踵を返して()()()()()()()()()()その病院へと向かう。

 

(はやてが家に居ないのは、闇の書の浸食が進んだ影響で倒れ、シグナム達が病院へ送ったからか・・・。)

 

闇の書の情報をもらったときこそ、動揺はしたが、移動している途中で冷やした頭で冷静さを取り戻す。

ヒイロがしばらく海鳴市を駆け抜けていくと、それなりに時間はかかったが、ヒイロは息一つ乱した様子すら見せずに海鳴大学病院へとたどり着く。

 

「ここか・・・・。」

 

病院の自動ドアをくぐり抜けるとヒイロは病院の受付に近づく。

 

「この病院に八神はやてという少女が担ぎ込まれていないか?」

 

ヒイロがそう尋ねると受付の女性は「少々お待ちください」と言って確認の作業に移った。

程なくして受付の女性がヒイロに視線を戻すとはやてが担ぎ込まれているという旨を話した。

 

「ご確認しますが、関係性をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

おそらくそのように対応マニュアルに書いてあったのだろう、受付の女性はヒイロにはやてとの関係性を聞いてきた。

それにヒイロは少しばかり理由を考える。

 

「・・・・知り合いだ。親戚から倒れたという連絡を聞いた。」

「わかりました。八神様の部屋番号はーー」

 

受付からはやてのいる病室の部屋番号を聞いたヒイロはすぐさま病室へと向かった。

エレベーターで階層に着き、はやての名前が入った名札がつけられた扉を開けはなつ。

 

その扉の先には病院のベッドの上で静かに眠っているはやての姿があった。だが、その表情はどこか苦しそうだ。ヒイロは咄嗟にはやての口元に手をかざす。

 

「・・・・生きてはいるか。だが、かなり危険な状態になったのは事実のようだ。」

 

はやてがしっかり息をしていることを確認するとヒイロは心なしか安心したように軽く息を吐いた。

だが、いくら病室を見回してもいつもはやての側についていたはずの守護騎士達の姿が見当たらなかった。

そのことがヒイロに少なからず違和感を覚えさせる。

その違和感の正体を探るべくくまなく病室を探してみるとヒイロはあることに気づいた。

 

「・・・・・・闇の書も見当たらない・・・・?」

 

闇の書も見当たらないのだ。普通であれば緊急だったため、家に置いてきたで考えを打ち止めることもできるが、はやて曰く闇の書にはある程度の自律機能が入っている以上、闇の書が主から離れているとは考えにくい。

 

それにも関わらずはやての手元に無いということはーーー

 

「・・・・・・。」

 

ヒイロは無言で背中に背負っていたナップザックを弄ると、在るものを取り出し、寝ているはやての側にそっと置いた。

そして、その手をそのままはやての頭に持っていくと柔らかい手つきで彼女の頭を軽く撫でた。頭部にかけられた心地よさからか、寝ているはずのはやての表情は心なしか柔んだように見える。

 

「・・・・お前の代わりに奴らを止めてくる。俺のミスもあったが、やはりアレは完成させてはならないものだからな。」

 

優しげな口調ではやてに語りかける。その時のヒイロの表情はいつもの無表情ではなく、彼の元来の性格である優しさが現れていた。

 

ヒイロは寝ているはやてを一目すると、病室を後にする。

音も立てないように扉を閉めるとなるべく看護師や医師に怪しまれない、なおかつ迅速なスピードで廊下を進んでいく。

そして、エレベーターを使い、パネルが示している病院の最上階へと向かう。エレベーターがその階層に到着したことを知らせる音がエレベーターの狭い空間で響き、横開きのドアが開く。

 

それと同時にヒイロの身体が振動を感じ取った。歩きながらもその振動の正体を探るとその正体はリンディから押し付けられた携帯電話であった。

 

その携帯は何者からかの通話を知らせるようにバイブ音を響かせながらその画面にある人物の名前を映し出していた。

 

その人物はフェイトであった。

 

ヒイロはフェイトからの突然の通話に眉ひとつさえ動かさずに携帯を操作すると通話する部分を耳にあてる。

 

『ヒイロさん?よかった・・・・。出てくれて。今どこに居るんですか?』

 

携帯からフェイトの安堵したような声が聞こえてくる。ホッとしている表情が目に浮かぶ中、ヒイロは歩みを止めることはなく、病院の非常階段へと進んでいく。

 

「・・・・海鳴大学病院だ。要件は俺が突然飛び出した理由を聞き出すためか?」

『それも、ない訳ではないですけど。ただ、心配で・・・・。』

 

ヒイロが電話をかけてきた理由を尋ねるとフェイトは少しばかり感情のこもった声でそういった。

 

「まぁいい。それで、理由だったな。」

『・・・はい。やっぱり教えてくれませんか?』

「・・・・・どのみちお前達も知ることになる。それが早くなるか遅くなるかの些細な差異だ。」

 

フェイトからそう聞かれ、ヒイロは少しばかり逡巡するとフェイトに返答する。

少しばかり回りくどいが、ヒイロはフェイトに自分が拠点を飛び出した理由を話すつもりなのだ。

 

『えっと・・・教えてくれるんですよね?』

「ああ。確認するが、クロノかエイミィから闇の書、いや、夜天の書のことは聞いているな?」

『はい。少し前に念話でエイミィから・・・。掻い摘んで言うと元々は健全な魔導書だった夜天の書はいくつもの悪意ある改造を受けて、あのような危険なロストロギアに成り果てた、と。』

 

ヒイロはフェイトとの通話を続けながら病院の非常階段を登っていく。あまり周囲に人が寄り付かない区画なのか、ヒイロの階段を踏み鳴らす音だけが響く。

 

「俺が拠点を飛び出した理由はその改造された部分、クロノがナハトヴァールと呼んでいた部分だ。」

 

ヒイロはフェイトにナハトヴァールが魔力の蒐集を怠ると主を差し置いて勝手に暴走を始める危険性を孕んでいることを伝える。

しかし、ヒイロがそれで病院に赴いた理由には足り得ないため、フェイトは怪訝な表情を浮かべる。

 

『それだと、ヒイロさんが病院へ向かった理由にはーー』

「俺は闇の書の主を知っている。名前は八神 はやて。すずかが言っていた図書館で会ったという車椅子の少女だ。そいつが今病院に入院しているから俺はここにいる。」

 

フェイトの言葉を遮ってまで言ったヒイロの言葉は彼女を数瞬押し黙らせる。立て続けに重大な情報を明らかにしてきたため、フェイトの脳内で処理をするのに時間がかかっているのだ。

 

『・・・・いつの間に・・・・一体、いつから、ですか?』

「グレアムの使い魔を捕らえた時には既に知っていた。」

 

落ち着きを取り戻したフェイトがそう聞くとフェイトの中である言葉が思い浮かぶ。それはエイミィが念話を通して言っていた、ヒイロが守護騎士と繋がっているかもしれないと言う言葉だった。

 

『私達を・・・騙して・・・いいえ、利用していたんですね・・・?』

「有り体に言えばそうなるな。」

『どうして・・・・!?なんで教えてくれなかったんですかっ!?』

 

携帯からフェイトの荒くなった声が響いてくる。無理もないだろう、いくらそれなりに信頼を寄せていたとは言え、自分だけ重大な情報を掴んでおきながら、それを伝えないという一種の裏切り行為を働かれれば、怒るのも無理はないだろう。

 

「はっきり言う。お前達ではターゲットに勘付かれる可能性が高かったからだ。」

『・・・・ターゲットって言うのは、グレアムの提督の使い魔ですね・・・・?』

「ああ。お前達にその情報を伝えれば、どこかで必ず甘えが出てくる。戦う理由なんてない仮にお前達がそんなことを思っていれば、場数を踏んでいる奴らはそれを機敏に感じ取ってくる。お前達ではどうやっても足らん、経験の部分だったからな。」

『そ、それはーー』

 

フェイトがヒイロの言葉に言い淀んだ。その隙をついてヒイロは追撃を行う。

 

「守護騎士はいくつもの転生を重ねている。経験も豊富だ。腹芸も容易いだろう。そう言った面では奴らの方が信頼はできる。」

『・・・・・・ヒイロさんは』

 

フェイトの言葉がヒイロの名前を呼んだところで一度途切れる。ヒイロはそのことに少しばかり疑問を抱く。

 

『ヒイロさんは・・・・私達を信頼してないんですか・・・・?』

 

どこか悲しげな声色でフェイトはヒイロにそう尋ねた。そのタイミングでヒイロは非常階段を登りきり、病院の屋上へと続く扉の前で佇む。

 

「・・・・・お前達は純粋すぎる。良くも悪くもな。」

 

ただそれだけをフェイトに伝え、ヒイロは屋上の扉を開けはなつ。

屋上ではシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラがヒイロに背を向けて立っていた。

 

「やはり来たか。しかし、存外に早かったな。主が倒れたとは伝えてなかったのだが。」

 

シグナムが背を向けたまま言葉を紡ぐ。それはまるでヒイロが来ることを予見していたようであった。

 

「情報を仕入れたタイミングが良かったからな。」

『ヒイロさん・・・・?』

 

シグナムの言葉にヒイロがそう答えるとフェイトは状況を掴めていないため怪訝な声を上げる。ヒイロはそれを通話状態を維持しながらも無視し、シグナムの背中に視線を集中させる。

 

「なら、我々のこの行為を見逃してはくれないだろうか?主はもう限界だ。一度は魔力の蒐集を止めたが、それがこのザマだ。」

「・・・・魔力の蒐集を止めさせた要因は俺だ。はやてが倒れた一因でもある。だが、やはり完成させてはならんことは明白だからな。」

 

ヒイロはシグナムに鋭い視線を向けながら静かに告げる。

 

「今回もお前達の邪魔をさせてもらう。お前達の行為は無意味に他ならんからな。」

「無意味だとっ!?貴様は無意味と断じるのかっ!?」

 

それまでヒイロに背中を向けていたシグナムが声を荒げながらヒイロに振り向いた。その表情は険しく、そして憤怒にまみれていた。

 

「主はただ我々と静かに過ごしたいだけだった!!これはその主の願いを叶えるためのものだ!!その尊い願いを叶え、そして明日へ繋いでいきたい!!ただそれだけだ!!」

 

シグナムは己のデバイスであるレヴァンティンをヒイロにその切っ先を向ける。

さながらそれは最終通告であり、ヒイロの返答によってはすぐさま攻撃に移行するという意思表示でもあった。

 

「お前達がやろうとしていることはただ現実から目を背け、問題を先延ばししているにすぎん。そして、その行為が行き着く先は破滅だけだ。お前達のやっている行為は無意味だっ!!」

 

シグナムの言葉にヒイロは感情のこもった声で答える。シグナムはそれに歯噛みする表情を浮かべる。もはや対話は不可能であろう。お互いのトリガーは既に指が添えられている。戦闘に移行するのは秒読み段階に入っている。それをヒイロは既にわかりきっていた。だが、それでも、ヒイロは敢えてこの言葉を口にする。

 

「お前達が戦えば戦う程、はやての願いは無駄になっていく!!それはお前達も気づいているはずだ!!」

 

「今ここにある世界を信じてみろっ!!」

 

「っ・・・・・わかったようなことを、言うなぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

その言葉を皮切りにシグナムは怒りを露わにしながらヒイロに向かって突進し、レヴァンティンの刃を振るう。

それをヒイロは片腕で己の体を支えながらバク転することでシグナムの攻撃を躱すと同時に距離を取る。

 

「フェイト!!」

『ヒイロさん!!さっきから何が起こっているんですかっ!?』

「来るなら早く来い。守護騎士の四人相手では流石に加減が効かんからな。」

『ヒ、ヒイロさん!!待ってくださーー』

 

フェイトとの通話を切るとヒイロはウイングゼロをその身に纏い、自身も戦闘態勢へ移行する。

ヒイロはウイングスラスターの根元のラックからビームサーベルの柄を引き抜くと、その先端部分から緑色の光刃を出した。

 

「もう我々には時間がないんだ・・・!!お前が立ちふさがると言うのであれば、押し通るっ!!」

 

剣を構えたシグナムを筆頭にヴィータとザフィーラが接近戦を仕掛けてくる。

シャマルは何か言葉を紡ぐと病院の屋上とその周囲を取り囲むかのように結界が施される。

ヒイロはウイングゼロの翼を羽ばたかせ、上空へ飛び上がるとその結界が想像より狭く展開されていることに気づく。

 

「っ・・・!!こちらの機動力を満足に発揮できないようにしたか・・・!!」

 

結界自体を破壊することはヒイロにとって容易い。しかし、それをシグナム達もわかっているのか、ヒイロにバスターライフルを握らせないように同じように上空へ飛び上がり、接近戦を仕掛けてくる。

 

「てぇああああっ!!」

「ちっ!!」

 

シグナムが振るったレヴァンティンをヒイロはビームサーベルで受け止める。

お互いの剣がぶつかりあった部分から紫電が発生し、二人の顔を照らした。

 

 

 

 

『なのはちゃん、フェイトちゃん!!結界の反応を検知したよ!直ぐに迎える!?』

『場所はっ!?』

 

念話を通して、なのはとフェイトにエイミィの焦る声が響く。フェイトが咄嗟に場所を尋ねるとエイミィは海鳴大学病院だと答えた。

 

「っ・・・・!!」

「フェ、フェイトちゃんっ!?待って!!」

 

フェイトは険しい表情を浮かべると途中まではやてのお見舞いに行くとして同行していたすずかとアリサを置いて駆け出した。なのはも呼び止めながらもフェイトの後を追う。

 

「ど、どうしちゃったのよ・・・。二人とも。」

「何か、あったのかな・・・・?」

 

置いていかれた二人はなのはとフェイトの動向を疑問視するしかなかった。

 

「フェイトちゃん!!突然どうしたのっ!?さっきの電話もそうだったけど、何かあったのっ!?」

 

なのはは海鳴市を疾走するフェイトの後を追いながら、突然走り出した理由を聞く。フェイトは苦い表情を浮かべながらなのはにこう告げる。

 

「あの病院には・・・ヒイロさんがいる・・・。ヒイロさんは今、守護騎士のみんなと戦っている・・・!!」

「み、みんなって・・・シグナムさんやヴィータちゃんとっ!?」

「多分、映像で見た四人みんなと・・・。」

「は、早く行かなきゃっ!!どうしてそうなったのか、わからないけど!!」

 

なのはとフェイトはヒイロと同じように海鳴大学病院へと向かう。

なのはは守護騎士達が、フェイトはヒイロが、それぞれの気がかりとなっていた。

 




ヒイロが割と過酷なミッションに取り組んでいく・・・・・。

・守護騎士四人の完全な無力化
・もちろん殺しちゃダメ
・それに伴いツインバスターライフルの使用も不可能

実質ビームサーベルとバルカンだけでどうにかしろ。ナニコレェ・・・・?



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第20話 希望と絶望の軌跡

やっと出せた・・・・一週間、お待たせしました!!


「ラケーテン、ハンマァァァっ!!」

 

ヴィータのデバイスであるグラーフアイゼン。そのハンマー部分が変形し、片側が噴出口のように形を変える。その部分がロケットの如く火を噴くとその加速を伴ったヴィータの攻撃がヒイロに迫り来る。

 

対するヒイロはビームサーベルなどで受け止めることはなく、天使を彷彿とさせるウイングスラスターを体を回転させながら羽ばたかせ、上昇することで回避する。

その結果獲物を見失ったヴィータの攻撃は空を切る。ヒイロはその隙を逃すことはなくウイングゼロの両肩に備え付けられてあるマシンキャノンをヴィータに向けて掃射する。

 

ヴィータは咄嗟に掌を掲げ、そこから防御用の魔法陣を展開することで、マシンキャノンが炸裂した際に生じる粉塵に包まれながらもこれを防ぐ。

ヒイロはヴィータの様子を少しばかり伺っていたが、すぐさまその場を退避する。

次の瞬間、ヒイロがいた場所を濃い緑色の風で編まれた竜巻が吹き荒れる。

 

色合いからシャマルの魔法だと判断したヒイロは風の勢いを利用して、まずは守護騎士の中で比較的支援型、なおかつその手に闇の書を抱えているシャマルを戦闘不能にしようと彼女が立っている病院の屋上へ向かって一気に降下する。

 

「シュワルベフリーゲンっ!!」

 

ヴィータの声が背後から響き、軽く視線をヴィータに向けて見やると、ヴィータの身の丈程ある光弾がヒイロに向けて打ち出される。

ヒイロは軽くヴィータの方を見やった一瞬でウイングゼロのスピードとその光弾のスピードを算出。自身の間合いがシャマルに到達する方が早いと結論づけたヒイロはそのまま光弾を無視してシャマルへの接近を続ける。

 

(・・・・しかし、あの誘導弾。俺の対応の仕方によってはシャマルも巻き込まれるな・・・・。)

 

ヒイロは少しばかりの不信感を抱きながらも病院の屋上を舐めるように加速を調整しながらビームサーベルを構える。

迫るヒイロに対し、シャマルはクラールヴィントを振り子形態にすると自身の前に大きく円形に展開する。続けざまにシャマルが何かを唱えるとその円形の中が薄緑色の光で埋め尽くされる。

 

(あれは、確かなのはに仕掛けていた転移魔法か・・・・?展開しているサイズもかなりあるようだが、一体何をーー!?)

 

ヒイロは直感的に危険を感じ取った。その瞬間、シャマルが展開した転移魔法『旅の鏡』からオレンジ色の光弾が飛び出す。それはヒイロの背後にあったはずのヴィータの『シュワルベフリーゲン』であった。

 

「っ!!」

 

ヒイロは苦い顔を浮かべながらシャマルへの接近を無理やり止める。慣性の力が働き、一度出してしまったスピードは大して落ちなかったが、ヒイロは病院の屋上に足をつけると力任せにジャンプする。先ほどまでのスピードとヒイロのおよそ人間とは思えない程の筋力が合わさったジャンプは光弾を飛び越えるところが、シャマルの頭上を取った。

 

そのままシャマルに向けてビームサーベルを振り下ろす。もちろんミッドチルダ式のデバイスに搭載されている非殺傷設定などないウイングゼロではシャマル達を殺しかねないため、ビームサーベルの出力は抑えめにしてある。

 

しかし、ビームサーベルがシャマルに届く前に地面から飛び出た白い魔力光で形成された防壁が弱められていたとはいえ並みいるモビルスーツを溶断してきたウイングゼロのビームサーベルを受け止める。

 

「鋼の軛よっ!!」

「ちっ!!」

 

声の質からザフィーラの援護だと断定したヒイロはシャマルへの攻撃を中断し、再度上空へと飛び上がる。ビームサーベルを防いだ防壁が今度は敵であるヒイロを貫かんと針となって迫り来るが、ヒイロは針と針の間を縫うように避けていく。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

「でぇぁぁぁぁぁっ!!」

 

ザフィーラの繰り出した攻防が一体化した魔法を切り抜けた後にヒイロの目に飛び込んできたのはシグナムとヴィータの同時攻撃。

予想以上にシグナム達の攻撃が早いと感じたヒイロは自身が誘い込まれていることを察する。

 

「ゼロ、奴らの反応速度を超えろっ!!」

 

ヒイロはすぐさまゼロシステムを起動する。これまでの戦闘データを集約したゼロの予測でシグナムとヴィータの繰り出してくるであろう太刀筋を視る。

さらにゼロシステムはヒイロにその攻撃を避けた上でツインバスターライフルで2人を消しとばすビジョンを見せつけるが、ヒイロは持ち前の強靭な精神力でゼロシステムの指示を撥ねとばす。

 

代わりにヒイロが取った行動はウイングスラスターの大きな翼を自身の前面に持ってくることであった。

普通であれば自身の推進力を捨てるような行為だが、ウイングゼロの翼はそう易々とは手折れることはない。

 

ガキィンッ!!!

 

「何っ!?」

「硬ーー!?」

 

響き渡るは鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合うような金属音。レヴァンティンの刃、グラーフアイゼンの棘のついた槌。それぞれ、防御する体勢が取れていなかったとはいえ、フェイトのバルディッシュ、なのはのレイジングハートを大破させるほどの業物だ。

 

その一騎当千のヴォルケンリッター2人の武器をウイングゼロの翼は火花を散らしながらその攻撃をヒイロに届かせまいとして押しとどめる。

予想外のウイングゼロの翼の硬度に数瞬、されど常人では反応できないほどのまさに一瞬の硬直。

 

「はぁぁっ!!」

 

ヒイロはその一瞬の硬直を見逃さず翼を勢いよく前に押し出し、シグナムとヴィータの攻撃を弾き飛ばす。

そのまま流れるようにビームサーベルで横薙ぎに一閃ーーー

 

「っ・・・・。」

 

しようとしたヒイロだったが、ビームサーベルを振るおうした腕を途中で止めた。

ヴィータとシグナムはその間に体勢を整え、ヒイロから一度距離を取った。

 

「ちっ・・・。なんなんだよ、あの翼は。普通に硬えじゃねぇか。」

「ただの翼ではないとは薄々感じてはいたが、まさかあそこまでの強度を誇るとはな。だが、少し解せんな。」

 

ウイングゼロの翼の強度に驚いた表情を浮かべるヴィータとシグナムだったが、シグナムは表情を険しいものに変えると鋭い視線をヒイロに向ける。

 

「なぜ、その手に持つ光の剣を振るうのをやめた。お前であれば今ほどの一瞬でも十分だったろうに。」

「・・・・・お前達を殺せば、はやてが悲しむ。それだけだ。」

 

シグナムの問いにヒイロは端的に答える。静かに、それでいてはっきりとした声色で言ったヒイロの言葉にシグナムは軽く視線を落とした。

 

「・・・お前も主はやてのために戦っている、そういうのだな?」

「・・・・勘違いするな。俺は夜天の書の暴走を回避したいだけだ。」

 

「・・・・待てよ。今、夜天の書つったのか?」

 

ヒイロが言い訳がわりに言った言葉にヴィータが疑問気に反応する。戦闘の雰囲気が僅かに薄れたのを見計らい、ヒイロはヴィータとシグナムにナハトヴァールのことを尋ねようとする。

しかし、次の瞬間、出かけた言葉を飲み込まざるを得ない出来事が起こる。

 

 

「何っ・・・・!?」

 

ヒイロは思わず目を見開く。シグナム達と割って入るように現れたのは闇の書だったからだ。しかし、様子がいつもと豹変していた。禍々しいほどの、それこそ魔力が全くないヒイロでも視認できるほどの紫色のオーラを闇の書が纏っていた。

 

「ヒイロっ!!逃げろっ!!」

 

そう言ってきたのはヴィータだった。先ほどの疑問気な表情は一変し、かなり焦っている様子が見て取れる。

 

「くそっ!!なんで忘れていたんだよ・・・・!!なんで!!」

「ヒイロ今すぐに後退しろ!!私の記憶にはないが、身体が覚えている!!コレは不味いっ!!」

「まさか・・・・夜天の書が暴走を始めたのか!?」

 

ヒイロが真偽を確かめるためにシグナム達に確認しようとする。その瞬間、先ほどまで閉じられていたはずの闇の書のページが独りでに開かれる。

次の瞬間、闇の書から数えるのも億劫になるほど夥しい量の木の蔓が吐き出される。しかも蔓といってもその太さは人間の腕ほどの太さはあり、比較的闇の書の近くにいたシグナムとヴィータはあっという間に木の蔓の渦に飲み込まれる。

 

「くっ!?」

 

辛うじてヒイロは襲いかかる木の蔓を避けながら距離を取るが、結界の際で思うように蔓を避けることができない。ゼロシステムのおかげで木の蔦を掠めることはなかったが、四方八方から伸びる木の蔦を避けていくうちにヒイロは結界の端に追い込まれる。

闇の書から吐き出される木の蔓の量は凄まじく、結界の中を埋め尽くそうとしていた。徐々に逃げ場がなくなっていくヒイロだったが、突如として自分を閉じ込めていた結界が消失した。

 

 

「シャマル・・・・?」

 

ヒイロは結界を張っていた張本人であろうシャマルの方を見やるがシャマルがいたであろう病院の屋上は既に木の蔓が覆い尽くしていた。咄嗟にザフィーラの姿も探すが、蔓の渦に覆われた視界にザフィーラの獣耳や尻尾のようなものが映ることはなかった。

結局2人の無事も確認できずじまいだったが、結界という枷がなくなった木の蔓は膨大な質量を持ってヒイロに襲いかかる。

しかし、枷がなくなったのはヒイロも同じであり、ブースターを蒸すと迫り来る木の蔓を振り切り、一気に距離を取った。

 

 

「闇の書が、いやナハトヴァールが暴走を始めたか・・・・!!」

 

木の蔓から逃げおおせたヒイロは病院の屋上に生まれた木の蔓の塊を見るとそう言葉をこぼす。

塊が未だに流動を続けている様子は内部からナニカが生まれてくるようにも感じられる。

 

「ヒイロさん!!」

 

ヒイロがその木の蔦の塊に対する行動を考えていると遠くから声をかけられたのを耳にする。

視線をその方角に向けてみれば猛スピードで向かってくるフェイト、その後ろから彼女を追うようになのはが、それぞれバリアジャケットを着た戦闘体勢でヒイロの元へと駆けつける。

 

「来たか。」

「来たか、じゃありませんよ!!私たちにもちゃんとした経緯とかを説明してださい!!貴方に言われていた状況と違うんですけどっ!?」

「ヒイロさん。今どうなっているんですか?守護騎士の皆さんは?」

 

フェイト、なのはがヒイロに矢継ぎ早に状況の説明を求めてくる。ヒイロは未だ胎動を続ける闇の書を一目する。

 

「闇の書の暴走が始まりかけている。シグナム達もあの木の蔓の塊となった闇の書に呑み込まれ、無事は確認できていない。」

 

ヒイロの言葉にフェイトとなのはは病院の屋上上空にできた木の蔓の塊を目にする。

 

「あれが・・・・闇の書・・・・?」

「フェイト。お前の言う通り、状況は連絡した時とは既に一変している。」

「それは・・・・わかっています。」

 

ヒイロにそう返すフェイトだったが、その表情はどこか悲しげなものであった。

バルディッシュを抱えながら、手を自身の胸に当てたフェイトは視線を僅かにヒイロの方に向ける。

 

「ヒイロさん。」

「・・・・なんだ?」

 

フェイトの言葉にヒイロは闇の書の動向を探るために視線を木の蔓の塊に向けながら答える。

 

「ヒイロさんに電話越しにいろんな事を教えられた時、寂しさを感じたんです。その寂しさは母さんに貴方は私の娘じゃないって言われて拒絶された時の感覚と似ているんです。」

「フェイトちゃん・・・・。」

 

フェイトの言葉になのはも同じように悲しげな表情を浮かべる。彼女もフェイトの言う母親から拒絶された現場に居合わせていたのだろう。

ここで言う母親、というのはヒイロがエイミィからある程度聞いたP.T事件の首謀者、プレシア・テスタロッサのことを指しているのはわかっていた。

 

「ヒイロさんにも考えがあったのはわかっています。だから、これは私のわがままです。聞き流してもらっても、構いません。」

 

「たった1人で背追い込まないでください。いくら私たちが未熟の身だったとしてもできることは必ずあるはずですから。」

 

フェイトがヒイロに想いの内を込めた言葉を届けた瞬間、闇の書の動向を監視していたヒイロの目が異常を捉えた。

 

「・・・・・闇の書の様子がおかしい。警戒を強めておけ。」

 

フェイトの言葉にヒイロは闇の書の様子が変わったことを伝えることで聞き流すことにした。

フェイトとなのはがヒイロの言う通りに闇の書を覆っている木の蔓の塊を見やる。

塊が流動を続けるとその形を変えていく。木の蔓は巨大な木のように病院の側にそそり立つ。

そして、木の蔓に覆われて見えなかった病院の屋上が見えてくるとその屋上に白い魔法陣が展開される。

 

「あれは、魔法陣?でも、魔力が集まっているようには見えないから・・・。」

「転移魔法の類?でも、一体何を・・・?」

 

フェイトとなのはが白い魔法陣を見ながら怪訝な表情を浮かべる。その魔法陣から病院の病衣に身を包んだなのはやフェイトと同い年に見える茶髪の少女が現れた。

その人物は突然の状況に頭が追いついていないのか、困惑した様子で周りを見渡す。

 

「な、なんや急に、なんで私いつのまに外におるん!?」

「っ・・・・はやてだと・・・!?」

「えっ!?あの子がはやてちゃん!?」

 

その少女は闇の書の主であるはやてであった。ヒイロが驚きの声を上げるとなのはとフェイトも病院の屋上にへたり込んでいるはやてに視線を向ける。

さらに困惑しているはやてを尻目に闇の書から吐き出された木の蔓で形成された大木が蠢くと呑み込まれたシグナム達の姿が露わになる。

 

「シグナム・・・・!!」

「やはり囚われていたか・・・。しかもあの囚われ方・・・・。」

 

フェイトが険しい表情を浮かべ、ヒイロはシグナム達の囚われ方が引っかかった。

木の蔓に腕を張り付けられ、ぐったりとした様子で中に浮いている姿。それはさながらシグナム達が囚人、そして彼女らを吊るし上げている木の蔓の大木はまるで処刑台のようであった。その思考に至ったヒイロははっとした表情を浮かべ、苦い顔へと変える。

 

「まさか、奴らをはやての目の前で処刑するつもりかっ!!」

「そ、そんな!!早く止めさせないと!!」

「やらせない・・・!!」

 

なのはがレイジングハートをバスターモードに移行させ、砲撃体勢をとった。フェイトとヒイロはそれぞれバルディッシュから鎌状の魔力刃とビームサーベルを構えながら突撃する。

 

ある程度まで接近すると大木から木の蔓がヒイロ達という外敵を追い払うために襲いかかる。

 

「こ、これは・・・!?」

 

フェイトはあまりの木の蔓の多さに一度足を止め、迫り来る木の蔓をバルディッシュで薙ぎ払う。しかし、ヒイロはスピードを緩めることなくそのまま木の蔓の嵐を突き進んでいく。

 

「ひ、ヒイロさん!!無茶です!!」

「・・・・俺にはできる。だが、お前にはまだ早い。」

 

フェイトの制止する声が響くがヒイロは構うことなく進んでいく。無数の迫り来る蔓をヒイロはゼロシステムを組み合わせながら一つ一つの蔓を把握し、驚異的な頭の回転スピードでそれらを処理していく。

 

そして、蔓の嵐に揉まれること数秒、ヒイロはなんとか大木の元へとたどり着く。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

大木へ向けてビームサーベルを振り下ろす。ビームサーベルは大木を紙切れのように切り裂いた。しかしその巨体さ故に全体的なダメージは少なく、シグナム達の拘束を解くまでには至らなかった。

 

(ツインバスターライフルは最悪はやてにも被害が及ぶ可能性があるため使用しなかったが・・・。ビームサーベルでは無理が過ぎるか・・・!!)

 

ヒイロは苦しい表情を浮かべながら未だ拘束されているシグナム達の方を見やる。

しかし、その時にはヒイロ達の頑張りも虚しく、蔓がシグナム達の胸部を貫いていた。

 

「っ・・・・!!シグナム!!」

 

ヒイロがそう呼びかけるもシグナム達が目覚めることはなく、魔力で編まれたその体を塵へと変えながら消滅していく。

最終的に残ったのはおそらくはやてが守護騎士達に買ったのであろう私服が風に煽られてパタパタとはためくだけであった。

 

「ゼロの予測する未来の通りになったか・・・・!!!」

「間に・・・・・合わなかった・・・・の?」

「そ・・・そんな・・・・ヴィータちゃん・・・シグナムさん・・・!!」

 

フェイトとなのはが憔悴した表情を浮かべる。砲撃体勢に入っていたはずのなのはがその魔法を解いているということは彼女にも蔓が襲いかかってきたのだろう。

ヒイロは太い蔓に引っかかっているシグナムの服を掴むとそれを握りしめ、悔しさを露わにする。

 

「あ・・・・ああ・・・・・!!」

 

今まさに消えそうなほど掠れた声が響く。ヒイロが咄嗟に振り向くとはやてがかなり狼狽した様子で消えてしまった家族(ヴォルケンリッター)達の遺物を見つめる。

目は見開き、表情はさながら目の前の現実を認めていないかのように絶望しきっていた。

そんな彼女を中心に白い三角形の魔法陣が形成されるとはやての頭上に闇の書が瞬間移動してくる。

その瞬間、絶望し、虚ろな表情となった彼女の足元から濃い紫色に染まったナニカが溢れ出る。

まさしく闇と言っても過言ではないソレになのはとフェイトはどうすればいいのかわからないと言った表情を浮かべる。

ただ1人、ヒイロを除いてーー

 

 

はやての足元から闇のようなものが溢れ出るとヒイロは病院の屋上に降り立ち、ウイングゼロを解除する。

そして、そのまま徐に、さらに無防備にはやてに近づいていく。

 

「はやて。俺だ。」

 

はやての目の前まで来たヒイロは座り込んでいるはやてと同じ視線となるようにその場でしゃがみこむ。

ヒイロの声を聞いたはやては先ほどまで光を失っていた目に再び光を取り戻し、はっとした表情を浮かべる。

彼女の足元からは闇が未だにその量を増やし続けている。

 

「ヒイロ・・・・さん?い、生きとる・・・・?」

「俺を勝手に殺すな。だが、まだ会話ができる余裕はあるようだな。」

 

はやての発言に一言申したいヒイロだったが、状況が状況なため、ため息ひとつつくことで流すことにした。

 

「確認する。お前は足元から出ているそれを自分自身で止められるか?」

 

ヒイロがはやての足元から出ている闇を指差しながら尋ねる。はやては自身の足元を見やるも首を横に降る。

 

「もう・・・無理なんや・・・!!もう引き金は引かれてしもうてる!!もう止めようがないんや!!」

 

はやては涙をポロポロとこぼしながらヒイロに訴えるように顔を上げる。

もはや闇の書の暴走を止める術はないようだ。ならば残された手段は世界の破滅を迎える前に闇の書を無理やり停止させるしか手段は残されていない。

ヒイロは嗚咽をこぼしながら涙を流すはやてをただ静かに見つめる。

 

「お願いや、ヒイロさん・・・!!私を今ここで殺してっ・・・・・!!そうすれば闇の書の暴走も止まるかも知れへんから!!」

 

はやてはヒイロに向かってそういうと顔を再度沈めてしまう。ヒイロははやての様子をただ見つめていた。

 

「はやて。」

 

ヒイロがはやてに言葉を投げかける。その声色はどこか優しげであった。

はやてがヒイロのらしくない声に疑問気になりながらも顔を上げる。

 

「最後まで希望を捨てるな。人は希望がなければ生きられない。俺が言えるのはそれだけだ。」

 

そう言ってヒイロははやての頰をつたっていた涙を指で軽くぬぐう。払われた涙が光に当てられてキラキラと反射し、光ったように見える。

そんなヒイロの行動にはやては意味がわからないといった表情を浮かべる。

 

「希望・・・?闇の書が暴走してしまったら、少なくとも地球は滅んでしまうんやろっ!?」

「ああ。だから闇の書が地球を滅ぼす前に停止させる。それこそ、どんな手段を用いてもな。」

「そんなこと・・・・できるんか・・・?」

 

はやては未だに信じられないといった表情を続けたままだった。ヒイロはそんな様子のはやてにただ一言だけを送る。

 

「・・・・・俺を信じろ。」

「・・・・・そんな大それたこと。普通はできひんよ。でも、ヒイロさんならできてしまうんやろな。」

 

ヒイロの言葉にはやては顔をあげながら言葉を紡ぐ。そして、その顔を上げた表情は笑っていた。作り笑いだったのは目に見えたものだった。しかし、それでもはやてはしっかりと笑っていた。

 

「信じてる。私、信じているから。」

 

次の瞬間、はやては紫色の光の柱に包まれる。その麓にヒイロは衝撃をモロに受け、吹っ飛ばされる。

その衝撃の強さは凄まじく、ヒイロは屋上に設置されてあった転落防止用の鉄網を貫通し、屋上から投げ出されてしまう。

しかし、ヒイロは驚異的な反応速度で投げ出された瞬間に手を伸ばし、屋上の淵を片手で掴むことで耐えきる。

 

「ヒイロさんっ!!大丈夫ですかっ!?」

「俺に構うな。来るぞ。諸悪の根源が。」

 

ヒイロの身を案ずるフェイトに声をかけながらヒイロは片手で屋上へと転がり込む。

はやてを包んだ光の柱は天を貫かんばかりに高く伸びていた。その光が徐々に収まりその全貌が明らかになっていく。

 

そこにいたのははやての見る影が微塵も感じられない人物であった。

 

はやてのショートヘアーだった茶髪は銀髪を腰まで下ろしたものへと変わり、四肢はさながら自身を拘束していたように感じられる赤い紐の先に黒を基調としたガントレットとブーツが現れる。なお左手には蛇のようなものが蠢き、集合体となったようなまさに異物といっても差し支えしない禍々しいものが備え付けられていた。

そして何より目を引くのはその女の背中から生えている黒い6枚の翼。

ウイングゼロの翼を天使と表現するのであれば、その女から生えた黒い翼はまさに堕天使といっても過言ではなかった。

 

「あれが・・・・ナハトヴァール・・・・・?」

「奴はあくまで夜天の書の管制人格だ。ナハトヴァールはユーノの調査が正しければ奴の左手についてある蛇のような籠手だ。」

 

なのはの呟きを否定しながらヒイロは現れた管制人格の左手に視線を送る。彼女の左手についた蛇の集合体のようなナハトヴァールはモゾモゾと蠢き、不快感を抱かせる。

 

「つまり、あの人からナハトヴァールを切り離せば、暴走は止まる・・・?」

「そう都合良くはいかないだろう。奴はナハトヴァールと共に既に幾星霜の時を歩んでいる。もはや通常では切除が不可能な領域まで来ている可能性が高い。」

「そ、それじゃあ・・・・!!」

「奴に攻撃を加えて、機能不全に陥らせる。ひとまずそれしか対応策はない。」

 

「またすべてが終わってしまった・・・・。」

 

闇の書の管制人格と思われる人物が言葉を紡ぐ。隠しきれない敵意を感じ取ったなのはとフェイトは自身の得物を構え、戦闘体勢をとった。

ヒイロもウイングゼロを展開し、ビームサーベルを闇の書の管制人格へとその切っ先を向ける。

 

「一体幾たびのこんな悲しみを繰り返せばいいのだ・・・・?」

「貴様の慟哭に興味はない。手早くはやてを過去からの馬鹿馬鹿しい呪縛から解放させてもらう。」

 

 

「最終ターゲット確認。目標、闇の書管制人格、及びナハトヴァール。お前を殺す。」

 

 

最終決戦の火蓋が切って落とされる。過去に振り回されて、家族のいないずっとひとりぼっちだった少女を救うためにヒイロ達は闇の書との決戦へと望む。

 

 




ヒイロがはやての涙を拭ったシーンで『お前を殺す』って言うかと思った人、挙手。
怒ったりしないから。むしろみんながそう思う方に持っていったから。


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第21話 地上を撃つ極光

ヒイロは真正面、なのはとフェイトは空からはやての肉体を媒介にして現れた堕天使(ナハトヴァール)と対峙する。

三人とも鋭い視線をナハトヴァールに向けるが、肝心のナハトヴァールは目を閉じたまま動こうとはしない。

 

しばらく睨み合いの状況が続く中、はじめに動いたのは、ヒイロであった。

足を一歩、前へ踏み出すと同時にウイングゼロのブースターを蒸す。アフターコロニーのモビルスーツにおいても随一の機動力を持つウイングゼロの加速は一瞬でナハトヴァールで接近し、ヒイロの間合いに入れさせる。

 

そして、手に持っているビームサーベルをナハトヴァールへ向けて振り下ろす。立ちはだかる敵を容易く溶断するビームサーベルから発せられる緑色の光刃をナハトヴァールは、瞬時に展開した紫色の魔力シールドで迫る光刃を阻んだ。

 

ビームサーベルと魔力シールドの接触面から稲光が生じるが、ナハトヴァールの魔力シールドにヒイロのビームサーベルが食い込んでいく様子は見られなかった。

 

(・・・・やはり硬いか。シグナム達が展開するシールドとは段違いに硬度がある。)

 

軽く歯噛みしながらヒイロは一度距離を取ろうとする。ナハトヴァールはただシールドを張っただけで腕といった四肢はフリーなのに対し、ヒイロは自身の腕でビームサーベルを振るっている。そのためナハトヴァールが何かしようとすればヒイロは対応が遅れてしまう可能性がある。それを考慮した結果ナハトヴァールと距離を取ることにしたヒイロだったが、不意にヒイロの視界にある光景を捉える。

 

(・・・・なんだ、あれは?)

 

それはナハトヴァールの顔にあまり似つかわしくないものであった。それは彼女の目から溢れ、頰を伝い、一筋の川を作っていた。紫色の魔力シールド越しなためわかりづらかったが、それは謂わゆる、人間で言う涙であった。

 

(涙・・・・か。となれば奴にも感情があるということの証左に他ならんが・・・・。)

 

涙が出ているということはナハトヴァールがこの状況に対して何かしらの感情を抱いているのは確か。嬉しさ、悲しさなど涙が出てくる感情は様々だが、状況やナハトヴァールの発言を鑑みると後者の方が可能性は高い。

 

ヒイロは思案しながらナハトヴァールの様子を観察していたが、ナハトヴァールがヒイロに向けて拳を振るおうとしていたため、瞬時に離脱し、距離を取った。

 

(・・・・速いな。)

 

ヒイロはナハトヴァールに視線を戻した瞬間、そう心の中で呟く。決してナハトヴァールの拳が速かった訳ではない。ナハトヴァールを捉えたヒイロの視界にはその姿とは別のものが写り込んでいた。

それはまるで血のように赤黒く染まりきった短剣であった。しかもそれは一本だけでなく何本もの血に染められたような切っ先がヒイロを取り囲むように宙に浮いていた。

 

即座に状況を確認したヒイロは短剣を動き出す前にウイングスラスターで打ちはらいながら上空へと飛び上がる。

 

病院の屋上で佇むナハトヴァールを見下ろす形となったヒイロの視界に今度は爆発音と共に爆煙が立ち上ったのを見る。ちょうどそこはなのはとフェイトがいた場所でもあった。

ヒイロがそちらの方に視線を向けた瞬間、今度は見慣れた金髪のツインテールが瞬間移動のように視界の端に現れた。忙しなく視線をそちらに向けるとなのはと手を繋いだフェイトがいた。

おそらくヒイロと同じように血のように赤黒い短剣に囲まれてしまった2人はフェイトの瞬間移動の魔法である『ブリッツアクション』を用いてヒイロの側へ転移してきたのだろう。

 

「闇よ、染まれ。」

 

声をかける暇もなくナハトヴァールからの攻撃は続く。視線を再度ナハトヴァールに向けると手を真上へ掲げている様子が見える。

その手の上には黒い稲光を纏った球体が展開されていた。その球体は急速に肥大化し、直径10メートルはくだらないほどの大きさとなっていた。

 

「・・・・爆弾か?」

 

ヒイロがそう呟いたのもつかの間、その黒い球体はさらにその巨体を肥大化させ、ヒイロ達を呑み込まんと迫り来る。

 

「ちっ・・・・・後退するぞ!」

「ふぇっ!?」

「きゃっ・・・・!?」

 

 

舌打ちしながらヒイロはなのはとフェイトを抱きかかえると迫り来る黒い球体から逃走を始める。

黒い球体の肥大化もかなりのスピードを持ってはいたが、ウイングゼロの機動力に追いつくことは出来ず、ヒイロは2人を抱きかかえたまま肥大化の範囲の外へと離脱する。

 

「あ、あの、ヒイロさんっ!?これからどうするんですか!?」

「奴のあの攻撃は範囲が広すぎる。威力も申し分ないだろう。一度身を隠し、対策を考える必要がある。」

 

なのはの質問に返答しながらヒイロは手頃なビルの陰にナハトヴァールから逃れるように隠れこむ。

なのはとフェイトを下ろしたヒイロはビルの陰からナハトヴァールの様子を伺うように顔を少しだけ出した。

 

ナハトヴァールがいる病院付近の空域を覆っていた黒い球体は消え去り、遠目にだが、ナハトヴァールが佇んでいるのが見える。少しの間様子を見ていたが、ナハトヴァールが動きだすようには見えなかった。

 

「・・・・奴がいつ動きだすか分からない。さっきも言ったができる内に対策を講じるぞ。」

「・・・・・あの黒い球体は多分、広域攻撃型です・・・。避けるのは、私たちでは難しいかと・・・。」

「あの攻撃をやられる度にお前達を抱えていくのは時間の無駄だ。闇の書の暴走が世界の破滅を引き起こすのであれば、少しでも手間を省くべきだ。」

「うん。一回一回ヒイロさんに任せる訳にも行かないから・・・・。防御・・・とか?」

「俺は魔法に関しては疎いが、あの魔法の威力は破格だと言うことは俺でも察せられる。防御も難しいと考えるべきだ。」

「あう・・・・。」

 

 

ヒイロにそう言われ、しょぼくれた表情を見せるなのは。現状としてナハトヴァールにあの黒い球体による広域攻撃魔法を撃たせないこと以外の対応が考えられない。

 

「フェイト!!なのは!!」

「あ、アルフ!?」

「全く、エイミィに闇の書が暴走しているって聞いて来てみれば、なんだい今の魔法!?とんでもないじゃないの!!」

 

打開策が浮かばず、思案に耽っている三人のところにアルフがやってくる。その様子は闇の書の暴走を目の当たりにしているのもあったのかかなり苦々しく表情を歪めていた。

 

「アルフ。ユーノやクロノはどうした?」

「一応、グレアム提督の方は済んだみたいだよ。どうやら闇の書を永久に凍結する腹づもりだったみたいだね。」

「・・・・根本的な解決にすらならんな。やはり奴のやろうとしていたことはいずれ同じ犠牲者を生み出す。」

「・・・・・言い方はともかく、解決になっていないってのは同感だね。」

 

ヒイロの言葉にアルフはムッとした表情を浮かべるが追及したりはせずに話を進めることにした。

 

「今はリンディ提督が試験運行中だったアースラを引っ張って来ている。ユーノやクロノもアースラに同乗しているけど、それでも時間はかかるみたいだよ。」

「・・・・今は私達でなんとかするしかないってこと?」

 

フェイトの確認の言葉にアルフは無言で頷いた。なのはも険しい表情を浮かべながらだったが、気持ちを入れ直し、大きく頷く。

その次の瞬間、ヒイロ達を突風が襲う。その風の強さは思わず顔を覆ってしまうほどであったが、なんとかその場に踏みとどまる。

 

「今のは・・・・結界か?」

「・・・・私達を閉じ込める用のだね。完全にターゲットにされたってわけだね。」

 

風が止むと先ほどまで夜の闇で暗かった視界が僅かにセピア色に染まる。それはシグナム達が張っていた結界と酷似していた。

ヒイロが再度ナハトヴァールの様子をビルの陰から見やる。するとちょうど背中から生えた黒い翼を一回りほど大きく広げたナハトヴァールが病院の屋上から飛び立った様子が見て取れた。

 

「・・・・奴が動き出した。」

「ど、どうするんですか?まだ対策と言える対策も立てれてないですけど・・・。」

 

フェイトの言葉にヒイロは軽く思案の海に入る。再度黒い球体を放たれてしまえば、範囲から鑑みてヒイロはともかくとしてフェイトやアルフら三人への直撃は免れない。

ならば最終的に帰結するのがそもそもとして撃たせないように立ち回る他に方法はない。

 

「・・・・・俺が奴に接近戦で組みついておく。」

「やっぱそれしかないのかねぇ〜。」

 

アルフが困ったように頭に手を回し、自身の髪を弄り回す。なのはやフェイトも似たような表情を浮かべているが、代替え案が出てこない以上、ヒイロに限らず誰かしらがナハトヴァールに組みついておくのが一番手っ取り早い。

 

「時間がない。行くぞ。」

 

ヒイロはそう言うとウイングゼロの白い翼を羽ばたかせながらビルの陰から飛び出していく。

ナハトヴァールがビルの陰から現れたヒイロを視認すると悠然と拳を構えながら突進してくる。

ヒイロはこの攻撃を手にしていたビームサーベルで斬り払おうとする。しかし、ビームサーベルの刃はナハトヴァールの拳に触れそうになったところで激しいスパークを発生させながら阻まれてしまう。

ヒイロは表情を一瞬驚愕のものに染めながらも原因を探る。

 

すると拳とビームサーベルとの接触面に僅かにだが紫色のバリアが見えた。ナハトヴァールは拳によく見ないと視認ができないレベルでプロテクションを張っていたのだ。

だが、原因がわかったところでナハトヴァールはもう片方の拳をヒイロに向けて振り下ろす。ヒイロはそれを視認するとナハトヴァールと斬り結ぶのをやめ、距離を取ろうとする。

 

「っ・・・・!?」

 

ヒイロの表情が再度驚愕のものに変わる。ビームサーベルを持っていた腕にいつのまにか桜色のバインドがかけられていたのだ。魔力光そのものはなのはのものだが、十中八九、目の前のナハトヴァールが仕掛けたのは明白だ。

 

(闇の書は元々は魔法を保管する書物・・・!!なのはから魔力を蒐集した時に使い方を記録したのか・・・!!)

 

強度こそは破壊できなくもなかったが、既に目の前にナハトヴァールの拳が迫っていた。

ヒイロは舌打ちをしながら空いていたもう片方の手でナハトヴァールの拳を受け止める。

常人であれば受け止めることすらままならない威力と衝撃だったが、ヒイロはそれを苦い表情を浮かべながらもなんとか押しとどめる。

 

しばらく力と力の取っ組み合いを繰り広げていたヒイロとナハトヴァールだったが、先に均衡を破るものが現れた。

ナハトヴァールの両足をオレンジ色のバインドが縛り付け、行動を制限する。ナハトヴァールはそれに僅かにだが視線を持っていかれる。

 

「ヒイロ!!ソイツから離れな!!」

 

ナハトヴァールにバインドを仕掛けた人物であるアルフがヒイロにそう呼びかける。ヒイロはそれを聞くと同時にナハトヴァールの後方からレイジングハートを構えるなのはの姿が見え、ゼロシステムがヒイロの背後にいるフェイトの姿を捉えていた。おそらく砲撃魔法を使用するつもりなのだろう。

意図を理解したヒイロはウイングゼロの双肩に搭載されているマシンキャノンをナハトヴァールに向けて掃射する。

あいにく放たれたマシンキャノンの弾はプロテクションに阻まれてしまうが、炸裂した煙幕がナハトヴァールの視界を潰す。

ヒイロはその間にバインドを物理的に破壊するとナハトヴァールから距離を取った。

 

『Plasma Smasher』

「ファイアっ!!!」

『Divine Buster Extension』

「シューートッ!!!」

 

砲撃準備をしていたなのはのレイジングハートとフェイトが展開した金色の魔法陣からナハトヴァールに向けて一直線に二筋のビームが疾る。

 

「砕け。」

 

そのような状況でナハトヴァールは表情一つ変えることなく機械的に言葉を紡ぐと闇の書が発光。次の瞬間にはアルフが仕掛けたバインドを粉砕していた。

自身を縛るものがなくなったナハトヴァールがなのはとフェイトが放った二筋の光に向けて、掌をかざす。

 

「断て。」

 

再度一言だけ呟くと両の掌から漆黒の魔法陣が現れる。その魔法陣はなのはのディバインバスターとフェイトのプラズマスマッシャーを塞きとめる。

そのことになのはとフェイトは険しい表情を浮かべながらもナハトヴァールに向けて照射を続ける。

そんな最中、ナハトヴァールから距離を取ったあと、アルフの隣で様子を見ていたヒイロはナハトヴァールの周囲に血塗られた短剣が展開されていることに気づく。

 

「反撃されるぞ!!警戒を怠るなっ!!」

『っ・・・・!?』

 

ヒイロが2人に向けて告げた瞬間、血塗られた短剣が真紅の軌跡を描きながらなのは、フェイト、そしてアルフとヒイロに襲いかかる。

ヒイロはビームサーベルを手にするとゼロシステムを駆使して短剣の軌道を読み切り、ヒイロとアルフに直撃する直前でビームサーベルを横薙ぎに一閃する。

 

短剣を消しとばしたヒイロはなのはとフェイトがいた場所に爆煙が上がっていることに気づく。程なくして2人が爆煙から現れると無意識に無事を祈っていたのか、ヒイロは少しばかり息をついた。

 

「・・・・アンタの指導のおかげってやつかね?2人ともヒイロの声を聞いた瞬間にしっかりと反応していたよ。」

「・・・・・あの程度でやられるほど柔ではないだろう。」

 

アルフとそんなやりとりをしたのもつかの間、ナハトヴァールは次の行動に移していた。

掌を掲げると自身の足元に白い三角形の魔法陣を展開する。そして、掌からは桜色ーーつまりなのはの魔法陣が展開された。

 

「・・・・何をするつもりだ?」

「あれは、なのはの・・・・?」

「咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ。」

 

ヒイロとアルフが怪訝な表情を浮かべながら様子を伺っているとナハトヴァールが魔法の詠唱とも取れる言葉を発する。

するとナハトヴァールの周囲から桜色の光が生まれては魔法陣に集束、生まれては魔法陣に集束を繰り返していく。

光は徐々に巨大化していき、ナハトヴァールの身長を優に越すほどまでになっていた。

呆然とした様子のなのはだったがポツリと言葉をこぼす。

 

「スターライト・・・ブレイカー・・・・?」

 

スターライトブレイカー。それはヒイロがまだ記憶を失っていた時になのはが結界を破壊するために放った砲撃魔法。

その威力は凄まじく、結界を破壊してもなお、その爆光は空を貫いてくほどであった。

 

「アルフ!!ヒイロさん!!」

 

フェイトは呆けているなのはの手を引きながらアルフとヒイロに呼びかける。

アルフはフェイトが何を言おうとしているのかがわかったのかナハトヴァールに背を向け、現空域から離れていこうとする。

ヒイロもアルフを追うようにウイングバインダーを羽ばたかせ、現空域を離れる。

 

「・・・・あれは余程の威力を誇るようだな。」

「あれ、ヒイロ見てなかったのかい?てっきり初めて守護騎士の連中と戦った時に知ってるもんだと・・・。」

「・・・・あの時はゼロに苛まれていた。その時の意識は曖昧だ。これまでの記憶を取り戻したというのもあったのだろう。」

「なるほどねぇ・・・。」

「なのは、スターライトブレイカーの射程距離はどれほどだ?」

 

アルフとの会話を終えるとヒイロはウイングゼロの通信機能を介して、なのはに念話という形でコンタクトを取る。

 

『え?射程・・・・ですか?伸ばそうと思えば伸ばせるので・・・わかんないです。はい。』

「・・・・射程ぐらい把握しておけ。戦闘において自分の有効射程距離を把握しておくのは当然だ。」

『ご、ごめんなさい・・・・。』

 

なのはの言葉に呆れ果ててため息すらも出てこないヒイロ。射程がわからないのであれば、どこまで逃げ果せれば良いのか具体的な部分がわからない。

 

『あの・・・とりあえず私が答えますね・・・・。』

 

どうやら代わりにフェイトが答えてくれるそうだ。ヒイロはなのはが知らないことをフェイトが知っているのだろうかと思っていたが、口には出さないことにした。

 

『とはいえ私自身、なのはのスターライトブレイカーの射程はわかりません。だけど回避に専念することを薦めます。まともに喰らえば、防御した上でも堕とされます。』

「・・・・まるで自身が受けたことがあるような言い草だな。」

『はい。なのはと戦った時にバインドをかけられた上でそれを喰らいましたから。』

 

ヒイロはその言葉を聞いて、拠点のアパートでエイミィに見せてもらったなのはとフェイトが戦っている映像を思い出す。

 

『死ぬほど痛かったです。』

「・・・・そうか。」

 

フェイトの抑揚のない言葉にただ一言だけ返すヒイロ。しかし、デバイスには非殺傷設定が施される以上、自爆以上に死ぬほど痛いことにはならないだろうとヒイロは心の中で決め込んだ。

その時、ウイングゼロのセンサーがある反応を示す。

ゼロシステムにより、ヒイロの脳内に直接インプットされる情報によると、どうやら結界内にヒイロ達4人とは別に生体反応が二つほど存在しているということであった。

 

『ヒイロさん・・・!!』

「こちらでも確認した。結界内に生体反応が見受けられる。状況を鑑みるに一般人だろうな。」

「一般人・・・!?こんなところにかい!?」

 

フェイトの念話にそう返すとアルフが焦ったような声が響く。ナハトヴァールは現在スターライトブレイカーのチャージ中だ。ツインバスターライフルには及ばないかもしれないが、それでも高威力なのは確かだ。衝撃に巻き込まれればひとたまりもないだろう。

 

「俺が救出に向かう。お前たちはそのまま現空域を離脱しろ。」

『・・・・わかりました。でも、決して無理はなさらないように。』

「ああ。」

 

フェイトの念話に端的に答えるとヒイロは高度を落とし、ビルの合間を潜り抜けていく。

高度を落としてから程なくして、ヒイロは反応のあった地点に降り立つ。

その時にちょうど建物と建物の間から2人の子供が出てきたのが見えた。

片方はストレートに伸ばした茶色じみた金髪に碧い瞳の少女。

その彼女が手を引いているのはウェーブがかった紫色のロングヘアーに白いカチューシャをつけた少女。

 

ヒイロが出会ったアリサ・バニングスと月村すずかその人であった。

 

ナハトヴァールのチャージは目前まで迫っていた。猶予の時間はほとんど残されてはいないと考えていい。

 

「貫け、閃光。スターライト、ブレイカー。」

 

そして、ナハトヴァールの魔法陣からチャージが完了したスターライトブレイカーが放たれる。地上に向けて撃たれたそれはドーム状の爆発を引き起こすとビルをまるごと呑み込みながらヒイロ達へと迫り来る。もはや選択肢は残されていない。

ヒイロはアリサとすずかに背後から近づくと有無も言わさず2人を担ぎ、スターライトブレイカーの爆発から逃走を図る。

 

 




プランは整えた。あとは自分がどこまでやれるか、確かめるだけです。
こじつけかもしれないけど、二次創作とはそのためにあるものだと考えている。原作とはぶち壊すもの。
祝福の風、その風を途絶えさせないために。


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第22話 悲しみのナハトヴァール

事実上のなのは達の友情回。


スターライトブレイカーの爆発が海鳴市のビル群を呑み込んでいく。 その爆発から生まれた風は徐々に強くなり、余波が迫っていることを否が応にも感じさせる。

 

時間がない。そう判断したヒイロは爆発時に発生した風に煽られてその場にしゃがみ込んだアリサとすずかを小脇に抱えるとウイングバインダーを大きく羽ばたかせながら爆発の範囲からの離脱を図る。

突然、雑に抱えられたすずかとアリサは張本人であるヒイロの顔を見やる。しかし、ヒイロはウイングゼロを展開しているため、その顔を伺うことは出来ず代わりにウイングゼロのガンダムフェイスを拝むこととなった。

 

「ロ、ロボットーーーっ!?もうなんなのよ、さっきから人の気配はなくなるわなんか視界は変な色に染まるわでいっぱいいっぱいなのに今度はロボットっ!?もうアタシのキャパシティのライフはゼロなんですけどーー!!!」

「黙っていろアリサ。舌を噛んでも知らないからな。」

「そ、そうだよアリサちゃん。今結構高いところ飛んでいるんだからーーって、あれ?その声・・・。」

 

小脇の中で喚き叫ぶアリサをヒイロが咎めるとすずかも便乗してアリサを宥める。すると、すずかは目の前のロボットから響いてきた声に聞き覚えがあったのかそのロボットの横顔を見つめながら首を軽く傾げる。

 

「もしかして・・・ヒイロさん?」

「えっ!?うそぉっ!?あ、でも確かになんか聞き覚えあるかも!!ちょっと、どういう状況なのか説明してよ!!」

 

目の前のロボットがヒイロだと当たりをつけるとアリサが先ほどまでの醜態はどこへ行ったのかヒイロに突っかかってくる。

ヒイロはアリサを無視し、少しの間考え込む。アリサとすずかをどうするかを決めるためだ。

 

(いつまでもコイツらを抱えて行動するのは不可能だ。ならば、結界内のどこかに避難させておくか?いや、無理だな。)

 

ヒイロはアリサとすずかを結界内のどこかに隠しておくかと考えたが、即座にその考えを蹴った。

仮にどこかに隠してたとしてもナハトヴァールの攻撃が隠した場所に流れ玉として直撃するかもしれないのだ。

結論としてはアリサとすずかをこの結界から脱出させるのが一番手っ取り早い。

 

「こちらヒイロ。結界内にいたアリサとすずかを保護した。どういう訳かは知らんが確実に迷い込んだと見て間違いないだろう。」

『い、一般人ってアリサちゃんとすずかちゃんだったんですかっ!?』

「ああ。だが見つけたのはいいが、この結界内部に居させるのは危険が多すぎる。転移魔法などで結界の外へ送った方が賢明だろう。」

 

通信を送るとなのはの驚愕に染まった声が念話で響く。無理もない話だ。大事な友達が危険な状況下に晒されていて、冷静でいられるのはそれほどいないだろう。

ヒイロは軽く背後を見やり、スターライトブレイカーの爆発範囲を注視しながら飛行する。爆発は飛行しているヒイロに徐々に迫ってきていた。その様子を確認したヒイロはウイングゼロの翼を抱えている二人を覆うように被せ、風が当たらないようにすると徐々にスピードを上げ、スターライトブレイカーの爆発を振り切っていく。

そのうち地上の風景は海鳴市に聳え立つビル群から僅かに盛り上がった丘が点在するのどかな平原へと切り替わっていく。

 

「す、すごい・・・あっという間に郊外に出ちゃった・・・・。」

 

ウイングゼロの翼で覆われていた二人の視界が再び地上の光景を映し出すとすずかはウイングゼロのスピードに舌を巻く。

 

「ね、ねぇ、ヒイロさん。そろそろ状況を教えてよ。一体何がどうなってるの?」

「・・・・端的に言えば地球の破滅が迫っている。」

「ち、地球の破滅ぅっ!?」

 

ヒイロが出した地球の破滅という言葉にアリサは驚愕の声を響かせる。すずかも声こそは出さなかったが口元を両手で覆い隠していることから驚いているのは明白だ。

 

「ヒイロっ!!大丈夫かいっ!?」

 

郊外へと飛んできたヒイロに同じように海鳴市の郊外へと避難していたのか、アルフが駆け寄ってくる。

 

「問題ない。だが、この二人を結界内へと残しておくのは危険だーーどうした?」

 

アルフに転移魔法の使用を頼もうとしたところでヒイロはあるものが視界に入った。それはアリサのアルフに向けられている表情であった。顎に手を乗せ、訝しげな表情でアルフを見つめるその姿は何かを懸命に思い出そうとしているようであった。

そしてその表情を向けられているアルフはなぜか少しばかり居心地が悪そうな表情を浮かべながら、アリサと顔を合わせないようにしていた。

 

「あ゛ー!!!!思い出したー!!!アナタ、旅館でなのはに突っかかってきた外国人のお姉さんでしょっ!!!」

「うわっ!?やっぱ覚えてやがったよ!!」

「・・・・・確かにあの時のお姉さんに似ているけど・・・あんな犬の尻尾とか耳とか生えてたっけ?」

 

アルフを指差しながらさながら犯人を見つけ出したように叫ぶアリサと対照的にアルフに生えている尻尾と耳を見つめながら首をかしげるすずか。

 

「なんだかゲームに出てくるキャラクター見たいで可愛いですね。」

「・・・・なんかそういうこと言われるとむず痒いね・・・。」

「話を戻すが、アルフ。お前は二人を結界の外へ転移させることは可能か?」

 

すずかに可愛いと言われ、照れているのか髪の毛をいじるアルフにヒイロは転移が可能かどうかを尋ねる。

アルフは緩んだ表情を元に戻すと海鳴市の街に視線を移す。その先ではスターライトブレイカーの爆発が未だに市街を覆っている様子が見えていた。

 

「あの爆発が止んでからじゃないと厳しいね。さらに言うとこの結界はミッドチルダ式とは違うから、転移魔法を起動させるにも時間がかかるよ。」

「了解した。」

 

 

ヒイロはそう言うとアルフに二人を押し付ける。アルフが困惑顔で二人を抱えるのを見届けるとウイングゼロの翼を大きく広げ、羽ばたく態勢を取った。

ナハトヴァールの攻撃を接近するヒイロに集中させ、アルフが転移魔法を発動させるまでの時間を稼ぐためだ。

 

「ヒイロさん!!」

 

しかし、そのタイミングでヒイロは足止めに向かおうとした翼を止めざるを得ない状況が発生してしまう。

的を絞らせないために別方向に向かったはずのなのはとフェイトがこちらに向かってきてしまったのだ。

だが、そもそもとしてどうやって二人はヒイロの後を追ってきたのだろうか?

 

「・・・どうやって追ってきた?」

「えっと、ヒイロさんからの通信を貰った後、空に遠目だったけど、不自然な青白い光が見えたから、もしかしてって思って・・・・。」

 

なのはの口から出た不自然な青白い光というのはウイングゼロのブースターの光のことを指しているのだろう。

なのはとフェイトはそれを追って別々に離れたはずのアルフとヒイロの元へとやってこれた、と言うことだろう。

だが、なのはとフェイトがヒイロの前に姿を現したということはーー

 

「なの・・・は・・・・?」

「それにフェイトちゃんも・・・?」

 

必然的にアリサとすずかにも自身のバリアジャケット姿を見られてしまうことに他ならない。

二人が見たこともない格好、それに宙に浮いている姿を見て、アリサとすずかは驚きを禁じ得ない。

なのはとフェイトも少々気まずそうな表情を浮かべる。それはさながら隠し事が露見してしまった時のような反応と酷く似ていた。

 

「・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

 

しばらく誰も口を開かず、沈黙の時間が続く。なのはとフェイトは友人に隠し事をしていた後ろめたさ。すずかとアリサは開いた口が塞がらないといった様子で状況の理解に時間がかかってしまっているようだ。

 

ヒイロは時間は待ってくれないと思いながらも口を挟むようなことはしなかった。これはあくまで当人たちで解決しなければならないことであり、ヒイロには他人事と決め込む他なかった。

 

そして、ヒイロのその言葉は現実となる。

 

「っ・・・・下だ!!」

 

ゼロシステムの見せる未来がヒイロを突き動かす。たった一言の警告だったが、なのはとフェイト、それにアリサとすずかを抱えたアルフがその場を離れる。

その瞬間、先ほどまでいた場所を下から突き出た火柱が貫いた。思わず下を見つめると地面がひび割れ、そこから溢れ出たマグマが空へと吹き上がるように柱を形成していた。

 

「・・・・本格的に地球の崩壊が始まったか・・・!!」

 

ヒイロは苦い表情を浮かべると海鳴市街の上空に佇んでいるナハトヴァールに視線を向ける。しかし、なのはとフェイトは未だにすずかたちのことが気がかりなのか、表情をうつむかせたままだ。

 

「ーーーーーー行って。」

「え………?」

 

アリサが呟いた。だが、突然のものだったため思わずなのはは表情を固めたまま聞き返した。

 

「早く行きなさいって言ったの。正直言って、まだ自分でも全然呑み込めていない。そりゃそうよ。何にも説明とかもらってないしね。」

「うっ・・・・その、ごめ「だけど。」えっ?」

 

反射的に謝ろうとしたなのはにアリサは言葉を被せ、自身の心の内を語り続ける。

 

「だけど、今地球がとんでもないことになっているってことは分かるわ。それにこれを止めることができるのもなのは達しかいないってのも分かっちゃった。無駄に頭がいいって言うのも考えものね。」

 

アリサは一瞬不機嫌そうな表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込めるとなのはとフェイトを見据える。

 

「だから、アタシの言いたいことはこれだけ。今は、貴方達がやらなきゃならないことをやって。」

「アリサちゃん・・・・。」

「でも、後で絶対全部話すこと!!隠し事なんかしてもどうせろくでもないことになるんだから!!」

 

アリサはなのはとフェイトを人差し指で指しながら笑顔を浮かべる。

その様子につられてふたりも笑みをこぼす。

 

「私もアリサちゃんとほとんど同じかな。二人が何をしていたのかは知りたいけど、そんな悠長なことを言っていられる時間はないみたいだから。」

 

すずかも柔らか笑みを浮かべながらなのはとフェイトを送り出すことを決意する。

 

「すずかちゃん・・・アリサちゃん・・・・。」

「二人とも、ありがとう。それと今まで隠していたことはやっぱり謝らなきゃならないと思う。」

「何言ってるのよ!!」

「私達は!!」

『友達でしょっ!!』

 

泣きそうな表情を浮かべるなのはとフェイトにアリサとすずか(親友達)は笑顔を浮かべながら二人を見送る。

 

「なのは、フェイト、済んだなら行くぞ。アルフは転移魔法で二人を脱出させろ。」

「アリサちゃん、すずかちゃん、いってくるね。」

「必ず、無事に帰ってくるから。」

 

そう言って軽く手を振るなのはとフェイトにアリサとすずかは手を振り返す。

 

『アルフ、二人を結界から脱出させた後、二人の側にいてあげて。』

『・・・・大丈夫かい?』

『うん。二人に何かあると安心して戦えないから。』

『わかった。だけど、無理しちゃダメだからね?』

 

フェイトがアルフに念話でアリサとすずかの警護を頼むと、ヒイロが先導する形でナハトヴァールへと飛翔を始める。

 

程なくして、海鳴市街に戻ったヒイロ達は上空で静かに佇むナハトヴァールを見据える。

ナハトヴァールはヒイロ達という外敵が目の前に現れない限り、ただじっとしていることが多い。さながらいずれ訪れる滅びを受け入れているように思える。だが、ヒイロは少しばかり気がかりがあった。ナハトヴァールがその深紅の瞳から涙を流していたことである。

 

「ねぇ、ヒイロさん。遠目から見ているからはっきりとは分からないんだけど、もしかしてあの子、泣いてる?」

「・・・・そもそもとしてあんな表情を浮かべられて、泣いていないって言うのもどうかと思う・・・。」

 

どうやらなのはもナハトヴァールの涙を見つけたようだ。フェイトも同じようにナハトヴァールの涙を見つけ出したようだ。

 

「・・・・俺も一応は確認している。それがどういう意味を表しているのかは知らんがな。」

「・・・・もしかしたらナハトヴァールさんも本当は暴走を止めたいんじゃないかな?」

 

なのはの言葉にヒイロは呆れるように軽くため息をついた。なのはのこの後の行動をなんとなく予見できてしまったからだ。

 

「・・・・ナハトヴァールに投降でも呼びかけるつもりか?」

「うん。」

 

ヒイロの言葉になのはは大きく頷くことで自分の意志を露わにする。

どうやら決意は固いようだ。なのはの目にはそれほどのものが籠っているのをヒイロは察してしまう。

 

「・・・・勝手にしろ。だが、こちらは既に奴に敵対行動を取っていることを忘れるな。」

 

完全に呆れている口調ながらもヒイロは腕を組むことでなのはの行動への不干渉を表す。

 

「・・・・ありがとう。それとごめんなさい。私のわがままに付き合ってもらって。」

「ふん・・・・。これは俺の所感だが、奴は暴走に関しては諦めている節が見られる。」

「諦めている・・・ですか?」

 

フェイトがそう言うとヒイロは二人と視線を合わそうとはせずに言葉を続ける。

 

「闇の書と成り果てた夜天の書は幾度となく転生を繰り返し、膨大な時間を過ごしてきた。その途中でも暴走した回数も計り知れない。奴は自身の力で破壊されていく世界をまざまざと何度も見せつけられ、どうしようもない無力感に苛まれていき、そして奴は諦めた。」

「それはつまり、あの人は絶望している、ということですか?」

 

フェイトの言葉にヒイロは軽く頷くことでそれが概ね正しいことを伝える。

 

「有り体に言えばそうなるが、そのレベルは常軌を逸脱しているだろう。」

「一筋縄では行かない、ということですね。」

「その上で奴に投降を呼びかけるのはお前の勝手だ。だが、これだけは言っておく。奴と戦う覚悟だけはしておけ。」

 

ヒイロの言葉になのは少しの間、目を閉じ、自身の気持ちを整理する。

確かに自分は既にナハトヴァールに己の得物を向けてしまっている。自分の考えが都合が良すぎるものだっていうのは理解している。

それでもいくら一度は矛を交えているとはいえ、涙を流し、泣いている人を見過ごすことはできない。

 

なのはは目を開くとヒイロより少し前へ躍り出る。

 

「ナハトヴァールさん!!止まってください!!」

 

なのははナハトヴァールに念話を交えずにそのまま語りかける。しかし、ナハトヴァールはこれといった反応を示さず、じっと目を瞑ったままだ。

 

「闇の書の暴走が止まらないとはやてちゃんがいる世界も滅んでしまうんです!!お願いです!!今ならまだ間に合うんです!!」

「・・・・我が主は、この世界が、自分の愛するものを奪った世界が、夢であってほしいと願った・・・・。」

 

なのはの言葉についにナハトヴァールは口を開いた。しかし、その内容に少なからずヒイロは眉を顰める。確かにはやてはヴォルケンリッター達が消滅した時、現実を拒絶するような表情を浮かべていた。しかし、それはヒイロが目の前に現れたことにより、正気に戻っていたはずだ。

つまり、ナハトヴァールの言う世界が夢であってほしいというのははやてが一時的に露わにした感情に過ぎない。

 

「守護騎士達の感情は私と精神的にリンクしている。故に我は親愛なる主の願い、ただそれを叶えるのみ。主には穏やかな夢の内で、永遠(とわ)の眠りをーーー」

「・・・・先ほどから貴様は的外れなことばかり口走っているな。やはり所詮はプログラムか。主であるはやての心情すら理解できんとは管制人格の名折れだな。」

「何・・・・?」

「あ・・・あれ?ヒイロさん・・・?」

「気が変わった。俺も奴に少しぐらいは物申しておく。」

 

突然の罵倒にも等しい言葉にナハトヴァールは表情を歪め、なのはが肩透かしを食らっている内に発言者であるヒイロは上空で佇むナハトヴァールをウイングゼロのフェイス越しに睨みつける。

 

「仮に世界を滅ぼしたところではやてが喜ぶとは到底思えん。アイツは優しい奴だ。ほぼ初対面の俺に命を無下にするようなことは止めろと言ってきたほどの奴だったからな。」

「・・・だが、主は現に世界に、現実に絶望をした。ならば道具でしかない我はそれを叶えるだけだ。」

「それはあくまではやての一時的な感情の発露にすぎない。お前はそれを勝手にはやてが絶望したと解釈し、願いとでっち上げ、暴走するための口実にしただけだ。」

「っ・・・・・貴様っ・・・・!!」

「シグナム達ははやてを、自分達の主を救いたいという一心で魔力蒐集を行なっていた。それこそ、自身を悪だと分かっていながらな。」

 

シグナム達の一連の行動はすべて、主であるはやてを思ってのことだった。

記憶が一部削除されてしまっているということもあったが、今までの主とは違い、自分達に優しくしてくれた、おそらくもう二度と現れることはないであろう心優しき主を。故に彼女らは自分達が悪に堕ちようとも最終的にその行き着く先が破滅であったとしても彼女らにとってはたったひとつの一抹の可能性だった。

 

「だが、対して貴様は何をやっている?たかが少し細工を加えられた程度で主導権を別の存在に奪われ、後は訪れる滅亡をただ呆然と何もしないまま見つめてきた貴様が主を思うだと?妄言を抜かすのであれば、まずは貴様が永遠の眠りにでもついていろ。」

「ちょ・・・ちょっとヒイロさん・・・流石に言葉が過ぎるような・・・。」

 

ヒイロの口から矢継ぎ早に出てくるナハトヴァール、というより闇の書の管制人格に対する罵倒の数々にフェイトは苦い表情を浮かべながら止めにかかろうとするがーー

 

「・・・・私は・・・ただの魔道書でしかない・・・!!」

「ならば貴様が流しているその涙はなんだ?お前は自分の感情のどこかでこの暴走を止めたいと感じているんじゃないのか?」

 

歯噛みするナハトヴァールを尻目にヒイロはついに彼女のその頰を先ほどから伝っている涙について詰問をする。

 

「・・・・そうだ・・・。そうじゃなかったら、この現状に対して、涙を流すはずなんてない!!」

「うん!!悲しいから、諦めたくないから涙を流すんだ!!ナハトヴァールさん、もう一度言います!!」

 

フェイトはヒイロの言葉に同調するように先ほどまでヒイロを止めようとしていた口をナハトヴァールへ向ける。

なのはも口調を強いものに変えながらナハトヴァールへ視線を向ける。

 

「ナハトヴァールさん、止まってください!!まだ、はやてちゃんを助けられるはずだから!!」

「・・・もう・・・遅い・・・。闇の書の主の宿命は始まった時が、終わりの時だ・・・・!!」

 

なのはの言葉にナハトヴァールは自身の左腕につけられたパイルバンカーのようなガントレットを向ける。

その先端から闇のような深淵に染まった魔力弾が放たれる。

ヒイロ達はそれが放たれる瞬間にその場から離れる。

 

「っ・・・・この駄々っ子・・・・!!」

「フェイト、お前が思うのももっともだ。だが、戦場では迂闊な行動が死につながる。俺はお前に感情のまま行動しろとは言ったが、自分の感情に呑まれろと教えた覚えはない。」

「ヒ、ヒイロさん・・・。ごめんなさい・・・。」

 

逸るフェイトをヒイロが腕で制止する。フェイトの気持ちの昂りが収まったと判断したヒイロはナハトヴァールに視線を移す。

 

「・・・・気をつけろ。奴の左腕に変化が見られる。これまでとは違う行動パターンを行うかもしれん。」

 

ヒイロの言葉になのはとフェイトは頷きながらレイジングハートとバルディッシュを構え直し、戦闘態勢を取った。

対するナハトヴァールは闇の書を広げると赤紫色に光る槍を生成する。

 

「それがお前自身の答えか。いいだろう。だが、貴様がその答えを選んだのはミスだ・・・!!」

 

ヒイロはビームサーベルを抜き、ナハトヴァールと対峙する。まだ何もかも諦めるには早すぎることを、伝えるためにーー

 

 




・・・あまりヒイロっぽくないかもしんない・・・。



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第23話 夢惑う戦士たち

ようやく個人的に一番書いてみたいと思っていたシーンまで漕ぎ着けそうです・・・・。


「紫電よ!!疾れ!!!」

 

ナハトヴァールが腕を振り下ろすとその動きに呼応するように赤紫色に光る槍がヒイロ達に雨霰のごとく降り注ぐ。

あっという間にヒイロ達の周囲を爆煙が包み込むが、ヒイロは超人的な反応速度、フェイトは持ち前のスピードでそれぞれ槍の雨から抜け出した。

しかし、それはヒイロとフェイトのように速さで勝負するタイプだからできることであった。スピードで二人に劣るなのははその雨から抜け出すことが出来ずに魔法陣を展開することで防御する。

 

なのはの視界が爆煙に包まれ、視界不良に陥っている中、ナハトヴァールが左腕のパイルバンカーのように形が変化した籠手を構えた。

次の瞬間、爆発的な加速を持ってなのはが取り残されている爆煙の中へと突撃を開始する。

 

「・・・・!!」

 

ヒイロが歯噛みしている間にナハトヴァールは左腕を後ろに引き、力を込める。

狙いはもちろん、爆煙に一人取り残されたなのはだ。

 

「っ……くっ!!」

 

爆煙による視界不良の中、ナハトヴァールの影を視認したなのはは咄嗟に防御用の魔法陣を展開する。なのはの防御力はフェイトの実力を持ってしても破ることは難しい。まさに要塞のような硬い防御を有していた。

 

「はぁぁぁっ!!」

「ーーーっああっ!?」

 

しかし、ナハトヴァールはそのなのはの魔法陣を紙切れのように打ち砕く。それだけでも眼を見張るものだったが、ナハトヴァールはパイルバンカーの先端から闇に染まった光線を撃ちだした。密接した状態からの闇の光線はなのはの体を貫き、衝撃とともになのはは吹っ飛ばされ、その身を道路に打ち付ける。

 

「なのはっ!!」

「フェイト、待てっ!!」

 

親友の危機にフェイトはバルディッシュをサイズフォームへと変形させ、ナハトヴァールへと肉薄する。ヒイロの静止の声は届かずフェイトはその道すがらカートリッジを装填し、鎌状の金色の刃を発生させながらナハトヴァールにバルディッシュを振り下ろす。

 

ナハトヴァールは自身に振り下ろされるバルディッシュの刃に向けて手をかざし、魔法陣で刃を押しとどめる。

フェイトは防御されたにも関わらずそのまま押し切るようなことはせずに一度距離を取り魔法陣に防がれない別角度から攻撃を仕掛ける。

ナハトヴァールもフェイトのスピードに順応し、またそれを防ぐ。

何回か同じようなやりとりが続いていく。いつしか二人の軌道は複雑に絡み合うものとなっていった。

そうなってしまった以上ヒイロでもフェイトのカバーに入ることは難しい。

接近戦のカバーに入るにはする側、される側の両者にある程度の信頼関係が築かれていなければ難しい。

さらに言えば今のフェイトは親友の危機にやや思考回路が狭まっている。

そんな状態の彼女にヒイロが援護に向かってもあらぬ危険を引き起こしてしまう可能性も否定はできない。最悪、二人同時にかたをつけられてしまうことだってある。

 

「ちっ・・・・。」

 

援護は難しい。そう判断したヒイロはナハトヴァールの攻撃で吹き飛ばされたなのはの安否を確認する方向に思考の舵を切った。

幸い、さほど離れていない位置になのはが横たわっていた。

それを確認したヒイロはすぐさまなのはのバックアップに向かい、彼女の側へ駆け寄る。

 

「無事か?」

 

ヒイロがそう確認すると痛みからかうめき声をあげながらだったが、なのははしっかりと頷いた。

 

「意識がはっきりしているならそのまま耳を傾けていろ。ナハトヴァールの防御力はヴォルケンリッターのものとは段違いに硬い。奴の防御を抜くのは至難の業だろう。」

 

ヒイロは軽く視線をナハトヴァールへ向ける。フェイトとのドッグファイトは苛烈さを増しており、海鳴市の空で何遍もぶつかり合い、その度に魔力と魔力のぶつかり合いからなるスパークが生まれ、空を彩っていた。

 

「突破するには文字通りに奴に防御を貫くほどの火力をぶつけるのが常套手段だ。俺がやってもいいが、ゼロに非殺傷設定が存在しない以上、はやてが死にかねん。」

 

ヒイロはウイングゼロのバインダーに収納されてある二丁の大型銃、『ツインバスターライフル』の使用を考えていた。

ヒイロがかつていたアフターコロニーの宇宙に存在していた居住用コロニー。それをたった一度の照射で破壊せしめるほどの火力を持つ代物であったがそれの使用はできずにいた。

 

第1にはやて自身への被害の度合いが未知数であったことだった。はやてが光の柱に包まれていく様子を目の前で見ていたヒイロは彼女がナハトヴァールへと変貌していく様子を垣間見ることができた。

光の柱に包まれたはやては徐々にその体を膨張、というより成長させていったのだ。そしてある程度体が成長したところを見計らい、はやての整った茶髪は銀髪へと変貌していくなどの変身をはさみ、ナハトヴァールへと姿を変えた。

つまるところ、ナハトヴァールの肉体ははやてを媒介にしている可能性が高いのだ。そんなところにコロニーを破壊せしめる火力を撃ち込んでしまえば、闇の書の暴走は止められてもはやての死は避けられなくなるだろう。

 

「魔力攻撃で火力が高いのはお前しかいない。俺とフェイトで奴の気を逸らしておく。その間に立てるようになれば戦闘には復帰せず砲撃の機会を伺っていろ。」

 

ヒイロはそういうとなのはに背を向けながらビームサーベルを抜き放つ。

 

「最後にこれだけ言っておく。俺とフェイトに何が起こっても動揺はするな。」

 

ヒイロは翼を羽ばたかさせ、ナハトヴァールへと接近する。

なのはは苦しげな表情を浮かべ、荒い息を零しながらもなんとか立ち上がるとレイジングハートを支えにしながら静かに砲撃の機会を伺う。

 

「やぁぁぁぁぁっ!!」

「はぁっ!!」

 

フェイトのバルディッシュとナハトヴァールの左腕のパイルバンカーがぶつかり合う。スパークが生じながらもフェイトはバルディッシュでいなしながらナハトヴァールを加速のまま斬り抜けようとし、力を込める。

 

「っ!?」

 

しかし、フェイトがいくら力を込めてもバルディッシュは硬く固定されたように微塵も動かなかった。

不具合か何かが生じたのだろうか?フェイトはすぐさま原因を洗い出す。

目に留まったのはバルディッシュの刃を受け止めている左腕のパイルバンカーであった。

さながら生き物の口のような意匠が施されたナハトヴァールのパイルバンカーはその口をバルディッシュの刃に突き刺し、フェイトが逃げられないようにしていた。

フェイトがそれに気づいた時には遅く、ナハトヴァールが力任せに左腕を振り回し、それに持っていかれるように空中に放り出される。

体勢を整えようにも既にナハトヴァールがフェイトに向けて光弾を撃ちだしていた。魔法陣を展開したり、避ける余裕もないフェイトはバルディッシュの棒の部分を突き出した。

光弾がフェイトに一直線に向かって進んでいく。その光弾がフェイトに直撃する直前、一陣の風がフェイトの前を駆け抜ける。

その風はナハトヴァールが放った光弾を真っ二つに斬り裂いた。純白の白い翼を伴った風の正体はウイングゼロを身にまとったヒイロに他ならなかった。光弾を真っ二つに斬り裂いたのは手にビームサーベルが握られているため、それを振るったのだろう。

 

「ヒイロさん!!」

 

フェイトが感謝を伝えるように表情を明るいものに変えながら旋回し、方向転換を行なっているヒイロを見つめる。

 

「お前は突出しすぎだ。 わざわざ数の利を捨てて戦うのはただの馬鹿がやることだ。」

「あの…なのはは!?」

「アイツには砲撃に専念するように伝えた。」

 

フェイトの側に近づいたところでスピードを落としたヒイロは彼女の隣で相対するナハトヴァールを見据える。

 

「現状、なのはの砲撃魔法が奴に刺さる可能性のある唯一の攻撃だ。俺とお前で奴に近接戦闘を仕掛け、なのはが砲撃を撃てるだけの隙を作り出す。いいな?」

「はい。わかりました。」

 

ヒイロが先頭、その背後から追うようにフェイトが続いていく。ナハトヴァールがヒイロの間合いに入ると手にしていたビームサーベルを上段から振り下ろす。スピードがヒイロより劣るナハトヴァールは変わらず袈裟斬りの軌道を描いていたビームサーベルを展開した魔法陣で防ぐ。

ヒイロが使える武装がビームサーベルかマシンキャノンしかないのもあるが、対処法が変わらないことに関してヒイロは少しばかり疑問を浮かべる。

 

(・・・・まさかとは思うが、コイツ。無意識に主であるはやてを護ろうしているのか?)

 

ウイングゼロの武装を無意識に非殺傷設定が施されていないことを察しているのか、フェイトの攻撃はある程度受け止めてもヒイロの攻撃はほとんど魔法陣で防御している。

 

「・・・・主を守る気概があるのであれば暴走を止めようとは思わないのか?」

「もはや暴走は止められん!!ならばせめて管制人格としての自意識がある内に主に永遠に醒めぬ夢の中でいてもらうだけだ!!」

 

ナハトヴァールはその瞳から涙を流しながらなおもヒイロに魔法陣越しながらも敵意を露わにした鋭い視線を向ける。

 

「・・・・貴様の考えは破綻している。どれほどの改造を受けたかは知らんが同情する気もないし、聞く気もない。」

 

ヒイロはウイングゼロのフェイス越しにナハトヴァールに向けて鋭い視線で睨み返す。ビームサーベルを持つ手とブースターの出力を上げ、ナハトヴァールが展開する魔法陣にその刀身をめり込ませる。

 

「狂った奴を俺は殺す。それがお前とはやてにしてやれる唯一のことだ。」

「っ・・・・!!烈火の将からの記憶でわかってはいたが・・・なんという腕力だ・・・!!」

 

ヒイロは力任せにナハトヴァールの魔法陣を破壊しにかかる。

もっとも勢いあまってナハトヴァール本体に攻撃が入らないように細心の注意を払いながらだ。

故にナハトヴァール自身に攻撃を仕掛けるのはーーー

 

「ハァァァァっ!!!」

 

ナハトヴァールの背後にフェイトがブリッツアクションによる高速移動で現れる。既にバルディッシュからは新たなカートリッジが装填されたのか眩い金色の雷光を纏った鎌状の刃がナハトヴァールへと振り下ろされる。

 

「っ・・・やらせはしないっ!!」

 

ナハトヴァールはバルディッシュの刃が自身に届く前に自身の周囲に何かを展開した。それを視認したヒイロは苦い表情を浮かべる。それは一度見たことのある血のように赤黒い短剣に桜色に輝く光弾であった。

 

(ちっ・・・さっきの血にまみれたような色合いの短剣になのはのアクセルシューターか・・・。二つの異なる魔法の同時併用・・・器用な奴だ。)

 

ヒイロは内心で舌打ちをすると、ナハトヴァールの展開していた防御用の魔法陣を踏み台にしながらブースターを蒸し加速、一気に距離をとった。

フェイトもナハトヴァールのカウンターに気がついたのかバルディッシュを振り下ろしかけた腕を済んでのところで停止させる。その瞬間、ナハトヴァールから『ブラッディダガー』となのはの魔法である『アクセルシューター』がヒイロとフェイトの二人に向かって稼働する。

ヒイロはその迫り来る両方をマシンキャノンで破壊するが、フェイトは避けることは叶わずに爆煙がフェイトの全身を包み込む。

 

程なくして素早く爆煙から離脱するフェイトだったが、そこに左腕のパイルバンカーを構えたナハトヴァールが急接近する。

 

(左腕の打突武器による攻撃ーー当たれば無事では済まないけどーー!!)

『SONIC FORM』

 

フェイトはバルディッシュを構えながら先ほどまで風にはためかせていたマントを消失させ、より速さを追求した『ソニックフォーム』へとバリアジャケットを変化させる。

速さを求めたことにより、防御力は据え置きだが、速度は通常フォームより上昇している。

 

(これでナハトヴァールの攻撃に合わせてーー)

「フェイト!!待てっ!!」

 

自身に迫り来るパイルバンカーの針を紙一重で避けたフェイトはバルディッシュをナハトヴァールへ振るおうとする。

しかし、それを静止する声が同時に響く。それは他でもないヒイロであった。

ヒイロの目はナハトヴァールのこれまでとは違う対応をしっかりと捉えていた。

それはナハトヴァールが手にしていた闇の書がそのページを開いていたことだ。

 

だが、ヒイロの静止の声は一歩遅かった。

 

バルディッシュの刃がナハトヴァールに届かんとしたタイミングでページを開いた闇の書が割り込み、魔法陣を展開しながら防御した。

その瞬間、フェイトの身に異変が起こった。

 

「あ、あれ・・・・?」

 

フェイトは突然脱力したように空中でふらついた。その直後、フェイトの身体が薄く光に包まれると足元から徐々に光の粉となって消え始めた。

 

「何っ・・・・!?」

『フェイトちゃんっ!!!?』

 

フェイトの異常をどこかで見ていたのだろうか、なのはの悲痛な声が念話として響く。

ヒイロも突然の状況に対応が遅れてしまい、フェイトはそのままその身を光の粉にして消えていった。

 

(どういうことだ・・・?フェイトが突然消滅した・・・?)

 

ヒイロはフェイトが消滅した事実に驚愕しながらも原因を探る。魔法による何かなのは確かだ。事実として三角形の形をした魔法陣が展開されていた。

その魔法陣は何者かが接触することで発動する、一種のトラップだったのだろう。

ナハトヴァールは最初からそれを狙ってフェイトに接近戦を挑んだのだろう。

 

(何か仕掛けがあるはずだ。ゼロ、フェイトの行方を追えるか?)

 

ヒイロは僅かな可能性にかけてゼロシステムから送られる情報を確認する。

フェイトが消滅した時に生まれた光の粉はよく見てみると闇の書本体に吸い込まれているように見えた。

仮に光の粉がフェイトだとすればーーー

 

(・・・フェイトは闇の書の中に囚われたのか?待て、中に囚われたということはーー)

 

人間が本に囚われるなど耳を疑うようなものだが、魔法とは元々そういうものだ。人に人智を超えたような働きをすることだって可能性としてはないわけではないだろう。

だが、ヒイロはふとある考えが頭の中をよぎった。

 

(・・・・分の悪い賭けだが、やってみる価値はあるか。)

 

ヒイロはそう結論づけるとなのはに向けて通信を送る。

 

『なのは、聞こえるか?』

『ヒイロさん!!フェイトちゃんが……!!』

『わかっている。だが、推測でしかないがアレのタネは割れた。フェイトは闇の書本体に囚われている。今から救出に向かう。』

『そ、それってつまり闇の書の中に入り込むってことですよねっ!?だ、大丈夫なんですかっ!?』

『可能性は低いが、運が良ければそのまま闇の書の停止まで漕ぎ着けられるかもしれん。』

 

ヒイロの言葉の信憑性はゼロに等しい。無理もないだろう。確信もない言葉である以上、説得としての体面はほとんど存在はしないだろう。

だが、それでもーー

 

『ーーーわかりました。でも、絶対に戻ってきてください!!』

『無論だ。もはや時間は残されていない以上、虎穴に入らねば虎子を得られることはないだろう。』

 

ヒイロはなのはにそう伝えるとナハトヴァールへビームサーベルを構えながら突撃する。

対するナハトヴァールは闇に染まった太刀を出現させる。それはシグナムが持っていたデバイス、『レヴァンティン』に他ならなかった。

 

(・・・シグナムのデバイス・・・。使えないわけではないだろうとは思っていたがーー)

 

なんら問題はない。ヒイロはスピードを落とすことなくナハトヴァールに向けてその翼を羽ばたかせる。

 

「はぁっ!!」

 

ヒイロがビームサーベルをナハトヴァールへ向けて振り払う。左下段から迫り来る光の刃をナハトヴァールはシグナムのレヴァンティンで防ぐ。

ヒイロはウイングゼロの翼の根元からもう一振りのビームサーベルをラックから取り出すとそれを振り下ろした。

しかし、それは先ほどの攻撃とは違う点があった。その攻撃の狙いはナハトヴァールではなく闇の書の本体である、ということであった。

 

「っ!!貴様っ!!」

 

それを理解したナハトヴァールは闇の書の前面に()()()()()()()()()()()()()()()()()()を展開する。

それはつまりーー

 

「っ・・・・!!」

 

ヒイロの身体がフェイトと同じように薄く光を放つ。そして、ヒイロの身体が光となって崩れ始める。

 

「・・・・闇の書本体を狙ったつもりだろうが、あいにくそうはいかん。お前も夢の世界で眠ってもらう。」

「・・・・なるほど、夢の世界か。フェイトはそこに囚われているんだな?」

 

身体が光となり崩れ始めている中、ヒイロはナハトヴァールに不敵な笑みを浮かべる。既にヒイロの身体は半分以上が消失していた。感覚も徐々におぼろげになっている。しかし、ヒイロはそれでもナハトヴァールに向けて軽く口角を上げる。

さながらこの状況を待っていたかのようにーーー

 

「ま、まさか、貴様、始めからこれを狙って・・・!!」

「そうだ、と言えばお前はどうする?」

「っ!!」

 

ヒイロの目論見に気づいたナハトヴァールは咄嗟にヒイロにレヴァンティンを振るう。しかし、ヒイロが闇の書本体に完全に取り込まれるのが若干早く、ナハトヴァールの振るったレヴァンティンは目標を見失い、空を切る羽目となった。

 

「くっ・・・!!おのれ・・・!!」

 

ナハトヴァールは出し抜かれた悔しさからか表情を苦悶のそれに変えながら拳を握りしめる。

その様子を遠目からなのはが眺めていた。

 

(ヒイロさん、フェイトちゃんをお願いします。)

 

闇の書の内部に潜入したヒイロの安全を願いながらなのははレイジングハートをナハトヴァールへ向けて構える。

 

(私は、私に出来ることをやります!!)

 

 

 

 

「こ・・・ここは・・・?」

 

 

朧げな意識を無理やり叩き起こし、周囲の確認をする。先ほどまで暗い海鳴市の空だったはずの場所はいつのまにか空気の澄んだ広い空間へと変貌していた。

その空間はよく見てみると部屋のようであった。だが部屋としてはかなり巨大でさながら宮殿に設けられた一室であると錯覚してしまうものであった。

 

「私は・・・さっきまで・・・。ナハトヴァールと戦っていて、それでーー」

「う、ううん・・・?あれ・・・フェイトォ・・・?」

 

先ほどまでの自分の行動を思い出そうとしている中、フェイトは自身のそばから聞こえた声に思考を中断される。

ふとその方向を見てみると自身が寝ていたと思われるベッドの上に不自然な膨らみがあった。その膨らみがモゾモゾと動き始め、羽織っていたシーツがはだけるとその正体が明らかになる。

眠たげに目をこすりながら現れたのはフェイトと同じような金髪に、これまたフェイトと同じような赤い瞳を有している人物だった。

唯一違うと言えば、その人物がフェイトより身長が小さいことであろうか。

本当にそれくらいしか差異が見当たらないフェイトの現し身と言っても過言ではない人物であった。

だが、それはむしろ当然だ。逆にフェイトはその少女の現し身として生み出された、クローンであったからだ。

そのフェイトの元になった少女の名前はアリシア・テスタロッサ。なのはとフェイトが出会うきっかけとなった『P.T事件』を引き起こした犯罪者、プレシア・テスタロッサの死んだはずの実の娘であったからだ。

 

「アリ・・・シア・・・・?」

「うん?どうかした?フェイト。」

 

死んだはずの人間が目の前にいる。その受け入れがたい事実にフェイトはポツリとアリシアの名前をこぼすことしかできなかった。

対してアリシアはフェイトのまるでありえないものを見るかのような反応に不思議そうに首を傾げる。

 

「ここは・・・一体・・・・?」

 

フェイトが思わずそう尋ねるとアリシアは軽く口元に手を当てながら笑い始めた。

 

「もう、フェイトったら何を言ってるの?ここはコロニーの私達の家だよ。」

「い、家・・・?私、たちの?いや、それよりもコロニー?」

 

フェイトはどこかで聞いたことのある言葉に訝しげな表情を浮かべる。

それに気づいたアリシアはフェイトに説明をする。

 

「うん。コロニーだよ。人が宇宙に住むために作った箱みたいなものだよ。もうー、フェイトったらそんなことまで忘れちゃったの?」

 

若干呆れたような口調でフェイトに語りかけるアリシア。少なくともフェイトの記憶の中にコロニーと呼ばれる場所で過ごした覚えはない。だが、コロニーがなんらかの場所を示していることは理解することができた。

 

「も、もう少しここのコロニーについて教えてもらっていいかな?」

 

フェイトはたどたどしい口調ながらアリシアからコロニーについての情報を聞き出そうとする。アリシアはフェイトの様子に疑問を抱きながらも説明を続ける。

 

「えっと、このコロニーはまだ出来てから7年くらいしか経っていない新しいコロニーなんだよ。確か名前はーーL3 X18999コロニーだったっけ?」

 

 





闇の書が生み出した夢の中に囚われてしまったフェイト。彼女を救出ためにわざと闇の書の中へと潜入したヒイロだったが、その中で予想だにしない人物と出会ってしまう。
ヒイロはその人物と何を語り、思うのか。そして、フェイトの元へ駆けつけることはできるのか。

次回、魔法少女リリカルなのは 『過ぎ去りし流星』

任務・・・了解・・・・!!!


というW風次回予告を書いてみた。


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第24話 過ぎ去りし流星

ちょっと今回一人称視点と三人称視点が入り混じっているので読みづらいと思います。

先に謝罪させてください・・・・。申し訳ないですm(._.)m


これは、私が望んだ夢だ。

 

「プレシア、大変です。明日は嵐になりそうです。今回はフェイトがお寝坊さんです。」

 

アリシアがいる。リニスがいる。アルフもいる。

 

「そうなの?」

 

そしてなにより、母さん(プレシア・テスタロッサ)がいる。意外そうな表情を浮かべながら母さんから伸ばされた手を私は恐怖心を抱いて思わず後ずさりをしてしまう。

本当は母さんの手に何も握られていないのは分かっている。だけど、母さんから受けた仕打ち(記憶)がどうしようもなくその手に鞭が握られているように幻視してしまう。

 

「・・・・何か怖い夢でも見たのかしら?大丈夫よ、フェイト。」

 

母さんが怯えている私に優しそうな声で語りかける。そこにかつて感じていた狂気は微塵も感じなかった。むしろ慈愛。アリシアのクローンである私にしっかりとした親の愛ーー現実では得られなかったものがそこにあった。

 

 

「っ・・・・ああっ・・・あ゛あ゛っ・・・・!!!」

 

 

現実では得難いものだった光景に思わず私は涙を浮かべながら顔を手のひらで覆った。

私が突然泣き出したにも関わらず、アリシアやリニス、それに母さんが私を心配そうに見つめてくれる。

 

 

これは夢だ。それは分かっている。だけど、だけどーー

 

これは私が心底から望んでいたことなんだーーーー

 

ずっと、望んでいた。私なんかが得られるはずのない家族の愛情ーーー

 

 

 

 

 

 

「ここは・・・・?」

 

闇の書にわざと取り込まれたヒイロが次に目が覚めた場所はまだ建築中と見られる建物が多く乱立する都市の中であった。しかし、そこに人が住んでいるような雰囲気は微塵も感じられなかった。

 

ヒイロは辺りを見回し、自分の記憶と現在いる場所の風景を照らし合わせておおよその場所の特定を図る。

 

「・・・・X18999コロニーか。しかもコロニー内部の建設状況から見て、AC196年、マリーメイアの反乱があったころか。」

 

ヒイロは確信を得るために自身の上空を見上げる。その先にあったのは、青く広がる空ーーではなく同じように建設途中のビルが見える地上であった。

上を見上げても人の住んでいるような風景が見えるのはコロニー住民にとっては当たり前のことだ。

 

(夢、というより俺の記憶の中にあった風景を投影しているような空間か・・・?)

 

上空の様子を見ていたヒイロはふと、ある建物が目に入る。

木々が生い茂り、さながら森林のような状態になっている広大な敷地にポツンとそれなりに巨大な建造物が存在しているのを確認する。

 

「・・・あのような建造物、X18999にあった覚えはないが・・・・。」

 

ヒイロは訝しげな表情を浮かべながらその森林の中に佇む宮殿のような建物に視線を集中させる。

少しばかり考えに耽るが、これといった確信を得ることはなく、ヒイロは現地に赴いた方が早いと判断し、その宮殿に足を運ぼうとする。

 

「お兄さん。」

「っ!?」

 

そのヒイロの足を止めようとする者がいた。その声を聞いたヒイロは彼らしくなく心底驚いた表情を浮かべながら、勢いよく自身の背後にいるであろう人物へ振り返る。

 

「何故お前がここにいる・・・!?」

 

そこにいたのはヒイロにとって忘れられないーーいや忘れることなど絶対に許されない少女がそこにいた。白いワンピースにツバの大きい白いキャペリンを被り、可愛らしい白い子犬を抱きかかえながら黄色いスイートピーのような花を握っている。

それはかつてヒイロが自身のミスで殺めてしまった少女と子犬に他ならなかった。

 

「えっと・・・お兄さんに会ってみたかった、からじゃダメ、かな?」

「・・・・俺は、お前達を殺したんだぞ・・・!?」

 

殺した相手なのに、会ってみたかったから会う。そんな少女の言動にヒイロは明らかに動揺している口調で少女の言葉に返す。

 

「うん。それは分かっているよ。本当にあの時は熱かったし、痛かった。」

「っ・・・!!!恨んでないのか・・・・?」

 

少女のその言葉にヒイロは居たたまれなさから苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながら顔を逸らした。その反応に対して少女は笑顔をうかべながら笑いかける。

 

「お兄さんはあの後、この子を弔ってくれたでしょ?」

 

そう言って少女は抱きかかえている子犬をヒイロに見せるように前へ差し出した。そのタイミングで先ほどまで少女の腕の中で眠るように動かなかった子犬は突然暴れ出した。

 

「あっ!?ちょ、ちょっと!?」

 

少女の腕から脱出した子犬は一目散にヒイロへと向かって駆け出してくる。

ヒイロは噛みつかれると予想し、腕で防御の構えをとった。

しかし、その子犬はヒイロの足元まで駆け寄るとその足に自身の身体を擦り付け、戯れ始める。さながら懐いているようだった。

その子犬の様子にヒイロは少しばかり呆けた表情を浮かべる。

 

「噛み付いたりはしないよ。その子はお兄さんが優しい人だっていうのは分かっているから。」

「・・・何故、俺がこの子犬を埋めたことを知っている?」

「それは、闇の書のおかげなの。」

「闇の書だと・・・!?」

 

ヒイロの驚きの声に少女は頷きながら話を続ける。

 

「闇の書はこの空間を作る時に取り込んだ人の記憶を元にするの。それは場所とか人は関係ない。」

「・・・元が俺の記憶だから、ついでに知った、ということか?」

「そう・・・なるのかな?あんまり私自身よく分かってないけど・・・。でも、お兄さんが私とこの子を殺しちゃった後、すっごく苦しんだのも、知ってる。それこそ、自分の感情を失くしちゃうほどに苦しんだのも。」

 

少女は悲しげな目線をヒイロに向ける。心なしかヒイロの足元にいる子犬も悲しげな鳴き声をあげているようにも感じられた。

 

「お兄さんはあの後もずっと戦い続けた。自分の感情を殺しながら、でも、それでも私やこの子みたいな人達を二度と生まれさせないように、平和を目指して、戦った。」

 

「時折、色んな間違いとかすれ違いとかあったけど、間違えるのは人間だから仕方ないことだよ。」

 

「だから、私はお兄さんを恨んだりしないよ。そんなことをしたところで何かが、例えば過去とか変わるわけじゃないから。」

「・・・・だが、俺はーーー」

 

ヒイロが何か言おうとしたが少女はそれを首を横に振ることで遮った。

 

「お兄さんは本当に優しい人なんだね。」

 

「でも、今はその優しさを他の人に向けて欲しいかな。この世界、お兄さんと一緒にこの夢の世界に囚われている女の子達に。」

 

ヒイロはその少女の言葉がフェイトとはやてのことを指しているのだと察した。

 

「ほら、おいで。これ以上、お兄さんの邪魔をするわけにはいかないから。」

 

少女がそう呼びかけるとヒイロの足元にいた子犬はパタパタと少女の元へと戻っていった。そのタイミングで少女の身体が淡い光を放ち始める。

 

「あ、そろそろ時間みたい。」

 

自分の身体の異常をたったそれだけで切り捨てながら少女はヒイロへと向き直る。

 

「それじゃあ最後に、教えるね。あの宮殿みたいな建物にはお兄さんの思っている通り、夢の世界に囚われた女の子がいる。それと、その子と合流したら、スペースポートのモビルスーツデッキに向かって。もう一人、闇の書の主の元への移動手段があるから。道中大変だと思うけど、お兄さんなら絶対に大丈夫。」

 

 

少女の身体は徐々に光へと消えていく。それでもなお笑顔を浮かべながらヒイロに語りかける。

 

「最後に・・・本当に最後。お兄さん、もう少し、もう少しだけでいいからーー」

 

 

自分を許してあげて。

 

 

それを最後に少女の身体は子犬と共に完全に光となって消えていった。

 

「・・・・悪いが、自分を許すつもりは毛頭ない。」

 

ヒイロは軽く見上げながらポツリと呟く。

 

「だが、善処はしよう。」

 

ヒイロは少女が消えた場所を軽く一瞥すると踵を返し、駆け出した。

夢の中に囚われているフェイトのいるあの宮殿へとーーー

 

 

 

 

 

 

「フェイトー。ここ教えてー。」

「う、うん。えっと、ここはねーーー」

 

 

私は今、アリシアに魔法技術の勉強の手伝いをしている。草木をたなびかせる風がすごく心地よく感じる。コロニーは見ている限り閉鎖的な環境だと思っていたが、空気もしっかりあるし、風だって吹いていた。

私の側で教科書を開きながら質問をしているアリシアは私より背は低いけど、血縁上、私より早く産まれたのだからお姉ちゃんということになる。

 

何気ない姉妹としてのやりとり、すごく、心が満たされていくように感じていた。

だけど、これは夢だ。それはどうしようもない事実だ。だけど、そんな()に溺れていたいと思っている自分が何となく情けなく感じた。

 

「ねぇ・・・アリシア。これは夢、なんだよね?」

 

ふと、そんなことをアリシアに向けて言ってみる。するとアリシアはちょっとだけ表情を暗く落としながら頷いた。

 

「だけど、ここにいても、いいんじゃないかな?私もいるし、リニスもいる。なにより、母さんもいる。」

 

アリシアは笑顔を浮かべながら私の顔を見つめる。だけど、その目はどこか悲しみを纏っているように感じた。

 

「それでいいんじゃないかな?これはフェイトが望んだ夢なんだから。」

 

アリシアはあくまで私を夢の中に引き止めてくる。それもそうだ。これは私が望んだことなんだから、別に居続けてもいてもーーー

 

『フェイトちゃん。』

 

そんな時、頭の中になのはの声が響いた。その瞬間、急に思考がクリアになった。

そうだ、私は帰らなければならない。なのはやみんなのいる現実に。

たしかにここで母さん達と一緒にいるのもいいかもしれない。だけど、母さんもリニスもアリシアも本来はもういないんだ。会ってはいけないんだ。

それにこんなところを見られたらーー

 

(ヒイロさんに顔向けができない。だからーー)

 

意を決した表情でアリシアにここからの脱出の旨を伝えようとした時、不意にアリシアが視線を別の方向へと向けた。

 

「あれ、なんか遠くから音が聞こえる。」

「え・・・・?」

 

アリシアが疑問気な表情を浮かべながら周りに広がっている森の方を見つめる。

つられるようにその方角に視線を向けると僅かに音が聞こえた。それは少しずつ大きくなっていたことからその音の正体がこちらへと迫っていることを察する。

その音はなんとなく聞き覚えのあるものだった。周りに緊急性を伝えるためにわざと耳を塞ぎたくなるような音を響き渡らせる。

 

「これ、救急車のサイレン・・・?」

 

そう呟いた瞬間、森の木々をなぎ倒しながら一台の救急車が現れた。赤色灯を光らせ、サイレンを周囲に響かせながらその救急車は私とアリシアに突っ込んでくる。

思わずアリシアを庇うが、その救急車は私たちの目の前で急に停止した。

何事かと思っているとその救急車の運転席のドアが開かれ、運転手が降りてきた。

 

普通は一言くらい文句を言いたいところだがーーー

 

「・・・やはりここにいたか。」

「な、なんで・・・!?」

 

運転席から降りてきたのはまさかのヒイロさんだった。予想外の人物の登場に私は開いた口が塞がらなかった。

 

「ど・・・どうして、ここにいるんですか?」

「・・・闇の書を内側から停止させるためだ。お前の救出はあくまでついでだ。」

 

そういうとヒイロさんは腕を組みながら、私の隣にいるアリシアに視線を向ける。

 

「そこのソイツは誰だ?フェイトをダウンスケールさせたような容姿をしているが。」

「あ・・・えっと、その・・・・。」

 

アリシアのことを尋ねられて私は視線を右往左往させてしまう。ヒイロさんには私がアリシアのクローンであることは話していない。仮に話したとしたらヒイロさんはどんな顔を浮かべるだろうか?冷ややかな表情を浮かべるだろうか?それとも気持ち悪いと言ったような表情を浮かべるだろうか?

仮に後者のような表情をされたら、絶対凹む。

それはそれとして、どうしよう、まさかヒイロさんが来ているとは思わなかった・・・!!

 

「・・・・いいよ。フェイト。その表情をしてくれただけで、フェイトのいるべき場所は、わかったから。」

「アリシア・・・・?」

 

アリシアの言葉に驚いた顔をしているとアリシアは服のポケットから何かを取り出した。それはこの夢の中に入ってからずっとなかったバルディッシュだった。

 

「いい・・・の?」

「うん。フェイトには家族より大事に思ってそうな人がいるみたいだからね。」

 

アリシアからそう言われた私は一瞬誰のことを指しているのかわからなかったが、状況的に鑑みた結果、ヒイロさんに行き着いてしまった。

 

「えっ!?あ、いや、こ、この人とはそんなのじゃないから!!」

「ええ〜?ほんとに〜?」

 

咄嗟に手を横に振ることでアリシアの指摘が違うことを表すがアリシアには茶化すような表情を浮かべながら疑われてしまう。

 

「ほ、ホントだってばっ!!」

「・・・・じゃ、そういうことにしておくね。」

 

アリシアが妙にいい笑顔でバルディッシュを私に渡すと今度はヒイロさんに視線を向ける。

 

「ヒイロさん、フェイトのこと、よろしくお願いします。」

「・・・なるほどな。了解した。」

 

ヒイロさんはアリシアと少しだけ言葉を交わすと救急車に乗り込んだ。

私は恥ずかしさからわずかに頰を赤く染めながらアリシアに詰め寄った。

 

「あ、アリシア・・・そのーー」

「フェイト。行って。フェイトにはフェイトの居場所があるからね。」

「・・・・ごめん。」

 

アリシアに一言だけ謝罪の言葉を言うと私はヒイロさんの乗る救急車の助手席に座り込んだ。

これで、お別れかーーそう思っていたけど、いつまでたってもヒイロさんは救急車を出そうとはしなかった。

 

「あの、ヒイロさん?出さないんですか?」

「・・・・お前はその別れ方でいいのか?」

「えっ・・・?」

「お前に悔いはないのかと聞いている。」

 

ヒイロさんは私に視線を向けながらそう言ってくる。その目はまるで何もかもお見通しだと言うように確信に満ちていた。

 

「で、でも、これ以上なのはに迷惑をかける訳にはーー」

「いつまでも他人行儀な奴だ。多少遅れただけでなのはは何も言わないだろう。」

「いいん、ですか?」

「・・・・勝手にしろ。感情のままに行動する。少なくとも俺はそう学んだ。」

 

ヒイロさんはそう言って腕を組んで座席のシートにもたれかかった。

私はヒイロさんの言葉に顔をうつむかせる。そしてーー

 

「ありがとう。」

 

それだけ言うと私はもう一度救急車のドアを開け放ち、アリシアの元へと駆け出した。

 

「フェ、フェイトっ!?」

「アリシアっ!!!!」

 

驚きの声を上げるアリシアを他所に、私は彼女の体を抱きしめた。

最初こそ、呆けたような表情を浮かべるアリシアだったが、程なくして彼女の腕が私の肩に回される。

 

「もう・・・甘えん坊だなぁ・・・。」

「本当は、現実でもこうしてあげたかった・・・・!!」

 

涙で上ずる声にアリシアは無言で抱きしめる力を強くする。

それに私は名残惜しさを抱きながらもアリシアの顔を見つめる。

視界が涙で滲んでいたが、アリシアも涙を浮かべていたのははっきりと見えていた。

 

「でも、ごめん。私、行くよ。」

「うん。フェイト。いってらっしゃい!!」

 

フェイトはその言葉を最後にアリシアを抱きしめていた腕を離し、再度救急車へと駆け出した。

アリシアはそのフェイト()の姿を手を振って見送った。

 

 

「確認する。いいんだな?」

「はい。もう、私は迷いません。」

 

フェイトの意志を確認したヒイロは救急車のアクセルを踏み、宮殿を後にする。

サイレンを鳴らしながら走り去っていく救急車をアリシアは見つめていた。

 

「それじゃあ、私は母さんに最後のわがままでも頼みに行こっと。」

 

 

 

 

「ヒイロさん、これからどうするんですか?」

「このコロニーのスペースポートにどうやら脱出用の手段があるらしい。」

「それ、罠とか大丈夫なんですか?」

「その可能性も無論あるだろうな。だが、俺たちにはこれしか手段がない。ざっとこのコロニーを見たが、細部まで忠実に再現されている。」

 

救急車を走らせながらフェイトとヒイロはこの夢の世界からの脱出を考える。

フェイトの警戒ももっともだが、それしか手段がないため、ヒイロはX18999のスペースポートへと救急車を走らせる。

 

「人の気配がしませんね・・・。なんだか、不気味です。」

「ああ、そうだな。気をつけろ。何を仕掛けてくるか予測ができないからな。」

 

ヒイロの警告にフェイトは険しい表情を浮かべながら頷いた。

そして、何事もないまま、スペースポートが見えてくる。

順調に進むと思っていたがーーー

 

「っ・・・フェイト、伏せろっ!!」

「えっ!?」

 

突然のヒイロの声に驚いているフェイトを無理やり屈ませる。その瞬間、強烈な爆音と共に救急車のフロントガラスが粉々に砕け散った。

 

「きゃあああっ!?」

「ちっ、やはり撃ってきたか!!そのままかがんでいろ。突っ込むぞっ!!」

「え、ええっ!?い、一体何が起こっているんですかっ!?」

 

しばらくヒイロの荒い運転に振り回されるフェイトだったが、それは最終的に正面からの衝撃を最後に鳴りを潜める。

おそらく壁か何かにぶつかったのだろう。フェイトは抱えていた頭を上げると周りの確認を行おうとするが、ヒイロに頭を抑えられてしまう。

 

「フェイト、迂闊に顔を出すな。」

「ヒ、ヒイロさん、一体何が・・・!?」

「スペースポートの前で銃を構えた部隊がいた。」

「や、やっぱり罠だったんじゃ・・・!?」

「いや、その可能性は低い。そもそも先ほどまで人の気配一つしなかったにも関わらず、なぜここにだけ人がいる?」

 

ヒイロがそう尋ねるとフェイトは思案に耽る表情を浮かべる。少しの思考の間、フェイトは何か閃いたように、『あっ!!』という声をあげながらヒイロと顔を合わせる。

 

「何か、見られたくないもの、もしくはそれに準ずるものがある・・・!!」

「そういうことだ。フェイトはバリアジャケットを展開しろ。展開したら3カウントで出るぞ。」

「あの、ヒイロさんはウイングゼロを使わないんですか?」

「使うまでもないからな。」

「え、ええ〜・・・・。」

 

さも当然のように言い切ったヒイロにフェイトは思わず引き面の笑みを浮かべる。

 

「3・・・・2・・・・1・・・・行くぞっ!!」

 

ヒイロとフェイトが同時に救急車の扉を開けはなつ。

スペースポートに配備されていた兵士達はヒイロとフェイトに銃口を向ける。

 

「やらせない!!」

 

兵士が引き金を引くより先にフェイトのフォトンランサーが襲いかかる。直撃を受けた兵士は吹っ飛ばされ、気絶する。

兵士達はフェイトの攻撃に混乱する様子を見せる。ヒイロはその間にそのうちの一人に接近し、蹴りをお見舞いする。

 

「ぐわっ!!」

 

ヒイロの蹴りを受けた兵士は一撃で昏倒させられる。ヒイロは倒した兵士から銃を奪うと兵士達に向けて乱射する。

ばら撒かれた銃弾は兵士達に直撃し、無力化する。

 

「あの・・大丈夫ですか?あの人達。」

「知らん。所詮は夢だからな。」

「そうですか・・・ところであの兵士達は一体・・・。」

 

入り口の兵士達を無力化したヒイロ達はスペースポートに侵入する。その通路の道すがらフェイトは先ほど襲撃してきた兵士達のことを聞いてくる。

その兵士達はピンクがかった紫色の制服に同じような色合いをした帽子を被っていた。

その帽子には『M』のアルファベットが大きく施されていた。

 

「あれは俺達がかつて戦った勢力の兵士だ。要はテロリストだ。もっともテロリストにしてはやることなすことはかけ離れていたがな。」

「というと・・・?」

「・・・悪いが話しは後だ。警戒は怠るな。先ほどの兵士と鉢合わせる可能性もあるからな。」

「・・・わかりました。」

 

X18999の内部をほとんど把握しているヒイロの案内で一直線に目的地であるモビルスーツデッキに進んでいく。

途中、襲撃もあるだろうと考えてはいたがーーー

 

「兵士が倒れている・・・?」

 

なぜかその道すがら兵士が倒れていたのだ。その兵士達は完全に無力化されていて動く気配は見当たらなかった。

 

「他に、だれかいるんでしょうか?」

「・・・・先を急ぐぞ。兵士が倒れているのであれば好都合だ。」

「そ、そうですね。」

 

疑問に思うフェイトだったが、ヒイロはそんな彼女を急かし、先へ急がせる。

 

(・・・・まさかな。)

 

ヒイロの頭の中をとある可能性がよぎったが、今は関係のないことだと切り捨てて駆け出した。

 

しばらく無力化された兵士や謎の爆発音をバックミュージックにヒイロとフェイトは何事もなくスペースポート内を突き進んでいく。

同じような通路を何度も通っているような感覚にフェイトはそろそろ参ってきていたが、ある電子扉を潜り抜けると風景は唐突に変貌する。

そこは先ほどの近未来的な通路とは打って変わってフェイトにとってどこか機械的な印象を受ける場所であった。

ヒイロにはそれなりに見慣れた場所であった。そここそがヒイロ達が目的地としていたモビルスーツデッキである。

 

「・・・・なるほど、これが脱出手段か。」

「あの・・・これは?」

 

そこには一機の戦闘機が鎮座していた。否、それは戦闘機のように見えるが本当は違う。

赤・白・青とトリコロールの色合いをした機械的な翼に外蓋に白いラインの入った赤いシールド、そして眼を見張るのはその戦闘機の先端部分を形成している巨大なライフル銃。

それは紛れもなく、かつてヒイロが地球に降下した際に乗っていた機体、『XXXG-01W ウイングガンダム』であった。

 

「ウイングガンダム。俺がアフターコロニーで戦っていた時の機体だ。」

 




うーん、やっぱ自分の思い通りに中々書けない・・・。
これで本当に良かったのだろうかとすっごく悩んでいます。
点数評価としては30点くらいですね・・・。

やっぱり小説書くのって難しい・・・・(´;ω;`)


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第25話 脱出への糸口

子供には優しいヒイロさんシリーズ、始まります。

5/9 ウイングガンダムの変形プロセスに改定を加えました。


「こ、これが・・・ヒイロさんがアフターコロニーで乗っていたガンダム・・・!?お、大きい・・・!!」

「グズグズしている暇はないぞ。兵士達がいつ来るかわからないからな。」

 

初めて見るモビルスーツにフェイトは驚きの表情を隠さないでいた。その間にヒイロはバード形態の状態となっているウイングガンダムの麓まで行くと開いていたコックピットに駆け込んだ。

 

「フェイト。お前もガンダムのコックピットに乗れ。」

「え、あ、はいっ!?」

 

ガンダムのコックピットに入る直前にフェイトの方を見るとヒイロはコックピットに乗るように促した。

突然のヒイロの言葉にフェイトは驚きながらも同じようにウイングガンダムのコックピットに入り込んだ。

 

「そこで待っていろ。」

 

フェイトがシートの後ろに入ったことを確認したヒイロは一度コックピットを閉鎖するとコックピット内部のコンソールを操作する。

 

(推進システム、異常なし。各部マニュピレーターの異常も確認されず、武装もシステム異常は確認されず。システム・・・オールグリーン。いつでも行けるか。)

 

凄まじいタイピング速度でヒイロはウイングガンダムのシステムチェックを済ませていく。一通り確認していき、稼働に問題が見られなかったことを確認したヒイロはウイングガンダムを起動させる。

電源が入った時のパソコンのような駆動音がしばらく響くと今まで暗かった画面に光がともり、外の映像が映し出される。

その外の映像が映し出されると同時に、ディスプレイにとある座標が周辺宙域のデータと共に表示される。

それは X18999からさほど離れていない宇宙空間に赤いポイントとして表されていた。

 

「・・・目標地点はここか。」

「あの・・・これは一体、何を表しているんですか?」

「・・・おそらく、はやてがいる場所だ。」

「はやてって・・・闇の書の主の・・・。」

「ああ。お前と会う前に接触した人物がいる。この脱出手段やはやての居場所のことはその人物から聞いた。」

「そうだったんですか・・・続けざまで申し訳ないんですけど、この座標、明らかにこのコロニーの外にあるんですけど・・・。」

「・・・闇の書、ナハトヴァールにとって俺が夢の世界に自ら入りこんだのは想定外だった。咄嗟に俺の記憶から再現したのがこのX18999コロニーを含めた宙域なのだろうが、いかんせんコロニーは何億という人間が住むことを前提として建造される。必然的に規模も相当なものとなる。おそらく容量的な問題でフェイト、お前のいた空間やはやてのいる空間まで巻き込まざるを得なくなってしまったのだろう。」

「なるほど・・・・。なんだか、魔道書なのに機械みたいですね・・・・。」

(機械、か・・・・・。)

 

ヒイロの説明にフェイトが納得する声をあげたのを最後にコンソールを操作する音を響かせるヒイロの後ろでフェイトは大人しく作業が終わるまで様子を眺めていた。

しばらく二人の間で無言の時間が続く。

 

「各部チェック終了。後はハッチを開くだけか。」

 

ヒイロはウイングガンダムのメインカメラが映し出す映像の正面にある重厚なハッチを見据える。

普通であれば管制室へ侵入し、ハッチを開かせた上で発進するのがセオリーだがーー

 

(ここでの時間の経過が現実世界でどれほどのズレがあるか計り知れない。手荒だが、強行突破するしかないか。)

 

そう結論づけたヒイロは自身の後ろでずっと様子を見ていたフェイトに視線を向ける。

 

「フェイト、前に来い。」

「?・・・・分かりました。」

 

ヒイロの言葉にフェイトは疑問気な表情を浮かべながらシートに座っているヒイロの前に躍り出る。

すると、対面するような形となったフェイトをヒイロは彼女を自身の太ももの上に乗せ、さながら向かい合って抱き合うような態勢を取らせた。

 

「!?!???!?!?」

 

抱き合うような姿勢、ということはヒイロの身体がフェイトを包みこむことに他ならない。ヒイロのまさかの行動にフェイトは目を白黒させ、顔を真っ赤に赤面させた上で口をパクパクと空気を求める魚のような反応を見せる。

 

「ヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒイロさんっ!?こ、これは一体・・・!?」

「ガンダムに限らず、元々モビルスーツは一人乗りだ。二人以上乗るのであればシートの後ろにいるのが手っ取り早いが、それではお前の身に危険が及ぶ。」

 

アワアワと狼狽するフェイトをよそにヒイロはシートの安全ベルトをフェイトごと締めた。

それにより余計に身体が密着する形となり、フェイトは羞恥心のあまり顔を下に俯かせる。

 

「フェイト、バリアジャケットのマントを消せ。邪魔になる。」

(落ち着くのよフェイトこれは安全上仕方のないことなんだから そうこれは安全上仕方のないことなのよだから落ち着きなさいでもどうしよう今すごく変な顔浮かべてるよ・・・///)

 

フェイトからの反応がないことが気になったヒイロは自身の胸元に顔を埋めているフェイトを軽く揺らした。

数瞬しないうちに正気に戻ったフェイトは驚いた表情を浮かべながらヒイロの顔を見上げる。

 

「バリアジャケットのマントを消せるか?視界に入り込んで支障になりかねん。」

「・・・・あ、はい。ワカリマシタ。」

「・・・・・。」

 

若干口調が覚束ないフェイトにヒイロはわずかながらに心配になったが、声には出さないようにした。

フェイトはバルディッシュにバリアジャケットのマントを消させるように指示をし、先ほどからヒイロの視界を遮っていたマントが消失する。

 

「まずはハッチを破壊する。」

 

ヒイロは左右の操縦桿を握りしめるとそのレバーについてあるボタンを指で押す。

するとバード形態のウイングガンダムの先端部分を形成しているバスターライフルから山吹色の閃光が撃ちだされ、眼前のハッチを消滅させる。

 

「フェイト。」

「・・・・はい?」

「しっかり掴まっていろ。」

 

ヒイロの真剣な表情で言われた言葉にフェイトはヒイロの首周りに腕を回し、絶対に離れないように力を込める。

 

「・・・・発進する。」

 

そう言いながらヒイロはコックピットの操縦桿を勢いよく前に押し出す。その瞬間、ウイングガンダムのブースターから強烈な青い光が灯り、爆発的な加速を生み出しながら前へと急発進する。

 

「うっ・・・・あぁ・・・・!!」

(な、なんて加速力・・・・!!!か、身体が、押し潰されそう・・・意識が・・・保たない・・・!!)

 

ウイングガンダムの爆発的な加速度から生まれるGにフェイトは座席、というよりヒイロの身体に押し付けられてしまう。

歯と目を食い縛りながら意識だけはなんとか保たせようとフェイトはヒイロにしがみつく。

途中、ヒイロが姿勢安定のためにウイングガンダムの軌道を多少動かしたりしていたが、フェイトにはそれどころではなかった。

程なくして先ほどまでフェイトを押しつぶしていたGはなくなり、身体が浮くような感覚を覚える。

おそらくコロニーの外の宇宙空間に出たために自分の身体が無重力状態になっているのだろうと感じた。

フェイトは外の様子を確認するために目を開いたーー

 

「あ……あれ………?」

 

だが、目を開けたはずのフェイトの視界は一寸先の光さえ受け付けない真っ暗な闇であった。

フェイトは突然のことに真っ暗な闇の中で周囲を見渡した。

しかし、いくら視界を動かしても闇が晴れることはなく、広がっているのは無限の闇であった。

急に視界が真っ暗に染め上げられたという状況にフェイトは不安な感情を抱く。

 

自分だけ何か良からぬものに囚われてしまったのではないのかーー?

先ほどまでそばにいたはずのヒイロはどこへいったーー?

 

目の前に広がる闇にこのまま自分だけ残されてしまうのかーー?

微かに声が聞こえた気もするが、それは恐怖心に苛まれた彼女には届かない。

 

 

「や、やだ・・・!!ヒイロさん・・・!!なのはぁ・・・!!誰か、助けて……!!」

「フェイト。一旦落ち着け。」

 

暗闇の中を彷徨うように覚束ない手つきで辺りを探し、今にも消え入りそうな声を出しているフェイトにヒイロが声をかける。

フェイトの視界は変わらず真っ暗だが、ヒイロの声がとりあえず目の前からするという事実は彼女に一抹の安心感を覚えさせる。

 

「今のお前はブラックアウト状態に陥っている。」

「ブラック・・・アウト・・・?」

「急激なGによる重力負荷で下半身に血液が集中し、一時的な貧血状態になることだ。少し慣れれば視界は元に戻る。」

 

そう言ってパニック状態になっていたフェイトを安心させるためにヒイロはほんの少しだけ彼女の頭に掌を乗せる。

 

「ん・・・・。」

 

ヒイロの手つきを感じ取ったフェイトはヒイロに回していた腕の力をさらに強める。さながら孤独さから来る寂しさを紛らわすために居場所を求めているかのようにーー

 

ヒイロはウイングガンダムのスピードを落とし、宇宙を漂うかのように動かしながら、フェイトの視界が戻ってくるまで待つことにした。

 

 

「あの・・・・すみませんでした。情けないところを見せてしまって・・・・。」

「・・・・・気にするな。」

 

結論から言うとフェイトの視界は程なくして戻ってきた。ヒイロにとっては大したことはなかったのだが、フェイトにとっては何か思うものがあったらしく、恥ずかしそうにヒイロの胸元に埋りながら顔を合わせようとはしなかった。

 

(・・・・そもそも落ち着いて考えてみれば、私とヒイロさんは今は密着状態なわけだから普通気付くはずなのに・・・・。その事実が余計に恥ずかしい・・・・。)

 

フェイトが羞恥心に悶え、二人の間で気まずい雰囲気が広がっていく。

そんな最中、ウイングガンダムのレーダーがけたたましく何かがヒイロ達に接近していることを知らせる。

 

「これは・・・警報・・・?」

 

フェイトがまだ暗闇から解放されたばかりで僅かに怯えている様子を見せているうちにヒイロはウイングガンダムが捉えた熱源を確認する。

 

「背後から熱源接近・・・コロニーからの追っ手か。熱紋照合を開始する。」

 

ヒイロが後方からの映像を映し出すと黒い宇宙の背景に同化してわかりづらかったが、黒い飛行機のような風貌をしたモビルスーツが映し出されていた。

 

「あれは・・・・トーラスか。」

 

ヒイロがトーラスと呼んだモビルスーツは然程スピードを出していなかったウイングガンダムを追い抜くと前方で人型へと変形を始め、手にしていた身の丈近くもある巨大なビーム砲、トーラスカノンを構えながらヒイロ達の前に立ちはだかる。

その数、およそ7機。

 

「へ、変形した・・・!?」

 

フェイトがトーラスが人型に変形したことに驚いていると、ウイングガンダムのレーダーがさらなる敵機が迫っていることを告げる。

 

「敵の増援か・・・・・。」

 

ヒイロはそれを確認するともう一度後方からの画像を表示させる。そこには濃い紫色の装甲に丸いシールドを携え、手持ちのマシンガンを持ちながらウイングガンダムへと迫っている様子が映し出されていた。数はざっと見積もっても前で立ちはだかっているトーラスより多かった。

 

「宇宙戦用のリーオーか。ビルゴがいないだけまだマシだと考えるべきか。」

「そ、それよりもヒイロさん!!このままじゃ挟み打ちですよっ!?私のせいでこうなってしまったのは分かりますけど・・・!!」

 

フェイトが焦る声をあげている中、ヒイロは前方のトーラスと後方から迫り来るリーオーを同時に見据える。

 

「・・・問題ない。直ちに敵機を撃墜する。」

 

ヒイロはコックピットの上部のレバーを引き、足元のフットペダルを押し込んだ。すると、先ほどまでバード形態だったウイングガンダムも変形を始め、先端部分を形成していたバスターライフルは右手に、左腕に真っ赤なシールドを装着するとシールドで覆われていた胸元の緑色の水晶体が淡い輝きを放ちながらガンダムフェイスが露わになる。

 

「フェイト、戦闘はなるべく手短に済ます。少し我慢していろ。」

「は、はい!!」

 

ヒイロはウイングガンダムのバスターライフルを前方に向けると迷いなくトリガーを引いた。

バスターライフルの閃光は一直線にトーラスの集団へ向かっていくが、その手前でトーラス部隊が散開してしまい、バスターライフルの閃光は獲物を捉えることなく宇宙へと消えていった。

 

「は、早いっ!!避けられたっ!?」

「・・・・・・。」

 

バスターライフルが避けられたことに驚くフェイトだったが、ヒイロはこれといった反応は見せずにバスターライフルを左手に持ち替え、シールドに内蔵されているビームサーベルを右手で引き抜き、トーラス達に接近戦を仕掛ける。

トーラス達は接近戦を仕掛けてくるウイングガンダムを近づけさせまいとしてトーラスカノンを弾幕として発射する。

直撃すればウイングガンダムのガンダニュウム合金とはいえ無傷では済まないほど威力を持つトーラスカノン。

その弾幕をヒイロは全て見切ったのかただの一度もかすりもしないで突破する。

 

「後方のリーオーに構っている暇はない・・・・!!そこをどけっ!!」

 

ヒイロはウイングガンダムをトーラスに肉薄させると右手のビームサーベルを振るった。

振るわれたビームサーベルはトーラスの装甲を溶断し、左肩から右脇腹を通り抜け、トーラスの胴体を泣き別れにさせる。

 

「相手の反応が鈍い・・・。この程度であれば、なんら問題はない。」

 

だがいくら相手が実力的に問題がなかろうとヒイロに手加減するという考えは毛頭ない。立ちはだかるのであれば全力を持って排除する。

ヒイロは叩き切ったトーラスの爆発を脇目で見据えながら次のターゲットを選定する。

 

ターゲットを見定めたヒイロはトーラスの張った弾幕へ最大戦速で突撃させる。

先ほどのフルパフォーマンスによるトーラスの弾幕を潜り抜けたヒイロにとって、もはや造作もない様子で弾幕を切り抜ける。

 

一機のトーラスに目星をつけたヒイロはその機体に向かってウイングガンダムを操縦する。

トーラスはトーラスカノンをしまうと比較的取り回しのいいビームライフルを取り出す。

そのビームライフルの銃口をウイングガンダムに向け、発射する。

 

トーラスカノンより速度のあるそのビームをヒイロはウイングガンダムの上体を軽く逸らし、紙一重で躱し、懐に入り込む。

 

「破壊する。」

 

その肉薄したトーラスとすれ違いざまにヒイロはウイングガンダムのビームサーベルを横薙ぎに振るった。

上半身と下半身を真っ二つにされたトーラスは爆発四散する。

 

 

ヒイロは続けざまに切り抜けた先にいたトーラスにウイングガンダムのビームサーベルを投擲する。

ビームサーベルを突然投擲するというヒイロの行動にトーラスは何も反応が出来ずに腹部に深々と突き刺さった。

その突き刺さったビームサーベルの柄をウイングガンダムの右手で動かなくなったトーラスから引き抜くと倒したトーラスの陰から別のトーラスが現れる。そしてそのトーラスはウイングガンダムに既に発射態勢が整えられ、銃口にエネルギーが集まっていたトーラスカノンを向けていた。

 

普通のパイロットであれば、万事窮すのシチュエーションだが、ヒイロの幾度となく戦場を潜り抜けてきた戦闘スキルが光った。

 

ヒイロはウイングガンダムの攻撃が届く前にビームを撃たれることを直感的に察すると先ほど倒したトーラスをウイングガンダムの右脚で思い切り蹴り飛ばす。

 

蹴り飛ばされたトーラスは寸分の狂いなくトーラスカノンを構えていたトーラスにぶつかり、ぶつけられたトーラスはバランスを崩す。

その結果、放たれたビームはあらぬ方向へと飛んで行った。

 

その隙にヒイロがウイングガンダムのマシンキャノンをぶつかり合ったトーラスに向けて掃射する。

マシンキャノンの弾丸はトーラスの装甲を蜂の巣にしていき、ボロボロになったトーラスは小規模の爆発を各所に起こしたのち、爆散した。

 

「あと3機・・・・!!」

 

ヒイロはその瞳を目まぐるしく動かし、ほかのトーラスの状況を把握する。

すぐさま別のトーラスに接近、狙われたトーラスは射撃は当たらないと思ったのか迫り来るウイングガンダムに向けて、トーラスカノンを振り回す。

 

その攻撃に軽く眉を顰めるヒイロだったが、その攻撃を上へ上昇することで回避しながらトーラスの頭上を取る。

そしてそのままビームサーベルを振り下ろし、トーラスを縦に真っ二つにする。

続けてヒイロはブースターを蒸し、ペアを組んで固まっている残った二機のトーラスのうちの片方に向かって速度をあげながらビームサーベルを投擲。

流石に同じ手は通用しないのかトーラスは腕で投擲されたビームサーベルを振り払った。

 

「・・・お前がその判断を下したのはミスだ。」

 

ただ振り払った。一見すると隙でもなんでもないように感じるが、トーラスの注意がビームサーベルに注がれたのは事実だ。

ヒイロはウイングガンダムのシールドを前面に構えると、そのままブースターを蒸し、トーラス二機に向かってシールドバッシュを仕掛ける。

 

ウイングガンダムの突進にトーラス二機は成す術もなくバランスを崩される。

 

「終わりだ。」

 

その崩した隙を見逃さず、ヒイロはバスターライフルをトーラスの目の前で構える。それに気づいたのかトーラスが逃げるような隙を見せたが、それよりも先にヒイロがバスターライフルのトリガーを引く。

至近距離で放たれたバスターライフルの光は二機のトーラスを容易く撃ち抜いた。

 

「トーラスの殲滅を確認。あとはリーオーの軍勢だが・・・。」

 

ヒイロはリーオーの部隊を確認する前にフェイトの様子を確認する。フェイトはなんとか意識を保ちながらも荒い息を吐き出している。汗も滲みでているのも相まって限界に等しく、色んな意味で長続きはしないだろう。

 

「・・・・目標ポイントへの移動が最優先か。」

 

ヒイロはリーオーの軍勢に背を向け、目標ポイントへの移動を開始する。ウイングガンダムの加速力でリーオーの追手を振り切る。

ヒイロはレーダーに表示されるポイントと映像を見比べる。そこにはかすかに星が瞬くほとんど真っ暗闇の宇宙が広がっているだけであった。

どうしたものかとヒイロが考えているとーーー

 

『二時の方角に隠蔽用と思われる魔力結界を確認。その情報に間違いはありません。』

 

突如としてウイングガンダムのコックピット内に機械的な音声が響き渡る。

その機械的な音声をヒイロは最初こそ疑問符をあげていたが聞いたことがない訳ではなかったため程なくしてその声の主に当たりをつけた。

 

「お前か・・・。バルディッシュ。」

『はい。サーがこの有様でしたので。』

 

フェイトのデバイスであるバルディッシュがそのコアとなる金色の宝玉を輝かせながらヒイロの声に応える。

 

「・・・・二時の方角だったな?」

『その先に僅かですが魔力反応が見られます。この結界をどうにか破壊できれば闇の書の主の元へと行けるでしょう。』

「・・・・了解した。直ちに破壊する。」

 

ヒイロはバスターライフルをバルディッシュが指し示した方角へと向ける。

ターゲットとしてロックできない以上、ヒイロ自身の射撃センスとバルディッシュの案内、その二つが噛み合わなければ結界に当てることはできないだろう。

 

「最大出力、攻撃開始。」

 

ヒイロは躊躇わずバスターライフルのトリガーを引いた。先ほどトーラスに向けて放ったものとは比べものにならないほどの爆光が宇宙を駆ける。

いずれ消えていくと思われる光線は突然、見えない壁にぶつかったかのように辺りにスパークを撒き散らし始めた。程なくしてバスターライフルの光線は結界に弾かれてしまう。

しかし、先ほどまで何もなかったはずの空間に僅かだがヒビが入っていることに気付く。

 

『直撃を確認。ですが破壊には至っていないようです。』

「お前に言われずとも分かりきっていたことだ。」

 

バルディッシュに言われるまでもなくヒイロはすぐさまバスターライフルを調整し、ターゲットを空間に入った結界のヒビに合わせる。

 

「ターゲット・ロックオン・・・!!」

 

ヒイロはそのヒビに照準を合わせるとバスターライフルのトリガーを弾き、第二射を放つ。

放たれた光線は作られたヒビに寸分の狂いなく直撃し、ヒビが入ったことにより強度が脆くなったのか、先ほどの第1射よりヒビの拡散度は火を見るより明らかであった。

 

『第二射、効果覿面を確認。あと少しで破壊できます。』

 

バルディッシュの報告を聴きながらヒイロは結界に穴を開けるためにバスターライフルを構え、トリガーを引く。しかし、バスターライフルからビームが出ることはなく、カチッと虚しい音を響かせるだけであった。

 

「ちっ・・・弾切れか・・・!!」

 

あと少しのところでバスターライフルの弾が切れてしまったことに悪態をつくヒイロ。

その瞬間、ウイングガンダムのコックピットでけたたましい警報音が鳴り響く。

ヒイロは瞬時にその場からウイングガンダムを動かすと先ほどまでいた場所をビームの嵐が過ぎ去った。

ヒイロがビームが飛んできた方角を見やると振り切ったはずのリーオー達がウイングガンダムにその銃口を突きつけていた。

 

(厄介だな・・・。あの結界を破壊するのに然程時間はいらん。奴らが展開する弾幕を回避するのに問題もない。だがーーー)

 

ヒイロは軽く自身の側に張り付いているフェイトに視線を向けた。

 

(・・・耐えられるか?)

 

これ以上フェイトの身体に負担をかけると夢の世界を脱出したあとに支障になってくる可能性も出てくる。

それはできれば避けたい状況であった。

ヒイロが手をこまねいていると、ウイングガンダムが新たな反応を告げる警戒音を流した。

それはリーオー達とは別方向からトーラスとは比べものにならないスピードで現宙域に侵入してきていた。

 

「新手かっ!?」

 

ウイングガンダムが新たな反応が接近している方向に頭部のメインカメラを向けるとコックピットの映像にもその新手の姿が映し出される。

 

『そこのガンダム01、聞こえるなら応答を願おうか。』

 

装甲に彩られた黒みがかった赤はさながら乾いた返り血のように怪しく光り輝く。さらに背部に広がる二枚の翼。その翼はウイングゼロの天使を彷彿とさせる純白の翼とは違い、装甲と同じように黒がかった赤に染まっている。さながらその翼は悪魔のような風貌を醸し出す。

左腕に備え付けられたシールドから伸びているむき出しの刺々しい鞭は相対する相手を刈り取るように垂れ下がっている。

何よりヒイロにとってその声の主は聞くことのないであろう人物であった。

 

「ゼクス・・・・!?」

『ふっ、やはり貴様だったか、ヒイロ。本来であれば闇の書によってこの夢の世界に生まれ落ちた以上、脱出を計る貴様の妨害に動かねばならん。』

「ならば貴様も敵か?」

『普通であればそういうことになるだろう。だが!!』

 

ゼクスの駆るモビルスーツ『ガンダムエピオン』は左腕に装着されているヒートロッドを構えるとウイングガンダムに向けて突撃を開始する。

それに対し、ヒイロは咄嗟に身構えるがーー

 

(この軌道・・・俺を狙っていない・・・・!?)

 

ゼクスの駆るエピオンの軌道が明らかに自分を狙っていないことにヒイロは疑問の表情を見せる。

そして、ヒイロの見立て通りエピオンはウイングガンダムを通りすぎると、後方にいたリーオーの部隊に向かってヒートロッドを振るう。

 

『闇の書が少女の身体を今尚蝕んでいるのをむざむざと見過ごす訳にはいかんのだっ!!故に私は、ミリアルド・ピースクラフトとしてではなく、ゼクス・マーキスとして抵抗しようっ!!同じ平和を望む者達と共にっ!!』

 

炎熱し、橙色の光を発しながら振るわれたヒートロッドはリーオーの装甲を容易く焼き切り、いくつもの花火で宇宙を彩った。

 

「ゼクス・・・・。」

『ヒイロ、これは私が闇の書に作り出された時に仕入れた情報とエピオンが見せてくれる未来からだが、この闇の書、いやナハトヴァールはただ機能を停止させただけでは意味がない。』

「何・・・・・!?」

『ナハトヴァールを強制的に機能不全に陥らせても無限回復機能がいずれナハトヴァールを修復してしまうのだ。故に闇の書の暴走を繰り返させないためにはナハトヴァールを機能不全にしている間に闇の書を完全に破壊する必要がある。』

 

ゼクスからの情報にヒイロは眉を顰めてしまう。闇の書の完全破壊、それが意味するものはーー

 

「シグナム達、ヴォルケンリッターも闇の書と運命を共にするのか?」

『・・・すまない。私とてそこまで闇の書に関して詳しくなった訳ではない。』

「・・・・そうか。なら、お前に頼みがある。お前の発言を鑑みるにアイツらもいるはずだ。」

 

ヒイロはゼクスに向けて要件を伝える。それを聞いたゼクスは頷くことで承諾する。

 

『お前の頼み、しかと受け取った。だが、間に合うかどうかははっきり言っておくが、彼らでも分からん。機械とは訳が違うのだからな。』

「・・・・やり方はアイツらに任せる。」

『・・・委細承知した。ではここは私が引き受ける!!お前はあの少女の元へ急げっ!!』

 

ヒイロはエピオンに背を向けるとヒビの広がった空間へと一直線に向かっていく。

その加速の中、ヒイロはウイングガンダムの左腕を後ろへ引きしぼり、シールドの先端をヒビの入った空間へと向ける。

ウイングガンダムがヒビの目の前に差し掛かるとヒイロはウイングガンダムのシールドをそのヒビに思い切り突き出した。

 

ウイングガンダムの尖ったシールドの先端はガラスが割れた音と共にヒビに食い込んだ。

その瞬間、ヒビは空間にポッカリと空いた穴へと姿を変え、その先にあった別の空間への通路をつくる。

勢いそのままにその穴の中に突入したウイングガンダムは片膝をつき、そこから火花を生み出しながら空間を滑り抜けていく。しかし、夢の世界から抜け出した所為なのか、その鋼鉄の身体を徐々に光へと消えていく。

 

「・・・限界か・・・。」

 

ヒイロはウイングガンダムのコックピットを開くとフェイトを抱えながらウイングガンダムから飛び降りる。

搭乗者を失ったウイングガンダムは脱力するように崩れ落ちていった。

 

「まさか、この空間にまで入り込んでくるとはな・・・・。」

 

うまく両膝を使うことで着地の衝撃を流しながらヒイロは目の前にいる人物と相対する。

 

「お前が闇の書の管制人格か。」

 

ヒイロの目の前にはぐったりとした様子の車椅子に腰掛けているはやて、そしてその彼女の目の前にはヒイロが夢の世界に入る直前まで対峙していたナハトヴァールとよく似た人物が立っていた。

 

彼女こそが闇の書の管制人格であった。ヒイロの視認した管制人格ははやてとヒイロの間に立ちふさがった。

 

 




さてと、多分これが平成最後の投稿かなぁ・・・・。



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第26話 その名は、祝福の風ーー

新元号令和になったので初投稿です。

ウイングガンダムは決して乗り捨てないです。多分。


5/7 描写に抜けがあったため、追加をしました。


夢の世界から脱出したせいで原型が保てなくなったウイングガンダムから脱出(決して乗り捨てた訳ではない。決して)したヒイロはフェイトを抱きかかえながら闇の書の管制人格と対峙する。

 

「ヒ…イロ…さん……?」

「お前はこのまま少し休んでいろ。」

 

ウイングガンダムの加速力とヒイロの操縦に軽いグロッキー状態になっているフェイトにヒイロは一瞬だけ視線を彼女に向け、休んでいるように伝えるとすぐさま視線を闇の書の管制人格に戻した。

ヒイロの目の前にいる女性は全体的に黒いインナーに銀髪に輝き、銀白の白い雪の世界を連想させるような髪を有し、その真紅の瞳をヒイロに向けていた。

ヒイロがクロノから教えられた管制人格となんら変わりはなかった。

 

「・・・・お前はあの世界で永遠の夢に堕ちることはないのだな・・・。」

 

ふと管制人格がそんなことを口漏らした。彼女の言う『あの世界』というのは十中八九、フェイトとヒイロを閉じ込めていた夢の世界のことを指しているのだろう。

ヒイロは管制人格の神妙な面持ちに少々眉を顰めながら警戒を緩めないでいた。

 

「・・・・あの夢の世界は閉じ込めた人間の記憶を元に、その人物が幸せだと思う空間を作り上げる。そこの、お前が抱えている少女が見ていた家族との和やかな団欒のように。」

「・・・・やはりあのコロニーや見知った奴は俺の記憶から再現されたものだったか。」

 

ヒイロがそういうと管制人格はその美麗な顔を弱々しく頷かせた。

 

「・・・・・?」

 

ヒイロは管制人格のその反応に少なからず疑念を抱く。先ほどから管制人格の表情が妙に悲しんでいるように見える。その哀しみを孕んだその視線をヒイロに向け、さながら同情でもしているかのように。

 

「私は、あのコロニーと呼ばれる巨大な建造物を作り上げる過程でお前のこれまで辿ってきた記憶を見た。」

 

管制人格は表情は沈んだもののままだったが、その目はしっかりとヒイロに見据えられていた。

 

「お前の人生は、はっきり言って、戦争の二文字でしか表現ができないほど凄惨なものだった。私が、お前の記憶を見たとき、初めに見せられたのはお前が人間を殺している様子だった・・・・。」

「・・・・ウソ・・・!?」

 

管制人格の言葉にフェイトは驚きの声をあげながら自身を抱きかかえているヒイロを見上げた。

当のヒイロは静かに目を閉じながら押し黙っていた。

おそらく管制人格が見たのはあの病院の看護師のことだろう。忘れもしない、まだ幼かったヒイロが初めて殺したあの男だ。

 

「その光景を見せられた時、私は言いようのない感覚を覚えた。だが、それだけに飽き足らず、そこからのお前の記憶は目を、背けたくなるようなものばかりだった・・・!!」

 

初老の科学者に拾われたヒイロはその男の元で訓練を積んでいった。その訓練の内容は一般の人間が行える量ではなかった。その結果、ヒイロの精神は破綻の一途を辿ることになったが、まだ彼の心には僅かにだが、元来の性格が残っていた。

その僅かに残ったモノさえ奪い取るきっかけとなったのが、ヒイロの中で色濃く残る少女と子犬を自分のミスで死なせてしまったことである。

その任務を契機に、ヒイロへの訓練の濃密さは人智を超えるものと化していき、彼の精神は破綻した。

 

そのあんまりなヒイロの経歴にフェイトは口元を手で覆い、言葉を失うしかなかった。

 

「お前は、あのような人生を歩んできて、一度も、ただの一度でも辛いと思ったことは、ないのか・・・・!?」

 

そうヒイロに向けて言い放った管制人格の目には涙が浮かんでいた。元々プログラムでしかないはずの管制人格が涙を浮かべざるを得ないほどのヒイロの過去。

 

「ない。思ったところで何かが変わるわけではないからな。」

 

ヒイロはその管制人格の言葉を真正面から叩き斬った。考えるいとまも与えないヒイロの否定は管制人格の言葉を僅かにだが詰まらせる。

 

「・・・・あの世界はお前が望んだものが広がっている。それこそ、戦争など存在しない平和な世界が広がっていてもか?」

 

「あそこに俺のような兵士が一人でもいる時点でリリーナの掲げた完全平和主義は成り立たん。」

 

それに、とヒイロは付け加えて管制人格に向けて言い放つ。

 

「平和とは自分たちの手で物にするものだ。与えられた平和は所詮、まやかしでしかない。またいずれ、世界は戦火に包まれ、俺たちのような兵士が必要となってくる。誰も、誰一人として、そんな時代は望んでいない。」

「・・・・平和、か・・・・。」

 

管制人格がポツリと言葉を漏らした。その言葉はシグナム達含めたヴォルケンリッター達には一度たりとも手にすることが叶わなかったものである。

 

「道理で夢の世界の人物達が好き勝手に動く訳だ・・・。あの者たちはお前達があの世界を望んでいないことがわかっていたのだな・・・・。」

 

管制人格はそういうと乾いた笑みを浮かべる。さながら敵わないと察してしまったようにも感じられる。

 

「お前に暴走に対して諦めていると言われた時、私は少なからず何も知らないお前に何がわかると思っていた。だが、その言葉はそっくりそのまま私に帰ってきてしまったな。」

 

「何も知らないのは私の方だった。お前の言う通り、私は闇の書の暴走に対して何も行動を起こしていなかった。一度暴走してしまえば、もはや止める術はないと見限り、諦観してしまっていた。」

 

管制人格はそう言葉を漏らすとヒイロにバツの悪い表情を向ける。

 

「・・・・私達にもその平和は得られるだろうか?」

「・・・・現にお前たちははやてからその平和を与えられてしまっている。だが、その平和を長続きさせるかはお前の行動次第だ。」

 

ヒイロが管制人格に向けてそう言うと彼女は意を決した表情を浮かべながら車椅子で眠っているはやての元へ向かった。

そして、管制人格がはやてに向けて手をかざすと先ほどまで開く気配のなかったはやての瞼がぱっちりと開いた。

 

「あ、あれ?ここは………?」

 

目を覚ましたはやては辺りを見回す仕草をする。突然訳の分からない空間の中にいれば、困惑した様子を見せてしまうのが山々だろう。

 

「主はやて。」

 

管制人格はそんなはやての目の前で片膝、そして片方の手を握りこぶしの形で地面につき、頭を垂れた。その様子はまるで王に傅く騎士のようであった。

 

「え、あ・・・だ、誰・・・?いや、どこかで見たことがあるような……?」

「闇の書の暴走、貴方に取って家族に他ならなかった守護騎士達の消滅、これら全て、私めの怠惰が引き起こしたことです。」

 

管制人格ははやてに向けて淡々と自身の罪の告白をする。

 

「主からの如何なる罰も、私は甘んじて受けましょう。それだけの罪を私は積み重ねてきたのですから。」

「ちょ、ちょっと待ってやっ!!とりあえず、顔を上げてくれへんか?」

 

はやては管制人格に待ったを掛けると一度大きく深呼吸し、咳払いをすると再び管制人格と向き合った。

 

「えっと、まず確認なんやけど、貴方は闇の書の管制人格さんであっとる?」

「はい、その通りです。」

 

顔を上げ、はやての顔が見えるようになった管制人格は彼女の質問に対して頷いた。

それを見たはやては少しばかり困った表情に変える。

 

「急に罰とかなんや言われても、私にはさっぱりや。闇の書が何遍もの世界を渡ったっていうのはシグナム達から聞いとったけど、それを踏まえても全然頭の中で整理できておらんもん。」

 

はやてからそう言われ、表情を僅かに沈んだものに変える管制人格。しかし、はやてが『でも』と付け加えながら彼女の前で笑顔を浮かべる。

 

「でも、これだけははっきりと言える。貴方は絶対に悪い人やない。私が貴方を信じられるだけの理由はある。」

「な、何故ですか・・・!?私は貴方をずっと苦しめてきたも同然の行いをーー」

 

「本気で悪い人やったらそもそも謝ったりせぇへんもん。理由としてはこれ以上ないもんやと思うけど?」

「たった、それだけの理由で・・・・ですか?」

 

心底から驚いた表情を浮かべる管制人格、そして対照的に笑みを浮かべるはやて。その笑顔に裏は一切見られず、心からの笑顔であった。

 

「ヒイロさん、私なんかのためにここまで来てくれて、ありがとうな。」

「・・・・闇の書を内側から停止させられる可能性があると踏んで、俺は内部構造へ突入した。お前の救出はそのついでだ。」

 

はやてはその優しげな笑顔をヒイロへと向ける。そのヒイロはぶっきらぼうに答える。はやてはそんなヒイロの反応に苦い反応を微塵も見せずに嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「それはそれとして。そこの君、名前を聞いてもええか?」

 

しかし、そんなはやての視線が別の人物に注がれる。その人物とはーー

 

「私・・・?えっと、フェイト・テスタロッサ・・・だけど?」

 

ヒイロに抱えられているフェイトであった。突然話を振られたフェイトは疑問に思いながらもはやてに自身の名前を伝える。

 

「フェイトちゃんかーー。なるほどなるほどーー。」

 

フェイトの名前を聞いたはやてはそのフェイトにも変わらずの笑みを向ける。変わらずの笑みなのだが、その表情にはどこか腹黒さが垣間見えているようにも感じられる。

 

「結構羨ましげなことされてるんやな〜・・・・。」

「ち、違っ・・・!!こ、これはあくまでヒイロさんから休めって言われたから・・・・!!」

「へぇ〜・・・・そうなん?ヒイロさん?」

「・・・・確かに言ったが・・・。フェイト、喋れるぐらいまで回復したのであれば下ろすぞ。」

「あ・・・・。」

 

はやてにお姫様抱っこされているのを茶化されたフェイトは顔を真っ赤に染め上げながら言い訳をする。

そんな元気なフェイトを見たヒイロは彼女を自身の腕から降ろした。その時、彼女がもの寂しげな表情を浮かべたのを、はやて(たぬき)は見逃さなかった。

すぐさましたり顔をフェイトへ向ける。その表情を向けられたフェイトはしてやられた顔を浮かべるが時既に遅し。

 

「へぇ〜。へぇ〜?」

「っ・・・・!!」

 

ニヤニヤと口角をあげるはやてにフェイトは恥ずかしさのあまり、顔を赤らめながらそっぽを向く。

そんな女のやりとりが繰り広げられている中、ヒイロはーー

 

「確認する。お前やはやての方面からナハトヴァールを止めることは不可能か?」

「・・・・・えっ?あ、あぁ・・・。いや、いい、のか?」

 

完全にスルーして管制人格に闇の書の停止ができるかどうかの確認を取っていた。

準備していなかったのか管制人格は遅れてヒイロの言葉に反応する。

 

「何がだ?今は闇の書の暴走を止めるのが最優先だ。いつまでもなのはに前線を張らせておく訳にいかないからな。それにお前に直接聞いておきたいこともあるからな。」

「私にか・・・・?」

 

訝し気な表情をする管制人格にゼクスとの通信でヒイロが聞いた『ナハトヴァールの停止』に関しての疑問を伝える。

 

「・・・・そうか。そのゼクスという男はそのようなことを言っていたのか。」

 

管制人格はそういうと少々考え込む仕草をする。その途中、その視線を僅かにはやてに送った。

 

「その男の言う通り、ナハトを機能停止にさせたところで、無限回復によりいずれ復活するのは事実だ。だが意味がないという訳ではない。消滅の作業中に邪魔されることがなくなるからな。」

「むしろナハトヴァールを一時的とはいえ停止させなければ不可能ということか。」

 

ヒイロの言葉にナハトヴァールは頷く仕草を交えながら話を続ける。

 

 

「それと烈火の将や鉄槌の騎士といった守護騎士の者達は主はやてがシステムの復旧を行えば、問題はない。闇の書本体を消滅させることになってもプログラム自体を切り離せば巻き込まれることはない。」

「・・・お前はどうなんだ?」

「・・・・・・・・・・。」

「お前はシグナム達とは違う。プログラム的な機械工学の観点から見てもそれは明らかだ。」

 

ヒイロの質問に管制人格は押し黙ってしまう。その管制人格にヒイロは追及を行った。

管制人格はちらりとはやての方を見やり、彼女がこちらの会話を聞いていないことを確認した。

その反応だけで管制人格がはやてに何か聞かれたくないことを言わなければならないことをヒイロは察した。

 

「・・・・今はまだ自分でもどうなのかは、わからない・・・。」

「・・・・了解した。今はナハトヴァールの停止が最優先だからな。」

 

ヒイロがそう言うと管制人格は僅かにだが、笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。だが結論から言えば、止めるのは無理だ。ナハトの暴走を止めることは私や主の権限でも難しい。だが切り離すことはできる。」

「・・・守護騎士達と同じように、ナハトヴァールと闇の書を分離させるのか?」

 

ヒイロがそういうと管制人格は大きく頷く。しかし、その表情はどこか難しそうであった。

 

「分離するためにはナハトに強烈な魔力ダメージを与える必要がある。それこそ、高町なのはが放つようなスターライトブレイカーといった砲撃魔法クラスのだ。」

「・・・・作戦プランは決まったな。だが、なのはの砲撃にはチャージが必須だ。その時間はどう稼ぐ?」

「そこがネックなのはわかってはいるのだが・・・・」

 

管制人格が困ったような表情を浮かべる。現状、夢の世界の外にいるのはなのはしかいない。アルフも外にはいるが、アリサとすずかの護衛に就いているため、彼女の援護を求めるのも無理だ。

ヒイロが闇の書内部に突入するまでリンディ達の乗っているアースラが来る様子もなかった。

最悪、はやてがいる空間をウイングゼロのツインバスターライフルで無理やり破壊するという考えもあったが、やった後がどうなるか不明瞭なため、手段としては最後に選択するものとなってしまう。

 

はやてとフェイトが痴話喧嘩を繰り広げている傍、ヒイロと管制人格が手をこまねいているとーーー

 

『なら、そのナハトヴァールの足止めは私がやるわ。』

 

突如として頭に直接語りかけるような声が響く。明らかに念話による突然の連絡にヒイロはわずかに驚いた表情を浮かべる。

だが、その声に誰よりも驚いている人物がいた。その人物は先ほどまでの会話をわざわざ止めるほどの驚愕を持っていた。

 

「か・・・かあ・・・さん・・・!?」

 

フェイトはその声の主に心底驚いた表情を浮かべながら目を見開いていた。

そして、彼女がこぼした『母さん』という単語。これが該当する人物は一人しかいない。

 

「・・・・プレシア・テスタロッサか。」

『フェイトが世話になっているわね。何やらあの子に訓練を施してくれたらしいわね。』

「・・・それはフェイトが自ら強くなりたいと望んだだけだ。俺は大したことはしていない。」

 

念話から、というより待機状態のウイングゼロから届くプレシアの声にヒイロが返答する。

およそ、その間にフェイトがかつてなのはと出会うきっかけとなった事件、『P.T事件』の時のような苛烈さはなかった。むしろ和やかなものであり、フェイトはその様子に動揺を隠せないでいた。

 

「どうして・・・母さんが・・・!?」

『アリシアに貴方のことを守ってほしいってお願いされたのよ。もっともお願いがなくても貴方に手を貸すつもりではいたけど。』

 

プレシアの言葉にフェイトは僅かに嬉しそうな表情を浮かべる。しかし、その表情にはどこか暗い影のようなものが同時に含まれているようにも感じられる。

フェイトにとって、プレシアは紛れもなく母親だ。だが、プレシアにとってフェイトはアリシアの生き写しである側面が強い。アリシアのクローンとして生まれたフェイトは元となったアリシアとは様々な部分で差異があったのだ。

 

利き手や性格、挙げ句の果てにはフェイトには高い魔力の素質があるが、アリシアにはそれがないと、もはやアリシアによく似た『誰か』として生まれたフェイト。愛娘を亡くした悲しみやその原因となった事件の責任を押し付けられたことから精神がかなり摩耗していたプレシアにとって、そのことは到底認められることではなかった。

 

『フェイト、貴方にはとても酷い仕打ちをしてきたわ。どう取り繕ったところで貴方にしてきたことが消えることはないわ。』

「母さん・・・・。」

『・・・・・まだ、こんな私を母さんって呼んでくれるのね。貴方のことを大嫌いって言ったのに。』

「・・・・私は貴方の娘ですから。」

 

フェイトがそういうとプレシアはクスリと笑ったような声を上げる。声色的に苦笑いを浮かべているようにも感じられる。

 

『でも、いつまでも私やアリシアのことに引き摺られてはダメよ。過去を振り返るな、なんてことは言わないわ。だけど貴方には貴方の未来がある。』

 

『フェイト、行きなさい。私の娘ではなく、アリシアのクローンでもなく、フェイト・テスタロッサ、一人の人間として今を、明日を、そして未来を生きるのよ。』

「っ・・・・・・はいっ・・・・!!」

 

プレシアの言葉にフェイトは涙ぐみ、そして上ずった声で返事をする。それにプレシアは苦笑しているような声をする。

 

『それじゃあ、私は向こうに喧嘩でもけしかけてくるわね。そこの闇の書の主さんは脱出の準備でも整えてなさい。』

 

それを最後にプレシアからの念話は聞こえなくなった。

 

「・・・プレシア・テスタロッサにできるのか?」

「・・・できます。母さんなら。だって母さんはーー」

 

「次元すらも越えられる、とっても強い魔導師なんですから。」

 

その言葉にかつてフェイトが母親であるプレシアに対して抱いていた恐怖は微塵もなかった。

その証拠に彼女の表情はすごく晴れやかなものであった。

 

 

 

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・。」

 

一人でナハトヴァールの相手をしていたなのは。なんとか対峙できるほどの力は残ってはいるが、バリアジャケットは所々が破けたり、煤で黒ずんでいたりとボロボロ、なのは自身も肩で息をしていたりと既に満身創痍だ。

 

それでも彼女はレイジングハートを構え続ける。闇の書の中に入ったヒイロとフェイトのためにーー

 

(正直言って、カートリッジは残りわずかだし、私自身体力はもう限界・・・。だけど、こんなところで諦める訳には、いかない。)

 

結界内部の光景はかなり酷いことになっていた。空は魔力がこもったドス黒い雲が雷をゴロゴロと鳴らし、地面からマグマのような火が吹き出し、海上では地面がせり上がり、それらが奇妙なオブジェクトと化していた。

もはや地球崩壊まで猶予はない。だが、それで諦めるなのはではない。

 

彼女は硬い意志のこもった視線を未だダメージらしきものが見当たらないナハトヴァールに向ける。

 

『そこの貴方、聞こえるかしら?聞こえるなら念話で返してちょうだい。』

『ふぇ?ど、どちら様ですか?』

 

そんななのはの元に突然念話が入る。なのははわずかに困惑した様子を見せるもナハトヴァールに悟られないように視線を向けたままその謎の人物に返答を行う。

 

『そうねぇ・・・。強いて言うなら、哀れな母親、と言ったところかしらね。然程重要なことじゃないから、私のことは気にしちゃダメよ。』

『・・・・・もしかしてフェ『気にしちゃダメよ?』アッ、ハイ。』

 

その謎の母親は一つ咳払いをするとなのはに手短に作戦の概要を伝える。

 

『ひとまず、あの闇の書の自動防衛プログラム、ナハトヴァールを切り離すために貴方の砲撃魔法が必要なの。援護はこっちでやるからお願いできる?』

『・・・わかりました!!援護、感謝します!!』

 

なのはは念話の相手に感謝の言葉を述べるとレイジングハートをアクセル、バスターとは違う、3つ目の形態へ変化させる。

レイジングハート内部から機械が動いているような音が響くと杖状から先端が尖った槍のような形態へと変貌を遂げ、レイジングハートはコアの赤い宝石から桜色の翼を広げる。

 

その名もエクセリオンモード。正真正銘、なのはの全力全開を叩き出すための最終形態である。

 

「レイジングハート、行くよっ!!」

 

なのははレイジングハートの切っ先をナハトヴァールへと向け、環状魔法陣を展開し、砲撃態勢を取る。

その切っ先から桜色の魔力光が球体となって生成を始める。

明らかに隙だらけなその姿にナハトヴァールはなのはに攻撃を仕掛けようとするがーー

 

「っ!?」

 

咄嗟に身を翻すナハトヴァール。その瞬間、強烈な魔力を伴った雷がナハトヴァールがいた場所を貫いた。

 

「何・・・!?」

 

ナハトヴァールが辺りを見回せばいつのまにか轟音が響き渡る雷の海が広がっていた。当然止まっているなのはの周囲にも雷が落ちるが、むしろその雷が彼女を取り囲み、さながら守っているようにも感じられる。

 

「これほどの規模の魔法・・・一体誰が・・・!?」

 

ナハトヴァールは出所がわからない攻撃に歯噛みをしながら空を飛ぶ。

わからないのも無理もないだろう。なぜならその攻撃が闇の書の空間に広がっている夢の世界からの介入であるからだ。

ナハトヴァールは困惑した顔を浮かべながら降り注ぐ雷の嵐を突き進む。

しかし、その回避運動も途中でピタリと体が固まったかのように空で止まってしまう。

 

「うっ……っ!?ぐっ、アアアアアアアアアアっ!!?」

 

突然苦しみだしたナハトヴァール。それに呼応するかのように左腕の籠手から黒い蛇が侵食するように広がっていく。

なのはは突然のナハトヴァールの変貌に少しばかり心配そうな視線を向けるが、謎の母親(プレシア)はその隙を見逃さなかった。

 

苦しみ悶えているナハトヴァールにプレシアはいくつもの雷を束ねた、もはや光の柱とでも見違えるような巨大な雷をナハトヴァールに向けて、叩き落とす。

 

まともな対応が取れなかったナハトヴァールはその雷に呑み込まれた。程なくしてその降り注いだ時の轟音がなりを潜めると共にナハトヴァールの姿が露わになるが、各所が黒ずみ、ときおり体に電気が残っているのか、スパークを発する程であった。

 

『今よ!!闇の書の主が止めている間に手早くやりなさい!!』

「は、はいっ!!」

 

謎の母親に急かされるようになのははレイジングハートを構える。

 

「レイジングハート!!フォースバースト!!」

 

そういうとレイジングハートを中心とした周囲に4つの環状魔法陣が展開され、カートリッジが4つほど装填される。

 

「全力全開!!エクセリオンバスター、シューーートっ!!!!」

 

なのはの叫びと共にレイジングハートから4つの光線が発射される。その光線は複雑に絡み合うと一筋の光と変わり、ナハトヴァールを呑み込んでいく。

 

 

 

 

「・・・・空間が振動している・・・?」

「主!!これなら行けます!!」

「わかったで!!あ、そういえば管制人格さん、1つええか?」

 

はやての言葉に管制人格は疑問気に軽く首をかしげる。

 

「いつまでも呼び方が管制人格やと味気ないから名前、つけてもええかな?」

「・・・・それ、今決めることなんですか?」

「名前は大事やで!!名は体を現すなんていう便利な言葉もあるんや!!」

 

フェイトの疑問にはやては鬼気迫った表情を浮かべながらビシっと人差し指をフェイトに向ける。

 

「ええっと、そうやなぁ・・・。」

「早くしろ。さもなくばツインバスターライフルでこの空間を破壊する。」

「わぁ〜!!ヒイロさん待って待ってー!!よくわかんないけど明らかな脅しはやめてやー!!ええっと、ええっと……!!」

 

はやては頭をうんうん唸らせながら管制人格の名前を思案する。するといい案が浮かんだのか頭の上に豆電球がついたようなリアクションをした。

 

「せや!!もはやこれしかないで!!祝福の風、闇なんちゅう負のイメージをなくすんや!!その名もーー」

 

 

リインフォース

 

 

その名は祝福の風を意味し、幸運を運び込む、幸せの象徴ーーーー

 

 

「個体名、リインフォース。確かに受け取りました。我が主よ。」

 

その名前を管制人格、否、リインフォースは嬉しそうに受け取るのであった。

 

その次の瞬間、ヒイロ達がいた空間を光が包み込んだ。




いよいよ最終決戦ですかな〜。

多分、次回の推奨BGMは「Rhythm Emotion」辺りだと思います。


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第27話 集う戦士たち

BGMは次回に持ち越しですわ・・・・。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・。」

 

動きの止まったナハトヴァールに向けて、エクセリオンバスター、正真正銘、なのはの全力全開がこもった魔法を放った彼女は荒い息を吐きながら、肩で息をするが、その目はエクセリオンバスターに飲み込まれたナハトヴァールを注視していた。先ほどまで聞こえていたはずのーーよくよく考えてみればジュエルシード事件の時、魔力が掻き消される虚数空間に落ちていないはずのーープレシア・テスタロッサの声はもう聞こえなかった。

 

「フェ、フェイトちゃんとヒイロさんは・・・?」

 

ナハトヴァールに対する警戒を続けながらなのははヒイロとフェイトを見つけようと辺りを見回す。

幾ばくかのうち、分厚い雲が包んでいる空に特徴的な白い翼が羽ばたいているのが見えた。

そしてその翼の傍に対照的な黒いマントと金色に輝く艶やかな髪がはためいているのもなのはの視界は捉えた。

 

なのははそれを見つけると一目散に二人の元へ駆け寄りはじめた。

 

 

 

「ここは、海鳴市・・・?戻ってこれた・・・・?」

「そのようだが・・・なんだこの有様は?」

 

闇の書の夢の世界から脱出したヒイロとフェイト。少し辺りを見回してみるとそこが海鳴市からそれほど離れていない海上であるということはわかる。

だが、その風景は様変わりしており、すぐにはそこが海鳴市であるということはわからなかった。

 

海の中からはマグマの柱が天を貫き、地面が隆起したのかおそらく地面だったものが奇妙なオブジェをいくつも形成していた。とても現実とは思えない情景にヒイロは驚いた様子を隠せなかった。

 

「・・・・どうかしたのか?フェイト。」

 

ふとヒイロはフェイトに声をかけた。なにやら空を見上げたまま物思いに耽っていたようなフェイトはヒイロに声をかけられたことに気づくとハッとした表情を浮かべながらヒイロの方に顔を向ける。

 

「あ、いや・・・そっか、ヒイロさんはリンカーコアがないんでしたね・・・。」

「そうだな。だからと言って、お前やなのはに遅れを取るつもりはないが。それで、お前は先ほど何を見ていた?」

「・・・・あの空に広がっている雷雲・・・。母さんの魔力から作られたものです。」

 

ヒイロはフェイトからそう言われると空を見上げた。空には分厚い黒い雲が覆い、今にも雷が落ちてきそうなほどであった。ヒイロにはリンカーコアがない以上、魔力を感じられないためその雷雲が闇の書の暴走によって引き起こされたものなのか人為的なものなのかの判別はつかない。

だが、プレシア・テスタロッサの因子を色濃く継いでいるフェイトがそういうのであればそうなのだろう。

 

「母さんが手伝ってくれたんだって思うと、なんだか嬉しくなってきたんです。そういうこと、あの人がまだ生きている時には、ほとんどなかったから・・・。」

 

フェイトは空を見上げているヒイロとは対照的に顔を下に向け、表情に僅かに陰を落とす。

だが、その表情もすぐさま意志のこもった、力ある表情へと変わる。

 

「・・・・プレシア・テスタロッサの声はもう聞こえない。俺たちが夢の世界を脱出したことにより、姿形を保てなくなったか、もしくは引っ込んだか定かではない。だが・・・・行けるか?」

「はい。私はもう迷いません。母さんやアリシア、そしてあなたに背中を押されましたから。」

「・・・・そうか。」

 

 

 

「フェイトちゃん!!ヒイロさん!!」

 

そこになのはが嬉しそうな声をあげながらヒイロとフェイトの元へ駆け寄ってくる。

彼女が近づいてきたことに気づいた二人はなのはの方へ視界を向けるとフェイトも同じように嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「無事でよかった・・・!!!」

「なのは・・・ごめんね、迷惑かけちゃって・・。」

 

なのはのバリアジャケットはナハトヴァールとの戦闘の苛烈さを否が応でも感じさせられた。随所で土埃や煤で汚れていたり、裾の方は裂けていたりした。なのはに任せっきりになってしまったことを申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするフェイトになのははそんなことないというように首を横に振った。

 

「ううん、そんなことないよ。私はフェイトちゃんが無事に戻って来てくれれば、それで良かったから。」

 

なのははフェイトに向けてそういうと今度はヒイロに視線を向ける。ウイングゼロのガンダムフェイス越しだったが、ヒイロはその視線をなのはの視線と合わせる。

 

「ヒイロさん、闇の書の主・・・はやてちゃんのことはどうなったんですか?」

「・・・・あそこだろうな。」

 

ヒイロはそういいながら顔を自身の後ろの方へ向けた。それにつられるようになのはが彼の後ろを見つめると、そこには雪のように白く輝く光の玉が浮かんでいた。

 

 

 

 

『自動防衛プログラム、ナハトヴァールの分離を確認。ですが、やはりというべきでしょうか。暴走は止まらないようです。』

 

ナハトヴァールから解放された管制人格、名を改め、リィンフォースははやての体を大事そうに抱えながらナハトヴァールの暴走が止まらないことを伝える。

 

『う〜ん・・・まぁ、なんとかなるやろ。』

 

まるで根拠がないような言葉を述べながらはやては虚空の空間に手をかざす。

すると次の瞬間、はやての元に闇の書、否、ナハトヴァールが分離し、それまで溜め込まれた『闇』が解放された今、闇の書は夜天の空へと還った。

 

はやては夜天の書のページを開くと記された文字の羅列の中に不自然に抜けた箇所を見つける。

 

『理由を聞いてもよろしいですか?』

 

リィンフォースはまるで答えがわかっているかのような表情を浮かべながらも敢えてはやてにその理由を尋ねる。

はやてもリィンフォースが敢えて聞いてきたことを察したのか苦い笑みを浮かべながらそのページの中の空欄に指を充てる。

 

『守護騎士システム、修復開始。リンカーコアを夜天の書へと回帰。』

 

はやてが夜天の書に命じるとその空いた空欄に文字の羅列が刻まれる。

それははやてがもっとも大事にしていた、家族達の存在証明ーー

 

『さっきの質問に答えるとな。私にはシグナムやヴィータ、シャマルとザフィーラの守護騎士のみんな、ヒイロさんやフェイトちゃんといった私を助けてくれる人達、そして何よりーー』

 

はやてはそこで言葉を切ると自身を抱えているリィンフォースに笑顔を向ける。

 

『リィンフォース。アンタがおる。みんながいれば倒せないものなんかない。私は胸を張って、そう言えるよ。』

 

そういいながらはやてはリィンフォースに向けて手を伸ばした。

 

『行こ、リィンフォース。』

『・・・・はい。主はやて。』

 

リィンフォースは微笑みながら、その伸ばされたはやての手を優しく包み込むように握った。

 

 

 

「あれは・・・・。」

 

ヒイロが光の玉の周囲に変化が現れたことを視認する。それは古代ベルカ式に見られる正三角形の魔法陣が4つ。

 

その色は赤、薄い紫、緑、そして薄い青。夜天の書のプログラムの一種であり、はやての家族である守護騎士達の色であった。

 

「フェイト!!無事かい!?」

「アルフ・・・?すずか達の方は大丈夫なの?」

「一応、結界の外には置いてきたから大丈夫さ!」

 

そのタイミングでヒイロ達の側にアルフがやってきた。すずか達二人の警護が済んだからこちらに援助をするためにやってきたのだろう。

戦力が増えることに越したことはないため、ヒイロは視線をはやて達に集中させ、アルフに対して特に言うことはなかった。

 

その魔法陣がしばらく輝きを続けるとその魔法陣から人影が現れる。

それは紛れもなくヴィータ達、守護騎士の面々であった。

 

「ヴィータちゃん・・・!!よかった・・・!!」

「シグナムも大事ないみたい・・・・よかった。」

「シャマルやザフィーラも問題なく戻ったか。あとははやてだが・・・・。」

 

守護騎士達が生き返ったことに安堵の声を上げるなのはとフェイト。ヒイロも守護騎士達を視認するが、その視線は光の玉の中にいるであろうはやてに注がれていた。

 

その光の玉が突如として轟音と共に真下に光を伸ばすと海の水が衝撃で巻き上げられる。さながらその様子ははやてが闇の書の暴走でナハトヴァールへと変貌した時のようであった。しかし、その柱は身の毛がよだつような代物ではなく、どこか優しげな雰囲気が感じられるものであった。

 

驚いた様子でその根が下された光の柱を見つめるヒイロ達。

しばらく辺りに轟音を撒き散らしながら輝き続ける光の玉は徐々にその姿を縮小させていく。

 

『なのはさん、フェイトさん、ヒイロ君!!リンディよ、聞こえるっ!?聞こえるなら返事をしてちょうだい!!』

 

そのタイミングで、なのはとフェイトには念話、ヒイロにはウイングゼロの通信機能を介して、リンディから連絡が入る。

アルフからリンディが試験運行中だったアースラを引っ張って来ていると聞いていた三人は彼女がアースラを引き連れて地球にやってきたことを察する。

 

「リンディか。お前が来たということは、ユーノやクロノも来ているんだな?」

『ええ、もちろんよ。二人とも既に転送装置で向かっているわ。』

 

リンディとそのやりとりを行った瞬間、ヒイロ達の元に二人の人影が現れる。

黒を基調としたコートのようなバリアジャケットを展開し、銀色に水色のクリスタルのようなものが施された手のひらサイズのカードを手にしているクロノとさながら冒険者が羽織るようなマントをはためかせたユーノが舞い降りた。

二人は険しい表情を浮かべながら、ヒイロ達を見据える。

 

「まずは、ここまで後手に回ってしまったこと、管理局の執務官として謝らせてほしい。すまなかった。」

「僕もだ。もう少し、闇の書に関しての情報を見つけ出すのが早ければここまでひどくなることはなかったのかもしれない。」

「そんなことないよ、クロノ君やユーノ君は私やフェイトちゃんじゃできないことをやっていたんだし・・・。」

「そうだよ・・。クロノは執務官としての目線から、ユーノは無限書庫にある古文書の調査。どっちも私やなのはじゃできなかった。ヒイロさんもそう思いますよね?」

「・・・・・・ギル・グレアムの方は最終的には俺よりクロノ、お前に任せた方が後腐れは少なかっただろうな。特にユーノはお前が仕入れてきた情報がなければ守護騎士達を止めることができなかった。自分を卑下するのもそこら辺にしておけ。どのみち、闇の書は暴走させた方が手っ取り早かったのは事実だったからな。」

 

そういって申し訳なさげな雰囲気を出す二人になのはとフェイトは首を横に振った。特にフェイトは目線をヒイロに向けながら援護射撃を求めた。

それをみたヒイロは少々面倒な空気を醸し出しながら二人にそう言い放った。

 

「待ってほしい。闇の書は暴走させた方が手っ取り早い?それは一体どういうことなんだ?」

 

クロノの言葉にヒイロは視線を守護騎士達のいる方向に移した。

 

「守護騎士達が囲んでいる光の玉だが、あそこには今回の闇の書の主である八神はやてがいる。ギル・グレアムからある程度は聞いてはいるか?」

「ああ。グレアム提督から聞いている。両親を早くに亡くした彼女に提督は経済的な支援をやっていたらしい。」

「・・・・あの男は、そんなことをやっていたのか・・・。よくよく考えてみれば両脚が不自由なはやてに資金を稼げるはずはなかったな。」

 

だが、今は関係のないことだ。ヒイロはそう考えを打ち切った。今は目の前で過去からの呪縛に苛まれ、その忌々しい鎖を断ち切るために立ち上がる少女のために、ヒイロは闘う決心をする。

 

「話を戻す。暴走させるのが手っ取り早いと言った理由だが、闇の書を完全に破壊するにあたって、自動防衛プログラム、ナハトヴァールの存在は邪魔以外の何物でもない。システムを機能停止にさせるために奴を一度、表に引きずり出す必要があった。その結果がアレだ。」

 

ヒイロはそういうと守護騎士達がいる方角とは別の方向に指を向ける。全員がその方角を向くと、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

海の上にぽっかりと穴が開いていた。その穴はそこが漆黒の闇に彩られ、その様子はさながらブラックホール。全てを呑み込んでしまうような不気味さを醸し出していた。

さらにそこからなんらかの生物と見られる触手が見え隠れしていた。そのあんまりな光景になのはとフェイトは表情を引きつらせ、ユーノとクロノはその険しい表情を一層深めた。

 

「アレが分離したナハトヴァールそのものと言っても過言ではないだろう。だが、詳しいことははやてに聞け。」

「そう、だね。どうやら、向こうも準備が整い始めているみたいだからね。」

 

クロノがそういうと徐々に光の縮小が進んでいた光の球が消え失せるとそこには黒いスーツに金色の線の意匠が施されたバリアジャケットのようなものに身を包んだはやてが現れる。その手には先端に剣十字がついた杖と夜天の書が握られていた。

はやてはその閉じられた瞳をゆっくりと開くと手にしている剣十字の杖を空へ掲げる。

 

「リィンフォース、ユニゾンインッ!!!」

 

その声と共にはやての胸元にどこからか飛来した濃い紫色に輝く球体が溶けるように吸い込まれていった。

その瞬間、はやてのバリアジャケットや姿に異変が起こった。

胴体を覆うくらいだった黒いスーツの上に白い丈の短い服を羽織り、腰の部分からは金色に輝く煌びやかな装飾が施された藍色のスカートが現れる。

整った茶色の髪が白がかったクリーム色へと変貌し、開かれたその瞳は黒から碧へと変貌を遂げ、ベレー帽のような白い帽子がかぶせられる。

 

何より目を惹いたのはナハトヴァールにも生えていた左右に3枚ずつ、計6枚の漆黒の翼。

 

「はやての姿が変わった・・・・?」

「もしかして・・・融合型デバイス・・・?ミッドチルダでも滅多に見ないタイプのデバイスだ・・・!!」

 

はやての変身に怪訝な顔を浮かべるヒイロだったが、ユーノが驚きの表情を浮かべながらそう述べた。

融合型デバイス、その字面の通り、今のはやては何か別のものと融合した姿であることは想像に容易い。

 

(問題は一体何と融合したかだが・・・・消去法でしかないが、リィンフォースと融合したのだろうな。ナハトヴァールと分離を果たした今の奴ならばなんら問題は起こらないだろうな。)

 

 

リィンフォースのはやてを思う気持ちは他の守護騎士達となんら変わりはなかったからな。

 

ヒイロはそう心の中で思いながらはやての様子を見守っていた。

そのはやては今、管理者権限で復活を果たした守護騎士達と対面し、言葉を交わしていた。

シグナム達は心底から驚いた様子を見せていたが、ヴィータが目から大粒の涙を零しながらはやてに飛びついたところからはやてを含めた四人の表情が柔らかなものへと変わった。

その光景はまさに家族と言っても過言ではないほど仲睦まじかった。

 

だが、今は状況がそうは言ってはいられない。ヒイロは意識を切り替えるとはやて達の元へと飛翔する。

それにつられるようになのはやクロノ達もヒイロの動きに追従する。

 

「はやて。確認しなければならないことがある。」

「んぉっ!?・・・・もしかしてヒイロさん?」

「・・・・そうだが。」

 

驚いた様子のはやてに対して、ヒイロは少しばかり呆れたような口調で答える。なにせウイングゼロの姿を見て、それがヒイロかどうかのやりとりを既に何回も行ってしまっている。

はやてが目の前のウイングゼロと自身の背中の黒い翼を見比べるように視線を行ったり来たりさせる。

 

「私のは堕天使で、ヒイロさんのはまるで天使・・・。結構私とヒイロさん、相性ええんちゃう?」

「・・・・まだお前がどういう戦い方をするのかわかっていないにも関わらず相性もなにもないだろう。」

「そういうこと言ってるんとちゃうんやけどな・・・・・。」

 

ヒイロの言葉にはやてはどこか不貞腐れたような表情をしながら口をすぼめた。

あまりよくわからないはやての反応にヒイロは怪訝な表情を浮かべながら、話を進めることにした。

 

「はやて、あの海上に開いた渦のようなもの、あれはナハトヴァールという認識で問題ないな?」

「・・・・うん。自動防衛プログラム、ナハトヴァール。その侵食暴走体や。言うなれば、『闇の書の闇』 これまでの夜天の書に悪い改造を施されてきた悪意の塊や。」

『今はまだ活動を本格化してはいないが、仮に野ざらしにしてしまえば、この星1つは容易く呑み込んでしまうだろう。』

 

そうはやてと共にナハトヴァールの概要を話したのはリィンフォースであった。

しかし、その体は手のひらサイズまで縮小し、身体も半透明となっており、さながら妖精のようでもあった。

 

「ならタイムリミットもそれほどないと認識すべきか。迅速に対処する必要があるが、奴にも無限回復機能は備わっているのか?」

『元々、無限回復機能もその改悪の一種です。当然の如く、向こうにも備え付けられてあります。生半可な攻撃はすぐに回復されるでしょう。』

 

リィンフォースの言葉にヒイロは特に表情を変えることなく別の人物に向ける。

ヒイロは魔法に関しては素人同然だ。ならば、その道に通ずるエキスパートに判断を仰ぐしかない。

 

「クロノ、お前の執務官としての知識を貸せ。何かプランはないのか?」

 

ヒイロに問われたクロノは手にしていた銀色のカードを構えた。そのカードはクロノが構えると同時に光に包まれながらその身を銀色に輝く杖へと変える。

デバイスと思われるソレは周囲に目に見えるほどの冷気を吐き出した。その強さはしばらくクロノの周りに氷の結晶がキラキラと光に反射するダイアモンドダストが起きるほどであった。

 

「プランはある。だけど、そのためにはここにいるみんなの力が不可欠だ。なのは達はこの世界を救うため、守護騎士達のみんなははるか昔からの呪いの鎖を断ち切るために。」

 

クロノの言葉に総員の表情が気の引き締まったものに変わる。ヒイロも言わずもがな、ウイングゼロのガンダムフェイスの下で気を引き締め直す。

 

「みんなの力を、貸して欲しい。」

 

クロノが静かに、それでいて意志のこもった言葉に総員の答えは1つ、ただ無言で頷くことであった。

 

「なら、プランを伝えるよ。とは言っても、内容自体はすごく簡単なんだけどね。」

 

そういいながら、クロノはヒイロ達にプランを伝える。途中、はやてからのナハトヴァールについての情報を交えながらプランはより濃密なものになっていった。

 

 

 

「・・・・・了解した。確認だが、最終的には軌道上に展開しているアースラまでナハトヴァールのコアを転送させればいいんだな?」

「まぁ、そうなるね。一応、そこに至るまでの作戦も伝えた通りだけど、不測の事態が起こらないとは限らない。その時はよろしく頼むよ。」

 

クロノの言葉にヒイロは頷く様子は見せずに海上に空いた穴に潜んでいるナハトヴァールに視線を集中させる。

 

大型魔導砲『アルカンシェル』

 

今回のアースラのメンテナンスで取り付けられた大型艦艇につけられる管理局の誇る最終兵器だ。

その砲弾は一定空域に空間歪曲と反応消滅を引き起こし、着弾空域の物体を悉く消滅させる。

 

クロノが建てた作戦を掻い摘むとそのアルカンシェルでナハトヴァールのコアを消滅させるというものであった。

 

ヒイロやなのは達、それにはやてやシグナム達といった総勢、12人の戦士達の目が未だ胎動を続けるナハトヴァールが作り出した空間の穴を見つめる。

 

「・・・・来るぞ。」

 

不意にヒイロが呟いたその瞬間、海の中から無数の蛇のような生命体が空間に開いた穴を取り囲むように現れる。

そして、その生命体が守っている穴から超巨大な生命体が浮かび上がる。

 

無数の脚、人どころかビルを丸呑みできるほどはありそうな巨大な口、胴体から生えている醜い翼。

一般的に化け物と呼ばれる特徴をふんだんに盛り込んだような醜悪な獣がその声にならない産声をあげる。

 

その獣に対し、戦士達は杖や鎌、魔法陣に剣、槌や己の拳と自分達のもっとも得意とする獲物を構える。

 

ヒイロもその例外ではなく、両翼にそれぞれ一丁ずつ収納しているバスターライフルを連結させ、『ツインバスターライフル』として構えた。

 

「・・・・最終ターゲット確認。目標、闇の書の闇。」

 

最終決戦の火蓋が切って落とされる。戦士達は大事な者たちとの明日を守るために飛翔する。

 

 




「・・・・なぁなぁ。守護騎士の奴ら、普通に管理者権限で闇の書から分離されちまったよな?」
「ええ、そうですね。僕たちが手を出す必要性がなくなってこちらとしては嬉しい限りですが・・・。」
「俺たちって残ってる意味あんのかね?ゼクスから連絡があったとはいえ、その必要性もなくなっちまったじゃねぇか。」
「貴様は馬鹿なのか?まだ残っている奴がいるのは明白だろう。」
「はぁっ!?テメェ、好き勝手言いやがって・・・・!!」
「そこら辺にしておけ。俺たちの仕事が終わっていないのは事実だ。そのためにもプレシア・テスタロッサの元へきたのだろう。」
「・・・なぁ、マジでやんのか?アイツを切り離すのは文字通り骨が折れるぜ?」
「君の言う通り、難しいのは確かです。ですが、僕たちみたく兵士としてならともかく、年端のいかない少女にこれ以上、家族を喪う悲しさを味わってほしくはありませんからね。」
「・・・・・ヘイヘイ。おっしゃる通りですね・・・・。とはいえ、お前さんが乗り気になるとは思わなかったな。」
「ふん・・・。貴様には関係のないことだ。」

四人の少年たちは木々をかき分けながらテスタロッサ邸、もとい時の庭園を進んでいく。
やがてひらけた場所に辿り着くとそこではさながら待っていたかのようにプレシア・テスタロッサが立っていた。その表情はどこか面倒に思っているような感じであった。

「お得意の魔術で俺たちが来るのがわかっていたみたいだな。なら、こっちの要件も言わなくても分かってるんじゃないのか?」

腰まで下ろした髪を三つ編みにした牧師服を着た少年はプレシアに向けてそう言い放つ。

「はぁ・・・・。私にはメリットがないのだけれど?」
「それは僕たちも一緒ですよ。言うなれば、ただのお節介です。それに、あなただってもう家族を喪った子供を見たくはないはずです。」

立ち振る舞いから明らかに高貴な生まれの少年がプレシアにそう持ちかける。
その少年の言葉にもう一度ため息を吐いた。

「・・・それで?私は何をすればいいのかしら?」
「闇の書のシステム面での把握だ。魔法技術から作られたデバイスとはいえ、中身は機械とそれほど変わりはない。俺たちの持つ技術でも代用は可能ではないが、やはり専門家としての視線が欲しい。そこで貴方の力を借りたい。」
「間に合うかどうかははっきりしてないのでしょう?それでもやるの?」

特徴的に前に前進した髪型が目立つ少年の言葉にプレシアは疑問気な言葉を返した。

しかし、少年たちは表情を何一つ変えることなくプレシアの視線にじっと見つめ返した。
しばらくの間、少年たちとプレシアの間で長い沈黙が続く。

「・・・・・・分かったわよ。」

その沈黙合戦は、プレシアが折れる形で終幕を迎えた。

「ありがとうございます。」

そのプレシアの言葉に高貴な少年は頭を下げ、感謝の言葉を述べた。




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第28話 未来の行方

推奨BGMは『Rhythm Emotion』もしくは『Eternal Blaze』のどっちか、だと思いますわ・・・。


「まずは足を止めさせます!!アルフさん、ユーノ君、ザフィーラは先行してバインドを!!」

「あいよ!」「了解!!」「心得た!!」

 

後方支援がメインのシャマルの指示で三人が先行して闇の書の闇へと接近する。

バインドを仕掛けて動きを抑制させるためだ。

しかし、闇の書の闇の周囲に蔓延る触手のような生き物の大口が開くとそこから魔力で編まれたビームが発射される。

触手の数も相まってそのビームの数は視界が埋まりそうなほど想像を絶し、アルフたちは足止めを余儀なくされてしまう。

 

「ヒイロ君!!援護を!!」

「任務了解。」

 

シャマルの指示がヒイロに飛ぶ。任務を受諾したヒイロはウイングゼロの翼を羽ばたかせながらビームの中を突き抜けていく。

やがて一度の被弾もなく弾幕を切り抜け、アルフたちの前へ躍り出たヒイロはツインバスターライフルを二つに分割した状態で闇の書の闇にその銃口を向けた。

 

「ターゲットロックオン。直ちに敵生命体を殲滅する。」

 

ヒイロがバスターライフルの引き金を引くと二つの銃口から山吹色の閃光が放たれる。触手状の生命体は変わらずビームを吐き出しているが、バスターライフルの荷電粒子砲の光はそれすらも容易く呑み込み、闇の書の闇を囲っていた生命体、配置的には砲台のようになっていたものをチリ一つ残さず消滅させる。あわよくばバスターライフルによるプラズマ過流とリーゼロッテをプロテクションごと焼き尽くした灼熱の奔流で闇の書の闇本体にもダメージを期待したが、肝心の本体はその巨体を覆うほどの結界を形成して防御しており、ダメージのようなものは見られなかった。

 

(あれが話にあった闇の書の闇が展開する複合4層の防御結界か。あれの破壊は別の奴に任せることになっている以上、余計な手出しは無用か。)

 

「敵生命体の消滅を確認。・・・再生されないうちに早く行け。」

「サンキュー、ヒイロ!!」

「先鋒の役割、しかと果たしてみせよう!!」

「あれほどの火力を瞬時に発射できてしまうなんて・・・やっぱりヒイロさんの世界は科学技術の進歩が著しいんだな・・・。」

 

アルフは感謝、ザフィーラは自身を鼓舞する声をあげ、ユーノはウイングゼロの火力に舌を巻くと三者三様の反応を見せながら闇の書の闇に接近していく。

 

「さぁーて。コア露出までアタシたちで時間を稼ぐよ!!」

「無論だ。盾の守護獣として、敵を押しとどめるのは専売特許だ。」

 

「それじゃあいくよ!!ケイジングサークルッ!!」

「チェーンバインド!!」

「穿て!!鋼の軛っ!!」

 

各々がバインド系の魔法を闇の書の闇に向けて使用する。ユーノのケイジングサークルは闇の書の闇を取り囲み、アルフの鎖は脚を縛り付け、ザフィーラの軛は楔となりて闇の書の闇に打ち込まれる。

楔に鎖、さらには自身を覆う囲いと移動を抑制された闇の書の闇。

しかし、その抑制もあまり効果がないのか闇の書の闇が暴れるとアルフのチェーンバインドとザフィーラの鋼の軛は粉々に粉砕されてしまう。

ユーノの展開しているケイジングサークルは強度が段違いなのか闇の書の闇が暴れても壊れる様子は見られなかった。

 

「そう簡単に、破らせる訳にいかないよ・・・!!!これでも伊達に結界魔導師をやっている訳じゃないからね!!」

 

 

 

「第1陣、なのはちゃんにヴィータちゃん!!お願い!!」

「鉄槌の騎士、ヴィータと鉄の伯爵、グラーフアイゼン!!」

「高町なのはとレイジングハート・エクセリオン!!」

 

「行くぜっ!!」「行きますっ!!」

 

なのはとヴィータがそれぞれの獲物を構えながら闇の書の闇へと飛翔を開始する。

ユーノのケイジングサークルに阻まれ、碌に動けない闇の書の闇は自身の周囲から再度触手型の生命体を作り出し、接近する二人に向けて砲撃を開始する。

 

「ヴィータちゃん!!」

「わーってるからさっさと援護を頼むぜ!!」

 

飛来する砲撃に対し、ヴィータはスピードを上げながらさらに闇の書の闇に接近を開始する。

対するなのははレイジングハートを構えると自身の周囲にアクセルシューター用のスフィアを展開する。

途中、直撃弾の砲撃が飛んでくるがなのはの堅牢な防御力の前に弾かれる。

 

「ターゲット、マルチロックオン・・・・!!当たれぇぇぇぇぇぇ!!」

『Accel Shooter』

 

振り上げた右手を勢いよく振り下ろす。その瞬間、なのはの周囲を飛んでいた総勢32のスフィアが桜色の軌跡を描きながらヴィータに近づく砲撃を悉く撃ち落としていく。

 

「よくもまぁ・・・あんな数を制御するもんだ。」

 

ヴィータはなのはに対し、驚嘆するような表情をしながら、彼女の援護のもと、闇の書の闇の頭上までたどり着く。

長らく自身や幾人もの主を苦しめてきたその元凶を叩き潰し、ついぞ得ることのなかった平和な日常をこの手で掴む。

ヴィータはグラーフアイゼンを握る手に力を込めるとカートリッジの薬莢を吐き出させ、リロードする。

 

「轟・天・爆・砕!!!」

 

ヴィータがその掛け声と共にグラーフアイゼンを振り回すとその槌の部分が分解され、パーツが組み替えられていく。パーツとパーツが組み合わさる音を辺りに響かせながらグラーフアイゼンはその姿を徐々に巨大にしていく。

やがてグラーフアイゼンの槌はヴィータの身長をゆうに越え、闇の書の闇と同等の大きさまで巨大化する。

 

「ギガント・・・シュラァァァァァクッ!!!!!」

 

 

およそ質量保存の法則もへったくれもなくなったグラーフアイゼンをヴィータは思い切り闇の書の闇へと振り下ろす。

闇の書の闇は当然防御結界を展開し、防御するが、グラーフアイゼンのその圧倒的な質量攻撃に第1層目を粉砕されながらその身を海中へと沈められる。

しかし、結界は破壊しても闇の書の闇自体は未だ健在で辺りに砲撃を撒き散らしながら耳をつんざくような咆哮を上げる。

 

「一層目、ぶっ壊したぜ。」

 

それでも一通り、自分の為すべきことをなしたヴィータは得意気な表情を浮かべながら元の大きさに戻ったグラーフアイゼンを肩にかける。それを確認したシャマルが次の指示を飛ばす。

 

「次、シグナムとフェイトちゃん!!魔力攻撃による第2層、第3層の破壊をお願い!!」

「了解した!!剣の騎士、シグナムとその魂、炎の魔剣、レヴァンティン!!」

「フェイト・テスタロッサとバルディッシュ・アサルト。」

 

「参るっ!!」「行きますっ!!」

 

海水ギリギリの高度でシグナムとフェイトが闇の書の闇に向けて肉薄する。

シグナムとフェイトが迫り来ることを視認したのか闇の書の闇は砲撃を二人に向けようとするが、ヒイロ達が瞬時にバスターライフルやバインドを用いた妨害に入り、まともな対応を取らせない。

 

「先行します!!」

「ああ、頼んだ。」

 

フェイトがシグナムにそういうと彼女の前に踊り出て、バルディッシュを構え、カートリッジを二発リロードする。カートリッジからの魔力をもらったバルディッシュはその鎌状の魔力刃の輝きを一層強める。

 

「クレッセント、セイバーっ!!!」

 

そして勢いよくバルディッシュを振るう。バルディッシュについていた魔力刃は斬撃波のように回転しながら闇の書の闇に飛んでいく。

しかし、その刃は結界に阻まれ、その巨体に届くことはなかった。

 

これでいい、フェイトはその心の中で言いながら大きくジャンプすることで闇の書の闇を飛び越え、シグナムと挟み撃ちのような構図を作り上げる。

 

「刃、連結刃に続く我が魂のもう一つの姿、今ここに見せよう。」

 

左手にレヴァンティンの鞘、右手に剣を持ったシグナムは剣の持ち手を本来であれば刃を入れるはずの鞘に差し込んだ。

その瞬間、レヴァンティンの形状が僅かに変化し、剣の切っ先と鞘の先端が魔力で編まれた糸で繋がった。

その様子はさながら弓のようであった。

 

「闇の書の闇・・・貴様の存在、その何もかもを夜天の書から消してみせよう。」

 

シグナムは闇の書の闇に向けて静かに言い放つとカートリッジから二発リロードし、魔力で構成された矢を摘みながら弦を弾く。

視線を鋭くし、闇の書の闇をその眼光で捉える。

さらにシグナムは矢を引いた状態のまま、もう二発、カートリッジをリロードする。

 

「翔けよ、隼っ!!」

『Sturmfalken』

 

シグナムの指から矢が離れる。その瞬間、凄まじい勢いで矢が発射され、その矢が炎に包まれる。

紅蓮の焔に包まれながらもその形はさながら鳥のような翼を持ち、一直線に闇の書の闇へと突っ込んでいく。

その炎の鳥は闇の書の闇の展開する結界を貫き、内部で爆発。その威力は結界内部が炎に包まれて見えなくなるほど強力なものであった。

 

「フェイト・テスタロッサ、目標を破壊しますっ!!」

 

対岸にいるフェイトもバルディッシュにカートリッジリロードを命じる。

 

「バルディッシュ、ザンバーフォーム!!」

『Zanber form』

 

薬莢が吐き出されたことを確認したフェイトはバルディッシュに指示を下し、その形状を変えさせる。

バルディッシュは鎌状から剣の持ち手部分のような形へと変わり、半実体化したような魔力で構成された刀身を作り出した。

 

「撃ち抜けっ!!雷神っ!!!」

『Jet Zamber』

「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

乾坤一擲、声を張り上げながら巨大化したバルディッシュの刃を闇の書の闇に向けて振り下ろす。

その太刀筋は一切の迷いなく、闇の書の闇の結界をシグナムが破壊しかけた第2層と第3層をまとめて破砕する。

 

「あと一層・・・・!!」

 

フェイトがそう言いながら追撃を仕掛けようとした瞬間、闇の書の闇に異変が生じる。

胴体の大口が一際大きな咆哮をあげ、その巨体が悶え始める。

 

何かがおかしい。フェイトの直感がそれを感じ取る。

 

「う、ウソ・・・・!?」

 

フェイトは思わず驚愕の表情を浮かべながら、()()()()()()

闇の書の闇がその背中に生えていた生々しい翼を羽ばたかせるとその巨体を空へと浮かせる。

ある程度まで浮遊した闇の書の闇は水色のプレート状の結界を自身の周囲を取り囲むように展開する。

 

「まだクロノの魔法には時間がかかる・・・。このままじゃ・・・。」

『各員に通達する。そのまま作戦行動を継続しろ。』

 

逃げられる。その思った瞬間、フェイト達に念話が届く。その念話の主はヒイロであった。

フェイトは咄嗟にヒイロの姿を探すが一向にその姿を見つけられない。一体どこに行ったのかと思っていると視界の端に僅かに空に輝く光が見えたような気がした。

 

「ヒイロさん・・・・?」

 

目を凝らしてその光を見てみると滞空している闇の書の闇、そのさらに上を取ったヒイロがツインバスターライフルを構えながら滞空していた。

 

 

「出力をリミッター上限の70%に調整・・・・戦術レベル、効果最大確認・・・。」

 

ヒイロは照準を闇の書の闇に向ける。僅かにブレを見せていたサイトは程なくして固定化され、動かなくなる。

 

「ターゲット・ロックオン。ツインバスターライフルを使用する。」

 

その瞬間、ヒイロはツインバスターライフルのトリガーを引く。銃口に一瞬、光が集まったかと思った瞬間、バスターライフルの時とは比べものにならないほどの爆光とエネルギー質量が闇の書の闇に向かい、一直線に飛んでいく。

なのはの持つ砲撃魔法、スターライトブレイカーと遜色ないほどのビームを闇の書の闇は展開していた結界で防ごうとする。

しかし、ツインバスターライフルのエネルギー質量の前にプレートは瞬時に呑み込まれ、消し炭と化す。

そのままツインバスターライフルの光は闇の書の闇に直撃し、その巨体を貫通。突き抜けたビームは海上で大爆発を起こし、海鳴市の空に巨大な水柱を形成する。

高く打ち上げられた水柱から降り注ぐ海水と爆発の余波に思わず顔を腕で覆うフェイト。

しばらく爆発に煽られるフェイトだったが、やがて衝撃波も止み、恐る恐る腕を下げるとそこには目を見張る光景が広がっていた。

 

貫通するほどの攻撃を喰らい、バランスを崩したのか、闇の書の闇はその身を再び海上に下ろしていた。

だが、何より目につくのはその巨体に付けられた円形の空洞、十中八九、ヒイロが撃ったビームが原因だろう。

穿たれた円形の空洞は外縁が赤熱化して、その熱が闇の書の闇の無限再生機能を阻害しているのかしばらく治る気配は見当たらなかった。

 

「結界ごと、闇の書の闇を撃ち抜いた・・・!?これが、ヒイロさんの世界の、ウイングガンダムゼロの力・・・・?」

 

フェイトは目の前に広がる光景に驚くことしかできないでいた。ただでさえ火力の凄まじいバスターライフル。一度、リーゼロッテ達を捕らえる際に撃っていたが、あれは二丁あるうちの片方、それも出力を抑え、わざとビームを外した上でその余波だけで管理局でも有数の実力者であるリーゼロッテを奇襲だったとはいえ、一撃で撃墜した。

それだけでも舌を巻いてしまうほどの火力だと言うのに、そのバスターライフルを二丁合わせた武装はそれすらも軽く凌駕してしまった。

 

「な、なななななな、なんや今の・・・!?ま、まさかとは思うけど、ヒ、ヒイロさんが、やったんか・・・?」

『何という、火力とエネルギー量・・・・。単純火力だけを見れば、高町なのはのスターライトブレイカーと遜色ない・・・!!あれが、ヒイロ・ユイの、アフターコロニーのモビルスーツの、力・・・・!!!』

 

目の前で起こったありえない光景にはやてはベルカ式の正三角形の魔法陣を展開したまま、その中心で驚愕の表情のまま固まり、リィンフォースは改めてウイングガンダムゼロの圧倒的な火力の高さに対して認識を改める。

 

「凄い・・・・・・!!」

『何を呆けている。闇の書の闇は再生を始めているぞ。さっさと作戦行動を再開しろ。』

「あ!!は、はいっ!!」

 

なのはがツインバスターライフルの火力に呆然としているとヒイロから念話が飛んでくる。なのははその声に慌てた様子を見せながら移動を開始する。

チラリと視線を闇の書の闇に移してみればヒイロの言う通り、ツインバスターライフルで開けられた空洞が塞がりかけていた。

やはり、コアをどうにかしなければ停止させることは難しいようだ。

 

 

「クロノ君!!あとどれくらいで行けるんや!?」

 

驚愕していた表情を元に戻し、はやては海上に立ち、グレアムから託され、現在手にしているデバイス、『デュランダル』を構えながら、詠唱しているクロノに声をかける。

 

「…………30秒。いや、20秒待ってほしい。」

「20秒やなっ!!りょーかい!!」

 

詠唱しているクロノは静かに閉じていた瞳を開けるとはやてに端的にそう伝える。それを聞き届けたはやては予め展開しておいた魔法陣の光を一層強める。

 

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち抜け。石化の槍、ミストルティン!!」

 

はやてが詠唱を唱えると背後から魔法陣を中心に六本、その生み出された槍の中心に一本の計7本の槍が闇の書の闇に降り注ぐ。

ツインバスターライフルによるダメージで再生に躍起になっているのか、闇の書の闇は避ける素ぶりすら見せず、槍はその巨体に深々と突き刺さると刺さった箇所からさながら侵食するように石へと変えられていく。

程なくしないうちに闇の書の闇は完全に石化してしまった。

 

「刺さった箇所から石に変換させる魔法か・・・。仮に相手になるのであれば厄介極まりないな。」

 

ヒイロははやての魔法を見て、そのようなことを口にする。どれほど効果が強いのかは検討はつかないが、もし掠めただけでその石化の効果が発揮されるのであれば、ヒイロにとっても脅威になりかねない。

 

「足止めにしかならんと思うけど・・・!!」

「いや、十分だ!ありがとう!!」

 

はやてが苦々しい表情を浮かべるがクロノから感謝の言葉が届く。それが意味するものは、魔法の詠唱が完了したに他ならない。

クロノはデュランダルを石化している闇の書の闇に向けた。その彼の周囲には夥しいほどの視覚化された冷気が立ち昇る。

 

「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ!!」

 

「凍てつけっ!!エターナルコフィンっ!!!!」

 

クロノが手にしたデュランダルから青白く輝くビームが発射される。そのビームは海上を凍らせながら闇の書の闇に迫り来る。やがて、そのビームは着弾すると闇の書の闇を呑み込むほどの眩い光を放つ。

光は周囲に撒き散らすがデュランダルのものと思われる四つのビットがその光を反射し、闇の書の闇を光の中に閉じ込める。

 

エターナルコフィンの光が収まってくると、闇の書の闇は澄んだ氷の檻に閉じ込められ、その動きを完全に停止させていた。

クロノはその様子を確認すると、荒い息を吐きながら、空を見つめる。

見上げた空には一面の黒く分厚い雲ーーではなく、超巨大な桜色のスフィアが形成されていた。その超巨大なスフィアを作り上げた少女の側には、親友である金色に輝く雷光、白い魔法陣を展開している最後の夜天の主。

 

そして、彼女らを守護するようにその身の丈程ある巨大な純白の双翼を広げた天使が、その手に持つ銃身の長い細身の銃を闇の書の闇に向けていた。

 

「なのは、フェイト、はやて、ヒイロ!!あとは頼んだっ!!」

 

 

 

「・・・・準備はいいな?」

 

ヒイロがそう確認を取るとなのはとフェイトは無言で頷いた。しかし、はやては魔法陣を展開したまま、申し訳なさげな表情を浮かべ、考えに耽っているようだった。その様子はどこか悲しみを帯びていた。

 

「・・・・はやて。」

 

見かねたヒイロがはやてに声をかけるとびっくりしたのか一瞬、身を竦ませるとヒイロに視線を向ける。

 

「・・・・もしかして、見とった?」

「深く追及するつもりはない。だが、これだけは言っておく。お前が戦わなければ、またお前と同じような犠牲者が必要となってくる。」

「・・・・・ヒイロさん、時折ずるい言い方しよるよな・・・・。」

「事実を言ったまでだ。」

「でも、ありがとな。気を使ってくれたんやろ?」

 

そう言って笑顔を浮かべるはやてにヒイロは視線を向けることすらせずに闇の書の闇を見据えている。

その瞳がクロノのエターナルコフィンで作られた氷の牢獄の中で胎動を続けていることを目にする。

 

「この状況でもまだ動くか。はやて、もう一度確認するが、行けるか?」

「・・・・・うん。大丈夫。」

「・・・・そうか。」

 

はやての意志を確認したヒイロは再度ツインバスターライフルを闇の書の闇へ構え直す。

なのは、フェイト、はやての三人も自身のデバイスを介して、魔法陣の光を一層強める。

なのははとてつもない大きさの桜色のスフィアの輝きを強め、フェイトは雷光を帯びた半実体化した巨大な剣を、はやては正三角形型の魔法陣のそれぞれの頂点から黒い稲光を帯びた白いスフィアを発生させる。

 

「スターライト……!!」

「プラズマザンバー……!!」

「響け、終焉の笛!!ラグナロク!!」

 

ヒイロもツインバスターライフルの照準を固定する。その照準が捉えているのはその巨体に取ってつけたような女性の上半身の姿をした部分であった。

 

「闇の書の闇、ゼロが見せる未来の中に、貴様は存在しない!!」

 

ゼロシステムが見せたビジョンがその女性の上半身を模した部分にナハトヴァールのコアがあることを知らせる。ヒイロはそのビジョンの通りにツインバスターライフルのトリガーを引く。

 

『ブレイカァァァァァァァァァァ!!!!!!』

 

ツインバスターライフルの閃光が先に迸ると同時になのは達三人の魂のこもった砲撃魔法が闇の書の闇に向けて振り下ろされる。

組み合わさった兵器と魔法、相反する二種類の砲撃は闇の書の闇に直撃すると、大爆発を起こす。

 

その規模は爆発の余波で生まれる衝撃波が周囲にあった岩盤のオブジェを壮大な音を響かせながら崩壊させるほどのものであった。

無論、その爆発の中心にいる闇の書の闇も例外ではなく、三つの砲撃魔法と一つの大規模ビームが組み合わさった爆発はその巨体の肉を容赦なく削いでいく。

徐々に肉や皮が削がれ、骨格のようなものを爆発の中で晒していく闇の書の闇。

その中にヒイロは、怪しく紫色に輝くものを自身が狙い撃った女性の上半身を模した部分の中から見つけ出した。

 

「シャマルっ!!コアの露出を確認したっ!!」

 

直感的にその怪しく輝いている光の球体をコアだと断定したヒイロはシャマルに向けて呼びかける。

 

「こっちでも、確認済み・・・・っと!!」

 

その声が届いたかどうかは定かではなかっつが、爆発から離れた位置にいたシャマルは自身の転移魔法である『旅の鏡』から様子を見ていた。

そして、旅の鏡から映し出される映像にナハトヴァールのコアを確認したシャマルはそのコアを旅の扉の性質で自身の目前に、『取り寄せた』。

 

「長距離転送っ!!」

「目標、軌道上っ!!!」

 

シャマルのそばにいたユーノとアルフが彼女が取り寄せたナハトヴァールのコアを挟み込むように魔法陣を展開する。

そして、ナハトヴァールのコアは二人の転送魔法によって、上空に空高く打ち上げられた。

 

 

 

「コアの転送を確認!!ですが今なおコアを中心にして再生中!!は、早いっ!?」

 

ナハトヴァールのコアが転送されたのを確認したアースラのブリッジでは慌ただしくコンソールのパネルに打ち込む電子音が響き渡る。

 

「各員は落ち着いて対応を!!エイミィ、アルカンシェルのチャージは?」

「既に完了済みです!!いつでもどうぞ!!」

 

その慌ただしい状況の中でも艦長であるリンディは落ち着いた声をあげながらエイミィにアルカンシェルのチャージ状況を聞いた。

 

「試運転中に闇の書の暴走が始まってしまったから、細部の調整まで済んでいないけど、やるしかないわね。」

 

リンディは周囲に聞こえないほどの声量で言葉を零すと目の前に半透明な立方体が現れる。その立方体にはちょうど鍵が入りそうなほどの細い空洞が取り付けられていた。

リンディは手にしていた鍵を静かに見つめる。リンディが持っている鍵はアルカンシェルの火器管制機構のロックシステムを解除する文字通りの最後の鍵だ。

 

「ファイアリングロックシステム、解除。」

 

そういいながら鍵を挿し込むと半透明だった立方体は真っ赤に染まり、さながら閉じられていたものが開いたかのように立方体が二つに分割される。

 

「転送されたコア、来ますっ!!!」

 

アースラの正面に複雑な巨大魔法陣が三つ現れると同時に地球から転送されてきたナハトヴァールのコアが出現する。

その身はぐちゃぐちゃに崩れたまま再生されたのかもはや生物としての原型を留めていないほど様々な生物が混ざりに混ざり合っていた。

思わず艦内でどよめきの声が上がるがリンディは最後まで落ち着いた様子のまま、アルカンシェルのファイアリングロックシステムに手を当てる。

 

「アルカンシェル、発射っ!!!!」

 

 

「・・・・ゼロが激しい警告を挙げている?どういうことだ?」

 

リンディの意志のこもった声とヒイロの疑問気な声はほぼ同時に発せられた。

アースラから放たれたアルカンシェルの光は正確にナハトヴァールのコアへと飛んでいく。

 

 

『Anfang』

 

 

積み重なった闇は天に広がる希望の虹さえ、呑み込んだ。

そのことに最初に気づいたのはーーー

 

「ウソ・・・・!?アルカンシェルを……吸収した?」

 

エイミィの声が管制室の中で静かに響きわたる。それほど大きな声で言った言葉でなかったが痛いほどに響き渡ったのは全員が目の前の現実を正確に認識できていないからだ。

未来へと続く道は未だ、分厚い絶望の雲に包まれたまま。虹すら呑み込む深淵の闇を人は、人類の可能性は乗り越えることができるだろうか?




あー闇の書の闇がしぶといんじゃー^_^

闇の書の闇「まだだ、まだ終わらんよ!!」



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第29話 軌道上に天使は疾った

家族のいないたった一人の孤独な少女を救うために天使は今、闇へと挑む。




こちらの切り札であったアルカンシェルが吸収された。エイミィからの通信になのは達は大なり小なりの動揺を禁じ得なかった。

 

「アルカンシェルが吸収されたっ!?それは本当なのかっ!?」

『本当も何も、闇の書の闇は現在もアースラのいる軌道上を漂っているよー!!』

 

クロノの確認とも取れる声にアースラの管制室でエイミィは泣いているかのような声をあげながらそう伝える。

アルカンシェルが対応されてしまったのであればまた別の対応策を考えなければならない。

なのは達はアルカンシェルが防がれたことで意識が精一杯なのか、『嘘・・・。』や『そんな・・・。』と憔悴しきった声をあげるしかできないでいた。

 

「エイミィ、アースラから分かる限りの情報を伝えろ。現状、お前たちが情報源に他ならないからな。」

『わ、分かってる!!』

 

重要かどうかなど関わらずに現状は情報が欲しい。ヒイロはそう思いながらエイミィに情報の提供を求める。

このまま復活した闇の書の闇を放っておいていい訳がない。ゼロシステムを用いずともそれはわかりきっていたことだった。

 

『闇の書の闇はなんかもうよくわかんないくらいグロテスクな塊になって胎動を続けている!!肉の塊って言っても過言じゃないよっ!!』

「奴の大きさは?」

『おおよそ500メートルは下らないね!!正直言ってアースラの大きさを優に超えちゃってるっ!!』

 

アルカンシェルの魔力を蒐集した闇の書の闇はアースラを越すほどの巨体へと膨れ上がった。

500メートルクラスまで膨張した軌道上の闇の書の闇はもはや隕石といってもいいほどだろう。

 

(・・・・隕石?)

 

ふとヒイロの脳内に隕石という単語が色濃く残った。隕石とは地球の重力に引かれたスペースデブリが落下してきたものだ。大抵は大気圏に突入した時の熱量で燃え尽きてしまうのがほとんどだが、それは然程大きくないものだからだ。

しかし、今の闇の書の闇は少なくとも500メートルを越す巨体と化してしまっている。

仮に落ちてくれば、大気圏で燃え尽きることは、ない。

 

「クロノ、闇の書の闇は地球に大質量攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。」

「大質量攻撃・・・・!?まさか・・・・!!」

 

クロノがハッとした表情を浮かべるとヒイロは静かにそれでいて険しい表情を浮かべながら頷いた。

 

『ナハトヴァールの周囲に魔力反応!!』

「っ!?エイミィ!!術式の解析をっ!!」

『もうやってるって!!』

 

その時、エイミィから闇の書の闇に魔力反応が現れたことを告げられる。エイミィが術式の解析を行なっている間、クロノとヒイロの間で沈黙が走る。

だが、クロノとヒイロには闇の書の闇がなんの魔法を使おうとしているのか見当がついていた。

ついていたが故にその険しい表情は一層深まっていた。

 

『術式解読!!こ、これはーーーー』

 

『アル……カン……シェル…………!?』

「やっぱりか・・・!!」

 

エイミィの消え入るような声で語られた結果にクロノは表情を思い切り歪めた。

ヒイロもウイングゼロのガンダムフェイスの下で苦々しい表情を浮かべる。

 

「クロノ、アルカンシェルが地上に向けて放たれると、どうなる?」

「・・・・アルカンシェルは、着弾地点を中心にして少なくとも100キロの範囲に空間歪曲と反応消滅を引き起こす。仮に地上へ向けて放たれれば、その星に甚大な被害を被らせる。」

 

ヒイロのその問いに答えたのはクロノではなくユーノだった。時間が経ったことである程度冷静さを取り戻したのか、表情は苦しいものながらもしっかりと空を、正確に言えば軌道上にいる闇の書の闇を見据えていた。

 

「絶対に、地上に向けて放っちゃいけない魔法なんだ・・・!!」

「つまり、闇の書の闇がアルカンシェルを放つ前に完全に破壊する必要があるということか。エイミィ、ほかに闇の書の闇に動きはあるか?」

『アルカンシェルの発射方角が変なことぐらい!!地球とかアースラに向けているんじゃなくて、どうしてか自分に向けている!!まるで、爆弾みたいなーーあっ!?』

「・・・・どうした?」

『闇の書の闇が・・・・・!!』

 

アルカンシェルの状況を伝えていたエイミィが突然驚いたような声を上げるとそれきり黙りこくってしまう。ヒイロが不可解な様子で尋ねるとエイミィは驚愕の言葉を口にする。

 

『闇の書の闇、地球に向けて、降下中・・・!!』

「ヒイロが地球に大質量攻撃を仕掛けるって言っていたのはこういうことか・・・!!」

「・・・・・・!!」

 

エイミィの言葉を聞いたヒイロは頭の中で状況のシミュレートを行なっていた。

闇の書の闇が地球に落下を始めているのであれば、直ちに撃墜する必要がある。

しかし、ただ破壊すると言っても大気圏内で破壊すれば、破壊した時の破片が周囲に飛び散ってしまい、どれほどの被害を与えるかは未知数だ。

故に破壊するなら大気圏外の軌道上で破壊する必要がある。

そうすれば破片は少なくとも大気圏で燃え尽きるだろうし、爆発の衝撃波も地球に届くことがなくなる。

 

瞬時にそこまで手段を導き出したヒイロだったが、その視界に僅かにだが桜色と金色の光が見えたような気がした。

ハッとしたヒイロがその光の軌跡を追っていくとそれぞれの光の先頭になのはとフェイトの姿が映り込んでいた。

 

(まさか、闇の書の闇を破壊しに行くつもりかっ!?)

 

ヒイロは二人の行動をそう捉えるとウイングゼロのスラスターを一気に蒸し、彼女らの後を追う。なのははともかく、フェイトはスピード型の魔導士だがウイングゼロのスピードは二人の速度を優に超えると、あっという間に追いつき、彼女らの前に立ちはだかる。

突然ヒイロが立ちふさがったことになのはとフェイトは驚いた表情を浮かべながら急ブレーキをかけることで踏みとどまった。

 

「何をするつもりなんだ?」

「何って・・闇の書の闇の破壊に行くんです!!早くしないとみんなや地球が・・・!!」

「駄目だ」

「なっ・・・!?どうしてですかっ!?ヒイロさんだって早く破壊しないと地球が大変なことになってしまうのはわかっているはずですっ!!」

「ああ。それは分かっている。」

「だったらどうして・・・!!」

 

なのはの言葉を否定の言葉で一蹴したヒイロにフェイトは驚いた表情を浮かべながら問い詰めた。ヒイロがフェイトの言葉に同意を示したことも相まってフェイトの中で困惑の色が支配していく。

 

「お前たちが向かったところで、無駄死にするだけだ。」

「・・・・私たちじゃ、また足手まといって言うんですか・・・!!」

 

ヒイロの言葉にフェイトは顔を影を落としながら俯いた。ヒイロの視線からフェイトの表情を伺うことはできなくなったが、彼女が悔しさに表情を歪めているのは確かであろう。

 

「・・・・・・なのは、お前に一つ聞く。宇宙とは一体どのような場所だ?」

「えっ・・・?宇宙、ですか?」

「ああ。」

「え、えっと、無重力の空間で・・・・?それで水とかの液体がふよふよ浮かんだり・・・。」

 

突然のヒイロからの質問になのはは面食らいながらも宇宙についての概要を話す。しかし、なのはの口から無重力以外の宇宙に関しての単語が出てくることはなかった。

 

「宇宙空間が無重力状態なのは確かだ。だが、何より重要なのは、大気がないことだ。つまり人間にとって必要不可欠である酸素が一切ないことになる。」

『っ・・・・・!!』

「リンディ、聞こえるか?お前に聞きたいことがある。」

『ヒイロ君!?そっちで何かあったの!?』

 

ヒイロがアースラに向けて通信を繋げるとリンディの切迫した声が聞こえてくる。

闇の書の闇が降下を始めている以上、できる限り手短に伝えなければならないため、手早く聞きたいことを尋ねることにした。

 

「時間がないため、率直に聞く。バリアジャケットに酸素を供給する機能は付いているのか?」

 

ヒイロの言葉にリンディはしばらく考え込むような声を上げる。

 

『・・・・もしかして、なのはちゃんとフェイトさんが軌道上に来ようとしてる?』

「・・・そんなところだ。」

『分かったわ。二人には悪いけど、はっきりと言うわね。バリアジャケットには温度調節機能があったりはするけど、人間にとって重要である酸素まで供給する機能は残念ながら付いていないわ。』

「やはりか・・・・。」

 

ヒイロはリンディとの念話をそこで一度打ち切るとなのはとフェイトの方に視線を向ける。

 

「リンディから聞いた通りだ。バリアジャケットもそこまで万能ではなかったようだな。お前達が何の対策もなしに宇宙空間に出れば数十秒経たずに死ぬぞ。」

「そ、それじゃあ、私たちは黙って指を咥えて見ていることしかできないって言うんですか・・・!!」

 

フェイトの言葉にヒイロは黙りこくったまま何も答えなかった。そのヒイロの対応を肯定と受け取ったフェイトはバルディッシュを握る力を強めながら目を思い切り瞑ることで悔しさを露わにする。

なのはも表情を曇らせながら、もはや事態がなのは自身では届かぬ領域まで進んでしまっていることを痛感する。

 

『・・・・ごめんなさい。貴方に嫌な役割をやらせてしまって・・・。』

「お前が気にする必要はない。恨まれるのには慣れている。」

『そう・・・。それと、重ね重ね申し訳ないのだけど、ヒイロ君、というよりウイングゼロなら宇宙空間に出ても大丈夫なの?』

「・・・・問題ない。元々、モビルスーツは宇宙空間での戦闘を念頭に置いている。」

『そこは・・・嘘でもできないって言って欲しかったわね・・・・。』

「事実を誤魔化してどうにかできる状況ではないだろう。それはお前だってわかっているはずだ。」

 

リンディの悲しげな声にヒイロは淡々とそう返した。そのことにリンディはアースラの管制室で僅かに表情をうつむかせ、さながら祈るように両の手を結び、苦渋の決断をヒイロに告げる。

 

『ヒイロ君・・・・貴方に闇の書の闇の破壊をお願いしたいの・・・。エイミィの解析で闇の書の闇に魔力攻撃は悉く吸収されてしまうことが分かってしまっているし、アースラのアルカンシェルのチャージはもう間に合わない・・・!!もう、貴方しか可能性のある人はいないの・・・!!」

 

リンディが悲痛な表情を浮かべていることが念話を通してでも嫌というほど伝わってしまう。本当は頼みたくないという心情がまざまざと伝わってくる。しかし、現状としてヒイロの、ウイングゼロのツインバスターライフル以外に頼れるものは存在しない。

 

「それはクロノ達には伝えているのか?」

『伝えてはある・・・。だけど・・・。』

「・・・もはや手段に構っている暇はない。俺は俺にできることをやるだけだ。だが、これだけは言っておく。俺はクライド・ハラオウンの二の舞になるつもりはない。」

『・・・・本当に貴方は強い子なのね・・・。』

「・・・・直ちに破壊活動に移行する。」

 

リンディのその声にヒイロは静かに、それでいてはっきりとした口調で答えた。

ヒイロはウイングゼロの翼を羽ばたかせると二人の間を通り抜けるように高度を落としていった。

 

「ヒイロさん・・・?一体何を・・・?」

「最後の任務だ。文字通りのな。」

 

怪訝な表情を浮かべるフェイトに端的にそう答えるヒイロ。フェイトはあまり概要を掴めなかったが、なんとなくでなのはを連れて、ヒイロの後についていった。

 

「ユーノ。」

「ヒイロさん・・・。すみません、なのは達を止めてもらって・・・。」

「問題ない。なのはとフェイトが逸るのは想像に容易かったからな。」

「そうですか・・・。それで、ヒイロさん、闇の書の闇のことはどうするんですか?」

「それに関してはお前に頼みたいことがある。」

 

高度を下ろしたヒイロはユーノに声をかけた。ユーノはヒイロの姿を確認すると開口一番になのはとフェイトを止めてもらったことへのお礼の言葉を口にした。

ヒイロは時間がないことを理由に手短にユーノの言葉を打ち切らせるとユーノへの頼みごとを伝える。その内容はーーー

 

「ユーノ、俺を闇の書の闇のいる軌道上に長距離転送で送れ。」

「っ・・・・。やっぱり本気なんだね・・・。」

「リンディやエイミィからある程度は聴いていると思うが、それしか手段がない以上、仕方あるまい。」

 

ヒイロの言葉にユーノは少しばかり考え込む仕草をするが、意志が固まったように手をかざすとヒイロの足元に緑色の魔法陣が展開される。

ヒイロは長距離転送の魔法が発動するまでその魔法陣の上でじっと佇んでいる。

シグナムやヴィータといった守護騎士達もウイングゼロのツインバスターライフルしか残された方法がないことを分かっているのか、悲痛な表情を浮かべながらもユーノの邪魔をすることはなかった。

 

「エイミィ、闇の書の闇のコアを探知はできているか?」

『コアの探知はできてはいるけど、肉塊の中で頻繁にコアを転移させて捕捉されずらいようにしている!!』

「そのデータを俺に送り続けろ。ゼロに処理させる。次の転移まで時間はどれほどだ?」

 

ヒイロがそういうとアースラから闇の書の闇の映像データが転送される。ヒイロはその送り続けられるデータをゼロシステムに処理をさせ、ツインバスターライフルを発射する瞬間のコアの居場所を予測させる。

 

『・・・およそ、1秒から2秒・・・!!』

「了解した。手はかかるだろうが破壊してみせる。」

「たった1秒・・・・!!その短い時間の中でヒイロさんのバスターライフルを直撃させようとするなら・・・。」

「必然的に近づくしかない。それもかなりの至近距離でな。」

「ですが、それだと破壊した時に闇の書の闇が抱えている魔力の奔流からは・・・。」

「・・・・・・。」

 

最悪、巻き込まれるだろうな、ヒイロはそう思いながらも敢えて口に出すことはなかった。余計な不安を煽る訳にはいかない。彼なりの配慮であった。

 

「ヒイロさん、まさか一人で行くんですか・・・?」

 

そこにフェイトの消え入りそうな声がヒイロの耳に入った。ヒイロの視線が声のした方向へ向けられるとその視界に不安気な表情を浮かべているフェイトの姿があった。

 

「現状、宇宙でも問題なく活動が可能なのはウイングゼロしかない。夢の世界でガンダムに乗ったお前なら分かっているはずだ。」

「それは・・・そうですけど・・・。何か、本当に何かできることはないんですか?」

「・・・・・ない。宇宙空間はそれだけ危険な環境だ。下手に出てくれば、死ぬことになる。」

「だけど・・・!!」

「お前にはできない。俺にはできる。ただそれだけのことだ。それにお前には帰るべき場所がある。」

「帰るべき・・・・場所・・・?」

「ユーノ、長距離転送の準備はできているな?」

「・・・・いいんですか?」

「ああ。時間もそれほど残されていないだろう。」

 

ユーノの最後の確認にヒイロは間髪入れずに答えた。ユーノがヒイロの足元に広げた魔法陣の輝きを強め、長距離転送を発動させようとした時ーー

 

「ダメェェェェェっ!!!!」

 

はやてが大声をあげながら、ヒイロの腕を掴んでしまう。さながらヒイロを引き止めるかのようなはやての行動にユーノは発動しかけていた魔法陣を咄嗟に停止させる。

 

「今度はお前か・・・・。はやて、お前は死にたいのか?」

「は、はやてさん・・・?さ、流石に転移魔法の直前は危ないよ・・・?」

「ーーーなんでや。」

 

あまりに危険な行動にヒイロははやてに語気を強めながら詰問する。フェイトも苦い表情を浮かべながらはやてに声をかけた。しかし、はやてはヒイロとフェイトの言葉を聞き入れず、ポツリと言葉を零した。

 

「なんで……なんでヒイロさんがそんな重荷を背負わなあかんのや……!!」

 

はやての大粒の涙を流しながらの言葉にクロノ達は困惑の表情を隠しきれなかった。

 

「本来、あれは夜天の主である私が背負わなきゃならん奴や……!!なのにどうして、どうして……!!」

「主・・・!!」

「はやてちゃん・・・。」

 

 

はやてはそういうと嗚咽を零しながらヒイロの腕にしがみつく。その様子にはやての心情を汲み取ったのか、シグナムは苦虫を噛み潰すような表情をし、シャマルは口元を手で覆った。ヴィータとザフィーラも口にはせずともどこか悲痛な表情を露わにしていた。それはクロノ達も似たようなものであり、はやての慟哭のような言葉に手をこまねいてしまっていた。

 

「はやて、お前には悪いが、その手を離せ。」

「嫌や・・・この手を離せば、ヒイロさんは絶対無茶なことをするんやろ・・・?私言ったよな、命を捨てるようなことしたらあかんって・・・!!」

「お前の願望と現実を履き違えるな。誰かがあれを破壊しなければ、地球はナハトヴァールに呑み込まれる。」

「せやけど、何もヒイロさんたった一人でやる必要はないはずや!!なんか別の方法があるはずや!!なんも対策立てられないで、ヒイロさんになんかあったら、私……!!」

 

はやてはリィンフォースとユニゾンしているその蒼い瞳から大粒の涙を零しながらヒイロの腕に縋り付く。

 

「・・・・・・。」

 

ヒイロは少しの間泣きじゃくるはやてを見つめると彼女に掴まれていた手を動かし、彼女の頰に優しくあてる。

 

「あ………。」

「これがお前にしてやれる唯一のことだ・・・行かせてくれ。」

 

そういうとヒイロは頰にあてていた、手を肩へずらすとそのままはやての肩を押して魔法陣の外へと突き飛ばした。

突き飛ばされたはやては彼女の後ろに回り込んでいたフェイトとなのはに抱き止められる形で体勢を整えた。

 

「フェイト、それになのは、はやてを頼む。」

「・・・・ヒイロさん・・・!!」

 

そうヒイロの名前を呼んだなのはの目は潤んでいた。今にも泣き出しそうであった。

反面、フェイトは表情を変えることなく、しっかりとヒイロを見据えていた。

 

「さよならは、言いません。だから、絶対に無事に帰ってきてください・・・!!」

 

「私にとって、ヒイロさん、貴方も帰る場所なんですから・・・!!」

 

フェイトの肩が震えていた。声も上擦り、よく見てみれば彼女は下唇を噛み締め、血が滲み出てきそうなほど、力が込められていた。

彼女もなのはと同じように涙を必死にこらえているのは明白だった。

 

「駄目や、ヒイロさん!!アンタ、とんでもない無茶をするつもりやなっ!?そんなんダメやっ!!」

 

はやては必死にヒイロに向けて手を伸ばすが、なのはとフェイトが彼女をしっかりと抑えつける。

 

「ユーノ、早くしろ。」

「・・・分かりました!!」

 

ヒイロの言葉にユーノは意を決した表情を浮かべながら足元の魔法陣の輝きをもう一度強める。

徐々にヒイロの視界が光に包まれていく中、ヒイロははやてが未だ必死に自分に向けて、手を伸ばしてくれていることを確認する。

 

ヒイロはそれを見るとらしくない穏やかな笑みをウイングゼロのガンダムフェイスの下で浮かべながらーー

 

(・・・・さよならだ、はやて。)

 

そう心の中ではやてに告げるのであった。

 

「長距離転送!!目標、軌道上っ!!」

 

ユーノの転送先を告げる声を最後にヒイロの視界は完全に光へと包まれる。

時間として数十秒ぐらいの時間、ヒイロはなんとなくだが光に包まれた視界の中で移動していることを感じ取る。

 

そして、目が眩むほどの光が収まってくるとヒイロの目の前には蒼く輝く巨大な物体が広がっていた。

太陽からの光を海が反射することで周囲に蒼い光を輝かせる。

 

ヒイロはその輝いているのが地球だと視認すると視界を自身の背後へと向ける。

 

そこには今にも地球を喰らいつくそうと降下を続ける闇の書の闇、否、もはや原型すらも留めていないソレはもはや肉塊へと成り果てていた。

見るのも憚られるほどの醜悪な物体と化した闇の書の闇をヒイロは静かに見つめる。

 

「魔力を喰らっただけでここまで醜悪な姿に変わり果てるものなのか・・・。」

『ヒイロ君、聞こえる?』

「・・・こちら、ヒイロ・ユイ。所定ポイントへの転移が完了した。」

 

闇の書の闇の変貌に目を疑っているとリンディから通信が入った。ヒイロはその通信に応えながら、ツインバスターライフルをサーチアイの前面で構え、右手でグリップを、左手を銃身に添える。

背中の純白の翼を大きく広げる。その状況はかつてA.Cにて地球に落下するリーブラの破片を大気圏に突入しながら狙撃した状況と酷く似ていた。

 

『闇の書の闇のコアは今もその肉塊の中で忙しない様子で動き回っているわ。ゼロシステムでその転移先の予測はできるの?』

「ゼロの予測はあてにはしている。」

 

ヒイロはそれだけ答えるとツインバスターライフルのトリガーに指を添える。できる限りのタイムラグをなくすためだ。アースラから送られてくるデータにより、ゼロシステムはデータから演算、コアの転移先をヒイロにビジョンとして脳内に直接教え続ける。

そしてーーー

 

「ゼロの予測では、お前に未来はない・・・・!!!!」

 

ツインバスターライフルのトリガーをヒイロは引いた。銃口から放たれた山吹色の爆光は肉塊に突き刺さった箇所を悉く、その醜悪な肉の塊ごと焼き払っていく。

ツインバスターライフルの光は肉塊の中を進んでいく。アースラの管制室でその様子を見ていたスタッフ達は外した、と誰もが思った。

しかし、次の瞬間、ツインバスターライフルの射線上に突如としてコアが転移してきたのだ。さながら吸い込まれるようにも思えたその光景にリンディ含め、全員が目を疑った。

スタッフが声を上げる暇も与えず、射線上に現れたコアを山吹色のビームは呑み込んだ。

ゼロシステムがコアの転移先を読みきったのだ。

 

「コ、コアに直撃を確認・・・!!」

 

エイミィがアースラのコンソールを操作して状況を確認する。疑いを持った目をしながらもヒイロを信じてアースラのモニターに結果を映し出した。

 

そこには随所にヒビが入り込んでいるが、未だに健在のコアの姿があった。

 

「ダ、ダメです!!コアは健在です!!」

「そ、そんな・・・・ヒイロ君のウイングゼロでもダメなの・・・!?」

 

リンディがもはや万事休すか、と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、モニターに映し出されているヒビの入ったコアを睨みつける。

 

『いや、これでいい。これより本命を叩き込む。』

 

アースラの管制室に響き渡ったのはヒイロの声だった。突然の状況にリンディ含め、全員が目を見開いた。

次の瞬間、コアを映し出していたモニターに突如として異物が入り込んだ。

コアに押し付けるようにその二つの銃口をぴったりと突き付けた無骨な印象を覚えさせるライフル銃。

それは紛れもなく、ヒイロの、ウイングガンダムゼロのツインバスターライフルだった。

 

『・・・・ゼロ、ツインバスターライフルのリミッターを解除しろ。最大出力を超至近距離で直撃させる。』

 

押し付けたツインバスターライフルの銃口からエネルギーが迸る。銃口から紫電が走っているのを見るだけで発射されるビームがこれまでのものとは比べものにならない出力であることを否が応でも直感させられる。

 

『・・・・・終わりだっ!!!!』

 

そして、ヒイロはもう一度ツインバスターライフルのトリガーを引いた。リミッターを解除されたツインバスターライフルの最大出力はコアを呑み込むどころかその爆発的なビーム質量でアースラのモニターを砂嵐の映像へと変えさせ、離れていたはずのアースラの船体を大きく揺るがせるほどのものであった。

思わずリンディ達アースラスタッフはその場で自身の身を守ることしかできなかった。

 

 

 

(・・・・いけるか?)

 

ヒイロは肉塊と成り果てた闇の書の闇の内部でコアにゼロ距離で最大出力のツインバスターライフルを叩き込んだ。

コロニーすら一撃で破壊するほどのビームの奔流をゼロ距離という超至近距離で浴びせられたコアは最初こそ耐えていたものの、徐々にヒビを広げていきーーー

 

 

パリンッ!!

 

 

やがてそんなガラスが砕けたような音が響いた。ヒイロはそれをコアが壊れた音だと直感した。

だが、魔力の持ち主がいなくなったことで、アルカンシェル用の魔力とこれまでの闇の書の闇が有していた魔力が暴走を始めてしまう。やがて、行き場を失った魔力の奔流は破壊されたコアを中心に次元震という形となってヒイロに襲いかかる。

ヒイロはウイングゼロの計器からアラート音がけたたましく鳴り響く中、後退しようとする。

しかし、次元震はブラックホールのような形となって周囲の物体を悉く呑み込んでいく。それはもちろんウイングゼロも例外ではなかった。

 

「・・・・離脱は無理か・・・・。」

 

ウイングゼロには大気圏を自力で突破できるほどの推力はある。しかし、距離が近すぎたのが災いし、離脱しようにもそれが叶うことはなかった。ウイングゼロは少しずつ、次元震の中心へと引きずりこまれていく。

 

「・・・・それが俺の未来か・・・・。だが、必要最低限の任務はこなした。」

 

そんな状況下で、ヒイロは軽く視線を地球に向けた。その先には蒼く美しく輝いている地球がしっかりとそこに存在していた。

それ見たヒイロはわずかに表情を緩めーーー

 

「・・・これで何もかも終わりだ・・・・任務、完了・・・・。」

 

その言葉を最後にヒイロの視界は光に包まれ、彼の意識は暗黒へと堕ちていった。

 

 

 

 

「っ・・・・!!!」

 

ツインバスターライフルの衝撃が収まり、アースラが態勢を整えるとリンディはぐらつく意識を頭を振ることで覚醒させる。

 

「エイミィ・・・?闇の書の闇は、どうなった・・・の?」

 

言葉を途切らせながらエイミィに状況の確認を急がせる。エイミィもエイミィで衝撃の揺れでぶつけたのか腕をさすりながらコンソールを操作する。

 

「闇の書の闇・・・・コアの消滅を確認・・・!!再生反応もありません!!!」

 

待ち望んでいた報告にアースラスタッフ達は一同、腕を突き上げながら歓喜の雄叫びをあげる。

 

「そう・・・・良かった・・・。」

 

それはリンディも例外でもなく肩の荷が降りたようにため息を吐いた。

長年の因縁でもあった闇の書との決着をつけれたのだ。嬉しそうな表情を浮かべない方がおかしい。

 

「エイミィ、ヒイロ君にアースラに来るように伝えてくれる?転送ポータルで海鳴市に送るわ。」

「はいっ!!・・・・・・・えっ?」

 

リンディの指示に意気揚々と返事をするエイミィだった。しかし、コンソールパネルに触れている最中、その表情は突然色を失い、固まった。

 

「エイミィ?」

 

エイミィの様子に気づいたリンディが彼女に声をかける。しかし、エイミィはそれに先ほどとは異なり、意気揚々と返事をすることはせずに一心不乱にコンソールを操作していた。

 

「そ、そんな・・・・!!!」

「エイミィ!!何かあったの!?」

 

エイミィのその様子に渦巻く不安感を隠さなくなったリンディは彼女に大声で報告を求める。

エイミィはゆっくりとそれでいてどこか覚束ない口調で報告をする。

 

「ウイングガンダムゼロの反応、ありません・・・・。それと同時に、ヒイロ君の生体反応・・・ロスト・・・・?」

「っ・・・・!?」

 

エイミィの報告に今度は全員が息を呑んだ。痛々しいほどの沈黙が管制室に走った。

エイミィは打ちのめされた様子でただ入ってくる情報を途切れ途切れに言葉にする。

 

「コア破壊と同時に、行き場を失った魔力で局地的な次元震が発生・・・ヒイロ君はそれに・・・巻き込まれた・・・?」

「そ、そんな・・・・!!」

 

管制室では先ほどの歓喜の嵐とは一転、重々しい雰囲気に包まれてしまっていた。

 

「みんなに・・・みんなになんて報告したらいいのよ・・・・・!!!!」

 

その中でリンディは悲しさを押し殺すような声で唸ることしかできなかった。

 

 

 

海鳴市の海上でフェイト達はヒイロの安否を祈るかのように空を見上げていた。

そんな彼らの視界に映り込んでくるものがあった。白く輝く光がフワフワと落ちてくる。今の季節は寒さも本格的になっている12月。空からフワフワと落ちてくるものは季節を鑑みるに一つしか思い浮かばない。

 

「雪だ・・・・。」

 

なのはがその降り注ぐ雪を手のひらに乗せる。その雪の結晶はなのはの体温で手の中で溶けていってしまう。

フェイトとはやてもなのはの真似をするように舞い落ちる雪を手のひらに乗せる。

二人は溶けていく雪を見るとなぜか胸がざわつくような感覚を覚える。

 

それは綺麗な翼を羽ばたかせた天使の羽根のように見えてーー

 

無数もの(羽根)を散らしている今の風景は、さながら天使が堕ちたようにも感じられた。

 

少女達は自身の手のひらで溶けていく雪に言いようのない不安を抱くしかなかった。

 

 

 




この回と後日談を含めてA.s編は完結です。
やっぱり10年って言う年月は流石に空白が大きすぎるんですよねぇ・・・・。

どうしてもこのような展開しか思いつきませんでした。


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幕間 残された者たちの決意/新たなる戦いの狼煙

ここでA.s編は終わりです。とりあえず、一区切りがついたことに安堵しています。
まずはそのことに皆さんに感謝を申し上げます。ありがとうございましたm(_ _)m


空から天使の羽のような雪が降り注ぐ中、フェイト達はたった一人で闇の書の闇の破壊へと向かったヒイロを待っていた。

なのは、フェイト、そしてはやての三人の少女達は降り注ぐ雪に一抹の不安を覚えながら、あの身の丈程もある純白の翼、ウイングガンダムゼロ が降りてくるのを待っていた。

 

しかし、いつまで経っても、天からは白い雪しか降りてこない。

まさか、軌道上で何かあったのだろうか?一同の心のなかに不安の陰が入り込む。

 

 

「エイミィ・・・?状況は、どうなったんだ?」

 

クロノが思わずアースラに向けて通信を送った。だが、アースラからの通信は繋がってはいるが、肝心の返答が返ってこなかった。

クロノがもう一度アースラに向けて通信を送ろうとしたときーー

 

『・・・こちら、アースラ。コアの完全崩壊を確認・・・。再生反応も、ない・・・。』

 

エイミィからの報告が遅れながら飛んでくる。その内容になのは達はとりあえず胸を撫で下ろした。だが、嬉しい内容のはずなのに、エイミィの声に覇気が感じられなかった。

 

「・・・・・何かあったのか?」

 

クロノが思わずそう尋ねてしまう。その瞬間、エイミィが息を呑んだような息遣いが通信に入り込む。

エイミィはアースラの管制室で表情を暗く落としながら、語り出す。

 

『・・・・今から、映像を送るね・・・。』

 

エイミィがそういうとクロノの元にアースラから映像が送り出される。クロノはその映像が映ったディスプレイをなのは達に見えるように拡大する。

その画面にはウイングガンダムゼロのツインバスターライフルの光がコアを呑み込んでいる様子が映し出されていた。

 

「コアの転移先を完全に読みきっている・・・。まさに神業だな・・・。」

『・・・・問題は、ここからなんだ・・・・。』

 

ヒイロがコアを撃ち抜いたことにシグナムは賞賛の声を上げる。しかし、エイミィが何か、感情を押し殺したような声を上げたことでシグナムは思わず口を噤んでしまう。

映像はツインバスターライフルのビームに呑み込まれたが、ヒビが入り込んだだけで未だに健在である様子を映し出していた。

その瞬間、表情を険しいものに変える者もいたが、ツインバスターライフルが映り込み、コアにその銃口を押し付けた映像になると、その表情は驚愕のものに変わる。

 

そして、ツインバスターライフルから山吹色の爆光が放たられ、一瞬、白い光が画面を覆い尽くしたのを最後に映像が途切れたのか砂嵐のものに変わる。

映像が復旧した時にはそこに暗黒の宇宙が映っているだけで闇の書の闇の破片のようなものは確認できなかった。

 

映像をみたなのは達はヒイロがコアを破壊したのだろうと思っただけだったが、クロノ、そしてユーノはその映像の真相を理解した、いや、理解してしまったのか、遣る瀬無い表情を浮かべていた。

 

「ユーノ君?それにクロノ君もどうかしたの?」

 

なのはがそう尋ねるも二人はその表情を一層深め、視線を逸らしてしまう。さながら言っていいのかどうかがわからないと言った様子だった。

 

「・・・・・最後に画面を覆った白い光・・・。あれは、次元震だった。」

「次元震・・・?待ってよ!!それって、まさかっ!!」

『ヒイロ君がコアを破壊した時……アルカンシェルの魔力と闇の書の闇自身の魔力が暴走を開始、その結果、中規模の次元震が起こって、ヒイロ君は、それに、呑み込まれた………!!!!』

 

なのはの言葉にエイミィは消え入るような声でそう答えた。その言葉にある者は驚愕し、ある者は苦虫を噛み潰すような表情を浮かべる。そしてその感情の揺れ幅が一番大きかったのはーーーー

 

 

「嘘・・・・。そんなの嘘ですよね・・・・?」

「・・・・ヒイロさんっ・・・・!!!!」

 

フェイトとはやてであった。フェイトは光を失った瞳でまだ雪の降り注ぐ空を呆然と見上げ、はやては両手で顔を覆い、声を押し殺しながら泣きじゃくっていた。

 

『嘘だったら・・・まだマシだよ・・・!!でもいくら、いくら探してもヒイロ君の生体反応は、ロストしたままなんだ・・・!!』

「そんな・・・・!!ヒイロが・・・!?追跡はできなかったのか!?」

『できてたらやっていたよ!!でも……でもぉ………!!!』

 

エイミィの涙で上ずった声にクロノはそれ以上の追及の手を止めてしまう。それきり、悲しみの空気がクロノ達の周囲を取り囲んでいた。

親しかった者との突然の離別。クロノやユーノ、そして守護騎士達は悲痛な声を上げることはすれど取り乱す様子はなかった。

 

『・・・・クロノ、それにみんな、聞こえる?』

「・・・本当にヒイロは、次元震に呑み込まれたんですか・・・?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・事実よ。』

 

エイミィの代わりに通信に出たリンディにクロノがそう尋ねる。その問いにリンディは長い沈黙の後にただ一言、そう言い切った。

 

 

「リンディ提督、本当に、本当にヒイロさんは………!!!」

『フェイトさん・・・・・・・ごめんなさい・・・。』

 

たった一言の謝罪、フェイトにはその言葉がヒイロがもう帰ってこないことを暗示してしまっていることを理解するには十分すぎる一言であった。

 

「っ・・・!!クッ・・・・!!あ゛あ゛ッ・・・・・!!」

 

いつまでも一緒にいられるとは思ってはいなかった。ヒイロは元々は別の世界の人間だ。ヒイロ自身から本心を聞いたことはないが、いずれ元の世界であるアフターコロニーに帰らなければならない、ということもあるかもしれない。

だが、その別れはあまりに唐突すぎてーーー

 

「ヒイロさん………!!ヒイロさぁん………!!!」

 

堰を切ったように零れ落ちる涙を必死に抑えようとする。しかし、涙はヒイロがいなくなったという現実を見せつけるかのように止まることを知らず、フェイトの頰を流れ続ける。

 

「フェイト・・・・。」

 

フェイトと同じように目に涙を溜めたアルフが彼女の側に駆け寄り、慰めるようにその背中を優しく摩る。

嗚咽をこぼしているはやてにもシグナム達守護騎士達が側についていた。

 

「・・・・・一度、アースラへ行こう。守護騎士のみんなもそれでいいかな?」

「・・・主もおそらく慣れない魔法の使用でかなりの負荷がかかっているかもしれない。何かの拍子で倒れてしまわれては困る。その提案、断る理由もない。」

 

クロノの提案にシグナムははやての肩に労うように手を乗せたまま頷き、応じる。それをみたクロノはユーノに視線を送る。意図を理解したユーノは掌から転移魔法用の魔法陣を作動させた。

 

 

(主、私は、私は・・・・貴方に、また辛い記憶を、植えつけてしまうかもしれません・・・。ですがどうか、お許しをいただけることを、願います・・・。)

 

はやてとのユニゾンを行なっている最中、リィンフォースは一人、誰も聞こえない声をこぼした。

 

 

 

アースラに転移してきたクロノ達。重たい雰囲気の漂っている管制室で簡単な状況報告を行った。闇の書の闇のコアは確かに破壊された。だが、本来喜ばしいはずの報告を誰も、その喜びを大ぴらに出すような真似はしなかった。役者が足りないのだ。

誰もがその足りない役者(ヒイロ)が生きていることを願った。しかし、奇跡は起こることはなく、その報告の間に彼の生体反応が出てくることは、なかった。

 

 

「ヒイロさん・・・・。」

 

アースラの船内で充てがわれた部屋のベッドでフェイトは自身の膝を抱えて座り込んでいた。

思い返すのは短いながらも色々なことがあったヒイロがいた日々。

初めて一緒に戦った当初は無口で無鉄砲で無愛想で勝手に行動する自分勝手な人だと思っていたが、一緒にいればいるほど、どんなに無茶なことでも熟せることに裏付けされた高すぎる実力やいつのまにか自分やクロノでさえ知らなかった情報を掴んでいたその行動力。

 

そして何より優しかったーーーー

 

無愛想なところもあったりはしたけど、その対応にはしっかりと彼の優しさが滲み出ていた。

 

だが、その不器用な優しさをフェイトに与えていた人物はもういない。少なくとも、彼女の小さな腕で届かないところへ行ってしまった。

 

「ヒイロさん…………!!!!」

 

いくら悲しみを押し殺そうとしても、その感情は嗚咽となり、フェイトはすすり泣きながら膝を抱きかかえる力を強める。

その時、パシュンっと空気が抜けたような音が部屋に響くと同時に閉ざされていたドアが開かれる。

その開かれたドアから心配そうな視線をフェイトに向けながらなのはが現れる。

なのはの来客に気づいたフェイトはその涙で潤んだ瞳を彼女に向け、すぐさま下を向き、表情がうかがえないようにしてしまう。

塞ぎ込んでしまったフェイトになのはは無言で彼女に近寄ると、その座っていたベッドに腰を下ろした。

しばらく、二人の間で静かな時間が流れる。

 

「・・・・ごめんね。こんなところを見せちゃって。」

 

先に口を開いたのはフェイトであった。なのはは無言で首を横に振った。

 

「そんなことないよ・・・。私も大事な人がいなくなる怖さは知っているつもりだから・・・。」

 

「私のお父さんね、世界中を飛び回ってボディガードの仕事をしていたんだ。」

 

なのはの突然の独白にフェイトは彼女に不思議な視線を送りながら隠していた顔を上げた。

なのははフェイトのその様子に気づいているのかは定かではなかったが、そのまま独白を続ける。

 

「それこそ、滅多に家に帰ってこないほどだった。もちろん、寂しかったけど、お母さんやお兄ちゃんとかはしっかりしていたから、私もしっかりしなきゃ、みたいな感じで隠していたの、本当はただ意地見たいなのを張ってただけだったんだけど。そんなある日、お父さんが仕事中に大怪我をしたの。」

「っ・・・・!!」

 

なのはの言葉にフェイトは自身の膝に顔を埋めたまま、表情を苦々しいものに変える。

なのはも大事な人がいなくなるかも知れない恐怖を知っていたのだ。

 

「その時は本当に怖かった。確かに一緒に過ごしている時間は少なかったけど、家族が、大事な人がいなくなるかも知れないって思うと身が竦んだみたいに動かなくなるし、涙もその怖さから止まらなくなっちゃう。」

 

「だから、フェイトちゃん、泣いたっていいんだよ・・?私が言えることじゃないのは分かっている。だけど、その悲しみを押さえ込んでいたら、いつかフェイトちゃんが壊れちゃう気がするから・・・。」

 

親友の言葉にフェイトは肩を僅かに震わせる。一度、綻びが生まれた壁はそこから徐々にフェイトの心の壁全体にヒビを広げていく。

やがて、堰を切ったように感情という名の水流が押し寄せ、そのダムを決壊させる。

フェイトは思わず、目の前にいる親友の肩に飛びついていた。

なのははそれに最初こそ、驚いた様子を見せていたが、僅かに微笑むと、フェイトの震えている背中に腕を回し、優しく抱きしめる。

 

その瞬間、部屋中にフェイトの慟哭が響き渡った。溢れ出る感情の発露にフェイトはもはや抑えることすらせずに思い思いの言葉を吐き出す。

 

後悔、やるせなさ、何より、何もできなかった自分自身に対しての怒り。

それらの感情が混じり混じった言葉になのははフェイトの感情に当てられたかのようにその瞳から彼女と同じように涙を零した。

 

 

 

「・・・・・落ち着いた?」

 

しばらくすると出すものを出したのか、はたまた声がかすれてしまったのか、とりあえず泣き止んだフェイトになのはが声をかける。

なのはの言葉にフェイトはほんの少しだけ頷き、彼女に感謝を伝える。

 

「・・・・そういえば、なのははどうしてここに?」

 

涙で赤く充血した瞳をなのはに向けながら、フェイトはそう彼女に尋ねた。

その質問になのはは少しばかり辛そうな表情を浮かべると、フェイトに向き直った。

 

「実は、フェイトちゃんがこの部屋に籠っちゃった後、はやてちゃんが疲労で倒れちゃったんだよね。」

「え・・・?そう、なの?」

 

ヒイロが居なくなったことで精一杯で気づかなかった。フェイトはそのような驚いた表情を浮かべる。

 

「今はアースラの医務室で安静にしているんだけど、その間にリィンフォースさんからクロノ君を通してお願いがあって・・・・。」

 

そのお願いとは中々酷な内容であった。ヒイロが文字通りに命を賭して破壊した闇の書の自動防衛プログラム、ナハトヴァール。そのプログラムは機能を停止に追い込んでも時間が経てば、無限再生機能でいずれ復活を遂げてしまうということだった。

では、どうすれば良いのか?そこでリィンフォースが出した提案が、闇の書の完全な破壊であった。現在、自動防衛プログラムはその機能を停止させている。その間に闇の書を破壊すれば、プログラムに邪魔されることなく、消滅させることができるということだった。

 

「それは・・・・はやては了承済み、なの?」

 

なのははその質問に首を横に振ることではやてから了承を取っていないことを察する。

 

「多分、リィンフォースさんははやてちゃんが止めにくることがわかっているんだと思う。だから、はやてちゃんが寝ているうちに事を済ませるつもりみたい。」

「でも、シグナム達守護騎士やリィンフォースさん自身は?あの人達も闇の書のプログラムの一つな訳だし・・・。」

「予めリィンフォースさんがシグナムさん達を切り離しているから運命を共にする、なんてことはないみたい。だけどリィンフォースさんは・・・」

 

そう言ってなのはは悲しげな顔を下に向ける。それだけでフェイトには十分に伝わってしまった。リィンフォースは闇の書と共に消滅してしまう事をーー

 

「手は、他にないんだよね・・・?」

「私もそう思って、クロノ君に詰め寄ったんだけど、ヒイロさんが言っていたみたいに癒着が酷すぎて切り離すことは極めて難しいって・・・。仮にできたとしても、どれほど時間がかかるか・・・。」

「そう・・だよね。その間にナハトヴァールが再生されたら、本末転倒だもんね。」

「・・・・リィンフォースさんを含めた守護騎士のみんなははやてちゃんを海鳴大学病院に連れて行くために先に海鳴市に向かっているよ。その、はやてちゃん、一応病院を抜け出したような形になっているから・・・。」

「・・・わかった。えっと、すぐに向かった方がいいんだよね?」

「あまり急ぎすぎるのもよくはないと思うけど・・・。」

「大丈夫。ありがとう、なのは。」

 

微妙な表情を浮かべるなのはにフェイトは僅かに表情を緩めながら、ベッドから降り立った。

その様子になのはもそれに続くように腰掛けていたベッドから立ち上がった。

 

 

 

 

「・・・・・・・。」

 

病院を抜け出したことになっているはやてを病室のベッドの上に寝かした守護騎士達。

その中でリィンフォースは一人、この病院から然程離れていない小高い丘の上で空を見つめていた。

その空からは未だ、雪がしんしんと降り続き、地面を純白の色に染め上げていた。

 

そこに降り積もった雪を踏みしめる何者かが現れる。不意にリィンフォースがその音がした方に視線を向けると防寒用のダウンコートを羽織り、首元にマフラーを巻いたシグナムの姿があった。

 

「烈火の将か・・・・。主はやての様子は?」

「・・・眠っている。だが、あいにくと私はそういうのには疎いゆえ、シャマルたちに任せて一足先にやってきたところだ。」

「そうか・・・・。」

 

シグナムはリィンフォースの側まで来ると彼女と同じように雪が降り注ぐ空を見つめる。

そこからはお互い一言も口を開くことはせずに沈黙の時間が過ぎていく。

 

「・・・・本当に逝くのか?」

「・・・・ああ。やはり無限再生機能はナハトヴァールを修復しつつある。分かるんだ。奴が刻々とその鼓動を取り戻しつつあるのが。」

「だからといって、お前まで運命を共にする必要はあるのか?主はお前のことも家族だとーー」

「ありがとう。その言葉だけでも私にとっては得難いものだ。だが、これは主のためでもあるのだ。」

 

シグナムの言葉を遮って、リィンフォースは彼女に感謝の言葉を向ける。その向けられた表情に笑顔以外の感情をシグナムは微塵も感じられなかった。

 

「・・・・それは重々承知している。だが、他に取れる選択肢はあるはずではないのか?もう少し、もう少しだけこの世界を信じてみないか?」

「ふふ、ならば私はこの言葉で返そう。これが、私にできる唯一のことだ。」

 

笑みを浮かべながらそういったリィンフォースにシグナムは呆れたようなため息をついた。お互いに誰の言葉を引用したのかわかっていたからだ。

 

「・・・お互い、ヒイロにだいぶ感化されているようだな。」

「そうらしい。事実、私はヒイロ・ユイに自分がいかに愚かなことを犯してきたか、まざまざと見せつけられたからな。」

 

 

『俺は誰よりも戦い抜いてみせる・・・!!地球上の誰よりもだっ!!』

 

 

ヒイロの記憶を垣間見たリィンフォースの心中でこの言葉が反芻する。ヒイロの記憶が彼が諦めたような雰囲気を出しているのはただの一度もなかった。

そのことがリィンフォースに自分が目の前で起こるいくつもの破滅を、受け入れていたのではなく、ただ現実から目を逸らしていただけだったことを否が応でも感じさせる。

 

「闇の書を消滅させても誰かがその犯してきた罪を贖わなければならない。だから、私がその業を背負おうと言うんだ。」

「・・・・エゴだな、それは。」

「ああ、そうだな。だが、私はそのエゴを貫き通そう。私が私であるためにもな。」

「・・・・ヒイロのことはどう思うんだ?」

 

不意にシグナムがそんなことを聞いてくる。その言葉にリィンフォースは複雑な表情を浮かべる。

 

「・・・わからない。ただ私個人としては願わくばまた主達の前に無事な姿で現れてくれることを、祈るしかない。」

「・・・そうか。すまない。」

「いいんだ。だが、いつまでも情けないところをみせる訳にはいかないからな。」

 

リィンフォースがちょうど言い切ったタイミングで雪を踏み鳴らす音を響かせながらシャマル、ヴィータ、ザフィーラの二人と一匹が現れる。

 

「主の様子は?」

「今は、まだ寝ているわ。もっとも儀式の最中に起きてこないっていう確証はないけどね。」

 

シグナムの問いにシャマルは肩をすくめるように僅かに表情を曇らせながら答えた。

 

「あとは、なのは達が来るだけか。」

 

ヴィータがそう呟くとザフィーラが自分たちが来た道を振り返るようにその首を後ろに向ける。

その視線の先にはシグナム達の方へ歩いてくるなのはとフェイトの姿があった。

 

「二人とも、まずは急に来てもらったことに関して、謝らなければならない。特にフェイト・テスタロッサ。お前には辛い思いを抱えている状態でこのような頼みをしてしまう。」

「・・・・大丈夫です。いつまでも泣いてはいられませんから。」

「・・・・そういってくれると助かる。」

 

フェイトの表情を見たリィンフォースはそう言って笑みを浮かべるのであった。

 

「では、みんなには私の言う通りにしてほしい。」

 

リィンフォースの指示の下、なのは達は闇の書の完全破壊のために配置に着く。

 

 

 

 

「ん・・・・んん・・・・。」

 

僅かにオレンジ色の日差しが差し込んでいる病室ではやては再び目を覚ました。

眠たげな目をこすりながらあたりを見回すが、周囲に人の気配は少しもなかった。

 

「あれ・・・私、なんで病院に・・・?」

 

はやては自身がなぜ病室にいるのか記憶を手繰り寄せる。思い出すのはヒイロが次元震に巻き込まれて、行方不明になったこと。

そして、その悲しみの果てに自分が途中で倒れてしまったことだ。

 

「せや・・・思い出した・・・。ヒイロさん・・・なんでや・・・・。」

 

病室のベッドで重たげな表情を浮かべるはやて。後悔はいくらでも出てくるがそれでヒイロが帰ってくるとは微塵も思っていない。

 

「そういえば・・・シグナム達はどこにいったんやろ。それにリィンフォースも。」

 

ふと周囲にいつも居てくれたはずの守護騎士達が姿をくらましていることにはやては疑念を抱いた。

不安気に視線を右往左往させているとーーー

 

『風は、どこかへ過ぎ去って行くものです。まるで掴み所のない、流れては消え、ふとした時に再び吹き、そして消えて行くものです。』

 

はやての頭の中に念話のような声が響く。知らない声、なおかつ突然の状況にはやては困惑気味な表情を隠せない。

 

『今再び、その風が旅立とうとしています。見送るかどうかは貴方の思うようにしていただいて結構です。ですが、どうであれ、彼女に会ってあげてください。その一時の別れの前に、どうか・・・。』

 

どこか中性的で包まれるような感じのする声、声質からしてそれほど年を重ねていない人間の声だった。その人間の声は最後の嘆願するような言葉を最後にピタリと止んでしまった。

 

「・・・・・行かな。」

 

はやては決心した表情を浮かべると、まだまともに動かない足に鞭打ちながらそばに置いてあった車椅子に腰かけた。

その作業だけでもはやてにとっては過酷そのものであった。

 

「っ〜〜〜〜〜!!」

 

声にならない声をあげ、その額からは大粒の汗が出てきていた。しかし、はやては休む間も無く車椅子の車輪を操り、前へ、前へと進み始める。

 

 

 

 

 

一方そのころ、なのは達は闇の書の破壊作業に差し掛かっていた。地面にベルカ式の正三角形の魔法陣を形成し、その中心に立っているリィンフォース。そしてその彼女が立っている魔法陣を挟み込むように立っているなのはとフェイト。

二人はそれぞれレイジングハートとバルディッシュを構え、リィンフォースが立っている魔法陣と自身の足元に展開している魔法陣をリンクさせ、魔力を込める。

守護騎士の四人は正三角形の魔法陣の頂点の一角に立ちながら、事の成り行きを見守っていた。

 

「待ってっ!!!」

 

遠くから声が聞こえた。なのは達のいる小高い丘へと続く道から徐々に人の姿が現れる。

その人物は見間違えることもなく、はやてであった。なのは達に静止の声をあげながら車椅子を必死に、一心不乱に前に進ませる。

 

「はやてっ!!」

「動くな!儀式が、止まってしまう・・・!!」

 

車椅子を自分の力で押すはやてに見兼ねたヴィータをリィンフォースが魔法陣から出ないように声を荒げる。

リィンフォースは自身に向かって必死に車椅子を押すはやてを見据える。

はやては魔法陣の光に包まれかけているリィンフォースに声をかける。その途中、降り積もった雪から覗いていた石に車椅子の車輪が当たり、はやてはバランスを崩し、そのまま車椅子から投げ出されてしまう。

 

「主・・・・。」

「リィンフォース!!アンタまで消えることはあらへんやろ!!」

 

はやては車椅子から投げ出されてもなおリィンフォースにその小さな腕を伸ばし、自分の体を引きずりながら彼女に、近づく。

少しずつ、少しずつーー

 

「暴走なら、私がなんとかする・・・!!だから……!!」

 

はやてが這いずりながら魔法陣に手を伸ばす。その展開されている魔法陣にあと少しで手が届きそうになったところで地面に膝をついたリィンフォースがその小さな手を優しく包み込んだ、

 

「主、貴方の与り知らぬところで勝手なことをしてしまい、申し訳ありません。」

「謝らんでもええ!!私は、みんなが居てくれればそれでええんや、それ以上、何も望まへん!!」

 

「だから……!!お願いやから、一緒に居てほしいんや……!!せっかく、これから幸せな時間が過ごせるって思っとったのに……!!」

 

はやては大粒の涙を零しながら、リィンフォースに訴えかける。その様子に守護騎士達は辛そうな表情を露わにし、なのはとフェイトも居た堪れない表情を浮かべながら二人の行く末を見守る。

 

「主、私は十分、幸せでした。貴方は人の身を持たない本の状態であったにも関わらず、この身に有り余るほどの愛をくださいました。そして何より、これは貴方の未来の幸せのためでもあるのです。」

 

「私がいる限り、闇の書の無限再生機能はその機能を忠実に動かしています。それこそ、自動防衛プログラムを再生してしまうほどに。そうなってしまえば、いずれまた暴走を始めるでしょう。そしてそれは、またヒイロ・ユイのような人間を増やす要因になりかねないのです。」

「っ………!!また、アレが繰り返されるって言うんか……!!!」

「・・・・その通りです。何よりそれはヒイロ・ユイの行動を踏み躙ることになります。彼が命を賭してまで繋いだ未来を塞ぎかねない。主はやて、どうか今ひと時の辛抱を………。」

 

リィンフォースの言葉にはやては表情をうつむかせて、黙りこくってしまう。

そんな彼女に悲痛な表情を浮かべながらも、視線をなのはとフェイトに向け、儀式を進めるように目で訴える。

 

二人はリィンフォースの視線に頷く姿勢を示すと魔法陣の輝きを一層強める。

 

「主はやて、顔をあげてください・・・・。」

 

リィンフォースに促されるようにはやては項垂れていた頭をあげる。その顔には涙が頬を伝って一筋の川のように流れ出ていた。

 

「リィンフォース、祝福の風。貴方から賜ったこの名前はいずれ生まれ落ちる新たな命につけてあげてください。それが、私の最後の願いです。」

「そんな…………!!!!リィンフォース、行っちゃダメやっ!!まだ私は何もーー」

「していないとは、言わせませんよ?大丈夫です、貴方は私に有り余るほどの愛情をくれました。それだけで私はもう、世界で一番幸福な魔道書だと、胸を張って誇ることができます。」

 

主はやて、貴方の行く先に輝かしい未来がありますようにーーーー

 

 

呟いた言葉は彼女自身の中を反芻するだけで彼女にその言葉自身が届くことはなかった。

リィンフォースは魔法陣からの光に包まれると光の柱となって天高く飛んでいった。

やがて光の柱が収まってくるとそこには祝福の風の名を持つ者の姿はなかった。

 

座り込んで呆然と空を見つめるはやてだったが、少しすると、空から何か光るものが落ちてくるのが見えた。

それが地面に小気味のいい音を響かせながら刺さるとはやてはその落ちてきたものを拾い上げる。

 

それは、金色の剣十字の意匠が施されたペンダントであった。おそらくリィンフォースが最後に残してくれた贈り物なのだろう。

はやてはそのペンダントを持った腕を大事そうに胸にあてると静かに嗚咽を零し始める。

その様子を見たなのは達ははやてに駆け寄り、優しく、そして慰めるように彼女のその小さく震える体に手をあてる。

 

将来的に『闇の書事件』と名付けられるこの危機は書面上は()()()()()という形を持って収束を迎えた。

だが、その事件に深く関わったもの達は決して忘れない。

自分たちの側にいつもいてくれた不器用ながらも優しかった天使と祝福の風の存在をーーー

 

 

 

 

 

『ーーーーーい!!』

 

誰かに起こされている感覚がする。しかし、体は鉛のように重く、動き出そうにもなかなか動かなかった。

 

『ーーーー聞いているのかっ!?頼む、起きてくれ!!』

 

どうやら自分を叩き起こそうとしているのは女性のようだ。かなり焦っているのか、語気がかなり荒くなっている。どこか機械を挟んでいるようなくぐもった声をしているのは気のせいか?

寝転がっていた体を起こし、朧げな意識を頭を振ることではっきりとさせる。

意識をはっきりさせたら次は状況の確認だ。

少しばかり警戒しながら周囲を見回してみれば、そこはあまり光源のない暗い空間であることは情報として視界に映る。

薄暗い空間で目を凝らして見てみれば、なにやら荷物のようなものが積み上がっているのが確認できる。となるとここは荷物置き場か何かか。さらに言えば自分が倒れていた床がガタンゴトンと、休む間も無く揺れ続ける。推測でしかないが、列車かその類の交通機関であると結論づける。ならば自分が今いるのは荷物を運ぶ貨物スペースか。

 

だが、先ほどまで自分に声をかけていたであろう女性と思われる姿がカケラも見えなかった。

疑問気に思っているとーーー

 

『よかった・・・!!無事だったのだな・・・!!』

 

再び、その女性の声が聞こえた。しかし、その声は自分の胸元から聞こえたような気がした。ふと視線をそこに持っていくとそこには天使の翼に抱かれた剣の形を持ったペンダントがあった。

 

「・・・・喋れたのか?」

 

今まで喋る気配を微塵も感じさせなかった自分の機体(ウイングゼロ)に疑問気な表情を浮かべる少年、ヒイロはそう問いかける。

 

『いや、そういう訳ではないのだが・・・。そうか、貴方の視線からではわからないか。少し待ってくれ。』

 

そういうとウイングゼロのデバイスから吐き出されるように光輝く玉が出てくる。

その光の球は半透明の人型の姿へと変貌を遂げる。雪原のように白く輝く銀髪に真っ赤な赤い瞳、そしてノースリーブのインナーに身を包んだその人物はーー

 

「リィンフォース・・・?なぜウイングゼロのデバイスに・・・?」

『それは、話せば長くなるといえば良いのだろうな・・・。』

 

ヒイロの質問にサイズが手のひらぐらいまで縮んだリィンフォースは困ったような表情を浮かべる。

 

「・・・・わかった。現状では状況の確認を最優先にする。お前の話はそのあとだ。ここはどこだか、お前にはわかるか?」

 

ヒイロがそう質問を変えるもリィンフォースは首を横に振った。

彼女もここがどこかが見当もつかないようだ。

 

『だが、貴方が寝ている間にウイングゼロのレーダーを拝借して周囲をスキャンしたのだが、ざっとこんな感じになっている。』

 

そう言ってリィンフォースはヒイロの目の前にディスプレイを表示する。そこには切り立った崖と切り崩された山肌の上に10個以上の鉄の箱が繋がった物体が走行しているのが映し出されていた。

やはりヒイロの見立て通り、自分が今いる場所が列車に準ずるものであることは確かなようだ。

 

「これは人員と物資を輸送する列車だ。ある程度の場所を把握できたのはいいが、同時に列車内に存在するこの金属反応はなんだ?」

 

ヒイロがディスプレイに指をさした先には列車の車輌内に妙な反応があった。その反応は一つではなく、ヒイロ達に最も近い場所にいる巨大な反応を除いて、サイズにして一メートル前後の反応が20近くあった。

 

『わからない。すまないがこればかりは実際見てみないと・・・。だが、先頭車輌にその一メートル前後の反応がある程度集中しているのはわかっているな?』

「・・・・ああ、確認している。」

『これは私の推論でしかないが、この列車は暴走させられていると思うのだ。明らかにこの列車の速度は危険だ。』

 

リィンフォースの言葉にヒイロは少しばかり考える仕草を見せる。

自分の今いる場所が仮に列車だとすれば、必然的に運転席は一番前の先頭車輌だ。そこに謎の金属反応に列車の危険速度での走行。たしかに異常だ。その謎の金属反応がなんらかの細工を列車に施しているのは間違いない。

 

「大方、その認識で間違いないだろう。」

 

ヒイロはそう結論づけながら先頭車輌へと続くドアの前に立った。そのドアはかなり重厚でそう簡単には破れないという印象を受けさせる。

 

『行くのか?』

「どのみちこの列車を止めなければ安全を確保することはできない。」

『わかった。だが、ウイングゼロの損傷率は著しい。あの大きな翼や手足の部分と武装といったところは問題ないが、お前の身体部分を覆うものはないぞ。』

「武装さえ動くのであれば問題ない。」

 

ヒイロはそういいながらウイングゼロを展開する。しかし、その姿はこの前のような青と白のツートンカラーの装甲はなく、ヒイロの背中から翼が直接生えているような見た目となっていた。

それを認識しながらもヒイロは翼の根元からビームサーベルを抜刀。目の前の重厚な扉へ振り下ろした。

ビームサーベルの刃はその扉を紙切れのように焼き切った。

 

 

「・・・・行くぞ。」

『ああ。成り行きだが、よろしく頼んだ。』

 

ヒイロは半透明の体のリィンフォースを肩に乗せると列車内を駆け出した。

彼の新しい戦いが今、ここに幕を開いた。

 

 




詳しいことに関しては次の話で綴るつもりですので、ご安心くだされ・・・・。


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第30話 はじまりは突然に

別れが突然であれば、再会もまた突然である。


『騎士カリム、騎士はやてがお見えになりました。』

「わかったわ。彼女を私の部屋に通してあげて。それとお茶を二つとお菓子もよろしくね。」

『かしこまりました。』

 

ディスプレイから聞こえる部下の声に優しげな口調で女性が答える。その女性は羊皮紙に走らせていた羽ペンを元の位置に置き、これから来る来客を出迎える準備をする。

程なくして、その部屋の扉が開き、その先から執事と共に長いローブを頭と体が覆うように羽織った人物が現れる。

 

そのローブを纏った人物を部屋へ入らせると部下が一礼をして扉を閉める。一見すると顔が見えない人物に警戒をしなければならないような状況だが、部屋の主であるカリムは柔らかな笑みを浮かべながら、そのローブと大きめの白いマフラーのようなものを羽織った人物、八神 はやてを歓迎する。

 

「久しぶりや、カリム。」

「はやて、いらっしゃい。」

 

ローブのフードを外し、はやての茶髪が露わになる。闇の書事件から10年の時が流れ、年齢を19まで重ねた彼女はあどけなさが残るような顔立ちながらもしっかりとした女性としての体形へと成長を果たしていた。

 

彼女が訪れていたのは『聖王教会』と呼ばれる宗教団体、その総本部が置かれているベルカ自治領であった。

その団体はロストロギア、闇の書や願いを歪んだ形で叶える『ジュエルシード』と呼ばれる宝石のような危険物を調査することを使命としているとのこと。

そのため、ある程度、利害が一致している管理局と協力体制をとっている団体でもある。

 

そして、はやてが対面しているカリム・グラシアと言う女性はその聖王教会において、『騎士』と呼ばれる称号を得ている高貴な身分の人物である。

 

そんな二人は用意された洋風の椅子に座ると仲睦まじい様子でお菓子と紅茶を手にしながら談笑を始める。

久しくお互いに会っていなかった二人は他愛のないことで笑い合いながらお茶会を楽しむ。

 

「カリムには世話になってばかりやなー。設立した部隊の後援とか、ホントにありがとな。」

「ふふっ、そうした方が色々と頼みやすいから。」

「なんや、今回は頼みごとの方面か?」

 

はやてがそういうとカリムは複雑な表情を浮かべながらディスプレイを浮かび上がらせるとその画面を操作し、明るく包み込むような光が差し込んでいた窓をカーテンで締め切る。

光が入ってこなくなり薄暗くなった部屋の中でカリムの表情を見たはやては先ほどまで浮かべていた笑顔を引き締め、険しい表情へと変える。

 

さらにカリムがディスプレイを操作するとカーテンをスクリーンがわりに6枚ほどの画面を映し出す。そこには箱状と思われる代物の他に楕円形のカプセルや丸みを帯びた戦闘機のような形、そして完全な球体を持った機械が映し出されていた。

 

「これ、『ガジェット』?新型も含まれてるんか?」

「本部にはまだ正式には伝えていないけど、これまでの1型(楕円形のカプセル)の他に2型(戦闘機)3型(球体)が新たに確認されたわ。特に3型は、中々の巨体を持っているわ。」

 

そういいながらカリムは3型が映し出されている映像に等身大の人間を出し、比較させる。その3型は優に人間の身長を超えており、およそ三メートルほどの大きさを持っていた。

 

「戦闘力は完全に未知数。一応、監査役のクロノ提督にはさわりだけお伝えしてはいるけど・・・・。」

 

カリムはガジェット3型の映像を引っ込めると別の映像を拡大させる。その映像には箱状の代物が映し出されていた。それを見たはやては驚きの表情を露わにする。

 

「これが本日の本題。一昨日づけミッドチルダに運び込まれた不審貨物。中身は、言わなくてもわかるわよね?」

「レリックやな・・・・。」

「大方、そう認識するのが当然よね。2型と3型も昨日から出現が確認されているし・・・。」

「ガジェットがレリックを発見するまでの時間は?」

「早くて今日明日中と考えるのが妥当ね。」

「つまりいつアラートが出されてもおかしくないちゅう訳やな・・・。」

 

カリムの言葉にはやては難しい表情を浮かべる。そんな彼女の様子を見ていたカリムは少しばかり難しそうな表情を露わにする。

 

「実は、これとは他にもう一つ伝えなきゃいけないことがあるの。」

「これって・・・ガジェットの他にか?」

 

若干驚いた表情へと変えるはやてにカリムは静かに、それでいて重い表情で頷いた。

 

「結構重要なことなの。預言のことに関して、文章に新しい行が追加がされたの。」

「・・・ぶ、文章が追加っ!?何かあったんか!?」

 

カリムははやての驚きの声とともに、その預言の文章を口にする。

 

 

旧い結晶と無限の欲望が交わる地

 

死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る

 

『毒竜から産み落とされた自我持たぬ星座達』は、中つ大地の法の塔を悉く焼き落とす

 

それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる

 

 

それがカリムの持つレアスキル、『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』から年に一回だけ作成できる預言の文章に記されていたものである。

これが短くて半年、長くて数年先の未来を書き記すものであり、信憑性も高く、この預言の文章に書かれたことはほぼ確実に起こると言っても過言ではないほどのレアスキルであった。

 

その文章に変化が生じた。つまるところ、これからの未来が変わったと同意義であった。

 

「これが、最初書いてあった文字を訳したもの。問題の文章はこの後のものなの。」

「そ、それで!?その内容はっ!?」

「文章が追加されたのがつい最近だから正確に訳せているとは思えないけど・・・。それでいいなら。」

 

 

北に輝く七つの星が落ちる時、祝福の風を伴い、小人達を侍らせた『白い雪』はその純白の翼を輝かせる

 

 

「これが新たに預言の文章に追加されたことよ。」

「・・・・あんま、ピンと来ぉへんなぁ・・・。小人かぁ・・・・。」

「しょうがないわ。預言の文章は言い回しが凄く抽象的だから・・・・。」

 

カリムが苦笑いを浮かべている中、はやての頭の中で小人と白い雪の文言が錯綜する。どこかで聞いたことがあるようでないような、そんな感じの引っ掛かりを覚えたのが正直なところであった。

 

(なんやろなぁー・・・・。小人に白い雪・・・・?白・・・・雪・・・・。)

 

「あ、まさかーーー」

 

閃いたような表情を浮かべたはやてにカリムが尋ねようとした時ーーー

 

「騎士カリム!!大変です!!」

 

扉を勢いよく開けはなつ音と共にカリムの自室にシスター服を着こなした女性が現れる。

 

「シャッハ、どうかしたの?」

 

明らかに異常事態が発生したと思われる部屋に飛び込んできた女性、シャッハ・ヌエラの様子に二人は険しい表情を露わにする。

 

「調査部から連絡です!レリックと思われし不審貨物を積んだリニアレールにガジェットが襲撃を行っています!!」

「っ・・・・はやて!!」

「わかっとる!!一級警戒態勢、発令やっ!!」

 

カリムがそう呼びかけた時には既に彼女は手元のディスプレイから仲間達の元へ警戒態勢の発令を行なっていた。

程なくして、はやての目の前に仲間達と襲撃を受けているリニアレールの映像がリアルタイムで表示される。

 

「なのは隊長、フェイト隊長、グリフィス君、こちらはやて。状況が状況なため、手短に説明するからよく聞いとってな。現在、レリックと思われる貨物を積んだリニアレールがガジェットに襲撃を受けとる。リニアレールはガジェットに内部侵入されて制御が乗っ取られとる。車輌内部には少なくとも30体のガジェットの他に飛行型や大型の新型もいる可能性が高い。いきなりハードな任務だけど、なのはちゃん、フェイトちゃん二人とも行ける?」

『大丈夫!』

『いつでも行けるよ!!』

 

親友の勇ましい声にはやては自然と笑みが零れそうになるが、それを押さえつけつつ任務の内容の説明を続ける。

 

 

「スバル、ティアナ、エリオ、キャロ。他のみんなもオッケーか?」

『はいっ!!!』

 

新たにはやての部隊の所属となったスバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエの新人四人の返事を聞き届けたはやてはその返事を褒めながらさらに指示を飛ばす。グリフィス・ロウランには隊舎での指揮を、そして新たに祝福の風の名前を賜った小さな妖精、『リィンフォース(ツヴァイ)には現場での管制を命じる。

 

「それじゃあ、『機動六課』、出動っ!!!」

『了解っ!!!』

 

はやての出動命令と共にそれぞれが為すべきことを為すために動き出す。

 

 

 

 

「ハァァァっ!!!」

 

ヒイロはリニアレールの暗い空間の中で輝きを一層目立たせるビームサーベルを振り下ろす。

その光は目の前の楕円形のカプセルの形をしたガジェットを縦に真っ二つにする。

 

「先頭車輌の制圧を確認。これで前半車輌にあった反応は全てか?」

『ああ、今ので最後だ。流石だな。動きに無駄がない。』

「あの程度で手間を取っているようではガンダムパイロットは務まらんからな。」

 

そういいながらヒイロは辺りを見回す。ヒイロの周囲には破壊されたガジェットが煙を上げながらその機能を完全に停止させていた。

 

「相手のコードを避けた上で掴み取り、力任せに振り回して、他の対象にぶつけたり、浮かんでいた相手には壁を駆け上りながらの回し蹴り。本当にお前の身体能力には驚かされてばかりだ。」

 

ヒイロの身体能力の高さに舌を巻いているリィンフォースを尻目にヒイロは先頭車輌の席に座るとシステムへの干渉を始める。

 

「これより列車のシステム復旧作業を開始する。どこまで応用が効くかはわからんが、やれることをやるだけだ。」

「わかった。周囲の警戒は私がやっておく。」

「了解した。」

 

それきり、リニアレールの先頭車輌ではヒイロが端末に打ち込む音だけが響き渡る。

リィンフォースも周囲の警戒に専念しているため、お互いに喋らない時間が続く。

 

「・・・・そういえば、お前が何故ウイングゼロの中に入り込んだのか、その経緯を聞いてなかったな。」

「・・・・お前の気が散らないのであれば、今話そうか?」

「問題ない。知っておく必要があるからな。」

「わかった。とはいえ、私自身うまく説明できるかは保証しかねるがな。」

 

 

 

 

あれは、お前が次元震に巻き込まれた後、闇の書の消滅の儀式を行った時だった。

 

主はやての未来のため、私はこの身を滅ぼすことを選んだ。そのことに関して悔いのようなものは微塵もなかった。

ただ主の未来のために文字通り自身の未来を閉ざしても後悔はなかった。

 

だが、その時だった、私の未来を切り開いてくれたのはーーー

 

 

 

「闇の書の消滅を確認!!やるなら今しかねぇぞっ!!!」

「プレシアさん!!彼女と闇の書の大元のリンクはっ!?」

「・・・・消滅しているのも相まって、捜索自体は呆気ないものね。あとは貴方達が確立させなさい。」

 

 

視界が包まれている中、二人の少年の声と一人の女の声が聞こえた。

 

「ふん!!貴様に言われずともやっている!!」

「やはり消滅中であれば、いくらか作業時間が短縮できるだろうと踏んだのは正解だったか。」

「とはいえ、猶予が残されていないのは事実です!!みんなは迅速にリィンフォースさんと闇の書の繋がりを表面に出してください!!」

 

「ま、待てっ!?お前達、一体何を・・・!?」

 

思わず困惑する様子を前面に出すしかなかった。なぜなら彼らは消えたはずの夢の世界の人間だったからだ。

 

ヒイロ・ユイの仲間のガンダムパイロット達。

そして、プレシア・テスタロッサ。この人物たちが活動を続け、なおかつ共同作業を行なっていることに驚きを禁じ得なかった。

 

「何って決まってんだろ!!アンタを助け出すためだよ!!」

「む、無理だっ!!私と闇の書の繋がりを断つことなど・・・!!」

「幾度とない転生を迎えた魔導書の奥深くにあるであろう貴方とのリンクを切断するどころか、見つけ出すことすら普通は困難でしょうね。」

「だが、消滅する真っ只中であれば、話は別だ。どんな構造物でも穴だらけの状態で捜索すれば視野は広がる上に発見は容易になる。俺たちはそのわずかな可能性の上昇にかけた。」

「結果は見ての通りだ!あとは大人しくしていろ!!そろそろ奴が来るはずだからな!!」

 

そう声を荒げるような少年の声が聞こえた瞬間、自分の側に何か巨大な物体が舞い降りた。それはヒイロ・ユイとフェイト・テスタロッサが乗ったウイングガンダムを自らの意志で逃したガンダムエピオンであった。

 

「よぉ、ゼクス!!やっと来やがったな!!」

「全く、エピオンをそのままこの空間に持って来させるなど無茶をさせる。色々と維持が大変なんだぞ。」

「それでも貴方なら来てくれると信じてましたよ!!」

「そう煽てるのはよしてくれ、過度な期待には応えたくなるのが性分なのでな。」

「なるほど・・・・これがモビルスーツという代物なのね。」

 

 

声色的にプレシア・テスタロッサがその現れた巨大なもの、モビルスーツに興味があるような声をあげる。

 

「魔力を一切使わずにこんな代物を作ってしまうなんて・・・。」

「おいおい、プレシアのばあ『は?』

 

その瞬間、雷が落ちたような轟音が耳をつんざいた。大方、プレシア・テスタロッサが魔法で雷を落としたのだろう。長い茶髪を三つ編みに編んだ少年は表情を真っ青にしながら落とされた落雷に驚いていた。

 

「ア、アハハ・・・・お姉・・・・さん・・・?」

「あら良かった。今婆さんなんて言葉が聞こえた気がしたから思わず雷落としちゃった♪」

 

少年の震える声にプレシア・テスタロッサは嬉々としたような口調でそう言った。さながら次はないとでも言っているようなものであった。

 

「・・・・マジ怖え。」

「デュオ、女性に年齢のことを聞くのはあまり褒められたことではありませんよ。」

「ヘイヘイ・・・以後気をつけますっと・・・・。」

 

 

中性的な声を持つ少年に咎められたデュオと呼ばれた少年は反省したように力のない声でそういった。

 

「・・・・管制人格、いや今はリィンフォースだったか。アンタと闇の書の繋がりを浮き上がらせることは済んだ。」

「・・・私を本気で助け出すつもりか?」

「ま、どっちかと言うと本命は守護騎士の方だったんだが、夜天の書の主の方でなんとかなっちまった訳で、どうしたものかと残ってみていればアンタがいることに気づいてな。急いでプレシアの姉さんのところに駆け寄ったわけさ。」

「・・・私としては無理に残る必要はなかったのだけどね。アリシアも先に消えてしまったもの。」

「それは、本当に申し訳ありません。貴方にとって、アリシア・テスタロッサさんは……。」

「良いのよ。私だって、他人に家族を亡くすことの悲しみ、味わって欲しくないもの。何よりフェイト、あの子と同じくらいの年齢の子には、ね。」

 

そういったプレシア・テスタロッサの声は優しかった。かつて彼女が嫌悪した自身の娘のクローンであるはずのフェイトを心から娘としてみていなければ出てこないような声であった。

 

「・・・・話の腰を折るようで申し訳ないのだが、手早くリィンフォースを救い出す作業を進めた方が良いのではないのか?」

「・・・それもそうね。さっさと始めましょうか。」

「んじゃ、後はよろしくな。ゼクス。」

「了解した。とはいえ、本当にできるのか?」

 

ゼクス・マーキスの疑問気な声にプレシアは何か魔法の詠唱をする。するとエピオンの右手に持つビームソードに仄かに光の膜が張られた。

 

「次元跳躍魔法のちょっとした応用よ。そのエンチャントがかかった武装で彼女に向けて振り下ろせば、彼女と闇の書のリンクを断ち切った上で次元跳躍させることができる。」

「・・・あまり、魔法に関しての知識はない以上、私がとやかく言うことは出来ないが・・・。」

「・・・・保証はするわ。むしろ今しかできない。次元の境界が緩まっている今しか。」

 

プレシアは今しかできないことを強調するように同じ言葉を口にした。次元の境界が緩まっている・・・?

そのようなことは、確か・・・・・。いや、一つだけあった!!

 

「まさかっ!!私をヒイロ・ユイのところへ・・・!!」

「そういうこと。一応、貴方を安心させるためにこれだけは伝えておくわ。彼は確実に生きている。」

「っ・・・!!本当、なのか?」

「ええ、彼をアンカーがわりにしている私が保証するわ。もっともそれはあくまで彼が生きていることだけで、彼がどのような世界にいるのかは皆目見当も付いていないわ。」

 

それでも、それだけでもいい!!彼が、ヒイロ・ユイが生きていることさえ分かっているのであれば・・・!!

 

「・・・その様子だと、確認はいらないみたいわね。閃光の伯爵(ライトニング・カウント)さん、お願いできる?」

「・・・・なるほど、我々が貴方のことを知っているように貴方も我々のことを知っているという訳か。いいだろう!!」

 

ゼクス・マーキスはそう意気込むと、エピオンのビームソードを天高く掲げる。

 

「夜天の書の主、八神はやては名前は体を現す。そういった。ならばこのエピオンはまさにうってつけ!!その意味は次世代など、そういったものだが、敢えてこう言わせてもらおう!!」

 

 

「リィンフォース、祝福の風の名を持つ者よ!!君の行く道、君自身の『未来』に幸福があらんことを!!」

 

そして、エピオンのビームソードが私に向けて振り下ろされる。斬られた勢いでかなりの距離を吹っ飛ばされるがそれと同時に自身を縛り付けていたナニかが断ち切られたのをはっきりと認識できた。

 

「達者でなー!!あの無口で無愛想で無鉄砲な奴によろしくなー!!」

「彼のこと、よろしくお願いします。」

「アイツはよく無茶をする奴だ。せめてあの女に会わせてやるまで死なせないでやってくれ。」

「フン・・・。行け、二度と家族を泣かせるようなことはするな。」

「さらばだ、リィンフォース!!」

「・・・・ありがとう、最期にアリシアとフェイトに会わせてくれて。」

 

 

別れの言葉を口にする彼らに私は言葉を返そうとしたが、それよりも早く視界が光に包まれ、意識を持っていかれて行った。

 

そして、再び目覚めた私はウイングガンダムゼロ、ヒイロのデバイスの中にいた。

 

 

 

「まぁ、そんなところだ。」

「・・・・・余計な世話をする奴らだ。ならば、フェイトとスペースポート内に侵入した時に聞こえた爆発音や兵士が倒れていたのはあいつらの仕業か。」

「そうだな。」

 

ヒイロは呆れたような口調ながらもその無表情な顔を僅かに綻ばせたような気がした。

その時、リィンフォースが見ていたウイングゼロのレーダーの範囲に入り込んだ物体が現れる。

 

「ヒイロ、この列車に接近してくる金属反応がある。スピードから換算するに空を飛んでいると思われるが、その物体の中には同時に魔力反応がいくつかある。」

「魔力反応は分からんが空を飛んでいるのであれば、それは輸送ヘリの可能性が高い。だが、こちらはまだ時間がかかる。」

「なら私で監視を続けておく、何かあれば直ぐに伝える。」

「了解した。」

 

リィンフォースはその接近する輸送ヘリの中に乗っている魔力反応を注視しているとヘリとはまた別の方向から金属反応が現れたことをレーダー上から見つける。

 

「ヘリとは別方向から別の金属反応だ。質量や反応の大きさ的に車輌内にいた機械の類似タイプの可能性が高い。」

「・・・増援か・・・・。ヘリの方はどうなっている?」

 

ヒイロからのその問いにリィンフォースは再び視線をウイングゼロのレーダーの方に移した。

そのタイミングでヘリから飛び降りたと思われる一つの反応と凄まじいスピードでレーダーに入り込んできたもう一つの反応がその金属反応の迎撃に向かって行った。

 

「ヘリから一人、ヘリを追うように新たに現れた反応が金属反応の迎撃に向かった。だが、この魔力反応・・・・。」

「・・・どうかしたのか?」

 

訝しげな表情を浮かべるリィンフォースにヒイロは視線を向けてはいなかったが言葉の雰囲気的に察し、声をかけた、

 

「・・・・金属反応の迎撃に向かった魔力反応だが高町なのはとフェイト・テスタロッサのものと酷く似ている。」

「・・・・どういうことだ、ここはなのは達のいる地球なのか?」

「分からない。だが、得られる情報から感じる私の個人的な感想だが、二人の魔力が()()()()()。まるで制限でも設けているかのようにあの二人にしては魔力指数が低すぎるんだ。」

 

リィンフォースのその言葉にヒイロは疑問気な表情を禁じ得なかった。

なのはとフェイトによく似た魔力反応があるのはいいが、制限を設けているようにその魔力の量が少ない。

 

「・・・・接触してみるか?」

「・・・いや、今はいい。アイツらは戦闘中だ。となると、はやてがいることも考えるべきか?」

「それは、どうだろうな・・・守護騎士達が一人でもいれば主がいるのは確実だが・・・。」

 

リィンフォースはどこか嬉しそうな、それでいて気まずそうな表情を浮かべながら苦笑いをする。

まさか、消滅すると思った矢先に助け出されたのだ。リィンフォース自身が分からなかったことを当然、はやてが知るはずもないだろう。

 

 

「・・・・どのみち俺たちが動いたところで余計に戦局を混乱させるだけだ。今は大人しく列車の停止作業を優先させる。」

「・・・・・それもそうか。む、ヘリからツーマンセルの二人組で前半車輌と後半車輌に魔導師の降下を確認。両方とも7輌目へ向けて進んでいる。」

「7輌目・・・。俺が倒れていた車輌か。その車輌に何かあるのか?」

「ない、と言えば嘘になるな・・・。あそこにはよくわからない高エネルギー結晶体があった。迂闊に刺激すればかなりの規模を巻き込む爆発を産む可能性もある。」

「・・・・・両勢力の目的はその高エネルギー体の確保か?」

「そうかもしれない。推測の域を超えないがな。」

「他には何か確認できるか?」

「・・・・小さいのが一つ、先頭車輌に向かってきているな。すぐ近くに来ている。」

 

その時、端末を操作していたヒイロの視界がガジェットが割ったフロントガラスの隙間から小さく縮んだ水色がかった銀色の髪を持った妖精のような存在が入ってきたのを捉えた。

 

「・・・・・あれか。」

「・・・・・あれだな。」

 

その妖精のような存在は、ヒイロとリィンフォースをその小さな視界に捉えると、しばらく呆気に取られた表情を浮かべていた。

やがてハッとした表情へと変えると口元をアワアワとさせた後ーー

 

「な、なんで貴方がたがここにいるんですかっ!?」

 

明らかに自分たちを知っているようなその妖精のような存在の口ぶりにヒイロとリィンフォースは二人揃って疑問気な表情をするしかなかった。

 




リィンフォースの生存のさせ方滅茶苦茶だと思うけど、許してクレメンス。

とりあえず、ただいま全力全開でstrikers編を視聴中・・・・・

「少し、頭冷やそうか。」

なのはさん、流石に指導とはいえ、あれは素人が見てもやりすぎっすよ・・・。


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第31話 10年越しのクリスマスプレゼント

フェイトそんは可愛い(確信)


「・・・・・お前は何者だ?俺達のことを知っているようだが・・・。」

 

現れた妖精のような少女にヒイロは声をかけるが、視線を右往左往させて、極めて慌てている様子を見せているだけで、ヒイロの声に応えられるようには見えなかった。

若干、呆れたように目を窄めるヒイロだったが、その少女が手にしていた本の意匠がどことなく夜天の書に似ていると思ったヒイロは再度、その少女に視線を集中させる。

 

「・・・・リィンフォース。お前はアレが何者か知っているか?」

「いや、私にも何がなんだか……「リィンフォース!?今、リィンフォースって言いましたよねっ!?」な、なんだぁっ!?」

 

ヒイロは側にいるリィンフォースに向けて確認を取ろうとしたが、彼女の名前を呼んだ瞬間、魚の餌に誘われたかのようにその妖精のような少女がリィンフォースに駆け寄り、彼女の半透明に透けている手を掴み取った。

突然の少女の行動にリィンフォースは驚いた表情を浮かべる。

 

「え、え!?いや、その……な、なんだぁっ!?」

「私はリィンフォースさん、貴方がいなくなった後に、はやてちゃんが夜天の書の管制人格として創り出した、『リィンフォースⅡ』なのです!!」

 

リィンフォース。自分と同じ祝福の風の名を持つと言った目の前の少女に消滅する直前、はやてに自分の名前をこれから先に産まれてくるであろう命に渡してほしいと願ったことを思い出した。

 

「・・・・そうか。お前が産まれてくる新しい命だったか・・・・。」

「・・・・・結論から聞くが、そこの小さいのもリィンフォースという認識でいいんだな?」

 

先ほどの驚愕をしていた表情から一転して、優しげなものへと変えた彼女にヒイロはそう尋ねた。

 

「ああ。その認識で相違はない。さらに、主はやても確実にこの世界にいる。」

「はやてちゃんなら今は聖王教会の方に向かっていますけど、そろそろ戻ってくる頃合いだと思うのです!!」

「・・・・・リィンフォースⅡだったな。お前にいくつか確認したいことがある。お前を含めた車輌に乗り込んでいる奴らは中央車輌に存在するの高エネルギー体の確保を目標にしているようだが、この列車の停止もお前達の目的に含まれているのか?」

「はいです!少しばかりハードなものではあるんですけど、機動六課として初任務ですぅ!!」

「・・・・・お前はどうする。リィンフォース、いや、その名前はこの小さいのにあげたとか言っていたな。別の呼び名でもいるか?」

 

機動六課という聞きなれない単語があったがひとまずヒイロはそう言いながらリィンフォース、否、半透明の体を持つ彼女に視線を向ける。

その彼女はヒイロに視線を返すとその表情を朗らかなものに変えた。

 

「一応、私はお前のウイングゼロの中に居候している身だ。判断はお前に任せる。だが、名前が混在するのは事実だ。主からもらった名前はこの子に渡してしまった以上、別の名を名乗るしかあるまいさ。何か妙案はないか?」

 

彼女のその言葉を聞いたヒイロは一度リィンフォースⅡに視線を移す。視線を向けられたリィンフォースⅡはキョトンとその小さな首をかしげるが、ヒイロは何か言葉を発するわけでもなく、すぐさま視線を彼女に戻した。

 

「・・・・アインス。安直に数字の1を表す単語だが、あの小さいのが2を指し示すツヴァイを名乗るのであれば、なんら問題はないだろう。」

「アインス、か。中々いいセンスをしていると思うが?」

「俺は安直だと言った。お前はそれでいいのか?」

「ああ。もちろんだとも。」

「・・・・そうか。」

 

初代リィンフォース改め、アインスはヒイロに笑顔を向ける。それを見たヒイロは顔をツヴァイの方へと向ける。

 

「・・・・ある程度、こちらでプログラムの復旧は進ませている。お前も手伝え。」

「はいです!!」

 

ヒイロの声に嬉しそうな表情を浮かべながらリィンフォースⅡもリニアレールのプログラムの復旧作業に入った。ヒイロは先頭車輌の端末から、リィンフォースⅡは自身の前面にディスプレイを展開しながら作業を行う。

アインスはウイングゼロのレーダーを利用しながら周囲の警戒にあたる。

 

「そういえば、今更で申し訳ないのですけど、貴方はヒイロ・ユイさんで合っていますよね?」

「・・・・・はやてから聞いているのであれば、そうだが。俺とアインスのことを知っているのではなかったのか?」

「いえ・・・その、はやてちゃんから聞いていた年齢と変わらなすぎるって思ってまして・・・。」

「・・・・どういうことだ?」

 

ヒイロはリィンフォースⅡに視線を向けはしなかったが表情に明らかに疑念のものを浮かべる。

変わっていないならまだ判断の余地はあるが、変わらなすぎるとは一体どういうことだろうか。

アインスもヒイロと同じような考えに至ったのか疑問気な表情を浮かべていた。

 

「ヒイロさんが行方不明になった闇の書事件からもう10年の時が流れているのです。それなのに、ヒイロさんは皆さんから聞いたお話と全然変わらないというか・・・身体的成長が見られないというか、なんというか・・・。」

「10年・・・・!?待て、それは一体どういうことだ・・・?」

 

ツヴァイの言葉にアインスは目を見開き、驚愕といった表情を浮かべる。

ヒイロとアインスにとって闇の書の出来事はまだ一時間くらい前のことだ。それにもかかわらず、はやて達の間ではすでに10年前の過去の出来事と化している。

 

「・・・・俺は次元震に巻き込まれて、アインスは俺を追いかけるようにこの列車の中にいた。体感的な時間は然程経っていないはずだ。ならばつまり俺にとっては闇の書の事案はつい先程の出来事だが、はやて達にとっては10年も前のことになっているのか?」

「・・・・ヒイロさんのその言葉が事実だとすれば、お二人は時間跳躍をしてしまったのかもしれません。ヒイロさんの目線から10年後の世界へと。」

「魔法や転生を繰り返す書物に、挙げ句の果てに時間跳躍か。」

「・・・・あれ?それほど狼狽えたりはしないのですね。」

 

呆れた口調ながらも狼狽するような様子を見せないヒイロにツヴァイは首を傾げながらそう尋ねる。

 

「慌てている時間があるのであれば、目の前の熟さねばならないことを片付けることをやっていた方が時間の無駄がない。」

「それもそうですね・・・。」

 

暗に列車の停止を優先しろとヒイロから言われたツヴァイは苦笑いを浮かべながら列車のプログラム復旧に意識を向ける。

アインスも視線をレーダーに戻し、列車の状況を確認する。列車内には目の前にいるツヴァイの他に四つの魔力反応が存在する。

前半車輌に降り立った二つはヒイロが金属反応を一掃していたため阻むものがなにもなく、7輌目へ無事到達する。

一方、後方車輌に降り立った二人は8輌目にいた一際大きい金属反応と戦闘中のようだ。

レーダー上ではどのような状況なのかを把握することはできないが、ちょうど列車から離れた反応にもう一つの反応が追うように離れていったところだ。

 

(・・・・・これは落下しているとかそういうのではないよな?)

 

一抹の不安が頭の中をよぎりながらもアインスはそのままレーダーの監視を続ける。

列車から離れていく反応の距離が徐々に近づき、その二つの反応が重なった瞬間ーー

 

「っ……!?膨大な魔力反応!!これは・・・召喚魔法の類かっ!?」

「あ、それでしたら多分、キャロさんの龍魂召喚なのです!!すっごい召喚魔法を持っているんですよ、キャロさんは。」

「・・・そ、そうか・・・。お前の仲間であるのなら別に構わないのだが・・・。」

 

アインスとツヴァイのそのような会話が行われた後、先程まで真っ赤に染まっていた画面やコンソールが緑色、つまるところ正常を示す色へと変わる。

 

「列車のプログラムの復旧任務完了。これよりオートからマニュアル操作へと切り替え、直ちに停止させる。」

 

ヒイロがそういいながら座っている席から別の席に座ると、ハンドルを握り、ブレーキを踏む。

列車の底部とレールが触れ合い、火花を散らし、甲高い音を辺りに撒き散らしながら列車は徐々にそのスピードを落としていく。

そして、慣性の法則により、体が前にもっていかれるような感覚を最後に列車は完全に停止した。

 

「列車の完全停止を確認。終わりか・・・。」

「お疲れだったな、ヒイロ。」

「問題ない。列車内部の状況はどうなっている?」

 

労いの言葉を言うアインスにヒイロがそう言うと彼女の視線はウイングゼロのレーダーに移る。

列車内には一際大きな金属反応が一つあったが、ちょうどアインスが視界に入れたタイミングでフッと消失した。

おそらく後半車輌に降りた二人組が討ち果たしたのだろう。

 

「・・・・列車内に金属反応はなくなった。」

「そうか。・・・・・リィンフォースⅡ。」

「えっと、ツヴァイで構わないのです。それで、どうかしましたか?」

「・・・・俺達はどうすればいい。お前の指示に従った方がいいのか?」

 

ヒイロのその質問にツヴァイは考えるような仕草を浮かべる。少し間の沈黙の後ーー

 

「でしたら、ひとまず付いてきてほしいのです。会わせたい人達がいるのです。」

「・・・・・なのはとフェイトか?」

「はいです!!」

 

ヒイロは運転席から立ち上がるとツヴァイの先導で先頭車輌を後にする。

破壊した金属反応の正体が散らばる車輌の廊下を歩いていくとヒイロは不意にツヴァイに質問をする。

 

「そういえば、俺が破壊したあの機械はいったいなんだ?」

「・・・・・その質問に答えるのはもうすこし後でも構いませんか?アレに関しては色々と機密なのです・・・。」

「・・・・・わかった。」

 

しばらく車輌内を進み、中央の7輌目に差し掛かったところでヒイロとアインスは二人の人影を目にする。

片方は快活な印象を受ける顔立ちに紫色のショートカットにした髪、そして白い鉢巻を巻き、右手に巨大な車のホイールがついたようなナックルを展開していた。

もう一方はオレンジ髪をツインテールに、どこだかきつい性格を思わせるように表情にはあまり余裕が感じられないように思える。

ハンドガンのような形をした銃を持っていることから中・遠距離を自身の間合いとする人物なのだろう。

その二人が羽織っているバリアジャケットはどことなくなのはのバリアジャケットに似ていると思ったが口に出すことでなかったため心の中に留めることにした。

 

「ヒイロ、私は少しウイングゼロの中に戻っている。」

「・・・唐突だな。何か理由でもあるのか?」

「・・・・もっともらしい理由はないのだが、強いて言うのであれば、フェイト・テスタロッサのため、だな。」

 

アインスはそれだけ言うとその半透明な体をウイングゼロの中に入り込んでいった。

ヒイロはその言葉を疑問気に思いながらも深く追及することなく、ただ間違えてもゼロシステムを起動しないように思いながらプカプカと空中を浮遊するツヴァイの後を追う。

 

「あ、リィン曹長!!お疲れ様です!!って、アレ?そこの人は一体・・・?」

「・・・・成り行きでこの列車の停止作業を手伝ってくれていた人、ですね・・・。」

 

こちらに気づいたショートカットの少女がツヴァイにヒイロのことを尋ねる。

しかし、ツヴァイは少々歯切れの悪い返事をした。いきなり時間跳躍で10年前から来た人と言ったところでとてもじゃないが、信じてもらえるとは思えない。

 

「なるほど、乗り合わせた人ですか!それでしたら無事でよかったです!!」

 

どうやら、このショートカットの少女は物事をそんなに深く考えないタイプのようだ。どう取り繕ってもツヴァイのあの対応が良いとは言えないのにこの反応の仕方である。

 

「・・・・・。」

 

対照的にオレンジ髪の少女は先程の少女とは違って、ヒイロに訝しげな視線を向けている。

 

「・・・・色々と聞きたいことがあるのはわかるが、俺がこの列車に乗り合わせたのは事実だ。」

「・・・・そうですか、でしたらひとまずそういうことにしておきます。」

 

ヒイロが言った言葉にツインテールの少女はひとまず引き下がってくれた。

とはいえ疑いの目が晴れたわけではないため、ヒイロのこの後の行動によっては彼女の視線はきつくなるだろう。

 

「そういえば、レリックの回収は無事に済みましたか?」

「はい!!ちゃんと確保に成功しましたよ!」

 

ツヴァイのその言葉に箱状のものを掲げながら嬉しそうに笑みを浮かべる少女。

どうやらその金属製の箱の中に入っているのが件の高エネルギー体のようだ。

 

「スバルさん、ヘリまでの道をお願いしますのです。」

「わっかりましたぁ!!」

 

『Wing Road』

 

スバルの足のローラースケートのデバイスからそのような音声が流れると自身の足元から青白い光で構成された足場を外で待機しているヘリに伸ばす。

 

 

「少しそこで待っていてくださいなのです。ってあれ、アインスさんは?」

「席を外している。構う必要はないとのことだ。」

「そうですか・・・・。」

 

先にスバルとオレンジ髪の少女を外で待つヘリに向かわせ、ツヴァイは何やら通信機に向かって言葉を送った。

 

「リィンフォース?どうしたの、私たちに会わせたい人がいるって・・・。」

「局内ならまだ分からない訳じゃないけど、こんな任務中に?」

 

ヒイロの視界から隠れて見えなかったが、声色的になのはとフェイトがすぐそばまで来ていることは察することができた。

 

「はいなのです!!なのはさんやフェイトさん、そしてはやてさんが絶対に喜ぶ人なのです!!」

 

ツヴァイのその言葉に疑問気な表情を浮かべるなのはとフェイト。さながら皆目見当もつかないと言った様子だ。無理もないだろう、彼女たちがこれから会うのは行方不明になって以来10年も会っていない人物なのだからーー

 

 

「それでは、出てきてくださいなのです!!」

 

ツヴァイのその声に促されるように車輌内から姿を現わす。その姿が徐々に明らかになるにつれ、疑問気だったなのはとフェイトの表情は驚嘆のものへと変貌していく。

そして、その全身がなのはとフェイトに見えるまで姿を現したヒイロは二人の驚く顔を見つめる。

 

「・・・・10年ぶりのようだな。やはり容姿もかなり変わっているか。」

「嘘………ヒイーーー」

 

なのはがヒイロの名前を言おうとした瞬間、ヒイロは片足を軽く後ろに引き、半身を逸らした。次の瞬間、そのすぐそばを風が吹き荒れ、ガンッというぶつけたような音が辺りに痛々しく響き渡る。

その音は先を歩いていたスバルとオレンジ髪の少女の二人組が思わず振り向くほどだ。

 

「・・・・フェイト。ブリッツアクションを使いながら突っ込んでくるな。」

 

呆れるような口調でそういいながら自身の後ろで列車の外壁にぶつけた額をさすっているフェイトに声をかける。金の糸のように煌めく髪はツインテールではなくロングに下ろし、その身長は既にヒイロを超えているくらいまでに成長していたが、その赤いルビーのような瞳は昔のままで、10年ぶりにヒイロと出会ったからなのか、はたまた額をぶつけたことによる痛みからなのかは定かではなかったが、既に潤んでおり、今にも涙が溢れ出そうだった。

 

「夢………じゃ、ないん、ですよねっ………!!!!」

「ああ。現実として、俺はここにいる。」

 

そうフェイトに背を向けて言った瞬間、今まで溜め込んでいた涙を堰き止めていたダムが壊れたのか溢れ出んばかりに涙を零しながら、ヒイロの背中に飛びついた。かなり強い衝撃がヒイロを襲うが彼の強靭な肉体はその衝撃にビクともせずにフェイトの体を受け止める。

 

「今の今まで、どこで何をしていたんですか………!!!貴方が居なくなってから、私は、わたしはぁ………!!!」

 

ヒイロを抱きしめたまま、フェイトは嗚咽を零しながら、涙が頰を伝い、ヒイロの服を濡らしていく。

それにもかかわらずヒイロは彼女を振り払うことはなく、なすがままを貫く。

 

「フェイトちゃん………。」

 

親友であるフェイトの様子になのはも思わず瞳を潤ませていた。突然居なくなってもう二度と会うことができないと思っていた人が今、こうして目の前にいるのだ。

 

「あ、あのー・・・なのはさん?フェイト隊長、どうしちゃったんですか?」

「あ・・・・。」

 

フェイトの様子が変わったことが気になりだしたのか、彼女の隊の一員であるスバルがそう聞いてくる。

隊長としての体面を保つため、なのはは潤んだ瞳を擦りながら、彼女らに向き直る。

 

「えっと、ごめんね。あんなところ見せちゃって・・・。」

「い、いえ、そんなことはないんですけど・・・。」

「ですけど、フェイト隊長、本当にどうしたんですか?いつも穏やかな印象を受けるあの人があんなに・・・。」

 

オレンジ髪のツインテールをもった少女、ティアナの言うこともわからない訳ではない。

いつも穏やかな口調で人と応対する彼女が感情を前面に押し出し、ましてやあのように人目も憚らずに泣き出すなど、イメージとはかけ離れていたからだ。

 

「あの人、何者なんです?乗り合わせたって言ってましたけど・・・・。」

「え、乗り合わせたのならそうなんじゃないの?」

「このバカスバル。このリニアレールは元々貨物列車なのよ?そんなのに乗り合わせたとか考えなくても嘘だってわかるでしょ!?普通だったら犯罪よ犯罪!」

「ご、ごめんてばティア・・・。」

「・・・・ヒイロ・ユイ。それがあの人の名前なんだけど、私やフェイトちゃんが出会ったのは10年前の闇の書事件まで遡るの。」

 

スバルとティアナのそんなやりとりを微笑ましく思いながらなのはは自身とヒイロの出会いを語り始める。

 

ある夜の街で突然始まった、今は頼れる仲間であるが当時は敵同士だった者達との戦い。

 

そのまま訳がわからないまま戦い、傷つき、もう駄目だと思った。

 

そんな状況から救い出してくれたのは親友ではなく、はたまた自分の魔法の師匠でもなく、他ならぬヒイロであった。

 

「ヒイロさんは私やフェイトちゃんの師匠でもあるんだよ。」

「え、そうなんですかっ!?」

「あの人が・・・・!?」

 

なのはの言葉にスバルとティアナは驚きの視線を向ける。高町なのはと言えば、管理局の航空戦技隊において『エース・オブ・エース』の称号を持っていると言われるほどの有名人であり、管理局内では知らない人はいないと言わしめるほどだ。フェイトも管理局内ではかなりの知名度のある人物に数えられている。

その有名人達の師匠であると言う言葉にスバルはもちろんのこと、特にティアナは意外性を持った視線をヒイロに向けていた。

 

「でも、闇の書を巡る最後の戦いで結果的には大元の破壊までにはこぎつけたんだよ。だけどヒイロさんはその大元を破壊した時の次元震に巻き込まれて、今まで行方不明になっていたの。」

「そのなのはさん達の師匠が、今こうして目の前にいると・・・。そういうことなんですね?」

「うん、そういうことになるのかな。」

「・・・・・あれ?」

 

スバルの言葉に頷いているなのはの耳にティアナが疑問気に唸る声が聞こえた。

 

「ティアナ?どうかした?」

「・・・・闇の書事件って確か10年くらい前って言いましたよね。」

「うん。そうだけど・・・?」

 

なのはの疑問気ながらに言った言葉にティアナはヒイロに疑いの視線を向ける。どう見たってヒイロの年は自分とスバルと同じくらいのものだろう。

仮に自分と同じ16だと仮定して、闇の書事件が10年前だから、年齢はおよそ5才から6才ということになる。

 

(正直なところ、ありえなくない?)

 

弱冠6才の子供がいくら子供の頃だったとは言え、なのはとフェイト、二大巨塔の二人の師匠をできていたとはとてもではないが信じることができなかった。

 

 

「ティアナさん。」

「あ、リィン曹長・・・。」

「疑問に思うのも分かりますけど、今はレリックの運搬を・・・・。」

「え?」

 

ツヴァイの言葉に思わず自分の相方であるスバルの方を見やる。その彼女の脇にはレリックの入った金属製の箱ががっちりと挟まっていた。それを認識した瞬間、ティアナの体がワナワナと震え始め、爆発した。

 

「こんの、バカスバルーー!!!!さっさとそのレリックを置きに行きなさいっ!!!」

「うわわわぁーっ!?ご、ごめんってばーー!!!」

 

突然のティアナの怒声にスバルは驚いた表情をしながらヘリに向かって走り去っていった。

少々、いやどう取り繕ってもかなり抜けている自分の相方にティアナは思わず疲れからため息を吐いてしまう。

 

「その、すみません・・・。スバルはどうも抜けているところが・・・。」

「アハハ・・・・大丈夫だよ。」

 

頭を悩ます種に苦い顔をするティアナになのはも苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

「グスン・・・・。ごめんなさい、ヒイロさん。服を汚しちゃって・・・・。」

「気にするな。俺は気にしない。」

「貴方が気にしなくても私が気にするんですぅ……!!!」

 

ヒイロ自身、服を濡らされたことには本気で気にしていないため、憮然としているが、その濡れた肩の部分をフェイトが申し訳なそうな表情を浮かべながらグイグイと引っ張る。

フェイトが引っ張るとヒイロはそれを気にしていないという意志表示の現れで服を引っ張る手を引き止める。

そんなやりとりが帰還中のヘリの中で繰り広げられていた。

 

「おいおい。あれ、ホントにフェイトさん?やけに感情的になってるな・・・。なんか知ってるか、チビ共。」

「そ、そう言われても・・・・。」

「あの人が現れてからのフェイトさん、すっごく活き活きしているとしか・・・。」

 

ヒイロ達が乗っているヘリのパイロットである『ヴァイス・グランセニック』が驚いた表情を浮かべながらヘリの操縦席に比較的近くにいた赤毛の少年エリオと桃色の髪をしたキャロに聞いてみた。

ヴァイスの質問に二人は大した返答はできなかったが、それなりの年齢を重ねているヴァイスにはなんとなくだがその正体を知ることができた。

 

「なるほどなるほど・・・・フェイトさんもれっきとした女性だったという訳、か。しかもあそこまでのぞっこんぶりとはねぇ・・・。浮ついた話も聞かないのも頷けるねぇ。」

 

ヴァイスの言葉にまだ色を知らない子供勢二人はキョトンとした表情を浮かべるしかなかった。

 

 

 

ヘリのローターから響く揺れに身を任せていたヒイロだったがしばらくすると徐々に近代的な都市に見られる高層ビル群が見えてくる。

ヘリは構造的に宿舎と見られる海辺の建物に近づくと屋上のヘリポートにその身を下ろした。

 

「ここは、どこだ?」

「ここは私達が所属していて、はやてが部隊長を務めている機動六課、その隊舎。」

「はやてが部隊長、か。管理局に入局したのか?」

「うん。ヒイロさんがいなくなったあと、はやてや守護騎士達も管理局に入る形で保護観察処分が下されたの。」

「・・・そういうことか。」

 

ヒイロは近くの窓から様子を伺うと外には見たとこのある顔が揃い踏みになっていた。

守護騎士であるシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。

シグナムとヴィータは濃い茶色を基調とした制服のような服を着こなし、シャマルは医師でもやっているのか、白い服に袖を通していた。ザフィーラは狼の状態。それ以外の言い方は思い浮かばなかった。

 

そして、シグナム達と同じように濃い茶色の制服を着こなし、なにやら半信半疑のような様子でヘリを見つめる夜天の書の主、八神 はやての姿があった。

 

「ほい、到着っと。それでは長旅、お疲れさんした。フォワードの皆さん。」

 

パイロットであるヴァイスの声がヘリの中に響くと同時に徐に皆立ち上がり、ヘリから降りていく。

 

「ヒイロさん、行きましょう。はやてが待っていますから。」

「了解した。」

(・・・・外にはやてがいる。やはり10年経っているのはあながち嘘ではないようだ。車椅子がなければ動けなかったのがしっかりと両足で立てている。)

 

そばにいたフェイトに促されるように立ち上がると翼に抱かれた剣のネックレスーーウイングゼロのデバイスにそう小声で伝える。

 

(そうか・・・浸食は綺麗になくなったみたいで、本当に良かった・・・!!)

 

ウイングゼロから念話の形でアインスの声が響く。はやてがしっかりと浸食が治っていることに感極まっているようだ。

 

「ヒイロさん?」

「・・・・どうかしたか?」

 

なのはに声をかけられながらもヒイロはアインスの存在を悟られないように無表情を貫く。

 

「ううん、なんでもない。」

「そうか。」

 

なのはとフェイトに連れられるようにヒイロはヘリから降り、機動六課の隊舎にその足をつけた。

 

「・・・・本当に、生きていたのだな・・・・。」

「マジで生きてやがった・・・!!どういう身体してんだよ、アイツは・・・!!」

「・・・・あれ?ヒイロ君、10年前と然程成長していないような・・・?」

 

シグナム、ヴィータ、シャマルはヘリから降りてきたヒイロに思い思いの反応をする。ザフィーラもその鋭い目をどことなく緩めながらヒイロに向けていた。

 

「本当に、生きとったんやな・・・。よかった。」

「・・・・・ああ。」

はやてと言葉を交わすヒイロだったが、どこかよそよそしい彼女の声からヒイロは何かはやてが感情を押さえ込んでいるように見えた。機動六課の部隊長としての体面上、そう迂闊に泣き出すことができないのだろう。

 

「・・・・おい、いつまでウイングゼロの中で燻っている。出るなら出てこい。出てこないのであれば、俺にも用意がある。」

「・・・・ヒイロさん?」

(す、少し待ってくれ、心の準備がーー)

 

アインスの制止の声が響いている中、ヒイロはウイングゼロを展開する。それによりウイングゼロの中に入っていたアインスは無理矢理、外へ追い出されるようにその半透明で小さい体をはやての目の前に晒した。

 

「えっ・・・・リィン、フォー、ス?」

「えっと・・・・その・・・。」

 

震えるような口調で彼女の名を呟くはやてにバツの悪い表情を浮かべるアインス。

 

「嘘や・・・こんなん、夢じゃあらへんよな・・・?」

「消滅すると言った手前、非常に、言いにくいのですが、その・・・生かされてしまいました・・・・。ですがーー」

 

「また、会えましたね。我が主よ。私にはたったそれだけでも悔いはない気持ちです。」

 

笑顔を浮かべながらのアインスのその言葉が限界であった。ヒイロもそうだが、何より彼女にとって大事な家族ともう会うことはできないと理解していたところに、姿形が変われど、目の前に戻ってきたのだ。

 

「なんや……生きてるんなら、生きてるって連絡の一つくらいよこしいや……!!」

 

涙を零しながらはやては目の前の家族に笑顔を浮かべる。アインスもそのはやての涙に釣られるように目尻に涙を浮かべる。

 

「これにはかなり深い事情があるのです。ひとまず、ヒイロや私、そして主や守護騎士達を含めた主要な人間の全員で一度、情報の整理をさせてほしいのです。」

「・・・・わかった・・・!!みんな集めればええんやな!?直ぐに準備するから!!」

 

アインスの言葉にはやては目を擦りながら答える。その場にいた守護騎士達やなのは達も納得したような表情を浮かべる。

 

(・・・・確かに、一度情報の整理をする必要がある。俺とアインスは10年前からやってきた人間だからな。ここがどこで、世界情勢がどうなっているかさえわかっていない。)

 

ヒイロもアインスの言葉に同意の意志を示しながら、そのように結論づけた。

そこでヒイロは知ることになる。平和を脅かそうとする、新たな危機が既に目前まで迫ってきていることをーーー




sts時点でのなのは達の身長
はやて・・・150cm
なのは・・・およそ158cm
フェイト・・・およそ163cm

おまけ ヒイロ・・・156cm

つまり、はやて<ヒイロ<なのは<フェイトということになる。

ちなみに身長差が5cmから10cmくらいだとお似合いカップルに見られやすいらしい


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第32話 混沌極める聴取会

最近、執筆速度が止まるんじゃねぇぞ・・・・しててやばいって感じています。
あと今回の話みればわかる気がしますが、わんたんめんはクロスオーバーカプが大好物です。

だって、本来出会うはずのない違う作品同士が出会って様々な関係を織り成していく・・・・エモい(死語)


ヒイロとアインスははやてに掛け合い、機動六課の隊舎の一室を借りて、情報の整理を始めようとしていた。

その情報の整理会にはなのはやツヴァイ、シグナム達守護騎士四人のヒイロと面識がある人物達の他に、スバルとティアナ、そしてエリオとキャロのフォワード陣が勢ぞろいしていた。

 

こういう尋問会のような場でもヒイロは情報を漏らさないように訓練を受けてはいたのだが、いつも無表情な顔は僅かにしかめっ面になっていた。

 

「・・・・・こういう場は俺とアインスを取り囲むようにするものが普通だが。」

「ヒイロさんにそんなことする訳ないで!!」

「うん。はやての言う通りだよ。」

「お前達のことだからある程度の予想はできていたからそれはいい。だが、なぜはやてとフェイトは俺を挟むように座っている?」

 

挟むように聞こえてくるはやてとフェイトにヒイロは腕を組みながらそう尋ねる。ヒイロの両サイドをがっちりと固めている二人はお互いの顔を見合わせるとーー

 

「部隊長権限や♪」

「えっと………一緒にいたいからじゃ……ダメかな?」

「・・・・・好きにしろ。」

 

フェイトはともかく、はやての完全な職権濫用にヒイロは呆れたような表情を浮かべ、埒があかないと判断したヒイロはこの状況に流されるままを貫くことをした。ヒイロの事実上の降参宣言に二人は嬉しそうな笑みを揃って浮かべる。

 

「ほんなら、始めよっか。まずは一応知ってる人も知ってるだろうけど、今回のリニアレールの暴走事件において、成り行きながら協力してくれたヒイロ・ユイさんや。」

「・・・・・ヒイロ・ユイだ。」

 

はやての紹介にヒイロは無愛想に自分の名前だけを伝える。目を開かず誰とも視線を合わせようとしないヒイロのその姿勢に初対面のスバル達、新人グループの四人は少々困惑気味な表情を浮かべる。

 

「普通なら協力してくれたことにお礼をするのが定説なんやけど、いかんせん、ヒイロさんは少々特殊な事情を抱えてんのや。それは新人のみんな、特にティアナはなんとなく感じ取ったんやっけな?」

「えっと・・・はい。正直に言いますと、そうですね。そこのヒイロさんはなのはさんとフェイトさんの師匠であるとはリィン曹長から聞いてはいますけど・・・。」

「えっ!?フェイトさんとなのはさんの師匠なんですかっ!?」

「あの人が、フェイトさんのお師匠さん・・・!?」

 

ティアナの言葉にエリオとキャロは心底から驚いた表情をヒイロに向ける。その視線を感じ取ったヒイロは片目を薄く開き、エリオとキャロを軽く見やると再びその瞳を閉じた。

 

「でも、仮にヒイロさんがなのはさん達の師匠だとするといかんせんおかしい点もあるのも事実なの。あの、失礼ですけどヒイロさん、年齢をお聞きしてもいいですか?」

「数えたことはないが、15か16だ。」

「やっぱりそのくらいですよね・・・。それで、ヒイロさんが行方不明なったとされる闇の書事件がおよそ10年前。つまり、僅か5歳か6歳でなのはさん達に指導をしていたことになるんです。常識的に考えて、そんなことはありえない。私はそう思います。」

 

ティアナは最後に首を横に振りながら自身の見解を述べる。その見解はあまり小難しいことを考えるのが苦手なスバルでも納得の表情を浮かべるものであった。

 

「うんうん。ティアナの考えももっともや。なのはちゃん、なんか当時のヒイロさんの映っとる映像とかある?」

「一応、はやてちゃんからこの会議をやる前に連絡はあったから探しては見たけど・・・・。」

 

 

なのはは待機状態のレイジングハートを通して、スクリーンに映像を映す。

その映像には倒壊したビルの中、なのはに背を向けている少年の姿が映し出されていた。

その少年はなのはに何かを言おうとしているのか視線を座り込んでいる彼女に向ける。

 

「ああっ!!?」

「こ、これ・・・!!」

 

スバルとティアナが驚きの声をあげる。エリオとキャロも声は出なかったが驚愕の表情をしながらヒイロの方に視線を集中させる。

その映像には今、自分達の目の前にいる人間となんら変わらない容姿を持ったヒイロの姿があった。

映像の中でヒイロはウイングゼロの純白の翼を展開し、動作確認のようなものをすると割れた窓からその翼を羽ばたかせながら飛び去っていった。

 

「この映像はたまたまレイジングハートが残してくれていた、闇の書事件が始まったばかりのころのものだよ。」

「つまり、10年前からヒイロさんは全然成長してないんですか!?」

「な、中々奇抜な発言やな・・・・。」

 

スバルの見当違いの言葉に思わず苦笑いを浮かべるはやてだったが、すぐさま顔を引き締めたものに戻した。

 

「ここから先は私が説明するのです。」

 

突然響き渡った声に全員がその声の主に視線を集中させる。その小柄どころか小さい体のせいで机の上に腰掛けていたツヴァイが立ち上がると、険しい表情へとそのあどけない顔を変える。

 

「ヒイロさん含め、先代夜天の書の管制人格であるアインスさんは確かに10年前の人物であることはわかってくれたと思います。」

「アインス、出てこれるか?」

 

ツヴァイの言葉に合わせるようにヒイロはウイングゼロに向けて声をかけると中からツヴァイと同じくらいの身長に、さらに半透明に体が透けているアインスが姿をあらわす。

 

「一応、私がアインスだ。今はほとんどの管制人格としての機能を失っている上にウイングゼロに居候しなければこの体を維持させることさえ難が出てしまう体たらくだが。よろしく頼む。」

「・・・・それでも私はアインスが戻ってきてくれただけでも本当に嬉しいんやけどな。」

「主・・・・。」

「・・・・・・話が進まん。込み入った話は後にしろ。」

 

お互いに視線を合わせ、微笑み合う二人にヒイロが先を進ませるように声を上げる。流石に場違いであるとは思っていたのか二人揃って僅かに恥ずかしそうにしているうちにヒイロはツヴァイに視線を送った。

 

「闇の書事件において、その大元であった自動防衛プログラム、ナハトヴァール。ヒイロさんはそれの破壊を行った際、次元震に巻き込まれてしまったのです」

「次元震・・・確か、高い魔力同士がぶつかり合った際に発生する現象ですよね?」

 

ティアナの確認にツヴァイは無言で頷くことで肯定の意志を示す。

 

「その次元震により次元の穴が開いてしまいました。その結果、ヒイロさんは行方不明となってしまい、事実上の死亡扱いの判断を下すしかありませんでした。ですが、その今まで死亡していたと思われていた彼が行方不明だった当時の姿のまま、今ここにいるのです。マイスターはやてやなのはさん達が成長している中、ヒイロさんは決してそのような傾向は見られません。つまり、ヒイロさんは10年前から直接時間跳躍してきた、としか言いようがないのです。」

「時間・・・」「跳躍・・・・。」

 

エリオとキャロがツヴァイの言葉を繰り返し、反芻する。その反応だけでヒイロとアインスが体験した時間跳躍が管理局でもそうそう起こることではないということを察する。

 

「無論、時間跳躍してしまった代償がなかったわけではない。ウイングゼロはその装甲の九割を喪失した。推進システムや武装、そして手足の装甲が残っているだけ運が良かったと考えるべきか。」

「そういえば、さっき私にアインスを見せた時も青と白のツートンカラーのかっこええ装甲はほとんどなかったやね。」

 

ヒイロの言葉にはやてが思い出すような仕草をしながら付け加える。

 

「そんな状態でウイングゼロを動かしても大丈夫なの?」

「ウイングゼロの装甲は元々内部フレームと独立して設計されている。内部フレーム、というよりその場合だと俺の体がその代替えになるか。技術の漏洩を防ぐため、あまり多くは言えないが、結論から言えばスピードに限り人体に影響が出ないレベルまで落とさざるを得ないが稼働自体には何ら問題はない。」

 

フェイトの心配そうな言葉にヒイロは隠すことなく現状を伝える。

隠したところでいずれ露見するのは明白なため、隠してもメリットが微塵も感じられない。

そんな考えからのヒイロの判断であった。

 

「で、ここでさらに頭を悩ます案件がもう一つ・・・・実はヒイロさん、次元漂流者でもあるんや・・・・。」

「・・・・聞いたのか?」

 

はやてが少しばかり頭を抱えるように言った言葉にヒイロは少しばかり目を見開きながら尋ねた。ヒイロが次元漂流者であることははやてには話していない筈だ。だがしかし、はやては事実としてそのことを明らかに知ってる口ぶりだった。それはつまり、ヒイロがこのはやて達のいる次元世界とは全く異なる歴史を歩み、技術を育んだ世界からやってきたことを知っていると同意義であった。

 

「・・・・一連の事件が終わった後にリンディさんから、な。さすがにここで話すような真似はせえへんけど・・・。」

「・・・・そうか。ならいい。」

 

昔であれば即『お前を殺す』案件なことであったが今のヒイロにとっては自分の過去が知られることは些細なことであると片付けられるほどの認識までとなった。もっとも言いふらすようなことでもないと同時に認識しているが。

 

「話を戻すが、俺が次元漂流者であると、何か不都合があるのか?」

「・・・・次元漂流者は基本的にデバイスをもつことは禁止されているんや。」

「・・・犯罪者を取り扱う警察組織らしい対応だ。未知なものに関しては大抵束縛し、取り締まろうとする。」

「次元世界の住民を守るのが管理局の仕事だし・・・・。」

 

ヒイロの嫌味のような言葉にフェイトが苦笑いを浮かべながら話をつづける。

 

「・・・・そういえば、闇の書事件の時点で俺が次元漂流者であることはわかっていた筈だ。なぜあの時にはウイングゼロを差し押さえなかった?」

「あの時は非常性が極めて高かったり、地球が本局から結構距離があったから特に何か言われる要素がないからって母さんが言っていたよ。」

 

ヒイロの問いにフェイトが答えるが、ヒイロは少々懐疑的な表情を浮かべていた。なぜならヒイロの耳にあるフレーズが引っかかったからだ。

 

「母さん、だと?お前の母親(プレシア・テスタロッサ)が生きているのか?」

 

ヒイロの言葉はスバルや守護騎士達にはその真意が伝わらなかったが、フェイトとなのはにはその意味が伝わったようで、合点がいったような表情を浮かべながら軽く頰に指をあてていた。

 

「えっと、ヒイロさんは知らなかったよね。実はフェイトちゃん、闇の書事件が終わったあとリンディさんと養子縁組をして、ハラオウンの姓を名乗ることになったの。」

「だから、今の私はフェイト・テスタロッサ・ハラオウンって言うことになっているの。」

「・・・・つまり身分上はクロノの義妹ということか。」

「うん、そういうことになるね。」

「・・・・・何か俺がいない間に変わったこともあるのか?」

 

試しにそう聞いてみるとフェイトとなのはの口からこのようなことが飛び出してきた。

 

「クロノ君とエイミィさんが結婚したことくらい?」

「子供も確か二人いて、エイミィさんが今産休に入ってることくらいかな。」

「・・・・俺の予想を遥かに上回っているな。」

 

まさか、クロノとエイミィが結婚していた上、既に子供までできていることに流石のヒイロでも驚きの表情を隠せなかった。

 

「ヒイロさんヒイロさん、ちょっち今から割と重要な話するからええか?」

「ああ。俺がデバイスを持っていることは管理局の目線からは好ましくないのだろう?」

「おおう、流石の切り替えの早さ・・・。」

 

僅かに気が緩んだムードから瞬時に張り詰めたものへと雰囲気を変えるヒイロにはやては尻込みしながら話を進める。

 

「実はヒイロさんがデバイスを持っていられたのはもう一つ理由があんねん。ヒイロさんが民間協力者っていう立場をとってくれてたことなんや。」

「・・・・・お前が言いたいことは大体わかった。つまり民間協力者としてお前たち機動六課に協力をしろ、ということで間違ってはいないか。」

「話が早くて助かるわ〜。じゃあ一応聞くけど、ヒイロさんの返答は?」

 

「少し条件がある。」

 

ヒイロははやてに視線を向けながら自分が求める条件を並べ始める。

 

「俺はあくまでお前たち、機動六課に協力をするのであって、管理局自体に味方をするわけではない。部隊長であるはやてからの指示には従うが、管理局の上層部からの指示には従わない。」

 

「二つ目、俺のウイングゼロには決して触れるな。あまり触られたくはないからな。」

「え、それだとウイングゼロの修復とかはいらないってこと・・・?」

「ええんか?ウチには結構腕のたつデバイスマスターとかおるけど・・・。」

「はやて、ヒイロさんは私たちのことを思って、その条件を言ってくれてる。」

 

なのはとはやては疑問気に首をかしげるが、アインスを除き、この中で唯一ゼロシステムの存在、およびその危険性を知っているフェイトが二人に険しい表情をしながらそう言った。

 

「・・・・わかった。事情はよく知らんけど、フェイトちゃんがそういうならそうしとくわ。」

「・・・感謝する。一応、言っておくがウイングゼロの修復は事実上不可能だということも伝えておく。」

 

その言葉にはやては難しい顔をしながらだったが一応、首を縦に振り、承諾の意志を示した。

 

「それなら、後で私経由で本部に民間協力者の申請やっとくから、ヒイロさんのデバイスはそのままもっていてええで。」

「わかった。」

 

 

「まぁ・・・・お前ならデバイスなくてもある程度なんとかなっちまうんだろうけどよぉ・・・・。」

 

一通りヒイロへの聴取の終わりが見え始めた時、口角を少し吊り上げ、まさに苦笑しているというヴィータの表情にスバルたちは疑問を抱く。シグナムはなぜか誇らしげにシャマルはヴィータ同様苦笑いを浮かべていた。ザフィーラも床に座り込んでいたが、その表情からはどこか遠いものを見ているような感じがした。

 

「それって、どういうことなんですか?ヴィータ副隊長。」

「えっと・・・言っていいのか、コレ?まぁいいや。さっきなのはが見せてくれた映像あっただろ。」

 

ヴィータの確認にスバル達四人は頷いた。ヴィータが話していることを何となく察したのかフェイトとなのはも愛想笑いをしながらヴィータの話を見届けていた。

 

「あの前にヒイロはアタシと一回戦闘してるんだ。戦闘、つってもアタシが武器を持たねぇヒイロに一方的に攻撃するっていう、今思い返せば騎士にあるまじき戦闘だったけどな。」

「え・・・ヴィータ副隊長の攻撃を一方的に・・・?」

「その時はダメージを受けて、項垂れていたなのはを抱えていた。どちらかと言えば、反撃しようにもできなかったと言った方が正しい。」

「おい、少しはぼかすことぐらい考えてくれよ・・・・。」

「自業自得だ。」

「うげぇー・・・・。」

 

ヒイロの容赦ない言葉にヴィータは額を机につけて項垂れた。その様子にスバル達は思わず苦笑いをしていた。

あまり見ないヴィータの様子に戸惑ってもいるのだろう。

しばらく項垂れていたヴィータだったが、ムクリと上体を起こし、ムスっとした表情をしながら話をつづける。

 

「・・・・そういう訳で、アタシはヒイロに攻撃を仕掛けたんだが、コイツはそれを全部避けやがった。なのはを抱えてたにも関わらずな。」

「・・・・・・・はい?」

「だーかーら、コイツにマジで攻撃したのに全部避けられたつってんの!!何度も言わせんな!!」

「ええっと手加減とかは・・・?」

「してねぇよ!!それこそ誘導弾とか使った本気中の本気!!それにも関わらず全部澄ました顔で避けやがんだよ、コイツは!!」

 

スバルの言葉にヴィータは声を荒げ、今なお澄ました顔で目を閉じているヒイロにビシッと指を差しながら鋭く尖った犬歯をちらつかせる。

 

「ふっ・・・・初めてヒイロと戦った時は中々心踊るものだった・・・・。」

「嘘こけ。お前思い切り力負けしてて焦った顔してたじゃねぇーか。ばっちり覚えてるからな。」

「・・・・ヴィータ、久しぶりに模擬戦でもやらないか。」

「ああっ!?ほぉーん、そうかそうか。ま、アタシは別に構わねえぜ・・・?」

 

恍惚とした笑顔を浮かべるシグナムをヴィータが言葉のグラーフアイゼンで叩き潰した。

シグナムはその笑顔のまま、それでいて目元が笑っていない表情をしながら親指を突き立てた右手を外へと向け、ヴィータに模擬戦を申し込む。それを挑戦状と捉えたヴィータは獰猛な笑みを浮かべながらシグナムをその視界に捉える。

 

「ちょっと、こんなところでやめてよ!!私なんて腕の骨を粉砕されたんだからね!!」

「は?」

「腕の骨を、粉砕?」

「えっと、誰にですか?」

 

ティアナが素っ頓狂な声をあげ、エリオはシャマルの言葉を反芻し、キャロは恐る恐るその張本人を尋ねてしまった。

シャマルは三人の表情をみると申し訳なさげにヒイロに視線をむける。

 

「ちなみに、ヒイロさんの身体能力はリンディさんのお墨付き。その戦いのあと身体検査をお願いしたんだけど、リンディさんが軽く発狂しました。」

「そ、その結果、どんな感じだったんですか・・・?」

「・・・・聞いちゃう?」

 

なのはの僅かに光が消えている目を見て、スバルはわずかに気圧されるが、ゴクリと喉を鳴らす音を響かせると同時に頷いた。

 

「・・・・計測不能。」

「はい?」

「ほとんどの数値で計測不能を叩き出したの・・・。筋力とか反応速度とか色々。」

「ちなみに私はその反応速度をほぼ実体験済みだよ。」

 

目が微妙に死んでるなのはと微妙な笑顔を浮かべるフェイトにもう四人は笑うしかなかった。

 

「唯一救いだったのが、ヒイロさんにはリンカーコアがないことくらいだったかなぁ・・・・。リンカーコアまであったら本当に私達の存在意義がなくなっていたの。」

「ね、そうだよね・・・。」

 

ヒイロのあんまりな来歴にスバル達は揃ってこんなことを思っていた。

 

(ーーーそれくらいの実力をお持ちならこの二人の師匠ができるのは納得ーー)

 

ちなみにこの新人達四人はヒイロがシグナム達守護騎士が束で掛かっても倒せなかった人物であることをまだ知らない。

 

「・・・・・もはやただの座談会だな、これでは。まだアインスのことも残っているはずだが。」

「みんなヒイロさんが生きて戻ってきてくれたことが嬉しいんやよ、多少は目を瞑ってぇな。」

「・・・・・了解した。」

「改めて思うのだが、ヒイロは本当に人間か?明らかにやることなすこと全てが人外に片足を突っ込んでいるような気がしてならないのだが。」

 

呆れた口調でいうヒイロにはやてが苦笑いを浮かべながら声をかけた。どうやらまだまだ時間がかかりそうなのは明白だった。

アインスの言葉はヒイロに見事にスルーされ、周囲の喧騒の中に消えていった。

その賑やかな喧騒はしばらく続いていたが、ふとなのはが呟いた言葉で一時の歯止めを迎える。

 

「そういえば、ヒイロさんはどこで寝泊まりするのかな?」

「どこでも構わん。それこそ野宿でお前達から適当なものをくれれば問題ない。」

「ヒイロさんはこの部屋ね。」

 

ヒイロは別に野宿でも構わないと言ったがフェイトが即座にディスプレイを映し出すとある一点を指差す。

そこは機動六課の隊舎の間取り図が映し出されており、フェイトの白く、綺麗な指はそのうちの一室を指し示していた。

その間取り図を見る限り、部屋自体はそれなりの大きさがあった。ヒイロ一人で使うにはいささか広かった。

 

「・・・・広すぎるな。」

「んー・・・どれどれ。あー、なるほど、フェイトちゃんも中々強かなことをするんやねー。」

「私も見てもいい?」

 

顔を覗かせたなのはに僅かに顔をニヤつかせるはやてがそのディスプレイの映像を回す。少しの間そのディスプレイを見つめていたなのはだったがーー

 

「あっ・・・・。ここって・・・。」

 

ふと何か気づいたような表情をすると察したような視線をフェイトに送る。そのフェイトはなのはの視線から逃げるように顔をそっぽへと向ける。

その表情はどことなく赤みを帯びていたようにも見えた。

 

「まぁ・・・ベッドも広いから大丈夫だとは思うけど・・・・。」

「・・・・・・その、ごめんね。」

「ううん。そんなことないよ。ただ・・・・フェイトちゃん、割と独占欲って強い方?」

 

なのはがちょっと聞いてみるとフェイトは顔をうつむかせて、その表情が見えないようにしてしまう。

 

「・・・・あまり話が見えてこないのだが。」

「えっと・・・・この部屋はね、私とフェイトちゃんの部屋なの。」

「・・・・・なぜそこにした・・・・。空き部屋はほかにないのか?お前達の自室に俺がいてもなんらメリットなど存在しないだろう。」

 

ヒイロがそういうとなのはの手がヒイロの肩に乗せられる。その目はどこか親友を慈しんでいるような感じであった。

 

「ヒイロさんにはなくても、私やフェイトちゃんにはあるんだよ。少しくらい、一緒にいてあげてもいいんじゃないかな?」

「・・・・・了解した。」

 

 

なのはの説得に渋々といった様子だったが、ヒイロはその部屋割りの件を了承することで一応の決着はついた。

 

「あとはアインスか。」

「あ、それについてなんだが・・・・いかんせんこれといってみんなに知ってもらわなければならないこともないから主はやてに個人的に後で掛け合ってもらうことになった。」

「そうか。お前に関してはそれでもさしたる問題はないか。」

「すまない、一応、私の方も考えてはいてくれていたのだろう。」

「手間が省けることに越したことはない。気にするな。どのみちお前には聞きたいことがあったからちょうどいい。」

 

謝るアインスにヒイロは気にしていない様子で視線を机の上にいる彼女に返した。

 

こうして、ヒイロの機動六課への参入が決定した。

 

 

 

 




どうしよ、色々予定があるのについつい書いちゃう・・・。
だってアイデアが溢れてくる・・・。悔しい、でもつい書いちゃう・・・!!(なんだっけこのネタ)


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第33話 機動六課の隊舎にて

聴取会が一通り終わった後、はやてがこの世界に関してのことを話してくれた。

 

まず、現在ヒイロがいる機動六課が置かれている場所は第1管理世界 ミッドチルダと呼ばれる場所であること。

この世界にははやて達が所属している時空管理局の本部が地上と次元の海の二つに分けられて置かれている。

 

そして二つめはヒイロがリニアレールで接触したあの機械は『ガジェット』と呼ばれる機械兵器であること。このガジェットは『AMF』、略さずに言えば、アンチマギリングフィールドと呼称される、魔力を阻害する効果を持つフィールドを発生させることが可能とのことである。魔法攻撃の威力の減衰、無効化はもちろんの事、タイプによってはガジェットを覆うように展開されるAMFを広範囲に広げるなどと、フィールドの効果範囲内では魔法の使用に多大な影響を及ぼすらしい。

もっともウイングゼロにとっては根本的なエネルギーが違うため関係のないことであったが。

 

そのことをはやてから聞いたヒイロはあてられた部屋、というよりなのはとフェイトの自室にその部屋の主である二人と共に向かっていた。

 

「えっと、一応、ここがヒイロさんのというより私となのはの部屋なんだけど・・・。」

 

フェイトがそう説明しながらも僅かに申し訳なさ気な視線をヒイロに向ける。半ば無理やり自分の部屋にヒイロを招き入れたことが彼女の心の中で引っかかっているのだろう。

 

「・・・・もう過ぎたことだ。俺が何か不平不満を言うつもりはない。」

「・・・・・ありがとう。」

 

フェイトがそうヒイロにお礼を言うと部屋のドアの鍵穴に鍵を挿し込む。そのまま捻ると鍵が開いた音が周囲に響き渡り、部屋のドアが開かれる。

部屋の内装はさながらそこら辺の高級ホテルのようなものであった。

 

窓は広く、快適でなおかつ日光が入り込みやすい形状となっている。置いてある家具の類も見るからに質のいい原材料を使っていることは明白だ。

そして何より、デカデカとおかれたベッドはおよそなのは達ほどの身長であれば優に三人は寝られるほどの大きさはあった。ただし、その大きさ上、ベッドの数自体は一つしかないが。

 

「・・・・お前達、まさかとは思うがいつも同じベッドで寝ているのか?」

「え・・・・?うん、そうだけど?」

 

思わずヒイロはなのはに尋ねてみると、さも当然のような様子で頷いた。

この部屋を使わせてもらう以上、寝る場所といえば、あの大きなベッドしかないだろう。

つまり、ヒイロがそこで寝る=なのはとフェイトと同じベッドで寝るという方程式が成立してしまう。

 

 

「・・・・・安全に睡眠が取れるスペースがあるだけ、問題はないか。」

 

ヒイロとて人間の三大欲求である睡眠は必要だ。だが、ヒイロは今まで戦士として戦場で戦ってきた以上、睡眠時間は疎らになってしまうことは否めなかった。それこそ安全性を求めてしまうと自然と睡眠時間は短くなり、寝られるうちに寝ておくという思考へとなっていく。

 

そんなヒイロの年相応でない思考から導き出されたそんな判断であった。

 

 

 

 

「それじゃあ、私はシャーリーと一緒にレリックの解析に立ち会ってくるから。」

「私もスバル達の訓練に行ってくるね。一応、隊舎の中なら自由にしててもいいってはやてちゃんが言っていたから、部屋から出るときは鍵とかお願いね。」

「・・・・・まだリニアレールにおける事件が終わってから半日と経っていないが?」

「あのレリックは私やはやてが四年くらい前から追っている危険なものなの。時間の許す限り、少しでも早く、レリック関係の事件を終わらせたいの。」

「わたしはスバルやティアナ達が早く一人前になれるように休んでいる暇はないから、ね。」

「・・・・そうか。」

 

ヒイロがフェイトとなのはから部屋に関してのことを一通り聞いた後、二人はそれぞれ部屋から出て行った。なのはは新人達に訓練を施す戦技教導官として、フェイトは執務官として今回確保した高エネルギー体、レリックの解析へと向かった。

 

ちなみに執務官の単語を聞いて、ついでにクロノのことを尋ねてみれば、彼は現在艦隊の提督を務めているらしい。

そのうち彼とも顔を合わせる機会があるかもしれない。ヒイロはそんなことを思っていた。

ただ、そんなことを思いながらもヒイロは少し別のことが気がかりになっていた。

 

 

(・・・・なのはの歩き方、何か不自然だ。)

 

僅かにだが、なのはの歩き方に違和感を覚えた。常人であればあまり気づく可能性は高くないだろうが、人体の理解に関してもそれなりの心得があったヒイロには彼女の歩き方はどこか庇っているようにも思えた。

 

(・・・・何か、下半身に影響が出るほどのダメージを負ったか?)

 

一番は本人に聞くのが手っ取り早いが、確証も何もない状態で尋ねても、なのはの性格では確実にはぐらかすだろう。

ヒイロはひとまずなのはのことは後回しにすると首から下げてあるウイングゼロを手にする。

 

「・・・アインス。」

 

そう呼びかけるとネックレスからアインスが出てくる。半透明の体をフヨフヨと浮かばせている彼女は椅子に座っているヒイロを見下ろすような形を取る。

 

「どうかしたか?」

「聴取会の時に言ったお前に聞きたいことなのだが、現状、その姿ではどんなことができる?」

 

ヒイロがアインスにそう尋ねると彼女は指を顎にあて、考え込む仕草を取った。

しばらく二人の間で沈黙が走るが、ふとしたタイミングでアインスが考える仕草をやめ、ヒイロと向き直った。

 

「できることはかなり限られている。私自身にリンカーコアは残ってはいるがそれも一般的な魔導師に劣るレベルまで落ち込んでいる。精々ちょっとした魔法が使える程度だろう。」

「・・・・・なら、俺が今から言うことはできるか?使用する魔力の量は少量のはずだが、俺に魔力がない以上、どうやっても程度が知れん。」

 

 

ヒイロはアインスに自分が考えていることを伝える。それを聞いたアインスは納得した表情を浮かべると少しばかり考えたのちにこう答える。

 

「・・・・その程度であればできないわけではない。基礎中の基礎な上、それほど必要な魔力を要求されることはない使い方だ。が、それでも精々十分から十五分が限界だ。」

「問題ない。必要だと思った時にしか俺はお前に頼むつもりはない。」

「わかった。だが、お前が少しでもそう思った時は遠慮なく使って欲しい。私とてそこまで柔な存在で終わるつもりはない。」

「了解した。」

 

アインスの意志にヒイロは頷くことでそれを肯定する。やろうとしていたことを済ませたヒイロは表向きの情報収集のために部屋に備え付けられてあったテレビを点けた。そこにはバリアジャケットを着込んだ管理局の魔導師達が犯罪を犯したのであろうデバイスを持った人間を取り押さえている映像が映し出されていた。

 

「・・・・・・やはり、何処の世界、時代でもこのように魔法を悪用するような輩が現れるのだな。」

「・・・・・何処の時代、世界であろうとこうした人間が悪事を働くのは世の中に対する不満、不平などによるものがほとんどだ。それがなくなることはないだろう。だが、中にはこうした不満を持つ者たちを煽動し、何ら罪のない人間を巻き込む戦争へと発展させる奴らがいる。俺はそのような人間を許さない。」

 

悲しげな表情を浮かべるアインスにヒイロは淡々と自身の戦争への嫌悪感を露わにする。

珍しくヒイロが感情を表へ出したことにアインスは少しばかり面を喰らった表情を浮かべる。

 

「・・・・・。」

 

ヒイロは急に立ち上がると待機状態のウイングゼロを手にとって部屋から出ようとする。

 

「・・・・どこかへ行くのか?」

「少し外を回ってくる。お前はどうする?」

「あまりこの状態でいるのも疲れるからな。私もついていくよ。」

 

頷いたアインスがウイングゼロの中に入ったことを確認するとヒイロはなのはに言われた通りに鍵を閉めてから部屋の外へと出た。

 

隊舎の外へ出てみるとすぐ近くにポツンと離れた小島に孤立したビル群が存在しているのが確認できる。

 

「・・・・ここに来るときにあのようなものはあったか?」

「いや・・・あれは幻だな・・・。僅かにだがあの空間一帯に魔力反応がある。」

「・・・・魔法によるホログラムか?」

「その認識で問題ないな。ちなみにあそこになのは達やスバル・ナカジマやティアナ・ランスターといった新人組もいるようだな。」

 

 

つまりなのはが部屋から出て行く時に言っていた訓練というのはあそこでやっているのだろう。

そう判断したヒイロはその訓練施設の元へと歩を進める。

しばらく訓練施設の方へ足を進めているとその小島に繋がる橋が架けられてある場所に燃えるように赤い特徴的な髪色を持った小柄な少女の姿が見える。

 

「ん・・・?おお、ヒイロ、それにアインスもか。訓練の様子でも見に来たのか?」

「外へ出てみれば、見慣れないビル群が聳え立っていたからな。」

 

ヒイロの気配に気がついたのか後ろを振り向いた赤毛の少女、ヴィータにヒイロがそういうと納得のいった表情を浮かべる。

 

「これは六課の技術陣が制作してくれたシミュレーターシステムだ。結構作りは精巧だぜ。」

「見ればわかる。再現性がかなり高いのはもちろんだが、実体性も持ち合わせているのか?」

「見ただけでそこまでわかっちまうお前もお前だな・・・。その通りだよ。このコンソールから色々できるんだよ。」

 

そういいながらヴィータは自身の目の前に映し出されているディスプレイに視線を向ける。

その映像にはシミュレーターの中の様子が映し出されていた。

映像を見る限り、今はどうやらなのはの操るアクセルシューターを避けるなり迎撃する訓練を行なっているようだ。

 

「・・・・基本に忠実だな。基礎的な動きを徹底させているのか。」

「・・・・・お前はどう思う?このなのはの訓練。」

 

ふとヴィータがそんなことを聞いてきた。ヒイロは何気なく答えようとしたが、ヴィータの真剣味を増した表情に気づく。

その表情はさながらヴィータにとってこの質問はかなりの重要性を持っているようにも感じられた。

 

「・・・・戦場において、基礎がしっかりしているのとしてないのでは動きにかなりの違いが出てくる。その分、無駄な怪我を負う可能性も低いだろう。なのはの基礎に忠実な訓練の方向性は間違ってはいない。」

「そうか・・・ならいいんだ。お前がそう言ってくれるとこっちも自信がつくってもんよ。」

 

そう安堵の表情を浮かべるヴィータにヒイロは少しばかり疑念の表情をする。

訓練でも真剣にやらなければならないのはヒイロにとってわかりきっていることだ。しかし、ヴィータのそれは何かなのはに対して不安気なものを抱いているようにも感じられる。

 

「・・・・・ヴィータ、お前に一つ聞きたいことがある。」

「ん?なんだ?」

「・・・・・・俺がいない間、なのはの身に何かあったのか?空を飛んでいるところからはわからないが、歩き方に何か庇っているような不自然さが見受けられる。さながら、腹部、ないしは骨盤に重大な怪我でも負ったか?」

「っ・・・・!?」

 

ヒイロのその言葉にヴィータは目を見開き、驚きの表情を露わにする。

その反応だけでヴィータが何か知っているのは明白であった。

 

「・・・・知っているようだな。」

「・・・・・そこまでわかってんなら、アタシじゃなくてなのは本人に直接聞いたらどうなんだよ。」

「なのはの性格を鑑みるに話すとは思えん。」

 

ヴィータはその様子が易々と思い浮かんだのか苦い表情を浮かべ、視線を暗く落とした。

 

「そのことに関して、アタシはお前に謝んなきゃなんねぇ・・・。」

 

ヴィータの沈みきった声にヒイロはもとより肩に乗っていたアインスも怪訝な表情を浮かべる、

 

「・・・・お前がいなくなったあの時からちょうど2年くれぇ経ったころ、まぁ今からだと大体8年前ってところだったな。」

 

ヴィータはポツポツと語り始める。闇の書事件から2年ほど経ったある雪の降り積もる日、管理局所属の魔導師となったなのはとヴィータはとある任務に赴いていた。

二人の実力を鑑みれば大したことも起こらずに任務を終えるーーそう思っていた。

 

「お前がいなくなった後、なのはは必死に魔法の練習をしてたんだよ・・・。多分、お前ん時みたいに手を伸ばすことができなかった奴を作らないためなんだと思う。」

 

しかし、その儚い願いは無情にもなのはの体を無機質な棘が刺し貫くという最悪の形をもって打ち砕かれる。

 

「止めるべきだったとは今になっても思っている。だけど、お前がいなくなった悲しみはわからない訳じゃなかったからやりすぎだと思いながらも誰も止めなかった。そのツケが、出たんだろうな。」

「・・・・・それで、なのははどうなったんだ?」

「なんとか死ぬ心配はなかったんだけどよ、あとちょっと反応が遅れていれば、瀕死で、最悪二度と飛べなくなっていたほどだった。そこら辺はお前の肉体強化の賜物だったんだろうよ。ギリギリ反応していたみたいだったからな。」

「・・・・あれほどオーバーワークは止せと言ったはずだったのだがな。」

「それに関して、側にいてやりながら止められなかったアタシの責任だ。悪かった。」

 

呆れた口調で教導を行なっているなのはに向けて言葉を放つヒイロにヴィータは頭を下げた。

 

「・・・・お前に落ち度はない。全てはなのは自身のミスが招いたことだ。」

「で、でもよ・・・。」

「アイツは自分の体がまだ出来上がっていなかったにも関わらず、自らの力量を見誤り、過信し、自滅したに過ぎん。それだけだ。」

 

ヒイロはそれだけ言うとヴィータから視線を外し、機動六課の隊舎へと戻っていった。

アインスはヒイロの肩から飛ぶと悲痛な表情を浮かべながら視線を落とすヴィータに接近する。

 

「・・・・ヴィータ、あまりヒイロに悪い気を起こさないでやってくれ。」

「わかってる。ヒイロはアタシに落ち度はないって言ってくれてるけど、あの事件に至ってはアタシが気をつけていれば防げたことだったんだ・・・。」

 

ヴィータはそう言って訓練施設のエリア内が映し出されているディスプレイに視線を移す。

その映像にはスバル達に懸命に指導をしているなのはの姿があった。

 

「だから、アタシがなのはを守るんだ。もう二度と、あんなことにならないように。」

 

ヴィータの決意とも取れる言葉だったが、その様子にアインスはどこか難しめな顔を浮かべていた。

 

「・・・・ヴィータ、お前が自責の念に苛まれるのはわかるが、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことなのか?私にはそこのあたりがどうも疑問に思ってしまう・・・。」

「え・・・・?」

「・・・・・いや、忘れてくれ。独り言だ。」

 

呆けた表情を浮かべるヴィータを尻目にアインスは先に隊舎へ戻ったヒイロのあとを追い、その場を後にした。

 

「そこまで変わらなければならない、か・・・・・よく、わかんねえよ。」

 

アインスの言葉にヴィータは悩ましげに頭を掻き分けるだけであった。

 

 

 

再びヒイロの元へ戻ってきたアインスはその小柄な体をヒイロの肩に預ける。

それに気づいたヒイロは一度視線をアインスに向け、確認するように彼女を見やるとすぐさま視線を正面に戻した。

 

「ヴィータの方はいいのか?」

「ああ。・・・・・というより、これはヴィータ達の問題だから私がずけずけと入り込んでいい問題かどうか判断しかねている、というのが正直なところだがな。あくまで私やヒイロはその場に立ち会っていない、いわば全貌を何も知らないような立ち位置なのだからな。」

「中途半端に知った顔をすると事態が悪化しかねない。そういうことか。」

「まぁ、私からお前に頼むとすればいつもと変わらない様子で接してやってくれ、というところだな。元工作員ならそれくらいのポーカーフェイスくらいはできるだろう?」

「・・・・・わかった。」

 

そのまま六課の隊舎のエントランスを潜ると何人もの濃い茶色の制服に身を包んだ管理局の職員達が書類などを片手に歩きまわっている様子が見える。

 

「そういえば、はやてのところへはまだ行っていないのか?」

「ああ・・・・そうだな。主に時間が空いているかどうかは定かではないが、一応、顔は見せに行きたい。」

「了解した。」

 

ヒイロは管理局の職員が忙しなく動き回っている中を進んでいく。隊舎の間取りについてはなのはとフェイトに部屋へ案内されている時に覚えたため、特に迷うことなくはやてのいる部隊長室へと到着する。

 

スライド式のドアの横に設置されてあるボタンを押すと中から来客を告げるブザーが鳴り響く。

 

「はーい。入ってどうぞー。」

 

程なくして中からはやての入室を許可する声が聞こえてくるとヒイロはドアの前に立った。空気が抜けるような音が響くと同時に目の前のドアが横へスライドし、ヒイロは部隊長室の中へと入室する。

そこでははやてが映し出されるディスプレイとにらめっこしながら仕事をしている光景があった。

 

「どちらさまー・・・ってヒイロさんやないか。アインスも一緒か?」

「わぁー!!ヒイロさんなのですー!!」

 

僅かにディスプレイから視線を外し、来客がヒイロだと視認したはやては嬉しそうに表情を綻ばせながら席から立ち上がった。

隣ではツヴァイが小さな机から身を乗り出しているのが見えた。おそらく彼女専用の仕事用デスクなのだろう。

 

「主はやて、どうやら仕事があまり済まされていないようですが、また時間を改めた方がよろしいでしょうか?」

 

アインスのこの言葉にはやては彼女が部隊長室にやってきた理由を察した。はやてはディスプレイを確認して、急がなければならない書類などがないことを確認すると再度ヒイロ達に向き直った。

 

「そんなに急がなあかんものはないから大丈夫やで。それはそれとして、アインス、今は夜天の書の管制人格なわけやないから別に主呼びはせぇへんでええんやで?私的には普通にはやてって呼んでほしいんやけど、ダメ?」

「う、ん・・・・。ぜ、善処は、します・・・。」

 

中々歯切れの悪いアインスの返事だったが、はやては彼女のそのような反応にも笑顔を示した。

 

「アインスにとってはまだ闇の書事件から1日も経っておらへんからな。そんなすぐに改めてなんて言わへんでー。」

 

そう柔らかな笑顔を浮かべるはやてにつられるようにアインスも表情を柔らかなものへと変える。

 

「それで、来てくれた理由はアインスがどうして消滅から逃れられたのか、それを教えに来てくれたんやな?」

「そうですね。先ほども言いましたが、お仕事がまだ済んでおられないようでしたら、また改めて来ますが。」

「大丈夫ー大丈夫ー。多分、長くなるんやから席に座って話しよか。」

 

はやてが部隊長室にある来客との対談用の椅子に腰掛ける。ヒイロもはやてが座った後に彼女から促されるように席に腰掛ける。

体が小さい二人の妖精は机の上に直接座るような形となってしまうが、それを咎めるようなことはしない。

 

「お茶とかいる?」

「・・・・・飲めるのか?」

「・・・・そういえば、どうなんだ?」

 

はやての問いにヒイロは半透明な体と化しているアインスに視線を向ける。自分が食事などの摂取が可能かどうかがわからなかったアインスは軽く首をかしげる。

 

「アインスもそうやけど、ヒイロさんはいるんか?」

「・・・・もらおう。」

「ツヴァイもいるー?」

「ありがとうです!」

 

先ほどの問いが本来は自分に向けられていたことを察したヒイロは一応もらうことをはやてに伝える。

程なくしてヒイロの前にお茶が差し出される。

 

「はい。味は地球のものと同じかわからんけど。」

「問題ない。味に関して俺がとやかく言うつもりはない。」

 

ヒイロはそう言うとはやてが入れてくれたお茶を口にする。アインスはおそるおそる小さなカップ、推察するにツヴァイ用の容器なのだろう、そのカップからお茶を少しだけ飲んでみた。一応、お茶が体を貫通するなどと言うことはなく、お茶は問題なくアインスの体に吸い込まれていった。

 

軽く喉を潤したヒイロとアインスは再びはやてに視線を移した。

そして、アインスが闇の書からの分離を果たすまでの経緯、夢の世界で生まれた存在ながら、本体に反抗し、祝福の風を未来へと送り届けた者達の物語を話した。

 

 

 

「・・・・なるほどなー、闇の書の内部に広げた夢の世界の人達、か。聞いているだけやとかなりメルヘンチックやけど、その夢の世界はヒイロさんとフェイトちゃんの記憶を基に作り上げたんやっけな。え、でも一応本来であればその夢の世界の人達はアインスの管理下にあるんやったっけ?」

「基本、夢の世界の産み落とされた人間達は対象を夢の世界から抜け出さないように引き止めるなりなんなりの反応をするのですが・・・。今回は、特にヒイロの記憶から生み出した者達はその夢の世界が偽りであり、なおかつヒイロがそれを望んでいないことすらもわかっていたらしく、かなり好き勝手やられましたね。」

 

アインスの苦笑いを浮かべながらの言葉にヒイロは夢の世界で再会したあの少女と子犬、そしてかつて敵対したエピオンを駆りながらも自分を援護してくれたゼクスのことを思い返していた。

 

「もっとも、彼らのその好き勝手のおかげで私はこうしてはやてと会話できているので、今となっては彼らには感謝の思いしかありませんが。」

「なるほどなぁ〜。ありがとな、教えてくれて。」

「いえ、謎を謎のまま残していくわけにははやての仕事柄、厳しいと思いますので。」

「い、一応ある程度までは寛容でいようとは思ってるんやけどな・・・・。そういう子、結構ウチにはおるし・・・,」

 

乾いた笑いを浮かべるはやてに表情を緩めたアインスの顔が映り込む。ヒイロはその二人の邪魔をしないように静かに黙っていたのだがーー

 

「あ、せや。ヒイロさん、今度ちょっと付き添ってくれへんか?」

「唐突だな。どうかしたのか?」

「今度、任務で海鳴市に行かなきゃならへんのだけど、リンディさんやエイミィさんが海鳴市におるんよ。ヒイロさんにとってはそんなに月日が経っていないけど、久しぶりに顔を出しに行かへんか?絶対喜ぶと思うんやけど。」

「・・・・・・いいだろう。断る理由もないからな。」

 

ヒイロのその返答にはやてはうれしそうな表情を浮かべるのであった。

 

(・・・・海鳴市、か。あまり実感は湧かないが、10年という長い年月が経っている今、どうなっているのだろうな。)

 

 




ちょっと本文中であまりうまく描写できてないような気がするので補足を少しだけ書きます。

ぶっちゃけるとStsにおけるなのはの撃墜事件ですが、それほどなのは自身に深い損傷はありません。
せいぜい横の脇腹が臓器に影響が出ない程度に貫通されて、半年近く入院していました。
余談ですけど、フェイトちゃんは一回しか執務官試験を落ちていない感じになっています。


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第34話 ヒイロの秘密

ちょっとゴリラより握力が強くて(およそ10倍)骨折とか自力で治せてのうはもそれなりに制御ができるだけのどこにでもいない少年。

戦闘機人もびっくり。ぜひもないよね。


「そういえば、はやて。お前についでに聞いておきたいことがある。」

「ん?どうしたん?」

 

部隊長室で海鳴市での任務について話していたはやてはヒイロの突然の質問に首を傾げながらもその内容を尋ねる。

 

「リニアレールでの戦闘の際、なのはとフェイトをウイングゼロのレーダーで捕捉したアインスが二人の魔力量が少なすぎると言っていた。何かリミッターでも設けているのか?」

「あー、それかー。うん、ヒイロさんの言う通り、私含めて、スターズとライトニングの各隊の隊長、副隊長にはリミッターが設けられておるんや。」

「リミッター・・・・ですか。」

 

アインスの呟きにはやては頷きながら、管理局では『能力限定』と呼ばれる魔力リミッターの説明を始める。

 

「このリミッターを説明するにあたってまず知っててもらわなあかんのが魔導師ランクの存在や。管理局では魔力の質だったり保有する魔力の量でSSS(トリプルエス)を一番上にしてランク分けされておるんよ。ちなみに私は総合SS(ダブルエス)。なのはちゃんやフェイトちゃんは空戦S+。まぁ、Sランクより上いったら管理局でも指折りの魔導師達って言う認識で構わないで。」

「ちなみに私はA+なんです!!」

「ツヴァイもかなり将来が有望なようだな。」

「わーい!アインスさんに褒められたですー!!」

 

はやての説明に途中、総合や空戦という単語が出てきたが、ヒイロはそれぞれ総合的に見てSSランクだったり、空での戦闘能力を鑑みてのS+であるという認識で済ませた。だが、魔力の質や量だけで判断しているということはその人物自体の実力を換算しているわけではないように思える。

 

「・・・・魔力の質など、ということはそのランク=実力という訳ではないということか?」

「まぁ、そうやね。話は戻すけど、その魔力ランクは部隊を編成するにあたってもかなり面倒な制約みたいなもんがあるんや。」

「・・・・大方、Sランク以上の魔導師を中心的に集められなくなっているといったところか。」

「そうなんよ。まさにその通りで、そのままのランクで私達やシグナム達を編成すると管理局が設定した部隊ごとの保有魔力量の上限を余裕でキャパオーバーしてしまうんよ。」

「・・・・なるほど、それで魔力の質や量をリミッターをつけることで下げたのですか。」

 

アインスの結論にはやては大きく頷くことでその結論が間違っていないことを示した。

 

「要は裏技みたいなもんや。アインスが感じたなのはちゃん達の魔力量の低さはそのリミッターのせいなんや。」

「リミッターということはそれを外すことも可能なのだろうな。その権限のようなものは個人で所有できるのか?」

 

ヒイロの推察の上での質問にはやては首を横に振った。どうやらそのリミッター解除は任意でできる訳ではないようだ。

 

「そのリミッター解除の権限はなのはちゃんやフェイトちゃん達は部隊長である私が持ってる。で、私自身の方はクロノ君とカリムが持っとる。」

 

カリムという知らない人間の名前に訝しげな表情を浮かべるヒイロだったが、すぐさまはやてが六課の後ろ盾になってくれている聖王教会という組織の騎士というざっくりとした説明でひとまずヒイロは納得の形を示した。

 

「・・・・そのリミッターについての説明は理解した。しかし、お前も中々規則の穴を狙ったことをするな。」

「あ、わかってしまうん?」

「その魔導師ランクや部隊編成時の制限の説明さえあればすぐにその答えには行きつく。俺はリンカーコアというものがない。つまり俺は魔導師ランクで測ることはできない以上、その部隊編成時の制限に引っかかることはなければ、リミッターを設ける必要性もない。さらに民間協力者の形で敢えて公然に俺の名前を出させることで追及を受けても簡単にはぐらかすことは可能だ。魔力を持っていないから制限には引っかかっていないとな。」

 

ヒイロがそこまで言ったところではやては口角を吊り上げ、悪どい笑みを浮かべる。が、それもすぐにいつもの朗らかなものへと変わった。

 

「・・・・さすがやでぇ・・・。そ、ヒイロさんはいつでもその本気の実力を発揮できるまさに裏技を体現したような立ち位置におるんや。まぁ、ヒイロさんが自分からセーブするって言うならしゃあなしやけど。」

「・・・・・ツインバスターライフルの火力はこのミッドチルダの都市部で使うには危険すぎる。基本、俺の武装はビームサーベルだけだ。そこはお前だってわかっているだろう。」

 

ヒイロの言葉にはやては重々しく頷いた。はやてもウイングゼロの火力を目の当たりにしている。部隊長としてはもちろんのこと、管理局員として、使用することで敵は討ち果たせても、本来守るべきミッドチルダの人達を犠牲にしては本末転倒である。

 

「それは重々わかっとる。あれは都市部で使っちゃあかん武装や。使い方や状況によるけど、どうであれ被害が大きすぎる・・・。」

「・・・・使う時はお前に許可を取っておいた方がいいようだな。」

「・・・・いや、基本的には判断は任せる。私はヒイロさんがアホみたいな使い方はしないって信じとるから。」

「・・・随分と信頼されているな。」

 

はやての信頼しているという言葉にヒイロは呆れ気味の視線を向けていたが、はやての表情はそれでもなお柔らかなものであった。

その表情を見たヒイロは呆れていた視線を閉じると徐に立ち上がり、部隊長室から出て行こうとする。

 

「海鳴市の任務の件はよろしくや。それと、アインスのことも。」

「・・・・わかっている。」

 

アインスを連れたヒイロはドアをくぐり、部屋から退出していった。その姿を送ったはやてもおもむろに立ち上がると自分の机の引き出しを引いた。

そこにはそれなりに年月が経っていたのか、ところどころ毛が抜けたり、綿がくたびれたから萎んだテディベアが出てきた。

 

「はやてちゃん?その熊のぬいぐるみは・・・?」

「そっか。ツヴァイにはあまり見せたことなかったやね。これはなーー」

 

「シグナム達家族とはまた違う、私が大事に思っとる人からのクリスマスプレゼントや。」

 

そういったはやての視線はヒイロが出ていったドアに注がれていた。

 

 

 

 

 

 

はやてと一通り話したヒイロは部屋を後にし、廊下を歩いていた。その時間の中でヒイロははやてとの会話の整理をする。

管理局から下された任務は海鳴市にどうやらロストロギアの反応が現れたらしい。それの捕獲任務にロストロギアの捜査などをメインにおいている機動六課に焦点が当てられた。ざっくりいうとそのような感じであった。

部屋を出たヒイロがふと外に視線を向ける。

外の光景はそれなりに時間が経っていたのか、日は沈み、夜になりかけていた。

 

(・・・・そろそろ部屋に戻った方が賢明か。)

 

そう感じたヒイロは自室、というかなのはとフェイトと部屋にその足を進める。

その道中、隊舎の食堂のそばを歩いているとーー

 

「あ、ヒイロさんだ。」

 

ふと自分を呼ぶ声が聞こえた。どうやら食堂のテーブルが置かれてある方向からその声は飛んできた。とりあえず声のした方角へ視線を向けてみると、そこにはスバル達フォワード四人組がいた。

 

「スバル・ナカジマか。俺に何か用か?」

「うわーお、まさかのフルネームで呼ばれた・・・・。」

 

フルネームで名前を呼ばれたことが意外だったのか、スバルは苦笑いを浮かべながら乾いた笑いをする。

四人が座っている机の上にはかなりの量が盛られたパスタ系の料理が置かれていた。明らかに一食分にしてはカロリー過多な気がするが、まだ幼いエリオの前にもスバルと同じくらいの量が置かれていることにヒイロは追及の口を噤んだ。

 

「特に用がないなら俺はなのは達の部屋に戻らせてもらうぞ。」

「ああっ、ちょ、ちょっとまって!!」

 

その場を立ち去ろうとした足がスバルから制止の声がかけられ、ヒイロは呆れを含んだ視線を向けながらもその足を再度止める。

その反応にスバルは苦い表情を浮かべながらもその目はしっかりとヒイロを見つめていた。

 

「えっと、一緒にご飯でも食べませんかーって思ったんですけど・・・・。」

「・・・ことわ『別に構わない。時間的にもちょうど良かったからな』・・・アインス。」

 

スバルの誘いを断ろうとしたヒイロだったが、不意にウイングゼロから出てきたアインスが勝手にその誘いを承諾してしまう。ヒイロはアインスを睨みつけるが、当の本人は何処吹く風といった様子であった。

 

「ある人間に、無口で無愛想で無神経な奴をよろしくと頼まれてしまったからな。それに彼女らとは任務を共にする以上、それなりに付き合いが長くなるだろう。交流を深めていてもいいのではないか?」

「・・・・・ちっ、余計なことをする奴だ・・・・。」

 

そういいながらヒイロは踵を返した。一瞬帰ってしまうのかと思ったスバルが手を伸ばしたが、その足は部屋へではなく、食堂のカウンターへと向かっているのをみると伸ばした手を引っ込めた。

 

「私達はヒイロの席を用意しておくか。頼めるか?いかんせん、この体ではろくなものが持てないからな。」

「あ、はい!!わかりました!!」

 

ふよふよと浮きながら手がかかるというように両腕を軽くあげ、肩をすくめるアインスの言葉にスバルは心なしか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

「スバル・・・アンタ本当によく誘えるわね・・・。顔合わせはしていたとはいえほぼ初対面のあの人を、ね。」

「いや〜、せっかく同じ部隊に入ることになったんだし、少しくらいは話しておかないとね。」

「でも、いいんですか?ヒイロさん、それほど快く思ってなさそうな顔をしてましたけど・・・。」

「うん・・・・なんだか少し怖い・・・・。」

 

ティアナの言葉に嬉しげに頭に手を回し照れ隠ししているスバルとは反面にエリオとキャロはどこか不安げな表情を浮かべている。聴取会の時にヒイロがとっていた態度が少し怖く見えてしまったのだろう。

 

「・・・・基本、ヒイロは朗らかな表情が表に出てくることはないからあまりよい印象を与えないかもしれないが、彼は存外に優しいぞ。それほど身構える必要はない。」

「そう、なんですか?」

「彼と接していれば自然と分かるものだ。」

「・・・・何を話しているんだ?」

 

エリオとキャロ、それにアインスがそこまで話したところにちょうどヒイロが料理が盛られた皿を片手で持って戻ってきた。反対の手にはなぜか何も載せられていない小さな皿があった。

 

「あれ、そのお皿、何も乗ってませんけど?」

 

スバルがそう尋ねるもヒイロは何も答えることはせずに両方のお皿を机の上に置いて席に着いた。料理の載せられた皿は自分の前に、真っ白で小さな皿は机の上に座っているアインスの前に置いた。

そのままヒイロはフォークとナイフを器用に用いて自分の皿に盛られた食材を切り分け、アインスの何も乗っていなかった皿に移した。

 

「・・・・お前の分だ。一応渡しておくが、それで足りないのであれば言え。」

 

そう言ってアインスの皿にそれなりの量を移していった。しかもちゃんとアインス用に小さいフォークやスプーンを置くというおまけ付きである。

 

「ほらな。」

「ほぇー・・・・。」

「ホントだ・・・・。」

「ちゃんとアインスさんが食べられるサイズまで切り分けてる・・・。」

「あの・・・その、ごめんなさい。」

 

アインスが笑みをうかべながらたった一言そういうとスバル達は意外性を持った視線をヒイロに向ける。キャロに至ってはヒイロに申し訳なさげに頭を下げている始末であった。

 

「・・・・・なんのことだ?」

 

しばらく見つめられたヒイロだったが、視線の意図が分からず、疑問気な様子を醸し出しているだけであった。

 

 

「そういえば、ヒイロさんってなのはさんとフェイトさんの師匠だったんですよね?」

「・・・・一応な。最初はフェイトにせがまれ、それを聞いたなのはが後から頼んでくる形だったがな。」

 

山盛りになっているパスタを頬張りながらスバルがそんなことを聞いてくる。ヒイロは食事の手を止めると、スバルに視線だけ向けながらそう言った。

 

「でも、ヒイロさんってリンカーコア、ないんですよね?」

「確かに俺はリンカーコアを持っていないため、魔法を扱うことはできない。そのため、俺がアイツらに施してやったのは肉体強化の方だ。特になのはは負荷がかなり高い砲撃魔法を扱っていたからな。怪我を負わないように、なおかつ迅速にやらねばならないという板挟みだったがな。」

 

ティアナの疑問気な言葉にヒイロは表情を変えることなく答える。

しかし、そのヒイロの言葉に四人は疑問気な表情を隠しきれない。

基本的に魔導師にとって重要不可欠であるリンカーコアがなければデバイスを動かすことはできない。

しかし、機動六課にきた時に、ヒイロはデバイスと思われる白い翼を展開していたのを四人は色濃く覚えていた。

 

「でも、隊舎にきた時に出したあの白い翼はデバイスなんですよね?ウイングゼロって言う・・・。」

「カテゴリー的にはそうなるのだろうな。」

「カテゴリー的には・・・・?」

 

エリオの問いに答えたヒイロにキャロが首を傾げることで疑問を浮かべていることを露わにする。

 

「推測の上、試すつもりも毛頭ないがウイングゼロは誰でも扱うことは可能だと考えている。」

「それってつまり、私やティアでもウイングゼロを使えるってことですか?」

「命の保証はしない上にお前達にゼロを扱う覚悟があればの話だがな。」

「えっ・・・・命?」

 

気軽に聞いたつもりだったが予想以上に重い言葉で帰ってきたことに思わず表情を強張らせるスバル。

ティアナやエリオ達もびっくりした表情を浮かべている。

 

「・・・・・もっとも俺はお前達にウイングゼロを触らせるつもりはないがな。」

 

それだけ言うと食べ終わったのかヒイロは先に食べ終わっていたアインスの皿と自分の皿を一緒に持って片付けていった。

アインスもヒイロの肩に乗って、ついていく形で去っていった。

 

「・・・・聞き取りの時もヒイロさん、協力する条件でウイングゼロには触らせないで欲しいって言っていたよね?」

「ええ、そうね。それが一体何を意味しているのかはあたしにはわからないけど。」

「フェイトさんは何か知ってそうな感じだったよね。」

「うん、八神部隊長にも、ヒイロさんが機動六課のことを思って言っているって。」

 

 

ヒイロが食堂から去った後、スバル達はヒイロの言葉にひっかかりを覚えたのかお互いに顔を見合わせて話し合っていた。

 

 

「ティアナさん、何かわかりませんか?」

「ちょっと、あたしも今わからないって言ったばかりなんだけど。」

 

エリオに質問を向けられたティアナは目を細めながらエリオの方を見つめる。

見つめるというより睨みつけられたエリオは乾いた笑いを浮かべながら頰をかく。

 

「とはいえ、あそこまで覚悟やら命やら重い単語を出してきたってことはやっぱりヒイロさんのウイングゼロには何かあるってことなのよね。」

 

ティアナの脳内で何か手がかりはないかと記憶を漁り始める。とはいえ、ヒイロ関係といえばリニアレールにおける戦闘しかないため、ティアナとスバルが降り立った前半車輌のガジェットが悉く破壊されていたことくらいだ。

 

「ごめん。あたしにはこの前の出動で前半車輌のガジェットを倒したのがヒイロさんの仕業だって推測することしかできないわ。」

「そういえばヒイロさん、技術の漏洩うんぬんとか言ってなかった?」

「となると、ヒイロさんのウイングゼロはミッドチルダのとは違う技術で作られているんでしょうか?」

「やっぱりヒイロさんの口から聞くしかないんじゃないですか?」

「・・・・あの人、そう簡単に話してくれるのかなぁ・・・。」

 

キャロの提案にスバルは苦い表情を浮かべながらパスタを頬張る。表情筋がガチガチに固まっているのではないかと錯覚するほどのヒイロの鉄面皮ぶりにスバルはとてもじゃないが、ヒイロが話してくれるとは思えなかった。

 

「うーん、って、もうこんな時間じゃん!!明日もまた訓練あるんだから早く寝ないと!!」

「えーと。うそっ!?ホントだ!!朝起きれなくて寝不足になった状態でなのはさんの訓練耐えられる気がしない!!急ぐわよっ!!」

 

ふと時計を見たスバルが切羽詰まった表情をしながら食堂を出て行く。それにつられるようにティアナ、エリオ、キャロの三人も急いでそれぞれの自室へと駆け込んでいった。

 

 

 

スバル達と別れたヒイロは自室に指定されてしまったなのはとフェイトの部屋に向かっていた。

やはり夜になっているのもあるのか照明で明るいはずの廊下もまばらに人が通るだけで徐々に静寂が包むようになってきていた。

 

「あ、ヒイロさん。」

 

後ろから声をかけられたヒイロが振り向くとその先にはなのはが立っていた。おそらくスバル達の教導の事後処理を終えたばかりなのだろう。

 

「部屋に戻るのか?」

「部屋には戻るけど、明日のスバル達のメニューを考えなくちゃ。だからすぐには寝ないかな。」

「・・・・そうか。」

 

ヒイロは特になのはと言葉を交わすことなく、視線を彼女から外すと再び廊下を歩き出した。

 

「あれ・・・?ヒイロさんは部屋には戻らないの?」

「俺はまだ隊舎を回ってくる。俺が部屋にいれば気が散るだろう。」

 

首を回し、顔だけなのはに向けながらヒイロはそういった。なのはは少しばかり申し訳なさげな表情を浮かべてしまう。

 

「あの、ごめんね。気を遣わせちゃって。」

「お前にはお前のやるべきことがある。が、これだけは言っておく。無理はするな。」

 

その言葉を最後にヒイロは廊下の十字路を曲がり、なのはの視界からは見えなくなった。

ヒイロの姿が視界から見えなくなるとなのはは申し訳なさそうにしていた表情を一層深め、気まずそうな視線をする。

 

「もしかして、ヒイロさん、私の怪我のこと、知っちゃったのかな・・・。」

 

そう言葉を零すとなのはは自身の脇腹ーー8年前、貫かれて大怪我を負った部分を労わるようにさすった。

 

「ごめんなさい、ヒイロさん。私は、貴方の忠告を守れなかった・・・・。でももう二度と貴方を失うような体験は、もうしたくなかった。だからーー」

 

なのはは表情を沈めたまま暗い自室へと戻っていった。

さながら今の彼女の心情を暗示しているような、暗く、黒く、先の見えない部屋であった。

 

 




次回、ヒイロがやらかすかもしれない


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第35話 Tumultuous night

だいたいの意味 ・・・・「騒がしい夜」

それはそれとしてやらかした感が半端ではないです(白目)
あったかい目で見てくれるとありがたいです・・・。


「・・・・高町なのはの怪我のことはとやかく聞かないのだな。」

 

ヒイロの廊下を歩く音だけが周囲に響き渡る中、肩に乗ったアインスが不意にそのようなことを呟いた。

 

「・・・・聞いたところでなんになる。俺に過去でも変えろとでも言うのか?」

「・・・・いや、そこまでは言わないのだが。もう少し彼女に声をかけてやってもいいのではないか?」

 

そういいながらアインスは首を回し、自身の後方を見た。部屋に入っていったなのはのことを見ていたのだろう。

そんな彼女にヒイロは一瞬だけ視線を向けるが、すぐさま前方に戻した。

 

「俺が何かなのはに言ったところで、最終的に決めるのはなのは自身だ。だがーー」

 

ヒイロはそこで一度言葉を区切ると、はっきりとした口調で言葉を放つ。

 

「奴が道を誤るのであれば、止めるなりの対応はするつもりだ。」

 

それだけ言うとヒイロはそれ以上言葉を放つことはなく、お互い無言で六課隊舎を回り始める。

 

 

 

 

「ふぅ・・・・。レイジングハート、今何時?」

『11時を回ったところです。流石に寝ないと明日の訓練に寝坊してしまいますよ、マスター。』

「あはは・・・・そうだね。」

 

明日の教導プランを一通り組み終わると、腕を真上にして腕を伸ばす。ついでにレイジングハートに時刻を聞いてみると日を跨ぐまで一時間もない時間を示しながら睡眠を取るように促してくる。

 

「ねぇ、レイジングハート。ヒイロさん、怒っているかな?」

 

不意にレイジングハートにそんなことを聞いてみる。さきほどヒイロと鉢合わせた時、ヒイロはなのはの怪我についてわかっているような口ぶりを彼女に見せた。

その時は労ってくれているような口調だったが、いつも感情をあまり表には見せないヒイロのことだ。その無表情の先に怒りがないとは限らない。

 

『・・・・どうでしょうか。私もヒイロ殿の心情はわかりませんが、約束を違えられたことに度合いこそはあれど怒りを抱かない人間はいないのでは?』

「・・・・・やっぱりそうだよね・・・。でも、私が頑張らないとみんなを守れないし・・・。何より、またヒイロさんみたいに誰かとあんな急な別れ方はするのはもう、嫌だ・・・。」

『マスター・・・・・。』

「あっ・・。ご、ごめんね、そんな悲しくするために言ったわけじゃないから・・・!!」

 

そう言って悲痛な表情を浮かべるなのはにレイジングハートは何も言えなくなってしまう。

自身の相棒が沈黙してしまったことに気づいたのか、なのははハッとした表情へ変えるとパタパタと手を横に振りながら焦った口調でそう言った。

 

「・・・・とりあえず、今日はもう寝るね。おやすみ、レイジングハート。」

『・・・良い夜を、マスター。』

 

机から立ち上がり、薄いオレンジ色の寝巻きに着替えたなのははベッドで横になると程なくして整った寝息を立て、眠りについた。

 

 

 

「・・・・一通りは回ったか。」

「そのようだな。時刻はそろそろ日を跨ぎそうだが、戻るか?」

「・・・・・戻るか。休める時には休んでおかなければならないからな。」

 

最終的に食堂で部屋への帰路につくことにしたヒイロは特にどこかへ寄り道することもなく部屋へたどり着く。

空気が抜けた音と同時に開かれたドアを潜るとベッドの上にできた山が目に入るが、それをなのはだと判断したヒイロはソファに腰掛ける。

 

「ベッドで寝ないのか?大きさ自体はかなり大きいからお前が寝ても差し支えはないと思うが・・・。」

「この体勢で寝た方が有事の際には早く行動が出来る。」

 

ヒイロの答えにアインスは苦笑いを禁じ得なかった。それなりにヒイロの記憶を覗いてしまっているため、ヒイロの行動になんとなく理解を示している自分がいるのも相まって、その苦い表情を一層深めてしまった。

 

「ああ……うん。お前ならそうするだろうなぁ・・・・。」

 

そのまま眠りについてしまったヒイロにアインスはそれしか言うことがなかった。

話し相手がいなくなったアインスもしょうがないというようにウイングゼロの中に引っ込み、自身も睡眠を取ることにした。

 

 

 

 

 

 

「シャーリー、ごめんね。こんな時間まで付き合わせちゃって。」

 

時刻はなのはもヒイロも寝付いた頃、機動六課の隊舎に一台のスポーツカーのような車が停車する。その車の運転手が申し訳なさげに謝罪の言葉を述べているのは管理局員として濃い茶色の制服に身を包んだフェイトであった。

 

 

「気にしないでください、フェイトさん。解析やら調べ物が私達ロングアーチの本領のようなものですからー。」

 

フェイトの謝罪の言葉はシャリオ・フィニーノ一等陸士(愛称 シャーリー)は一切気にしていない様子で彼女の代名詞でもある人懐っこい笑顔を浮かべる。

そのシャーリーの笑顔にフェイトもつられるように軽い笑顔を浮かべる。

今回連れ回してしまった彼女とはそこで別れ、指定の駐車場に自身の車を止めたフェイトは隊舎の敷地内を歩きながら、今回の調査の整理を頭の中でざっくりと行う。

 

レリックの解析に立ち会っていたフェイトだったが、ついでに写していたガジェットの内部機械に見覚えのある宝石、そして名前があった。

前者は『ジュエルシード』後者は『ジェイル・スカリエッティ』という名前であった。

ジュエルシードはフェイトがヒイロと出会う前にひょんなことから魔法を扱うことになったなのはとその宝石を巡って、争いあう原因となった代物であった。

そのジュエルシードは本来であれば、管理局によって厳重に保管されているはずなのだが、どういう訳かガジェットの中に埋め込まれていた。

 

その入手経路は専門の知り合いに任せるとして、問題はジェイル・スカリエッティの方だ。

 

ジェイル・スカリエッティ。一言で言ってしまえば、マッドサイエンティストだ。数々もの事件に関わり、未だ逮捕までに至っていない広域次元犯罪者に指名手配されている危険な人物。フェイトが執務官として長年追っている男でもある。

その科学者の名前がこの間のリニアレールで倒したガジェットⅢ型の動力部にプレートとして名前が刻まれていたのだ。

本人なら挑発、模倣犯ならミスリード。ただどちらであれ、その名前が刻まれていることがフェイト達に対する挑戦状であると思っても良かった。

 

思案に耽りながらフェイトは自室へと戻っていく。ベッドには既になのはが寝息をたてて寝ていることがわかる。

本当はもう少し整理やらをしたかったが時刻は12時、日が変わってしまった頃合いを時計は指し示していた。

 

「明日は明日で別の用事があるからもう寝ないと・・・。」

 

そういいながらフェイトは管理局員の制服を()()()()()()()()()()()、ワイシャツの下に隠れていた黒い下着姿一枚になると、そのままなのはが寝ているベッドで寝ようとする。

 

「・・・・あれ?」

 

ふと気になった点を見つけたフェイトはベッドに伸ばしかけた手を止めると視線をベッド全体に向ける。

今そこで寝ているのはなのは一人だ。完全に私情が入っていたが、部屋にいるはずのヒイロの姿はベッドの上にはなかった。

 

(・・・・・ヒイロさん、まだ部屋に戻ってきてない・・・?)

 

そう思った瞬間、自身の格好を再確認する。今、自分が着ているものは上下共々下着しか着ていない。

つまり、とても男性に見せられるような格好ではないということだ。しかもヒイロのような一応は年下の人にはもっと見せられない。

そこまでの思考に至った時、フェイトの思考速度が加速度的に上昇する。

 

(仮に、仮にだよ?ヒイロさんが運悪く、運悪く(ここ重要)このタイミングで部屋に入ってきて、私のこの状態を見たら、どう思うかな・・・?)

 

 

 

1、顔を僅かに赤くしたヒイロが咄嗟に視線を逸らし、自分に服を着るように促す。

 

「・・・・絶対ない。あのヒイロさんにしては流石に都合が良すぎる。」

 

混濁した頭のシミュレートでもヒイロがそんな青少年みたいな反応をするはずがないと結論づけ次のシミュレートを始める。

 

2、ヒイロは特に気にしない様子でいつも通り、無表情な顔で接してくれる。

 

「それはそれで傷つく・・・・。私、そんなに魅力ないかなぁ・・・・。」

 

自己嫌悪に陥りそうなフェイトだったが、その考えを即座に振り払い、次の脳内に浮かんだ未来をイメージする。

 

3、気持ち悪がられ、痴女判定を受ける。現実は非情である。

 

 

「・・・・一番ありえるのは2番かな・・・・。」

 

即座に思考を中断して、心的ダメージを最小限にしたフェイトはひとまず服を着ることにした。

しかし、いつも下着姿で寝ているため、なのはのようにパジャマといった寝間着の服がないフェイトは一度脱いだ管理局員の制服を着ようとする。

仕事に疲れてろくに服も着替えずに寝てしまったことを装うためだ。

 

(とりあえず、これで乗り切ろう・・・・。)

 

 

そう思いながら制服に手を伸ばそうとするとーーー

 

 

「・・・・さっきから制服を脱いだり着たりしているが、何をしているんだ?」

 

現段階で一番聞きたくない声が耳に入ってしまう。その声を確認したフェイトは制服に伸ばした手を石化されたようにビシリッと音でもなりそうな雰囲気を出しながら固まってしまう。

 

(え・・・・ウソ、だよね・・・?)

 

震える手をなんとか抑えながら、フェイトは声のした方向に少しずつ顔を向ける。さながら錆びついた機械のような音がしそうな程の遅さであったが、彼女の視界にはしっかりと写ってしまった。

 

ソファに背をもたれかけながらも顔だけを回して自身をしっかりと見ているヒイロの姿が写り込んでしまう。

 

「え………あ………なん………で………?」

「お前自身がここに指定したからだが?」

 

いや、それは分かっている。分かってはいるんだけど。

 

フェイトは声を出したかったが、ほぼ裸同然の姿を見られたことと自分でもわかるくらい顔が真っ赤になっているのも相まってあまりの恥ずかしさに声を出せないでいた。

 

「あ、あの………一体どこから……聞いてました?」

 

よりによって開いた口から飛び出たのが、それか。これではヒイロの答え方によっては余計にダメージを負うだけじゃないか。

 

フェイトは心の中ではそう分かっていてもおもわず尋ねてしまった。それを聞いたヒイロは特にオブラートに包むことなくーー

 

「先ほどまで睡眠を取ってはいたが、お前が入ってきた時に目が覚めたからな。最初から聞いていた。」

 

ど真ん中ストレートを貫通する勢いで放たれたヒイロの言葉にフェイトは完全にノックアウトされた。

さらに先ほどまでの珍事を見られた挙句、思わず零してしまった言葉の一言一言、その全てを聞かれてしまっていると考えてもいいだろう。

 

「ふぇぇぇ…………////」

 

完全に面目丸つぶれになったフェイトは顔を深紅に染め上げ、涙目になりながらその場にへたり込んでしまった。

 

「・・・・・・。」

 

その様子をヒイロは疑問気に見ていたが突然立ち上がるとフェイトが取ろうとした管理局の制服を彼女に被せるように肩にかけた。

 

「あ…………。」

「お前の睡眠の取り方に何か言いがかりをつける気は無いが見られたくないのなら、最初から脱ぐな。」

 

ヒイロはへたり込んでいるフェイトにそれだけ伝えると再びソファに腰を下ろした。特にフェイトの下着を見て恥ずかしがっている様子は少なくとも見られなかった。

フェイトはヒイロに被せられた制服を握りしめると徐に立ち上がった。

そしてそのままベッドに戻っていくかと思いきや、彼女が向かった先はーーー

 

「・・・・・なぜ俺の方へ来た?」

 

ヒイロが座ったソファであった。薄く瞳を開けてジトっとした視線をフェイトに送るヒイロだったが、フェイトは顔を赤らめながらもむすっとした表情で無視し、ヒイロの隣に座った。

 

「・・・・私、なんだか周りに人がいないと寝られないんです。」

「ベッドにはなのはがいるだろう。その理論でいくと付き合いが長い奴の隣の方がお前も安心して寝やすいはずだが。」

「うぐっ・・・・。」

 

完全に出任せからの言葉をヒイロに正論で返され、思わず言葉を詰まらせるフェイト。しかし、恥も外聞もなくなり、失うものがなくなった彼女は簡単には引き下がらなかった。

 

「じーーーー。」

「・・・・・・・。」

 

フェイトは涙目になった目でヒイロの顔を睨みつける。どうやら徹底抗戦の構えをとったようだ。そのフェイトの視線にヒイロは特に反応を示さなかったがーーー

 

「じーーーー。」

「・・・・・・。」

 

フェイトは変わらずヒイロに視線を送り続けている。しかし、ヒイロは面倒に思っている雰囲気を出しながらも無反応を貫く。

 

「じーーーーー。」

「・・・・・・。」

 

フェイトが睨みつけ、ヒイロがそれに反応を一切示さない。そんなやりとりが三回ほど行われたのち、ヒイロが不意に肩をすくめる。

 

「・・・・・・・好きにしろ。付き合うのも馬鹿馬鹿しくなってくる。」

 

言葉の通り、心底から面倒に思っている口ぶりだったが、ヒイロが先に折れた。不承不承ながらもヒイロから承諾を得たフェイトは涙目から嬉しそうな表情に変えるとヒイロの座っている太ももに自身の頭を乗せた。

要するに膝枕状態である。

フェイトの行動に顰めっ面になるヒイロだったが、好きにしろと言った手前、その言葉を反故にする訳にはいかなかったため、ヒイロはそのまま寝ることにした。

その途中、軽く自身の膝の上で寝ているフェイトに視線を向けるとスヤスヤと寝ている姿が目に入った。

 

「・・・・バルディッシュ。お前はまだ起きているか?」

『・・・・どうかしましたか?ヒイロ殿。』

 

彼女のデバイスの名前を呼んでみるとフェイトの制服のポケットから機械的な音声が響く。

 

「フェイトにバリアジャケットを着させられるか。このまま調子を崩されては目もあてられんからな。」

『なるほど、サーはいつも下着姿で寝ているのでそこまで頭が回りませんでした。』

 

バルディッシュからなかなか悩ましい暴露があった後に一瞬、バルディッシュが輝くとフェイトに薄い防御フィールドが展開される。バリアジャケットの温度調節機能を用いて、ろくに服を着ていないフェイトが風邪を引かないようにするためだ。

もっとも魔力を持っていないヒイロはその無色透明な防御フィールドを感知することはできないが、バルディッシュがとりあえず展開してくれたと判断して寝を決め込んだ。

 

 

 

 

時間は流れ、暗かった空が徐々に明るくなり、光が部屋に差し込んでくる。それなりに部屋が明るくなると同時にベッドの上でもぞもぞしていたなのはがムクリと起き上がる。若干寝ぼけた意識を腕を真上に上げ、伸びをする事ではっきりさせる。

 

「あれ・・・?フェイトちゃん、もう起きてるのかな・・・。」

 

視線を隣に向けるもいつもいるはずのフェイトの姿がそこにはなかった。疑問に思いながらも顔を洗うために洗面台に向かおうとすると、ソファで座っているヒイロの姿が目に入った。

 

「ヒイロさん。おはよう。」

「・・・・・・ああ。」

 

長い沈黙のあとたった一言だけ帰ってくるが、むしろそれがヒイロらしいと思いながら再度洗面台に向かう。

 

「あ、ヒイロさん。フェイトちゃんのこと知りませんか?昨日帰ってくる前に寝ちゃって朝起きてもいなかったんだけど・・・。」

「ちょうどいい。お前の方から起こせるか?このままではろくに動けん。」

 

頭に疑問符が浮かびながらもなのはがヒイロの座るソファに近づくと驚きと意外に満ち溢れた表情を浮かべる。

そこにはヒイロに膝枕をされているフェイトの姿があった。

スヤスヤと寝息を立ててはいるが、服は羽織っているだけでとても着ているとは思えないほぼ裸同然の姿のフェイトになのはは若干赤くなった顔をヒイロに向ける。

 

 

「えっと、これは、その、え?」

「フェイトに強要された。それだけだ。」

 

特に引け目を感じている様子のないヒイロの口ぶりになのははそう言ったことはなかったと判断する。

なのははフェイトの肩を揺すり、彼女を起こそうと試みる。

しばらく揺らしているとフェイトの閉じられていた瞳が徐々に開かれた。

 

「ん、んんー・・・・?」

 

起きた直後のフェイトはまだ意識が朧げなのか目もはっきりと開かず完全に寝ぼけている様子であった。

 

「えっと・・・とりあえず、おはよう。フェイトちゃん。その、寝られた?」

 

その朧げなフェイトの視線がなのはに注がれると彼女は言葉を選びながら状況を尋ねた。

最初こそ、質問の意味が理解できなかったのか、疑問気な表情を浮かべるフェイトだったがしばらくすると昨夜のことを思い出したのか、急に顔を真っ赤にしながら顔を天井に向けると自身を見下ろすヒイロの顔があった。

 

「・・・・・・その、ごめんなさい。」

「・・・・全くだ。」

 

口を手で覆い、くぐもった声で謝るフェイトにヒイロは淡々とした口調で言い放つ。

 

「さっさと起きろ。午前中は新人達四人への教導、今日の午後から海鳴市に赴くのではなかったのか?」

 

続けざまにヒイロがそういうとフェイトはガバッと起き上がりながら焦った様子でバタバタと身支度を整え始める。彼女自身、忘れかけていたのだろう。

 

「手間をかけさせたな。」

「えっ!?あ、ううん!!そんなことないよっ!?」

 

ヒイロに突然声をかけられたことにびっくりしたのか声を裏返しながらなのはは気にしていないことを露わにする。

 

「お前も早く身支度を済ませておけ。教導官が遅刻しているようでは面目がまるでないぞ。」

「あ・・・は、はいっ!!」

 

ヒイロの言葉になのはもフェイトに続くように身支度を整え始める。ヒイロは視線を外し、無関心を貫くつもりだったがーーー

 

「んにゃーーーっ!?!?」

「な、なのはっ!?こんなところでこけないで・・!!手が当たってるから・・・!!」

 

焦りからか何かに躓いたのかなのはの悲鳴が部屋に響き渡った。同時にフェイトの恥ずかし気な声も聞こえる。多分、こけた先にフェイトがいて、巻き込まれたのだろう。

朝から一切休める気がない慌ただしい様子に流石のヒイロも僅かにため息をついた。

 

「・・・・・朝からまるで落ち着きがないな・・・。」

 

ウイングゼロからアインスが飛び出てくると開口一番に呆れた口調で肩を竦める。

それにはヒイロも全くの同意見であった。

 

 

 




んー・・・・どうしてこうなった(白目)


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第36話 Beyond the Chaos 〜勘違いの連鎖を越えて〜

タイトルに深い意味はない。なんとなく思いついただけ。


夜にフェイトから膝枕を要求され、朝は慌ただしい時間を過ごしたヒイロはなのはとフェイトの二人を見送ったあと、暇を持て余していた。

やることがただ単純になさすぎるのだ。何か予定を入れるにも午後から海鳴市に赴くことになっている以上、そう易々と予定を入れる訳にはいかない。

そういったもどかしさを抱きながらヒイロはソファに座り込んでいるとーー

 

「・・・・・暇なら二人の教導の様子でも見てきたらどうだ?この前立ち寄った時はヴィータとの話だけでほとんど終わってしまったではないか。」

 

アインスがそのような提案をあげてくる。確かに昨日はヴィータからなのはのオーバーワークについて聞いたくらいでなのはの教導をしっかりとは見ていなかった。

 

「・・・そうしてみるのもいいか。」

 

アインスの提案を受け入れるようにヒイロはソファから立ち上がる。アインスもウイングゼロの中に戻るとそのペンダントを手にしながらヒイロは部屋を後にする。

 

『出たのは良いが、朝食を忘れずにな。』

「・・・・・わかっている。」

 

アインスの言葉に少々顔を顰めながらヒイロは食堂へと向かっていく。

早朝とはいえ夜中と比べて人通りの多くなった廊下を黙々と歩いていき、徐々に食堂特有の人と人が会話する声を背景とした様子がヒイロの視界に入り込んでくる。

 

適当な席を探しているとスバル達新人四人組がテーブルを囲んで朝食を食べている様子が見えた。もっともこれからなのは達の教導があるため、声をかけるつもりはヒイロにはさらさらなかったがーーー

 

「んぐっ?んぐんぐ・・・・ヒイロさーん!!おはようございまーす!!」

 

たまたま座っている位置からヒイロが見えたスバルは口の中で頬張っていた中身を一気に飲み込むと、ヒイロに向かって大きく手を振った。

声をかける気がなかったのに向こうから名指しで声をかけられてしまったヒイロは無視を決め込むことすらできずに面倒な表情を浮かべながら彼女らが座っていたテーブルに視線を向ける。

 

「・・・・俺に構う暇があるのだったらさっさとその量を無くすことを最優先にしろ。」

 

ヒイロはスバルの皿にまだこんもりと乗っかっている料理の山に視線を送りながらスバルに完食を促す。

 

「大丈夫ですよ、これくらいだったら。」

「スバルの言う通り、あまり気にしなくても大丈夫ですよ。元々こういう奴ですし。」

 

スバルがヒイロにサムズアップをしながら笑顔を浮かべ、ティアナが慣れたような表情をしながら淡々と口に料理を運んでいた。

 

「ヒイロさんはなのはさん達より遅くに起きたんですか?」

「・・・・なのは達よりはとっくに早く起きていたが、少しばかり面倒ごとを熟すのに手間取った。」

「面倒ごと・・・・?」

 

エリオの質問に答えたヒイロに今度はキャロが疑問気に首を傾げる。

 

「昨日の夜、フェイトが『ヒイロ、待った。この話はまだ二人のような子供には早いと思う。何よりテスタロッサが精神的に死ぬ。』・・・・・わかった。」

 

昨日の事の顛末を話そうとしたヒイロだったが、アインスからかなり焦ったような表情を浮かべながら止められるとヒイロは不思議に思っているような雰囲気を出しながらも話すことをやめた。

エリオとキャロはアインスが止めさせたことに意味がわからないと言った様子でキョトンとしているが、スバルとティアナは昨日ヒイロとフェイトに何があったのかを想像をしてしまったのか、頰を赤く染めながら食事に集中していた。

 

「・・・・・あのー・・・ヒイロさん。もしかして昨日はお楽しみでした?」

「ちょ、ちょっと、スバル。いくらなんでもそれはヒイロさんとフェイト隊長にプライバシーってものがあるでしょ。」

「・・・・・一体あれのどこに楽しい要素がある。半ばフェイトに強請られる形だった上にろくに睡眠が取れなかった。特にさしたる問題はなかったがな。」

『まぁ、朝起きたらあのような状態になっていたことには流石に驚いたがな・・・・。』

 

その瞬間、食堂の時間が止まった。食堂に居合わせていた機動六課職員全員の視線がヒイロに注がれる。

さも何気なく言ったヒイロと精一杯ぼかしたつもりで言ったアインス、二人の言葉だったが、明らかに思わせぶりな言葉でしかなかったためにスバルとティアナは破顔したような表情をしながら手にしていたフォークやらスプーンをテーブルの上に落とす。

重力に従い、スプーンとフォークがテーブルと接すると金属音が時間の止まった食堂で虚しく響き渡る。

 

「・・・・・・?」

「ティ、ティアー!?私達、開けちゃいけない箱を開けちゃったっ!?」

「わかってる!!あたし達とんでもない地雷を踏んづけたわ!!!ほら行くわよ二人とも!!」

「え・・・えぇっ!?」

「わわ・・ま、待ってくださいー!!」

 

ヒイロが周りの様子に疑問を醸し出している間に顔を真っ赤にしたスバルとティアナは訳がわからないといった様子のエリオとキャロを引き連れ、食器をさっさと片付けて食堂から逃げるように出て行ってしまった。

 

「・・・・・・忙しない奴らだ。」

『そう、だな。一応、ある程度はぼかして言ったつもりだったのだがな・・。』

 

逃げるように立ち去ったスバル達の背中を視線で追っていたヒイロは食堂のカウンターで適当なものを貰った。

なおその時に渡してくれた食堂の女性が妙にいい笑顔だったのがヒイロには余計に疑念を湧かせた。

 

テーブルについて朝食をとったヒイロだったが、周りから視線を送られ続け、ヒイロは表には出さないが中々落ち着かなかった。

そんな食堂の雰囲気の中でコツコツと歩く音が妙に響く。周囲からの視線のせいで気を張っていたヒイロには余計に大きく聞こえ、思わず振り向いた。

 

「む・・・ヒイロか。空いているのであれば朝食を共にしても構わんか?」

「・・・・シグナムか。」

 

艶やかな赤紫色の髪をポニーテールに結んで降ろしているシグナムの姿がそこにはあった。

ヒイロは特に反応はしなかったが、それを承諾と認識したシグナムはヒイロが座っている椅子からテーブルを挟んで対称的な位置にある椅子に腰かけた。

 

「・・・・・朝起きて食堂に赴いてみれば、ここの雰囲気が変だったのだが、何か知らないか?」

「知らん。だが、昨日の事を話したらこの有様だ。おそらく原因はそれだろうな。」

「ふむ、その話を聞いても構わないか?」

『・・・・・まぁ、お前なら大丈夫か・・・』

 

ヒイロが何か言うより先にアインスが許可を下ろした。そのことになんとなく納得がいかないヒイロだったが、シグナムに昨日のことを話した。

そのシグナムは少し考える仕草をするとーーー

 

「・・・・テスタロッサに膝枕をしただけだろう?」

「ああ、そうだな。」

「しかもそれはテスタロッサから頼まれたことでお前が自らした訳ではない。」

「ああ、そうだな。」

「・・・・・何も問題はないではないか?」

「ああ、そうだな。」

『ちょっと待て。え、いや、まともなのは私だけか?違う。よくよく考えてみれば、私のぼかし方もだいぶ失敗しているなこれ。』

 

さもあっけらかんといったシグナムとヒイロの様子に思わずアインスは頭を抱えるような仕草をしながら静止の声を上げる。

一人で漫才のようなものを繰り広げているアインスにヒイロとシグナムは二人揃って疑問気な様子を露わにする。

ただ一人、スバルとティアナが盛大に、しかもかなりまずい勘違いの仕方をしていることを察したアインスは項垂れるように肩を竦める。

 

 

なお、訓練場に向かったエリオとキャロがフェイトに対してこのような質問をした。

 

「フェイトさん。昨日の夜ヒイロさんと何かあったんですか?」

「ふぇっ!?」

「ヒイロさんがさっきフェイトさんに寝かせてくれないことをされたって言っていたんです。スバルさんとティアナさんに聞いても私達には早いって言われて教えてくれないんです・・・・。」

「え、あ、いや、その・・・・なにもやましいことなんて・・・・。」

「やましいことってなんですか?」

 

思わず言った言葉にエリオが純朴な目を持ってフェイトに尋ねる。その目に含みが入っているようには見えなかった。完全に純粋を持って尋ねてきていることは明白であった。故にフェイトにはその質問に中々答えられずにいた。

膝枕してもらったって言えば済むことなのにだ。ただ女心というのは極めて複雑なものでーー

 

「ち、違うの!!あれはその、気が動転したというか、何というか・・・!!」

 

とにかく気を逸らそうと思いつくままの言葉を言うが、エリオとキャロは内容がつかめずに疑問気に首をかしげる。

 

「と、とりあえず!!その話は置いておいて、今日の訓練を始めます!!」

「・・・・・なんか、はぐらかされちゃったね。」

「うーん、フェイトさんにも何か事情があるんじゃないかな・・・・。」

「そっか。なら仕方ないか。」

 

二人のやりとりにフェイトは何か良心が苛まれるような感覚を味わった。実はただ膝枕してもらっただけである。本当にやましいことはしていないのだ。今回は。

 

(うう………ヒイロさんはなんで話しちゃったんですかー!!)

 

涙目になりながらも心の中でヒイロにそう叫ぶフェイトなのであった。

そんなこともつゆ知らず、ヒイロはシグナムと静かに朝食を取っていた。

お互い特に話すこともないのか、一緒のテーブルに座りながらもなにも喋らない時間が続いていた。

 

「そういえば、朝食をとった後、お前は何か予定があるのか?」

「・・・・なのは達の教導の様子を見に行くつもりだが・・・。」

「ならちょうどいいな。私もヴァイス陸曹、お前がここにきた時にヘリパイロットをしていた男だ。その彼と一緒に教導を見に行くつもりだったのだが、共に行くか?」

「・・・・わかった。」

 

唐突なシグナムの提案だったが、断る理由がなかったヒイロはそれを承諾する形で頷いた。

お互い朝食を完食したことを確認した二人は食器を片付けるとそのヘリパイロットのヴァイスと合流すべく廊下を歩いていた。

 

「よもや、こうしてお前と再び足並みを揃えられる日が来るとはな。」

 

シグナムの感慨深いと思っているような口ぶりにヒイロは疑問気に彼女の顔を見つめる。シグナムはそれを見るとわずかに表情を綻ばせる。

 

「いや、お前が主やテスタロッサ達の前から居なくなって10年も経ってしまっている。時間が経つにつれ、お前という存在は記憶の彼方へ消えていくと思っていた矢先にアインスを連れてきた上で時間跳躍をするとは思っても居なかった。」

「それには俺も同意見だ。まさか10年も時間を飛び越すとはな。」

「やはり慣れないか?成長した高町達を見るのは。お前にとってはまだ1日しか経っていないのだろう?」

「慣れる慣れないの問題は特にはない。身体付きは変わったとしても性格まで一変しているわけではないからな。だが、はやてはそのまま身長を物理的に引き延ばしたような成長の仕方をしているな。」

 

ヒイロがそういうとシグナムは軽く吹き出したような声を出すと口元を手で覆って身体を小刻みに震わせる。

 

「・・・・・お前でも、笑うことはあるのだな。」

「・・・・・まぁ、な。色々年月を経て、考え方が広がったと言えばいいかもな。」

 

意外性を含んだヒイロの視線が表情が綻んでいるシグナムの顔を見つめる。

彼女のそんな様子を見て、ヒイロは改めて10年の時間がシグナム達の中で過ぎ去っていることを認識する。

 

「・・・・ヒイロ、お前に一つ頼んでもいいか?」

「・・・・なんだ?」

 

ひとまず落ち着いたシグナムがヒイロに視線を向けながらそう聞いてくる。

ヒイロは顔を向けることはせずとも彼女の声に反応することでその説明の内容を求めた。

 

「今度、私と模擬戦をやらないか?」

「・・・・・無理だな。」

「断るではなく無理とは、な。理由を聞いてもいいか?」

 

ヒイロから模擬戦の申し出が断られることも予測していたシグナムだったが、無理という言葉にわずかに眉をひそめる。

 

「聴取会でウイングゼロ、俺のデバイスは九割程の装甲を喪失しているといったな?」

「ああ。存じている。それであまり過度な加速ができないのだろう?」

「・・・・ウイングゼロの今の状態は、お前たちにわかりやすく言えばバリアジャケットが展開できないデバイスと同意義だ。攻撃を喰らえば一切緩和などされていないそのままの威力が俺の身体を襲うことになる。デバイスには非殺傷設定があるが、それでも衝撃がなくなるわけではない。もっとも剣やハンマーといったベルカ式となれば、言うまでもないだろう。」

 

ヒイロがそう言うとシグナムは険しい表情を浮かべ、先ほどの自分の発言を戒めるように眉をさらに顰めた。

 

「・・・・つまり、模擬戦でも当たりどころが悪いとお前が死にかねんということだな。」

「大げさな言い方をすれば、そういうことになる。」

「・・・・すまない。さっきのは不躾な願い出だった。」

「気にするな。言いふらすようなことでもない。いらない心配をされても迷惑だ。」

「確かにそうかもしれないが・・・ならばわざわざ教える必要はないのではないか?」

「・・・・少し考えればわかることでも誰かに伝えておかねば重大なミスが生じる恐れがある。誤解や齟齬による解釈違いなどもそれに当たる。人間は言わねば理解することがない生き物だからな。俺はそれをお前に伝えておくことで無くすだけだ。」

「・・・・・親しいからと言って、なんでもわかってくれ、察してくれとは都合が良すぎるというものか。」

「そういうことだ。」

「・・・・そういえば、アインスはそのことはしっかり理解しているのか?」

 

シグナムがウイングゼロの中にいるアインスに向けて言うと、アインスがウイングゼロの中から飛び出てくる。その表情はわずかに俯いていた。シグナムにはそれだけで十分、わかってしまうほどのものであった。

 

「私は居候とはいえ、ウイングゼロと共にしているからな。おおよその状態も把握している。だからできれば模擬戦などは控えてほしいのが本音だ。ヒイロにもしものことがあってはいけないからな。」

「・・・・わかった。それだけ聞ければ十分だ。」

 

シグナムの納得した表情を見届けたアインスはウイングゼロの中に戻っていった。

 

「・・・・あまりお前が怪我を負うようなことがないことを祈りたいな。」

「そう戦場は甘くない。いつ、どこで不測の事態が動くかわかったものではない。それはお前だってわかりきっていることだろう。」

「わかっているさ。だが、それでも願うくらいはいいだろう?」

「・・・・・それは好きにしろ。」

 

そのタイミングでちょうど視線の先に濃い緑色の整備服に身を包んだ男が視界に入る。その男はシグナムとヒイロが視界に入ると手を振りながら駆け寄ってくる。

 

「お、シグナム姐さん。っと、お前は確かなのはさん達の知り合いのーー」

「ヒイロ・ユイだ。機動六課に民間協力者という形で世話になる。よろしく頼む。」

「ヴァイス・グランセニック陸曹だ。ヘリパイロットをしているからどこかに任務に行くんだったらいつでも頼ってくれよな。」

「・・・・基本はゼロの方が早いから、俺がヘリに乗り込むことは早々ないと思うがな。」

「おっと、ソイツは言ってくれるねぇ。六課のヘリだって負けちゃいねぇぜ。」

「ヴァイス陸曹。あいにくだが、それは絶対に無理だ。ヒイロのデバイスは単純速度でテスタロッサを抜き去ることができる。」

「・・・・・いやいや、冗談きついっすよ姐さん。あのフェイトさんに速度で勝るやつは見たことがねぇ。」

「・・・・・人に理解してもらうというのは存外に難しいものだな・・・。」

「・・・・それはその人間が持つカリスマというものだろうな。はっきり言って、お前にはサラサラないように見えるがな。」

「・・・・・・所詮私には剣しかない女だよ・・・・。」

(・・・・俺なんかしたかなぁ・・・。ってもフェイトさんが速さで負ける様子ってのもあんまし浮かばないのも事実なんだよなぁ・・・。)

 

ヒイロの言葉にショックを受け、自虐気味に笑みを浮かべるシグナムにヴァイスは少しばかり申し訳なさそうな思いをしながら、心の中でフェイトを執務官足らしめる強さの一つであるスピードに唸っていた。

 

しばらくシグナムとヴァイスとともに訓練場に向かって歩いていくとシミュレーションシステムの上に木々が生い茂った小島が投影されているのが視界に入ってくる。

 

小島を一望できる埠頭のような場所に来るとヒイロが以前、ヴィータからなのはの重傷についての話しを聞いた場所にコンソールが置かれていた。

シグナムがその端末の前に立ち、画面を操作すると空間に現れたディスプレイからシミュレーションシステム内の様子が映し出される。

 

スバルはヴィータの攻撃をひたすらプロテクションなどの防御魔法で防いでいく。時折ヴィータの強烈な攻撃の前に吹っ飛ばされて木に身体を打ち付けられるも彼女は必死に食らいついていく。

 

ティアナはなのはの周囲に飛んでいる色とりどりの魔力スフィアにその場から動かずに様々な変則的な動きをする弾丸を当てて、対応を強化する訓練を行っていた。

 

キャロとエリオはフェイトの主導で小型の機械から放たれる攻撃をその身を翻したり、動き回ったりすることで回避する訓練をしていた。

 

「へぇー、新人達もなかなかいい動きをするようになったもんだ。」

 

映し出されるスバル達の訓練風景の映像を見ながらヴァイスは声を唸らせる。

ヒイロも映像を見ながらスバル達の様子を見ていた。

 

(・・・・スバル・ナカジマが主に味方を守り、敵と先陣を切って戦う前衛、ティアナ・ランスターが状況判断能力がもっとも問われる司令塔の役割、エリオ・モンディアルはスピードで相手を翻弄し、キャロ・ル・ルシエは補助魔法での援護と言ったところか。)

 

ヒイロは彼女らの戦闘における役割をなのは達の教導から見抜いていた。ティアナの指揮下でスバルが相手とのクロスレンジでの戦闘で引きつけ、エリオのいつぞやかのフェイトを彷彿とさせるそのスピードで強襲を行う。そこにキャロの魔力ブーストが組み合わされば、悪くないコンビネーションが可能になってくるだろう。

 

 

「ヒイロ、お前の視点からスバル達の動きはどう思う?」

「・・・・昨日はヴィータからなのはの教導に関して聞かれ、今度はスバル達の出来具合か。よほど奴らに期待しているようだな。」

「俺も新人達にはかなり期待しているんだぜー。アイツら将来、絶対にかなりやるようになるぜ?」

「私も彼と同じ意見だ。まぁ、お前からみれば少々荒削りなところは否めないと思うがな。」

 

ヴァイスとシグナムの目が画面に映っているスバル達に期待の目を寄せている中、ヒイロも同じように視線を向ける。

しばらく見つめていると、ふと気になる点があることに気づいた。

 

「スバル・ナカジマのあのホイールのようなものがついたナックル・・・あれは片方しかないのか?普通ナックルは両方につけてこそだと思うのだが・・・。」

「ん・・・?ああ、リボルバーナックルのことか。あれは、もう片方を彼女の姉が持っているからだな。」

「姉?姉妹なのか?スバル・ナカジマは。」

「陸士108部隊のある女性局員、名前をギンガ・ナカジマ。スバルの姉なのだが・・・おそらく仕事柄共に合同捜査を行うこともあるだろうから、その時に詳しく紹介してもらってくれ。」

「わかった。話は戻すがもう片方はそのスバル・ナカジマの姉が持っているんだな?」

 

ヒイロの言葉にシグナムは答えながら頷いた。スバルに姉がいることに驚きだったが、ヒイロはさして表情を変える様子を見せずに再び訓練風景に視線を集中させる。フェイト主導の下で回避訓練を続けているキャロとエリオにこれと言った問題は見られない。体力的な問題は特に幼い少女であるキャロには顕著だがそれはおいおいつけていけばいい。

 

「・・・・・・?」

 

だが、ヒイロには少し、ほんの少しだけ引っかかるものがあった。どちらかといえばそれは戦場における第六感のようなものに近かった。

 

(・・・・何か、動きが妙だな。動きが機敏、というより激しすぎる。無駄、というわけでもなく、これは・・・全力か?なのはの教導のレベルの度合いを知らないからなんとも言いようがないが・・・・)

 

その視線の先にはティアナの訓練風景の映像があった。なのはの撃ち出す魔力スフィアにもっとも適応する弾丸を選び、撃墜する訓練をやっていたのだが、いかんせんティアナの様子から余裕のようなものが感じられないように思える。

 

「ヒイロ?どうかしたか?」

 

そんなヒイロの様子に気がついたのか、シグナムが疑問気に尋ねてくる。

 

(・・・・確証が持てないな。迂闊にシグナムに話して、いらん厄介ごとを起こすのは避けるべきか。)

「いや、なんでもない。」

「む・・・・そうか。ならいいのだが。」

 

ヒイロはティアナの様子から視線を外し、シグナムと向き直りながらそう答える。

ヒイロの対応にわずかに違和感を覚えたシグナムだったが、ひとまず追及することはせずにそのまま訓練風景を眺めることにした。

 

その後、ヒイロは特に訓練風景に口を挟むこともなく、午前中の時は流れていった。

 




まーたやらかしてるよこの作者。
そして、最近の悩み、実はまだ原作4話からこれっぽちも進んでいない。私びっくり。


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第37話 変わらない者たち

おいおいおいおい、たった一度の膝枕でここまで話が広がったんだけど(白目)


なのは達の午前中の教導の様子をヴァイスとシグナムと一緒にディスプレイ越しに見ていたヒイロ。

 

やがて時間も過ぎていき、一通りの区切りが良くなったのかスバル達がヘトヘトになったところで午前中の訓練は終了した。

あとは午後から海鳴市に赴くことになっているため、所定の時刻まで時間を潰すだけだったのだが・・・・。

 

「なぁなぁ、ヒイロさん。ちょっと時間ええか?」

「はやてか。部隊長であるお前がわざわざ食堂にまで来て何の用だ?」

 

食堂で適当にミッドチルダについてのことを調べていたヒイロにはやてが声をかける。ちなみにアインスはテーブルの上で大人しくしていた。

ヒイロが調べ作業を中断し、はやてに視線を向けると、彼女はヒイロと向かい合うように席に着いた。

 

「いやな・・・ちょーっと寝耳に水をぶっかけられたような噂が六課の隊舎で広まっとってな。そのことについてヒイロさんに聞きに来たんや。」

「噂・・・?まだここに来て1日と経っていない俺がそれに関して知っていると思うか?」

「まぁ普通ならそうやねんけど。その噂の出所がヒイロさんなんよ。」

 

はやての言葉にヒイロは疑問気な表情を浮かべる。はっきり言ってヒイロには自覚が一切なかったし、何か身に覚えのあるようなこともなかったがーーー

 

「・・・・周りの奴らから妙に視線を感じるようにはなったな。もっともそれは突然現れた俺という存在そのものに対してのものだと思っているが。」

「・・・・・ふ〜ん。アインスは何か知ってそうな顔をしとるけど、なんか分かる?」

 

突然自分に向けられたはやての言葉にびっくりしたのか肩を一瞬震わせたアインスは凄く心当たりのありそうな表情をしながらはやての方にゆっくりとその視線を合わせる。

 

「・・・・・・すみません。あれは私がヒイロに変にはぐらかさせたからだと思います。」

「ほほ〜ん。はぐらかさせたとは、どんな風になんや?ヒイロさん、私に一言一句違えずに教えてくれへんか?」

「あまり意図が読めんが・・・・。《半ばフェイトに強請られる形だった上にろくに睡眠が取れなかった。》スバル・ナカジマ達に話したのはこれだ。」

 

『はぐらかした言葉』というのでヒイロが頭に浮かんだエリオとキャロに配慮した形で言ったことをはやてにそのまま伝える。

それを聞いたはやてはわずかに頰を赤らめ、引きつったような笑みを浮かべた。

その表情には僅かにだが、不安気なものも入り混じっているようにも思えた。

 

「それで、その噂とは一体なんだ?」

「うえっ!?え、っと・・・・その、な・・・?」

 

そのはやての反応を当たりだとつけたヒイロはそんな彼女の狼狽えてる様子にも一切触れることなく、一気に本題に踏み込んだ。

それにはやては赤くなった頰をさらに真紅の色に染めながら歯切れの悪い返事をする。ヒイロがはやての様子に訝し気に眉を顰めているとーー

 

「えっと・・・・聞くん?ホントに?」

「聞いておいた方が後腐れもないだろう。」

 

はやての頰を染めながらの通告にヒイロは普段通りの無表情で頷いた。

それを見たはやては顔を赤面させながら落ち着きがなさそうにしていた。

 

「・・・・・ヒイロさんとフェイトちゃんが、昨夜はしっぽりやっとったんやないかーって噂が・・・広まってまして、ね・・・?」

 

そして、視線を右往左往させながら顔を俯かせ、口に出すのも恥ずかしそうな様子で人差し指同士をその顔の前でツンツンとつつきあわせながら言ったはやての言葉にヒイロはあまり理解できていない表情を浮かべる。

 

「・・・・・しっぽりの意味は知らないが、要は俺がフェイトに対して昨日の夜何をしていたかで噂が立っているということか?」

「う、うん!!そ、そういうことや!!あ、別に無理して言わんでええからな!!?ヒイロさんにもプライバシーってもんがあるし!!」

「問題も何も、フェイトが俺の膝に頭を乗せてきただけだ。」

「・・・・へ?膝に、頭を・・・・?」

「ああ。」

「それって、つまり、膝枕っちゅうわけやな?そうやな!?」

「・・・・お前が何故声を荒げたのかは詮索はしないが、あの行為自体に膝枕という名称があるのならば、そうなのだろう。」

 

ヒイロの言葉に惚けたような表情をあげるはやてにヒイロはその無表情の顔で頷く。少しばかりはやてが固まってはいたが、辛うじて意識を取り戻すと、ヒイロに微妙な表情を向ける。

 

「つ、つまり、寝られなかったって言うのは、夜中ずっとフェイトちゃんに膝枕していて寝ようにも寝られなかったっちゅうわけやな?」

「俺が昨日のことに関して話そうとした時、側にはエリオとキャロがいた。アインスから二人にその話をするのはどうかという意見を聞いて、ある程度ははぐらかすことにした。その結果がさっきのだ。」

 

しばらくはやては呆然としていたが、ふと椅子の背もたれにもたれかかると重荷が降りたかのように脱力し、息を大きく吐いた。

 

「よ、よかったぁ〜……。てっきり先越されたかと思ったわ〜……。」

「・・・・どういうことだ?」

「ん〜?こっちの話やからヒイロさんは気にせんでええよ〜。これは私自身の気持ちの問題なわけやからな。」

 

そういいながらおどけた表情をしながら手をひらひらとさせるはやてにヒイロは訝し気な視線を送りながらも追及はしないことにした。

 

「とりあえず、話してくれてありがとな。じゃ、私はまだ少しやることがあるから、また後でなー。」

 

そういいながらはやてはヒイロに笑顔を振りまきながら食堂から去っていった。その足取りはどこか軽いように感じられたのは見間違いなのだろうか?

 

「・・・・・やはり、エリオとキャロに配慮しすぎたか・・・。」

 

その言葉は一応アインスに向けられたものであったが、アインスから何の返答もなかった。そのことに気づいたヒイロはテーブルの上の彼女に視線を向けると、なにやら考え込むような仕草をしている彼女が目に留まった。

 

「・・・・やはり、私は主を応援したい・・・・。するべきなのだ・・・・!!」

「・・・・お前は一体なにを言っているんだ・・・?」

 

発言の内容が理解できなかったヒイロはアインスに冷ややかな視線を向けることしかできなかった。

 

「・・・・そっかー。フェイトちゃん、膝枕してもらったんかー・・・。羨ましいから、私も今度頼んでみよっかな♪」

 

そういいながらはやては気分が向上したような雰囲気を出しながら部隊長室へと戻っていった。

 

 

はやての取り調べを済ませたヒイロは一度中断したミッドチルダについての情報を食堂に備え付けられてあるテレビから暫定的にまとめていた。

 

(ミッドチルダ・・・管理局の地上本部が置かれている国でいう首都のような次元世界。管理局の地上本部はミッドチルダにおける事件の解決を主だった任務にしているようだが・・・・。)

 

テレビからは本当に世間一般的なことしか知ることができない。

ヒイロはそのことに関して悩まし気に腕を組み、背もたれに軽くもたれかかった。

 

(・・・・しかし、やはりというべきか情報端末からのデータがほしいな。公共機関からでは情報に限りがある。はやてに六課の端末を使わせてもらえるように頼んでみるか。魔法技術に頼っているのであれば、ハッキングもある程度は容易いかもしれん。)

「あの〜・・・・ヒイロさん?」

 

呼ばれた声に反応し、聞こえた方角に視線を向けてみるとそこには管理局の制服に身を包んだなのはがいた。何事かと思ったが、なのはの表情はなぜか微妙な笑顔を浮かべ、若干申し訳なさそうにしていた。

 

「・・・何か用か?」

「・・・・えっと、私が何か用があるって訳じゃないんだけど・・・。食堂の入り口に・・・・。」

 

なのははその微妙な視線を別の方向に向けて、ヒイロもその視線を追うように食堂の入り口に向ける。そこには食堂の入り口から僅かに顔を壁の淵から覗かせながらヒイロを睨んでいるフェイトがいた。

 

「・・・・・行った方がいいのか?」

「えっと・・・そうしてくれると、フェイトちゃんの気も収まるんじゃないかな……よく分からないけど、うん。」

 

自分に言い聞かせるように頷いたなのはにヒイロは軽く息を吐くと席から立ち上がり、フェイトの元へと向かった。

 

「・・・・・・どうかしたか?」

「・・・・・エリオとキャロに何か昨日の夜のことで言いました?絶対言いましたよね。二人から色々聞き出されそうになった挙句になんだかみんなからいい笑顔で見られてすっごい恥ずかしかったんだよっ!?」

 

顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらもムスっとした表情をヒイロに向ける。ヒイロは特に動じることはなかったが、ひとまずこちらの言い分も聞いてもらうために口を開く。

 

「・・・エリオとキャロに配慮しただけだ。もっともそのまま伝えても良かったが、アインスからぼかした方がいいと言われてな。」

(・・・・・た、たしかに二人にはまだ早いとは思うけど・・・!!思うけどぉ・・・!!)

 

ヒイロは知らないが、自身の養子となっているエリオとキャロを案じて話したということにフェイトは少しばかり気まずそうな表情を浮かべる。

 

「うう・・・。で、でもそれで変な噂とか流れちゃったら・・・!!」

「どうやらその噂とやらは既に流れているらしい。先ほどはやてから事情を聞かれたついでにその概要を聞いた。」

「え、嘘・・・・。その噂とかって、一体どういうものだった?」

「・・・・あまり言葉の意味がわからなかったが、しっぽりやっている、などと言っていたな。」

 

その言葉を聞いた瞬間、ボンッという火山が噴火した音が鳴り響きそうな勢いでフェイトの顔が急激な速度で深紅に染まる。

 

「だが噂とはその内消えるものだ。過度に気にすることはーーーー顔が真っ赤になっているな。どうした?」

(しししししし、しっぽり・・・!?そ、それってつ、つまり・・・・!!)

 

 

フェイトの脳内で構築されていく妄想。ヒイロが声をかけても何も反応が返せないほど集中したそれはもはやリアルと遜色ないレベルで広がっていき、フェイトの思考回路はたったそれだけに占領される。

しかし、リアリティの度合いが高すぎたそれは時に、現実にも影響を及ぼす。

脳内で繰り広げられる行為はやがてフェイトの羞恥心のゲージを振り切りーー

 

「きゅう…………」

 

フェイトは顔を真っ赤にしたまま目をグルグルと回し、気絶する。しかし、そこはヒイロの超人的な反応速度で彼女の背中に手を差し込み、身体を支える形でフェイトが床に叩きつけられないようにする。

 

「・・・・・顔を真っ赤にしたと思えば、目を回し、挙句の果てに気絶か・・・。症状が急すぎることから鑑みるに風邪などを引いたわけでは無いと思うが・・・。」

「・・・・テスタロッサ。お前は一体なにを想像した・・・。」

 

ヒイロとアインスは腕の中で目を回しているフェイトを見て、そう述べるのであった。

 

「・・・・・えっと、フェイトちゃん。どうしちゃったの?」

 

様子を見にきたのか、なのはがヒイロに後ろから声をかけた。口ぶりからしてある程度の状況は分かってはいるようだ。ヒイロは倒れたフェイトを肩に担ぐと、徐に歩き出す。

 

「原因不明だ。急に顔を赤くしたと思えば何故か倒れた。とりあえず部屋に担ぎ込む。なのは、お前も来い。人手が多いことに越したことはない。」

「う、うん。わかったよ。」

 

ヒイロが担いでいるフェイトの肩とは逆の肩を担ぐなのは。二人がかりで倒れたフェイトを自室へと担ぎ込んだ。

ベッドで寝かせると、数分としない内にフェイトが目を覚ました。フェイトは少しばかり覚束ない視線を動かすとベッドのそばで自身を見下ろしているヒイロの顔が目に入る。

 

 

「む・・・・起きたか。」

「ヒ・・・イロ、さん?・・・ここは?」

「お前となのはの部屋だ。俺が話している途中にお前が急に倒れたから担ぎ込んだ。僅かでも起きるのが遅ければ、はやてに報告をしにいくつもりだったが、それは杞憂だったようだな。」

 

ヒイロが座っていたベッドの淵から立ち上がると部屋の出口へと歩を進める。

 

「そろそろ海鳴市に赴く時刻だ。着替えるのであればさっさと着替えるんだな。」

 

それだけフェイトに伝えて、ヒイロは部屋を出て行った。部屋の外ではなのはがドアのそばに立っていた。

 

「フェイトが起きた。後は頼む。」

「ありがとう。側に居てくれて。」

「・・・・・俺が側にいたところでフェイトに何らかの効果がある訳ではないと思うが・・・・。ひとまず、俺は先にヘリポートへ向かっている。」

「うん、わかったよ。それじゃあまた後でね。」

 

ヒイロは部屋に入っていくなのはと入れ違いになるような形で二人の部屋から離れ、隊舎の屋上のヘリポートへと向かう。

屋上への扉をあけ放ち、ヘリポートに足を踏み入れると既にそこにははやてを筆頭にザフィーラを除いた守護騎士達とツヴァイ。そして、スバル達新人四人組が勢ぞろいしていた。

 

「・・・・ザフィーラがいないが・・・奴は残るのか?」

「ザフィーラはお留守番やな。最低限の人員はやっぱり残しておかなあかんからな。」

 

一瞬、ザフィーラに同情が湧いたが、ザフィーラなら己に課されたことを理解しているだろうと判断してそれ以上、彼に関しては考えないことにした。

 

「そういえば、高町とテスタロッサはどうした?」

「直ぐに来るはずだ。」

 

シグナムの問いにヒイロがそれだけ返したタイミングで屋上になのはとフェイトの姿が現れる。

海鳴市に向かうメンバーが揃ったのかはやての号令でヘリに乗り込んだ。

 

「ヴァイス君、出発進行や!!」

『了解!!行くぜ、ストームレイダー!』

『OK. Take off』

 

操縦席に座ったヴァイスが自身の相棒に呼びかけると、ストームレイダーは一瞬その身を輝かせるとヘリのローターを作動させ、ヘリの鋼鉄の身を空へと飛翔させる。

しばらくローターから響く振動に身を任せていた瞳を閉じていたヒイロだったがーー

 

「・・・・ねぇねぇティア。ヒイロさん、寝てる?」

「わ、わかんないわよ、そんなの。」

 

ローターの音でかき消され気味だが、ヒイロの耳に二人分の声が届く。口調や音が聞こえた位置関係的に誰が話しているのかを逆算する。

 

「・・・・何か俺に用か?スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター。」

「っ!?」

「お、起きてたんですか!?」

「ローターである程度は掻き消されるとはいえ、ヘリの中は閉鎖空間だ。嫌でも声は響く。」

 

閉じていた瞳を開き、その声の主であろうスバルとティアナの二人に視線を向ける。スバルとティアナはどこか申し訳なさげな視線をヒイロに向けていた。

 

「その、あたし達の勘違いで変な思いをさせて、ごめんなさい・・・。」

 

ティアナの謝罪の言葉が述べられたと同時にスバルが焦ったような素振りを見せながら頭を軽く下げる。

勘違い、というので朝の食堂でのやり取りのことを言っているのは明白であった。

 

「・・・・アレは勘違いさせるような説明をしたこちらに非がある。それに伴った噂話は自身で蒔いた種のようなものだ。お前達が気にやむことはない。」

「その、フェイト隊長にも嫌な思いをさせたとは思うんですけど・・・。」

「え?あぁ・・・うん。別に私も気にしてはいないからそんなに畏まることはないよ。」

 

続けざまにフェイトに向けられたスバルの言葉に一瞬惚けた表情を浮かばせながらも気にしていないことを露わにするためにフェイトは首を横に振った。

 

「でも………」

「ティアナ、二人が気にしてないって言っているから、そのくらいでいいんじゃないかな?」

「なのは隊長・・・・?」

 

それでもなにやら表情を沈ませているティアナになのはが声をかける。俯かせていた顔を上げるとなのはの緩んだような笑顔が視界に入る。

 

「まぁ、勘違いがきっかけにはなっちゃったんだろうけど、そもそもの原因は変にはぐらかしたヒイロさんにある。それはヒイロさん自身がわかっている。だったらティアナに責任みたいなのはないんだよ。」

「・・・・そう、なんでしょうか?」

「・・・・いちいち抱え込んでいると疲れるだけだ。時にはそこで物事を流す心構えを持っておくことも重要だ。心的負担を抱えたくなければな。」

 

なのはの言葉にヒイロが援護射撃をする。ティアナは僅かに表情を緩ませると少しだけ笑顔を浮かべた。

 

「・・・・・もっとも差し金は別にいるがな。」

(・・・・すまない、本当にすまない・・・・。)

 

そう言葉を零したヒイロの脳内にはウイングゼロにいるアインスの言葉が響いていた。

その後、空気を読んでいたのか、はやてによる今回のロストロギアの捜索任務についての説明がなされる。

今回の任務の概要を知らないままヘリに乗っていたことにヒイロは僅かに眉をひそめたが、訓練に追われている日々が続いているのであれば、伝えられないのも仕方ないと割り切って傍観者に徹していた。

 

しばらく和やかな雰囲気がヘリを包んでいると、今回の件とは別に何か用があったのかはやて、シグナム、ヴィータ、シャマルの四人は海鳴市に向かう転送ポートにたどり着く前に先に降りた。後で現地で合流する算段らしい。

その時にシャマルがツヴァイに服を手渡していたが、明らかにそのサイズはツヴァイの小さな体では大きすぎて着られないサイズのものであった。

ヒイロがそれに怪訝な顔を浮かべていると、突然ツヴァイの身体が光に包まれる。

何事かと思っているとツヴァイの妖精のように小さかった身体がエリオとキャロの身長と同じくらいまで成長していた。

その現象にキャロやエリオ達新人はもちろん最初こそ面食らうヒイロだったが、すぐさま脳裏にアルフやユーノといった変身魔法が使える人物達がいることを思い出して、そういうものかと結論づけた。

 

「なん・・・・・だと・・・・・!?」

 

一番驚いていたのはアインスだろう。妹のようなものができたと思っていたら、身長を自在に変えられ、なおかつそれが優に自身を越していたとなれば、ショックは軽いものではないだろう。

 

はやて達を降ろしたヘリが再度上空へ飛び上がると程なくしないうちにまたその身を地上へと降ろす。おそらく地球への転送ポートがある場所へ着いたのだろう。

その証拠に通信機を取ったヴァイスの顔がヒイロ達の方へ向けられた。

 

「到着っと。そんじゃ隊長格の皆さんは頑張ってきてくだせぇ。新人どもも頑張ってこいよ。」

 

見送るためにヘリのエンジンを切り、降りてきたヴァイスにスバル達は手を振り返すことでそれに答える。

 

なのはとフェイト、それにヒイロもヴァイスの見送りに手を振り返すなり視線を返すだけだったりとそれぞれの反応を見せながら七人+一匹(フリードリヒ。キャロの使役している龍。)は地球への転送ポートを潜る。

 

 

転送ポートを潜ったヒイロ達は飛ばされるような浮遊感に包まれながら地球へと転送される。

やがて光が収まって、目が開けるようになると、そこには一面が緑に覆われた森が広がっていた。

野鳥のさえずりが響き、新鮮な風が辺りを吹き抜ける。ヒイロ達は床が丸や四角の模様が入ったコテージへと転送されていた。

 

「・・・・そういえばここはどこだ?」

「ここは管理局に協力してくれている現地の人の別荘。ちゃんと許可は取ってあるよ。」

 

ヒイロの疑問になのはが答える。別荘ということはかなりの資産家であることは明白。しかし、そのような人物は海鳴市にいたかと言われれば長い時間を海鳴市で過ごした訳ではないヒイロには思い浮かばなかった。

少し待っていると、コテージに一台の車が停止する。おそらく現地の協力者だと思いながらも警戒を緩めないヒイロの視界に入ってきたのは、ブロンドの髪を腰まで棚引かせた女性が車から降り、こちらへ走ってくる様子であった。

どこかで見覚えのあるような気がするが、それはすぐに確信に変わる。

理由としてそもそもヒイロは海鳴市で出会った人間は両手で僅かに数えきれないくらい少ない。その中でブロンドの髪を持った女性と言えば一人しか該当者はいなかった。

 

「・・・・アリサ・バニングスか。」

「あら、私の名前を知っているなんて、向こうでも結構名が知られて、い、る・・・・?」

 

ヒイロから名前を呼ばれたことで名がミッドチルダでも知られてると思ったのかアリサがヒイロの方に視線を向けた。そして徐々に声が搔き消えると同時にアリサの表情が驚愕のそれへと変貌する。

 

「う、ウソ・・・・!?ヒイロ・・・?アンタ、ヒイロ・ユイなの・・・!?」

「ああ。お前と会うのは10年振りのようだが、俺にとっては一昨日振りだ。」

「ちょちょちょ!!なのはっ!?アタシが見てるの、幽霊なんかじゃないよね!?全然変わってないんだけど、ヒイロの身長!!」

「ちゃ、ちゃんと生きてるから・・・ね?ヒイロさんに失礼じゃないかな、それ。」

 

苦い笑みを浮かばせながらヒイロが生きていたことに心底から驚いているアリサに静止の声をなのはがかける。

 

「・・・・そ、そうね。ヒイロのことはひとまず置いておくわ・・・。えっと、アリサ・バニングスよ。よろしく。」

『よ、よろしくお願いします・・・・。』

 

アリサの先ほどの狼狽え振りを見てしまった新人達も苦い笑顔でアリサに挨拶を返す。

 

「で!!アンタはこの10年一体全体、どこで何をしていたのよ!!」

 

スバル達に挨拶をするやいなや険しい視線をヒイロに送るアリサ。対するヒイロはいつもと変わらない様子でアリサの視線を見つめ返す。

 

「さっき言ったはずだ。お前に会うのは俺にとっては一昨日振りのことだと。」

 

ヒイロの言葉にイマイチピンと来ないアリサ。その様子を見かねたフェイトがヒイロの事情を説明する。

 

「・・・・10年の時間をタイムスリップっ!?つまり、ヒイロの身長が全然変わってないのは・・・10年前の過去からそっくりそのままやってきたってことっ!?」

「そういうことになる。」

 

驚きに満ち溢れたアリサの確認にヒイロは淡々と頷く。それを見たアリサは僅かに頭を抱えたような仕草をする。

 

「なるほど・・・だいたいの事情はわかったわ。だけど言いたいことはいっぱいある。でもなのは達も仕事で来ているから手短にこれだけは言っておくわ。」

 

「後ですずかやリンディさん達にも会うこと!!いいわね!!」

 

「・・・・元からそのつもりだ。」

「ならアタシからなんも言わないわ。それじゃあアタシは用事とかあるからこれで帰るわね。そっちの仕事が終わるまで、このコテージは拠点みたいな感じで好きにしてちょうだい。」

「アリサ・・・・ありがとう。」

「何言ってんのよ。友達でしょ。」

 

そう言ってフェイトのお礼に笑顔で応じるとアリサは乗ってきた車に乗り込もうとする。しかしーーー

 

「あっ!!言い忘れてた!!ヒイロ!!」

 

突然閉じかけたドアから身を乗り出してヒイロの名前を叫ぶ。何事かと思いながらその様子を眺めていると、アリサはニヒルな笑みを浮かばせながらヒイロを指差す。

 

「もう絶対になのはやフェイトを悲しませないこと!!もし悲しませたらアタシの全力全開でアンタをぶっ飛ばすから!!」

「・・・・・了解した。」

 

ヒイロの言葉に満足したのかアリサは最後に表情を綻ばせると車に乗り込み、走り去っていった。

 

「・・・・変わらない奴だ。」

「それがアリサちゃんのいいところでもあるからね。」

「ヒイロさんがいなくなった後にアリサは私やはやてにも世話を焼いてくれたからね。」

 

ほとんど10年前と変わらないアリサの様子にヒイロは僅かに肩をすくめ、なのはは笑顔を浮かべる。

フェイトはさながら昔を懐かしんでいるような笑みを浮かべていた。

 

 

ヒイロの海鳴市での任務はまだ始まったばかりだ。彼には会わなければならない人物がたくさんいる。ヒイロはその人物達を思い浮かべながらコテージではやて達を待つことにした。




今回の海鳴市への任務はドラマCDからです。ですが、どこを探しても動画等で見ることが叶わなかったので、展開自体は他の小説を参考にしている節があります。そこら辺はどうか了承してくれるとありがたいですm(._.)m

それと実はキャロにフリードリヒの紹介をヒイロに対してさせていないということに最近気づいた。


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第38話 海鳴市での任務(休暇)

俺はとある新人小説家、わんたんめん。
前回までのフェイトそんの膝枕事案が終わり、時系列的に含まれていたドラマCDの海鳴市での任務の情景を書いていた。
だが、俺はドラマCDの情報を集めるのに集中しすぎて、視界の端にいたたぬきの尻尾に気づかなかった。
そのたぬきに頭を殴られ、気絶していたらーーー

はやてメインの小説が出来上がってしまっていた!!!




おふざけです。ですが、マジで何やってんだ自分。まーた懲りずになんかやってるよ。

追記


UA100000突破しました!!前作に続いてここまで読んでいただけるとは思いもしませんでした!!ありがとうございます!!


ヒイロにとってはアリサと会うのは一昨日振り、アリサにとってはヒイロと会うのは10年振りの再会をしたのち、コテージで先にヘリから降りたはやて達を待った。

程なくしてアリサが車でコテージの敷地から出て行ってすれ違いのような形ではやて達がコテージに現れた。

 

「久しぶりにアリサちゃんと会ってみてどやった?」

 

コテージで荷物の整理や部屋割りなどをやっているとはやてが唐突にそんなことを聞いてくる。ちなみに一部屋三人までということだったのと極端な男性陣の少なさにより自動的にエリオと同室になった。

 

「・・・・変わらない奴だった。」

「まだすずかちゃんとかおるからな。一応、ヒイロさんが生きていることを教えてはいるけど、みんな揃って驚いた顔を浮かべていたで?」

「そうか。」

「・・・・・反応薄くない?」

「俺にとっては一昨日振りだ。たとえ身体的に成長していても顔を合わせるのが憚られる理由にはならん。」

 

訝しげな表情を浮かべるはやてにヒイロが顔を合わせることになんら引け目がないことを伝えると、その表情はどこか安心したようなものへと変える。

 

「そういったブレへんところ、私は結構好きやで。」

「そうか。」

「・・・・前言撤回や。やっぱヒイロさんも少しくらいブレてほしいわ。」

 

好意をしれっと伝えたのだが、眉ひとつ動かさずブレる様子が一ミリもないヒイロの対応に軽く肩を落とすはやてだった。

しばらく荷物の整理を行い、ある程度区切りがつくとはやては全員を一度コテージのリビングに集めさせた。

 

「まずは任務の概要のおさらいや。今回、第97管理外世界もとい地球でロストロギアの反応が見つかった。私たちの今回の任務はそのロストロギアの確保なんやけど。この世界には魔法技術がないのは話したな?」

 

はやての説明に元々地球出身であったり事情を知っている守護騎士達はもちろんのこと、スバル達新人四人も頷いた。

 

「魔法技術がないということはイコールみんながいつも使っているような空間パネルを公衆の前では使えないってことや。そこでーー」

 

はやては手にしていた袋を弄ると食いかけのりんごのようなマークが施された四角い物体を取り出した。

 

「これ、この世界の通信端末や。任務中は基本、この機器を用いて連絡を取り合うからそれぞれ使い方を覚えてな。特にスバル達は慣れないかも知れへんからもし分からんことあったらなのはちゃんやフェイトちゃんといった人に聞いてな。」

 

そういいながらはやては全員に通信機器を配っていく。あまり見慣れないものなのか、スバル達は貰った通信機器をマジマジと見つめていた。

無論、ヒイロも例外ではなく、はやてからその通信機器を渡されそうになったがーー

 

「はやて、少し時間をくれるか?」

「ん?どしたん?」

 

そういいながらヒイロはリンディから押し付けられた携帯をとりだす。疑問気だったはやての表情は旧式ながらヒイロが携帯を持っていたことに驚いている表情に変わる。

ヒイロは今となっては既に古い折りたたみ式の携帯の画面を開き、状態を確認する。

しかし、画面に光が灯ることはなく、携帯は一切の反応を示さない。

どうやら次元跳躍した時にこの携帯も壊れてしまったようだ。

 

「・・・・破損したか。部品を調達し、分解して直すのも手段のひとつだが、お前からの支給品を貰った方が手っ取り早いか。」

 

ヒイロは壊れた携帯をしまうとはやてから通信機器を貰った。

画面を付けるとヒイロはその通信機器の機能をざっくりとみていく。

しばらく画面を見ていたが、一通りの機能を理解、把握したヒイロは画面の電源を切った。

 

「おおよそ理解した。かなりの機能がこの通信機器ひとつに導入されているな。」

「えっ!?もう理解したんですかっ!?」

「いや・・・メールと電話の機能を把握するだけでしょ・・・。」

 

ヒイロが速攻で携帯の機能を把握したことにスバルが驚愕の表情を浮かべながら視線をヒイロに向けた。

ティアナはそんなスバルに呆れたような表情を向けながら同じように機能の把握をしていた。

 

一通り携帯についての使い方を覚えたことを確かめ合ったら、はやての説明は次の段階に進む。

 

「それじゃああとはメンバー分けやな。スターズとライトニング。それぞれ二人一組で市内を移動しているであろうロストロギアの探索や。」

「あれ、それだとヒイロさんは・・・?」

 

ヒイロはなのはが隊長を務めるスターズ小隊とフェイトが隊長を務めるライトニング小隊のどちらにも配属されているわけではない。であればヒイロは一体どうするのだろうか?

疑問気な表情を浮かべるフェイトに対して、はやては少しばかり申し訳なさげな顔をしながらヒイロに視線を向ける。

 

「ヒイロさんはちょっと私の私情に付き合ってもらおうかなって。世話になった人に会える時に会っておきたいんや。」

 

「・・・・了解した。」

 

 

はやてのいう『世話になった人』に心当たりがあるのか納得している表情のフェイトを尻目にその視線を向けられたヒイロは特に何か言う訳でもなく、はやての私情への同行を承諾する。

 

「まぁ・・・部隊長の私だけ私情で動くのはあかんから、みんなも探索の合間に普通に海鳴市を見て回ってきてもええで。ちょっとした休暇やと思ってな。」

「え、休暇、ですか?」

 

スバルの言葉ににこやかな笑顔を浮かべるはやて。

 

「それじゃあ、あとはなのはちゃん達に任せるわ。シャマル、悪いけど留守番よろしくな。」

「ええ、任せて。でも、石田先生と会うのっていつぶりだったかしら・・・?」

「確か、かなり間が空いているのは確かだったな・・・。」

 

シャマルの疑問にシグナムが顎に手を乗せながらそんなことを口にする。

 

「まぁ、最近まで六課を建てるためにずーっとミッドチルダのあちこち走り回っていたからなぁー・・・。カリムと同じくらい会っていないかも・・・。」

 

そう言って微妙な表情を浮かばせながら頰を掻くはやて。どうやらその石田先生とは前回の再会からかなり時間が経っているようだ。

ヒイロは石田先生という人物に思案を巡らせるが、そのような人物には記憶がなかった。名前を聞いてないか、そもそもとして会ったことがない人物か。

そこでヒイロは一度思考を打ち切り、前々から気になっていたことをはやてに尋ねることにした。

 

「はやて、一つ確認したいことがある。」

「ん?どうかしたん?」

 

はやてがその声に反応し、ヒイロの方に視線を向ける。その視界にはヒイロがどこかに指を指している様子が映った。

 

「キャロ・ル・ルシエのフリードリヒはどうする。迂闊に外へ出せば騒ぎが起こるのは確実だ。」

「あ・・・・そうだった。」

 

はやては思い出したかのような表情をしながらヒイロが指を指している先にいるフリードリヒに視線を向ける。

白い翼膜を羽ばたかせているフリードリヒはキュクッと喉を鳴らしながら首を横に傾ける。どうやらこの状況を疑問気に思っているようだ。

 

「そっか・・・地球だと龍なんて普段いないから、外には出せないね・・。」

「え、そうなんですか?でしたら・・・留守番、ですか?」

 

フェイトが悩まし気な視線をフリードリヒに向け、キャロが確認するような口ぶりではやてに視線を向ける。

はやては一瞬だけ考え込むと、シャマルに視線を向ける。

 

「まぁ、シャマルに預かってもらうのが妥当なところやな。お願いしてもええか?」

「はいはーい♪それじゃあフリードはこっちでお留守番ね〜。」

 

シャマルがそういうとフリードリヒは何か抵抗するわけでもなくシャマルの元へと飛んで行った。

 

「シャマルさん、よろしいんですか?」

「ええ、もちろんよ。」

「じゃあ・・・よろしくお願いします。フリードもちゃんと大人しくしているんだよ。」

 

キャロが申し訳なさそうにシャマルに尋ねるが彼女はそれを顔を綻ばせながら快諾する。

 

「それじゃあ、各隊で二人一組組んだら捜索を開始や!!」

『了解っ!!』

 

なのはとフェイトを主導にして、各小隊で二人一組を組んだなのは達は順々にコテージから外へ出て行ったのだがーーーー

 

 

「・・・・・。」

 

ヒイロはなのは達が調査に行ったあともコテージの中でしばらく待機していた。彼の視線の先には閉じられた扉。

壁に寄りかかり、腕を組んでその扉の前で待っていると扉が突然勢いよく開かれ、部屋の中にいたはやてが飛び出してくる。その服装はプライベートで着るような私服姿ではなく、白のキャミソールの上に濃紺のジャケットを羽織り、黒いタイツの上にミニスカートを着こなし、肩からは手提げのバックを提げるという完全に外向けの服装をしていた。

 

「ご、ごめん!!待ったっ!?」

「・・・・問題ない。これはお前の事情だ。いくら時間がかかろうと俺はお前に着いて行くだけだ。」

 

そういいながらヒイロは組んでいた腕を解くとはやての側に立った。はやては自身の真横にいるヒイロの横顔を僅かに見上げる形で見つめる。

 

「・・・・・どうした?早く行くぞ。」

「えっ!?あ……う、うん!!ほな、早く行かなっ!!」

 

はやての視線に気づいたヒイロが視線を合わせるとはやてはなぜか顔を俯かせ、パタパタとヒイロの先を駆け抜けていく。どこか心ここにあらずといったはやての様子にヒイロは訝しげな視線を送りながらもそれを追いかけた。

 

(・・・・・何気なーくヒイロさんを同行させたんやけど・・・。これってどう見たってデートってやつに入るんちゃう・・・?)

 

火照った顔を頑張って鎮めようとするも一向に収まる気配が見えない。はやてが先を行き、ヒイロがそれを追いかけるという謎のシチュエーションが続くとシャマルがフリードリヒと戯れている玄関まで差し掛かってしまう。

はやての存在に気づいたシャマルが彼女の顔を見ると、その心情を察したのかーー

 

「あらあら〜♪はやてちゃん、頑張ってね♪」

「ちょ、シャマル!?そんなんやないからな!!いってきます!?」

 

心の底から嬉しそうな笑みを浮かばせながらはやてに向けてそういうと、はやては顔を真っ赤にしながら肩にかけていた手提げバッグの位置を直しながら玄関から出て行った。

 

「ちっ・・・・。先ほどから一体なんなんだ・・・!!俺に同行を指示したのははやて自身のはずだが・・・!!」

 

ちょうどはやてが出て行ったタイミングで遅れながらヒイロが玄関に来た。さながら逃げるように先を進んでいくはやての様子に不可解だと思いながらも彼女のあとを追う。

 

「ヒイロ君、はやてちゃんのこと、よろしくね。」

「・・・・・任務了解・・・!!」

 

シャマルの頼みにヒイロが語気を僅かに荒げながらそう返すと先に出たはやてを追いかける形で玄関から出て行った。

 

「・・・・うーん、ヒイロ君、思ったよりガードが硬そう・・・。これははやてちゃんはもちろんのこと、フェイトちゃんの方も大変そうね〜。まぁ、私としてはもちろんはやてちゃんを応援させてもらうけど、あなたはどう思う?フリードリヒ。」

 

そういいながらフリードリヒを抱えるシャマル。状況が理解できていないフリードリヒはキュクッ、と鳴きながら首を傾けるだけだった。

 

 

はやてを追って外へ出たヒイロ。シャマルからはやてのことを護衛任務として頼まれた以上彼女から目を離すわけにはいかない。そう思いながらコテージから出た瞬間に周囲を見回すが、すぐそこにはやてが突っ立っているのを視認する。

しかし、ヒイロからははやての背中しか見えず、その表情を伺うことはできない。

ヒイロは若干呆れた目をしながらはやてに近づいた。

 

「・・・・先ほどから様子がおかしいが、何か問題でも生じたか?」

 

そう声をかけるヒイロにはやてはすぐには返答はせず、一度大きく深呼吸をした。

その深呼吸に怪訝な顔をするヒイロだったがーー

 

「ううん。大丈夫や。さっきはごめんな。逃げるみたいに先に進んでしまって。」

 

先ほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべているはやてにヒイロはその訝しげな視線を彼女にぶつける。しばらく見つめているうちにはやての顔からなにやら冷や汗のようなものが流れる。

それを見たヒイロはそれ以上の無言の追及をやめることにした。

 

「・・・・いくらお前が優秀な魔導師で豊富な魔力を保有していたとしてもその体自体はそこらの人間となんら変わりはない。だからそれほど離れるな。お前の護衛が極めて面倒になる。」

「う、うん。それは重々わかっとるから謝ったやろ?」

 

はやての言い草にヒイロが軽くため息を吐くと彼女の隣に立ち、僅かにヒイロより身長が低いはやてに向けて視線を下げる

 

「・・・・行くぞ。」

「・・・・うん。」

 

一悶着もありながらようやくヒイロとはやての足並みが揃った状態で歩き始める。

しばらくお互いに喋らない空間が広がるがーーー

 

「・・・・・・ほいっと。」

 

唐突にはやてのそんな声が響くとヒイロの腕に何かがまとわりついたような感覚が現れる。

そちらの方に視線を動かしてみれば、はやてがヒイロの腕に自身の腕を組ませている様子が目に入った。

 

「こうしとけば、あんまり離れへんやろ?」

「はっきりいうと腕が動かしづらいのだが。あとお前が忘れているとは思えないがーーー」

「・・・・主よ。一応、私もいますので・・・・。」

 

首に下げたデバイス状態のウイングゼロからアインスが申し訳なさげに顔を覗かせる。

アインスの存在をすっかり忘れていたのか、顔を真っ赤に染めて固まってしまうはやてだった。

 

「アインス。わかっているとは思うが、あまりウイングゼロから出てこない方がいい。」

「ああ。今の私のような半透明で小さい人間など、騒ぎの的でしかないからな。」

 

ヒイロの言うことはわかっていたのかアインスは納得している顔をしながらはやてを軽く見やるとそのままウイングゼロの中に戻っていった。

 

 

「・・・・行き先は?」

「・・・・えっ?」

「行き先はどこだと聞いている。」

 

惚けているようなはやての反応にヒイロが再度行き先の確認をする。はやては僅かに赤くなった顔をなんとか横に振り回すことで元の調子に戻すと、ヒイロに最初の行き先を告げる。

 

「まずは、花屋やな。何か、感謝の花言葉が入った花を買いたいんや。そんでもって最終的には海鳴大学病院。」

「・・・・花か。それであれば、薔薇やダリアが王道な部分か。色によってそれぞれ意味は違うが、少なくともどれかには入っていたはずだ。詳しい部分はそこの店員に聞いておけ。」

「薔薇かダリアか・・・・。」

 

ヒイロの説明にはやては考え込む仕草を浮かべ、歩きながらどの花にするかを決めようとしていた。

 

「判断はお前自身ですることだ。どういうルートで行くかもお前に任せる。病院などの主要な施設は10年程度で変わることはないと踏んではいるから問題はないが、一般的な店などはお前の方が知っているだろう。」

「そう、やな。うん、任せて。きっちりナビゲートしてみせるで。」

「・・・・そうか。」

 

ヒイロとはやては目的地を定めるとまだ日の高い海鳴市の街中を練り歩いていく。

なお、流石にアインスがいることを意識しているのか、はやてはヒイロの腕を離して、隣を歩くような形で付かず離れずの距離を保っていた。

 

海鳴大学病院への道を進んでいる途中、花屋が二人の視界に入り込む。

はやてが先に花屋に入店し、ヒイロも彼女を追うように店の中に入っていく。

 

店の中では色とりどりの花が売られており、それらの生み出す色のコントラストにはやては見入るように目を奪われていた。

 

「・・・・改めてこうしてみるといろんな花があるんやな〜。」

「何かお探しですか?」

 

視線を忙しなく動かしていたはやてに花屋の店員が声をかける。

 

「あ、えっと、花言葉で感謝って言う意味合いの花が欲しいんですけど・・・。」

 

はやての要望に店員は少々お待ちくださいというと店の中に飾られている花から二種類の花をはやての前に見せる。

 

一つはピンク色の薔薇。もう一つは白いダリアであった。

 

「おそらくウチで取り扱っているものと言えばこの辺りですが・・・。」

「どっちも綺麗やけど・・・薔薇はやっぱりありきたりかなー・・・。」

 

店員が見せている二つの花を吟味するはやて。少しすると納得したような表情を浮かべる。彼女の中でどちらにするかを決断したのだろう。

 

「白いダリアの方でお願いします。一応、花束として送りたいので、10本くらいをまとめて。」

「かしこまりました。」

 

店員が10本ほどのダリアを持っていくとカウンターでその花の包装作業を始める。

その店員の手慣れた作業で数分ほどで出来上がり、はやては自身の財布から取り出した代金を渡し花束を受け取る。

ちょうどそのタイミングで花束を受け取ったはやてのところにヒイロがやってくる。

二人揃って花屋から出たタイミングでヒイロが口を開く。

 

「白いダリアにしたのか。ダリアの花言葉には不確かだが裏切りというのも入っていたはずだ。渡す時には気をつけておけ。」

「え゛っ!?それは初耳やで!!」

「基本的には感謝で通じるはずだ。そこまで狼狽する必要はない。」

 

ヒイロの言葉にはやては僅かにむすっとした表情を浮かべるも買ってしまった以上、返品するのも憚られるため、そのまま海鳴大学病院へ向かうことにした。

その道中、ヒイロはふと気になったことをはやてに尋ねることにした。

 

「そういえば、石田とはどのような人物だ?医療に携わっている人間であることは察せてはいるが・・。」

「ああ、そっか。ヒイロさんは知らんかったね。石田先生は10年前、私が闇の書事件に関わっていたころの主治医の先生なんや。」

「・・・・・つまりはお前の下半身不随担当の医師か。中々運のない奴だ。魔法が関わっていたとは露にもおもってはいなかっただろうな。」

「まぁ、ね。表向きには私を不安にさせないためにずっと笑顔を作っておったんやろな・・・。ホントは原因不明の私の麻痺をどうにかしようと躍起になっとったんやろうけど。」

 

そういいながらはやてはどこか懐かしむような笑みを浮かべる。その笑顔はさながらこれから会うであろう石田という医師に感謝をしているようにも思えた。

 

しばらく10年経っていてもさほど変わらない海鳴市の街中を歩いていくとふとしたタイミングでヒイロは見たことのあるエントランスが視界に入る。

患者が雨に晒されないように大理石の天井で覆われた入り口から視線を外すとすぐそばにあった大理石の石碑に海鳴大学病院の名前が刻まれてあった。

 

「・・・・ここに来るのもだいぶ久しぶりやなー。」

 

先を行くはやてを追うようにヒイロは病院の中に入っていく。受付の人間が患者の名前を呼ぶ声と同時に病院特有の薬品の匂いがヒイロの鼻を突く。

 

「すみません、石田先生はいらっしゃいますか?少しお話しがしたくて来たのですが・・・。」

 

はやてが受付に声をかけると「失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」と尋ねてくる。

 

「八神。八神はやてといいます。」

 

はやての名前を聞いた受付は手元にあった受話器を取るとどこかに電話を繋げる。

院内回線を使って石田という医師を呼び出しているのだろう。

少しすると受話器を置いた受付が再度はやてに視線を移す。

 

「今いらっしゃいますのでそこで少しお待ちください。」

 

そういいながら受付の誘導に従い、ヒイロとはやては揃って待合室のソファに腰掛ける。

しばらくすると、病院の待合室に六課隊舎でシャマルが着ていたような医療用の白衣を身につけた青紫色の髪をショートカットにした四十代ほどの妙齢の女性が現れる。

ヒイロが視界の端に映った彼女に視線を向けようとした瞬間ーー

 

「あっ!!石田先生!!」

 

待合室のソファから立ち上がったはやては嬉々とした表情を浮かばせながら、先ほど待合室に現れた女性の元へと駆け寄っていく。

そのはやてが駆け寄っていった女性こそ、闇の書事件中、彼女の主治医をやっていた石田先生なのだろう。はやての声に気づいた石田先生は驚きに満ちた表情をしながら彼女を出迎える。

 

「はやてちゃん!!突然連絡来た時びっくりしちゃったわよ!!」

「すみません、急に訪ねて来てしまって。仕事の途中、たまたま海鳴市の近くまで来たものでしたから、せっかくと思って来たんですけど・・・。」

「ううん、そんなことないわ。それにしても見違えるみたいに綺麗になったわねー。今何歳だったかしら?」

「え、えっと、19歳です。」

「そっかー。まだ9歳で小さかったあなたがもう二十歳になっちゃうのねー・・・。時間ってやっぱり流れるのが早いわねー。」

 

うんうん、と唸るように頷く彼女にはやては苦笑いを浮かべる。

ヒイロはその二人の仲睦まじい会話に混ざるつもりは毛頭なく、離れたところで様子を見ていた。

 

「あ、石田先生、これ。いつもの感謝の気持ちを込めてダリアを買ってみたんです。花言葉はそのまま感謝なんですけど・・・・。」

 

そういいながらはやては石田先生に白いダリアの花束を渡した。それを受け取った彼女は嬉しそうな顔をしながらダリアの花束をまじまじと見つめる。

 

「すっごい綺麗ね・・・!!ありがとう、大切にするわね。」

 

石田先生からのお礼の言葉にはやても彼女が浮かべている表情と同じような笑顔を浮かべる。

 

「・・・・・ところで、そこの彼は貴方の彼氏?もしそうだとすれば、貴方も中々隅に置けないわね〜。」

「ぶはっ!?」

「・・・・?」

 

これまで一言も話していなかったヒイロだったが、石田先生からヒイロの関係性を聞かれ、会話に参加せざるを得なくなってしまう。また質問というか爆弾を投下されたはやては思わず吹き出しながらあわあわと忙しない様子でうろたえる。

 

「い、いや、彼はあくまで付き添いというか同行を頼んだというか、なんというか・・・!!」

「あらあら〜♪なら、そういうことにしておくわね。」

 

完全に手玉に取られ、顔を赤くしているはやてを尻目に石田先生は病院の柱に寄りかかっているヒイロに視線を向ける。

 

「この子のこと、よろしく頼むわね。」

「・・・・元々、周りからもそう頼まれているので。」

「・・・・・え?」

 

石田先生に声をかけられたヒイロは普通に返した。返したのだが、その言葉が敬語だったのだ。

ヒイロの口からついぞ出ることのないと思っていた敬語に思わずはやては素っ頓狂な表情を浮かべる。

 

「それじゃあ、私はそろそろ時間だから。また来てね。いつでも応じるから。」

「あ、は、はい!!お忙しい中ありがとうございました。」

 

それを最後ににこやかな笑顔をしながら病院の奥の自身の職場へと戻っていった。

彼女を笑顔で送ったはやてはヒイロの方に視線を移した。

 

「・・・・・なんだ?」

 

視線を向けるだけ向けて、何も話しかけてこないはやてにヒイロは訝しげな視線を送る。

 

「え、いや、ヒイロさん、敬語使うんやなって・・・・。」

「・・・・俺とて必要であれば敬語で話す。今回はその必要性を感じたから使っただけだ。それで、当面のことは済んだが、ほかに寄らねばならない場所はあるのか?」

「・・・・あ、一箇所思い出したわ。本屋に寄れるか?」

「了解した。」

 

海鳴大学病院を後にした二人はその道すがら本屋へと足を運んだ。

その中で商品棚を見て回る。その本が売られている商品棚には表紙がメルヘンチックな絵が描かれている本ーーいわゆる童話が置かれている棚であった。

 

「・・・・こんな本を眺めてどうするつもりだ?」

「えぇっと、確かここら辺に・・・。あ、あったあった。」

 

ヒイロが尋ねるもはやてはそのタイミングで目当てのものを見つけたのか商品棚からその目当ての本を手にした。

ヒイロがそのはやてが手に取った本を目にさせてもらうとそこには『白雪姫』の文字があった。

 

「・・・・なぜそれを手にした?」

「まぁ、ちょっと訳ありでな。そのうちヒイロさんにもちゃんと話す。」

 

そういったはやての目は真剣そのものであった。どうやらかなり込み入ったことであるのは確かなようだ。ヒイロはそのはやての目を見ると、すぐに視線をほかのところへ向ける。

 

「・・・了解した。深く詮索はしない。」

「・・・ありがとな。」

 

そういって、はやては手にした白雪姫の本をレジへと持っていった。会計の様子を見ているとはやてから支給されたヒイロの携帯がバイブ音を鳴らした。

何事かと思い、携帯の画面をつけるとフェイトからのメールが1通届いていた。

 

『こっちはあらかた捜索は終わったからコテージに戻るんだけど、なのは達と合流するために翠屋を集合場所にしたんだけど、ヒイロさん達も用が済んだら来ない?』

 

 

という文章がメールの中に書かれてあった。はやてにそのことを伝えようと視線を向けるとちょうど会計を済ませたのか、はやてがヒイロに向かって歩いてきていた。

 

「はやて、フェイト達の捜索があらかた済んだ。翠屋を集合場所にしているとのことだ。」

「ん、わかった。私たちも行こか。あとはなんもなかったはずやし。」

「了解した。」

 

携帯をポケットにしまうとヒイロははやてと共に市街を再び歩き始める。行き先はなのはの実家である翠屋だ。

 

 




しばらくウイングゼロは出番がねぇなこれぇ・・・・。

ウイングゼロ「え、自爆?自爆しちゃう?」
アインス「ひっついている私が瞳孔をかっぴらいた状態で地面に叩きつけられるからやめて。」


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第39話 帰らなければならない理由

フェイトからのメールを受け取ったヒイロははやてを伴って、なのはの実家である翠屋へと向かう。

ヒイロもなのはの誘いで10年前に赴いたが、その時は彼女の兄である高町 恭也からの視線に気づき、自分がいると雰囲気が悪くなると踏み、何も口にせずに翠屋を後にした。

 

もっともそのおかげでまだ車椅子を引いていたはやてと接触できたのだから、災い転じて福となる、といったところだが。

 

「・・・・・ここも然程変わっていないようだ。」

 

一度しか来たことはなかったが、記憶の中にある光景となんら変わらない店舗が翠屋へと訪れたヒイロ達の視界に映っていた。

 

「あれ、ヒイロさん来たことあるんか?」

「・・・・一度だけな。」

 

はやてが意外そうな顔をしながら翠屋のドアを開ける。ドアに備え付けられた鈴が来客を告げる音を店内に響かせると翠屋のエプロンに身を包んだ快活な印象を感じさせる女性ーー高町 美由希がヒイロとはやてに近寄る。

 

「いらっしゃいませー・・・って、はやてちゃんか。なのはからここを集合場所にしていることは聞いているから、奥の方の広い席を使ってね。」

「ありがとうございます。美由希さん。」

 

彼女は来客がはやてだと認識するとあらかじめなのはから聞いていたのか奥の方の席に進むように誘導する。はやてはお礼を言いながら充てがわれた席に向かい、ヒイロもテーブルを挟んだはやての対面に座った。

 

「・・・・もしかして、君がヒイロ君かな?」

 

カウンターの方から男性の声がヒイロの名前を呼ぶ。ヒイロはなのはの家族に名前を名乗った覚えはなかったが、ひとまず僅かに警戒をしながら声のした方を振り向く。

 

「・・・・・・なのはの父親か?」

「ああ、そうだ。私は高町 士郎。君の言う通り、なのはの父親だ。それとそんなに警戒をすることはない。なのはから君のことと名前を教えてもらったくらいだ。」

「む・・・・。」

 

ヒイロは警戒心を機敏に察知されたことに僅かにだが表情を強張らせる。自分の名前をなぜ知っているかに関してはなのはが教えたのだろうと勝手に推察させてもらった。

 

「・・・・・前々から出来る人物だとは薄々と感じてはいたが・・・。」

「それをいうなら私の方もだよ。よもや、このようなところで君のような強い人間と出くわすとは。」

 

ヒイロと士郎、二人の間で何故か緊迫感が生まれる。およそ和やかな翠屋の雰囲気とは場違いすぎる空間ができてしまったことにはやてはおろか美由希でさえ表情をひくつかせている。

 

「あなた?そんなに殺気立たせて何をしているんですか?せっかくのお店の雰囲気が台無しよ?」

 

ただならぬ雰囲気を感じ取ったのかカウンターの奥、構造的に調理場から女性が顔を出す。

その女性を見た士郎はやってしまったというように表情を先ほどまでヒイロに向けていた見る人が見ると恐怖を感じさせるような薄い笑みから申し訳なさげなものに変える。

 

「・・・・ごめん、桃子。少し年甲斐もなく血が騒いだみたいだ。」

「あら、あなたがそこまで言うほどの人なのね、この子は。」

 

謝罪の言葉を述べる士郎にその妻である高町 桃子はヒイロに微笑みを浮かべた顔を向ける。

ひとまず翠屋を覆っていた緊迫感が解かれたことにはやてと美由希は胸をなでおろした。

 

「なのは達が来るまで美由希が案内してくれた奥の方の席についていてくれ。はやてちゃんやヒイロ君は何か飲み物でも飲むかい?」

「私はコーヒーで。ヒイロさんは?」

「・・・・・・コーヒーでいい。」

 

士郎の質問にはやては答えながらもヒイロの方に視線を向ける。翠屋のメニューを知らないヒイロははやてと同じコーヒーを頼んだ。

 

席に着いたヒイロ達に程なくしてコーヒーが差し出される。熱いコーヒーをしばらく口に含みながらなのは達を待つ。途中、はやてはコーヒーを飲み干すと何か理解したような顔を浮かべると席を立った。

 

「・・・・どうかしたのか?」

「ん?いや、ヴィータとシグナムの二人に食材の買い出しを頼んどったのやけど、ちょうど終わったっていう念話があったから先にコテージに戻っとるな。」

「・・・・俺も着いていくか?」

「それはダメ。ヒイロさんには会っとかなあかん人がおるんや。だから翠屋でそのまま待っててな。」

「・・・・了解した。」

 

ヒイロからの返答に笑みを浮かべたはやては士郎にコーヒーの代金を出すと翠屋を後にした。

しばらく一人で静かに座席に座っているヒイロだったがヒイロが翠屋に入店した際になった鈴が鳴り響くと同時にドアが開かれる。

視線をそちらの方に向けてみれば、なのは達スターズ小隊にサイズが一般的な人の身長まで大きくなったツヴァイが翠屋に入ってきた。

 

「なのは、いらっしゃい。」

「ただいま、お父さん、お母さん。」

 

入ってきたなのはに士郎は喜んでいる声色と表情でなのはを出迎え、桃子も同じような笑みを浮かべながら自身の愛娘を出迎える。

 

「先に来ている人がいるからそこの席に座るといい。」

 

そういいながら士郎はヒイロの座っている席の方に視線を向ける。釣られるようにヒイロの方に視線を向けたなのは達は驚きの表情を浮かべる。

 

「ヒイロさん、早いね。まだ連絡してからそんなに時間は経ってなかったと思うけど・・・。」

「たまたま近くまで来ていたからな。」

「・・・・あれ、八神部隊長は・・・?」

「はやてちゃんなら、先にコテージに戻って夕ご飯を作っているのですよ。とっても美味しいですよ、はやてちゃんの手作りは。」

 

スバルの疑問にヒイロの代わりにツヴァイが答える。そのツヴァイが嬉しそうな笑みを浮かべながらはやての手料理が美味しいことを察したスバルは自然とそちらの方に意識が持っていかれる。

 

なのは達がヒイロが座っている席の周囲に座る。ヒイロはちょうど隣に座ったなのはにカウンターにいる士郎に聞こえないような声量でなのはに声をかける。

 

「・・・首尾はどうなんだ?」

「一応、センサーのようなものは張り巡らせたけど。多分掛かるのは夜じゃないかな。」

「・・・・了解した。」

 

軽いやりとりだけを行い、まだやってこないフェイト達ライトニング小隊を待つ。ヒイロの周囲ではなのはの家族に関する会話があったが、ヒイロには特に言うことはなかったため、話題に混ざることはなかった。

 

そして、会話の最中に鳴り響く鈴の音。

 

ヒイロ達が入り口に視線を向けるとフェイトがエリオとキャロを伴って翠屋に入ってくる。そして、三人に続くように翠のように輝く緑色の髪を持った女性が現れる。

 

現在はフェイトの義母であり、アースラの艦長であったリンディ・ハラオウンその人だ。

10年経ってもヒイロの記憶と然程どこか変わった様子は見られなかった。

 

「こんばんは、士郎さん、桃子さん。」

「いらっしゃいませ。」

「こんばんは、リンディさん。」

 

リンディはカウンターにいる士郎と桃子に挨拶をする。どうやらなのはの両親とリンディはかなり仲が深まっているようだ。

ヒイロが三人の様子を見ているとリンディの視線が席に座っているヒイロに向けられる。

 

「・・・・・本当に、生きていたのね。」

「・・・・・ああ。」

 

ヒイロがリンディの言葉にそう答えると彼女は僅かに目を潤ませるも、すぐにその涙を自身の指で拭う。

 

「・・・少し、外で話さない?」

 

リンディの提案にヒイロはわずかに隣のなのはやまだ席に座っていないフェイトに軽く視線を向ける。

それを見て僅かに笑みを浮かばせながらなのはとフェイトは揃って頷く。

 

「・・・わかった。」

 

リンディの提案を承諾したヒイロは席を立ち上がり、先に外へ出たリンディを追うように翠屋の外へ出る。

 

「・・・・お前達の時間で10年振りのようだな。アリサ・バニングスもそうだったが、お前もお前で全く変わらないな。」

「あら、それは褒めているのかしら?」

「見たままを言ったまでだ。」

 

ヒイロの言葉にリンディは僅かに表情を綻ばせる。

人間10年経っていれば、容姿もかなり変わってしまうものだが、リンディはそれこそ10年前から全く変わらないと言っていいほどヒイロの記憶そのままであった。

 

「・・・・貴方が次元震に巻き込まれて行方不明になってから、なのはさん達はもちろんのこと、私含めたアースラの皆もかなり意気消沈していたわ。」

 

リンディの言葉にヒイロは何も返すことはせずに黙って聞き入る。

 

「特にフェイトは・・・あの子はそれが如実に出てきていたわ。貴方があの子にあげた手製のテディベア。あれをあの子はいつも抱いて寝ていたわ。」

「・・・・そうか。」

「あの子にとって、ヒイロ君。貴方は兄のような、もしくはもっと別な、大切な人になっているのよ。」

「・・・・兄はクロノがいるだろう。フェイトはお前の養子になっているのではないのか?」

「あくまで『ような』ものよ。あの子にとっては貴方は初めての男性の友人みたいなものだから。」

「友人、か。俺にそんな役割が務まるとは思ってはいないが・・・。」

「役割じゃなくて、自然と出来上がる関係よ。私からはできればあの子のそばにいてほしい。それだけよ。」

「・・・・それは保証しかねるな。」

 

フェイトのそばにいてほしい。そのリンディの願いをヒイロは軽く首を横に振ることで否定する。僅かに表情を沈めたものに変えるリンディにヒイロは続けざまに言葉を放つ。

 

「・・・・俺が冷凍睡眠されていたカプセル。あれはどこにある?」

「・・・・あれはクロノの管轄で一応保管はしてはあるけど・・・。もしかして元の世界に帰りたいの?」

「そもそもとしてなぜ俺が冷凍睡眠されていたのか、そこに理由がある。正確な記憶はないが、少なくともバートンの反乱が終結した後、アフターコロニーは平和へと進んでいたはずだ。ならば、平和な世の中に俺のような兵士は必要ない。だが、こうして俺のような兵士が冷凍睡眠される、ということはいずれ必要になるという証拠に他ならない。俺のような兵士が必要とされる場所、それはーーー」

「戦争・・・・!?」

 

リンディの思わず溢れた言葉にヒイロは静かに、それでいて確かに頷いた。

 

「俺の元いた世界、アフターコロニーではまだ戦いが終わっていない。平和を脅かす奴がいる。ならば俺は元の世界に帰らなければならない。」

「・・・・戻りたいだけなら、カプセルを使う必要はないんじゃないのかしら?」

 

ヒイロはリンディのその言葉を首を僅かに横に振ることで否定する。

 

「・・・・アフターコロニーに魔法技術など存在しない。もし、俺がこちらに来た時の状況のそのままで帰らなければ、プリベンターは確実にそこから疑問を抱き、俺が次元世界のことや魔法技術のことを話さなければならないことになる。」

「プリベンター・・・・?」

「俺が所属していた組織の名だ。平和となった世の中で戦争の火種を搔き消すために存在する統合政府直属の武装組織、といったところだ。」

「・・・・そのプリベンダーって貴方から見て信用できないの?」

「そういうわけではない。お前が覚えているかどうかは定かではないが、俺のウイングゼロと同じようなことだ。」

 

そのヒイロの言葉にリンディは考え込む仕草を見せる。しばらくリンディが記憶を振り絞っている様子を眺めるヒイロ。

 

「・・・・10年も過ぎ去っている。クロノが子供を成した今、お前も既に世間一般的には祖母と呼ばれる年齢だろう。思い出せなくとも無理はない。」

「ちょっと黙っててくれない!?私だって歳を取っているのは自覚しているけど、まざまざと指摘されるのは精神的ダメージが大きいのよ!!まだよ、まだ終わらない!!私の記憶力は、伊達じゃないっ!!」

 

ヒイロの言い草にくるものがあったのか眉間に手を当て、自身の記憶を振り絞るリンディ。

見かねたヒイロが何か言おうとするもリンディから言わないでとでも言うような静止の手が伸びてきてしまい、ヒイロは心底から面倒に思っているような表情を浮かべる。

 

「・・・・・もういいか?」

「ええ、大丈夫。つまり、この世界で貴方のウイングゼロがオーパーツなように、アフターコロニーでも私たちの魔法技術は完全に未知の技術。戦争の火種になりかねない。」

 

少々時間がかかったが、リンディが意地で過去のヒイロの発言を思い出したことにヒイロはひとまず息を軽くついた。

 

「でも、冷凍睡眠された貴方を解凍した時、記憶は全部なくなっていたのよ?また冷凍睡眠を行えばーー」

「記憶が吹き飛ぶ可能性は否めないだろうな。もっともそちらの方が都合が良いと感じるがな。」

 

ヒイロの言葉にリンディは僅かに悲痛に歪めた顔を浮かべる。ヒイロの言っていることはもっともだ。ヒイロがアフターコロニーに戻ったとして記憶がなくなっていた方がヒイロの今後の行動に支障は少ない。

だがそれは、彼が海鳴市やミッドチルダで過ごした日々、そして何よりフェイトやはやてたちのことも何もかもを忘れ去ってしまうことだ。

 

「・・・・そんな悲しいこと、言っちゃダメよ。人は誰かに忘れられるというのが、一番悲しいんだから・・・。」

「・・・・そうなるかどうかは俺が冷凍睡眠されている時間にもよるかもしれないがな。」

 

その言葉を交わした後はヒイロとリンディの間では長い沈黙が走った。ヒイロは特に話すことがない、リンディはヒイロが自分たちのことを忘れてまで、また戦場に行かなければならないというもどかしさから。

 

「・・・・長話しすぎたな。一度翠屋に戻った方がいい。」

「それも、そう、ね。」

 

ヒイロはリンディにそういいながら翠屋のドアに手をかける。

 

「ヒイロ君。」

 

取っ手を握り、今まさに扉を開け放とうとした時、リンディから声がかかった。ヒイロは扉の取っ手から手を離し、リンディの方に顔を向ける。

 

「貴方が戻りたいっていう意向はわかったわ。だけど、どのみち探すにしても時間がかかるのは目に見えているわ。その間になのはさんやフェイト達には必ず伝えてあげて。また急な別れ方をするのは、あの子達はもう嫌だって思っているだろうから。」

「・・・・・了解した。」

 

その言葉に僅かにだが笑みを浮かべるリンディ。ヒイロは彼女のその顔から話は終わったと判断し、手にしかけた扉の取っ手を引き、翠屋の店内に戻っていった。

 

「・・・・貴方がそういうことにならない様にあの子達なりに強くはなっているだろうから。」

 

扉の先にいるヒイロに向けて、届くことのない言葉を零しながら、リンディもヒイロに続くように翠屋に戻っていく。

 

ヒイロとリンディが戻ってきたのを見たなのは達は思い思いのケーキを注文する。

席に戻ったヒイロもなのはに何を頼むか聞かれてしまい、仕方なくメニューに書いてあった適当なものを注文する。

程なくして、ヒイロの前にとりあえずメニューを見ていた時に目に付いた真っ赤なイチゴが乗っかったショートケーキが出される。

なのは達が士郎の作ったケーキに舌鼓を打っている様子を見て、ヒイロもフォークで切り分けて、その一部を口に運ぶ。

 

「・・・・・うまいな。」

 

翠屋で出されるケーキの出来は菓子作りに関しては素人のヒイロにとっても純粋に美味だと思えるほどの出来栄えであった。

 

しばらくヒイロの周囲でなのは達が談笑をし、ヒイロは黙々とケーキを食べるという中々奇妙な光景が繰り広げられているところに、ふとスバルが視線を向ける。

 

「そういえば、ヒイロさんってなのは隊長とフェイト隊長の師匠なんですよね?」

「ああ。前にも聴取会や食堂でも既に話しているがな。」

「・・・・実際どれくらい強かったんですか?身体検査でも測定不能を叩き出すって言われてもあまりピンとは来ないんですけど・・・・。」

 

スバルに問われたヒイロだったが、フォークに刺していたケーキの一部を口に入れ、飲み込むとなのはとフェイトに視線を向ける。

 

「俺が話すより、実際に体感しているお前達の隊長陣に聞いた方が早い。自己評価などあまりあてにはならないからな。」

 

ヒイロからそう言われ、スバルはもとより、ティアナやエリオといった新人達の視線が二人に集中する。それらを感じ取ったなのはとフェイトは少しばかり苦い顔をしながらヒイロの異常な身体能力の片鱗を思い返す。

 

「私はあくまで接近戦の時の防御を念頭に置いていたからそれほどでもなかったよ。それでも当時の私にはかなりきつかったけど。まぁ、聴取会でシャマルさんも言ってたけど、腕の骨を粉砕しているのを目の当たりにしたくらいかな?」

「・・・・・え、あれ嘘じゃないんですか?」

「・・・・・・しかもバリアジャケット越しにやったんだよ。」

 

スバルの乾いた笑顔になのははその笑みを視界に入れないように顔を逸らしながらボソッと呟く。

その反応にスバルは直感的にマジの話であることを察し、さらに引きつった笑みに変える。

 

「それじゃあ・・・フェイト隊長は?」

「私は・・・・・その・・・・どちらかと言うとクロスレンジが主体だったから普通に、ううん、あれを普通っていうのはどうなのかな・・・。とりあえず、模擬戦方式でやっていたんだよ。」

 

なのはからフェイトの方に視線を動かしながら彼女に質問をするティアナ。

その視線にフェイトは視線を右往左往させながら言葉をこぼすように当時の訓練の内容を思い返す。

 

「・・・・ヒイロさんにリンカーコアがないのはちゃんとわかっているよね?」

 

フェイトの言葉に新人四人は疑問気な様子を露わにしながらも首を縦に振った。

突如として思いつめたような表情をしながら顔の前で両手の指を絡ませ、どっかの汎用人型決戦兵器をつかっている組織の司令のようなポーズを取ったフェイトに新人達は思わず気圧されそうになる。

 

「普通のジャンプで10メートルくらいの高さまで飛んだの。魔法とかそういうのはいっさい使わないで、自分の脚力だけで。」

「10メートル、ですか?」

「・・・・あ、あれ?」

 

エリオの微妙な言葉にフェイトは困惑した様子を見せる。エリオはもちろんのこと、スバルもどこか拍子抜けといったような顔を浮かべていた。

 

「フェイト隊長、多分みんな普段からそれ以上の高度を飛んでいるから感覚が違うのかと・・・・。あたし自身それほど驚いてませんし・・・・。」

「え、もしかして、キャロも?」

 

ティアナの言葉にフェイトはキャロに視線を向けるもどこか微妙な顔を浮かべていた。

 

「じゃ、じゃあこっちはどうかな。エリオ、私の高速移動の魔法、知ってるよね?」

「え、は、はい。ブリッツアクションとかソニックムーブですよね。」

 

微妙な空気になりかけたところをフェイトは咄嗟に話題転換するついでにエリオに自身の使える魔法について尋ねる。

突然質問され、驚いた様子を見せながらもちゃんと答えてくれたエリオにフェイトは笑みを浮かべる。

 

「フェイト隊長のブリッツアクション、ホントに速いですよね。隊長戦でとったって思っても次の瞬間にはもうどこかに移動されていて、全然目で追えませんもん。」

「ありがとう、スバル。でも、そのブリッツアクションなんだけど・・・・ヒイロさん、初見で付いてきたんだよね。」

「はい・・・・?」

 

スバルが笑顔のまま表情を驚きのあまり硬直させるが、それに構わずフェイトは話しを続ける。

 

「訓練中、ヒイロさんのあまりの防御の硬さに思わず使って、背後に回り込んだの。その時はまだ幼かったし、私の魔法の精度が拙かったっていうのもあるのかもしれない。それでも結構自信はある方だったんだよ?後で謝るつもりだったんだけど、ヒイロさん、背後に飛んだ私のことを目で捉えてて、カウンターを叩き込まれました・・・・。」

 

新人四人達の苦い顔からの視線がケーキを黙々と食べているヒイロに注がれる。

それにヒイロは特に気にする様子を見せる素ぶりすらせずに淡々とした様子を貫いていた。

 

「ちなみに、フェイトちゃん、この前のリニアレールでヒイロさんと会った時、ゴンっておっきな音が響いたのはスバルとティアナは聞いているよね?」

「え、あ、はい。」

「一応聞こえたので、振り向いては見たんですけど、その時にはフェイトさんがヒイロさんに飛びついて泣いていたので、なんの音だったかは詳しくは聞かなかったんですけど・・・。」

「あれ、フェイトちゃんが至近距離でブリッツアクションしちゃってヒイロさんに突撃したんだけど、それを普通に躱されて列車の外壁に額をぶつけた音なんだよ。」

「ちょ、なのは!!それは言わないでよ!!」

 

そんななのはとフェイトのワイワイとした会話が繰り広げられる中、新人四人の表情はもはや苦いとかそんなレベルではなく、完全に引きつった表情をヒイロに向けていた。

 

「な、なんでフェイト隊長のブリッツアクションを目で追えるんですか・・・?」

「・・・・普通に目で追えるからだが。」

「・・・・あたしもそれくらい強くなれるのかな・・・・・。」

 

 

スバルの質問に平然とそう答えるヒイロにティアナはどこか渇望するような視線をヒイロに向ける。

その視線に気づけないヒイロではなかったが、一体どこからそのような言葉が出てくるのかが見当がつかないため、深く言及することはやめておくことにした。

 




ティアナの強さへの思いってこんな感じでいいのかなぁ・・・・。
と、結構不安に思っているわんたんめんです。


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第40話 夕飯と風呂と理由

早かったな、40話まで行くのは・・・・。

とはいえsts編はまだまだ序盤中の序盤ですが(白目)


しばらく翠屋でケーキを楽しんだなのは達はフェイトがレンタルしたと思われる車でコテージへの帰路につく。

時刻は既に日が沈みかけ、徐々に薄暗くなっていた。

フェイトの運転でコテージへ戻ったヒイロ達を出迎えたのは、ヒイロにとってどこか見覚えのある嫋やかな雰囲気を出している女性であった。

アリサ・バニングスと同じ白いカチューシャをつけた、黒紫色の艶やかな髪質を持ったその女性の名は、月村 すずか。なのはやアリサの小学校からの友人だ。

 

「・・・・・月村 すずかか。」

「お久しぶりです、ヒイロさん。10年ぶり、貴方にとってはつい一昨日ぶりのようですが。」

 

そういいながらすずかはヒイロににこやかな笑顔を向ける。その様子に驚いている様子は微塵も感じられず、むしろおしとやかな雰囲気をヒイロに感じさせる。

 

「・・・・落ち着いているな。」

「そうですか?これでもかなり驚いてはいるのですけど・・・・。」

 

ヒイロの言葉にすずかは疑問気に首をかしげる。その立ち振る舞いの一つ一つにどこか貴族じみたものをヒイロはすずかの態度から感じ取るが、今は別に聞くようなことではない、と判断し、思考を打ち止める。

 

「昼にアリサ・バニングスと会ったが、奴からは騒がしいほどに驚かれたからな。」

「そうなんですか?アリサちゃんらしいなぁ〜・・・ふふっ。」

 

騒いでいるアリサの様子を脳内で思い浮かべたのか、すずかは口元を隠すように手を当て、その下で笑みを零す。

見た限り、この二人やなのは達との仲の良さは相変わらずのようだ。

そう思っていると、ヒイロが乗ってきた車とは一回りほど小さい車がコテージに現れる。

すずかと一緒にその車を見つめていると、運転席のフロントガラスに高町 美由希が写っているのをヒイロの視界が捉える。

やがてコテージの近くで止まった高町 美由希が運転する車から降りてきたのは、

エイミィ・リミエッターークロノと結婚した現在では、エイミィ・ハラオウンが降りてきた。

そして、そのあとに続くように車から降りてきたのはオレンジ色の整った毛並みが特徴的な獣耳がぴょこんと出ていたまだ幼い少女、面影から色々逆算するにヒイロの記憶が導き出したのはーーー

 

「・・・・・すずか。あの獣耳が生えた少女はアルフか?」

「はい。そうですよ。魔法というのは結構便利なんですね。あんな風に自由に姿を変えられるなんて。」

 

少女の姿になったアルフにすずかは優しげな視線を送る。そのすずかの視線に気づいたのか、エイミィとエリオとキャロが話しているのを見つめていたアルフがヒイロの方を振り向くと子供らしく屈託のない笑みを浮かばせながらトテトテと歩いてくる。

 

(・・・・・・精神まで幼児化していないか?)

 

そう訝しげな視線を送りながらもヒイロはトテトテと歩いてくるアルフに視線を向ける。

 

「ヒイロだー!!」

「・・・何か用k「ぴょーん!!!」っ!?」

 

声をかけようとしたヒイロだったが、ある程度ヒイロとの距離を詰めていたアルフはヒイロに向かって飛びついた。

一瞬、驚いた表情を浮かばせるが、瞬時にアルフの状態を確認する。

ヒイロに飛びつこうとしているアルフは腕を大きく広げながらその小さな手をヒイロに向け続けている。そのままヒイロが手を差し出さなければ、アルフはそのまま重力に従い、地面に顔を打ち付けるだろう。

 

「ちっ!!」

 

ヒイロは苦い顔をしながら舌打ちするとアルフの左右の脇を両手で掴んだ。脇を掴まれたアルフはそのまま宙ぶらりんの状態になる。なんとかアルフを無事に止めたヒイロは少し険しい表情をアルフに向けるが当の本人はすごく楽しそうに笑っている。

その様子に怒るに怒れないヒイロはため息をつきながら掴んだアルフを抱っこした。

 

「さすがヒイロ!!対応力が違うねぇ!!」

「・・・・お前は小さくなったのか。」

 

ヒイロの腕の中で尻尾をブンブン振っているアルフにヒイロは小さくなっている理由を尋ねる。

彼女いわく、フェイトにあまり魔力的な迷惑をかけないこととエイミィの手伝いをするという板挟みのことを塾考した結果、手伝いのできるギリギリのラインまで体を幼児化させることを選んだらしい。

アルフのその理由に納得を示しているとエイミィがヒイロに近寄る。それに気づいたヒイロはアルフを抱えたままエイミィの方を振り向いた。

 

「エイミィか。」

「・・・ヒイロ君・・・・。本当に10年前からそっくりそのままきちゃったんだね・・・・。」

 

エイミィはヒイロの10年前と全く変わらない容姿に驚きに満ちた表情を浮かべる。

 

「・・・・ああ。どうやらそうらしい。もっとも気にすることでもないがな。」

「・・・・・変わらないねぇ。まぁ、それも君らしいというかなんというか・・・。」

「・・・・お前がクロノと結婚したのは俺でも驚いた。」

「え、ホント?それは純粋に嬉しいなぁ。」

 

ヒイロが素直にクロノとエイミィが結婚したことに驚きを感じていることを伝えるとエイミィはどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

少しエイミィと話していると、二人の耳に何かを焼いているような音が入り込む。

その音が響いてきた方角、コテージの方に視線を向けるとちょうどキッチンから見える窓に映ったはやてが何か鉄板の上で焼いているのが目に付いた。

外で長話するのも頂けないため、ヒイロはエイミィに視線を送るとエイミィもそれがわかっていたのか、無言で頷くと揃ってコテージの中に戻っていく。

コテージのキッチンでは外から垣間見た通り、はやてがその料理の腕を思う存分に奮っている様子が見えた。

 

コテージに戻ってきたヒイロとエイミィに気がついたのか、フェイトが自身の座っているテーブルに来るように二人に向けて手招きをする。

先に戻ってきたグループは既に席に着き、はやての料理が出来上がるのを待っているようだ。

ヒイロは抱きかかえていたアルフを空いている席に座らせると自身も適当な席に座り、はやてが作る料理を待つことにした。

 

 

「みんなーできたでー。」

 

ヒイロが席についてから程なくして料理を作り終えたのか、はやてが料理が載せられた皿をヒイロ達が囲んでいるテーブルに置く。

料理の種類は焼きそばや焼肉など鉄板をふんだんに使ったような料理が多かったのだが、全てに共通して量がかなり多かった。

その量はヒイロが一瞬、この人数で食い切れるかと疑問に思うところだったが大食漢(スバルとエリオ)がいることを思い出したヒイロは最終的に残飯処理をスバルに任せればいいかと判断し、黙々とはやての作った料理を食べ始めた。

 

食事中は自己紹介をしたのちシャマルが料理に手をつけていないかどうかの論争だったり、久しぶりに会う家族との食事なのか、年相応の笑顔を見せながら美由希と会話を楽しむなのはの様子が見えたりと穏やかなムードで時間が過ぎていった。

 

そして、時刻はおよそ七時、日が沈み、和やかだった食事の雰囲気を引き継ぐように食事が済んだ後のコテージでもしばらく誰かの会話がひっきりなしに続いていた。

 

「さて、そろそろ風呂の準備でもしよか。」

 

夕飯の片付けを済ませたはやてからそんな提案が挙げられた。なのはとフェイト、それにリンディ達と言った海鳴市に住んだことのあるグループからは頷くような声や仕草があがる。

 

(・・・・フロ、風呂か。あのお湯を張った入浴用の設備か。)

 

ヒイロも曲がりなりにも海鳴市に住んでいたため、ある程度の知識としては知っている。はやてを筆頭にその風呂に関しての話が行われているのをヒイロは離れたところから見守っていた。

 

「でもここに風呂はないわよ?」

「湖で水浴びをするには、まだ時期が早いし・・・・。」

「だとすれば、あそこしかないのかな?」

 

仕事が終わったのか、ヒイロ達が夕飯を済ませた後にコテージにやってきたアリサが周囲に風呂といった設備がないことに申し訳無さげな顔を浮かべる。

そのアリサの言葉を引き継ぐようにすずかと美由希が顔を見合わせる。

ヒイロがその二人の様子に疑問を抱いているとーー

 

「みんな、着替えを用意して。」

「なのはさん?」

 

なのはがFW組のスバル達の方へ顔を向けるとそんなことを伝える。スバルは突然の着替えを準備するという言葉に首を傾げながらなのはに尋ねる。

 

「市内のスーパー銭湯に行くんだよ。」

 

なのはの言葉にFW組の四人はおろか、ヒイロもスーパー銭湯という単語に疑問符を浮かばせる。はっきり言って聞き覚えのない言葉であったからだ。

 

「そうだな・・・色々な人が利用できる大きな風呂、といったところか。」

「・・・・公衆浴場か。」

「難しく言えば、たしかにそうなるな。」

 

たまたまヒイロの近くにいたシグナムがスーパー銭湯についての簡単な説明をする。

ヒイロはその説明で納得したのか、シグナムに端的にまとめた単語を述べ、彼女から大体合っているとの評価をもらった。

 

(・・・・あまり、風呂には慣れていないのだが・・・。)

 

はっきり言ってヒイロはそのスーパー銭湯には行く気があまりなかった。自身が風呂に体を沈めること自体に慣れていないのもあったし、最悪、濡れたタオルで体を拭くくらいでも十分であるという心中もある。

さらに話の内容的に全員で銭湯に赴くのだろうが、その時にフリードリヒの面倒は誰がみる?

 

「・・・・俺はこちらに残ってフリードリヒの面倒でも見ておく。」

「え、ヒイロさん、行かないんですか?」

 

ヒイロの断りの言葉に一番最初に反応したのはエリオだった。ヒイロがエリオの方に視線を向けると、彼はどこか寂しそうな表情を浮かべていた。

 

(・・・・よくよく考えてみれば、俺が行かなければ、男性はエリオ一人になるのか。)

 

ヒイロは妙に女性比率が高い機動六課に心のうちで頭を悩ませ、ヴァイスやザフィーラがいないことや目先のことに目が眩んだ上の自身の発言を悔やむことになったヒイロ。

 

「・・・・あのー、フリードにはちゃんと大人しくしておくように言い聞かせておくので、ダメ、ですか?」

「・・・・・できるのか?」

 

おずおずとした口調であったが、やや気が引けた様子でヒイロに助け舟を出してくれたキャロにヒイロは一応の確認を取る。

 

「大丈夫です。今の私とフリードなら。」

「・・・・・はやて、その銭湯とやらにシャワーはあるのか?」

 

キャロの言葉を聞いたヒイロははやてに視線を移し、シャワーの有無を尋ねる。

シャワーを自身が妥協できるところだと判断した結果だ。

その意図が伝わっているかはともかくとして、ヒイロの質問にはやては少し考え込むとーー

 

「うーん、大体の銭湯はあると思ってもええよ?」

「・・・・・わかった。俺もお前達に同行する。」

 

そう言って前言を撤回し、同行する意志を示したヒイロの視界にはどことなく嬉しそうなエリオの表情が写っていた。

 

 

銭湯までさほど距離自体はないのか、スーパー銭湯には歩いて向かうことになった。

なのは達は自身の着替えなのか、それぞれ袋やらを持ち歩いていたが、ヒイロはそのようなものは持っていない。

まだミッドチルダに時間跳躍してから3日ほどしか経っていないのだ。無理もないだろう。

その時にはやてがーー

 

「そろそろヒイロさんの着替えとか買っておかんとなー。いつまでもその格好でいるのは衛生上よろしくないというかなんというか・・・・。」

 

などと言っていた。確かに服を洗わずにそのまま着続けるのは衛生上よくはないのはヒイロ自身わかりきっていたため、適当に買っておくと彼女に伝えることで済ませた。

しばらく歩き、件のスーパー銭湯と思しき建物が見えてくる。中へ入るとヒイロの視界にとある張り紙が目に入った。

 

『女性風呂への混浴は11歳以下の男児のみでよろしくお願いします。』

 

一応、数え年で16だと認識しているヒイロはその張り紙の指示通りに男湯の方の暖簾を潜る。くぐった後にヒイロはエリオが付いてくるかとおもってはいたが、一向にエリオが男湯の暖簾をくぐってこないことに怪訝な顔を浮かべる。

 

「・・・ヒイロ、頼むから私の存在を忘れないで・・・・。」

「・・・・・・・・。」

 

ヒイロの首から下げているペンダント、もといウイングゼロからアインスの声が響いてくる。

すっかり彼女のことを失念していたヒイロはエリオの様子を見るついでにはやてにアインスを預けるために一度脱衣所から出ることにした。

 

「エリオ君も一緒に入らないの?」

「いっ!?」

「いいね、久しぶりに一緒に入ろうよ。」

 

はやてにアインスを預けようとしたヒイロだったが、どうやら時すでに遅しだった様子で彼女の姿はフロントにはなく、代わりにエリオを女湯のほうに連れ込もうとしているキャロとフェイトの姿があった。

一見すると嫌がる子供を連れ込もうとする事案にも見えなくはない。キャロはまだ同年代だから世間は許してくれると思うが、フェイトは完全にそれに該当しかねない。

 

「・・・・・何をやっている?」

「あ!!ヒイロさん!!」

 

思わず声をかけたヒイロにエリオが救世主でも見たかのような希望に満ち溢れた表情を向ける。

どうやらこの状況から脱したいらしい。

 

「・・・・エリオ・モンディアル。お前は今いくつだ?」

「じゅ、10歳です!!」

 

エリオの年齢を聞いたヒイロは先ほど見た年齢制限の張り紙を思い返しながらフェイトとキャロの行動になんら違法性がないことを認識する。

しかし、それであとは見過ごしていいかと言われれば、そういうわけでもない。

 

「・・・・本人の意思を少しは慮ったらどうだ?知らない人間が見るとただの誘拐犯に見えるぞ。」

「ゆ、誘拐犯………。」

 

ヒイロの言葉にフェイトがショックを受けている間にエリオの服を掴み、引きずるように男湯の脱衣所の方に向かう。

その途中、思い出したかのようにフェイトの方を振り向くと彼女に向けて、何かを投げつける。

 

「えっ?わわっ!!」

 

若干項垂れる顔をするフェイトだったが、なんとかヒイロから投げつけられたものをキャッチする。びっくりしている顔をしながらキャッチしたものをみると、そこにはデバイスとしてのウイングゼロがあった。

 

「はやてに渡しておけ。それだけだ。」

 

それだけ言い残し、ヒイロはエリオを引きずりながら男湯の脱衣所へと入っていった。

一瞬疑問気な雰囲気を出すフェイトだったが、ウイングゼロからわずかにアインスが顔を覗かせたことに納得した顔を浮かべ、はやてにアインスを渡すために女湯へと向かった。

 

「あの、ありがとうございます。」

「・・・・嫌なら嫌とお前の意志をはっきりと伝えておけ。いつまでも流されているようでは人間としても成長しないぞ。」

「う・・・が、頑張ります・・・・。」

 

脱衣所に入ったところでエリオがヒイロに対して助け出してくれたことに感謝の気持ちを伝える。

それに対し、ヒイロは顔すら向けず、先ほどのエリオの問題点を淡々と述べるのだったが。

 

「鍵がついているロッカーが空いている場所だろう。そこに着替えを入れておけ。」

 

ヒイロがロッカーを見てそういうとエリオもヒイロが言った通りに鍵のついているロッカーを使い、自身の着替えを入れていく。

ヒイロ自身も手近なロッカーを開けて、自身が来ているジャケットやいつもの濃い緑色のタンクトップを放り込む。

 

「・・・・?」

(ヒイロさんの体つき、初めて見たけど、凄いな・・・。引き締まっている上に筋肉のつきかたも僕なんかより断然凄い・・・。)

 

服を脱いでいる最中、ふと感じた視線に顔を向けると、なにやらヒイロの体を見て、ボーッとしているエリオが目に入った。

 

「・・・・何か俺の体についているか?」

「あ、いや、なんでもありません!?」

「・・・・そうか。」

 

見ていたことがヒイロにバレたエリオはワタワタした様子で浴場へと向かった。そのエリオを見ながら、備え付けられてあったタオルを腰に巻いて、エリオに続く形でヒイロも浴場に足を踏み入れ用とした時ーー

 

「エリオ君、ヒイロさん。」

 

聞き覚えのある声であると同時に現状聞こえてはいけない人物の声が脱衣所の中に響く。

ヒイロが入り口の方へ視線を向けるとそこにはキャロが立っていた。

 

「・・・・何故こっちにいる?」

「フロントの人に聞いたんですけど、11歳以下なら女の子が男性用の方に行ってもいいそうです。それで来ちゃいました。」

「・・・・そうか。」

「ヒイロさん?どうかしましたーーってキャロっ!?こっちは男性用だよ!?」

 

キャロが自身の意志で男湯に来たことにとやかく言うことはないヒイロだったが、エリオは年相応に異性がやってきたことに顔を真っ赤にしている。

 

追い返す訳にもいかないため、エリオは渋々といった様子で、ヒイロは特に気にしていない様子でキャロを連れて浴場へと入る。

エリオとキャロの二人は腰掛ける用の小さい椅子を手にしながら体を洗い、ヒイロは立ったまま浴びるタイプのシャワーを使って軽く自身の体を濯いだ。

 

時間的に鑑みてもヒイロの方が早く終わるため、シャワーを済ませたヒイロは湯船の方に向かう。

とはいえ、入るわけでもなく、足だけを湯船に浸かるという足湯スタイルにすることにしたが。

 

「あれ、ヒイロさん、湯船に入らないんですか?」

「・・・・体を液体に浸けると有事の際の行動に支障が出る。俺にはこれで十分だ。」

「あ、あんまりそんなことはないとは思うんですけど・・・・。」

 

キャロがヒイロに湯船に入らない理由を尋ね、その返ってきた返答にエリオは苦笑いを浮かばせながらキャロと一緒に湯船に浸かった。

 

「はぁ〜、気持ちいいねー。」

「そ、そうだね・・・。」

 

キャロがそう言うもエリオはどことなく顔を赤くしながら恥ずかしがっている様子でキャロから視線を外した。

・・・・緊張でもしているのだろうか?もっともヒイロにはあまり関係のないことのため、尋ねるようなことはしなかったが。むしろ、ヒイロは別のことが気になっていた。それはエリオとキャロに前々から聞きたいことだったが、フェイトやなのはの前では少々聞きづらいことであった。

ヒイロはせっかくのタイミングなのだから二人に尋ねることにした。

 

「・・・・・ちょうどいいな。お前達に聞いておきたいことがある。」

 

唐突に口を開いたヒイロに二人は疑問気な表情を浮かばせ、首をわずかに傾げる。

 

「・・・・お前達はなぜ管理局に入った?その理由を聞きたい。」

「理由・・・ですか?」

「お前達二人は何か訳があるのは察してはいる。お前達ほどの年齢の奴が戦場に出てくるなど、余程のことではない限りありえないからな。だが、その上で、お前達がこうして戦場に立つことの理由を聞きたい。」

 

ヒイロの視線はまっすぐに二人を貫いていた。その真剣な眼差しにエリオとキャロは顔を引き締めながら向き直る。

 

「僕はフェイトさんに救われたんです。その恩返しがしたいために、僕は管理局に、この機動六課にいるんです。」

「私も同じです。私は有り余る力を持っていたせいで部族を追い出されました。管理局に保護された後でも私には居場所はなかった。そんな時、フェイトさんに助けてもらって、私が居てもいい場所を貰えました。その私を助けてくれたフェイトさんに少しでも恩返しがしたくて、管理局に入りました。」

 

二人の意志のこもった言葉にヒイロは少しの間、考えるように瞳を閉じた。

 

(・・・・・強いな。)

 

たった一言だけであったが、ヒイロはエリオとキャロの意志の強さに正直に言って表には出さないものの驚いていた。

ヒイロが再び瞼をあげ、二人の方を見るとキッとした目でヒイロのことを見つめ続けていた。

 

「・・・・わかった。それだけの意志があるのなら俺から特にお前達に言うことはない。だが、フェイトが心配してきそうなことはあまりするな。戦い以外にもフェイトの恩返しになりそうなことはあるはずだからな。」

 

ヒイロの言葉に二人は無言で頷いた。それを見たヒイロは僅かに頰を緩ませた、ように感じた。

 

「あ、それとヒイロさん、僕達からのお願いを聞いてもらってもいいですか?」

「・・・・なんだ?」

「スバルさん達のこともそうなんですが、フルネームではなくて、普通に名前で呼んでくれませんか?なんだか少し、恥ずかしくて・・・・。」

 

そう言って表情を綻ばせながら乾いた笑いを浮かべるエリオ。キャロも同意見なのか、にこやかな笑みを浮かべ、お願いするような視線をヒイロに向ける。

 

「・・・・わかった。」

 

子供二人のお願いに嫌とは決して首を横に振らないヒイロなのであった。

 




まだまだ続くよドラマCD編。
いつになったら本編に戻れるのだろうか(白目)


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第41話 思春期をこじらせた少女達の心

しばらくエリオとキャロが初めての風呂を堪能している様子を見守るように見ているヒイロ。

 

「ヒイロさん、そろそろ体もだいぶあったまったので上がりますか?」

「俺は基本的にお前達に合わせる。風呂から出るのであればそれに俺からは何か異論をつけるつもりはない。」

 

エリオから聞かれたヒイロは好きにしろという意味合いの言葉で返した。エリオはそれを聞くとキャロを伴って湯船から脱衣所に戻ることにした。

湯船から出て、脱衣所に向かう二人の後ろをついていく形でヒイロも立ち上がり、脱衣所へと戻っていく。

体についた水滴をタオルで拭き取り、私服姿に戻ったヒイロ達はロビーでまだ女湯から戻ってこないなのは達を待つことにした。

 

「・・・・・長いな。」

「長いですね・・・・・。」

 

ヒイロは一向に出てこないなのは達に訝しげな表情をしながら座っているソファの背もたれにもたれかかった。エリオもヒイロの様子に苦笑いを浮かべながらソファに座って同じようになのは達が出てくるのを待つ。

 

「そうですか?だいたいこれくらいの長さだと思うんですけど・・・・。」

 

キャロの疑問気な言葉にヒイロは僅かにため息をついたような顔をする。

その時、ふと何気なく視線を向けた先に売店があることを確認したヒイロは徐にソファから立ち上がり、売店へと向かった。

ヒイロの行動に首を傾げるエリオとキャロだったが、しばらくすると手には二つのペットボトルが握られてあった。

ヒイロは二人の前まで来ると手にしていたペットボトルを目の前に差し出した。

 

「・・・・ああいった湿気にまみれた空間でも予想以上に体の水分が持っていかれる。これでも飲んで水分補給をしておけ。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

「え、でも、これ、ヒイロさんの・・・?」

「気にするな。お前達に払わせるようなことでもないからな。」

 

エリオとキャロはヒイロからペットボトルを受け取りながらも、使った分の金銭を渡した方がいいのではないかと思ったが、当のヒイロがいらないと言っている以上、下手に話を引き延ばすのはヒイロの気を悪くするため、二人はヒイロからの好意だと受け取り、そのペットボトルから水分を補給する。

 

「・・・・・なのは達の方はこちらの4倍近くの人数で風呂に入っている。必然的に話も長くなるのだろうな。」

 

再びソファに腰掛けたヒイロはそんなことを口にする。そのことにエリオは納得といった表情を浮かばせ、ヒイロからもらったペットボトルに口をつけていた。

 

しばらくソファに腰掛けているヒイロ達だったが、ふと女湯の方から集団で話しているような声がしたため、女湯の入り口に視線を移す。

ちょうどそのタイミングで風呂を上がったのであろうはやて達が女湯から出てきたのを目にした。

ヒイロから声をかけることはなかったが、はやてとフェイトがソファに座っているヒイロの姿を目にすると、彼に向かって歩を進める。

 

「ヒイロさん。」

 

ヒイロの名前を呼んだはやては首から下げていたペンダント、アインスが入っているウイングゼロを外し、ヒイロに手渡した。

 

「ありがとな、気を使ってくれて。」

「・・・・アインスを男湯に入れる訳にはいかなかったからな。」

 

はやてからウイングゼロを受け取ると、さも当然と言うような口ぶりをしながら、ウイングゼロのペンダントを首に下げる。

一方のフェイトは女湯で姿を見かけていなかったキャロに視線を送っていた。

 

「キャロ、あまり姿を見なかったけど、露天風呂の方にいたの?」

「いいえ、男湯の方も11歳以下であれば入れたので、入ってきました。」

 

キャロがあっけらかんと言った言葉にフェイトとはやての二人は表情を固まらせてしまう。

男湯に入ったということは十中八九、エリオと、何よりヒイロと一緒に風呂に入ったこととなんら言葉の意味的に変わりはない。つまり、キャロは見たことになる。ヒイロの裸を。

 

「・・・・///」

 

キャロの言葉を聞いたフェイトは頰を僅かに紅く染め上げ、どことなく羨ましげな目をしながらキャロから視線を外した。

はやても口元を隠すように覆いながら天に視線を向けて自分の顔が見られないようにしていた。

 

「・・・・?」

(・・・・何をやっているんだ?)

 

その自身の保護者と部隊長の様子にキャロはあまりわかっていないように首を傾げるだけだった。ヒイロも訝しげな顔を向けていた。

 

 

風呂で体をさっぱりさせたヒイロ達は再度コテージへと戻ることにした。なお、エイミィは先に帰ったリンディに子供を任せていたためスーパー銭湯で別れることになった。アルフもエイミィの手伝いのために彼女についていくようだ。

 

「ヒイロ君、フェイトやみんなのこと、よろしくね。」

「任せるからな。」

「・・・・了解した。」

 

そんな軽いやりとりがあったあと、アルフとエイミィは自身を待つ子供達のところへ戻っていった。

帰路に着いた二人の後ろ姿をすこしの間見つめたあとにヒイロもコテージに戻るフェイト達のあとを追う。ふと視界を動かせば、別の方向にアリサやすずか、そして美由希の姿を見ることができる。彼女らも自身の帰る場所へ戻っていくのだろう。

 

 

ヒイロ達がコテージに戻った時刻は日が沈みきった頃合い。一般的に考えて、夜といってもいい時間帯だ。

留守番をしていたフリードリヒが嬉しそうにキャロに飛びつき、その主である彼女も優しく抱きとめる。

その一人と一匹の様子を見届けながら、シャマルが空間パネルを展開し、張り巡らせたセンサー系のチェックをする。

 

「センサーに異常なし。目的のロストロギアはまだ網に引っかかっていないようね。どうしますか?」

 

シャマルが一通りのチェックが終わったのか、空間パネルを閉じながらはやての方に振り返る。

報告を聞いたはやては顎に指を当て、考える仕草をする。

 

「ちょっと早いけど、体を休めようか。反応があれば、デバイスに送られるだろうし。だけど流石にみんな一斉に寝てしまうのは良くないから、交代でセンサーの見張りをすることにしようか。」

 

はやての言葉になのはとフェイトがそうだね、と頷きながら同意の意志を示す。はやては守護騎士達やFWの四人にも確認の視線を送るが、彼女らから異論があるような雰囲気はなかった。

 

「じゃあ、初めに誰が見張りをやるかだけど・・・・。」

「はやて、見張りは俺がやろう。」

 

はやてが誰に頼むか決めている最中にヒイロが声をあげる。はやてはヒイロが名乗りを上げたことに驚いた顔をしながら振り向いた。

 

「ヒイロさん・・・?わかった。なら、最初はヒイロさんでーーー」

「交代は必要ない。俺が一夜中見張りを続ける。お前たちはコテージで休息を取っていろ。」

「・・・・・・ちょっち待ってな。ヒイロさん、それは流石にどうかと思うんやけど・・・・。」

 

ヒイロが徹夜で見張りをするという発言にはやては耳がいたいような仕草をしながら疑うような視線をヒイロに送る。

 

「エリオとキャロはまだ夜中を起きていられるような年齢ではない。必然的に見張りの役目からは除外だ。ティアナやスバルは日々の訓練の疲れがあるだろう。そしてそれはーーー」

 

ヒイロはFW四人を見張りに参加させない理由を言いながらある人物に視線を送る。その人物とはなのはだ。

 

「なのは。お前にも言えることだ。普段はどれほどの時間まで起きているのか知らんが、仮にいつも遅くまで起きているのであれば、この日を機にまとまった休息をとった方がお前のためだ。」

「え・・・でも、ヒイロさんにずっとやらせる訳には・・・・。」

「お前は教導官として、フェイトは執務官、はやては機動六課の部隊長として何かしらの任務を常日頃にこなしている。それはシグナムやヴィータにも言えることだ。ならば、まだこちらに来て日が浅く、体力も有り余っている俺がやるべきだ。休める時に休むのが、兵士としての義務だ。違うか?」

 

なのはがヒイロの言葉に申し訳なさげに言おうとするが、彼女の言葉を遮るようにヒイロが矢継ぎ早に言葉を述べる。

ヒイロの言うことに合理的なものを見出してしまったのか、なのははそれっきり何も言えなくなってしまう。

 

「・・・ヒイロさん、大丈夫なんですか?」

「問題ない。むしろ俺にとって一日中行動することは決して珍しいことではない。」

「・・・・無理はしないでくださいね。」

 

フェイトが心配するような目線をヒイロに向けるが、いつもと変わらないヒイロの様子を見たフェイトは素直に引き下がることにした。

 

「うーん・・・確かにヒイロさんの言うことももっともやしな・・・。わかった。けど、フェイトちゃんの言う通り、無理はあかんからな。」

「了解した。」

 

はやてが納得したからなのかそこで見張りについての話は終わり、それぞれ自室へと就寝するために向かっていく。

 

「えっと、ヒイロさん。」

「・・・エリオか。お前にはすまないが、部屋で一人で寝ていろ。」

「大丈夫ですよ。ボクもそこまで子供ではありませんから。おやすみなさい、」

「・・・・・ああ。」

 

変わらずの味気ないヒイロの返事にエリオは僅かに苦笑いをしながら自室へと戻っていった。

エリオを見送ったヒイロはコテージの外へ出て、夜風に当たる。

 

「アインス、センサーに何かあればすぐに知らせろ。」

「ああ、任せておけ。魔力を持たないお前の代わりにそういったことをするのが今の私にできることだからな。」

「・・・・頼んだ。」

 

アインスとお互いに確認しあったヒイロは夜空を見つめながら周囲の見回りを始める。しばらく歩くが、ヒイロの足が地面をふみ鳴らす音と木々の葉が風に揺れ、触れ合う音だけが響く。

 

「・・・・静かだな。」

「ああ。そうだな。」

 

アインスの呟きにヒイロは一言だけ返し、見回りを続ける。コテージの周囲を見回るだけのことだが、ヒイロは一切手を抜くつもりはなく、アインスにセンサー等の確認を任せながら練り歩く。

小一時間ほど時間が過ぎ去り、一度コテージの方へ戻ろうとした時ーーー

 

「ヒイロ!!目標がセンサーに引っかかった!!ここから然程離れていない森の中だ!!」

「了解した。ただちに目標ポイントへ移動する。なのは達は?」

「それぞれのデバイスが既に伝えている。コテージから出て行ったのを確認した。」

 

アインスからの報告を耳にしたヒイロはウイングゼロを展開し、その純白の翼を広げる。

 

「ウイングバインダーを使えば、空気抵抗で支障が出る。主翼と副翼で飛ぶぞ。」

 

ヒイロがウイングゼロの翼を羽ばたかせると地面から砂ぼこりを巻き上げながらも一回の羽ばたきでその身を木々が生い茂る森の中から夜空へと上昇させる。

 

「こちらヒイロ・ユイ。これより作戦行動を開始する。」

『了解や!こっちもすぐに追いつくから、目標の足止めをお願い!』

「任務了解。」

 

はやてからの指示を受け取ったヒイロは再度空中でウイングゼロの主翼を羽ばたかせ、センサーに出た反応へと一直線に向かっていく。程なくしないうちにポイントへと到達し、ヒイロは眼下に見える森を見つめる。

 

「あれは・・・・?」

 

反応のあった地点をみていたヒイロはとある物体を視認する。今回の捕獲対象であるそのロストロギアは透明な体を持ちながらも不定形な形を有していた。

その自身を構成している物体をプルプルと揺らしている、ということはそれはゼリーのような反発性も持ち合わせているのだろうか。

 

ひとまず一言で言うのであれば、そのロストロギアの正体はスライムであった。

 

「・・・・スライムだな。あまり危険性があるようには見えないが・・・。」

 

上空から目標を確認したヒイロは地面に降り立ち、そのスライムを警戒しながら見つめる。

アインスの言葉通り、危険性があるようには見えないが、決してゼロにはならない。何か、ヒイロの常識外の攻撃を仕掛けてくる可能性も十二分にある。

 

そして、ヒイロが警戒していた通り、スライムはヒイロが近づいてきたことに気づくとその透き通った体を突然発光させる。

咄嗟に距離を取りながらも眩い光から目を背けるヒイロ。そして、光が収まったと思い、視線を再びスライムに向けると、先ほどまで一体だけだったスライムが爆発的に増えていた。

 

「・・・・分裂したか?」

「そのようだ。あれの一体一体からちゃんとした反応が確認できる。」

 

分裂したスライムに何か動じるわけでもなく、ヒイロはビームサーベルを引きぬいた。

 

「・・・・目標と思われるスライムを確認した。だが、こちらの接近に反応したのか目標は分裂。数が数十体に増加した。そちらの指示を求める。」

『わかった。ヒイロさん、アンタの目線からみて、そのスライムは結構強そうか?』

「・・・・所感だが、大した攻撃方法はないように思える。だが油断は禁物と考えるべきだろう。」

『ほんなら、ティアナ達FWの四人はヒイロさんと合流して、本体を探し出して確保。ほかのメンバーはシャマルが展開した結界から出ようとする個体を迎撃や。一応、依頼主からはなるべく無傷でって言われておるからそこら辺は気をつけてな。』

 

そのはやての司令が聞こえてから程なくしてティアナ達FWがヒイロの元に現れる。

 

「ヒイロさん!!」

「ティアナか。まずは本体を探し出す。だが、それはお前たちに任せる。俺の武装では加減が効かないからな。」

「わかりました!!本体はあたしが探します!!」

 

ティアナは自身のデバイスである『クロスミラージュ』の拳銃を構えるとその銃口に魔力スフィアを生成する。

 

「威力は極限まで抑えて・・・・行けぇ!!」

 

ティアナがクロスミラージュのトリガーを引くと銃口の魔力スフィアが分裂し、分裂したスライムに様々な軌道を描きながら飛んでいく。

スライムの緩慢な動きにティアナの魔力弾は余裕を持って追尾し、直撃させる。

直撃を受けたスライムは搔き消えるようにその身を消滅させる。

 

「・・・・あれは本体ごとやりかねることはないのか?」

「あの分裂したスライムはあたしの幻惑魔法と同じ性質を持っています。それは、衝撃を受けるとすぐさまさっき見たいに掻き消えてしまうことなんです。」

「・・・・それはつまりあの誘導弾に当たって、消えなかったやつが本体ということだな。」

「それで大丈夫だと思います。」

 

ヒイロはティアナの言葉を聞きながらどんどん消滅してしていくスライム達を注視する。

そして、ある一体がティアナの誘導弾の直撃を受けても消滅しなかったのを確認した。

そしてそれは今なお結界の外へ逃げようと逃走を図っていた。

 

「見つけた!!スバル!!集団から外れた奴を狙って!!」

「まっかせて!!」

 

ティアナの声に意気揚々と返しながら瞬時に本体のスライムにスバルはウイングロードを展開しながらそのスライムの前に立ちはだかる。

スバルが前に立ちはだかったことにより、本体のスライムは立ち止まり、行動を停止する。

 

「キャロ、封印に入るわよ。」

「はい。わかりました。」

 

ティアナとキャロが魔法陣を展開すると、それを見たスバルがスライムから距離をとった。

そのスライムに封印を施す様子をヒイロはその場で眺めることにした。

やがてティアナとキャロが展開した魔法陣から白い光が飛び出し、動きを止めたスライムに直撃する。

 

「・・・終わりか?」

「封印も滞りなく済んだので、あとはミッドチルダに運ぶだけですね。」

 

ヒイロの質問にティアナが答える。その直後、なのはから労いの通信が入り、一度コテージに戻ることになった。

 

 

 

「無事、ロストロギアも確保できたし、あとは帰還するだけーーって行きたいところなんやけど。」

 

コテージの中ではやての声が響くが、徐々にその言葉の声量が低くなり、最終的に消え入るようなものになる。

時刻は既に深夜だ。帰還するにも向こうで残っているヴァイスはおそらく就寝している可能性が大きい。

 

「転送の準備やコテージの掃除もしなくちゃあかんから、今日はもうおやすみして、朝になったらミッドチルダに戻ろうか。それじゃあ、みんなお疲れ様。ゆっくり休んでな。」

 

はやての解散の声で六課のメンバーは各々のあてがわれた部屋へと戻っていく。

ヒイロも特にやることがなかったが、あまり睡眠を必要としないため、長椅子に腰掛けて時間を潰していた。

 

「あれ、ヒイロさん?部屋に戻っていないんですね。」

 

声が聞こえた方に振り向いてみれば、そこにはフェイトが立っていた。彼女はヒイロの座っている長椅子の前までくると失礼しますね、と一言言いながら隣に腰掛けた。

 

「六課として初めての任務だったけど、どうでした?」

「・・・・俺がいなくともお前たちで余裕で戦略的に事足りる任務だった。お前にとっての今回の任務の本命は俺をリンディたちに会わせることだろう。」

「・・・・否定はしないよ。本当にリニアレールでの出来事の時に突然出てきたのはとても驚いたけど。」

「・・・・ツヴァイから10年後の世界だと言われた時は優先順位があったとはいえ、半信半疑だったがな。だが、こうして身体的に成長したお前やなのはを見るとおおよそ間違いではないのは頷ける。」

 

そういったヒイロの表情はどことなく柔らかなものであった。あまり見たことのない顔をしているヒイロにフェイトはその横顔にしばらく見惚れていた。

 

「・・・・話が過ぎたな。お前もさっさと寝たらどうだ?」

 

そうヒイロはフェイトに声をかけながら振り向くが、当のフェイトはわずかに顔を赤らめ、ボーッとした様子でヒイロを見つめるだけで、何も言葉を発しない。

 

「おい、聞いているのか。」

「あ、う、うん。聞いているよ?えっと、早く寝た方がいいんだよね?」

「・・・顔が赤いが、シャマルでも呼ぶか?」

「っ!?だ、大丈夫だから!!それじゃあ!!」

 

ヒイロがシャマルを呼ぼうとするより早くフェイトがそそくさと部屋に戻っていった。

 

「・・・・・よくわからん行動を取る奴だ。」

「・・・・・お前がそれを言うのか?」

 

ヒイロのつぶやきに突っ込みを入れるようにアインスが呆れた口調をしながらウイングゼロから顔を覗かせる。

アインスの物言いに疑問を覚えながらもヒイロも部屋へと戻った。

先に寝ているエリオを起こさないようにドアを全く音を立てずに開けたり、歩行するときの足音すらも消すなど細心の注意を払いながらベッドで横になり、そのまま睡眠を取ることにした。

 

そして、時間は流れ、朝になったところでコテージの掃除を一通り済ませ、転送用の魔法陣を設営する。

 

帰還の目処が立ったところでコテージに前もって連絡していたのか、士郎達なのはの家族やリンディ、エイミィと彼女の足元にいる小さな子供がいた。その二人の子供は十中八九、エイミィとクロノの子供だと判断してもいいだろう。

さらにはアリサやすずかといったなのはの親友まで駆けつけ、いつのまにかそれぞれの家族との和やかな話が始まっていた。

 

ヒイロはせっかくの機会を邪魔するわけにはいかなかったため、少し離れたところでコテージの壁にもたれかかっていた。

 

「・・・・隊舎に戻ったらどうする?またFWの新人達の様子でも見に行くか?」

「・・・・いや、それはなのは達に任せる。もっともなのはから頼まれるようであればやるが。」

「ほかにやることがあるような言い方だな。聞かせてもらってもいいか?」

 

アインスの言葉にヒイロは少し考え込むような様子を見せる。

程なくして、ヒイロはその口を開いた。

 

「・・・・はやてに掛け合って、管理局について調べたい。それと、ガジェットの製作者もだ。リニアレールで少しだけ内部基盤を見たが、あれはとてもではないが自然発生するものではない。何者かが作り上げた、兵器のようなものだ。その正体を明るみに出しておく必要がある。今後の敵を明確にすることができる。」

 

 

 

 

 




今回の話でドラマCD編は終わりです。次からは本編に戻ります。
そしてやってくるホテル・アグスタ・・・・。

わちき頑張る。魔王が降臨しても頑張る。


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第42話 星の光、それは手の届かない場所にーー

今回、キリのいいところで終わったので普段より少な目です。



海鳴市での任務を済ませたヒイロ達は連絡を受けて転送ポートで待機していたヴァイスの操縦するヘリで六課の隊舎へと帰還した。

 

「はやて、隊舎に帰還してからの予定はどうなっている?」

 

隊舎のヘリポートに着陸し、ヘリから降りたはやてにヒイロが声をかける。

はやては思い出すように視線を上に向けるが、すぐさまヒイロに向き直る。

 

「それやったら、午前中は今回の任務の報告とかの書類の整理やな。」

「すぐにどこかへ向かう、というわけではないのだな?」

「うん。そうやけど、どうかしたん?」

「六課の端末を少し借りたい。勝手に使うことも考えたが、流石にお前の許可なくしてハッキングを行うのはお前の立場が悪くなる。」

「うーん?今割ととんでもない単語が聞こえたんやけどー?私の気のせいかなー?」

 

ヒイロの言葉にはやてはわずかにおどけたような口調でヒイロに詰め寄る。それにヒイロは少々面倒くさそうに肩をすくめるとはやてに変わらない口調で淡々と述べる。

 

「ハッキングするために六課の端末を使わせろ。」

「・・・・・いやいやいや、待って、待ってな。ヒイロさん、流石の私でも唐突すぎて理解が追いつかへんよ。まず根本的なとこを聞くな・・・・・なんで?」

「管理局について調べるためだ。一応なのはとフェイトの部屋のテレビで公共放送からの情報を集めたが、やはり端末からの情報が欲しい。」

 

こめかみに手を当てているはやてにヒイロは自身が六課の端末を使いたい理由を伝える。

ヒイロの端末を使わせて欲しい理由にはやてはひとまずうんうんと頷く仕草を見せる。

ハッキングという危険な単語が出てきたが、ヒイロが調べたいと思っていることはまだ真っ当なものだからだ。具体的なところは話していないため、ヒイロがどこまで調べようとしているのかは分からなかったが。

 

「それとガジェットの製作者についてだ。リニアレールでの戦闘の際に内部構造を軽く見たが、あれは確実に何者かの手によって作り出されたものだ。その人物について調べたい。」

「んー・・・・ヒイロさん、ガジェットの製作者について知りたいんやな?」

「ああ。その口ぶりだと製作者についての目星は既に立てているようだな。」

 

ヒイロの指摘にはやてが軽く頷くような仕草を見せるとヘリポートを見回し、目的の人物を探す。

その人物がまだヘリポートから出て行っていないことを確認したはやてはその人物に向けて手を振った。

 

「何か呼ばれているみたいだったけど、どうかした?」

 

呼んでいた人物はフェイトだった。はやてとヒイロの側までやってきた彼女は二人に疑問気な表情をしながらわずかに首をかしげる。

 

「みんなにはもうすこし後で伝えるつもりやけど、ヒイロさんにはガジェットの製作者のことを少し先んじて伝えることにしたんや。それでフェイトちゃんに説明お願いしようかなって思ったんやけど・・・今日の午後とか空いとったけ?」

「うーん・・・執務官としての仕事もあったから、教えられるとしても夜になっちゃうかな・・・・。この前みたいな時間まではかからないと思うけど、それでもいいですか?」

「問題ない。今日の夜だな。」

 

フェイトの少しばかり申し訳なさげな言葉にヒイロは特にこれといった要求とかもないため、その条件を快諾する。

 

「とはいえ、夜になるまでまた長いな・・・・。なのはちゃんの教導でも手伝う?スバルくらいの相手ならできると思うんやけど・・・・。」

「奴らの教導はなのはの仕事だ。なのは自身からの要請がない限り、俺がスバル達に手を施してやるつもりはない。」

「んー・・・・まぁ、ヒイロさんがそういうのなら私からも無理強いはしないけど・・・なのはちゃんももう少し周りを頼ってもいいような気がするやけどなー・・・。」

「・・・・・どういうことだ?」

 

呟きとも取れるはやての言葉にヒイロが耳聡く反応すると少し微妙な顔をしながらヒイロに視線を送る。

 

「基本、スバル達の教導はなのはちゃんしかしていないんや。なのはちゃんのポジションはセンターガード・・・基本的に視野を広く持って、敵の状態に最適な弾丸をセレクトして迎撃を行う。いわゆる司令塔ポジションのような立ち位置なんよ。」

「そして、そのポジションをスバル達四人の中では、ティアナがやっている。だから普通だとなのはは出来るだけティアナについて教えるのが一番いいんだけど・・・。」

「スバル達全員の教導を担当している。ということは、それだけ本来重点的に見ておかねばならいティアナの面倒を見れる時間が減っているということか。」

 

ヒイロの言葉にはやてとフェイトは神妙な顔をしながら重々しく頷いた。

 

「ならば、お前達の方から掛け合ってやればいいのではないのか?なのはと付き合いが悪い訳でもあるまい。」

 

ヒイロからそう言われるがはやては僅かに視線を逸らすだけで、フェイトは首をゆっくりと横に振った。

 

「私やはやてが教導を手伝うって言ってもなのははいつも笑顔で大丈夫って言ってくるばかりで・・・・。」

「おそらく私達を気遣ってくれてるんやろな。私やフェイトちゃんにはそれぞれの仕事があるし。」

「だが、この前はフェイト、お前がエリオとキャロの担当を、ヴィータがスバルの近接戦闘の・・・・いや、あれはあくまで専門的なもので実戦方式は基本的になのはがやっているのか。」

 

ヒイロは前回の訓練風景を例に挙げようとしたが、その訓練はいつもとは違うもので普段の総合的な教導ではないことに辿り着く。

 

「・・・・どのみちもう少しなのはの人となりを知る必要がある。・・・・高町士郎になのはのことでも聞いておくべきだったか・・・・。」

 

ヒイロは一番なのはのことを知っているかもしれない彼女の家族に聞いてみるのが手っ取り早いことはわかっていたが、転送ポートもそう簡単に何度も使える訳でもないだろう。

なにせ今回の海鳴市に赴いたのもたまたま海鳴市にロストロギアの反応が出てきたことによる任務のついでで彼らに会えた。

また海鳴市に向かえる機会はすぐには来ないだろう。

ヒイロは内心で歯噛みするような感情を抱く。

 

「なのはについては俺が見ておく。一応注意喚起などはしているつもりだが・・・。現状はそのガジェットの製作者のことについて知っておきたい。」

「うん。それじゃあ、また夜に。多分なのはよりは早く帰ってこれるとは思うから、その時に説明するね。」

「了解した。」

 

最後の確認を済ませたフェイトはヘリポートから出て行った。

 

「・・・・・ごめんな、ヒイロさん。本来なら私達で考えなければならへんことだとは思うんやけど・・・・。」

「・・・・・気にするな。なのはは元々強情な奴だ。自分でこうと決めたらテコでも動かんだろう。お前もフェイトもそのなのはの性格をよくわかっているから、強く言い出せない。」

 

ヒイロの言葉が図星なのか、はやては表情を暗く落とし、その顔に陰が入り込むように俯いてしまう。

 

「お前達にできないことは、俺がやる。だからそのような顔をするのはやめておけ。部隊の士気に関わる。」

「う・・・・。そ、そうやな・・・。」

 

ヒイロにそう言われたはやては暗く落としていた表情から一変、笑みを浮かべる。だが、ヒイロはむしろ表情を訝しげなものへと変え、はやてにあきれるような視線を向ける。その笑顔はとてもではないが、自然なものとは思えなかったからだ。

 

「俺は無理に笑顔を作れとも言っていない。」

「え、ええ・・・・じゃあどうすればいいんや?」

「普段通りのお前でいろ。それだけで周りの奴らはついてくる。」

「え・・・・。」

 

若干ヤケになったはやての言葉にヒイロがそう返すと素っ頓狂な表情を浮かべる。

はやてが何か言うより先に、ヒイロははやてから離れ、ヘリポートを降りていった。

 

 

 

 

午前中はなのは達は今回の海鳴市での任務の事後処理についての書類を仕上げるとのことだった。

六課に民間協力者の立場をとっており、正式な局員ではないヒイロにはあまり任せられることではないため、午前中は暇を持て余していた。

 

「・・・・・最近、暇を持て余す時が多いな。」

「今回ばかりは仕方ないのではないのか?なにせ局員ではないお前がそういった事務作業の手伝いをするのは、あまりよろしくはないと思うのだが。」

「それはわかっている。本来であれば部外者である俺がそのような作業に関わったところで、管理局の上層部に何を言われるかわかったものではないからな。」

 

ヒイロはアインスの言葉にそう答えながら隊舎をほっつき歩く。

あてもなく歩くことにはある程度慣れているヒイロは特に目的もなく歩いていたが、ふと視線の先に訓練で使用するシミュレーション施設が目に入る。

とはいえ、誰も利用していないのか、その施設が何かを投影していることはなかった。

 

「・・・・・ウイングゼロの調整でもするか。今の状態でどこまでやれるかを確かめておくのもいいだろう。」

「なるほど・・・・だが、あの施設の利用許可とかはどうするのだ?」

 

ヒイロの提案に納得の表情を浮かばせながらもアインスはその上で素朴な疑問をぶつける。

ヒイロがどうしたものかと考えているとーーー

 

「む、ヒイロか。」

 

声のした方角を振りむいてみれば、そこには濃い藍色の整った毛並みを持った狼の姿でいるザフィーラがいた。

4本の脚を動かしながらヒイロの側まできたザフィーラは腰を下ろすように地面に座るとヒイロの顔を見上げた。

 

「・・・・ザフィーラか。隊舎に来たころから思ってはいたのだが、人型ではないのだな。」

「・・・・隊舎では常にこの姿でいなければならないのでな。おそらく私の人としての姿を知っている者はほとんどいないだろう。」

「そうか。ところでお前に聞いておきたいのだが、シミュレーションの使用許可はやはりはやてやなのは達に言っておかねば利用はできないのか?」

「まぁ、そう考えてもらうのが妥当だな。やはりあのシミュレーション施設は訓練用だ。高町やテスタロッサ辺りの許可がないと使用はできない。」

 

ザフィーラの言葉にヒイロは僅かに残念そうな表情を浮かべる。

 

「・・・・何か訳ありか?」

「いや、それほどのことでもない。せいぜいウイングゼロの状態を確かめたかっただけだ。」

「・・・・お前のデバイス、その装甲は九割を失っているとのことだったな。稼働には問題ないのか?」

「聴取会でも言ったが、人体に影響のある速度まで出さなければ動けはする。だが、機動性は前とは見る陰もないのは確実だがな。」

「本当に修復に出さなくてよいのか?六課にはシャリオという腕の立つデバイスマイスターがいるが・・・。」

 

その提案にヒイロは首を横に振った。ザフィーラはヒイロが断ることをある程度予感していたのか、僅かに肩をすくめたような仕草をした。

 

「ウイングゼロは根本的な技術が違う。はっきり言えば、お前達の目線でロストロギアに分類される代物だろうな。」

「特にあのツインバスターライフルという無骨な二丁銃か。確かにあの威力は破格すぎる。高町なのはの砲撃魔法でも凄まじいというのに、あの銃はそれを凌駕していた。およそ人が持っていい火力ではない。」

「・・・・武装面もそうだがな・・・・。」

「・・・・・あれ以外にも何かあるのか?」

 

ザフィーラの問いにヒイロはうんともすんとも反応を示さなかったが、ザフィーラはその沈黙を肯定と受け取り、それ以上の追及はよすことにした。

 

「そういえばアインス、お前は先ほどからだんまりだが、ザフィーラと何か話しておくことはないのか?」

「ん?まぁ、そうだな・・・・。」

 

不意に声をかけられたアインスがザフィーラに視線を向ける。じーっと何かを見つめているような感じもするが、一体どこを見ているのかというとーー

 

「・・・・・その毛並みに触れてもいいか?主がよくお前を枕がわりにして寝ているのを見ていたから、少し興味があるのだが・・・・。」

「・・・・まぁ、別に構わないが。」

 

ザフィーラからの承諾を得たアインスはふよふよと浮遊しながらザフィーラの背中に降り立ち、その小さな体をザフィーラの背中の毛に埋めた。

 

「・・・・はふっ・・・・柔らかい・・・・・。」

 

ザフィーラの背中で心底から心地好さ気な表情を浮かべるアインスにヒイロとザフィーラはなにも言えずに幸せそうなアインスを見つめるしかなかった。

 

 

「・・・・・すまない。私の勝手で時間を潰してしまって・・・・。」

「気にするな。どのみち午前中は訓練施設は使えなかった。」

 

結局、アインスはザフィーラの背中に一時間近く乗っかっていた。時刻は既に正午を跨ぎそうだったが、ヒイロは特に気にしていない様子で申し訳なさ気なアインスに声をかける。

 

「食堂に向かうか。時間がないわけではないからな。お前はどうする?」

「・・・・この体では周りにだれかいなければ食事を頼むこともできないからな。お前に着いて行く。」

「了解した。」

 

ザフィーラを伴って食堂にやってきたヒイロだったが、皿を持てるのがヒイロしかいないため、アインスの分を含めた三人分の食事を一人で持つ羽目になった。

 

席に着いたヒイロは料理を頬張りながらテーブルに座り、小分けされた料理を食べているアインスを眺めながら、思案に耽っていた。

 

(ガジェットの製作者。奴は一体何のために各地で行動を起こしている・・・?)

「・・・・ヒイロ、そんなに私のことを見ても面白くはないと思うのだが・・・。」

「・・・・お前が偶然視界に入っているだけだ。」

 

そうも言いながらもヒイロはアインスのことを思ったのか、視線を別の方向へと向ける。

 

「・・・・スバル達か。」

 

その先は偶然にも食堂の入り口の方角だったのだが、ちょうどヒイロが視線を向けたタイミングでスバル達四人が食堂に入ってきているのが確認できた。

 

「あ、ヒイロさん!!」

 

目ざとくヒイロが座っているのを見つけてきたのはエリオだった。前回のように声をかけるつもりは一切ないのに、向こうから近づいてくるという焼き直しのような展開にヒイロは僅かにため息をつく。

 

「またお前達か・・・・。報告書のまとめは済んだのか?」

「はい!!午後からなのはさんの教導があるので、結構急ピッチでしたけどなんとか終わりました!」

「まぁ、スバルが一番遅くてみんなで手伝う羽目になりましたけど。」

「どうしても事務仕事は苦手なんだよねー・・・。ってザフィーラもいるんだ。ほれほれー♪」

 

ティアナの呆れた言葉にスバルは苦笑いを浮かべているが、テーブルの下にいたザフィーラに視線を移すとしゃがみこんでザフィーラの顔をわしゃわしゃと触り始める。

完全に扱いが犬のそれだが、大丈夫なのだろうか?

 

 

(ザフィーラ、大丈夫なのか・・・・?)

(・・・・・もう慣れた。)

 

念話でアインスとザフィーラの間でそんなやりとりが行われたのをヒイロは知らない。

だが、心なしかザフィーラの獣耳がへたり込んでいるような感じがしたのはわかった。

しばらくヒイロの周りで食事を取っていたスバル達だったが、これから訓練があるためなのか、さほど重たいものは食べずに、エネルギー吸収の良い料理を手早く食べ終えると食堂から出て行った。

 

「・・・・なのはの教導、か。」

「ヒイロ、行くのか?」

「・・・・一応な。」

 

アインスの言葉にヒイロは頷きながら席から立ち上がると空にした皿を片付けに向かう。

 

「お前はどうする?」

 

途中、ヒイロはザフィーラに振り向いて付いてくるかどうかの確認を取った。

ザフィーラはおもむろに体を起こすとヒイロの後を付いてくる。どうやら同行するとのことらしい。

ヒイロはザフィーラが付いてくることを確認するとそのまま訓練場へと歩を進める。

 

「・・・・・高町なのはの教導に気になることがあるのか?」

「・・・・どちらかと言えば、なのは自身にだな。」

 

ヒイロの言葉にザフィーラは少しばかり首をかしげるような仕草をするが、ヒイロはそれを気にすることはなく、訓練場を一望できる場所にある端末を操作する。

端末を操作するとディスプレイに訓練場の内部の状況がほぼリアルタイムで表示される。

 

「・・・・・・やはり基礎の反復練習か。基礎に忠実なのはいいことだが、いつまでも基礎ばかりをやっていると咄嗟の時の判断が遅れる可能性が高い。」

 

ヒイロはなのはの教導の様子を見ながらそんな感想を述べる。ヴィータの時はヒイロにとってなのはの教導の様子を見るのは初めてのことだった。

だが、2回目となれば流石に評価の形は変わってくる。

 

「・・・・よく言えば基礎を固めるため、悪く言えば、地味だな。」

「ふむ・・・・だが基礎はしっかりしておいた方が安全ではなかったのか?事実、お前だってそう言っていただろう。」

「ああ。だが、いくら基礎を築いたとしてもそこに実践力が伴わないのであれば、ただの知識があるだけの木偶の坊と相違はない。」

 

アインスの疑問にヒイロはディスプレイに視線を向けたまま答える。その視線はスバル達四人の他にも教導を行なっているなのはにも向けられていた。

 

「・・・・・ついでに言えば、なのはの行う基本に忠実な訓練には絶望的に相性の悪い性格がある。」

 

ヒイロの不意につぶやかれた言葉にアインスとザフィーラの両名は首を傾げ、疑問を露わにする。

 

「それは、向上心の高い人間だ。そう言った人間は一際力への渇望が強い筈だ。この訓練に意味を見出せず、自分が本当に力を身につけているのか、あとは、周囲との実力か。その周囲の実力と本人に差があるのであれば、焦りが生じてくるだろう。」

「まさかとは思うが・・・いるのか?」

「・・・・・・正確には言えない。俺はまだここに来て日が浅い。個々の人物像までは判断しきれん。」

 

ヒイロはザフィーラの確認にそう答えながらディスプレイに映っている画面の一つに触れ、拡大する。その画面に映っていた、なのはの教導と相性が悪い人物はーーー

 

「ティアナ・ランスター。俺も画面越しでしか訓練風景を見ていないため、憶測の域を超えないが、時折、焦りのようなものを感じる。」

 

 

 




ああ・・・やりたいところがありすぎて予定なんてガン無視しちゃうんじゃー(白目)

タブーとは破るためにあるんだよぉ!!

フッハッハッハッ!!(私の頭の中は)絶好調である!!


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第43話 フェイトの後悔、ティアナの涙

フェイトそんが暴走しがちになってきた(白目)


ヒイロは端末の映像を見ながら主にティアナとなのはの様子を中心的に見ていた。

ちなみに時刻はおよそ5時。ヒイロがなのはの教導の様子を見てから既に四時間近くが経過していた。

日が傾き始め、夜へと進み始めるが、なのはの教導はどうやらまだ続くようだ。

スバル達も肩で息をしている様子だが、必死になのはの教導について行っている。

 

「ヒイロ、どうやらテスタロッサが帰ってきたらしい。彼女から連絡が届いている。」

「了解した。」

 

そんな時、アインスがフェイトからウイングゼロに念話が届いていることを告げる。

フェイトからガジェットの製作者についての話を聞くことになっているヒイロは端末の映像を消すと隊舎の方へ足を向ける。

 

「ザフィーラ、俺は隊舎に戻っている。」

「ああ。わかった。」

 

端末のそばに立っていたザフィーラにそう告げるとヒイロは隊舎へと戻っていく。

 

 

「ヒイロさん。」

 

隊舎のエントランス付近に差し掛かった辺りで一台の高級車がやってくる。その高級車からフェイトの声がしたため、そちらに視線を移すと運転席に座っているフェイトの姿が確認できた。

 

「ちょっと待ってね。直ぐに車を停めてくるから。」

「ああ。」

 

ヒイロが軽く返事をするとフェイトは車のアクセルを蒸し、駐車場へと向かっていく。

ヒイロはその間エントランスの前でフェイトを待っていたが、程なくしないうちにパタパタとどこか急いでいるような様子のフェイトがやってくる。

 

「・・・・何か急ぎの用でも出たのか?」

「えっ?ああ……ううん。そういうわけじゃないよ。流石にヒイロさんを待たせるわけにはいかないかなって・・・・。」

「・・・・そのような配慮はあまりいらないのだが。」

「私がそうしたいからやっているんです。自分の感情に従え。ヒイロさんが言っていたことですよね?」

 

急ぐ必要はないというヒイロだったが、フェイトは笑みを浮かべながら自分の感情に従ってやっただけだという言葉にヒイロはそれ以上は何も言わないことにした。

内容が内容なため、外でおおっぴらに話すわけにはいかないため、二人は一度部屋へ戻り、そこで製作者について話すことにした。

部屋へ入るとフェイトは扉にロックをかけ、環状魔法陣に覆われた魔力スフィアを扉の近くに配置した。

確かサーチャーと呼ばれる探知用の魔法だったはずだ。

 

「余程機密なことのようだな。」

「そう、だね。やっぱり変に情報が流れるのは私たちにとってもあまりよくないことだから・・・。」

「そうだな。重大な情報はいかなる時でも出来る限り秘匿されるべきだ。今回のように別の人物に伝える時も言わずもがなだが。」

 

フェイトが先にソファに腰掛け、ヒイロがその隣に座るとフェイトは空間パネルを展開する。

 

「えっと、ヒイロさんに限ってそんなことはないと思うんだけど、一応確認です。この情報は管理局でも知っている人は結構少ないんです。ですので迂闊に他人に話すようなことはしないって約束してください。」

「愚問だな。」

 

ヒイロの言葉にフェイトは小さくありがとうと言うと空間パネルに一枚の写真を映し出す。

映し出された写真には濃い紫色の髪を持ち、その金色に輝いている瞳からどことなく狂気さを伺わせるような濁った目をしていた。

写真で着ている白衣も相まって、まさにマッドサイエンティストのような風貌をしている男。

 

「広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。ガジェットの製作者とされており、前回のリニアレールの襲撃事件などのガジェットに関する事件に関わっているとされている違法科学者。」

「・・・・コイツがガジェットの製作者か。いかにも狂気にまみれた科学者といったような特徴をした奴だ。」

「そして、私が長年追っている犯罪者でもあるの。多分だけど、コイツが作ったガジェットのせいで、なのはは………!!」

 

フェイトは苦々しい表情をしながら膝の上に置いた拳を思い切り握りしめる。

彼女の言うなのは関連のことはおそらくヒイロがヴィータから聞いたなのはが撃墜されたことを指しているのだろう。

フェイトにとってなのはは親友といっても過言ではない。その親友が大怪我を負った原因であろう人物に恨みがないとはほとんど言えないだろう。

ヒイロはそんなフェイトに視線を向けながらも沈黙を保っていた。

 

「………あっ、えっと、これは、その……なのはは無事だったというか、なんというか………。」

「ヴィータから既に聞いている。無理に隠す必要はない。」

 

ヒイロの視線に気づいたのか、フェイトはおろおろした様子をしながらヒイロに言い訳のようなものをしどろもどろになりながらも言うが、ヒイロが既になのはが撃墜されたことをヴィータから聞かされていることを伝えると、一瞬驚いた表情をしたのちに沈んだ顔をしながら顔を俯かせる。

 

「…………あの、なのはが墜とされたって聞いた時、どう思いましたか?」

 

表情は俯かせたままフェイトはヒイロに所感を尋ねた。質問の仕方的に全てを聞いた上でのものであろう。

 

「・・・・特に思ったことはない。だが、なのはの撃墜は完全にオーバーワークを重ねた故でのものだ。疲労が溜まっているにも関わらず、自身の実力を過信した結果だ。腹部を貫かれたそうだが、むしろそれで死ななかったことがなのはにとっては幸運だっただろうな。」

「そう・・・・ですか・・・・。」

 

フェイトはヒイロの言い草に悲しそうな表情を浮かべる。ヒイロの言い草にはあんまりなものがあると思ったが、そもそもとしてヒイロは兵士ーー常にその身が戦いに置かれている、常在戦場の身なのだ。

つまり、いつ死ぬか、決してわからない。いつも隣に死が今か今かとその機を伺っているのだ。

ならばヒイロが死ななければ幸運だったと言っても、無理はないだろう。

フェイトは心の中でそう思うと一層悲しそうな表情を深めた。それはどこか後悔しているような雰囲気もあった。

 

「・・・・・後悔しているのか?」

「…………してないって言ったら、嘘にはなります。」

「そうか。ならばお前の為さねばならないことは既に決まっている。」

「え………?」

 

ヒイロの唐突な言葉にフェイトは訳がわからないといった様子でヒイロを見つめる。

 

「これ以上はお前自身で答えを見つけ出せ。だが、これだけは言っておく。仲間が過ちを犯そうとしている時に止めてやらずに傍観することは本当にそれは仲間と呼べるものか?」

「なか・・・・ま・・・・?」

「もっとも俺が言えることではないがな。話を戻すが、ほかに何かジェイル・スカリエッティについての情報はないのか?」

 

フェイトはジェイル・スカリエッティについてのさらなる情報を求めるヒイロの顔を見つめる。

その顔は僅かにだが、どこか昔を懐かしんでいるようにも思えた。

 

「・・・・おい、聞いているのか?」

 

フェイトはヒイロの表情の理由を考えたかったが、ヒイロから催促の声が上がってしまい、少し慌てながら空間パネルを操作する。

フェイトはヒイロにスカリエッティのことを教えると同時に、マルチタスクと呼ばれる思考を並行させる技術を使うことでヒイロの発言の意味を考える。

 

(仲間が間違いを犯そうとしていた時に止められなければ、仲間じゃない、か。)

 

フェイトは思考を張り巡らせ、なのはが撃墜された8年前の情景を思い浮かべる。

あの時、なのははたしかにやりすぎな面があったかもしれない。だけど、みんな止めようとは思わなかった。なのはの訓練が過度なものになったのはヒイロが行方不明になり、もはや生存は絶望的だと言う悲しみからだったからなのは、誰の目から見ても明らかだったからだ。

かくいうフェイト自身も当時は執務官になるための試験勉強に明け暮れていた。決して、なのはのことを気にかけなかったわけではない。だけど、なのははいつもと変わらない様子の笑顔を浮かべながら、自身の勉強に専念してほしいと言ったのだ。そう言われてしまったら、もう何もーーーー

 

(ーーーーあ、そっか、私、甘えていたんだ。なのはの優しさに。)

 

ヒイロが行方不明になり、悲しみに明け暮れていたフェイトはなのはに優しさを求め、そしてなのははそれに応えてしまった。

優しさ、というのは普通であれば良いものだが、時にそれは毒となり、一度その毒に掛かれば、あとは沼のようにズブズブと沈み込んでいってしまう。

それはもはや優しさにあらず、ただの甘毒だ。

 

そこまで行き着いた時、思考は次のステップに進む。欠点を見つけたのであれば、次はどうするべきだったかのシミュレートだ。

なのはのオーバーワークはわかっていた。ならばフェイトが取るべきだった行動は、多少強引にでもなのはを止めるべきだったのだ。

 

(ヒイロさんの言う通り、私はなのはのことを傍観していたんだ。心配自体はあったのになのはが大丈夫だって言う言葉を鵜呑みにして、何も、していなかった。)

 

だが、後悔先に立たず。事実としてなのはは一度撃墜され、重体まで至らなかったものの、大怪我を負い、リハビリが必要なまで追い込まれた。

自分の結論は遅すぎたのだろうか?否、断じて否。

 

(まだ、なのはは生きている。生きているんだ。)

 

ならば、言い方こそ悪いがまだ機会はある。

ならば、またなのはが過ちを繰り返すことだってある。なのはとて人間だ。生きているのであれば、何度だって間違える。

その時はーーー

 

(何かあった時、私がなのはを止めるんだ。それが、私にできることのはずだから。)

 

 

「・・・・・ヒイロさん。」

「なんだ?」

 

スカリエッティの説明を行なっていた言葉を一度切るとフェイトはヒイロに向き直った。

突然説明を打ち切られたヒイロだったが、その表情に疑問のようなものはなかった。

 

「・・・・ありがとうございました。おかげで私にできることを見つけることができました。」

「・・・・・そうか。」

 

フェイトの脈絡のないような言葉にヒイロは僅かに口角をあげたような表情をした後、少しの沈黙を挟み、たった一言。そう呟いた。

しかし、その表情もすぐにいつもの無表情に戻ると空間パネルの方に視線が注がれる。

 

「ならば、説明の方に戻れ。少しばかり疑問点が生じた。それについて聞きたい。ガジェットの内部基盤の詳細が写っている画像を出してくれ。」

 

フェイトはヒイロの言葉通りにガジェットの内部基盤が映った画像をパネルに出す。基盤自体にはヒイロの知識となんら変わらない見た目の内部基盤が映し出されていたが、その配線が集中している部分に奇妙な宝石があった。

画像では水色に光っている宝石、それはフェイトの説明で『ジュエルシード』であると言われていた。

 

「このジュエルシードと呼ばれるロストロギアだが、出どころがよくわかっていないのだったな?」

「うん。一応、ユーノに掛け合って調べてはもらっているよ。まだ、詳細は明らかになっていないみたいだけど。」

「ユーノか・・・・。今は別に触れる内容ではないな。話を戻すが、本来であればジュエルシードは基本管理局で厳重に保管されてある。お前の認識ではそれで相違はないのだな?」

 

ヒイロの確認にフェイトは頷くことでその見解が間違っていないことを伝える。

それにヒイロは少し考え込むような仕草をする。

 

「・・・・何か引っかかるんですか?」

「・・・・状況にもよるが……俺はこのジュエルシードがスカリエッティとの繋がりを示すものだと思っている。」

「繋がりって・・・誰とですか?」

「・・・・まず、仮にこれが盗まれたジュエルシードであると仮定する。ならばなぜ厳重に保管されているはずの代物がスカリエッティの手に渡り、こうしてガジェットのパーツとして使われている?」

「それは・・・・誰かが持ち出したところを襲撃されたから?」

「お前はそのジュエルシードが盗まれたということをこのガジェットから発見するまでに他の奴から聞いたか?」

 

ヒイロのその問いにフェイトは首を横に振った。執務官という管理局内でも高い方の役職についているはずのフェイトですらこのガジェットに埋め込まれていたジュエルシードを見つけるまでジュエルシードがスカリエッティの手に渡っていたことすら知らなかったのだ。

 

「でも、ジュエルシードが盗まれたなんてことがあったら、普通は私とかはやてに調査の依頼とかが来るはずなんだけど・・・。」

「・・・・そもそもとして問題として扱われていないか、一般局員が対応するレベルまで危険度が偽装されていたかもしれないな。」

「ま、待ってください!!それってもしかして・・・!!」

「先ほどの盗まれたという仮定が合っているという前提だが、俺の予測では、管理局内にスカリエッティと繋がっている内通者がいるか、既にスカリエッティの手の者が管理局内部に入り込んでいる可能性が高い。」

「そ、そんな・・・・。」

「後者ならばまだしも仮に前者だとすればかなりの権力を有している人物だろうな。それなりの事件を揉み消せるのだからな。だが、ジュエルシードがどれほどの危険性を有しているかは知らんが、仮にもロストロギアだ。おいそれと盗まれて何もリアクションがないというのはいささか不自然だ。やはり可能性としてはかなりの権力を持っている内通者がいる方が高いだろう。」

 

ヒイロの管理局に疑いを持っている言葉にフェイトは難しい表情を浮かべる。

なにせ敵にだけ目を向けていればいいと考えていたら身内の方にも目を向けておかねばならない状況になっているかもしれないのだ。

この先スカリエッティやガジェットたちとの戦闘を繰り広げていかなければならない機動六課だが、後ろから刺される可能性も捨てきれないということには流石に気が気でなくなるだろう。

 

「・・・・これ、はやてにも言っておいた方がいいですよね・・・?」

「立場的にも階級的にもはやてが上ならばそちらの方が得られる情報も多いはずだ。」

「そうですよね、はやての方が階級は上だから、黒い噂とかも拾ってくるかも・・・。でも、本当にいるんですか?管理局にスカリエッティに与している人なんて・・・。」

「・・・・組織というのは一枚岩ではないのがほとんどだ。目的は同じでも手段や思想の違いで割れることなど当たり前だ。だからジェイル・スカリエッティが付け入る隙がある。お前も組織に属する者であるのなら、身内を疑うことくらいは覚悟しておけ。」

 

フェイトの訝しげな顔とともに出た言葉をヒイロは一蹴しながら組織についての見解を述べる。

 

「・・・・わかりました。とりあえず、今回のことは私の方でも追ってみます。何かあったらヒイロさんにも伝えるようにはします。」

「・・・やるのであれば周りには気をつけろ。迂闊に組織の闇に触れて、消されたなど笑える話ではないからな。」

「・・・・・はい。」

 

ヒイロの忠告をフェイトは重く受け止めて、頷くのであった。

のであったのだがーーーー

 

「あ、そうだ。ヒイロさん、これから一緒にご飯食べに行きませんか?」

「・・・・?」

 

先ほどの重い表情から一転、にこやかな笑みを浮かべながらのフェイトの言葉にヒイロは思わず表情を困惑気味に崩しながら唐突なフェイトの申し出に疑問を露わにする。

 

「ヒイロさん・・・・?駄目……ですか?」

「・・・・・別に、問題はないが。」

「それじゃあ、行きましょう!!」

 

 

ヒイロが承諾した次の瞬間にはフェイトがヒイロの手を引っ張って食堂へと引きずっていく。

フェイトの行動にヒイロは無表情ながらもその心中は困惑させたままフェイトに為すがままにされるのであった。

 

「ヒイロさん、何を食べますか?」

「・・・・どれでも構わん。」

 

食堂に連れてこられたヒイロはカウンターで嬉々とした顔をしながら何を食べるか尋ねてくるフェイトに呆れた視線を向けながら適当なものを頼む。

 

「こちらに来てからそろそろ5日くらい経ちますけど、慣れました?」

「・・・・・どこぞの妙な世話焼きや向こうからコンタクトを取ってくる奴らのせいで、それなりにはな。」

 

口では嫌そうに言うものの、ヒイロの表情に嫌悪のようなものは見られなかった。

フェイトはヒイロが決して嫌とは思っているわけではないことに気づくと自然と表情を綻ばせる。

 

「・・・・なんだ、その顔は。」

「なんでもないですよー?」

「・・・・・・・・。」

 

どこかニマニマとした笑みを浮かべるフェイトに疑念を抱きながらもヒイロはアインス用のお皿に料理を乗せると黙々と料理を平らげていく。

 

(バルディッシュ………映像、残してる?)

(Sir. 流石にそれは盗撮です。許容できませんし、なによりヒイロ殿に嫌われても知りませんよ?)

 

相棒(バルディッシュ)のまさかの拒否に残念そうに肩をすくめるフェイトなのであった。

 

 

 

 

次の日、長年の工作員として生きてきた名残なのか、さほど睡眠をとらないヒイロはまだ日が登らない時間から暇つぶし代わりに六課の端末を操作していた。

なお、はやてからハッキングの許可は下りていないが、今回はハッキングするわけではないので、見つかってもさほど言われないだろう。

とはいえやっていることは…………

 

「ティアナ・ランスター。年齢16。出身、ミッドチルダ西部エルセア。階級は二等陸士で魔力ランクはBか。」

 

個人情報を漁っているため、普通にアウトである。みんなは真似しないでね。

 

ヒイロは管理局にあったティアナの履歴書のようなものを発見するとその内容を読み上げていく。

 

「両親は幼いころに亡くし、肉親は兄であるティーダ・ランスターのみ。この男も管理局の首都航空隊に所属しているようだが・・・・。」

 

ヒイロは端末を操作しティアナの兄であるティーダ・ランスターのことを調べる。結論から言えば彼自体のデータは見つけた。しかしーー

 

「・・・・既に殉職しているのか。」

 

彼の名前の欄にはまざまざと見せつけられるように殉職の二文字があった。

殉職、つまるところ管理局での任務中に亡くなったのだろう。

ヒイロはさらにティアナの兄であるティーダ・ランスターについて検索を続けていく。

その最中、とある映像が目に入った。

ヒイロはその映像になんらウイルスのようなものが仕込まれていないことを確認すると、動画の再生を行う。

 

内容は管理局の高官による会見のようなものであったがーーーー

 

 

「・・・・・あまり気分のいいものではなかったな。」

 

その動画を見終わったヒイロは呆れたように軽くため息をついた。

結論から言えばその会見の内容は犯人を取り逃がしたことに関しての見解を述べる報道向けの会見であった。

その会見の最中、ある記者がティアナの兄であるティーダ・ランスターが亡くなったことを尋ねた。

普通であれば遺族であるティアナに謝罪の言葉を述べるのが通常であるが、あろうことか、その高官は犯人を取り逃がした彼を無能呼ばわりしたのだ。

ヒイロは忌々しげに映像で高らかに声を上げる管理局の高官を睨みつけると端末を閉じる。

 

(・・・・ティアナ、お前は兄を亡くし、俺と同じ迷子になったか。)

 

ヒイロは椅子の背もたれにもたれかかると届かない声をティアナに送る。

 

(お前は一体、何に焦っている。力を求め、手にし、実力を見せることで、兄の無能を取り下げさせるつもりか?)

 

(だが、それは無理だ。お前はお前でしかない。お前はティーダ・ランスターではない。お前が努力したところで、ティーダ・ランスターの無念が晴れることはない。)

 

ヒイロは端末の履歴やアクセスした痕跡が完全に消去されたことを確認すると事務室を後にする。

 

そして、はやての口から機動六課に新たな任務が下されたことが伝えられる。

内容は安全性が保証されたロストロギアのオークション会場の警備とのことだ。

場所は緑が溢れる森や山々に囲まれている山奥に建てられたホテルで取り仕切られる。

そのホテルの名前は、『ホテル・アグスタ』

 

 

 

 

 




さてとそろそろアグスタ編が始まりますかな・・・。
そろそろ魔王が降臨するにゃー・・・・・。
とはいえ、多分それなりに先だと思うけど・・・。


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第44話 ホテルアグスタでの戦闘

煌びやかなシャンデリアといった照明がフロアを照らし、その場の雰囲気を高貴なものへと変貌させる。

ヒイロはそんな色とりどりのスーツやドレスを身にまとった、いかにもその懐に札束を忍ばせていそうな連中が闊歩する空間の中を管理局員の制服である濃い茶色のスーツを着て練り歩いていた。

 

その建物の名は『ホテル・アグスタ』

 

今回の任務である安全性が証明されたロストロギアをオークションという形で売りに出される会場であるホテルだ。

ヒイロは周囲を見回るように歩いていたがふとしたタイミングでホテルの間取り図が描かれた看板を見つけるとその前に陣取り、ホテルの全体図の確認をする。

 

(・・・・一番手薄になりそうなのは裏手の荷物搬入口か。建物の立ち位置と周囲の環境を照らし合わすと、そこが隠れやすい森に一番近く、侵入口になりやすいな。)

 

間取り図をみたヒイロが侵入口になりやすい場所を見抜くと、そこの警備を行うために荷物搬入口に向かおうとする。

 

「ヒイロ、高町から念話が来ているのだが・・・・。」

「何か問題でも生じたか?」

 

その最中アインスがなのはからヒイロ当てに念話で連絡が来ていることを伝えられる。ヒイロはその報告を歩きながら確認しようとする。

 

「いや、そういうわけではないのだが・・・。なにやら来て欲しいとのことだ。」

「確か・・・・なのは達はシャマルと共に更衣室に向かっていたな。」

 

ヒイロ達がここに来る途中、シャマルがなにやらケースを持ち歩いていた。その中身を聞いてみたところ、シャマルは隊長達の仕事着だというだけでケースの中身を伺うことはできなかった。

服といった以上、おそらくこのパーティーで変に目立たないようにするためのドレスかそのあたりだとは目星はつけていた。

 

「・・・・理由は分からんが、ひとまず向かうとする。オークションが始まるまでの時刻はまだ余裕はあるはずだな?」

「ああ、まだ30分はある。一度主達のところへ向かってもさして問題はないだろう。」

 

大したことではないなら速攻で警備に戻ることを決めるとヒイロはなのは達の元へ向かう。

 

「あれは、ティアナ達か。」

 

更衣室の近くまで来たところでヒイロはティアナ達FW陣の四人の姿を目にする。

ヒイロの呟きが耳に入ったのか、不意にスバルが振り向き、ヒイロを視界に入れるとどこか驚いたような表情を浮かべる。

 

「あれ、ヒイロさん?どこにいっていたんですか?」

「ホテルの内部構造を把握したところになのはから連絡が届いた。何用だかは全く知らないがな。」

 

「あ、ヒイロさん!」

 

スバルに自身がここに来た理由を述べたところに更衣室から出てきたなのはがヒイロを呼ぶ。

パーティーの雰囲気に合わせるためなのか、なのははいつもの管理局の濃い茶色の制服ではなく、赤とピンクの二色を基調としたドレスに首からレイジングハートと思われる赤い宝石をぶら下げていた。

そしてそれなりに見慣れたサイドポニーテールを解いて、その綺麗な茶髪をストレートに下ろしていた。

 

「・・・・・何か問題でもあったか?」

「え゛っ?いや、そういう訳じゃないんだけど・・・・。」

「・・・・何か用がないのに呼ぶな。俺は警備に戻る。」

 

ヒイロの発言になのはが僅かに顔をひくつかせていた様子を見て、何も問題が発生したわけではないことを察すると踵を返して警備任務に戻ろうとする。

 

「ちょちょ、待って、待ってってば!!フェイトちゃぁーん!!はやてちゃぁーん!!早く来てーー!!!」

 

立ち去ろうとするヒイロの手をなのはが咄嗟に掴んでその場から立ち去らない様に引き止める。

ヒイロは突然なのはに腕を引かれたことに訝しげな視線を送りながら無言で睨みつける。

 

「なのは・・・?突然大声出してどうしたの………?って、ヒイロさんっ!?なんでここにいるんですか!?」

「私が呼びました!!」

 

なのはの大声に気づいたのか、フェイトとはやてが顔を覗かせる。ヒイロがなぜここにいるのかをフェイトが顔を赤くしながら聞くとなのはがキリッとした表情を浮かべながら親指を立ててサムズアップする。

 

「ねぇ、ヒイロさん。何か言うことはあるじゃないんですか?特にフェイトちゃんとはやてちゃんに。」

「・・・・お前は一体俺に何を求めているんだ・・・?」

 

なのはの言葉にヒイロはまるで意味がわからないと言った様子でフェイトとはやて、そしてなのはの姿を見つめる。

なのはは自身の求めていることをヒイロが全く理解していないことを察するとわざとらしく頰を膨らませて、ヒイロに抗議していることを露わにする。

 

「いやいやいや、なのはちゃん、流石にあかんって・・・。ヒイロさんを困らせたらダメやって・・・・。なぁ?フェイトちゃん、アンタもそう思うやろ?」

 

はやてが乾いた笑みを浮かべながらヒイロにひっついているなのはをやんわりと引き剥がしにかかると同時にフェイトに視線を向けながら彼女に同意を求めたのだが………。

 

「ヒイロさん・・・・その……どう、かな?このドレス。似合って……ますか?」

 

フェイトははやての予想に反してヒイロに自身が来ているドレスを見せつけるように裾を指で摘まみ上げ、広げるとそのままその場でひらひらとはためかせる。

彼女の真っ直ぐに下された金糸のような髪とは正反対ともいっても過言ではないような妖艶さを備えた紫色のドレス。

かといってフェイトの表情にそのドレスのような妖艶な表情はなく、どこか恥ずかしそうに頰を赤らめ、初々しさを前面に押し出していた。

 

その妖艶さと初々しさのギャップの破壊力はそのような女性に対しての耐性がないエリオが真っ赤になるのは仕方ないとして同性であるスバルやティアナ、そしてキャロまでが思わず頰を赤らめるレベルであった。

 

異性はおろか同性ですら魅了されているフェイトのドレス姿にヒイロは変わらずの無表情でその姿を見ていた。

ヒイロに見られているという気恥ずかしさか、はたまた何も感想を述べてくれない不安からかモジモジと落ち着かない様子でヒイロの言葉を待った。

 

「・・・・似合ってはいる。」

「ほ、ホントですかっ!?嬉しい……!!」

 

ヒイロからそう言われたフェイトは嬉しそうな表情を浮かべるとヒイロの言葉を心の中で反芻しているのか、ピョンピョンとその場で跳ねながら喜びを露わにする。

 

そのフェイトの様子をどこか羨ましげな視線で見つめている人物がいた。

 

(・・・・・いいなぁ。)

 

先ほどヒイロに感想の催促をしていたなのはを止めようとしていたはやてだった。

最初はヒイロにドレスを着た自分の感想など、求めるつもりはなかった。あまりそういう感想とかを言うイメージの湧かないヒイロに無理やり言わせるのは気が引けていたからだ。

だが、いざフェイトが勇気を出して聞いてみれば、彼はたった一言だけ、それでいてしっかりと感想を言ってくれたのだ。

 

自分もドレスに対するヒイロからの感想がほしい。だが、はやての部隊長としてのプライドと一度止めにかかった事実が手のひらを返してヒイロに感想を求めるなど、なんと都合のいい考え方なんだと、はやての心中を苛む。

 

「・・・・・・白に薄い青がコンセプトのドレスか。薄い白のレースは透明感を如実に感じさせる。」

「え・・・・?」

 

ヒイロが不意に言葉を零すと思わず自分の着ているドレスに視線を移す。自分が着ているのは確かに白と青が混じった薄い水色のドレスだ。

ヒイロの口からそれの言及があったということは、話題を自分のドレスにしてくれているのだ。他ならぬヒイロ自身から。

 

「・・・・お前らしい色合いだ。似合っている。」

「っ………あ……あり………がとう………。」

 

不意打ちにも等しいヒイロの感想にはやては顔を俯かせ、その表情を伺えないようにする。

だが、耳まで真っ赤になっているのを鑑みるに彼女の顔は湯気が出そうなほど真っ赤になっているだろう。

なのはもヒイロの感想に満足したのか引き止めていた手を離していた。

ヒイロはそれを確認すると再び踵を返し、自身の任務へと戻っていった。

 

「ず……ずるい………!!!ずるい人やでヒイロさん……!!反則や、反則以外のなにものでもあらへん………!!完全な不意打ちや………!!」

 

ヒイロが立ち去った後、はやては真っ赤になっている顔の熱りをなんとか冷まそうとする。

しかし、いつまで経っても顔の熱りは収まらないどころか、心臓の鼓動は爆発的に加速し、さらに口角まで釣り上がりを始め、とても他人には見せられないような緩みきった表情になっていく始末であった。

 

「え、えへへー………はっ!?」

 

表情が緩みきったからこそ出てしまう声にはやては思わずやってしまったような顔をしながら先ほどまで俯かせていた顔をバッとあげる。

願わくば周りが聞いていないことを願っていたが、なのはとシャマルは暖かい笑みを浮かべ、FWの四人は顔を揃いも揃って真っ赤にしながら呆然とはやてを見つめ、フェイトはどこかムッとしたような顔を浮かべていた。

 

「…………わ、忘れてぇぇぇぇぇーーー!!!!」

 

恥ずかしさのゲージがカンストしたはやてはその羞恥のあまり大声で叫んだ。

その後、はやての知り合いである管理局の本局査察部所属のヴェロッサ・アコーズ査察官がはやて達を訪ねてきたのだが、はやての先ほどの絶叫を聞いていたのか、そのことに関して滅茶苦茶いじられたのはまた別の話。

 

 

「・・・・・・?」

 

ヒイロははやての絶叫自体を耳にはしていたが、声の感じ的に危険な目にあっているわけではなさそうだったため、振り向くだけでそのままスルーした。

ホテルの二階と一階を繋ぐきらびやかな螺旋階段を降り、荷物搬入口に向かう。

その荷物搬入口に向かっている途中、ヒイロが曲がり角を曲がろうとした時ーー

 

「あれ………君、もしかしてヒイロさん?」

 

名前を呼ばれたヒイロが声のした方向に視線を向けるとそこには濃い緑色のスーツを着た青年が立っていた。胸元に花の衣装が施されたブローチがあることからおそらくオークションの参加者なのだろうと思っていたのだが、ヒイロの名前を知る人間は10年経ったミッドチルダではかなり限られる。

そして、視線を上に向けると映り込むとが、まだ幼気な印象が抜けていないあどけない顔立ちに腰まで伸ばしたブロンドの髪を緑色のリボンで纏め、頭部から二本の癖っ毛のようなものが跳ねていた。

 

「・・・・・ユーノか。」

「ほ、本当にヒイロさんなんだね!?」

「ああ、そうだが。なのは辺りから何も聞いていないのか?」

「き、聞いてはいたけど、やっぱり現実味がなかったというか、なんというか………!!」

 

声をかけた人物が本当にヒイロであったことを確認した青年ーーユーノ・スクライアは嬉しそうな笑みを浮かべながら彼に近づく。

 

「で、お前が何故ここにいる?六課に所属しているわけではないだろう。」

「うん。僕は魔導師ではあるけど同時に考古学者でもあるんだけど。君がいなくなってから・・・だいたい6年くらい後かな?その時に無限書庫の司書長に就任してね。それからはずっと書庫ごもりなんだけど、今回売りに出されるロストロギアの説明にお呼ばれしてここにいるんだ。」

「無限書庫の司書長・・・・。要はお前に聞けば管理局についてのだいたいのことを知ることができるわけか。」

「・・・・・何か探し物?」

 

ヒイロの言葉に何か感じるものがあったのか、ユーノは先ほどまでの和やかな表情から一転してキッとした表情に変わる。

 

「・・・・・この会場の護衛任務が済んでからでいい。そろそろオークションが始まる筈だ。説明役を請け負っている奴が遅れては面目が立たないだろう。」

「そ、そうだね。ごめんね、引き止めちゃって。」

「気にするな。」

「それじゃあ、また後で!!」

 

ヒイロからの指摘を受けて、ユーノは時間がないことに気づいたのか慌てた様子でホテルのホールへと向かっていった。

ユーノがホールへと向かっていく後ろすがたを見送ったヒイロは再度、その足をもっとも敵が侵入しやすいと思われる荷物搬入口へと向かわせる。

 

 

「管理局、機動六課所属の者だ。ここの警備を請け負っている。通っても問題はないな?」

「ご苦労様です。」

 

搬入口には警備員がいたが、ヒイロが管理局の者だと伝えると警備員は特にヒイロの素性を尋ねるわけでもなく普通に搬入口に通してくれた。

 

「・・・アインス、ウイングゼロのレーダーに反応があればすぐに知らせろ。」

「了解。そちらは任せてくれ。お前は肉眼でよろしく。」

「ああ。」

 

ヒイロはアインスにレーダーの監視を頼むと搬入口の入り口に立ち、周囲を警戒する。

今のところは肉眼では異常は見られない。

 

「ヒイロ、シグナムから念話だ。」

「わかった。」

 

アインスからシグナムから連絡が来ていることを伝えられるとヒイロはウイングゼロを展開する。ヒイロにはリンカーコアがないため、念話を受け取ることはできないが、ウイングゼロの通信機能を利用して受け取れる形にはなっている。

 

『ん・・・ヒイロか?私の声が聞こえるか?』

「問題ない。どうかしたのか?」

『いや、お前に裏手の搬入口の警備を頼みたいのだが・・・』

「それであれば、既にそこの警備についている。この搬入口が一番侵入しやすいのは間取り図を見れば目に見えているからな。」

『そうか・・・。流石だな。それと有事の際には私やヴィータ、そしてザフィーラは前に打って出る。FW四人にホテル近辺を任せてはいるが、いかんせん彼女らは防衛戦は初めてだ。お前の方で援護が必要だと感じたら向かってくれ。』

「了解した。」

 

ヒイロはシグナムとの念話を切ると再び周囲の警戒を強める。時間的にオークションが始まっているだろう。

しばらく搬入口付近で警備に当たっていたヒイロ。このまま何事もないまま時間が過ぎていくと思った矢先だったがーーー

 

「ヒイロ!!周囲に金属反応が出た!!リニアレールで破壊したものと同タイプの集団だ!!」

『ヒイロ君、搬入口の方にガジェットが現れたわ。数は少ないけど、迎撃をお願い。』

「・・・・表の防衛はどうなっている?」

 

アインスと屋上から全体の指揮を取っているシャマルから同タイミングでガジェットの襲来を告げられる。

ヒイロは両方とも聞き届けながら、シャマルにシグナム達やティアナの状況を尋ねる。

 

『表の方にもガジェットは出たけど、シグナムやヴィータ達が頑張っているから、今のところは大丈夫。』

「了解した。これより迎撃行動に移る。」

 

シャマルからそう言われたヒイロは主翼の根元の連結部分からビームサーベルを引き抜き、ガジェットと思しき金属反応が接近してくる方角にその切っ先を向ける。

 

「接敵まで3………2………1………来るぞっ!!」

 

アインスのカウントダウンがゼロを告げると同時に森の中から楕円形の1メートルほどの大きさのガジェットーーいわゆるⅠ型が姿をあらわす。数はおよそ10機ほどだろうか。

 

「アインス、俺の視界にいる奴以外にガジェットの反応は?」

「ヒイロの視界にいる奴らで全部だ。」

「・・・・手早く制圧する。」

 

ヒイロはウイングゼロの主翼を羽ばたかせ、上空からガジェットに肉薄する。ガジェットは空へ羽ばたいたヒイロに向けて中心と思われる黄色い部分からレーザーを発射する。

それをヒイロは的になりやすいウイングゼロの翼を自分を覆うように閉じると回転しながらガジェットの放つ弾幕を突破する。

 

「その程度であれば、まだモビルドールの方がよく動くだろうな。」

 

弾幕を突破したヒイロがガジェットとの距離を詰めると手近な場所にいたⅠ型にビームサーベルを振り下ろす。避けられないと判断したのか、Ⅰ型は何か膜のようなものを自身の周囲に展開したが、ビームサーベルはそれをⅠ型もろとも叩き斬った。

 

「・・・・今のが噂のAMFか。使い方によってはかなり強固な対魔力バリアになっただろうが、相手が悪かったな。」

「ウイングゼロならばAMFの干渉を受けることはない。そのままやってくれ!!」

「・・・了解。このまま殲滅する。」

 

 

アインスの言葉にそう答えるとヒイロは再度別のガジェットⅠ型に接近する。

集団ならまだしも、ヒイロに接近戦に持ち込まれ、ろくな近距離武装を持たないガジェットⅠ型は次々とビームサーベルにより溶断されていき、最終的には全てのガジェットが縦や横に真っ二つにされ、自身の爆発により、構成されている部品一つすら残さずに爆散する。

 

「残存している反応はなし・・・制圧完了だな。」

「あくまで搬入口に来た敵を倒しただけだ。まだこのホテル敷地内全域の戦闘が終わったわけではない。シャマル。裏手搬入口に来たガジェットの殲滅を確認した。シグナム達やスバル達はどうだ?」

『早いわね・・・・。うん、わかったわ。シグナム達も攻めてきたガジェットを押しとどめてはいるからそのまま搬入口の警戒をお願い。必要だと感じたら、私から指示を出すわ。』

「了解。そのまま搬入口の警備を続ける。」

 

シャマルから搬入口の警備を続けることを頼まれたヒイロはそのまま周囲の警戒を続ける。

 

 

 

 

ホテルからかなり離れた森の中に二人の人間が立っていた。片方はかなり大柄で長身の男。その男の頰はやや痩せこけており、とても健康的だとは見えないが、彼が着ている服の上からでもわかるほどの筋肉質な体つきに左手に付けられた金属の腕甲から彼が戦う戦士であることを感じさせる。

そんな腕甲を付けている男の左手と手を繋いでいる人物がいた。

 

「『ルーテシア』、いいのか?スカリエッティとはレリック以外のことではお互いに不干渉のはずだが。」

 

大柄な男からルーテシアと呼ばれたまだ幼い薄い紫色の髪を持ち、額になんらかの刻印が刻まれた少女が首を縦に振り、頷いた。

僅かに肩をすくめる大柄な男を尻目にそのルーテシアは男の元から離れると、彼女がつけていた手袋の宝石が怪しく紫色に発光すると、彼女の足元から魔法陣が現れる。

 

「インセクト・ズーク」

 

ルーテシアがそう言葉を紡ぐと魔法陣から毒々しい触手が伸び、その触手を突き破るように虫のような羽音を響かせながら小さな召喚獣が姿をあらわす。

 

「遠隔転送………。」

 

インセクト・ズークがホテルに向かって羽ばたいていくのを見届けたルーテシアは続けざまに魔法陣を展開し、転送魔法を発動させる。

 

 

 

 

『ヒイロ君!!今からホテル入り口に向かってくれる!?』

「了解した。搬入口にもあれ以降、敵の接近はない。が、何かあったのか?」

『ホテルの入り口にガジェットが直接転送されてきたの!さらに言えば、動きが今までのとは違うわ!!おそらく、本命!!』

「わかった。すぐさまそちらに向かう。」

『お願い!!スバル達が苦戦しているの!!ヴィータちゃんも向かっているけど、距離的にあなたの方が早いわ!!』

 

シャマルからの指示を聞いたヒイロはウイングゼロの主翼を羽ばたかせ、ホテルの正面に転送されたガジェットの撃破に向かう。

裏手とホテル入り口はさほど離れていないため、すぐにホテル正面のエントランスが視界に入ってくる。

そこではスバル達FW四人がガジェットと戦闘を行っていた。全員から行った怪我は負っていないようだったが、どことなく表情には疲れのようなものが見える。

ちょうどヒイロが視界に捉えたのは、ガジェット群に向かって単騎でクロスレンジを仕掛けるスバルと離れたところでティアナがクロスミラージュを構え、狙いをガジェットの集団につけている様子だった。

おそらく、スバルがガジェットを引っ掻き回しているところをティアナの誘導弾で仕留めるつもりなのだろう。

 

そう思っていたのだがーーーー

 

「っ………!?無茶だ!!そんなこと!!」

 

唐突に声を荒げたのはアインスだった。その瞬間、ティアナのクロスミラージュの魔力の光が爆発的に上がったように見えた上にティアナの周囲に無数の魔力スフィアが現れる。

 

「どういうことだ?」

「ティアナが、カートリッジを四発も使った………!!普通ではありえない使用量だ、最悪、魔法の制御が利かなくなる!!」

 

アインスの言葉を聞いて、ヒイロはティアナの制止にかかろうとするがーーー

 

「ああああああっ!!!!」

 

ヒイロがティアナに駆け寄るより早く、はちきれんばかりの雄叫びをあげながらティアナがクロスミラージュの引き金を連続で引いた。

弾丸として放たれた魔力スフィアは回避行動をとるガジェットを悉く撃ち貫いていく。そのまま行けば何事もないように思えたが、ヒイロには見えていた。

 

囮を務めていたスバルの後ろからティアナの放った弾丸が迫ってきていることに。

後ろから飛んでくる狂弾にスバルは気づいている様子は微塵も見えなかった。

 

「アインスっ!!!」

「っ………わかった!!」

 

ヒイロが声を荒げながらアインスの名前を呼ぶと、ウイングスラスターを蒸し、通常のウイングゼロのスピードでスバルに接近する。普通であれば、ウイングゼロの加速力により、空気はかまいたちのような鋭利な刃となってヒイロを切り刻むはずなのだがーーー

 

その時のヒイロの身は、漆黒の魔力光をその身に纏わせていた。

 




始まりましたアグスタ編。といっても多分そんなに話自体は続かないと思いますが………(白目)


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第45話 彷徨う弾丸の行方

・・・・・ティアナについての自己解釈のようなものが入っていますが、これでいいんだろうか?


突如としてヒイロの体から現れた漆黒の魔力光。それを衣のように身にまとったヒイロはウイングスラスターを吹かし、本来のウイングゼロの機動力を発揮させる。

 

「ティアナが放った弾丸に内包されている魔力はかなりの物だ。近距離で爆発させればお前もただでは済まないぞ!!」

「了解した。弾丸の破壊が無理ならばーーー」

 

アインスからの報告を聞いたヒイロはさらにスラスターを蒸しながら迫る弾丸に気づく気配が一切ないスバルに向かって一直線に飛翔する。

 

「それより先に救出するまでだ!!」

 

ヒイロはスバルに手が届きそうなほどまで近づいたところでスピードを落とし、突然ヒイロがやってきたことに驚いているスバルを有無も言わさず片腕で抱きかかえるとすぐさまその場から離脱する。

次の瞬間、スバルのすぐそばまで来ていたティアナの弾丸が先ほどまでスバルが滑っていたウイングロードに直撃し、爆発を起こした。

 

 

(アインス、もう魔力の行使の必要はない。)

「え………あ………ヒイロ………さん………?」

 

ひとまず間に合ったことを確認し、ヒイロがアインスにそういうとヒイロの身を包んでいた漆黒の魔力光が消失する。

ヒイロに抱きかかえられたスバルはどこか困惑した様子で視線を右往左往させていた。

 

「…………お前の先ほどまでの行動。あれはお前が先陣を切ることによりターゲットを自身に集中させる囮の役割だな?」

「は、はい………。」

 

ヒイロは質問に僅かに声をうわずらせながら答えたスバルから視線を地上に移した。

ヒイロの視界にはティアナが外したと思われる一機のガジェットがまだ行動しているのが確認できた。

 

「・・・・・今は安全性の確保を最優先にする。」

 

ヒイロはスバルを抱えたまま高度を落とすとビームサーベルを構えながら残った一機へ向かっていく。

 

「わわわっ!?ヒ、ヒイロさん………!?」

「黙っていろ。舌を噛んでも知らんぞ。」

 

ヒイロの腕の中で喚くスバルを無視してヒイロは高度を下げた勢いそのままビームサーベルを振るい、最後のガジェットを両断した。

両断したガジェットの爆発を背にしながらヒイロは地上に着地する。そして、ヒイロが降り立った地点の付近には銃を構えたまま呆然とした様子でいるティアナもいた。

 

「ヒイロっ!!大丈夫か!?」

 

ひとまず抱えていたスバルを下ろし、ヒイロはティアナに状況の説明を求めようとしたタイミングでヴィータが不安気な表情を浮かべながら現れ、ヒイロの容体を確かめる。

 

「問題ない。」

 

ヒイロがそう答えるとヴィータは安心したような表情を浮かべるが、すぐさまそれは怒りに塗れたものにすり替わってしまう。

 

「ティアナッ!!!何やってんだよ!!」

「っ…………あ…………。」

 

その怒りの表情と共に怒声を向けられたティアナは体を強張らせ、表情を暗いものに変えてしまう。

 

「ま、待ってください!!さっきのは私が悪いんです!!私が……!!」

「はぁっ!?バカ言ってんじゃねぇ!!」

「ティアは悪くないんです!!」

 

怒るヴィータに自分に責任があると言い張るスバルの二人の言い争いが続いている中、ティアナが何か、ハッとしたような表情をすると、一転して悔しげに表情を歪ませた。どちらかと言えばその表情はヴィータの怒声より、スバルが彼女自身を庇う発言をしている時に一層深まっているのをヒイロは見逃さなかったが、指摘するのはひとまず後回しにすることにした。

理由としては至極簡単、今はまだ、戦闘中だ。一応ある程度の制圧をしたヒイロの方はまだしもヴィータの方は戦闘中の前線にいたにも関わらずスバル達の援護に来てくれたのだ。

シグナムやザフィーラが手練れだとはいえ、ガジェットに突破されているという万に一つがあったからだ。

 

「ヴィータ、そこら辺にしておけ。シグナム達の方ではまだ戦闘が継続している。ここは俺が防衛に加わる。お前はさっさとシグナム達の方へ戻れ。」

「っ………だけどよ、ティアナのさっきのミスショットは隊長として………」

「説教ならあとでいくらでもやっていればいい。だが優先順位を履き違えるな。少しは頭を冷やして冷静に状況を鑑みろ。お前がこの場にいればいるほどガジェットが前線を突破する可能性が上がっていることを自覚しているか?お前もお前で感情的になりすぎだ。さながら子供の癇癪だぞ。」

「て、テメェ…………!!」

 

ヒイロの言い草にヴィータは声を荒げそうになるが、すんでで湧き上がる怒りを押し留めて一度大きく息を吐いた。

 

「…………お前の言う通りでもある、か。…………悪い。少し、大人げなかった。」

「ヴィータ副隊長………。」

 

スバルが困惑気味に声をかけるもヴィータはグラーフアイゼンを肩に担ぐとスバル達に背を向け、シグナム達の元へ戻ろうとする。

 

「………あとはアタシ達がやる。二人は下がって、ホテルの入り口でエリオ達と一緒に防衛をしてくれ。ヒイロ、二人のこと、頼んだ。」

 

ヴィータの言葉にヒイロは軽く肩をすくめるが、拒否をするような反応を見せなかった。さながら仕方がないからやってやると言っているようであった。

それを見たヴィータは空へ舞い上がり、前線へと戻っていった。

 

「行ったか…………。」

 

ヴィータが前線に向かったことを確認したヒイロはティアナに視線を向ける。彼女の表情は沈みきっていて、とてもではないが、大丈夫な様子には見えなかった。

 

「・・・・ティアナ。お前はガジェットに攻撃を行う時、四発のカートリッジを使っていたそうだな。」

「っ………。」

 

ヒイロの言葉にティアナは苦い表情を浮かべるが、ヒイロは構わず彼女を問い詰める。

 

「アインス曰く、四発はかなり無理のある使用数とのことだ。」

「あ、あれはコンビネーションの一環で………!!」

「フレンドリーファイアを前提にした代物など、コンビネーションと言えるはずがない。明らかにあれはミスショットと言えるものだ。」

「う…………でも………ティアは悪くないんです!!」

 

スバルの言葉にティアナは一層苦いものに表情を深める。視界の端でそれを見ていたヒイロは僅かに呆れた様子で肩をすくめる。

 

「お前の優しさ、それが時折他人を傷つけていることを知っておいた方がいい。人によっては他人に優しくされる方が傷つく奴もいる。」

 

そう言ってヒイロは僅かにティアナに視線を送る。ヒイロの視線を追ってティアナの様子を目の当たりにしたスバルは思わず言葉を詰まらせる。

 

「アインス、周囲にガジェットの反応は?」

「・・・・・周囲に金属反応はない。シグナム達が頑張っているんだろう。」

 

ひとまず、アインスから周囲にガジェット反応がないことを聞いたヒイロは憔悴したような表情をしているスバルとティアナを連れて、ホテルのエントランスに戻った。

 

『ヒイロ君、その・・・ティアナ、大丈夫?』

「・・・・表情から察せられるが相当堪えているようだ。前線からは一度下げさせたが・・・そこから先はお前の指示に従う。」

 

エントランスに差し掛かったところに屋上にいるシャマルから念話が届く。

ヒイロはティアナ達から少しばかり距離を取ると二人に念話の内容が聞こえないように小さな声で返答する。

 

『・・・・ティアナとスバルはヒイロ君が抜けた裏口の警備をお願い。一応、攻めてきたガジェットはヒイロ君が倒してくれたけど、また襲来がないとは限らないから、よろしくね。』

「了解・・・・。」

 

シャマルからの指示に答える二人だったが、その声にいつもの声色はなかった。

 

「・・・・今の二人に任せて問題はないのか?」

『今のところ、裏手の搬入口にそれらしい反応はないわ。それにオークションも時間的にそろそろ終わるはずだから。』

「・・・・わかった。」

 

スバルとティアナを裏手搬入口に向かわせ、ヒイロはエリオとキャロと共にエントランスでガジェットの襲来に備えた。

しかし、前線のシグナム達守護騎士が奮闘してくれたのか、ホテル近辺にガジェットの姿が現れることは一度もなかった。

一応、ウイングゼロのレーダーを任せていたアインスが反応が引っかからなかったことを見ても、全体としては上々の結果と言えるだろう。

 

「ヒイロさん、お疲れ様でした。」

「お疲れ様でした。」

 

シャマルからガジェットの反応消失が告げられるとエリオとキャロがヒイロに労いの言葉を言ってくる。

ヒイロはその言葉に何か返すわけではなく、おもむろに二人の様子を見る。

 

「・・・・・今回のティアナの行動、お前たちはどのように感じた?」

 

不意に二人にそう問いかけるとエリオとキャロは困惑気味に表情を俯かせる。

 

「………僕たち自身、ティアナさんがなんで急な行動をとったのかはわかりません。ガジェットに手を焼いてしまっていた僕の力不足で、状況を打開するためにあのような無茶をしたんでしょうか………?」

 

エリオが悲しげに言った言葉にキャロも彼と気持ちが一緒なのか、言葉には出さなかったが、悲しげに表情を俯かせる。

 

「………人一人の力で戦況を打開するなど、かなり難しいことだ。もし、ティアナがそう感じてあの行動をしたのであれば、思い上がるなと一蹴するところだ。だがーーーー」

 

ヒイロはそこまでいったところで一度思案の海に入る。スバルを伴っていたとはいえ実質的なスタンドプレーの行動をとったティアナ。

もし状況を打開するためにあのような無理をしたのであれば、無茶をあまりせず、もっと周りと協力しろの言葉で済むがーーーー

 

(仮にティアナの兄であるティーダ・ランスターの死が関わっているともなれば、少々面倒だな………。火に油を注ぐ行為かもしれんが、一度ティアナ自身の口から聞く必要がある。)

 

「ヒイロさん………?」

 

ヒイロが突然だんまりになってしまったことが気になったのか、キャロが首を傾げながらヒイロに声をかける。

 

「………俺は裏手搬入口に戻る。お前たちはこの場で待機しろ。そのうちだがフェイトあたりが実況見分に来るだろう。」

「あ……………。」

 

エリオの制止の声にヒイロは一度振り返るが、エリオはその伸ばした手を引っ込めてしまう。

大方ティアナのところへ向かうと踏み、自分もついていくと言おうとしたのだろうが、ティアナになんと声をかければ良いのかわからなくなってしまったのだろう。

 

「………ティアナのことは任せろ、などと大仰なことは言えんがお前がそこまで気を負う必要はない。それこそ余計な迷惑になることもある。お前達はティアナにいつも通りに接してやれ。」

 

ヒイロはエリオにそれだけ伝えるとスバルとティアナがいるはずの裏手搬入口に向かった。

 

 

 

 

「戦闘………終わったみたいだよ……。」

「そう………。」

 

スバルが僅かに気が引けているような感じを声色に含めながら壁に寄りかかって立っているティアナに声をかける。

しかし、ティアナはぶっきらぼうに反応するだけでスバルの言葉にあまり耳を傾けているとは感じられなかった。

 

「ティア………。」

「先に戻ってて、私もすぐに行くから。」

 

心配そうなスバルの声にもティアナは顔を俯かせたままろくにスバルと顔を合わせようとしない。

 

 

「…………わかった。また、後でね。」

 

スバルは長年の付き合いだからかティアナがなんとなく一人になりたいのを察してしまったのか、足早に裏手搬入口から走り去っていった。

スバルの駆け足の音が遠ざかると同時に壁に寄りかかっていたティアナは力が抜けたようにしゃがみ込む。

 

今回の戦闘でガジェットを普段の自分では破壊できないこと。

さらに弾丸の制御ができなかった挙句に味方であるはずのスバルの撃墜未遂。

兄の力を証明するどころか、自身の力不足を痛感したティアナは一人声を押し殺して涙を流すのであった。

 

「兄さん………私は………!!」

 

その涙の真意を知る者は一人もいなかった。そう、今までは。

 

「…………そんなところで何をやっている。」

「っ!?」

 

突然、声をかけられたティアナは思わず涙で潤んだ目をそのままあげ、声をかけてきた相手を凝視する。

彼女の潤んだ視界には憮然とした様子でヒイロが立っていた。

 

「ヒイロ、さん………。」

 

ティアナがどうしてといった風にヒイロの名前を呼ぶも、何も答えずにヒイロは彼女の隣で壁に寄りかかった。

一人にして欲しかったティアナは嫌そうに表情を浮かべながらもヒイロにそれが悟られないように自身の体を抱え込むことでそれを隠した。

 

「………一人にさせてくれませんか?」

「そのような決定権がお前にあるのか?」

「………それはヒイロさんだって同じですよね。」

 

ティアナの指摘にヒイロは何も答えなかったが、彼はティアナのそばに居続ける。

それに若干の鬱陶しさを感じながらもヒイロを振り払うようなことはしなかった。

 

「…………さっきはヴィータに邪魔をされたから聞けなかったが、何故あのような無茶をした?」

「………それ、は…………。」

 

ティアナは答えようとするも言葉を詰まらせてしまう。何故ならその理由が単なる周りへの嫉妬というとてつもなく醜いものだったからだ。

ティアナははっきり言ってなのはの教導に意義を感じられなくなっていた。確かに基礎を重点的にするのはいいことだが、なのはの教導はいつまで経っても同じことの繰り返しばかりで段階が一向に次のステップに進んでいなかったのだ。

そのことが自分に力がないからだと思い始めた上に、スバルやエリオ達の成長が如実に現れていた。

そのことがティアナの強さに対する渇望の気持ちを強め、結果的に自身の制御できる弾丸の量を超えた攻撃を行い、後一歩遅ければフレンドリーファイアをしてしまうことになった。

 

「………お前の訓練風景を覗いていた。画面越しだが、時折お前からは焦りのようなものが見られた。」

「っ………!?」

 

ヒイロの言葉にティアナは思わず表情を強張らせた。まさか、ヒイロが見ていた上に焦りが見透かされていたとは思わなかったからだ。

 

「お前が焦る理由も分からんわけではない。なのはの教導は基本的に基礎に忠実の上、応用段階にまだ入っていないのも確認済みだ。だが、基礎がしっかりとできていなければ応用など持ってのほかだ。そんなことがわからないお前ではないだろう。」

 

ヒイロはティアナを軽く見やるが、ティアナは抱え込んでいる自身の足に体を埋めたまま何も反応を示さない。

そんなティアナを見ながらもヒイロは話し続ける。

 

「だが、それを差し引いても今回のお前の単独行動は眉を顰めざるを得ない。何か、理由があるのだろう。お前をそこまで駆り立てた何かが。」

 

ここまでヒイロが言ってもティアナは一向に口を開こうとはしなかった。あくまでだんまりを貫くティアナにヒイロは呆れた様子で肩をすくめる。

そしてーーー

 

「お前の兄、ティーダ・ランスターの無念を晴らすためか?」

「・・・・・知っているんですか?」

「・・・・一応、な。」

 

ティアナはヒイロが自身の亡くなった兄であるティーダ・ランスターを知っていることに驚きの表情を浮かばせながら顔を上げるが、すぐさま沈んだものにして再び塞ぎ込んでしまう。

 

「私の兄さんは本当に優しかったんです。」

 

塞ぎ込みながらもティアナはポツリポツリと大好きだった兄のことを話し始めた。

両親を早くに亡くした彼女にとって兄であるティーダは唯一の肉親であった。

本来金銭を稼ぐはずの両親が既にいなかったティーダとティアナは兄であるティーダが文字通り身を粉にして働くしかなかった。

そのためにティーダは時空管理局に入り、その下で魔力の研鑽に励んだ。

その努力が実ったのか、数年するとティーダは管理局の地上部隊でもエリートの部類に入る首都航空隊の一員になった。さらにティーダは執務官を志望しており、まさにエリート街道を邁進している、はずだった。

 

事の発端はある犯罪者の追跡任務を遂行している時だった。その任務に従事していたティーダは逃走している魔導師と交戦したのだが、その結果彼は殉職してしまったのだ。さらには犯罪者を取り逃がしてしまうという失態まで重ねていた。

 

そこからはヒイロが事務室で覗き見た管理局の会見と相違はなかった。

 

「私は証明したいんです。兄の弾丸は、ランスターの弾丸に貫けないものなんかないって。だから少しでも力をつけたいんです。兄さんの夢だった、執務官になること・・・それを叶えれば見返せるんじゃないかって。」

 

ティアナの独白をヒイロは瞳を閉じて静かに聞いていた。ティアナが話し終わったのを頃合いに再度瞳を開けると視線をティアナに向ける。

 

「・・・・・お前はティーダ・ランスターになりたいのか?」

「え………?」

 

唐突なヒイロの質問にティアナは思わず素っ頓狂な顔を浮かべる。なぜなら突然兄になりたいのかと尋ねられたのだ。意味がわからないといった顔をするのも無理もないだろう。

 

「どうなんだ?」

「そ、それは………兄さんのようにはなりたいですけど………。」

「だったら、その気持ちは捨てておけ。その心持ちで強くなったところで現実に打ちのめされるだけだ。」

「ど、どういうことなんですか!!兄さんのようになりたいって思って何が悪いんですか!!」

 

ヒイロの言い草が癇に障ったのか、ティアナはガバッと立ち上がるとヒイロに向けて険しい視線を向けながら睨みつける。

 

「お前がティーダ・ランスターが無能であるという評価を撤回させるために動いても変わるのはお前に対する管理局の評価だけだ。一度貼られたレッテルを剥がすことは極めて難しい。ましてやその人物が死んでいるのであれば、なおさらのことだ。」

 

要は死人に口なし。ヒイロが言っていることはそういうことであった。ティアナにとってそれは到底受け入れられないことであった。まだ隊長であるなのはやヴィータ、もしくはスバルやエリオであれば彼女は平静を保てたかもしれない。

しかし、ヒイロはまだティアナと顔合わせを行ってから数週間経っただけの知り合いだ。

そんな人物に自身が死にものぐるいで頑張っている理由を否定されてしまえばーーー

 

「アンタに………あたしの何がわかるっていうんですかっ!!!」

 

怒り、そして悲しみに染まった表情をしながらティアナはヒイロの胸ぐらに掴みかかり、怒りの声をヒイロにぶつける。

 

「父さんと母さんを亡くして、肉親と呼べる人が、兄さんしか居なくなって………亡くして、言われもないことを言われて、それを晴らそうとするために強さを求めて、何が、何が悪いんですかぁ!!!!」

 

「何も知らないアンタにそんなこと、言われたくないっ!!!」

 

ティアナがそこまで感情をぶちまけたところで、嗚咽をこぼし、ヒイロの胸ぐらから手を離し、その手で顔を覆うとその場でへたり込んだ。

しばらくの間、搬入口の側ではティアナの嗚咽だけが響いた。

 

「そうだな。確かにお前の言う通りだ。俺には家族と呼べる人間はいなかったからな。家族を亡くした悲しみなど、到底知るはずもない。」

「え…………?」

 

正確に言えばいないわけではなかったが、現状話すことでもないため、ヒイロはそのまま話を続ける。

 

「俺は両親とともに過ごした記憶などない。物心ついた時にはこの手には銃を握っていて、人を殺していた。」

「ウソ………ですよね………!?」

 

ヒイロの言葉にティアナは信じられないといった様子で驚愕の表情をヒイロに向ける。

 

「俺は既に何人もの人間を自らの意志で殺している。もっともその中には、望まぬものもあったがな………。」

 

そういいながら自らの手を見つめるヒイロの表情はどこか憂いに満ちていた。

さながら後悔しているようにも思えたし、決して忘れてはいけないものであるようにも思えた。

 

「…………死んだ人間を思うなとは言わん。だが、他人をお前の戦う理由の土台にするのはやめておけ。その内潰されるぞ。その他人自身に。」

 

「お前のための、戦いをしろ。」

 

ヒイロは座り込んでいるティアナにそう伝えると荷物の搬入口を通じてホテルへと戻っていった。

 

「あたしのための、戦い………?」

 

ヒイロの去っていく後ろ姿を見つめながらティアナはそう呟くしかなかった。

 

 

 

 

「…………珍しいな。お前が自身の素性をあそこまで曝け出すとは。」

「必要だと感じただけだ。」

 

ウイングゼロからひょっこり出てきたアインスにヒイロは視線を合わせることなくそう言い放つ。

たったそれだけの理由で必要あらば自身の身上さえ明かすヒイロにアインスは彼らしいと思いながらもそれ以上何も言うことはなかった。

 

「しかし、まさかあそこまで突っ込んだ話をするとはな・・・・。お前の言い草によっては余計に悪化する可能性を考えてなかったわけではないだろう?」

「・・・・否定はしない。」

 

搬入口にヒイロが建物の床を踏み鳴らす音だけが響くなか、ホテルの一階へ続く階段を登ろうとした時、ふと、在るものが視界に映った。

それは荷台部分が明らかに外部から人為的な力によりこじ開けられたトラックだった。

ヒイロはそのトラックの近くに警備員が数人いることから異常だと判断し、そのトラックの近くに向かう。

 

「………これは何があった?」

「ん?ああ、アンタか。いや、このトラックの荷台から何か盗まれたみたいなんだ。

「何……?」

 

ヒイロは訝しげな表情をしながら荷台のトラックを見つめる。荷台のなかは散乱こそしていたが、何か盗まれたとは見えなかった。

 

「このトラックに乗せられていた荷物のリストから盗まれたものを特定できたのか?」

「い、一応見つけはしたんだけどさ………」

 

ヒイロの言葉に微妙な表情を浮かべる警備員。ヒイロはその警備員に怪訝な顔をしながら言葉を待った。

 

「何故だか知らんけど、オークションとは関係のない品物みたいなんだよな。」

「オークションと関係がない・・・?」

 

警備員の言葉にヒイロが怪訝な顔を浮かべた。

ヒイロはその警備員から詳しい話を聞いたのちに、はやて達の元へと向かう。

時間的にもそろそろオークションが終わってもいい時間だったからだ。

 

ヒイロは搬入口からホテル内に戻るとはやて達を探すべく、まだ人だかりの多いパーティ会場を練り歩いた。




最近感じたこと

嘘………話をぶっつけ本番で書く人って異質なの………!?


↑基本ストックなどしないでその場のテンションで書いちゃう人


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第46話 管理局の闇

一週間ぶりやなー・・・・
時間が流れるのは早いっす。


荷物の搬入口からホテルの屋内に戻ったヒイロはオークションが終わり、帰路につきはじめているのか、まばらになりつつあったパーティーの人だかりをくぐり抜ける。

 

しばらく屋内を歩き回っていると、前線から戻ってきていたのかヴィータやシグナムを含めた機動六課の隊長陣が揃い踏みになっているのを見かける。

なお、パーティーが終わったため着替えたのか、はやて達は既に六課の濃い茶色の制服姿になっていた。

 

「あ、ヒイロさん。お疲れ様。」

 

近づいてきたヒイロに気づいたのか、フェイトがヒイロを視界に収めると労いの言葉を送る。

それにヒイロは視線を合わせるだけの反応にとどめるとすぐさま視線をはやてに向ける。

 

「はやて、お前に伝えておかなければならないことがある。搬入口でだが、どうやら俺が離れた後に何者かが荷台から物品を強奪したようだ。」

「なんやて………その盗まれた物品は?リストぐらいはあるんやろ?」

 

ヒイロの報告にはやては驚愕した表情を浮かべながらヒイロに盗まれたものの詳細を尋ねる。

 

「………その物品についてなのだが、どうやらリストには存在しない物品らしい。その場にいた警備員から物品のリストを見せてもらったが、そのリストから盗まれたものはなかった。」

「どういうことだ………?盗まれた形跡はあるのに、それがリストにないんだろ?」

「………大方、密輸品など、表には出せないようなものなのだろう。裏取引でもする腹づもりだったのだろうな。」

 

訝しげな表情を浮かべるヴィータだったが、ヒイロの説明でそれは納得した表情へと変わる。

 

「………密輸品ならば、持ち主がそう簡単に被害を俺たちに伝えるような馬鹿な真似はしないはずだ。」

「うん、わかった。わざわざ報告に来てくれてありがとな。」

「…………こちらとしては然程気にすることはないが、被害は被害だ。最低限、お前には伝える必要があっただけだ。それとだがーーティアナのことはなのはに伝えたのか?ヴィータ。」

 

ヒイロははやてからヴィータに視線を移すとティアナの名前を口にする。ヴィータはヒイロがティアナのミスショットのことを言っていることを察するとわずかに表情を曇らせながら頷いた。

 

「そうか、ならば話は早い。俺からは以上だが、これから破壊したガジェットの見分を行うのか?」

「そうやな。今回の戦闘で急にガジェットの動きが良くなったとか気になる点が新たに出たから、その調査がメインやな。ヒイロさんも参加する?」

「………俺は管理局員ではないが、問題はないのか?」

「どのみちやることないんちゃうか?」

 

はやての言葉にヒイロは少しばかり考え込む仕草をする。はっきり言ってはやての言う通り、物品に関する被害を伝えてしまえば、ヒイロにやることはほとんどない。強いて言えばユーノに管理局の内部についてのことを尋ねるくらいのものだ。

さらに言えば、管理局の組織に属してはいるが、あくまで協力者であり、正式な人間ではない。そんなヒイロが実況見分に参加すれば、周りからの目は良くないものになる可能性もあり得る。

 

「あ、見分に参加する人は六課の人やからあまり気にしなくても問題あらへんよ。」

「…………そうか。だが、悪いが断る。少しユーノに聞きたいことがあるからな。」

「ユーノに?確かにこのホテルにロストロギアの説明のために来ているけど………会ったの?」

「偶然にもな。警備の任務が済んだ後にアイツと会うことになっている。」

 

首をかしげるフェイトにヒイロはユーノとたまたま鉢合わせたことを伝える。

 

「でしたら、一緒に行きますか?私もユーノに少し聞いておきたいことがあるので。そのあとに現場検証に参加する形ではどうですか?」

「…………いいだろう。」

 

フェイトの提案にヒイロは静かに頷いた。

 

 

 

「ヒイロさん。」

 

先を行くはやて達の後ろを歩いていたヒイロになのはが声をかけた。

後ろを振り向き、なのはの方に顔を向けると柔らかな笑みを浮かべている様子が目に入った。

 

「スバルのこと、助けてくれてありがとう。」

「………礼はいらん。それよりもティアナに目を向けておけ。仮にもお前が隊長なのであればな。」

 

スバルを助けてくれたことに対しての礼を述べるなのはにぶっきらぼうに言葉を返すヒイロ。

振り向いていた顔を前に向けると先行くはやて達の後を追うようにホテルの外へ歩いて行った。

 

 

 

ホテルの外でフェイトを伴って歩くヒイロ。しばらく外を見回すが、ヒイロが一度ホテル内で見た濃緑のスーツを身に纏い、度が低そうに見える薄いメガネのレンズを光らせているユーノの姿があった。

 

「ユーノ。」

「あ、ヒイロさん。それとフェイトも、久しぶりだね。」

「ヒイロさんほど時間が空いているわけじゃないだけど……久しぶり。ユーノ。」

 

ヒイロが声をかけるとユーノはヒイロと側にいたフェイトに声を返す。

フェイトは僅かに笑みを浮かべながら、ユーノに挨拶を返した。

 

「それで、用件は何だい………なんていうまどろっこしいのはやめて、本題に入ろうか。ジュエルシードのことだね?」

「話が早くて助かる。それで、どうなんだ?」

「それについてはまずはフェイトが行った調査の結果から行こうか。僕はそれに補足する感じで。」

「え、ええ…………?」

 

突然話題を振られたことにフェイトは困惑気味ながらもガジェットから発見されたジュエルシードについて自身が調べた内容を述べ始める。

 

「まず、盗み出されたと思われるジュエルシードなんだけど、調べたところ、地方に貸し出されている時に襲撃にあって奪われたものだった。」

「…………スカリエッティのことについて聞いた時、お前は基本的に持ち出されることはないと言ってなかったか?」

「うん、そのはずなんだけど、あのジュエルシードに限って地方に貸し出されていたことがわかったの。封印処理は施されているとはいえ、危険なロストロギアであることは変わりないのに。」

 

フェイトの調査報告を聞いて、ヒイロは思案の海に入る。本来であれば、厳重に保管されているはずのジュエルシードが知らぬ間に外に持ち運ばれ、そして盗まれた。

ヒイロはこの一連の流れに違和感を覚えた。些か、できすぎている、と。

 

「普通なら持ち出されることはないからありえないって言いたいところなんだけど………この前ヒイロさんが言っていた組織についての持論を聞いているとどうしても違和感を覚えちゃって………実際のところ管理局自体、空と地上で結構割れているから………。局員が持ち出していないとはあながち言い切れないのが私の正直なところかな。」

 

フェイトが困り果てたような表情をしながら調査してみた結果の感想を述べる。

彼女もあまり身内を疑うようなことはしたくないのだろう。だが、ガジェットの内部機構からジュエルシードが発見されたことをきっかけに少しずつ管理局に疑いの視線を向けているようだ。

 

「本局と地上の方で内部対立が起こっているのか?」

「結構、ね。本局の基本スタイルが使える人材ならなんでも使うっていうものなんだよね。例え、過去に犯罪を犯したとしても更生の意志ありと判断すれば大抵保護観察処分で済むし、嘱託魔導師の試験を合格してしまえば、かなり早い段階で日常に戻ることができる。」

「私とか、はやてがそれに当てはまるんだよ。私も過去に、なのはやユーノとジュエルシードを巡って戦ったことがあるから。それでその罪を償うために本当だったら、一、二年は普通にかかるところを嘱託魔導師の試験を合格したら、半年くらいで戻ってこれたから。」

 

ユーノの説明にフェイトが自分自身を例に挙げながら補足を行う。ヒイロはひとまずそのことに納得した表情をしながらユーノに説明の続きを求める。

 

「でも地上本部ーー特にその上層部の一部の人間はさほどよくは思っていないみたいなんだよね。」

「………当然だな。犯罪者などを抱え込んで戦力にするなど、自分自身の体に爆弾を埋め込むようなものだろう。あまり周りからの目もよくはないだろう。」

「さらに鍵になってくるのが、空と地上の保有する魔力ランクの差なんだ。ざっと見積もってみたところ、戦力的な比率は良くて7対3がいいところだね。これはしょうがないっていう言葉で済ませていいのかはわからないけど、空の方は色んな次元世界を飛び交うから自然と人材がそっちに持っていかれがちだ。」

「………地上本部はミッドチルダにあるのか?」

 

ヒイロの質問にユーノは申し訳無さげな表情をしながら重く頷いた。

 

「…………本拠地の戦力を手薄にしてどうする。強襲とか受ければひとたまりもないだろう。」

「やっぱりそういうよねー・・・君なら。」

 

ヒイロの発言が予測できていたのか乾いた笑みを浮かべながらもすぐさま疲れたようなため息をつく。

 

「一応、君とおんなじことを言う人がいないわけじゃないんだよね。だけどねー・・・。」

「…………まさかとは思うが、ソイツが内通者の可能性が高い人物か?」

 

苦い表情を浮かべるユーノは空間パネルを投影し、その画面に一人の男性の顔が映った写真を出した。

いかつい面持ちの50代の男性、青い管理局の制服の上からでもわかるその筋肉質な体つきにヒイロは一目で魔法を多用しない人物であることを察する。

 

「この人………レジアス・ゲイズ中将?」

「………中将か。俺が考えている内通者の条件には合致するな。」

「事件をもみ消せるほどの権力のある人物………確かにできそうだけど………うん、可能性としてはあるね。」

「実際、この人は結構黒い噂が絶えない人物ではあるんだ。クロノ曰く、レジアス中将は黒い噂は絶えないが、優秀なのは間違いはなく、武装強化によって地上の犯罪率を抑え込んでいる。よって人望も地上本部では結構ある方だ。一部では彼を英雄視している人もいる。」

 

ユーノからのレジアス・ゲイズについての説明を聞きながら、ヒイロは空間パネルに映った彼の画像を見つめる。

 

「………面倒なタイプだ。ただの私欲で管理局を牛耳っているならともかく、曲がりなりにも正義のために動いている奴は己の心情のままに動くからな。例え、それが悪だとわかっていてもな。」

「なんだか、そういう人がいたような言い方ですけど………。」

「…………否定はしない。」

 

フェイトの言葉にヒイロは瞳を閉じ、かつて、倒したはずの敵との決着に納得がいかず、その道すがらヒイロと矛を交えた仲間の姿を思い浮かべる。

 

「ユーノ、レジアス・ゲイズのその黒い噂とやらの詳細はつかめているのか?」

「はっきり言って、まだだね。無限書庫、と言っても実際はとりあえず書物を敷き詰められた整理整頓されていない馬鹿にならないほど巨大な本棚のようなものだから、探すのにも一苦労だよ。」

「…………わかった。ならば、はやてにレジアス・ゲイズのことを伝えた上でハッキングの許可を取るか。」

「ハッキング………?えっと、どこに?」

「管理局だ。魔法技術が発展して科学力も上がっているようには見えるが、結局は魔法が絡んでいる。純粋な技術面的のセキュリティではまだ疎かなところはあるはずだ。そこを徹底的に攻める。」

「ほ、本当にするんですか………!?管理局にハッキングなんて、明るみになったら、なんて言われるか……!!」

「………これからの戦い、向こうにこちらの作戦が筒抜けになったおかげで容易く背後から刺されるのと、多少危険を冒してでも安全を取る。どちらを取るかは目に見えているだろう。」

「そ、それもそうなんですけど………!!」

 

ヒイロのハッキングを行うという宣言に思わずフェイトが狼狽する様子を見せる。

ハッキングを行ったとしてもしそれが明るみに出てしまえば、機動六課の評価はガタ落ちどころか解散させられることは間違いないからだ。

それとフェイトの執務官の矜持として公共機関への不正アクセスという目の前の犯罪行為を見逃すのはどうにも気がひけるというのもあった。

 

「無限書庫だといつ見つかるかわからないから、正直なところ、ヒイロさんがハッキングできるっていうなら、彼に任せた方が早いかなっていうのはあるかな。」

「ゆ、ユーノまで何言ってるのっ!?ヒイロさんがやろうとしていること、普通なら止めないとまずいことだよ!?」

「だって………仕事が楽に済むならそれに越したことは無いと思うよ、うん。」

「ユーノユーノ。ヒイロさんがやろうとしていること、一般的には犯罪、犯罪だから。」

 

光のない虚ろな目でそういうユーノにフェイトは彼の肩を掴んでゆさゆさと揺らしながらなんとか正気に戻そうとする。

 

 

「…………レジアス・ゲイズ。お前が敵かどうか、見定めさせてもらう。」

 

 

ユーノとフェイトのやりとりを見ながらもヒイロは空間パネルに映っているレジアスの写真に視線を向けながら、言葉を零した。

 

そのあと、ユーノと話すことは話したため、彼とはそこで別れたヒイロはフェイトと共にガジェットの現場検証に戻った。

結局のところ、破壊したガジェットからは大した情報を得ることはできなかったが、キャロがガジェットの動きが急激に良くなった少し前に召喚魔法の反応を感じ取ったという証言からガジェットに召喚獣が取り付いたことで動きが格段に良くなったということになった。

 

はっきり言ってヒイロには俄かに信じられないが、魔法ならばそういうことも可能なのだろうと自身の中で結論づけ、ヒイロ達、機動六課は隊舎へと帰還した。

 

 

 

「…………どうやら、馬鹿は見つかったようだな。」

 

隊舎に戻ったヒイロ達だったが、その時にホテルアグスタから被害届が提出された。内容は、積荷を盗まれたことに関してものだった。

ここまではまだ普通の被害届として受理することは可能だが、今回は訳が違った。

その盗まれたという報告はヒイロが警備員から聞いたリストにない品物以外なかった。

つまり、被害届を提出した人物は、そのリストにない品物、ヒイロの予測では密輸品かそこら辺の表立っては言えないものと踏んでいた。

そのため、簡単に、というよりそもそも被害届を出すはずがないと踏んでいたが、何を血迷ったのか、ノコノコと被害届を提出してきたのだ。

呆れたように肩をすくめるヒイロだったが、はやての指示によりすぐさま被害届を出した人物の調査を開始。

あえなく密輸品を取り扱っていた人物は取り押さえられた。

 

 

「うんうん、本当にやで。まさか被害届出すとは思わなかったわ。」

 

そういう部隊長室の椅子に腰掛け、頷きながらも乾いた笑みを浮かべるはやてに苦笑いを浮かべるのはフェイトとなのは。

現在、ヒイロを含めたスターズとライトニングの両隊長と副隊長が部隊長室に揃い踏みになっていた。

 

「さて、余談はここまでにして、本題に移ろか。今回たまたま密輸品だから良かったものの、積荷が盗まれたことには変わりはない。それについての原因究明をせなあかんけど、ヒイロさん、どう思う?」

「…………俺か?」

 

壁に寄りかかっていたヒイロが意外性を含んだ視線をはやてに向けるとにこやかな笑みを浮かべながら頷いた。

 

「一応こっちでも調べたけど、あの現場を良く知っとるのはヒイロさんや。そういうのを鑑みて一番初めにヒイロさんに聞いたんやけど、なんか思うことはある?」

 

はやてからこの言葉を受けて、ヒイロは腕を組んだまま少し考え込む仕草を取った。

程なくして、閉じていた瞳を開けると、はやてに自身の考察を述べ始める。

 

「どのみち魔法が絡んでいる以上、机上の空論を超えないが、一般的な視点から見て、今回の積荷の強奪に関与している人物はおよそ三人だ。」

「三人………それだけですか?」

「むしろそれ以上は人目につく可能性が高くなる。盗みを働くにあたって人に見られては本末転倒だからな。必要最低限の人数で十分だ。」

 

はやての側で疑問気に首をかしげるツヴァイにそういうとヒイロは自論の説明を続ける。

 

「まずはガジェット群を召喚していた召喚士で一人。それとその召喚士をキャロと同じように魔法の詠唱中に行動ができないタイプなのであれば、それを護衛する奴で二人。そして強奪の実行犯で三人だ。」

「うーんとよ、ガジェット出してた召喚士の連中と盗んだ奴が同じ一味とは限らねぇんじゃないのか?」

「その可能性もないとは言い切れんが、都合良く戦闘中に盗みを働いたというより、ガジェット群を囮とし、俺達がそれの対応に追われている間に犯行をしたと考えた方が辻褄はまだ合うはずだ。」

 

ヴィータがヒイロの犯行グループが三人であるという推測に訝し気な顔を浮かべるが、ヒイロは状況を鑑みて、同じグループに属している集団による犯行の方が可能性が高いことを伝える。

ヒイロの説明に納得したのか、ヴィータは少し会話を整理した後にそれ以上意見を述べることはなかった。

 

「ふむ、そうなってくると密輸品の中身が気になります。主、密輸品の中身はスカリエッティにとってそこまで価値のあるものだったのですか?」

「それはまだなんともやな。一応、事情聴取とかはやっておるけど、それがスカリエッティと繋がるかどうかと言われたら、はっきり言って微妙なところや。」

 

シグナムが手に顎を乗せながらはやてに密輸品の中身を尋ねるも微妙な顔をしながらまだはっきりとしていないと言った様子で肩をすくめる。

 

「…………物の考え方だが、密輸品自体に意味はないのかもしれんな。」

「え………それってどういうことですか?」

 

不意に放たれたヒイロからの言葉にフェイトが驚いた様子でヒイロに視線を向ける。

 

「重要なのは、俺達から盗みを働いたという事実そのものにある、ということだ。」

 

ヒイロの言葉にシグナムやヴィータはピンと来ていないのか首をかしげ、疑問気な表情を浮かべるだけだった。

なのはとフェイトもシグナム達二人と似たような反応を見せるだけだったがーーー

 

「ーーーーー舐めた真似しよるなー。」

 

ただ一人、はやてだけはヒイロが言わんとしていることを察したのか、口元はニンマリと笑みを浮かべながらも目元から完全に怒りを露わにしていた。

いわゆる、目が笑っていない、という奴である。

 

「えっと………つまり、どういうこと?」

 

はやての様子に困惑気味ながらもなのはが尋ねた。

 

「んー?これは一種のメッセージなんや。スカリエッティからのな。で、その内容なんやけどーーー」

 

 

「例え、私達が立ちはだかろうともそんなん関係なく、いつでも欲しいもん取っていけるっていう事実上の宣戦布告や。」

 

 

はやてがそう言った瞬間、部隊長室の空気が氷点下を下回り、冷え固まった。

共通してこの場にいる全員がコケにされたことに怒りを覚えたのだろう。

 

シグナムからは静かに、それでいてふつふつと、迂闊に近づけば斬られそうな雰囲気をーー

ヴィータから燃えるような怒りが視覚化されそうなほど明らかな怒気を醸し出しーー

フェイトは体からパリパリと稲光が見え隠れしていた。確実にキレているのは明白だ。

そして、なのはに至っては何故か彼女の特徴的なツインテールが溢れ出る魔力のオーラにより重力に逆らって上に向かって逆巻いていた。

 

「……………うわっ……ツヴァイ、こっちに来い。」

 

思わずウイングゼロから顔を覗かせたアインスがはやてや守護騎士達の様子を引いているような目で見ながら居場所がなさ気に視線をオロオロと困惑気味に右往左往させているツヴァイを呼び寄せる。

圧迫感が凄まじかったのか、ツヴァイは救世主でも見かけたかのような明るい表情を浮かべると一目散にヒイロの元へ駆け寄った。

 

「ヒイロ、どうするのだ?この様子だとしばらく時間がかかりそうだが………。」

 

駆け寄ってきたツヴァイの手を優しく包みながら視線をヒイロに向けてアインスはそう尋ねる。

ヒイロはそのアインスの問いに最初こそ、瞳を閉じて我関せずと言った様子だったが、薄く瞳を開け、未だ困惑気味なツヴァイを視界に捉えるとなのは達に気づかれないよう、物音一つ立てずに混沌と化した部隊長室から無言で出て行った。

 

「こ、怖かったですー………。」

 

緊張から解き放たれたのか、部隊長室から出るとツヴァイはヘナヘナと脱力しながらアインスにもたれかかった。

 

「………あの様子だとしばらくはあのままか?」

「………知らん。」

 

ツヴァイの背中を優しくさすりながらのアインスの言葉にヒイロは呆れた様子で振り向き、部隊長室の扉を視界に収めた。その扉は何故だかは知らないがミシミシと悲鳴を上げているように見えたのは幻覚ではないだろう。

 

「…………………。」

 

今にも壊れそうな扉を数秒見つめたのち、ヒイロは怯える二人の妖精を連れて、部隊長室を後にした。

 




刻一刻と近づく魔王降臨の時………。



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第47話 胸に掲げる弾丸は人それぞれーー

「なるほど……これは素晴らしい………!!」

怪しげな緑色の光に照らされた空間で白衣の男がニンマリとした笑みを浮かべる。
その男はどうやら目の前に映っている映像を見て、恍惚といった表情を浮かべている。
何かの主観からの映像なのか、目まぐるしく視界が動くが、その映像は白い翼を持った純白の天使が何か緑色の光を振り下ろすと同時に壊れたのか砂嵐の映像に切り替わる。

「ククッ…………ハハハハハハハハハハッ!!!!」

男は顔を手で覆うと歪んだ笑みを浮かべながら大きく高笑いをあげる。

「素晴らしい………!!素晴らしいよ、その技術!!魔力を一切介していないながらも、他の追従を許さないほどの出力!!ああ、何ということだ……!!よもや私の作り上げた娘達よりも素晴らしいものがこの世にあるとはっ!!」

男は感涙した様子で周囲に誰もいない空間で叫び続ける。

「欲しい………実に欲しい……!!あの天使のごとき翼を有したあの少年……!!是非ともこの手に収めたいものだ……!!」

「Fの遺産のクローン達の成長ぶりも眼を見張るものがある、だが、何よりも今の私は知識欲に溢れている!!あのデバイス、いや、敢えてこういうべきかな?モビルスーツ!!またの名を、ガンダム!!!」

白衣を着た男、ジェイル・スカリエッティは顔を覆っていた手を真上に大きく広げ、舞台役者のように身振り手振りで自身の感動を表そうとする。
しばらくその画面の天使についての感動を言葉にするスカリエッティだったが、不意に動きを止める。

「そしてだ。そろそろ君の作っているものも教えてくれても、いいのではないかね?」

スカリエッティが視線を向けた先には一寸先の見えない闇が広がっていたが、機械的な音、おそらく義手を動かしている駆動音とともに初老の男の笑い声が響く。

「あれはお前でも完成は不可能だ、スカリエッティ。あれは所詮ガワだけの代物だからの。ワシ一人ではどうしようもないわい。」
「私の知識を存分に使ってくれても構わないんだよ?君にはそれだけの才能がある。」
「ふん!!貴様のような奴の手を借りるほど技術者として落ちぶれてはおらんよ。」
「全く、ひどい言い方をするね、君は。」

スカリエッティが残念そうに言うが、暗闇から初老の男の声が返ってくることはなく、代わりに奥へ奥へと消えていく足音が虚しく響いてくるだけだった。
その足音にも何処か、機械的な駆動音が混ざっているのは誰の目にも明らかであった。





殺気と魔力が入り混じる混沌とした異界と化した部隊長室からツヴァイとアインスを連れてこっそり脱出したヒイロは隊舎をほっつき歩く。

 

「そういえば、アインスさん。はやてちゃんの昔ってどんな感じだったんですか?」

 

殺気からそれとなりに離れたからなのか、ツヴァイは怯えたような様子は鳴りを潜め、明るい笑みを浮かべながらアインスに昔のはやてのことを尋ねた。

 

「主のか?そうだな………今も昔も主は変わらぬ優しさを持っていたよ。守護騎士達はもちろんのこと、その時は魔導書としての姿しか見せていなかった私にすら愛想良くしてくれた。本当に、素晴らしい御方だよ。」

 

アインスの言葉にツヴァイはうんうんと唸るように頷いた。さながら彼女のその様子は確かめたかったことに納得しているようでもあった。

 

「………ところで、なぜそのようなことを?ツヴァイがいつ作られたのかは知らないが、私より君の方が主と長い日々を過ごしているだろう?」

「………私にはある程度、アインスさん。あなたの記憶が引き継がれているのです。そこにあった記憶から感じられたのは、感涙とか、そんな感じのものだったのです。でも、それはあくまでアインスさんの記憶であり、私自身の記憶では無いのです。だから、どうしても本人に聞いてみたかったのです。」

「………なるほどな。わかった。私の主観からで良ければいつでも話に応じるよ。もっとも、話しを聞きたければ、その都度ヒイロのところに赴いてもらわなければならないがな。」

「はいです!!!」

 

アインスとツヴァイ。同じ祝福の名前を冠した二人の仲睦まじい会話を聞きながらもヒイロは無言で隊舎を練り歩く。時刻は既に日が傾きかけ、空はオレンジ色に彩られていた。もうすこし時間が経てば、日は完全に沈み、夜の闇が包みこむだろう。

そんな風に外を眺めていると、隊舎の敷地内に広がる森の中、生い茂る木々の葉が風に煽られたその隙間から一瞬、光が漏れたような気がした。

ヒイロがその光が見えた方角に目を凝らそうとしたその時ーーー

 

グゥゥゥゥ〜

 

 

そんな気の抜けたような音がヒイロの周囲から鳴り響いた。明らかに空腹時にしかならないような音だったため、呆れ顔でその音源を探すと、恥ずかしそうに腹をさすっているツヴァイの姿が目に入った。

 

「え、えへへー、ご、ごめんなさい……。」

 

顔をわずかに赤らめながら笑う小さな妖精の姿にヒイロはその呆れた視線をツヴァイに集中させる。

 

「・・・・・・。」

 

数秒、ツヴァイに視線を向けていたヒイロだったが、僅かに肩を上下させ、息を吐くとツヴァイから視線を外し、再び歩き始める。

最初こそ、ヒイロの行動に困惑気味だったツヴァイだがーー

 

「何をしている。どのみちお前もアインスと同じで他人がいなければ食事にありつけない口だろう。手は貸してやるからさっさと来い。」

 

食堂に向かってくれることを察したツヴァイは先を行くヒイロの後を慌てた様子で追っていった。

 

 

 

 

「ヒイロ、本当に森の中に誰かいるのか?」

「森の中で、あの光のようなものが生まれるのは不自然だ。仮に野生動物の目が光っていたと言われても離れた隊舎から見えるほどの光量になるのは無理がある。

確実に何者かがここにいる。」

 

食堂で夕飯を食べたヒイロとアインスはそろそろ部隊長室の熱りも冷めた頃合いだと判断したツヴァイと別れて数刻前にヒイロが見かけた謎の光の正体を探っていた。

仮に敵であるのであれば、迅速に対処しておく必要がある。そんなヒイロの警戒心からの行動であった。

反面、アインスは半信半疑な様子で森の中を進んでいくヒイロの肩に乗っかっていた。

ある程度草木を掻き分けていると、不意にヒイロが立ち止まった。

 

「………いるな。」

「……どうやら、ヒイロの言っていたことは本当のようだな。」

 

ヒイロとアインスも険しい表情をしながら暗い森の中を見つめる。視線の先の真っ暗な森の中から、なにやら電子音のようなものと、ヒイロが立てていた草木を掻き分ける音が響いてきたからだ。

ヒイロは程よい高さの草むらに身を潜めるとそのまま息を殺し、草むらを掻き分ける音の主をじっと待ち伏せる。

 

「…………手を挙げろ。」

 

その音の主がヒイロが身を潜めている草むらを通り過ぎたことを確認するとヒイロは草むらから姿を現した。その謎の人物がヒイロに顔を向けるより早く、その無防備な背中に向けて、右手に展開したバスターライフルの銃口を突きつける。

ヒイロの銃口を突きつけられた人物は咄嗟に両腕を上げ、無抵抗を示した。

 

「ちょ、ちょっと待て。お前、ヒイロだよな?俺だよ。俺。」

「…………ヴァイス・グランセニックか。こんなところでなにをやっている?」

 

バスターライフルを構えているヒイロにホールドアップされた人物、ヴァイスは顔の表情をひくつかせながらヒイロに振り向き、震えた声でそう伝える。

声質からヴァイスであることを察したヒイロはバスターライフルを下ろし、ヴァイスに行動の詳細を尋ねる。

 

 

「いやいや、それはこっちのセリフだっつーの!!突然背中にライフル突きつけられたと思ったらお前なにやってんの!?」

「…………電子音の正体はお前ではないようだな。」

「お前スルーかよ!!アインスさんもなんか言ってやってくれ!!」

「え………?まぁ、トリガーに指を当てていなかったし、ヒイロなら撃たないことくらいはわかっていたが………。」

「いや、確かに射線上に隊舎あるから撃たないと思うけどよぉ………。」

 

鬼気迫ったヴァイスの訴えにもヒイロは我関せずといった様子で視線を森の中に向ける。森の中からまだ電子音が響いていたからだ。

ヴァイスはヒイロに対して苛立ちを覚えながらも髪をグシャグシャと掻き乱し、なんとか平静を保とうとする。

 

「で、お前はその電子音の正体を探りに来たわけだな?」

「ああ。あの電子音の正体はなんだ?知っているのであればさっさと教えろ。」

 

僅かに語気を強めながらの言葉だったが、ヒイロは一切意に介する様子を見せずにヴァイスに詳細を求める。

ヒイロのその憮然とした態度にため息をつきながらもヴァイスはその音の正体を伝え始める。

 

「あれはティアナの嬢ちゃんがやっているなのはさんの教導の反復練習の音だよ。その場から動かずに周囲に展開したマーカーが光って、それに銃口を向けるっていう奴のな。大方、お前が聞いた音ってのは、そのマーカーが鳴らしている音だろうよ。」

「FW陣には休息の連絡が出ていたはずだが………。」

「…………ミスショットがよっぽど堪えたんだろうな。あれからもう4時間はやっているぜ。」

「お前の方からはなにも言っていないのか?」

「一応言いはしたが、あんまし効果ないみてぇだ。ありゃあ何言っても止まらんと思うぜ。」

「………そうか。」

「んじゃ、俺はここら辺で戻らせてもらうぜ。」

 

僅かに肩をすくめた仕草を見せたヴァイスはヒイロに手を振りながら隊舎に戻っていった。

 

「ヒイロ、どうする?」

「・・・・・・・・・・。」

 

アインスの問いかけにヒイロは答えることはなく、代わりにティアナがいるのであろう森の奥に足を踏み入れることで自身の意志を伝える。

森の中を歩いていると、僅かに開けた空間が現れる。

そこではクロスミラージュを展開したティアナがヴァイスが話していた通りに周囲に展開したマーカーが発光するたびにその銃口を突きつける訓練をしていた。

内容的に四方八方から現れる敵に素早く銃を向けることを重点的にやっているようだ。

 

「・・・・・・・。」

 

ヒイロとアインスはティアナの視界から見えない場所にある木々の後ろから彼女の様子をじっと見つめていた。

しばらく様子を伺っていると軽く休憩を取るのか、肩で息をし、額から流れる汗を拭いながら一息ついていた。

そのタイミングでヒイロは隠れていた木々から離れ、ティアナに近づく。

 

「ハァ………ハァ………ヴァイス陸曹、今度は何の用ーーー」

 

荒い息を吐きながら近づいてきたヒイロをヴァイスだと勘違いしたティアナが視線をヒイロに向ける。

 

「って………え、ヒイロ………さん?それに、アインスさんも?」

 

まさかヒイロがいるとは露程も思っていなかったのか、驚いた表情をしながら呆けたような視線をヒイロに向ける。

 

「お前達FW陣には休息の指示が出ていたはずだが。自主的なトレーニングか?」

「………そう、ですね。あの時のミスショットは、もうしたくないので。」

「・・・・そうか。」

「あの、ヒイロさん。その、ありがとうございました。あたしのミスショットの弾丸からスバルを守ってくれて。」

 

ミスショットを繰り返さない。ティアナのその言葉にヒイロはさほど多くは語らずに素っ気なく答える。だが、ミスをなくそうとする気概自体は別にとやかく言うつもりはヒイロにはなかった。

そう思っていたところにティアナがヒイロに頭を下げ、ミスショットからスバルを救ったことの感謝を述べる。それはまるで、ホテルでなのはにスバルを助けてくれたことでお礼を言われた時のようだった。

 

「………なのはに言われたか?」

「え……?まぁ、そう、ですね。少し、任務終わりになのはさんと話したんですけど、一番最初にヒイロさんにお礼を言うようにって・・・。」

 

違和感を覚えたヒイロがそう尋ねるとティアナは僅かに表情を暗く落としながらそう答えた。

ティアナの答えにヒイロは僅かに呆れたような雰囲気を見せる。開口一番にヒイロへのお礼を促すなど、はっきり言って順序が違うからだ。

ティアナの無茶の理由を問いただした上で自分へのお礼を促すならまだしも、始めに援護した人間へのお礼を優先するのは正直言っていかがなものかとヒイロは考えていた。

 

「ヒイロさん・・・・?」

 

ヒイロの雰囲気を感じ取ったのか、ティアナが疑問気に尋ねるが、ヒイロは口を横一文字に噤むだけで、何も答えなかった。

 

「ティアナ、私がとやかく言えた義理ではないと思うが、休める時に休んでおくのも、訓練の内の一つだ。ヒイロも海鳴市での任務の時に言っていただろう?」

 

ヒイロの肩に乗っていたアインスが優し気な笑みを浮かべながらティアナにそう投げかける。

しかし、ティアナはその言葉に対して、悔し気に表情を俯かせる。

 

「………あたしは少しでも強くなりたいんです。キャロのようにレアスキルを持ってはいませんし、エリオやスバルのように輝かしい才能もない、ましてや、なのはさん達のように魔力量も多いわけではないんです。だから、凡人のあたしには人一倍、もしかしたらそれ以上に練習を積み重ねていくしかないんです。」

 

そう言ってティアナはヒイロに背を向けて、先ほどまで行っていた練習の続きを行おうとする。

 

「…………ティアナ。お前は一つ、重大なミスを犯している。」

「え………?」

 

ヒイロの言葉にティアナは思わず足を止めて、振り向いた。

 

「お前達FWの中でスバルの役割はなんだ?」

「え、っと、前に積極的に攻めていって、相手の攻撃を引き受けながら、単身で敵陣に切り込んでいく、フロントアタッカー・・・。」

「エリオの役割はなんだ?」

「どの位置からでも、攻撃ができたり、そこからの離脱ができるヒットアンドアウェイの戦法が基本の、ガードウィング・・・。」

「続けて、キャロの役割はなんだ。」

「…………ポジションの最後尾で仲間の支援を念頭に置く、フルバック………。」

 

ヒイロの質問にティアナはポツポツとながらも答えていく。

 

「・・・・・お前自身の役割はなんだ。」

「あたしは・・・中・遠距離をいち早く制圧し、あらゆる相手に、適切な弾丸をセレクトし、命中させる……それがあたしのポジション、センターガード、です……。」

「これで最後だ。ティアナ、お前にほかの三人のいずれかとポジションを入れ替えて戦うことはできるか?」

「それは、つまり………あたしがスバルみたいにフロントアタッカーをするってことですか?」

 

ティアナの言葉にヒイロは僅かに頷くことで、ティアナの質問が大方合っていることを伝える。

ティアナは少しの間考え込むと再度、ヒイロに視線を向ける。

 

 

「それは………多分、今はできません。あたしはスバルみたいに防御が硬いわけではないので………。でも、やらなきゃならない場面が来ないとは限らないってあたしは思います。」

「…………それが理解できているのなら、それでいい。」

「え………?」

 

ティアナは意外そうな視線をヒイロに送った。正直にいって、ヒイロに何か言われると思っていたところだったが、まさかの肯定を告げられたのだから。

 

「強くなろうとする意志、それを否定するつもりはない。だが、出来ることと出来ないことの分別もつかないまま強くなろうとするのであればそれはむしろ自身が出来ることの範囲を見失うことになりかねない。それにーーー」

 

「できないことは自分一人でこなそうとするわけではなく、周りの奴らに任せるのも手の一つだ。」

「それは、なのはさんにも言われました………前後左右、全てが味方だって。」

「言われるまではお前はそれをできていたか?」

「うっ………。」

「ついでだが、エリオが言っていたぞ。自分自身の力不足でお前の暴走を引き起こしてしまったのかとな。」

 

ヒイロの言葉にティアナは一度ハッとしたような表情を浮かべるが、すぐさま表情に暗く影を落とし、俯いてしまう。

 

「お前が力不足に苛まれるのは勝手だが、それを周りにまで伝播させてどうする。指揮官の立ち位置に就いているお前がそのような気の持ちようでは周囲の奴に余計な迷惑がかかるだけだ。」

「っ………あ…………。」

「…………?」

 

ティアナが心底から驚いているような表情を浮かべていることに気づいたヒイロは彼女に疑問気な視線を送った。

 

「えっと、その、よく見ているんですね……。私がスバルとかエリオに劣等感を抱いていること………。」

「先ほどまでの会話や、お前の教導中の様子を見ていれば自ずとわかることだ。」

「そう………ですか………。」

 

ティアナはヒイロの言葉にたどたどしくそう答えると、視線をヒイロから外し、別の方向に向ける。

その視線は暗く僅かな星が瞬いている夜空を眺めているようだった。

 

「なのはさんも、私のこと、わかってくれているのかな………。」

 

ティアナの突然ポツリと零した言葉にヒイロは訝し気に眉をひそめながらも無言を貫くことでティアナにその話の続きを促す。

 

「実況見分が始まる前、少しなのはさんと話す機会があったんです。前後左右、全てが味方。そう言われたのもその時だったんですけど、あの人は私のミスショットに関して、やんちゃの一言で済ませてしまったんです。」

「やんちゃだと?一歩間違えればスバルが墜とされていた可能性が高かったことをなのははやんちゃの一言で片付けたのか?」

 

ヒイロの言い草にティアナは若干表情を歪めたが、しっかりと首を縦に振り、肯定であることを示した。

 

「あの人にとっては、その程度の認識なのかなって、感じちゃって………。なのはさんは常に前線に出ていたエースオブエース。そんな感じの考えになるのも仕方のないことなのかなって………思っちゃって……。」

 

そう言ってどこか自虐気味な笑みを浮かべるティアナにヒイロは苦い表情を浮かべた。

 

「アインス、お前はどう思う。」

「…………四発カートリッジはただでさえ危険な行為だ。その魔力を内包した弾丸がミスショットとして直撃を受ければ、ただでは済まないのは明白だ。それをやんちゃで済ますのは、私個人の考えとしては疑問を呈したいのが正直なところだ。だがーーーー」

 

「高町なのはほどの高い魔力適正があるのであれば、その危険指数は大いに下がるだろう。事実、私がまだ闇の書の管制人格だったころは平然とカートリッジを三つは使っていた。」

 

なのはにとってカートリッジを三つ使うことは造作もない。しかもそれが10年前から既にできていた。

さらに言えば、人間とは必ずしも成長するものだ。それはなのはとて、もちろん例外ではない。

ヒイロ自身、今のなのはがどれほどまでカートリッジをまとめて使用できるかは知らないが、可能性が決してないわけではない。

 

「なのはの奴、まさかとは思うが自分が出来ることを他人も出来ると思っているのか………?」

「その可能性は流石にどうかと思いたいが………仮にそうだとすればかなり度し難いことにならないか?」

「あの、ヒイロさん、それにアインスさん………。」

 

ヒイロとアインスが難しい表情を浮かべていることに気が引けているのか、ティアナが申し訳なさげにそう二人に声をかける。

 

「………どうして、あたしなんかのためにそこまで気にかけてくれるんですか?」

「………まぁ、私は正直なところヒイロについていくしか他ならない存在だからな。こうしてウイングゼロの中に入っておかねば、ろくに体を保つことすらままならない体だ。」

「だったら、ヒイロさんは……?」

「…………お前が俺と同じことを繰り返そうとしているからだ。」

「ヒイロさんと、ですか?」

 

ヒイロの発言にティアナは疑問気に首をかしげる。ヒイロの言葉にはまるでヒイロ自身がティアナと同じようなことをしたことがあるかのような言い草だったからだ。

 

「俺は一度、敵の流す情報に踊らされた上に、自分自身の軽率な判断によって、敵対していた組織の中で俺たちと対話の道に進もうとしていた奴を殺したことがある。」

「え………!?」

 

ヒイロの言葉にティアナは目を見開いて驚いた様子を露わにする。

 

「今回のお前のミスショットと俺が犯したミスには共通点がある。周りをろくに見ず、一人で戦おうとした点だ。」

 

ヒイロはティアナに向けて、今回のミスショットについて、ティアナが取れたはずであろう選択肢を羅列していく。

 

取れた選択肢は主に二つ。

 

迂闊に前に出ることはせずに、素直に防衛ラインを形成しつつ、向かっていたヴィータやヒイロと合流すること。

 

そしてもう一つはーーー

 

「前に出るにしてもエリオとキャロを後ろに下げるべきではなかった。二人の戦闘スタイルは主に妨害と支援だ。二人を連れていけば、エリオがスバルとともに囮やお前の射撃の時間稼ぎを熟すことも出来る筈だ。さらにキャロの支援魔法を用いれば、幾分かお前の射撃魔法の援助もできただろう。」

「まぁ、要はもうすこし周りを頼れ、ということだな。何も、周りに頼ることは弱さではない。それをヒイロはわかってほしいと言っているんだ。」

「…………アインス………。」

 

ヒイロの説明を要約したアインスがヒイロの肩の上でティアナに柔らかい笑みを浮かべる。

そんなアインスにヒイロは僅かに目を細め、抗議しているような視線を送る。

しかし、アインスはまるでどこ吹く風といった様子でヒイロの視線を一切気にしていない様子で変わらない笑みを浮かべている。

 

「ちっ………これだけは言っておく、過度な訓練は身体を余計に疲労させ、安易なミスを生む。わかったならさっさと自室に戻って睡眠を取っておくんだな。」

 

矢継ぎ早にティアナにそう忠告したヒイロは踵を返して隊舎へと戻っていった。

取り残された彼女は呆然とした様子で隊舎へと戻っていくヒイロの後ろ姿を見つめる。

 

「…………一人で戦わずに周りをもう少し頼れ、ね。」

 

ティアナはヒイロとアインスの言葉を思い返すとクロスミラージュを待機状態のカードに戻し、懐にしまった。

 

「………兄さん。あたし、自分の弾丸を見つけるよ。もしかしたら遠回りかもしれないし、兄さんの目指したランスターの弾丸とは違うかもしれない。でもーーー」

 

『お前のための、戦いをしろ。』

 

ティアナは脳内でヒイロの言葉を反芻する。最初こそ、ヒイロの言い草には思うものがあった。だけど、ヒイロの言葉には何故だか、自身の経験が入っているようにも思えた。

 

「あたしは、ティアナ・ランスターとして、兄さんの夢だった執務官、目指してみる。だから、見守っていてほしい、かな。」

 

ティアナは夜空にきらめく星々を見上げながら亡き兄に向けて、そう誓うのだった。




おや、スカリエッティラボに珍妙な男が………?


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第48話 レジアス・ゲイズ

また増えた…………(白目)何がとは言わない。


ヒイロがティアナの自主的なトレーニングを見に行った次の日。ヒイロはいつものようにまだ時刻は四時を回ったばかりで日が昇ったばかりだったため、所々にしか光が差し込んでいない隊舎の中を歩いていた。

やることがそれほどないため、割と朝の散歩もどきが日課になり掛けているのは本人とアインスだけの内緒である。

 

「………もはやあの二人を起こさずに部屋から出て行くのも手馴れたものだな。初めから二人は起きてなかったが。」

「………任務と比べれば難易度は高くない。」

 

ヒイロが寝ている部屋=なのはとフェイトの部屋のため、いつも部屋から出て行く時には二人を起こさないように細心の注意を払って抜け出している。

もっともヒイロはいつもソファで、部屋の主であるなのはとフェイトはベッドで寝ているため、ヒイロが過剰な物音さえ立てなければそれほどバレる要素はないのだが。

 

「ところで、結局なのはのことはどうするのだ?」

 

アインスが不安気な表情をしながら、ヒイロになのはのことについて尋ねた。

ヒイロは特に言葉を返すことはしなかったがその雰囲気にはどこか難し気に考えているようにも思えた。

 

「……現状では、なのはの真意はよくわからない。直接聞くのも手の一つだが、教導中に奴のところに赴くのは、ティアナに余計な気を使わす可能性も否定はできん。だから今ははやてからハッキングの許可を取り、レジアス・ゲイズを嗅ぎまわることを最優先にするつもりだ。」

「………それもそうか。お前も言っていたが、後ろ盾をしっかりとせずに楽に後ろから敵や味方に刺されたなどとなれば笑える話ではないからな。」

「あぁ。その後の憂いをなくすためにもはやてから許可をもらいたいのが正直なところなのだがーーーー」

 

そこまで話したところで不意にヒイロが足を止めた。疑問気に思ったアインスが彼の顔を見ると、その視線はどうやら隊舎の外へ向けられているようだった。

そのヒイロの視線につられるように同じようにアインスも外を見ると、森の上、具体的に言えば、昨夜ティアナが隠れて自主練をしていた辺りの上空に水色の、人が乗れるほどの幅がある帯が広げられていた。

 

そして、その上を滑るように走っているのは、マッハキャリバーを展開しているスバルだ。彼女がいるということは、あの青い帯はスバルの魔法である『ウイングロード』で間違いないだろう。

そのウイングロードの上でスバルは下に向かって何かを話しているようだ。

大方、誰と話しているかは想像に難くはない。

しばらく、スバルの様子を眺めていると、不意にスバルがヒイロのいる隊舎に視線を向け、そして、目線がかちあった。

 

彼女と視線が合ったと判断したヒイロはそのタイミングでわかりやすく肩をすくめるような仕草をする。

それを見たスバルは表情をひくつかせながら顔の色を真っ青に染め上げていた。

 

「あー・・・・いわゆる朝練、という奴か。」

「・・・・そのようだな。」

「行くか?」

「・・・・向こうも俺たちを視認している以上、この状況で見て見ぬ振りはいらん誤解を与える可能性がある。あいつらにも悪いことをしているという自覚はあるのだろう。でなければ顔を青くしたりはしないはずだからな。」

 

アインスの確認にそれとなりの理由を述べたヒイロは隊舎のエントランスから再び外へ向かう。

途中、スバルの方に視線を向けたが、当の本人はウイングロードから降りたのか、上空にその姿が見えず、同じようにウイングロードの青い帯状の足場も消失していた。

 

「別段、隠すようなことでもないと思うが………。」

 

アインスの軽い笑みと言葉を聞きながらヒイロはスバルの元へ向かって行く。

もっとも、スバルの側にはもう一人いるだろうと、ヒイロにはある種の確信もあったがーーー

 

「あー、ヒイロさん。おはようございます。その、どうかしましたか?」

 

ヒイロの予想通り、昨夜と同じ場所にティアナがいた。彼女の表情こそ申し訳無さげなものではあったが、そこまで深刻なものではなかった。

そんな彼女の後ろに隠れているスバルは顔だけを覗かせて、ヒイロの表情を伺っていた。

 

「…………俺自身、お前たちの鍛錬に口を出すつもりはなかったが、そこの後ろで隠れている奴が妙な反応を見せたせいであらぬ誤解を受ける可能性があった。お前たちには一度妙な噂を広められた前科があったからな。」

 

ヒイロがそういうとティアナは軽くため息をついた。そして、自身の後ろに隠れているスバルに細めた視線を向ける。

 

「あ、あはは………その節は、申し訳ないです、はい。」

 

二人の鋭い視線にスバルは苦笑いをしながらしょぼくれた目をしてしまう。

 

「そういえば、せっかく来てしまったんだし、お前達が一体なんの鍛錬をしているのか聞いてもいいか?」

「えっと、スバルとの新しいクロスシフトの練習、ですね。」

「クロスシフト・・・・?」

「要はコンビネーション技って奴です。」

 

アインスの質問に答えたティアナの言葉の中の聞きなれない単語に疑問気な表情を浮かべるヒイロにティアナがすぐに簡単な説明を入れた後、その新しく編みだそうとしているクロスシフトの概要を説明していく。

 

その二人が考えたクロスシフトはスバルがウイングロードを使った三次元機動で敵を翻弄。

その間にティアナが目標に向けて砲撃魔法を発射する。これだけ聞けば普通のスバルを囮にしたコンビネーションなのだが、この攻撃の本命は、ティアナの砲撃魔法ではなかった。

 

それは、ティアナ自身による目標への直接攻撃であった。砲撃魔法を撃とうとしているティアナはあくまで彼女の十八番である幻影魔法によるもの。

本物のティアナはスバルが展開したウイングロードを駆け上り、相手の頭上を取り、落下の勢いを組み込んだ近接攻撃、というのが彼女らの考えているクロスシフトCというものであった。

最初こそ、司令官ポジションであるティアナが目標に近接攻撃を仕掛けるなど、耳を疑うようなことであったが、ティアナがクロスミラージュの銃口から魔力刃を展開し、銃剣のように固定化させる。

 

「・・・・・どう、ですか?」

 

説明を終えたティアナからヒイロにそのクロスシフトについての評価を尋ねられる。

 

「・・・・・一つ聞いておく。なぜ俺に評価を求める?」

「えっと………その、ヒイロさんはなのはさんより慣れると聞きに行きやすいというか、何というか………。それに、やっぱりこういうのは俯瞰的に見てくれる人がいないと意味がないと思うので。」

「普通であれば、お前達スターズ分隊の隊長であるなのはに尋ねるのが筋だと言うべきだが………同時に時間を持て余し気味の俺に聞くのも筋が通っていなくは無い。いいだろう。」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 

ヒイロが承諾する意志を示すとティアナは表情を明るいものに変える。

 

「それで本題の評価だが、説明を聞いただけでははっきり言って評価は出来ん。そもそもとして、お前達のそのクロスシフトもまだ実用段階には至っていない。」

「あ、あれ、何でわかったんですか?」

「お前が俺を見つける直前、真下に向かって声をかけていたな?あれは地上にいたティアナにどう動けば良いのか尋ねていた。違うか?」

 

疑問気な表情を浮かべるスバルに向けられたヒイロの言葉は、そのスバルの表情を驚愕のものへと変えさせる。

 

「すっご………これはヒイロさんに頼んだのは失敗じゃなかったかも………。」

「………どういうことだ?」

「いや〜、ヒイロさんに見つかった時結構焦りながらティアに駆け寄ったんですけど、ヒイロさんなら大丈夫とか言ってて。周りといつもツンケンしていたティアが私以外に絆されてるところは結構珍しかったんで。それも男の人に。」

「ちょっ///この馬鹿スバル!!なんで余計なことを言うのよ!!ヒイロさんはあくまで見てもらうだけなんだからね!!ま、まぁ、信頼できないって言ったら、嘘に、なるけど………。」

 

スバルの言葉に最初こそ、怒りの表情を浮かべるティアナだったが、徐々にその声量は小さくなっていき、最後に至ってはヒイロから視線を逸らし、髪の毛をいじりながら細々とした声になってしまった。

 

(あ〜れれ〜?おっかしいぞ〜?思っていた反応と違うんだけど………。)

 

ティアナの予想外の反応にドギマギとした表情を隠しきれないスバルであった。

ヒイロは訝し気な顔でスバルの顔を見ていたが、指摘するようなことはしなかったのは不幸中の幸いだった。

 

 

「ひとまず、現状はお前達自身で考えろ。俺はお前達が何ができるかをそこまで把握しているわけではない。典型的な例として先ほどティアナが幻惑魔法とやらを使えると言っていたが、あれは俺には初耳だ。そして、ある程度戦術としての形を成してきたら俺を念話で呼べ。かわりにアインスが反応してくれるからな。」

「あ、はい。わかりました。」

 

スバルがヒイロの言葉にそう返すのを聞き届けるとヒイロは隊舎の方へ戻っていった。

 

それから二日ほど経ったが、未だティアナもしくはスバルからそのクロスシフトを見てほしいという念話はない。

彼女らは日中は基本、なのはの教導でしごかれている。その上で寝る間を惜しんだり、早朝早い時間に起きて例のクロスシフトの練習をしているのだ。

しかし、それでも時間がかかるのは当然だろうとヒイロはそう判断していた。

 

「ヒイロさん。ちょっとええか?」

 

突然、背後から声をかけられたヒイロだったが、一切驚いた様子を見せず、歩いていた足を止め、自身の後ろに振り返る。

そこにはなにやら意を決した表情を浮かべていたはやてがいた。

 

「…………何か用か?」

 

はやてと向き合いながらそう尋ねるヒイロにはやては一度深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。

 

「………頼みたいことがある。ついてきてもらってええか。」

「…………いいだろう。」

 

ヒイロははやての後ろをついていくような形でとある部屋に付き添われる。

その部屋は前回、ヒイロがティアナの個人情報を見ていた時に利用していた事務室だ。

その部屋に案内されるとフェイトを筆頭にライトニングとスターズ両部隊の隊長、副隊長が雁首を揃えていた。その場にはもちろん、なのはの姿もあった。

 

「ヒイロさん。今回呼んだのは、ヒイロさん自身が前々からお願いしとった管理局へのハッキングや。普通はこういうことはしないのが当たり前なんやけど、フェイトちゃんの報告やヒイロさんの推察からスカリエッティと繋がっている可能性のあるレジアス中将に仕掛けることにしたわ。」

「………ユーノからあの男についてある程度は聞いてはいるが、前々から黒い噂の絶えない男らしいな。」

 

ヒイロがそう言うとはやては重々しく頷いた。

 

「しかし……ハッキング、といっても具体的にはどうするのだ?」

 

シグナムが疑問気にヒイロにハッキングについての詳細を尋ねる。基本前線で剣を振るうことが仕事の彼女にとって、専門的な知識が求められる機械技術に関してはよくわからないのだろう。

 

「ハッキング、と一言で言うが俺がやろうとしていることは正確に言えばクラッキングに近いものだ。」

「…………全然分からん。」

「…………クラッキングは悪だと覚えておけばそれでいい。」

 

説明を面倒くさがり、端的にシグナムに言うヒイロ。

しかし、シグナム本人はそれで納得したようでそれ以上の質問はしてこなかった。

 

「確認する。クラッキングを行うといっても、レジアス・ゲイズに関する情報が確実に見つけられる確証はない。無駄骨になる可能性もあれば、最悪逆に向こうに嗅ぎ付けられることもある。それでも俺に許可を下ろすか?」

「大丈夫。ヒイロさんならどんなことでもやってのけてくれるって信じとるから。」

 

ヒイロの最終確認にはやては満面の笑みを持って送り返した。それを見たヒイロは用意された端末に視線を向けーーー

 

「………任務了解。」

 

と、一言だけ呟いて席に着き、キーボードに指を乗せる。

 

「これより管理局のデータベースにクラッキングを仕掛ける。まずはセキュリティホールを見つけ出し、そこからデータベース内部に侵入する。」

 

ヒイロがキーボードを尋常でない速度でタイピングを始めるとデスクトップに次々とブラウザが立ち上げられ、画面を覆い潰していく。

 

「お、おおっ!?な、なんだぁ!?なにが起こってんだぁ!?」

 

目まぐるしく変わっていく画面にヴィータは目を輝かせ、子供くさい表情を浮かべながらヒイロの作業を見つめる。

ヒイロはそのヴィータの驚いている声に一切耳を貸していない様子で次々と現れ

、目が回りそうになるほど出てくるブラウザを処理していく。

 

「やはり、普段魔法などに頼っている奴らが作っているからか、セキュリティ面は脆弱のようだな。さらに管理局ほどの巨大な組織のデータベースとなれば、セキュリティホールの数も無数に存在する。」

「それって、隠すことはできるんか?」

「できないわけではない。もっとも全ては不可能な上に今回の目的とは違う。」

 

 

はやての声にそう答えながらもヒイロはキーボードを打ち込む作業のスピードが下がることはなく、むしろ一段階スピードを上げ、クラッキングの作業に勤しむ。

 

「データベース内部に侵入。これよりレジアス・ゲイズ周辺を洗いざらい精査する作業に移る。」

「え………まだ10分くらいしか経ってないよ?」

 

フェイトの疑問気な声に反応こそは見せなかったものの、代わりにヒイロは空間パネルにとある画像を映し出す。

その画像はなにかの建物の間取り図のようだが…………

 

「あ、これ、地上本部の当時の設計図面やないか。」

「こ、これが!?」

 

はやてがヒイロが出した間取り図が地上本部の建物の設計図面であることを伝えるとなのはは心底から驚いているような声を上げながらその図面を見つめる。

 

「こういうのを手に入れてしまえば、内部構造を把握し、地上本部に侵入した時に楽に目的のポイントへ向かうことができる。」

「…………そう考えるとおっそろしいなー………。」

「そのほかにもデータベースで偽装のIDやパスワードを作成し、セキュリティに引っかからないようにすることも可能だ。」

「そ、そんなこともできちゃうんですかっ!?クラッキングって!!」

「………その辺りはまだ常套手段だ。…………これは……。」

 

クラッキング作業を続けていたヒイロが訝しげな視線を見せると、進めていた作業を中断し、その映し出されている画面に視線を集中させる。

 

「なんか見つかったんか?」

 

はやてからそう問われたヒイロは視線を移すことはしないも、周囲の人間に見えやすいように拡大したものを表示する。

現れた画面につられるように視線を移すとそこには二つの計画のプランが書かれている用紙があった。

 

「人造魔導師計画に戦闘機人計画………?」

「字面から察するに、前者はクローン技術を利用し、後天的にリンカーコアを取り付けた人口的な魔導師。後者は、アンドロイドの類かと思われるものだ。さらに言えば、レジアスはこれら二つの計画で生み出された存在を管理局の戦力として徴収する算段だった可能性もある。」

 

フェイトの呟きに自身の軽い推察を交えながらヒイロはさらに端末を操作し、別の画面を表示する。

 

「前々からこの戦闘機人と呼ばれる代物を戦力として活用しようとする事例はあったようだ。最高評議会と呼ばれる奴らの主導で行われた研究。そのデータが廃棄されたデータに残っていた。それをサルベージしたのがこれだ。」

 

ヒイロが表示したデータにその戦闘機人についての研究データを表示する。

そのデータには戦闘機人に関しての実験結果をつらつらと書き記したものが表示されていた。

人工骨格や人工臓器で形成された鋼の肉体は先天的な才能が求められる魔導師より安定した戦力を確保できるとして、それとなり有望な研究だったのだろう。

しかし、最初こそ好意的な研究結果が書かれていたが、研究が進むに連れて、拒絶反応や長期的な使用により機械部分のメンテナンスが定期的に必要というコスト面での問題により、その計画は一度頓挫しかけていた。

しかし、その問題はある材料を使うことによってある程度解決した。いや、()()()()()()()()のだ。

その戦闘機人を作る上での問題を解決したその材料とは、人間であった。

正確に言えば、人間をあらかじめ戦闘機人を構成する機械に適合する生体部品として産み出すという常軌を逸脱したような方法であった。

そして、その馬鹿げた解決方法を持ってきてしまった人物は、そのデータにしっかりと残っていた。

紫色の髪に怪しくきらめく金色の虹彩をもったその瞳。まさしく、ジェイル・スカリエッティその人であった。

 

「決まりだな。レジアス・ゲイズはジェイル・スカリエッティと繋がりが存在する。少なくとも奴はスカリエッティの存在を認知はしている筈だ。」

「………わかった。ありがとう。ヒイロさん。」

 

ヒイロの結果報告にはやてはわずかに悲しそうな表情をしながら頷いた。

はやてが管理局に入局した理由。ヒイロは知らないが、それははやて自身と同じようにロストロギアで人生を狂わされるような人間をなくすためであった。

しかし、本来、人々を守らなければならないはずの管理局がこうして裏で人の倫理に外れるようなことをしていたことに少なからずの失望感を抱いているのだろう。

その証拠にはやての瞳はどこか遣る瀬無い思いに満ち溢れていた。

 

「………証拠まとめたら、クロノ君やカリムの協力でレジアス中将に令状を出す。」

「はやてちゃん…………。」

「大丈夫。そんな顔しなくても私は大丈夫だから。」

 

なのはが心配そうな顔を浮かべるがはやてはそれをどこか力無い笑顔で返した。

 

「レジアス・ゲイズの検挙を行うのは別に構わんが、少なくとも今はやめておけ。こちらの仕事を余計に増やすだけだ。」

「え………?」

「ちょっと待てよ。ソイツはスカリエッティと繋がりがあるんだろ?なんですぐに捕まえねぇんだよ。」

 

ヒイロのレジアスの検挙をやめさせるというニュアンスの言葉にはやては困惑し、ヴィータはヒイロに険しい視線を向けている。シグナムもどことなく目つきを鋭くし、ヒイロの言葉を待っているようだった。

 

「………私もヒイロさんの言葉に賛成かな。」

「テスタロッサ………お前もか………?」

 

おずおずと手を挙げ、ヒイロに賛同する声を上げたのはフェイトだった。そのことに、流石のシグナムも鋭い視線を解き、驚いたように目を見開く反応を見せざるを得なかった。

 

「レジアス中将はたしかに黒い噂こそあるけれど、その高い手腕のおかげで地上の犯罪率が抑えられているのは事実なんだ。いわば、抑止力なんだ、レジアス中将は。そんな中、レジアス中将を検挙してしまえば、その強い抑止力によって行動を起こしていなかった犯罪者集団が一気に行動を増やすことになる。地上にはスラムとかもあるからね。そうなれば、少なくともその事件の担当が私たちに回ってこないとは限らない。ううん、確実に回ってくる。地上の方にはあまり本局ほど人材があるわけじゃないからね。」

「要は俺たちにレジアス・ゲイズの穴埋めをやらされることになる。それはつまり戦力を分配せざるを得ない状況下でスカリエッティとの戦いを繰り広げなければならないことを意味する。そのような戦力を削がれた状態で勝てる相手なのか?スカリエッティは。」

「…………やるにしても事件の熱りが冷めてからっちゅうわけやな。」

 

はやての言葉にフェイトは無言で頷き、ヒイロはそもそもとしてそれらしい反応すら見せない。しかし、ヒイロの反応を肯定と受け取ったはやては腕を組んで、悩ましげな表情を浮かべながらこれからの方針を考える。

はやての心中ではできれば後の憂いをなくしておきたいため、レジアスを検挙しておきたいというのが本音ではあった。

しかし、そのレジアスという曲がりなりにも犯罪の抑止力となっていたダムをなくした時に溢れ出る犯罪という名前の水の量を鑑みた時、肝心な時にそちらの対処に追われて、本命であるスカリエッティとの戦闘の時に動けないという事案だけは回避はしておきたかった。

 

「…………わかった。今はやめておく。」

「……ごめんね。はやて。ちょっと我慢を強いることになっちゃって。」

「ううん、そんなことないで。たしかに後の憂いをなくすために動いてもその結果が余計に仕事を増やす結果にしてしまっては本末転倒やからね。」

「事が済んだなら、後は侵入した形跡を削除するが、問題ないな?」

「オッケーやで。何回も同じこというけど、ありがとな。」

 

はやてのお礼を聞くだけ聞くとヒイロは端末に向き直り、自身がデータベースに侵入した形跡を抹消する作業に入った。

それの作業も数分とかからないうちに終了し、ヒイロ達はそこで解散となった。

 

そして、時刻は進み、日が沈み、ミッドチルダを照らす二つの月がはっきりと見えるほどの夜になった頃ーーー

 

「む…………ヒイロ、ティアナから連絡だ。例のクロスシフトがある程度できたから見てほしいとのことだ。」

「わかった。すぐにそちらへ向かうと伝えておけ。」

 

ティアナからの連絡を受け取ったアインスがヒイロにそう告げると足早に隊舎の外へ向かった。

そんな隊舎の外へ出たヒイロを二階の窓からたまたま見かけた人物が一人ーーー

 

「あれ、ヒイロさん?こんな時間に外へ出て何をしているんだろう。」

 

窓に手を当て、外へ出たヒイロを疑問気に見つめていた人物。しばらく見ていると不意に足を止めたヒイロが視線を感じたのか、その人物が見つめている場所にピンポイントで振り向いた。

突然のことにその見つめていた人物は瞬間移動とも取れるようなスピードで咄嗟に移動し、ヒイロの視界に映る前に窓から離れることに成功した。

デバイスも介していない状態でそのようなスピードを行使できる人物は機動六課の中では一人しかいない。咄嗟に移動した場所の壁に背中を預け、荒い息をしているのは、フェイトだった。

 

「はぁ……はぁ……び、びっくりした。咄嗟にブリッツアクションで逃げちゃったけど、見られてないかな………大丈夫かな………。」

『普通であれば、それはないと言いたいところですが、相手が相手ですので。』

「う、うん。そうだよね………。」

 

自身の相棒であるバルディッシュの言葉に苦笑いを浮かべながら息を整える。

 

『行きますか?』

「えっ!?」

『気になるのではないのですか?』

「そ、それはそうだけど!!」

 

バルディッシュからの突拍子もない言葉にフェイトはわずかに上ずった声で言い返す。

 

「うう………でもヒイロさんにもプライバシーが………。」

『ヒイロ殿をご自身の部屋に連れ込んでおいて今更何言ってるんですか。プライバシーもへったくれもないでしょう。』

「そ、それは、その………一緒に、居たかったし………。」

『そうしたいのであれば、さっさと行った方が得ですよ?ヒイロ殿も別に拒みはしませんし。』

「そ、そうかな、大丈夫かな……。」

『…………もしかしたら他の女性との逢い引きを「行く。」決断早いですね。』

 

爆弾を投下したバルディッシュが自身の使い手の残念っぷりに呆れた様子で機械的な音声を流しているのを尻目にフェイトはヒイロの後をつけていった。

 




書いていて感じたキャラ崩壊ランキングベスト3〜〜〜〜(唐突)

第3位 ティアナ(予定)

なんかツンデレキャラになりそう。本職が海鳴市にいるというのに。

第2位 アインス

管制人格という枷が外れたためなのか、割とはっちゃけ気味。実はヒイロの性格的に言わなそうなことは全部言わせてる。

第1位 フェイトそん

最近ヒイロのためならなんだってしそうな感じになってきた。どうしてこうなった。

>>>愛、ですよ!!(CV大人クロノ)
>>>なぜそこで愛っ!?(CV永遠の17歳、ちなみに娘さんは21。)



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第49話 夜の帳に包まれた隊舎にてーー

警告、警告

今回の話にて作者の筆がおかしくなったせいでヒイロがとんでもないことしてます。
でもアインスに唆されただけだからね!!
何気にリリーナ様にもしてないことしでかしてる。




「…………誰かに見られていたな………。」

「魔力反応のようなものは見れたが………一瞬だった上に微量しかなかったからだれのものかは判別はできなかった。すまない。」

「………向こうから来ないのであれば問題はないだろう。気にするな。」

 

ヒイロは二階の窓から誰かの視線を感じたが、ヒイロが視線を向けた時にはその見ていたと思われる人物の姿は既に消えていた。

アインスに労いの言葉を投げかけながら、ヒイロはティアナとスバルが待っている森のわずかに開けた場所に向かう。

草むらをかき分けていくと、既にスバルとティアナが自身のデバイスを展開しながら待っていた。

 

「ひとまず、形は成してきたらしいな。」

「はい。とはいえ、やるにあたってちょっと不安もありますけど………。」

「……それは、戦術面でのものか?」

 

ティアナのどこか不安そうにしている表情にヒイロはコンビネーション面でどこか難しい壁に直面しているのかと感じ、ティアナに尋ねる。

しかし、ティアナはフルフルと首を横に振り、戦法面で不安を覚えているわけではないことを伝える。

 

「あたし自身、というよりスバルの方にあるんですけど………。」

「ティア、それは私自身が大丈夫って言ったじゃん。」

「それでも、なのはさんの教導に反しているのは事実でしょ。」

 

あっけらかんとした笑顔を浮かべているスバルにその不安気な表情を浮かべたまま、ティアナはスバルと視線を合わせる。

 

「………そのクロスシフトはスバルがなのはの教導にないこと、要は基礎に則っていない戦法を取るというのだな?」

「………そんな感じです。実は明日、なのはさんと模擬戦をやるんです。FWをエリオとキャロ、スバルとあたしの二チームに分けて、それぞれなのはさんと2対1の模擬戦。」

 

ティアナの言葉を聞いて、ヒイロはひとまず考え込むような仕草を見せるが、すぐに思案を切り上げてしまう。

決してティアナの不安気な表情を見過ごしたわけではない。

 

「………まずはお前達の考えたクロスシフト。それを見せろ。そこからでも考えるのは遅くないだろう。」

「………わかりました。」

 

ヒイロの言葉にひとまず頷く態度を見せたティアナはクロスミラージュになにか命じると、デバイスからオレンジ色の魔力光で構成されたスフィアが現れる。

そのスフィアを出した張本人であるティアナにそのスフィアのことについて尋ねてみると、いくらかの自律行動のできる標的としてのスフィアのようだ。

 

そのスフィアはティアナの手から離れてフヨフヨと飛んでいくとある一定の高さで動きを固定する。

 

「それじゃあ、行くわよスバル!!クロスシフトC!!」

「おうっ!!」

 

まず、スバルがウイングロードで足場を形成し、宙に浮いているスフィアの周囲を縦横無尽に走り回る。ティアナもヒイロのそばから離れ、森の中を疾走する。

おそらく自分が撃ちやすいポジションに移動するためだろう。

ヒイロが少しの間、ティアナに視線を向けるもすぐさま上空でウイングロードを出し続けながらスフィアを追うスバルに視線を移す。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

気迫のこもった声を上げながら、スバルは右腕のリボルバーナックルを大きく振りかぶりスフィアに突撃を仕掛ける。

当然、スフィアも反撃とばかりに魔力レーザーを撃ってくるも、それをスバルは突撃するスピードを一切落とさず、左手にベルカ式の魔法陣を障壁として展開し、飛んでくるレーザーを防ぐ。

 

「やや荒削りだが、本命がティアナの攻撃なのであれば、惹きつけとしては及第点か。」

 

スバルの荒っぽい突撃だが、それが惹きつけを主としておいているのであれば、むしろ多少無理をした方が相手の視線を奪うことはできるだろう。

ヒイロはスバルの行動にそんな評価をしながら二人のクロスシフトを見続ける。

 

「む、ヒイロ。ティアナの魔力反応だ。使っている魔力量自体は少ないが術式としては砲撃魔法の類だ。」

 

アインスからそのような通信が入り、ヒイロが視線を移すと木陰からスフィアに向けて、クロスミラージュを向けていた。

そのクロスミラージュからは徐々に魔力の塊が膨張していき、今か今かとその砲撃の機会をうかがっていた。

 

「…………何か妙だな。あのティアナ。」

「ん………?そうか?わたしには特に………いやーー」

 

ヒイロの違和感に疑問を呈するアインスだったが、その表情は感嘆といった唸るようなものに変わった。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

ティアナの砲撃魔法に気を取られたのかスフィアが足を止めた瞬間をスバルが見逃さず、リボルバーナックルを打ち付ける。

その攻撃にスフィアは咄嗟に防御フィールドを展開することで防ぐ。

 

「ウイングゼロのセンサーがティアナを捉えている。今わたしとヒイロの視界に写っているティアナだが、あれはーー」

 

アインスが砲撃魔法を撃とうとしているティアナに視線を向けていると、突然、そのティアナが消失した。まるで元々そこにいたティアナが幻だったかのようにーー

 

「彼女の幻惑魔法だ。素晴らしいクオリティだ。ウイングゼロのセンサーでなければ私でも分からなかった。」

「ならば、本物のティアナはーーー」

 

ヒイロが視界をスバルに戻したまさにその瞬間、これまでスバルが展開していたウイングロード、その青い道を自身の足で駆け上っているティアナの姿が現れた。

 

「幻惑魔法に姿を隠す魔法、か。これらを駆使しつつ、仲間との連携を組み立てれば、第一線でも十二分にやっていけるだろう。」

「………俺は魔法に関しては全くの素人だから判断はつけられんが、お前が言うのであればそうなのだろうな。」

 

足か自分自身の体に重力に囚われないように浮遊用の魔法でもかけているのか、いわゆる宙吊りの状態になっても墜落する様子が見えないティアナはスフィアの頭上を取ると、右手に握ったクロスミラージュの銃口からブレードを形成する。

 

「これで………!!」

 

そう意気込みながらウイングロードから足を離すとそのクロスミラージュから出したブレードを自由落下の加速度をひっくるめた攻撃をスバルの攻撃を防いでいる最中で身動きが取れないスフィアにぶつける。

二方向からの攻撃にスフィアは敢え無くそのバリアを破られ、その身を粉々に粉砕される。

 

「できたぁーー!!できたよティアー!!!」

 

クロスシフトが完成したことの喜びからなのか、スバルがウイングロードの上に降りたティアナに飛びついた。

 

「ちょっとスバル!!離れなさいよ!!成功って言っても明日の相手はなのはさんなのよ!!」

 

ティアナは鬱陶しさからかスバルに離れるように声を張り上げるもその表情からスバルの行動を悪く思っているようには見えなかった上に振り払おうとする様子すら見えないことから本気で嫌がっているわけではないのだろう。

スバル本人もそれが分かっているのか、緩んだ表情を見せたまま、ウイングロードを地面に向けて伸ばし、地表に降り立った。

 

「とりあえず、一通り流しでやってみました。どうですか?」

「お前から前もって概要自体は聞いたため、あのクロスシフトの動き、それ自体には特に疑問は感じなかった。このクロスシフトの要である司令官ポジションのティアナによる近接攻撃も着眼点は悪くない。」

「おお、思ったよりも高評価………。」

 

ヒイロがクロスシフト自体に高評価を出したことにスバルは意外といった反応を見せながらヒイロの言葉に耳を傾ける。

 

「だが、あの最後の近接攻撃に関してだが、必然的に懸念材料が生まれる。ティアナ、お前はあの攻撃を避けられるなり、シチュエーションはどのようなものでも構わんが仮にあの攻撃を外した場合、その後どのように行動すべきだ?」

「そう、ですね………やっぱり一度引いて立て直す、とかそのあたりかと………。」

「その時間があればいいがな。最後のあの攻撃、仮にバックステップでも踏まれ、後ろに後退されれば、ちょうどお前たちは一直線上に固まることになる。そこを砲撃魔法でまとめて仕留められる可能性が高い。ましてや明日の相手が砲撃魔法に長けているなのはであれば言うまでもないだろう。」

「………この戦法がハイリスクなのはわかっています。本来前に出ない私があんな感じに前に出張って近接攻撃を仕掛けるんですから。」

「ああ。だが、俺はお前のその発想に至ったことを認めてはいる。」

「え………?」

 

ヒイロの言葉が一瞬理解できなかったのか、ティアナは呆けたような表情を浮かべる。

 

「人は戦っているのであれば、必ず自身の間合いではない距離感で戦わなければならない時がくる。それが戦場というものだからな。」

 

「だから自身の得意分野を伸ばすだけに留まらず、不本意な距離で敢えて戦い、経験を積み、成長しようとするその姿勢や努力、そして向上心。それらを俺は認めているつもりではいる。」

 

「それと個人的な考えだが、お前の真骨頂は幻惑魔法、そして姿を隠せる魔法を用いた周囲との連携にあると思っている。そこさえ抑えておけば例え魔力が少なかろうが、お前にはそれを覆せるだけの()()()()()。」

 

そこまでヒイロが言ったところで呆然としていたティアナにある異変が起こる。

不意にその瞳からホロリと涙がこぼれたのだ。

突然の出来事にスバルは思わず彼女の肩に手をかけ、ヒイロは訝しげな視線を送りながらもどこか困惑しているような様子を見せながらティアナを見つめる。

 

「え、ティアっ!?どうかしたの、大丈夫!?どこか痛めたっ!?」

 

スバルがその不安気な表情を声として形にしたように困惑気味に、さらに矢継ぎ早に言葉を投げかける。そのスバルの言葉にティアナは口元を手で覆い、嗚咽をこぼしながらも首をフルフルと横に振ることで別段、どこか怪我をしたわけではないことを伝える。

 

「あた、し……今まで……そんなこと……言ってくれる人……いなくて……!!ずっと……ずっと才能が、ないって……っ思ってっ、いた………!!」

 

「だけど………今、ヒイロさんに……才能はある、とかっ……言われて……泣いちゃって………ごめん、なさい……!!」

 

ティアナは嗚咽をこぼしながらも今まで自身が認められてこなかったことへの感情を吐露する。

ヒイロはそのティアナの独白を静かに聞いていた。それこそ彼女が泣き止むまで待つのも計算に入れていたが………

 

「ヒイロ、少しいいか?」

「………なんだ?可能であれば手短に済ませろ。」

「彼女、相当溜め込んでいるのはわかっているだろう。ここでひとえに全部吐き出させたほうが後のためかもしれない。」

「そうか。だが………一体何をすればいい?対処法がよくわからないのだが。」

 

ウイングゼロから出てきたアインスがヒイロの肩に乗りながら、ティアナの抱えているものを全部吐き出させるようにヒイロに促させようとする。

しかし、ヒイロはその仕方がよくわからないと疑問気な表情を浮かべる。

珍しく人にどうすればいいのか尋ねるというヒイロの姿にアインスは微笑ましい表情をしながら彼に耳打ちをする。

 

「………それは本当に効果のあることなのか?」

「さぁ………私は元々プログラムの身だからな。だが、可能性としては大いにありだと思うぞ。」

 

そういうアインスの言葉にヒイロは僅かにため息を吐くと、未だ泣き止む気配のないティアナのそばまで歩き始める。

 

「あ、最後にだが、ちゃんと優しげにやるんだぞ。いつものごとく無表情で無感情な声で言われても効果が全くないからな。」

「少し黙っていろ。」

「ヒイロさん………?」

 

なかなか場に似つかわしくない会話にスバルは僅かに困惑気なものを孕んだ視線をヒイロに送る。

 

「……………………………ティアナ。」

「っ………何……ですっ……かぁ………。」

 

ヒイロに名前を呼ばれたティアナは涙で上ずった声、さらに鼻をすすりながらもヒイロに言葉を返す。

 

「………………………。」

 

長い沈黙の後、意を決したような表情をしたヒイロは真正面に向き合っているティアナの背中に腕を回すと、優しく自身が立っている方向に抱き寄せた。

 

「ふぇ………!?」

「!?!???!??」

 

突然のヒイロの行動にスバルは空気が抜けたような声とともに開いた口が塞がらないというようにあんぐりと口を開け、ティアナは目を白黒させながらも、大した反応すら取れずに、そのままヒイロの肩に顔を乗せてしまう。

 

その時、ヒイロが立っている場所の後ろの草むらの方で何かガササッと物音がしたのは風が吹いたせいだと思いたい。

 

「………………今まで、よく頑張ったな。」

 

アインスの言う通りにヒイロ自身からの視点では出来る限り声を柔らかめに、ティアナにこれまでの彼女の辛かったであろう人生を労うような言葉を投げかける。

その言葉は両親を幼い頃に亡くし、唯一肉親だった兄すら居なくなって、たった一人で戦ってきたティアナにとっては何よりの言葉であった。

そこから先、ティアナは堰を切ったように大粒の涙を零し、大声で泣き叫んだ。

 

 

「あの、ありがとうございました………。その、結構大胆なことするんですね………。」

 

しばらくすると泣き止んだのか、ティアナが顔を真っ赤にしながら無言でヒイロから離れる。

代わりにスバルがティアナほどでもないが頰を赤く染めながらヒイロにお礼を言った。

 

「………アインスの言っていた俺にはよくわからないことを実行に移しただけだ。」

 

それだけ言うとスバルは一礼だけして、ティアナを連れて戻っていった。

 

「…………本当にお前の言う効果があったのか?」

「多分………大丈夫、なはず。」

 

曖昧な返事をするアインスに思わず鋭い視線を向けるヒイロだったが、既に過ぎたことだったのもあって追及などをすることはなかった。

ついでに言うと、ヒイロには一つ、確認しておかなければならないことがあったからだ。

ヒイロはスバル達を見送ると二人と同じように隊舎に足を進めることはなく、ふと視界に映った草むらに迷うことなく一直線に足を進ませる。

 

「…………お前は何をやっているんだ、フェイト。」

 

草むらの奥を見るために視線を下に向けるとその影で隠れるようにしゃがみ込んでいるフェイトの姿を見つける。

 

「えっと………その、夜にヒイロさんがなんだか外へ出て行っているのを見て、追ってきました。」

「…………つまり外へ出た時の視線もお前か。」

 

ヒイロが呆れた口調でそう言うとフェイトは静かに頷いた。しかし、その表情は周囲が暗い上にフェイトの顔に影がかかってしまい、その表情を伺うことはできなかった。

疑問が解決したヒイロはそのままフェイトを置いて隊舎に戻ろうとするが、なにやらズボンを引っ張られる感覚を覚える。

何事、といっても力のかかっている方向から誰がズボンを引っ張っているのかはわかりきっていた。

 

「何か用か?」

 

ヒイロは再度フェイトの方に視線を向ける。そのヒイロの視界にはフェイトがヒイロのジーンズの端を摘んで引き止めているのが映っていた。

 

「ティアナのこと、抱いていたよね。」

「…………有り体に言えばそうなるな。アインスに唆されたというのもあったが。」

「……………いいなぁ………。私にもやってくれないかなぁ………。」

 

ブツブツと言葉を紡ぎ、自身の願望をそれとなりに伝えるフェイトだったが、はっきりいってヒイロは面倒だと思うだけであった。

 

「………なのはにでもやってもらえ。」

「ヒイロさんがいいです。」

 

なのはの方にその欲望をぶちまけろというヒイロであったが、フェイトに即座に自身がいいと言われてしまい、言葉を僅かに詰まらせる。

 

「明日もお前に執務官としての仕事があるのではないのか?さっさと自室に戻って寝たらどうだ。」

「それもそうですけど、今のこれと執務官としての仕事は別問題として置いておきます。」

 

果たしてそれでいいのだろうか、とヒイロは思ったが、指摘したところで何かが進展するわけではないのは目に見えていたため、口には出さないようにしていた。

 

「…………。」

 

ひとまずフェイトが不貞腐れている(?)現状を心底から面倒だと感じているヒイロは彼女の腕を掴んで無理やり立たせる。

無理やり立たせられたフェイトは僅かにバランスを崩すもすぐさま立て直し、ヒイロに向き直る。

無理やり立ち上がらせたことにより、今まで影がかかってよく見えなかったフェイトの表情が明らかになった。

 

その表情はヒイロの予測通り、口を窄めることで尖らせ、不貞腐れてはいるような表情であったが、同時に顔を僅かに紅潮させてもいた。

 

「むぅー…………。」

 

おまけにこの明らかに不貞腐れていますと言っているような声を上げる始末であった。

 

「…………お前のせいでかなり面倒なことになった。」

「…………まさか、テスタロッサが付いてきているとは思わなかった。」

 

ヒイロの言葉にアインスは少しだけ申し訳なさげにそういうのだった。

そのアインスの発言にヒイロは呆れたように肩をすくめるとフェイトの手を掴んで引きずるように隊舎へと連れて行く。

 

「ヒ、ヒイロさん!?」

「…………勘違いするな。明日の任務で寝不足が原因で目も当てられないようなことをして欲しくないだけだ。」

 

驚いたような表情を浮かべるフェイトだったが、ヒイロに手を握られていることをなんとなく嬉しく感じたのか、表情を綻ばせながら、隊舎に引きずられていくのだった。

 

 

 

 




堕ちたな(確信)

フェイトとはやての両方を堕とした挙句にティアナまで堕としたと聞いて、私は確かにこう言ったと思います。

なんてことだ、もう助からないゾ♡


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第50話 激突する空

祝50話突破!!
でも今回の字数、およそ15000………だいたいいつもの二話分が今回の話に………めちゃんこ長くなったお(白目)


「あ、あの………ヒイロさん。」

「………なんだ?」

 

ヒイロに手を引かれながら隊舎に戻っているフェイトが不意にヒイロに声をかける。

 

「その………えっと………」

 

何かヒイロに尋ねようとしたフェイトだったが、なぜか顔を赤らめて、口調がしどろもどろになってしまい、なかなか話を切り出せない。

 

「…………ティアナとスバルに何をしていたか、だな?」

 

なんとなくフェイトが尋ねたいことを察したヒイロはその質問の内容を口にする。聴きたいことを言い当てられたのか、フェイトは静かに頷いた。

 

「………端的に言えば、奴らにクロスシフトを見てほしいと頼まれ、それに応じていただけだ。」

「や、やっぱり、そうだったんですね………でも、昼間になのはの教導を受けた後にもさらに練習を重ねるなんて………。」

「ついでにだが、あの二人はこの夜中の時間帯のほかに早朝からも訓練を行なっている。」

「と、止めようとはしなかったんですかっ!?それで身体を壊したりしたら、なのはの二の舞になる可能性だって……!!」

「あるだろうな。」

「だったら………!!」

「過度な訓練に関しては既に奴らに釘を刺してはある。その後もそれとなりに奴らの様子を遠巻きに見ていたが、日をまたぐ時間帯まで行っていることはなかった。もっとも、そもそものところ、俺が奴らの訓練を見つけられたのも偶然の要素が強かったがな。」

 

ヒイロは淡々とティアナのスバルのこれまでの自主的なトレーニングをフェイトに伝えながら隊舎へと向かっていく。

 

「それとだが、ティアナから明日の教導でなのはとの模擬戦を行うと聞いたのだが、それは本当か?」

「え………?うん、確か、午後からだったはずだよ。私は午前中は執務官としての仕事が入ってるからその模擬戦の時に間に合うかどうかはわからないからエリオとキャロの模擬戦もなのはに任せているけど……。」

 

フェイトからそのことを聞いたヒイロは彼女から視線を逸らし、僅かの時間考え込む。

 

『それでも、なのはさんの教導に反しているのは事実でしょ。』

 

ヒイロの心中で、ティアナのこの言葉がなぜか色濃く残っていた。それはある種の直感的なものであった。

 

「…………フェイト。その模擬戦、俺も見ていても問題はないのか?」

「?………うん。一応、ヴィータも立ち合うはずだから、あの子の側にいるだけなら問題はないよ。」

 

ヒイロの問いにフェイトは一瞬疑問気な表情を浮かべるが、深く理由を聞くようなことはせずに、ヴィータの側にいれば問題ないことを伝える。

 

その言葉を聞いたヒイロは少しばかり考え込むような表情を浮かべる。

そのことが気にならないフェイトではなかったが、彼の横顔を見つめるだけでヒイロに握られている手の温もりに表情を緩ませているのだった。

しかし、それも隊舎に戻るところまでであり、隊舎に入るなりヒイロは人目につくからか、すぐさまフェイトの手を離した。

そのことに微妙に寂しさを覚えるが、離した理由がわからないほど図太い人間ではないため、先を行くヒイロの後を追いかけた。

 

「………………。」

 

部屋に戻るなりヒイロの視界に映ったのは部屋の机に映し出した映像とにらめっこをしているなのはの姿であった。大方、今日のティアナたちの様子から明日の教導のプランを考えているのだろう。

それだけならまだいいのだが、彼女の場合は若干行き過ぎている節が見える。

ヒイロがこれまで見ていた限りの範疇で言えば、なのはは基本的に教導が終わり次第自室に戻って、明日の教導のプランを立てている。

一見するとちゃんとティアナ達のことを見ているように思えるが、実のところそうではない。

あくまで彼女が向き合っているのは『画面』の中のティアナ達であり、実際のティアナ達とはこれっぽっちもコミュニケーションを取っていない。

つまり、なのはは知らないのだ。FW四人の人となり、具体的に言えば、ティアナが抱えていた周りへの劣等感だ。

 

「………いつまで映像などと睨み合いをしている。そんなもの、何度も食い入るように見たところで何も変わらないだろう。」

「にゃはははー…………まぁ、これが教導隊のやり方だから…………。」

 

独特な笑い声をあげながらヒイロの言葉を聞き流すように映像に視線を向け続ける。その後ろ姿にはどこか疲れが見えているようにも感じられた。

変わらないなのはの様子に流石のヒイロも呆れた様子を隠せないでいた。

 

「でも明日は午後から模擬戦だから、早めには切り上げて、寝るつもりだよ。」

 

と言いつつもなのはは一向に机から離れる気配を微塵も見せない。少しの間、彼女の後ろ姿を見ているヒイロとフェイトであったが、なのはが机の椅子から立ち上がるような雰囲気は一度も感じられなかった。

 

「えっと、そんなに私に気を使わなくて大丈夫だからね?」

「…………フェイト。ベッドの側にいろ。」

「はい………?」

 

なのはの言葉にしびれを切らしたのか、ヒイロはフェイトに一声だけかけるとなのはの背後に足音一つ立てずに接近する。

フェイトが一瞬、何をするのかと思った矢先、ヒイロは座っているなのはの両脇に手を突っ込んだ。

 

「ふぇーーー」

 

なのはが突然の感触に身体を強張らせた瞬間、ヒイロは一息で彼女の身体を持ち上げ、ベッドに向けて雑に放り投げた。

 

「にゃああああああああっ!?!!??」

「わわわっ!?なのはーーっ!?」

 

ヒイロに言われた通り、ベッドの側にいたフェイトは自身に向けて一直線に飛んでくるなのはに咄嗟に浮遊用の魔法をかけ、なのはを優しくベッドの上に下ろした。

突然の出来事になのはは未だ状況を理解できていないのか、表情を固まらせたまま、目をパチクリとさせていた。

 

「ちょ、ちょっとヒイロさん!!流石に強引が過ぎませんかっ!?」

「………睡眠を取るべき時に取らないやつにはそれくらいの扱いがちょうどいい。」

 

怒っている表情を浮かべるフェイトに吐き捨てるように言ったヒイロはそのままソファに座り込み、何も喋らなくなった。

 

「もう……ヒイロさんったら………なのは、大丈夫?」

「う、うん………フェイトちゃんが浮遊用の魔法をかけてくれてたから、なんとか………。」

 

ヒイロのぶっとんだ行動に流石のフェイトも呆れたようなため息をつき、なのはに安否確認をとった。質問されたなのはは未だ状況を飲み込めていないのか、呆気に取られたような表情を浮かばせながら質問になんとか頷いた。

 

「……投げ飛ばされたけど、ヒイロさんは一応なのはのことも心配してくれているんだよ?それはわかってくれるよね?」

「で、でも明日の教導のプランが………」

「一日くらい大丈夫だって。そんなに切羽詰まるほど見ていないわけではないでしょ?」

「う、うん………。」

 

そういうフェイトになのはは不安気な表情を浮かべていたが、しばらくするとやはり疲れていたのかウトウトと船を漕ぎ始め、最終的には規則正しい寝息を立て始めた。

それを側で見ていたフェイトはふぅ、と一息つくとなのはの側から離れ、ヒイロが座っているソファに向かい、彼の隣に腰掛ける。

 

「なのは、寝ましたよ。」

「そうか。」

「もう、急にあんなことしないでください。びっくりしたんですから。せめて部屋に入る前にあらかじめ言っておいて欲しかったです。」

「あの程度、お前なら造作もないことだろう。そう判断しただけだ。」

 

怒っているような口ぶりのフェイトだが、表情自体にはそのようなものは見えず、むしろ笑みを浮かべているようだった。

 

「それに仮にお前ができなくともなのはがベッドの上に落ちるようには調整をしていた。あとはお前がなのはを寝かしつければどのみち寝ただろう。」

「それはそれ、これはこれです。今度からやるにしてもあらかじめ伝えておいてください。いいですね。」

「了解した。」

 

そうもいいながらもいつも通りの無表情で言っているヒイロに訝し気な視線を向けるフェイトではあった。

ちなみにフェイトはそのままベッドに戻るようなことはせずにソファに座っているヒイロの隣で寝た。

 

 

 

 

次の日、訓練場で投影されたビルの一角、訓練場の全景を一望できるその屋上で神妙な面持ちをしたヴィータが立っていた。

 

「ヴィータ。」

 

そのヴィータに声をかける人物がいた。声のした方角へ振り向くと、彼女の視界にヒイロが映り込む。

 

「おお、ヒイロか。珍しいな、お前がここに顔を出すなんてな。」

「偶然だが、今回なのはがFW四人と模擬戦を行うと聞いた。それについてだが、模擬戦中、近くで見ていても問題はないのか?」

 

ヒイロが訓練場に顔を出してきたことを珍しがるような表情を浮かべるヴィータだったが、ヒイロからの質問に今度は不思議気な表情を浮かべる。

 

「………別にみるのは構わねぇけどよ、ここじゃなくていいのか?」

「なるべく近くの方が見えるものもあるからな。」

「………そうかよ。まぁ距離にもよるけどよ、とりあえず模擬戦の邪魔になんねぇなら問題は特にねぇな。」

「わかった。」

 

ヴィータの言葉にそれだけ返すとヒイロは屋上から出て行き、ビルから降りていった。

ヴィータは視界から消えたヒイロから視線を別の方向に移す。

その視線の先には上空でバリアジャケットを展開し、レイジングハートを構えたなのは、そして、地上に立っているFW四人の姿があった。

 

 

 

 

「さーて。じゃあ午前中のまとめ、2on1で模擬戦をやるよ。」

 

上空でそういうなのはは最初に模擬戦を行うための相手を選んでいるのか、視線を動かす。

そして、その視線がティアナとスバルの二人を射止めるとーーー

 

「まずはスターズから始めよっか。ティアナとスバルの二人はバリアジャケットを準備してね。」

『はいっ!!』

 

なのはの指名にティアナとスバルの両名は気迫のこもった声で答える。

そのことが若干嬉しいのか、なのははわずかに表情を緩めながら模擬戦の準備をするために所定のポイントへ移動を始める。

 

「ティア。」

「ええ、やるわよ。スバル!」

「おうっ!!」

 

ニヒルな笑みを浮かべるティアナにスバルは意気揚々とした声とサムズアップでそれに答えた。

二人もなのはと同じように所定のポイントに向かうとなのはから確認の連絡が届く。

準備が整った証拠にそのなのはの確認に頷くと、なのはが模擬戦を開始する合図を出した。

 

『それじゃあ、模擬戦、開始っ!!』

 

 

そのなのはの掛け声と同時にティアナとスバルの両名は駆け出した。

 

 

 

 

「ハァ………ハァ………。」

 

訓練場に投影されたビルの階段を駆け上がっている人物がいた。息を切らしながら艶やかな金髪を揺らしている人物は、フェイトだった。

いくらそれとなりに鍛えているフェイトとはいえ、自身の足でビルの階段を駆け上がるのは辛いものがある。

しばらくすると階段を駆け登るフェイトの視界に屋上へと続く鉄製の扉が入る。

それを勢いよく開けはなつと、音に驚いたのか、飛び出してきたフェイトに視線を向けているヴィータと、スバルとティアナの次に模擬戦をやることになっているエリオとキャロがいた。

 

「…………もう模擬戦、始まっちゃってる?」

「スバルとティアナがやってるぜ。今のところ均衡状態ってところか。とりあえず、こっちに来たらどうだ?」

 

そうヴィータに促されたフェイトはあがった息を整えるために一度大きく深呼吸してから屋上の落下防止用の柵に手をかける。

そこでフェイトはあることに気がついた。

 

「あれ?ヒイロさんは?一応スバル達の模擬戦を見に来るって言っていたんだけど………。」

「え、ヒイロさんがですか?」

「でも私達、ヒイロさんの姿、見てませんよ?」

 

エリオとキャロが驚き気味に言った言葉にフェイトは首をかしげるが、ヴィータだけはフェイトから視線を外して別の方角へとその視線を向けていた。

その視線の先にはフェイト達がいるビルより一回りほど高く、模擬戦を行なっているなのは達に近いビルがあった。

 

「あそこの屋上にヒイロはいる。なにやら近くで見たいんだとさ。」

 

フェイトはヴィータが言っていたビルに向けて目を凝らしてみる。

すると、ぼんやりとだが屋上の鉄柵に手をかけているヒイロの姿を見つけることができた。

 

「アタシにはヒイロの行動の意味がわからねぇ。別段、見るだけならここでも十分だと思うんだけどさ。」

 

ヴィータのそう言った声が聞こえてヒイロがいるビルからヴィータに視線を戻すと、手のひらを両方とも上に向けて肩をすくめている彼女の姿があった。

さながらヒイロの行動にあまり意味を見つけられていないと言った様子であった。

 

そして、ヴィータのフェイトの話のタネになっていたヒイロ。

彼はフェイト達がいるビルより高さのあるビルの屋上から模擬戦の様子を見守っていた。

状況としては今のところヴィータが言っていた通り、均衡状態であると感じてはいた。しかしーーー

 

 

(……………動くか。)

 

ヒイロが心の中でそう呟いた瞬間、状況に変化が生じた。ビルから10個近くの魔力弾が打ち出されたからだ。

そしてその魔力の色は、橙色。つまり、ティアナが放った弾丸であるということだ。

しかし、そのティアナが放った魔力弾のスピードはどことなく遅く感じる。

少なくともホテルアグスタで暴走させた弾丸のスピードより遅かったのは火を見るより明らかだった。

どちらかといえば、スピードよりコントロールに重きを置いているといったところか。

なのはもそれが分かっているのか、飛んでくる弾丸をよく注視しながら弾丸を避けていく。

しかし、避けられているにも関わらずティアナの弾丸は一目散になのはの元へと飛んでいく。

ヒイロにはこの弾丸がなのはを攻撃するためにも感じられた。それと同時にーーー

 

(………あの魔力弾、奴らが戦いやすい場所へ誘導するためか。)

 

そう思った直後、ヒイロの視界にウイングロードを展開しながらその上をマッハキャリバーのローラスケートでなのはに向けて、疾走しているスバルの姿が入り込んだ。

愚直にも相手に一直線に進んでいくのは疲弊しているならともかく、余力の残っている相手にはただの狙いのまとでしかない。

少なくともなのははまだ十二分に余力を残している筈だ。

 

だが、今回はあくまでスバル自身に視線を向けさせることが重要だ。ただそれだけに限るのであれば、その役目は十分に果たせるであろう。

その突進してくるスバルに向けて、なのはは魔力弾を撃ち込んだ。

放たれた桜色の光弾はスバルが掌から展開した青いプロテクションにより、弾かれる。

そのことになのはは驚いたのかわずかに表情を歪める。

 

「フェイクじゃない………本物っ!?」

「でぇやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

スバルは自身の右手に装着されたリボルバーナックルを大きく振りかぶると、わずかに反応が遅れたなのはにその拳を振り下ろす。

 

「っ!!!」

 

対応が遅れたなのはだったが、瞬時にスバルに向けて手をかざすとそこから円形の防御用魔法陣、『ラウンドサークル』を展開し、スバルの拳を受け止める。

拳を押し付けるスバルにそれを防御するなのは。

先に引いたのは、スバルだった。

 

「っ…………うわわわっ!?」

 

引いたスバルだったが、わずかにバランスを崩したのかウイングロードの上でふらつきながらも何とか体勢を整える。

彼女のリアクションを鑑みるに引いたというより弾かれたと言った方が正しいのかもしれない。

 

「こらスバル、ダメだよ。そんな機動………!」

「すみません!!でも、ちゃんと防ぎますから!!」

 

スバルの行動を指摘するなのはに自身は大丈夫と返したスバル。

その瞬間、なのはの顔にわずかにだが影が差し込んだのは、スバルはおろか、遠目で見ていたヒイロでもわかるよしもなかった。

 

 

「ティアナは…………?」

 

一度引いたスバルから視線を外し、先ほどの誘導弾以降、攻撃がないティアナを探す。

そんな時、彼女の顔に小さい赤い光が当てられた。

それはヒイロにも見覚えのある光だった。その光は銃のアタッチメントの一つであるレーザーポインターの狙いをつけるのを補佐するための光に他ならなかったからだ。

その光から自分に照準が当てられていることを察したのか、光の方角にその視線を向ける。

 

「砲撃魔法、か。だが、昨夜見せたクロスシフトでは………」

「砲撃を撃とうとしているあのティアナは幻影、だな。しかし、彼女の幻影の精巧度はやはり眼を見張るものがある。昨日も同じことを言ったが、ウイングゼロのレーダーでなければ、判別がつかないレベルだ。」

 

予めクロスシフトの全容を知っているヒイロとアインスはこれと言ったリアクションを見せずに淡々とティアナ達のクロスシフトの様子を見守っていた。

 

(特訓の成果………クロスシフトC………!!行くわよっ、スバルッ!!)

「任っされたぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ティアナの念話に答えるように叫ぶスバルはリボルバーナックルからカートリッジをリロードし、再びなのはに肉薄する。

当然機動が分かりきっている攻撃をそうやすやすとなのはが受けるはずもなく、威力の上がったはずのスバルの拳をラウンドサークルで受け止める。

しかし、なのはは先ほどのようにスバルをはじきかえすことはせずにスバルの拳を受け止めるだけ受け止めて、先ほどから砲撃魔法を行おうとしているティアナに視線を向ける。

まさにそのタイミングで、砲撃魔法を撃とうとしていたはずのティアナの姿が、蜃気楼のごとく、最初からそこにはいなかったかのように掻き消えた。

 

「っ…………!?」

 

先ほどまで自身が見ていたティアナが幻影てあることに気づいたなのははすぐに意識を切り替え、どこかにいるはずのティアナの姿を探そうとするが、目の前のスバルがさらに拳を押し付けてくるため、そう簡単に視線を逸らすこともできないでいた。

 

(…………スバル。もしあたしがアンタの名前を呼んだら、その時はよろしくね。完璧に思いつき、ぶっつけ本番の上にできる保証はほとんどない。その三拍子が揃っている、ただの悪あがき。今更だけど、いける?)

(………大丈夫。私とティアの仲だもん。ティアならやれるって信じてるし、ティアを信じる私も信じてるから。)

(なにそれ、変なの。)

 

ティアナとスバル、彼女ら二人の間でしか行われない会話。その会話をお互い心の中で笑顔で済ませたその時、なのはの背後に敷かれたウイングロード、空へと伸びているその青い道の空間が歪み、上へ上へと駆け上がっているティアナの姿が現れる。

 

(さぁて、一発ブチかましていこうかしらね。)

 

ティアナは足を魔法で離れないようにし、ウイングロードを駆け上っている途中、クロスミラージュの銃口からダガー状のブレードを形成する。

 

(あたしはスバルみたいにクロスシフトの才能もなければエリオみたいにスピードがあるわけでもないし、キャロみたいに周りに支援魔法をかけられるわけでもない。あるのは幻惑とか姿を隠したりするほとんど自分の保身にしか使えない魔法。もしかしたら、別の誰かの幻影を作ったり、人じゃなくて物にも将来的には使えるかもしれない。だけどーーーー)

 

 

(今は、今のあたししかできないことを、全力でやる。それだけーーーそれだけでいいんだ。)

 

ティアナは銃口からダガー状の魔力刃を展開したクロスミラージュのグリップ部分を力強く握り、上空からなのはに突き立てようとする。

 

(ーーーーーあれ?)

 

不意にティアナが目線の先にいるなのはに違和感を覚える。別段、なのは自身に何かあったわけではなく、ティアナの心的に余裕になった頭脳があるものを捉えたのだ。

それはわずかながら、本当に少しだけ感じた。なのはの視線。

気づかれているーーーそう直感したティアナはーーーー

 

「スバルッ!!!!!!」

 

思い切り、自身が一番信頼しているパートナーの名前を叫んだ。それと同時に握っていたグリップ部分から人差し指だけをのばし、トリガー部分に指をかける。

引き金を引くと同時にクロスミラージュの撃鉄が稼働し、なのはに向けて弾丸が発射される。

その弾丸はさっきまで銃口から生成していたダガー状の魔力刃に他ならない。

 

「マッハキャリバーーー!!!」

『Wing road』

 

パートナーの声に応えるべく、スバルも自身のデバイスであり、相棒であるマッハキャリバーにウイングロードを伸ばさせる。

その伸びた道はクロスミラージュから放たれたダガーとティアナの間をすり抜けるように伸び、なのはの視界からティアナを見えなくさせる。

直後にさらに爆発音と共に爆煙がなのはの視界を覆い尽くす。先ほど放たれたダガーがなのはのバリアと接触し、炸裂したのだろう。

なのははいち早く視界を確保するべく、レイジングハートを振るい、爆煙を振り払う。

視界をなんとか確保するとティアナがいるであろう頭上を見上げるもそこにはティアナはおろか、先ほどまで彼女自身に拳を振るっていたはずのスバルの姿までなかった。

 

(一体………どこに………!?)

 

警戒しながらなのはがスバルの残したウイングロードから飛び立とうとしたその瞬間ーーー

 

バリンッ

 

と真下から何か割れるような音が響いたと同時に、縄のようなものが自身の右足を縛り付けていく感覚が生じた。

驚いた顔をしながらその原因をさぐるとスバルのウイングロードをぶち抜きながら、ワイヤーが自身の右足に括り付けられていたのだ。反射的になのははバインドの解除魔法で拘束を解こうとするが、自身に括り付けられたワイヤーはなんの反応も示さなかった。

 

(しまったーーーこれ、魔力で編まれていないーーー)

 

 

 

「な、なんだ、あのワイヤーはっ!?」

 

フェイト達が模擬戦の様子を見ていたビルでは心底から驚いた表情を浮かべながらヴィータが声を荒げていた。

 

「何か………先端に尖ったようなものがついているけど………?」

 

ヴィータが驚いている中、フェイトは冷静になのはを括り付けているワイヤーについての分析を口にする。

 

「あ!!あれ、ティアナさんが移動するときに使っているアンカーです!!」

「ティ、ティアナさんの……!?でもなんで………?」

 

エリオが合点のいった表情をあげながらワイヤーについての正体を口にするも、キャロは未だに疑問を隠しきれていない様子だ。

そう、なのはを縛り付けているのはティアナが移動するときに使うアンカーで間違ってはいない。

しかし、肝心のなぜ、なのはを拘束するのにアンカーを用いたかが、未だ明らかになっていない。

 

「………なるほど。ティアナも結構考えてるね。」

「え、何かわかったんですかっ、フェイトさん!!」

「あのワイヤーって魔力で編まれているわけじゃないでしょ?仮に相手を拘束するときに使えば、バインドを破壊する魔法を使われても壊されることはない。キャロだって召喚魔法で金属チェーンとか召喚してガジェットを拘束していたときがあったよね?それと似たようなことをティアナはクロスミラージュのアンカーを使うことでやっているんだよ。」

 

フェイトの説明にエリオとキャロは凄いものを見ているかのような目線を送るしかなかった。

 

「それがお前の突破口か。魔力に頼らずとも、いや、魔力を使っていないからこそ、あの拘束は効果を発揮する。悪くない判断だ。」

 

ティアナの解決策にヒイロもわずかに表情を緩ませながら、仕上げにかかるティアナの行動を見守る。

 

魔法によるバインドではなく、物理的な拘束を受けたことで行動を阻害されたなのは。

いつもの癖でバインドの解除魔法を使ってしまい、時間を取られたなのはは自身の真下から魔力の反応を確認する。

見なくともわかるほどに輝いている魔力光の色は、オレンジ。

つまり、真下にある反応はティアナの魔力によるものだ。

 

 

(スバルのウイングロードを足場にしてなのはさんの真下に潜り込む………クロスミラージュの片方を使ってなのはさんの拘束も完了………あとは………!!)

 

ウイングロードの下に潜り込んだものの地面に向かって自由落下を続ける状況の中、ティアナはもう一丁のクロスミラージュを両手でしっかりと構え、なのはに向けて砲撃態勢を取る。

 

(あたしの全力………正真正銘のラストシューティング………)

 

ティアナはクロスミラージュに自身の魔力を送り込むと、先ほどビルの一角から放とうとしたように、その銃口にオレンジ色の魔力スフィアを発生させ、膨張させていく。

 

「ファントム………ブレイザーァァァァァ!!!」

 

雄叫びとともにクロスミラージュの引き金を引くと身動きが取れないなのはに向けてオレンジ色の魔力奔流が一直線に飛んでいく。

その奔流がなのはと接触した直後、爆発を起こし、周囲は爆煙に包まれる。

着弾はひとまずしたという認識を持ちながらも浮遊魔法を持たないティアナは重力に従い、真っ逆さまに落ちていく。

しかし、ティアナの表情に落下に対する恐怖のようなものはなかった。なぜならーー

 

「ティアッ!!」

 

彼女のパートナーであるスバルがウイングロードを展開しながら、落下中のティアナの体を見事に抱きとめた。

スバルはティアナを抱えたまましばらくウイングロードの上で空を駆けるとビルの上に降り立った。

 

「ふぅ………案外やってみればできるものね。」

 

ティアナはそういうと表情をわずかに緩め、ぶっつけ本番のフォーメーションがうまくいったことに喜びを露わにする。

スバルも笑みを浮かべるティアナに声をかけようとしたとき、不意に視界の端で桜色の光が瞬いたのを見た。

何気なく視線を向けた先には未だ爆煙で見えないが、確かそこにはなのはがいたはずだった。

 

「ティアッ!!離れてっ!!」

 

本能的に危険を察知したスバルはティアナを突き飛ばした。ティアナはスバルが突然自身を突き飛ばしたことに理解が及んでいない様子だったが、スバルがその直後、桜色のバインドで腕ごと体を縛り上げられ、身動きが取れない状態にさせられたのを見て、直感的に未だ晴れない爆煙に包まれているなのはの方を見やる。

 

「バインド!?それにあの魔力………仕留めきれなかった!?油断した………!!」

 

大丈夫だろうとタカをくくった結果、自身の相棒であるスバルがバインドで行動不能に陥ってしまった。

ティアナは自身のミスに歯噛みしながらもクロスミラージュを再度構え、その銃口をなのはに向ける。

ちょうどそのタイミングで爆煙が晴れ始め、中にいたなのはの姿が徐々に明らかになる。

バリアジャケットに黒く燻ったようなあとはあるものの、そこには間違いなく戦闘の続行が可能であろうなのはの姿があった。

 

「…………おかしいなぁ………二人とも、どうしちゃったのかなぁ………。」

「っ…………!?」

 

爆煙から姿を現したなのは。しかし、その表情、声色共々に彼女の魔力光である桜のような色合いのものは存在せず、そこにあったのは完全に色が抜け落ちたような静かな、それでいて恐怖を呼び起こすような冷たいものであった。

今まで見たことがないようななのはの表情と声に思わずティアナは身体を強張らせらせる。

 

「頑張っているのはわかるけど………模擬戦はケンカじゃないんだよ………?」

(不味いわね………理由はわからないわけでもないけど、あのなのはさんのキレ方、とにかく不味いわ。)

 

なのはの変貌っぷりに面をくらいながらもティアナはクロスミラージュを構えたまま、なのはの行動を見逃すまいとして目を凝らし続ける。

 

「練習のときだけ言うこと聞いているフリで、本番でこんな危険なムチャをするなら、練習の意味なんてないじゃない………」

 

なのはのその言葉に一瞬、ハッとした表情を浮かべ、息を飲んだティアナだったがーー

 

 

『人は戦っているのであれば、必ず自身の間合いではない距離感で戦わなければならない時がくる。それが戦場というものだからな。』

 

 

(確かになのはさんの言う通り、本番でムチャをやるようなら、練習の意味なんてないのかもしれない。だけど、そんなことは絶対にない。基礎を盤石にする貴方の教導に無意味なことなんてない。)

 

ティアナは心の中でそう語りかけながらも、口にだすようなことはしない。

言ったところで、何が、どの言葉がなのはの怒りの火に油を注ぐことになるのか、判別がつかなかったからだ。

 

「ちゃんとさ、練習通りにしようよ………。」

 

なのはの言葉に、ティアナは何も答えずにただクロスミラージュの銃口をなのはに突きつける。お互い沈黙の時間が続く中、なのはが口を開いた。

 

「…………ねぇ、わたしの言っていること、間違っている………?」

 

「わたしの訓練………そんなに間違ってる………?」

 

「あたしはもう誰も失いたくはないんです。スバルのような友人に、エリオやキャロみたいに優しく、暖かい仲間。みんなを守るためにも、あたしは強くなりたいんです。そのためだったら、どんな無茶でも、あたしはやります。」

 

 

なのはの言葉にはっきりとした口調でそう言い返したティアナ。その視線はなのはの顔に向けられていたが、彼女の顔に影が差し込んでしまい、その表情を伺うことはできなかった。

 

「だってあたしの周りにはーーー「少し、頭冷やそうか。」っ!?」

 

言葉を続けようとした瞬間、なのはがティアナに指を一本だけ向け、言葉を遮った。

その指の先端には魔力が蓄えられていっていた。明らかな、砲撃魔法の準備に入っていた。

 

「冗談………!!」

 

ティアナはなのはの行動に悪態を吐きながら苦々しい表情を浮かべるとビルからビルへ飛び移り、なのは、というより、スバルから距離をとった。

 

(あんなところで砲撃魔法なんて撃たれたらあたしはともかくスバルが不味いことになる………!!それだけは避けないと………!!)

 

ティアナはビルの屋上を走りながら視線だけをなのはに向ける。砲撃魔法の準備に入っているその指はーーティアナに向けられていた。

 

(まずは狙いはこっちだってことはわかった………!!でもどうするの…………!?あたしの魔力はさっきの砲撃で底がもう見えている………!!)

 

ここでティアナの脳裏に浮かんでいたプランは二つ。

 

一つは残りわずかの魔力を考慮して、誘導弾でなのはの砲撃魔法を中断させる。

もう一つはなけなしの魔力を全部使ってなのはの砲撃魔法に自身の砲撃魔法であるファントムブレイザーをぶつけて相殺する。

 

(ダメ………どっちもできる未来が視えないわ………相手はほとんど万全のなのはさん………どっちを選んでも直撃は免れない………!)

 

「クロスファイア………シュート」

 

思案に耽っていたティアナだったが、なのはの砲撃準備が完了したのか、感情の全くこもっていない声でそういうと、走っているティアナに向けて桜色の奔流が猛烈な勢いで発射される。

 

「しのごのいっていられる暇はない!!」

 

ティアナは決心すると迫り来る砲撃に向けて、クロスミラージュを構える。

 

(避けられないし、相殺もできないなら………!!)

 

その直後、ティアナのいた周辺を爆発音とともに爆煙が覆い尽くす。

 

「ティアーーーーーッ!!!!!」

 

スバルが悲痛な表情をしながら、ティアナに向けて叫び声を上げる。

しばらくもくもくと煙が上がっていたが、その煙が晴れると満身創痍ながらもなんとか立っているティアナの姿が現れる。

意識も保たせてはいるのか、その目から光も失われてはいなかった。

 

(っ…………なんとか撃つだけ撃って威力を減衰させたはずだけど………それでもこの気力の持っていかれよう………つくづく化け物じみた砲撃ね………)

 

息も絶え絶えで文字通り、立っているのがやっとな状態となったティアナはもはやその場から動くことすらままならない。

もはや戦う意志はなく、完全に戦意を喪失しているティアナ。

そんな彼女になのはは無情にも指を向け、もう一度砲撃魔法を放とうとする。

 

(………ああ、これはあたしじゃあ、どうしようもない、かなぁ………)

 

なのはがもう一度砲撃魔法を撃とうとしていることに、ティアナはもはや達観して、クロスミラージュを構えることすらしない。

そんなとき、視界の端に日の光を何かが反射しているような光を見かける。

ティアナが視線だけをそちらに向けると、なのははおろか、スバルや模擬戦の様子を見ていたヴィータ達にもわからないように、不意に口角だけを吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた。

その直後、なのはがチャージしていた魔力をティアナに向けて放つ。

スバルが彼女に涙を浮かばせながら大声で呼びかける中、変わらずの不敵な笑みを浮かべながるティアナ。

 

 

ねぇ………もう一回、貴方のお世話になってもいいですか?

 

 

心の中でそう呟いた言葉にその光の正体はそのティアナの呟きに応えるように翼を羽ばたかせるような特徴的な音を響かせ、ティアナとなのはの間に立ちふさがった。

直後に爆発。爆風がティアナを襲うが、不思議と最初の砲撃で感じた意識が持っていかれるような痛みはなかった。

しばらく爆風に煽られるティアナだったが、その爆風が収まったところでついに限界を迎えたティアナは前のめりに倒れそうになるが、その体を支える人物が目の前にいた。

 

「……あり、がとう………。」

 

ティアナには自身を抱きかかえてくれた人物が分かっているのか、その人物にお礼を述べながら、意識を落とした。

 

「……………なのはの様子がおかしいと判断しただけだ。お前はついでだ。」

 

そうぶっきらぼうにティアナの前に立ちふさがり、砲撃をウイングゼロの翼で防ぎきった張本人であるヒイロは鋭い視線をなのはに向けていた。なのはの表情は変わらずの色のなさだったが、今のところ行動を起こすつもりがないと判断したヒイロは視線を逸らし、バインドで動けないスバルに視線を向ける。

 

「スバル。さっさとティアナを連れて後退しろ。」

「えっ!?で、でも今はーー」

 

バインドに縛られていることをヒイロに伝えようとした瞬間、そのスバルを縛っていたバインドが音を立てて破壊される。

一瞬、何事かと思ったスバルだったが、その視界に半透明な体で宙に浮いているアインスが現れる。

 

「ア、アインスさん!!?」

「バインドは破壊した!!早く彼女の元へ行ってやれ!!あ、それと私をヒイロのところに連れて行ってくれ。」

「は、はいっ!!」

 

アインスを肩に乗せ、自由の身になったスバルは足元からウイングロードを伸ばし、その上を滑りながらヒイロの元へ向かった。

 

「ティアナをシャマルのところへ連れて行け。こんなところに残させるよりは遥かにマシだ。」

「で、でもヒイロさんは!?」

「早く行くんだ!!今はヒイロが立ちふさがっているからいいもののいつまで彼女が待っていてくれるかわからないからな!!」

 

アインスの急かす言葉に背中を押され、スバルはティアナを抱えて後退していった。

スバルが安全圏まで後退したことを確認したヒイロは再度、なのはに鋭い視線を向け、相対する。

 

「どうして邪魔をしたの?」

 

感情がまるで篭っていないような冷たい声でなのははヒイロが乱入してきたことに関して問い詰める。

 

「お前がティアナに一撃目の砲撃を入れた時点で既にティアナに戦意はなかった。それ以上はティアナ自身が危険な領域に達すると判断して割り込ませもらった。」

「何を言ってるの?私はティアナに無茶をすると危ない目に遭うっていうのを体に教えようとしただけ。」

「それが、お前のやり方か?」

「………これが、(教導隊)のやり方だよ。邪魔をするなら……」

 

容赦はしない。なのはは口にこそしなかったが、まるでそう言っているかのようにレイジングハートをヒイロに向ける。

武器を向けられたヒイロは僅かに考え込んだのちに、ウイングゼロの翼の付け根からビームサーベルを引き抜く。

 

「悪いが今の貴様にエリオやキャロの教導は任せられん。どうしてもというのであれば、ここで俺を倒すんだな。ティアナにやったようにな。」

 

ヒイロがなのはにそう言い放った瞬間、なのはの表情が悲痛なものに歪んだ。

 

「………どうして、そんなことを言うの………?やっぱり、そんなに私の教導、間違っている……?」

「なのは………?」

 

なのはの不安気な表情に思わずヒイロは訝し気な顔をし、アインスも不思議そうな声と顔をなのはに向ける。

 

「ねぇ、ヒイロさん……。教えてよ、ヒイロさんのデバイス………ウイングガンダムゼロは、未来を視ることができるんでしょ!?教えてよ、私の訓練は間違っていたのっ!?!?ねぇっ!!!!」

 

言葉を紡いでいるうちに徐々に話すスピードが上がっていき、最終的には矢継ぎ早に有無も言わせないような口調でヒイロに問い詰めるなのは。

しかし、ヒイロはそれに気にかける様子を全く見せずにただこれだけを言い放った。

 

「知らん。そんなくだらないことでゼロを使おうとするな。」

 

ヒイロの言葉になのはは面を食らった顔をすると、表情を俯かせ、暗い影を落とした。

 

「くだらない?私がずっと、ずっと悩んでいたことをくだらない………!?」

 

「なんで、どうして…………!!!」

 

「ああああああああああッ!!!!!」

 

絶叫とともに涙で濡らした顔でなのはがレイジングハートを振り下ろすとそこから無数のアクセルシューターが凄まじいスピードでヒイロに襲いかかった。

 

望まない戦闘。なのはとヒイロ、どちらが勝ってもそこには勝者など存在しない戦いが、始まってしまった。

 

 

 




魔王降臨、魔王降臨ッ!!!

やっぱり降臨しちゃったよ!!!


あ、それとあとがきで言うのもアレなんですけど、なのは達のゼロシステムに対しての認識の度合いを補足として載せておきます。

なのは………ウイングゼロが未来を予測できることは知っているが、その危険性を全然知らない。
フェイト………九話にて説明済みのため普通に全部知ってます。
はやて………リンディさんからヒイロ自身のことは色々聞いたけどウイングゼロについてはツインバスターライフルくらいしか知らない。つまりそもそもゼロシステム自体の存在を知らない。

と言った感じです。まぁ、今回も色々やってる感ありますが、感想くれると嬉しいです^_^


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第51話 ヒイロVSなのは

タイトルはもはやこれしか思いつかんよ。

それと追伸

フェイトそんを出すともれなくシリアスがシリアルになるんだけどどうしよう(白目)


「ああああああッ!!!!」

 

なのはの絶叫と共に放たれるアクセルシューター。その数はおよそ32。その一つ一つがなのはの怒りからか、持ち前の魔法に関する高いセンスなのか、魔力ランクが抑えられているとは思えないスピードでヒイロに向かっていく。

 

「ちっ………。」

 

ヒイロはなのはの攻撃に対して小さく舌打ちをするとウイングゼロの翼で迫り来るアクセルシューターを打ち払いながら上昇する。

しかし、翼で打ち払えるのも限界があり、なおもアクセルシューターは翼を羽ばたかせるヒイロに迫り来る。

 

「ヒイロ、どうするんだ!?完全になのはは怒りで我を忘れている………!!」

「…………ただ怒りで我を忘れているのであれば、時間が経てば勝手に頭は冷えてくる。だが………なのはの性格上、その冷えてくる時が訪れるかは不確かだ。

良くも悪くも自分で決めたら、一向に考えを変えない奴だからな。」

 

ヒイロはアクセルシューターから逃げながらもアインスと共に今のなのはの状態に対しての解決策を模索する。

 

「ならばどうするのだ!?このままお前が落とされるまで待つしかないのか!?現状のウイングゼロの状態ではなのはの砲撃魔法を食らえば非殺傷設定でもタダでは済まないぞ!!」

「わかっている。だからその前に無力化させる必要がある。そのためにはどう考えても近付く必要があるがな。」

 

ヒイロはそこまで話した瞬間、その場で身を翻し、バレルロールを行う。

その直後、先ほどまでヒイロが飛んでいた場所を桜色の奔流が飲み込んだ。

ヒイロはその正体が分かりきっていたが念のためなのはの方に視線を向ける。

そこにはレイジングハートをヒイロに向けて構えているなのはの姿があった。

そのなのはは悲しみに満ち溢れた虚ろな瞳をヒイロに向けながら、再度、砲撃魔法、『ショートバスター』を放つ。

 

「こちらの武装はツインバスターライフルとビームサーベル。ツインバスターライフルはこの戦闘に至っては使用は論外だ。マシンキャノンを喪失しているのはなのは相手には少しばかり手痛いか………。」

「…………なぁ、私と話しているのは別に構わないのだが、それでなのはの砲撃に当たったとかは言わない約束をしてほしい。」

「フン、怒りに塗れている奴ほどその相手を倒そうと狙いは単調なものになる。だが、それを鑑みてもなのはのアクセルシューターは厄介だ。こちらの行動に合わせて使用方法を変えられるからな。」

 

ヒイロはやたらめったらに放たれるなのはの砲撃を避けながらも手をこまねいていることに歯噛みする。

 

「つくづく、魔法に関しては極めて高い才能を有しているな。もっとも教導官としての才能があることとは別問題だがな。」

「とはいえ、本気でどうするつもりだ?このままではジリジリと追い詰められていくのはこっちだ。」

「…………プランは考えてある。お前の力を使ってウイングゼロ本来のスピードを出すよりかはマシの筈だ。」

「その内容、聞かせてもらってもいいな?」

 

アインスの言葉に頷くとヒイロはその考えたプランをアインスに伝える。

 

「………正気か?」

「不意をつくのであればこれが一番だ。同時に奴の戦意もそげるはずだ。」

「…………お前はもう本当に…………主に何を言われても私は知らないぞ………。」

 

ヒイロのプランを聞いたアインスは悩ましげに頭を抱えるのであった。

 

「しかし、なのはを止めるとは別に気になる点がある。奴が言っていた言葉だ。」

「言葉…………?お前がくだらないと切り捨てていた悩みとかか?」

「………一応弁明として言っておくが、あれは奴の悩みがゼロシステムを使うほどでもないからくだらんと切り捨てただけだ。悩んでいたのであれば、なのはを止めた後、そのマイナス要因を取り除く必要がある。今はどうであれ、奴は戦力としても六課の象徴としても必要だからな。」

「それも、そうか………しかし、この弾幕の中でやるのか?」

 

アインスはそういいながら飛び回っているヒイロをしつこいと思ってしまうほど追ってくるアクセルシューターやなのはの砲撃を交えた弾幕を見ながら苦い表情を浮かべている。

ヒイロもこの弾幕の中を切り抜けながら別のことを思案するのは避けたいのが本音であった。しかし、それでもなのはの暴走の原因にそれなりのあたりをつけておきたいのも本音であった。

 

ヒイロは近づいてくるなのはのアクセルシューターをビームサーベルで叩き斬りながらなのはの暴走について整理を始める。

 

まずはなのはの様子がおかしくなったのはティアナの砲撃を喰らった後だ。そこからスバルにバインドを仕掛け、距離を取ったティアナに砲撃魔法を敢行。

ティアナは残存魔力が少なかったもののかろうじて威力を減衰させたものの、そのティアナに向けてなのはは第2射を放とうとしていた。

 

(…………なぜティアナにあそこまで過ぎた攻撃をしようとした?)

 

ヒイロはフェイトたちが見ている場所より模擬戦を近い場所で見ていた。しかし、それでも模擬戦の様子を遠目で見ていることは変わらず、ティアナとなのはが交わしたと見られる会話の詳細はわからない。

 

『私はティアナに無茶をすると危ない目に遭うっていうのを体に教えようとしただけ。』

(…………なのはは俺がいない間の10年で、一度オーバーワークが原因で反応が遅れ、重症を負っていた。)

 

(ティアナもその来歴から来る向上心から無理をすることもある。だがそれはティアナの姿を見る限り少しずつ是正はされていっている筈だ。)

 

ヒイロは思案を張り巡らせながら建物の窓ガラスを突き破り、廃墟と化している内部に転がり込む。

ヒイロは廃墟と化し、内部の基礎構造が丸見えになっている建物の柱と柱の間を縫うようにすり抜ける。

途中、なのはのアクセルシューターが迫ってきても、柱に当てるなどしてその数を減らしていく。

とはいえ、それは一時的なものでなのはがレイジングハートに命じれば、即座にその数を戻されてしまうため、焼け石に水であった。

 

(思い返せば、なのははなぜあそこまで基礎固めに躍起になっている?基礎を盤石にすることで奴自身のように無茶をする奴をなくすためか?だとすれば、なのはの行動はーーーー)

 

(躾か。敢えて痛い目に合わせることでティアナの無茶に歯止めをかけるためのものと推測するのが一番か。しかし、やり方には異を唱えたいところだがな。)

 

なのはがティアナにあそこまで過度な攻撃を仕掛けようとした理由にひとまずあたりをつけたヒイロは続けて、なのは自身がこぼしていていた悩みについての推察を始める。

 

(自分の教導は間違っていたか。この言葉から思い浮かべられるのは、第1に不安、次点で俺の反応に対する恐怖、と言ったところか。)

 

(これだけの判断材料があれば然程推察に苦しくはない。なのははティアナと同じように自分を認めて欲しいという欲求に飢えていたのか。)

 

なのはとティアナ、ティアナは元々から自身に対してストイックな様子はあったが、なのははなのはでその穏やかな笑顔の裏側に自身を傷つけるのも厭わないほど苛烈なストイックさを持ち合わせている。

 

(要は、同族嫌悪、か。しかもなのはとティアナの双方の感情がぶつかり合ったのならともかく、今回はなのはの独りよがりな思いが暴発した結果、か。)

 

タチが悪い。とヒイロは心の中で舌打ちをしながら未だ減らしても減らしてもその魔力量に底が見えないなのはのアクセルシューターを叩き斬る。

その間もなのは自身から砲撃魔法が飛んでくるが、感情の昂りから狙いが甘いのをヒイロはすでに見抜いているため、射線を読み切り、危なげなくこれを回避する。

 

 

 

 

「どうしよう…………なのは、完全に冷静さを失って我を忘れてる………!!」

「ヒイロが模擬戦に乱入したのはちょっとは問い詰めたいけどよ、誰がどうみたって今のなのはの方がやばいだろ………!!」

 

なのはの異常を感じ取ったフェイトとヴィータはお互いのデバイスであるバルディッシュとグラーフアイゼンを起動させ、バリアジャケットを展開する。

 

「フェイトさん!!ヴィータ副隊長!!」

「私たちにも何かできることはありませんかっ!?」

 

エリオとキャロも険しい顔つきをしながらフェイトとヴィータに詰め寄るも、二人は微妙な顔を浮かべる。

 

「………ごめん。二人には悪いけど、今のなのはは多分、エリオとキャロには手に余ると思う。」

「手伝ってくれる気持ちはありがてぇが、それでお前たちが落とされでもすればアタシらがフォローに行けない可能性だってあるんだ。それにお前たちをなのはと戦わせて妙なわだかまりとか残させたくねぇからな。」

「そ、そんな………僕たちはなのはさんにそんな感情なんかは………。」

「エリオにはなくても、なのはの方には可能性がある。なのははとても優しいから、そんなことだってあるんだよ。」

 

ありえないと言った表情を浮かべるエリオにフェイトは諭すような口調でそう伝える。フェイトの言葉にエリオは表情を俯かせる。

 

『ヒイロさん。今から私とヴィータが援護に向かいます。それまで持たせられますか?』

『…………フェイトか。すまないが、それはやめておいた方が賢明だ。』

『え………?それはどういうことですか?』

 

ヒイロに援護に向かうことを念話で伝えたフェイトだったが、そのヒイロから援護を拒否されたことについて怪訝な表情を浮かべる。

思わず理由を尋ねるフェイトにヒイロは先ほどのなのはに関する推察を伝える。

 

『なのはの様子がおかしくなったのは、この模擬戦で結果的には何事もなかったが、ティアナが無理をしたことに要因がある。本来のポジションではない近接戦闘を行ったことだ。』

『確かにティアナが近接戦闘をしたのはびっくりしましたけど………それと私たちが援護に回ってはいけない理由と何か関連があるんですか?』

『…………それを話すには別の話をする必要がある。奴は自分の教導について悩みがあったようだ。教導が間違っていないかどうか。それをゼロで判断して欲しい。そう言ってきた。』

『ゼロ………?もしかして、ゼロシステムのことですか!?』

『それを覚えているなら話は早い。俺はそんなくだらないことにゼロを使うなと一蹴したのだが、そしたらあの有様だ。』

『ヒイロさんの言い草にも少し問題があるような気がしますけど。今は置いておきます。でも、なのははどうしてゼロシステムを………?』

『………それは俺が教えていないのもあるだろうが、奴が中途半端にしかゼロのことを知らないからだろう。そしてなぜゼロを求めたかだが、なのはは自分の教導に自信を持たなかった。だから誰かに認めてもらい、心の中で安心を求めていた。しかし、奴はそれを他人に聞かぬまま引きずり続け、ティアナが今回それなりの無茶をしたことで、奴の中で不安が増大したのだろう。さらにはなのはは一度過ぎた訓練を自身に課すという無理をしたせいで墜とされている。そのことが奴にとってティアナを止めなければならないという一種の強迫観念として突き動かした。結果、ティアナに過度な攻撃を加えようとする暴挙に至ったのだろう。』

『承認欲求に、強迫観念………!!!それが最悪な形で合致した結果………ティアナに攻撃を…………!!』

『そして、俺は奴のその承認欲求から出た言葉を否定する形で跳ね飛ばしている。そんな時にお前やヴィータが俺に加勢してきたら奴はどう思うだろうな。』

 

ヒイロの言葉にフェイトは表情を歪めざるを得なかった。承認欲求を否定したヒイロに加勢してしまえば、その否定された怒りや積もった不安により思考の視野が狭まっているなのはにどのように捉えられるか、想像ができないからだ。

最悪、フェイト自身やヴィータも敵として認識されてしまう恐れだってある。

 

「ヴィータ!!今、私たちがヒイロさんに加勢したら余計になのはを苦しめることになる!!」

「はぁっ!?一体どういうことだよ!!」

「話は後でちゃんとするから!!今のなのははヒイロさんに任せるしかない………!!」

「ちぃ………!!!わかったよ!!」

 

フェイトから静止の声を受けたヴィータはなんとかその場に押し止まりながらも苦々しい表情を浮かべながらヒイロとなのはの戦いを見つめるしかなかった。

 

 

 

 

「本当に良かったのか?二人がいた方が制圧自体の難易度はいくらか低くなると思うのだが………。」

「…………今はそれが最善手かもしれないが、物事を全体的に確認した時ではその時取った手段が同じように最善であるとは限らん。それにーー」

 

ヒイロは視線を軽く自身の後方に向け、ヒイロを追っているなのはの姿を見つめ、すぐさま視線を前方に戻した。今のなのはは完全に冷静さを失っている。そんな状態で一番最悪の展開がヒイロの援護にきたフェイトやヴィータにその砲撃の切っ先を向ける事だ。

そうなってしまえば、なのはの心的なダメージはかなりのものになってしまうだろう。守るための力を親友、そして仲間に向けてしまうことになるのだから。

 

「………事が済んだ後のなのはの心的負担をこれ以上増大させるわけにはいかない。」

「………わかった。ならば、私からは何も言わない。だが、後で彼女に何か言っておいた方が賢明だろう。お前も彼女の目線から見れば紛れもなく仲間であるはずだからな。」

「…………了解した。」

 

ヒイロはそういうとウイングゼロの翼を羽ばたかせながらなのはのアクセルシューターで外観がさらにボロボロになったビルから脱出する。

それを追うようになのはのアクセルシューター、そしてなのは自身が追っていった。

 

(…………今のなのはに違和感を覚えるほどの冷静さが残っていなければいいが。)

 

ヒイロは追ってくるなのはを軽く見やると軽く弧を描く機動をしながら反転、ビームサーベルを手にしている手を振り上げながらついになのはに接近する。

接近してくるヒイロになのははその色のない表情のまま無言でレイジングハートを構え、応戦する姿勢を崩さない。

そして、そこから放たれる砲撃魔法。彼女の代名詞でもあるディバインバスターやスターライトブレイカーと比べるとか細い攻撃だが、それでも直撃すれば一撃で相手を気絶させることもできるほどの出力だ。

しかもなのははその出力を魔力リミッターがかけられた状態でやってのけるほど

、こと魔法においては神がかり的な才能を有する。

そして、その魔力リミッターを廃した彼女は魔力ランク空戦S+と空において無類の強さを発揮し、豊富な魔力量とそれをふんだんに活用した砲撃魔法を扱えるのは管理局において高町なのはしかいない。

これが彼女を管理局のエースオブエースと言わしめる要因の一つだ。

 

その管理局においての誰もが認める比類なきエースの称号をなのははヒイロがいなかったこの10年間で手にした。

その空のエースにヒイロは単身で、さらに使用できる武器はビームサーベルという近接武装のみで挑みかかる。何も知らない人間が見れば、ただの馬鹿のやることだと嘲笑するだろう。

しかし、ヒイロにとってはそのようにただ相手が強いだけで自身がやらなければならないことを放り出す理由にはならない。

 

「・・・・・・。」

 

なのははレイジングハートを構えた後、なおも接近を続けるヒイロに対し、砲撃とアクセルシューターを交えた弾幕を放つ。

普通の魔導師では即座にアクセルシューターの直撃を受けて撃墜判定を喰らうほどの濃密な弾幕だが、ヒイロはそれら全てを見切り、ウイングゼロの翼を巧みに操り、上昇や下降、前進と後退、時には斜めに移動するなどといった三次元機動を描きながらなのはの攻撃を切り抜けていく。

 

「はぁっ!!」

 

なのはの弾幕を切り抜けたヒイロはその手に持つビームサーベルをなのはに向けて振り下ろした。

その振り下ろされたビームサーベルの刃をなのはは展開したプロテクションで防御する。

バチバチッ!!とサーベルとプロテクションが触れ合った箇所から生じるスパークの光がなのはとヒイロ、両者の顔を照らした。

ヒイロはそのまま力任せになのはのプロテクションを破壊しようするがーーーー

 

「ヒイロ!!後ろだ!!」

 

アインスの声が響いた瞬間、ヒイロは反射的になのはのプロテクションを足場にして後退する。

その直後、先ほどまでヒイロがいた場所をアクセルシューターが通過していく。

おそらく、ヒイロの死角からアクセルシューターを打ち込む算段だったのだろう。

態勢を整えようとしたヒイロだったが、視界に入れたなのはは既にレイジングハートを構え、砲撃魔法を撃ち放つ。

 

「っ!!?」

 

近距離での砲撃に思わず表情を歪めるヒイロだったが、なのはの砲撃が自身に到達する前に主翼をヒイロ自身を覆うように持って来させ、盾として活用する。

砲撃が主翼に着弾すると、ヒイロを中心にして空に爆煙が立ち上る。

立ち込める爆煙になのははその虚ろな瞳を向けていたが、その爆煙から不自然に伸びたーー爆煙の中から飛び出そうとしている者に煙がひっついているような物体に視線を向ける。

 

 

「………伊達に10年間戦ってきたわけではないようだな。」

「ああ。先ほどのプロテクションも以前とは比べ物にならないほど精度や強度が上がっている。アクセルシューターの練度も言わずもがなだがな。」

 

 

その煙が晴れてくるとウイングゼロの主翼を広げたヒイロが現れる。

ヒイロはその視線を険しいものに変えながら自身の下方で佇むなのはを見つめる。

 

 

 

「す、凄い…………ヒイロさん、なのは隊長のアクセルシューターを全部避けてる………。」

「私たちだと対応することすら難しいのに…………。」

「ヒイロさん、凄いでしょ?」

 

ヒイロの動きに感嘆といったような表情を浮かべているエリオとキャロの側にフェイトとヴィータが降りてくる。

 

「あ、あれ!?ヒイロさんの援護に向かったんじゃ………!?」

「ヒイロさんから後々なのはの心的負担になるから来るなって言われちゃって。」

 

エリオが驚いた表情を浮かべ、降りてきたフェイトにそう尋ねると乾いた笑みでその質問に答える。

 

「それよりも。ヒイロの奴、なのはに光の剣振り下ろしていたけどよ、アイツなのはを殺すつもりじゃねぇだろうなっ!?」

「え…………?で、でもデバイスには非殺傷設定があるんじゃ………?」

「………ヒイロのデバイスにはよ、非殺傷設定なんざつけられていないんだ。」

 

キャロが疑問気に尋ねた言葉に答えたヴィータの発言にエリオとキャロの二人は驚愕といったような表情をする。

普通であれば、デバイスには必ずと言っても良いほど非殺傷設定の切り替え機能が付いている。

そうでなければ、犯罪者を取り締まることが場合によっては極めて困難になる時もあるからだ。

エリオは思わず真偽を確かめるためにフェイトにもその視線を送るも彼女はヴィータの発言に全くの嘘がないことを無言で頷くことでつたえる。

 

「でも、ヒイロさんはなのはを殺すつもりは毛頭ないと思うよ。」

「お、お前それ、マジで言ってんの?」

「うん。そうだけど?」

 

ヴィータの正気を疑っているような表情にキョトンとした様子で首をかしげるフェイト。

 

「だってヒイロさん、さっきからツインバスターライフルを使う素ぶりすら見せてないから………。」

「あぁ………あのとんでも武装か…………。」

「ツインバスターライフル…………?」

 

ヴィータが頭を抱えながら苦い顔を浮かべていることにキャロが疑問気な声でツインバスターライフルの名前を口にする。

 

「確か………ウイングゼロの主翼部分に収納されていたのかな………。うん、それは置いておこう。ツインバスターライフルは端的に言えばーーー」

 

「なのはのスターライトブレイカーを凌駕する出力を出せるライフル銃。」

「………なのは隊長のスターライトブレイカーを………」

「凌駕する出力………?」

 

フェイトの言葉を理解できていないのかフェイトの言葉をおうむ返しするだけで固まってしまうエリオとキャロ。

その二人の反応にまぁ、そうなるだろうなと心の中でうんうんと頷きながらフェイトにヒイロがなのはを絶対殺さないというその理由を尋ねる。

 

「で、ヒイロがツインバスターライフルを使わないことが、なんでなのはを殺さない理由に直結するんだ?」

「その方が手っ取り早いから、かな。」

「え゛………。」

 

手っ取り早いから。つまり自身の親友であるなのはを殺されない理由が手っ取り早くないから。ただそれだけの理由でフェイトがなのはがヒイロに殺されない理由になっていることに思わず破顔する。

 

「なのはと戦っている様子を見ているとヒイロさん、ツインバスターライフルを撃つだけならなんとかなりそうな場面でも一向に撃つ気配を見せなかったから。」

「………………お前、だいぶ思考回路をヒイロに汚染されてないか?」

「ちょ、ちょっと!?どうしてそんな疑うような顔をするのっ!?」

「いや、ヒイロの技量とか実力を信じているだけなら相変わらずのぞっこんぶりだなで笑って済ませられるんだけどよ。手っ取り早いからだぁ?それはねぇよ。うん、ねぇわ。」

 

訝し気な表情を浮かべられた挙句、完全に引いている顔をするヴィータにフェイトは納得のいかない顔をするのだった。

 

 

「………やはり、今のウイングゼロの状態では振り切ることはできないか。」

「人体に影響がないレベルのスピードでやっているとは言え、かなりの速度を出している筈だ。しかし、それでもアクセルシューターをそれ以上の速さで操作し、なおかつ自身による砲撃をさも当たり前のごとく同時にやってのけるとは……常々恐ろしいほどの才能を有する………!!」

 

なのはの恐ろしいほどの魔力センスの高さに苦い表情を浮かべているアインスとそのような会話をしながらヒイロは未だなのはのアクセルシューターやなのは自身の砲撃から追われていた。

普段のウイングゼロであれば、余裕で振り切れる速度だが、今の状態はほとんど装甲がなく、中のヒイロがほとんどむき出しになっている状態だ。

その状態でスピード上げれば、もれなく空気は鋭い刃となってヒイロの体を傷つけていく。そのため、スピードは闇の書事件の頃とは見る影もないほどに落ち込んでいる。そのことも相まって、なのはのアクセルシューターから逃れられない状況が続いていた。

スピードが足りない故になのはのアクセルシューターに囲まれることも少なくはなかったが、それらをビームサーベルや主翼で撃ち落としながらヒイロは訓練場の空を駆ける。

 

「…………アインス、仕掛けるぞ。多少の覚悟はしておけ。」

「っ…………今のお前に聞き入れてもらえるとは思ってはいない。だけど、敢えて言わせてほしい………!!無理はするなよっ!!」

 

 

アインスの言葉を聞くだけ聞いたヒイロはウイングゼロの翼を羽ばたかせ、再度、廃墟のようにボロボロとなったビルに駆け込んだ。

 

 

 

 

(…………建物の中に………さっき見たいに建物の狭い空間を使ってアクセルシューターの数を減らす気?そんなことをしても意味なんてないのに。)

 

 

なのははヒイロの行動に不可解なものを感じながらも彼の後を追うように建物の中に入っていく。

しっかりと見ておかないと相手を倒せないから。

 

建物の中に入るとその階層を飛び回るヒイロの姿が眼に映る。なのははそれを視認するやいなや間髪いれずにアクセルシューターをヒイロに向かわせる。

今のヒイロのスピードを上回る桜色の光弾は寸分狂わず、ヒイロに向かっていくが、その直前に建物の柱に直撃し、その柱を粉々にする。

 

(外した………でもシューターはまだたくさんある。)

 

外したことを意にも介さず、彼女はヒイロに向けて桜色の光弾を撃ち続ける。ヒイロは巧みに柱を盾にし、それら全てを避け続けていく。

そんな最中、ヒイロは突然、その階層の天井を舐めるようになのはに接近を始める。

手には緑色に輝くビームサーベルが握られている。近接格闘に持ち込もうとしているのは目に見えていた。

なのははさほど驚いている様子も見せずにヒイロに向けてレイジングハートを構えると、その切っ先に複数のアクセルシューターを集め、一個に集約を行うとそれを砲撃としてヒイロに撃ち放った。

 

 

その砲撃をヒイロはバレルロールで紙一重で避けながらも、接近を続ける。

避けられた砲撃はビルの天井に直撃、その衝撃で天井にヒビを広げさせる。

そのままビームサーベルを振り下ろすもなのはは咄嗟に全身を覆うようなプロテクション、『オーバルプロテクション』を展開し、ヒイロの攻撃から身を守る。

シールドとビームサーベルが干渉しあい、紫電を撒き散らしている中、なのはとヒイロ、二人の耳に地響きのような音が入ってくる。

なのははそのことに一瞬、気を取られてしまう。そしてその瞬間をヒイロはすかさず、蹴りを入れ込むことでなのはを吹っ飛ばした。

 

「っ…………!?」

 

苦痛に表情を歪めるなのはだったが、すぐさま態勢を立て直し、ヒイロからの追撃を警戒する。しかし、その視界にヒイロの姿は既になく、代わりに支えているはずの柱を全て失い、なのは自身の砲撃により、天井にヒビを入れられた箇所を起点とし、建物が崩落していく様子が映し出されていた。

最初こそ、自身がいる場所も建物の崩落に巻き込まれるのではないかと感じたが、周囲にしっかりと支柱が存在しているのと、崩落の様子を鑑みるに自身がヒイロに吹っ飛ばされた地点までは崩落の影響がないことを察し、ひとまず心の中で安堵した。

しかし、その吹っ飛ばした張本人であるヒイロの姿は一向に見えなかった。

なのははヒイロの捜索のため、周囲を最大限に警戒しながら崩落するビルを後にした。

 

「レイジングハート、ヒイロさんがどこにいるか分かる?」

 

なのははレイジングハートにそう命ずると承諾を示したのか、赤い宝玉部分が点滅する。

 

 

「おいおい、なんなんだよ、アイツらの戦闘…………!!」

 

ヒイロとなのはの戦闘の苛烈さにヴィータは額から冷や汗を流しながら見守っていた。なにせ訓練用の幻影だったとはいえ、ビルを一つ破壊したのだ。

フェイトもヒイロを信じてはいるとはいえ、あまりの苛烈さに思わず息を呑んでいた。

 

「今は………なのはさんしかいませんね………ヒイロさんは………一体どこに?」

「ま、まさか、建物の崩落に巻き込まれたとか………!?」

 

エリオが状況を確認しているところにキャロが最悪の展開を口にする。その瞬間、フェイトは青ざめた表情をしながら、訓練場をくまなく確認する。

そして、フェイトがある一点を確認した瞬間、目を見開いた。さながらそこにいるものを視界にしっかり収めようとしているようだった。

 

「いた…………よかった…………」

 

安堵した表情と共に出された言葉にほかの三人はフェイトに視線を集中させる。

そして、フェイトはそれに答えるようにヒイロがいる場所を指差した。

 

 

 

『マスター!!上です!!直上ッ!!!』

「っ!?」

 

フェイトが空を指差したのとレイジングハートの警告はほぼ同じタイミングだった。

険しい表情をしながらなのはが自身の真上を見上げると、空を背景に右手にビームサーベル、左手に分割したバスターライフルを手にしたヒイロが佇んでいた。

そのヒイロはなのはの視線がかちあったと思ったのか、高度を下げ、なのはに向かって急降下を始める。

なのははレイジングハートから桜色の瞬きを複数出したかと思えば、ヒイロの急降下に真っ向から対抗するつもりなのか、自身の砲撃の切っ先をヒイロに向ける。

 

 

「なのはが砲撃態勢に入った!!これではもはや特攻だぞっ!!」

「問題ない。このまま突っ込む。」

 

アインスが悲鳴にも等しいような声をあげながらもヒイロは依然として焦る様子すら見せずに徐々になのはに向かって高度を下げていく。対するなのはは悠然と砲撃魔法の準備を行っていた。そんな最中、猛然と高度を落としていたヒイロの身が突如として空中に固定化される。

 

「っ………何っ!?」

 

流石のヒイロも突然の出来事に驚いた表情を隠せない。

 

「お、おいっ!!ヒイロの奴、突然動きが止まっちまったぞっ!!」

 

ヒイロの異常をいち早く感じ取ったヴィータが声を荒げながら目を見開き、驚きの表情を露わにする。

 

「あ、あのままじゃ………。」

「なのは隊長の砲撃を避けられない!?」

 

エリオとキャロが悲鳴のような声でヒイロの異常に声を上げる。

 

「ヒイロさんッ!!!!!」

 

そんなヒイロにフェイトはただ彼の名前を叫ぶしかなかった。

 

 

 

「どうしたヒイロッ!!!」

「………わからない。だが、突然動きを止められた。バインドか何かの類か?」

 

ヒイロの言葉にアインスは周囲を見回す。バインドであればヒイロの四肢になのはの魔力の色である桜色の輪っかが付いているはずだが、あいにくヒイロの体にそのようなものはつけられていない。理由がわからず、困惑した様子を見せるアインス。

このままではヒイロはなのはの砲撃をモロに受けてしまう。

 

(何故だ………ヒイロの体にバインドがついているような形跡はない!!なのになぜバインドと同じような効果がヒイロに現れている………!?もっと何か、別のものにーーーー)

 

(別の、ものに…………?)

 

別のもの、その単語が妙に引っかかったアインス。そして、閃いたのかアインスは後ろを見やる。

そこにはウイングゼロの主翼しかないが、明らかに今までとは違う異物が写り込んでいた。

それはそのウイングゼロの巨大な主翼を縛り上げるように付けられた、桜色のバインド!!

 

「見つけたッ!!主翼部分にバインドが付けられている!!」

「…………なるほどな。ウイングゼロの機動力は大半が主翼部分に集中している。俺自身を縛るよりもそっちを拘束した方が、俺の動きを止めることはできるか。」

 

動けなくなった原因がわかり、アインスがバインドの破壊作業に入ろうとした瞬間ーーーー

 

 

「ディバイン………バスター。」

『Divine Buster Extension』

 

砲撃のチャージが完了したのか、彼女の代名詞であるディバインバスター、その強化版の桜色の奔流がヒイロに向けて放たれる。

咄嗟にアインスは砲撃がヒイロに着弾するまでの時間と自身がバインドを破壊するまでの時間を比べるが、直感的に悟る。間に合わない。

 

「ダ、ダメだヒイロ!!間に合わなーーー」

「問題ない。」

 

もう無理だと伝えようとするアインスの言葉を叩き斬る勢いで遮るとヒイロはたった一言だけそう言った。

次の瞬間、ヒイロとアインスの視界が桜色に呑み込まれる。

 

 

「ヒイローーーーーーッ!!!!!!」

 

フェイトが思わずそう叫ぶも、無情にもなのはの砲撃はヒイロを呑み込むとそこから何かに堰き止められたかのように一本の奔流が複数の細い筋となって後ろに流れていった。

 

「…………ん?なんか変じゃねぇか?普通なのはの砲撃って直撃したら、爆発すんだろ。」

 

ヴィータがいつまでもなのはの砲撃が爆発を起こさないことに違和感を覚えたようだ。

 

「え…………!?」

 

フェイトは目を見開いて砲撃が堰き止められている箇所を見つめる。そして、わずかに、ほんのわずかにだが、流れを堰き止められて威力を弱められた砲撃が後ろに流れていっている中心に、あの巨大な天使を彷彿とさせる純白の白い翼が垣間見えたのを、フェイトは見逃さなかった。

 

「嘘………ヒイロさん、なのはの砲撃を、防御してる………!?」

 

 

 

「は、はは………もはや笑うしかないな………。お前には本当に驚かされてばかりだ………。」

 

その渦中であるヒイロに一番近い場所にいるアインスはなのはの砲撃にさらされている中で乾いた笑いを浮かべる。

 

「まさか、ウイングゼロを一度解除することでバインドから逃れ、すぐさま再展開するとは、な。挙句の果て、なのはの砲撃、その中心軸をビームサーベルで突くことで、砲撃を枝分かれさせるとは、な。」

 

ヒイロはウイングゼロを一度待機状態に戻すことでなのはのバインドの拘束から逃れ、直後に再展開し、右手のビームサーベルでなのはの砲撃の中心軸をフェンシングの突きの要領で貫いた。

結果としては今のところ、ヒイロの尋常でない筋力でなんとかなのはの砲撃を押しとどめていると言ったところだ。

 

「アインス、スラスターを解禁する。この砲撃の前ではそこまでのスピードは出せないだろう。」

「ったく………お前というやつは………ここまで来たらやってしまえ!!」

「了解した。」

 

アインスの投げやりな発言にそう答えるとヒイロはウイングゼロのスラスターを噴かし、徐々に砲撃の奔流の中を進んでいく。

しかし、相手はなのはの砲撃だ。ヒイロとはいえ、管理局有数の砲撃魔法の中を無理やり突っ切っていくなどという前代未聞のことをやっていてその威力から表情を歪めざるを得ない。

だが、それでもヒイロは止まる様子を一切見せずになのはの砲撃の中を突き進んでいく。

 

「っ…………くっ………!!!」

 

しばらく苦痛に表情を歪めるヒイロだったが、そのなのはの砲撃もやがては徐々に勢いを弱め、最終的にはミッドチルダの空に消えていった。

明らかに常軌を逸脱した防ぎ方になのははありえないといった様子の表情を浮かべながら、呆然としてしまう。

そして、そんな彼女の明らかな隙をヒイロは見逃さなかった。

 

「アインスッ!!」

「わかった!!ここで終わらせてくれ!!」

 

アインスは自身に残されたわずかなリンカーコアを行使して、ヒイロに漆黒の魔力光で構成されたベルカ式のプロテクション、全身を覆うフィールド形魔法である『パンツァーガイスト』をヒイロに纏わせる。

以前、ティアナのミスショットからスバルを守った時に使ったのも、このプロテクションを利用した一時的なリミッター解除だ。

自身の周囲にプロテクションを張り付けることで加速時の風圧から身を守れるようになったヒイロはスラスターを一気に噴かし、なのはとの距離を瞬時に詰める。

 

「あーーーーー」

「遅いッ!!」

 

ヒイロは呆気にとられているなのはに右手のビームサーベル、ではなく、左手で銃口を握ったバスターライフルを下から上へ掬い上げるように振り抜き、そのグリップ底はなのはの顎を正確に捉えた。

バスターライフルの出力に耐えるためにウイングゼロの装甲と同じガンダニュウム合金で作られている。そのため馬鹿にならないほど硬い(ここ重要)

その硬度で顎に衝撃を与えられたなのはは脳を揺さぶられて、軽い脳震盪を引き起こされる。

 

「っ…………あ………。」

 

視界がボヤけ、ヒイロの姿が二重に見えてきたり、目の焦点が定まらずフラフラと体を前後させるなのはだったが、程なくして意識を手放し、落下しそうになったところをヒイロが墜落しないように彼女の腕を掴み上げる。

 

「・・・・・・・。」

 

ヒイロは意識の無いなのはに呆れたような視線を送ると彼女を両手で抱え、隊舎へと帰還していった。




最後のディバインバスターの中を突っ切ったやつのイメージがわかない人はネクストプラス版ゼロカスタムの特格に射撃バリアがついたようなもんだと思ってほしい。

それとこっから先は割と大事な連絡です。

私わんたんめんですが、今月の20日あたりから携帯もろくに見れない日々が三週間ほど続きます。
ですので、その期間中、今作に限らず、全ての小説の投稿ができなくなります。
感想返しはできればするつもりですが、確実に小説の執筆および投稿はできませんのでそこら辺は申し訳ないと先に断っておきます。
では、皆さん、9月中旬くらいに出せるといいなぁ、って感じですのでその時になればまたよろしくお願いしますm(._.)m


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第52話 星の輝きは誰のために?

星の輝きには二種類ある。
星そのものが自ら光を放っているいる恒星、そしてもう一つはその恒星の輝きを反射して輝いているように見える衛星である。
前者はともかく後者のタイプであれば輝きの度合いこそあれど見るものには輝かしく見えるであろう。
たとえその体が歪でボロボロなものだったとしても星の光はそれを隠すように輝くだろう、否、輝いてしまうのだ。
そしてそれに気づく人間は極めて少ない。
そしてその星もそうであれと願い、輝く。
願いはいずれ呪いとなりて、星を蝕む。


医務室

 

 

守護騎士にて癒しの風の異名を持つシャマルが常駐しているこの部屋でスバルは丸椅子に座り、ベッドで横になって寝ているティアナの様子を見守っていた。

スバルは模擬戦でなのはの砲撃の直撃を受け、気絶したティアナに不安そうな視線を向けていた。

 

「…………ティアナには疲労こそはあったけど、それもそこまで過剰なものじゃなかったわ。少し休めばすぐに取れるくらいのものだったわ。だからそんな心配そうな目をしなくても大丈夫よ。もうすこししたら起きるはずよ。」

 

そう優しげな笑みを浮かべながらシャマルがスバルに声をかけるも彼女はその心配そうな表情を変えることなく、重々しく頷いた。

シャマルが少々困ったような顔を浮かべていると不意に医務室のドアが開く音が鳴り響く。

シャマルとスバルがドアの方に視線を向けると、ヒイロがそこに立っていた。

一番医務室の世話にならなそうなヒイロがここを訪れたことに彼女は一瞬疑問気な表情を浮かべるも、それはすぐに引き締まったものに変わる。

ヒイロの腕にはぐったりとした様子のなのはが抱えられていたからだ。

 

「急患だ。症状は顎部に衝撃を受けたことにより脳が揺さぶられたことが原因の脳震盪だ。意識を失ってからさほど時間は経っていないため、どこまで重度のものかは判別できない。シャマル、お前の医師としての専門知識を貸せ。」

 

ヒイロはシャマルに矢継ぎ早にそう言うと彼女に二の句すら言わさせない様子で押し入り、医務室のベッドになのはを横たわらせる。

 

「わ、わかったわ。」

「ヒ、ヒイロさんっ!?なのは隊長を墜としたんですか………!?」

 

シャマルが若干困惑した様子を見せながらなのはのベッドに向かい、診察を始めると同時にスバルは丸椅子から思わず立ち上がり、気絶したなのはを抱えてきたヒイロに驚いた視線を向ける。

彼女にとって、高町なのはという人間は自身を災害から救ってくれた恩人でもあり、自分自身もそうありたいという憧れの象徴でもあった人物だ。

その憧れであり恩人を倒したヒイロに驚愕といった視線を送るのは無理のない話である。

 

「ああ。」

 

そんなスバルの表情を知ってか知らずか、ヒイロはなのはに処置を行っているシャマルの方に視線を向けたまま、一言だけ返して頷く。

 

「す、すごい………なのはさんを、管理局のエースオブエースを倒しちゃうなんて………。」

「エース、か。俺からしてみれば今のなのはは自分自身にすら自信の持てないただの軟弱者に見えるがな。」

「え………?」

 

ヒイロの言葉にスバルは思わず怪訝な表情を浮かべたまま、ヒイロの横顔を見つめる。

 

「………お前たちを下がらせた後、なのはは俺に自分の教導が間違っていたのかを質問してきた。」

「それは………私とティアも聞きました。だから、てっきりなのはさんを悲しませているかと思って………。」

 

そこまで言って、スバルは表情を俯かせる。真意はどうであれ、なのはという恩人を失望させたように感じたことは彼女にとってはかなり後ろめたいことなのだろう。

ヒイロはそんなスバルを一瞥すると部屋から一度退室しようとする。

そのためにドアに向かおうとしたところでドアが開いたことを示す空気が抜けたような音が響いた。

 

「あ、ヒイロさん。」

 

ドアの前にはフェイトが立っていた。その彼女の側には心配そうになのはの様子を伺うように見ているヴィータの姿もあった。

 

「フェイトにヴィータか。」

「…………少し時間いいですか?」

「…………あぁ。」

 

少し間が空いた後に返事をしたヒイロだったが、フェイト、そして表情を元に戻したヴィータは特に何かを聞くようなことをせず、踵を返して廊下を歩いていく。

それをついてこいという指示だと受け取ったヒイロは二人の後を追うように歩いていく。

しばらく歩いていくとヒイロの視界にあるものが映り込んでくる。

そこは部隊長室と書かれたプレートがあった。つまりそこで待っている人物は少なくともはやては確定だろう。

 

フェイトとヴィータに続く形でヒイロは部隊長室に入った。そこで待っていたのは、何やら難しい表情を浮かべているはやてやツヴァイ。そして、二人と同じような表情を浮かべていたシグナムがいた。

シグナムは今回は別件で隊舎にはいなかったはずだが、その件が済んだから戻ってきていたのだろう。

 

「…………ヒイロさん、貴方のことやからなんで呼ばれたのは察してはおるよな?」

「なのはのことだな。」

 

はやての質問にヒイロがそう答えるとはやては重苦しい表情をあげながら頷いた。その頷き方にも表情の重々しさが乗り移っているようで、極めて重いものだった。

 

「私自身、なのはちゃんがティアナに砲撃魔法をぶっ放すなんて、想像もつかんかった。本来、なのはちゃんはそのような暴挙に走る人間じゃあらへんもん。」

「お前達の中ではなのはの人物像はそうだろうな。」

 

ヒイロがはやての言葉に合わせるようにそう告げるとはやては先ほどと同じような表情で頷いた。

 

「ホントはあんまり信じたくはないんやけど、報告として上がっている以上、無視はできへん。部隊長として考えるべきなんやけど、私はそん時の当事者じゃあらへん。あの時一番なのはちゃんの近くにおったのは、他ならぬヒイロさんや。だから、教えてほしいんや。なのはちゃんがどうしてあそこまで過激な行動をとったのか、ヒイロさんが考えとる推察を。」

「・・・・・いいだろう。だが、それを伝えるにあたってはなのはやティアナが目を覚ましてからでもいいだろう。あの二人は互いに互いを知らなすぎるからな。」

「互いに互いを、か…………。」

「どういうことだ?高町とランスターはお互いに教導で顔を合わせているはずだろう。」

 

はやては悩ましげな表情を浮かべるが、となりにいたシグナムは疑問気に首をかしげる。

 

「…………お前は本当に剣を振ることしか能のない女だな。少しは察することを覚えたらどうだ?」

「…………待て、確かに以前、私はお前にそう言ったが、この状況で何故か凄く罵倒を浴びせられている気分になるのは何故だ!?」

「気分も何も事実だからな。」

 

困惑気味に狼狽するシグナムを放っておいて、ヒイロは呆れた様子を隠さないまま、再度はやての方に視線を向ける。

 

「それとだが、はやて、それに守護騎士達にも共通するが、聴取会で俺のことについてはリンディから聞いていると言っていたが、どの領域まで聞いている?」

「えっと、まずはヒイロさん自身が並行世界の人間ということ。その世界で兵士として戦っていたこと。それとウイングゼロについてやな。元は18mくらいの人型兵器なんやってな。」

「そのウイングゼロについてだが、リンディの話の中で『ゼロシステム』の単語は出てきたのか?」

「ゼロシステム…………?なんかのシステムであることは察せられるけど、リンディさんからは特に聞いておらんな。なんやそれ?」

「…………リンディの奴、余計な気を回したか………。」

「…………なんか結構話の根幹に関わることなんやな?」

「そうだ。これに関してもなのはやティアナが目を覚ましてから教えることにするが、話の表面だけを伝えればゼロシステムはウイングガンダムゼロに搭載されている特殊なインターフェースだ。」

「インターフェース………何かヒイロさんを補佐するシステムなんか?」

 

はやてがそういうとゼロシステムの全貌を知っているフェイトは苦い顔をしながら顔を気まずそうに逸らした。

 

「…………それで済めばいいんだけど………。」

「…………テスタロッサはそのゼロシステムとやらのことは知っているようだな。」

「まぁ、偶然その場に居合わせたって言った方が正しいのかな。お母さんやクロノと一緒にいるときにヒイロさんから聞かされたから。」

 

反応を見られたのかシグナムがフェイトに軽く問い詰める。フェイト自身、隠すことではないと思っているため、ゼロシステムについてのことを聞かされていることを伝える。

 

「………わかった。ひとまず今回のことに関してはなのはちゃんやティアナが目を覚ましてからにしとく。本来なら喧嘩両成敗みたいな感じでなのはちゃんやヒイロさんにも処分はあるんやけど、事情が事情やし、ヒイロさんに至っては私が直々にお願いしていたことやからお咎めなしや。」

 

最初こそ、険しい表情を浮かべていたはやてだったが、ヒイロへの処分は一切ないことを伝える時にはその表情はその場を和ませるような笑みを含んだ柔らかいものになっていた。

 

「しかし、闇の書事件からもう10年も経っとるのに、ヒイロさんの実力は未だ底知れずやなー。なのはちゃんもだいぶ強うなってたはずやのに、どういう戦法使ったん?参考にさせてほしいわ。」

「確かに………お前、バインドされてた中でどうやってなのはのディバインバスターを防いだんだ?翼にバインドかけられていたし、あんま身動き取れなかったじゃねぇか。」

「…………流石にそれは参考にするのはやめておいた方がいいと私は思います………。」

 

はやてとヴィータがそう言ったところでウイングゼロの中からアインスがものすごく申し訳なさ気に顔を覗かせ、参考にするのを考え直すように促す。

 

「え?そうなん?でも聞くだけはええやろ?」

「…………ある程度、覚悟をしておいた方がよろしいかと。」

 

アインスが白い目をしながら話したことにはやては疑問気に首を傾げた。

 

「ヒイロは主翼にしかバインドがかけられていないことをいいことに、一度解いたのです。ウイングゼロを。しかも高町なのはの砲撃が迫ってきている中で。」

『…………はっ?』

 

部隊長室にいたはやて、シグナム、ヴィータ、そしてツヴァイの表情が驚愕で固まった。しかし、フェイトはそのなかでただ一人、納得しているような表情を浮かべていた。

 

「なるほど………あのおっきい翼にだけバインドを………なのはの判断も間違いではないですね。ウイングゼロの機動力は翼周辺に集中していますし。」

「フェイト!!納得した顔すんのもいいけどさぁ!!お前、空中でデバイスを解くとか、正気か!?」

 

フェイトがなのはの行動についての評価を述べているところにヴィータが声を荒げながらヒイロにビシッと指をさした。その指はどこかプルプルと震えているように見えたのは幻覚ではないだろう。

 

「はは、それだけで済めばまだ良かったのだがな………。」

「…………まだ、あるのか?まさかとは思うが、なのはのディバインバスターを喰らっても爆発してなかったのもなんかやらかしてたのか!?」

「…………ヒイロは、ディバインバスターの中心軸をビームサーベルで突くことでビームの軌道を逸らしていた。」

「…………お前本当に人間かよ………。」

 

アインスの言葉にヴィータは驚きを通り越して呆れた視線をヒイロに向ける。しかし、当の本人はその瞳を閉じ、壁に寄りかかって腕を組んで微動だにしていない様子であった。

 

「…………いや、ヒイロさんの人外っぷりはリンディさんから聞いとったけど、実際にヒイロさん自身のやらかしを聞くと常々味方で良かったってなるわ。」

 

はやても表情こそ笑顔だが、額から脂汗のようなものを流し、ヒイロの身体能力の異常っぷりに戦々恐々としていた。

そんなはやての様子を気にかける様子すら見せず、ヒイロは不意に動き出し、部隊長室を後にしようとする。

 

「あ、ヒイロさん、ティアナのお見舞いに行くんですか?」

「…………医務室には向かうが、なのはの元は訪ねるつもりだ。奴には色々と言っておかなければならないことがあるからな。」

「そうですか………でしたらこれを持って行ってくれますか?」

 

フェイトはそういうとヒイロに何かを差し出した。彼女から差し出された手には銃身の下から伸びているアンカーが切れ、その紐がだらしなく伸びきっているティアナのクロスミラージュ、その片割れであった。アンカーの糸が切れているのは戦闘の余波で切れてしまったのだろう。

 

「私から渡してもよかったんですけど、ヒイロさんがティアナのところに行くのでしたら、一緒にお願いします。」

「……………。」

 

フェイトのお願いにヒイロは少しの間、無言で彼女の手に握られたクロスミラージュを見つめていたが、僅かにため息と思われる肩の竦め方をするとフェイトからクロスミラージュを受け取り、部隊長室から出て行った。

 

「…………多分ですけど、貴方から渡してもらった方がティアナも嬉しいだろうですから、ね。」

 

部隊長室から出て行ったヒイロの背中を見つめながらフェイトはそう言葉をこぼした。

 

「…………そういえばシグナム、お前にしては珍しくヒイロに模擬戦ふっかけなかったな。お前ほどのバトルジャンキーのことだからすぐにヒイロに模擬戦やらねぇかって言うと思ったんだけどよ………。」

「ん………?あぁ、そのことか。無論ヴィータ、お前の言う通りだ。ヒイロとはいつか模擬戦で刃を交えたいとは思っているさ。しかし、ヒイロは私が加減できる相手ではない。ましてや私が全力を出しても及ばないところもあるかもしれん。それだけ彼の実力は極めて高い位置にある。もっとも負けるつもりはないがな。」

「んー………まぁ、お前がヒイロに負ける云々はさておいて、アイツならそれがありえそう、いや、事実なところが怖えところなんだよな………。」

 

シグナムの言葉にヴィータは納得といった表情をしながら頷く。事実、10年前だったとはいえ、ヒイロはシグナム達ヴォルケンリッター四人の攻撃を自身の行動を防衛に専念させることで絞っていたとはいえ、それらを全て無傷で切り抜けていたのだ。

 

「だが、加減が効かないからこそ、私はヒイロをこの手で傷つけ、そして最悪殺してしまう可能性があるのだ。」

「…………やっぱり、そうなん?ヒイロさんが装甲のことに関して聴取会で言及していた時からまさかとは思っとったけど…………。」

「実はヒイロには以前、模擬戦の誘いをしたのですが、その時に彼は断るのではなく、できないと言っていました。理由は言うまでもなく、装甲のことに関してでした。」

 

シグナムの言葉にはやては難しそうな顔をしながらも、どこか申し訳なさげに表情を俯かせる。

 

「…………ヒイロさんにはあんまり無茶はやらせられへんな。今回だって、だいぶ綱渡り状態にも等しいこと、やっとったやろ。」

「……………そう、かもね。でも、それでも、当然のようにやってのけてしまうのがヒイロさんなんですよね………。あの人は自分に何ができて、何ができないか、しっかりと分別が付けられている人ですから………。」

 

はやてがヒイロに無理をさせたと言う。しかし、フェイトはその言葉に対し、その無理すらも彼自身の中ではできると思っているから成し遂げてしまうと言う。

事実、ヒイロはボロボロになっているウイングゼロの状態で管理局にとって精神的な主柱にもなりかけている名高いエースオブエース、高町なのはをたった一人でさらに無傷で無力化を果たしている。

そのことがどうしようもなく、はやてを呆れさせ、その感情がため息となって吐き出される。

本人はそれほど無茶だと思っていないことがなおさらタチが悪い。

 

 

 

部隊長室から退室したヒイロは模擬戦の戦法上、ティアナが訓練場に残していったクロスミラージュを手にしながら医務室への帰路についていた。

 

「あ、ヒイロさん。おかえりなさい。」

 

ヒイロが医務室のドアを潜るとそれに気づいたスバルがヒイロの方に視線を向けながら挨拶をする。

そのスバルに視線を合わせると同時に目を覚ましたのか、上半身だけを起こしたティアナの姿があった。

 

「ヒイロ………さん。」

 

ヒイロが医務室に現れたことにティアナはわずかに驚いた様子を見せるが、それもすぐに俯くように顔を下に向け、表情を申し訳なさそうにする。

 

「目が覚めたか。」

「その………改めて、庇ってくれてありがとうございました。」

「………直後にも言ったが、俺はなのはの様子がおかしいことに気づいたから急行した。お前を庇ったのはたまたまだ。それと忘れ物だ。」

 

ティアナの感謝の言葉にあくまで偶然だと言い張るヒイロは彼女に忘れ物という名前のクロスミラージュの片割れを渡した。

 

「これ、拾っておいてくれたんですか?」

「フェイトから医務室に向かうのであればとついでに渡された。お前がなのはを拘束するときに活用した銃身下部のアンカーの糸は切れているが、後でシャーリーとかいうデバイスマイスターに修復を依頼しておけ。」

「っ…………そうだ、なのはさんはーーーー」

「なのはちゃんならここで寝ているわよ。」

 

シャマルの声がした方向に視線を向けると、医務室のベッドの上で横たわっているなのはの姿を捉える。

 

「え、ええっと………どうして、なのは隊長が………!?」

 

ティアナは自身と同じように寝込んでいるなのはに困惑気味な表情を浮かべると、どうしてそのようなことになっているのか、自身が覚えている限りの記憶を呼び起こす。

最後に覚えているのは、なのはの砲撃により気力が限界になり、倒れかけたところをヒイロに抱きかかえられたところだ。そこから先は少なくとも記憶にはない。

ならば、なのはは何故そこで横たわっているのか。

彼女の顎に湿布が貼ってあるため、誰かからそこに攻撃を加えられたと考えるのが自然だ。

 

 

(まさかスバルがーーいえ、スバルが人とは違う力を持っていても相手はなのはさん。自身の恩人である人にスバルがその力を行使するとは思えない。)

 

ならば、一体誰がーーーー

 

ティアナの中で、シグナムやヴィータ、部隊長であるはやてやフェイトといった六課の人物が思い浮かぶが最終的に行き着いたのはーーー

 

「…………もしかして、ヒイロさんがなのは隊長を………?」

 

ティアナがまさかと言うような表情を浮かべながら、自身の横で立っているヒイロに視線を向ける。

記憶が正しければ、ヒイロはなのはの前に曲がりなりにも立っていた。それにその時のなのはの様子を鑑みてもそのままなし崩し的に戦闘に突入してしまっても、無理はない話だろう。

 

「やったのは俺だ。なのはの顎に衝撃を打ち込むことで脳震盪を引き起こさせ、気絶させた。」

「……………やっぱり、なのは隊長やフェイト隊長の師匠だって言うのは嘘ではなかったんですね………。」

「何度でも言うが、それはただの成り行きだ。」

「そ、そうですか…………。」

 

バッサリと言ったヒイロにティアナは出鼻をくじかれ、若干引いている笑みを浮かべながらヒイロの顔を見つめる。

 

「う…………うぅん…………」

 

そんな時、目が覚めたのかなのはの唸る声が医務室に響いた。全員の視線がベッドで横になっているなのはに向けられると彼女は上半身を起こし、頭を軽く横に振りながらその瞳を開いた。

その瞳にヒイロと戦っていた時に見られた感情が一切篭っていないような暗いものはなかった。

 

「……………。」

 

目を覚ましたなのはが最初に視界に捉えたのは自身に呆れているような視線を向けているヒイロであった。先ほどまでの戦闘を覚えているのか、なのはは表情を俯かせる。

 

「その…………ごめん、なさい。迷惑、かけちゃって………。」

「お前が俺に謝罪を言うのは勝手にしろ。だが俺より先に謝罪しなければならない相手がいるだろう。」

 

ヒイロの言葉になのはは力なく頷くとその謝らなければならない相手であるティアナとスバルに視線を移す。

なのはに視線を向けられたことに一瞬体を強張らせる二人だが、なのははそれにどこか自虐的な笑みを浮かべる。

 

 

「…………ごめんね、怖がらせちゃって………。」

「…………少し聞いてみてもいいですか?」

「え……?あ、うん………。」

 

なのはの謝罪の言葉に怒るわけでも、冷ややかな視線を向けるわけでもなく、質問の許可を取ったティアナになのはは困惑気味に許可を下ろす。

 

「どうして、あそこまで怒りを露わにしたんですか?確かにあたし達が模擬戦で取った戦法はこれまでの基礎を重点的に行なっていた教導と比べれば、無茶だし、危険だったかもしれません。ですが、あそこまでの怒りを露わにするにはいささか………過剰なものだったと思います。」

 

ティアナは僅かに言い淀むような仕草を見せたが、自身が思っていることを最後までなのはに伝えた。

そのことになのはは気まずそうに視線を下に向け、表情を俯かせる。

しかし、なのはは思い悩んでいるのか、表情を俯かせたきり、何も語ろうとしない。

 

「…………なのは、お前はホテルアグスタでティアナがミスショットをした原因についてどう思っている?」

「え…………?それは…………亡くなった、ティアナのお兄さんが関わっているって、思ってる…………。」

 

ティアナに配慮しているのか、なのはは僅かに視線を右往左往させ、言葉を選びながら原因を口にした。

 

「俺もティアナ自身の家族構成、来歴などのデータを見たときはそう感じた。お前と同じように、兄であるティーダ・ランスターの死が関わっているとな。」

「っ…………知っていたの?」

「お前もその場に居合わせていたから分かっていると思うが、あの程度であれば個人情報を引き出すのは造作もないことだ。」

 

ヒイロがティアナの兄のことを知っていたことになのはは驚いた様子を見せる。

対するヒイロはそのなのはの反応をどこ吹く風と思うように完全に無視しながら話を続ける。

 

「話を戻すが、ティアナのミスショットの原因、兄の死も少なからず関わっているが、主要な要因は、ティアナ自身が抱えていた周囲への劣等感だ。その劣等感はお前にはもちろんのこと、スバルやエリオにも向けられていた。」

「え…………!?」

 

ヒイロの口から放たれた『ティアナが劣等感を抱えている』という言葉になのははまるで想像もしていなかったように驚いた顔を浮かべる。

 

「やはり、知らなかったか。無理もないだろう。これは俺がティアナ自身に()()()()()知ったことだ。いつもデータや映像ばかりの決まった行動パターンを画面の中で繰り返すだけのティアナ達を見ていたお前では知ることはできない内面だ。」

 

 

ヒイロの言葉になのはは表情に暗い影を落とし、俯いた。その顔を伺うことはできないが、確実に落ち込んでいるのは明白だろう。

 

「・・・・・じゃあ、私の教導は、間違いだったんだね。」

 

なのははどこか自虐気味な声色が含まれているような口ぶりでそう言った。ティアナとスバルはそんななのはに慰めの声をかけようとするがーーー

 

「何を勘違いしている?俺はまだお前に教導が間違っていたなどのことは伝えていない。勝手にお前自身の中で自己完結をさせるな。後が面倒になる。」

「え…………?」

「…………たしかにお前の教導には疎かにしている、いや『し過ぎている』箇所があった。それはまぎれもない事実だ。だが、どのようなものにもその度合いの幅こそはあれども利点も必ず存在する。その利点を言えばお前の基本に従事させるスタイルは間違いではなかった。基本をしっかりと身につけている奴とそうではない奴とでは練度にも著しい差が表れるからな。」

 

素っ頓狂な、呆けたようなポカンとした表情をしているなのはにヒイロは彼女の教導の利点をツラツラと言述べる。

 

「だが、人には誰しも得手不得手が存在するようにお前のその教導にも性格上、合う奴や合わない奴も出てくる。お前が怠り過ぎたのはティアナ達との根本的なコミュニケーションの量や質だ。」

「え、でもスバルやティアナ達とは何も無言でやっているわけじゃーーー」

「俺が言っているのはプライベート、つまり日常的な場面でティアナ達と会話を交わしているのか、そう言った面だ。もっともコミュニケーションなど、俺が言えることではないのは重々わかっている。だが、少なくとも俺が見ていた限りではお前達がそのようなことを行なっているのは一度も見かけなかったがな。」

 

「…………お前は何も知らな過ぎた。だからお前はティアナのミスショットの原因を兄が亡くしたことが原因だと、決めつけるしかなかった。」

 

「…………情報は戦場において最も重要性の高いものだ。敵戦力の詳細、戦場の状況、そして味方の素性や性格、そして戦闘スタイル。後半は部下を持つ隊長として知っておくべきことだが、ともかく把握しておくべきことを把握しておかねば()()と同じ結果を招く。いらない犠牲、死ぬ必要のなかった人間を出すか、今度こそお前が死ぬぞ。」

「ッ…………!!!」

 

ヒイロの言葉にスバルとティアナの二人は息を呑み、なのはは目を見開いて表情を青ざめさせる。シャマルも悲痛な表情をしながらも無言を貫いているため、医務室で沈黙が走った。

 

「あの、ヒイロさん、以前というのは、もしかして………。」

 

そんな沈黙をティアナはヒイロに質問することで破った。彼女のいう以前というのはホテルアグスタにてヒイロ自身の口から語られた任務中でのミスのことだろう。

 

「…………否定はしない。だが、お前たちは知らないのか?」

 

ティアナの言葉をヒイロは否定はしなかった。されどその視線はベッドの上にいるなのはに向けられていた。なのはに向けられたまま放たれた質問にティアナたちは疑問気に首をかしげる。そんな二人の様子を視界の端で捉えたのか、ヒイロは一度、瞳を閉じる。

そこにはどこか呆れが含まれている。ヒイロの横顔を見ていたティアナにはそう感じられた。

 

「…………確認する。」

 

ヒイロはまぶたを開き、なのはのベッドに近づきながらそう尋ねる。ヒイロの様子からその問いが自身に向けられていると察したなのはは不安な瞳を見せながらヒイロの顔を見上げる。

 

「自分で話すか、俺に喋らせるか、どちらか選べ。」

 

なのははヒイロのその問いに一瞬目を見開いたのちに表情に暗い影を落とす。

ヒイロの言わんとしていることを否が応でも察してしまったからだ。

 

「…………自分で……言います…………。」

「そうか。だが、これだけは言っておく。お前の行為は矛盾している。お前がどのように考え、感じ、伝えなかったのかは聞く気もない上に興味もない。だが、お前の教導の意義、それをスバルたちに正確に伝えたいのであれば、お前のその経験は話しておくべきことだ。」

 

ヒイロはなのはにそれだけ伝えると彼女を見下ろしていた視線を外し、医務室の扉へと足を進める。

近づいたことで自動で開いた扉だが、ヒイロはその開かれた扉の間で不意に足を止めると振り返り、再度なのはに視線を向ける。

 

「…………重ねて聞くが、お前と戦っている時の俺はどのように感じた。」

「え……………?」

 

唐突、そして予想していなかった質問になのはは一瞬呆けた顔を見せる。しかし質問された以上答えないわけにはいかないなのはは困惑したような感情を内心に秘めながらも必死に先ほどの戦闘の光景を思い返す。

戦闘中、ヒイロはなのはの暴走を言葉で止める訳でもなく、ほとんど無言で攻撃を仕掛けてきた。

ある種の感情の箍が外れていたなのはにとってその時は特に何も感じなかったが、冷静さを取り戻した今となっては、ヒイロの行動はーーーー

 

「なんだか………()()()()()、です。ヒイロさんがどうして無言で何も話さないのか、わからなかった………。」

「そうか、ならちょうどいい。模擬戦でのお前は声をかけるより制圧した方が早いと判断した、そのため偶然に近いものだったが、その時の俺は今のお前に近いものだと考えている。」

 

「『想いを届けるためには力も必要』、10年前のお前が言っていた言葉だ。たしかに力がなければだれかに想いを届けるのは不可能だ。だが、力だけではお前の想いを正確に届けることには繋がらない。誰かにわかってほしいのであれば、言葉を使え。もう一度言うが、お前にはコミュニケーションが足りない。それを忘れるな。」

 

ヒイロはそこまで言うと出る直前に一瞬だけシャマルに視線を向け、そのまま医務室を後にする。

 

(…………最後のヒイロ君の視線、もしかして三人の邪魔になるから外にいろってことかしら?)

 

ヒイロに視線を向けられたことをそういうことだと判断したシャマルはヒイロと同じように医務室から出て行った。

外に出てみれば、壁に寄りかかって腕を組んでいるヒイロの姿があった。

 

「もう、ヒイロ君。何も視線だけで意図を伝えなくてもいいじゃない。」

「お前ならあれだけで十分だと判断した。それだけだ。」

 

シャマルが肩をすくめながら腰に腕を当て、怒っている様子を露わにするが、それが心底から来ているものではないことはヒイロにはわかりきっていたため、気にする様子すら見せずにシャマルに背を向け、隊舎の廊下を歩き去っていった。

 

「…………はぁ、ヒイロ君ったらしょうがないんだから………。」

 

シャマルは歩いて去っていくヒイロの背中から視線を医務室に戻す。閉ざされた扉の先ではなのはがティアナとスバルの二人に自身の教導の意義。それに繋がる10年前の出来事を話し始めていることだろう。

 

心配そうに医務室の扉を見つめるシャマル。

その姿を六課隊舎の窓から橙色に輝く夕日が照らしていた。

 




なーんだかもうしばらくヒイロっぽくねぇヒイロが続きそう………。


まぁ、それはそれとして、投稿ができない20日間の間、また懲りずに魔法少女ものの作品が降りてきたんですけど、投稿、しても大丈夫ですかね?


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第53話 わたしは『いい子』じゃなくていいのかな?

いや…………難産だった……………。
ただひたすらその一言に尽きます…………あと自分が本当にガンダムキャラしか書けないことを痛感した………ヒイロが絡まないだけで全然かけなくなった………。
それとなんかティアナがニュータイプみたいになったお………(白目)

最後に………遅れて申し訳ないです…………(ヨボヨボ顔)


「………………。」

 

医務室から退室したヒイロは事務室で電子機器のキーボードを操作していた。

机には無造作に待機状態のウイングゼロが置かれているが、そこから配線のように光の線が伸び、電子機器に繋げられていた。

そしてディスプレイにはミッドチルダでは見られない画像が投影されていた。

宇宙に作られたコロニーや地球の画像。そしてモビルスーツ群の画像。つまるところヒイロが元いた世界、形式上、AC(アフターコロニー)とさせてもらおう。

そのAC世界の映像をヒイロは電子機器で画像の編集をしていた。

なぜそのようなことをしているかと言うと、この後のはやてたちに向けた説明のためだ。

 

「進捗はどのような感じだ?」

「…………幸か不幸か、ウイングゼロの戦闘記録がほとんど残っていた。そのため編集作業自体はさほど時間をかけずに済ませられるだろう。」

 

待機状態のウイングゼロからアインスが顔を覗かせる。ヒイロが編集作業の進捗に問題はないことを伝えてもアインスの顔はなぜか不安気な表情を浮かべる。

 

「…………何か懸念でもあるのか?」

「………いや、ゼロシステムの真実を知って、高町がどう思うか、気になってしまってな。奴はシステムの危険性を知らなかったとはいえ、ある種の禁忌に手を伸ばそうとした。それがどんなに間違っていたのかを目の当たりにされると思うと些か気分が悪くなりそうだ。」

「…………お前があまり気にする必要性はない。これは俺が奴らにその危険性を伝えなかったことが原因だ。」

 

ヒイロがアインスにそれだけ伝えると再び編集作業に意識を切り替え、ウイングゼロから説明に使えそうな画像データのピックアップを行う。

中に入っているアインスも使えそうな画像データの取捨選択の手伝いを行い、作業自体は30分ほどで終えることができた。

 

「…………こんなものか。」

「しかし、見ていて思ったのだが、モビルスーツの性能には舌を巻かざるを得ないな。一般的な兵士が乗るこのエアリーズという量産型のモビルスーツでさえマッハ2の速度を出せるのだろう?並の魔導師では追いつけないぞ。」

「武装自体にそれほど面倒なものはない。防ぐだけなら普通の魔導師でも障壁を張れば対応は不可能ではない。」

 

アインスの言葉にそう返すとヒイロはディスプレイを閉じるとウイングゼロを端末から外して事務室を後にする。

 

「どこかに行くのか?」

「……………はやてに準備が整ったことを報告しに行く。ついでになのは達の方にも向かう。」

「…………わざわざシャマルまで下がらせたのに意外と心配性なんだな。」

「…………呼びに行くだけだ。」

 

今度はアインスの言葉に特にこれといった返答はせずにヒイロは隊舎の廊下を歩き始める。

 

 

ヒイロとシャマルが退室した医務室に残されたスバル、ティアナ、そしてなのは。

三人の間ではどうしようもない沈黙が流れ、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

 

「えっと、まずは、何から話せばいいのかな…………。」

 

場の風景を和ませるためかなのはは軽く頰をかく仕草をしながら乾いた笑みを浮かべる。しかし、ティアナとスバルはそれにどう反応すればいいのかわからなかったのか微妙な表情を浮かべることしかできなかった。

そのことになのはは自分は場を和ませることさえできないのかと自己嫌悪に苛まれながら視線をわずかに下に向ける。

 

「………そうだね、やっぱりこういうのはちゃんと順を追って話した方がいいよね。」

 

独り言だったのか、不意になのはがそう呟くとレイジングハートから映像が映し出される。その映し出された映像には杖を構えた、まだあどけなさが残っている少女の姿があった。

しかしその少女にティアナとスバルにはどこか既視感を覚えた。

似ているのだ。杖のデバイスの形状や制服のような白いバリアジャケット。

そして何より、茶髪のサイドテールにどんな障害が立ちふさがろうと決してめげることがないと感じさせる不屈の心が宿ったその瞳はまさにティアナとスバルの目の前にいる高町なのはを彷彿とさせる。

 

「これ………なのはさんですか?」

 

ティアナがそう尋ねるとなのはは無言で頷き、映像の中の少女が自分自身であることを示す。最初こそ妙なオーラを纏った獣のような化け物や巨大化した樹木と戦っている画像が多かったがなのはが映像を切り替えていくとその映像にようやく別の魔導師と思しき人物が映り込む。

艶やかな金髪をツインテールにまとめた少女。夜の闇に紛れるためか黒いマントを羽織ったその姿に似つかわしくない巨大な鎌のようなデバイス。

 

「あれっ!?この人、フェイト隊長ですよね!?」

「………フェイトちゃんとは最初こそは互いに譲れない事情を持っていて、何回も戦っていたりしていたんだけど、そこら辺は今回は割愛させてもらうね。これに至ってはフェイトちゃんにも立ち会ってもらわないとダメだし………。」

 

スバルの驚きから発せられた言葉にそう言いながら、なのははレイジングハートを操作し、画像をどんどん切り替えていく。

 

「うーん…………ちゃんと整理してないし、ヒイロさんから唐突に話せって言われたのも相まって全然見せたい画像が見つからない………。」

 

なのはが苦い表情を浮かべながら切り替えられる様子をスバルとティアナは見ていた。

その画像は最初こそ、まだ幼い頃のなのはとフェイトが写っているものが中心であったが、徐々にシグナムやヴィータといった闇の書事件の関係者の姿が映り込むようになった。その中には無論ヒイロ、もといウイングガンダムゼロの姿もあった。

 

「…………こうして見させてもらっていると、ヒイロさんは本当に時間を飛び越してきたんですね。」

「そう、だね。それどころか、ヒイロさんは世界を飛び越しているけどね。」

 

零すように出たティアナの言葉だったが、なのはが何気なく言葉を返す。何の変哲もない、普通に行われたやりとりだったが、ティアナとなのはにとっては初めて、というのは過言だが、それでも訓練以外では滅多に行われない、日常的なやりとりであった。

 

(…………そういえば、ヒイロさんが元々いた世界ってどんな感じなんだろう。)

 

ふとスバルはそんな疑問が浮かんだが、それを口に出すことはしなかった。そのことはなのはがフェイトのことに関して、本人の同席が必要と言っていた以上にデリケートなことなのがわかりきっていたからだ。

 

「あ、あった。えっと、ちょっとショッキングなのは目を瞑ってほしい、かな?」

 

目的の画像を見つけたのかなのはがそんな言葉を出した。スバルがヒイロに対する興味から一転なのはが見せたいと言っていた画像に視線を移す。

そこには雪原になのはが横たわっている画像があった。それだけであれば何ら特に言うことのない画像だったのだが、明らかに異常な点があった。

管理局のエースオブエース、高町なのは。その象徴とも呼ぶべき白い純白の制服のようなバリアジャケット。

その白いバリアジャケットを染め上げるような紅が彼女の横脇腹からあふれ出ていた。

 

「こ、これ、なのはさん………!?」

「嘘…………!?」

 

ティアナとスバルはそのなのはが血を流している画像をみて、絶句していた。

彼女の左脇腹から流れ落ちている血は場所が雪原なのも相まって、より一層に紅が際立っていた。

その流れ出ている血の量から鑑みても適切な処置を施さなければ危険な状態に陥ってしまうのは明白だった。

 

「だいたい………8年くらい前だったかな………。私はとある任務で出向していた時に近づいてきていた敵に気づかなくて、撃墜されたの。これはその直後の画像。私はこの時の怪我でしばらくは安静を余儀なくされたの。」

「なのはさん、撃墜されたことあったんですか………。」

「意外だった?」

 

スバルの言葉になのはがそう尋ねると、スバルは一瞬答えるべきかどうかを悩んでいるかのように顔を俯かせたのち、申し訳なさそうにコクリと顔を僅かに縦に振った。

 

「私がこうなっちゃったのは、はっきり言って、私自身にかしていた無茶が原因だったの。」

「無茶…………ですか?」

 

ティアナの言葉になのはが頷くと話を続け、自身の無茶をしていた過去を話し始める。

 

「ヒイロさんがいなくなった後は私はみんなを守るためにより一層、魔法の訓練に励んだの。その、戦闘とかだとヒイロさんに頼りきりの面もあったから。」

「……………なのはさんも最終的には戻ってきたとはいえ、いなくなったヒイロさんのために努力してきたんですね。」

「うん。そう、そうなんだけど…………その努力がこの結果を招いたの。」

「え…………?」

 

なのはがみんなが守りたいがためにやってきた努力、それが自身の撃墜を引き起こしたという皮肉をしているような言い方にスバルは言葉を失ったかのように目を見開くしかなかった。

 

「まだ体が出来上がっていないにもかかわらず、過度な訓練をやって、さらにそこに負荷の高い砲撃魔法を何十回も撃ってきた。いくら目を逸らしていたとしても、やっぱりその無理は無視できないものだった。」

 

「そして、最終的には疲労がどんどん蓄積していって、その時にはもう体は限界だったんだと思う。敵の攻撃に対する反応が遅れて、画像の通りだよ。」

「…………だから、なのはさんはこと無茶をする、ということに関してはあんなに過敏になっていたんですね。」

 

なのはの吐露にティアナがそういうと彼女は表情に影を差し込みながら重く頷いた。

 

「私の教導の意義、それはしっかりと体と基礎的な部分を完成させて、私みたいな無茶をすることで自分を壊しちゃうような人を増やしたくなかったことなんだ。」

 

「でも私自身、今回のことはだいぶ反省、してる。頭冷やそうか、なんて言っていたけど、むしろ私の方が冷やさないといけなかった。ティアナやスバルだってちゃんと考えてやっているはずなのに………ダメだよね、隊長がこんなんじゃ…………。」

 

そう言って俯いたなのはの表情はティアナたちの方からは伺えない。しかし、両方の手のひらがギュッと握り締められ、皺が寄っている様子からなのはが自身への情けなさに悔しさを滲ませているのは察せられた。

 

「なのはさん………。」

「……………。」

 

高町なのはという管理局における絶対的なエース。二人にとって、特にスバルにはかつて爆発炎上している空港から自身を救い出してくれたその背中とはかけ離れたそのあまりにも弱々しい姿に困惑を隠しきれずにいた。

しかし、ティアナはそのなのはの姿をじっと見つめていた。

 

「なのはさん、一つ、失礼を承知で聞かせてください。」

 

ティアナの突然の真面目な雰囲気を含んだ声にスバルは呆けた様子で彼女の横顔を見つめ、なのはもそれに吊られるように頷いた。

 

「なのはさんは一人で全部何もかもできるって、思ってますか?」

「そ、そんなの、思っているわけないよ………!?でも、ヒイロさんがいなくなっちゃったし………フェイトちゃんは執務官の試験とか、はやてちゃんは部隊長としてのノウハウとかを学ばないといけなかったから、私が、私がヒイロさんの代わりに頑張らないとって………。」

「…………あぁ、そっか。」

 

なのはのまくし立てるような口調にティアナはどこか達観したような表情をしながら自身の橙色の髪をかき乱した。そのことにスバルとなのはは何をしているのかと疑っていると言っているような視線をティアナに向ける。

 

「…………似ているんです。あたしとなのはさん。口で言うと凄くおこがましいですけど。」

 

ティアナの言葉に今度は疑問符を浮かべる二人を流しつつ、ティアナは一度、深呼吸をした。

 

「あたしは、兄さんの夢である執務官を目指すことで兄さんの無能を覆したかったんです。まぁ、要は兄さんみたいな管理局員になりたかったんです。」

 

「でも、魔導師ランクの昇格試験を受けて、ここ(機動六課)に来てからは才能に満ち溢れたスバルやエリオ、類い稀な召喚魔法を使えるキャロ、そして明らかに一つの部隊にしては高すぎる実力を有している隊長陣の皆さんに、有り体に言えば、嫉妬していたんでしょうね。」

「それは、ヒイロさんからさっき聞かされた………。ティアナがそんなに思い悩んでいたなんて、全然分からなかった。」

「伊達に幻惑魔法を使っていないから、ですかね。あんまり演技とかの腹芸には自信はありませんけど………。でも、そんな嫉妬からくる焦りでホテルアグスタではスバルを、一歩間違えれば撃墜してしまうであろうミスショットをしでかしました。」

「ティア、それはーーー」

「ちょっとスバル。アンタ、ヒイロさんに優しさは時に他人を傷つけるって言われたばかりでしょうが。アンタはただあたしがミスショットをしたっていう事実を認めていればいいの。」

 

スバルがティアナに慰めの言葉をかけようとするが、長年連れ添っているティアナが先にスバルに目を細めたジトッとした目線を向けることでその言葉の先を言わせないようにする。

スバルが無言で首を縦に振っているのをみて、ひとまず優しすぎる友人を黙らせたと判断したティアナは再びなのはに視線を戻す。

 

「その、似ているって言うことですが、あたしが兄さんの後ろ姿を追っていたように、なのはさんは、ヒイロさんの後ろ姿を追っているんです。」

「私が、ヒイロさんの…………?」

「正直言って、当時のヒイロさんがどんなことをしていたのかはわかりません。だけど、なのはさんが会話の内容の節々にヒイロさんの名前を出していることから、あの人を頼りにしていたと同時に、強さの象徴のように見ている。」

 

ティアナの言葉になのははしばらく自分自身と対談するかのように顔を下に向け、これまでの自分を振り返ってみる。

その神妙な面持ちのなのはにティアナとスバルも何も語りかけるようなことはしなかった。

 

「…………ティアナの言う通り、確かに私はヒイロさんを目標みたいにしているんだと思う。10年くらい前、偶然の出会いから魔法の存在を知った私は大切な人を守るためにその力を使ってきた。だけど、ヒイロさんはいつも私の前に立って、その背中で守ってくれていた。だから気づけば私は、その背中に憧れていたのかもしれない。」

「そう、ですか。でも、実はヒイロさん、こんなことを言っていたんです。他人を戦う理由にするのは辞めろ、いずれその人自身に押し潰されるって、言っていたんです。」

「それって………なのはさんの場合だと、ヒイロさんになるよね?」

「………確かに今回、私はヒイロさんに叩き潰されたようなものだけど…………。」

「多分、そう言うことではないんだと思います。どちらかといえば精神的に押しつぶされるんでしょうか。確証は全然ありませんけど。ただこれだけはわかるんです。何より始めに自分の意志でどうしたいかを考えること、他人を戦う理由にしているといつまでもその人に引きずられて、前に進むことができないんだと思います。」

「…………ティアナはお兄さんのことをもう考えないようにするの?」

「いえ、決して考えないようにするわけじゃありません。ただ、あたしは兄さんじゃないし、兄さんも同じようにあたしじゃない。人は決して他の誰かになることはできない。だから、あたしが兄さんに思うことは一つだけ。今の自分とこれからの自分を見守っていてほしい。これだけです。」

「今の自分とこれからの自分を見守ってほしい…………か。」

 

ティアナの言葉を反芻するように呟いたなのはは天井を何気なく見上げる。その様子にはどこか苦手と思っているかのような雰囲気が見て取れた。

もっと正確に言えば、あまりそういうことをされたくないと感じている、そんな感じの雰囲気であった。

 

「……………ごめんなさい、最初に謝っておくんですけど、なのはさんって、周りを頼るのって嫌いなんですか?」

「……………………え?」

 

ティアナの発した言葉。その内容をなのははうまく飲み込めないで素っ頓狂な声を上げながら首をかしげる。

 

「いや、その………フェイトさんやヴィータ副隊長、さらにはシグナム副隊長、この際ヒイロさんでもいいんですけど、実力がある人が決していない訳ではないのに、ずっとなのはさんがあたし達の教導についてそんな夜遅くまで一人で考えているとなると、ある意味その、周りを頼っていないように見えるというか………。」

「そ、そんなことないよッ!?フェイトちゃんは執務官の仕事があるし、ほかのみんなにもやるべきことがあるから………どちらかと言うと………お願い、できない…………。」

 

「みんながそれぞれ頑張っているのに、私だけ誰かに頼っているようだと凄く、申し訳なくなってくるんだよ………。ヒイロさんだって基本、一人でなんでもやってのけるし………。」

「……………ヒイロさんは案外周りに任せたりはしていますよ?」

「…………そう、なの?」

 

ヒイロも意外と周りを頼ってはいる。そのことになのはは信じられないと言っているかのような顔をティアナに向ける。

 

「この前の海鳴市での任務の時、ヒイロさんが捕獲対象を見つけてはくれましたが、そこから先は私達に一任してくれました。」

「それは………ヒイロさんにはリンカーコアがないから、封印魔法とかの行使ができないからじゃないの?」

「そう言われてしまえばそれまでですけど………少なくともヒイロさんはできないことをやろうとするような考え無しな人じゃありません。」

「その、今回の模擬戦で使ったクロスシフト、あったじゃないですか。あれにも一応、ヒイロさんも一枚噛んでいるんです。と言っても、基本的にはクロスシフトの構成は私達にやらせて、必要な部分だけアドバイス的な言葉をもらった程度ですけど………。」

「そう、なんだ…………それは全然知らなかった………。ヒイロさんにも言われてた通り、私は結構部屋でみんなの教導中の映像ばかり見ていたから…………。」

 

なのははそういうと表情を暗いものに変える。ヒイロに言われることで初めてきづいた自身の至らなさ。本来隊長として人の上に立つものであれば必須であろう部下との会話。それを怠り、部下のことを何も知らない、知ろうとしなかった自分になのはは自分自身のことが心底情けなく感じるようになった。

 

「……………こうして話してみると、本当にお互い知らないことばかりだね、これじゃあヒイロさんに会話が足りないって言われても仕方ないね。」

「…………元々の階級の違いもありましたし、あたし自身隊長陣の人たちにはどこか近寄りがたいって壁を作っていたのもあると思います。」

 

なのはの言葉にティアナは頷きながらも自身にもそれなりの非があったことを反省する。

 

「…………その、模擬戦中にあたしが言いかけた言葉、覚えてます?途中でなのはさんに遮られましたけど。」

「え…………?えーと………えーと………その、ごめん………全然、覚えてない………。」

 

ティアナの質問になのはは必死に思い出そうとするが、自身の記憶に残っているのは砲撃魔法でティアナを吹っ飛ばそうとした記憶しか残っていないことに、なのはは軽い絶望を感じながら顔面を真っ青に染め上げる。

そのなのはの様子にティアナは苦笑いを禁じ得なかった。

 

「突然ごめんなさい。でも、どうしても知ってもらいたいんです。あたしが考えていることを。」

 

ティアナの引き締めた表情になのはも自然と彼女の気持ちに応えるように真っ青にしていた顔の色を戻し、神妙な面持ちでティアナと対峙する。

 

「あたしが言いかけた言葉は、『背中を預けられる仲間がいるから』です。」

 

ティアナが模擬戦で言いかけた言葉をなのはに伝える。その言葉を伝えられたなのはの言葉を待たずにティアナは自身の思いをなのはにぶつける。

 

「あたしはこれからもまた同じような無理や無茶をやっていくと思います。それは決してなのはさんの教導が間違っているからじゃなくて、そうしなければならない状況が必ず来るからだと考えています。それが、戦場だってものなのだとヒイロさんに教えられたから。」

「で、でも私はティアナやみんながおんなじ無茶を繰り返して欲しくないからーー」

「戦場に身を置く以上、不本意な距離、つまるところ近距離戦闘とか、なのはさんの言う無理をしなければならない状況は必ずあります。でも例えどんな無理でも、どんな無茶なことでも、周りにみんなが、『仲間』がいるなら、乗り越えていける、今はそう思っています。」

「仲間……………。」

「でも、少し話してみて、今のなのはさんは何というか、周りに誰もいないんです。」

「え…………?」

 

ティアナの言葉になのはは思わず、不思議そうな声を上げる。

周りに誰もいない、その言葉の真意を探るべくなのはの思考が動くが思うようにしっくり来る答えが閃くことはなく、余計に彼女の心に疑問の雲が渦巻く。

 

「なのはさんの視界の前方にはヒイロさんの後ろ姿、でもそれだけ。周りには誰もいない空虚な空間が広がっている。多分そこにあたし達は見えてもとっても後ろにある。それは貴方にとって、私達は自分が守らなければならない存在なんですか?」

「ティア…………?」

「そ、それ………は…………。」

 

ティアナの様子にスバルは見たこともないようなものをみたかのような表情を浮かべ、なのはは何かを言い返そうとした口を詰まらせる。

なのは自身、心のどこかでフェイト達を自身が守らなければならない存在と思っていたからだろうか。

 

「なのはさんだってちゃんといます。八神部隊長はもちろん、フェイト隊長を始めとした隊長陣、そしてヒイロさん。何より、あたし達フォワード陣も。」

 

まぁ、それは流石に今のあたし達の実力だとおこがましいのもいいところなんですけどね、と言いながら僅かに苦笑いを浮かべるティアナ。

なのははそのティアナの言葉が妙に自身の心のうちに引っかかった。

 

(そんなことない。ティアナ達だってちゃんとした仲間だよ。でもちょっと無理をするところがあるから、わたしが頑張らないとーーーー)

 

「あ……………。」

「なのはさん…………?」

 

なのはが挙げた、思わず息が漏れたような声にスバルが気づき、視線を向ける。そのスバルの視界には目を見開き、その直後視線を下に向けているなのはの顔があった。

 

「…………ティアナの、言う通りかも。フェイトちゃんとかみんな強いことはわかりきっている。なのに私、ずっと、守らなきゃって思ってた………。」

「…………本当に強いヒイロさんでさえ、任せるべきことは他の人に任せています。それはつまり、人一人でできることなど所詮はたかが知れている、そう言うことなのかも知れません。」

「私…………フェイトちゃんとか、はやてちゃんを心配させないためにやっていたのに、もしかして、逆に心配させてた……………!?」

「なのはさん…………。」

 

ティアナの神妙な面持ちから放たれた言葉が届いたかどうかは定かではない。

しかし、なのははこれまでの自身の行いが守りたい者達を逆に心配させていたのではないかと考えると、思わず口元を手で覆い、悲痛な表情を浮かべる。

そのなのはの様子に彼女を慕っているスバルでさえ、声を掛けられずに同じように悲痛な表情を浮かべる。

 

「…………ようやく気づいたか。」

「うぇっ!?」

 

その重たい空気の中、響いた扉の開く音と同時に発せられた男性の声にスバルは驚いた表情をしながら扉の方へ振り向く。

そこには一度部屋を退室したヒイロが立っていた。

 

「ヒ、ヒイロ………さん………!?」

「そろそろ頃合いかと思っていたが、想像以上に時間がかかっているようだな。」

 

まさか戻ってくるとは思っていなかった人物にティアナは声に出さずとも目を見開くことで驚きを露わにする。

ヒイロはスバルのおどろいた声に何か返すわけでもなく、その鋭い視線を悲痛な面持ちをしているなのはに向ける。なのははヒイロが視界に入ると瞳を潤ませる。

今のなのはの様子はさながら居場所を求める小さな少女のようであった。

 

「この際だからはっきりと言う。フェイトもはやてもいつまでも一人で何事も熟そうとしているお前のことが気がかりになっていた。その様子だとお前の行為は無意味どころか逆効果であったことは自覚できているようだがな。」

「私、フェイトちゃんやみんなを心配させるためにやってたわけじゃーーー」

「そんなことはお前の性格を鑑みれば明白だ。だが、フェイト達がお前のことを気にかけていたのはまぎれもない事実だ。」

 

ヒイロの言葉になのはは向けていた視線を外し、表情を俯かせる。故にその表情を伺うことはできなかったが、ヒイロの目は見逃さなかった。

なのはの頰に一筋の涙が伝っているのをーーーー

 

「わたし………本当にバカだ…………!!全然、周りが見えていなかった…………!!」

 

「ごめんなさい…………ごめんなさい…………!!」

 

ただひたすらに懺悔するように声を絞り出しながら嗚咽を零すなのはにどう声をかけたらいいのか分からずに困惑気味な雰囲気を出すティアナとスバル。

ヒイロもその様子を静観していた。スバルとティアナが助けを求めるような視線を向けても放っておけと言わんばかりの憮然とした様子でなのはが泣き止むまで待った。

 

「…………少しは落ち着いたか。」

「…………うん。」

 

ヒイロの確認に、僅かに顔を縦に振り肯定を表すなのは。しかし、泣き止んだ後でも気が晴れた様子はなく、どこか虚ろな表情を浮かべていた。

 

「ティアナとの会話でお前自身について何がわかった。」

「…………ティアナの今の気持ち、自分自身の勘違い、何よりみんなを心配させていたこと………。」

「それが自覚できているのなら特に問題はないようだな。」

「そんな………問題だらけだよ………。」

「…………お前がやるべきことは何よりお前自身がわかっている筈だ。」

「でも、これからどうしたらいいの?私、今まで通りにみんなと顔を合わせられる気がしないよ………!!」

「…………お前にとってフェイト達との関係はその程度のものなのか?」

「え…………?」

 

なのはの俯いていた顔が上がり、再びその視線がヒイロに向けられる。なのはが呆けた表情と視線を向けたとほぼ同タイミングでウイングゼロからアインスが身を出した。

 

『さて、ここでティアナとスバルに質問だ。君たちの知っている管理局有数の空戦魔導士、エースオブエース、高町なのは。その正体は普通の少女と変わらない悩み、挫け、涙を流すどこにでもいる人間だ。そんな栄光とはかけ離れた姿を見せた彼女を君たちはこれまで通り隊長として、同じ戦場に身を置く人間として接していけるか?』

 

アインスに突然質問を振られた二人はその質問の意図が計り知れなかったため、お互いの顔を見合わせる。最初こそ、疑問気だった二人の顔だったが、少しするとその質問の意図がわかったのか、表情を緩ませ、今度はお互いに大きく頷いた。

 

「もちろんです!!例えどんな姿だったとしても、なのはさんは私が憧れたなのはさんです!!」

「同じく。むしろ今回でわかりました。なのはさんもあたしと同じように苦労に苦労を重ねてきた人間なんだってことが。」

『…………だそうだ。君の部下である彼女らでこの返答だ。ならば主やテスタロッサ達の答えは言うまでもあるまいさ。』

 

二人の返答に満足したのか綻んだ表情を見せながらなのはにそう語りかけるアインス。

そのことになのはは信じられないと言わんばかりの表情を見せる。

 

「……………人との関係は常に妙なところで作用があるのがほとんどだ。俺自身では何故こんな奴をと否定的に思っていても、気づけばいつも隣にいる。そんなこともザラにあるのだろう。」

 

「ならば、始めから好意的に接していたお前とフェイト達であれば、その程度で関係が悪くなるなどありはしないだろう。」

 

「…………仲間、というのは決してお前に守られるための存在ではない。人は一人では生きられない。一人でできることなど数えられる程度のことだ。生きるためには他人が不可欠だ。そのために存在するのが、同じ志や心を持つ仲間というものではないのか?」

 

 

ヒイロは一度、言葉を切り、僅かに考え込むような様子を見せるとなのはに自身の仲間に関しての持論を伝える。

 

「フェイトもはやてもお前に請われれば、それに応える用意はできている。後はお前の心の在り方次第だ。」

「わたしは……………。」

 

ヒイロの言葉になのはは瞳を閉じ、思案の海に耽る。その瞳の裏に映るのは10年ほど前、彼女自身がまだ魔法と出会う前、一人寂しくブランコを漕いでいる情景。

当時のまだ幼かった彼女は母親である高町桃子や兄と姉である恭也と美由紀から目をかけてもらえず、一人ぼっちであった。

決して、なのはが家族から村八分のような扱いをされていたわけではない。

ただ、父親である高町士郎が仕事中に生死を彷徨うほどの大怪我を負った。家族らはその士郎の見舞いのために病院に向かわざるを得なかった。

しかし、その見舞いの一行の中になのはが含まれることはなかった。

やれまだ幼い子供だから、酷い怪我を負った父親の姿を見せたくなかった家族の計らいもあったのだろう。

だが、なのははどうしようもなく、自分だけ取り残されたという感覚を、味わい続けた。

 

その結果、彼女は『いい子』であろうとした。

 

ここでいう彼女の『いい子』とは家族に心配をさせない。そのようなものであった。

しかし、10年の月日が経つにつれて、彼女は家族を、他者を心配させないばかりか頼ることさえいい顔をしなくなっていった。なまじ魔力に関して超人的な才能を持ち合わせていたのも彼女をある意味増長させてしまう要因でもあったのだろう。

 

「ねぇ、ヒイロさん………。」

 

不意につぶやかれたなのはの言葉にヒイロは声を返すことはしなかったが、ジッとなのはの横顔を見つめている。

 

「わたし、『いい子』じゃなくて、いいのかな………?みんなに迷惑かけても、いいのかな………?」

 

それを聞いていてくれていると判断したなのははヒイロに答えを求めるかのような口調で尋ねる。

さながら、なのはが乗っているブランコを一人でも動かせるはずのソレをわざわざ後ろから押してくれとお願いされているようでもあった。

 

「…………むしろ、その方がフェイト達も安心するだろう。それはお前の方がよく知っているはずだ。」

「…………うん!!」

 

その背中をヒイロは後ろから押し出した。力を得たブランコは前へと進み出し、なのはは勢いよく眼前に広がる空に飛び上がった。

その時の彼女の表情は年相応の、心底から晴れやかなものであった。

 

 




あ、そうだ(唐突)

割と今更ですが、お気に入り登録1000人越えました!!
ありがとうございます!!
まさか二作続いて1000人越すとはおもってなかったので、皆さまには感謝の極みです^_^

それと懲りずに新作出しちゃったんでそっちの方もよろしくです。
内容はここでいうのはアレなので、一言だけ。


俺がガンダムだ(迫真)


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第54話 ゼロシステムの真実

いやー、やっと難産なところが終わった…………。
そして物語はさらなる混沌に突入する…………。



「……………お前に時間をかけすぎた。」

 

なのはを宥めたヒイロだったが、その表情は僅かに呆れが含まれているようだった。その端正な顔つきから放たれる目線がなのはに細められた状態で向けられているのもその表れなのだろう。

 

「えっと、その、ごめんなさい。」

「…………お前に対して怒っているわけではない。それとだが時間経過から鑑みて、脳震盪の症状はもう出ない筈だ。立てるな?それとティアナ、お前もだ。特に身体に問題はないな?」

「え、あ、はい。一応寝てはいたので、大丈夫ですけど………。」

「ならば後で部隊長室に来い。お前たちに話しておくことがある。」

 

それだけ伝えるとなのはたちの返答を待たずにヒイロは医務室から出て行った。

突然のヒイロから集合の連絡に残されたなのは達はお互いに顔を見合わせる。

 

「…………なんだろうね。話しておくことって。」

「いや、あたしに聞かれても……………。」

 

なのはが首を傾げながら何気なくティアナの方に視線を向けるが、ティアナは自分もわからないというように苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、ともかく部隊長室に向かうことはわかりきってるので、早めに行った方がいいと思います、よ?ヒイロさん待たせるわけにはいきませんし。」

「…………そうだね。スバルの言う通り、ヒイロさんを待たせるわけにはいかないね。」

 

スバルの言葉に頷きながらなのははベッドから立ち上がり、ティアナとスバルと共に医務室を後にし、部隊長室へと向かった。

 

「あ、なのは。体調もう大丈夫なの?」

「フェイトちゃん………。うん、もう大丈夫。それと今まで迷惑かけてごめんね。」

 

部隊長室にははやてを筆頭にヴィータとシグナムの両部隊の副隊長やシャマル、そしてザフィーラのヴォルケンリッターが揃い踏みになっていた。他にもキャロとエリオの二人、なのはの側にティアナとスバルがいることからFW陣も集められたのだろう。

そんな中、部隊長室に入ったなのは達を出迎えたのはフェイトだった。自身の体調を尋ねる彼女になのはは大事ないことを伝えると同時にこれまでのことを謝罪した。

そのなのはの謝罪にフェイトは一瞬目を見開いたがすぐさま首を横に振りながら笑みを浮かべた。

 

「ううん。そんなことないよ。何も言えなかった私も悪かったし………。」

「でもーーーー」

「だから、今度からは私やはやてもちゃんと言うべきことは言うし、なのはも疲れているんだったら素直に言うこと。それでいいんじゃないかな?」

「フェイトちゃん…………。」

 

フェイトの言葉になのはは少しばかり考え込むような仕草を見せる。

ヒイロとティアナに色々言われた一つでもある周りを頼ること。急に態度を変えろと言われても難しいかもしれない。

 

(だから、ちょっとずつでいいんだよね。こういうのは。)

 

「うん。ちょっと慣れないかもしれないけど、その時はよろしくね。」

 

なのははフェイトの言葉に笑顔でそう返すのだった。

 

 

「ところで、ヒイロさんは何をしているのかな?はやてちゃんの椅子に堂々と座っているけど…………。」

 

なのはが視線を向けた先にははやてが座るべき部隊長室の椅子に座り、何やら端末を操作しているヒイロがいた。

肝心のはやては応接用の椅子に座っており、まるでヒイロの準備を待っているかのようだった。

 

「えっと、簡単に言えば、説明会かな。ヒイロさんが元いた世界、アフターコロニーの。」

「……………ヒイロさんって10年前に傭兵まがいのことをしていたって言ってなかったっけ?」

「そう言っていたけど、あれでもだいぶぼかした表現だったんだって。今度はほとんどフィルターのかかってない本当のアフターコロニーのこと、それとウイングゼロについて。」

「ウイングゼロについて…………?」

 

フェイトの言葉になのはは疑問気に首を傾げた。フェイトはそのなのはの言葉に頷いたのだが、その表情はどこか深刻なものが含まれていた。

 

「一応、言っておくけど、多分、というか絶対なのははこのウイングゼロの真実を知ったら、すっごく傷つくと思う。だけど、そのなのはの気持ちは誰でもそう思ってしまうものだから、気休めにしかならないと思うけど、うまく割り切ってほしい、かな。」

 

それだけなのはに伝えるとフェイトははやてが座っていた応接用のソファに向かい、腰掛けた。なのははそのフェイトの言葉の意味を考えていたがーーー

 

「…………こちらの準備は整った。大方長い説明になる以上、お前たちもどこかに腰掛けるなり何かしらの準備はしておけ。」

 

ヒイロからそんな声がかかり、それに促されるようになのはたちもフェイトと同じように腰掛けた。

 

「…………それで、一応、ヒイロさんからあまり他人に聞かれたくないから部隊長室を貸したけど、教えてくれるんやな?そのゼロシステムって奴を。」

(ゼロシステム…………?)

 

部屋にいた全員が座るなりなんなりの準備が整ったところではやてはヒイロにそう尋ねた。

なのははあまり聞き慣れない単語に疑問符を浮かべるが、どのみちこのヒイロの説明で明かされるだろうと判断して特に質問をあげることはしなかった。

 

「…………ああ。だがその前にFW陣や守護騎士の奴らなどにもそれなりの説明が必要だ。ゼロに関してはそのあとになる。」

「わかった。それじゃあよろしく頼むわ。」

「了解した。」

 

ヒイロははやてにそう告げると端末、よく見るとその端末にはデバイス状態のウイングゼロが繋がれていた。その端末をヒイロが操作すると、空中にディスプレイが投影され、そこに画像や映像が表示される。

まず最初に目についたのは背景が真っ黒の上に僅かに見える赤い障害灯でかろうじてそのリング状のドーナツのような輪郭が映し出されている、端的に言えば、かつてヒイロに見せてもらったコロニーの画像だった。

 

「まず、俺が次元漂流者と呼ばれる以上、必ず元いた世界が存在する。この画像は俺の世界にあった人類が宇宙に建造したスペースコロニーと呼ばれる巨大な人工施設だ。直径の大きさは平均して15キロ近くにも達する構造物だ。」

「こ、こんなおっきいものを宇宙で、それも人が作ったんですか!?」

 

ヒイロの説明にまず声を上げたのはスバルだ。15キロ以上という破格な建造物を宇宙で作り上げたということが信じられないというようだった。

 

「そうだ。だが、当然その建築は楽なことではなかった。未知の疫病や紛争などで暦をアフターコロニーにしてから最初のコロニーが完成するまで100年はかかった。」

「ひゃ、100年…………!!」

 

最初のコロニーを作るまでに100年もかかった。そのことにスバルは目を見開き、驚きの声を上げることすらできなかった。

 

「ここら辺のことはさほど重要ではないため、詳細は省く。結果としてはこのスペースコロニー群は五つほど構成され、人々は徐々にコロニーに居を構えていった。しかしーーーー」

 

「人がコロニーに居を構えるということは反対的に地球の人口が減っていく、ということだ。数百万単位で人間が移住したことで地球圏の国家は徐々に衰退していった。そこで地球圏の国家は『地球圏統一連合』というグループを作ることでコロニーの影響力に対抗しようとした。そして、その対立はコロニー側の指導者が暗殺されるという形で戦争状態に移行した。」

 

ヒイロが手元の端末を操作し、映像が切り替わる。その映像にはモスグリーンカラーの装甲に、テレビのようなのっぺりとした頭部を持った機体や赤紫色の装甲に脚部が戦車のようなキャタピラになっている機体が建物に向かって各々が持つバズーカやキャノン砲で破壊していっている映像が映っていた。

 

「戦局はコロニーという閉鎖環境である以上、戦力が限定されるコロニー側が地球圏統一連合に制圧されていく状況が続いた。」

「ひ、酷い…………。」

「ど、どうして、戦争なんてことになってしまうんですか?コロニーも地球も住んでいる人は同じ人間なのに…………。」

 

アフターコロニーで起こっていた人同士の戦争に悲痛な表情を浮かべるエリオとキャロ。

管理局に身を置いている魔導師であるとはいえ、まだ弱冠10歳の少年と少女だ。戦争、という単語自体、あまり馴染みのないことだろう。

 

「コロニーとコロニーの間でも移動するだけでそれなりの日数を必要とする。増してや地球からなどさらに時間がかかる。要するにお互いに何をしているかが、不明瞭になっている。そしてその不明瞭から生じる未知というのはそこに住んでいる人間にどうしようもない不安を抱かせる。」

「不安………ですか?」

「ああ。何をやっているのかわからない以上様々な可能性がある。従順に従っているかもしれない。だが逆に虎視眈々と自分たちに害意をなす準備をしているかもしれない。だから支配しようとする。一度支配してしまえば、それなりの安全を得られるからな。」

「…………だが所詮は武力で得た平和など、まやかしに過ぎない。力で押さえつけたとしても支配に対する不満は燻りとなって徐々にその火種を大きくさせる。事実、この後コロニーは地球圏に対して反抗作戦を開始した。」

 

ティアナの言葉にヒイロが頷いているとウイングゼロから身を出したアインスがコロニーが反抗作戦を企てたことを説明する。ヒイロが端末を操作し、画像が別のものに切り替わる。

 

「作戦名、オペレーション・メテオ。各コロニーの科学者たちが開発した5機のモビルスーツ。いわゆる『ガンダム』と呼ばれる機体を流星に見立てて地球圏に送り込んだ。そのうちの1機に俺は敵対組織への破壊工作員として搭乗していた。」

「それがヒイロのウイングゼロなのか?他にもウイングゼロのような機体があるとすれば、末恐ろしいものがあるが………。」

「いや、ウイングゼロは俺が地球に降下するときに乗っていた機体のプロトタイプだ。もっとも地球に降下した五機のガンダムは全てウイングゼロが元になっている。ここまでがはやて、お前がリンディから伝えられている部分と10年前になのはに教えた部分だ。」

 

シグナムの言葉にヒイロは首を振りながらあくまで自身が作戦時に乗っていた機体はウイングゼロを参考にしていることを伝え、そこまでがなのはやはやてが知っているラインであることを告げる。

 

「俺がいた世界の大まかな説明は以上だ。ここから先はウイングゼロの説明に入るが…………。」

「えっ、ここで終わっちゃうんですか?」

 

ヒイロがアフターコロニーについての大雑把な説明を終え、ウイングゼロの説明に移ろうとしたとき、誰かが驚きの声を上げた。視線を声のした方へ向けてみると、そこにはティアナがいた。

 

「…………ウイングゼロの説明をしている時も必要に応じて話してやる。」

「あ、はい。その、ごめんなさい………。」

 

ヒイロの言葉にティアナは話を止めてしまったことに頰を僅かに赤らめながら謝罪の言葉を述べる。

 

(……………好きな人のことだからもっと知っておきたいんだよね?)

(ッーーーーー!?)

 

スバルから飛んできた念話にティアナはカッとなって言い訳をまくしたてそうになったが、またヒイロの話を止めるわけにはいかなかったため、瞬間的に肩を震わせることでその場を乗り切った。もっともそのティアナの挙動にスバルも思わず吹き出しそうになっていたが。

 

 

「ウイングゼロの説明に移らせてもらう。ウイングゼロは元々は15メートルのモビルスーツと呼ばれる兵器だ。何故デバイスの形になっているは不明だが、これは考えても仕方がない内容だろう。そしてこの機体は基礎フレーム部分と装甲が分離しているため、装甲の破損率が90%を越えても問題なく稼働が可能だ。」

「要は今のお前のウイングゼロは鎧を脱いでいるような感じか。最初の説明会の時でも説明自体はあったけどな。」

 

ヴィータの言葉にヒイロは頷きながら話を続ける。ヒイロが端末を操作するとウイングゼロの全体像が映された画像が表示される。

 

「武装面ではビームサーベル、マシンキャノン、そしてツインバスターライフル。主にこの三つしかない。だがマシンキャノンは装甲部分に含まれていたため、現時点では使用が不可能だ。もっとも、武装が一つ消えた程度で戦闘に支障はないが。」

 

ヒイロがさも当然と言うようにマシンキャノンがなくなったとしてもどうということはないという顔をしているが、事実としてついさっき冷静さを完全になくしていたとはいえなのはをサーベル一本でほぼ無傷で制圧したのも相まって、部屋にいた一同は苦笑いを禁じ得ないでいた。

 

「特にこのツインバスターライフルだが、俺個人の意志で使用を制限させてもらっている。理由は言うまでないが、このミットチルダの首都であるクラナガンをはじめとした都市群で使うには威力が高過ぎるからだ。」

「そんなに威力が高いんですか?結構細身の銃ですけど…………。」

「何というか…………無骨ですよね。なんだかスナイパーライフルのような狙撃を主軸にしているような感じがします。」

 

スバルとエリオがツインバスターライフルを見た第一印象をそれぞれ口にする。ツインバスターライフルの外見は確かに銃身こそ長いが細身であるためスナイパーライフルを想像するかもしれない。狙撃向きというのもあながち間違いではない。しかし、そんなツインバスターライフルから放たれる極光はそんじょそこらの砲撃魔法など全く目ではない。

 

「でも…………その銃の出力ってなのはさんのスターライトブレイカーを軽く凌駕するってフェイトさんから聞いたんですけど…………。」

 

キャロがヒイロとなのはが戦っている最中、フェイトから聞かされた言葉を伝えるとスバルとティアナが驚愕といった様子で目を見開くと端末の前で座っているヒイロに視線を向ける。

 

「か、軽くは言い過ぎじゃないかな…………。」

「いや、そうでもないと思うよ?ヒイロさん、私とフェイトちゃん、それにはやてちゃんと一緒に撃った時の映像とか残ってる?」

「…………あの時のか。それよりも威力がわかりやすいのがある。今から表示する。」

 

フェイトが苦笑いを浮かべている中、なのはが真剣な表情でヒイロに闇の書の闇に三人の砲撃魔法とツインバスターライフルを撃ち込んだ時の映像を要求するが、ヒイロはそれとは別の映像を表示させた。

 

映像に映し出されたのはコロニーとどことなくウイングゼロに頭部や胴体が似ているが、それでいてあの特徴的な天使を彷彿とさせる純白の白い翼ではなく、アルファベットのWのような機械的なバインダーを有したモビルスーツだった。

 

「この機体は…………?どことなくウイングゼロに似ていますけど………?」

「…………ウイングゼロは設計図面の段階であの姿だったのではなく、改修された機体だ。この機体はその改修される前の姿、言うなれば、プロトゼロ、と言ったところか。作った奴は俺の仲間であったガンダムパイロットだ。そいつは他人を慈しめる、穏やかで優しい奴だった。だから奴に本当はコイツを作るつもりなど毛頭もなかったのだろう。結果として言えば家族を殺された悲しみやその殺した奴らが本来守るべきコロニーの人間だったことへの怒りでゼロに取り込まれた。」

「取り込まれたって…………どういうことなんや?ウイングゼロはあくまで機械のはずやろ?そんな闇の書みたいなことじゃあるまいし………。」

「取り込まれた、というのは比喩表現だ。機体そのものと同化したなどということではない。だが、元は穏やかだった人間がーーー」

 

ヒイロがそこまで言ったところで映像の中のプロトゼロが動き出した。その右手に持っていたツインバスターライフルを悠然と上へ掲げながら、標的を捉えるべく構え、そしてその銃口から山吹色の閃光を発射する。放たれた膨大なエネルギーを含んだ閃光はその銃口の先にあった標的、コロニーに突き刺さるとコロニーを形成するリング状から徐々に爆発が発生する。

最終的にはコロニーは巨大な爆光となって宇宙のチリと化した。

 

「このような凶行に奔ると思うか?」

 

ヒイロが言い聞かせるように言うが、なのは達隊長陣はその凄惨さに表情を歪め、スバルたち四人はその出力に目を見開くことしかできないでいた。

 

「これ…………中に住んでいた人は、どうなったんですか…………!?」

「…………乗っていた奴が予告としてこのコロニーを破壊することを伝えていたからか。防衛に出ていた奴以外の死人は出なかった。」

「そう、ですか…………。」

 

フェイトが悲痛な表情を浮かべながらそう尋ねられたヒイロは死人自体はそれほど多くなかったことを伝える。しかし、そのフェイトは複雑な表情を浮かべる。コロニー の住民にこそ死人は出なかった安堵感とコロニーを守るために防衛に回り、そして死んでいった人間がいることと住む場所を失ったコロニーの住民のこれからを不安がっているような表情であった。

 

「…………この時のウイングゼロに乗っていたのは普段は温厚な人間だと言っていたな?その人間が怒りや悲しみを抱いていたとはいえ、本来守るはずであったコロニーを、撃てるのか?」

「……………それほど、ウイングゼロには危険なものが積まれているんです………。」

「それが、ゼロシステムっていう訳か?」

 

シグナムが疑問を呈し、フェイトがその複雑な心中のままゼロシステムの存在をほのめかし、はやてがその名を言いながらヒイロに視線を向ける。

 

「……………本題に入る。ウイングゼロにはとあるインターフェースが搭載されている。それがゼロシステムだ。」

 

ヒイロは部隊長室にいる面々に向けて、ゼロシステムについての概要を話し始める。ゼロシステムは高度な演算装置であり、戦場における情報を分析、整理し、そこから算出される演算値、つまるところ未来をパイロットの脳に直接フィードバックさせる。

そして、そのゼロシステムがパイロットの身体をスキャンし身体の電気信号等にシステム側が介入することで本来であれば耐え切ることすらできない高レベルなGの環境からの刺激を緩和したり、反応速度を向上させることができることを伝える。

 

「なんか色々機能積んだシステムやけど、特筆するのは未来を予測できる、ねー…………。でもなんかとんでもないデメリットみたいなのがあるんやな?さっきの話の雰囲気から察するに。」

 

はやてがそう尋ねるとヒイロは無表情に頷きながらゼロシステムの欠点についての説明を始める。

 

「このゼロシステムだが、まず戦場に身を置くについて、必ず考えることはなんだ?」

「……………生き残ること?」

「それもあるだろうな。」

 

なのはの言葉にヒイロは視線すら向けずにただそれだけを言う。ヒイロの反応からしても外れではないだろうが、求めている答えはそれではないことを察する。

 

「……………相手に勝利することか?」

「より正確に言えば、敵を倒すことだ。しかし、その認識で相違はないだろう。」

 

続けてシグナムが言った言葉にヒイロは頷くことで大筋があっていることを伝える。

 

「別段戦場でないところで使用するのであれば、さほど危険はない。重ねて言うが、決して危険がないわけではないのは念を押しておく。だが戦場で使えば、ゼロシステムは使用者の精神状態によってはシステムの傀儡に成り果てさせる可能性もある。」

「し、システムの、傀儡に………!?」

 

エリオが驚いているような声が響いている中、ヒイロは構わずにゼロシステムの危険性についての説明を続ける。

 

「戦場で敵を倒すことに傾倒しがちになる以上、ゼロシステムもそれに関する未来をパイロットに見せる。しかし、その内容には大局的に見て明らかに逆効果なビジョンを見せることもある。パイロットはそのゼロが見せる未来から自分が望む未来を常に選び取らなければならない。」

「…………この際聴くんやけど、その逆効果なビジョンっていうのはどんなのがあるんや?」

「敵もろとも自爆することや、護衛対象がターゲットと重なっている時にツインバスターライフルの使用、などだな。さらにはその未来を見せる過程の中でも自分自身や仲間が死ぬ光景といった望まないものを現実と遜色ない光景で見せられることも戦闘中であれば幾度となくある。」

「自分自身や仲間が死んでいく様子、か。一度だけならまだしも、何度も繰り返されるように見せられるのは、さすがに精神の方が先に持たなくなりそうだ。」

「そうだな。大抵の奴はそのゼロが見せるビジョンに耐えきれなくなって暴走を始めるのがほとんどだ。事実、俺もこのシステムを御せるようになるまでは時間がかかった。」

「お前が手を焼くほどのどぎついシステムなのかよ………。」

 

シグナムの言葉にヒイロが頷きながら自分自身でも暴走した経験があることを伝えるとヴィータが渋い顔を浮かべる。およそシステムとかそういうものに振り回されるイメージがないヒイロがそのようなことになってしまうほど強烈なシステムに驚きを通りこして、若干の呆れのようなものが含まれていた。

 

「じゃ、じゃあ、私がゼロに未来を見てほしいって言った時、ヒイロさんがくだらないって一蹴したのは………。」

「そもそも門違いもいいところだというのもあったが、あの精神状態で使わせれば確実にゼロのみせる未来に潰されると判断した。大方ティアナやスバルが死ぬビジョンしか見せなかっただろう。お前は不安に苛まれているようにしか見えなかったからな。」

「…………そう、だよね。あんな状態で使ったら、絶対ゼロシステムのみせる未来に押しつぶされていたよね…………。自分にすら、自信が持てていなかったんだから………。」

「医務室でも言ったが、お前の教導の方向性自体に異論はない。だが、少しは内容を変えるような努力はした方がいい。ティアナのように飽きる奴がいるぞ。」

「ちょっとヒイロさんっ!?あたしなのはさんの教導に飽きているなんて一言も言ってませんけど!?」

 

ヒイロの言い草に思うものがあったのか、ティアナが声を荒げながら席から立ち上がる。

 

「教導が終わった後にも自主的な鍛錬に励むということはなのはの教導に対して自分自身が足りていないと感じていたからではないのか?」

「あれは少しでも実力つけたかっただけです!!」

 

急に怒声を浴びせられたヒイロだがまるでどこ吹く風といった様子で態度や表情を一向に変えないヒイロにティアナは念を押すように声を大にしながらそれだけ伝える。

 

「あ、あはは…………ティアナ、そこまでにしてね?ね?私ももう少し頑張ってみるから。」

 

なのはの苦笑いを浮かべながらの静止にひとまずティアナは席にもう一度座った。

それを見届けたなのはは部隊長室の椅子に座っているヒイロに視線を向けるとぺこりと頭を下げた。

 

「……………ゼロシステムに関して知らなければ、お前が手を伸ばしてしまうのはわからないわけではない。だから今回のことは俺が説明を怠ったミスだ。謝られる道理はない。」

「それでも………貴方に迷惑をかけたのは事実だから………。むしろ、させて。じゃないと自分が許せなくなりそうだから。だから、ごめんなさい。」

「………………どこまでも頭の硬い奴だ。」

 

ヒイロが先に謝ることはないと言ったにもかかわらず、なおも頭を下げたまま謝罪の言葉を述べるなのはの様子にヒイロは若干の呆れが含まれているように椅子の背にもたれかかった。

そのことになのはは僅かに表情を緩めた。

 

「…………しっかし、知れば知るほど、ウイングゼロの異常っぷりには驚かされるわ。作った人間も余程トンチキな人間なんやろなー。」

「…………そうだな。ある意味ジェイル・スカリエッティとも似たような人種の科学者だろうな。」

「…………ちょっと冗談にしてはタチ悪うないか、ヒイロさん?」

「俺は冗談を言うつもりなど毛頭ない。時間の無駄だからな。」

「デスヨネー。」

 

冗談のつもりで言ったことにヒイロが真顔で答え、思わず冗談ではないかと尋ねるはやてだったが、変わらずの真顔のヒイロにそれが冗談ではないことを察し、乾いた顔を浮かべる。

ちょうどキリも良かった上、日が沈み、時刻は7時近くを指していたため、はやてが部屋の一堂に解散を呼びかけようとしたとき、隊舎にけたたましい警報音が鳴り響いた。

 

「警報………!?ロングアーチ、何かあったんかっ!?」

 

はやてがそう呼びかけた瞬間、空間にディスプレイが表示され、大縁のメガネをかけた薄茶色の髪色をした女性、シャリオ・フィニーノが画面に表示される。

 

『こちらロングアーチ01!!隊舎よりさほど離れていない海上でガジェットⅡ型の反応を確認しました!!数はおよそ30、ですが、中にアンノウンの反応が見られます!!』

「アンノウンやて…………!?ヴァイス君にヘリの準備を!!迎撃に出るメンバーは…………。」

 

はやてが迎撃に向かうメンバーを選出するために部屋にいる一同に視線を向ける。全員の表情はいつでも十分とでも言うように引き締まっていたが、戦場が海上である以上、急行するのは空戦魔導師が望ましい。よってその適性がないスバル達FW陣は自動的に除外。ザフィーラとシャマルは戦闘スタイルが攻めに向いているわけではないため除外。

よって出れるのはーーーー

 

「シグナム、ヴィータ、フェイトちゃん、ヒイロさん。そしてなのはちゃん!!ヴァイス君のヘリに乗って迎撃に向かって!!」

「はやて、なのははメンバーから外しておけ。」

「うぇぇ!?な、なしてや!?」

 

意気揚々とメンバーを選出し、迎撃に向かわせようとしたはやてだったが、ヒイロに止められ、思わずヒイロになのはを出させない理由を問う。

 

「なのはにまだ脳震盪のダメージが残っている可能性がある。戦場で症状が再発すればそのカバーに余計に手間や人手が取られる。」

「はやてちゃん、悪いけど今回は私からも辞退させてほしいかな。いつもだったら無理してでも出撃しに行くのが私なんだろうけど、それでみんなに迷惑かけたら本末転倒だもん。」

「ううーん……………大丈夫なんか?アンノウンもおるんやろ?」

「フェイトちゃん達なら大丈夫だよ。だから、私は隊舎でみんなの帰りを待つことにする。」

「……………わかった。何よりなのはちゃんが言うならそうしとくわ。それじゃあ改めて、四人はヴァイス君のヘリに乗って、現場に急行。ガジェットⅡ型および、アンノウンの分析を主軸に置いて作戦行動を開始してな。何より、絶対生きて帰ってくる!!これだけは絶対な!!」

 

「承りました。主はやて。」

「おう!!任せな!!」

「うん、絶対帰ってくるから。」

「任務了解。」

 

はやての言葉にそれぞれの言葉で返した四人は部隊長室から飛び出るように駆け出した。

 

「…………よかったんですか?迎撃に向かわなくて。」

「え?うん、みんななら大丈夫かなって。それにさっきも言った通り、変に体に鞭打って足手まといになるのはそれこそまずいからね。」

 

ヒイロ達が迎撃に向かった後、ティアナがなのはに迎撃のメンバーに入らなくてよかったのかと尋ねる。なのははその質問に四人が飛び出て行った扉に視線を向けながら笑みを溢す。

 

「あ、そうだ。ティアナ、ちょっと外に出てみない?」

「はい?別に構いませんけど…………。」

 

なのははティアナを誘って部隊長室を後にすると、二人で隊舎の外に向かった。

 

 

 

 

「おお、きたきた。ヘリの準備は万端ですよ。いつでも飛べます!」

「わかった。シャーリーからガジェット群がいる地点は聞いているな?」

「連絡は受けています。ストームレイダーの方にもバッチリです!」

 

朗らかな笑みを浮かべるヴァイスにシグナムは表情を僅かに緩めるとヘリに乗り込む。続けてヒイロ達三人もヘリに乗り込んだ。

 

「んぉ?なのはさんはどうかしたんすか?てっきりいるもんだと思ってたんすけど。」

「なのはは模擬戦で色々あったから今回は下がらせた。だからこれで全員だ。」

 

ヴァイスがなのはがいないことに疑問を呈すが、ヴィータからもやっとした理由の説明をされる。

もちろん、それで疑問が晴れるヴァイスではなかったが、追求してもしょうがないと割り切って、ヘリを発進させる。

 

「えっと、今回のメンバーは結構近接戦闘に長けている人が多いんだけど、私とヴィータが中距離からシグナムとヒイロさんをバックアップするのを基本スタンスにして行こう。ヒイロさんはあまりシグナムから離れないようにお願いします。カバーが間に合わないこともあるので。」

 

ヘリの中ではライトニングの隊長であるフェイトが主導となって戦術を組み立てる。その戦術にシグナムとヴィータは無言で頷き、ヒイロも一応組んでいた腕を解いて、薄く瞳を開けてフェイトの方を見やる。それを承諾と受け取ったフェイトは目標ポイントまで少しばかり緊張した様子で待っていた。

 

「…………そういえばさ、シャーリーがちょろっと言っていたアンノウンってなんなんだろうな。」

「………大方ガジェットの新型ではないのか?」

 

ヘリの中でふとシャリオがこぼしたアンノウンについてヴィータが尋ねる。シグナムはガジェットⅡ型も同時に出現していることからガジェットの新型がアンノウンの正体だと当たりをつける。

 

「ていうことは、これは性能テストっていうことになるのかな?」

「…………ならばどこかでジェイル・スカリエッティも見ている可能性が高い。あまりこちらの手の内を晒すべきではないだろう。」

「…………確かに、な。」

 

フェイトの性能テストの言葉からヒイロはジェイル・スカリエッティがこの戦闘を見ている可能性が高いことを示唆する。

シグナムがその推察に唸っているとーーーーー

 

「ヒイロ!!」

 

ヘリに焦ったような様子のアインスの声が響いた。明らかに異常事態が起こったと考えられるアインスの様子にヒイロはともかくフェイト達は驚いたような表情を浮かべる。

 

「何かあったのか?」

「ウイングゼロのレーダーが件のガジェット群の反応を捉えた!!」

「………結構探知範囲も広いのだな。」

「そうじゃないんだ!!そのアンノウンもレーダーに引っかかったのだが、ウイングゼロが該当データがあると表示してきたんだ!!」

「何ッ!?」

 

アインスの報告にヒイロは思わず目を見開いた。ウイングゼロのデータに該当がある、ということはそれはつまり、そのアンノウンの正体がーーーー

 

「何故だ、何故アフターコロニーのモビルスーツがミッドチルダに存在する………!?」

「はぁっ!?それ本当なのか!?」

「おそらく、ガジェットと行動を共にしているのを鑑みて、誰かしら、もしくは何かしらアフターコロニーにいたモノがスカリエッティのとこにもいるということになる………!!」

「クッ………ヴァイス・グランセニック!!ハッチを開けろ!!」

「わ、わかった。今開けーーーうおっ!?」

 

 

ヒイロの剣幕に圧されたのかヴァイスがハッチを開けようとしたところでヘリが大きく揺れながら急旋回をする。思わずヘリの中でかき回されそうになるが、なんとか席にしがみつくヒイロ達。

 

「向こうはマッハ2の速度を有している!!ヘリでは回避運動は難しいぞ!!」

「アインス!!一体ガジェット群に何がいるんだ!?該当するものがあるのだろう!?」

 

シグナムからそのアンノウンについての情報を要求されるとアインスは苦しげな表情を浮かべながら、ウイングゼロから提示された該当データを読み上げる。

 

「相手は………OZ-07AMS、牡羊座の名を有する、『エアリーズ』だ!!」

 

その単語にヒイロは思わずヘリの窓から外を見やる。そこには背部の大型のフライトユニットから青白い光を蒸し、夜の闇に紛れそうな黒いカラーリングを有した空戦用モビルスーツ、二機のエアリーズがヒイロ達の乗るヘリに大きく旋回行動をとりながら再度接近してきているのが目に入った。

 

そして、その旋回し終わった瞬間、エアリーズ二機の翼に懸架しているミサイルポッドからミサイルが射出された。数は夜の闇に浮かぶ光から鑑みて8つ。狙いは言うまでもなく、ヒイロ達の乗るヘリだ。

 

「ヒイロさん!!!」

 

その瞬間、誰かの声がヘリに響いた。その声が届いた瞬間、ヒイロはその人物、その意図を瞬時に把握。この状況を打破するために行動に移る。

 

 




ああ、ちなみにですが、エアリーズはご丁寧にガジェットぐらいの大きさまで縮小されています。人はもちろん乗っているわけありません。


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第55話 夜空の中のMS

エアリーズってデンドロビウムみたいに旋回性は然程良くないと思うの。
そんなイメージを持ちながら書いてます。


ヒイロ達が搭乗するヘリコプターにエアリーズから放たれたミサイルが迫る。そのスピードはヘリでは振り切れないことはおろか、まだハッチの開放まで済んでいない。このままではミサイルはヘリに直撃し、ヒイロ達ごと撃墜されるだろう。

 

「ヒイロさん!!」

 

そんな最中、自身を呼ぶ声が聞こえる。視線だけその方角に向けてみれば、フェイトが己のデバイスであるバルディッシュを杖の形態でなんらかの魔法を発動しようとしていた。

 

「飛びます!!幾つですか!?」

 

たった一言だけだったが、ヒイロは状況とフェイトの様子を見て、全てを察する。

彼女はミサイルの迎撃に向かうつもりなのだ。ヒイロはすぐさま自身の先ほど窓枠から見たミサイルの記憶を思い起こす。

 

「8つだ。」

 

記憶からはじき出した飛んでくるミサイルの数を手短に伝えると、その瞬間、フェイトの体はさながら瞬間移動したかのように掻き消えた。

 

 

 

 

(時間がない………!!でも外すわけにもいかない………!!)

 

フェイトの体は今、ヘリの外にあった。自身の使用する魔法の一つである転移魔法で一足先に移動したのだ。一見すると仲間を見捨てたようなその行動だが、彼女はむしろその逆、仲間を助けるために転移したのだ。

フェイトはバリアジャケットも展開せずに自由落下している状態でバルディッシュを構えると自身の周囲に魔力スフィアをミサイルの数と同じ八つ出現させる。

 

(ここでどちらか失敗したら、ヘリは落とされる………!!シグナムやヴィータ、何よりヒイロさんが、いなくなっちゃう…………!!!)

 

もしここで自身が迎撃に失敗してしまえば、仲間たちが、何より自身が恋い焦がれているヒイロが、今度こそましてや今度は自身の目の前で死んでしまう。

そのことにフェイトは無意識にバルディッシュを持つ手を握りしめる。

 

(そんなこと…………そんなこと……………!!)

 

 

「そんなこと…………させるもんかぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

振り上げたバルディッシュを勢いよく振り下ろすと魔力スフィアは槍の形状に変化し、『プラズマランサー・マルチシフト』として射出される。

10年前とは比べものにならないほどの精度と威力となったフェイトのプラズマランサーはまるで彼女の絶対に守り通すという意志が表れているようにミサイルと遜色ないスピードで夜空を縦横無尽に駆け巡る。

 

「今度こそ、大切な人全てを、守ってみせる!!!」

 

プラズマランサーはフェイトの言葉に呼応するように金色の軌跡を夜空に残しながらミサイルに飛んでいく。

ただ標的を自動的に狙い、向かっていくミサイルに対して、フェイトの放ったプラズマランサーは彼女自身の意志によってその軌道や動きを変幻自在に変えることが可能だ。

フェイトはヘリを追い回すように飛ぶミサイルの軌道を予測し、プラズマランサーを最短距離で飛ばす。

 

 

「ヴァイス・グランセニック。ヘリのハッチは開いているのか?」

 

少し時間を巻き戻して、フェイトが転移魔法でヘリの外へ移動した直後、ヒイロはパイロットのヴァイスがいるコックピットに向かって声をかける。

 

「あぁっ!?ハッチだぁ!?開けようとしたけどミサイルに追われている状況で開けられるわけねぇだろうが!!少しは常識ってもんをーーー」

「そうか。ならさっさと開けろ。」

「人の話聞いてんのかぁっ!?」

 

ヒイロの無茶な要求にヴァイスは声を思い切り荒げながらも迫りくるミサイルから逃れるために懸命に操縦桿を操作する。

 

「…………ならこちらのやり方でやらせてもらう。」

 

ヴァイスが開けてくれないと判断するとヒイロはウイングゼロを展開し、ビームサーベルを抜刀すると閉ざされているハッチにその緑色の剣先を向ける。

 

「ああもう、お前生粋のバカかよ!?ヴァイス!!頼むからハッチを開けてくれ!!ヒイロならマジでハッチを叩き斬るぞ!!」

「マ、マジですかい!?ったく冗談じゃねぇぞ、あのガキ!!」

 

ヒイロがやろうとしていることを瞬時に察したヴィータは青ざめた顔をしながら咄嗟にヴァイスに命令を下す。そのことにヴァイスは目を見開くとヒイロに向けて悪態を吐きながら苛立ちを隠せない様子のままハッチの開閉ボタンを押す。

 

「……………。」

 

ハッチの開放が始まったことにヒイロはひとまずビームサーベルを元に戻し、ウイングゼロを解除する。しかし、ウイングゼロを解除するやいなや、ヒイロはまだろくに開いていないハッチに向かって駆け出した。

 

「お、おいヒイロッ!?まだハッチは開ききってーーー」

 

そのことに一番最初に気づいたシグナムが驚いた様子でヒイロに静止の声をかけるが、僅かに人が一人通れるかどうかギリギリの開いた隙間にヒイロは体をねじ込ませるように入れると、そのままヘリから降りていった。

 

「い、行ってしまった………………。凄いな、彼は。私であれば胸の辺りでつっかえていたぞ………。」

「んなこと言ってる場合かよっ!?」

 

シグナムがヒイロがそのままヘリから降りてしまったことにまるで場違いなことを述べていることにヴィータがツッコミを入れる。

その直後、ヘリの近くで爆発音と衝撃音が鳴り響き、その振動でヘリが大きく揺さぶられる。

音自体は近かったようだが、幸いヘリの胴体に穴が開いたようには見られなかった。

おそらく先に向かったフェイトがうまいこと迎撃に成功したのだろうと、ヴィータは推測を立てた。

 

 

 

「ミサイルの迎撃………完了!!」

 

ミサイルの全撃墜を視認したフェイトは即座にバリアジャケットを装着し、一気に急上昇を始める。その最中、フェイトは空中を飛ぶ二機のエアリーズを視界に見据える。

 

(あのエアリーズっていう機体………ミサイルはもう全部使い切ったみたいね。)

 

フェイトはエアリーズの翼に懸架されてあったミサイルポッドに視線を向ける。エアリーズの主翼にあるミサイルポッド。それは左右の翼に懸架されていたが、その数は一つにつき二発。つまり一機に搭載されているのは四発だ。

であれば、二機から合計八発のミサイルが発射されることになる。それらを全て撃墜したのであれば、もうミサイル攻撃は飛んでこない。

 

(でも、まだあの機体には銃が握られている………ビームか実弾かはわからないけど、どっちにしたってヘリに当たれば撃墜は免れない…………!!)

 

フェイトがエアリーズたちに立ちはだかるように飛んでいるヘリの側まで移動するとエアリーズたちは一度態勢を整えるつもりなのか、ミサイルを撃ち落とした時に生じた爆炎をそれぞれ右と左に避けるように旋回しようとする。

 

(一機ずつに分かれた………。それぞれが陽動役をやって、残ったもう片方がヘリに攻撃を仕掛けるつもりね………。)

 

フェイトはバルディッシュから鎌状の刃を構えると左に旋回した、フェイトから見て右に見えるエアリーズに視線を移す。

まずは片方に集中して、撃墜した後にもう片方を墜とす。

自分とバルディッシュの力とスピードなら十分やれるはず、と意気込んだ瞬間、フェイトの視界に気になる光景が映り込む。

 

それはフェイトの目の前にあったミサイルの爆煙だった。ミサイルの破片が落ちているのか、所々爆煙がついていくようにいくつか下に伸びていたが少なくとも爆煙は球体のような形だった。

その爆煙の一箇所が突然不自然に膨らみ始めたのだ。その箇所はフェイトが後回しにしようとしていたもう一機のエアリーズに程近かった。

 

その不自然な爆煙の膨らみはみるみる大きくなっていく。その爆煙の中に何かがいる。フェイトは直感的にそう思った。

 

そしてエアリーズがその膨らみの近辺を通った瞬間、その膨らみから緑色の光刃が突き出される。突然の爆煙からの攻撃にエアリーズは反応することすら出来ずにその胴体に刃が突き立てられた。その身を覆う装甲をまるで紙切れのように溶かされたエアリーズは頭部のカメラアイから光を失った。

 

「…………………一機撃破。フェイト、もう一機はお前に任せる。」

 

煙が晴れてくると姿を現したのはヒイロだった。エアリーズに突き刺したビームサーベルを引き抜きながら、フェイトを一瞥するとすぐに別の方角に視線を向ける。

 

「え、あ、はい。わかり、ました…………。」

「…………エアリーズはスピードこそは早いが、旋回性はそこまで良くはない。お前の技術ならやり方次第で楽に倒せるだろう。」

 

それだけ伝えるとヒイロはウイングゼロのバインダーを羽ばたかせて飛び去っていった。フェイトがヒイロが向かった先を見つめると、ガジェットⅡ型の群勢がこちらに向かってきていた。

十中八九、エアリーズの加速スピードについて来られなかったのが今になって追いついてきたのだろう。

 

「って、あれ?ヴィータやシグナムは…………?」

「おーい、フェイト!!ヒイロの馬鹿はどこいった!?」

 

てっきりヒイロは普通にヘリから出てきたのだと思っていたが、ヘリにいたヴィータとシグナムの姿が見えないことが不思議に思ったフェイトだったが、ガジェットⅡ型と同じように遅ればせながらヴィータとシグナムが姿を現した。

 

「あ………よかった、二人とも無事だったんだ…………。」

「ヘリも今のところは無事だ。それでヒイロはどこに行ったのだ?まだあのエアリーズとかいうのは一機残っているようだが………。」

 

二人とヘリがひとまず無事だったことに安堵感から胸を撫で下ろすが、すぐさま表情を引き締めた顔に変え、二人にヒイロの行先を伝える。

 

「ヒイロさんは遅れてきたガジェットⅡ型の迎撃に向かっているよ。私はあと残っているエアリーズを倒しに行きます。」

 

フェイトが指を指した方角を見ると二人の視界にも夜空の暗闇に光るウイングゼロの白い翼を見つけることができた。

 

「…………わかった!!ったく、ヒイロの奴、いちいち行動が早すぎるんだよ…………!!」

「とはいえ、彼のその単独行動には我々も救われていたのも事実だがな。」

「それはそれ、これはこれだ!!」

 

ヒイロの行動の速さにシグナムは軽く笑みを溢すが、ヴィータは怒っているかのように表情を険しくする。

 

「…………ヴィータってもしかしてヒイロさんのことが心配なの?」

「あぁん!?アタシはなのはの二の舞になってほしくねぇだけだからな!!お前みたいなぞっこんとはちげえから!!」

 

不意にフェイトがそう聞いてみたが、ヴィータはそれだけはないと言うように声を荒げながらヒイロのあとを追うようにガジェット群に向かっていった。

シグナムも少しばかり苦笑いのような表情を浮かべながら彼女のあとを追う。

 

「ま、またぞっこんって言われた………。」

 

ヴィータの言葉にフェイトは僅かに項垂れるような表情を浮かべるが、気持ちを切り替えて、バルディッシュを構え直す。

視線の先には残ったエアリーズが一機。右手に握っているチェーンガンを構えながらフェイトに向かってくる。

 

(相手は早いけど、一機だけ………それにこのモビルスーツは、多分量産型なんだと思う。)

 

フェイトの脳裏によぎっているのは10年前、闇の書に取り込まれ、ヒイロが操縦するウイングガンダムに乗せてもらい、脱出を図った時に遭遇した可変型モビルスーツ、トーラスだ。

 

(この程度の相手に、遅れを取るわけにはいかない!!)

 

先に仕掛けたのはエアリーズだった。ミサイルがなくなった今、手持ちの武器はチェーンガンしかない。照準をフェイトに合わせると銃口から実弾の弾がマシンガンのように連続して吐き出され、フェイトを蜂の巣にせんと迫りくる。

 

 

「この程度だったら………!!」

 

フェイトはエアリーズのチェーンガンの銃口の向きから実弾の通過経路を予測すると身を翻すことで回避しながら反撃の魔力スフィアを二個発生させると、そのままプラズマランサーとして射出する。

反撃の2振りの槍は標的に向かっていくが、エアリーズはそれをバレルロールをしながら軌道を変えることで一時は射線から逃れる。

 

「そう簡単に………逃がさない!!」

 

しかし、たかが軌道から外れただけで避けられるような安直なフェイトの魔法ではない。フェイトから指示をするように手を振り下ろすと標的を見失っていたプラズマランサーにつけられていた環状魔法陣が起動し、再度エアリーズに向かってドッグチェイスを始める。

 

「もう一度………行けッ!!プラズマランサー!!」

 

逃げるエアリーズにそれを追うフェイトのプラズマランサー。

繰り広げられる逃走劇。しかし、フェイトのプラズマランサーより速度が速いのか、エアリーズがどんどん引き離すが、誘導性に優れているプラズマランサーが旋回性の悪いエアリーズを最短距離で追い詰めるため、振り切れないが、追いつかれもしない均衡状態のようなものに陥る。そして、エアリーズが方向転換のために旋回しようとスピードを僅かに落としながら機体を傾けた瞬間ーー

 

「クレッセントセイバー!!」

 

フェイトがこの瞬間を待っていたと言わんばかりにバルディッシュを振り抜き、その鎌状の光刃から三日月状の斬撃を飛ばす。

三日月状の斬撃は回転を始めると円形状になっていき、ブーメランのようにエアリーズに迫りくる。

フェイトに圧倒的に有利であった手数での攻撃にエアリーズは避けようとするが、機械故に突然の奇襲に反応が遅れ、右翼部分が切断される。

 

エアリーズに直撃を確認したフェイトは瞬時に自身の十八番でもある高速移動魔法のソニックムーブを発動させると主翼を切られ、姿勢制御が不安定になったエアリーズの背後に移動。

肩に担ぐようにバルディッシュを大きく振りかぶるとそのまま横になぎ払った。

 

さながら死神による処刑のようなそのバルディッシュの大振りはエアリーズを真っ二つにした。

 

さらに死体打ちと言わんばかりに先程までドッグチェイスを繰り広げていたプラズマランサーを両断させ、二つに分かれたエアリーズにそれぞれぶつけ、二つの花火を作った。

 

「ふぅ…………ヒイロさんの言う通り、旋回性はそこまで良くなかったのが救いだった………。軌道もまだ読みやすかったし………。」

 

エアリーズを撃破したフェイトだったが、小さくため息を吐くと苦々しい表情を浮かべる。速さにはそれなりの自信があったフェイトだったが、エアリーズの速さは一般的な魔導師の速度を優に超えていた。

ましてや自身の魔法でもあるプラズマランサーが速度で追いつけないというのは、フェイトに抗えようのない危機感を覚えさせる。

 

「量産型みたいな見た目であんな性能なんて、一機ならまだしも数で来られたら…………。」

 

フェイトの中で嫌な予感が蔓延するが、現状考えてもどうしようもないことである以上、思考をそこで打ち止めにするほかなかった。

 

 

 

 

「このガジェットⅡ型だが、戦闘ヘリが良いところだな。」

 

ガジェットⅡ型の群勢と戦闘を開始したヒイロだったが、ガジェットの性能がお察し過ぎて呆れるほどに一方的な展開だった。

ヒイロに向けてミサイルを放つが、ウイングゼロであればそのミサイルを余裕で振り切れる。

武装を撃ち切り、ただ空を飛んでいるだけの機械となったガジェットⅡ型はもはや障害でもなく、ビームサーベルの餌食になるか、ヒイロの人外的な筋力の前に殴り壊されるか、蹴り壊されるだけだった。

 

「これで魔力的な筋力ブーストの類を一切やっていないと言うのだから末恐ろしいのだよなぁ…………。ウイングゼロと同じ装甲でできているツインバスターライフルとかで殴り倒すのならまだ分かるのだが。」

「仮にジェイル・スカリエッティがこの戦闘を見ているとすれば、出来る限りの情報の流出は避けておくべきだ。」

 

ヒイロの戦いぶりにアインスは呆れたような口調でそういうのだったが、ヒイロの言うこともわからない訳ではなかったため、アインスはそれもそうかと、ひとまず納得するのだった。

 

 

「ん…………後方から魔力反応…………ヴィータのものか。」

「ヒイロ!!そこどいとけ!!」

 

アインスから後方からヴィータの魔力が迫っているとの報告と同時にヴィータが声を荒げながらヒイロに声をかける。その声に反応するとヒイロは翼を羽ばたかせ、急上昇することで、一気にガジェット群との距離を取った。

 

その瞬間、ガジェット群に紅色に包まれた鉄球が降り注ぐ。雨霰のように落とされた鉄球はガジェットを粉々に破壊していく。

 

「まとめて仕留める!!レヴァンティン!!」

『Jawohl!!』

 

続けてシグナムがレヴァンティンにそう告げるとカートリッジから薬莢が一つ吐き出される。すると、レヴァンティンの刀身が分裂し、それらをワイヤーのような紐で繋がれた鞭のような連結刃となった。

 

「蛇よ、その牙を持って敵を噛み砕け!!シュランゲバイセン!!」

 

シグナムがダランとしたレヴァンティンを振り下ろすと鞭のようなしなりを生み出しながら、どんどんその連結刃が蛇のようにその身を伸ばしながら残り僅かとなったガジェット群へ伸びていく。

 

伸ばされたレヴァンティンの先端部分は一機のガジェットを捉えるとその機械の体を貫通しながら次々と同じようにガジェットを貫いていく。

ガジェットも当然回避行動のようなものも取るが、その伸ばされた蛇は一機たりともガジェットを逃すことなく喰らい尽くした。

 

「…………終わりだ。」

 

ガジェットを全て貫いたと見たシグナムはレヴァンティンを元の刀剣の姿を戻すと、見栄を切るようにレヴァンティンを振る。

次の瞬間、貫かれたガジェットが爆発し、海上の夜空を一瞬だけ彩った。

 

 

「ガジェットの反応は消滅…………お疲れだったな、みんな。」

 

アインスがウイングゼロのレーダーを確認して、これ以上の反応がないことを見ると、迎撃に出たメンバーに労いの言葉をかける。

 

「ああ、お疲れ、と言いたいところだが、ヒイロ、あのエアリーズとか言う機体、アフターコロニーにあるものらしいな。」

「…………サイズは縮められてあったがな。本来であれば、16メートルほどの大きさを持っている機体だからな。」

 

アインスの言葉に笑顔で返すシグナムだったが、それも長くは続かず、鋭いものに変わるとその視線がヒイロを貫いた。

彼女からの質問に無言で頷くと、エアリーズのサイズがかなり縮められてあると言うことだけを伝えた。

 

「あの機械、かなり速かったぞ。フェイトほどじゃねぇが、少なくともガジェットのⅡ型よりは倍近く速かった。普通の魔導師にあんなん対応できねぇぞ。」

「ちなみに言っておくが、エアリーズは一般兵士が乗る量産型、とだけは補足をさせてほしい。」

 

ヴィータが険しい表情を上げながらエアリーズの速さに危機感を告げるが、アインスからあれでも量産型だと言うことを伝えられるとその険しい表情に驚愕が入り混じったようなものを浮かべる。

 

「…………シグナム、お前に頼みたいことがある。」

「ん…………なんだ?」

 

そんな中、ヒイロは難しい表情を浮かべていたシグナムに声をかけた。まさかヒイロから頼みたいことがある、などという珍しいことにシグナムはびっくりしたような顔しながらヒイロに向き直る。

 

「エアリーズを一機、仕留めたついでに海中に落としたのだが、それのサルベージだ。」

「猿………なんだ?」

「あぁ…………お前が何を頼みたいのかわかった…………。」

 

ヒイロの頼みだが、サルベージの単語がわからなかったのか動物の方の猿を思い描きながら首を傾げるシグナム。

そのヒイロの頼みの具体的な内容を察したのか、半笑いの表情を浮かべたアインスがウイングゼロの中から現れる。

 

「まぁ………要するにだな、レヴァンティンの連結刃状態で海中に沈めたエアリーズを引き揚げて欲しいということだ。」

「ああ、そういうことか。だが、海中に沈んでいるのだろう?どうやって探すのだ?」

「ウイングゼロのレーダーで金属反応を探知している。既に座標の割り出しも済んでいる。」

「速っ…………!?予め探していたのか?」

「まぁ………ヒイロが意味もなく撃破したエアリーズを放置する訳ないと思っていたのもあったが…………。」

 

アインスの行動の速さにヴィータも驚いた様子で彼女を見つめていたが、ヴィータの脳内にはこんなことを思い浮かべていた。

 

(……………釣りか?これ。)

 

 

 

「えっとだな、もう少し左にずれてくれ。」

「む、むぅ…………一応レヴァンティンの連結刃の状態は自在に動かせるが………。」

「自在とはいえ、お前の視界から海中は見えないだろう?それならばなるべくぴったりの地点から始めた方が色々と楽だと思うが?あぁ、そこだな。ちょうどそこから30メートルの海底に沈んでる。」

「わ、わかった。しかし、こんな経験初めてだぞ………。」

「いい経験だと思ってくれ。それにこちらでできる限りサポートはするさ。」

 

少々慣れないことをしているためか小難しそうな顔を浮かべ、口を尖らせて四苦八苦しているシグナムにアインスが笑みを向けながらそう声をかける。

 

「よ、よし。レヴァンティン、いつもとは違う使い方だが、よろしく頼むぞ。」

『Jawohl』

 

シグナムの声に応えるようにレヴァンティンはその身を先程の連結刃に変える。

そのレヴァンティンをシグナムは真下の海中に伸ばし始める。

 

「先端部分、10メートルに到達。別にそれほど焦らなくても大丈夫だからな?」

「あ、ああ。い、意外と繊細な作業を要求されるのだな………!!」

 

アインスの言葉にそう返すとシグナムのレヴァンティンを持つ手はプルプルと震えていた。

その様子に側で見ていたフェイトとヴィータは心配するような視線を向けていた。

 

「シグナムの奴、ついズバッとやっちゃあしないよな?貴重な調査資料なんだぞー。」

「わ、わかっているから集中させてくれ!!手元が狂ったら、ど、どうするのだ!!」

「た、多分、大丈夫だと思うよ………?」

 

茶化すヴィータに緊張しているのか声を荒げるシグナム。そんな二人の様子に苦笑いを浮かべながらフェイトは見つめていた。

 

「ん…………剣先になにか当たってるような感覚が…………。これか?」

「座標からも場所は一致している。それと判断してもいいだろう。」

「そ、それじゃあ後は引き揚げるだけか?」

「引き揚げる直前に軽く引いて、ちゃんと重さを感じるのであれば引き揚げてくれ。」

 

シグナムのいかにも不安ですと言うような顔にアインスは笑いを堪えているのか表情をひくつかせながら言葉を返す。

シグナムが言われた通りに軽くレヴァンティンを引っ張り、重さがあることを確認するとレヴァンティンを元の長さに戻し始める。

 

「お、重さはしっかりと感じるのだが………どうだ?」

「…………反応がしっかりと上昇していることを捉えている。そのまま続けてくれ。」

 

安心してほしいという意味合いでいったアインスの言葉だったが、シグナムはひどく肩肘が張ったような状態で目を見開き、僅かな異常さえ見逃さないというような

様子にヒイロを除いた一同は乾いた笑いを避けられないでいた。

 

しばらくすると、ウイングゼロのビームサーベルによって胸部の辺りにぽっかりと穴が空いたエアリーズが海中から姿を現した。

 

「な、なんとかなった…………。しかし、剣を振るしか能がないと思っていたが、やってみれば意外となんとかなるものだな。」

 

慣れないことながらもやり切ったことに達成感でも感じていたのか、シグナムはふんすと胸を張るような仕草をする。そんな最中、ヒイロは一人アインスの方に視線を向ける。

 

「アインス、このエアリーズに自爆装置の類は付いていないのか?」

「ん………自爆装置か?いや、その類のようなものは確認していない。」

「…………まぁいい。後で俺が見ておく。」

「あぁ。そうしてもらえると助かる。何事も目視による検査に敵うものはないからな。」

「じ、自爆装置…………!?」

 

何気なくヒイロとアインスの会話の中にあった自爆装置という単語にフェイトは心底から驚いたような表情を浮かべていた。

 

「仮にジェイル・スカリエッティが性能テストのためにこの海域にガジェットと共に出していたとしたら、こちらへの情報漏洩を防ぐためにそのような装置が仕込まれていてもおかしくはない。」

「お、おう…………。それにしても自爆装置か…………。」

「自爆する危険性がないのであれば、ヘリに積んで六科の隊舎で解析作業に入りたい。」

 

驚きのあまり声が出ないという様子のヴィータを完全スルーするとヒイロはエアリーズを持ち上げ、ウイングゼロの羽を羽ばたかせて上空で待機しているヘリに戻っていった。

 

「…………ま、まぁ、いろいろと調べなきゃいけないことができたのは事実だし、私達も戻る?」

「というか、どう見たってまたヒイロ主体で説明会だよな。」

「ああ、そうだな。あのエアリーズがアフターコロニーの機体なのであれば、ヒイロ以上の専門家はいないだろう。」

 

シグナムの言葉にフェイトとヴィータが頷くとヒイロの後に続いてヘリへと戻っていった。

 

 

 




うーん、初めてのMS戦なのにどこかコメディチックになってしまった………(白目)


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第56話  牡羊座の正体

いやー…………最近構造練るのが楽しすぎてやばいっすわー(いろんな意味で)


機動六課の隊舎は首都区画においては湾岸地帯の地点に建てられている。

そのため、海上からの風が強く吹く時もあり、その時の風はひどく冷たく感じるときも多々ある。しかも今の時刻は日が完全に沈んでいる夜の時間帯。その寒さはより顕著に現れる。

 

「…………いつもはバリアジャケットを着ているからあんまり感じないけど、思ってたより寒い………。」

「あはは…………。それで、なのはさん、話ってなんですか?」

 

そんな六課隊舎の海が一望でいる場所になのはとティアナが腰を下ろしていた。なのはが想定外の気温の低さに唸っている様子にティアナが苦笑いを浮かべていた。

 

「………色々とこの涼しさだとさっさと話すべきだよね。ティアナ、クロスミラージュ、貸してくれる?」

「クロスミラージュをですか………?」

 

なのはの自身のデバイスを貸して欲しいという言葉にティアナは首を傾げながらも起動させたクロスミラージュをなのはに手渡した。

 

「システムリミッター、テストモードリリース。」

 

なのはがクロスミラージュにそう告げるとクロスミラージュの宝石部分が明滅を繰り返し、その声に反応したように応答の電子音を響かせる。

 

「クロスミラージュにモード2って言ってみて。」

「あ、はい…………モード、2………。」

 

ティアナがそうクロスミラージュに命令した瞬間、電子音が響き、クロスミラージュの形状が変わっていく。俗に言うモードチェンジを行ったクロスミラージュの銃口からティアナの魔力色である橙色の魔力刃を伸ばした。

 

それはまさに、ティアナがこの前の模擬戦でなのはに向けて放ったダガー状の魔力刃とほとんど違いはなかった。

 

「こ、これって…………!?」

 

ティアナが驚いた様子でクロスミラージュからなのはの方に顔を向ける。その様子になのははどこか申し訳なさを含んだような苦笑いを浮かべる。

 

「ティアナは…………執務官志望だよね?だから、医務室でティアナ自身が言っていたヒイロさんの言葉通り、いろんなレンジで戦わなきゃいけない時がある。あるんだけどぉ…………。」

 

なのははそこまで言うとどこか遠い目をしながら続きを述べる。

 

「ヒイロさんに先に言われてたし、あんなことがあったせいで私が言っても説得力が皆無な上に二度手間なんだよねー…………。」

 

「クロスもロングもちゃんと教える予定はあったんだよ?でも六課ってその所属柄緊急性がすっごく高いからまだモノにしていないことをやるより、使いこなせていることをさらに確実にした方がいいって思って教導をしていたんだけど………結果、今までみたいな地味ーな訓練になっていたんだよね…………。」

 

「……………どうしよ、私の教導思い返せば思い返すほど代わり映えがないことばっかしてる………。これじゃあティアナが飽きるのも当然だよ………。」

 

「なのはさんストップ。一回思考を止めましょう。こっちも申し訳なさに押しつぶされそうですから。」

 

なんだかモヤモヤと黒いオーラ的なのが出てきたなのはをティアナが肩を揺さぶることで気を紛らわせようとする。

 

「うん………まぁ、起きちゃったことは事実なんだし、改めて、ティアナには謝らないとね。本当にごめんね。」

「…………そんなことありませんよ。なのはさんが怒る理由もわからないわけではありませんでしたから。むしろ、色々考えてくれていたのに、我先にと自分で勝手に次の段階に行こうとしていたことを謝りたいくらいです。」

「…………それじゃあおあいこってことにしようか。私から言い出すのは問題ある気がするけど………。」

 

そう言うとにゃははと彼女独特の笑い声と共に苦い表情を浮かべるなのはに続くようにティアナも表情を緩め、朗らかな物にする。

 

「そういえば、なのはさんが起きる前にヒイロさんがなのはさんを撃墜していたみたいなんですけど………あの人、一体どんな手法で撃墜したんですか?」

「……………そうだね。一言で言えば、常人には真似できないようなこと、なんだけど………その度合いが常識とはあまりにもかけ離れてた。」

「そう、なんですか?」

 

(ヒイロさんの戦い方、なんだかんだあんまり見たことないから参考ぐらいにはさせて欲しいな…………。)

 

と何気なくそう思っていたティアナだったが、なのはの少し微妙な表情が目につくと、そちらに意識を移した。

 

「………あの、どうかしましたか?」

「………もしかして、ヒイロさんの戦い方を参考にしたいって思ってる?」

「え………?そんなに顔に出てましたか?」

 

自分の心中がなのはに見透かされていたことにティアナは驚いた表情に少し混ざった恥ずかしそうな声でなのはにそう尋ねる。

 

「うん。そうなんだけど、一つだけ忠告。ヒイロさんの真似は絶対にしちゃダメ。」

「え、どうしてですか?」

「さっき言ったでしょ?常識とかけ離れてるって。前にも言っていたけど、シャマルさんの腕を粉砕したこともあるんだから。」

「確か………筋力値とかが計測不能、でしたっけ?」

 

ティアナが思い出を振り返るように言った言葉になのははうんうんと頷きながら険しい表情をする。

 

「計測不能ってなんだかモヤモヤした言い方ですね。他に何かないんですか?」

「えっと…………これは聞いたことなんだけど、四重にかけられたバインドを力だけで一息で粉砕したとか。」

「四重にかけられたバインドをですか…………?」

「あと、防御用の魔法陣を脚で貫通させたのに、本人から加減をしたって言われたり。」

「…………ちょっと待ってください。計測不能で済ませていいんですかそれ。」

「ちなみにこの被害にあった人(?)は管理局でも指折りの実力者だったらしいよ?」

「す、すみません、もうお腹いっぱいになってきたんで………。」

 

ティアナが引き気味の笑みを浮かべてなのはにこれ以上は結構という意思表示をするも、なのはは気にせず話を続ける。

 

「そして、そんなヒイロさんが取った私への行動はーーーー」

 

「私が撃ったディバインバスターをビームサーベルで中心軸を突くことで枝分かれさせた上にその中を突っ切ってきた、でした。」

 

「……………ヒイロさんって、本当に同じ人間なんですか?」

「………そうだと思う、よ?まだ幼い頃はそんなに気にしなかったけど、いろんな人から聞いていく内にどんどんあの人が手の届かないところにいるんだなって認識するようになったかな。」

 

なのはがティアナから視線を逸らすように夜空を見上げる。その表情にはどこか渇望するようなものが入っているのをティアナは感じ取った。

そのヒイロの強さに惹かれたなのはは少しでも近づこうとより一層の魔力の研鑽に励んだ。しかし、その先にあったのは自分自身の肉体に重大な損傷を与えてしまうと言う極めて皮肉な結果になった。

 

「…………でも、人それぞれだもんね、強さの形って言うのは。」

 

そんななのはだったが、不意に笑みを浮かべると、ティアナに向き直った。

 

「ヒイロさんにはヒイロさんの強さの形が、ティアナにはティアナの強さの形がある。同じように私にも私の強さの形があるんだよね。」

 

「それをこれから見つけて行こうかな。」

「…………なのはさんなら絶対見つけられますよ。元々お強いんですから。」

「ティアナ………。」

「言っておきますけど、これは嫉妬とかじゃなくて、確信ですからね?」

 

ティアナの言葉に少し気まずい表情を思わず浮かべるなのはだったが、すぐさまティアナがわずかに表情を緩めながらそれを否定する。

 

そんな時、二人の耳にヘリのローターの音が響いてくる。先ほどまで話題に上がっていたヒイロを乗せたヘリがガジェット郡の迎撃から戻ってきたのだろう。

その証拠に夜空にヘリの存在を示す赤色灯が明滅を繰り返しながら徐々に近づいてきているのが目に見えていた。

 

「ヒイロさん達戻ってきたみたいだね。私達も戻ろうか。」

「そうですね。」

 

そう言うと二人はお互い笑みを見せ合いながら隊舎へと戻っていった。

 

 

 

 

「ヒイロさん、お疲れ様やな。」

「…………はやて。解析などが行える部屋は隊舎内に存在するか?」

「ん?突然どうしたん?」

「かなり面倒なことになった。」

 

ヘリが隊舎のヘリポートに無事着陸し、出迎えにきたはやてにヒイロはそう言いながらハッチが開いたヘリの中に指を向ける。はやてがその指の先を見つめると、そこには機能を停止したエアリーズが鎮座していた。

 

「これ…………もしかして、ロングアーチから知らされていたアンノウンか?」

「ああ、そしてその正体だが。アフターコロニーのモビルスーツの一つであるエアリーズだった。」

「も、モビルスーツ!?確か、ヒイロさんの説明で15mくらいの機動兵器だったよな!?」

 

はやてがモビルスーツの存在がミッドチルダにあるという事実に驚きの表情を隠せないでいた。ヒイロはそのはやてにエアリーズについての説明を始める。

 

「マッハ2での飛行が可能…………。そんな性能持っていて量産機なんか、あの機体は………。」

「一刻も早い解析が必要だ。だが、この中でモビルスーツについての知識があるのは俺だけだ。そのためにも解析用の部屋を用意して欲しい。」

「……………わかった。すぐに準備させる。どれくらいあればおおよその作業は終わりそう?」

「六時間もあれば十分だ。」

「つまりは夜明けにはおおよそできるってことやな。誰かそっち方面に強そうな人でも借そうか?」

「必要ない。仮に自爆装置でも作動した時に面倒なことになる。」

「じ……自爆、か。確かにそれは怖いな………。ヒイロさん自身はどうするん?大丈夫なんか?」

「自爆には慣れている。死ぬほど痛いがな。」

「……………ちょっと待って、ヒイロさん、まさか自爆の経験がおありで………?」

「そうだが。」

 

まさかのヒイロのカミングアウトにはやては表情を引き気味にプルプルと震えさせながら頭を抱えた。そんな時ヘリポートに先ほどまで外に出ていたなのはとティアナが現れる。その二人が目についたはやては何か思いついたように目を見開いた。

 

「なのはちゃーん…………ヒイロさんにもしものことがあったら困るから側にいてあげてー…………。」

「え、ええっ!?べ、別に構わないけど……………。明日の教導、どうするの?」

 

突然のはやてのお願いになのはは明日の教導を理由にヒイロの一夜漬けに付き合うことに対して渋い表情を浮かべる。

 

「明日一日くらいFWのみんな休ませても大丈夫だと思うで?根つめるのはあんまよろしくないし。」

「うーん……………それもそうかな…………。」

 

なのはが渋々といった感じでその役目を引き受けてくれると踏んだはやては再びヒイロに視線を向ける。

 

「ヒイロさんもそれでええか?一応爆発を防ぐ役くらいはいるやろ?」

「……………いいだろう。なのは、エアリーズを運べるか?」

「これくらいだったら浮遊魔法でいくらでも。」

「わかった。」

「解析用の部屋はなのはちゃんに追って伝えるから、待っといてな。それとヒイロさん。最後に一つええか?」

「…………なんだ?」

「エアリーズってどう言う意味なんや?」

「………………牡羊座だ。ガンダム以外のモビルスーツには大体が星座の名前が付けられている。獅子座や山羊座などもある。」

「っ…………わかった。ありがとう。」

「何か理由がありそうだな。」

「そう、やな…………うん、今度カリムのとこに行く時、ヒイロさんにも同行を頼もうかな。日時はまだ決まっておらんけど………話さなきゃならないことを話すつもりや。」

「………了解した。」

 

はやての表情に何か相当なものを感じたヒイロはそのはやての要望を承諾するのだった。

 

 

「これがモビルスーツ…………さっき見せてもらった映像の中にはモスグリーンの人型と戦車の形をした機体しか映ってなかったけど、こんな形のもいるんだね。」

「……………エアリーズは人型に戦闘機の機能を付け加えたような機体だ。お前の言うモスグリーンの人型というのはリーオーのことだろう。リーオーは代わり映えのしない機体だが、その分汎用性が極めて高い。オプションこそ必要だが、どのような環境、それこそ宇宙での活動も可能だ。」

「へぇ…………。」

 

ヒイロのリーオーの説明に感心しているような声を上げながら鎮座しているエアリーズに視線を向けている。

当のヒイロは端末を操作しながらエアリーズの内部構造の解析を行っていた。

まず一番最初に調べるのは、先ほどからヒイロが警戒している自爆装置の有無だ。

 

「…………自爆装置の類は確認されず、か。ジェイル・スカリエッティはよほど警戒感のない人間か、もしくは自己顕示欲の強い人間、といったところか。」

 

ヒイロは一度そこで解析の手を止めるとなのはの方に視線を移す。

 

「自爆の危険性がない以上、お前がいる必要はなくなった。部屋に戻っていろ。」

 

なのはがいるのはもしもの時にエアリーズが自爆した時のためになのはの防御魔法で守ってもらうことだったのだが、自爆装置が確認されなかった以上、なのはがヒイロの解析作業に付き合う理由もなくなった。

そんなことでなのはにこれ以上徹夜させないためにもヒイロはなのはに部屋に戻るように伝えたのだが、肝心のなのはの表情はどこか微妙なものであった。

 

「えっとね、確かに戻ってもいいんだけど………今日気絶していたとはいえいっぱい寝てたから、あんまり眠たくないんだよね…………。」

 

そういうわけで、このまま作業を見させて欲しいと頼むなのはにヒイロはわずかにため息のような息を吐くと視線を解析の様子を映し出しているモニターに戻した。

 

「……………好きにしろ。」

 

それだけの言葉であったが、一応、ヒイロからの許可が降りたことに変わりはない。なのはは嬉しそうに表情を緩めるとエアリーズをマジマジと観察を始める

 

「ヒイロさん、エアリーズって武装とかどんなのを持ち合わせてるの?」

「………翼に懸架されてあるミサイルが八発。あとは手持ちのチェーンガンという実弾のマシンガンだ。たまに手持ち型のミサイルポッドを持っているタイプもいる。」

 

なのはの質問にヒイロは作業のスピードを落とすことなく答える。

 

(……………内部構造の電子基盤はガジェットに使われているものと相違はない。装甲部もチタニュウム合金ではなく、ガジェットのものと一致………。要はモビルスーツの皮をかぶったガジェットということか。厄介さはI型などとは比べ物にならないがな。)

 

これまで確認されてきたガジェットのデータと今回のエアリーズを比べてみて、中身はⅠ型らとそれほど違いがないことを確認する。しかし、何より重要なのは、一体誰がエアリーズのデータをジェイル・スカリエッティに流したかだ。

ヒイロはその手がかりを得るべく、エアリーズの電子基盤のデータを洗いざらい精査していく。

 

そんな最中、解析中の画面が突然エラーを表示する。その時に警告音のようなものが響いたため、自然となのはもそのエラーが表示されている画面に注目する。

 

「エラー………?もしかして壊れちゃってたんですか?」

「…………その可能性もないわけではない。海に沈めたわけだからな。もう少し詳しく調べてみる。」

 

困惑気味に表情を不安なものにするなのはにヒイロはさらに詳しく調査するとだけ言うとさらに端末を操作していく。

様々なディスプレイが表示されていく中、ヒイロは何か引っかかるような感覚を覚える。

 

(これは本当にデータの破損か…………?破損の表示が現れるにしては妙なところで出てくる………。)

 

データが破損しているのであれば、ヒイロが調べ始めた時点で出てくるのが普通だが、このエラーの表示はそれなりに調べてきたところで突然表示されたものだ。

タイミングも相まってヒイロの目線からはかなり怪しく見えた。

 

 

(………………何か、隠したいものがあるのか?)

 

そこまで思考が行き着くとヒイロはさらに端末を操作する速度を上げる。突然ヒイロがスピードを上げたことになのははびっくりしているような様子で見つめていた。

 

「ヒ、ヒイロさん?何かわかったの?」

「このエラー、暗号電文の可能性がある。それの解析作業をしているのだが……………ッ!?」

 

解析作業をしていたヒイロだったが、その手が一度固まったように止まる。突然手が止まったような様子になのはが訝しげな表情を浮かべていると、ヒイロは苦いものに表情を歪めると、止まった手を再度動かし始める。しかし、そのスピードは速いというより、どこか慣れている様子で操作していくその作業になのはは困惑した様子でヒイロの横顔を見つめる。

 

「あ、あの………なんだかすごく慣れている様子なんだけど………?」

「これが暗号電文であることは確かだ。だが、その使われている暗号、俺が使ったことのあるタイプのものだった。」

「え!?それって…………つまり………!?」

「エアリーズと接敵した時からジェイル・スカリエッティのもとにこちら側の人間が存在する可能性もないわけではなかった。だが、よりによってーーー」

 

ヒイロがそこまで言ったところでエラーを表示していた画面が一転して途切れた様子の黒い画面を表示する。

程なくしてその画面が色を取り戻すとそこには、両目がゴーグルのような義眼になっている老いた男の姿が映し出されていた。

 

「お前か。ドクターJ。」

『久しぶりじゃのう、ヒイロ。この映像が見えているということは、無事にスカリエッティの奴めが作ったエアリーズはお主ら機動六課によって回収されたようじゃな。』

「こ、このおじいさんは一体………!?」

「ドクターJ。ウイングゼロを設計した開発者の一人だ。」

「こ、このおじいさんが!?」

 

ヒイロの言葉に開いた口が塞がらないといった様子のなのは。しかし、映像の中のドクターJはそんなことをまるで気にも留めない様子で話を続ける。

 

『して、今回この映像をお前さんに送ったのは、一種の警告の様なものじゃ。いずれ自然と明るみ出ることであろうが、予め知らせておいた方が後のためじゃろうと思ってのことじゃ。』

 

『……………2番目の娘には気を付けろ。奴は既に管理局に侵入している上に、その役目も終えている。場合によっては用済みの奴を消す可能性もある。もっとも其奴は聖王教会にも入り込んでいたらしいがの。」

「2番目の、娘…………?それに聖王教会と管理局に………!?」

 

ドクターJの言葉に疑問気に首をかしげるなのは。考える暇もなく、ドクターJの言葉は続けられていくため、考えることはあとにする。

 

『それとスカリエッティの奴めは既にかなりの戦力を保有しておる。その中には当然、モビルスーツを模したものも含まれておる。』

 

『はっきり言って奴の知識欲を侮っておった。奴は流れ込んだ《北斗七星》と《うみへび座》からガジェットを素体にしながらもエアリーズをはじめとしたモビルスーツもどきを作り上げおった。とてもワシが言えることではないが、そのレベルは人間のものとは思えん。ワシの予感では奴も作られた存在なのかもしれん。』

 

 

『ヒイロ、ジェイル・スカリエッティの企みを止めるんじゃ。あやつの目的は世界征服、そのためにも障害となり得る管理局は奴にとって邪魔でしかない。そして仮にでも管理局が斃れるような時代になればその先に待っているのはすべての次元世界をまきこんだ戦争しかない。アフターコロニーのように戦争という終わらないワルツが続くような世界にしてはならん。』

 

最後に語気を強めた口調でそう言ったところで映像は途切れ、別のものが映し出される。

それはエアリーズをはじめとし、トラゴス、トーラス、ビルゴ、といったアフターコロニーのモビルスーツの設計図面だった。

おそらくジェイル・スカリエッティはこれらの兵器を既に作っているというドクターJなりのメッセージとヒイロは受け取った。

そしてドクターJから告げられたジェイル・スカリエッティの企みを阻止しろという言葉。

 

「……………任務了解。」

 

それを任務と受け取ったヒイロは静かに、それでいて確かに答えるのだった。

 

「世界征服…………そんなこと、できるの………?」

「できるはずがないな。一つの星ならまだしも、次元世界が無数にも存在するミットチルダを征服など、到底できることではない。しかし、管理局が斃れることになれば、体制は崩壊し、血で血を洗うような凄惨な戦争が続くだろうな。その戦火が及ぶのは管理外世界も例外ではない。」

「そ、そんなの絶対ダメ………!!」

 

ヒイロの推察になのはは悲痛な表情を浮かべる。管理外世界にはなのはたちの家族がおり、故郷でもある地球も含まれているからだ。

 

「そのためにもジェイル・スカリエッティを必ず止めなければならない。」

「うん、絶対に止めないと………。」

 

なのはは自身の手をぎゅっと握りしめ、その不屈の心をより一層強いものへと変える。その瞳にも確かな決意が満ち溢れていた。

 

そんな時、二人がいる部屋に電子音が鳴り響く。その音のした方向を見てみれば、先ほどまで設計図面を表示していた画面が文章を表示していた。

 

『13番目の娘がまもなく動き出す。彼女は聖王のゆりかごの鍵になる。なんとしてでも保護して欲しい。』

 

 

「13番目の、娘…………?」

「………………どのみち一度、聖王教会に足を運んだ方がいいようだな。」

 

ヒイロのその言葉になのはは疑問気に思いながらも『聖王』というあからさまなキーワードにヒイロと同じ考えに至ったのか、頷くしかなかった。

 






13番目の娘は割とこじつけに近いです。まぁ、誰のことを指しているかはわかるとは思いますけど


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第57話 会合、聖王教会

すんません、まずは謝罪をさせてください。
実は前話で蛇遣い座って書いたんですけど、自分の勘違いで思いっきり自分が考えていたものとは全然違う星座を使っていました。

感想でもご指摘はあったのですが、その時点でなぜか気づかず、そのままこの話を書いていた途中で気づくという明らかなまぬけをしてしまいました_:(´ཀ`」 ∠):

ですので、この話を出した直後、前の話も訂正します。

改めて、勘違いをさせて申し訳ないです………_:(´ཀ`」 ∠):


解析したエアリーズからジェイル・スカリエッティのすぐそばにいると思われるドクターJのメッセージを受け取ったヒイロとなのは。

そのメッセージに記されてあった聖王のゆりかごについて知るために、メッセージの中にもあった聖王教会に向かおうとする。

 

今はその解析結果と聖王教会への訪問を行うための許可を取るために部隊長であるはやての元へ向かう。

 

「あのドクターJっていうおじいさんが言っていた2番目とか13番目の娘って何のことだろうね?」

「前者はともかく、後者は聖王教会に調べをつければわかることだ。聖王のゆりかごなどというあからさまな単語もあったからな。ところでだが、聖王教会とはどのような組織だ?」

 

ヒイロがなのはに聖王教会についての概要を尋ねるとなのははその概要を思い出そうとしているのか、考え込むような仕草を浮かべる。

 

「えっとね…………一言でいうなら次元世界で最大級の規模がある宗教組織、かな。私もあんまりちゃんと聞いたことはないんだけど、禁忌とか制約とかが厳しくないから、結構な信徒さんがいるらしいよ?」

「つまり、あまり全容のわかっていない、危険性のある団体ということか?」

「ち、違うの!!一応、教会とは名を打ってはいるけど、その理念がロストロギアの回収とか、管理局と共通している部分も多いから、協力体制をとっているの。」

 

ヒイロが聖王教会を危険団体と認識しそうだったことに焦ったのか、慌てた様子で説明を付け加える。

ヒイロはそんななのはの慌てた様子には少しも目に暮れずにその説明だけを聞きながら部隊長室へ向かっていく。

そして部隊長室の扉が見えてくると、ヒイロはノックすらせずにその扉を開け放つ。

 

 

「んぉー?ヒイロさんになのはちゃん?エアリーズの解析終わったんか?」

「おおよその解析は済んだ。あれはガジェットにモビルスーツの皮を被せたような模造品だった。性能こそはほとんど本物と遜色はないが、耐久での面はガジェットと相違はない。それとだがーーーー」

 

「聖王のゆりかごとはなんだ?」

「…………ちょい待ってな。それ、あのエアリーズの解析で出てきたんか?」

「正確に言えば、向こうの内通者からのメッセージの中に含まれてあった。」

 

ヒイロがその単語を出した瞬間、はやての表情が一瞬固まるが、すぐさま行動に移した。

手元の端末を操作すると、ディスプレイが浮かび上がる。その様子を見ている限りどこかに通信を取ろうとしているようだがーーーー

 

『はやて?突然連絡なんて、どうかしましたか?』

 

そのディスプレイから女性の声が流れる。ディスプレイ自体は透けているため、反対側にいるヒイロとなのはからそのはやてが連絡を取っている相手の金色のブロンド髪をした女性の姿が見える。

 

「ごめんな、カリム。ちょっと早急に話し合わなあかんことになりそうや。」

『早急に…………?一体何がーーー』

「聖王のゆりかごが、スカリエッティの戦力になっとる可能性がある。」

『っ……………わかったわ。すぐにクロノ提督にも掛け合います。はやてもーー』

「私もすぐに向かう。その、ちょっと二人くらい同行させてもええか?説明に必要なんよ。」

『ええ、構わないわ。』

「ありがと、じゃあ教会本部でな。」

 

はやてがそのブロンド髪の女性に向けて手を振ると通信を終えたのか空中に浮いていたディスプレイが閉じられる。

 

「…………なのはちゃん、ちょっと付き合ってもらってもええか?」

「…………うん。」

 

はやての真剣味の表情になのはもそれに影響されたのか、険しい顔つきで頷いた。

そしてはやてはヒイロに視線を移すとーーー

 

「ヒイロさん、そのうち話さなきゃいけないと言っとったこと、まさか次の日になるとは思わんかった。ごめんな、突然になってしまって…………。」

「…………問題ない。事後報告になるよりは数倍マシだ。」

「ん、わかった。それじゃあ行こうか。聖王教会、その本部へ。」

 

 

 

 

 

 

 

木々があふれる自然の中にそびえ立つ西洋風の城が一つ。その空気や周囲の人々の様子から荘厳な雰囲気を醸し出しているその城にはやての案内でヒイロとなのはは赴いていた。

 

 

「ここが聖王教会とやらの本部か。」

「私も来ること自体は初めてなんだよね……………。」

「なのはちゃん、ヒイロさん、向こうからの迎えが来たでー。」

 

はやての言葉に見上げていた城のような建物から視線を下げるとシスターの衣装を身に纏った女性が3人に向かって歩いてきていた。

その前髪をブツっと剣で断ち切ったような女性は3人の前に来ると一礼をする。

 

「騎士はやて、お待たせしました。騎士カリムがお待ちです。」

「ありがとな、シスターシャッハ。」

 

そのはやてに呼ばれたシャッハのあとをはやてがついていくのに続いてなのはとヒイロもそのあとをついていく。

 

「そういえば、ヒイロさんは初対面やよな。こちらの方はシスターシャッハ。聖王教会の修練騎士でこれから会うカリムの護衛も兼ねてるんや。」

「シャッハ・ヌエラです。よろしくお願いしますね。」

「…………………………。」

 

はやての紹介のあとに自身の名前を言うシャッハ。その返答にヒイロは、長ーい沈黙ののちにーーー

 

「…………………………ヒイロ・ユイだ。」

 

目線すら彼女に向けず呟くように自分の名前だけを伝える。そのあまりにも無愛想なヒイロの様子にシャッハは少なからず癇に障ったのか、眉をわずかに顰める。

 

(騎士はやて。この人物、些か失礼なのでは?)

(んー、そうか?ヒイロさんはいつも通りやで?)

(……………いつもこんな感情が消え失せてそうな無表情なんですか?)

 

思わずシャッハははやてに念話でヒイロについて感じたことを伝えるが、はやてからいつも通りとの返答が返ってきたことに驚いたような声を挙げる。

 

(…………ところで、この男。以前まで六課にはいない人間でしたよね?)

(そうやな。ちょうどガジェットによるリニアモーターのジャック事件の直後に六課で次元漂流者として参加してくれたんよ。)

(次元漂流者、ですか?にしては魔力があんまり感じられませんが…………)

(そりゃそうやな。ヒイロさんはリンカーコアはないで?魔力を感じへんのは当然やろな。)

(なるほど、であれば彼は研究員かそこら辺の人間ですか。)

 

はやての言葉からある程度の推察を立て、ヒイロが研究員かそこら辺に人間であるという予想をはやてに念話で送る。

しかし、彼女の予想は的に当たるどころか擦りすらもしていない。

 

(残念ですけどそれは違いますよ、シスターシャッハ。ヒイロさんは前線メンバーの一員で、しかもかなりお強いですよ?一対一だと多分勝てる人は管理局内にいるかどうか…………実際、私も一回コテンパンにやられていますし…………。)

(はぁ………………はぁっ!?」

 

最初こそ、なのはの念話のその内容をうまく聞き取れていなかったのか、念話で流せたシャッハだったが、よくよく聞いてみればとんでもない内容だったため、思わずシャッハは心底からびっくりしたような表情を浮かべながら声を張り上げてしまう。

当然その視線は件のヒイロに向けられていた。

 

「……………………。」

 

視線を向けられていることに気付いたのか、ヒイロはシャッハにわずかに顔を向けるが、それだけですぐに戻されてしまう。

 

「し、失礼しました。シスターにも関わらず、急に声を張り上げてしまうなど………。その、高町一等空尉…………さっきの話は…………?」

「ええ、紛れもない事実ですよ?それも昨日起こったことですし………。」

 

なのはのその様子は苦笑いこそ浮かべてはいたが、それに嘘は微塵も感じられなかった。そのことがシャッハを余計に混乱させてしまうのは無理もない話であった。

 

 

しばらく妙に視線をチラチラと向けてくるシャッハに訝しげな表情を禁じ得ないヒイロだったが、その状況も教会本部内のとある一室で終わりを迎える。

 

「騎士カリム、騎士はやてらをお連れしました。」

 

シャッハが扉を開け、中にいる人物にはやて達の来訪を伝えると3人と入れ違いになる形で部屋から退室する。

 

「ごめんな、カリム。突然来ることになってしまって。そして、クロノ君も。」

「まぁ、かなり予定を詰めることになったが、それは置いておくさ。それよりも、久しぶりだな。」

 

そういうと少年だったころから10年の月日を経て、ユーノと同じように立派な男性へと成長したクロノは懐かしむような目線をヒイロに向ける。

 

「クロノか。お前が一番変わったな。」

「…………まぁ、変声期の時に思い切り声が変わった上に伸びるべき時に身長が伸びてくれたからな。ところで、海鳴市に任務で赴く機会があったのだろう?エイミィ達はどうしていた?元気にしてたか?」

「気になるなら自分の足で海鳴市に立ち寄れ。仮にもお前が父親であるのならな。」

「俺だって忙しいんだ…………。少しは気を利かせてくれてもいいじゃないか。」

「知らん。お前の事情などに対する関心など少しもないからな。」

「…………なんか、風当たりが酷くないか?」

 

ヒイロのぞんざいな扱われ方に苦笑いを浮かべるクロノだったが、隣にいたブロンド髪の女性ーー前々から話に上がっているカリム、と思われる女性が一つ咳払いをすると、クロノは気の抜けた表情から一転して、引き締まった表情へと変わる。

 

「クロノ提督?談笑するのは別に構いませんが、今回はお急ぎの用です。そちらとしてもなるべく手早く済ませた方がいいのでは?」

「んん…………それもそうだな。なのはとヒイロは初対面だったな。こちらの女性は聖王教会教会騎士団の騎士、及び時空管理局理事官のカリム・グラシア。階級で言えば少将の位に就いている。」

 

クロノの紹介にカリムは二人に向かってぺこりと礼をする。

 

「高町なのは一等空尉です。」

「ヒイロ・ユイだ。」

 

そんな彼女になのはは敬礼を、ヒイロは別段何か敬礼などをするわけでもなく、堂々とした立ち振る舞いのまま名前だけを告げる。

 

「立っているのもお疲れでしょうし、どうぞこちらで用意した椅子に腰掛けてください。」

 

そうカリムに促されたところではやて達3人は用意された椅子に着席する。

 

「…………それで、はやて?ジェイル・スカリエッティの陣営に聖王のゆりかごが含まれているかもしれないってどういうこと?」

「そこはヒイロさん、説明ええか?ゆりかご自体に関してはそのあとでカリムらから説明をもらうから。」

「了解した。」

 

はやてからの催促にヒイロは椅子に腰掛けたまま二人に説明を始める。昨日の出撃に置いて、アフターコロニーのモビルスーツであるはずのエアリーズがガジェットと行動を共にしていたこと。

そのエアリーズを解析している最中、ドクターJからのメッセージの中に聖王のゆりかごという単語が含まれていたこと。

 

話したことは大きく分けてそれら二つだったが、それでもカリムとクロノが険しい表情を浮かべざるを得なかった。

 

「こちらからの説明、それに伴うゆりかごの存在を知った経緯については以上だ。そして、件の聖王のゆりかごについてだが、そもそもゆりかごとはなんだ?」

「聖王のゆりかごというのは、古代ベルカの伝説に伝わる戦船と呼ばれるものです。」

「戦船……………?」

「戦艦ということか?」

 

カリムの言葉になのはが疑問気に首をかしげる仕草を浮かべるが、すぐさまヒイロが言い換えた言葉を挙げる。その認識はおおよそ間違っていないのか、カリムは無言で頷いた。

 

「そもそも、お二人は聖王のゆりかご、そして私たち聖王教会の『聖王』とは誰のことを指しているのかはご存知で?」

「いや、そのエアリーズの解析の最中、あからさまに聖王教会の名前もそのメッセージの中に入っていたから直接聖王教会の本部の関係者に向かった方が早いと判断した。故にそこまでは調べていない。」

 

ヒイロの言葉に続くようになのはも頷くことでカリムにそれを示した。

 

「わかりました。聖王というのは言ってしまえばそのまま、私達聖王教会の人間が崇めている人物です。」

「それは一人の人間のことをか?それとも複数の人間を総称してそう呼んでいるのか?」

「一人の人間のことを指している。伝承によれば、永らく続いていた古代ベルカでの戦乱を終結に導いたそうだ。」

「もしかして、その時に使っていたのが、聖王のゆりかご、なの?」

 

カリムの説明に対してのヒイロの疑問、それのクロノへの返答の先になのはの質問、最後のなのはの質問にクロノは頷くことで聖王のゆりかごが使われていたことを伝える。

 

「そのゆりかごに関しての記述は無限書庫などの施設で詳細なことは書かれていないのか?」

「あるにはあるだろうな。だが、無限書庫から見つけ出すのは骨が折れるのはわかっているだろう?主にユーノの。」

「時間がかかるのはわかってはいるが。あるのであれば、探すに越したことはないだろう。」

「同じく。ならユーノに俺経由で頼んでおく。」

「いいだろう。」

 

この瞬間、この場にいないはずのユーノの気苦労が確定した瞬間である。自身の預かり知らぬところで休暇の返上が確定してしまったユーノの不憫になのはとはやては苦笑いをしてしまう。

 

「……………すまない、少し聞いてもいいか?」

 

そんな時ヒイロ達5人とは別の人物の声が部屋の中に響く。ヒイロ達機動六課組にはそれなりに聴き慣れた、カリムとクロノにとってはあまり馴染みのない女性の声。

その正体はもちろん、待機状態のウイングゼロからおずおずと出てきたアインスだった。

 

「アインスか。」

「ちょ、ちょっと待ってほしい………!?彼女は確かーーー」

 

何気なくヒイロが彼女の名前を呼ぶが、対するクロノは心底から驚いたような表情を浮かべる。

彼にとってアインス、もとい、初代リィンフォースは闇の書と共に消滅したものだと思っていたからだ。

 

「クロノ執務官、いや、今は提督とのことだったな。ともかく久しいな。貴方の記憶通り、私は確かに闇の書と運命を共にするはずだったのだが、なんやかんやで救い出されてしまったのだ。今はヒイロのデバイスに居候している身だが、闇の書とのリンクは完全に切れているからそこら辺は安心してくれ。」

「そ、そうか…………しかしはやて、彼女も生きているのならそう連絡しておいてほしいのだが…………。」

「あ、あはは…………すっかり忘れとったわ…………。」

 

そうはやてに苦言を呈するクロノだが、その表情はどこか和やかなものであった。

その和やかな面持ちのまま、クロノはアインスに向き直る。

 

「それで、聞きたいことはなんだ?」

「ああ。その古代ベルカの戦乱を治めた聖王とか言う人物のことだが、オリヴィエとかいう名前ではなかったか?それも女性の。」

「し、知っているんか!?」

「…………元はといえば私や守護騎士達も古代ベルカの生まれ。まぁ、ナハトの所為で記録は定かではありませんが、もしかすると、その時代にも活動していたこと自体はあったのもしれません。だから、彼女の名前も朧げながら記憶している、と私は考えます。」

 

アインスがかなり重要そうなことを話したことにはやては驚いた表情で彼女を見つめるが、アインス自身がその記憶を保有している彼女なりに考えた理由に、ひとまず納得の表情を浮かべる。

 

「無限書庫を利用する以上、検索魔法を使用するのだろう?記憶が定かではないという不確定要素こそあるが、ユーノの気苦労も少しは緩和されるだろう。」

「…………カリム。彼女の話していることは教会の目線で、相違点などは?」

「…………はっきり言いますと、聖王に関して、こちらで保有している情報には限りがあります。それこそ無限書庫で調査してもらった方が早いでしょう。ですが、聖王の個人名まで検索にかければ、彼女の言う通り、時短になるのは目に見えているでしょう。」

 

クロノからの確認に、カリムは難しい表情をあげながら、その情報に確証性を持たせることはできないと言うが、それでも調査の時短になるのに変わりはないと言う。

 

「そうか。なら次の題に入らせてもらう。」

「え、あるんか?」

「むしろこっちが私たちにとって本題なんだよね………。」

「話しの切り口にゆりかごの名前を出したのだが、それを聞いた途端にお前が足早にクロノ達との会談を作ってしまったからな。」

 

なのはが気まずそうに、ヒイロははやてにわずかに目を細め、ジトっとした目線を向ける。

はやてはそのことに渇いた笑い声を上げると二人に向けてごめんなと一言だけ言って頭を下げた。

 

「でもな、ヒイロさん達がゆりかご以外に話すことがあったように、私らにも他に話すことがあるんや。」

「それはなんだ?」

「……………機動六課の設立、その本当の理由や。」

「…………そういえば聞いていなかったな。」

「機動六課は確か…………ロストロギア、レリックの捜索が主だった任務でその他にも幅の広い範囲を、それでいて小回りの効く部隊………って言うのが理由、だったよね?」

 

なのはがはやてから編入当初に聞いていた六課の設立の理由を述べる。

 

「うん。それもちゃんとした理由の一つや。この前の空港の爆発事件で、管理局の対応がどうしても遅くなってしまうことを憂いたから建てた、そんな感じの部隊や。でも本当の理由はーーカリム。ちょっとよろしくな。」

 

はやてがカリムにそう頼むと彼女は椅子から立ち上がり、懐から何かを取り出した。彼女が取り出したのは手のひらにギリギリ収まるほどの大きさの古ぼけた紙片の束だった。

しかし、カリムが魔力を込めるとその古ぼけた紙片が光を帯び、カリムの周りを囲むように展開される。その空中を浮いていた内の二つがヒイロとなのはの元へ飛んでいく。

反射的にその紙片を見ると、その紙にはよくわからない文字が浮かび上がっていた。

 

「…………よ、読めない………。ヒイロさんは?」

「…………次元世界の管理世界どころか管理外世界の出身でもない俺が解読できると思うか?」

 

わずかな希望を持ってなのははヒイロに視線を向けるも至極当然の言葉で返されたことになのはは苦笑いを浮かべる。

 

「これは私のレアスキル『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』です。この能力は最短で半年、最長で数年先の未来を詩文形式で書き出した預言書の作成を行うことができます。」

「……………ゼロシステムの長期間版、と言ったところか。」

「え、貴方もお持ちなんですか?未来を見れるレアスキルを?」

「カリム。彼のはまた特殊なものだ。君の持っているレアスキルとは全くの別物と思った方がいい。」

 

ヒイロがゼロシステムのようなもの、という言葉にカリムが反応するが、即座にクロノからの説明に自身の持つレアスキルとはまた違うものであることを察したカリムは話の軌道を戻した。

 

「…………もちろん、欠点はあります。ミッドチルダの空に浮かぶ二つの月。その魔力がうまく揃った時にしかこの預言書の作成はできません。そのため、できて一年に一度がいいところです。預言書には世界に起こる事件がランダムに書き出されるのですが、その預言書に使われるのは古代ベルカ語。よって翻訳作業があるのですが、解釈によって意味が変わってしまうのもしばしば…………。ですので、解釈ミスを含めれば的中率や実用性は割とよく当たる占い程度なのですが…………。」

「あ、一応、ちゃんと当たって未然に防げた事例もあるで?だから本局とかはその占いを重要視してる。」

「……………そうか。」

 

カリムのそのレアスキルの説明に信憑性が無いのであれば、動く理由には些か弱いと思ったのか、微妙に眉を顰めていたがそれに気づいたはやてが即座に当たった前例があるというフォローを行うことでヒイロはひとまず口を噤んだ。

 

「それで、その預言の内容は…………?」

 

なのはがカリムの預言書に書かれている内容を尋ねると、カリムは紙片の一つを手に取って預言を読み上げる。

 

 

旧い結晶と無限の欲望が交わる地

 

死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る

 

毒竜から産み落とされた自我持たぬ星座達は、中つ大地の法の塔を悉く焼き落とす

 

それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる

 

北に輝く七つの星が落ちる時、祝福の風を伴い、小人達を侍らせた白い雪はその純白の翼を輝かせる

 

 

「これが、預言書に書かれた、今のところ有力な解釈です。」

「ヒイロさん、これ聞いてわかったと思うけど…………。」

「ああ。預言の中に含まれている自我を持たない星座というのはアフターコロニーのモビルスーツという認識でいいだろう。自我がないというのはガジェットとして存在しているため、そう言ったものがなく、完全に機械になっているということだろう。」

「ヒイロの世界のモビルスーツがスカリエッティの戦力として加えられている、か。」

「前日、ガジェットⅡ型の群勢にエアリーズが混ざっていた。さらにそのエアリーズを解析した結果………。」

 

クロノの悩まし気な表情を浮かべている中、ヒイロは空間にディスプレイを表示させ、エアリーズの内部データに入っていた他のモビルスーツの設計図面を見せる。

 

「これらはそれぞれトラゴス、トーラス、ビルゴというモビルスーツだ。少なくともこれらの機体と先ほどのエアリーズがスカリエッティの軍勢に編入されていると見ていいだろう。」

「このビルゴとかいう機体…………もっとるビーム砲、なんか?ともかく火力が高そうやな。」

「それもそうだが、こいつの真髄は肩についているパッド状の突起物だ。」

 

はやてがビルゴの持つビームキャノンに視線がいっている中、ヒイロはビルゴの左肩に画面をクローズアップさせる。

そのビルゴの肩には赤い突起物が四つほど取り付けられてあった。その突起物がいったいどのようなものなのか想像がつかなかったのか、なのは達は揃って疑問気な表情を浮かべる。

 

「プラネイトディフェンサー。一言で言えば、電磁フィールドを展開する端末なのだが、効果はビーム、実弾両方に作用する。おそらく生半可な攻撃魔法では傷をつけることも難しいだろう。」

「…………数で来られたらかなり厄介やな…………これも一応ヒイロさんの世界では量産機なんやろ?」

「そうだ。数で来られるとガンダムでもかなり手を焼く相手だ。このフィールドを貫通するには………少なくとも魔法ではなのはのディバインバスタークラスの出力は必要だ。」

 

ヒイロがプラネイトディフェンサーを突破するには最低限、なのはクラスの砲撃魔法の使い手が必要ということに、なのはは息を呑み、クロノやはやて、そしてカリムは揃って目を見開くことで驚きを露わにする。

 

「…………つまり、手数を強みにしている魔導師にとっては天敵に他ならない、ということか。」

「フェイトのようなスピードで翻弄し、数で勝負するタイプの魔導師は完封されてしまう可能性も否定できない。近接戦闘に持ち込めばフィールド内に無理やり入り込んでの撃破も不可能ではないが、それなりの防御力を必要とされる。手持ちのビームキャノンはかなりの高出力だからな。」

「こんなものが………貴方の世界では平然と扱われていたのですか…………?」

「敵を倒すためにはより質のいい兵器を作る。それが戦争だ。それに倒すのにかなりの労力がいる敵が隊列を組みながら進撃してくる様は敵の闘志をへし折るには効果的だろう。」

 

クロノが難しい表情を浮かべているところにヒイロはフェイトのような魔導師だと手も足も出せない可能性を示唆する。カリムはビルゴの性能が未だに飲み込めないのか、驚愕の表情のまま、ヒイロの顔を見つめる。

そんなヒイロもさも当然と言うような口ぶりで返してしまったため、それ以上、カリムは何も言えなくなってしまう。

 

「戦争、か。確かにもはや事件などで済ませられる範囲は超えていそうだ。その推測される被害や規模も。」

「………………………。」

 

クロノが自身の顔の前で手を組みながら深刻な面持ちで言った言葉になのは達は悲痛な表情を、ヒイロは無表情のままだが、さながら押し黙っているようにも見えた。

 

「それこそ、海と陸の連携がギクシャクしたままやと、かなり不味いことになるよね…………。」

「そうだな。だが、まだ戦争状態に入ってしまったわけではない。やれることはあるはずだ。ヒイロ、そのモビルスーツのデータを本局に渡してもらえないだろうか?データさえ有れば、仮想空間で再現ができ、局員達の事前演習ができる。」

「……………いいだろう。だが、条件がある。事が終わり次第、モビルスーツに関するデータは全て破棄しろ。のちの火種になりかねんからな。」

「わかった。俺一人では難しいかもしれないが、かの三提督に掛け合ってもらえれば出来るかもしれない。」

「三提督って…………え、クロノ君、もしかしてあの人達も六課の後ろ盾なの?」

「実はそうなんやで、なのはちゃん。六課のバックにはクロノ君達の他に、三提督のおじいちゃん達もいるんや。」

「ええ〜〜〜!?」

「…………聖王教会でも出来る限りの人員は出すことを検討します。もはやミッドチルダだけで済む問題では無くなりそうですので。」

 

ひとまず、スカリエッティに対してかなりの戦力を用意することでまとまった話し合い。

しかし、まだその話し合いにおいて全てのことが話し終わったわけではない。主に預言の内容に関してだ。

 

「なし崩し的にヒイロさんのモビルスーツのことを話すことになってしまったけど、ヒイロさんは、預言のことに関して何か引っかかることはある?」

「…………それ以外は確信を持って言うことができん。だが、祝福の風というのは、アインスのことか?」

「どうなのだろうな。仮にそうだったとしてもそのあとの白い雪は確実にウイングゼロではないだろう。むしろ小人という言葉が入っているとなると地球でいう白雪姫のことを指すのではないのか?白い雪、というのも相まって私にはそう思うのだが…………。」

「シラユキヒメ…………?」

「第97管理外世界の地球って言う星の、童話に出てくるお姫様や。ちょうどカリムに見せよ思って持ってきてるんや。」

 

ヒイロとアインスの会話の中に出てきた白雪姫という単語にカリムとクロノが疑問気に首をかしげる。その二人にはやては以前、海鳴市に任務として赴いた時に買った白雪姫の本を二人に差し出した。

 

「白………雪…………。なるほど、お話の中にも小人の存在があるので、確かにこちらの方があっているようですね。」

「で…………ヒイロさんはこれに聞き覚えは?」

「ない。だが、その前の北に輝く7つの星とやらは順当に考えれば北斗七星の可能性が高い。内通者からのメッセージにもその単語があったからな。」

「そういえばあのおじいちゃん、そんな感じのことも言っていたね…………。あれ、それじゃあうみへび座は?それもあったよね、確か。」

「……………もしかして毒竜か?」

「だが、うみへび座とは何の関係もないように見えるが?」

 

はやての言葉にクロノは訝し気な表情で毒竜とうみへび座の接点を尋ねる。

 

「うみへび座とか、地球の星座にはちゃんとした由来があるんや。その元は大半が神話から持ってきてるのがほとんどなんやけど………。」

「神話の中で出てくる毒竜でパッと思いつくのはギリシャ神話のヒュドラとか、そのあたり?」

「大御所はそこやろうな……………。まぁ、それでこういうのには大抵解釈違いが当然存在するわけで…………。」

 

はやてはそういうと空間にディスプレイを表示させるとそこにHydrāーーーヒュドラのスペルを表示させる。

 

「ヒュドラってこういう感じのスペルなんやけど、実は別の読み方すると、ハイドラって読めるんや。うみへび座の由来になっているのはこっち。」

「そうなのか…………。もしかしてそのハイドラの名前を冠したモビルスーツが存在するということなのか?」

 

クロノはそういうとヒイロに目線を向ける。モビルスーツに関係するのであれば、ヒイロに頼る他、解答を得られることはないからだ。

しかし、ヒイロはその解答を出すことはせずに無言で首を振った。

 

「…………少なくとも、俺が戦ってきた中にハイドラなどというモビルスーツはいなかった。だが、戦争が終わりに近づいてきた中、詳細は分からんが、小競り合いのような戦闘がとある資源衛星で行われたと聞いている。もしかすると、そこの戦闘で使われたモビルスーツなのかもしれない。」

「そうか…………。」

 

ヒイロの解答にクロノは少し残念そうにするが、ヒイロがわからない以上、どう頑張ったところで答えが明確に出ることはないため、クロノは追及などは行わないことにした。

 

「つまるところ、この毒竜、もというみへび座に関しては、真実を明らかにするのは今のところは無理っちゅうことやな。」

「だが、当面の問題は本局と地上本部の連携だな………。このままの体制ではかなり不味いぞ………。」

「ええ…………本部の方にも掛け合い、どうにか危機が迫っていることを認識してほしいのですが………。」

「特にレジアス中将が難しいやろなー……………なんか、スカリエッティと繋がっているらしいし。」

「あぁ…………それは報告で聞いていた。というか、ヒイロに管理局本部をハッキングさせるとか、はっきり言ってアウトだぞ。」

「カリム・グラシア。お前に聞きたいことがある。」

「はい?何でしょうか?」

 

「スカリエッティの手の者が管理局内部の他にも聖王教会に入り込んでいたらしいのだが、何かそれらしき人物などの情報はないのか?」

 

 

 




あばばばばば(白目)


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第58話 死ぬほど痛い呼び間違い

クロスレイズをプレイしていたので遅れました(正直)

でも許して………代わりにヒイロさんレベル50になってるから………ユルシテ

というか今作のヒイロさん特殊ゼリフ多すぎひん………?

鉄血の機体にはおろか、ギャラルホルン関連の人間に対してもそれっぽいものあったんやけど………


「聖王教会にスカリエッティの者が入り込んでいた、ですか…………。」

 

ヒイロの言葉にそれなりにショックを受けたのか、彼の言葉を唸るように反芻するカリム。

 

「ああ。奴は既に聖王教会での役目は終えたのか、今はいないようだが。」

「そう……ですか………。しかし、それらしい報告は…………。」

 

しばらくカリムは考え込むような仕草を浮かべていたが、程なくすると思い当たる節があったのか、目を見開いた。

 

「…………聖王教会のメンツにも関わってくるため、あまり公言はできないのですが………はやて、聖骸布がある講堂、知ってるわよね?」

「ん?うん、知っとるで。案内してもらったことがあるからな。」

 

突然、声をかけられたはやては疑問気に思いながらもカリムの質問に頷いた。

 

「良かった。実はあれ、偽物なの。」

「へぇ〜そうなんかー………………え。」

 

何気なく吐かれた事実にはやてはその真実を吐いたカリムの様子に流された後に素っ頓狂な表情を浮かべる。

その様子をカリムがにこやかな顔で眺めていることを見たはやては、話の深刻さを少しでも和ませるために利用されたことを察し、彼女にキッとした目線を向ける。

 

「偽物………つまり盗まれた前歴がある、ということだな?」

「はい。聖骸布担当の司祭が持ち出してしまったらしいのです。その当時の担当司祭は信心深い御方であったのですが、噂では修道女との関係があったようで………。」

「それはいつ頃の話だ?」

「10年は前だったかと。」

 

そんなはやての様子を歯牙にも掛けず、ヒイロはカリムとの話を進めていく。はやては行き場の失った感情をため息を吐くことでなんとか吐き出した。

 

「10年も前じゃ………その修道女の人がスカリエッティのスパイって確証は出せないよね…………。」

「スカリエッティのスパイが盗んだかどうかより、なぜ聖骸布を盗んだかを考えた方がいいだろう。」

 

時間が経ちすぎていることにより、スパイがいたかどうかの判別がつかないことになのはは残念そうな声を上げるが、ヒイロの聖骸布を盗んだ理由を考えた方がいいという言葉に、考えを切り替える。

 

「聖骸布、と銘打っている以上、その布には聖王の血液などが付着していたのか?」

「ええ、そう考えてもらっていいでしょう。」

「……………奴の目的がわかった。」

「うん………私もわかった。」

「スカリエッティは聖王をクローン技術で作り出すつもりなんやな。」

 

カリムへのたった一つの質問と前もってスカリエッティに関しての情報を仕入れていたヒイロたちはその目的がクローン技術による聖王の復活であると目星をつける。

 

「しかし………聖王を復活させてどうするんだ?ゆりかごは向こうの手の内にあるのなら、純粋に戦力強化か?」

「『13番目の娘は聖王のゆりかごの鍵』」

「それは…………?」

「内通者からのメッセージに含まれてあった文章だ。ここで『13番目の娘』というのがスカリエッティが作り出した聖王のクローンのことを指しているのならば、ゆりかごには生体認証が存在し、聖王の系譜の人物がいなければ動かせないということだろう。」

 

クロノの疑問に、ヒイロはドクターJからのメッセージに入っていた最後の文章を口にしながら、ゆりかごの起動に必要な生体部品であろうという予測を伝える。

 

「スカリエッティはクローン技術に精通している。ならば、聖骸布に付着していた聖王のDNAを培養し、オリヴィエという聖王のクローンを作り上げても、なんらおかしいところはない。」

「…………スカリエッティの奴、どこまで一般市民の人々を巻き込むつもりだ………中にはなんの罪のない子供だっているだろうに………!!」

「………そういう意味では一番の被害者は聖王のクローンである13番目の娘だろうな。ソイツはただゆりかごに乗らされただけにも関わらず、大量殺戮者のレッテルを貼られる可能性がある。ただ生まれてきただけ、原因はその身に流れるその血のせいで、な。もっともソイツが望んでスカリエッティに与するのであれば、話は別だがな。」

 

苦虫を噛み潰したようなクロノにヒイロは表情こそ無表情であったが、声色にどこか思うものがあるかのような口調で一番の被害者を述べる。

そして隣にいたなのはは望んでスカリエッティに与するという言葉に悲痛なものの表情を浮かべる。

 

「でも、進んで人を殺すなんて………。」

「手法などいくらでもある。その一つとしてはマインドコントロールでも掛けて仕向ければいいだけの話だ。」

「仮に実際やってきたら胸糞悪いじゃ済まへんな。」

 

ヒイロの言葉になのはは悩まし気な顔を浮かべ、はやては険しい表情を浮かべる。

そんな最中、ヒイロはクロノに視線を向ける。

 

「クロノ、スカリエッティのアジトの目星はついているのか?」

 

ヒイロがそう尋ねると、クロノは難しい表情を浮かべながら首を横に振った。その様子からあまりいい情報を得られていないのは、この場にいる全員が察していた。

 

「残念ながら、全くだ。一応、ロッサ………ヴェロッサ・アコーズ査察官が調査をしてくれてはいるのだが、ガジェットばかりという代わり映えのしない相手だから

成果はよろしくないのが正直なところだ。何か、話しのできる奴が出てくればそれとなりに進むのだが…………。」

「……………例の『13番目の娘』か。」

「もしくは戦闘機人でも構わない。スカリエッティがその計画に参加しているのならば、戦力として出してくる可能性が高いからな。」

「なら、当面は確実に厄介な敵になってくるモビルスーツに対する対応やな。特にこの乙女座(ビルゴ)やな。身持ちが硬いことが乙女の魅力じゃないとこ、見せてやろうやないの。」

 

はやてはディスプレイに表示されたビルゴの姿を指差しながら宣戦布告のようなことを述べる。

その様子になのはは苦笑い、カリムは愛想笑いを浮かべ、ヒイロはまるで興味がないように憮然と腕を組み、沈黙を保つ。

そんな中、クロノは何かを思い出したかのような表情を見せると、はやてにその目線を向ける。

 

「そういえば、乙女で思い出したんだが、ロッサが君にホテルアグスタで会った時、乙女のような表情を浮かべていたと言っていた。何かあったのか?」

 

ふと尋ねられたクロノの言葉。それを飲み込むのに時間が掛かったのか、はやては少々固まると、次の瞬間、顔を火山の噴火のごとく真っ赤に染め上げるとテーブルに突っ伏した。

 

「は、はやて…………?どうしたの………?」

「い………いや、その違うんよ…………その、不意を突かれたというか、なんというか………。」

 

突然のはやての豹変にカリムがたどたどしい口調ではやてに声をかけるも肝心の彼女は戯言をぶつぶつと言うだけでまるで答えになっていなかった。

その様子に見かねたクロノはなのはに視線を向けるも、微妙な顔を浮かべるだけでその口を開こうとはしなかった。

ただーーーーそのなのはの目線は無言、無表情、無関心の『無』の三拍子が揃ったヒイロに向けられていた。

 

(…………なのは、ヒイロが関わっていることは分かったが、念話で詳細を伝えてもらうことでもダメか?)

(ダメなの。これ以上はいくらクロノ君でも教えられない。もし、やたら無闇に知ろうとするなら、エイミィさんに訴えてやるの。クロノ君は純情な乙女心にヅケヅケと入り込もうとする気心の知らない人だって。)

(うっ……………わかった。素直に引き下がるよ………。)

 

詳細を聞き出そうとなのはに念話を繋げるが自身の妻の名前が出されたクロノは彼女には頭が上がらないのか、素直に引き下がる意志を示した。そのことに満足したのか、なのははにこやかな笑みを浮かべた。

 

 

その辺りで今回の会合は終わりを迎え、ヒイロたちは六課隊舎の帰路に着くことになった。

 

「あ、ヒイロさん。それに二人ともおかえり。聖王教会に出向いていたんだってね?」

 

六課の隊舎に戻るとたまたま入り口近くにいたのか、フェイトの姿があり、彼女から出迎えの挨拶が送られる。

 

「フェイトちゃん、仕事から帰ってきたところ?」

「え?うん、そうだけど………。」

「なら、ちょうどええな。ちょっとついて来てもらえるか?話したいことがあるんよ。」

 

なのはとはやての言葉にフェイトは疑問気に首を傾げながらも二人のあとをついていく。無論、ヒイロも話すことが話す内容のため、彼女らに連れ添う。

 

「それで………話したいことって何?」

 

部隊長室まで連れ添われたフェイトがそう尋ねたのを皮切りに主にはやてとなのはが彼女に聖王教会で語られたことを伝え始める。

 

機動六課設立の真の理由

 

それに伴うカリム・グラシアのレアスキルによる預言の内容

 

スカリエッティに関する戦力として存在するゆりかご、そしてモビルスーツ

 

話が終わるころにはフェイトも険しい表情を禁じ得なくなっていた。

 

「それが………はやてが六課を建てた理由なんだね。」

「うん。まぁ、後半は前日のエアリーズから、ヒイロさんが見つけたことなんやけどね。」

「…………これからの出撃………過酷、なんていう言葉で済まさなくなりそうだね………。もしかしたら、今度こそーーー」

 

 

アフターコロニーの、魔導師ですら相手にすることが難しいほどの性能を持つモビルスーツがスカリエッティの戦列に加わることと、ゆりかごという正体やどれほどの力を有しているのか測ることすらできない古代兵器の存在になのはの表情に影が差し込み、その瞳も僅かに曇る。

 

「…………二度も言わせるな。」

「ふえ?」

 

そんな彼女にヒイロが呆れた口ぶりで声をかける。なのはは突然ヒイロに声をかけられたことに間の抜けた声を上げながらヒイロに目線を移すと、ジッとなのはの瞳を見つめている彼の姿があった。

 

「戦いに不安を感じるのはいくらか譲るが、お前の周りにはフェイトたちを始めとした奴らがいる。お前一人が抱え込んでどうにかなる話ではない。」

「………………そう、だね。」

「…………それだけだ。」

 

なのはの表情に明るいものが戻ったことを確認したヒイロは踵を返して、その場から離れていった。

 

「…………大丈夫。今度はなのはのこと、絶対に無理させたりしないから。」

「フェイトちゃん…………。」

 

背後から聞こえた仲間(フェイト)の声になのはが振り向くと大きく頷きながらも優し気な目を向けている姿があった。

その彼女の後ろからピースサインをして、さながら口に出さずともフェイトと同じ気持ちであることをなのはに伝えているようなはやての姿があった。

 

「誰かを守りたい。それはここにいるみんなが思っとる。だから、今度は私たちがなのはちゃんを守らせてや。」

「二人とも……………うん。お願いね。」

 

その二人の言葉になのはは19歳、年頃の女性らしい嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

それから日を跨いだ次の日、ヒイロは昼下がりの時間まで食堂で時間を持て余していた。一応、それなりに情報を漁ってはいるものの、あくまでそれは公共機関からのものであり、めぼしい情報を得ることは難しい。

 

「ヒイロさん。」

「隣、いいですか?」

 

そんな最中、自身にかけられる声がヒイロの耳に入る。声のした方向に目線を向けてみると、そこには料理ののったトレイを手にしているエリオとキャロの二人の姿があった。

 

「…………別に構わん。」

 

二人の姿を確認したヒイロはすぐさま目線を逸らすが、承諾の言葉自体は得たため、二人はヒイロがいるテーブルの椅子に腰掛けた。

 

「………スバルとティアナはどうした?」

 

いつも共にいる二人の姿がみえないことを不思議に思ったのか、ヒイロはエリオたちにその行方を尋ねた。その質問に二人は苦笑いを浮かべる。

 

「スバルさんたちは微調整してから戻ってくるみたいです。僕達も付き合いたかったんですけど、なのはさんに止められて………。」

「…………妥当な判断だ。お前たちはまだ身体が出来上がっていないからな。なのはなら、そういうだろう。」

「ですので、一足先に、と言った感じです。」

 

キャロの言葉にヒイロはそうか、と一言だけ返すと再び食堂に置かれているテレビに視線を戻した。しばらく二人の咀嚼音だけが聞こえる空間だったがーーーー

 

「……………レジアス・ゲイズ……?」

 

ヒイロが不意にレジアスの名前を出したことが気になったのか、エリオとキャロは一旦食べるのをやめてヒイロの視線を追う。

それは自然と彼が見ていたテレビに行き着くが、その画面には特徴的な筋骨隆々の身体を管理局の記章の入った青い制服の上から見せつけているレジアスの姿があった。

 

その画面の中のレジアスは自身のミッドチルダ首都の防衛思想に関しての表明を行なっていた。

その表明をいくらか掻い摘んで言えば、地上本部の局員達も修練などを重ねることで対処してきた。しかし、人員が足りない故に兵器の運用も辞さないという内容であった。

 

「兵器の運用…………。もしかして、モビルスーツのことじゃ………。」

「可能性もあるだろう。スカリエッティと繋がっているのであればな。それに戦力の増強だけに目線を向ければそれなりに有用なのは否めない。無論、ガジェットのように自動化された兵器には欠点もあるがな。」

「そうなんですか?」

 

エリオの不安気な言葉にさも当たり前のように返したヒイロの言葉が疑問に思ったのか、キャロが尋ねる。

 

「経験則、あのような自動化された兵器はターゲットの選定や行動パターンの設定を行うために必ず制御元が存在する。そこを抑えるか、もしくは電子的な介入でプログラムを操作してしまえば、無力化、ないしは暴走させ、同士討ちさせることが可能だ。」

「……そんなやり方があるんですね………。」

「…………お前達も戦場に出るのであれば、相手の観察を怠るな。できることも増えるはずだからな。」

 

ヒイロの言葉に二人は頷くと、止まっていた食事の手を再び進め始めた。ヒイロは彼ら二人の食事をマジマジと見つめる趣味は一切ないため、テレビの方向へ視線を向けていたが、座っている彼の膝の上には、いつのまにかキャロの召喚竜のフリードリヒが乗っかっており、その羽を休めるように寝ついていた。

最初こそ、自身の膝の上を勝手に占領するフリードリヒに鬱陶しい思いを抱くヒイロだったが、その離れようとしないフリードリヒに対し、軽く肩を竦める仕草をする。

 

「あ、ヒイロさん。ごめんなさい、フリードリヒが…………。」

「気にするな。お前はどちらかと言えばその残している食材を優先的に片付けるべきだ。」

 

そのヒイロの仕草でフリードリヒの行方を察したのか、キャロが申し訳なさそうな表情を浮かべる。

そんなキャロに対してヒイロはフリードリヒを膝に乗せたまま気にしない姿勢を貫きながら、彼女のトレーに鎮座しているオレンジ色の野菜ーーー見たところ、にんじんを残していることを指摘する。

 

「あう……………。」

「食べられるものは食べられる時に食べておけ。中には食べたくても食べられない奴もごまんといる。」

 

ヒイロの言葉に思うものがあったのか、キャロは少しの間沈んだ表情を浮かべるが、やがて意を決した顔をすると、勢いよくフォークでにんじんを刺すと、勢いそのままにんじんを口の中に入れ込んだ。

しばらく口の中をモゴモゴさせて悪戦苦闘するキャロだったが、やがて先ほどにんじんを口に運んだ時のような勢いでにんじんを飲み込んだ。

 

「た、食べました………。」

「そうか。」

 

にんじんを食べたことをキャロはヒイロに報告するが、彼から返ってきたのはたった三文字の、労いのようなものが一切なさそうな極めて淡白なものであった。

さながらさも当然と言っているようなヒイロの様子にエリオと、ウイングゼロからひょっこり顔を覗かせたアインスは苦笑いのようなものを揃って浮かべる。

 

「………………。」

 

そんな四人のやりとりをたまたま食堂の入り口から眺めていた人物が一人。

午前中の教導のまとめが終わり、昼食をとりにきたなのはだ。

 

(…………キャロってにんじん苦手だったんだ…………。で、ヒイロさんが諭して食べさせた。なんだかヒイロさん、お兄さんみたい。)

 

実は彼女、午後の予定に関して、ヒイロに用があったため彼の元を訪れたのだが、食堂に入ったところでキャロがにんじんを食べるまでのやりとりを見かけ、それが終わるまで待っていたのだ。

 

(お兄さん、かー…………そういえばお兄ちゃんともここのところ全然顔を合わせていない………この前海鳴市を訪れた時も海外に飛んでいていなかったし………。)

 

お兄さんという単語で自身の兄である恭也のことを思い出し、物思いにふける。9歳の時に管理局に入るためにミッドチルダに移住してから早10年。その間も恭也をはじめとした地球の家族と会えないわけではなかったが、なのはの管理局における地位の向上と時間の流れは残酷なことに、家族に顔を出せる機会を失っていった。

 

(…………そういえば、ヒイロさんにいちばーん始めに助けられた時、意識が朦朧としていたとはいえ、間違ってお兄ちゃんって呼んじゃったなぁ………。)

 

昔のことを思い出したのか、懐かしむように笑みを浮かべるなのは。意識が朦朧としていたとはいえ、ヒイロと恭也、何故か声色が似ている二人の声は家族であるはずのなのはでさえ勘違いさせるには十分なほどのようであった。

 

(ヒイロさんとお兄ちゃんを間違えたことをアリサちゃんに知られた時は、まぁ、しこたま怒られたなぁ…………。)

 

なのはが過去の出来事に対して感慨深い感情を抱いていると、ちょうどエリオとキャロが食事を終わりかけている様子が目に入った。

 

(あ、そろそろいいかな。)

 

そう思いながらなのははヒイロのいるテーブルに歩みを進め始める。後はそのままヒイロに声をかけるだけでよかったのだがーーーー

 

「お兄ちゃーん。ちょっと頼みたいことがあるんだけどーーー」

「お兄…………」「ちゃん…………?」

 

先ほどまで自身の兄の話題が彼女の中で引き摺ったのか、何故かヒイロのことをお兄ちゃん呼びしながら話しかける。

そのことをエリオとキャロが首を傾げながら指摘されるも、その理由を理解するまでになのはの脳内は少しの時間を必要としてしまう。

 

「………………あれ?」

 

ようやく違和感を覚えたのか、疑問符を浮かべるなのは。

 

「…………もしかして、ヒイロのことか?」

 

ウイングゼロからひょっこり顔を覗かせているアインスがなのはが本当に呼びたかった人物に視線を向ける。

 

「………俺はお前の兄になった覚えはない。それ以前にお前には高町恭也がいる。」

 

ヒイロは間違えられたことに特段何も思っていなかったためか、ただただ事実を突きつける。やはりというかなんというか、なのははそう簡単に割り切ることはできないようで、疑問符を浮かべていた表情から、顔を紅潮させていくと恥ずかしい気持ちを隠すようにその場に膝を抱えてしゃがみ込んだ。

 

「それで、俺に何の用だ?」

「ごめんなさい。しばらく時間を頂けないでしょうか。」

 

そういうなのはにヒイロは彼女から視線を外し、またテレビの方に視線を戻した。

 

「悪目立ちする。そこで蹲っていないでテーブルに座るなら座れ。」

「ううっ…………また間違えた…………。」

 

視線をなのはから外したヒイロだが、声の矛先だけはそのまま彼女に向けて、そういうと、項垂れた表情のまま椅子に座るとそのままテーブルに突っ伏した。

 

「お前達も食事を取り終わったのなら、さっさと片付けて休息を取っておけ。胃に内容物が入っている状態で過度な行動を行うと吐くぞ。」

「あ、はい………。」

「わ、わかりました。」

 

ヒイロからそう言われたエリオとキャロは言われた通りにトレイを戻しに向かうと、そのまま食堂から離れていった。

 

「……………それほどまでに俺と高町恭也は似ているのか?」

「似てるもん!!嘘じゃないもん!!」

 

呆れた口調でそう尋ねるとなのはは突っ伏していたテーブルから勢いよく頭を上げると、涙目でむくれた顔をヒイロに見せつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今作でやりたかったこと1

19歳なのはにお兄ちゃんってよばせるー(なお、言われた相手は16歳という年下)

…………そういえば今回の話、テーブルに突っ伏した人多いな………なんで?


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第59話 束の間の休息

あけましておめでとうございます!!

遅れて申し訳ないです(土下座ぁ)

新年早々からこんな感じですが今年もよろしくお願いします!!


「…………いつまで沈んでいる。これ以上の悪目立ちは避けたいのだが。」

「ヒイロさんには慰めるっていう選択肢は無いんですか!?」

 

なのはが食堂でヒイロのことを『お兄ちゃん』とよんでしまう自爆行為をしでかした後、しばらく彼女はヒイロがいるテーブルに沈んでいた。

それを心底から面倒くさいと思ったヒイロは彼女に言葉を投げつけるが、慰めの意思を微塵も感じられないその言葉になのはは首を勢いよく挙げながら恥ずかしさを未だに孕んだ目線でヒイロを睨む。

 

「知らん。どう考えても気を抜いたお前のミスだ。」

 

しかしそれすらもうっとしそうに目を細めながら歯牙にもかけずに一蹴するヒイロになのはは再びテーブルに沈む。

 

「うぇ〜ん……………フェイトちゃんやはやてちゃんに聞かれたら何されるかわからないよー…………。」

 

机に突っ伏し、うなだれた様子でそう言葉を溢すなのは。その際にチラリと構って欲しそうな目線をヒイロに向けるが、肝心の彼は食堂に置かれたテレビに目線を向けており、まるで興味など微塵もない様子だった。

 

「それで、お前が俺を尋ねてきた用件はなんだ?」

 

目線すらも向けずに尋ねてきた理由を聞き出し始めたヒイロになのははがっくしと肩を落とす。しかし、いつまで経っても用件を言い出さないのは時間の無駄なのは彼女自身もわかっていたため、若干不機嫌ながらも沈んでいた体をムクリと起こすとヒイロの元を尋ねた理由と頼みを話し始める。

 

 

「……………用件はわかった。」

「良かった。流石にこればっかりは私じゃ力不足だから………。」

 

その理由と頼みを請け負う意志を示したヒイロになのはは表情を綻ばせながら感謝の言葉を述べる。

 

「問題ない。奴の戦闘スタイルから鑑みるにザフィーラも適任だろうが、ここでは動物の形態でいるしかないようだからな。」

「うん、それならその時はよろしくね。時間はかかると思うけど、あの子達ならすぐにそのレベルまでいけるだろうから。」

 

そういうとなのはは席から立ち上がり、食堂を後にして行った。

 

(……………そういえばエリオとキャロに口止めお願いするの忘れたけど………大丈夫かな?)

 

ふとよぎった不安だったが、善良な二人に限ってそんなことはないと信じて教導に向かっていった。

 

しかし、子供というのは善良であることは確かでも極めて純粋な存在であることを彼女はまだ知らない。

 

 

 

そして日付を跨ぎ、今日も同じようになのは主導のFW四人の教導が行われていた。

しかし、その教導にはいつもと違う点が一つあった。立ち会っている人間の存在があったのだ。

機動六課の隊舎が立っている臨海部の近海の小島に投影された都市部のホログラムに立っているのは、ヴィータ、フェイト、そしてヒイロの三人であった。

 

「一応、今回アイツらの使うデバイスを第三段階に上げるための抜き打ちテストみたいな感じなんだが、お前らの目線から今のアイツらはどんな感じだ?」

 

ヴィータからの言葉にフェイトは満足そうな表情を浮かべ、スバル達の実力が着実についていっていると認識する。ヒイロはジッとなのはと模擬戦を行なっているスバル達から目線を動かさないでいたがーーーー

 

「…………さほど問題はないように見られる。連携も取れている上に現在のデバイスの出力が奴らの実力に追いつかなくなっているようにも見受けられる。奴らの使用するデバイスにリミッターを設けているのなら、取り払うのもいい頃合いだろう。」

「ん………なら、合格ってことか。」

 

なのはから頼まれたことの一つでもあるティアナ達に対する模擬戦に関して、ヒイロがそう評価を下すとヴィータも同じ意見なのか、頷くような素振りを見せた。そのタイミングで模擬戦が終了したのか、なのは達が集まっている様子が目に入った。

 

「アタシ達も向かうか。」

「そうだね。ちょっとなのはに聞きたいこともあるし、ね。」

 

フェイトの含ませ気味な言葉にヴィータは首を傾げたが、ひとまずなのはのもとへ向かうことにした一行。

突然現れた教導の場に姿を現したヒイロ達にスバル達は何事かと思っているような表情をうかべていた。

彼女らがその表情を浮かべるのも、今回の模擬戦が抜き打ちテストを兼ねている故に仕方がないことだろう。

 

「実は今回の模擬戦、デバイスの第二段階クリアの見極めテストだったんだけど…………。」

 

なのはの突然のカミングアウトにスバルとティアナは目を見開いて驚いたような表情をし、キャロとエリオはあまり状況をつかめていないのか、呆けたような顔をしていた。

 

「うん、まぁ、変にみんなが肩肘張らないようにするための配慮的なもので伝えなかったんだけど………そこら辺は置いておいて、三人ともどうだった?」

 

なのはに視線を向けられたフェイトはヴィータに模擬戦の評価を聞かれた時と同じような満足そうな笑みを浮かべた。

 

「合格。」

「まさかの即決。」

「はやっ!?」

 

何かしらの評価云々をつらつらと述べるより先に下されたフェイトの合格通知にティアナとスバルは揃ってフェイトの判断を下したその速さに驚嘆する。

 

「ま、こんだけみっちりやっていて問題があるようなら大変ってことだ。ましてやこの先から出てくる敵はかなり厄介だからな。」

 

ヴィータのいう厄介な敵、というのがなんのことを指しているのかを察したスバル達は表情を強張らせる。言うまでもなく、アフターコロニーのモビルスーツのことであろう。

 

「ヴィータちゃんの言うこともその通りだけど、今伝えたいことは第二段階はこれで終了ってことかな。後でデバイスのリミッターを一段階解放するから、シャーリーのところに行ってきてね。」

「明日からは基本的にセカンドモードでの訓練だ。こっちもさらに厳しく行くから、気張れよな。」

『はいっ!!!』

 

ヴィータの言葉にスバル達は力の入った返事を持って、それに応えた。しかし、そこでティアナが何か引っかかったのか、疑問気な表情を浮かべる。

 

「………明日からですか?」

 

時刻は現在11時を回った頃だ。仮に昼の食事の時間を取っていたとしてもデバイスのリミッター解除自体にはさほど時間はかからない。にも関わらず午後からではなく、次の日からセカンドモードでの訓練を行うことはどうやっても午後には空白の時間が生まれる。

 

そんな疑念からでた言葉だったがなのはは少しばかり申し訳なさそうな表情を浮かべながら頰をかいた。

 

「そう。訓練の再開は明日から。今の今まで訓練尽くしだったから、切りのいい今日はみんなに思い思いの時間を過ごして欲しいの。」

 

なのはがそう言うとスバル達は久方ぶりの休暇を得られたことに嬉しそうな笑みを浮かべていた。その様子を見たなのはは少し悩むような顔をしだした。

 

「なのは。」

 

そんな彼女に一番に声をかけたのはフェイトだった。フェイトの声に振り向いた彼女は悩んでいた表情から一転、バツの悪そうな表情に変えた。

 

「ああー…………もしかして考えてることお見通し?」

「もっと休暇取らせてあげたらよかった………とかそんなところ?」

 

軽く息をつきながら出されたフェイトの言葉になのはは苦笑いを浮かべ、彼女の言葉に間違いがないことを示した。

 

「………なのはの気がかりはわかるよ。これからもっと大変なことになるのは目に見えているから。」

「まぁ、そうなんだけど。ヒイロさんも休息は大事って言っていたしね。」

 

そう言うとなのははホログラムとはいえ質量がきちんと存在するビルの壁に背中を預け、興味が無さそうに憮然とした態度をとっているヒイロに目線をむける。

 

「この事件が済んだら、もう少しペースは落とすつもりだよ。とはいえ、この機動六課としていられる期間はそんなないからどこか駆け足気味になるのは避けられないと思うけど。」

「それは仕方がないと思うよ。なのはだってティアナ達に教えてあげたいこと、いっぱいあるもんね。」

 

そう言ってなのはとフェイトはこれから過ごす休暇をどのようにしようか話しているティアナ達に目線を戻した。

 

「あ、そうだ。ねぇ、なのは。エリオとキャロを見ていて思い出したんだけどーーー」

 

その瞬間、先ほどまで和やかな表情をしていたなのはの表情筋は凍りついたように固まり、その和やかな顔つきのまま青ざめ、ピクピクとかろうじて表情筋が動くという奇妙で、器用なことをしだした。

 

そこで二人の名前が出てくることに関して、今のなのはに思い当たる節がバリバリにあったからだ。

 

「ヒイロさんのこと、お兄さんって間違って呼んだって本当?」

「…………ねぇ、それって今どんな感じになってるのかな…?」

 

なのはの事実上の肯定を示しているその様子にフェイトは頷くような仕草をする。

 

「時間が時間だったから………昼時の食堂っていうのもあったし、割と広まってるかな………。」

「うう…………ヒイロさんは一応年下なのに………年上としてのプライドが………。」

「なのは、年齢を盾にしてマウント取ろうとするのはあまり良くないと思うよ…………?それになのはには恭也さんがいるでしょ?最近会えていないのは察せてはいるけど。」

 

渋ーい顔を浮かべるなのはにフェイトは苦笑いを浮かべるしかなかった。

勝手に沈んでいくなのはに見切りを付けたフェイトは目線を再度スバル達に向ける。

 

(そういえば、エリオとキャロもあまり年頃らしいこと、させてあげられていないなぁ…………。)

 

目についたのは、エリオとキャロの姿。スバルとティアナと違い、まだそういう息抜きの定義をよく理解していないのか、二人揃って顔をそろえて困惑気味な表情を

していた。

せっかくの機会。二人にも休日には年頃らしく様々なことをさせてあげたいというのが、二人の保護観察者になっているフェイトの思いであった。

 

(うーん…………でも保護者としては一抹の不安っていうのがあるのも確かなんだよね………。)

 

しかし、同時に下手に外を出歩いて面倒なことに巻き込まれないだろうかという不安も彼女の本音の一つであった。

行かせてあげたい気持ちと心配する気持ちがフェイトの中で鬩ぎ合う。

 

(ついていってあげてもいいんだけど………私は私でもしもの時の隊舎待機だし…………)

 

スバル達の休暇は予めはやてと相談の上で決められたことだが、生憎としてフェイト達を筆頭とした隊長陣には有事の際に備えての隊舎待機が命じられている。残念ながらフェイトが思い立ったエリオ達に同行するということは叶わない。

 

(…………引き受けてくれるかな………。そのまえにはやてには確認くらいは取っておこうかな。)

 

そんな時、フェイトの脳裏にその鬩ぎ合いを解消してくれるかもしれないアイデアが閃いた。

そんな一抹の希望を抱きながら、フェイトは早速行動に移した。

 

 

 

「それで、はやてからの許可は取っているので休暇中の二人の面倒をお願いしたいんですけど………いいですか?」

「………………心配性な奴だ。」

 

そういうとフェイトが二人の面倒を頼もうとしている相手ーーヒイロはわずかに肩を竦めるような仕草を浮かべる。

さながら呆れているようにも見えるその様子にフェイトは苦笑いを浮かべる。

 

「…………休暇を過ごしている二人の面倒を見ていればいいんだな?」

 

その言葉にどこか面倒を感じているようにも見えたが、ひとまずの承諾を得たフェイトは彼にお礼の言葉を述べるのだった。

 

 

 

 

「それじゃあなのはさん、行ってきます!!」

「休暇、楽しんできてね。ティアナもね。」

「はい!!それじゃあ!!」

 

後ろにスバルを載せたバイクに跨り、ヘルメットのバイザー越しで表情をあまり窺えないが、かわりにハンズアップすることでなのはの言葉通り、休暇を楽しんでくる意志を示したティアナはバイクのエンジンを蒸すと、颯爽と走り抜けていった。

 

そのバイクに跨る後ろ姿をしばらく見送ったなのはは自身のそばにいたキャロとエリオに目線を向ける。その二人の姿もいつもの六課の制服ではなく、年相応らしい私服姿に背中にリュックと、完全に外向けの格好をしていた。そちらの方ではフェイトが和やかな雰囲気で二人と話していたが、何より目を引くのが、いつもどおりの憮然とした様子だが、エリオとキャロのそばに立ち、さながら二人のお守りをしているように見えるヒイロの姿であった。

 

「あのー………本当によかったんですか?僕達についてきてもらっても………。」

「問題ない。」

 

エリオが申し訳なさそうな目線をヒイロに向けるが、ヒイロは変わらない様子でただ一言だけ、気にするなというように言葉を返した。

 

「じゃあ、最後に確認だけど、シャーリーから今回の休暇のプランはもらっているよね?」

「はい!!」

 

フェイトの言葉にキャロは自身のデバイスである『ケリュケイオン』の待機状態であるアクセサリーをつけた左手首を掲げる。その表情は満面の笑みそのものであり、この休暇を心底から楽しみにしていたことを察せられる。

その時にケリュケイオンからディスプレイが表示されるが、データ化された文字が書かれていたことからフェイトのいうプランとやらのことだろう。

 

「それじゃあ、行ってきます!!」

「い、行ってきます………。」

 

キャロが元気よく、エリオはどこか気恥ずかしそうに手を振り、隊舎から出かけていく。

そしてヒイロも付き添うように二人のあとを追い始める。

 

「ヒイロさん!!二人のこと、よろしくお願いします!!」

「………………………任務了解。」

「ヒイロ………お前の鉄面皮は見慣れていないわけではないが、流石にこの状況でかたっ苦しいのはよしたらどうだ………?」

 

フェイトの言葉にそう返すもウイングゼロから顔を覗かせたアインスから小言を受けてしまう。

しかし、その言葉をほぼほぼ無視するような形でヒイロは前をゆくエリオとキャロのあとを追う。付かず離れず、二人を見守るように。

 

 

 

隊舎の敷地からでたヒイロ達はまずミッドチルダの列車の類の交通システムを使うことにした。シャーリーという人間からもらった休暇中のプランにその旨が書かれてあったのもあるが、もっぱら遠出といえば列車がまず挙げられる。

 

「うーん…………。」

「…………何か問題でも生じたか?」

 

その列車が止まる駅に着いたはいいもののキャロが悩ましげな表情を浮かべていた。ヒイロがキャロに声をかけると、彼女は左手首のケリュケイオンから出されたディスプレイをヒイロに見せる。

 

「この列車が止まる路線がわからないんです………。」

「標識を探そうにもこの人だかりじゃ………。」

 

たまたまタイミングが悪かったのか、ヒイロ達が寄った駅は人で溢れていた。そのため、路線の居場所が出ている天井の標識を探したところで、エリオ達の身長では人だかりが壁になってしまい、それを見ることは叶わないという有様であった。

ディスプレイから乗るべき路線の名称を確認したヒイロはひとまず天井に下げられている標識に目線を移す。

 

「……………こっちだ。迷子になりたくなければ俺の側から離れるな。」

 

まだ幼い二人より身長があるヒイロは人だかりの中からでも標識を見ることができ、難なく標識から探していた路線の居場所を把握すると、二人に離れるなとそう忠告し、歩き始める。

その離れるな、という言葉から反射的にエリオとキャロはヒイロの手を握ってしまう。

 

列車に乗り、ミッドチルダの都市に繰り出した三人は様々な店や場所を巡り歩く。そのほとんどがいわゆる巷で噂のお店、というものだったのか、シャーリーが準備してくれたプランに記されている場所は人の行列ができていた。

 

その店で購入した飲食物などにしばらくは頰を緩ませていたエリオとキャロ。ヒイロは変わらぬ無表情だったが、彼を知る人が見ればどことなく和やかだとでも言いそうな雰囲気であった。

 

「………………?」

 

しかし、その平穏な時間も突如として途切れる。ヒイロが一瞬眉を顰めたのだ。次いで、エリオが何か違和感を感じたように辺りを見回し始めた。

先ほどまで和やかな雰囲気だった二人の様子の突然の変化にキャロは困惑気味に見つめている。

 

「エ、エリオ君?それにヒイロさんもどうしたんですか?」

「何か………音がする。引きずるような音が………!!」

「これは………地下からか。さほど深くはないようだが…………。」

「ヒイロ、ウイングゼロが生態反応を検知した。ここから然程離れていない地点だ。」

 

しばらく辺りを見回すエリオに対し、ヒイロはアインスからの報告と自分で聞き取った音でまっすぐとした足取りで歩き始める。

そのヒイロについていくようにエリオとキャロも続くと、彼がたどり着いたのは開けたメインストリートから路地に入り込んだ建物と建物の間であった。

 

「あれは…………!!」

 

路地を見つめたヒイロが立ち止まると二人も同じように路地を見つめる。そこにはおそらく地下に広がっていた水路に続く、開けられたマンホールの側にぐったりとした様子で横たわるエリオ達よりまだ幼いボロボロの少女の姿がそこにあった。

 

「エリオ、六課にすぐに連絡し、シャマルを呼べ。キャロ、回復手段は何か持っているのか?」

「わ、わかりました!!」

「回復魔法なら、多少は………。」

「今はそれで時間稼ぎは十分な筈だ。」

 

エリオがデバイスから六課にコンタクトを取り始めたのを確認するとヒイロはキャロを連れて横たわる少女に駆け寄る。少女に近寄ったところでヒイロは少女に足枷のように繋げられている一つの箱が目についた。それは鎖で繋げられてあったが、その鎖は途中で切断されたのか、余った部分がだらんと垂れ下がっていた。

 

「これ………レリックが入っている箱です!!」

「何…………?」

「高エネルギー反応を検知………中身に入っているのはレリックで間違いないようだ。」

 

キャロの言葉にヒイロは眉を顰めるがアインスの報告でそれに間違いがないことを認識する。

 

「ヒイロさん!!シャマルさんは数十分で来てくれるそうです!!それとスバルさんとティアナさんもこちらに向かっているそうです!!」

「了解した。」

 

エリオからの報告を耳にしながらヒイロは少女の容態を確かめる。目の前で力なく横たわる少女は荒い息を吐きながら、肩で息をしていた。見たところ目立った外傷は見受けられないため、何かから逃げてきたというより、彷徨っていたところを疲れから地表に這い出てきたと言ったところが正しいと思える状況だろう。

 

しかし、ヒイロは先ほどキャロの言葉にあった、少女に繋げられている箱はレリックが入れられてあるというのに一つの可能性を思いついていた。

 

(この少女が例の13番目の娘か…………?)

 

ドクターJからのメッセージにあった13番目の娘。レリックが関わっているということは目の前で横たわるブロンド髪の少女が件の13番目の娘、つまり聖王のクローンである可能性は否定できない。

 

「仮にクローンであれば、本来人間に備わっている細菌に対する抗体が一切ない可能性がある。」

「えっと、それはどういうことなんですか………?」

 

ヒイロの言葉があまり理解できなかったのか、キャロは首をかしげる。

 

「………本来であれば造作もないほどの軽度な風邪でも死に至る可能性が十二分に存在するということだ。さらにはコイツは劣悪な地下水道を通ってきた。どれほどの時間をコイツが彷徨っていたかは知らんが、場合によっては容体が急変する。」

「ッ………わかりました!!すぐに回復魔法をかけます!!」

 

ヒイロの言葉に危機感を抱いたのか、キャロはケリュケイオンを展開すると柔らかな桃色の光が少女の体を包み始める。浅かった息が多少良くなったのを見るに回復魔法が効いていると判断したヒイロはアインスにレーダーによる周囲の警戒を頼むと本職であるシャマルの到着を待つことにした。




クローン云々についてはうろ覚えなので、違うところがある可能性大です。


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第60話  少女を巡る戦い

60話突破か…………まぁ、幕間という名目を挟んでいるんで実質的には61話な訳ですがこれからもよろしくお願いします^_^

それと最近書いていて気づいたこと、言っていいですか?

フェイトそん、はや………たぬきさん、鉈女(人違い)、そしてライオンを素手で締め落とす女傑。

みんなご両親が既にご臨終なさっているじゃないですか、やだー!!


「ヒイロさん!!」

「エリオ!!キャロ!!」

 

なのは達から与えられた休暇を満喫していたのも束の間、ヒイロ達が発見したレリックを保管している箱に繋げられている少女の容態を連絡してから少しして、スバルとティアナが現場に駆けつける。

 

「来たか。レリックなら既にキャロが封印作業を済ませている。」

 

やってきた二人にヒイロは六課にとって最優先事項であろうレリックに関しての説明を簡潔に済ませる。それを聞いた二人はキャロに視線を向けるが、彼女の無言の頷きに特に問題はなかったことを察する。

 

「そこのレリックの箱を見ればわかるだろうが、目標は少なくとも二つあった。」

「そうみたいですね………この子の繋がれている鎖、なんだかちぎれた後がありますし…………。」

「他はそこの地下水路の内部のどこかにあると判断した方がいいだろう。」

 

ヒイロの指摘にスバルはびっくりした顔をしながら少女が這い出てきたと思しき開けられたマンホールの蓋を見る。

 

「既に報告済みだが、はやてからはそれの捜索は命じられるだろう。」

「そうですね。でも現状はその保護した少女の容態を静観した方がいいですね。」

「ああ。レリックの箱に繋げられていたということは大なり小なりはあるだろうが、スカリエッティと関わっているのは明白だろう。」

 

ティアナの言葉にヒイロは頷きながら少女を視界に収める。キャロの回復魔法がそれなりにきいているのか、発見当初の衰弱した様子から幾ばくか顔色が良くなっているように見受けられる。

 

「アインス、何かガジェットのような反応は地下水路に存在するか?」

「……………あるにはあるが、これは反応の広がり具合を見るに少女を探しているとは思えない。おそらく、地下水路内に落としたと思えるレリックを探していると考えた方がいいだろうな。」

 

ウイングゼロから出てきたアインスが訝しげな表情を浮かべながらヒイロの質問に答える。ならば現状はこの少女が危険に晒される可能性は低いと判断したヒイロはそのまま専門であるシャマルを待つことにした。

 

「あの、ヒイロさん。女の子に何か異常はなかったんですか?例えば怪我とか………。」

 

スバルの質問に建物の外壁に寄りかかって腕を組んでいたヒイロは閉じていた瞳を開け、スバルに向ける。

 

「強いて言えば異常がないことが異常だな。」

「それって別に越したことはないんじゃ………?」

 

ヒイロの言葉にスバルを疑問符を浮かべながら首を傾げる。スバルは特になんとも思わなかったようだが、ティアナは考え込んでいた素振りを浮かべていた。

 

「ヒイロさん、この女の子って地下水路を通ってきたんですよね?」

「そこの地下水路へと続くマンホールが空いていたことなどの状況から鑑みるとそう考えるのが妥当だろう。」

「でしたら………綺麗すぎますよね、特に足の裏。素足ならなおさら。」

「…………そうかな………結構衣服とかはボロボロに見えるけど………それがどうかしたの?」

 

少女に対しての指摘にスバルは素っ頓狂な反応を見せたことにティアナは呆れたようなため息を吐く。それにはどこか諦めのようなものも含まれているように感じられた。

 

「あのね………地下水路ってのは業者が点検とかでそれなりに整備してくれていると思うけど、大抵は劣悪な環境なのよ?子供が走り回るなんてことはあってはならないし、ましてやこの子のように素足で走り回るなんて、考えられていないでしょう?普通は足の裏が傷だらけになっていてもおかしくないわ。」

「い、言われてみれば確かに……………。」

「だからヒイロさんは異常がないことが異常って言ったのよ。少しは考えなさい。ただ頭ごなしに突っ込んでいったら解決できるものも出来なくなるわよ?」

「き、肝に命じておきます…………。」

 

相変わらずのスバルとティアナのやりとりにエリオとキャロは苦笑いを浮かべ、ヒイロも相変わらずの関心がなさそうな様子で二人を見ていた。

 

「話を戻すが、お前の言う通り、コイツの身体には地下水路を駆け回ったわりには傷がなさすぎる。」

「それで私が調べてみたのだが、結果は残念ながら芳しくなく、この子の魔力が平均的な魔力保有量しかないことがわかった程度だった。」

「そうなんですか…………。」

 

アインスの検査結果にティアナは難しそうな表情を浮かべる。現状、不明という言葉は不確定要素が大きすぎて、それがどちらに傾くかが想像できないからだ。

 

「俺ができたことはそれが限度だ。それ以上の詳しいことは本職のシャマルが到着してからだろう。」

 

ヒイロの結論にフォワード四人は険しい顔つきのまま頷くのだった。

 

 

 

 

「…………うん、バイタルに問題なし。危険も見られないわ。確かにヒイロ君の言う通り、衣服はボロボロの割に身体に傷がなさすぎるのも気になるところだけど、それはこれから彼女を移送する聖王教会の病院に任せましょう。何か、別のモノが絡んでいる可能性もなきにしもあらずだから。」

 

程なくして本職であるシャマルとなのはとフェイトの隊長陣を乗せたヘリが付近に着陸し、すぐさまシャマルによるバイタルチェック等の綿密な検査が行われた。

 

「ヒイロさん、この子ってもしかして…………。」

「…………例の『13番目の娘』の可能性はあるだろう。はやてに聞けば、昨日(さくじつ)クローンの培養用と思われるカプセルが積まれたトラックが事故を起こしているようだからな。」

 

なのはの険しい表情での耳打ちにヒイロは肯定の言葉を返した。

 

「おそらくだが、ティアナ達は地下水路にあるレリックの確保。お前達にはコイツの確保用の別働隊のガジェットへの迎撃が命じられる可能性が高い。」

「なら、私たちはこの子を移送するヘリの護送をやればいいんですね?」

「典型的なこの後の動きで言えばだがな。」

 

フェイトの言葉にそう返していると各々のデバイスにディスプレイが表示され、そこにはやてが映し出される。

 

『あー、聞こえとる?こちらロングアーチ00から各隊員へ。予めヒイロさんから地下水路でのガジェット反応のことは連絡受けてこっちのレーダーには反映済みなんやけど、その間に今度はちょうど北西方面、聖堂教会へ向かうヘリが廃棄都市区画を通ったの先にガジェットの小グループが展開中や。』

 

そのタイミングでディスプレイは地図を表示するとヘリの進行ルートと思われる矢印がある地点で停止し、そこでバツ印が映し出される。そこがヘリとガジェットの接敵ポイントということだろう。

 

『それで、スターズ01、高町隊長とライトニング01、ハラオウン隊長には別方向から向かっているスターズ02、ヴィータとリィンと合流して、これらのガジェットの迎撃行動を命令します。そしてスターズ03を始めとしたフォワード陣には地下水路に潜入してレリックの確保を。』

 

『了解!!』

 

はやての命令に六課でのコールサインを呼ばれたなのは達は了解の返事を返す。

 

『それとヒイロさんにはそのままシャマル達に同行してヘリに搭乗して。スカリエッティの狙いがその女の子なら、ガジェット以外にもなんらかの攻撃手段を用意しとる可能性があるからな。一応なんかあったら高町隊長とハラオウン隊長を向かわすつもりやけど…………。』

 

はやてはヒイロに対しての任務の内容を説明している途中、一度言葉を切った。

 

『ヒイロさんなら必要かどうかの判断は完璧にしとるから言わないつもりやったけど、私にもメンツってものがあるからな。これだけは言っておくわ。』

 

『おそらく敵が仕掛けてくるのは比較的隠れやすい廃棄都市地区。そこは特に生存者がいる訳やないから、ヒイロさんにはツインバスターライフルの使用許可を下ろします。』

「……………いいだろう。」

『…………その子を守ってあげて。仮にその子がクローンなら、元が存在するはずやけど、その子には実質的に親はおらんはずやろうから。』

「……………任務了解。」

 

はやての消え入るような言葉にヒイロはその任務を必ず完遂すると宣言するように言葉を返した。

 

 

 

 

「…………せっかくみんなに休んでもらいたかったのに、この日に限ってガジェットが出てくるなんて…………。」

「それは仕方ないですよ。向こうはこちらのことなんて微塵も思ってくれませんし。まぁ、些かタイミングが悪いとは思いますけど。」

 

残念そうにため息を吐くなのはにティアナが軽く笑みを浮かべた表情でカードのような形の待機状態のクロスミラージュを構える。

なのはも自身のデバイスであるレイジングハートの真紅の真珠を構えるとふと何かを思い出したような表情を上げる。

 

「…………そういえば、なのはさんのお兄さんってヒイロさんと似ているんですか?」

「ん゛んッ!?!」

 

突然のティアナの質問になのはは火山が噴火するような勢いで平静だった顔を真っ赤に染め上げ、あたふたと狼狽するような様子を見せる。

 

「そ、それは今聞くことじゃないんじゃないかなぁ!!?」

「い、色々噂になっているので、つい…………。」

「……………まぁ、食堂であんなこと言っちゃったらそうなるよねぇ…………。」

 

もはや噂を押しとどめることは不可能と諦めたのか遠い目をしだすなのはにティアナは苦笑いと愛想笑いが入り混じったような顔を浮かべる。

 

「……………で、どうなんですか?」

「け、結構グイグイ来るねティアナ………まぁ似てる、かな。人となりもそうだけど主に声が。」

「ご家族であるはずのなのはさんでさえ間違えるレベルなんですか………。」

 

「…………はい!!じゃあ雑談はここまでにして、後は私達のやるべきことをはじめようか。」

「…………了解です!!」

 

話を切り上げたなのはにティアナは何か追及の声を上げる訳でもなく、クロスミラージュを展開、バリアジャケットを着込むと各々に課された戦場へと向かった。

 

 

「ふふっ………………。」

 

そんななのはとティアナの二人のやりとりをにこやかな笑みを浮かべながら眺めていたシャマル。二人がバリアジャケットを着てそれぞれの領分である戦場へ向かう姿を見送った後、シャマルは自身の後ろでたたずんでいるヒイロに目線を移した。

 

「…………………なんだ?」

「あら、ごめんなさい。なのはちゃんとティアナちゃんが仲良くなってくれたことが嬉しくて。」

「………それでなぜ関係のない俺に視線を向ける。」

 

当然、その目線に気づかないヒイロではないため、シャマルに何か用でもあるのかと尋ねるように言葉を返すと、シャマルはそのにこやかな笑みを崩す様子をなく、二人の仲がよくなったことを嬉しそうにするも、ヒイロにはそれで自身に目線が向けられる理由ではないだろうと訳を尋ねる。

 

「実質的に二人の距離を縮めてくれたのはヒイロ君みたいなものじゃない。」

「俺はなのはのやり方に異を唱えただけだ。そこから先は奴らの勝手だ。」

 

そうシャマルの言葉を一蹴するとヒイロは徐に寝かされた保護対象の少女の元に歩み寄る。寝かされた少女には特に異常とかは見られず呼吸自体も安定している。

それを確認したヒイロは寝かされているシーツで少女自身の体を包むとそのまま抱きかかえるように持ち上げる。

 

「さっさとヘリに乗って聖王教会の医療施設へ向かうぞ。」

 

そう言ってヒイロはさっさと路地裏から出て行ってしまう。そんなヒイロにシャマルは少し慌てた様子を見せながら、医療器具を手早く片付けるとパタパタと先行くヒイロの後を追う。

 

「もう………素直じゃないんだから…………。まぁ、貴方の言う通りなのかもしれないけど………。」

 

そう苦言を溢すシャマルだったが、それをヒイロがまともに応対する気はさらさらなかった。

 

しかしーーー

 

「……………?」

 

一瞬、抱きかかえている少女の眉が動いた気がした。そう思ったヒイロは歩きながらも少女の動向を観察する。

 

「………………マ…………マ…………」

 

さながらうめき声のような、聞き流しかねないほどの小さな声で溢れた言葉は存在すらしない母を呼ぶ声。その呟かれた言葉は続くことなく、少女はまた口を閉ざす。

 

「…………………。」

 

その瞬間、少女を包むシーツにさながら握り締められたようなシワが浮かび上がったのは、少女を抱えているヒイロ自身も気付くことがなかった。

 

 

 

視点を移し、地下水路の調査を行なっているティアナ達はロングアーチから送られてくる保護した少女が通ってきたと思われる推定ルートを優先的に進んでいた。

しかし、少女が通ってきた推定ルートを割り出すには少なくともスタートとゴールの二箇所の位置が割り出されなければルートを弾き出すのは不可能だ。

なぜロングアーチが推定ルートを弾き出せたのかは、ティアナ達フォワード陣に別の案件で地下水路を捜査をしていた人物が合流したからだ。

 

「まさか、ギンガさんも地下水路で調査をしていたなんて……。」

「別件だったはずなのだけど、どうやらティアナ達の事例とは関係がありそうだったからはやてさんに掛け合って同行させてもらうことになったわ。」

 

驚いたような、ありがたいとでも思うような言葉でティアナと話しているのは濃紺の髪を長めに下ろした、どことなく顔つきがスバルを彷彿とさせる。

それは決して嘘ではなく、スバルの姉にして母親代わりにも等しいギンガ・ナカジマがそこにいた。

 

「ギン姉がいるなら百人力だよ!!」

「もう、スバルはそんな調子のいいこと言って……………。」

 

スバルの楽観的な発言に頭を悩ますようなことを口にするも妹に頼られてまんざらでもないのか、彼女自身の表情には笑みが溢れていた。

 

「スバルさん、なんだか楽しそうだね。」

「そうだね。やっぱり家族と会えるのは嬉しいんじゃないかな。」

 

キャロとエリオが二人の様子にそんなことを述べていると狭かった地下水路から一転してかなり開けた空間にたどり着いた。

 

「ここは……………?」

「…………多分、色んな方面に水を行き渡らせる分岐点みたいなところなんだと思う。」

 

スバルが辺りを見回しながら現状の居場所を確認していると、ギンガが冷静に分析し、そこがいわゆるジャンクションのような場所であることを伝える。

 

「あ………!!」

 

そんな時、キャロが何かを見つけたような声を上げると一目散に駆け出した。その先には少女に繋げられていたのであろうレリックが収納されているケースがあった。

 

「ありました!!」

 

ケースを見つけ出したことをティアナ達に伝えるように抱え上げるキャロ。そのことに安心したのも束の間ーーー

 

(何か、来るッ!?)

 

スバルが聞き取ったのは空間にわずかに反響して聞こえる音。それは何かを蹴っているような音を出し、移動していた。その先にはケースを持ったキャロの姿があった。

 

「ティアッ!!何か来る!!キャロを狙っているよ!!」

「ッ……………了解!!」

 

スバルの指摘でティアナも何かが接近している音を聞き取ったのか、瞬時にクロスミラージュを引き抜き、早撃ちの要領でキャロを襲撃しようとしている存在に狙いをつける。

 

(ッ…………暗闇が保護色になって狙いが…………!!)

 

その襲撃者に狙いをつけることはできたものの、襲撃者が身に纏っていると思われる黒が暗闇と重なって狙いを付けづらくなる。それでも撃たない訳にはいかないティアナは大雑把ながらも狙いを定め、トリガーを引いた。

放たれた魔力弾は暗闇に隠れていた襲撃者に直撃した。しかし、その魔力弾は直撃したにも関わらず、さながら装甲に弾かれたように拡散するだけだった。

 

(硬………!?)

 

ティアナが弾丸が弾かれていることに驚いている間に襲撃者はキャロの付近で勢い良く着地し、その衝撃でキャロを吹き飛ばした。

 

「あう………ッ!?」

「キャロ!!」

「ギンガさん、あの襲撃者の迎撃をお願いします!!エリオはギンガさんのサポートを!!スバルはそのままキャロのフォローに!!」

『了解ッ!!』

 

キャロが吹っ飛ばされたことにスバルが声を荒げるも、その後にティアナが迅速に対応策を指示し、即座に行動に移す。

 

 

 

「キャロ、大丈夫?」

「うう………すみません、ケースを…………。」

 

キャロに駆け寄ったスバルは彼女の言葉にハッとすると周囲を見回し、同じように吹っ飛ばされたと思われるケースを探す。運良くそのケースはすぐさま視界に収まり、スバルがとりに行こうとするも、それより先に何者かがケースを拾い上げる。

 

「えっ!?」

 

明らかに第三者と思しき人物の登場にスバルは驚いた表情を浮かべながらそのケースを拾い上げた人物に目線を移す。

 

そこにいたのは濃い紫色の髪を持った、額になんらかの紋様が刻まれた、まだキャロと同年代のような少女だった。

 

 

 

「…………フェイトちゃん、これ…………。」

「うん…………どちらかと言えば私達をここから進ませない、もしくは戻らせないための足止めみたい…………。」

 

ヘリの進行ルート上に出現したガジェットの迎撃に向かったなのはとフェイトは互いに背中合わせの状態で苦い顔を浮かべていた。

二人の目の前には取り囲むように浮遊するガジェットⅡ型の群勢。数だけなら管理局でも有数の実力者である二人にとっては苦労はしない数で収まっていた。

しかし、なのはが不意に視線を動かせば、虚空から現れるようにガジェットⅡ型が出てくる。その突然現れたガジェットⅡ型はレイジングハートの反応上ではきっちりと存在している上になのはの視界にもきっちり見えていた。

だが、フェイトがその現れたガジェットに向けて攻撃を仕掛けると、まるで初めからそこにいなかったように姿が掻き消える。それはさながら幻のようだった。

 

「幻影と実体をもったガジェットの混成部隊?」

「そうだね………ちょつとキリが無さそう………。ロングアーチ、そっちはどう?」

『こちらでもレーダー上では依然確認できます!!今は実機と幻影を見分けるためのパターンを解析中です!!』

 

フェイトがロングアーチに通信を送るとシャーリーのそんな感じの返答が返ってくる。それを聞いたフェイトは一度バルディッシュを持つ手を握りしめると、背中合わせのなのはに目線を向ける。

 

「なのは、ここは私が限定解除を使ってまとめて殲滅するから、先にヘリに戻ってくれる?」

「ええっ!?ここで使うの!?」

 

限定解除、それははやてが六課を結成する際になのはやフェイトを始めとした隊長陣に課せられたリンカーコアへの鎖だ。

これを外せば一時的に彼女らの魔力は全盛期、ないしも上限がそれなりに解放されるが、再度その枷を取り外すための権限が与えられるのはかなりの苦労を必要とする。

その切り札とも呼べるものをここで切ろうとするフェイトの提案になのはは驚いたような顔を浮かべる。

 

『……………その程度の相手に使うほどでもないだろう。』

「えっ…………?」

「ヒイロ………さん?」

 

突如として二人のやりとりに割り込んできたのはヒイロだった。通信越しとは言え、この場にいない人間からの静止の声に二人は一瞬呆けた表情を浮かべる。

 

『今現在はやてがそちらに向かっているそうだが、アイツが部隊長権限でお前の限定解除の申請は却下した。』

「え、じゃあどうするんですか!?それにはやてがこっちに向かっているって………。」

『はいはい、それじゃあ私から説明させてもらいましょか。』

 

フェイトがヒイロの通信に困惑していると件のはやてがディスプレイに表示されて現れる。その姿はバリアジャケットである騎士甲冑姿であったが、突然現れたはやてに二人の目線は自然と彼女に注がれる。

 

『まぁ、ヘリが狙われるのは分かっとったことやし。私は二人よりスピードが速い訳じゃないから広域魔法持ってる私がクロノ君から限定解除もらおうと思ってたんよ。』

「思ってたってことは…………今は違うってこと?」

『うん。ちょうど私がなのはちゃん達の元へ向かっている間、ヒイロさんから通信が入ってな。』

『状況は把握している。幻影と実機の混成部隊と戦闘を行なっているようだな。』

 

はやてがヒイロから通信がきた旨を伝えたタイミングでヒイロから再度通信がかかる。

 

『手短に言えばゼロシステムで幻影と実機のパターンを見分ける。』

「ゼロシステムで………?そんなことできるんですか?」

『ゼロは未来を見れるシステムと豪語しているが、本質は極めて高度な演算システムだ。その情報分析能力で、幻影との区別をつける。』

『そんな訳やから、限定解除するわけやないからちょっと疲れるけど空の掃除は私がする。もし動けそうになかったら後でこの付近通るヘリに回収してもらえばええ話しやから、二人はヒイロさんと一緒にヘリの護衛に戻ってな。』

「…………大丈夫なの?」

 

ゼロシステムによる幻影の判別自体に納得はしたが、はやてが無理をすることに不安気な声を向けるが、はやてはそれに大丈夫と返すように笑みを浮かべる。そこに強がっているようには見えず、むしろ後で回収してくれることを信頼しているようだった。

 

「わかった。はやてちゃんがそういうなら、私はそれを信じてヘリに戻るよ。」

 

なのはの了承の声にフェイトは一瞬驚いたような顔を浮かべるも、なのはが了承したのならそれに乗っかると結論付けたのか、意を決したような表情を浮かべ、現空域から離脱していった。

 

「さて、こっちも気合入れていきますか。ヒイロさん、一応なのはちゃん達が倒した分のデータは送ったはずやけど現状どうなんや?」

『問題ない。お前がなのは達の説得の間に解析作業は完了している。そこにないものをあるように見せかけるのは必ず何かしらの異常が見受けられるはずだからな。それを見つけてしまえば、造作もない。』

 

それど同時にはやての夜天の書にゼロシステムによる解析データが反映され、はやての視界を飛び回るガジェット達の数が幾分か消失する。

 

「えっげつない解析スピードやなぁ………こうも簡単に看破してしまうなんて…………。まだ私達初見やで、幻影なんて見せてくる敵なんちゅうの。」

『データは送った。後はお前自身でなんとかしろ。』

『ああもう、お前はなんでそんなにぶっきらぼうなのだ…………!!あの、主はやて、決して無理はなさらぬように。』

 

ヒイロの言い草に呆れているのか、アインスの声が通信に入るとはやてに励ましの言葉を送り、通信が切れた。

アインスからの励ましにはやては自然と笑みを溢すと、手にしていたシュベルトクロイツを空に掲げる。その瞬間、シュベルトクロイツの先端を中心に白銀の魔法陣が展開される。そのミッドチルダ式の円型の魔法陣は大きいものの周囲に小さい魔法陣が四つほど取り囲むように展開されるとそれぞれの魔法陣から魔力スフィアが生み出され、肥大化を始める。

 

(ありがとな、アインス。でも、ヒイロさんにはもっと感謝せなあかんわ。)

 

『サイティングサポートシステム、準備完了!!シュベルトクロイツとのシンクロ誤差の調整も完了!!というか、まだこっちの準備が終わっていないのに砲撃魔法を使おうとしないでください!!』

「ごめんちょっと早まったわ!!さぁって!!いっちょ派手に行くとしましょうか!!!制限付きとはいえ夜天の主の実力、刮目せぇや!!」

 

シャーリーのお小言にはやては瞬時に謝ると、勢いそのままシュベルトクロイツを振り下ろす。

 

「フレース…………ヴェルグッ!!!!」

 

魔法名と共に打ち出された白銀の曲線はミッドチルダの空に弧を描きながらガジェットの群勢へと飛翔する。

そして、その白銀の輝きは集団の中から迷いない軌道でガジェットを貫いた。その貫かれたガジェットはことごとく爆散ーーつまるところ、全て実体を持つものだけを破壊したのだった。

 

 

 

「ロングアーチから連絡。はやてちゃんはゼロシステムの解析データのおかげで無駄な魔力を浪費せずに必要最低限の魔法でガジェットの撃墜をしているわ。」

「既に看破されていることを向こうが察せれば、勝手に幻影は出さなくなる筈だ。」

 

視点を廃棄都市区画を飛ぶヘリに移すと、シャマルが安堵したような目線をヒイロに向けていた。それははやてを思ってたが故の安堵の言葉であろうが、ヒイロは特に気にかけていない様子のまま、ヘリの座席シートに背中を預けていた。

しかし、ふとしたタイミングで座席から立ち上がるとヒイロは徐に操縦席に向かう。

 

「………ヴァイス・グランセニック。後部ハッチを解放しろ。」

「げ…………お前さん、またかよ。まぁ前回と違ってミサイルに追い回されている訳じゃねぇから開けられるけどよ…………。」

 

ヒイロの言葉にヘリの操縦をしていたヴァイスは前回のこともあったのか露骨に嫌そうな表情を浮かべる。しかし、前よりは幾分落ち着いた様子でヒイロが要求してくるその理由を尋ねようとしたその時ーーーー

 

『ヴァイス陸曹!!廃棄都市区画にエネルギー反応を確認!!距離およそ10000!!ヘリをターゲットにしています!!』

「んだとぉ!?狙撃か!?お前まさか、これのためか!?」

 

ヘリの通信機からロングアーチの悲鳴のような声が響く。ヘリを標的にされたことち驚きながらもヒイロがハッチの解放を求めたのが、この攻撃に対してなのかと問い詰める。

 

「早くしろ。」

 

ヒイロの返答は明確ではなかったが、その言葉の節々には心なしが語尾が強まっているようにも感じられた。

 

「ッ…………ちゃんと守ってくれよな!!」

 

苦し紛れのような顔を浮かべながら、ヴァイスはハッチの開閉ボタンを拳で叩きつけるように押し込んだ。

その瞬間、ヘリの後部ハッチが音を立てながら開き始める。

 

「任務了解。これより迎撃行動に移る。」

 

ヴァイスのその守ってほしいという言葉に答えたのかどうかは定かではないが、後部ハッチが開かれたことを確認したヒイロはウイングゼロの翼を展開しながらヘリから降りる。

 

「アインス、エネルギー反応の解析は?」

「既に発射態勢に入っている。いつ撃たれてもおかしくない。」

 

そういうアインスだったが、その言葉に焦りのようなものは見えず淡々とヒイロに解析結果を伝えていく。

 

「使用しているものが魔力ではないため、正確な数値には誤差が出ると思うが、換算的には魔力ランクはSだ。」

「そうか。」

 

その報告を聞きながらもヒイロは右手に分割したバスターライフルを構える。方角と反応の地点から既に狙撃者の位置は特定済みだ。

 

『ヒイロさん!!バスターライフルを使うつもりなら、ちゃんと加減してあげてぇな!!』

「ふふ、主はやてにもお前の行動はそれなりに予測されているようだな。」

 

はやてから忠告が通信で飛んできたことにアインスはその場に似つかないような笑みを浮かべる。そのことに関して全く意に介す様子すら見せずに視線の向こうにいるターゲットに狙いを定める。

 

「出力は片方のおよそ六割で相殺は可能だ。かましてやってやれ。」

「了解した。」

 

ヒイロの目はしっかりと狙撃手を射抜いていた。廃棄都市区画の一角のビルの屋上に陣取った、ライフルを構えた狙撃手(スナイパー)観測手(マークスマン)と思しき怪しげな笑みを浮かべた女の姿を。

まるで勝ち誇っているように見えるその表情は酷く滑稽に見えた。

 

「……………運のいいやつだ。」

 

その様子に呆れたように言葉をヒイロが溢した瞬間、狙撃手が狙いを定めたのか、そのライフルの銃口から光線のようなエネルギー弾が発射された。

 

「ターゲット・ロックオン………………撃ち落とす!!」

 

その狙撃に対し、ヒイロもお返しと言わんばかりに瞬時に発射されたエネルギー弾に銃口を合わせるとバスターライフルのトリガーを引いた。

 

 




まぁ…………今後の展開が丸わかりな展開ですまんの^_^

どうする?お線香、立てちゃいます?


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第61話  混沌への前奏曲(プレリュード)

物語は混沌へと向かい、戦士たちは新たなる敵と相見える。


それはそれとして今回はやてがヒロインだよ!!!(雰囲気台無し)

あと文字数少なめ!!!


「…………どういうこと………想定より早すぎる………!!」

 

時間を少し巻き戻し、はやてが本物のガジェットだけを砲撃魔法『フレースヴェルグ』で殲滅を行なっていた頃、廃棄都市区画を一望できるビルの屋上で癇癪を起こしている人物がいた。

その人物は肩より少し伸びた茶色の髪を下の方で二股に分け、特徴的な大きめのメガネをかけていた。

そして、対照的に彼女の足元でじっと獲物を待ち、いつでも撃てるようにその構えたライフルのトリガーに指をかけているスナイパー。

彼女らは揃って、濃い青を基調とした体に張り付いているような、体形が如実に出てくるスーツを着込んでいた。

 

それぞれの名は、『クアットロ』そして『ディエチ』

 

名前に4と10の番号がつけられているのは、彼女らが元々人ではないーーいや、人に似た存在である『戦闘機人』のことの現れである。その証拠にスナイパー、ディエチの瞳孔はまるでスコープの倍率を変えているように蠢いていた。

 

「…………高町なのはとフェイト・テスタロッサは!?」

「ヘリに全力で向かってる。こっちの目当ても見抜かれてるかも。」

「えぇい!!忌々しい二人ですわね!!」

 

そして、そもそもとしてなぜクアットロが癇癪を起こしているのか、というと彼女が持つ能力に原因がある。

 

戦闘機人にはそれぞれIS、先天固有技能と呼ばれる特殊な能力が備わっている。

 

彼女らが戦闘機人として生まれてくる時にスカリエッティによって備え付けられた特殊な技能。その技能を戦闘機人達は何かしら一つ、持っている。

そして、クアットロがもつ技能は銀色の外套(シルバーカーテン)。一言で言えば、ティアナが使用する幻惑魔法のようなものである。しかし、その規模は段違いであり、こうしてクアットロから遠く離れたなのは達の元へ幻影を作り出せるほどであった。

 

そんな強力な能力を持っていると自負している彼女だが、決して六課の解析能力を舐めていた訳でなかった。いくら精巧に作った幻影とはいえ、本物とは必ず差異が存在する。そこを解析されるとは彼女自身、計算には入れていた。

 

だが、その本物との見分けがつけられるのが、彼女の想定を圧倒的に上回っていた。

 

「ディエチちゃん!!予定を前倒しですわ!!ヘリを撃墜なさい!!」

「了解。だけどあのヘリに乗ってるケースやマテリアルとかは大丈夫なの?」

「仮にあれが本当に聖王の器なのであれば、砲撃程度で死なない………らしいわ。ドクターとウーノ姉様曰く。」

「…………まぁ、いいけどね。」

 

クアットロの言葉にそう淡白に返すとディエチはライフルを構え直し、廃棄都市区画を飛行している六課のヘリに照準を合わせる。

そして、徐々にディエチがもつ巨大なライフル銃、『イノーメスカノン』にエネルギーがチャージされ始め、その銃口から光が溢れ始める。

 

「…………クアットロ、ヘリの後部ハッチが開いた。誰か出てくるみたい。」

「そうみたいですねぇ〜…………そしてあれは………」

 

ディエチの報告にクアットロは空間ディスプレイからヘリの周囲の光景を映し出す。その画面にはウイングゼロの純白の翼を羽ばたかせたヒイロがヘリから出撃している様子が映し出されていた。

 

「確か、六課に民間協力者として所属しているヒイロ・ユイ でしたっけ?」

「ドゥーエからの中途報告からだと、そう聞いてる。」

「リンカーコアもろくにないのに、よくやりますねー。以前のホテルアグスタの時も素手でガジェットをぶっ壊していらっしゃいましたけど。」

 

クアットロが現れたヒイロに対してそんな感想を述べていると、画面の中のヒイロは両手にバスターライフルを携え、その片方を自分達に向けている様子が映し出される。さながらヘリへ向けられる砲撃を迎え撃つように。

 

「そんなほっそいライフルでディエチちゃんのイノーメスカノンを迎え撃てると思っているのでしたら、冗談も甚だいいところですわね。」

 

ヒイロが構えたバスターライフルのその見立て上から予想できる出力にクアットロはディエチのイノーメスカノンに勝てるはずがないと嘲笑的な笑みを浮かべ、その内面にある加虐性を垣間見せる。

ディエチはそのクアットロに気にかける様子すら見せず、ただ淡々と標的を見据える。

そしてイノーメスカノンのエネルギーチャージが完了し、あとはトリガーを引くだけ。

 

「発射。」

 

呟かれた言葉と共にトリガーを引き、銃口から膨大なエネルギーがヘリに向かって一直線に飛んでいく。狙撃手としてのディエチの経験が、そのエネルギー弾は確実に着弾すると直感する。

 

しかしーーー

 

〈ーーーーーー〉

 

ふと、彼女の視界の中に写っていたヒイロが何かを呟いた。たまたまそのことが頭に引っ掛かったディエチは自然とヒイロが口にしたことを読唇術的な方法で彼が口にしたことを読み取った。

 

『…………う、ん、の、い、い、や、つ、だ…………?運のいいやつだ?』

 

運のいいやつ。一見するとなんでもない単語。しかし、この状況下で読み取れるのは余裕のそれだ。まるで、彼自身にはまだまだ加減が存在しているかのようにーーー

 

「えっ……………?」

「ディエチちゃん?」

 

思わずディエチからこぼれた言葉にクアットロが声をかけた瞬間、耳をつんざくような衝撃音と視界を覆い潰すような爆発的な光が彼女らを襲う。

反射的に顔を顰め、身構えたクアットロが目を開くと、爆発のようなものがあったにもかかわらず、ターゲットにした六課のヘリは機体を衝撃から大きく揺らされながらも五体満足の状態で飛行している様子が視界に入り込んだ。

 

 

 

「な、なんなんだよ、さっきの衝撃はよ!?」

「ヴァイス君、ヘリの状態は?」

 

ところ変わって六課のヘリでは突然機体を襲った衝撃に悪態を吐きながらも卓越した操縦センスで見事、ヴァイスが揺れる機体を制御していた。

揺れが収まり、安定を取り戻したところで、シャマルが操縦席に顔を覗かせた。

 

「機体には特にこれといった損害はないですね。それよりもさっきの衝撃はいったい………まさか!?」

「まぁ、十中八九、ヒイロ君でしょうね。もう、あれを使うならもう少し離れたところで使って欲しい所だったけど…………しのごのいっていられる暇はなかったわね。」

「あれ…………とは?」

 

困った顔で先ほどの衝撃はヒイロがやったことと言うシャマルにヴァイスはその詳細を尋ねる。

 

「うーん…………これあまりヒイロ君から広言するなって口止めされているのよね………。ごめんなさい、私の口からはあまり話せないわ。」

「そ、そうですかい………。まぁシャマル先生がそう言うならこっちもあまりネチネチ聞くつもりはありませんが………。ですけど、さっきの砲撃はオーバーSランク、それを迎撃できるってことは…………。」

「そうね、ヒイロ君が使っているのはそれくらいは容易いでしょうね。あれでも加減はされてる方だったと思うけど。」

「オ、オーバーSランクの攻撃を加減したまま迎撃できるんですかい!?」

「多分、最大出力(ツインバスターライフル)だとオーバーSS…………もしかしたらSSSもありえない話では無いと思うわ。」

「と、とんでもない化け物じゃないですか、アイツ!!」

 

ヒイロ、というよりウイングガンダムゼロのとんでもな破壊力に思わずヴァイスも驚きに満ち溢れた表情を浮かべることしかできない。

 

(…………まぁ、ウイングゼロもそうだけど、本当に恐ろしいのはヒイロ君の人間離れしたような桁外れの身体能力だと思うけど………)

 

そのヴァイスの表情にシャマルは苦笑いを禁じえなかった。一般的な人より強いはずの自身の腕を彼は片手で粉砕骨折に至らしめたのだから。

 

 

 

「……………敵エネルギー弾の撃墜を確認。同時にヘリへの損害も確認されず。アインス、なのはとフェイトはどこまで来ている?」

「まだ少し猶予はありそうだが…………。」

「…………俺が奴らの足場を崩す。その後の確保は任せると奴らに伝えておけ。」

「わかった、二人にそう伝えておく。」

 

アインスからの言葉を聞いたヒイロは右手に構えたバスターライフルを下ろすと左手のもう片方の一丁を今度は放たれたエネルギー弾ではなく、放った元凶であるディエチの方に向ける。

 

「ターゲット・ロックオン。まずは敵の足場を崩す。」

 

 

 

 

「クアットロ、ここ狙われてる!!」

「え、ちょ、ちょっと待ってください、わたくし、あまり状況が掴めないんですけど………!?」

「あのヒイロって人間、同じ形状のライフルを二丁持っていた。私の弾丸を相殺したのと同じやつの第二射がすぐに来るよ!!」

「ま、マジで言ってます!?ディエチちゃんの砲撃を相殺したのと同じ威力をあの人間は連続で、しかもノーチャージで放てるんですかぁ!?」

 

ディエチの言葉にクアットロは信じられない面持ちの状態で空間ディスプレイに視線を落とす。そこには変わらず、憮然とした様子のヒイロが映っていたが、先程とは違い、左手に持っているバスターライフルを自身のいる方角に向けていた。

 

「ええい、ここに来てまた面倒な戦力が…………!!」

 

(いえ、前々からあの人間自体の存在は認識していた。となるとここまで情報を隠し通していた六課、いや、あの人間個人の勝利、ということですかーーー)

 

「どちらにせよ、気に食わない人間ですね!!」

 

バスターライフルの存在をこの状況までひた隠しにしていたヒイロにクアットロは悪態を言い放つと、ディエチを抱え、ビルを飛び降りる。戦闘機人のもつ耐久性を持って地面に着陸すると、自身の先天固有技能、銀色の外套(シルバーカーテン)を作動させ、姿を眩ませる。

 

その直後、先程までいたビルに山吹色の奔流が突っ込むと、建物自体に大きな空洞を作り、程なくして、そのビルは周りの倒壊した建物と同じように瓦礫の山と化した。

 

「ビルが倒壊する前に逃走したか。」

「そのようだな。だが、高町なのはとフェイト・テスタロッサが送りつけた幻影を写す特殊能力の解析データを反映させて、二人組の追跡を行なっている。」

「そうか。妙な新手でも現れない限り、アイツらなら問題ないだろう。」

「ならもう一つ報告…………と言いたかったが、お前のその様子だと確認済みか。」

 

アインスが何かヒイロに言いかけたが、ウイングゼロの翼を羽ばたかせる様子を見かけると、それ以上は何も言うことはなかった。

ヒイロがウイングゼロの翼を羽ばたかせ、向かった先は先程倒壊したビルの瓦礫の山だった。

倒壊したばかりなのもあって、土煙がまだうっすらと立ち込めていたが、ウイングゼロの翼が羽ばたくと、その風圧で土煙は晴れていく。

そして瓦礫の山の上に転がっている物体があった。

 

「…………やはり奴らが放棄したライフルか。」

 

ヒイロの目線の先にはディエチたちが使用した砲撃用のライフルが放棄されてあった。ヒイロの身の丈以上もある巨大なライフルを肩にかけながら持つと、ヒイロに通信が入る。

 

『あ、ヒイロ君?聞こえるかしら?』

「……………何かあったのか?」

 

通信を寄越してきたのは、ヘリに乗っているシャマルからだった。ヒイロが通信をしてきた理由を尋ねるとシャマルは特に緊急の何かが起こったわけではないのか、そうじゃないの、と否定の言葉を前置きとして言ってくる。

 

『実は、ガジェットの殲滅をやっていたはやてちゃんなんだけど、限定解除もしてないまま砲撃魔法を何発も撃ったからかガス欠に近い状態なの。せっかくヒイロ君が外にいるならはやてちゃんも連れてきてくれないかしら?』

「…………………………………。」

 

シャマルのはやてを拾ってきて欲しいというお願いにヒイロは少しの間沈黙の空間を作ると、わずかにため息を吐いた。

 

「……………手のかかる奴だ。」

 

一言だけそう呟くと再びウイングゼロの翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。

 

 

 

「ハァ…………ハァ…………しんどっ…………!!」

 

件のはやては顔を流れる汗を拭いながら空を滞空していた。呼吸も荒く、肩で息をしている様子も相まって、かなり疲れているようにも感じられる。

 

『実体を持ったガジェットの全滅を確認。それと同じくして幻影の反応も消えていきます。お疲れさまでした、八神部隊長。』

「んー…………限定解除しとった方が幾分楽やっただろうけど………まぁいっか。なんとかなったんやし。」

 

シャーリーからの敵機の全滅を知らせる報告を耳にしながらも息を整えるべく、一度はやては大きく深呼吸をする。あがった息を整えていると、ふと視界に何か飛んでいるように翼のようなものを羽ばたかせている物体が入る。

はやてがそれに意識を向けると、その翼を羽ばたかせている物体はどんどん彼女に近づいていく。

 

「……………戦場の真ん中で魔力切れを起こすなど、死ぬ気か?」

「ヒ、ヒイロさん……………。」

 

その翼を羽ばたかせた物体というのはウイングゼロの翼で飛翔していたヒイロであったが、はやての目の前で滞空すると、開口一番に辛辣な言葉をはやてに浴びせる。

 

「ど、どうしてここに…………?それにそのでっかいライフルは………バスターライフルじゃないよね?」

 

はやてはヒイロの辛辣な物言いに苦笑いを浮かべるも、すぐに表情を切り替え、彼が自身の元にやってきた理由と持っている巨大なライフルについて尋ねる。

 

「砲撃してきた奴らが放棄したのを確保してきた。それとシャマルからお前が魔力切れを起こしたと聞いたから拾いに来た。」

「そ、そうなんやな。()()()()ありがとうな、ヒイロさん。」

 

理由も述べるヒイロの口調に呆れのようなものが含まれていたのをはやてが過敏に察して、気が引けがちにヒイロにお礼を述べるはやて。

 

「お前が魔力切れの間にスカリエッティの増援などにやられればその時点で組織としての六課は終わりだ。それだけだ。」

「うっ……………前にも似たようなことを言われた気がする…………。」

 

ヒイロの言葉にはやては以前海鳴市でヒイロに言われたことを思い出したのか、気まずそうな表情を浮かべながら頰を軽くかいた。

 

「それで、手はいるのか?」

「じゃあ…………お願いしようかな。」

 

そういうとはやては手に持っていたシュベルトクロイツを消すと、両手を大きく広げて、何かをねだるようにヒイロにその腕を向ける。

 

「……………………お前は俺に一体何をさせようとしている?」

 

ヒイロからすればちょっと手を貸すだけにしようと思っていたところだったのだが、何かねだっていることを察せたが、それ以上のことはわからないはやての挙動に疑問を呈した。

 

「へ……………?あ………………。」

 

ヒイロから疑問を呈されたはやては一瞬呆けた表情を浮かべると自分が何をしているのかようやく認識したのか、徐々に顔を赤く染め上げ始める。その反応を見るに先程の挙動は無意識によるものだったらしい。

 

「ち、違うんや。これは……………その、別に邪な………いや変な思いっちゅう訳じゃないし…………ある意味純粋なーというか、何というか…………。」

 

顔を沸騰しそうな勢いで赤くしたはやては完全にしどろもどろになってしまい、先程の挙動に対して、ヒイロが納得するような答えを出すことができない。

しばらくヒイロははやての答えを待ったが、一向にそれらしき言葉が出てこないはやてにヒイロは遂に痺れを切らし、追求することを諦めることにした。

 

「待っているのも時間の無駄だ。」

 

そう断じるとヒイロははやての腰に腕を回すと彼女の体を抱えるように持ち上げた。ヒイロとしてはウイングゼロの翼が稼働する時に干渉しないように一番動きやすい持ち方のつもりだった。

しかし、それはいわゆる抱っこであり、奇しくもはやてが無意識下に求めたものと同じであった。

突然持ち上げられたことにより、はやては思わずヒイロの首に腕を回してしまう。

 

「あ、あわわわわわわ、ひ、ヒイロさんの顔が近い……………」

「………………?」

 

何か耳元でボソボソと呟くはやての声が気にかかったヒイロではあったが、状況が状況なのもあったため、無慈悲にもヒイロはそのままウイングゼロの翼を羽ばたかせて、ヘリへと向かっていった。

 

(…………………これ、ヘリに戻ったら戻ったでキャパオーバーになって放心状態になっていそうだな。)

 

ウイングゼロの中にいたアインスはこの後の展開について軽く感想を述べたが、その声は誰にも届くことはなく、ただ消え去るのみだった。

 

 

 

 

『こちらヒイロ・ユイ 。ヴァイス・グランセニック、ヘリの後部ハッチの開放を求める。』

「あいよ。部隊長はきっかり連れてきてくれたんだろうな?」

『問題ない。ついでに敵が放棄した砲撃用のライフル銃も確保した。』

「マジか!?あとはティアナの嬢ちゃんたちがレリック確保すりゃあ万々歳だな!!」

 

ヒイロからの通信を聞いたヴァイスはハッチの開閉ボタンを操作し、後部ハッチを開放させる。あとははやてを連れたヒイロが入ってきたら閉じればいいだけの話だったのだが…………

 

 

「……………おい、さっさと離れろ。」

「あらあら〜♪」

 

アインスの予想通り、完全に思考がキャパオーバーしたはやてはしばらくの間ヒイロから離れることが出来ずに鬱陶しそうな面持ちを浮かべたヒイロに体を揺らされまくるのだった。

その間、シャマルにはとても良い笑顔で見守られた。()

 




さてと、次回はようやくあの子が登場、するかも。



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第62話 デフリーフィング

おっそくなりましたぁ!!(白目)

はーい!!言い訳を並べまーす!!

いーち、もう片方の作品に傾倒してましたすんません!!!

ふたーつ、この作品の『規制線の向こう側』にぶっ飛んでしまいそうな話が頭の中で錯綜しまくって執筆どころではなくなりました!!


魔力切れに陥り、その場から動けなくなったはやてをヘリに担ぎ込んだヒイロ。

六課隊舎への帰還の道すがら、ドクターJからのメッセージにより存在が明かされ、最優先保護対象としていた聖王のクローンの少女を聖王教会系列の病院に搬送する。

 

「…………シャマル。」

「ん?何かしら?」

「フォワードの奴らが追っているはずのレリックの追跡はどうなっている?」

 

少女を送り届けた後のヘリにて、ヒイロはシャマルにフォワード組の状況を尋ねる。本来であれば、部隊長であるはやてに聞くのが通例だと思ったシャマルは首を傾げながらはやての方を見やる。

 

「どういう訳かは知らんが、はやては先ほどから上の空だ。さっきから同じことを尋ねてはいるが、ろくな返答が返ってこない。」

「あー………………。」

 

ヒイロの言葉と同時に、席に座ったきり、顔を赤く染め上げ、呆けている様子のはやてが視界に入ったシャマルは遠い目を浮かばせる。

 

「そうね、ロングアーチを介しての報告では、召喚師の少女、ちょうどキャロと同じくらいの年齢の子ね。その子が従える召喚獣と戦闘になったって上がっているわ。おそらく、ホテルアグスタで召喚獣を出してきたのもその子でしょうね。」

「……………そうか。」

「ヴィータやリィンフォースも途中から参戦してくれて、確保一歩手前までは行ったそうだけど、直前で新手の妨害にあって取り逃したそうね。でもレリックはちゃんと確保したみたいよ。」

「…………必要最低限の目標を達したのであれば、結果に関して特に言うことはない。だが、新手の詳細は上がっているのか?」

「ティアナによれば、物体や地面を透過して移動できる、らしいわね。その能力でそこからの追跡も出来なかったって。」

「地面をすり抜けて移動が可能、か。面倒だな。」

「ええ、そうね…………魔力反応もあるわけではないみたいだから、地上に降りている時に奇襲されたらひとたまりもないわ。」

 

ヒイロがこぼした言葉はシャマルも同意見だった様子で、同じように面倒、ないしは厄介と思っている口ぶりを見せる。

 

「ひとまず、隊舎に戻ってから情報のすり合わせをしましょうか。なのはちゃん達の方もあるでしょうし。」

「…………了解した。」

 

 

シャマルにそう言われたヒイロはヘリのシートの背もたれに身を預けた。

 

 

 

「そ、それじゃあ、唐突やったけど、今回の戦闘、ないしは調査で起こったことを精査していこか。」

 

ヘリが隊舎のヘリポートに着陸し、帰還したヒイロ達は既に戻ってきていたティアナ達フォワード組となのは達を集合させ、かろうじて復活したはやての主導で今回の戦闘での判明した情報の整理を始める。

 

もっともその微妙に残された挙動不審に気付かない守護騎士がいないわけではなかったが、主の面目を守るためにひとまず流すことにした。

 

「それじゃあ、まずは手短に終わる護衛組の報告からしましょうか。今回保護された少女は途中、スカリエッティの一派と思われる対象からの攻撃を受けたけど、聖王教会系列の病院に無事搬送できたわ。それと…………」

「…………襲撃した奴らが所有していたライフル銃を押収した。既にシャリオ・フィニーノをはじめとしたロングアーチに解析を回している。護衛組からは以上だ。しかし、補足として、他の奴らの説明に口出しはあるだろうがな。」

 

シャマルが視線を部屋の壁にもたれかかっていたヒイロに向けると、それに気づいた彼は腕を組んだまま変わらない様子で説明を続けた。

 

「うんうん、護衛組は特に問題はない、と。それじゃあ次は…………ティアナ達に任せたレリックの捜索について聞こうか。」

「わかりました。」

 

時間が経ってそれなりに調子を取り戻したのか、幾分落ち着いたはやての主導で報告を促すと、その声に返答をしたティアナが一歩前へ出る。

 

「今回の捜索では地下水道での戦闘が主だったものでした。幸い、まだ実働段階に至っていないのか、はたまたその必要がなかったのかは定かではありませんが、ともかく前回確認されたエアリーズといったヒイロさんの世界のモビルスーツと会敵することはありませんでした。」

 

そこでティアナは『しかし』と銘打つと、空間ディスプレイを展開し、そこにいくつかの画像を表示させる。そこには虫のような見た目と外骨格を有した二足歩行の生物と電気を放出しているテントウムシのような外見を持った巨大な生物の画像。

 

それと魔力で編んだ火球を打ち出している体の小さいーーーそれこそツヴァイと似たような妖精のような大きさの存在。

 

そして何よりヒイロの目を引いたのが、薄い紫色の髪を下ろし、魔力を行使しているのか、キャロのデバイスであるケリュケイオンとよく似た形状のデバイスを掲げているまだ10にも達していないような幼い少女の姿であった。

 

「この二枚に写っている生物は真ん中に出ている画像の少女の声にいくつか従っているような節が見受けられました。おそらく、この少女は召喚士であると思われます。それもこれほどの強力な召喚獣を使役していることから技量もかなりのものと思ってもいいと思われます。」

 

この少女についての簡単な推理を述べると続けて別の画像を表示する。それは薄暗く、湿気臭い地下水道の画像から晴れた空が見え、崩れている建物が随所に見える都市区画、おそらく廃棄都市区画での画像が表示される。

 

「これは………捕縛直前の画像やな?バインドで召喚士の女の子と融合機を縛っとるし…………。」

「融合機、というのはあの炎を出している奴のことか?」

「そうやね。おそらく古代ベルカのなんやろうけど……………。」

「で、出会い頭に唐突にバッテンチビと罵られたのです…………。」

 

ヒイロの質問にはやてが首を傾げながら答えるとともにツヴァイが頰を膨らませ、罵られたことに対する不服を露わにするが、ヒイロは特にそういうのに反応は示さないため、その不服は空気へと溶け込んでいった。

 

「ツヴァイと同じ融合機だとすれば、ロード………つまるところその主のような人物が存在するはずやけど、そこんところはどうやったん?」

「今回の戦闘では火球を放っての牽制のような行動しかしてこなかったためわかりませんが、少なくとも画像の召喚士がそうである可能性は低いと思われます。」

「となると、別にいるか、もしくはいない、か。その二択やな。」

 

はやてのその言葉にティアナも同意見だったのか無言で頷く仕草を見せた。

 

「それで、ある程度報告には挙げたのですか……………。」

 

そういうとティアナはディスプレイの端末を操作する。すると、どうやら表示されていた画像は動画だったらしく、召喚士の少女が拘束されていた映像が動き始める。

映像ではフォワード組の援護に出ていたヴィータがグラーフアイゼンの槌を向け、尋問を行なっているような映像が俯瞰的な第三者目線で流れていた。

路面が破損し、いくつかひび割れている部分が垣間見える高架の上で追い詰められ、バインドをかけられほぼ詰みの状態に等しいが、突然、その邪魔は現れた。

 

異常が起こったのはレリックが入っているケースを抱えていたキャロの足元だった。立っていた道路の路面が液状化したように揺蕩うとその地点から腕が伸び、キャロの抱えていたケースを強奪してしまう。

 

そして突然の強襲にヴィータやフォワード組の目線が一瞬だけキャロに注がれる。それが分水嶺だった。

ケースを強奪したと思しき人物は今度は拘束していた少女の元に水面が揺れているような波紋を出現させると、液状化した路面からその能力の持ち主と思しき、髪をセミロングにとどめた青髪の女が現れ、キャロからケースを強奪したときと同じように少女を抱えるとそのまま道路に沈み込んでいった。

辛うじて気づいたヴィータが止めに入ったが、時すでに遅し。少女と融合機にまんまと逃げられてしまった。

 

「この者がランスターの報告に上がっていた新手なのか?」

「そうだよ。コイツのせいでまんまと逃げられちまった。最初こそレリックも持ってかれたって焦ったんだけどよぉ、そこはティアナが機転効かせて最悪のパターンだけは回避してくれていた。ったく、いつのまに用意していたんだか…………。」

 

シグナムの言葉にヴィータが鼻の下を指でさすり、フォワード組の成長を照れ隠すような言葉と仕草を見せながら誇らしそうにしていた。

 

「一応、幻惑魔法でレリックの反応を誤魔化して、キャロの帽子の中に隠しておくっていうアナログなやり方でしたけど、なんとか通じる相手でよかったです。」

「………………………。」

 

そういい軽く笑みを浮かべるティアナ、その表情に何か引っかかるものを覚えたヒイロだったが、この場で追及することではないと判断し、ティアナの横顔を見つめるだけで無言を貫いた。

 

 

「よしよし、レリックの確保も無事なんとかなったから必要最小限の目標は達した訳や………………だからな…………。」

 

「………………………」

 

「お願いやから気分持ち直してなぁフェイトちゃん……………。」

 

肩を竦めるはやての目線の先には見るものが見ればわかるくらいに暗い雰囲気を纏ったフェイトの姿があった。部屋のソファの上で器用に足を抱きかかえているその姿の隣には苦笑いを浮かべるなのはの姿もあったが、その顔はどこか引きつっており、完全に取り繕っているのが丸わかりであった。

おそらく彼女の心中もフェイトが纏っている雰囲気と似たようなものだろう。

 

「だって……………」

 

そんなとき、不意にフェイトが口を開いた。全員の目線(ヒイロ除く)が彼女に注がれる。

 

「だって…………せっかくヒイロさんから頼まれたのに、取り逃しちゃったんだもん…………。」

 

どうやらフェイトとなのははヒイロが任せた狙撃手と観測手の拿捕に失敗したらしい。いつもの二人なら仮に失敗したとしても狼狽ることはないだろうが、ヒイロから頼まれたことを完遂できなかったということが二人の、特にフェイトの心に重くのしかかったようだ。

 

(だもん、って………………子供かよ…………。)

 

呆れてものが言えないヴィータだが、決してそれを口にすることはしなかった。口にしたら最後、二人に何をされるかわかったものではなかった。代わりにヴィータは壁に寄りかかって憮然とした様子で不干渉を貫いているヒイロに目線を移す。

 

(おーい、アインスー。)

(……………用件はなんとなく察せてはいるが………敢えて聴こう。なんだ?)

 

ヴィータはウイングゼロの中にいるアインスに念話を送ると少々思いやられるような声色のアインスの返答が返ってくる。

 

(察せてるなら話しが早ぇや。ヒイロに二人の激励させろよ。)

(やはりか……………ハァ………………。)

 

ヒイロに二人を励まさせるという予想通りの頼みにアインスはおもわずため息をついた。

 

(……………ヒイロにそれができると思うか?彼の知り合いに彼は無口で無愛想で無鉄砲と言われているんだぞ?)

(ってもコイツにそうさせんのが手取り早いんじゃねぇのか?特にゾッコンなフェイトにはよ。)

(それもそうだが………………ハァ………………)

 

ヴィータの言葉にアインスは諦めたのか再度ため息をつくとウイングゼロから半透明な体を乗り出す。その表情はあまり気が進まないが、というようなものだったが、とりあえずアインスはヒイロに声をかけることにした。

 

「なぁ、ヒイロ。」

「なんだ?」

 

アインスの呼び声にヒイロは閉じていた瞳を開き、目線をアインスに合わせる。

 

「…………一応、二人に何か言ってあげたらどうだ?二人が落ち込んでいるのはお前からの頼みがうまく達成できなかったことに対するものだ。」

「…………俺が言う必要があるのか?アイツらもそこまで弱くないだろう。」

「そういう問題ではないのだ…………仮にも二人の師匠なら弟子の気を遣ってやることくらい頭の片隅に入れたらどうだ?」

「俺は奴らの師匠ではない。」

「ああもう、どうしてそう頭が硬いのだか……………これではデュオ・マックスウェルが逐一疲れた反応を見せる訳だ……………。」

「……………何故そこでアイツの名が出てくる?」

 

肩を竦め、項垂れる表情を見せるアインスにヒイロはデュオの名前を出したことに疑問を投げかける。

そのことにアインスは答える代わりにその半透明な体の小さな指をヒイロに差し向ける。

 

「いいからお前は二人に時間を割け。高町が六課の象徴だとお前が思っているのであれば、今の彼女の様子はほっとけないだろう。」

 

それだけ言い放つとアインスはウイングゼロの中に引っ込んでいった。アインスの態度にヒイロは少しの間訝し気な顔を見せていたが、一度落ち込んでいるなのはとフェイトに視線を移すと、引っ込む直前にアインスが言っていたなのはは六課の象徴という言葉が引っかかったのか、壁に寄りかかるのをやめると二人に向けて歩を進める。

 

「あ……………ヒイロ、さん。」

 

近くまでやってきたヒイロに気付いたフェイトは小動物のような縮こまった目線を向け、彼の顔を見上げる。

その様子にヒイロは特に表情を変えることはしなかったが、わずかに肩を上下させ、竦ませているような素振りを見せる。

 

「今は報告を行う時間だ。結果がどうであれ、お前はその内容を話さなければならない。そういう様子を見せるのは後でやれ。時間の無駄になる。」

 

(うわー……………すっげぇぶっきらぼう……………。気にするなの一言もねぇ。)

(多分……………これでもいい方……………。)

 

ヒイロの相変わらずの言い草に白い目を浮かべ、引き気味の声を念話として送られてきたアインスが遠い目を浮かべながら苦笑いを浮かべる。

 

「……………うん。」

(あれでいいのか……………)

(いいんだろう。テスタロッサの中では……………。)

 

沈んだ表情を見せるフェイトがひとまず頷き、説明を始めてくれる雰囲気を作り始めたところでヴィータとアインスの二人は念話で会話しながら頭を悩ませた。

 

 

フェイトの説明は割愛させてもらうが、内容としては追跡自体はゼロシステムが出した予測データのおかげで幻惑に惑わされることもなく追い込むことができた。対象を追い込んだなのはとフェイトは敵の無力化をするためにお互いの持つ砲撃魔法を対象に撃ち込むことで拿捕しようとしていた。

しかし、その砲撃が直撃するすんでのところで何者かが狙撃手と観測手共々猛烈なスピードで連れ去っていったらしい。

当然気づいたなのは達も追おうとはしたものの互いの砲撃がぶつかり合った影響で反応が遅れてしまい、ティアナ達と同じように逃してしまったようだった。

 

 

「ごめんなさい。せっかくヒイロさんに任されたのに、私達……………。」

 

説明が終わり次第、しょぼくれた表情を見せながら再度ヒイロに謝罪の言葉を述べるフェイト。周りが何かしら声をかけた方がいいのだろうとは認識しているものの、フェイト自身が話の主導権をヒイロに譲っているため、おいそれと周りが口を出すことができないのが現状であった。

 

「……………スカリエッティの戦力には未だ明らかにされていない部分がほとんどだ。戦闘機人、人造魔導師、言わずもながモビルスーツも。奴が手をつけていると思われる技術は惜しみなく投入してくるだろう。しかしどれも具体的な詳細までは掴めていない。戦争において、戦力に関するそれらの詳細な情報は戦場の勝ち負けを左右するほど極めて重大なものだ。それが欠けている以上、現状後手に回っていると判断すべきだろう。」

 

「だが具体数が明確に数字で示すことが未だできない以上、敵の頭数の中に高速で戦闘を可能とする奴がいるということが知れただけでも、情報としては十分だ。それに今回の任務はあくまで保護した少女の護送だ。その内容が完遂された以上、それで任務は完了だ。」

 

「え…………で、でも…………せっかくのチャンスだったのに………。」

 

ヒイロの言葉になのはが困惑気味に尋ねる。確かにチャンスではあったし、それを逃したことを気に病むのは仕方のないことだろう。

 

「…………過ぎたことをいくら考えたところで何かが変わる訳ではない。」

「……………ま、ヒイロの言う通りだとアタシは思うぞ。過ぎたことはいくら考えたってどうしようもないしな。」

 

(まぁ…………あの二人の中じゃヒイロから任されたことをできなかったって言う方が心的負担がデケェんだろうけどよ…………)

 

ヒイロの言葉に続いて、二人に慰めの言葉を送るヴィータだったが、彼女自身の心中では苦笑いを禁じ得なかった。

そこから先はヒイロの言葉にようやく調子を取り戻したのか、なのはとフェイトの報告もとんとん描写で進んでいき、時間こそかかったが、報告会の時間は何事もなく過ぎていった。

 

 

 

「……………………。」

 

報告会から数時間経った時刻。陽が傾き始めたが、まだ空が橙色に染まるほどではないほどの時間帯にヒイロは隊舎の事務室近くである人物を待っていた。

 

「早く終わらせなさいよー?全くスバルったらーーーーーーーーーー」

「ティアナ。」

「ひゃいッ!?ヒ、ヒイロさん……………!?」

 

とはいえその人物に予め伝えていたわけではないので、ヒイロが待っていた人物であるティアナは事務室から出た瞬間にヒイロから声をかけられたことに不意をつかれ、僅かに体が飛び上がるような反応を見せる。

 

「お前に聞きたいことがある。」

「わ、私に、ですか?」

「………………お前の知っている奴に戦闘機人がいるのか?」

「ッ……………!?」

 

突然のヒイロの質問にティアナは目を見開くと、答えを考えているのか視線を右往左往させる。

 

「……………いるんだな?」

 

ティアナのその反応だけで、確信に持っていったヒイロは再度ティアナに質問を浴びせる。するとティアナは見開いていた目を閉じ、気まずそうにヒイロから顔を逸らす。その様子は観念しているかのようにも見えた。

 

「すみません…………ここで話せることではないので、部屋に来ていただけますか?」

「…………問題ない。」

 

ヒイロがそう答えるとティアナが歩き始め、その背についていくようにヒイロが歩き始める。

しばらく案内された先のティアナの部屋に着いたヒイロは出入り口付近のかべに背中を寄りかからせる。

 

「その…………どうして私が戦闘機人のことを知っているって思ったんですか?」

 

自身の机の椅子に座り、神妙な面持ちを見せるティアナの質問にヒイロは腕を組んだまま答え始める。

 

「戦闘機人には人とは違う差異が存在する。例に挙げるならば機械での補助、例えば視覚の強化などが挙げられる。つまり戦闘機人と人間が見える風景には数値上の誤差が存在する。人間には見えないものが戦闘機人には見える。」

 

ヒイロはそこで一度、つまりと付け会話を区切る。

 

「お前が幻惑魔法を使用するときにはその数値上の誤差を修正する必要が出てくる。しかし、それをお前は今回の任務でやっていた。つまりお前は人間と戦闘機人の間に存在する誤差の具体的な数値を知っていると言うことだ。」

 

「これは戦闘機人本人などの精通した人物が近くにいなければ知り得ないことだ。」

 

自身の推理をそう言い切ったヒイロ。対するティアナはヒイロから顔を逸らし、さながら悩んでいるような素振りを見せる。

しばらく部屋に沈黙が走ったが、ティアナは意を決したようにヒイロに向き直った。

 

「やっぱり、ヒイロさんは凄い人間ですね。なのはさんとかフェイトさんとは全然違う強さを持っている。」

「御託はいらん。さっさと話を進めろ。」

「………………ヒイロさんの言う通り、あたしの周りには戦闘機人の人がいます。それは……………スバルなんです。」

「………………それを知ったのはいつだ?」

 

スバルが戦闘機人であるという告白。それにヒイロは特に驚いた反応を見せるわけでもなく、ただ淡々と詳細を求める。

 

「訓練校にいた頃です。その時からずっとパートナーを組んでいたあたしに、ある日それを明かしてくれたんです。」

「………………そうか。」

「で、でもスバルは今回の事件とは何もーーーーーーーーーー」

「それはスバルの普段の生活ぶりからわかっている。アイツは人が良すぎるからな。そう腹芸ができる人間ではない。」

「そう…………ですか。」

 

スバルにあらぬ疑いがかかることを警戒したのか、ティアナが焦ったような様子でヒイロに詰め寄るが、その気がサラサラないという返答にひとまず安堵した様子を見せる。しかし、その節々にはまだ不安のようなものが見え隠れしているのも事実だった。

 

「その…………ヒイロさんはスバルが人間とは違うって知って、何か思うことはありますか?」

「……………要するに俺がこれからスバルへの態度を変えるかそうではないか、ということか?」

 

ヒイロがそう要約すると、ティアナは僅かに視線を揺らしながら静かに頷いた。

 

「変える必要がどこにある。アイツは機動六課所属のスバル・ナカジマ。それ以外には存在しない。人間であろうと戦闘機人であろうとそこに変わりはない。」

 

「むしろ、その程度で態度を変える人間がいるのであれば、俺はその人間を信用しない。」

 

それだけ言うとヒイロは聞きたいことは済んだと言わんばかりの様子でティアナの部屋を後にした。

残されたティアナはしばらく呆けたように口が開いていたが、程なくするとその表情から一転、和やかな笑みに変わる。

 

「……………ヒイロさん。やっぱり貴方は優しい人なんですね…………。」

 

そう呟いたティアナの言葉は勿論、ヒイロに届くことはなかった。

 

 




もうちょい投稿頻度上げたいなぁ…………(´・ω・`)


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第63話 約束に埋もれた本音を探して

おっと…………今回は登場人物が極めて少ない………。

そういえば今回から長ったらしい会話を含んだ文章を書く時は一行空けるようにしてみたんですけど、どうですかね?


「………………………………」

 

ティアナからスバルが戦闘機人であることを聞いたあと、ヒイロは自室へと足を運んでいた。特に用がない以上、うろつく必要性がなく、休息ついでというのもあった。

そんなヒイロだったが、今の彼の表情はとてもではないが休めているとは思えない、ムッとした表情を浮かべていた。

その原因はソファに座っているヒイロの隣にいた。彼の肩に頭を乗せ、居心地が良さそうに寝息を立てているのは、フェイトだった。

正直言ってヒイロにとっては鬱陶しいもいいところなため、ガン無視してソファから立ち上がってもよかったのだが、ご丁寧に逃がさないと言わんばかりに左腕をガッチリホールドされてしまっているため、動こうにも寝ているフェイトを確実に起こしてしまうため、あまり動けなかった。

 

なぜこうなったのかと言うとはっきり言って戦闘機人を取り逃がしたことをフェイトが未だに引きずっており、誰かに甘えたくなったのが本命だろうとヒイロは思っている。

 

(……………なのはに縋ればいいだろう…………。膝枕とやらを要求された時もそうだったが、何故逐一俺に言ってくる…………。)

 

呆れた表情を見せながら、ヒイロは目線だけを隣で自身を枕代わりにしているフェイトに向ける。

 

『ん…………ヒイロ、誰かからか通信が来ている。これは……………ユーノ・スクライア?』

 

そんな時、アインスがヒイロに向けてユーノから通信が送られてきていることを告げる。

 

「何の用だ…………?繋いでくれ。」

 

突然のユーノからの通信にヒイロは訝し気な表情を見せながらもアインスに通信を開くように伝える。直後、ヒイロの視線の先に空間ディスプレイが投影されると、そこにユーノの顔が映し出される。

 

『あ、よかった。繋がってくれた。』

「突然通信などよこして何の用だ?」

 

通信が繋がったことに安堵しているのか、安心した顔を見せるユーノを差し置いて、ヒイロは彼に単刀直入に通信をよこしてきた訳を尋ねる。

 

『……………ごめん。一つだけ聞いていい?ヒイロさんの隣に見えるのって、もしかしなくてもフェイト?』

「そうだ。戦闘機人の確保に失敗してこの有様だ。何故この行動をとっているのかはまるで理解しかねるが。」

 

ユーノの指摘にヒイロは呆れたように肩を竦める。そのヒイロの様子にフェイトの気持ちを察しているユーノは乾いた笑みを浮かべてしまう。それと、その気持ちが成就することを願い、彼女に頑張れとの応援のメッセージを心の中で呟いた。

 

「…………話が逸れた。改めて聞くが、通信をよこしてきた理由はなんだ?」

『まぁ、そうだね。事態は割と一刻を争うからね。ヒイロさん、この前のスカリエッティの一味との戦闘でバスターライフルを使ったよね?』

「……………出力は抑えていた。必要最低限にな。」

『10年前の事件を知っている僕だからそれはわかっていたよ。でも、そのバスターライフルを巡って、地上本部で不穏な動きが出てきたんだ。』

「何……………?」

 

地上本部に不穏な動きがある、というユーノの言葉にヒイロは眉を顰め、その話しの続きを促した。

 

『ヒイロさんがこの前バスターライフルを撃った時の出力を魔力換算すると少なくともオーバーSランクだった。スカリエッティにバスターライフルの最大出力を見抜かれないようにするためなのは僕でも察せられたんだけど、それでも威力が高過ぎたんだ。』

「………………管理局が設定した一部隊が保有する魔力の上限か。」

『今回の件は管理局にも報告されているから自然と地上本部の方にも伝わるんだけど、いかんせんバスターライフルは魔法ではなく、科学技術の結晶だ。それが地上本部の過激派…………もっと具体的にいえばレジアス中将を刺激したみたいなんだ。』

「結論だけ言え。あとはこちらで対処する。」

『……………部隊長であるはやてにはそろそろ通達が行っているかもしれないけど、地上本部が機動六課に対して査察を入れることが決まった。しかもレジアス中将直々にだ。』

「査察………さらにレジアス・ゲイズが直々に、か。」

 

管理局の地上本部、もっと極端に言えばレジアス・ゲイズが機動六課に査察を入れ、なおかつ本人がやってくるという状況にヒイロは少しの間考え込む仕草を見せる。

 

「……………好都合だな。」

『うーん…………やっぱりヒイロさんはそう受け取っちゃうか…………。』

「奴が中将の階級を持っている以上、真っ当な手段では時間がかかり過ぎる。そんな人間がわざわざこちら側に足を踏み入れてくる。奴の真意を問い質すいい機会だ。もっとも真っ当な手段など始めから微塵も取るつもりはないがな。それにーーーーー」

『それに?』

 

「俺がスカリエッティのスパイの立場だとすれば、この機会を利用しないはずがない。」

 

ヒイロのその言葉に画面の中のユーノも表情を神妙なものに変えながら静聴を始める。

 

「理由として挙げるならば、現状スカリエッティにとっての最大の障害はこの機動六課だ。はやてやフェイト、守護騎士勢といった実力者も多いが、何より管理局有数の砲撃魔導士であり、エース・オブ・エースなどと呼ばれているなのはの存在も大きい。さらに俺がこの隊舎に来てから、外部からの来客らしい人物もなかった。はやてが管理局内部からの介入を拒んでいるのかは定かではないが、ともかくとしてそのようなもっとも目を向けるべき敵の本拠地にしっかりとした動機込みで潜入し、情報収集ができる。これを逃すはずがない。」

 

『確かに…………じゃあ、スパイの目的はそれだとして、レジアス中将は何のために査察を?やっぱりヒイロさんを六課から引き離そうとするため?』

 

ユーノからの質問にヒイロは少し考える素振りを見せた後に通信画面のユーノに向き直る。

 

「可能性は少なくはないだろうが、奴の目的はウイングゼロの可能性の方が大きい。奴は地上の防衛に魔法技術の他にこの世界では忌み嫌われるものとして存在する科学武器を使おうとしている。それで奴はウイングゼロを取り上げ、解析に回して量産する腹積りでいるのだろう。」

『ちょ、ちょっと待ってよ!!そんなことをしてしまったらーーーー』

「過ぎた力が持ってくるのは秩序ではない。戦争だけだ。確実にアフターコロニーのような泥沼の戦争が始まる。」

 

ユーノの焦った表情にヒイロは淡々と言葉を返す。ウイングゼロの量産の可能性。しかし、それは不可能だ。ウイングゼロの装甲に使われているガンダニュウム合金は月という特殊な環境下でしか作れない代物だ。そのためヒイロが思い浮かべている現実的なものは、ツインバスターライフル、もしくはバスターライフルの量産だ。

ジェネレーターなど科学面でのいくつかの問題も生じるだろうが、代わりの魔法技術を代用してしまえば、どうとでもなる話にはなってくる。

一言で言ってしまえば、仮に量産されることになれば、本来負担の大きいなのはクラスの砲撃魔法を素質など関係なしに、一定数値の魔力を込めれば誰でも使用することができる。それだけでもこのミッドチルダでは破格の性能を有し、その猛威を振るうことができるだろう。

 

『そんなの、絶対にやってはいけない!!一人一人にあんな火力を持たせるのは危険すぎるよ!!それじゃあ人々を守るどころの話じゃない!!人々を抑圧する、ただの圧制だよ!!』

 

「俺もこの世界に俺と同じような兵士を産ませるつもりは毛頭ない。平和の犠牲は俺だけでいい。」

 

『……………ヒイロさん。今の言葉、間違ってもフェイトやはやての前で言っちゃダメですからね?フェイトは今寝ているみたいだからいいですけど。」

 

先ほどまで怒気に塗れていた声から一転したユーノの冷えた声にヒイロはわずかに眉を顰める。犠牲という単語こそ使ったが、それでユーノがヒイロ自身、この戦いの中で死ぬつもりだと思ったらしい。

 

「………………俺の命などそれほど高くはない。むざむざとやるつもりもないが。」

『…………貴方ならホントにそんな感じだから強く言えないんですよねぇ…………。』

 

ヒイロの言葉に今度は呆れたようにため息をつくユーノ。実際に聞いたのかヒイロ目線では定かではないが、かなりの手練れである守護騎士四人からの襲撃を回避に徹していたとはいえ無傷でくぐり抜けた前歴があるため、そのような反応になるのは仕方のないことだろう。さらには一時期次元震に巻き込まれ、消息不明になったことこそあったが、10年という時を跨ぎながらもこうして五体満足でいられている、というのも拍車をかけていた。

 

『でも、今回は本当に大規模…………闇の書事件が小規模だったとは決して言えませんが、少なくとも規模は前回より上です。ガジェット、戦闘機人、人造魔導士、それにクロノから聞きましたけど、ヒイロさんがいたアフターコロニーのモビルスーツとまで向こうの戦力になっていますから。もっとも僕が言えることではないことは重々わかっているんですけど。』

 

「例え相手がなんであろうと、俺のやることは変わらん。障害となるならば、排除するだけだ。」

 

『…………そうですか。』

 

ヒイロの言葉にユーノは表情を緩め、柔らかい笑みをヒイロに向ける。どんなに強大な勢力と近い内に戦闘になることとなろうと変わらない様子で、それでいて全力で立ち向かっていくその姿は見る者に活力を与えるだろう。

しかし、自分の魔法では性質上、後方支援が主だったものであり、ヒイロと同じ前線に立つことは難しい。しかも相手が魔法に対しての対策もしっかりしている以上、自分の魔法はてんで役には立たない。

 

『ヒイロさん、無限書庫で何かやってもらいたいことはあるかな。僕個人としても機動六課には協力したいから。』

 

故にユーノが己が身分であり、得意分野でもある無限書庫での情報収集でせめてもの力になろうとする。

 

「そうか。無限書庫に関しては司書長でもあるお前が適任だ。ならばジェイル・スカリエッティに関して、過去の動きに関して探ってもらおう。奴の勢力の規模的に一年二年で戦力を整えられるとは思えん。十年前にあったとされる聖王教会で起こった聖王の聖骸布の盗難とも合わせてそちらで調べられるか?レジアス・ゲイズがその時からすでにスカリエッティと繋がっていたのであれば、対応したしていないはどうであれ、戦闘機人が関わっているような施設の一つや二つは存在した可能性があるからな。」

 

『聖王の聖骸布…………それにジェイル・スカリエッティの研究施設が対象となった案件………わかったよ、めぼしいものがあったら連絡する。』

 

ヒイロの頼みを承諾したユーノは早速捜索に入るのかそこでヒイロとの通信を切り、空間ディスプレイも役目を終えたと言わんばかりに消失した。

 

「…………………寝を決め込むつもりか?」

 

ヒイロは目線を消失したディスプレイがあった空間から動かさずに唐突に誰かに向けて声をかける。もっとも今部屋にいるのはヒイロ以外には一人しかいない。それもわかっていたのか、ヒイロの腕をホールドして寝ていたはずのフェイトがもそもそと体をみじろぎさせる。

 

「…………気づいていたんですか?」

「腕に力が込められる感触が出れば誰でもわかる。」

 

自身の横顔を見つめるフェイトにヒイロは目線すら合わせずに淡々とそう返す。実はというとユーノと話している途中にヒイロの言う腕に力の込められる感触、というのが出ていた。具体的に言えば、彼がまるでミッドチルダの平和を守るためなら、自身の命すら投げ出すと言わんばかりの言葉が、彼の口から発せられた時だ。

それが彼女に嫌な予感を見させたのか、先ほど見せていたスヤスヤとした寝顔から一転して不安のような表情を表に出していた。

 

「また…………いなくなってしまうんですか…………?」

 

いなくなる、というのは言わずもがなヒイロが死ぬことを暗示しているのだろう。

だが、ヒイロにはそんなつもりはサラサラない。

 

「どのみち、俺はアフターコロニーへ帰るつもりだ。」

「そう、ですか。なら、いいんですけど…………。」

 

しかし、アフターコロニーへ帰るつもりではあるため、それでいなくなるという旨のことばを言うが、フェイトは意外にもその言葉に対しては不安を押し殺したような表情を見せなかった。てっきり不安気な表情を深めると思っていたヒイロは驚きの意味合いを込めて、顔をフェイトに向けた。

 

「…………アフターコロニーはヒイロさんが元いた世界ですし、ヒイロさんにもやらなきゃいけないことがあるんだと思います。」

 

ヒイロが自身に顔を向けたことの意味を知ってか知らずか、フェイトは不安気な顔を見せなかった理由のようなものを話した。しかし、その後は視線を右往左往させる様子を見せる。その姿は不安、というよりどちらかと言えば言うべきか迷っているようにも思えた。

 

「言いたい事があるなら早めに言え。聞くかどうかは別問題だが。」

「……………あの…………もし、向こうで………アフターコロニーでそのやらなきゃいけないことが済んだら、戻ってきてくれますか?」

「…………ミッドチルダにか?」

「…………ごめんなさい。流石にわがままが過ぎました。」

 

怪訝な表情を浮かべながら聞き直したヒイロにフェイトはわがままが過ぎたと謝罪の言葉を述べた。促したことによるフェイトの本心にヒイロは彼女から目線を外し、正面を見据える。

 

「戻るか戻らないか以前に、俺がお前のその要求を覚えているか定かではない。アフターコロニーに戻る時には再びコールドスリープされることにしているからな。」

「つまり…………初めて貴方と会った、アースラの医務室の前で顔を合わせた時みたいな状態になってしまうってことですか?」

 

「……………そういうことになる。もっとも記憶を保持された状態で目覚めるかどうかはコールドスリープされていた月日によるだろうがな。さらに言えば、俺がこの世界にやってきたのは全くの偶然だ。クロノに掛け合って帰れるように捜索の依頼を出してはいるが、見つかったとして、アフターコロニーと次元世界が繋がるなどということが二度も起きるとは限らん。」

 

「でも…………前例はある、ってことですよね?貴方が入ったコールドスリープの機械がこっちにやってきたってことが。」

 

フェイトのその指摘にヒイロは何も語らない。しかし、その沈黙を肯定と受け取ったフェイトは再びヒイロの腕をホールドしていた力を強める。

 

「貴方の元いた世界に帰れる道は見つけます。例えそれが一時的なものだったとしても、もう一度私が見つけ出します。どんなに時間がかかっても。その時もし会えたら、また来てくれますか?」

「……………………ふん、勝手にしろ。」

 

フェイトの誓いとも取れる決意に満ち溢れた言葉にヒイロは軽く鼻先であしらった後に好きにしろと言わんばかりの反応を見せた。ヒイロ自身、元工作員のためアフターコロニーに戸籍のようなものは一切存在しない。そのため仮にアフターコロニーが平和になった以上、自分がどこにいようと必要であれば偽装してしまえばさしたる問題はないという認識で鼻先であしらうような反応を見せたのだが…………

 

ともかく言質のような承諾をもらったフェイトは嬉しそうに表情を緩める。

 

「……………話は変わるが、なぜお前は俺などにそこまで気をかける?何か特殊な事情でもあるのか?」

「と、特殊なんて、そんな訳……………でもある意味特別ではある、のかな?」

 

ヒイロの唐突な質問にフェイトは焦ったように言葉を返すが、少し間が空いたのちに徐々に顔を赤くしながら縮こまるような様子を見せる。そのフェイトの反応の真意がわからなかったのか、ヒイロは訝し気な表情を見せる。

 

「おいーーーーー」

「ご、ごめんなさい!!やっぱり忘れてください!!アインスもお願いだから忘れて!!」

 

詳細を尋ねようとしたヒイロだったが、何かが限界に達したのかフェイトがそれより先に部屋から物凄い勢いでーーーーそれも彼女の得意魔法でもあるブリッツアクションを用いての加速ブーストをしながら部屋から出て行った。

 

「……………なんなんだ、あの反応は。」

「とってつけたような忠告だったな……………。」

 

フェイトの行動に不思議そうな様子を見せるヒイロとウイングゼロから姿を見せながら、彼女の心情を察してはいるが、今まで忘れていたかのような彼女の反応に少し不服気に腕を組んだアインスが部屋に取り残された。

 

「あのー…………もしかしなくてもヒイロさん?あ、やっぱりいた。」

 

そんな時、たまたま部屋に近くにいたのか、今度はおずおずと部屋を覗き込みながらなのはが現れる。フェイトが部屋から飛び出していったのを見かけたのか部屋の中にヒイロがいると当たりをつけていたようだ。

 

「…………フェイトちゃんに何かしました?もしくは言いました?」

「何もしていない。会話こそしたが、何やら勝手に自己完結して部屋から飛び出したとしかわかっていない。」

 

妙にヒイロが何かしたという確信を持った目で質問をぶつけるなのはに、ヒイロは何食わぬ顔で自身が何もしていないと言い張るのだった。

 

「そうですかぁ………………そういうことにしておきますね。」

「…………言葉の意味がわかりかねるのだが。」

「これは流石にフェイトちゃんの問題なので……………私が言うわけにはいかないというか、なんというか…………。」

 

明らかに濁した発言をするなのはにヒイロは眉間にシワを寄せ、眉を顰める反応を見せるが、なのはは乾いたような笑い声を上げるだけで話してくれるようには見えなかった。

 

「あ、そうだ。実は私もヒイロさんに用があったんですけど、シャーリーからスバルの特訓用の装備ができたから調整のために来て欲しいって連絡を受けました。」

「……………了解した。」

 

話題を逸らしたなのはだったが、追及しても教えてくれる訳ではないことを察したヒイロはそれ以上言及しないことを決め込み、座っていたソファから立ち上がり、部屋の外へと向かっていった。




次回、ようやく待ち望んでいたあの子が登場。
あの子はどうやら本能的に一般的に強いと呼ばれる人物に懐く気があるようなので…………グフフ


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第64話 見る人が見れば笑いの種

シャッハさんてさ…………本編でガンダム主人公が見たら10人中10人がブチ切れそうなことしでかしてるよね………。書いていて思った。

まぁ、いいか。それはともかく、等々あの子の登場だよ!!


ミッドチルダの都市に張り巡らせられた高架橋の上を一台の黒塗りのスポーツカーがかなりのスピードで走っていた。見るものが見たり、そのスポーツカーに乗っているものが乗ってたならば、さながらジェットコースターかその類を幻想させるようなスピードだ。その車のハンドルを握っているのは、管理局でも有数の実力を持ち、その美貌から知名度も高いフェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウン執務官。

 

「ふぇ、フェイトちゃん?結構飛ばすんだね…………?」

「確かに飛ばしてはいるけど……………まだ遅い方だよ?」

 

彼女が運転する隣でアシストグリップに手を伸ばしながら微妙に戦々恐々とするなのはにフェイトはなに食わぬ顔でいつもより遅いといいのける。こうして彼女たちが車を飛ばしているのはある日聖王教会から突然の連絡が入ったからだ。その内容は以前発見し、保護した聖王のクローンとされる少女が搬送先の聖王教会直属の病院から抜け出したとの連絡であった。

 

既に教会のシスターたちにより病院の周囲の封鎖を行ったとのことだが、それを聞いたはやてはすぐさまなのはとフェイトに緊急の形でお願いを入れ、唯一車を所有するフェイトの車で馳せ参じることになった。

 

「ヒイロさんは大丈夫ですよね?」

「……………問題ない」

「ヒイロさんはもっと速いの乗り慣れているから比較しちゃダメなの!!」

 

フェイトが後部座席が見れるバックミラーに視線を向けるとそこには腕を組んで座っているヒイロの姿があった。

フェイトたち二人が彼女の車に乗り込もうとした時、突然ヒイロが現れ、『俺も同行する』と一言。

どこから聞きつけたのか定かではないが、断る理由もなかった二人はそれを二つ返事で了承。ヒイロも病院に向かうこととなった。

 

「…………ところでヒイロさんは突然どうして病院に向かうって言ったんですか?」

「……………………………聖王のクローンが戦闘機人などに連れて行かれると面倒なことになるからだ。それ以上はない」

 

ふと気になったなのはから質問にヒイロは少しの沈黙ののちにそう答えた。至極真っ当な返答だったが、答えるまでに空けられた沈黙にフェイトの執務官としての直感が引っかかりを覚えたが、運転中というのも相まり、深く考え込むことはせずにひとまず彼女の中で流すことにした。

 

 

 

 

しばらくフェイトのちょっと荒い運転で都市区画を疾走すること数十分。都市区画から程よく離れた外れに緑に覆われた建物が姿を表す。聖王教会の本部からもそこまで離れていない附属病院。それが聖王のクローンと思われる少女が搬送された『聖王医療院』である。

 

「申し訳ありません!!」

 

フェイトが駐車場に車を止め、降りたタイミングで施設からシャッハが慌てた様子でヒイロたちに駆け寄ってくる。

 

「状況はどうなっていますか?」

「先ほど通達させて頂いた通り、特別病棟とその周辺の封鎖は済ませています。皆さんが来るまでの間に飛行や転移、侵入者の反応はありません。」

 

なのはが状況をシャッハに尋ねると予め連絡したことと状況が変わっていないという特に異常がなかったことを告げられる。

 

「……………まだ建物の中にいるのか。手間が省けたな。」

「…………一応、対応は迅速にしたつもりですので」

「それじゃあ、フェイトちゃんはシスターシャッハと一緒に東の方を。私とヒイロさんが西の方を手分けして探索しましょう」

 

ヒイロがそう聞くとシャッハの癪に触ったのか、わずかにムッとした表情を見せながら返答をした。その微妙な空気を察したなのははシャッハとヒイロを分けて探索を行うことを提案する。

 

「了解した」

「それじゃあシスターシャッハ。私たちはこちらへ行きましょう」

「あ、は、はい!!」

 

なに食わぬ顔で承諾するヒイロ。その直後にフェイトがシャッハを連れて一足先に捜索へと向かった。二人が向かったことを確認したなのははヒイロに向き直ると微妙な表情を浮かべる。

 

「あまりシャッハさんの眉間のシワが深くなりそうなことは言わないでくださいね?」

「……………見たままを言ったまでだが?」

 

そう言われたなのはは若干頭を抱えるが、ヒイロはそんな彼女を置いて歩き始める。その歩みに迷いのようなものが見られずまるで少女の居場所が分かっている言わんばかりのスピードであった。

 

「ヒ、ヒイロさん?もしかしてあの子の居場所ーーーー」

「ゼロに探し出させた。中庭にいる。」

「え、ゼロシステムってそんなこともできるんですか!?」

「前にも言ったが、ゼロシステムは極論を言えば高度な演算システムだ。レーダーの範囲内にいる聖堂教会の関係者の配置からある程度は絞り出せる。」

 

なのはが小首を傾げながらヒイロに駆け寄りながら並び立つと、ヒイロはゼロシステムに探し出させた方法とその演算から弾き出された少女の居場所だけ伝えると再び歩みを早める。その様子にそこまで応用が効くものなのだろかと訝しげな表情を見せるが、一向に迷う気配のないヒイロの足取りに自分を納得だけさせてついていくことにした。

 

「ここか」

 

少しして病棟に囲まれた中庭でヒイロは歩みを止めた。それにつられて止まったなのはは周囲を見渡すが、隠れられそうな茂みはいくつかあったもののなのはの視界に少女は映らなかった。

 

「隠れているのかな…………?」

「妥当な反応だ。気がついたら見知らぬ場所にいるなど、普通の奴からすればパニックの原因にしかならない。ましてやまだ幼い子供であるなら、尚更のことだ。」

 

そうも言いながらもヒイロは再び歩き始めると、中庭の中にいくつもある茂みの一つに迷うことなく一直線に向かっていく。そのヒイロ自身が見定めた茂みの近くまで来ると、ヒイロは一度なのはの方に振り向いた。

 

「なのは、そこに設置型のバインドを置けるか?」

 

そう言いながらヒイロが指差したのはなのはが立っている場所からそれほど離れていない場所だった。一度ヒイロが指を刺した場所を見たなのはは不思議そうに首を傾げた。

 

「あそこにですか?別にいいですけど…………」

 

振り向きながらも承諾したなのははヒイロが指定したポイントにトラップ型のバインド用魔法陣を展開した。それを確認したヒイロは再び目の前の茂みに視線を下ろすと、自身も片膝をつくような態勢を取った。

 

「……………そこにいるのはわかっている。ケガはないか?」

 

ヒイロが声をかけた茂みから返答はない。見かねたなのははヒイロに近寄ろうとした瞬間、突然茂みがガサガサと音を立てながら揺れ始め、そこに何者かがいることを暗示させる。

 

「え…………!?」

「この建物を取り囲むように人員が立っているのも、ただ単に幼いお前を心配しているだけだ。だから、ここにお前に危害を加えようとする奴はいない。」

 

驚いた声を上げるなのはを尻目にヒイロは淡々と茂みに声をかける。だが、心なしか穏やかなトーンが入っているような声が茂みの中にいる存在に届いたのか、もう一度大きくガサガサと茂みが揺れる音が響くと、そこから大事そうにウサギを模したぬいぐるみを抱えた少女の姿が現れる。

フェイトと同じような金糸のような髪を腰回りに伸ばした少女はその翡翠のような緑とルビーのように紅いオッドアイの瞳を怯えさせていた。

 

「……………ケガはないようだな」

 

怯えた目線を向けている少女に対して、ヒイロは少女の体に傷がないことを確認する。

少しの間、怯えた目を見せる少女と見合っていたヒイロだったが、不意に目線を外し、立ち上がった。

そして、体をなのはがいる後方に振り向く。少女を自身の足で見えづらくなるようにしている姿は守るように立ち塞がっていることを想起させる。

 

『ごめんなのは、ヒイロさん!!シスターシャッハがーーーー』

 

直後、ヒイロとなのはの脳内にフェイトからかなり焦ったような口調で念話が響くと中庭にトンファーのような形状をした双剣型のデバイス、『ヴィンデルシャフト』を両腕に構えたシャッハが降り立つ。

 

「ああ、わかっている」

「えっ!?えっ!?ええっ!?!?」

 

変わらない抑揚で答えるヒイロに対し、なのはは3回ほど驚いた声を出しながら視線を右往左往させる。三回ほど驚いた表情を見せたのもそれぞれに反応していたためである。

 

一つ目は突然武器を構えたシャッハが現れたこと

 

二つ目はそのシャッハが中庭に降り立った位置がまさにヒイロから言われてなのはが設置型のバインドを仕掛けた場所であったこと

 

そして三つ目はそのバインドを仕掛けさせたヒイロがいつのまにか右手に展開していたバスターライフルの一丁をシャッハに向けていたことだ

 

 

「ッ……………!?」

 

中庭に降り立った瞬間にヒイロから銃を向けられるという異常事態に思わずシャッハは身構えてしまう。その瞬間、シャッハの詰みが決まってしまった。

 

「バ……バインドッ!?」

 

予めヒイロに言われて仕掛けた設置型のバインドが起動し、シャッハの体を縛り上げ、その場で拘束をした。

 

「シャ、シャッハさん!?」

「た、高町教導官………これは………!?」

 

自分を縛り上げているバインドは桜色をした魔力光だ。その色の魔力をもつものはこの場ではなのはが該当する。そのためシャッハはなのはに状況の説明を求めるが、肝心のなのはが困惑気味に狼狽ているため、シャッハ当人も困惑色に表情を染め上げる。

 

「……………お前の行動パターンは解析済みだ。そのデータを通したゼロの予測ではお前はこの子供に危害を加えると出た。だからなのはに予めゼロが予測したポイントにバインドを仕掛けさせた」

 

バインドに縛りつけられ、身動きの取れないシャッハにヒイロは向けていたバスターライフルを下ろした代わりに細めた目線を向ける。その目はさながら失望していると言わんばかりのものであった。

 

「信者の言葉を聞き届けるのが役目の聖職者と聞いて呆れる。やはり本質は管理局とそう変わらないらしいな。市民に対して害を成す可能性があることを建前にして、力を振りかざす。それはただやたら無闇に力を振りかざしている馬鹿と同等だ。」

「ッ……………!!で、ですけどその子はーーーーー」

「危険かどうかを決めるのは少なくとも他人ではない。コイツ自身が決めることだ」

 

シャッハが言おうとしたのは、ヒイロの側にいる子供が人造生命体であること。ましてや聖王の遺伝子をもとにしたクローンなど、どんな危険が潜んでいるかなど想像つくものではない。

 

つまり、将来的に自分たちに多大な害を及ぼす可能性がある。だから比較的おとなしい今のうちに処理しておく必要がある。シャッハが言わんとしていることはそういうことだ。

 

それを察したヒイロは一層鋭い目つきでシャッハを睨みつけながら二の句を告げさせないように遮った。

 

「お前が手にした力は、何もできない弱者をいたぶるために手にしたものか?仮にそうだとすれば極めて度し難いが、俺が相手になってやる。」

 

そう言ったヒイロの表情はいつもの如く鉄面皮な無表情であった。しかし、佇まいから滲み出る気迫は彼が確実に怒りなど、それに順ずる感情を抱いていることを否が応でも察せざるを得ない。

滅多に見ないヒイロの明白な怒り形相になのはは思わず息を呑み、ヒイロとはじめて顔を合わせてからまだ日の浅いシャッハでさえも冷や汗のようなものを流していた。

 

「ヒイロさん、やめて!!それ以上は後ろの子が!!」

 

そんな時、事態を見かねたのか、二階の窓から飛び降りながら、フェイトがヒイロに静止の声をかける。その声にわずかにハッとしたような表情を見せたヒイロは自身の背後にいる少女に目線を向ける。

 

少女の体はこの場の緊迫感に耐えかねたのか、恐怖からか、体がプルプルと震え、竦み上がっていた。それを見たヒイロは微かにだが舌打ちをした。それは目の前の少女に対するものか、それとも自身の浅はかさを戒めるものだったのか定かではない。

 

しかし、ヒイロは少女から距離を取り、その場から離れることを選択する。

 

「あとはお前たちに任せる。俺はこの場にはいない方がいいようだ」

 

吐き捨てるようにそれだけなのはたちに言葉を残すと少女の隣を通り過ぎ、足早と帰っていった。

 

「ぁーーーーー」

 

少女とすれ違った時、何か言いかけたのを耳にしなかったわけではないが、少しでも早くこの場から離れたかったヒイロは立ち止まるようなことはしなかった。

 

 

(なのは、とりあえずあの子の元へ向かってくれる?)

(う、うん。わかった)

 

ヒイロがその場から立ち去り、残されたなのはたち。

ひとまずフェイトが固まっているなのはに少女の面倒を念話で頼むと、バインドにかけられっぱなしのシャッハに駆け寄り、縛っているバインドを解いた。

 

「ッ…………す、すみません。ご迷惑を、おかけしました………」

 

フェイトにバインドを解かれたところでようやく緊張から解放されたシャッハは額から汗を流し、憔悴した口調でフェイトに謝罪を述べる。

 

「いえ…………その、大丈夫………ですか?」

 

気まずそうな表情を見せながらフェイトはおずおずとシャッハに容態を尋ねた。それにシャッハは取り乱したり、恐怖の入り混じった怒りをぶつけるわけではなく、ただただ乾いた笑みを見せる。

 

「……………非才の身でありながら、様々な現場に赴いてきましたけど、本気で殺されると思ったのは初めてです」

「ヒイロさんは………いつもは怒りどころか、あまり感情を表に出さない人なんです。それがどうして突然ーーーーー」

「おそらく、私が彼の中で特段の地雷を踏んでしまったからでしょう…………言わずもがな、あの女の子なのでしょうが…………」

 

重い表情をしながらシャッハは視線の先に少女の姿を見納める。ヒイロが怒りの形相を露わにしたとはいえ、それが直接自身に向けられているものではないと本能的にわかっていたのか、なのはの応対にぎこちないものこそあれど、しっかりと答えていた。

 

「……………本人のいないところで尋ねるのは失礼ですが………彼は、何者なんですか?あの気迫だけで察せられる尋常ではない強さ………常人ではとても……………」

「ヒイロさんは……………ずっと戦ってきた人です。私達がやっていたのが、子供遊びに見えてしまうほどに、苛烈で、凄惨な…………」

「そう……………ですか」

 

ヒイロの為人をフェイトから聞いたシャッハはもう一度なのはと話している少女に目線を向ける。なのはと話している少女はスカリエッティ、ないしはその人物に関係する一派によって作られた人造生命体だ。しかもその利用された遺伝子の素体はかつての戦争を終結させた聖王その人。

そんな戦争一つを終結に持っていった強大な力を持った人物のクローンなど危険以外の何ものでもない、そう思っていたが、今の少女の対応を見るに、その危険が迫ってくるようには見えないのが正直なところであった。しかしーーーー

 

「持った力が危険かどうか他者が決めつけることではない、か」

 

その人物が力を危険だと思ってしまえばそれまでだ。しかし、ある人物が利用できると思ってしまえば同じようにそれまでの話。結局のところ力とは使い方次第でその在り方を大きく変える。

なのはの砲撃魔法がその最たる例だ。彼女がその使い道を護りたい人たちのために使っているが、一度その矛先を変えてしまえば、一瞬にして災害を引き起こす。そしてそれは聖王のクローンの少女がもっているかもしれない力もその例に当てはまる。

 

力とはその程度のものなのだ。決して尊ばれるものでもないし、ましてや悪用するものでもない。過ぎた力は新たな混乱を引き起こすだけ。

 

(………………一回、自分の中で整理をつける必要がありますね………実際、危険な力を持っていたとはいえ、いたいけな少女に武器を向けるなど、流石にーーーー)

 

シャッハはそう心の中で一人呟いた。

 

 

 

 

「えっと、ひとまず君の名前はヴィヴィオ……でいいんだよね?」

「……………うん」

 

フェイトの言葉に聖王のクローンである少女、ヴィヴィオは静かに頷く。まだフェイトたちに対して心を開き切っていないことの証左なのだろうが、それでも何も語ってくれないよりはいいだろう。

結局のところ、ヴィヴィオは機動六課で引き取ることとなった。しかし、機動六課自体、期限つきの部隊であるため、ヴィヴィオを預かってくれる里親が見つかるまでの間だが。

一応、その形で話が固まったことでなのはたちはヴィヴィオを連れて隊舎へと戻ることにした。

 

「あれ…………ヒイロさんがいない?」

 

敷地内に止めたフェイトの車まで戻ってきたなのはたちだが、その車の近くにヒイロの姿はなかった。不思議に思ったなのはが辺りを見渡すもヒイロの姿をかけらも見つけることもできなかった。

 

「どこ行ったんだろう…………車の中にもいないし……………」

 

車内を覗き込むも、そこにもヒイロの姿がないことに訝しげな表情をみせるフェイト。

 

『ヒイロ殿なら、車にいますよ』

『反応自体は見られますし、おそらくはヴィヴィオに対する配慮なのかと』

 

そんな時、二人のデバイスであるレイジングハートとバルディッシュからヒイロの反応が車からしていることを告げられる。そのことに一旦は首をかしげる二人だったが、自身のデバイスからの発言を無碍にはできないため、そのままヴィヴィオを後部座席に乗せ、隊舎へと戻っていった。

 

だが、レイジングハートたちは決してヒイロが()()にいるとは一言も言っていないことに二人が気付くことはなく、そのまま何事もなく隊舎へと戻っていった。

 

 

 

 

「じゃあ、なのははヴィヴィオを先に下ろして戻っていて。私は車を戻してくるから」

「わかったの。じゃあまた後でね」

 

隊舎に戻るとフェイトはなのはとヴィヴィオを隊舎の玄関で下ろし、車を所定の場所に戻しにいった。

 

「さて…………あとは」

 

車を車庫に戻したフェイトは鍵を閉める前に視線をある場所に向ける。それは車の後方にあるトランクだ。フェイトは車の後ろに回り込むと、取手に手をかけ、トランクの扉を持ち上げる。

 

「ヒイロさーん?もういいですよー……………ってあれ?」

 

てっきりヒイロはトランクにいると思っていたフェイトだったが、トランクの中は間抜けの殻であり、ヒイロがいたと思われる痕跡も一つもなかった。

 

「い、いない………?ねぇ、バルディッシュ、本当にヒイロさんは車にいるんだよね?」

『そうですが。もっとよく探しましょう』

 

予想していた展開と違うことにフェイトは眉を潜めながら自身の相棒に再び問い詰めるが返ってくる答えに変わりがないことに思わずフェイトも首をかしげる。

そんな時、思考をしていたフェイトの耳に何かを引きずるような音が入ってくる。

 

「え…………何なの、この音」

 

突然の物音にフェイトは体を強張らせるが、そこは執務官としての矜恃なのか、冷静に物音の音源を探る。

 

(これ…………車の下から?)

 

何かを引きずる音ーーーー具体的には布を擦り付けているような異音はフェイトの車の下から響いてきていた。その事実がフェイトにとある確信を抱かせる。しかし、あまりにも常識外れな行いに思わずフェイトは車の下に向かってーーーー

 

「あのー…………ヒイロさん?先に車を動かします……………か?」

 

声をかけた。本来であれば返ってくるはずのない車の下に向かっての声がけ。

 

「頼む」

 

しかし、返ってきてしまった。しかもヒイロの声で。それを聞いたフェイトは顔を青くしながら急いで車のエンジンをかけ、一度車庫から出した。

すると先ほどまで車があった場所に仰向けになっているヒイロの姿が現れる。

 

「何やってるんですか、貴方はッ!?!!?」

 

車の車体にしがみ付いていたと思われるヒイロにフェイトはギョッとした顔をしながら駆け寄った。

 

「問題ない。ダメージは受けていない」

「もう、心配したんですからね!!」

 

平然と立ち上がるヒイロにフェイトは怒っているように彼に詰め寄りまくし立てる。実際ヒイロは傷一つ負っていないのだが、それでも心配なものは心配なのである。

 

フェイトがヒイロからなぜ車の下にいたのか聞き出すと、ヒイロは病院からずっと車の下にしがみ付いていたらしい。しかも若干荒々しい運転をするフェイトがハンドルを握っている時にも関わらずだ。

 

「少し気まずいことがあったからヴィヴィオと顔を合わせづらい気持ちはわかりますけど、車高の低いスポーツカータイプの車の下に潜り込むのはやめてください!!貴方の身に何かあったらどうするんですか!?常識的に考えてせめて後ろのトランクにしてください!!」

「…………………了解した」

「いや…………車のトランクに入るのも些か常識的ではないような気がするのだが…………」

 

 

二人のやりとりに呆れたように肩を竦めるアインスだったが、それが聞き届けられることはなく、虚空に消えていった。

 

 

そのヴィヴィオを機動六課の隊舎に迎えてから二日後。特に出動の連絡もなかったため、ヒイロは暇を持て余し気味になっていた。なのは主導の、スバル用の特訓機器の調整も最終段階に入った上、シャーリーからの個人的な頼みに対してもやる事が少なくなったため、食堂で時間を潰す事が多くなっていた。

 

(ユーノからの連絡もない以上、情報を整理する必要もない。完全に手持ち無沙汰だ)

 

しかし、そんないわゆる平和な時間の間で変わったことが一つあった。

 

「ーーーーーーー」

 

入り口からそれなりに聴き慣れた声が聞こえ、そちらに視線を移すヒイロ。案の定予想通りの人物が立っていた。

 

「もう………ダメですよ、ヒイロさん。少しは構ってあげないとーーーー」

「………………勝手にそう呼んでいるだけだ。俺がそれに応える道理はない」

「でも、貴方がいないとわかった途端、とてーも不安そうな顔していましたよ?」

 

現れたなのはにヒイロはわずかに鬱陶しさを感じていることを示すように眉を潜めた表情を向ける。対するなのはも若干おどけたような口ぶりだが、表情にこそ微妙なものが含まれていた。そして、彼女と手を繋いで、傍らに立っていたヴィヴィオがトテトテとヒイロが座っている席に近づくとーーーーー

 

()()ーーーーー!!!」

 

満面の笑みを輝かせながら手を大きく広げ、ヒイロに抱っこをせがむヴィヴィオ。結論から言うとヴィヴィオはなのはのことを『ママ』と呼び、ヒイロのことをどういうわけか『パパ』と呼ぶようになった。

これがこの数日で変わってしまったことであった。

 

しばらく白けた目でヴィヴィオを見つめるヒイロであったが、最終的に根負けし、膝の上にヴィヴィオを乗せる羽目になった。

 

 




祝ってくれる人がいるのであれば、感想欄はどうぞ^_^




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第65話 家族の肖像

コロナ騒ぎでゲーセン行きづらいので第二次スパロボα買いました^_^

ウイングゼロどこ…………?(進行度クスハルート第四話)

P.S フェイトそんはやっぱりポンコツだったよ、悲しみ)


ヴィヴィオがヒイロのことをパパと呼ぶようになったのは彼女を六課で引き取ることになってからそう時間の経っていない時間であった。

 

ヒイロがフェイトのスポーツカーの下に体をねじ込ませていたことに関してフェイト自身からお小言としてもらったあと、隊舎に戻ったヴィヴィオを連れたなのはより後に隊舎に戻ったからか、入るやいなや、目に飛び込んできたのはなのはの傍らにひっついたヴィヴィオを物珍しそうに見つめている六課の面々の姿だった。

 

「えっと…………君がヴィヴィオやな?私は八神はやて。君を引き取ったなのはちゃんの友達や。よろしく。」

「………………うん」

 

先頭にいたはやてがヴィヴィオに対して目線を揃えるためにしゃがみながらの自己紹介にヴィヴィオはなのはの足に隠れるようにしながら小さく頷く。

あまり心を開いていないことの現れではあるだろうが、しょっぱなから警戒されているより大幅にマシだと思っているはやては苦いものにしながらも笑顔自体は崩さずに会話をする。

 

そのはやて達の集団の側をヒイロはなに食わぬ顔で通り過ぎようとする。

 

「あ、あれ…………ヒイロさん?いいんですか?」

 

ヒイロがヴィヴィオに関わろうとしない様子にフェイトは困惑気味な表情を見せながら呼び止める。

 

「……………問題ないだろう。奴らも引き際を弁えている筈だ。俺が何か言うまででもない。」

 

それだけ言って、ヒイロは隊舎のエントランスから姿を消す。その様子に思うものがないわけではなかったフェイトだが、ひとまずなのはの元へ向かうことにした。

 

「お、フェイトちゃんもお帰りやな。て、あれ?ヒイロさんは?一緒に病院に向かっておらんかった?」

「実は戻ってくる時から姿が見えなかったんだよね…………レイジングハート達は車にいるって言うからそのまま戻ってきたんだけど…………」

「え、そうなん?」

 

やってきたフェイトに気づいたはやてがヒイロの姿が見当たらないことに首を傾げ、フェイトに尋ねると、それになのはが怪訝な顔をしながら戻ってくる時から姿が見えなかったことを明かす。

そのことにはやては表情を疑問に染めながら再びフェイトに疑問をぶつける。

その矛先となったフェイトは呆れたように肩を竦めると、話し出した。

 

「実はヒイロさん、私の車の底にへばりついていたの…………車高が低いにもかかわらず……………」

「えっ?」「は?」

 

フェイトの言葉になのはとはやての気の抜けた声が響く。表情からも理解が追いついていないのか、空いた口が塞がらないように丸く円を作っていた。

 

「………………それって、病院からずっと?」

「多分、そうだと思う……………」

 

辛うじて出たなのはの疑問にフェイトは肯定を持って無言で頷く。そのことになのはは乾いた笑いを出さざるを得なくなってしまう。

 

「ええっと…………ヒイロさんに怪我は…………?」

「何事もなかったかのように平然と戻っていったよ?」

「おおう…………それは何よりなんやけど…………。」

 

とりあえず部隊長としてヒイロの安否を確かめるはやてにフェイトはこれまた呆れた様子で怪我一つなかったことを告げる。いい知らせではあるのは確かな筈なのだが、はやての顔には苦笑いのようなものが終始浮かび上がっていた。

 

「ママ………………」

 

そんな時、ヴィヴィオの寂しそうな声が3人の耳に入る。思わずハッとなると目線をヴィヴィオに向けると、繋いでいるなのはの手をギュッと握りしめながら不安そうな顔をしきりに右往左往させている光景が映った。

 

ヴィヴィオの母親ーーーそれはいわずもながクローンの元となった聖王、その母親、つまり過去の人間のことを指す。しかし、その対面を果たすには少なくとも数百年は時間を下らないと叶わない。つまり、彼女の求める母親に会える可能性はゼロだ。

 

『一番の被害者は聖王のクローンである13番目の娘だろうな。』

 

聖王教会で六課を設立させた訳を話した時のヒイロの言葉が3人の中で思い起こされる。あまりにも残酷な運命。この先に一切の孤独を味わってしまうだろう少女の未来に、なのは達は気まずそうに表情を暗く落とす。

 

 

その孤独をこの場にいる三人は知っていた。フェイトは自身が元々クローンであったが故に、はやては幼い頃に両親を亡くした故に、何よりなのはは家族にも考えがあったとはいえその孤独を味わった。味わってしまった。

 

だからーーーー

 

「……………じゃあ、一緒に探そっか。」

 

なのはがそう切り出した瞬間、そんなあてもない、そもそもとしてそのアテが存在すらしないことを知っていながら探そうとしているのかと思ったはやてが一瞬ギョッとしたような目線を見せる。

 

「でも、それはとっても時間のかかること。だからその間だけでも私のことをママって呼んでもいいよ?私にそれが応えられるかどうかはわからないけど…………」

「なのはちゃん、それはーーーー」

 

つづけざまに出たなのはの言葉でその真意に気付いたはやては出かけた表情をなんとか押し留めながらも改めてその意志を確認するかのように問いかける。なのはが言わんとするのは里親が決まるまでの間、彼女自身を母親と見立てることだ。しかし、それは一時とはいえ母親を持ったヴィヴィオに必ず訪れる別れを押し付けるようなものだ。それ故にはやてはなのはにその確認をしたのだ。

 

「………………やっぱり子供に寂しさを感じさせるのは色々とまずいことがあると思うから、ね?」

「…………なら、私からはなんも言わへんよ。でもなのはちゃんにもやることは色々あるから、いくらかみんなにお願いをまわしておく。」

「…………ありがとう」

 

理解を示し、なのはの手伝いをすると言ったはやてになのははどこか儚げな笑みを浮かべる。

 

「フェイトちゃんもそれでええか?」

「うん。私も名乗り出ようかなって思っていたから。」

 

ついでと言わんばかりのものだったが、フェイトにも確認をとるとわずかに笑みを見せながら一応なのはと同じ考えを持っていたことにはやてはふと思いついたようにヴィヴィオに視線を向ける。

 

「………………遺伝子的にはフェイトちゃんの方が合ってそうやな。髪色とか、目の色も片方おんなじやし」

「そ、それは言わないお約束……………」

 

遠回しに血縁的に似ていないといわれてしまったなのはは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「いいの……………?」

「もちろん」

 

母親代わりになるというなのはの言葉にヴィヴィオは気が引けているような目線を向ける。しかし、なのはが安心させるために笑みを浮かべながらの言葉に少しでも安堵したのか表情を柔らかなものに変えた。そのことになのは達もつられるように和やかな表情を見せる。

 

「…………………?」

 

だが、しばらくすると柔らかな表情を見せていたヴィヴィオが今度は忙しなく辺りを見回すように視線を右往左往させる。その様子はまるで何か探しているかのように見えた。

 

「…………どうかしたの?何か怖いものでもあった?」

 

ひとまずなのはがヴィヴィオにそう声をかけるとヴィヴィオはそう言う訳ではないらしく、フルフルと首を横に振った。

 

「パパは…………ここにいるの?」

 

(パ、パパってこられちゃったね…………)

(どうしよ、これは流石に厳しいものがあるような…………誰かやってくれる人いるかなぁ…………)

 

ヴィヴィオにパパの所在を尋ねられたことになのは達は念話で対策会議を始める。困惑気味な声を上げるなのはにはやても困り果てたように頭を抱える。決して男性がいないわけではないが、それを任せられるほどの余裕を持った人員がいるかどうかは別問題だった。

 

(でも…………ヴィヴィオの言葉的にパパって呼びたい人がいるんじゃないかな?この六課に……………あれ?)

 

ヴィヴィオの言葉にそう予想をつけていたフェイトだったが、途中で何か別のことに気づいたのか、疑問気な言葉を上げる。

 

(…………パパ………もとい父親って男の人だよね。でもヴィヴィオはまだ目覚めたばかりで会ったことのある男の人はすっごく限られる、どころかーーーー)

(断定できてまうなーーーーー?)

 

フェイトのその声色は最初こそ平坦なものであったが、徐々にその中に隠しきれない冷えたものが割合を増していく。それと比例して、なのはの表情もだんだん青ざめたものへと変わっていき、とどめと言わんばかりに同じように冷えた声色のはやての声がなのはの脳内で念話として響く。

 

……………どうしよう。いつのまにか処刑台に立たせられたような気分になっちゃった。

 

そう心の中で呟き遠い目をうかべるなのはだったが、それから瞬く間にひとまず隊舎内をヴィヴィオと共に回ってみることが決まってしまった。

だが、結果だけ言ってしまえば隊舎に戻ってきたはずの人物の姿が見つかることはなかった。

 

 

(うーん…………変に寿命を延ばされた気分…………)

 

目的の人物が見当たらなかったことに一抹の安堵感を感じるなのはだったが、それが一時の先延ばしでしかないことはわかり切っていたため、結果として複雑な感情を抱いていた。

はやては流石に部隊長としての責務をいつまでも投げ出す訳にはいかないため、不承不承ながらも途中で自室に戻っていった。

 

「部屋にもいないね…………」

 

時刻はすっかり夜になり、ヴィヴィオが疲れから船を漕ぎ出したところを見計らって部屋に戻ってきたなのは達だったが、明かりの付いていない部屋を見て、目的の人物、ヒイロがいないことを示していることにフェイトはポツリと呟いた。

 

「まぁ…………明日にはまた顔を出してくれると思うよ?うん」

 

そう声をかけるも、フェイトの表情はどこかふて腐れたものから変わろうとしない。

 

(……………フェイトちゃんもはやてちゃんもヒイロさんのことになっちゃうと死ぬほど面倒くさいことになるの…………)

 

そうも言いながら苦笑いを浮かべるなのはに眠たげにするヴィヴィオの姿が映ると、彼女を引き連れてベットへと向かう。

 

「なのは、もう寝るの?」

「うん、ヴィヴィオも眠たそうだからね。フェイトちゃんもシャワーとか済んだらもう寝たらどうかな?」

「……………そうしようかな。流石にワーカーホリック気味のなのはに言われるのはまずいし…………」

「その節はごめんねって私言わなかったっけ!?」

 

勧めただけなのにまさか返しにいじられるとは思わなかったなのはは思わずショックを受けたような表情をフェイトに向けた。

そんなてんやわんやはあったものの、時間が流れていき、日を跨いだ頃合い。ヴィヴィオはベッドでスヤスヤと寝息を立て、その隣でフェイトも整った寝息を立てていた。その和やかな家族の団欒のような光景になのはは自然と笑みを溢す。

 

「……………まだ起きていたのか。」

 

そんな中、唐突に部屋の扉が開いた音が微かにだが部屋に響き、なのはがそちらに目線を移すと淡々とした声と共にヒイロの姿が目に入った。

 

「ヒイロさん……………」

 

今の今まで帰ってきてからというもの、姿を全く見せなかったヒイロが現れたことになのは驚きながらヒイロの名前を呼ぶも、当の本人はそれを気にかける素振りすら見せず、もはや定位置となったソファに腰を下ろした。

 

「…………………」

 

なのはが横になっているベッドからでは、ヒイロが腰を下ろしたソファを後ろから眺めることになり、ヒイロの表情を窺うことはできない。元々ヒイロも自分から話し始める性格ではないため、妙な沈黙が部屋の中を覆う。

 

「……………六課で引き取ることにしたのか?」

「え…………あぁ、うん。そう、だね。」

 

突然のヒイロからの質問に少し面食らった表情を見せるなのはだったが、かれが尋ねていることがヴィヴィオのことであると察すると頷く声を上げる。

 

「ソイツはスカリエッティに目をつけられている。そうなっている以上、奴の戦力の矛先がこの機動六課隊舎に向けられる可能性も十二分に考えられる。その認識はあるのか?」

「………………それはそうだと思うよ。でも、ヒイロさんもおんなじことをしたんじゃないのかな?もしあそこでヒイロさんがその場を後にしなくても。」

 

ヒイロが語る危険指数の上昇になのはは結局はヒイロも同じことをしたのではないかと問いかける。その言葉にヒイロは特に返答をすることはなかったが、沈黙は肯定と見たなのはは軽い笑みを見せる。

 

「あ、そうだ、ヒイロさん。明日の朝すぐにどこか行くなんてしないでしばらくこの部屋にいてくれませんか?」

「………………何故だ?」

「変に寿命を延長されるのは嫌だからです。」

 

なのはの言葉の真意を掴みきれなかったヒイロはわずかに疑問気な顔を見せるが、せいぜいがヴィヴィオと顔を合わせる程度だと思っていたヒイロは怖がらせたあの時から時間がそれなりに経っているというのも判断して、なのはの言われる通りにすることとした。

 

そして翌朝、日が昇り、部屋に光が差し込み始めた頃合い。既に目が覚めていたヒイロはなのはから言われた通りにすぐに部屋からほっつき歩くようなことはせずにソファで座り込んでいた。

 

「……………起きたか。」

 

そんな中、ベッドの方からわずかに布が擦れたような音が飛んでくるとヒイロは寝ていた三人のうち誰かが起きたのだろうと判断し、閉じていたまぶたを上げるとソファから立ち上がり、ベッドの方へと向かう。

 

「ンニュ…………………」

 

意外にも一番初めに起きたのはヴィヴィオだった。そのことにヒイロはわずかに気がひけるような思いを抱くが、ひとまずスッキリと目覚めたわけではないのか眠た気にしているヴィヴィオに目線を向けると、近くに起きている人間がいることを察したのか、傍らで寝ているなのはとフェイトを一瞥した後、ヴィヴィオもヒイロに目線を向けた。

 

「……………パ…………パ?」

「ッ!?!!?」

『ブフッ』

 

眠た気な声で開幕早々に自身のことをパパと呼んでくるヴィヴィオにヒイロは思わず目を見開き、ウイングゼロの中にいたアインスはたまらず吹き出した声を上げる。ヒイロはとりあえずアインスに一言申したかったが、目の前にいるどういうわけか自身を父親と慕うヴィヴィオから目線を外すことも出来ず、物申そうとしたのは流れていった。

 

「パパ!!」

『待ってくれ…………笑いすぎてお腹が痛くなりそうだ…………』

 

困惑のあまりヒイロは笑い転げているような状態のアインスに殺意を抱きながらも、ヴィヴィオに対してはどうすればいいのか分かりかねている中、ヴィヴィオは先ほどまでの眠気はどこ吹く風と言いたげな晴れやかな笑みを見せながらベッドの上を歩いてくる。そのことに余計に体を強張らせるヒイロだったがーーーー

 

「あーーーーーー」

 

唐突にベッドの上を歩いてきていたヴィヴィオがこけた。おそらくベッドのスプリングの反発がヴィヴィオの歩きと悪い具合に噛み合い、彼女のバランスを崩したのだろう。しかも彼女がこけたのはベッドの端の部分。その先にクッション代わりのベッドはなく、そのままでは真っ逆さまに硬い床に叩きつけられるだろう。

 

「ッ!!」

 

そこからのヒイロの行動は素早かった。落下を始めたヴィヴィオの体に自身の右腕を滑り込ませると、若干の手荒さが入り混じったように強引にヴィヴィオの体を抱きかかえた。

 

「おい………変に騒ぐな。後が面倒になる。」

 

呆けている彼女にそう小言を立てると、片手で抱きかかえたヴィヴィオの体をそっと地面に下ろした。

 

「ご、ごめんなさい……………パパ。」

 

迷惑をかけたことを悪く思っているのか、そう謝罪の言葉を言って顔を俯かせたヴィヴィオにヒイロは僅かに肩を竦ませる。最初こそ聞き間違いと思っていたヴィヴィオのパパ呼びはどうやら完全にヒイロ自身を対象としているらしい。

 

「何故俺をそう呼ぶ?」

「?…………パパはパパだよ?」

 

理由を尋ねてもヴィヴィオは不思議そうに首をかしげるだけだった。その反応に答えを得ることはできないと判断したヒイロはヴィヴィオにそれ以上追及することはしなかった。

 

『………………彼女は聖王のクローンだ。クローンである以上、この子に肉親と呼べる人間は既にこの世にはいない。だったら彼女の好きに呼ばせた方が、彼女の心の安定に繋がると思うが?』

 

いつのまにかヒイロの肩の上に乗り、ヴィヴィオに聞こえない程度の声量で耳打ちをしてくるアインスの言葉にヒイロは少しばかり思案に耽る。

 

「……………俺がそれに応えるかどうかは別だ。」

『そうか。まぁ…………お前ならそんなに邪険な態度は取らないだろう。』

 

あくまで別問題と言い切るヒイロにアインスは少しばかり困った笑みだけ見せると、再びウイングゼロの中に戻っていった。ちょうどそのタイミングで再びベッドから衣擦れ音が響いてくるとなのはがムクリと上体を起こしている姿が目に入ってくる。

 

「う〜ん……………あ、ヒイロさん。ちゃんといてくれたんですね。」

 

腕を真上に伸ばして眠気を飛ばしたなのはは近くに立っていたヒイロに目を合わせるとそんなことを言ってくる。そして自然と彼の足元にいたヴィヴィオに目線が持っていかれると何か察したように気まずそうな表情に変えた。

 

「あの〜……………実は昨日からヴィヴィオがパパを探していたんですけど…………」

「今しがたコイツ自身の口から飛び出たところだ。」

 

そう言って顔をヴィヴィオに向けたヒイロの様子になのはは少しだけ困り果てた笑みを浮かべた。

 

「ママー、おはよう。」

「……………うん、おはよ。ヴィヴィオ。」

「……………お前が母親代わりか。」

「私は自分から進んでだったんですけど…………ね?」

 

どうやらヴィヴィオは完全に自らの意思でヒイロを父親と選んでしまったらしい。そのことがよほど面倒だと感じているのか、わずかにだがため息のような息遣いをこぼした。

 

なお、そのあと一番最後にモゾモゾと起きたフェイトはヒイロのことをパパと呼ぶヴィヴィオを見た瞬間ーーーーー

 

「詳しく…………」

 

「説明してくれるかな?」

 

「今、私は冷静さを欠こうとしているから」

 

 

と一言話すたびに脂汗を流しているなのはにジリジリと詰め寄っていく光景が出来上がったが、実害が一切なかったため、ヒイロはそれら全てのやりとりを完全にスルーし、ヴィヴィオに集中していた。

 

 

 

 

 

「……………すっごく懐いていますね…………。」

 

そして現在、そう言葉をこぼしたのは珍しいものを見ているかのような目でヒイロの膝の上で寝息を立てているヴィヴィオを見つめるスバル。その周りには同じように寝ているヴィヴィオを見つめているティアナをはじめとするフォワード陣の姿があった。

 

「黙っていろ」

「し、辛辣ッ!?」

 

帰ってきた言葉が想定を遥かに上回った刺々しいものに思わずスバルは驚愕と衝撃が入り混じった表情を見せる。

ヒイロがその言葉を出した理由が単純にスバルが鬱陶しかったからか、はたまた寝ているヴィヴィオを起こさないためのものだったのかはヒイロ自身にしか知り得ないことだ。

 




前話では、祝いのコメント、ありがとうございました^_^


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第66話 仮初の関係、されどその思いはーーーー

#ヒイロどんどんパパになる

……………………アハァー↑(白目)


「……………………」

 

あてがわれた自室、もといなのはたちの部屋のソファに座りながら、静かに無言を貫くヒイロ。

その視線は一点を集中して向けられており、その先には机にむかっているヴィヴィオの姿があり、広げられた画用紙にクレヨンのような画材を片手にお絵描きをしていた。

 

(…………………俺が子守をやることになるとはな。)

 

お絵描きをするヴィヴィオを視界に収めながらもヒイロはこの次元世界にやってきてから自身がやってきたことを思い起こす。

初めにフェイトから師事をせがまれ、その後間髪入れずになのはも師事することになり、ティアナとスバルのクロスシフトの完成の片棒を担ぐことになり、挙句の果てにはヴィヴィオにパパと呼ばれるようになり、その面倒を見ることになった。

 

自身が関わることなどついぞないと考えていたことが、この世界に来てからは関わりまくりの日々だった。

 

「………………できたー!!」

 

思案の海に耽っていたところだったが、絵を描き終わったのかヴィヴィオが声を張り上げたタイミングで意識をヴィヴィオに戻した。テテーンと見せびらかすように絵を描いていた画用紙を真上に掲げるとトテトテとヒイロに近づいてくる。

 

「なんだ?」

「見てみてー!!ヴィヴィオとパパとなのはママ達!!」

 

ヒイロがヴィヴィオに質問するとヴィヴィオは手にしていた画用紙をヒイロに手渡した。それを受け取ったヒイロがその画用紙に目を落とすと、そこには子供らしくひどくデフォルメされた姿だったが、満面の笑みを浮かべるヴィヴィオを中心に、彼女を囲むように濃い茶色の六課の隊服に身を包んだなのはやフェイト、そしてはやて、さらにはヒイロの姿があった。

 

しかし、デフォルメされたヒイロはどことなく前髪が大きい…………というより長かった。

 

(……………これではどちらかと言えばトロワだな。)

 

ヒイロを描いたことはなんとなく察せられるが、異常に伸びた長い前髪をみて、仲間のガンダムパイロットであるトロワ・バートンの姿を思い出す。だが、今それは関係がないと判断するとすぐさま頭の中から追い出した。

 

「どう………………かな?」

 

絵を見ていたヒイロだったが、ふとヴィヴィオのか細い声が聞こえ、画用紙からヴィヴィオに視線を移すと、彼女が手を後ろで組んで、所在なさげに体を横に揺らしながらも、恥ずかしいのかわずかに紅潮した顔を見せていた。

 

「………………よく描けている。」

 

視線を画用紙に戻しながらポツリと呟いた品評だったが、ヴィヴィオにはそれだけでもご満悦だったらしく、この絵に描かれているヴィヴィオと同じような満面の笑みを浮かべた。

 

そんなヴィヴィオの様子をみて、どことなく穏やかな胸中になるヒイロだったが、目についた時計に視線を向けると、ちょうどなのはたちがやっているスバルたちへの教導ーーーその午前の部が終わりそうな時間に差し掛かっていた。

 

 

「……………なのはたちはそろそろ休憩を挟む頃合いだが、お前はどうする?」

「行く!!」

 

ヒイロからの質問にヴィヴィオが大きく頷きながら教導を行なっている彼女たちの元へ向かうと答えると、ヒイロはソファから立ち上がり、トテトテとついてくる彼女を連れ、教導の行われている外の巨大なシミュレーターシステムへ足を運ぶ。

 

「?」

 

部屋を出ようとしたところ、左腕を誰かに触られているような感覚が走り、わずかに疑問気な様子を見せながらそちらに目線を向ける。

 

「えへへ……………」

 

そこには若干気恥ずかしそうにヒイロの腕にくっつくヴィヴィオの姿があった。微妙に歩きづらいため、ヒイロは眉を顰めながらヴィヴィオを見つめるも離れたくないのか、ヴィヴィオは余計にヒイロにくっつくことで抵抗する。

 

「………………」

 

本音を言うと離れて欲しいのだったが、ふりほどくのも憚れるため、ヒイロは反応を肩をわずかに上下させるだけにとどめて歩き始めた。

 

 

隊舎を出て、沿岸から直接伸びた六課の技術班特製のシミュレーターシステム。今回は緑が生茂る小島を再現しているらしく、近づけば近づくほど木々の葉が触れ合うような音が聞こえてくる。もっともそれは幻影なのだが、言われて見なければほとんどの人間は初見では騙されるであろう。

 

「……………あれ、ヒイロさん?お迎えですかー?」

「……………シャリオ・フィニーノか」

「ああ!?もうヒイロさんったら、私のことはシャーリーって呼んでくださいって顔合わせした時に言ったじゃないですかー!!」

 

 

島に差し掛かったところでヒイロはロングアーチの通信主任であり、デバイスマイスターを兼業している『シャリオ・フィニーノ』と遭遇する。ある一件となのはの紹介で彼女と顔を合わせたヒイロだったが、彼女を呼ぶ際に愛称である『シャーリー』ではなく、もっぱらフルネーム呼びをしてくることに軽く頬を膨らませて抗議の意を示していた。

 

しかし、そのシャーリーの抗議を耳を傾ける様子を微塵も感じさせずにヒイロはシャーリーの隣にいた人物に目線を向ける。その人物は別段ヒイロと関わりがあったわけではなかったが、決して初対面というわけでもない人物がそこにいた。

 

「……………お前は…………なのはとフェイトのデバイスの修復作業をしていた奴か。」

「あれ?私、君と会ったことあったっけ…………?」

「10年も前の話だ。気にするな。」

 

ヒイロですら若干思い出すのに手間取った相手の名前は『マリエル・アテンザ』

管理局の技術部の人間であり、デバイスに関して、13年のキャリアを持つ大ベテランの彼女だが、なにより闇の書事件の際にシグナム達ヴォルケンリッターの襲撃により大破したレイジングハートとバルディッシュにカートリッジシステムを搭載して、新たな力を授けた張本人でもある。

 

しかし、ヒイロとマリエルの関わりは言っての通りなのはたちのデバイスの現状の説明に立ち会った程度のものだ。

 

「…………………ああー!!あの時の君かー!!確かに君いたね!!いやー、あの時と全然変わっていないからなんとか思い出せたよー!!」

 

どうやらヒイロのことは朧げながらも記憶していたらしく、10年前と全く変わっていないヒイロの姿をみて、その記憶をより鮮明なものにしたらしい。

もっとも、今のヒイロは10年の時をタイムスリップしているため、彼女の記憶の中にいるヒイロがそっくりそのまま来ているのだが。

 

「君もこの機動六課に所属しているの?」

「……………民間協力者として六課にいる。成り行きにも程近いがな。」

「あれ、じゃあ闇の書事件の時は?」

「…………その時も民間協力者としてアースラに乗艦していた。」

「なるほど…………10年も民間協力者を…………」

「マリーさんマリーさん、この人はすこーし特殊な事情を抱えていて…………」

 

ヒイロの言葉に頷きながらもよくよく考えてみれば明らかに変な箇所があることに微塵も気づかないマリエルにちょいちょいとシャーリーが肩を叩きながらこそこそと耳打ちをする。

 

「ーーーーーーーーうぇぇ!?次元震に巻き込まれて10年の時間をタイムスリップしたぁ!?」

「………………聞いたのか?」

「実はなのはさん達とは数年前から交流があって、その時にヒイロさん、あなたのことも耳にしていました。」

「………そうか。」

 

ヒイロが10年の時間をタイムスリップしてきた人間である、ということに驚き隠せないマリエルを置いておいて、ヒイロはシャーリーに軽く問い詰める。そのことにシャーリーはわずかに気遅れした表情を見せるもそれに嘘が含まれていないことを察したヒイロはそれ以上の追求はしないことにした。

 

「じ、次元震に巻き込まれただけでもとても危険なのによく生きて帰って来れたわね…………」

(……………実際損傷が全くなかった訳ではないがな。)

 

次元震に巻き込まれた際でウイングゼロの装甲のほとんどが吹き飛び、十全に動かせない状態が続いている。しかし、それを治せる見込みが立つはずもないのが正直なところだ。

 

(……………接触が叶えば、可能性が全くないというわけではないだろうが)

「まぁ…………君が生きていただけでも万々歳なのかな。そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前はマリエル・アテンザ。今日からこの機動六課に出向の形で加わるから、よろしくね」

「…………ヒイロ・ユイだ。」

「ヒイロ君か…………ところで君のそばにいるこの子は?すごく懐いているようだけど…………」

「ヴィヴィオだ。機動六課で保護した。」

「へぇーそうなんだ………よろしくね、ヴィヴィオちゃん」

「よ、よろしく………お願いします………」

 

お互い挨拶を交わしたところで、4人は小島の上に再現された森の奥深くに進んでいく。

程なくして少し開けた空間に出てくると、なのは、フェイト、そしてシグナムとヴィータの隊長陣と疲労困憊に汗だくで地べたに座り込んだりと散々な様子を晒しているスバル達フォワード陣の姿があった。

 

その地べたに座り込んでいる面々の中に見慣れない人物がヒイロの視界に映り込んでいた。どことなくスバルと顔つきが似ているような紫色の長髪をした楚々とした容姿を持った人物。

今回からマリエルと同じように正式に六課に出向することになった陸士108部隊の『ギンガ・ナカジマ』

性から察してもらえる通り、スバルの姉であり、それを示すように彼女の利き手である左手にスバルと同型のデバイス『ブリッツキャリバー』を装着していた。

 

「……………奴がスバルの姉か?」

「ああ………ヒイロさんは初対面でしたね。その通りで、実は以前の廃棄都市区画での戦闘を期に陸士108部隊………ちょうど二人のお父さんのゲンヤ・ナカジマさんが部隊長務めているところから出向してきたギンガさんです。」

 

シャーリーからの簡単なギンガの紹介にヒイロは特に返答することはせず、ヴィヴィオを連れ、なのは達の元へ向かう。

 

「………………お前たち4人とフォワードの奴らで模擬戦でもしたのか?」

「そうだね。元々定期的にはやっていたんだけど、ティアナ達もだいぶ強くなってきたからね。」

「あの様子だと、まだお前達には及ばないらしいがな。」

「ったりめえだろ。そう簡単に負けてちゃあ隊長の名折れだぜ。」

 

ティアナ達が着々と強くなってくれていることに嬉しさを感じているなのはにヒイロがまだまだ歴然な差があることを指摘するとヴィータが自身の得物であるグラーフアイゼンを肩に担ぎながら口角を吊り上げる。

 

「だが、高町の言う通り強くなってくれたのは事実だ。だから我々も負けてられなくなってくる。」

 

そういうシグナムの表情は誇らしいものを浮かべていた。どうやら彼女の中では自身でも気づかない間にスバル達の存在が教えられる存在から共に切磋琢磨していく存在へと変わっていたようだ。

 

「ママー」

 

そんな時、ヒイロにくっついていたヴィヴィオがなのはとフェイトの元へ向かって駆け出していった。それに若干驚いた表情を見せるなのはにフェイトだったが、飛びついてくるヴィヴィオを抱きとめるとすぐに穏やかな笑みを見せる。

 

「……………ホントによく懐いているよなー。フェイトになのは、それにお前にはよ、ヴィヴィオのやつ。」

「俺は特にヴィヴィオに対して何かした覚えはない。」

「そういうもんじゃねぇのか?別段何かされたから心を開くわけでもねぇだろうし、特に子供ってのはさ。ま、アタシにもよくわかんねぇことだけどよ。」

 

和やかなやりとりをするなのはとヴィヴィオを見ながらヒイロにそんなことをいうヴィータ。茶化されたと思ったのか、ヒイロはそれに対して、強い口ぶりでヴィヴィオに特段何かしてやった覚えはないと語るも、ヴィータから何か理由ありきでヒイロに懐いた訳ではないのではないかと言われると、そこから先は口を噤んだ。

 

「あれ?ヴィヴィオ、そのリボン……………」

「私があげたリボン、もうつけてくれたんだ。」

 

ふとフェイトがヴィヴィオの髪の両サイドを束ねている青いリボンに目がついた。そのリボンがなのは自身があげたものであるというと同時にそのリボンをつけてくれていることが嬉しいのか、朗らかな表情を見せる。

 

「パパにつけてもらった!!」

 

声を大にしてヒイロにつけてもらったことを暴露するヴィヴィオになのはとフェイトはにこやかな笑みを見せ、近くで聞いていたシグナムとヴィータはびっくりした様子でヴィヴィオに目線を向けた後にヒイロにその目線を向ける。

 

「………………なんだ?」

「い、いや…………お前がそういう女性の身嗜みに関しての知識があると思わなくてだな…………」

「?…………リボンを結んだだけだろう。」

 

突然自身に目線を向けられたことに怪訝な表情を見せるヒイロだったが、シグナムからの言葉にその怪訝な表情を深め、首を傾げる。

 

「ヒイロさん、結構手先が器用なんですよ?闇の書事件の時にエイミィと一緒にご飯を作っていたし、このぬいぐるみもヒイロさんの手製なんですよ?」

 

そう言ってフェイトは待機状態のバルディッシュからかつてヒイロが彼女にあげたテディベアのぬいぐるみを引っ張り出した。だが、流石に10年も前のものだったからか、毛皮はヨレヨレで糸も所々ほつれており、一言でいうなら状態が決していいとはいえなかった。

 

「……………そんなボロボロの奴を持ち続けてどうする。」

「これはこれで味があるので。でも新しいのをくれるのならそれに越したことはないのでください。」

 

呆れた様子で遠回しに廃棄を勧めたヒイロにフェイトはキッパリと断るどころか新しいテディベアをせがむ始末であった。そのことには流石のヒイロも駄々をこねる子供に釘を刺すかのような冷たい視線をフェイトに向けた。

 

「あ、もしかしてはやてが持ってる若干古びた熊のぬいぐるみもお前が作ったやつかっ!?」

「……………元はといえばはやてへの礼として適当に作ったものだ。材料には余裕があったためについでにお前達にも作ったが。」

 

 

ヴィータの言葉ではやても10年も前に渡したものを未だに持ち続けていることを察したヒイロはわずかに肩を竦ませる仕草を浮かべた。

 

「ん…………?()()()?」

「じ、実は私も持ってるんだよね………………」

 

ヒイロの言葉にシグナムが引っかかりを覚えたのか、首を傾げているとなのはが微妙に恥ずかしそうに顔を逸らしながら自身もそのぬいぐるみを持っていることを明かす。まさかぬいぐるみを渡した全員が未だに持ち続けていることにヒイロは困惑を禁じ得なかった。

 

「パパ…………ぬいぐるみ作れるの?」

 

そんな時、ヴィヴィオから突然声をかけられた。ヒイロが彼女に目線を向けると何か物欲しそうな様子を見せるヴィヴィオの目とかち合ってしまった。しばらくその目と鬩ぎ合っていたヒイロだったがーーーー

 

「……………材料と暇があったら作ってやる。」

「ホントッ!?」

 

目を伏せ、顔をヴィヴィオから背けるも、とりあえず約束だけは取り付けておく程度に留めるヒイロ。

 

「あ、ヒイロさんお昼ごはん食べた後のことなんですけど、せっかくこっちに出向してきてくれたんだからヒイロさんの方に回しても大丈夫そうですか?」

「……………問題ない。」

 

そんなヒイロになのはが午後の予定していたことに関して人数を増やしていいかの是非を尋ねた。なのはの言い方でその増やされる1人を察したヒイロは特に断るような反応を見せずにそれを承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…………なのはさんから突然屋内の演習場に向かえっていわれたけど…………何するんだろう?あんまり詳しいことも聞かせてもらえなかったし。」

 

昼食を食べ終えた昼下がり、いつもの如く大食らいを見せたスバルが不思議そうにしながら隊舎の中にある屋内の演習場に足を運んでいた。

 

「しかもギン姉も一緒にだもんね。」

「そうね…………ただ、私はこの機動六課に出向してきたばかりだから、どちらかと言えば私はついでのような気がするけどね。」

 

 

その隣には彼女の姉のギンガの姿もあった。どうやら彼女もスバルと同じようになのはに言われて屋内演習場に向かうように指示が出されたようだ。

そして、なのはから言われた屋内演習場の前にきた姉妹2人はその扉を開け放つ。

 

「ヒイロさん!?」

 

そこには部屋と呼ぶにはなかなか広い空間の中にヒイロがただ1人、というわけでもなく、訪れたスバル達を出迎えるように手をヒラヒラと振るシャーリーの姿もあった。

 

ヒイロが待っていたということに驚愕といった顔を隠せないでいるスバルを尻目にヒイロは何か微調整をしているかのように手を握ったり開いたりしていおり、その腕には機械じみたガントレットが装着されていた。

 

「なのはから頼まれて、お前達2人のスパーリングの相手をやることになった。」

「え、でもヒイロさんバリアジャケットにあたるものがなくて、もしものことがあったら危険だから模擬戦とかはできないってーーー」

「そうだったが、そのためのこのガントレットだ。」

 

ヒイロがスパーリング、もとい模擬戦の相手をすると言ったことに困惑気味にスバルが問いかけるが、ヒイロはそれを途中で遮りながら装着したガントレットを見せつける。

 

「これは、スバルさんやギンガさんが使っているキャリバーを元にして超絶に機能を簡略化させた上で性能を全て防御面に回したーーーいわば即席品なの。」

「つまりそれは…………ストレージデバイスのようなものなんですか?」

「それもいいところの突貫品ですね。まぁ、必要だったのがヒイロさんの安全面だけだったので」

 

ギンガからの言葉にシャーリーは微妙な表情を見せながら『痛いのだけが問題だったので防御力に極振りしました』というのがコンセプトであることを語った。

 

『ちなみに制御は私で、出所の魔力は高町から提供してもらった魔力をコンデンサーの要領で貯蓄したものを使っている。他人の魔力を使うのは慣れている。』

「そういうことで、並のバリアジャケットくらいの耐久性ができたので、時間いっぱいご心配なくやっちゃってください。」

 

待機状態のウイングゼロからひょっこり現れたアインスの言葉とシャーリーが親指を上に立てるサムズアップをする仕草を見せる。

 

「お前達が加減を考える必要はない。」

 

それだけいうとヒイロはついに戦闘態勢を取るーーーとはいえ、特にファイティングポーズを取るといった構えをとったわけではないが、感じ取れる雰囲気からスバルとギンガはそれを察知する。

 

「フゥ……………よろしくお願いします!!ギン姉、2人がかりでやるよ!!相手はなのはさんを実質ダメージゼロで打ち負かしちゃう人なんだから!!」

「ええっ!?た、高町教導官を!?よ、よろしくお願いしますっ!?」

 

 

一度大きく深呼吸したスバルはバリアジャケットとマッハキャリバーを展開しながら拳を握りしめながらギンガにヒイロの簡単な説明をする。しかしその内容が内容がために驚愕に満ち溢れた表情を浮かべたギンガは若干の恐怖心を抱いた状態でブリッツキャリバーを展開した。

ヒイロはそそくさと安全圏に退避したシャーリーを目線だけで見送るとスバル達に向き直る。

 

「……………行きます!!」

 

脚部のローラスケートの駆動音を唸らせながらスバルはヒイロに突喊を始めた。

 




死神は笑い転げ、重腕は意外そうな笑みを見せ、砂岩は嬉しそうに祝福をあげ、双頭龍はなのはと添い遂げるかどうかの是非を問う


あくまで作者の想像……………


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第67話  スパーリングというより

今回平均より千字くらい少なめ、許せ………




「ハァァァァァァ!!!!」

 

マッハキャリバーのローラー駆動音を響かせ、右手のリボルバーナックルを振りかぶったスバルがヒイロに突撃を仕掛ける。その後ろから出遅れたギンガが続くも、その遅れを取り戻そうとはせずにヒイロの出方を伺っているようだった。

 

(…………この人が高町教導官を………!?とてもじゃないけど、魔力も少ない………どころか、そもそもとして魔力そのものがないのにどうやって………!?)

 

それもそのはず。直前にスバルがギンガに向けて言い放った、ヒイロがなのはを倒したという言葉。ただでさえ常人を遥かに越した魔力を有しつつ、魔力スフィアを正確無比な精度で操り、さらに馬鹿にならない威力の砲撃魔法を使用する、まさに移動要塞の肩書きを思うがままにしているなのはを打ち負かせるというのはギンガには中々すんなりと受け入れられないことであった。

 

(ギンガ・ナカジマはこちらの出方を推し量る気か。ならばーーーー)

 

一瞬だけギンガに目線を向けたヒイロだが、すぐさま目の前に迫ってくるスバルに視線を戻す。リボルバーナックルを振りかぶったスバルは勢いそのまま、自身の持てる全力をヒイロにぶち当ててくるようだ。

 

 

「デヤァァァ!!!」

 

振りかぶった拳を力強く握りしめ、乾坤一擲、眼前のヒイロにリボルバーナックルを振り抜く。その拳には『ナックルダスター』とよばれるスバルの圧縮された魔力が付与されており、まともに食らえば、貰い物のなのはの魔力を見に纏ったバリアジャケットの真似事程度の防御では、タダではすまないだろう。

 

「……………」

 

その攻撃をヒイロは避けることなく、真正面から受け止めた。それでもスバルの振るった拳の勢いは凄まじく、衝撃波がヒイロの真後ろに吹き荒れていったが、ヒイロはその上を行くかのように右手一本でその拳を完全に受け止めていた。その証拠にあれほどの衝撃が伴う攻撃を受けても、ヒイロの体はそこから一歩も動いていなかった。

 

『お前はまたとんでもないことを……………結構威力あっただろうに………』

「ッ…………!!」

「な…………そんな…………!?」

 

ヒイロの脳内にアインスの頭を抱えたような呆れ声が響くが、そんなことは歯牙にもかけずヒイロはスバルの攻撃を空いていた左手を右腕に添え、支えとして活用し、スバルの拳を受け止めた。魔力ブーストの伴った全力の攻撃が事実上片手で止められたことにスバルは歯噛みする表情を見せ、ギンガは驚きのあまり目を見開いた。

 

「……………」

「ッーーーーあーーーー」

 

その一瞬の隙をヒイロが見逃すことはなく、止めた右手でそのままスバルのリボルバーナックルを掴むと右腕を引き寄せ、スバルの態勢を前のめりにさせて崩す。

 

「加減はしてやる。だがーーーーー」

 

ヒイロがスバルの体を引き寄せたことにより、必然的に2人の距離は物理的に近くなると耳打ちに近い形にスバルに語りかけるヒイロ。

 

「一つだけ忠告がある。死ぬほど痛いぞ。」

 

その瞬間、ヒイロは振り絞っていた左腕を、腕を引き伸ばされたことでガラ空きとなったスバルの右脇に向けて勢いよく前へ突き出した。引き寄せた右腕と入れ違えるように振り抜いたため、しっかりと力が入っていたわけではない。それでもヒイロの人外に片足突っ込んだ筋力ではそれだけでもスバルを吹き飛ばすには十分であった。

 

「ッカッハッ?!!」

 

脇腹にめり込んだ拳から生じた鋭い痛みに思わず肺から空気を吐き出し、表情を歪めながら吹き飛ばされるスバル。その吹き飛ばされた先にはギンガの姿もあった。

 

「ッーーーーーーー」

 

元々の戦闘スタイルがスバルと同じ近接よりだったため、近づかざるを得なかったギンガ。それが災いしたのと、吹っ飛ばされたスバルをどうするかで判断が遅れた

のが相まって回避が遅れ、飛ばされてきたスバルに衝突、揃って地面を転がり回る羽目になった。

 

「あのー………ヒイロさん?2人はこの後マリーさんの定期検診がありますから、怪我はさせないでくださいね?」

「………………」

 

吹き飛ばされた2人を見て、少し離れたところから観戦していたシャーリーは青ざめた表情をしながらヒイロにそう忠告するも、そんなこと知ったことではないと言うようにヒイロは何か言葉を返すような様子を一切見せず、ただその場から動かずに突っ立っていた。

 

「ゲホゴホッーーーーーーウゥ」

 

脇腹だったとはいえ、腹部に強烈な一撃が入ったスバルは胃の内容物を戻しかけたのか口元を手で覆い、呻き声を上げながら蹲っていた。

 

「貴方…………何者なんですか?」

「……………機動六課に協力している民間協力者だ。立場としては一般の人間と変わりはない。」

「そういうことを聞いてるんじゃないですけど。」

 

倒れ伏したスバルを庇うようにギンガはヒイロと相対する。しかし、その表情はどこか苦悶に満ちており、少なからずスバルと衝突したダメージが残っているようだった。

 

(でもスバルの攻撃を何か魔力的な補助がかけられていない片手で止めてしまうほどの筋力量…………明らかに民間の出ではありえない。まさか、私やスバルと同じ戦闘機人?)

「来るならこい。それがなのはから頼まれたことだからな。」

 

ヒイロに関して自身の脳内で考察を走らせるギンガだったが、改めてヒイロが仕掛けてくるように指示すると、自身の左手のリボルバーナックルを構えると、両脚のローラースケートから紫色の魔力で編まれた『ウイングロード』を展開。

紫色の帯がヒイロの上空を疾走し始めると、その上をギンガが追うように滑走する。

その様子をヒイロは特に行動を起こすことなく下から眺めていた。

 

『ウイングバインダーは使わないのか?』

「どうであれ近づいてくるならこちらから動く必要性を感じない。それにーーーー」

『あくまで彼女らのスパーリングの相手だから、だな?』

 

ウイングゼロの主翼は使わないのかというアインスの指摘にヒイロが使う必要がないと返すとそう返されるのがわかっていたような軽い笑みを浮かべているのが想像にたやすいような声を残して引っ込んだ。次の瞬間、ヒイロは左腕を肘から曲げ、右腕を支えるように添え、左側からの攻撃から胴体を守るように構えると、背後からヒイロを強襲してきたギンガが左脚でローキックを放った。

 

「ッ……………」

 

背後からの襲撃だったため、避けることはせずに防御したヒイロだったが、ギンガの蹴りの威力もスバルの拳とそう威力が変わらず、衝撃でヒイロの脚が地から浮き、吹き飛ばされる。

しかし、ヒイロは体が宙に浮いた瞬間に衝撃を活用して体を上下に半回転させると防御に回した腕を地面につけ、スプリングがわりにすると、曲芸士のようにロンダートを行うと、何事もなかったようにギンガと相対する。

 

『結構な威力だったぞ……………高町の魔力が防御にも特化しているとはいえコンデンサー内の魔力が一割持っていかれた。』

「そう何発も浴びるわけにはいかないということか。」

 

ヒイロも自身の状況から怪我らしいものは負っていないことを認識するもアインスからの報告にコンデンサー内の魔力に気を測らないといけないことも認識する。

 

『というよりだな……………彼女、結構本気でヤリに来てないか?』

「…………生半可な気持ちで来られるよりはマシだ。」

 

若干の困惑が入り混じったようなアインスにそれだけ答えるとヒイロは追撃を仕掛けに肉薄してきたギンガを迎え撃つ。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ヒイロにスバルをぶん殴られたことが彼女の中でちょっとした怒りになっているのか、中々容赦のないラッシュをお見舞いする。

その怒りのラッシュから繰り出される蹴りや拳をヒイロは変わらない澄ました顔でいなしたり受け止めたりして流していくが、彼女の左手に装着されたリボルバーナックルだけは明確に避けるようにしていた。アインス曰く、最初のスバルのリボルバーナックルの一撃を受け止めたのと、ギンガの蹴りで既に七割を下回りかけているとのことらしい。

 

これに至っては無理もない話である。いくらなのはが豊潤な魔力量を有しているとはいえ彼女のリンカーコアそのものを拝借しているわけではない以上、その絶対数は大いに下落してしまう。

 

「…………………」

 

流石にヒイロもスパーリングの相手をするとは言え、いつまでも防御しているだけでは意味がないため、反撃に出る。

ギンガのラッシュがまだ続く中、ヒイロは右腕を掬い上げるように下から上へ振り払う。そのタイミングはギンガのリボルバーナックルが振るわれている最中だった。

その掬い上げられた腕はギンガのリボルバーナックルの部分を避けて、前腕部にあたると大きく真上にかち上げさせる。

 

「ッ………………!?」

 

今の今までリボルバーナックルの攻撃を避け続けていた中の反撃に思わずギンガは目を見開き、反動で後ろに引き下がってしまう。

その一瞬の隙に、ヒイロは左腕の拳を前に突き出しながら、空いた間合いを詰めに前進する。

反撃を避けられないと判断したギンガは腕をクロスして防御の構えをとるがそれに構わずヒイロは脚で大きく地面を踏みこみながら突き出した腕をクロスされたギンガの腕にぶつけた。

 

(お、重ッーーーーいや、どちらかと言えば、衝撃が伝わってーーー)

 

ヒイロの筋肉質とは言え、大人と比べればまだまだ細いはずの腕から放たれた想像以上に重く、鋭い痛みはぶつけられた箇所から衝撃が腕全体へと広がっていくとたまらず衝撃を流すために大きく後ろに吹っ飛んだ。

 

「……………こういう武術関連は五飛(ウーフェイ)が専門のはずだが………」

 

ヒイロがやったのはいわゆる中国系の武術における発勁という技だ。全身の力を構えた拳一点に集中させる武術であり、元々は少ない力で相手を吹っ飛ばす技なのだが、精通していないとはいえ、そこら辺の軍人ですら涙目の身体能力や筋力を持っているヒイロがやると手加減込みでもとんでもないものとなる。

 

(こ、この人…………本当に強いッ…………何をしても攻撃をいなされるし、少しでも隙を晒せば即座にそこをついてくる…………なんて反応速度と対応力なの!?)

 

地面に転がされたギンガが荒い息を吐きながら視線の先で疲れた様子もなく無言で佇むヒイロを見据える。

 

(デタラメすぎる…………なんなの、この人…………!?)

 

世界に広がる理不尽さを凝縮させ、それを目の当たりにしてしまったかのような目でヒイロを見据えるギンガ。

 

(この人は………完成している………戦士として…………(戦闘機人)より…………!!)

 

ギンガの中で畏怖のような感情が渦巻き始める。自身より戦う者として遥か高みにいる人間に対しての敬意とその高みにいる人間だからこそ発せられる気迫に対する恐怖。それが彼女の中で入り混じる。

 

だが、だからこそ、自身に問いかける。己が戦うようになったのは何のためにと。

 

思い返すのはある日の空港での光景。元々陸士としての将来を見据えていた彼女だったが、スバルとともに父親であるゲンヤ・ナカジマ、とは言っても厳密にいえば正真正銘の父親ではないのだが、ひとまず彼の元へ遊びに行こうとした最中、港内で爆発が発生し、パニックになった内部でギンガはスバルと離れ離れになってしまう。

姉として、家族として、スバルの身の安全が不安になった彼女は単身燃え盛る空港内部を捜索する。しかし、戦闘機人とはいえ、まだ幼かった彼女では到底見つけることは出来ず、あろうことか自身の身を危険に晒してしまう。

すんでのところで彼女を救出したのは、執務官として名を上げ始めていたフェイトだった。

その出来事があってからギンガはより一層陸士としての訓練に励むようになった。大事な家族を、何より妹のスバルをこの手で守るために。

 

(スバルを本気で(手加減して)殴ったのは流石に頭に血が昇りましたけど…………思い返せば、同じレンジでこうして手を打ち合えるのは滅多にない機会…………)

 

「だったら、やれることをやるまで!!!」

 

 

決意を新たにしたギンガは開幕早々に足元の地面に向けて魔力ブーストがかけられたリボルバーナックルを叩きつけ、砂埃を巻き上げ、一時的にヒイロの視界から消える。

 

(目眩しか…………?)

 

舞い上がられた砂に思わずヒイロは目を閉じるが、慌てるような様子は一切見せずに、落ち着いて、それでいて砂埃から出た瞬間の奇襲を警戒しながら範囲から逃れる。

 

「ハァァァァァァッ!!!」

 

砂の煙幕を抜けた先での奇襲を警戒していたヒイロだったが、ギンガが現れたのは煙幕を抜けた先ではなく、煙幕の中から、つまりギンガはわざわざ煙幕を建てたのに、真正面から突っ込んできたのだ。

 

「ッ…………やるな。」

 

ギンガの行動に軽く表情を渋いものに変えるヒイロだったが、まだ対応しきれないほどまでに詰め寄られたわけではないため、迫りくるギンガのリボルバーナックルを右手のガントレットで押しとどめる。

 

『魔力残量、5割を切ったぞ!!』

 

ギンガの拳とヒイロの腕が鬩ぎ合い、アインスの声が響く中、ヒイロの耳はある音を捉えていた。それは何かの駆動音、具体的に言えば、ローラーのようなものが動いているような機械的な音であった。一瞬ヒイロはその音源をギンガのものかと思っていたが、音自体は別の方向から聞こえてきていたため、瞬時にその考えを投げ捨てる。

 

ならば、この場に置いてそのような音を響かせられるのは1人しかいない。

 

「でぇああああああああ!!!!」

 

空気が震えるほどの声を張り上げながら水色のウイングロードを駆け抜けながらヒイロに迫るのは一撃で沈めたはずのスバルだった。

 

「!!」

 

そのうちスバルが復活することは想定していたヒイロだったが想定より早い上にギンガの対応に追われているタイミングでの復活にヒイロはここに来て初めて険しい顔を見せる。

 

「ディバインーーーーー」

 

スバルは右手のリボルバーナックルに魔力スフィアを生じさせるとその球体を急激に肥大化させる。

 

『まさかーーーー砲撃魔法ッ!?』

「バスタァァァァァァァァッ!!!!!」

 

アインスが目を見開きながらの驚いた声が上げられた瞬間、振り絞った右手を突き出し、なのはの代名詞でもある砲撃魔法、ディバインバスターを撃ち出す。しかし、それは本家より線の細い、見るからに貫通力の高められた代物に調整されていた。

 

「ッーーーーー」

 

ギンガの対応に意識を取られていたヒイロは避けることもままならずに水色の閃光の直撃を受けると辺り一面を爆煙がヒイロとギンガごと覆い隠した。数瞬して、爆煙の一箇所が膨らむとそこからギンガが現れ、スバルの隣に降り立った。

 

「や、やったのかしら…………?」

 

確実に直撃はしたはずだが、まだ油断はできないと感じていたギンガは怪訝な表情を浮かべ、隣にいるスバルに声をかける。そこにはどこか青ざめた表情を見せているスバルの姿があった。

 

「ど、どうしよう。あとでティアとかに何か言われないかな…………?」

「ど、どういうこと………?」

 

何故そこでティアナの名前が出てくるのか、まだ六課に来てから日の浅いギンガは首をかしげる。

 

「……………スバルの復活が俺の想定より早かったな。」

「あ、あはは…………まぁ、頑丈さには少し自信がありますから………死ぬほど痛かったのは嘘偽りないですけど。」

 

爆煙から黒い人影のようなものゆらぐとそこから無傷のヒイロが現れ、ギンガは思わず拳を構えるが、直後のスバルの苦い表情を見せながらも気の抜けた会話に脱力してしまう。

 

「……………お前たちの勝ちだ。」

 

まだ続けるのだと思っていた2人だったが、突然のヒイロの降参宣言に2人は拍子抜けした表情を見せる。

 

「えっと、どういうことですか!?」

『まぁ一言でいうなら、ガス欠だな。』

 

困惑気味に詰め寄るスバルにアインスが出てくるとかわりにその理由を語る。

 

「もしかして………そのガントレットの中の魔力、切れたんですか?」

『スバルが放った砲撃魔法なのだが、あれをヒイロは残していた左手で防いだ結果、コンデンサー内の魔力がなくなってしまったのだ。』

「コンデンサー内の魔力が切れれば、俺はそこら辺の人間と変わりはない。リンカーコアがないからな。」

 

ヒイロが降参の声を上げた理由を推察しながらギンガが近寄ってくると、アインスはコンデンサー内の魔力がなくなったことを残念がるかのように肩を竦ませ、ヒイロは魔力がない以上、自身がただの人間と相違ないことを語る。

 

(いや…………貴方のような人がただの人間の枠組みに置いていいはずがないでしょう。)

 

ヒイロの言葉にギンガは思わずそうツッコミを入れたくなったが、なんとか口を噤んだ。

 

『他にも単純にヒイロに怪我を負わせれば、乙女達が後が怖いからな。』

「そ、それは全く持って同意です…………」

「どういうこと?」

 

アインスのボカしたような言い方にスバルがうんうんと頷き、ギンガは首を傾げる。

 

(まぁ…………この人の周りにいれば何となくわかるよ、うん。)

 

送られてきたスバルの念話にギンガは一層眉を潜めるのだった。

 

「……………何の話だ?」

「うわ、これはティアも大変そうな人を目にかけちゃったなぁ〜……………」

 

スバルの引き気味の声にヒイロもギンガと似たように眉を潜めた。

 

「あの〜…………ちょっといいですかー?」

 

会話をしていたところにおずおずとした様子でシャーリーが加わってくる。全員の目線がシャーリーに注がれると彼女はある一点を指さした。その先にはギンガがヒイロの視界を潰すために殴りつけた際に生じたクレーターがあった。

 

「ちゃんと直してくださいね…………?ここは沖合のシミュレーターとは違うんですから……………」

「えーと………はい。私が直しておきます……………」

 

シャーリーの気が引けているような様子に実行犯であるギンガも申し訳なさそうに手を上げ、修繕作業に入った。

 

「ギン姉、私も手伝うよ。」

「いいの?これ、私が壊したのよ?」

「いいの!!」

 

そう言ってスバルは笑みを浮かべながらギンガの修繕作業を手伝い始める。その様子をヒイロは少し離れたところで傍観していたが、数分すると作業を進める2人に近寄りーーーーー

 

「……………手を貸してやる。効率的な作業の進め方を提示しろ。」

 

自身も作業の手伝いを名乗り出るのだった。

 

 




暴力じゃない!!教育と言え!!by社畜(CV社長)

社長なのに社畜の声当てするってこれ訳わかんねぇな


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第68話 乙女座なのは

はい、タイトルで変態(グラハム)と化したなのはが思い浮かんだ人は手をあげなさい。


「ねぇスバル…………ヒイロさんって結局何者なの?」

 

「どうしたのギン姉いきなり。」

 

ヒイロとのスパーリングを終えた次の日、予定通りマリエルの定期メンテナンスを済ませ、六課隊舎に戻ってきた2人。

その直後にすごく不思議そうな顔を見せながら唐突にヒイロのことを聞いてきたギンガに妹であるスバルは苦笑いを見せる。

 

「だって…………あの人、魔力による補助も何にもないのにあそこまでの怪力を持っているのでしょ?真っ当な目線で普通におかしいって思わない?」

 

「まぁ…………ヒイロさんは、ねぇ…………今に始まったことじゃないし…………」

 

ギンガに疑わしいものを見ているかのような目線にスバルは苦笑いから乾いた笑みに変えながら彼女から目線を外して遠い目を浮かべる。

 

「それにスバルが言っていた高町教導官を倒したって話しもそうよ。デバイスもないあの人がどうやって空戦魔導士として名高い『エース・オブ・エース』のあの人と渡り合えるの?」

 

「……………ヒイロさん、魔力はないけどデバイス自体は持ってるよ?」

 

「えっ!?そうなの!?」

 

 

ヒイロがデバイスを持っているということにギンガは驚愕と言った表情を見せながらその詳細を求めるような視線をスバルに向けると、彼女は少しばかり困り果てたように髪をかき分ける。

 

「うーん…………こればかりはちょっと人の目につくとこだと話せないんだよねー…………話すの止められているし…………だけどまぁ、ヒイロさんは特殊な事情を抱えているとだけは。」

 

「そうなの…………だったら、私も無理して聞き出すつもりもないから別の機会にするわね。」

 

残念そうな表情を見せるが、引き下がってくれたギンガにスバルがそうしてくれると助かると思っていると、ふと視界に入った人物がいた。

 

「あー………でも、ヒイロさんがどうやってなのはさんに勝ったのかは話せるかな。」

 

スバルの言葉にギンガが首をかしげるが、質問をするより先にスバルが見かけた人物の名前を呼ぶ。

 

「ティアーーー!!」

 

「…………スバル?それにギンガさんも…………定期検診から戻ってきていたんですね。」

 

 

スバルの呼ぶ声に気づいたティアナがトレードマークである橙色の整ったツインテールを揺らしながら2人の方を振り向くと、近くまで歩いてくる。

 

「ええ、そうね…………ところでティアナ、ヒイロさんって高町教導官と模擬戦をして勝ったってホント?」

 

「………模擬戦というか、なんというか……………」

 

ギンガの問いかけにティアナは頭を抱えるような仕草を見せるが、当時六課にいなかったギンガはティアナがその様子を見せたことに合点がいかず疑問気な表情を浮かべる。

 

「…………別にいいか。話にはあまり関係のないことだし…………」

 

「ティアナ?」

 

「あぁはい。一言で言ってしまえば、ヒイロさんはなのはさんに勝ったことがあります。」

 

「え、やっぱり本当なの?」

 

「状況が状況だったから、非公式のような形だったんですけどね。」

 

「そうなの…………ふぅーん…………で、どうやってなの?」

 

ティアナの言葉にウンウンと頷きながらギンガは本題であるヒイロがなのはを倒した方法を尋ねる。おそらく参考程度に聞いておきたいぐらいの感覚だったのだろうが……………

 

「…………これ、なのはさんから絶対にマネするなって言われているので参考しないことが条件なんですけど、聞きます?」

 

「え゛…………ええ、わかったわ。」

 

ティアナがあげた想定外の条件にギンガは思わず表情を硬めてしまうもすぐに強張った表情を戻すとその条件を呑んだ。そして、ティアナはギンガにヒイロとなのはの戦い、その結末部分を語る。

 

 

 

 

「高町教導官の砲撃魔法……………ディバインバスターの正中線を突いて枝分かれさせ、受け止めた…………?」

 

「しかも受け止めるだけに留まらず、逆に筋力とデバイスの推進力で突っ切ったらしいです。なのはさん曰く…………」

 

「ギン姉、もしやれって言われたら?」

 

「できるわけないでしょう。それ以前にやろうとする勇気も湧かないわよ。流石に高町教導官の砲撃魔法を避けるならまだしも、受け止めて押し返すなんて…………」

 

「それをやってのけてしまうからヒイロさんは魔力がなくてもあれだけの強さを誇れるんでしょうね…………」

 

「で、ティアはそんなヒイロさんが大好きと。」

 

ギンガがムリムリと首を横に振り、ティアナがヒイロの強さに唸るように頷いているところにスバルが爆弾を投下した。

あまりにも突然、そして素早い起爆にギンガとティアナも呆けたように表情が固まり、三人の間で空白の時間が生まれる。

 

 

「ハ、ハァ!?いきなり何言ってるのよこのバカスバルゥ!!!」

 

「えー、だってティアこの前念話でヒイロさんのこと大好きだもんねーって聞いたらうんともすんとも言わなかったじゃん。」

 

最初に再起動したのはやはりティアナだったが、その表情は真っ赤に染め上がり、いかにも羞恥のソレを前面に出していた。いつもはティアナに尻を叩かれているスバルだが、流石にそのティアナの表情は滑稽だったのか、口を尖らせ、不満そうな表情を見せながら二発目の爆弾を投下した。

 

「そっ………それは、タイミングがタイミングだっただけで…………別に、ヒイロさんが………その…………」

 

二発目の爆弾は効果的に作用したのか、さっきまで苛烈な勢いだったティアナはどんどん口調が早口になるのと反比例して態度が塩らしくなっていった。その様子にギンガは心底から驚いたように目を見開き、スバルはニヤニヤとあくどい笑みを浮かべていた。

 

「……………つまり、()()()()()()でいいのかな?」

 

「……………自分でもよくわかっていないのに、頷けるわけないでしょ、ばか。」

 

ニンマリとしたスバルの笑みに反発的な目線を向けるティアナだが、今のスバルには効果がないと悟ったのか、ため息を一つついた。

 

「でも…………あの人に、あたしのこれまでを認めてるって言われたあの日から、なんとなく、あの人の後ろ姿を追っているのは、自覚してる…………」

 

やっばり色々と彼女の中で羞恥といった感情が渦巻いているのか、潤んだ瞳を見せながら制服の襟で口元で覆うその姿はスバルはともかくまだ六課に来てから近しいギンガもなんとなく察した。

 

「そ、それにヒイロさん…………意外と甘い声、出せる…………耳元であんな声聞かされたら、しばらく頭にこびりついちゃう………」

 

「あー…………うん。それには同意見だね。あれはやばいよ。シチュエーションもアレだったし。」

 

「………………ヒイロさん、どんな声を出していたの?」

 

「ヒイロさん同年代なんだけど声が結構低いんだよねー。一言で言うなら……………年齢の離れた年上の男性に褒められているような感じのやつ。で、ティアナは境遇が境遇だから刺さる……………というより堕ちる。」

 

「堕ちるッ!?」

 

スバルの語るヒイロの声にとてもじゃないけどそういう風な声が出てくるとは思えないというように、ギンガは困惑の入り混じった驚きを見せる。

そんな乙女心を振り回し、惑わした当の本人のヒイロはというとーーーーーー

 

 

 

「………………そうか。やはりビルゴが鬼門となるか。」

 

『ビルゴもそうだが、トーラスもだ。一応君から提供してもらったデータを元に俺が管轄している次元航空艦クラウディアの局員と模擬戦をやらせたのだが……………』

 

ヒイロに提供された部屋、もといなのはの部屋で神妙な面持ちで通話をしていた。その相手は六課の後ろ盾となってくれているクロノ。そして無限書庫の書記長を務めているユーノの2人だ。

 

『リーオー、エアリーズ、トラゴスの三機体は比較的対応は容易だ。君のいう通りこちらが防御魔法を組んで攻撃をすれば倒せる。』

 

ヒイロがクロノ個人に提供したアフターコロニーは合計で五機体。他にもキャンサーやパイシーズなど海中を活動の源としている機体もあるが、今回は省いている。

その内の三機に対しては対応策を講じるのは難しいことでないと語るクロノだったが、残った二機の話に移る時には難しい表情になっていた。

 

ちなみにだが、ソファに座るヒイロの隣にはヴィヴィオが彼の腕を枕代わりにしてスヤスヤと寝息を立てていた。

一応母親という立場にいるなのははフォワード組の教導、フェイトは執務官としての仕事のせいで部屋を空けることが多かった。ピンチサーバーとしてはやても挙げられるが、彼女は隊舎にはほぼ常駐してくれてはいるが、部隊長としての職務が多忙なのか、実質あてにはならず、消去法的にヴィヴィオがパパと慕っているヒイロにその面倒が回ってくるのが自然の流れだった。

今回に至ってもヴィヴィオがヒイロの膝の上に乗りたいと駄々をこねたが、それでは色々と面目が立たないため、ヴィヴィオから離れないことを条件にヒイロの隣で寝る程度に抑えてもらった。

 

『だが先に挙げた通り、残りの二機に対する戦績は酷いものだ。トーラスはまだいい方だが、ビルゴはダメだ。バインドで動きを封じようにもそもそもの時点で攻撃が通らない時点でお手上げに等しい。』

 

「お前に渡したデータはこちらに合わせて装甲はガジェットのものと同等にしている。言ってしまえばあれは劣化品だ。それに対応できないようでは死ぬぞ。」

 

『……………なかなか手痛いご意見だが………お前のいう通りだな。一部の局員が口にしていたが、ビルゴはまるでなのはを相手にしているような気分だと言っていた。』

 

『遠距離からの攻撃を遮断する電磁フィールド、プラネイトディフェンサー。さらには砲撃魔法にも匹敵する威力を少ないチャージ時間で連射できる腕部装着型のビームキャノン…………確かに機体コンセプトはまるで量産型なのはだね…………』

 

クロノとユーノはまるでビルゴが量産型なのはのようだと語るも、2人の脳内の出てきたビルゴがなのはにすげ替えられて、さらにそれが集団で整列して行進してくるというみる人間が見たら失禁必至な光景を産み出し、すぐさま頭から振り払った。

 

『うん、ビルゴの機体コンセプトを話すのはやめようか。』

 

『ああ、そうだな。お互いの精神的にそうした方がいい。ところでヒイロ、アフターコロニーではどういう対策を取っていたんだ?』

 

達観したような様子を見せる2人にヒイロは怪訝な表情を見せていたが、クロノからの問いかけがあり、その追及はできずしまいになる。

 

「以前から言っているが、単純火力でビルゴを撃破するのであれば少なくともディバインバスタークラスの砲撃魔法は必要だ。あとは近接格闘に持ち込むのも手段の一つだが、何よりプラネイトディフェンサーは複数機が同時に展開すると互い互いを守り合い、より強固なバリアになる。シグナムのような実体剣はともかく、フェイトの使うザンバー系のエネルギー刃では塞がれることもある。」

 

『遠近両方の間合いからの攻撃も防御可能か……………特に遠距離から絶大な効果を発揮する………基本的に遠距離からの攻撃が多い魔導士にとっては天敵だな…………』

 

自身のアフターコロニーでの経験からビルゴの対処策を語るヒイロだが、手段によっては数の暴力に襲われることがあることにクロノは苦い表情を見せる。

 

「指向性の高いレーザー兵器ならばプラネイトディフェンサーを貫通することはできるが、ビルゴ自体へのダメージは低い上、兵器の類がもっぱら排除されているミッドチルダには存在しないだろうな。」

 

『兵器に頼らないで、よりクリーンな魔法に頼ることを選んだからね…………兵器は忌むべきモノみたいな扱いがあるんだよね。』

 

「ならば魔導士が取れる手段はハードではなくソフト面に漬け込むしかないだろうな。」

 

『……………外見ではなく中身ということか。』

 

クロノが顎に手を当てて納得している様子を見せるとヒイロはそれにわずかに頷く仕草をしながら説明を続ける。

 

「基本的にガジェットへの対応策としても有効だが、ビルゴは人ではなく機械が動かしている。スカリエッティが関わっていることでその性能は高いだろうが、結局は人形だ。プログラミングされていない行動をすればその反応は少なからず低下する。」

 

『なるほど…………相手は人間ではなく機械だから予め指定された動きは機敏に熟すが、その範疇を超えたものには対応できないということか…………』

 

「煙幕からの強襲など、視界を封じたところからの攻撃は効果的になるだろう。だが、所詮は破れかぶれだ。スカリエッティに調整されてしまえばそれまでになる。つまり手段としては有効だが、根本的な解決にはならない。」

 

『でも、やりようはいくらでもある。それをやってこその魔法だからな。やはり君に聞いて正解だった。ありがとう。』

 

「モビルスーツについて知っているのはこちらでは俺だけだ。当然のことをしたまでだ。ユーノ、お前の方はどうなんだ?」

 

お礼を述べるクロノにヒイロは憮然とした様子でソファの背もたれにもたれかかると、ユーノに以前頼んでおいたレジアス・ゲイズ近辺の調査についての近況を尋ねた。

 

『まずは聖王教会の聖骸布の盗難についてなんだけど、盗難された時期に務めていた管理人と蜜月関係にあったとされていたシスター、彼女に関してのデータは一切が削除されていた。』

 

「やはりスパイが潜んでいたか。」

 

『彼女がそうなんだろうね…………だけど申し訳ない。これ以上の情報は出てこなさそうだった。』

 

「スパイが自身のいた形跡を消すのは当たり前のことだ。気にするな。」

 

『…………そう簡単には尻尾は見せてはくれないか………。』

 

ユーノの謝罪にヒイロは気遣う発言をするも、クロノは少しばかり残念そうに腕を組む。

 

「当然だ、と言いたいが、内通者からの情報ではそのスパイは聖王教会から管理局へと続け様に潜入を行なっている。ならば管理局に入局した人物の過去十年間を調べれば、ある程度の絞り込みはできるはずだ。クロノ、それはお前の方でやれるはずだ。執務官の職権を奮って調べろ。」

 

『……………なるほど。そういう調べ方もアリか。さらにそこからレジアス中将近辺にいる局員という条件もつければ……………わかった。職権濫用はできんが、その筋の人間にはそう頼んでおく。』

 

最初こそ職権を振りかざせというヒイロの言葉に顰めっ面を見せるクロノだったが、過去10年に絞って調べればある程度の目星はつく上、さらにそこから査察に訪れるレジアス中将近辺の局員に限定すれば、その人数はかなり絞られ、もしその時にスカリエッティのスパイが潜り込んできた時の対処がしやすくなる。そのことに気づいたクロノは一転納得した表情を見せながらそれを承諾した。

 

『じゃあ本題に戻ろうか。まぁ僕は書庫の整理が本業だから、あんまり目立たないように作業の片手間に調べては見たんだけど戦闘機人が関わっているような事件は前々から起こってはいて、それの調査も進められてはいたみたいなんだ。だけど、そのどれもが空振り、もしくは上層部の指示で調査自体が頓挫させられている。』

 

「上層部……………最高評議会とか言う奴らか?」

 

『断定はできないけど…………ヒイロがこの前ハッキングして見つけた最高評議会の方で戦闘機人計画を進めていたとかが全て事実であれば、その可能性は。』

 

『……………また身内を処罰する羽目になりそうだな…………まぁこの前よりは気が楽だが。』

 

ユーノとヒイロの会話に頭を悩ましている様子を見せながらため息をついたのはクロノだ。彼は闇の書事件の際に重要参考人だったとはいえ、恩師でもあるギル・グレアムを検挙している。

 

「他には何かないのか?」

『あるよ。この画像を見てほしい。』

 

ヒイロが尋ねるとユーノが画面を操作して、2人の顔が写っているディスプレイとは別のモノを出現させるとそこに至るところが破壊された研究施設のような廃墟の画像を出す。

 

『これは、どこかの研究施設か?』

 

『ここは昔スカリエッティのラボの疑いのあった研究施設だ。実は他の疑わしいところへの突入は寸前で止められていることが多かったんだけど、ここの研究施設だけ8年前にある部隊が突入している。』

 

『…………………ゼスト・グランガイツ!!彼の部隊か!!』

 

クロノが出したゼスト・グランガイツという聴き慣れない人物の名前にヒイロが尋ねようとするもそれがわかっていたのか、それより先にユーノが新たなディスプレイを出した。そこに出された画像には1人の男が出ていたが、彼の風貌はいかにも武人という面持ちであり、寡黙ながら同時に思慮深いといった印象を与える。

 

『彼の名前はゼスト・グランガイツ。地上本部の首都防衛隊に所属していたストライカー級の魔導士、いわゆるエースと呼ばれる人間だ。のちにゼスト隊の隊長として部下を率いるんだけど……………』

 

ユーノが一度説明を止めると表示したゼストの下に彼の部下の顔写真がリストアップされる。ヒイロがそのリストを流し読みしていると全く知らない人間ばかりのはずなのに、何か見たことがある人物がいることに気づく。決してその本人と面識があるわけではないが、その人物がヒイロの知っている人間と特徴が似ているからだ。

 

「ユーノ、こいつは戦闘機人か?」

 

ヒイロが指差したのは薄い紫色の髪を一部分ポニーテールにしてまとめあげた快活な印象を受ける女性だ。ヒイロが気になったのはその快活な印象と薄い紫色の髪はまるでスバルとギンガを足して二で割ったような身なりだったからだ。

 

『…………ヒイロ、君はもしかしてスバルとギンガから聞いたのか?彼女らが戦闘機人であることを。』

 

「ティアナからスバルがそうであることは聞いた。ギンガも本人からは聞いてはいないが大方そうだろうという認識だ。」

 

クロノの驚いた表情からの質問にヒイロはそう答えるとユーノに目配せをする。さっさと先に進めというサインと思ったユーノはその通りに進めることにした。

 

『えっと、彼女は戦闘機人ではないよ。名前はクイント・ナカジマ。ちゃんとした………っていうのは失礼かもしれないけど、人間だ。それと、多分察していると思うけど……………スバルとギンガの母親だ。』

 

「………………それともう1人気になっている奴がいる。隣の奴だ。」

 

ユーノの間が開いた言葉にヒイロはクイントが真に2人の家族ではないことは見抜いたが、それは追求することではないと判断して、ヒイロは別に気になっていた人物を指差した。

 

『この人?この人がどうかした?』

 

ユーノが不思議そうにその人物を拡大させる。その人物は先ほどのクイントと髪色の質がよく似た、快活なイメージとは反対の落ち着いたような印象を受ける女性だった。

 

「確認する。コイツに()か何かの血縁関係にある人物はいたか?」

 

『ッ…………………まさか!!!』

 

「俺が直接接触したわけではないが、ソイツとよく似た特徴を持った子供をヴィヴィオを保護した時の戦闘で確認している。」

 

ヒイロはディスプレイに映る2人から隣で寝ているヴィヴィオに視線を落とした。

 

『彼女はメガーヌ・アルピーノ…………彼女には確かに娘がいる…………名前はルーテシア・アルピーノ………両方とも、この任務のあとに行方不明になっている………!!』

 

「………………そうか。」

 

おそらくあの映像で見た少女は、ルーテシアで間違いない。キャロはともかくまた幼い少女が戦っていることにヒイロは深いため息を落とすように言葉を呟いた。

 

 




そういえば気付けば既に1周年が経過していたようですね…………色々と手を伸ばしてしまっているせいで遅々として進まないこの小説がここまでこれたのはひとえに読んでくださる皆様のおかげです。

というわけでちょっとしたネタバレを…………







本編完結後………いつになるかはわかりませんが、ヒイロがアフターコロニー、もとい、マーズセンチュリーに帰るまでの間を期間とした、具体的にどうとか誰とか明言はしませんが、ヒイロに撃墜された三人とのADVゲームとかでいうところのイベントを書こうかなと思っています。

ちなみに…………場合によっちゃあ、知り合いからそれは色んな意味で禁忌だろと呼ばれたラインを越えるのもあり…………うん。彼女いない歴=年齢の粗末な文章で良ければですが……………………人は、どうして禁忌を侵そうとしてしまうのだろうね^_^


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第69話 無理、無茶、それでも貴方はーーーー

ガンダムでやる恋物語って大体がしっとりしてるよね。(Gガン除く。あれはノリと勢いの生き物だから)


「……………前回の戦闘で遭遇した召喚士の女の子、ですか?」

 

「……………ああ。ソイツと接敵した時、何か気になる印象とかはあったか?」

 

ユーノとクロノの報告を聞いた次の日、ヒイロはルーテシアと接敵し、何より同じ召喚士であるキャロの元を訪ねていた。

滅多にないヒイロの方から呼び止められ、不思議そうにしてみれば、前回接敵した召喚士の様子を教えてほしいという質問にキャロと、たまたま彼女と共にいたエリオはお互いに顔を見合わせた。

 

「えっと、会話もしっかりしていましたし、自意識もしっかりしていました。ですけど…………こう言ってしまうのはちょっと変な感じがするんですけど…………なんだか、感情の起伏が乏しかったって思います。今となっては、ですけど………」

 

「ッ……………そうか。」

 

キャロの返答にヒイロは短い言葉だけを返した。理由や訳を話す訳でもなく聞きたいことだけを聞いてくるヒイロにキャロとエリオも再度不思議そうに首をかしげる。

 

 

(…………8年前にゼスト・グランガイツが率いた部隊が全滅した際、クイント・ナカジマなどの死体は見つかったが、隊長であるゼスト・グランガイツとメガーヌ・アルピーノはなぜか死体が見つからず俺の認識でいうMIAの扱いになっている。)

 

ヒイロは先日ユーノから聞いたゼスト隊の全滅に関して引っかかりを覚えたのか、キャロ達の目前にもかかわらず思案に耽り始める。

 

(状況的にスカリエッティの一味に連れていかれたと考えるのが妥当なところだが、一体何のためだ?奴はどちらかと言えば精密機械系統の科学者のはずだが…………)

 

ガジェットや戦闘機人、そしてアフターコロニーのモビルスーツをガジェットサイズまでの縮小と工学面での厄介さが目立つスカリエッティが人間の死体を持ち去るなどはっきりいって不可解だ。ヒイロは何か鍵になりそうなことを記憶を辿る。

 

(…………そういえば、奴は人造魔導士の計画にも手を出していた筈だ。)

 

人造魔導士計画…………かつてスカリエッティが関わっていたプロジェクト。字面の通り、本来本人の生まれ持った素質のようなもので判断される魔導士、その生まれ持った才能を人為的に作り出そうとした実験だ。だがそのようなものは倫理的に問題があるため、ヒイロが管理局にハッキングを仕掛けた時に残っていた人造魔導士のデータには最終的には凍結された筈だ。

 

だが、事実として戦闘機人がスカリエッティの陣営に存在している以上、人造魔導士計画も秘密裏に進められており、実戦に投入されている可能性も十分にある。

 

(まさか、魔導士の死体を素体にして人造魔導士を?)

 

死体とはいえ元は人間。そこにスカリエッティが人造魔導士としての改造のようなものを施したとすれば、それは確かに人造魔導士と言えるものだろう。

 

(だがそうするとルーテシア・アルピーノはどうなる?メガーヌ・アルピーノがMIAになっていた時点で少なくとも生きていたはずだが、その年齢は……………)

 

ヒイロは途中でキャロに目線を向ける。突然目線を向けられたキャロは困惑気味に首をかしげる。画像を見ていた限り、ルーテシア・アルピーノの年齢はキャロと同年代だろう。つまり9〜10歳ということになる。そしてメガーヌ・アルピーノが行方不明となり、その娘であるルーテシアがスカリエッティにさらわれた時期が同じだとすれば…………

 

(……………昔の俺と同じだ。今の奴は感情を殺されかけている。)

 

ヒイロはガンダムのパイロットにさせられるために常人の想像を遥かに超える訓練を施された経験がある。それは決して他人に押し付けられたためではなく、自分の居場所がなく、それしか、戦いという生き方しかなかったがためであった。だが、その想像を絶する訓練は一度はヒイロの心を閉ざさせ、感情を殺してしまい、まさに戦うためだけのマシーンに成り果てた。

今となってはそうではない自分がいるものの、今のルーテシアの境遇が重なるものがあったのか、表情には表に出さないものの、胸中には思い悩むようなそれが渦巻いていた。

 

「あのー………もしかして、あの召喚士の子に関して、何かわかったんですか?」

 

「………………召喚士の名前はルーテシア・アルピーノ。数年前から行方不明になっている管理局員の娘だ。」

 

ヒイロの様子を怪訝に思ったのか、エリオが痺れを切らして質問をぶつける。それと同時に閉じられていたヒイロの目が開くと、エリオの顔を見据える。その表情は最初こそ、理解のために呆けたものとなっていたが、少しすると理解が及んだのか2人の表情は悲痛な光景を見てしまったかのようなものへと変わっていく。ただ、その表情に、ヒイロは見覚えがあった。彼自身にとっては一、二ヶ月前だが、時系列上10年前の闇の書事件の初めに見たなのはの決意に満ち溢れた顔つき。守護騎士達と話し合いをしたい。出来ることがあるなら、手を差し伸べたい、と。それと酷似したようなものを2人は見せていた。

 

「………………おそらくだが、スカリエッティになんらかの処置を受けている可能性が高い。普通の人間が、あのような感情を殺した表情を見せることはできないからな。」

 

それを察していながら、ヒイロは2人がさらに使命感に駆られるような口ぶりで、予想ながらもスカリエッティの改造を受けていることを示唆する。その言葉を聞いた2人は案の定、その表情を強いものに変える。

 

「……………ここまで聞かせた上でお前たちに聞く。お前たちは、ルーテシア・アルピーノをどうしたい?」

 

「どう、したいって……………」

 

「それは…………」

 

ヒイロの確認とも取れる言葉に初めは困惑気味に狼狽る2人だったが、お互いの顔を見合わせると、無言のうちに自身の答えを得たのか大きく頷きあう。

 

「僕達は、あの子と話しをしたいです。何か………理由があるはずだと思っています。」

 

「ヒイロさんも海鳴市で私達に戦う理由を聞いてきた時に言っていましたよね?私達ぐらいの年齢の人が、戦いに出てくるのは余程の理由があるからだって……………」

 

「だから、僕達はあの子に理由を聞きたいんです。戦う理由を…………もしかしたら、僕達にも何か出来ることがあるかもしれないから。」

 

その2人の決意の言葉にヒイロは少しの間その場に佇む。そして両肩を上下させ、さながら呆れたような様子を見せた。

 

「……………教導する奴が教導する奴なら、ソイツから教わる奴も教わる奴になる、ということか。」

 

「えっと…………それは…………?」

 

「いいだろう。一時は俺が対応することも考えていたが、お前達がそういうのであれば、お前達に任せる。」

 

エリオが首を傾げながらの質問をヒイロは遮りながら2人の横を通り過ぎ、その場を立ち去った。残された2人は置いてけぼりを受けた気分になったが、それよりも立ち向かわなくてはならないことができたことに2人揃って引き締まった表情で頷いた。

 

 

 

 

 

『良かったのか?』

 

「…………何がだ?」

 

エリオとキャロの元から立ち去ったヒイロにウイングゼロから顔を覗かせたアインスがそんなことを尋ねてくる。

 

『お前自身と似たような境遇の少女のことだ……………その過ちを己自身の手で正そうという気にならないのか?』

 

「……………俺は贖罪を求めるつもりはない。それをしたところで気休めにしかならないからな。」

 

「だから俺はその罪を背負って戦い抜く。平和な時代が訪れるまでな。所詮は自己満足にも過ぎんが。」

 

アインスのルーテシアをこの手で助け出さないのかという質問にヒイロはそう答えると口を噤み、それ以上何も喋らなくなる。

 

(…………不器用な奴だよ、本当に。)

 

その様子に困ったような笑みを隠しきれないアインスだったがーーーーー

 

『ん…………?ウイングゼロに通達…………主人からか?』

 

「はやてからだと?内容は?」

 

『……………一言だけ、部隊長室に来て欲しいとのことだ。』

 

「……………査察関連か。」

 

『そう考えるのが妥当だろう。既に査察の日まで五日を切っているからな。』

 

はやてからの突然の呼び出し。それをレジアスによる六課への査察関係だと判断したヒイロは足早に部隊長室へ向かう。

 

 

 

 

「あ、ヒイロさん。存外早いんやね。」

 

部隊長室にやってくると椅子に腰掛けていたはやてが笑顔をみせながらヒイロを出迎える。もっともヒイロははやてのその表情が貼り付けただけの虚勢であることを見抜いていたが。

 

「……………査察関連のことか?」

 

「お察しもお早いことで……………」

 

はやての前振りを完全無視して、早速本題に取り掛かるヒイロにはやては苦笑いを浮かべるもすぐにその表情からは笑みが消え失せ、神妙なものに切り替わる。

 

「…………ヒイロさんの言う通り、ついさっき地上本部、というよりレジアス中将の名前で査察関連の通達が飛んできたんや。その内容こそ、六課そのものに対してはあらかじめ伝えられた通りのものやったんやけど……………」

 

はやては目の前に展開されたディスプレイと睨めっこを繰り広げながら悩ましげな表情を見せる。ヒイロの方向からは見受けられないが、そのディスプレイには査察の内容が表示されていると考えるのは容易だった。

 

「何より違うのはヒイロさんに対する取り調べ…………あろうことか、レジアス中将直々に、それも一対一の対面方式とやってきたんや。」

 

「レジアス・ゲイズが直接か……………」

 

いつものおちゃらけた雰囲気とはかけ離れたような神妙な面持ちのはやてから放たれた言葉をヒイロは特にこれといった反応を見せず、淡々と受け止めた。

 

「これ…………どう見たってレジアス中将の目的、ヒイロさんというよりウイングゼロやよな?」

 

「その判断で間違いはないだろう。前もって奴の目的がゼロであることは察せてはいたがこうもあからさまに来るとはな。」

 

「ヒイロさんは元々私達機動六課に協力する条件として管理局に意向には従わないことを挙げてくれてるし、ウイングゼロへの接触も禁止されとる。」

 

「俺を説き伏せる算段ではいるのだろうな。」

 

「……………一応、聞いておくつもりやけど、仮にレジアス中将の話がウイングゼロの技術提供だとして、それに応じることは?」

 

「俺は戦争を幇助するつもりはない上にスカリエッティの同類まで堕ちるつもりも毛頭ない。」

 

そのヒイロの淀みない答えを聞いて、はやては少なからず安堵したような息をついた。

 

「でもどうするん?レジアス中将による取り調べを辞めさせることはできひんし…………」

 

「いや、取り調べ自体を止める必要ない。だが、準備はしているつもりだ。」

 

「準備……………?」

 

はやての聞き返しにヒイロは静かに頷いた。

 

「奴にはこの戦争が終わった後に必要な人間だ。曲がりなりにも奴を英雄視している局員や一般市民は多いらしいからな。特に地上本部が置かれている、首都クラナガンはな。」

 

「………………ちょっと待って…………ヒイロさん、もしかして………………」

 

「可能性は十二分にはある。対処は俺個人でも問題ない範疇だとは思われるが、もし奴らの好きに事態が進めば、責任を押し付けられるのはこっちだ。予防線は張れるだけ張っておくべきだ。」

 

途中でヒイロの言い草に違和感を感じたはやてがその真意に気づき、頭を抱え始める。

 

「や、疫病神この上ない………………でも、よおーく考えてみれば、たしかに絶好のチャンスやないか……………目の前の査察にどう言い訳するかしか考えておらんかった…………」

 

「気にするな。お前とてこのような上に立つ者としてのキャリアは周りの人間から比べれば新米もいいところだろう。不慣れなことをすれば粗い面が出てくるように、必然のことだ。」

 

「むう…………それ慰めとるん?もうちょい手心ってのを学んだらどうなん。」

 

「事実を並べたまでだ。だが、その粗い面を埋めるために、なのは達がいる。」

 

ヒイロのオブラートの『オ』の字もないような無慈悲なまでにストレートな言葉にはやては不機嫌な様子を表すようにムスっときた表情をしながら頰を膨らます。

しかし、そのはやてのミスを埋めるために彼女達がいるという言葉にはやては表情を緩めた。

 

「…………うん、ありがと。やっぱりヒイロさんいてくれて、良かったわ。」

 

そういうとはやては座っていた椅子から立ち上がると、徐にヒイロに近寄っていく。

 

「………………?」

「あ、あの…………別に変なことはしないから…………そんな警戒しないでくれへんかな…………?」

 

そのことにヒイロは少しばかり怪訝な表情をしながら身構えるとはやては軽くショックを受けた顔を見せるも、恥ずかしげに目線を逸らしながらそうお願いをする。

 

「何をするつもりだ?」

「えっと…………さ、最近フェイトちゃんにいろいろリードされている気があるんよ…………」

 

落ち着かない様子のはやての口からこの場に関係のなさそうなフェイトの名前が出てきたことにヒイロは首を傾げ、あまり理由がわからなそうな反応を見せる。

 

「だからーーーーーちょっとくらい、わがままを叶えたっていいよね?」

 

そういうとはやては向かい合うヒイロの背中に両腕を回すと、彼の身体を抱き寄せる。自身の身体を押し付けるように密着させる。

 

「………………お前はヴィヴィオか。」

 

ヒイロの胸板になのはやフェイトほど服の上からでもはっきりと目に見えるほどの大きさはないが、それでも一般的には大きい部類に入るはやての胸が押しつけられ、形を変える。しかし、それでもヒイロは表情を眉一つ動かさず、あろうことか子供であるヴィヴィオと同じかと呆れているように言葉を返す。

 

「……………うん、そうかもしれんやね。私、まだ小さい頃に親を両方とも、亡くしておるから…………」

 

だが、そのあんまりな反応にもはやては怒ることなく、むしろ好ましく思っているように笑みを見せる。こういうぶっきらぼうな反応を含めて、はやてを筆頭に好いてしまっているヒイロ・ユイ という男なのだ。

 

「もちろん、みんなが頼りないって言ってる訳やない。むしろその逆、頼り過ぎて申し訳ないとも思ってる。まぁ、なのはちゃんやフェイトちゃんとかは満面の笑みを見せながらそんなことないって言ってくれるんやろうけど。」

 

身体を密着させ、互いの顔と顔が近い位置にあるため、ヒイロの耳元で囁くような口でそう語るはやて。

 

「でもな、頼りにすることと甘えることは似ているようで、違うものなんよ。私はどっちかと言えばヒイロさん、貴方には甘えたいんよ。」

 

「……………俺に、甘える?」

 

甘えるという言葉が出てくることに意味がわからなかったのか、怪訝な表情を見せるヒイロにはやては腕の力を強め、より身体を密着させる。

 

「………………?」

 

さらにはやての胸が押しつけられ、ヒイロは鬱陶しそうな表情を見せたが、胸元から響いてくる振動音に不思議そうな表情を見せる。

音の響き的にその振動音はヒイロから出ているわけではない。であれば、はやてからだがーーーー

 

(これは、心臓の鼓動音か?にしては大きすぎる気がするが…………)

 

「緊張しているのか?」

 

「緊張…………まぁ、ある意味そうかも。でも、この緊張というか、ドキドキのようなものは十年間ずーっと続いているもんや。」

 

心臓の鼓動音が大きいことから緊張でもしているのかと尋ねられたはやてはフルフルと首を横に振りながら、そう答える。

 

「ヒイロさん、この事件が済んだ後、元の世界に戻るつもりなんやろ?」

 

「…………フェイトから聞いたのか?」

 

ヒイロが元の世界へ帰るのを所望しているのを知っている者はリンディとフェイトくらいのものだ。はやてはおそらく後者のフェイトから聞いたと考えるのが筋だろう。

その推論からの質問にはやては静かに頷いた。

 

「別段、元の世界に帰ることを咎めとるわけじゃない。私達にもやるべきことがあるようにヒイロさんにもヒイロさんのやるべきことがある。」

 

ヒイロはいずれマーズセンチュリーに帰らなくてはならない。それははやてもわかっていたことだった。ヒイロは望んで次元世界にやってきたわけではなく、奇跡のようなものがいくつも重なり合った末に今この場にいられるのだ。

はやてはその事実を噛みしめながらも、ヒイロの顔を正面に見据える。

 

「でも………それでも…………せめて、帰る前に私達の気持ちだけでも、知っていて欲しい。だから………何をするにも、どこへいくにも、絶対生きて帰ってきて。」

 

そのはやて達の知っていて欲しい気持ちというのにヒイロは当たりをつけることはできない。元々それが千差万別、人それぞれの形という不定のものであるからだ。ヒイロ自身それをしたことがない。厳密に言えばそうではないのかもしれないが、その感情がどういうものであるのかはヒイロには定かではなかった。

 

「……………了解した。」

 

故にヒイロはそのはやての願いを承諾する声だけを返した。その返答に満足したのか、はやては笑みを浮かべると、ヒイロの背中に回していた腕を戻した。

 

「…………信じてるから。」

 

「…………そうか。」

 

 

 

そして日付は進んでいき、査察当日。この日の六課隊舎は稀に見る物々しさに包まれていた。それもそのはず、地上本部の重鎮中の重鎮にして過激派筆頭のレジアス・ゲイズが直々にやってきているのだ。流石に本局側の局員が多いこの六課隊舎でも払わなければならない敬意は払う。六課の隊員達は廊下の端に整列し、レジアスを先頭にした一行を敬礼で出迎えていた。

 

査察自体は隊舎の内の見回りや査察員に対する説明会のようなもので済まされていた。もっともこれらは形式上だけのものであることはなのはを始めとした隊長陣は分かっていた。

 

「………………」

 

そんな物々しさに包まれた隊舎の中を1人の巨漢が険しい顔つきで闊歩していた。肉の塊と揶揄されがちな彼の体型はその実はまさにく筋肉の塊であり、いわゆるゴリラのような体型をしたその男性こそ、地上本部の最高責任者であるレジアス・ゲイズその人であった。

 

レジアスが向かう先は件の超火力デバイスを所有していると言われている人物がいる部屋だ。解析を行った研究員曰く、魔力の類は一切使われていない純正の科学兵器だと言っていた。

その報告は自身が魔力適性を全く持っていなかったがゆえに魔力を使わない兵器類の推進を進めていたレジアスにとってはまさに吉報であった。

すぐさまなんらかの方法で入手し、解析、場合によっては量産も視野に入れたかった。

 

そのデバイスを所有する人物がいる部屋の前までやってくると、門番代わりの2人の地上本部の局員がレジアスに向けて敬礼をする。

 

「うむ…………ではしばらくの間、この場に誰も近づけさせるな。」

 

「「はっ!!」」

 

レジアスが扉の取っ手に手をかけ、部屋の扉を開けて中に入る。そこには長テーブルを一つ挟んでソファが二つ。その片方にヒイロが腰掛けていた。

 

「お前がレジアス・ゲイズか。映像の中継越しで見ていたが、やはりその肉体、見掛け倒しではないらしいな。」

 

「貴様が、六課の民間協力者、ヒイロ・ユイか。」

 

レジアスの鋭い視線がヒイロを射抜くが、それにヒイロは全く動じる気配すら見せず、腕を組んで仏頂面を貫き通していた。

 




自分で文章書いていて股座が(ソノマタグラニロケットパァンチ!!)

OH………………(ED)

誰かーはやてのイチャラブ同人誌書いてー


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第70話 次章の幕は開かれた

うーん、これでよかったのかすっごい悩むぜ…………主に前半

あ、あとレジアス中将に関して自己解釈が含まれています


内装は一つの長テーブルを挟んで、二つのソファが向かい合って置かれ、窓こそはあるもののオフィスビルであればどこででもありそうな一般的な窓が備え付けられている。

そんなひどく簡素、言ってしまえば急ごしらえ感丸出しの部屋でヒイロとレジアスは対峙していた。

 

「…………改めて確認させてもらうが、貴様はこの機動六課にガジェットに襲撃された貨物用リニアモーターにおける戦闘の際にデバイスを所有しているところを、発見された、六課に保護される名目で民間協力者となり、在籍している。これで貴様がこの隊舎にいるあらすじはあっているのか?」

 

「ああ。条件は付けさせてもらったがな。」

 

「それでそのデバイスだが、魔力が一切使われていない純正の科学によって作られたと調査結果が出ている。どこでそのような代物を作った?次元世界では科学兵器は禁忌とされている。」

 

「これは貰い物だ。どこで作られたなど俺が知る由もない上に興味もない。」

 

ウイングゼロの出所に関して問い詰めてくるレジアスにヒイロは変わらずに腕を組んだ状態のまま目線だけを彼に向けて貰い物だと言い張る。

 

それは決して間違いではない。ウイングゼロは元々はガンダムを作り上げた五人の設計だったが、スペック的に設計図が作成された当初の年代では実現不可能とされていた。しかし、時代が流れてAC195年、残っていた設計図からサンドロックのパイロットであり、自暴自棄のような精神状態になっていたカトルが作り上げてしまったものだ。

 

そこから紆余曲折を得て、最終的にゼクス・マーキス(ミリアルド・ピースクラフト)からエピオンと交換するような形で入手した。

 

つまり、ヒイロの言葉に嘘偽りはなく、完全に貰い物である。

 

「それにそもそもとして、俺はお前たち管理局に協力しているのではなく、個人的な意志で機動六課に手を貸している。だからお前たちの質問に答える道理がないというのを理解しているのか?」

 

「だが、捜査をする義務は我々にはある。できれば素直に言ってもらえる方がこちらとしても強行な手段を取る必要がないのだがな。もっとも今回の査察も元を辿れば貴様の持つデバイスのオーバーSランク級の出力が問題になっている。」

 

六課に民間協力者としていさせてもらう時に提示した条件を挙げながらヒイロはそもそもとしてこのような形式の対談をしたこと自体だいぶ譲歩した方だと遠回しに言うもレジアスは険しい顔つきながらも交渉のカードを切っていく。

レジアスのいう強行手段とはいくつか考えられるが、一番考えられるのはヒイロが名義上所属している機動六課に対するなんらかの制限だ。

 

ただでさえ魔力にリミッターをかけて魔力ランクを下げるという裏技を使って、一部隊が保有できる魔力ランクの合計数値がギリギリだったところに威力調整のしづらいウイングゼロのバスターライフルの火力が明るみになってしまえば、それを名目として制限を押し付けてくる可能性は高いだろう。

それこそ度合いこそによるが、スカリエッティとの戦闘の際に障害となるようなことだけは避けたかった。

 

「……………そこまでが理由か。で、内容はなんだ?」

 

「……………既に件のエース・オブ・エースやテスタロッサ・ハラオウン執務官は魔力制限を受けている。よって追加でリミッターをかける必要性はあるまい。遺憾だが、あの忌々しい奴らもな。よって貴様にはそのデバイスを管理局に預けてもらおう。無論、本局の奴らではなく、我々本部の管轄でな。」

 

レジアスの突きつけてきた条件ははっきり言ってヒイロには想定できた内容であった。なのはたちが機動六課を設立させる際に自身のリンカーコアにかけられた制限。その制限の解除の鍵は主に部隊長であるはやて、本局執務官のクロノ、そして聖王教会の騎士であるカリム。つまるところ本局、もしくは本局よりの人間にその鍵を渡している。

 

そこに本局と啀み合っている本部のレジアスがウイングゼロの使用許可を下す立場になってしまえば、いざというときに足並みを揃えることは極めて難しくなるだろう。

 

さらにはスカリエッティと繋がっているであろうレジアスがウイングゼロを手にすれば、科学兵器による本部の戦力増強を図っている彼は確実にスカリエッティに解析、および量産を依頼する可能性がある。

 

そうなってしまえば次元世界そのものの破滅を有り得ない話ではなくなってくる。本気でそれほど恐ろしいモビルスーツなのだ。ウイングガンダムゼロというガンダムは。

 

(やはり、ゼロの引き渡しを要求してきたか………それにこの男、はやてたちを嫌っているようだ…………)

 

レジアスの吐き捨てるように言った『忌々しい』という言葉にヒイロは瞬時にはやてや守護騎士たちの闇の書もとい夜天の書の関連人物を目の敵にしていることを察する。

 

「ゼロをお前たちで管理して、どうするつもりだ?お前は地上を守るために長らく禁忌とされてきた兵器に手をつけている。この後、控えている公開意見陳述会で説明を行う予定である『アインヘリアル』などその最たる例だろう。」

 

「ッ…………き、貴様…………どこでそれを…………!!」

 

「俺はお前のいう科学兵器が製造された世界の出身だ。当然ハッキング技術も得ている。あの程度のセキュリティを突破できないとでも思ったか?」

 

険しい顔つきだったレジアスの表情がさらに度合いを増し、眉間にシワを寄せながらヒイロに問い詰める。彼の元々の人相とその巨体も相まって生の人間なら威圧感に気圧されているであろうソレに、ヒイロは平然としたままいつも通りの抑揚で応対する。

 

「ゼロをそちらの管轄に置いてどうするかはさておき、その科学兵器を製造した世界にいる人間の目線として一つ忠告しておく。アインヘリアルはどう見ても的だ。あれはあくまで使うことを前提としない一般市民に対する抑止力が主な使い道だ。それ故に実戦で使い物にはなることはないだろう。ガジェットから集団で襲撃されれば、瞬く間に制圧されるのが関の山だ。」

 

「それを言ったところでどうなる!?貴様は今この私の目の前で犯罪行為を自白したのだぞ!?」

 

自身の進めている兵器のことをまるで置きもの呼ばわりされたことに癪に触ったのか、レジアスは額に青筋を浮かべながらソファから勢いよく立ち上がると管理局へのハッキング行為を罪状として、ヒイロを逮捕するしようとする。

 

「…………………むしろ逮捕されるべきなのはお前の方だ。レジアス・ゲイズ。」

 

しかし、その苛烈なレジアスの言葉すら、ヒイロは眉ひとつ動かさず、逆に肩をわずかに竦め、呆れた様子で振る舞いながら、鋭く冷え切った兵士の目でレジアスを睨みつける。

 

「お前の理念に関して、理解ができないわけではない。平和を望む心は誰もが持っている。それに魔力の有無などは関係ない。そのために尽力を尽くすことになんら間違いはない。」

 

「だが、そのための手段を貴様は盛大に履き違えている。レジアス・ゲイズ。お前は戦闘機人計画と人造魔導士計画を秘密裏に進め、あろうことか広域次元犯罪者であるジェイル・スカリエッティに依頼しているな?司法の柱として管理局の重鎮が犯罪者の手を借りるなど、本末転倒だろう。」

 

「ッ……………一体どこまで…………!!」

 

ヒイロの眼光に気圧される気味になりつつあるレジアスは歯がみする表情を見せながら、ヒイロにそう問い詰める。

 

「戦闘機人や人造魔導士、お前の後ろに最高評議会の存在があること。そしてスカリエッティの目的、それが次元世界そのものの支配であることだ。」

 

「なっ…………………!?」

 

ヒイロがスカリエッティやレジアスのことに関してどこまで知っているかと語ったとき、レジアスの表情が驚愕に染まる。その表情はどちらかと言えば、スカリエッティが世界征服を目的としていることに対して驚きを示したように感じられた。

 

「……………その反応では、奴の目的は知らなかったようだな。」

 

「馬鹿な!!一介の科学者にそんな大それたことができるわけがない!!」

 

ヒイロの指摘にレジアスはありえないというように荒げた声を大にする。そのレジアスの様子にヒイロは肩を竦ませる。

 

「お前がいつからスカリエッティと繋がっていたかは既に些細な問題だが、少なくとも10年近くも有れば悠々と様々な兵器が発展を遂げることは可能だ。それに何より、兵器製造は人材より遥かに早いスピードでなおかつ短時間で数を増やす。お前が手を出している科学兵器はそういうものだ。」

 

「そういう認識を持っておかねば、兵器はテロリストの手にわたり、すぐにその銃口をお前に向けるぞ。」

 

「ッ………………」

 

レジアスはやるせない顔を浮かべると、握り拳を作り、震えるほどにその力を強めていた。

 

「余談だが、俺に対する取り調べは既にお前に対する尋問に変わっていることを理解しておくんだな。」

 

「……………貴様は、儂を断罪するつもりなのか?」

 

(……………もう少し見苦しい言い訳でもしてくると思ったが、想定より認めるのが早いな…………)

 

先ほどとは苛烈さを極めた様子から打って変わり、見るからに落ち込んでいるのか痩せ細ったように思えるレジアスの様子にヒイロは少々面食らった印象を覚える。

 

「……………いや、今この場で全てを詳らかにするつもりはない。それは俺を含めた六課全員の総意だ。」

 

「それはなぜだ?今の今まで、私は貴様たち機動六課を目の敵に腫れ物のように扱ってきた。それこそ、部隊長である八神はやてとその守護騎士であるあやつらを犯罪者と罵っていた。」

 

「……………それはお前が曲がりなりにも一般市民の安心を守ろうとしていたからだ。お前がこの状況で逮捕されると、お前自身の権威で押さえていた燻り全てが一斉に発起するだろう。そうなれば管理局は自然とその対応に追われなければならない上に、そこにスカリエッティの大規模な攻撃が加われば、管理局は崩落するだろう。」

 

ヒイロは首から下げている待機状態のウイングゼロを片手で覆うように握りながら、語りかける。そうしたのもちゃんとした理由があり、ウイングゼロの中には何よりはやてのことを慮っていたアインスがいる。そのアインスが彼女のことを犯罪者と揶揄されて黙っているとは思えなかったからだ。実際、握ったアクセサリーからしばらく動かそうとしている感触がヒイロに伝わったが、少しすると熱くなった頭が冷えてきたのか、再び引っ込んでいった。

 

「…………スカリエッティに集中するためにも儂が必要ということか。」

 

「そういうことだ。それと管理局の本局と本部、いわゆる海と陸がいがみ合っているのも、主だっては両者の慢性的な戦力の格差、そしてお前の本局の罪人でさえ戦力として受け入れる姿勢が受け入れられないことだな?」

 

「…………確かに犯罪者共には魔導士として優秀な人材はおる。それは認めよう。だが、そんな奴らまで受け入れる必要性はどこにある。」

 

「お前の言葉ももっともだが、そうではない奴もいる。計らずも、もしくはそれしか生き方が見つけられなかった人間などがな。結局のところ、正義などはさじ加減だ。少なくとも行き過ぎた正義や大義を掲げた人間を俺は信用しない。」

 

「…………………正義のために、悪を成す、といってもか?」

 

「そんなものは所詮は詭弁だ。正義を成すために悪を成すというのは間接的に悪のために一時的に正義を演じているのと同義だ。」

 

「フン……………悪を成すために正義を演じるか…………犯罪者に加担し、信じる志を同じくとした友すらを殺めた儂にはうってつけの言葉か。」

 

捲し立てるヒイロにレジアスはほんのわずかに自虐的な笑みを浮かべる。

 

「レジアス・ゲイズ……………お前は……………」

 

「引くに引けなくなってしまった。それだけのことよ。儂は自分の発言を撤回するつもりはない。」

 

そのことにヒイロはレジアスは誰かに止めて欲しかったのではないかと推論を立て、そのことを尋ねようとするも途中で彼に答えのようでそうでもないような返答で遮られてしまう。

 

 

コンコンッ

 

「……………なんだ?」

 

そんな時、ヒイロたちがいる部屋に扉をノックの音が響くとレジアスは重い声色でそれに応える。そして扉が開かれるとそこには部屋の門番を任されていた本部の局員が立っていた。

 

「レジアス中将、申し訳ありません。本部より連絡があり、至急お伝えしたいことがございまして。」

 

「……………わかった。それで何用だ?」

 

その局員の言葉にレジアスは徐に立ち上がりながらその用件を尋ねる。ヒイロがそれに訝しげな表情を見せていると、ウイングゼロから身を乗り出してアインスが姿を表す。

 

『ヒイロ!!仮面は剥がされた!!その素顔を白日の元に引き摺り出せ!!』

 

一見するとこの場にそぐわない根も葉もない単語のように見えるアインスの言葉だが、ゼロシステムの警告が出ていたヒイロは待っていたと言わんばかりに立ち上がる。それと同時にーーーー

 

「ーーーーーーアンタはもう、用済みってことだよ。」

 

番人の体がスライムのように溶けると、そこから霞んだ金色の髪を持った女が現れ、右手の親指、人差し指、中指の三つにつけられた爪をレジアスに突きつける。

 

「ッ…………まさか、戦闘機人か!?」

 

「あははは!!そうだよ!!でももう遅いッ!!!」

 

狼狽るレジアスに嘲笑うかのように獰猛な笑みを浮かべると突き詰めた爪をレジアスに向けて伸ばした。迫りくる爪のスピードに動くことも叶わないレジアス。ヒイロも何かの準備に追われているらしく、対応するのが難しい中、爪はレジアスの首に突き刺さるーーーーーー

 

「ハァァァァァァ!!!」

 

より先に、レジアスと戦闘機人の間に突然現れた雷光を纏わせた金色の戦斧が戦闘機人の横っ腹に振るわれる。その突然の襲撃に戦闘機人は反応することすら出来ず部屋の壁に体を打ち付ける。

 

 

「レジアス中将、ご無事ですか?」

 

突然乱入してきた人物ーーーーフェイトはレジアスの安否を確かめる。その目まぐるしく変わる状況にレジアスは呆気に取られた顔しか浮かべることができないでいた。

 

 

 

 

「……………え、ヒイロさんが?」

 

時刻は地上本部により査察が入れられる前日、フェイトが査察のための準備をしていた時、そのヒイロから頼みを聞かされる。

 

「そうなんよ。どうやらヒイロさん、この査察の時に潜入しているスパイがレジアス中将の暗殺に動くんやないかと推測してるらしいんよ。それでフェイトちゃん、次元魔法持っとったよね?」

 

その頼みを聞かせにきたはやてからの言葉にフェイトは驚いた表情を見せつつ、自身が次元魔法………要するに瞬間移動の類が必要とされていることを認識する。

 

「多分、ヒイロさんは一番スピードがあるのがフェイトちゃんだから頼んだのだろうけど、ちょうどいいの持ってること思い出してな。」

 

「確かに…………私はそういうのが使えるけど……………」

 

「合図が出たら、それ使ってレジアス中将の前に割り込んでな。そんで、合図は仮面は剥がされた、や。」

 

「…………わかったよ。」

 

「そんじゃあ私は他の人にも回しとく連絡あるから、それじゃあ。」

 

フェイトに伝えることは伝えたと軽快に手をヒラヒラさせながらはやてはその場から離れていった。

 

「ヒイロさんからの頼み、か……………うん、汚名挽回……………あれ、汚名返上だっけ……………ともかく頑張ろう。」

 

首を傾げながらもフェイトは湧き出た疑問を棚に上げて、大きく頷いた。

 

 

 

 

「目標を目の前にして呑気に会話など…………所詮は潜入捜査に向いていない三流だったか。」

 

時刻を現在に戻して、バルディッシュを大剣であるザンバーフォームにしていたフェイトに野球のボールのようにかっ飛ばされた戦闘機人を見据えながらヒイロはそう吐き捨てる。そのかっ飛ばされた戦闘機人は壁に打ち付けられた時の衝撃で土煙が舞い上げられ、その仕留めた姿を確認できないでいた。それ故にヒイロは目を離さないようにしていたのだが、それが功を奏したらしい。

 

(ーーーーーー来るッ!!)

 

舞い上げられた埃で鮮明には見えなかったがその隙間から漏れ出ている青白い光を攻撃する意志の現れと感じたヒイロはすぐに行動に移す。

 

「まだ動くッ!?」

 

その青白く発光しているのに気付いたのか、フェイトも応戦すべくバルディッシュを構える。次の瞬間、姿を見えなくしていた煙を振り払うほどの爆発的なスピードで戦闘機人が接近する。

 

(しまったーーーーこれザンバーフォームじゃ捉えられない!?)

 

そのスピードはフェイトを持ってしても目を見張るほどの速さであり、大剣という大振りな剣な故、攻撃するまでにどうしてもタイムラグのあるザンバーフォームでは反応はできても妨害に回ることは厳しかった。

 

その青白く発光した爪が凶刃となってレジアスに再び迫りくる。普通であれば、反応することすら許されない領域。鍛えているとはいえ、魔力もないただの人間であるレジアスは避けることすら叶わない。

 

ただしそれは普通の人間の話だ。

 

「確かに速いが、狙いは単調、必要最低限のルートを選んで行動している。」

 

比較的早いうちに攻撃を仕掛けてくることを察したヒイロはさっきまでレジアスと対談している時に挟んでいた長テーブルの縁を掴むと、そのまま片手で持ち上げる。そしてヒイロは向かい側にあるレジアスの座っていたソファに足をかけると、大きく跳躍、落下するタイミングに合わせて、沿った上半身を反動に加えつつ、テーブルを掴んでいる腕を大きくしならせ、大剣の如く振り下ろした。

 

その即席の大剣はヒイロの人外的な筋力をふんだんに使ったことにより、不安定な空中でも正確に高速移動をする戦闘機人を捉えーーーー

 

 

ガギィィィン!!!!

 

 

思わず耳を塞ぎたくなるような金属と金属がぶつかり合う、けたたましい音をまき散らしながら地面にはたき落とした。

 

「フェイト、レジアスをこの部屋から退避させろ。それと部屋の外に局員が二人倒れている筈だ。物音は聞こえなかったからおそらくは眠らされていると思うが…………」

 

「わかりました!!レジアス中将、こちらへ!!」

 

「あ、ああ…………」

 

未だ状況をよくつかめていないのか、フェイトに急かされたレジアスは彼女に連れられてこの部屋を後にする。それを見届けながらヒイロは戦闘機人の爪をウイングゼロのビームサーベルで切り落とした。

 

「…………………」

 

長テーブルで叩きつけられた戦闘機人を無言で見下ろすヒイロ。何か変な動きを見せないための監視だったが、その戦闘機人を全体を俯瞰していた目が一瞬だけピクリと動いた腕を見逃さなかった。

 

「まだ動くか………!」

 

同じ戦闘機人であるスバルから人より耐久性はあるというのを聞かされてはいたため、警戒を厳にしていたヒイロはその僅かな挙動を見逃さず即座に距離を取った。

些か及び腰とは思えるが、戦闘機人という作られた人間であるということは中身は機械でできていることである。

であれば、体にいくらでも仕込んでいてもおかしくはない。

 

「くそ………………くそくそくそくそくそ!!!!」

 

勢いよく叩きつけられた障害なのか、体のところどころからスパークを走らせながら血走った目でヒイロの睨みつける戦闘機人。その吐き出される呪詛のような言葉に、ヒイロは歯牙にも掛けず、冷静に澄ました顔でその挙動を見つめる。

 

「ッ……………くそったれがぁぁぁ!!!!」

 

苛烈極まる表情をさらに歪に歪めながら戦闘機人はヒイロへ仕掛けることはせずに部屋の窓を突き破り、この場から逃走をした。

 

「…………逃げたか。すんでのところで仕掛けるのを諦めたようだな。」

 

 

逃げた戦闘機人をヒイロは追うようなことはせずにただその行先を見据えるだけだった。それもそのはず、逃げる敵を撃ち落とすのであれば、加減の聞かないヒイロより適役がいるからだ。

 

 

 

「こちらスターズ01。戦闘機人の逃走を確認。これより追撃行動に移ります。」

 

落下隊舎の屋上で逃走している戦闘機人を見据えるなのは。予め追撃をヒイロを通じてはやてから頼まれていたため、既に彼女の周囲には桜色の魔法陣が展開され、いつでも砲撃を放つ準備が整っていた。

 

なのははレイジングハートを構えると、その切っ先を未だ逃走を続けている戦闘機人へと向ける。

 

「ターゲット・ロック………………」

 

レイジングハートから送られる映像に映る戦闘機人にサイトが固定される。その切っ先に魔力が集中し始め、トリガーを引こうとする。

 

『|Master!Confirm the approach of high energy body!《マスター!!高エネルギー体の接近を確認!!》』

 

「えっ!?」

 

突然のレイジングハートの警告に思わず引き金を引こうとした指を止めてしまうなのは。自身の相棒が警告を発している方角に目を向けると、膨大なエネルギーの奔流と化した太いビームが水平線の向こうの外洋から一直線に六課隊舎に襲来する。

 

「ッ………レイジングハート!!砲撃に使おうとしていた魔力、全部防御に回して!!」

 

『Yes.Master』

 

迫りくるビームの前に身を踊り出させるとなのはは砲撃用の魔力全てを防御に回し、魔法陣で受け止める。

 

「ッ…………なんて、威力…………なの………!!」

 

ビームと魔法陣がぶつかり合い、周囲に稲光を撒き散らす。その中心でなのははビームの出力に苦しい表情を浮かべていた。今のなのはは自身にリミッターをかけられており、万全の状態ではない。そのリミッターが外されればなんとかなることはわかっていたが、そう願う余裕もなかった。

 

「なのはちゃん!!」

『援護するッ!!』

 

もしかしたら押し切られるという最悪の予想も頭の中を過っていたところにシャマルと狼形態のザフィーラが駆けつけ、それぞれの防御魔法である『風の護盾』と『鋼の軛』でなのはの援助を行う。

 

しばらく三人が踏ん張るとやがてビームは細く、減衰していき、辺りにビームの熱気で陽炎と紫電が漂っていたがなんとかビームを押しとどめた、五体満足のなのはたちの姿があった。

 

「ハァハァ…………シャマルさん、戦闘機人は…………?」

 

息を整えながらなのはは隣に立っていたシャマルに目配せすると彼女は無言で首を横に振った。

 

「ロングアーチが追ってはいると思うけど…………私自身は見失ったわ。」

 

シャマルの返答になのははそうですか、と割り切りながらザフィーラに向き直るも彼も同じように首を横に振るだけだった。

 

 

 

「………………今のビーム、ビルゴのものではないな。正確にいえば、ビルゴのものをより強力にした荷電粒子砲ではあるが……………まさかヴァイエイトか?となると、メリクリウスがいることも想定すべきか。」

 

隊舎の中で先ほど撃ち込まれたビームに訝しげな表情を見せるヒイロ。これまでとは一線を画しそうな存在の出現にこの戦争はより苛烈さを増しそうなのは、先ほどの光景を目の当たりにした者であれば、誰の目にも明らかであった。

 

 

 




個人的に今回のヒイロによる叩きつけはヒイロにしかできないと思ってる。

ドモンとかはわりと不意をつかれやすいと思っているし、アムロ大尉とかのニュータイプは察せられるけど突然すぎて間に合わせられない。


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第71話 進む時間は止まらず、加速するのみ

暑さのせいで執筆意欲ががががががが




「……………追跡、及び戦闘機人の拿捕は失敗したらしい。妨害にあった。」

 

「もしかしてさっきのビーム攻撃?」

 

報告しにきたヒイロに同じ部屋にいるフェイトが確認ついでにそう尋ねるとヒイロは無言で頷いた。

 

「…………今のも貴様の世界の代物か?」

 

「少しは頭が冴えてきたか。もっとも全てが明らかになっているわけではないがな。」

 

「ヒイロさん…………言い方に、トゲがつきまくりだよ……………」

 

フェイトがいるということはヒイロから言われて彼女が連れ出したレジアスもその部屋にいた。その彼の言葉にヒイロは毒を交えて返したことにフェイトは頭を抱えながらため息をついた。

 

「申し訳ありません、レジアス中将…………彼は、その…………」

 

「…………気にせんでいい。儂にとやかく言う資格はないのだからな。」

 

ヒイロの不遜な言い方に代わりにフェイトがレジアスに謝罪の言葉を述べるが、レジアスは少しばかりやつれたような顔でそれを流した。

 

「……………だが、一つ聞きたいことがある。」

 

「なんだ?」

 

そう言うとレジアスは座り込んでいたソファから立ち上がり、ヒイロに向き直った。それにヒイロは怪訝な表情を見せながら問いかける。

 

「貴様の世界では今のようなビームによる攻撃は当たり前なのか?」

 

どうやらレジアスは今のビームによる襲撃がヒイロの世界にあるものによる攻撃であることを察したらしい。

 

「ああ。それは俺がいた世界では当たり前の光景だった。さらに俺が使用している物のようにワンオフのものではなく、量産体制が整った兵器にもあのクラスの出力を出せる兵器はいくらでも存在している。」

 

当たり前というように平然と言葉を返すヒイロ。その言葉にレジアスは俯き、無骨な表情がさらに険しくなり、神妙な面持ちを見せる。

 

「……………全ては、人の命を作るという禁忌に手を出した儂の業か。」

 

「…………その業を背負うというのであれば、お前がやるべきことは、すでにお前自身の中で明白になっているだろう。」

 

「…………スカリエッティと、戦うことか。」

 

「覚悟を決めろ。そうでなければ、お前が本当に守りたかったものまで失うことになる。」

 

ヒイロの言葉にレジアスは視線だけ向けることで反応を示すと再び俯くような姿勢をとった。

ヒイロもレジアスがミッドチルダに住まう人々の安全を守るために様々な場所に働きかけていたのはわかっていた。魔力がなかろうと、誰かを守りたいという意志は同じ。だが、実力というはこの次元世界では残酷なほどに現実を突きつける。それが、後天的にどうなるものではなく、完全に生まれ持ってでしかならない、先天性の、いわゆる才能と呼ばれる覆せないもので。

だからレジアスはその覆しようがないコンプレックスから人の道を外れたのをヒイロは察していた。

 

「お前が間違っていたのは、手法だけだ。それ以外であれば、むしろ俺はお前と同意見だ。地盤が脆弱なままでは、何も護ることができないからな。」

 

だからヒイロはレジアスを殺すなどという手段ではなく、その手法を正すことにしたのだ。

 

「……………」

 

レジアスはヒイロのその言葉を聞いたのち、その俯いた顔のまま部屋の扉の方へ歩き始める。歩く彼の横をすれ違ったヒイロとフェイトはそれぞれ無表情と不安そうな顔つきを浮かべるとレジアスの背中を視線で追う。

 

「……………貴様達の部隊長に追って連絡するが、今回の査察でお前達機動六課の部隊運営はさしたる問題はないことがわかった。」

 

「魔力換算オーバーSランクによる攻撃もやむを得ない事情によるものであり、秘匿されていたことではなかった。」

 

「だが、お前達は実験部隊だ。何かあれば即刻解体されることを肝に銘じておけ。」

 

 

それだけ二人に言いつけるとレジアスは部屋から出て行った。

 

 

「…………今のは………?」

 

「アイツなりの礼だろうな。」

 

フェイトは隣にいたヒイロに目線を向けながら首を傾げるとヒイロは即座にそう言葉を返した。

 

「よ、よかった…………………」

 

張り詰めた状況から抜け出したことに安堵したのか、フニャっと崩したような笑みを見せるフェイト。

 

「…………まだ話を切り上げるには早い。なのはの砲撃を妨害したビームの詳細について調べる必要がある。」

 

「………ヒイロさんは今のビームはもしかしてビルゴの………?」

 

「………いや、ビルゴには大気圏内での滞空を維持できるほどの推力はない。あのビームは水平線の向こうからの攻撃だったからな。」

 

「じゃあ…………もっと別の何かによるもの?」

 

「情報を確認していない以上、結論を出すことはできない。行くぞ。」

 

査察を無事に乗り切ったとしても気が休まる暇はだんだんとなくなってきている。そのことを察したフェイトは部屋を出て行くヒイロの後を追うようについて行った。

まず向かった先は部隊長室。事態を把握しているはずのはやてが先ほどのビーム攻撃に対する会議を行うと踏んで、二人は彼女がいるであろうそこに足を運ぶ。

 

 

 

「ヒイロさん…………まずはお疲れ様やな。大丈夫やった?」

 

「クロノに伝えておけ。レジアスはスカリエッティと戦う意志を示した。奴自身への追及はやるにしてもそのあとだ。」

 

「レジアス中将を味方に引き込んだんやな……………あの人相手によおやりおるな…………ヒイロさん案外交渉スキルとか持ち合わせていたり?」

 

 

レジアスをひとまず味方に引き込めたことにはやては驚いたように口を丸くしながら声を唸らせる。

 

「事実を突きつけて、状況を利用しただけだ。それとだがなのはの妨害を行ったビームの詳細はわかったのか?」

 

「この後隊長陣やフォワード組を集めてロングアーチの調査結果を話し合う予定や。」

 

「じゃあ、私たちはここで待っていればいいのかな?」

 

情報のすり合わせをやるというはやての言葉にフェイトがそう尋ねるとはやては無言でうなずいた。

二人がしばらく部隊長室で待っているとはやての召集でいつもの顔ぶれが集まり始める。

 

 

 

「うん、みんな集まったな?集まってもらった理由は言うまでもなく、さっきのビーム攻撃についてや。」

 

なのはとフェイトの親友とシグナムとヴィータと言った自身の家族、そしてティアナやスバル、さらにはギンガといったフォワード組と見慣れた顔ぶれが集まったことを確認するとはやてが隊舎を標的としたビームに関してのブリーフィングを始める。

 

「さっきのビーム、出力はかなりのものやった。なのはちゃん、防御した身としてはどんな感じやった?」

 

「…………少なくともディバインバスター以上、スターライトブレイカー未満ってところだったかな。正直言って、魔力に制限がかけられている状態じゃ防ぎきれなかった。」

 

ビームを受け止めたときの衝撃がまだ残っているのか、なのはは利き手である左手の手首を確かめるように回しながら険しい表情を見せる。

 

「ですが、先ほどのビームによる攻撃はウイングゼロのバスターライフルのビームと色合いが合致します。何か関連性はあるのではないでしょうか?」

 

「せやな。そこら辺について、ヒイロさんは何かわかることはある?」

 

妨害のビームの色合いがバスターライフルのビームと同色だというシグナムにはやては頷きながらヒイロに目線を向ける。

 

「……………少なくともアフターコロニーの兵器による攻撃というのは間違いないだろう。しかし、以前情報を公開したビルゴによるものではないのは確かだ。理由としてはあのビームは海の水平線の向こう側から発射されたものだが、ビルゴには常時滞空を可能とするほどの推力はない。」

 

「じゃあ…………一体誰が………というより何が………?」

 

ヒイロが少なくともビルゴによる仕業ではないと断じたことにエリオが疑問を投げかけるも、皆が揃って難しい表情を浮かべ、それに答える者はすぐには現れず、部隊長室が沈黙に包まれる。

 

「はやて。ロングアーチからなんらかの解析は出ていないのか?このまま黙っていては話が進まん。」

 

「…………そうやなぁ…………ロングアーチからの解析も芳しくなかったらしいからどうするか迷っとったけど…………」

 

ヒイロからなんでもいいから情報を出せとせがませたはやては悩ましげな表情をみせながら空中にディスプレイを投影するとそこに一枚の画像を表示する。その画像は極限まで拡大されたものなのか、画素数が極めて低く、かろうじて黒い円のような物体が写っているだけだった。

 

「画質が悪いな…………ジャミングでもかけられていたのか?」

 

「ジャミングというより、ステルスやな。こっちのレーダーにもとんと反応を示しておらんかったし。」

 

「仮にこの黒い円形の正体がヒイロの世界のモビルスーツだとすると似ているのはあるのか?」

 

画像が荒いことに苦言を呈しているヒイロにはやてが予測の上だがステルス機能が搭載されていることを口にするとヴィータから似たようなモビルスーツがいなかったかどうかを尋ねられる。

 

「仲間のガンダムにステルス機能を搭載した機体はいる。」

 

「…………よりにもよってガンダムかよ…………」

 

ヒイロの返答にヴィータは聞いてはいけないことを聞いてしまったかのようにうえっとした表情を見せる。ウイングガンダムゼロのツインバスターライフルの火力を知っている身からすれば、似たような性能のガンダムが敵になっている可能性があるのは鬱屈とした気乗りになってくるのは仕方がないだろう。

 

「だが、そのガンダムはレーダーによる探知はもちろんのこと、カメラのような機械を介した映像、画像からも姿を消すことができる。」

 

「……………ようするに肉眼でしか確認が取れないってこと?」

 

「ああ」

 

なのはの確認にヒイロが頷く。そのヒイロの言ったことに則ると、この画像に写っているのは少なくともウイングゼロから派生したガンダムではないということだ。

 

「まぁ…………ガンダムが相手じゃないってわかっただけでもマシか…………」

 

「それでも高性能な代物であるのは確かだろう。それに戦闘機人を連れていったのもそれで間違いはないだろう。他に何か候補として挙げられるのはいないのか?」

 

「そうねぇ、今まで私達がみせてもらったのはいわゆる量産型がほとんどね…………」

 

安心したようにヴィータが息をつくが、シグナムが他に候補として挙げられそうな機体を尋ね、それにシャマルが頰に手を当てながら同調するように言葉を続ける。

 

「……………ハイドラ」

 

「ッ…………ヒイロさん、それは…………」

 

「可能性の一つに過ぎない。だが、その中でもっとも確率が高いのは、ソイツだ。」

 

「ハイドラって…………なんのことですか?」

 

ヒイロが発した言葉にはやてが難しい表情を見せながら言葉を返そうとするも、ヒイロはそれは制するように遮りながら微々たる差異だが、可能性が高いことを示唆する。

 

無論、その存在が記されてあった預言、およびハイドラのことを知らない守護騎士やフォワード組は揃って顔を見合わせ、ティアナがその総意のようにヒイロに詳細をたずねた。

 

「…………聖王教会の騎士、カリム・グラシア。ソイツの持つレアスキルと呼ばれる特異な能力、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)の預言に存在が記されていた奴のことだ。端的に言えば       

 

「リーオー、トラゴス、エアリーズ、トーラス、そしてビルゴ。これらのアフターコロニーのモビルスーツの情報がジェイル・スカリエッティに流れ出たきっかけだ。」

 

「……………つまり、大元ってことかよ。今回の事件の。」

 

「大元とは言うが、そのハイドラもアフターコロニーのモビルスーツであることが予測されている。大元といえば大元だが、どちらかと言えば要因に近い。」

 

あくまで大元はスカリエッティと言うようにヴィータの発言にヒイロが訂正を入れる。その様子にヴィータは面倒くさそうな表情を浮かべながらもどっちでもいいだろ、と心の中で呟いた。

 

「…………………なのは。」

 

「ん…………ヒイロさん、呼んだ?」

 

「明日の教導、お前の中の内容ではどういう風に行うつもりだ?」

 

「えっと…………みんなだいぶ慣れてきたみたいだから、基礎練の反復をしたら実戦形式でやるつもりかな。」

 

唐突なヒイロからの問いかけになのはは少し考え込む仕草を浮かべるも、すぐに自身の考えている予定を伝える。それを聞いたヒイロは腕を組みながら、壁に寄り掛かった。

 

「フェイト、お前も明日の教導に参加する予定だったな?」

 

「そう………だね。でも、突然どうしたんですか?」

 

似たような質問をフェイトにも向けると彼女から返答と一緒に不思議そうな表情を向けられる。

 

「お前達も教わる側に回れ。」

 

「えっと…………それってつまり…………明日教導官に入るのはなのはさんじゃないってことですよね?」

 

「じゃあ…………ヒイロさんが?」

 

「俺が手出しするつもりはない。お前たちを相手にするのは人形だ。」

 

ヒイロの言葉にキョトンと首を傾げるなのはとフェイトを尻目に置いて、ヒイロが明日の教導官を務めると思ったティアナとスバルがヒイロにそう尋ねるが否定の言葉とともに相手が人形だと言われ、怪訝な表情を見せる。

 

「あのー…………ヒイロさん?一体何をするおつもりで………?」

 

流石のはやてもヒイロが勝手に話を進めていくのが看過できなかったのか、困惑気味な笑みを浮かべながらヒイロの言う人形の詳細を尋ねる。

 

「…………スカリエッティの戦闘時出てくると思われるモビルスーツ五種類。それをアフターコロニーでの戦争で実際に使われた手段、モビルドールという形でお前達と戦わせる。」

 

「もびる…………どーる…………?」

 

「本来、モビルスーツというのはコックピットに人間が搭乗して操縦するものだが、そこを無人化した上で自律行動を可能とした兵器だ。要するにお前達がいつも相手にしているガジェットと相違はない。」

 

キャロの言葉に耳聡く反応したヒイロがモビルドールの説明を簡単に行う。おおよそガジェットと変わりはないという説明で納得がいったのか、短く声を呟いているのを見かけるとヒイロはシグナム達守護騎士に目線を向ける。

 

「可能であれば、お前達も参加が望ましい。行けるか?」

 

「ん………なに、どのみち矛を交えることになる。先んじて経験を積むことができるのであれば、断る理由もない。」

 

「前はエアリーズが二機だけだった上にお前とフェイトに取られちまったからな。ソイツらがどれくらいの強さなのか、試すのにいい機会じゃねぇか。」

 

ヒイロの言葉にシグナムはわずかに笑みを浮かべながらさながら守護騎士達を代表するように答える。実際そのシグナムの言葉になんら間違いはなかったのか、ヴィータとシャマルもシグナムと同じように笑みを見せていた。

 

「……………了解した。そういうことになった。」

 

「そういうことって…………アンタがそうさせたんでしょうがぁ!!」

 

さも平然と事の行く末を語るヒイロにはやては頭痛の種に悩ませているように額に手を当てながらワナワナとした様子でヒイロを捲し立てる。

もっとも、当人が悪びれるような顔を一切見せず、その様子を周囲の人間が雁首揃えて苦笑いを浮かべる光景に結局はやては怒る気も失せたのかため息を深くついた。

 

「…………それ、私も参加させられるんやろ?」

 

『いえ、主の魔法はどれも広域範囲魔法。はっきりいって演習にならないので今回の演習は見送らせてもらうこととなってます。』

 

「わ、私だけ仲間外れなん!?そんなん流石にあんまりやでアインス   !!!」

 

自分も参加させられると思った矢先、ウイングゼロからひょっこり顔を覗かせたアインスから出鼻を挫かれた形になったはやては思わず表情をありえないものを見てしまったかのような表情を浮かべ、思わず椅子から勢いよく立ち上がった。

 

『主……………正直に申しますとこれはヒイロと私で綿密に話した結果の双方の結論なのです………』

 

「むぅ……………うぅ………………!!」

 

どうにか諦めてくださいと言うようにアインスが肩を竦めた様子で宥めるが、はやてはやっぱり自分だけハブられているのが納得いかないのか、この状況を作り出した張本人であるヒイロに悔しそうに唸り声を上げながら目尻に涙を浮かべた視線をぶつける。

 

(ふむ…………それほどまでにヒイロ発案の演習が受けたいのですね、我が主よ。)

 

(いやいや、ぜってェー違ぇだろ。)

 

(というか、はやてちゃん…………ザフィーラのこと、忘れてないかしら?)

 

(………………もはやなにも言わん。)

 

関心したようにウンウンと頷くシグナムに呆れたようにヴィータが否定の言葉を入れる。そして困惑気味に狼の形態を取りながら、六課で飼育しているという体でいるため、必然的に演習が参加ができないザフィーラのことを言及するシャマル。件の彼はしょぼくれたように耳をへたらせ、若干の不貞腐れが混じったように部屋の隅で寝そべっていた。

 

「…………………」

 

そのはやての目線にヒイロは基本無反応を貫いていたが、延々と注がれるはやての視線に鬱陶しさを覚えたのか、しかめっ面を見せながらため息を小さく吐いた。

 

「………10年前、お前が闇の書の闇に向けて放っていた、直撃を受けた対象を石化させる魔法    確かミストルティンと言ったか?」

 

「え…………う、うん、そうやけど…………」

 

突然のヒイロの問いかけに若干狼狽したように歯切れの悪い返事をするはやてだが、それを気にする素振りすら見せずに話を進める。

 

「ビルゴのプラネイトディフェンサーは有り体に言えば遠距離攻撃に対して効果を発揮するバリアフィールドだが、決して実体を持ち合わせているわけではない。ミストルティンをフィールド発生機に直撃させ、構成された魔力の残滓を浴びせれば、理論上は石化による発生機の無力化は可能だ。」

 

「………………なるほど。」

 

魔力を専門としていないヒイロだが、ビルゴという兵器、そしてプラネイトディフェンサーという武装の観点から特異な魔法を多数所有しているはやてなら対処は可能という言葉に思わずはやては唸るような声を上げてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ウグッ…………もう少し丁重に扱いなさいよ…………!!」

 

ガシャンと今まで担ぎ上げられていたところに突然雑に落とされたような音を立てて下された人物  戦闘機人のドゥーエは命からがらスカリエッティの本拠地である彼のラボに帰還していた。

もっともそれは彼女一人でなしえたわけではない。ドゥーエは自身をここへ連れてきた張本人である傍らでブースターを蒸して浮かんでいる存在に憎らしげな目線を向けて悪態をつくも、ソレは気にしている素振りすら見せずにスカートから脚部を出して地に足をつけるとそのまま去っていった。

 

「やぁ、ドゥーエ。かなりしてやられた様子だね。」

 

「ッ……………ごめんなさい、ドクター。」

 

そんなドゥーエに戦闘機人の生みの親であるスカリエッティが声をかけると彼女は申し訳なさそうに俯きながら謝罪の言葉を述べる。

 

「いやなに。君が気にすることはない。レジアスを六課への査察を行なっているタイミングで殺せば、彼を慕っている人間の多い地上の世論から六課を解体せざるを得なくなると語ったのはドクターJだ。まぁ、どのみち僕にはもう興味は失せた俗物だったから、殺す時期がズレただけだと思っておけばいいさ。」

 

親代わりでもスカリエッティにそう慰めのような言葉をかけられたドゥーエは少なからず表情を安堵したものに変える。

 

「それはそれとして、同じことをいうようだけどかなり痛ぶられた様子だね。四肢のいたるところから破損によるスパークが出ている。全体的なオーバーホールが必要だろうね。」

 

「…………ごめんなさいドクター。こんな重要な時期なのに…………」

 

「いくら悔やんでも仕方のないことさ。ドゥーエ、君より彼女らの方が強かった。たったそれだけのシンプルな解答だ。」

 

スカリエッティは労わるように言葉を投げかけるも、それは遠回しに自分は弱いと突きつけられているように感じたドゥーエは憎たらしさを前面に出したように表情を歪に歪める。

 

「ヒイロ…………ユイッ……………!!」

 

そして自身が倒れ伏した時に見た自分をなんの感情もなく冷え切った目で見下ろすヒイロの顔が脳裏に焼き付いた彼女は唸り声を上げるようにヒイロの名前を呟いた。

その彼女の憎しみに駆られ始めている様子にスカリエッティはへぇ、と軽く言葉を漏らす。さながら溢れ出る知識欲というな狂気が漏れ出したかのように。

 

「うん。君がそのようなやる気に満ちている表情を見せてくれるのなら仕方がいい。前々からデータを参考にして作っていたモノがあるんだよ。アレと同じようにダウンスケールさせてガジェット化させるのもいいかと思ったけど、この際だ。君のオーバーホールに活用するとしよう。」

 

そう言ってドゥーエに向けて目線を細めた笑みを浮かべるスカリエッティの様子はさながら悪魔の契約を持ちかけているようだった。

 

「…………ええ、是非…………」

 

その誘いにドゥーエはあくどい笑みを見せながらその手を取り、快諾した。それは生まれた時から強者であった自分をただの人間の分際で楯突いた男をこの手で嬲り殺すため。そうでなければ自分が生まれた意味がない。

 

「ッ………………」

 

その様子を遠目から不安そうな表情を見せていた人物がいた。見た目は子供のように小さいけれども、右目を眼帯で覆ったその立ち振る舞いには紛れもなく戦士のものが見え隠れしていた。

 

「やれやれ、あの様子では戻ってくることはないじゃろうな。」

 

そんな少女  チンクの背後から義足が鳴らす機械音を響かせながらドクターJが現れる。チンクと同じように物陰から二人の様子を見る姿はさながら哀れなものでも見ているかのようなものだった。

 

「………………ドクターJ…………貴方から聞かせてもらったアフターコロニーの技術者として一つ聞きたい。」

 

神妙な面持ちでドクターJに質問しようとするチンクに彼はスカリエッティ達に視線を向けたまま反応は見せない。

 

「あのハイドラという巨大な人形兵器の戦闘データにあった……………PXシステムと呼ばれるその機構は今やドゥーエを含めたここにいる戦闘機人全員に搭載されている。それは貴方が製作者なのか?」

 

「答えはノーだ。だが、似たようなシステムを作った愚かな技師の一人として言わせて貰えば、あれは頻繁に使っているとお前たちの精神を狂わせる。これだけは言える。」

 

「……………我々はドクターに生み出された命だ。必要であればドクターのために命を賭するのも当然だ。」

 

ドクターJの言葉に毅然とした様子でスカリエッティに対する信仰を見せるチンク。しかし、ドクターJはその幼い風貌をした戦闘機人の背中にひどく不安そうなものが見え隠れしているのを見抜いていた。

 

「だけど……………仲間が…………姉妹たちが狂っていく様を見せつけられるのは…………………」

 

チンクの中で渦巻いているのは今まで関わってきた妹たちの姿だった。人間と同じように性格が様々だった彼女らと過ごすのは彼女にとって一種の癒しだった。

だが、もしかするとそれが自身を作り上げた人物によって壊されるではないのかという不安に、チンクは押し殺すようにその少女のような掌を拳に形を変えると握りしめた。

 

(それが…………お前さんが起動してから8年あまりで身につけた人間らしさじゃ。決して、それを捨てることがないことを願う。)

 

そのチンクの体を強張らせている様子にドクターJは慈しむような目線を向けながらもスカリエッティに視線を戻す。

 

(スカリエッティが見せる笑みは表面上のモノじゃ。その奥底には隠すことができないレベルで肥大化した欲望が渦巻いておる。ドゥーエに対するものも所詮は尽きることない欲望の吐口として利用しているにすぎん。)

 

ドクターJはその義眼を隠すために装着しているゴーグルの下から憐みを持ってスカリエッティを見定める。

 

(来るなら来い、ヒイロよ。少し前までは高町なのはに託すつもりでおったが、お前がいるなら話は別。既にウイングゼロの実情も回される映像から察して調整は済ませておる。)

 

ドクターJは遠い目をしながら今も六課にいるであろうヒイロに向けて言葉をこぼした。




年長組で唯一原作本編終了後に管理局に下ったチンクならこれくらいの成長はあってもいいんじゃないかと邪推


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第72話 ゼロVS機動六課

みなさん、お久しぶりです。

今作でいえば二か月。わたくしわんたんめんの作品全体を通して一か月以上投稿がなく本当に申し訳ありませんでした。
更新する気はありましたが、リアル事情の建て込み、そしてゲームに明け暮れてしまったためここまで新しい話の投稿が遅れてしまいました。

この度、ようやく落ち着き、こうして投稿することができました。

なんとか更新速度は挙げていく所存でありますので、またよろしくお願いします。






ミッドチルダの都市区画から外れた沿岸地域。表向きは試験用の部隊として編成され、その本質はスカリエッティの陰謀を阻止するための砦、機動六課。

その機動六課の隊舎から少し沖合に出たところに建造されたシミュレーション用の超巨大投影島になのはを始めとした前衛メンバーの総勢が集合していた。

 

既に面々の表情を引き締まったものに変わっており、これから行われることへの緊張のようなものが感じられる。

 

『訓練プランは予め伝えていたが、改めて説明する。』

 

なのは達の持つデバイスを介してヒイロの声が通信として届いてくる。その彼は投影島から遠く離れたコンソールの前に立っており、その隣には部隊長であり、今回の訓練からはその使用する魔法の関係上、外されてしまったはやてがいた。そしてヒイロの傍には若干自分の定位置にしかけているヴィヴィオの姿もあった。

 

『大まかな内容としてはお前たちにはこれから投影されるモビルスーツ相手に目標を中心に防衛網を構築し、これを迎撃してもらう。ようするにホテルアグスタでの戦闘のようなものだ。お前たちの勝利条件は一定時間目標を防衛するか、逆にモビルスーツ群に突っ込んで指定された目標を破壊する。どちらをとるかはお前たちの判断に任せる。』

 

「あの、そのあたし達が倒す方の目標について何かないんですか?」

 

ヒイロが説明を行なっている中、ティアナが選択肢の一つである破壊目標について、その詳細を求めた。それに対しヒイロは少し間を空ける。

 

『……………お前たちに見せたことないモビルスーツだ。だが、全くの新型というわけではない。戦闘中に類似するタイプを見抜いて対応して見せろ。俺から言えるのはそれだけだ。』

 

「………………わかりました。」

 

ティアナからの返事を聞いたヒイロは他にも何か質問を待つ意味合いで無言で待ったが、それ以降質問が飛んでこなかったため、話を進めることにした。

 

『質問がなければ訓練に入るが、始めるまでには五分ほど時間を設ける。その間にお前たちで防衛網を構築するなり、準備をしておけ。』

 

そこでヒイロからの通信は切れ、なのは達は集合して話し合いを始める。

 

「えっと、ホテルアグスタの時と同じ状況なら、私が戦闘指揮を取った方がいいかしら?」

 

まずシャマルがおずおずとした様子で手をあげながら自分が戦闘指揮を取ることを名乗り出るとなのは達は無言で頷くことで肯定の意思を示す。

 

「それなら、次に陣形なんだけど…………アグスタの時のものになのはちゃんとフェイトちゃんを加えたものにしましょうか。フェイトちゃんはシグナムとヴィータと一緒に前線へ。なのはちゃんは………私の隣で砲撃魔法での前線への援護を。」

 

「私は前でなくていいんですか?」

 

シャマルが陣形の内容を説明している中、なのはは自身が前衛に出ずに後方支援に努めることに首をかしげる。

 

「なのはちゃんはほかの人達には対応が難しい相手に専念してほしいの。」

 

「ビルゴ…………ですね。」

 

「そう。アレに出てこられると経験に乏しい私たちじゃ対処がしづらいからヒイロの君のいう火力での押し切りにしか頼れないの。」

 

「わかりました。ビルゴの出現が確認できるまではシャマルさんの隣で援護に徹しますね。」

 

なのはがシャマルの提案に納得したところで全員で最終確認に入る。シグナム、ヴィータ、フェイトをはじめとした近接戦闘を得意とした人員で最前線の防衛ラインを構築。スバル達フォワードには第二防衛ラインを担当してもらい、最前線の撃ち漏らしを担当し、残ったシャマルとなのはは防衛目標の近辺で状況を見守り、場合によってはシャマルを観測手とした狙撃を行う三段構えの陣形だ。

 

『五分が経過した。これよりシミュレーションを開始する。』

 

投影されたビル群にいる全員にヒイロの声が通信として届くと同時に最前線、フェイト達のいるエリアにホログラムが投影される。地上にはモスグリーンの装甲に左肩にラウンドシールドを装備し、テレビ画面のような黄色のカメラアイを点滅させながらリーオーが列を組んで行進を行い、その後ろからキャタピラの音を響かせながら両肩のキャノン砲をトラゴスが光らせる。

 

さらには空にもバーニアを蒸しながらエアリーズが飛び回りはじめ、その数は三機のモビルスーツを合わせて優に70は数としては超えていた。

 

「……………結構な数いきなり出してきやがったな。」

 

「だが、実際はガジェットも戦線に組み込んでくるのだから、ヒイロにとってはこれでも慣らしの範疇なのだろう。」

 

出だしから50を越す数を出してきたことに地上に立っているヴィータは面倒くさそうに自身の得物であるグラーフアイゼンを肩に担ぐが、シグナムはレヴァンティンを構え、臨戦態勢を即座に整える。

 

そのシグナムの闘志を察したわけではないのだろうが、シグナムが構えたと同時にリーオーの壁の向こう側にいるトラゴス達は両肩二門のキャノン砲を二人に向けると一斉砲火を行う。

 

「ちっ、攻撃自体は見えっから避けられるけど、火力・爆発はとんでもねえな!!これが魔力もなんもなしに誰でも引き金弾けば撃てるってのは末恐ろしいな!!」

 

「だからこそ、我々はこういう存在を許すわけにいかない。あのような代物を捨て去ったのが、今の世界!!」

 

砲弾が地面に着弾し、爆炎を巻き起こすが、ヴィータは爆炎の範囲から逃れるように後退し、シグナムは爆炎の中を突っ切りながらリーオーに肉薄する。

 

「ハァッ!!!」

 

シグナムが上段に構えたレヴァンティンを目の前のリーオーに向けて振り下ろす。その鋭い剣の軌道にモビルドール化されているリーオーは機敏に反応し、左肩のラウンドシールドを構えるが、レヴァンティンの刃はシールドごとリーオーを両断する。本来のリーオーに使われているチタニュウム合金ならばいくらか防げただろうが、装甲をガジェットのそれと設定されている代物では無理があったようだ。

 

「………………」

 

一機やられたことにリーオー達はほかの機体がやられたことに動揺のようなものを見せず怪しげに手にしていたマシンガンをシグナムに向けるとためらいのようすを一切感じない無機質な挙動でその引き金を引く。

 

「ッ………………」

 

本来であれば禁忌とされている実弾兵器による攻撃、魔力を扱ったものとは一味違う鉄臭い弾幕にシグナムは銃口から放たれた弾丸を近距離で数発撃ち落とすも複数のリーオーの弾幕全てを捌くことは不可能とすぐさま悟ったのか、瞬時にパンツァーガイストで自らの体に魔力の幕を纏わせながら一度距離を離す。

 

「チッ、普通は味方がやられれば少しは動揺の色が現れるというのに………ガジェットで経験済みと思っていたが、人型の機械を相手にするだけでこうも奇怪に感じるものか。」

 

リーオーやトラゴスと言ったモビルドールから感じる機械特有の独特の薄気味の悪いモノにシグナムは渋い表情を見せるも、それに怖気付くような雰囲気を一切感じさせずにレヴァンティンからカートリッジの薬莢を吐き出させるとシュランゲフォルムの蛇腹のような連結刃をリーオーとトラゴスの群へ振るう。

 

 

 

 

「シグナムもよくやってるなー…………マシンガンの実弾叩き落とすなんてそうそうできることではないよな?」

 

シグナム、ヴィータ、そしてフェイトが交戦を始めた中、遠く離れた投影装置のコンソールの側ではやては映っているリアルタイムの映像を見ながらそんな言葉を溢す。

 

「リーオー、トラゴス、エアリーズの三種類ならば奴らでも余裕を持って対応は可能だろう。クロノが率いている部隊も似たような結果を出しているからな。」

 

そんなはやての言葉にさも当然と言うようにヒイロは視線を虚空に映し出されている映像から目線を逸らすことなく語る。

映像の中ではフェイトがエアリーズの編隊を相手取ってドックファイトを繰り広げていたが、一度戦ったことのある相手なのが大きかったのか、さほど苦戦を感じさせない動きでエアリーズを落としていく光景が映る。

 

「問題はここから……………一番のネックなところ、トーラスとビルゴ相手に現状でどこまでやれるかやな。」

 

「ああ。もっとも難易度は格段に上げさせてもらう。今後のこともある以上、加減を考慮するわけにはいかないからな。」

 

そう言うとヒイロは待機状態のウイングゼロとケーブルが繋がれたコンソールの操作を行うと演習を次の段階に進める。

 

 

 

 

「あれは………………!!!」

 

それらの出現、および接近に最初に気付いたのはフェイトだった。エアリーズの数をあらかた減らしたタイミング。まさに余裕が出てきたところに休む暇など与えないとでも言っているようなものであった。

 

エアリーズよりも数段早いスピードで迫り来るのは、フェイトが過去に一度だけ見たことのある機体、かつてのナハトヴァールと呼ばれた闇の書との戦闘の際に取り込まれた夢の世界の中で目にしたトーラスだった。その数、五機で一つの編隊を組んで15機ほどであった。

 

「トーラス!!あの時はヒイロさんのウイングガンダムに一緒に乗っていたからあんまり気にしていなかったけど……………!!」

 

フェイトはその時のヒイロとの相乗りを思い返しながらも猛烈なスピードで飛来するトーラスの編隊へ向けてフォトンランサーを発射する。

その飛んでくる雷槍をトーラスはそれぞれが編隊を散開させる形でばらけることで射線から外れる。

すかさずフェイトはフォトンランサーに纏わせた環状魔法陣を発動させ、一度外れたフォトンランサーの標準を再調整してトーラスを追い回す。しかし     

 

「やっぱり追いつけない……………早いッ!!!」

 

トーラスのスピードはフェイトの操るフォトンランサーのスピードを優に越し、その上で手にしていたビームカノンの砲口を向け、テレビの形をしたカメラアイを怪しく明滅させながら高出力のビームを放つ。

 

 

(ッ…………射撃の精度も正確…………結構なスピードで動き回っているはずなのに…………!!)

 

空を駆けるフェイト。彼女の持つスピードは管理局内でもかなり上位に入るほどのものである。しかし、トーラスの射撃はそのフェイトを正確無比とも取れるような精度で捉え、彼女に弾幕を浴びせる。

 

(これじゃあ足止めなんてとてもじゃないけど……………)

 

ビームカノンの攻撃を避けながらも、その正確さに苦々しい表情をしながらトーラスの編隊に目線を送る。そこにはフェイトが予見した通り、15機の内5機が防衛ラインを越え、スバル達のいる第二防衛ラインへ向かい、残りの10機のトーラスがフェイトに迫りくる。足止めを行うはずが逆に足止めを受けている。今のフェイトはそんな状況であった。

 

「こちらライトニング01!!ごめんなさい!!トーラス5機が抜けていった!!わかっていたつもりだったけど、ガジェットとかより桁違いに早い!!気をつけて!!」

 

 

 

 

「こちらシャマル、了解したわ。フォワードのみんな、聞いての通りよ。相手の数は少数だとしても十二分に警戒をしながら対応して。」

 

『了解!!』

 

フェイトからの報告に即座に指示を飛ばすシャマルにスバル達フォワード組が応答する。そのシャマルの隣でなのはが神妙な顔を彼女に向けて見せていた。ティアナ達も以前比べれば格段に強くはなった。それは少し足りない部分があったとはいえ、彼女たちを一番よく見てきたなのは自身が知っている。しかし、それでもフェイトが抑えきれなかった相手ともなってくるとどうにも不安が前に出てくるようだ。

 

その不安を押し殺すようになのはは手にしているレイジングハートの柄を握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギガント…………シュラァァァァァクッ!!!!」

 

雄々しい雄叫びと共にヘッドを巨大化させ、そこから振り下ろすと同時に蒸されたジェットで加速をかけたグラーフアイゼンをリーオー、トラゴスもろとも叩き潰すヴィータ。その圧倒的な質量攻撃の前に巻き込まれた機体は耐えきれず爆散する。

巻き込まれなかった残りのリーオーやトラゴスも仕返しと言わんばかりにその銃口、砲口をヴィータに向けるも       

 

 

「やらせん!!」

 

即座にシグナムが割り込み、蛇腹剣と化したレヴァンティンの刀身がリーオーとトラゴスの体を食い破り、その撃鉄が起こされる前に撃破する。

 

「数が減ってきたな………」

 

「ああ。だが本命はここから………ヴィータ!!」

 

互いに互いの背中を守るように背中合わせで会話する二人。目に見えて数が減ってきたことに息をつくヴィータに気を引き締めるような言葉を投げかけようとしたシグナムだったが、唐突に驚いたように目を見開くと同時にはじけたような勢いで上空へ飛ぶ。

そのシグナムの行動と言葉から瞬時に自分たちに攻撃が飛んできたことを察したヴィータは同じように上空へ移動する。

 

「うおッ………………!?」

 

思わずヴィータは声を漏らした。なぜなら先ほどまでの攻撃はリーオー、トラゴスによる実弾攻撃がほとんど。しかし、今ヴィータ達二人の眼下を通り過ぎていったのは何本もの太いビームの軸だった。その攻撃は残っていたリーオーとトラゴスに命中するとその装甲をやすやすと貫き、残存していた機体すべてが爆散していった。

 

「ついに現れたか!!」

 

ビームが飛んできた方角にシグナムが目線を向ける。戦闘の余波で辺りには爆煙が立ち込めていたが一つ、煙の中で怪しく紫色の光が映るとそれが一つ、また一つとどんどん数を増やしていく。そしてその爆煙を押し流すように黒い装甲に右手に巨大なビームキャノンを携えたビルゴが姿を現す。そのビルゴが横一列に並んで一糸乱れぬ様子で行進する姿はシグナムたちに二人に、それらがプログラムによって動かされている印象をうけさせる。

 

「来やがったな、ビルゴとかいうやつ!!」

 

行軍を始めるビルゴに向けてヴィータが鋭い目つきを見せると手にしていた鉄球をグラーフアイゼンで打ち出し、誘導制御型の魔法、シュワルベフリーゲンとしてビルゴ群に襲い掛かる。するとビルゴは肩から外れたパッドのようなものを自身の周囲を取り囲むように浮遊させるとパッドとパッドの間を埋めるように電磁波のようなものが発生する。

そのビルゴを取り囲んでいる電磁波にシュワルベフリーゲンが着弾すると、炸裂、爆破しビルゴを爆煙で包み込む。しかし、晴れた爆煙から出てきたのは光弾が着撃したにも関わらず、その本来の代物より薄いはずの装甲に傷一つすらついていないビルゴの姿だった。さらにお返しと言わんばかりに空を飛ぶ二人にビルゴはビームキャノンを向けるとその銃口から反撃のビームをお見舞いする。

 

「ちッ……………傷一つすらついてねぇ。あれが例のプラネイトディフェンサーってやつか。」

 

「ならば接近戦で……………!!」

 

その弾幕はビルゴ自体の数は少ないながらも、銃口から発射されるビームは絶え間なく、なおかつ断続的なものであるがゆえに濃密な弾幕を形成する。モビルドールによる射撃はまさに正確無比な精度であるが、悪く言えば射線が素直すぎて読まれやすい。その性質を理解しているのか、はたまた長く戦闘に身を置いてきた皮肉なのか、ヴィータを差し置いてその弾幕に突っ込んだシグナムは弾幕の一射一射を紙一重で潜り抜けるようにビルゴに接近すると、レヴァンティンを手近なビルゴに向けて振り下ろす。

 

「ハァァァァァッ!!!」

 

振り下ろされたレヴァンティンの刃はビルゴの胴体を斜めに切り落とす……………ことはなく、 あらかじめビルゴを取り囲んでいたプラネイトディフェンサーに阻まれ、周囲に稲光をまき散らすのみに抑えらてしまう。

 

「ッ……………固いというより見えない何かに阻まれている気分だ!!!」

 

自信の刃が完全に止められたことにシグナムは驚きを隠せないが、前もってヒイロからビルゴやプラネイトディフェンサーの性能に関して聞いていたのが功を奏し、その後のビルゴからの反撃からは瞬時に反応し、身をひるがえすことでそれを回避する。

一度体制を立て直すためにビルゴから距離をとった二人だが、そのような時間を取らせるつもりがないというようにビルゴが自身のカメラアイを明滅させると整った歩幅でビームキャノンを断続的に発射しながら行進を再び始める。

 

「シグナム!!少し時間稼いでくれ!!」

 

自身の名前を叫ぶヴィータにシグナムが視線を向けると、グラーフアイゼンを高々と掲げた彼女の姿が目に映る。それを見たシグナムはヴィータがギガントシュラークによる大質量攻撃をもって、ビルゴを叩き潰そうとしていることを察知し、ビルゴからの横やりが入らないように吶喊を行うことでビルゴの注目を集めようとする。

 

「……………」

 

ビルゴは再びカメラアイを明滅させ、ビームキャノンを悠然と構え、狙いを定める。そこになんらおかしい点が存在することはない。相手はいくら性能がこれまでのガジェットの数倍だろうとしょせんは機械。シグナムがそうしてビルゴの注目を仰げば、ますは目の前の敵を排除しようと動くはず。

 

(……………?)

 

しかし、ビルゴに再度距離を詰めるシグナムはほのかに違和感を感じとる。ビルゴからは人間特有の殺意といった感情を肌で感じることはできない。だが、シグナムは戦闘の手練れ。かつて闇の書の守護騎士として稼働していた時のように記憶の欠落こそあれど、その経験までなくなることはない。それがゆえに感じた違和感。

 

「ヴィータ!!()()()()()()()()()!!回避しろ!!」

 

「んなッ!?」

 

ビルゴが持つビームキャノンの銃口の向きがわずかに上に向けられていることから、それが自身に向けられたものではないと悟ったシグナムはヴィータにせかすようにそう声を張り上げ、両足をブレーキがわりとし、地面から土煙を巻き上げながら上半身を折り曲げ、思い切り態勢を低くする。そのタイミングでちょうどその上をビームキャノンの光がとおりすぎる。

そのビームが飛んだ先にはグラーフアイゼンを巨大化させている最中のヴィータの姿があった。

 

「くそったれが!!」

 

思わず悪態をつくヴィータだったが、シグナムと同じようにだてに守護騎士として戦闘の経験を重ねていない。中途半端ながらもそれなりに巨大化させたグラーフアイゼンを振るい、そのヘッドをぶつけることでビームの相殺を行う。急襲をかろうじてしのいだヴィータだが、その表情に安堵はなく、むしろ険しいの一言そのものだった。

 

「あっぶねぇなッ!!!先に自分に迫る危険に反応すると思ったのにシグナムを無視して本命のこっちに攻撃を入れやがった!!どうなってんだよ!!」

 

「今、確実にあのビルゴは確実に大局的に物事を見極めて攻撃を加えた……………私の攻撃が効きずらいのを見越した上での行動か?」

 

 

 

 

 

 

 

「……………なんか妙に再現したモビルスーツの動きがいいような気がするのは私の気のせいなんか?ヒイロさん。フェイトちゃんが抑えるどころか逆に抑えられとるって大分まずい気がするんやけど……………」

 

演習場のコンソールに表示される訓練の様子を映す映像を見ながらはやてはそのビルゴやトーラスの動きに軽く慄いているようにヒイロに視線を向ける。

 

「安心しろ。戦場でそこまでの動きを見せてくるモビルドールが出てくることはないだろう。」

 

「……………なしてそう言えるん?」

 

そう言い切ったヒイロにはやては少しの間思案にふけるが答えが出てくることはなかったため、その答えを求めるように首をかしげると、ヒイロはコンソールから表示される映像から目線だけを彼女に向ける。

 

「再現したトーラスとビルゴはゼロシステムとリンクさせている。」

 

さも当然というように、淡々とした口調であの未来を予測する、場合によってはパイロットが死ぬゼロシステムとリンクさせていると言い張るヒイロにはやてはあいた口がふさがらないというようにコンソールから伸びたケーブルにつなげられているウイングゼロに目線を合わせるのだった。

 

 

 

 




感想等、気軽にしてもらえると作者の励みになりますので、どうぞ。

PS.石斛花とくろうさぎを同時に出してもストーリーのキャパがぶっ壊れなさそうなアニメってありませんかね?


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第73話 乙女座の真髄

最近時間経つのが早すぎるんじゃ!!もう一月以上空けてしまったぞ!?

あ、それはそれとして、書き終える直前で気づいたのですが、今回ギンガの存在がマジで消しとんでます。忘れてました。




「前線のシグナムさんから連絡!!例のビルゴが現れたわ!!それとフェイトさんが足止めしていたトーラスが5体やってくる!!迎撃するわよ!!」

 

「フェ、フェイトさんが止められない性能って、わたしたちで大丈夫なの!?」

 

「つべこべ言わない!!そりゃあフェイトさんだって人間なんだし偶然の取りこぼしの一つや二つあるでしょうよ!!でも相手はその偶然を自力でやってのけてくる!!これぐらいやんなきゃ、この先誰かを守るどころか、あたしたちが生き残ることすら厳しいわよ!!」

 

まだまだ続くモビルドールを相手とした演習。最前線のフェイトを突破したトーラスが第二防衛ラインを務めるFW組に接近を続ける中、冗談かどうか定かではないが、泣き言をいうスバルの尻を叩くようにティアナが叱咤激励を行う。

 

「でもティアナさん、相手は上空を常に飛んでいます。陸戦魔導士の僕たちには中々きつい相手かと………」

 

「そうよね………まずは向こうの土俵からたたき落とす必要がある。だけどそれ以前にそれだけの時間を作ることも必要………」

 

「ならフリードで足止めをします。多分フリードの巨体なら足止め程度ならできると思います。」

 

「それしかないわよね……フリードにはいろいろ大変だと思うけど、お願いするわ。」

 

ティアナがそう頼むとキャロは祈りを捧げるように両手を組むと近くを浮遊しているフリードリヒの足元からピンク色の魔法陣が現れ、小さかったフリードリヒの姿が巨大化するとまさしくドラゴンのような白龍に姿が変わる。

 

「エリオはキャロに同行して足止めに参加して!!でも自分から仕掛けるようなことはしないでフリードの死角からの攻撃に対応!!スバルとアタシは物陰に隠れてトーラスの隙を狙うわよ!!」

 

「了解っと!!」

 

エリオがフリードの背中に跨り、それを確認したキャロが手にしているフリードの手綱を奮い、翼を羽ばたかせると空へと向けて飛び上がる。ティアナとスバルも近くのビルにウィングロードを架けることでなるべく高い位置での対応を試みる。

 

「キャロッ!!来るよ!!気をつけて!!」

 

フリードリヒに飛び乗り、大空へ飛び上がった二人だが、エリオが即座に警告を発し、一瞬それに驚いたキャロだが、すぐに落ち着いた様子でエリオが見据える方向に視線を向けると、黒い機体を日光で反射させた五機のトーラスが隊列を組んで迫りくるのが視界に映る。

 

「フリード!!ブラストレイッ!!!」

 

すぐさまフリードリヒにそう命じると、白銀の竜の姿となったフリードリヒの顎が大きく開かれ、そこに赤い魔法陣が現れると灼熱の業火が放射される。

そこら辺の火炎放射器など目でもないのがはっきりわかるほどのレベルで圧倒的な熱量が向かっていくが、トーラスは組んでいた編隊を解いて、散開するだけでフリードリヒのブラストレイの範囲から逃れることに成功する。

 

「ッ………………!!」

 

避けられたと認識するや否や、キャロはフリードリヒの手綱を引っ張り、もう一度攻撃を仕掛ける猶予を稼ぐためにトーラスから距離を取ろうとする。

しかし、トーラスのスピードはフリードリヒが出せる速度を優に上回っており、瞬く間に二人を乗せたフリードリヒはビームライフルを構えたトーラスに包囲され、その白銀の鱗皮にビームが撃ち込まれ始める。

 

(ごめんねフリード…………痛いだろうけど今回ばかりは耐えて…………!!)

 

放たれたビームがフリードリヒに直撃する度に小さな爆発が起こり、呻き声のような声を発しながら身をよじらせる。

そのフリードリヒに申し訳ない気持ちを浮かばせながら手綱から手を離し、ケリュケイオンのグローブをはめた手を掲げると空中にピンク色の魔法陣が二つ展開される。当然空を飛び回っているトーラスもその突然出現した魔法陣にカメラアイを向けるというわずかな反応を見せたが、そこから何の変化も起きなかったことからすぐに脅威ではないとシステムが判断するとフリードリヒに向けて攻撃を再開する。

 

「我が求めるは戒める物、捕らえる物。言の葉に答えよ、鋼鉄の縛鎖!!アルケミックチェーンッ!!!」

 

その直後にタイミングを見計らっていたキャロが詠唱を行うと、空中に固定化されていた魔法陣が輝きを発し、そこから鋼鉄の鎖が飛び出る。キャロの錬鉄召喚によって生成された鎖はちょうど近くを通りがかった二体のトーラスの片足に絡みつく。突然の拘束に捕らえられたトーラスは動きを止めるも機械的にその絡みついた鎖を推力で外すには時間がかかると判断するとビームライフルの銃口を鎖に向ける。

 

「逃がさないッ!!!」

 

せっかく捕らえたトーラスを逃がすまいとして、エリオがストラーダの槍を構えながら立ち上げると、そのままフリードリヒの胴体を滑走路替がわりにしながら大きく跳躍する。

 

「でやぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

狙いをつけた一機のトーラスに向けてエリオは上段からストラーダを真上から振り下ろす。エリオの魔力変換素質である雷光をまとわせた一撃。食らえば相手がダメージは免れない上、機械なのも相まって電気系になんらかの以上が起きるのは目に見えているだろう。されどトーラスは機械だ。さらには今のところエリオたちは知る由もないがゼロシステムとリンクしている。まざまざと自身に仕掛けられた攻撃を目の前で茫然と見つめているわけもないし、対応を導き出すまでの時間もほとんどないだろう。

 

「ッ     !?」

 

結論から言えばエリオの攻撃をトーラスを寸でのところでわずかに後退したことで回避した。かわりにビームライフルを犠牲にしたことで、行き場を失ったエネルギーが暴走し、決して小さくない爆発を起こし、エリオの視界とトーラスのカメラアイからの映像を覆う。拘束された状態からでも回避されたことにエリオは仕留められなかったことに対する自身の不甲斐なさを痛感したのか歯がみするような表情をみせる。そのまま何もしないままでは空戦魔導士ではないエリオは地上へと真っ逆さまになるだろう。

 

「エリオ君ッ!!」

 

背後から聞こえてくるキャロの声。それに鼓膜を揺らされたエリオは振り下ろしたストラーダを自然と突きをするように構えなおす。

 

「我が乞うは疾風の翼。若き槍騎士に駆け抜ける力を!!ブーストアップ!!アクセラレイション!!!」

 

祈るように両手を結んだキャロのケリュケイオンから光がストラーダに溶け込むように送り込まれるとストラーダの形状が変化し、ブースターのような形となった部分に火がともる。

 

「ありがとう、キャロ!!これでッ!!」

 

前へと進む力。推進力が生まれるのであれば、まだ自分は前へ進むことができる。エリオはキャロに礼を述べながら攻撃を加えようとする。ほかのトーラスはフリードリヒが雄たけびをあげながらしっぽや剛腕を振りまわし、自身にくぎ付けにすることでエリオに攻撃を向かわせんと奮闘する。しかし、それでもエリオに攻撃を仕掛けられるトーラスがいる。もう一機鎖に動きを制限されたトーラスだ。攻撃しようとしているエリオにビームライフルを向ける。

 

「ま、いくら反応がよくたってバックアタックからはさすがに厳しいか。」

 

トーラスがビームライフルのトリガーが引くより先にトーラスの後方のビルに立っていたティアナがその装甲を撃ち抜いたことで爆散した。得意げにクロスミラージュの銃口から出る煙に息を吹きかけることで消しているティアナの姿が何もないところから姿を現しているように見えることから、彼女の十八番である幻影魔法で姿を透明にしてトーラスたちの後ろに回り込んでいたのだろう。

ともかく、これでエリオの攻撃に横やりをいれる存在はなくなった。

 

「貫け、ストラーダ!!」

 

そして点火したブースター部から膨大な推進力を得たエリオは爆炎を突っ切って、その先にいたトーラスに文字通りの風穴を開け、トーラスを撃破する。一瞬撃破したことによる高揚感が湧き出たエリオだったが、まだ5機いるうちの2機を撃破しただけであることをおもいだすと、気持ちを瞬時に切りかえ、勢いをそのまま使って適当なビルの屋上に降り立つ。キャロの方に視線を送ると、フリードリヒをうまくコントロールし、トーラスが振り切れないながらも持ち前の巨体を生かしてブラストレイによる広範囲の炎ブレスなどをまき散らすことで耐え忍んでいた。

 

その火炎放射器のように灼熱の炎がばらまかれているなかにエリオは対照的に空に浮かぶ薄青い帯のような道を見つける。視線で追っていくと、ウイングロードを展開しながら空を駆けるスバルの姿が目に映る。リボルバーナックルを装着した右手で握りこぶしを構えるとフリードリヒに攻撃を加え続けるトーラスに向けて放つ。しかし、放たれた拳は万全の状態のトーラスを捉えることはかなわず、逆にビームライフルをウイングロードに撃ち込まれ、たまらずスバルは近くのビルに逃げるように飛び乗った。そこはエリオがたまたま降り立ったビルでもあり、スバルが来たのを見るや否やすぐさま彼女の元へ駆け寄る。

 

「スバルさん!!大丈夫ですかッ!?」

 

「大丈夫!!逃げまわればともかく、当たりはしないから。でもね……こっちの攻撃も当たらないのはダメだよね………………」

 

スバルが見せる乾いた笑みの表情にエリオはそんなことはないといいたかったが、お世辞にもキャロのアルケミックチェーンによる拘束がうまいこと引っかかってくれた二機以外に攻撃を当てれているわけでないため、難しい表情を浮かべざるを得なかった。さらにそれによりトーラスの警戒度が上がったのかキャロの魔法陣を見かけ次第、即座に破壊する行動パターンに変わったのもそれに拍車をかけていた。

 

 

「速度が早ければ反応速度も速い。序盤に二機撃破できたのはまだ運のいいほうだったかも…………」

 

「それでもこれ相手に慣れていかないと、この先、生き残ることすら難しいってヒイロさんが言ってます…………それにまだ例のビルゴとも会敵してませんし…………」

 

「じゃあ………これくらいでへこたれてはいられないね。」

 

「……………ですね。」

 

要するにやるだけやるしかない。そう結論づけた二人は無理矢理引っ張り出したような笑みを見せると互いの得物である拳と槍を構え、空を駆け巡るトーラス(おうし座)に向かってもう一度追いすがる。

スバルが先行し、ウイングロードを形成し、その上をエリオが足場にして大きく跳躍を行う。

トーラスはその二人の行動を見て、足場を形成しているスバルに狙いを定め、攻撃を開始する。幸いしたのは、ティアナの指向性を有した誘導弾とキャロの駆るフリードリヒが飛び回っているおかげで一機しか反応を見せていなかったことだろう。それでもそれも長くはもたないだろう。特にティアナの誘導弾は徐々にトーラスに撃ち落とされてその数を少なくしている。

 

「相手が素早くても、わたしにあるのはこの拳と助けを求めるこの手だけ!!だから、わたしは全力全開で伸ばすだけ!!最短で、最速に、ただひたすらまっすぐにッ!!!」

 

己の拳を叩き込むためにマッハキャリバーにフルスロットルを命じ、最大加速を掛けるスバル。しかし、それでもトーラスの速度には及ばないのかその距離が縮まるようには見えず、トーラスから反撃の砲火に遭う。

そんな時、スバルの体に異変が起こる。異変といってもそれは些細なものであり、ほんのりとピンク色の光が彼女の体を包んだかと思えば、すぐにそれは消えてしまう。

 

「ッ………………いっけぇぇぇぇ!!!」

 

その正体をスバルはすぐに見当をつけることができた。なぜならその証拠に今度のスバルの速度は先ほどまでとは段違いに変わったからだ。要するに先ほどのスバルをほんのりと包んだ光は補助魔法。その使い手はキャロ以外に他ならない。

 

さらにはスバルが追うトーラスの周囲に複数の魔法陣が展開され、そこから猛烈な勢いで成長する樹木が生い茂り、トーラスの進行を妨害するという至れりつくせりにスバルは申し訳なさを抱くと同時に確実にここでトーラスを仕留める決意を固め、突撃のスピードをさらに上昇させる。

 

「ううっ……………キッツ……………!!」

 

自分一人では出せない速度、文字通りの限界を超えた高速機動からかかる加速度的Gに苦しげな呻き声を溢すスバル。だがその甲斐もあり、トーラスとの距離は徐々に縮まっていく。無論、距離を取ろうとするトーラスもスバルに向けてビームライフルを撃つも、スバルが展開したプロテクションに阻まれ、その勢いを押しとどめることも許されない。

 

「だぁりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ようやく射程距離に捉え、それまで焦らされた分も込められた渾身の一撃をトーラスに向けて振り抜く。その込められた力は並の相手なら身体が強張ってろくな回避も取れないだろう。しかし、相手は機械、典型的なパターンしか取れないという弱点はあるものの、逆を言えばそれはインプットされた行動はどこまでも冷静に、無感情に揺れ幅なく対応できるということだ。

スバルの攻撃は一般的に近接攻撃、それも右手のリボルバーナックルによる格闘に限定される。例外として砲撃魔法であるディバインバスターも撃てるが、それも使用方法はほとんどゼロ距離からの接射である。それ故に相手の行動パターンを解析し、その者の未来を導き出すゼロシステムとは相性が悪かった。

 

結果、スバルの戦法やクセを解析したゼロシステムの指示に従い、直前でトーラスは大きく旋回しながらスバルのリボルバーナックルの一撃から逃れるという顛末をもたらす。

 

「標的確認、投擲角度-0.3に修正      

 

だが、大きく旋回に難を逃れたトーラスに不審な稲光が奔る次の瞬間      

 

 

「ストラーダ!!いっけぇぇぇぇ!!!」

 

超音速での速度を持った際に物体を中心に錐状の雲が瞬間的に生まれる現象、ベイパーコーンを発し、エリオがぶん投げたストラーダが周囲に雷光を撒き散らしながらトーラスの胴体を装甲ごとえぐりとり、演習場の空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「な、なにごとぉ!?」

 

そのエリオがぶん投げた物体は離れた場所にいたヒイロ達のところまで届き、びっくりしたリアクションを見せながらはやてが後ずさる。

 

「………………」

 

そのはやてのリアクションとは対照的にヒイロは落ち着いた様子で近くに墜落してきたことによるできた煙幕に近づく。

 

「自身の武器を自分から放り投げてどうする…………デッドウエイトになるのであればまだ理解の範囲内だが……………」

 

呆れた物言いをしながら着弾してきた時の煙幕からヒイロが引っこ抜いたのはエリオのデバイスであるストラーダだった。

 

「なーんかエリオ君ぶん投げたって思ってはいたけど…………エリオ君何したん?」

 

「映像からでしか判断がつかんが、ストラーダにキャロの補助魔法をかけた状態から筋力の増加魔法を施した腕で投擲したのだろう。威力は申し分なさそうだが、欠点はこの通りだ。」

 

はやてに手短に説明したヒイロはその欠点である武器の一時的な損失を見せつけるようにストラーダを振りかざすとウイングゼロの主翼を展開し、演習場に向けて飛翔する。

 

 

 

 

「で、どうしようかこの後。倒したのはいいけどまだ二機残ってるよ?」

 

「い、一応ボクだってフェイトさんみたいにフォトンランサー使えますのでそれでいいですか?」

 

ストラーダをぶん投げたことによって丸腰になってしまったエリオは苦笑いを見せながらフォトンランサーを出現させる。いくら相手が機械で想定にない使い方や戦法を使うと動きが鈍るとヒイロから言われたが、取った手法である自身の武器を投擲物として活用するというのはまさに後先考えない手法であるだろう。

 

「……………戻ってくるの?ストラーダ。」

 

「どうですかね……………あ………………。」

 

スバルの質問に遠い空を見つめようとして視線を上に向けたエリオは何か見つけたような反応を見せる。それに釣られてスバルも同じように空を見上げる。

何か、上空を飛んでいる光景が見える。始めは点でしか見えなかったソレが徐々に大きくなり、ちょうど二人の真上にあたる位置にくると、日の光に反射したのか光るものが空を飛んでいた存在から落とされたのが見えた。

自然と二人の目線が落ちてくる物体に集中すると、その落ちてくる物体が徐々に鮮明に見え始め、それが槍のような形状をし始めたところでエリオがそれがストラーダであることに気づく。

 

「……………もしかして、持ってきてくれた?」

 

「………………すみません、流石にお手数をかけすぎました…………」

 

 

驚いたように目を見開いているスバルを尻目に落ちてきたストラーダを掴んだエリオはバツが悪そうにしながら謝罪の言葉を述べる。それが聞こえたのか定かではないが、エリオがストラーダを掴んだことを確認したところで、その存在はどこかへ飛び去っていった。

 

しかし、今彼女たちが身を置いているのは日常ではなく戦場だ。そんな気を緩められるような時間は当然長くは続かず、事態はさらに急転を迎える。

 

 

『ッ!?』

 

視界に山吹色のビームが何本も映り込む。幸い二人に向けられたものではなかったらしく、ビームはあらぬ方向へと飛んでいくが、その一体の方向から飛んでくるビームを攻撃だと感じた二人はすぐに身構える。そしてすぐに通信機にヴィータからやかましいほどの声で報告が挙げられる。

 

ビルゴの進軍がティアナたちの担当する第二防衛ラインまで迫っているとのことだ。

 

それを聞いたすぐさまティアナたちと合流を図り、移動を開始する。彼女たちが移動するにつれてビームの直撃で爆発を起こして倒壊を起こすビルの数が増えていることに気づくと例のビルゴと距離が縮まっていることを否応にも感じさせる。

 

「こんな被害…………ガジェットじゃ絶対出てこないよ……………!!」

 

街が火の海に包まれている光景にスバルは見ている状況がシミュレーション上のものであると分かっているにも関わらず悲痛といった表情を見せる。

 

「急いで合流しましょう!!このままだと混戦状態になります!!」

 

「そう、だね………しっちゃかめっちゃかだと統制どころじゃなくなっちゃうからね…………!!」

 

エリオの言葉にスバルは不安を振り払うように大きく頷くと逸る足をさらに速めながら移動を行う。少ししてティアナとフリードリヒに跨ったキャロの姿が見えてくるが、まだ二機いたはずのトーラスの姿は見えず、代わりに二人以外の特徴的な白いバリアジャケットに身を包んだ人物がそこにいることに気づく。

 

「な、なのはさん!?後方で待機しているじゃなかったんですか!?」

 

「ビルゴは元々私が担当する相手だよ。それがかなり近づいてきているのなら、私が前に出ない訳にはいかないよ。」

 

その人物であるなのはがここにいることにスバルは驚きを隠せない様子で詰め寄ると、なのはは困った笑みを浮かべながらも決意の硬い目を見せながらそう答えた。

 

「そういえば、確かまだトーラスが二機残っていたはずですけど…………なのは部隊長が倒したんですか?」

 

「一応ね…………二人がトーラスの気を引いてくれたから、そこでなんとか。」

 

「それができるだけ流石なものだと思いますけどねー……………あの機体、追いかけるだけでも相当骨が折れるのに……………」

 

謙遜するようにしているなのはだが、その光景にティアナが軽くため息のように言葉を溢す。しかし、以前のようにどこか羨んでいるようなものはなく、純粋になのはの技量に舌を巻いているような言葉ぶりであった。キャロも似たような乾いた笑いを見せていた。

 

「みんな!!大丈夫!?」

 

そんなところに身体に静電気のようなスパークをパリパリと放出しているフェイトがやってくる。スパークのようなものを放出していたのは高速移動魔法であるソニックムーブを使用した時の魔力の残滓のようなものなのだろう。

 

「フェイトちゃん!?トーラスはどうしたの?」

 

「五機くらいまで減らしたところでシグナムたちが押し込まれている連絡が来たから戦線を下げることも兼ねてみんなとの合流を最優先にしたの。でも、多分そろそろ来るかも……………。」

 

なのはとやってきたフェイトがやりとりを行なっている間に先ほどまでシミュレーション上の戦場で無作為に建物を破壊していたビームの弾幕がより一層濃いレベルになって流れ弾としてなのはたちに襲いかかる。

 

「ダァーーーーー!!!!!マッジで硬すぎんだろアイツらァ!!!!!いや、実体があるわけじゃねえから硬いっていう表現は違うのか!?ともかく攻撃が通らなすぎてイライラする!!!」

 

「喧しいぞヴィータ!!少しは静かにしてくれないか!!お前のいう苛立ちがこっちまで伝搬する!!」

 

「んなこと言ってもあれだけやってまだ二機くらいしか潰せてねぇってのは精神的にクるもんがあるってんだろぉ!!こうでもしねぇとやってらんねぇよ!!」

 

「むぅ…………それは確かにそうだが…………」

 

それと同時に苛立ちが頂点に達したヴィータが怒りをまき散らしている声とヴィータと同じ苛立ちを感じながらもヴィータを宥めるシグナムのやりとりが聞こえてくる。

 

「シグナムさん!!ヴィータちゃん!!射線を開けて!!」

 

言葉に怒りの孕んだ状態で捲し立てる二人だったが、なのはがレイジングハートを構えながら声を張り上げると根っこの部分では互いに冷静だったのか瞬時に反応し、その意図を理解し、行進を続けるビルゴから離れる。

 

「ディバイン     バスターーーーーーー!!!!」

 

杖状のレイジングハートの先端から桜色の魔力を収縮させ、それを一気に解放してディバインバスターを放つなのは。いつもなら非殺傷設定で放つものだが、実体のあるものに対してはそれを解除して放たなければならないため、その桜色の砲撃は道路に着弾すると爆炎を起こしながらなぎはらうようにビルゴを飲み込んだ。

 

「やったッ!?」

 

「ちょっとスバル!!それはフラグでしょ!?」

 

ビルゴにディバインバスターが通じたと感じたスバルは思わず声を上げるが、ティアナがそれを咎めるようにスバルの口を黙らせる。一同も揃ってビルゴが飲み込まれた爆炎を見つめる。やがて徐々に爆炎が収まってくると、その中に倒れ伏したビルゴが数機ほど見えてくる。それに一瞬湧き立つが     

 

グシャンッ!!!

 

 

その見えていたビルゴの残骸を無機質に踏みしめる無骨な脚部が見えてくる。そしてその爆炎の中から五体満足な様子でビルゴが行進を続ける。

 

「う、ウソ…………ヒイロさん、ディバインバスターくらいの砲撃魔法なら倒せるって言ってなかったっけ…………?」

 

「多分それは、相手が一機とか少数だったりと本当にプラネイトディフェンサーを抜くだけだったら、それくらい出力が必要ってことなんだろうね。」

 

呆然としているスバルになのはは淡々と言葉を述べているように見えて、額から焦りから汗が軽く滲んでいた。理由は至極簡単。ビルゴは隊列を組んで、複数の壁となってディバインバスターを防いだのだ。一枚の壁が破られてもまだ複数の壁が残っている。実弾ならともかくエネルギー体のビームならそうするだけでいずれはビームは減衰して霧散する。そうすることでビルゴは被害を最小限に抑えたのだ。

 

 

「………………これ、面倒ってレベルじゃないよ。ホントに。」

 

静かに呟いたはずのなのはの呟きだが、各々が集まっていたのも相まって妙に耳に残り、思わず同意せざるを得なかった。

 




なんとなくやってみたかった小ネタ

カッコ内は服装


なのは「/////////」(足をふとももまで露出したスリット 脇はもちろん場合によっては横から見えるレベルまで肌露出の激しい邪馬台国すたいる)

フェイト「なのは…………際どいね、その格好」(鎧のようなものをつけた和風の戦装束 軍神を自称してそう)

はやて「ちょ、ちょっと待って…………これ、もしかしたら中身が出てきてまう//////」(服装は金の装飾が施されているが、ぶっちゃけると水着のハイレグである。しかも胸の部分が本人よりあるため張りまくってパッツパツ)

ヒイロ「…………………………」(三人揃って何をやっているんだという疑いの目)

ヴィヴィオ「パパー、お馬さんのマネやってー。」(黒いドレス それ以外の表現しか自分には服の知識がない)

ヒイロ「!?」


ようやく揃いましたね。誰か描いて☆無理にヒイロまで描く必要はないから三人娘だけ描いてください☆

お願いします!!なんでもしますから!!(なんでもするとは言ってない)


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第74話 司法の塔

今回少なめ、その上にモビルドールとの模擬戦はダイジェスト。正直言ってすまんかった。


ヒイロが主導で行われた対モビルスーツ戦を想定したシミュレーション。そのシミュレーションとしての難易度は選りすぐりの魔導士を召集した機動六課でさえかなり手を焼く内容であった。

今回の演習で出てきたモビルスーツはリーオー、エアリーズ、トラゴス、トーラス、ビルゴの5種類。

汎用型のリーオー、空戦型のエアリーズ、戦車型のトラゴスはまだ余裕を持って対応はできた。

しかし、宙域戦闘ではガンダムでさえ手を焼いてしまうこともあるほどのスピードを有するトーラス、なのはのディバインバスターでさえ密集隊列でのプラネイトディフェンサーで防ぎ切ってしまうビルゴが加わってしまうと苦戦は必至であった。

 

それでも回数を重ねていくうちに彼女たちの中で一種のなれが生まれてくるのかトーラスとビルゴへの対応も手際が良くなってくる様子が見られた。

 

もっともヒイロはそこら辺も想定済みだったのか、なのは達の勝利条件である一定時間の防衛とは、別に用意した目標の破壊に関しては設定した目標をウイングゼロの戦闘データから引っ張り出した、かつてヒイロと彼と同じガンダムパイロットであるトロワ・バートンが僅かな期間だけ乗らされていた機体…………メリクリウスとヴァイエイトの二機に設定をした。

 

何度かその風神と雷神と会敵することはあったが、ウイングゼロの戦闘データを基にしているということは実質的にヒイロとトロワを相手にしていることになる。とはいえデータはデータのため劣化バージョンといえばそうなのだが、そこまでいくのにビルゴとトーラスという分厚い壁を超えなければならない上、かたやビルゴ以上の鉄壁を誇るメリクリウス、なのはのディバインバスタークラスの出力を少ないチャージ時間で連発できるヴァイエイトとの連戦。結局最後までその赤と青の装甲に傷がつくことはなかった。

 

『再現したモビルスーツをゼロシステムとリンクさせていたぁっ!?』

 

そういうのは訓練があらかた終わり、ビルゴやトーラスに対して慣れはしたもののやればやるほど二機の動きが良くなっていることに違和感を感じたティアナがそのことをヒイロに尋ねるとゼロシステムを使っていることを明らかにした時のほぼ全員の反応である。

 

 

 

 

 

「ジェイル・スカリエッティの襲撃タイミングが予測されたのか?」

 

対モビルスーツ戦闘シミュレーションを始めてからしばらくの時間が経ったころ、ヒイロの耳にそんな情報が入る。

その情報を持ってきたはやてが険しい表情で頷きながらその詳細を伝える。どうやら聖王教会のカリムの持つレアスキル、預言者の著書(プレフェーティン・シュリフテン)の新たな預言が記されたとのことでそのことではやてが聖王教会に赴いていた。

 

「そのタイミングが、今度地上本部で行われる公開陳述会か。」

 

「内容は、主だったものとしては例の大型陸上兵器、アインヘリアルに対する一般の人々への説明だと思う。」

 

「……………現状としてはどうなっている。レジアス・ゲイズの様子は。」

 

「うーん……………まぁ、私に対する当たりが弱くなったってわけじゃあないんやけど…………心なしかしおらしくはなったんかな。やっぱり思うものがあったんじゃあないかな。他ならぬ、兵器を扱ってきたヒイロさんの言葉だったから。」

 

「……………兵器など、所詮平和な時代には不必要なものだ。特にあのアインヘリアルといった後に象徴として扱うような兵器はな。そんな武器に頼るような仮初の平和はすぐにまた新たな戦火を生む。」

 

「仮初の、ねぇ…………じゃあヒイロさんは仮初じゃない、いわゆる本当の平和ってどうやって手に入れられると思っておるん?やっぱり私たち管理局の人間が頑張るしかないんか?」

 

ヒイロとの会話の中で生まれたふとした疑問をはやてはヒイロに問いかける。その質問にしばらくだんまりと口を噤んでいたヒイロだったが、ふとしたタイミングでと側にいるはやてに顔を向ける。

 

「それは人類一人一人が平和を望む心を持つことだ。兵器や兵士などいない、日常、自由、そういった当たり前の平和をな。」

 

「……………結局のところ、私達の戦いぶりを人々がどう感じてくれているかってことなんやな。」

 

「平和は戦争の結果でしかないからな。知らない奴にはそれほど平和を願う気持ちは出てこないだろう。知っているだけの奴と実際に経験した奴との間には明確な差が生まれるからな。それ故に平和は脆く、儚いモノだ。だが、その脆弱な平和を続けていかなければ、また俺たちのような兵士が必要となってくる上にまた新たな犠牲が生まれてくることになる。」

 

ヒイロのいう一人一人が明確に平和を望む心を持つということに難しい表情を見せるはやて。人の気持ちは移ろいやすい。それ故に難しいと感じる。そんなはやての気持ちを知ってから知らずかヒイロはさらに平和を維持することの厳しさを伝える。

 

「相変わらず……………ヒイロさんは手厳しいなぁ……………」

 

苦笑いのような表情でそういうはやてだが、ヒイロはまるで歯牙にも掛けない様子で無表情で佇む。

 

「……………で、お前が俺のところにやってきた理由はそれだけか?」

 

「あ、そうだった。ヒイロさん、公開陳述会中どっちに着いておきたい?これが本題。」

 

ヒイロの指摘に思い出したかのようにハッとした表情に変えるとはやてはそんなことを尋ねる。しかし、質問の内容が少々大雑把だったのかヒイロはわずかに首をかしげるが、少しするとその大雑把になっていた部分も理解できたのか顔をはやてに向き直した。

 

「公開陳述会が行われている会場とこの六課隊舎のどちらの防衛につく、ということか?」

 

「うん、そういうことになるね。ちなみに私たち機動六課は預言の司法の塔の部分が地上本部のことを指していると予想して陳述会の行われる本部に配備されることになっとる。」

 

「………………六課本部に残る奴は?」

 

「…………守護騎士のみんなに残ってもらうつもりではいる。だけど、本当にヴィヴィオが狙われて隊舎に攻め込んできて防衛しきれるかと言われれば     

 

「奴らがどれほどの勢力をよこしてくるかによるだろうが、例のハイドラのこともある。防御・砲撃に秀でているなのはを欠いているうえ、基本近距離でのレンジを領分としているあいつらに対処は厳しいだろう。」

 

「なら      

 

「俺は隊舎に残る。地上本部の方も気がかりでもあるが、向こうには向こうで動ける奴も多いはずだ。」

 

「わかった。地上本部は私たちに任せてな。絶対にスカリエッティの軍勢なんかにやらせたりはしないから。」

 

そういうとはやては腕を挙げてサムズアップの姿勢をとると、笑みを浮かべて心意気をあらわにする。しかしやはりというなんというべきか、そんなはやての活力あふれている魅力的な様子にもヒイロはいつもどおりの    ある意味でなのはたち海鳴市の三人娘には感情を読み取れない見慣れた無表情でジィーッとたたずむ。

 

「……………え、えっとヒイロさん?」

 

見慣れているとはいえ、全く反応を見せないことはさすがにはやても気まずかったのかおずおずとした様子でヒイロに声をかけたがヒイロからの返答や反応はない。声掛けにも全く反応を見せないヒイロにはやては先ほどの自身のサムズアップがいけなかったのかと焦り始める。

 

「……………お前に聞いておきたいことがある。」

 

「ふぇ……………?聞いておきたいこと?」

 

「以前聖王協会に赴いた際に聞かされたカリム・グラシアのレアスキル。あれの翻訳はそれで確定されたものなのか?」

 

頭を抱え始めたところで唐突に出てきたヒイロの言葉に素っ頓狂な反応を見せるはやて。そこからのヒイロの質問に少し間があいてから思案に張り巡らせる。カリムのレアスキルは確かに未来に起こる出来事について書き記される代物だ。さらにはその書き記される言語は古代ベルカ文字であり、そこにその筋のものによる翻訳作業が挟まるため、出てくる内容が人によってまちまちになってしまうため、ヒイロが内容の翻訳に疑問を吹っ掛けるのもわからない話ではなかった。

 

「う  ん、私はその筋に明るいわけじゃないから何とも言えないけど、大筋はあっているって思ってもらっても構わへんで?実際それで防げた事例があるってのはヒイロさんも聞いていたやろ?なんかひっかかることでもあるの?」

 

「……………いや、俺自身、預言に疑いを持っているわけではない。」

 

「じゃあ……………どうしてなんや?」

 

「…………………」

 

話の様子から預言の翻訳に疑念を持っていると思っていたところにヒイロから預言には疑いを持っていないといわれると当然のようにヒイロが気にしていることの詳細に対しての気がかりが生まれてしまう。そんな人間として自然な思考からはやては尋ねるも、当のヒイロは少しばかり顔を顰め、難しい表情を見せながら黙っている   ようにはやてには見えた。

 

「……………杞憂で済めばそれだけだが、答えがいつも一つだけとは限らない。」

 

「……………え、なんか詳細教えてくれるわけじゃないの!?」

 

不意にヒイロが呟くような小さい声量でそういうと、踵を返してその場から去っていった。その場に残されたはやてはヒイロが最後に言った言葉と詳細をここで語らなかったその理由をしばらく考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママ…………行っちゃうの…………?」

 

「ごめんね、ヴィヴィオ………ママたちもいろいろやらなきゃいけないことがあるからいつもヴィヴィオのそばにいられるわけじゃないの。」

 

そして公開陳述会が行われる当日。移動するためのヘリの前で寂しそうな表情で見送るヴィヴィオになのはがヴィヴィオと同じ目線の高さになるようにしゃがむと優し気な笑みを見せながらヴィヴィオの頭をなでる。

 

「でもなのはママもフェイトママも必ず戻ってくるから、それまではパパと一緒に留守番できるね?」

 

「……………パパと一緒なら、ヴィヴィオ頑張る…………」

 

寂しげな表情は変わらずだったが、ヒイロが作ってくれたうさぎのぬいぐるみを力いっぱい抱きしめながらの言葉になのはを頬を緩める。

 

「それじゃあヒイロさん、ヴィヴィオのことお願いしますね。」

 

「……………」

 

そういってヴィヴィオの様子になのはと同じように頬を緩ませていたフェイトはヴィヴィオの傍らに立っているヒイロに頼むが、肝心のヒイロからの返答は憮然としているだけでまるで反応もなかった。それでもヒイロの性格をそれなりに理解しているフェイトはヴィヴィオのことを必ず守ってくれると信じて、それ以上なにか言うことはしなかった。

 

「はやて、留守の間のこちらの守りはお任せください。」

 

「うん。ほかのみんなもよろしくな。」

 

シグナムの見送りの言葉にはやてがそう返すと、ヴィータ、シャマル、そしてザフィーラの守護騎士たちも大きくうなずいた。その様子に満足気に表情をほころばせるが、内心では不安でいっぱいだ。はやてたちが公開陳述会の防衛にあたっている間にスカリエッティの勢力に六課隊舎が襲撃される可能性をヴィヴィオを隊舎で引き取ることになった当初からヒイロに告げられていたからだ。

さらにはガジェットでも十分な脅威になるというように、そこに追い打ちをかけるようにヒイロのいたアフターコロニーのモビルスーツたちも轡を並べるというのだから、はやての不安がつきることはないだろう。もしかしたら守護騎士(家族)の中のだれかが生死をさまようことになるような大けがを負ってしまうかもしれない。それでもはやてたちは公開陳述会の防衛にあたるしかない。なぜなら地上本部の周囲には普通の人々の生活がある。そこを戦火の炎に焼かせ、彼女自身と同じような境遇の人間を数多く生み出してしまうことはとてもではないが看過することはできなかった。

 

「ヒイロさんも、みんなのことお願いな?」

 

「………他人の心配より、まずは自分の心配をしたらどうだ?」

 

「……………そうやね。」

 

なんとなく自身の胸中を見抜かれているのか何事も自分の安全ありきだと皮肉気にいうヒイロにはやては珍しく彼が自分を心配してくれているような言葉を発したことに驚きと恥ずかしさ、それと少しの優越感が入り混じった表情を見せながらローターが回転をはじめ、離陸準備をしているヘリに乗り込む。

そのあとに続くようになのは、フェイト、そしてスバルたちフォワード組も搭乗すると機体のドアが閉じられ、そのまま空へと飛び立っていった。

 

「さてっと…………どうすっかねぇ……………お?」

 

どんどん小さくなっていくヘリを見送りながらこれからの対策をどうするかを溢すように呟くヴィータは足早に隊舎に戻っていくヒイロの姿を目にする。

 

「パパー、そんなに急いでどうしたの?」

 

そんなヒイロをパタパタと忙しなく、小鴨のように着いてきたヴィヴィオが聞くとヒイロは答えることはしなかったが、代わりに歩くスピードをヴィヴィオと同じくらいまで落とした。

 

「それはアタシも同じだな。なんかあんのか?そんなに急いでよ。」

 

さらにヴィータがヒイロを呼び止めたところで、ヒイロは隊舎に向けていた足を止め、顔だけをヴィータに向ける。

 

「………………俺の杞憂で済めばいいだけの話だ。それに、お前たちには関係のないところだ。」

 

それだけ伝えるとヒイロは再び歩き始め、隊舎の中へと戻っていった。その後ろ姿をヴィータは面倒臭そうに後ろ髪をかき乱しながら静かに見つめていた。

 

「………………ま、ここに来てアイツが変なことを起こす訳ないか。アイツなりに気になることがあんだろ。」

 

 

 

 

 

 

 

『……………突然はやての名前で連絡が飛んでくるから何事だと思って出てみれば………一体なんの了見なんだ?』

 

部屋の主であるはやてのいない部隊長室の椅子に腰掛けるヒイロ。誰かと会話しているようだが、その声の主がわずかにくぐもったような声をしていることから通信越しに会話していることが窺える。

 

「その方が確実にお前は出ると判断しただけだ。」

 

『まったく君という奴は………………』

 

ヒイロの物言いに画面の中の相手、クロノは呆れたように肩を竦めるが、ヒイロの人となりをそれなりに知っているのか、その表情をすぐに改め、気を引き締めたものに変える。

 

『それで、通信をよこした理由はなんだ?』

 

クロノがそう聞いてくると、ヒイロは自身の脳裏に浮かび上がった推察を伝える。最初こそ訝しげな表情で聞いていたクロノだったが、次第にその表情を驚愕というように目を見開く。

 

『お前……………それ本気で言っているのか!?』

 

「あくまで可能性の一つにすぎん。だが、内通者からのメッセージにはスカリエッティを知識欲の塊と称するような言葉があった。さらには既にスカリエッティは管理局と10数年にわたって繋がっている。そのような技術を奴が持ち合わせていてもなんら不自然な点はない。」

 

『ッ………………!!』

 

ヒイロの淡々としながらその語ったことの根拠となっていることを羅列していく様子にクロノは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 

『……………わかった。確かにその線もある事は理解した。だがこちらで対応できるかどうかははっきり言ってわからないぞ。俺だって色々と立場があるんだ。できることには限りがある。』

 

「そういう可能性があることを頭に入れていれば十分だ。初めからお前の判断力にしか当てにしていない。」

 

 

 




…………なんだろ、想像以上にヒイロとはやての絡みが描きやすい。


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第75話 不安と約束

キリがよかったとはいえ、文字数がぁ………………少ない…………


ミッドチルダの事実上の首都であるクラナガン。

魔法技術によって栄えた近未来的なビルが乱立する中、一際巨大な塔のような建物がその存在感を知らしめるように聳え立つ。

 

「ヒイロさん、大丈夫かな………………」

 

「シグナム達守護騎士のみんなもいるから、あの人に全部が全部を頼るなんてことはないと思うけど…………」

 

その聳え立つ塔のようなビル、管理局の地上本部に出向いているなのはとフェイトは周囲に誰もいない通路で心配そうな表情を見せる。

あの時、リニアモーター暴走事件の時に十年ぶりの再会をしてからだいたいの大事には共に戦列に加わっていたヒイロが今回地上本部で行われる公開陳述会には来ていない。

その理由は公開陳述会が行われている間に古の聖王、オリヴィエのクローンであると予想しているヴィヴィオのいる隊舎への襲撃を警戒してのことだった。

さらには彼女が聖王のゆりかごと呼ばれる古代兵器の起動キーのような役割を背負わされているという内通者からの情報もあったのも、ヒイロが隊舎の防衛に回る判断をした材料の一つであった。

 

「でも、ヒイロさんのウイングゼロは十全じゃない。そもそもウイングゼロ自体デバイスっていう訳じゃない。私達魔導士みたいにバリアジャケットとかないし、緊急用の生命維持なんてできない。」

 

心配そうな顔から険しい表情を浮かべながら今現在のヒイロに取り巻いている問題をなのはが羅列していく。結論だけ言えば、戦力としては一番強いのだが、何か一発でも攻撃を喰らえば重傷は免れないというのがヒイロの現状だ。

それは再三ヒイロ自身の口から語られてきたため、なのは達も全く認識していないわけではなかった。

 

「……………信じるしかないよ、あの人を。だって、十年っていう長い時間を超えて、あの人は生きて戻ってきてくれたんだもん……………それに    

 

「私達にはヒイロさんの心配してられるほどの余裕もなさそうやしな。」

 

俯くように目線を下に向け、少しだけ逡巡しながら言葉を選んでいたところに別方向からの声に二人の意識が声のした方向に向けられる。そこには手をひらひらと振っているはやての姿があった。

本来隊長として赴いているはやてはその立場の高さから建物内部の警備を担当している二人とは違い、会見会場の担当をしているはずだった。そのはやてが持ち場を離れて自分たちのところまでやってきていることになのはとフェイトは驚きの表情を見せる。

 

「私達はカリムの預言にあった司法の塔の崩壊、つまるところこの地上本部を制圧されることから防がなあかん。その理由は二人ともわかっとる?」

 

「それは…………もちろんここに住む人達を守るためじゃないの?」

 

「それもそうやけど、人々の希望の光を消させないことや。」

 

なのはの地上に住まう人達の命を救う言葉にはやてが返した希望の光という単語に合点がいかないのか、なのはは首を傾げる。

反面、隣にいたフェイトは合点がいったのか、納得した表情を見せ、小さく頷いていた。

 

「その希望の光は、まず地上本部。これはようわかるよね?いくら海の本局と戦力差があろうとこの地上本部はクラナガンの人達にとっては平和の象徴なんや。それが無惨な姿になってしまったらそれだけで一般市民の人々は落胆して管理局全体に対する求心力を無くす。人の心は良くも悪くも移ろいやすいからなー。」

 

あっけらかんと、それでいて淡々とはやては指を一本立て、地上本部の重要性を語ると続け様に二本目の指を立てる。

 

「二つ目はレジアス中将や。あの人は本局から見れば結構黒い噂の絶えない人やけど、クラナガンの人にとっては文字通り自分たちの住まう場所の治安を支えている英雄なんや。つまり、その事件が終わった後に看板として必要や。実質地上本部はあの人一強。あの人おるだけで地上の人々の安心感は天と地の差があるやろな。」

 

はやての説明になのははしばらく塾考するように悩ましげな表情を浮かべていたが、やがて深いため息を吐くとバツが悪そうに肩を竦める。

 

「…………前までは結構右翼的な人なんだなって思っていたんだけど、そんな印象で済ませていい人じゃなかったんだね。後々のことを考えていれば、確かにあの人は絶対死なせちゃいけない人だよ。」

 

「まぁ、完全にヒイロさんの言葉言ってるだけなんやけどな。」

 

「それは言っちゃダメだよ、はやて。」

 

肩を落とした様子でレジアスへの印象を改めるなのはにあっさりとヒイロからの受け売りであることをばらすはやてに苦笑いを浮かべてやんわりと窘めるフェイト。

 

「じゃあ、私は現場に戻るで。もし何かあったら私も前線に出るけど、多分ビルゴの足止めが精々かもな。」

 

「十分だよ。あれは普通の魔導師には天敵すぎるから、はやてちゃんみたいな特異な魔法で仕留められるならいくらでもお願い。」

 

なのはの言葉に自分がまたガス欠寸前までこき使われそうなことを察したはやては藪蛇をつついたかと貼り付けたような笑みを浮かべるとそそくさと持ち場である陳述会の会場へ戻っていった。

 

 

 

 

 

「警戒に出した部隊からの報告は?」

 

「10分ごとの報告を命じていますが、全部隊からは今のところ不審な機影を確認したという報告はありません。」

 

「わかりました。各部隊には引き続き最大限の警戒をもって事にあたることを厳としてください。相手は特異な性質を有しているわけではありませんが並みの魔導士の速度ではありません。ほんのわずかな異常でも必ず報告するように。」

 

「了解しました。」

 

ところ変わって機動六課の隊舎内部に存在する管制室ではロングアーチをはじめとするオペレーターの人間がインカムを耳につけて隊員からの報告を一字一句違えないように熱心に聞き入り、同時にレーダー上に反応がないかしきりに目を凝らす。

そのオペレーターたちの様子やレーダーの動きが一望できる指揮官の立場の人間が座るような椅子にまだ年若い青年が座っていた。その青年はしばらく険しい表情でレーダーを見つめていたが、いつまでたってもうんともすんとも定期的に警戒に出している一般隊員の魔力反応を示すだけで代り映えのないレーダーに嫌気がさしたのか、大きくため息をついたあと脱力するように深く椅子にもたれかかった。

 

「………………一応指揮官研修は受けてきたつもりですが、こうまで精神をすり減らすものなんですね。」

 

その指揮官の任について誰かに愚痴をこぼすようにつぶやくのはグリフィス・ロウラン准陸尉だ。いつもははやての指揮官補佐として比較的彼女の隣にいる彼だが、今回ははやてが公開陳述会に赴くことで別行動となったため、権力的にナンバー2のグリフィスが今回は指揮官の席に就いている。

そのグリフィスの性格は生真面目と指揮官としては及第点だが、まだ補佐というわけで本格的な部隊運営、ないしはいつ来るかもわからない敵に対する警戒というのはまだ経験に乏しいことから愚痴をこぼしたのだが………………

 

「………………」

 

グリフィスの後方で壁に背をつけてたたずんでいるヒイロはまるで興味がない様子で腕を組んで寝ているように反応すら見せないため、彼の愚痴は虚空へと消えていってしまった。しかもヒイロは壁に寄りかかっていたからだを起こすと管制室から出ていこうとする。

 

「ヒイロさん?どうかしましたか?」

 

「……お前には関係のないことだ。お前はお前の責務に集中しておけ。」

 

管制室を後にしようとするヒイロに気づいたのかグリフィスが声をかけるが、それに目線すら合わせずに言葉を返すとそのまま管制室の扉を抜けていった。

 

「………………まぁ、ごもっともですね。」

 

多少ヒイロの動向が気になったグリフィスだったが、ヒイロに言われたことも正論だったため、グリフィスは大きく息を吐くと集中してレーダーの監視にいそしみ始める。

 

 

「パパ    !!」

 

ヒイロが自室であるなのはたちの部屋に戻ると、間髪入れずに下半身に衝撃がはしる。もっともさながら子供の突進ぐらいなものでその程度の突進でヒイロの身体が揺らぐことはないのだが、それでもヒイロは少しばかり呆れたようにため息をつく。

 

「………………何か用か?」

 

目線をしたに向け、突進をしてきた張本人であるヴィヴィオと顔をあわせると、当の本人であるヴィヴィオはにへーと表情を緩ませながらヒイロの片足にぎゅっと抱き着きながら顔をぐりぐりと押し付ける。

 

「………………」

 

そのヴィヴィオの様子にヒイロは表情こそ表にだしてはいないものの、困惑しているように無言で見つめていた。しかし、さすがにいつまでも手をこまねいているつもりはないのか壊れ物でも取り扱うように慎重な手つきでヴィヴィオの腕を軽くつつく。それが気になったのか疑問気に首をかしげながらヒイロを見上げたタイミングでヴィヴィオが引っ付いていない方の足をまげて片膝をつくと、ヴィヴィオを抱きかかえる。

 

「すっかり懐かれていますね。」

 

そうヒイロに声をかけたのは機動六課隊舎の寮母であるアイナ・トライトンだ。なのはやフェイトが仕事等で隊舎にいないことが多いため、基本的にはヴィヴィオがパパと慕っているヒイロが面倒を見ているのだが、そのヒイロも教導の手伝いなどに駆り出された時にだけ彼女にヴィヴィオの面倒をお願いすることになっている。実際なのはたちも子育ての経験もある彼女に小さな子供との接し方などを教わっているらしい。

 

「………………」

 

そのアイナににこやかな笑みを向けられ、微笑ましそうにヴィヴィオにかなり懐かれていることを指摘されたヒイロは憮然とした様子でとりあえずベッドにヴィヴィオを下ろすとその隣に腰掛ける。

 

「少し席を外せるか?ヴィヴィオに話しておきたいことがある。」

 

「?………………ええ、わかりました。部屋の外で待っていますので話が済んだらまた声をかけてください。」

 

ヒイロの突然の申出に軽く首をかしげるアイナだったが、深く言及することはせずに部屋の外で待っていることを伝えると部屋から退出し、部屋の中にはヒイロとヴィヴィオの2人きりになる。

 

「……………パパ?」

 

ヒイロがアイナを部屋から退室させ、突然人払いをしたことにヴィヴィオに怪訝な表情をしながら隣に座るヒイロの顔を見上げる。そのヒイロの表情はいつも通りに無表情ながら張り詰めたような雰囲気を醸し出していた。

 

「……………お前ほどの歳ではまだそう深く考えることはできないだろうな。」

 

「………………?」

 

脈絡の無さそうに見えるヒイロの呟きにヴィヴィオはポカンと呆けた様子で体ごと横に傾け、不思議そうにする。

 

「…………前にも言ったが、事が済めばお前にぬいぐるみでも作ってやる。何か所望…………お前の願いのようなものはあるのか?」

 

「それじゃあウサギさんがいい!!」

 

「…………もう持っているはずだが、それでもいいのか?」

 

「パパが作ったのがいい!!」

 

ヒイロからぬいぐるみのリクエストを尋ねられると、先ほどまであったヒイロの張り詰めた表情に対する疑念が吹き飛び、晴れやかな笑顔を見せながらヒイロの自身のリクエストを伝えるヴィヴィオ。

それを聞いたヒイロは既に持っているデザインを所望したことに理由がわからなそうにしながらもヴィヴィオが使っていたお絵かき帳と色鉛筆を手に取ると、画用紙に絵を描き始める。

少々考え込む時間もあったのか時折手を止めたり、別の色鉛筆を手に取りながらだったが、それでも10分程度で描き終わったのか色鉛筆を置くとヴィヴィオにその書いた画用紙を見せる。

 

「デザイン性は変えてみたが……………」

 

そう言いながらもそこに描かれていたのは、日焼けしたように薄く焦げた茶色の生地を主体にして、真っ赤なスカーフを首にまき、ほんのわずかに赤みがかった灰色の体毛を頭から垂らすように生やした特徴的なウサギがそこにいた。それはヴィヴィオが聖王教会の病院に担ぎ込まれたときになのはに買ってもらったというピンクの生地に瞳をかたどった深紅のビーズと、シンプルながらにうさぎの特徴を捉えたかわいらしいものというより、どちらかといえばいぶし銀な渋い感じのデザインであった。

ヴィヴィオの反応もそのヒイロが手掛けたデザインを、目を丸くして見つめていた。それを芳しくない反応と見たヒイロはページをめくって別のデザインに着手しようとする。

 

「パパ!!わたし、これがいい!!」

 

「………………いいのか?」

 

「うん!!」

 

別のデザインに差し掛かろうとしたところでヴィヴィオが目をきらめかせ、ヒイロが手掛けたウサギのぬいぐるみを作ってほしいとせがむ。その視線にヒイロは最初こそいぶかし気な表情で見ていたが、ヴィヴィオのような小学生低学年の子供にそんな腹芸をこなすことは難しいし、なによりヴィヴィオ自身からそのような雰囲気を感じなかったため、そのヴィヴィオのお願いを聞き入れることにした。

 

「……………お前がそれを望むのであれば別に構わないが。」

 

「やった    !!約束だよ!!」

 

ヒイロからの承諾を得たヴィヴィオは諸手を挙げながらピョンコピョンコとその場で跳ね上がりながら喜びを露わにすると、宝石のような緑と紅の瞳をより一層輝かせながらヒイロに詰め寄る。

 

(………………材料を確保できるかどうか確認する必要があるな………………フェイト辺りをそのうちあたってみるのも一つの考えか)

 

ヴィヴィオから約束を取り付けられたヒイロはミッドチルダにぬいぐるみ用の生地を取り扱っている店があるかどうかを考えるのだった。





「そういえばよ。ヒイロの奴、結局どうすんだ?」

「何がですか?」

「テスタロッサの嬢ちゃんと八神の嬢ちゃんのことだよ。どう見てもヒイロの野郎にホの字だろ?だけどアイツにはお姫様がいるだろ?どうすんの。」

「まぁ…………本人たちが納得する形に収まればいいんじゃないですか?一夫多妻も別に珍しいことではないと思いますけど…………」

「そうだった…………カトルは中東育ちだもんな………そういう考え方でも別におかしくはねぇか…………」

「確定筋ではないが、ティアナ・ランスターもヒイロに対して恋幕のような好意を抱いているらしいな。なるほど、奴にも所謂モテ期というのがやってきたか」

「おいトロワ!!お前はヒイロの親かなんかかよ!?なーに感慨深く頷いていやがんだよ!!ゼクス!!アンタもなんか言ってくれ!!アンタの義弟(仮)にお姫様のほかにライバル出てんだぞ!?」

「私は別段リリーナが悲しむ顔をしなければそれでいい。それに、奴がそのような愚行を犯すとも思わん」

「だぁー!!コイツもコイツでシスコンかよー!!もうやけくそだ!!五飛!!お前の価値観的にはどう思う!?浮気って悪だよな!?」

「浮気か。夫が妻を放って別の女にかまけるのは確かに悪だろうな」

「おお!!やっぱお前ならそう言ってくれると思ったぜ!!」

「だが、所詮それは目線によって大きく異なる。カトルの言う一夫多妻が地域の文化に根付いているとはいえ、世間一般から浮気とは言われないようにな」

「む………確かにそういえばそうだけどよ…………」

「最終的には奴ら自身の問題だ。俺たちがどうこう言ったところで参考にすらならん。つまらんことで一々喚くな」

「…………へいへい、俺がお悪うござんしたっと…………」

「そういえば今しがた済んだ話を蒸し返すようで申し訳ないのですが、高町なのはさんはどうなんでしょうか?ヴィヴィオさんという義娘もできてしまいましたし…………」

「彼女とは必然的に共に過ごす時間も多いだろう。場合によってはあり得ることも考えられる。それにアイツは好意を向けられるということに慣れていないはずだ。戸惑うだろうな、アイツほどの兵士でも。」

「フッ、奴ほどの男が戸惑うか…………それはそれで面白くはありそうだ。」

「皆さんお綺麗で魅力的な女性ですからね。僕でしたら、とてもではありませんけど彼女たちの好意に応えられるとは思えません。」

「おうヒイロ!!存分に迷えよな!!散々俺に貧乏クジ押し付けまくったツケだと思いやがれってんだ!!」



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第76話 そして天使は毒竜と相対す

文字数少なくて申し訳ない。急いで書いたし、展開を拙いかもしれない。
でも感想くれると嬉しい。


「はーい!!避難区画への道はこちらになります!!慌てず押さずに、落ち着いて進んでくださーい!!」

 

地上本部のエントランス。近い時刻から公開陳述会の様子が放映されるにもかかわらず、そこには大勢の一般人たちが続々と入り込んでくる光景が広がっていた。

その大勢の人の群れを案内するように大きく手を上げ、声を張り上げるスバルの姿があった。

 

「うーん………結構急な避難勧告だった割には人数多いと思うけど、クラナガンの人たち全員を避難させるってなると到底広さ的に足りない気がする……………」

 

スバルは途絶えることなく伸びている人の列に悩まし気な表情を見せる。クラナガンの一般市民が地上本部に集まってきているのは公開陳述会が行われる当日の明朝に唐突にレジアスが一般市民に対して避難勧告を始めたのがきっかけである。

 

『まず、明朝から一般市民の皆様方の時間を取らせてしまうことに謝罪を申し上げる。だが、こうしているのも1秒でも早く一般市民の皆さまの耳に入れておいてほしい事態が起きようとしているからです。』

 

明朝から唐突に始まったレジアス中将の会見を仲介する映像にまだ出勤前の大人、通学前の学生の間が画面越しに向けられる。その視線は突然中継が始まったことへの不信感や疑念が入り混じったものがほとんどであった。

 

『4年前の空港爆破火災事件を始め、数々の次元世界で起きた複数の爆発事件。それらは全て、たった一人の科学者によって引き起こされた事件でした。』

 

『その人物の名は、ジェイル・スカリエッティ。ロストロギア関連の犯罪に数多く加担している広域指名手配人されている次元犯罪者であります。この男は次元世界で禁忌とされている兵器の製造に着手し、管理局の転覆を図っているとされ、現在局員の総員をあげて捜査に乗り出しているところであります。』

 

テレビの画面にスカリエッティの顔写真が表示され、スカリエッティについての説明がレジアスから為されるが、その中継を見ている市民たちの表情はあまり鬼気迫るようなものは浮かべていなかった。

なぜならそれはまさに対岸の火事のようであり、身近なところで起きてはいなかったからだ。

一番近い事件でも空港の爆破火災だがそれでも既に四年の月日が流れ、人々の記憶にも朧げなもので、言われればそのようなこともあったとされる程度の認識のレベルだった。

 

 

『ですがその努力も虚しく未だスカリエッティの拿捕には至っておらず、一般市民の皆様には多大な不安等を被ると思います。それについては地上本部の頭目の一人として謝罪を申し上げます。』

 

画面の中で頭を下げ、謝罪の言葉を述べるレジアスの姿に市民達は揃って困惑の色を見せる。クラナガンに住まう者達にとって、レジアスは文字通り、自分たちの安心と安全を守ってきた英雄のような人物だ。次元の海にある管理局本局と地上本部のどちらがいいと比べれば、姿が見えず、何をやっているのか明確には分からない本局より、実際に守っている姿を近くで感じられる地上本部の方が彼、彼女等にとっては印象は良かった。だからこそ、地上本部の頭目であるレジアスの、そんな人物が頭を下げる光景は正直に言ってあまり見たくないところでもあった。

 

『その上で、皆さまに報告とお願いがあります。』

 

頭を下げる時間こと十数秒、再び画面に写り始めたレジアスの口からそのような言葉が出る。

 

『現在、実績のある方面からの報告で、件のスカリエッティが、この地上本部を襲撃してくる可能性があることが示唆されています。ですが、それもあくまで襲撃が予見されているのみで、予想される被害、規模ともども不明となっております。ここまでの狼藉をスカリエッティに許してしまったのは我々の不徳の致すところ、重ね重ね謝罪を申し上げます。だが、我々はこれ以上、スカリエッティによる蛮行を許すつもりはありません。』

 

画面の中のレジアスは拳を握り、映像からでも十分にわかるほどその手に力を込める。

 

『我々の為すべきことはここに住まう市民皆々様の命を守ることです!!ですので、皆様にはこれより、緊急避難令を発し、避難場所を地上本部地下に定めた上で避難を開始していただきたい!!皆様のこれまでの生活、平穏を守り切るのは正直に申し上げると守りきれないかもしれない!!ですが、せめて、せめて皆さまの命だけは守らせてほしい!!命さえあれば、明日へ、未来へそのバトンを繋げることができる!!』

 

レジアスのその熱のこもった演説、いや頼みにテレビを見ていた人々は思わず足を止めてそれを聞き入っていた。

 

『避難が間に合わないかもしれません。それだけ我々はスカリエッティに対して後手になりすぎた。だがそれでも、最後まで生きる希望は捨てないでほしい!!それは地上本部の頭目としてではなく、ここに立つ、平和を望む一人の人間としてお願いしたい!!』

 

そこまで言い切るとレジアスは再び頭を下げ、市民達にお願いを申し上げる。その行動自体は最初の謝罪と変わりないが、その姿勢は先ほどまでのとは違い、興奮からか頭を下げている姿も震えていた。それだけ鬼気迫るお願いだった。

それを聞いた市民の人々は思い思い、家内、友人のみならず、たまたまそこにいた名も知らぬ隣人と目を見合わせると意を決した表情で移動を開始する。

そしてその方角はいつも自分たちを見守ってくれていた地上本部の高き司法の塔。レジアスの警告を孕んだ思いは、それまで平穏を領受していた市民達の心に届いたのだ。

 

 

 

 

 

「まさか、あそこまでレジアス中将がやってくれるとはなぁ…………絶対この前の隊舎への襲撃で何か心変わりがあったんだろうなぁ……………」

 

そう考えるスバル。確実にそのレジアスの会見はそれまで毛嫌いしていたはずのカリムのレアスキルによる予言を組んだ上での会見だったであろう。

 

(スバル……………!!)

 

 

そんな思考に耽っていると突然背後から耳打ちする声が聞こえて来る。誰かと思い振り向いてみれば、ティアナを始めとするギンガも含めたフォワード陣が勢揃いしていた。その表情を総じて険しい顔を見せていた。

 

 

「ど、どうしたの…………?」

 

仲間たちがその表情を浮かべていることに首を傾げながら尋ねるとティアナがスバルの肩を掴み、自身に引き寄せるように引っ張る。

 

(さっきから通信がどことも通じないの。一応みんなの配置は覚えていたからなんとかこうして集合できたけど、もしかしたら…………ジャミングをかけられたかも。)

 

「えっ!?そん    ングッ!?」

 

そしてそこからの耳打ち声に思わず声を荒げそうになったスバルだが、慣れた様子ですぐにスバルの口を手で覆い、周囲に聞こえないようにする。

 

(ばか!!アタシ達の様子が変わったらそれだけ一般市民に心配を与えることになるのよ!!少しは自重しなさいよ!!)

 

(ご、ごめん…………)

 

相変わらずのティアナからの叱責に苦笑いをこぼすスバル。

 

(それで?なのはさん達とかは?)

 

(多分状況を察してくれてはいるけど、動こうにも動けないと思うわ。相手の出方がわからない以上、配置からは動けない。)

 

スバルの質問にティアナは渋い表情でなのは達は動けないであろうことを伝える。

 

(じゃあどうするの?集まったところでできることは限られてるし   

 

そこまで言ったところで、何やら外の方で騒ぎが起こっているのか、ざわざわとしたどよめきがスバル達の耳に入って来る。不思議に思ったスバル達が顔を見合わせて頷く姿勢を見せると、全員で一度持ち場を離れてエントランスの外に出る。

 

「すみません、どうかしましたか?」

 

「あ、ああ!!局員さんかい!?よかった、突然シールドが消えてしまったんだけど、何かあったのかい?」

 

ティアナが適当な一人に声をかけるとその市民は空を指差しながらシールドが消えてしまったと答える。思わずその指差す方向に視線を向けると、地上本部を覆っていたバリアシールドである魔力障壁が消失しているのに気づく。

 

「わかりました。少し管制室に連絡をとってくるので、少々お待ちください。」

 

なんらかの異常が発生している。そう踏んだティアナはフォワード組に一声かけて急いで移動を開始する。

 

「ティアナさん!!これってもしかして……………!!」

 

「多分管制室がやられてる!!やったのは、おそらくあの時の物質の中を自由に泳ぎ回れる戦闘機人かも…………!!」

 

エリオの声にティアナは少しばかり声を荒げながら戦闘機人によるものだと自身の推測を述べる。

 

「管制室への道は私が記憶しています!!案内します!!」

 

「お願いします!!」

 

ギンガが管制室へのナビゲーターを名乗り出るとそれをお願いすると同時に急いで管制室へと直行する。なぜなら管制室は地下にあり、一般市民の避難場所にも地下空間が優先的に回されている。

もしかしたら、既に敵は一般市民の近くまできてしまっている可能性もあるのだ。

 

(くっ……………状況が思った異常に悪い…………市民の人たちの避難もまだ半分行ったかどうか…………!!)

 

人知れず悪化していく状況にティアナは心の中で悪態をつく。ここでの戦闘ははっきり言って悪手以外の何ものでもない。一般市民への被害もありうるというのに、それでも相手は手加減できるような相手ではない。

 

(それでも、やるしかない…………!!今は被害を最小限に抑えられるようにしないと…………!!)

 

それでも、やるしかない。ティアナは再び気を引き締めると魔力障壁の操作が行える管制室へ急ぐ。

 

 

 

「本部の部隊長達との通信途絶!!本部を中心にジャミングが展開されたと予想されます!!」

 

「現時刻より第一戦闘配備を隊員達に通達、及び随時出撃命令を発令します!!準備ができ次第ただちに出撃を!!」

 

同時刻、本部にいるなのは達との通信ができなくなったことからジャミングをかけられたと判断したロングアーチはグリフィスの指示ですぐさま隊舎にいる隊員達に出撃命令と非戦闘員に避難指示を下す。

 

「任務了解。ただちに迎撃行動に移る。」

 

館内に響き渡るアラートと忙しなく動き出した隊員達に紛れて、ヒイロはウイングゼロを展開すると大空へ飛翔する。

 

「アインス、魔力の具合はどうだ?」

 

『やはりキャパシティが大幅に下落したのが痛いな。しばらくは必要最低限に抑えて出てこないでいたが、それでも防護幕を展開できるのは30分が限界だ。』

 

「問題ない。やれることをやるだけだ。」

 

アインスの申し訳なさそうな声にヒイロは淡々とした口調で声をかけ、瞳を下ろした。するとすぐそこにシグナム達ヴォルケンリッター達がそれぞれの騎士装束で集まってくる。ザフィーラだけはやはり狼の姿のままだったが。

 

「ヒイロ………………死ぬなよ。」

 

「そちらもな。」

 

『北西のデルタグループからエンゲージ!!偵察部隊は後退して迎撃部隊との合流を最優先にしてください!!』

 

静かにヒイロを見つめていたシグナムの短い言葉に同じように短い言葉で答えるヒイロ。そして、ついに接敵したことを告げるシャーリーの声が通信で届くと再びその瞳を開き、ヒイロはウイングゼロの主翼バインダーを広げると、その翼を羽ばたかせて移動を開始する。

 

「シャマル、北東方向だ。妨害は俺がする。」

 

『北東より高エネルギー反応!!来ます!!』

 

そう言ってヒイロは北東方向にバスターライフルを向けると即座にトリガーを弾き、山吹色の閃光が水平線へ消えていく。それと入れ違いになるようにシャーリーのオペレートが聞こえるとバスターライフルと同じ色をした極太のビームが水平線の向こう側から飛んでくる。

 

「例のハイドラはこっちによこしてきたのね!!」

 

ヒイロの言葉にシャマルが答えると飛来するビームに向けて緑色に輝く盾の形をした魔力壁を幾十にも展開し、それを防ぐ。ビームが緑色の盾と衝突すると凄まじいエネルギーの余波を周辺にばら撒きながらもシャマルの展開した盾を次々と粉砕していく。

 

「そう簡単にやらせはしない!!鋼の軛!!」

 

そしてその途中からザフィーラが展開した剣山を壁として活用し、さらにビームの出力を抑え始める。そして数秒か数十秒か、時間的にどれくらいたったかは定かではないが、やがてビームはどんどん減衰していくわけではなく、突然パッと途切れるように消えた。

おそらくヒイロが撃ったカウンターのバスターライフルを避けたことで攻撃を中断したのだろう。

 

「よし!!第一射は防いだ!!ヒイロの野郎は!?」

 

「もうビームが飛んできた方向へ急行している!!現状ハイドラからの長距離射撃を抑えるのであれば、ヒイロのウイングゼロを向かわすのが一番だ!!」

 

「それでもヒイロは30分ちょいしか持たねえぞ!!アタシ達も急ぐぞ!!」

 

ヴィータの声にシグナム達は頷く姿勢を見せながらヒイロが向かった先へと迅速に急行する。

 

 

 

 

「お前がハイドラか。他のモビルスーツの特徴とは一致しない…………いわゆる新型か。」

 

そしてヒイロはアインスの魔力によるパンツァーガイストで身体に紫色の魔力を帯びた状態でウイングゼロ本来のスピードで急行する。

そしてヒイロはついにそのハイドラを目にする。ヒイロより大きいその巨体、禍々しいほどの黒を主だった装甲に幅の広いリアスカートから覗く太い脚部はブースターかなんらかのユニットが積まれているのを伺える。そして赤いアンテナが3番ほど伸びている頭部を回転させてまるで複数の顔を有しているようなその姿はまさしく複数の頭が存在する神話上のハイドラとそう姿形は変わらなかった。

 

「……………その頭部のフェイスパーツ…………ガンダムか。」

 

相対したヒイロが呟くとそれに反応するように橙色のデュアルアイを光らせたハイドラ   ハイドラガンダムは右肩に懸架していたバスターカノンの銃口をヒイロに向ける。

 

『ガンダム…………!?ヒイロ、やれるのか!?』

 

「ガンダムタイプとの戦闘には慣れている。それに、俺がやることになんら変更はない。」

 

 

ヒイロはウイングバインダーの根元のラックからビームサーベルを引き抜くとその切先をハイドラガンダムに向ける。

 

「ターゲット確認、目標…………敵ガンダムタイプ。ただちに敵機の撃墜任務を開始する。」

 

 

 




えっと多分、この話が今年最後だと思います。投稿した日からちょっと用事が立て込むので……………

ともかく今年もありがとうございました!!今年に出せた話数は17話とすこぶる少なかったですことは本当に申し訳ないです…………
ともかく来年もよろしくお願いします!!


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2周年記念 少女達の小さな願い事

皆様、あけましておめでとうございます


この度、本作『魔法少女リリカルなのは〜オーロラ姫の凍りついた涙は誰のために〜』は1/18を持って2周年の節目を覚えることとなりました。
どうせなら当日に出した方がいいのでしょうけど、思いの外手早くできてしまい、変に熟成させたりして当日を過ぎ去るのは自分のポリシーに反するため、いっそのこと出すことにしました。

そして2年目ですが、作者の欲が爆発して魔法少女モノをもう一本手にかけてしまったせいで展開がまるで進まず、申し訳なかったです。多分集中してたら終わってたかも…………ともかくこのように2周年を迎えてしまった以上、一作者として感謝を申し上げなければならないの自明の理。

長くなりましたが、結論から言えばこの話は私わんたんめんから皆様に対する感謝、そして以前少しだけ語った本編終了後に焦点を当てたオムニバスとなります!!
地雷等存在しますでしょうが、そんなん知りません!!だってヒイロが悪いんだもん!!(オイ作者)

P.S この内容はこの後に出る本編とは展開が異なる場合があります。辻褄が合わないとか言って後々の感想によるご指摘は勘弁してくださいませ


CASE Ⅰ  Fate Testarossa Harlaown

 

 

 

 『穏やかな時間は貴方と共に』

 

 

 

 

 

「ヒイロさん」

 

「……………なんだ?」

 

「あのー………こういった場所はあまり好みではありませんでしたか?」

 

とある平凡なある日、フェイトは面と向かって椅子に座っているヒイロにそんな言葉をかける。声をかけられたヒイロはいつものごとくフェイトと視線を合わせずにぶっきらぼうで顔の眉一つ動かさない無表情に徹しているが、反面フェイトは笑みにわずかな申し訳なさがにじんでいる微妙な表情を浮かべていた。

そしてフェイトの質問もまるでいつもとは違う場所にいるかのような内容だったが、それもそのはず。今二人がいる場所は人々の会話が飛び交う場所ではあるものの、日常的にいた六課隊舎ではない。近未来的なビルがそびえたっている第一次元世界ミッドチルダ、その首都であるクラナガンの一角でやっている喫茶店の店内だった。

スカリエッティによる大規模な破壊活動があり、都市機能に著しいダメージを受けたが、それも少しずつ復興の手が入りはじめ、二人のいる喫茶店のように営業が可能となった区画も拡がりつつあった。

 

そしてヒイロは喫茶店に来たことが不満だったかどうかという質問にすぐに答えるようなことはせず、不意に視線を店の外がうかがえる窓に向ける。店の外では人々がせわしくなく往来を続け、全く同じ光景など一瞬たりとも存在しない人の波を作り出していた。

 

「………気にするな。元々表情に出ずらいだけだ。お前の選択に文句を持っているわけではない。むしろ、お前らしいとも思っている。」

 

そしてヒイロは眺めていた外の人の波から視線を戻し、目の前のテーブルにあったコーヒーカップを手にし、フェイトの質問にそう答えながら中身のコーヒーに口をつける。砂糖もミルクもいれていないコーヒーの苦みを口の中で感じ、そのコーヒーカップをソーサラーの上に戻すと、向かい合っているフェイトに視線を向ける。

その視線にフェイトは思わず逃げるように視線をそらして恥ずかしそうにするが、やはり内心的にはうれしいのか、彼女の表情自体は緩んでおり、それをヒイロに見られないように手で緩んでいる口元を覆い隠していた。

 

「だが、このような場所でよかったのか?お前から来てほしい場所があるといわれ同行したが、普通であれば各地を連れまわされた上に荷物持ちでもやらされるものだと認識していたが。」

 

「………ヒイロさんの中の認識は一体どういうものになっているんですか………」

 

ヒイロのいわゆるデートというような異性と行動を共にして、道楽を楽しむという行為に対する偏見のようなものに、思わずフェイトは緩んでいた表情を一転させて苦笑いを浮かべながら顔を挙げる。しかし、その表情もすぐに穏やかなものに変わると、手元のコーヒーカップに手を添え、まじまじと中のコーヒーを見つめる。そのコーヒーの水面には彼女自身の穏やかな笑みをまるで鏡のようにくっきりと映し出していた。

 

「私は………ヒイロさん、貴方と一緒にこんな穏やかな時間を過ごせるだけで十分なんです。執務官としての職務があるというのも大きいですけど。」

 

「理由までお前らしいな。だが、いつまでも第一線にいられるわけではないだろう。その時が来たらどうするのか、お前の中でなんらかの形はでているのか?」

 

ヒイロの指摘にフェイトは手元のコーヒーに視線を落としたまましばらく沈黙を貫く。ほどなくして彼女の中で形になったのか、視線を挙げ、その視界にヒイロを収める。

 

「そうですね………なのはと同じように教導官を目指してみるのもいいですけど、あまり私は誰かに教えるというのは得意じゃないので………いっそのこと女性としての幸せに向かってみるのも一つの選択肢かもしれませんね。」

 

そういうフェイトに対してヒイロは何か言葉を返すわけでもなく手元のコーヒーを口につけ、お茶を濁すようにそれを呑んだ。もちろん、ヒイロ自身フェイトの語る女性としての幸せ。それが意味することを全くもって理解していないわけではない。

異性、この際同性でもまぁまぁ構わないが、その思い人と日々を共にし、共に感情を共有したりする………そういったものであろう。そしてヒイロはそのフェイトに返す言葉をあいにく持ち合わせていない。ゆえに答えることもできずに沈黙を貫くしかなかった。フェイトも無理に話を続けようとはしなかったため、二人の会話はそこで途切れてしまい、無言の空間が広がる。その空間は第三者からみれば気まずいことこの上ない時間かもしれないが、当の本人である二人はかたや仏頂面、かたや嬉しそうにしているとまるで気にも留めていない様子だった。

 

「………………昔の私は母さんに、プレシア母さんの役に立てれば、それでいいって思ってました。すごく怖い思いとか、痛い思いとかしたけど、かごの中の鳥のようにそれしか生き方を知らなかった。ううん、知ろうとしなかったんです。アリシアの代わりにもなれない私なんかじゃ、これくらいの苦痛は受けて当然なんだって、考えることをやめていました。」

 

そんな最中だったが、フェイトは表情を憂いなものをふくんだ笑みに変えると、まだヒイロと出会う前だった、いわゆるロストロギア『ジュエルシード』をめぐる地球におけるP.T事件以前の自身のことを語り始めるフェイト。その彼女にヒイロは特に何か言葉を挟むわけでもなく聞き手に徹する。

 

「でも、なのはと出会って名前を呼んだあの時から、私の世界は見違えるように広くなりました。それはヒイロさん、貴方と出会った闇の書事件の時もです。あの時闇の書の中で会った母さんは確かに私の記憶から再現された夢幻(ゆめまぼろし)だったかもしれません。でも、あの時もらったほかの誰でもないフェイト・テスタロッサという一人の人間として生きなさいという言葉まで、私は夢で終わらせたくはありません。なのはとの出会いも大きかったけど、母さんのあの言葉が私が私らしく生きていける大きな一歩になったんです。」

 

「………………それを俺に話してどうするつもりだ。話を聞いている限りでは、内容的にはなのはに言うべき言葉だとも思えるが?」

 

フェイトの言葉にヒイロは怪訝な様子を見せながら疑問をぶつける。確かに話を聞いている限りでは、先ほどのフェイトの言葉は同席しているヒイロにいうより、なのはに言うものであるようにも思える。しかし、その疑問にフェイトはなんら臆することなく晴れやかな笑みではにかむ。

 

「そんなことないと思いますよ?もしあの時ヒイロさんが来てくれなかったら、母さんからの言葉はなかったと思います。多分ですけど、アリシアとだけあのまま話して終わってしまうこともあったんじゃないかなって。」

 

そのフェイトの答えにヒイロは疑うような目線をフェイトに送る。しかし、フェイトの中ではどこか確信めいたものがあったのか、答えたときの晴れやかな笑みを崩すことはなかった。その様子にヒイロはわずかに呆れたように小さくため息をこぼす。

 

 

「………………何か騒々しいな」

 

「そう………ですね………」

 

 

しかし、そんな和やかな空間に横やりを入れてくるような騒々しい騒ぎが喫茶店の外から聞こえてくる。それに気づいたヒイロが窓の外を見やると同じように騒ぎを感じ取ったのか、フェイトもヒイロの後に続くように喫茶店の外へ目線を向ける。

喫茶店のすぐそばの通りはクラナガンでもそれなりの大きさのあるメインストリートなのか、人々の往来も多かった。しかし、その足早に歩いていた人々も異常を感じ取ったのかまばらに足を止めると、揃って同じ方角を見据える。そして、そこに悲鳴と共に表情を恐怖に染め上げた集団がなだれ込んでくる。瞬く間に通りは人でごったがえし、そのまるで何かから逃げている人々に当てられたのか先ほどまで茫然としていた人々も伝染していくようにその一派の集団の仲間入りを果たし、通りはあっというまに逃げ惑う人々で大混乱のパニック状態になった。

 

「ッ………………ヒイロさん、その      

 

 

明らかに事件かなにか。人々の平穏を乱している事態が発生している。執務官であるフェイトは今日が非番にしていたとはいえ、その使命感から1秒でも早く事態の早期解決に導くために席から立ちあがる。しかし、事態解決に動くということはヒイロをここにおいていくということ。フェイト自身から誘ったにもかかわらず、自分の都合で放り出すような真似をしてしまうことにフェイトは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「俺にかまけてないでさっさと行ってこい。それがお前の責務だろう。」

 

そのフェイトにヒイロは外の状況など興味ないように椅子に座りなおすと目線すら向けずにフェイトにそう言い放つ。まるで自分勝手にも見えるヒイロのその態度。さすがのフェイトもこれには困惑を禁じ得なかったが、近くにあった紙媒体の新聞を手に取って読み始めたところでフェイトはヒイロの真意に気づく。ヒイロはここでフェイトを待ち続けるつもりなのだ。実際にヒイロの新聞を読むペースはその内容を隅から隅まで確認しているように遅々なものであった。

 

『待っててやるから手早く済ませてこい。お前なら、それができるだろう』

 

フェイトのなかで一連のヒイロの行動にそのように意味を見出した。つまるところ、期待してくれているのだ。めったに見せることがないヒイロの他人への期待に心の中で俄然やる気のようなものが沸き立ってくる感覚をはっきりと彼女は認識した。いちおう言っておくが、あくまでこれはフェイトの中で見出した結論なため、実際ヒイロがどのような心中でいたのかは割愛する。

 

「はいッ!!行ってきます!!!」

 

正確にくみ取ったのか、はたまた彼女の勘違いなのか、ともかくフェイトは意気揚々とした様子で喫茶店を飛び出すとすぐさま相棒であるバルディッシュのバリアジャケットを展開すると、白いマントをはためかせながら空へと駆け出して行った。

 

「……………」

 

その小さくなっていくフェイトの背中をヒイロは手にしていた新聞をテーブルに置き、視線で見送ることしかできない。ウイングゼロを事実上のロストロギアに認定されてしまった以上、ヒイロに戦う手段はほとんど残されていない。だが、それでいいのだ。既にこの世界にもヒイロと同じように平和な世界を望む人間は大勢いる。それに今必要とされているのは、兵士ではなく、ヒイロ・ユイという一人の人間だ。しかし、必要とされるのであれば、兵士は再びその戦場に現れる。今度は過去を繰り返させないためではなく、共に過ごせる未来を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CASE Ⅱ  Hayate Yagami

 

 

 

   『日常、されどもそれは宝石の如く』

 

 

 

 

「ヒイロさん、そこの塩とってくれへん?」

 

「……………これでいいのか?」

 

はやてに頼まれた塩の入った小さな瓶をヒイロが手に取り、それをはやてに手渡した。それを受け取り、ありがととお礼を言いながらはやては手元の料理にその塩を振りまいていく。今二人ははやての自宅で並んでキッチンに立って料理を行っていた。そのキッチンで進められている鍋やフライパンの数はいささかヒイロとはやての二人だけで食べるには多いが、それもそのはず。キッチンと壁一枚を挟んだ自宅のリビングからははやての大事な仲間であると同時に家族でもある守護騎士たちをはじめ、なのはやフェイト、そしてティアナといった六課の主要メンバーたちが各々会話に花を咲かせていた。壁一枚挟んで耳で聞いているだけだが、会話が途切れる様子は一向に感じられず、料理の工程に時間がかかっても問題はないだろう。

さらには仮に少々作りすぎても、大食漢であるスバルとエリオがいるため、はやては腕を奮って作業に勤しむ。ヒイロはその手伝いをしているといったところだ。

 

「……………なーんか、こうして並んで料理をしてると昔を思い出すなー……どう?ヒイロさんも思い出さない?」

 

「……………一応聞いておくが、いつの話だ?」

 

そんな最中、はやてが唐突に昔を懐かしむような言葉をつぶやき、隣に立っているヒイロに聞いてくる。その質問に、ヒイロは正確にいつの話のことを言っているのかわからなかったため、ヒイロは目の前の料理に視線を向けたまま聞き返す。

 

「もー。10年前の闇の書事件の頃や。私含めたみんなみたいに普通に10年経っているならともかく、ヒイロさんはまだ記憶自体は真新しい方のはずや。まさかとは思うけど、忘れたとは言わせんでー?」

 

ヒイロの聞き返しにはやてが出した闇の書事件の単語でヒイロは確かに一度はやてと一緒に料理をしたことがあることを思い出す。だが、その記憶を呼び起こしたところでそれに何の意味があるのか、ヒイロには皆目見当がつけられないでいた。

 

「元々料理は好きな方だったんよ?だけどあの時ヒイロさんと一緒に並んで作ったときは…………なんていうんかな、楽しかった?ともかくいつもの感覚と違ったんよ。時折ヴォルケンリッターのみんなも手伝ってくれるんやけど、シャマルはちょいちょい危なっかしいことをするし、シグナムは刀剣の類使っとるクセかなんかは知らないけど包丁でまな板ごと叩き切ろうとして不器用だったりやったんやけど、ヒイロさんにはちゃんとした料理に対する知識はある。」

 

そのヒイロの疑問を察してなのかは定かではないが、はやてがヒイロと共に料理を作ることが楽しいと語る。

 

「俺が料理に対する知識を持っているのは潜入任務などを行うときに疑念などを周囲の人間から持たれないようにするためだ。あいにくとお前のように趣味の一環で技能を身に着けたわけではない。」

 

そのはやてにヒイロは視線を手元の作業に向けたまま、淡々とした様子で自身が料理技術を身に付けている理由を語る。その理由にはやては愛想笑いのような表情を見せたあとにどこか悲しそうな雰囲気をにじませる。

 

「………………じゃあさ、ヒイロさんはこれ、楽しいとか全く思っておらんの?」

 

その悲し気な雰囲気をにじませたままの問いかけ。ヒイロは料理の工程を進ませたまま、少しの間その質問には答えないでいた。時間にして数十秒から数分くらいは過ぎただろうか。突然作業をしていた手を止めるとわずかに肩を上下に竦ませる。

 

「………………正直な感想が欲しいのか?」

 

まるで答えを聞くこと自体に対して確認するかのような言葉。それにはやては一瞬目を見開いて驚きを露わにするが、流石に料理中に目を離すのはよろしくないため、視線自体は料理に向けたまま静かにうなずく。そのはやての答えを視界の端でとらえたヒイロは一度確認するように料理に目線を向けたあとにため息をついた。

 

「………………まだ、俺にはわかりかねる感覚のようだ。」

 

「え………………」

 

要するにヒイロはわからないと答えた。是でもなく、また否でもない中間のようなあいまいな答え方に思わずはやては呆けたような反応を見せる。

 

「俺は物心がついた時には既にこの手には他者を殺すための銃を握っていた。あの時の俺にはそれしか生き方を知らなかったからな。だが、今と昔の俺は違う。それを自覚こそはしているが、まだお前のいう物事に対する楽しさとやらを感じることはできないらしい。」

 

それだけいうとヒイロは再び止めていた料理の手を進めることを再開して作業に取り掛かる。ヒイロは何気なくどうともしないというように語っていたが、それを聞いたはやての表情はとてもではないが晴れやかなものとは言えなかった。はやて自身父親と母親の両方を幼いころに亡くしている。一応『おじさん』もといギル・グレアムによる経済的な援助を受け、それなりに不自由のない生活は送れてきた。しかし、そこに本来与えてもらえるはずだった、いわゆる親の愛情を受け取れる機会は普通の同年代の子供と比べれば格段に少ないだろう。しかし、ヒイロはその親の愛を受け取れる機会や記憶すら与えられることがなかったのだ。そのことがはやての心中に暗い影を落とす。

 

「そっか………………ならいつか感じられる時が来るとええな。」

 

だが、それでもヒイロの心には従来のものが戻ってきている。昔のヒイロをはやて自身が知っているわけではない以上、本来のヒイロの性格がどのようなものなのかを計り知ることは不可能だ。だが、ヒイロ自身が昔と今の自分を違うというのがしっかりと自覚できている。それができているのならもしかするとその時というのは意外と近いところまで既に来ているのかもしれない。

 

「そしたら、また一緒に料理でも作らへん?」

 

「………………俺がその言葉を覚えているかどうかは不確定要素だな。コールドスリープによる脳の海馬への影響はリンディ・ハラオウンから聞いているはずだが。」

 

「大丈夫、ヒイロさんなら絶対覚えてくれとるって信じてるから。」

 

「………………フン、好きにしろ。どのみち確約することは保証しかねるからな。」

 

いくら自身が記憶を保持できているかわからないと忠告しても、それでもなお信じていると信頼を寄せてくるはやてにヒイロは一種のあきらめのようにため息をこぼすと、それっきり口を開くこともなく、黙々を作業に勤しみ始める。はやても変にヒイロと会話を続けていてなのはたちを待たせるのはプライドのようなものが許さなかったのか、同じように作業を進ませていく。

 

野菜、肉、魚といった食材を捌いたり、ぐつぐつと音を立てている鉄鍋の中身をかき混ぜたり、フライパンの中を確認して適宜切り分けた食材を投入することおよそ数十分。

 

(お父さんとお母さんにもこういう光景があったんかな………………)

 

創っている料理が徐々に完成の兆しが見え始めたところで、ふとはやてがそんなことを思った。隣に視線を向けてみれば、そこには未だ黙々と料理を進めているヒイロの姿がある。口数がめっきり少ない方に分類されるヒイロだが、それでもはやては十年前のあの時、目の前で家族同然だった守護騎士の4人が殺されたと思い込んで、感情のコントロールができなくなったことで本格的に闇の書の暴走が起こったときに見たあの穏やかな笑みを浮かべたヒイロの顔を覚えていた。

これはなのはたちにも明かしていない自分だけの秘密。だからこそ、はやては不愛想で無表情でどこまでも無鉄砲なヒイロを誰よりも強く、そして誰よりも優しい心を持った人物であることを知っていた。

 

「………………もうじきその肉料理に焦げがつくころ合いだ。見栄えをよくした状態で出したいのならひっくり返すか皿に盛るかのどっちかにしろ。」

 

「え…………あ、ほんとや。えっと、裏見てみても特に赤いところは残っていなさそうやし、そこのおっきなお皿とってもらえる?」

 

数十分ぶりの会話はヒイロからの潮時を伝える指摘だった。その声で我に返ったはやては最終確認のようなもの済ませると、ヒイロに少し遠くにおいてある大きめの平皿を頼む。その頼みにヒイロはキッチンを見回し、そのはやての頼んだ大きめの平皿を手にすると、はやてにそれを手渡す。

受け取ったはやてをできあがった肉料理をその平皿の上に移した。

 

「後の料理の盛り付けは俺がする。お前は先にそれを持っていけ。」

 

はやてが料理を移し終わったところでヒイロが料理を運ぶように促す。それにはやては無言でうなずくとできあがった料理をなのはたちの待つリビングに持っていく。

 

(………………いつか、ヒイロさんにも楽しいって感じてもらえるとええな。)

 

出来上がった料理を持っていきながら、はやてはヒイロのあの仏頂面を絶対に緩ませてやると決意を新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

CASE Ⅲ   Nanoha Takamachi & Vivio

 

 

 

  『今は仮の形だとしても   

 

 

 

「珍しいな」

 

「えっと………………何がですか?」

 

唐突なヒイロの言葉。それに隣で並んで歩いていたなのはが困惑を混ぜたような苦笑いを見せる。まるでその様子は次のヒイロの言葉をなんとなく察していて、その予想が外れることを願っているかのようだった。

 

「ワーカーホリックのお前が自ら自主的に休暇の申請をするとはな。」

 

「や、やっぱり    !!いつになったらその評価を改めてくれるんですか!!」

 

ヒイロからワーカーホリックと言われたなのははショックを受けた表情を見せたあとにがっくりと脱力したように肩を落とす。どうやらその様子から、彼女が予想していた言葉が当たってしまったようだ。

そしてむすっと頬を膨らませたなのはの訴えにヒイロは涼しい表情で前方に視線を向けたまま無言を呈し、すぐに答えようとはしなかった。

 

「パパ  !!ママ   !!何してるの、早く行こうよ   !!」

 

「少なくとも、俺にヴィヴィオを任せている時間が長い以上は変わらんな。」

 

「そんなーーー……」

 

二人が向かっている方角から諸手を挙げながら駆け寄ってくるヴィヴィオの姿を見かけるとヒイロはそう言い残してヴィヴィオの元へ足を進める。おいて行かれたなのははその場でうなだれていたが、流石にいつまでもへこたれているままではいられなかったため、急いで先を行くヴィヴィオとヒイロの後を追う。

 

「先に行くのは別に構わんが、あまり俺たちから離れるな。後が面倒になる。」

 

「うんわかった!!じゃあ、一緒に早く行こ!!」

 

「ちょ、ちょっと……!?」

 

ヒイロの忠告にそう頷く姿勢を見せるヴィヴィオだったが、なにか待ちきれないものがその先にあるのか、すごくウキウキした表情のまま二人の手を引っ張ってまで先を急ごうとする。ヴィヴィオに引きずられながら見えてきたのは、華やかな音楽と共に人々の楽し気な歓声悲鳴が入り混じるテーマパーク。その入場口だった。

 

「そ、そういえば………………ヒイロさん!!」

 

「……………なんだ?」

 

ヴィヴィオに手を引っ張られている中、なのはは突然何か思い出したような表情を見せると、ヒイロの名前を呼ぶ。

 

「こういった施設ってヒイロさんは初めてですか!?」

 

「経験はないな。」

 

走らされているような状況なため、語気が上ずったような声でヒイロにテーマパークをはじめとする遊興施設に来たことがあるかどうかを聞いてくる。そしてその質問にヒイロが短い言葉で初めてだと答えると、なのはははにかむような笑みを見せる。

 

「じゃあ、今回は私が先導する番ですね!!こういう場所はアリサちゃんとすずかちゃんと一緒によく行ったので!!」

 

「………………そうか。」

 

そういうのであれば、事前情報をもっているなのはに任せた方が賢明かと、ヒイロも異論がなさそうに納得した声を挙げ、三人はチケットを購入してテーマパークの施設内に入園する。入場口をひとたび超えるとそこから先は敷地外とは比較にならないほどの大勢の人が行き交っていた。ヒイロとなのはも隣にいるはずなのに、その大勢の人が発する声で互いの声が聞き取りにくいと感じてしまうほどだった。

実際、この状況を想像できないわけではなかった。スカリエッティ一派による一連の事変により、首都クラナガンは甚大な被害を被った。それはクラナガンの主要都市地域の郊外に位置しているこのテーマパークも例外ではなく、しばらくは休園する処置をとっていたが、それがしばらく経って事変のほとぼりが冷めたことでようやく営業が再開されることとなった。

それまで被害の復興に追われ続け、人々の心も疲弊していたところにこのテーマパークの営業再開という娯楽の提供、人々が集まらないわけがない。

 

「これ、迷子になったら一貫の終わりですね………………」

 

「………………」

 

その光景を見て、渋い表情を挙げたヒイロは引っ付いていたヴィヴィオを持ち上げると肩車をするように自身の両肩にヴィヴィオを乗せる。

 

「………………これなら余程の事態にならない限り問題はあるまい。」

 

「もしかして、今日一日ずっとそうしているつもりですか?」

 

「たかーいたかーい!!」

 

肩の上ではしゃぐヴィヴィオをヒイロは支えるように手を添える。その様子になのはは心配しているような言葉をかけるが、アトラクションに入るときや、昼食などをとるときまでヴィヴィオを肩車しているわけではないだろうと思い、それ以上言うことは止すことにし、今は楽しむことを第一にするのだった。

手始めに三人がやってきたのは、巨大なカップの乗り物に座り、中心にあるハンドルを回転させることでどんどん上昇していくスピードを楽しむ『コーヒーカップ』と呼ばれるアトラクションだ。

 

「わ    !!!!はやいはやーい!!」

 

「こ、これこんな早いスピードで回転させて大丈夫なんですかねっ!?」

 

「その速度を出せるということは設計上は問題ないのだろう。乗っている奴がどうなるかは別問題だが。」

 

「お願いしますから怖くなるような言い方しないでくださ  い!!!」

 

そのアトラクションではヴィヴィオが意気揚々とハンドルを猛烈な勢いで回転させてしまったことで、別のカップとは一回り以上早いスピードで回ってしまい、戦々恐々としてしまった。(主になのはが)

 

 

「おうまさんだ………………!!!」

 

一向がコーヒーカップの次にやってきたのはメリーゴーランド。馬や馬車といった絵本の世界でよくみられるものを使ったアトラクションにヴィヴィオは興味津々といった様子で瞳を輝かせる。それを見たヒイロとなのはは次はそれに乗ることにしていざ乗ってみたのだが      

 

 

「む~………………ちょっとおそい………………」

 

直前に乗ったコーヒーカップの超高速回転のせいか、速度の変わらず一定の速度で動かされるメリーゴーランドは少々退屈な時間になってしまったらしい。

 

「まぁ、あんな速さで回しちゃったらね………………」

 

「次にこれを選んだのはミスだったな。」

 

つまらなそうにしているヴィヴィオになのはは苦笑いを見せ、ヒイロは仕方がないというように肩をすくめた。アトラクションから降りたあとたまたまちょうどいい時間だったのもあり、昼食を取りに行くことにした。向かった先のテーマパーク内のフードコートでは入場した直後の時と変わらないほどの人がごった返していた。

 

「す、座れるかな………これ………」

 

「座っている奴の様子を見て判断するしかないだろう。」

 

微妙な表情を浮かべながらそういうなのはにヒイロは別段どうということはないといいたそうな簡単な口ぶりでヴィヴィオを肩車した状態で周囲を見渡す。なのははその様子を流石に難しいのではと微妙な表情のままヒイロを横から眺めていたが、少ししてある一点に視線を集中させると、その方向に向かって歩き始める。慌てながらなのはがそれについていくと、ちょうど通りすがったタイミングでそれまで座席に座っていた人がその席をあとにし、三人はテーブルに着くことができた。

 

「………………すごいですね、ヒイロさん。こんなにいっぱい人がいるのにそこからピンポイントで空きそうな座席を見つけるなんて。」

 

「言ったはずだ。座っている奴らの様子を見て判断するしかないだろうと。俺は座っている奴の料理の残り具合を見ていただけだ。」

 

タイミングよくテーブルにつき、昼食にありついたところでなのはが開いた口がふさがらないと驚いた様子で話すが、やはりヒイロはまるでどうともしないというように買ってきたハンバーガーを口にする。そのまま昼食をとったヒイロ達は再び午後の時間からアトラクションを回り始める。

 

 

 

「うう………………こわい…………くらい…………なんだかさむい………………」

 

一風変わって薄暗い陰湿な空気の中、三人は懐中電灯一つでその暗い建物のなかを探索する。辺りに散らばっているものに薬品のビンのような容器や白い布の仕切りのようなものが散乱している様子からそこは病院の廃墟なのだろう。いわゆるお化け屋敷に入ったのだが、フォーメーションは懐中電灯を持っているヒイロを先頭にし、なのはを最後尾に回し、ヴィヴィオをその間において挟み込むようなものだった。まったくもって平然としているヒイロはどんどん先を行こうとするが、ヴィヴィオは思ったより本気なお化け屋敷の内装の雰囲気に気圧されたのか少々足取りが遅く、それにヒイロが途中で気づき、歩くスピードを遅くするというやりとりが何回もあった。

 

 

「それほどに怖がる要因があるのか?所詮は作り物か同じ人間だぞ。」

 

「ヒイロさんそれを言うのはタブーです。このお化け屋敷というジャンルを根本から否定しちゃってます。」

 

ついこぼした言葉だったが、なのはから真顔でそう言われてしまい、ヒイロはあきれたようにため息をしながらもそれ以降お化け屋敷のコンセプトを全否定するような発言は控えるようになったが     

 

『ヴぁァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』

 

「わぁぁぁぁッ!?!?」

 

「ッ………………!?!?」

 

「………………」

 

結局のところヒイロには動く動かないの判別はすぐにわかってしまうので、ヴィヴィオやなのはが驚いた反応を見せても、ヒイロだけは本気で眉一つすら動かさず、平静とした様子でそのお化け屋敷を踏破した。ちなみにヴィヴィオはお化け屋敷から出たあと恐怖体験から解放された反動か大泣きしてしまい周囲から注目を浴びてしまったのは別の話。

 

「わー!!きれーい!!」

 

そして気づけば時刻は進み、いつのまにかまだ高く上がっていたはずの朝日は夕日とすげ変わり、自らの光で照らしたオレンジ色の空に沈もうとしていた。その光景をきれいといってはしゃいでるヴィヴィオだがそのオッドアイに映る光景は極めて高いところからではないと見ることができないものだった。それもそのはず。三人が最後に乗ったアトラクションは観覧車。その大きさもかなり大規模で、そのテーマパークの敷地外からでも十分にその観覧車を見ることができるくらいには巨大だった。

 

「これは………………実際に空を飛んでいる時とは違った感覚がしますね。」

 

観覧車のゴンドラの窓に両手をつけて顔を押し付けるようにへばりつき、日が沈んでいく様子に釘付けになっているヴィヴィオを挟むようにヒイロとなのはは向かい合って座席に座り、同じようにその夕日が沈んでいく様子を眺めていた。

 

「ヒイロさん、今日はありがとうございました。結構急なお願いだったとは思うんですけど………………」

 

「気にするな。今回の件が終わった以上、俺がやるべきことはもうなくなっている。今はクロノたちがアフターコロニーに帰れるルートを見つけるのを待つだけだ。」

 

なのはのお礼にヒイロは目線をゴンドラの外に向けたまま言葉を返す。それっきり観覧車が一周するまでの間に二人の間に言葉は交わされず、ヒイロが静かに瞳を閉じ、なのははわずかに表情に影がさしこんだような顔を見せる空間ができあがっていた。

 

「あの………………ヒイロさん、少しいいですか?」

 

「………………なんだ?」

 

そして観覧車から降り、出口に向かう道。総合的には楽しかったという評価だったのかルンルン気分で先を行くヴィヴィオに聞こえないくらいの声量でなのはがヒイロに話しかける。

 

「………………ヒイロさんには、まだやるべきことが残っているから元の世界に帰るっていうのは、わかります。でも、私はヴィヴィオに普通じゃない家庭にいるんだって思ってほしくないんです。」

 

「………………」

 

なのはの言葉にヒイロは視線こそは向けているが、その言葉になにか返すことはせず、じっとなのはの顔を見つめていた。まるで懇願するような声色。おそらく本当はヒイロにも共にいてほしいのだろう。しかし、なのはにもわかっていた。自分の思っていることが到底難しいことであることを。

 

「だから、お願いです。絶対に死なないでください。」

 

「………………その約束の内容を覚えているかどうかわからない人間にそのような頼みごとをするな。それに次元を隔てている状態で互いの生死など、確認できるはずがないだろう。」

 

「う………………そ、そうですよね、ごめんなさい。」

 

ヒイロからそういわれ、気まずい表情を見せたなのははそのままうつむくように視線を下に落とす。

 

「………………だが、俺は自分の命をそう軽く見積もっているつもりはない。こちらでのやるべきことが終われば多少は自分の身の振り方を考えるつもりだ。」

 

「………………ふぇ?」

 

そのヒイロの言葉に思わず呆けた表情をしながら下に向けていた目線を上にあげ、ヒイロを見据える。しかし、その時点で既にヒイロはヴィヴィオのいる方角に向かっていて、その背中はだんだんと小さくなっていく。

 

「………………はっ!?ま、待ってくださいよ、追いていかないで   !!」

 

少し間をおいて我に返るとその背中をなのはは焦った様子で駆け足でそのあとを追いかける。はたして最後にヒイロが言った言葉の意味は………………ここで言及するのは伏せさせてもらおう。

 

 

 

 

CASE Ⅳ   Teana Lanster

 

 

 

 『出会ったことは偶然でも、会ったこと自体には必ず意味がある』

 

 

 

 

青々しい緑が天然の屋根となって太陽の光を緩和し、あたりに涼し気な空気が澄み渡る山の中。その木々の間を縫うように作られたコンクリートのような素材で舗装された道路を一台のバイクが駆け抜ける。けたたましい重厚なエンジン音をとどろかせながら山道を走る真紅のバイクには二人の人間が搭乗していた。乗っている二人はヘルメットを装着していた上に防寒用のジャケットなどを羽織っていたためにわかりづらいが、体格的に考えて華奢な体つきをしている運転手は女性で、後ろに引っ付いているのが決して大柄ではなく、むしろ小柄な体格の人間だったが、肩幅から見ても後に乗っているのが男性であるだろう。

 

そのバイクはしばらく道なりに進んでいくと急に開けた場所に出たところの駐車場のようなスペースにバイクを止めた。そこで運転手の女性がバイクのエンジンを切るとかぶっていたヘルメットを外し、にじんだ汗でついた髪を振り払うようにたなびかせる。

 

「ふぅ………………ヒイロさん、着きましたよ。」

 

バイクの持ち主でもあり、運転手でもあるティアナは後ろで座っているヒイロに目的地についたことを伝える。そこで後部に同乗していたヒイロはティアナと同じようにヘルメットを外し、バイクから降りる。ヘルメットを外したヒイロは周囲の青く茂っている山の光景をまじまじと見つめるように目線を張り巡らせる。

 

「………………都市区画から外れた土地というのは、どこもこのように木々が生い茂っているのは共通事項か。」

 

「あれ、ヒイロさんのいた世界でもあったんですか?てっきりそういう場所は少ないのかなって思ってましたけど………………」

 

「確かにアフターコロニーでは人類の居住域が宇宙空間へと移動していったゆえに地球人口は減少したが、人がいなくなればそこを新たな住処として動植物が現れ始める。だから基地周辺は多少開発が進んではいたが、そこから少し離れてしまえばあとはいわゆる農村のような小さな集落が存在する程度のものだ。」

 

「………………なんていうか、こういっては失礼ですけど、ヒイロさんの元いた世界ってアンバランスですね。この前のビルゴをはじめ、製造される兵器のレベルはとても高いのに生活の方はあまり進歩していないっていうか………………」

 

「常に世界のいたる場所で戦闘が勃発していたからな。ある意味、人の生活レベルというのも平和に対する一つの指数なのかもしれん。」

 

バイクを止めた駐車場からほど近い、風景を一望することができる視界が開けた場所にある安全用の柵に寄りかかりながらそんな会話をする。ティアナはヒイロの人の生活に平和の指数があるのかもしれないという言葉に関心があるようで、風景を見ながらも目線を隣にいるヒイロに向けていた。

 

「アフターコロニーではクラナガンでみられるような階層の多いビルはコロニー内を限りほとんど存在しない。理由を考えることはできるか?」

 

突然のヒイロからの問題にティアナは面を食らったような表情を浮かべるが、すぐに思考を切り替え、ヒイロから出された問題の答えを考え始める。別世界の事情など、考えろといわれても可能性はいくらでもあるため際限がないとも思えるが、そんな特殊な事情が答えになっているいじらしいことをヒイロがやるとは思えないため、将来的に執務官となるための練習と考え、ティアナはとりあえず常識的な範疇での回答を模索する。

 

「そうですね………………やっぱり目立つからでしょうか。この前のスカリエッティによる一連の事件で地上本部が狙われたのも、標的にしやすい重要拠点であったというのも大きかったでしょうし………………」

 

「及第点、といったところか。確かに地上本部が狙われたのも施設そのものが巨大であるがゆえに目立ちやすい。目立つということはそれだけ敵から見つかりやすいうえに標的にされやすい。目的が破壊工作であったのなら、なおのことだ。」

 

「………………今のところはだいたい私の答えと変わりはないように見えますけど、及第点ってことは他にもあるんですよね?」

 

ティアナがそういうと、ヒイロは肯定の意を示すように無言で首を縦に振った。

 

「お前は二次被害を考えたことはあるのか?」

 

「に、二次被害、ですか?」

 

二次被害という単語にティアナは初めて聞いたような反応を見せる。

 

「二次被害というのは、建物の崩落、もしくは爆発によって引き起こされる周囲への被害などを総称して呼ぶ。」

 

「建物の崩落や爆発による周りへの被害………………?」

 

「少しばかり魔法からは外れた物理学の分野に入ってくるが、物体には必ず質量エネルギーというものが存在する。例えば水に入った器に物体を落とせば、その落としたものの質量によってこぼれる水の量にも変化が生じる。それを地上本部の崩落という条件をつけた状態でシミュレーションを行うと、崩落部分の落下で少なくとも半径数百mは甚大な被害を被るだろう。規模こそ違うがやっていること自体は前者も後者も同じことだ。さらに地上本部の立地上、目と鼻の先に一般市民の居住スペースがあるため、その被害は人的、物的両方に大きな被害となるだろう。」

 

「………………地上本部は階層が高いビルだから、その分崩壊して、地表に落下してきたときの衝撃も段違いということなんですね。」

 

ティアナのつぶやきにヒイロはその通りだというように無言のまま首を縦に振る。

 

「だから戦争が続いていくうちにそのような高い建造物は姿を消していった。だが逆に言えば、そういった階層の高い建造物があるということはそれだけ平和が続いているという証拠にもなっているのではないかとも感じている。」

 

ヒイロの言葉にティアナは舌を巻いているように驚いた表情を見せながらヒイロの横顔を見つめる。改めてティアナはヒイロが平和とは程遠い戦争の世界で生きてきたのだと実感してしまう。何気なく乱立している名も知らない誰かが日々を過ごしている建造物にそのような感覚を覚えることに平和を実感するなど、もはや敬服に値するレベルといってもいいだろう。

 

「………………余計なことまで話したな。お前にはあまり関係のない話だった。」

 

「………………いえ、そんなことはないと思います。」

 

そういってヒイロは肩を竦めながらため息をこぼす。その様子はまるで自身に対して自虐的に揶揄っているようにも見えた。そのヒイロにティアナは遠慮がちにするだけでそれきり話は途切れてしまう。山中から吹いてくる風そのものは空気自体は微妙な空間になってしまった。

 

「………………話は変わるが、お前は六課の運用期間が終了したあとはこれまで通りに執務官を目指すつもりなのか?」

 

「え………………?はい、そうですね。ちょうどフェイトさんの元で候補生としてやっていくつもりです。」

 

ヒイロから自身の今後のことを尋ねられたティアナはフェイトの元で執務官のキャリアを積んでいくつもりらしい。それを聞いたヒイロは何やら考え込むような仕草を見せる。

 

「………………一つ忠告がある。これはさっきの二次被害の話にも通じることだ。」

 

突然のヒイロの忠告。それにティアナは体をこわばらせ、緊迫した面持ちでそれを聞こうとする。

 

「執務官となるということは主だった任務は犯罪者たちの拿捕だろう。だが、そこにある本質は平和を維持することにあるはずだ。それと平和を脅かすのはなにも犯罪者の存在だけではない。お前が犯罪者に向けて奮うその力も十二分に平和を脅かすものになりかねない。その二つを忘れるな。そのどちらかを忘れたとき、お前はホテルアグスタの時のように自分自身の銃弾で守るべき人間を傷つけ、最悪殺すことになる。」

 

「ッ………………」

 

ヒイロの忠告にはティアナ思わず苦い表情を禁じ得ない。ホテルアグスタでの防衛任務。ヒイロと初めて顔を合わせたレールウェイのジャック事件を含めれば二回目のまともな任務だった。その時のティアナは想像以上に才能のある自分の仲間たちに対し、焦っていた。凡人である自分は兄の無念を晴らすためにはスコアを挙げていくしかない。それゆえにおきたミスショットによる誤射。間一髪でヒイロが間に入ったことで事なきを得たが、もしヒイロがあと少し遅ければ、確実に直撃コースだった。

その過去があるからこそ、ヒイロは敢えてその単語を挙げたことで、ティアナは苦い表情を見せてしまう。だが、それと同時にその過去があるからこそ     

 

 

「………………はいッ!!」

 

人はその過去を土台にして前へ進めるのだ。そのティアナの表情は先ほどの苦い記憶を呼び起こしていた苦しい表情ではなく、それをしてしまった身だからこそ決意新たに引き締まった表情を見せる。

 

「………………兵士としての礼節などを知ってはいるが、俺は厳密にいえば軍人ではない。」

 

そういって呆れたように言葉をかけるヒイロだが、その要因はティアナの姿勢にあった。何を勘違いしたのか、ティアナはヒイロに向けて敬礼のポーズをとっていた。そしてヒイロの指摘でついクセのようなもので敬礼をしてしまっていることに気づいたティアナは慌てた様子で姿勢を整える。

 

「す、すみません………………」

 

「俺はただ単に指摘しただけだ。気にするな。」

 

恥ずかしそうに目線を背けて謝るティアナだが、ヒイロはいつも通りの口調で語る。

 

「そういえば………………ヒイロさん、一応帰る目途はついているんですか?」

 

「結果だけ言えば、まだついていない。クロノを主導にしてコールドスリープされた俺を発見したポイントを中心にして捜索しているらしいが、どうやらまだ時間がかかるらしい。」

 

「そうですか………………」

 

ヒイロの言葉を聞いて、ティアナはうれしいような悲しいような複雑な入り混じった表情を見せる。

 

「………………とりあえず、もしヒイロさんが元の世界に帰ることになってもさよならは言いませんよ。」

 

その複雑な乙女心のようなものが入り混じった表情から一転してポジティブな言葉にヒイロは言葉にこそ出さないが、怪訝そうにしている表情を向ける。

 

「あたし、結構ストイック、はそうなんですけど、それとは別に貪欲なところもあるみたいです。だからできればまた会えることを願います。言っておきますけど、女の子を待たせるとあとが怖いですからね?」

 

自分がティアナに忠告をしたあとにそのティアナから忠告が飛んできたことにヒイロは面倒に思っているのかわずかに両肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







さて…………………リリーナ様どうしよう(白目)FT読んでてドーリアン夫人FT本編時点でご存命なんて聞いてないよ…………


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第77話 攻防戦

副題 ソイツがチートならソイツの師匠にあたる人物も大概チートである


本編を2か月近く………………お待たせしましたぁ!!


クラナガンに住まう一般の人々の避難誘導を行っていたスバル達フォワード組。しかし、その最中で地上本部を覆うバリアフィールドが消失したことに管制室が制圧されたことを察し、内部構造を把握しているギンガの先導で急行する。

 

 

「管制室はここの角を曲がった先にあります!!」

 

先を行くギンガから身振り手振りで行き先を示されながら廊下の曲がり角を曲がると、とある部屋の前で待つギンガとスバルの姿が見えてくる。そこで一度合流し、互いに頷きあう仕草を見せると、扉を間に挟むように壁に背をつけ、ティアナが慎重に扉の開閉ボタンに触れ、管制室の扉を開け放つ。

管制室の中から飛び出たのは、人間ではなく、白く漂うガスであった。

 

「ッ………みんな口塞いで!!!」

 

そのガスを毒ガスの類と瞬時に判断したティアナは咄嗟に周囲にそのガスを吸わないようにスバル達に警告を発する。それが幸いし、そのガスを吸い込むことはなくなったが、ガスの効果がわからない以上、途端に管制室には入りずらくなってしまったことにティアナは覆った口元をわずかに歪ませる。

 

「ティア、私とギン姉が行くよ!!」

 

ティアナがこのガスをどうにかしようと考えるより先にスバルが管制室に入り込み、中の様子を確認してくる。ガスの効果がまだわかってもいないにも関わらず突入したスバルの無謀ともとれる行動にティアナは目を見開くが、同時にスバルとギンガの戦闘機人としての機械化された肉体であれば、多少は過酷な環境での行動が可能とされることに納得を示す。

 

「ティアナさん、ここはスバルの言う通りにしましょう。私たちなら多少の誤魔化しは効くから。」

 

「…………無理はしないでくださいよ?」

 

あきらめたようにため息を吐くティアナに微笑みを返したギンガはスバルの後を追って管制室の内部に突入する。ギンガの視界に入ってくるのは、まず電力が落とされているのか全体的に薄暗くなっている部屋の中。ギンガが目を凝らして入り口付近から部屋中を見渡すと、倒れ伏している局員のそばで膝を下ろしているスバルの姿が目に映る。ギンガが駆け寄ると、彼女の接近に気づいたスバルと局員を交互に見つめ、無言でその局員の男の容態を尋ねる。

 

「意識はあるし、反応自体も返してくれているみたいだから、おそらく麻痺性の毒ガス。多分無力化がメイン。」

 

「わかったわ。とりあえずここにいる人たちを外に引っ張り出そっか。なんとかしてバリアフィールドを復旧してもらわないと………………」

 

そういってギンガは管制室の壁面にある巨大なモニターを見る。そのモニターは画面が細かく区切りが設けられており、複数の状況を同時に確認できるまさにシステムの中枢ともいえる代物であったが、今はそのたくさんの画面の全てが真っ赤に染まり、機能不全を起こしていることを如実に示していた。

姉の目線を追うようにスバルもその画面を見ると事の重大さを改めて認識したのか、力強くうなづくと三人ほどの倒れ伏している局員たちをまとめて抱えて入り口まで跳ぶ。

 

「キャロ!!誰でもいいから一人起こして!!体を痺れさせるガスみたい!!」

 

「分かりました!!」

 

入り口に戻ってくるや否やヒーラーであるキャロに注文を飛ばすが、自分が必要になることがわかっていたのかキャロはスバルの要望に戸惑うことなく応えるとスバルが救出した一人に解毒を織り込んだ回復魔法をかけていく。救護作業を始めたばかりのころは体が痙攣をおこし、まともに動けるような状態ではなかった男だが、キャロの回復魔法が効力を発揮し始めたのか、次第に身体の痙攣が収まっていき、男の表情も安らかなものに変わる。

 

「うぐっ………………す、すまない感謝する………………き、君たちは………………?」

 

「機動六課所属、ティアナ・ランスター二等陸士です。病み上がりのところ申し訳ありませんが、事態が逼迫しています。バリアフィールドの復旧をお願いできますか?」

 

目を覚ました局員に代表としてティアナが所属柄を明らかにしながらバリアフィールドの復旧をお願いする。しかし、その局員から返ってきたのは遠い目をしながら申し訳なそうにする表情だった。

 

「すまない………………状況を察せないわけではないが、それはすぐにはできないんだ………………中に入ったのなら君たちも見たのだろう?あの真っ赤に染まった画面を。」

 

局員の言葉にティアナはスバルに無言でアイコンタクトを取り、局員の言葉の真偽を問うと頷くスバルの返答が返ってくる。

 

「あっという間だった。突然アラート警報が鳴り響き、状況を確認しようとしている間に瞬く間にシステムコントロールが奪われていった。そして直後に何者かによる麻痺性の無力化ガスの投下………………まさに神業のような動きだった。私一人では、とてもではないがどうしようもできない………………!!」

 

そういって自信をなくしたように首を振りながら俯く局員にティアナたちは苦しい表情を浮かべる。ジャミングにより通信が取れない状況でもバリアフィールドが消失するなどという異常事態をレジアス中将をはじめとする司令部が看過していないはずなどない。迎撃にはでていると思いたいが、それでも陣形などの態勢が整えられるとは思えない。

だから少なくとも敵の攻勢の初段を抑えられるバリアフィールドの存在が不可欠なのだ。このままではまだ避難誘導が済んでいない一般市民に危険が及ぶ。

 

何か手段はないかとティアナたちが解決策を模索しようとした時     

 

「………………?」

 

ふと、エリオが何かに気づいたのか視線をあちらこちらへと動かす。どうやらエリオが何か異常を感じ取ったらしい。

 

「エリオ君、どうかしたの?」

 

「………………管制室の方から何か音がします!!まさか、システムが動いているッ!?」

 

「だとするのであれば非常にまずい!!バリアフィールドは外側からの干渉を受け付けない性質をしている以上、迎撃に出た部隊の分断に活用される恐れがある!!」

 

システムが動いているというエリオの言葉に局員は青ざめた表情を浮かべてそう叫ぶと、その恐れが伝搬するようにティアナたちの表情が強張る。外では状況を把握することはできないが、少なくともなのはたちが迎撃に出るはずだ。もしバリアフィールドが作動した所為でなのはたちが孤立する羽目になったとすれば、ガジェット群だけならともかく、エアリーズやトーラス、そして魔導士にとって天敵ともとれるビルゴの進軍を止められる可能性は著しく低下する。最悪、バリアフィールドに挟まれて全滅の可能性すら見えてくる。

 

「ちょ、ちょっと!!なんとかならないのッ!?」

 

思わずティアナは局員に詰め寄ると男の襟首につかみかかり、口調を取り繕うこともなくなにか方法はないのかと荒々しく問い詰める。

 

「………………データを抜き取られているのであれば手遅れだが、向こうはこちらのシステムを不正利用している。だから、大元であるこちらのシステムを破壊すれば完全に使用はできなくなるはずだ………………!!」

 

「それってつまり、マザーコンピューターを破壊するってことですか!?」

 

「で、でもそんなことをしたら………………!!」

 

男の言葉にティアナとスバルはそろって不安そうな表情を浮かべ、言葉を詰まらせる。システムのマザーコンピューターを破壊するということはバリアフィールドに関するどころか地上本部すべての機能をダウンさせることと同意犠だ。男もそれを理解しているのか、無言で頷くことしかできない。

 

「ま、待ってください!!音の正体がわかりました!!」

 

そんな時、エリオの声が管制室から飛び、廊下に響く。その声にそこにいた人間の目線がエリオに集中する。

 

「さ、さっきの音は、システムに再起動がかかったときの駆動音でした………………!!そこでなにかできないかとストラーダにシステムコンソールの確認をさせたら、システムの主導権がこちらに戻ってきているとのことでした!!」

 

エリオの報告に茫然とした様子で静まり返る一同。数瞬の思考停止があったものの、なんとか再起動をかけると慌てた様子で管制室に飛び込み、局員がパネルコンソールを操作し、システムの動作確認を行う。

 

「ば、バカな………………本当にシステムの操作権が戻ってきているだと………………!?」

 

「一体だれがやってくれたんでしょうか………………」

 

「わからない。ただここのシステムは完全に動作不能に陥っていたことだから我々と敵勢力とはまた別の第三勢力の介入があったと考えるのが一番筋だ。しかし、クラッキングを行われたところからクラッキングをやり返した上で元の場所に操作権を譲渡するなど一体どんな技術者がやったんだ………………!?人間業とは思えない………………!!」

 

     こちらロングアーチ、聞こえますか!!誰か応答を!!』

 

コンソールを操作する局員が驚嘆といった様子でいると、ティアナたちのデバイスからシャーリーの声が聞こえてくる。

 

「え………………シャーリーさんッ!?」

 

『ッ………………よかった、ジャミングが解けたんですね!!』

 

スバルが驚いたように声をあげるとその声が向こうにも届いたのかとりあえず安堵したような様子のシャーリーの声が返ってくる。完全にジャミングが解けている証拠だ。

 

「ちょっとちょっと、システムの復旧と同時にジャミングまで………………一体どこの人間の仕業なのよ………………!!」

 

突然の状況の好転に、ティアナは口ぶりこそ怪訝なものであったが、表情自体は状況が好転したことに対する喜びと感謝に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

「ッ………………そんな、ワタシがクラッキング勝負で押し負けた………………!?」

 

 

同時刻、地上本部から程よく離れた空域でクラッキングの張本人であるクアットロがワナワナとした様子で茫然としていた。なぜなら奪ったシステムのコントロールを悪用して迎撃に出てくる魔導士たちを分断しようとしたのに、唐突に現れた別方向からのシステム侵入者の手によってあっという間に制御を奪い返され、あろうことか元ある地上本部に戻されてしまったのだ。

戻されてしまったのならまた奪い返せばいいと踏んだが、その別のシステム介入者に邪魔をされ続け、あろうことか弾かれてしまう頻度も上昇している。おそらくクアットロを妨害する片手間でより強固なファイアウォールをはじめとするシステムのプロテクトを構築しているのだろう。

 

「グゥ………………お、おのれ………………なんなんですかポッと急に現れてはワタシの邪魔をして………………まるであのヒイロ・ユイのようで忌々しい      

 

急に現れては場を引っ掻き回すようなその存在にクアットロは煮え湯を飲まされたヒイロの存在を思い出し、いら立ちを隠せないでいたが、ふと彼女の脳裏にとある人間が映りこむ。

 

「いえ、ありえないこと。あの老いぼれは確かに技術者としての腕はおありのようでしたが、ドクターの足元には遠く及ばない様子。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいですし。」

 

その人物を自分の創造主であるスカリエッティより下であると見下し、切り捨てた彼女はそのいら立ちをどこへぶつければいいのかわからないままフラストレーションをため込んでいった。その様子を彼女の足場となっているガジェットⅡ型のカメラアイが捉えていたことを知る由もなかった。

 

 

 

 

「まったく、灯台下暗しとはどこの言葉だったかの………………」

 

そのカメラ映像を通してクアットロの姿をあざ笑うかのようにほくそ笑む老いぼれが一人。照明らしい照明は老いぼれの目の前にあるモニターからの光のみ。

 

「しかし、管理局が使用している技術が魔法一辺倒ではなかったのが幸いじゃった。あの程度であればワシの知識の応用でいくらでもやれるわい。」

 

老いぼれは己の義眼を隠すために装着しているゴーグルを怪しく光らせながらこれまた怪しげに右手の義手の指をカチカチと打ち鳴らす。

 

「………………行き過ぎた科学は魔法と相違ないというが、逆もまた然り、ということか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ガジェット、空戦魔導士、実弾、魔力弾、爆発、墜落、機動六課隊舎の近海はまさにありとあらゆる存在が戦いを繰り広げる戦争状態に突入していた。その戦場と化した沖合の海域に二つの光が縦横無尽に駆け巡る二つの光が交差するたびに白い光が飛び散る。その疾走する光たちの周りにはガジェットやエアリーズといったスカリエッティの勢力や六課の魔導士たちもいたが、誰もその光に近づこうともしない。

 

いや違う。誰も近づけないのだ。ガジェットたちはそれを操作する統率役の戦闘機人に、六課所属の魔導士たちは己の目で認識する。あの戦いに水を刺すことはそれすなわち死を意味すると。あの光がぶつかりあうたびに白い稲光のような光が空を照らす。一人が言う。あの速さは管理局でもトップのスピードを誇るフェイト・T・ハラオウン並みだと。だがしかし、彼や彼の扱っている代物の全盛を少しでも知っているものが聞けば口をそろえて言うだろう。

 

あれは彼女(雷光)をはるかに上回っていると       

 

 

「……………………」

 

その二つの片割れであるウイングガンダムゼロ。なのはたちと初めて会った頃の白を基調とした流麗な装甲はエネルギーを武装に送る腕部分を残して全損し、操縦者であるヒイロが剥き出しになってしまっている。そのままウイングゼロの最高速を出せば、もれなく大気はかまいたちとなり、むき出しになっているヒイロの身体を傷つけるが、彼に憑いているアインスが僅かに残ったなけなしのリンカーコアからの魔力で使う古代ベルカ式の『パンツァーガイスト』による黒にほど近い紫色の魔力光が薄い膜のようにヒイロの身体を覆うことでそれを防ぐ。

 

 

「ギリギリまで魔力消費を抑えてはいるが………………それでも長くは保たないだろう。」

 

「支障がなくなるのなら問題ない。やれることをやるだけだ。」

 

アインスからの忠告にそう返しながら、ヒイロは手にしていたビームサーベルを握りなおすと目前まで迫ったハイドラガンダムの暗黒の装甲にむけて振り下ろす。対するハイドラガンダムは同じようにビームサーベルを振るい、緑と橙の光を打ち合わせ、白い稲光を両者の顔を照らし出す。

 

「………………ッ」

 

お互いにブースターから青白い光を放ち、鍔迫り合いのようなものを繰り広げていたが、苦々しい表情を見せながらヒイロが先に退いた。とはいえ退いたというより、退かされたが正しい。そもそもとして、ヒイロと戦っているハイドラガンダムは他のモビルスーツたちと同じようにダウンサイジングがスカリエッティによって施されているとはいえその大きさは軽く2メートルは超し、もはや見下ろしているといってもいいほどの相手。いくらヒイロが並々ならない筋力であったとしてもその出力は想像を絶するだろう。

そのヒイロにハイドラガンダムは右肩に固定化されている大型ライフル、バスターカノンを低出力で小分けにしながら撃つ。全盛のウイングゼロなら多少直撃を受けても傷がつくこともない程度の出力だが、今のヒイロにはどんな攻撃も致命的になりうる以上、ヒイロは回避行動を余儀なくされるが、その攻撃を巧みにウイングバインダーの主翼・副翼からの推力を操作しながらビームを回避していく。

幸運なことに素のスピードではハイドラガンダムとウイングゼロとではウイングゼロに軍配が上がっているのか多少距離が離れたとしてもなんとかビームサーベルの間合いまで詰めることができた。

 

 

振るわれたビームサーベルはハイドラガンダムが再びビームサーベルを構えたため、また白い稲光を生み出すに終わるが、ハイドラガンダムが至近距離で右肩のバスターカノンの銃口をヒイロに押し当てるように向ける。普通であればすぐさま退避するのが定石だが、ヒイロが元々とれる選択肢(武装)は少ない。

 

「ッ   ヒイロッ!!!」

 

    そこか」

 

焦ったようなアインスの声が響くと同時にヒイロは見計らったようにサーベルを手にしていない左手を冷静にバスターカノンの銃身に殴りつける。完全に固定化されているわけでもなく、可動域を設けている以上バスターカノンの銃身がずれると狙いもずれ、放たれた低出力のビームはヒイロの身体のすぐ横を通りすぎていった。

狙いを外したハイドラガンダムが次の行動に映るより早く、ヒイロは銃身にたたきつけた左手でもう一つのビームサーベルを手にすると、続けざまにそれを振るい、バスターカノンを根本から切り落とす。

たまらずといった様子でハイドラガンダムが飛び退き、ヒイロも距離をとると切断されたバスターカノンが数度のスパークを生じさせた後に爆発し、まだ太陽が明るいはずにも関わらず、両者を夕暮れ時の太陽のようにオレンジ色に照らす。

 

「………………もう驚かないぞ。」

 

「………………」

 

驚きや呆れすらを通り越してもはや何も反応しなくなり、遠い目を浮かべているようなアインスを置いて、ヒイロは鋭い目線でハイドラガンダムを見据える。アインスもウイングゼロの中からながらも決して警戒を緩めずにしっかりとハイドラガンダムをその目に捉える。

 

「あのガンダムタイプの主武装であるあの大型カノン砲を落とした。これで多少は戦い易くはなったと思うが………………」

 

ハイドラガンダムの様子を伺いながらアインスがそんなことを口にするが、ヒイロは無言でそんな楽な話があるものかというように手にしているビームサーベルを構えなおし、張り詰めた表情を見せる。

次の瞬間。ハイドラガンダムの両肩部分の装甲が展開すると、そこから左右一つずつのショルダークローが姿を見せると、そこから見えるビーム砲がヒイロに向けて掃射される。

 

「そう易々と問屋を下ろしてくれるはずもないか………………!!」

 

歯がみするアインスにヒイロはさっさと回避運動に徹し、ビーム砲の射線から逃げ回る。少しするとハイドラガンダムがビームサーベルの柄を連結し、薙刀のような形態にするとビーム砲を連射しながら自身もブースターをふかし、ヒイロに向けて接近してくる。

 

「………………」

 

接近してくるハイドラガンダムにヒイロはさっきから連射している両肩のビーム砲を観察するようにじっとした目線で見つめる。

 

(………………あの武装、何かあるな。ただの砲台とは思えん。)

 

ハイドラガンダムの両肩のビーム砲の可動域は少なくとも前方180度くらいの可動域はあるだろう。だがそれであればわざわざ装甲内部に隠すように収納する必要性はなく、最初から両肩にキャノン砲のように担いでいればいい話となってくる。

なにか隠すまでの秘密、もしくは奇襲性の高い武装である確率が高いとヒイロはにらんでいた。そしてその予想は的中することとなる。接近してくる中、直前までビームを発射していたショルダークローが突然分離すると、ヒイロに向けて単体で意志を持ったように動き始めたのだ。

 

「む、無線誘導システムか!?」

 

「いや、有線式だ。陽の光に反射してわずかにだがシステムと本体を繋いでいる線が見えた。」

 

「だがどのみちこれでは……………!!!」

 

淡々と分析しているヒイロに分離したショルダークローのビームが放たれる。身を翻してそれを回避するヒイロだが、すぐそこにまたもう一機のショルダークローからのビームが飛んでくる。

 

「ッ………………!!」

 

そのビームを大きく身体を動かしてバレルロールのような軌道で回避すると、ウイングバインダーを羽ばたかせ、一度大きく跳躍するように空高く上昇する。当然、ハイドラガンダムも後を追いはするも、追跡は分離したショットクローに任せ、機体自体は空高く飛ぶヒイロを下から見上げるようにそのカメラアイを光らせる。

そのカメラアイとヒイロの目線が交錯した瞬間、ヒイロは急降下をはじめ、ハイドラガンダムとの距離を詰める。当然ショルダークローが迎撃用にビームを掃射するが、ウイングゼロの速度と急降下した時の勢いが相乗効果を発揮し、構築された包囲を一瞬で潜り抜け、すれ違いざまに左手に握るビームサーベルでショルダークローとハイドラガンダムをつなぐ糸を切断する。

 

そして    もう片方の手に握るビームサーベルでハイドラガンダムの頭上から振り下ろす。エネルギー刃がぶつかり合い、猛烈な白い稲光が生じるが、今度はヒイロがハイドラガンダムを圧すような形で海水面ギリギリの高度までハイドラガンダムを追いやり、スラスターの出力で海水が巻き上げられる。

 

「このままいけば………………やれるかッ!?」

 

武装を使用不能まで追い込み、ハイドラガンダムの武装が攻撃を防いでいるビームサーベルだけであることにアインスが身を乗り出すような勢いでいる中、ヒイロは訝しげな表情を見せる。

 

(………………頭部の形状が変化している?)

 

気づけばハイドラガンダムの頭部が直前までのオレンジ色のツインアイから紫色のモノアイを怪しげに光らせるものにすり替わっていた。それが意味するものにヒイロは兵士として培われた経験から警戒感を抱かざるを得ない。

そしてそれは、現実のモノとなる。

 

「ッ………………!!」

 

「と、頭部に高エネルギー反応………………ッ、よけろ!!この距離では   

 

切り替わった頭部の口にあたる部分に光がともり始める。明らかにビームを放とうとしているチャージ音にヒイロが険しい表情を浮かべ、アインスが警告を促そうとする。しかし、ハイドラガンダムのビームは無情にもアインスの声を遮りながら放たれる。

その銃口の目の前に立ったヒイロは避ける間もなくそのビームを顔面に直撃を貰い、大きく上半身をのけぞりながら吹っ飛ばされる。

 

 

「ッ………………あ      

 

ヒイロの身体が吹っ飛ばされているのを、アインスはウイングゼロの中で体感で感じ取る。脳裏によぎるのは『死』の一文字。アインスのつぶやきは虚空に消えいるようなか細いものでしかなかった。

 

 

 

 




普通ビームを受けたら直撃箇所は抵抗もなく蒸発する。つまり………………わかるね?


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第78話 状況は苛烈、混沌を極める

自分がVを知るきっかけだったVが卒業して寂しいですけど初投稿です


「とりあえず………………これで、最後………………!!」

 

まだ少しばかりガスがくすぶる管制室からスバルが最後の局員を引っ張り出すとすぐさまキャロがその人物に対して回復魔法をかける。吸ったものの身体をしびれさせる性質をもっていたため、最悪心臓麻痺などを引き起こしている人物もいるかもしれないと危惧していたが、そこまでの即効性がなかったことが幸いしたのか、症状自体は四肢の一時的な麻痺とほとんどが軽い症状で治まり、少しの休憩をはさんだあとにすぐに任務に戻れてしまう状態であった。

 

さらには全員意識自体は保っていたのか、状況も把握しているものがほとんどであり、今まさに一度掌握されたシステムの復旧作業が滞りなく終わりそうなところまで来ていた。

 

「モニター、復旧します!!」

 

管制室の誰かの声が張りあがると、スバル達を含めた全員の目線が今だ暗転しているモニターに注がれると、暗い画面に光がともる。

 

「こ………………これは………………!!」

 

画面に映るのは地上本部から距離の離れた市街地の一角。そこはまさしく戦場であった。建物は崩壊し、その上から紅蓮の炎がその崩壊した建物のガレキごと焼き尽くす。その地獄の業火の中を怪しげな紫色の光が隊列を成してことごとくを踏みつぶしながら人々の集まる地上本部へと迫る。

 

「ッ………………ついに来た………………!!」

 

管制室にいる局員が未知の敵にどよめき、目を見開いている中、ティアナたちは険しい表情でその怪しげな紫色の光を見つめる。腐るほど相手をしてきたもはや見慣れた敵だが、それでもあの敵の厄介さを少しでも感じないことがなかった。ガジェットのもつアンチ・マギリング・フィールドとは違う、魔導士にとっての天敵。

 

「ビルゴ………………!!」

 

黒光りする装甲を炎の光で反射させながら、モビルドール・ビルゴは悠々とした一糸乱れない足取りで行軍してくる。その異質なまでにそろえられた行軍に、一同は本能的にその人型が機械人形の類であることを察する。

全員の目線が画面の中のビルゴに釘付けになっている中、さらに追い打ちがかけられるように地響きが起こる。

 

「な、何事だぁ!?」

 

地震の影響か、管制室全体の電光が明滅する中、局員の一人が状況確認の声を挙げる。

 

「ま………………魔力炉が何者かによって破壊されました!!それに伴い、非常用魔力炉が稼働!!」

 

「なんだと………………メイン魔力炉はここより深い地下にあるんだぞ………………観測班、どこを見ていた!!」

 

「どこもかしこもありませんよ!!ただでさえ一時的に機能不全に陥っていたんですからその間に入られたと考えるのが妥当ですよ!!というか、管制室に麻痺性のガスを撒いた侵入者の正体もわかっていないんですよ!?」

 

局員同士の間で悲鳴のようなやりとりが行われる中、ティアナたちは局員の言った侵入者の正体に心当たりがあった。以前会敵したスカリエッティの陣営に属している召喚士の少女、ルーテシア・アルピーノを捕縛寸前だった状態から一瞬で彼女を連れだした物体をすり抜けられる特異性を持った戦闘機人だ。

 

「ギンガさん!!」

 

「え、ええ!!わかったわ!!」

 

飛び跳ねるように管制室から出ていこうとするティアナ。そしてそのあとに続くスバル達の姿にギンガは一瞬戸惑うようにうろたえる様子を見せたが、彼女らが侵入した敵の迎撃に向かうことを察すると、急いでティアナたちの後を追う。

 

「お、おいッ!?どこに行くんだ!?」

 

しかし、近くにいた局員。ちょうど一番最初に回復させた男がぎょっとした形相を浮かべると咄嗟にティアナたちを呼び止める。その表情はまるで正気でも疑っているかのような目を見開いているものであった。

 

「どこって入り込んでいる敵への迎撃ですよ!!それじゃあ上の方はよろしくお願いします!!」

 

 

その男の声に反射的に振り向いたスバルが矢継ぎ早にそれだけ伝えると颯爽とした勢いで管制室から飛び出ていく。男の方もやれスバル達のような若い人間が矢面に立つことはないとか、まだ言いたいことは山ほどあったが、無情にも管制室の扉が閉まり、男の声はもうスバル達には届かなかった。

 

「ッ………………クソ!!防衛部隊の状況はどうなっている!?」

 

「機動六課所属の高町一等空尉とテスタロッサ・ハラオウン執務官が敵航空勢力の迎撃に出てくれたため一般市民の避難は今のところ9割を超えています!!」

 

「割合じゃなくて時間だ!!そんなもの気休めにしかならないだろう!?」

 

返答に男が悲鳴のようにまくしたてる声を挙げると、再度計算をする局員。

 

「おおよそですが、まだ数十分はかかる模様!!思ったより時間がかかるッ!?」

 

「だから言っただろうに!!バリアは残りどれくらい保つッ!?」

 

「先の報告に挙げた通り、高町一等空尉、ハラオウン執務官両名の奮闘でこのままの状況で進めば数十分は予備の魔力でも問題はありません。」

 

男の報告にまた別の方向から返答が返される。しかし、その報告をした局員の表情は不安そのものいった様子であった。

 

「ですが、あのアンノウンの軍勢が基地攻撃に加わればそう長くはもたないかと………………未知数ですが、手にしている武装………………素人目でも相当な威力を持っているのは明らかです。」

 

「地上部隊には防衛網の構築を急げと伝えろ!!市民を守るのも重要だが、我々大人がいつまでも少年少女たちに前線を支えさせるな!!」

 

その言葉に男は険しい表情を浮かべると、声を大にして張り上げ、そう命令を下す。大人が抱えるべき負担を子供に担がせるな。要は大人の矜持ともいうべきものであったが、それでもそこにいる局員たちを奮い立たせるには十分だったようだった。

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものかしらね………………!!」

 

管制室から飛び出すように地下に侵入してきた敵の迎撃に向かうティアナたち。とはいえそこにいるというだけで、敵勢力の詳細などはまるでわかっていない状況の中で戦闘を行わなければならないことに、ティアナは難しい表情を見せる。

 

「幸い、敵が現れた区画と、避難してきた人たちが集められている区画は離れてはいます。だけど放置するのは流石に………………」

 

「ええその通りね。全く、防衛戦なんてあまりやりたくないわね………………どうしても敵の動向を伺ってからの対応になるからどうしても後手後手になる………………!!それに時間もそんなにかけられないし………………!!」

 

エリオがフォローするような言葉を贈るが、それでも無視することは決してできないことにティアナの表情は一層険しいものになる。さらにそこに時間をかければかけるほどにこちらに余裕がなくなっていくことがそれに拍車をかける。

 

「………………じゃあ、いっそのこと突き破っちゃう?」

 

ふいにスバルが立ち止まり、あっけらかんと言った言葉に全員の足がつられるように止まる。

 

「マッハキャリバー、敵のいるおおよそのエリアまでの最短距離はどれくらい?もちろん文字通りの意味でだよ?」

 

『………………一応確認ですが、本気ですか?』

 

悠然と右手のリバルバーナックルを振り上げながらの質問に機械音声でそう聞き返すマッハキャリバー。

 

「もちろん。多少の迷惑を被ることになるけど、これも必要経費ってことで!!」

 

『了解。であればこの先17メートルです。そこであれば文字通り最短で行けます。』

 

「おっけぇ!!それじゃあ、いっくよーッ!!!」

 

自身の相棒からの返答に表情をはにかませるスバル。そしてその言葉通りに大きく跳躍し、示された地点に向けてリバルバーナックルの拳を引き絞る。

 

「ディバイン………………バスターーーーーーっ!!!!」

 

振り下ろされた拳の先に縮小された魔力を込め、フロアの地面にそれを打ち付ける。その瞬間、込められた魔力がディバインバスターとして打ち出され、ゼロ距離砲撃が轟音とともに複数の階層にまるまる風穴を開ける。

 

「よし!!行こう、みんな!!」

 

目論見が完遂されたことにスバルは握る拳を作って喜ぶのも束の間、ウイングロードを発現させるとそのまま自身の開けた風穴に颯爽と降りていく。

 

「………………これ始末書で済むのかしら………………」

 

「………………上が丸ごとごっそり消えたらそんなもの書かなくて済むと思いますよ?」

 

「ちょ、ちょっとティアナ!?それは流石に言っていいことと悪いことが………………!!」

 

スバルの行動にギンガは驚きが一周回って冷静さが上回り、落ち着き払った様子でまじまじとこのあとの処分を心配するが、直後のティアナの発言に耳を疑うように驚きを示す。ティアナの言葉は、はっきりと明言こそしなかったが、管理局がなくなってしまえばその必要もなくなるということである。

 

「もちろん冗談ですけど………………とりあえず、スバルのウイングロードを伝って下の階層に降りましょうか。多分、スバルもそのつもりであれを残し続けていると思いますから………………」

 

呆れたように頭を抱えるティアナが指さした先には下の階層へと続く大穴から伸びたスバルのウイングロード。つまり彼女はその先で待っているのだろう。

 

「………………まぁ、そうね。その通りね。」

 

そのティアナの表情につられるように苦笑いのような笑顔を見せたギンガ。そして四人は先を行くスバルの後を追い、ウイングロードを伝って地上本部のより地下深くへと降りていく。降りた先は地下空間にしてはかなりの広さを持っていたが、そこはまるでどこかの研究所かのようなパイプとパイプが網目のように張り巡らされた空間だった。

先に待っていたスバルと合流したあとは、キャロに降りてきた空間から敵が入り込まないように簡易的ながらも召喚魔法で呼び出した鎖で覆い隠し、明かりの少ない薄暗い闇に覆われた通路を警戒しながら進んでいく。

 

「こっち?」

 

「はい。何か、燃えているようなパチパチという破裂音が響いてきています。」

 

進んでいる方向になんとなく不安を覚えたのか、ティアナがそう尋ねると、エリオが険しい表情で進む先の闇に警戒を強める。エリオの聴覚が鋭いことは知っていたが、確認ついでに人並以上の身体能力を持っているスバルとギンガに目配せを送ると、エリオの言葉があっていることを伝えるように二人そろって無言で頷いた。

 

「ねぇティアナ、ぶっちゃけたこと言っていい?」

 

「何よ突然。」

 

「………………誰かいる。数は三人。」

 

細めた視線で空間の先に広がる闇をにらみつけるスバルから放たれた言葉は、静寂を生み出し、わずかな時間をその静寂が支配する。時間にして数秒か。次の瞬間、一瞬だけまばゆい光が闇の向こう側からきらめくと一筋の光線が飛来する。

 

「ッ………………!!」

 

その光線の標的は先頭にいたスバル。闇の中からという視界が不明瞭な場所からの急襲に並みの人間であれば反応することすら難しい攻撃を戦闘機人としての視力で捉えた彼女は咄嗟に右手のひらに魔力のバリアを展開し、その光線を弾くと光線が花火のように霧散し、一瞬だけティアナたちの立っている付近を照らす。

 

    

 

攻撃にさらされたスバルをよそにティアナの目線は彼女とは別のところを凝視していた。彼女と一番付き合いが長いのは自分(ティアナ)だ。肉親であるギンガを差し置きながらもそう思っているのははっきりいって驕りが過ぎる。だが、それでもスバルのことは自分が一番よくわかっているつもりだ。だからこそ、ティアナは攻撃を受けたスバルから視線が外れた。否、外すことができたのだ。

 

    そこッ!!」

 

スバルが光線を防御したときに飛び散った時に見えたこちらにまっすぐ向かってくる黒光りしたモノ。本能的にそれを危険物と判断したティアナはクロスミラージュのトリガーを瞬時に連続で引いた。もう光源となる光は既に霧散した。それでも直線的な機動を描いていたのなら、それを脳内で補完してやればいい。

 

「外さないッ!!」

 

その心意気で放たれた魔力弾。オレンジ色の魔力光を発しながら曲線を描き、飛翔し、そして何かにあたった。次の瞬間、先ほどの光線とは比べ物にならないほどの爆光が地下通路を照らし、そこにいる全員の目がわずかに眩み、わずかにだが全員の動きが止まる、そのタイミングで幼き雷光が動いた。

 

「ハァァァァァァァッ!!」

 

ソニックムーブを付与し、爆炎の中で炎をかき分け、息を吸おうとすればのどが瞬く間に焼けただれてしまうほどの灼熱の中を強引に突破する。バリアジャケットという局地的な環境でも活動が可能とされるほどの性能を持ち合わせているがためにできる荒業にエリオはさらに壁や天井を足場とする三次元的な機動を入り含め、侵入者に肉薄し、ストラーダを振り下ろす。

 

「ッ    

 

しかし、その槍の刃が相手に届くことはなく、金属音を打ち鳴らしながら拳で相殺される。ストラーダの槍を止めたのは、ガントレットのように武装された機械的な腕。さらに近づいたために見えるようになった青いボディスーツのような代物を着込み、光源の少ない薄暗い通路にも関わらず、怪しく黄色い瞳を輝かせる相手の姿にエリオが入り込んできたのが戦闘機人であることを断定する。だが奇襲自体は相手に見切られ失敗している。これ以上は反撃される危険もあるため、エリオは一度後退しようとする。

 

「PXシステム、発動ッ!!!」

 

「え      

 

目の前から聞こえてくる声に思わずエリオの表情が強張る。決して同じなわけではなかった。口調も声質もどこか荒々しい粗野なもの。だがそれでも、その声はどこかスバルを彷彿とさせるところがあった。そんな中途半端に似ている部分が余計にエリオを困惑と驚きで動きを止めさせる。

 

さらにそこからたたみかけるように目の前の相手の身体が青白く輝くと、その光を薄い膜のように全身を包みこむ。その瞬間、エリオの身体は突然膨れ上がったように増大した相手の力に押し負け、弾かれるように吹き飛ばされた。

 

「うわッ   

 

吹き飛ばされたことを知覚したエリオは爆炎に飲み込まれまいと姿勢を整えようとするが、それより先に自分の身体を抱きよせられるような感触に息を若干詰まらせ、空気を求めて少しもがく。

 

「ご、ごめんね?大分慌てていたからそこまで気が回んなかった。大丈夫?」

 

どうやら自分を抱えてくれたのはギンガだったようだ。彼女の胸に頭をうずめさせられるような形だったとはいえ、助けてくれたのは事実だったため、ティアナたちのいるところまで連れてこられるとわずかながらに顔を紅潮させながらお礼を言ってすぐに離れた。

 

「き、気をつけてください………………!!敵はなんらかの増幅機構を備えています!!」

 

エリオの警告に全員の目線は暗闇の中でも鮮やかに輝く青白い光を目にする。その光のおかげかどうかでは定かではないが、敵の姿かたちがはっきりと見えてくる。一人は大きな盾を構えた濃いピンクの髪を後ろにまとめた少女。一見防御型にも見えるが、彼女が見せる不敵な笑みに何をしてくるかわからない得体の知れなさを感じる。その隣には片目を失っているのか黒い眼帯で覆った銀髪の少女。年甲斐にも似合わず、落ち着き払い、冷徹とも見える冷えた瞳でこちらをじっと見据えるその様子はどこかヒイロを思い出させる佇まいだ。

そしてその真ん中で青白い輝きを身に纏う赤毛のショートの少女。足はローラースケート、手には何も持たず徒手空拳を得意としているのか、右手にガントレットを装着しているその姿はさながらスバルをいろいろと反転させたような姿だった。

 

「まぁ……………………ああいうオーラみたいの纏っているのはお約束みたいなものね…………………みんな、気を付けて。」

 

エリオの報告にそう返すティアナだが、意識自体は青白く輝いているスバルによく似た戦闘機人に向けられていた。

 

(まさかとは思うけど……………スバルやギンガさんと姉妹機ってわけじゃないでしょうね……………………?)

 

スバルとギンガが戦闘機人であることを知っているティアナだが、ちゃんとした知識としてそれがあるわけではない。調べてもまともに出てはこないし、こうして機動六課に入ってようやく知れると思えば、凶悪指名手配犯が所有する技術だというのだ。知れる機会がなくて当然のことである。もっともティアナは技術畑の出身ではないので、そもそもとして一割すら理解することもかなわないと思うが。

 

 

 

 

 

 

「ッ……………………ヒイロ    !!!」

 

ハイドラガンダムの頭部のビーム砲の直撃を顔面に受けたヒイロは上半身を大きくのけぞらせながら弾き飛ばされる。装甲が事実上皆無のヒイロにアインスが施した『パンツァーガイスト』はアインス自身の魔力量と負担を考えて、必要最小限、風圧を避けられる程度の防壁としての体裁をギリギリまで保てるかどうかの極限まで減らしているため、その防御力もほぼほぼないに等しい。

いくら頑丈なヒイロとはいえ、ビームの前ではあまりにも非力だ。アインスの脳裏にヒイロの死がまざまざと想起する中、彼女はその可能性を認めないかのように悲痛な叫び声をあげる。

 

     耳元で喚くな。耳障りだ。」

 

その叫びにヒイロは煩わしいと感じたのか、表情を不快感を示すように眉を逆ハの字にすると、ウイングバインダーの主翼をはばたかせると何事もなかったかのように態勢を整える。そのビームをまともに食らったとは思えない、ケガも見当たらないピンピンとした様子にアインスは空いた口がふさがらないといった様子で茫然とするしかなかった。

 

「え……………だって、ビーム…………直撃していただろ?」

 

「確かに驚きはしたが………………説明するのも面倒だからサーベルで弾いたとだけ言っておく。」

 

口をパクパクさせるアインスにぶっきらぼうにそれだけ伝えると再びヒイロはビームサーベルを構えなおし、再びハイドラガンダムに肉薄を始める。隠し腕ともとれる頭部ビーム砲の種が割れた以上、ハイドラガンダムに接近するヒイロをけん制できるような武装は残されていない。だが、そこはモビルドールの利点がでたのか、特に人間らしく狼狽するような様子は微塵も見せずに薙刀形態にかえたビームサーベルを分割するとそれをウイングゼロのビームサーベルと打ち合わせ、白い稲光をまき散らす。

 

「高町のディバインバスターの時とは訳が違うんだぞ………………超えていい壁といけない壁があるだろう………………!!」

 

ヒイロのとんでもっぷりにアインスはため息を吐くが、その表情はヒイロが無事だったことに対する安堵なのか、ほっとしたような安心したものであった。

 

「これで奴の手の内をほとんど明かせたか。」

 

そう呟くとヒイロはハイドラガンダムに向けて肉薄を始める。射撃武器をことごとく破壊、もしくは攻略されたハイドラガンダムはその振られる刃をビームサーベルで捌く。モビルドールならではの利点で確殺のタイミングを防がれたことに機械らしく動揺を見せることはなかったが、ハイドラガンダムはそこからさらに機械らしく、接近戦を仕掛けてきたヒイロに対し、再び頭部を回転させ、モノアイの一つ目頭の口からビームを放とうとする。

 

「……………なめられたものだな」

 

その様子をヒイロは冷えた表情で冷淡に言葉を零すと、ウイングバインダーの片翼でヒイロの身体を覆う。構わずハイドラガンダムは口のビーム砲を発射するが、大気圏突入時の摩擦熱にも耐えうるウイングバインダーの装甲にはわずかに黒ずんだ痕を残すだけに留められる。

 

「同じ武装がそう何度も通用するほど、俺たちは甘くはない」

 

そう言い放つと同時にウイングバインダーを払いのけるように振り払いながら、ヒイロはバインダーの影に潜ませていた左手を突き出し、手にしていたビームサーベルをハイドラガンダムの頭部にその刃を突き立てる。

 

「終わりだ」

 

そしてそのまま突き立てたサーベルを思い切り引き摺り下ろすように下に向けて振り下ろす。装甲を抉り取るようにハイドラガンダムを真っ二つにしたヒイロはすぐさま後退。その瞬間、ハイドラガンダムが爆発し、空に巨大な光円を最後に遺し

完全に消滅した。

 

「こちらヒイロ・ユイ。ハイドラの撃破を確認。直ちに次のターゲットを選定する。」

 

事務的とも言える淡々とした報告をロングアーチに向けるとすぐに通信を切り、次のターゲットに目標を移す。

そのためヒイロの耳に聞こえることはなかったが、ヒイロが通信を切ったそのあとに懸念材料であったハイドラが撃破されたことにヒイロにはそのつもりがなくとも、ロングアーチ含めその海域にいる機動六課の隊員全員が奮い立つ。

 

「次はどうするつもりだ?」

 

アインスの問いかけにヒイロは軽く周囲を見渡す。

 

「……………敵の頭を抑える。」

 

「頭?」

 

ヒイロの言葉にアインスは首を傾げる。そのように言った理由はヒイロの中では六課隊舎を襲撃してきたモビルスーツを含めたガジェット群をスカリエッティのアジトにあると考えている制御ユニットでは限界があると考えていた。ただでさえ隊舎に送られてきた数が多いのに、そこにさらに地上本部へと襲撃の制御をしているとなれば、かなり負担も大きいはずだ。

そこで考えられるのはこちら側と地上本部への戦力にガジェットの操作権を持った存在を配備するのが一番手っ取り早い手法だ。

それがスカリエッティの陣営でできるのは戦闘機人だろうとヒイロは同時に踏んでいた。それ故にヒイロは次のターゲットをガジェットの制御をしている戦闘機人にするつもりだった。

 

しかし    

 

「ッ…………!?」

 

上空に濃い紫色の、毒々しいとも言えるような巨大な魔法陣が浮かび上がる。突然の状況にたまらずヒイロは足を止め、周囲を警戒しながらも魔法陣の様子を伺う。

 

「アインス、あの魔法陣はなんだ…………?砲撃か?」

 

「今私の方でもあの魔法陣の性質を調べてる……………!!馬鹿な、あの魔力保有量で召喚魔法!?」

 

魔力についてヒイロは専らアインスに一任している。しかし、アインスの様子と見るからに異常な状況にヒイロは両翼のバインダーからバスターライフルを取り出すとそれらを連結させ、ツインバスターライフルの状態で魔法陣を注視する。

 

「まさか…………究極召喚!?気をつけろ、ヒイロ!!あれから出てくるのは第一種希少個体、文字通りのバケモノだ!!」

 

魔法陣から白亜の巨体が現れる。まず第一印象は西洋の神話に出てくるようなドラゴン。しかし、獣のように四足ではなく、威厳すら感じさせるように前足で憮然としているように腕を組み、人型に近いフォルムをしていることから、おそらくは二足歩行が可能なのだろう。

 

呼称個体『白天王』

 

ルーテシア・アルピーノの持つ最後の切り札とも呼べる古のドラゴンが傷だらけの天使をその双眸に捉えた。



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第78話 第一稀少個体

ギ、ギリギリ三年目に突入する前に投稿できた‥‥‥!!
なおもう一個の魔法少女モノの方はまぁまぁ進められた(なんで?)


『まさか、このような存在まで戦力にしていたとはな‥‥‥‥‥!!スカリエッティの、いや召喚士であるルーテシア・アルピーノの才能を侮っていたか!!』

 

視界に広がる巨大な魔法陣から姿を現した白亜の巨竜に驚愕するアインスをよそに冷静にその巨竜を見上げるヒイロ。

 

「アインス、あの現れた奴はどういう生物だ?」

 

『…‥私もそこまで理解があるわけではないが、あれは管理局における用語で第一種稀少個体と呼ばれる存在でその一頭以外の同じ種族や同じ個体などが確認されていない生物だ。そしてその力は総じて災害に分類されるほどに強力‥‥‥‥隊舎など跡形もなく消し飛ばされるぞ!!』

 

「あの図体は見掛け倒しではないということか。」

 

『それで済んだらどれだけ楽なものか…‥‥』

 

アインスからの説明を聞いてもさほど動じていないように見えるヒイロの返答に呆れと諦めが入り混じったような声を見せる。

 

『で、どうするんだ?はっきり言ってあれは守護騎士たちでも正直勝ちの目は薄い。できれば目には目を、召喚獣には召喚獣というわけで別の稀少個体をぶつけるのが最善だとは思うが‥‥‥‥』

 

「そのような都合のいい存在がいるのか?」

 

『ごもっともな言葉だ。』

 

ヒイロの言葉に今度ははっきりとそう答えたアインスは手慣れた手つきで現れた白亜の巨竜の周辺の解析を行う。時間的にわずか数秒、解析が済み、その結果も納得のいくものだったのか、やはりか、と小さいつぶやきがヒイロの耳に入る。

 

「何か見つけたのか?」

 

『ああ。あれほど規模の大きい究極召喚などというのをやったんだ。召喚獣の制御のために近くにはいるだろうと踏んでな、この画像を見てくれ。』

 

そう言いながらアインスはヒイロの目の前に一枚の画像を投影する。その画像は巨竜の左肩部分を拡大させたものであり、そこには光の通らない、まるで闇でも覗いているかのようなうつろな瞳で見つめる薄紫髪の少女、ルーテシア・アルピーノがそこにいた。

 

『召喚獣は召喚主の精神状態によって性能が大きく左右される。彼女を無力化することができれば、それに連動してあの巨竜を止めることも可能かもしれない。』

 

ただ、相手は第一種稀少個体だがな、ともしかしたらその例にあの巨竜は入らないかもしれないことを示唆しながら難しい表情を浮かべる。

 

「なんであれ、あの巨体はまともに相手するのは面倒だ。向こうの手の内が底を知れない以上、お前の挙げたプランが最適解であることに違いはないだろう。」

 

そう言いながらビームサーベルを構え、その剣先を巨竜に向けるヒイロ。その様子にアインスは諦めたように一つ小さくため息を吐くと、一転して表情を引き締め、同じように巨竜を鋭い目つきで見据える。

 

 

「あの男の人、一人で白天王に挑むつもり‥‥‥‥?」

 

眼前の小さな存在の一つが戦う闘志を見せていることに驚きと共にたった一人で文字通りのジャイアントキリングを成し遂げようとする蛮勇も甚だいいところなところになめられていると思ったのか、わずかながらに眉をひそめ、怒りの表情を見せる。

 

「邪魔をしないで‥‥‥‥‥!!」

 

ルーテシアがそう呟くと同時に白天王はその顎から天高くまで響くような咆哮を挙げる。その咆哮は風圧となってヒイロの身体を襲うが、気圧されることなくその静かな目線を崩すことはなかった。

 

『ゴアアアアァァァァァァァァッ!!!!』

 

その不遜な態度から出るふてぶてしさを別種の生き物である白天王も感じとったのか、さらにその咆哮を強めながら背中から生えた四対の濃紫の昆虫のような羽根を羽ばたかせ、暴風を瞬間的に作り出す。風の流れがヒイロの目からもきちんと形で見えてしまうほどの密度のこもった暴風は海水を巻き上げながらすさまじい轟音を響かす。

その吹き荒れる暴風をヒイロはウイングゼロの翼を大きく羽ばたかせ、上昇することでその範囲から逃れる。

 

「ッ…‥‥」

 

そしてそのままビームサーベルを構えると白天王へ向かって急降下を始める。

 

「あの人を落としてッ、白天王!!!」

 

ルーテシアの声に応え、接近してくるヒイロを白天王はその両腕の巨腕で振り払うように横に薙ぐ。この動作一つで場所によっては大災害になりかねないが、ヒイロは危なげなくバレルロールの要領で回避する。

しかし白天王の抵抗で妨害されたことに変わりはないため、ヒイロは白天王の脇をすり抜けると同時にその鱗のようなものが見えない滑らかな肌にビームサーベルの刃をあてる。

ウイングゼロのビームサーベルの出力はある程度は抑えられているとはいえ、MSのウイングゼロに使用されているガンダニゥウム合金を溶断が可能だ。

そんな破格の出力を誇るゼロのビームサーベルを第一種稀少個体に分類されているとはいえ生物である白天王の表皮が防げるはずもなく、ジュっと肉が焼けるような音と共にその白亜に一筋の焼け跡がつけられる。

 

「白天王ッ!?そんな…‥‥大丈夫!?」

 

よほどの自信があったのかは定かではないが、自分の召喚獣の中で最強と言ってもいい白天王がわずかとはいえ傷つけられたことに肩に乗っているルーテシアはひどく狼狽した様子で白天王に声掛ける。その様子を視界の端で捉えていたヒイロはわずかに表情を顰める。

 

「‥‥‥‥‥エピオンであればもう少し有効なダメージになったか。」

 

『エピオン‥‥‥‥ゼクス・マーキス、いやミリアルド・ピースクラフトが乗っていたあのガンダムか。私は彼についてはお前の記憶から見ただけでそこまで素性を知らないからどちらが彼の本当の名前なのかは存じ上げないが、確かにあの機体の得物であれば、かなり戦闘を有利に運ぶことができたかもな。』

 

エピオンの使用する武装はたった二つ。ヒートロッドとビームソードの格闘兵装だけだ。そのエピオンを設計したトレーズ・クシュリナーダはその機体をヒイロに手渡した際に決闘用モビルスーツだとか、この機体(エピオン)で勝者になってはならないなどと言っていた気がするが、その男の真意は前者はともかく後者に関しては今のヒイロにも理解することはできていない。

しかし、その性能は武装が二つしか用意されていないことを差し引いてもウイングゼロの出力と渡り合うには十分なほどであった上に、ヒートロッドやビームソードの出力を上げることによる近距離戦闘下での範囲攻撃は強烈の一言につきるだろう。

特に今ヒイロが戦っている白天王のような巨大な、それも生き物との戦闘においては状況によってはツインバスターライフル以上に効果的な兵装となっただろう。

 

要するにウイングゼロのビームサーベルでは傷つけることはできても相手が巨体がゆえにそのダメージは総合的に見ても低いだろう。

 

『ギュォァァァァァァァァッ!!!!』

 

その証拠に脇腹を傷つけられたことに怒ったか、はたまた召喚主であるルーテシアを心配させまいというように白天王は大きく翼を羽ばたかせながら咆哮を挙げる。

 

『あの様子では、このままではこちらがジリ貧か‥‥‥‥‥』

 

アインスの言う通り攻撃をすることができても、それがダメージになっていなければ意味はない上にこちら側が追い込まれる一方だ。そうなっては本末転倒なため、ヒイロはウイングゼロの翼を羽ばたかせ、再度白天王へ接近する。

 

「アインス、残り魔力の残量は?」

 

『…‥‥‥5分はまだ持たせられると思うが…‥‥ヒイロ、前だッ!!』

 

アインスに魔力の残り具合を聞いていたところに彼女かえあそう檄が飛ぶ。即座にその場を飛び退いたヒイロのそばを紫色の閃光が突き抜けていった。

 

「ビーム…‥‥いや、魔力砲のようなものか。」

 

回避したビームを目じりに抑えながら飛んできた方角を見据えるヒイロ。その先にはやはり白天王の姿があり、両手に埋め込まれているような紫色の水晶が向けられていた、おおかたさっきのビームもその水晶体から打ち出されたものであろうことも想像に容易かった。

 

『まずいな…‥‥‥何かしら一癖はある相手だとは覚悟していたが‥‥‥‥‥』

 

険しい表情を浮かべながら白天王をにらみつけるアインス。ヒイロの推察通り、先ほどの攻撃があの両手の水晶体から発射されたものだ。そして再び先ほどのビームによる攻撃を行うのか水晶体に怪しげな光が灯り始める。

その徐々に光を強めていく様子をヒイロは警戒こそすれど、一体どのような攻撃が飛んでくるのかまでは判断をつけることができないでいた。

何せ、その攻撃は魔力を使って行われる。リンカーコアを持たないヒイロでは流石に攻撃の詳細を掴むことはできない。

 

『ヒイロ!!あの攻撃には拡散と誘導の属性がつけられている!!来るぞ!!』

 

響くアインスの警告。それと全く同タイミングで白天王の両手の光が爆ぜ、無数の光弾となったビームがはじめは放射状に広がりつつもその一つ一つがまるで意志をもったようにヒイロに向かって軌道を修正して飛んでくる。

 

「ちッ‥‥‥‥!!!」

 

片目からしてもいつぞやかのなのはと戦ったときを思い出させるほどの弾幕の濃さにヒイロは面倒くささを感じながらとりあえず距離を離すために主翼を羽ばたかせる。幸い、弾幕の玉自体にそれほどまでの速度はないのか、ウイングゼロ本来のスピードで振り切ることは可能だ。しかし玉自体のターゲットからは逃れていないのか、離れても追尾が止まる様子は見られない。

 

「ッ‥‥‥‥‥」

 

後々文字通り対応が面倒になる。そう判断したヒイロは即座にバスターライフルを手にすると弾幕が一塊になったタイミングでトリガーを引き、放たれた山吹色の奔流がまとめて誘導弾を薙ぎ払う。

 

『腹部から高出力の魔力反応‥‥‥‥!!来るぞ!!」

 

アインスの警告と同時に白天王は腹部の水晶体から極太のビームを放った。

強烈な光に一瞬ヒイロの目がくらむが、怯む様子は見せず、自身に向かってくる奔流を避ける。

目標を見失った砲撃は背後の水面に着弾すると大きな爆発と共に海水を高々と打ち上げる。

戦闘を巻き込まれない距離からその光景を見ていた魔導士はその威力と規模に身の毛がよだつような感覚に襲われるが、ヒイロはウイングゼロのメインスラスターで目もくれずに白天王に肉薄する。

 

『グルルァァァァァァァァァァッ!!!』

 

迫るヒイロに白天王は近づけさせまいとするように巨大な両腕で振り払うがヒイロはそれを見切り、最小限の動きで回避すると伸び切った左腕にビームサーベルを突き立てる。

 

『グォ────』

 

「‥‥‥‥‥!!」

 

突き刺したビームサーベルを白天王の左腕の上で引きずるようにウイングゼロのスラスターで加速しながら切り裂く。

そのまま駆け上がるように向かっていく先には召喚士であるルーテシア・アルピーノの姿もあった。

 

「ッ…‥‥‥!!!!こっちに来ないで…‥‥!!!!」

 

白天王の腕に傷をつけながら駆けあがるヒイロにルーテシアは表情を恐怖で強張らせながら魔法陣を展開し、そこから羽虫のような召喚虫、インゼクトを召喚しヒイロに差し向ける。

召喚されたインゼクトは風切り音と共にヒイロに突撃するが、ウイングゼロの主翼で弾き飛ばされる。

 

(なんなのこの人…………!!なんでこんなに強いの…………魔力が全くないのに……………!)

 

相手取っている人間に魔力の反応はかけらもない。その彼が使っていると思われるデバイスも、どういう原理で魔力もなしにあの推力を出せるのかもわからない。

知っているのは彼が六課に協力者として在籍している程度のものだ。

それでも己の持つ力の全てをもってしても平然と突き進んでくるヒイロにルーテシアは自然と後ずさりをするように半歩を引いてしまう。

 

「こ、来ないでください!!!」

 

迫りくるヒイロを拒絶するようにルーテシアは悲鳴のような声を挙げながら自身の周囲に魔力で編んだダガーを展開し、ヒイロに向けて掃射する。

 

(ここでヤツを止める機会を逃せば、またこのドラゴンの行動に手を焼くことになる…‥‥)

 

チャンスは逃さない。そう判断したヒイロは向けられたダガーを避けることはせずにそのまま突っ切ろうとする。

幸い当たったとしても急所のようなところが外れているのと、非殺傷設定がある以上、直撃を受けても大したダメージにもならないという上での判断だった。

 

『待てヒイロ!!そのダガーの魔力、非殺傷設定が施されていない!!!』

 

「ッ…‥‥!?」

 

響くアインスの警告にヒイロはこの戦闘で初めて表情を険しいものを浮かべた。

向かってくるダガーは目の前に差し迫っていたが、ヒイロはこれに反応。手にしていたビームサーベルで弾き落とす。

しかし、流石のヒイロでも目の前にまで来た複数のダガーを全部弾き落とすのは厳しく、抜けた一本がヒイロの大腿部に突き刺さった。

 

「チッ‥‥‥‥!!!」

 

自身の爪の甘さに舌打ちするヒイロだが、すぐさま後退し、刺さったダガーを瞬時に抜き取る。当然刺さった箇所から血が流れ出るが、着ていた服を破き、それを大腿部に巻き付けることで止血を行う。

 

『彼女、こちらを殺すつもりでもあるのか?』

 

「…‥‥‥違うな。ルーテシア・アルピーノにその意志はない。」

 

ヒイロの視線の先には茫然とした様子で固まるルーテシアの姿があった。どこか一点を凝視したまま固まっているようにも見える彼女の目線は間違いなく自身でつけたヒイロの刺し傷に向けられていた。

 

「違う‥‥‥‥違うの‥‥‥わたしは‥‥‥‥わたしは‥‥‥‥!!」

 

「奴は少なくとも俺のような兵士ではない。誰かを傷つけることすらできない、あの少女のような、戦場に巻き込んではならない人間だ。」

 

「わたしは‥‥‥お母さんを助けたいだけなのに…‥‥‥!!!!!」

 

ヒイロを傷つけたことに冷静さを失っているルーテシアは自身の目的のようなものを零した。

 

「‥‥‥‥それが今のお前が戦う理由か。」

 

ルーテシアが自身の母親を助けるため、と言っているということはかつて行方不明になっていた彼女の母親であるメガーヌ・アルピーノは存命であると踏んでいいだろう。

ただし、身柄そのものはスカリエッティの手元にあり、彼女は母親の治療を条件に協力させられている。

そこまで思案したヒイロはわずかにため息を吐いた。

 

「‥‥‥‥エリオをキャロに任せると言った手前に。」

 

そうこぼしたヒイロは静かにビームサーベルを構えなおし、再び臨戦態勢を取った。

 

『ヒイロ、わかっていると思うが‥‥‥‥』

 

「こちらでも確認している。奴の精神状態が不安定になったかは鮮明ではないが、様子がおかしい。」

 

アインスの忠告にヒイロはわかっていると返し、警戒色を強める。

魔力を感知できるアインスの目には情緒不安定になったルーテシアの魔力が、一言でいうのであれば暴走しているような状態になっているのを見抜いた。

 

「…‥‥‥スカリエッティに何か仕込まれたか?」

 

ルーテシアの首元。そこには何やらチョーカーのようなアクセサリーがつけられていた。

始めみたころは彼女のバリアジャケットのデザインか何かと思っていたヒイロだが、どうやらそうではなかったようだ。

今となってはそのチョーカーの中心部が怪しく光っている。誰が見てもあれが何らかの形でルーテシアに干渉しているのは火を見るより明らかだ。

 

「任務了解、目標‥‥‥ルーテシア・アルピーノの保護。アインス、あとどの程度までならば保たせられる。」

 

『どうやりくりしても一分が限界だ。気をつけろ、彼女の魔力が暴走しだしてから召喚した奴らの様子もおかしい!下手に時間を掛けると何をされるかわかったものではない!』

 

「了解した。これより救出ミッションを開始する。」

 

「ごめん、なさい‥‥‥‥わたしは‥‥‥‥わたしは…‥‥あああああああああああああああっ!!!!!!!」

 

少女の絶叫と共にヒイロの目にも見える形で暴走した魔力があふれ出し、ルーテシアに召喚された生物たちも一瞬苦し気に悶えたあとに狂気に身を堕としたように暴れだす。それはもちろん白天王も例外ではなく、痛々しいとも呼べる雄たけびを上げながら、乗っていたヒイロをその風圧と身じろぎ一つで振り落とす。

姿勢制御用のスラスターで態勢を整えたヒイロが白天王を見上げると、さっきまで青かった空に黒い雲がかかり、一帯の天候を激しい稲妻が降り注ぐ危険地帯に一変させた。

その場で天候を操作するというまさしく神とも呼べる第一稀少個体の諸行に、隊員たちの心に暗雲が立ちこめ始める。

 

「‥‥‥‥‥」

 

その中でありながら、ヒイロは変わらない表情で白天王の肩に乗るルーテシアを見つめる。状況は苛烈になったが、ヒイロのやるべきことは変わらない。ルーテシアを止めれば、それに連動して召喚された生物の活動が止まる。

それがわかっているヒイロは再びウイングゼロの主翼を羽ばたかせる。全速が出せる時間は残りわずか、この雷の雨の中を突っ切れるのはこの最初の一回しかできないだろう。

 

 

 

 

 

 




これからも話進められるかなぁ‥‥‥‥(白目)


なんとでもなるはずだ!!

やってみせろよ、わんたんめん!!

(こりずに他作品との)ガンダム(クロスオーバー)だとッ!?


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