病弱系女子の兄貴 (坂本祐)
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プロローグ

新撰組は有名だけど、新徴組にも焦点を当てて!
みんな、キャラ立ってるんだからね!



「そういえば、沖田さんにはお兄さんがいるんだよね?」

立花の何気ない一言に団子を頬張ろうとしていた沖田は、団子を口元から離した。

慰安旅行から帰還した立花達は、心機一転、次なる異聞帯攻略に向けて鍛錬に励み、その日のノルマを終えた彼らは食堂で談笑していた。

話の話題は家族について。

口火を切ったのは、盛り上げ上手である織田信長、次に茶々、坂本龍馬と日本出身のサーヴァント達が口々に家族との思い出話しに興じている中、不意に立花は向かい側に座って団子を頬張っている沖田に義理の兄がいることを思い出したのである。

思いがけない言葉だったのか、沖田はキョトンと目を丸くした。

「はい、いますが…」

「どんなお兄さんだったのですか?」

マシュの言葉に沖田の瞳に追憶の念が現れた。

天真爛漫を絵に描いたような少女であり、時にはハイテンションになる嫌いがある沖田だが、この時は何時もとは異なって物思いに耽った様子である。

兄との思い出に馳せているのだろう。

「私にとっては父親のような存在でした。幼い頃に父上が他界してしまったので、兄上が父親代わりに色んなことを教えてくれたんです」

「ふむ、いい兄上じゃな」

「ええ、そうですね。とっても良い人でした」

「じゃあ、沖田さんはお兄さんから剣を習ったの?」

「はい、試衛館に通う以前は兄上から習っていましたね。兄上がいなければ、天然理心流を習っていなかったかもしれませんし、近藤さんや土方さんにも出会えてなかったでしょう。だからこうして、私がここにいるのはひとえに兄上のおかげです」

「林太郎さんの話か?」

背後から投げかけられた声に立花は振り向いた。

視線の先には、新撰組副長を務めたバーサーカーの土方歳三が立っていた。

僅かに彼の眉間の皺が寄っているのは気のせいではないだろう。

戦闘中のような相手を射殺すような鬼の形相ではないにしろ、若干、機嫌が悪そうである。

「あ、土方さん。沖田さんのお兄さんを知っているの?」

「知っているも何も同門の先輩だからな。天然理心流の奴なら誰であれ林太郎さんにはお世話になった。俺もガキの頃から世話になった人だ」

「そうだったんですか…」

土方の声音から察するに沖田の兄が嫌いというわけではなさそうだ。

すると、土方は立花の奥にいる沖田に視線を向け、目くじらを釣り上げて睥睨した。

ただでさえ強面で目つきの悪い土方が、睨みつけるというのだから余程の胆力の持ち主でなければ体が竦んでしまって身動きが取れなくなってしまうだろう。

「それよりも沖田ッ!いつまで団子くってやがる。今から稽古だ。さっさと支度しろ」

「えぇ〜!土方さん、私の至福の時を奪わないで下さいよ!まだ一本しか食べてないんですから!」

「いっぽんで十分だろうが!」

「うわーん、横暴だぁ〜!」

大股で沖田に歩み寄った土方は、彼女の襟首を掴むとそのまま引き摺ってトレーニングルームへと消えていった。

後に残されたメンバーは、この一連の流れに驚くこともなく、また何時ものことか、と慣れた様子で見守っていたのであった。

 

 

沖田林太郎、旧姓井上林太郎は、武蔵国多摩郡日野に生まれた。

幼少の頃から天然理心流の試衛館に足を運び、近藤勇の養父である近藤周斎は彼の鬼才ぶりに驚嘆したという。

一時は、近藤周斎の養子となって試衛館の道場を継ぐのは井上林太郎ではないかといわれたほどだったが、島崎勝太、後の近藤勇が近藤家の養子となったためこの話は立ち消えてしまった。

しかしながら、試衛館の門人の中では上位に入るほどの非凡な才能、加えて端正な顔立ちと誠実な人柄で面倒見の良い好青年の彼は、多摩郡ではその名を知らぬ者はいないほど知れ渡っていた。

二十歳になった頃、奥州白河藩の足軽小頭という沖田家に婿入りをする。

妻の名前は沖田ミツ、当時十二歳の少女で、彼の父親である沖田家当主である勝次郎には、二人の娘がいるものの嫡男がいなかったため、林太郎に婿入りしてもらい、家督を譲ったのである。

沖田家の家督を譲ったことで、勝次郎も安心したのだろう。

不幸なことに勝次郎と妻であるミキの間に子供が生まれてしまい、それがのちの新撰組一番隊隊長となる沖田総司であった。

これには勝次郎も大いに悩んだ。

婿養子となった林太郎に家督を譲っており、今更総司に譲るわけにもいかず、勝次郎は長男であるはずの子供に宗次郎と名付け、嫡男でないことを林太郎に示した後、2年後に他界。

勝次郎の妻であるミキも後を追うように数年後に他界した。

そのため、総司は物心つく頃に父親と母親はこの世になく、総司を義理の兄である林太郎と姉であるミツが我が子のように育てたのである。

その溺愛ぶりは、家内であるミツでさえ妬いてしまうほどで、総司が林太郎に懐いたのは言うまでもない。

竹刀片手に試衛館に赴く林太郎と手を繋いで同行するのが総司にとってこれほど至福の時はなかった。

そのため、彼が試衛館に足を運ばなければ沖田総司は試衛館に訪れることはなかっただろう。

また、彼には懇意にしている剣術仲間がいた。

日野宿寄場名家の佐藤彦五郎である。

彼の妻は、土方歳三の姉である土方ノブであった。

そのため、沖田林太郎は8歳年下の近藤勇、9歳年下の土方歳三、そして16歳年下の総司を同じ門人の先輩として可愛がっては彼らの面倒を見た、正に新撰組の中枢を担うこととなる彼らの兄貴分、それが沖田林太郎であった。

そんな彼は、いま、道端で大の字になって熟睡している黒髪の青年に苦笑いしていた。

心地よい風が時折吹き、暖かい太陽の光が降り注いでいる日向日和であるとはいえ、家の前の道路で熟睡されてしまっては堪ったもんじゃない。

見たところ目の前で寝ている青年は多摩郡では見かけない顔で、関われば面倒なことに巻き込まれそうになる予感はあるものの、無視して通ることは出来ないと判断したらしく、溜息を吐いてしゃがみこんだ。

「おーい、おめぇさん。こんなとこで寝てっと風邪引くぜぇ?」

「んあっ…?」

体を揺すぶられたことで、熟睡していた青年は眠そうに瞼を擦りながら、上を向いた。

目覚めた青年は、最初こそ寝ぼけた顔でぼんやりとしていたが、徐々に意識が覚醒したのか、キリッとした顔つきで林太郎の顔を凝視する。

「おはよう、寝坊助さん。おめぇさん、見ねぇ面だが…」

「あれ?貴方は?っていうか、ここは?」

「ああ?寝ぼけてんのか?ここは武蔵国多摩郡日野だぜぇ?」

「武蔵国?」

そういって目の前の人物は、黙り込んだ。

これには、流石の林太郎も不信感を抱き始めた。

——おいおい、こいつ大丈夫かぁ?

道端で熟睡しているだけでも変人なのに、自分のいる場所すら分からないとなると、目の前の人物に対して猜疑心が湧き出るのは無理もない。

青年もそれを肌で感じ取ったのか、手を頭にやり、愛想笑いを浮かべる。

その行動が余計に胡散臭いものであったが、林太郎は目を細めるだけで言及はしなかった。

「すみません、ちょっと寝ぼけていました…それで貴方は?」

「オイラかい?オイラの名前は沖田、沖田林太郎だ」

「沖田…林太郎…」

目を見開いて驚愕する青年に林太郎は苦笑した。

「おいおい、そんな鳩が目を丸くしたように凝視するんじゃねぇぞ。男に見つめられても寒気がするだけだぜ」

「ご、ごめんなさい!えっと、林太郎さんは…」

「その前におめぇさんの名前は?」

「あっ、ごめんなさい!藤丸…藤丸立花です!」

「訳ありのようだな。話は聞いてやる。うちに上がりな」

そういって林太郎は、藤丸に背を向けて自宅に上がり込んだ。




テスト終わったら次話投稿します。でも、バイオとかエースコンバットとか新作のゲーム出るからなぁ…とりあえず、テスト終わったら投稿します。


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突撃、沖田家に訪問!

バイオre2ゾンビが硬すぎませんかねぇ…
タイラントも追跡者以上に追跡してくるし…
まあ、面白いけどそれ以上に無限ロケランが取れる気がしません。
てなわけで、2話目どうぞ。


人の往来が少ないとはいえ、道端で大の字になって爆睡していた青年、藤丸立花は現状に頭を悩ませていた。

 

目覚めたら知らぬ間にレイシフトしていたのだ。

 

最後にある記憶は、沖田が土方に無理矢理稽古に連れていかれたあと、体を休ませようと自室のベッドに入り、目を瞑ったところまでである。

 

アトラス院出身であるシオンの調整により、カルデアス及びレンズ・シバの代用品にトリスメギストスとペーパームーンを用いる事で、人理漂白以前の時間で発生した特異点へのみレイシフトも可能となったが、何らかの障害から勝手に作動した可能性もなきにしもあらず。

 

兎も角、レイシフトした先の時代は、沖田総司の義兄である沖田林太郎が生きていることを考えれば、江戸後期と考えられる。

 

だが、それは大した問題ではなかった。

 

というのも、寝ているうちにレイシフトすることなどカルデアで生活していたときは頻繁に遭遇していた立花に今更驚きはなく、最早日常的だったと言えてしまうため、焦りも戸惑いもなかった。

 

彼が頭を悩ませているのは、近くにサーヴァントがいないことと通信障害でカルデアに連絡できないことであった。

 

——知らない土地に放り出されるのは慣れっこだけど、僕以外誰もいないとなると寂しいな。まあ、沖田さんのお兄さんである林太郎さんに偶然会えただけでもまだ良かった。あとは、皆んなと通信出来ればいいんだけど…

 

沖田総司の義兄である沖田林太郎と偶然知り合えたのは僥倖であったが、通信機械のトラブルでカルデアに連絡が取れないのは予想だにしなかった痛手である。

 

連絡手段がない以上、通信機械のトラブルが解決するまで安全な場所に待機するのが得策だと結論付けた。

 

——今回も何かしら事件や問題があるに違いない。それを解決できたら戻れるかもしれないな

 

どのレイシフト先も何かしらの事件、問題があった。

 

それらを解決するとレイシフトから帰還することができたので、今回も同様に解決できればカルデアに帰還できるはずである。

 

しかし、それが何かは分からない。

 

時間が限られているわけではないので焦る必要はないものの、 マシュやサーヴァント達もこの場にいないため、護衛のない状態で動き回るのは危険すぎる。

 

人斬り辻斬りが横行する治安が悪かった幕末期の京都に放り出されるよりかは幾万もマシではあるが、それでも万が一のこともあるため用心したことに越したことはない。

 

——まあ、最悪、林太郎さんに頼み込んで居候させてもらおう…それにしても、この格好どうにかならないかな?

 

立花は己が纏う衣服に目を向けた。

 

今現在、彼はカルデアのマスター服ではなく紋付羽織袴を着用していた。

 

だが、全く身に覚えのない代物。

 

ご丁寧なことに藤丸家の家紋が入っている羽織と袴は汚れのない新品同然の状態であり、上質な素材で作られているのか手触りも良い。

現代の価値にすれば数十万はくだらないだろう。

 

カルデアのマスター服は、数百年先の未来の衣服であり江戸時代後期であるこの時代には不相応であり、代わりに紋付羽織袴であれば周囲から変な目で見られはしないだろうが、知らぬ間に衣服が変わっているのは些か気味悪いものの都合は良かった。

 

——とりあえず、今はこの状況を何とかしないとな

 

立花は、目の前の人物を順繰りに見流した。

 

向かい側に座るのは、寝ている自分を起こしてくれた人物である沖田林太郎。

 

短く切り揃えられた黒髪に、わずかに吊り上がった目つき、程よく鍛えられた肉体、そして老若男女虜にするであろう端正な顔立ち。

 

言葉遣いが少し悪く、若干近寄り難い雰囲気を纏っているものの、着流し姿で団扇を仰ぐ姿を見れば誰であれ見惚れてしまうだろう。

 

大人の色気と男らしさの塊のような人であった。

 

——沖田林太郎さんかぁ…やっぱりこの人、沖田さんのお兄さんだよね?だって、子供沖田さん目の前にいるんだもん。

 

心中で呟いた立花は、林太郎の膝の上に座る子供に目を移した。

 

其処には、幼い顔つきではあるが見慣れた女の子がいた。

 

沖田総司である。

 

立花の知る総司は、見た目が十代後半の少女であるが目の前にいる彼女は三歳くらいの幼女で、見慣れぬ人物が珍しいのか、総司は目を輝かせて立花を指差した。

 

その無垢で天真爛漫な姿は、幼い子供姿であっても変わらないようである。

 

「兄上、兄上!このかたは?」

 

「こいつは藤丸立花。うちの目の前で熟睡してた寝坊助さんだ」

 

「うちの前で寝てたの!?ねえねえ、藤丸さん!どうしてお家の前で寝てたの?帰る場所がなかったの?それとも眠かったから?

「こら、総司。お客様に無礼でしょう。すみません、藤丸さん。この子ったら、好奇心旺盛で口やかましくて…どうぞ、お冷です」

 

「あ、どうも…」

 

目を爛々に光らせて質問攻めをする幼い沖田を見兼ねた、台所から出てきた女性が叱りつけ、立花にお冷の入った湯呑みを手渡した。

 

差し出した人物に目を向ける。

 

立花と歳差も離れていない女性で、名を沖田ミツといった。

 

林太郎の家内であり、十二歳上の総司の実姉である。

 

ピンクがかったブロンド色の髪と人並み外れた可憐な容姿には、春に咲く桜のように老若男女問わずして人を魅了する美しさと儚さがある。

 

立花と視線が合うとミツはにっこり微笑んだ。

 

——多分、彼女が沖田さんのお姉のミツさん。綺麗な人だな。僕の知る沖田さんと同じくらいの年齢だと思うけど、でも違うのは腰まで伸びた長髪くらいかな?

 

姉妹だけあってミツは総司と瓜二つのように似ていた。

 

だが、髪の長さは異なるようで、ミツは腰まで届きそうな長髪である。

彼女が人妻なのもあるだろうが、仄かに香る白梅香と婉然と笑む姿には天真爛漫な沖田にはない大人の色気がある。

 

「それで?おめぇさん、どうしてあんなところに寝ていたんだい?」

 

「えっと、空腹で寝てしまったようです…」

 

無論、嘘である。

 

馬鹿正直に事の次第を吐露すれば、狂人扱いされてもおかしくないため、心苦しいが嘘を吐くことにした。

 

しかし、咄嗟に都合の良い嘘を考えつかなかったので、当然、林太郎は眉を顰めたが、立花の言葉を冗談として受け取ったらしく、大口を開いて笑い出した。

 

林太郎の膝の上に乗る総司も腹を抱えてきゃっきゃと笑っている。

 

どうやら笑いのツボが同じようだ。

 

「あっはっはっ、おめぇさん面白い奴だな。空腹で倒れて道端で眠るのかい?そのわりには、心地好さそうに寝てたじゃねぇか」

 

「藤丸さん面白ーい!どれだけお腹減ってても普通、道で寝たりしないよー!」

 

「いやー、お恥ずかしながら。空腹でも太陽の光の下で寝ていると心地よかったものですから…」

 

「そりゃあ、分からんこともないが。まあ、これ以上細かいことは訊かねぇが、腹が減ってんのなら飯をださねぇとな。おい、ミツ。何か出してやってくんねぇか?」

 

「いや!あの!お金とか持ってないんで結構ですよ!」

 

「馬鹿野郎、金なんていらねぇやい。道端で倒れるくらい腹減ってたんだろ?それに困ってるやつを見かけたら助けるのが人ってもんだ。なに、遠慮するな。うちの家内の飯は日の本一だからな!」

 

もう、貴方様。お客様の前でやめて下さい。

 

いいじゃねぇか。事実なんだからよ。

 

そうだとしても恥ずかしいことを口走らないで下さい

 

と新婚夫婦のような会話を繰り広げる林太郎夫妻は、立花の前で惚気と口の中が甘くなるような台詞を言い合っている。

 

当人の立花を置いてけぼりにして、自分たちの世界に入っていた。

 

今日出会った見ず知らずの人物に金を要求することなく善意でご飯を恵むというのだから、この青年は余程のお節介好きだろう。

 

困った人を見れば放って置けない質なのである。

 

そのため、彼を慕うものが数知れないのだ。

 

——ここで断れば、林太郎の善意を無下にしてしまう。素直に受け取ろう

「では、お言葉に甘えて…」

 

「あまり豪勢なものは出せないけど、それでいいのなら…」

 

「ありがとうございます!こちらこそすみません。いきなり上がり込んで、食事まで要求してしまって…」

 

「いいのよ。困った時はお互い様だもの」

 

ニッコリと笑うと、ミツは立ち上がって台所へと引っ込み、小さな茶碗にたくさん盛られた白米と自宅の庭で育てたであろう大根の漬物を立花の前に置いた。

 

林太郎とミツに礼を述べた立花は、粗相がないようにゆっくりと食べ始める。

 

すると、難しい話が一旦終わったのを感じ取ったのか、総司は林太郎に構って構ってと言わんばかりに戯れつき始め、林太郎も破顔させた。

 

此の場に黒ひげがいれば、幼女姿の彼女に興奮しただろうが、生憎、立花にはロリコンではないため興奮することなく、きゃっきゃっと笑っては林太郎の膝の上で戯れ付き甘える総司と目を細めて微笑む林太郎を生暖かい目で見守っていた。

 

——子供時代の沖田さんってあんな感じだったんだ。小さい頃は甘えん坊だったんだなぁ…それにしても、はたからみれば本当の親子のようだなぁ

食感の良い大根の漬物を咀嚼しながら、仲睦まじげに戯れ合う二人に立花はそんなことを感じていた。

 

「兄上、兄上!このあと剣の指導して下さい!」

 

「お?いいぞぉ…なら、このあと彦五郎のところに行くか。前よりどれくらい上達しているか見てやる」

 

「ふふふふ!この前のようにはいきませんよ!あれから私も上達したのです!兄上をうんと驚かせて差し上げます!」

 

「言ったなぁ〜。よし、それなら期待しているぞ。どうだ、おめぇさんも食後の運動として道場にいかねぇかい?」

 

林太郎は総司から目を離し、最後の一口を咀嚼していた立花に提案する。

 

立花は目をぱちくりとさせて嚥下すると、ゆっくりと口を開いた。

 

「ええ、お邪魔でなければ是非お伴します」

 

「よし、決まりだな。じゃあ早速、彦五郎の道場に行くか」




沖田総司(四歳)
言葉遣いがワカラン。とりあえず、子供っぽい感じにした。

ミツ(十六歳くらい)
この歳で結婚四年目に突入。クーデレ。


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多摩の彦五郎

甲州街道の5番目の宿場町である日野宿は、農業を中心とした宿場町として繁栄していた。

 

というのも、日野宿は、北から東にかけて多摩川が流れ、南部に広がる多摩丘陵の北側を西から流れてきた浅川と南東部で合流するので水に恵まれており、「多摩の穀倉」と言われるほど稲作が盛んだったのである。

 

また、多摩郡は江戸時代、多くの村が幕府直轄領や旗本領とされたほか、多くの藩の飛び地が存在していた。

そのため、複数の領主による相給とされた村も少なくなく、複雑化した支配関係が錯綜し、直轄領に対する幕府役人の配置も少なかったために農民は自己防衛を行うようになり、剣術が栄えるようになったとされる。

 

この地域は八王子千人同心が徳川家康が存命だった頃に発足された。

 

八王子千人同心とは、甲斐武田家の滅亡後に庇護された武田遺臣を中心に、近在の地侍・豪農などから組織され、主な仕事は甲斐方面からの侵攻に備え、国境警備及び治安維持のための組織である。

 

天然理心流剣術二代目宗家である近藤三助は、八王子千人同心の組頭であり、沖田林太郎の生家である井上家は八王子千人同心であった。

 

このように幕府から手厚い庇護を受けていた多摩郡は、同心だけでなく農民層にまでも徳川恩顧の念が強かったとされ、これが、多摩郡出身者である志士達の多くが佐幕派である所以である。

 

その宿場町の名主である佐藤彦五郎は、地方三役でありながらも武芸の必要性から天然理心流剣術三代目宗家である近藤周斎の門徒となり、邸宅の一角に道場を設けるほど剣術熱心であった。

 

指南を受けてわずか数年で免許皆伝を取得したというのだから、この男の剣の腕前は非凡なものだったのだろう。

 

尚、現在残っている日野宿本陣、その付近にあるとされた長屋門を改装して作られた道場とは別物である。

 

閑話休題。

「立派な門構えですね〜」

 

沖田家から歩いて数十分、日野宿本陣に辿り着いた。

 

立花は目の前にある厳粛な雰囲気が漂う門構えと平屋建に関心と驚きを露わにして眺めていた。

 

日野宿本陣は、木造り平屋建に屋根の最頂部の棟から地上に向かって二つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根である切妻造瓦葺屋根で、街道側には式台を持つ玄関もあり、その敷地は優に百坪にも及ぶ。

 

 そもそも、本陣とは参勤交代などの大名やお供の者、幕府の役人の宿として利用されるので、宏大な敷地を有し、尚且つ大勢の人を収容できるようになっているのだ。

 

「そりゃあ、甲州街道でも有数の規模を誇る日野宿本陣だからな、これだけデカくねぇと人も入らねぇし、体裁が保てねぇ。ほら、ボサッとしてねぇでサッサと行くぞ」

 

片手には竹刀を、もう片方は総司と手を繋いでいる林太郎は、突っ立っている立花の横を通り過ぎ、門を潜り抜ける。

 

慌てて立花も彼の後を追った。

 

「それで、ここの宿主さんが佐藤彦五郎さん、という方で?」

 

「ああ、ここらの地主で、歳はオイラの一つ下。真面目でいい奴だから仲良くしてやってくれや」

 

「ええ。是非仲良くさせてもらいます。でも、地主さんが剣術を習うって珍しいんじゃないですか?」

 

「たしかに珍しいかもな。まあ、奴さんの場合は昔いざこざがあったのよ」

 

険しい表情で口にする林太郎に立花は閉口した。

 

佐藤彦五郎が地主と言えども身を守るために剣術に必要性見出したのは、とある事件がきっかけであった。

 

とある年、日野宿本陣をまきこむ大火が発生したことがあった。

 

その際に彦五郎は暴漢に襲われたのである。

 

暴漢が彦五郎を襲撃した動機は、恨みであったそうだが、この事件で身内に死者が出てしまった。

 

そのため、彦五郎は地主と言えども身を守るためには剣術を習う他ないと、地方三役では珍しく剣術を習うことにしたのであった。

 

——彦五郎さんっていう人、過去になにかあったんだろうな。林太郎さんもあんましいい顔してないし、あまり追及しないでおこう。

 

すると、目の前に道場が見えてきた。

 

新設されて間もないのか、外観は殆ど新築同然の美しさを保っている。

 

まだお昼前だというのに、道場からは数十人ほどの男達の裂帛の気合い声、力強く床を蹴る音や、竹刀で肉体を打つ凄絶な音が聞こえてくる。

 

稽古をしている男達の声や音を耳にした総司は、その音に当てられて高揚感が抑えきれないのか道場の方へといち早く駆け出し、後方を振り返った。

 

「ほら、兄上早く早く!」

 

「そう急かしても道場は逃げやしねぇぞ」

道場の扉を開けると、凄まじい匂いが鼻腔を刺激した。

 

戸を開けて換気しているといえ、空気の循環が悪いのか熱と汗が室内に籠っていたようである。

 

中には泣く子も黙るような厳つい顔をした屈強な男達が凄まじい汗の量を流して、二人一組になって竹刀で打ち合っている。

 

その苛烈な打ち合いのさまに立花は驚いた。

 

勝敗が決まれば休憩を取る暇もなく次の相手と取り組みをしているため、どの人物に目を向けても苦悶の表情を浮かべながらも必死に竹刀を振るい続けており、負けてはならんと意地と執念で動いているようだ。

 

すると、林太郎は道場の奥にいる一人の青年の元へ歩いて行った。

 

まるで見ずとも周囲の人間の動きが分かっているかのように林太郎は取り組みをしている男達と接触することなく、公園を散歩しているような足取りで青年の元へ辿り着いた。

 

「よお、邪魔するぜ。彦五郎」

 

「林太郎さん!帰られていたのですか!」

 

「おお、今日帰ってきたばっかりだ。ちと、道場を借りさせてもらうぜ」

 

「ええ、是非遠慮なくお使い下さい……止めッ!」

 

彦五郎の言葉に取り組みをしていた男達は一斉に動きを止めた。

 

一瞬にして道場は静寂に包まれた。

 

余程疲れているのか肩で息をしているものもいるが、それでも決して道場の床で大の字になった倒れるものや膝をつくものはいない。

 

あの激しい運動の後であるのにもかかわらず、相当な体力を持っているのだろう。

 

よく見れば彼らの筋肉は筋骨隆々としており、腕など丸太のように太いものもいる。

 

他の流派と異なり天然理心流は、丸太のような形状をしていた木刀を稽古時に使用し、その太さは成人男性であっても中指と人差し指が届かず、重さは1キロ以上にも及び、真剣と対して変わらないという。

 

天然理心流は実践を重視している剣術であるため、実践において遅れをとることのないように普段から真剣と同じものを稽古の時から使い、これを毎日千回も素振りをするというのだから、肉体が鍛えられるのは必然であろう。

 

「こんにちは!彦五郎さん!」

 

「やあ、総司くん。いらっしゃい。林太郎さんと手合わせするのかい?」

 

「はい!このまえはこてんぱんにやられてしまいましたが、今日は兄上からいっぽん取るのです!」

 

「そうかそうか。頑張るんだよ…っと?貴方は?」

 

上達した姿を林太郎に見せようと意気揚々として元気溌剌な総司に彦五郎は、優しそうな顔を綻ばせていたが、見慣れぬ顔である立花に目を留めた。

 

「ああ、こいつは空腹でオイラの家の前で倒れていた藤丸だ。食後の運動にどうだって誘ったのさ」

 

「林太郎さん…相変わらずですね。ここの家主である佐藤彦五郎です。宜しくお願いしますね、藤丸さん」

 

「はい、宜しくお願いします。彦五郎さん」

 

——この人が佐藤彦五郎さん、か…土方さんの義兄さんなんだよね?とても優しそうな人だな。歳もぼくとあんまり離れてないだろうし

 

「藤丸、おめぇさんはどこの流派だ?」

 

「えっと、これといって決まっているわけではないですが、柳生新陰流、二天一流、北辰一刀流を少々…」

 

立花の言葉にその場にいた者達は驚愕した。

 

見たところ二十歳前の男が三つもの流派を扱えるというのだから驚くのも無理はない。

 

——まあ、天然理心流も習ったけどね…でも、土方さんのスパルタには流石に堪えたなぁ…それに沖田さんも稽古の時は普段の様子からは想像もできないほど苛烈になるし

 

土方と沖田による稽古指南の記憶を思い起こした立花は、身震いした。

 

土方がスパルタなのは言わずもがなであるが、予想に反して沖田の指導も土方に負けて劣らずスパルタであり、彼女が立花を大切に思っているからこそ、厳しく指導したのだろう。

 

そのため本来、立花は天然理心流を土方と沖田から習っているのだが、それを正直にいうと誰に指導されたのかと、根掘り葉掘りと突っ込まれるかもしれないので、敢えて口にすることはなかった。

 

そもそも、立花が幾つもの剣術を習い出したの訳があった。

 

特異点や異聞帯で何が起こるか分からず、万が一、護衛のサーヴァントとはぐれてしまい危機に陥ってしまった際に自身の身を守れるようにと、立花は常日頃から契約を交わしたサーヴァント達から直接願い出て様々な指導を受けていた。

 

護身術はもちろんのこと凡ゆる武器を一通り扱え、剣術は免許皆伝には至っていないもののその腕は大したものであった。

 

また、未熟な魔術師と呼ばれぬようにキャスターのサーヴァント達から教えを請い、スポンジのように技術と知識を吸収する立花にサーヴァント達は楽しくなったのか、指導は護身術だけでなく凡ゆる領域の学問まで幅広くなり、こうしていつしか付け入る隙のない完璧超人なマスターになっていたのである。

 

日本の剣術は、柳生宗矩から柳生新陰流を、宮本武蔵から二天一流を、佐々木小次郎から鐘巻流を、坂本龍馬から北辰一刀流を、岡田以蔵から小野一刀流派を、土方と沖田から天然理心流を其々指導された。

 

剣客として彼ほど恵まれた環境に置かれた人物はこの世には存在しないだろう。

 

後世にその名を残した剣豪自らの指導を受けることができ、すでに二人の開祖と五人の達人から剣術を指導してもらっているのだ。

無論、全ての技を使えることはできないが、各流派の特徴や長所や短所など全て頭と体に叩き込んでいるため、有事の際にはそれ相応の対処はできる。

「藤丸さんすごーい!柳生新陰流に北辰一刀流に二天一流!聞いたことある流派ばっかりー!」

 

「その歳で随分と沢山の流派を使うのですね」

 

「どれもかじった程度です。いろんな流派を手につけましたが、免許皆伝には至っていないので未熟者ですよ」

 

「へぇ、面白いですね…一つ、手合せ願えませんか?」

 

佐藤彦五郎の言葉に立花は、快諾した。

 

——やっぱりこうなるか。でもまあ、林太郎さんから誘われたときから、こんな展開になるのは予想出来てたから驚きはないけど

主審は林太郎が行うようで、普通の竹刀を受け取った立花と彦五郎は、慣れた様子で試合開始前の動作である礼、蹲踞、構えをして、林太郎の号令を待つ。

 

静けさが道場を包み込む。

 

先ほどまで稽古をしていた門徒達や総司は、道場の端で正座をして食い入るように二人を見ていた。

 

彦五郎がとった構えは、切っ先を僅かに傾けて相手の左目につける構え、平晴眼である。

 

この構えの特徴は突いて外されても相手の頸動脈を斬りにいける有利さがあった。

 

また、剣先が相手の中心線から外れているため、相手からすれば間合いが入りやすく打ち込みやすく、敢えて先手を相手に取らせておいて後手において斬り伏せるのである。

 

そのため、彦五郎は、実力が不透明な立花を誘い出して、打ち勝つために平晴眼の構えをとったのだ。

 

そのことを重々承知している立花は、脳裏に柳生宗矩の言葉を脳裏に浮かべながら、相手の切っ先、こぶし、彦五郎の視線を注視する。

 

——相手の調子に乗る必要はない。勝負は如何に相手の調子を崩し、こちらの調子に引き込めるかである。よし、そちらが誘い出す気ならこっちはこっちで自分のペースを作るまでだ!

 

「始めっ!」

 

林太郎の号令に合わせて立花が仕掛けた。




あと1話で終わる予定です。

藤丸立花(男)

人類最後のマスターなんだから、自分の身を守るために沢山鍛錬するだろうと勝手に想像。幸いにも指導者は各分野の超一流の人たちが身近にいるため、彼らに指導を請うた結果、スーパー超人に進化しました。本人は自覚してないけど代行者と戦っても死なないレベル(防戦一方で隙を作って逃亡する)に到達したという設定。


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