「あー・・・・・・、これ死んだな多分」
言うが先か、甲高い音が街にこだまする。
もしこれがちょっと声が人より高めの、女性の奇声などであればどれほど良かったのだろうか。
否、現実は残酷である。残酷じゃないと現実じゃないのか?甚だ気になる議題である。いや、そこいらの定義はこの際どうでもいいが、とりあえず─────
「お、おい、今、ひ、人が轢かれなかったか・・・・・・?」
「え・・・・・・?今のマジなやつ?インスタに投稿しなきゃ!」
「嘘、男の子が轢かれた・・・・・・!?怖いわねぇ」
─────人が轢かれたらしい。
・・・・・・と言っても、別にどうということは無い。よくある非日常に溢れてる日常的な光景だ。テレビのニュース番組で、さらりと触れられる程度のものだ。
今のご時世、大体の人間が"自分とは無関係" と心を麻痺させ、受け流している、溢れた"日常"なのだ。
「こっわぁ・・・・・・。最近こういう事故多いよね。運転者気をつけろ!って感じだよね」
「ホントそれ!車とか危ない物乗ってるんだからちゃんとして欲しいよね!」
数瞬、周りの時が止まったかのような静けさに包まれたかと思いきや、そんな出来事など無かったかの様な会話が飛び交い出す。氷が溶けるが如く、時は動き出す。
────しかし、それは周りの話。氷そのものはどうだろうか?
答えは至って簡単。勿論、溶けるはずも無い。
その、氷で起きた事と言えば、精々、小学一年生くらいの子供が、全力でボールを投げ飛ばしたくらいの距離、宙を散歩した身体は、勿論、地面との激しい再会の衝撃に耐えきれず、絶賛事故真っ最中の青年───
迎えたはずだった。
───────────────
事故から数日後、無藤夢人 は異世界に転生した。チート能力でブイブイである。
なんて事もあるわけなく、まだ血色の良くない顔で、知らない天井を眺め、上体を起こし、己の状態、部屋の状況を分析した後、
彼は未だハッキリとしない記憶の箪笥を必死に開いて整理していた。
「─────ここ病院?俺、死んだのでは?なんか頭痛いのと、身体の節々痛い以外、大した外傷無いんだけど・・・・・・ふむ」
事故寸前、向かってくる銀色の文明の利器に、今まさに当たらんとする瞬間、走馬灯とか見ないもんなんだな。転生したらどうしよう。等と、半ば諦めつつ激突した事を思い出した為か、自分の居場所が天国、又は、地獄でないことに無藤夢人は疑問を抱いていた。
「生きてたことは有難いけど、なんか、起きた瞬間誰も居ない事ってあるんだな・・・・・・。こんな時でもぼっちか・・・・・・」
顔色共々、暗すぎる。とても生と死の狭間から、先に他界した大好きなおばあちゃんに見送られ、無事生還を果たした人間の雰囲気とは思えない暗さである。
「ふわぁ・・・・・・、夜間勤務は眠いなぁ。頑張らなきゃ!
失礼しまーす。・・・・・・え?目が覚めてる!?嘘!?」
「あ、どうも、さっき目が覚めました」
「わぁ!そうだったの!よかったぁ。先生がね、頭を強く打ってるが、一命は取り留めた、近いうちに目を覚ますから大丈夫っ、て言ってた・・・・・・って、じゃなくて早く親御さんとかに連絡しないとだね!ごめんね!ちょっと報告してくるから何かあったらコールしてね!じゃあね!」
眠気と元気と共にやって来た、嵐・・・・・・もとい、可愛げのある、少し看護師にしては友好的過ぎるような気がする新人看護師は、青年の開きかけたパンドラの箱の黒歴史ごと、吹き飛ばしながら颯爽と消えていった。
「・・・・・・新人かな。なんか夜間勤務とか言ってたし。なるほど、誰も居ないのは深夜だったからか。って、深夜なのかぁ、何曜日だろう。好きなアニメやってる日じゃないといいけどなぁ・・・・・・」
可愛い嵐の過ぎた後、自分を心配してくれる人間がいなかった訳ではなく、物理的にいなかったという事実からくる安堵感、今の看護師さんがあまりにも危機感などと縁のない人間だった影響か、少し───いや、かなり落ち着いた様子の無藤夢人は、自分の好きなアニメが見れなかったかの心配をしていた。ある意味、事と次第によっては、再び、その脆い硝子の心に傷を負うことになるのだが・・・・・・。
「よし、とりあえず寝よう。なんか頭痛いし」
どうやら寝る事に決めたらしい。体調が優れない状態で活動する事の無意味さを知っている彼は、兎にも角にも睡眠をとる事にした。少しだけ、顔色が良くなった様だ。
青年は、まだ知らない、この事故は始まりに過ぎない事を。
彼は、まだ知らない、その出会いがすぐそこに迫っている事を。
無藤夢人 はまだ知らない。
まだ知れなかった。
知らないままならきっと────。
─────────────────
翌日、無藤夢人の病室は、病室にしては少し喧騒が過ぎる様な、しかし、病室だからこそ丁度いい様な、和やかな空気に包まれていた。
「─────と君。夢人君。夢人君、起きて。親御さんがお見えだよ。君も大分不安だったろう?少し話するといい」
「ふぁい?ええ、すいません、ありがとうございます。・・・・・・あ、母さん、おはよう。」
気を遣って席を外してくれた先生に、野球ボール一個分程の罪悪感を感じつつ、とりあえずは、と言った具合に、無藤夢人は母親に毎朝している挨拶をしてみたのだが、
「おはようじゃない!なに普通に挨拶してんのよ!こっちがどれだけ心配したと思ってるの!おはよう!」
「ちゃんと返事は返すのね・・・・・・。ごめん、心配かけた」
「ほんとよ!アンタのせいで夜もぐっすり快眠よ!」
「ねぇ、ほんとに心配した?」
無藤夢人の想像通り初手で一喝されてしまった様だ。
しかし、確信は無いが、いつもより自分の母親の声色が、少し気になりつつ、いつも通りを心がけながら返事を返し、同じいつも通りが返ってきた事に、安心と傷心を、同時に感じながら無藤夢人は思う。
「俺よく生きてたなぁ」
「ゴキブリ並ね」
「あれ?なんかまた死にそうなんですけど母上」
母親は鬼だ、と。
事実、昔からキツい躾をする人ではあったのだから、当然、と、無藤夢人の頭は理解しているが、心は理解していなかったのだ。心配したとは言っていたものの、自分の無事を聞いて、もっと嬉しそうにしてくれるのかと、心のどこかで、期待していたのかもしれない。
しかし、前日の深夜、急に連絡が来たにも関わらず、翌日の早朝仕事を休んででも、見舞いに来ている時点で、察せそうなものだが。
「ところで、母さん。俺どれくらい寝てたの?」
「今日で丁度1週間ね」
「マジか。本当にそれくらい寝たりするんだな・・・・・・」
「死にかけてたからねぇ」
ひとまず、状況を整理せんと母親に自分の活動不能時間を聞いて、アニメみたいだな、と脳内でツッコミ不在の為、仕方なく、寂しいツッコミを入れつつ、ある程度自分の状況を把握した無藤夢人は1番の疑問をぶつけてみることにした。
「あのさ、事故の相手ってどうしたの?」
「・・・・・・。そう、ね。話はしたわ。」
「・・・・・・どうしたの?」
「この件、本当は私が決めようと思ったんだけど」
母親の顔に、影がかかる。
見た事無い母親の表情に、無藤夢人は一人ぼっちで文化祭を迎えた時レベルの不安を覚える。
「やっぱり、アンタに決めさせようと思うの」
無藤夢人の不安は、文化祭から修学旅行に進化した。心の中ではBボタンを連打していた様だったが。石を持たせたままだったのだろうか?
しかし、無藤夢人の不安にも一理あろう。
つまるところ、この話の終着点は、無藤夢人の決断次第で、人の人生を終わらせる決断にもなりえるわけだ。
事故明けの死に体には酷な話だ。
「俺に決めさせる、ってなんかややこしい事情でもあるの?」
「無かったらもっと楽に済んだのにねぇ。兎に角、近いうちに相手との話の席を設けるから、早いとこ身体治しなさいよ」
「・・・・・・ありがとう、母さん」
どうやら、無藤夢人は母親の不安に気付けたらしい。息子の命の危機に不安を感じない母親など、基本的には存在しないのだから、当然でもあると思われるが。
しかし、事情とはなんなのか?自分は一体どんな事故に巻き込まれたのか?相手はどんな人なのか?
まだ、無藤夢人は知らなすぎた。現実を、知らなすぎた。残酷はすぐそこまで足音も立てずに忍び寄っているというのに。
やはり、現実は残酷である。
だが、残酷なのが、現実なのだから。きっと、仕方が無かったのである。
しかし、未来は変えれる。例え、現実と残酷が同意義であったとしても、結末と現実は別意義である。寧ろ、そうで無ければ未来は常に、残酷になってしまう。
なればこそ、変えれない現実も残酷も無視して、結末だけを見つめてしまえばいい。
この物語は出会う事など有り得なかった少年少女が、
轢かれ、出会い、惹かれ、悲しみ、信じて、裏切られて、藻掻き、嘆き、向き合って、残酷な現実と闘い、
──────残酷な結末を迎える物語である。
そう、残酷な結末を迎える物語である。
今は。
「それよりアンタ、パソコンに入ってた、裸の女の子ばっかりの絵の写真?アレちょっと流石に引いたわよ。」
「・・・・・・え、ちょ、あ、あれは友達が勝手に」
「友達いないでしょアンタ」
「すいません先生、睡眠薬って置いてますか?」
一つ追加しよう。勝手に息子の部屋に入って物色する母親も残酷である。
残酷すぎるであろう。
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