完全な見切り発車でがっばかばな設定です。
二課に設立されたメディカルルームの一室。
そこでは、ノイズに家族を奪われた少女、天羽奏に対して天才「櫻井了子」を中心としたスタッフによる第三聖遺物ガングニール適合のための投薬実験が行われていた。
「ここまでしても適合ならず…か。やっぱり簡単にはいかないみたいね」
メディカルルーム内は被験者ー天羽奏の絶叫が響いており、少女にかかる負荷の大きさがうかがい知れる。
本実験の責任者と言える櫻井了子の言葉のとおり、適合実験は順調とは言えないものであった。
普通の子供であれば痛みのあまり意識を失ってもおかしくない状況であり、その場にいた誰もが思っていた実験の継続は不可能だと。
しかし、家族を失い大切なモノを奪われる痛みを知った少女の思いは常人の予想をはるかに上回るものであった。
「ここまで、だなんてつれねーこと言うなよ」
奏は床に倒れていた体を起こし、首元に薬物の入った注射器を刺すと不敵に笑う。
「パーティ再開と行こうや、了子さん」
瞬間、メディカルルーム内でアラームが鳴り響く。
天羽奏のバイタルが過剰な投与により危険域に達した事を知らせているのだろう。
彼女のガングニールに対する適合係数を表す数値は飛躍的に上昇しているようだが、過剰摂取の反動もまた大きいものであった。
少女は大量の血を吐き出すと再び地面に倒れ込む。
「何をしている!中和剤だ!」.
他の人よりも早く膠着状態から回復した風鳴弦十郎は指示を出す。
歴戦の猛者とも言える彼を持ってしても、少女の行動は呆気にとられるものであった。
メディカルルームは騒然として各員が慌てて応急措置を取ろうとする中、それは起きた。
「Croitzal ronzell gungnir zizzl」
聖遺物ーガングニールの欠片が突如として光を放つ。
その光は奏の体を包むようにして現れ、彼女の姿を戦士へと否、戦姫へと変えていく。
「これが…奴らと戦える力!!あたしのシンフォギアだ!」
今度こそメディカルルーム内の誰しもが言葉を失った。
先天的な才能である聖遺物との適合。
彼女は自身の意志の力によってそれを捻じ曲げ、望みを叶える為の力を得たのだ。
だが、それは諸刃の剣。
その激し過ぎる思いは彼女自身の身をも傷つけかねない。
それを示すかのように彼女の顔には、狂気とも取れる笑みが浮かんでいた。
重苦しい空気の漂う中、室外から場違いな拍手が聞こえてきた。
「話に聞いていたとおり随分と激しい女の子みたいだな!だが、俺はそういうの嫌いじゃないぞ!」
部屋に入って来るなり注目を集めたその男は、右手の親指を立てにこりと笑い白い歯を輝かせる。
彼自身のインパクトのある容姿も合わさって、その場の空気を完全に変えてしまっていた。
「ガイ!帰ってきていたのか!?」
「ええ、風鳴司令。少し手こずりましたがこのとおり無事任務を終えて戻ってきました」
ガイ、風鳴司令からそう呼ばれた男は、事態が飲み込めずに未だ呆けている奏の前へ進むと窓ガラス越しに手を合わせる。
「さっきも言ったが中々熱いハートを持ってるみたいだな。俺は二課の気高き碧い猛獣マイト・ガイ、今日からは俺が君に戦い方を教える事になる。よろしく頼む!」
ビシッ!とそう聞こえてくるほどに俊敏な動きで奏に対し、再び親指を立て笑いかける。
対する奏は最初こそ呆けていたものの、次第に理解が追いついて来たのか見る見る内に怒りで顔が染まっていく。
「なっ!聞いてねーぞそんなの!大体あんた一体何者なんだよ!?碧い猛獣て意味わかんねーぞ!」
「当然だ、君の指導に関してはたった今決めたからな!碧い猛獣とは読んで字のごとく俺自身のことだ!」
「…はぁ!?何言ってんのか分かんねーよ!くそっ、このおっさんじゃ話になんねー…弦十郎の旦那からも何か言ってくれよ」
ガイから満足のいく返答は得られないと判断した奏は、弦十郎へと視線を移す。
しかし、彼はそんな彼女の視線に気づかずに顎に手を当てて何かを考え込んでいた。
「…弦十郎の旦那?どうしたんだい?」
「ん?あぁ…すまん。ガイの事だったな、こいつは二課に所属するエージェントの1人だ。別の任務で離れていたところを、奏君の件もあって呼び戻していたんだが…そうだな、奏君の指導に関してはガイ、お前に任せる」
弦十郎は旦那!?と悲鳴に近い叫び声をあげる奏へ苦笑を浮かべる。
「まぁ、そう邪険にするな。ガイの実力に関して言えば俺や緒川にも引けは取らん。師と仰ぐのに十分な力はある」
そう説明されても未だ納得がいかないのか、疑いの目をガイへと向けている。
「あらあら、ダメよ?弦十郎ちゃん、ガイ君。いきなり結論だけを突きつけても奏ちゃんは困惑するだけよ。女の子は過程も大切にするんだから」
今まで沈黙を保ちデータの解析に努めていた了子が、視線をPCに向けたまま奏へのフォローに回った。
どこかズレている気はするが、唯一の味方を見つけたと思った奏は安堵のため息を吐く。
「だ・か・ら!ガイ君と奏ちゃんで一回模擬戦をしてもらえるかしら?ほら、よく達人同士は拳を合わせればお互いの心の内が分かるって言うでしょう?」
神は死んだ。
奏は唯一の味方と思っていた了子からのまさかの提案に、三度膝をついてしまっていた。
場所を移し、トレーニングルームへとやって来た面々。
最初こそ大人達の勢いに押され気味であった奏だったが、トレーニングルームに着く頃には既に戦闘態勢を整えていた。
「ではルールを確認する。…と言っても特段難しいことはない。単純に満足いくまでやり合って、最後に立っていた方の勝ちだ!」
弦十郎からの説明を聞きながら奏はストレッチをしているガイへと視線を向ける。
突飛な格好に目が行きがちだが、なるほど、弦十郎から自信や緒川にも引けを取らないと言われるだけはある、鍛え方は尋常じゃないようだ、とガイの実力を感じ取っていた。
模擬戦とはいえ自身にとっては初のシンフォギア装者としての戦闘。
否が応でも気合が入るというものだ。
双方気合十分、試合開始を今か今かと待ち望んでいる。
そんな2人をモニター越しに見つめる弦十郎と了子。
「それで?何で弦十郎ちゃんは奏ちゃんにガイ君をつける事にしたの?」
「何そう特別な理由がある訳じゃない、今の奏君にはガイがぴったりなんじゃないかと思っただけさ。奏君と同じように強い意志と努力を持って壁を越えて来たあの男なら、その道の先達として彼女を導いてやれるのではないか…とな」
そう言った弦十郎の視線の先では戦闘開始の合図と共に拳を交える2人の姿があった。
「はぁ…はぁ…っ!」
[(クソッ!こっちはシンフォギアを身に纏ってたつーのに結局マトモに攻撃を当てる事が出来なかっただと…分かってはいたけど、どんだけ規格外なんだこのおっさん!)
模擬戦開始から一時間後、そこにはギアが解除され地面に横たわる奏とその奏を見下ろすようにして立っているガイの姿があった。
奏は序盤からガイに対し力の限り攻め立てていたが、終ぞその拳が彼の身をとらえることは無かった。
「やるじゃないか奏!初めての戦いでここまでやれるなら上出来だぞ!俺も鍛え甲斐があるというものだ!」
息も絶え絶えな奏はその言葉を素直に受け取ることが出来なかった。
奏とてガイの実力は今回の件で十分に理解している。
教えを請うに値するだけの力を持っているというのも分かるが、己の復讐を果たすために手に入れた力が、ただの人に手傷すらおわせられなかったという事実が奏の心に影を落としていた。
「…分かったよ、あんたに師事する事に文句はないさ。けどな、それはあたしの力があんたを超えるまでだ!すぐに追い越して吠え面かかせてやる!」
せめても強がりにとガイを睨みつけながら啖呵をきる。
彼女自身もそれが単なる子供の癇癪と変わらないのは分かっていたが、それを言われたガイ本人はむしろ喜んでいるようであった。
「そうだ!奏、お前の青春はこれから始まるんだ。お前が俺を超えて立派な春を迎える時が楽しみだ!」
あまりにも前向きな言葉に奏は言葉を失ってしまう。
マイト・ガイという男は彼女の想像を超えていた。
それから数日経ち、弦十郎から呼び出しを受けた奏はもう1人のシンフォギア奏者であり弦十郎の姪でもある風鳴翼と対面していた。
「奏君、知っているとは思うが改めて紹介しよう。この子は風鳴翼、君と同じくシンフォギア天羽々斬の装者だ。今後は彼女との連携なども考慮して訓練を積んでもらおうと思っている」
「よ、よろしくお願いします」
翼は弦十郎の影からおずおずと出てくると頭を下げる。
後に名コンビとなる2人であったが、現時点での翼に対する奏の思いは明るいものではなかった。
翼が奏でに向ける視線、それが自身を恐れ、憐れんでいるよう感じてしまっていたのだ。
無論、翼本人にはそのようなつもりは無いのだろうが、先天的にシンフォギアに適合した彼女に対し、コンプレックスを感じてしまっている奏はどうしても尖った見方をしてしまう。
「ちっ、おどおどしてんじゃねーよ!お前もあたしと同じシンフォギア装者ならもっと堂々としやがれ!そんなんでノイズと戦えんのかよ?」
思わずキツイ言葉を掛けてしまい内心少しだけ後悔するも、やはり素直に謝る事は出来ない。
まだ幼き少女である奏に起きた悲劇は、彼女の心に決して小さくない傷を負わせてしまっていた。
奏から手痛い返しを受けた翼もまた、今までの境遇から心に傷を負っていることと生来の性格もあり、奏に対して言い返す事も出来ずただ身を竦めてしまう。
奏は、そんな彼女を見てばつが悪くなったのか、一人先にトレーニングルームへ向かってしまった。
弦十郎はそれを渋い顔で眺めていた。
(流石に昨日の今日で角は取れないか…本来ならば時間をかけて仲を深めるべきなのだろうが、ノイズな発生頻度が上がっている以上そうも言ってられん。ガイと緒川にも一層のフォローを求めねばならんか)
涙が溢れるのを必死に堪える翼の頭を優しく撫でながら、現状を憂う。
シンフォギア装者の数こそ増えたが順風満帆とは言えない。
やるべき事は多くあるが、前線で戦う事のできない自分達のかわりに、年端もいかぬ少女達を送り出している現状を思えば泣き言など口が裂けても言えなかった。
一方、トレーニングルームに向かった奏もまた先程のやり取りを引きずっていた。
ノイズのせいで多少歪んでしまっていても根は善性の少女なのだろう。
「どうした奏?今日は一段と元気が無いじゃないか。何か悩み事があるなら相談に乗るぞ。物思いにふけてそれを解決するのもまた青春だ!」
ガイはまだ、数日の付き合いでしかないが、普段が普段なだけにしおらしい奏を見て何か気落ちしていることに気づいていた。
「…別に、あんたみたいな人生常に前向きに生きてそうな奴には分かんないことだよ」
一瞬、自分の抱える劣等感について、ガイに相談するか考えたがかぶりを振って思い直す。
先の言葉のとおり常にポジティブにみえるガイに話しても、人と比べることが間違っているとか、自分は自分だとか綺麗事を言われるのが関の山に思えたからだ。
そもそもガイには嫉妬など無縁の感情であり、理解などしてもらえないとも思っていた。
しかし、予想に反して彼は奏の悩みを当ててみせた。
「そう言えば今日は、翼と改めて挨拶をさせると司令が言っていたが…はっは〜ん、さては奏め翼が自分よりシンフォギアを簡単に発動させたものだから嫉妬しているな」
「なっ、あっ!?」
図星を突かれた奏は咄嗟に言い返すことが出来ず、言葉にならない声を上げる。
「そうか、そうか。奏は負けん気が強いところがあるからな、つい言い過ぎてしまって後悔してるってところか?まぁ言い過ぎたと思うなら後で謝るべきだが、その負けん気の強さは大切にするべきだ!」
「…あたしはてっきり心が未熟だとか、そんなこと言われるかと思ったよ」
心底驚いたりというように目を丸くする奏。
まさかガイが自分の悩みを当てるとも、あまつさえそれを肯定するなどとは夢にも思っていなかった。
「何を言う。誰かに負けて悔しいってのは真っ当な感情だ!多かれ少なかれ誰しもが抱えているし、青春には欠かせない重要なものだぞ。突き詰めればその思いこそが自分の努力の源になる」
暑苦しいのは相変わらずだが、言っていることは納得できる。
奏は思わぬところでガイの評価を見直す事になった。
「しかし、緒川の教え子である翼が奏のライバルか…。これは益々負けてられんな!今の俺たちの戦績は49勝48敗、記念の50勝目は可愛い弟子と共に手に入れたいものだ」
「いや、ちょっと待てよ。別にあたしはあいつの事をライバルだなんて思ってないし、そもそもあたしのはそんな綺麗な感情じゃなくてもっとこう、ドロドロしてんだよ」
「それでいいさ。ライバルなんてのは何も綺麗なものだけじゃない汗臭く泥臭いものでもある。何よりお前自身が強くなりたいというのならば、ライバルの存在はあった方がいい。その存在こそがお前に本当の勝利というのを教えてくれる」
強くなりたければ、と言われてしまえば奏は黙るしかない。
ノイズと戦う事が出来ないとはいえ、現時点でガイは奏よりも遥かに強いのだ。
その彼が強くなるのに必要というのであれば、半信半疑ではあるが従うしかないだろう。
「そうだ!せっかく奏にライバルが出来た記念に俺が強くなった秘訣を教えやろう!」
「!そんなもんがあるならもっと早く教えてくれよ!秘訣て言うのは一体なんなんだ?」
「強くなる秘訣…それはな」
「それは?」
奏はゴクリと喉を鳴らす。
常人離れしてもはや超人と呼んでも差し支えない彼が言う秘訣。
知らずのうちに拳に力が入る。
「それは自分ルールだ!」
「…は?自分ルール?」
「そうだ!簡単に言うと、負けた場合の課題を背負って挑むことで真剣に打ち込めるようになり、負けたとしてもその課題をこなすことでより強くなるという究極の2段構えだ」
「いや、よく分かんねーんだけどそれが秘訣?」
「あぁ、と言っても口で説明しても理解し辛いだろう。今から俺が緒川相手に実践してやる。ついて来い奏!」
「あ、おいどこ行くんだよ!待てっておい!」
困惑気味な奏とは対照的に意気揚々と緒川の元へ向かうガイであったが、肝心の緒川は翼のメンタルケアに注力しており、2人での協議の結果じゃんけんの勝負となってしまった。
なお、ガイは負けたら逆立ちで町内500周という自分ルールを奏に見せることになったようである。
夜も更けて月明かりだけが辺りを照らす。
奏は何だか寝付く事が出来ずに1人で出歩いていた。
「結局今日は連携どころじゃなかったな…」
日中、ガイは自分ルールというよく分からないものを力説したかと思うと肝心の緒川には軽く流され、結局いつもの訓練になってしまった。
翼も体調が優れないということで昼以降は見ていない。
奏自身は、キツく当たった手前、顔を合わせることに気不味さを感じていたことから正直ホッとしていたが、今後のことを考えるとあまり良いことではないだろう。
こんな事で本当に大丈夫なのかと焦りが湧いてくるが、自身の力の無さも知っているため遣る瀬無い気持ちだけが残る。
(ん?あれは…ガイか?こんな時間にあいつ何やってんだ)
ふと物音がした方を見てみれば一応自分の師であるガイの姿が目に映る。
声をかけるかどうか悩んでいたところ、彼はそそくさと外へ出て行ってしまった。
何となくそんな彼が気になった奏は後を追いかける。
ある程度二課の施設から離れたところでガイは何度か伸びをしたかと思うと、逆立ちになりそのまま勢いよく駆けていった。
彼の行動が予想外なのはいつもの事だか、今回もまた、奏の想像を軽く超えてしまった。
思わず呆けてしまっていた奏に背後から声が掛けられる。
「こんな時間に何をしているんだ奏君?」
「なんだ、弦十郎の旦那か。驚かさないでくれよ」
はっ、と振り返った先にはいつもの格好をした弦十郎が立っていた。
おそらくは、今の今まで仕事だったのだろう、顔には疲れが浮かんで見える。
「別に、眠れないから散歩をしていたらあのおっさんの姿が見えてね、こんな時間に何やってんだろうと思って後をつけてたんだ」
弦十郎にそう言いながら奏は、ガイもまた仕事帰りのなのかもしれないと考えた。
弦十郎と同じように仕事をしていたのであれば、今の時間に出歩いている事にも説明がつく。
逆立ちなのは彼の性格から考えるにトレーニングとかそういったところだろう。
「ん?あぁ、ガイの奴を追いかけていたのか。あいつなら昼の自分ルールで町内を500周してくると言っていたぞ」
「…なんだって?」
「なに驚く事じゃない。ガイの奴はいつも緒川との勝負に負けた時はああやって自分を追い込んでいるのさ」
「いや、負けたって言ったってたかだかじゃんけんの話だろ?」
「ガイにとって、緒川との勝負はじゃんけん一つでもたかがではないということだ。…せっかくだ、ガイのことについて少し話をしてやろうか?」
出会った頃の奏であれば興味がないと一蹴していただろうが、今それをするには既に彼と関わり過ぎていた。
弦十郎に対し、無言で頷く事で先を促す。
近くにあったベンチに2人して腰を下ろすと、弦十郎は暫し思い出すかのように目を伏せる。
「さて、どこから話したところか。…そうだな、まずガイと緒川の関係について話すぞ。あの2人は幼い頃から同じような訓練を受けていてな、互いに切磋琢磨して力を付けてきた。もっとも、ガイの奴は当初、落ちこぼれで緒川には何一つとして勝てる物が無かった」
「ちょ、待ってくれよ旦那!あんな化け物みたいに強いガイが落ちこぼれってどういう事だよ!」
「なに、最初からガイの奴も強かったわけじゃ無い。むしろ、才能で言うなら分身の術も影縫いもできないガイは、下から数えた方が早かっただろうよ。それでも、ガイの奴があそこまで強くなったのは本人の努力と親父さんの…ダイさんの教えだろうな」
「ガイの親父?」
「あぁ、そうだ。ガイの父親であるダイさんは、男手一つでガイを育てた立派な人だったが…正直、実力の方はからきしでな。それを揶揄するような連中も少なく無かった」
当時の事を思い出しているのか弦十郎の拳に力が入る。
奏にはそれが悲しさや悔しさ、怒りなどが綯交ぜになっているように見えてとても痛々しく感じられた。
「すまん、話を戻そう。ダイさんはそんな周りの目には負けずにガイの為にその身を粉にして働いた。そして、それを近くで見ていたガイはそんな親父さんに恥じない男になろうとより努力を重ねた」
「だが、ある日の任務でダイさんは、ガイ達若い世代を守る為にその命を燃やしてしまったんだ。詳細は省くが文字通り燃え尽きるような最後だったと聞いている。しかし、命尽きたとしても、その意志は今を生きる者達に引き継がれてた。その最たる例がガイの自分ルールだ」
「ガイは、自分ルールを課した緒川との勝負を通じて自らの身体を鍛え抜き、遂には同世代でも天才と名高かった緒川と肩を並べるまでになった。その根底には、自分にとって大切なものを死んでも守り抜く、という父親から受け取った意志がある」
弦十郎から聞かされたガイの過去。
それは普段のガイからは想像もつかないものであった。
だが、それらが今のガイの強さを形成していると言うのならば納得もできる。
「なぁ、旦那。ガイにとって死んでも守り抜きたい大切なものって何だ?」
奏はガイが強くなった源がそれにあるというならば、自分はどうかと自問する。
しかし、守りたいと思った家族を失ったばかりの彼女には思いつかなかった。
それならば、自分と同じく家族を失ったガイは一体何を守ろうというのか。
奏はそれが知りたかった。
「ガイの守りたいもの、か。それはな、奏君。君達自身だ」
「あたし達自身?」
「そうだ、いくら特別な力を持っていると言ってもまだまだ子供。これから青葉が芽吹き新たな春へと繋がる君達こそ、ガイにとっては命を賭しても守るべきものなのだよ。自身がそうしてもらったようにな」
奏は居ても立っても居られずに走り出す。
ノイズによって家族が奪われ、自分だけが生き残った時は怒りと悲しみで心が千切れそうだった。
それがニ課に来て弦十郎や了子といった大人達に出会い、少しずつ心の傷は癒えていった。
それでも、もう二度と自分は家族というものを得ることはない、自分を本当に大切に思ってくれていた存在はもういないのだと、決めつけていた。
だが、あの男は、ガイは自分の事を自らの命を賭けても守りたいものだと思っているという。
そんなのは口先だけだ、と笑い飛ばす事など出来るはずもない。
たった数日の付き合いとはいえ、ガイの言葉に嘘がないのは身にしみて分かっている。
奏は胸の中で溢れる感情をただガイに伝えたかった。
息を切らせながら町中を走り回る。
そうして、ついに見つけた。
「はぁ…はぁ…見つけたぞ、この馬鹿」
「ん?奏か?こんな時間まで何をやっている。いくら装者といっても女の子が夜道を一人で出歩くのは感心しないぞ」
色々と言いたい事、伝えたい事はあるのだがいざ彼を前にすると中々言葉は出てこない。
気を抜くと涙が溢れてしまいそうだ。
俯いたままガイの胸に頭をうめて、潤む目をごまかす。
「あたしは誰かに守られるだけなんてごめんだ!自分のことは自分で守るし、自分の守りたいものも自分で守る!けど…あんたの言葉は信じる、信じるよ…だからあたしを一人にしないでくれ、もう一人は嫌なんだ」
「…奏、俺はお前の話を聞いた時、他人のようには思えなかった。血反吐を吐きながらも力を身につけ、戦おうとするお前を放っておくことができなかった。お前にとっての青春を見つけるその時まで、俺が必ず見届けてやる」
優しく奏の頭を撫でるガイ。
彼らを優しく包み込むように月明かりは照らしていた。
NINJA の ちから って すげー !!
目次 感想へのリンク しおりを挟む