終わった噺の祈るひと (唯のかえる)
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序章 遥かなる大地へ
第1話


 ずいぶんと懐かしいセリフを囁く少年の声が聞こえたんだ。

 

『──ねぇ、不思議なところに行ってみたくない?』って。

 

 目を開けると、見たこともない場所にいた。

 いや、見たこともないというのは若干語弊がある。

 既視感と懐かしさがないまぜになった眼前。

 

 天使や悪魔のような不思議な翼と尻尾と天輪を持つ人たち。

 天使のようなのがタイタニア種族で、悪魔のようなのがドミニオン種族。昔のゲームのキャラクター設定を思い出して、懐かしくて目が潤む。潤む視界を誤魔化すように、空に向かってため息をついた。すると、視界に大きな象徴(シンボル)が視界に飛び込んできた。

 知らない人が多く歩く中、天を衝いたひときわ目立つ大きな青い柱。

 画面の向こうで何度も見たそれは、ここがどこかを明確に教えてくれる。

 恐る恐る、青い柱とは真逆を振り返ると、新緑たなびく大平原。

 

「すごく、きれいだ……」

 

 ……今のは、自分の声か? 

 まるで声変わり前の子供のよう。

 もう一度、声を出すと先ほど聞こえた高い声。

 手を見てみると、幼いと言っていいくらいに若返っている。

 青地の簡素な服に身を包んでいる。

 見覚えがある服(スモックともんぺ)だ。

 

 もしかして、俺は青春時代を捧げ、社会人になってからも常々癒されていたあのゲームに。もう、終わってしまったあの世界に来てしまったのかもしれない。

 ……なんてな。明晰夢って奴だろう。

 

「まぁ夢なら夢で楽しめるか」

 

 はて、夢でこんなに鮮明に思考することが出来ただろうか? そんな疑問も思い浮かぶが、夢としか言いようがないわけだし、とりあえず歩を進めてみよう。最初はゆっくりと、徐々に駆け足になって、最近忘れていたワクワクが胸の中で暴れ始めた。

 

 居ても立っても居られず、情報を集め始める。

 

 うろ覚えの知識を総動員して、酒屋さんに辿り着いてお試しで受けさせてくれたクエストを受注し、簡単な運搬系をさせてもらう。いわゆるお使いクエストを済ませ、少しだけ小金を稼いだ。受け取ったお金は見たことのないゴールドという貨幣。

 

 試しに出てみた平原には、青くて丸いゼリー(プルル)赤いウニ(アーチン)大きな幼虫(クローラー)などの見覚えのあるモンスターたち。どいつもこいつも平和そうな様子で、蝶々を興味本位で追いかけていたり、日向ぼっこして眠っていたりしている。

 好奇心で蝶々を追いかけているプルルにつんつんと指で触ってみる。すると、こちらに興味を示したプルルが突撃してきて……うわ、攻撃された!? 

 

「いてて……」

 

 プルルにぺちぺちと叩かれた痛みが、これは夢ではないと暗示しているようだった。

 なんとかぺちぺち殴り返し、みゅーんというヤラレ声とともにプルルがシュンと消える。消えた場所には、やはりというか『ゼリコ』と呼ばれるゼリーのような謎物質が落ちていた。これがプルルの代表的なドロップアイテム。

 

「……本当にアイテムをドロップするんだ!」

 

 ゼリコのアイテムテキストに食べられるらしいというのがあった事を思い出し、恐る恐る口に含んでみる。無味無臭で触感はゼリーという、何とも言えない味に首をかしげてしまう。

 随分と、ゼリコっておいしくないんだなぁ。

 

「プッ、ふふ…、ハハハッ!」

 

 すごいなぁ! 

 まるで現実みたいだ!! 

 

 食べ終わった後、クククッと笑みがこぼれ出てしまった。

 すごいなともう一度思ってしまうほどに、胸がドキドキしていた。

 

 夢というにはリアルすぎて、現実というには随分とファンタジー。

 パンッと両手で頬を張ってみた。

 

 うん、とっても痛い。

 それでも、夢と言ってしまえば、一言で片づけられる。

 

「………夢と思って適当に過ごすのはもったいないな」

 

 ──カチリ。

 何か音がした気がした。

 

 俺は本当に来てしまったみたいだ。

 あの大好きだった世界に。

 ここは終わってしまったMMORPGの世界。

『エミルクロニクルオンライン』の世界だ。

 

 そう確信した。とてもうれしかった。

 興奮して思わずガッツポーズをしてしまうくらいにはうれしかったのだ。

 よし、これから大冒険が、はじま……る? 

 冒、険? 

 

 

「あ」

 

 

 はたと思い出した。

 ──引っかかった疑問から、その言葉を思い出してしまった。

 

 

『この世界は、なぜ滅んでいないのか分からないほどボロボロである』

『知らない誰かが、奇跡的に未来をつないでいた世界』

 

 

 それが、エミルクロニクルオンラインの舞台『アクロニア世界*1』の実情。

 長年プレイした俺はそれを知っている。

 なにしろ影で世界を続かせるファインプレーをしていたのは自分のキャラクターなのだから。先ほどまで暖かな日差しに感じていた太陽の日差しが、とつぜん薄ら寒く感じる。鳥肌が立って気持ち悪くなった腕をさすりながら、平原からアクロポリスへ向かう。

 浮足立っていた気分が、僅かな不安に変わる。

 

 どこでもいいから、落ち着ける場所に行きたかった。

 

 今は、どのくらいの時期なのだろうか。

 今日手当たり次第に行動した内容を思い出す。

 

 アップタウンにはまだ許可証がないとは入れなかった。

 まだ、なんでもクエストカウンターは存在しない。

 タイニーカンパニーも存在しない。

 イリスカードの噂すら聞こえてこない。

 しいて言えば、ようやくノーザン王国の場所がアクロポリスに伝わったあたり。女王の総べる雪と魔法の国だそうだ。字面だけならミュージカルでも始まりそうだが、当の女王の肉体は氷漬けで封印されているし、王国民の大半は肉体を失って霊体となって潜んで暮らしている。

 説明するととんでもなく恐ろしい国だ。なにより、そうなってしまったのは世界の資源が枯渇してきたことを何とかしようとした一種の世界救済の結果なのだから、体の震えが強くなる。

 

 ……情報を纏めよう。

 今現在がサービス開始のSAGA0~SAGA1の間位だと仮定しよう。

 まさに今が、アクロニア世界を巡る冒険の黎明。

 

 これから覚えている限りだが、各地で季節ごとに起こる困りごとを片付けなければならない。有名どころで、逆襲のシナモンはアップタウンに来られると被害が想像もできない。

 それはまだいいか。

 いや、良くはないがこれに比べればましだ。

 

通年イベント

 通年イベントとは一年を通して伏線などをはらんだストーリーが設置され、ちょっとずつ謎が解明されていくイベントの事だ。年によっては普通に世界が滅ぶような要素があったりもするイベント。とにかく毎年毎年この世界は危機に陥るのだ。それも数年連続である。光の戦士でもいれば、たった一人で運命力に導かれてながら世界の破滅を救ってくれそうなのに。だけれど、この世界にはただ単に世界の冒険を楽しむ冒険者しかいない。

 

 世界中の誰かとの絆、想いの力を合わせ足りないところをみんなで補って、ようやく世界を守れる。それがこの世界の冒険者の限界だ。

 

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 ゲームとしてはとても感動できる展開だった。

 当時を振り返って、鮮明に思い出せる心が震える展開。

『最終決戦』

 次元という概念事、世界を食らう巨大なクジラ『クトゥルフ』

 そのクジラを自分の意のままに操り復讐を誓う黒幕『ハスター』

 各年を通して絆を深めた人たちが、主人公の危機に颯爽と参上してくれる。

 彼ら彼女らは主軸の世界をめぐるメインストーリーにもかかわっておらず、唐突に事件に巻き込まれる。その事件の中で、主人公が黒幕であるハスターの狡猾な罠に嵌められるのだ。それも随分と悪質で、今まで救ってきた人たちに後ろ指を指されてしまうような怒涛の展開。

 

 だけど。

 それでも。

 主人公が、世界中から主人公こそは悪なのではと疑われても……! 

 ──それでも彼らは一心に信じてくれて、恩を返してくれたのだ。

 

『この人は、絶対にそんなことをする人じゃない!』

 

 そう言って世界各地の被害を防ぐために共に行動してくれるのだ。

 もちろん、それには通年イベントで彼らと培った絆があるからに他ならない。

 雑踏の中を、俯きながら歩く。

 

「もし、その絆が築けなかったら……?」

 

 ドッドッドッと動悸がうるさい。

 時折、なにかにぶつかってしまうが歩くのをやめない。

 立ち止まった瞬間、得体のしれない何かに飲み込まれてしまいそうだった。

 ツー、と背中に流れる冷や汗が非常に気持ち悪い。

 カラカラに乾いた喉が、やけに痛んだ。

 

 なにか、書くものが欲しいな……。

 そう思ってようやく周囲を見回す。

 目についた露店から、運搬で稼いだ小銭で手帳とペンを購入した。

 何やら店主が心配そうに声をかけてきたが、フラフラと歩き去る。

 正直、かまってる余裕がなかった。

 ……では、この世界で何が起こるかを箇条書きでまとめてみよう。そして、問題を放置された場合どうなるかも、単純に理解できるはず。

 

 一つ、守護魔の卵を孵化させねばならない。

 ・ウルのいたずらで大規模な各地への被害が発生する。

 ・ウルが半身のルゥを無理やり連れだすことによりルゥの消失。

 ・ウルゥは存在しなくなり、次期守護神候補を失う。

 ・二度目の閏年に世界中に次元断層が溢れ世界が滅びる

 ・星を守る者イベントの前提条件を失い、世界が不安定になり世界が滅びる

 ・最終決戦の味方が減るので、世界各地の被害が増大する。

 

 一つ、1期アルマ達とアミス先生を救わねばならない。

 ・病魔が進行し、アミス先生が死ぬ*2

 ・人類とアルマ*3の理解が進まず悲惨なことになる未来。

 ・タイニーカンパニーにアルマへの理解ある冒険者が派遣されない。

 ・質の良い3次職冒険者が極端に現れなくなる可能性。

 ・上記により、諸々のイベントがスルー、及び崩壊して世界が滅びる

 ・なんでもクエストカウンターが発足しないので、ロアイベントで世界各地の被害が甚大。

 

 一つ、ロア、2期アルマ達を救わねばならない。

 ・世界中でロアによる被害が非常に大きくなる。

 ・規定路線で済ませないとストーリーを担う主人公がロア化して消滅

 ・紙芝居屋アイリス(イリス博士)の力が借りられなくなる。

 ・イリスと同等の知識を持つアイリス・ロアとの敵対。

 ・ナコト写本による主人公の強化がなされない、世界が滅びる

 ・ワールドオーブによる神器作成ができなくなって、ラスボスが倒せない。

 

 一つ、各地に眠る御魂たちを救わねばならない。

 ・アルティは夢を見続ける

 ・上記により、御魂も朽ちる

 ・アップタウンに巨大な飛空庭が堕ちる。

 ・神器開放のフラグが立たずに、最終武器が完成しない。

 ・縁の下の力持ち要素が消えるので、ストーリーが空中分解して既定路線を走れない。

 

 一つ、タイニーカンパニー及び三期アルマを手助けせねばならない。

 ・次の年に神魔イベントに繋げ切れなければ、最終決戦以前に滅びが確定

 ・各地のアルマたちの人間への理解が深まらずに、種族間の溝が広がる。

 ・種族間の軋轢による不安は、星を守る者の想いの暴走を早める。

 

 一つ、神魔、4期アルマを導かねばならない。

 ・各地に次元断層からあふれた精神体が人間に憑依し、暴走及び破壊行動をする。

 ・神魔の人類に対しての気持ちが軽いので、下手をすると敵対化。

 ・上記を何とかしない場合、次元断層により世界中はズタズタになる。

 ・次元断層が開きすぎ、世界の座標がクジラ(クトゥルフ)に見つかる。

 ・次元という概念ごと食い物にするクジラに全てを食い尽くされ、世界が滅びる

 

 一つ、星を守る者、各地の守護魔を助けねばならない。

 ・想いの力の増大により、世界が不安定になり、妄想と不安による化け物が現れ始める。

 ・大を救うために小を切り捨てる人に、最終決戦の味方を切り捨てられる。

 ・世界樹の制御に失敗し、主人公は死ぬし、ついでに世界もゆるゆると滅びる

 ・ウルゥは守護神になるきっかけを得られず、星の中心でオリジンは眠ったまま。

 

 そして、とどめに三世界をめぐる大規模な冒険。

 

メインスト―リー(ドミニオン世界)

 ・ドミニオン世界で攻防戦に参加せねばドミニオン種族は滅びる。

 ・心無いDEMの増大。マザーが敵対したままになる。

 ・びっくりスキンク大作戦……もとい『戦歌の大地』作戦の失敗。

 ・ワールドオーブによる神器作成ができなくなって詰む。

 

メインストーリー(タイタニア世界)

 ・タイタニアドラゴンとの面会。

 ・守護竜の中での過労死枠と繋がれないと行動の指針が貰えない。

 ・ティタの蘇生及び最終決戦への道しるべがすべて消える。

 ・ワールドオーブによる神器作成ができなくなって、ラスボスが倒せない。

 

メインストーリー(エミル世界)

 ・エミルドラゴンが力を消耗し、衰弱して消滅。

 ・最悪、ゲームでの世界を救ったパーティが消える。

 ・各地でのハスターの計画の阻止を出来ない。

 ・既定路線を走れない及び味方ハスターの死亡。

 ・何の準備もなしに守護竜が苦戦した巨大クジラが解放される。

 ・ワールドオーブによる神器作成ができなくなって詰む。

 

 ほかにもネコマタイベントでルクスの心の成長だとかオートマタ等のDEMの少女とか……。

 

「うわっ、この世界滅びすぎ……?」

 

 思わずつぶやくのも無理ないだろう。

 誰か無理ないと言ってくれ……。いや、これは無理じゃないか?? 知ってたか? これだけ滅びかけてたのにこのゲームの広告『世界を救うなんて、めんどくさい!』とか書かれていたんだぜ? 詐欺かよ。いや、ハウジング要素とか着せ替え楽しかったけどさぁ……。なんだよこれ、世界滅んじゃうのか? 俺、数年後に死んでるのか? 

 

 最初にあった好奇心による興奮は、既に未曽有の混乱に変わっていた。

 

 あれ、これ俺。

 詰んでないか? と。

 

 おもわず、近くにあったベンチにフラフラと近づく。

 オイルの切れた機械のように軋む体を無理やり座り込ませて深いため息をつく。

 何も見たくなかったので、両手で顔を抑えた。

 

 思い出せる限り、特に意識していなかったゲームのストーリーを思い出す。

 悲しいことに虫食いだらけだ。

 しょうがないだろ。

 最終的にエンドコンテンツのデュアルジョブレベル上げと自分のキャラクターへの着せ替えに傾倒していたんだから。

 

 穴だらけのログが頭の中で一斉に騒ぎ出す。

 

 手はめちゃくちゃに震えていたし、既に全身冷汗まみれだ。耳鳴りがうるさい。鼻がツンとして不安で涙がこぼれそうだ。ぽたり、と頬を伝った汗が地面で弾けた。

 

 いろいろと、いろいろと、だ。

 沢山の問題はある。

 でも目下の問題なのは──。

 

 主人公は誰だ? 

 ストーリーの主軸となる各イベントの最前線で行動する者は誰だ。

 

 俺なのか? 

 それとも、知らないどこかの誰か? 

 ストーリーの進行具合は? 

 

 これは確定的ではないが調べるための方法がある。

 酒場のマスターのフィリップ氏にエミルというネコマタを連れた冒険者に家を紹介したかどうかを聞けばいい。『エミル』というのは、種族名にもあるのだが、この場合人名になる。わかりやすいように『君』をつけておくか。エミル君はこの世界のメインストーリーの主軸を担う、プレイヤーキャラとは別の主人公だ。

 エミル君が、冒険を始めていれば……、つまりその補助だけで世界は救われる? 

 

 だが、どうだ? 

 もしも、彼が存在しなければ? 

 

 主人公として俺自身が立ちまわっていかねばならないのではないか? 

 失敗すれば世界が滅ぶというのに? 

 失敗すれば簡単に死んじゃうのに? 

 

 ……思考の路線を戻さないとな。

 ゲームの人たちがいる前提で考えないと気が狂いそうになるから、彼らは絶対にいる、そう思っておこう。いるはずなんだ。いなきゃ困るんだ……! 

 

 ……。

 …………………はぁ。

 確定的ではないと挙げた理由がある。

 メインストーリーはリニューアルされているのだ。リニューアル後はアミス先生の学校からエミル君たちが紹介される手はずになった。そして、出会うのは東の国『ファーイーストシティ』のダンジョンだったはずだ。

 リニューアル前は『イストー岬』という場所から、エミルパーティの一人であるマーシャの飛空庭でアクロポリスまで送ってもらえるというもの。もしくは、ゲーム初期地点『アクロポリス』の東稼働橋から直接始まるもの? 

 

『大丈夫だ、問題はない』

 そういう某72の名前がある男のゲームが流行ったころに、運営がパロディで設置した選択肢を思い出す。そんなこともあったなぁ。こんなくだらないことを思い出してる場合じゃないのにな。

 

『このままだとアクロポリスが沈む!!』

『君、そんな装備で大丈夫なのかい?』

 大丈夫だ、問題ない。

 →一番いいのを頼む。

 

 少し違った気もするが、そんなイベントを挟んだ。そのイベントは、ゲーム開始直後のチュートリアル。チュートリアル『夢の世界』で始まる。

 

「ってまて。そうだ! ティタが出てくる夢を、俺は見ていない!!」

 

『ティタ』とは、エミル君パーティの一人で、タイタニアの少々天然な少女。

 癖のあるキャラだらけのエミル君パーティの中でも、特に特徴的なキャラクターだ。ティタは一度エミル君を生死の境目から救うために限界まで身をささげ、肉体から心をなくしてしまう。だが、復活したエミル君は記憶喪失になってティタのことを忘れてしまう。最終的にティタの兄との確執もいろいろありながら、エミルはティタのことを思い出す。

 そして、ティタの心を再び取り戻す冒険をする。

 という自己犠牲系ヒロインな女の子なのだ。

 

 ゲームのプレイヤー視点としての話はこんな感じだ。

 キャラクタークリエイトした後に、ティタと出会うのだ。出会う場所は、プレイヤーキャラの夢の中という特殊なフィールド。このフィールドでゲーム操作に関してのチュートリアルを受ける。

 その後、アクロニア世界の過去の出来事の様子を見せられ、初期のチュートリアルは終了を告げるのだ。

 

 SAGA0では、まだティタは実装されていないんだっけ? 

 全然覚えてないぞ? そんな昔のこと。いや、俺がただ単に夢を見ていない可能性もある……? 

 つまりティタはまだ死んでいないのか? 

 確か彼女はエミル君を救うために心が砕け散ってしまったような? あいまいだが、そんなストーリーだったと思う。

 

 ……あれっ? 

 

 チュートリアルキャラだったティタは、最終的に紙芝居屋アイリスに変わったんだっけ。

 そのころには新キャラをあまり作らなくなっていたからいまいち思いだせない。

 

 まてまてまて。最初は。

 どうすればいい? 

 下手なミスをしたら、俺のせいで世界が滅ぶのではないか。

 

「ははは、そんな、まさか…………?」

 

 もしも……。

 もしも、成功例のストーリーをなぞれなかったら? 

 

 

様々なバッドエンディングが脳裏を走り抜ける。

 

 

「そこの貴方、大丈夫?」

「──ッ!?」

 

 顔を上げる。

 艶のある黒布で目以外を隠した妙齢な女性が心配げに、こちらを見ていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ずいぶんと顔色が悪いわね」

 

 この人を知っている。

 ゲーム内で、高い頻度でお世話になったNPCだから。

 

「時を知る占い師、レミア……さん」

「あら、私を知っているの?」

 

 ステータスのリセット行為を行ってくれた占い屋のNPC。

 狩りや演習、攻防戦の前にお世話になっている占いお姉さんだ。

 そうだ、彼女なら。

 未来が見れるという設定を持っているレミアなら分かるかもしれない。

 

 

「世界は滅びますか? だ、誰かが間違えたせいで救えませんか?」

 

 

『俺のせいで』とは、聞く勇気がでなかった。

 レミアは最初キョトンとした瞳で、それは徐々に真剣みを帯びていく。

 最後に、ニコリと綺麗に笑った。

 

「そうね。もしかしたら滅びるかもしれないわ。でも、滅びないかもしれない」

 

 求めていたものとは違う、どっちつかずの答え。

 

「あら、曖昧な答えで不満そうね? 

でも貴方、この世界がとっても好きなんでしょう? 

 

 その言葉がすっと胸に刺さった。

 

「……なんで、そう思いました?」

 

 出会って一分にも満たない時間。

 しかも、自分にとって心の片隅にあった感情。混乱とよく解らない使命感によって隅に押しやられていた、始まりの興奮を見抜かれて思わず口についていた。レミアがよしよしと頭をなでてくる。俺は少し泣きそうになりながらそれを受け入れた。

 

「滅びを想像して、滅びを知って、それでも貴方は救いたいんでしょう? だから貴方はこんなにも焦っている。方法も道筋も知っているのはとても辛いわ。実行するための力がないのを理解するのが歯がゆいもの。実行するための機会を逃すのが、とっても苦しいものね」

 

 でも、と彼女は続ける。

 

「貴方は足掻くんでしょう? 無理だと思っても、最終的には足掻いてしまう。だからこそ、あなたは今悩んで震えている。それは、貴方がこの世界をとっても気にかけているからだわ。その震えと恐怖が他ならない答えを示しているの」

 

 そしてね。と、撫でていた手が頭をポン優しく叩く。その衝撃は発破をかけるようなものに感じられた。

 

「まだ、滅びるかどうかの答えを出すのは早いわ。だって、遠い未来の話だもの。未来は変わる。いえ、変えられる。貴方が、私たちが行動して変える可能性はいくらだってある」 

 

 ……そうだった。

 暖かいものが胸に満ちる。

 何年も同じゲームを続けていたのはひとえにこの世界観やキャラクターが好きだったからだ。誰かが困っていたら、周りの誰かが声をかけてくれる。この優しいハートフルな世界が大好きだったことだけは覚えてる。そのことを再確認して、座り込んで動けなかったベンチから立ち上がる。

 ──震えはもう止まっていた。

 

「フフ、いい顔ね。頑張れそう?」

「ありがとうございました。貴女も、いつか自分の未来が占えるって応援しています」

 

 だから貴女も諦めないで。

 そう告げると、レミアは驚いた顔を見せた。

 

 時を見通すレミアは、自分の未来だけは見通せなかった。だから、時折クエストという形で水晶を持ってきてくれと依頼をするのだ。力のある冒険者にお願いをして、諦めずにそれを続けていく。でも、何度やってもうまくいかなくて諦めそうになる描写も作中に出てくるのだ。いや、内心諦めつつ、応援に答える振りをしているというべきか。

 

「……本当に、なにかを知っているのね。ええ、もちろん諦めないわ」

 

 もう立ち止まっていられない。

 レミアにしっかりと笑顔で手を振って、さようならを告げる。

 その場を立ち去るために、しっかりと地面を踏みしめて一歩を踏み出す。

 

「貴方、名前は?」

 

 背中に声を受けて、思い出したように振り返る。

 この夢のような現実での決めてなかった名前。

 ちょっとだけ考えて、この世界で名乗る名前を決める。

 かつてのゲームキャラの名前じゃなくて、ふさわしいと思った名前を。

 

「──プレイア。俺は、プレイアです」

 

 かつてこの世界を旅したプレイヤー(player)として、良い未来を祈る者( Prayer)として。

 そう名乗ることにしよう。

 

「プレイアね。困ったら私のお店にいらっしゃい。きっと力になるわ」

 

 大きく頷く。

 そして、最後に一言。

 

「貴方の未来を一個だけ知ってます。──世界が救われた暁には、きっとあなたに真っ先にお礼を言いに来る人がいるでしょう!」

 

 その言葉を受けて、キョトンとした目がこちらを見ていた。

 レミアの返事を待たずに、今度こそ前を見て走り出す。

 

 とにかく、酒屋のフィリップにエミルの事を聞いてみよう。

 それからだ。

 それからこの世界をどう生きるかの方針を決めるのだ。結論から言うと、エミル君はフィリップに家を借りていないようだった。つまり、まだエミル君は記憶を失っていない可能性が高い。

 

 これから先、世界はどうなってしまうんだろうか。

 全然わからない。

 足踏みしている時間はないんだろう。

 

 でも、焦るほどの時間でもない。

 

 レミアの言った言葉を思い出す。

『世界を救う』その言葉は重い。だから、こんなに体がこわばってしまうんだ。この一歩が重くなってしまうのだ。

 

 じゃあ、出来そうな風に考えよう。

 

 レミアに告げた未来。

 それが守れるように精一杯努力しよう。

 そしたらきっと。

 

 世界を、未来を変えているかもしれないんだから。

 

 世界の平和を祈りましょう。

 上手くいくことを祈りましょう。

 なぜなら俺は、プレイヤーだったのだから。

 

 俺は方針を定める。

 何があってもいいように、力を手に入れよう。

 まずは全てのイベントのために、3次JOBカンストまでひたすらレベリングだ! 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、気が付かないふりしていたんだ。

 すでに重大な問題が発生していて、見て見ぬふりをしています。

 

「寝るところ、どこにあるんだろ……?」

 

 煌々と地上を照らす綺麗な月を見上げながら、俺は途方に暮れた。ゲームではイベントでしかなかった夜が、アクロポリスを包み込んでいる。ゲームには宿屋などなかったために、どこに行けばいいか分からない。

 

 プレイアは、がっくりと項垂れるのだった。

 

 

 ☆

 

 

「不思議な子だったわね」

 

 時を知る占い師レミアは帰路につきながら、考える。

 

「未来の見えない子だった。いえ、未来が多岐に渡りすぎて良く分からない子だった」

 

 様々な未来が見えた人物であった。

 震えていたあの子は可能性の塊。

 きっと、なろうと思えば何にでも成れるであろう才能の持ち主。

 武器を使えば最終的に隔絶した武術の頂に達するだろう。

 魔法を扱えば最終的に隔絶した魔導の知恵を得るだろう。

 

 まるで、何にでも成れるように作られたような存在。過程をすっ飛ばして作り上げられた器のような存在。タイタニア氏族のように過去が隠滅された謎の存在。

 そんなただの人ではない存在が、震えて蹲って泣きそうになっていたのだ。

 思わず声をかけてしまった。

 そうして返ってきたのは、衝撃の質問。

 

「世界が、滅びるか。どうしてあんな質問を……」

 

 大体12歳くらいだろうか? 

 そんな子供の口から飛び出る言葉ではない。

 たくさんの大人達が見て見ぬふりをしている事実。

 

 この世界は滅びる。

 ──それは、まぎれもない真実である。

 

 このエミル世界を守護するドラゴン。『エミルドラゴン』はいずこかに消えた。

 何十年と時間が経とうが、かの守護竜は帰ってこない。

 いずれ、忘れ去られてしまうのではないか。

 一部では死んでしまったのではないかとも言われている。

 最近では、御伽噺の扱いになって語られていることもあるのだ。

 今の子供はもう御伽噺と思って、本当にいた事を信じていないだろう。

 

 資源戦争が終結したとはいえ、資源問題が解決したわけではない。

 事実、一昔前の機械を使わない旧世代の生活水準に戻っている。電気のスイッチすら知らない人がたくさんいる事に正直驚きが隠せない。魔法による進展はある。だが、革命的な進歩ではない。新たな資源や、革命的な技術が開発されない限り、この問題は一生続くだろう。無から有を生み出す様な、想いをエネルギーにするような技術でもない限りなくならない問題。

 他にも混成騎士団の仲違い、各次元世界の問題などもあるにも関わらず──。

 

「あの子には見えているのね。世界を救う道筋が……」

 

 私にも見えない、遠い輝かしい世界への道筋が。

 きっと困難なのだろう。

 未来を知っても震えるほどに。

 常人であれば立ち上がれないほどに。

 

「でもあの子は、立ち上がって駆け出した」

 

 可能性の塊だ。

 ふふふ、と笑みを漏らす。

 がんばりなさい少年。

 貴方なら、どのような結末になろうときっと良い未来を掴みとれる。

 私はそう思う。

 いえ、可能性のその先を信じてみたい。

 

「ちょっとだけ、覗いてみましょうか」

 

 占いの館に帰宅して、わくわくしながら水晶に力を込めて覗き込む。

 するとそこには。

 

 ──ダウンタウンのベンチで横になっているプレイアの姿が映し出された。

 

「……はぁ。せめて仮宿くらいは紹介してあげましょうかね」

 

 なんとも幸先が悪いスタート。

 レミアは呆れてため息をついた。

 思わず頬杖までついてしまう。

 そして、

 

「フフッ」

 

 水晶に映るプレイアのおでこを綺麗な細指でつついて笑う。

 

「前途多難だけどがんばりなさい、ね」

 

 

 水晶に映る少年は、むず痒そうに寝返りを打ってベンチから地面に落ちるのであった。

 

 

*1
『エミル世界』『ドミニオン世界』『タイタニア世界』からなる三つの次元世界

*2
新規チュートリアルの冒険者育成学校の教師

*3
人に憧れたモンスターが人になった姿



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第2話

 少し暗い中、毛布にくるまりながら目を覚ます。

 

 寝起きのせいで体温が低く肌寒い。

 もう少し目を瞑っていたいが、無理やり体を伸ばして意識を覚醒へと向けた。

 

 ドサッ、バラララ。

 

 伸ばした手が、頭の上にあった物にぶち当たり、ベッドの下に落としてしまう。

 眠気眼を擦りながら、落ちたものを見る。

 

 大きな野菜! とでかでかと書かれたパッケージ。

 中身はやたらとげとげした種が、床一面へと転がっている。

 

 はぁ……。ひとつため息をこぼす。

 今日の始まりは、床掃除から始まりそうだった。

 

 無論、寝る前にそんなものを置いた覚えはない。

 ──だが、善意で置いてくれている妖精のような存在なら知っている。

 

 その存在との初めての出会いを、なんとなく思い出すのだった。

 

 

 ☆

 

 

 あの日、レミアさんと別れ月を見上げた後、俺はいろいろと諦観してベンチで眠ることに決めた。

 そこから、その妖精のような存在と邂逅する。

 ベンチでウトウトしていると、いつの間にか海岸に立っていた。ザザーンと耳に心地の良い海の音が聞こえるのはわかるが、突然すぎる移動に脳みそが付いて行かない。

 

「やぁ、また会えたねー! 今日も君を……、もてなしタイニー♪」

 

 声をかけられた気がしたので周囲を見回す。

 だけど、周りには誰もいなくて。

 

「むー! こっちだよ! したー!」

 

 声とともに俺の来ているもんぺをくいくいと引っ張る存在に気が付いた。

 ピンク色の帽子をかぶった、二足歩行するかわいらしいクマのぬいぐるみ。

 俺が、目を合わせるとうれしそうに両手を上げてアピールをする。

 

【挿絵表示】

 

 やんちゃな子供みたいな声からは、喜びと楽しさを感じ取れた。

 

「今日のおもてなしはこれ!」

「えちょ、どういうじょうきょう?」

 

 混乱する頭の中で、にこやかなクマは無情にも会話を一方的に進めてくる。

 あれ、というかこのクマ見たことがあるぞ。

 

「もしかしなくてもタイニー?」

「うん! ひさしぶり!」

 

 アクロニアにいる、不思議な存在。

 大人には見えなくて、大切にされたクマのぬいぐるみに宿るとされる存在。

 

「じゃじゃーん! 『人生の攻略本』! これはねー、あたまがよくなるんだって! 君もあたまがレベルアップできるよ!」

「おぃいいい、いきなり失礼だな!?」

 

 しかもその本の説明ログは頭がよくなった気がするだけじゃなかったか!? 

 効果も数分で切れる消耗アイテムだし、INT*1が永続して上がるわけじゃ──。

 

「えーい! 押しつけスタンプシュート!! まっタイニー!!!」

 

 すさまじい速度の投擲。

 俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

 まぁ、見えただけぶしっ!? 

 

 スパーン!! 

 本を顔面に投げつけられて、視界が明滅する。

 ぶつけられた衝撃で体ごと地面に引っくり返る。

 

 ブラックアウト寸前のおぼろげな視界には、空に大きくかかる巨大な虹の架け橋。

 

 そこでようやくここがどこなのか分かった。

 夢の世界。不思議なところ。

 南の島のようにヤシの木の並ぶ穏やかな景色の世界。

 タイニーアイランド。

『タイニー』の生まれ育つ世界。

 

 ジンジンと痛む顔面ともに俺は、唐突に飛ばされた世界から再び叩き出される。

 意識が吹っ飛ぶ最後に、小さく聞こえた言葉は。

 

『──アレが最後のスタンプじゃなかった。これからもよろしくね!』

 

 

 

 

 

「へぶっ!?」

 

 泣きっ面に蜂。

 気が付いたら元のベンチの横の地面に突っ伏している。

 おそらくベンチから落ちたのだろう。全身への衝撃にもんどりうつ。

 特に痛む顔を抑えながら、いてててと起き上がった。

 涙目で地面に寝転がったことでついた土ぼこりを払いながら、呟く。

 

 やっぱり、押しつけタイニーじゃないですか、やだー……。

 

 地面には、先ほど投げつけられた『人生の攻略本』と1つタイニー印のスタンプが押されたスタンプカードが落ちているのだった。ため息をついて、それらを拾い上げてもう一度呟く。

 

 

「こちらこそ、またよろしく」

 

 

 以降、夜寝るたびに不思議な世界へと行けるようになった。

 でも、やっぱ。

 

「えいえい! やっぱり君は楽しいなぁー! ぴゅんぴゅーん!」

「わ、馬鹿!? 顔に向かってアイテムを投げるなぁ!」

 

 どんなアイテムだろうと顔に向かって投げつけてくるのが許せないクマ野郎だと思いました! 

 

 

 ☆

 

 

 掃除を終え、一息つくためのコーヒーを入れる。

 ゴポゴポとお湯が沸騰する音が、子供が住むには少し広い借家の中に広がる。

 

 このアクロニア世界に転移してから一月程が立った。

 

 野宿を繰り返すホームレス生活の俺を見かねたレミアさんが仮宿になる空き家を紹介してくれた。その際に、このまま放浪生活を続けていても、名声は地に落ちるばかりだと怒られてしまった。

『自分のことすらしっかりできていない人に頼りたいとは思えない』

 根本的な部分で注意を受けたので、確かにその通りだとひどく反省をした。彼女には本当に頭がさがる思いだ。

 

 借り受けた空き家は、西稼働橋付近の地下。

 そう、あの『なんでもクエストカウンター』の付近である。ちらりと見せてもらうと、ほこりがたまっていたが見たことある内装に涙腺が潤んだのは言うまでもない。ちょっとだけ、未来が待ち遠しくなってしまった。いつか、アルマやロアたちがここにやってきたときに頼れる近所の人として助けてあげられるといいなぁと、うまく世界の安寧が進んだ未来に思いをはせる。そのためには安寧を守る努力は欠かせないので、これから頑張っていこうと再認識した。

 

 それからは借家で生活をしつつ、ただひたすらクエストをこなしている。

 一日に受けられる件数などは特に制限がないので、確実にできるというものを一件一件受けてお金をもらっている。いろいろな目的はあるが、これからやりたいことに資金が不可欠なので金払いの良い運搬クエストメイン*2である。一日に何件もの運搬を受けるために、酒屋の店主のフィリップさんには顔を覚えられた。

 クエストを受け続けているのにも当然理由がある。ゲーム時代には、隠しパラメータとして個人に対する名声値が設定されていたのだ。これは、クエストを成功させれば特に減ることなく溜まっていくという物。この名声がなければ、重要な施設のある上町『アップタウン』に入ることが出来ないのだった。

 

 やはりというか、ゲームのように数回クエストを受けた程度でアップタウンへの道が開けるほど現実は甘くないようだ。なので、失敗を出さないように必死で届け先をチェックしたりして、今のところは失敗回数ゼロである。

 これには、仲介役のフィリップさんも笑顔でよくやってくれていると褒めてくれた。

 褒められたとき、ものすごく嬉しかった。

 これからもがんばるぞという気力もわいてくるほどだ。

 案外、自分は人の役に立つ仕事というのが好きだったのかもしれない。

 

 それからも失敗をしないようにダウンタウンや稼働橋付近を走り回りながら、ただひたすらどこに何があるかを頭の中に刻み込んでいく。

 このダウンタウン、相当広い。広大といってもいい。

 ……いや、この世界は広いと言い変えよう。

 

 アップタウンを60秒で一周することは、当たり前だができない。飛空庭を使っても一瞬でほかの国にたどり着くことは不可能。当たり前といえば当たり前なのだが、現実に即した時間が伴われるということ。例えるなら、ダウンタウンを色々と回っているだけで丸一日ほどの時間がかかってしまうこともあるくらい。今では夜の寝る前に、自前のダウンタウンの地図に覚えた場所や注意のメモをつけているほどである。

 

 ゲーム内で散々活動していたならそんなこと不要だろうって? 

 本当に不要だったらよかったのになぁ。

 はぁ……。とため息一つ。

 

()()()()()()()()()()()()()()。いや、()()()()()()()()と言い換えよう。

 

 常に開いているお店などはないし、主要NPCであった人たちもお出かけをしていた事だってある。この一か月の間に、露店の入れ替わりも多くあった。チョコチップわさび寿司を売っていた露店が数日で消え去ったのをよく覚えている。

 というか、なぜそれを売ろうと思った?? 

 ときおり復活する露店なので、何かよくわからない力が働いているのかもしれない。

 

 主要NPCに関しては、もちろんレミアさんである。

 あれはレミアさんに届け物のクエストがあった時だ。当然のように占いの館に行ったら、レミアさんはお散歩に行っていてめちゃくちゃ焦ったことがあったのだ。何とか渡せたという報告をする時間を残して道端で出会えた。ちなみに、出かけていた理由を聞くとお気に入りの隠された水路でゆっくりお茶していたとのこと。

 おしゃれさんか!? おしゃれさんだった……。

 そういうところが、レミアさんのミステリアスな魅力なので否定的なことは言えない。

 美人って何でも似合うなぁ、と俺はそう思った。

 まぁこんど一緒にお茶に誘われたので行ってみようと思う。

 何か特殊な作法とかあったりしないだろうな? 

 ちょっと酒屋さんで受付をしているメイドさんとかに聞いてみよう。

 

 そうこの話で分かったと思うがこのダウンタウン、めちゃくちゃ広い。

 さすがは、ゲーム内で様々な事件が勃発するだけはある。隠された区画とかもいまだに発見されるらしいので、自分の足でマップを刻んでいかないとわからないことだらけなのである。

 なぜだか往年のローグライクゲームをやっている気分になるのは俺の気のせいだろう。

 ……気のせいではないな、これ。

 

 さて、そろそろ仕事の時間だ。

 今日も一日張り切って運搬しますか! 

 討伐に関しては、ある程度踏ん切りがつかないと出来そうにないしなぁ。

 

 戦闘をしたくない二つほど理由がある。

 

 実をいうと、ステータスの上げ方がわからない。

 このエミルクロニクルオンラインでは、レベルを上げてボーナスポイントを手に入れることが出来る。そして、自分の好きなように振り分けるのだ そう、振り分けなくては実質レベル1のままである。種族値ボーナスがあるだけだ。いろいろと調べたり人に聞いたりもしているが、帰ってくるのは自分を鍛えるしかないとのこと。

 ゲーム内で散々ステータスリセットをお願いしていたレミアさんですら、この子は何を言っているのだろう? という目で見てきたのはつらかった。

 これだけ走り回っていると俺のAGI(敏捷性)はかなり上がってきてるんじゃないだろうか。

 狩りはしていないが、かなりクエストをこなしているので、レベル5くらいにはなっているんじゃないだろうかと思うんだけどなぁ。

 ……体が光るようなレベルアップエフェクトも起きないので実際のレベルは謎なのだ。

 

 そういえば、タイニーはゲームでのことを覚えていそうな感じだったな。

 本日のもてなし分を受け取る際に聞いてみようと思う。

 

 ……。

 ……………でも、話聞いてくれるかなぁ? 

 タイニーは素早く投擲でいらないものを俺の顔にぶつけてくる遊びにはまっているようで、長いことタイニーアイランドに滞在できないのである。全力で逃げようとしたときに、タイニーの魔法『ポケポケ*3』というスキルで氷づけにされたのがトラウマになっている。

 お前は俺の味方じゃなかったのか……。

 

「っと、いけない。時間だ!」

 

 今日も一日頑張るぞいっ! 

 温くなったコーヒーを一気に飲み込んで顔をしかめながら、椅子から立ち上がるのだった。

 

 

 ☆

 

 

「やぁプレイア君。今日は君に大事な仕事を任せたいんだが、いいかな?」

 

 酒屋で、常のごとくしっかり挨拶をしてから今日の依頼を聞こうとすると、酒屋さんの店主フィリップさんがにこやかにそう告げた。にこやかに告げているが、目が笑っていない。なんというか、こちらを見定めているといったような怖い感じがする。

 これは、やばい仕事の気配? 

 こちらの緊張が伝わったのか、フィリップさんは「いけないいけない」とトレードマークのキャップ帽の位置を整える。

 

「そう緊張しなくてもいいんだ。君にはちょっと大事な荷運びをお願いしたくてね……?」

 

 プレイアは にげだした! 

 しかし 店員のメイドに まわりこまれてしまった! 

 

「俺は闇の運び屋になりたくてクエストカウンターに通っていたわけではないんですぅ!」

「いやいやいや!? そんなことさせないよ!? というか、闇の運び屋の存在を知ってるのかい……?」

「か、風の噂で……」

 

 ゲーム知識とは言えまい。

 しかし、こんなことならプルル退治やクローラー退治の依頼も受けとけばよかった!! いや、でもノンアクティブのモンスターって気持ちよさそうに日向ぼっことかしてるから本当に襲いにくいんだよ……。気持ちよさそうに鼻提灯作っていたり、こちらに気が付くと興味深そうにぴょんぴょんと近寄ってくる姿に癒しを感じてしまうのだ。

 ……これが、モンスター討伐クエストを受けない二つ目の理由である。

 まぁ初日にプルルを一体しばき倒しているから、いまさらと言えば今更だが。

 

「うーん話を続けるよ。君にはそろそろ上の『アップタウン』で活動をしてもらいたいんだ」

「……! 続けてください」

 

 俺は姿勢を正して、しっかりと話を聞くことにした。

 

 この、俺が今いる国『アクロポロリスシティ』は二種類のエリアがある。

 一つは、俺が今いる場所『ダウンタウン』

 色々なものが雑多に集まり、沢山のモノが手に入る場所。だが、結構な頻度で怪しいツボや絵を売ろうとする悪徳商人なども現れる。良く言えば、なんでも集まる。悪く言えば、玉石混淆で目利きが必要。ガラの悪い冒険者のような人たちもいるし、……俺のようなベンチで寝て居た冒険者だって存在する。

 

 だが、もう一つの街『アップタウン』は違う。

 

 アップタウンに入る前には門番が常におり、通行許可証の提示を求めてくる。通行許可証を手に入れるには、クエストをしっかりとこなして信用を得なくてはならないのだ。街には混合騎士団のギルドや、他世界や別種族のための集会所なども存在する。

 そして、何よりも。

 

冒険者活動に必須な、JOBを手に入れるためのギルド元宮が存在する! 

 

 ここで、JOBを手に入れなければ俺の冒険は、スタートにすら立っていないのと同義。この依頼を成功させれば、ついに俺もお使いばかりの冒険者から卒業できるものだ。背筋を伸ばして、フィリップさんが話し出すのを緊張して待つ。

 

「よろしい。ここで一も二もなく飛びついていたらその時点で試験は終了だったさ」

 

 試験。なるほど。

 この依頼は、俺が本当に信頼できる冒険者かどうかを判断する試験ってことですな? 

 

 このころのアップタウンには信頼できる冒険者にしか入れない。それを証明するには、アクロポリス通行証が必要になる。おそらく、これは許可証を受け渡すに足る人物かどうかを確かめる試験ということか。

 

「そうだね! 君は理解が早くて助かるよ。仕事も正確だし、非常にまじめだ。僕としては……っと私見はおいておこうか」

 

 フィリップさんが、奥の机の上にある『非常に重そうな背負い鞄』を示す。

 なんというか……、すごく、大きいです。

 ……え、まじ? あれ持ってくの? 

 マジィ? ゴゴゴゴゴ、って圧力を放ってるんですが……? 

 

「あれを西アクロニア平原にいる出張クエストカウンターのメイド店員に渡してほしいんだ」

 

 ……とりあえず、持ち上げられるかどうか試していいですか? 

 

「その辺は大丈夫。普段の依頼でどのくらいまでの荷物までなら平気か理解しているから。君ならばギリギリもてるだろう」

 

 つまり、キャパシティとペイロードの最大に挑戦しろってことか。

 よし、分かったぞ。

 この試験の意味が、完全に分かった! 

 

 ──俺の冒険者としての根性を見るための試験に違いない。

 

 最大キャパシティは自分の持てる許容アイテム量。

 最大ペイロードは自分の持てる許容アイテム重量。

 ゲームでは、数値が1でも超えるとその場からキャラクターを動かせなくなるシステム。のちに修正されて、ものすごく重そうなモーションで移動だけはできるようになった。ちなみに戦闘しようとしても一切攻撃できないので、ダンジョン内で突然攻撃なくなったりした時は誤クリックでキャパペイの大きなアイテムを拾っていることが多い……。全然気が付かずに画面外で攻撃できなくなった事実でよくパニックを起こしていた。

 

 恐る恐るとんでもないサイズで重さと許容量をアピールする背負い鞄を掴み、腰を入れて持ち上げる。

 

へぐ、ぐぐぇっつぷ

 

 あまりの重さに変な声が漏れた。

 前傾姿勢で体を低めに傾けなければ、体が後ろ向きに倒れてしまいそうだ。

 ちょ、ちょっと一回降ろそう。

 何とか地面にゆっくり降ろして、一息つく。

 ちょっと持っただけなのに、汗だくである。

 いやいやいや、これは確実にSTR*4が足りていませんね。

 マジでステータス指定がある装備じゃないよなこれ? 

 もしくは、俺の装備レベル足りてなくない? 

 特大リュックは装備レベル20からだよね?? 

 どう見てもこれ特大リュックですよね? ふざけているの? 

 

「どうだい、この仕事。君は、それでもこの試験を受けるかい?」

 

 フィリップさんは真剣な表情で問いかける。

 

 ……持ち上げることはできた。

 歩くだけの余裕があれば運ぶことが出来る。

 ならば、どうするか。

 

 アップタウンに入りたい。

 あそこには、冒険者としての大前提のシステム。

 職業を定めるための、ギルド本宮があるからだ。

 俺はそこで職業を、『力』を手に入れなくてはならないのだ……! 

 

 俺には立ち止まっている心の余裕がない。遠い先の目標とはいえ、歩き続けなくてレミアとの約束は果たせないだろう。このアップタウンに入るための機会を逃せば1か月先かもしれない。または、一年後だろうか? それに俺の心は果たして耐えられるだろうか? 

 ……もうチャンスは廻ってこないかもしれない。

 そのくらいの気持ちで俺は進まねばならない。

 時間は不可逆だ。

 一度失敗したら、その失敗は取り戻せない。

 もちろん人は失敗をする生き物だ。

 でも、絶対に失敗してはいけない時というのは存在するのだ! 

 

 この一か月のことが、脳裏によぎる。

 この世界はゲームのようで、ゲームとは違うということをイヤというほど味わったんだ。

 未来を変えるのに、こんなところで立ち止まってたまるものか!! 

 

「受けます。俺は、この試験を完了して見せます」

「? え、っと本当に受けるのかい? 本当にいいのかい」

 

 何故か、少し戸惑ったようなフィリップさんが横のメイドさんと目配せする。

 その瞬間、少しフィリップさんに申し訳ないと思いながらも……ズルをすることにした。

 根性を見る試験とはいえ、俺は絶対にクリアするのだ。

 だから、()()()()()()()()()()

 

 ──ポケットから取り出したるは、クマの印が刻まれたハンドベル。

 

 チリィン。後ろ手に持って一度振る。小さいながらも、確かに音が鳴り……ハンドベルがすっと虚空に消えていった。それは、ゲームとは違うアイテムの形ではあったが、この世界にも確かに存在していた『課金アイテム』だ。

 

「その意気込みはいいんだが、君は荷が重いんじゃないかな。先ほど、移動が難しそ……」

「何言っているんですか? この位何ともないです。制限時間を教えてください。どこに届けるんですか?」

 

 俺は先ほどの荷物を軽々とではないが、無理がない恰好で持ち上げて店の外に向かって歩きだした。当然、種も仕掛けもある。

 

『お、おもいよぉ~。はやくいこうよぉ~!』

 

 背中の鞄の下から、やんちゃな男の子の声が聞こえる。

 俺の目には、必死な顔で鞄を下から押しているタイニーの姿が見えている。

 大人には見えない、夢のクマのぬいぐるみ妖精。その特性を存分に生かしていた。

 

 先ほど使ったのは、『タイニー秘伝収納術』。

 180分キャパシティとペイロードが50%づつ上昇する課金アイテムだ。ゲームで使用すれば、数値だけが上昇していて見た目には変化がなかったアイテム。だが、この世界ではタイニーが持つのを手伝ってくれるようだ。初めて使った時にそれなら持てる量が増えるし、重量も軽くなる、と納得したものだ。もてなしタイニーの数少ない当たり枠アイテムである。

 最初から使っておけばいいと思うかもしれないが、当然のように永続とはいかなかった。課金アイテムはゲーム内時間と同じ時間で効果が切れるようなのだ。めちゃくちゃ重いものを持っている時に『時間だからかえるねー! 次はあまいものをちょーだい!』と速攻で消えていき、途方に暮れたのは目新しい苦い話題である。

 だからこそ、ここぞというときに使うのだ。

 

「……え? えぇ!?」

 

 ? 何かフィリップさんの様子がおかしいような? 

 

「そ、そうだね。ええと、そうだな! 20分!! 君はたどり着けるかな? 無理だろう!?」

 

 何故か脂汗たらたらのフィリップさんが焦ったように腕時計を見ながら、すさまじいシビアなタイムを指定する。さぁ断れ! と、フィリップさんの気迫が伝わってくる。

 ……もしかして俺を、アップタウンに行かせるにはまだ早いと思っているのだろうか。

 まだ子供だもんなぁ。

 

「でも、俺は先に進みたいんです。……行ってきます!」

「えっ、あ! プレイアくーん!?」

 

 親切をむげにするようで、心苦しいが全力でこなさせてもらおう。

 大きく頷いて、俺は駆け出す。

 

 そして、思考開始──。

 

 まず、到着地点はここから西。大体普通に真っすぐ突っ切って一時間ほどかかる距離。ダウンタウンを抜けて、初日みた海原のような平原を少し行った場所にあるのだ。結構時間がかかる。

 この東稼働橋の麓にあるクエストカウンターから、西アクロニア平原まで何も持たずに全力疾走してギリギリ間に合うような時間。だが、フィリップさんがその時間を指定するということは、この荷物をもって行くことは可能なルートがあることに他ならない。

 ゲームでは5分で移動して来いだの、別の国まで10分で行けとかあったし、普通だな!! 

 大事な運搬とかになると、やっぱゲームとかの時間準拠になるんだな。メインクエストでも時間制限あるようなのあったような気がするし、その辺のための訓練だと思おう。

 

 現在時刻は午前9時00分。

 脳内で、ルートを検索する。

 

 まっすぐに大通りを直行する。不可能。

 人ごみを、この馬鹿でかい荷物を持って移動するのはそれこそ人の邪魔だ。

 そして、自分も人が邪魔でうまく通り抜けることは不可能だろう。

 あと普通に間に合わない。体力的にきつい。

 乗り物物に乗せてもらう等もも思いつくが、この重ぉい荷物と一緒に連れて行ってくれる人など運よく通りかかるわけもない。

 

「……そういえば」

 

 緊急時だけの手段としてひとつ。頭の中で電球の光とともに思い浮かぶ。

 

「よし、いけそうだ……!」

『うんしょ、うんしょ! いそげー!』

 

 ズルにズルを重ねることになるが……、もはや手段は選んでいられない。

 

 俺は大きく頷いて、

 ──西()()()()()()()()()に、()()()()()()()()()()()()()()と脂汗を浮かべながら走り始めた。

 

「通ります! 急いでます!」

 

 と大声を出しながら、人ごみを駆け抜ける。

 そうすると、この世界に来てからチョットだけ関わりが出来た人が道を譲ってくれる。ダウンタウンでここ一か月走り回って運搬クエストをやっているのを知っているせいか、がんばれよー! と背中に声援までかけられる。少なからず、自分のことを見てくれている人もいるようだ。

 

 胸に満ちる暖かさに力がみなぎる。

 普段以上の力が発揮できそうな気がした! 

 

 ──時刻 午前9時04分。

 

「ようこそアクロポリスへ! うわぁ、とっても大きな荷物だねー。アップタウンに入りたいのかい?」

「いえ、ぜぇ。っ違いま、ぜぇ…す」

「うん……?」

 

 東稼働橋からのアップタウンに入るために控えている、混成騎士団の門兵の前にたどり着いていた。門の前には、衛兵が二人ほど控えていてアップタウンに入る際に必要な許可証を検閲している。ちょうど人が少ない今がチャンス。

 当然、俺にはまだこの先のアップタウンに入ることはできないし、入ったとして後15分くらいでたどり着くこともできない。無理に押しとおろうとしても、捕まるだけだ。

 

 だが、ECOプレイヤーなら知っている。

 

 ゲームプレイヤーでこのシステムを使わなかった人は、ほぼいないといっても過言ではないからだ! この門番に、とあるセリフを選択すると──! 

 

 

「──いつも、ご苦労様です」

「……ふーん、急いでいるんだ?」

 

 

 ピンときた……? 握手するように手を差し出す。

 チャリン、と門番の手のひらに今夜の酒代くらいになるお金を乗せる。

 そう。賄賂を渡して一瞬で別な稼働橋に移動する秘密の抜け道を使うことが出来るのだ。

 

「……おい、ちょっとこの子連れてくから。ちなみにどこ?」

「に、西です。お願い……します」

「あいよ」

 

 ニヤリと笑った門番が胸元からゲーム内でも見たことがない鍵を取り出す。ゲームで言うところの秘密の抜け道。それは、アクロポリスだけで使える特殊な時空の鍵*5だったらしい。

 

 俺はずり落ちそうな背負い鞄をタイニーと共に背負い直し、東稼働橋から西稼働橋へと一瞬で転移する。

 

「はぁはぁ、ありがとう、ございます! あとは、走るだけ!」

「あいよー。良く分からないけど頑張れよー」

 

 ひーひー言いながらタイニーと駆け出す。

 遠目に見えてきた、出張クエストカウンター、あそこだ! 

 

『お、おもいよぉ。あまいものほしいー』

「あとでッぜっ…な!! アップタウンには入れたら、おいしいもの一杯買ってやる!!」

『わぁ……! うん! ボクがんばるよー! プレイアーさんもがんばれー!』

 

 うおぉおおお! と内心で叫びながら……!! 

 遂に──! 

 

「ゴール! ぜぇ、受付メイ、ぜぇ……さん、これフィリップさんからです!! ぜぇ……間に合いました、か」

「え? あの……?」

 

 無茶苦茶重かった特大リュックをカウンターに押し付け地面に四つん這いになる。

 全身、汗だくだくで、乳酸がたまっててヤバイ……。

 

「フィリップさんからなにも伺ってませんが……? これは何のいたずらでしょう」

「……はぁはぁ。……………………っえ?」

 

 困った顔で首をかしげる受付メイド。

 プレイアは酸欠で真っ白になった頭で、言葉の意味を必死に考える。

 

 

 あれだけ時間がなくて急いでいたのに、世界の時が止まったような気がしたのだった。

 

 

 

*1
知力、賢さ

*2
クエストには『討伐』『納品』『運搬』の三つがある

*3
ランダムな状態異常を付与する魔法

*4
筋力

*5
一瞬でセーブポイントの場所に移動するワープ系アイテム




 活報に用語用質問箱設置しておきました。


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第3話

 時は少しさかのぼり、プレイアが酒場を飛び出した頃。

 

「う、うわぁ、本当にいっちゃったよ」

「マスター、どうするんです?」

「どうもこうも……仕方ないよね。不合格かなぁ」

「ですよねぇ。さすがにあの荷物を20分で運ぶのは難しいでしょうし」

 

 フィリップは困っていた。

 信頼できる冒険者で、実力もついてきた子にはアクロポリス通行許可証を与えている。

 当然、実力がついてきたというのはプレイアにも当てはまる。だが、プレイアはクエストを失敗したことがなかった。どんな冒険者でも、クエストを失敗をすることはある。成功だけを残す完璧な人間などいない。特に、初心者として失敗を繰り返していない冒険者は調子づく傾向が多い。

 自分の実力を過信して、出来もしない仕事を受けることがあるのだ。

 

 今回用意したクエスト。

『試験』は、プレイアが素直にできないということを認めさせるためのものだったのだ。出来そうでできない仕事をどうするか。もちろん、出来ないと認めて断る。何より、クエストを失敗したときに困るのは依頼主と仲介役のクエストカウンターだからだ。

 

 石橋をたたいて渡ることを覚えさせる、フィリップからの初心者へのエールの試験だ。

 意地を張らなければ合格する、簡単な試験。ただし、受けてしまえば地獄。確実に不合格をする事が最初で決まる試験だ。

 ……プレイアは理解力の高い男の子だったので、確実に趣旨を理解してくれると踏んでいたのだが。

 

「将来は有望な冒険者に見えるんだよねぇ。まぁ子供だし仕方ないと言えば仕方ないか」

「どうするんです?」

「失敗した後にしっかりとした反省を見せれば、試験の趣旨を教えて今後に生かさせる」

「……嫌われますよ?」

「大人が進んで嫌われ役にならないとね。有望な子供の間違いを犯す可能性を減らすんだ。今嫌われても未来で意味が分かるよ」

 

 アフターフォローはしないといけないだろうが、それこそ対応次第だ。

 色々と考えておくか、とフィリップは大きくため息をついた。

 そして、この事態になった原因と自身の失敗を反省する。

 

「絶対に運ぶことは無理だって思わせるつもりだったんだけど、ここは僕のミスだからなぁ」

「重そうでしたけど、最後普通に持ってましたもんね。実はJOBがマーチャントってことは?」

 

 マーチャント。

 BP系(バックパッカー系)職業の一つ。非常に重い荷物でも、綺麗なパッキング技術で大量に持ったり、根性でどんな重い荷物でも運びきってしまう商人。基本、路上の露店商はマーチャント商人だったりする。なので、店員メイドさんは例に挙げたのだろうが……。

 

「いや、彼はノービスだよ。以前、戦える職業に就くためにアップタウンを目指していると話していたからね」

「へぇ~。討伐クエスト受けないのに意外ですね~」

「彼はしっかりとしてるよ。ノービスであることの危険性を理解しているのさ」

 

 ノービスでありながらビーの巣穴という初心者用のダンジョンに潜り込んでしまう駆け出しは多い。そして、大けがをして帰ってきて初心者冒険者は、身の丈を学ぶのだ。最近も、ノービスで冒険に憧れていた少年たちが大けがを負って帰ってきた。……もう少し待てば、体に紋章を刻んで安全に冒険をすることが出来ただろうに実にやるせない。

 

「もしかしてなんですけど、アップタウンに入るって条件だったから、目の色が変わったんじゃないですか?」

「さすがにそれはないと思うよ」

 

 メイドの言葉にフィリップは否定の言葉で断言する。

 

アップタウンなんて条件さえ整えば、普通に入ることが出来るんだから

 

 フィリップ達現地人にとってアップタウンは重要拠点こそあるが、なにかしら申請すれば入れる街である。その程度の認識である。

 

 そう、その程度の認識でしかないのだ。

 アクロポリスに住まう子供でも知っている。

 

 ──ゲーム知識との、致命的なズレ。

 

 アップタウンに入るという意気込みのプレイアとの致命的なズレ。

 この『試験』が終わり、失敗という結果に終わるプレイアがどんな感情になるのかは想像が容易い。……はたして、フィリップは嫌われる程度で済むのだろうか。

 

「今回は試験って言葉で気負っちゃったのかもしれませんねぇ~。火事場のパワーってやつですよ」

「……悪いことしたなぁ。もう一つ重いゼリコ*1を追加しておくんだった」

 

 そんなことに想像も及ばず、フィリップと酒場メイドは仕方ないよねぇって感じでおしゃべりする。そんな時。

 

「おはよう二人とも。なにかあったのかい?」

 

 カランカラン。入口のベルが鳴り、初老の女性が入ってくる。

 どうやら、フィリップと酒屋の店員メイドとは顔見知りのようで気さくに会話に入ってくる。

 

「ルーランさん、おはようございます。ええ、今アクロポリス通行許可証のために試験を受けさせていたのですが……」

「ふぅむ、将来有望な子がいたのかい? ただ、顔色が悪いけれど、何かあったのかしら?」

 

 フィリップは脱帽して頭を下げてから、困り顔で今あったことを説明する。

 事情を聴きながら、ルーランと呼ばれた初老の女性はポンと手を打った。

 

「最近走り回っていたあの子だね。私も孫からの手紙で数回世話になってねぇ」

「ああ、そういえばマーシャちゃんからの手紙もありましたね。……どうでした?」

 

 フィリップは小声で、ルーランに話しかけた。

 良くも悪くもここは酒場、いろいろな派閥の人間がいるのだ。

 特に目の前のルーランという女性は、一つ一つの発言に大きな力を持っている人物。

 

 ──この街『アクロポリス』評議会の重鎮。

 

「評判は悪くないよ。数日の間ダウンタウンのベンチで過ごしていたようだけれど、しっかり家も借りられたみたいだしねぇ」

「子供がそういうことをしていれば、嫌でも噂になりますからね」

「あのぉ、お話の途中すいません。その男の子ってプレイアくんだったんですかぁ?」

「ええ、そうみたいね。今ではしっかり生活できてるようでよかったわ」

「ホームレスの男の子の話は知っていたんですが、しっかりしたプレイアくんと繋がってなかったのでフィリップさんにも伝えてなかったんですが、こんな噂があるんです」

「まぁ、彼しっかりしてるし、つながらなくても無理はないね」

「……あのぉ眉唾なんですけど、あの占い師のレミアさんが家を紹介したって噂ご存知ですか?」

 

 プレイアが路上で生活をしている間は良い噂が流れていなかったようだ。

 ひそひそと、酒場のメイドも話に参加してきた。彼女は、プレイアとその噂の少年が繋がっていなかったようだ。だが、ここにきてホームレスだった少年の噂話がプレイアに繋がった。酒場で誰かが話していた噂話を思い出したのだ。

 

 メイドの言葉が予想外だったのか、フィリップとルーランは二人してメイドの顔を見つめる。

 

「だからぁ、家を借りる際にあのレミアさんが力を貸してくれたみたいなんですよぉ」

「えぇ!? とてもじゃないが信じられないけど、あのレミアさんがかい!?」

「しーっ! マスター、あくまで噂なのでお静かにっ……!」

「おっとごめん。……確かに下手な噂を流してあのレミアさんに目を付けられたくはないからね」

「ですですっ!」

「……へぇ、あのレミアがねぇ」

 

 酒場で珍しいとお客がしゃべっていたのを耳にしていたらしい。

 店員メイドはあまり信じていないようで、フィリップとルーランも怪訝な様子だ。

 

 レミアの名前に含んだような反応をする三人。

 

 かなり昔からダウンタウンの北に居を構える時を知る魔女。

 混成騎士団も彼女の力や意見が無視できない。未来を見てもらいにギルドの重鎮すら占ってもらいに来る人物。だが、占いが行われるかは彼女の気分しだい。

 占ってもらえなかった場合は、仕方ないと諦めて帰るそうだ。

 機嫌を損ねてしまい、アクロポリスから去られてしまったほうが損失になるから。

 

 とある不思議な噂話もある。

 

 他所の国のお偉いさんがしつこく迫り占ってもらったところ、非常に痛い目に会ってしまったそうだ。レミアはその痛い目に合う結果を占い相手に告げていた。

 貴方がここに来たことで貴方は災難を呼び込んだのだ、と。

 重鎮は不幸を避けようとしたが、どうあがいても避けられず災難に見舞われる。もちろん、レミアは一切手を加えていない出来事。レミアのせいだと、お偉いさんは再び迫ったそうだが……。

 

『世の中には知らなくてもいいことがある。

 ……で、今から起こるあなたの不幸、聞きたいかしら?』

 

 そうにっこりレミアが笑って告げると、相手は泡を食った様子で国に帰ったそうだ。

 

 いまだに彼女の力は底が知れず、古くから姿は変わらない。

 人々は口々に言う。

 時を知る占い師レミアは気まぐれな大魔女だ、と。

 

「そんな噂があれば、レミアに取り入りたいであろう各混成騎士団が放っておかなそうだけど」

「なんでも、騎士団に入るのは良いけど冒険はできるのかって聞いたそうなんですよぉ」

「騎士団に入って冒険……? それは前代未聞の試みだね」

 

 騎士団とは、各地でモンスターから領民を守ったり、困りごとをこなす職業。だからこそ、人を守るという使命を理解してるので気高いのだ。冒険者も人を守っていると言っても、行き当たりばったりでクエストを受けるも気分次第だ。

 自由気ままな冒険者とは、まさに対をなす職業と言ってもいいだろう。

 

「ええ。結局自由がなくなるならってダメだって、いろいろ融通させてもらえる条件を蹴ってどこにも入らなかったそうです」

「北なら魔法。南なら最新武具の調達。西なら燃料問題。東なら潤沢な食糧かい? ほかにも融通が利いたろうに」

「それよりも、明日もわからない冒険者生活のほうが大事か……。子供特有の好奇心ゆえかな」

「……大人になったら後悔しそうですね」

「それはまぁ……、そうかもね。でも、世の中ってそんなものだから」

 

 どこか苦い顔のフィリップはやれやれと首を横に振った。

 各騎士団は、レミアと近づくためなら何でもするといった体で条件を提示していったそうだ。だが、冒険という単語を出されれば、そんなのは自分勝手な冒険者と変わらない、と渋ってしまった。

 

 プレイアにとって冒険という要素がどれだけ重要視されているなど、混成騎士団には理解されなかった。プレイアも、ゲームで冒険者という体でプレイしていたので、騎士団の重要性など理解できない。特にプレイアは好条件と言われてもゲームであった飛空庭*2で直接各騎士団の国まで飛べるくらいにしか恩恵を思いつかなかったというのもある。

 

 話し込んでいた三人が、レミアに世話になった少年は少々無鉄砲な性格なのかと思い始めてきた頃。

 

 ジリリリリ! ジリリリリ! 

 店内のカウンター奥にある古めかしい黒電話が音を立てる。

 フィリップは再びルーランに失礼します、と頭を下げ、電話を取りに戻った。

 

 さて、相手は誰であろうか。

 この黒電話にかけてくる相手はさして多くない。こんな古めかしい黒電話ですら、機械時代のオーパーツとして扱われ、持っている人間が限られるからだ。しいてあげるならば、ギルド元宮からの直接の依頼や、各平原の出張クエストカウンターなど。

 別の国から直接かかってくることは、ほぼないので候補から外しておこう。

 

「はいはい、こちら酒場のフィリップ。ご用件は?」

『フィリップさん。こちら西の出張カウンターです』

「ん、なにがあったんだい。電話なんて、珍し…い……。まて、西の出張カウンター?」

 

 フィリップは少し、固まった。

 脳裏に浮かぶのは、今まさに電話がかかってきた先に向かった無理難題を請け負った少年の名前。かぶりを振って、ありえないとちょっと思い浮かんだ思考を打ち消す。先の会話からしっかりしていそうに見えて、少々無鉄砲じみた少年ということを理解していたからだ。

 おそらく、別な要件だろう。

 大人が手ぶらで全力疾走をして、ようやく間に合うような時間設定。

 なのに、あんな大荷物背負った子供に間に合うわけないのだ。

 

「……うんうん、これはきっと別な要件」

『あれ、なにかありました?』

「いやいやっ! なんでもないよ、要件は何かな!」

 

 ちらりと時計を見る。

 

 カチ、カチ、と音を刻むその時計の二つの黒芯示す時間は──。

 

 ──時刻 午前9時19分。

 約束の時間まで、あと一分。

 

 どきりと、心臓が跳ねる。

 

『こちらもよくわからないんですけど。特に依頼もないのにめちゃくちゃ重い鞄を受け取ってくれっていう男の子が──』

 

 ぽろっ、っと黒電話の受話器を落としゴゴゴゴン! と机にぶつける。

 電話から、『イイッ↑タイ↓ミミガァァァ↑』と出張カウンターの店員メイドの叫び声が聞こえる。

 

 驚きの冷や汗で震えるフィリップは思う。

 

 あのレミアさんに認められている冒険者『プレイア』。

 並みに考えていると、ちょっとヤバいかもしれない、と。

 

「あー悪い。僕からの依頼だ。少年の名前がプレイアなら受け取っておいて」

 

 そして、ここで合否を決めるつもりだったので、西の出張カウンターの店員メイドに何にも伝えていなかった事をようやく思い出し、自分の連絡ミスなのでしっかり受け取っておくようにと告げるのだった。

 

『しっかり預かりました。ほかに伝えておくことは?』

「……僕のクエストカウンターまで戻ってくるようにと伝えておいてくれないかな。疲れているだろうから昼までにゆっくり戻ってきてくれればいいとも」

『了解しました。あと……、今度受話器から大きな音だしたら評議会にオーパーツの不適切な扱いとして連絡を入れるのでご注意を。いいですね、私の耳が痛いからではなく、オーパーツの取り扱いについてです』

「は、はは。心得ておくよ……? ごめんね?」

 

 ガチャン! 

 きつい音と一緒に、通信が途切れる。

 しっかりと後で謝らないとなぁ、とフィリップは受話器を当てていた耳を抑えた。

 

 そして切り替えるように、大きく頷いた。

 

 戻ってくるだろう、プレイアに『合格』を告げることを決めた。今回の思惑や試験の趣旨を告げることはしておこう。レミアに認められている冒険者なら、それでしっかりと理解をしてくれるだろうと自身への反省とプレイアへの期待をこめる。

 

「彼はいつか今回以上にアッと僕たちを脅かしてくれるような、そんな気がするね」

 

 

 フィリップは、フフフと笑ってこちらの様子を見ているルーランと酒屋のメイドの元へ、有望な冒険者の朗報を携えながら戻るのだった。

 

 

*1
ゼリコを合わせて調合した重くて場所を取るハイパーゼリコ

*2
空を飛ぶ移動する庭



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第4話

 レンガ造りの整った道を進む。

 

「わぁ……。ここが、本物のアップタウン」

 

 周囲から田舎者と思われるほどに、おのぼりさんの様相できょろきょろと周りを見渡す。

 洒落たレンガ作りの街並み。中央にはそびえ立つ青のタワー。ダウンタウンとは違って汚れた旅装の人間は少なく、生活感のある綺麗な私服姿が多く見て取れる。

 ゲーム的にはおしゃれとして、グラフィックの気に入っている見た目用の服を実用的な強い装備に融合する『武具融合』というシステムもあったものだが、いま目に映る人々の服はどうなんだろうか。

 やはりというかゲームとのMAPと違う広さに目を白黒させながら、大通りをプレイアは進む。

 

 今回アップタウンに入ったのは、念願の冒険を始めるにあたって必要なことである職業を手に入れることだ。その職業は、ゲームであれば2種類以外一括して『ギルド本宮』という建物で設定することが可能だった。こっちの世界でもそれは同じということは事前に調べてある。

 

 大通りを進めばギルド元宮はすぐに見えてくると、酒場の店主であるフィリップが言っていた。

 というか、建物が大きいから本当にすぐ大きな宮殿のような建物が……。

 

「でっかいなぁ。いや、ゲームでもデカかったけど普通にお城みたいなサイズ……」

 

 まるでタージ・マハルのような形で、遠くからでもよく見える。プレイアが想像していたよりもご立派な建物であった。白磁に輝く城のような建物には、ここからでも見えるように各ギルドの紋章をかたどった旗が風にゆらゆらと美しく揺れている。

 

 周囲の街並みを散策しながら大通りを歩き続ける。

 ギルド元宮の周辺には、他にも巨大な建造物が複数あった。

 転移当初から巨大さを誇示している青いタワーや、ギルド元宮と同じような白磁色で統一された白の聖堂とその正反対の位置には黒曜石のような光を吸い込む黒の聖堂。

 広場には先ほどの大通りに少なかった冒険者のような風体の人たちがたくさんいる。いくつかマーチャントによる露天商なんかも出ているようだ。軽く覗いてみると、おしゃれ用の服や格好いい武器とかが置いてあるようだ。歓談なんかを立ち聞きしてみると、やれどこのモンスターを倒しただのお宝を手に入れだの楽しそうな声が聞こえる。

 

 そして、ついにこの世界に来てから第一目標にしていたギルド元宮の大きな正面入り口に辿り着いた。

 深呼吸。胸に手を当てる。少し緊張して、汗で服が湿る。

 

「大丈夫。職業はちゃんと決めてきたから」

 

 ──チリッと、本当にそのJOBで大丈夫か? という思考。

 大丈夫だと、思う。

 たぶん……、大丈夫。

 

 一度決めたJOBは二度と変えられない。

 体に紋章を刻むのはそういうことだと、ゲームでよく知っている。

 気に入らないからって別なキャラクターで新たに冒険を始めることなんてできない。

 

「ねぇ君! そこの不安そうな君! おーい、大丈夫?」

「っ!? あっ、はい、大丈夫です」

「お、もしかして今から紋章を刻みに行くところ? いいねぇ、若いって感じ」

「いやいや、アタシたちもまだ全然若いじゃん……。でもキミより先輩だし、少しは教えてあげられるよ」

 

 元宮の周りにいた数人の冒険者に声をかけられる。

 年齢は若いらしく、見た目であればプレイアと同年代よりちょっと上といったところか? 

 どうもギルド元宮に入るのを躊躇していると思われてしまったようだ。

 

「どんな冒険者にいなるか不安だったのかな? そうなるとレンジャーとかどうだい! 冒険、宝探し! 一攫千金だよ!」

「あ、いや──」

「ボクは断然、ウァテスをお勧めするよ! 人を癒したり、光属性の魔法を使って援護したりできるんだ!」

「えっと、もう決めて──」

「馬鹿ねぇ、ここはアーチャーよ! アタシの初心者用の弓を上げようか? なぁに最初は狙い辛いけど慣れればすぐよ!」

「レンジャー!」

「ウァテスだ!」

「アーチャーよ!」

 

「「「ね、君が決めて!」」」

 

 だ、だめだ。この人たち話を聞かずに盛り上がってる。

 というか、このままじゃなし崩しに自分の望まない紋章を刻まれそうだぞ!? 

 こういう時は、三十六計逃げるに如かずー! 

 

「ご、ごめんなさいー!!」

 

 プレイアは運搬で鍛え上げたAGIを発揮し、ギルド元宮から逃げるように広場を後にするのであった。

 

 

 ☆

 

 

「ひどい目にあった……」

 

 ぜぇ、ぜぇと息を荒らげながらしばらく走った先にあったベンチに座り込む。

 土地勘のない場所で現在地がほぼほぼ分からなくなったが、どこからでも見える青いタワーを目指していけばギルド元宮にはたどり着けるので特に心配はしていない。

 ぐぅー。とプレイアのお腹が鳴る。日は既に中天にあり、時刻は昼なのだろう。どこからともなく、おいしそうな匂いが漂ってくる。

 先ほど走ってきた大通りのほうを見れば、まばらながら食事が出来そうなおしゃれなオープンテラスのようなものもいくつか有るみたいだ。

 

「何か食べようかな。お腹いっぱいになれば、不安とかも吹っ飛ぶ気がするし」

 

 両手を見つめる。

 少年らしい柔らかい掌。これからいっぱい武器なんかを握って大きくなる手のひら。

 大丈夫、大丈夫と心の中で呟くが一度首をもたげた不安はやっぱり、どうしても消えてくれなかったのだ。

 首をぶんぶんと振って、とにかく何か食べようと意識を切り替える。

 考え続けてたって、なおさら不安になるだけだ。

 

「あ、そういえばタイニーと約束してたっけ」

 

 アップタウンに入れたら、おいしいものを一杯買ってやる。そういってフィリップさんの試験の時に約束をしていた。

 守らなかったら拗ねるだろうし、ちゃんと思い出したので腰につけたポーチからタイニーを呼び出すハンドベルを取り出し鳴らす。

 

『おいしいもの! 約束! いっぱいちょーだい!』

「アハハ、これから買いに行くところだよ。一緒に選ぼうか」

『うん!』

 

 出てくるなり、両手を広げてぷりーず! と催促をするクマの人形の頭をなでてベンチを立ち上がって歩き出す。

 

『いろいろたべたいなー。あっちから甘いにおいがするよ!』

「お店に座るより、せっかくだから街も見て回る食べ歩きにしようか」

 

 ギルド元宮の前とは違う別な広場で出ていた露店から、焼き鳥や肉まんなどを買いながらタイニーとはんぶんこしながら食べ歩く。

 意外と運搬で稼いでいるので、少しくらい贅沢するのもたまにはいいだろう。

 

「そういや、君はいつも夢で逢うタイニー?」

『そうだよー? ちゃんとおぼえてよね!』

「あはは、ごめんごめん。でも、ちゃんと会話する前にいつももの投げられて終わっちゃうからさ」

『びゅんびゅーんって投げるのたのしい』

「ごめん、あれ痛いから勘弁して」

 

 しかたないなぁー。と肉まんをぱくつくタイニーに少し安堵。

 安眠は確保されたような気がしないでもない。でもなぜだろう、別ないたずらで遊ばれそうな気がするのだった。

 

『ねぇねぇ』

「ん? なんだろ」

『食べてるの、おいしくないの? なんだか、そんなお顔してるよ?』

 

 ぺたりと、プレイアは自分の顔を触る。

 ずっと、ご飯を食べていても、タイニーと話していても、心の片隅でひりつく不安が晴れない。

 

『ねぇ! あれ食べたい! あれは甘くておいしいよ!』

 

 タイニーも気を使ってくれるのか、おいしそうなクレープ屋さんを見つけて指をさす。

 

『君がたべなくても僕はたべたいからね!』

 

 前言撤回。割と自分本位だわ、この子。

 まぁ、タイニーのリクエストなので一つクレープを買ってタイニーに渡す。

 

『うまうま』

 

 ぱくつくタイニーの口周りはクリームでべっとり。 

 

「仕方ないなぁ……。ほら、こっち向いて」

『むむむ? むぐぐ~。ありがとう! ぱくっぱくっ! むぐー!』

「わざとやってんのか……。ほら、綺麗になった」

 

 布きんで拭ってあげて、落ち着いて食べれるようにベンチを探して座る。

 食欲は無くなっていたので、タイニーが美味しそうに食べているところをぼけーっと眺める。

 

『ねぇ、だいじょうぶ? ……一口、たべる?』

「ねぇタイニー」

『ん?』

 

 よく考えたら、タイニーはかつてのプレイヤーとしての自分を知っている稀有な存在だった。

 不安を、打ち明けてみてもいいかもしれない。

 

「不安なんだ。一度選んだ職業は変えられない。でも、本当に今考えている職業で未来の自分が後悔しないのか分からないんだ」

 

 空を見上げる。雲がゆっくりと流れていく。

 

「イレイザーを目指そうと思ったんだ。ゲームでの単独での火力なら一番出しやすいからさ」

 

 スカウト系JOBの最終職業。

 スペシャルアビリティに敵の防御を無視するという物があり、単純な高倍率火力でダメージを通しやすい。

 一人で戦うのであれば、モンスターから身を隠すスキルだってある。

 攻撃力を底上げするスキルだっていっぱい揃っている。

 でも……。でも、本当にそれで大丈夫なんだろうか。

 

 あの、ゲームですらものすごく強かったクトゥルフに勝てるのだろうか? 

 

『ねぇ、聞いて』

 

 タイニーが、口を開く。

 いつになく、声音が真剣なものに聞こえる。

 

『君は、きっと後悔する。絶対に後悔するよ』

「タイニーは、イレイザーじゃだめだと思うんだ?」

 

 じゃあ、何がいいんだろう? その問いは、タイニーの首が横に振られたことで口に出来なかった。

 

『イレイザーだからとかじゃない。君は、どんな職業を選ぼうと後悔する』

 

 ドキリ、と心臓がはねる。核心をついて告げられたのは、ずっと思っている不安の正体。

 なんでわかるの? いい加減なことを言わないで。そう思った。

 でも、口に出なかった。

 それは、俺自身が想像のついていたことだから。

 きっと、回復魔法が使いたい場面が出てくるのだろう。

 きっと、強い攻撃を放たねばいけない場面が出てくるのだろう。

 きっと、遠くの敵を攻撃しないといけない状況に陥るのだろう。

 

 でも、一つの職業じゃ出来ることが限られてしまう。

 ジレンマだった。

 寝ずに考えたけど、無理に納得させて選んだけど、どうしようもない事だった。

 

『君は好きなことをするべきだと思う。君は、この世界が大好きだったでしょ? 戦うために好きだったわけじゃない。だから、好きなことをしてほしいな。冒険でも、生産でも、魔法だっていいんだ』

 

 一言一言が胸にしみる。

 

『──夢と希望を忘れないでね。それが僕と君の繋がりなんだから。

 君はソレをなくしたら、私たちとはもう会えないんだからね?』

 

 心臓が熱い。

 まるで、別人のように力強く語るタイニーの想いが胸に流れ込んでくるよう。

 

 タイニーとは、妖精である。

 子供にしか見えない、夢を忘れた大人には見えなくなる御伽噺だ。

 この子と会えなくなるのは、かなり悲しいだろうなと思った。

 

「夢を、忘れるなかぁ。難しいね」

『けど、君ならできるでしょ』

「どうしてそう思ったの?」

 

 信じ切ってるその言葉が不思議でたまらなかった。

 なにか、プレイアの知らない根拠を持っているかのように自信満々で。

 タイニーは大仰に頷くと、簡単に一言。

 

『だって君は、私達としゃべれるからだよ! んー、くれーぷおいしい!』

 

 しぱしぱとプレイアは瞬く。

 タイニーは、先ほどの真剣な様子とは打って変わってクレープを食べ始めた。

 

「ぷっ、ふふ」

 

 ハハハ、と笑いが出てくる。

 タイニーが教えてくれたソレは真理だった。

 

 きっと、何を選んでも後悔するならやりたいことを選ぶべきだ、ってことだ。

 

「ハハ、ねぇタイニー。俺さ、憧れてた職業があるんだよ」

『むぐむぐ、じゃあそれにしよう?』

「……うん、そうする。簡単なことだったんだな」

 

 昔、ゲームを始めたときに格好いいなと思った職業があった。

 プレイ次第では強かったり弱かったりするその職業は、この世界では真っ先に選択から除外していた。

 

 タイニーはクレープを食べ終わっていた。

 ベンチから立ち上がる。

 

『ねぇ、結局なににするの? おしえて!』

「それはね、最後までゲームで使ってた職業。メインキャラとして扱ってたキャラの職業」

 

 タイニーと一緒にギルド元宮に歩き出す。

 

 

「──ソードマンだよ」

 

 

 ゲームプレイ環境で強さが分かれる、でも使いこなせればとっても優秀な職業だった。

 




おそくなりました。


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第5話

 ギルド元宮に入って、ギルド内を案内するガイドの女性にソードマンになりたいと聞くとギルド元宮の中にある説明を主に行うらしい部屋へと案内をされる。そこで、紋章に対しての説明が入る。一生モノ、二度と変更の利かない類のものだ、と。

 君の志望するソードマンは剣を主に使い、戦闘を得意とする職業紋章である、と。

 大体ゲームで知っているような内容。

 刻む覚悟も出来てる。承知の上です。と説明をしてくれる担当者に頷いて返す。

 

「それじゃ適正検査をしますね」

「……? てきせい?」

 

 なんでも、人間にはそれぞれの職業に対する適性があるらしく、紋章に対しての才能のようなものがあるらしい。

 初めて知ったが、望む職業になれないので妥協して別な職業になる人たちも多いそうだ。

 ゲームにはなかったことだ。

 いや、『君はコレになりたいだろうけど、残念だね! 適性がそのキャラにはないよ!』とかMMORPGにありえない要素だから当然なのだが。

 ここで初めて焦った。いや、当然のように焦った。

 

「もし、適性がなかったらどうなるんですか……?」

「残念ですけど他の職業紋章を探してもらうことになりますね」

 

 あれだけタイニーに相談してソードマンになれなかったらどうしようと、変な汗が浮かんできたものだ。

 

「はい、ソードマンにも適性がありますね。なれますよー」

 

 軽い感じで適性の有無が告げられ。

 

「はい、では紋章を刻みます。最後の確認ですが本当にこの職業でよいのですか? 良かったらこの書類にサインをお願いしますー」

 

 職業紋章を刻むことへの誓約書を書かされ。*1

 

「ソードマンの紋章ですね? 本当にソードマンで良いですね?」

 

 しつこいくらい確認を取られ。

 

「はい、直接お腹にさわりますねー。はい、ソードマン刻みました。あなたはソードマンになりました」

「ん?」

 

 あっけなく、プレイアはソードマンになった。

 

「……え? もうソードマンになってます?」

「なってますよー。適性が高いのか、あっけなく終わりましたね。実感がないかもしれませんがなってますねー」

「とくにこう……光ったりとか? 衝撃が走ったりとか」

「しませんねぇ。ソードマンの紋章もしっかり刻めたのでソードマンギルドでギルド員登録と説明を受けましょうか。では、案内をお願いします。……はい、次の方どうぞー」

 

 ぱちぱちと、プレイアは目を瞬く。

 ソードマンギルドはこちらですねー。と最初に案内をしてくれた案内嬢が流れるように連れて行ってくれた。

 

「ソードマンギルドの一員として頑張ってくれよな! 戦闘系の仕事で割がいいのはここで受けられるぞー!」

 

 と、ギルドのシステムについて簡単に説明を受け。

 

「じゃ、お疲れ! ここでソードマン専用のクエストもぜひ受けてくれよな!」

「あ、はい」

 

 そんなこんなでギルド元宮の外に出ていた。

 昼過ぎだったのに、日が軽く傾いたくらい。

 するするする──、と終わってしまって全然実感がない。

 入るまでに悶々と悩んでいた時間のほうが長かったくらいだ。

 

「あれ、俺ってソードマンになれたのか……?」

 

 ぶっちゃけ何かが変わったわけじゃない。

 ただただ、書類にサインをしてお腹を医者に触られただけだった。

 

「???」

 

 なんか、釈然としないプレイアだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ギルド元宮の外、家に帰るには少し早い時間。

 帰ってもいいが、特にやることもなく眠ることになるだろう。

 それはそれで、タイニーに会えるから別によいのだが……。

 せっかくソードマンになったのだ、何かしたいと思う。

 

 さて、これからどうしようか。

 

 そう思って顎に手を当てる。

 うーん、ソードマンになった実感でも手に入れに行こうかな。

 

「とりあえず、平原の木にでもスキルを試してみよう、か?」

 

 ふと、顔に影が差す。

 何だろうと思って、空を見上げると。

 

「小さな箒が、空を飛んでる……。ファンタジーだなぁ」

 

 小篭を柄の部分に下げた箒が宙に浮いていた。自身の腕位なサイズのソレはふわふわとゆっくり移動をしている。ゲームでも、空飛ぶ箒で移動しているなんて光景はよく見ていたのでそこまで驚かないプレイア。

 ゲーム内では、空飛ぶ傘に乗って移動したりブランコに乗ったりして移動しているまであるので妙な耐性が付いているのだ。

 

「なんだろって、わっ!? なになに!?」

 

 宙に浮かんでいた小さな箒が突然、プレイアの近くに急降下してくる。

 というか、纏わりついてくる。

 やたらと、プレイアの顔の前に小篭を持ってくるのでもしかして自分に用があるのだろうかと手を伸ばす。

 小篭の中身は、封蝋のされた特別感のある手紙。

 宛名はプレイアへ。となっている。

 

「俺に……?」

 

 小さい箒が犬のようにぶんぶんと穂先を振って、ぐるぐるとプレイアの周りをまわる。

 なんだか、早く読んでくれと催促されている気がするので破かないように慎重に開ける。

 

『紋章記念の茶会への招待状。ぜひぜひ、そのまま箒へお乗りくださいな。 レミアより』

「わぁー! 素敵な紹介状だ……!」

 

 読んだ瞬間、小さかった箒がPON! とコミカルな音と煙を立てて大きな箒に変身した。

 そして、穂先をフリフリしながら地面と平行に伏せる。

 それはまるで、乗れと言わんばかりの姿勢。

 

「……本当? 乗れるの!?」

 

 驚くプレイアに、こくんと器用に柄の方で頷く箒。

 ドキドキしながら、箒に跨る。すると、ゆっくりと浮かび上がってくる。

 太ももで落ちないようにしっかりと挟み込み、柄を握りしめる。

 

 ふわっ! と急な浮遊感。

 重力が突然体から消えていったような感覚に陥る。

 その時には地面から足が離れて、ゆっくりと空を飛んでいく。

 

「ファンタジーだこれえええ!!!」

 

 生まれて初めて空を飛んだ。

 なんというか、ものすっごく素敵な体験だったと心の中のアルバムに刻み込むのだった。

 

 

*1
一定数ではあるが、やはり違う職業紋章に変えたいなどのクレームが出るらしい。それを防ぐための最終契約書



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第6話

 箒が空を飛び、アクロポリスを一望する。

 ゆっくりと向かう先は、アクロポリスシティとアクロニア平原を結ぶ稼働橋……の下にある大きな水路。平原の切り立った崖とアクロポリスシティのしっかりとした外壁のその場所には意外にも降りられそうな場所がいくつか目に見える。

 ずいぶんと古い飛空庭(解説)の設置されている場所や、なにかを搬入するような場所。

 なんだか、秘密基地に最適そうな場所でワクワクする。

 

 その中の一つに、空飛ぶ箒の目指す場所があった。

 

「いらっしゃいプレイア」

「お誘いありがとうございます、レミアさん」

「ふふ、以前に約束していましたからね」

 

 箒から降りると、再びPON! と音を立てて小さくなって隅のほうに飛んでいき、壁に寄りかかって動かなくなる。箒に連れられてきた場所は程よく整備され、蔦が軽く外壁に外装然として茂っていた。そこではレミアが片手を振りながら挨拶している。

 今日のレミアは顔を隠している布を外しているようだ。顔全体を見るのが初めてなので、まじまじと見つめてしまった。普段見えていない部分が見えていると、何故かイケナイことをしているような気分になるのはなんでなんだろうか。

【挿絵表示】

 

 

「? どうかしたの?」

「あ、いえ!? 綺麗な場所ですね。静かで、落ち着けそう」

「ふふ。ええ、ここは私のお気に入りなの。じゃあ、そちらにお座りくださいな」

 

 この場の名を仮に決めるとしたら、『レミアの秘密の場所』だろうか? 

 BGMはきっと『my country』だろうな、とりとめのない事を考えながら頬の熱を冷ます。レミアの指し示す場所には、テーブルクロスの装飾されたテーブルとアフターヌーンティのセットが。

 三人分の茶器。

 レミアの前にある一つは空で、もう一つは湯気が立っていて入れたばかりのようだ。

 ほかにも誰かくるのだろうか……? 

 でも、そちらと言われた場所には空のカップ。 

 

「?」

「お客さんが来ていたの。貴方が来るまでの暇つぶしに付き合ってもらっていたわ」

 

 プレイアの視線に気が付いたレミアが説明をしてくれる。

 なにか、大事な話でもしていたのだろうか。

 

「タイミングが悪かったですか?」

「そんなことはないわ。

 出来れば貴方にも合わせてあげたかったのだけど恥ずかしがり屋さんみたい」

「恥ずかしがりですか……?」

 

 やれやれとレミアはかぶりを振って、お茶を入れなおすわねと何処からともなくティーポットを取り出した。こんな秘密な場所にも、お客さんが来るなんてレミアさんもお仕事大変そうだなぁと思うのだった。

 

 コポコポ、お茶が空いていたティーカップに注がれる。

 美しい紅が揺れる。どうやら紅茶のようだ。

 入れてもらった紅茶の香りがふわりと空間に広がっていくのを感じた。

 

「プレイアはソードマンになったのね」

「はい。でも実感があまりわかなくて……」

「ふふ、最初はそんなものだわ。刻まれた紋章を成長させれば実感していくでしょう」

「紋章を、成長ですか?」

 

 ゲームで言うジョブレベルの事だろうか? 

 首をかしげるプレイア。でも、レベルって聞いて回ったけど結局謎な感じだったのだ。というか、刻まれた紋章? まずそこから良く分からない。

 刻むとか言っていたから入れ墨みたいにされると思っていたのに、特に何もなかったのだ。

 疑問に思っているプレイアに気が付いたのか、レミアが簡単に説明してくれる。

 

「まず、貴方の紋章を見てみましょうか。紋章を刻んでもらったあたりに意識を向けて今までにない感覚を探してみなさい」

「今までにない感覚」

 

 言われるがまま、じっと服の上から自分の胸を見つめる。

 ………ん? 何だろうこの、感覚。

 あ。

 

「なんか浮かび上がってきた……!」

「今はまだ小さな紋章だけれど、様々な経験を積むことでどんどん大きくなっていくの」

 

 剣をかたどった淡く光る小さな紋章。

 これが、この先成長していく。

 頼りない光で輝くソレに、将来の期待を乗せて祈っておく。

 

「貴方がウィザードを選択していたら弟子にしてみようかと思っていたのだけど当てが外れちゃったわね」

「ええ!? レミアさんの弟子ですか!?」

「あら、私はそのくらい貴方の事を気に入ってるのよ? それに弟子なら数人いるわ。教えるのが上手いって評判なんだから」

「あ、あはは……、それは恐れ多いというかなんというか」

 

 人差し指を立てながら楽しげに話すレミア。

 なんでこんなに気に入られてるんだ? やっぱりあの約束のせいなのかな? と、プレイアは良く分からずに内心で首をかしげる。

 

「ふふ。じゃあせっかくだし、貴方がソードマンを選んだ理由を教えてくれる?」

「えっと、それはそんなに長くならないです。

『自分自身が選んだ。何にも流されずに、俺が決めたんだ』

 そう思って、後悔しても何度だって立ち上がれると思ったから選びました」

 

 ぱちぱちとレミアは目を瞬く。

 何を思い出すように、自身の胸に手を当てて同じように口に出す。

 

「『自分で選んだ』『何度だって立ち上がれる』」

「どうか、しましたか?」

「とっても大切な気持ちね。ふふ、貴方は私の好きな言葉を息をするように吐くわね」

 

 なにか含むような言葉。少し懐かし気に遠くを見る瞳。

 どうしたのだろう? 首をかしげる。

 

「いえ、そうね。昔、私とそういう会話をした素敵な女性がいた事を思い出したの」

「素敵な女性ですか?」

「あら、貴方もそういうの気になるの? でも、今は私とのお茶会ということを忘れないでね?」

「あ!? いや、そういうわけじゃなくて、あの……はい……」

「ふふ、冗談よ。でも、その話はまた今度にしましょう」

 

 ふわりと微笑むレミアのせいか顔が熱を持つ。

 今自分の顔は真っ赤に染まっているんだろうなと思いながら、プレイアはお茶でも飲んでごまかす。

 

「今日は紋章のお祝いもあるけれど、聞きたいことがあって貴方を呼んだの」 

「えっ?」

「答えたくなかったら答えなくてもいいわ」

 

 夕暮れが迫る。

 日は傾き始め、日を反射する水路が、僅かに茜に染まる。

 水路から反射して、茜色の光がレミアを妖しく彩る。

 

貴方はどこからやってきましたか? 

 

 ドキリ、と心臓が跳ねた。

 

「それは……」

「もう一度言うけれど、答えたくなかったら答えなくてもいいわ」

 

 でも、とレミアは続ける。

 

「貴方には寝泊まりする方法を知らなかった。帰る家もない。

 誰しもが知っているはずの常識がないわ。

 紋章についても、街の広さにさえ疑問を抱いていた。

 そして何よりも、誰も知らないことを知っているわね? この世界の行く末を」

 

 そこで、レミアは言葉を止めてこちらの反応を待つ。

 脳裏によぎるのは、彼女が自分のために良くしてくれた事柄。

 ──小さな約束。震えていた自分の質問への回答。

 ──常識のない自分への注意。住まう拠点の手配。

 ──空を飛ぶ箒という感動。紋章に対するお祝い。

 色々教えてくれて、たくさん与えてくれた彼女に対して、プレイアはごまかしや嘘を言いたくないと思ったのだ。

 

「たびを、していたんです」

 

 だから、声が震えていたがゆっくりと話を始めた。

 

「旅?」

「はい。……嘘みたいな話になりますよ?」

「ええ。聞かせてちょうだい」

 

 では、と姿勢を正してレミアの瞳を見つめた。

 

「アクロニアの物語の世界を旅をしていたんです」

 

 懐かしさで、目が潤む。

 それでもレミアと視線を合わせて、語る。

 語ろうとした。

 

「それはこの世界の未来で、

 それはこの世界の過去で、

 それは、とても素敵な希望の物語でした」

 

 プレイアは、こくんとうなずく。

 何から語ろうかと、言葉をさ迷わせてた時、

 ──どこかでカチリと音が聞こえた。

 

 

 ◇

 

 

 

「──? ──イア?」

 

 うつらうつらと、頭が揺れる。

 近くから声がする。

 なんだろう……? すごく体が疲れてる、意識に靄がかかったみたいだ。

 誰だっけ。何をしていたんだっけ。

 そうだ、紋章を刻んでもらって、レミアのお茶会にに来て……。

 

「ねぇプレイア、起きて……?」

「あ、れ? のわっ!?」

 

 目の前に、レミアの心配そうな顔が。

 いつの間にか、席を離れたレミアがプレイアの顔に手を当て至近距離で見つめていたのだ。

 

「……平気? 体におかしなところはない?」

「特に、何ともないです。何を? あれ、何があったんでしたっけ……?」

 

 何をしていたんだっけとプレイアは思考する。

 そういえば、レミアに自分の出自を話そうとしていたんだったんだっけ? 首をかしげながら、思い出したように言葉を吐く。

 

たびを、していたんです(……………………)

「……。あら、記憶が混濁しているのね。その話はもう聞いたわよ?」

「んん? あれ、話しましたっけ?」

「ええ、もちろん。話したと思ったら急に寝ちゃったのよ? 流石の私もびっくりしちゃった」

「ええ!? あの、すいません……、全然覚えてなくて」

「そうねぇ。紋章を刻んだばかりだし、ちょっと体がビックリしてしまってるのかもしれないわ。慣れないことで緊張して疲れていたのかもしれないわね」

 

 プレイアはレミアに落ち着くようにと頭を撫でられる。

 こんなに辛そうな顔をさせてしまったのが申し訳ない。相当驚かせてしまったようだ。しばらく撫でるとレミアは元の席に戻って、口に手を当てて思考をしている。

 

「プレイア、貴方を占わさせて」

 

 目を瞑った後そう言うと、どこからともなく占いに使うのであろう丸い水晶を取り出して、手をかざす。プレイアはその動作を見て、占いの邪魔をしてはいけないと無言で待つ。

 日は完全に傾き、夕闇がやってくる。

 もともと日が当たりにくいこの場所は、どんどん暗くなっていく。

 明かりは、蒼に輝く水晶の光のみ。

 

 テーブルのお茶が冷めたころ、ようやく思考から帰ってきたレミアはゆっくりとこちらを見た。

 水晶の光が反射して、温かみを帯びた琥珀色のレミアの視線が射抜く。

 

「『ゆめみのたびびと』」

 

 ぽつり、とレミアは言葉をこぼす。

 首をかしげるプレイア。

 どこかで聞いたことがあるような言葉だった。

 

「『ゆめみのたびびと』は、少し特殊な存在の事を指します」

 

 少し考えて、思い出した。

 ゲーム内ではとあるイベントのタイトル名。

『普通』を求めた少女の、優しい家族との団欒を夢を見る話。

 でも、あの話は最後まで実装されることがなく、ゲームが終わった今では絶対に完結がされることのない話。プレイヤーだけが覚えていて、街の人たちが少女と家族の記憶を忘れたところで話が終わったような気がする。

 

「『ゆめみのたびびと』と言われて、身に覚えがありませんか?」

「ゆめ……」

「例えば、夢に関する存在と出会ったとか」

 

 ハッ、とプレイアは目を見開く。

 

「タイニーが、俺の事を覚えてたんです! 俺と同じで、全部。旅したことも」

「子供に愛された人形に宿る妖精。夢の世界に住む御伽噺の存在。……大きな翼をもった存在に心当たりは?」

「翼ですか?」

 

 その単語に引っかかるのは、タイタニア種族とドミニオン種族。

 どちらも翼を生やした、この世界の住人だ。

 ……でも、これといって特別に知り合っていないんだよなぁ。

 

「うーん、特別に思いつかないです」

「そう……」

 

 レミアが頷く。そして、切り替えるように胸の前で手をぽん! と合わせた。

 先ほどまでの剣呑な空気はどこかに失せ、ふうと一息。

 

「さて、暗くなってきましたしおひらきにしましょうか。付き合ってくれてありがとうプレイア」

「いいえ、こちらこそお誘いいただきありがとうございました。……その、途中で眠ってしまってごめんなさい」

「ふふ、いいのよ。あ、そうだわ!」

 

 思いついたように、レミアが微笑む。

 

「ねぇプレイア、聞かせて?」

 

 なんだろう? 首をかしげる。

 

「貴方は、どうして冒険者を目指そうと思ったの? 

 いつか言っていた世界を救いたいのは、あなたの意思?」

「それは──」

 

 考える。

 最初は、怖かったからだ。

 世界が滅ぶことを知っていることが怖かった。何とかなると楽観的に思えなかった。だから、自分で何かできることをしようと目的もなく思った。

 

 でも、今は少し変わった。

 

「世界中を見てみたいんです。あの旅と同じように。

 きっとそれは、とっても素敵な出会いが待っていると思うから。

 それに好きになった人たちの力になれたらうれしいなって思うんです。

 だから、この想いは俺だけのものです。俺の意思です」

 

 俺の答えを聞いて、心底安心したような表情でレミアは頷く。

 

「じゃあ、貴方が旅をして帰ってきたらこうしてお茶会をしましょう? 

 その時に、貴方が見て触れて感じたことをぜひ教えてほしいわ」

「全然大丈夫ですよ! とっても嬉しいお誘いです!」

「ふふ、ありがとう」

 

 ぱちんとレミアは指を鳴らす。

 すると壁にかかっていた箒が大きくなって、浮かびながらプレイアのもとへとやってくる。

 

「プレイア、良い旅を。貴方に素敵な出会いがありますように」

 

 バイバイと手を振るレミアに一礼をして、再び箒に跨る。

 来た時と同じように、箒は空へと浮かび上がり飛び立った。

 そうだ、と思いついて悪戯っぽく笑ってプレイアは最後に一言。

 

「レミアさんと出会ったことが、すでに最高に素敵で特別な出会いですよ! それじゃあ、また!」 

 

 まんまるに目を開いたレミアの姿は何と言うか印象的で、今後見れるか分からないと思ったのでしっかりと目に焼き付けておく。その後、箒に運ばれて家に帰りついたプレイアは良く分からない倦怠感で疲れ切っていたのですぐにベッドで休むのだった。

 

 

 ◇

 

 

 プレイアとお茶会を終えたその場所で、私は先ほどの事を思い出す。

 

『おはよう、こんにちわ、こんばんわ』

 

 こちらを見ているようで見ていない目を。

 ぴちゃん、と私の秘密の場所に水音が響く。横を通っている水路に、月明かりが揺らめいていて不思議とその場は見通せるほどの光量を与えてくれる。

 茶器を傾け、揺れる月を眺めながら思案を続ける。

 

『こうして端末が反応したってことは、信頼できる上位種族に出合えたって事なんだろうけど予想より早かったせいで、そちらの情報が全く届かないんだ』

 

 虚ろな表情のままプレイアの口が動く。

 いいや、それはプレイアと呼ばれる者ではなかった。

 上位種族。私がただのエミル族から上位転生したハイエミルということを知る存在は少ない。プレイアにそれを教えたことはなかった情報。彼なら知っていてもおかしくないだろうけど、急に名前で呼ばなくなるなんてことはないだろう。

 

『つまり、会話ができないっ―ザッこと。──ザザッまずいな、端末が予想以上にまだ脆い』

 

 焦ったような声音。

 私も焦る。

 プレイアの体ががくがくと震えだして、噴き出すように玉の汗が流れ始めたのだ。

 いったい何が起きている? 私の質問のせい? 

 急いで近づいて、原因を解明するためにプレイアの震える体に手を当てた。

 

 ドクン──と、心臓が跳ねた。

 大きな影。大いなる力。

 全てを包み込むような翼のイメージが流れ込んでくる。

 圧倒的、上位種の存在を無理やり感じさせられた。

 

『ごめんザッさい! とにかくボクザザッお願いを聞いて──ザザッ!』

 

 唐突な強大な強いイメージに体が硬直する。

 プレイアの口から焦る様に、言葉が紡がれる。

 

『この端末を世界中を旅させて、──ブツッ』

 

 全て聞くことはできなかった、強制的に何かが引きちぎれるような音共にプレイアの体が大きく跳ねた。プレイアの名前を何度も、呼びながら声をかける。

 紋章の関係により、そこまで得意ではない回復魔法を冷静に使う。最後に、回復魔法の理論を読み込んだのは数十年も昔の事のような気がする。こんなことがあっても後悔しないように、もう一度勉強しなおさないといけない。

 

 その後プレイアが目を覚ましたがあの異様な状態を覚えている様子はなかった。

 ただし、ずいぶんと疲労している様子に見受けられた。

 

「『ゆめみのたびびと』。……どうして」

 

 一度、出会ったその日にプレイアの事を簡単に占ったことがある。

 分岐しすぎる未来を持った不思議な少年。分かったのはそれだけだった。

 今回は、より明確に確かめるため直接目の前で占った。以前より明確に分かるはず。

 そのはず、だった。

 

「輝かしい目的。未来への希望」

 

 水晶からあふれるイメージは、そう暗示した。

 ──だが、一度もそれが達成されているようなイメージが湧かなかった。

 

「あやふやな地面、たくさんの壁」

 

 貴方の道のりは非常に困難な物。

 だから、貴方は『ゆめみのたびびと』。

 

 思考を打ち切る。

 大きく伸びをして、深呼吸。

 

「私も、出来ることをしてみましょうか」

 

 口の前に手のひらを持ってくる。

 その指には一つの指輪があった。

 指輪には、エンブレムが刻まれており少し特別な感じがする。

 

 それは『リング』と呼ばれる。

 長期的な目的や交流のために複数人で構成される組織の所属を証明する物。

 遠距離への通信手段。メッセージを残せるツールであった。

 

「ねぇ、久しぶりに会ってお話をしましょうか。

 

 ──リーリエ、ヒスイ」

 

 旧知の仲へ、そうメッセージを残すのだった。

 




『ゆめみのたびびと』
 少女には夢がありました。
 それは『ふつう』の人の中で家族のような人たちと『ふつう』に笑い楽しんで、ただ『ふつう』に暮らすこと。それは本当に『ふつう』の夢でした。……平凡すぎて『ふつう』の人にとっては夢といえるほどのものではありませんでした。

 ……少女には夢がありました。
 決して、叶わないだろう夢が。

 ECO イリスカード『ゆめみのたびびと』フレーバーテキストより引用。


 序章 了


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幕間 出会う人、出会った人
フィリップの酒場/新緑の風


 時刻はお昼前。少しお腹が空いてくるころ。

 場所は東稼働橋近くのフィリップの酒場にて。

 

「だめですか」

「うん、だめだね」

 

 僕が店主のフィリップだ。

 酒場のクエストカウンターに依頼を受けに来たある少年の提案を突っぱねる。

 

「どうしてもですか? 俺はキラービーの巣穴なら適正だと思うんです」

「確かに君は慎重派で運搬クエストの受領後の受けも良い。ソードマンの紋章をちゃんと手に入れて、戦闘も楽にできるようになったんだろう」

 

 そのうえで! と続ける。

 

「君にはまだ早いよと言っているんだよ。プレイア君」

 

 目の前にいる少年はプレイア。

 時を知る占い師レミアに目をかけられている冒険者。ようやく、ノービスからソードマンの紋章を手に入れ、戦闘技能を手に入れた少年だ。

 腕を組んでジロリと、上から下までじっくりと視線をやる。見定められていることに気が付いたのか、居心地悪そうに身動ぎして姿勢を正すプレイア君。

 

「装備、整えたんだね。とってもえらいよ」

「あ、えへへ。フィールドジャケット買ったんです。さすがにスモックとモンペじゃ依頼人も頼りたくないだろうなって思いまして」

「なるほどね。じゃあ、君はソードマンなのになんで棍棒を装備しているのかな? ショートソードとかあっただろう?」

「え? 序盤は居合いよりブロウのほうが火力出るじゃないですか! 斬が高いより打が高いほうがいいですよね?」

「う、ううん??? あまり分からなかったけど指針があるのかな? なにか目的があるなら、それならいいんだ」

 

 時折、彼の言っていることは分からない。

 妙に世間との常識に疎いというか、恐らくだが良い所の出身とかなのだろう。大人に対しての会話も上手いし、世間渡りも子供にしてはそれなりに出来る。だけど、根本的な部分で知識のずれを感じるのだ。

 僕にはそれが致命的なことになる気がしてならない。

 

 でも、普通ソードマンというのは剣を使っていくものなんだけどな。使えば使うだけ、紋章が学んでいく。つまり、剣を使う機会が多ければ紋章が体の動きを最適化していく。

 流石にこれは子供でも知っていることだし、彼は明確な理由も答えた。

 知ったうえで目的を持って選んでいるのだろう。

 選んだ結果、他人とは違う結果になるんだろう。

 これが、あのレミアに目をかけられている理由なんだろうか? 

 

「うーん、じゃあ軽い知識の問題をいくつか出すね。これに答えられなければ僕が拒んでいる理由もわかるだろう」

「はい! お願いします!」

 

 知識、そう聞いてプレイア君は自信満々に頷く。

 僕は用意していた、アクロポリスシティ周辺の地図を取り出す。

 

「じゃあ、まず初めの問題だ。君のいうキラービーの巣はどこだい?」

「西アクロニア平原を抜けたあたりの……、ここですね。混成騎士団の方々が常駐してる小屋もこのあたり」

「うん、正解。目的地も分からないでクエストを受けようとしたわけじゃなさそうだね。それにイレギュラーなことが起きたときに、混成騎士団の小屋を頼れるように調べているのもポイントが高いね」

 

 じゃ、次だ。

 この辺で詰まるんじゃないかなと僕は経験から思っている。

 

「では、君にキラービーの討伐を依頼するとした場合、君はどのくらいの時間で討伐を終えられる?」

「……うん?」

「当然、巣穴だ。目標はいっぱいいるだろう。でもキラービーは空を飛ぶし、毒性は弱いが毒も使ってくる、それの集団だね。群れの中には素早いチビーやワスプやクイーンビー、長であるスティンガーだって存在する」

「……分かりません」

 

 プレイア君がモンスター討伐系のクエストをしたことがないと承知の上で聞く。

 戦闘中に乱入される想像はしていたのだろうが、群れという言葉を聞いて彼は顔色を変えた。

 嗜好品である『蜂蜜』や照明のたいまつなんかに使う『ロウ』をドロップするキラービーの巣に住むモンスターは初心者冒険者でも手を出せる程度には弱い。だけど、巣ということだけあってたくさんいるのだ。巡回しているモンスターだって当然いるし、それ相応の知識が必要になってくる。

 

 まぁそんな知識を学ぶためにうってつけな場所なので、僕たちギルドも初心者向けとして紹介しているダンジョンなのだ。

 

「うん、とりあえず次の問題だ。先ほどの続きに近いから、それも踏まえて考えてみるといい」

「え、あ、はい!」

 

 悩んだ表情の彼は切り替えてこちらを見上げる。

 

「では、君がアクロポリスシティからキラービーの巣へクエストに向かい、討伐を完了してここまで帰ってくるのに何泊かかるでしょうか」

「泊!? 一日では無理なんですか?」

「うん、なんだか予想していた通りの反応をありがとう」

 

 やっぱりか。

 

「子供の足じゃ一日じゃ無理だよプレイア君。それこそ行って帰ってくるだけなら、可能かもしれないけど」

 

 一日歩き続けた後に、モンスターを討伐? 

 明け方から向かってもたどり着くのは夕方くらいだろう。急いでいけば、昼にはつくかもしれないがそこから討伐する体力が紋章を手に入れたての冒険者に残っているだろうか? 

 彼は運搬クエストでアクロポリス中を走り回っているけど、外は勝手が違うからね。

 帰りは討伐後のドロップ品だってあるだろうし、道中でバウなんかの獰猛なモンスターと遭遇する可能性だってある。

 あそこ辺りには、稀にだが初心者殺しと言われる『はぐれベア』だって現れる確率があるのだ。

 基本的に混成騎士団がそういった危険は取り除いてくれるが、イレギュラーというのは起こりえるものだ。

 やはり冒険というのは時間がかかるのだ。

 パーティーメンバーでもいれば違ってくるんだろうけど……。

 

「プレイア君、冒険者で仲良くしている子っているかい?」

「ぐっ……! いません……」

「一人で、キャンプって出来る?」

「うっ!? で、できません……」

 

 うん、やっぱり誰かと関わってる情報が入ってこないからそうだと思っていたけど、ぼっち気味だからな。キャンプも知識がなさそうだ。まぁダウンタウンでホームレスじみた経歴もあるしそうだと思ったけど、やっぱりか……。

 

 懐に入っている、一つの紙を確かめる。

 

「さて、まだ早いと言っている理由が分かったかな?」

「必要なことを、全然わかってなかったんですね。学ばないと……どうしよう」

 

 いやぁ、本当にいい子だね。

 冒険者を目指すような子ならやんちゃ気味で反発するもんなんだけど。

 ……ま、だからこそ僕も紹介しがいがあるってものかな。

 

 先ほど懐で確認した紙を、取り出し彼に差し出す。

 

「うんうん、学んでおいで。じゃこれは、普段から運搬という大事な仕事をこなしている君へのご褒美ってことで」

「……、紹介状? 髪型でも変えたほうがいいんですか?」

「なんで髪型!? いや、これは平原にある冒険者育成学校の先生への紹介状だよ」

「え! あ、いや、でも!?」

 

 表に書いてる紹介状という文字を見て、良く分からない反応をするプレイアに突っ込みを入れて、説明をする。

 

「毎日欠かさず受けていた運搬クエスト、感謝している人が一杯いたよ。子供の君が困ったら力になってほしいと、色々な人に言われていてね」

 

 ぽかん、と口を半開きにしてこちらを見上げているプレイア君の頭をぽんぽんと叩いていう。

 

「これが、君の冒険の成果だ」

 

 まじまじと、受け取った紹介状を見つめるプレイア君。

 ちゃんと君が頑張ってることは、みんなが見てるんだ。

 だから、たまに見せる焦ったような表情がいつか無くなるといいね。

 

「君は紋章を手に入れてるから卒業認定でキラービーの巣へ行く試験への参加権もある。しっかり学べたと思ったら、申請して挑んでみなよ」

「あの、ありがとうございます……!」

 

 あ、最後に一言、余計なお世話かもしれないけど付け加えておくか。

 

「プレイア君、何を焦っているかは知らないけど一人で頑張る必要はないんだよ」

 

 横で他の冒険者のクエストの管理をしている店員メイドや配膳をしているほかの店員メイドを親指で指さして告げる。

 

「僕には僕にしかできないことがある。その出来ることだって、この両手分しかできないんだ。だから、頼れる仲間を探しなさい。……仲間が難しいなら、友達から始めるといい。君の人生はまだまだ長いんだ」

 

 極端な話、同年代の冒険者と全然絡まないでクエストをやっているから心配になったお節介だ。

 

「マスター! そろそろ、マスターの意見が欲しいんですけどー!」

 

 奥でクエストの案内をしていた店員メイドから僕に声がかかる。

 

「わ、ごめん! すぐ行くよー! ……じゃあプレイア君、仕事ができたみたいだから行くね」

「はい! あの、この恩は必ず返します!」

「ハハ、そんなに気張らなくてもいいんだよ。君みたいな初心者冒険者を立派に成長させるのも僕の使命だからね」

 

 ぺこりと、大げさに頭を下げて酒場から出ていくプレイア君を送り出す。

 

「うーん、ちょっとクサかったかな」

「マスター! 立て込んでます!! 早く!」

「はーい! 今行くよ!」

 

 冒険者をやめて働いている大人の僕には祈ることしか出来ないけど。

 

「君に素敵な冒険がありますように」

 

 

 ◇

 

 

 ぺらり。本の匂いがする静かな場所。

 アクロニア平原にある初心者育成学校にある図書館。

 金髪で、肩上で切りそろえられたロングボブのエミル族の少女が一人本を読んでいた。

 彼女の横には、ウッドスタッフと呼ばれる木でできた杖と、その上につばの広い魔女帽がある。

 その事から彼女がスペルユーザー系の紋章を持っていることが分かる。

 

 ぺらり、と再び本をめくる。

 彼女の読んでいる本は、魔術体系の理論が書かれた少々小難しい本。

 どうやら新生魔法と呼ばれる、エミル界でも比較的新しい魔法を学んでいるようだ。

 なにかに気が付いたのか、軽く頷くとメモに万年筆を走らせ──。

 

 ズバーン!! ビクゥ!! 

 凄まじい勢いで図書館にエミル族の青髪でおでこが広い少年が走りこんできたことで、少女は驚きメモの紙にあらぬ方向の黒線が走った。

 

「フレイズ居た! やったぞーフレイズゥ!! 俺はやってやった!!」

「なに、なになに!?」

 

 バンバン! 走りこんできた青髪おでこ少年は金髪少女の姿を見つけると、図書館に入ってきた勢いのまま机に向かい大きな音を立てながら机を叩く。

 フレイズ、そう呼ばれた金髪の少女は目を回しながら状況の整理に努めようと目を回す。

 

「よっしゃ! 見ろ!!」

「じ、ジョニー。落ち着いて、図書館では静かに」

「っとと、分かった。フー、ハー! よし、見ろフレイズ!」

「だからうるさいってば!」

「この時間は体力プルル未満のお前以外いないんだから大丈夫だろ。ほかの子たちなら外でプルル倒して回ってるもん」

「ぐっ……妙な皮肉を。ハァ。もー、なになにー?」

 

 ジョニーと呼ばれた青髪デコ少年はフレイズに一枚の紙を突き付ける。

 そこには、『卒業認定試験許可証(仮)』と書かれた許可証が。

 

「え!? ほんと? ノービスのジョニーが!?」

 

 目を皿のように開いて驚くフレイズ。

 

「おうとも! 渋るセンセーの雑用やら実地テスト、ペーパーで満点連打してやったら、仕方ないって認めてくれたんだぜ! いやー、超天才スーパーノービス戦士、可能性の男ジョニー様を止められる奴なんて居ないってことだな!」

「可能性の男って……。まぁノービスは可能性の塊なんだけどさぁ……」

 

 でも、とフレイズが二っと笑って告げる。

 

「おめでとうジョニー。これで、キラービーの巣に行けるね」

「ああ! あー、いや、まぁ条件があるんだけどさ……」

 

 嬉しそうに頷くジョニーだったが、面目なさそうに語尾が詰まっていく。

 

「三人以上パーティ組まないとダメだって……言われた」

「えっ」

「うん。三人以上」

「ほんとーに? ほんと?」

「まことに申し訳なない……。そして、さらに条件がありまして」

「なんて?」

「この許可証、有効期限があと一ヵ月になっております……」

 

 ガーン! とフレイズの顔に青線が走る。

 

「ど、どうすんのよー! 私達と組んでくれる紋章持ちなんてほぼほぼいないのよ!?」

「わぁってるってよー! 俺だって抗議したんだよー!! ダメだったんだよー!!」

「持ち前の可能性で、何とかしなさいよぉ! ゴホッ、ぜぇ、ぜぇ……はぁはぁ」

「おっと、大丈夫かフレイズ。体力プルル未満なんだから、あんまむりするな?」

 

 その言葉を聞いて、フレイズはジョニーに息を整えながら二ッと笑っていった。

 

「フフ、ジョニーが朗報を持ってきたように私だって朗報があるんだからね」

「なに!?」

「縄跳び二十回飛べたわ!」

「なに!? やったじゃないか! 体力プルルに昇格!」

「わーい!」

貴方たち! 図書室では静かにしなさい!! 

「「はい、すいませんでした……」」

 

 鬼の表情で司書の先生が奥から飛び出してきて、めちゃくちゃ怒られる二人だった。

 彼と彼女はこの学校の生徒。

 そして、卒業試験を控えた少し変わった子供たちだった。

 

 金髪の少女フレイズ。職業紋章ウィザード。

 ウィザードの紋章適正過去最高レベルの魔法理論の新星。

 ──なお、アクロポリスシティを歩くだけで力尽きかけて貧血で倒れそうになるモヤシ少女。

 

 青髪デコ少年ジョニー。職業紋章無し。

 初心者学校で歴代最高の成績を持つ可能性の少年。

 ──なお、職業紋章に一切の適性がなく冒険者として致命的な欠点を持つノービス少年。

 

 もちろん、ダメな方向で有名な二人なので彼らと組んでくれる紋章を持つ子供たちは皆無な現状だった。フレイズとジョニーは図書館を出て、外に向かう。

 ゆっくりと今後の話を詰めるためだ。

 

「はぁ……。こんな時に前衛バリバリな紋章を持った子供とか現れないかなぁ」

「なお、その後に私たちとパーティーを組んでくれる可能性を求めよ」

 

 可能性、という言葉を聞いてニヤリとジョニーは笑った。

 

「それは大丈夫だ。なぜなら──」

 

 自信満々の表情で、ジョニーは自分を親指で指さして笑ってフレイズを安心させる。

 

ノービスってのはあらゆる可能性を秘めた存在なんだからな

 

 一陣の風が吹く。

 少年少女の祈りに、一つの出会いが訪れるのはあと少しの事だった。

 



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素敵なお茶会/舞台の裏は黒い幕

 アクロニア平原から柔らかな風が届く昼下がりの時間。

 場所は、レミアの秘密の場所。

 そこには人影が一つ、場の主であるレミアがお茶会用のテーブルにカップをソーサーにセットしている。その時に、バサリと翼を大きく広げるような音が背中から聞こえてきた。

 

「ごきげんよう。もう少しでお茶の準備が終わるから待っていてね、ヒスイ、リーリエ」

「ええ、ゆっくり待たせてもらいますよ」

「お邪魔するでー。うちもお茶請けも買ってきたで!」

 

 羽ばたきの音とともにこの場に降り立ったのは二人の男女。

 男のほうは緑の短髪で眼鏡をかけている。淡い色の和服を纏い、片手に錫杖のような杖をもう片手にはキセルから紫煙をたなびかせる美丈夫。女のほうは浅葱色の長髪を高く一本にまとめており、背に新緑の色をした洋弓を背負っている尖った耳をした美女。二人とも背中には翼があり、頭には天輪を模したものが浮かび上がっている。

 タイタニア族。

 レミアなどのエミル族とは違った翼と天輪を身体的な特徴として持つ種族だ。

 

「ん? なんや、他に誰かくるん?」

 

 普段なら円卓に椅子を三つ並べているところ、四つ目の椅子が置かれている。

 リーリエ、と呼ばれた独特の口調をした女性が頬に手を当てながら首をかしげる。

 

「ふふ、楽しみにしておいてね」

「なんやなんや? 最近噂の若いツバメかー?」

「おや、少し年を考えた方がよいのでは?」

「……貴方たち、お茶は要らないみたいね」

「冗談や!」

「少しその話は気になりますが「そう、要らないのね」はは、要りますよ。貴方の御茶は美味しいですからね」

 

 軽口が飛び交う。だが、そこに険悪さはなく気兼ねなく言葉を交わせる友人のようなつながりがなんとなくわかる様子だ。

 お茶の用意を終え、各人が椅子に座ってお茶の香りをたしなむ。

 場の雰囲気も落ち着いたの感じ、お茶を楽しむためにキセルを仕舞ったヒスイが口火を切る。

 

「さて、こうして集まるのもずいぶんと久しぶりですね。前回はいつ頃でしたか、私が東の果てへ行商に行く前だったので……」

「ええ、十数年は」

「せやねぇ、時間の流れがあっという間で困るわ。資源戦争締結から、特になぁ」

「おや、耄碌しましたか? 私はまだまだ現役ですけどね」

「なんやと! うちもまだまだピチピチやわ!」

「「ピチピチ」」

「ぐっ! あんた等とおんなじくらいや……!」

 

 若々しい見た目をした者たちしかこの場には見えないが、全員が全員自分の年齢を思い出すのに数秒要する程度には長生きをしている。場が若干なごんだので、さてと呟いてヒスイがレミアに目を向ける。

 

「で、招集をかけた理由を聞いておきましょうか」

「せやなー。うちも気になってたんよ」

「そうね。……最近私が贔屓にしている少年の話はどこまで?」

「私はアクロニア大陸を離れていたのでさっぱり」

「うーん、うちは……。あまり良い話は聞いてないなぁ」 

 

 ヒスイは手をひらひらと振り、知らないことを示す。

 リーリエは少し困ったように眉を下げながら、言いづらそうに答える。

 

「あんたが特定の人物に干渉するってことが珍しいし? まぁそれはそれは下種な勘繰りが生まれてそうでねぇ」

「それが、先ほどの?」

「うん、さっきの反応からして違うのはわかる。それ以外だと運搬のお仕事を頑張ってるいい子だって聞いてるわぁ」

「混成騎士団ね。特に干渉はなかったのだけど、世代交代も進むとそんなモノかしら」

「せやね。今を生きてるエミル族なんかにはとっくに昔話やろうし、悪い話も御伽噺感覚なんやろうなぁ」

 

 政治的な話が浮上して、レミアが少し不快そうに眉を顰める。

 長く生きる者が強く干渉するのを良くないと思っていても、やはり力がある者を利用しようとするのは人間のサガと言ったところか。定期的に、レミアはしつこい要人を痛い目に合わせているのだが、懲りない輩はどこにでもいるようだ。

 当のプレイアは、混成騎士団からの誘いを冒険者にならないといけないと言う目的のために蹴り捲っているので騎士団的には利用しようがないというオチもつく。

 

「それで、少年についての詳細は?」

「名前はプレイア。彼は『ゆめみのたびびと』と呼ばれる存在ね」

「うーん? なんやったっけそれ」

 

 リーリエが首をかしげる。

 

「まぁ少し困難な道のりを歩む人の事、かしらね」

「困難ですか。何かその少年には目的が?」

「そう、ね。端的に言うと、世界救済かしら」

 

 レミアが面白そうに微笑みながら、そう告げる。

 ヒスイはふむ、と眼鏡を光らせながら顎に手を当て言葉を咀嚼し、リーリエは驚いたように目をぱちぱちと瞬かせる。

 

「せかいきゅーさい……。それまた、大きく出たなぁ」

「具体的には資源系のお話ですか?」

「さぁ、私も知らないわ」

「うーん? 要領を得んなぁ、子供の戯言じゃないん? 英雄願望とか、ほら子供ならあるしなぁ」

 

 ヒスイとリーリエが顔を見合わせる。その表情はどちらも、与太話程度だと思っている雰囲気を感じられた。

 

「まぁ信じる信じないは構わないわ。ただ、あの子には確実に何かがある。なんなら、未来のことを知っているような気配すら感じられたわ」

 

 レミアは半信半疑の表情の二人に伝える。

 

「そして、後ろに何かがいる。とても強大な何か、全てを包み込む翼をもつ大きな存在を見た」

「ほぉ、占いまでやったんですか」

「本当にお気に入りなんねぇ。そら、少しはその子の言い分を信じてもええかもな」

「ええ、とっても面白い子だわ。ぜひ、あなた達も見かけたら気に入ると思う」

 

 レミアは本当に気に入った人物にしか占いをしないのは周知の事実。なので、出会って時間も余りたたないその少年に占いをしたという事が、レミアの本気さをうかがわせる。

 話を続ける。その謎の存在に一時的にプレイアを通して会話をされたこと。何かその存在には目的があることなどだ。タイタニア種族、翼をもつ存在の長く生きる知り合いならばその存在にある程度のめどが立つのではないかと思っているのだ。レミアが感じた存在にについて意見が聞きたかった。

 

「で、貴方たちに心当たりは?」

「翼、ですか。タイタニア種族、それも上位種族の類では?」

「そうやねぇ。でも転生存在のアークタイタニアなら、ハイエミルのレミアなら分かるんじゃないん?」

「リーリエ、それ以上は」

「あ……、ごめんな。この話題嫌いやったな」

 

 ハイエミル。

 ただのエミル種族から転生し、強大な力を持った存在の事だ。かつて、ノーザン王国の女王が生み出した秘術。武神と呼ばれる存在を生み出した究極の技法。

 

「……いえ、かまわないわ。所詮私はなりそこないだもの、上位存在だったとしても気が付けない可能性もある」

 

 少し沈黙が満ちる。

 気軽な仲でも、やはり触れられたくないものも存在する。長く付き合っていると、当然そういうものが存在してくるものだ。

 

「んんっ、じゃあタイタニアドラゴンとかはどうや!」

 

 空気を換えるために、咳払いをして元気よく違う存在の名前を出す。

 しかし、レミアとヒスイからは呆れたようなため息。

 

「……リーリエ、ありえないことを出すのはやめましょうか」

「私も、可能性を考えなかったわけじゃないんだけどね。それはありえない」

「世界を守った守護竜やし、世界救済を目的とするならありえるんじゃない?」

「そうね。その存在が今でも確認できれば、ね。エミル界のエミルドラゴンすら帰ってきていない現状よ」

「資源戦争の真っただ中なので、あの出来事も数百年前の話ですからね」

「む、そっかぁ。……そうやねぇ、時間が過ぎるのは早いねぇ」

 

 ありえない。そう断言される。

 当然理由がある。

 存在が、確認できない。それが否定の一番の理由だった。

 

「巨大な次元を喰うクジラ。『クトゥルフ』を封印したのがタイタニアドラゴン」

「そして、それに協力したエミルドラゴンと共に姿を完全に消した」

「武器作りに協力した、アイツもなぁ。守護竜一人じゃ手も足も出ないやばいバケモンか……」

 

 戦闘、いや蹂躙だった。舞台はタイタニア次元の世界。

 その世界の守護竜であるタイタニアドラゴンは戦った。その世界で過ごす者たちを守るという守護竜の役割を果たすために懸命に戦った。

 だが、恐ろしいほどに相手が悪かった。とにかく相手が強かった。

 

「第一に次元を喰うってなんなん? そんなの空間ごと物質持っていくから防御無視のズルやズル!」

「巨大すぎて生命力も段違い、通常の兵器もほぼ意味を成しませんからね。一口で街を一飲みにする、攻撃ですらないただの食事」

「次元潜行で、すり抜けるように隠れる防御性能。二度と、現れないことを祈るしかないわ」

 

 興奮したようにリーリエが声を荒らげる。

 ここにいる数百年の時を過ごすメンバーは実際に見たことがあるのだ、その脅威を。恐ろしさを。だからこそ、全身全霊で戦い、プライドもかなぐり捨てて他の次元の守護竜エミルドラゴンに助けを求め、世界を守ったタイタニアドラゴンの事を尊敬している。 

 

 故に。

 

「封印で力を使い果たしたタイタニアドラゴンは、タイタニア世界も閉ざしてしまった。以降数百年、あちらの次元からは音沙汰無しですね」

「……エミル世界のタイタニアとドミニオンの人口推移は?」

「あかんみたい。だいぶ減ってきてるなぁ。ドミニオン族は特に顕著やね。まぁ彼らはタイタニア種族みたいに千年近く生きるわけじゃないから当然なんやけど」

「次元移動用の軌道エレベータ『天まで続く塔』の扉も閉じたまま、か」

「ですが、時折この世界に現れるドミニオン種族も存在します。でなければ、今でも街中で姿を見るなんてできません」

「大体が戦火から逃れるために、次元断層に飛び込んだっていう話やけどな」

「戦火……。つまり、ドミニオン世界はまだ戦争中かぁ。このエミル世界は女王ヴェルデガルドが裏技で守ったけど、あっちは機械人形たちの進行は収まらんかったみたいやしなぁ」

「……ええ」

「そうですね……」

「うん……」

 

 再び暗い話題に、静かな空気が満ちる。

 古くから生きる者たちにとって、この世界は実に終わりに満ちている。大事な人たちが身を犠牲にしながら守ってきた世界なのに、どうしてこうもままならないのか。憂鬱な感情が場を占めた。

 

 パンッ、とヒスイが手を叩いて空気を換える。

 

「話題を戻しましょうか。その少年について」

「ええ。でも、貴方たちも良く分からないとなると困ったわ」

「悪い気配はしなかったんやろ? じゃあ、今後大事に見守るでええ」

「我々も興味が湧いてきたので、姿を見てみますよ」

「でも、少し心配だわ」

 

 レミアは話の進展がなかったことに、少し肩を落とす。

 リーリエは大げさにため息をついて指摘する。

 

「大体、過保護すぎるんと違う? 子供なんて泥だらけになるまで外で遊んでたらいつの間にか立派な大人になってるもんやよ」

「おや、さすがに前線で泥だらけ傷だらけになっていた人が言うと言葉の重みが違いますね」

「泥だらけにはなっとらんわ! こちとらお淑やかな乙女!」

「「お淑やか……?」」

「なんなん!?」

 

 フフ、と全員に笑顔が戻る。

 

「そうね。自分で選んで、何度だって立ち上がれると言葉にして言える子だものね」

 

 ふわり、プレイアの言葉を思い出しながら微笑むレミア。

 案外、過保護になりすぎていたかもしれないと思いなおしたのだ。彼が、強大な壁に道をふさがれてしまったときに、先達である自分たちが前に進むのを手伝ってあげればいいのだ。個人に干渉するのが久しぶりで、忘れていた大事なことを思い出した気がするレミアだった。

 

「さて、お茶を入れなおしましょうか」

 

 そういって立ち上がるレミアを見送るヒスイとリーリエ。思わず顔を見合わせる。

 

「なんというか、本当に気にってるみたいですね」

「やなぁ。乙女の表情だったなぁ」

「ええ、お淑やかですね」

「まだいうか!」

 

 クスリと、二人でレミアと言う友人に大事なものが出来たことを喜び合うのだった。

 

 

 ◇

 

 

「うちのお茶請けのケーキも食べようか。最近できた美味しいところなんよ」

「へぇ、おいしそうですね」

「俺様はイチゴのある奴がいいぞ」

「全部にイチゴ乗ってるから待っていてね」

「分かった」

「紅茶の角砂糖はいくつがいいかしら?」

「うちは二つもらおうかな」

「私は一つで」

「俺様は五つだ」

 

 レミアは言われた通り、お茶に個数入れて配膳をする。

 円卓の一つ、空いていた席に座っていた何者かがイチゴのショートケーキと紅茶を受け取る。

 

「「!?」」

 

 ガタン! とリーリエが椅子を後ろに吹き飛ばして弓を構える。ヒスイも驚きで目を見開きながらも、錫杖のような片手杖を机の下で構えた。

 

「先ほどまで歓談をしていた場所に、突如として得体のしれない男が現れる。理解の及ばない光景を見てしまった貴様らはSAN値チェックだ」

「何者なん」

「何者ですか」

「おいおい、余裕を持てよ。……今の笑うところだぞ?」

 

 いつの間にか席を共にしていた存在。

 黄衣のフードをかぶり、リーパーフェイスと呼ばれる猛禽類を模した仮面をかぶった怪しげな男が冗句だよ冗句と両手を広げながら、怪しく口元を笑わせる。

 

「貴方のジョークは、良く分からなくて面白くないわ。『恥ずかしがり屋』さん」

「おい、その呼び方をやめろ。というか、嘘だろ? 俺様ドッカンドッカンなネタだと思ってるんだが」

「ソイツはレミアの知り合いなん?」

 

 リーリエがじりじりと円卓から離れながら自分の得物である洋弓を最大限生かせる距離を稼ごうとする。リーリエとヒスイの肌が粟立っている。この黄衣の男からは得体のしれない嫌悪感、邪悪さを感じるのだ。戦場で武闘派として鳴らした過去を持つリーリエの直感が過去にないほど警鐘を鳴らしている。ヒスイも黄衣仮面男の隠しきれない恐ろしい気配を感じて警戒をやめていない。

 

「おいおいおい、紅茶に砂糖五つも入れる甘い俺様に対して警戒しすぎだ」

「ほお、甘党ですか」

「それもそうかぁ、なるほどなぁ~! ってなるかぁ!」

 

 頷きながら、魔法の構成をして杖にまとわせるヒスイ。ノリ突っ込みをしながら、大きく射程を取るリーリエ。すると、敵対を解いてくれない二人に困ったように黄衣仮面男はレミアに顔を向ける。

 

「おい、占い女。お前のサプライズ企画を演じてやったんだ、この場の雰囲気を何とかしろ。そこの杖男も弓女の攻撃も掠りもしないという事実はあるが、俺様は貴様らに依頼があってきたんだぞ?」

「どうしようかしら。このままでも面白いと思うのだけど、実力は示さないと興味を持ってもらえないわよ?」

「む、目の前に突如現れるだけで十全であろう?」

「いいえ、不十分ね」

「なんだ、楽しませればいいのか? 踊るか? ククク、俺様のワイルドダンスが火を噴く時が来たか」

「……貴方達、埃が立つからやめてちょうだい」

 

 レミアから全員に静止が入った。

 妙なポーズのまま黄色い仮面男が固まる。ヒスイがソレを見て少し顔を背けて口に手を当てた。どうやら、少しだけ面白かったようだ。

 

「……んんっ、ずいぶんと身にまとう雰囲気と中身が違う方ですね」

「まぁいい。想定とは違ったが、どうだ面白かっただろう俺様のワイルドダンスは」

「え、ええ。まぁ見れてませんが、そういうことにフフ、しておきましょうか」

「ならばよし、杖男は見込みがあるな! 弓女も面白かったか?」

「いや、うん……。なんというか、色々残念という事は伝わってきたわ……」

「ふふ、面白い人でしょう?」

「まぁ、そうやな……。なんや、あほらしくなってきたね」

 

 気が抜けたのか、武器を下ろす二人。

 レミアが軽く提案するように、黄衣仮面に告げる。

 

「恥ずかしがり屋さんのお顔を見せてくれれば、みんな怪しまないで済んだんじゃない?」

「嫌だぞ。だってこのフードも仮面も格好いいじゃぁないか。顔なんてものより簡単に俺様だと区別がつく」

「つまり、印象に残らない顔って事ですか」

「まぁ、世間にはそういう人もおるよねぇ」

「……杖男と弓女、毒舌すぎないか?」

「あら、警戒を解いてくれただけよ」

「なるほどな! でも、もう少し優しいと俺様嬉しい!」

 

 邪悪な気配はする。だが、中身がなんというかはっちゃけすぎていて悪いやつに見えなくなってきたのだった。

 

「俺様はこの占い女の紹介で、今日貴様らとの顔合わせを行う予定だった者だ」

「普通に登場はできなかったん?」

「この占い師がこういうサプライズを好んでいるのは時に貴様らの知ることだろう?」

「……せやったわ」

「それに、貴方のような雰囲気の人が普通に表れても警戒し続けちゃうでしょ? 感謝される謂れはあっても非難はされたくないわね」

 

 確かに、とヒスイとリーリエは頷いた。先ほどのアホらしくなる様な会話があったせいでここまで気が抜けているのだ。

 

「そういえば、いつからそこにおったん?」

「貴様らがここに来た時にはすでに座っていたぞ。俺様はピチピチだからな」

「……なるほど、ピチピチな実力は高そうですね」

「……この二人に矢を打ち込んだろうかな!」

 

 茶化しているが、戦争を経験しているはずのヒスイとリーリエは気が付けなかった。洞察力の高い二人をして見破れなかった隠形の術で、黄衣の男の実力の高さが窺い知れるといったものだ。

 

「さて、ここに俺様が来た本題に移ろうか。受けるか受けないかは任せるが、世界の危機だと知れ」

「世界の危機……?」

「本日二回目の話題やなぁ。嫌になるわ」

「本当にそうね」

 

 依頼。先ほどこの男はそう言っていたか。そして世界の危機、ただの大言だとするにはこの男は邪悪な気配を漂合わせすぎている。とにかく、話だけは聞いてみるという気になってしまっていた。

 

「っと、その前に名乗らなければなるまいか……」

 

 ふむ、と少し考える仕草。頷き、芝居がかった仕草で手を広げる。

 

 

「俺様の名はオーロベルディ。気軽にオベさんとでも呼ぶがよい!」

 

 

 そこから、アクロニアでも有数の年を重ねた者たちを前に演説が進む。

 お茶会が終わったときには、とっぷりと日が傾き暮れていたのだった。

 




次回から1章。

御魂・リーリエ

【挿絵表示】


ヒスイさんは男性頑張って書く練習してるので、そのうち。


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1章 強さを求める獣
第1話


前話のあとがきに挿絵追加しました。


 夜に微睡む。

 今日はタイニーに会えるだろうか。それとも、ぐっすり熟睡して朝だろうか。朝コースだとタイニーがすねるんだよなとおもいながら、どんどん眠りに落ちていく。

 今夜はどちらでもない不思議な夢に誘われるとも知らずに。

 

 ◇

 

 薄暗い場所だった。

 周辺は暗くてよく分からないが、なにかものが雑多に積まれたりしているような気がする。少なくとも、南国風の場所じゃないので、タイニーアイランドではなさそうだ。

 

(ここは……? あれ、声が)

 

 声を出そうと思った。だけど、口はパクパクと動くが、声は出ない。

 暗い視界の端で、キラリとなにかが光った。なんだろうと思って、近づいていく。光の正体は瑠璃色の蝶と紅玉色の蝶。二匹がキラキラとした燐光を放って飛んでいる。プレイアに気がついたのかその二匹の蝶々はプレイアに近づいて彼の回りをくるくると回り始める。

 

 蝶の燐光に照らされて、わずかばかりだが周囲の様子が分かった。

 

(ダウンタウンなのか? でも、誰もいない。それに、こんなに暗い場所じゃないよな)

 

 シン、と静かな動く物のいない世界。夜でもダウンタウンは外灯や店の光なんかで明かりが途絶えることはない。むしろ怪しげな雰囲気を出す人たちや酒を飲んでいる冒険者たちの往来が増え、喧噪さが増すくらいだ。だからこそ、物音ひとつせず薄暗いこの光景はプレイアに底冷えする恐ろしさを感じさせた。

 

(わっ)

 

 この暗がりの中で唯一の光である蝶たちが、プレイアの周囲で回るのをやめてぐいぐいと背中を押す。そして、先導するように道の先を漂い始める。『ついてきて』そういわれている気がして、歩き出す。

 

 建物が崩れて、瓦礫で通れない道がある。折れて壊れた外灯が目に映る。明かりがないのはこのせいか。足音だけが誰もいない街に響き渡る。

 

 先導する蝶々が近くの家の中に入っていく。扉は空きっぱなしになっていた。どうやらそこは飲食店のようだ。お店の中に、誰も手を付けることなく冷めていった料理を見つける。不思議なことに、つい先ほどまで誰かがいたような生活感。ここにいた人達はどこに行ってしまったんだろう。道を先導する蝶々についていきながらプレイアは疑問に思う。

 

 ダウンタウンの中心に近づいていく。普段であれば、露店がいっぱい出てにぎやかなその場所。

 露店は出ていた。

 また、誰もいなかった。まるで、商売中に忽然と人が消えたみたいだった。

 

 蝶々は一つの建物前でプレイアを待つ。この暗い静寂には似合わない派手な告知ポスターのある建物。ECO世界での娯楽の一つ映画を見るために存在するシアタールームと呼ばれている場所だった。

 

 大きなスクリーンのあるシアタールームの一角。

 月が浮かんでいた。

 三日月。

 その上に、一人の少女が揺りかごの中で丸くなるように眠っていた。美しい少女だった。

 ここまで道案内をしていた瑠璃と紅玉の蝶々が役目を終えたと言わんばかりに、少女が眠っている月にとまる。

 すると、少女は身動ぎをしながら目を覚ました。

 

「ん……。テリアブル、シデュースおかえりなさい」

 

 二匹の蝶々の名前だろうか、柔らかく微笑んでおかえりを告げ、少女はこちらを見た。深い赤色の眠そうな瞳がプレイアを捉える。また、プレイアも彼女の事をつぶさに観察した。

 黒いフリルに彩られた紫色の三角ナイトキャップ。前髪の上に大きな黒いリボン。艶やかに光る銀色の長髪。サテンのような艶やかな生地をした濃紫のパジャマワンピース。紫色のフカフカした大きな枕。ミステリアスさを感じさせるけだるげな雰囲気。

 何よりも、目についたのは彼女の耳だ。まるで、獣のように黒いたれ耳が生えていたのだ。

 プレイアはゲーム内の知識を一通り思い浮かべる。だけど、宙に浮かぶ月の上で眠っている少女に関する情報は思い出せなかった。

 ……ただ、どこかで見たことがあるような既視感だけを感じている。

 

【挿絵表示】

 

 

「いらっしゃい、若きゆめみのたびびと。待っていました」 

 

 そんな既視感のもとを探そうとするプレイアに少女は語りかけてくる。

 

「ここは夢の残滓。現の終わりの果ての場所。この出会いも不安定、まだ長くは滞在できないはずだから手早く説明をしましょう」

 

 少女の後ろにあったシアタールームのスクリーンに灯がともる。映るのは影。一人の子供の影。その影を、プレイアは自分だとなぜか理解できた。プレイアの影は震えていて、なにかに立ち向かっている。 

 

「力を求めなさい。貴方はとっても弱い」

 

 相対していた何かの影が浮かぶ。

 二足歩行をする大きな獣。獣の影の足元には自身の影と同じくらいの二つの子供の影が倒れ伏している。

 

「じゃないと誰も守れない」

 

 獣が手を振り上げた。プレイアの影はがむしゃらに突っ込んだ。スクリーンに何かがビチャリと音を立てて張り付いた。

 

「じゃないとなんにも救えない」

(君は一体……?)

 

 プレイアの疑問に答えるように謎の少女は厳かに頷いて、親指と人差し指でワッカを作って目に当てた。そして、眠たそうなとろんとした目がピカーン!! と輝きを放つ。

 

(!?)

「ん! それではおまちかねのレベル確認タイム」

(え、なに? 急になにこわっ?)

 

 疑問に答えるようには頷いていなかった。それに厳かでもなかったかも。この少女はなにも考えてないだけかもしれない。

 

「夢模倣『レネットちゃんアイ』!!」

(うわぁぁぁあ!!)

 

 プレイアもなんかビカビカ光る。それと同時にダラララララ、とドラムロールと共にスクリーンが七色に輝きだした。

 

(さっきまでのミステリアスな感じが消えさっていく! いやECOキャラっぽい雰囲気のぶっ壊し方だけども!!)

 

 現実でやられるとちょっと違うと思う! いや、夢の世界っぽいけど!! プレイアはビカビカが一向に治まらないので、アワアワした。

 数字と文字がドラムロールの終了と共に\ジャーン! /とスクリーンに浮かび上がった。

 

『name プレイア

 Lv 3/5 ソードマン

 STR ちょっとのびた

 DEX ぶきようみたい

 INT  おべんきょうしよう

 VIT  からだをきたえよう

 AGI すこしのびた

 MAG なくてもいいかも

 

 総評:アップタウン警備員*1にはまだ早いです。しっかり修行しましょう』

 

(な!?)

「ね。もっとがんばろう? ステータスはゲームみたいに振り分けじゃないから頑張って鍛えてね」

(レベル!? タイニーでも分からなかったのに、本当に君は何者なんだ!)

 

 ECO世界に来た頃、誰に聞いてもわからなかった概念。

 ゲームを知っているタイニーでも、無いんじゃないかなぁとあやふやな回答しかこぼさなかったそれをこの少女は知っているのか。つまり、エミルクロニクルオンラインを知っているという事になる。

 

「ん。色々おしゃべりしたいけど、もう時間切れみたい。もっと強くなれば喋ったり長く滞在できるようになると思う。……覚えていたら、いいね」

(覚えていたら? 忘れるのか!? ……ッ)

 

 貧血の様に、寒気とめまいが唐突に訪れる。

 プレイアは自分の足元が崩れた気がした。

 

「夢は砂糖菓子のように脆いから」

 

 堕ちていく中で赤い眠そうな瞳がじっと見つめてくる。最後になにか言っているような気がしたけどプレイアは聞き取ることが出来なかった。

 

 現実が、夢が、壊れていく。

 逆転する感覚。

 

 次第に意識は、消えて……? 

 

 ──ジリリリリリリリ!!! 

 

 バンッ!! と頭の上で鳴っていた目覚まし時計をベッドから飛び起きて黙らせる。

 恐ろしい夢を見ていた気がする。

 服が汗だらけで気持ちが悪い。

 どんな夢だっただろうか、プレイアは荒れている息を整えながら思い出そうとする。

 

 だけど、怖い夢を見ていたと恐ろしい夢を見ていたという感覚があっても。

 

「……どんな夢だったかな。なんか急いで強くならないといけない気がしたんだっけ」

 

 内容を思い出すことはないのだった。

 

「虹色のドラムロール? どんな夢を見てたんだ俺は……」

 

 寝る前になかった胸の内の強くならなきゃという妙な胸騒ぎと共にプレイアは一日の活動を始めるのだった。

 

 ◇

 

 プレイアの消えたシアタールーム。

 スクリーンの灯りも再び消えて、瑠璃と紅玉の蝶々の淡い光りだけが残る。三日月に座る少女が、再び眠る様に丸くなった。

 

「あんなに美味しい夢は、もう食べたくないから……」

 

 ぎゅっと、枕と一緒にどこからか取り出した魔法使いを模したクマのぬいぐるみを抱きしめながら呟く。

 

「私も冒険したかったなぁ。その時は一緒に行こうね、タイニー」

 

 しばらくすると、すぅすぅと穏やかな寝息が誰もいない世界に響き渡って、誰にも聞かれず消えていく。寄り添うように二匹の蝶々はわずかな明かりをともし続けるのだった。

 

*1
通称アップニート。アップタウンやダウンタウンで特になにもせずログイン放置する行為




ゲーム内には登場してないけどちゃんとECOキャラです。


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第2話

 仮面をかぶった怪しい男。

 オーロベルディを名乗った男が楽しそうに酒を飲んでいる。

 プレイアはその前に縮こまって座っていた。

 これはアクロニア平原にある学校に行く前日。プレイアが妙な夢を見た気がした日の事だ。この日は普段と違ったことがいくつか起こった。夢もそうだし、そして今の状況もそうだ。

 

「なんでこんなところに……」

「こんなところで悪かったなぁガキ。ほら、テメーはジュースでも飲んでな」

 

 ジロリと、視線を向けてくるのは青い傭兵服に身を包んだ大男。この酒場の主だ。

 

「ひえっ! ……あ、ありがとうございます」

「オイ待てい、小僧の分は頼んでないじゃァないか。てか支払い俺様になるよな?」

「なんか話すんだろ? テメーだけ飲んでるのは可哀そうだろ」

「ハハハ! それもそうだな! それに俺様は今気分が最高に良い、おごってやるぜ小僧」

「は、はい……」

 

 どうしてこうなったんだろう。

 途方に暮れながら、プレイアはここに()()()()()()様子を思い出すのだった。

 

 

 ◇

 

 

「今日は討伐クエスト受けたけど、上手くいかなかったな……」

 

 フィリップの酒屋さんで珍しく討伐クエストをなんとなく受けたプレイア。胸のうちに妙な焦りをもっていたので勢いで踏み出したのだ。

 結果は惨敗。

 いや、惨敗というより不戦勝というべきか。

 プレイアが受けたのはプルル討伐。ゲームで言うところの、初心者が一番最初に倒すだろう雑魚モンスターと言ったところだろう。それを数体倒すだけのクエストだったのだが……。

 

「あの不思議そうにこちらを見る目で近寄られるとなにも出来なかったなぁ」

 

 青いゼリーのような丸を二つ合わせた体を持つソイツはぽてぽてと跳ねるように近づいてきて『どしたのー?』といわんばかりにつぶらな瞳でこちらを見つめてくるのだ。ヴッ! っと変な声をあげて下がると周辺の数匹も『なんだなんだー?』と集まって視線の暴力にさらされる始末。

 プレイアはたじたじになって撤退してしまった。

 こんなんじゃだめだよなぁどうしようかなぁ、と考えながらダウンタウンを散策しているのだった。

 

「うーん、逆に恐ろしい顔で襲い掛かってくるモンスターだったらどうなんだろう」

 

 逆に恐ろしいモンスターだったら自分は立ち向かえるのだろうか。プレイアはなんとなくそう思って想像する。真っ先に思い浮かぶのは二足歩行のモンスター。キラービーの巣穴の道中にはゲームだと一匹だけベアと呼ばれる強い次のマップのモンスターが配置されていたし、一番に思い付いたのだろう。昔のアニメPVでエミル君にものすごい速度で襲い掛かっていたのを思い出してしまった。あんな速度で襲ってくるんだろうか……。

 ブルリと足がすくんでしまった。

 

「はぁ、だめだめだなぁ。何とかしないと……って、ここどこだっけ」

 

 ダメみたいだ。がっくりと頭を落として落ち込んだ。

 そして今いる場所が普段歩かないダウンタウンの歓楽街部分にいることに気が付いた。昼だからまだ少ないが、店先で飲んだくれている大人とかの姿もちらほら見える。

 朝からダウンタウンの喧騒に何故か安心感を覚える。

 ふと脳裏によぎるのは、シンとした静寂に包まれるダウンタウンの姿。ゾワッと鳥肌がたった。なんだか、人の多い所に行くと安心するので考え事をしながら人の多い所に行っていた様子だ。

 

「やっぱり今日は変だ。なんでだろう、胸が妙にざわつく」 

「おい小僧。人の前に立って何をぶつぶつ喋っているのだ」

「えっ?」

「ようやく俺様に気がついたか」

「あ、わっ」

「見たところ、冒険始めたばかりだろうガキンチョ~。まだまだこの場所は早いんじゃァないか?」

 

()()()()()()目の前に黄色いフードを被って仮面をつけた怪しい男が目の前に立っていた。

 仮面の奥から金色に光る眼が不気味にこちらを見ている。

 

「ご、ごめんなさい。すぐはなれま「まァ早いは言いすぎか! よぉし小僧俺様が案内してやろう! ハハハ、喜べ今の俺様は気分がいい!」うわ、酒臭いっ!?」

 

 ガシッ! と肩を掴まれ、怪しげな男に脇に抱え込まれる。その瞬間強烈な酒気に包まれる。この人めちゃくちゃ酔ってるのか!? プレイアはそんな人間に連れていかれそうになっている事実に今気がついた。

 

「うわぁ! 離してください!」

「そうかそうか、そんなにおしゃべりしてほしいか! よーし俺様がだーい好きな店に連れて行って武勇伝を聞かせてやろうじゃァないか!」

「違うぅ!! 話すじゃなくて、離すだってば、この酔っ払い何とかして!! 誰かー!!」

「酔っ払いィ? ぜんっぜんっ、俺様酔ってなァーい! ガハハ、俺様の名前はオーロベルディ! 偉大なるオベさんと敬意をもって呼ぶが良い!」

 

 大声で名乗りまで上げ、人攫いと言うにはあまりに堂々とした姿勢。周囲の眼もああ、酔っ払いの強い冒険者につかまったかわいそうな新米冒険者なんだなぁと周囲の人間は絡まれたくなさそうに目をそらして哀れんでいる。

 ハーッハッハ!! 高笑いを繰り返しながらオーロベルディと名乗った男は千鳥足でプレイアを小脇に抱えながら人気の少ない路地に連れ込んでいく。プレイアはがむしゃらに暴れるが、まるで鋼で拘束されているような気分を味わう。この酔っぱらった様子の男、足取りはフラフラしているのに全然拘束をほどけないのだ。

 そして、人気のない道でプレイアは突然オーロベルディに抱えているのとは逆側の手で口を掴まれ喋れないようにされる。プレイアはようやくここで本格的に危機を感じる。

 だが、そこからは暴れる暇も力もなかった。

 

「ハハハ……ここならいいか。うるせぇから寝てろ」

「むぐー!!! グッ……」

「安心しておけ。俺様は悪い奴じゃァない。着いたら起こしてやるよハハハ……」

 

 唐突に酔いがさめた様をみせる邪悪そうな笑みを浮かべたオーロベルディに、プレイアはドスンと顎に膝を叩きつけられたのだ。目の前にチカチカと星が回る感覚。ゲーム内でのスタンと言うバッドステータスを受けたプレイアは、抵抗も出来ずに意識を失った。

 

 

 ◇

 

 

 暗転していたプレイアの口の中にドロリと何かが流れ込んでくる。

 強烈な苦みと鼻を突き抜けてくる強烈な臭気にプレイアは打ち上げられた魚のようにビクンと体を跳ね起こした。

 

「うっげぇ、まっ、まっず!!」

 

 喉を抑えて、舌を全開に出して口に入ってきた異物を外に吐き出す。

 それは緑色の液体だった。そして、目の前にはニヤニヤ笑いのオーロベルディ。

 

「よし小僧、気がついたな」

「なにを、のませたんですか……ゲホッ」

「なーに、どんな状態異常も解決する体に良い飲み物さ」

「これがまるち、こんでぃしょん……? マズすぎない……?」

 

 マルチコンディション。ゲームでどんな状態異常も一瞬で回復させるアイテム。気絶回復一発、ゲームで愛用していた薬のまずさに戦慄するプレイア。あまりの衝撃に、攫われたことがポロリと一瞬だけだが吹き飛ぶほどだ。

 

「もっとやばいのもあるぞ。リザレクションポーションとかマズすぎて確実に意識回復するからなァ!」

 

 でも体にはいいんだよなー。不思議不思議ハハハ! バンバンと吐くためにうつぶせになったプレイアの背中が叩かれる。

 ここでようやく涙目になりながら、周囲を見回す。連れてこられかたはともかく、どうやら本当に酒場に運ばれてきたようだ。

 周囲には、オーロベルディに負けず劣らずな怪しい格好をした人たちがたくさんいた。

 黒サングラスに黒いスーツをビシッと決めた、とても堅気には見えない男。手には銀のジュラルミンケースを持って立っている。……ゲームで言うところの闇の運び屋と呼ばれるキャラの格好だ。

 ほかには、紙袋を被った男と女の姿。

 二人とも背中に翼が生えているのでタイタニアだとわかる。

 和服を着た男のほうはキセルを紙袋の下に無理やり通して煙を吸っているようだ。紙袋の眼の部分に空いた穴からからモクモクと煙が上がっている。女のほうはまるで滝のように緑色の髪の毛が紙袋の下からあふれ出している。怪しさが貞子よりひどいとプレイアは思った。

 ほかにもガラの悪いごろつき達が、酒の入ったグラス等を傾けながら猥雑に笑い合っている。時折、場にそぐわないプレイアの事が気になるのか、ちらちらと視線がこちらに飛んでくるのを感じる。

 そして最後に、キュキュッとグラスを拭きながら憤怒の形相でこちらを見つめる青い傭兵服を着た大男。その後ろには背の丈ほどの大剣が抜き身で置かれていた。カウンターの中にいることから、この酒場の主であることが見て取れる。

 

「新顔テメェ……。そのガキの吐いた場所綺麗にしねぇと分かってんだろうな?」

「俺様の名前はオーロベルディ。気軽にオベと呼んでくれよ、今後お世話になるんだからなァ。……拭くもんあるかァ?」

 

 チッ、と舌打ちと共に汚い雑巾が飛んでくる。バッチィバッチィと言いながらオーロベルディはプレイアにさらに渡してくる。自分の吐いたものくらい片付けろって事だろう。正直、逆らったら何をされるか分からないので従っておく。……拭きながら出口らしき場所を探すのも忘れない。

 

「ひゅー、流石は何でも屋じゃァないか。言えば出てくるってな」

「おちょくりならやめときな。俺の気分次第で出禁だぞ」

「何でも屋の、おやじ……?」

 

 小声でつぶやく。ジロリと視線が飛んでくるので思わず体をすくめる。

 何でも屋のおやじは、特殊なワープポータルのない家の場所から繋がるところにいる商人系NPCだ。コマンド系の特殊なアイテムや、アップタウンには入れなかった頃最終的に視野に入れていたアクロポリスの通行許可証の偽装などをしてくれるNPC。ゲームじゃここまでの威圧感とかはなかったんだけどな……。とプレイアは冷や汗をかいた。

 

「しかも、訳ありっぽいガキを抱えてくるしよぉ」

「いや、別に訳ありじゃァないぜ! 俺様の武勇伝を聞かせるのにつれてきたのさ」

「アァ? じゃあ普通に連れてくりゃ良いだろう?」

「ハハハ、俺様を試そうったってそうはいかないぜおやじ。ここは内緒のはずだろ」

「チッ。誰に聞いてここを知った」

「物知りな男に聞いたのさ。それともこの場で俺様謹製なおいしいカレーでも作ってやろうか?」

「……」

 

 しばらくの沈黙。

 うるさかった酒場の空気も変わり、チャキやらカチャなどの武器に手を添えるような音が響いている。

 

「……よし。いいぞてめーら、こいつは正確な筋から聞いてこの場にいる」

 

 いつの間にか静かにしていたゴロツキ達が、ひらひらと手を振って何でも屋のおやじに頷き返した。そして、再び飲み物なんかを呷ったりして、楽しそうにおしゃべりを再開し始めた。

 ゴクリ、とプレイアは息をのむ。

 もしかして、今の状況かなりやばかったんじゃと。オーロベルディのほうを見ると、気にせずに酒やつまみなんかを頼んでいる。

 

 そして、冒頭に戻る。

 

「さて、小僧。お待ちかねのお話の時間だ」

「一体、何の用なんですか……?」

「なに、俺様から一つだけお願いがあるだけさ」

 

 こんな場所に連れてきて、プレイアが敵わないと分からせておいてからのお願い。邪悪な笑みを浮かべながら酒を呷り、オーロベルディは言った。

 でもそのお願いは。

 

「──冒険者を今すぐ辞めろ」

 

 絶対に聞けないお願いだった。

 



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第3話

『冒険者をやめろ』

 それはプレイアにとって絶対に聞けない言葉だ。

 頭が真っ白になって反射的に言い返そうとする。だが、オーロベルディは大声を出しそうなプレイアの鼻先に指を突き付ける。プレイアは鼻白んでしまう。

 

「小僧、それは絶対に出来ないって思っただろう。叫びだしそうな気配、俺様分かっちゃうんだなァ」

「……なんで、やめろっていうんですか」

「ハハハ、建設的な質問だ。いいぞ、激昂する前によく考えろ」

 

 プレイアは先ほど床を拭きながら探した入り口と思わしき場所を横目に見ながら、深呼吸をして言葉を返す。その様子を楽しそうにニヤニヤと嫌な笑みを張り付けながら、オーロベルディはパクパクとツマミに頼んだのか甘そうな一口チョコを食べている。

 プレイアは自身の内で思考を続ける。

 この怪しげな男がやめろと言った理由だ。

 

「答えてくれないんですか?」

「考えてるんだろう? 小僧、冒険者にとって自分の頭で考えるってのは一番大事なことなんだぜ」

「……」

「ハハハ、考えろ考えろ。冒険者はどんな状況でも取り乱さずに冷静に考えるのが肝だ、身につけておけ。じゃァないと冒険してる時に後悔するぜ?」

 

 取り乱さないのは、そんなことをしても意味がないって自分の理性的な部分が訴えているからだ。それがなかったら、追い付かない環境に恐れで震えて泣き出してしまいそうだ。

 プレイアは深呼吸をして考える。こういう時は、何故何故何故だ。順番にさかのぼっていけ。

 まずは『冒険者をやめろ』と言ってきた理由。

 答えを単純化して引き出す。

 ──目の前の男になにかしらの利益が生まれる、事か。

 

 では次だ。なんの利益か? 金銭か愉快目的? 

 この男とプレイアはなんの面識もないのだ。他人が気に入らないことをした覚えはないが、覚えてないだけで相手が不快に思うような事はありえる。そして、オーロベルディに依頼を出してこうなった……? もしくは、初対面だけれどプレイアの反応を楽しむために気に触ることを言ってきている可能性も……いや、まて? 

 

 答えを求めた後、オーロベルディが行った返答をプレイアは思い出した。

 やけに親身に聞こえた冒険者の心構えを。

 

 プレイアはハッとした。思わず呟いて思考が外に漏れる。

 

「貴方自身は、冒険者をやめろとは思っていない……?」

「ふん?」

「本当に冒険者をやめてほしい相手に冒険の心構えを説いたりはしないはずだ」

 

 じゃあ、自ずと答えは絞られる。

 

「貴方は俺を知る誰かに依頼された……? そして、依頼した相手は別に俺が冒険者を続けようが続けまいが興味がないんじゃないんですか?」

「何故そう思う?」

「……中途半端すぎるんだ。一般的に人攫いのような連れてきかたをして、こんな場所で会話をする。無理やり言うことを聞かせる脅しだと思った。でも……この場に来たのは別になにかの理由が必要になる」

 

 こんな荒れくれ者が集う場所に連れてきた理由。

 それはこの人自身の事情か! 周囲のゴロツキ達が殺気立っていた時の何でも屋のおやじとオーロベルディの少し訳の分からない会話の応酬がゲーム知識のあるプレイアには答えになる。

 

「さっき、何でも屋のおやじさんに『新顔』と言われてた。つまり、ここに貴方が来るのは初めてだ。しかも誇張するようになんども自分の名乗りをあげる。……自分の名を売るためと、この店自体で触媒系アイテムを買い物出来るようにするため!」

 

 何でも屋では特殊なアイテムが購入出来るようになる。銃に使う実包や毒系の特殊な消費系アイテムだ。それはさっき彼が話していた『カレーの話』というキーワードのイベントを解決する必要がある! ゲームでの知識だけど売っているアイテム内容、そして初めて出会ったときにいきなり現れたような違和感。それでオーロベルディのジョブまで察することが出来る! 

 

「始めに目の前に現れたのは移動しながら姿を消すスキル『クローキング』! この店に用があるということは毒や服薬等の触媒を使うスキル習得している。つまり、貴方はスカウト系の上位ジョブ『アサシン』の冒険者だ!!」

 

 プレイアの推論を聞いてオーロベルディはニヤリと愉快げにパチパチパチと大仰に手を打つのだった。

 

 

 ◇

 

 

 パチパチと手を打ち終わったオーロベルディはプレイアに語りかける。

 

「縮み上がってた最初に比べてずいぶん盛り上がったじゃァないか」

「うっ、それは……」

「ハハハ、流石はあの『時を知る占い師レミア』に気に入られている小僧なだけはある!」

「なに? このガキが?」 

 

 大声でオーロベルディがレミアの名前を出す。

 すると、驚いた顔で何でも屋のおやじが反応する。周囲のごろつきも片眉を上げた顔でちらりとプレイアを眺めた。プレイアは身をすくめる。

 

「二割程度しか正解を引き出せていないがまぁこれからに期待と言ったところか」

「あ、あれ。全然当たってない?」

「ハハハ、じゃァそろそろ冒険者をやめてくれるかどうかの回答を聞こうか」

 

 どうするんだ? とオーロベルディが肩をすくめる。

 

「続けます。俺には、冒険者になってやりたいことがあるので」

 

 当然ながら、プレイアはそう返した。

 その答えを聞いて、つまらなさそうにフンと鼻を鳴らしオーロベルディは酒をグイっと呷った。

 

「……はー、賭けは俺様の負けか。俺様はお前にやめてほしかったんだ。これがお前がさっき外した推論の一部だな。俺様、小僧が冒険者をやめるに賭けてたからどうでもよくはなかったんだなァコレが」

 

 ピン、とオーロベルディは何処から取り出した硬貨を行く当てを見ずに指ではじく。それは綺麗な放物線を描いて、別な席でキセルで煙を吸っていた紙袋をかぶった男の机の上に納まる。紙袋の男女がジッとプレイアを見ていることにようやく気が付いた。あの人たちと賭けをしてたのか……? 

 

「じゃ、じゃあなんでさっき冒険の心構え的なことを教えてくれたんですか?」

「小僧がどうせ冒険者をやめないって分かってたからだ」

「……なのにハズレに賭けたんですか?」

「俺様は自分に嘘はつかないって決めてるんだよ」

「???」

 

 なんでこの人は俺がやめることを選ぶに賭けたんだ……? プレイアの頭が混乱に満ちる。混乱しているプレイアを置いて、オーロベルディは話を進める。

 

「あと依頼人なんていませーん。しいていえば、俺様から賭けを持ちかけて楽しんだだけ。最近何かと噂になりがちな小僧をからかって遊んだだけだぜ。ハハハ、怖がってるところ面白かったぞ!」

「えぇ……」

「ガキ相手にタチの悪い奴だな……」

 

 オーロベルディはゲラゲラと楽しげに笑う。プレイアはその様子を見てええー……と唖然とした。何でも屋のおやじもヤバそうなのに絡まれて大変そうだと、プレイアを同情気味に見ている。 

 プレイアは将来酒が飲めるくらい大人になっても、こんな奴にはならないようにしよう、と強く思うのだった。

 

 一通り笑い終わった、オーロベルディはプレイアに質問する。

 

「小僧、先ほど冒険者を続けると言ったときにやりたいことがあると言ったな」

「は、はい……」

「それは、先ほど平原でやっていたように最弱モンスターのプルルを眺めるようなことか?」

「ぐ、見てたんですか!? それは、そのいきなり殴りかかるのがちょっと、出来なくて……」

「……ハハハ!!! プルルに、ハハッ、ビビってハハハハハ! ゲホゲッホ!!!」

「そんなに笑うことないじゃないですか……」

「ハハハ、悪い悪い。盛り上がっちまったな」

 

 その返事を聞いて大爆笑をするオーロベルディ。プレイアは凹みながら言い返す。そして、言い訳がましくなると思ったが感じている事を全部伝えることにした。

 

「ビビったわけじゃなくて、こっちを不思議そうに眺めているのにいきなり襲い掛かるのもどうかなって思いまして……。オーロベルディさんはそんなの気にせずに殴りかかりそうですが」

「オベさんと呼べと言っている。まぁそうだな俺様なら殴るどころか目の前に居たら蹴飛ばす」

「見知らぬ俺の事もキャッチしては裏路地に連れ込んで処理するくらいだから、簡単に想像できます……」

 

 ここに連れ込まれた経緯を思い出し、そういえばと蹴られた顎をさする。痣になったりしている感じもせず、無駄に技量の高い気絶のさせ方だったんだなと呆れた顔で目の前の仮面の男を眺める。いい加減、目の前の男を怖がっていても仕方ないなと言う気になってきたプレイアだった。

 

「つまり、小僧は相手が敵意を持っていないと殴りかかれない、そういう事だな?」

「いや……うーん。どうなんでしょう。あまり戦ったことないので、でも襲われるのを想像するとやっぱり怖いです」

「貴様、本当に冒険者になりたいのか……? まぁいい、せっかくの機会だ。そんな奴の対処法を教えてやろう」

「え? 本当ですか!?」

「ああ簡単な話、こうするんだ」

 

 オーロベルディは突然立ち上がり、周囲のゴロツキに向けて大声で叫んだ。

 

 

「俺様、最強! お前らざーこ!! ばかばかばーか!!!」

 

 

「テメェ!!」

「語彙力なめてんのかコノヤロー!!」

「ハハハ、分かるようにINTを合わせてやったんだ。感謝しろよ」

「ぶっ殺してやらー!」

 

 いきなり喧嘩を吹っ掛けられたゴロツキ達は見た目に違わず沸点も低いようで立ち上がり始めた。ブチギレた様子の凄まじい形相でオーロベルディを睨みつける。言ってしまえば、プレイアも連れと思われて睨まれ始める。

 

「ウ、ウワーッ! めちゃくちゃ怒ってますってぇ!!!」

「ハハハ、怒らせたんだよ。連れてくるときに言ったろ、俺様の武勇伝を聞かせてやるってな!」

「全員止まれ!」

 

 だが、今にも暴れだしそうな空気に待ったがかかる。店主の何でも屋のおやじだ。自分の店を壊されては堪らぬと声を張り上げる。

 

「新顔テメェ!! お前らも俺の店で暴れるなら本当に出禁にしてやる!!」

「おやじ、お騒がせ代だ! 先に受けとりな!」

「そういう問題じゃ──」

 

 そういうとオーロベルディは憤怒の形相の何でも屋のおやじに金色に光る宝石を一つ投げ渡す。

 

「──んなぁ! コイツはジュエルゴールド!?」

「んん~?? 足りないかァ? この欲しがりさんめ!」

 

 更に二つほど同じものが飛んでいく。ジュエルゴールドは、ゲーム内で100万ゴールドの価値として売買されていたアイテム。つまり、今の三つの石ころには300万の価値が。悠長にプレイアは意外とお金持ちなのかこの人と思った。

 

「……よしオーロベルディだったな? 好きなだけやりな!! でもあんまり壊すなよ!」

「ハハハ! 分かりやすくていいぜ!」

「仮面野郎は金持ちか! 根こそぎ奪っちまえ!」

 

 目がお金のマークになった何でも屋のおやじは買収されてしまったようだ。周囲のゴロツキ達もコイツを倒して身ぐるみ剥いでやると目がお金のマークになっている。まぁ、そうなると震え上がるのはとばっちりを受けたプレイアだ。どうしてこんなことに、と頭を抱えている。

 

「ちょっとぉー!! 本当に何やってんですかアンター!!」

「なんだ、ビビったのか」

「ビビるに決まってますよ! あんな怖くて強そうな人たちに囲まれてるんですよ!?」

「ヘヘヘ、連れのほうは分かってんじゃねぇか」

「ハァ……。おい小僧」

 

 怖くて強そうと聞いて、ゴロツキ達が鼻の下を擦る。それを見ながらオーロベルディは大きくため息をつく。どうもプレイアに呆れているようだ。

 

「小僧。貴様は冒険者になると言ったな」

「えっと、はい……」

「世の中にはな、こんな輩よりも恐ろしくて巨大なモンスターなんてゴロゴロしてる」

「!」

 

 それ以上語ることはないと、プレイアに背を向けてオーロベルディは一番近くにいた大男にゆっくり歩み寄る。その背中は、こんなことでビビるのなら本当に冒険者などやめてしまえと語っていた。そして、いつの間にか大男の懐に入り込むとソイツを店の隅に投げ飛ばすのだった。

 それが戦闘開始の合図になった。

 

「テメー!」「やりやがったな!」「やっちまえー!」

震えるのなら名乗りを上げろ。竦んだのなら目的を叫べ」 

「ッ!?」「風!?」「う、オッ!」

 

 一斉にオーロベルディに向かって襲い掛かるゴロツキ達。

 それを意にも返さず、オーロベルディはくるりと両手を広げてその場で回る。

 

 ──それだけで暴風が吹き荒れた。

 

 ゴロツキ達は体勢を崩し、ついでにプレイアは椅子からずれ落ちて床を転がる。

 

ハハハ、俺様の名はオーロベルディ!! こういう風になァ!! 

 

 体勢を崩したゴロツキ達が泳ぐように近づいてくるオーロベルディに、初めに男が投げられた店の隅へと同じように放り投げられていく。プレイアが床から立ち上がった時、目に映ったのは最後の一人をポイっとゴロツキタワーの頂上にセットする場面。

 あまりに一瞬の戦闘。

 オーロベルディが明らかに高レベルな冒険者であるという事を認識させられる出来事だった。

 

「小僧、覚えたか?」

「は、はい……」

 

 プレイアはオーロベルディに戦々恐々と頷き返した。

 心の中で思う。

 

 この人、自分で言っていたように『悪い奴』ではないんだろうけど……いちいち行動が怖すぎる。要件も終わったみたいだし、早くここから帰してくれないかな、と。

 

「ハハハ、じゃあ呑みなおすとするか! おやじ、もう一杯!」

「あいよ!」

「えっ!?」

 

 切にそう祈るプレイアだったが、オーロベルディに解放されたのは日が暮れた後であった。ついでにプルル討伐のクエストは、失敗という事になっていてフィリップさんに心配をされてしまう散々な一日だった。

 

 

 ◇

 

 

 家に帰りついたプレイアは大きくため息。

 

「濃い一日だった。明日からフィリップさんに紹介された学校だし、もう寝よう……」

 

 今日はタイニーに会えるといいなぁと、布団の中で目をつぶる。

 プレイアはすでに忘れてしまっているが。

 

 ──胸の中で燻っていた妙な不安は、いつの間にか消え去っているのだった。

 




オーロベルディが吞んでいたのはビールでもなくミードでもなく、心底甘ったるいカルーアミルク。


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第4話

 まだ陽が昇るより前の時間。

 プレイアは暗い時間に目を覚まして、出かける準備をしていた。

 ぴちゃん、とシンクに水滴の落ちる音。

 ベッドの近くに少し大きなタイニー人形が置かれ、戸締りをしっかりとした部屋。

 忘れ物がないか、リスト化したものを脳内で確認。

 

「よし、行ってきまーす」

 

 誰もいない部屋だが、残されるタイニー人形に一声かける。

 再度、忘れ物がないか確認。大丈夫、頷いて玄関の鍵を閉めた。

 プレイアは今日から、フィリップさんに紹介状をもらった東アクロニア平原にある冒険者育成用の学校へと学びに行く始まりの日だった。その始まりの前にやっておきたいことがある。だから、こんなに早起きをして家を出るのだ。

 

 アクロポリスの朝は、薄暗くても活気にあふれている。

 ダウンタウンの朝市の人ごみを抜ける。一応、紹介をしてくれたフィリップさんに挨拶をするためにフィリップの酒屋さんへと向かうのだ。しかし、朝早くとはいえクエストを受けるための冒険者たちが列をなしてクエストカウンターに並んでいる。忙しそうに店員メイドたちが駆け回って、それでも笑顔で働いていた。

 さすがに挨拶だけのためにあの行列に並ぶと時間がかかるし迷惑だろうなと思い、外から眺めて店に向けてぺこりと挨拶だけする。その様子に目ざとく気が付いた店員メイドとフィリップが人差し指を自身のおでこから相手の胸に向けて指を差すアクロニア特有の挨拶『君に憑依☆』をしてくれる。

 わぁ、とプレイアは目を輝かせて同じような仕草を返してから、再び冒険者学校のほうへと歩きだした。

 

 ダウンタウンを抜け、アクロポリスとアクロニア平原をつなぐ場所『アクロニア東稼働橋』へとたどり着く。朝早いせいか、やはりここも冒険者や商人たちのドラゴ*1を使った馬車……竜車? がたくさん並んでいる。露天商が朝早いのに客引きをしていて、食品系の屋台なんかも並んでいた。

 おいしそうな匂いに釣られながらも、人にぶつからないように稼働橋を抜けていく。

 

 人ごみを抜けた。 

 ザァ。と風が吹き抜ける。

 ゆっくりと朝日が奥に見える山脈から優しい日差しで世界を照らし始める。

 アクロニア平原の緑草が風の波で揺れている。

 この緑海を冒険者たちは己の足で駆け出してくのだ。

 

 ここを見るたびに、プレイアは息を詰まらせる。

 全てのはじまりの、この世界に降り立ったあの時だってそう。

 少しこの世界で過ごした今だってそう。

 朝日の照らすこの世界に、一歩足を踏み出す。

 

「冒険の、始まりだ!」

 

 ワクワクを胸に含みながら新しい冒険の気配へと駆け出していくのだった。

 

 駆け出してしばらく、人のいないアクロニア平原の中でプレイアは立ち止まり、大きく深呼吸をする。目の前には、不思議そうにプレイアを見つめる青いゼリーのような玉を二つくっつけた様なモンスター『プルル』。

 朝早く出かけた理由はこいつと戦うことだ。

 しばらく見つめ合って、プレイアは胸に手を当てて昨日のオーロベルディのアドバイスをしっかり思い出す。

 

「えっと、震えるなら名乗りを上げろ。竦んだなら目的を叫べだっけ……」

 

 キッと覚悟を決めて、腰につけた棍棒を勢いよく抜き放つ。

 そして、プルルに突き付けて大声で名乗った。

 

「えと、名前、俺はプレイア。冒険者プレイア! 目的、目的……えっと、とにかくモンスターと戦えるようになる!!」

「!? プッ!」

 

 急な大声にプルルは一瞬驚いたように身をすくめるが、向こうも戦う覚悟をした表情でキリリと顔を引き締めた。

 

 いざ、戦わん! そんな空気が流れた瞬間。

 

 横の草むらから、同じようにキリッとした戦う覚悟を決めた表情のプルルが三匹追加で飛び出してきた。……棍棒を構えてないほうの手で額を抑え、プレイアは一度棍棒を仕舞って平手をプルル達に向けた。

 

「ちょっとまって」

「ぷるぅ?」

「いや、うん。大声出したもんね。いっぱい出てきてもおかしくないよね。でもちょっとまってね」

「ぷゅ……」

 

 プルル達は少し戸惑った様子だったが、お互いの顔を見合わせ待ってくれているようだ。

 プレイアは考えた。

 仕舞った棍棒を少し眺め、ブロウで一体ずつ倒すブロウダンスというゲーム知識利用技ならいけるか……? ブロウの火力が高くなるから剣じゃなくて棍棒持ってるわけだし……。

 とにかくやってみる! プレイアは再び覚悟を決めた。

 

「よし、おっけい! いくぞ!!」

「「「「プ!」」」」

 

 再び棍棒を抜き放って腰だめに構える。プルル達もやる気だ! 

 気合を入れて、スキルのブロウを発動しようとプレイアは力強く叫んだ。

 

「ウォオオオッ! ハァアアア……! ……チャァアア!! ちょっとまって」

 

 プルル達はなんやなんや!? と戦々恐々としながらプレイアをにじりにじりと取り囲む。

 再び、プレイアは武器を仕舞って両手を上げて、もう一度停戦のアピールをした。

 

「俺ってスキルの使い方知らない。あと、ブロウって序盤スキルだけどレベル上げないと覚えなかった気がしてきた」

「?」

 

 具体的には、ソードマンのJOBレベル10で覚えられるスキルである。

 あれ、つまり詰んでない? いや、大丈夫。ブロウがなくても、ソードマンは転職した際に『居合い1』というスキルが覚えられるのだ。それを使えば大丈夫。いや、そもそもスキルの使い方分からないのだった。

 

 仮に使えるとしよう。話が進まないからね。

 プレイアは腰の棍棒を見た。

 そして、スキル『居合い1』の発生ダメージに依存するものが武器の斬属性ということを思い出す。

 ……つるつるしてて、とても物が斬れるフォルムに見えないなー棍棒って。

 

 いつの間にか周囲を取り囲んでいた、プルル達に目を走らせる。

 ブロウを発動しようとして、大声を出したせいかさらに三匹ほど増えている。

 集まったプルル七匹、みんなやる気満々だった。

 無理ゲーじゃね? プレイアは頷いた。

 にこやかに手を振りながら後退。

 

「あ、朝早くから大声出して、ごめんねー……うおおおお!! 待った、待って! さっきまで待ってくれたじゃん!!」

 

 プルル達は珍しく自分たちが勝てそうだなと思いながら、及び腰になったプレイアに襲い掛かり始める。

 冷や汗まみれのプレイアは覚悟を決め、三度目の棍棒を抜き放ち、オーロベルディの教えを思い出しながら立ち向かうのだった。

 

「俺は冒険者プレイア! プルルなんかに、負けない!!!」

「プーッ!!」

 

 ぽこぽこぽこっ! 激しい戦闘の音。

 そしてその音は、割と早めに消えるのだった。

 

 

 ◇

 

 

 同刻、東アクロニア平原にて。

 

「はぁはぁ、ジョニー……。足が動かないぃ……」

「フレイズ! もうちょっとで学校だぞー! がんばれがんばれ諦めるな!」

「もう無理だよぉ……! 動けないぃ」

 

 朝日が昇るころ。

 東アクロニア平原を二人の少年と少女が歩いていた。

 ジョニーと呼ばれた青髪おでこの少年が、金髪ロングボブので疲労困憊そうな少女であるフレイズを全力で応援している。

 ウッドスタッフと言う木の棒に魔力を封じた単純な杖に全体重を預けて、フレイズはへこたれていた。

 

「もう、無理ぃ……。学校にもまともにたどり着けない私は()()しかないんだよぅ」

「はいはい。卒業試験は自分の足で頑張るって言ってたのは誰だった?」

「うぅ~、私だけどぉ!」

 

 二人はこの東アクロニア平原にある冒険者育成学校の生徒だ。一般的に登校するには少し早い時間だが、このフレイズという少女は通常の数倍登校に時間がかかるためにこんなに朝早くから移動を開始している。

 

「がんばれー! 休憩できるように朝早く登校してるんだから」

「もう、だめー、休憩……」

「はい、本日3度目の休憩開始だな」

「ぬーぬーぬぅ…」

 

 体力なさ過ぎて涙目になりながら、ぺしょったフレイズがぬーんと突っ伏したように草原を転がる。それを仕方がないなぁといった苦笑いでジョニーは見つめて同じように隣に座り込んだ。早朝の少し冷たい風が二人を穏やかになでる。

 少し無言の時間。しばらくゴロゴロと寝転がって息の整ったフレイズが口を開いた。

 

「……ごめんねジョニー、体力なくて」

「しょうがないって。ちゃんと体力作りも頑張ってるし、これからこれから」

「私が体力無いせいで、勧誘失敗しちゃってるし」

「勧誘失敗の一番の理由は紋章の無いノービスである俺のせいだ。フレイズが気にすることじゃない」

 

 二人で顔を見合わせてハァとため息をつく。

 ジョニーとフレイズは自分たちと一緒にキラービーの巣へと言ってくれる冒険者を募集していた。だが、二人が抱える事情が要因で募集勧誘はうまくいっていないのだった。

 片や普通であれば30分もかからない登校に2時間ほどかけないといけない体力弱者のフレイズ。

 片や冒険者に確実に必要だと言われている紋章を身に宿せなかった冒険自体が困難なジョニー。

 

「問題はあと2週間でコイツの期限もきれちまうのがなぁ」

 

 ジョニーが腰のポーチからペラペラの紙きれを取り出す。

『卒業認定試験許可証(仮)』と書かれたそれは彼らとって大切な希望。そして、何よりも大きな試練となっていた。なんせ、パーティメンバーが3人以上でないとその権利を使用できないのだから、人数を集めきれていない二人にとって大きな壁だ。

 

「俺たち、有名だからなー」

「ええ、悪い意味でね……」

 

 残念なことに、二人とパーティーを組んでくれるような奇特な子供たちは現れてくれなかった。同情的にみられることはあっても、ハンデを一緒に共有してくれることなると全然いないのだった。

 

「…………。ま、お前は大丈夫だって!」

「むむむー、最悪この卒業試験無視しても冒険者にはなれるわよね……」

「フレイズ、それはダメだ。外で信用が得られなくなる」

「それは、そうだけど……」

 

 気楽にフレイズが気負わずに行った台詞をジョニーは即座に否定した。

 この学校を出たという経歴が、冒険者にとってとても重要なものを生むことをしっかりと習っているからだ。

 冒険者は、本当に誰でも成れる。その職を名乗れる。

 だが、冒険者の信頼を生むのはその人が歩んできた軌跡のみ。

 ギルド元宮のバックアップのある冒険者育成学校を出るという事は、アクロニア世界では最低ラインの他人への信用を生む要素となっているのだ。

 ジョニーはため息をつきながら、ペラペラな希望の紙をポーチへとしまう。

 そして、少し歯切れが悪そうにフレイズへと切り出した。

 

「でも……、この許可証の期限が切れたら、俺諦めるわ!」

 

 先ほどとは全然違う言葉。驚いたようにフレイズが立ち上がる。

 

「え、でもジョニー。冒険者になるの夢でしょ!?」

「いや、この学校を卒業するの、あきらめる」

「??? さっきと言ってることが逆じゃない?」

「バカ、俺は職業紋章が一生手に入らないけど、お前は体力つければ他のパーティーに入れるだろ」

 

 実際、紋章手に入れてからここ数週間で少しずつ体力出来てきてるしなー。と後頭部をガシガシと掻きながらへらへらと笑いながらジョニーは言った。それを見ながらフルフルと体を震わせたフレイズが顔を真っ赤にして声を荒らげた。

 

「……ばっかじゃないの!? 一緒に頑張ろうって約束したじゃん!」

「うお、バカってお前」

「ジョニーの馬鹿! アホ、バカ、えっとバカ!! 先に行くからね、まってるもん!」

 

 フレイズがジョニーを置いて、学校に駆けていく。見えなくなる手前でべしゃッと転んだりするがジョニーを振り返らずに走り去っていった。

 

「アイツ、結構体力ついてきてんじゃん。あーあ、紋章っていいなぁー」

 

 ハァ……。とジョニーは大きくため息をついてゴロンと草原に身を投げ出した。

 前まで、思いっきり走ってもノロノロとした動きでしか動けていなかったフレイズを思い出す。スペルユーザー系の職業紋章ですら、コレなのだ。ファイター系の紋章などどれほどの効果を発揮するのだろうか。

 先ほどまで気にならなかった、朝露でじっとり湿気った草原を妙に不快に感じた。

 恨めし気に、自分の手のひらを見つめる。

 だがその眼に諦めの色はなく、決意に溢れている。

 冒険者になろうと決めた目的を思い出すように呟く。

 

「でも俺は最高の冒険者になって、絶対に『天まで続く塔』を見つけるんだ」

「……! ……!!」

「ん?」

 

 なにか聞こえる。

 ジョニーはそう思い、立ち上がって周囲を見回した。

 先ほど走り去ったフレイズが、涙目になって両手をジョニーに向けながらドタドタと戻ってきていた。

 

「じょ、ジョニー!! 大変!! そこで、たくさんのプルルにボコボコのボコでぼろ雑巾みたいにされてる男の子がいるのー!!」

「……え?」

「嘘みたいだけど、プルルにメタメタにされて地面に倒れてて、プルル達がその人の上で勝鬨上げてるの!!」

「??? え、プルルの勝鬨!? 見る見る! どこどこ!?」

「はやく! こっちこっち! 終わっちゃう!」

「うおおお、そんなの見たことないぜ! うっひゃー! 朝早く来てよかったなフレイズ!」

「ただもう走れないから背負ってよー!」

「よっしゃ! まかせな!」

 

 まだ未熟な冒険者だが、世にも不思議なプルルの勝鬨を見るために先ほどの劣等感など吹き飛ばしてジョニーは立ち上がる。そして息も絶え絶えのフレイズを背負って丘の向こうへと駆け出した。

 

 それがプルル達の下で白目を剥いてぶっ倒れている少年、プレイアとの初めての出会い。

 フレイズとジョニー。そしてプレイア。

 三人にとって、とてもとても大切な物語はこうして始まりを告げるのだった。

 

*1
翼のない二足歩行の地を走り、背中に人を乗せられるドラゴン




このペースだと今年に1章書き上げられるのだろうか……。


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第5話

 

 モニターを見ていた。

 

 エアコンの良く効いた部屋。パソコンの唸る音。

 映るのはゲームの画面。

 

 エミルクロニクルオンライン。

 そういう名前のMMORPG。

 

 自分の作成した女の子のキャラが、プルルに囲まれて倒れている。ポップアップしてきた『セーブポイントに戻ります』の文字。下に刻まれるのは強制的にセーブポイントへと戻される30分の制限時間。 

 

「あちゃ~、まとめて狩るのはまだ無理か」

 

 このゲームは始めたばかり。

 チュートリアルが終わって、すぐに向かったのがこの東アクロニア平原だった。

 近くにいた青色のモンスター。

 プルルにちょっかいをかけまくって平原を走り回った。

 結果、集団でボコボコにされる。大したことない雑魚敵だったが、数が増えれば当然処理が間に合うわけもない。

 操作していたキャラクリしてこの世界に生まれたばかりのうちの子はHPを全損。

 ゲームオーバー……とはならないのがオンラインゲームである。

 

「このゲームはデスペナがないのが救いだなー」

 

 まあいいや。そう思って、セーブポイントに戻るをクリック。

 

「ん、あれ。なんだフリーズした? 動かないな」

 

 画面が固まった。うんともすんとも言わず、こてんと首をかしげる。

 どうしたんだろうと、回線とかを調べ始めた俺の背中をトントンと誰かが叩いた。

 

「ん?」

 

 後ろを振り返る。

 目に入るのは、自分の部屋。

 そして。

 部屋になかったはずの、魔法使いを模したクマの人形が星のステッキを両手を掲げるように振りかぶる姿!

 

『えーいっ☆』

「うわらばっ」

 

 ゴギンッ! 人体から出してはいけない音を出して、意識が吹き飛ばされる。

 

『まったくぅ、ダメだよプレイアーさん。……ちゃんと真剣に遊んでよね、じゃないと大変なことになっちゃうよ?』

 

 視界が眩む中、そんな声を聴いた気がした。

 

『でも、そうやって楽しんでるの。ボクは大好きだよ』

 

 

 ◇

 

 

「たわば!?」

「「わっ!?」」

 

 消毒液の匂い。

 かっ! と目を開いてプレイアは跳ね起きた。

 白い清潔そうなカーテンが風に揺らめく様子。知らない部屋。

 どうやらベッドに寝かされていたようだ。

 頭と首に謎の鈍痛を感じて、プレイアは顔を顰める。

 

 そうだった。僕は大量のプルルに負けて気を失ったんだった。

 戦闘は数だよ。ゲームでもそうだっただろ。

 思い出すエンドコンテンツの奈落ダンジョンで引きつられる強力なモンスターたち。

 蟻と卵がわんさかわんさか。

 ……いや、それをプルルと比べるのはちょっとアレか。

 そこまで考えてから思う。……ところで、ここはどこだろう。

 そんな風に思考を走らせていたプレイアに声がかかる。

 

「ねえ、大丈夫ー?」

 

 プレイアの顔を心配そうに見ながら、ベッド近くの椅子に座っていた二人がいた。

 一人は青髪の少年。もう一人は金髪の少女。

 

「お前東アクロニア平原でプルルにやられてたんだぞ」

「私たちが運んであげたの! 一応保健室の先生に見てもらってひどい怪我とかはないみたいだけど、痛むところとかはない?」

 

 プレイアに声をかけたのは、プレイアを見つけるまで喧嘩をしていた少年少女だった。

 そんなことはつゆ知らず、プレイアはプルルにやられたという事実に恥ずかしげに髪を掻きながら答えた。

 

「少し頭と首が痛むけど平気、だと思う。運んでくれてありがとう、ええっと」

 

 助けてくれたこの子達の名前は……、と考えるプレイア。

 察したように青髪の少年がニッカリと笑う。

 

「そっか、痛み続けるようなら後で保健室の先生にヒールかけてもらうといいよ。んで、俺の名前はジョニー!」

「私、フレイズって言うの! あなたのお名前は?」

 

 ジョニーとフレイズ。そう名乗った少年少女。

 プレイアはしっかりとその名前を脳裏に刻んで、頭をかきながら改めてお礼を言った。

 

「ジョニー、フレイズ、助けてくれてありがとう! 俺はプレイアって言うんだ。ねぇ、今何時? 俺は午前中の内に東アクロニア平原の冒険者育成学校に行かないといけないんだけど」

 

 窓の外を見ると、少し陽が高くなっている。と言ってもまだ朝の範疇だと思うので、今から向かっても全然間に合うだろう。

 プレイアの言葉に、ジョニーとフレイズはお互いに顔を見合わせる。

 

「まだ八時だけど……」

「その冒険者育成学校、ここだよ? もしかして、入学するの!?」

 

 どうやら、ジョニーとフレイズの話によるとここが来るはずだった冒険者育成学校のようだ。

 プレイアは花開くような笑みを浮かべてガッツポーズ。

 

「わあ、すごい偶然! うん、そうなんだよね。色々と冒険するのに必要な知識が足りてないんだ。だから、ここで……勉強を…………」

「……どうしたの?」

 

 説明をしていたプレイアの言葉が尻すぼみになっていく。

 気がついた。

 

 プレイアが目を見開いた。

 その目は目の前の首を傾げた少女に釘付けだった。

 

 なぜなら。

 

「……ごめん、もう一回名前を聞いてもいいかな? フレイズ……って言った? もしかして、フォースマスター……じゃなくて、ウィザード系ジョブのフレイズ??」

「そう、だけど?」

 

 ゲームで聞いたことのある名前だったから。

 ゲームの進行度によっては、絶対に知っていないといけないキャラクター。

 ゲーム内で唯一のレベルという概念をカンストさせたと表現し、さらにその先の強さを、冒険を求めた少女の名だから。

 

「――フレイズぅ!?」

「「げっ……!」」

 

 目ん玉ひん剥くくらいびっくりした様子のプレイア。

 その様子を見たジョニーとフレイズの顔が残念そうに歪む。

 

 彼女たち、いや彼女は現時点では体力のない冒険者としては欠陥を持っていると、噂されていたから。

 

 だから、いつもの蔑みの視線を受けると思って身をすくめる二人は――。

 

「さ、サインください! えっと、紙! 紙あったかな……? あ、服! 服でいいや! お願い、サインください!」

「…………へ?」

 

 ゴソゴソと慌てた様子で自分のポーチを漁って目的の物が見つからなかったプレイアが自分の着ている服を差し出す様子に、脳がついていかない様子で固まった。

 プレイアはそんな二人に構わず、ズイズイとアウターを広げながらキラキラと目を輝かせながら迫る。

 

「ちょ、そこに書いたら他の人が見たときに、フレイズの服と勘違いしちまうぞ!?」

「あ、そういえばそうかも……」

 

 おバカになってしまったプレイア絶賛暴走中である。

 しかし。

 

「それに、私落ちこぼれって言われてるんだよ? からかうのもいい加減にしてよ」

「フレイズ……はそんなことねぇって。大丈夫だって……な?」

 

 ぎゅっと自身の手を強く握りしめてフレイズは俯いた。プレイアに揶揄われたと思ってしまったのだ。

 所在なさげにジョニーがアワアワと手を胸の前で彷徨わせる。そして、プレイアに向かって助けたのに揶揄うなんてと怒り出そうとするが……。

 その言葉に今度はプレイアがギョッとしていた。

 その様子を見てジョニーは混乱して言葉を発せずに経過を見届ける。

 

「おち、こぼれ? フレイズが? あのデュアルジョブイベントのフレイズが?」

 

 プレイアニは見覚えがあった。

 確かにゲームで見た姿だ。

 来ている服装は違うけれど、不思議と自分の中でこの子はあのフレイズだと確信がある。

 

「嘘だ……。もしかしてバタフライ……」

 

 プレイアの瞳孔が開き、汗がだくだくと漏れる。

 いやな予感。自身がここにきてしまったからこそ、ゲームとずれてしまったのではないかという不安。

 フレイズについてゲームで知っていることは、無限回廊というダンジョンで起こるデュアルジョブのイベントNPCというものしかない。

 しかし。

 

 その上で言うが、その彼女が落ちこぼれなんていう評価を持っているとはプレイアは決して思えないのだ。

 理由は二つ。

 一つ目、彼女と出会うデュアルジョブイベントは、三次職110レベルカンスト50レベルカンストという、エミルクロニクルオンラインというゲームでの到達点。

 強いていうならばエンドコンテンツの入り口だったからだ。

 二つ目、彼女は本来一つしか身に宿せないデュアルジョブを『転換の書』というアイテムとシステムを作り出し、複数(エンドコンテンツとして全てのジョブ)を見に宿せるアイテムを作成して見せたのだから。

 

 そこまで思考が加速したプレイアは。

 息が苦しくなり、視界が明滅する。

 あ、やばい。と思っても止められるものではなく。

 

「――ぁ」

 

 過呼吸。

 混乱とストレスの臨界点に陥ったのか、恐ろしく苦しげな様子で再び。

 

「きゅう……」

「え、ちょ!?」

「なになに!?」

 

 ぐるんと白目をむいてベッドにひっくり返るように、プレイアは倒れ伏す。

 慌てた様子で、ジョニーとフレイズは再び保健室の先生を呼ぶために奔走するのであった。




今年何も書いてないって思ってECOがしたくなって……つい。


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