桃色の二人、降車駅にて。 (彩りを下さい(懇願))
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0.到着駅
0.桃色カップルと幸福な日々
知ってる?0が二倍になっても0なんだよ?(泣
「君の書く
そう言ってくれた、君は。今、隣には居ない。
彼女がそう言ってくれた。いや、彼女の笑顔だけで、何倍も助けられていたことを、彼女自身は知っているのだろうか。
僕自身、この夢を目指すことに疑問もあった。それこそ星の数程の人間の中で、夢を叶える一握りになれるなど考えられなかった。
それほど、自身に才能も努力もあると思い上がることは出来なかった。
本当にそうなれるのは、彼女のように。
裏では血の滲むような努力を繰り返し、それでも自らを奮い立たせ、表では目の眩むような笑顔を振りまき、その姿で全てを魅了してしまう。
そんな、素敵な存在だろう。
多分本人に直接伝えたとしたら、顔を真っ赤にして「そ、そそそそんなことないよぉ!?」なんて否定するんだろう。
想像すると、クスりと笑みが零れ落ちる。
ほら、こんなことでさえ、君は人を笑顔にする。
だからこそ、僕は今も
いつか、彼女と並び立てるように。
さあ、今日も全力で楽しもう。それが、僕が出来る最高のパフォーマンスなのだから───!
───ハイ、オッケーでーす!!
「…ふぅ。お疲れさまです監督」
「ああ、良かったよ! お疲れさん!」
オッケーサインとほぼ同時に監督に声を掛けられる。このドラマの撮影が始まってから、もう3ヶ月になるお陰で気さくに話をするくらいには仲良くなれた。
彼は新進気鋭と評判の若手監督であり、自分とは年齢もほぼ変わらないこと、また此処までに至った経緯にも他人の気がしないとのことで付き合いが早くなったのも理由の一つだろう。
「しかしなぁ…。お前も凄いな」
「? 何がです?」
「いや。これノンフィクションだろ? しかもお前と彼女の結婚までのラブロマンスとくれば、平常心で
監督は首を
「? 何故です? 僕は、今までの彼女との関係性に恥ずかしいことなんて一つもありません。事実として、今の僕があるのは彼女が居たからなんです。それを羞恥心という言葉で話せない理由になるなら、それは不義理になります」
「……お、おう。お前、本当にスゲェよ…」
ドン引きである。
彼女至上主義なのは知っているが、改めて直接聞くと参ってしまうのは仕方ないことだろう。
ふと、視線をずらせば、悶え続けている桃色の陰が一つ。
「…おい。お前の気持ちは良く分かった。だから早くそこの見るに堪えない状態の脳内外ピンク女子を早々に連れて帰れ。嫁のいる俺まで砂糖吐きそうだ」
そして、嫁のいない独身スタッフは既に耐えきれない
「……? よくわかりませんが、わかりました。帰るよ、彩」
「……っっ!? …っ!!」
「え、なんで脛蹴るの。痛いんだけど」
「もう! ひーくんのバカ!! 大好き!!」
「え、なんでバカ呼ばわり? あと僕も大好きだよ」
「え、あ。…ふへへー♪ 許す!!」
「なんか許された」
間の抜けた会話をしながら、現場を後にする二人は幸せそうだった。誰がどう見ても。
そして、その現場に残された監督は怨嗟の籠もった視線に貫かれた。早々に撤収させたとはいえ、独身スタッフにこんな思いを抱かせたのは監督が原因なのだ、彼自身も、よくわかっていた。
「──ああわかったわかった!! 晩飯は俺の奢りだ! さっさと撤収準備しやがれ!!」
そんな彼は頭の中で悪態をつく。
──あの『丸山 彩』と『
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1.始発駅
1.かわりものの、うたうたい
真面目といえばそれまでの人間。勉強や運動も、特に目立った成績を残すことなくただ平凡。にもかかわらず、変な奴だと言われてしまうのだ。理由は2つ。
まず1つ。周りから浮いてしまうこと。
彼は冗談を冗談と受け取れない節があった。ノリが悪いだの、空気が読めないなどと言われ続けた。それでも彼はなにが悪いのかと、どこ吹く風。そんな彼は必ずと言っていいほどに浮いていた。
次に、表情の変化が乏しい。全く変化しない訳ではないが、知らない人から見れば常に真顔に見える。滅多なことがない限り、その顔に笑みなど浮かべることなどないのだ。
たったそれだけのことかもしれないが、彼は変な奴と言われ続けた。
それでも、彼には友人と呼べる人もいたし、打ち込める趣味もあった。
彼女に出会えたきっかけはその友人と趣味のお陰でもあり、遂には彼自身が彼女と同じ立場に登り詰めることが出来た。
だから彼は、未だにこう思っている。
「別に、『変な奴』だからって腐る必要はないでしょう」と。
「尋。尋ってば。聞いてんのか?」
「んー? 月島、要件は?」
「
「…チーズバーガーダブルで」
「乗った。お前相変わらずチーズ好きなー」
「ほっといて。…ほら、さっさと注文して来て。僕は席取っておくから」
うーい。と言いながら注文カウンターに向かう月島を横目に、CiRCLEの手伝いだろうかと当たりを付ける。
彼に伝えた通り、二人席を抑え待ち時間でスマホを弄る。
『CiRCLE イベント』…ああ。これか。と納得する。確かに最近、5バンド参加のイベント等聞いたことがなかった。突然この規模のイベントを開催するなんて、何かあったのだろうか。
「よし、お待たせ。ほれ、チーズバーガーのダブル。んで、早速だけど話に入っていいか?」
「…ん。これ?」
貰ったチーズバーガーにかぶりつきながらスマホを月島に見せる。彼はそれを見て、軽快に笑った。
「やっぱり尋は話が早くて助かるわ!」
「付き合い長いからね、お陰様で。…流石に僕以外にここまでの察しを求めるのは可哀想だと思う。月島の家がCiRCLEだっていうことすら知らない人にそれは…」
「わかってるけどさー。楽な方が良いと思うのは誰だってあるだろ?」
「知ってる? それ無い物ねだりって言うんだよ」
「うるせー。知ってらあ! …もういいか、話に入るぞ?」
「いいよ、茶番も飽きたし」
「茶番っていうな!! 本気で言ってる所がまたアレだなおい! そういうとこだぞ!?」
「いいから、本題」
ひとつ溜め息を付きながら、頭を抱える月島を見て首を傾げつつも話の続きを促す。
「あー、本当に癖が強い。ああ、わかったわかった。話の続きな。とはいってもそのイベントの手伝いなんだけどな。
「久しぶり? 前にもあったの?」
「ああ。尋が入り浸る前の話。丁度入れ違いくらいのタイミングだったと思う。今度集まるバンドのメンバーは偶然にも俺らと同年代でな。そいつらは高校卒業と同時に活動拠点も変わって、今は各場所で頑張ってるよ。多分名前聞いたことあるバンドもあるんじゃね? CiRCLE周辺校の羽丘女子と花咲川女子に居た奴らだから、尋みたいに結構な頻度で来てたんだよ。そんなこともあって、油断してたわ…」
「油断? その人達は拠点移してるんだよね? 仕方ないんじゃ…」
正論を言ったのに、此方をちらっと見てため息をつかれた。解せぬ。
「尋は奴の
「でも、そういう割に嫌ってはないんだ」
「ああ? なんでわかんだよ」
「鏡見たら? 顔に書いてあるよ。……いや、冗談だから鏡見なくて良いよ。というか手鏡とか持ってるんだね」
バカ正直に手鏡を取り出し、何故かそれに向かってガンを飛ばし始めたところで止める。本当に顔だけを見てわかるなら、僕は今頃友人が沢山居るだろうにと変な方向に思考を飛ばす。
「単純に、そこまで文句を言うのに昔からの付き合いが続いているなら、そうでしょ」
「成る程。そういうことかー」
「それに、好きなんでしょ? その人か、そのバンドメンバー」
「ぶふっっ!?」
「うわ、汚い。やめてよ」
「なななな、なん、なんでわかっ!?」
「いや、なんとなく。確証は無かったけど、今確信に変わった」
「………」
そんな恨めしい視線を向けられても困る。というか、バレたら嫌ならもう少ししっかり隠して欲しい。手の掛かる子ほど可愛いとはよく言うが、月島からはそんなオーラが全開だった。バレバレなんだよなぁ。
「あー、まあそれはいいだろっ! とりあえず明日、明後日の土日リハがあるからまずはそれに参加して顔合わせ頼むわ。よろしく」
「わかった。時間、注意事項は後で連絡頂戴。そろそろ行かないと」
「おう。後で俺も寄るわ」
「……ありがとう」
「───♪ …足を止めてのご静聴、ありがとうございました。初めて来ていただいた方も、いつも来ていただいている方も。to-boxと言います。時々この駅前で路上ライブをさせていただいています。良かったら引き続き楽しんでいってください。では次の曲『雨は上がる、蝉は鳴く』」
アコギを片手にかき鳴らす。駅前にパイプ椅子を置き座り込みながら、歌い出す。
大学に入ってから、毎週欠かさず続けている路上ライブ。お客さんも見知った顔が増えてきたように感じる。既に二年が経ったと思うと感慨深いものがある。
曲を書いて、それを自分で演奏することは田舎に居るときから好きだった。
ガールズバンドが大ブームしている中、何故か男性のバンドは少数派だったこともあり、それも周りとの距離を作る一員だったのだろう。こっちに出てくるまではここまで思い切ったことはしたことがなかった。
でも、今も心からしっかり聞いてくれている、目の前にいる二人が居たからこそ、今の自分がいる。
「───♪ …ありがとうございました。もう、良い時間ですね。今日はここまでにします。また、機会がありましたらお会いしましょう。それでは」
ぺこりと一礼すると、拍手が聞こえ、バラバラと周りに居たお客さん達が捌けていく。
背中を向け、片付けを始めると近付く気配が。
「おう、今日もよかったぜ! 尋、新曲も何回かあったけど、動画化するのか?」
「ん、一応今週末の休みに撮ろうと思ってるけど」
「ならまたCiRCLE使えよ! 収録予約取っておいてやるからさ!」
「わかった。よろしく」
「へへ、毎度あり!」
ひとりは月島だ。なんだかんだ言っても友人である彼は、僕とのやりとりに文句を言いつつも離れない貴重な人種だ。こうして、路上ライブをやる日は必ず手伝い&観客として来てくれている。また、僕が某動画サイトに投稿していることを知っている数少ない人間でもある。
そして、もうひとりは───。
「き、今日も凄く良かったです! やっぱりto-boxさんの曲は夏感があって好きです!! 爽やかだけど、寂寥感があって! 乗りやすいテンポなのに、歌詞の意味を考えると切なく胸が苦しくなったりします……それがまた良いんです!!」
「あ、ありがとう。桜さん。いつも来てくれて嬉しい」
「勿論です! なんたってto-boxさん一番のファンですから!!」
「……ほんと、中学の頃から有り難い限りです」
「あー、振り返ると5年以上前ですもんねー。あはは、長くなりました!」
初めて動画を投稿した時から、僕に連絡をくれていた
思い出せば、こっちの大学に決めたことも、路上ライブをするようになったことも彼女の提案が切欠だった。
そんな彼女は聞いた瞬間からファンになったと言っても過言ではないと鼻息荒く語ったのが印象的で、今も変わらないキラキラした目を向けて来る。しかし、付き合いでいえば長いが、顔を見たことはない。
今も大きなマスクにサングラス。とってつけたようなキャップを被って、楽しそうに笑いながら話をしている。
それでも不信感は無かった。それは彼女の言動が全て本気で本心からくるものだからなのだろうなと、ぼんやり思う。
「……なあ、桜さんだっけ? そろそろ時間ヤバいんじゃないか? 夜も遅いが」
「え? ああ!? ホントだ!!? ご、ごめんなさいっ! そろそろお
「あ、はい。また良かったら来てください」
横から、ボソッと呟くように提案する月島の声を聞き大きく慌て出し「必ずまた来ます!!」と何故か敬礼しながら走り去っていく桜さん。
少し、ドジなところがある印象があるから前見て走った方が良いと思うんだけど……あ、転んだ。
「……ハア」
「どうしたの? 溜め息なんてついて。何か呆れてる?」
「あ? あー……、まあ直にわかるだろ。それより、CiRCLEの手伝い、忘れんなよ」
「月島じゃないから大丈夫だよ」
「お前ホント辛辣な!?」
そんな彼女と、あんな風に顔を合わせることになるなんて、まだ、思ってもいなかった。
☆to-box→桃木(とうぼく)→とーぼく→とぅーぼっくす
ネーミングセンスェ…
☆『雨は上がる、蝉は鳴く』→ネーミングセンスェ…(大事なことなので二回ry)
☆桜さん→一体何山なんだ…?(困惑)
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2.桃色の君と初邂逅
CiRCLEにて、リハーサル当日。
月島から、顔合わせ前に準備を終わらせるためだと言われ、参加バンドよりも早く入店した僕は、何故か
「
そう告げられた彼の絶望的な顔が頭にチラつく。
だが、まりなさんの言うことは絶対だ。しがない
「いつも光がごめんね? 騒がしいでしょ?」
「そうですね、騒がしいです。」
「……言いにくいことズバッと言うのは相変わらずね」
「そうですか?」
そうよ、とコーヒーを一口啜るまりなさん。
よく言われるからそうだろうという感覚はあっても、自覚は持てない。
どこまで、踏み込んで良いのかわからない。
「ま、大丈夫よ。尋ちゃんならね」
「……軽いですね」
「──君は、大丈夫。開き直っている部分もあるかもしれない。けど、君はわからないなりに、悩んでる。それが出来ている限り、君のことをわかってくれる人が必ず居るから──と。どう? これなら伝わる?」
「ええ。でも、最後までおちゃらけずにいられないんですか?」
「私も、君と同じく開き直っている部分もあるのよ」
楽しそうに笑いながら言ったその言葉は、実感を伴っていた。
なんとなく、言いたいことは伝わった気がする。
「しっかし、尋ちゃんも好きねそれ。よく食べるわねー」
「? 安心してください。腹八分目に抑えてますから」
「逆に安心できないわ……。フルーツタルト何個目よ」
「8個目ですかね」
「見てるこっちが胸焼けしてくるわ……」
「ほら、奢りって言われたら……食べますよね?」
「食べないわ。流石にその数は」
僕に負けず劣らずな真顔で返される。何故だ。
「嫌いじゃないですよ」
「え?」
まりなさんはなんだかんだ言って、光のことも僕のことも心配してくれている。
僕の感情は表に出にくい。でも、だからって人の機微に疎い訳じゃない。お世話になっている人の顔色ぐらいは伺える。
「光は騒がしい奴です。でも、嫌いじゃないです。あいつは、数少ない僕の友人ですから」
「……最初から、そうやって言えるならもっと友達増えるわよ?」
「生憎、今くらいの人数で手一杯です」
「さて、それはどうかしらね。今日は
さっきまで驚いた顔をしていたのに、もうからかうようにニヤニヤとしながら今日の予定を話していく。
まりなさん、今、凄くイキイキしてます。
そして、僕、凄く先行きが不安です───。
「あ、あの! 桃木さんって言うんですね! お名前で呼ぶことは無かったので新鮮ですね! ふふー、なんだか不思議♪」
「……えっと、丸山さんでしたっけ?」
「はい! まん丸お山に彩りを。Pastel✽Palettes、ふわふわピンク担当! 丸山 彩です! 彩って呼んで下さいね!」
「うん。僕作業スタッフの仕事があるんです。丸山さんも、メンバー待ってますよ?」
「え、でもまりなさんが積もる話もあるだろうからゆっくりしておいでって…。あと、彩で良いですよ?」
「積もる話も何も……僕にはアイドルの知り合いなんて居ませんよ。もし、アイドルだと知らなくても丸山さん達みたいな容姿の良い人は印象に残らないなんてことないと思うんですけどね」
「よ、容姿が良いってもしかして可愛いってことですか!? ほ、ホントですか!!?」
「あ、うん。勿論。皆さん良すぎて近寄りがたいくらいには」
可愛いかー、うへへー。
普通に声に出てますよと注意するか悩むくらいにはヤバい奴かなと思っている目の前の可愛らしいを詰め込んだような女性。
先程参加バンドの顔合わせをした際に、異様に懐かれてしまった彼女の名前は丸山彩さん。
アイドルバンドPastel✽Palettesのボーカル担当で5つのバンドで唯一芸能界で
「ああ! 彩先輩の!! スッゴいドキドキする人だ!!」
「うん、良い音の人。がんばってください」
Poppin'Partyの戸山 香澄さんと花園 たえさん。2人ともギターを引くみたいで、僕の演奏のことを言っているようだった。
「彩さんの言ってたとおり桃色マッシュなんですね! お似合いです!」
「ひーちゃん、彩さんから話聞いて興味津々だったもんねー」
Afterglowの上原 ひまりさんと青葉 モカさん。上原さんは丸山さんと元バイト仲間で、今でもよく連絡を取り合う中なのだとか。というか、アイドルが某ハンバーガーショップチェーン店で働いているってどうなんだ。
「あー! あや先輩の好kもごぉ!?」
「だ、駄目だよ、あこちゃん! なんでもないですからっ、ええと、よろしくお願いしますっ」
Roseliaの宇田川 あこさんと白金 燐子さん。宇田川さんが勢い良く近づいたと思えば白金さんが慌てた様子で止めに入る。何かを言いかけてたのはわかるけど、一体…?
「彩の言ってた人ね! 色々期待してるわ!! ちゃんと幸せになるのよ?」
「あの、今日はよろしくお願いしますね…! こころちゃん、ミッシェルが待ってるから行こう?」
ハロー、ハッピーワールド!の弦巻 こころさんと松原 花音さん。どう考えても言い回しに怪しいところがあると思った。松原さんがいつも苦労しているのが目に浮かんでしまう。
「おお、丸眼鏡っすか! 眼鏡属性は自分だけだったから新鮮っすね!」
「あら、貴方ね。彩ちゃんをお願いするわ。麻弥ちゃん、行きましょう」
そして、最後にPastel✽Palettesの大和 麻弥さんと白鷺 千聖さん。大和さんから共通点の眼鏡について突っ込まれた。白鷺は子役時代テレビで見たことがある。本当にアイドルバンドなんだと感心したものだ。
「どう考えても、丸山さん発信なんだよなぁ……」
「え? 何がです?」
「いや、今日5つのバンドに初めて会ったはずなんですけど、皆さん僕のことご存知だったので。丸山さんが僕の話をしたと言っていたんですよ」
「ええっ!? み、みんなから聞いたってホントにっ!? も、もー! 恥ずかしいなあ!」
「恥ずかしいっていうか怖いんですけど。さっきからはぐらかしているのかわかりませんが、改めて伺います。僕ら初対面ですよね?」
確かに髪色とか他人とは思えないほど同じカラーリングだけど、実際に知り合いの記憶はない。
もしかすると、どこかのライブで一緒になったかもしれないとは思うが、ここまでルックス極振りのバンドメンバーは流石に記憶に残るはず。
で、あれば本当にわからない。
そんな僕の感情が表情に出ていたのだろう。丸山さんの楽しそうな顔が一転して、泣きそうな顔に変わった。
「え! あ、そ、そっかー。そうですよね。私、確かに言ってなかったなー……」
「……? 何が──あ?」
鞄を漁ったと思えば、出てきた見覚えのある帽子とサングラス。いや、待った。それは彼女の持ち物だ。ということは──。
「……桜さん?」
「はい! 今まで隠していたつもりは無かったんだけど、桜です! 桃木さん、今度こそ改めてよろしくお願いしますね♪」
それが、彼女との初邂逅だ。
僕らの物語は、間違いなく此処から始まった。
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3.昆布
七烏ツバキさん、初感想ありがとうございます。
続けて書いていきたいです。
彩さんに付き纏われながらリハが終わったあの日、月島に言われるがまま(殆ど彩さんの圧力に負けた)、各バンドメンバーと連絡先を交換した。
女性の友人と連絡先を交換する機会など、本当に必要に迫られたときくらい。緊急連絡先とか。
だから、桃木 尋はあの勢いが普通なのかがわからない。
そんな、眠れぬ夜(返信に追われる物理的に)を過ごした週末休みが明けた大学にて。事件は起こる。
「尋。次のコマ一緒だろ。行こうぜ」
「ん? ああ、わかった」
次のコマで一緒になる月島から、偶然廊下で呼びかけられる。
自然と話題は彼女達のものになる。
「ねえ」
「なんだ?」
「知ってたよね。彩さんが、桜さんだってこと」
「お、名前で呼び合う仲まで進んだか。良かったじゃねえか!!」
「話 を 逸 ら す な」
「…すいましぇん……」
どうやら月島姉弟は彩さん=桜さんということを知っていたようだ。
今回の件で良い機会だからと、引き合わせの場に設定したそうだ。
桜さん──もとい、彩さん(と呼べと懇願された)は路上ライブや動画を見る度に、各バンドメンバーへ
お陰様で、こちらは相手をネット上の評判程度にしか知らず、彼女達は僕のことをよく知っているという図式が出来上がったわけだ。
皆に協力して貰ったとか、上手くサプライズになって本当によかったとか、自白しまくる彼女の話を聞いていたらどうでもよくなったけど。
「もう、いいよ。別に驚かすために仕向けたことは怒ってないから」
「お、おう? そうなのか?」
「うん。それよりも、はじめましてで不審者扱いしたことへの自己嫌悪のが強いかな……」
「……あー…、そこまで頭回ってなかったな。尋は桜さんを崇拝してたもんな」
「言い方。…まあ、間違ってはないよ。彼女が居なきゃ、今の僕は無いから」
「…お前ら、本当にお似合いだわ。なんでここまでフリー同士のままなのかねぇ?」
「そういうのじゃないって桜さんの頃から言っているだろう? 高望みだよ。それは」
彼女には感謝こそすれ、恋愛感情を抱くなんて迷惑になるだろう。僕のような感情が顔にほぼ出ない、コミュニケーションを取るならストレス原因になってしまう要素を含む、普通から外れた人なら特に。
呆れた様子で
「『今日はお疲れ様でした! 来週もよろしくお願いしますっ!』──か」
彩さんに付き纏われ続けた土日リハが過ぎ去り、夕食を摂った後。
部屋に戻ると、トークアプリの通知が複数来ていた。
その中には見知った名前──から一部変更することになったもの──があった。
今日まで桜となっていた表示は、丸山 彩に変わっていた。
とりあえず、返信をすることにした。
『お疲れ様でした。来週の本番、頑張ってください』
『うん、ありがとう♪ 頑張るぞー!!』
『空回りしないように、頑張りましょう』
『え!? そっち!?』
相変わらず、一々反応が激しいなと思う。
彼女の正体が
そう思ったとき、今日の対応は
ほぼ、無意識的に送信をした内容は──。
『今日はすみませんでした。彩さんさえ良ければ、お詫びに食事でもどうですか? 勿論無理強いはしません』
こんな文面だった、のだが。……おかしい。さっきまで既読とほぼ同時に返信があったのに、今回は既読が付いてから20分程経つ。
そこで、気付く。この文面、まるでナンパの常套句ではないかと。
僕としては他意は無く、本当にお詫びの意味を込めた誘いだった。しかし、受け取り側は身の危険を感じ、警戒するのかもしれない。
思い立ったが吉。直ぐに訂正しようと文面を打ち込もうとしたその時だった。
『世路昆布』
『あ、ちが』
『よろこんで!!』
一瞬、頭が真っ白になった返信があったが、タイプミスなようだ。なんだよ昆布って。
あわてふためく彼女の様子が頭の中で再生される。
微笑ましいなと感じながら、いつにするか話を続けた結果、今日の講義が終わったあとの待ち合わせとなった。
「では、講義を始める。まずはこれを見てくれ。──」
午前中最後の講義が始まり、ふと周りを見渡す。
そこそこの人気を誇るようで、空いている席もまばらだ。ここまでの人数だと、誰が居て、誰が居ないかなんてわからないだろうなと考えていたとき。
視界の端に、見覚えのあるピンク髪がいつのまにか──。
「……え?」
その声に反応して、月島とは逆隣に座っている彼女がこちらに視線を向ける。
いつもと同じピンク髪。今日はおでこを出すように頭上で前髪を、ヘアゴムにて束ねている。
自分と色違いの大きめな丸眼鏡を掛けている彼女は、昨日・一昨日で見覚えが有りすぎた。
「やっほ~」
なんでいるんですかねぇ…彩さん。
耳触りの良い小声と共に、照れ臭そうに胸元で小さく手を振る姿はあざといが愛らしい。女子ってなんで隣に座っているにも関わらずこういった所作をするのだろうか。わからないけど、許される理不尽さを持っているよな、なんて考えたところで彩さんが僕を挟んで逆隣に座っている月島の方を指差してきたので振り返る。
「なになに!? これ、なにやってるの? ねえってば!!」
「だあああっ! うるせぇ!! お願いだからじっとしててくれよぉ!?」
ネコ耳のような特徴的な髪形の戸山さんが、星形のサングラスを掛け、月島の隣で
「いいなぁ…」
なんて彩さんが零している。会ってみてわかったが、この人すぐ口に出る。トークアプリでも自爆していたが、まさか普通に話をしていても零れるとは思っていなかった。
芸能界は厳しい場所と聞くが、二枚舌くらいないときついのではないかと、心配になってしまう。
「……彩さん。見ますか?」
「え…いいの? やたっ♪」
小さくガッツポーズしながら嬉しそうに距離を詰めてくる彩さん。垂れる髪を耳にすくい上げながらノートを見つめ──。
「…ふふっ。相変わらず、綺麗な字だよね」
「…普通じゃないですか?」
「ううん。……私、好きだよ?」
「──あ、ありがとう」
び、びっくりした…!! びっくりしたぁ……。
違うから! 彩さんは僕の文字が好きだと言ったんだ! 僕の表情筋NEETにここまで感謝したのは初めてだよ!? ありがとうな!!
いやいや、講義前にタイミング悪く月島に煽られた事もあって意識し過ぎている。気にするな、彼女はいつも通りだ。
ほら、いつも通り耳まで真っ赤にして、こっちを全く見ずに目をグルグルさせながら恥ずかしいそうに小さく『~~っ!!』と声にならない悲鳴を上げ──。……は?
なんなんですかね、その勇気を振り絞ったけど気が付いて貰えなかった的な反応は。勘違いするよ? ねえ?
とりあえず、本講義の内容は全く頭に入らなかったことをここに記す。
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