共依存むらこが (くろはすみ)
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共依存むらこが

0

 

 

 

死んだ時に残るもの。

 

 

 

1

 

 

 

ずっと海の上でボサッと突っ立っていた私なのだから当然の話だけれど、

 

幻想郷にあっては昔と比べ、水に触れる機会は少ない。

 

 

船は空を浮く。水の上だけを住処としない船だ。

 

嫌だ、嫌だ。

 

でも、水は嫌いだ。

 

大嫌い。

 

私を殺した水が嫌いで、私が使って殺し続けた水が嫌いだ。

 

水は嫌いだけれど、今更「じゃあもういいよね」って取り上げられると、不安になる。

 

ずっと水と共に死んできたのに、嫌いだからといって宇宙では生きられない。

 

 

なんの話かというと、私の幻想郷での楽しみは「雨に打たれる事」だ、という話。

 

傘なんていらないわけ。

 

 

 

「また来たよー」

 

 

「また来たの?いいけど、あんま近くに寄らないでね」

 

 

このセリフは彼女が近くに来すぎると、私が雨に当たれなくなるから出て来たのであって、

 

彼女が汚らしいとか、生理的に受け付けないからとか、そんな嫌な性格丸出しな意味ではない。

 

 

「傘を使わないなんてセンスないよ。そんなずぶ濡れになって…なんだか私としてはむずむずしちゃうわけ」

 

 

「センスないのはあんたの存在だと思うけどなあ。なにそのデザインほんとに…」

 

 

「ねえ、私の事嫌いなの?なんでそういう私が一番気にしてることサラっと言うの?少しはかわいそうとか思わない?」

 

 

「別に嫌いじゃないよ。興味ないの」

 

 

「うぐ…雨が降る度に遊びに来てるんだからもう少しくらい心を開いてくれたっていいじゃない」

 

 

「最初の数十回くらいは無視してたんだから、すごい進歩じゃない」

 

 

「そういうのはちゃんと覚えてるのね」

 

 

「鬱陶しくて仕方がなかったし」

 

 

「でもこんなにしつこく話しかけてくる鬱陶しい子が居たら、場所を変えたりしない?いつもここに居るよね」

 

 

「ここが一番すきなんだ」

 

 

星蓮船は小さな街の様な形態をしている。

 

ここはその星蓮船の路地裏のような部分で、

 

建物と建物の間で、上を見上げると空が亀裂の様だ。

 

 

そして、亀裂から雨が降ってくるのを、海の底の様な気持ちで享受する。

 

 

特別な理由があるわけではないけど、ここが一番落ち着くって、探してみて解ったから、ここだ。

 

誰に邪魔されようとここから退こうとは思わない。

 

 

「ふうん。てっきり私は『私が来るのを少しは期待して』居続けているのかなって、ちょっと思ってたのに」

 

 

「はっ、ないない」

 

 

「本当にひどい」

 

 

 

2

 

 

 

彼女は常に現れた。

 

雨の日にだけそこにいる私に、約束事の様に現れた。

 

 

君が雨に濡れているのは、それが楽しいからじゃないだろう。

 

君が雨に濡れているのは、とっても儚げで綺麗だけれど。

 

 

悲しそうで、見ていられない。

 

傘の私は、見ていられない。

 

 

そう言った。

 

いつもいつでも、そう言った。

 

 

私は悲しいのが普通なんだ。

 

私は悲しく居たいのだ。

 

 

放っておいて欲しい。

 

放っておいて欲しい。

 

きっと私はとても冷たい氷で、暖かい感情に触れてしまえば溶けて消えてしまうのだ。

 

だから、こんなにも不安になる。

 

 

突然の鉄砲に成す術なく飲み込まれる者。

 

瓦礫がじわじわと沈んでいくのを絶望と共に受け入れざるを得ない者。

 

 

そのどれもは冷たさだ。

 

私は海の如き塩水で、それでも凍ってしまったのだ。

 

 

 

3

 

 

 

「聖はとても優しい」

 

 

「知ってるよ」

 

 

「聖の周りにいる連中も、すごく暖かい」

 

 

「君も『聖の周りにいる連中』だろ?」

 

 

「…まあ、そうだけど。そういう事が言いたいんじゃないわけ」

 

 

「ごめん」

 

 

「あいつら、優しくて、暖かくて…私はそれに耐えられない。

 

 だからたまにこうして、カラダを冷やすんだ。

 

 自分が何者かを思い出すためかもしれない」

 

 

何度目のお願いだろうか。

 

私はそれを尽く全て突っぱねてきた。

 

それでも、彼女はいつもの笑顔で今回も。

 

 

「ね、近くに行ってもいいかな」

 

 

「…」

 

 

「んー?」

 

 

何も言わない私に、近づいてくる彼女。

 

 

「ね、どうしたの?私、もう隣に居るよ。…嫌がらないの?」

 

 

「…いや」

 

 

「いや?」

 

 

「いや、じゃない」

 

 

「そっか」

 

 

 

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

 

「…何が」

 

 

「君は水だよ。氷じゃないの。溶けても水。消えてなくなったりしないから」

 

 

「うん」

 

 

「不安なのは、まだ氷だからだよ。暖かい事を沢山知ろう。

 

 水になれたとき、きっと、もっと、悲しい事を悲しいって思えるような…、そんな…」

 

 

「…うん」

 

 

傘の下、二人で寄り添って。

 

目を瞑って、雨の音を聞いた。

 

赤ん坊のように握った手が、暖かくて。

 

私は「安心」を勘違いしていたのかと、そう思った。

 

 

 

4

 

 

 

それでも、雨の日にしか会わなかったのはどうしてだろうか。

 

今にして思えば彼女は、最初にあった時、結構不安げだったかもしれない。

 

今の彼女を見ているとそう思う。

 

何にも流されていて、何も受け入れていない私を見て、最初は放っておけなかったのだという。

 

次にだんだんムキになってきて、

 

最後にそれは好意に変わったと。

 

そう言っていた。

 

 

当の私と言えば、彼女など比ではない程変わったという。

 

彼女の前でだけだった柔らかい表情は、その内いつでも自然と出るようになった。

 

それは大層、連中を驚かせたし、私も悪い気分じゃなかった。

 

氷が溶けてきたんだ。

 

 

でも、やっぱり雨に打たれるのは好きだ。

 

それは以前に打たれていたような、明確にネガティブなものではなくて。

 

なんというか、物憂い時。

 

それに浸りたい時、一人で雨に打たれて惚けていたい時が出来るようになった。

 

 

気付けば、別に亀裂にこだわる理由もないと思うようになった。

 

むしろあの場所が特別な理由は、彼女があらわれるからだ。

 

だったら、一人で雨を堪能したい時、私は新しい隠れ場所を探さなければなあ。

 

そして、今、ここにいて。

 

 

彼女も何故かここにいた。

 

 

 

「最近、雨の日なのに居ないなと思って心配したけど、こんな処にいたんだ」

 

 

「…ああ。うん」

 

 

「ううん、いやーその、怒ってるとかいう訳じゃないよ。なんだかね。

 

 前と違って、雨に打たれてても楽しそうだし」

 

 

「まあね」

 

 

「それに、私といっしょに居るのが嫌になったわけじゃないでしょ」

 

 

「もちろん」

 

 

「…私、一人の時間が欲しいって気持ちがね…その」

 

 

「うん」

 

 

「わからなくって…えっと…なんていったらいいんだろ…だって…わたしが…」

 

 

「…、ここは私の場所だけど、今日だけは」

 

 

「…」

 

 

「こっちきな」

 

 

 

その時見せた彼女の笑顔に、私は何故か、全身に鳥肌が立った。

 

 

 

5

 

 

 

「小傘が倒れた?」

 

 

三回だった。

 

彼女は、亀裂に来なかった。

 

私に我慢できたのは、そこまでだった。

 

 

来ないことなんて、それまで一度も無かったんだ。

 

口の中にホースで液体窒素を突っ込まれたかの様に寒くて、痛い。

 

こんなにも私は彼女で死んでいたのか。

 

 

布団の中で寝ている彼女。

 

なんだか布団の膨らみが頼りなくて、もう既に、二度と動くことは無いのではないかという錯覚を覚える。

 

布団の横ではマミゾウが座っていた。

 

 

「マミゾウ、どうなの」

 

 

明らかに声が震えていた。

 

まったく隠せていない。

 

きっと今鏡を見たら唇が真っ青だ。

 

 

だって。

 

 

妖怪が人間みたいな理由で倒れるわけないじゃないか。

 

それでも倒れるっていうことは、それは。

 

 

「…小妖怪には、よくある話なんだがねえ」

 

 

「…」

 

 

「何が原因でも、ふっと消えちまうんだよ。

 

 誰からも忘れ去られてしまったとか、片割れが壊れてしまったとか、

 

 人間でも気にしないような小さな歪に飲み込まれたとか。

 

 

 こいつの場合は…『満足』だ」

 

 

「…まんぞく?」

 

 

「ああ、こいつは決して満たされちゃあいけない妖怪なんだよ。

 

 必要とされて、幸せになって…、そしたらもう、おさらばさ。

 

 それが未練で、それを力にして、だったんだから。後はまるで幽霊が成仏するみたいに…」

 

 

「な、なんとかならないのかよ」

 

 

「病気とかじゃあないんだよ、これはね。こいつはもうすぐ消えて、傘だけが遺るんだ」

 

 

「そんな」

 

 

「はっきりと言い過ぎかもしれんが…ぼかしても仕方ないからね、こういうのは…」

 

 

「こがさ…」

 

 

小傘は起きているようだった。

 

こちらを見て、ふにゃと力なく、わらった。

 

 

「むらさぁ。ごめんねえ」

 

 

「な、なにあやまってんの」

 

 

「ううん、そうじゃないの。そうじゃないのよ、むらさ」

 

 

「え?…え?」

 

 

「違うのよ、むらさ…えへへ、だから、ごめんね。ごめんねえ。ごめんね…」

 

 

「な、なんだよお。なんなんだよおまえ…」

 

 

どれくらいの時間かもわからないけれど。

 

私は彼女にしがみついて。

 

 

ただひたすら泣きじゃくった。

 

小傘は、ただ雨に打たれて、困ったように笑っていた。

 

 

 

やっと涙が出なくなった頃、顔を洗いに行った。

 

 

 

 

「…なあ、おまえも酷いこと考えるよ。

 

 病気とかじゃないからね…治す治さないの話じゃないだろ…」

 

 

「…だって。ううん、だってじゃなかった。ありがとう、気付いたのに、黙っていてくれて」

 

 

「まあ、なんで黙っていようと思ったのかも、自分で自分が解らないんだがね…

 

 ただの自殺じゃないか、そんなのは。

 

 そうやってあいつの中に、お前以外が一切立ち入らない様にしたいんだ。

 

 

 …そうやってお前はあいつを、独り占めしたいんだろ」

 

 

「…うん、だから」

 

 

「ごめんね。か。そんな弱っちい顔をしているのに」

 

 

誰よりも―

 

 

 

6

 

 

 

それからも変わらず、雨の日には必ず亀裂に行った。

 

でも、私が雨に濡れる事は、もうなかった。

 

 

まったくセンスの無い、とても愛おしい彼女を必ず、連れて行くから。

 

彼女と手を繋いで、二人で雨の音を聞くから。(おわり)



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