桂馬えもん 天理と神のみぞ知るセカイ (夢回廊)
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第1話

「……ん? ここどこ?」

 

 気がつくと見知らぬ場所に立っていた。あれ? おかしいな……俺はさっきまで漫画を読みながら家に帰っていたはず……

 何だこの真っ白な空間は。いや、ちょっと待て。これってまさか……

 

「残念じゃったのう。人生これからという時に死んでしまうとは」

 

「…………」

 

 いつの間にか、目の前にお爺さんが立っている。そして『俺が死んだ』という言葉……理解が追いつかない中、頭に1つの仮説が思い浮かぶ。まさか……

 

「……あの、すみません。貴方ってもしかして神様ですか?」

 

「そうじゃが?」

 

 うわっ、マジか。やっぱり異世界転生じゃん。まさか俺が当事者になるとは思っていなかった。そうか、俺死んだのか……

 

「ドッキリ……じゃないですよね?」

 

「信じたくない気持ちは分かるが紛れも無く現実じゃ。お主はつい先ほど信号無視のトラックに轢かれて死んだ。

 漫画を読みながら横断歩道を渡っている時にな。信じられんと言うのなら遺体を見せようか? かなり凄惨なことになっておるが」

 

「……やめておきます。自分の体とは言え、そんな物を見せられたら吐きそうですし」

 

 凄惨って、俺の体はどれだけ惨いことになっているんだ。ミンチより酷い状態とか? ……やめよう。想像したら悲しくなってきた。

 

「まぁそう悲観するでない。お主をここに呼び出したのは、好きな世界に転生させてやろうと思ったからじゃ」

 

「…………」

 

「……どうしてそんな微妙そうな顔するんじゃ? 普通もっと喜ぶ場面じゃろう?」

 

「……あの、まさかとは思いますが、俺の死因って貴方のミスじゃありませんよね?」

 

 異世界転生って、大抵神様が主人公を間違って死なせたりしてるだろ? 俺の人生が終わった理由もそうだったら今すぐここで泣くぞ。大人げなく大号泣するぞ。

 

「それは無い。言い方は悪くなるが、お主の寿命が短かっただけじゃ」

 

「……そう、ですか」

 

 寿命か……ミスよりは納得出来るけど、やっぱり泣きたくなってきた。せめて死ぬ前にもう一度親父やお袋に会って、一言でも話したかった……

 

「あ、現実世界に蘇生させるのは無理じゃ。神様の世界にも色々決まり事があるのでな。こればかりは諦めてくれんかの」

 

「…………」

 

「だからそんな泣きそうな顔するでない。実際にお主の世界で死者が蘇った事例は無いじゃろう? つまりはそういうことじゃ」

 

「……はい」

 

「悲しむ気持ちは分かるが、話を進めるぞ? 今からお主を、生前とは別の世界へ転生させる。要望があれば聞くぞ?」

 

「……その前に、1ついいですか?」

 

「何じゃ?」

 

「どうして俺なんですか? もっと不幸な人生を歩んだ人とか、生前凄まじく苦労した人とか、俺なんかよりも報われるべき人間がいるんじゃ……」

 

「あ、それは大丈夫。ワシの暇潰しじゃし。人間界をず~っと眺めるのも暇なんじゃよ。たまには何か違うこともやりたくなるもんじゃ」

 

「…………」

 

 それで良いのか神様。そんな適当で大丈夫か神様。

 

「良いんじゃよ。ワシのことは置いといて、転生したい世界を言ってみなさい。完全な異世界でも良いし、お主が知っている創作の世界でも構わんぞ?

 ただ、完全一致の世界ではなくパラレルワールドじゃから、多かれ少なかれ違いは出るじゃろうな」

 

 さらっと心を読まれた。いやまぁ、神様ならそれくらい出来ても不思議じゃないけど。

 

「……いきなり言われても」

 

 正直、自分が死んだことのショックが大き過ぎて頭が回らない。

 だからといって神様に任せて、世紀末の世界に飛ばされた挙句即死するのも嫌だし……

 

「迷っているようじゃの。それならお主が死ぬ直前に読んでいた漫画の世界にしたらどうじゃ?」

 

「え? 確か『神のみぞ知るセカイ』……」

 

「そうそう、それじゃ」

 

「…………」

 

 死亡直前の出来事を思い出す。俺は神のみの最終巻を買って、家に帰る道で読んでいたはずだ。

 その時の内容も覚えている。桂馬が過去から帰還し、ちひろに告白した場面だったはず。

 天理が好きだった俺としては、そのエンディングが予想外で……そこから記憶が途切れている。多分トラックに轢かれたからだろうな……

 

「……そこで良いです。少なくとも、転生した直後に殺されることは無いでしょうし」

 

 もちろん原作をむやみやたらに引っ掻き回すつもりも無い。そんなことをして桂馬達が酷い目に遭うのもアレだし……

 

「分かった。じゃあ次は特典じゃな。お主が知る作品の主人公が持つ能力から1つだけ選ぶと良い」

 

 出た。異世界転生のお約束、神様から貰えるチート能力。

 

「主人公限定なんですね」

 

「他のキャラクターまで含めると色々めんどくさいんでな。そもそもワシの暇潰しじゃし、沢山の特典をやるというわけにもいかんのじゃ」

 

「はぁ……」

 

 とは言っても、やはりいきなり言われると思いつかない。主人公に絞るとしても、反則級の力を持つキャラクターは沢山いるし……

 

「迷っているようなら、主人公の中でも有名かつ応用が効く能力をワシの方で選んでおくが……」

 

「それで良いです」

 

 この際何でも良い。『神のみ』世界なら余程のことが無い限り死ぬことは無いだろうし。

 もちろん悪用するつもりも無い。俺TUEEEとかどうでも良い。

 

「よし。後、くれぐれもいきなり強い能力を使って『原作の問題全部解決! はい平和!』なんてのも無しじゃぞ? ワシの暇潰しとして、色々楽しませてほしいからの☆」

 

「…………」

 

 ウインクしながら条件追加するなよ神様。と言うか爺さんのウインクって……まぁ、俺としてもそんなリスクがあり過ぎる行動を取るつもりは無いが。

 もしそんなことをして歴史が修正不可能な勢いで歪んだら責任取れないし。

 

「それじゃあ早速転生させるぞ? 覚悟は良いな? ワシは出来ておる」

 

「えっ、ちょ、待って下さい。まだ心の準備が――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 ……周りがよく見えない。それどころか、体もまともに動かせない。辛うじて音は聞こえる。状況を判断する為にも、耳を澄ませて……

 

「やったな、麻里! 元気な男の子だ!」

 

「うん……うんっ……! 頑張ったよ、私……!」

 

 男性の声と女性の声が聞こえる。前者はともかく、後者は聞き覚えがある。具体的には『神のみ』のアニメで……嫌な予感がする。まさか、この体は……

 

「桂馬もよく頑張ったな……! ほ~ら、お父さんだぞ~?」

 

「…………」

 

 ……よりによって主人公の桂馬に転生とか、何考えてんですか神様。

 それどころか赤ん坊からスタートだなんて、何の罰ゲームなんですか神様……!



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第2話

 俺が『神のみぞ知るセカイ』の主人公・桂木桂馬に転生して3年が過ぎた。

 え? 時間が飛び過ぎだって? 何が悲しくて俺が赤ちゃんプレイに耐える数年間を述べなきゃならないんだ。

 

(……まともに歩けるようになるまでが長かった)

 

 両足で立ち、普通に歩くことがこれほどありがたいことだとは思わなかった。

 赤ん坊って、本当に1人では何も出来ないんだな……親の偉大さを改めて知ることが出来た。

 ……それ以上に恥ずかしさで死にそうだったけどな。

 

「……改めて現状確認するか。赤ん坊の時は、それすら出来なかったからな……」

 

 原作の過去編が10年前、つまり桂馬達が7歳の時のはずだから、時間的にはまだ余裕がある。

 今の内に、この世界のことや俺の転生のことを知っておかないといけない。

 

「まずは転生時の特典。神様は、有名で応用が効く能力だと言っていたが……」

 

 そう言いながら、ズボンのポケットに手を突っ込む。すると明らかにポケットの容積以上に広い空間が広がっており、俺は『あるアイテム』を掴む。

 そのまま手を引っ張り出すと、俺が思い浮かべた『道具』が握られていた。

 

「……これは確かに有名で応用が効くよな。ありがとう神様」

 

 俺が神様から与えられた能力……それは『ドラえもんのひみつ道具』。

 日本人なら誰もが知っている国民的漫画作品で、尚且つ誰もが知っている主人公・ドラえもん。

 それでいて彼が取り出す道具の効果は最強クラスと、まさに三拍子が揃っている。

 

「1歳くらいの時、たまたまポケットに手を突っ込んで『タケコプター』が出てきた時は叫びそうになったな……」

 

 両親、特に原作本編に関わる母親に見られると間違いなく面倒なことになるので、当時はすぐポケットに押し込んだ。

 そして今のズボンのポケットでも道具を取り出せることから、服は関係無く、俺が手を突っ込んだポケットが全て『四次元ポケット』になるらしい。

 更に、出した道具は頭の中で使い方が自然と思い浮かぶ。必要な道具もポケットがある程度選別してくれるようだ。

 

「……融通を利かせてくれたのかね、神様は」

 

 子供の頃『ドラえもん』をそれなりに読み込んでいたとはいえ、流石に全ての道具を完璧に把握しているわけでは無い。だからこそ、このポケットの仕様は非常にありがたい。

 少なくとも、道具を出したは良いが使い方が分からず慌てている内にやられる、なんて事態は避けられる。

 そして今は両親が眠っている深夜。色々なことを試すにはちょうど良い時間帯だ。事前に昼寝をたっぷりしておいたので、眠気も全く無い。

 

「……まずはこの道具で、俺の認識と事実のズレを修正するか」

 

 俺が取り出した道具は、大長編『竜の騎士』に登場した『○×占い』。この道具に向かって質問をすれば、○か×で答えを出してくれる。

 その的中率は100%。もはや占いと言うより事実確認機とでも言った方が良いかもしれない。

 ただし質問の仕方によっては答えに違いが出ることもあるので、正確な質問を心がける必要がある。

 

「それじゃ……この世界は、俺が読んだ漫画作品『神のみぞ知るセカイ』と非常によく似た世界か?」

 

『ピンポーン!』

 

「まぁこれは当たり前だよな。俺が桂馬なわけだし。じゃあ次、俺が持つひみつ道具は原作に存在する道具だけか?」

 

『ブブー!』

 

「なるほど。じゃあアニメや映画限定のひみつ道具も含まれている?」

 

『ピンポーン!』

 

「……バトル漫画の世界ならともかく、この世界だと過剰過ぎる能力だな。よし次。ひみつ道具の効果はこの世界の悪魔や女神、その他の存在に例外なく有効か?」

 

 くどい聞き方ではあるが、しっかり質問して確実な答えを知っておかないと安心出来ない。

 道具の効果を過信して油断したところを突かれ、怪我したり殺されるなんてまっぴらごめんだからな。

 

『ピンポーン!』

 

「よし次。世界全体に影響を及ぼす道具を人間界で使用した場合、天界や地獄にも影響を及ぼすか?」

 

『ピンポーン!』

 

「……仮に『タンマウォッチ』で時間を止めれば、人間界だけじゃなく天界や地獄の時間も止まると?」

 

『ピンポーン!』

 

「…………」

 

 ひみつ道具ヤバ過ぎ。使い方を間違えると簡単に世界が滅びるな。原作みたいに悪魔の暴走で世界が危機に陥るならまだしも、俺のせいで世界滅亡とか冗談じゃない。

 

「次。俺が平凡な日常を過ごすと人間界は滅亡するか?」

 

『ピンポーン!』

 

 だろうな。俺が一般人ならともかく、原作主人公の桂馬となるとそうはいかない。

 原作で桂馬がやったことを俺がしなければ、間違いなくサテュロスの兵器召喚からの人類滅亡まっしぐらだろうし。

 例え兵器の正体が原作通り人畜無害なエルシィだとしても、あれは桂馬と触れ合ったからこそのエンディングだ。

 俺が何もしないままでは、エルシィが我を失って暴走する可能性も無いとは言い切れない。

 

「俺が何もしないままでは、原作のキャラクター達は原作以上に不幸になるか?」

 

『ピンポーン!』

 

「……俺が問題解決に動けば、人間界滅亡を防げるか?」

 

『ピンポーン!』

 

「俺が動けば原作キャラを不幸から救える?」

 

『ピンポーン!』

 

「人間界を守る為には、俺が動くしかない?」

 

『ピンポーン!』

 

「地獄や天界を守る為には、俺が動くことが必要?」

 

『ピンポーン!』

 

「…………」

 

 やっぱり俺が原作に介入することは必須か……でも、意図していなかったとはいえ、桂馬の体を乗っ取ったことになるわけだし……

 一般人なら『俺は関係無い』の一言で済ませられたかもしれないが、今の俺だとそうはいかない。流石に俺の我儘で原作キャラが不幸になるのは……嫌だ。

 

「……よし、次。この世界は俺が原作の桂馬と同じ方法で問題を解決すれば、原作と同じ歴史になるか?」

 

『ブブー!』

 

「うっ、じゃあ俺の原作知識はこの世界だと全く役に立たない?」

 

『ブブー!』

 

「俺が原作知識を使って行動すれば、この世界の原作キャラ達の問題を解決出来る?」

 

『ピンポーン!』

 

「……原作の桂馬ですらどうしようも無かった不幸も、ひみつ道具で救うことが出来る?」

 

『ピンポーン!』

 

「…………」

 

 これは……完全に原作通りとはいかないが、原作知識とひみつ道具を上手く組み合わせれば何とかなるということか? 思った以上に責任重大だぞ……プレッシャーに耐えられるか、俺……

 

「……それでも、やるしかないか」

 

 エルシィ達はもちろん、何より天理が不幸になるのは絶対にダメだ。

 俺が一般人として転生したなら、桂馬と天理が結ばれることを細々と応援するだけのつもりだったが……

 桂馬に転生してしまった以上は、天理のことを何が何でも守ってみせる。1番好きなキャラだし。

 ただ、俺は原作の桂馬ほど頭は良くないし、ゲームの知識もあまり無い。それでも、ひみつ道具と原作知識を活かせば何とかなることは○×占いが保証してくれた。これほど心強いものは無い。

 

「って、まずは天理と仲良くなることから始めないとだよな」

 

 俺はまだ3歳。過去編が始まるのは4年も先だ。原作では確か、桂馬と天理は幼稚園時代からの幼馴染だったはずだが、この世界でも同じ幼稚園とは限らない。とはいえ、最低でも小学校時代からは友達になっておきたい。

 ……少なからず下心があることは否定しない。でも、天理を守りたいという気持ちは紛れも無く本物だ。

 

「よし。天理はいずれ顔を合わせるとして……最初にどうにかしないといけないのは()()()だよな」

 

 俺は○×占いをポケットにしまい、代わりに別の『道具』を取り出す。手に握られているのは、分厚い辞書のような道具。しかし中身は紙では無く、色々なボタンが付いた機械。

 その名は『宇宙完全大百科』。この世全ての情報が詰め込まれた、言わばアカシックレコードのような道具だ。

 知りたい情報を入力するだけで、単語の意味から個人の人生まで、何から何まで教えてくれる。

 プライバシー保護の概念などありもしない道具だが、悪用する気は無いので問題無い……多分。

 

「……白鳥うららの母親が駆け魂に狙われるのはいつ?」

 

 俺の質問を感知した大百科が、即座に情報を画面に映し出す。多大な量の情報なら紙に印刷することも出来るが、今回は画面に表示される情報だけで十分だ。何せ、俺が求めているのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『200×年 ○月○日 ×時×分×秒』

 

 うららの不幸を回避出来る日付と時刻だけなのだから。

 




 出来る限りマニアックなひみつ道具を出していく予定です。


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第3話

「……よし、準備は整った」

 

 今日は俺が『宇宙完全大百科』で調べた、うららの母親に駆け魂が宿る日だ。

 もちろん今から助けに行くのだが、馬鹿正直に正面から挑むのではない。その前に色々と()()を練っておいた。

 

「『ヒミツゲンシュ犬』は……ちゃんと機能してるな」

 

 頼みの綱であるひみつ道具のことが敵にバレれば、間違いなく厄介なことになる。それこそ正統悪魔社(ヴィンテージ)やサテュロスの連中に気づかれでもしたら最悪だ。

 そんなことにならない為にも、俺は『ヒミツゲンシュ犬』を使った。秘密にしておきたい内容を紙に書き、この道具に食べさせれば、その秘密は永久に守られる。

 仮に秘密を知る者が第三者に密告しようとしたり、秘密を知りたいと思った者が道具使用者の秘密を暴こうとしても、何らかの偶然が重なり、秘密が漏れることはなくなるのだ。

 ただし食べさせられる紙の量には限界がある為、あまり沢山の秘密を守らせることは出来ない。

 

「これで堂々とひみつ道具を使えるはず」

 

 俺は紙にこう書き込み、ヒミツゲンシュ犬に食べさせた。

 

『俺が持つひみつ道具の存在。ただし俺が信頼に値すると判断し、自ら道具のことを()()()()()()相手、及び道具の存在を()()()()()者が俺の許可を得た上で、これらのことを()()()()()()相手は対象外』

 

 こうすることで、俺がどれだけ派手にひみつ道具を使ったとしても、恐らくバレることは無いはず。

 しかし原作ではのび太が道具に守られた秘密を自らバラそうとしたことは無いので、俺がわざと他人の目の前でひみつ道具を使えばどうなるかは分からない。

 念の為『○×占い』で調べてみたが、俺がひみつ道具の存在を正確に話さない限りは、せいぜい『よく分からない力だ。一体何だろう?』としか思わないらしい。

 ただ、万が一信用出来る味方……天理やエルシィ達にひみつ道具のことを話す可能性も考え、あえて例外規定を書き込んでおいた。

 こうすれば俺が秘密を話した相手は道具の力を正しく認識することが出来る。

 

「後はどうやって母親を助けるか……」

 

 一応の策は考えてある。部外者の俺がいきなり首を突っ込むのではなく、まずは母親自身から爺さんに訴えかけるというもの。少なくとも、初対面の俺が説得するよりは上手くいく可能性が高い。

 もちろんひみつ道具の中には人を思うが儘に操る道具もある。それを使った方が簡単に解決するのかもしれないが、流石にそんな卑劣な手段は出来る限り取りたくない。

 この手の道具はどうしようも無くなった時の最終手段だ。ただ、万が一失敗した時に備えて第二の策も用意している。

 それでも上手くいかなければ、原作で桂馬が使った『球』の代わりに『逆時計』や『現実ビデオ化機』、『フリダシニモドル』や『後戻りカレンダー』で時間を巻き戻せば、再びやり直すことも出来る。

 とは言え、これらも人を操る道具と同じように、可能な限り取りたくない手段だ。一発で成功させるに越したことは無い。

 

「駆け魂が入った理由を考えれば……この方法がベストだと思いたい」

 

 母親に駆け魂が宿った原因は、確か『白鳥家の柵による息苦しさと義父達がいない寂しさを抱いたから』だったはず。事前に○×占いで調べておいたので間違いないと言えるだろう。

 だとすれば、やはり母親の寂しさを爺さんに理解させれば、駆け魂が入ると言う最悪の事態は回避出来ると考えた。

 

「でも、原作知識の頼り過ぎには気をつけないとな」

 

 正直、いくら俺に原作知識があるとはいえ、隅々まで完璧に把握しているわけでは無い。ひみつ道具と同じく、原作知識も過信しないよう心がけるつもりだ。

 

「……よし、行くか」

 

 俺は用意していた『道具』を身に付け、ポケットから『どこでもドア』を取り出す。

 ヒミツゲンシュ犬が発動している以上、いきなり母親の部屋に移動しても道具の存在がバレることは無いはずだが、必要以上に道具が目立つような真似をするのもアレなので、念の為に移動場所は『白鳥家の敷地内の人目のつかない所』と設定しておく。

 

「…………」

 

 ドアノブを握り、ゆっくりとドアを開ける。すると目の前には、原作で見た白鳥家の広い敷地が広がっている。

 それでいて、周りには人がいない。どこでもドアが俺の入力通り、人がいない場所に上手く繋げてくれたのだろう。

 

「初めてドラえもんの道具を使った実感が湧いたな……何かもう凄いとしか言いようがないわ、これ……」

 

 人類が長年負い続けている夢の1つであろう瞬間移動……ドラえもんのひみつ道具にかかれば、こんなおもちゃみたいなドアで手軽に実現出来るのだ。

 思わず感動して目的を忘れそうになるが、興奮をグッと堪える。モタモタしている時間は無い。うららの不幸が刻一刻と迫っている。

 

「家に入る前に、まずは『これ』を使って――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「……やっぱりここにいたか」

 

 俺はうららの母親……名前は忘れたが、とにかく彼女の自室にやって来た。部屋の中央には、いかにも悲しげな表情をした……うららの母親がいる。事前に確認した通りなら、彼女にはまだ駆け魂は入っていないはず。

 

「それにしても、本当に俺に気づいてないんだな。顔の目の前で喋ってるのに」

 

 頭に被っている帽子……『石ころぼうし』を手でさする。被れば道端の石の如く、誰からも存在を認識されないという効果を持つ。

 ただしこの道具は原作でも短編と大長編で効果がかなり違っているのだ。短編でのび太が使った時は、周りの人間に何をしても一切気づかれていなかったが、大長編『魔界大冒険』でドラえもん達が使った時は、声が聞こえたり臭いを嗅がれたりと明らかに弱体化していた。

 予め○×占いで調べたところ、短編と同様の効果であることが分かり、念には念を入れて更に調べると、声も足音も臭いも、本人の存在を示すものは何もかもが無視されるということが分かった。

 単に姿を見えなくするだけの『透明マント』より優秀だな……これさえ被っておけば絶対に見つからないもんな。

 

「さて、まずは母親と爺さんで話し合ってもらわないと」

 

 俺は既に起動させておいた『カムカムキャット』を見る。招きたい人の名前を言いながら起動させると、その人物を呼び寄せることが出来る道具だ。

 原作ではドラえもんとドラミがそれぞれ使用しているが、効果がかなり違っていた。

 前者は呼び寄せたい人の体を操り強引に引き寄せていたが、後者は偶然の積み重ねで呼び寄せたい人物がこちらにやって来る状況を作り出していた。

 ○×占いで調べると、パワーの強弱で効果を調整出来るとのことなので、今回はパワーを弱め、爺さんが偶然早く帰って来る状況を作ることにした。

 『取り寄せバッグ』や『呼びつけブザー』で強引に連れて来ても良かったが、母親の説得が終わった後の処理が面倒なことになりそうなので、あえてこの道具を選んだ。

 

「さて、爺さんはいつ頃帰って……ん? この音は……」

 

 廊下から足音が聞こえ、外を覗くと爺さんがこちらに向かって来ていた。正直、爺さんが帰って来るのはもう少し先の時間だと思っていたが、どうやらカムカムキャットが融通を効かせて、最速で引き寄せてくれたらしい。

 

「ただいま戻りました、香夜子さん」

 

「……お義父様」

 

「今日は思ったよりも仕事が早く片付きまして……日付が変わる前に帰宅出来たのは久しぶりですね。尤も、正晴は別件でもう少し時間がかかると言っていましたが……」

 

「…………」

 

 母親……香夜子は一瞬だけ嬉しそうな顔をしたように見えたが、すぐに切なげな表情に戻った。

 今日は都合良く爺さんに会えただけで、どうせ明日以降はまた孤独……なんて考えているのかもしれない。

 本当は爺さんの仕事が休みの日を狙い、ゆっくり話し合う時間を設けた方が良かったのかもしれないが、俺はあえて今日を選んだ。母親……香夜子の心のスキマを埋めるだけでなく……

 

「……香夜子やうららに憑りつくはずだった駆け魂も、何とかしないといけないからな」



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第4話

 俺は手に握っていた『正直電波(新型)』を香夜子に向ける。電波を浴びせた人の心を揺さぶり、思っていることを話さずにはいられなくする道具だ。

 これだと自白剤のような道具と捉えられそうだが、実際には照れくさくて言いづらいようなことでも、相手に伝える勇気を生み出す道具と言った方が良いかもしれない。

 ()()とあるように()()の『ショージキデンパ』も存在するが、こちらはまさしく無理矢理白状させる道具なので、俺はあえて新型を選んだ。

 

「これで香夜子が抱える寂しさを爺さんに聞かせてやれば……」

 

 ピピピピピ……

 

「……っ!」

 

 電波を浴びせられた途端、香夜子はみるみる内に何かを堪えるような表情になる。恐らく電波の影響で、普段は抑え込んでいた寂しさや悲しさが溢れそうになっているのだろう。

 まさに俺の狙い通りの反応だ。ここから先は爺さんの対応次第だが、念には念を入れて第二の策の準備もしておく。

 

「香夜子さん……?」

 

「……寂しかった」

 

「え……?」

 

「ずっと孤独で……正晴さんもお義父様も帰ってこず、私のことを見ていなかった……」

 

「な、何を……」

 

「ずっと黙っていました……この立派な世界に、私が波風を立ててはいけないと……舞島を守る名家に嫁いだ身として、自分勝手なことを言ってはいけないと……誰にも心の内を話さず、ただひたすら……耐え続けました……」

 

「…………」

 

「……でも、もう限界なんです」

 

「……!」

 

「私が我儘を言っていることは分かっています。私の心が弱いことも、分かっています……でも……でも……! もう、孤独は嫌なんです……! 寂しいんです……! お義父様……正晴さん……私を、1人にしないで……!」

 

「……香夜子、さん」

 

「……原作では、この心のスキマを駆け魂に狙われたんだよな」

 

 香夜子は目に涙を溜めこみながら、爺さんに本音を打ち明けた。正直電波の力とはいえ、ずっと爺さんに伝えたかった気持ちには違いないはずだ。後は爺さんが香夜子の心情を理解して、行動を改めてくれれば……

 

「……申し訳ございません。私は……いえ、私達は、貴女を苦しめていたのですね」

 

「…………」

 

「ですが、みんな香夜子さんを愛しています! 正晴はもちろん、私も……!」

 

「……お義父、様」

 

「よし、このまま上手くいけば……」

 

「ただ、仕事の関係上……ずっと家に居続けるということは出来ません」

 

「ん?」

 

「香夜子さんのお気持ちは分かりました。ですが……私も正晴も多忙の身。どうしても、長期間家を空けてしまうことは避けられないでしょう」

 

「おい爺さん……」

 

「どうか、お許し下さい……私達が家に戻らない間は、柳を含む家の者を傍に……」

 

 そうじゃない。そうじゃないんだって。香夜子は爺さんや旦那にいてほしいって言ってただろ。いや、言わせたのは俺だけど。

 でも今のが香夜子の本音なんだよ。それは正直電波がたった今証明した。もちろん、爺さんが何もかも悪いと言うつもりは無い。爺さんには爺さんの都合もあるんだろうけど……

 だからって、この状況で相手の心情を否定するようなことを言ったら……

 

「……ぐすっ」

 

「っ!?」

 

「うぅっ……」

 

「か、香夜子さん……」

 

 ほら泣いた。そりゃ泣くよな。『一緒にいて』って言ったら『ごめん無理』って返されたようなものだからな。

 これはダメだ。香夜子に爺さんを説得させる作戦は失敗だな。仕方ない……用意していた第二の策でいくしかないか。原作の桂馬がうららに対して行った作戦を、俺なりにアレンジしただけだけど。

 爺さんは原作でも桂馬の突拍子もない話を信じていたし、多少飛躍した方法でも上手くいくはずだと思って考えた策だ。

 俺は爺さん達から少し離れた位置に立った後、用意していた『透明マント』を被り、あえて『石ころぼうし』を脱ぐ。ここから先は俺が爺さん達と会話する必要があるからな。

 

「あ~あ、泣かせたな爺さん」

 

「だ、誰だ!?」

 

「……え?」

 

「折角香夜子さんが頑張って胸の内を曝け出したのに……」

 

「声だけが……ど、どこだ! 出て来い!」

 

「…………」

 

「ここだよ」

 

 俺は透明マントを脱ぎ、すかさずポケットにしまう。こうして不思議な現象を目の前で見せておけば、少なくとも『ただの迷い込んだ子供』と思われることは無いはずだ。

 

「っ!? い、いつからそこに……!」

 

「ついさっき。香夜子さんが『寂しい』って言ったところからだ」

 

「……!」

 

「……私が部屋に入ったところからか」

 

 もちろん姿を現した途端に襲われたらひとたまりもないので、予め腹に『厄除けシール』を貼っておいた。このシールを体に貼っておけば、あらゆる災難から逃れられる。

 原作でもドラえもんがこの道具の性能を証明する為に、のび太にわざと災難を起こそうとしたが、偶然を積み重ねることでのび太を災難から守りきるほどの性能だ。

 すなわち、このシールを貼っている限りは俺の安全が約束された状態となる。実際に爺さんが不審者である俺に攻撃してこないのも、多分シールのお陰だろうな。もしくは俺がどう見ても3歳児だから、無意識の内に油断してるだけかもしれないが。

 

「あ、貴方は一体……」

 

「…………」

 

(……落ち着け。狼狽えるな……突然目の前に姿を現したんだ。少なくとも、ただの子供では無いだろう……ここは冷静に……)

 

「……目的は何だ? 何を企んでいる?」

 

「気になるか?」

 

「「…………」」

 

「沈黙は肯定と受け取る。そうだな……まずはこれを見てほしい」

 

 そう言いながら、俺は予め『透明ペンキ』で透明にしておいた『タイムテレビ』に触れる。最初は『片付けラッカー』を使おうと考えたが、こちらは4時間で効果が無くなるので透明ペンキを選んだ。いくら何でも説得に4時間以上かかるとは思えないが、リスクは少ない方が良い。

 とは言え、透明ペンキは効果が永続する代わりに水で洗えばすぐに落ちるという弱点もある。だけど流石にこの部屋が水で溢れるなんて超展開にはならないだろ、うん。厄除けシールも貼っているし。

 『ヒミツゲンシュ犬』を使っているとはいえ、必要以上にひみつ道具を見せつけることは避けたい。原作で桂馬の味方だった爺さんはまだしも、香夜子が信用出来るとは限らない。

 念には念をとタイムテレビを見えなくすることで、今から見せる映像の仕組みや、さっき透明マントを脱いで爺さん達の目の前に突然現れたことを突っ込まれても上手く誤魔化せるようにした。

 

「今から映し出す映像は、爺さん達が辿るであろう未来だ。かなり凄惨な内容だから、覚悟して見てほしい。そして、その映像こそが……俺がここにやって来た理由でもある」

 

「未来……?」

 

「あの、どういう……」

 

 タイムテレビは、単純にこれから先に起こる出来事……俺達が歩むことになる未来を見るだけでなく、別の可能性未来(パラレルワールド)を見ることも出来る。この機能を使い、爺さん達に『原作の未来で起こった事件』を見てもらおうというわけだ。

 ただし、普通に映し出すだけでは小さな四角い画面が浮き出るというシュールな光景になってしまう。そこで説得力……と言う名の迫力を持たせる為、立体映像方式に切り替えておいた。

 これで爺さん達の目の前に、駆け魂が宿った香夜子が暴れ回る場面や、爺さんが悪魔との死闘で下半身をもがれる場面が立体映像で鮮明に映し出される。

 多少強引な手段ではあるが、ここまですれば流石に爺さんも香夜子の言う通りにしてくれるはず…… 




 ストックはここまでです。思った以上に展開を進めるのが難しい……!


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第5話

「……いくぞ」

 

「「…………」」

 

 スイッチを入れた瞬間、『タイムテレビ』が原作で起こった事件を、まるで目の前で起きていることのようなリアルさで映し出す。

 俺自身も、あまりの惨さに言葉を失う。原作では描かれていなかった事件の全貌を、白黒の紙媒体では無く……何もかもが現実と変わらない『出来事』として飛び込んでくる。

 

「香夜子、さん……!?」

 

「あ、あれが……私……? 嘘、嘘よ……!」

 

 駆け魂に憑りつかれ、負の感情を剥き出しにして暴れ狂う立体映像の香夜子。その姿はもう人間ではなく……悪魔そのもの。

 異変に気づき、止めに来た旦那をも切り刻む。鮮やかな色をした血が、辺り一面に飛び散っていく。

 

「ま、正晴が……そんな、あ、あ……!」

 

「……うぶっ」

 

 香夜子が吐き気を催し、口元を手で押さえる。無理も無いな。正直、事情を知っている……いや、知っていた()()()だった俺も……体の震えを抑えるので精一杯だ。

 漫画とは訳が違う、正真正銘『現実』での出来事。元は漫画で描かれた話だと、心のどこかで一歩引いた目線で見ていた俺に……強烈なプレッシャーを与えてくる。

 だが、ここで俺がダウンするわけにはいかない。このまま放っておけば、この世界でも……実際に、この映像の出来事が起こってしまう。

 その悲劇を回避することが出来るかは、まさに今の俺……いや、俺達に懸かっているはずだ。

 

「「…………」」

 

(……2人共、絶句してるな。俺もだけど)

 

 香夜子や旦那……正晴を殺した悪魔、いや、駆け魂に復讐しようと、全てを悪魔討伐に捧げる立体映像の爺さん。

 その裏で、寂しげな表情を見せるうらら。確か原作だと『爺さんの為に大人になりたい』という思いが心のスキマになったんだよな……

 そして、ついに悪魔と直接対決に臨む場面が映し出されるが……

 

「……っ! あ、ぁ……っ!」

 

「何だ、これは……周りは、死体だらけ……それに、私の体が……」

 

 工事現場の奥で起きた地獄絵図とも言える戦い。その果てに、無残な姿で死を遂げる立体映像の爺さん。

 もう、目を背けたくなるほどの凄惨さだ。今まさに命の灯が消えた、映像の爺さんの顔も……絶望に染まっている。

 それを間近で見た、実際の爺さんや香夜子も……顔面蒼白で、体を震えさせている。特に香夜子は、衝撃的な映像の連続に……今にも気を失いそうにしている。

 肝心の爺さんも、流石に平常心を保てるほどの余裕を無くしているように見える。

 俺自身も、叫びたくなりそうな恐怖を抑えるので精一杯だ……映像を見せた俺がこんなにダメージを負っているようじゃダメなのは分かっていても、これは……

 

「……以上が、これから起こるであろう未来だ」

 

 震えそうになる声を気力で抑え、爺さん達に話しかける。ここからが本番だ。何としてでも、香夜子の心のスキマを埋める為にも、爺さんには香夜子の希望を聞いてもらわなければならない。

 でないと、香夜子も正晴も……場合によっては、爺さん自身も……死んでしまうのだから。

 

「…………」

 

「こ、こんな馬鹿なことが……」

 

「爺さんも聞いてただろ? 香夜子さんの気持ち……暴れている間、泣きながら『寂しかったのに! 辛かったのに!』って……」

 

「…………」

 

(そう、だ……私達の前で殺人を犯してしまった香夜子さんは……ずっと、叫び続けていた……『どうして私を見てくれないの? どうして私を1人にするの?』と……)

 

「このまま爺さんが……いや、爺さんや正晴さん達が家を空け続ければ……いずれこうなる。いや、本当は……今日この日、まさに映像で見せた事件が起こる()()()()()

 

「「なっ……!?」」

 

「さっき言ったよな? この映像こそが、俺がここに来た理由だって……」

 

「「…………」」

 

「……俺は、この事件を未然に防ぐ為に来た。爺さんが今日だけ妙に早く帰宅出来たのも、俺の仕業だ」

 

「えぇっ!?」

 

「な、何だって!? どうやってそんなことを……」

 

「企業秘密……と言いたいところだが、まぁ、超能力みたいなもんだ」

 

 ひみつ道具の存在はまだ話すわけにはいかない。例え爺さん達が信用出来る人間だとしても、ひみつ道具について全てを話すのは必要最小限の人数にしておきたい。

 だが、あんな立体映像を見せた上に『俺が裏で色々してました』とか言っといて『至って普通の凡人です』等という言い訳も通用するはずがない。

 もちろん『うそつ機』等を使えば、そんな無茶な理屈でも信じ込ませることが出来るが……原作キャラ、それも味方相手にそんな手段は取りたくない。

 そこで『超能力』ということにしておけば、ひみつ道具の存在をバラさず、俺が特別な力を行使出来ることだけは伝えられる。

 ひみつ道具の存在さえバレなければ、多分何とかなる……と思う。結構思い切った作戦だけど、大丈夫だよな?

 

「それより、爺さん……頼む。香夜子さんを……1人にしないであげてほしい」

 

「……!」

 

「本当は、香夜子さん自身に説得してもらうつもりだった。さっき、いきなり香夜子さんが爺さんに寂しさを訴えただろ? あれも俺がやったことだ」

 

(あ……それでさっき、私は……急に本音を打ち明ける気になったのね……)

 

「すまない。いきなり俺が話を持ちかけるより、香夜子さんが直接言った方が……爺さんも、ちゃんと対応してくれると思ったんだ。結果は見事に玉砕したけど」

 

「……すまなかった」

 

「いや、爺さんの言い分も分かる。でも、それほどまでに香夜子さんは追い詰められてたんだ。爺さん。仕事の量を減らすなり工夫して、何とか香夜子さんとの時間を増やせないか?」

 

「…………」

 

「散々怪しいことをしておいて、いきなりこんなことを頼むのは……自分でも、どうかしてるとは思う。でも……爺さん達を不幸にしたくないのは、本当なんだ。どうか……頼む……!」

 

 頭を下げる。ここからは賭けだ……原作で桂馬の話を信用した、爺さんの良心を信じるしかない。

 

「…………」

 

「お義父様……」

 

(正直、これでも無理なら俺が何とか爺さんの仕事量を減らすか、それとも……あまり乱用したくない手段だけど、1度時間を巻き戻して別の策を練るしか無い、か。爺さん1人に出来ることにも、限界があるだろうし……)

 

「……分かりました」

 

「……!」

 

「……ん? 今、何て……?」

 

「ですから……私の方で、業務時間についてを死ぬ気で話し合ってみます。そして、香夜子さんが身分を気にせず行動出来るよう……何とかします。

 最悪、今までよりも白鳥家の規模が縮んだとしても……正晴と共に、香夜子さんとの時間を増やしてみせます」

 

「……そうか。でも、俺が言うのも何だけど……信じてくれるのか? いくら映像を見せたとはいえ、こんな電波な話を……」

 

「……君の正体は分からない。それでいて、不思議な力を持っている……けれど……」

 

「……けれど?」

 

「……君は、信頼出来そうです。私や香夜子さんのことを、本気で考えてくれていたんですよね? でなければ、わざわざここまでしてくれるはずは無い。その不思議な力を使って、白鳥家を崩壊させたり……乗っ取ることも出来たと思います」

 

「…………」

 

「でも、君は私達に警告してくれた。このままではダメだと、忠告してくれた。少なくとも、私は……君が悪い人とは、思えません。

 君のお陰で、香夜子さんや正晴を……失わずに済みました。君は……私の、正晴の、そして香夜子さんの……命の恩人です」

 

「……爺さん」

 

「ありがとう……本当に、ありがとう……!」

 

「私も……正晴さんや、お義父様の……そして、私のことを救ってくれて……ありがとう……!」

 

「香夜子さん……こちらこそ、俺のことを信じてくれて……ありがとう」

 

 どうやら、第二の策は上手くいったようだ。それどころか、お礼まで言われてしまうとはな……原作でも味方だった爺さんは、この世界でも……信じてくれた。

 ただまぁ、爺さんはある程度原作で性格を把握していることもあったので、驚きは少なかった。それ以上に、香夜子も俺のことを信用してくれたのは……素直に嬉しい。

 良かった……これでうららが両親を失い、爺さんも失う未来は……無くなったんだ。

 

(俺は、救えたのか……原作の桂馬でも、どうすることも出来なかった……うららの両親を……)




 何だか妙にシリアスが続く……次こそは日常編を書きたい……!


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第6話

(さて、これで爺さん達が死ぬ未来は回避出来たはずだ。後は駆け魂だな……)

 

 外に()()をしておいたとはいえ、相手は駆け魂……古悪魔(ヴァイス)だ。いくらひみつ道具が悪魔相手に有効でも、実際にこの目で確かめないと安心出来ない。万が一、俺が駆け魂を逃がして別の人間に憑りつくようなことがあれば大変だ。

 

「……行ってしまわれるのですか?」

 

「え?」

 

「まだ、聞きたいことが……」

 

「…………」

 

「……どうして、私達を助けてくれようとしたのですか?」

 

「…………」

 

「貴方はさっき、未来での惨劇を回避することが目的だと言ってくれましたよね? 実際に、貴方は私や香夜子さん達の……命の恩人です。

 ただ、どうしても分からないことがあります。貴方が、私達を救わなければならない……何か重大な理由や、決定的な何かがあるのですか?」 

 

「…………」

 

「それとも、何のメリットも無いにも関わらず……私達を、救って下さったのですか?」

 

「…………」

 

 そう、だよな。普通……疑問に思うよな。いきなり謎の子供がやって来て、唐突に怖い未来を見せて……

 挙句『お前達を救いに来た』だなんて言い出せば……爺さん達からすれば『どうして?』と思うよな。

 でも、流石に『転生したと思ったら原作主人公に憑依してしまったので代わりに救いに来た』なんて話せる訳が無い。いくら何でもふざけてると思われるよなぁ……さて、どうするか……

 

「……ただの気まぐれだよ」

 

「「……!」」

 

「俺が『助けたい』と思ったから助けた。ただそれだけだ」

 

 結局、こう答えるしか無かった。原作のように、エルシィやドクロウを高校で活動出来るようにしてもらったり、女神の保護を協力してもらいたい等の言い訳も考えたが……

 そう伝えれば、多分『いやいやお前の力で何とか出来るだろ。未来見えるんだから』と追及されてしまうだろう。

 実際にさっき『タイムテレビ』で未来の映像を見せたばかりだもんなぁ……それに、言い訳として言ったところで……

 

「「…………」」

 

「いや、そんな綺麗な感じじゃない……俺のエゴだ」

 

 これはあながち間違いでも無い。俺は、原作の桂馬が関わり、尚且つ味方だった人間は可能な限り助けるつもりだが……それ以外の人間には、極力関与しないと決めている。

 実際、うらら達の事件が原作に一切描かれていない、物語の裏で起きた悲劇だとしたら……俺は間違いなく、助けようとは思わなかっただろう。

 それ以前に、原作からかけ離れた歴史を作りたくないというのもある。ただでさえ『○×占い』で『俺が桂馬と同じ方法で事件を解決しても、原作と同じ歴史にはならない』という結果が出ているのだ。

 下手に原作と無関係の人間に手を出して、原作知識がまるで役に立たないほど歴史を歪めてしまうのは避けたい。

 ……まぁ、それを言ったら俺が桂馬として転生した時点で、既に原作とかなり違う歴史になってるけどさ。

 

「……エゴ」

 

「そう。だから、爺さん達はそんな重く捉えることは無いんだ。俺が勝手にやっただけのことだからな」

 

「……そう、ですか」

 

(……子供が見せる表情とは思えない。何か、他人には言えないような物を……背負っているように見える。だが、ここで追及しようとしても……きっと、教えてくれないだろう。なら、せめて……)

 

「……最後に、1つだけお尋ねしても良いですか?」

 

「…………」

 

「貴方は、一体……何者なのですか?」

 

 原作の桂馬は一応名乗っていたが、どうしようか……爺さんは10年間、ずっと桂馬の味方として裏で動いてくれた人間だし、信用出来ると思って良い。

 ひみつ道具のことを教えるわけにはいかないが……まぁ、名前くらいなら大丈夫だよな?

 

「……桂木桂馬。さっきも言ったが、少し不思議な超能力が使えるだけの……しがない子供だ」

 

「「桂木、桂馬……」」

 

「……じゃあな。爺さん、香夜子さん達との時間を大切にしてあげろよ? そして香夜子さん、爺さんや正晴さんと仲良くな?」

 

「……もちろんです。肝に銘じ……おや?」

 

「はい。悪魔を呼び寄せないほど絆を深め……あら?」

 

「「…………」」

 

((いなくなった……さっきみたいに、姿を消して……?))

 

「……桂馬君、でしたか」

 

「えぇ。私もはっきり聞きました」

 

「……香夜子さん」

 

「……はい」

 

「「あの子には……改めて、お礼をしないといけませんね。ふふ……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、確かこの辺りに……あったあった」

 

 俺は爺さん達の前で『透明マント』を被った後、()()を施した場所へ向かった。爺さん達の問題を解決しても、まだ駆け魂が残っている。

 恐らく香夜子に憑りつこうとしたところに俺がやって来て、心のスキマを埋めた。となると、行き場を失った駆け魂は空を漂っているはず……そう考えた俺は、香夜子の部屋に入る前に……

 

「……これを設置しておいたんだよな」

 

 部屋から少し離れた場所に佇む『四次元ペットボトル』を見る。ボトルの中に何でも吸い込んでしまう道具だが、元々は大長編『ふしぎ風使い』の悪役が使っていた道具で、厳密にはドラえもんが出した道具では無い。

 勾留ビンが無く、そしてビンを使えるエルシィ達もいない以上、駆け魂を捕まえるにはひみつ道具の力を頼るしか無い。

 ただ吸い込むだけの道具なら他にもあるが、この四次元ペットボトルは相手が霊体でも問答無用で吸い込んでしまうのだ。

 ○×占いの結果を信じるなら、駆け魂もこの道具に吸い込まれるはず。予め『タイム虫メガネ』で駆け魂がどこからやって来るかも確認しておいたので、ボトルの設置場所も完璧だ。

 

「どれどれ……やっぱり、そのままじゃ見えないか。俺、まだ協力者(バディー)じゃないもんな」

 

 中を覗いても、何も見当たらない。正確には、万華鏡を動かしたような黄色い光景が広がっているだけで、駆け魂らしき物はどこにも無い。

 

「一々『これ』を使わないといけないのも面倒だよな……」

 

 俺はポケットから『正体スコープ』を取り出す。大長編『創世日記』に登場した道具で、このスコープで覗けば、あらゆる怪奇現象を完全解明出来る。

 この道具越しに見れば、駆け魂はもちろん原作の桂馬が認識出来た超常現象を、今の俺でも確認出来るのだ。さっきタイム虫メガネを使った時も、この道具を併用して駆け魂を見つけ出した。

 

「えーと……うわっ!? 目の前にいたのかよ!?」

 

 スコープで覗いて見ると、レンズ一面に映し出された駆け魂が視界に飛び込んできた。恐らく四次元空間からの脱出を試みているのかもしれないが、もちろん不可能だ。

 俺がペットボトルから出してやらないと、中に吸い込まれた物は自力で脱出することが出来ない。事前に○×占いで調べておいたので確かな情報だ。

 

「暴れるなって。どうせお前は原作でもエルシィに捕まえられるんだ。ビンの中か四次元空間の違いだし、潔く諦めろ」

 

 駆け魂が何やら喚いているが、そんなことは無視してボトルをポケットにしまい込む。とりあえずこの駆け魂は俺が保管しておき、いずれ知り合うであろうドクロウやエルシィ達に処理を頼むつもりだ。

 もちろん俺が自分で地獄に送還しても良いが、わざわざサテュロスに俺の力を見せつけるような真似をするのもアレなので、あえて保管することにした。

 

「今回の事件はこれで解決……だよな?」

 

 後のことは俺が特にフォローすることも無いだろう。エルシィやドクロウが舞島学園で活動出来るようにすることは、ひみつ道具を使えば何とかなる。

 女神の保護についても、下手に爺さんが匿うより俺が匿った方が安全だ。その気になれば、地球を飛び出して遠い宇宙や別の次元(パラレルワールド)へ避難させることも出来るからな。

 さっき爺さん達から『助けた理由』を聞かれた時、エルシィ達や女神を理由にして言い訳しなかったのも……自力で何とかしようと考えていたからだ。

 

「よし、部屋に戻って寝るか……ふわぁ……」

 

 うらら達の不幸は回避出来たことを確信し、俺は目を擦りながらどこでもドアで自室に帰る。

 時間は既に夜11時。両親は、白鳥家に向かう前に『グッスリガス』で眠らせておいたので、俺がいないことで騒ぎになっている心配は無い。

 それよりも、俺自身の眠気がそろそろ限界なのだ。やはり3歳の体の影響は大きい。現状確認の時は昼寝していたお陰で眠くなかったが、今日は緊張していたせいでロクに昼寝も出来なかったからな……

 その気になれば『眠くならない薬』や『睡眠圧縮剤』で睡眠時間を削ることも出来るが、やはり眠れる時は寝ておくに越したことは無い。

 

「パジャマに着替えるのもめんどくさい……おやすみ……すぅ……」

 

 ベッドに入り、そのまま目をつぶる。すると、さっきまで緊張していたせいか……猛烈な勢いで睡魔が襲ってくる。

 これでしばらくは何の事件も起きないはずだ。次はドクロウとの出会いや香織が起こす事件だが、それは後4年も先のこと。その間はゆっくり天理と遊んだり、仲良くなろう…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた。ここから4年間は、特に何も無く天理と日常を過ごすものだと思っていた。

 でも、現実は違った。俺はどこかでヘマをしでかしてしまった。多分、いや、間違いなく。そうでなければ、こんな状況にはならないだろう。

 

「ねーねー! ケイちゃん! うららを宇宙に連れてってー!」

 

「美生、おっきくなりたいー!」

 

「あ、あの……結は、その……」

 

「…………」

 

 ……どうしてこうなった。




 シリアスは一旦終了! やっと日常編です。


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第7話

 ……ありのまま、今起こったことを話す。

 俺は白鳥家の事件を未然に防いで安心していたら、目を輝かせたうらら達に囲まれていた。

 何を言っているのか分からないと思うが、俺も分からん。

 

「宇宙ー! 宇宙に行きたいですわー!」

 

「背を伸ばしてー!」

 

「うぅ……」

 

「…………」

 

 俺は現在、3歳のうらら・美生・結に……いや、正確にはうららと美生の2人にグイグイ引っ張られている。一体何故こうなってしまったのかというと、事の始まりは数時間前に遡る――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……よく寝たな……」

 

 子供の体はすぐ眠くなってしまう。眠気と戦いながら深夜まで行動するのは、ひみつ道具無しでは至難の業だ。

 その分寝つきと寝起きは大人と比べ物にならないほど良く、悪夢さえ見なければ毎朝気持ちよく目覚めている。

 今日は休日だが、やはり子供は早起きだ。午前7時だと言うのに、頭がスッキリしている。前世では休日なんて昼過ぎまで寝ていたというのに……

 

「「――!? ――」」

 

「……ん? 何か外が騒がしいな……」

 

 幸い夕べは私服のまま寝てしまったので、少しボサついた髪だけ整えて部屋から出る。するとどうやら、両親が玄関で誰かと言い合いになっているようだ。

 何かあったのだろうか? まさか何かの事件が? いやでもこの時期はうららの両親が死ぬ事件くらいしか覚えが……

 

「あっ、桂馬! アンタこれどういうこと!?」

 

「そうだぞ! どうして俺達に黙ってたんだ! 立派なことをしたのに!」

 

「お、お父さん、お母さん? 何の話…………ん?」

 

「おや、桂馬君。およそ半日ぶりですね」

 

「意外と近くに住んでいらっしゃったんですね」

 

「おぉ! 君が娘を助けてくれた桂馬君か!」

 

「…………」

 

 ……おいちょっと待ってくれ。え? 何で爺さん達が? 何故に? いや待て待て整理させてくれ。何で爺さん達がここに? 俺何かやらかしたか? いやそんなはずない。自宅を特定されるようなヘマは……

 

 

『桂木桂馬。さっきも言ったが、少し不思議な超能力が使えるだけの……しがない子供だ』

 

 

 そういえば俺、爺さん達に名乗ったな……いやいやいや! 名前だけだぞ!? いくら何でもそれだけですぐ特定されるわけが……

 

「息子が恩人……本当なんですか?」

 

「はい、お宅の息子さんには本当に助けられました」

 

「幸い、桂馬君が名前を教えてくれましたので、是非お礼に参ろうかと……」

 

「娘の恩人とあらば、白鳥家の総力をかけて探し出しますよ! 意外と近くにいらっしゃって安心しました!」

 

「……あ゛」

 

 そうだよ! 爺さんは確か原作でも桂馬の代わりに女神の宿主達の住所を探し当ててたじゃないか! 迂闊だった! と言うよりすっかり忘れてた!  

 白鳥家の……権力? とにかく、それっぽい力を使えばそりゃ特定されるわ! 原作知識持ってて初っ端からこれかよ!? 俺の馬鹿ぁっ! 

 

「……今の御二方の反応で、おおよその判断がつきました。桂馬君のお父様とお母様は、貴方の超能力をご存知ありませんね?」

 

「御二方には、あえて『うららが車に轢かれそうになった所を、貴方が手を引いて助けてくれた』と切り出してみましたが……どうやら、私達の対応は正解だったみたいで何よりです」

 

「……いや、まぁ、そうだけど」

 

 正晴が両親とあれこれ喋っている間に、爺さんと香夜子が俺に対し小声で話しかけてくる。

 確かに両親にはひみつ道具のことを話していないが……そんなことより! 俺、昨日言ったよな? あくまで俺のエゴだから重く捉えなくて良いって。

 仮に恩義を感じたとしても、深夜の間に住所特定からの朝一訪問とか行動力あるってレベルじゃないだろ!?

 

「すみません、少々強引な手段を取らせていただきましたが……」

 

「……改めて、お礼を言いたかったんです。私や正晴さん、そしてお義父様を救っていただいたことを……」

 

「…………」

 

 2人の真剣な顔に、何も言えなくなる。冷静に考えれば、いくら俺が『気にしなくて良い』と言ったところで、すぐに切り替えるのは無理な話ではある。

 実際、俺も爺さん側の立場になってみれば……確かに『不思議な力で自分を救ってくれた命の恩人』と思ってもおかしくは無い。

 もしくは『助けてもらったのは嬉しいが、得体のしれない力を持つ怖い奴』……爺さん達は前者、か?

 

「一応、正晴には本当のことを話していません。いくら何でも証拠が無ければ信じないでしょうから」

 

「何とか嘘の話を作りましたが、正晴さんを騙すのは……少し、胸が痛かったです……」

 

 それはまぁそうだろうな。俺が目の前で実践してみせた爺さん達はともかく、いきなり『私達、超能力を使う少年に助けられました!』なんて話してもなぁ……

 多分『親父、ついにボケたか……』とか『俺が寂しくさせたせいで香夜子の精神が!?』と思われるだけだろうし。

 

「ですが、その……1人、信じてしまった子がいて……」

 

「信じてしまった子……」

 

 まさか……うららか? うららだな? 間違いなくうららだよな? 原作でも桂馬の宇宙人設定を信じたレベルだ。超能力なんて話を聞いて興味を持たない訳が無い。

 というかうららに話したのかよ! 『ヒミツゲンシュ犬』の力を信じるなら、超能力の正体がひみつ道具であることはバレないはずだけども……

 

「孫が是非会いたいと言ったので、どうか一緒に来てくれませんか!?」

「娘が是非会いたいと言ったので、どうか一緒に来てくれませんか!?」

 

「孫と娘以外完全一致でハモるな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……まさか客として来ることになるとはな)

 

 俺は結局、爺さん達の怒涛のお辞儀ラッシュに根負けし、再び白鳥家を訪れることになった。

 両親は正晴の『どうか息子様にお礼をさせて下さい!』という、これまた怒涛のお辞儀ラッシュで納得していた。

 いくら名門家の名前を出しているとはいえ、初対面の人間にあっさり息子を預けて良いのかと思ったが、誘拐にしては堂々とし過ぎてるので逆に疑わなかったらしい。

 

(にしても、昨日会ったばかりの得体の知れない少年を娘、孫に会わせるかね……一応名の知れた家だよな?)

 

 車の中で聞いた話だと、うららには俺のことを直接話した訳ではなく、爺さん達が俺のことを話していると、偶然トイレで起きて来たうららに聞かれてしまったらしい。

 誤魔化そうとも思ったが、どうせならお礼ついでに俺とうららに仲良くなってもらおうという結論に至ったという。

 そこは普通に誤魔化せよと言ったら、満面の笑みで『貴方なら、うららの良いお友達になってくれそうだと思ったんです』と返された。

 う~ん、原作を見る限り、爺さんの人を見る目は確かなんだろうけど……信用され過ぎるのも考え物だな。

 

「着きました。どうぞ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 使用人……で合ってるよな? それらしき人に扉を開けてもらい、一先ず車から降りる。目の前には相変わらずデカい屋敷……前世でもこんな所に来ることはまず無かったな……

 

「お父様~! お母様~! お爺様~!」

 

「……!」

 

 なんて考え事をしている内に、元気な女の子の声が聞こえてきた。原作より更に小さいが……間違いない。こいつがうららか。

 3歳にしては明瞭に話しているのは白鳥家の教育の賜物なのかね? その辺りはイマイチ分からないが。

 

「わぁ~! この子がお母様達が言ってたちょーのーりょくしゃですの!? 初めまして! 白鳥うららですわ!」

 

「「っ!」」

 

「……初めまして。桂木桂馬だ」

 

 おい爺さんに香夜子さん。うららに黙ってるよう言い聞かせ……いや無理か。3歳児だし。

 仮にしっかり話し合っても、興奮したり驚いたりすればどこかでボロが出るよな。でもそこまで心配することでも無いか。子供が唐突にそんな出鱈目なことを言ったとしても……

 

「超能力? 違うぞうらら、恩人だ! まぁ、桂馬君がうららの近くに偶然居合わせた奇跡は超能力と同じくらい凄いけどな!」

 

「え? おんじん?」

 

「そうだ。ほら、桂馬君にお礼を言いなさい! 『ありがとうございます』って!」

 

「んぅ……あ、ありがとうございます……?」

 

 とまぁこんな感じで、普通なら本気にされないわけだ。正晴もうららの発言を特に気にすることも無く、単に言い間違えたと思ったのか訂正して頭を撫でてるだけだし。

 うららが少しお礼を言いづらそうにしているのは、多分俺が『超能力者』と聞いたうららと、『恩人』と聞かされた正晴の認識のズレかもしれない。

 

「「……ホッ」」

 

 対する爺さん達2人はめっちゃ動揺してたな。うららの超能力発言で動きが止まったと思ったら、今度は露骨に胸を撫で下ろしてるし。

 爺さんも香夜子も、そういう表情や動揺を隠すことは上手そうだけどな……俺の勝手なイメージだけど。

 

「……正晴。私達は桂馬君を部屋に招くから、お前は車を車庫に戻して来てくれるかい?」

 

「分かった! それじゃ桂馬君、また後でな!」

 

 露骨に息子を遠ざけようとしている爺さんだが、当の正晴は事情を知らないせいか素直に車庫へ向かった。

 昨日、部屋にいなかったが故に除け者のような扱いだな……とりあえず、心の中でごめんと謝っておく。

 

「さぁケイちゃん! うららとお部屋に行きましょう!」

 

「『ケイちゃん』?」

 

「そうですわ! 貴方のお名前が桂馬だから、ケイちゃん!」

 

「……じゃあ、俺は『うらら』って呼べば良いかな?」

 

「うん!」

 

 ……一応原作通りではあるが、『ケイちゃん』は確か原作の桂馬が『キララ星のケイ』と名乗ったことがきっかけのはず。まぁ、3歳と7歳じゃ考え方や思考も違うだろうし、特に気にすることでも無いか。

 俺はそのまま爺さん達やうららに連れられ、屋敷の中を案内されていく。この後、更なる想定外の出来事が待ち受けているとも知らずに……




 香夜子さんは主人公に対し、敬語かタメ口かで悩みましたが……
 非常に恩義を感じていますし、ただの少年では無いと認識しているので敬語でいきます。
 3歳児に敬語を使う成人女性という構図も中々シュールではありますが。

 正晴さんと桂一さんのキャラは捏造です。
 桂一さんは結局原作でほとんど描かれないままでしたし、正晴さんは正太郎さんと香夜子さんの回想で名前だけ出ていましたが、台詞は無かったような……
 見落としていたら申し訳ありません。

 ひみつ道具が全く登場しないまま終わるという事態。次こそは何とか……!


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第8話

 トゥルルルルル……

 

「おや?」

 

「…………」

 

 爺さんからけたたましく鳴り響くコール音。顔を向けるとそこには、少し大きめの携帯電話が画面を光らせている。これは……十中八九、仕事関係の電話だろうな。

 

「……すみません。昨日、貴方から注意してもらったばかりだというのに」

 

「いや、それは仕方ない。向こうは俺達の事情なんて知らないはずだからな」

 

「……お義父様」

 

 香夜子が不安そうに爺さんを見つめる。それとは対照的に、爺さんは笑顔を向けながら、香夜子と向き合う。

 

「香夜子さん。貴女と桂馬君との約束は、必ず果たします。このタイミングで電話がかかってきたのは、むしろ好都合です。

 今から彼らに、これから私の仕事を……いえ、()()の仕事を減らすよう交渉します。もう、香夜子さんに寂しい思いはさせません」

 

「あ……!」

 

 爺さんの力強い言葉を聞いて、香夜子は顔をほころばせる。相当嬉しかったんだろうな。

 

「それでは香夜子さん。私は少し外しますが、桂馬君とうららをお願いします。出来る限り早く終わらせますから」

 

「はい。ではうらら、桂馬君。参りましょうか」

 

「うん! ほらケイちゃん! 早く早く!」

 

「分かった分かった。だから腕を引っ張るな痛い痛い!」

 

 俺は爺さんが電話で話している様子を眺めながらも、うららに引きずられていく。

 距離が離れて爺さんの声が聞こえなくなったが、真剣な表情はまだ見える。

 あの様子なら、きっと大丈夫だろう。香夜子の為に、頑張って交渉してくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では私はお茶菓子の用意をしてきます。うらら、桂馬君に失礼の無いようにね?」

 

「はーい!」

 

「いや、お構いなく」

 

「そういう訳にはいきません。桂馬君は私達の恩人なのですから。我が家だと思ってくつろいで下さいね?」

 

 そう言うと、香夜子は部屋から出て行った。そこまで気を遣わなくても良いんだけどな。

 にしてもこんな立派な屋敷を我が家と思うのは無理だ。どう見ても旅館か何かとしか思えない。

 

「ねーねーケイちゃん! ちょーのーりょく見せて!」

 

「…………」

 

 いきなりド直球投げつけてきますね、うららさん。ひみつ道具のことは、あまり大っぴらに見せびらかす訳にはいかないのだが……

 

「わくわく! わくわく!」

 

「…………」

 

 子供の純粋無垢な目は大人の弱点だと思う。この輝いた瞳に抗える奴はいるのか? いたとしたらそいつは勇者だろうな。少なくとも凡人の俺には無理だ。

 尤も、うららのような子供なら、ひみつ道具と言う名の超能力を見せたところで周りに広まることも無いだろうし……

 仮に誰かに言いふらそうとしても、さっきの正晴のように相手にされないだろう。故に、うららや爺さん達以外の人間にひみつ道具がバレることは無いはず! え? フラグ? 無い無いそんな訳無い。

 

「……はぁ。特別だからな? 誰にも言うなよ?」

 

「やったー!」

 

「で、何がしたいんだ?」

 

 原作なら『大人になりたい』か『宇宙に行きたい』の二択だろうけど、今は違う。香夜子も正晴もピンピンしていて、俺は別に宇宙人と名乗った訳では無い。となると、今のうららの望みは見当もつかない。微笑ましい希望なら良いんだが……

 

「宇宙に行きたいですわー!」

 

「…………」

 

 子供舐めてた。子供なら大人の常識や考えなんて軽々飛び越えちゃうよな。いやでも何故に宇宙!? 何で変なとこだけ原作通り!? そんな律義さいらないから!?

 

「……何で宇宙に行きたいって思ったんだ?」

 

「え? だってちょーのーりょくしゃって、うちゅーじんみたいなものじゃないですの?だったら宇宙に連れてってほしいな~って……」

 

「…………」

 

 全然違うと思うのは俺だけでしょうか。ってそんなことより、いきなり宇宙行くなんてレベル高過ぎるわ!! あれか? 『宇宙開拓史』か? 『宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』か!? それとも『銀河超特急(エクスプレス)』か!?

 それ最早『神のみ』じゃないって! SFか何かの別作品……いや俺ひみつ道具持ってるし『大長編ドラえもん』じゃん!!

 

「ねーねー! 宇宙に行きたいですわー!」

 

「…………」

 

 このままだと、うららはずっと駄々をこね続けるだろうな……ひみつ道具で無理に落ち着かせることも出来るが、そういう強硬手段はやっぱり取りたくない。人の心につけ込むなんて……やっていることが駆け魂と同じだ。

 しかしそうなると、うららを納得させるには宇宙に連れて行ってやるしかないわけだが、3歳児に宇宙旅行は色々な意味で危険過ぎる。

 せめて話が通じるであろう、のび太達と同い年くらいならまだしも……うーん、どうしたものか……

 

「……分かった。少しだけだからな?」

 

「本当!? やったー!」

 

 考えに考えた末、俺は誤魔化すことを選んだ。うらら、ごめん。でも、流石にまだダメだ。最低でも小学生……それも4年生以上になってからじゃないとなぁ……

 それ以前に、原作が始まってすらいない段階で、宇宙旅行なんてぶっ飛んだことはさせられない。原作の流れを変えるにしても、それは原作キャラの不幸を救うこと。それ以外の改変は極力控えるべきだ。

 俺はうららに背を向けて、ポケットから『ある道具』を取り出す。

 

(とりあえず、映す風景は銀河系の中心的な感じで良いか……)

 

 スイッチを押すと、部屋の景色が一瞬の内にガラリと変わる。眩い光で包まれたかと思いきや、見渡す限りの大宇宙。辺り一面星景色だ。

 

「わ、わあああああっ! 凄い! 凄いですわ! 宇宙ですのおおおおおっ!」

 

 うららは念願の宇宙に行く……気分を味わうことが出来、狂喜乱舞している。俺が出したのは『室内旅行機』。『立体映写機』や『実景プラネタリウム』とも呼ばれる道具だ。

 スイッチを押すだけで、望みの景色を部屋中に映し出すことが出来る。これを使うことで、うららには部屋の中で宇宙旅行気分を楽しんでもらおうというわけだ。

 

「……これで満足か?」

 

「うん! うんっ! ありがとうケイちゃん! 宇宙って、こんなに綺麗ですのね!」

 

「…………」

 

 耐えろ、耐えろ俺。うららの純真な目と感謝に耐えろ俺。余計な改変をしない為だ。心を鬼にするんだ。

 万が一、本物の宇宙に連れて行ってうららが危険な目に遭えば……原作崩壊どころの話じゃないんだ。

 俺のせいで原作キャラに、本来の歴史には無かった不幸を生み出す訳にはいかないんだ。そんなうららに対する罪悪感を抱いていると、突然扉が勢いよく開き……

 

「うららー! 遊びに来たよー!」

 

「み、美生ちゃん……扉は静かに開けないと……」

 

「美生ちゃん! 結ちゃん! そっちは……」

 

「え゛」

 

「あーっ! 美生ちゃん! 結ちゃん! お母様も!」

 

「「って何これええええええ!? お部屋の中がお星様だらけ!?」」

 

「へ、部屋が……!?」

 

「…………」

 

 どうやらさっきの心の呟きはフラグだったようです。つーかさぁ、何でここに美生と結がいるんだよ!? 確か原作では7歳の時の知り合い……

 いや待てよ? 原作で描かれていなかっただけで、それ以前から知り合っていた可能性は否定出来ない。

 いやいやいや! でもどうして今日なんだよ……あ、今日は休日だったか。それにしたって急過ぎるだろ!!

 

「う、うらら……何、これ……!?」

 

「お部屋が……お部屋が……!?」

 

「あ、これ? ちょーのーりょくしゃのケイちゃんが、うららを宇宙に連れてってくれたんですの!」

 

「「ちょーのーりょくしゃ!? 宇宙!?」」

 

「……け、桂馬君。これって……」

 

「…………」

 

 さっきの俺をぶん殴ってやりたい。安易にフラグは立てるなと。でも、これは想定して無かったんだ。仕方ない仕方ない。俺のせいじゃない。誰が何と言おうと俺のせいじゃない。

 

「ケイちゃんは何でも出来るんですのよ! ちょーのーりょくしゃだから!」

 

「そうなの!?」

 

「……!」

 

「う、うらら? 桂馬君のことはあまり……」

 

「だって、こーんな綺麗な宇宙を見せてくれたもん!」

 

「「…………」」

 

 だからそうやって飛び火させるのはやめようね、うららさん。騙したのは謝るからさ、ね?

 ほら美生と結がすっごい俺を凝視してるから。キラキラした目でこっち見てるから。いやね? 違うからね? これはうららの妄想で、俺はただの3歳児で……あ、宇宙の映像垂れ流しじゃ説得力無いわ。

 一緒に来た香夜子も何とかうららを止めようとしてるが、興奮した子供を抑えるのはまず無理だ。

 

「ねーねーちょーのーりょくしゃさん! 美生のこと、おっきくしてー!」

 

「ゆ、結は……その……」

 

「あー! ダメですわ! うららはケイちゃんと、もっと他の宇宙に行くんですのー!」

 

「……ごめんなさい。その、私も想定外のことで……」

 

「…………」

 

 こうして、俺がうらら達から引っ張りだこにされる現在が出来上がったのだった。同時に俺は、自分の迂闊さと選択のミスを恨むのだった……

 




 サブタイトルにもなっている天理が中々登場させられない……


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第9話

「まだまだ他の宇宙に行くんですわー!」

 

「やだ! 美生のお願いが先ー!」

 

「う、うららちゃん、美生ちゃん……」

 

「痛い痛い痛い」

 

 子供というのは遠慮が無いもので、うららも美生も俺の両腕を力一杯引っ張っている。俺自身も3歳児の身体であるせいか割と痛い。叫ぶほどではないが結構痛い。

 

「……こ、この2人は?」

 

 予想外の事態に連続して直面したせいか、俺は若干震えた声で香夜子に尋ねる。すると香夜子側も予想外だったのか、俺と同じように少し震えた声で事情を話し出した。

 

「そ、それは……さっきお義父様から――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、桂馬君はどんなお菓子が好きなのかしら……」

 

 お茶菓子を用意すると言ったは良いものの、肝心の好みを聞き忘れてしまいました。

 あの子なら何でも食べてくれそうな気はするけれど、万が一嫌いな物を出してしまっては申し訳ありません。

 私達の命の恩人ですし、失礼な真似をする訳にはいきませんから。

 

「とりあえず、甘いお菓子と辛いお菓子を用意すれば……」

 

「香夜子さん」

 

「え? あ、お義父様。どうかなさいました?」

 

「実は、少し厄介なことになってしまいまして……」

 

「厄介なこと?」

 

「……もうすぐ、青山さんと五位堂さんがこちらを訪ねて来ます」

 

「えっ!?」

 

よりによって桂馬君がいる今日!? どうしてわざわざ今日なんですかお義父様!?

 

「あの、どうして……」

 

「青山さんや五位堂さんが、家で話したいと聞かなくて……まぁ、いきなり『うちの仕事を減らす』等と言えば慌てるのも仕方ありません。

 2人とは長い付き合いですし、何より共同で行っている仕事も決して少なくありませんから。

 幸い、こちらの要件はある程度飲んでくれることになりましたが、その件についてや他の仕事への影響、色々な摺合せについての話し合いは避けられません」

 

「そ、それなら青山さんか五位堂さんの所で話を……」

 

「もちろんそう言いましたが、娘さん方が『うららと遊びたい』とはしゃいでしまったそうです」

 

「そこで話し合いのついでに、娘さん……美生ちゃんや結ちゃんも連れて来るという話に……?」

 

「はい。何よりこちらから切り出した話ですし、断れませんでした」

 

「…………」

 

 確かに、突然無茶なことを言い出したのは私達の方なので、ある程度はこちらも融通を利かせないとまずいとは思います。

 ですが流石に今日は……今日だけは避けられなかったのですか!? 桂馬君、自分の力が広く知れ渡ることを嫌がっていましたし……

 

「正太郎様! 青山家と五位堂家の方々がお見えになりました!」

 

「えっ、もう!?」

 

「分かりました。では香夜子さん、仕事の時間は必ず減らしてみせます。ただ……美生ちゃんと結ちゃんが桂馬君と出会わないよう、上手く誤魔化して下さい。お願いします!」

 

「いや、ちょっと待って下さい! 急に言われても!? お義父様ー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで屋敷に入った途端ダッシュでうららを探した2人を止められなかったと」

 

「……はい」

 

 誰がそんな可能性を考慮してるというのか。おいおい嘘だと言ってくれ。そんな偶然で美生と結にもひみつ道具……いや超能力がバレたのかよ!?

 うららにバレたのも結構ヘコんでたのに、わざわざ追い打ちかけてくるなよ! え? 俺が迂闊で馬鹿なだけ? その通りですごめんなさい!

 

「宇宙ー!」

 

「背を伸ばしてー!」

 

「あーもう! とりあえず腕を離してくれ! そして一旦落ち着いてくれ! 話はそれからだ!」

 

「「やだ!」」

 

「強情!?」

 

「う、うらら! 我儘を言ってはダメよ! 美生ちゃんも、桂馬君が痛がってるから離してあげて?」

 

「……分かりましたわ」

 

「……は~い」

 

 香夜子が叱ったら2人とも素直に言うことを聞いた。俺だって精神年齢では香夜子と良い勝負なんだけどなぁ……やっぱり子供の身体は不便だ。

 

「……はぁ。で、うららは良いとして、美生は何が望みなんだ」

 

 ここまで来たら、もう2人の希望を叶えた方が早いだろう……気は進まないけど。誤魔化そうとしたら返って泥沼にはまりそうだし……俺のことだから、どうせどこかでボロが出そうだ。

 本音を言うと『ツモリガン』を使いたいが、流石に可哀相なのでやめておいた。元はといえば俺が迂闊だったのが原因な訳だし。

 あんな部屋を見せられたら2人が騒ぐのも無理は無い。多分大人でもパニックになると思う。

 

「おっきくなりたい!」

 

「別に小さくは無いと思いますわ」

 

「そんなことないもん! 公園で遊んでたら、いっつも男の子に『チビ』って言われるもん!」

 

「そ、そうかな……? 結も美生ちゃん、ちっちゃくないと思うけど……」

 

「そんなことないもん!」

 

 これはダメだ。本人が『小さい』と思い込んでる以上、何を言っても無駄だな。増して子供なら尚更だ。

 悲しいことに原作通りなら、美生は同年代の中でも割とちんまいことが確定してるし……まぁ下には下がいるけど。

 

「じゃあ、他の人に見られたら大変だし……少しの間だけな?」

 

「ほんと!?」

 

 渋々俺はポケットから『ある道具』を取り出す。簡単に美生の願いを叶え、尚且つ簡単に元に戻せる道具だ。

 

「よし、美生。目をつぶれ。皆も美生を見てろよ?」

 

「うん!」

 

「「「…………」」」

 

 全員の視線を美生に集中させておき、今の内に俺が出した道具を片付けラッカーで見えなくしておく。

 正直ここまでバレていると隠すだけ無意味な気もするが、これ以上他の人間にバレるのは非常にまずいので、念には念を入れておく。

 

「……高校生の青山美生」

 

 俺は小声でそう呟き、用意した道具を美生に()()する。その瞬間、美生の身体をピンク色のガスが包み込む。しばらくして、ガスが消えると……

 

「あ、あれ? うらら達、小さくなった?」

 

「……み、美生ちゃんが大きくなっちゃいましたわ!?」

 

「……!?」

 

(……こんな無茶な願いをあっさり叶えてしまうなんて。本当に凄いわね、桂馬君の超能力は)

 

 『神のみ』原作1巻で見たことのある、現代の姿……高校生の美生がそこに立っていた。

 俺が使ったのは『モドキスプレー』。原作には存在せず、声優交代後の『ドラえもん』に登場したアニメオリジナルのひみつ道具だ。

 このスプレーを吹き付けると、見た目だけ別の物や姿に変えることが出来る。元に戻す時は『モドリスプレー』を吹き付ければ良い。

 ただし中身は変わらないので、この美生は見た目は大人(?)、頭脳は子供という某少年探偵と真逆の存在である。

 大きくするだけなら様々な道具があるが、姿を変えるにしても戻すにしてもスプレーを吹き付けるだけなので、この道具が一番手軽だ。

 ちなみにこの道具、初登場した話ではドラえもんとのび太がタラバガニの姿になるというとんでもない展開だった。当時、偶然テレビで見かけて吹き出したのを覚えている。

 

「ほら、鏡見て!」

 

「……えっ!? これ、美生!? 嘘!?」

 

「本当だ。今の美生は俺達の中で一番大きいぞ」

 

(ただし香夜子を除く)

 

「やったぁー! 美生、ほんとにおっきくなったんだー! これでもう馬鹿にされないもんねー!」

 

 美生が高校生の姿で思う存分はしゃいでいる。元々の身長がそれほど高くない上に、年齢上は高校生なので微笑ましく見える。これが成人女性だと少々落ち着きが無い人と思われそうだ。増して年齢がアラ……いや、何でもない。

 

「これでパパに会ったらびっくり……」

 

「おっと、その姿で外に出るなよ? 大騒ぎになるからな」

 

「えー!? どうしてもダメー?」

 

「どうしても!」

 

「ぶぅ~」

 

 ふくれっ面してるけど、ここはどうしても我慢してもらわないといけない。こんな状態で父親の前に現れでもしたら、間違いなく厄介なことになる。最悪、勝手に部屋を出ようとしたらすぐ元の姿に戻すしかない。

 

「凄いですわケイちゃん! こんなことも出来るなんて!」

 

「……うん。美生ちゃん、嬉しそう」

 

「…………」

 

 俺自身の力では無い。あくまでもひみつ道具が凄いだけだ。だからこそ、こうして尊敬の眼差しを向けられると……複雑な気持ちになる。

 原作の桂馬はエルシィ達の力を借りつつも、持ち前の頭脳とゲームの知識でピンチを切り抜けて来たが……

 俺はひみつ道具以外に、自信を持てるだけの能力は無い。そのひみつ道具も、神様から与えられただけに過ぎない。

 

「……桂馬君?」

 

「……え?」

 

「大丈夫ですか? 今、少し悲しそうな顔をしていましたけど……」

 

「……何でも無い。超能力のことがあっさりバレてがっくりしてただけだ」

 

「……あ、あのっ」

 

「ん? お前は……結だったか。どうした?」

 

「えっと……」

 

「…………」

 

 そういえば、原作の結は男装する前は物静かな性格だったっけな。正確には、本音を言えず溜め込んでしまうタイプか。

 これって間違いなく母親のせいだよな……そのせいで駆け魂にスキマを狙われたわけだし。

 

「……太鼓」

 

「え?」

 

「太鼓……叩いて、みたいなぁ……」

 

「え~? そんなことでいいの~?」

 

「そうですわ! ケイちゃんなら、もっとすっごいことでも……」

 

「うらら。結ちゃんには結ちゃんのしたいことがあるんだから、そういうことを言っちゃダメ。美生ちゃんもね?」

 

「「は~い」」

 

「…………」

 

 そうか。結はこの頃から音楽に憧れてたのか。原作でも部活を辞めたくなかったって言ってたし、よっぽど音楽が好きなんだな。そういうことなら……

 

「……よし。今から用意する」

 

「え……?」

 

 普通の太鼓も出そうと思えば出せるが、ここはあえて『子供が喜びそうな太鼓』を出す。

 俺はポケットから『イメージ実体機』を取り出し、背中に隠しながら起動する。この道具は頭で思い描いた物を実体化して目の前に出すというとんでもない効果を持つ代物だが、一度使うごとに高額の使用料がかかるらしい。

 原作でも一体どこから金を取られるかは謎のままだったが、どうせ金の問題は『フエール銀行』で何とかなるので気にしないことにする。

 俺は頭に『あるゲーム筐体』を思い浮かべる。恐らくこの世界にも存在するとは思うが、勝手に持ち出すのもどうかと思ったのでこの道具を選んだ。

 

「「「きゃっ!?」」」

 

「……!?」

 

「ほい。お子様から大人まで皆楽しめる太鼓ゲーム、いっちょあがり」

 

 目の前に突然ドスンと現れた『太鼓の達人』の筐体。太鼓を叩く楽しさと、色々な音楽の両方を楽しむなら、これで遊ぶのが一番だと思ったからだ。

 ちなみにゲームセンターの物とは違い、小銭を入れる必要は無い。頭で想像する時、その辺りもしっかり考えておいた。

 

『太鼓を叩いてスタート!』

 

「わぁ……!」

 

「何これ?」

 

「ゲーム……ですの?」

 

「目の前にゲームが……一体、どうやって……?」

 

 結は目を輝かせて筐体を見ている。どうやら俺の考えは正解だったようで何よりだ。よく見るとうららと美生も興味を示している。香夜子はゲームそのものより、俺がゲームを出したことに疑問を抱いているようだが。

 後は結がほど良くゲームを楽しんだ後、ボロを出さない内に俺は家に帰してもらって終了というわけだ。

 え? 『どこでもドア』で帰れば良いだろって? 勝手にいなくなって美生や結が俺のことを親にペラペラ話したらヤバいし。

 今は道具に興奮してそれどころではないが、美生や結が落ち着いたら念の為に釘を刺しておきたい。うららは香夜子や爺さんが何とか止めてくれる……と信じてる。

 

「ほら、結。そこにバチがあるから叩いてみな?」

 

「う、うん……えいっ」

 

『曲を選ぶドン!』

 

「あ……わぁ……!」

 

 うんうん、良い感じに喜んでるな。そうそう、そのまま太鼓を楽しんで満足するんだ。そして俺を安堵の地、自宅へ帰してくれれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『難しさを選ぶドン!』

 

「次は美生ー!」

 

「うららですわー!」

 

「ゆ、結も……!」

 

「こ、コラ! いつまでやってるの!」

 

「…………」

 

 うん。俺、またミスったみたい。まさか2時間ぶっ続けで楽しむとは思って無かった。途中で爺さんが部屋の様子を見に来てドン引きしてたよ。そりゃそうだよな。

 宇宙空間の中で、美生がやたら成長してて、うららと結は何故かその場にあるアーケードゲームに夢中だもんな。

 こっそり爺さんに『出来るだけ会議を長めてほしい』と頼むのは申し訳なかった。マジで。

 

「次は『むずかしい』で勝負よ!」

 

「……うん!」

 

「あー! 次はうららなのにー!」

 

 ……あぁ、早く家に帰りたい。




 次こそ天理を登場させます。


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第10話

 結局、うらら達はその後3時間はひたすら『太鼓の達人』をプレイし続けた。ゲーセン通いしているベテランならまだしも、一般人、それも3歳児がそんな無茶をすれば……

 

「う、腕が……」

 

「もう動けませんわ……」

 

「つ、疲れたぁ……」

 

 こうなることは明らかだ。見事に筋肉痛と疲労で動けなくなっている。途中で疲れを見せていたのに、うららと美生は負けず嫌いなのか対戦をやめないし……

 しかし結は他の2人より遠慮がちな性格が幸いしたのか、途中で休憩していたので普通に疲れただけで済んでいるようだ。

 え? 美生は高校生の体だって? 前にも言ったように『モドキスプレー』は中身まで変えられないから、身体能力は3歳児のままだ。

 

「ぜぇぜぇ……やっとやめてくれた……ケホッ……」

 

「……ごめん」

 

 香夜子は香夜子で3人にずっと注意を呼び掛けていたせいか、既に声が枯れている。とりあえず謝っておいた。俺が『太鼓の達人』を出したのが原因だし……

 

「……反応に困る光景ですね」

 

「あ、爺さん」

 

「これ以上は伸ばせません。それを伝えに来たのですが……」

 

「分かってる。むしろまだ遊ぶつもりだったら流石に俺が止めてたし」

 

 爺さんが『これ以上伸ばせない』と述べたということは、後少しすれば美生と結の父親がここに来るということだ。

 俺は急いで『モドリスプレー』で美生を元の3歳児の姿に戻し、『室内旅行機』のスイッチを切る。すると宇宙空間で広がっていた部屋が、あっという間に元の客室に戻る。そして『太鼓の達人』の筐体は『かるがる手袋』で持ち上げ、一先ず俺のポケットに押し込む。

 これで俺が出してやればいつでもゲームを楽しめる。それ以前に、こんな目立つ物をここに置き去りにする訳にもいかない。

 

「……美生、結」

 

「何……?」

 

「……?」

 

「俺の超能力のことは誰にも言うなよ? バレると大変なことになるからな」

 

「……うん」

 

「は、はい」

 

 本当に分かってるのか? 結の方が理解してくれたみたいだが、疲れすぎて上の空になっている美生が少し不安だ。

 でもまぁ、正晴みたいに娘がいきなり超能力なんて言っても相手にされない……と思う。多分。

 ちなみに『ケロンパス』を使えば疲れや筋肉痛を取り去ることも可能だが、そんなことをすれば間違いなくゲーム再開するだろうから、うらら達には言わないでおいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……やっと家に帰れる」

 

「今日は突然すみませんでした」

 

「いいよ、もう。うららはともかく、美生と結は不可抗力だし」

 

 俺は爺さんが運転する車に乗せられ、自宅まで送ってもらっている。美生と結は予想通り父親が迎えに来ていた。

 どちらの父親も、見覚えの無い子供……俺のことを一瞬疑問に思っていたが、爺さんが『遠い親戚の子です』と紹介してくれたお陰で怪しまれずに済んだ。

 

「それにしても、うららとすぐ打ち解けていましたね」

 

「……打ち解けたというより、振り回されたって感じだけどな」

 

「それでもですよ。あの子は屋敷にいることが多く、美生ちゃんや結ちゃん以外の友達はいなかったもので……

 桂馬君のような、異性の子と仲良くなれるかは少し不安だったんです。そんな心配は杞憂に終わりましたが」

 

「…………」

 

「よろしければ、今後もうららと仲良くしてもらえると……」

 

「…………」

 

 ひみつ道具の存在が広まらないことを考えれば、ここはNOと言った方が良いのだろう。

 リスクを増やすような真似は避けるべきだ。そう、頭では理解している。いや、理解していて当然のことだ。

 でも、俺はさっき約束してしまった。俺が爺さんと屋敷を出る時、うららが……

 

『また、来てくれる……?』

 

 と言った言葉に対し、俺は一瞬悩んだが……

 

『……もちろん』

 

 と、返してしまった。いやだからさ、凡人の俺はあの純粋な目に逆らうのは無理だって。

 返事した瞬間、疲れてるのに笑顔になったうららの顔を見たらさ……前言撤回も出来ないって。

 

「……分かった。俺で良ければ」

 

「本当ですか! それは良かった……」

 

 結局、爺さんとも約束してしまった。俺、もっと冷酷に振る舞った方が良いのかな……

 いや無理だ。無関係の人間や敵ならまだしも、原作の味方キャラにそんなことしようとしたら俺の胃と心が死ぬ。

 爺さんと香夜子を説得しようとした時だって、必死に演技した結果だからな……

 

(言質は取りました。後は桂馬君が通う予定の幼稚園と、その後入学する小学校を調べましょう。

 こんな良い子なら、うららの婿にぴったりですし……なにより白鳥家の跡継ぎとして……)

 

「……爺さん?」

 

「あ、いえいえ。何でもありません」

 

「…………」

 

 今、微妙に怪しい笑みを浮かべてなかったか? どこぞの嵐を呼ぶ幼稚園児的な感じの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして家に帰りついた俺は両親からの質問攻めに遭いながらも、しばらくは平穏な日々を過ごした。

 時々白鳥家から電話がかかって来てうららの元へ連行されたり、ついでに美生や結に振り回されながらも、それなりに楽しい日々を過ごしていた。

 そして数週間が経ち、ついにあの日がやって来る……ある意味、俺が最も待ち望んだ日だ。入園式。そう、天理に会える日だ!

 

「…………」

 

 まだ夜が明けて間もない早朝。俺は目玉が飛び出そうなほど驚愕していた。

 原作の桂馬がどこかに隠し持っていた『M資金』を再現しようと、以前から『フエール銀行』に100円を預けていたのだが……

 天理に会えるのが楽しみ過ぎて朝早くに目覚めてしまい、暇だったので預金残高を確認してみると……通帳には、あり得ない桁数の金額が表示されていた。

 

「一、十、百、千、万、億、ちょ、兆……け、けけっ、京……あ、あわわわわ……!?」

 

 はっきり言う。この金を全額引き出せば、恐らくこの一帯が札束で埋め尽くされる。いやね? 最初は軽い好奇心だったんだよ。100円預けて放っておいたら、どれだけ増えるかな~って。それがさ、数週間でこの有様。こんなの一生かかっても使い切れるか!!

 

「や、やばいやばいやばいやばい。どうする!? このままだと余計増えるぞ!? でも引き出したらこの家が大変なことになる!!」

 

 いや、別に増えたところで悪いことは無いけど……無いけども! 流石にやばいだろ! 一般家庭の3歳児……もうすぐ4歳になろうとしてるお子様が、世界の大富豪達が軽く引くほどの金を持ってるとかさぁ!!

 

「…………」

 

 俺は汗を大量に流しながら、一先ずフエール銀行をポケットにしまった。恐らくポケットの中でも預金は増え続けるが……あれだ。必要な分だけ金を引き出す時はフエール銀行をポケットから取り出して、それ以外はポケットの中に封印だ。

 金輪際通帳は見ない。見ないったら見ない。多分次見たら脳が限界を超えて卒倒しそうだし。

 

「あら? 桂馬、起きてたの? 早く顔洗っちゃいなさい。もうすぐ朝ご飯出来るから」

 

「……う、うん」

 

 恐らく先に起きて朝食の準備をしていたであろう麻里が、ドアから顔を出した。咄嗟に銀行と通帳をポケットにしまったから良かったものを、こんなふざけた物を見られたら……

 いや、流石に本物とは思わないか。まさか自分の子供が国家予算を遥かに上回る巨額の金を持ってるなんて、信じろという方が無理な話だ。

 実際に札束を出したら話は変わるだろうけど、そんな恐ろしいことを実行出来る訳が無い。

 

「……とりあえず、銀行のことは置いとこう。今日は大事な日だから……」

 

 俺は震える手足を無理矢理動かして1階へ向かう。冷たい水で顔を洗って、美味い飯を食えば気分も落ち着くだろう。

 何せこの後、絶対に失敗出来ないことが……桂馬風に言えば『重大イベント』が待ち構えているのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「桂馬、どうしたの? さっきから歩き方が変よ?」

 

「う、ううん。ソンナコトナイヨ?」

 

「しかも片言だし……」

 

 俺、『舞島みなと幼稚園』、向かってる。入園式。

 でも、そんなこと、どうでもいい。もっと大事なこと、ある。

 だから、緊張する。……いやいや、心の中まで片言になってどうするんだ俺。

 落ち着け……天理は良い子だ。桂馬の為に10年間、手紙を読んでずっと協力してくれた文字通りの女神だ。

 だからよっぽど変なこと言わなければ大丈夫……落ち着け、落ち着け俺。って何でこんな動揺してんだ。

 中身は成人男性だろ? 前世と合わせてもう20代半ばくらいだろ? こんなことで緊張するなって俺。

 こ、こういう時はアレだ。深呼吸して息を吐かずに素数を数えて人の字を書いて飲み込……

 

「初めまして、鮎川です~」

 

「ンゴフッ!?」

 

 おぉい!? まだ心の準備が出来てないんですけどぉ!?

 

「あら! お隣のマンションの……桂木です! こんにちは~!」

 

「天理! ほら、挨拶!」

 

「桂馬~? 幼稚園初めてのお友達よ~? ほら、初めましては?」

 

「…………」

 

「あ……!」

 

 天理だ。天理がいる。

 あの大きなリボンを付けて、おさげの髪型で、プチプチを潰してる……天理がいる。

 原作で桂馬の為にずっと健気に支えてくれた天理がいる。

 名塚佳織さんの癒される声で話す天理がいる。

 まだ髪で目が隠れている頃の天理がいる。

 ディアナが入り込む前の天理がいる。

 将棋が上手い天理がいる。

 実は桂馬と同じくらい頭が良い天理がいる。

 

「…………」

 

(天理~! 話してよ~!)

 

「け、桂馬? どうしたの? もしかして緊張してる?」

 

「え、ぁ……だ、大丈夫……」

 

 漫画やアニメで見た時より可愛い……! 実物の可愛さはアニメの比じゃない……! 何というか、抱き締めたい。今すぐギュウってしたい。

 って何危ないこと考えてんだ俺。相手まだ幼稚園児だぞ! せめて高校生になるまで待てよ! いや待てってのもおかしい!

 

「……えっと」

 

「…………」

 

 あぁ、無言でプチプチ潰す天理も可愛い……見てて癒され……じゃなくて!

 

「……か、桂木桂馬です。はじゅめまして、天理ちゃん……あっ」

 

 うわあああああああああっ!? 噛んだあああああああああっ!! しかもいきなり天理()()()とか馴れ馴れしすぎるだろ俺ええええええええええっ!?

 

「……っ!?」

 

「わぁ~! おりこうさんね~桂馬君」

 

「……ちょっと子供らしくないのが欠点なんですけどね」

 

「あら、そうなんですか?」

 

「はい。良い子ではあるんですけど、ませてると言いますか……時々、私や夫の会話に混ざることもあるくらいなんですよ」

 

「え、えぇ……?」

 

「…………」

 

「あ、あの……ごめんなさい。いきなり『ちゃん』付けで読んじゃうなんて……嫌、だった?」

 

「…………」

 

 髪で目が隠れていて、それでいてプチプチがあるから表情が見えない。これは……やっぱり、怒ってる? それともガチ拒絶……? もしそうだとしたら俺、しばらく立ち直れないかも……

 

「……あの」

 

「……!」

 

「嫌、じゃ、無いよ……?」

 

「ほ、本当?」

 

「で、でも……恥ずか、しい……」

 

(て、天理ちゃんだなんて……初めて、呼ばれちゃった……)

 

「……ごめん」

 

「う、ううん……」

 

「じゃ、じゃあ……天理、って呼ぶのは?」

 

「…………」

 

 今、頷いてくれたのか? 一瞬だったけど、少しだけ顔を動かして……

 

「……う、うん。私も……桂馬君って、呼ぶから……」

 

「あ……!」

 

 あああぁぁっ! 可愛い! 結婚したい! 天理ちゃんマジ天理……じゃなかった。マジ天使!! これからは毎日、天理との幼稚園生活か……天国かな?

 

「あら、早速仲良くなったみたいね。やるじゃない桂馬!」

 

「痛い痛い肩叩かないで」

 

「て、天理がお友達に、しかも男の子に話すなんて……! 後でパパに電話しないと……!」

 

「ま、ママ……」

 

 桂馬、安心しろ。俺がお前の分まで天理を守る。守ってみせる。もちろん他の原作キャラを蔑ろにはしないが、天理は特に大切に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ! ケイちゃん!」

 

「うらら! 急に走ったら転ぶわよ!」

 

「え?」

 

 あっるぇー? 何か聞き覚えのある声が聞こえるんだけどぉー。

 

「貴女は……白鳥さん?」

 

「あ、桂木さん! ご無沙汰しております!」

 

「し、白鳥? あの白鳥ですか!?」

 

「え? あの、そちらの方は……?」

 

「ケイちゃん! 今日からうららもここに通うことになったんですわ! ところで、そっちの子は誰ですの?」

 

「え、えっと……」

 

「…………」

 

 おかしいなぁー。原作でうららって桂馬と同じ幼稚園だったっけぇー?

 もしかして俺がうららと関わったからかー? 原作より早い時期に知り合っちゃったからかー?

 

「ほらケイちゃん! 一緒に行きましょ!」

 

「お、おい! 引っ張るな!?」

 

「あ、ぅ……」

 

 ああぁぁぁ……天理との夢の2人だけの幼稚園生活が……遠くに消えていく……




 やっと1番出したかったキャラクター、天理を登場させることが出来ました。
 桂馬達の幼稚園時代……原作ではほとんど描かれていませんね。
 辛うじて幼稚園の名前だけは判明していますが。見落としていたらすみません。
 うららが乱入したのは主人公が原作に介入し、正太郎さんや香夜子さんと原作以上に親しくなった為です。
 美生と結は流石に無理があるので、別の幼稚園ということにしましたが。


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第11話

 うららの衝撃の乱入に動揺している内に入園式が終わった。かつて20年近く前に経験したことを、こうも自我がはっきりした状態で再び経験することになるとはな。

 長ったらしい園長先生らしき人の話をひとしきり聞いた後、次の日から日常を過ごす教室に案内される。

 そういや周りは4歳児や3歳児ばかりなんだよな……はっきり言ってうるさい。慣れない環境で泣き出す子もいれば、逆にテンションが上がって騒ぎ出す子もいる。

 こういうのはうらら達で慣れていたつもりだったが、人数が10倍くらいになると思わず耳を塞ぎたくなるほどだ。

 

「うえええええええええええんっ!」

 

「は~い、良い子だから泣かないの~。よしよし……」

 

「キャハハハハハ!」

 

「あっコラ! そっちはお兄ちゃんやお姉ちゃん達のいる所だから、まだ行っちゃダメ!」

 

(……幼稚園の先生って、こんな大変な仕事だったんだな)

 

 俺には無理だ。これだけの数の園児達をまとめて世話・指導するなんて出来る気がしない。

 せめて俺だけでも聞き分けの良い園児でいよう、うん。少しでも先生達の負担を減らす為に。まぁ俺は例外だとしても、世話しやすい園児はもう1人いるけど。

 

「…………」

 

 相変わらず無言でプチプチを潰す天理。可愛い。正直幼稚園での勉強なんて無視して天理だけをずっと眺めていたい。でも、そうはいかないんだよなぁ……だって、俺のすぐ隣には……

 

「ケイちゃん! うらら達、同じお部屋でお勉強するみたいですわ!」

 

「……ウン、ソウダナ」

 

 お転婆少女うららちゃんがいるし……

 

「皆~、明日からはここに座ってね~?」

 

「……! よ、よろしく……」

 

「あ……う、うん!」

 

 おおおおおっ! 天理と隣同士の席だ! これは嬉しい!

 

「やった! ケイちゃんの隣ですわ!」

 

「…………」

 

 いや、決して嫌な訳じゃないよ? 2人きりの状況が叶わなくて残念だとか思ってナイヨ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして幼稚園に通い出して数日。やはりというか俺は……

 

「……桂馬君。どうして皆と遊ばないの?」

 

「えっと、それは……皆の若さと元気についていけません」

 

「まだ3歳が何ジジ臭いこと言ってんの!」

 

 見事に浮きましたよ、ええ。だってさ、3歳と20代だよ? 話が合うと思うか? 良くも悪くも元気の塊の子供達に、くたびれた大人がついていけるとお思いで? ちなみにうららは現在、元気に広場を走り回っている。流石現役3歳児だ。

 

「天理ちゃんも! ずっとプチプチばかりしないで、皆と遊んだら? ね?」

 

「えぅ……」

 

「ちょっと先生天理虐めたら許しませんよ」

 

 場合によっては『人よけジャイロ』や『人払いごへい』を使うことも辞さない。俺にお節介を焼くのは良いけど、天理を苦しめるというのなら全力で道具を使って対抗するぞ! もちろん周りにバレないようこっそり使うけどな!

 

「……桂馬君って天理ちゃんのことになると急に本気になるよね。その熱意を周りのお友達と遊ぶことには……」

 

「無理です。疲れて死んじゃいます」

 

「即答しないで!?」

 

 いや本当に無理。うらら達と遊ぶだけでも結構エネルギー使うし。幼稚園でもそんな状態じゃ、俺の体力と精神力が持たない。

 

「あーもう! 普段の指示はしっかり聞いてくれるのに、どうしてこういう時だけ強情なのよ……うぅ……」

 

「……行ったか」

 

 先生、ごめん。でも俺だって周りに馴染めるよう努力したんだよ。した上で無理だと悟ったんだよ。

 もちろんひみつ道具を使えば何でも出来るが、こんな些細なことでポンポン道具を使うのも良くないと思い、あえて使わずにいる。天理達がピンチなら惜しげも無く使うつもりだが。

 

「……桂馬君」

 

「どうしたの?」

 

「その……ありがとう……」

 

「え? 何で?」

 

「……私、皆と話すのが……怖い、から……先生に、怒られるのも……」

 

「…………」

 

 そう。俺は原作での天理を知っている。天理は確か、話しかけられるのも怖いほどの引っ込み思案だったはずだ。だからこそ周りが善意を押し付けて天理が苦しまないよう、俺が守っている。

 ……あれ? よく考えると、話しかけられるのが怖いなら俺も天理にとっては嫌な存在!? 守ってるなんて言っちゃったけど、これもお節介じゃ!?

 

「ご、ごめんっ!」

 

「え……?」

 

「皆と話すのが怖いんだよね? じゃあ、俺も……その、天理に無理をさせて……」

 

「あ……」

 

「…………」

 

「……ううん。桂馬君は、怖くないよ?」

 

「……!」

 

「だって……他の子と違って……その……パパみたい、だから……」

 

「パパ……」

 

「……うん」

 

 ……そうか。確かに俺は中身は大人だし、天理にとっては……そんな風に思えるのかもしれない。

 実際、俺は周りが騒ぐ中でも黙っていることが多い。別にカッコつけてるとかじゃなく、子供のパワフルさについていけないだけだけど。

 それが返って天理には……自分で言うのもアレだが、プラスの印象に繋がったのかも……

 いや無いわ。自分で言ってて無いわこれ。何がプラスの印象だよ。言ってて恥ずかしくないか俺?

 でも、天理は嘘をつくようなタイプじゃない。となると……多分、多分だけど……少なくとも俺に、嫌な感情は抱いてない……と思う。いや、そう思いたい。そう信じたい。

 

「……あ、ありがとう。なら、その……これからも、えっと……」

 

 だ~か~らぁ~! 何で幼稚園児相手に緊張してんだ俺! たかが一言言うだけだろ!

 『これからも無理しない範囲でお喋りしても良いか?』って! いや、この言い方じゃ難しいかもしれない!

 もう少し単語を簡単にして『これからも時々、静かにお喋りしたい』……よしこれだ!

 

「……時々。時々で良いから……ゆっくり、静かに……お喋りしても、良い……かな?」

 

 言葉詰まり過ぎ。これじゃガチで上手く話せない3歳児じゃないか俺。こんな体たらくじゃ天理にも呆れられるだけ……

 

「……うん。良いよ……?」

 

「…………」

 

 よし死んだ。俺死んだ。幸せ過ぎて死んだ。天理が天使過ぎて生きるのが辛い。

 何なら勢い余って求婚したくなるくらい。そしてフラれて死にたくなるくらい。って何言ってんだ俺。

 

「……て、天理。あの……」

 

「ケイちゃーん! 一緒に鬼ごっこしましょー!」

 

「…………」

 

 うららェ……お願いだからもう少し空気読んで。3歳児に無理なお願いしてるのは分かってるけど、頼むから天理と2人でお話させて?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで天理とお喋りしつつうららに遮られながらも、俺は何だかんだでそれなりに充実した幼稚園生活を送っていた。しかし、日常というものは幼稚園だけで過ごすものではなく……

 

「天理ちゃんようこそ! うららのお家へ!」

 

「……!?」

 

 時にはこんなイベントも起こってしまうのである。いやね? まさか天理と一緒に家に帰ろうとしたら、そのまま白鳥家の車に乗せられるとは思わなかった訳よ。

 ほらぁ、天理が何が起きたか分からずにアワアワしてるでしょ? 可愛い鼻血出そう。じゃなくて、本人に確認取らずに強引に連れて来ちゃダメじゃないの。

 というかこんなイベント原作のこの時期に無いよな? 絶対無いよな? 大丈夫かコレ。

 

「あー……俺、たまにこうやってうららの家で遊んでて……どうも今日は、俺の傍にいた天理も一緒に連れて来られちゃったみたい」

 

「け、桂馬君……ここ、怖いよ……」

 

 あまりの屋敷のデカさに怯えてしまったのか、天理が俺の腕を掴んでくる。あ、幸せ……じゃないだろしっかりしろ俺! 天理が怖がってるんだぞ! 元気にしてあげなきゃだろ!

 

「大丈夫。確かにここは家にしては馬鹿みたいに大きいけど、怖い人はいないから」

 

 実際には柳含む使用人が少数ながらいたりするが、この人達は基本的にうららや俺達の味方なので心配無い。

 まぁ何かの間違いで天理に襲いかかって来たら『タンマウォッチ』で時間停止からの『ショックガン』で全員倒すけど。

 

「本当……?」

 

「うららがほしょーしますわ!」

 

「よくそんな難しい言葉知ってるな」

 

「お爺様が言ってましたの!」

 

 爺さん、恐らく機密情報満載であろう会話を子供が盗み聞き出来るような場所でするのはどうかと思うぞ?

 

「今日もケイちゃんのちょーのーりょくで遊びますわ!」

 

「ちょ、超能力……?」

 

「うらら、それはあまりバラすなって言ったじゃないか」

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 こいつ絶対反省してないな。ただ、天理には元々俺から話す予定だったのでバレたところで問題無いが。

 むしろひみつ道具のことも正確に話しておきたいが、今の天理にそんなことが……いや、大丈夫か?

 確か、前世の本屋で立ち読みした公式ガイドか何かには、天理と桂馬の学力レベルは同じと記載されていたはず。

 あの天才の桂馬と()()()()()()()()である。もしかすると、しっかり話せば現時点でも理解してくれるかもしれない。

 本当は、ひみつ道具のことは地獄や天界の問題を解決する為に一緒に行動する原作キャラ……エルシィやハクア達に話すだけに留めておいた方が良い。

 ただ、天理には……天理にだけは、極力隠し事をしたくないのだ。流石に転生したことは話せないが。

 いや、そもそも話したところでまず間違いなく信じてもらえないだろうし。こればっかりは証明出来ないからなぁ……

 

「……そのことについては、家に帰った後で詳しく話すよ」

 

「……!」

 

 天理には小声で伝えておいて、俺達は屋敷に入る。流石に今日は平日ということもあり、青山家や五位堂家の車は止まっていない。

 ただ、こんなことが続けば天理と美生達はいずれ鉢合わせするだろう。結はともかく、美生は天理にとって苦手なタイプだし……

 事前に説明しておいて、天理が嫌がったら美生達が遊びに来ている日はうららからの誘いを断るか、俺が単独で遊びに行くしかない。

 

「さぁケイちゃん! 今日は……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……何か楽しいことをして遊びましょう!」

 

「……さてはやりたいことを考えてなかったな?」

 

「えへへっ!」

 

「はぁ……そうだな、今日は……」

 

「……?」

 

 天理がいかにも何が何だか分からない顔をしているが、まずは遊び道具を考える。幼稚園に行き出してそれなりに常識のことも学び始めているので、そろそろ他の道具も解禁しても良いかもしれない。もちろん、周りにバレないようにしっかり対策はするけどな。

 

(……よし、これにするか)

 

 俺は恐らくほとんどの日本人が知っているであろう『道具』と、同時に『石ころぼうし』と『片付けラッカー』をポケットから取り出す。

 出した『道具』と石ころぼうしに片付けラッカーを吹き付け、天理とうららには見えなくしておく。

 本当は天理にはちゃんと道具を見せて説明したいが、それは家に帰ってからだ。後は石ころぼうしの上に『道具』を取り付ければ……これで良し。

 

「……空を飛んでみるか?」

 

「お空を!? お空を飛べるんですの!?」

 

「……え?」

 

 そう。俺が石ころぼうしに取り付けたのは『タケコプター』。有名過ぎて老若男女誰でも知っているであろう道具だ。これを使って、天理やうららと空中散歩を楽しんでもらおうというわけである。

 本当はひみつ道具で定期的に遊ぶなんてリスクがあり過ぎるが、うらら達の純粋な目に負けた結果だ。

 美生や結が除け者のような状態になっているが、後日改めて美生達にも空中散歩を楽しんでもらうか。流石に天理やうららだけだと不公平だし。

 

 ただしこの道具、知っている人は知っていると思うが電池式なので、あまり長時間飛び続けるとバッテリーが上がってしまい、途中で落下してしまう。

 そんな危険な状況に天理達を晒す訳にはいかないので、あくまで飛び続けるのは最高でも2時間。それ以上は怖すぎて俺の精神が持たない。

 そして使い終わった後は、俺が自宅で『タイムふろしき』を使いタケコプターを新品に戻して電池が満タンの状態を維持しておく。

 ここまでしておけば、いざタケコプターで空を飛んで急に電池切れからの落下……なんて事態は避けられる。

 

 石ころぼうしを同時に使用する理由は、もちろん俺達が飛んでいる様子を誰かに発見されて大騒ぎにならないようにする為だ。

 俺が出した帽子を被っている人同士なら、お互いの存在を認識出来ることも既に判明済み。この帽子については事前に『○×占い』で調べ尽くしておいたので、間違いないと断言出来る。

 

「でも騒ぎになるといけないから、少しの間だけな?」

 

 そう言いながら俺は真っ先にタケコプター付き石ころぼうしを被り、間髪入れずに天理とうららに同じ帽子を被せる。外れることは無いだろうが、念には念を入れてしっかりと押し込む。

 先に天理達に被せてしまうと、俺が天理達の存在を認識出来なくなってしまう。それどころか、天理達と一緒に遊んでいたことさえ忘れ、そのまま俺が家に帰ってしまうかもしれない。なので俺が先に被り、後から天理達に被せることにした。

 

「少し頭がゴワゴワしますわ」

 

「…………」

 

「そこは我慢してくれ。空を飛ぶとなると、少し上方向に余計な力がかかってしまうんだ」

 

もちろん嘘だが、うららを納得させる為にあえてこう答えておく。

 

「後は『飛びたい』と思うだけで体が浮かび上がる」

 

「……飛びたい! きゃっ!?」

 

「……ひぅ!?」

 

 うららは声に出ていたが、天理は俺の言う通り心の中で念じたのだろう。2人が飛びたい意思を示した瞬間、ゆっくりと2人の体が浮遊する。

 

「ほ、本当に……本当に飛んでますわー!」

 

「あ、あわわわ……!?」

 

「落ち着け。最初に飛び上がる時と同じで、浮かんでいる間も心の中で『自分がどう飛びたいか』を考えれば、その通りに空を飛べる」

 

「え、えっと……こうですわ! あわわっ、きゃー! わぁ~!」

 

「……あ」

 

 うららは予想通りというか、そのまま部屋を飛び出して庭の空中を泳ぐかのように飛んでいる。

 対する天理は恐る恐る前進し、うららの後を追うようにゆっくりと飛んでいる。ゆっくり飛ぶ天理可愛い。いやそれより、どうせなら天理にも空を飛ぶ楽しさを体験してほしいな……よし!

 

「……天理。はい」

 

「……桂馬君?」

 

「うららはすぐ慣れたみたいだけど、やっぱり怖いよね? だから……俺と一緒に、ゆっくり飛ばない?」

 

手を差し出しながら、出来るだけ優しい声で天理に言う。……ナンパみたいだな、これ。

 

「……う、うんっ」

 

「あ……」

 

 天理の小さくて温かい手が、俺の右手に触れる。やばいこれはやばい。少し怯えながらも俺に寄り添いながら手を出してくれる天理可愛過ぎ。

 しかもキュッと弱く手を握る天理がもうね? 萌え死にそうなレベルの凶悪さでね? なんて危ないことを考えていると、既にそれなりの高さにいるうららの大声が聞こえてくる。

 

「ケイちゃあああああああああん! これ凄い! 凄いですわああああああああ! うらら、鳥になったみたいいいいいいいいい! ケイちゃんと天理ちゃんもこっちで遊びましょおおおおおおおおおおおお!」

 

「……あー、うららは俺達を待ってくれないか」

 

「…………」

 

「じゃあ、一緒に……行こっか?」

 

「あ……」

 

 俺は天理の手を引きながら、出来るだけゆっくりと上昇していく。天理は下の景色がどんどん小さくなっていく様子に、最初は驚いていたようだが……

 

(……桂馬君、凄いなぁ……こんなことが出来るなんて……)

 

 徐々に慣れていってくれたのか、うららと同じ高度になる頃には下より周りを眺めるようになっていた。

 正直、天理には少し怖かったかもしれないと、空を飛んでから後悔したが……その心配は杞憂に終わったようで何よりだ。

 

「……お空、こんなに綺麗だったんだ」

 

(小さな建物……人、車……ここからでも見える、大きな海……みんなみんな、綺麗……飛行機に乗ったことも無いのに……桂馬君が、見せてくれたんだ……空を飛んで、私に……)

 

「……怖くない?」

 

「……うん。大丈夫……桂馬君が、手を握っててくれたから……」

 

「ゴフッ!」

 

 今の天理の一言で俺のHPは0になりました。思わず急降下しそうになったよ。不意打ち良くない。ただでさえ俺は天理に対する防御力は皆無に等しいのに。

 そんな可愛い台詞を恥ずかしそうな顔で言われたらさぁ……そりゃもうあれだよ。即死するだろ。

 

「ケイちゃん! このまま遠くまで……」

 

「さっき約束しただろ? 長い間飛ぶのはダメだって」

 

「う~……どうしても?」

 

「どうしても。その代わり、いつでも空を飛ばせてあげるから」

 

「……分かりましたわ。今日はここで思いっきり飛びますわー!」

 

「あんまり高く飛び上がり過ぎるなよー!」

 

「はーい!」

 

 鳥になったみたいとは言うが、その辺の鳥がドン引きするくらい激しく飛んでるな。上下左右に回転したり、急降下からの急上昇したり……というか、この短時間でタケコプターの使い方マスターし過ぎだろ。

 いくら脳波を読み取って、その通りに飛べるにしても……まぁ、あれだけ興奮するのも無理ないか。普通の人間なら、子供はもちろん大人でもタケコプターで空を飛べるなら大喜びするだろう。

 俺だって、天理達に怪しまれないように落ち着いた振る舞いをしているだけで、最初にタケコプターを出した時は悲鳴を上げそうになったからな。

 

「け……桂馬君、ありがとう……」

 

「……!」

 

「……こんなに、楽しいこと……今まで、無かったよ……?」

 

「……良かった。喜んでもらえて」

 

 これで『つまらない。早く降ろして』なんて言われてたら、多分俺は『冬眠シェルター』か『デンデンハウス』に引きこもってた。何にせよ、天理やうららには楽しんでもらえたようで何より……ん?

 

「――! ――!?」

 

(あれは……)

 

「桂馬君……?」

 

「……いや、何でもない」

 

 あそこに見えるのは……リミュエルか? そういえば、原作の過去編でも既に活動してたか。確かエルシィが思いっきり攻撃されてたけど。

 そう考えると、この時期から活動していてもおかしくはないか。何か焦ってるみたいだが……駆け魂でもいるのか?

 原作ではこの時期の駆け魂には桂馬は関わってないし……リミュエルには悪いけど、ここはスルーしておこう。下手に俺が関わって、原作の流れがびっくりするくらい変わったら洒落にならないし……

 一先ず今は、天理達とのんびり空中散歩を楽しもう。石ころぼうしのお陰でバレる心配も無いからな。

 



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第12話

 あれから天理達は、俺が2時間経過による終了を呼び掛けるまで空を飛び続けた。うららは少し物足りなさそうな顔をしていたが、天理は素直に頷いてくれた。

 

「綺麗な夕焼け……」

 

「本当は夜まで飛びたかったのに……」

 

「悪いけど我慢してほしい。また今度飛ばせてあげるから」

 

 天理が空から眺める夕焼けに感動している。天理の方が綺麗だよマジで。あ、今は綺麗というより『可愛い』か。

 なんて我ながら臭い台詞を考えつつ、ゆっくりと白鳥家の庭に下りて行った。『石ころぼうし』のお陰でうららがいなくなっていることによる騒ぎは起きていないはずだが、それでも早く戻るに越したことは無い。

 

「ようやく地上に到着っと」

 

「あ~楽しかったぁ~!」

 

「…………」

 

 そして2時間前とは逆に、今度は先に天理とうららの帽子を取り、すかさず俺も帽子を脱ぐ。ちょうど部屋の傍に柳がいるが、石ころぼうしの効果を考えれば特に気にすることでもない。

 

「……うらら様」

 

「あ、柳!」

 

「そろそろ桂馬様と天理様までお送りして差し上げないといけません。もうこんな時間ですし」

 

「分かってますわ。ケイちゃん、天理ちゃん! また明日、幼稚園で会いましょう!」

 

「あぁ。またな」

 

「……うん。また明日ね、うららちゃん」

 

 さっきまでうらら含む俺達は部屋にいなかったはずだが、帽子を脱ぐと柳はごく自然な振る舞いでうららと話し出した。流石は石ころぼうしと言うべきか。

 これが『透明マント』なら『うらら様!? どうして突然目の前に……いえ、それよりも! 一体今までどこに行っていたのですか!?』となっていただろう。

 ちなみに俺達が上昇する様子は恐らく監視カメラ等に録画されていると思うが、石ころぼうしは機械やロボットのような無生物相手にも効果を発揮するので心配無い。

 もちろんこれも『○×占い』で調べた情報なので間違いなく信用出来る。そんなことを考えている内に俺達は柳に案内され、屋敷の外で数分待っていると……

 

「桂馬君、天理ちゃん。お待たせしました」

 

「早いな。よし、行こっか」

 

「……うんっ」

 

 香夜子が車の窓から声をかけてきた。というか免許持ってたのか。原作だと故人だし、名前くらいしか明らかになってないもんな……

 内心軽く驚きながらも、俺は天理と車に乗り、そのまま香夜子に自宅まで送ってもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はうららの我儘に付き合ってもらってありがとうございます。ではこれで……」

 

 俺と天理を自宅前まで送り届けた後、香夜子はそのまま車で屋敷に戻って行った。その後周囲に人がいないことを確認しつつ、俺と天理は小声で話す。ただでさえこれから話す内容は最重要機密と言っても過言では無いのだ。

 恐らく聞かれたところで子供同士の他愛もない会話だと思われるだろうけど、そこからサテュロスや正統悪魔社(ヴィンテージ)に漏れる可能性も0とは言えない。

 いくら『ヒミツゲンシュ犬』を使っているとはいえ、俺が特別な力を持っていると悟られるだけで間違いなく厄介なことになるだろうし。

 こればかりは、本当にやり過ぎじゃないのかと突っ込まれるくらい警戒しておくことにする。

 

「……よし、行ったな」

 

「……桂馬君。お話って……?」

 

「少し長くなるし、秘密の話だから家の中が良いんだけど……俺の部屋で大丈夫?」

 

「えっと……う、うん……」

 

 意外とあっさり了承してくれた。てっきり『男の子の家は怖い』って言われるかと思ったんだが……

 ともかく、天理が良いと言ってくれたので、俺はそのまま自宅へ向かう。しかしここで普通に家に入れると両親から色々絡まれて面倒なことになってしまう。

 それだけならまだ良いが、俺との話が長引くと天理の両親に心配をかけてしまい、家まで迎えに来られる可能性もある。そこで……

 

「……よし。これで良いか」

 

「……?」

 

 俺はポケットから『赤い懐中時計』を取り出す。俺と天理の両親の問題を同時に解決出来る道具だ。

 

「天理。ちょっとの間だけ、俺の服でも腕でも良いからどこか掴んでいてほしいんだ」

 

「……こ、こう?」

 

 天理は少し戸惑いつつも、俺の服を軽くつまんでくれた。これで準備は万端だ。

 

「ありがとう。よし……よっ!」

 

 俺は懐中時計のスイッチを押す。するとその瞬間……世界から音が消えた。先程まで聞こえていた、近くの道路を通る車の音や人々の話し声が……ピタリと止んだ。

 よく見ると、空を飛んでいるカラスや雀も……落下することなく、文字通りその場で止まっている。

 

「……?」

 

「これで良し。じゃあ、早速……家に入ろっか」

 

 ここで説明しても良いが、まずは目で見てもらった方が早いだろう。俺は首をかしげている天理を連れて、そのまま自宅の玄関のドアを開ける。するとそこには……

 

「お、お邪魔します……」

 

「どうぞ。こじんまりした家だけどね」

 

「……あっ」

 

「……おっ」

 

「……」

 

 俺と天理は廊下に立っている麻里を見つける。

 

「こ、こんばんは……えっと、その……わ、私……」

 

「……」

 

「……?」

 

「……」

 

「あ、あの……」

 

「……」

 

「……け、桂馬君。この人……桂馬君の、ママ……だよね?」

 

「うん」

 

「お、怒ってるのかな……? 話しかけても、その……」

 

 天理が不安そうな顔で俺に話しかけてくる。そりゃそうだよな。いくら喋っても無反応ならおかしいと思うよな。

 だからこそ、今から俺が話すことを……きっと、天理ならスムーズに理解してくれるはず……多分。

 こればかりは立ち読みした雑誌の情報……『桂馬と天理の学力レベルがどちらも最高値』という記載を信じるしかない。

 

「……違うよ。お母さんは、怒ってるんじゃなくて……()()()()()んだ」

 

「止まって……?」

 

「うん。俺、さっき赤い時計のスイッチを押したでしょ?」

 

「……うん」

 

「この時計、実はね……『タンマウォッチ』と言って、時間を止めることが出来るんだ」

 

「……え? じ、時間……?」

 

 赤い懐中時計……『タンマウォッチ』を天理に見せる。ボタンを押すだけで全世界の時間を止めてしまうというとんでもない代物だ。

 ただし例外もある。使用者はもちろんのこと、使用者に触れている人物も時間停止の対象外となる。

 だからこそ、さっき天理に俺の服を掴んでもらっていたのだ。でないと天理の時間も止まってしまい、話し合い以前の問題になるからな。

 ……はっきり言ってこれを使えば、少なくとも『神のみ』世界の登場人物なら例外なく全員を無力化することが出来てしまう。

 それほど恐ろしい道具である以上、迂闊に多用して敵にこの道具の存在を知られる訳にはいかないのだ。

 いくら道具の効果が強力だとしても、使う人間……俺自身は何の変哲も無い一般人だ。道具を使う前に殺されたらひとたまりもない。

 今回はひみつ道具のことを誰にもバレない状況で話す必要があり、説明に時間をかけ過ぎて俺達の両親に邪魔されるのも面倒ということで、この道具を使うことにした。

 

「お母さんに話しかけても相手にされないのは、そもそも時間が止まってるから……俺達の声が聞こえてないんだ」

 

「…………」

 

「俺がさっき『後で話す』と言ったのは、まさにこの道具のこと」

 

「……もしかして、さっき空を飛んだのも……?」

 

「……うん。超能力じゃなくて、道具の力」

 

「……? ……!?」

 

 天理は無言のままで驚いている……と思う。目が髪で隠れているけど、アワアワしているのは分かる。

 でも、この状況で驚かない奴がいたら、むしろ逆に会ってみたい。俺だって天理の立場になれば大声で驚く自信がある。

 

「……驚く気持ちは分かるけど、まずは部屋に行こう。廊下で話すのも落ち着かないし……ね?」

 

「……う、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、何から話せば良いか……」

 

「…………」

 

 俺は現在、自室で天理と向き合っている状態だ。変に緊張しているせいか、お互い正座しているが。

 説明するだけなら『ツーカー錠』を飲めば一瞬だが、これは伝えたくない本音や情報まで相手に伝わってしまう。流石に今の天理に女神(ディアナ)や悪魔のことを話すのは早すぎる。せめて小学校に入学してからだ。

 そもそも小学生になれば俺がドクロウを保護することになるので、その時ドクロウと一緒に説明した方が天理も理解しやすいだろう。

 

 そして肝心のひみつ道具についてだが、普通なら『俺はドラえもんのひみつ道具を持っている』と言うだけで伝えられる。

 しかしこの世界、何と『ドラえもん』という作品自体が()()()()()のだ。赤ん坊の頃からテレビアニメが放映されていなかった時点でおかしいとは思っていたが、○×占いで調べると『存在していない』という答えが出た。

 『神のみ』の原作では『ドラえもん』を元にしたパロディや小ネタがあったはずだが……そういえば、神様が『パラレルワールドだから多少の違いが出る』と言ってたな。それでか?

 何にせよ、ひみつ道具の説明にドラえもんの話題は使えない。道具の効果を見てもらいつつ、一から説明するしかないか。

 

「……まずはさっき使った空飛ぶ道具を見せるよ」

 

 俺は『タケコプター』付き石ころぼうしを取り出す。今も『片付けラッカー』の効果が持続しているので、俺達の目には見えない。

 

「……? 何もないよ……?」

 

「うん。だから、今から見えるようにする」

 

 そう言いながら、俺は片付けラッカーとよく似た外観の『道具』……『ラッカーおとし』を取り出す。片付けラッカーの効果を打ち消す道具で、大長編『翼の勇者たち』に登場した道具だ。

 ちなみに声優交代前の『ドラえもん』にも登場しており、こちらでは『あらわしラッカー』と呼ばれている。

 ラッカーおとしを吹き付けると、途端に透明化が解除され、石ころぼうしとタケコプターが俺達の目の前に姿を現す。

 

「あ……」

 

「さっきは周りの人間に知られないように、俺がこの道具を見えなくしておいたんだ。

 この黄色いタケトンボみたいな道具はタケコプターと言って、空を飛ぶ道具。こっちのこんにゃくみたいな帽子が石ころぼうしと言って……う~ん、姿を見えなくする道具と言えば良いかな?

 空を飛んでいる俺達が、他の人に見つかったら大騒ぎになるでしょ? だからこの帽子を天理やうららに被せて、姿を見えなくしておいたんだ」

 

 石ころぼうしは『存在を消す』道具と言った方が正しいが、話をスムーズに進める為にあえて『姿を消す』道具と説明しておく。

 

「…………」

 

 天理は目を見開いている。まるで信じられない物を見たという目だ。

 

「……ま、マジック?」

 

「……あー」

 

 確かにそう見えなくもないか。目の前で物が消えたり現れたりすれば、確かに手品か何かだと考えてもおかしくない。さっきの時間停止も、マジックの為に俺や麻里が演技しているだけだと思い込むことも出来る。

 実際にはそんなレベルの話ではないが……いや、待てよ? 天理って確か手品が趣味だったよな? それならむしろ、手品と関連付けて話した方が理解してもらえるかもしれない。よし!

 

「それなら、もっと凄いマジックを見せようか?」

 

「え……?」

 

 俺はポケットから、一見何の変哲も無い『風呂敷』を取り出す。これがまた凄まじい効果で、使い方を間違えると大変なことになる。

 今は時間が止まっているので騒ぎになることは無いが、それでも油断は禁物だ。もちろん正しく使えば楽しい道具ではあるので、天理に見てもらうにはもってこいだと思って取り出した。

 

「今からこの風呂敷で、色々な物を出してみせま~す!」

 

「……!」

 

「それじゃ最初は……風船!」

 

「あ……!」

 

 風呂敷をひるがえすと、俺の目の前にカラフルな風船が現れる。天理の表情が少し明るくなった……ような気がする。

 

「続いて……パンダのぬいぐるみ!」

 

「わ、わぁ……!」

 

 明らかに風呂敷より大きいサイズのパンダのぬいぐるみが、俺達の前にドサリと落ちる。天理が髪の毛から見える目を輝かせているが、まだまだこんな物じゃない。

 

「次は……大きいプチプチ!」

 

「……!!」

 

 絨毯と同じくらいの大きさはあるプチプチが、風呂敷から飛び出す。天理はついに立ち上がるほどの喜びを見せた。可愛い……ってそうじゃない。

 さっきの風船やぬいぐるみよりプチプチで喜色を浮かべている辺り、流石は天理と言うべきか。

 

「わあぁ……っ! す、凄い……! 凄いよ……!」

 

(桂馬君、本当のマジシャンみたい……! 手品って、こんなに楽しいんだ……!)

 

「タネも仕掛けもございません……何てね。これも道具の力。この風呂敷は『手品ふろしき』と言って、出したい物を何でも出すことが出来るんだ」

 

 俺が天理に説明した『手品ふろしき』……出したい物の名前を言うだけで、文字通り何でも風呂敷から出すことが出来る。

 しかしこの道具の恐ろしいところは、物だけでなく生き物、その気になれば人間まで出せてしまうのだ。

 万が一、この道具を持って『ライオン』や『象』等と言おうものなら大惨事になること間違いなしである。

 更にこの道具は融通が利かない、あるいは利き過ぎると言うべきか、風呂敷の使用者以外の人の声にも反応してしまう。

 今回は時間が止まっているので大丈夫だが、俺にとっては大勢の前で決して使えない道具と言えるかもしれない。

 他にも『手品に使うハンカチ』もあるが、こちらは余所にある物と入れ替えて指定した物を出したり、出した物の値段だけお金を取られるという面倒な仕様なので、恐らく使うことは無いだろう。

 

「そ、そうなの……?」

 

「うん。だって、このぬいぐるみやプチプチ……どう見ても風呂敷より大きいでしょ? こんな物を風呂敷の裏側に隠しておくのは無理だよ」

 

「……そう、だね。でも、本当に……マジックじゃ、無いの……?」

 

「……うん。この風呂敷や、さっき言ったタケコプターは『ひみつ道具』といって、色々なことが出来る凄い道具なんだ。他にも沢山あるんだけどね。俺のズボンのポケットの中に……全部入ってる」

 

「ひみつ道具……」

 

「そして、この道具は他の人に教える訳にはいかない。悪い人に盗まれたりすると、大変なことになっちゃうから」

 

「…………」

 

(確かに……さっきの空飛ぶ道具や、見えなくなる道具を怖い人が持っちゃったら……おまわりさんが、忙しくなっちゃうかも……)

 

「……あれ? じゃあ、何で……私には、教えてくれたの……? それに、うららちゃんには……内緒で……」

 

「…………」

 

 うん、そこは疑問に思うよな。流石に『天理のことが大好きだから隠し事したくなかった!』とは言えない……恥ずかしくて俺が死ぬし。

 

「……このことを教えるのは、秘密を守ってくれる人だけ。天理なら、教えても大丈夫だと思ったんだ」

 

「私……?」

 

「うららはさっき天理に思いっきり『超能力』ってバラしちゃってたでしょ? だから本当のことは……話せなかった。超能力って言うのは、ひみつ道具のことがバレないように……俺が考えた嘘なんだ」

 

「…………」

 

「本当は、うららは良い子だから嘘はつきたくないけど……ひみつ道具のことがバレる訳にはいかないからね。でも、天理は……しばらく一緒にいて、秘密を話すことは無いかなって……安心出来たんだ」

 

「……でも、それなら……最初から、隠しておけば……」

 

 うぐっ。流石学力レベル最高値……この歳でも、相手の会話の矛盾を突いてくるとは。その気になればいくらでも誤魔化せるが、天理には嘘をつかないと決めた。情けない話だけど、正直に言うぞ!

 

「……天理はともかく、うららは俺がうっかりしててバレちゃった」

 

「……そう、なんだ」

 

 あ、これは多分呆れられたな……死にたい。明日は石ころぼうしを被って1日部屋に引きこもろうかな……

 

(……桂馬君。いつも落ち着いてて、凄いなぁって感じだったけど……そんなところもあるんだ。ふふっ……やっぱり、パパみたい……)

 

「……天理?」

 

「あ、ううん……何でも、無いよ……?」

 

「……うん」

 

 いや、落ち込んでても仕方ない。いくら時間を止めているとはいえ、話をグダグダ長引かせるわけにはいかないよな。気持ちを切り替えて、本題……ひみつ道具の話に戻ろう。

 

「それでね? 天理には……ひみつ道具のことを知ってもらうのと一緒に、皆には秘密にしていてほしいんだ。もちろんうららにもね」

 

「…………」

 

「ごめん。自分から話しておいて、こんなことを頼むのは勝手だけど……」

 

「……ううん、良いよ……?」

 

「あ……!」

 

「桂馬君の、ひみつ道具……バレちゃったら、大変だもんね……? なら、頑張って……秘密にしておく、ね……?」

 

「……ありがとう」

 

「ううん、私も……ありがとう」

 

「え……?」

 

「さっきの、お空の散歩……楽しかったよ。桂馬君……うららちゃんや、私の為に……ひみつ道具を使ってくれたんだよね……? バレるかもしれないのに、私達の為に……」

 

「…………」

 

「だから、かな……今の桂馬君の話を聞いて、嬉しかったんだ……」

 

(桂馬君は、こんな凄いことを……楽しいことを、教えてくれたんだもん……それに、ひみつ道具のことも……教えてくれたし……)

 

「…………」

 

 やばい。天理が良い子過ぎて泣きそう。あぁダメだ、子供の体だから涙腺が緩くて……

 

「……うぅっ」

 

「け、桂馬君……? 泣いてるの……?」

 

「ぐすっ……何でも、ない……から……」

 

 桂馬……お前はこんな良い子を振ったのか……10年間、一途に思い続けて……桂馬の為に頑張ってくれた天使を……もちろん、ちひろを選んだことを責めるつもりはないけど……でもなぁ……

 

「……天理」

 

「な、なぁに……?」

 

 ……俺は原作の桂馬じゃない。そして目の前にいる天理も、原作とは既に違う歴史を歩んでいる。

 原作の天理は桂馬に想いを寄せていたが……この天理が、俺のことをそんな風に思ってくれるかは……分からない。

 そして俺には、原作の桂馬みたいに頭も良くなければ、ゲームの知識も無い。けど……

 せめて、この世界の天理には……幸せな未来を歩んでもらいたい。その為なら、ひみつ道具をフルに使う。たった今決心した。天理……俺が絶対、原作より幸せな結末を用意するから……!

 

「困ったことや辛いこと、苦しいことがあったら……何でも俺に言って。全部何とかするから……絶対に」

 

「え……? う、うん……ありがとう……?」

 

(きゅ、急にどうしたんだろう……?)




 ひみつ道具のことを話すだけでこんなに長くなってしまうとは……
 主人公が天理に惚れ込んでいるのは前世からです。転生してから悪化しましたが。
 天理がマジック好きになった理由は原作では不明……だったはずです。見落としていたらすみません。
 折角なので、マジック好きになった理由を「ひみつ道具を間近で見て感動した」ということにしてみました。


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第13話

(確かこの辺りだったよな。俺達がさっき立ってた場所は)

 

「…………」

 

 俺は話を終えた後、天理を連れて外に出ていた。家の中で時間停止を解除すると、傍から見れば俺達がこつぜんと姿を消したように見える。

 周囲に誰もいないことは既に分かっているが、やはり不安なので念には念を入れておく。元々立っていた位置で時間停止を解除すれば、周りから見ても俺達がその場でずっと会話し続けているだけに見えるからな。

 

「……桂馬君」

 

「ん? どうしたの?」

 

「その……どうして桂馬君は、そんな凄いひみつ道具を持ってるの?」

 

「……っ!?」

 

 しまった! そういえば、俺がひみつ道具を持ってる理由までは考えてなかった!

 超能力の時はそもそもが嘘だからいくらでも言い訳出来たし、うらら達も追及してこなかったから油断してたけど……

 本当のこと……つまりひみつ道具のことを話してしまえば、そりゃ疑問に思って当然だよ!

 

「……あー、その……」

 

「…………」

 

 どう話せば良い? 生まれつき持ってた? それとも異世界から持ち込んだ? いや、天理には嘘をつかないって決めた。ここは正直に……

 でも転生や神様なんて信じてもらえるのか? せめて女神(ディアナ)達と会ってからなら、何とか信じてもらえるかもしれないけど……

 

「……もしかして、話しちゃダメなこと?」

 

「そ、そういうわけじゃないんだけど、どう話せば良いか……」

 

 考えろ。考えろ俺。天理に嘘をつかず、尚且つ納得してもらえる理由を……

 

「……ううん、やっぱり良いよ」

 

「え?」

 

「桂馬君、凄く辛そうな顔……してたから……話せないこと、なんだよね……?」

 

「いや、その……」

 

「……ごめんね。こんなこと聞いちゃって」

 

「…………」

 

 このまま、話せないことと言えば天理は引き下がってくれるだろう。でも、それで良いのか? 天理に嘘はつかないって決めたんだろ? 本当にそれで良いのか?

 ……良い訳ないだろ。そんな天理の優しさに付け入るような真似をするなんて。

 

「……もう少し、後で」

 

「え……?」

 

「確かに、今はまだ……上手く説明出来ない。でも……天理が、もう少し大きくなったら……ちゃんと、話すから」

 

「大きく……?」

 

「うん。小学生になったら……全部話すよ。約束する」

 

 答えの先延ばしになってしまったが……嘘をつくよりは良いと思う。原作の流れを崩さないとすれば、天理はいずれドクロウ達や女神(ディアナ)達と出会うことになる。

 ひみつ道具のことを抜きにしても、近い内に地獄や天界のことを話す時がやって来る。神様の存在はともかく、転生については……ドクロウやディアナに予め説明し、天理に何とか理解してもらうしかない。

 確か原作でも、地獄……冥界や天界は、人間の魂を……えっと、何か色々してたはず。この辺は正直、正確には覚えていない。

 けど、少なくとも天理やうらら達よりは、ドクロウやディアナの方が俺の話をスムーズに理解してくれる……と信じるしかないか。

 どの道ドクロウとディアナにはひみつ道具のことを打ち明けるつもりだったので、同時に俺の正体も話しておこう。

 

「……良いの? さっき、その……話しづらそうに、してたから……」

 

「……大丈夫。むしろ、ありがとう。俺に……話す決心させてくれて」

 

「……う、うん」

 

(決心……?)

 

 ごめん、天理。秘密を打ち明けると言っておきながら、まだ言えないことを隠すような真似をして。

 だけど……絶対に話す。嘘もつかない。もしかすると、信じてもらえないかもしれない。

 でも、ちゃんと話すから。それまで……少しだけ、待っていてほしい。約束したからには、必ず守るから。

 

「……それじゃ、今から止めた時間を動かすよ」

 

「あ……そういえば、時間が止まってたんだっけ……」

 

「うん。でも、もう2人だけの話は終わったから……っと!」

 

 ポケットから取り出した『タンマウォッチ』のスイッチを押す。すると、不気味なほど静かだった世界に……音が戻って来る。止まっていた車は動き出し、人々は再び話し始め、カラスや雀は飛び始めた。

 

「……これで良し。無事に時間が動き出した」

 

「……!」

 

(急に、周りの音が……聞こえてきて……)

 

「……今日はありがとう。難しい話を聞いてくれて」

 

「う、ううん。私こそ……ありがとう。話してくれて……」

 

「それじゃ……また、明日ね?」

 

「……うん。また……明日……」

 

 ゆっくり歩き出す天理を見送る。こうして見ていると、いかにも誘拐されそうな女の子で心配になる。

 もちろん原作の歴史通りならそんなことにはならないはずだが……非常時連絡用に『糸なし糸電話型トランシーバー』を渡しておくのも良いかもしれない。

 ついでに俺の部屋にも『虫の知らせアラーム』を設置していれば、天理達の危険を回避しやすくなるな。

 俺が介入したせいで微妙に歴史が変わり、巡り巡ってそんなことになったら冗談じゃ済まないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからはいつも通り、天理達との幼稚園生活を過ごしている。ただ、1つ変わったことと言えば……ひみつ道具を使う度に、天理には道具を見せて説明していることだろうか。

 

「「「「「いただきまーす!」」」」」

 

「いただきます」

 

「い、いただき……ます……」

 

「…………」

 

「……うらら、どうした?」

 

「うららちゃん……?」

 

 いつも美味しそうに給食を頬張っているうららが、珍しく手を動かしていない。

 

「……これ」

 

「ん? サラダ……ははぁ、なるほど」

 

「……嫌いな物があるんだね?」

 

「……うん」

 

 最初は体調不良を疑ったが、どうやら嫌いな野菜がサラダに入っているらしい。ここで『好き嫌いは良くない』だとか『栄養があるから食べなさい』だとか『作った人に申し訳ないから残しちゃダメ』だとか、正論を言うだけなら簡単だ。

 でも、そんな頭ごなしに叱るだけでは子供が可哀相……だと思う。俺個人の意見に過ぎないけど。

 

「桂馬君……どうしよう?」

 

 天理が小声で話しかけてくる。小声で話す理由はもちろん、ひみつ道具やそれに関わる内容の話をする際、周りにバレないようにしてくれている為だ。

 

「……嫌いな物でも、美味しく食べられるようにすれば大丈夫」

 

 俺はポケットから『ある道具』を取り出す。これは流石に『片付けラッカー』で隠さなくても大丈夫だろう。どう見てもただの調味料にしか見えないからな。

 

「……これ、何?」

 

「説明するより先に使ってみよう。天理、ちょっとだけで良いから、うららに話しかけてくれないかな?」

 

「あ……うん。えっと、うららちゃん……どれが嫌いなの?」

 

「……ピーマンですわ」

 

 うららの意識が天理に向いた瞬間、俺は『道具』をサラダにふりかける。そしてすぐにサラダから顔を離し、出来るだけサラダの方を見ないようにする。

 

「そうか? ピーマンも、食べてみれば案外美味しいかもしれないぞ?」

 

「そんなことありませんわ! 前にお母様のお料理を食べさせてもらった時は苦くて……あれ?」

 

「天理、ここからはうららのサラダを見ちゃいけない」

 

「え……?」

 

 うららに聞こえないよう、天理に小声で注意を呼びかける。

 

「こ、このサラダ……こんなに、良い匂いだったっけ……? それに美味しそう……」

 

「食べてみたら?」

 

「う、うん……はむっ! んんっ!? お、美味しい……! 凄く美味しいですわ! はむっ、はむっ!」

 

 サラダを一口食べた瞬間、うららは夢中でサラダを貪るように食べていく。さっき『嫌い』と言ったはずのピーマンも、何とも嬉しそうな表情でひょいひょい口に入れていく。

 

「……桂馬君。これって……やっぱり……?」

 

「……そう。俺が使ったのは『味のもとのもと』と言って、これを振りかけると何でも美味しくなるんだ」

 

「……そっか。それでうららちゃんは、あんな美味しそうに……」

 

 ジャイアンシチューを食べる話で登場した、知る人ぞ知る『味のもとのもと』。この調味料を振りかけると、どんなに不味い料理でもびっくりするくらい美味しくなる。

 更に味だけでなく香りや見た目も良くするようで、うっかり直視しようものなら食べずにはいられなくなるレベルだ。

 しかしこの道具、困ったことに食べ物以外の物に振りかけても効果を発揮してしまうのだ。万が一、何かの間違いで人間に振りかかってしまえば……口にするのも恐ろしい地獄絵図となる。

 

「あれ? じゃあ、どうしてさっき……サラダを見ちゃいけないって、言ったの……?」

 

「それはね? うららだけじゃなく、サラダを見ると俺や天理も『美味しそう!』と思っちゃうから……」

 

「……桂馬君や私が、うららちゃんのサラダを食べちゃわないように?」

 

「そういうこと」

 

 流石天理だ。全部説明するより先に、俺が言いたかったことを理解してしまうとは。

 ……割と冗談抜きで、この時点でも俺より天理の方が頭良いんじゃないだろうか。

 

「……味の素とは違うの?」

 

「確かに名前は似てるけど、この道具の方が凄く強力だよ。良かったら、天理のご飯にも振りかけようか?」

 

「う~ん……じゃあ、ちょっとだけ……」

 

「了解。それじゃ……試しに、このハンバーグに……」

 

 天理の皿に乗っているハンバーグに味のもとのもとをふりかけ、すかさず俺は目を逸らす。

 

「わ、わぁ……! 本当だ……! 急にハンバーグが、すっごく美味しそうに見えるよ……!」

 

「味も良くなってるから、食べてごらん?」

 

「う、うん……はむっ……んんぅ!? な、何これ……! こんな美味しいハンバーグ、食べたことないよ……! あむっ、はむぅ!」

 

 うらら同様、天理も無我夢中でハンバーグにパクついている。あ、レアな表情だ。脳内に永久保存しとこう。

 それにしてもこれ、凄い効果だな……あのおしとやかな天理が、我を忘れる勢いで食べてるくらいだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ~! 本当にお空飛んでる~!」

 

「ひゃ、ひゃあ~……!?」

 

「凄いでしょ! ケイちゃんのちょーのーりょくは!」

 

 数日が過ぎた後、私は桂馬君とうららちゃんのお家に遊びに行った。ううん、お呼ばれしたと言った方が良いかも。そこで美生ちゃんと結ちゃんがいて、最初は緊張したけど……お友達になれた。

 うららちゃんから誘われた時、桂馬君から美生ちゃんと結ちゃんについてのお話があったんだ。

 桂馬君は不安そうだった。私が辛い思いをするんじゃないかって。だから、無理には連れて行かないって。

 確かに、私は他の人とお話するのが怖い……けど、桂馬君のお友達なら大丈夫だと思って、勇気を出してついて行くことにした。

 美生ちゃんも結ちゃんも、桂馬君が間でお話してくれたからか……優しく話しかけてくれた。だから怖くなかったのかも……これも桂馬君のお陰だよ。さっきも言ったけど、もう一度……ありがとう、桂馬君。

 

「天理もうららもズルいよ~! こんな楽しいことを独り占めしてたなんて~!」

 

「ごめんなさい! でも、あの時は平日だったし……」

 

「……ごめんなさい」

 

『タケコプター』でお空を飛んだ時は、美生ちゃんと結ちゃんはいなかったから……

 

「あ、あの! 結は気にしてないから……!」

 

「こら美生! 天理を虐めたら許さないぞ! ついでにうららも」

 

「そんなんじゃないもん! 悔しいだけだもん!」

 

「うららはついでですの!?」

 

「あはは、ごめんごめん。冗談だって」

 

(天理が1番大事なのは揺るがないけど)

 

「それに悪いのは天理やうららじゃなくて俺だよ。ごめんな? 2人がいない時にそんなことをして」

 

「……許してあげる。でも、その代わり! 今日はたっくさん! お空で遊ばせてね!」

 

「み、美生ちゃん……」

 

「……ふふっ」

 

 やっぱり桂馬君はパパみたい。頼りになるというか、傍にいてくれると安心というか……今だって、私達の為に……ひみつ道具を使って、お空に連れて行ってくれたもん。

 確か『ふわふわ薬』だっけ……食べるだけで、体が浮かんでいく不思議なお薬。それだけだと大騒ぎになっちゃうから……この前話してくれた『石ころぼうし』を被せて、私達を見えなくしてくれた。

 その帽子も、うららちゃん達にバレないように桂馬君が見えなくしてるんだよね。凄いなぁ。

 

「雲の上ってこうなってたんだ~! わーい!」

 

「あ、向こうに飛行機が飛んでる……」

 

「美生ちゃん! 雲の中でかくれんぼしましょう!」

 

「あまり遠くまで行くなよー? 探すのが大変だからなー!」

 

「「はーい!」」

 

「あ、み、美生ちゃん! 引っ張らないで……!」

 

 あ、うららちゃんと美生ちゃんが走って行っちゃった。結ちゃんは……美生ちゃんに引っ張られてる。

 

「うららちゃん達、飛行機とぶつからないかな……?」

 

「大丈夫。あの遠さなら、走っても追いつけないはずだよ」

 

「なら良いけど……」

 

「……天理は、行かなくて良いの?」

 

「え? う、うん。私は、こうやって……雲とお空を見てるだけで、楽しいから……」

 

 それに、うららちゃん達と一緒に遊ぶのも楽しいけど……やっぱり、桂馬君と一緒にいる方が安心するから。

 

「……そっか」

 

(まぁ、天理ならそう言うと思ってたけど。元々騒ぐような性格じゃないだろうし)




 流石に幼稚園編3年間全てを描写すると長すぎるので、ある程度端折っていくつもりです。
 ただ、もうしばらく幼稚園編が続きます。その後は過去(小学生)編、中学生編……
 原作本編である高校生編~女神篇までの道のりはまだまだ長そうです。

 うららのピーマン嫌い設定は捏造です。
 道具を活躍させる為だけに追加した設定ですが、名家のお嬢様でも好き嫌いの1つくらいはあるんじゃないかな~と。


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第14話

『今日の夜から明日にかけて、大雨が降るでしょう。お出かけの際は傘を忘れずに』

 

「……これは間違いなく雨か」

 

「……みたいだね」

 

 4月も終わり、そろそろ皆が幼稚園に慣れてきた時期。幼稚園は春の遠足の話題で盛り上がっている。そういえば、前世でもこの時期に遠足に行ってたような気がするな。

 しかし遠足前日の今日、既に天気は悪く曇り空。帰宅した後、テレビで確認してみれば……案の定である。

 え? 何で俺の家に天理がいるのかって? うららから誘われない日は2人きりで遊ぶことが多いんだよ。嬉しいことに!

 もちろん天理の気持ちと都合が最優先なので、天理には毎回確認を取った上で家に招いているが。

 

「うらら、今頃絶対駄々こねてるだろうな……」

 

「うん……幼稚園でも、毎日楽しみにしてたから」

 

 うららは言うまでも無く良いとこのお嬢様で、こういった()()()()()()()はあまり経験したことが無い。

 それが理由かは分からないが、うららは皆とワイワイはしゃぎながら楽しむ遠足に、以前から期待を膨らませていた。

 そこにこの仕打ちである。子供……特に遠足を楽しみにしている幼稚園児にとっては、ショックで倒れるほどだろう。

 

「……天理は?」

 

「私……? えっと……あまり、気にしてないかな……」

 

 だろうな。原作でも海のキャンプで桂馬と2人で静かに過ごしてたくらいだし。

 まぁその後で重大な事件が起こる訳だけど……いや、あれは桂馬からの手紙を読んでいたからか?

 何にせよ、あまりこの手のイベントで騒ぐタイプではないことは分かっている。

 

「……桂馬君なら、明日を晴れにすることが出来るの?」

 

「うん。ただ、普段はそんなことしないけどね。日本の気候……季節が変になっちゃったら大変だし」

 

 これは建前では無く本音だ。個人の都合で天気を勝手に弄り回して、日本全体の気候がおかしくなると不味いことになりそうだし。

 

「……明日だけ」

 

「え?」

 

「うららちゃんの為に……明日だけ、晴れにしてあげられない……かな?」

 

「…………」

 

 一つ、問いかけをしよう。自分にしか解決出来ない問題があって、それを大好きな人から『何とかして?』と頼まれたとする。

 そのお願いを断れる勇者はどれほどいるだろうか……少なくとも、俺には無理だ。絶対無理だ!

 

「……分かった。でも、ここと遠足で行く場所だけしか出来ないし、1日だけだよ?」

 

 俺はポケットから『黄色い機械とカード』を取り出す。天気の問題を一発で解決する道具だ。

 

「……これは?」

 

「『お天気ボックス』と言って、好きな場所の天気を自由に変えられるんだ」

 

「こっちのカードは?」

 

「天気を変える為の目印と言えば良いかな? 例えば、そこに雪が書かれたカードがあるでしょ?

 そのカードをお天気ボックスに入れれば、その絵と同じ天気にすることが出来る。つまり、真夏でも雪を降らせることが出来ちゃうんだ」

 

「ま、真夏に雪……!?」

 

(そ、そんなことが……やっぱり、桂馬君って……凄い……!)

 

 天気を変えるだけなら『天気決定表』という道具もあるのだが、こちらは日本全体の天気を強制的に変えてしまう。

 流石にそんな大がかりなことをするのは怖いので、日本全体はもちろん、天気を変えたい場所を局所的に指定することも出来るお天気ボックスにした。

 そもそも天気決定表は原作だと未来の気象庁が使っている道具だが、そんな物を一般的な子守ロボットのドラえもんが持っているのが一番謎だ。

 

「でも、今はまだ早い。天気を変えるなんて目立つことは、出来るだけ他の人に気づかれない時間帯が良いからね」

 

「じゃあ……夜?」

 

「うん。それも真夜中の……3時か4時くらい? この時間なら、大体の人は寝てるはずだし」

 

 もちろん俺自身もそんな深夜は爆睡中なので『寝ながらケース』を使うことになるだろうけど。

 こうして明日を晴れにする計画を立て、俺は『午前3時にお天気ボックスでこの地域と遠足で行く地域を晴れにする』と書いた紙を寝ながらケースに入れ、そしてそれを枕の下に入れて眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日……俺は目を覚ますと、布団から出て真っ先に窓へ向かった。

 

「……すっかり快晴だな」

 

 窓の外を見ると、昨日の天気予報が嘘だったかのように晴れ渡っていた。雲さえ見当たらず、綺麗な青空が広がっている。

 どうやら寝ながらケースのお陰で、俺はしっかりお天気ボックスを起動したようだ。そうして身支度を整え、家の外に出ると……

 

「……お、おはよう、桂馬君」

 

「天理! おはよう!」

 

 天理が玄関で待ってくれていた。うん、今日は素晴らしい遠足になりそうだ!

 

「晴れたね……」

 

「うん。お天気ボックスがちゃんと動いてくれたみたいで良かったよ」

 

「……うららちゃん、喜んでるかな?」

 

「多分、朝起きて窓の外を見たら……飛び上がってると思う」

 

「だよね……ふふっ」

 

 天理の笑顔可愛い。写真にして部屋に飾りたい。何なら額縁も……いけない、また思考が危ない方向に行きかけてる。

 

「……あー、立ち話も何だし、歩きながら話そうか」

 

「……うんっ」

 

 俺にとっては久々の、天理にとっては人生初の遠足に向けて、いつもの道を歩き出した。そして幼稚園の前で待っていたのは……

 

「ケイちゃーん! 大好きですわー!」

 

「うわっとと!?」

 

「け、桂馬君……!?」

 

 うららからのタックル……もといハグだった。これはあれか、俺の仕業だってバレたか?

 それにしても、子供の飛びつき攻撃って意外と怖いな。俺まで後ろに倒れそうに……あ、俺も子供の体だった。

 

「これってケイちゃんがしてくれたんでしょ!? そうなんでしょ!?」

 

「……まぁ、うん。うらら、ずっと遠足を楽しみにしてたし」

 

「やっぱり! ありがとうケイちゃん! 好き好き! 大好きー!」

 

「あー分かった。分かったから一旦離して」

 

「ケイちゃーん!」

 

「聞いてないし」

 

「うららちゃん……嬉しそう……」

 

 よく見ると隣で、うららを幼稚園まで送ったであろう香夜子が凄く微笑ましそうな目で俺とうららを眺めている。いや、見てるなら止めてくれよ。全力で抱き締められるって地味に苦しいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー! ライオンですわ! あっちにはトラも!」

 

「……うらら、はしゃいでるなぁ」

 

「……うん」

 

 俺達は遠足の目的地……動物園にやって来た。うららや他の園児達は思い思いの場所に行っては興奮している。それに引き替え、俺と天理は特に騒ぐこともなく静かに動物を眺めている。

 俺は既に中身がくたびれた大人で、天理は元々物静かな性格ということもあり、お互い静かに観賞している方が性に合っているようだ。

 そんな様子を見た先生は、最初は何かを言おうとしていたが……諦めたような、悟ったような顔で他の園児達の面倒を見に行った。

 どうやら俺と天理は、良くも悪くも指導の必要は無いと分かってもらえたらしい。

 

「どうする? 別の動物を見に行く?」

 

「……どこでも良いよ。桂馬君と一緒なら」

 

「ゴッファ!?」

 

「桂馬君!?」

 

 思わず吐血するところだったよ! 何だその超絶可愛い台詞は!?

 『桂馬君と一緒なら』だって!? 不意打ちはやめてって言ったでしょうが!!

 お兄さん死ぬよ? 萌え死ぬよ? そのまま鼻血出して失血死しちゃうよ!?

 幼稚園児だから深い意味は無いんだろうけど! でも心臓に良い意味で悪いからやめて! って良い意味で悪いって何だよ! どんな日本語だよ!?

 

「ぜぇぜぇ……」

 

「だ、大丈夫……?」

 

天理が俺の背中をさすってくれてる……あ、これだけでもう全回復したわ。

 

「ケイちゃーん! 天理ちゃーん! 向こうにおっきいクジャクが……きゃっ!?」

 

「ん? うらら?」

 

「うららちゃん……?」

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

 どうやらこっちに走って来る途中で、盛大に転んでしまったらしい。しかし、ただ転んだだけでも油断は出来ない。3歳……おっと、4月で誕生日を迎えたから4歳か。そのくらいの歳だと、多少の怪我が凄く響いたりするからな。

 

「大丈夫か?」

 

「……っ! こ、このくらい何ともありませんわ! うらら、強い子ですもの!」

 

「4歳が無理しなさんな。えっと……擦り傷にしてはちょっと酷いな」

 

 これはむしろ普通の子供なら大泣きしてると思う。それでも半泣きで堪えている辺り……我慢強いんだな。

 原作でも爺さんの為に大人になろうと必死だったし……やっぱり根っこの部分が強いのか。柳曰く嘘泣きは上手いみたいだけど。

 

「桂馬君、この傷……治せそう?」

 

「大丈夫。任せといて」

 

 俺はポケットを弄り、天理以外の人間には見られないようにしながら、ある『鞄』を引っ張り出す。怪我を治すことに拘るなら、これほどピッタリな道具は無いと言って良いほどだ。

 

「……玩具の鞄?」

 

「これは『お医者さんカバン』と言って、どんなに酷い病気や怪我でも完璧に治してくれるんだ」

 

「……!?」

 

(か、完璧に……!? それって、病院に行かなくても良くなるんじゃ……)

 

 この『お医者さんカバン』は、聴診器を当てるだけで病名や怪我名を正確に診断し、それを治療する為の器具や薬を出してくれる。

 原作だと『未来の子供がお医者さんごっこに使う玩具で、簡単な病気しか治せない』と説明されているが、実際には結核を治療したり未知の生物の怪我を治したりと、玩具とは思えないほどの性能を発揮している。

 以前『○×占い』で調べてみたのだが、何と『あらゆる病気や怪我を例外なく完治させ、更に人間以外の生物でも有効』との答えが出た。

 流石に冗談じゃないかと呟いたら、○×占いの『×』に頭をはたかれたので間違いないと断言出来る。

 いやまぁ、ひみつ道具が悪魔や女神にも有効であることを考えれば、確かにそういう効果の方が納得出来るけども。

 一応薬品や器具が無くなると使用不可になるという欠点もあるが、カバンを使う度に『タイムふろしき』で新品に戻せば良いので問題無い。

 

 ちなみに錠剤タイプの『万病薬』もあるが、こちらも○×占いによると『一錠飲むだけであらゆる病気を例外なく完治させる』とのこと。

 え? お医者さんカバンがあれば万病薬はいらない? その点も○×占いで調べてみると『万病薬は病気を瞬時に治せる代わりに怪我は治せず、お医者さんカバンは病気と怪我の両方を治せるが、重傷や重病だと治すのに多少時間がかかる』という違いがあることが分かった。

 お医者さんカバンがバランス型で、万病薬が病気特化型といった感じか。

 

 しかし万病薬は原作だと『どんな病気にも効く薬』という名前で登場し、『薬だから効かないこともある』と説明されていたはずだが……

 よく考えると『ドラえもん』のゲームで登場する万病薬は『体力が全回復して状態変化も治す』効果だったり『どんな酷い病気でも治す』等と説明されていたような気がする。

 これも神様が気を利かせて、どんな状況でも使いやすいように道具の効果を調整してくれたのだろうか。

 ……おっと、考え込んでいる場合じゃない。早くこの道具でうららの傷を治してあげないとな。

 俺はお医者さんカバンに『片付けラッカー』を吹き付けて周りから見えないようにしつつ、うららの足に軽く聴診器を当てる。

 

『怪我名:擦リ傷 治療法:治療薬ヲ塗リツケルコト』

 

「い、今の声……見えないけど、カバンから?」

 

「うん。おっと、怪我を治す為の薬も出てきたみたい」

 

 小声で天理に説明しつつ、お医者さんカバンから飛び出してきた塗り薬を掴み取る。

 どうやらカバンは片付けラッカーで見えなくなっていても、中から出てくる薬はラッカーの対象外らしい。

 でも、塗り薬ならいくらでも言い訳が利くので気にしないことにする。

 

「よし、今治すからな」

 

「……あの、それは?」

 

「俺が用意した怪我を治す塗り薬だ」

 

「ヒッ!? し、しみるから嫌ですわ!」

 

 確かに、怪我を治す為の薬ってあまり良い思い出は無いよな。俺も昔、傷口にしみる薬を塗られて叫んだ記憶があるし。だからこそ、出来るだけ優しい声でうららに説明する。

 

「大丈夫。これは全然しみないし、あっという間に治してくれるから」

 

「うぅ……ケイちゃんがそう言うなら……は、はい……」

 

 普段からの信頼か、それとも超能力もといひみつ道具の凄さか、うららは素直に足を差し出してくれた。

 後は塗り薬を塗るだけだ。量は……適当で良いか。とりあえず薬を手に出して、うららの傷口に塗り込む。

 

「んっ、ひゃっ! く、くすぐったいですわ! あはははっ!」

 

 どうやら痛みが無いどころか、むしろくすぐったいらしい。そして傷も驚異的な早さで癒えていく。10秒も経たない内に、傷はまるで最初から無かったかのように完治していた。

 

「これで良し、と」

 

「……あれ? 傷が無くなってますわ!」

 

「そりゃ治ったからな。ほら、足を見てみな」

 

「えっと……ほ、本当ですわ! さっきまで血が流れて、すっごく痛かったのに!」

 

「……やっぱり痛かったんだね」

 

「え? あ、違う! そ、そう! ちょっとだけ! ほんのちょっと! でも、今は全然痛くない! やっぱりケイちゃんは凄いですわ! いつもなら怖いお医者様が痛いことするのに、ケイちゃんなら全然怖くないもん!」

 

 天理に図星を突かれてムキになるかと思ったが、やはり傷が治ったことの方が嬉しいらしい。満面の笑みで大喜びしてる。

 それにしても『怖い医者が痛いことする』、か……やっぱりどこの世界でも、医者は子供から嫌われる存在なんだな……ドンマイ、白鳥家専属のお医者さん。

 

「これでまた動物を沢山見られますわー!」

 

「おーい! 走るとまた転ぶぞー!」

 

「あーっ! 向こうに象さんがいるー!」

 

「……全然聞いてない」

 

「ふふっ……きっと、桂馬君に怪我を治してもらったことが……凄く、嬉しかったんだよ」

 

 うららはさっきまでの泣きそうな表情は忘れたかのように、再び興奮しながら走って行った。

 そんな様子を、天理は微笑みながら眺めている。これじゃ天理が母親でうららが娘みたいだな。2人共ほぼ同い年だけど。

 

「……さて、気を取り直してコアラでも見に行こうか」

 

「……うんっ」

 

 うららは近くにいるであろう幼稚園の先生達に任せて、俺と天理はゆっくり他の動物を見て回ることにした。

 お互い幼稚園児とは思えないほどゆったりしたペースで、気の向くままに動物園を楽しんだ。

 コアラやパンダを見て笑顔になる天理は本当に可愛かったなぁ……家に帰ったら『タイムテレビ』でもう一度見ようかな?

 ビデオカメラの映像や写真に残していなくても、ひみつ道具があれば思い出を何度でも楽しめる訳だし。




 万病薬のゲーム説明部分の元ネタは「ドラえもん3 魔界のダンジョン」と「ドラえもん のび太と緑の巨人伝DS」です。
 「魔界のダンジョン」は石ころ帽子を入手してからは無双ゲーになって、思う存分敵を倒した記憶があります。
 また、原作でもドラえもんが「僕らの時代の科学では治せない病気は無い」と言っているので、お医者さんカバンと万病薬はこれくらい万能にしても良いかな~と。


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第15話

 またまたイレギュラーが発生します。


 6月に入ると梅雨時となり、雨が毎日続くことも珍しいことではなくなった。

 そして現在、1週間連続で雨が降っている。こうなると、多かれ少なかれ不満を持つ子供が現れる訳で……

 

「暇ー!」

 

「退屈ですわー!」

 

「はぁ……」

 

 見事に3人娘(うらら・美生・結)の不満爆発である。確かに子供にとって梅雨はつまらないだろうな……外で遊べないし。

 インドア派の天理は全く気にしてなさそうだけど。俺と遊ぶにしても基本は室内だしな。

 

「ケイちゃーん。遠足の時みたいに、ちょーのーりょくで晴れにしてー!」

 

「この前は特別だったからなぁ……あまり何度も天気を変えるのは……」

 

「だってつまんないんだもん!」

 

「…………」

 

(結まで俺を見つめてきてるし)

 

「……桂馬君。どうする?」

 

「う~ん、そうだな……」

 

 うらら達は俺から視線を離さない。とにかく外で遊びたくて仕方ないらしい。

 あー、何かドラえもんの気持ちが分かった気がする。映画や大長編だと、大抵はのび太達の無茶振りを何とかしてあげてるもんな。『大魔境』とか『海底鬼岩城』とか『日本誕生』とかさ。

 

「……どうしても外で遊びたいか?」

 

「「「うんっ!」」」

 

「結まではっきり返事するか……分かった。何とかする」

 

「「「ほんとに!?」」」

 

「息ピッタリだな」

 

「……大丈夫?」

 

 天理が不安そうな顔で、そして小声で尋ねてくる。天気を変えずに外で遊ぶとすれば……う~ん、候補は色々あるけど、今のうらら達だと……あそこだな。

 

「うん。外へ出るのはもちろん、空を飛ぶのもズブ濡れになるし……それなら雲の上で遊べるようにすれば良いかなって」

 

「雲の上……?」

 

 大雨の中を『タケコプター』で飛ぶのは危険過ぎる。びしょ濡れになるだけならまだしも、雷に当たりでもすれば大怪我してしまう。

 いや、下手をすると死んでしまうかもしれない……天理達をそんな危ない目に遭わせる訳にはいかないからな。

 

「後で説明するよ。俺は今から準備してくるから、うらら達と待ってて?」

 

「……うん、分かったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天理に話し終えた後、俺はうらら達に見られないよう部屋の外に出てから、『どこでもドア』とタケコプターを取り出す。

 行き先は『雲の上』と指定し、ドアを開けると……そこには、土砂降りの地表とは比べものにならないほど晴れ渡った青空が広がっている。

 

「やっぱり雲の上は晴天だな……よっと」

 

 頭に付けたタケコプターで空を飛びながら、手頃な雲を探す。大きくて、それでいて広く、皆で遊ぶのに最適な雲は……

 

「……この雲で良いか」

 

 それなりの広さの雲を見つけると、俺は用意していた『雲固めガス』を吹き付ける。このガスを吹き付けられた雲は、フワフワに固まって上に乗ることが出来るようになる。

 原作でも度々登場しているが、『雲の王国』でドラえもん達がこれを使って王国を作り、皆で遊んでいる場面が特に印象に残っている。

 しかしガスを使うのは地味に大変で、一部分だけでなく雲全体にまんべんなく吹き付けないといけないのだ。

 

「これで半分か。残りは……あっちか」

 

 ガスを吹き付けながら、俺はここで天理達とどう遊ぶかを考える。雲スキーは幼稚園児には危ないだろうから、やはり雲合戦だろうか?

 それとも『自動万能工事マシン』で町を……いやダメだ。それはせめて小学生になってからの方が良い。

 幼稚園で『天国ならあります! ケイちゃんが作ってくれました!』等と発言するうららが簡単に思い浮かぶ。

 

「……よし、こんなもんかな」

 

 雲全体にガスを吹き付けたことを確認し、俺は周りにバレない対策として『マジックドーム』を取り出す。

 大長編『雲の王国』に登場した道具で、これを使うと薄い煙の膜が周囲に広がり、煙で囲まれた内部の様子が外部から一切バレなくなる。

 今回は雲の上でしか活動しない為、天理達に『石ころぼうし』を被せるよりこちらの方が手軽だ。

 ただしドームの外に出てしまうと、使用者もドームの内側の様子を確認出来なくなるという欠点もある。

 とはいえ、どこでもドアがあればいつでもこの雲を訪れることが出来るので、その点は心配無い。

 

「ちゃんと煙は出てるな。これで周りからはバレないとして、後は天理達を呼べば……」

 

 ……そう。心配ないはずだった。しかし、この道具の欠点はそれだけではない。考えてみれば分かる話だが、この道具は別にバリヤーを張る効果は無い。あくまでも()()()()()()()()だけだ。

 つまり、空を飛ぶ存在なら()()()()()()()()()()()()()ことも十分あり得る可能性である。

 それが現実世界ならば、せいぜい鳥か飛行機……それも一瞬なので、多くの者は見間違いか何かだと思うだろう。

 しかしここは『神のみぞ知るセカイ』とよく似た世界。空を飛ぶ者は鳥や飛行機だけでなく……

 

「……む?」

 

「……え?」

 

 悪魔も含まれる。そう、うっかりだよ。俺、またやらかしちゃったんだよ。

 というか何でリミュエルがここに? あ、そういやこの前も飛んでたっけ? でもあの時とは違う場所のはず……

 いやいや! 毎回全く同じルートを通るとは限らないだろ! そんなことも考慮してなかったのかよ俺!?

 

「……お前、は」

 

「いや、その……」

 

 どうする? どうやって説明する? いっそ正直に話すか? 『俺は特別な道具を持つ転生した3歳児です』って。

 ……普通ならふざけてるとしか思われないな。でもリミュエルは悪魔だし、普通の人間よりは信じてもらえるかもしれない。

 それに原作では終始桂馬の味方……だったはず。よ、よし。思い切って話してみるか……?

 

「…………」

 

「あー、えっと、リミュエルさん? 俺は……」

 

「……!?」

 

「へ?」

 

 あれ? 何かこっちに近づいてきてない? それも猛スピードで。というか思いっきり証の鎌持ってない? 殺意バリバリの表情してない!?

 おいおいおいおい!? まさか俺を敵と勘違いしてるのか!? 俺正統悪魔社(ヴィンテージ)じゃないよ!? 増してサテュロスでもないよ!?

 

「……っ!」

 

「うわっ!?」

 

 ヤバイヤバイヤバイ!? そんなこと考えてたらかなり接近してきてる!?

 こんなところで敵と誤解されて殺されるのは嫌だあああああああああああああああああッ!!

 

「なっ!?」

 

「はぁっはぁっ……あ、あれ?」

 

 俺は咄嗟に、それも無意識の内に道具を取り出して使った……らしい。

 手元を見てみると、表が赤色で裏が青色の布をヒラヒラとさせていた……ってこれ『ひらりマント』じゃん!

 そ、そうか……俺は生存本能的な何かでひらりマントを取り出して、リミュエルの突進攻撃を跳ね返したのか。

 そのせいかリミュエルは反対方向に吹っ飛んでるっぽいし。しかも俺自身も空を飛んでいる。どうやらタケコプターが俺の意志に反応して起動したようだ。

 

「え、えーっと! 俺は敵じゃない! 味方味方! どう見ても怪しいかもしれないけど味方!」

 

 ヤバいヤバいヤバい! 焦って頭が回らない! ど、どうすれば良い!? この状況を改善するにはどうしたら良い!?

 

(私の攻撃を、まさか私ごと吹き飛ばして対処するとは……これは厄介な相手じゃ……! サテュロスの奴ら、まさか人間に擬態してこんなことを……!)

 

 ダメだ! 全然話を聞いてない! それどころか、さっきより俺のことを睨んでる!?

 

(周囲の目を欺き、雲の上に拠点を作ろうとする……そんな奴が人間界で派手に暴れたら、本当に不味い……!)

 

「うわっ、また来た!?」

 

 殺意を隠そうともしないリミュエルが俺に向かって来る。完全に殺す気だろこれ!?

 

「……くっ!?」

 

 まさか味方相手に攻撃することなんて出来ないので、俺はタケコプターとひらりマントでリミュエルの攻撃を防ぎ続けるしかない。

 しかし証の鎌だけならまだしも、羽衣や勾留ビンを出されると非常にめんどくさいことになる。

 特に羽衣で拘束されるとひみつ道具を取り出せなくなるので、それだけは何としてでも避けなければならない。

 

「このっ……!」

 

「り、リミュエル! 俺はサテュロスでもヴィンテージでもない! むしろ味方だって!」

 

協力者(バディー)でも無い人間が、その名を知っているはずがない!」

 

「うっ……」

 

 そこを突かれると痛い。原作のこの時期の桂馬は当然協力者(バディー)ではなく、地獄や天界とも関わりがない一般人だ。

 せめて過去編……例の『球』を持っている状況なら、それを見せれば地獄側の味方だと証明出来る。

 しかし今は味方と証明出来る物が無い。つまりリミュエルからすれば、俺は『極秘情報を知り、よく分からない力を行使出来る謎の存在』である。

 うん、そりゃ敵と思われるよな。俺がリミュエル側の立場でもすっげぇ警戒するわ。

 ……って極秘情報については、たった今俺がヴィンテージとかサテュロスって言っちゃったから? もしかして俺、墓穴掘った!?

 

「と、とにかく話を聞いて……ひぃっ!?」

 

「ぐうっ! お前、その力は何なのじゃ! 私の攻撃を容易く回避するとは、サテュロスの中でもかなりの実力者じゃな!?」

 

「だから違うって! はぁはぁ……」

 

 全力でマントを振っているせいか、流石に腕が疲れてきた……でもマントを振らないと俺が死ぬ。

 それにリミュエルの飛行速度が速すぎて、タケコプター単体で逃げ切ることは出来そうにない。

 しかしこのままだと先に俺が力尽きるだろう。悪魔と人間なら、当然だが悪魔の方が体力は上なのだから。

 仕方ない……痺れを切らして羽衣やビンで攻撃される前に、ひらりマントより強力な道具を使うしかないか……!

 

「いい加減に……っあ!?」

 

(道具を出すなら今しか無い!)

 

 リミュエルがひらりマントで吹き飛ばされたことを確認した瞬間、俺は急いでポケットに手を突っ込む。

 そして迷うことなく、一見『初心者マーク』にしか見えない道具を取り出し、すぐさま胸に貼り付ける。

 よし、これで俺の安全は確保された……はずだ。『○×占い』を使う暇が無い以上、後は道具の効果を信じるしか無い。

 

「くっ……今度こそ……!」

 

 リミュエルが俺に向かって来る。俺は道具の力を信じ、微動だにしない。

 

(……? 急に抵抗を辞めたか? いや、油断させようとしているに違いない……手加減無用じゃ!)

 

 間髪入れずにリミュエルが至近距離まで接近してくる。道具を使っていても非常に怖い。

 前世では、幸いにも命の危機に晒されるような経験をしたことは無かった。そのせいか心臓が壊れそうな勢いで波打ち、体の震えと汗も止まらない。

 

「……っ!」

 

(く、来る……っ!)

 

「はぁっ! ……え?」

 

(……た、助かったぁ……)

 

 リミュエルは俺の眼前まで近づいた……その瞬間、俺に攻撃が当たることはなく、()()()()()()()()()

 どうやら、俺が使った『道具』が正常に機能してくれたようだ……緊張の緒が切れて、ヘナヘナと体の力が抜ける。

 俺が胸に貼り付けているのは『四次元若葉マーク』。これを貼った物は四次元空間に入った状態となり、他の物が全てすり抜けるようになる。

 つまりこれを貼っている限り、少なくとも三次元空間からの攻撃は全て回避することが出来る。

 ひらりマントと違い腕を振る等といった体を動かす必要は無いので、体力を消耗する心配も無い。

 ただし同じマークを付けている者同士はすり抜けることなく激突してしまうが、自分1人で使うなら問題無い。

 ダメージを受けなくする道具なら『痛み跳ね返りミラー』もあるが、これは自分がダメージを受けない代わりに相手に2倍のダメージを跳ね返してしまう。

 敵相手ならまだしも、味方であるリミュエルにそんなことをする訳にはいかないので、自分へのダメージのみを無効にする四次元若葉マークを使うしかなかった。

 一先ずこれで攻撃を防ぎつつ、何とかリミュエルを説得するしかない……

 

「ど、どうしてすり抜け……なっ!?」

 

ズドオオオオォォォォンッ!

 

「うおっ!?」

 

 ……と思っていたら、後ろから凄まじい衝撃音が聞こえた。いやいや待ってくれ。ここは雲の上だぞ? ぶつかるような物なんて……

 そう思いながら振り返ると、その疑問を消し飛ばす光景が広がっていた。

 

「う、ぐぅ……」

 

(……うっわぁ)

 

 俺の真後ろには、原作で見たことのある人工海岸……の岩壁が広がっている。

 それに加えて、そこに思いっきり突っ込んだであろうリミュエルの下半身も見える。

 無我夢中でタケコプターで逃げ続けている内に、俺はどうやらこんなところまで来ていたようだ。

 そしてリミュエルも俺を倒すことばかりに意識を向けていた……と思う。お互い雨に打たれてびしょ濡れだが、そんなことを気にしている余裕も無かった。

 それほどの状況で俺が突然四次元若葉マークを使えば……その後どうなるかは火を見るより明らかである。

 俺の体が突然すり抜け、気づけば目の前に壁が迫っていれば……恐らく大抵の人間は激突すると思う。

 リミュエルも例外ではなかったようで、あり得ない現象が起きたことで脳の処理が追いつかず、そのまま壁に飛び込んでしまったのだろう。

 

「……り、リミュエル?」

 

「……」

 

「これは……気絶してる、のか?」

 

 あのリミュエルのことだし、もしかすると気絶しているフリをして俺の油断を誘っているのかもしれない。

 とりあえず安全の為にも、俺は『厄除けシール』を腹に貼り付ける。こうしておけば、俺の安全は100%保証される。

 そしてこのままではリミュエルに触れることさえ出来ないので、四次元若葉マークを剥がし……恐る恐るリミュエルに近づく。

 

「リミュエル……? だ、大丈夫か……?」

 

「うぅ……」

 

「もしも~し……?」

 

「んん……」

 

 足をツンツン触る。声は出ているので、とりあえず命に別状は無いらしい。だとしても、こんなところに刺さっている状態で放置するわけにもいかない。

 俺はポケットから『かるがる手袋』を取り出し、リミュエルを岩から出来るだけ優しく引っ張り出す。

 

「うんしょ……お、意外と簡単に抜けたな」

 

「……」

 

「うわっ、体中傷だらけじゃないか!? 急いで手当てしないと!」

 

 俺は慌てて『お医者さんカバン』を取り出し、リミュエルの手に聴診器を当てる。するとカバンがリミュエルの怪我の具合を診断し……画面の文字と音声で結果を報告してくれた。

 

『全身ヲ酷ク損傷シテイマス。至急薬ヲ飲マセ、安静ニサセルコト』

 

「安静って、こんなドロドロの浜辺じゃ無理だろ……仕方ない、あれを使うか」

 

 俺は周囲に誰もいないことを確認し、リミュエルに触れながら『タンマウォッチ』を使って時間を止める。

 こうすることでリミュエルから連絡が無い為に地獄が混乱するのを防げるし、リミュエルの傷が治るまでゆっくり看病することも出来る。

 しかしこのままではリミュエルをドロドロの浜辺で寝かせることになるので、俺は『かべ紙ハウス』を取り出す。

 その辺の壁に貼り付けるだけで、どこでも居住空間を確保することが出来る道具だ。しかもペラペラの見た目に反して、中はかなり広い。

 

「でも、いくら時間が止まってるとはいえ、この雨の中に紙を放置するのもなぁ……」

 

 そう。紙である以上、濡れてグシャグシャになると外に出られなくなり、居住空間に閉じ込められることになるかもしれない。それを防ぐ為にも、俺はポケットから『カサイラズ』を取り出す。

 このスプレーを吹き付けられた物は丸1日、水を一切寄せ付けなくなる。その効果は強力で、スプレーを吹き付けた物が水の中に落ちたとしても、その部分だけポッカリ水の無い隙間が出来るほどである。

 俺はかべ紙ハウスにカサイラズを吹き付けた後、適当な岩に貼り付け、お姫様抱っこでリミュエルを運びつつ中に入る。すると何もない代わりに広い空間が一面に広がっていた。

 

「とりあえず、ここなら安心してリミュエルを治療出来るな。でもその前に……」

 

 リミュエルをゆっくり寝かせて、俺はポケットから『瞬間クリーニングドライヤー』を取り出す。

 大長編『夢幻三剣士』に登場した道具で、これを使うとどんなに濡れていたり汚れている物でも一瞬で綺麗に乾かすことが出来る。

 まずはこれを使ってリミュエルの体を乾かし、濡れていることによる体温の低下を防ぐ。

 

「ちょっと熱いですよー……?」

 

ブオオオォォォォ~ッ……

 

「ん……」

 

 ドライヤーを使うと、あれだけ濡れていたリミュエルの服や体が一瞬の内に綺麗に乾いた。

 これで風邪を引いたり傷が悪化することは無い……はず。リミュエルほどの悪魔が風邪を引くかは分からないけど。

 続いて俺はお医者さんカバンが用意してくれた薬を手に取る。今回は塗り薬ではなく飲み薬だ。

 カバンの説明によると、これを飲めば体内の自然治癒力を向上させて傷を癒すらしい。外観は原作に登場した注射器型の飲み薬なので、使い方はすぐに分かった。

 

(……とりあえず、注射器の先端を口に入れて)

 

「んぅ……」

 

(ゆっくり押し込んで……と)

 

「ん……ごくっ……」

 

 これで薬を飲ませることは出来た。後は安静にさせる必要があるが、お世辞にも柔らかいとは言えない床で寝かせるのも可哀相だ。

 

「……俺の部屋の布団を使うしかないか」

 

 俺はポケットから『取り寄せバッグ』を取り出す。遠く離れた所にある物を自由に取り出すことが出来るバッグだ。

 しかも有効範囲は地球内に留まらず、その気になれば遠く離れた宇宙や銀河に存在する物や、それこそ次元を超えた別世界の物でも取り寄せることが可能だ。

 実際に『夢幻三剣士』では、ドラえもんが取り寄せバッグで夢世界から現実世界の物を取り寄せるというとんでもないことをしている。

 つまり『神のみ』世界なら、人間界にいながら地獄や天界の物を取り寄せることが出来てしまうのだ。

 ……そんなことはまずしないけどな。ひみつ道具の存在がヴィンテージやサテュロスにバレるし。

 

「俺の部屋の布団……っと! かるがる手袋のお陰で取り出すのも楽だな」

 

 取り出した布団を敷き、その上にリミュエルを静かに寝かせた。さっきまでは苦しそうな表情だったが、薬が効いているのか、少し穏やかな表情になっている。

 後は目が覚めるのを待つだけか……さて、リミュエルが起きたらどう説明すれば良いのやら。

 

「……とにかく、俺が味方であることだけは頑張って信じてもらおう」

 

 ドクロウやエルシィ達にはひみつ道具のことを話しておくつもりだったが、リミュエルはどうしよう……いや、流石にこんな状況で隠せば余計怪しまれるだけか。仕方ない、腹を括ろう。

 幸い、リミュエルは原作でも味方……で良いよな? 少なくとも、桂馬と敵対したことは無いはずだ。




 というわけで、原作と比べて異常に早いタイミングでリミュエルと対面です。


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第16話

「……ん」

 

 ここは……私はさっき、人間の少年に擬態したサテュロスの一員であろう奴と戦って……それで……

 あぁ、そうじゃ。奴が急に姿を霊体化したかと思えば、目の前まで迫った岩に激突して……それからの記憶が無い。

 恐らく私はそのまま気を失ってしまったのか。我ながら情けない話じゃ……しかし、誰かが助けてくれたのか? それとも……

 

「……気がついたか?」

 

「……っ!?」

 

 こ、こいつは!? そうか、私は気絶したところをそのまま捕えられて……

 くっ! 正統悪魔社(ヴィンテージ)ならまだしも、よりによってサテュロスである奴に捕まってしまうとは……

 

「お前……うぐっ!」

 

「あー……急に起き上がると傷が痛むぞ?」

 

 ……どうやら、岩に激突した時のダメージがまだ残っているようじゃ。全身が軋むように痛む。

 これでは証の鎌は使えそうにない……せめて、羽衣か勾留ビンで抵抗を……

 

「いくら俺が治療したとはいえ、まだ完治した訳じゃない。今は安静にしておいた方が良いと思う」

 

「……は? ち、治療……?」

 

 こいつは何を言っているんじゃ? 敵を治療? いや、相手はサテュロス……こちらを騙そうとしているに違いない。

 あの連中は、目的の為なら手段を選ばん奴らだ。それにこいつは()()()()()()()。だとすれば、私を生かしておく理由等無い。やはりこいつは、私をここで始末……

 

(意識が戻って良かった……いくら『お医者さんカバン』を使ってるとはいえ、このまま目覚めなかったらどうしようかと思ったよマジで)

 

「その、色々気になることはあるだろうけど……まずは……」

 

「……っ」

 

 腕を動かそうにも、痛みで体を動かせない……! 羽衣も目の前にあるというのに……! こんなところで、私の命は……いや、先に拷問による尋問か……!

 

「先程はすみませんでしたぁっ!」

 

「……ほぇ?」

 

 思わず間抜けな声が出た。え? こいつは今何をした? 謝罪? 頭を下げながら? あのサテュロスが、敵である私に謝罪じゃと……? こ、これも私を油断させる罠か……?

 

「リミュエルを説得しようと、攻撃を無効に出来る道具を使ったら……まさかこんなことになるなんて! 本当にごめん!」

 

「ど、道具……? まさか、さっきの霊体化のことか?」

 

「霊体化? あ、そうか……」

 

(悪魔のリミュエルからすれば、そう感じたのか……確かに、駆け魂みたいな悪霊が存在する世界だもんな……)

 

「おい……」

 

「あ、えっと……とりあえず、俺の話を聞いてほしい。さっきはそれどころじゃなかったし、俺を敵だと思っても仕方ないけど……」

 

「…………」

 

 本当なら、サテュロスの話など耳を貸さない方が良いのだろう。そこから洗脳される可能性だってある。

 酷い場合は、話を聞いている内に質疑応答等で誘導され……こちらが握る情報を知られてしまうかもしれぬ。

 じゃが……どうもこいつは、敵にしては殺意を感じない。やろうと思えば、今すぐにでも私を始末することが出来るはずなのに……

 

「……勝手に話せ。どうせ私は身動きが取れぬ」

 

「ありがとう。どこから話せば良いか……まずは、さっき使った道具についてだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひみつ道具……」

 

「そう。だからさっきまで、俺はリミュエルの攻撃を何とか受け流すことが出来た」

 

 まさかそんな物が……しかし、こいつが嘘をついているようにも見えない。

 実際に、あのような状況で突然体を霊体化するような奴は……今まで見たことが無い。目の前で見た以上、嘘と切り捨てる訳にもいかぬ。

 しかし、道具……? 地獄にも、そのような現象を容易く行えるような物は……

 

「……私が体ごと反対に吹っ飛んだのも、そのひみつ道具とやらの力か?」

 

「正解。あれは『ひらりマント』といって、マントを振るだけで真後ろ以外のあらゆる攻撃を跳ね返すことが出来る」

 

「…………」

 

 絶句した。あんな玩具のような布きれで、そのようなことが……!?

 普通の悪魔なら、そんな話を聞かされても信じられないと思うだろう。私も、こいつと戦う前ならそう考えていたはずじゃ。

 しかし、私はそのひらりマントという布の強さを……身をもって知っている。いや、思い知らされた。

 鎌で攻撃しようと、何度突進しても……全て逆方向に弾き飛ばされてしまうのじゃ。

 

「なら、霊体化は……」

 

「……実はあれ、霊体化した訳じゃないんだ」

 

「は?」

 

「リミュエルが俺の体をすり抜けたのは、この『四次元若葉マーク』のせい」

 

 こいつは何やらズボンを弄ったかと思えば、人間界で稀に見かける物を見せてきた。

 

「……人間が乗る車についている、よく分からない絵にしか見えないのじゃが」

 

「見た目はふざけてるかもしれないけど、これを貼ると体が四次元空間に入り込み、現実空間の物が全てすり抜けるようになるんだ。

 これのお陰で、俺はリミュエルの攻撃をすり抜けることが出来た。その結果があの大惨事だけどな……本当にごめん。責任を持って、怪我は手当てしたから」

 

「なっ……!?」

 

 よ、四次元じゃと!? もはや新悪魔どころか、サテュロスだとしても到底実現出来ない技術じゃ……!

 霊体化よりも難解な技術であるはず……! なのにこいつは、そんな物で簡単にやってのけたというのか……!?

 

「そしてこの部屋、どこだか分かるか?」

 

「……お前の自室か? それにしては物が無く殺風景じゃが」

 

「違う。実はさっきの岩壁の裏に、俺が独自に作り出した空間だ。ここからだと見えないけど、『かべ紙ハウス』という道具を使ってる。

 見た目はただのドアが書かれた紙だけど、それを壁に貼るだけで、中に人が住めるほどの空間が出来上がるんだ」

 

「…………」

 

 か、仮想空間さえ簡単に作り出せてしまうのか……こいつは……

 

「更に言うと、今はこの世界の時間が止まってる。この懐中時計……『タンマウォッチ』を使って、俺達以外の時間を止めたんだ。

 ひみつ道具の存在が、サテュロスやヴィンテージにバレないように……同時に、リミュエルを安全な状況で手当てしなきゃいけなかったし。

 あ、時間が止まってるのは人間界だけじゃない。地獄や天界の時間も止まってるはずだから、向こうでもリミュエルから連絡が無いことでトラブルは起きてないはず」

 

「…………」

 

 もはや驚愕の連続で、声を出すことさえ出来ない……こいつは、予想以上に危険じゃ……!

 確かに、私から連絡が入らなければ……地獄側も何かしらの安否確認等の連絡を寄越すはず。しかし、それらしき反応は一切無い。

 となれば、本当に時が止まっておるとしか考えられない……ユピテルの姉妹が集えば同等の現象を起こすことも不可能では無いのかもしれぬが、そんなあっさり行えることではないはず……!

 こいつが敵に回れば、私達では相手にならない。サテュロスが総出で挑んだとしても、容易く返り討ちにしてしまうほどじゃ……!

 

「……み、味方」

 

「え?」

 

「お、お前は……どうして、さっきは……味方と言ったんじゃ……?」

 

 恐怖で声が震える。こいつにかかれば、私など『ハエ』に過ぎない。いや、全盛期のドクロウさえも『雑魚』と断言出来てしまうほどだろう。

 もしかすると、今はまだ生かされているだけで……機嫌を損なえば、すぐに抹殺されてしまうかもしれない。

 増してここが偽りの空間であり、時間が止まっている等という出鱈目な話が本当なら……証拠すら残らない……!

 

「あー……それはだな……」

 

(転生したことは……やめとこう。いずれドクロウに伝えるとはいえ、この時期のリミュエルに伝えるのは……流石に早過ぎるよな)

 

「……俺、地獄のことはもちろん、少し先の未来が分かるんだ」

 

「……未来?」

 

「そう。『タイムテレビ』といって、過去や未来のどんな場所でも見ることが出来る道具があるんだけど……

 それで色々調べてたら、サテュロスやヴィンテージの奴らがとんでもない計画を立ててることが分かった。

 そしてついでに、新地獄や天界がサテュロスの計画に巻き込まれることも分かった。リミュエルのことも、この時に知ったんだ」

 

「…………」

 

 そうか……だからこいつは、私やサテュロスのことを……それだけじゃない。奴らが密かに企てている計画のことまで知っているとはな……

 

「それで俺は人間界を守る為にも、新地獄や天界のサポートをしようと思った。でも、この力が周りに知れ渡る訳にはいかない。

 こんな強力な道具がサテュロスやヴィンテージの手に渡ってしまえば、ものの数秒で三界制覇されてしまうと断言してもいい。

 だからこそ、道具を使う時はこっそり隠れながら行動するしかなかったんだ」

 

(……正直苦しい理由だけど、こうしか言えないな。原作知識のお陰で未来を知ってるのと、タイムテレビの機能、そして人間界を守る為ってのは一応嘘じゃないし)

 

「…………」

 

 ……なるほど。だからあの時、こいつは雲の上にいながらも細工をして、周りからの目を誤魔化していたのか。

 

「……お前は」

 

「……え?」

 

「お前は……何者なのじゃ? そのような、凄まじい道具を持っていて……それでいて、私達の味方を名乗るのは……」

 

「……企業秘密。でも、リミュエル達の味方であることは断言する……って言っても信用出来ないよな。

 でも……どの道、人間界を守るには新地獄や天界の協力が必要なんだ。せめて、俺は世界を守る為に動く……同志であることだけは信じてほしい」

 

「…………」

 

 こいつは正しく危険人物じゃ。万が一、敵に回るようなことがあれば、サテュロスが暴れ回る以上に三界滅亡の危機に陥るじゃろう。

 人間界を守る為という理由も、本当のことを話している確証は無い。私を欺いて、良い駒として利用しようと考えているかもしれない。

 ……じゃが、やはりこいつから殺意は感じられない。そういえば、さっき私が攻撃しようとしていた時も……こちらへ攻撃してくることは無かった。

 それに体も、意識が戻った時より軽くなっている。腕を動かすだけで軋んでいた体も、随分と楽になった。こいつが私を治療したというのも本当らしい。

 やろうと思えば、いつでも……それこそ今この状況でも、私にとどめを刺せる。にも関わらず、こいつは自分の力の正体を話した。

 もし私を敵だと認識していれば……こいつが正真正銘、サテュロスの一員であるなら、間違いなくそんなことはしないはず……

 自分の手の内を明かす等という、愚かなことをするほど……サテュロスもお人好しではないはずじゃ。

 

「……信じて、良いのか?」

 

「……!」

 

「お前の、話……信用して、良いのか……?」

 

「……逆に聞くけど、信じてくれるのか?」

 

「……お前は、私が攻撃している時も……ずっと味方だと言って、こちらに攻撃することをしなかった。それどころか、自滅した私の怪我を治療し……自らが行使する力の秘密も話した。だからこそ、信じてみようと思ったのじゃ。無論、全てを信用した訳ではないが」

 

「……それでも十分だよ。ありがとう、信じてくれて」

 

 こいつ……少年が微笑む。最初はサテュロスの奴が擬態した姿かと思ったが……やはり見た目通りの、人間の子なのか。

 起こせる事象は人間のそれではなく、もはや神の領域じゃがな。ユピテルの姉妹が起こす奇跡も、こいつの道具には敵いそうもない。

 

「……今更だけど、俺を攻撃したのって……やっぱり、ひみつ道具の力が怪しかったから? それともサテュロスのことを知ってたから?」

 

「両方じゃな。加えて、私の名前を知っておったことも決定打になったのう。だからこそお前が羽衣で人間に擬態したサテュロスであると確信し、討伐しようとしたのじゃ」

 

「……あー、なるほど」

 

(名前を知ってることの不自然さ……そこまで考慮してなかった。そりゃ誤解されるわ。俺ってほんと馬鹿)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……雨粒が空中で止まっておる。本当に時が止まっているのか」

 

「だからさっきそう言ったでしょ」

 

「いや、確かにそうじゃが……こうして目で見ると、より実感が湧いてのう」

 

 俺はリミュエルの怪我がほぼ回復したことを確認し、かべ紙ハウスの外に出た。もちろん時間が止まっているので、天気は相変わらず大荒れのままだ。

 そういえば、体感で何時間過ごしたのだろうか。眠気は全く無いので半日も経っていないはずだが。

 とはいえ時間を止めておいて良かった。もしタンマウォッチを使っていなかったら、天理達は今頃待ちぼうけだっただろうし。

 

「しかし、本当に秘密なのか? お前の道具があれば、サテュロスの連中をすぐにでも……」

 

 当然だが、リミュエルにはひみつ道具のことを黙っていてもらうよう頼み込んだ。

 どうせ後からドクロウやエルシィ達に伝えるとはいえ、まだ出会ってもいない状況でそんなことをするのはリスクがあり過ぎる。

 リミュエルの気持ちも分かるが、原作知識が役に立たないほどの改変は極力避けたいのだ。

 ……って、こんな事態に陥っている俺が言っても説得力無いか。

 

「そういう訳にもいかない。未来はデリケートで、慎重に行動しないと……下手すると修正不可能なレベルで捻じ曲がる」

 

「……そうか。お前が言うなら、そうなんじゃろうな」

 

「……あぁ。それより、傷は大丈夫か?」

 

「何とかな。それにしても、よく悪魔の私を治療出来たな……あの鞄は、一体どういう技術なのじゃ?」

 

「……企業秘密で」

 

 ぶっちゃけ説明したくても、俺もひみつ道具……お医者さんカバンの構造なんて知らないし。仮に誰かから説明されたとしても、絶対理解出来ないだろうけど。

 

「いけずじゃな」

 

「とにかく! くれぐれも俺のことをペラペラ話さないでくれよ?」

 

「大丈夫じゃ。約束は守る。第一、私はお前の名前を知らん」

 

「……そういえば名乗ってなかったな」

 

 でも流石にもう名乗らないぞ。以前、うららの爺さんと香夜子に名乗ってめんどくさいことになったからな。

 少し心が痛むが絶対名乗らない! これ以上厄介な事態を引き起こす訳にはいかないし! 

 せめてリミュエルに名乗るとしたら……高校入学後だな。この時期なら原作でもリミュエルは桂馬のことを知っているし、俺が名乗っても面倒な事態になることは無いはずだ。

 

「悪いけど、名前も言えない。悪魔達なら名前が分かっていれば即特定出来るだろ?

 そこから俺のひみつ道具の存在がバレると、凄く面倒なことになりそうだし」

 

「……確かにな」

 

 いくら『ヒミツゲンシュ犬』が発動しているとはいえ、ひみつ道具のことを他人に話すのは不安だ。

 とはいえリミュエルはうらら達とは違い、うっかり秘密を話してしまうような性格では無いと思う。そういう意味ではまだ安心出来る。

 

「よし、じゃあ時間停止を解除する」

 

 俺はタンマウォッチを取り出し、先程と同じようにスイッチを押す。すると止まっていた雨粒が動きだし、俺達は一気にびしょ濡れになる。

 

「……時が動き出した」

 

「これで何もかも元通り。それじゃ、俺は雲の上の作業に戻るよ……またな、リミュエル。傷はほぼ治っただろうけど、くれぐれも無理はするなよ?」

 

「……無論じゃ。お前も、私の時のように誤解されぬようにな」

 

「うぐっ……はい」

 

 図星を突かれてギクリとした俺を見たリミュエルは、少し笑ったような表情を見せて……大雨の中を飛んで行った。途中で雷に当たったりしないよな? いや、流石に心配し過ぎか……

 とにかく、俺も雲の上に戻ろう。早く天理達を雲に案内してあげないと。ただ、今度は『マジックドーム』ではなく、ちゃんと皆に『石ころぼうし』を被せるけど。

 

「さて、『どこでもドア』を……あれ? 無い……そうだ! さっき雲の上に置きっぱなしに……ん?」

 

 どこでもドアが見当たらず慌てていると、ふと一本岩が目に入った。

 確か古悪魔(ヴァイス)を封印していて、尚且つアルマゲマキナ決戦地と繋がっている所だったはず。

 原作の流れを出来るだけ崩さない以上、ここで俺が手を出す訳にはいかないが……

 

「……大雨のせいか? 何となく、原作より黒ずんでるような……」

 

 原作では普通の大岩だったはずだが、どことなく黒みがかった色に見える。

 アニメではどうだったっけ? 確か普通の色だった気が……でも、特別不自然というほどでも……

 

「ってそんなこと気にしてる場合じゃなかった。早くさっきの雲に戻らないと」

 

 俺は『取り寄せバッグ』で雲の上に置き去りにしていたどこでもドアを取り寄せ、すぐに雲の上に戻った。

 そして体を『瞬間クリーニングドライヤー』で素早く乾かし、部屋で待っている天理達に声をかけに行った。さて、何をして遊ぼうかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく来てくれた」

 

 地獄に帰るや否や、私はドクロウに呼び出された。おかしい。呼び出しを受けるような失態は……あ、1つあったな。

 しかしこのことは、あいつの言う通り誰にも話していない。となると、やはりサテュロス絡みか。

 

「何じゃ、ドクロウ。私をわざわざ呼び出すとは……例の件(サテュロス)のことか?」

 

「いや、今回は違う。むしろ君に関することだ」

 

「……?」

 

「君の羽衣のログに、何やら奇妙な記録が残っていた。特定出来ない位置座標と、極端な設定時間のズレだ」

 

「……!」

 

 ……迂闊だった。あまりの衝撃的な出来事の連続に、羽衣のダミーログを作っておくことを忘れていた。

 普段の私なら絶対にしないであろうミス……いやしかし、あのような超常現象を経験すれば、余程の者でもない限り混乱すると思う。

 

「……人間界で何かあったのか? 例えば、何か想像もつかない事故に巻き込まれたとか……」

 

「…………」

 

 あいつとの約束は守る。ひみつ道具とやらのことを話すつもりは一切無い。しかし、ドクロウ相手に隠し事が出来るとも思えん……さて、どう誤魔化すか……

 

「……すまんのう。確かにトラブルはあったが、詳しくは話せないのじゃ」

 

「何故だ? まさか、何者かに脅されて……」

 

「違う。むしろ私は……助けてもらったという言い方も変か。少しいざこざが起こり、それにより自滅したのじゃが……

 その間、とある者に保護してもらっていた。羽衣のデータがおかしくなったのは、そのせいじゃ」

 

 まさか時間が止まっている間に、得体の知れない異空間で治療を受けた等と話したところで信じてもらえぬだろう。

 

「保護……?」

 

「本人から口止めされている以上、それを話す訳にはいかぬ。じゃが、これだけは言えるか……人間界にも、私達と同じ目的で動く協力者がいる」

 

協力者(バディー)なら元より存在しているだろう」

 

「そうじゃない。協力者(バディー)ではないが、こちらの事情を知る……強力な助っ人じゃ」

 

「そ、そんな者が……ん? まさか……」

 

「どうした?」

 

「……いや、何でもない。分かった、このことは追及しないでおこう。呼び出してすまなかった、もう戻ってもらって構わない」

 

「……そうか」

 

 妙にあっさり引き下がったのう……てっきり、事情を事細かに聞かれるかと思ったのじゃが……まぁ、私としては引き下がってくれた方が好都合じゃがな。

 

(……もしや、私が考えていた()()()()が上手くいったのか? しかし、それにしては時期が早すぎる……

 ()()()が送る時間を間違えたか? それとも……本当に、リミュエルが言う通りの助っ人なのか……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

(防音結界を張らないほどの雑談かと思えば……人間界に、そのような奴が……念の為に盗聴しておいて良かった)

 

「……ふむ」

 

(これは一刻も早く上に報告しておかねば。我々の計画を邪魔される訳にはいかない。正体は分からないが、特定出来ない位置座標とあらば……少なくとも、ただの人間では無いだろう。

 まさか人間共の分際で、そのような油断ならない奴が存在しようとは……正直、侮っていた。これからは人間界に対する警戒を強めなければ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ」

 

「……桂馬君、どうしたの?」

 

「いや、何でもないよ……ちょっと悪寒がね」

 

(悪寒……?)

 

 天理達と雲の上で遊んでいると、背筋にゾクリと寒気がした。もしかして、さっきの大雨で風邪でも引いたか? リミュエルはともかく、俺はしばらくびしょ濡れのままだったからな。

 まぁ病気になったところで万病薬があれば一瞬で治せるけども……まさか何かのフラグとかじゃないよな? 違うよな?




 原作とにらめっこして書きましたが、思っていたよりもリミュエルの口調に苦戦しました。
 地獄側がうっかりし過ぎな気もしますが、原作でも地獄(場合によっては天界も)は結構大雑把なところがあるので、これくらいの失態はセーフかな~と。
 リミュエルがドジっ子になっちゃったのも、ひみつ道具の凄さで頭がいっぱいいっぱいになっていたという感じで。
 リミュエルがドクロウ(骨)と会話する場面は……ありましたっけ? 確か無かったような……見落としていたらすみません。
 とりあえず、この世界ではドクロウ(人間)が生み出される前から、リミュエルはドクロウ(骨)とそれなりの頻度で会話しているという設定でいきます。
 それとドクロウ(骨)さん、雑魚呼ばわりしてすみません。

・2019年02月13日追記
 読者の方から感想欄にて『過去編でリミュエルとエルシィが遭遇した時、リミュエルがドクロウに連絡している』というご指摘をいただきました。
 確認してみたところ、確かにリミュエルの台詞でドクロウ(骨)についての言及がありました。
 よってこの作品でもリミュエルとドクロウ(骨)は原作通り、桂馬達が幼い頃から連絡を取り合っている設定でいきます。


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第17話

 夏休み回……ですが、妙に長くなってしまいました。


 リミュエルとの遭遇から2ヶ月。幼稚園も夏季休業……夏休みの時期となった。

 とはいっても俺達は普段から幼稚園で遊んでいるようなものなので、長期休暇といっても幼稚園に通う必要が無くなっただけだ。

 俺は1週間の半分以上を天理と一緒に遊ぶという至福の時を過ごしていた。もちろん天理の都合と気持ちが最優先だが。

 

「本当に大丈夫?」

 

「任せて。良い子にして待ってるから」

 

「……まぁ、桂馬なら心配無いか。じゃあ、お買い物が終わるまで天理ちゃんと仲良く遊んでてね?」

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

 こういう時の為に、親からの信頼はしっかり稼いでおいた。といっても、普通に言うことを聞いておけば良いので簡単だ。

 これで麻里が帰って来るまでの間は、俺と天理は2人きりで過ごせることになる。

 すなわち、親の目を気にして使えなかったひみつ道具で存分に遊べるという訳だ。もちろん外部にまで目立つような道具は使わないけど。

 

「……よし、お母さんは行ったな? じゃあ天理、窓をじ~っと見ててね?」

 

「う、うん……」

 

 俺はここぞとばかりに、用意しておいた『道具』をリビングの窓に吹き付ける。すると普段の景色ががらりと変わり、魚達が泳ぐ海の中が映し出された。

 

「……!?」

 

「驚いた? これは『水族館ガス』といって、窓に吹き付けると、その窓の景色がどこかの海と繋がるんだ。涼しい家の中で、一緒に水族館に行った気分を楽しもうと思ってね」

 

 この『水族館ガス』の便利なところは、ガスを吹き付けた側からは海が見えるが、裏から見ると普通の窓と変わりない。

 よって周囲にバレずに海の世界を観賞することが出来るのだ。2人きりで楽しむには持って来いの道具と言えるだろう。

 ただし元に戻す方法が分からないという欠点があるが、それなら『タイムふろしき』や『復元光線』を使えば良いので問題無い。

 

「す、凄い……! 色々な魚が、本当に外を泳いでるみたい……!」

 

 天理が目を輝かせながら窓の景色を眺めている。喜んでもらえたようで何よりだ。

 やはり水族館は子供から大人まで楽しめる万能娯楽施設だと思う。デートでもここを選んで失敗することはまず無い……と思う。

 え? 前世で彼女の1人くらいいなかったのかって? いませんでしたよ、悲しいことに! 彼女いない歴イコール年齢ですよ!

 

「でも、この海……どこなのかな……?」

 

「それは分からないけど、本当の海と繋がってるのは確かだよ」

 

「そうなんだ……あっ、エイ……! 大きい……!」

 

 よっぽど楽しいのか、窓から視線を離さない天理。流石に幼稚園児を海に連れて行くのは危険が伴いそうなので、今回は自重した。

 でも小学生になってからの夏休みなら、思い切って『テキオー灯』を使い皆で海底散歩を楽しむのも良いかもしれない。

 もちろん周りにバレないよう、全員『石ころぼうし』を着用することが必須条件だが。

 

「イルカさんだ……! ひゃっ! あっちにはタコさんも……! わぁ……!」

 

(……癒されるなぁ)

 

 魚ではなく、魚に喜んでいる天理の姿に。出来ることなら、こんな楽しいひと時がずっと続いてほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇ですわ~」

「暇~」

「はぁ……」

 

「おいおい……」

 

 とはいえ天理と2人だけで過ごせない日も当然あるわけで、今日はうららから誘われ、こうして天理と共に白鳥家にお呼ばれしている。

 しかし蓋を開けてみればこの有様である。子供が思いつく遊びは大抵遊び尽くしてしまったらしく、だらしない格好のうらら達が部屋で寝ころんでいた。

 この3人、自分が名家のお嬢様という自覚があるのだろうか? あの結でさえ退屈なのか、床に倒れ込んでいる。

 

「蝉取りも飽きましたわ……」

 

「空を飛びたくても暑いし……」

 

「……太鼓の達人、どの曲も沢山遊んじゃった」

 

「……じゃあ何で遊びたいんだ?」

 

「ケイちゃんが考えて~」

「桂馬が考えて~」

「桂馬君……」

 

「み、皆……」

 

「…………」

 

 この3人完全にのび太化してないか? 『ドラえもん』の原作やアニメにこんな感じのシーン無かったか?

 遊ぶといっても、まだ幼稚園児のうらら達に大がかりな遊びをさせる訳にはいかないし……

 さて、どうしようか……このお嬢様方がまだ手をつけていない遊びは……

 

「……遊園地には行ったか?」

 

「どこも混んでますわ」

「どこも混んでて、疲れに行くようなものだってパパが言ってた」

「あんなやばんなところにいかせられないって、お母様が……ところでやばんって何?」

 

「……要するに、皆行ってないんだね」

 

 『要するに』なんて言い回しが使える幼稚園児を俺は天理以外に知らないんだけど。あ、某嵐を呼ぶ5歳児ならこれくらい使えそうか。

 いやそんなことより、3人共遊園地に行っていないというなら好都合だ。道具を組み合わせれば……一応何とかなるか。

 

「じ~」

「じ~」

「…………」

 

「……分かった。何とかするから、3人で俺を見つめるのはやめてくれ」

 

「……桂馬君、大丈夫?」

 

「うん。今から準備して来るから、天理達はここで待ってて?」

 

 やはり子供の純粋な目には敵わないと思いながら、俺は早速準備に取り掛かる。

 まず部屋を出た後、俺は『ある道具』と『片付けラッカー』を取り出し、それらにラッカーを吹き付けて見えなくする。

 そして周囲に誰もいないことを確認し、今度は『タンマウォッチ』で時間を止め、『どこでもドア』で最寄りの遊園地へ向かう。

 

「……案の定、人だらけだな。時間が止まってても熱気が伝わってくる」

 

 ドアを開けると、正に遊園地に出入りしているであろう人々が目に入ってくる。

 彼らを暑苦しいと思いつつ、俺は『タケコプター』で少しだけ高く浮かび上がり、遊園地の看板の前まで飛ぶ。

 そして先程見えなくした道具を貼り付け、そのまま一度白鳥家に戻る。

 

「少し、いや、かなり回りくどい方法になるけど、ひみつ道具を周りにバラさない為だ」

 

 どこでもドアをポケットにしまった後、『タイムテレビ』を起動させた状態で時間停止を解除する。

 タイムテレビでリアルタイムの遊園地を眺めていると、先程まで賑わっていたのが嘘のように、人々が一斉に遊園地から出て行く。

 そして数分も経つと、遊園地の中はスタッフを除いて誰もいなくなってしまった。

 

「……よし、後は天理達を連れて行くだけだな。念の為に時間は止めておくけど」

 

 俺はタイムテレビをポケットにしまい、タケコプターに『透明ペンキ』を塗っておく。

 いつもなら石ころぼうしもセットにするが、今回は時間を止めて行くのでタケコプターを見えなくするだけで良い。

 

「あ、桂馬君……」

 

「お待たせ。それじゃ行こうか」

 

「「「……どこに?」」」

 

「遊園地だよ」

 

「「だから遊園地は凄く混んで……」」

 

「俺が何とかした」

 

「でも、お母様が……」

 

「それも俺がバレないようにしておいたから」

 

「「「行くっ!!」」」

 

「相変わらず息ピッタリだな」

 

「……どうするの?」

 

「この前、天理にひみつ道具のことを話した時みたいに、時間を止めるから大丈夫」

 

 いつものように小声で話しかけてくれる天理に、俺も小声で答える。

 

「あ……タンマウォッチで……?」

 

 あの1回だけで道具の名前を覚えていたのか……流石は学力レベル最高値。

 

「ううん、時間を止めるのは同じだけど、今回はちょっとだけ違う道具を使う」

 

 タンマウォッチは効果の特性上、時間停止を免れる為には俺に触れておく必要がある。

 天理やリミュエルの時のように1人が相手なら何とかなるが、うらら達まで加わると流石に厳しくなる。

 いやだって『時間を止めたいから俺に触って?』なんて言うのも不自然だし。幼稚園児だから気にしなさそうではあるが、念には念を入れておく。

 俺はポケットから、タンマウォッチとほぼ同じ効果の『赤い懐中時計』を取り出す。

 

「……これ、タンマウォッチじゃないの?」

 

「見た目は似てるけど、少し違うんだ。見てて……よっ!」

 

「あっ……!」

 

 俺はうらら達には見えないよう隠しつつ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()懐中時計のスイッチを押す。

 するとその瞬間、やはり世界から音が消えた。しかしタンマウォッチとは違う点がある。それは……

 

「ケイちゃーん! 早く行きましょー!」

 

「遊園地行きたーい!」

 

「ゆ、結も……!」

 

「……あ、あれ?」

 

「……ね?」

 

「ど、どうして……私やうららちゃん達が、止まってないの……?」

 

 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、天理達は時間停止の影響を受けていないのだ。

 実はこれこそが、俺が出した道具とタンマウォッチの決定的な違いである。

 

「これは『ウルトラストップウォッチ』と言って、時間を止めることが出来る時計。でも、タンマウォッチとは少し違っていて……

 スイッチを押した人に触っていなくても、時間を止めた人の近くにいるだけで、その人達も時間が止まらずに済むんだ」

 

「……!」

 

 『ウルトラストップウォッチ』……原作の短編でも何度か登場し、大長編『日本誕生』でも登場した道具で、スイッチを押せば時間を止めることが出来る。

 しかしタンマウォッチとの違いは2つあり、1つは『時間停止を行った者の近くにいれば、その者も時間停止の影響を受けずに済む』点。

 もう1つは『既に時間が止まっている者も、この道具で触れると時間停止を解除出来る』点である。

 今回はうらら達に道具の存在を知られない状態で時間を止める必要があった為、やむを得ずこちらの道具を使うことにした。

 ……時間停止道具を多用しないと言っておきながら、そこそこの頻度で使ってるよな俺。だ、大丈夫! 周りに誰もいないことは毎回確認してるし!

 

「ケイちゃん!」

「桂馬!」

「桂馬君……」

 

「分かった分かった。後は皆が空を飛べるように力を注いで……」

 

(……見えなくなってるタケコプターを付けるんだね?)

 

 なんて超能力者っぽいことを言いつつ、俺はうらら達に透明にしておいたタケコプターを取り付ける。ちなみに天理にはさっき小声で話している間にさりげなく手渡しておいた。

 どこでもドアで直接行った方が早いのは確かだが、瞬間移動なんて見せようものなら『宇宙に行きたい!』だとか『外国に行きたい!』等と駄々をこねられること間違いなしである。

 なので仕方なくタケコプターで飛んで行くことにしたのだが、炎天下の中を飛ぶのは日射病になりかねない。

 そこで俺はこっそりポケットから『あるバッジ』を取り出し、すかさず透明ペンキで見えなくしてタケコプターと一緒に皆に付けておくことにした。

 もちろんひみつ道具のことを知っている天理には、こっそり小声で道具の効果を説明しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい、到着っと」

 

 どこでもドアで『最寄りの遊園地』と設定していたお陰で、俺が細工した遊園地は白鳥家からでもそう遠くない距離であり、タケコプターで飛んで行っても15分もしない内に着いた。

 目印も遊園地なら観覧車がそびえ立っているので、飛びながら道に迷うということもなかったしな。

 

「空を飛ぶと早いですわ!」

 

「おかしいなぁ……空を飛んだのに暑くないよ?」

 

「暑さでフラフラにならないよう、皆の周りを涼しくしておいたからな」

 

「それでいつもより涼しく……桂馬君、凄い……!」

 

(……『オールシーズンバッジ』だっけ。秋みたいに涼しくなるんだよね)

 

 天理達に付けておいたのは『オールシーズンバッジ』。四季の絵が描かれており、バッジの半径3m以内をダイヤルで設定した季節と同じ環境にすることが出来る。

 その影響力は非常に強く、仮にダイヤルを『冬』に設定したバッジを周囲にばら撒けば、そこだけ雪が積もってしまうほどだ。

 今回はダイヤルを『秋』に設定することで、皆の周囲3m以内を秋ならではの過ごしやすい環境にしておいた。

 こうしておけば、天理達を日射病から守ることが出来るというわけだ。涼しい秋に日射病で倒れることはまず無いからな。

 

「それにしても、どうしてこんなに空いてるんですの?」

 

「俺がお客さん達を、ちょうど家に帰ってくれるようにしたんだ」

 

「流石桂馬ね!」

 

(確か『貸しきりチップ』……私達の貸切だなんて、夢みたい……!)

 

 俺がこの遊園地に貼り付けたのは『貸しきりチップ』。見た目は小さい欠片のような道具で、これを貼り付けた物は何でも貸切となる。

 しかもこの道具、物や施設だけでなく人間に対しても有効で、チップを貼り付けられた人は偶然が重なることで、チップの使用者としか行動出来なくなるほどの性能だ。

 今回のように遊園地の場合、チップを貼り付けた瞬間に他のお客さん達が()()()()()()()()()()()()遊園地を離れ、それ以降はチップを貼り付けた人が遊び放題となる。

 

 遊園地をガラガラにするだけなら『人よけジャイロ』もあるが、こちらは()()()()()()()()()()()道具なので、流石に申し訳なく思いやめておいた。

 いやそれを言ったら貸しきりチップでも似たようなことをしているのだが、こちらは一応()()()()()()()()()()()()()()()()ので、まだマシかなと思ったのだ。

 最初は時間を止めるだけにしようと思ったが、それだと止まっている他の人が邪魔になったり、アトラクションが動いている途中で止まってしまい乗ろうにも乗れない状態になったりと、色々な問題が起こるので断念した。

 

 こっそり『入り込み鏡』や『逆世界入り込みオイル』で作った鏡面世界に天理達を案内して『貸切の遊園地だ!』と説明する案も考えたが、事情を知っている天理はともかく、うらら達には字が逆になっていることを誤魔化すのが難しいと思ったので断念した。

 ……お客の皆さん、そして遊園地の経営者の皆さん。時間を止めているとはいえ、ごめんなさい。少しの間だけ貸切で遊ばせて下さい。遊び終え次第、すぐ元に戻しますので。

 

「入場料もいらないようにしておいたから、好きなだけ遊び放題だ」

 

「「「本当に!? やったぁー!!」」」

 

「あっ、おーい! 走ると転ぶぞー!」

 

「……行っちゃった。でも、時間が止まってるんだよね……? このままだと、機械が動かないんじゃ……」

 

「……大丈夫。ちゃんと動かす為の道具も用意しておいたから。ちょっと待ってて、すぐ戻るから!」

 

 俺はうらら達より先にタケコプターで遊園地内に入り、全てのアトラクションに『ロボッター』を付けていく。

 このロボッターを取り付けられた物は何でもロボットとなり、こちらが命令した通りに動いてくれるようになる。

 原作では短編と大長編『雲の王国』に登場しており、それぞれ外観が異なっている。前者は豆粒のような外観で、後者は人形の骨組のような外観だ。

 また、効果も微妙な違いがあり、『雲の王国』で登場したタイプは命令を忠実に守り、一晩まるまる徹夜で働かせても文句1つ言わないほどだ。

 ただ、その後ドラえもんがご褒美として新しい太陽電池をプレゼントしていたが、それでも命令を守る為に頑張って徹夜してくれた事実は変わらない。

 

 それに引き替え短編で登場したタイプは無茶な命令をすると反抗したり、最悪の場合は反乱を起こして命令者を攻撃するような事態になることもある。

 そんなことになれば天理達の危険が危ないので、俺は迷わず『雲の王国』に登場したタイプを使うことにした。

 え? 『危険が危ない』は重言だって? 『パラレル西遊記』でドラえもんが話していたのが印象に残っていて、つい使いたくなっちゃうんだよな。

 って話が逸れた。ロボッターをアトラクション装置の目立たない位置に取り付けながら、小声で『俺達が乗ったら動かしてほしい』と命令していく。

 これで俺達が乗ろうとするだけで装置が動き出してくれるはず。毎回俺が命令する手間も省けて一石二鳥だ。

 

「……これで良し、と」

 

「機械に何かしてたみたいだけど……」

 

「それはね? このロボッターを付けて来たんだよ。これを付けた物は、何でも言うことを聞いてくれるロボットになるんだ。

 こうしておけば、時間が止まっていても俺達が乗るだけで機械が勝手に動いてくれるから、どんな乗り物も乗り放題ってわけ」

 

「……そうなんだ。じゃあ、安心だね……」

 

「うん。俺達も行こっか? 折角だし、いっぱい楽しんじゃおう」

 

「……うんっ」

 

 2人で手を繋いで遊園地の中に入って行く。既にうらら達ははしゃぎながら、どれから乗ろうかと吟味している。

 そういえば、3歳や4歳だと大半のアトラクションは身長制限に引っかかるんじゃなかろうか?

 いやまぁ、見た目だけなら『モドキスプレー』でいくらでも変えられるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 うららに一緒に乗ろうって誘われたけどやめとけば良かったあああああああああああああああああっ!?

 ジェットコースターってこんなに怖かったっけえええええええええええええええええええええええっ!?

 うひゃあああああああああああああああああっ!? 死ぬううううううううううううううううううっ!?

 

「わぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

「嫌ああああああああああああああああああああっ!?」

 

 神様仏様ドラえもん様天理様助けてええええええええええええええええええええええええええええっ!?

 死ぬ!? 死ぬから!? 魂出ちゃうからあああああああああああああああああああああああああっ!?

 

「はぁ~っ! 楽しかった~! もう1回乗りましょう、ケイちゃん!」

 

「ぜぇぜぇ……か、勘弁して……」

 

 あ、あれをもう一度……? 絶対無理!! もう1回乗ったら確実に魂抜ける!! 今でも瀕死なのに!!

 せめて『嫌なことヒューズ』を付けさせて! じゃないと俺の精神が死ぬ! いい歳した大人が情けないけど死ぬからぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

「いっけー! もっともっとぉー!」

 

「や、やめて……ま、回し過ぎで目が……」

 

 ジェットコースターよりマシだと思い、美生とコーヒーカップに乗ってみたら……ご覧の有様だよ!!

 いやだからハンドル回し過ぎだって! 子供はむしろ楽しいかもしれないけど、俺にとっては……

 

「あはははは~! すっごい回ってる~!」

 

「う、うぷっ……吐き、そう……」

 

 こ、こういう時に役立つ道具は……ダメだ気持ち悪くて頭が働かない。

 誰か助けて……いや本当に無理……! 仕方ない、最悪の場合は『四次元くずかご』に……

 

「あれ~? もうおしまい~?」

 

「……た、助かった……おえっ……」

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……!」

 

「……うららや美生に比べると滅茶苦茶平和なアトラクションだな」

 

 結は空中ブランコ……だっけ? 正式名称は分からないが、ブランコが遠心力に沿ってグルグル回るアレだ。

 同じ回転系でも、こっちは全く酔わない。回転が大回りで緩やかなお陰か?

 

「遊園地って、こんなに楽しかったんだぁ……!」

 

「…………」

 

 遊園地すら『野蛮』の一言で蹴ってしまう結の母親って……いやまぁ、大事な娘が怪我をしたら大変だと思う気持ちは分からなくもないが、それにしたって過保護過ぎる。

 これだけ束縛された状態なのに、むしろ原作でもよくグレなかったよな、結。

 美生の両親……母親は会ったことなかった。父親は比較的常識人だというのに、どうして結の母親は……そりゃ駆け魂も育つよなぁ。

 

「……結ー! 楽しいかー?」

 

「うん! 楽しい! すっごくー!」

 

 原作通りの流れなら、いずれ俺が結の問題を解決してあげないといけない時が来るんだよな。せめてその時は、可能な限り誠実に向き合うことにしよう。

 この世界では俺と結は幼馴染だし、原作の桂馬よりは多少踏み込んだ方法でも大丈夫……だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「……綺麗」

 

「……タケコプターで空を飛ぶのとは、また違った良さがあるよね」

 

 うらら達に付き合ったお陰で疲労困憊となった俺は、フラフラになりながらも……最後に乗るアトラクションでお馴染み、観覧車に乗っていた。

 時間が止まっているので景色は依然として昼間のままだが、それでも眺めの良い景色に変わりない。

 うらら達は1つ向こうのゴンドラに乗っている。絶景に夢中で、俺達の様子は気にも留めていなさそうだ。

 

「……桂馬君」

 

「何?」

 

「その……いつも、ありがとう……」

 

「……!」

 

 ゴンドラが頂上に達するタイミングで、天理が俺と向き合って……お礼を言ってくれた。

 

「私達の、どんな無茶も……その、叶えてくれて……」

 

「…………」

 

(天理……)

 

 その言葉自体は嬉しい。好きな人から感謝の言葉をかけてもらえて、喜びを感じない男性は……きっと少ないだろう。だが、俺はその言葉を……素直に受け取れない。何故なら……

 

「……もう話したけど、凄いのはあくまでもひみつ道具なんだ。俺自身は、ただの子供で……」

 

 そう。これは紛れもない事実。俺があれこれ天理やうらら達の望みを叶えてあげられるのは、ひみつ道具のお陰なのだ。

 ひみつ道具が無ければ、俺はただの……周りより少し精神年齢が高いだけの、無力な子供に過ぎない。

 だから、尊敬の眼差しを向けられると……複雑な気持ちになってしまう。もちろん、天理達に罪は無い。ただ、俺が勝手に後ろめたさを感じてしまって……

 

「……ううん、そんなことないよ」

 

「……え?」

 

「確かに、桂馬君が持ってるひみつ道具も凄いけど……でも、私達のお願いを叶えようとしてくれてるのは……桂馬君の気持ち、だよね……?」

 

「……!」

 

「桂馬君が、私達の為に……頑張ってくれてるから、だよね……?」

 

「…………」

 

「だから、それが嬉しいんだ……私や、うららちゃん……美生ちゃんや、結ちゃんのことを……桂馬君が、考えてくれてることが……」

 

「……天理」

 

「それに……初めて出会った時、私に……話しかけてくれたよね……?」

 

「……うん」

 

「もし、あの時……桂馬君が、声をかけてくれなかったら……私は、今も1人で……皆を怖がってたかもしれない……」

 

「…………」

 

「でも、桂馬君がいてくれたから……幼稚園が楽しくて……うららちゃん達とも、お友達になれたんだよ……?」

 

「…………」

 

「だから、ね……? 私、桂馬君に……いつも、ありがとうって、思ってたんだ……」

 

「…………」

 

 ……聖母という言葉は、天理の為にあるのかもしれない。原作でも良い娘だと思っていたけど……3歳の時点で、ここまで……

 あぁ、ダメだ……嬉しくって、また……子供の体って、不便だな……どうしてこうも、涙腺が弱いんだろう……

 大人の体なら、じんわりと感動するくらいで済むのに……本当に、子供の体は……

 ……天理は、()()()()()()()()()()んじゃない。()()()()()()()()()んだ。きっと、そうなんだ。

 だから、今の言葉が……凄く、心に響いた。もしかして、原作の桂馬が言っていた『秘密を共有する者同士には絆が出来やすい』理論って……これか?

 いや、天理が俺に話してくれた感謝が『絆』と呼べるかは分からないし……それに、この状況がそのまま当てはまるかも微妙だけど……

 今、何となく……原作の桂馬が言いたかったことが、心で理解出来た気がする。

 

「……こちらこそ。俺のことを、()()()()()()()()()()()……ありがとう」

 

「……うんっ」

 

(桂馬君……また、泣いて……ううん、違うよね。きっと……私の気のせい、だよね)

 

「……そろそろ、降りなきゃいけないみたい」

 

 目頭が熱くなっていることが悟られないよう……いや、既にバレているかもしれない。とにかく、俺は誤魔化すように出入り口へ顔を向けた。

 ロボッターが空気を読んでくれたのかは分からないが、ちょうど地上に着くタイミングだ。

 

「あ……」

 

「うらら達も待ってるし……はい」

 

 俺は出来るだけ平静を装いながら、天理に手を差し伸べた。観覧車に乗る時は自然に出来た動作なのに、あんな嬉しいことを言われた後だと……少し気恥ずかしい。

 

「……うんっ」

 

 そんなことを考えていると、上りと同じように……天理がそっと手を握ってくれた。俺は先に降り、天理が転ばないように……天理の動作に合わせて、優しく手を引く。

 

「……ケイちゃん、泣いてますの?」

 

「っ!? な、泣いてないけど」

 

「本当に~? 目がウルウルしてない?」

 

「してないから」

 

「う、うららちゃん、美生ちゃん……」

 

 やっぱり隠しきれていなかったらしい。くそぅ……いい歳して泣き顔を見られるとか恥ずかしい……

 

「ふふっ……」

 

「……天理ちゃん?」

 

「……何でもないよ」

 

(……桂馬君。ひみつ道具が無くても……桂馬君は、桂馬君だからね……?)

 

 ……こうして、俺達の夏休みが終わった。相変わらずうらら達に振り回されてばかりだったけど……何だかんだ、楽しい毎日だった。

 それ以上に、天理と2人で遊ぶ機会が増えたのが嬉しかった。特に、この日の観覧車での出来事は……永久に忘れない思い出と言っても良いだろう。

 あ、もちろんロボッターや貸しきりチップは回収しておいた。ロボッターはともかく、貸しきりチップはそのままだと間違いなく遊園地の経営が大変なことになるし。




 流石にそろそろ幼稚園編も切り上げて、早く小学校編もとい過去編に入らなければ……


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第18話

 夏が終わり、涼しい秋の季節がやって来た。と言いつつ残暑に悩まされることもあったが、1ヶ月も経つと落ち着いた。

 俺や天理は相変わらずうららに振り回されてばかりの幼稚園生活を送っている。そんな中、今日は恒例の行事を迎えようとしていた。

 

「絶対に勝ちますわー!」

 

「……張り切ってるな」

 

「そうだね……」

 

 そう。運動会である。といっても小学校以降の本格的なものではなく、幼稚園児の体力に配慮した簡易的なものではあるが。

 しかし競技には徒競走だけでなく障害物競争等も含まれているので油断は禁物。いや、競技自体は問題では無い。

 むしろ幼稚園児達の有り余るパワーの方が要注意だろう。下手をするとぶつかって来たり喧嘩になったりで余計な怪我を負う可能性もある。

 

「桂馬ー! 頑張りなさいよー!」

「桂馬の勇姿、しっかり録画するからなー!」

 

「天理ー! こっち向いてー!」

「天理ー! パパとママが応援してるからねー!」

 

「うららー! 頑張ってー!」

「うららー! こっちだこっち!」

「ここから応援していますよ、うらら」

「うらら様! ファイトです!」

 

「……親は親でテンション高過ぎ」

 

「……うぅ」

 

 両親はビデオカメラを構えながら俺を常時撮影している。そして天理の両親もやはり天理に視線が釘付けだ。

 うららの家族に至っては、両親や爺さんはもちろんのこと、柳含む使用人達まで応援に来ている。

 俺やうららはまだしも、天理にとってはかなりプレッシャーじゃないだろうか?

 

「……大丈夫。自分のペースで、落ち着いてね?」

 

「……うんっ」

 

 天理に声をかけたは良いものの、今回はどんな結果になるかは分からない。

 原作では桂馬達の幼稚園時代の運動会は描かれていなかった訳だし、何より()()()()()()()()()()からな。

 理由は事前にうららから『ケイちゃんのちょーのーりょくがなくても、うらら達だけの力で勝ってみせますわ!』と言われているからである。

 幸い、俺は運動は得意でも苦手でもないので、ビリになることは無い……と思う。まぁ幼稚園の運動会でやらかした所で特に気にすることでもないか。

 ただし勝敗が変わることで原作の流れに悪影響を及ぼすことになるのなら、その時はひみつ道具をフルに使ってでも原作通りの結果にするが。

 

『それではかけっこに出場する子は並んで下さい』

 

「お、まずは徒競走か。うらら、頑張れよ?」

 

「うんっ!」

 

 色々考えている内に始まったようだ。さて、後は野となれ山となれだな……

 

 

 

 

 

 

 

 結果としては、俺達のチームが勝利を収めた。うららは言うまでもなく大活躍だったが、それ以上に驚いたのは……

 

「て、天理……凄いね……」

 

「……えへへ」

 

 何と、障害物競争でも徒競走でもリレーでも、天理は全ての個人競技で1位だったのだ。

 最初は『あれ? おかしいな……天理ってインドア派じゃなかったっけ?』と理解が追いつかなかった。

 しかしよく考えてみると、俺がかつて読んだ公式ガイドか何かには、天理の『体力』の数値が高く記載されていた覚えがある。

 確か……平均的な値よりは間違いなく高かったはずだ。流石に歩美やみなみ、楠といった運動系少女には敵わないが、それに準ずる数値はあったはず。

 すなわち天理は頭脳明晰で学業優秀、そして運動も人並み以上にこなせる文武両道なスーパー少女ということに……何だこれ。ハイスペック過ぎやしませんか?

 

「あの、天理さん……つかぬことをお聞きしますが、運動等はなされているのでしょうか?」

 

「え? う、ううん……いつも、桂馬君やうららちゃん達と一緒に遊んでるだけだけど……」

 

「…………」

 

 親の遺伝? それとも生まれ持っての才能? どちらにしても、俺はこれから天理のことを『天理さん』とお呼びした方が良いのではなかろうか?

 

「うらら達の勝ちですわー! バンザーイ!」

 

「あ、うん」

 

 無論うららも勝利を目指して頑張っていたのだが、どうしても天理の運動神経の良さに意識が向いてしまう。

 いや、うららも優秀なんだろうけどさ。ほら、ギャップがね? いつも大人しいと思ってた女の子が、実は体力もあるっていう意外性がね?

 あ、ちなみに俺は1位だったり2位だったり競技によってまちまちだった。小さい子の体力は侮れないな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで数ヶ月が経ち、いよいよ本格的に冷え込む季節となった。

 参観や芋掘りと、他にも様々な行事があったのだが、特に珍しいことも無かったので割愛する。

 そして冬の目玉となる行事……お遊戯会の日がやって来た。

 

「け、桂馬君……」

 

(案の定緊張してるな、天理……)

 

 少し広めのホールで行うとはいえ、基本は幼稚園児が行う簡易的な劇だ。

 しかし天理にとっては生まれて初めて舞台に立つ訳なので、緊張するなと言う方が無理があるだろう。

 既に足がガクガク震えているのが分かる。それどころか、俺の腕を掴んでいる手も明らかに震えている。

 

「セリフはしっかり覚えたし、いつでもどんと来いですわ!」

 

「……うららっていつもそんな感じだよな」

 

 もちろん、逆にうららのようにテンションが上がっている子供もいるが。

 とはいえやる気に満ち溢れているうららはともかく、天理は何とかして緊張を静めてあげなければ。

 運動会とは違い、演劇は1人のミスが全体に響いてしまう。天理にそんな恥をかかせる訳にはいかない!

 

「うぅ……っ」

 

「……大丈夫。今、緊張を消してあげるから」

 

 台詞を覚えていないだとか、振り付けや動きを忘れただとか、その手の心配はしていない。

 天理は俺なんかよりも余程頭が良いので、むしろ劇に必要な情報は頭にしっかり叩き込んでいるだろう。

 ここで重要なのは、緊張でド忘れしてしまう等といったアクシデントを防ぐことだ。

 

「天理。ちょっと良いかな?」

 

「う、うん……」

 

 俺はポケットから『団扇』を取り出し、天理を優しく仰ぐ。するとオレンジ色の風が団扇から流れ出て、天理を包み込む。

 

「ん……」

 

「……どう?」

 

「あ……何だか、劇が……怖くなくなってきたかも……ううん、それ以上に……絶対に成功させるっていう気持ちが湧いて……!」

 

「……良かった。この団扇は『勇気百倍うちわ』といって、仰ぐと勇気がグンと湧いてくるんだ」

 

「勇気百倍……アンパンマン?」

 

「確かにそんな感じの名前だけど、列記としたひみつ道具だよ」

 

 この『勇気百倍うちわ』は、声優交代前の『ドラえもん』に登場したアニメオリジナルのひみつ道具だ。

 この団扇で仰がれた人は、どんなに怖がりの人でも、あるいはどれほど恐怖を抱く状況でも勇気が漲ってくる。

 ただし団扇が折れたり破れている状態で使用すると、逆に恐怖心を強めてしまうという欠点があるが、普通に使えばそんなことにはならないので心配いらない。

 これを使って天理の心の中の緊張を勇気に変えてしまえば、うららのようにやる気満々で劇に臨むことが出来るという訳だ。

 

 緊張を消す道具なら他にも『キンチョードリ』があるが、これは一歩間違えると緊張どころかやる気まで奪ってしまい無気力状態にしてしまう。

 そんなことになれば非常に不味いので、壊れてさえいなければ確実に正しい効果を発揮する勇気百倍うちわを選んだ。

 『シテクレジットカード』に『落ち着いて』と書いても良かったが、これはどちらかと言うと無理矢理実行させる道具なのでやめておいた。

 

「……ありがとう、桂馬君。もう大丈夫だよ。私、今なら……しっかりやれる!」

 

「よし、お互い良い劇になるよう頑張ろう」

 

「うんっ!」

 

 何だか凄くはきはきと喋ってるなぁ。勇気が湧いているとはいえ、ちょっと元気過ぎるような……そのギャップがまた可愛いけど。

 とにかく、これで準備は整った。俺と天理は脇役とはいえ、比較的出番が多い方なので油断は出来ない。

 見事主役に抜擢されたうららは最初からやる気満々なので大丈夫だろう。後は俺と天理や他の園児達がミスをしないかどうかだ。

 天理やうららの為にも、全力を尽くすつもりで臨もう。大丈夫、俺もしっかり台本は確認しておいた。後は台詞を間違えないだけだ……!

 

 

 

 

 

 

 

「お爺様! お婆様! 今までありがとうございました!」

 

「かぐや! 行くな! 戻って来い!」

 

「行かないでぇ……! かぐやぁ……!」

 

(……凄いなぁ、天理)

 

 勇気百倍うちわのお陰か、天理は見事に役に入りきった熱演を披露している。

 今回、俺達が演じることになったのは『かぐや姫』。主役のかぐや姫はうららで、俺と天理はそれぞれお爺さんとお婆さん役だ。

 それにしても緊張が無くなっただけで、ここまで演技に力が入るものだろうか? 割と感情を込めたつもりの俺の演技が棒読みに思えてしまうほどのクオリティだ。

 もしかすると、元々優秀な天理にひみつ道具の恩恵が加わったことで、秘めた実力を発揮しているのかもしれない。

 普段の天理なら恥ずかしがって、きっとここまで役に入りきることは出来なかっただろうし……改めて、天理のスペックの高さに驚かされた。

 

『……こうして、かぐや姫はお爺さんとお婆さんに感謝しながら、月の国へ帰って行ったのでした。めでたしめでたし』

 

パチパチパチパチパチ……!

 

「桂馬君! 大成功だね!」

 

「……うん。お客さんも皆、喜んでくれたみたい」

 

 かつてここまで天理が元気に話しかけてきたことがあっただろうか。いや無い。

 勇気百倍うちわ、ちょっと効き目が強すぎるかも……正直、天理がここまで朗らかになるのは予想していなかった。

 だがこれはこれでイイ! いつもの天理ももちろん、この活発な感じもやっぱり可愛いなぁ!

 

「むぅ……天理ちゃん、うららより目立ってなかった?」

 

 しかし、そんな天理とは対照的に……主役を演じきったうららはご機嫌斜めの様子。そりゃそうか。明らかにうららより天理の方が注目を集めてたもんな。かなりの熱演だったし。

 

「え? そんなことないよ! 主役のうららちゃん、すっごく輝いてたよ!」

 

「う~……」

 

 天理に励まされるも、やっぱり納得がいかない顔をしている。いや、天理が言うようにうららも主役だけあってしっかり目立っていた。名家のお嬢様らしく、見事な演技力だったと思う。

 ただ、それ以上に天理の演技が注目されていたから……これ、ある意味俺のせいだよな。ごめん、うらら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして幼稚園が冬季休業に入り、冬休みが始まった。夏休みに比べると短いとはいえ、それでも子供にとっての2週間は長いものだ。

 尤も、既に精神年齢は20代の半ばを過ぎた俺にとってはあっという間に終わる期間に感じるが。やっぱり子供と大人では体感時間に差があると思う。

 試しに『時間ナガナガ光線』を……やめておこう。天理達に使うならまだしも、俺が使うと時間が中々経過しないことにイライラする光景しか思い浮かばない。

 

「メリークリスマスですわ……」

 

「メリークリスマス」

 

「え、えっと……メリークリスマス……」

 

 やはりと言うか、俺と天理はクリスマスイヴの夜に白鳥家にやって来ていた。理由はもちろんクリスマスパーティに招待されたからだ。

 目の前の机には、和風の部屋とは対照的な……洋風の、クリスマスならではのご馳走が並んでいる。

 香夜子が作ったのか、あるいは専属の料理人が作ったのかは分からないが、どちらにしても美味そうだ。

 ちなみに俺の両親……麻里と桂一は今、自宅で2人だけのクリスマスを楽しんでいる。

 原作ではエルシィの隠し子宣言で一瞬だけ2人の関係が険悪になったこともあるが、女神篇だと麻里は桂一の為に出張先まで見に行ったくらいだし、何だかんだで2人の夫婦仲は良いのだと思う。

 どうも2人は俺のことを考えて家族3人でのクリスマス会をしようとしてくれていたらしいが、その数日前に俺が白鳥家から誘われた。

 そこで俺は2人に夫婦だけの時間を楽しんでもらおうと思い、自ら『白鳥家で楽しんでくるから、俺のことを忘れて2人だけの時間を楽しんで』と言ってあげた。

 最初は『子供が余計な気を遣わなくて良い』と言ってくれていたが、俺が少し説得したら納得してくれた。今頃は2人仲良くイチャついているはずだ。

 

「今日は来てくれてありがとうございます、桂馬君。天理ちゃんも、ありがとう」

 

「い、いえ……そんな……」

 

「むしろ好都合だよ。両親には夫婦だけの時間を過ごして欲しかったからな」

 

「……貴方、本当に4歳なんですか?」

 

 香夜子が何か言っているけど気にしない。どうせ俺が普通の人間では無いことを知っている訳だし、今更子供を取り繕うことも無いだろう。

 しかし美生と結がいないのは予想外……というほどでもないか。大方、向こうでも開かれるであろう特別なパーティに強制参加といったところだな。

 

「美生ちゃんも結ちゃんも、来てくれませんでしたの……」

 

「こればかりは仕方ないな。美生ちゃんと結ちゃんにも、お家の都合があるし……」

 

「正晴の言う通りです。桂馬君と天理ちゃんが来てくれただけでも、ありがたいことですよ?」

 

「はぁ……」

 

 先程、クリスマスの掛け声でも元気が無かったうらら。やはり美生と結のことを気にしていたのか。

 けれど、こればかりはうららには我慢してもらうしかない。爺さんの時は『カムカムキャット』で無理矢理早くこちらに帰宅させたが、あれは爺さん達の命が懸かっていたからだ。

 今回のように、単なる仕事や家の都合だとしたら……流石にこちらの都合で呼びつける訳にもいかない。

 

「うららはこうして、お友達とパーティを楽しめるのに……」

 

「それは香夜子さんや正晴さん、そしてお爺さんが優しいからだ。普通のお嬢様なら、こうはいかないと思う」

 

 原作の過去編でも、うららは桂馬達が通う普通の小学校に入学出来るくらいには融通が利く家庭環境だったが、美生と結は違う。

 結は言うまでも無いが、恐らく美生も五位堂家ほどでは無いにしろ、それなりに自由が制限される家庭だったのかもしれない。

 実際に桂馬達が通う小学校に美生と結がいなかったということは……きっと、そういうことなのだろう。

 

「とにかく、ご馳走が冷めない内に食べちゃいましょう? 桂馬君と天理ちゃんも遠慮せずに、ね?」

 

「は、はい……いただき、ます……!」

 

「いただきます。ほら、うららも食べよう? な?」

 

「……うん」

 

 残念がっているうららを慰めつつ、俺達はご馳走に手を付けていく。流石は白鳥家と言うか、どのご馳走も絶品だ。

 ジューシーな骨付き肉に、こんがり焼けた七面鳥……特大のクリスマスケーキも、これがまた絶妙な甘さで手が進む。生地もフワフワで格別だ。

 天理はもちろん、最初はしょげていたうららもご馳走を食べていく内に、次第に笑顔を取り戻していった。

 やけ食いとは少し違うかもしれないが、やはり美味い物は心の疲れを癒してくれるのだろう。

 

「ご馳走様でした」

 

「ご馳走様……でした……」

 

「ご馳走様!」

 

「「「……ご馳走様でした」」」

 

 30分もしない内に、机の上のご馳走は全て綺麗に無くなってしまった。俺達子供の食欲はもちろんだが、意外と大人勢もガツガツ食べていたのは少し驚いた。

 それだけご馳走の魔力は凄いということだろうか? ちなみに、そのご馳走を作ったのは香夜子であることも会話の中で判明した。

 何でも、仕事が忙しかった頃の爺さん達が構ってくれなかった間……料理の腕を上げることくらいしか、やることが無かったらしい。

 ただ、それでも孤独による寂しさを誤魔化すことは出来ず、ただただ孤独から逃げるように料理を続けて……上達した時には、精神的にかなり追い詰められていたという。

 ……原作で描かれていなかった裏側で、そんな辛い出来事が起こっていたとは思いもしなかった。

 

 香夜子がその話をした瞬間、本来なら辿ることになっていたであろう歴史を知る爺さんと俺の空気が凍った。正晴も、その話を聞いて申し訳なさそうにしていた。

 というか爺さんや正晴がそんな事実を知らないというのも驚いたが、それは香夜子が今まで料理を振る舞うことがほとんど無かった上に、爺さんや正晴とまともに話す機会も無かったからということらしい。

 そして今回、普段は屋敷で働いている柳や使用人の過半数が休暇中とのことで、香夜子自身がご馳走作りを担当することになったのだという。

 尤も、事情を全く知らない天理や、話の深刻さに気づいていないうららは少し不思議そうな顔をしていたが。

 

「……すまない、香夜子」

 

「……香夜子さん、申し訳ありませんでした」

 

 ご馳走を食べ終わった後、正晴と爺さんは香夜子に謝罪した。正晴はともかく、爺さんからすればただ事では無い話だもんな。

 

「……良いんです。もう、過ぎたことですし……今はこうして、一緒にいてくれる時間を増やしてくれたじゃないですか。私……幸せですよ?」

 

「うららも! お父様とお爺様が一緒に遊んでくれるようになって、すっごく楽しいですわ!」

 

「「…………」」

 

 正晴と爺さんは、香夜子とうららの感謝の言葉にかなり感動したらしい。ただ、爺さんの心には一層響いたらしく、目が潤んでいるのが隠し切れていない。

 そりゃそうだろうな。爺さんは正晴以上に、香夜子に対して責任を感じているだろうし。

 ……まぁ、その理由は俺が『未来』を見せたからだけど。

 

「……?」

 

(お母様達、どうしたんですの……? 何だか悲しそうな顔してますわ……うーん、何か元気付けてあげられる方法は……)

 

「……そうだ! このまま皆で雪合戦しましょ!」

 

「へ? 雪合戦?」

 

 しんみりとしていた雰囲気を、うららが唐突によく分からない提案で吹き飛ばした。

 

「うん! 折角皆が集まってるクリスマスですもの! クリスマスと言えば冬! 冬と言えば雪! 雪と言えば雪合戦ですわ!」

 

(……分からなくはないけど、多少強引な発想だな。増してこの状況で雪合戦って)

 

 子供なりに香夜子達を励まそうと考えたのか、単にしんみりした空気に耐えられなかっただけか……いや、うららの性格を考えれば恐らく前者だろうな。

 

「でも、雪なんて降ってないぞ? 天気予報でも、今日は1日中晴天だって言ってたし……」

 

(う、うららちゃん……まさか、桂馬君のひみつ道具で……?)

 

「じ~……」

「…………」

「…………」

 

 天理と正晴以外の3人の視線が俺に向けられる。え? まさか俺に何とかしてほしいと? いや、流石に超能力と誤魔化してすらいない正晴がいる前でひみつ道具を使うのはちょっと……

 

「……正晴さん。パーティの後、2人きりでお話したいので……その、寝室の準備を整えて来てくれませんか……?」

 

 香夜子? どうして急に顔を赤らめながら、正晴に小声で耳打ちを……寝室というのは聞こえたけど……ん? 寝室? まさか……

 

(え、それって……もしかして性の6時間って奴か!? そういや年末にまとめて休暇を取ろうと、最近働き詰めだったもんなぁ……よし!)

 

「わ、分かった! すぐ準備して来る!」

 

 正晴が少々興奮した様子で部屋から飛び出して行く。どうやら俺の予想は正解だったようだ。

 

「こ、これで正晴さんはしばらく大丈夫です……」

 

 少し恥ずかしそうな表情をしている香夜子。いや、確かに正晴がいなければ比較的ひみつ道具を使いやすい状況にはなるけども……それにしたってさぁ……

 

「……うららの為とはいえ、そこまでするか」

 

「……うぅ」

 

(む、むしろ意味を理解出来る桂馬君に驚きを隠せません……)

 

「「「……?」」」

 

 まるで意味が分からないという顔をしている天理達とは裏腹に、耐えきれなくなったのか顔を手で覆っている香夜子。そこまで恥ずかしいなら、もう少しマシな方法を考えたら良かったのに。

 どうやら爺さんには聞こえなかったようだ。爺さんなら、仮に聞こえていればそんなきょとんとした顔にならないだろうし。

 

「……はぁ。分かったよ、何とかする」

 

「やったぁー!」

 

「え、えっと……?」

 

「天理。今からうららの為に、この庭に雪を降らせる。その前に、騒ぎにならないよう時間を止めるけどね」

 

 俺は香夜子の行動に困惑しながらも、小声で天理に説明しつつ後ろを向いてポケットから『ウルトラストップウォッチ』を取り出し、スイッチを押して時間を止める。

 雪合戦をするには、白鳥家の庭にだけ雪を降らせる必要がある。しかしそんなことをすれば当然周りからは目立つだろう。

 となると、やはり時間を止めた状態で雪を降らせなければならない。だが時間を止めると、『お天気ボックス』等を使っても雪が降らない可能性がある。

 実際に試していないので詳細は分からないが、この状況で『○×占い』を使うのも無理だ。よって、時間が止まっていても確実に雪を降らせることが出来る道具を使うしかない。

 

「よし。じゃあうらら、今から雪を降らせて来るから、天理達と待っててくれ」

 

「うんっ!」

 

 俺は爺さん達にひみつ道具を見られないよう、一度部屋の外に出る。それにしても寒いな……『あべこべクリーム』でも塗っておけば良かったか?

 なんてことを考えつつ、俺はポケットから毎度お馴染みとなった『片付けラッカー』に『タケコプター』、夏休みに使った『ロボッター』、そして『ある道具』を取り出し、それら全てにラッカーを吹き付けて見えなくする。

 そしてロボッターに『上から雪を降らせて』と命令し、後は『道具』にタケコプターを付けて準備完了。

 するとロボッターによって操られ、タケコプターで浮かび上がった『道具』が雪を降らし始め、数分もしない内に庭は雪で覆い尽くされた。

 

「わぁーっ! 雪ですわー!」

 

「……流石は桂馬君ですね」

 

「はい。本当に、あっという間にこれほどの雪を降らせるなんて……」

 

(凄い……! どこを見ても雪景色だ……!)

 

「……お待たせ」

 

「桂馬君……これって……」

 

「片付けラッカーで見えなくした『雪ふらし』に、同じく見えなくしたタケコプターとロボッターを付けて、上から雪を降らせたんだ」

 

 天理にはいつも通り、使ったひみつ道具の効果を小声で説明する。

 

「雪ふらし……?」

 

「簡単に言うと、冷たくもないし溶けることもない雪を、どこでも降らせることが出来る道具だよ」

 

 『雪ふらし』は、触っても冷たくない上に自然と溶けることもない人工雪をどこにでも降らせることが出来る。

 これを使うことで、時間が止まっている状態でも問題無く雪を積もらせることが出来ると考えた訳だ。

 また、降らせた人工雪は掃除機型の『専用クリーナー』で吸い込めば、仮に一軒家を覆うほどの雪でも5分程で片付く。降らせるのも片付けるのも簡単という隙の無さである。

 同じく雪を降らせる道具として『気象シート』と『雪アダプター』もあるが、こちらはシート内にしか雪を降らせることが出来ない。

 シートの数を増やせば何とかなるが、そんなことをするより雪ふらしを使った方が早いので、今回は使用を見送った。

 

「あれ? 冷たくない!」

 

「その雪は俺特製だから、冷たくないし溶けることも無い。元に戻す時は俺に言ってくれれば、5分で雪を消すから」

 

「……科学的にどうなっているのでしょうか?」

 

「冷たくない雪なんて聞いたことがありません……」

 

「いやそれより、ここまで沢山降らせると流石に正晴に不自然に思われてしまうのでは……」

 

「あー……大丈夫。正晴さんは部屋を出たのを見計らって眠らせておいた。俺達が雪で遊ぶのをやめた時に目を覚まさせる」

 

 本当は俺達以外の時間を止めたのだが、流石に時間停止のことは話せないので爺さん達にはこう言うしかないな。正晴……また仲間外れにするような真似をしてごめん。

 

「……本当に何でもありですね」

 

「そんなことより、うららがまだかまだかと待ち構えてるぞ?」

 

「「あ……」」

 

「お母様ー! お爺様ー! こっちですわー!」

 

「……たまには童心に帰ってみても良いかもしれません」

 

「雪合戦だなんて、何十年振りでしょうか……」

 

 香夜子と爺さんは、既に雪玉を用意していたうららの元へ向かった。そこからは3代揃っての雪合戦勃発だ。

 

「えーい!」

 

「わぷっ!? やったわね! やぁっ!」

 

「うっぷ!? 青春時代が蘇りますね……はっ!」

 

 うららはもちろん、香夜子と爺さんも今だけは大人であることを忘れ、思う存分楽しんでいる。

 原作では叶わなかった光景なんだよな、これ……そう考えると、微笑ましいのと同時に……うらら達の、この幸せを守れたのだと思い……無性に嬉しくなる。

 

「……うららちゃん達、盛り上がってるね」

 

「うん。さっきは『どうして雪合戦?』と思ったけど、案外うららはお母さんやお爺さんのことを理解してたのかも」

 

「それはそうだよ。親子……ううん、家族だもん」

 

「……家族、か」

 

(原作では、その家族が揃うことは……無かったんだよな)

 

 俺は天理と寄り添いながら、銀色の世界と綺麗な星空を眺める。やはり俺は天理とこうしている方が楽しい。

 もうすぐ幼稚園生活も1年が過ぎる。原作の過去編はまだ先だけど、この調子だと……気がついた時には、1年生になっていそうだ。

 

「……桂馬君」

 

「……何?」

 

「……この空に浮かんでる星にも、ひみつ道具を使えば……行くことが出来るの?」

 

「……うん。もちろん」

 

「やっぱり……桂馬君なら、そう言うと思ってたよ」

 

「あはは……でも、まだ無理かな。宇宙は危険がいっぱいだから、せめて皆が小学生になってからじゃないとね」

 

「……そっか」

 

 いずれはうらら達に無茶を言われ、どこかしらの異星に連れて行くことになるのかもしれない。

 だが、小学生なら……今よりは知能も発達するので、好き放題して危険な目に遭うことは少なくなると思う。

 でも、そうなると超能力では誤魔化しきれなくなるな……やっぱり原作の桂馬が考えた作戦のように、『実は宇宙人だった』という設定にした方が良いか?

 まぁ、今から悩んでも仕方ないか。どうせその頃にはディアナやドクロウがいると思うし、いっそ天理も含めて4人で考えてみても良いかもしれない。




 次で幼稚園編は最後です。その次からようやく小学生編……原作の過去編に入る予定です。

 天理の文武両道についてですが、『神ヒロイン完全攻略ブック』にはヒロイン達のパラメータ(勉強、体力、コミュ力、ビジュアル、各ヒロインごとの特殊項目の5つ)が記載されています。
 そこで天理の運動能力を確認してみたところ、天理の体力の数値は『4』でした。数値は最低値が『0』、最高値が『5』で、『4.5』を含めた7段階評価となっています。
 比較として、歩美や楠が最高値の『5』で、純やみなみが『4.5』、ちひろやかのんが『3』です。また、天理と同値がスミレです。
 ……最初は目を疑いました。アイドルのレッスン等を受けているであろうかのんより天理の方が上という。
 ちなみに勉強については既に本編で軽く触れましたが、天理の数値は最高値の『5』で、あの原作桂馬と同値です。天理SUGEEEE!
 しかしこの本、発売時期の関係でうららや香織といった過去編の登場人物は記載自体がありません。よってうらら等のパラメータはほぼ独自設定になるかと思います。

 香夜子さんの料理上手設定は捏造です。
 原作で『1人でいることが多かった』と語られていた香夜子さんですが、何か家の中で1人でも出来る趣味の1つくらいはあったのではないかと思い、その趣味を料理にしてみました。
 ……その結果、上達した理由が悲しいものになってしまいましたが。

・2019年2月17日追記
 読者の方から感想欄にて、体力の数値についてご指摘をいただきました。
 実際には『3.5』という数値が存在しており、『0』という数値が該当するヒロインはいませんでした。0という数値が存在するパラメータは勉強です。
 確認してみたところ、ヒロイン以外の数値が記載されているページがあり、そこに体力のパラメータで3.5の数値が存在していることを見落としていました。
 なので体力については、最低値が『1』で最高値が『5』、そして『3.5』と『4.5』を含めた7段階評価となります。
最低値の『1』については原作桂馬で、そして天理の数値『4』についてはスミレだけでなく、陸上部である京も同値でした。
特に運動せずとも陸上部に匹敵するほどの体力……天理は一体どこに向かおうとしているのでしょうか。


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第19話

 ようやく幼稚園編の終了です。またまた長くなってしまいました。


「あけましておめでとう、天理」

 

「……おめでとう、桂馬君」

 

「「あけましておめでとうございます! 鮎川さん!」」

 

「あら、桂木さん! あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いしますね~!」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 白鳥家でのクリスマスパーティからおよそ1週間。大晦日も過ぎ、新しい1年が始まる日を迎えた。

 俺は両親に連れられ、新年の挨拶をしようと鮎川家に向かっていた。すると向こうも同じことを考えていたのか、道路の途中で鉢合わせしたのだ。

 

「桂馬君もおめでとう!」

 

「いつも天理と仲良くしてくれてありがとう」

 

「おめでとうございます。おじさん、おばさん」

 

「あらあら、お利口さんねぇ」

 

「君みたいな良い子が天理と友達になってくれて、僕も嬉しいよ」

 

 天理の両親に頭を撫でられる。利口かはともかく、好きな人の親となれば失礼な態度を取る訳にはいかない。

 そしてどうやら俺は天理の両親から、最低でも『天理と仲が良い友達』と思われているようだ。それは正直凄く嬉しい。

 仮に天理の両親に嫌われていたら、天理と普通に遊ぼうとするだけでもかなりのハードモードになるだろうからな……

 

「これからも天理と仲良くしてあげてね?」

 

「もちろんです!」

 

「け、桂馬君……恥ずかしいよ……」

 

「あ、ごめん」

 

「ははっ。天理、随分と桂馬君に好かれてるなぁ」

 

「ぱ、パパ……うぅ……」

 

 今度は天理が頭を撫でられる。母親は言うまでもないが、やはり父親も天理と同じで穏やかそうな人だ。

 ……なるほど、だからか。天理があんなに優しく健気で女神(ディアナでは無く文字通りの意味で)のような性格になったのは。

 

「えっ、嘘? 桂馬、アンタ天理ちゃんのこと好きなの!?」

 

 天理が天使になった理由を自分なりに分析していると、麻里が目を輝かせながら割り込んできた。いや、確かに母親からすれば子供のそういう話題は気になるんだろうけど、食いつき過ぎじゃないか?

 

「あー……えっと、幼稚園で初めて出来た友達だから、うん」

 

 そりゃ本音を言えばもう大好きですよ。『神のみ』で断トツで好きなヒロインですよ! 実物を見て尚更ハートを射抜かれたくらいですよ!!

 ……なんて色々な意味で危ないことを言えるはずが無いので、とりあえず嘘にならない範囲で誤魔化しておく。

 

「な~んだLIKEか。てっきりLOVEだと思ったのに」

「いや、桂馬はまだ幼稚園児だぞ? そういうのはせめて小学校からじゃないか?」

「いえ、早い子なら幼稚園時代に初恋を経験する子もいるみたいですよ」

「そうなのかい? 僕はもう少し後で……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 お互いの両親が俺と天理そっちのけでワイワイ盛り上がっている。えっと、会話に取り残された俺達はどうすれば良いんでしょうか?

 

「……新年早々、騒がしい両親でごめんね?」

 

「う、ううん! こちらこそ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして2日が過ぎ、俺はとあるサプライズの計画を立てていた。1月3日……天理ファンの諸君なら、この日付の意味がお分かりだろう?

 

「もちろん天理の誕生日だ。バースデイだ! 生誕記念日だ!!」

 

 うらら達の誕生日は正直、たまにド忘れしてしまうことがある。だがしかし! 天理の誕生日だけは忘れたことなど無い!

 そもそも幼稚園の教室には毎月行われる誕生日会に備えて、誕生月が書かれたボードに園児達のネームプレートが貼られている。なので万が一、いや億が一天理の誕生日をド忘れしていたとしても、そのネームプレートさえ見れば天理の誕生日をいつでも確認出来るという訳だ。

 という訳で、サプライズで天理に誕生日プレゼントを贈ろうかと思ったのだが、天理は良い子であるが故に……ある大きな特徴があった。

 

「……天理って何を渡したら喜ぶんだろ? 原作でも心のスキマが出来ないほど()()()()しなぁ……」

 

 そう。天理は欲が無い。だからこそ、プレゼントの内容に非常に悩んでいる。

 いや、正確には無難な内容なら既に思いついている。天理はマジックが好きなので、俺がひみつ道具で手品を見せてあげれば……きっと天理は喜んでくれると思う。

 でもなぁ……それだと面白味が無い。何かこう、天理が喜びそうな内容で、普通なら考え付かないようなアッと驚くプレゼントは……

 

「う~ん……」

 

 こればかりはうらら達に相談せず、自分の力だけでアイデアを出したい。しかしこのままでは時間だけが一向に過ぎてしまう。

 いや、いざとなれば『タンマウォッチ』で時間を止めれば良いだけの話だが……それでもアイデアを出さないと、いつまで経っても準備を終えることが出来ない。

 

(う~ん、天理がマジック以外に好きなものは……プチプチか。でも、プチプチをプレゼント……?)

 

 確かにそれはそれで天理は受け取ってくれそうだが、マジックを見せるほど喜んでくれるかというと……うん。

 はぁ……こういう時、原作桂馬の頭脳が羨ましくなる。俺は何でこう頭が悪いのだろうか。

 

「……やっぱりダメだ。マジック以外に思いつかない。仕方ない……マジックのスケールをデカくするしかないか」

 

 結局、俺の残念な脳ではナイスな案を出すことが出来ず、無難なプレゼントを出来る限り昇華させることにした。

 ようし、やるからには全力で盛り上げてみせる! まずはあの道具であぁして、次にあの道具で……

 

 

 

 

 

 

 

(……桂馬君、どうしたんだろう? 急に話があるって……)

 

 桂馬君から『話があるから家に来てほしい』って言われたけど……もしかして、ひみつ道具のことで大変なことになっちゃったのかな? 

 とにかく、私はママに遊びに行って来ると伝えて、桂馬君の家にやって来た。そしていつものように、インターホンを押そうとすると……

 

「……あれ?」

 

 何だか、急に周りが静かになったような……? ひょっとして、桂馬君がまた時間を止めたのかな?

 でも、タンマウォッチなら私が桂馬君に触っていないといけないし……じゃあ、『ウルトラストップウォッチ』?

 そう思ってあちこちを見回したけれど、桂馬君は見当たらない。あ、『石ころぼうし』で見えなくなっているのかも。

 だけど、桂馬君が私を呼んでくれたのに、見えなくなる必要は無いはず……う~ん、考えていても仕方ないよね。

 

(ま、まずはインターホンを……!)

 

ピンポ~ン……

 

 いつものように、私は桂馬君のお家のインターホンを鳴らした。もし、これで桂馬君が出て来てくれなかったら……ど、どうしよう?

 

『よくいらして下さいました! 鮎川天理様ですね!』

 

「ひゃあっ!?」

 

 突然、どこからかは分からないけど……大きな声が響いた。聞いたことが無い声……誰なの……?

 

『桂木桂馬様が特別室でお待ちしています。さぁどうぞ! 中にお入り下さい!』

 

「……!」

 

 ドアがひとりでに開いた。でも、中には誰もいない。ということは……これも桂馬君のひみつ道具?

 

「……お、お邪魔……します……」

 

 ここで立っていると、よく分からない声がまた響いてきそうだから……私は中に入った。すると……いつもの桂馬君のお家とは思えないほど……

 

「な、何これ……!?」

 

(天井に、ミラーボール……!? それに、凄く明るい音楽が……!)

 

 賑やかで、楽しい雰囲気になってる……間違いないよ。桂馬君、新しいひみつ道具を使ったんだ……!

 

『スリッパをお履き下さい!』

 

「あ……」

 

 どこからともなく、スリッパが生き物のように動いて、私の前に現れる。えっと、これ……履いて良いんだよね? じゃ、じゃあ……

 

「……ひゃうっ!?」

 

 スリッパを履いた途端、足が勝手に高く跳び上がる。ど、どうなってるの!? まるでスキップしているみたい……!

 

『おやおや? ここが楽しくてスキップしていらっしゃるんですか。嬉しい限りですねぇ~!』

 

「あ、あわわわ……」

 

 で、でも……確かに、何だか本当に楽しい気分になってきたかも……突然のスキップはびっくりしたけど、今はむしろ……体が跳ねるようで……!

 

『足元にお気をつけてお上がり下さい!』

 

「え? あ、階段……わっ!」

 

 いつものように上がろうとすると、階段が光りながら音を出す。今のは……ドレミの音?

 

『メロディ階段でございます。踏む度にドレミの音が流れますよ』

 

「……本当だ。1段上がるごとに、音が鳴って……!」

 

『でしたら、このようなサービスも致しましょう!』

 

「……!」

 

 壁から、私が知っている曲が流れてくる。それに、どの曲も……明るくて、楽しい曲ばかり。もしかして、桂馬君が使ったひみつ道具って……家の中を、楽しくする道具なのかな……?

 

『こちらの部屋でございます』

 

「……え?」

 

 階段を上がり、桂馬君の部屋に入ろうとすると……その隣に、見覚えの無い『赤いドア』が目に入った。

 あれ? ここって、隣に部屋は無かったはずだけど……ううん、きっと……このドアも、桂馬君のひみつ道具なんだよね?

 

「……は、入るね? 桂馬君……」

 

(きっと、部屋の中も凄く楽し……あ、あれ?)

 

 恐る恐るドアを開けると……中は真っ暗闇だった。それどころか、音も全く聞こえてこない。

 

(えっと……ここで合ってるよね……?)

 

 前が見えない不安を感じながらも、私は部屋の中を進んで行く。その先に、桂馬君がいるはずだから……でも、その瞬間……

 

バタン……

 

(えっ!? ど、ドアが……な、何も見えないよ……!)

 

 ドアがひとりでに閉まってしまい、私は暗闇の中に置き去りにされてしまう。ど、どうしよう!? 右も左も見えないし、自分の体すら見えないよ! け、桂馬君……どこ……どこなの……!?

 

「~♪」

 

「……?」

 

 見渡す限りの黒い世界で慌てていると、どこからか声が聞こえた。これって……歌? それに、どこかで聞いたような……

 

「~♪ ~♪」

 

「あ……!」

 

(これって……お誕生日の時に歌う曲だ……!)

 

 幼稚園で、皆のお誕生日をお祝いする時に……いつも全員で歌った歌。聞こえてる歌声は、凄く綺麗だけど……どうして急に……

 

「「~♪」」

 

「……?」

 

(あれ? 声が増えた……?)

 

「「「「「「~♪ ~♪」」」」」」

 

「わ、わわっ……!?」

 

(声が沢山……! が、合唱みたい……!)

 

「「「「「「――天理」」」」」」

 

「……!」

 

(い、今……私の名前……!)

 

バッ……!

 

「う……っ!」

 

 辺りが突然輝き出して、思わず眩しさで目を閉じる。しばらくして、恐る恐る目を開けると……

 

「天理! お誕生日おめでとう!」

 

「「「「「おめでとー!」」」」」

 

「け、桂馬く……んううううっ!?」

 

 えええええっ!? ど、どうして桂馬君が6人もいるの!? どうなってるの!? もしかして私、眩しさで目がおかしくなっちゃってるの……!?

 いや、それよりも……この部屋、幼稚園のホールより広いよ!? 桂馬君の家の大きさより広いよね!? それに大きな看板で『天理! お誕生日おめでとう!』って書かれてる!?

 しかも()()()()や私が立っている場所……家の中じゃなくなってる!? ど、どこなの……!? 

 

「驚いた? さっきのコーラス、凄かったでしょ」

 

「け、桂馬君が6人……それに、へ、部屋が……広くて、凄くて……!? あ、あうぅ……」

 

「……これは間違いなくパニックになってる」

「サプライズにしても驚かせ過ぎじゃないのか?」

「普通の幼稚園児なら何も考えずに喜ぶかもしれないけど、天理は頭が良いんだぞ? そりゃ混乱するだろ」

「言ってもそのサプライズを考えたのは俺だけどな」

「確かにそうだけども」

「つまり俺達を生み出したオリジナルが悪いと」

「でも俺達も元は同じ1人の人間じゃないか?」

「ってそんなこと言ってる場合か! まずは天理に説明するのが先だろ!」

「「「「「ハッ!? そうだった!」」」」」

 

「…………」

 

 あ、頭がフラフラするよぅ……桂馬君が、すっごく増えてて……部屋が広がってて……その部屋も、すっごくなってて……

 

「「「「「「天理! ごめん! 実はこれ、天理の誕生日を祝おうと考えたサプライズなんだ!」」」」」」

 

「……え? サプライズ……?」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「……という訳なんです、はい」」」」」」

 

「……そう、だったんだ」

 

 桂馬君が言うには、私の誕生日を祝う為に色々と準備してくれていたらしい。でも、普通に祝うだけだとつまらないから……あえて私に内緒で。

 そして私がこの部屋に入ったのを見計らって、お誕生日の歌とひみつ道具で私を驚かせようとしたら……私が予想以上に慌てて、サプライズどころじゃ無くなったみたい。

 

「ご、ごめんね? その……私のせいで……」

 

「「「「「「そんなことない! 悪いのは俺だよ!」」」」」」

 

「ひゃうっ!?」

 

「「「「「「あっ、ごめん! これだとうるさ……おい! 天理が怖がってるだろ! まず静かに……あぁもう! 同じタイミングで話すなって!」」」」」」

 

「…………」

 

 ろ、6人の桂馬君が一斉に話してる……凄い光景……まるでアニメみたい……これも、ひみつ道具なのかな……?

 

(とりあえず、まずは1人に戻ろう。このままだと、天理も話しづらいだろうし……)

 

「……ほいほいっと」

 

「あ……」

 

 1人の桂馬君が『小さいとんかち』を出して、他の桂馬君達を叩いたら……桂馬君達が、1人の桂馬君の中に入っちゃった。

 

「えっと、今使ったのは『分身ハンマー』と言って、これで頭をコツンと叩けば、自分の分身を作り出すことが出来るんだ」

 

「分身ハンマー……それで桂馬君が6人に……あれ? じゃあ今、他の桂馬君達が1人に合体したのは……」

 

「生み出した分身を元に戻したんだ。分身をこのハンマーで叩けば、自分の中に戻すことが出来るんだよ」

 

(……うん。分身が元通りになっても、やっぱり分身が経験した記憶までは引き継がれないか。その点は記憶の共有が出来る『コピーロボット』の方が上だな。

 でも他の道具と違って、生み出された自分が命令や指示を絶対に聞いてくれるところは分身ハンマーの方が使いやすいけど)

 

「す、凄いね……」

 

 これを使えば、大変なお仕事でも……自分同士で手分けしてこなせるかも。パパやママが欲しがりそう……

 

「じゃあ、さっきの歌声も桂馬君……なんだよね? 凄く上手かったけど……」

 

「うん。それはこの『能力カセット』を使ったからなんだ。このカセットには、マラソン選手や数学者、その他色々な仕事の名前が書かれてるんだけど……

 カセットをお腹に差し込むだけで、そのカセットに書かれた仕事の能力をそのまま身に付けることが出来る。今回は『歌手』のカセットを使って、プロ並みの声を聴いてもらおうと思ってね。

 でも、それだけだと面白味が無いから……分身ハンマーで俺を増やしてコーラスっぽくしてみようと思ったんだ。その結果がご覧の有様だったけど」

 

(アニメの桂馬は歌が下手だったからな。俺までそうなのかは分からないけど……どうせなら、天理には上手な歌を聞いてほしかったし……)

 

「それで……さっきは、びっくりしちゃったけど……桂馬君、凄く上手だったよ……!」

 

 本当に、さっきまでの桂馬君の歌声は……幼稚園の先生よりも綺麗だった。お店で流れる、歌手の人の歌よりも……!

 

「あはは……ありがとう、驚かせちゃったのは申し訳ないけど、歌を喜んでもらえたのは良かったよ」

 

「……うん。それと、さっきまで家の中が不思議なことになってたり……この広い部屋も……やっぱり、ひみつ道具だよね……?」

 

「うん。俺が用意したサプライズ。家の中は『家の感じ変換機』という道具を使ったんだ。これを使うと、家の中を色々な雰囲気に変えることが出来るんだよ。今回は天理の誕生日をお祝いしようと思ったから、『楽しい家』にしたんだ」

 

「楽しい家……だから、あんなに……」

 

「部屋は『ナイヘヤドア』という道具のお陰。見た目はただの赤いドアなんだけど、これを壁に貼り付けると、その中に新しい部屋が出来るんだ。

 でも、それだけだと俺の部屋と同じ見た目の部屋が出来上がるだけだから……別の道具を使って、部屋を思いっきり広げたんだよ」

 

「新しい部屋……? 広げる……?」

 

「この『次元ローラー』を壁に向けて転がすだけで、部屋をいくらでも広げることが出来るんだ。しかも外から見ても、家の大きさは変わらないままでね。

 そして広げた部屋に『万能舞台装置』を使ったんだ。ほら、向こうにオレンジ色の光ってる機械があるでしょ?」

 

「え? あ……本当だ……」

 

「あの道具が、この部屋を誕生日パーティ向けに作り変えてくれたんだ。これを使うと、部屋の中を自由自在に変えられる。俺が着ている衣装も、この道具が用意してくれたんだよ。

 それだけじゃなく、元々は劇をする時に使う道具だから、服だけじゃなくて色々なセットや道具、その他に必要な物も全部出してくれるんだ」

 

「…………」

 

 驚き過ぎて声が出ない。やっぱり桂馬君は凄いよ……! こんな不思議なことを、簡単にやっちゃうんだもん……!

 

「……でも、どうして新しい部屋を作ったの? 桂馬君の部屋を、そのまま広げれば……」

 

(うん、流石天理だ。普通の子供なら『そうなんだ! すごーい!』って流しそうなもんだけど、しっかり疑問を突いて来るな)

 

「実はね? この次元ローラーで広げた部屋を元に戻すと、広げる前より部屋が縮んでしまうんだ」

 

「そ、そうなの……!?」

 

「うん。だからこそ、こうやって新しい部屋を作っておけば……」

 

「あっ……いくら広げても、そして後で戻した時に縮んでも……他の部屋は大丈夫ってこと?」

 

「その通り! 天理は賢いなぁ!」

 

「……えへへ」

 

 け、桂馬君に褒められちゃった……! でも、私からすれば、桂馬君の方がよっぽど凄いんだけど……あ、それより……まだ聞きたいことがあったんだっけ。

 

「……そういえば、どうやって時間を止めたの? さっき私が家に入る前、急に周りが静かになったから、時間が止まったのは分かったけど……

 タンマウォッチだと私が桂馬君に触らないといけないし、ウルトラストップウォッチでも桂馬君の近くにいないとダメなんだよね?」

 

「…………」

 

(……天理が家に来たのを見計らって時間を止めたとはいえ、そこまで見抜いてたとは。4歳でこの洞察力って凄すぎない?)

 

「……す、鋭いね。確かに俺は時間を止めたよ。家をこんな派手にする訳だから、両親に見つかると大変なことになるし。だけど……実は今回、別の道具を使って時間を止めたんだ。ほら、これ」

 

「ピンク色の時計……?」

 

「うん。これは『狂時機(マッドウォッチ)』といって、時間を早くしたり遅くしたり、そして止めることが出来るんだ。

 いつもなら天理が言う通りタンマウォッチやウルトラストップウォッチを使うんだけど、今回は天理が俺の傍にいない状態で時間を止める必要があったからね。

 だからあえて、このマッドウォッチを使ったんだ。これはタンマウォッチやウルトラストップウォッチと違って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのお陰で俺と天理の距離が離れていても、俺達以外の時間を止めることが出来たんだ。時間を止める時に『俺と天理の時間は止まらないように』って決めておいたからね」

 

(この道具は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そして()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()からな。今回みたいな状況で時間を止めるには持ってこいだ。

 それだけじゃなく、天理を誘う時は両親がちょうどリビングでくつろいでいることをしっかり確認しておいた。家から追い出す訳にもいかないし、いくら時間を止めるとはいえ、仮に微動だにしない両親が廊下で佇んでいたら不気味だしなぁ)

 

「あ、それで……あれ? じゃあ、普段からタンマウォッチやウルトラストップウォッチじゃなくて、そのマッドウォッチを使えば良かったんじゃ……」

 

「え? あっ……」

 

「……桂馬君?」

 

「……ごめん。うっかりしてた」

 

「…………」

 

(あ、これはまた天理に呆れられたな……死にたい)

 

 ……ふふっ。そういうところもあるから、桂馬君と話しやすいのかも。きっと、桂馬君が何もかも完璧な人だったら……私、上手く話せなかったと思う。

 けど……そんな桂馬君でも、きっと……強くて、かっこ良いと思ったかもしれない。何となく、だけど……

 

「……え、えっと。じゃあ気を取り直して、天理に送るサプライズ誕生日パーティを続けたいと思います!」

 

「わ、わぁ~……!」

 

 桂馬君が舞台に上がろうとしているところを見て、私は拍手を送る。それにしても、凄い舞台……幼稚園の皆が全員集まっても、全然狭くなさそう。

 

「それではこれから私、桂木桂馬によるスーパーマジックショーをお送りします!」

 

「……!?」

 

 桂馬君の服装が、一瞬の内に変わっちゃった……! さっきまでは、歌手の人が着ているようなキラキラした服だったけど……今は黒い服に帽子……まるで、本物のマジシャンみたいな……

 

「それでは見ていただきましょう! 何と! 人が箱の中から瞬間移動してしまう!? そんな驚きのマジックです!」

 

パチパチパチパチパチ……!

 

「あ……!」

 

 部屋のあちこちから、拍手とかけ声が……もしかして、さっき桂馬君が教えてくれた家の感じ変換機のせい……?

 

「ではまず、こちらの箱をご覧下さい! どこをどう見ても、ただの箱にしか見えませんよね?」

 

「う、うん……」

 

「それでは、この中に私が入りましょう。そしてこの箱がナイフや刀で串刺しにされてしまいますが、見事脱出してみせます!」

 

「え……!?」

 

 桂馬君がそう言うと、沢山の刃物が浮かびながら箱の周りに現れた。それどころか、テレビでマジックをする時に流れる音楽が流れてくる。

 多分、万能舞台装置の効果だとは思うんだけど……ほ、本当に大丈夫なのかな……? 桂馬君、怪我したりしないよね……? いくら『お医者さんカバン』で治せるとしても、痛かったり苦しいことに変わりないもん……

 

「よいしょっと……これで準備完了。では箱を閉め、更に厳重に鍵をかけます!」

 

ジャラジャラジャラ……!

 

 桂馬君が箱に入って蓋を閉めた途端、どこからともなく鎖が巻き付いて、何重もの鍵がかけられた。そして同時に、フワフワ浮かんでいた刃物が箱を狙って……ま、まさか……!

 

グサグサグサグサグサッ!

 

「……っ!」

 

 全ての刃物が箱に刺さった。四方八方から、まるで箱というよりも桂馬君を狙っていたかのように。

 

「け、桂馬君……!」

 

 大丈夫。これはマジック。仮に本当にそんなことになっても、桂馬君なら絶対に大丈夫……頭ではそう考えていても、どうしても不安は消えない。

 ドキドキしながら、刃物が貫かれた箱を眺めていると……箱の後ろから、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「バァ~ッ! はい! 見事に脱出してみせました!」

 

「あ……! よ、良かったぁ……!」

 

パチパチパチパチパチ……!

 

 私が桂馬君の姿を見て安心した瞬間、周りから大拍手と明るい音楽が聞こえてくる。急に緊張と不安が無くなったせいか、体から力が抜けていく。

 それと同時に、桂馬君がやってみせてくれたマジックの凄さに興奮して……思わず周りに負けないくらいの拍手を送った。

 

「どう見ても、箱は鍵と鎖でガチガチに固められていますね? そして出入り口も、上の蓋しかありません。ご覧の通り、種も仕掛けもございません!」

 

「……す、凄い! 凄いよ桂馬君……!」

 

 きっと、ひみつ道具の力なんだろうけど……でも、見ていて楽しいことに代わりない。桂馬君が最初に見せてくれた、手品ふろしきを使ったマジックよりも……もっと感動したよ……!

 

(箱の中には刃物が貫通せず、尚且つ後ろに抜け穴が空くなんて……万能舞台装置、俺みたいな手品初心者でも何とかなるようにしてくれてるなぁ)

 

「沢山の拍手と喝采! いや~ありがとうございます! お礼にこんなマジックもプレゼントしましょう! それっ!」

 

「わぁ……!」

 

 そう言いながら、桂馬君は被っていた帽子を取り出して……勢い良く振りかざすと、中から鳩さん達が沢山飛び出してきた。パタパタと白い羽を羽ばたかせながら、部屋の中を飛び回っている。

 

「まだまだこんなものじゃありません! 続いては……えい!」

 

「わ、わぁぁぁ……っ!」

 

パチパチパチ……!

 

 桂馬君が帽子から杖を取り出したかと思うと、それを振るだけで綺麗な花に変えてみせた。思わず立ち上がって、桂馬君に力一杯拍手を送る。

 マジックって、やっぱり……凄い。こんなにも、見ている人を楽しませることが出来るんだ……! ううん、それだけじゃない。

 桂馬君は、私の為に……私の誕生日をお祝いしてくれる為に、ここまで……! 嬉しい……パパとママにお祝いしてもらうより、凄く嬉しいよ……!

 

「ふっふっふ。お楽しみはこれだけではありませんよ? 最後はこちら!」

 

「わ……! て、テーブル?」

 

 私の目の前に、一見普通のテーブルが現れる。でも、よく見ると『虹色のテーブルかけ』が敷かれている。

 

「これはマジックじゃなくて、ひみつ道具を使ったプレゼントだけど……天理。お父さん達から、誕生日ケーキは食べさせてもらった?」

 

「え? う、ううん。2歳や3歳の時に大きなケーキを買って来てくれたけど、3人じゃ食べ切れなかったから……今年は、買わないって……」

 

 パパとママからは、朝から誕生日を祝ってもらったけど……プレゼントを貰っただけで、ケーキは無かった。でも、それは私も分かってるんだ。大きなケーキを買って来てくれるのは嬉しいけど……本当に、食べ切れないから……

 

「そっか。なら安心だね。よーうし……天理のバースデーケーキ!」

 

ポンッ!

 

「きゃっ! え、あ、あれ……? ケーキが……!」

 

 桂馬君が叫んだと思うと、私の目の前に……ろうそくが刺さった、大きなケーキが置かれていた。でも、ついさっきまでは無かったのに……

 

「ふふ……そのテーブルに敷いてあるのは『グルメテーブルかけ』と言って、食べたい物や飲みたい物を注文するだけで、何でも出してくれるんだ。しかもどんなに高い料理をどれだけ出しても無料(タダ)! おまけに味も絶品!」

 

「…………」

 

 確かに、目の前のケーキは出来たてなのか、物凄く美味しそう……それに、ちゃんとろうそくが4本刺さっている。これって、私の歳だよね……?

 

「余りそうだとか食べ切れないだとか、その心配もいらないよ。いざとなれば俺が全部食べるから」

 

「え? でも、それは……」

 

「味に飽きたなら『味のもとのもと』をかければ良いし、満腹になっても『腹ペコおにぎり』を食べれば、いくらでもお腹に入るから大丈夫」

 

「腹ペコおにぎり……?」

 

 味のもとのもとは覚えているけど、腹ペコおにぎりは初めて聞いたよ?

 

「どれだけお腹が一杯になっていたとしても、そのおにぎりを一口食べるだけで、みるみる内にお腹が空いて……ご飯が食べたくて仕方なくなるんだ。これさえあれば、大食い大会でも優勝出来ると断言して良いくらいだよ」

 

(声優交代前の『ドラえもん』に登場したアニメオリジナルの道具だけど、このおにぎり、少し食べるだけでどんなに不味い物でも必死にガツガツ食べて『美味しい!』と叫ぶほど空腹になるからな。このケーキなら、恐らく5分もしない内に完食出来ると思う)

 

「そ、そうなんだ……じゃあ、安心……なのかな……?」

 

「そうそう。じゃ、天理。明かりを消すから、ろうそくを消して?」

 

 桂馬君がそう言った瞬間、私がこの部屋に入って来た時のように周りが暗くなった。でも、今はケーキに刺さったろうそくのお陰で、桂馬君の顔が見えるから……怖くない。

 

「……ふぅ~っ」

 

 ろうそくの火が消えて、辺りは暗闇に……なったと思ったら、すぐにまた明るくなった。きっと、桂馬君が電気を付けてくれたんだと思う。

 

「改めて……4歳の誕生日おめでとう、天理!」

 

「……ありがとう、桂馬君。私……すっごく、嬉しいよ……!」

 

(天理が笑顔になってくれた……! そうだよ、この笑顔が見たかったんだよ……! 喜んでくれて、本当に良かった……!)

 

 私と桂馬君はその後、2人で一緒にケーキを食べた。桂馬君が出してくれたケーキは、今まで食べたケーキの中で……1番美味しかった。

 桂馬君は『グルメテーブルかけが作ったケーキだから』と言っていたけど、それだけじゃない。きっと、桂馬君が私の為に用意してくれたケーキだから……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天理の誕生日を初めて祝ったあの日から、もう3年が過ぎた。あっという間だと思っていたら、本当に気がつかない内に幼稚園卒業の日になっていた。

 俺達は現在、幼稚園の卒園式に出ている。もちろんそれぞれの両親も参加しており、特に香夜子は誰が見ても分かるほど号泣している。まぁ、当然と言えば当然か。

 香夜子はかつて俺から未来を聞かされている。つまり、原作(本来)なら自分が(うらら)の晴れ姿を見ることさえ叶わなかったことを知っている。

 だからこそ、こうして(うらら)の卒園式に出席出来たことが……心の底から嬉しいんだと思う。俺も香夜子の立場なら号泣している自信がある。

 

『桂木桂馬君』

 

「はい」

 

 先生に呼ばれ、卒園証書を受け取りに行く。前世では……どうだったっけかな。現在と合わせて30年近く前になるので、はっきり覚えていない。

 せめて小学校の卒業式なら、今でも鮮明に覚えているのだが……おっと、感傷に浸るのは卒園証書を受け取ってからにしよう。ここで俺の歩みが止まって、うらら達に迷惑をかける訳にはいかない。

 

「ご卒園、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 幼稚園の卒園式を、ここまで自我が明確な状態で行うというのも……貴重な経験なんだろうな。普通の子供なら、余程強く印象に残るような出来事が無ければ……覚えていないだろう。実際に、俺がそうだから。

 

「桂馬……立派になっちゃって……!」

 

「流石は俺達の息子だ……!」

 

 両親がビデオカメラを構えながら、俺を録画し続けている。麻里はともかく、桂一がしっかり参加しているというのが……少し不思議な気分だ。

 原作ではほとんど姿を見せていなかった桂一だが、この世界では基本的に休日は家にいるし、行事も平日で無ければ必ず来てくれている。

 これも神様が言っていたパラレルワールドによる違いなのだろうか? まぁ、この程度なら原作の流れが極端に変わることは無いだろうけど。

 

「……ほ、ほらママ! 写真もしっかり!」

 

「もちろんよ……ぐすっ……桂馬の勇姿、しっかり残しておかないとね!」

 

 カメラで隠しているつもりだろうけど、俺は既に見抜いている。両親が俺を見ながら、少し涙目になっていることを。

 ……原作の桂馬も、これくらい両親から愛を注いでもらっていたのだろうか。そう考えると、何だか微笑ましくなってくる。

 それと同時に……前世の世界に残して来てしまった、()()()両親のことを思い出してしまう。前世の両親も、俺のことを……今の両親のように、大切にしてくれていたのだと思うと……うぅっ、出来るだけ思い出さないようにしていたのに……!

 

「……っ」

 

 麻里と桂一だって、今の俺にとっては大切な両親だ。心からそう思っている。精神年齢では、桂一はともかく麻里は俺より年下なのだが……それでも、育てて来てくれた親に変わりない。

 だが、今の俺がここに存在出来るのは……かつて前世で俺を産み、育ててくれた()()()両親がいたからだ。でも、もう会うことは出来ない。向こうの世界では、俺は……死んでしまっているのだから。

 

(……乗り越えなきゃダメだ。神様も言ってたじゃないか。元の世界には蘇生出来ないって)

 

 こうして第二の人生を歩むことが出来るだけでも、俺は非常に恵まれていると言えるだろう……それが例え、神様の気まぐれだとしても。

 だからこそ、俺はこの世界の人生を真剣に歩まなければならない。前世に未練を抱き続けるのは、神様が用意してくれた()()()()や……この世界の人々に対して失礼だ。

 何より、原作の桂馬が歩むはずだった人生を……望んでいなかったとはいえ、俺は横取りしてしまっている。だとしたら、せめて真っ当に生きなければ……原作の桂馬に合わせる顔が無い。

 

 

 

 

 

 

 

「……今日からこことも、お別れですのね」

 

「……そう、だな」

 

「寂しい、よね……」

 

 式を終え、俺達は3年間通い続けた幼稚園を眺めている。そういえば、最初に天理と会った時も……こんな感じだったな。

 桜が満開で、春の暖かな風が吹いていて……当時は新たに加わる者だったが、今は去って行く者の立場か……

 ちなみに俺達の両親は、向こうで子供の思い出話に花を咲かせている。もしくは、子供同士で話したいことがあるだろうと配慮してくれたのかもしれない。

 

「でも、うらら達は離ればなれになりませんわ。同じ小学校ですもの」

 

「……うん」

 

(まぁ、そこは原作通りだよな。うららが幼稚園時代から親しかった幼馴染っていうのは原作から盛大にズレてるけど)

 

「…………」

 

「…………」

 

 天理もうららも、お別れすることになった幼稚園を切なげに見つめている。名残惜しいんだろうな……2人共、毎日楽しそうだったし。

 

「……ケイちゃん」

 

「ん?」

 

「写真やビデオでも、今までの思い出は見られるけど……その中に、残ってない……楽しい思い出も、あったよね……?」

 

「……あぁ」

 

「だから……ケイちゃん。また、いつか……超能力で、うらら達の楽しかった時のことを……見せてくれる……?」

 

「……うららちゃん」

 

「…………」

 

 うららはきっと、ビデオや写真にさえ残っていない……普段の日常での思い出を、忘れないようにしたい……そう言いたいのだろう。

 

「……言ってくれれば、いつでも見せるさ」

 

 『後からアルバム』、『オモイデコロン』、『思い出再現機』、『タマシイムマシン』、『タイムテレビ』……思い出を懐かしむ道具なら沢山ある。

 もちろん、過去に囚われ続けることは良くないが……時には思い出に浸りたいと考えることは、誰にだってあるはずだ。俺だって、正にさっき……いや、考えるな。また泣きそうになるぞ、俺。

 だからこそ、天理やうららが望むのであれば……昔の思い出くらい、何度でも蘇らせる。俺にとっても、忘れたくない……()()()()()()大切な思い出だから。

 

「ありがとう……ケイちゃん」

 

「……ありがとう、桂馬君」

 

「……うん」

 

「……さて! 悲しい気分はもうおしまい! 今度は小学校に入ってから、どんなことをして遊ぶか考えますわ!」

 

「……いつもながら切り替え早いな」

 

「だってうらら、楽しいことが大好きだもん! いつまでも悲しい気分でいたら、お母様達に心配されちゃうもの!」

 

「……あははっ、そうだな。うららはいつも、どんな時もそんな感じだったよな」

 

「……くすっ」

 

 こういう時は、うららの天真爛漫振りに助けられるな。俺と天理だけなら、きっと家に着くまで……良くも悪くも、切ない雰囲気のままだっただろうし。

 俺達はそのまましばらく3人で話し続け、うららが車で帰ったことをきっかけに解散し、帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

「……桂馬君」

 

「ん?」

 

 お互いの両親が世間話をしている中、俺と天理は手を繋いで帰っている。あぁ、幸せだなぁ……

 天理と一緒にいられる幸福なひと時を過ごせるお陰で、俺は前世に対する悲しみを乗り越えられると言っても過言では無い。

 

「私達、小学生になるんだよね……」

 

「……うん」

 

「……()()()、言ってくれたこと……話してくれるの?」

 

「…………」

 

 ……忘れるはずが無い。4年前に、天理にひみつ道具のことを話し……同時に結んだ『約束』のことだ。

 

「……まだ」

 

「え……?」

 

「確かに、小学生になったら話すと言ったっけ。実際に俺も、1年生になったら……天理に話すつもりだよ。でも……入学式を終えてすぐ話す、という訳にもいかないんだ」

 

「……そう、なの?」

 

「……ごめん。でも、約束は絶対に守るから。多分……夏頃には、話せるようになると思う」

 

 そう。実際にドクロウを保護することになるのは……確か夏のキャンプの数日前だったはず。それまでは、まだ天理に打ち明けることは出来ない。

 ディアナとドクロウに俺の秘密を全て話し、理解してもらってから……3人で、天理に理解しやすく整理した形で伝えたいのだ。

 

「……うん、分かったよ。それまで……待ってるね?」

 

「……ありがとう」

 

「ううん、こちらこそ……」

 

 そんな話をしている内に、俺達は自宅に着いた。俺と天理は軽く挨拶をして、俺はまだ半泣きの両親と共に家に入った。

 両親から卒園祝いの言葉をかけられたり、卒園証書を見て泣かれたりしたが……それもある意味、思い出に残る出来事だ。

 

(……いよいよ原作に本格的に介入することになるのか)

 

 階段を上がりながら、俺は原作の過去編について考える。まず発生する事件……事件? 原作桂馬ではないが、ここはイベントと言った方が良いかもしれない。

 最初に発生するイベントは当然『ドクロウの保護』だ。そして本来は『うらら編』に突入するが……それは事前に解決しておいたので、いきなり『香織編』突入か。

 正直、香織についてはどう対処しようか迷っている。原作で桂馬が助けた以上、見捨てることは絶対にしないが……あいつ、桂馬に助けられても更生していなかったよな。

 それに話が通じる相手でも無いので、恐らく説得も無理だろう。ひみつ道具を使えば別だが、人の心を操るような道具は極力使いたくない。

 

(まぁ、そのことはゆっくり考えるとするか。ドクロウの保護も香織編も、4ヶ月近く先のことだし……ん?)

 

 ちょっと待てよ? 原作だと桂馬は()()()()()()()()()()()()よな? じゃあ俺はどうなるんだ?

 原作と違って、俺は生まれた時から未来の出来事を知りながら動いている訳で……まさか、10年後の俺が意識だけ遡ってくるのか?

 いやでも、そんなことする必要無いよな? 俺は元々原作知識があるし、過去編の出来事を()()()()()()として処理することが出来る。つまり『球』さえあれば良い訳で……

 だけど、未来の俺が遡って来ないのだとすると球はどうなるんだ? あの球が無いと、原作の未来に繋がらないんじゃ……

 俺は汗を流しながら、心の中で膨れ上がる不安を押し込みつつ、部屋に繋がるドアを開いた。すると……そこには、今抱いていた疑問を吹き飛ばす『物』が存在していた。

 

「……へ?」

 

 ちょ、え? あれって球だよな? 原作で桂馬が持たされた球だよな? 魔力で時間を戻すあの球だよな? 

 何でベッドにちょこんと置かれてるの? いや、置かれてるのはまだ良い。恐らく未来の俺が『タイムホール』とか『タイムマシン』を使ってここに置いたと考えればおかしくはない。

 もしくは未来のドクロウやディアナが上手いこと女神達を誘導して、球だけをこの場に送り込んだと考えることも出来る。

 でも待って。ちょっと待って。ドクロウの保護って夏だよな? 今まだ春だよ? 俺、小学生にすらなってないんだけど? 卒園したばっかなんだけど!?

 

ピカッ……!

 

「あ……光で行き先を指してる……」

 

 えーっと、つまりアレか? 俺は今から球に従ってドクロウを保護しに行くと? いや、保護は良いんだけどさ、時期が早すぎない!?

 

「……でも、球がここにあるってことは……今からやるしかない、のか?」

 

 とにかく、こうして球を発見してしまった以上、無視する訳にはいかない。俺はポケットから石ころぼうしと『タケコプター』を取り出し、すかさず装着する。

 そして球を握りつつ窓から飛び立ち、光で示された場所へ向かう。どうか……どうか原作からかけ離れた異常事態じゃありませんように……!




 次回から原作の過去編もとい小学校編がスタートです。
 天理の父親の性格・口調は捏造です。あの優しい天理の父親ですし、やっぱり穏やかな性格かなと。


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第20話

 『球』の光に従い『タケコプター』で飛び続けると、やはりあかね丸の上空に辿り着いた。どうやら時期がズレていること以外は原作通りらしい。

 

「ドクロウは……いた!」

 

 船上を見渡していると、フラフラと歩く中学生くらいの少女が見えた。間違いない……彼女がドクロウだ。

 どうやら原作通り記憶を失い、全てに絶望してしまっている状態のようだ。彼女が持つ球が真っ黒であることがそれを示している。

 一刻も早く、ドクロウの精神を落ち着けないといけない。このままでは、ドクロウの身体が逆方向に成長して赤ん坊になってしまう。解決方法も分かっている以上、すぐに……ん? 解決方法?

 

「……き、キス!? いやでもそれは……」

 

 原作の桂馬はキスという手段でドクロウを絶望から救い上げていたが、俺にそんな度胸は無い。

 何より、好きな人がいるのに他の女の子とキスって……原作桂馬はそんなことを言っている場合ではなかったが、俺は……

 いや、俺と天理は別に付き合っている訳では無いし、何より天理が俺に特別な感情を抱いてくれていることは……無いだろ。流石に無いだろ。いやまぁ、友人として仲良くしてくれているとは思うけど。

 そもそも天理が桂馬に惚れていたのは原作での話だ。俺は既に原作桂馬とは別人になっている訳で……

 

「ってそんなこと考えてる場合か!」

 

 とにかく、可能な限りキスや恋愛以外の手段で何とかしよう! もう完全に俺のエゴだが、心の中では開き直ることにする!

 俺は頭をフル回転させ、この状況を打開する道具を考える。要は絶望に陥っているドクロウの心を何とかすれば良い訳だ。

 すなわち心を操る道具を使えば万事解決だが、そんな生々しい方法は極力避けたい。何とか、ドクロウの絶望だけを上手く取り除く道具は……

 

「……『あれ』しかないか」

 

 俺はまずポケットから『ウルトラストップウォッチ』を取り出し、いつものように時間を止める。今は『石ころぼうし』を被っているので、道具を堂々と使用してもバレる心配は無い。

 その次に『ある道具』を取り出し、そのまま動きが止まっているドクロウの足元に()()。そして慣れた手つきで『片付けラッカー』を取り出し、敷いた道具にラッカーを吹き付けて見えなくする。

 後はドクロウの後ろに立ち、ウルトラストップウォッチでドクロウに軽く触れる。するとドクロウの時間停止だけが解除され、さっきと同じようにフラフラと歩き出す。

 

「……!」

 

 俺が見えなくした『道具』の上を()()()()瞬間、ドクロウの絶望に満ちた目が……少し、穏やかになったような気がする。

 

「あ、れ……?」

 

「よしよし、ちゃんと発動したらしい」

 

 俺がドクロウの足元に敷いたのは『ハッピープロムナード』。この絨毯の上を通過すると、どんなに落ち込んでいる人でも明るく元気な気持ちになる。

 ただし、効果が正しく作用する()()が決まっており、反対方向に通過すると明るくなるどころか暗く重い気持ちになってしまう。

 とはいえ流石にそんなミスはせず、俺は向きを正しくした上でこの道具をドクロウが歩く方向に向かって敷き、ドクロウの絶望を和らげようと考えたのだ。言い換えればキスの代わりだが。

 

「…………」

 

 しかし通過し終わった後でも、ドクロウはやはり明るい表情を見せることは無い。恐らくハッピープロムナードでも取り除けない程の絶望を感じていたのだろう。

 実際に原作でもドクロウはしばらくの間、記憶を無くした状態で桂馬達と過ごしていた。となると、やはり無理矢理記憶を呼び戻すようなことはしない方が良いはずだ。

 

「……でも、少なくとも落ち着きは取り戻したみたいだし、ここからは接触してみるか」

 

 ドクロウの様子を間近で見ていた俺は、一度ドクロウから少し離れた位置まで距離を取り、被っていた石ころぼうしを脱ぐ。さて、どう話しかけるか……

 リミュエルの時は盛大にやらかしたけど、今回はそもそもの前提が違う。リミュエルと違い、ドクロウは一時的とはいえ()()()()()()()のだ。

 そして俺達が初対面の体で話を進めようとすれば、原作同様に時間がかかってしまい、下手をするとドクロウの赤ん坊化が始まってしまう。

 もちろん球やひみつ道具がある限りは何度でもやり直しが利くのだが、だからといって取り返しのつかない失敗を繰り返すのは……いや、考えていても仕方ない。とにかくまずは話してみなければ。

 

「……こんにちは」

 

「……!」

 

 ドクロウが俺の声に気づき、後ろを振り返る。原作のドクロウは確か、桂馬が子供を装って接しようとしても無視したはず。

 しかし今のドクロウは俺に対し反応を示してくれた。つまり、幾分か心に余裕が生まれている……と思う。

 

「俺は桂木桂馬。この球に指示されて、君を助けに来た」

 

 骨の方のドクロウ……長ったらしいな。それぞれを区別する時は『ドクロウ(人間)』と『ドクロウ(骨)』で良いか。

 ドクロウ(骨)と地獄のことは伏せておき、一先ずはお互いが持つ球を話の中心に持って来ることにした。細かい事情は後回しだ。

 名前はあえて名乗った。原作でも過去編の時点で桂馬が名乗っている上、どうせ同居すれば両親の会話から間違いなくバレるので、隠すだけ無駄だろう。

 

「……え?」

 

「ほら、君も同じ球を持ってるでしょ」

 

「あ……」

 

「俺の球が君の持つ球に反応して、俺をここに案内してくれたんだ。記憶を失った女の子が怯えてるって」

 

「……!」

 

「君……どうして俺と同じ球を持ってるか、分からないでしょ? それどころか、自分が誰かも分からないはずだ」

 

「……うん。でも、どうして……それを……?」

 

「さっき球が教えてくれた。ほら、今も光で君を指してる」

 

「……ほんとだ」

 

 少し強引だが、これで『俺が何故ドクロウを助けに来たか』と『俺が何故ドクロウが記憶喪失であることを知っているか』の疑問は何とか解消出来た。

 原作でも出会ったばかりの時のドクロウは、桂馬がループによって得た知識を追及することは無かった。つまり、余程矛盾した言い訳じゃ無ければ納得してもらえるはずだと考えたのだ。

 

「さて、それじゃ行こうか」

 

「……どこに?」

 

「俺の家。さっき言ったじゃないか。君を助けに来たって」

 

 傍から聞くと『何言ってんだこいつ』と思われそうだが、ドクロウに対してはこれくらい引っ張る感じで良いはずだ。

 今のドクロウは『自分』というものが無い上に、生まれたての赤ん坊のような感じだ。誰かが代わりに指導してあげなければ、まともに行動することも難しいだろう。

 それ以前に、原作の桂馬が自宅で保護した以上は俺も同じ手段や似た方法で何とかしてあげないといけない。どの道ここに置き去りにする訳にもいかないからな。

 

「まずはこれを被って」

 

「……何、これ」

 

「石ころぼうしと言って、姿を消す帽子。今からちょっと凄いことをするから、他の人にバレないよう細工をね。詳しいことは後で話すから」

 

「……?」

 

 例によって、石ころぼうしを『姿を消す道具』と説明する。今のドクロウに『存在を消す道具』と説明しても理解してもらえるかどうか怪しいし。

 俺はすかさず石ころぼうしを被り、同時に頭にクエスチョンマークを浮かべているであろうドクロウにも同じ帽子を被せる。

 続いて、見えなくしておいたハッピープロムナードを回収する。ドクロウにはひみつ道具のことを話すつもりなので、目の前で道具を使ってみせても問題無い。

 

「よいしょっと」

 

「……!?」

 

(ど、ドアが急に……どこから……!?)

 

 俺はポケットから『どこでもドア』を取り出し、目の前にドスンと置く。後は行き先を思い浮かべ、ドアを開けるだけだ。

 

「ほい、俺の家に到着。このドアはどこでもドアと言って、ドアを開けるだけでどんな場所にも繋がる」

 

「……え? いや、え……!?」

 

 ドアの向こうには、見慣れた桂木家が映っている。行きは球の光が示す場所に従う必要があったが、帰る場所は決まっているからな。

 わざわざタケコプターで飛んで行かなくても、こうしてどこでもドアで帰宅すれば良いという訳だ。

 石ころぼうしをドクロウに被せた理由も、このドアを使って帰宅する為だ。仮に時間が止まった状態で帰宅すれば、後で俺が時間停止を解除した時、周囲からはドクロウが突然姿を消したように見えてしまう。

 かと言って時間停止を解除してからどこでもドアを使うのはダメだ。目立つなんてレベルでは無い。ならばどうするかと言うと、ドクロウに石ころぼうしを被せて帰宅すれば良い。

 ドクロウが石ころぼうしを被っていれば、後で時間停止を解除したとしても、周りは帽子の効果でドクロウがその場にいようが姿を消そうが無視されるという訳だ。

 俺は信じられない物を見たかのような顔をしているドクロウの手を引き、ドアの向こう側に出た。

 

「人が止まってる……? それに、空を飛んでる鳥も浮かんだまま止まって……」

 

「あぁ。時間が止まってるからな」

 

「…………」

 

 ドクロウが何も言えず唖然としている。流石に記憶を失った状態でも、この状況が異常であることは理解出来たらしい。さて、ひみつ道具のことを話すのもこれで3人目か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひみつ道具……」

 

 俺はリミュエルに伝えた話を非常に簡略化して、最低限のことをドクロウに伝えた。事細かに話すのは、ドクロウが記憶を取り戻してからだ。

 

「そう。ところで、君がさっき歩いてた時、急に心が軽くなったような感じがしなかったか?」

 

「……うん。真っ暗な心に、光が照らされたみたいだった」

 

「あれもひみつ道具の力だ。さっきの君は、放っておくのが危険なほど追い詰められてるように見えたから、咄嗟に気分が明るくなる道具を使ったんだ」

 

「…………」

 

ドクロウが無言で俺を見つめてくる。恐らくひみつ道具のことが気になっているのだろう。

 

「ひみつ道具について色々疑問に思うことはあるかもしれないけど、今は君の問題を何とかするのが先だ」

 

 俺は再びタケコプターを取り付けて浮かび上がり、続けて『煙が出ている蚊取り線香』のような道具を取り出す。その煙で家とドクロウ、そして自分を囲むように飛ぶ。

 そして1周した後、煙が輪のように繋がったことを確認して、俺はそのままドクロウの傍に降り立つ。

 

「……それは?」

 

「あぁ、これ? 『仲間入り線香』と言って、ここから出ている煙で取り囲んだ人々と仲間になれるんだ」

 

 俺が出した道具は『仲間入り線香』。線香から出ている煙で自分と相手を囲めば、相手と仲間になることが出来る。

 この『仲間』という意味は友人関係に留まらず、何かの職業に就いている人を取り囲めば同業者に、そして家を取り囲めば家族になることも出来てしまう。

 この道具を使えば、ドクロウはごく自然な形で両親から家族として迎え入れて貰えることになる。道具の効果がいつまで続くかは分からないが、仮に効果が切れたとしても、その時はもう一度線香の煙で取り囲めば良いだけなので大丈夫だ。

 

 両親に『Yロウ』や『いいわ毛』で無理矢理説得するのは気が引けたし、『カッコータマゴ』はドクロウの代わりに俺が家から追い出されてしまう。『やどり木』や『いそうロウ』は家族というより居候に近い状態で、家族の温かさを感じてもらいづらくなるので、この道具が最もベストだと考えた。

 『家族合わせケース』を使っても良かったが、あれは本来それぞれの家族の親や子供を入れ替える為の道具で、家族の追加が出来るかは分からない。それなら仲間入り線香の方が確実だ。

 戸籍等の問題もあるが、その辺りはまだ心配しなくて良いだろう。それよりまずは過去編の事件を解決することの方が重要だ。

 

「これで君はこの家の家族になった。両親も普通に君を自分の子供として接してくれるから、遠慮なくこの家で寛いでほしい」

 

「家族……」

 

(何だか、温かい感じがする……この子が言ってた、道具のお陰……?)

 

「よし、じゃあ時間停止を解除する。あ、帽子はまだ外さないで」

 

「……うん」

 

 俺はウルトラストップウォッチを取り出し、スイッチを押して時間停止を解除する。すると途端に周囲から様々な音が聞こえ出す。

 

「あ……人や鳥が、動き出して……」

 

「さっき説明したように、この時計のお陰。ひみつ道具のことを誰かに話したり、道具を使う時には周りにバレないようにしないといけないからさ」

 

「……じゃあ、この帽子も?」

 

「そう。いきなり時間停止を解除すれば、他の人からは俺達が急にその場に現れたように見えてしまう。でも、その帽子を被っていればバレずに済む」

 

「…………」

 

 さっきと同じように無言で俺を見つめるドクロウ。今の説明が理解してもらえたかは分からないが、ここであれこれ補足するより、まずは家に上がってもらった方が良いか。

 

「ここで立ち続けるのも何だし、家の中に入ろう。そしたら帽子を脱いでも大丈夫だから」

 

「……うん」

 

 俺はドクロウを連れて自宅に招き入れる。玄関に入ったところで、俺はドクロウの石ころぼうしを脱がし、間髪入れずに自分も帽子を脱ぐ。

 するとちょうど廊下を横切っていた麻里が俺とドクロウに気がつき、こちらに振り向いて話しかけてきた。

 

「あ、桂馬に()()()()。そんなところで何してるの? おやつ用意したから、冷めない内に食べちゃいなさい」

 

「へ?」

 

「……ドク、ロウ?」

 

 耳を疑った。ドクロウを子供として接するのは良いとして、どうして事情を知らないはずの麻里がドクロウの本名を知ってるんだ!?

 まさか仲間入り線香のせいか? そりゃ普通は親が自分の子供の名前を知らないなんてことは無い。だからこそ、道具が融通を効かせてくれたってことか?

 

「……私の、名前?」

 

「……さっき使った仲間入り線香のせいらしい。家族として接して貰うなら、親が子供の名前を知らないのはおかしいし……多分、道具が君の名前を教えてくれたんだと思う」

 

「……そう、だ。私……ドクロウ……」

 

(……結果オーライ、ってことで良いのかなぁ)

 

 本来はタイミングを見計らって、ドクロウに名前を尋ねるつもりだった。初対面であるはずの俺が知っているというのもおかしいし、リミュエルの時はそれで大変なことになったからな。

 しかし偶然にも仲間入り線香が、ドクロウが名前を思い出すきっかけを作り出した。いや、作り出してしまった。恐るべし、仲間入り線香……

 球が点滅していないことから、どうやら今の流れはきっちり正史として組み込まれているらしい。あ、そうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということか。この球、かなり使えるぞ……!

 

「え、えっと、とりあえず一緒におやつ、食べよっか、あはは」

 

「……うん」

 

 予想外のことが起こったせいで、思いっきり声が震えてしまった。精神年齢はもう三十路だというのに、こんなことで動揺する自分が情けない。

 そんな焦りを誤魔化すかのように、俺はドクロウの手を引いてリビングに向かった。恐らく麻里お手製のおやつが用意されているはずだ。

 

「……君、いや、ドクロウが記憶を取り戻すまでは、ここでゆっくりすると良い。俺も両親も、ドクロウの味方だから」

 

 出来るだけ優しい声でドクロウに語りかける。今はドクロウに安らぎを与えることが一番大事だからな。

 

「……うん」

 

 そういえば、以前『○×占い』で『俺が原作と同じ方法で事件を解決しても原作通りの歴史にはならない』という答えが出ていた。

 これはつまり現在の俺の行動や、ドクロウが原作より早い段階で俺に保護されることを見越した上での答え……ということだろうか。

 何にせよ、恋愛ではなく家族との触れ合い()()でドクロウの心を満たすことにした以上、それがいつまでかかるかは分からない。

 もしかすると原作より早く記憶を取り戻すかもしれないし、あるいは夏のキャンプが終わった後で記憶が蘇るかもしれない。

 前者はともかく、後者の場合は……最悪、俺が単独でひみつ道具を使いながら香織編の事件を解決するしかない。

 ドクロウが引き受けることになる正統悪魔社(ヴィンテージ)の討伐も、ひみつ道具を使えば何とかなる。だとしても、原作通りであることに越したことは無いけど。

 

「…………」

 

(あ、やっぱり食べ方が分からないか……)

 

 麻里が作ったホットケーキを目の前に、ナイフとフォークの使い方が分からず指でつついているドクロウ。

 これは原作通り、俺が一から色々教えていくしかないか。今のドクロウ、精神年齢は2歳くらいだもんな。

 

「えっと、まずは右手で……あー、こっちの手でナイフを持って……」

 

「……ナイフ?」

 

「…………」

 

 これは中々骨が折れそうだ……『催眠グラス』か『催眠振り子』で俺自身に『お前は子育てが得意な母親だ』と暗示をかけようかな……

 それはともかく、ドクロウを保護したことは天理に話しておくべきだな。隠し事をしないと誓ったのだから。

 もちろん現段階では詳しい事情を話すことは出来ないが、それでも……話せる範囲のことは話しておこう。

 何よりこのまま同居生活を続けていれば、いずれは天理だけでなくうらら達にもバレるだろうし。流石に今のドクロウを1人置いて白鳥家に遊びに行くことは出来ないからな。



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第21話

「「「いただきます!」」」

 

「……?」

 

「こら、そのまま食べようとしない。ご飯を食べる時は、手を合わせて『いただきます』って」

 

「いただき、ます……?」

 

「マナー……って言っても分からないか。今から食べる食材と、作ってくれた人への感謝を示す為に言うんだ」

 

「感謝……いただきます」

 

「はいストップ! 手づかみで食べようとしない! ちゃんと箸で……って、持ち方分からないよな」

 

「……うん」

 

「まずはこっちの手でこう持って、それから……」

 

(一から説明するのって、思った以上に大変だな……)

 

 現在、桂木家は夕飯の時間だ。俺や麻里はもちろんのこと、普通に定時で帰って来た桂一に、新たに加わったドクロウの4人で食卓を囲んでいる。

 しかし俺はドクロウの隣に座り、つきっきりで最低限の作法や礼儀を教えている。これが正直、かなり疲れる。子育てをする親の苦労が少し分かった。

 原作を考えれば、俺がドクロウの世話をすることになるのは理解しているつもりだったが、実際に教える身となると予想以上に体力を消耗する。せめてドクロウの記憶が戻ってくれれば……

 

「……桂馬、お兄ちゃんみたい」

 

「え?」

 

「本当だな。ドクロウの方が背が高いのに、小さい桂馬の方がしっかりしてるもんなぁ」

 

「……お兄ちゃん?」

 

(……とりあえずは原作通り、か)

 

 原作と同じような行動を取っていたお陰か、やはりドクロウが俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ流れになり、俺は少し安心した。

 もちろん呼び方が変わった程度で原作の展開に大きな変化は起こらないだろうが、それでも原作通りに越したことは無い。

 ただ、両親からすると俺とドクロウはどのような関係に感じているのだろうか? 普通に姉弟か、それとも親戚のような関係なのか?

 『仲間入り線香』に限らず、ドラえもんのひみつ道具はその辺りが割と曖昧なことが多い。だからといって質問する訳にもいかないが。

 いやだって、親相手に『俺とドクロウってどういう関係だったっけ? 血の繋がりあった? それとも従姉妹?』なんて聞くのは不自然極まりないし。

 

「……あ」

 

「どうした?」

 

「…………」

 

 ドクロウが何かを言いたそうな顔をしている。その表情は僅かに微笑んでいるような……あ、もしかして……

 

「……ご飯が『美味しい』のか?」

 

「……うん」

 

「良かった~! お代わりはあるから、一杯食べてね?」

 

「ははっ、ママのご飯は格別だからな!」

 

 やっぱりそうだったか。大方、ご飯の味を美味いと感じたは良いが、それを表す言葉が頭に思い浮かばなかったのだろう。

 それにしても、本当に2歳くらいの精神年齢だな……麻里に『もう一度ドクロウに子育てしてあげて』とは頼めないし、俺がやるしかない訳だが……

 

「「「ごちそうさまでした!」」」

 

「…………」

 

「食べ終わったら『ごちそうさま』と言うんだ。これも食材や作ってくれた人への礼儀だからな」

 

「……ごちそうさま。えっと、お兄ちゃん……」

 

「ん?」

 

「……おしっこ」

 

「ブフゥッ!?」

 

(しまった! 原作でもこんなイベントがあったっけか! 完全に忘れてた!)

 

 ……前途多難である。お願いしますドクロウさん。出来るだけ早く記憶を取り戻して下さい。いやほんとマジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……初日からすっごい疲れた」

 

「お兄ちゃん……?」

 

 あれから俺はトイレや風呂、歯磨きから寝かしつけまで全ての世話をした。もうね、ここまで辛いとは思っていなかった訳よ。

 歯磨きや寝かしつけはそこまで苦労しなかったけど、トイレと風呂は流石にどうしようかと思った。風呂については幸い麻里が居てくれたから比較的指導しやすかったが。

 え? 何で母親と入ってるんだって? そりゃ俺の中身は三十路だけどさ、麻里が『1人で入るのはまだ早い!』なんて言って許してくれないからだよ!

 そんなことより、最も苦戦したのはトイレだ。中に入って指導する訳にもいかないし、かといって1人でやらせるのは不安がある。

 結果、俺がドアの外からドクロウに色々と指示することにしたのだが、はっきり言う。かなり気まずかった。ドクロウ自身が何とも思っていなかったのが救いだが。

 

(とりあえず、もう初日のような苦労はしなくて済むよな……)

 

 精神年齢が低くとも中身は流石ドクロウといった感じで、教えたことはすぐに身に付け、尚且つ忘れないらしい。

 今朝、家族で朝食を食べた時も挨拶から箸の使い方までしっかり覚えていたほどだ。後は、触ってはいけない物や危険な物をその都度教えていけば良いはず。

 

「そろそろ来るはずだけど……」

 

「……誰か来るの?」

 

「ドクロウのことを話しておきたい子がね」

 

「……?」

 

ピンポーン!

 

「あ、来た! ドクロウは一先ずここで待っててくれ!」

 

「うん……」

 

 玄関のインターホンが鳴り響き、俺はすぐさま1階に降りて玄関のドアを開ける。するとそこには……

 

「……こんにちは、桂馬君」

 

 そう、天理がいた。俺が電話で連絡し、家に来てもらったのだ。ドクロウを早いタイミングで保護した以上は、やはり今からでも話しておいた方が良い。もちろん、現段階で全てを話すことは出来ないが。

 

「こんにちは。突然呼び出してごめんね? でも、天理に話しておきたい人がいたから」

 

「話しておきたい人?」

 

「うん。2階の部屋で待ってもらってるんだ」

 

 そう言いながら、俺は天理を連れて2階の自室へ向かった。すると俺の指示を守り、ちょこんと正座して待っているドクロウがいた。いや、別にそんなかしこまらなくても良かったんだけど。

 

「あ……」

 

「……この人が?」

 

「うん」

 

「……お兄ちゃん?」

 

「えっ、お、お兄ちゃん……? 桂馬君、妹さんがいたの……?」

 

「あー……そのことも含めて話すよ。じゃあ、いつも通り()()()ね?」

 

「……! う、うん」

 

 今の言い方で理解してくれるとは……やっぱり天理が相手だと話が早くて助かるな。俺は『マッドウォッチ』を取り出し、()()()()()()()()()を止めた。

 

「……」

 

「……あれ? どうして、この人まで……」

 

 天理は、俺がドクロウの時間まで止めてしまったことに疑問を抱いている。こればかりは仕方なかったのだ。何せ、今から話す内容は……

 

「……今から話すことは、まだこの人……ドクロウに聞かせる訳にはいかないんだ」

 

「え……?」

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからな。

 

 

 

 

 

 

 

「記憶喪失……?」

 

「うん。今は俺が仲間入り線香という道具で、この家の家族として保護したけど……実際には、ここから凄く……いや、ある意味では近いか? とにかく、こことは違う場所に住む人なんだ」

 

 桂馬君は、私に目の前のお姉さん……ドクロウさんのことを話してくれた。昨日、桂馬君の部屋に『球』が置かれていて……その球に導かれて、ドクロウさんを助けてあげたらしい。

 

「じゃあ、どうして桂馬君のことを……お兄ちゃんって……」

 

「成り行きかな。元々はお母さんが『桂馬はドクロウよりしっかりしていてお兄ちゃんみたい』って言ったのを真に受けたのか、ドクロウも俺のことを兄のように感じてるみたいで」

 

「そう、なんだ……」

 

 こうして見ると、ドクロウさんの方がお姉ちゃんに見えるけど……何となく、桂馬君のママが言いたいことが分かった気がする。桂馬君、周りの人より大人びているもんね。

 

「でも、どうして桂馬君と……その、ドクロウさんに、球が……? それに、記憶喪失って……?」

 

「記憶喪失の原因は分からないけど……実を言うと、俺はドクロウや球の正体を知ってる。ひみつ道具のことも、ドクロウには伝えてある」

 

「……!」

 

 ひみつ道具のことを……? じゃあ、ドクロウさんは……桂馬君にとって、私と同じくらい信用出来る人なんだ。

 

「だけど、ドクロウの正体は……俺が本人に伝える訳にはいかないんだ」

 

「……どうして?」

 

「ドクロウには、自力で記憶を取り戻してもらわないといけない。もちろんひみつ道具を使えば、無理矢理記憶を呼び戻すことは出来るけど……今のドクロウの心は、凄く危険な状態なんだ。

 詳しくはまだ言えないけど、悲しい気持ちで一杯になってる。強引な方法で記憶を弄り回すと、ドクロウの精神が壊れてしまうかもしれない」

 

(原作通りなら、現時点でのドクロウの心の中は絶望が大半を占めているはず。『ハッピープロムナード』で落ち着かせたとはいえ、安心出来る状態とは言えないんだよな……

 もちろん『原作の流れを壊したくない』というのが一番の理由ではあるけど、人の心を安易に操りたくないという理由も……紛れも無く、本当の気持ちだ)

 

「…………」

 

 確かに、桂馬君のひみつ道具を使えば……記憶喪失になった人の記憶を蘇らせることは、簡単かもしれない。でも今、桂馬君が言ったように……人の記憶を無理に弄るのは良くないという理由も、凄く納得出来る。

 それに、ドクロウさんの心が危険な状態なら……やめておいた方が良いと思う。理由は分からないけど、桂馬君の顔は真剣だから……きっと、悩んだ上で結論を出したんだよね?

 

「そのことを含めて……夏には全てを話すよ。それだけは、ちゃんと言っておきたかったんだ。ただ、ドクロウの記憶が戻ったとしても、恐らく夏まではドクロウについては話せないと思う。

 でも逆に、夏になった後でドクロウの記憶が戻らなかったとしても……全て話すよ。約束したからね」

 

「……うん、分かったよ。ありがとう……わざわざ、私の為に……」

 

「……こちらこそありがとう、天理」

 

 桂馬君が、少し申し訳なさそうに微笑む。私に事情を話せないことを後ろめたく感じているのかもしれない。

 でも……大丈夫だよ、桂馬君。私、ちゃんと待ってる……例え夏の約束が果たせなかったとしても、桂馬君は……いつかきっと、話してくれると思うから。

 

「……よし。今からドクロウの時間停止を解除する。でも、さっき言ったように、ドクロウには天理に話した内容は伏せておくから……頼んでばかりで悪いけど、俺の話に合わせてくれないかな?」

 

「……うん」

 

 そう言うと、桂馬君はマッドウォッチのボタンを横にグリッとひねり、そのままボタンを手前に引いた。すると、さっきまで止まっていたドクロウさんが動き出した。

 

「……また、時間を止めたの?」

 

「あぁ。ひみつ道具の情報が他人に漏れないようにな」

 

「……!」

 

 今の会話で理解出来た。ドクロウさんは、本当に……ひみつ道具のことを、桂馬君から伝えられているって。

 

「それじゃ……ドクロウ、紹介するよ。この子は、ひみつ道具のことを知ってる……鮎川天理だ」

 

「え、えっと……鮎川天理です……」

 

「……私、ドクロウ」

 

 ドクロウさんって、物静かな人なんだ……時間が止まっている状態だと、性格までは分からなかったから……

 

「そして天理。この人がさっき言った、話しておきたい人で……記憶喪失なんだ」

 

「……記憶喪失?」

 

 桂馬君に言われた通り、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()会話をする。桂馬君から聞いた話を、うっかり喋ってしまわないように。

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳」

 

「…………」

 

「そう、なんだ……」

 

 俺はドクロウに、天理にはひみつ道具の存在を教えていること、そしてドクロウにとって信頼出来る味方であること()()を伝えた。

 例の約束の件に限らず、原作でも天理はドクロウと面識がある。だからこそ、こうして顔を合わせておくことで、香織編のイベントをスムーズに解決出来るようになるかもしれない。

 ……それまでにドクロウの記憶が復活していればの話だけどな。仮に記憶喪失のままなら、むしろ天理と2人で動くか、俺が単独で動いた方が良いかもしれない。

 

「……お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「どうして……鮎川さんに、私のこと……話したの?」

 

「……あー」

 

 そうか。そりゃ疑問に思うよな。普通なら天理に対しても『親戚です』等と誤魔化しておけば良いもんな。実際にうらら達にはそうするつもりだし。

 しかし現時点のドクロウには、その理由を教える訳にはいかない。さて、どう納得させるか……

 

「……天理はひみつ道具のことを知ってる。だからこそ、変に隠すよりちゃんと話した方が良いと思ったんだ。

 ひみつ道具を知らない人間なら誤魔化した方が良いけど、それを知っている天理なら……誤魔化すと、返ってややこしいことになりそうだったからな」

 

 ドクロウには、一応嘘では無いが全て本当とも言えない中途半端な理由を伝えておく。本当の理由を話すのは、ドクロウが記憶を取り戻してからだ。

 

「……お兄ちゃん、鮎川さんと仲良しなの?」

 

「へ?」

 

「え?」

 

「だって、ひみつ道具のことを教えたんだよね? 他の人には、バラしちゃいけないのに……どうして鮎川さんに教えたのかなって考えたら、お兄ちゃんと仲良しだからと思って……」

 

(……確かに、私もドクロウさんの立場なら同じ質問をするかも)

 

「あー……うん。まぁ、その……家が近くていつも遊んでる幼馴染だし、天理なら……信頼出来ると思ったから」

 

 予想外の質問に思わずどもってしまう。俺が家に連れて帰る時はすんなり納得してくれたのに、どうしてこんな時だけ鋭いんだ!?

 

「やっぱり。じゃあ……お姉ちゃん」

 

「へ?」

 

「え?」

 

「だから、お姉ちゃん」

 

「……もしかして、天理のこと?」

 

「うん」

 

「なっ!?」

 

「ふぇっ!?」

 

 ちょちょちょちょちょっと待て!? どうしてそうなるんだ!? 原作では天理のことをそんな風に呼んで無かったじゃないか! 今の話を聞いて、何をどう解釈したら天理を『お姉ちゃん』と呼ぶ結論に至るんだ!?

 

「ど、ドクロウさん? あの、お姉ちゃんって……私?」

 

「うん。お兄ちゃんと仲良しなら、私にとってはお姉ちゃんかなって……」

 

「「…………」」

 

 いや、そのりくつはおかしい。

 

(お姉ちゃん、かぁ……私、一人っ子だから……ちょっぴり、新鮮かも……)

 

「……ダメ?」

 

「う、ううん! 良いよ? お姉ちゃんって呼んでも……」

 

(了承しちゃったよ!? いや、呼び方くらいで原作の流れが極端に変わるとは思わないけども……)

 

「じゃあ、私も……ドーちゃんって、呼んで良い……かな……?」

 

(あ、これは原作通りか)

 

「……うん」

 

「わぁ……ど、ドーちゃんっ……えへへ……」

 

「……お姉ちゃんっ」

 

 天理にドクロウのことを話し、2人の面識を持たせることが目的だったはずだが……いつの間にか、俺の予想以上に意気投合していた。

 それにしても、ドーちゃんはともかくお姉ちゃんと来たか。あまり仲良くなり過ぎると、香織編解決後の暫しの別れが辛くなりそうだな……




 原作のドクロウが天理とまともに対面したのは記憶復活後ですが、記憶復活前に出会っていれば、もしかするとこんな展開になったかもしれないと思い「お姉ちゃん」呼びにしてみました。


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第22話

 天理にドクロウのことを話した翌日、俺達は案の定白鳥家にお呼ばれしていた。もちろんドクロウも一緒だ。

 記憶復活後ならともかく、今のドクロウを1人にしておくのは不味い。こうなることを考えて、天理には『ドクロウは俺の親戚で従姉妹』で通すと話しておいた。

 もちろんドクロウ本人にも言い聞かせておいた。記憶が無いとはいえ、俺やエルシィのように迂闊な発言や失言はしない……と思う。多分。

 

「……桂木由梨です」

 

「へぇ~、ケイちゃんの親戚ですの!」

 

「わぁ~! 背がおっきい!」

 

(……大人のお姉さん?)

 

「あぁ。訳あって一緒に暮らすことになった。仲良くしてあげてほしい」

 

 名前についてはかなり悩んだが、やはり本名を教えるのは不味いと思いドクロウには偽名を名乗ってもらうことにした。その偽名も小一時間考えたが、原作をベースに少しアレンジした『桂木由梨』にした。

 いずれドクロウは『二階堂由梨』として、俺のクラスの担任教師となる。ここで偽名の苗字を『二階堂』にしてしまうと、美生や結がドクロウだと気づいてしまう可能性がある。

 うららは……多分違う学校だろうし問題無いか。そもそも気づいたところで原作の流れが大きく変わることは無いだろうけど、それでも出来るだけ原作の流れを崩さない方が良いはずだ。

 名前が同じなだけで苗字が違えば、流石に『二階堂由梨』と『桂木由梨』が同一人物と気づくことも無いだろう。今のドクロウと比べて見た目や雰囲気は結構違っているし。

 仮に美生や結が既視感を覚えたとしても、その時はドクロウに人違いであると誤魔化してもらえば良い。俺や天理に尋ねてきても当然誤魔化す。こうしておけば流石に美生と結も、ドクロウとは別人だと思い込むだろう。

 

「……桂馬君。ドーちゃんの偽名のこと、桂馬君のパパとママにバレちゃったりしないかな……?」

 

 天理が小声で俺に話しかけてくる。確かにその危険性は俺も考えた。息子の友達が、自分達の子供の名前を間違って覚えていたら、恐らく大抵の両親は訂正するだろう。

 

「大丈夫。うらら達は俺の両親と直接話す機会はほとんど無いし、香夜子さん達には両親に黙っててもらうようお願いしておくから」

 

 実際にうらら達自身が俺の両親と直接会話することは皆無である。俺と天理を白鳥家に迎えに来る時も、うららは家で待っていることが多いからな。

 

「それにしても、ケイちゃんの超能力を知ってるなんて!」

 

「こうしてうらら達と遊ぶ以上、1人だけ除け者にするのは可哀相だからな。それに従姉妹だと隠しててもバレそうだし」

 

「なるほど!」

 

「確かにそうかも……」

 

 余計な混乱を防ぐ為にも、うらら達にはドクロウにひみつ道具もとい超能力についてを知らせてあると伝えておいた。

 ただしドクロウには予め、うらら達にはひみつ道具のことを正確には伝えておらず、あくまでも超能力と誤魔化していると話しておいた。

 でも、いずれは超能力という言い訳も厳しくなってくるかもしれないな……やはり別の言い訳を考えておいた方が良いかもしれない。

 

「で、今日は何して遊ぶの?」

 

「お空を飛ぶのも良いけど、たまには違うことをして遊びたいですわ!」

 

「違うこと……?」

 

「ケイちゃん! 何か面白い超能力は~?」

 

(また俺任せかよ! いや、変に無茶振りされるよりはマシだけどさ)

 

(桂馬君、いつも大変だなぁ……)

 

「……どうするの? お兄ちゃん」

 

「そうだな……試しに『アレ』を使ってみるか」

 

 俺は小声でドクロウに話しかけつつポケットから『マッドウォッチ』を取り出し、この部屋以外の時間を止める。

 続けてポケットから『見た目が香水のような道具』と『片付けラッカー』を取り出す。ただし天理とドクロウ以外には見えないよう隠しながら。

 

「片付けラッカーは分かるけど……これって、化粧品……?」

 

「……何それ?」

 

「説明するよりまずやってみせるよ」

 

 早速『香水のような道具』に片付けラッカーを吹き付けて見えなくする。そしてラッカーはポケットにしまい、見えなくなった『道具』を床に吹き付ける。

 俺の手から薄ピンク色の煙が出ている光景は中々シュールだが、うらら達は特に疑問を抱いているようには見えない。むしろ目を輝かせている。

 

「これで良し。うらら、ここでジャンプしてみて」

 

「ジャンプ……? こう? きゃっ!?」

 

 うららがその場でジャンプして着地しようとすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ポヨンと勢いよく上に跳ね上がった。

 

「体が飛び跳ねますわ~!?」

 

「桂馬、これって……」

 

「床をトランポリンみたいにしたんだ。空を飛ぶのとは、また違った面白さがあると思って」

 

「あははははっ! 楽しい~!」

 

「よ、よーし! 美生も……わっ! 本当だ! 跳ねる跳ねる~! 結もやってみたら~!」

 

「……え、えいっ! きゃっ!? あっ、ひうっ!?」

 

 うららに続き、美生と結も床の上でピョンピョン跳ねていく。これこそが、先程出した道具の効果だ。

 

「桂馬君。これ……さっきの香水のせい……?」

 

「その通り。あれは『トランポリンゲン』と言って、吹き付けた物が何でもトランポリンみたいに弾むようになるんだ」

 

「それでうららちゃん達……あんなに跳ねて……」

 

 『トランポリンゲン』……このスプレーを吹き付けられた物は、床でも壁でもトランポリンのように跳ねるようになる。

 今回のように、床に吹き付ければ室内をトランポリンに変えることが出来る。それだけではなく、人間に吹き付けると場所に関わらずどこでも体が弾むようになるのだ。

 ちなみに、体がトランポリン状態になっている間は他の物にぶつかっても、あるいは誰かに殴られても痛みは無く、それどころか余計にポンポン跳ねるようになる。

 効き目が持続する時間は不明だが、しばらく遊んだ後に『復元光線』を床に当てて元に戻せば解決だ。こういう時は『タイムふろしき』より復元光線の方が手軽で便利だな。

 

「ケイちゃんも一緒に跳ねよ~!」

 

「ほら~! 天理も~!」

 

「ゆ、由梨さんも……ひゃあ!?」

 

「……うらら達から直々に指名されちゃったし、俺達も遊ぼっか?」

 

「そうだね……ふふっ」

 

「うん」

 

 その後、俺達はうらら達の気が済むまで床を跳ね続けた。時間が止まっているお陰で、うらら達は思う存分楽しんでくれたみたいだ。

 時間を止めていなければ、定期的に誰かが俺達の様子を覗きに来る。それが香夜子や爺さんならまだしも、柳や使用人達だと面倒なことになりかねない。

 そういう意味でも、時間を止めておいた方が安心して遊べる。皆に『石ころぼうし』を被せても良かったが、これだけ激しく跳ねると途中で脱げてしまいそうなので今回はやめておいた。

 何はともあれ、この1日でドクロウはうらら達とそれなりに仲良くなった……と思う。特に感想を言ってくれた訳ではないが、嫌そうな顔はしていなかったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日々を過ごしていると、あっという間に入学式の日がやって来た。俺や天理、うららが通うのは原作通り『舞島東小学校』だ。

 美生と結は流石に違う学校に通うことになった。2人共、俺や天理と同じ学校に通いたかったと言ってくれていたが、こればかりは仕方ない。

 幼稚園の時に比べると、少しだけ凛々しくなった子供達が行進している。とはいえ、やはりまだまだあどけない子供だ。ほんの1ヶ月前までは幼稚園児だったもんな。

 

「桂馬~! 制服姿がイカしてるぞ~!」

「ほら桂馬! こっち向いて~!」

 

「天理~! こっちよ~!」

「どの娘と比べても天理が1番可愛いな!」

 

「うららー! こっちだこっちー!」

「うらら……立派になって……」

「…………」

「うらら様! ご立派です!」

 

「お父様! お母様! お爺様! それに柳まで!」

 

「……自重しない両親達だな」

 

「あはは……」

 

 相変わらずのテンションでビデオカメラを掲げている俺達の両親。特に白鳥家は使用人まで駆け付けているせいで、これでもかとばかりに目立ちまくっている。

 幸いうららはノリノリで手を振っているので微笑ましい光景になっているが、思春期の娘だったら……かなりキツいよなぁ、これ。

 ただし香夜子だけは半泣きでビデオカメラを構えている。卒園式同様、本来なら見ることが叶わなかった光景だと知っているからだろうな。

 天理はもう慣れたのか、少し苦笑しているだけだ。俺はそもそも精神年齢がアラサーなので、単に一歩引いた立場で見ることが出来ているだけだが。

 

「……お兄ちゃん。これ……」

 

 両親達の行動を見ていると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ドクロウから小声で話しかけられた。

 え? どうしてドクロウが俺達と同じ場所に立っていられるのかって? もちろん、これもドクロウに使った『道具』のお陰だ。

 

「……ごめん。君が学校にいる時は、常に『それ』を付けていてほしい」

 

 以前『仲間入り線香』で桂木家の家族にしたドクロウだが、両親以外には線香の効力が及ばない。すなわち、ドクロウはこの小学校の新入生とは登録されていないはず。

 しかし両親には『子供』と認識されてしまっている。その上、何歳として扱われているかも分からない。そこで『ある道具』を使って対処することにした。

 

「……桂馬君。他の人からは、ドーちゃんが皆と同い年の子に見えてるんだよね?」

 

「うん。『なりきりプレート』を首からぶら下げている限りはね」

 

 俺は事前に用意しておいた『なりきりプレート』をドクロウに付けてもらっておいた。プレートには『舞島東小学校の1年生』と書かれている。

 このプレートに、誰かなりきりたい者の名前を書いて首から掲げていると、書かれた者になりきることが出来る。

 より正確に言えばプレートを掲げている者が、周囲の人間からはプレートに書かれた名前の者として扱われるようになる。

 ただしなりきるとは言っても周りからの認識が変わるだけなので、書かれた者の能力までは身に付かない。例えばプレートに『スーパーマン』と書いた場合、悪人を怖がらせることは出来ても、プレートを掲げている本人の身体能力は普段と変わらないといった感じだ。

 

 こうしておくことで、ドクロウは両親からはもちろん他の人々からも『舞島東小学校の1年生』として扱ってもらえるようになる。言わば俺達の中に溶け込めるのだ。

 普段の学校生活はもちろんのこと、参観日や学校行事の時でも誰1人違和感を覚えることなくドクロウが俺の傍に付いていることが出来る。

 本当はプレートを片付けラッカーで見えなくしておきたかったが、それだとプレートの効果が無くなりそうなのでやめておいた。

 一応、周りの人々がプレートの存在を認識することは無いので、大丈夫と言えば大丈夫だが……ちなみにプレートのことを話しておいた天理には効果が無い為、ドクロウへの認識はいつも通りのままだ。逆に事情を知らないうららはドクロウだと全く気がついていないみたいだが。

 

(……流石に香織はいないか。恐らく顔を合わせるのは初登校の日だろうな)

 

 軽く周りを見渡してみると、目に入るのは校長先生や教職員、俺達のような新入生と保護者ばかりで、在校生の姿は見当たらない。

 中学校なら生徒会役員の子供達が出席しているだろうけど、まだ小学生の子供に生徒会の仕事は難しいもんな。在校生達は普通に春休み満喫中らしい。

 

「この度は皆さん、入学おめでとうございます。さて、今日から皆さんは晴れて小学生となり……」

 

 最早お約束とも言える校長先生や他の人々の長い話を聞き流しつつ、俺は天理との『約束』について考える。

 天理やドクロウ達には転生してきたことを伝えるつもりではあるが、問題は()()()()()()()()()()ということだ。

 異世界の神様からひみつ道具を与えてもらい転生したことは話しても問題無い……いや、ある意味問題だらけだが、天理達に話せない内容では無いだろう。

 

 だが、ひみつ道具や転生以上に……安易に伝えるのは危険な情報がある。俺が持っている()()()()()……『原作』についてだ。

 『原作』についてを話せば、間違いなく原作の歴史が大きく変わってしまうと断言しても良い。すなわち、俺が最も恐れている事態……原作知識が役に立たなくなるほどの原作崩壊を引き起こしてしまう。

 もちろん、ドクロウ達には黙っていてもバレないだろうし、リミュエルの時のように『タイムテレビ』で未来を見た等と言っておけば一応誤魔化すことは出来る。

 しかし……天理にも同じ嘘をつくのか? 全てを話そうと誓い、約束まで交わした天理に……嘘をつくのか? いや、ダメだ。約束したからには、しっかり全てを話すべきだ。

 

 だが、天理に話すということは……ほぼ確実にディアナにも伝わってしまう。だからといって、まさか今から天理に『原作』のことを話す訳にもいかない。

 やはり伝えるとすれば地獄や天界、新悪魔についてを説明した後になる。ディアナは……何とか説得して、俺の方針を理解してもらうしかない。

 ドクロウやエルシィ達には、全てが終わってから……原作で起こるはずの事件を全て解決してから話すことにしよう。そうすれば原作の流れを崩壊させてしまうことは無い。

 

「では、新入生の皆さんはこちらに! 教室へ案内しますね!」

 

(おっ、長々と考えている内に話が終わったらしい)

 

「はぁ……先生の話、長すぎますわ……」

 

「気持ちは分かるぞ、うらら」

 

「け、桂馬君……うららちゃんも……」

 

(先生……先生って、何……?)

 

 俺や天理、ドクロウやうらら達は先生の指示に従って体育館を出て行った。後は教室で色々なプリントや道具を貰って終了だな。

 入学式はなんてことない。問題は登校し始めてからだ。恐らく7月までは何も起こらないと思うが、香織の動向には警戒しておかないと。

 彼女がいつ、どこで悪魔と契約を結ぶか分からない。よりによって彼女にひみつ道具の存在がバレてしまえば、それこそとんでもなく面倒なことになる。

 それでいて彼女は頭が良い。あの原作桂馬ですら苦戦した相手だ。隙を見せてしまわないよう、学校でひみつ道具を使う時は徹底的に対策しておいた方が良さそうだ。



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第23話

 入学式から数日が経ち、明日はいよいよ初登校の日だ。そう、俺達の小学校生活が始まると同時に、本格的に原作に突入する時がやって来た。

 だがしかし、過去編最大の悪役とも言える香織は、原作の桂馬が苦戦した相手である。そんな奴に、俺が対策無しで挑めば……ほぼ間違いなくポカをやらかすだろう。

 相手が小学生だからと油断は出来ない。万が一にもひみつ道具のことがバレてしまえば、冗談抜きで『フリダシニモドル』で時間を巻き戻すことも辞さないほどだ。

 だって、香織は悪魔と繋がりがあるんだぞ? バレたら絶対に不味いことになる。いくらひみつ道具が強力だとしても、俺が使う前に攻撃されればひとたまりもない。

 なのでこうして登校前日の内に、ひみつ道具が他人に知られない為の秘策を実行しようという訳だ。いや、秘策と言っても、いつも通りひみつ道具を使うだけだけどさ。

 俺はポケットから『小さな本』を取り出す。地味な見た目に反して、その効果は凶悪と言っても差支え無いだろう。それ程に恐ろしい力を持つひみつ道具だ。

 

「……小さい本?」

 

「お兄ちゃん。これ、何……?」

 

 ひみつ道具のことを知る天理とドクロウには、俺の秘策を事前に説明しておく必要がある為、こうして部屋に来てもらっている。

 そして当然だが、事前に『タンマウォッチ』で俺達以外の時間を止めた状態で行っている。今から使うひみつ道具は、周りにバレたら冗談抜きで大変なことになるからな。

 

「これは『魔法事典』と言って、自分が使いたい魔法を自由に作り出すことが出来る本なんだ」

 

「えぇっ!? ま、魔法!?」

 

「……魔法?」

 

 俺が取り出したのは『魔法事典』。一見何も書かれていない白紙の本だが、この本に自分が望む効果の魔法と使用法を書き込めば、その通りの魔法が使えるようになるというとんでもない代物だ。

 作り出せる魔法に制限は無い為、その気になれば『世界を自由に改変する魔法』だとか『願望を無制限に実現する魔法』等といった滅茶苦茶な魔法も簡単に実現出来る。故に、使い方を間違えれば非常に危険なひみつ道具と言えるだろう。

 

 しかし欠点があり、ここに書かれた魔法は事典所持者や魔法作成者以外の人物も普通に使用出来てしまう。それだけでなく、使用した魔法の解除も第三者が行えてしまうのだ。

 例えば『空を飛ぶにはフライングという呪文を唱える』といった魔法を書いた場合、事典所持者はもちろん、この魔法の存在を知らない第三者が偶然『フライング』という単語を口にするだけで、その人物にも魔法が発動してしまう。

 魔法が書かれたページを破るか、指定した呪文と反対の言葉を言えば魔法は解除されるが、これも先述の魔法の場合、第三者が偶然『グンイラフ』と発言すれば、例え別の人物が魔法を使っていても問答無用で魔法が解除されてしまう。

 

 だが、この欠点については『○×占い』で『使用条件や解除条件を詳細に明記すれば回避可能』という答えが出ている。つまり『俺以外の人物はこの魔法を使用不可』等といった条件を書き加えておけば問題無しという訳だ。

 本音を言うとこれほど強力なひみつ道具は、どうしようもないほど追い詰められた極限状況でもない限り使うつもりは無かったのだが……今回はそうも言っていられない為、やむを得ず使うことにした。

 香織や悪魔達に対しては、本当に過剰なくらいの対策で丁度良いと思う。少しの油断や隙が命取りになりそうだし。俺はともかく、天理達に危険が及ぶようなことがあってはならない。

 

「本当はこんな大がかりな道具、使いたくなかったけどね……」

 

「えっと、あの、魔法って……かぼちゃを馬車に変えたり?」

 

「うん。簡単に出来るよ」

 

「空を飛んだりも?」

 

「もちろん。と言っても『タケコプター』があれば必要無い魔法だけど」

 

「……す、凄い道具だね」

 

(どんな魔法でも自由に使えるなんて……ひみつ道具のことを教えてもらった時から思ってたけど、桂馬君……本物の魔法使いみたい……)

 

「……だからこそ、慎重に使わないといけない。もし、この道具が悪人の手に渡れば……多分、世界が滅びるから」

 

「……!」

 

「世界が……?」

 

 俺の言葉に、天理の顔つきが真剣になる。ドクロウはどうも危機感を抱いているようには見えないが、記憶を失っている以上は仕方ないだろう。

 

「……じゃあ、どうして……そんなに凄い道具を使おうとしてるの?」

 

「……幼稚園児と違って、小学生はある程度の常識や知識を持つようになる。だからこそ、ひみつ道具がバレない為には徹底的に細工しておかないといけない。

 そこでこの道具を使って、ひみつ道具が他の人に知られなくなるような魔法を作ろうと思ったんだ。もちろん、既にひみつ道具のことを知ってる天理とドクロウは例外だけどね」

 

「あ……確かに、他の小学生の皆にひみつ道具のことがバレちゃったら……幼稚園の時よりも、大変なことになっちゃうかも。でも、魔法って……」

 

「……?」

 

 天理が魔法事典を眺めながら目を見開いている。まぁ、当然だよな。こんな何の変哲も無い本で、どんな魔法でも作れるだなんて言われても……どう反応して良いか分からないよな。

 対するドクロウはどうもピンときていないのか、首をかしげてキョトンとしている。魔法と言う概念も記憶から抜け落ちているのか、それとも無意識に悪魔としての自覚が残っていて、魔法程度では驚くに値しないか……

 いや、それよりもまずは魔法を作らないと。天理達にも、魔法使用後に確認してもらいたいことがあるからな。いくら時間が止まっているとはいえ、グダグダと長引かせるようなことでもないだろう。

 

「えーと、とりあえず魔法の効果は『()()()()()()()()()()()()()()()()()からは()()()()()()()()()()()()()()魔法』で良いか。

 使用条件は……解除することは無いだろうし、わざと長ったらしい呪文にした方が良いな。『ひみつ道具は他人に見えないしバレない絶対に100%確実に』にしよう。

 そして追加条件で『ただし俺以外の人物はこの魔法を使うことが出来ないし、解除することも出来ない』と書いて……これで良し」

 

 俺は事前にある程度考えておいた魔法の効果と呪文を、魔法事典にサラサラと書き綴っていく。もちろん油性ボールペンで、だ。

 何かの拍子に文字が消えたりしたら洒落にならないからな。後は俺が呪文を唱えれば魔法が発動する。そして追加条件のお陰で、この魔法を発動したり解除出来るのは俺だけだから安心だ。

 というか、仮に追加条件を書いていなかったとしても『につじくかとんせーぱくゃひにいたっぜいなればしいなえみにんにたはぐうどつみひ』なんて、誰がどう考えても……偶然でも口にしないであろう文章だから大丈夫だと思う。

 

「それでは……コホン。『ひみつ道具は他人に見えないしバレない絶対に100%確実に』」

 

パアアァァァ……!

 

「あ……!」

 

「え……?」

 

 俺が呪文を唱えた瞬間、目の前の魔法事典が発光する。それだけではなく、俺のズボンのポケットからも眩い光の筋が現れる。

 恐らく無事に魔法が発動している証拠だろう。魔法事典はもちろん、ポケットの中の道具も全て発光しているせいで、ズボンから光が漏れているらしい。

 そんな光景が10秒ほど続くと、魔法事典と俺のポケットの発光が止まった。どうやら魔法の発動が完了したようだ。

 

「よし。これで俺達以外の人からは、ひみつ道具が見えなくなっているはずだ」

 

「そ、そうなの……?」

 

「私達には、普通に見えるけど……」

 

「うん。さっきも言ったけど、ひみつ道具のことを知ってる2人には効果が無いからね。だからこそ、この魔法の効果を2人にも確認してもらいたいんだ」

 

 俺は魔法事典をポケットにしまいつつ、代わりに一見『食パン』にしか見えない道具を取り出す。確認作業とはいえ、露骨に怪しい道具を見せるのは不安だ。

 しかしこの『道具』なら、普通の人間が見てもただの食パンにしか見えないので、万が一魔法が正常に発動していなかったとしても安心だ。いくらでも誤魔化せるからな。

 

「……食パン?」

 

「朝ご飯に出てくる……」

 

「実はこれも列記としたひみつ道具なんだ。でも、パッと見はただの食パンにしか見えないから、もし魔法が失敗してたとしても上手く誤魔化せるからね」

 

 俺は『道具』を持ちながら、先程使ったタンマウォッチを取り出して時間停止を解除する。そのまま俺は天理とドクロウを連れて1階に下りた。そして辿り着いたのはリビング。

 今から麻里に、この『道具』を見せてみる。これで『食パン』と答えれば魔法に不備があるし、『何も無い』と答えれば魔法は正常に機能していることになる。

 正直、ここまで対策するのはやり過ぎな気がしないでもないが、これくらいしておかないと安心出来ない。何より俺はドジなので、気をつけていてもヘマをやらかしそうで怖い。

 そして魔法事典も封印……とまではいかないが、これ以降も極力使わないでいるつもりだ。この手の道具は本来、なす術が無くなった時の最終手段だからな。何度も気軽に使って良い道具では無い。

 

「いい? 魔法が正しく発動していれば、お母さんはこれを見ても『何も無い』と答えるはず。外からで良いから、よく見ててね?」

 

「う、うん」

 

「…………」

 

 俺は天理とドクロウを廊下に残し、1人でリビングに入る。台所で夕飯の下ごしらえをしている麻里に、出来るだけ怪しまれないよう平静を意識して話しかける。

 

「……ねぇ、お母さん」

 

「ん? どうしたの? お菓子が足りないなら、そこに……」

 

「これ、何に見える?」

 

「……?」

 

 麻里が、俺の右手に握られた『道具』に目を向ける。魔法事典に書いた魔法の効果が間違っていなければ、麻里には『道具』が見えないはず……!

 

「えっ、何? 桂馬、何も持ってないじゃない」

 

「「……!」」

 

(……よし、魔法はちゃんと発動してるな)

 

「……ううん、何でもない。ちょっとね」

 

「変な子ね……あ、元から変か」

 

 何やら失礼な言葉が聞こえたが、右から左に聞き流してリビングを出る。すると、天理とドクロウが少し困惑したような様子で話しかけてきた。

 

「桂馬君のお母さん……本当に、見えてなかったの?」

 

「ちゃんと食パンを見てたはずなのに……」

 

「どうやら、魔法が正しく発動してくれてるみたい。さっきの状況で、お母さんが俺に嘘をつく意味も無いし……本当に見えてなかったんだと思う」

 

 念には念を入れて、後で○×占いで確かめるとしても……麻里の反応を見る限り、十中八九大丈夫と言えるだろう。

 そういえば、ドクロウの首に掲げる『なりきりプレート』も魔法の影響で他人から見えなくなるんだよな? 

 それについても後で確認しておかないと。場合によっては、なりきりプレートだけは魔法の対象外にする必要があるかもしれない。

 

「でも、桂馬君。見えなくするだけなら……『片付けラッカー』や『透明ペンキ』じゃダメなの?」

 

 良い質問だ。流石は天理。相変わらず鋭い指摘をしてくるな。実を言うと、この疑問は俺も想定内だったので、予め考えておいた説明を天理に話す。

 

「まず、片付けラッカーは4時間しか効き目が続かないから、予め道具に吹き付けておいても……いずれは元に戻っちゃうんだ。

 透明ペンキは効き目こそ永遠に持続するけど、水性だから水で流れ落ちてしまう。下手をすると手汗だけでペンキが落ちてしまうこともあり得る。

 そして、どの道具をいつ使うかは俺も分からない。その都度片付けラッカーや透明ペンキを出して道具を見えなくしようとすると、いずれ他の生徒に見つかる危険性も出てしまう」

 

 これは嘘偽り無く本当の気持ちだ。実際、香織編でひみつ道具を使おうと思えば、これくらいの対策は講じておかないと……まともに道具を出すことすらままならないだろうし。

 どこに正統悪魔社(ヴィンテージ)が潜んでいるか分からないからな。一応『正体スコープ』で覗けば奴らが羽衣で透明になっていても丸見えだが、調べようと行動する様子を奴らから怪しまれたら本末転倒だし。

 

「……なるほど。それなら事前に確実な方法で見えなくしておいた方が安全だね」

 

「そういうこと。片付けラッカーや透明ペンキだと、俺や天理達からも道具が見えなくなっちゃうけど……さっきの魔法なら、その心配もないしね。

 ドクロウも、俺が学校でひみつ道具を出したとしても、他人からは見えてないから取り乱さないように」

 

「うん……」

 

 一先ずこれで良いだろう。ここまでしておけば、流石に外でひみつ道具を使ってもバレることはまず無いはずだ。学校でも余程大袈裟な道具を使わない限りは……多分大丈夫だと思う。

 既に『ヒミツゲンシュ犬』を使っているとはいえ、油断するよりは必要以上に警戒しているくらいで良い。リミュエルの時のように襲われるのはもうごめんだ。

 

「……それで結局、その食パンは何?」

 

「あ、これ?」

 

 天理の次はドクロウから、俺が持っている『道具』への質問が飛んで来た。もちろんこれも想定内。どう見ても美味そうな食パンをひみつ道具と言われたら、そりゃ変に思うよな。

 

「えっと……それもひみつ道具、なんだよね? 普通の食パンに見えるけど……」

 

「この食パンは『アンキパン』と言って、これを教科書やノートに貼り付けて食べると、その内容を丸暗記出来るんだ」

 

「た、食べるだけで……!?」

 

「……凄い」

 

 原作では一度しか登場していないマイナーな道具のはずだが、欲しいひみつ道具ランキングには上位に食い込むことが多い『アンキパン』。

 見た目はただの食パンだが、表面に文字が写るようになっており、これを覚えたい事柄が書かれている紙媒体に貼り付けて食べると、その内容を全て暗記することが出来る。

 原作ではのび太がこれを大量に食べたせいで腹を下し、下痢を起こして全てを排泄したことで暗記内容を完全に忘れてしまっていた。

 故に排泄すると暗記した内容を忘却してしまう……かと思われたが、以前○×占いで調べると『きっちり消化・吸収していれば排泄しても暗記内容を永遠に覚えていられる』との答えが出たのだ。

 つまり、試験の一夜漬けやその場しのぎの暗記しか出来ない道具ではなく、食べる枚数と間隔さえ考慮すれば十分有用なひみつ道具であることが分かった。もしかすると、これも神様が気を利かせて便利な仕様にしてくれたのかもしれない。

 ……『腹ペコおにぎり』と組み合わせれば、少なくとも暗記科目は無双出来るな。数学みたいに暗記するだけでは問題を解けない科目は厳しいけど。

 

「もし勉強で必要になったら、俺に言ってくれれば何枚でも用意するよ」

 

「あ、う、うん……ありがとう……」

 

(でも、その大きさだと……1回分のテストの内容を覚えるだけでも、大変そう……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな感じでひみつ道具へ厳重な細工を施した次の日、ついに初登校の日となった。香織と顔を合わせることになるのか……天理と初めて顔を合わせた時とは違う、嫌な緊張感で一杯だ。

 相手はあの原作桂馬が苦戦した相手だ。いくらひみつ道具があるとはいえ、どうしても不安になる。油断はもちろん、僅かな隙も見せてはいけない相手だ。

 

「……桂馬君、大丈夫?」

 

「……え?」

 

「お兄ちゃん、さっきからずっと……黙ってたから……」

 

「あ……うん。大丈夫。体調が悪いとか、そういうのじゃ無いよ」

 

 現在、俺は天理達と一緒に登校している。もちろんドクロウには入学式同様、なりきりプレートを首から掲げてもらった状態だ。

 ○×占いによると、例えなりきりプレートが他者から見えなくなっていても効果を発揮するとのことなので、安心して付けてもらっている。

 

(少なくとも、今はまだ俺が行動を起こすべきじゃない……よな?)

 

 原作のこの時期は、桂馬と香織は面識が無かった……いや、同じ学校の生徒という認識はあったかもしれないが、まともに会話するほどの知り合いでは無いはずだ。

 となると、少なくとも『キャンプ前日の事件』が発生するまでは……俺から香織と接触するのは避けた方が良いだろう。

 何かの間違いで仲良くなってしまったり、あるいは必要以上に敵視されてしまえば、今後の展開にどのような影響を及ぼすか分からない。

 とりあえず今日は新入生歓迎会の時に、6年生の列に香織がいるかどうかだけを確かめることにしよう。まさか存在しないなんてことは……無いよな?

 

「…………」

 

(……ドーちゃん)

 

(何? お姉ちゃん)

 

(桂馬君、何かあったの? やっぱりおかしいよ……)

 

(分からない。朝からこんな感じ……)

 

 天理とドクロウが小声で何かを話している。人の話を盗み聞きするような趣味は無いので、耳を澄ませたり追及するような真似はしないけど。

 

「……お、着いた」

 

「あ……」

 

「……うん」

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか小学校に到着していた。入学式の日も思ったことだが、案外家からの距離は近い。これなら多少寝坊しても遅刻することは無さそうだ。

 さて、まずは教室に荷物を置いて……そこからは新入生歓迎会か。それとなく香織の様子を伺わないとな。怪しまれないよう、出来るだけ自然な振る舞いで。

 

 

 

 

 

 

 

『新入生の皆さん。入学おめでとうございます。僕達、2年生が用意した歌を……』

 

(……そういえば、前世でも毎年こんなことしてたっけな)

 

 体育館に並び、各学年のお祝いを披露してもらう。かつての過去を思い出し、懐かしい気分に……浸る前に目的を思い出す。

 今は子供達の歌を楽しんでいる場合じゃない。まずは香織を探さなければ。6年生は俺達1年生から見て、最も遠い場所に座っている。これだと1人1人確認しようとするだけでも時間がかかりそうだ。

 

「ケイちゃんケイちゃん! 2年生のお兄さんやお姉さんの歌、とっても楽しいですわ!」

 

「え? あ、そうだな……」

 

 いやうららさん。興奮するのは分かりますが、俺の腕をグイグイ引っ張らないで下さいませんか? 香織を探さないと……

 

「お兄ちゃん。あの子、シャンシャンなる物を持ってる……あれ、何?」

 

「……タンバリンだな。叩いたり振ったりすれば、綺麗な音が出るんだ」

 

 ドクロウ、好奇心があるのは良いことだけど、出来れば後にしてもらえるとお兄さん嬉しいかも。

 

「桂馬君。この歌……幼稚園でも聞いたことあるよね?」

 

「そうだね。確か去年の秋頃……」

 

 ってそうじゃないそうじゃない! 天理との思い出を懐かしむことは大切だけど、今は先にしておくべきことが……!

 

『初めまして。僕達3年生は、今日の為に楽器を練習してきました。是非聞いて下さい』

 

「あーっ! あれって木琴! それに鉄琴も! うららが幼稚園の時からやってみたいと思ってた楽器ですわー!」

「お兄ちゃん。あの子達が持ってる物……何?」

「桂馬君……カスタネット、懐かしいよね。5歳の時に皆で……」

 

(あーダメだ! この状況だと気が散って集中出来ない! かといって天理達との会話を蔑ろにするのも……)

 

 魔法事典のお陰でひみつ道具が見えなくなっているので、ここで道具を使っても大丈夫だが……仕方ない。一先ず全学年の出し物が一通り終わるまで待つしかないか。

 何より今の天理達との会話も、後々大切な思い出となるはずだし……適当に相槌を打つだけで終わらせたくない。香織のことも気になるけど、今はイベントを楽しもう。

 ……こんな調子で良いのか俺。いや、大丈夫だ。むしろ1年生なら、このイベントで盛り上がっている方が自然なはず。下手に挙動不審になって、香織に怪しまれたら不味い。

 

 

 

 

 

 

 

『5年生の皆さん、ありがとうございました。続いて6年生の皆さんです!』

 

「これで最後みたい」

 

「うん! どのお兄さん達のお祝いも楽しかった~!」

 

「6年生の人達は、どんなことをするのかな……?」

 

(これで最後か……)

 

 何だかんだで各学年の出し物を観賞していると、ようやく6年生の番が回ってきた。この中に香織が……ん? マイクを握っているのは……

 

『新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます』

 

(……納得した。そりゃそうか)

 

 俺が探すまでも無く、香織が自らマイクを握り……6年代表の生徒として、俺達に向かって挨拶の言葉を述べている。

 確か原作でも優等生を演じていたもんな。こういう場でも、学年の代表として挨拶することになっても何ら不思議では無い。

 

『我が校の最上級生として、皆さんのような人達が入学して来てくれたことを光栄に思います』

 

 愛想の良い笑顔を振りまいているが、腹の内は真っ黒なんだよな、こいつ。事情を知らないと、とてもそうには見えないのが彼女の演技力の凄さとも言えるが。

 とりあえず、香織の様子を伺ってみる。笑顔を絶やしていないのは、やはり内面を隠す為だろう。一先ずは原作通り……か?

 

『そんな皆さんの為に、私達からお祝いのプレゼントを贈りたいと思います。それでは聞いて……っ、下さい』

 

「……ん?」

 

 今、一瞬だけ笑顔が崩れたような……本性を見せたか? いや、それにしては憎悪が籠った表情では無かったような……何と言うか、複雑そうな……

 彼女の性格を考えれば、こんな一面に人が集まる場所で本性を露わにするような真似はしないはず。もちろん原作通りの性格であることが前提だが。

 

(……そもそも、現時点での香織は悪魔と既に契約を交わしてるのか?)

 

 こればかりは原作で描かれていないので、俺にも分からない。もし契約しているとすれば、細心の注意を払って行動しなければならない。

 仮にまだ契約していないかったとしても、少しでも怪しまれれば悪魔に俺の情報が渡ってしまう可能性がある。原作の事件が発生した後ならまだしも、事件発生以前からそんなことになれば冗談抜きで時間を巻き戻して仕切り直すレベルだ。

 

「……桂馬君?」

 

「え……?」

 

「また、朝みたいに……険しい顔になってるよ……?」

 

「…………」

 

 天理から小声で話しかけられる。怪しい態度を取ってはいけないと思った傍からこれか。ポーカーフェイスの1つも出来ないなんて……いっそのこと『表情コントローラー』を使った方が良いかもしれない。

 だが、幸い香織は出し物である合唱に集中しているらしい。明らかに視線が俺達以外の所へ向いている。うららとドクロウも合唱に夢中だし、とりあえずセーフ……だよな? 

 

「……大丈夫。ありがとう、心配してくれて」

 

「う、うん……」

 

(桂馬君……もしかして、何かあったのかな……?)

 

 やはり天理とドクロウには、予め香織についてを教えておくべきか……? いや、それで露骨に香織への態度が不自然になってしまえば不味いし……

 とりあえず、天理には理由を追及されない限りは黙っておいた方が良い。流石に事件前日にはある程度話しておくつもりだが、今から話すのは少し早過ぎる。

 ドクロウは記憶が復活したタイミングで話しておこう。現時点では、余計な混乱を招かない為にも話さない方が良いかもしれない。

 その後、香織達6年生の合唱が終わり、新入生歓迎会は大成功を遂げて終了した。一先ずは『香織は原作通りの存在』であることを前提として行動しよう。

 もちろん何らかのイレギュラーにも対応出来るよう、学校にいる間の警戒は怠らないようにしておくつもりだ。いつ香織がヴィンテージと契約するか分からないからな。



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第24話

「すぅ……すぅ……」

 

 布団と毛布は温かい。それでいて柔らかい。私は今、この2つに挟まっている。それだけで、何となく安心する。

 でも、このままずっとここに挟まっている訳にはいかない。だって、いつもならこの時間には……

 

「ドクローウ。朝だぞー。起きろ~」

 

「……ん」

 

 お兄ちゃんが私の部屋に入って来て、傍で呼びかけてくるから。寝ているか起きているか分からずボヤ~ッとしていたのに、少しずつ目が覚めていく。

 

「遅刻するぞ~」

 

「……もうちょっと、寝かせて」

 

「ダメだって。もうお母さんが朝ご飯作り出してるし、観念して起きなってば」

 

「んぅ……」

 

 お兄ちゃんが体をユサユサと揺らしてくる。こうなると、お兄ちゃんは私が布団から離れるまではずっとユサユサし続ける。

 でも、お兄ちゃんの言う通りにしないと。私を助けてくれたのだから、お兄ちゃんの言うことは聞かないといけないと思う。

 

「……起きる」

 

「よろしい。ほら、いつも通り顔洗って歯を磨く! もう1人で出来るでしょ?」

 

「うん……」

 

 まだ眠い。私は目を擦りながら洗面所に向かう。部屋の場所や使い方も、顔を洗うことや歯を磨くことも……お兄ちゃんから教わった。

 最初はお兄ちゃんにやってもらったけど、今はもう自分で出来る。一度言われると、何故か全部覚えて出来るようになっちゃう。

 

「…………」

 

 歯磨きをしながら、鏡から見える私の顔を見る。お兄ちゃんが言うには、最初に見た時は私の目が死んでいたらしい。どういう意味かは分からないけど、多分……良い意味では無いと思う。

 だけど今は、少しずつ元気な目になっていっている……って、お兄ちゃんが言っていた。そう、なのかな……やっぱり、私には分からない。

 

「……出来た」

 

 お兄ちゃんに言われた通り、顔を洗って、歯を磨いて……全部終わったら、お兄ちゃん達が待っているリビングに行く。

 部屋に入ったら、美味しそうな匂いがする。麻里さん……あっ、家ではお母さんって呼ばないといけないんだっけ。お母さんが作った朝ご飯から匂ってくる。

 

「あらドクロウ、おはよう。今日も桂馬に起こされちゃったの? いい加減、自分で起きなきゃダメじゃない」

 

「うん……」

 

「相変わらず桂馬がお兄ちゃんしてるな~。息子が立派に育ってて、俺も嬉しいぞ!」

 

「あ、あはは……」

 

(まさか記憶喪失だから一生懸命面倒見てるなんて言えないよなぁ……)

 

 お兄ちゃんが桂一さん……お父さんに頭をワシャワシャされる。ちょっと嬉しそう。見ている私も、何だかあったかい気持ちになってくる。

 

「よいしょっと。これで全員分ね。では手を合わせて……いただきます!」

 

「いただきま~す!」

 

「いただきます」

 

「……いただきます」

 

 お兄ちゃんから教わった、ご飯の前の挨拶をして……お母さんが作ってくれた朝ご飯を食べ始める。今日は……確か、和食だっけ。

 

「はむっ……美味い! やっぱりママが作る飯は最高だな!」

 

「もうっ。おだててもお小遣いは増やさないわよ?」

 

「そんなんじゃないって。俺は心からの気持ちを……」

 

(ま~た始まった。桂一が家にいることが多いせいか、原作では描かれず仕舞いだった夫婦のイチャラブをほぼ毎日……いやまぁ、微笑ましいけど)

 

 お父さんとお母さんが嬉しそうにお喋りしている。お兄ちゃんが言うには、こういう人のことを『バカップル』って言うらしい。意味はよく分からないけど。

 

「もぐもぐ……」

 

 お兄ちゃんから教わった通り、箸を使ってご飯を食べ始める。うん、美味しい。お父さんがお母さんを褒める気持ちが分かるかも。

 ご飯も、味噌汁も、玉子焼きも、焼き魚も……どれも美味しくて、勝手に手が動いてしまうほど。

 

「はむっ、はむっ……」

 

(……ドクロウ。表情こそあまり変わらないけど、美味しそうに食べてるな……これで少しずつでも、心の闇が取り除かれていってくれれば良いんだけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行って来ます」

 

「……行って来ます」

 

「行ってらっしゃい。車には気をつけなさいよ?」

 

「分かってるってば」

 

「桂馬じゃなくてドクロウに言ってるのよ。アンタはむしろ、ドクロウをしっかり見ててあげて」

 

「あー、なるほど。了解っと。ほらドクロウ、行くよ」

 

「うん……」

 

 お母さんに見送られて、私はお兄ちゃんと家を出た。理由は学校に行く為。お兄ちゃんが言うには、普通の子供は行かないといけない所らしい。

 それだけじゃない。家から少し離れた後、私はお兄ちゃんから持たされている『なりきりプレート』を首からぶら下げる。そうしないと、私は学校に行けないから。

 

「流石にもう日課になってるのか」

 

「にっか……?」

 

「あー、毎日その人が絶対にしてることを日課って言うんだ。習慣とも言うけど」

 

「……そうなんだ」

 

 お兄ちゃんは私の知らないことを沢山知っている。私がこうやってお兄ちゃんと一緒にいられるのは、お兄ちゃんが色々教えてくれたお陰だから。

 でも、お兄ちゃんだけじゃない。私に色々な話をしてくれる人は、もう1人いる。お兄ちゃんと同じくらい……ううん、ほとんど毎日会っている女の子。

 

「桂馬君、ドーちゃん。おはよう……!」

 

「天理、おはよう」

 

「……おはよう、お姉ちゃん」

 

 そう、お姉ちゃん。お兄ちゃんと仲良しな人で、私にとってはお姉ちゃん。お姉ちゃんが来ると、お兄ちゃんは凄く嬉しそうになる。

 そしてお姉ちゃんも、お兄ちゃんを見ると嬉しそうになる。ううん、私も、何となく……明るい気持ちになるかも。

 

「桂馬君は、花粉症……大丈夫?」

 

「え? うん、俺は大丈夫だけど……もしかして天理、花粉症に?」

 

「ううん、ママがちょっと……」

 

「あー……なるほど」

 

「……かふんしょう?」

 

「えっとね……春になると、くしゃみや鼻水が止まらなくなる病気だよ。桂馬君とドーちゃんは大丈夫みたいだけど……」

 

「……そうなんだ」

 

 でも、お兄ちゃんなら……そんな病気も、ひみつ道具ですぐに治してくれそう。そんなことを考えながら、私はお兄ちゃん達と一緒に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「それでさ、お父さんが足を滑らせて盛大にしりもちをついたんだ。悪いとは思ったんだけど、つい笑っちゃって……ドクロウも見てたよな?」

 

「うん。お兄ちゃんや麻里さん、クスクス笑ってた」

 

「ふふっ……そんなことがあったんだ」

 

「うららのお爺様も、随分前にスッテーンと転んでましたわ!」

 

「へぇ~。あの爺さん、意外と抜けてるところもあるのか」

 

 学校に着くと、いつもうららちゃんを含めたお兄ちゃん達とお喋りしている。ただ話しているだけなのに、何となく明るい気分になる。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、うららちゃんも笑っている。それを見ていると……心の中が温かくなる。初めてお兄ちゃんと出会った時のように、心が軽くなる。

 

「うららちゃんのおじいちゃん、凄く凛々しく見えるけど……」

 

「人を見かけで判断してはいけないとお母様が話してましたの! それを聞いたお爺様が少しショボンとしてましたけど……」

 

「あははっ、香夜子さん、本人の前でも言うなぁ」

 

(お兄ちゃん、楽しそう……)

 

「……!」

 

(ドクロウ、今……少し、笑った……?)

 

 でも、学校はお兄ちゃん達とお喋りする為だけの所じゃない。他にも、楽しいことがある。それは……

 

「それでは、バスケットの中に入ってるりんごはいくつでしょうか?」

 

(流石に小学校の授業は楽勝だけど、いずれはまた高校の授業を受けることになるんだよな……どうしよう。前世の高校時代に習ったことなんて全部忘れたんだけど)

 

(男の子が3つ、女の子が2つ食べちゃったから……残りは1つ……)

 

(えっと、男の子が……3つ? バスケットの中のりんごって、最初は何個入ってましたっけ……)

 

「わぁ……」

 

 先生が、色々なことを話してくれる……そう、学校の授業。お兄ちゃん達とのお喋りとは違う楽しさがある。

 今まで知らなかったこと、分からなかったこと……それを先生が、私達に優しく教えてくれる。それを聞いていると、自分の頭の中に新しく分かったことがどんどん入って来る。

 お兄ちゃん達は『勉強は大変』と言うけど、そうは思わない。話を聞いているだけでもワクワクして、もっと知りたい、教えてもらいたいと思えてくる。

 

「では……そこの女の子。答えは?」

 

「……1つです」

 

「正解! よく出来ました!」

 

(……流石はドクロウ。原作でも自力で文字を覚えてたし、こんな風に誰かから教わればすぐに理解出来るのか。でも、なりきりプレートのせいとはいっても、先生から『そこの女の子』って呼ばれるのは……

 後でプレートにドクロウの偽名を書き加えといた方が良さそうだな。周りから不自然に思われないとはいえ、流石になぁ……ドクロウ本人は気にしてなさそうだけど)

 

(ドーちゃん、凄い……! 記憶喪失なのに……!)

 

(うぅ~っ、うららが答えたかったのに……)

 

 先生に当てられたけど、答えを言ったら褒めて貰えた。先生から教わったことを、そのまま話しただけだけど……でも、褒められると、やっぱり嬉しい。

 先生は勉強を教えるだけじゃなくて、褒めてくれる。話を聞いて、それを伝えれば……優しい言葉をかけて貰える。だから私、授業が好き。

 

「……!」

 

(ドクロウの目が、さっきよりも少し煌めいてるような……徐々に心の中の闇が消えていってるのか? だとしたら良い傾向だけど……)

 

 

 

 

 

 

 

「位置について~……よーい! ドンッ!」

 

「……っ!」

 

シュタタタタタタタッ!

 

「おおおおぉぉぉぉっ!」

「すげええぇぇぇぇっ!」

「速っ!? 嘘でしょ!?」

「かっこいいっ!」

 

「……ふぅ」

 

 体が軽い。自分でも信じられないくらいに、体が思った通りに動いてくれる。一体、どうして? お兄ちゃんのひみつ道具を使った訳でもないのに。

 

(……記憶喪失でも身体能力は健在か)

 

「け、桂馬君! ドーちゃん、あんなに足が速かったの……!?」

 

「……あれだけ凄い運動神経も、ちゃんとした理由があるんだ。それも夏には話すから、今は……」

 

「あ……うん。待ってるね?」

 

「……ありがとう」

 

「が、学年で一番速いかもしれませんわ!」

 

(なりきりプレートを使ってて良かった……多少おかしいことをしても、ちゃんと()()()小学1年生として扱われるからな)

 

「貴女凄いじゃない! 多分上級生にも負けてないんじゃないかしら!」

 

「先生……私、そんなに凄いの?」

 

「当たり前よ! あまりに速過ぎて、タイムを計り損ねちゃったくらいだもの!」

 

 ……先生は、勉強だけじゃなくて、運動でも褒めてくれるみたい。だって、ただ走っただけでも、私は褒めてもらえたから。

 それだけじゃない。お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、うららちゃん達も……皆が私に、優しい言葉をかけてくれる。

 

「……お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「学校って……楽しい所だね」

 

()()()……そうか。そう思ってもらえて良かった」

 

(さっきの目は気のせいじゃなかったか。ドクロウ、順調に日常生活の温かさを感じてるみたいだ。これなら記憶も香織編までに何とかなるかもしれない……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな風に、平日はお兄ちゃん達と学校に行っているけど、休日は……学校には行かずに、お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒にいることが多い。

 ただ一緒にいる訳じゃない。ほとんどは、お兄ちゃんがひみつ道具を使って……私やお姉ちゃんに、楽しいことをしてくれる。

 

「折角だし、3人でお花見でもしようか」

 

「何それ?」

 

「桜を見ながら、美味しい物を食べたり飲んだりすること。もちろん、目立たないようにしっかり対策するけど」

 

(幸い両親は出かけてるけど、念には念を入れて時間を止めておいた方が良いよな……)

 

 お兄ちゃんはそう言うとポケットから『ウルトラストップウォッチ』を取り出した。そのままスイッチを押したと思ったら、急に周りが静かになった。

 この道具は知っている。私とお兄ちゃんが初めて出会った時に、お兄ちゃんが使っていた道具だ。確か……時間を止める時計だったはず。

 

「あ、ウルトラストップウォッチ……桂馬君、時間を止めたんだね?」

 

「うん。本当は、時間を止めてしまえば()()()お花見しても良いんだけど……もっと手軽な道具があるからさ」

 

「手軽な道具?」

 

 お兄ちゃんはまたポケットに手を入れると、『ピンク色の平べったい機械』を取り出した。これは見たことが無いから、どんなひみつ道具かは分からない。

 

「これは?」

 

「説明するより、まずは使ってみるよ。えっと、この辺から桜が満開の場所は……あった。ここで良いか。ポチッとな!」

 

パアアアアァァァァ……ッ!

 

「……!」

 

「……え?」

 

 家の中にいたはずなのに、急に周りが外になった。それどころか、桜の木が一杯で、あちこちに沢山の人がいる。どういうこと?

 

「驚いた? これは『観光ビジョン』と言って、地球上のあらゆる景色を周りに立体映像として映し出せる道具なんだ」

 

(『壁景色切り替え機』を使っても良かったけど、こっちの方が臨場感あるもんな。『花咲か灰』を使おうとも考えたけど、壁に無理矢理桜を咲かせるからシュールな図になるし)

 

「じゃあ、この景色って……実際の場所の映像なの?」

 

「うん。あくまでも立体映像だから、土の上に座ってもお尻が汚れることは無いし、他の人に気づかれたり衝突する心配も無いんだ。

 って、今は時間が止まってるから衝突なんてする訳ないんだけどさ。とにかく、この道具で手軽に部屋の中でお花見を楽しもうかなと思って」

 

「……本当だ。他の人に触ろうとしても、手がすり抜けちゃう」

 

 試しに隣でお酒を飲んでいる人の肩を触ろうとしたら、手が体の中にスッと入っちゃった。お兄ちゃんの言う通り、映像だから触れないみたい。

 

「流石、桂馬君の道具だね……それにしても、綺麗な桜……!」

 

「うん……」

 

 お姉ちゃんが感動しているように、私も思わず周りを見渡してしまう。どこも満開の桜で一杯……ここに来る人の気持ちが分かった気がする。

 

「続いては『これ』で、お花見に相応しい食べ物を出せば準備オッケー!」

 

「あ……『グルメテーブルかけ』だね?」

 

「何それ?」

 

「このテーブルかけに食べたい物を言うと……何でも作って出してくれるの。前に一度、桂馬君が使ってくれたんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「それじゃ……お花見のご馳走!」

 

ポンッ!

 

「あ……」

 

 お兄ちゃんがそう言うと、虹色のテーブルかけに美味しそうな食べ物が沢山出てきた。お姉ちゃんが言った通り、本当に食べ物を出せる道具らしい。

 

「わぁ……どれも美味しそう。湯気が出てる……!」

 

「出来たてだからね。さ、食べよっか。ほら、ドクロウも」

 

「……うんっ」

 

 それからはお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に、桜を見ながら美味しい料理を食べてお花見を楽しんだ。

 お兄ちゃんが『桜を見ながらだと、いつも食べてる料理も一層美味しく感じるでしょ?』と言っていたけど、その通りだと思う。

 でも、それ以上に……お兄ちゃん達と3人で、お喋りしながら過ごす時間そのものが……凄く心地良い時間で、重い心がどんどん軽くなっていくような気がした。

 

「これも美味しいよ、ドーちゃん」

 

「……あむっ。ん……うん、美味しい」

 

「ふふっ……♪」

 

(……天理もドクロウも、楽しんでくれているみたいで良かった。2人の笑顔……特に天理の笑顔を見られると、すっごい嬉しい。

 でも、うらら達が除け者みたいになってるな……いや、単にうららからのお誘いが無かっただけだけどさ。今度はうらら達も混ぜてお花見するか)

 

 出来ることなら、この楽しい日々がずっと続いて欲しい。お兄ちゃんやお姉ちゃん、うららちゃん達と一緒にいられるだけで……楽しくて、心が温かくなるから……



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第25話

「えいっ!」

 

「ひゃっ!?」

 

「あははっ! 天理ちゃんに命中ですわ!」

 

「……お姉ちゃんの仇」

 

「わぷっ!?」

 

 俺達が舞島東小学校に入学して1ヶ月が経った。香織は未だ怪しい素振りを見せていない。やはり悪魔とはまだ出会っていないのだろうか?

 それと同時に、ドクロウが少しずつ表情豊かになってきた。俺や天理達と過ごし、学校の授業を受けているお陰か、日常生活に必要な常識等もほぼ身に付けてくれた。

 今日は日曜日。うららからのお誘いがあったので、以前リミュエルと遭遇した時に『雲固めガス』で作った雲の遊び場で天理達と雲合戦をして遊んでいる。

 もちろん『ウルトラストップウォッチ』で俺達以外の時間を止めた状態だ。あの時は『マジックドーム』で油断して酷い目に遭ったからな……

 

「……はぁ」

 

「ん? どうした美生。もしかして、楽しくなかったか?」

 

「ううん、そうじゃないけど……今日は結がいないなって」

 

「あー……」

 

 先週は一緒に遊んでいたが、今週は結は白鳥家に来ていない。確かに幼稚園時代と比べると、うらら達と顔を合わせる機会が若干減っているような気はする。

 だが結の母親の束縛が牙を剥くのは流石にまだ先だろうし、単純に五位堂家の仕事が忙しいのが理由……だと思う。断定は出来ないが。

 

「寂しいかもしれないけど、結には結の都合があるからな」

 

「……うん。それは分かってるけど……」

 

 口ではそう言っていても、やはりつまらなさそうな表情は消えない。内心では結と遊びたくて仕方ないのだろう。

 とは言え数ヶ月単位で顔を合わせていないならともかく、1、2週間くらいの期間であるなら……まぁ、ひみつ道具を使うことは無いか。

 あまり俺がひみつ道具でお節介を焼いて、美生達が原作と比べて我儘な性格になってしまうことは避けたい。

 いや、ひみつ道具があるならすぐに使って不満を解消したいという気持ちは俺も理解出来るし同感ではあるが、原作キャラの性格が極端に歪むような結果になってしまうのは不味いしな……

 

「美生ちゃん! そこに立ってないで、うららと一緒に天理ちゃん達をやっつけましょう!」

 

「え? あ、うん!」

 

 1対2で劣勢となり、痺れを切らしたうららから呼ばれて美生が走って行く。とりあえず、うらら達と全力で遊べば美生の悩みも少しは晴れると思いたい。

 丁度2対2となったので人数的にも公平だろう。戦力としてはドクロウがいる分、天理側が明らかに有利だが。さて、俺は審判でも……

 

「ケイちゃんもこっちに来てー!」

 

「お兄ちゃんは私達のチーム」

 

「それだと3対2じゃない! 卑怯よ!」

 

「隙あり。えいっ」

 

「うひゃっ!? やったわね! えいっ!」

 

「……外れ。えいっ」

 

「うららガード!」

 

「わぷっ!? ひ、酷いですわ美生ちゃん!」

 

「これぞチームプレイよ!」

 

「どこがですの!?」

 

「えいっ」

 

「ひうっ!?」

 

(あ、美生ちゃんがニヤついてる間に、ドーちゃん……じゃなくて、由梨さんが美生ちゃんに雲玉投げつけてる……)

 

「もー怒った! 2人共覚悟しなさい! えいえいえいっ!」

 

「えぇっ!? う、うららは味方なのに! ひゃっ!?」

 

「仲間割れ? えいっ」

 

「「きゃっ!? やったな~! えいえいっ!」」

 

「ゆ、由梨さん……うららちゃんと美生ちゃんも、落ち着いて……」

 

「お姉ちゃんは後ろにいて。私が2人を仕留めるから」

「天理ちゃんは黙ってて!」

「天理は黙ってて!」

 

「ひゃうっ!? け、桂馬くぅん……」

 

「…………」

 

 ……等と考えていたら、いつの間にかドクロウ対うらら・美生のバトルマッチが始まっていた。天理が完全に置いてけぼりで、俺に助けを求めている。

 アワアワしてる天理可愛い……じゃない。天理が困ってるんだぞ! 助けないとだろ! ようし、天理とチームを組んで、ヒートアップしてるドクロウ達を雲塗れにしてやるか!

 

「……天理! 由梨達は話を聞く気が無いみたいだし、一緒に由梨達を雲だらけにしてやろう!」

 

「あ……う、うんっ!」

 

 こうして俺は童心に帰るつもりで天理とタッグでドクロウ達に挑み、見事に全員が雲だるま状態になるまで雲合戦に熱中した。

 ……たまにはこういうのも良いな。3年前の冬、爺さん達が雪合戦に夢中になった気持ちが分かった気がした。

 え? ひみつ道具で無双したのかって? いやいや、ちゃんと実力で挑みましたよ。そこまで大人げないことはしないって。

 

「えいっ」

 

「ぶはっ!?」

 

「桂馬君!」

 

「油断大敵だよ、お兄ちゃん」

 

「よそ見してるとこうですわ!」

 

「あうっ」

 

「ナイスうらら!」

 

「……え、えいっ!」

 

「きゃっ!?」

 

「わ、私だって……桂馬君の味方、だもん……!」

 

「天理……」

 

「やったわね天理! このーっ!」

 

「由梨さんも覚悟~!」

 

「例えお兄ちゃんが相手でも、手を抜かないからね」

 

「望むところ!」

 

「「あははははっ!」」

「えへへ……♪」

「……ふふっ」

 

(……最近、ドクロウもよく笑うようになったな)

 

 保護したばかりの時と比べても、ドクロウは目に見えて嬉しそうな表情を見せることが多くなった。

 肝心の記憶はまだ戻っていないようだが、家でも学校でも、ドクロウは楽しげに話すことも増えてきている。

 この調子なら、何とか香織編までにドクロウの記憶が復活するかもしれない。このまま日常の幸せでドクロウの心を満たしてあげれば……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした!」

 

「ご馳走様」

 

「……ご馳走様」

 

「お粗末様でした」

 

 お兄ちゃんと一緒に暮らすようになって、もう3ヶ月近くが過ぎた。過ごしやすかった日も終わり、少し暑い日が多くなってきた。

 そのせいか、今日の夜ご飯は冷たいうどんだった。麻里さん……お母さんが作ってくれるご飯は、いつも美味しい。思わず笑顔になってしまうくらいに。

 

「桂馬、ドクロウ。扇風機だけで大丈夫か? 暑くて寝づらかったら、いつでも言うんだぞ? 最近は油断するとすぐ熱中症になるからな」

 

「大丈夫。扇風機で十分涼しいから」

 

「……私も大丈夫」

 

 私が寝ている部屋は風通しが良く、窓を開けて扇風機を使っていれば十分涼しい。少なくとも、寝苦しいということは無い。

 それはお兄ちゃんも同じみたいで、この前も『これくらいならひみつ道具を使わなくても眠るのに困らない』と言っていた。

 

「なら良いけど、暑かったら我慢せずにすぐ言うこと。分かった?」

 

「「うん」」

 

 お兄ちゃんやお父さん、お母さんと軽くお喋りしながら、私は部屋に戻り明日の準備を整えて寝床に入った。早く眠らないと、またお兄ちゃんに無理矢理起こされちゃう。

 それに学校もあるし、寝坊するとお兄ちゃんだけじゃなくてお母さんからも叱られちゃうから、ちゃんと決められた時間に寝るようにしている。

 

(……毎日が、楽しい)

 

 お兄ちゃんと初めて出会った時と比べても、私の心は最初よりずっと軽くなった。明るくなった。温かい気持ちで一杯になった。

 あの時は、本当に怖かった……何もかもが分からなくて、心の中は真っ暗闇で……それでいて、辛くて……苦しくて……

 だけど、今は違う。目を閉じれば、お兄ちゃんが思い浮かぶ。それだけじゃない。お姉ちゃんも、お母さんも、お父さんも……

 一緒に過ごしてくれる人達の顔が、すぐに浮かび上がってくる。こんなこと、あの時の私では……あり得なかったと思う。

 

(……お兄ちゃん、お姉ちゃん)

 

 お兄ちゃんとお姉ちゃんの顔を思い浮かべていると、どこか安心する。でも、そろそろ寝ないと……ずっと考え事をしていたら、また寝坊しちゃう。

 私は色々と考えることをやめて、眠ることに集中する。こうしていれば、自然と意識が沈んで行って……いつものように、夢の中に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……な、何だアレは!?』

 

 ……え? 何、これ……どこ? 暗くて……苦しくて、辛くて……まるで、あの時の心の中……

 

『全員始末してやる……! 我々が地獄の――――』

 

『させない……! これ以上、お前達の好きに――――』

 

 わ、たし……? どうなって……それに、この人達……いや、()()は……!

 

『悪魔の恥さらしが! だが、これで終わりだ……!』

 

 い、嫌……やだ……! どうして……どう、して……!

 

『まさか……お前達、人間の欲を――――』

 

 どうして……()()()()()()()()()の……!? どうして……()()()()()()()()()の……!?

 

『パパ! ママ!』

 

『ッ!? どうして……ここは危険だ! 今すぐ――――』

 

『……あ、ぁ……あぁっ……あ、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』

 

 やだ……やめて……やめてやめてやめて……!

 

『あ、がぁ…………ッ!?』

 

『ど、ドクロウ!?』

 

 やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて……!

 殺すのは嫌……! 死ぬのは嫌……! 戦うのは嫌……! 何もかも……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!

 

『このまま()()()で全てを支配してやる……! 覚悟しろ! 悪魔の恥さらし共め!』

 

 誰か……誰か私を解放して……! この苦しみの連鎖から、助けて……! お願い……! 助けて……助けて助けて、助けて……嫌……あ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!

 

『そこまでです!』

 

『なっ!? お、お前達は――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ドクロウ! ドクロウ!」

 

「う、ぁ……んうっ、あぁ……っ!」

 

「大丈夫か!? ドクロウ!」

 

「……嫌ぁっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「はぁはぁ……ゆ、夢……?」

 

「良かった、目が覚めたか……大丈夫か? 凄くうなされてたぞ?」

 

「……お兄、ちゃん」

 

 目を開けると、見慣れた顔が広がっている。私を覗き込んでいるお兄ちゃんの顔……その安心感で、さっきまでの絶望が和らいでいく。

 

「何か怖い夢でも見たのか?」

 

「…………」

 

 今の夢……いや、違う。今のは……私のトラウマ。それでいて、()()()私の記憶……そうか。そういうことだったんだ。

 お兄ちゃんやお姉ちゃん達と一緒に過ごしたお陰で、私を蝕んでいた闇が温かい気持ちで抑え込まれて……それで闇が消滅する直前に、夢という形で……抑え込まれた闇が、私の中で爆発したみたい……

 

「……っ」

 

 手で頬や首に触れると、汗を大量にかいていることに気がついた。その手も、まともに動かせないほど……恐怖で震えている。今でも、夢……記憶(トラウマ)の光景が目の前に思い浮かび、正気を失いそうになる。

 でも、それではダメだ。私は……()()()()を実行する為に、ここに……人間界に()()()()()()。恐怖に慄いている場合じゃない……一刻も早く、お兄ちゃんに伝えないと……!

 

「……お兄ちゃん」

 

「どうした? やっぱり、まだ怖いのか?」

 

「……私、全部……思い出したよ」

 

「……なっ!?」

 

「失っていた記憶を……自分が何者なのかを……!」

 

 常に持ち歩いていた『球』をお兄ちゃんに見せる。今まで真っ黒だったはずの球が、最初にお兄ちゃんが見せてくれた球と同じように……光り輝いている。

 

「…………」

 

(悪夢を見たショックの影響か、心の闇が完全に取り払われたせいか、理由は分からないけど……そうか。ドクロウ、ついに記憶を……!)

 

「……お兄ちゃん。私と一緒に……あかね丸に来て」

 

 すぐにあかね丸の()()()()に行かないといけない。そしてお兄ちゃん……ううん、()()()()()()()()()に……私の()()を伝えなければならない。

 

「……分かった。行こう!」

 

 お兄ちゃんはポケットから『マッドウォッチ』を取り出し、いつもやって見せてくれているように、私達以外の時間を止めて……いや、ちょっと待って。それだと、()()()()私は……?

 

「時間を止めておけば、堂々とひみつ道具を使ってもバレない。後は『どこでもドア』を使って……」

 

「……待って。ここで時間を止めたら、今からお兄ちゃんと話してもらいたい人の時間まで止まっちゃう……かもしれない」

 

「え? あ、そうか。()()()()()ドクロウのことも考慮しないとな」

 

(となると、マッドウォッチじゃなくてウルトラストップウォッチで時間を止めた方が良いか……ここでマッドウォッチを使って、地獄にいるドクロウを時間停止の対象外にして時間を止めると、リミュエルの時のような騒ぎになりかねないし。

 地獄にいるドクロウからすれば、急に地獄の時間が止まる訳だからな。しかも原因は不明。これで慌てるなという方が無理な話だ。最低でも、ドクロウが俺を信用してくれていることを地獄にいるドクロウに理解してもらう必要がある。でないと、ひみつ道具についてを説明する前に俺が敵とみなされたら面倒なことになるし……

 

 だからこそウルトラストップウォッチを使えば、地獄にいるドクロウの時間停止を任意のタイミングで解除することが出来る。彼女(ドクロウ)の時間が止まっている間に、俺とドクロウがあかね丸に向かい、渡航機を起動させた状態で彼女(ドクロウ)の時間停止を解除すれば……何とかなると思う。後は俺が落ち着いて彼女(ドクロウ)に説明出来るかどうかだな……)

 

「……!」

 

 どうして……いや、お兄ちゃんが球を持っているということは、未来から来ているはず。つまり、既に私の()()を知っているのかもしれない。

 ……ううん。知っているからこそ、あの時も私を保護してくれたんだ。でないと、今から思い出してみても……私が記憶喪失であることを、球が教える訳が無い。そんな機能、球には存在しないはずだから。

 

「……お兄ちゃんは、私が今からしようとしてること……()()()()んだね?」

 

「……うん。そのことも後で説明するから、とにかく渡航機の部屋に行こう!」

 

(渡航機も知ってるんだ……流石お兄ちゃん、未来から来てるだけのことはあるね)

 

 

 

 

 

 

 

 ドクロウが悪夢にうなされている時はどうしようかと思ったが、何とか目が覚めてくれて良かった。それどころか、まさかこのタイミングで記憶が蘇るとは……

 一応、球が点滅していなかったから、()()()()()()()()であることは理解出来たが、それでもやっぱり不安になるからな……何はともあれ安心だ。

 ドクロウの話を聞いた後、俺はウルトラストップウォッチで自分達以外の時間を止め、どこでもドアで渡航機の部屋にやって来た。

 ドクロウが『私がしようとしたことを知っているの?』と聞いてきたが、ここは肯定しておいた。もしかすると『()()()()()()()()()()色々なことを知っている』と誤解しているかもしれないが、それは後で改めて説明すれば良い。

 ただ、流石に『原作』のことは話せないが……そこはリミュエルに伝えた話をアレンジして誤魔化すしかない。

 

(……これが渡航機か。原作と比べても、特に違ったところは無さそうだな)

 

「この部屋、本当は球を使わないと来られない場所なんだけど……お兄ちゃんのひみつ道具だと、そんなこともお構いなしなんだね」

 

「そのこともちゃんと話すよ。よし、俺達が持っている球をここに……いや、ちょっと待った」

 

「……どうしたの?」

 

「先にやっておかないといけないことが……え~っと、あったあった」

 

 俺は思い出したかのようにポケットから『ヒミツゲンシュ犬』を取り出し、同時に紙とペンを取り出す。

 このポケット、何故かある程度の日用品も収納されていて地味に便利なのだ。これも神様が気を利かせてくれたお陰だろうか?

 そんなことを考えつつ、俺は既存の秘密に加えて新たな秘密を紙に書き、ヒミツゲンシュ犬に食べさせた。書かれた内容はこうだ。

 

『俺が転生した存在であること及び俺が持つ原作知識について。ただし俺が信頼に値すると判断し、自らこれらのことを()()()()()()相手は対象外』

 

 正直、転生したことまで紙に書かなくても良いのではないかと思ったが、やはり警戒するに越したことは無い。それに俺のことだから思わぬミスを犯す危険性もあるので、きっちり明記しておいた。

 特に『原作知識』については絶対に他人に漏らす訳にはいかない。とは言え、普通の人間が『この世界は漫画化されたことがある』と聞いても『何言ってんだこいつ』としか思わないだろう。

 だがサテュロスや正統悪魔社(ヴィンテージ)相手だと、この情報を知られてどんな事態に陥るか分かったもんじゃ無い。ある意味ひみつ道具より危険な情報なのだ。こうして保険をかけておかないと安心出来ない。

 

「この紙をこいつに食べさせて……よし、出来た」

 

「何それ?」

 

「あ、この道具? ヒミツゲンシュ犬と言って、紙に自分の秘密を書いて食べさせると、その秘密を永久に守ってくれるんだ」

 

「お兄ちゃんの秘密……? もしかして、ひみつ道具のこと?」

 

「それもあるけど今回は違う。後でドクロウに話すことと関係するんだけど、これから俺が話す内容は……信頼出来る人以外には、絶対に伝えられないことだから」

 

「……!」

 

 俺の言葉にドクロウの顔つきが真剣になる。『魔法事典』についてを話した時はキョトンとしていたが、流石は記憶を取り戻したドクロウだ。ある程度察してくれたらしい。

 

(これで転生や原作知識についての細工は出来た。後は渡航機の時間を動かせば……)

 

 俺はウルトラストップウォッチで渡航機に触れ、渡航機の時間停止を解除する。こうしておかないと、球を置いたところで渡航機が起動しないからな。

 今度こそ準備を整え、俺とドクロウは渡航機に自らが持っていた球を設置する。すると渡航機が起動し、原作通りドクロウ(骨)の姿が映し出される。

 

『……』

 

「……?」

 

『……』

 

「あの、向こうの私?」

 

『……』

 

「……お兄ちゃん。これって……やっぱり……」

 

「……そう。向こうのドクロウの時間も……いや、地獄全体の時間も止まってるんだ」

 

「……っ!」

 

(お、お兄ちゃんの道具って、そこまでの影響力があったんだ……! 道理で、無暗に他の人に話さない訳だよ……)

 

 案の定、渡航機に映し出されたドクロウ(骨)は、何かをしている様子のままで動きが止まっている。『○×占い』のお陰で事前に知っていたとはいえ、本当に人間界以外の時間も止めてしまうのか……

 となると、リミュエルの手当てをした時の地獄も……こんな感じで止まっていたんだろうな。

 

「……でも、このままだと向こうの私と話せない」

 

「大丈夫。今から向こうのドクロウの時間を動かすから」

 

「どうやって? まさかどこでもドアで地獄に向かうとか……?」

 

「いや、もっと簡単な方法がある。えっと……あった。『これ』を使えば良い」

 

「赤い鞄……?」

 

「これは『取り寄せバッグ』と言って、離れた所にある物を何でも取り出すことが出来るバッグなんだ。

 取り寄せられる範囲は地球上に限らず、それこそ遠く離れた宇宙の物や別次元の物、やろうと思えば地獄に存在する物を人間界(ここ)に引き寄せることも出来る。

 もちろんそんなことをしたら地獄の連中にひみつ道具の存在がバレかねないから、普段は絶対にしないけど……時間が止まってる今なら大丈夫」

 

「そ、そんなことまで……!? でも、()()()()()……? 向こうの私を、ここに引っ張ってくるの?」

 

「いや、今回は少し違う使い方をする。このバッグがどんな所にも繋がる性質を利用して……こうすればっ!」

 

「あ……!」

 

 俺は右手にウルトラストップウォッチ、左手に取り寄せバッグを握り、左手でバッグを開いて右手を突っ込み、ウルトラストップウォッチでドクロウ(骨)に触れたことを確認したらすかさず右手を離してバッグをポケットにしまう。

 渡航機の映像を見ていたドクロウは目を見開いている。そりゃそうか。いきなり分身の傍に変な空間(穴ぼこ)が開いて、そこから変な手がニュッと現れて一瞬で消えたら誰だって驚くよな。

 『ストレートホール』や『どこかな窓』を使っても良かったが、前者は少し大袈裟な気もするし、後者は小さすぎてウルトラストップウォッチの出し入れが出来ないと考えたのだ。

 いや、どこかな窓については『ビッグライト』や『スモールライト』を併用するという手もあるが、やはり取り寄せバッグが一番手っ取り早い。

 

『む……んん!? 我が分身!? それに隣の少年は……』

 

 ドクロウ(骨)が俺とドクロウ(人間)を見て驚いている。どうやら彼女はたった今、自身の時間停止が解除されたことに気がついていないらしい。それだけではなく、地獄の時間が止まっていることも気がついていないようだ。

 マッドウォッチではなくウルトラストップウォッチを使ったお陰で、ドクロウ(骨)は俺が狙っていた通りの反応をしてくれた。これならリミュエルの時のような騒ぎになることは無いはず……多分。

 

「……なるほど。お兄ちゃんがこの鞄を使った理由が分かったよ」

 

「理解して貰えたみたいで良かった」

 

 先程話した取り寄せバッグの説明と、渡航機に映し出されているドクロウ(骨)の映像だけで、ドクロウは俺が何をしようとしていたかを全て把握してくれたようだ。やはり記憶復活後のドクロウは頼もしいな。原作の香織編でも桂馬の心強い味方だったし。

 

『……こちらからは連絡が取れず、お前に万が一のことがあればどうしようかと思っていた。だが、無事な姿を見られて……心底安心した』

 

「……うん」

 

(万が一のこと? このまま通信が来なかったらヤバかったってことか?)

 

『……そこの少年』

 

「あ、はい」

 

『我が分身を守ってくれてありがとう。本当に、何とお礼を言えば良いことやら……』

 

「いや、まぁ、事情は既に知ってましたし……」

 

『事情……そうか。なら、私のことも……』

 

「はい。駆け魂隊の室長ですよね?」

 

『おぉ、そこまで知っているとは……』

 

 原作(本来)なら、桂馬()がここでドクロウ(骨)からの説明を聞くことになる。しかし俺はドクロウ2人に『原作知識』以外の秘密を伝えると決めている。

 だからこそ、俺はドクロウ(骨)に……こう名乗る。傍から聞けば訳の分からないことを言う奴だと思われるかもしれないが、悪魔であるドクロウなら……!

 

「……初めまして。俺は()()()()()()()()()()()……桂木桂馬と言います」

 

「……え?」

 

『……何だって!? 転生……!?』




 今回の取り寄せバッグの特殊(?)な使い方は『南極カチコチ大冒険』のオマージュです。


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第26話

 お兄ちゃんの口から発せられた『転生』という言葉……それはあまりに予想外で、私達2人はどう反応して良いか分からなくなる。

 確かにお兄ちゃんは、超常現象を簡単に引き起こせるひみつ道具(アイテム)を持っている。だからこそ、普通の人間では無いことは予想していた。

 けれど、その正体が『異世界からの転生者』だったのは流石に想定外だよ。いくらお兄ちゃんが話してくれていることでも、それは……

 

「……どういう、こと?」

 

「そのままの意味。俺は元々、こことは違う世界で生まれ育ったんだけど……運悪く死んでしまった。かと思えば、とある神様が目の前に現れて……この世界に再び生を与えてくれたんだ」

 

『とある神様……まさか、ユピテルの姉妹か?』

 

「いえ、違います。この世界に存在する神々とは、全く持って違う異世界にいる神様……だと思います。俺も正確には分からないんですが、少なくともユピテルの姉妹で無いことは確かです」

 

「『…………』」

 

 私達でさえ把握出来ていない、異世界の神……そんな得体の知れない存在が、お兄ちゃんを転生させた……? ますます訳が分からなくなっていく。

 

『……単純に、前世の記憶を保持している……という訳では無いのだな?』

 

 地獄にいる私がお兄ちゃんに投げかけた質問の意味……()()()だからこそ意味が分かる。向こうの私が活動している地獄……冥界では、死者の魂を保管し、浄化した上で天界に送り届けている。

 浄化するとは言っても、稀に浄化が不完全なまま天界に送り込まれてしまうこともある。その魂が、再び人間に与えられると……前世の記憶が残っていたり、何かの拍子で蘇ることがある。

 でも、そんなことは本当にレアケースで……仮にお兄ちゃんが話していることが真実であると仮定したら、魂の浄化不足による前世の記憶保持という前提は崩れ去ってしまう。

 何故なら、前世の記憶を持っているだけなら……『異世界の神から転生させて貰った』等という話が飛び出てくるはずが無い。せいぜい、前世で歩んだ人生の記憶か、冥界や天界で魂を弄られた記憶を持っているだけのはずだから。

 

「……はい」

 

「じゃあ、本当に……別世界の神様の力で……?」

 

「そういうことになる。そして、こっちのドクロウは既に知ってると思うけど、俺が普段使っているひみつ道具も……神様から与えられたものなんだ」

 

「えぇっ!?」

 

 お兄ちゃんの言葉に、私は再び驚愕する。ずっと不思議に思っていた、ひみつ道具の正体が……まさか、こんな形で明らかになるなんて……!

 もしかして、さっきお兄ちゃんが『後で話す』と言っていた秘密って……転生したことと、ひみつ道具の正体についての話だったの……!?

 しかもそれが『神様から与えられた』って……どこまで衝撃的事実を並べれば気が済むの? 私の頭が理解することを諦めそうになってきたんだけど……!?

 

『ひみつ道具?』

 

 地獄にいる私は、唐突にひみつ道具という単語が出てきたせいで首をかしげている。当然と言えば当然。だって、向こうの私にはまだ説明していないから。

 

「あ、すみません。こっちのドクロウには伝えてあるんですけど、そちらのドクロウさんにはまだ話していませんでしたっけ。

 こっちのドクロウにも改めて説明するけど……転生した後、すぐに死んでしまうことが無いように、1つだけ凄い力を与えられました。

 それが今言った『ひみつ道具』で、簡単に言うと色々なことを可能にするアイテムなんです。それこそ、普通の人間には不可能なことでさえ」

 

『……本当なのか? 我が分身よ』

 

「……うん。お兄ちゃんのひみつ道具……本当に凄いよ。今だって、ひみつ道具のお陰で……私達以外の時間が止まってるくらいだから」

 

『……は?』

 

「もしかして、まだ気がついてないの? 試しに部下や駆け魂隊に連絡を取って……いや、外を見て来た方が早いかも」

 

『……す、すぐ戻る!』

 

 地獄の私が渡航機の映像から姿を消した。私やお兄ちゃんが言ったことが本当かどうかを、部屋の外の様子を見て確かめに行ったのだと思う。

 

「……向こうのドクロウ、俺を味方だと信じてくれたら良いんだけど……」

 

「それは大丈夫だと思う。私の記憶と『球』の力が復活した時点で、お兄ちゃんは……向こうの私にとって、信頼に値する人だから。

 万が一、向こうの私がお兄ちゃんを疑うようなら……私も一緒に説得する。だから安心して、お兄ちゃん」

 

「……!」

 

(ドクロウ……)

 

『はぁっはぁっ……!』

 

 お兄ちゃんと話していると、息を切らした地獄の私が渡航機の映像に現れた。どうやら部屋の外を見て回って来たらしい。

 

「おかえり。どうだった?」

 

『……周りの悪魔達が全員止まっていた。声をかけても、体を揺すっても……何1つ反応しなかった。まさか、本当に君が……?』

 

「はい。この『道具』を使って、俺達以外の時間を止めました」

 

『……赤い懐中時計?』

 

「これは『ウルトラストップウォッチ』と言って、周りの時間を完全に止めることが出来る道具です」

 

『…………』

 

 地獄の私が絶句している。記憶を失っていた私でさえ驚いた程だから、地獄の私からしてみれば……頭の中が真っ白になっていると思う。

 

『……わ、我が分身よ』

 

「……何?」

 

『お前……とんでもない少年に助けられたな……』

 

「……うん」

 

 声が震え、話すことさえままらない程に動揺している地獄の私。でも、気持ちは分かる。私だって、事前に知らされていなければ……2人揃ってこうなっていたかもしれない。

 

『……け、桂馬君。どうして、その……時間を止めたのかね……?』

 

「ひみつ道具の情報が外部に漏れないようにする為です。このウルトラストップウォッチだけでも、サテュロスや正統悪魔社(ヴィンテージ)の手に渡ってしまえば……恐らく、あっという間に三界制覇されてしまうでしょう」

 

『っ!? ヴィンテージはおろか、サテュロスや三界制覇のことも知っているのか……』

 

「……はい」

 

「やっぱり、未来の私達から知らされて……」

 

 お兄ちゃんが球を持っている以上、何かしらの形で未来の情報を持っているはず。何故なら、それこそが地獄の私が考えた()()()()だから。

 

「……実は、そのことについても話がある」

 

「『え?』」

 

「俺は……未来から来た訳じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

「……!?」

 

『ど、どういうことだ!? 君はその球を持って、未来から遡って来たのでは無いのか!?』

 

「……神様は俺を、無作為に選んだ世界へ転生させたので……この世界がどんな歴史を辿るのか、最初は分からなかったんです。仮に世紀末のような荒廃した世界だとしたら、転生してすぐに死んでしまう可能性もあります。

 流石にそのような事態は避けたかったので、この世界が辿ることになるであろう未来を、事前にひみつ道具の『タイムテレビ』で調べてみたんです。あ、タイムテレビというのは過去や未来の、どんな場所でも見ることが出来る道具です。

 そして調べている内に分かったんです。サテュロスやヴィンテージが恐ろしい計画を企てていて、このままでは人間界どころか、地獄や天界を含めた世界全体が危機に晒されるということを。

 同時に、新悪魔やユピテルの姉妹等といった、三界制覇を食い止める上で重要となる人々の存在も知ったんです。そして人間界を守る為には、悪魔や女神の方々と協力することが必要不可欠ということも分かりました」

 

(リミュエルの時は転生についてを話せなかったから、不自然な説明になったけど……ドクロウ2人になら、俺が転生した事実を説明に組み込めるから、多少は説得力を持たせることが出来た……と思いたい)

 

『……なら、君が球を持っている理由は?』

 

「こちらのドクロウを保護した日、何故か部屋に置かれていたんです。最初は驚きましたが……恐らく未来の俺かユピテルの姉妹が、球だけをこの時代に送り込んだのだと思います」

 

「……現時点でお兄ちゃんが未来を知っている以上、未来のお兄ちゃんが過去に遡る必要は無い。ひみつ道具や女神の力で球だけを過去に送り込めば済む話……という訳だね」

 

「そういうこと」

 

 転生という言葉だけは未だに驚いているけど、それ以外は納得した。転生したにも関わらず、すぐに死んでしまったら話にならない。

 それに無作為ということなら、お兄ちゃんにとっては……ここは未知の世界で、本当に何が起こるか分からない。だとしたら自分の死を回避しようと動くのは当然と言える。

 でも、私のことだけじゃなく……まさかヴィンテージやサテュロス、それどころかユピテルの姉妹のことも知っていたなんて……

 

『……事情は分かった。正直、まだ理解が追いついていないが……何はともあれ、我が分身を助けてくれてありがとう。一歩遅ければ、こうして君が現れる前に……彼女は消滅していたかもしれぬからな』

 

「いえ……ん? 消滅?」

 

『そうだ。君は既に知っているのだろう? 私の体に染みついた残留魔法のせいで、分身を作り出すことに失敗したことを」

 

「……!?」

 

(えっ、何それ!? そんな設定、原作にあったか!? 初耳だぞ!?)

 

「……お兄ちゃん?」

 

「あ、そ、その……そこまで詳しい事情は知りませんでした。俺が知ってるのは、大まかな歴史や出来事だけなので……」

 

『そうなのか? なら、この際だから話しておこう。君が言っていたように、サテュロスやヴィンテージは三界制覇を実現させることを諦めていない。

 そんな中、私はある情報を得た。ユピテルの姉妹が狙われているという情報だ。この情報については……知っているか?』

 

「はい」

 

(ここは原作通りか……少し安心した)

 

『なら話は早い。情報を得た私は、サテュロスから女神達を守る為の秘策を考えた。それをいつ実行しようかと考えている中、数ヶ月前……奴らが行動を起こすかもしれないという話を聞きつけた。

 私は慌てて秘策を実行し、球と渡航機、番人(ドクロウ)を作り出そうとした。幸い、渡航機は無事に作り上げることが出来たのだが……番人と球は上手くいかなかった。正確には、作り出した時点で問題が起こってしまったのだ』

 

「問題?」

 

「…………」

 

 今の私なら理解できる。地獄の私の失敗……そのせいで、私は生み出された時に記憶喪失になっていた。それどころか、心の中も闇で覆い尽くされていた。

 

『君は……アルマゲマキナという戦争は知っているか?』

 

「……新悪魔と古悪魔(ヴァイス)の大戦争、でしたっけ」

 

『その通り。私はその戦争で、体に強い魔法を浴びてしまった。そのせいで、こんな骨だけの体になってしまったほどだ。元々は、我が分身のように美しく綺麗で……』

 

「……?」

 

(強い魔法? 戦争で骨の体になったのは知ってたけど……もしかして、原作で描かれなかった裏側の事情か?)

 

『っと、話が逸れたな。その魔法は非常に強力で、今でも私の()や地獄の地表に残っているほどだ。そして……その魔法は、分身にまで牙を剥いた』

 

「……!」

 

『私の体に宿っている魔力を使い、分身の肉体を構成しようとしたのだが……残留魔法が混ざってしまい、分身の意識が暴走してしまった。

 それどころか、分身と共に作り出した球にも魔力が宿らず……人間界に生み出した分身と、連絡さえ取れない状態となってしまった……』

 

「……残留魔法のせいで、私の記憶と意識は破壊された状態だった。それどころか、戦争のトラウマだけが刺激されて……生み出された直後の私は、自殺することしか考えていなかった」

 

「……そう、だったのか」

 

(原作でドクロウが全てに絶望して、自殺しようとしてたことには……そんな理由があったのか)

 

『渡航機は私の魔力を使うことなく、純粋に技術だけで作り上げたから無事に完成した。しかし分身と球は、私の魔力を使う必要があった為に……こんなことになってしまった。

 せめて地獄で分身を作り上げていれば、こうなることを回避出来たのかもしれないが……奴らの目を欺く為に、人間界で生み出してしまったことが失敗だったのだ。

 魔力による遠隔操作で、地獄から人間界に私の魔力を供給して分身の肉体を構成しようとしたのだが……それが災いし、私の体に染みついた残留魔法まで流れ込んでしまい、あのような結果となってしまった』

 

「……もう少しで、私は自分で自分の命を絶ち続けて……最期には、私の体そのものが消滅していたかもしれない」

 

「……!」

 

 いくら私の体が頑丈で、膨大な魔力が宿っていたとしても……自殺未遂を繰り返していれば、いずれは朽ち果ててしまう。いや、体より先に精神がやられていたと思う。

 心を破壊し尽くした残留魔法が、今度は私の肉体を食らい尽くし……肉体に注がれていた魔力の全てが失われ、私の肉体を構成出来なくなり……消滅していたかもしれない。

 

『だが、そこに……君が現れた訳だ』

 

「……俺が」

 

「そう。あの時、お兄ちゃんが来てくれたから……私は絶望の闇から抜け出して、正気を取り戻すことが出来た。お兄ちゃんが助けてくれたお陰で、今の私がある」

 

「…………」

 

『……もう一度礼を言わせて欲しい。我が分身を……人間の私を救ってくれて、本当にありがとう』

 

「お兄ちゃん、私を絶望から救い上げてくれて……ありがとう。貴方がいてくれたから、私は……」

 

「……ドクロウ」

 

(感謝されること自体は、凄く嬉しい……でも、その言葉を素直に受け止められない。俺がドクロウを助けたのは、原作の桂馬が助けたキャラクターだからに過ぎない。

 だから、俺は感謝されるような存在じゃない……けれど、それを伝える訳にはいかない。『原作』のことは、現時点でのドクロウ達には……まだ話すことは出来ない。

 でも、全てが終わってから……原作の事件を解決したら、何もかもを打ち明けると決めている。ドクロウには幻滅されてしまうかもしれないけど……それでも、俺は向き合わないといけない。

 望んでいたことでは無いにしろ、俺は原作桂馬の人生全てを奪う形で転生してしまっている。だからこそ、それくらいの罰は……受けて当たり前だと思うから)

 

『……私は、君の話を全面的に信じようと決めた。君は……桂馬君は、秘策を抜きにしても、我が分身の命の恩人だ。そのような人を信用出来ないようでは、新悪魔失格だろう』

 

「……!」

 

『何か困ったことや、して欲しいことがあれば……遠慮無く申し出て欲しい。全身全霊をかけて、君に協力すると約束しよう』

 

「……私も。お兄ちゃんはひみつ道具を使えるから、困ることは無いかもしれないけど……私に出来ることなら、何でも力になるから」

 

「……ありがとう。俺も、こうして関わったからには……人間界はもちろん、地獄や天界を救う為に……全力を尽くす」

 

 地獄の私は、お兄ちゃんを味方だと信じてくれた。それどころか、全面的に協力すると約束してくれた。良かった……お兄ちゃんが困るような事態にならなくて。

 もちろん私は、記憶を取り戻した時からお兄ちゃんの為に行動すると決めている。命を救ってくれた人に協力を惜しまないのは、当然のことだと思うから。

 

『ただ、こんなことを言うのは厚かましくて恐縮なのだが、球を持つ者である以上……桂馬君には、何としてでも女神を守ってもらいたい』

 

「分かってます。そのことも踏まえて、俺はこうして貴女達にひみつ道具や転生のことを打ち明けましたから」

 

『……そうか。本当に感謝してもし切れないよ。ところで、桂馬君が与えられたひみつ道具についてだが……具体的には、どのようなことが出来る?』

 

(時間を止める等という出鱈目なことを実現させているとなると……最低でも、ユピテルの姉妹が起こす奇跡と同等の現象を引き起こすことは出来そうだが……)

 

 確かに、それは私も気になっている。お兄ちゃんは『どこでもドア』や『取り寄せバッグ』といった空間に干渉する道具や、ウルトラストップウォッチのような時間に干渉する道具を持っている。

 お兄ちゃんがひみつ道具を本気で使ったとしたら、一体どれほどの超常現象を引き起こすことが出来るのかは、私もまだ知らない。どんなことを言われても驚かないよう、心の準備だけは……

 

「……その気になれば、何でも出来ます」

 

『……は?』

 

「何でも……?」

 

「うん。ドクロウにも、まだ見せたことが無い道具が一杯あるんだけど……ひみつ道具の中には無害で便利な物もあれば、そもそもが危険な道具、そして普通に使えば便利でも、使い方を間違えると危険な道具といった感じで、数や種類が沢山あるんだ」

 

『た、例えば……?』

 

「そうですね……まずは無害で便利な物から。『これ』です」

 

「あ、知ってる。『グルメテーブルかけ』だよね」

 

『グルメテーブルかけ?』

 

「このテーブルかけに食べたい物を注文するだけで、何でも作って出してくれるんです。味も絶品で、この道具さえあれば食べて生きていくことには困りません。それに美味しい食べ物を出すだけなので、むしろ悪用する方が難しい道具と言えます」

 

「うん。この前食べたご馳走も凄く美味しかった」

 

『……材料も何も無しに食料を生み出す技術は凄まじいが、確かに平和利用しか出来ない道具だな』

 

「次にそもそもが危険な道具を見せます。俺自身、絶対に使うつもりは無いんですが……『この道具』は特に危険ですね」

 

 お兄ちゃんはポケットから、『黒くて丸い物体』を取り出した。一見、ただの黒いボールにしか見えないけど……お兄ちゃんの道具だから、きっと凄まじい効果があるのかも。

 

『何だそれは?』

 

「これは『超高性能爆弾』と言って、スイッチを押すと惑星1つが木端微塵になる程の大爆発を起こします」

 

(声優交代後の『ドラえもん』に登場したアニメオリジナルの道具だけど、こんな危険物、本当なら出すだけでもヤバい代物だよなぁ……普段なら絶対に出さない道具だ。

 アニメでは一応『地球に隕石が迫って来た時、その隕石を破壊する為の道具』と説明されてるけど、そもそもこの爆弾、ドラえもんが出した道具じゃないんだよな。

 確か時間犯罪者が盗んで来た道具だったはず。なのにポケットに入ってると分かった時は、本当にびっくりしたよ……もちろんこんな物騒な道具、死んでも使わないつもりだが)

 

「えっ!?」

『何っ!?』

 

 思った以上に危険な道具だった!? あ、危ないよお兄ちゃん!? 早くしまって! それをポケットにしまって!? お願いだから!!

 

「ちなみに、この道具と全く同じ効果の『地球破壊爆弾(22世紀のネズミ捕り)』もあります。危険過ぎて使い道がありませんが」

 

「絶対出さないで!?」

『絶対に出すなよ!?』

 

「もちろん分かってます。先程の超高性能爆弾も、あくまでも説明の為に出しただけですから」

 

(そもそも、こんな物騒な道具を普通に購入して持ってるドラえもんがおかしい)

 

『はぁはぁ……ま、まさかひみつ道具というのは、それほどに危険な物ばかりなのか……?』

 

「いえ、そういう訳では無いんですが……最後は普通に使えば便利でも、使い方を間違えれば大変なことになる道具を見せます。さっき説明したウルトラストップウォッチも当てはまりますが……『この道具』を見て下さい」

 

「……時計模様の布?」

 

「これは『タイムふろしき』と言って、包んだ物や被せた物の時間を進行させたり、逆行させることが出来る道具なんだ」

 

『……進行は良いとして、逆行?』

 

「はい。本来は、壊れてしまった物の時間を戻して新品にしたり、植物の種の時間を進めて瞬時に花を咲かせる等といった、無害な目的で利用する道具です。他にも、瀕死の重傷を負った人間の時間を戻すことで、元気な状態にまで回復させることも出来ます」

 

「今の説明だけを聞けば、かなり便利な道具だけど……何か裏があるの?」

 

「裏と言うより、特殊な使い方だな。この道具を使えば、人間の年齢を操作することも出来る。しかも人間や動物の場合、時間を操作しても記憶や精神には一切の影響を与えず、風呂敷を被る前の記憶が保持されるんだ。この性質を利用すれば、誰でも簡単に不老不死の肉体を手に入れることが出来てしまう」

 

「『……え?』」

 

 不老不死……まさかの単語に、私達は再び驚愕する。地獄や天界でも、その方法を確立させることは禁句とされてきたのに……お兄ちゃんは、それを風呂敷1枚で……!?

 

「それだけじゃない。この道具の恐ろしい所は……遺体に被せて時間を巻き戻せば、死者蘇生すら可能にしてしまう所だ。それどころか、生きている人間に被せて時間を進行させることで、瞬時に遺体にするといった人の命を奪う殺傷武器にもなり得る」

 

「『なっ……!?』」

 

「極めつけは、生きている人間の時間を()()()()()()()……()()()()()()()()()、すなわち()()()()まで戻し、()()()()()()()()ことも出来てしまう。こうなると、人の命を奪った証拠すら残らない。いや、それどころか、単純な殺害よりも残酷な方法で人を葬る恐ろしい兵器と言えるかもしれない」

 

「『…………』」

 

 私達は再び絶句する。不老不死を可能にするだけでも凄まじいことなのに、挙句の果てには死者蘇生、それに存在の末梢まで……頭の中が真っ白になる。

 お兄ちゃんのひみつ道具は、間違いなくユピテルの姉妹が起こす奇跡を超えている。こんなこと、いくら女神達の力を持ってしても……不可能では無さそうだけど、そう簡単に実現出来ることでは無い。

 増してお兄ちゃんの場合、それほどの奇跡をリスク無しで、代償等を一切必要とせず、まるで日常品を使う感覚で手軽に実現出来てしまう。もう、どこから突っ込めば良いか分からない。

 

「尤も、使い方次第で危険な道具になるというのは、何もひみつ道具に限った話ではありませんが。例えばダイナマイトは、正しく使えば穴を掘って道を作る道具として使えますが、戦争では人の命を奪う武器として使われてしまいました。

 先程も言いましたが、タイムふろしきも本来の用途は壊れた物の修復ですし、人命を救う道具として活用することが出来ます」

 

「『…………』」

 

 ……確かに、開発したことが罪と言えるほどの危険物でも無い限り、技術そのものに善悪は無い。技術というものは、使う人次第で不可能を切り開く画期的な手段にもなれば、多くの生命を殺める殺戮兵器にもなる。

 これは人間界でも、悪魔達が暮らしている地獄でも揺るがない事実。だけど、それを踏まえた上でも……お兄ちゃんが出す道具は、使い方を間違えた場合の効果が常識を覆し過ぎているような気がする。

 

「他にも、正しく使えば無害でも、使い方を間違えると危険な道具が……」

 

『ま、まだあるのか!? 分かった! 十分に理解したからもう勘弁してくれ!』

「お、お兄ちゃん! それ以上はやめて! 理解が追いつかなくなるから!」

 

「え? は、はい……すみません」

 

(本当はもっとヤバい道具が沢山あるけど、これ以上言うのは止めておいた方が良さそうだ。ドクロウ達がパニックを起こしかけてるし……)

 

『……け、桂馬君が時間を止めてまでひみつ道具の存在を隠蔽する理由が分かった。確かに危険過ぎる……他者にその情報が漏れれば、本当に洒落にならないことになる……!』

 

「……傍で見てる時は、凄い道具くらいの認識だったけど……まさか、そこまで……」

 

(本当に、お兄ちゃんが味方でいてくれて良かった……! もし敵だったらと思うとゾッとする……)

(本当に、桂馬君が味方でいてくれて助かった……! 万が一、我々の敵に回っていたとしたら、新地獄は確実に詰んでいた……!)

 

『そ、それにしても……桂馬君は、それほどに強力な道具を悪用しようと思わなかったのか?』

 

「……!」

 

「……地獄の私。お兄ちゃんのこと、信頼したんじゃなかったの?」

 

『いや、それはそうだが……転生し、異世界の神から強力な力を与えられたとなると……普通の人間なら、その力に溺れてしまってもおかしくない。

 だが桂馬君からは、どうもそのような悪意を感じない。だからこそ、逆に気になった。桂馬君、君は……どうして、ひみつ道具を悪用しようとしなかったんだ?』

 

「……そんなこと、出来る訳がありません。俺は……」

 

(望んでいなかったとはいえ、原作桂馬の人生を横取りする形で転生してるんだぞ? ただでさえ俺は外道と言われても仕方ない存在なのに……

 神様から与えられただけに過ぎない力を振りかざして、原作キャラに迷惑をかけるだなんて……そんなこと、出来る訳が無い。

 それに、俺が原作キャラを救う為に行動しなければ……いずれ世界が破滅してしまうことは『○×占い』が証明している。

 だからこそ、償いとして……この世界で起こる事件を、桂馬の代わりに解決しなければならない。それが俺に出来る、桂馬への……せめてもの手向けだから……)

 

「……っ、いえ、人間界が狙われると知ってしまった以上、道具を悪用なんかせず、自分の命や世界を守る為に使おうと考えたからです」

 

『……そうか』

 

(転生したということは、彼は見た目より年齢を重ねているはず……だとしても欲に負けず、ひみつ道具(超人的な力)に溺れていないとは……何と素晴らしい! 今時、このような人間がいたとは……!)

 

「お兄ちゃん……」

 

(理由を説明した時の、お兄ちゃんの表情……一瞬だけ、暗くなったような……)

 

「…………」

 

(本当は、こんな模範的な理由じゃない。だけど、ドクロウ達にはまだ『原作』のことを話さないとなると……自分でも綺麗事だと思うけど、こう答えるしか無い。

 でも、原作の事件を全て解決してからは……さっきも考えたが、ドクロウ達に全てを打ち明けるつもりだ。俺が桂馬の人生を奪ってしまったことを……桂馬の代わりに動いていたに過ぎないことを……)

 

『……一応聞いておくが、現時点で桂馬君のひみつ道具を使って、サテュロスやヴィンテージを何とかすることは……』

 

「……可能ですが、あえてやりません。俺がタイムテレビで見た未来はデリケートで、少しでも変な行動を取ると……歴史が大きく捻じ曲がる可能性があるんです。

 少なくとも、以前確認した未来ではサテュロスやヴィンテージは健在でした。つまり、この時点で彼らを拘束することは……危険が伴います」

 

『やはりそうか……』

 

(もしそれが出来れば、桂馬君もわざわざ奴らを泳がせるようなことはしないか……そもそも、私の秘策の内容も今まさに桂馬君が言ったことが当てはまるからな……)

 

「…………」

 

(本当は原作の流れを崩したくないからだけど、そのことはまだ言えないし……結局はリミュエルの時と同じ説明をすることになっちゃったな。原作通りなら、一応サテュロスやヴィンテージは10年後も健在のはずだし、嘘にはならない……よな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お兄ちゃん、ごめんね?」

 

「え?」

 

 俺とドクロウはドクロウ(骨)との通信を終わり、どこでもドアで自宅に戻っていた。時間停止を解除しようとしたところに、ドクロウが話しかけてきた。

 

「お兄ちゃんを……人間界を、地獄のいざこざに巻き込んじゃって」

 

「……!」

 

 そうか……ドクロウは、室長としての責任を感じているのか。無理も無い。俺もドクロウの立場なら、人間界や天界が巻き込まれそうになっている現状をどうするかで頭を悩ませていると思うし。

 

「……気にしなくて良い。ドクロウのせいじゃ無いんだから」

 

「でも……」

 

「悪いのはサテュロスやヴィンテージだし、ドクロウが気に病む必要は無いって。世界を守るって言ったからには、俺も力になるからさ」

 

「……お兄ちゃん」

 

 ドクロウ(骨)が味方についてくれたお陰で、地獄に対する行動はかなり取りやすくなったと言えるだろう。俺が多少ミスをしでかしても、ドクロウ(骨)がフォローしてくれる。

 それと同時に、俺もドクロウ(骨)に協力しやすい立場となった。ひみつ道具の存在を知ってくれている味方というだけでも、俺にとっては非常に心強い存在なのだ。

 

「……ところでお兄ちゃん。お姉ちゃんには、どう振る舞えば良い?」

 

「……え?」

 

「だって、私は今まで記憶を失っていたから……色々と怪しまれないよう、記憶を失ってるフリをした方が……」

 

(……なるほど)

 

 ドクロウからすると、天理は記憶を失っている時に出来た友達で……悪魔としての自覚を取り戻した今は、どう接すれば良いか分からない訳か。

 でも、それはむしろ俺の狙い通りだ。そもそも俺は天理に、ドクロウが特殊な人間であることは既に伝えている。理由はもちろん、天理に全てを打ち明ける時、スムーズに理解してもらう為だ。

 しかし現時点で話すのは早過ぎる。天理に何もかもを打ち明けるのは女神(ディアナ)が宿ってからだと決めている以上、ドクロウにはしばらく黙っていてもらう必要がある。

 

「……とりあえず、しばらくは天理に対して、記憶が戻ってないフリをしていて欲しい」

 

「……うん、分かった」

 

 記憶を取り戻したドクロウなら、俺なんかとは違って変なポカをやらかす心配は無いだろう。頭の良い天理でも気づかないほど自然な演技をしてくれると信じている。

 本当なら、ドクロウには事前に香織編で起こる事件のことを伝えておいた方が良いのかもしれない。しかし、相手はあの香織だ。例えドクロウが優秀でも、少しでも怪しまれれば厄介なことになりかねない。

 となると『敵を欺くにはまず味方から』理論で、天理とドクロウには香織が事件を起こすことを、まだ伝えない方が良い……と思う。本当に、隙を見せたら最後と考えておいた方が良いはずだ。

 それにしても、もう少しで天理に女神(ディアナ)が宿ることになるんだよな……その時はどうやって説明しよう。女神(ディアナ)が駆け魂と共に、心に入り込むと説明するのも……ん? ()()()

 

「あ、忘れてた」

 

「どうしたの?」

 

駆け魂(これ)、向こうのドクロウに処理してもらおうと思ってたのに……」

 

 俺はポケットから『四次元ペットボトル』を取り出す。中には香夜子に憑りつくはずだった駆け魂が保管されている。

 

「……駆け魂?」

 

「数年前、うららの母親に憑りつこうとしてたところを確保したんだけど……俺が勝手に地獄に送り届ける訳にもいかなかったから、こうしてずっとポケットにしまってたのを忘れてて……」

 

「…………」

 

(お、お兄ちゃん……駆け魂隊でも無いのに、ひみつ道具で駆け魂を勾留してたんだ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……新悪魔達や天界の様子はどうだ?」

 

「見事に()()()()計画を我々の計画だと誤解しています」

 

「そうか。()()計画さえ知られなければ、奴らを欺くのは容易い。だが、欺くのは新悪魔だけでは無いことは分かっているな?」

 

「それはもちろん。しかし、どうします? 奴らが表向きの計画を疑わないようにするには、やはりヴァイスの隠れ処を用意しなければなりません。

 人間界の少女をターゲットにするのがベストですが……如何せん、人間界にも警戒すべき存在が潜んでいるらしいですし……」

 

「……仮に脱走地点から比較的近い位置で行動を起こそうにも、派手な動きは出来ないか」

 

「えぇ。その存在に悟られれば、いくら我々の力を持ってしても……」

 

「……相手は異空間を作り出せるかもしれない奴だ。となると、常識では考えられない力を持っていることも考慮しておかねばならん」

 

「となると、迂闊なことは出来ませんね……増してどこにいるか分からないとなると、こちらも動きづらくて仕方ない……」

 

「仮にそいつが新悪魔なら、こちらの動き方次第で騙すくらいのことは出来るだろう。しかし、人間界にいる存在ではな……」

 

「とりあえず、理想を言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、尚且つ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()必要があります」

 

「かなり厳しいが……不可能では無いな」

 

「何か名案が?」

 

「既に行っているが、技術の強化を進めることだ。新悪魔のような腑抜け共を上回る技術を確立し、同時に隠蔽技術にも力を注がなければならない。新悪魔だけでなく、人間共にも気づかれないようにせねば」

 

「地獄のエネルギーは、我々が裁量を握っていると言っても過言ではありませんからねぇ。そのお陰で……」

 

「口を滑らせるなよ? 防音結界を張っているとはいえ、誰が聞いているか分からないからな」

 

「もちろんですとも。ところで、少女の中にはスキマだけでなく……闇を抱えた奴もいるでしょう。どうせなら、そいつを()()()()と言うのは?」

 

「ふむ……やるとしたら、しばらくの観察は必要だろうな。その相手が警戒すべき存在で、こちらの目的が知られれば厄介なことになる」

 

「確かに気をつけないといけませんねぇ。表向きの計画の実行より少し前から、()()でも探しておきましょうか」

 

「あぁ。そして、以前から言っているように……この表向きの計画の情報を、地獄にそれとなく流し続けろ。決して真の計画を悟られるな」

 

「分かりました。ですが、やり過ぎれば表向きの計画が邪魔されるのでは?」

 

「構わん。封印さえ解いてしまえば、後はこちらのものだ。我々が手を出さず、どこかに脱走したヴァイスは放っておいても適当な少女の心に潜む。そいつらが勝手に暴れてくれれば我々としても好都合だ。それだけじゃない。真の計画のカモフラージュとして……そして、少女の中で育った強力なヴァイスを……」

 

「なるほど……ですが、そういうことなら封印解除だけは何としても邪魔される訳にはいきませんね」

 

「あぁ。しかし、リスクだけでなくメリットもある。地獄に情報を流した上で、我々の表向きの計画が少しでも()()()()()()()に邪魔されたとすれば……その地区に、警戒すべき存在がいることが確定する」

 

「……そいつの居場所をある程度絞れるという訳ですね」

 

「そうだ。もちろん無駄な警戒で終わる可能性もあるし、そいつに表向きの計画がバレるリスクはある。だが、そいつの居場所を絞ることが出来た場合のリターンも決して無視出来るものでは無い。最低でも、封印さえ邪魔されなければ良い。仮にそいつが近くにいることを確認出来た場合、即座に指令を出し封印を解除すれば……」

 

「まぁ、どうせそいつの妨害により仲間が数人犠牲になったところで、いくらでも()()()()()()()な」

 

「……表向きの計画として、隠れ処にする少女の人数は最低限に抑えておく。精々6人が限界だろう。理想を言えば()()()()()()()()()()()()()()し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だが……

 流石に女神は封印解除後にどうなるか分からない。得体の知れない場所に転移するか、我々でも発見出来ないほど弱った状態で眠り続けるか……そういう意味でも、やはりヴィンテージの存在は必要だ」

 

「……女神について確かなのは、ヴァイス達と共に眠っていることだけですね」

 

「その女神も封印で弱っているのは間違いないだろう。最悪、女神は後回しでも良い。何よりも、そいつに真の計画を悟られず、尚且つ表向きの計画を遂行し……あわよくば、奴の居場所を絞ることだ」




 ドクロウについての補足ですが、『ドクロウ(骨)に残留魔法が染みついていて、分身生成と球生成に失敗した』というのは完全に独自設定です。
 原作ではドクロウ(人間)が桂馬と出会ったばかりの時、彼女が持っていた球が機能せず、彼女自身も記憶喪失で全てに絶望していた理由は不明……だったと思います。見落としていたらすみません。
 そこでドクロウ(人間)が記憶喪失になっていた理由を『ドクロウ(骨)の体に残留魔法が残っており、分身に悪影響を及ぼしてしまった』という設定にしました。
 また、ドクロウ(人間)は原作で『球は2人で作った』と言っていますが、初期状態のドクロウ(人間)だと球を作る以前の問題だと思ったので、球についても『ドクロウ(骨)に染みついた残留魔法の影響で失敗した』という設定にしました。

 冥界と天界による魂と前世の記憶についての話も独自設定です。
 原作では冥界が『魂の浄化及び保管場所』で、天界が『魂を再び人間に与える場所』とされていますが、もしかすると何かの手違いで前世の記憶が消し切れなかったりすることもあるのではと思い、主人公に合わせてこのような設定にしてみました。


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第27話

「…………」

 

 夕陽が沈んでいく。オレンジ色に染まっていた空は、時間が経つにつれ……次第に青黒くなっていく。私が華やかでいられる時間が終わり、今日も耐え忍ぶ苦痛がやって来る。

 

「……っ」

 

 公園のベンチに座っているだけで、耳障りなノイズが聞こえてくる。楽しげで、正に幸せの真っ只中にいるような……そんな不愉快なノイズが。

 どいつもこいつも、私をあざ笑っているとしか思えない。どうせ何も考えていない、頭の中身は空っぽな馬鹿の分際で……その笑顔を、今すぐ潰してやりたい。

 

「……糞餓鬼が」

 

 馬鹿は皆、私の言いなりにしてやりたい。その幸せを潰し、私が上に登りつめてやりたい。どいつもこいつも、私の足元にも及ばない存在として……

 

(……この小娘か?)

 

(えぇ。数日程観察してみたのですが、少なくとも警戒すべき存在では無さそうです。それどころか、()()()()にはうってつけの闇を……)

 

(……そうか。なら、さっさと交渉して来い。もしダメだったら……分かっているな?)

 

(もちろんですとも。では……)

 

「……はぁ」

 

 そろそろ、戻らないといけない。私にとって、あんな場所を家と呼ぶことすら苦痛だけど……それでも、私には戻るという選択肢しか無いのだから。

 

「……おい」

 

「…………」

 

「ん? 聞こえていないのか? おい、そこ小娘。止まれ」

 

「……何ですか? 不審者なら大声を出しますよ」

 

 糞餓鬼共の甲高いノイズとは違った、低い声が響いてくる。誰よ、こいつ……私、こんな変質者に喧嘩を売られるような真似は……

 

「お前、この現状に不満を抱いていないか?」

 

「……は? いきなり何言ってるんです?」

 

「我々に協力してくれれば、お前が望むことを実現出来るぞ?」

 

「……ふん」

 

 変質者どころでは無い。馬鹿を通り越して、関わってはいけない奴だった。こんな怪しい男の言うことなんか無視して、この場を立ち去った方が良さそうね。

 

「おや、無視か……他者の幸せを踏みにじり、自らの幸せを得たいと思っていたのでは無いのか?」

 

「っ!? ど、どうしてそれを……」

 

 今の話……誰にも言ったこと、無かったはずなのに……! まさかこいつ、ストーカー……? いや、もっと危険な……!

 

「悪魔の手にかかれば、人間の小娘如きを調べることなど容易い」

 

「……悪、魔? 何を言って……」

 

「ふむ、まだ疑っているのか。なら……こうすれば、理解してもらえるかな?」

 

 そう言うと、変な男は半透明の布を体に纏ったかと思うと……私の常識を破壊する、あり得ない現象を見せつけてきた。

 

「……!?」

 

(き、消えた……!? 今まで、確かに目の前にいたはずなのに……)

 

「……どうだ? こんなこと、人間には出来まい?」

 

「…………」

 

「……おい、聞いているのか?」

 

「……少し、だけ」

 

「ん?」

 

「少しなら……話、聞いても……良い」

 

 この男は……少なくとも、周りにいる馬鹿共とは違う。今の透明化、そして……私の考えを知っている。悪魔と名乗る辺り、怪しい所はあるけれど……

 頭の中が空っぽで、傲慢な奴らよりは……多少は信用しても、良いかもしれない。仮にこの男が、本当に悪魔だとしたら……私が考えていることを、実現出来るかもしれない……!

 

「……そうか。なら、もっと詳しく話してやろう。まず、我々の素性と目的から――――」

 

(ふん。所詮は人間の小娘か。こうして我々の羽衣を見せてやるだけで、簡単に興味を引ける。後は上手くこの小娘を()()すれば……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクロウの記憶復活から数日が経った。相変わらず香織は目立った動きを見せておらず、俺は彼女を警戒しながらも天理達と普通の小学校生活を送っている。

 とは言え能天気に過ごしている訳ではなく、授業中は専ら今後のことばかり考えている。そのせいで授業内容が頭に入って来ないが、流石に小学校で学ぶ内容は楽々こなせる。

 あ、そうそう。ずっとポケットに保管していた駆け魂はドクロウと相談して、時間停止を解除する前に『取り寄せバッグ』の特性を利用してドクロウ(骨)に手渡しておいた。

 

「はい、この漢字は『今』と言って、音読みが――――」

 

「…………」

 

(香織の事件はドクロウと一緒に何とかするとして、エルシィがいない分はひみつ道具で穴埋めするしか無いな。特に穴開け機の偽物はあの道具で……)

 

「……?」

 

(桂馬君、手が動いてないなぁ……最近、授業中によく考え事してるみたいだけど……)

 

 原作通りであることを重視すれば、現時点で正統悪魔社(ヴィンテージ)から敵視される訳にはいかない。いや、そもそも『球』がある限り歴史が捻じ曲がるようなことにはならないはずだが。

 それでも目的や方針はしっかり頭に入れて行動するに越したことは無い。無計画で挑み、俺のせいで天理達が被害を負うようなことになってはいけない。それだけは絶対に避けなければならない。

 しかし、うららと美生はともかく、天理と結は結果的に悪魔や女神の騒ぎに本格的に巻き込んでしまうことになる。つまり、天理や結を含む女神の宿主達の心に穴を開ける必要がある訳で……

 

(……せめて、天理には事前に話しておいた方が良いか)

 

 『約束』についてはまだ話せないが、心に穴を開け、女神(ディアナ)と共に駆け魂を入れるような真似を……何も知らない天理に無断で行う訳にはいかない。実際に原作でも桂馬は天理に手紙で事情を伝えている。

 いや、それを抜きにしても、隠し事をしないと決めた以上は天理にしっかり説明しておかないといけない。ただ、それで天理が拒否してしまったら……俺はどうすれば良い?

 まさか嫌がる天理に対し、強引に女神と駆け魂を詰め込むだなんて出来るはずが無い。しかしそうすると原作の流れが変わってしまう。だからと言って、天理の代わりとしてうららや美生に女神と駆け魂を入れる訳にもいかないし……

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

「……!」

 

(チャイム……授業が終わったのか。大学と比べて、小学校の授業は終わるのが早いな……)

 

 チャイムが鳴ったと同時に、今まで静かだった教室に賑わいが出てくる。1日最後の授業が終わったこともあり、放課後に何をして遊ぶか等といった会話が耳に入って来る。

 うららは既に楽しげな表情で俺を見ている。あの顔は恐らく、俺達を白鳥家に招待する気満々ということだ。流石に数年の付き合いなので、それくらいの予想は出来るようになった。

 しかし、こんな穏やかな日常を過ごしていて良いのだろうか? でもこちらから香織やヴィンテージに行動を起こすのも不味い以上、必然的に普通の小学校生活を送ることに……

 

「はい、皆静かに~! 遊ぶことも大事だけど、ちゃんとお勉強もしないとダメですよ? 来週はテストだからね~?」

 

「「「「「「「「えええええっ!?」」」」」」」」

 

 先生が『テスト』と発言した瞬間、教室中の生徒達が揃って大声を上げた。どんな時代、どんな場所でも、子供が勉強とテストを嫌がることは共通事項らしい。俺も前世でそうだったし。

 

「そう言えばそうでしたわ!」

 

「うん……」

 

(……記憶を取り戻した今なら大丈夫。授業内容なら全部頭に入ってる)

 

 それに対して、天理とドクロウは全くと言って良いほど動じていない。確かに納得だ。天理は言わずもがな、ドクロウはドクロウ(骨)の分身だし、頭脳明晰と言って良いだろう。

 うららもテストがあることを忘れていたらしいが、他の生徒達と比べると動揺はしていないように思える。いやまぁ名家のお嬢様だし、普通の子供より成績優秀でも驚かないけど。

 

「ですが今回のテストは少し違います。なんと! 学年別に全生徒の成績を名前付きでランキングにして発表します!」

 

「……?」

 

「へ?」

 

(テストの成績を発表? そんなイベント、原作に……あ、この時期はそもそも原作に描かれてなかったか)

 

「いつも体育では運動が得意な子ばかり目立って、運動が苦手な子が辛い思いをしているでしょう? だからこそ、運動が出来なくてもお勉強が出来る子にスポットを当ててあげたい!

 そう思った先生達が集まって、今回のテストは成績を皆に発表しようということになりました! お勉強が苦手な子も、今回のテストはしっかり復習しないといけませんよ~?」

 

「…………」

 

 なるほど、確かに一理あるな。小学校に限らず、体育は実際に皆の前で行う以上、得意や苦手がはっきりと現れる。それとは引き換えにテストの成績は、名前を晒した上で皆に見られる機会は少ない。

 そう考えると、テストの成績を発表するというのは勉強が得意で運動が苦手な生徒には良い配慮かもしれない。尤も、そもそも目立つことが嫌いな生徒や勉強も運動も苦手な生徒にとっては辛いかもしれないけど。

 

「うらら、猛勉強して1位を狙いますわ! ケイちゃん、天理ちゃん、由梨ちゃん! 一緒に頑張りましょう!」

 

「……うんっ」

 

「お、うららはやる気出たか」

 

「もちろん! やるからには全力で挑んでこそですもの!」

 

 うららは案の定やる気に満ち溢れている。幼稚園の運動会の時からそうだったけど、うららって逞しいと言うか負けず嫌いなところがある。原作でも駆け魂から爺さんを守る為に奮闘していたし、納得と言えば納得だが。

 天理はてっきりうららからの呼びかけに恥ずかしがるかと思ったが、うららの行動に慣れているのか少しだけ微笑みながら返事している。やっぱり天理の笑顔はいつ見ても可愛いなぁ……って見惚れている場合じゃなかった。少しの油断が足元をすくわれるのに。

 ちなみにうららがドクロウのことを『由梨ちゃん』と言っているのは、『なりきりプレート』の『舞島東小学校の1年生』という記述に『桂木由梨』という記述を追記したからだ。いくらなんでも『そこの女の子』呼ばわりは流石になぁ……

 

「…………」

 

「……ドクロウ?」

 

「え……?」

 

「どうしたんだ? 先生を見つめて……」

 

「いや、一瞬……ほんの少しだけ、変な感じがして」

 

「……変な感じ?」

 

「うん。でも、すぐに違和感が無くなったから……気のせいかも」

 

「……そっか」

 

 一瞬、香織やヴィンテージが何かを仕掛けてきたのかと思ったが、それならドクロウがすぐ見破るはず。見たところ、原作の香織編で張られていた結界も無さそうだし。

 香織が悪魔と出会っているかどうかはまだ分からないが、彼女が悪魔と手を組んで事件を引き起こすのはキャンプ前日であることは原作知識のお陰で既に分かっている。

 それに球が点滅していない以上、何か歴史が変わりかねない出来事ということも無いだろう。原作で描かれていない出来事は、球を見て判断すれば間違い無いはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で勉強会ですの!」

 

(うん、まぁこれは予想出来た)

 

 やはりとでも言うべきか、俺や天理、ドクロウは白鳥家にお呼ばれしていた。と言っても放課後の遊びが勉強会に変わっただけだが。

 

「お互いに分かるところや分からないところを教え合って、次のテストで良い成績を出しましょう!」

 

「……相変わらず燃えてるな」

 

「うんっ! うらら、お父様やお母様、お爺様と約束しましたもの! 運動もお勉強も頑張るって!」

 

 うららはやっぱり良い子だ。こんな家族思いの娘を持つことが出来て、正晴も香夜子も、そして爺さんも幸せ者だろう。ただ、原作と違ってませていないのは、両親が生きていることの影響だろうか?

 

「あ、でもケイちゃんの超能力に頼ることはしませんわ! ちゃんと自力でお勉強しないと意味ありませんもの!」

 

「う、うん。私も……出来るだけ、自分で……」

 

(天理もうららも偉いなぁ……小学生時代の俺なら、欲に負けて『コンピューターペンシル』とか使っちゃいそう)

 

 俺はお世辞にも成績が優秀とは言えなかった。小学校はまだしも、高校になると苦手(理系)科目は必死に勉強しても平均点を取るのがやっとだったほどだ。かと言って文系科目も特別出来るという訳ではないが。

 ひみつ道具で不正をするのが良くないことは重々承知であるが、原作の流れを壊さないとなると、俺は原作の桂馬のように全科目満点を維持しなければならないことになる。正直に言うと無理ゲーです、はい。

 小学校までは乗り切れるとしても、中学校、高校と、時間が経てば経つほど好成績の維持が厳しくなっていく。こればかりは心を鬼にしてひみつ道具を使った方が良いのだろうか? でもなぁ……

 どうする? 今から猛勉強した方が良いか? でも俺の頭では苦手科目で高得点を叩き出せるとは思えない。いっそのこと、中学生になったら天理やドクロウに勉強を教えてもらうのも良いかもしれないが……

 

「……桂馬君?」

 

「え?」

 

「大丈夫? 急に黙り込んじゃったから……」

 

「あ、う、うん。大丈夫……」

 

 ……このことはいずれ考えよう。少なくとも、今悩むべきことでは無い。まずは香織が引き起こす事件を何とかすることの方が重要だ、うん。決して現実逃避じゃないよ。ホントダヨ?

 

 

 

 

 

 

 

「ここはこうして……」

 

「なるほど! 分かりましたわ! 超能力だけじゃなくて頭も良いだなんて、ケイちゃんって凄い!」

 

「あ、あはは……」

 

 うららからの尊敬の眼差しが気まずい。本当に気まずい。転生というある種の反則を行っている後ろめたさが心にチクチクと刺さる。実際の俺は人に教えられるほど勉強が出来る訳では無い。

 しかしうららに本当のことを説明出来ない以上、ひたすらこの気まずさに耐えるしか……いや、お願いだからそんなキラキラした目で見ないで。純粋な子を騙しているような罪悪感がぁ……!

 

「……お姉ちゃん、凄い。全問正解だね」

 

「由梨さんも全問正解……勉強、得意なの?」

 

「得意というより、好き……かも。先生の話、聞いているだけで楽しいから」

 

 俺がうららに勉強を教えている横で、天理とドクロウはあっという間に宿題や課題を終わらせている。この2人、下手をすると無勉強でも普通に好成績を残しそうなんだよな。全科目90点以上とか。

 いや、現時点では俺も無勉強で一定水準以上の成績を残せるとは思うが、だからと言って怠けていると原作と同じ高校に入学出来なくなりそうなのが怖い。せめて勉強する習慣は身に付けておかなければ。

 ……コンピューターペンシルや『能力カセット』、『アンサーグラス』や『一夜漬けダル』による不正はダメだとしても、『アンキパン』を使うくらいは許して下さい。理系科目は本当に苦手なんです……

 もちろん全てをアンキパン頼りにするのではなく、ちゃんと天理やドクロウに教わった上での補助として使いますので、どうか……って誰に頼み込んでいるんだ俺は。

 

「出来ましたわ!」

 

「ん、どれどれ……さっき間違った問題も含めて全部正解か」

 

「やったー!」

 

「…………」

 

(少しやり方を教えただけですぐ出来るようになるのか。うららもうららで優秀だな……俺、このままだと中学生になる頃には天理達に置いてけぼりにされそう)

 

 分からないと頭を悩ませていた問題や、解いたは良いが答えが間違っている問題の解き方をうららに教えてあげると、次からは同じ問題や似た問題を間違えないようになっていく。

 そもそも元から間違っていた問題そのものも少なく、現時点で既に80点以上を取れる実力はあると言って良いだろう。もはや弱点を潰していくだけの作業になっている。

 流石に天理やドクロウほどでは無いにしても、彼女もお嬢様だけあって勉強方面も優秀みたいだ。そう言えば、3歳の頃も同年代の子供達と比べて流暢に話していたもんなぁ。

 それに幼稚園の時も毎年、運動会で天理と共に大活躍していた。運動神経もかなり優れていらっしゃるようで、天理達は3人揃って文武両道ということになる。

 

(……俺、もしかしなくてもとんでもないスペックの人達に囲まれてる?)

 

「桂馬君?」

「お兄ちゃん?」

「ケイちゃん?」

 

「…………」

 

 ……俺はやはり天理達を『さん』付けでお呼びした方が良いのではなかろうか? 俺なんかがこの場にいて話すこと自体がおこがましいことでは無いだろうか?




 以前述べた『神ヒロイン完全攻略ブック』に記載されている原作桂馬の勉強評価は最大値の『5』ですが、この主人公の学力は『3』くらいです。原作の登場人物で言えばちひろ・楠と同値です。
 運動能力についても同様で、主人公の運動神経は『3』くらいです。原作の登場人物で言えばかのん・ちひろ・月夜・七香と同値です。
 うららについては同書に記載がありませんが、おおよそのイメージとして、学力が『4.5』、運動能力が『4』くらいで考えています。前者は結・京、後者は天理・スミレ・京と同値です。


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第28話

 天理達との勉強会から1週間後、予定通りテストが行われた。うららは勉強会のお陰か、嬉しそうな表情でスラスラと問題を解いていた。あの様子なら、上手くいけば満点を取れるかもしれない。

 天理とドクロウは言うまでも無いが、流石に俺も小学1年生の問題で苦戦することは無かった。いや、これでも普通くらいの大学は出ているんだ。それなのにこんな問題で躓いていたら色々と不味いと思う。

 そしてテストはあっという間に終了した。そして翌日、1日の授業が終わったと思ったら、担任からランキング発表の準備が出来たことを告知された。随分と早いな。てっきり数日くらいかかると思っていたけど。

 

「ドキドキしますわ……!」

 

「う、うん……!」

 

 現在、全生徒が校庭に集められ、朝の集会のように運動場全域に並んでいる状態だ。前を見ると、布が覆い被さった何かがあり、先生達がその布を握っている。なるほど、布の下が成績のランキングだな。

 生徒が並んでいるとはいえ、まだ集合出来ていない学年やクラスの生徒達がいる。恐らく全生徒が並び終えたタイミングで、目の前の布を取り払ってランキングを発表するのだろう。

 周りを見ると、期待に満ち溢れている生徒もいれば、全てが終わったかのような絶望感を漂わせている生徒、そもそも興味が無さそうな生徒と千差万別だ。尤も、興味が無い素振りを見せているだけで、内心は期待している可能性もあるが。

 

「……うらら、見るからにソワソワしてるな。天理も全く関心が無いという訳では無さそうだ」

 

「みたいだね。お兄ちゃんは?」

 

「全く気にならないと言えば嘘になるけど、他の子供達ほど緊張はしてないかな。俺って中身がアレだし……」

 

「……ふふっ、確かにね」

 

 今の説明で、ドクロウは俺が言いたかったことを理解してくれたようだ。やはり頭が良い味方がいてくれることは心強い。重大な話はもちろんのこと、何気ない雑談でもこちらが話したいことをスムーズに理解してくれるし。

 

「全学年の生徒が集まったみたいですね? それでは皆さーん! こちらにご注目ー!」

 

 メガホンを握った先生が高らかに発言すると、生徒達の目が一斉に先生の方へ向いた。いよいよランキング発表か。周りの空気が緊迫……と言う程でも無いが、さっきよりも引き締まっている。

 天理とあれこれ喋っていたうららも、先生の声を聞くと会話を止め、真剣な表情で前を向いた。あれだけ1位を目指して勉強を頑張っていたのだ。やはりランキングが気になって仕方無いのだろう。

 

「昨日のテストはお疲れ様でした! 今から学年毎に作成したテストの点数ランキングを発表したいと思います!」

 

(安直なネーミングだな……いや、変に難解な名前より分かりやすい方が良いか。相手は小学生だし)

 

「ではまず1年生から! それっ!」

 

 先生が布を取り払ったと思うと、俺達1年生が受けたテストの点数と氏名が記載されたランキング表が露わになった。上から眺めていくと、やはり天理とドクロウの名前が……ん?

 

「なんと1年生からは満点が3人! 鮎川さん! 桂木桂馬君! 桂木由梨さん! よく頑張りました! おめでとう!」

 

「「「「「おおおおおっ!」」」」」

 

(……俺も満点か。でも、これは転生したからこそなんだよな……そう考えると、やっぱり後ろめたさが……)

 

 天理やドクロウのように実力で掴み取った成果なら素直に喜べたが、俺はあくまでも転生したお陰で一定量の知識を持っているからに過ぎない。

 だからこそ、俺の満点より天理やドクロウの満点の方が遥かに価値あるものと言えるだろう……そういえば、うららの名前が見当たらない。てっきり満点かと思ったけど……

 

「きゅ、98点……悔しいですわ……!」

 

(あ~……うらら、ドンマイ)

 

 1位より少し下の名前を見てみると、4位にうららの名前が記されていた。98点ということは、どうやら1問だけ間違えてしまったようだ。

 テスト中のうららは残り時間で見直しをしっかり行っていたように見えたので、本当に些細なケアレスミスで失点してしまったのかもしれない。

 

「続いて2年生の発表です! それっ!」

 

 1年生の子供達がザワついている中、先生は続けて2年生以降のランキングを発表していく。少なくとも、香織以外の上級生に知り合いはいないし、原作で関わるキャラもいないはずなので、後はスルーで良いだろう。

 ……おっ、歩美が70点、ちひろが80点を取っている。ちひろはともかく、歩美は勉強が苦手なイメージだったけど、小学生時代は良い点数を取っていたのか。そういえば、原作でも歩美は『昔は100点を取ったことがある』と言っていたな。香織は……予想通り満点か。

 そんなことを考えていると、全学年のランキング発表が終わった。ここからは解散と言うことなので、既にザワつきつつあった校庭が一瞬の内に子供達の声で溢れ出した。周りからテストに関する話題が聞こえてくる。

 

「うぅ~っ、後2点で100点だったのに……!」

 

「「うららちゃん……」」

 

(……満点の俺が慰めても、うららにとっては嫌味になりかねないな。ここはあえて何も言わない方が……)

 

「でも、ケイちゃん達は流石ですわ! ケイちゃん、天理ちゃん、由梨ちゃん! 100点おめでとう! 皆で一生懸命勉強した甲斐がありましたわ!」

 

「……!」

 

(うらら……)

 

 ……やっぱり、うららは良い子だな。この歳の子供なら、他の人に嫉妬してもおかしくないのに。

 

「……うららちゃん。ありがとう……うららちゃんも、その……凄いよ! だって、後1問で……んっ」

 

(あ、あれ? 今……一瞬、何か……)

 

「……ありがとう、うららちゃん」

 

「今回はケイちゃん達に負けたけど、次こそはうららも一緒に100点取りますわ!」

 

「……そうだな。お互い頑張ろう」

 

「うんっ!」

 

 爺さん、香夜子さん、正晴さん。お宅の娘さん、物凄く出来た子ですよ。少なくとも前世での小学生時代の俺は、こんな切り替えが上手く出来るような子供ではありませんでしたよ。

 

「……?」

 

(気のせい、かな……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うららちゃん、迎えの車が来るまでずっと間違えた問題のことを呟いてたね」

 

「……やっぱり、相当悔しかったんだな。でも、無理も無いか……後1問さえ合っていたら満点だったもんなぁ」

 

「…………」

 

 あれから俺達はしばらくテストやランキングについて雑談した後、そのまま帰路についた。うららとは学校で別れて来た。いつも香夜子による自動車送迎だからな。

 ランキング発表の時も、香織は怪しい動きを見せていなかった。尤も、あまり凝視していると不審に思われてしまうので、時折様子を伺うことしか出来なかったが。

 

「ドクロウにとってはどうだった? やっぱり簡単だったか?」

 

「うん。算数はもちろん、国語も授業で習った知識を活かせば難なく解けたよ」

 

「そうか。流石だな」

 

「ふふっ、お兄ちゃんほどじゃないよ」

 

「いやいや、俺なんかよりよっぽど……」

 

「…………」

 

「……天理?」

 

「……お姉ちゃん?」

 

「……え?」

 

「どうしたの? さっきから無言だけど……」

 

 俺とドクロウが他愛も無い会話をしている隣で、天理は下校し始めた時から終始無言なのだ。もしかして、体調が悪くなったのだろうか? だとしたら全力で治療しないと!

 

「……ちょっと、首が」

 

「「首?」」

 

「……ううん、気のせいかも。さっき、一瞬だけ……違和感を覚えて……でも、それからは何も……」

 

「……?」

 

 首……? まさか、正統悪魔社(ヴィンテージ)の……いや、だとしたら首輪が付いているはずだし、何よりドクロウが反応を示すはず。無反応ということは、首輪の可能性は無いと思う。

 となると、やはり何かの病気だろうか? 何にせよ、放置しておくよりは原因を探った方が良いだろう。幸い、手元にはひみつ道具があるので、重病だとしても瞬時に完治させることが出来る。

 

「……いや、念の為に調べてみよう。天理、悪いけど、このまま俺の部屋に寄ってくれるかな? ()()()()()調()()()()()()()()()()からさ……」

 

「あ……うんっ」

 

 ドクロウと言い天理と言い、少し含みがある言い方をするだけで理解してくれるのは本当にありがたい。ひみつ道具やその他諸々については、外で事細かに説明する訳にはいかないもんなぁ……

 いくら『魔法事典』のお陰でひみつ道具が他者から見えなくなっているとはいえ、みだりに外で使うのは危険過ぎる。増してこの時期は、いつ、どこにヴィンテージが潜んでいるか分からないからな。

 

 

 

 

 

 

「……これで良し、と」

 

(外の音が消えちゃった……この感覚も、もう慣れたかも……)

 

(本当に、お兄ちゃんのひみつ道具は凄い……)

 

 俺はいつものように『ウルトラストップウォッチ』で時間を止めた。こうしておけば、堂々とひみつ道具を使ってもバレる心配は無いだろう。油断するよりは警戒するに越したことは無い。

 そしてウルトラストップウォッチをポケットにしまい、代わりに『お医者さんカバン』を取り出す。理由はもちろん、天理に病気や怪我が無いかを調べる為だ。

 

「あ……それ、お医者さんカバンだよね?」

 

「よく覚えてるね……うん、これで天理の首を調べようと思って。何かの病気だったら、すぐに治さないと」

 

「お医者さんカバン?」

 

「これはね、どんな病気や怪我でも治せる鞄で……まだドーちゃんと出会う前の話だけど、私達が幼稚園に通ってた時、桂馬君がこれを使ってうららちゃんの足の擦り傷を治してくれたんだ」

 

「…………」

 

(どんな病気や怪我でも治す、か……本当なら、この説明でも驚くところなんだろうけど……時間を止める道具を見てからだと、まだまともに感じる)

 

 天理が俺の代わりにお医者さんカバンの説明をしてくれた。天理の前では一度しか出したことが無い道具でも、そこまで正確に覚えているとは……天理の頭の良さが羨ましい。

 そんなことを考えつつ、お医者さんカバンの聴診器を天理の首に当てる。するとカバンが天理の病状を診断し、数秒ほど待つと画面に診断結果が表示された。相変わらず早いな。

 

『特ニ異常ハ見当タリマセン。至ッテ健康ナ状態デス』

 

「……少なくとも、病気では無いみたい」

 

「う、うん……」

 

(一先ずは安心だけど、病気じゃ無いとしたら、どうしてお姉ちゃんは急に違和感を……?)

 

 天理は少し安堵の表情を浮かべ、ドクロウは安心しつつもどこか疑問を抱いているように見え、天理の首を手で触れようとしている。

 お医者さんカバンが『健康』と判断した以上、何かしらの病気である可能性は無くなった。だとしたら、天理が感じた違和感は……やはり気のせいだったのだろうか?

 

「……っ!?」

 

「……ドクロウ?」

 

「んっ……ドーちゃん?」

 

「嘘……そんな、どうして……!?」

 

「急に慌ててどうしたんだ? 天理の首に何か……」

 

「……お兄ちゃん。お姉ちゃんの首に……奴らの首輪が……!」

 

「……な、何だって!?」

 

 予想だにしない単語が飛び出して来たせいで、俺の思考が真っ白に染まりかける。おいおい待ってくれ! 首輪だと!? そんな! だって香織編の事件はキャンプ前日だったはずだろ!?

 今はまだキャンプの日まで1週間以上あるぞ!? それなのに、どうして天理に首輪が……いや、そもそも首輪が付いているなら一目で分かるはず! 確か原作の桂馬は……いや、協力者(バディー)では無かった天理も首輪を目視して……

 ちょっと待った。俺が目視出来ないこと以上に、どうしてドクロウが首輪の存在に気付かなかったんだ!? 原作でも素手で首輪を外していたドクロウが、首輪の存在を見逃すはずが……!

 

「……どういう、ことだ? 天理に首輪って……」

 

「……?」

 

(首輪……? 桂馬君とドーちゃん、何の話をしてるんだろう……?)

 

「私も、触れるまで気づかなかった……いや、()()()()()()()()()()()()()……! 奴ら、いつの間にこんな隠蔽技術を……!」

 

 ドクロウが気づかない程の隠蔽技術!? そんな展開、原作に無かったはずなのに!? 一体どういうことだ!? まさかひみつ道具の存在がバレて……いや、それならまず天理より先に俺を狙うはずだよな……?

 俺は震える手でポケットから『正体スコープ』を取り出し、天理の首を確認してみる。するとドクロウが言った通り、原作にも登場した……黒い不気味なテープのような首輪が、天理の首元に巻き付いている様子が見えた。

 

「……ほ、本当だ。確かに首輪が……」

 

「しかも、これは私達でさえ知らない謎の技術……こんな魔法、見たことが無い……!」

 

 初めて見た技術……? 確か、原作ではエルシィが『この時代の魔法は古い』と言っていなかったか? それなのにドクロウですら見抜けない未知の技術……!? 不味い、何がどうなっているのかさっぱり分からない! いや、落ち着け、落ち着け俺! 一旦冷静になれ!

 とにかく、一刻も早く首輪を外して……いや、そんなことをしたらヴィンテージの奴らが首輪破損を察知して天理を襲いに来ないか? それに天理には元々首輪を付けていてもらう必要が……でも、原作通りの展開ならまだしも、こんな得体の知れない状況でそれは……!

 

「……それにこれ、外せない」

 

「は?」

 

「私達が知らない技術だから……少なくとも、私の力では外せない。向こうの私と協力しても……恐らく、無理だと思う。それに、強引に外そうとすると……奴らに気づかれる可能性が高い」

 

「なっ……!?」

 

(……わ、私の首に何があったんだろう?)

 

 首輪を外せないとなると、天理だけじゃなく……他の女の子に巻き付いているであろう首輪も外せないということになる。すなわち、天理以外の女神の宿主が変わってしまい、原作が著しく崩壊してしまう。いや、そもそもこの時期の天理に首輪が巻き付いている時点で……!

 いやでも、だったらいつの間に首輪を付けたんだ? 少なくとも、俺達は常に天理の傍にいた。ヴィンテージや香織が行動を起こせば、俺とドクロウのどちらかが気づくはず……待てよ? もしヴィンテージが羽衣で姿を消していたとしたら……?

 だとしても、こんな時期に首輪を付ける理由が無い! 原作ではキャンプ前日に事件が起きていたし、その時は学校全体に結界が張られていた。それに、少なくとも俺はサテュロスやヴィンテージと接触した覚えは無い……だから、奴らが行動を前倒しにする理由は無いはず……! でも、それならどうしてこんなことに……?

 

(……そうだ! 『球』は!?)

 

 こんな異常事態が起きているのだ。もしかすると、俺が把握していない何らかの原因で、サテュロスやヴィンテージ達が本来の歴史に無い行動を起こしているのかもしれない。だとしたら、球が点滅して歴史が変わる危険を知らせてくれるはず。そう思ってポケットから取り出したのだが……

 

「……て、点滅してない!?」

 

「……!」

 

 これで球が点滅していれば、今すぐにでも『フリダシニモドル』を使って時間を巻き戻し、天理に首輪が巻き付いている理由を探るつもりだった。しかし、俺の予想とは裏腹に……球は今も明るく()()()()()()()。すなわち、天理に首輪が巻き付くことは()()()()()ということになる。

 いや、そんな訳が無いだろう!? 仮に天理は予定通りだったとしても、他の女の子達はどうなるんだ!? まさか奴らがピンポイントで女神の宿主に首輪を付けたとは思えない。となると、明らかに女神の宿主達とは無関係の女の子にも首輪が巻き付いている状態となる。なのに、そんな状況が正史だなんて……!

 

「お兄ちゃん、どうしよう……」

 

「こ、こんな馬鹿な話があるか! これが()()()()()!? そんなはず……! でも、球が点滅してないということは……いや、だけど……っ!」

 

「……け、桂馬君? ドーちゃん?」

 

「え? あ……」

 

「……お姉ちゃん」

 

「さっきから、その……慌ててるみたいだけど、何かあったの……?」

 

「「…………」」

 

 そうだ。俺とドクロウは想定外の事態に慌てていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()ということが頭から抜け落ちていた。しまった、うっかりしていた……今の話は、せめてキャンプ直前までは話さないつもりだったのに……いや、でもいずれは話さないといけないことではあるけれど……

 だけど、このタイミングで話すのは流石に早すぎる。でも、こうして俺とドクロウが切羽詰まった状態であれこれ話している所を見られてしまった以上……誤魔化すことは難しいだろう。いや、それ以前に俺は天理に嘘をつかないと決めている。こうなってしまったからには、今、話すべきか……?

 実際、こうして天理に首輪が巻き付けられてしまっている。それに天理はドクロウの記憶が戻ったことを知らないとはいえ、彼女(ドクロウ)が普通の人間で無いことは既に把握しているのだ。ここまで来たら、最低でも……首輪については、やはり伝えておくべきだろうか……?

 

(……俺っていう奴は、どうしてこうも失敗ばかりなんだ。球が点滅していない以上、今の俺やドクロウのうっかりも正史なんだろうけど……『ドラえもん』なら、こんな時は『タイムマシン』で失敗を無かったことにする展開になりそうだよな……ん? ()()()()()()?)

 

「…………」

 

「……桂馬君?」

 

「……お兄ちゃん?」

 

(……まさか、球が点滅してないのは……()()()()()()、なのか?)

 

 頭の中に、ある仮説が思い浮かぶ。少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()という疑問を一発で解決してしまう……とんでもない仮説が。いや、既に『ドラえもん』や『神のみ』の原作が通った道とも言えるか。それでも、俺からすれば……ある意味掟破りとも言えるであろう秘策だ。

 

「…………」

 

 俺は無言でポケットから『○×占い』を取り出し、静かに床に置く。仮に俺が考えた仮説が間違っていた場合、そのまま仮説通りの行動を起こしてしまうと……冗談抜きで、この世界の歴史が破壊されかねないのだ。だからこそ、確実な保証が無い限りは迂闊に実行する訳にはいかない。

 

「……桂馬君。それは……?」

 

「『(マル)』と『×(バツ)』……? お兄ちゃん、これもひみつ道具……?」

 

「うん。これは『○×占い』と言って、問いかけたことに対して何でも○か×で答えを出してくれる。しかもその的中率は100%なんだ」

 

「て、的中率100%……!?」

 

「それ、最早占いじゃないよね……」

 

 天理は驚き、ドクロウは軽く引いている。普段ならもう少し道具の説明をするところだが、今は仮説が正しいかどうかをはっきり判断することが出来る質問を○×占いに投げかけることが先だ。少しでも語弊があると正確な答えが出ないので、慎重に問いかけなければならない。

 

「……球が点滅していない理由は、俺が頭で思い浮かべている仮説が()()()()()()()()()から?」

 

『ピンポーン!』

 

(……よし、俺の仮説は正しいと証明された。これで安心して……『あの道具』を使える!)

 

「……お兄ちゃん?」

 

「……ドクロウ。俺達は今から、()()()()()()()()()()()()

 

「……えっ!?」

 

(か、過去……!?)



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第29話

「か、過去に行くって……どういうこと?」

 

「そのままの意味。『球』が点滅していなかったのは、()()()()()()()()()()()()()からなんだ」

 

「え……!?」

 

 『○×占い』が『正しい』と証明した、俺の仮説……それは『天理達に首輪が付けられる前に遡り、香織や正統悪魔社(ヴィンテージ)より先に対策を講じておく』という秘策だ。

 こう考えれば、球が点滅していない状況……すなわち、今の状況が()()()()()であることに納得がいく。今の俺達が時を遡れば、予め香織達の策略に対抗することが出来るからな。

 いや、()()()()()()()()()()()()()()からこそ、球が点滅していないのだろう。仮に俺達が過去に遡っていない状況なら、流石に球が点滅して歴史が捻じ曲がる危険を知らせてくれる……はずだと思う。

 

「それって……もしかして、私が考えていた秘策と同じ……」

 

「……そう。ただ、ドクロウの秘策と違うところは……俺達が肉体ごと過去に遡ること、か」

 

「……!」

 

 ドクロウは今の説明で察してくれたらしい。確かに、ドクロウが考えていた秘策と俺の仮説は似ている。というかほぼそのままだ。だからこそ、ドクロウはすぐに俺の仮説の意味を理解してくれたのだろう。

 

「あ、あの……桂馬君、ドーちゃん……えっと……」

 

「……天理。今から俺達は、少し出かけないといけない。事情は戻って来たら必ず説明するから……今はここで、待っててもらえないかな?」

 

「……!」

 

 時間を遡ると決めた以上、ここからは慎重な行動を取らないといけない。いくら○×占いが俺の秘策の成功を保証してくれたとはいえ、何かの間違いで歴史が変わるようなことがあってはならない。

 その為には、現状でヴィンテージの存在を正確に把握している……俺とドクロウが動くしかない。天理には、現在で待っていてもらった方が良いだろう。事情をまだ話せないのは申し訳ないが、こればかりは仕方ない。

 

「……うん、分かった。よく分からないけど……気をつけてね……?」

 

「……ありがとう、天理」

 

「お姉ちゃん……ありがとう」

 

(ただ、既に首輪が付いている天理をそのまま放置する訳にはいかない。駆け魂の大脱走はまだ起こっていない……とは思うけど、油断は禁物だ)

 

「……天理、これ」

 

 俺はポケットから『厄除けシール』を取り出し、天理に手渡す。これさえ貼っておけば、天理の安全は100%保証される。俺達が過去で行動している間も、少なくとも奴らに狙われる心配は無くなるだろう。

 身を守ることを考えれば『安全カバー』や『バリヤーポイント』等でも良いのだが、こちらは仮に天理が襲撃された場合、奴らが『天理が謎の力に守られている』という疑問を抱いてしまうかもしれない。

 しかしそれらの道具とは違い、厄除けシールは因果律を操作して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に、身を守るだけの道具を使うより余程安全なのだ。だからこそ、天理にはこの厄除けシールを渡しておく。

 

「……シール? 『厄』という漢字に『×(バツ)』が書かれてるけど……」

 

「これは『厄除けシール』と言って、体に貼っておけば、あらゆる災難から逃れることが出来るんだ。俺達がここに戻って来るまで、そのシールを体のどこかに貼っておいてほしい」

 

「体のどこか……腕で大丈夫?」

 

「うん。普通はお腹に貼るんだけど、体に貼ってさえいればどこでも大丈夫」

 

「ありがとう。じゃあ……ここに貼っておくね? ん……」

 

「……あらゆる災難を逃れるって、体が凄く丈夫になったりするの?」

 

「いや、因果律を操って、シールを貼った人間が危険な目に遭わない状況を常に作り出してくれる。仮に自分から危険な場所に出向こうとしたら、腹痛を起こしてトイレに駆け込ませることで、シール使用者を危険から遠ざけようとするほどの性能だ」

 

「…………」

 

(効果も凄まじいけど、『因果律』という単語が当たり前のように出てくるって……一体、お兄ちゃんの道具の仕組みってどうなってるんだろう……?)

 

 

 

 

 

 

 

「……天理には部屋で待ってもらうとして、過去に遡る為に必要な準備をしないと」

 

「準備?」

 

 一先ず天理には俺の部屋で待機していてもらい、俺とドクロウは廊下に出た。当たり前だが、何の対策も無しに過去に遡っても秘策は失敗するだけだ。ここからの準備が重要となる。

 俺はポケットから『宇宙完全大百科』を取り出し、すぐさま起動する。理由はもちろん、首輪を付けられた女の子の情報を得る為だ。過去に遡ってから探すより、事前に調べておいた方が迅速に動けるからな。

 

「……分厚い百科事典? あ、でも、中は機械……」

 

「これは『宇宙完全大百科』と言って、この世のあらゆる情報が詰め込まれた道具なんだ。今回はこれを使って、首輪を付けられた女の子達を調べる」

 

「…………」

 

(この世のあらゆる情報……えっと、アカシックレコードか何か……?)

 

 大百科に『今日、この地域でヴィンテージの首輪を付けられた女の子は?』と入力すると、瞬時に情報が画面に映し出される。それを確認しつつ、今回はプリントアウトする。すると大百科が6枚の紙を印刷した。

 名前はもちろん、顔写真もついている。これなら誰が狙われたかを正確に把握することが出来る。6枚……天理の情報も合わせて、6人の女の子が狙われたのか。案の定、天理以外は女神の宿主達と無関係な女の子達ばかりだ。

 しかし、6人か……恐らく偶然なのだろうが、女神の宿主達と同じ人数だな。てっきり、もう少し多いと思っていたが……原作では、もっと沢山の女の子達に首輪が付いていたし……

 

「……お姉ちゃん以外は、上級生から同級生までバラバラだね。どうやら、無作為に選ばれたみたい」

 

「うん。でも、6人で済んで良かった。数が多ければ多いほど、対処が大変になるからな……」

 

 印刷された紙を一通り眺めた後、俺はポケットから『アンキパン』を1枚だけ取り出す。え? こんな時にパンを食べている場合じゃないって? いや、俺だってふざけてこの道具を出した訳ではない。ちゃんとした理由がある。

 

「……あれ? それ、確かアンキパンだよね? どうして……」

 

「この紙を持って行って、一々確認しながら首輪付きの女の子を探すより……頭に叩き込んでおいた方が手っ取り早く探せるからな」

 

「……!」

 

 そう言いながら、俺は天理以外の女の子の顔写真5枚をアンキパンに押し付ける。するとパンに顔写真がしっかりと写ったので、後は食べるだけだ。

 ……人の顔が写ったパンを食べるのはあまり気が進まないが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 

「いただきます。はむっ、あむっ……」

 

(……意外と美味いな。そういえば声優交代後のアニメでも、ドラえもんが『味は悪くない』と言ってたっけ)

 

 食パン1枚を食べるだけなら、そう時間はかからない。いや、仮に何枚も食べることになったとしても『ウルトラストップウォッチ』のお陰で時間は止まっているが。とにかく、口に押し込むようにしながら急いでアンキパンを食べ切った。

 すると頭の中に、先程の5人の女の子の顔が鮮明に思い浮かぶ。流石はアンキパンだ。本当に、食べた瞬間に写した内容を丸暗記出来るんだな。これなら学校の生徒を一目見ただけで、写真の女の子かそうで無いかを瞬時に判断出来る。

 

「……どう?」

 

「完璧に覚えた。ドクロウは……さっき眺めただけで覚えてるか」

 

「うん。大丈夫」

 

「よし、後は『これ』を被るんだ」

 

「あ……『石ころぼうし』だね。でも、奴らは首輪にあれだけの隠蔽技術を施してる。もしかすると、姿を消すだけだと……ちょっとした音や気配で察知されたりしないかな?」

 

「え? あ、そうか……そういえば、まだちゃんと説明してなかったな」

 

 以前、ドクロウには石ころぼうしの効果を姿()()()()道具と説明していた。あの時は記憶を失っていたけど、今のドクロウなら……石ころぼうしの本当の効果を教えても、正確に理解出来るだろう。

 

「実はこの帽子、正確には姿()()()()道具じゃない。()()()()()()()()()()帽子なんだ」

 

「存在を消し去る……?」

 

 俺はドクロウに、石ころぼうしの効果を改めて説明する。この帽子、凄まじい性能だけど説明が少し難しいんだよな。『透明マント』だったら『姿を消す』と一言で説明出来るんだけど、『存在を消す』だからな……語弊が無いように伝えないと。

 

「……理屈は分かったよ。むしろ姿を消すより遥かに強力だね」

 

「あぁ。だからこそ、奴ら相手にバレないよう行動するにはうってつけの道具なんだ。それに同じ帽子を被っている人同士なら、お互いの存在をちゃんと認識出来るから混乱する心配も無い」

 

「…………」

 

(羽衣による透明化が霞んじゃう……防音はともかく、存在そのものを認識されなくするなんて……)

 

「それと、時間停止は解除しておく」

 

「……どうして?」

 

「万が一、既に過去に遡った俺達がまだやるべきことを終えていない状況だと、時間が止まっている状態なのは不味い。今のままだと、過去に遡った後の俺達の時間も止まったままだ。そんな状況で、俺達が時間停止を解除せずに過去に戻ってしまえば……」

 

「……! そう、だね……この世界の時間が、永遠に止まり続けることに……」 

 

「そういうこと。天理には厄除けシールを使ったから、時間を動かしても天理は安全だと断言しても良い。それに俺達は石ころぼうしを被っていれば、奴らの動きを探ったりひみつ道具を使ってもバレる心配は無い」

 

「……じゃあ、早く帽子を被らないと」

 

 俺とドクロウは石ころぼうしを被り、再びウルトラストップウォッチを使って時間停止を解除する。静かだった世界に音が戻って来る。恐らく天理も時間が動き出したことに気づいているだろうが、それも含めて後で説明しよう。

 いよいよ準備は整った。後は過去に遡るだけだ。その為の道具は色々あるが……冷静に考えてみれば、時間を移動する道具が()()()()()()()()時点で、いかにドラえもんの道具が反則なのかがよく分かるな。

 ……いや、話を脱線させている場合じゃない。俺はポケットから『小さな機械が付いたベルト』を2つ取り出し、片方をドクロウに手渡す。こんな小さな道具でも、時間を自由に移動することが出来る。だからこそ、使い方を間違えれば……それこそ悪人の手に渡れば、非常に危険な兵器とも言える。

 

「……ベルト?」

 

「これは『タイムベルト』と言って、腰に巻いてスイッチを押すだけで好きな時間に行くことが出来る。もちろん、下手に使うと歴史が捻じ曲がりかねないから、普段は使わないけど」

 

「……もう、突っ込む気力も無くなったよ」

 

(時間を戻すこの球でさえ、向こうの私がかなりの魔力を籠めて作ったのに……お兄ちゃんの道具だと、こんな玩具みたいなベルトで簡単に実現出来るなんて……)

 

 『ドラえもん』の『タイムマシン』と言えば、誰もがあの『空飛ぶ絨毯型』と呼ばれる乗り物を思い浮かべるだろう。しかし俺が出した『タイムベルト』は、そのタイムマシンを小型化したものだ。原作でも何度か登場している。

 このタイムベルトは、本来のタイムマシンとは違って()()()()()()()()()()()。つまり、現在立っている場所からは一切動かないまま、時間だけを飛び越える道具なのだ。小型版故に仕方ない欠点と言えるだろう。

 しかしその欠点さえ除けば、好きなタイミングで自在に時を超えることが出来るアイテムである。『ドラえもん』だと欠点ばかりが目立つ道具だが、他の作品だとこのベルトでも十二分に破格の性能だと断言しても良いと思う。

 何故なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。これさえあれば、他の作品の不幸な結末をあっさり救うことだって出来るかもしれない。ただ、それ故に使い方次第では大変なことになる道具でもある。

 

 『ドラえもん』の原作世界では、過去を変えれば未来が書き換わるだけで宇宙が爆発したりはしない。あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という結末もある。どちらにしても、世界規模の大惨事になることは基本的に無い。

 もちろん、改変した歴史によっては人類史が丸ごと書き換わってしまうような危険性もあるが、いずれにしても『ドラえもん』の原作では歴史改変のせいで人類が滅亡したりするといったピンチに陥ったことはまず無い。派生作品はその限りでないが。

 

 しかしここは『神のみ』世界。『神のみ』の原作では、『ドラえもん』での後者の方法で過去を調整して現在までの歴史に繋がるようにしていたが、万が一、正史に無い行動を取ってしまったら……どうなってしまうかは誰にも分からない。

 某7つの球を集めるバトル漫画のようにパラレルワールドに分岐したり、所謂『歴史の修正力』が働いて過去を変えることが出来なかったり、『ドラえもん』のように歴史が書き換えられるだけならまだ良い。

 

 最悪の場合、宇宙の摂理が因果関係の矛盾に耐えきれず……この世界が完全に消滅してしまう可能性も無いとは言い切れないのだ。

 だからこそ、時を超える道具は細心の注意を払って使用しなければならない。ただし俺が持っている球や『フリダシニモドル』等の道具であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()為、因果関係の矛盾が発生することは無い。

 

「戻る時間は……ランキング発表直前だから、大体2時間前くらいか」

 

「うん。ただ、時間が止まっていた間のことを考えると、体感では3時間くらい前に感じるけど」

 

「確かにな。よし、心の中で『2時間前』と考えながら、赤いボタンを押してみて」

 

「……こう? あっ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 俺とドクロウがベルトのボタンを押した瞬間、周りの景色が一瞬にして……アニメの『ドラえもん』でよく見る時空間に変わった。青紫色の空間で、その中をカラフルな時計が蠢いていて、いかにも時の流れをアニメで表現したような光景だ。

 

「……ここ、どこ? 時計が沢山見えるけど……」

 

「時の流れの中。分かりづらいけど、俺達は今まさに時間を遡ってる最中なんだ。ほら、よく見ると時計の針の動きが反時計回りになってる」

 

「え? あ……本当だ。何だか、不思議な空間……」

 

(時間を遡るだけでも凄いことなのに、時の流れの視覚化までしてしまうなんて……本当に、どういう仕組み……?)

 

 ドクロウが感心していると、あっという間にベルトから通知音が聞こえてきた。恐らく目的地……いや、目的時間が近づいてきた証拠だろう。そういえば、タイムマシンで1億年以上遡るにしても、移動時間は体感でせいぜい10分くらいだもんな。2時間遡るだけなら、それこそ1分もしない内に着いてしまってもおかしくない。

 

「どうやら、もう2時間前に着くみたいだ」

 

「随分早いね」

 

「まぁ、数億年前に戻るにしても15分くらいで着くからな……おっ、赤いボタンが点滅してる。よし、時の流れを抜け出そう! ドクロウ、もう一度赤いボタンを押して」

 

「うん……え? 数億年前?」

 

(今、聞き間違いじゃなければ『数億年前』って……いや、突っ込んじゃダメ。真面目に考えれば考えるほど、頭が疲れるだけだから……)

 

 俺とドクロウがベルトのボタンを押すと、再び周囲の景色が一瞬にして切り替わり……俺達が先程まで立っていた、桂木家の廊下になった。しかし、時間移動前は夕暮れだったのが、窓を見ると……まだ太陽の位置が高く、綺麗な青空が広がっている。

 どうやら無事、2時間前の世界に着いたようだ。時の流れの中でタイムベルトが故障して、時間漂流者になるなんて冗談じゃないからな。いや、その気になれば他のひみつ道具を使って簡単に脱出することが出来るが。

 

「ここが2時間前の世界……あ、窓の外が夕暮れから青空に戻ってる」

 

「あぁ。俺達は無事、2時間前に戻ることが出来たんだ」

 

「…………」

 

(本当に、私達は過去の世界に……)

 

「……驚く気持ちは分かるけど、あまりのんびりしていられない。ベルトはポケットにしまっておくから、一先ず今は返して欲しい」

 

「あ……うん」

 

 ドクロウからタイムベルトを受け取り、自分が付けていたベルトと一緒にポケットにしまい込む。同時にウルトラストップウォッチを取り出し、俺とドクロウ以外の時間を止める。

 いくら石ころぼうしを被っているとはいえ、俺達がモタモタしていればヴィンテージ達がすかさず女の子達に首輪を付けてしまう。だからこそ、時間を止めておけばこちらが慎重に行動する余裕が生まれるという訳だ。

 

「……時間を止めるなら、石ころぼうしを被らなくても良かったんじゃない?」

 

「いや、絶対に被っておかないといけない。後で時間停止を一時的に解除するつもりなんだ」

 

「……!」

 

(時間停止を解除……だとしたら、私達は時間が動いている状況……つまり、奴らが活動している状況でも、確実にバレないよう行動する必要がある。それだけじゃない。過去の私達にも絶対に気づかれないようにしないといけない。

 今の私は、少なくとも2時間前の時点で()()()()()()()()()()()()()()()から……仮に過去の私と鉢合わせしてしまったら、どんなタイムパラドックスが起こるか分からない。だからお兄ちゃんは石ころぼうしを……でも、どうして時間停止を解除するんだろう……?)

 

 ドクロウの表情が何かを察したかのようになり、頷いてくれた。本当に、ドクロウが味方として付いていてくれるのはありがたい。一から説明せずとも、少し話すだけで俺が伝えたいことの全てを瞬時に理解してくれる。

 

「理由は後で話す。まずは学校に向かわないと……よいしょっと!」

 

「それ……『どこでもドア』だよね?」

 

「そう。時間が止まってる今なら、これで瞬間移動しても周りにバレないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 俺はポケットからどこでもドアを取り出し、小学校に向かう。行き先は学校内ならどこでも良かったが、一先ず見晴らしが良い『屋上』と設定しておいた。ここからなら、首輪が付けられる女の子達をまとめて探すことが出来る。

 屋上からは、2時間前の俺達が校庭に集まっている様子が見える。それにしても、『分身ハンマー』で作った分身ならまだしも、正真正銘……過去の俺自身を眺めるのは、何だか不思議な感覚だな。尤も、時間が止まっているので、過去の俺達はまるで石像のように硬直して動かないが。

 

「……さっきの光景だ。ちょうど1年生のランキングが発表されるところだね」

 

(あ、私がいる。隣にはお兄ちゃんとお姉ちゃん、うららちゃんも……)

 

「みたいだな。よし、まずは首輪を付けられる女の子達を守らないと……」

 

「……ちょっと待って。さっきも言ったけど、付いている首輪を強引に外すのは……」

 

「大丈夫。俺が今からしようとしていることは、付けられた首輪を壊すことじゃない。()()()()()()()()んだ」

 

「替え玉……?」

 

「ドクロウ。念の為に確認しておくけど、()()()()()()()()のが不味いのであって、()()()()()()()()()()()()()()()()なら大丈夫だよな?」

 

「え? う、うん。壊しさえしなければ、多分大丈夫だと思うけど……」

 

 首輪を無理に外せば、ヴィンテージにバレてしまう。しかし予め替え玉を用意しておけば、首輪が巻き付いても強引に外す必要は無い。

 実際に原作でも、エルシィが作った羽衣人形を利用し、本人の首輪を壊した直後に、壊した首輪と同じ信号を発する首輪を人形に巻き付けて奴らの目を欺いていた。

 今回はエルシィがいない以上、替え玉となる羽衣人形はひみつ道具で代用するしかない。しかし、これから使う道具なら、()()()()()()()()()()のだ。

 故に、原作よりも奴らにバレる可能性が低いと言える。仮にバレてしまったら……その時は、球を見て判断しよう。点滅していたら時間を巻き戻すしか無い。

 

「分かった。なら『これ』と『これ』を使って、女の子達に首輪が巻き付けられるのを防ぐ。ただ、天理は()()()()()()()()()()()()()()()()以上、あえてそのままにしておかないといけないけど」

 

「……黄色い人形? 顔に小さいボタンが付いてるけど……それにカメラ?」

 

 俺はポケットから『パーマン』でも使われている『道具』を5個取り出す。これさえあれば、奴らにバレることなく、尚且つ女の子達を奴らの魔の手から守ることが出来る。

 ただし、替え玉を作ったところで本人達が同時に存在していると面倒なことになるので、その対策としての『道具』も同時に取り出した。

 

「これは『コピーロボット』と言って、顔に付いているボタンを押せば、押した人と同じ姿に変身するロボットなんだ。そしてこのカメラは『チッポケット二次元カメラ』と言って、カメラで写した物を何でも写真の中に閉じ込めて保管することが出来る」

 

「こ、コピー? それに写真に閉じ込める……? 一体、どういうこと……!?」

 

(この2つを使って、まずは女神の宿主達と無関係の女の子達を助けないと……!)



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第30話

 俺とドクロウは『タケコプター』で屋上から校庭に降り立つと、全校生徒の中から天理以外の首輪を付けられる女の子達を探し始めた。

 顔だけでなく学年も把握している為、6年生からクラス毎に女子生徒達の顔を確認していくと、すぐに最初の1人が見つかった。『アンキパン』様々だな。

 

「……この子か」

 

「……うん」

 

「よし。ドクロウ、一度『石ころぼうし』を脱ぐぞ」

 

「どうして?」

 

「『この道具』と会話する為だ」

 

「……! 分かった」

 

(この帽子、無生物にも有効なんだっけ……あれ? でも、ロボット相手に会話……?)

 

 俺達は石ころぼうしを脱いだ後、用意しておいた『コピーロボット』のボタンを、時間が止まっている女の子の指にあてがう。すると瞬く間にロボットが女の子の姿に変身する。

 

「よし、上手くいったな」

 

「……凄い。どこからどう見ても本人そっくり」

 

「ふふっ、それが私達コピーロボットの特徴だからね!」

 

「っ!? しゃ、喋った……!?」

 

「あ、ごめん。説明不足だったな。コピーロボットは、ただ姿をコピーするだけじゃなく……本人の人格も再現するんだ。それでいて、自分がコピーロボットだという自覚もある」

 

「……そう、なんだ」

 

(つまり、明確に自我を持つロボット……単なる命令通りに動く機械という訳じゃなくて、()()()()()……それでお兄ちゃんはさっき、この道具と()()()()って言ったんだね。だけど、機械が自我を持ってるだなんて……一体、どれほど高度な人工知能なんだろう……)

 

「それで私は何をすれば良いの? いくら私がロボットだと言っても、思考はオリジナルの私と同じよ? 変なお願いは嫌だからね?」

 

「分かってる。君には少しの間だけ、本人の代わりに友達とお喋りしていてほしい」

 

「そんなことで良いの?」

 

「うん。ダメかな?」

 

「いや、別に構わないけど……」

 

 今、ロボット本人が言っていたように、コピーロボットは自身がロボットであるという自覚もあると同時に、コピー元の人格も完璧に再現している。

 故にコピー元の本人が嫌がるようなことを頼んだ場合、例え自分が本人を再現したロボットだと認識していたとしても、その頼み事を聞いてもらえない可能性が高いのだ。

 つまり道具(ロボット)としてではなく、1人の人間として接しなければならない。感情と自我が備わっているのなら、ロボットにも人権が与えられて然るべきということだろう。

 え? 『分身ハンマー』で作った分身なら頼みを何でも聞いてくれるって? 確かにそうだが、分身を元に戻す時に首輪まで本人に戻ってしまったら本末転倒なので、今回は安全策としてコピーロボットを選んだ。

 しかし、事前に『魔法事典』でひみつ道具を他人から見えなくしておいたので、コピーロボットも当然ながら周りの人間には見えなくなっている。だが本人を写真として周りから隠した状態で、コピーが本人に変身している状態なら、周りの人間はコピーをひみつ道具では無く()()()()()()()()()と考えられるので、恐らく魔法の効果が一時的に外れるはずだ。

 もしこれでコピーの姿が周りから認識されていなければ、その時はすぐに時間を止め、魔法事典に書いた魔法の効果を少し修正して魔法をかけなおすしか無い。

 

「次に本人を何とかしないとな」

 

「……その『カメラ』を使うの?」

 

「あぁ。これで本人を写せば……よっ」

 

カシャッ! ペラッ……

 

「ご覧の通り」

 

「……本当に、写真になるんだ」

 

 『チッポケット二次元カメラ』で本人を撮影した瞬間、本人の姿が一瞬の内に消えた。かと思えば、カメラから1枚の写真が現れた。その写真には、ランキング表を眺めている女の子本人が写っている。

 それこそがこのカメラの機能で、写した物を写真に変えることが出来るのだ。写真に出来るのは無生物だけでなく生き物も含まれており、文字通り何でも写真に閉じ込めてしまう。使い方次第では凶悪な武器にもなり得る道具と言えるだろう。

 ただし写真にお湯をかければ、閉じ込めた物を元の状態に戻すことが出来る。今回はコピーロボットが替え玉として活動している間だけ、本人を写真に変えて同じ人間が2人存在しないようにする為に使用する。

 

 更に、写真にした物は時間が止まった状態となる為、写された生き物は自身が写真に閉じ込められていた間の記憶は一切残らない。だからこそ、本人達にひみつ道具の存在を知らさず、奴らから保護することが出来るのだ。

 尤も、今回は既に本人の時間が止まっている状態で写真に変える為、後で元に戻したとしても本人の時間は止まったままである。時間停止を解除するか、『ウルトラストップウォッチ』で触れない限り本人は停止したままだ。

 しかし何事にも例外というものはあり、カメラの持ち主が自分自身を撮影して写真に変えた場合は、本人の意識は残ったままとなる。すなわち、写真として存在していた間の出来事も全て記憶していることになってしまう。

 

「しばらくしたら君を元に戻しに来るから、それまでは頼んだよ?」

 

「分かった。任せて!」

 

「この子はこれでよし。ドクロウ、次の女の子を探そう」

 

「………」

 

(私の中の常識が、音を立てて崩れていく……お兄ちゃんの道具を使えば、本当に10分もしない内に三界制覇出来そう……)

 

 

 

 

 

 

 

 それから俺達は最初の女の子と同じ方法で本人とコピーロボットを入れ替え、5人全員を替え玉とすり替えることに成功した。後は時間停止を解除し、香織達の様子を伺うだけだ。もちろん石ころぼうしを被り直すことも忘れない。

 

「……ドクロウ、ここからは『これ』を使う」

 

「あ、さっきお姉ちゃんに使った道具……」

 

「これは『正体スコープ』と言って、どんな怪奇現象でも覗くだけで解明出来る。つまり、これで覗けば奴らの隠蔽技術も一発で見破れるんだ。俺は女の子達の周りを見張っておくから、ドクロウはこのスコープを使って正統悪魔社(ヴィンテージ)がどこに潜んでいるかを探ってほしい」

 

「……分かった」

 

(あれほどの技術を簡単に見抜けるなんて……まぁ、石ころぼうしみたいな凄い道具があるくらいだし……)

 

 俺はポケットからウルトラストップウォッチを取り出し、時間停止を解除する。すると不気味なほど静かだった校庭が、途端に子供達の話し声で騒がしくなる。しかしそれと同時に香織やヴィンテージも動き出したということだ。

 コピーの周りを確認してみると、子供達は時間を止める前と同様にコピーに話しかけている。どうやら俺の予想通り、コピーロボットに対する魔法の効果が一時的に解除されているらしい。一先ずコピーについては安心だ。

 ドクロウがスコープで辺りを見回してくれていることを確認し、同じスコープをもう1つ取り出して香織を探す。このポケット、同じ道具が1つだけでなく複数個入っているのだ。これも神様が気を利かせてくれたのだろうか。

 とにかく、俺は6年生の生徒達……その中で終始笑顔を振りまいている香織を観察する。その手にはやはり、『神のみ』の原作で登場した『穴あけ機械』が握られていた。こいつ、いつの間に奴らと契約を……少なくとも、俺達が知らない内に……!

 

(……このランキングは、香織達が仕組んだことだったのか。結界が張られていなかったり、先生が事前に発表したせいで見抜けなかった……いや、それどころか、『球』も点滅していなかったから気づくことすら……!)

 

 あの時『○×占い』が『俺が原作通りの方法で事件を解決しても、原作と同じ歴史にならない』という答えを出した理由が少し分かった気がする。ここはやはり()()()()()()()()()()()()()であって、()()()()()()()()()()()のだ。

 だからこそ、俺が想定していなかった出来事が起こったとしても、何ら不思議は無いだろう。その結果がこれだと思うと、むしろまだマシな方だと言えるかもしれない。こうして原作知識とひみつ道具を利用して対処出来るのだから。

 本当に最悪な状況は、原作知識が全く役に立たず、ひみつ道具を使う暇すら与えられないまま……原作キャラ達が不幸な目に遭ってしまうことだ。桂馬に転生してしまった以上、それだけは何としてでも避けなければならない。

 

「……1位おめでとう。よく頑張ったわね」

 

「あ、香織さん!」

 

「……!」

 

 等と考えていると、香織が5年生の女の子……俺が用意したコピーロボットに接触した。慌てて俺は香織の傍に行き、間近で監視する。至近距離まで近づいても全く気づかれない所は、流石は石ころぼうしと言うべきか。

 

「その調子で、これからも勉学に励んで優秀な生徒になってね?」

 

「はいっ! ありがとうございます!」

 

「……振る舞いだけなら、本当に理想的な優等生だな」

 

 笑顔の仮面を被っている香織の演技は相当なものだ。俺でさえ、原作知識が無ければ良い子だと錯覚してしまうかもしれない。しかし、手元に握られている機械が……まさしく彼女の本性を表している。

 しかし、原作では天理に首輪を付けようとしていた時、物陰に隠れていたとはいえ……もっと露骨に天理を狙っていたような気がする。今の香織は、機械こそ握っているものの、それをコピーの女の子に向けようともせず……

 

(……まずは1人)

 

「……んっ」

 

「……っ!」

 

(立ち去る間際に首輪を……! これほど自然なら、本当に誰にも気づかれない……!)

 

 香織はコピーの元を立ち去ろうとした瞬間、さりげなく機械を作動させてコピーに首輪を巻き付けた。咄嗟にスコープから目を離すと、やはり裸眼では機械が全く見えないようになっている。

 これでは事情を知っていても気づくことが出来ない。それこそ、ドクロウのような新悪魔でも見抜けないほどなのだ。彼女の演技力に、奴らの隠蔽技術……この2つが組み合わさると、これほどの脅威に……!

 

「……お兄ちゃん!」

 

「……ドクロウ。見つかったのか?」

 

「うん。向こうの校舎に……!」

 

 ドクロウがスコープを向ける方向に、俺もスコープで覗いて確認する。すると原作でも見たヴィンテージが屋上に立っていた。どうやら香織が首輪を付けている様子を見ているらしい。

 

「肉眼では見えなくなってる。奴ら自身も姿を消して……」

 

「……やっぱりか。とにかく、奴らが怪しい動きを見せないか、引き続き見張っててくれないか?」

 

「分かった。でも、奴があそこで待機してるのなら、一体誰が首輪を……」

 

「……!」

 

 そうだ。ドクロウからすれば、ヴィンテージが突然首輪を付けたことさえ驚いているのに、そのヴィンテージが直立不動な状態で女の子に首輪が付いているとなれば、当然疑問に思うだろう。

 ……今までは香織に俺達のことを悟られない為に、ドクロウ達には香織のことを話していなかった。けれど、これ以上話さないでおくのは不味いな。さて、どう説明すれば良いか……

 

「……どうも奴は、この学校の生徒と協力関係を結んでるらしい。さっき、穴あけ機械を使って首輪を付けている女子生徒を発見した」

 

「……えっ!?」

 

(人間と協力……!? 奴ら、一体何を考えて……こちら側で言う協力者(バディー)ならまだしも、奴らのことだから……きっと、その子は……)

 

 ドクロウには『敵を欺くにはまず味方から』理論で香織のことを伝えていなかったが、流石にこの状況では話しておいた方が良いだろう。ただし原作のことは話せないので、あくまでも()()()()()()()()と説明しておく。

 

「俺はその女子生徒を監視する。さっきも言ったけど、ドクロウは念の為、奴が妙な行動を取らないか見張っていてほしい」

 

「……う、うん」

 

 ドクロウは少し動揺しているようだが、一先ずは奴らの監視を引き受けてくれた。その間も、俺は香織から目を離さず追っていく。首輪を付けるだけなら、現時点で天理達が命の危機に晒されることは無いだろうが、警戒しておくに越したことは無いはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……うららちゃん。ありがとう……うららちゃんも、その……凄いよ! だって、後1問で……んっ」

 

(……6人目っと)

 

「……そうか。天理には、この時……」

 

 あれから俺は香織に隣接しながら監視した。俺がコピーと取り替えた女の子5人に首輪を巻き付けた後、最後に俺達の所まで歩き……今度は話しかけることすらせず、少し離れたところから天理に首輪を付けた。過去の俺は案の定気づいていない。

 

(これで全部ね。さて、こいつらに気づかれないよう、校舎裏に……)

 

「……っ! お兄ちゃん、奴が校舎裏に……!」

 

「分かった。でもその前に……ドクロウ、こっちへ!」

 

「え……?」

 

 ドクロウからの連絡を受けた直後、俺はドクロウの手を引いて子供達から少し離れ、ポケットからウルトラストップウォッチを取り出して再び時間を止める。子供達が周りにいる状況でこの道具を使ったら、周りの子供達まで時間停止の影響を免れてしまうからな。

 

「……また、時間を止めたの?」

 

「あぁ。奴らを追うことも大事だけど、その前にコピー達を元に戻さないとな」

 

 俺はここから最も近いコピーの女の子の元に近づき、ウルトラストップウォッチで触れてコピーの時間停止状態を解除する。時間が止まった状態だと、コピーロボットを元の人形に戻せないかもしれない。

 だからこそ、こうしてコピーの時間を動かす必要がある。もちろんコピーと話をする為にも、さっきと同じように石ころぼうしを脱いでおく。

 

「……あれ? 皆止まってる……もしかして、貴方が?」

 

「うん。本人の代役を引き受けてくれてありがとう。今から君を元に戻すよ」

 

「そっかぁ。まだお喋りしたかったけど……仕方ないよね」

 

「……ごめん」

 

 少し名残惜しそうにしているコピーに罪悪感を覚えたが、コピーの鼻を軽く押す。するとコピーがみるみる内に小さくなり、数秒で元の人形に戻った。もちろん、巻き付いた首輪はそのままだ。だからこそ、()()()()()()()()()()()ことが出来る。

 

「……そういうことだったんだ。確かに、この方法なら……安全に首輪を外せるね」

 

「咄嗟に考え付いた方法が、生憎これしか無かったんだけどな……コピーには悪いことをした。でも、ここで落ち込んでもいられない。今度は本人を元に戻さないと」

 

 俺はポケットにしまっておいた、女の子本人の写真を取り出す。もちろんこれだけではダメなので、同時にポケットから『懐中電灯』を取り出す。本来は写真にした物はお湯をかけないと元に戻せないのだが、『この道具』をお湯の代わりとして使う。

 

「……懐中電灯?」

 

「これは『復元ライト』と言って、この光を当てると何でも元の状態に戻すことが出来るんだ。本来は壊れた物の修復に使う道具だけど、今は写真にした女の子を元に戻す為に使う」

 

 この『復元ライト』は、声優交代前の『ドラえもん』に登場したアニメオリジナルのひみつ道具で、簡単に言うと『復元光線』の上位版だ。光を当てた物を何でも新品同様の綺麗な状態に戻すことが出来る。

 しかしこれだけでは復元光線と変わらない効果だが、この道具の凄いところは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()点と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()点である。

 前者は『タイムふろしき』と同等の効果で、特に後者はこの道具の最も便利な機能と言えるだろう。復元方法はそれぞれ『おまかせ』、『ちょっと』、『とりけし』、そして『おこのみ』の4種類がある。

 『おまかせ』モードは基本的に復元光線とほぼ同じ効果だが、『とりけし』モードでは一度復元した物を復元前の状態に戻すことが出来る。『ちょっと』モードはアニメ中で描かれていないが、恐らく細部の復元に使用するのだろう。

 

 これだけでも復元光線より便利なのだが、特筆すべきは『おこのみ』モードだろう。この機能は、タイムふろしきや復元光線のように()()()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()()調()()()()()のだ。

 例えばボロボロに欠けた骨董品があったとして、ボロボロ具合を維持したまま欠けた部分のみを復元する等といった細かな復元も行える。タイムふろしきや復元光線では難しい事柄も、この復元ライトならあっさり実現出来てしまう。

 

 今回、写真にした女の子を元に戻す際、タイムふろしきでは()()()()()()()()()()()()()()()()()危険性がある。そして復元光線では、もしかすると()()()()()()()()()()()()()ことになってしまうかもしれない。

 しかし復元ライトなら、『おこのみ』モードで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という複雑な復元を確実に行うことが出来る。普段はタイムふろしきや復元光線で十分だが、こういう時は復元ライトの便利さが光る。

 『取り寄せバッグ』や『物体瞬間移動機』、『取り寄せ壺』で人様の家のポットを勝手に拝借するのは実質泥棒と大差無いので気が引けるし、『温泉ロープ』を毎回地面に敷いてお湯をかける手間を考えれば、復元ライトを使った方が効率的だろう。

 

(ダイヤルを『おこのみ』に設定して……これでよし。後は写真に光を当てれば……)

 

「あ……!」

 

(写真だった女の子が、一瞬で元の姿に……)

 

 復元ライトの光を当てると、途端に写真に閉じ込められていた女の子が元の状態に戻った。それでいて時間停止は維持されたままだ。このような芸当は復元ライトでないと難しいだろう。

 

(無事に戻ったな。えっと、コピーが立っていた位置は……足跡からして、この辺りか。まさか引き摺る訳にもいかないし、『かるがる手袋』で安全に運ばないと……)

 

 ポケットから取り出したかるがる手袋を手にはめ、時間が止まっている女の子をゆっくりと持ち上げる。そのまま先程コピーが友達と喋っていた位置に立たせておく。こうしておけば、女の子本人は少し違和感を覚えるだろうが、流石に時間が止まっていたと見抜かれることは無いだろう。

 

「そのまま同じ方法でコピー達と写真の女の子達を元に戻して首輪を回収する。ドクロウ、外した首輪は君が持っていてくれないか?」

 

「え? お兄ちゃんのポケットにしまえば……」

 

「そういう訳にもいかない。ポケットの中は四次元空間になってるから、下手をすると首輪の信号を奴らが感知出来ない可能性がある。石ころぼうしを被っている間はともかく、帽子を脱いだ後は俺達が首輪を外したことが奴らにバレるかもしれない」

 

「…………」

 

(理由は分かったけど、四次元って……時間を操るだけでもとんでもないのに、そんな得体の知れない亜空間まで作り出せるなんて……)

 

 写真の女の子達を元通りにしたら、いよいよヴィンテージと対面することになる。もちろん俺達は石ころぼうしを被っているので香織達に気づかれることは無いが、それでも……初めて原作の敵と出会うことになる。心の準備だけはしておかないと……!



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