デート・ア・ライブ 小雪セイバー (業務用消火器の安全栓)
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プロローグ

高校の入学式の日、私は登校中に起こった電車の脱線事故で死んだ。はずだった。

死んだはずの私がいたのは何もない空間だった。

所謂、神様転生というやつらしい。サブカルチャーの世界でしか存在しないと思っていた言葉に心踊ることがなかったと言えば嘘になる。軽く、趣味の方向性が大分人とは違うとはいえ、私も現在日本に存在するヲタクの一人だったのだから。

転生特典という、存在するかしないかが(物語によって)分かれるであろう言葉を聞いたときの私の心は、まさに狂喜乱舞という言葉がぴったり合う程に高揚していた。私が愛した彼ら彼女ら(キャラクター)になれる、同じ力を得ることができるというのだ。喜ばなければ嘘だというものだろう。

数時間悩んだ私は、眼前の神様に私を『魔法少女育成計画』の『スノーホワイト』にしてもらうように頼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その願いは、少しの誤差と共に叶えられた。

転生先は『デート・ア・ライブ』。

私はそこで、精霊と呼ばれる存在になるようだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五河士道(いつかしどう)は普通の高校生だ。家族は両親と妹の3人、両親は仕事の都合で家にいないことが多いので家事は自分でやっている。

だが、今年の4月10日、空間震警報が発令された中、GPSの位置情報を頼りに、妹が避難しているかどうかを確認しに動いたのがダメだったのだろう。それがなくても最終的には()()なっていただろうが、士道の中にはその考えは浮かんでいない。

結局の所、その日の空間震が全ての始まりだったのだ。

空間震、30年前ユーラシア大陸で発生したのを皮切りに世界中で発生した空間の地震。発生原因は不明。数年前からここ天宮市で頻繁に起こっている。

妹、琴里の安否を確認しに行った先で見たのは機械の鎧を纏った複数の人が、クレーターの中心部にいた一人の少女を殺そうとしている所だった。その時俺は何もできなかった。ただ、殺意を向けられている少女の目が、何もかもに絶望し切ったその目が気に入らなくて。誰もその目を変える事ができないのかと疑問に思っていた。

少女に襲われ、気絶した俺は空中艦〈フラクシナス〉に確保された。そこにいたのは目の下に深い隈をもつ(30年間寝ていないらしい)女性、村雨令音さん。その人に連れられて会った〈フラクシナス〉の艦長は、妹の五河琴里だった。普段との性格の違いに驚きつつも、聞いた内容の要点を纏めるならばこうなる。

まずひとつ目として、少女は精霊と呼ばれる存在。こことは違う別の世界、隣界と呼ばれる場所から現れる特殊災害指定生命体。こちらの世界に現れる時、空間震を発生させる。

ふたつ目に、機械の鎧を纏っている側はAST。Anti Spirit Team、対精霊部隊の略称であり、その名前通りこちらの世界に現れた精霊に対抗するために作られた部隊。隊員は全員魔術師(ウィザード)と呼ばれる特殊な人間で構成される。

そして最後に、〈フラクシナス〉が所属するのはASTとは違うベクトルで精霊に対抗するために作られた組織。ラタトスク機関。精霊を武力ではなく対話による鎮圧を目的とした組織で、琴里の言うことが本当なら俺のサポートをするために作られた組織。活動方針はたったひとつのシンプルなもの。すなわち、デートして、デレさせろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五河士道は二人の精霊をデレさせた。

彼が初めて出会った精霊。

名前のなかった彼女に夜刀神十香という名を与え、無知だった彼女に世界を教えた。

二人目は幼い少女のような精霊だった。少女は四糸乃。左手につけた、陽気な性格のパペットはよしのん。士道が今まで会ってきたどんな人よりも優しいのではないかとすら思わせる彼女は、自分の命を狙うASTに対しても傷つけることを疎んでしまう。士道は、彼女の英雄(ヒーロー)となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、3人目の精霊、時崎狂三(くるみ)はその二人とはまるで違った。嬉々として殺人行為を繰り返し、何度殺してもその度に甦る。そんな狂三を殺し続けていた自称、士道の実妹、崇宮真那。狂三を殺す為に心を磨り減らし続ける彼女を救うため、十香の願いに応えるため、そしてなにより、狂三を救うため。五河士道は立ち上がる。

その後士道は屋上で狂三を説得し、狂三の心が傾きかけた所に狂三の本体が現れ、狂三を殺し、空間震を起こそうとする。それを止める為に精霊〈イフリート〉、五河琴里が時崎狂三を撃退する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが本来の原作(歴史)での出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

時崎狂三は困惑していた。確かに今自分は空間震を発生させた筈だ。その筈なのに、()()()()()()()()()。何者かが行動を起こしたのは間違いないだろう。だが誰だ、五河士道はあり得ない。彼は狂三の分身体が捕らえている。鳶一折紙と夜刀神十香も同様だ。崇宮真那は先程の傷がまだ回復していない以上動くことは出来ない。となれば、有り得るのは第三者による介入だろう。

 

(わたくしと士道さんとの逢瀬を邪魔する無粋者は何者なのでしょう?)

 

そんなことを考えると同時に邪魔者の候補に思いを巡らせる。

 

(士道さんのバックについている組織か、それともわたくしが何か行動を起こす度に追いかけてくる()()でしょうか。)

 

その質問への回答は、狂三が背中を守るような形で配置した分身体が殺されるという、狂三にとってあまり良くない形で示された。

 

 

 

狂三の背後の狂三たちが上半身と下半身を分断されていく。狂三たちをそうしたであろう凶器、出刃包丁と薙刀を足して二で割ったような不思議な形状の武器が狂三の首へと迫る!

紙一重でその凶刃を避けた狂三が振り返った先にいたのは

学生服のような服装をしている、金色の瞳と桃色の髪を持つ少女。腰周りとヘアバンドには大きな花飾りがついている。だが、そんな服装よりも目を引くのはその表情であろう。表情、というには少し語弊があるかもしれない。彼女の顔には表情と呼べるものは存在していないのだから。

 

 

 

 

識別名〈セイバー〉、一人の転生者(人間)が『スノーホワイト』となることをのぞんだ結果生まれた存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

何が起こったのだろう。状況だけを見れば明らかだが、突如現れた少女、恐らくは精霊であろう彼女の情報が足りず、士道は困惑していた。多分だが、十香と折紙もそうなんだろう。

だが、狂三と少女はそんな三人を無視して状況を進展させていく。

 

「あらあら、またあなたですの?一体どうやってわたくしの空間震を止めたのか。後学のために質問してもよろしくて?」

 

馬鹿にするように狂三が放ったその言葉を無視して、対面の少女は駆け出した。

 

「まただんまりですの。残念ですわ。まぁ、掛かる時間が短いと考えれば、好感が持てますわね!〈刻々帝(ザフキエル)〉──【七の弾(ザイン)】!」

 

狂三の背後の時計盤、そのⅦの文字から影が染みだし、歩兵銃へ吸い込まれていった。

 

(まずい!あの弾が当たると!)

 

先程の七の弾(ザイン)の効果で時間を止められ、その間に幾発もの弾丸を受けた真那を思い出し、士道は少女を庇いに動こうとするが、狂三たちに取り押さえられているため動けない。

狂三は一直線に自分の方に向かってくる少女に対し、歩兵銃を構え、撃った。

放たれた弾丸を、少女は手に持っていた天使を投げつけ、それに命中させることで防御する。

当然、天使は空中に静止するが、すぐに消失し彼女の手元に再顕現する。

その間に準備を済ませた少女は、狂三に目掛けて天使を振るおうとするが

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【一の弾(アレフ)】」

 

加速した狂三には届かない。

だが次の瞬間、狂三の頭上を炎が襲った!

また新しい精霊だろうか。疑念と共にそこにいる全員が顔を上げた。

 

空が、燃えている。

 

そう言っても過言ではないほどの熱量が空を覆っている。

 

 

そしてその中心にいるのは、()()()

 

(どういうことだ!?)

 

士道は内心困惑に包まれており、それが分かりやすく表情に出ている。困惑しているのは十香も狂三も同じではあるが、そのベクトルがちがう。

十香のそれはいつも共にいる彼女が精霊であったことに対するそれであるが、狂三のそれは精霊が突如現れたことに対するものだ。

そんな中で唯一表情の変わらない少女が、揺れ動かない瞳で琴里を見ている。

 

「あなた、確か〈セイバー〉ね、ラタトスク(うち)の士道を助けてくれてどうもありがと。」

 

少女……〈セイバー〉と呼ばれた彼女に話しかけた琴里は、

 

「あとは私がやるわ。もし手伝ってくれるって言うなら士道たちをお願い。」

 

 

琴里の突き放したような物言いに対しても彼女は無言のままで、「構いませんよ。」シャベッタ!?

いや、そんな事より!

狂三の腕を天使で切り落とし、折紙、十香、俺の順で拘束を解いていく少女に訴える。

 

 

「琴里を止めてくれ!」

 

「いえ、どうやら止められると怒りでどうにかなりそうらしいので。」

 

変わらない無表情のままで答える。気を失っている折紙は彼女の手で運ばれている。

 

「私はちゃんとお願い、聞いてもらえたみたいね。あんたみたいな性悪とは違って性格が良いのが伝わったのかしら。」

 

いつも(ラタトスク)のように鼻を鳴らしながら皮肉を言う琴里だが、

 

「ひひひ、ひひ。ずいぶんと楽観的ですのね、琴里さんは。もしかしたら最期のお願いだと思って聞いてくれたのかもしれませんわよ?」

 

当然、黙って聞き流すような狂三ではない。

売り言葉に買い言葉、皮肉に挑発でかえす言葉の戦いは、次の瞬間終了した。

 

「わたくしたち!!」

 

屋上を埋め尽くしていた無数の狂三が、一気に琴里のもとへ走り出していく。

 

「ふん」

 

だが琴里は一瞥すらせず鼻で笑う。この程度なら、一瞬で終わる、と。

 

「〈灼爛殲鬼(カマエル)〉」

 

肩に掛けた戦斧を振るい、眼前の狂三を薙ぎ払う。

 

「きひひっ!無ゥ駄ですわよう!!」

 

狂三の嘲笑が屋上に響き渡る。

あの戦斧がどんな天使かは分からないが、少なくとも一薙ぎだけであの量の精霊を殺し尽くすのは不可能だ、と。

 

だが、現実は非常である。

 

幾人もの狂三が灼爛殲鬼(カマエル)から放たれた炎に包まれ、次の瞬間には跡も遺さず蒸発している。

 

「ぅ熱っつ……!」

 

直接炎の届く場所にいないにも関わらず、身を焦がす程の熱が伝わってくる。直接当たれば精霊ですら蒸発させる炎だ、当然ただの人間である士道は近づいて無事でいられるはずもない。

琴里は、灼爛殲鬼(カマエル)を狂三に向けて構える。

 

「琴里!どういうことだよ、これ!!」

 

「大人しくしてて、士道。逃げてもいいけど出来れば〈セイバー〉の後ろにいて、今のあなたは簡単に死んじゃうんだから。」

 

()()()()()()()()」、琴里の今の言葉に士道は理解した。今まで自分を何度も救ってきた、傷を癒してくれたあの炎は、今は使えないのだと。

その訳は、すぐに示された。

 

「もういい加減、時間が惜しくなってきましたから。すぐに()らせていただきますわ。〈刻々帝(ザフキエル)〉──【七の弾(ザイン)】!」

 

すると、〈刻々帝(ザフキエル)〉の『Ⅶ』の文字盤から影が染みだし、狂三の銃口に吸い込まれていく。

すぐに放たれた銃弾(それ)は、姿勢、距離、速度、タイミング、どれをとっても避けようのない完璧な一撃であったが、それは士道(人間)から見ての話だ。

人間を遥かに超越した精霊の動体視力は、その銃弾を確実に捕らえており、琴里は銃弾を弾き飛ばした。

 

「琴里ッ!!!」

 

が、それでは駄目だ。士道はたまらず叫んでいた。

七の弾(ザイン)】。その能力は、命中した対象の時間の停止。

先程、〈セイバー〉は天使で迎撃することによって【七の弾(ザイン)】を対処した。しかしそれは体から完全に切り離した投擲という形であり、そのまま灼爛殲鬼(カマエル)で受けた琴里とは話がまるで違う。

つまり結果として、琴里の時間は停止した。

 

「ふふ、あはははははははッ!」

 

再び屋上に響く笑い声。時間が惜しくなってきたと言う割には、ゆっくりとした歩調で動く狂三。

 

「如何なる力を持っていようと、止めてしまえば無力以外の何でもありません。あぁ、お痛わしゅうございますわ琴里さん。残念ですが、これでおしまいです。」

 

「やめ──」

 

狂三を止めようとする士道だが、〈セイバー〉に道を塞がれる。

 

「どうして止める!?琴里が危ないんだ!行かせてくれ!!」

 

士道の心からの願いは、間髪入れずに少女に否定される。

 

「私は、その琴里さんにあなたたちの安全を頼まれました。それが彼女の願いですから。」

 

「だったら!!「それは必要ないです。」」

 

士道の内心は焦燥と困惑で満ちている。頼まれたからやっているのだとしたら、こちらから頼めば聞いてもらえるかも、と思ったが、また一蹴された。

 

「ちゃんと前を見てください。」

 

狂三は何発もの銃弾を琴里に撃ち込んでいく。

 

「それでは、ごきげんよう」

 

そして最後に至近距離から眉間への止めの一撃。それと同時に【七の弾(ザイン)】の効果が解除され、琴里の体のあちこちから血が吹き出してくる。

 

「琴里ッ!!!」

 

その全身を狂三の凶弾によって穿たれた琴里の体は、触れたら崩れてしまいそうなほどにボロボロで、士道は触れることが出来ない。

 

「あ、あ…………」

 

「うふふ、ふふふふふふッ!ああ、ああ、終わってしまいましたわ。折角出会えた強敵でしたのに。無情ですわ。無常ですわ。やはり一番の強敵はあなたですわね。ねぇ、〈セイバー〉さん?」

 

ここにいる全員に語り聞かせるように、芝居掛かった口調で回りながら嗤う狂三。

 

「おい女!どういうことだ!ぜんぜん大丈夫ではなかったではないか!」

 

誰の目から見ても明らかなほどに怒っている十香が、〈セイバー〉に掴み掛かろうとするが、ひょい、と避けられてしまう。

 

「ふぐッ!」

 

「必要ない、と言ったんです。あとは見ていれば分かります。」

 

この期に及んで一体何を─────琴里の発言を忘れていた士道には理由がわからない。

だが、思い出してほしい。彼女は何と言っていただろう。

そう、“今のあなたは簡単に死んじゃうんだから”と言ったのだ。

十香の時、四糸乃の時、士道の命を救ってきたものは一体何だったか。

そう──────“炎”だ。

 

「こ、れは───」

 

呆然と、声を漏らす。琴里の体のあちこちに存在するかぞえきれないほどの銃創。それらから焔が吹き出し、全身を舐めるように覆っていく。

 

「一体、どういうことですの?」

 

狂三の顔から余裕の笑みが消えた。それほどに予想外の出来事だったということだろう。焔が通った跡には、傷も、血の跡も、霊装の綻びすらも残っておらず、それこそ現れた瞬間そのままの姿の琴里がいた。

 

「まったく、派手にやってくれたわね」

 

何事もなかったかのように平然としている琴里。それに対して、狂三はますます冷静さを欠いているように見える。

 

「私としては、あなたが恐れ(おのの)いて戦意喪失、っていうのが理想的なんだけど。」

 

灼爛殲鬼(カマエル)を構え直しながら狂三を睨み付ける琴里。

 

「……ふん、戯れないでくださいまし!」

 

狂三は、反撃のために身を反らし、両手の銃を背後に向けて、

 

「【一の弾(アレフ)】………!」

 

狂三の左目の時計がものすごい勢いで回転し、〈刻々帝(ザフキエル)〉の『Ⅰ』の文字から夥しい量の影が滲み出て両手の銃に吸い込まれる。狂三はそれを屋上に残っている狂三たちに撃ち、最後に自分のこめかみに銃口を押し当て、引き金を引いた。

 

「────ちッ!〈セイバー〉!士道たちをちゃんと守りなさいよ!」

 

恐ろしい速度を得た何人もの狂三たちが、琴里を取り囲むように飛び回り、次々と攻撃を当てていく。

 

「切り裂け────〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!」

 

琴里が吼えると同時に〈灼爛殲鬼(カマエル)〉は全長、体積をともに増大させる。

次々と、無数の狂三が、琴里の灼熱の刃に薙がれて灰になっていく。

 

「くッ………!」

 

そんな苦悶の声とともに、狂三が琴里の射程圏内から離脱する。

どうやら、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の攻撃を食らってしまったらしい。肩から腹にかけて、火傷のようで切り傷のような、奇妙で痛々しい傷跡ができている。

 

「一体、なんなんですの!………あなたは!?」

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【四の弾(ダレット)】!」

 

短銃を掲げて叫ぶと同時に、〈刻々帝(ザフキエル)〉の文字盤の『Ⅳ』の文字から影が滲み出て、狂三のこめかみに当てられている銃に入って、すぐに放たれる。すると、まるで時間を戻したかのように狂三の体から傷跡が消えていた。

それと時を同じくして、琴里の周囲を飛び回っていた狂三の分身体全てが、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の焔によって灰になった。

 

「あら、もう打ち止めかしら?案外呆気なかったわね。もう少し本気を出しても良かったのよ?」

 

琴里が戦斧を肩に担ぎながら、ふふんと得意気に鼻を鳴らす。

その物言いに狂三が美しい顔を凄絶に歪ませ歯をぎしりと噛み締めた。

 

「その言葉─────絶ェッ対に後悔させて差し上げますわッ!〈刻々帝(ザフキエル)〉……ッ!」

 

狂三が言葉を放ったその瞬間から、彼女の時計が今までより更に速く回り始めた。

 

「ッ!させるかっての……!」

 

そんな様子に底知れない不気味さを感じたのか、琴里が〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を振りかざすが、

 

「───ぁ」

 

小さな、本当に小さな声をのどから発して、その場に膝をついてしまった。

 

「こ、琴里!?」

 

それが何なのかは分からないが、琴里の窮地であることは容易に想像できた。思わず声をあげてしまう。が、それと同時に、目の前で士道たちを守ってくれていたはずの彼女がいなくなっていることに気がついた。

 

「あッはははははははははは!悪運尽きましたわねェ!」

 

狂三は高らかに笑い、〈刻々帝(ザフキエル)〉の効果が込められた銃を琴里に向ける。

 

「──【三の弾(ギメル)】」

 

狂三がその言葉を発するよりも速く、〈セイバー〉は琴里の首もとに天使を叩き込み、その後すぐに天使の石突きを琴里の霊装にひっかけて士道の方(こちら)に放り投げた。

そして屋上の床部分を踏み割り、床から分離し巨大な石材となったそれを狂三の方に蹴り飛ばす。

狂三の弾丸、【三の弾(ギメル)】が命中したその石材は、まるで()()()()()()()()()ように朽ちていった。

 

「あら、選手交代ですか?〈セイバー〉さん?」

 

愉快そうに、余裕そうに、こちらに笑みを向けてくる狂三。だが、その笑みが真実のそれではないことを彼女───〈セイバー〉は知っている。

 

「はい、あなたも余裕が無いなら逃げても(リタイアしても)良いんですよ?」

 

内心を見透かされたことに少し驚くものの、すぐに表情を笑みに戻して思考する。

この場で彼女と戦った場合、時間の浪費というデメリットの方が大きくなる。

 

「ええ。では、そうさせてもらいますわ。」

 

結果、狂三が選んだのは撤退だった。無様ではあるが、冷静な思考に基づいた判断だ。誰も責めることはない。

狂三の影が正常な形に戻り、狂三が影の中に沈んだと同時に士道の意識も闇に落ちた。狂三の正体と本質、突如現れた謎の精霊、そして──────琴里。

短時間で様々な情報を詰め込まれた一般人(士道)の脳は既に限界であった。

 

「シドー!シドー!どうした?狂三が何かしたのか!?」

 

「眠っているだけです。疲れたんでしょう、色々と。どこに運べばいいですか?手伝いますよ。」

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、五河士道が精霊(少女達)を救う物語だ。

それに変わりはない。

この世界にいないはずのスノーホワイト(彼女)の存在が、物語にどんな変化をもたらすのか。

今はまだ語ることはできない。

ただ、一つだけ確かなことがある。

主人公(士道)役得(苦労)は確実に増えるだろう。




読者の皆様に一言御礼を。
このようなニッチ、駄文、見切り発車と三拍子揃った拙作を最後までご覧いただきありがとうございます。
できる限り続けていきたいと思っているので、よろしくお願いします。


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五河シスター
小雪エンカウント


二話です。
大体このくらいのペースで行けたらなと思っています
相変わらずの駄文です。
それでも良いという方は残ってください。

それではどうぞ。


士道を微睡みから引き上げたのは、鈍い痛みだった。

「───ッ!」

痛みの発生源───額に触れてみるが、傷もコブも存在していない。どちらかというと、内側から鈍痛が響いてくる感じだ。

周囲を見渡してみと、見慣れた光景、〈ラタトスク〉の医務室だ。朦朧とした意識が目覚めていくとともに、気を失う前の光景が甦ってくる。

 

(ッ…!そうだ!十香は?琴里は?)

 

ベッドの左右を見回す、誰もいない。だが足に違和感を感じて見てみると、見知った顔の少女がそこにいた。

少女────夜刀神十香は、ぐっすり眠っているようだ。口の端から涎が垂れている。

 

「十香………?」

 

名前を呼んでみるが、反応は返ってこない。ただ規則的に肩を上下させるだけだ。

 

「士道くーん、起きてますかー?」

 

そこへ、〈ラタトスク〉副指令、神無月恭平がいつもの飄々とした雰囲気のまま医務室へと入ってきた。

 

「神無月さん!琴里は、琴里は大丈夫なんですか!?

それに折紙と真那は!?あいつも手酷くやられていたはずです!」

 

士道は、近くに寝ている十香がいることも忘れるほど必死に、神無月に問いかける。

 

「うおっと、起きてたんですね士道くん。」

 

「はい、さっき目が覚めました。それよりも、琴里や折紙、真那は大丈夫なんですか?」

 

返事とともに、再び問いかける士道。

 

「はい。司令は、令音さんが言うには、問題ないそうです。いまは、別の場所にいます。鳶一さんや真那さんは後から現れたAST隊員に運ばれていきました。恐らく、今頃自衛隊天宮病院にいるでしょう。」

 

「く───そ………っ」

 

「いえ、実際君は今回良くやってくれました。〈ナイトメア〉──時崎狂三の足止めや、説得行動。予想外の事象が多かったにも関わらず、本当によくやってくれました。」

 

予想外の事象───何があっただろうか。痛む頭で必死に考える士道だが、思考は、聞こえてきた声に遮られる。

 

『おーい!士道くーん!いつまで二人だけでしゃべってるのさー。そろそろよしのんも仲間に入れてくれなーい?』

 

「よしのん、あんまり士道さんを、困らせちゃ……駄目でしょ」

 

陽気で快活な少女を思わせる声と、蚊の鳴くような小さい声。〈ラタトスク〉で保護している元精霊、四糸乃と、そのパペットのよしのんだ。

 

「四糸乃!お見舞いに来てくれたのか?悪いな。」

 

そんな想定外の訪問者に士道は思わず、日本人的な謙遜をしてしまうが、

 

『むー』

 

一人……一匹?一体?単位はともかく、よしのんへの挨拶を忘れてしまっている。

 

「……あ、ああ、ごめん。よしのんもありがとうな」

 

今度は、謙遜ではなくお礼だ。よしのんも、『寛大な心で許してあげるよー』と上機嫌だ。

 

「それで、神無月さん。琴里は、今どこにいるんでしょう。それと、俺たちを助けてくれた、あの……〈セイバー〉っていうのは、誰なんですか?」

 

はっきりした頭で、二つの質問をする士道。

 

「司令は先ほども言いましたが、今は別室です。そしてもうひとつ。〈セイバー〉についてですが………少々長くなるかもしれませんが、それでもいいですか?」

 

確認されるが、士道の答えはもちろん肯定だ。

 

「四糸乃たちはどうする?聞いてくのか?」

 

「はい、お願い………します。」

 

そして神無月は語り始める。最悪の精霊、〈ナイトメア〉時崎狂三の対極として各国に扱われる最善の精霊、〈セイバー〉の存在を。

 

「彼女、〈セイバー〉は数年前から確認されている精霊です。精霊としては、空間震の規模が小さく、霊力隠蔽能力が極めて高いことが特徴でしょうか。霊力隠蔽能力については、何かローブのようなものを被った時に発動するので、霊装の効果と見られています。空間震規模の問題と先ほど挙げた能力によって、正確な目撃件数は分かりませんが、少なくとも世界各国で数百件、それらしき人物が確認されています。ここまではまぁ、討伐対象(精霊)としてAST等に配布されているデータですね。ここまでで、何か質問は有りますか?」

 

「えっと、総合危険度?っていうのがあるんじゃないのか?琴里からちょっと聞いたうろ覚えなんだけど。」

 

「あぁ、それ聞いちゃいます?本筋に持って来ようとしてたんですが。いいでしょう。教えてあげます。」

 

変に勿体ぶった口調を、話を()()()()()()()にわざとやっているように感じる。そんな具体的な違和感を感じながら、神無月の話に耳を傾ける。

 

「総合危険度は全精霊中最低のCランク。消失(ロスト)するまでのスパンがとても長いので回数自体が少ない小規模な空間震、対精霊部隊との交戦数の少なさなどが理由となりますが最大の理由(それ)は別のものです。士道くん、〈セイバー〉って、意味わかります?」

 

いきなり何を聞いているのだろうこの人は。そんな思いを込めて睨んでみる。

 

「はは!猜疑心に満ちたいい目ですね!今度司令にもやってもらいましょう。」

 

「さて、聞き方がダメだったんでしょうか…。そのまま答え言っちゃいますね。ここで使われている〈セイバー〉はS、A、V、E、R、つまりはライフセイバーのセイバーです。セーバーとも言いますね。救助者、救済者という意味です。決して剣士のSABERではありません。」

 

「〈セイバー〉────彼女は災害被災地やら事故現場やらに現れて、日本で言うところの自衛隊やらが来るまでの間要救助者の救助活動をしているんです。最も大きな行動としては、○○の内乱に加担して、政府側の要人を引っ捕らえた上にそいつらの悪行の証拠を片っ端から反政府側に送って革命を成功に導いたとか。」

 

そんな噂を士道は聞いたことがあった。○○の革命はある一人の少女の尽力によって成されたものだった。もっとも、精霊の存在を知らない当時の士道としては、眉唾物の都市伝説程度の物だったが。成る程実話だったのか。

 

「そんな風に、国家にとっても利益になる行動をやってるせいで討伐命令が中々下りにくいんですね。その為、我々〈ラタトスク〉における攻略優先度はとても低いです。攻略しなくてもよいのではないか、という者もいる程度には。」

 

確かに、利益のみの視点から見れば彼女の存在は悪いものではないのだろう。有って無いようなものである空間震さえ耐えていれば後は向こうが救助活動をするのを待つ。たったそれだけで、被災者が減り、それだけ悲しむ人が減るのだから。

 

だとしたら俺が彼女を─────精霊として救おうとするのは正しい事なのだろうか。これはただのエゴなんじゃないか。そこまで考えて、ふと下を見る。そこにいた少女を見て、大切な約束を思い出した。

 

(そうだ。俺は十香と約束したじゃないか。精霊は全員俺が救うんだ。エゴだろうと何だろうと関係ない。ありがとな、十香。)

 

覚悟は決まった。どんな精霊でも救ってみせると、そう決めたのは他ならぬ彼自身なのだから。〈セイバー〉──救済者という名前をつけられた彼女すらを救済するため、今得た情報をまとめようとする。

 

「ちょっと待ってください神無月さん。消失(ロスト)しないってことは、今〈セイバー〉はどこにいるんですか?」

 

 

 


 

 

〈ラタトスク機関〉が誇る空中戦艦〈フラクシナス〉。その船のある一室で、精霊〈セイバー〉とラタトスク解析官、村雨令音は対面していた。

 

「さて、一先ずお礼を言っておこう。今回、精霊〈ナイトメア〉時崎狂三との戦闘の際、シンと琴里、それに十香を助けてくれてありがとう。我々〈ラタトスク機関〉にとっても、私にとっても、これはありがたい事だ。何かこちらに出来ることはないかな?我々の総力を以て手伝わせてもらう。あぁ、すまない、まだ名前を聞いていなかったね。名前で呼ばれるのが嫌だ、というのなら識別名でも構わないが、そう思わない者もいるだろうから教えてくれると助かるよ。」

 

覇気の無い、ゆったりとした口調で礼を言う令音。対面の少女は眉ひとつ動かさずに口を開く。

 

「私は姫河小雪です。まず質問ですが、あなた達は何がしたいんですか?」

 

本当に疑問に思っているようには全く聞こえない。平坦な口調で〈セイバー〉────姫河小雪は問いかける。

平坦な口調といったが、これは人から見たときの話だ。

実際のところ、小雪の心中は穏やかなものではない。眼前の女性からは、自身が持つ力、つまり天使の能力によって聞こえるはずの心の声が()()()()()

ルーラ(薙刀)形の天使〈裁定審判(マステマ)〉、転生によってスノーホワイトとなった彼女が、ファルがいないというスノーホワイト(本人)との違いを埋める形で与えられた特典だ。その能力は心を読むというありふれたものであり、ワードによる絞り込みも可能。まあ、彼女は魔法少女育成計画のスノーホワイト同様、『困っている人の心の声を聞く』という使い方しかしていないが。

だが令音からは心の声が聞こえなかった。心の声を全て読み取ればいいのかもしれないが、スノーホワイトであろうとしている限りこの封印は解くつもりはない。

結果、直接聞くという手段をとった。

 

「最初は質問か。そうだね。私たち〈ラタトスク機関〉は精霊との対話交渉を目的として設立された組織だ。決してAST等のような対精霊部隊ではないよ。君と敵対する理由もない。」

 

バレたら困る、というような声は聞こえない。屋上にいた少年、士道と呼ばれていた彼の望みとも一致する。小雪は、少なくともこれは嘘ではないと考えた。それなら次に聞くべきは───

 

「では二つ目です。精霊と対話して、何がしたいんですか?」

 

これだろう。精霊と対話し、平和的に取り込んだ後利用する。そんな組織なら一刻も早く壊滅させるに尽きる。

 

「単純に、君たちを助けたいから。では信じてもらえないだろうか。」

 

これにも、バレたら困るという風ではない。この状況で心の中まで平然と嘘をつける人はいないだろう。警戒を一段階緩めた上で次の質問を考える。

 

「士道さん、でしたか?明らかに一般人であろう彼がどうしてあのような状況のあの場所にいたのか。彼が〈ラタトスク機関〉にいる理由を教えてください。」

 

困っている人を助ける、小雪の行動の根幹はこれだ。それは誰であっても例外ではなく、当然、あの場にいた彼も対象だ。無理にやらされているのならば、解放しなければならない。特に困っていなかったのだから、それはない可能性の方が大きいのだが。

 

「シンのことかい?彼は〈ラタトスク〉の最終兵器、精霊とデートして、デレさせ(交渉、説得す)る役だ。霊力を封印する力を持っていてね、もちろん同意はとってあるし、洗脳などもしてないよ。」

 

ウソはない、のだろうか。そろそろ不安になってくるが、頭を落ち着かせる。天使の能力は人間に対しては絶対だ。目の前にいる女性は霊力を感じないから間違えなく人間、何も問題はない。

 

「他に何か、質問はあるかい?」

 

令音は表情を笑みから変えない。その事実に小雪はあせりを加速させる。実の話、表情は無いままなので冷静なようにしかみえないのだが、本人には分からないものだ。

再度思考を落ち着かせる。お礼は断るのが魔法少女としてのマナーかもしれないが今回ばかりはそうは言ってられない。()()()()()()()()()()()()()()のだ。

当たり前の事しかできない私が、その当たり前を少しでも広くするために手に入れた力が。

そんな事は有ってはならない。だが、私に人の望みを妨げる資格なんて無い。

ならどうすればいい。どちらが正しいなんて無い。エゴのぶつかり合いだろう。

 

「いえ、もう質問はありません。お礼の方ですが、私を最後にしてください。」

 

「……………最後に、というのは、どういうことかな?」

 

目的はとうの昔に決まっている。

迷う必要なんて無い。

戸惑う時間が勿体ない。

私は私に可能な限り、あらゆる悩みに応えると決めたのだ。

『手が届くのに、手を伸ばさなければ死ぬほど後悔する』

どこで聞いた言葉だったろうか。

正しくその通りだったんだ。

今でも死ぬほど後悔している。

『それが嫌だから手を伸ばす。』

それだけの話だ。

それは確かに幻想(ユメ)なんだろう。

手を伸ばせば助けられるなら、この世界に未練なんて存在しない。

それは確かに夢想(ユメ)なんだろう。

迷わないだけで、戸惑わないだけで、成功の道へと繋がるならば、この世界に後悔なんて存在しない。

 

小さな親切だけではなにも変わらない。

見てるだけではことは動かない。

他人任せでは解決しない。

自分がやらなければいけないこと、自分がやりたいと思うこと。

それが自分の選ぶ道なら、死んでも自分を貫き通せ。

それすらも絵空事(ユメ)だと笑うなら、胸を張って、心の限り叫ぶんだ。

 

 

 

 

 

────────それでもわたしは夢見てる。

 

 

 


 

ラタトスク医務室、少人数で成り立っているその空間の人数がまた増えた。増えた本人────令音は士道を琴里がいる部屋に案内した後神無月を呼ぶと、医務室の外に出た。

 

「村雨解析官、〈セイバー〉は何と言っていましたか?」

 

令音は、いつもと同じく覇気の無い、しかしいつもと違ってやりにくそうな声で答える。

 

「我々が精霊を被害を出さずに全員攻略する事が1つ、自分が最後に攻略される精霊であることが1つ。この2つを条件に、フラクシナスに協力させろと言ってきた。どう思う?」

 

「そうですね、彼女が噂に違わぬ存在であるなら悪くないのでは?円卓会議(ラウンズ)の連中も、合意の上なら文句は言えないでしょう。」

 

「あぁ、後はシン次第だ。」

 

 

 


 

 

 

「……琴里を、デレさせろ……って」

 

最近困惑してばかりな気もするが、今回も士道は困惑していた。

妹が実は精霊で、五年前に士道がそれを封印して、そのせいで士道の能力がラタトスク機関に露見して、今士道は精霊を救っている。

ここまでは百歩…………いや数千歩ほど譲って理解できる。

琴里が精霊になるととてつもない破壊衝動に駆られてしまう。

今はまだ薬品で抑えているが、数日も経てば琴里は衝動に呑まれてしまう。

だから二日後、琴里()とデートする。

この三つの事実が、士道を困惑させているのだ。

困惑のまま何も考えずにフラクシナス内部をうろうろしていると、ある人物を見つけた。

 

(令音さんと…………誰だ?)

 

歩いている二人の内片方は間違いなく令音だった。だがもう一人には見覚えがない。茶色掛かった黒髪に黒目、前髪をヘアピンで留め、来禅高校の制服を着た女子だ。

……………()()()()()()()()()()!?

 

「ちょっと、令音さん!?フラクシナスに誰乗せてるんですか?」

 

「?」

 

令音さんはきょとんとした顔で、隣の少女も似たような表情だ。

 

「あぁ、まだ話して無かったね。彼女は〈セイバー〉、姫河小雪だ。」

 

令音の言葉に対する、士道の理解は数瞬遅れた。

仕方ないことだろう。少女の外見が屋上で見た彼女と結び付かなかったのだ。特徴的だった桃色の髪の毛や金色の瞳は、日本を探せばどこにでもいそうな黒髪黒目。そして何より顔に表情が存在する。

よく見れば細部が似通っている気がしてくるが、素人目で見れば区別はつかない。

 

「それで、何で制服を?」

 

それも問題だろう。学校に普通の精霊が来たら確実にASTに狙われる。神出鬼没なのが精霊の強みの1つなのだから、殺されたくないならそれを手放すのは馬鹿のする事だろう。

令音さんがそんな考えの無い行動をするとは思いたくないけど、でも令音さん天然だからなぁ…………

そんなことを思っての質問だったが、令音にその意図は伝わるのか…………?

 

「当然、学校に行くからだが、他に制服を着るときがあるのかい?」

 

伝わらなかったようだ。

 

「そうじゃなくて!精霊が学校に行ったら、狂三みたいにASTから刺客が送られてくるんじゃ?!」

 

そう言うと、令音は納得がいったような顔をする。

ようやく伝わったか………。胸を撫で下ろす士道だが、ここで更なる爆弾が投下される。

 

「それについては問題は無いようだ。彼女は元々高校に通っている。その間ASTに狙われていないと言うことは、彼女の霊力隠蔽能力がそれだけ高いと言うことだ。」

 

霊力隠蔽能力については士道も聞いていたが、そこまで性能が良いとなると士道としては複雑な心境だ。それを量産すれば、全ての精霊が簡単に救われる。誰でも簡単に思い付くことだ。だからこそ優秀な〈ラタトスク〉の職員たちが実行に移そうとしていないのはおかしい。だがもしかしたら………………

そう考えてしまうのが士道の弱さだろう。相手のことを思いやりすぎて勝手に自滅していってしまう。昔の自分を見ているようでイラついて 小雪は彼を叱咤しようとする。

だが、「そういえばまだ名前を言っていなかったね。」

そんな令音の発言に妨げられる。心でも読んでいるのかと言うほどのベストタイミングに驚き、士道に何か言おうという気もなくしてしまった。黙って令音の言葉の続くを待つ。

 

「彼女は一応は来禅高校の生徒で君の隣のクラスにいる。精霊関連で何かあったら行ってみてくれ。」

 

「彼はシン、ここ〈フラクシナス〉の最終兵器だ。小雪、君がラタトスクの活動に協力したいというならば、シンが君のパートナーになる。こちらとしては協力は惜しまないつもりだが、シンを傷付ける様なことがあっては敵対せざるを得ない。忘れないようにしてくれ。」

 

「はい。分かってますよ。」

 

「え、ちょっ!待っ!」

 

問いかける間も無く、二人は去っていった。

 

「えー…………」

 

士道(主人公)を置いて、物語は少し進行する。

 

 

ちなみにこの後小雪は十香と出会い、関わりやすそうな雰囲気になった小雪と話した後に少し町を案内したそうだ。

十香が夕飯の席で話してくれた。




このような作品を読んで下さった皆様に感謝を。

ぼるてるさん、星6評価有難うございます。


ゃしさん、ヴェノムさん、2020さん、ハントマンさん、はたさめさん、メリオダス1さん、焼き鳥ストリームさん、シャロ0802さん、カンナちゃん、マジやばくねさん、181Aの電流さん、HDさん、みつきけいさん、ロットンさん、ショーちゃんさん、静流さん、お気に入り登録有難うございます。
これからもこの作品をお願いします


そして、小雪の精霊としてのプロフィールを書いておきます


名前 姫河小雪
識別名 セイバー
総合危険度 C
空間震規模 C
霊装 B
天使 A
STR(力) 150
CON(耐久力) 140
SPI(霊力) 120
AGI(敏捷性) 200
INT(知力) 200
霊装 神威霊装・純雪(スノーホワイト)
天使 裁定審判(マステマ)

特典 四次元袋 一人で持ち上げることが出来る大きさ、重さであればどんなものでと入れることができる。主に大型の業務用消火器がはいっている。
透明外套 羽織っていると姿が消え、身に付けていると霊力の反応が消える。使うと霊力は外に漏れでる。本来スノーホワイトの持ち物ではないが、ファルの代わりにもらった。
兎の足 ピンチの時にラッキーになるアイテム。



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士道ディスカッション

遅くなって申し訳ありません。これが3話になります。
遅くなったくせして原作とほとんど変わらず、しかも短くなってしまい申し訳ございません。
先日、評価バーに色がつきルーキー日間ランキング及び日間ランキングに載りました。これも読んで下さった皆様のお陰です。
見てくださっている方々に感謝を
そして、誤字報告有難うございます
成長しない駄文になりますが、それでもよい方は本編をどうぞ。


真那の面会を謝絶され、折紙のみになってしまった病院からの帰り道。士道の持っている携帯電話が急に震え始めた。

そう言えば、病院に入るとき電源をオフにしていなかったな。そう反省しながら取り敢えず通話に出てみる。

 

「はい……もしもし。」

 

『……もしもし、シンかい?』

 

電話越しに聞こえてきたのは令音の声だ。眠たげな声と特徴的な呼び方ですぐに分かった。

………出会ってから随分経つはずだが、まだ名前を間違って覚えられたままなのはどうなんだろう。

そんな些細なことを考えながら通話を続ける。会話の内容は真那のお見舞いの事だ。それが終わると〈フラクシナス〉に来るように言われた。

 

「どうしてですか?」

 

『琴里についてだが、協議の結果、作戦会議を開くことになってね。』

 

「作戦会議?」

 

士道が眉をひそめながら問うと、令音から肯定の返事が返ってくる。

 

『その通りだ。シン、君は琴里をデレさせるのは困難と言ったね……だが、今回のケースの場合、十香や四糸乃の時には無かった大きなアドバンテージがある。』

 

「アドバンテージ……………ですか?」

 

語られた言葉に心当たりがない。そんな感情を隠そうともしない士道の声に、変わらない調子で令音が答える。

 

『ああ、小雪という探知の出来るボディーガードを引き入れる事ができたのも理由のひとつだが、それ以前の単純な問題だよ』

 

『今までの突如現れる精霊と違い、琴里は君や我々と何年もの間を共に過ごしてきたんだ。その趣味嗜好、好きなもの、行きたがっている場所、欲しがっているもの、etcetc(エトセトラエトセトラ)。それらの情報を他の精霊とは比較にならないほど保有している。』

 

成る程、言われてみればその通りだ。士道にとって司令官モードの琴里はこの上ない難物であるが、もともとのパーソナルデータ保有率だけをみれば他の精霊とは比べ物にならない。ある意味、最も攻略を立てやすい精霊といえるだろう。

 

『そこで………琴里をよく知るクルーを集めて二日後のデートのプランについて話し合おうということになったんだ。シンも参加してくれるかい?』

 

そういうことならば是非もない。

 

「もちろんです。役に立つかは分かりませんが、参加させてもらいます。」

 

『助かるよ。では〈フラクシナス〉で拾おう。いったん自宅に戻っておいてくれ』

 

 

「あの……………………いえ、何でもないです。」

 

琴里のことを聞こうと思った。彼女が五年前に起こったことを覚えているのか。本当に折紙の両親を殺してしまったのか。そんなことを質問しようとした。

だが、出来なかった。上手く思考を組み立てて文章に出来なかったのかもしれない。あるいは、琴里の部下である令音から残酷な真実を告げられたくなかったのかもしれない。

心が分かる彼女からすれば返答は単純だろう。士道は信じたくないのだ。

琴里が意図して人を傷つけたと信じたくない。

琴里が意図して町を焼いたと信じたくない。

()()()()()()()()()()()()()()()

だが、これもまた真実ではない。人の心も解釈次第、如何様にも受けとることが出来る。プラスにとるかマイナスにとるか、それを決めるのもまた人の心なのだから。

結局の所、士道は自分の心を理解したつもりにもなっていない。

悶々とした気持ちのまま自宅に帰り、〈フラクシナス〉へと拾われた。

 

 

 

 


 

 

「シドー!」

 

士道が〈フラクシナス〉の転移装置で移動した先にいたのは令音と、令音とお揃いの軍服を着た十香だった。

 

「お、十香じゃないか。ここにい─────」

 

士道の言葉を最後まで聞かず、十香がこちらに飛び掛かってくる。

 

「うわっ!」

 

咄嗟の事で体が硬直してしまう。しかし十香はそれに構わず士道の首に手を回すと、ぎゅーと締め付けてきた。

苦笑しながらポンポンと肩を叩き、そろそろ離れるように促してみる。十香も士道の意図を読み取り士道から離れようとするが

 

「む?」

 

怪訝そうに首を傾げて再び士道の首もとに顔を近付けた。そのまま匂いを嗅ぐように鼻を動かす。

 

「ど、どうしたんだ十香?」

 

もしや臭うのだろうか………そんな事はないと思いたいが、匂いに敏感な十香のことだ。士道が気付かないレベルの匂いに気付くのかもしれない。

 

「いや、何か嫌な匂いがするような気がしてな。なんというのだろうか……………いい匂いの筈なのだが、嗅いでいるだけでムカムカしてくるというか、腹が立って来るというか…………そう、鳶一折紙のような匂いだ。」

 

凄まじい嗅覚である。自分が臭うほうがまだ良かったかもしれない。そう思えるほどに二人の仲は険悪なのだ。

士道は心臓を跳ねさせた。

 

「───っ!き、ききき気のせいじゃないか!?」

 

自分でも隠しきれてないと思う程分かりやすい言い訳だが、これで騙せてしまうのが十香なのだ。士道の良心が痛むが、背に腹は替えられない。これは仕方のないことなのだと自分にも言い訳する。

 

「む、そうか。そうだな。シドーから鳶一折紙の匂いがするなどと、わたしはどうしてしまったのだろう。シドーがあの女をおぶったりでもしない限り匂いが付くだなんてあり得ないというのに」

 

これは誤魔化せているんだろうか。ひょっとして気が付いた上で言っているんじゃないだろうな。いや十香にそれはないだろうと、良くも悪くも純粋な彼女のことを信頼?して考える。しかしそれでももしかしたら…………

 

「シン、そろそろ会議の時間だ。すまないが十香は四糸乃と遊んでおいてくれないか?」

 

十香が眉を八の字にしながら「シドーといっしょではいけないのか?」と言いたそうな目で見てくる。その頼みをはね除けなければならないという事実に士道の胸がチクリと痛むが、ここは断るしかない。そう言い聞かせ、十香のお願いを断った。

 

「むぅ、わかった」

 

十香は唇を尖らせながらそう言う十香は、見るからに不満そうだ。そんな十香の様子に士道も段々申し訳なくなってきた。今夜は十香の好物を作ってやろう。そんなことを考えながら歩いていたら、見たことのない扉の前に着いていた。令音がその扉の前に立つと、ピピッという音がして、扉が開いた。

 

「さ、入ってくれ」

 

令音に促されるままに中に入る。中は広い空間になっていた。中心に円卓状の机が置かれ、すでに何人ものクルーがそこに座っている。どうやらここは会議室のような役目の部屋のようだ。

 

「空いている席に座ってくれたまえ」

 

令音は今にも倒れそうな足取りで空いている席に腰を掛けた。それに倣うようにして士道も空席に着く。手元を見ると、小さな液晶画面とキーボード───簡易コンソールのようなものが設置されている。恐らく他の席にも設置されているだろう。

隣の席には、先日〈ラタトスク〉の協力者として〈フラクシナス〉に入ってきた精霊───小雪の姿もあった。今日は変装はしておらず、霊装のままのようだ。その顔に表情は無く、いっそふてぶてしいとすら感じられる。

すると、奥の席に座っていたまるで昔の少女漫画に登場する王子様のような姿の男性が立ち上がった。そう、我らが誇るラタトスク副司令官(変態)、神無月恭平である。

 

「よく集まってくれました、皆さん。緊急事態につき、司令代役を私神無月恭平が務めさせていただきます。────士道くん、小雪さん、しばらくお付き合いいただけると幸いです。」

 

「「はい」、もちろんです。」

 

士道が返答し、小雪も短く返した。

 

「では、早速本題に入らせていただきます。以前から司令の体についてご存知であった人、今回の件で初めて知ったという人…………それは様々でしょう。ですが、今回ここに集まった同志である貴殿方なら目的は分かりきっていることでしょう。」

 

そもそも聞かされて集まっている以上、目的も何も無いと思うのだが…………喉まで出掛けたそんなツッコミを必死で飲み込んだ。この場でそんなことを言える度胸を士道は持ち合わせていない。

 

「今回の主な議題は、既に二日後に迫っている五河司令と士道くんのデートプランです。我々が各々持ち寄った秘蔵の司令データを使って、司令が心から楽しいと思える1日を演出するのです!」

 

そう言って神無月が部屋に集まったクルー(同志)達を見回して大きく息を吸った。

 

「シン、耳を塞いでおいてくれ、小雪もだ。」

 

不意に令音がそう言ってきて、士道は首を傾げる。隣の小雪はすでに耳を塞いでいるし、何か起こるのは間違いないだろう。士道も急いで耳を塞ぐ。

 

「さぁ諸君────親愛なる〈ラタトスク〉の同志諸君。我らが愛しき女神の一大事、日頃の御恩に報いる時だ!司令が!五河琴里司令が!我らの助けを必要としている!それに応える気概はあるか!?否、それが無い者はここにはそうでない者は居ないと信じている!そうだろう、諸君!?」

 

『応ッ!!!』

 

神無月が言い放った瞬間、部屋にいたクルー(令音を除く)全員が一斉に馬鹿デカイ大声を上げた。その大声が部屋中に響き、部屋の壁に反響していく。流石に秘密組織の空中艦だけあって防音設備がきっちりしているのか、それとも近くの部屋に人がいないだけか。どちらにせよ、幸いなことにクレームは聞こえない。

それに気づいているのかいないのか。士道の諦念にも似た思いを放置して神無月は続ける。

 

「司令に誉められたいか!!??」

 

『応ッ!!!』

 

「司令の笑顔が見たいか!!??」

 

『応ッ!!!!』

 

「司令に四つん這いにされた後、ブーツの踵で尻を重点的に蹴られたいか!!!???」

 

『応ッ!!!!………………おう??????』

 

どうやらこれには賛同が得られなかったらしい。ここにいる全員が神無月のような変態ではないようだ。

神無月は咳払いをして気を取り直し、

 

「では同志諸君!今こそ我らが愛を示すべき!!我らが崇め、奉るその女神の御名は!!」

 

『KO・TO・RI!KO・TO・RI!L・O・V・E・KO・TO・RI!!』

 

部屋が更なる熱狂に包まれる。これもう号令とか関係ないんじゃ無いだろうか………

まるでアイドルのライブを見ているような気になった士道は、琴里がアイドルの衣装を着ているさまを思い浮かべる。が、それと同時に隣からの視線に気が付き振り向いてみると、小雪が軽蔑したような目で見ていた。

慌てて妄想を頭から振り払い、士道は再び目の前の船員(ファン)に目を向ける。

 

「よろしい!では報告を開始せよ!司令の希望、司令の願望、司令の冀望、それら全てを成就させ、我らが司令(女神)をデレさせん!!」

 

了解(ヤー)!!』

 

神無月(ファン代表)の演説に応え、クルー(ファン達)の熱狂はさらに加速する。最早誰の声でも止めることは能わず、その勢いは留まるところを知らない。

 

琴里は皆に好かれているんだなぁ…………

そんな感想しか浮かばないほどに驚嘆している士道は、隣の少女がそれ以上に驚愕していることに気が付かない。

表情は変化していないが、内心は驚愕の一言に尽きる。

そもそもの話、秘密組織の協力者として招かれた筈なのにその翌日には司令官とその兄のデートのプランニングをしている。という状況は可笑しいだろう。

小雪と士道が現状を嘆いている間に会議は過ぎていき(進展は無かった)、結局士道の一言でデート先は栄部のオーシャンパークに決定された。

 

デート(戦争)開始は二日後、オーシャンパークで行われる。

成功させなければならない、という思いは皆同じ。

舞台の準備は整った。

後は成功を収めるのみ。

そして二日後、二人の逢瀬(デート)が始まる。




白神 鈴夏さん、更識深雪さん、ダウンノイズさん、星10評価有難うございます。

みつきけいさん、ひーこさん、マッキー007さん、フルフランさん、teonanaさん、たまささん、星9評価有難うございます。

Auraさん、ノヴァ01さん、鰻重特盛さん、粉みかんさん、星8評価有難うございます。

妄想枕さん、氷樹.さん、星7評価有難うございます。

ぼるてるさん、星6評価有難うございます。

グリムロックダーさん、星5評価有難うございます。

秋告ウサギさん、白神鈴夏さん、ふいにさん、華椿さん、メリールウさん、メロンパン信者さん、キン肉ドライバーさん、グルッペン閣下さん、Auraさん、土鍋カツ丼さん、ayataneさん、疾風の雪さん、変色柘榴石さん、nanndiさん、ふぁもにかさん、yozoさん、独資耶さん、正太郎さん、伯爵殿下さん、垢3さん、タツリオンさん、歌織さん、更識深雪さん、るふふんさん、Ecoleさん、nsymkさん、tears109さん、フェローさん、~Kanata~さん、吉猫さん、形見さん、tatsumaさん、わ~げんさん、◇空◇さん、ベルスニカさん、nira_xperiさん、秋津洲さん、蒼夷さん、灰色1.6さん、Arthurさん、カガミンさん、わんりきさん、SHAKOUさん、水素さん、あかたなえあさん、あんえいぶるさん、柊さん、天津さん、装脚戦車さん、osakesukiさん、Akabaneさん、牛鍋SMASHさん、ユウリミキさん、RIKU®️さん、acguyさん、n奈落さん、ノヴァ01さん、decoponさん、秋っポイ。さん、野喬さん、鉄鋼さん、マネロウさん、サボテンアイスさん、Liyumaoさん、蓮杖楓さん、リトマス試験用紙さん、サクサクラさん、猫王タマさん、タウさん、軟体動物さん、ソウメツさん、将太郎丸さん、アザラシさん、くらいもんさん、itifuziさん、TAKIさん、t-k-gさん、cableさん、カロメトさん、らの二型さん、HayaTyaさん、最後のサイコロさん、団栗504号さん、ssktmdさん、シエル=レウィシアさん、くろろさん、ひーこさん、涼しげさん、Diamondさん、hydrangea_さん、カラクトさん、rain930さん、Rudbeckiaさん、夜城鋼さん、Junさんさん、クラウド357さん、soso4869さん、故幸紗結さん、N.N.さん、アニメ大好きですさん、カトリーさん、天翔青雷さん、冬夜2さん、鰻重特盛さん、Marie×Mariaさん、アレストさん、ペイルライダーさん、白望さん、kuitaiさん、ShinGoさん、裂空さん、sukiyakiさん、いずくんさん、karonさん、柱の男の娘さん、1610たけさん、tyatyaさん、GBANさん、たまささん、ヒノタさん、カカシさん、Happytriggerさん、宇奈月さん、宇治抹茶さん、ヨカンさん、Einoさん、妖史さん、アーフィアさん、棗桜さん、アンさん、サワダさん、リッキー@暇人さん、白野さん、namaZさん、ほりりんぐれーとさん、ミソさん、teonanaさん、アーサー456さん、オリンピアさん、スプライト茶漬けさん、寝虎さん、雪見大福7さん、yukidarumaさん、ntskさん、サナギトウカさん、こたつ厨さん、天鶴とうかさん、よっシーさん、zakisiさん、0729sofさん、ママレモンさん、ごろごろさん、ソネッシーさん、yanaganさん、kraftさん、かなぐすくさん、氷の騎士団さん、ワヲンロさん、海神さん、どるふべるぐさん、美四季さん、錐と香也さん、あおこいちさん、ゴンⅢさん、露西亜ノ日本人さん、8回目の男さん、離亞羅さん、ニンニク嫌いさん、Anthonyさん、鹿クマさん、水虎さん、タチュバラさん、シカぬこΨ(・ω・)Ψさん、123Gさん、れっどぴっくさん、ななみ13さん、グリィンさん、東京都庁局員さん、パズドラーさん、はっさんさん、髙間さん、赤モップさん、おあさん、関節痛さん、緋雪495さん、黒い雌鶏さん、フィルバレンさん、鵞王さん、NOe勢さん、ヤギくまさん、ku-さん、まつだいら18さん、AE3803とU-1146さん、ツナグさん、つっちーΩさん、E75さん、ショーPさん、ミョーさん、サンタの脇さん、ゆーふんるいさん、栫冬葵さん、かずさん、黒猫@loveさん、ぎゃあぉぎゃあおさん、家の前さん、ヒビ硝子さん、鮪丼さん、夕凪煉音さん、kaiwaiさん、tnkouさん、Hexastrikeさん、影行さん、いつき3322さん、メルルさん、バーテックスさん、Tーレックスさん、Keyskyさん、崇光の天使さん、toragariさん、ブレイカーさん、星ざくろさん、西家さん、てけりさん、daisannさん、agrsさん、flat1111さん、情報生の劣等生さん、ジャックオーランタンさん、安布団さん、やわもちさん、Frostさん、妄想枕さん、仁(響提督)さん、ヤナバスキーさん、こねこねさん、adsnさん、mkpさん、月見稲荷さん、粉みかんさん、クロセルさん、とーた_さん、Nokutoさん、青空が好きさん、黒魂さん、橙 緋石さん、レイハチさん、夜叉王さん、infinityさん、AsOnさん、山木 深さん、orz3さん、幻博さん、にゃんくるさん、ポテト野郎さん、ゼクノスさん、137さん、ふにさん、NTT2さん、忍月さん、ナイアガラさん、菊ポンさん、邪魔堕さん、なのdeath!さん、クローキングさん、ガンガンいけいけ雨霰さん、天井さん、びっくりマンゴーさん、お気に入り登録有難うございます。


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琴理プールサイド

この小説の更新を心待ちにしてくださっている方がいれば、大変お待たせしました。
デート編ですが先に言っておきますと、超原作沿いな上小雪さんは裏方です。
相変わらず駄文と閃きのみで構成された作品ですが、それでもいい方は本文をどうぞ。


「小雪、明日のデートについて相談があるのだが、少し時間を貰えるかな?」

 

琴里ファンの交流会(デート作戦会議)が終わってから〈フラクシナス〉艦内の視察中、小雪は令音に声をかけられた。

 

「構いませんが、士道さんは誘わないで良いんですか?」

 

何処にいっているかは知らない、大方明日の準備だろう。彼は明日のデートの主役の筈だ。デートに関する相談をするなら彼は必須ではないだろうか。

 

「ああ。シンと琴里の仲だ、下手なプランを立てるよりはアドリブの方が上手くいくだろう。私が相談したいのは小雪の立ち回りについてだ」

 

当日のプランまで企画できなかったから改めての誘いかと思ったが、どうやら違ったようだ。

 

「直接参加するつもりはありません。遠目で見張らせて貰います。」

 

「そうか。それは今回は、かい?それとも……」

 

「分かりません。今回は様子見です」

 

「そうか」という軽い返事をして令音は去っていった。其ほど時間はとられなかったが、用件はこれだけだったのだろうか。彼女の心は読めないから困るが、他の船員からの印象を鑑みるに悪い人物ではないのだろう。

 

今日で〈フラクシナス〉の設備は一通り見て回ったことになる。特にすることが無くなったので新しく自宅となるマンションを見ておくことにした。

元々高校進学の時に精霊出現率の高かった天宮市に引っ越して来たのだが、ある時見た新聞のニュースに義憤して内乱やらテロやらを鎮圧しに行ったら借りてたマンションの契約が何故か切れていたようだ。(進学は出来ていたからギリギリセーフ)

〈フラクシナス〉から降ろしてもらい、着いたのは聞いていた通り何の変哲ない普通のマンションだ。

特異な点は見当たらない。秘密結社が作ったとはいえ、マンションはマンション。わざわざ特別なオプションを付ける必要は無いだろう。せいぜいが監視カメラや盗聴機程度、その位なら気にする必要はない。

荷ほどきは…………また今度で良いだろう。今は明日の計画を優先だ。

 

ピーンポーン

 

インターホンの音がする。天使は霊力を消耗するから使っていない。そんな理由で声は聞こえないが、マンションだから新聞勧誘の線は無い筈だ。尤もマンションに住むのはこれが初めてだから正しいかどうかは分からないが。

ドアを開けると、そこにいたのは宵闇色の髪を纏めた少女───十香だ。

 

「おお!小雪!本当に此処に越して来たのだな!令音から聞いていたのだが………む?今日は髪がピンクなのだな。変わるのか?変えられるのか?」

 

訪問後いきなりの絨毯爆撃(質問責め)、マイペースこの上ない。令音辺りから小雪がここに引っ越して来たことを聞いて事の真偽を確認しに来たのだろう。

 

「士道さんは来ていないのですか?」

 

なら彼はどうしたのだろう。ここ数日の印象から、彼は律儀なものだと思っていた。そうでなくても、十香がここに行きたいと言うならば心配してついて来そうなものだが。

 

「そう、シドーだ。シドーはここに来ていないのか?」

 

どうやら本筋はそこのようだ。「こちらも〈フラクシナス〉から出てからは見ていない。どこにいるかは分からない」という旨を伝えると、一気にしょんぼりとした顔になる。

天使を使うまでもなく内心が透けて見える。良く言えば純粋、悪く言えば無知であるこの少女は世間の荒波に足を踏み入れてから数ヶ月程。子供のようなものだから、()()()()()()()()考える必要がなくて楽で良い。

 

「用件がそれだけなら、帰って寝た方が良いのでは?明日のデート「デェト!そうデェトだ。小雪も明日のデェトに行くのだろう?」?!?」

 

?????

どういうことだ?明日のデートは士道さんと琴里さんの二人でやるんじゃ………

読心能力の弊害だろう。予想外のことがあればすぐに困惑する。

 

「そうだな、明日のデェトは早いと聞いた。ならば確かに早く寝た方がよいな!ありがとうだ小雪、また明日だな」

 

「あ、夜なのであまり大声は出さないでください……」

 

帰ってしまった…………

落ち着いて、落ち着いて、改めて令音さんに質問を……

あ、そもそも私水着持ってない……

 

 

 


 

 

士道は昨日購入したバスタオルと水着などを詰めたカバンを持ちながら天宮駅東口のパチ公(忠犬の置物。これより有名なのがあるため、パチもん扱いされるようになった)前で待っている。

昨日はブリーフィングルームで()()()()を見た後気絶してしまい、目覚めたときには〈フラクシナス〉の医務室だった。念のため簡単な検査をし、点滴も打ってもらったが、まだ頭痛が抜けない。

あれは何だったんだろう。

パンッ!と頬を叩いてそんな思考を吹き飛ばす。今はそれより琴里とのデートだ。今日のデートの相手は琴里、家族相手というだけでその難易度は格段に跳ね上がり心理的プレッシャーと背徳感が半端ないことになってしまう。

 

『琴里を地上に送ったそうだ。もうすぐそちらに着くはずだ。頼んだよ、シン』

 

令音の抑揚の無い声でそう告げられる。呼吸を整え、緊張を解すように深呼吸。すると程なくして街の方から小さな影が見えた。

二晩顔を合わせていない妹が、普段とはちがう装いをしてそこにいた。

軽く挨拶を済ませると、暫しの間沈黙が流れる。

 

(いや可笑しいだろ!琴里と話すことなんて日常茶飯事の極みみたいなことなのに、どうしたってこんな「士道♪」「はい!!」

 

「おめかしした女の子と会って一言も無し?いの一番に教えた筈だけど?」

 

琴里からの圧力が強いが、当然も当然だ。そんなことは十香の時から言われ続けているのだから。どうして失念してしまったいたのだろうか。

求められた言葉を紡ごうとした矢先、あることに思い至った。

 

「おめかし………してくれたんだな」

 

士道が言うと、琴里は方をビクッと震わせてから照れを隠すように捲し立てる。

 

「ふん、まあね。一応はデートって形にしてるんだから、士道がアクションを起こすきっかけ位は作っておくわよ。………まあ、誉められるのは嫌な気、しないし

 

後半は声が小さくて聞き取れなかったが、話の内容としてはこちらへの気遣いという事でいいのだろうか。

有難いが、それに頼らないように頑張っていかなければならない。

 

「そろそろ電車の時間でしょう、私たちの戦争(デート)を始めましょう。」

 

聞き覚えのあるフレーズだ。士道はごくりとのどを鳴らせながら頷いた。

 

「うむ!」

「は、はい……」

『やー、楽しみだねー』

 

琴里の言葉の後に後ろから聞こえるはずの無い声が3つ聞こえて、振り返った士道は身体を硬直させた。

声の正体は十香と四糸乃(withよしのん)だったのだ。

 

「ちょっ、何でこんなところに?」

 

士道の質問に十香は不思議そうに首をかしげる。

 

「何を言っているのだか?これからオーシャンパークとやらに行くのだろう?」

 

「な─────何でそこまで知ってるんだ!?」

 

「何でと言われてもな」

 

士道の質問が意外であるような調子で十香が眉を顰めた。士道の疑問に答えてくれたのは四糸乃だった。

 

「その………令音さんに、言われて………来たんです、けど……お邪魔、でしたか?」

 

四糸乃が言うと、何だか罪悪感が酷いことになる。だが今回は改めて質問しなければならない。

士道が口を開くより先に、インカムから令音の声が聞こえてきた。

 

『……ああ、そうそう。言っていなかったね。今回のデートは彼女らも同行する。小雪には昨日の夜に電話で拒否された。曰く“馬に蹴られる趣味はない“そうだ。監視としてオーシャンパークにアルバイトさせている。見かけても声は掛けないでやってくれ。』

 

「いや、何でまた……」

 

小雪の方は理解出来る。付き合いの無い琴里のデートに参加しても迷惑だと判断したのだろう。“馬に蹴られる”の意味は分からないが、それは放置する。

 

『……まあ、今日に限ってはそちらの方がいいのではないかと思ってね』

 

今日に限っては、ということはつまり琴理だからなのだろうが、理由は分からない。

 

「でも……本当に大丈夫何ですか?琴里の機嫌とか……」

 

心配するべきはそこだろう。琴里のデートで琴里の機嫌を損ねらそれこそ本末転倒だ。インカム越しの令音の声は心配しなくても大丈夫と言っているが心配は心配だ。

ちらと後方の琴里を見やる。そこにいたのは十香たちの登場にも今までと()()()()()()()()()表情をした………

いや、変わらないのは表情だけで内心は煮えたぎっているのだろう。背後から立ち上るオーラの質が先程までと明らかに変わっている。笑顔とは元来攻撃的な表情だという言葉は良く聞くが、それをまさに体現したかのような笑みだ。漫画であればおどろおどろしい背景と『ゴゴゴゴゴゴ』という効果音がついていそうな程に恐ろしい。

 

「へぇ……中々に思いきったことをするわねぇ()()。今から楽しみだわ。」

 

本当にこれでいいのだろうか。少なくとも今の琴里の雰囲気からはすこしも良さげには思えない。

 

「駄目です駄目です絶対駄目ですって令音さん!なんかヤバいオーラ出てますよあれ。」

 

インカムに急いで話しかける。これで解決するとも解決策が出るとも思っていないが、それでも話さずにはいられない。

 

『そうかな、そこまでではないと思うが……』

 

返ってきた言葉は頼りないもので、ガックリしてしまう。

 

「い、今の琴里の機嫌メーターと好感度はどんな感じですが……?」

 

確認せずにはいられなかった。行き場の無い焦燥がそうさせてしまったのであって、最低までとは行かなくても相当低くなっている頭では考えている。

『……ん、まあ、その、なんだ。頑張ってくれ。』

 

否定をするまではなくても、せめて現状位は教えてほしかった。だが令音はいつになく無責任に言い放った。やはり悪かったのだろう。

 

「よし、じゃあそろそろ行きましょうか。水着はちゃんと持って来てる?」

 

士道が絶望にうちひしがれている間に仕切り始めた。士道の反応に表情を曇らせていた二人の顔がパアッと明るくなった。

だが、四糸乃が水着を士道と一緒に買いにいったと言った瞬間に琴理のオーラがまた重くなった。

 

「へぇ、良かったじゃない。──優しいのね、士道?」

 

その笑顔が、まるで士道を責めているに感じられて、自然に戦いてしまう。その間に琴里は十香たちを連れて改札の方に歩いていってしまった。

 

『士道くん、とにかく追いかけてください!まだ挽回は可能です。目的地に着いたらこちらと小雪さんでサポートします!』

 


 

 

天宮市から五駅先の栄部駅にあるのがオーシャンパークである。様々なプール施設や大型浴場、屋内アトラクションからなるウォーターエリアと、屋外遊園地がメインとなるアミューズメントエリアの二つから構成されており、夏休み頃には遠方から沢山の家族連れやカップルなどが訪れる人気スポットだ。

とはいえ、未だ六月半ばであり、屋外プールの開放がまだなため人気が少ないのは確かだ。

つまり何が言いたいかといえば、こんな変な時期に1日だけのバイトを捩じ込める〈ラタトスク機関〉のコネは一体どこまで繋がっているのだろう、ということだ。

もっとも考えても答えは出ないし、そも答えなど求めていない訳だが。

聞いた状況では、現在〈フラクシナス〉の下部機関員を使ってのナンパもどきが失敗したとのことだ。

 

「で、機関員を使えなくなった訳ですが、次の策はあるんですよね?」

 

この結果は決して予想していなかったことでは無いはずだ。琴里が人の上に立とうとしている以上、幼い少女が司令などという大役を負っている以上、人一倍頑張ろうとするのは当然の帰結だろう。

 

『簡単な話だ。機関員が使えないなら使わなければいい。まばらだが人はいるだろう?そこから雇えば良いんだ。』

 

現地で人を雇うとなると、交渉が必要になる。当然交渉するのは現在にいる人物になるわけだが………

 

「私が交渉人ですか。」

 

インカム越しに軽く肯定が返ってくる。

 

「何をやらせたいのですか?」

 

それ位は聞いておかないといけないだろう。インカムを挟んだ心の声を聞けるほど私の天使は万能ではないのだ。

 

『今琴里たちはウォータースライダー待ちの状況だ。そこで琴里の水着を剥ぎ取ってもらいたい。』

 

「……………………………は?」

 

何か変な言葉が聞こえたような気がする。聞き間違いだろう。聞き間違いであって欲しい。聞き間違いだと信じたい。

 

『だから、琴里の水着を剥ぎ取って欲しいんだ。もちろんやるのは君じゃない。そこで誰か雇って欲しい。報酬に上限はつけないから、言い値で雇ってやってくれ。』

 

「いや、いくら報酬が良いからって白昼堂々犯罪の片棒担ぐ人なんて居ませんよ。」

 

そう考えるのが普通のことだ。なまじ(先の展開)が読めるだけあって読めない突飛な発想が苦手なのだろう。

 

『撮影とでも誤魔化せばいいさ。万が一捕まったとしてもこちらが何とかするから問題ない。』

 

警察にもコネがあるのだろうか、バックとしては頼もしいが、末恐ろしいものだ。

 

「やってやりますよ。やればいいんでしょうやれば。」

 

半ばどころか殆どやけくそだ。やってもらうなら騙されやすい子供がいい。

 

「私の近くに子供はいますか?数人組で女の子がいい。〈フラクシナス〉からこちらは見えているでしょう?」

 

 


 

 

「うッ、わあああああああ!」

「…………!………………!」

「あはははははははははははははははははははははっ!」

 

現在士道たちは、超高速でウォータースライダーを滑り落ちている。軌道はコースアウトすれすれで、三人の声に成らない声と笑いを残して滑り降ちている。

だが───コースの途中。もっとも鋭角に差し掛かった所で、勢いのつきすぎた三人の体はコースから滑り落ちた。

 

「ひッ………!」

「………!」

「おお!飛んだぞ!」

 

十香の楽しそうな声が聞こえてくるが、それに反応してやる余裕は無い。不幸中の幸いで下はプールの水面だ、この高さなら痛いくらいで死にはしないだろう。

全身を包む浮遊感が消え、着水した。

 

「──っぷはぁ!あはははは!シドー!楽しいなこれは!」

 

その楽しみ方は普通と違う、喉まで出かけたツッコミを呑み込んだ。十香には楽しんでもらいたいから、ここで水を差す訳にはいかない。

水面から顔を出そうとするが、なぜか体が重くて上手く体を起こせない。

 

「んん……ッ!」

 

再び立ち上がろうと足に力を入れて、その理由に気がついた。

 

「ぇ……っ、ぇ……っ」

 

小さく嗚咽のようなものを漏らし、小刻みに肩を揺らしている琴里が木にしがみつくコアラのような体勢でしがみついたままだったのである。よくよく見ると、その髪を結んでいたリボンがほどけてしまっている。

 

「琴里、大丈夫か?」

 

〈フラクシナス〉で会ってからこれ程に弱った琴里は殆ど見ていない。

 

「お、おにーちゃぁ……」

 

鼻の詰まったような声をした琴里が士道の顔を見上げてくる。その顔に、士道は目を丸くした。

 

「琴里……おまえ、もしかして泣いて…?」

 

その顔には涙のような水滴が浮かんでいたのである。プールから出てきたのだから水滴くらいついてるだろうと言われてしまえばそれまでなのだが、士道にはそれが涙に見えて仕方なかった。

それを聞いた琴里はバッと手を離し、士道に背を向けた。

 

「リボン……リボンとって……!」

 

言われて首を左右に振ると、水面にほどけた二つの黒いリボンが見えた。それを回収して琴里に手渡すと、琴里はリボンを握ってその場に潜った。

ぶくぶく……と泡を発してから数秒後、再び現れた琴里は完全無欠の司令官モードに戻っていた。

……尤も、目元と鼻が少し赤い状態で、だが。

 

「……何よ」

 

完全無欠の司令官(少し子供っぽい)モードの琴里が半眼で見返してくる。司令官モード───即ち黒リボンの琴理を見たのは、4月10日に〈フラクシナス〉で会ってからだ。本人が言うには、白いリボンの無邪気な琴里()と黒いリボンの強気な琴里(司令官)の二つは多重人格などではなく、あくまで完璧なマインドセットによるものとのことだ。

気になっているのは、リボン1つで簡単に変えられるなら今日はなぜ黒を選んだのか、ということだ。

そんな旨を伝えると、「これじゃあ不満なの?」というお茶を濁すような答えが返ってくる。

確かに不満(やりにくさ)はあるが、そんなことを言う訳にもいかない。こちらも言葉を濁しつつ、琴里に次の言葉を促す。

 

「……駄目なの。白の私は、弱い私だから。黒い、強い私じゃないとだめなの。今日は、今日だけは。」

 

琴里の言ったことが理解できないが、それ以上追及しても何の成果も得られなかった。

 

『いいところまでいったと思ったのだが、最後の最後で素直になってくれないな。もう一押しいってみようか。』

 

もう一押し、などという不吉な言葉が聞こえてきた。少なくとも士道は(そして恐らく琴里も)ウォータースライダーは懲り懲りだ。

 

『まあ、何が起こるか見ていれば分かる。対応は間違えないでくれ、シン。』

 

言うが早いが、インカムからの連絡が切られた。何が起こるか分からない以上、琴里をしっかり見張っておかないといけない。

 

「シドー、琴里、もう一回だ!もう一回行こう!」

 

先ほどの急降下が余程お気に召したのだろう。無邪気な顔で言ってくる。こっちははっきり言って二度としたくない。

 

「や……お、俺は遠慮しとくよ。」

「わ、私も……」

 

士道と琴里が首を横に振ると、十香はつまらなさそうにぶーたれた。とても申し訳ない気分になってくる。

 

「どうしてだ?あんなに面白いのに……」

 

と、十香が言っていると、その背後に浮き輪を装着した女の子二人が足をバタバタさせながら近づいている。そしてちょうど十香の背後を通った瞬間───

 

「───え?」

 

どうやらすれ違い様に十香の水着の紐を引っ張ったようだ。紐が解けたことによって、水着のブラ部分がはらり、と水面に落ちる。士道と琴里は目が点になった。

一拍置いて十香もそれに気がついたのか、ゆっくりと下に目をやると───

 

「───────ッ………!」

 

声にならない悲鳴を上げて、胸元を両手で覆い隠し、首まで一気に水に浸かった。

 

「し、シドー!みみみみみみみみみみ見たか!!?」

「み、見てねぇ、見てねぇよ!」

 

必死に潔白を訴える士道と、恥ずかしがって鼻の頭まで水に浸けた十香。水面に浮いた水着を回収して、水中で装着しているようだ。

だがこの場で一番怖いのは十香ではない。

 

「……士道」

 

背後から静かな怒りを孕んだ声が聞こえてくる。思わずビクッと肩を震わせた。

 

「こ、琴…………里?」

 

肩と同様震えている声でどうにか口から名前を絞り出した。

 

「……膨らみかけの方がいいって言ったくせに」

 

それは琴里の水着を見た時に士道が神無月(変態)が選んだ選択肢であり、その上で士道の本心であると認めた言葉だ。士道としては、確実に妹に本気で劣情を抱いている性欲の権化(変態)だと認識されたと思って凹んだのだが…

 

「おぉが……っ」

 

士道が戸惑っている中、その鳩尾に世界の頂点を狙える一撃が直撃(クリーンヒット)した。

琴里が血払いするかのように右手をビッと振ると、その場をあとにした。

 

『すまない、シン。少し食い違いがあったようだ。』

 

食い違い、ということはあの子たちは〈フラクシナス〉の機関員では無いのだろうか。身を痛みに捩らせながら問うと、インカムから答えが返ってくる。

 

『ああ。機関員だとバレてしまうからね。先ほど小雪が金のエンゼルで買収した。百億兆円からここまで値下げするとは驚いたよ。』

 

百億兆円というと、子供がとにかく高い金額を出そうとして単位が滅茶苦茶になるあれだろう。

 

『すみません。青髪のお兄さんと一緒に滑ってきたお姉さんの水着を剥ぎ取ってもらうように頼んだんですが……』

 

十香と間違われた、と言うことらしい。殴られ損、ではないだろう。きっと剥かれたのが琴里でも同じことが起きていたはずだ。

 

金のエンゼルが周りを飛んでいる幻覚を見ながら、士道はプールに身を浮かべた。




感想欄で感謝の言葉が長すぎる、といった感想があったので、今回から纏めさせて頂きます。
お気に入り登録、評価、感想有難うございます。これからも応援よろしくおねがいします。
次回はなるべく早く仕上げられるよう頑張ります。


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琴理クライシス

補足ですが、小雪さんは天使の能力を〈フラクシナス〉に殆ど隠してます。ある程度の範囲探知が出来る能力としか話してません。艦内の人たちは信用出来ても、上層部がまだまだ信頼出来ないからですね。


 

 

時刻は二時一○分。士道たち一行はオーシャンパークの一角にあるフードコートで遅めの昼食を摂っていた。士道たち四人がついたプラスチック製のテーブルの上には、四人にしては明らかに量が多いが、十香がいるなら仕方ないことだろう。

十香はムシャムシャと豪快に、四糸乃は小さな口で少しずつクラブハウスサンドを食べている。二人とも美味しそうに食べているのは良いことだが、それ以上の懸念材料が士道にはあった。

単純な話、士道の対面に座っている少女──琴理は明らかに不機嫌そうな様子で、サンドイッチに一度も口をつけないまま足を組んで座っている。

これは困った、と士道は誰にも聞こえない程に小さなうなり声を溢した。

ここに来てから三時間ほど。〈フラクシナス〉からサポートを受けてはいるものの、眼に見えた効果は上がっていなかった。前提条件を間違えていたのだろう。事前に対策が立てられる分御しやすいなどと、どの口で言えたものだろうか。こちらの思惑を知っている分、他の精霊よりは安全だろうが、その分こちらの内情を知られているから何をしても響かない。

安全性は高いが、難易度も高ければ結局プラマイゼロだ。いやむしろ難易度分マイナスまであるだろう。

 

「……令音さん、今の琴理の機嫌と好感度の数値ってどうなっていますか?」

 

攻略のためにも先ずは三時間の成果の確認だ。少しでも響いてくれれば御の字。雨垂れ石を穿つとも言うし、時間をかければいけるという証明になる。肝心の時間は足りないが。

だがしかし、何も変化が無いならばこちらも行動を改めなければならない。

 

『……ん。目立った下降はしていないが、上昇もしていないね。グラフにするなら綺麗な平坦だ。』

 

どうやら後者だったようだ。兎に角行動を起こさなければならない。会話を………何かしらの会話を………

周囲を見渡すと、琴理が飲み物に口をつけた後咽せたように数度咳き込んだ。

 

「ッ、けほっ、けほっ……」

 

「だ、大丈夫か琴理?」

 

心配する士道に、咳き込んだだけと返す琴理。そのまま席を立ち誰にも声をかけずに歩いていく。

どこに行くのかを問う士道に、あからさまに不愉快そうな声でたしなめる。

 

「レディが席を立つ時に行き先を聞くなんて、私以外にやったら死ぬわよ。覚えておきなさい。」

 

言われて漸く気づかされる。肝に銘じると共に琴理の背を見送ると、一息ついて机に突っ伏す。緊張の糸が切れると同時に腹が音を立てる。机の上にあるクラブハウスサンドに手を伸ばし、咀嚼する。なかなか美味しい。

 

「いつものシドーに戻ったな、琴理と何かあったのか?」

 

「え?」

 

そこまで変だっただろうか。今日一日を振り返ってみるが心当たりはない。気のせいで済ませようと口を開けようとすると、四糸乃たちからも疑問が飛んでくる。

 

「琴理さん、と……喧嘩、したんです……か?」

『琴理ちゃんが居なくなった途端急に気ー抜くんだもん。わっかりやすいねー士道くんは。』

 

そこまで自覚はなかったが、相当に構えてしまっていたらしい。気恥ずかしさや背徳感だけでなく、緊張も伴う今回のデート。そのプレッシャーは、予想以上に士道を苛んでいるのだ。

 

「や、別にそんな訳じゃ………」

 

二人+一匹(体?頭?)の視線に射竦められ、思わず席を立ってしまう。

 

「お、俺もトイレ行ってくる!」

 

背後からの十香の声を聞き流しながらその場から逃げ出し、離れた場所で息を吐く。自分の緊張を自覚すると一気に情けなくなってくる。

 

「令音さん、精神状態のモニタリングって俺の方もやってますか?できれば教えて欲しいんですが……」

 

インカムに向かって問うと、少し遅れて声が帰って来た。

 

『すまない、少し席を外していてね。……精神状態のモニタリングだったね。やや緊張気味でとても良好とは言えない。それに……』

 

令音の声を頭に入れながら、顔を洗うためにトイレに向かう。が、その道中。トイレの手前の自販機の後ろから何か物音が聞こえてきた。

耳を澄ませると、明らかに話し声のようなものが聞こえてくる。聞き覚えのある声が聞こえたような気がしてそちらに足を向けようとするが、インカムからそれを妨げるように声がかかる。

 

『シン、そこには……』

 

だがもう遅い。令音の制止を聞くよりも早くに、士道はそこを覗きこんでしまい─────そして、絶句する。

そこにいたのは、ここに来て何度か見た従業員の制服を着た桃髪の少女、もとい〈ラタトスク〉新入精霊の小雪と───壁にもたれ掛かりながら地面にへたり込み、苦しげに頭を押さえている琴理だった。

小雪は琴理に注射器を片手に、少し険しい声で言った。

 

「〈フラクシナス〉の医務官方から警告です。『今朝の時点で通常の五○倍以上の量を投与している。これ以上は命の危険があるから注意しろ』とのことです。」

 

苦しんでいる妹を見て即座に駆け寄ってやるべきなはずなのに、近づくことを躊躇ってしまった士道は隠れた先でそんなことを聞いてしまった。

 

「この警告を貴女は聞かないでしょう。決断はあなたの心が変わらないうちに、どうか後悔の無いように。」

 

そう言って差し出された手を琴理が掴む。

 

「そういう気遣いができるのは有難いわね。………………もちろんよ。もしかしたら最後かもしれないおにーちゃんとのデートなんだから……後悔なんて、して良い訳無いでしょ。」

 

小雪は注射器を構えて琴理の左腕に刺す。その数瞬後に琴理が大きく息を吐いた。段々と顔色が明るくなっていき、表情が良くなっていく。

 

「にしても、あなたこんなことも出来るのね。どこでこんなスキルゲットするのよ。」

 

「いろんな災害現場(場所)を巡っていると、一般人の技術じゃ救えない人が出てくるんですよ。」

 

二人の会話は、ほとんど士道の頭に入ってきていなかった。琴理の表情はいつものそれに似ているが、士道の目には少しムリをしているように見えた。それが気になって仕方なくて、他の事に意識を割く余裕が無いわけだ。

 

「それはそうと、あなたは少し休んだ方が良いですよ。只でさえ無理をしているんですから。飲み物を買ってくるので待っていてください。」

 

有無を言わせない口調で琴理を休ませた小雪がこちらに向かってくる。士道は慌てて逃げようとするが、小雪と目が合ってしまう。

直後、小雪は音をたてない程度の速さで士道の肩を掴み、自販機の陰に隠した。

 

「お、驚かないんだな……」

 

口をついて出たその言葉が、士道の驚きようを表しているだろう。

 

「最初から気付いてましたから。あなたの方も少しは休んだ方が良い………んですが、聞きたいことがあるなら今のうちに聞いておいて下さい。」

 

じゃあ、と前置きして士道は溜まりに溜まった疑問点を問いかける。

 

「琴理はッ……琴理はいつからあんな風になってたんだッ!?」

 

「霊力を取り戻した時からだそうです。これは〈フラクシナス〉で聞いたはずでは?」

 

予想はしていなかったわけではないし、確かに既に聞いていたことだ。だがその答えに確証がとれてしまうとこたえるものだ。

 

「じゃあ…………どうして………「どうして教えてくれなかったのかという質問なら、あなただったら伝えますか、と質問で返しますが合っていますね?」ッ……!」

 

確かに自分がそうなっていたら間違いなく伝えないだろう。十香や琴理に心配させたくないし、そんな理由で琴理も伝えなかったんだろう。

でも、それでも、困っていれば頼って欲しかったし、相談して欲しかった。自分勝手なことこの上ないが、それでも心配なのが兄としての心なのだ。

 

「心配なら、ここで止まっているよりやるべきことがあるでしょう。ここで見たことは心の隅に忍ばせておいてください。あなたが同情や憐憫を抱えたままでいると琴理さんが困ってしまいますから。」

 

………………頭では()()()()()()()()()()と理解できるが、それ以外はどうしようもなくグチャグチャになっている。絡まった思考を一つ一つほどいていく頃には、士道はフードコートの席についていた。

 

『決断はあなたの心が変わらないうちに、どうか後悔の無いように。』

 

もしかしたらあれは士道に対しても言った言葉なのかもしれない。琴理は、後悔なんてしてられないと言っていた。果たして自分はどうだろうか。

勿論後悔なんてものはしたくないし、しない方がいいに決まっている。だがこのままだと後悔するしない以前の問題だ。

何をすれば琴理を救えるか。何を為せば琴理を救えるか。

今のままじゃあ出来ないならば、状況を変える何かが必要だ。

 

「十香、実は今から流れるプールのジャングルクルーズが始まるみたいなんだが、四糸乃と一緒に行ってみてくれないか?」

 

十香たちには申し訳ないが、やはり二人きりの方が良いと思う。あとは聞いてくれるかだが……

 

「十香さん、私……クルーズに、行きたいです。一緒に、行って……ダメ、ですか?」

 

あぁ、四糸乃ってホントに良い子。利用しているようで良心がとてつもなく痛むが、今回ばっかりは仕方ない。心の中で謝りながら、十香が承諾したことにほっとする。

士道が手を振って二人を見送ると、二人はそれに合わせて手を振り返して士道が指した方向に向かっていった。

その際、士道には四糸乃が首を回して「………頑張って、下さい」と言ったように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ、少し時間を取りすぎたわね。」

 

琴理は小さくうめくように言うと、少し歩調を早めてフードコートに向かう。

結局あれから結構な時間小雪に休まされてしまった。付き合いが薄いどころの話ではない、むしろ話したことのない彼女が令音の代わりに来たときは驚いたが、能力はあるし必要以上にこちらに踏み込んでこない。コミニュケーション意識が低いのかもしれないが、そうだとしても気を荒立たせることすら億劫な現状だととても有難い。

能力、目的ともに不明瞭な彼女に関しては当然というか謎が多い。令音から聞いた話では、学籍や戸籍等々は間違いなく本物─────つまり自分と同じように後天的に精霊になったタイプ。だがしかし、その程度しか推測が出来ないのだ。遍歴に不自然な箇所は無いし、どこで精霊の力を得たのかも不明。

それでいて、彼女の行いが疑うことを許さない。精霊としての彼女の行いが全て他者の為である、だから今回もきっとそうなのだろうと納得してしまっている。一人二人ではなく〈フラクシナス〉の殆どが。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

やはりこれは─────。おっと、もうフードコートに着いてしまっていたようだ。

先ほどまで四人で座っていた席には何故か士道しか座っていない。

 

「士道?」

 

琴理が言うと、士道が振り返る。………なんだろう。士道の様子が先ほどまでとまるで違う。いつもの────それこそ、白いリボンの琴理と接している時の士道のような…………。

 

「琴理、今から着替えてアミューズエリアに集合だ。」

 

琴理は一瞬士道が何を言っているのかが理解できなかったが、一拍おいて言われた内容とその理由を推測する。

 

「あぁ、〈フラクシナス〉から指示が出たの?こっちじゃああんまりにも上手くいきそうにないもんだからって……」

 

「いいや」

 

琴理の言葉を食い気味に否定しつつ、士道が椅子から立ち上がる。そのまま右耳に手を当てると────

 

「これは、俺が決めたことだ。」

 

そこに装着されていたインカムを外して、テーブルの上に放ったのである。

 

「それに、俺はプールより遊園地の方が好きなんだ。」

 

「はぁ?」

 

理解できないの連続が、琴理の良いと言えない(体調的に)頭を掻き乱していく。

 

「何言ってるのよ、一体。てゆうかそもそも十香と四糸乃はどうしたのよ!いくら今の攻略対象が私だって言ってもあの二人の精神を不安定にさせたら霊力が逆流して大変なことになるのよ!」

 

「もちろん覚えてるさ。でも今あの二人はジャングルクルーズを楽しんでもらってる。神無月さんたちが見てくれてるから安心してくれ。」

 

唇を尖らせながらの問いかけに、当然のように返してくる士道。だがやはり今一つ士道の意図が読めない。

 

「何のつもり?」

 

すると士道は琴理の手を取り、ニッと唇をつり上げて見せた。

 

「遊ぼうぜ、琴理。──久々の遊園地だ。楽しみで仕方ない。疲れて眠っちまうまで遊び尽くそうぜ。」

 

 

 


 

 

机の上の忘れ物(インカム)に触れる手がひとつ。従業員、もとい小雪である。

 

「士道さんのインカム、回収しました。」

 

『ああ、有り難う。………………小雪は、あれで良かったと思うかい?』

 

「………………何であろうと、士道さんの決意を無駄にはしない。それだけです。」

 

()()()()()()()()、かい?』

 

「…………」

 

『少なくとも、ここの艦員達は君のことを信頼している。君が何を考えていようとも、だ。思惑は何であれ()()()()()()()()()?』

 

「………………………………何も起こらないかもしれませんよ。」

 

『君はもう少し悲観的な人間だと思っていたがな。いや、君は鳶一折紙のことは知らないんだったね。』

 

「誰ですか、それ。」

 

 

 


 

 

事態が動くのはその数刻後。

 

───────鳶一折紙(復讐者)が動き出した。




感想、お気に入りをしてくれた方々、有り難うございます。

これと後1話で琴理編は終了です。


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折紙アヴェンジャー

予告した通り、琴理編は今回で終了です。
戦闘シーンはいつにも増して駄文です。
それでも良いという心優しい方は、本編をどうぞ。


場所をアミューズエリアに変えてからは、琴理とのデートは中々良くなったと言えるだろう。士道の行動に対する琴理の目には、常に“〈フラクシナス〉からの指示によるもの”だという色眼鏡がかかっていた。インカムを外すことによってそれが消え、士道の行いが真っ直ぐ琴理の心に伝わるようになったのだろう。

尤も士道がどこからどこまで考えていたのかは分からないし、直感によるものなのかもしれない。

それでも確かに、琴理はデートを楽しんでいた。

〈フラクシナス〉の艦員たちもそれを理解してか、もしくは神無月(変態)の煩悩にまみれた言葉を聞いてか、その行動は正解だと思い始めていた。

このまま上手くいけば、琴理(司令)の霊力は安心して封印できるだろうと。

 

だが、やはりと言うべきか事はそう上手く運ばない。

 

───────けたたましい騒音と共に、復讐者(鳶一折紙)がやって来た。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

〈フラクシナス〉がそれに気がついたのは、その瞬間から少し前のこと。見たことのないCR-ユニットを纏い、重装備で空を飛ぶ少女。空間震警報が出されていないから明らかな違反行為。警報が発令されたらそれは他のAST隊員がやってくるサインでもある。

そら、噂をすればサイレンが鳴った。

 

「士道くんは現在インカムを装着していません!連絡が取れない以上、小雪さんに向かってもらうしかないのでは?」

 

 

「彼女には、鳶一折紙を追ってくるであろう他のAST隊員の迎撃に向かってもらいました。苦肉の策ですが、そのまま迎撃してもらう他ないでしょう。鳶一折紙一人だけなら司令もやられはしないでしょうが……………」

 

 

「ああ。琴理の体調は最悪に近い、万が一ということもあり得る。それは絶対に避けなければならない。十香と四糸乃は今何処にいる、巻き込まれるようなことは無いか?」

 

 

「二人とも、現在はウォーターエリアのジャングルクルーズツアー二周目です。巻き込まれるのもそうですが、士道くんの応援という意味でも可能性は低いかと」

 

 

順調だったデートに暗雲が立ち込める。分かったのは、この状況で〈フラクシナス〉が打てる手はもう無いということのみ。結局士道に任せる事しか出来ない現状が彼らを焦らせていた。

どうしようもないほどの無力感。艦内の雰囲気が暗くなってしまう。

 

 

「何を暗くなっているのですか皆さん!小雪さんのサポートを全力で行い、一刻も早く司令の救助に向かってもらいましょう!そうすれば「ここは神無月の言う通りだ。十香、四糸乃への連絡も頼む。もちろん、琴理の体調のモニタリングも忘れないでくれ」」

 

 

だがこんな時には役に立つ、こんな時しか役に立たない我らが〈フラクシナス〉副司令神無月恭平。掻き消された発言の内容は兎も角、その底無しの情欲能天気さ(実際のところは不明である)のお陰で暗い雰囲気もシリアスも吹き飛んでしまった。

まぁ、現状が現状なのでシリアスはすぐに戻ってくるのだが、それでも艦内は明るくなっている。

 

 

「小雪さんの現在地、出ました!」

 

 

頼みの綱たる少女が居たのは、琴理と折紙の戦場から数百メートル程の市街地。精霊スペックならその程度の移動に時間は掛からないだろう。彼女からそう遠くない位置にASTたちがいる。

 

 

 

 

 


 

 

AST天宮駐屯地部隊長、日下部燎子は焦っている。自身の部下である鳶一折紙がDEMからの実験機である〈ホワイト・リコリス〉を勝手に持ち出し、あまつさえ空間震警報が発令していないにも関わらずそれを展開し外に出たのだ。すぐに周囲に警報を発令させ、基地にいた面子五人をかき集めてトップギアで急いで飛んでいる

 

 

ゴンッ!!!

 

 

鈍い金属音が周囲に響いた。驚いて音の聞こえた方向に振り返るがそこには何もいない。

……………いや、何もいないのはおかしい。そこには一人いた筈だ。誰かが消された、()()()()()?一体何のためだろうか、AST(こちら)に敵対する勢力に心当たりは無い。そもそも国家防衛の為に作られた組織であるのだから敵対という言葉とは無縁の筈だ。精々が成果を出せない私たちにイラついた上官(老害)共位で、それもこのような事態でちょっかいを出そうとは思わないと思いたい。

規定違反以前に、機密保護の観点からして問題なのだ。お偉いさんも、自分の身を削って国をパニックにさせてまで利益(甘い汁)を得たいとは思えないだろう。そもそも収支が合わないのだ。

だとするなら答えは精霊なのだろうが、積極的に攻撃を行う精霊など、それこそ先日の〈ナイトメア〉位のものだろう。

現在天宮市で消失(ロスト)が確認されていない精霊は多数存在する。そもそもが危険度の低い〈ハーミット〉や〈セイバー〉は兎も角として、〈プリンセス〉、〈ナイトメア〉、〈イフリート〉と危険度が高い連中も多い。

だがそのどれもこれ程の隠密能力を持ち合わせている場面を見たことがない。

もうやめよう。今頭にある情報だけで現状を解決することは出来ない。周囲を警戒しつつなるべく急いで現場に向かう。そう部下に告げて自分も警戒態勢をとる。

そういえば、〈セイバー〉は未だに天使の能力を見せてはいないのだった。彼女は精霊の中でも特出してステルス能力が高い。もしかすると………

 

そんな的を射ているようで事実とは少しずれたことを考えている女性を尻目に、小雪は一時撤退する。

 

とても唐突な話であるが、姫河小雪(スノーホワイト)は奇襲が苦手である。魔法少女育成計画(本来)の彼女がどうかは分からないが、他者の弱みを読み取るという受け身な能力はやはり防衛戦や情報戦でこそ真価を発揮するもの。

奇襲されたら困るのは当たり前のことだし、護衛中の集団でもないとこの天使()は使えない。狂三へのそれは幾度の交戦で互いの手の内を知り尽くしているから成功しただけの話だ。

だから四の五の言ってられない今回は透明外套を使ってズルをした。透明になって近づいて、後ろから鈍器(業務用消火器)で頭を一発。精霊パワーで一撃入れれば、魔導師(ウィザード)だろうと一発である。使う度に凹んでしまっては勿体ないので霊力で保護している。こんな状況では霊力はとても便利だ。

だがそんなチート(透明外套)も、警戒されては意味がない。彼女らの心に油断が無いのはすぐに分かる。随意領域(テリトリー)の中に侵入すればバレてしまう。

 

(こんなことなら閃光弾か何か作っておけば良かった。これが終わったら必ず作ろう)

 

それだけではない、自立行動の機械兵器やオートターゲットの銃火器なんかも不得手だ。魔法少女育成計画(原作)からだとダークキューティーが操った影が例に挙げられる。機械のような「心は無いが自ら動くタイプ」はダメだ。

ロボットはまだ見たことがないが、オートターゲットのミサイルは今回相手が持っている。

(急いで来たならそんなもの持ってなくていいのに……)

心の中で愚痴を漏らすが、そんなことしててもどうしようもない。規定違反した鳶一折紙の発言から、行った先に〈イフリート〉がいると考えての重武装だろう。

面倒なことになったが、考えるのを止めてはいけない。

スペック自体は普通の私は工夫をしなければある程度の魔術師(ウィザード)には勝てないだろう。インカムはもう切ってある、余計な雑音は聞こえない。天使から届く声に耳を傾け、頭を回し続けろ。思考停止したら本当の凡人だ。足止めは最低条件、止めるというのはあり得ない。

 

足止めさえしていれば彼がやってくれる。安い憐憫でも下手な同情でも構わない、結果的に誰かが救われればそれでいいと私は思っている。だが五河士道は愚直なまでに一心に精霊(女の子)を助けようとしてくれている。誰かに救われるなら『強い気持ち』とか『裏のない好意』とか『真っ直ぐな心』とか、そうゆうもの(思い)を持っている人の方が良いに決まっている。その何れも、今の私は持ち合わせていないから。

 

 

(シドー!ここは私たちに任せて、早く逃げろ!)

 

 

逃げてくれないと困る、そんな感情が流れ込んでくる。いつの間にか天使(マステマ)の射程範囲が十香さんたちの方まで近づいてしまったらしい。戸惑っている時間も、迷ってる時間ももう無い。

どうやら〈セイバー〉稼業はこれからはおおっぴら(霊力全開)に出来なくなりそうだ。飼ってもいない犬に手を噛まれれば、その犬を警戒するのは当たり前だろう。

 

「魔法少女狩り」ならぬ「魔術師狩り」を始めようか。

 

外套を深く被り、袋から新しい消火器を取り出す。安全栓を抜いて走り出す、ノズルを向けて狙いを定める。

ターゲットは恐らくは隊長格であろうポニテの女性、当然随意領域(テリトリー)に阻害されて本人には届かないがそれで問題無い。前方方向の視界を殆ど塞がれたのだからその対処を優先するだろう。警戒命令を出される前に走る勢いそのまま左奥にいる隊員の頭を殴打する。的中(クリーンヒット)、残り三人。

近くに明確な敵がいることを察した彼女らの片方は随意領域(テリトリー)を拡大する。呆けてしまっているもう一人を尻目に、人の身からすれば暴力的なまでの力の奔流が襲うが、人でない小雪に効果はあまりない。しかし、透明外套はあくまでも外付けの装備に過ぎない。このような直接戦闘では破れる危険性を考えれば脱ぐのが自然だ。外套を外し、片手で袋にしまう。もう片方の手で消火器を投げ捨て(後で拾います)天使を顕現させ、薙刀(ルーラ)で押して地面に頭から叩きつける。

残り二人。

「当たってくれ」と願うのはそのどちらだろうか。右後方、隊長がいる方向からの射撃がその答えだ。それを左に、同士討ち(フレンドリーファイア)の危険のある方向に動くことで回避する。隊長さんの舌打ちの音が聞こえてくるようだ。

それのお陰(せい)でもう片方の目も覚めてしまったようだ。

現状は二対一。隊長さんと違って、最後に残した一人は戦闘中に呆ける新人だ。戦闘はある程度楽にはなるだろう。

士道たち(あちら)はどうなっているだろう。聞こえる声に耳を傾ける。

 

『琴理、琴理!お前は俺の可愛い妹だ、この世で一番の自慢の妹だ!どうしょうもないくらい……大好きだ!愛してる!』

 

フラれたらどうしよう、何て必要の無い心配が聞こえてきた。答えられなかったらどうしよう、とか言うふざけた心配も届いてきた。

これは私がいる必要あったんだろうか。場所的にも、状況的にも近くにいる連中を置き去りにして甘々空間を広げているんだろう。

もうあまり時間は必要ない筈だ、多く見積もっても数分程度。それなら、やれる。

 

 


 

 

 

日下部燎子の困惑は最高潮を越えてしまっている。交戦相手はまさかの〈セイバー〉、隠密能力がこちらのレーダーを歯牙にもかけない程であることを理解してしまったのは隊長として求められる能力が高いことの弊害だろう。倒れた三人はどうやら気絶しているだけで脈はある。もう一人(ミケ)は立ち直れたみたいだ。ちゃんと相手を見ているし、戦闘の意思も見てとれる。二対一ならあるいは、と思うのは見通しがかなり甘いのだろう。相手は精霊、一体で国すら滅ぼせる存在なのだ。〈セイバー〉だろうとそれは同様、〈ハーミット〉戦で油断は禁物と思い知っただろう。

事〈セイバー〉に関しては、対話を試みるのも案だと言う奴もいるかもしれないが、私はそうとは思えない。()()()()A()S()T()()。だから精霊と戦うし、だから精霊を倒そうとする。理由はそれだけで十分だ。

 

 

「ミケ!()()()()()?」

 

「はい!」

 

 

〈セイバー〉の戦闘情報は無いに等しい。だが天使であろう武装は明らかに近接武器だ、定石としては遠距離攻撃が適しているのだろうが、不意打ちであったはずの先の一撃はまるで後ろに目でもついてるかのように不自然に避けられた。

読心術やら未来予知やら可能性は浮かんでくるが、単なる偶然というのもあり得る。特殊な弾薬で不意打ちを試みるのも案だが、急ぎの今回は弾すら心許ない。

ブレード〈ノーペイン〉を抜き、構える。同じく〈ノーペイン〉でミケが斬りかかるが、薙刀で完璧に流される。続く二撃、三撃も同様に流されるが〈セイバー〉は一度も反撃してこない。連れてきた五人の内三人は頭部への打撃で気絶させられている。慣れ親しんでいるはずの獲物(天使)ではなくわざわざ消火器を使ったのはこちらに対して殺害の意思はないということだろう。天使を使えば確実に殺せていたし、殺されていた。

 

「私たちを攻撃する意思はあっても、殺す気はない。そんな中途半端な考えで、どうして戦おうと思ったの?」

 

能面はピクリとも動かず、反応も一切ない。声すら出さずにこちらを向いてくる。

既にミケの攻撃は止まっており、〈セイバー〉も天使を構えていない。攻めるなら今なのだろうが、体が動かない。精霊の中でも唯一話が通じるとさえ言われた〈セイバー〉が対話に対して無反応だということに戸惑っているのかもしれない。

そんな沈黙()に対して〈セイバー〉がとったのは逃げの一手だった。

腰の袋から外套を取り出し、あっという間にそれを被ると視界とレーダーから〈セイバー〉の反応が消失した。それと同時にあることに気がつく。

 

「ミケ、急ぐわよ!!」

 

折紙のレーダー反応が全く動いていない。〈イフリート〉と遭遇していないならまだ飛行中のはずであるし、したならしたで戦闘中のはずだ。動いてないということはそのどちらでもない─────落ちているのか、倒れているのか。どちらにしても急がないといけない、〈セイバー〉は後回しだ。

 

今は急がないといけない。隊長としての責務を果たすため、帰った後の始末書は一旦頭の外に追いやって、一刻も早く部下を助けなければ。

 

 


 

 

 

【君は結局、何がしたいんだい?】

 

ASTたちから逃げたその先で、小雪は荒いシルエットに話しかけられた。男なのか女なのか、低いのか高いのか、それすら分からないし不思議な声が聞こえてくると、反射的に薙刀(ルーラ)で首に良く似た部分を切りつけた。

 

【意味はないと、分かっているだろう?いや、私の心は読めないんだったかな?】

 

こんなやり取りは初めてではない。シルエットは小雪と接触する度にこうなっている。

小雪にとってこのシルエット─────〈ファントム〉は、原作(本来)のスノーホワイトにとってのピティ・フレデリカのようなものだ。

力を与えてもらった事に関しては欠片ほどの感謝があったり無かったりするのだが、いややっぱりそんなもの無い。

兎も角、〈ファントム〉はいつか絶対殺す(狩る)相手である精霊に関しての情報源としては役に立つことは間違いない。

五河士道と初めて会ったあの日、天宮市に帰って来たのも〈ファントム〉からもたらされたに情報によるものだ。国外での活動が終わってから即座に飛行機を無賃乗車して帰国したのも自分一人では出来ない精霊(同胞)を救うことができると聞いたから。

救うことができるという事実に目を背け続けると救いに帰った。

 

【だんまり、か。嫌いな相手にはとことんそれだね。まあそれでも構わないよ。君なら彼らを守ってくれるだろうからね。】

 

シルエットが薄くなり、そして消えた。小雪は切っていたインカムのスイッチを入れて〈フラクシナス〉に回収された。

 

【私は、君がそういう人間だと考えでその力を貸したのだから。】

 

誰もいなくなった空間に、亡霊(〈ファントム〉)の声だけが聞こえていた。




学校編の幕間を挟んでから八舞編に入ります。
お気に入り登録、感想、評価、誤字報告有り難うございます。
まほいくを知らない方にいくつか捕捉しておきます。
まず、消火器はスノーホワイトの第二武器です。決して作者が消火器好きだからではありません。
次に、今回名前だけ出てきたまほいくキャラのちょっとした解説です。知ってる人と興味ない人は読み飛ばしてください。

ダークキューティー ─── 敵キャラ系魔法少女。影使い。主人公のストーカーで主人公に対する美学をお持ちです。

ピティ・フレデリカ ─── スノホワの師匠で犯罪者。髪フェチ。覗き魔。髪フェチ。変態。髪フェチ。脱獄犯。髪フェチ。とにかく髪フェチのやべーやつ。


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幕間
美紀恵モニタリング


今回は幕間会、タイトルでわかる通り『デート・ア・ストライク』より岡峰美紀恵さんに出ていただいてます。
ついでにまほいくからも出てきてますが基本その人たちは本筋には関わりません。これから先出番があるかも分かりません。
駄文に無理矢理設定が混ざってしまっていますが、それでもいいという心の広い方は続きをどうぞ。


都立来禅高校二年三組。隣のクラスでは毎日繰り返されている男の取り合いなど知るよしもなく、ちびっこ飛び級生岡峰美紀恵は日々を繰り返していた。

 

 

だが彼女は現在。新しく仲間になった、もとい帰って来たクラスの仲間を監視(ストーキング)していた。

その相手は、精霊〈セイバー〉疑惑のある少女─────姫川小雪である。

 

 

 


 

 

 

事は始まりは朝。

先日起きたある事件。尊敬する先輩である鳶一折紙がASTの規定を破り、クビになってしまうかもしれない。

最悪自分も職を辞するしか………。そんなことを考えていると、不意に教室の前の扉が開いた。

 

「みなさーん、席についてくださーい。」

 

入ってきたのはクラスの担任。そして見知らぬ────否、どこかで確実に見た覚えのある少女。金色の瞳に桃髪のショートヘア。クラスの注目を浴びているからか、少し恥ずかしげに笑みを浮かべている。

 

「皆さんに朗報ですよ!姫川さんがサボりを止めて帰って来ました!」

 

姫川…………おそらく名字だろう。だがサボりというのはどうゆうことだろうか。美紀恵が教室で見たことがないのだから、彼女が転校してくる以前からなのだろう。しかし、目の前の少女からは学校を何ヵ月もサボるような感じはしない。そんなことを思っていると、少女が自己紹介を始めた。

 

「はじめましての人ははじめまして、そうでない人は久しぶり。姫川小雪です。よろしくお願いします。」

 

「どこ行ってたんだ」とか「何してたんだ」とかの質問が教室中から聞こえてくる。

 

「すいません、姫川さんってどんな人なんでしょうか……」

 

だが彼女について何も知らない美紀恵は声のかけようがない。前の席の同級生に質問してみる。

 

「姫川さん?いい人だよ。困ってたら助けてくれるの。時々いなくなるけど。美紀恵ちゃんも何か困ったことがあったら相談してみたら。」

 

困っている人を放っておけない性格、ということだろうか。「ちょっとそこまで」とか「ヒミツです」といったはぐらかすような返答をしている彼女。「いつ帰ったのか」という質問には「最近」と返していた。

おそらく会ったことがあるとすればこの町だろうと当たりをつけ、最近の出来事を思い返していく。とはいっても、濃いい出来事はほとんどがASTのもので……………ああ、思い出した。何故思い出せなかったのか分からないが、きっと表情のせいだろう。眼前の彼女は、例の事件で戦闘した精霊─────〈セイバー〉にそっくりなのだ。声は聞いたことの無いから分からないが、その顔─────のパーツは似かよっているように見える。戦闘をしたときの〈セイバー〉には表情らしい表情は浮かんでいなかったからとても分かりにくい。

 

「ああ!!」

 

思い出すと同時に美紀恵は思わず大声を出してしまう。クラスは今HR(ホームルーム)の真っ最中。クラス中の視線が美紀恵に集まっている。当然〈セイバー〉疑惑のある彼女も同様に視線を送っている。やはり戦闘時と違ってきょとんとした表情がついており、同じ人物であるとは思いにくい。

 

「す、すすすいません!ト、トイレに行ってもいいですか!」

 

岡峰美紀恵二等陸士はAST隊員としての責務を果たすため、即ち『ほう・れん・そう』を守るために席を立った。決して恥ずかしくていたたまれなくなった訳ではない。決して。

 

 

 

 

 

 

 

 

トイレにて、美紀恵はAST天宮基地に連絡をとっていた。

 

「だから、クラスに〈セイバー〉そっくりな人が転校…………じゃないですね。転入…………でもないですね。ええっと…………そう復学です!復学してきたんですよ!」

 

言葉に詰まりながら何とかしたその報告に対して、日下部燎子は真摯に対応をとっていた。

曰く、〈セイバー〉の隠匿能力ならそこまでやってのけるかもしれない。〈ナイトメア〉でさえ出来たのだから、それ以上に人間社会に関わっている〈セイバー〉が()()出来ない道理はないと。

だが、それはあくまでも転校の話だ。

 

『復学ってことは、前々から学校に通ってたってことよね。ちょっとこっちで調べてみるわ。姫川さんだったわよね。そっちも監視よろしく。ってかそれよりも、あんた今授業とか大丈夫な時間なの?』

 

美紀恵は言われてようやく気づいたようにはっとする。彼女が教室を飛び出してから、廊下を走ったせいで転び、それでも落ち着かずトイレに飛び込んだせいで携帯を落とし、さらに番号の入力にまごついた。それらのタイムロスが原因で今の時刻は中々のものだ。なんて事を考えていたせいで、チャイムが鳴ってしまった。

 

『授業終わった位に連絡かけるか「不味いです遅刻ですちーこーくーでーすー!!」ブチッ!

 

携帯の電源ボタンを押しポケットに突っ込むと、急いで、だがきちんと手を洗いトイレから走って出ていった。まだ走れば間に合うかもしれない。先生がまだ教室に来ていない一縷の可能性にかけ、美紀恵は走り出す。

 

「アギャ!」

 

だがまたしても何もない平坦な廊下で転んでしまい。結局授業開始には間に合わず遅刻して怒られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業が終わってから数秒後、携帯が震えだした。思わずビクッとしてしまい椅子から転げ落ちてしまう。

 

「アダッ!」

 

今日だけで何回も起こっている自分のうっかりを呪いつつ、「大丈夫ですか?」という声とともに差し出された手を掴む。

 

「あ、有り難うございます………」

 

そのまま正面を向いた瞬間、岡峰美紀恵、硬直。差し出された手の持ち主は、件の精霊容疑者───姫川小雪であったのだ。困ってると助けてくれる、と聞いてはいたが実際やられてみると少しビックリする。だがそれ以上に監視対象が急に目の前に出てくると心臓に悪い。

 

「あの………ホントに大丈夫?」

 

固まってしまった美紀恵を心配して、小雪がまた声をかけてくる。

 

「だ、大丈夫でッ、ですよッ!」

 

驚いたせいで声が上ずってしまった。友達に呼ばれたようで、彼女は結局苦笑いながら手を振っていった。あぁビックリした……………なんて思ってる場合じゃない!

端末に着信があったということは、日下部隊長が身元を調べ終わったのだろう。話す内容が内容なだけに、教室で話す訳にもいかない。そもそもこの学校は携帯端末の類いは持ってきてはいけないのだ。

急いで、かつ落ち着いてトイレに駆け込んだ。端末の画面には創造通り“隊長”の文字。

 

『遅かったわね。取り敢えず調べはついたわよ。』

 

「こっちが遅いんじゃなくてそっちが早いんですよ!授業終わったばっかりでビックリしたんですよ!…………それで、どうだったんですか?」

 

告げられた内容は主に“白”を主張するものばかりだった。戸籍等も偽装の痕跡はなく、生まれてから今までの足取りがしっかりと掴める。一人っ子だから双子で似ているということは線もなし。

 

「じゃあ、ただ似てるだけの一般人ってことですか?」

 

そう結論付けるしかない、と疲れた声が帰ってくる。

 

『でも、私たちはまだまだ精霊というのは存在を理解していないもの。という訳で岡峰二等陸士!「はい!!!」』

 

それが急に上官としての凛としたものに変わり、美紀恵は反射的に敬礼をしてしまう。

 

『あんたにその娘の監視を命令するわ!』

 

「は、はいッ!はい?」

 

思わず聞き返してしまったが、理解出来ない事はない。疑わしきは罰せよなんて言える国ではないが、疑わしいなら疑っておいて損はない。それなら近くにいて自然な美紀恵に白羽の矢が立てられるのは当然のことだ。

 

「つまり、小雪さんを監視…………観察して、明らかに精霊の力を使った様子だったら報告するってことですね」

 

『つまりはそうゆうこと。まだまだ新人のミケには荷が重いかもしれないけど「大丈夫ですッ!できますッ!」あらそう?』

 

そこから話がトントン拍子で進んで行き、その結果今の状況である。

 

(これ以上つけても成果は無さそうですね…………)

 

命令が下った一時間目の休憩時間から結構な時間が経ち、現在学校は授業が終わって部活の時間。それまでずっと観察を続けて来たものの普通の人と何ら変わりはしなかった。少し人を手伝う件数が多いくらいだろう。

現に今もそんな人を手伝いっている。あれはサッカー部だろうか………

 

「なーにやってんの?」

 

「ひゃッ!?」

 

なんてことを考えていると、唐突に後ろから声がかかった。完全に意識の外からの声だったので、思わず声を出してしまった。

振り返ってみると、そこにいたのは一人の女生徒。彼女が戻ったと聞いたときに真っ先に質問していた人だ。確か名前は──────

 

「沙理さん、でしたっけ?」

 

「そそ、うちの小雪に何か用?朝から結構な時間見てたけど、どうかしたの?」

 

バレていたのか、という内心が顔に出てしまう。それを見た沙理が脈絡もなく抱きついてきた。パーソナルスペースの小さい人なのだろう。「何このかわいい生き物」と呟いているが、どうかしたのだろうか。

 

「あの!小雪さんについて、教えてくれませんか!?」

 

だがそれを考えている暇はない。一刻も早く情報を聞き出さなくては。対精霊戦であまり活躍出来ていない焦り

からか、素性程度の情報ならすぐに調べられることが頭から抜けているようだ。

 

「うーん………いいよ!私が知ってることなら何でも!って言いたいとこだけど、私も付き合いは高校からだし…………あ!よっちゃーん!」

 

少し考えてから了承してくれたが、高校からの付き合いだという。高校一年の途中からいなくなったという噂が本当なら付き合いは一年にも届いていないはずだ。だが

よっちゃん、と呼ばれた少女─────こんどはクラスメートではない、は文脈から察するに高校以前からの付き合いはなのだろう。どしたのー、と声に出しながら近づいてくる。

 

「なになに?誰その子、何かあったの?」

 

「よっちゃん、この子────うちのクラスの美紀恵ちゃんって言うんだけど、小雪について聞きたいんだってさ。」

 

「あー、そう言えば今日だったっけ?学校戻るの」と答えた彼女に取り次いでくれるようだ。するべき質問をいくつか考える。身元は証明されているそうだから無駄な質問になるものがいくつかあるかもしれないが、しないよりはいいだろう。

 

「あ、あのッ!?小雪さんって、どんな人なんでヒュか?!」

 

また噛んでしまった。アシュクロフト事件の時からあまり活躍できていないから、久しぶりに部隊の役に立てると思って緊張しているのだろうか。

 

「小雪についてってことは…………依頼の人?そうゆうのは直接聞いたほうがいいよ。」

 

依頼とはなんの事だろうか。そんな質問をすると、意外そうな顔で固まったあとにごめんと一言謎の謝罪をしてきた。

 

 

 

 

「いやー、ごめんごめん。小雪って部活でボランティアやっててさ、それに依頼したいけど勇気が出ないって人が時々こっちに質問にくるんだよね。」

 

部活でボランティア、というのは初耳だ。活動状況と〈セイバー〉の出現状況を照らし合わせて何か分かったりするだろうか。そんな事を考えながら歩いている。行き先はその部室。ある程度答えはするけどそこから先は本人に聞けということらしい。

 

「小雪さんとはいつからの付き合いなんですか?」

 

「中学からだよ。友達が竜胆寺受けるからって引っ越して来たんだ。正直あの頃のテンションはどうかしてたなー。ルームシェアするつもりだったけど中二のころから小雪はサボリ癖ついちゃったせいで計画そのものが流れたしなー。」

 

サボリというのは今回のもそうなのか、という問いに、多分そう、という答えが帰ってくる。

 

「行き先は教えてくれないけど、やってるのは多分人助けとかそんなんなんだよ。」

 

「中学二年の時からということは、その時に何かあったんでしょうか。」

 

美紀恵からしたらなんの気もないような質問だったが、これが中々核心に触れた質問だったようで、芳子は少し顔を曇らせる。

 

「ちょっと言いにくいことがあってさ…………。まっ!そうゆうのは仲良くなってから本人から聞けば良いさ!部室ここだから、あとは本人に聞いて。」

 

そう言って逃げるように去っていってしまった。呼び止めても仕方ないし、部室とやらの確認をしなければ。

 

「失礼します…………」

 

ドアを開けると、視界右側に長机と椅子がいくつか。左側に教卓とPC。だが目的の彼女はどこにもいない。奥にロッカー等が壁になっている部分があったが、そこにもいないようだ。いや、少し思い出してほしい。ここまで案内してくれた芳子は気がついていなかったのかもしれないが、話しかけられた時点で美紀恵が何を見ているのかを理解していた沙理が知らない筈はないのだ。姫川小雪が現在進行形で何かしらの部活の手伝いをしていることを。

 

「待たないといけないんでしょうか………」

 

と考えていると、廊下から足音が聞こえてきた。急いでいるようで、その間隔はとても短い。ピシャッ、とドアが勢いよく音をたてて開いた。

 

「すみません!待たせましたか!?」

 

現れたのは、まあ当然と言えば当然か、姫川小雪であった。慌ててはいるが、疲れた様子は見られない。

 

「部室に一人案内したってよっちゃんから聞いて急いで来たんですが大丈夫でしたか?」

 

よっちゃんとは芳子さんのことだろう。ちゃんと考えてくれていたみたいでほっとした。疑ってすいません。心の中で謝るが、いつの間にか部活に用があることになっていることに気がつく。

 

「す、すみません。私は別にここに用事があるわけではなくですね。」

 

きっと彼女はなら何故私がここにいるのかを疑問に感じているだろう。監視しているなどとは口が裂けても言えないので、継ぐべき二の句に困ってしまう。

あーでもないこーでもないとあれこれ考えた結果、芳子が仲良くなってから本人に聞け、と言っていたのを思い出した。

 

「小雪さんとことを、もっと知りたくて来たんです!」

 

友達になろう、といきなり言うのもあれなので。もっとよく知って仲良くなろう。ダメだったらとても困るが、そうならないように細心の注意をもって行動しよう。

小雪は少し考えるような素振りを見せる。そういえば、相手は一様部活中なのだ。迷惑だっただろうか………

 

「私に対する依頼って形がとれるなら、今も時間はとれますよ。」

 

良かった。ホッと一息ついてそうお願いする。質問という体制をとるものの、これから行われるのは美紀恵の任務なのだ。よく考えて、悟られないように…………

 

「趣味とか、聞いていいですか?」

 

厳正なる選考を重ねた結果、お見合いみたいになってしまいました。まあ妥当なとこだろう。聞いた限りでは、答えは人助けで確定しているようなものだし、そこから何かしらに繋げることができるかもしれない。

 

「趣味は………人助けです?」

 

ああ、戸惑ってる戸惑ってる。質問があるって来たのに当たり障りの無いような質問を考えていればそうなりますよね。まぁ回答に関してはここまでは想定通り。問題はここからどこに繋げるか。ASTにとって役に立つのは、彼女が精霊であるかどうかの決定的な証拠。だが彼女も〈セイバー〉も情報が少なく何を聞いても決定的な証拠足り得ない。だったら一番聞きたいことを。かつて折紙さんに質問したときにうっかり堀当てた地雷(両親について)の二の舞になる確率が高いが、心構えができていれば自分は大丈夫だ。それに、はぐらかされるということも十分にあり得るだろう。

 

「じゃあ、あなたはなんで人助けをしているんですか?」

 

言ってしまったからには後戻りは出来ない。ここで何があろうと、怒り狂った精霊と化した彼女に教われようと、せめて情報くらいはAST本部に持ち帰って見せる。人生最高クラスの覚悟をした美紀恵の耳に入ってきた回答は、たったひとつの質問だった。

 

「あなたの手が届く場所に、あなたの目に映る場所にあなたに助けられる人がいます。あなたは助けますか?」

 

敬語は止めてほしいと言って、了解されてすぐに敬語に戻るとは思わなかった。だがそれはつまりはそれほど真剣な話題ということなのだろう。質問の内容を考えてみると、つまりは助けられる所に助けられる人がいるなら助けるかどうか、ということだろう。

 

「そんなの、助けるに決まってるじゃないですか。」

 

当然答えは決まっている。折紙さんに助けられて、それに憧れてASTに入った。その全ては、無辜の一般市民を精霊の魔の手から救うために。

憧れの人についていくためにも、手をはね除ける真似は出来ない。

ただ、はぐらかすにしてもこんなことを聞き返してくる彼女は、一体どんな経験をしたんだろう。想像すればするほど、芳子さんが言うのを躊躇った過去が浮かんでくる。

もし助けられなかったら、もし手が届かなかったら、きっと死ぬほど後悔して、後悔して、後悔して、それでも前に進むしかなくて……………

これはあくまでも想像、頭の中で作られた空想の産物。ただ、恐らく間違ってもいないのだろう。近いかもしれないし、そうじゃないかもしれない。真実をⅠ他人《ヒト》に話しにくいものならば、他人とは思われなくなってしまえばいい。

目の前の少女が怒りに任せて街を壊したあの精霊と同類とは思えなくなって、危険とかそうゆうのを考えられない。気がつけば友達になってほしいという言葉が口から零れていた。岡峰美紀恵はどこまでも善良で、お人好しなただの少女なのだ。

だからこそ、何かから逃れるように人助けをしている彼女を放っておけない。

 

「はい、いいですよ。」

 

肯定の返事を返した彼女は、花が咲くような笑顔だった。答えるようにこちらの顔にも笑みが浮かぶが、彼女は気づいていなかった。

対面の彼女の顔に──────────疲れが浮かんでいることを。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

〈フラクシナス〉艦橋、攻略の終わった精霊達の精神的安定を常とするために日夜身を粉にして働いている。

そんな場所に、また新しく少女が入ってきた。

 

「報告に来ました。」

 

要件のみを簡潔に伝える少女─────小雪は、相変わらずの無表情で、少しではあるが学校での彼女を見ていた艦員たちからしてはどちらが素なのか分からず困惑している。

 

「ああ、小雪。何かあったのかい?」

 

だから違和感など欠片も感じていないかのように、いつも通りの対応をする令音はどれだけ異質なのかわかるだろう。

 

「ASTに監視をつけられました。」

 

だがその一言でそんなものを吹き飛ばすほどの衝撃が艦橋を襲った。ASTの監視は、〈ラタトスク〉にとって重大なニュース。平時は封印されているとはいえ、精神状態が不安定になれば霊力が漏れ出てしまう十香や、未だ封印されておらず、何らかの事故で精霊であることが露見してしまうかもしれない小雪。その存在がASTにバレてしまえば一大事どころの話ではない。

 

「そうか、どんな感じだい?」

 

だからこそ、そんな状況で平然としていられるⅠこの女性《令音》は皆に信用されているのだろう。

 

「初めの頃は分かりやすく追けられてましたが、途中から直接聞いてくるようになりました。質問の内容から鑑みるに、まだ疑っている程度みたいですけど。」

 

その一言は艦橋の雰囲気を和らげるのに十分な効果があったが、それでも安心はできない。

小雪の話によれば、監視は彼女と同じクラスだという。十香ではなく、小雪につけられた監視役なのだろう。今日まで見てきた限りでは、彼女ならそうそうボロは出さないと信頼できる。

 

「しばらくは様子見にさせてもらう。君なら無いと思うが、ボロは出さないようにしてくれ。学校には行事やら何やらあるんだ。それに乗じて何かしてこないとも限らない。」

 

小雪は軽く首肯して、一先ずその議題はお流れになる。

 

「そうだな。小雪も来てくれていい機会だし、今後の攻略について少し話しておこう。」

 

 

 

小雪自身、ボロを出すとは毛ほども考えていない。何をやってほしいか、何をやってくれないと困るかが分かっているなら、それさえ避ければどうとでもなる、と。

だが彼女は忘れている。彼女は姫川小雪(スノーホワイト)であって魔法少女狩り(主人公)ではないから。

あらゆる障害を越えて、望んだ結末を叩き出す。自分が望む正義ために。それが主人公だ。それに立ち塞がる壁としては、彼女一人では全く足りない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とは言え、それが起こるのはまだ先のこと……………




いつもお気に入り登録、感想、評価、誤字報告有難うございます。
次回から八舞編に入っていきます。
これからも応援よろしくお願いします。


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八舞テンペスト
八舞エマージェンス


八舞編、スタートです。
駄文等々の残念箇所が沢山ありますが、それでも良いという方は本編をどうぞ。


キーンコーンカーンコーン、と前世から聞きなれたチャイムの音が響く。

戻って来てからものの数日で期末テストとは、何とも厳しい事だ。とは言っても、普段から頼られることが人より多い小雪のことである。学生の困り事トップ3に分類されるであろう勉強に対しても対策しておくべきだろう。

先日、十香のために開かれた期末テスト対策においてもその実力を発揮したが、彼女は大丈夫だったろうか。

 

「これで一学期末テストは終了です。皆さんお疲れさまでした。これから話すことがあるのでまだ帰らないでくださいね。」

 

テストを持って教室から出ようとした担任の放った一言は、クラスに熱を持たせるのに十分すぎた。この時期、このタイミングで話すことと言えば…………

 

「修学旅行ですね、小雪さん!」

 

「うん、そうだね。」

 

修学旅行だ。当日までの時間がそんなにないことを考えれば、話しをするのが遅すぎると思うが、この学校ではこのシステムなのだろう。

美紀恵さんも楽しみにしているようだから言うのは野暮というものだろう。

席や部屋なんかは特に執着はないし、と言うかもう既に誘われている。その辺は問題ない。

だが、聞いた話では行き先が直前になって変更になったらしい。原因不明の当落事故に、急遽接触してきた旅行会社。しかもその会社の大本があのDEMだという。

美紀恵さんにはバレていないし、学校に内通者がいるでもない。それは今も聞こえ続けている心の声から分かっている。ならばDEMに直接バレたと考えるのが自然だろう。〈フラクシナス〉も随伴するというから、万が一でも無い限り大丈夫だろうが…………。琴理さんがおらず、艦長代理を勤めるのが実質的に神無月(変態)だというのが不安材料の一つだろう。思考回路の読めないやつが一番やりにくい。

通信が出来なければ別の意味で安心できるが、流石にそれは困ってしまう。

気付かれないように静かに教室から出る。誰もいない廊下で、はあと溜め息をついた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

不味い、この状況…………監視二人というのは大変不味い。

現在、来禅高校生徒を乗せた航空機は順調に目的地である或美島に向かっている。

 

「小雪さん!高いですよ!高いですよ!」

 

「ミケちゃんずいぶんはしゃいでるねー。小雪は落ち着いてるけど、飛行機乗ったことあったっけ?」

 

左右の席からそれぞれ自由な声が飛んでくる。確かに自分は何度か飛行機に乗ったことはある。最も乗るのは機内ではなく、翼の上が殆どだったが。

下手なことを言うと、今まで以上に問題だ。質問を適当にかわして、二人目の監視者の心の声に耳を傾ける。

カメラマンとしてこの旅行に同行することになったという女性、エレン・メイザース。本名をエレン・M(ミラ)・メイザース。DEMインダストリーのNo.1 ────つまり世界一の魔術師であり、どんな理由があっても只のカメラマンになっていい人物ではないだろう。

声を聞かずともわかる通り、彼女は私と〈プリンセス〉──十香さんの監視役だろう。メインターゲットは十香さんだというのは分かった(聞こえてきた)から、こちらは疑われない程度に警戒する。飛行機から降りたら士道さんや令音先生、〈フラクシナス〉に報告しなくては。

警戒は無駄骨だったが、無事に目的地に到着出来た。ただ、問題が一つ。電波が、通じない。

 

 

 

 

 

「アデプタス1より入電。目標、島に入りました。」

 

「六番カメラ、北街区、赤流空港。第一目標を確認。」

 

「四番カメラ。こちらは第二目標を確認しました。」

 

「こちらも確認。〈プリンセス〉、そして───〈セイバー〉です。」

 

カメラに写っているのは、AAAランクの精霊〈プリンセス〉に瓜二つの少女、夜刀神十香。そして別のカメラにはASTも監視を行っているという何かと不透明な精霊〈セイバー〉………………かもしれない少女、姫川小雪。どちらも精霊と判断するに足る証拠は無く、かといって否定するのに十分な材料が揃っているわけでもない。ゆえにDEM本社───社長であるアイザック・ウェストコットは彼女らを精霊だと判断した。楽観的が過ぎる日本の対精霊舞台(AST)はそうではないようだし、果たすべき目的の為にも油断や慢心なく一刻も早く証拠をつかまなければならない。

 

「存外拍子抜けだな。本当にこれが精霊なのか?」

 

だが、やはりというか部下全員がそんな心持ちな訳がない。油断も慢心も溢れかえった呟き。放ったのは今回使用している艦の艦長、ジェームズ・A・パディントン。DEMインダストリー第二執行部の大佐補佐官であり、一応はウェストコットにこの〈アルデバル〉を任された人間だ。

 

『──くれぐれも油断はしないで下さい。精霊()()()()()()、それだけで最大限の警戒をするに足る理由です。』

 

識別番号(コールサイン)アデプタス1。直接現場に出向いている第二執行部執行部長───すなわちエレンが諫めるが………

 

「肝に命じさせていただきますよ。」

 

そんな様子は欠片ほどもなく、方をすくめて言い返す。そんな態度が不服だったのか、エレンは微かに眉をひそめ、チッと舌打ちをした。

明らかに聞こえるようにしたであろうそれに、パディントンも眉をひそめる。しかし、事はそれ以上に荒立たない。

パディントンは自分の立場も分からぬ愚者ではない。自分に与えられた立場や役職は理解しているつもりだし、いくら面白くないとはいえ不平不満をそのまま口に出してしまうほど幼稚でもないつもりだ。

咳払いをして、画面上の少女に返す。

 

「それで、どうします?いくら精霊とはいえ、小娘の一人や二人〈バンダースナッチ〉の部隊にかかれば捕獲するのは容易いことでしょうが。」

 

『そう甘くはいきません。念には念をいれて行きましょう。まずは電波通信を遮断してください。』

 

「了解。〈アシュクロフト-β〉二五号機から四○号機まで並列起動、恒常随意領域(パーマネント・テリトリー)を展開。目標は───或美島全域。」

 

パディントンの指令に答えて、クルーたちがコンソールを手早く操作し、島全域に透明な壁を展開する。

これで、島内と島外の通信は、エレンたちの用いる特殊な通信機器でしか行えなくなった。ASTもこの件に手は出せない。

 

「────と、そういえば。あの魔導師(ウィザード)たちはどうですかな?」

 

ターゲット二人のクラスにはそれぞれ一人ずつ魔導師(ウィザード)がいたはずだ。〈プリンセス〉側は魔術の使用を封じられているし、〈セイバー〉側は相当の素人。だがしかし、本当の問題は〈プリンセス〉側の魔導師(ウィザード)にエレンの顔が見られていることだ。彼女が一言、『エレンが魔導師(ウィザード)である』と言ってしまえばこちらの計画は破綻してしまう。

 

『問題ないでしょう。顔を合わせたのは数分程度ですし、サングラスもかけてましたから。気付かれた様子は……………』

 

言いよどむエレンに、不安になったパディントンは画面に写った彼女を見ると、彼女は突然の風に顔を覆っていた。どうやら、何か不安材料があったわけではなさそうだ。

 

「大丈夫ですかな?執行部長殿。」

 

「はい。ですが…………妙ですね。」

 

空を眺めながら言うエレン。同時に、艦橋内の大モニタを写し出された映像にも変化が現れた。思わず再び眉をひそめるパディントン。

理由は単純。まるで見えない腕でかき混ぜられるかのように。空が、雲が、島中に満ちる大気全てが、あり得ない速度で渦を巻いていたからだ。

 

 

 

その異常に気がついているのは島中でもほんの数人。その内の一人でもある小雪は、現在進行形で苦難に見舞われていた。

 

(電波の封殺を止められなかった。美紀恵さんたちを撒くのがもう少し早ければ……………)

 

岡峰美紀恵の無自覚足止めを、「トイレに行ってくる」という古典的魔法少女もので使い古された言葉を使って逃げ出した。努力のかい無く、電波が止められたお陰で〈フラクシナス〉とのが連絡がとれなくなった。DEM側の通信電波のプロセスは理解出来るが、設備がなければ意味がない。

それよりも問題は数瞬前に突如天使の範囲圏内へ入ってきた二つの知性体。人間ではない。只の人間には、何を使ったってこれほどのスピードは出せない。魔導師(ウィザード)でもない。世界最強であるエレン・M・メイザースにとっても想定外の事象であるなら、他の魔導師(ウィザード)に出来るわけがない。

順当にいけば精霊。〈フラクシナス〉で見たデータバンクから推測するなら、この二人の精霊は〈ベルセルク〉。進行方向には……………意志を持つ者が二人!?

思考から察するに十香さんと士道さんであるのが不幸中の幸い。急いで向かわなければならない。

当然というか、その時の彼女は自身がした言い訳の内容など完璧に頭の外にフォールアウトしている。

ここまで言えば推測はつくだろう。

 

 

 


 

 

 

 

「な、なんだ?こりゃあ。」

 

或美島に到着した後、士道は十香が感じたという違和感の正体を知るため、周囲を探っていた。だが気がつくと他の奴らがいなくなっており、彼らを探して道に迷っているところだ。結局何も見つからず、十香の思い違いということで場を流したまではよかったが………

 

「ぬ…………?」

 

と、後ろから十香の怪訝そうな声が聞こえてくる。〈フラクシナス〉から連絡が来ていないということはマズイ事態ではないのだろう。振り替えって見ると、十香は空を見上げている。

 

「おい、いい加減にしろよ。いくら見たって────」

 

十香の向いている方向を見ると、つい先ほどまで快晴で雲も見えなかった空に、灰色の雲が渦巻き始めている。それだけではない、恐るべき速さで周囲の様子が変化していく。快晴は暗雲に、凪は烈風に、穏やかな海面は荒れ狂う大波へと。

時間として一分ほどたった頃には、士道たちの見る世界は一変していた。

地鳴りのような風音が周囲から鳴り響き、辺りに生えた木々を揺らし、薙ぎ倒す。大型の台風もかくやというほどの暴風だ。ゴミ箱やそこから溢れたであろう缶などが空を舞っている。

士道は十香の肩を掴むと、姿勢を低くさせた。そうでもしないと風に煽られて転倒してしまいそうだったのだ。

 

「これは───、一体………?」

 

顔を腕で覆いながら、眉をひそめる。天気予報では、修学旅行中の天気は三日間全て晴れ立ったはずだ。もちろん天気予報はあくまでも天気予報であって、その全てが的中するだなんて士道も思っていない。だからといって、だからといってこれは無いだろう。

 

「十香、大丈夫か!?急いで資料館に──」

 

「シドー!危ない!」

 

と、言葉の途中で十香が士道の体を突き飛ばしてくる。そして次の瞬間、金属製のゴミ箱が飛んできて、十香の頭部にクリティカルヒットした。

「ぎゃぶッ!?」なんてコミカルな声を発して、十香はその場に倒れてしまう。士道が揺さぶっても反応がなく、完全に目を回してしまっている。

 

「く………仕方ない」

 

士道は十香の体をどうにかして背負うと、資料館の方へ向かっていく。ゆっくりと、しかし確実に、一歩一歩踏み進んでいく。

そうして、一体どれ程の距離を歩いたのだろうか。

───士道は、不意に眉をひそめた。荒れ狂う空の中心部、そこに二つの人影らしきものが見えたような気がした。

 

「あれは………?」

 

空を飛ぶ人影、士道にはその心当たりが二つほどあった。つまりは精霊と、ASTの魔導師(ウィザード)である。

 

「まさか………」

 

嫌な予感とは往々にして当たるもの。だが今回はそれ以上に不幸だったのかもしれない。十香を担いでいるために姿勢を低くすることも出来ず、視線は強風の中心部に釘付けだ。つまりは後方不注意で、飛んでくるゴミ箱Part2に気がつかずに十香の二の舞になりかけている。

 

「うわッ!?」

 

だがまぁそこは何というか、悪運が強い──もとい大抵の不運は女の子(ヒロイン)達が解決してくれるのがラノベ主人公というものだ。

今回は小雪が十香ごと士道を引っ張ってくれてセーフだった。人間ふたり分の重さを片手で引っ張れるのは彼女が精霊であることを痛感させる。

 

「何やってるんですか士道さん。精霊です。」

 

「いや、でも………空間震警報なんて鳴ってないし……」

 

確かにあの人影が小雪の言う通り精霊なら放ってはおけない。だが今の士道にとっては十香を安全な場所に送るのが先決。だが次の瞬間───

 

「────!」

 

士道は息を詰まらせた。先ほどまで何度も衝突を繰り返していた二つの人影が、一際大きな衝撃波を伴ってぶつかり合い、今までとは比較にならないほどの凄まじい風が吹き荒れた。士道は吹き飛ばされないように足を踏ん張り、背中を丸めるような姿勢をとる。

と、上空で激突した二つの人影は地上に降り立った。

──ちょうど、士道を挟んで右と左に。小雪は十香を背負って士道から離れている。

 

「…………な」

 

士道は頬に汗を滲ませる。緊張感が心臓を引き絞り、喉が急速に乾いている。視界の端に写る小雪は十香を安全そうな場所に置いている。するとその瞬間、辺りに吹き荒れていた大嵐がふっと弱まった。

いや、止んだわけではない。いまだ或美島全域には凄まじい風が吹き荒れている。地上に落ちてきた二人の周囲だけ、台風の目のような無風状態だったのだ。

 

「く、くくくくく」

 

と、士道から見て右手側。長い髪を結い上げた少女が、不敵に笑いながら歩み出てくる。年の頃は周囲だけたちとそう変わらないように見える。橙色の髪に、水銀色の瞳。整った造形の顔はしかし、今は嘲笑めいた笑みの形に歪められていた。

だがそれらを打ち消すほどに特徴的なのはその装いであろう。暗色の外套を纏い、体の要所をベルトのようなもので締め付けている。右手足には錠が施され、そこから先は引きちぎられた鎖が伸びているときたものだ。趣味を拗らせた神無月(マゾヒスト)のような出で立ちである。

 

「───やるではないか、夕弦。流石は我が半身と言っておこうか。この我と二五勝二五負四九引き分けで戦績を分けているだけのことはある。だがそれも───今日で仕舞いだ。」

 

大仰というか、芝居掛かったというか、妙な喋り方をした少女だ。邪気眼系、と言ってもいいかもしれない。

 

「反論。この一○○戦目を征するのは、耶倶矢ではなく夕弦です。」

 

こちらは、長い髪を三つ編みにした少女である。耶倶矢と呼ばれた彼女と瓜二つの顔をしてはいるが、その表情は気怠げな半眼に彩られている。こちらの装いも似たようなもので、錠の位置が左右対称逆になっている以外は全く同じものだ。

 

「ってわぁッ!?」

 

突然後ろ襟を捕まれ引っ張られる。ここにいる人数の都合上、下手人は小雪以外はあり得ない。だが何故こんなことをしたのだろうか。

 

「人間…………?いや、片方は精霊か。我らが戦場に足を踏み入れるとは、何者だ?」

「驚愕。驚きを禁じ得ません。」

 

こちらは間に挟まれていたというのに、まさか気が付いていなかったとでも言うのだろうか。浴びせられた怪訝そうな視線に、士道はしどろもどろになって一歩引いた。下手人はいつもと変わらず憎いほどの無表情だし、ここを切り抜ける何かがあればいいのだが………

 

『シン!聞こえるかい!?一体今どこにいるんだい?』

 

珍しく声を荒げたようすの令音の声が耳のインカムから聞こえてくる。渡りに船といわんばかりに、士道は声を潜めながら現状を説明した。

 

『……………何だって?風の中に、二人の…………』

 

「な、何か心当たりが………?」

 

と、士道と令音の会話を遮るように(実際遮られたのは二人の方なのだが)、視線を鋭くした耶倶矢が口を開く。

 

「我らの神聖なる決闘に横槍を入れるとは…………。貴様、一体どうゆう了見だ?事と返答によっては、我が颶風を司りし漆黒の魔槍(シュトゥルム・ランツェ)が貴様を貫くことになるぞ。」

「制止。耶倶矢、それでは脅迫です。」

 

決闘というのが何か気になるが、迂闊に刺激して敵対してしまっては元も子もない。仕方なく、頼るように後ろを見るが、頼みの綱たる小雪がいなくなってしまっている。十香がいなくなっているところを見ると、運んでくれてるのかもしれないが………

 

(だからって置いてくか普通?)

 

士道が困惑している間、耶倶矢と夕弦はふたりで口論を続けていた。だが急に、耶倶矢が何かを思い付いたかのようにカッと目を見開いた。

 

「!ああそうか、これなら!」

 

何だろう。とても嫌な予感がする。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

十香を背負い安全な場所に連れていく道中、小雪は珍しく気を悪くしていた。理由は言うまでもなく先ほどの精霊だ。とは言っても、ラノベ(テンプレ)的な嫉妬という訳ではない。

原因は彼女達二人の内心だ。お互いのことを思い合って、通じない思いやりに辟易している。あくまで文章の中でだが、そんな人間を知っていたから。そんな人たちが辿る結末を知っていたから。

そして、だからと言って彼女に出来ることなど無かったから

 

 

 

何を苛立っていたんだろう。そんな事、別に初めてじゃあないはずなのに。

初めてじゃあない?──────何を考えているんだ私は。

何を……………私は何を考えていた?

いや、そんなことより。今は十香さんを運ばないと。




お気に入り登録、誤字報告有難うございます。


書いてて気になったんですが、最近の飛行機は電波機器の類いは使用出来るんでしょうか。私が最後に飛行機に乗ったのは五年前の話なので分かりません。ですがこの話は使えない前提で話を進めています。


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エレンスタートアップ

別クラスにしたことによる弊害。それは即ち出番の不足。要するに、本編サイドに小雪さんの出番が無くなったせいで、士道さんたちの出番がぶっ飛びました。
八舞姉妹ファンの方々、大変申し訳ありません。
それでも良いという方は本編をどうぞ。


分かりきっていたことだが、やはり〈フラクシナス〉本艦との通信は繋がらない。なら、彼女は考えていなかったが、島内ではどうだろうか。

 

『どうしたんだい、小雪。今は忙しいんでね。要件があるなら、出来れば手短に済ませてほしい。』

 

「単刀直入に言います。原因は不明ですが〈フラクシナス〉と連絡がとれません。」

 

原因の出所、天使の能力についてはまだ言えない。少なくとも令音さんの心の声が聞こえない理由が分かるまでは〈フラクシナス〉ひいては〈ラタトスク機関〉には。

 

『それは………………どうしようか。』

 

「私に言われましても…………」

 

本当に、言われても仕方ない。電子機器は専門外だ。

 

『どうやら本当のようだし、こちらだけで対応するしかないだろう。小雪は、もう〈ベルセルク〉は見たのかい?』

 

私の目に間違いが無いのなら、と。そう言えるだけ状況はまともだ。少なくとも前回のような切羽詰まった状況ではない。

令音さんから告げられた情報をまとめると

 

①精霊、八舞は何らかの原因で耶倶矢と夕弦の二人に別たれた。

②このままなにもしなければ、どちらか片方の八舞は消滅する。

③あくまで令音の予想ではあるが、〈ラタトスク〉としてはそれを避けたい。

 

結局、やることはいつもと変わらないのだろう。士道さんが霊力を封印すれば消滅は防げるかも知れないし、それをサポートするのが〈ラタトスク〉の役目だ。

いつものとか言えるほどの付き合いでも無いけど。

 

「〈ベルセルク〉─────八舞二人の攻略。今回やるのはそれってことですね。」

 

『ああ。相変わらず、話が早いようで何よりだね。』

 

簡単な推測だ。すぐに分かる簡単な推測…………なんだが、

 

「あの……………私と士道さん、クラス違うんですけど……………」

 

『あ。』

 

 

 

 


 

 

 

 

 

結局、士道さんの方は彼と令音さんの二人でどうにか出来る作戦にしたらしい。令音さんのたてた計画の中には、私の出番は一切無い。

つまり、私はDEMの警戒に専念できるということ。伝えたくない事情があるのだから、自分が解決するべきだろう。幸い日中に暗躍するつもりはないようだが、もう夜だ。闇に潜むにしろ何にしろ、これほど適した時間帯はない。

 

「ちょっと、夜風にでも当たってくるね。」

 

「ほいほーい。気を付けてねー。」

 

部屋から出て、天使の効果範囲を検索…………ヒット。対象の現在地は十香さんの近く。あくまでも目的は〈プリンセス〉ということだろう。

少し急ぎつつ、この旅館の構造を頭に思い浮かべる。そこから旅館の外を通り、なおかつ十香さんのいる場所を通って自分の泊まっている部屋に到着するルートを算出。エレン某や十香さんたちの目に入らない場所なら走っていこう。

 

 

 

 

 

旅館の壁に張り付くようにして身を潜めていたエレンは、ターゲットである〈プリンセス〉──────夜刀神十香が部屋に入っていくのを確認した。

 

「こちらアダプタス1。ターゲットを確認しました。」

 

『了解しました。〈バンダースナッチ〉を展開させますか?』

 

「念のため部屋の外に五体ほどお願いします。それと、部屋の中には鳶一一曹がいるようです。随意領域(テリトリー)の展開には注意してください。」

 

『了解。〈バンダースナッチ〉一から五号機、移動。』

 

エレンの指示に従って、オペレーターがさらに指示を発する。

次なる指示を出そうとすると、廊下の先に見たことのある少女を見つけた。今回の計画のサブターゲット、〈セイバー〉こと姫川小雪。まだ疑惑がある程度だが、それでも疑ってかかるには十分な材料があった。

 

「エレンさん………でしたっけ?こんなところで何してるんですか?」

 

屈託の無い笑みを浮かべて語りかけてくる。こうして見ると、彼女はどこにでもいそうな高校生だ。少なくとも、中東内乱を治めるような気概があるようには見えない。

 

「少し写真を撮ろうとしていたのですが………。カメラを忘れてしまったようなんです。まだ日にちはありますから、今日は見て回るだけにしておこうかと思いまして。」

 

彼女がこちらを離れないように興味を引きつつ、何かあったときに巻き込めるように近くに位置どる。彼女が噂通りの存在であるなら、仮に〈バンダースナッチ〉が私を攻撃した場合私を助けるのだろう。

〈プリンセス〉(仮)の入った部屋のドアを開け、そっと中を覗き見る。

 

「へぶっ!!?」

 

すると、部屋の中から何かがそこそこの速さで飛んできた。エレンはその場にひっくり返ってしまうが、すぐに鼻を押さえて起き上がる。

 

「まさか……………気付かれた?」

 

〈セイバー〉(仮)に聞こえないように小声で呟く。部屋の中から飛んできたのだから、犯人はかけてくるではないのだろう。さしたるダメージではないが、明らかにこちらに狙いをつけた一撃だった。だが、こちらはまだ何も行動を起こしていない。精霊の知覚能力であれば、先ほどの通信を聞き取れたのかもしれないが………

 

「あ、カメラマンさんはっけーん。あと、いっつもボランティアしてる子じゃん。暇ならこっち来ない?」

 

だが、部屋の中から聞こえてきた能天気な声でその思考がカットされた。

 

「お、ホントだホントだ。最近噂の小雪ちゃんと…………エレンさん、でしたっけ?」

 

「絶対に逃がすな、確保ォォォォォォォ!!」

 

部屋から表れた三人の少女が、エレンと〈セイバー〉(仮)を取り囲むようにぐるぐると回り始めた。

 

「な………」

 

囲まれた!

エレンは自分の注意不足を呪った。彼女らの顔には見覚えがある。メインターゲットと同じ部屋に泊まっている少女だ。恐らく彼女らは精霊に自我を奪われ、操り人形とされているのだろう。ひょっとしたら〈セイバー〉の天使にはそんな力があるのかもしれない。

〈セイバー〉(仮)の方を見る。彼女の表情はこの状況に困惑しているようにしか見えないが、もしかしたらこれも演技なのかもしれない。だとしたら気が抜けないどころの話ではない。

とまぁ、そんな感じのことを考えて気を抜いているせいで、エレンたちはあいまいみーに両手を引っ張られ部屋に連れ込まれてしまった。

 

「カメラマンさんたちも参戦したいってさー!」

 

一人がそんなことを言った瞬間、部屋の奥から〈プリンセス〉(仮)───もう面倒だから名前で通そう───十香の声が聞こえてきた。

 

「よかろう、纏めて葬ってくれる!」

 

「いい度胸」

 

中の十香と、AST隊員───鳶一折紙は何かに苛立っているかのように好戦的だ。仮にどちらも精霊だったとして、同族同士仲が良いとかは無いのだろうか。

二人が大きく振りかぶり、何かを投擲してくる。

 

「させるか!カメラマンバリアー!」

 

その状況を上の空で眺めていたエレンは、自分の手を引っ張っていた二人が急に彼女を盾にするかのようにして隠れたことによって、より正確に言うとその直後に彼女の顔面に連続して命中した布の塊のようなものによって意識を引き戻された。

 

「かは……………っ!」

 

喀血するように息を吐き、エレンはその場に倒れ伏す。エレンを盾にした三人はわざとらしい演技のようなものをしており、一緒に巻き込まれたはずの小雪はそそくさと部屋を脱しようとしている。

正直に言って、止める気力は無かった。もやしっこーぶちょー(世界一の魔術師)にも、投げ出したいときぐらいはあるのだ。

 

『きゃあああああああ!!』

 

部屋の外から叫び声が聞こえた気がするけど、気にしない気にしない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

(昨日は、ひどい目に遭った。)

 

修学旅行二日目、或美島北端 に位置する赤流海岸、美しい三日月型のその海岸で、小雪はひとり溜め息をついていた。

DEMの魔術師(ウィザード)を監視していた筈が、いつの間にか隣のクラスの人に連れられて枕投げに参加させられることになっていた。一番被害を受けていたのは私ではなく魔術師(ウィザード)───エレン・メイザースの方だったが、問題だったのはその後の方だ。

どうにか部屋から抜け出したは良かったが、間が悪くそこにいたのは全裸でそこそこの怪我をおった士道さんと気を失っている岡峰先生。その場に居合わせた時の居心地と言えば…………

もっともあのときは私も余裕があまり無くて心の声に耳を傾けてなかったから不注意と言われてしまえばそれまでなのだが。

 

『小雪、今大丈夫かい?』

 

突如令音さんから連絡が入った。周囲を確認して、こちらに注意を払っている人がいないのを確認してから(ASTは大丈夫なんだろうか)通信に応答する。

 

「こちらは大丈夫ですが……何かあったんですか?」

 

大きな心理変化は聞こえない。修学旅行初日に聞こえた声と内容は殆ど同じだ。

こちらはこちらで特筆するようなことは何もないし、私に観測出来ないような事でもあったのだろうか。

令音さんという前例が有るように、心の声が聞こえない人物というのがいるのかもしれない。

 

『いや、特段言うべきことは起こっていないよ。単なる確認さ。今回はあまり出番が無さそうだしね。』

 

いやまぁ、心の声が聞こえない相手がいたとしても、他の人たちの声が変化していないなら何もないのは分かるだろう。

 

「はぁ。まあ私のサポートが必要無いなら無い方が良いんでしょうが………」

 

それなら何でわざわざ通信したのだろうか、と素直に問いかけてみる。インカムの向こうの令音さんは、少し考えるような声を出してから答えてくれた。

 

『昨日手持ちの機械を使って精霊たちのちょっとしたバイタル─────精神状況を監視してね。観測間違いかもしれないが、君のそれがよろしくなかった。心当たりはないかい?』

 

精神状況(メンタル)がよろしくないと言っても、私の自身には()()()()()()()()()手持ち(有り合わせ)の道具で作ったのなら誤差なんかも普通にあり得るだろう。

一抹の不安感を圧し殺すために少し歩くことにした。心の声に耳は裂かない。エレン・メイザースは少し残念なことになっているから、警戒する必要はない。意識して足音を立てないようにしながら砂浜を歩いていく。

 

「わぷっ!」

 

歩いていると、足元から呻き声が聞こえてきた。そこを見てみると、残念なことになっているエレン・メイザースと私のせいで砂がかかってもっと残念なことになっている少年がいた。

 

「大丈夫…………ですか?」

 

そう聞かずにはいられないほどに、ひどい有り様だった。横になった二人の上には砂がかけられており、それぞれ鞭を振り上げた女王様(心なしかエレンより胸が大きい)と裸でそれを受ける変態を模している。

それに何より目がひどい。世界そのものを恨んでいるかのような目をしている。きっと彼女の心は恨み言です満ちているのだろう。絶対に聞きたくない。『明らかに大丈夫じゃあ無いだろう』と目で訴えかけてくるから、取り敢えず助けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………」

 

サブとはいえターゲットに助けられてしまった。その事実は世界一の魔術師(エレン・M・メイザース)のプライドをそれは大いに刺激している。

 

『執行部長?その……………』

 

優しげな、かつ気まずそうなオペレーターの声が今はとても辛い。

 

「べつにあれです。本命は夜ですし。ちゃんと任務中に捕まえますから問題ありませんし。」

 

その台詞はどこからどう聞いても捨て台詞にしか聞こえないが、彼女にそれが出来るだけの実力があるのもまた事実だった。

この屈辱は必ず返す。特になにも悪いことはしていないはずの相手に対し、彼女固くそう誓った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

なんとまぁ都合の良いタイミングだこと。

 

心の中で変な口調の悪態をつきながら、小雪は突風吹き荒れる島を駆け抜けていく。

八舞二人の心理的弱点、最もやって欲しくないこと、お互いがお互いを助けたいと思い合っていることが、ついに二人にバレてしまった。

それだけならまだしも、今までなんやかんやで何もしてこなかったエレン・メイザース(ポンコツ魔術師)がついに行動を始めてしまった。

十香さんたちのいる所に〈バンダースナッチ〉なる物を配備したらしい。それがどんなものかは分からないが、少なくとも対精霊用の何かであることと、消費に気を使わず使い捨てられることは状況と声から理解できた。

そしてそれを理由すると同時に、〈フラクシナス〉から今も聞こえる八舞二人の大きな声のなかでも掻き消えない程に大きな声が聞こえてきた。

 

『通信が繋がらなくて困っている』

 

と。そしてその原因、電波障害の中で通信を行うためには今〈フラクシナス〉にかけられている不可視化を解く必要がある。だがそれを解いてしまえば、DEMに〈フラクシナス〉ひいては〈ラタトスク機関〉の存在が露見してしまう。

〈フラクシナス〉は島にDEMの艦がいることを知らず、DEMは〈ラタトスク機関〉の存在を認知していない。その奇跡的なバランスは両方が両方に気付いていないからこそで、どちらかが手を出してしまえば均衡は崩れるだろうし、その切っ掛けはもう出来てしまった。

現在起こっている問題は二つ。八舞姉妹と、DEMインダストリーだ。後者はそこから対精霊と対〈フラクシナス〉の二つに分かれている。

ただ残念なことに、この三つの中で私の力で解決出来るのは対精霊の〈バンダースナッチ〉への対処のみ。〈バンダースナッチ〉は旅館側に数体。それ以外は八舞側に全て送られているとはエレンの心の声から分かっている。ならばやはり近場(旅館側)の数体を対処してから本軍に向かうべきだろう。

だが、肝心の道標()が途切れてしまった。元々そこの数体の目的は折紙さんのみ。そのせいでそこにいる〈バンダースナッチ〉の所在が掴めなくなっている。まぁ事を大きくしたくないのはこちらよりDEMの方だろう。その辺にいる一般人を浚って襲うようなことはしないはずで、〈バンダースナッチ〉がすることがあるとすれば、倒れた(かもしれない)折紙さんの監視か八舞側への増援。

いつものように袋から外套を取り出す。この風だ、いつもより深めに外套を被り飛ばされないように気を付ける。対象;エレン・M・メイザース。木々の隙間を縫って一直線に駆けてみる。

 

ガンッ!!!

 

目の前に突如表れた、よく分からない材質で出来た腕をとっさに天使でガードする。周囲に響く金属音は、それが─────否、それらが人間でないことを示していた。

透明外套は問題なく起動している、はずだ。こちらからでは確かめようがない。だが、それならこちらの居場所は何故バレた。透明外套が隠すのは被った者の姿とあるならば漏れ出ている霊力。つまりそこにいるという事実は覆らない。風向が明らかに自然ではない場所を探ったりしているのだろうか。

そんなの人間業じゃない!と叫びたくなる人もいるのかもしれない。だがやはりというかなんと言うか、これらは人間でも生物でもない。

最悪だ。口から出そうになったそんな言葉(弱音)を飲み込んで、目の前の敵達を観察する。〈バンダースナッチ〉、そう呼称されているのであろうDEMの兵器は、明らかなロボットだったのだ。

この世界、ファンタジーじゃなかったのか。

そんな嘆きは口から漏れたが、吹き荒ぶ暴風と、頭に響き続ける声によって掻き消された。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「やめろっ!お前ら二人とも、お互いのこと大好きなんじゃねぇのか!」

 

五河士道の心からの叫びは、荒れ狂う暴風に掻き消されて届かない。その程度で、ちょっと数日関わっただけの人間の声ひとつで大人しくなろうものなら、こんな争いは起こっていないだろう。それに、士道は自分の発言が的を射ていないのを自覚している。

確かに彼女らはお互いが大好きなのだろう。

確かに彼女らはお互いが大切なのだろう。

お互いがお互いの為なら命なんて惜しくはなくて、お互いがそれを知ってしまった。

ならば起こるのは、二人の意地の張り合いだ。お互いがお互いの大切な人を助けるために、お互いの大切な人を傷つけている。

士道にはそれを責めることが出来ない。誰だってとは言えないが、士道だって自分の一番大切な人を自分一人の犠牲で助けられるならば絶対にそうする。それは自己犠牲や献身といった自己陶酔的なものでなくて、選択肢が一つしか存在しないような、そんな当然なことなのだ。

でも、だからと言って、自分以外がそれをやっているのを見るのは気持ちが良いものではない。

ただそれでも、五河士道にそれを止める術はなく、八舞二人はそれ以外の術を持っていない。

 

「ぐっ……………!」

 

依然として二人は戦いを続けていて、依然として士道は何も出来ないでいる。

 

「シドー!気を付けろ!何かいるぞ!」

 

隣から十香の慌てたような声が聞こえて、士道は周囲を見回し───眉を潜める。

士道が耶倶矢と夕弦を目で追っている間に、周囲には一○をこえる人影がいた。否、人影というには語弊がある。それらはフルフェイスヘルメットのように滑らかな頭部に細身のボディが連なり、CR-ユニットのようなものが各部に見られた人ではないナニカであった。

 

「DD-07〈バンダースナッチ〉…………といっても、分からないでしょうね。」

 

人形の影から一人の少女─────随行カメラマンのエレン・メイザースが歩み出てきた。

 

「ようやく人気のない所に来てくれましたね、十香さん。1人余計な方がいらっしゃるようですが………まぁいいでしょう。」

 

士道のことを一瞥し、その上で興味無さそうに鼻を鳴らした。

 

「〈セイバー〉は想像以上に警戒が強かったようですね。こちらの狙いに気が付いていたかのような素振りがいくつかありました。ですが、伝わっていないようですね。」

 

伝わっていないとはどう言うことだ?〈セイバー〉────小雪は一応は〈フラクシナス〉と協力関係にあるはずで……………

 

「しかし、驚きました。まさかあの二人も精霊だったとは。────しかも、〈セイバー〉と違って優先目標の〈ベルセルク〉ときたものです。 積もり積もった不運の代償としては十分です。」

 

士道にそんな疑問を考えさせる暇もなく、新たな爆弾を投下するエレン・メイザース。

彼女は今確かに耶倶矢と夕弦を〈ベルセルク〉と呼んだのだ。その名を知っているのは各国の対精霊機関、つまりは────

 

「あんた何者だ?まさか、ASTか?」

 

「! ほう?」

 

そこでようやくエレンが士道に興味を持つような顔をした。ASTの名前を知っているからには一般人ではないと判断したのだろう。

 

「陸自の対精霊部隊をご存じで。ですが、そうではありません。」

 

彼女がてを掲げると、それに合わせるようにして〈バンダースナッチ〉と呼ばれた人形達が一斉に姿勢を低くし、士道たちに襲いかかってきた。

士道は咄嗟なこともあって目を瞑ってしまうが、何の衝撃も襲ってこなかった。恐る恐る目を開けると、浴衣の回りに限定霊装を展開し〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構えた十香がいた。

 

「シドー、大丈夫か?」

 

そして、そんな十香の様子を見てか、エレンがやや興奮ぎみに目を見開いた。

 

「〈プリンセス〉!やはり本物でしたか。」

 

十香の識別名まで知っているのか。だがそれでもASTでないというならば一体なんなのだろうか。

 

「〈プリンセス〉────いや、十香さん。我々と一緒に来てくれませんか?最高の待遇をお約束します。」

 

「ほざけ!!」

 

十香はそう叫ぶと、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の切っ先をエレンに向ける。

いくらなんでも人間あいてに天使を向けるのはどうかと思うが、そんな疑問は十香の緊張に満ちた面持ちで掻き消えた。

 

「シドー、こいつは危険だ。こうして向かい合って初めて気づいた。────あの女、ものすごく嫌な感じがする。こう……………ASTの臭いを極限まで濃くした感じだ。」

 

と、十香の言葉に合わせるように、エレンが口の端をにぃっと上げた。

 

「面白い表現をしますね。」

 

言いながら、エレンが十香を挑発するように両手を広げて見せる。

するとそれと同時に、彼女の体は淡い輝きに包まれ、一瞬後にはその身にワイヤリングスーツとCR-ユニットが着装されている。

ASTのそれとは大分形状の異なるスーツと、体の各部を覆う機械で出来た甲冑のようなパーツ。そして背部に装着された巨大な剣型の装備が目を引いた。

 

「〈バンダースナッチ〉隊、しばらく手を出さないで下さい。音に聞こえた〈プリンセス〉の実力、試させていただきます。」

 

右手で背部の剣を抜き、その刀身に光の刃を出現させる。

エレン・M・メイザース、世界最強の魔術師(ウィザード)の実力が垣間見える。




お気に入り登録有難うございます。
こんな作品ですが、これからも応援よろしくお願いします。


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士道ミラクル

八舞編、終了です。
どちらかの出番を増やすとどちらかの出番が減ってしまって困ってます。八舞ファンの方々、重ね重ね申し訳ない。
次の美九編からは、お互いの出番を合わせられるように頑張りたいです。


動きの邪魔となる外套はもうしまった。十数にも及んだ〈バンダースナッチ〉は、半数程に沈黙させた。だが、やはり対人と違って声が聞こえない人形相手は分が悪い。視界右側から飛んできた機械の腕を薙刀で防ぎ、左側の〈バンダースナッチ〉を蹴り飛ばす。

一刻も早く士道さんの方に向かうために動いてはいるが、この人形たちとてもとても邪魔だ。

後方から飛び出てきた〈バンダースナッチ〉二体を四体に増やして、これで残り六…………じゃなくて四体。

数分もあれば全て残骸に変えられるだろうが、士道さん側に余裕が失くなっている。

急げば間に合う。ならば、急がなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『え……………!』

 

驚いたような、それでいてあまり感情のこもっていない声が十香と士道の口から漏れた。

二人の眼に写るのは、今だ争いを続ける耶倶矢と夕弦、機械の鎧を纏った魔術師(エレン・メイザース)、そして…………十香の手に握られた、刀身の失くなった鏖殺公(サンダルフォン)

 

「なん…………だと…………」

 

その一瞬後、エレンの攻撃が十香の体を軽々と吹き飛ばした。

短い苦悶と共に、十香は数度地面に体を擦り、うつ伏せに倒れ伏した。その一拍あとに、砕かれた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が光となって溶けていった。

 

「と、十香!!」

 

士道は慌てて十香に駆け寄ろうとするが、それを邪魔するかのように表れた〈バンダースナッチ〉が士道の行く道を阻害してくる。見れば、十香の方にも〈バンダースナッチ〉が群がり始めていった。

 

「興醒めです。手早く昏倒させて〈アルデバル〉に持ち帰りましょう。」

 

言ってエレンは指を鳴らすと、彼女が身に纏っていた鎧は消え去り、興味を失ったエレンの代わりと言うように、二機の〈バンダースナッチ〉が十香の体を掴み、持ち上げる。

ぐったりとした十香の前にもう一機〈バンダースナッチ〉が歩み出たかと思うと、爪の生えた手を十香の額に近づけていった。

 

「ぐ─────ッ………あァ!!」

 

十香が苦しそうな声を出して身を捩るが、効果はない。

 

「十香!何しやがるてめぇら!くそっ、退け!退けよ!」

 

士道はそう叫ぶが、人形たちやエレンは無反応のままだった。士道がもがいている間にも、十香ののどからは苦悶と悲鳴が入り交じったかのような声が漏れ続けている。

 

「十香────!」

 

士道は絶叫を上げた。

とてつもない無力感に襲われて、途方にくれた。

結局、五河士道という一個人に出来ることはなにもない。

〈フラクシナス〉の力を借りて、ようやく十香を封印することが出来た。

その十香の助けがなければ、四糸乃を封印することは出来なかった。

狂三の時は、小雪や琴理に助けられて、どうにか生き延びる事が出来た。

琴理の時だって、やはり少なからず〈フラクシナス〉や小雪に手伝ってもらっての封印だった。

勿論彼がなにもしていないという訳ではない。彼無くしては精霊の封印自体が不可能であるのだから、何も出来ないというのは彼の思いすぎだ。

だが、たとえそうだとしても、彼の眼には現状しか写っていない。耶倶矢と夕弦を止められず、十香を窮地から救うこともあって出来ない現状しか。

彼の身に与えられた封印能力は、そんな現状では用をなさず、それ以外に使える手札と言えば、琴理から借り受けた治癒能力と、十香たちから得た精霊の加護のみ。

せめて、あと一つ。あと一つでも力があれば。現状を切り拓く力が、 この人形を切り裂く(奇跡)がこの手にあれば。

ふと、狂三のことが頭に浮かんだ。

あのときに感じた、自分ではどうしようもないという無力感と、自分には狂三は救えないという絶望感。それに似た感覚が士道を襲った。

 

───────もう二度と、あんな思い(後悔)はしたくない。

 

頭の中でナニカが弾ける音がした。

 

一生に一度で構わない。今だけで構わない。

今この手に、十香を救う力があれば。

 

士道は漠然とした意識のまま、右手を振り上げていた。

 

「え………………?」

 

呆然と、声を上げる。

士道が右手を振り下ろした瞬間に、目の前の〈バンダースナッチ〉の上半分が消し飛び、その延長線上に存在していたもう一体────十香を押さえていた内の一体───の頭が斜めにするりと溢れ落ちた。

するとそれに引っ張られる形で、十香の体が崩れ落ちた。

 

「これは…………………」

 

信じられない。そんな心から、自然に声が漏れ出てしまう。

視線の先は、己の右手。

 

──────そこには、()輝く(・・)()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分からない。眼前の現実を理解できない。否、それは確かに真実だ。誰も嘘はついていない(誰も嘘がバレると困るなんて思ってない)。自身の耳がそれは証明し続けている。そんな中に、理解できない自分の中に、どこか納得もしている自分がいる。〈イフリート〉、五河琴理の能力()を使っていると聞いたからだろうか。

〈バンダースナッチ〉の残りの対処を後回しにして、士道さん達の援護を優先した。

その先で見た五河士道の手に握られていたのは、〈フラクシナス〉の映像記録で見た〈鏖殺公(サンダルフォン)〉そのものだ。

自身が享受したそれ故に、姫川小雪は否定できない。認めるしかない。目の前の、奇跡を超越したナニカ(現実)を。

だってこの世界には、奇跡も魔法もあるのだから。

 

 

体を鈍らせる思考を取り払い、天使を構え、標的を見る。

エレン・メイザース。油断か慢心か、何れにせよCR-ユニットを纏っていない今が好機と、小雪は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天使……………?しかも〈プリンセス〉のそれと同じ…………?」

 

エレンが、先程までの興味なさげな様子とは打って変わって、好奇の色を顕にして士道を見てくる。

 

「まさか。それはつい今し方砕いたはずです。それ以前に、なぜあなたがそんな………。五河士道、あなたは────!?」

 

だが、そんなエレンの言葉を遮るように彼女の首もとに凶刃が迫る。寸前でそれに気がついたエレンは紙一重でそれを避けたが、体勢がよろけてしまう。

 

「は?」

 

その声は誰のものだったのだろう。よろけた体勢を直すために数歩歩いたその先で、エレンの体が突如士道たちの視界から消えた。

その原因に真っ先に気がついたのは、当然というか張本人。エレンは、自身が感じた一瞬の浮遊感と昨日今日と何度も自分の邪魔をしてくれた女子高生たちの発言から、ある一つの結論を導きだしていた。

 

(まさか……………高速穴掘り術の────)

 

高速穴掘り術、今日の昼頃に自分を砂に埋めてくれた三人が言っていた。その練習のために、旅館裏の森で地面をボコボコにしたとも。その森とはつまりここであり、自分はそれに引っ掛かってしまったのだと。

その声を、より正確に言うと、そこから抜け出すには再び(CR-ユニット)を纏うしかないという心の声声を聞いた小雪は、全力でそれを妨害しにかかる。

小雪がそう判断するのと同時に、周囲一体の〈バンダースナッチ〉から『ばちっ!!』という音が鳴った。

声を聞いている小雪以外は知るよしもないが、同時刻、或美島上空で繰り広げられていた空中艦二機の主砲戦。〈フラクシナス〉対〈アルデバル〉の戦いが〈フラクシナス〉側の勝利として終止符が打たれたところだ。

火事場でしか役に立たない変態(神無月)が司令に誉められたい一心で活躍したのだが、本筋には関係のないことだ。

重要なのは、〈フラクシナス〉の砲撃によって〈アルデバル〉のB2区画─────〈バンダースナッチ〉部隊の遠隔制御室(コントロールルーム)───を破壊されてしまったことだ。

直ぐにそれを理解した小雪は、物言わぬ鉄屑となった〈バンダースナッチ〉を少し前にエレンが落ちた穴へと放り込んだ。

 

「え、う、うわっ!?」

 

十香を仕留めたと判断して余裕ぶってCR-ユニットを解除したのが完全に裏目に出た形だ。不意打ちを受けたエレン(世界最強)は重そうな機械人形の下敷きとなり、

 

「そんな…………。わたしは最強の………魔術(ウィザ)…………。」

 

珍妙なセリフを吐きながら、そのまま意識を失った。とはいえ、いつ目覚めるか油断はできない。そんなことを言いながら〈バンダースナッチ〉を使って落とし穴の周りに壁を作る小雪を、士道たちは見守る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

それから、どの位進んだのだろうか。

 

「………!あっ……………」

 

何故か先頭に立つ小雪に並走していた士道はのどを震わせた。木々が放射状に倒れているその上に、何度も激突を繰り返している耶倶矢と夕弦を見つけたのだ。

 

「耶倶矢 ──── 夕弦!」

 

ある程度の時間稼ぎはしているが、今は一刻も早くエレンから逃げなければならない状況。だが、先導していた小雪が真っ直ぐにここに向かっていたことを考えると、もしかしたら自分にあの二人を止めてほしかったんじゃないかという希望的観測が沸いてくる。

たとてそうで無くても、士道としては是が非でも二人を助けたい。万が一助けられなければ、二人のうち片方が消滅してしまう。

今から数時間前、耶倶矢が夕弦を、夕弦が耶倶矢を、お互いがお互いを助けてほしいと頼んできたあの時、二人が見せた悲しげな表情。もうあんな表情()はさせたくないと。そう思ってここにいる。

二人とも救うには、今ここで士道が二人の霊力を封印するしかない。

 

「二人とも!やめるんだ!もしかしたら二人とも生き残れる道があるかもしれない!」

 

全力を込めたその叫びは、嵐の壁に囲まれた二人には届かない。

どうすれば、そう言いかけて、士道はハッと目を開き、自身の右手を見下ろした。そこには未だ、十香の天使、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が握られていた。〈バンダースナッチ〉を一瞬で屠ったこの(奇跡)があれば、二人との間にある壁を切り拓くことが出来るかもしれない。

もちろんそれだけで二人が話を聞くとは思わないが、一瞬でも士道に気を反らせ、話を聞いてもらえるかもしれない。微々たる可能性だが、今の士道にはそれに賭けるしか道はなかった。

 

「すまん十香、少し離れてくれ。」

 

「む…………?う、うむ」

 

十香が巻き込まれないように下がらせる。士道はそれを視界の端で確認すると、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を両手で構えて、耶倶矢と夕弦を覆う暴風を切り裂くように一閃させた。

だが、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は最初に見せたような光を発しはしなかった。何度か試してみるが、やはり結果は同じだった。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉はその刀身の範囲で空間を裂くだけで、十香が振るう時のような絶対的な権能を発揮したりはしなかった。

 

「駄目か………」

 

士道はギリと歯を噛みしめ、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を握り直した。だが、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は応えない。士道は、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の本来の持ち主に目を向けた。

 

「十香、頼む…………〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で二人を止めてやってくれ。」

 

そう言って十香に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の柄を差し出すが、それを握った十香の反応は芳しくない。

 

「…………駄目だ。今の私にはこの〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は握れない。」

 

士道はその発言に疑問符を浮かべる。十香はジッと士道の目を見据えながら答えてくれた。

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉はただの剣ではない。霊力を持つものの願いによって顕現する天使だ。十全に霊力を有していない今の私には扱うことはできない。」

 

それを聞いた士道は一気に絶望的な心地に襲われた。上空では未だ二人の精霊が殺し合いならぬ生かし合いを続けている。お互いがお互いを愛す故に、お互いが自分を殺そうとしている。士道と十香に二人を救う手立てはなく、頼みの綱の小雪は案内だけして()()()()()()()()()

 

「くそッ、くそ!何とかならないのかよ!」

 

士道は叫ぶと、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉をもう一度振るう。反応はないが、それでも何度も、何度も。今この状況を解決するには、奇跡にすがるしかないんだ。

 

「このままじゃ、二人が……………」

 

すると、士道の肩に十香が手を置いてきた。

 

「……っ、十香?」

 

空を見上げていた士道は、その視線を十香の方に向けた。肩に置かれた十香の手が、失意に沈んでいる士道を慰めるようなものではなく、もっと力強い何かに思えて、士道は唾を飲み込んだ。

 

「羨ましいな。シドーにそんなふうに言ってもらえるなんて。」

 

士道か呆然としたような表情をすると、十香は一瞬苦笑めいた笑みを浮かべてから力強く頷いてきた。

 

「先ほど言いかけたが、私はやはり皆で話し合うしかないと思う。シドーに二人を生かせる術があると知れば、二人も矛を納めるだろう。」

 

十香の発言は士道の考えと一致している。だがそこに至るための、あの嵐の壁を取り払うための一手が足りない。

 

「さっきも言ったが、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は呼び出した者の願いによって顕現する物。シドーの願いによって召喚されたのならば、願いを叶えるのはシドーの他に誰がいよう。」

 

「俺、が……………」

 

十香はこくりと頷くと、士道にしっかりと柄を握らせた。そして自身は士道の背後に回って〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を共に握ろうとしてくるが、やはり体格が違うのか「むぅ………」とうなると、逆に士道の腕をまさぐって二人羽織のような体勢になった。当然十香は前である。

 

「心を落ち着けろ。そして思い出せ。シドーが今何がしたいのか。シドーの願いとは何なのか。それ以外は些末なことだ。捨て置け。ただ一つで良い。心の中に願いを描いて剣を振れ。そうすれば、天使は必ず応えてくれる。」

 

士道は思い出す。自分がしたいことを。

あの二人を止める。あの馬鹿みたいに優しい二人を、絶対に。どちらか片方が消してしまうなんて、そんなことはさせてたまるか。

だから、あの二人が決着をつける前に。

二人の崇高な決闘とやらを、ぶっ壊してやる。

 

「………ッ!」

 

士道は目を見開いた。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の刀身が、先ほどまでとは比べ物にならないほどに光輝いていたのだ。

これなら、きっと。士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の柄を握る力を更に強くする。すると十香もまた、それに添えた手に力をいれる。

士道は今一度顔を上げて、眼前でばか騒ぎを繰り広げる不器用二人を見据える。

 

そして。

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおお────!!!!!!!!」

 

 

 

 


 

 

 

 

風が少し弱まった。

八舞二人をどうにかするためにはあの壁がどうしても邪魔だった。私にあれをどうこうするだけの力は無いし、十香さんも封印されてる。でも、あの場に奇跡(天使)起こった(舞い降りた)から。だからあの場にもう私は必要ない。

だから私はここに、後顧の憂いを断ちに来た。それなのに

 

「どうして邪魔するんですか、令音さん」

 

世界最強の魔術師(ウィザード)、エレン・M・メイザース。今ここで彼女を殺しておけば、人類側の対精霊戦力は大いに削がれることになる。それはつまり〈ラタトスク機関〉の利益にも繋がるはずだ。

それなのに、どうして邪魔されるんだろう。目の前の彼女からは心の声が聞こえないから、わたしにはその理由が分からない。

 

「シンは、人の生き死にに慣れていないんだ。そもそも平和な日本に住む人間が、君のような精神になる方がおかしい。」

 

仮に彼女の言が真実だったとして、五河士道のためというなら小雪と令音のどちらが正解なのだろう。士道本人を慮るならば令音が、精霊を助けるという点を見れば小雪が正解だろう。

どっちも正解なら、どっちも不正解なのと同じだ。どちらも選べないし、選んではいけない。

 

「退いてくれませんか。私は敵でもない人に刃を向けたくない。」

 

令音は退かず、場は膠着する。結果起こるのは意地の張り合い。

 

 

どちらも退かず、そのまま数分が経った。風が止み、声が響き、また一柱の精霊が封印される。

今回退いたのは小雪だった。

自分の行動によって五河士道が再起不能と化すと言うのなら、そんな未来は避けねばならない。

幸い八舞二人の封印は終わったから、この場での敵対は考えにくい。私が逃げ切れば。

だったら退くのは私が良いだろう。だがそれも今だけのこと。

その魔術師(ウィザード)はいずれ始末する。必ず。




お気に入り登録、誤字報告、感想有難うございます。


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美九トゥルース
士道トランス


今回から美九編です。
この更新まで時間が空いた癖して原作沿ってばっかで展開がとてつもなく急かもですが、それでもいいという心の広い方だけご覧ください。


『今から一年前。我らは多くのことを学ぶことになった。苦渋の味を、敗北の屈辱を……………そして、這いつくばらされた地面の味を』

 

早いことに夏休みも明け、9月8日。来禅高校の全校生徒は体育館に集められていた。その壇上には同級生が立っており、拳を握りながらマイク越しに話している。その隣には別の女生徒がSSよろしく直立不動で、ついでに来禅高校の高旗まで立て掛けてあった。

壇上の雰囲気も相まって、これから開戦宣言するかのようだ。

 

『さあ諸君。見るも哀れな敗残兵諸君。私は君たちにこう問いたい。』

 

流れとかテンションとか心の声とかいろいろな情報を掛け合わせた結果、次に確実に大きな声が響いてくると小雪は判断した。

 

さあ諸 キーン!!!

 

大きな………声でなくて音だったが、まあ耳を塞いでいて正解だったといっていいだろう。

気を取り直すようにコホンと咳払いをして、壇上の彼女は話を続けた。

 

『さ、さあ諸君。私は君たちに問いかけたい。我らは苦渋を舐めたままなのか?這いつくばったままなのか?敗衄の不名誉を負ったままなのか?』

 

『否!断じて否である!貴奴らは重大な失敗を犯した。それは我らに反撃の機会を与えてしまったことだ!そう、大願成就の時は来た!来禅に栄光あれ!来禅に誉れあれ!我らの渾身の一撃をもってして、貴奴らの喉笛を噛み千切らん!!』

 

壇上の生徒が手を振り上げると同時に、それに呼応するかのように体育館に犇めく生徒たちが一斉に声をあげる。先ほどのマイクの音など比べ物にならない大音量が体育館の窓を震わせ、反響した大声が体育館そのものを震わせている。

現在来禅高校は文化祭である天央祭の準備期間の真っ最中。天央祭とは、天宮市内に存在する高校一◯校が合同で開催する文化祭であり、毎年テレビ局の取材が入り、隣の都市から観光客が訪れるほどの一大イベント。そこで来禅高校が頂点をとることが壇上の彼女の目的(願望)らしい。ランキングシステムがある以上、普段は眠っている闘争心やら愛校心やらがくすぐられてしまうのは仕方ないことだろう。それにしたって異常だが、祭の雰囲気がそうさせるのだろうか。

まあそんなことを考えていてもあれなので、他のこと───今回の天央祭を期に久しぶりに会うことになる友人について思いを巡らせてみる。と言っても、私以外は夏休みの間に会っているようだが。

 

『諸君らの声、しかと受け取った!二年四組五河士道くんを、他薦・推薦多数により、天央祭実行委員に任命します!』

 

そんな大声で思考に耽った小雪は現実に引き戻された。改めて体育館の集団の心の声をよく聞いてみるが、簡単にまとめると主人公に嫉妬したその他大勢(モブ)たちの嫉妬イベントらしい。幸い天央祭実行委員の手伝いは部活の方でやってるし、フォローは出来る。だがまぁ、選ばれたのであれば相応の仕事はしてもらおう。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

家々の屋根を跳び跳ねて、困っている人を探している。私が私になってから日課のようにしている人助けだが、今日は困っている人が少ない。もちろん良いことなのだが、それはそれで変な感じだ。

 

ウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ──────

 

そんな平和な町に、空間震警報が鳴り響く。既に五体の精霊が封印されている以上、空間震が起こる確率は下がっているはず。それでもこの頻度だ。異常といっても差し支えない。今回の発生は多目的ホール・天宮アリーナ。いつも持ち運んでいる〈フラクシナス〉通信用のインカムから告げられたその場所には、もう士道さんも向かっているとのこと。

目的地に近づいてくると、次第に誰かの声が聞こえてきた。いや、これはただの声ではない。あれだけ高らかに警報が響いた町にまだ残っている人が士道さん以外にいるはずがないし、もしいたのならきっとその人は阿呆なんだろう。そうじゃないなら精霊だ。結果から言うなら今回はその両方で、聞こえた声は彼女の心からだった。

 

………………嫌悪というのは、『困る』の範疇に収まって良いものだろうか。士道さんが何かやらかしたのか、それとも元からこんな取っつきにくい性格なのか。前者ならいつも通りだが、後者だったら最悪この上ない。天使の範囲圏内にいるASTとDEMも近づいてきている。

壁を蹴り破り、中にいる人影を確認する。アリーナの中心に場違いにきらびやかなアイドル衣装のようなものを着た少女が一人と、彼女が立ってるアリーナにどうにかしがみついてる士道さん。そして天井を破って侵入したASTアンドDEMの皆様方。士道さんを抜いて一番服装が浮いてるアイドルの人が今回の精霊、つまりはあの嫌悪の源なのだろう。

だが私の到着が遅かったのか、〈フラクシナス〉から帰還命令が出ている。精霊────琴里さん曰く〈ディーヴァ〉の詳細よりも、士道さんの身の安全を確保するのが最優先。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

巨大なスタンロッド片手にスラスターを噴かせる赤毛さんにいつものように遠距離武器(消火器)をぶん投げる。随意領域(テリトリー)に阻まれて本体には届かないが、一瞬でも隙が出来れば十二分。あとはやりたい人が代わりにやってくれる。予測通り折紙さんが〈ディーヴァ〉を放って赤毛さんとドンパチやっている合間に士道さん共々〈フラクシナス〉に回収してもらう。去り際の最も大きな心の声を発したのはやはり赤毛さんだ。今回最も警戒するべきはあの人だろう。

光に包まれる視界の中で、小雪はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「なんで土曜に、こんな…………」

 

九月九日、〈ディーヴァ〉との邂逅から一晩が経過したしていた。あのあと〈フラクシナス〉では、彼女との会話時に起こった不自然な好感度減少についての話し合いが行われていた。どうせ明日は学校が休みなんだからと、士道も深夜までその話し合いに参加していたのだ。学校が休みだから参加していたのに、実際は実行委員の仕事で各校合同会議を行わなければならなくなった。元々実行委員のメンバーであった亜衣麻衣美衣の三人はバンド練習で欠席しており、代役としてたてられた十香と折紙の二人は士道の視界の端で喧嘩している。唯一の救いはその反対にいる小雪だろう。〈フラクシナス〉から出されている士道の護衛命令と学校でのボランティア活動の二つの理由があってのことらしいが、委員会仕事に関して言えば右も左も分からない士道を導いてくれた。でもまぁやっぱり小雪一人の働きで喧嘩している二人を押さえられるものではなく、士道は頭のなかで愚痴っていた。

と、そんなことで頭の中が埋め尽くされていたせいか、いつの間にか目的地に到着していたようだ。赤煉瓦です構成された荘厳な校門から、鉄製の飾り格子が拡がっており、そこから青々と茂った生垣を覗かせている。私立竜胆寺女学院。天宮市内において随一のお嬢様高校であり、名門の子女が通うことでも有名だ。

士道は、続いていた口喧嘩がいつの間にか止んでいることに気がついた。見ると、十香と折紙が校舎を見あげていることがわかる。校舎の大きさなんかは士道にとっても驚くほどであるが、口を開けている十香とそうでない折紙はやはり二人が正反対であることを思わせてくれる。小雪の方を見てみると、精霊としての彼女と違って分かりやすくなっている小雪の表情が普段のそれと変わっているように見えた。

 

「おお…………すごいなシドー!これも学校なのか?」

 

「あ、ああ。そうらしいな。とにかく入ってみようぜ。」

 

「うむ!」と十香が元気よく返事をする。小雪の方を見ると、その表情は先程のから変わって落ち着いていた。守衛に生徒手帳を見せ、学院の敷地内に入る。集合場所に着く真での間も、小雪に特に変わった様子はなかった。部屋を一通り見回してみるが、当然実行委員になったばかりの士道に知り合いなどいるはずもない。

と、それからすぐにドアからコンコンと音がした。すると部屋にいた各校の生徒たちが一斉に顔を上げた。十香は首を傾げているし、折紙は興味無さげだ。小雪は少し暗い顔をしている。しかしその真意を問いただす暇もなく、部屋に入ってきた一人の少女がその空気を一変させた。

 

『失礼しまぁす。』

 

間延びした声が部屋に響くと、士道たち以外の生徒全員が大名行列を出迎える民衆のように二列に並んで首を垂れていく。

表れた少女は、一度見たら忘れられないほどの美貌と存在感を持っていた。

少女を見て、士道と折紙は驚いていた。一度見たら忘れられない。確かに彼女は、

 

「竜胆寺女学院、天央祭実行委員長、誘宵美九ですぅ。」

 

確かに彼女は、あの日の精霊だった。

 

「よく来てくれましたねー。皆さん。」

 

 

 

 


 

 

 

 

聞き慣れたチャイムの音と共に、授業が終了する。いつもならば解放を示すその音は、今の士道にとっては空間震警報を越えるアラートである。

九月一一日、月曜日。天央祭実行委員として二度目の仕事の日であり、士道に与えられたとあるミッションの始まる日でもある。

士道はノロノロと椅子から立ち上がると、ロッカーへ向かって歩き始めた。

 

「シドー、どうかしたのか?」

 

なにも知らない十香が無邪気そうな顔で問いかけてくる。今から士道がする行動を考えると少し悲観したくなる。

 

「ああ……ちょっとな。先に準備しといてくれ。」

 

今一つ腑に落ちない様子の十香だったが、取り敢えずは頷いて士道を見送ってくれた。同じように折紙がジッと視線を送ってきていたような気がしたが、気がつかないふりをして教室から出た。ロッカーから取り出したカバンを持って、校舎の最奥に位置する男子トイレへ向かう。個室に入り、鍵がかかっているのをしっかりと確認してからカバンを開いた。そこに入っていたのは、ウィッグと、化粧道具と、綺麗に折り畳まれた女子用の制服一式だった。

 

(これ見られたら、人生終わるなぁ。)

 

絶対に墓場まで持っていこう。士道はそう決意しながら、()()なった原因を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

一日前、士道と小雪は、〈フラクシナス〉で開かれていた精霊攻略会議に(当然)参加していた。艦橋のメインモニターには、ライブ中の少女──────精霊、誘宵美九が映っていた。

 

「誘宵美九。デビューは今からおよそ半年前。その圧倒的歌唱力と『聞く麻薬』とも評される美声によって驚異的な速度でヒット曲を連発する。だがそんな人気とは裏腹にテレビや雑誌などのメディアには一切顔を出さない謎のアイドル……………」

 

まさか彼女が精霊だったなんて、と額に手を当てた琴里が漏らした。

 

「これだけ活動しながら精霊であることを隠していた、か。ASTにモロバレだった狂三や都市伝説になってる小雪とはえらい違いね。」

 

小雪の方を見ながら嘲るように言う琴里だったが、小雪は完全にスルーしており、代わりに士道が狂三(トラウマ)を蒸し返されていた。

頭から蒸し返されたトラウマを振り払い、士道は狂三の時にはなかった第三の可能性を提示する。

 

「琴里みたいに、〈ファントム〉から精霊の力をもらった人間、ってのもないか?」

 

「ふむ…………。それが本命………って言っても、それじゃああのときの空間震の理由が分からなくなってくるわね。」

 

言われて士道も気がついた。空間震は精霊が隣界からこちらの世界に現界するときに起こる現状のことであり、狂三や小雪のように自分の意思で空間震を起こせる精霊もいるが、それは例外中の例外だ。つまり、結局議論は振り出しに戻ってしまったということになる。

 

「それに、急に好感度が下がった原因もまだ分かってないんだよな…………」

 

だが、そんな士道の呟きに対して琴里から待ったがかかった。

 

「それに関しては、こっちに仮説が立ったの。確実とは言えないけど、かなりの確信はある。原因は順をおって説明するわ。─────令音。」

 

令音が広げた資料を、士道は食い入るように眺めている。

 

「これが昨日の彼女の好感度の推移だ。この谷が士道と話しているときだ。」

 

資料はグラフ状で、令音が示した場所は極端に値が低く、目盛りすら見えなくなっている。そこからグラフは安定しており、ある一点から上昇していた。

 

「……………ここは?」

 

明らかに上昇がおかしいその点に士道は質問する。士道が初めて顔を会わせたのが谷の部分だとしたらそこからある程度経っている。

 

「………ちょうどASTが介入したとき。最高値は鳶一折紙に触ったときだ。」

 

何とも言えない。士道にはこの空気感を変える何かを言うことはできない。

 

「レズですか。」

 

「百合っ娘なのです!」

 

小雪の無遠慮とも取れる発言のお陰で何とも言えない場の空気はどうにかなったが、そのせいで〈次元を超える者(ディメンションブレイカー)〉中津川さんが怒ってしまった。譲れない一線が何かだったのだろうか。だが原因となった小雪はさして驚くような様子はせず、急な大声に琴里の方が驚いていた。それで叱られている中津川さんはとても可哀想である。

いや、今はそんな現実逃避をしている場合ではない。レズでも百合っ娘でもつまるところは女性愛者。どうしかして()()()キスをさせないといけない〈フラクシナス〉の封印方法では、近づいただけで好感度が下がってしまうようでは………

 

「そんなの、どうしょうもないじゃねぇか……」

 

士道が絶望的な心地でそう呻くのも仕方のないことだろう。攻略難易度が今まで攻略した精霊たちとは段違いだ。しかし、そんな士道の反応を耳聡く聞いた琴里が中津川さんへの説教を中止してこちらに振り向いた。

 

「何言ってるのよ士道。あんた天央祭の実行委員なんでしょ?それってつまり準備中いくらでも美九と話す機会があるってことじゃない。」

 

確かにそれは事実だが、そもそも近づくだけで嫌悪感丸出しに言葉のナイフで攻め立ててくるような相手が聞く耳を持っているとは思えない。

 

「それに、あたしが何の策もなくこんな会議を開くと思う?」

 

だが、士道が当然とも言える疑問を口にするより前に、琴里が肩をすくめながらそう言った。

 

「対策………?」

 

琴里は士道の言葉に頷くと、パチンと指を鳴らす。するとその数瞬後、神無月が表れた。何故かずぶ濡れになって。

 

「司令、ご注文の物はこちらに。」

 

だが、士道がなぜそうなったかを質問するよりも早く、神無月は背後から手を回してあるものを取り出した。

そこに掲げられた物を見て、不覚にも士道は凍りついてしまう。

そこにあったのは、来禅高校の制服であった。

そこにあったのは、来禅高校の女子用制服であった。

そこにあったのは、士道ぐらいの背格好の女子が着たらちょうど良さそうなサイズの制服であった。

 

「ええと…………」

 

「おいおい神無月さんついにやっちまったか………」と一瞬思いもしたが、それ以上に何か不穏なものを感じて士道は数歩後退った。のだが、そこで背中に何かが触れた。士道が首だけ振り替えると、そこにいたのは〈早すぎた倦怠期(バッドマリッジ)〉川越と、〈社長(シャチョサン)〉幹本だった。

 

「ど、退いてくれませんかね………」

 

士道の言葉に意も介さず、二人は士道を押さえつける。

 

「小雪、何か縛るもの持ってない?」

 

「ザイルならあります。」

 

精霊二人は士道の拘束をより強固なものにしようと画策しており、その士道の前方には変態(神無月)の両サイドに、両手の指に様々な化粧道具を挟み込んだ〈藁人形(ネイルノッカー)〉椎崎と、数種類のウィッグを手に持った〈保護観察処分(ディープラブ)〉箕輪が士道の退路を完全に塞いでいる。

完全に詰んでしまった士道をみて小雪はロープをしまい、神無月は傍らの二人と共にジリジリと近づいてくる。

 

「大丈夫、怖くありませんよ。最初は少しスースーするかもしれませんが、いずれそれも快感に変わります。先輩が言うのだから間違いありません。間違いありませんとも。」

 

士道はダメだと知りつつ、命乞いをする敗残兵のような調子で琴里に目を向けた。すると琴里はにっこりと愛らしい笑みを浮かべ

 

「グッドラック♪─────()()()()()()♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし……………こんなもんだろ。」

 

鏡を閉じ、カバンから取り出した変声機を首に付ける。〈ラタトスク機関〉の謎科学力によって作られたそれは、首に付けるだけで簡単にボイスチェンジが出来る優れものだ。

 

「士道、口調。」

 

言われて、(普段)の時との違いを意識する。………だんだん死にたくなって来た。 だが、ネガティブになってもいられない。自分に自信がなくては成功する計画も成功しない。個室のドアを開けると、小便機の方に殿町がいた。

 

「おう、殿町。」

 

いつもの調子で挨拶するが、この時士道は既に数秒前のことを、つまりは自分が普段と違うということを忘れてしまっていた。

 

「おう………って、んん?」

 

その結果出来上がるのはどうみても女子(実際は男子)が男子トイレにいるという極めて紛らわしい光景であり、結果としては順当に殿町は誤解をしてしまった。

 

「あ、い、いや……………おほほほほほほほほ」

 

それに気がついた士道は場を笑って誤魔化そうとし(欠片も誤魔化せてません)、全力疾走で撤退した。

 

「なんだってあいつは今日に限ってこんな辺鄙な場所のトイレ使ってんだ。」

 

文句を垂れつつ歩を緩める。走るたびにスカートがひらひら揺れて、何だか気持ち悪かったのだ。変態(神無月)レベルになるとこれも快感に変わるらしい。

 

『いい機会だし、あんたも女の子の苦労ってもんを知っておくと良いわ。って言っても、神無月レベルにはならなくていいわ。絶対。』

 

士道の心中を知ってか知らずか、琴里はそんなことを言ってくる。確かに苦労はわかるだろうが、絶対に神無月のようにはなりたくない。

気のない返事で誤魔化しつつ昇降口を昇っていると、士道に役目を押し付け気味な三人娘を発見した。深呼吸をしてから、その背に声をかける。

 

「あ、あのっ!」

 

「ん?」

「え?」

「ほ?」

 

三者三様、それぞれの反応を見せたあいまいみー三人。ここでバレたら、「五河士道は女装癖」だなんて不名誉な噂が流れること間違えなしだろう。士道が緊張しながら三人の反応を待っていると、三人は不思議そうに首をかしげた。

 

「どーしたの、何か用?」

「背ェ高!モデルさんみたーい!」

「カーディガンって冷え症?暑くない?」

 

どうやら士道だとは気づかれていないようだ。士道は安堵から溜め息を吐く。

 

「あの、山吹さん、葉桜さん、藤袴さんですよね?天央祭実行委員の。」

 

「なぬ?お主、どこでその情報を!?」「まさか敵国の間者か!?」「何が目的だ!」

 

と、三人は何やら変なポーズをとりながら言ってくる。とは言え実際に士道を疑っているような様子はなく、やりたいことをやっているような感じだった。力なく笑いながら続けてこう言った。

 

「えっと、五河士道から連絡なんですが、今日の実行委員はお休みさせてほしいと………」

 

「あのヤロウ逃げやがった!」「小雪ちゃん一人にする気かコラァ!」「火を持て!魔女が出たぞ!」

 

誰もやりたがらない仕事を無断欠勤するといった具合に酷いことをしている自覚はあるし、否定できるところが魔女ぐらいしかない。だがそれとして小雪一人になるということはお前らもサボるってことじゃないのか?

 

「あ、あの…………それで、私が代わりに行くようにお願いされまして……。もし問題ありませんでしたら、私も連れていってくれないでしょうか。」

 

士道はそう言ったが、三人はキョトンとしている。何か不味いことをしただろうか。その答えは、亜衣が示してくれた。

 

「えっと、私たちは構わないけど………そもそもあなた誰?五河君の知り合い?」

 

あぁ、それもそうだ。バレてないなら今の自分は五河士道ではない。

 

「従兄弟ですイ・ト・コ!名前は五河しど美………じゃなくて、……ええと、士織です。よろしくお願いします!」

 

今ここに、五河士道の新しい姿(黒歴史)が誕生した。




お気に入り登録、感想、誤字報告有難うございます。
この作品をこれからもよろしくお願いします。


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小雪コンフロント

一先ず最初に謝っておきます。遅れて申し訳ない。
今回も駄文です。あと少しアンチ気味です。
それでもいいという方のみ本編をどうぞ。


天央祭が行われる天宮スクエアは、天宮市中央に位置する大型コンベンションセンターである。中央にセントラルステージを置き、その周囲に大型展示場が広がる構造になっており、天央祭で使うのは東ブロックの一~四号館だった。

 

「それで…………美九はどこにいるんだ?」

 

念のため小さくした声で、インカムの向こうの琴里に話しかける。ちょっと御手洗に、と逃げ出そうとしたのだが、なぜか目を爛々とさせた折紙に追跡されてしまったのだ。先日、いざというときにと小雪から渡された非常マップを行使して何とか逃げ切ったところだ。

 

『ようやく一人になれたのね。美九は今1号館、竜胆寺のブースが設営される場所よ。』

 

「了解。1号館だな。すぐに向かう。」

 

言って、隠れていた資料の影から身を躍らせると、皆───特に折紙───に見つからないように警戒しつつ1号館へと向かっていく。

目的の彼女は簡単に見つかった。1号館の奥の方に紺色のセーラー服に身を包んだ少女達の集団がおり、その中心に美九がいたのだ。やはりと言うか、たくさんの取り巻きに囲まれているので、どうにかして彼女を一人にさせないといけない。〈ラタトスク〉に相談しようと耳のインカムに手をかけたところで、美九がその集団から抜け出し、一人でどこかに向かって行った。

 

『分かってるわね、そのチャンス、見逃すんじゃないわよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ、小雪は実行委員としての仕事と十香と折紙に士道を探しに行かないように監視をする〈フラクシナス〉の仕事を平行して行っていた。ついでに言うなら、士織と美九の会話を聞きつつ、である。一つ目はあくまでもボランティアなので誤魔化しは効くが、小雪は性格上そんなことはしない。それ故に一般人からすればまあまあのオーバーワークをこなしている。

それが原因で、小雪は気がつかなかった。視覚情報を十香と折紙、聴覚情報を士織と美九に割いているから、懐かしい友人が近づいていることに気がつかなかったのだ。

 

「あれ、小雪?久しぶり!」

 

何とも軽い調子で話しかけてきたのは、小雪の中学校時代の同級生であり、何故か竜胆寺に入学したスミレだった。

 

「スミちゃん?久しぶり!」

 

小雪も懐かしい───といってもそれは体感で実際は前会った時からそこまで間は空いていないはずだ───との再会を喜んでいる。

 

「小雪、初めの頃はいなかったよね。ってことは、やっぱりいつものアレ(ボランティア)?」

 

「うん、正解。スミちゃんこそ、なんで実行委員やってるの?」

 

小雪から見たスミレとは、多少頭が固いところもある現実主義者(リアリスト)。面倒事を厭うタイプで、委員会なんかも仕事量が少ないものを選んでいた。

そんなスミレが、一体どんな風の吹き回しで実行委員なんて時間が潰れるようなことをやっているのか。

 

「だって、お姉さまが───あの誘宵美九がやるんだよ!?」

 

文面だけみれば、ミーハーな少女がアイドルに憧れてその結果、と見えないこともない。だがその疑問に答えた友人(スミレ)の顔は、明らかに普通のものではなかった。ハイライトの消えた、それが当然であると一分の隙もなく疑っている、そんなふうに見てとれる。彼女の心には疑念も悩みも欠片ほど無く、小雪に心の声は聞こえない。

意識を意図的に切り替える。学校での自分ではなく精霊としての自分に。狂信的な人間は、求める答えのみを認識する。故に、何も考えない状態でも返答だけならば簡単に出来る。その間に、彼女を()()した美九の目的を考える。〈フラクシナス〉から聞こえる士織さんとの会話でも、小雪に聞こえる心の声にも、特に異常は見られない。むしろ困り事なんて無いのかもしれない。令音さん相手のように、天使が全く声を拾えていない訳じゃない。ただただ音量が小さすぎて埋もれてしまうだけだ。そう判断した小雪は、不承不承ながら一度様子を見ることにした。友人を一人訳分からない状態にされておいてそれは本当に業腹だが、一応〈ラタトスク機関〉との契約の内容もある。精霊の手は出したくない。

それに極限まで好意的に見てみれば、知られて困る動機ではないということだ。それが善行であれば当然人は良心の呵責なんて感じない。負の要素を徹底的に排除する人間が正の要素を忌避する理由なんてどこにもないのだから。だが同様に、零の要素(些事)であれば人の心は動かない。あってもなくても同じようなもの。

ただ、その見方がほとんどあり得ないのは小雪も気がついている。これは一種の言い訳だ。今すぐ突っ走って美九の首元にルーラを突きつけたい衝動を抑えるための言い訳だ。

今は耐える。耐えて答えの分かりきった問題の解答を待ち続ける。その時が来れば……………

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その日の夜。小雪は〈フラクシナス〉に呼び出されていた。

 

「理由、分かってるわよね。小雪、あなた、何するつもりだったの?」

 

艦橋中央の司令はいかにも不機嫌そうな風体で、小雪にそう問いかけてくる。小雪には確かに質問の内容は分かっているが、それ故に黙秘する。

 

「何、だんまり?」

 

やはり小雪は反応しない。琴里に変わって令音が何度か声をかけてみるが、やはり反応しない。〈フラクシナス〉の船員を一通り試したところで、折れたのは琴里の方だった。小雪を〈フラクシナス〉から降ろし、改めてあの時の精神状態を再確認する。

親しげに話しかけられたその時から急速に不機嫌になっていき、一定以下になるとそれが怒りへと変貌した。そこから今までほとんど上昇、下降していない。つまり彼女は未だその身の中に怒りを抱えている。

これがただの少女なら良い。放っておけば解決しているかもしれないし、士道を向かわせることにデメリットがない。こんなふうになるまで放置していた士道にとっては良い薬だろう。だが、彼女は精霊だ。それも、十香や狂三たちとは違い、破壊の権化たる精霊の力を全くと言って良いほど〈フラクシナス〉に見せていない。

 

「あんたたち!誰でも良いわ。今までの小雪を見て何か変なことはなかった?」

 

暴走される前に絶対に止めなければならない。その為の糸口を探すべく、琴里は〈フラクシナス〉船員に問いかけるが、答えは帰ってこない。かく言う琴里自身も士道とデートをしたあの時以来話していない。一縷の望みをかけて令音を見る。彼女は八舞姉妹攻略の折に少なからず小雪と直接関わっている。それ位しか手がかりがないのだから聞くしか道はない。

 

「ああ………」

 

令音はそれに反応して考え込むような素振りをみせる。思い出さなければいけないほどに少ないのか、それとも言うのを渋るようなことなのか。

 

「彼女はあの時、エレン・メイザースを殺そうとしていた。」

 

令音が示した答えは予想外で、だが現状と絡めて見てみるとすこし納得できる部分もある。

 

「隠していたが、彼女の今日までの来歴を漁ってみたことがある。正確には、今まで判明していたことをより深く、だ。」

 

「もう皆知っていると思うが、彼女は幾らかの国に出向いて、内戦やらテロやらを解決・防止した経験がある。それ故に彼女はASTからも討伐対象とされていないわけなのだが……………」

 

令音はそこでまた言葉を詰まらせた。だが、元々言うつもりで話し始めたのだろう。すこしだけ回りを見てから再び話し始めた。

 

「その現場で、主犯格やそれに近しい者が不自然にいなくなっていることがある。毎回という訳ではない。ただそれでも、過半数よりは多い頻度でだ。」

 

誰も言葉を挟まない。それを見て、仕方なく琴里が口を開いた。

 

「あんたは、小雪がやったって言いたいの?」

 

不自然な点も、不明瞭な点もたくさんある。だがそれでも、令音がそう言いたいのだと琴里は思った。答えは帰ってこないが、それで合っているのだろう。

最悪の精霊(時崎狂三)最善の精霊(姫川小雪)。同時期に〈フラクシナス〉と遭遇、接触した二人の精霊。初めて遭遇したときは、琴里にも余裕はなかったし、小雪はこちらに完全に友好的だった。琴里から見て異変と言える所は、令音が言っていた事実そのものだ。エレン・メイザース、世界最強の魔術師(ウィザード)、小雪ら精霊とは明確に敵対している存在だ。

それに仮に令音の考察が本当だったとして、相手は犯罪者たち。彼女のいた国のような場所でなくともクズな人間というのはどこにだっているものだ。〈ラタトスク機関〉のトップもそんな奴らばっかりで、話していると嫌になることもある。

単純な人間の視点から見て、自分を殺すかもしれない者や社会のクズを殺しておいて責められることは多くはないはずだ。少なくとも、それがやらない動機になることはない。

だがそれでも、彼女が誘宵美九をそのどちらかと見なす理由が分からない。直接話したことのない相手を敵と見なせる狂人だったのか、それともまた別の理由があるのか。

やはり情報が少なすぎる。〈フラクシナス〉は彼女を放置し過ぎた。彼女もまた精霊なのだ。単体で国を滅ぼすことの出来る意思を持つ災害。彼女の場合その矛先がたまたま〈ラタトスク〉の利になっていただけ。原因が分からないが、令音の説が正しかった場合、〈ラタトスク〉は恐らく小雪と敵対する。士道や十香はきっと彼女と戦えないだろう。

その場合、あくまでそんな最悪の場合、(イフリート)が出るしかない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

五河士織として美九に接触した翌日。全力で変装を行い変声機も装着して士道は美九の下校を待って竜胆寺女学院の校門前に立っていた。

 

『士道、聞こえる?竜胆寺の授業が終わったわ。もうすぐ来るはずよ。』

 

何時ものように、右耳から聞こえてくる琴里の声に相槌を打つ。士道(士織)は美九と接触を図るための秘密道具─────染み抜きと洗濯の済まされたレースのハンカチ───をポケットから取り出す。借りたハンカチを返しに来るという名目であれば会いに行く理由が出来るし、あとはそこからどうにかして話を広げていくかだ。…………そこは士織(士道)だけでは不安なので、〈フラクシナス〉からの指示に期待したい。

 

『それと、今日は小雪は休んでもらってるわ。』

 

精霊が出る度に士道の護衛をしている小雪だが、今回は休みらしい。詳しい理由は教えてもらえなかったが、〈フラクシナス〉に労基はあるのだろうか。

 

『ほら、もたもたしない!来てるわよ!昨日の数値から考えるに、悪い扱いは受けないはずよ。』

 

校舎の方に見える生徒たちの集団、美九その取り巻きたちだ。士道(士織)はごくりと生唾を飲み込み、ポケットに入れたハンカチの感触を確かめる。

ちらちらと自分達を窺う視線に気がついたのか、取り巻きの先頭にいる生徒が士道(士織)に話しかけてきた。

 

「………何かご用ですか?」

 

緊張していた士道(士織)はそれに気がつかずに、驚いて声をあげてしまう。

 

「えっと……。俺は昨日天宮スクエアで誘宵美九さんに………。」

 

「もしかしてあなた、お姉さまのファンの人ですか?気持ちは分からなくもないですけど、ファンなら公私の区別はつけてくださいね。」

 

やれやれといった様子で肩をすくめたその女子は、士道(士織)に対してそう語りかけてくる。士道(士織)は困り顔で弁明しようとするが、女子生徒の奥から出てきた彼女によってその必要は無くなった。

 

「あらー、士織さんですかー?」

 

目を丸くして口をてで押さえている美九の方にお辞儀をすると、士道(士織)の道を塞いでいた女生徒たちが一気に道を開いた。

 

「お、お姉さまの知り合いの方でしたか………。これはとんだご無礼を………」

 

「いえ、気にしないでください………」

 

女生徒が申し訳なさそうにお辞儀をしてくる。そもそもが自分の説明不足にあると考えた士道(士織)はそれにお辞儀で返し、お辞儀合戦が始まってしまう。

 

「どうしたんですかー?今日は合同会議はありませんよー?」

 

その言葉で用件を思い出した士道(士織)は、ポケットからレースのハンカチを取り出す。

 

「そんなぁ、気にしなくてもよかったのに」

 

「いや、そういうわけにはいかないだろ。」

 

美九の言葉に真剣な口調で返す士道(士織)。それが気に入ったのか、美九はたいそう可笑しそうにくすくす笑っている。それに不服を感じはするが、士道(士織)はそれよりもこの先のことを考えている。ここで「それじゃあさよならー」なんてことになってしまえば次の合同会議まで待たなければならない。〈フラクシナス〉は美九(〈ディーヴァ〉)の攻略への糸口を一刻も早く掴んでおきたいのだろう。

 

「じゃあ、受け取っておきます。ふふ、でも、少し残念ですねー」

 

先の展開を考えていた士道(士織)は、美九のそんな発言に首を傾げる。何か駄目なことがあったのだろうか。美九から注意されている対女性の心掛けはしっかりしているつもりだが………。

 

「士織さんが私をお茶に誘ってくれるのかと思って、少し期待しちゃいましたー。」

 

士道(士織)は心臓が跳び跳ねるのを感じた。きっといまⅠ彼《彼女》の顔は真っ赤になっていることだろう。それほどまでに凄まじい破壊力を持った笑みで美九はそう言った。天然なのか計算ずくなのか分からないが、美九ならきっと後者だろう。士道(士織)の僅かに残った理性が「こっちも勉強しなくちゃな………」と嫌に冷静に評価していた。

 

『ちょっと、何ボーッとしてるのよ!返事は!?』

 

インカムからの琴里の叱咤によって理性が復帰していく。士道(士織)は肩をハッとしたのち美九を見返した。

 

「えっと……じゃあ、是非ハンカチのお礼ガしたいんだが、お茶でもどうだ?」

 

「はい、よろこんで!」

 

そう言った美九の顔は、今まで見てきたなかで一番美しかった。

 

 

 

 

 

 

竜胆寺女学院から歩いて数分、トントン拍子で進められた美九とのお茶の話は、流されるがままの士道(士織)の対応によって、美九が前々から行きたいと思っていた喫茶店で行われることになった。もっともあれだけの取り巻きのいる美九が誰とも一度も行っていないというのは疑わしい話だ。事実美九は手慣れた様子で注文を行っており、士道(士織)は彼女のおすすめをそのまま頼んでいる。

琴里が言うには、諸々の数値は順調に上昇しているらしいので、後はもっとそれを上昇させて霊力を封印するだけだ。だが、そこまで考えた所で、今まで考えないようにしていた事実に直面する。

精霊は機嫌が悪くなると封印されていた霊力が逆流し、ASTに捕捉されてしまう。その機嫌をとるための方法は精霊()それぞれだが、手っ取り早いのは惚れさせた相手(士道)と会うのが一番だ。だがそこで問題が生じる。美九の持っている好感はあくまで五河士織という少女に対してだ。男性に対してのつっけんどんな態度は依然(おそらく)変わっておらず、美九と会う時は必ず士織にならなくてはならない。会う時だけではない。美九に精霊を封印できるのは士道一人だと知られてしまえば、それだけでバッドエンド確定だ。

 

「すみません。ご注文の品を…………」

 

考え込んでいたためが、店員が近づいてきたのに気がつかずビックリしてしまう。そんな士道(士織)を見て美九は機嫌よさそうに笑っている。毛恥ずかしさから顔を背けしまった士道(士織)の代わりに、美九が女性店員の対応をしようとする。

 

「もしかして、アイドルの誘宵美九さんですか!?あの、わたしファンなんです!この前のライブにも……」

 

だが、彼女の顔を見るなり血相を変えた店員は、感激からか一気に捲し立てる。

 

「あらー。わたしのファンなんですか?うれしいですー。」

 

プライベートでいきなり話しかけられたにも関わらず、美九は落ち着いた反応だ。こうゆうのには慣れているのか、余裕そうだ。

 

【でも、今はプライベートなのでー。今日見たことは誰にも話さないでくださいねー。】

 

だがその美九の一言を聞いた途端、その店員が不自然に落ち着いた。ごゆっくりどうぞ、と、急に普通の対応を始めたものだから、士道(士織)は首を傾げる。

 

【そうだ。私、士織さんにお願いしたいことがあるんですけど、いいですかー?】

 

さらに美九が唐突にそんなことを言うものだから、数秒ほど士道(士織)の思考が停止した。だがそれだけで十分だったのが、美九はとても嬉しそうな顔をした。

 

「あなた、もしかして─────精霊さんですか?」

 

その爆弾発言にいち早く反応したのは〈フラクシナス〉でそれを俯瞰していた琴里だった。

 

『士道!分かってるわね!』

 

その声を聞いて困惑していた士道(士織)も誤魔化そうと言葉を探す。

 

「い、意外だな。美九もゲームとかそうゆうのやるのか。それより、お願いしたいことって何なんだ?」

 

「あはは、いいですよー誤魔化さなくても。わたしの『お願い』を聞いてくれない人が普通の人な訳ないんですから。」

 

だが困惑していたままの頭では冴えた言い訳も出るはずがなく、もとから違うとも考えていない美九に否定される。

 

「いえ、むしろ、精霊さんだったらうれしいですねぇ。私、自分以外の精霊さんに会ってみたかったんですよぉ。」

 

「ねぇ士織さん、あなたは一体何者なんですか?やっぱり精霊さん?それとも、あの魔術師(ウィザード)とかいう人たちの仲間なんですか?」

 

その質問の答えを、士道(士織)はすぐに返せなかった。答えるにしても、魔術師(ウィザード)だなんて言うのは論外。だが士道(士織)は精霊ではないのだ。だったら答えは一つしかない。

 

だが、士道(士織)がその答えを言うより早く、騒音が辺りに響いた。

 

平和大国である日本には不似合いなその(銃声)は、喫茶店に集まっていた客たちを絶叫させるには十分過ぎた。

自分達の置かれた状況をいち早く理解した士道(士織)は、〈フラクシナス〉に連絡を入れつつ美九を庇うような位置に立つ。

 

「そこの店員!金を出せ!」

 

全体的に黒い服装をして、目出し帽を被ったTHE強盗といった風体の(声から判断すると恐らく)男は、手に持った拳銃を店員に突きつけながらそういった。

 

「客が邪魔だな…………。そこの女二人以外客は全員外に出ろ!警察は呼ぶんじゃねぇぞ!」

 

男は次に店一体を見渡すと、人質として使いやすそうだと思ったのか女子高生二人(美九と士織)の方にも銃を向けながらそう言った。

男から逃げるように揉み合いながら他の客たちは店から飛び出していく。

 

『あー、士道?多分大丈夫だから、万一にでも怪我しないように注意しときなさい。』

 

琴里の唐突な安全宣言の真意を問うよりも早く、店のドアが静かに開かれた。少し前にあれだけの数の人が走り出ていったのだ。入ってくる者はそうそういまい。サイレンの音は聞こえていないから警察ではない。そう考えていたであろう男は後ろに振り返り、頭を消火器で殴られて倒れた。

 

「小雪?」

 

今日は休んでるんじゃなかったのか、という疑問だったが、小雪はそれに反応しない。美九は急展開に目を白黒させている。

 

「何か、狙われるような理由でもあるんですか?」

 

唐突にそんなことを聞いてきた。そもそも明らかに金目当ての強盗だった筈だ。と、そこまで考えて、彼女がそこまで見ていないことに気がついた。

 

「俺は特にそんな心当たりは無いし、第一現金目的の筈だ。」

 

「私だってないですよぉ。悪いことなんてしてませんもん。」

 

だから二人とも自分の無実を証明すべく口を開く。

 

「そう………ですか。」

 

小雪はそう言うと、強盗の持っていた銃を拾い上げる。

 

 

 

そしてその銃を、美九の方に構えた。




誤字報告、お気に入り登録、感想有難うございます。
文化祭自体はほとんどカットされると思います。

あと、美九ファンの方々申し訳ない。次回はもっと扱いが悪くなるかもしれません。


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