柊蓮司を小さくしてネギま!世界に送り込んでみた (れじ)
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1話 異世界の魔法使いと魔剣使い
オープニング 【速報】下がる男、また下がる
東京、秋葉原。
私立輝明学園秋葉原分校へと向かう通学路は、学生達であふれていた。
制服姿の少年少女たちは皆楽しそうに学校へと向かっているが、そんな中に一人、通学用鞄をしっかと抱きしめて左右を確認――むしろ異様なまでに警戒している学生がいた。
「なあ、くれは。 空中に怪しいクレーンが浮いてるとか、黒塗りの車がうろうろしてるとか、どこからかヘリのローター音が聞こえてくるとか、そういったことはないよな?」
彼の名前は柊蓮司。ウィザードであり、これまで何度も世界を救ってきた歴戦の魔剣使いである。ついこの間もあの金色の魔王が手を引いていた事件を解決したばかりで、ウィザードの間では(いろいろな意味で)有名である。この挙動不審な様子からはとてもそうとは見えないが。
「はわ、別に何もないみたいだけど? それよりひーらぎ、はやくしないと遅刻しちゃうよー?」
あきれた表情で柊に呼びかけている巫女装束をまとった少女。彼女は赤羽くれは、柊の幼馴染みである。彼女も柊と同じくウィザードで、服装でわかるように巫女である。
くれはは柊に文句を言いながらも、律儀に彼を待っている。
「おう、今行く……あ?」
柊が上下左右をしっかり確認し終え、一歩足を踏み出そうとした時。どこからかみょんみょんとものすごく怪しい音が聞こえてきた。
「な、なんだッ……!?」
慌てて柊は音の発生源――そう、柊が唯一確認していなかった背後――を確認しようと、慌てて振り返った。
地面にあいた黒い穴、そしてそこから伸びてきている巨大なマジックハンド。どうやら怪しい音の発生源はこのマジックハンドらしい。何故こんな音を発生させる必要があるのかは謎だが。
「≪柊キャッチャーVer2.1≫……」
柊がマジックハンドに刻印されている名称らしきものを顔を引きつらせながら読み上げる。その言葉に反応したのか、マジックハンドがわきわきと怪しい動きでうごめきだす。
「ま、待てッ、俺は学校に――!」
だが柊が最期まで台詞を言い切らぬうちに、マジックハンドは無情にも柊の頭を鷲掴みにした。そして「首がもげるっ!?」という柊の悲鳴を無視したまま、行き先の想像のつく黒い穴へと柊を引きずり込んでいった。そして柊とマジックハンドが消えると、その黒い穴も何事もなかったかのように綺麗に消え去った。
「はわー、柊、相変わらずだねー。いってらっしゃーい」
残されたくれはは、柊の消えていった空間へとのんきに手を振った。
これも彼女からすると、十分日常の範囲内なのだった。
虚空に浮かぶ城、アンゼロット宮殿。この世界の守護者の住まう城。その城の主たる銀髪の少女が、紅茶のカップを片手に可愛らしい仕草で言った。
「アンゼロット宮殿へようこそいらっしゃいました、柊さん。さて、此度の任務ですが……」
「ってやっぱりまたお前か、アンゼロット!」
台詞をさえぎられた少女――アンゼロットが不満そうに首を横に振る。
「もう、人の言葉をさえぎるなんて、礼儀がなっていませんね」
「人を登校中に拉致するやつが何いってんだっ!? 出席日数やばいんだぞっ! 卒業できなかったらどうするんだよっ!?」
柊が必死に抗弁するものの、アンゼロットはそれもどこ吹く風といった具合で少々人の悪い笑みを浮かべている。
「わかっていませんね、柊さん。世界の危機の前では貴方の出席日数や卒業など些細なことですよ。それにほら、学年が下がった後なら、留年ぐらいどうってことないでしょう?」
「んなわけあるかっ!」
血を吐くような柊の叫びを無視して、アンゼロットは勝手に話を進めた。
「さて此度の任務ですが。柊さん、貴方には魔王級エミュレイターと戦ってもらいます」
「無視かよ……今回はそいつを倒すだけなんだな?」
「ええ、そうです。ただし……」
アンゼロットがそこで言葉を切り、微笑む。
「……ただし?」
その笑顔にものすごくいやな予感がするが、一応聞き返す。十中八九ろくでもない返事が返ってくる気がする。
「いいですか、柊さん……今回、あなたの年齢は小学生程度でなくてはならないのです」
「ちょっと待てっ!? またか!? また下がるのか!?」
「あの魔王にはある世界律が働いています。そのため、肉体年齢がだいたい中学生以上だとダメージが通らないのです……なんということでしょう」
「そんな世界律があるかっ!」
わざとらしいぐらいに悲痛な声で説明するアンゼロットに柊がツッコミを入れる。しかし、もちろんそれも無視して説明を続けていくアンゼロット。
「よってあの魔王ロリショタ(仮名)は……」
「まてまてまてまて」
「どうかしましたか、柊さん?」
「なんなんだよ、ネーミングセンスはっ!?」
「わかりやすいでしょう?」
「た、確かにわかりやすいけれどっ……!」
「最初にかの魔王と交戦したウィザード部隊は攻撃が通らずに壊滅しました。低年齢で編成した精鋭部隊も送り込んだのですが……」
そう言ってアンゼロットは沈痛な表情で首を横に振る。何故かどこからか「うわーだめだー」という幻聴が聞こえてきたが、気のせいだろう。
「と、いうことでこの紅茶をどうぞ、柊さん」
アンゼロットが手に持っていた紅茶のカップを差し出す。柊はそれにあわせてじりじりと後ずさる。
「だからってなんで俺じゃないとダメなんだよ。他のヤツでもいいだろ、年齢下げるんだったら」
ただでさえレベルだの学年だのが下がって“下がる男”などと呼ばれているのだから、これ以上ネタを増やしたくない。そう思って何とか年齢を下げられるのを必死に回避しようと抵抗する。
しかしアンゼロットは笑顔で非情なことを言った。
「だってその方がおもしろいじゃないんですか♪」
「そんな理由か!? そんな理由で俺の出席日数がっ!?」
「わがままですね――「どっちが!?」――あ」
そこでアンゼロットは何か思いついたようにぽん、と手をたたく。
「柊さんは柊力のおかげで色々下げやすい、ということでどうでしょう?」
「どうでしょう、じゃねえ! いらんわ、そんな設定! むしろその設定まだ生きてたのか!?」
「もう、往生際が悪いですね。ちゃちゃっとやっちゃいましょう」
柊のあきらめの悪さに業を煮やしたアンゼロットがそう言うと、周りで待機していたロンギヌスのメンバーが素早く柊を羽交い締めにした。
「うおおおお! は、はなせえええぇぇ!」
必死に抵抗する柊。アンゼロットは紅茶のカップを持ち上げると、イイ笑顔を浮かべた。
「さあ、柊さん。ぐぐっといっちゃってください♪ 安心してください、年齢以外は何も下がりませんから」
「安心できるか――ゴボッ!?」
反射的に文句を言ったが、口を開いたタイミングで無理矢理紅茶を流し込まれた。
そして。
「あらあら、かわいらしくなりましたねー、柊さん」
柊は、八歳ぐらいの姿になり、服も着替えさせられている。紺色のブレザーに半ズボン。輝明学園初等部の制服である。
「うぐっ……」
さすがに実際の年齢で考えると半ズボンは恥ずかしい。外見的には今は問題なくても。柊は怒り半分羞恥半分でぷるぷると拳を震わせている。
「ふふふ、こうやって柊さんを見下す……コホン。見下ろすのも悪くないですね」
「まて、今、
「それがどうかしました?」
「…………」
文句を言ったが、アンゼロットの返答とそのイイ笑顔を見て何を言っても無駄だと悟った。
どうあがいても聞き流される、間違いなく。
「もういい、さっさのあんな魔王倒して終わらせてやる! そうすりゃなんとか学校に……!」
「やっとやる気にやってもらえましたね。それでは早速現地に行ってもらいましょう。
今、魔王は太平洋上空で足止めしてあります。なので、これを」
アンゼロットが合図すると、柊の近くにいたロンギヌスが柊に箒を手渡す。アンブラ社製の高機動型
不機嫌そうな柊はそれをひったくるようにして受け取った。
「それでは、いってらっしゃい♪」
その言葉と同時に、にっこりと微笑んだアンゼロットが謎の紐を引っ張る。それに連動するように、柊がそれまで立っていた床がぱかっと抜けた。
「ってこんな出撃かよおおおおおおおおお!」
柊の叫び声は彼自身と共に飲み込まれて消えていった。
外は昼間であるというのに、月匣の中は星々が浮かぶ幻想的な夜空だった。星々の光も妖しく染め上げる禍々しい紅い月がこの異常をより際だたせている。
場所は太平洋上空。
揺れる波に、星光と月光がちらちらと浮かぶ空。その中心に在るは、二本の角を持つ獣人のような姿をした魔王。飛行魔法によって飛ぶその姿はうっすらと光を放っている。
波と光だけが揺らめく、停滞した空間。それをかき乱すように宙に光が走った。青白く輝く、転移魔法の光。
――そして、流星の如く弧を描く、
それを感知した魔王は
「――ッ、あっぶねえな、おい!」
崩れかけた体勢を立て直しながら柊は
「アンゼロットのヤツ……こんなところにいきなり投げ出すかよ、普通」
さすがにアンゼロット城から落とされたと思ったらそのまま魔王の正面に落ちてきたなどと、想定外にもほどがある。そんな愚痴をこぼしながらも柊は魔王へと向き直った。攻撃を回避された魔王は、次弾を撃つべく魔力を集め、魔法を放とうとしている。
「させるかッ!」
そう叫んで柊はプラーナを解放する。
魔法が放たれるよりも早く、
「……あれ?」
思い切り
「あ、アンゼロットのやつ、何が年齢以外は下がってないだっ! リーチが短くなった分、不利じゃねえか!」
あらあら柊さん、リーチは短くなっても下がりませんから私は嘘は言ってませんよ。
そんなことを笑顔で言い放つアンゼロットが脳裏に浮かぶが、柊はかぶりをふってその幻影を振り払った。
「リーチが足りないっていうんだったら……≪エア・ブレード≫!」
柊の魔剣の周囲の空気が唸りを上げ、刃が風を纏う。
背丈に合わない巨大な剣を思い切り振り抜く。そして今度は風の刃が魔王の躯を捉えた。魔王の躯が上下に分かたれる。
「やったか?」
真っ二つに斬られた魔王を見て柊が呟く。そんな柊に熱量を帯びた光が雨のように降り注いだ。魔王が切り裂かれる前に放った攻撃魔法の≪ジャッジメント・レイ≫。柊はそれを魔剣で受けて耐えた。
「ぐっ……」
魔剣で受け流したことでダメージは軽減したが、それでも元々魔法防御の低い魔剣使いである柊からすれば傷は浅くない。傷を負った右腕からは血が流れている。
「支援役もいねえし、こりゃ長期戦は不利だな……」
一気に決めるしかない、と魔剣を構え直して魔王へと接近する。柊の右腕から流れる血が魔剣へと吸い込まれ、主の生命の力を取り込んだ魔剣は、刀身に刻まれた魔術文字を強く煌めかせた。一撃ぐらいなら食らってもとどめをさせるはず、と魔王の懐へ飛び込もうと
「ちょっ、まて、そんなのありかっ!?」
柊が魔王へ向けて箒を加速させた瞬間、二つに分断されていた魔王がまるで逆再生されたかのようなに回復し、柊へと向けて天属性の上位魔法≪ディバイン・コロナ≫を解き放った。
加速しているこの状態では真っ直ぐに飛んでくる魔法を回避できないと悟った柊はとっさに
「あ、あっぶねー……」
無理な機動で不安定になっていた体勢を整える。さらに
この状態から、回避できるか。――否。
「……≪魔器解放≫ッ!」
全力で迎え撃つ!
そう判断した柊は、魔剣の真の力を解き放ち、プラーナを解放して魔剣を思い切り振るった。
ぶつかり合う魔王の魔力と、魔剣の力。二つの力は拮抗するかのように、強く光を放つ。
その目映いばかりの光は段々と輝きを増していく。目を開けていられないほどのその光は、ついに臨界を突破した。――魔力の暴走という形で。
「なッ……!?」
光は爆発するように辺りへと広がっていき、すべてを飲み込んでいく。魔王も、そして柊も。
そして視界すべてを埋め尽くすほどの閃光が走り、それが収まった時には。
魔王と柊はこの世界――ファー・ジ・アースから消えた。
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ミドル 不死の魔法使いと夜闇の魔法使い
深い森の中。
柊は頭から地面に突き刺さっていた。
両足が地面から生えているようなシュールな光景だ。地面から生えた両足はしばらくそのままぴくぴく動いていたが、気がついたのかなんとか自力で地面から抜け出した。
「いってぇ……。ここはどこだ……ってそうだ!」
何かに気づいたように慌てて周囲を探す柊。そしてすぐ近くに目的のものを発見して安堵する。
「よ、良かった、魔剣はちゃんとあるな」
昔、似たような目に遭って魔剣をなくしたことはちょっぴりトラウマになっていたらしい。近くに刺さっていた魔剣と、落ちていた
「それにしても、本当にここはどこだ? 海からだいぶ飛ばされたみたいな感じだが……」
時刻はおそらく深夜。空には満月が浮かんでいるし、飛ばされてから時間もかなり過ぎているようだ。学校行けなかったなあ、と内心落ち込みながら
とりあえずアンゼロットあたりに連絡をとれば迎えぐらいは来るだろう。そう思って0-Phoneを操作するが、ツーツーという電子音が聞こえてくるだけで回線が全く繋がらない。不審に思って画面を確認すると、圏外と表示されていた。霊界回路を使用している0-Phoneは滅多なことでは通信がとぎれないはずなのだが……。
「なんだ? もしかしてさっきの衝撃で壊れたか?」
まいったな、と頭をかく。
「仕方ない、とりあえず近くに何かないか探してみるか」
諦めた柊は0-Phoneを制服のポケットに押し込んだ。とりあえず、
「ほお、随分と可愛らしい侵入者だな」
闇に覆われた森の奥から少女の声が聞こえてきた。
「誰かいるのか?」
柊がそちらをむくと、闇に慣れてきた目に二人の少女の姿が映った。同じデザインの制服を着た二人組の少女。
こんな時間にこのような森の中にいるということは、もしかするとウィザードなのだろうか。
確かに背の高い方の少女は頭から突起物が二本突き出ていて、関節もまるでロボットみたいに見える。その見た目からすると、人造人間だろうか。だとすれば、あの二人はウィザードで、見たことのない制服も輝明学園のどこかの分校のものだったりするのかもしれない。見た目は二人とも外人のようだが、喋っている言語は日本語だ。
さっきまでいた場所を考えると、かなり遠くまで飛ばされたなあ、と思いながらも柊は現在地を確認しようと二人に話しかけた。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは真祖の吸血鬼である。
しかし、それも過去のこと。
大戦の英雄サウザンド・マスターの呪い≪登校地獄≫によって魔力を封印され、学生として日々暮らすことを強要されている。
それでも、今日の様な満月の夜であればいくらかはマシだ。従者の茶々丸を連れ、夜の森を散策していた。学校帰りのままの制服姿で森を歩いていく。上機嫌というほどではないが、木々の間から漏れる月光は心地よい。
そうして歩いていたエヴァンジェリンの感覚に何かがひっかかった。森の中、学園結界内に突然発生した魔力の力場。ほんの僅かな間で霧散したが、明らかな異常。
「ふん、侵入者か……茶々丸、いくぞ」
「はい、マスター」
ここ麻帆良の警備員をさせられているからということもあるが、突然結界内部に侵入してくる相手には興味を覚えた。エヴァンジェリンは己の従者を連れ、異常を感知した場所へと向かった。
そして彼女はその少年に出会った。
学園都市である麻帆良でも見たおぼえのない制服姿。茶色い髪の、八歳ほどに見える少年。その少年は周囲をきょろきょろ見回して何か独り言を呟いているようだ。
「ほお、随分と可愛らしい侵入者だな」
そう声をかけると、ぱっと弾かれたように振り向く。
「誰かいるのか?」
その返答にエヴァンジェリンは少し面白そうな表情を浮かべる。こんな夜の森の中で急に人が現れたというのに、多少は驚いたようではあるが、怯えても恐れてもいない。もしも彼が単に道に迷っただけの少年だったとしても、これだけ冷静な反応を返すことはないだろう。間違いなく『こちら側』の人間だ。
少年はエヴァンジェリンと茶々丸の方を見て少し何かを考えているようだ。
「なあ……悪いけど、ここがどこか教えてくれねえか?」
考えていたあげく、このようなことを訊いてきた。エヴァンジェリンからすれば、とぼけているとしか思えない。
「ふん、しらばっくれるつもりか? まあいい、教えてやる。ここは麻帆良……麻帆良学園都市さ、侵入者」
「……じゃない? ……侵入者って……」
エヴァンジェリンの言葉に何か疑問でもあったのか、少年は首をかしげて何か呟いている。その様子に苛立ちを感じ、吸血鬼の少女は脅すように言った。
「子供だからな、殺しはしない……。まあ、せっかくの満月だ。血ぐらいはもらうがな」
鋭い牙を隠しもせず、見せつけるようにニヤリと笑う。普通の少年であったなら、驚くなり怯えるなりしたであろう。
「血? ってことはお前、吸血鬼か」
だが、少年は平然とそう返してきた。
「ふん、吸血鬼を見ても驚かないのだな」
やはり『こちら側』――魔法と関係する人種だったか。しかも、年齢の割に吸血鬼を見ても驚かない程度には経験を積んでいる。
だとしても、エヴァンジェリンは従者も連れているし、なにより今日は満月。この程度のガキならば軽くあしらえるだろう。適当に拘束して学園長のジジイのところにでも突き出せば終わりだ、とエヴァンジェリンが考えていると。少年はエヴァンジェリンの言葉をどう受け取ったのか、ぶっ飛んだ返答をしてきた。
「あ? 学生やってる吸血鬼なんか珍しくもないだろ」
その瞬間、周囲の空気がまるで凍り付いたように変わった。
「なあ……悪いけど、ここがどこか教えてくれねえか?」
とりあえず重要な問題である、現在位置の確認。こんな夜に森を徘徊してる女子二名もなかなか謎ではあるが、一番切実な問題を先に解決してしまおう。
「ふん、しらばっくれるつもりか? まあいい、教えてやる。ここは麻帆良……麻帆良学園都市さ、侵入者」
その小柄な少女の返答に思わず首をかしげる。
「輝明学園じゃない? まあ、他の学園にウィザードがいてもおかしくないが……けど侵入者ってどういうことだ?」
日本のウィザード養成施設としては輝明学園が一番有名であるのだから、彼女達もその生徒なのだと思っていたがどうも外れたらしい。輝明学園なら分校が多いから、どこの分校か聞ければ場所がわかるんだが。柊は内心嘆息した。少女が言う麻帆良学園とやらが何県あたりにあるのか確認しなければ。名前からして日本にあるということは間違いないようだが。柊がそう考えていると、小柄な少女は魔力を吹き出しながらニヤリと笑った。
「子供だからな、殺しはしない……。まあ、せっかくの満月だ。血ぐらいはもらうがな」
「血? ってことはお前、吸血鬼か」
やっぱり二人ともウィザードなのか、と納得する柊。それならばこんな時間に出歩いているのも理由があるのだろう。
……その割には柊は、昼間からアンゼロットに拉致られることが多い気がするが。むしろ学校のない夜にしてくれと頼みたいぐらいだ。
「ふん、吸血鬼を見ても驚かないのだな」
なんでもないような柊の反応に不満そうな、それでいて面白そうなものを見つけたような表情をする少女。何故彼女がそんな反応をするのか柊にはいまいちわからなかった。ウィザードなら吸血鬼は割といるのだし、学生やってる吸血鬼だって輝明学園をさがせばそれなりに存在する。そう、別に珍しくもないだろう。そう思ったことをそのまま口にした。
「あ? 学生やってる吸血鬼なんか珍しくもないだろ」
その言葉と同時に、明らかに周囲の温度が下がった。
柊は、間違いなく地雷を踏み抜いていた。本人はまったく気づいていないが。
「ふ……ふふふふっ……ははははッ」
地を這うような低い声で笑う少女。不気味である。
「珍しくもないだと……ふ、ふふ、私を馬鹿にしているのかッ……!」
怒りで体を震わせる少女。しかし、柊は自分の発言のどこが問題なのかまったくわかっていなかった。様子の変わった少女を見て首をかしげている。
「どうかしたか?」
その全然わかっていない態度が引き金になった。
「
少女が呪文と共に投げた魔法薬によって発生した氷が、柊に向かって吹雪の様に吹き付ける。
冷気で生まれた白い霧が柊の視界を覆った。
「チッ、ガキ相手にやりすぎたか」
自分の魔法が生み出した霧を見てエヴァンジェリンは呟いた。相手を殺すほどの魔力は込めていないが、怒りのあまり子供相手には派手にやりすぎた。だが、これで侵入者を無力化できたのだから問題ないだろう、とエヴァンジェリンは従者に声をかける。
「茶々丸。アレは適当に回収しておけ」
「はい――ッ、マスター、魔力反応が!」
これで終わりだ、と思っていた矢先、茶々丸が声を上げる。
「ほう……」
霧が晴れていく。目を細めてそれを見たエヴァンジェリンは楽しげに笑った。少年は倒れもせず、しっかりと立っていた。
その両手には、身の丈に合わない巨大な剣が握られている。魔術文字が刀身に刻まれた、炎を纏うその剣は明らかにマジックアイテムだ。
「普通いきなり攻撃魔法撃つかっ!? 危ねーじゃねえか!」
「その剣……なるほど、従者か」
文句を言う少年を無視し、納得がいったように呟く。先ほどまで徒手空拳だった少年が突然あのような剣を持っていたのだ。間違いなくあの剣はアーティファクトだろう。つまり、少年は
しかし、少年はそんなエヴァンジェリン達の反応がまったく理解できていないようで、従者と呼ばれたことに対して文句を言いだした。
「誰が従者だ、誰がっ! ――そりゃあ、アンゼロットにこきつかわれたり、くれはに脅されていいように使われたりはしてるけどっ……!」
ちなみに後半は万が一にも本人に届かないようにと考えて小声だったため、二人の少女には届かなかった。
「とぼけるのもいい加減にするのだな……茶々丸」
「イエス、マスター」
エヴァンジェリンの合図と同時に茶々丸が少年へと向かって突っ込んでいった。体勢を低くし、右の拳を打ち込む。
ガイノイドである茶々丸の、人間よりも速いスピードでの突撃。しかし少年は、それに反応し、横へ跳ぶことでその攻撃を回避する。
「……ッ! だからっ、いきなり攻撃してくるなよ! 危ないって言ってるだろうがっ!」
ギリギリで回避したように見えた割には、余裕なのか文句を言う少年。そこへ、方向転換した茶々丸の蹴りが襲いかかる。それを後ろへ跳んで回避する少年。回避されても攻撃を続ける茶々丸。
人よりも高い身体能力を駆使した攻撃が繰り出される。だが繰り返し放たれる攻撃は、どれも回避されてしまい当たらない。人外の速度で放たれた左の拳も、それを回避したところを狙った右肘も、足下を狙った足払いも回避される。
経験に裏打ちされたその動き。年齢に見合わない、体格的にも異常なその動きは茶々丸の計算を狂わせる。
見たところ、≪気≫を使っているわけでもない。それでいて戦士系の魔法使いの様に自分へ魔力供給を行っているのともまた違う。彼の動きは確実に茶々丸の予測を上回っていた。
しかし、攻撃が当たらなくとも彼女からすればなんの問題もない。
なぜなら。
「リク・ラク ラ・ラック ライラック! 氷の精霊17柱 集い来たりて 敵を切り裂け! 魔法の射手! 連弾・氷の17矢!」
エヴァンジェリンが詠唱と同時に両手に持っていた複数の魔法薬を投げる。薬の容器が砕け散り、空中へと四散する液体が媒介となって氷の矢が放たれる。それと同時に茶々丸が少年から離れた。
そう、これが狙い。従者である茶々丸は敵を倒す必要はなく、主人であるエヴァンジェリンの詠唱時間を稼げばいいのだから。
彼女の攻撃を回避し、次の攻撃に備えていたところへの突然の魔法攻撃。17本の氷の矢はそのまま直撃するかに見えた。
「っだあああああ!」
少年は手に持ったまま、使っていなかった魔剣を勢いよく薙ぐ。空をはしる軌跡と共に生まれた衝撃波で、エヴァンジェリンの放った氷の矢が相殺された。
その光景にエヴァンジェリンの心は躍った。
「ははっ、それを防ぐか! 面白い!」
そして次の魔法を詠唱するために魔法薬を取り出す。一度少年から離れた茶々丸も、再び少年へと突撃し、右の拳を突き出す。
「――さすがに俺も、問答無用でこれだけやられりゃ、黙ってるわけにはいかねえな」
そう呟いて少年は魔剣を両手で握る。そして茶々丸の攻撃を、体勢を低くして彼女の懐へと飛び込むことで回避、そのまま下段から上へと剣を振り上げた。これまで消極的だった少年の突然の行動。茶々丸はその攻撃をなんとか左腕で防ぐ。しかし、防ぎきれずに左腕の表面に細かなひびが入る。
「――ッ、左腕損傷。戦闘への使用不可――」
茶々丸が人間であったなら、痛みで動きが鈍ったかもしれない。しかし、彼女は人ではなく、人の姿をしているだけ。痛覚を持たない機械、ガイノイドなのだ。片腕が使用不能になろうともカウンターで蹴りを繰り出す。
「――っと」
至近距離からの一撃。それを体を反らすことできわどくも回避する少年。だが、ギリギリで回避したため、体勢を崩し、隙が生まれた。
そこへ右手で追い打ちをかける。それを剣で受けることで防ぐ少年。その勢いのまま、背中から倒れ込み、茶々丸が少年に馬乗りになったような状態になる。茶々丸はその状態から少年を押さえ込もうとする。
「こ、んのおぉっ!」
だが、剣を振り上げられ、巴投げの要領で投げ飛ばされる。宙を舞い、森の木へと叩きつけられる、その寸前で体勢を整える。木の幹を蹴り、反動で起きあがったばかりの少年へと渾身の一撃を繰り出す。それを横へと跳んで回避した少年。
「
そこにエヴァンジェリンの魔法が襲いかかる。少年はそれを魔剣で受けた。先ほどまでの攻撃魔法を魔剣で防げていたことからの判断であったが、それは今回はその選択は失策だった。
「――なっ!?」
魔法を受けた魔剣が少年の手を離れ、宙を舞う。
エヴァンジェリンの使った魔法は相手に傷を負わせるものではなく、その武装を解除するための魔法。丸腰になった少年へと茶々丸が襲いかかる。それを見た少年が表情を歪ませる。
「悪いっ!」
その言葉と共に、少年は茶々丸の肩を踏み台にして跳ぶ。回転しながら宙を舞う魔剣へと手を伸ばし、見事につかみ取る。そして茶々丸の背後へと着地し、エヴァンジェリンの方へと駆けた。
「くっ……!
少年へと闇の矢を打ち出すエヴァンジェリン。だが、少年は剣でそれを防ぎ、足を止めずにエヴァンジェリンへと迫る。
茶々丸が追おうにも、風の加護を受けたかのようなその速度には追いつけない。
そして、エヴァンジェリンまであと一歩の距離まで迫ったところで。
先ほどのエヴァンジェリンの魔法で凍り付いた地面に足をとられ、盛大に転んだ。べしゃっ、という間の抜けた効果音が聞こえた気がする。
「…………」
「…………」
沈黙が空間を支配する。
茶々丸は無言で少年を押さえ込み、エヴァンジェリンは顔を引きつらせている。
「――ふ、ふふ……こいつは本当に私を馬鹿にしているのか? ここまであれだけの身体能力を見せておきながらこのタイミングで転ぶなどと……!」
そして怒りのまま、少年の頭を踏みつける。
「とにかく、そこのガキ! その剣から手を離せ。さもなくばこの距離で魔法を撃ち込む」
「ぐ……」
その言葉を聞いた少年の手から、剣が消える。そこへ残るはずの仮契約カードを奪おうと、剣が消えたあとへと視線を移すエヴァンジェリン。
しかし、そこには何も残っていない。
「む? ガキ、カードはどこへやった」
少年からの答えを聞くために頭から足を離すエヴァンジェリン。
「……カード? んなもん持ってねえよ」
「しらばっくれるのも大概にするんだな、ガキ。どう見てもあれはアーティファクトだろう。
「はあ? なんだそりゃ。だいたい、人のことをガキだって言ってるが、お前の方がガキだろ」
そう、少年――柊の実年齢からすれば、エヴァンジェリンの見た目の年齢は間違いなく年下に見える。しかし、柊は完全に忘れていた。自分の年齢が下がっていること、現在の自分の外見年齢がエヴァンジェリンの見た目よりも年下であることを。
「誰がガキだッ!!」
その迂闊な発言によって、柊の側頭部にエヴァンジェリンの怒りのこもった蹴りが
柊が目を覚ますと、そこは知らない場所だった。洋風の執務室といった雰囲気の部屋。一瞬、アンゼロット宮殿なのかとも思った。
しかし、柊が寝ていたソファーから身を起こした時、その正面にあった執務机の向こうに見えた老人の姿はアンゼロットではなかった。――まさか、アンゼロットが老けたあげく男になったなどということはないだろう。そんなアンゼロットが聞いたら酷い目にあいそうなことを考える。
「目が覚めたかの?」
起きあがった柊を見た老人が声をかけてくる。
頭が長いというなんとも特徴的な容姿をした老人は、顎から長く伸びた髭をさすっている。変なライフパスでも引いたのかなーなどとメタなことを考えつつ隣のソファーを見れば、先ほど柊相手に魔法をぶちかましたり踏みつけたりした吸血鬼の少女が不機嫌そうな顔で座っていた。人造人間の少女はその後ろに慎ましく控えている。
起きたばかりのあまりはっきりとしない頭――むしろ、蹴りを入れられたせいでまだ少し痛む頭でどういう状況なのかを考えようとするが、まったく見当がつかなかった。
そんな柊へ、老人が問いかけてくる。
「どうやら君は『こちら側』の関係者のようだが……名前と所属を教えてはもらえんかのう」
老人の言う『こちら側』とはやはり、ウィザード関係のことだろう。所属と言われても今は組織に所属しているわけではないし――アンゼロットにこき使われ入るがロンギヌスに入隊したおぼえはない――柊は簡単に名乗った。
「柊蓮司、輝明学園秋葉原分校高等部三年二組――」
そこまで言ったところで、吸血鬼の少女が声を挟む。
「貴様ッ、なにふざけたことを言っている! どこが高校生だ、どう見ても小学生だろうがッ!」
「うるせえよっ! 俺だって好きで年齢下げてるわけじゃねえ!」
「はあ? 年齢を下げるだ? ふざけたことを言うな!」
「ふざけて年齢下げられてたまるか! レベル下がるのも学年下がるのも年齢下がるのも大変なんだぞ!」
特に下がった学年を戻すにはかなりの代償が必要だとか言われてるし。
「むっ……確かに下がるのがつらいのは同意する。くっ、……私だって中学三年が終わったかと思えば一年に逆戻り――! これもすべてあのサウザンドマスターのやつが――」
「……よくわからないが、お前も大変なんだな」
怒鳴りあいを始めたかと思えば、何故か話が下がる方にそれていったあげく、連帯感ムードを漂わせ始める二人。そのぐだぐだ具合にちょっと頭痛を感じたらしい老人が話を戻す。
「あー、話を戻してもいいかの、二人とも。それで柊くん、何故この麻帆良学園へ来たのか、目的を聞かせてもらえるかの?」
何気ないように振る舞いながらも、鋭い眼光で柊を見る老人。しかし、柊からすれば同じウィザードなのにこれだけ警戒される理由がいまいちわからない。まさかこの学園が秘密の研究施設とか、部外者立ち入り禁止の超お嬢様学校だったりするわけではないだろうし。いや、それならば最初の問答無用具合に説明はつくが。
「――目的? いや、目的も何も、たぶん魔王ぶっ飛ばした余波で飛ばされたんだと思うが……そうだ、じーさん、あんたウィザードだろ?」
「……確かにワシは魔法使いじゃが?」
柊の問いに警戒した様子で答える老人。その返答を確認した柊はのんきに話し出す。
「だったら、アンゼロットに連絡とれないか? 0-Phoneが壊れて連絡とれないんだよ」
特に魔王がどうなったのかは確認しなければ。さすがに魔王倒せないままぶっ飛ばされたとかだと問題だし。
そう思っていた柊へと返ってきたのは予想外の言葉だった。
「……アンゼロット? 誰じゃ、それは」
「へ? アンゼロットを知らないのか?」
いつの間にか人望なくしたのか、あいつ。確かにいろいろと非道なことをするが、こんな反応が返ってくるのは想定外だ。そう思い首をかしげる柊。まさか、世界魔術協会の長だとか世界の守護者でありながら、実は割と知られていないのか?
「あー、そこのちっこいのも知らないのか、アンゼロットのこと」
そう吸血鬼の少女に問いかける柊。
「誰がちっこいのだ! だいたいお前の方が小さいだろう!」
柊の台詞に少女はだんっ、とテーブルを強くたたく。その激しい剣幕にちょっと引く柊。
「い、いやだって名前知らねえんだからしょうがないだろ……」
「知らないにしてももっとマシな呼び方があるだろう!」
そう怒鳴ってから、何か悪いことを思いついたような表情になる少女。そして悪人のような笑みを浮かべて名を名乗った。
「――私の名は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」
「エヴァンジェリンか。そっちのじーさんとロボは?」
吸血鬼の少女――エヴァンジェリンの名を聞いたついでに、名前をまだ聞いていない二人について問いかける柊。
「絡繰茶々丸です」
「ワシは……」
老人が名乗ろうとした時。拳を握りしめて顔を真っ赤にしたエヴァンジェリンが怒鳴った。
「待て、貴様! 私の名を知らないと言うのか!?」
「え、いや、知らねーけど」
その柊の返答にエヴァンジェリンが体を震わせる。どうやら怒っているようだが、柊にはその理由がわからない。
「な、なんでそんなに怒ってんだ?」
わからなかったので直接訊いてみた。その瞬間、何かが切れる音が聞こえた気がした。
「――死ねッ!」
「マスター、落ち着いてください」
エヴァンジェリンは柊に飛びかかろうとするが、後ろの茶々丸がそれを羽交い締めにする。その勢いにそっとエヴァンジェリンと距離を置く柊。ついでに怖いので視線を逸らし、老人の方を向く。
「あー……ワシは近衛近右衛門じゃ。この麻帆良学園の学園長にして、関東魔法協会の理事を務めている」
「関東魔法協会? それって世界魔術協会の仲間か何かか? ならなんでアンゼロットを知らないんだ?」
不思議そうに首をかしげる柊。その発言に少し考えから学園長は聞き返す。
「……その世界魔術協会というのは?」
「あー、なんか魔術師の集まりみたいなのだろ? 同じウィザードでも俺は魔術師じゃねえから詳しくはしらねーが」
うろ覚えの知識で返答する。
しかし、エヴァンジェリンにはそれよりも後半の発言が気にかかったらしい。
「まて。お前が
柊が目をぱちくりさせる。変な質問するな、と思いながら言う。
「そりゃ違うだろ。何言ってんだ」
訳がわからない質問だ、と思う柊。同様にエヴァンジェリンも訳がわからないといった顔をしている。
「……それで貴様はウィザードで、魔術師ではない、と?」
「ああ。見ればわかるだろ、魔剣使いだって」
さっき魔剣使って戦ったわけだし。まさかあれが
「それは戦士タイプの魔法使いということか? いや、しかしそうだとすると先ほどの剣……魔法使いであり、従者だと? またややこしいヤツが……」
ぶつぶつ呟きだし、自分の世界に入ってしまうエヴァンジェリン。学園長もなにか考えてるようで、放置される柊。
なんだこの状況、と思っていると、制服のポケットに突っ込んでいた0-Phoneが鳴った。慌てて取り出し、通話ボタンをおす。
「――ッ、もしもし!?」
『柊さん? 聞こえますか?』
聞こえてきた声は、ここ一年くらいで聞き慣れた声。世界の守護者“真昼の月”アンゼロットの声だ。
「アンゼロットか! 助かった、連絡がつかなくて困ってたんだよ。なんだかしらねえが、あの後、日本の麻帆良学園ってとこに飛ばされたらしくてな、それで――」
状況を話そうとする柊を、待ってください、とアンゼロットが制す。
『――よく聞いてください、柊さん。そこは、貴方の知っている日本――第八世界ファー・ジ・アースの日本ではありません』
「は?」
柊の知っている日本ではない。その言葉に、柊はとてつもなく危険な予感がした。
過去のいろいろな思い出が脳裏に浮かぶ。この言い方だと、可能性はほぼ一つしかないだろう。
『そこは間違いなく異世界です』
アンゼロットが断言した。やはりという思いと信じられない思いが頭の中を回る。
「――マジで?」
『はい、本気と書いてマジです』
「そんなベタな台詞はいい。――本当に異世界なんだな?」
できればここで、実は冗談でしたー♪ とか言ってくれると嬉しいんだけど。そんな柊の思いも虚しく、アンゼロットが非情にもあっさりと肯定し、説明し始める。
『ええ。あの時、柊さんの魔剣と魔王の力がぶつかり合った結果、時空が不安定になり、異世界へのゲートが開いたのです。それにより、柊さんと魔王はそちらの世界へと飛ばされたのです』
「ま、また異世界!? またなのか!?」
走馬燈のように浮かぶ、いきなりクレーターができるような杖で殴られそうになったとか、フルネーム連呼されて追い回されたとか、そんな異世界の思い出。いや、今回は生死判定してないけど。ああ、でもいきなり戦闘にはなった。
『はい、異世界です♪ 異世界慣れしている柊さんなら問題ないでしょう。そっちの世界でちゃちゃっと魔王をぶっ潰しちゃってくださいね』
害虫を退治してね、ぐらいの軽さで言うアンゼロット。頑張ってくださいねー、と酷いぐらい軽い応援もおまけについてきてる。
「簡単に言うなよ!? さっきだってあれだけ苦戦してたんだぞ、回復もなしにどうしろと!?」
実際、魔王との戦闘で消耗していたせいで、さっきのエヴァンジェリンと茶々丸の二人と戦闘した時もあまりダメージを受けていないのに倒れてしまったのだから。……
『あ、回復薬や装備に関しては支援します。柊さんの
「まてっ、ひとの
いや、前にそういうことした連中いたけど。そういえばあれも異世界の関係だったなあ。ちょっと切なくなる柊。今居る場所も異世界なら、似たようなことをされるのだろうか。
『仕方ないのです、そちらの世界へ物を送るのは困難なことなのですから。魔王の影響もあるのでしょうけれど、時空がとてもとても不安定になっているのです。だからこそ、こちらの状態に一番近い柊さんの月衣の中に送る。これがベストの選択です。目印になる0-Phoneもありますし』
「ぐ――」
アンゼロットが比較的真面目な口調になったので、文句が言えなくなった。
『それと、もしかしたら気づいているかもしれませんけれど』
「あ?」
さっきまでのちょっと真面目な口調から、明らかに何かを面白がっている口調に変わるアンゼロット。その口調に、経験上いい思い出のない柊はちょっと身構える。
『ぶっちゃけ魔王倒さないと時空が安定しません。つまり柊さんも帰ってこれないんで、必死こいてがんばってくださいね♪ もちろん、倒すまで年齢も戻りませんので♪』
「なにぃ!?」
とてもとても楽しそうなアンゼロット。
「まて、アンゼロット!」
それよりも柊には重要なことがあった。必死さを滲ませた声で尋ねる。
「が……学校は!? 学校はどうなるッ!? 俺の単位っ!」
『…………』
「…………」
不自然な沈黙。
何故か、電話の向こうのアンゼロットはとてもイイ笑顔をしているイメージしか浮かばない。なんとか言えよ、と柊が叫ぶが。
『ああ時空が不安定なせいで回線にも影響が……! ぷち』
無情にも通話が切れた。あとはツーツー、という電子音だけが聞こえてくるだけ。
「っていうか今、ぷちって自分で言っただろ! 絶対自分で切ったな!?」
切れた0-Phoneに向かって叫ぶ柊。アンゼロットには聞こえていないとわかっていても言わずにいられないらしい。そして返事を返さない0-Phoneを前に、がっくりとうなだれた。
その様子は、見た目が小学生の状態から考えると不釣り合いなほどに哀愁が漂っていた。何故かその哀愁漂わせた姿が似合うところが、彼の普段の不遇をよく表していた。
エヴァンジェリンが森で遭遇した少年はまさに謎の人物としか言いようのないほど、訳の分からない少年だった。
柊蓮司と名乗ったその少年は、吸血鬼に遭遇しても平然としているわ、どう見ても小学生のくせに高校三年生だと名乗るわ(自分が見た目小学生のくせに中学生やっていることは棚に上げている)、あげくに年齢が下がったなどとわけのわからないことをほざく。
そして魔法世界で有名な≪不死の魔法使い≫エヴァンジェリンの名も知らなければ、関東魔法協会も知らない様子だ。これが演技ならば相当なものだが、それにしては明らかに失言が多すぎる。
アンゼロット。そして、世界魔術協会。
これらから幾つか推測できることはある。まず、彼にはおそらく一般的な魔法の知識がないこと。エヴァンジェリン達の知らない呼称が出ることも、なにか一般的なものとは違う環境で育ち、変わった呼称を教えられたのかもしれない。例えば、後衛タイプの魔法使いを魔術師と呼び、前衛タイプの魔法使いを魔剣使いと呼ぶのかもしれない。もしくは、従者を魔剣使いと呼ぶ可能性もある。
どちらにせよ確実なのは、彼が魔法使いの従者であるということ。先ほどの戦いで使用していた、炎を発する剣。あれが彼のアーティファクトであることは確実だろう。仮契約カードは巧妙に隠したようで見つけられなかったが、間違いなく柊蓮司は魔法使いの従者だ。
そうなれば、もうひとつ問題がでてくる。彼が従者だというならば必ず存在するであろう、彼の主人となる魔法使いの存在だ。――そう、例えば柊蓮司が学園側の人間と遭遇して騒動を起こし、その隙に行動を起こすつもりなのだとしたら。
だとすれば、子供を一人で行かせることも納得がいく。要は彼は囮であり、捨て駒なのだとすれば。ならば事情が飲み込めていない、常識はずれのこの少年にもある程度説明がつく。自分にとって不利なことがこちらにわたらないように、嘘の知識を教え込んでおく。それによりこちらを混乱させることもできる。
さらに、
そして少々アンバランスではあるが、あの戦闘能力。力ずくでいこうにもあれでは普通の魔法生徒などが相手ならば簡単にはいかないだろう。さらに、学園の結界をものともせずに柊蓮司を麻帆良まで送り込んだ魔法使いの実力は侮れないものがあるだろう。
『おい、ジジイ』
念話で学園長に話しかける。
柊蓮司は突然なり出した携帯電話を慌てて取り出している。その話している内容も気になるが、茶々丸が記録しているであろう。
『あのガキの話……どう思った?』
『どうもこちらと話がかみ合っておらん感じじゃのう。彼の言うアンゼロットという人物や、世界魔術協会も聞いたことがない。嘘をついているようには見えんが……』
『――嘘を本当だと信じ込まされている可能性はある、だろう?』
横目で学園長を見れば、無言で頷いている。おそらくは、エヴァンジェリンと同じ結論を導き出しているのだろう。
『そうなると、本命がどこを狙っているのかが問題だな――』
『彼が出現した近辺を中心に先生方で調査してもらうつもりじゃ。後手後手にまわるわけにもいかぬからの』
『ふん、まあ妥当なところだな――』
これだけ得体の知れない相手だ。学園側としても慎重になるのだろう。だが、それもエヴァンジェリンからすれば、日々の退屈を紛らわせるための絶好の機会だ。不敵な笑みを浮かべながら少年、柊蓮司の方を見やる。
――何故か携帯片手にうなだれていた。
そのがっくりと肩を落とし、黄昏れている姿は計り知れないほど哀愁を漂わせている。むしろ垂れ流しているといってもいいかもしれない。
しかも何故か「学校……単位……」などと小声で繰り返しているため、不気味である。
「……茶々丸、こいつになにがあったんだ」
ひとが真面目な話をしてる間に、どうしたらこんなおかしなことになっているんだ。片手で頭を押さえながら尋ねる。
「はい、携帯電話による通話終了後、約十八秒間は携帯電話へ文句を言い続けていましたが、その後この状態になりました」
「……わけがわからんな。茶々丸、通話記録を――」
そうエヴァンジェリンが言いかけた時。突然、少年が弾かれたように立ち上がった。
突如感じた感覚に、柊は現実へと舞い戻った。弾かれたように立ち上がり、窓へと向かう。
「おい、何をやっている、ガキ?」
エヴァンジェリンが声をかけてくるが、それを無視して柊は窓を開け放つ。そして、そこにそれを見た。
――紅い月を。
「
先ほど柊が感じた感覚。それは月匣のものだった。
紅い月が見えるからには、エミュレイター――この場合、確実に件の魔王だろう――がいる場所はそう遠くないだろう。月匣が張られたのだから、一般人に気づかれることはない、と柊は月衣から
「待て、どこへ行くつもりだ!?」
そう言われ、柊は少し悩む。
異世界人であるらしいこの二人は魔法使いではあるようだが、エミュレーターの存在は知らないだろう。そうすると、一から説明しないといけないということだろうか。
「……悪い、説明は後で!」
面倒そうなので投げだした。後ろから聞こえるエヴァンジェリンの怒鳴り声を聞かなかったことにして、柊は地を蹴り、窓から飛び立った。
――紅い月の昇る空へと。
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クライマックス 魔王と吸血鬼
紅い月の輝く空、柊はテンペストに乗って麻帆良上空を飛んでいた。
この世界にも魔法使いが存在することは柊も知っている。それならば、月衣に護られたエミュレイター、そしてウィザードへも攻撃は通るだろう。――実際に柊はエヴァンジェリンの攻撃をばっちり喰らったのだから。それでも、あの魔王――アンゼロットの呼ぶところの魔王ロリショタ(仮名)――に対抗できるだけの低年齢の魔法使いは存在するのか? ファー・ジ・アースでさえ、アンゼロットがまともに戦力を集められなかった相手だ。――単に柊で遊びたいから嘘をついた、という可能性が脳裏をよぎるが、なかったことにする。さすがにそこまでして自分の楽しみをとるヤツが世界の守護者だとは思いたくない。それでも、アンゼロットの普段の行いを考えると否定しきれないところが嫌だ。
とりあえず月衣の中からとりだしたポーションで体力を回復する。――本当に知らない間に月衣の中に回復薬が送り込まれていた。ロンギヌスの技術力は確実に進歩しているらしい――時々、変な方に進歩している気がするが。
とにかく、これから確実に戦闘になるのだから、準備は必要だ。手早く体力を回復し、エミュレイターの位置を探るため、感覚を研ぎ澄ませ、周囲を見渡す。
「――あそこか!」
感覚でエミュレイターの位置を捉える。
「どこへ行くつもりだ、小僧?」
長い髪をなびかせて、夜空に君臨する少女――エヴァンジェリン。
夜の闇に浮かぶ、紅い月の光に照らされた姿はまさしく最強と呼ばれる悪の魔法使い。夜風に吹かれた金色の髪が紅い光を浴びて赤金色の糸のように揺れる。両手から下げた魔法薬の入った試験管やフラスコは月光を反射し煌めいていた。そしてその姿から発せられる威圧感は並の魔法使いならば裸足で逃げ出すほどのものであった。
だが。
「わりぃ、急ぐから後でな!」
しかしそんなエヴァンジェリンの姿も柊の目にはろくに映ってなかった。柊の目的は魔王を倒すことであって、異世界の魔法使いであるエヴァンジェリンが自分が悪の魔法使いだと主張したとしても、全く戦う必要性を感じないだろう。関係ない戦闘をしている余裕はないとばかりに、さっさと
「なっ……またんか、このクソガキがあぁぁぁぁ!」
あっさりとスルーされたエヴァンジェリンは大声で怒鳴った。いらだちをこめて右手の試験管を強く握るが、柊の乗った
「あいつはっ、どこまでっ、私をっ、馬鹿にするつもりだっ!」
そして柊の後を追う。それと同時に、追撃するように氷の矢を放った。しかし、それも
「ええい、避けるな!」
「無茶言うなっ!」
エヴァンジェリンの台詞の直後に柊がツッコミをいれる。逃げるなと言われて逃げないやつはいないし、避けるなと言われて避けないやつはいない。だいたい、この状況で追いつかれたらどうなるかは目に見えている。きっと、機嫌の悪い幼馴染みを相手している時と同様危険な目に会うに決まっている。柊はそう確信していた。
次から次へと飛んでくる氷の矢を回避しつつ、目的地を目指す柊。そしてようやく敵を確認する。
――しかし、こちらから相手を確認できるということは、同時に相手もこちらを確認できるということだ。魔王が
「げっ」
魔王の詠唱を止めるため、
「だああああああ!」
魔王が魔法を放つ。その光線状の魔法が目前まで迫ったところで、一気に上空へと方向を変える。回避性能を上げるために搭載されているアポジモーターが悲鳴を上げるようにバーニアを吹く。柊を追っていた氷の矢と、柊に向けられた光線は互いに打ち合い、空中に水蒸気をまき散らしながら消えていく。視界を埋める蒸気の中から飛び出すように、柊は魔王へと迫る。魔王との距離が縮まったところで、空中で
『グ、ガッ――』
柊の魔剣は魔王を護る世界律を突破し、その左肩を深く切り裂いた。しかし魔王もやられたままというわけではない。肩を切り裂かれる痛みに耐えながらも、着地した柊を狙い、右のかぎ爪を振るう。柊は魔剣でそれを受けようとしたものの、力で押し切られ、吹き飛ばされた。何本もの樹木をなぎ倒しながら吹き飛ばされ、土煙が舞い上がる。
「――っは、ギリギリセーフってやつだな」
薄れていく土煙の中、柊は碧い光――プラーナを纏って立っていた。
『やはり貴様も来ていたか、柊蓮司……!』
「いちいちフルネームで呼ぶなっ! ……っていうかしゃべれたのかよ」
まあ、しゃべるエミュレイターも珍しくないけど。むしろデフォルトでしゃべれるものなのか?
『僅かだがプラーナを補充したのでな……』
そう言うと、柊の与えた傷がぼこぼこと泡立つようにして再生していく。
『この地にも結界はあるようだが……ここは世界結界の外』
朗々と唄うように魔王は告げる。絶望を。
『ファー・ジ・アースと違い、世界結界のないこの地であれば、我々は本来の力を発揮できる。つまり――お前が勝利することは万に一つもない、柊蓮司』
増していくプレッシャー。だが、それにも臆さずに柊は口を開く。
「はっ……どうだか。余裕ぶってる割にはやたら口数が多いじゃねえか」
内心では魔王の放つ力に気圧されている部分はいるが、表には出さない。
「実際のところ、プラーナの回復もそこまで多くはないんじゃないか? 世界結界の外とはいっても、前に戦った魔王連中よりかは見劣りするぜ?」
『減らず口をッ……!』
柊の挑発に、魔王へ魔力が集まっていく。
高まる緊張感。柊は魔剣を握る手にさらに力を込め、構える。『いいだろう……この魔王ローリー=ショ=タ、全力で』
「ちょっと待てっ、それは仮名じゃなかったのかよ!? 本名!? っていうかそんな名前拾うなよっ!?」
魔王ローリーの台詞を遮って柊が叫ぶ。勢いで微妙にメタなことも口走っている。がらがらと音を立てて崩れる緊張感。なんというかもう、いろいろと台無しだ。私の見立てに間違いはなかったでしょう、などと笑顔でサムズアップしながらのたまう脳内世界の守護者をファー・ジ・アースの方へ押し返し、柊は魔剣を構えなおした。
「ああ、もう、細かいことはどうでもいい! さっさと終わらせ――」
「ええい、ようやく追いついたぞ、このクソガキ!」
またややこしいのが。仕切り直そうとしたところで登場したエヴァンジェリンを横目に柊はがっくりと肩を落とした。柊は面倒くさそうに言う。
「説明してこいつを放っておくわけにもいかねえだろ……」
「ほう、このバケモノは知り合いか?」
「知り合いっつーか、俺がここに飛ばされることになった元凶というか……まあ、敵だな――ッ!」
その言葉が終わると同時に柊は剣を振るった。それによって魔王の撃った魔法がはじき飛ばされる。
「――ッ、話の途中に攻撃たあ、礼儀のなってねえヤツだなッ」
『他人の台詞を遮る奴に言われたくないな!』
「うるせえっ、ふざけた名前してるお前が悪いんだよ!?」
『下がる男などというふざけた二つ名の男に言われたくない!』
「下がる男言うなっ!」
子供のような言い争いを始める柊と魔王ローリー=ショ=タ(本名)。なんというか、もう、ぐだぐだである。
『とにかく死ねッ、柊蓮司!』
「うおっ!?」
言い争いの延長線上といった感じのまま、なし崩しに戦闘が始まった。
よほど先ほどの言い争いが頭にきているのか、魔王は柊へと連続して魔法を放つ。柊はその攻撃を回避し、または剣で受け流し、防ぎきっている。
「ええいっ、私を無視するな、貴様ら! まとめて死ねッ!
そして放置されたことに耐えかねたらしいエヴァンジェリンが柊と魔王の両方を巻き込む勢いで氷魔法を放つ。
「――ッ、≪エア・ダンス≫!」
エヴァンジェリンが魔法を放つと同時に、風属性の魔法で移動力を上げて範囲外へと逃れる。
「この状況で俺を巻き込みかねない範囲で魔法撃つか!?」
これだから異世界は、と呟くが、次の瞬間には元の世界でも似たような扱いだという事実に気づき軽く落ち込む。
魔王ローリーの方はというと、エヴァンジェリンの魔法には抵抗したようで、軽く凍傷を負っているようだが、それほどはダメージは通っていないようだ。だが。――それでも、世界律を突破しているのだ。
『クッ、我が躯に傷を負わせるとはな――』
そう言ってエヴァンジェリンの方へ目玉をギョロリと動かす魔王。そして歯をむき出しにしてにたりと笑う。
『なるほど――幼女だな!』
「まて、名前のままの性癖なのかよっ!?」
嬉しそうに幼女と言う魔王ローリーに向かって柊が叫ぶ。魔王の台詞の気持ち悪さに、二の腕に鳥肌が立っている。魔王じゃなくてもうこいつ通学路の不審者なのでは?
一方、エヴァンジェリンはというと。
「誰が幼女だ、誰がッ! 私はこれでも六百年以上の時を生きる真祖の吸血鬼だ!」
幼女呼ばわりが余程気に入らなかったらしく、顔を真っ赤にして怒鳴っている。しかし魔王ローリーはまったく気にしていない。
『六百歳以上でも幼女。そう……永遠の幼女。なんと素晴らしい……!』
「だ、ダメだこいつ……」
ダメな性癖を垂れ流す魔王に、柊もドン引きだ。そしてその発言にエヴァンジェリンも完全に堪忍袋の緒が切れたようだ。
「ふ、ふふふふふ……殺スッ――!」
どす黒いオーラと殺気をまき散らして魔王ローリーを睨む。
「柊蓮司!」
「お、おう。なんだ?」
鬼気迫ったエヴァンジェリンの迫力に押されつつも返事をする。
「あいつは貴様の敵だと言っていたな……」
「あ、ああ、そうだ」
黒いオーラを辺りに撒き散らすエヴァンジェリンに引きつつ頷く。そんな柊の様子を気にもとめず、彼女は尊大に言い放った。
「光栄に思え――手を貸してやる」
「は?」
「ヤツを倒すのに手を貸してやると言ったんだ……何が幼女だ……何が永遠の幼女だ……ふ、ふふふふふ――」
エヴァンジェリンは完全にブチキレていた。某連邦の黒い悪魔並に。
エヴァンジェリンはありったけの魔法薬を取り出すと、鋭い声で詠唱を開始する。
「リク・ラク ラ・ラック ライラック! 来たれ、氷精、大気に満ちよ。 白夜の国の凍土と氷河を……!」
エヴァンジェリンの両手に握られた魔法薬の瓶が、音を立てて砕け散る。大気中に散った液体は、媒介となり大気へ冷気を呼び込む。
「
詠唱が終わる。大気へと呼び込まれた冷気は魔王ローリーの足下へと収束し、瞬間的に爆ぜる。一瞬にして、地面から花が咲くように氷が突き出した。
『グッ……だが、この程度……!』
魔王ローリーは氷に拘束された腕や足を力ずくで引きはがす。魔力のほとんどが封じられた状態のエヴァンジェリンの魔法ではこれが限界だった。
だがその僅かな隙は、彼にとっては十分過ぎた。エヴァンジェリンの魔法が着弾した瞬間、柊はプラーナを開放し駆けだした。プラーナによって強化された脚力で、柊が駆け抜けた後の地面が抉れる。その足跡は瞬く間に氷に戒められた魔王へと迫る。
「≪魔器解放≫ッ!」
本来の力を解放した魔剣を魔王ローリーへと力任せに叩きつけた。三日月の様に魔剣の軌跡が弧を描く。魔剣の生み出した斬撃は魔王を真っ二つに斬り、その衝撃で氷塊を砕き、舞い上がらせる。
それだけの攻撃を行った柊はというと、自分で生み出した攻撃を今の年齢の体重では支えきれず、後方へと転がっていた。
「っくしょ、いってー」
「ふん――片付いたか」
そんな転がる柊を完全に無視し、エヴァンジェリンが制服の裾を払いながら呟く。
「俺のことは完全に無視かよ……」
そんなエヴァンジェリンをいろいろ諦めた視線で見つめた柊は、魔剣で体を支えて立ち上がる。そこへ。
『よくも……よくもやってくれたな……!』
魔王の声が頭上から響く。
「――ッ!」
「ふん、しぶといやつだ……」
その声に二人が身構え、空を見上げる。そこには躯が半分消え去り、断面からさらに躯を崩壊させつつある魔王ローリーが浮かんでいた。半分欠けた顔が怒りの表情を浮かべている。
『ウィザード風情が……貴様は絶対に許さん、柊蓮司!』
「……だったらなんだってんだ」
魔剣を構え直し、挑発するような態度で言う柊。魔王は残った片手の指を柊へ向け、まるで呪いをかけるような声で言う。
『……次は、貴様に魔王の真の怖ろしさを味わわせてやる……!』
その言葉と同時に、魔王ローリーの周りの空間が歪む。
「――ッ! 待てッ!」
柊がその言葉の意味に気づいた時には遅かった。魔王は歪んだ空間へと姿をかき消し、どこかへと消えていった。
――つまり、魔王ローリー=ショ=タは逃げたのである。柊に向けらた言葉も結局のところ、ただの捨て台詞だった。
「に、逃げやがった!?」
辺りの気配を探るが、エミュレイターらしき気配は微塵も感じられない。
「本気で逃げたのかよ……。――まあ、これで一段落つい……た……?」
これで一安心、とばかりに魔剣を月衣にしまい込む。だが、それと同時に柊はあることに気づいた。
「って一段落じゃねえ!」
そう、ここはファー・ジ・アースではなく異世界である。この世界の常識にもそぐわないエミュレイターを放置するわけにもいかない。それに。
「がっ……学校は!?」
これで彼が学校へ行くのも、元の年齢に戻るのも、何時とも知れなくなってしまったのである。その事実にがくりと膝をつき座り込む柊。
肩を落として黄昏れる柊にエヴァンジェリンが歩み寄る。そして、彼の首根っこをひっつかみ、
「さて……詳しいことを聞かせてもらおうか、柊蓮司。――もちろん返事は『はい』か『イエス』だ」
凶悪な笑顔で言った。誰かを思い出すようなその言葉にとどめをさされたかのように、柊はがっくりと項垂れ、力なく頷いた。
魔王がこんなのですまない。
でも、原作でもたいがいアレですよね。
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エンディング 柊蓮司の事情
突然麻帆良の地に現れた少年、柊蓮司。
アーティファクトらしい剣を使い、いくら封印状態にあるとはいえ、エヴァンジェリンと茶々丸の二人を相手に互角以上の戦いをやってのける。それでいながら、魔法使いの常識を知らない。いや、本人は知っているつもりのようだが、明らかにおかしいことを言う。
彼曰く。
異世界からやってきた。
彼が元々いた世界は魔王に狙われていて、さきほど麻帆良で暴れていたのも魔王である。
彼はそういった魔王とその手下と戦う
これでも実は高校三年生である。
小学生に見えるのは、年齢が下がっているからである。
――以上の発言と情報から、学園長は一つの結論に達した。
――――柊蓮司はいろいろ可哀想な子である。主に頭とか。
魔王を撃退した十分ほど後。
柊はエヴァンジェリンと学園長の二人に、必死に事情を説明していた。
自分がここに飛ばされるハメになった経緯であるとか、ファー・ジ・アースのこと、ウィザードのこと。
柊はできるかぎり理解してもらおうと説明するのだが。魔王のロリ発言のせいでわかりやすいくらいに機嫌の悪いエヴァンジェリン。柊の見た目が子供なせいか、発言の内容が突拍子もないせいか、あまり話を信じていなさそうな学園長。
「そうか、異世界の高校生か、すごいのう」
などと、なんとなく生温かい口調の台詞に柊もちょっと涙目だ。
「で、あの変態はなんだ」
「だから本人が言ってた通り魔王だって」
「あんな魔王がいてたまるか! 貴様、大概にしろ!」
「だーっ、もう、俺だってあんなのが魔王なんてイヤだよ! それでも実際魔王なんだよ!」
「変態が過ぎて魔王と呼ばれているとかその程度だろう!」
「ちげーよっ!?」
「だいたい、貴様の話からしてうさんくさい。 魔王がそんなにゴロゴロいる世界があるかっ! 毎週のように世界の危機が起きているとでも言うつもりか!」
それでだいたいあってる。
「いや、実際雑魚魔王とか割といるからな……」
「なんだその雑魚魔王というのは!? 雑魚だったら魔王ではないだろう!」
「いるもんは仕方ねえだろ!?」
「そうかそうか、柊くんは魔王を退治する勇者なんじゃの。すごいのう」
「その可哀想な子を見るような視線と台詞やめろっ! それに俺は勇者じゃなくて魔剣使いだ!」
「そうかそうか」
「じーさん、わかってないだろ!?」
「いやいやわかっておるとも」
明らかにわかっていない口調である。
「ああああ、もう、これだから異世界はっ……!」
あまりの話の通じなさに柊が嘆いたところで、柊の0-Phoneが鳴った。肩を落としつつポケットから0-Phoneを取り出し、ディスプレイに表示された名前を見る。この状況で連絡をしてくるであろう人物は一人しかいない。
「――アンゼロットからか」
うんざりした表情0-Phoneを開くと、0-Phoneの画面から光が溢れ、空中へとアンゼロットの姿を映し出した。
『魔王に逃げられた柊さん、お疲れ様でした♪』
しかも勝手に通話状態になっている。もちろん、通常の0-Phoneにはこんな機能はない。
「なんでもう逃げられたって知ってんだっ!? っていうか俺の0-Phone勝手に改造するなよっ!?」
『こちらからの観測で時空の安定が確認されない間は、魔王が倒されていないとわかります』
「改造はスルーかよ。……でもまあ、確かに――」
アンゼロットの正論に柊も頷きかけるが、
『そちらの音声も多少拾っていましたが』
「って盗聴じゃねえかっ!?」
結局、悪びれないアンゼロットの台詞にツッコミを入れる。
『まあ、相変わらず失礼な人ですね、柊さん。せっかく一人で異世界に放り出された小さい柊さんのために――』
「小さい言うなっ! だいたい、誰が原因だと思ってんだ!」
『もちろん魔王です』
「…………」
笑顔でさらりと言い放つアンゼロット。実際、あの魔王が居なければこんな目にあわずに済んだのは確かだが。
「……おい、そいつはなんだ、柊蓮司」
エヴァンジェリンが立体映像のアンゼロットを睨みながら言う。そいつ呼ばわりされたアンゼロットは笑顔でエヴァンジェリンの方を向く。その表情は確かに笑顔なのだが、目はまったく笑っていない。
『ああ、そちらの失礼な方がその世界の原住民なんですね、柊さん』
原住民の部分を強調してアンゼロットが言う。その言葉にエヴァンジェリンも不敵に笑う。
「ふん、貴様も異世界がどうとか言い出すクチか?」
小馬鹿にしたように言う。そして睨み合うアンゼロットとエヴァンジェリン。何故か火花が飛び散り、嵐をバックに竜虎が咆吼する幻影が見える。
『どうやらこちらの事情を理解してもらえていないようですね……。これも柊さんの説明がヘタなせいですね。説明下手男。やはり、「下」という文字も入っていますし、柊さんがいろいろ下手なのは仕方ないのですね……』
「って俺のせいかよ!? しかも下のせいで下手とかどういう理論だっ!?」
柊がつっこみを入れるが、二人ともそれが聞こえていないようにスルーした。
「ふ、ならば貴様に説明してもらおうか。納得のいく説明ができるのだろうな、小娘」
と、挑発するようにエヴァンジェリンが言えば。
『ええ、もちろんです、六百歳の幼女さん♪』
アンゼロットもそれに笑顔で応じる。そのあたりの台詞もばっちり盗聴していたらしい。
そうしてまた火花を散らし睨み合う二人。0-Phoneを持っているせいでその睨み合いを間近で見る羽目になってしまった柊は、ちょっと表情が引きつっている。
「――まあ、説明してくれるだけマシか……」
そう呟いて自分を納得させようとする柊。
『それではいきます。えーい、安直魔法かくかくしかじか~♪』
「まて、それは説明じゃないっ!?」
いや、効果は似たようなものだけど。
立体映像のアンゼロットが人差し指を軽く振るうと、星が飛び散る演出と共に妙にリリカルな効果音が流れる。
「…………」
「…………」
無言のエヴァンジェリンと学園長。
「……さすがに0-Phoneごし――というか異世界まで魔法を飛ばすのは無理があったんじゃないか、アンゼロット」
黙ったままの二人を見て柊が言う。だがアンゼロットは笑顔を崩さず、自信満々の口調で言った。
『大丈夫です、ロンギヌスの技術は日々進歩しているんですよ。先ほどの効果音と演出も完璧だったでしょう?』
「そっちかよっ!?」
そんなやりとりをしている二人の方を向くエヴァンジェリンと学園長。いや、二人の方を見ているというよりは柊の方を見ている。
「なるほど……下がる男」
「そういうことか……下がる男」
納得したように言う二人。
「まてっ、なんだその語尾はっ! 何に納得してんだっ!? ていうかむしろ何を説明したんだアンゼロットォ!?」
両手で握った0-Phoneを上下に振りつつ叫ぶ柊。立体映像を投影している0-Phoeが振られているのにアンゼロットの姿はまったくぶれない。
にっこり微笑んでアンゼロットは言った。
『もちろん“柊さんの事情”です』
「……それは俺がここに来ることになった経緯って意味だよな?」
『“柊さんの事情”です』
「…………」
『“柊さんの……”』
「もういいよっ!?」
同じ言葉を繰り返すアンゼロットに柊はいろいろと諦めた。明らかに余計なことまで知られているのだろう。主に下がるとか、下がるとか、下がるとか。
落ち込む柊の肩をエヴァンジェリンが軽く叩く。
「なに、安心するがいい。貴様の言ったこと、信用してやろうじゃないか……下がる男」
「だからその語尾やめろよっ!」
「なに、気にするな……下がる男」
魔王(と書いて変態と読む)のせいで溜まったストレスを発散するように柊で遊ぶエヴァンジェリン。異世界に行っても『下がる男』という通称からは逃げられない柊だった。……どちらかというと、アンゼロットから逃げられないと言う方が正しいのかもしれないが。
「ふむ、しかし異世界が存在するとはのう……悪かったの、柊くん。てっきり頭の可哀想な子と思っておったわい」
髭をなでながら学園長が言う。悪かったと言っている割には口元が笑っているが。
「そんなこと思ってたのかよ……」
がっくりと肩を落とす柊。ファー・ジ・アースにおいては頭が悪いと連呼されていた柊であったが、麻帆良へ来て頭が可哀想に進化しかけていたらしい。
「今でも可哀想な子であることには変わりないがの」
「なんでだよっ!?」
「自覚してないんじゃのう……」
「その憐れむような目やめろよっ!」
『まあ、いつも可哀想な柊さんはおいておきまして。事情は理解していただけたと思います。つきましては、そちらへ飛ばされた魔王の件ですが……』
アンゼロットの言葉に学園長が頷きながら返事をする。
「ああ、例の魔王じゃな。一定年齢以下の者にしか傷つけられないとは……こちらとしても協力はしたいのじゃが、その条件は厳しいのう……」
「ふん、私は手を貸すのはかまわん。アレは完膚無きまでに叩き潰さないと気が済まんからな」
悩む学園長と違い、エヴァンジェリンは即決で協力すると宣言した。よほど魔王の発言が頭に来ているらしい。
「……それと、学園側からは私以外誰も出す必要はない。むしろ出すな」
エヴァンジェリンが学園長を睨みつけながら言う。
「エヴァ?」
「私と茶々丸と、おまけにそこの柊蓮司で十分なんとかなるだろう。それでいいな、柊蓮司」
おまけ扱いされたあげく、いきなり話をふられた柊は目を丸くしている。
「お、おまけってなぁ……。まあ、元々一人でやれって話だったからそれはいいんだけどよ。他の協力者を断る必要はあるのか?」
その柊の言葉にエヴァンジェリンはバンと机を叩いて怒鳴りだす。
「大有りだ! いいか、考えても見ろ! 他の連中を連れてまたアレに遭遇して……またあんな事を言われたらどうする!?」
「アレって魔王のことか? あんな事っつーのは……ああ、六百歳の幼女とか――」
「口に出すな、忌々しい! ――あんなことを他の連中の前でぶちまけられてみろ、私の名に傷が付くではないか!」
プライドの高いエヴァンジェリンとしては、あんなやつに幼女扱いされるところを見られるなんてことは恥をさらすことと同じである。特にエヴァンジェリンの正体を知る魔法使いたちになど見られたくない。
『まあまあ、大丈夫ですよ。貴女の二つ名に≪
楽しそうに余計なことを言うアンゼロット。実際にそう呼ばれることを想像したのかエヴァンジェリンは怒りで顔を赤くする。
「勝手にそんな二つ名を増やすなッ! とにかく、他の連中は絶対に同行させん! いいな!」
「む、むう……ワシとしては他の先生方とも話し合って方針を決めたいのじゃが……」
「いらんと言ったらいらん! ジジイ、貴様は情報だけこちらに渡せばいい。後はヤツが余計なことを言う前にひねり潰す……!」
変な二つ名を付けられかねない危機感からか、いつも以上に殺気の籠もった口調になっているエヴァンジェリン。
「わ、わかった。この件はエヴァと柊くんに任せるとしよう」
学園長の言葉にそれでいいとばかりに頷くエヴァンジェリン。その様子を見ていたアンゼロットが微笑む。
『――話がまと……って良か――』
「アンゼロット?」
安定していたアンゼロットの映像と音声がぶれ始める。
『また――空……不安定――った……』
「おい、アンゼロット!?」
ノイズがのったテレビのように映像がぶれていく。
『……にか――ば連絡……ッ――』
そして音声は途切れ、映像はブラックアウトし――『視聴できません』という白文字だけが浮かび上がった。音声もツーツーという電子音だけになっている。
「――ダメだ、完全に切れちまったみたいだ」
柊はしばらくいろいろと0-Phoneを操作してみたが、アンゼロットへと回線が繋がることはなかった。諦めて0-Phoneを閉じてポケットに押し込む。
「ふむ……時空が不安定ということだったのう。今日はもう夜も遅い。続きは明日としよう。明日になればまた時空も安定するかもしれん」
「そうだな。さすがに疲れた……」
思えば、朝からほぼ戦うか気絶するかのどちらかである。年齢が下がっているとはいえ体力は本来の年齢のままだが、それでも十分疲れが溜まっていた。主に精神的な疲れが。
「帰って休むか……って、帰れねえんだよな。まあ、最悪野宿でいいか……」
「い、いや、学園の中で野宿されても困るんじゃが……」
学校の敷地内で野宿する見た目小学生、中身も未成年。どう考えても休んでいる途中に補導されるだろう。ついでに学園のイメージ的にも、教育的にもよろしくない。
「エヴァ、今日は柊くんを泊めてやってくれんかの?」
「私の家にか?」
面倒そうに言うエヴァンジェリン。
「空いている寮の部屋にでも押し込めればいいだろうに……」
「そう言われてものう。明日から新学期じゃからどこも満員じゃよ」
「チッ――面倒な――」
「下手に他の者にまかせてあの魔王のことがもれても困るじゃろ?」
断る口実を考えていたエヴァンジェリンだったが、その一言に凍り付く。
「エヴァ以外のところに泊めるのなら、事情ぐらい説明せんとまずいからのう」
別に事情を説明せずとも子供一人を泊めるぐらいはできるのだが、学園長は言外に柊を泊めないならそのあたりのことをばらすと言っているのだ。
「ぐっ――いいだろう。寝床ぐらいは提供してやる。ジジイ、電話を貸せ、茶々丸に連絡する」
そう言って学園長の返事を待たずに机にある電話を手に取る。なんで私が、などとぶつぶつ呟いている。
「茶々丸ってあのロボの子だよな? エヴァンジェリンと一緒に住んでいるのか?」
電話しているエヴァンジェリンの邪魔にならないように少し抑えた声で学園長に訊ねる。
「ああ、彼女はエヴァの
「みにすてるまぎ?」
聞き慣れない単語に首をひねる柊。
「ああ、こちらのことはまだ説明していなかったのう……明日はそのあたりも含めて話しをするとしよう。柊くんもこちらのことがわからないと困ることもあるじゃろう」
いくら協力者がエヴァンジェリンだけだと言っても、麻帆良学園やこちらの世界のことも知らなければ困ることも多いだろう。ここでトラブルを起こさないためにも説明は必要だ。そう思い柊も頷く。
「ああ、そうしてくれると助かる。今日は俺の方ばっかり話してたからなあ」
「そうじゃの。おかげで“柊くんの事情”はよくわかった」
「蒸し返すなよっ!?」
「ふぉっふぉっふぉ。細かいことを気にしていると大きくなれんぞ、柊くん」
「嫌味かっ!? 俺の年齢わかってて言ってるよな!?」
「はて、なんのことかの? 柊くんは見た目が小学生な高校生じゃろ?」
「んなわけあるかっ!」
「……何を騒いでいるかと思えば。漫才か?」
受話器を置いたエヴァンジェリンが呆れたように言う。
「漫才じゃねーよっ!」
学園長に遊ばれていた柊が叫ぶが、エヴァンジェリンは興味なさそうに扉の方へ向かう。
「ふん、そんなことはどうでもいい。話はついた。行くぞ、柊蓮司」
何故かさきほどまでとは違い、楽しそうな口調のエヴァンジェリン。柊はそれを不思議に思ったが深く考えないことにした。――何かを企んでいる時のアンゼロットの笑顔と同じような雰囲気を感じたが、気のせいだろう。
そうして退室しようとする二人へと学園長が声をかける。
「ああ、柊くん。明日の午後、またここに来てくれい。エヴァも身体測定が終わったら来てくれるかの」
「ああ、わかった」
「ああ――ほら、トロトロしてないでさっさと着いてこい!」
エヴァンジェリンは立ち止まっていた柊の袖を掴み、せかすように引っ張った。
「わ、わかったから引っ張るなっ!」
そして柊は引きずられるようにエヴァンジェリンに連れて行かれた。
「……なあ、エヴァンジェリン」
「どうした、柊蓮司」
「――これはなんだ?」
「お前の寝床だ」
「どう見ても犬小屋じゃねーかっ!?」
柊の前にあるのは大型犬用ぐらいのサイズの犬小屋だった。ちゃんと『ひいらぎれんじ』とネームプレートまでついている。
茶々丸が周りの余った木材や工具を片付けているところを見ると、作りたてのようである。
「わざわざ茶々丸に用意させたんだ。感謝しろ」
「そんなものわざわざ用意するなよっ! 使ってない部屋を貸すとか、そういう選択肢はないのか!?」
「ない!」
エヴァンジェリンは即答した。
「その方が面白いからな!」
仁王立ちして胸を張って言う。そのまま高笑いする姿は、間違いなく悪の魔法使いであった。――やっていることは悪の魔法使いらしいと言えるかは微妙だが。
「なんでどこに行ってもこんなやつらばっかりなんだああぁぁぁぁ!」
そんな柊の叫びと共に、柊蓮司の麻帆良での初日は幕を閉じのであった。
蛇足というか本編で説明してない部分とか
月匣を感知することのできるのはウィザードだけなので、柊と柊を追いかけてきたエヴァンジェリン以外は戦闘シーンに登場できなかった
年齢詐称薬は幻術の一種らしいので、世界律を突破できない
アンゼロット謹製の柊の年齢を下げている薬は幻術ではなく、肉体年齢を下げているので世界律を突破できる
エヴァは十歳で吸血鬼になったらしいので、肉体年齢はそこでストップしているから世界律を突破できる
魔王が回復してたのは麻帆良周辺をうろついてた適当な人間からプラーナを吸収したっぽい
名も無きエリート魔法先生が「うわー、だめだー」かもしれないし、名も無き悪い三下魔法使いが「へっへっへ、この程度のやつに俺様が負けるわけがぐわあああ」かもしれない
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2話 大停電の夜と魔剣使い
オープニング 麻帆良学園とかいうヤバイところ
柊は一枚の紙を見つめたまま、立ち尽くしていた。彼を横目に不思議そうに通り過ぎていく女子生徒たち。
そう、ここは麻帆良学園女子校エリア。
――柊蓮司は、道に迷っていた。
魔王ローリーを撃退した翌朝。柊は柊小屋(仮)の中で目を覚ました。結局昨晩は文句を言いながらもいろいろ諦めて柊小屋(仮)で就寝した柊であった。
「――ああ、そういや異世界に来てたんだよな……」
寝具として貸して貰っていた毛布をたたみ、小屋から出て背筋を伸ばす。いろいろあって疲れていたからか、太陽は割と高い位置まで昇っていた。
昨晩、朝起きたら家の中へ来るようにとエヴァンジェリンに言われていたので、扉を軽くノックしてから玄関をくぐる。
「おはよー……ってあれ?」
室内に入ったのはいいが、人形やぬいぐるみが転がっているだけで、エヴァンジェリンと茶々丸の姿は見えなかった。ソファーや椅子の上に人形やぬいぐるみが並んでいる様子を見て、なかなかファンシーな内装だなぁ、などと思いながら辺りを見渡す。
「オウ、オ前ガ柊蓮司カ?」
「っと、誰かいるのか?」
柊が声のした方を見るが、そこには人形がいくつか並んでいるだけで人の姿はない。
「人形?」
「ソウダ」
かたかたと口だけを動かして並んでいた人形のうちの一つが喋った。茶々丸を小さくして蝙蝠の羽をはやしたような姿の人形だ。喋ることはできても動くことはできないのか、座った姿のままで動かない。
「テーブルニ朝飯ト御主人ノ手紙ガアルゼ」
「ん、ああ、これか」
テーブルにはサンドイッチの載った皿と、何枚かのメモが置かれていた。
「ありがとな……えっと」
「チャチャゼロ、ダ」
「おう、ありがとな、チャチャゼロ。エヴァンジェリンから聞いているだろうけど、俺は柊蓮司」
「アア、聞イテルゼ、異世界ノ魔法使イ」
ケケケ、とチャチャゼロが意味ありげに笑う。
「通称下ガル男ダロ?」
「余計なことまで聞いてやがるっ!?」
「イイジャネエカ、愉快ナ呼ビ名デ」
「よくねーよっ! 愉快どころか不快だっ!」
柊の反応に人形の身体をカタカタ揺らし、楽しそうな笑い声を上げるチャチャゼロ。柊はエヴァンジェリンやアンゼロットに対する文句をぶつぶつ呟きながら、エヴァンジェリンの残していったメモを見る。
『朝食を恵んでやる。感謝しろ』
「いきなりそれかっ!?」
でかでかと書いてある一文に柊は思わずツッコミをいれる。むしろ、一枚目にはそれしか書いてなかった。それだけ強調したいことなのだろう、たぶん。しかし偉そうなことが書いてあるが、実際に朝食を用意したのは茶々丸である。
気を取り直して二枚目を見る。
『不本意ながら今日から新学期なので学校に行く。
後でジジイのところで合流する。
貴様が迷わないように茶々丸が地図を用意したからそれを見て学園長室まで行け。
ここまで用意してやる私に感謝しろ』
「……いや、用意したのは茶々丸なんじゃねーか」
『用意したのは茶々丸でも、茶々丸のマスターは私なのだから私に感謝しろ』
「手紙が会話するなよっ!?」
そういう柊も手紙に一人でツッコミをいれたりと虚しいことをしているのだが。チャチャゼロがその様子を見て笑っているが、柊は気づいていなかった。柊の心の平穏のためにも気づかない方が幸せだろう、たぶん。
そして最後の三枚目を見る。どうやら二枚目に書いてあった、麻帆良学園の簡易マップをプリントアウトしたもののようだ。目的地である麻帆良学園女子中等部のあたりに赤い丸がついている。
「二人は学校か……それにしてもなにか引っかかるな」
手紙の内容になにか違和感を感じるが、それがなにかわからない。少しだけ考えるが、たいしたことではないだろうと結論づけ、柊は地図とサンドイッチを掴んだ。
「探索がてら学校の方まで行ってくる。戸締まりはどうしたらいい?」
「ドーセ誰モ来ネーヨ。ソノママデイイゼ」
「わかった。じゃあ行ってくる」
「ケケケ、迷ウナヨ」
そんなチャチャゼロの言葉に見送られ、柊はエヴァンジェリン宅を出た。そうして茶々丸謹製のサンドイッチをかじりながら歩いていて、先ほど感じた違和感の正体に気づいた。
柔らかな日差し、芽吹き始めた木の芽の色。そして。
「桜が咲いてる……」
エヴァンジェリンのメモの文章で感じた違和感。それは、≪新学期≫という単語だった。何故なら、柊の主観では――ファー・ジ・アースでは、今は二月だったはずなのだ。昨晩は夜間だったことと、月衣で普段から外気の温度が遮断されていたせいで気づけなかった。
春。そして新学期というのなら、今は四月のはずだ。そのことに気づいた柊の頭の中に最悪のシナリオが浮かぶ。
「――ま、まさか異世界に飛ばされたら、一ヶ月以上時間がぶっとんだなんてことはない……よな……?」
もしそうだとしたら、元々ぎりぎりだった出席と単位――そして卒業式は。
パターン1
卒業式で名前を呼ばれるが現れない柊蓮司。ああ、やっぱりいないのか、むしろ卒業できたのか、みたいな雰囲気の中、粛々と進行する卒業式。受け取る者のいない卒業証書は何故かスクールメイズの奥地へ……。
パターン2
出席が足りなくて卒業できない柊蓮司。しかも何故か一年生の教室に柊の席が用意されている。ピカピカの一年生に混ざり、くたびれた一年生。そして更新されていく伝説の下がる男の伝説。
そんな風に嫌な方向へと進んでいく思考を振り払うように頭を左右に振る。
「い、今のことは忘れよう……」
そう力なく呟いて柊はとぼとぼと歩き出した。そうして麻帆良の中をあちこち見物しつつ、柊は前夜の約束の場所である、麻帆良女子校エリアに来ていた。
そこまではよかったのだが。
「……この地図、ここまでしかかいてないよな」
学園都市である麻帆良は広い。エヴァンジェリンの家から学校までもそれなりに距離があったため、地図は簡略化されたものだった。そのため、赤丸のあたりにたどり着いたはいいが、このあたりのどの学校が目的地なのかが柊にはわからなかった。
茶々丸は昨晩いた場所だからわかるだろうと判断したのかもしれないが、昨日は
こうして柊蓮司は、冒頭のように、地図の端を握りしめたまま立ち尽くすことになったのであった。
雪広あやかがその少年に気づいたのは偶然だった。
身体測定の騒動も終わり、のんびりと下校している時。道の真ん中でぽつんと立ち尽くす少年を見つけた。
青を基調としたブレザーに白い半ズボンの見たことのない制服。年齢は彼女の担任よりももう少し年下――八歳くらいだろうか。握りしめた紙切れを見つめ、肩を落として俯いている。
(まあ、なんということでしょう女子校エリアにネギ先生以外の男の子がいるなんてもしかしてこれは私の日頃の行いが良いからでしょうか、ああでもあの子はもしかして泣いているのではないでしょうかよく分からないけれど絶対そうですわこれは私が助けてさしあげなければ――!)
ロックオンまで0.2秒。次の瞬間には彼女はすでに行動を開始していた。
「どうかしましたか、ボク?」
素早く少年に近づき、顔をのぞき込む。その声で少年は彼女の存在に気づいたようで、
「ぼ、ぼく?」
驚いたように顔をあげた。急に声をかけられたからか、少し引きつった表情をしている。もしかしたら泣いているのかもしれない、と思っていたがそうではなかったようだ。
「ちょっ、顔、近っ!?」
年上の異性相手に恥ずかしかったのか、わたわたと慌てて数歩後ろに下がる少年。
「あら、いやですわ。私としたことが。驚かせてしまいましたわね」
そう言って、にっこりと笑ってみせる。
「困っていらっしゃるようでしたから声をかけたのですが」
あやかの予想では、彼は迷子だ。麻帆良で見たことのない制服を着ているから、もしかすると転校生なのかもしれない。この学園都市はただでさえ広いのだから、うっかり迷って女子校エリアに来てしまうこともあるだろう。
彼は迷子になったことが恥ずかしいのか、視線を逸らしておろおろしながら言った。
「あ、いや、ちょっと道に迷ったというか……」
その返答は彼女の予想通りのものだった。
「まあ! それは大変ですわね……私でよろしければ案内しましてよ!」
同じ学園都市の生徒ならば、あやかにとって彼は後輩だ。その後輩が困っているのだから、手を貸すのは当たり前である。しっかりと彼をエスコートしなくては、と思い彼に一歩近づく。しかし彼は恥ずかしいのか、子供の歩幅ではあるが一歩下がる。その様子を微笑ましく思いながらももう一歩近づく。
「え、えっと、それはそうしてもらえると助かるけど……なんでそんなに近づいてくるんだ?」
あまり女性に慣れていないのか、じわじわ後退しながら慌てたように言う少年。彼を安心させるために、彼女は笑顔で言葉を紡ぐ。
「それはもちろん――」
しかし、この後に続くはずの言葉は一人の少女の怒鳴り声にかき消された。
「こらーッ!」
「へぶっ!?」
怒鳴りながら跳び蹴りを放つ少女に、あやかは吹っ飛ばされた。どうやら声と同時に蹴りも飛んできていたらしい。
「な、なにするんですの、アスナさん!」
突然現れたその少女はあやかのよく知る人物だった。
初等部の頃からの腐れ縁である彼女の名前は、神楽坂明日菜といった。
「どうかしましたか、ボク?」
「ぼ、ぼくぅ?」
突然声をかけられ、柊は地図から顔を上げる。思い切り子供扱いされてちょっと表情が引きつっている。
顔を上げた柊の目に飛び込んできたのは、少女の顔のアップだった。今の柊の身長にあわせるようにかがんでいるからか、ものすごく顔が近い。おまけに表情は満面の笑みである。ちょっと――というか、かなり、ヒく。
「ちょっ、顔、近っ!?」
驚いた勢いで数歩分ほど後ずさる。いきなりアップの顔が目の前にあったのも驚いたが、むしろ柊が気づいたらもう目の前にいたというスピードに驚いた。
「あら、いやですわ。私としたことが。驚かせてしまいましたわね」
そう言って笑う少女。育ちが良いのか、その仕草にも上品さが伺える。もっとも、さっきまでの行動を思い出すといろいろと台無しなのだが。
「困っていらっしゃるようでしたから声をかけたのですが」
そうして笑顔でまた一歩近づいてくる少女に、柊はもう二歩ほど引く。何故か笑顔なのに威圧感を感じる。年齢と同時に身長が下がっているせいで、少女を見上げるかたちになっているのも原因だろう。だが、それよりもむしろなにか別の危機を感じている気がする。アンゼロットの笑顔からもよく危険を感じるが、その時の嫌な予感とは何かが根本的に違う感じだ。たとえて言うなら、物理的な危険と精神的な危険くらいに。
「あ、いや、ちょっと道に迷ったというか……」
しどろもどろで返答する柊。その発言に少女は食いつくように反応した。
「まあ! それは大変ですわね……私でよろしければ案内しましてよ!」
そう言ってまた一歩接近してくる少女。その勢いに押されて柊も後ろに下がる。
「え、えっと、それはそうしてもらえると助かるけど……なんでそんなに近づいてくるんだ?」
目を爛々と輝かせた少女からの気迫に押されて少しずつ後ずさる。魔王と対峙しても引かない魔剣使いは、思いっきり中学生の女の子に気押されていた。
「それはもちろん――」
「こらーッ!」
「へぶっ!?」
そう言いかけた少女の姿が、突然聞こえてきた声と同時にかき消えた。正確に言うと、その声と同時に跳び蹴りしてきたツインテールの少女に吹き飛ばされた。蹴り飛ばされた少女はぎゅるぎゅると派手に回転しながら飛んでいったが、即時に復活し、ツインテールの少女に怒鳴る。その速度はあの柊蓮司がツッコミをいれる間がないほどである。突然すぎて対応が追いつかなかったともいう。
「な、なにするんですの、アスナさん!」
「なにいってんのよ、暴走しそうないいんちょを止めただけじゃない。その子、怖がってたでしょ」
「いや、その止め方も十分怖いだろ……」
怒鳴り合う少女たちに柊がツッコミをいれるが、小声だったからかスルーされる。
「だいたいね、女子校エリアに男の子がいるなんておかしいじゃない。……まさかいいんちょ、どこかから連れてきたわけじゃないわよね!? この子、見たことない制服だけど……」
「なっ、失礼ですわね! 困っていたようだから声をかけただけですわ!」
「どう見ても迫ってるようにしか見えなかったわよ!」
「なんですって!? そんなことはしていませんわ!」
「どこがよ!? 目つきもなんかヤバかったじゃない!」
「ヤバいとはなんです!? この私の慈愛に満ちた瞳が見えませんか!」
「そんなもの欠片も見えないわよ!」
柊をおいてけぼりにして睨み合う二人。二人のあまりの盛り上がりように、言い合いを止めようと思っていた柊は割り込むこともできず、右手をちょっと持ち上げた状態で固まっている。二人の少女はそんな柊にまったく気づいておらず、火花を散らしそうなぐらいに睨み合っている。
「――ショタコン」
「――オヤジ趣味」
「言ったわねっ!?」
「ぶっ飛ばしますわっ!」
その台詞を合図に殴る蹴るのとっくみあいを始める二人。突然始まった喧嘩に柊も唖然とする。
「……なんなんだ、いったい」
この状況でどうしたらいいのか途方にくれる柊に、背後から声がかかる。
「柊さん。ここにいらしたのですね。」
「茶々丸!」
そこにいたのは茶々丸だった。振り返った柊に、礼儀正しく一礼する。
「到着が遅れているようでしたので、マスターが早く柊さんを連れてこいと仰りまして……」
「いやあ、助かったぜ。道がわからなくて途方にくれてたんだけど、いろいろあってな……」
そう言って横目で喧嘩している二人の少女の方を見る。ツインテールの少女の連続蹴りをもう一人の少女が防ぎ、反撃の掌底をツインテールの少女がいなす。ヒートアップしていく戦いを茶々丸も確認して言う。
「神楽坂さんと委員長さんですか」
「あれ、知り合いなのか?」
そういえば制服が同じような――と柊が思ったところで。
「ええ、茶々丸さんは私のクラスメイトですわ」
目の前についさっきまで喧嘩していたはずの少女が立っていた。
「「い、いつの間にっ!?」」
どうやら高速で離脱したらしく、ツインテールの少女と柊の驚きの声が重なった。
「麻帆良学園女子中等部3年A組出席番号29番、雪広あやかですわ」
「……えっと……柊蓮司、だ」
名乗られたので、柊も名を名乗る。妙に高いテンションについて行けなくてちょっと引き気味ではあるが。
「私は神楽坂明日菜よ。私も茶々丸さんのクラスメイト」
あやかを追ってきたらしいツインテールの少女も名乗る。あやかが柊になにかやらかすのではないかと警戒しているようだが、あやかはそんな明日菜を気にせずに茶々丸に話しかけていた。
「茶々丸さんは柊くんを探していたのですね」
「はい。学園長室へ案内するように言われていますので」
その茶々丸の返答に眉をひそめる明日菜。ここ最近の出来事を思い出し、おそるおそる訊ねる。
「学園長……ってまさか、また先生とかいうんじゃないわよね……?」
「は? 先生?」
いきなりそんなことを訊ねられて、目を丸くする柊。
「そうよね、この反応が普通よね!」
柊の反応に何故かものすごく喜んで両手を握ってくる明日菜。柊からすると何故これでこんなに喜ぶのかがまったくわからないのだが。
「ちょっとアスナさん! なにいきなり手を握ってますの!?」
「いいじゃない、それくらい。いいんちょみたいに下心があるわけじゃないし」
「下心っ!? し、失礼なッ! 人をなんだと思っているのですかっ!?」
「日頃の行いを見てたらそう感じるんだもの、仕方ないでしょ! いっつもネギに変なことやろうとしてるじゃない、バカいいんちょ!」
「なっ……! バカレンジャーのあなたにバカとは言われたくありませんわ!」
「なんですって!?」
そしてまた睨み合いながらの口喧嘩から本当の喧嘩へと発展していく。柊が口を挟む間もなく、あっという間に中断していた殴る蹴るのとっくみあいが再開された。
「……えーと、あの二人はどうしたらいいんだ」
とりあえず、柊よりは対処に慣れているであろうクラスメイトの茶々丸へと訊ねる。
「これくらいのことは日常茶飯事ですので。それよりもマスターがお待ちです、学園長室まで案内します」
「それはいいけどよ……あれはほっといていいのか?」
「――日常茶飯事ですので」
相変わらずの無表情で茶々丸が繰り返した。どうやら本当に普段からこういう感じらしい。
「そ、そうか」
ここも輝明学園に負けず劣らずおかしな学校だなぁ、などと思いつつ、柊は繰り広げられるショタコンVSオヤジ趣味頂上決戦から目をそらすことにした。
「遅い!」
到着して最初にエヴァンジェリンから投げつけられた言葉がそれだった。苛立っているのか、視線も随分と刺々しいものになっている。
「ふぉふぉ、よく来たの、柊くん。とりあえず掛けてくれい」
それと対照的にマイペースな学園長がのんびりと柊にソファーに座るよう促す。柊と共に部屋に入ってきた茶々丸は無言でエヴァンジェリンの後ろに控えた。
「とりあえず、柊くんの扱いについてじゃが……」
エヴァンジェリンと視線を合わせないようにしつつソファーに座ったところで、学園長が話を切り出す。用意しておいたらしい書類をぱらぱらをめくりながら話し出す。
「えー、柊くんは、『とても口に出して言えないような可哀想な家庭の事情』で、麻帆良にいる親戚を頼り……」
「ちょっと待てっ、なんだその『とても口に出して言えないような可哀想な家庭の事情』って!?」
「なあに、嘘は言っておらんじゃろう?」
魔王を追って来た ← とても口に出して言えない
年齢が下がった ← 可哀想
実は異世界人 ← 家庭(?)の事情
「いやいやいや、なんかいろいろと違うだろそれっ!? もうちょっと普通の事情でいいだろ!?」
「そうは言われてものう。もう朝のうちに先生方にはそういうことで通してしまったからのう」
ふぉふぉふぉ、ととぼけたように笑う学園長。完全に事後承諾である。幸いにもここに来るまでに柊は先生たちには遭遇しなかったが、もし出会っていたら、『ああ、あの』みたいな色々と微妙な反応をされていたであろう。
「それにこの方が都合がいいんじゃよ。下手に適当な理由をでっちあげて、ボロがでたらまずいじゃろ?この学園はちと行動力のありすぎる学生も多いからのう……。ちょっと口にできないような家庭の事情と聞けば、そうそう追求されることもない――はずじゃ、たぶん」
「たぶんかよ!?」
ツッコミをいれる柊を学園長はスルーした。聞かなかったことにして説明を続けていく。
「とまあ、こういう事情であるから、柊くんは通常の授業には出席せず、時間の空いた先生に個別に授業をしてもらっている――ということにしておく。実際は個別授業もなしで、生徒達が授業をしている間、柊くんは学園内に異変がないか見回りをする……というわけじゃ」
「なるほど。でも、授業には出れないのか……」
肩を落として呟く柊。そんな柊を見てエヴァンジェリンが呆れたように言う。
「なんだ柊蓮司、そんなに小学校の授業を受けたかったのか?」
「小学校かよっ!? ――って、そうだよな、年齢下がってるんだよな……」
年齢を下げられて二日目。未だに自分が見た目小学生といまいち自覚していない柊蓮司であった。
「それに高校に通えたとしても、この世界で通ったところで出席日数がどうにかなるわけがないだろう、異世界人」
「そのへんはなんとか……ならないよなぁ、なるわけないよなぁ」
がっくりと項垂れる柊。そもそも、それでなんとかなるようなら今頃出席日数に頭を悩まされることはなかっただろう。
「はぁ……わかった。それでいい」
「ではこの話はまとまったということで。今度はこの麻帆良の事情を説明しようかの。昨日も言ったと思うが、ワシは関東魔法協会の理事を務めている。この学園には他にも魔法使いが在籍しているのじゃ。魔法先生や魔法生徒という形での。そして……」
「そんなまどろっこしい説明はいらんだろう。お前の学校――輝明学園のようなものだと思っておけばいい。一般の生徒や教師もいれば、魔法使いの生徒や教師がいるとな」
「なるほど。輝明学園と同じ感じか」
「……ワシ、説明していたんじゃが」
エヴァの一言で納得する柊。真面目に説明しようとしていたのをぶった切られた学園長はちょっと悲しそうである。
「コイツの目的からして、どうせそうそう関わることもあるまい。詳しく説明することもないだろう」
その方が自分の目的のためにも都合が良い、と心の中でだけ付け足す。
「そうじゃのう……。柊くんの世界と違うところと言えば、
「なるほど。そういうところ以外はだいたい輝明学園と同じ、か――」
何かに思い当たったらしい柊がちょっと悩むような素振りを見せる。
「どうかしたか?」
「――まさかこの学校もよく世界の危機のトリガーになったりするとか?」
「そんなわけがあるかッ!」
柊の言葉をエヴァンジェリンが一蹴する。世界の危機は輝明学園から、という言葉が世界の危機は麻帆良学園から、という風に変化しているということはないらしい。
「……むしろそんなことになったら困るんじゃが」
「そ、そうだよな」
学園の責任者である学園長としては学園内から世界の危機なんてことになったら困るだろうが、むしろ柊としては、異世界に飛ばされて世界の危機じゃない方が珍しいような気がする。それはそれでいろいろと悲しいことである。
「そうそう、柊くんの住む場所じゃが……」
学園長が再び書類をめくりはじめる。
「結局空いている場所がなくての。そのままエヴァの家でいいじゃろうか」
「……まあ問題はないだろう。昨日茶々丸に用意させた寝床をそのまま使え、柊蓮司」
「まるで部屋を用意したように言ってるけど、あれ犬小屋だよなっ!?」
そう柊が言うが、エヴァンジェリンは胸を張って堂々と言った。
「ふ、あれは犬小屋ではない。柊蓮司小屋だ」
「それならば問題ないじゃろう」
「それで納得するなっ! つーか今の説明のどこに納得できる要素があった!?」
「なんだ、ファー・ジ・アースとやらの人間はそれで納得するのではないのか?」
「んなわけあるかっ! アンゼロットのやつ、本当にどういう説明したんだよ!?」
ファー・ジ・アースでの扱いとほとんど変わらない扱いである。――しかし、他の異世界に飛ばされた時も別段扱いが良かったということはないのだが。
「ああ、そういえばそのアンゼロットとかいう女とは連絡はとれないのか?」
「それが昨日切れてから全然反応しないんだよ。こっちから連絡できないかも試してみたけど、駄目だった」
「異世界との通信じゃからのう。そう簡単にはいかんということか。色々と訊きたいこともあったのじゃがのう……」
「ふん、不便なものだな」
「……単純に自分の都合のいいように通信してきている気がするんだけどな」
むしろ柊からすると、それ以外考えられなかったりする。
「どうせ異世界間の事情がどうのということならば、こちらからはどうにもできん。それよりはさっさと
「そうだな。あの後で目撃者でもいるといいんだが……難しいだろうな」
「その件に関しては調査中じゃ。結果がわかり次第、連絡が来るはずじゃが……」
その言葉の直後、コンコンと軽く扉をノックする音が響く。
「学園長、高畑です。例の調査結果をお持ちしましたが……」
「おお、噂とすれば。入っておくれ」
学園長に促されて入ってきたのは、スーツに眼鏡の教師だった。
「君が柊くんだね。初めまして。ここの教員をやっている、高畑・T・タカミチだ。よろしく」
「あ、どうも」
高畑が笑顔で差し出した手を握り返す。柊が麻帆良に来ておよそ一日、一番まともな出会いであった。
「それで、お前が例の調査結果とやらを持ってきたのか、タカミチ?」
エヴァンジェリンが高畑に問いかける。
「ああ。昨日の件について、他の先生方や魔法生徒に何か気づいたことはないか訊いてきたよ。……でも、誰も昨日の夜に結界らしきものが張られたことを知らなかったそうだ。その月匣という結界が張られた前後に付近を警備していた先生もいたけど、まったく気づかなかったとか」
「ふむ、確かにあの時、ワシやエヴァも気づかなかったのう。しかし柊くんはそれに気づいていた、と……」
「なるほど。こちらの魔法使いには気づけず、ウィザードならば気づく結界、ということか。なかなか厄介だな」
「そうじゃのう。柊くんにしかわからないとなると、柊くんがいなければこの世界の魔法使いでは対処できないということになる」
「……どうやって月匣を感知しているかなんて説明できねえしなあ。紅い月が昇っていればウィザードでなくてもすぐわかると思うが――」
「それがわかるのは月匣の中に入ったとき、だろう? 現場に居合わせてようやくわかるようでは意味がない」
「それが問題じゃのう……」
そういって溜息を吐く学園長。
「そういえば、魔王を逃がしてから結構時間がたったよな。……まさか遠くまで逃げたりはしてないよな」
現状、月匣を感知できるウィザードが柊しかいない状態で、わざわざ近くにとどまっているとも考えにくい。柊に気づかれない遠い場所でプラーナを補充している可能性もある。柊はそう考えたのだが、エヴァンジェリンがそれを否定した。
「それはないな。今のところ、学園結界には何も反応していない。アレが出入りした形跡はない」
「そんなことわかるのか?」
「まあな。一応この学園都市の警備員をやっているからな。学園の結界内に出入りする存在ぐらいなら感知することができる」
「……警備員?」
見た目は小学生程度のエヴァンジェリンを見て柊が呟く。
「不本意ながらな」
「……一日警察署長みたいな?」
「違う!」
「……自宅警備員?」
「もっと違うわっ! どうしてそうなる!?」
「いや、その見た目で警備員の格好してもなぁ……」
警備員の制服を着て、警棒を持って学園内をパトロールする警備員エヴァンジェリン(中学二年生)。警備以前に補導されそうだ。
「そういう警備員ではない! 魔法関係の侵入者の監視や駆除をするだけだ!」
「ああ、それで昨日の夜は侵入者がどうとか言ってたわけか」
昨晩のエヴァンジェリンの言葉を思い出す柊。
「そういうことだ」
「柊くんもエヴァと同じように警備員みたいなことをすることになるね。もっとも、柊くんの場合は相手が
「ふん、警備のために学園をうろついて補導されんようにするんだな」
エヴァンジェリンに対して思っていた事を逆に言い返された。
「うっ」
自分でも思っていたことだけに反論できない柊。その様子に高畑は苦笑する。
「柊くんが学園内を調査するときは同行するよ。道もまだよくわからないだろうからね。教師と一緒なら補導もされないさ」
「ああ、それは助かる」
なにせ、今日もここに来るまでに迷ったあげくに変な争いに巻き込まれたくらいだ。柊本人は気づいていないが、見た目小学生男子が一人であたりをきょろきょろ見回しながら学園内をうろついているだけでもかなり目立っていた。女子校エリアに入る前でも、何人かが迷子かもしれないとちらちら見ていた。
「タカミチも忙しいだろうに、わざわざそんなことをするのか? 案内くらい、私が……」
「いやあ、ネギくんと担任を交代してからは時間に余裕ができたから問題ないよ。エヴァは授業があるだろう? ちゃんと出席しないと」
「嫌だ、面倒くさい」
「学校に行けるなら行けばいいだろ、うらやましい」
俺も単位のために学校に行けたら……と柊がうらめしそうに言う。
「ええい、うらやましがるな!」
エヴァンジェリンとしては、出席日数や単位どうこうは関係なしに卒業できない状態が続いているのだから、わざわざ学校に行きたいとは思わないのだが、それは柊の知らない話だった。
「そもそも、この件に関しては学園側からは私以外不要だと……」
そこまで言ってからエヴァンジェリンは気づいた。
「――ところでジジイ。私以外の連中にこの話を広めるなと言っておいたが……何故タカミチが知っている?」
その言葉に顔を青くする学園長。
「いや、ほら、仕方なかったんじゃよ! 柊くんに協力するには多少は事情の説明が必要で……一人くらいは事情を理解している先生がいないといざというときに問題が……」
「うるさい、言い訳など聞かん! そこになおれ!」
そう言って魔法薬の瓶片手に学園長に飛びかかるエヴァンジェリン。学園長は椅子を盾に回避しているようだ。
「あー……柊くん、外に出ようか? 学園内の案内ぐらいするよ」
そういう高畑の表情には、あれに巻き込まれるのはごめんだ、と書いてあるが。それに関しては柊も同感である。
「それは助かるけど……エヴァンジェリンと学園長、あのままでいいのか?」
「大丈夫さ、学園長だし」
「そ、そうか……」
「いってらっしゃいませ」
そうして出口の方を向く二人へ、茶々丸が礼儀正しくお辞儀する。学園長をボッコボコにしている主は放置らしい。
やっぱりここもおかしなところだ、と思いながら、高畑に連れられて柊は部屋を出たのだった。
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ミドル1 子連れデスメガネ純情派
「――それで、あそこに見えるのが図書館島だよ」
「と、図書館が島なのか……本当に広いな、この学校」
「麻帆良は学園都市だからね。先生方の住宅や商店街もあるよ」
「……これはアイツを探すだけでも苦労しそうだな」
高畑と柊の二人は学園内を散策していた。とはいっても、麻帆良も広いので、高畑の案内で回った範囲もそう広くはなく、学園の一部だけである。
しかし、将来的に魔王を捜すために麻帆良中を回らなければいけないと思うと、柊としては頭が痛くなってくるような広さだった。
「でも結界――月匣だったっけ? それが張られればわかるんだろう?」
「そうなんだけどな……あんまり遠いとわかるかどうか」
ただでさえ
「あまり気にすることはないさ、今回のことはキミだけの責任というわけではないだろう?」
柊の不安を感じとったのか、高畑はそう言って手をぽん、と柊の頭に置く。その行動に柊は不満そうに言う。
「――なんか子供扱いしてないか」
「僕たち教師からすれば、小学生でも高校生でも子供には変わりないさ」
「う……」
そう言われると反論できない。ふて腐れる柊だったが、途中でなにかに気づいて辺りを見回す。
「……ん? なんか騒がしくないか?」
「ああ……あそこ。どうやら喧嘩みたいだね」
高畑が指さした道の先、裾の長い学ランにリーゼントという、見るからに不良学生といった感じの集団が二組、なにやら怒鳴り合っていた。自称不良学生にして他称不良品学生の柊蓮司とは違い、誰が見ても不良だとわかるほどの不良っぷりである。
「ちょっと止めてくるよ」
そう言って高畑は笑顔で歩いていく。たしかに笑顔だったのだが、逆光で光る眼鏡のせいだろうか、柊の魔剣使いとしての勘だろうか。何故か危険なものを感じさせる笑顔だった。
「おうおう、今日こそは決着をつけようじゃねえか、ああ?」
「へっ、テメーらの顔も見飽きてたところだ、そろそろ叩き潰してやろうじゃねえか」
「言うじゃねえかテメエ」
「君たち、そこまでにしておかないかい?」
睨み合う不良学生たちへと歩み寄っていった高畑が穏やかに声を掛ける。
「あァ!?」
声を掛けられた不良学生たちは、不機嫌そうに高畑の方を向き、
「なっ……デスメガネ!?」
「広域指導員の高畑だぞ!」
「ひ、ヒィッ!?」
全員が同時に後ずさって行った。
「――有名人なんだな」
過剰なぐらいの不良たちの反応に柊は微妙な表情をした。まともそうな先生だと思っていたのに、そういうわけでもないらしい。やっぱりここは輝明学園みたいな所だ、と柊は思った。
「ギャァ!」
「うわー! だ、ダメだー!」
軽々と蹴散らされていく不良学生たち。これがネームドNPCとエキストラの差か、とメタなことを考えつつ観戦する柊。演出で処理されているんですね、わかります。
「くっ、このガキ……!」
そんなあまり動じていない
「あ、ネギ。高畑先生見なかった?」
「タカミチですか? いえ、僕は見ていませんが」
「そっか」
「何かタカミチに用事ですか?」
「うん、部活の方で見て貰いたい書類があるって部長が言ってたから、かっぱらって――じゃなくて、私が部長の代わりに高畑先生に届けることになったのよ」
「そ、そうだったんですか」
なんか物騒な単語が聞こえた気がしたけれど気のせいだろう。うん、きっと気のせいだ。
そんな会話をしていると、進む先になにやら争っているらしい不良学生の姿が見えてきた。
「ん? あそこで不良を倒してるの、高畑先生?」
「え、タカミチ?」
明日菜の言葉に不良学生たちの相手をよく見てみると、タカミチの姿が見えた。
「それに……小学生くらいの子?」
それとタカミチと少し離れたところに見慣れない制服のネギより少し年下くらいの子が見えた。不良学生の一人が、その子を思いきり蹴り上げようとしている。
「あ、危ない!」
ネギが慌てて駆けつけようとする。
――タカミチも気づいているのに、なんで放っておくの!?
そうネギは思っていたが、その不良の蹴りを少年は両腕をクロスさせてあっさりと防いだ。すこし驚いたような顔を少年はしたが、前転の要領で体を回転させ着地、それとほぼ同時に不良の足に綺麗に足払いを掛けた。
「なっ!?」
蹴りを繰り出した直後だったため、軸足を払われた不良は仰向けに倒れ込んだ。そして倒れ込んだ不良に追い打ちを掛けるように、ひょいと跳んで不良の鳩尾にあたりに着地した。ぐえ、と悲鳴をあげて不良は気絶した。
その光景を呆気にとられて見るネギと明日菜。不良たちも驚きを隠せないのか、少年を見て騒ぎだした。
「な、なんだこのガキ、妙に強いぞ!?」
「こんなヤツ見たことねえぞ!?」
「……ま、まさか! デスメガネの隠し子か!?」
「え、ちょ!? 隠し子って、キミたちね……」
その飛躍した予想にさすがのタカミチも驚く。しかし、その様子を図星をさされて驚いたと斜め上の解釈をした人物が一人いた。
「タ、タカミチに子供がいたなんて……!」
ネギである。普段ならそういうことにツッコミをいれるのは明日菜の役目のはずなのだが、恋する乙女故に思考が混乱していた。
「そ、そんな……柊くんが高畑先生の隠し子なんて!?」
わなわなと体を震わせていたかと思うと、おもむろに少年――柊というらしい――へ向けて突撃した。
「ひ、柊くん! お、お母さんはどうしたの!?」
「え、えーっと、いない……」
その一言を聞いた明日菜はぶつぶつと何か呟き始めた。
「――母親――いない――高畑先生を頼って――つまり一緒に――!?」
その鬼気迫る様子にタカミチと不良学生たちも戦闘を止めている。そんな様子にも気づかずにいる明日菜はがしっと柊の肩を掴み言った。
「お、お母さんって呼んでくれてもいいのよ!?」
「え」
一方のネギはタカミチを問い詰めていた。
「友人である僕にも言ってくれないなんてひどいじゃないか、タカミチ!」
「いや、だからネギくん、それは誤解で……」
「は! もしかして友人と思っていたのは僕だけで、タカミチは僕のこと友人と思っていなかったんじゃ……!」
「だからね、ネギくん……」
四人が大騒ぎしている中、不良たちはそっとその場から逃げ出した。
不良の蹴りを腕で防御した柊は瞠目した。まったく痛みを感じない。――ここでも、月衣の効果がある? そう考えながら、不良を適当に転かして踏みつける。
「な、なんだこのガキ、妙に強いぞ!?」
「こんなヤツ見たことねえぞ!?」
「……ま、まさか! デスメガネの隠し子か!?」
「え、ちょ!? 隠し子って、キミたちね……」
さすがに隠し子がいると思われるのは心外なのか、驚いたような焦っているような顔をするタカミチ。柊も否定しようかと思ったが、先ほど子供扱いされた意趣返しだ、と否定せずに傍観していた。が、それがいけなかったのか。
「タ、タカミチに子供がいたなんて……!」
「そ、そんな……柊くんが高畑先生の隠し子なんて!?」
急に離れた所から叫び声が聞こえてきた。そのうちの一人は確か学園長たちの所に行く途中で会った神楽坂だったか、と柊が思い起こしていると、彼女はすごい勢いで柊の元に来た。その様子は、彼女の親友である雪広あやかとそっくりであった。
「ひ、柊くん! お、お母さんはどうしたの!?」
「え、えーっと、(この世界には)いない……」
さすがにこの世界という表現はまずいので単純にいないとだけ言っておく。だが、遠いところにいるとでも言っておけば良かった、とすぐに後悔することになる。何かをぶつぶつ呟いていた明日菜は柊の肩を掴むと言った。
「お、お母さんって呼んでくれてもいいのよ!?」
「え」
「むしろ呼んで、ねっ!」
妙な威圧感のある笑顔で迫られて柊は逃げ腰になった。
「い、いや、そもそも母親って年齢じゃないだろ!?」
「細かいことはいいから、ねっ!」
「よくねーよ!?」
さすがに年下に母親と呼べと言われて呼べるものではない。
「そ、そうよね……」
納得したのか引き下がる明日菜。
「ぽっと出の女を母親なんて呼べないわよね……!」
訂正、納得しても引き下がってもいなかった。今度は明日菜と一緒にいた少年と何か会話していたらしいタカミチに向かっていく。
「高畑先生……柊くんには、母親が必要だと思うんです」
「いや、アスナくん、それなんだけど……」
「わ、私がんばります! だから、高畑先生、応援してもらえませんか……?」
「ええ!? ちょ、ちょっと、柊くんからも何か言って――」
タカミチが助けを求めているが、柊はそれどころではなかった。――月匣。近くで、月匣が展開されているのを柊は感じ取っていた。
「悪い、急用ができた!」
そう言うと柊は月匣のある方向へと駆けだした。
――見捨てられていったタカミチがどうやってネギと明日菜を説得したかはまた別の話である。
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ミドル2 “長谷川千雨”
長谷川千雨はこの麻帆良学園が好きではない。
いや、正確に言うのならば、麻帆良学園の理不尽なところが好きではない。
一般常識から見て明らかにどこかおかしいこの学園と、その異常を異常とも思わないこの学園の人々。自分の思考が一般的であるはずなのに、それが変だと思われる理不尽。いつかはこんな理不尽なこともなくなるのではないかと思っていたが、最近では十歳の先生が担任になるなどと明らかに悪化してきている。
――しかし、現在彼女がおかれている状況はそれよりも理不尽な状況だ。なにせ、今彼女の目の前にいるのは、現実に存在しないような
何故こんなことになったのか、千雨にはまったく見当がつかない。
今日は新学期だからと身体測定程度で授業も終わり、吸血鬼だの吸血生物チュパカブラだの騒いでいる教室を抜け出して、さっさと下校することにした。そして、帰り道に偶然この公園へと通りがった。なにか違和感らしきものを感じたが、気のせいだと思った。しかし足を進めると、いたのだ。その怪物達が。
――何故違和感を感じていたのかは、その時にわかった。
ひとつは、放課後の公園だというのに、他に人の姿がひとつも見えないこと。そしてもうひとつが、まだ日も高いというのに空に目映く存在する、太陽よりも目を引くほどの禍々しい赤の月だった。
「なんなんだよちくしょう……! なんでこんなやつが公園に!?」
毒づく千雨の台詞に返答するものはいない。目の前の怪物たちはそんな千雨の様子も気にせずにじわじわと接近してくる。一歩進むごとにカラカラと骨が音を立てる。骸骨兵士――RPGなどでで言うところのスケルトン。公園には不釣り合いな姿のその怪物たちは千雨の退路を断つようにまわりをじわじわと包囲していく。
「――ッ!」
逃げられなくなる前に、逃げなくてはいけない。そう思い至ると同時に、千雨は踵を返して駆けだした。引き返せば、公園の出口がある。公園に入って、まだそれほど歩いたわけでもない。外にさえ出てしまえばなんとかなる。確証があるわけでもないその思いだけで、歩いてきた道を走り抜ける。だが。
「……嘘、だろ」
出口がない。
本来、公園の出口の門があったはずの場所に見えるのは、公園の遊歩道。まるでループしているかのような状況に、千雨は目眩がした。そしてなによりも千雨を絶望させたのは、出口があったはずの方角から歩いてくる、新手の骸骨兵士の姿だった。再び踵を返し、逃げようと考えるが、振り返った道の先には千雨を追ってきたらしい骸骨兵士達が見える。
囲まれている。逃げられない。
「う……あ……」
思考がフリーズし、その場に立ちつくす。そして。
「なんだ……強いプラーナを感じたが、ババアか」
「おい」
骸骨兵士はひどく失礼なことをのたまった。
「ガッカリだよなー。せめて小学生くらいならまだマシだけどよォ」
「ですよねー。中学生とかマジババアなんですけどー」
「もうマジついてないっていうかー」
「おい。おいおい」
しかも妙に口調が軽い。先ほどまで感じていた生命の危機も一時忘れ、この失礼な魔物たちへの怒りがこみ上げてきた。なんだこのロリコン共は。そう思っている千雨の前で、骸骨たちが剣を構える。
「でもプラーナは必要だからな――」
その言葉で我に返った。そうだ、逃げないといけない。囲まれている周りの見渡し、どこかに突破口がないかと考える。完全に囲まれているこの状況、突破口は――
しかし、彼女が突破口を発見するよりも先に、一陣の風が千雨の側を吹きぬけていった。
きぃん、と響く金属音と、どすん、と何か衝突音。
千雨が音のした方角――風の吹き抜けていった方角を見やる。
そこに見えたのは、小さなクレーターと、倒れ伏す骸骨兵士。そして、身長よりも長い剣を持った少年だった。
――こうして、長谷川千雨は
そして――
月匣を感知し、タカミチを生け贄に明日菜とネギから逃走した柊は、人目がないことを確認してから、月衣から
タカミチや学園長の話が本当なら、この月匣の存在を知るのは、この世界では柊だけということになる。そうなれば、今、月匣の中で起きているなんらかの事態を止められるのも、柊だけだ。
「う、うわぁっ!?」
一体の侵魔が少女の眼前に立ち、剣を振りかぶっていた。慌てて駆け寄ろうとするが、間に合う距離ではない。まずい、と柊が思った時、それは起きた。
「く、来るんじゃねえっ! このロリコン共っ!」
追い詰められた少女の振り回したカバンが黄金色の光――プラーナの輝きをまとい、侵魔の頭部へとクリーンヒットした。がらがら崩れ落ち、魔石へと姿を変える侵魔。それを柊は目を丸くして見つめた。
――こうして、長谷川千雨は、彼と同じく
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ミドル3 夜闇の魔法使い見習い
千雨は無我夢中だったのだ。
ゲームや漫画でしか見ないような怪物に襲われ、絶体絶命の状態だったのだ。おまけにそいつは変態だ。いろんな意味で危機的状況だったのだ。
しかし、まさか教科書の詰まったカバンを振り回したら、それが
「……
そんな言葉を呟いた柊に、千雨は眉をひそめて問いただそうとしたが、鳴り響いた着信音がそれを止めた。
音の原因である0-PHONEを柊は慌てて取り出すと、そこから少女――アンゼロットの立体映像が空中に映し出された。
「柊さん? そちらで柊さん以外のウィザードの反応があったのですが、誰かそちらに飛ばされたりはしていませんか?」
「いや、それが……こっちの学校の制服のやつがプラーナ開放して
なにがなんだかわからない、と思いながら柊は告げた。
「それは……もしかすると、そちらの方がウィザードに覚醒したのかもしれませんね」
アンゼロットが考え込みながら言う。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
二人の元へ、それまで呆然としていた千雨が割り込んできた。
「さっきのバケモノはなんなんだよ!? ウィザードっていうのも一体なんなんだ!?」
そんな千雨の様子を見たアンゼロットは、にっこりと死ぬほど胡散臭い笑みを浮かべると言った。
「簡単に言えば、先ほどのバケモノは世界の敵。そしてウィザードは世界を護る勇者です。そしてあなたも、あのバケモノを倒せたということは勇者。世界を護る勇者になったのです!」
そんなアンゼロットを柊はどん引きした顔で見ていたが、そう言われた千雨はたまったものではない。
「馬鹿にするなよ! 私はそんなものになった覚えはない!」
「ですがそれが真実です。ウィザードはなろうとしてなるものではありません。そこにいる彼と私は貴女からすると異世界人になります。つまりそこの彼も、異世界の勇者」
「おい」
アンゼロットの言葉に柊が口を挟むが、それを無視してアンゼロットは続ける。
「そして私たちの世界からそちらの世界に逃げ出したバケモノ――私たちが
アンゼロットは嘘は言っていない。嘘は言っていないが、だいぶ誇張したというか、中二っぽい説明をしている。
「……まさか、それで私にあんなバケモノと戦えって言うのか?」
「はい、それはもちろん」
怒りをこらえるような千雨にアンゼロットは笑顔で答えた。千雨がそれに怒鳴り返そうとした時、アンゼロットはわざとらしく言った。
「――ああ、回線の調子がまたおかしく……柊さん、後で彼女の装備を送りますので、説明はよろしく……ぷちっ」
「ちょ、待て、アンゼロット! 適当な説明しておいて丸投げしていくなよ!? しかもまたそれわざとだろ!?」
柊が叫ぶが無情にもそのまま0-Phoneの回線は途切れた。
「――説明してもらおうか、そこのガキ」
怒り心頭といった様子の千雨を前に、柊は顔を引きつらせたのであった。
「酷い目にあった……」
ぐったりした柊がエヴァンジェリンの家に戻ると、茶々丸が夕食を用意しているところだった。
「おかえりなさいませ、柊さん」
「ふん、戻ったか」
「ああ……ちょっといろいろあってな。
その言葉にエヴァンジェリンが反応した。
「
こちらの世界の魔法使いならともかく、ウィザードに目覚めることはエヴァンジェリンからしても想定外だったのだろう。驚いた顔をしている。
「ああ、長谷川千雨っていうやつで……中等部三年っていってたから、エヴァンジェリンも知ってるかもな」
「知っているどころか同じクラスだ。そうかあいつが……」
「そうだったのか。なら、エヴァンジェリンが協力者だって伝えた方がいいよな。
千雨が聞いたらこれ以上余計なことを私に言うな、とでも言いそうなことを柊は言った。
「丁度良い、私も興味がある。茶々丸、明日はあいつを連れてこい」
「了解しました、マスター」
こうして千雨が連行されることが彼女の知らぬところで決定した。
そこで思い出したようにエヴァンジェリンは柊に言った。
「それと今晩は私たちは別件で出る。柊蓮司、お前は留守番をしておけ」
「別件ってなんだよ」
柊の疑問にエヴァンジェリンは簡潔に答えた。
「今の私は力を制限された状態にある。全力を出すために必要なモノがあるのさ」
昔は賞金首で封印された、ということは伏せて嘘ではない程度の内容をエヴァンジェリンは柊に告げた。柊はその言葉を特に疑うことなく言った。
「ふーん。手助けは必要か?」
「いらん。……そうさ、全盛期の力さえ取り戻せばあんな変態魔王など……!」
ブツブツ呟くエヴァンジェリンを見て、柊はそうかエヴァンジェリンもレベル下がってるんだな、と見当違いなことを考えていた。ある意味近いと言えば近いが。幸か不幸かその考えのすれ違いは修正されないまま、夜は更けていくのであった。
翌日、千雨と柊はエヴァンジェリンの家にいた。
柊に
放課後になって茶々丸に柊さんとマスターがお呼びです、と告げられて連行された千雨は抵抗しようとしたが、魔力が動力なこともあり月衣の力が及ばない茶々丸相手には無駄だった。
「勘弁してくれよ……私はこんな非日常な世界とは関わりたくないんだ」
「でも昨日も少し話しただろ? ウィザードに覚醒するだけでプラーナの量が一般人より格段に多くなるんだ、侵魔に狙われやすくなることは間違いないぜ」
俺も実際そうだったからな、と柊は言う。がっくりと落ち込む千雨にエヴァンジェリンは面白そうにしている。
「まさかあの魔王とかいうヤツが原因でこの世界にまでウィザードが発生するとはな……面白い。ならば魔王を倒しウィザードが不要となれば、この世界のウィザードも元の一般人にもどれるやもしれんぞ?」
「……それしか希望はないのか」
「もっとも、こちらの世界の魔法使いとも関わったのだ、ただの一般人には戻れんとは思うがな」
とどめを刺すようにエヴァンジェリンは悪い笑顔で言った。その言葉に千雨は絶望した、と言って頭を抱えた。
「――っと、アンゼロットが言っていた装備が届いたみたいだぜ」
月衣に違和感を感じた柊が、月衣から装備を取り出した。
「ウィザーズ・ワンド、それにピグマリオンか」
いかにも魔法使いの杖といった感じの見た目の
「喜べ、長谷川千雨。これでおまえも立派な
「うるせー」
エヴァンジェリンの言葉に千雨は力なく言い返した。受け取った装備を月衣にしまい込み、これ便利だな、と呟く。ウィザードになった唯一の利点がこの月衣だと千雨は思っている。今ならばトラックが突っ込んでこようが人工衛星が落下してこようが無傷だ、と柊から聞いている。その説明をしている時の柊は何故か遠い目をしていた。
「ん、なんか封筒も入ってたな。アンゼロットからの伝言か? なになに……」
柊が月衣から取り出した封筒を開けて中身を読む。
『彼女の装備を送ります。支援系の魔法が得意なようなので、それに向いた装備を送りました。』
どうやら、アンゼロットはあの短期間で千雨の得意分野まで見抜いていたようだ。
『追伸。彼女のクラスは本当に勇者です。おめでとうございます。』
「なんでだよ!」
そう叫ぶと、千雨は限界とばかりにテーブルに突っ伏したのだった。
ちうたまのクラスは絶対にこれしかないと確信した、反省も後悔もしていないなどと供述しており――
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ミドル4 “雪広あやか”
「……これ、便利だな」
エヴァンジェリン宅から寮に戻った千雨は、月衣から取り出したピグマリオンを操作していた。間違いなく千雨が今使っているパソコンよりも性能が良い。ホームページの更新作業もいつもよりもさくさく進む。
「そうだ、これも月衣にいれておけば……」
以前にネギにコスプレがばれた時のように、うっかりコスプレ衣装が他人に見られたら問題だ。そう思った千雨はクローゼットの中から月衣へとコスプレ衣装を移動させた。
「これでよし……ネットでもみて見るか」
そうして千雨がピグマリオンでネットサーフィンをしようとすると、何か見慣れぬものを発見した。
「まほネット……?」
少しだけそれを覗いた千雨は、すぐにそれを見なかったことにした。魔法使いのネットなんて存在しなかった、そう自分に言い聞かせて千雨は今日はもう寝ることにした。ふて寝では断じてない。
翌日、柊と千雨は初めて会った公園――
「そういえばこの間、桜通りに吸血鬼が出るとかいう噂を聞いたけど、もしかして
昨日の身体検査での会話を思い出した千雨であったが、柊はあっけらかんと答えた。
「吸血鬼? 吸血鬼なら知ってるだろ、エヴァンジェリン」
「……あいつ、魔法使いなだけじゃなく吸血鬼だったのか。よく考えたら、桜通りの吸血鬼の噂は結構前からあったか。
しかし、俗に言う
「そりゃあ、こっちの世界にもいるみたいだからな、
「知りたくなかった……!」
千雨は心底イヤそうに言った。異世界から来た変態魔王というのもイヤだが、元からの世界にまでそんなファンタジーなモノが存在しているなんて。そんなものは二次元だけで十分だ、と千雨は心の中で愚痴った。
「それにしても、痕跡もなにもないな……」
「こっちもだ、ピグマリオンで探査かけても何も反応がない」
千雨も柊も溜息を吐く。早く元の世界に戻って学校に行きたい柊と、早く元の普通の生活に戻りたい千雨。早く魔王を倒したいという二人の思いは完全に一致していた。
「情報無しじゃどうにもならねーぞ、どうするんだよ」
「いや、そう言われても俺もこういうことは得意じゃな――」
ぼやく千雨に柊が言ったその時、一人の人影が角から姿を現した。
「あら、そこにいるのは……」
そう一言言うと、彼女はいつの間にか距離を縮め、柊の手をがっちり掴んでいた。
「柊くん! 柊くんじゃないですか!」
そこに居たのはついこの間出会った少女、雪広あやかだった。
「い、いいんちょ?」
驚く千雨に柊は茶々丸とあやかがクラスメイトということを思い出した。茶々丸と同じくクラスメイトである千雨もあやかのクラスメイトということになる。
「あら、千雨さん、柊くんの知り合いでしたの?」
「え、えーと、一応……」
「まあ! 二人で公園に来るような関係……ま、まさかデートですか!?」
「「違う!」」
あやかの勘違いを二人でそろって否定するが、だからといって柊の事情からいって説明するのは難しい。友人と言うには年齢差に無理があるし、柊の世話をしているといっても他の学園から来たことになっている柊と千雨が知り合いというのも無理がある。
「えっと……その……し、親戚なんだ」
悩んだ末に千雨が思いついたのはそんな嘘だった。それに便乗して柊も言う。
「そ、そうなんだ。事情があって親戚を頼って麻帆良に来たから……」
「まぁ、そうだったんですの?」
驚いた様子のあやかを見て、千雨はダメ押しのつもりで言った。
「そうだよな、れ、蓮司」
「う、うん、そうだよな、ち、千雨お姉ちゃん」
自分より年下をお姉ちゃんと呼ぶはめになった柊は心にダメージを受けた。本来年上の人物にお姉ちゃんと呼ばれた千雨も同様である。しかし、その言葉にあやかは納得したようだ。
「そう言われると……お二人はなんだか雰囲気が似ていますわね」
その言葉に二人は顔を見合わせた。
「……似てる?」
「似てるか?」
そんな二人にあやかは笑顔で言う。
「ええ……なんだかこう、ツッコミとか巻き込まれ系とかそういう雰囲気がお二人からはしますわ」
「「どんな雰囲気だ!?」」
「ほら、似ていますわ」
にこにこと言うあやかに、さすがに同時に突っ込んでしまっては柊も千雨も言い返せなかった。
「そうですわ、私にも柊くんくらいの弟がいますの。ちょっと病弱で家からあまり出られなくて……よろしかったら柊くん、弟の友達になってくれませんか?」
「弟?」
「いいんちょ、弟がいたのか……初耳だ」
「そうなんです、かわいいかわいい弟がいますの。ね、柊くん、明日の放課後、私の家に来ていただけませんか? 弟を紹介しますわ。千雨さんも一緒にどうぞ」
にこにこ。にこにこ。柊が二、三歩後ずさるほどあやかの笑顔は迫力があった。どうにか断れないかと柊は考えていたが、その迫力に結局なすすべなく、
「わかった……」
と答えることになったのであった。ちなみに千雨はというと、こうなったいいんちょは止められない、と早々に諦めていたのであった。
そうして翌日、柊は千雨と待ち合わせてあやかの家へと向かった。
「……すごい豪邸だな」
アンゼロットの宮殿を思い出すな、と思いながら柊はあやかの家を見上げた。
「さぁさぁ、こっちですわ!」
そしてあやかに案内されるままに、応接間へと進む。おそるおそるといった感じでソファに座る千雨。アンゼロット宮殿で慣れていてあまり怯まない柊は普通にソファに座った。そこへ、メイドが素早く紅茶を運んでくる。
「どうぞ、お茶ですわ」
「あ、ああ、どうも……」
いつの間に現れたんだあのメイド、と思いながら紅茶を口にする千雨。
「紅茶か……」
いろいろと下げられたりした記憶が頭をよぎり、引きつった顔をする柊。豪邸であるだけに余計にアンゼロットの紅茶のことを思い出して微妙な気分になっていた。
「は! そうですわよね、柊くんはまだ小さいのですから、苦みのある紅茶よりジュースの方がいいですわよね……私としたことが!」
「え、い、いや……」
子供扱いに余計に顔をひきつらせる柊であったが、あやかはそれに気づかずに使用人達へ合図を送ると、メイドがリンゴジュースを素早く持ってくる。
「さ、どうぞ柊くん、絞りたてのリンゴジュースですわ」
いつの間に絞ったんだよ!と脳内でツッコミをいれた千雨が顔を引きつらせている。柊は仕方なく、無理矢理の作り笑顔でジュースを受け取った。
「どうも……」
子供扱いの色々を諦めた柊がジュースに口をつけると、あやかは立ち上がった。
「弟を呼んで参りますわね。その間ゆっくりおくつろぎくださいな」
そう言ってあやかは応接間を出て行った。
「……子供だからリンゴジュース」
柊の本来の年齢を知っている千雨が意地の悪い笑顔で言う。それに柊は力なく一言言い返した。
「うるせー」
「まさか味覚まで子供舌になって苦いものがダメになってるのか?」
年齢が下がることにそんな効果まであるのではと千雨は思ったが、柊がそれを否定した。
「それはないはずだ。下がるのは年齢だけで他は影響がないって言ってたからな。そうじゃなくて、あんまり紅茶にはいい思い出がねえんだよ」
そう言って苦い顔をする柊。
「……飲むと色々下がったりな」
「ああ……」
千雨もその言葉で全て納得した。アンゼロットのいろいろなヒドイところは千雨も理解しつつある。
「お待たせしました」
そこへ、あやかが戻ってきた。弟を連れてくると言っていたが、一人で戻ってきたので柊と千雨は首をかしげた。
「申し訳ありません、弟は今日は調子が悪いみたいで……今日はちょっと紹介するのは無理みたいです」
「ああ……病弱なんだったな。そんなに具合悪いのか?」
訊ねる柊にあやかは首を横に振る。
「いえ、いつもの発作が少しでているだけですから。そこまで悪いわけではありませんわ。大事を取っているだけです」
「ならいいんだけど……」
千雨が不安そうに言った。会えないというくらいだ、本当はかなり悪いのではないかと千雨は心配していた。
「そんなに心配なさらないで。こちらから招待しておきながら弟を紹介できず申し訳ありません」
「いや、体調が悪いなら仕方ないだろ。気にしないでいいぜ」
「そうそう」
そういう柊と千雨にあやかは柔らかく微笑んだ。
「お二人とも……ありがとうございます」
また後日招待しますわ、と言うあやかに見送られて二人は帰路についた。
「いいんちょも弟のことで苦労してたんだな……ショタコンなのも、ブラコンの延長線上なのか?」
「そうなのかもな。……だいぶ、いき過ぎてるとは思うが」
「そうだな……それと、昨日は忘れていたけど、どうするんだよ」
千雨の言葉に柊が首をかしげる。
「なにがだ?」
「……呼び名」
「え?」
「いいんちょに親戚って言っちまっただろ。名字で呼ぶわけにはいかないから、私は蓮司って呼ぶが……そっちはどうするんだ?」
千雨はそう柊に問いかけた。さすがに人前で名字呼びをしていれば、疑われる材料になるだろう。
「……げ」
「千雨お姉ちゃん?」
イヤそうな顔で千雨が問いかける。
「い、いや……さすがにそれは……」
そうして二人で千雨お姉ちゃん、蓮司、と呼び合う姿を想像する。
「……」
「……」
しばしの沈黙の後、二人はげっそりとして言った。
「千雨、で」
「了解」
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ミドル5 レッスン
「魔法を使ってみろ」
エヴァンジェリンに呼び出されて(連行されたとも言う)早々にそう言われた千雨は顔をしかめた。
「いやだ」
「そうも言っていられないだろう。魔王との戦闘となれば魔法は使わずにいられまい」
「非日常なことはあんまりやりたくねーんだよ。別に使い方くらいわかる、その時が来たらでいいだろ」
「いや、ぶっつけ本番はさすがに危ないだろ。一応練習しておいた方がいいって」
嫌がる千雨だったが、柊も魔法を使うことを勧めてくる。
「外してしまっても問題ありません、マスターの後ろは池になっているので周りに被害はありません」
茶々丸も同様だ。茶々丸の言う通り、場所はエヴァンジェリン宅の裏手にある森の中の池で、周りに人もいない。池の前に立つエヴァンジェリンに魔法を撃っても他人に被害はないだろうし、自然を破壊することもないだろう。
「ええい、いいから魔法を撃ってみろ」
「そういわれてもな……」
みんなからいろいろ言われているが、そう言って渋る千雨。
「障壁があるからある程度の魔法は防げる、見習い程度の魔法なら問題ない」
「ああ、もう、わかったよ」
ふんぞり返って言うエヴァンジェリンに千雨も諦めた。千雨からすると、クラスメイトに向けて攻撃魔法を撃つというのはさすがに怖い。なので、攻撃ではない魔法を選択した。ピグマリオン内の魔導書エメラルド・タブレットにアクセスして魔法を呼び出す。そして右手をエヴァンジェリンの方へと伸ばし、そこから魔法を撃ち出す。
「――≪タンブリング・ダウン≫!」
「え?」
攻撃魔法が来ると思っていたエヴァンジェリンは予想外の魔法に
「ふぎゃー!?」
「ちょ!? あれだけ偉そうに言っていてまともに喰らうのかよ!?」
柊も思わずツッコミをいれる。千雨もエヴァンジェリンの醜態にさすがに顔をひきつらせている。
「マスター!」
慌てて茶々丸が救出に行く。泳げないエヴァンジェリンは、あっぷあっぷと溺れかけているところを無事に茶々丸に回収された。びしょ濡れでくしゃみをしているのであまり無事とは言い難いが。
「くしゅっ! うう……普通攻撃魔法を撃つところだろう、あそこは!」
「う、うるさいな! 魔法の指定はなかったからいいだろ!」
「くっ……!」
「そもそも、私が使える魔法はサポートメインで攻撃魔法はひとつしか知らねーんだ」
実際、千雨の持つスキルは味方の補助が主で、攻撃系はほとんどない。
「マスター、このまま外に居てはお体に障ります」
そう言う茶々丸に連れられてエヴァンジェリンは家の中へと戻っていった。柊と千雨もとりあえずそれに続いた。
「うう……とにかく、魔法の発動には問題ないようだな」
毛布にくるまり、温かい紅茶を飲んだエヴァンジェリンが言う。
「ああ……その、大丈夫か?」
自分が魔法を撃ったためこのようなことになっているので、千雨はばつが悪かった。
「ふ、ふん、不老不死の吸血鬼の私が風邪などひくものか……! くしゅっ」
「……本当に大丈夫なのかよ」
柊がそう言った時、部屋に0-Phoneの着信音が響いた。発信元がわかりきっているため、少し嫌そうな顔をする。
「アンゼロットか……いったいなんだ?」
通話状態ににした柊が言う。今日も謎の技術で立体映像でアンゼロットの姿が表示される。
『なんだとはなんですか、柊さん。せっかくこちらから支援物資を送ろうと連絡したというのに……』
「支援物資?」
『はい。そちらではこちらと同じような回復薬などは手に入らないでしょうし、こちらからそちらにポーションなどを補充しようと思いまして』
「それは助かる。元々人手も足りてないんだ、千雨が支援系らしいけど、ポーションもある方が安全だしな。月匣内で雑魚相手に消耗することもあるだろうしな」
『そうでしょう。私に感謝してくださいね』
笑顔でいうアンゼロットに柊は引きつった顔になる。素直に感謝できない、と思ったが口には出さないことにした。
『それでは、支援物資を柊さんの月衣に送りますね』
そうアンゼロットが言い、0-Phoneの向こう側からぐいんぐいんと謎の機械の動作音が聞こえてくる。
そうして、次の瞬間。
「……え?」
千雨の月衣から物が溢れ出した。そう、千雨が月衣に隠していたコスプレ衣装たちが。
『あ……あら?』
ばさばさと音を立てて無情に床に散らばっていくコスプレ衣装。
「うあ……うあぁぁぁ――!」
千雨が言葉にならない悲鳴を上げる。
「み、見るなっ! これは、ええと、その……」
慌てて千雨は月衣へコスプレ衣装を戻そうとするが、月衣に衣装を入れたそばから別の衣装が落ちてくる。
『……どうやら、柊さんと千雨さんの月衣を間違えて送ってしまったようです』
送られてきたポーション類が千雨の月衣の収納限界を超え、その分のものが月衣からあふれているということのようだった。
「なんだ、これは?」
事情のよくわかっていないエヴァンジェリンが千雨のコスプレ衣装を見て言う。
「あー……これはコスプレってやつだ」
「説明するなッ!」
エヴァンジェリンに説明しようとした柊に千雨が怒鳴る。
「いや、俺、元々アキバに住んでたからこういうの割と普通で……」
「いいから黙れッ!」
そう怒鳴られて柊は素直に黙ることにした。そうしてひとしきり怒鳴った千雨はがっくりと膝をつき、床に落ちたコスプレ衣装を手元に引き寄せながらぶつぶつ呟きだした。
「うう……もうダメだ……私はこれからコスプレ勇者(笑)とか言われるようになるんだ……ははは……」
「お、おい、アンゼロット。さすがにこれは酷すぎるだろ。さすがにちょっとした嫌がらせにしては度が過ぎるというか……」
その千雨の様子がひどいくらい可哀想になった柊はアンゼロットに言った。
『ちが、違うんです! 今回のは本当に事故で……』
「…………」
うさんくさい、と言いたげな目で柊はアンゼロットを見る。
『本当なんです! お二人の月衣の位置が近かったからドジっ子ロンギヌスがちょっとミスをして……』
「…………」
やっぱりうさんくさい、と柊の目が語っている。
『ちょっ、信じてください!』
「いや、日頃の行いがなぁ……」
そんなやりとりをしているファー・ジ・アース組のむこうで、麻帆良学園組はというと。
「その、よくわからんが、ちょっと変わった服なだけだろう?」
「…………」
コスプレ衣装を手にどんよりとした千雨を毛布を被ったエヴァンジェリンが励ますというよくわからない風景になっていた。
「ほら、それくらいなら私も似たような服は持っているから……」
「…………」
ちなみに茶々丸はというと。
「マスター、頑張って下さい……!」
必死に千雨を慰めるエヴァンジェリンを、物陰から応援していた。
そうして、いろいろがぐだぐだになったまま、千雨への魔法のレッスンは終了したのであった。
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ミドル6 風邪引き吸血鬼の事情
エヴァンジェリンが風邪で寝込んだ。
前日、強がって風邪などひかないと言っていたが、結局風邪には勝てなかったらしい。
「うう~~この私がこんな……!」
「すいません柊さん、マスターの看病をお願いしてしまって……」
「いいって。薬貰ってくるんだろ、行ってこいよ」
薬をもらいに大学の研究室へ向かう茶々丸を見送る柊。柊はエヴァンジェリンの看病をすることになっていた。と、いってもお粥などはある程度茶々丸が用意している。ただ、材料の買い置きがないため、帰宅時に買い物をしてくるとのことだった。
そうして茶々丸が出かけて行ってからしばらくして、エヴァンジェリン宅の入り口のベルが鳴らされた。
「あのー、こんにちはー」
「あ、はーい」
慌てて柊は入り口の方へと向かう。そこには小学生くらいの少年が立っていた。
「あれ、エヴァンジェリンの同級生か? 今、授業中じゃ?」
見た目からして少し小さいが少年を見てエヴァンジェリンの同級生と考える柊。しかし柊は気づいていなかったが、エヴァンジェリンの通う中学は女子校なのでそれはあり得ない。
「あ、いえ、担任のネギです。家庭訪問に来ました」
「先生……?」
一瞬不思議に思った柊だったが、輝明学園にもかなり若い教師がいることを思い出しておかしくもないかと思った。
「あの、エヴァンジェリンさんは……」
「エヴァンジェリンなら今、風邪ひいて二階で寝てんだけど……」
「えええ!?」
「そんなに驚くことか? 吸血鬼でも風邪くらいひくだろ」
「え、なんで吸血鬼って知って――!?」
「いや、その年齢で先生やってるってことは魔法関係だろ?」
柊の中では非常識なものは全て
「き、キミも魔法使い……?」
同年代扱いされた柊蓮司の心に軽減不可の100ダメージ。そう言われてどんよりいきなり落ち込んだ柊を見たネギは首をかしげた。
「ど、どうしたの?」
「いや……なんでもない……確かに俺は魔法使いだ。それで、先生はとりあえず、エヴァンジェリンの見舞いってことだよな?」
「え、あの、いや、でも、彼女は真祖の吸血鬼ですよ、風邪なんて――」
「昨日、本人もそう言っていたけど結局風邪で寝てるぜ」
「余計なことは言うな、柊蓮司ッ!」
ふらふらしながらもバンと音を立てて扉を開け、エヴァンジェリンが怒鳴った。
「いや、熱あったじゃねーか。おとなしく寝てろよ」
呆れた様子の柊を無視して、エヴァンジェリンはネギと向き合った。
「よく一人で来たな……くしゅっ」
威厳を出そうとしたがくしゃみをして失敗した。
「ううぅ……それで何のようだ?」
「は、果たし状を持ってきました! 僕が勝ったら、サボらずに授業に出て下さい!」
そう言ってネギが懐から果たし状を取り出す。そのネギの言葉を聞いた柊が瞠目する。
「エヴァンジェリン……授業をサボるなんてなんてことを――!」
「ええい、うるさい! 柊蓮司、貴様はどっちの味方だ!?」
「そりゃあ今はエヴァンジェリンの協力者ってなってるけどよ。授業は出た方がいいぜ……」
遠い目をして言う柊。そんな柊を見てネギは疑問に思ったことを口にする。
「あれ? でも柊くんだっけ? 今、初等部も授業中じゃ――」
小学生扱いされたあげく授業に出られていない事実を突きつけられた柊蓮司の心に軽減不可の200ダメージ。再びどんよりと落ち込む柊。そんな柊を無視してエヴァンジェリンは言う。
「ふん、そこの下がる男はどうでもいい、それより決着を……つけ……」
話している最中にエヴァンジェリンを目眩が襲った。そのまま意識を失ったらしいエヴァンジェリンは床にぽてっと転がった。
「わーっ!?」
ネギの驚いた声を聞いて復活したらしい柊がエヴァンジェリンの姿を見て溜息を吐く。
「……だから無理するなって言ったのによ」
そうして意識のないエヴァンジェリンを荷物のように担ぎ上げると、二階のベッドまで運ぶことにした。エヴァンジェリンに意識があれば荷物扱いするなと激怒しそうな状態である。
「え、ほ、本当に風邪!?」
「だからそう言ってるだろ」
エヴァンジェリンをベッドに寝かせた柊が言う。ネギはまだ少し納得していない様子だった。
「そういやキミ、この間タカミチと一緒にいなかった?」
隠し子騒動のことを思い出したネギが柊に訊ねる。
「ああ、学園を案内してもらってたんだ。俺、最近麻帆良に来たばかりだからな」
異世界から、という言葉は伏せて言う。
「そうなんだ……あの、エヴァンジェリンさんが協力者って言っていたけど――」
もしかして敵なのかもしれない、と若干警戒しながらネギが訊ねたが、柊はあっさりと肯定した。
「ん、ああ、ちょっと共通の敵がいるから、協力してる」
「それって――」
もしかして僕のことじゃないですか、とネギが訊ねようとしたその時、柊の携帯電話が鳴った。こちらでは使えない0-Phoneではなく、連絡に不便だからと学園長から渡された携帯電話だ。電話の相手もその学園長であった。
「もしもし」
『おお、柊くんか。ちょっと話したいことがあるから学園長室まで来てくれんかの』
「わかった、今から向かう」
そうして電話を切る。
「丁度いいや、ネギ先生、だったよな? 茶々丸が戻るまでエヴァンジェリンの看病頼んでいいか? ちょっと学園長に呼び出されちまって」
「え、ちょ、いいんですか!?」
「いいんですかも何も、先生なら大丈夫だろ」
ネギは柊をエヴァンジェリンの仲間、つまり敵とみなしていたが、柊はせいぜい果たし状といっても喧嘩仲間か何かだろうと思っていた。それに職業が教師なのだからひどいことをすることもないだろうと考えていた。
「じゃあ頼んだ!」
そう言ってさっさと柊はエヴァンジェリン宅を出て行ったしまった。
「何考えてるんだろう、あの子……」
そのおかげで、ネギが柊を年下扱いしていたことは聞かずにすんだのであった。
「擬似世界結界?」
柊は学園長室に来ていた。
「そうじゃ。ファー・ジ・アース側から提供してもらったデータを利用してのう、この学園の結界と併せて発動する擬似的な世界結界を造ったのじゃ」
学園長の説明によると、ロンギヌスから提供されたデータを用いて学園結界を形成している装置やプログラムを応用し、麻帆良全域に世界結界のように魔王の力を制限したり非現実的な出来事を認識しにくくする能力を持った結界を張ったということだった。さらに、これにより魔王が麻帆良を離れて逃亡することも防げるという。
「この短時間でそんなものができたのか」
「麻帆良のスタッフが一晩でやってくれたのじゃ」
イイ笑顔で学園長が言う。柊は燃え尽きた麻帆良のスタッフの姿を幻視した。
「そ、そうか……」
そうしてその後は現在の探索情報などを連絡し、柊は学園長室を後にした。エヴァンジェリンの看病に戻るためにエヴァンジェリン宅へ戻る途中、柊は千雨に遭遇した。
「千雨、エヴァンジェリンのとこに行くのか?」
「蓮司か。……さすがに私のせいで風邪をひかせたみたいなものだから見舞いくらいはと思って」
「そうか。そういえばネギ先生だっけ? 千雨たちの担任も見舞いに来てたぜ」
本当は見舞いではなかったのだが、柊は見舞いと思い込んでいた。
「ああ……そういや朝、教室を飛び出して行っていたな……」
朝の光景を思い出した千雨が言う。そんな風に会話をしながらエヴァンジェリン宅に二人が入ると、まず柊の顔面にスリッパが飛んできた。
「柊蓮司ッ! 何故あのぼーやに看病を任せている! おかげで……げほっげほっ」
怒鳴った勢いで咳き込むエヴァンジェリン。そんなエヴァンジェリンの背中を茶々丸がさすっている。
「え? なんか問題あったのか?」
「大有りだばかものッ!」
そう怒鳴るエヴァンジェリンと事情のよくわかっていない柊。
「何かあったのか? あ、これ見舞いの品なんだが……」
千雨が茶々丸に見舞いの品の入った袋を手渡しつつ言う。
「わざわざありがとうございます。マスターとネギ先生とでなにかあったようですね」
「ふーん……」
また魔法でなにか服を脱がすとかやらかしたのだろうと千雨は勝手に思っていた。日頃の行いのせいである。魔法で夢を覗くという答えにはさすがにたどり着けないし、さすがに先生とクラスメイトが果たし状を送るほど対立しているという発想もなかった。
「あの、ところでこれはなんでしょう?」
千雨から渡された袋に入っていた瓶を見て訊ねる茶々丸。
「ああ……昨日、帰ってからさ、エヴァンジェリンが風邪とか引くのは魔力が足りないせいっていうのを思い出して、もしかしたらMPポーションで回復すれば風邪も治るのかと思ったんだ」
昨日は色々と混乱してそれどころではなかったとも言う。そのことは絶対に口にしないが。
その千雨の言葉に、柊に掴みかかっていたエヴァンジェリンの動きがピタリと止まる。そして茶々丸の手からむんずとMPポーションの瓶を奪うと一気に飲み干した。
「……」
「……ど、どうだ?」
ポーションを飲み干してうつむいているエヴァンジェリンに柊が問いかける。回復にファンブルして八つ当たりということはありませんように、という柊の祈りは届いたらしい。
「――復活ッ!」
高笑いをしてエヴァンジェリンが顔を上げた。調子が戻ったからか、とても上機嫌そうだ。
「まったく、何故こんな簡単なことに気づかなかったんだ、頭が悪いぞ、柊蓮司!」
「うるせー! そもそもエヴァンジェリンだって気づいてなかっただろ!」
「ふん、異世界のものまで私は詳しくない」
「ぐっ……!」
そんな元気になったエヴァンジェリンの姿を見た茶々丸は嬉しそうにしている。
「ああ、マスター、あんなに元気に――」
「――いや、やってることは治る前と変わっていないような……」
千雨がそう言うが、茶々丸は首を横に振る。
「元気さが違います、具体的には――」
「いや、いいから。説明しなくていいから。むしろ元気になったなら見舞いもいいだろうし帰る……」
「それよりマスターがどれだけ元気になったかの説明を――」
「いらねーから!」
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ミドル7 「おとうと」と「ともだち」
エヴァンジェリンが風邪から復活した翌日、柊と千雨は魔王を捜して今日も当てもなく探索していた。
「これは今日も収穫無し、かもな」
ピグマリオンを操作しながら千雨が独りごちる。画面上には探索したエリアの示された麻帆良の地図が映っている。
「学園都市っていうだけあって広いんだな、ホント」
柊がそう言って溜息を吐く。さすがにこれだけの間まったく情報がないというのは柊もやる気をそがれていた。話し方もどんどんやる気のないものになっていく。
「そういやさー、エヴァンジェリンが昨日の夜、調子に乗ってMPポーション飲んでさー、うっかりファンブルして昼間回復した分の魔力を全ロストしてふて寝してた」
「……それで今日は学校来てたけど不機嫌そうだったんだな」
「なんでも、今夜、その魔力不足の原因を排除するために別行動するとか言ってたな」
「魔力不足の原因ねえ。案外、ウィザードの言う世界結界だっけ? ああいったもので力が制限されてるとかだったりしてな」
「おいおい、それじゃあまるでエヴァンジェリンが魔王みたいじゃねーか」
「そうだよな、悪い悪い。あんなぽんこつな魔王はいねーよな」
「…………」
「いや、そこは否定しねーのかよ」
そんな感じのくだらない話をしながら二人が歩いていると、千雨にとっては見慣れた、柊にとっては数日前に見た人影が見えた。
「あれ、長谷川さん? なんで柊くんといっしょに?」
その人影は千雨のクラスメイトの神楽坂明日菜だった。さすがにもう誤解は解けているようで、タカミチの隠し子という話にはならなかった。
「あー、その、親戚で……」
「そうそう」
ぎこちなく言う二人。だが明日菜は特に疑うことなく信じたらしい。
「へー、そうだったんだ。確かに、言われると似てるかも。なんかこう、ツッコミで苦労しそうな感じの見た目が」
「どういう見た目だよそれは!?」
「いいんちょと同じようなこと言いやがって……」
「――あ、そういえば」
その言葉に思い出したのか明日菜が言う。
「いいんちょにあれから変なコトされたりしてない!?」
「ああ……」
思い当たる節のある二人は遠い目をした。本人達は気づいていないが、その二人の姿は確かに明日菜の言う通り似ていた。
「や、やっぱり何かされたの!?」
絶対に何かあったという具合のわかりやすい二人の様子を見て、明日菜が慌てたように言う。その明日菜の姿に、千雨も慌てて否定する。
「あー、いや、家に招待されたくらいだよな、蓮司」
「ああ。それくらいだよな」
そう言い合う二人だが、だがその内容も明日菜にとってはまだ安心できない内容だったらしい。
「ま、まさか柊くん一人で!?」
身を乗り出してまで言う明日菜の姿にちょっと引きながら千雨が答える。
「いや、私も一緒」
その言葉を聞いてようやく明日菜は一安心といった様子で胸をなで下ろした。
「そっか、ならまだ安心できるわね」
明日菜のそんな様子に柊は大げさだなあと思った。さすがに柊もあやかがネギを前にして鼻血を出したことがあるとまでは思わないだろう。
「そんなに心配しなくても……単に弟を紹介したいっていうだけの話だったぜ」
明日菜に余計な心配をさせまいとそう言った柊だったが――
「……おとうと?」
柊の言葉に明日菜の動きが止まる。その様子を見た千雨が首をかしげる。
「ん? どうかしたか、神楽坂」
「――――そんなはずない」
明日菜がか細い声で言う。
「何?」
「――いいんちょに弟なんて、いない」
「え?」
どさり、と何かの落ちる音がした。三人がその音のした方を見ると、そこには今話していた本人、雪広あやかが立っていた。足下には落としたらしい紙袋が転がっている。
「な、何を言っているのですか……!? 私に弟がいない……?」
「いいんちょ――」
明日菜があやかに声を掛けようとするが、あやかの言葉に中断させられる。
「なんてことを言うのです! 冗談にしても程というものがあります!」
あやかが明日菜を睨みつけるが、明日菜も負けじと強い視線であやかを見つめ、強い口調で言い返した。
「冗談でこんなこと言うわけないじゃない!
――春休み、私たちがネギといいんちょの家に行った日はなんの日だったのかおぼえてるの!?」
「ネギ先生がいらした日? もちろん覚えているに決まっています、私の弟の誕生日を祝いに来て下さったのですわ」
すらすらとあやかが言う。しかし、明日菜はそれに真っ向から反論する。
「じゃあ、なんでネギがそれを知っていたの?」
「それは……アスナさんがネギ先生に……」
あやかがたじろぐ。たたみかけるように明日菜は言う。
「私はいいんちょの弟なんて知らないって言ってるのに?」
「それは……そ、れは――」
明日菜の言葉にあやかが一歩後ずさる。顔色が目に見えて悪くなっている。
「思い出した?」
その明日菜の問いかけにあやかは首を左右に何度も振り、否定する。
「ち、違……違いますっ、私の弟は、ちゃんと実家に――!」
そう言って踵を返し、駆け出すあやか。
「ちょっ、待ちなさい、いいんちょ!」
明日菜もそれを追って駆け出す。二人を見ていた柊と千雨は顔を見合わせる。
「――蓮司、これってもしかして」
「ああ……魔王が関わっているな、間違いなく」
そうして二人は頷きあう。
「追うぞ!」
「ああ!」
あやかと明日菜の二人を追い、柊と千雨も駆けだした。
走り去ったあやかを追って走る明日菜が彼女に追いついたのは、彼女が自分の実家の前にたどり着いた時だった。すでに日も暮れ、宵闇があたりを包む。ふいに消えていく電灯を見て、そういえば今日は大停電の日だったと思い至る。夜空には妖しく光る真っ赤な月が見える。
「いいんちょ、聞いて!」
背を向けて立つあやかに向けて明日菜が叫ぶ。
「――本当は」
明日菜の声が聞こえていないかのようにあやかが呟く。
「本当は、どこかで気づいていたのかもしれません……私の弟は、いないと」
「いいんちょ……」
その時、屋敷の門が開いた。そこから一人の少年が現れる。
「そんなこと言わないで、お姉ちゃん。ボクはここにいるよ」
「あ――」
あやかの肩が震える。頭を振って思いなおしたように言う。
「そう、そうですわよね、私の勘違い、ですわ。私の弟はちゃんと――」
「だったら! だったら、その子の名前はなに!? 私はそんな子知らない!」
明日菜が叫ぶ。そして手をあやかへ向けて伸ばした。
「戻ってきてよ、いいんちょ! その子は――現実じゃないっ!」
あやかはその言葉に迷ったように、『弟』と明日菜を交互に見る。
「お姉ちゃん、騙されないで。ほら――」
そう言って『弟』があやかへと手を伸ばす。二人から伸ばされた手を交互に見て、ゆっくりと手を『弟』の方へと伸ばした。
――パン、と乾いた音が響く。あやかが『弟』の手を払いのけた音が。
「いいんちょ……」
「そう――気づいていたんですわ。私に弟はいないと。だからこそ、今の私があるんだと――」
その言葉に笑みを浮かべる明日菜と、逆に顔を歪ませる『弟』。そこに空から声が響く。空から魔法の杖のような箒――ウィザーズ・ワンドに乗った千雨があやかと『弟』の間に降り立ち叫んだ。
「≪ヴォーテックス≫!」
その言葉と共に放たれた魔法が『弟』を吹き飛ばす。
「長谷川さん!?」
しかし、魔法で吹き飛ばされても『弟』は何事もなかったかのように立っている。だが、そこへ追い打ちを掛けるように白銀の軌跡が降りる。真上から雷のように降り注ぐ魔剣の斬撃。あたりに土埃が舞い上がる。しかし、それが晴れる前に中から柊が転がるように吹き飛ばされてきた。土埃の晴れたむこうには柊の攻撃を受け止めた『弟』――いや、魔王が立っていた。
「――邪魔をするな、ウィザード」
歪んだ表情の魔王の表情がさらに歪んでいく。もはや、人間の顔つきではない。体も肉がもりあがり――全身が魔物のような姿へと変わっていく。弟だと思っていた人物のあまりの変わりようにあやかが悲鳴をあげる。
「な、なにあれ……あれも魔法ってヤツ……?」
明日菜がその光景に怯えたように言う。
「まあ、そんなところだ」
立ち上がりながら柊が言う。柊を≪レイ・ライン≫で回復しながら千雨は言う。
「神楽坂、いいんちょを連れてここから離れろ」
「で、でも――」
「いいから!」
「わ、私だって、戦えるわ!」
吸血鬼だというエヴァンジェリンにだって一撃をいれられたのだ、魔物相手にだって――! そう考えた明日菜が魔王へと向けて跳び蹴りを放つ。
「ええーい!」
魔王はそれを回避しない。いや、する必要がない。
「嘘ッ――!?」
まるでダメージがないかのように魔王はそこに立っている。実際に魔王にはまったくダメージが通っていないのだ。明日菜は知らないことだったが、彼女の持つ魔法無効化の力も異世界の魔王の持つ世界律には通じない。世界律は魔法とはまったく別のものなのだ。
そして魔王は軽く明日菜を投げ飛ばした。
「きゃあっ!?」
「アスナさん!」
投げ飛ばされた明日菜をあやかが受け止める。勢いのまま、二人はもつれあうように倒れ込む。
「いいんちょ!? 大丈夫!?」
受け止めて、そのまま気を失ってしまったらしいあやかを前にして明日菜が叫ぶ。
「わかっただろ、あれと戦えるのは――そのための力がある私たちだけだ。だから二人とも、早くここを離れろ!」
そう言って千雨は二人にも≪レイ・ライン≫を唱える。さすがにロリかショタじゃないと攻撃が通りません、とは言えない。
「で、でも――誰かを呼んで」
「俺たちじゃないと、今みたいに攻撃がきかないんだ。それに応援は来る、大丈夫だ」
柊の言葉に少し迷う明日菜。
「いいんちょを任せられるのは今は神楽坂だけだ、頼む」
その千雨の言葉に踏ん切りがついたのか、明日菜は頷き、気を失ったままのあやかを抱えた。
「……わかったわ」
明日菜が走り出す。彼女の考える安全な場所――魔法使いであるネギもいるはずの寮へと。
そこでオコジョに助けを求められ、ネギのために戦いに赴くのはまた別の話だ。
――それぞれの大停電の夜が始まろうとしていた。
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