プルスリー・ストーリー (ガチャM)
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第1回「温泉でプルプル」
舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。
長物守:作
ガチャM:挿絵 (twitter @nagamono)
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 twitter @kanibasami_ta
ねむのと 9 twitter @noto999
おにまる 10 twitter @onimal7802
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サイド1……そこは、宇宙移民にして棄民たるスペースノイドの、始まりのソラ。一年戦争で激戦区だった、宇宙要塞ソロモンが存在していた宙域でもある。
現在は、各サイドにネオ・ジオン軍が展開中だ。交渉や取引、そして武力行使……手段はどうあれ、再びジオンの旗は打ち立てられた。ここではエゥーゴも連邦軍も、歴史的背景もあって大きな作戦行動が取れないのだ。
「あら、なかなかいい部屋ね」
妹達を伴い、プルスリーはサイド1のエルドラドを訪れていた。黄金郷の名に相応しく、コロニー内部には自然が豊富で観光名所も多い。歓楽街と免税店、そして大型リゾート地が待ち受ける中、彼女が選んだのは……温泉である。
今、親衛隊の面々は約半数が慰安旅行に来ていた。強化人間の精神安定のためでもあり、言うなればプルシリーズのメンテナンスだ。
部屋の鍵を預かるプルスリーは、大きな和室を横切り窓を開ける。
プルナインがすぐに駆け寄り、身を乗り出す。
「わーっ! 見て見て、お姉ちゃんっ! ほーらっ、イレブンも!」
「ナイン姉さま……コロニーの景色なんて、どこでも変わらないと思いますけど」
「そんなことないよー! それにほら! 庭っ! 庭がなんか凄いよー」
「枯山水ですね。日本の伝統的な造園文化です」
はしゃぐ妹達を見て、自然とプルスリーは頬が綻ぶ。
それは、荷物を運んでくれてるプルフォウやプルナインも同じようだ。
だが、無理に笑うプルフォウが胸中に霧を満たしている。
それは黒く煙っていきそうな、不安。
「プルフォウ、心配しなくても大丈夫。プルツー姉さん達なら、きっと上手くやるわ」
「でも……心配だな。一気に半数近く、親衛隊のパイロットが」
「戻れば、次はわたし達でプルツー姉さん達の休暇中を戦い抜かなきゃいけないのよ?」
「うっ、そうだった……なら、英気を養っておかないと」
「そういうこと」
プルフォウは姉妹の中でも、特別に広い感性を持っている。そう、鋭いのとも違うし、研ぎ澄まされた感覚とは別物だ。静かに広がり浸透して、些細なことも拾い上げる。そういう子なのだとプルスリーは思っていた。
そんなことを考えていると、プルエイトの声が小さく叫ばれる。
「まあ! プルナイン、あなたなにを……ちょ、ちょっと待って、いいから待って!」
なにかと思って視線を滑らせると、淡雪のように白い肌が目に入ってきた。
プルナインは既に、着ていたシャツもスカートも脱いでしまった。勿論下着も。そうして、この旅館に備え付けの寝巻きを手にしている。
呆れて固まったプルイレブンを尻目に、プルナインはニパッと満面の笑みだ。
「これ、キモノだよね! 日本のキモノ! ナイン、知ってるよ? キモノはね、下着はつけないの!」
「ああもうっ、ナインったらどこでそんな……いいからちょっと待って、今すぐ着せてあげるから」
すぐにプルエイトが、落ちている帯を拾って駆け寄る。
プルナインは寝間着を羽織って嬉しそうに笑っていた。
「いい、ナイン。下着をつけないのは大昔の話。昔には昔の、その、あったのよ。下着的なものが」
「そうなんだあ。キモノ用の? ふむふむ」
「それと、これはユカタっていうのよ? キモノの一種で、こうして寝巻きに使うものから、夜祭に着ていくものまであるの」
プルエイトは一生懸命、プルナインにユカタを着せようとしている。だが、可憐なプルナインはあまりにも華奢過ぎた。まだまだあどけない表情とは裏腹に、スレンダーな肉体は女性らしさを帯び始めている。
プルスリーは姉妹の体調管理も仕事で、妹の成長は素直に嬉しかった。
見かねたプルフォウが口を挟んで、次いで手を貸し始めた。
「待って、エイト。ナインはウェストが細過ぎるのよ。確か、こういう時はタオルとかを巻けば……このままじゃ、いくら着せてもずり落ちてきちゃう」
「そうね。……ちょっと、悔しいわ。わたくしってば、体型維持には凄く気を使ってましてよ?」
「同じ強化人間の姉妹でも、体質ばかりはね。さ、これでいいわ、ナイン」
部屋に備え付けのタオルを使って、ようやくプルナインにユカタを着せることができた。
プルナインは、その場でクルリと回って嬉しそうに笑った。
「ありがとっ、フォウお姉ちゃん! エイトお姉ちゃんも!」
「よかった、ナイン嬉しそう。さて、私達も着替えましょうか。エイトは……普通に着れるわよね? ユカタ」
「ええ、残念ながら。苦労に苦労を重ねていても、わたくしのウェストときたら。ま、まあ、誤差の範囲! 許容範囲内です!」
クスクスと笑うプルフォウに背を向け、プルエイトも着替え始めた。
プルスリーも荷物をまとめてチェックすると、プルイレブンからユカタを受け取る。
今日から二泊三日の慰安旅行、姉妹水入らずである。本当は全員で来たかったのだが、栄えある親衛隊がミネバ・ザビ殿下の守りを疎かにはできない。それで、隊を二つに分けて交互に旅行することになったのだ。
このエルドラドが選ばれたのも、比較的ネオ・ジオンへの心象がよい平和なコロニーだからである。
「そういえば、こういうのを日本ではトージっていうのよね」
「トージ? スリー姉さん、詳しいの?」
「あら、プルフォウ。わたしの専門はメディカルケアよ? 昔から温泉は、薬学的にも効果のある療法だわ」
「そうなんだ……ふふ、じゃあ姉妹がそろってお風呂好きなのって」
「オリジナルの因子が影響してるんでしょうね。でも、同じ趣味は家族って感じがして嫌いじゃないわ」
手早くユカタに着替えて、鏡の前に立つ。
子供ばかり五人での外泊だが、ジオンシンパの旅館なのでセキュリティは大丈夫だろう。あとは、親衛隊として節度のある行動を心がければいい筈だ。なにより、せっかくだから少しだけ軍務を忘れるのもいいだろう。
「ねえっ、温泉いこ! 温泉っ! 早くー!」
「ナイン姉さま、はしゃぎ過ぎ……」
「ほーらー、イレブンも早くっ! ナインが背中、流してあげるねー」
「ちょっと待ってください。今、温泉の成分をネットで調べてますので」
プルイレブンは、手にしたタブレット端末に指を滑らせる。
本来、温泉とは地下水が地熱で温められたものである。場所によって、鉱物資源が溶け混じった状態になり、様々な成分が含まれる。効果は千差万別だが、健康によいとされていた。
だが、このエルドラドはスペースコロニー……人間が星の海に浮かべた人工島である。それでも、こうして観光施設を数多く整備してるからには、ただの真水を沸かしているだけでは芸がない。
「あ、出ました。エルドラド、ネオ・キヌガワ温泉……泉質はアルカリ性単純泉、火傷に対する効能がある。ふむふむ……あ、お姉さま方。こちらの公式サイトにお得なクーポンが」
また、プルイレブンの癖が始まってしまった。
普段からモビルスーツのOSやコンソール、アビオニクス等をプルイレブンは手がけている。コンピュータのプロフェッショナル故か、ネットに接続してしまうと長いのだ。場合によっては、半日間は電子の海から戻ってこない。
だが、そうはさせまいとプルエイトがタブレットを取り上げた。
「ほらほら、イレブン? こんなとこに来てまでネットばかりするんじゃないの」
「あっ、待ってください。今丁度、気になるアプリがあったので」
「えーと、どれどれ……やだ、カラオケ一時間無料券? ふーん、そういうのもあるのか。この、マッサージチェアというのは? 興味深いわ、日本の温泉て奥が深いのね」
「か、返して、ください……」
スタスタと畳の上を歩きながら、プルエイトがタブレットを操作する。
その背後を、あうあうとプルイレブンが追った。
なにか気になる情報を探しているのか、プルエイトの細く白い指が画面を走る。
「……美肌効果とか、ないのかしら? 折角の温泉なんですもの」
「人工温泉です。科学的に成分を調合した水ですから」
「ま、それもそうね。はい、イレブン。それ、そろそろ充電切れるわよ?」
「あっ。……エイトお姉さまがあちこちアクセスするからです」
バタバタとプルイレブンは、自分の荷物から充電ケーブルを取り出す。
その間にもう、全員が温泉へ行く準備を済ませてしまった。
夕暮れ時だった外の景色も、今はゆっくりと宵闇に包まれてゆく。
「さて、じゃあ先にお風呂にしましょうか。夕食は部屋に運んでもらえるから」
プルスリーは一応、年長者として部屋の鍵を預かる。
姉といっても、同じロットで製造されたプルシリーズの姉妹でしかない。カプセルを開ける順番が早かっただけかもしれないのだ。
だが、妹達の世話を焼くのは嫌いじゃないし、いつもプルツーが自分にしてくれているように振る舞えばいい。ニュータイプ能力をキルマシーンに落とし込んだだけの自分でも、姉と妹は大事な家族だ。
プルフォウが人数分のアメニティと、大小のタオルを準備してくれた。
「よし、じゃあみんなで行こうよ。今日は観光シーズンからもズレてるから、意外とガラガラにすいてるかも」
真っ先に飛び出したのぱプルナインで、彼女は待ちきれないみたいだ。
こうしてプルスリー達は、短い休暇で自分達を癒やして休めるのだった。
***
スペースコロニーにも夜はある。昼と夜の狭間、宵闇を迎える逢魔が時があるのだ。巨大な円筒状の構造物の、その内側から見上げる景色は不自然に過ぎる。
だが、プルスリーと妹達は、どこまでも青い空や、透き通る夕暮れは見たことがない。それでも、人工の閉鎖空間に再現された自然は感動を禁じえなかった。
「うわーっ! 広い! ひっ、ろーい!」
旅館の露天風呂には、宿泊客の姿はなかった。もとよりシーズンオフ、大きな連休のない時期である。加えて言えば、プルフォウがわざわざ調べてくれた、客足の鈍る季節だからだ。
露天風呂を前に歓声をあげるプルナインに、誰もが自然と頬を綻ばせる。
勿論、プルスリーも日本固有の文化に触れるのは初めてだった。
プルスリーもそうだが、スペースノイドにとってバスルームとは密閉空間だ。軍艦として建造された宇宙船の中では、水は酸素の次に貴重なものである。それを大量消費するバスルームは、流れて落ちる湯を無駄にせぬ構造になっていた。
「凄いわね……庭にお風呂があるわ。わざわざ外に、お風呂を作ってる」
プルスリーにとって、湯気を燻らす露天風呂の存在は驚きだった。
眼の前では今、飛び込もうとするプルナインをプルイレブンが引き止めている。二人とも胸元にバスタオルを結んでいるが、それが解けてもおかしくないくらいだ。
天真爛漫なプルナインにとって、目の前の絶景は魅力的に映っただろう。
プルスリーも、雅な空間に広がる露天風呂に言葉を失っていた。
「スリー姉さん、あの……止めないと、ナインが」
「え? あ、ああ、ええ。そうね、まずは身体を洗わないと」
いわゆる、プルシリーズとして連番でナンバリングされている少女達。その一人であるプルスリーにも、皆が姉妹だという感じる共通の趣味があった。
どういう訳か、プルスリーを含む姉妹はお風呂が異様に好きだ。咎められないなら、二時間くらいは平気で入り浸ってしまう。
その不思議な共通点を、今まで誰一人として真剣に考えたことはなかった。程度の差こそあれ、姉も妹もお風呂が好きなのだ。それは、単純に心身の清潔さを保つ以上の価値を見出しているからだ。
「見事なものだわ……でも、屋外にバスルームを作る感覚は、少しわからないわね」
「まあまあ、スリー姉さん。これが東洋の島国、日本の文化なんだよ。きっとね、きっと……そういう、おおらかな国なんだと思う」
プルフォウがそう言うので、不思議とプルスリーも納得してしまった。
とどのつまり、完璧に整った美の結晶である日本庭園に、粋を凝らして風呂を作る……そして、その両者が調和した中で入浴するのだ。
改めてプルスリーは、旧世紀から続く日本の伝統を感じた。
だが、まだまだ幼い妹達は好奇心に瞳を輝かせている。
「あ、そっか。そだね……行こう、イレブン! ナインが背中、流したげる!」
「ひ、一人でできますから。その、引っ張らないで、ください」
「いーから、いーから!」
プルエイトも、妹達を追って洗い場へと向かう。
蛇口やシャワーも、全て巨大な岩の壁面についていた。ここには、自然界にないものは極力置かないようにしているのだろう。屋外であることも手伝って、不思議な開放感が心地よい。
そして、自分もまた生まれたままの姿なので、自然の一部のように感じられるのだ。
「スリー姉さん、私達も行きましょう」
「ええ」
すぐにプルイレブンは、プルナインによって全身を泡立てられていた。どうやら観念してしまったようで、おとなしく座っている。
姉妹達に並んで座れば、プルフォウはすぐに隣のプルエイトが持つ入浴道具に夢中だ。
「えっ、これ……新作? どこの?」
「これは地球産ですわ。少し高価ですけど、シャンプーやトリートメントにはこだわりたいもの」
「エイトは確かに、表に出る仕事が多いものね」
「使ってみてくださいな、フォウお姉さま。こっちのオレンジの香りもオススメですのよ?」
「た、沢山持ってるのね……」
プルエイトはパイロットと共に、女優の仕事を両立させている。それは諜報活動の一旦であるが、彼女自身の夢でもあるようだ。姉妹の健康面に関してはプルスリーの担当だが、お年頃な妹達のお洒落に関してはプルエイトの分野である。
プルスリーも勧められるままに、プルエイトからシャンプーのボトルを受け取った。
「これは、薔薇の香りね。いい匂い」
「スリーお姉さまもフォウお姉さまも、仕事には熱心なのに……身だしなみは少し、いいえ、全然疎かですわ。いい機会です、少しお二人には女を磨いていただきますの」
「そ、そんなにかしら? ……そりゃ、不衛生でなければ特にとは思うけど」
プルフォウも、右に同じくと首を横に振った。
そうして、ついには身の回りの化粧品や下着の話に花が咲き、同じ姉妹でも随分違うものだと笑い合った。
ゆったりとした時間が流れてゆき、徐々に人工太陽の光が弱まってゆく。
その最後の残照が消え入る頃には、プルスリーは妹達と身体を湯に浸していた。少し肌寒くなってきた分、温泉の湯は格別だった。
「はぁ、生き返る……露天風呂っていいものね」
「うわっ、スリー姉さん。そういうこと言ってると、早く老け込んじゃうよ?」
「あら、それは困るわね。でも、人工的に配合した湯でも、温泉は格別だもの」
「スリーお姉さまには少し、自分の美貌を自覚してもらう必要がありますわね……」
プルフォウとプルエイトに挟まれ、そうなのかしらとプルスリーは首を傾げた。
基本的に全員、同じ顔をしているのだから、それを言うならばプルエイトだってそうだ。だが、そのプルエイトは女優業で己の美しさを活用している。それに、若いパイロット達の間では、プルフォウなどは人気があるという噂もあった。
戦場で、小さな少女パイロットの姿は目立つ。どこに行ってもプルスリー達は、好奇心と畏怖、そして畏敬の念が籠もった視線を浴びた。強化人間はモビルスーツ隊の切り札である。女神のようにありがたがる者がいれば、バケモノのように嫌悪する者もいる。
そんなことを思い出していると、突然背後からプルスリーは抱きしめられた。肩越しに振り返れば、プルイレブンがジト目で見詰めてくる。
「ど、どうしたの? ちょっと、イレブン……手が」
「……大きい、です。凄く、大きいです」
「この子ったら、もう」
プルイレブンの両手は今、豊かに実ったプルスリーの胸の双丘を掴んでいた。確かに、彼女の小さな手に余る程度には、丸みを帯びて形良く並んでいる。
プルイレブンはムムムと唸って離れると、次はプルエイトの方へ向かった。
「エイト姉さまも、なかなか……」
「あら、それならフォウお姉さまも凄いわよ? ほら」
「私? あ、こら、イレブンッ!」
順々に姉の胸に触れてみて、最後にプルイレブンは自分の薄い胸に手を当てた。そして、溜息。
なるほど、どうやら彼女は自分の発育が悩みのタネらしい。因みに、先程から泳いだりしてはしゃいでるプルナインは、プルイレブンにとっては調べなくもいい存在らしい。確かに姉妹でも、体格や発育、そして性格には個体差があった。
「私も、胸……大きく、なるでしょうか」
「大丈夫よ、イレブン。まだ思い悩むような時期じゃないわ」
「でも、姉さま達は、立派……ナイン姉さまはまあ、置いとくとして」
その時、プルエイトの爆弾発言が投下される。
「……殿方に揉んでもらうと、大きくなりますわ。そういう話を以前、少し」
「おお……つまり? じゃあ、姉さま達は」
「ち、違うわよ! 大きさで言えば、フォウお姉さまやスリーお姉さまの方こそ怪しいわ」
親衛隊の健康管理もプルスリーの仕事なので、妹達のスリーサイズは知っている。確かに、自分やプルフォウは少し早熟なようだ。クローンとして同じ遺伝子配列で作られても、カプセル内での成長はまちまちだ。その上、皆がそれぞれ違う任務についてきたから、その環境の違いも影響してくるだろう。
その時、ザバッ! とプルナインが立ち上がった。裸の彼女は、ついと手を伸ばして空を指差す。
「見て見て! 凄い夜景っ!」
誰もが天を仰いだ。
そこには、空を挟んで回転する町並みの光があった。スペースコロニーの空は、その向こうに地続きの都市が広がっている。ネオンの光が無数に連なる街明かりは、まるで満天の星空だ。
「綺麗ね……」
思わずプルスリーも見惚れてしまう。
あの光の一つ一つが、スペースノイドとして生きる人間の営みだ。その数だけ、命が今も生きている。虚空の宇宙は冷たくて暗くて、そして果てがない。こうして仮初の大地を得ても、その外には暗黒の宇宙が広がっているのだ。
丸い地球の大地と同じだが、コロニーの丸みはその内側に人間達を閉じ込め守る。見上げる空すら、互いの頭上の間に漂っているのだ。
「守らなきゃ、ね……あの人達を。その一人一人を。それがきっと、ミネバ様の願いだから」
プルフォウの言葉に、誰もが頷く。
プルスリーもまた、妹達と同じ想いを共有し、それを互いの中に再確認するのだった。
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第2回「逆転する姉妹」
舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。
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2
AMX-103RZハンマ・ハンマ"ラーズグリーズ"は、初期ロットの二号機に大幅な改修を加えた実験機である。高い運動性を誇る各種スラスターはそのままに、下半身に分離機能を実装。陸戦時の惰弱性があった脚部を大型化している。右腕には格闘用のナックルクローが追加された。
――宇宙要塞アクシズ。
宇宙の深淵、地球さえ星々の光に紛れて見えぬ外洋……その昏き底より、ジオンの再興を果たすべく決起した者たちの本拠地だ。地球圏へ帰還した者たちはこのアクシズを拠点に、自らを新たな戦士としてこう名乗った。
ネオ・ジオンと。
今、巨大な軍事基地であるアクシズの片隅で、硝子の向こうを見やる少女がいる。
彼女の目に映る地球圏は、冷たい外宇宙への入り口とはまるで違った。
この海には、人の意思が渦巻いている。
閉塞感にも似た、無数の思惟の奔流の中で……さざなみの寄せる渚のような安らぎ。
宇宙をそらと呼んで戦う男たちとは違って、彼女にはいつも虚空の海は凪いでいた。
そんな彼女を、背後でもう一人の少女が呼ぶ。
「プルスリー、検査はもういいんだろう? 私は忙しいんだ、すぐに艦隊に戻らなければ」
プルスリーと呼ばれた少女は、一つ上の姉を振り返る。検査着が大きすぎるのか、なだらかな肩も顕に不満顔でプルツーが平坦な目をしていた。
分厚い硬化硝子に反射して映る二人の顔は、全く同じだ。
だが、些細な表情の変化と髪型が、僅かに印象を異にしている。
「プルツー姉さん。まずはそこに座ってください。検査の結果をこれから――」
「いいよ、プルスリー。問題はない筈なんだ。そうだろう?」
「……少し疲れが出ているみたいですが」
「ああ、新しいサイコミュの試験をやったからかな? 今度のは大きいんだ。キュベレイなんかとは出力も段違いさ。サイコガンダムとかいうののデータも使ってる」
「ストレス、だと思います。それは姉さんが一番感じてるのでは?」
プルツーは少女に不釣り合いな生真面目さで、表情を僅かに強張らせた。まだ十歳そこそこなのに、整った顔立ちを緊張させている。彼女がオリジナルから生まれた最初のクローンで、プルスリーにとっては唯一の姉だ。
そのプルスリーは、長い三つ編みの髪を揺らして白衣を翻す。
逃げられないと観念したのか、プルツーはおとなしく机の前の椅子に座った。
ここはプルシリーズ専用の医療区画で、多くの研究者も出入りしている。プルスリーが普段担当するセクションで、少し長くて大きい白衣を着せられているのも、そのためだ。
「姉さん、もう少し自分を大事にしてもらえないでしょうか? 私は少し、心配です」
プルツーの前に正対して座ると、目を逸らされた。
恐らく、自分でも自覚があるのだろう。
こんな時、周囲は口を揃えて姉妹逆転だと笑う。今も、ブースの向こうを通り過ぎた女性職員が口元を抑えていた。ここではプルスリーも、妹たちプルシリーズもただの子供だと見る者が多い。開発と調整に携わった研究者の中には、我が子同然だと思ってくれてる者たちもいた。
勿論、実験動物のように扱う者もいて、それは別にいい。
ただ、そうした人間たちの存在はプルスリーに色々と学ばせてくれる。
そして、ここで白衣を着ている時は姉妹全員の健康管理が自分の仕事だ。
「姉さんは働きすぎです。もう少し休暇を取って、自分を甘やかしてくれないと困るんですよ? 私……本当に心配で」
「うう……あーもぉ! わかった! わかったよ、あたしは休暇を取る。それでいいだろ」
「妹たちの面倒も、私がケアしてますから。空いた時間だからと世話を焼くのも」
「わかったよ、まったく! ……保護者面する妹にも困ったものだな!」
「光栄です、姉さん。では、休暇を申請して少し遊んでてください。姉さんは休みを取るとすぐ、妹たちを見て回るから……そういうの、嬉しいですけどいけませんよ?」
「フン、覚えておこう」
ぶすっ、とプルツーは頬を膨らませる。
クスリと笑って、プルスリーは必要な書類にサインした。
しかし、今度は思い出したようにパッと表情を明るくさせて、プルツーの逆襲が始まる。
「そういえば、プルスリー。モビルスーツの手配だが、なんとかなりそうだぞ」
「まあ。早かったんですね、よくこの情勢で」
「うん、まあ、その、なんだ。キュベレイは予備機まで投入してて空きがない。そこで、技術部門を叩いたら、まあ出てくる出てくる……連中は意外な物を隠し持っててな」
モビルスーツの話題になると、姉は嬉しそうな顔をする。それは妹たちも同じで、恐らく無自覚に感じているのだろう。
物言わぬ巨兵が皆、自分たちと同質の存在だということを。
プルシリーズは人造のニュータイプだ。その感応能力を兵器に転用する、ただそれだけのために調整された存在なのである。いわば、モビルスーツに搭載する一番高価な部品とも言える。そして、部品である限り替えがきくのだ。
だから、姉妹は皆モビルスーツを我が子のように大事にする。
自分にとって居場所であり、ゆりかごであり、棺桶だから。
全ての姉妹は皆、コクピットに座るために生み出され、コクピットで死んでゆくだろう。
そのことにプルスリーは一抹の寂しさを感じたが、プルツーは声を弾ませていた。
「初期ロットのハンマ・ハンマがあってな、その二号機を供出させた」
「ああ、エンドラに配備された試作モビルスーツですね。確か、一応満足のゆく性能だったので、少数のみ量産されるとか」
「マスプロダクトモデルでは、腕部の片方からサイコミュをオミットするらしいがな。だが、初期型だから性能はお墨付きだ。ただ」
「ただ?」
「次の新型のテストベッドになってたから、ちょっと仕様が特殊だ。バウの開発チームがアレコレいじって、下半身が別物になってる。もともと腰下の脆弱性は指摘されてたからな。安定性と耐久性を追求して、下半身は別物だ。分離機構まである」
「はあ」
「そのあと、強化人間用のモビルスーツ開発に回されて、ワルキューレ計画の母体に使い回された。コードネームは……ラーズグリーズ」
ハンマ・ハンマの改良機、というよりは改造機。その名は、ラーズグリーズ……確か北欧神話に登場するワルキューレの一人だ。その名の意味は『計画を破壊する者』である。
物騒な名を持ついわくつきの機体だが、プルスリーに受領への迷いはない。
今、ネオ・ジオンでは総力戦に備えてモビルスーツの緊急配備が進んでいる。
次々と新型が生み出される反面、ザクやドムといった旧型のレストアも進んでいた。これらの旧ジオン系の機体は、コストの安いガザ系列の機体とセット運用される。変形したガザシリーズをゲタ代わりにしての、アウトレンジ攻撃などが研究されていた。
「ラーズグリーズはバウと同様の変形合体機構を持っている。腰から下は別物だな。そして、攻防一体のシールドと、右腕には大型のナックルクローが被せてある。そして、その両腕がサイコミュ制御だ。これは有線操作になるが、お前なら使いこなせる筈だな? プルスリー」
「はい、姉さん。やってみせろよ、ということですね」
「フッ、言うようになった。では、そのようにしてみせてくれ。手続きはあたしが処理して、細かいことはプルフォウが調整してくれる」
それだけ言うと、プルツーは立ち上がった。
ミネバ・ラオ・ザビの親衛隊も兼ねてるので、プルツーを含むプルシリーズの姉妹たちは忙しい。ここ最近はグレミー・トトが一部の指揮権を握っているので、ややこしい問題もあちこちで山積していた。
だが、姉がそうであるように、プルスリーもやることはなにも変わらない。
ミネバ様とハマーン閣下を守り、ジオン再興を阻む旧態然とした連邦組織を破壊する。既得権益の拡大ばかりに目がくらんだ人間から、地球を大自然の手へと還してやるのだ。重力に甘えている者たちが宇宙の海へと漕ぎ出せば、その先に人類の革新があるかもしれない。結果や見積もりにかかわらず、それを求めることは必然だとプルスリーは思うようにしていた。
「では、姉さん。休暇中はなにかあったら私に連絡をください」
「ああ、そうさせてもらう。……うん、そうか。そういうことか」
「どうかしましたか、プルツー姉さん」
「いや! はは、あたしはわかってしまったぞ。プルスリー、お前も構われたかったんだな? そうだった、お前はしっかりしてるからついあたしは」
「そういう訳では、ないですけど」
だが、その気持ちがなかったと言えば嘘になる。
むむむと黙るプルスリーの頭を、プルツーはわしわしと撫でてポンと叩いた。
「じゃあ、あたしは戻る。ハンマ・ハンマの件、宜しく頼むよ」
「はい。ラーズグリーズとかいう子でも、やれてみせます」
「ああ。それと、そうだな……今夜は一緒に夕食にでも行こう。休めと言ったのはお前なんだから、付き合うんだぞ?」
「はい……喜んで」
「うん、それでいい。じゃ」
姉は周囲の一目も気にせず、検査着を脱ぎながら行ってしまった。その背を見送り、プルスリーは笑みを浮かべている自分に気付く。どうしても妹たちのことが気になって、唯一の姉に等しいプルツーに甘えるのは苦手だ。
苦手だが、嫌という訳ではないのだ。
そのことが嬉しくて、プルツーも立ち上がる。
ふと見れば、暗黒の宇宙は今日も穏やかに広がっている。荒ぶる波濤もなく、凪いだ海には蒼い水の星が浮いていた。それが見える場所で、手を伸ばせば届きそうにさえ思えた。それを、姉妹の平穏な日々よりも、ずっと近くに感じてしまうプルスリーだった。
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第3回「ハードが好きなソフトな妹」
舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。
長物守:作 ガチャM:挿絵 (長物守 twitter @nagamono)
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3
格納庫に満ちる空気は、活気に満ちていた。
この場所には、いまだジオンの栄光を信じる兵士たちが忙しく働いている。士気は高く、士官も下士官も懸命に自分の仕事をこなしていた。
行き来するモビルスーツの排熱と駆動音。
灼けた金属とオイルの臭い。
久しぶりに白衣を抜いだプルスリーは、喧騒の中で床を蹴る。
無重力の中を奥へと漂えば、擦れ違う誰もが振り返った。
そして、目の前に固定されたモビルスーツが姿を現す。
「AMX-103RZハンマ・ハンマ……"ラーズグリーズ"。私の機体」
見上げる巨躯は今、丁度再塗装されているところだ。
作業員が忙しく飛び回って、キャメルイエローへと塗り替えてゆく。夕暮れの色、黄昏の色は、プルスリーのパーソナルカラーだ。
――ラーズグリーズ。
"計画を壊す者"というワルキューレの名を持つ、ハンマ・ハンマの改造機。
その逆三角形のシルエットは、下半身が大きく変わっていた。ほっそりとした貴婦人を思わせる脚部は、どっしりと太く重いものに換装されている。バウの開発母体の一つだっただけあって、スラスターを増設した重装甲だ。
下半身自体が独立して分離する構造も、一応まだ残っているようだ。
そして、左腕のシールドとバランスを取る意味もある、右腕の大きなハサミ。パワークローは使用時、右手にかぶさる巨大な格闘用の武器だ。
「少し、厳つい感じね。……仲良くしましょう、あなた。私の半身」
静かにプルスリーは、物言わぬこれからの愛機に語りかける。沈黙する"ラーズグリーズ"は、光の灯らぬモノアイが入った空洞の顔で、黙って主を見下ろしていた。
そして、背後で呼ぶ声がしてプルスリーは振り返る。
そこには、すぐ下の妹であるプルフォウが浮いていた。
近付いてくる彼女は、ツナギの作業着の上半身を抜いて、腰元で結んでいる。上はインナー姿で、形良い膨らみが優美な曲線を露わにしていた。
「プルフォウ? そんな格好で……! 男の方ばかりなんだから、ここは」
「あ、これは……ちょっと、細かい作業をしてたから。キュベレイのノズルに潜り込んでたら、つい」
「ああ、それでなのね」
プルスリーは手を伸べ、プルフォウの手を握る。そうして床に下ろしてやると、目の前に同じ作りの顔が並んだ。
今も忙しいらしく、プルフォウの表情には疲れが見える。
そのことが気になったが、プルスリーはポケットからハンカチを取り出した。それで、オイルで汚れたプルフォウの鼻を拭いてやる。
「自分でできるわよ、スリー姉さん」
「ちゃんと寝ているかしら? プルフォウ、少し疲労が見て取れるわ。あなたはいつも、必要以上に頑張れてしまうから。誰に似たの? まったくもう」
「それは……姉さんたち、かな? 妹の何人かにも」
プルスリーがハンカチを渡してやると、それでプルフォウは汚れた顔を拭く。そうして二人で見上げれば、鮮やかな色に塗り替えられた"ラーズグリーズ"から作業員たちが離れていった。
自然とプルスリーは、長く漂う三つ編みを右手にいらう。
三つ編みをもてあそぶのは、考え事をする時の彼女の癖だ。
「……どういう機体なのかしら。少し簡略化したプロダクトモデルのスペックは見たけど」
「はい。わたしからも詳しい説明をと思って」
プルフォウは腰の結び目を解きながら、喋り出す。ふわりとツナギの上半身が棚引いて、それを羽織ろうとしているのだが……話し始めたプルフォウは、それを着るのも忘れて言葉を並べた。
モビルスーツのこととなると、夢中になるのが妹の癖みたいなものだ。
姉妹の中でも、ハードウェアに関しては彼女の右に出る者はいない。
「以前からハンマ・ハンマは、アポジモーターの独特な配列で上半身の完成度が高いのとは対照的に、下半身の脆弱性が指摘されていました」
「確かに、マシュマー様の使っていた初期ロットの一号機がそうね」
「だから、この"ラーズグリーズ"は下半身がまるまる交換されてます。その結果として、重力下での運用も想定しつつ空間戦闘能力が向上。下半身が少しバウに似てるのは、それでなの」
「ええ」
プルフォウはようやく思い出したように、ツナギを着込んでジッパーを引き上げた。そうして、腰にカラビナでぶら下げたタブレットを取り出す。
軍手で覆われていても、妹の細く綺麗な指はしなやかに動く。
画面の上にその指を走らせれば、すぐにデータが表示された。
「総合性能は15%程上がってます」
「15%……凄いわ。何故、そんな機体が倉庫で埃を被っていたのかしら?」
「少し、扱いが難しいのよ。合体分離機構は完全だけど、オミットも考えられていたみたいで。だから、バウが完成して半端なまま放り出されちゃった。少し、可哀想な子」
「ええ……そうね」
モビルスーツを見詰めるプルフォウの目は、優しい。
姉妹の中でも、プルフォウはとびきりソフトな触り方でモビルスーツに接する。それは、あたかも同胞にして同族としてマシーンを認めているかのようだ。
プルスリーは三つ編みを手放し漂わせると、そんなプルフォウの手を握った。
「スリー姉さん? 手が汚れる。わたしの手は――」
「プルフォウ、前から気になっていたわ。……よく聞いて」
「は、はい」
「マシーンに対する感受性の豊かさは、あなたの強さにもなります。でも、気をつけて……取り込まれて、飲み込まれては駄目よ?」
「……うん。自分でも少し、わかってはいる。でも、この子たちもわたしと、わたしたちと同じなんだって思うと」
そう言って微笑むプルフォウは、酷く儚げに見えた。
やはり疲労も溜まっているが、それは肉体にだけではないようだ。
大きく溜息を一つ零して、プルスリーは妹の肩を抱く。
髪と髪とが触れる距離で、驚くプルフォウの額に額を押し付けた。
「プルフォウ、なにか差し入れを……食べたいものはない?」
「ちゃんと一日三食、みんなと同じものを食べてる、けど」
「おやつの話よ、おやつ。あなたも甘いもの、好きでしょう?」
「おやつ……?」
「そう、おやつですよ? ふふ、頭を使う仕事は脳が糖分を欲するから。あとでなにか作って送るわ。作業班の方たちと一緒に、小休止の時にでも」
「じゃあ……前に食べた、シャーベットがいいな。あの、オレンジの! プルツー姉様が帰ってきた時、地球産のオレンジを沢山……あれは凄く美味しかったな」
「もう……どうして私の妹たちは冷たいものばかり。いいわ、任せて」
「はい!」
プルスリーがそっと髪を撫でてやると、目の前のプルフォウが満面の笑みになる。そうして彼女は、背後で呼ばれる整備兵へと振り返った。
そっと離れて、挨拶を交わす。
そうしてプルフォウは、そのまま行ってしまった。
格納庫の奥へと消える背中を、気付けばじっと見詰めて見送るプルスリー。
再度彼女は、これからの愛機を見上げて呟いた。
「私たちはみんな、働き過ぎね……あなたもそう思うでしょう?」
勿論、返事は返ってこない。
だが、プルスリーは口元に微笑を浮かべて床を蹴った。
「あら、私もそうだって言いたいの? そうね……あなたに乗ってる方が、忙しくないのかも。戦場に出れば、一つの戦術単位としてタスクを実行するだけだもの」
そう零して、プルスリーは自分のセクションへと戻ってゆく。決戦も間近というアクシズの格納庫は、デッキに並ぶ新旧綯い交ぜのモビルスーツが忙しく動いていた。
その中を縫うように泳ぐプルスリーを、やはり誰もが振り返る。
親衛隊のクローン・ニュータイプ……そうである以前に、新たなジオンの姫君を守る乙女たち。そういうプロパガンダも今はあるというのは、姉妹の誰もが後にしることとなる事実で、抗えぬ現実なのだった。
冬コミ新刊を委託させて頂いてます。
■とらのあな
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■COMIC ZIN
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■メロンブックス
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第4回「猫になった妹の爪」
舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。
長物守:作 ガチャM:挿絵 (長物守 twitter @nagamono)
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 twitter @kanibasami_ta
ねむのと 9 twitter @noto999
おにまる 10 twitter @onimal7802
アマニア 7 twitter @amania_orz
いなり 8 twitter @inr002
センチネルブルー 6 twitter @sentinel_plesix
※Pixivにも投稿しています。
4
暗い宇宙は星の海。
水平線なき無限の海原を、黄昏色の機体が切り裂いて翔ぶ。
キャメルイエローのモビルスーツは《ラーズグリーズ》……初期ロットのAMX-103《ハンマ・ハンマ》二号機だ。さらなる新型開発の技術検証用実験機となり、さんざんいじくり回された挙句に放置されていた機体である。
それが今、光の尾を引き馳せる。
「確かに、少し難物ね……そこまで尖った荒々しさも粗もないのだけども。ね、あなた? あなたはどうして、アクシズの隅っこで埃を被っていたのかしら?」
スラスターからほとばしる推力で、微動に振るえる機体は無言を返してきた。
そして、物言わぬモビルスーツに代わって、気取って演じたような声が返ってくる。
『それはだニャ、マスター! オレが少し面倒なカスタム機だからニャ!』
「……ふざけてないで、前を見てて頂戴? あなたは本当に」
『ニャハハ、オレはマスターの愛機として頑張るだけだニャー!』
「プルファイブ? 少し怒るわよ?」
『オレはプルファイブじゃないニャア。ハンマ・ハンマの妖精なのニャ!』
「もう、プルファイブったら」
思わずおかしくて、プルスリーは小さく吹き出してしまった。
上下に分離する構造を持つ《ラーズグリーズ》は、下半身側にもコクピットがある。このデータから生まれたAMX-107《バウ》ではオミットされた構造だ。便宜上、《バウ》と同様に《ハンマ・アタッカー》と《ハンマ・ナッター》と呼称され、後者には妹が乗っていた。
プルファイブは、新型のシェイクダウンに快く付き合ってくれている。
なんでも、彼女は彼女でテストする機材を渡されているらしい。
『なあなあ、プルスリーの姉貴!』
オールビュー・モニターの隅に、小さなウィンドウが浮かぶ。
勝ち気な笑みを浮かべる妹のプルファイブが、何故か猫の耳のようなヘッドドレスをつけて映った。プルスリーもだが、ヘルメットは滅多なことでは装着しない。
肌で感じて表情に浮き出る感覚が、時として彼女たちの命を救うことがある。
人造のニュータイプとして生まれたプルシリーズは、鋭い感性と感能力が武器だ。
「どうしたんです、プルファイブ。……その猫の耳」
『これはネコミミだよ、姉貴!』
「猫の耳でもネコミミでも一緒です」
『なんか、サイコミュへの送信感応波を増幅するらしいぜっ! オレ、そういうのからっきしだからさぁ、開発部に押し付けられちゃったんだよ』
わはは、と元気よくプルファイブは笑う。
自然とプルスリーも緊張がほぐれていった。
その後、プルファイブは小さなウィンドウの中で、所狭しにコロコロと表情を変える。最後にはカメラに尻を見せて、尻尾のようなケーブルも見せてくれた。有線接続でサイコミュとの接続係数をあげる効果があるらしい。
プルスリーは、プルファイブの笑顔とは裏腹の憂鬱を拾っていた。
医師である前に姉として、すぐにわかった。
「プルファイブ、気にしているの? サイコミュの接続で自分が劣っていると思うのは、それは早計よ」
『いやあ、オレほら、不器用だから! それに、こういうのも結構かわいいし』
「プルファイブ?」
『……まあ、その……うん。なんか、ちょっと落ちこぼれてるなって。そういう子はさ、マスターが必要になるかもってグレミーが言ってた』
「再調整した上で、精神構造を単純化して強度と精度を上げる……確かにそういう研究も存在するわ。でもね、プルファイブ。人には向き不向きというのがあるし」
プルファイブは昔から、妙に不器用なとこがあった。サイコミュの操作に関しては、他の姉妹に比べて僅かに劣る。反面、身体能力や反射神経、そして奇妙な直感と天性の勝負勘を持っている。他の姉妹がそうであるように、得意なことだってちゃんとある。
それに、一見してガサツで粗野だが、とても優しい妹なのだ。
そのプルファイブが、エヘヘと笑ってウィンドウを消す。
『だからマスター、今日はしっかりサポートするんだニャア?』
「はいはい、わかったわ。わったから……プルファイブ、そろそろテスト予定の宙域よ? あてにしてるんだからね、ハンマ・ハンマの妖精さん?」
『任せるニャア! ハンマとハンマが二身合体、ハンマ・ハンマ"ラーズグリーズ"は無敵だニャン!』
「では……行きますっ!」
今までの操縦で、一通り機体の感覚は掴めた。
パイロットとして備わった空間把握能力が、愛機の大きさと重さとを完全にイメージさせてくる。
バランサーの動作や、アポジモーターの些細な噴射と補助。
揺れる機体の中で減ってゆく、推進剤の残量までが手に取るようにわかる。
それを伝えてくれているのは、バックアップしてくれるプルファイブのおかげでもあった。
そして、前方の星海に敵意が浮かぶ。
新兵の訓練も兼ねているらしく、レンジ内に浮かぶ光点はどれも旧式のモビルスーツだ。F型の《ザク》にMS-09R《リックドム》。大事に改修を重ねながら、今でも港湾の警備や練習機として使われている。
「若い殺気を……そんなに苛立ててっ!」
小さく叫んで、ロールを繰り返しながら《ラーズグリーズ》が回避運動を取る。
今まで機体があった空間に火線が走って、ペイント弾が無数に飛び去った。
すぐに体勢を立て直して、プルスリーは反撃を試みる。阿吽の呼吸でプルファイブが兵装を選択、トリガーを回してきた。
『マスター、やっつけちゃうニャア!』
「もう、プルファイブってば……でも、まずはこれで!」
出力を最低レベルに絞った弱装のビームが、《ラーズグリーズ》の右手から迸る。斉射三連、まずは一機。撃墜判定になった《ザク》がひっくり返って停止した。目眩ましレベルのビームでも、直撃すれば衝撃は伝わる筈だ。
耳元で混線する訓練生たちの声と声とが、プルスリーの中で交錯した。
『勝負にならないぞ! あっちは最新鋭機で、こっちはポンコツじゃないか!』『文句を言ってる暇なんて……フォーメーション! 組み直せ!』『やってる! やってるでしょうって!』『来たっ! みんなっ、数の有利を活かすんだ!』
マニュアル通りの反撃の中を、舞うように《ラーズグリーズ》は泳いだ。急激な制動と加速を繰り返す中で、まだプルファイブはニャーニャー言っている。そのおどけたような声とは裏腹に、サポートは的確だ。
プルスリーも久方ぶりの実戦形式で、徐々に勘を取り戻してゆく。
治療と研究でアクシズの奥に引っ込んでた日々が、すぐに遠ざかった。
今のプルスリーは、死者をヴァルハラにいざなう戦乙女そのものだった。
戦死した勇者の魂に代わって、未熟な新兵の機体が次々と停止する。
決して死なせてはならない、戦死者の列に加えてはいけない若者たちだ。プルスリーたちと違って、戦うために生まれた人間ではない。多くの場合、愛をもって祝福されてきた生命の筈だ。
「さて、あらかた墜としたけど……プルファイブ?」
『まだニャ、マスター! 後ろに一機、リックドム!』
「っ……油断、かしらねっ!」
プルスリーは小さく気勢を吐いて、そのまま機体をターンさせる。
同時に防御にかざした左腕のシールドに、ペイント弾がぶちまけられた。
その時にはもう、軽い衝撃が下から突き上げるように響く。
「プルファイブ? 駄目よ、今日のテストでそれは――」
『この距離っ、もらったニャアアアッ!』
突然、下半身が切り離されて反転した。
一撃を浴びせて離脱仕掛けた《リックドム》に、半端な変形機構しか持たない《ハンマ・ナッター》が突撃してゆく。慌てたプルスリーは対応が遅れた。
そして、プルファイブの得意分野を思い出す。
新兵の悲鳴に、プルファイブの弾んだ声が重なった。
『うわっ、分離した!? 教官はそんなこと、なにも言ってなかったぞ!』
『わはは、ひっさーつ! ハンマ・ハンマ・ハンマー! っていうか、ただのカニばさみアターック!』
プルファイブは昔から、何故か近距離での格闘戦で不思議なセンスを発揮した。特別強い訳ではない。ただ、時々妙に突飛な技を使ったり、思いもよらぬ機転で逆転勝ちを納めるのだ。
《ハンマ・ナッター》は太く逞しい両脚で、《リックドム》を挟み込んでしまった。
奇想天外なマニューバに、自由を奪われた《リックドム》の新兵が悲鳴を上げている。
そして、プルスリーも呆気にとられてしまう。
ああいうセンスは、本当にどこから出てくるのだろうか?
「とりあえず……プルファイブ。あの、挟んで囚えるのは、ハンマーとは言わないんじゃない?」
『マスター、それは言わないお約束だニャン? なんてなー、うはははは』
「ふふ、あなたという子は相変わらず。でも、マスターはよしましょ? その言葉は今、私たちに必要ないんですもの。これからも、ずっと」
『……そう、かな。オレ、知らない誰かをマスターって呼ぶの、なんかヤだからさ。でも、もう少しサイコミュが上手く使えないと』
「プルファイブ、人には向き不向きがあるっていったでしょう? 私たちも人なんだから。それに、あなたは自分の得意分野にもっと自信を持つこと。よくて?」
『はーい……なんか、甘えてしまったニャア』
「それと、こういう危ない戦法は禁止ね? 新兵の皆さんもびっくりしちゃう」
訓練は終了し、慣熟とまではいかないが機体の特性もわかった。
なにより、プルファイブが積極的に一緒に乗りたがった訳が少しわかった。
サイコミュを強化する装備を渡され、少し不安だったのだ。暗に、お前に足りないのはこれだから使えと言われた気がしたのだろう。そしてその先に待つのは、再調整……人造のニュータイプであるプルスリーたちは、簡単にマシーンにされてしまう。
それはプルスリーにとっては、姉にも妹にも訪れてほしくない未来だった。
だが、手際よく再合体してくるプルファイブの息遣いが、ドッキングの衝撃と共に繋がった。妹はそこにいて、自分のそばにいてくれる。いつまでも目の届くところで見守りたい、そう思うプルスリーは機体を翻すのだった。
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第5回「沈着冷静を休業中の妹」
舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。
長物守:作 ガチャM:挿絵 (長物守 twitter @nagamono)
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 twitter @kanibasami_ta
ねむのと 9 twitter @noto999
おにまる 10 twitter @onimal7802
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5
白衣に袖を通せば、プルスリーの仕事は自然と多岐にわたる。
アクシズはいつだって慢性的な人手不足で、医術に関する高等教育を受けた者も限られていた。だから、研究所ではプルスリーも患者を受け持つことがある。
大半は姉妹たちで、今日もその一人がベッドの上にいた。
酷く落ち着かない様子の妹を見て、プルスリーは腰に手を当て溜息を零す。
「シックス、どうしてここにいるのか……わかって?」
プルスリーの言葉に、窓の外を見ていた少女は振り向く。
妹のプルシックスは、普段通りの理知的で凛々しい表情を僅かに翳らせた。
「スリー姉さん、これは、その……はい。わかってはいるんです」
「よろしい。ふふ、少し働き過ぎね、シックス」
「そうでもありますが、ええと」
「プルツー姉さんからもよろしくしてほしいと言付かってるわ。よって、シックスはこれから72時間の静養を取ってもらいますからね?」
気難しい顔であからさまに不満を浮かべる妹に、思わずプルスリーはクスリと笑った。
プルシックスは親衛隊の参謀役でもあり、プルツーの右腕と称される才媛才女だ。その仕事はなにをやらせても完璧で、彼女自身の生真面目さもあって誰からも信任が厚い。
しかし、プルスリーから言わせれば働き過ぎだ。
そのことを知ってか知らずか、ベッドのプルシックスは唇を尖らせる。
「でもスリー姉さん、聞いてください。私にはまだ仕事が山ほど残ってるんです」
「あら、そう?」
「キュベレイの予備パーツが搬入されたけど、最新ロットの作りは荒くて雑だ。熟練工の数が足りなくて、半人前の職人も工場に入ってるからだと思う。それと、プルファイブがテストしてくれたサイコミュ・デバイスのレポートも提出しなきゃいけない。隊長も待ってると思うし、それに――」
「はいはい、わかりました。わかりましたから、シックス」
「じゃ、じゃあ」
「だーめ、いけません! ゆっくり心身を休めて。休むのも兵士の務めですから」
グヌヌとシックスは黙ってしまう。
そう、彼女はとても仕事がよくできる。プルシックスだけで並の士官たち数十人分の働きをするのだ。戦術士官として作戦の立案から運用までをこなし、パイロットとしても一騎当千、加えて式典等でも引っ張りだこだ。恐らく、姉妹の中でも一番洗練された機能美だと評価されているだろう。
だが、能力だけがプルシックスの全てではない。
アクシズのために献身的に働き戦う彼女は、年端もゆかぬ一人の少女なのだ。
そのプルシックスだが、半ば隔離されるようにこの病棟に閉じ込められてから落ち着かない。四六時中ソワソワしてて、担当するプルスリーが心配になる程だ。
「シックス、あなたは少しワーカーホリックね。仕事以外のことも考えなきゃ」
「そんなことを言われても……駄目です、スリー姉さん。酷く気持ちがソワソワするんだ。例えば、そう例えば……隊長は、プルツー姉さんは私がいないと不自由だろうし」
「それはそうだけど、あなたが疲労で倒れてしまったら、それこそ一大事だと思わない?」
「フォウ姉さんが希望してたパーツの手配だって……まさかキュベレイが定数を揃えられないなんて、私の責任だ。代わりに押し付けられるのは妙な試作機ばかりで」
プルシックスの言葉はとりとめがなく、次から次と仕事の懸案事項を並べてゆく。
そして、仕事の話をしている時のプルシックスはいきいきしていた。
キラキラと瞳が輝いて、窓の外の宇宙にも負けない星空が広がっている。しかし、プルスリーから見ればそれは、疲れ果てた者だけが見せるギラつきにも等しい。
プルシックスは普段の冷静沈着さが嘘のように、自分が抜けた窮状を語った。
「私の決済を待ってる書類も沢山あるし、隊長の補佐もしなければいけない。それに、それにです、スリー姉さん。私がいないと、上層部の者たちが――」
「大丈夫よ、シックス。少し疲れてるみたいね。……なにをそんなに怯えているのかしら」
「怯えてなんか! ただ、私は、その」
あうあうと要領を得ない言葉で、プルシックスが口ごもる。
普段から歯切れのいい彼女とは思えない。
一瞬躊躇う素振りを見せたが、プルシックスは自分の手をじっと見詰めて喋り出した。ベッドに腰掛け、プルスリーは黙って妹の言葉に聴き入る。
「親衛隊には独自の裁量での作戦行動が許されています。そして、その立案は全て私が取り仕切ることにしていました。私なら……決して姉さんや妹たちを、無意味で無茶な戦いに送り出したりはしない」
「シックス、あなた……」
「私たちが代用の効くクローン・ニュータイプだという自覚はあります。そして、その利点を活かした捨て石的な作戦を強いられることも承知の上。でも、だけど……それでも、私は姉妹のみんなを守りたい。一つの戦術単位としてはスペアがあるかもしれませんが……姉さんや妹たちは皆、代わりのない人たちなんだから」
プルシックスが苦しい胸の内を吐露した。
常々、隊長であるプルツーを補佐して、彼女が言い難いことも口にしてきたのがプルシックスだ。時に冷徹に、冷酷なまでに決断を下してきた。それも全て、姉妹のため……そのために彼女は、冷たい仮面で憎まれ役だってやってきたのだ。
そう思うと、自然とプルスリーの手は彼女の頭に伸びて髪を撫でる。
気負い過ぎてる妹の優しさが、それで守られてる自分たちもろとも切なくて愛しかった。
「シックス、ありがとう。いい子ね、あなた」
「スリー姉さん、でも私は」
「あなたが頑張ってることは、プルツー姉さんも知ってるわ。勿論、妹たちも」
「……私には、それくらいしかできないから。戦いは日増しに過酷になってゆくし、苛立つ上層部の矢面には誰かが立たなきゃいけないから」
「そうね……でも、一人で背負い込む必要はないでしょう? あなたが皆を大切に想うように、皆もあなたを大切に想っているですもの。ね?」
黙ってしまったプルシックスは、小さくコクンと頷いた。
プルスリーはそのまま彼女を撫でながら、ふと身を乗り出して顔を近付ける。目の前に自分と同じ作りの小顔が並んで、俯くプルシックスが上目遣いに見詰めてくる。
「これからも姉妹を守るために、今は休んでおくべきだとは思えないかしら?」
「……はい。わかりました」
「そう、よかったわ」
「でも……眠れそうもない、かも」
気丈でしっかり者のプルシックスは、甘えるのがとても下手だ。ギュムとプルスリーの白衣を握りつつ、言葉ではなにも語ってこない。
だから、プルスリーは静かに微笑み妹を再びベッドへと横たえた。
抵抗することなく、プルシックスは毛布を被るとプルスリーを見上げてくる。そういう時の彼女は、決して弱さを見せてはいけない普段の裏返しだ。親衛隊が見くびられぬよう、常に気を張って過ごしている彼女の、姉妹だけが知る素顔。
「……シックス、少し添い寝をしてあげるわね。あなたがゆっくり眠れるように」
「う、うん。……ごめんなさい、スリー姉さん」
「謝ることはないでしょう? それに、こういう時は『ありがとう』じゃないかしら」
「そ、そうでした、うん……あ、ありがと」
「いい子ね、シックス」
プルスリーはサンダルを脱いで、プルシックスの横に並ぶ。そうして母親のように、寝入るまで彼女の側で見守ることにした。母を知らぬクローンの姉妹が、姉と妹でこうしたことをしているのは滑稽かもしれない。
だが、大事な妹の安らぎのためなら、それはプルスリーにとって大切なことだった。
「あ、あのね、スリー姉さん。スリー姉さんのハンマ・ハンマだけど」
「ああ、あの子ね。どうしたの? なにか心配事かしら」
「少し、心配……実験用の機体だったし、強度計算は完璧だけど実戦は知らない子だから」
「大丈夫よ、ちゃんとみんなで面倒を見てるし。それに、この間ファイブと乗ったらとてもいい子だったわ」
「なら、いいけど。……本当はもっとキュベレイがあれば」
「平気よ。さあ、少し眠って。食事にはデザートをつけてあげる。あなたの好きなチョコレートでなにか作っておくわ」
よほど疲れが溜まっていたのだろう。
プルスリーの言葉に頷き目を閉じて……僅か数分でプルシックスは安らかな寝息を立て始めた。その寝顔を見下ろし、自然とプルスリーにも笑みが浮かぶ。
頼れるみんなの参謀役は今、年相応の少女に戻って眠りにまどろんでいた。
そんな彼女に再度小さくおやすみを囁いて、プルスリーはベッドから降りるのだった。
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第6回「影として生きる妹とスイーツ」
舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。
長物守:作 ガチャM:挿絵 (長物守 twitter @nagamono)
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 twitter @kanibasami_ta
ねむのと 9 twitter @noto999
おにまる 10 twitter @onimal7802
アマニア 7 twitter @amania_orz
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クローン・ニュータイプというのは、ただの戦術単位、モビルスーツの部品でもある。高度な感応能力に、サイコミュへの適正。そして、強靭な肉体を持つ生きた兵器だ。だから、年相応の少女として扱われた記憶は、プルスリーにはあまりない。
施設の大人たちは親切な者も多いし、医療班では仲間のように接してもらえる。
だが、そうした環境に恵まれない妹のことが、プルスリーは心配だった。今、そんな妹の一人と接触を持つべく、彼女は久々に街へ降りていた。戦時下だからか、アクシズの居住区はどこも閑散としていて、往来を行き交う人々もどこか余所余所しい。
待ち合わせのレストランで、プルスリーは外を眺めつつ甘味に舌鼓を打つ。
「この店は、アタリね。やはりチョコレートとミントアイスの相性は抜群よ」
思わず声が弾む。
目の前のパフェを食べて、評論家のような目線になってしまう。
論調じみた言葉は、あとからいつも賢者のような境地で恥じ入ってしまう……それがわかっていても、スイーツを前にプルスリーは少しはしゃいでいた。
プルスリーには、淡い夢がある。
それは、夢というにはささやかで、それ故に手が届かぬ望みだ。
だからこそ、その夢に手を伸ばすことだけは忘れたくない。
いつか、戦いが終わったら……パティシエになりたい。
この手で撃墜数ではなく、笑顔を作って積み重ねたいのだ。
「それにしても……遅いわ。大丈夫かしら、プルセブンは。あ、すみません! えと、ん……やっぱり、このガトーショコラを追加して頂戴。お願いします」
妹を案じつつも、ウェイトレスが通りかかったので追加を頼む。
そして、チョコミントと生クリームたっぷりのパフェを、とうとう最後まで平らげてしまった。綺麗に空になったガラスの容器は、そっとテーブルの隅へ寄せられる。そこには既に、完食されたプリン・ア・ラ・モードとミルクレープの皿が待機していた。
待ち合わせの時間は近いのに、妹の現れる気配はない。
うかうかしていると、このまま甘いものを食べるだけで一日が終わってしまう。
……それは、凄くいい。
現実的にはカロリー過多で体調に障るので、よくはないのだが。だが、そうして一日過ごせたのなら、それはプルスリーにとっては幸せそのものだった。
そんな時、不意に背後で声がした。
背中合わせに並んだボックス席、後のテーブルから聞き慣れた声。
「こちらプルセブン、定期報告」
「っ!? セッ、セブン!? いつからそこにいたの? ちょ、ちょっと、あなた」
「アクシズ内に目立った変化はなし。ただ一点、気になることが――」
「……話を聞きなさい、セブン」
「
なんと、既に店内に妹は訪れていた。
プルセブンは、姉妹の中でも高い戦闘力を持ち、特に生身での潜入任務や白兵戦に無類の強さを発揮する。プルファイブとは別の意味で、無手の体術を得意とする格闘のプロフェッショナルだ。
気配を殺して背後に潜む様など、まるで達人の領域である。
プルスリーは、自分の迂闊さに溜息を零した。
どうやらスイーツに夢中になっている間に、接近されたらしい。
だが、気を取り直して妹との会話を始める。
顔ぐらい見せればいいのにと思うが、これはプルセブンのいつものやり方なのだ。
「どう? セブン、体調に変化はないかしら。あと、気分がすぐれないとかは?」
「問題ない。ボクは正常に作動している」
「そういう言い方はよすこと! みんなも悲しむって、前にも言ったわ」
「……肯定。そ、その、ごめんなさい……」
プルセブンは恐らく、姉妹の中ではダントツに不器用な娘だ。
だが、プルスリーは知っている。
研ぎ澄まされたナイフのような妹は、とても優しい気持ちを秘めている。本当は、影から影へと闇の中を生きる女の子ではない。陽の光が当たる中をどこまでも走って行ける、笑顔でいられる娘の筈なのだ。
だが、情勢は彼女たちプルシリーズに平穏を許してはくれない。
今、アクシズの内部に不穏な動きがあるとの情報があるのだ。
それを調べるために、プルセブンは定期的に居住区に潜入している。
「えっと、じゃあ……セブン、報告はなにかあるかしら」
「取り立てて異常は見られない。それが逆に気になる」
「と、言うと」
「なにか、気配がある。予感、というのだろうか……肌が粟立つ感覚。なのに、ボクが調べを進めると、なにも見つからない。なんの尻尾も掴めない不自然さが、逆に気になる」
「……あまりにも綺麗に、何かしらの痕跡が消されてる。そう感じたってことね?」
「肯定だ」
そして、プルセブンは言葉を続ける。
それは、他の姉妹たちもそれぞれに感じて心配していた事実に繋がった。
クローン・ニュータイプ特有の感じ方で、虫の知らせとか、そういう曖昧なものでしかない。だが、プルスリーたち姉妹は、そうした感じ方を強化された感覚の持ち主なのだ。
時としてニュータイプ特有の感応波は、無意識の中で隠された真実に触れてしまう。
そのことをまだ、人は不自然だと思えてしまう……そんな時代だった。
「全ては噂の段階でしかなく、ボクが察知する気配もまだ曖昧だ。でも、感じる……その先には、必ずあの男の名前がある。そして、その向こうには行けない。辿るべき道筋が、完璧に消されている」
「……グレミー・トト」
「肯定。グレミー・トトの周囲に、なにか嫌な感じを拾えてしまう。でも、それは目に見える物証を象らず、その痕跡すら全く見せない」
「わかったわ。ありがとう、セブン」
「礼には及ばない。任務だから」
「……そ。まあいいわ、あなたもなにか食べたら? ほかになにか希望があれば――」
本当はプルスリーは、顔を見せてほしかった。
姉妹の中でも妙に無表情で、仏頂面のプルセブン。だが、プルスリーにとってかわいい妹であり、全ての姉妹にとってそうなのだ。彼女を姉と慕う妹たちも、いつも心配している。
危険な潜入任務は、ともすれば人知れず闇の中で命を落とす。
死んだことすら知られないまま、暗闇の中に葬られてしまうのだ。
その孤独と戦いながら、プルセブンは懸命に働いていた。
そんな彼女が意外なことを言い出す。
「……姉妹の話を、聞きたい。あの、スリー姉さん」
「あら、珍しいわね」
「い、いや! 訂正、取り立てて追加情報や補充装備は必要を認めない! 現状維持、今後も任務を続行する!」
「セブン? ……ちょっと、いいからこっちにいらっしゃい」
「それはできない。ボクは現在、隠密行動中であり――」
「セ・ブ・ン?」
「……はい」
おずおずとプルセブンが、プルスリーの背後から姿を表した。彼女は行儀よく帽子を脱ぐと、プルスリーの向かいに座ってテーブルを囲んだ。
「あなたもなにか食べたら? ここのスイーツは絶品よ?」
「……いい。甘いものは、苦手だ」
「あらそう? いつもそんなこと言って。でも、わたしが作ってあげると」
「スリー姉さんのは、と、特別……しかし、糖分の摂取は最低限必要な分量に限る方がいいし、冷たいものは体温低下を招きかねない。戦士たるもの己の体調のためにも」
「あ、すみません。さっきのチョコミントのパフェをもう一つと、あとは……そうね、このフルーツタルトをお願いするわ」
「ス、スリー姉さん? あの」
再び通りかかったウェイトレスに注文してしまって、プルスリーは手にしたメニューを、パム! と閉じる。そして、テーブルに肘をつくと笑顔で目の前の妹を眺めた。
バツが悪そうに水を飲みながら、上目遣いにプルセブンが見詰めてくる。
「食べるでしょ? セブンも」
「……肯定」
「よしよし。もう、本当にあなたは不器用」
「……肯定」
「でも、頑張り屋さんで、みんなと同じ姉妹想い。本当は優しい子。そうでしょう?」
「……肯定、したい、ような、そうでも、ないような」
「ふふ。さて、他に報告したいことはあるかしら? なければ、二人で少し話しましょう」
「…………報告。前回の接触時より……スリー姉さんの体重、+0.4kg。体型に変化は見られないものの、僅かな体重増は糖分とカロリーが推奨既定値を超えて摂取されてると推測」
「こ、こらっ! セブン!」
プルスリーが顔を赤らめると、ようやくプルセブンは笑ってくれた。
それは、姉妹たちの誰とも違わない、心からの笑顔だった。
そうして諜報員の報告は終了し、姉妹の時間が訪れるのだった。
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第7回「病気なんてない、ない、ナイン」
舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。
長物守:作 (twitter @nagamono)
ねむのと ガチャM:挿絵
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 twitter @kanibasami_ta
ねむのと 9 twitter @noto999
おにまる 10 twitter @onimal7802
アマニア 7 twitter @amania_orz
いなり 8 twitter @inr002
センチネルブルー 6 twitter @sentinel_plesix
※Pixivにも投稿しています。
7
医者の不養生、という言葉があるらしい。
今の自分がまさにそれだと、プルスリーは熱い溜息を零した。
自室のベッドに沈んでから、どれくらいの時間が経っただろう? 配属されてる部署や上官への報告はしてあるので、72時間は休めるが、その先はわからない。熱はあるのに酷く寒くて、自分の寝汗の不快感に凍えていた。
朦朧とする頭は上手く働かず、寝ては起きての繰り返しだ。
こういう時、一人というのは酷く心細い。
これが寂しいという感覚なのだと、プルスリーは今更ながら実感していた。
「ん……なにか食べないと。薬だって。……食欲は、でも」
五感が鈍って、上手く思惟が紡げない。他者との存在感を交感し合う力でさえ、弱って今はなにも感じなかった。
こういう時、嫌というほど思い知らされる。
後天的に植え込まれたニュータイプ能力も、人間が持つ普遍の身体機能だということ。
不調な時もあるし、体調が悪ければ鈍る。ニュータイプ能力は進化した人類の特殊な超常力ではなく、単純に宇宙の民が発達させた身体機能なのかもしれない。陸へあがった太古の魚が肺呼吸を得て、四肢や翼を得ていったのとは少し違う。
単純に人間は、鋭敏な感覚を養うことも、それを陰らせることもできる、それだけだ。
少し興味深いことだと、自分さえ俯瞰するような研究者の眼になってしまうプルスリー。
その時、自室のキッチンから呑気な声がほわわかに響いた。
「歌……? 誰が……この歌は、確か」
いつからその人物は部屋にいたのだろう?
調子っ外れの声は威勢がよくて、愛嬌に満ちて柔らかく無邪気だ。弾んだ歌声の持ち主は、ベッドの上に身を起こしたプルスリーを察したのか、パタパタとやってくる。
そこには、エプロン姿の妹が立っていた。
「スリーお姉ちゃん! まだ寝てなきゃ駄目だよぉ」
「ナイン……いつからここに?」
「んーと、さっきから」
ぺかーっとあどけない笑みで、プルナインはキッチンに戻ってゆく。程なくして彼女は、いつもプルスリーが使ってるマグに熱いお茶を持ってきてくれた。丁度喉が乾いていたプルスリーは、それを受け取り手の中に熱を閉じ込める。
冷たい清涼感もいいが、悪寒の止まらぬ身に浸透する温かさも心地よい。
口をつければ、ゆっくりと喉を程よい熱さが滑り降りていった。
「苦い! このお茶は」
「んとね、ハーブティなんだって」
「これは、どくだみ茶よ。知らないで出したのね?」
「えへへ……」
プルナインの無垢な笑みに、自然とプルスリーも頬が緩む。
プルナインはいつも、天真爛漫で明るく無邪気、仕事もプライベートもマイペースな女の子だ。まるでふわふわと舞う天使の羽根のようで、落ち着きがないとか頭が弱いとか言う兵たちもいるにはいる。
だが、彼女の本質を知る者たちは姉妹以外にも多い。
風に吹かれるままに踊る羽根は、接する誰をも優しい気持ちにさせるのだ。
「いまねー、ご飯作ってる。玉子のリゾットだよ? あとね、プリン買ってきた」
「消化の良い食事が好ましく、ナインの選択は適切……プリン?」
「そう、プリン! あれ、覚えてない? スリーお姉ちゃん、昔、ナインが風邪引いた時にプリン作ってくれたよ?」
「ああ……ふふ、あの時のナインはなにも食べたがらなかったから」
かろうじて脳裏に記憶を引っ張り出すプルスリー。
以前は立場が逆で、風邪を引いたプルナインを看病してあげたことがあった。仕事柄、姉妹の体調管理と心身のデータ管理はプルスリーの担当なのだ。あの時は寝込んだナインにも手を焼いたが、それを心配して押し寄せる姉妹たちにも苦労させられたものだ。
それを思い出したら、自然とプルスリーも笑顔になる。
「あの時は大変だったわ。ナインがなにも食べないから、プルツー姉さんも妹たちも心配して」
「そうなの。フォウお姉ちゃんとファイブお姉ちゃんがおかゆを作るんだって」
「大惨事だったわ、あれは」
「エイトお姉ちゃんのレコーディングとバッティングしちゃってー」
「ふふ、懐かしい……そんなに昔のことではないのに」
どくだみ茶を飲み終え、マグカップをプルナインに返す。
受け取ったプルナインは、じっとプルスリーを見て……不意に顔を近付けてきた。前髪にそっと触れ、額に額を押し付けて体温を比べてくる。
基本的に同じ作りなのに、どこかプルナインの笑顔はきらびやかだ。
妙な華があると言ったのは、一つ上のプルエイトだったと思う。
「んー、少し熱が下がったみたい。気分はどかな? 吐き気とかする?」
「……寝汗が、気持ち悪いかも。そうだ、着替えを」
「任せてっ! ついでに身体も拭いちゃお。それからご飯にしてー、薬飲んでー、寝れば治るよ。うんっ!」
プルナインはてきぱきと、用意してあったプルスリーの着替えを出してくる。そのまま取って返すと、彼女は湯を絞ったタオルと洗面器を出してくる。
言われるままにプルスリーは、よろよろとベッドに起き上がってパジャマを脱いだ。
室温は最適に調整されているのに、酷く寒い。
震える肌に触れてくるプルナインのタオルが温かくて、べたついた感覚が溶けていった。
プルナインに身体を拭かれながら、プルスリーは上手く働かない頭で長い髪をいらう。普段は三つ編みにしている髪をいじるのは、彼女が考え込む時の癖だ。
「ナインは最近、どう? プルツー姉さんからは、忙しく働いてると」
「んとねー、フォウお姉ちゃんとあれの最終チェックをしてたよ。なんだっけ、えっと……クィーン、クィンシー、みたいな」
「クィン・マンサ?」
「そう、それ! でっかいの。でも、新しく小さいのを作ってみるってフォウお姉ちゃんが言ってた」
「あの子、最近は少し図面も自分で引いてみてるって」
どうやら姉妹たちは元気のようで、コロコロと笑顔でプルナインが語る。そのまま彼女はプルスリーをすっかり綺麗にしてしまうと、新しいパジャマを着るのを手伝ってくれる。
すっきりして再びベッドに戻ると、プルナインはキッチンへ帰っていった。
先程からいい匂いがしていて、ほどよく食欲が刺激されたところだ。
薬を飲むためにも、少しでいいから食事はしたほうがいいだろう。
「あ、そうだ、洗濯もしとくね。あとはー」
「ナイン、あなたも忙しいでしょう? そのくらいでいいわ」
「仕事は大丈夫? スリーお姉ちゃんの仕事は難しいから、手伝えないかもしれないけど……」
「そんなことないですよ。そうですね……あとでプリンを一緒に食べましょう」
「だよね! ……ん?」
インターフォンの音が鳴ったのは、その時だった。
パタパタとプルナインが駆けてゆく。
そして、小さな笑いと悲鳴。
なにごとかと思ったその時には、寝室にどやどやと雪崩のように姉妹たちが上がり込んできた。皆、服装はまちまちで、プルファイブなどはノーマルスーツを着ていた。
「スリー姉! だいじょーぶなの!? なんか倒れたって!」
「ちょっと、痛いよ、重いー! どいてどいてっ」
「ボクはそんなに重くない……フォウ姉さんの鍛え方が足りないだけ」
「で、大丈夫なの? 熱が下がらないって聞いたけど」
「私、今夜が峠だって聞いたから……その、びっくりしちゃって」
どうやら情報が錯綜して混乱しているようだ。
そして、ツツツと視線を反らしながらカニ歩きにプルナインがキッチンに逃げてゆく。
どうやら、混乱の原因は彼女の半端な情報の拡散らしい。
プルスリーは少しびっくりしたが、自然と笑顔が止まらない。
「ナイン? 伝言ゲームになってるわよ?」
「ご、ごめんなさい……」
「ふふ、そうみたいね。とりあえず、伝染るといけないから」
「う、うん」
「長居は駄目、でも……お茶を人数分出してもらえるかしら?」
「うんっ!」
あっという間にプルスリーのベッドは、姉妹たちに囲まれてしまった。そして、見舞いの品と花とが差し出される。先程の寂しさが嘘のようで、気付けばプルスリーの寒さも熱っぽさも和らいでいた。
プルナインの作ってくれた食事を食べて、薬を飲んで寝たら……次の日には熱も引いて、プルスリーは職場に復帰することができたのだった。
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第8話「ニュータイプに覚醒した鳥」
舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。
作:長物守 (twitter @nagamono)
挿絵:おにまる (twitter @onimal7802)
ガチャM
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 twitter @kanibasami_ta
ねむのと 9 twitter @noto999
おにまる 10 twitter @onimal7802
アマニア 7 twitter @amania_orz
いなり 8 twitter @inr002
センチネルブルー 6 twitter @sentinel_plesix
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8
プルスリーが呼び出されたのは、どうやら事態が悪化したあとだったようだ。
アクシズの片隅にある、緑地帯の中の小さな牧場。本来はザビ家ゆかりの者達の保養と、天然の上質な畜産物を育成する施設である。一般市民も普段はプラントの合成肉を口にすることが多いが、高価ならがらもここの精肉は密かな贅沢になりつつある。
管理者たちに案内されたプルスリーの前に、大きな木が現れた。
周囲では兵士達が、樹齢数百年という地球から植林された大樹を見上げている。
「お疲れ様です、皆さん。あの、どうでしょうか?」
「ああ、親衛隊の! すみません、その……妹さん? が、ちょっと」
「正直、お手上げですよ。彼女、なにを言ってるんです?」
兵士達はプルスリーへ振り返って、気まずそうに苦笑を浮かべる。
彼等に並んで、プルスリーは大樹を見上げる。
全てが人工物というアクシズの中で、低い空へ手を伸ばすかのような立派な枝振りだ。
溜息を一つ零して、プルスリーは声を張り上げる。
「テン、そこにいるわね? 連絡をもらって驚いたわ。さ、説明して頂戴」
ガササッ! と、木の上でなにかが動いた。
目を凝らせば、一人の少女が枝の上に座っている。
彼女は妹のプルテンだ。
プルテンは申し訳なさそうな声で少しおどおどと喋る。
「スリーお姉さん……ご、ごめんなさい。あの……この子を出荷するって言われて、つい」
よく見れば、プルテンは両手で膝の上に一羽の鳥を抱えている。
それは、ごくごくありふれた雌の鶏だ。
この牧場では、宇宙要塞という限られたスペースにもかかわらず、多くの動物がクラシカルな方法で育成されていた。生産性を考えれば畜舎に詰め込み数を増やすのだが、それを突き詰めるとプラントの合成食品の方が効率的だから。
地球という大地を離れた民だからこそ、アクシズにはこうした場が必要なのだ。
再現された自然の中に遊ぶ動物達は、時に民や兵士の心へ安らぎをもたらす。
だが、ここで飼育される動物は最後には精肉として出荷されるのだ。
プルスリーは腰に両の手を当て、ふむと唸って言葉を続ける。
「とりあえず、降りてらっしゃいな。ね、テン? なにか訳があるのでしょう?」
だが、プルスリーが事情を察しようとした声に、疑問符が返ってくる。
突然の言葉に、プルスリーも周囲の兵士達も目を点にしてしまった。
「スリーお姉さん……あ、あの……鳥も、ニュータイプに目覚めると思いますか?」
突飛な言葉に、一瞬の沈黙。
声を殺して互いを肘で小突いて、兵士達は肩を震わせた。
だが、プルスリーは笑ったりはしない。
以前からプルテンが鳥の研究に熱心なのは知っていた。彼女はまだ地球に降りたことがないが、アクシズに持ち込まれた鳥達の世話を献身的にこなした。観賞用のものは勿論、食用として育てられているものも全て平等に。プルテンには親衛隊のパイロットであると同時に、研究テーマをもって鳥達と接する科学者の顔があった。
――鳥もニュータイプに目覚めると思いますか?
この問に応えられる者など、恐らくアクシズにはいないだろう。
それは、後天的にニュータイプと同等の感応力を付与されたプルスリー達も同じだ。
「テン、その、ええと……ごめんなさい、その質問には答えられないわ」
「あ、えと……私こそごめんなさい。でも……今日は、その可能性が見えた気がして」
「その鶏さんが、進化した鳥なのかしら。ねえ、テン……話してくれるわね」
「は、はい。その……見てください、スリーお姉さん。さ、君……飛んでみて」
その時、本来ならありえない光景がプルスリーの前に舞い降りた。
そっと両手を広げたプルテンから、鶏が空へと舞い上がったのだ。翼を羽撃かせて宙を泳ぐように飛んで、その鶏はプルスリーの頭の上へと降りる。額の上を見上げながら、プルスリーはすぐに兵士達を振り返った。
この地区を警備する者達は皆、プルスリーの考えを察して首を振る。
「この区画は1G、ほぼ地球と同じ人工重力制御が行われている。……でも、この子は飛んだ。テンの手から私のところへ」
鶏は本来、家畜化された長い歴史の中で飛べなくなった鳥である。
だが、プルスリーの頭の上に今、実際に鶏は座っている。
プルテンの声が降ってきて、自然とプルスリーは妹の話に耳を傾けた。
「この牧場で最近、次々と発見されているんです。……空を飛ぶ鶏が。それって、もしかして――」
「宇宙という環境に適応した、新しい鶏……だと、思ったのね? テン」
「はい。私、その子達を少し調べてみたいんです。もっと知りたい……でも、もう出荷してしまうと言われて、それで」
生来、プルテンは大人しい妹だ。物静かで柔和で、とても優しい子である。だが、自己主張に消極的な一面があって、姉妹の中では姉や妹に同調して自分から一歩退くことが多々あった。良くも悪くも個性的なプルシリーズの姉妹で、彼女は珍しく内気な少女なのだ。
そのプルテンが、食料統制がそれなりに厳しいアクシズの出荷予定に逆らった。
意外に思えて、それだけにプルスリーは真剣に考えを巡らせる。
「事情はわかったわ、プルテン。とりあえず、あなたも降りてらっしゃい」
「は、はい……」
「ニュータイプっていうのは、宇宙へ生活の場を移したことで、人間に眠っていた力が発現したものだと言われているわ。同時に、新たな環境に適応するべく生まれた力だとも」
「そ、そうなんです。だから……もしかしたら、鶏さんもこのアクシズで世代を重ねるうちに……飛べる個体が、ニュータイプが生まれてきたんじゃないかって。そして、それは特別なことではない気がするんです」
ニュータイプとは、広大な宇宙へ進出した人間の中から生まれた、コミュニケーション能力を発達させた者達だという。ニュータイプは、まだまだ未熟な人類には広過ぎる宇宙で、距離や空間を超越して他者と分かり合える力を持っているらしい。
いずれは刻さえも超えて、あらゆる存在と相互理解できる可能性さえ示唆されていた。
だが、今という時代にそれは戦争の道具としてしか活かされない。
プルスリー達姉妹も、その力をエースパイロットとしてしか使えていない実情があった。
では、この鶏は……再び空へ舞う力を得た鳥は、なにを目指しているのだろうか?
この狭いアクシズの中で、鶏達の遺伝子になにが起こったのだろうか?
プルスリーが思案に沈みつつ見上げる中、おずおずとプルテンが降りてくる。
「担当官の方と、あと、プルツーお姉さんに……上申しました。この牧場の鶏達を、一部でいいから……研究のために、残して欲しいと。でも、それがなかなか、キャッ!?」
不意に、枝から枝へと危なげに降りていたプルテンが足を滑らせた。
慌てて駆け出すプルスリーの頭から、羽毛を舞い散らして鶏が飛び立つ。
間一髪のところで滑り込んで、プルスリーは落下したプルテンを抱き留めた。パイロットとして鍛えられた肉体である以上に、互いの身体は小さく柔らかな少女と少女でしかなかった。
両手を広げて全身でプルテンを受け止めたまま、プルスリーはその場にへたり込む。
バサバサと飛び回る鶏は、呆気に取られて固まったプルテンの頭に着陸した。
「大丈夫? 怪我はないわね、テン」
「は、はいぃ……」
「ほら、見て。この子も心配してくれたみたい。……本当にニュータイプだったらどうしましょう」
「……担当官の方は、ニュータイプの鶏ブランドというのを売り出せば……市民達も喜ぶんじゃないかって。でも、この子達の可能性には、もっと長期的な展望がある気がして」
「とりあえず、今日の出荷は待ってもらいましょう。ね? 私からもプルツー姉さんに連絡してみるわ。……きっと、飛べる鶏はそう何羽もいる訳じゃない筈だから」
「え……スリーお姉さん、どうしてそれを」
意外そうな顔をしたプルテンの、そのなだらかな肩を抱き寄せる。
彼女の話では、飛べるようになった鶏は確認されてるだけでも、たった十三羽だけだ。その十三羽だけが、自由に空を舞って風になる。
だが、飼育される多くの鶏は従来通り、飛べない鶏だった。
プルスリーの予想を肯定して、プルテンが言葉を続ける。
「やっぱり、ニュータイプというのは……限られた者達だけの特別な力なんでしょうか。鶏さんも一部の個体だけが、突然変異のように」
「それはわからないわ。突然空を飛ぶようになった鶏が、進化したかどうかも定かではないのだもの。遥か太古の昔には鶏は飛べる鳥で、先祖返りしたとも考えられるわね」
「それを言ったら……スリーお姉さん。人だって、昔はもっと……ずっと、沢山の人同士でわかりあってたかもしれないんです。進化って、なんだろう……その答を、私はこの子と探したいんです」
「そう……そうね。宇宙は人間には広くて深いものね」
まるでプルテンへ返事をするように、頭の上の鶏が一声鳴いた。
その後、忙しい中プルツーが飛んできてくれて、件の飛べる鶏達は研究施設に移されることになった。だが……飛べない従来の鶏達から隔離された日から、その個体は飛ばなくなった。十三羽全てがだ。
そのことをプルテンは熱心に研究してレポートをまとめた。
進化であれ先祖返りであれ、突然優れた個体が出現するとしても……その力を使う理由、その力で守り導く者達のいない環境では、もとに戻ってしまうのかもしれない。
不思議なことだが、なんとなくプルテンの言葉がプルスリーの胸の奥に残った。
――ニュータイプ同士の世界では、ニュータイプ能力はいらないのかもしれない。
それは、姉妹でいる時だけ戦争も闘争も忘れられるプルスリーには、不思議な実感として心に満ちるのだった。
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第9話「姉妹との差が気になるプルイレブン」
舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。
作:長物守 (twitter @nagamono)
挿絵:かにばさみ (twitter twitter @kanibasami_ta)
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親衛隊のキュベレイが並ぶ格納庫で、プルスリーの愛機は異彩を放っていた。キュベレイが定数を揃えられない中で、倉庫に眠っていた試作機。ハンマ・ハンマとバウの間を繋ぐ、開発史のミッシングリンクだ。
だが、プルスリーは自分に与えられた機体が気に入っていた。
サイコミュの相性もいいようだし、ピーキーな操縦性も裏を返せば限界の高さを物語っている。なにより、慢性的な物資不足を抱えるアクシズでは、貴重な戦力を使って見せてこその親衛隊だと思うようにしていた。
「それに、こうして見ると意外とかわいいですし……ね、わたしの大事なあなた」
無重力の格納庫に白衣を棚引かせ、プルスリーは近付く愛機へと語りかける。
物言わぬ鋼鉄の巨人は、光の灯らぬ表情で黙って彼女を迎えた。
代わりに、開放されたコクピットハッチから妹が手を降ってくれる。作業用のツナギを着て、その上半身を腰で結んでいるのはプルイレブンだ。
「スリーお姉さま、改修作業は終わりました。多分、大丈夫だと思います」
「ごめんなさいね、イレブン。色々と急がせてしまって」
「平気です。それに、ちょっと面白かったですよ?」
バウの開発母体として、ハンマ・ハンマをベースに改造されたテストベット……AMX-103RZハンマ・ハンマ"ラーズグリーズ"。上下分離と変形を可能としたバウの、その合体機構をこの機体も持っている。
今回、プルスリーは無理を言って妹のイレブンに改修を頼んでいた。
プルイレブンは姉妹の中でも、アビオニクスやサイコミュ系のスペシャリストだ。姉妹達は皆、それぞれに自分の得意分野を持っている。例えばプルスリーは、医療分野を得意として姉妹の心身をケアしていた。
プルイレブンが座るコクピットを覗き込みながら、プルスリーは小さな妹へと微笑んだ。
「大変だったんじゃないでしょうか。でも、こんな短時間で」
「大丈夫です、スリーお姉さま。バウにはもともと、下半身のコクピットも想定されていましたから。そのプランが生きてた頃の実験機なので、むしろ簡単だったかも」
「そう。でも助かったわ」
プルイレブンが座っているのは、下半身側のコクピットだ。
その上では、通常のハンマ・ハンマと同じく上半身のコクピットもある。
プルスリーは故あって、愛機の仕様変更をプルイレブンに頼んだのだ。通常のバウがそうであるように、分離変形した際は上半身から下半身をコントロールする。無人の下半身はある程度の自律制御で動き、サイコミュでこれを制御することもプルスリーには可能だ。
だが、あえてそこにもう一つコクピットを設けた。
上半身と全く同じリニアシートとオールビューモニターを備えたコクピットだ。
その中央に座り、コンソールに細い指を走らせながらイレブンが説明してくれる。
「もともとバウには、下半身……バウナッターのデッドスペースが存在するんです」
「あら、そうなんですか?」
「この機体が……"ラーズグリーズ"が作られていた頃には、バウの設計思想は一撃離脱型の特殊任務用モビルスーツでした。今は、そのポテンシャルの高さから量産されてますけど」
「一撃離脱……特殊任務?」
プルイレブンはモニターの照り返しを受けながら、淡々と話す。
その間もずっと、めまぐるしい速さで彼女の指はキーボードを奏でていった。
「廃案になりましたが、バウには核攻撃プランがあったんです。下半身のバウナッターに核弾頭を搭載、目標まで近付き分離、バウアタッカーで離脱。そのままバウナッターは目標に……ドカーン」
「まあ」
「現実には南極条約やイメージ戦略等の問題で、実現しなかったんです。で、無人コントロール用のユニットを核弾頭収納スペース……つまり、この場所に入れてたんですね」
改めてプルスリーは下半身のコクピットへと脚を踏み入れる。
確かに、上半身でプルスリーが乗るコクピットと大差ない。
これだけの余剰スペースがある理由が、ようやく彼女にも理解できた。
そして、同時に手を止めたイレブンがエンターを叩いて全作業をコミットさせる。
「終わりました、スリーお姉さま。……誰と乗るんですか? 一応、下半身側からも機体のフルコントロールが可能ですけど」
「今、探してるんです。いい人が見つかればよいのだけど」
「いい人……好い人?」
「ん? ふふ、違いますよ。違いますけど……でも、なにか予感のようなものがあって」
「それ、なんとなくわかります」
「そう?」
「なんとなく、ですけど。……それより、スリーお姉さま」
不意にコクピットのハッチが閉じた。
二人きりの密室を作って、プルイレブンがようやく顔を上げる。
その顔に並んだ綺麗な双眸が、僅かにかげった光でジトリと向けられてきた。
「……この間の健康診断、の、話、です、けど」
「え? ええ、そうね。よかったわ、誰も体調を崩してる姉妹はいないみたい」
「はい、それは嬉しい、です……で、その」
「どうしたの、イレブン。何か気になることがあるのかしら」
もじもじとコクピットのイレブンが、両の手を合わせて指と指とをもてあそぶ。
そうして彼女は、覗き込むプルスリーを見上げて……その手を己の胸に当てた。
「あの、スリーお姉さま! 私、どうでしたか?」
「ええと……健康そのものね。大丈夫よ、なにも心配はいらないわ」
「ほ、他には!」
「そうね……やっぱりプルツー姉さんのストレスが気になるわ。少しオーバーワークね。それと――」
「わ、私は!」
「あ! そうね、そうなのね……イレブン、まだそのことを気にして」
そっとプルスリーは手を伸べ、イレブンの柔らかな金髪に触れる。ツインテールに結った髪が、サラサラと輝くままに柔らかな感触を返してきた。
イレブンは両手を胸に当てたまま、俯き加減で言葉を絞り出す。
「私の、身長……あと、胸……」
「ふふ、大丈夫よ。まだ成長期なんだから。クローンニュータイプとして造られたわたし達でも、十代の女の子であることに変わりはないわ。身体も、心も」
プルイレブンは昔から、自分の体型を気にしているのだ。
基本的に同じ遺伝子配列を用いてクローニングされた、12人の姉妹。オリジナルと合わせて13人、性能に大差はない。そして、プルスリーは性能という言葉を使ったことは一度もなかった。
姉妹達は皆、血の繋がりを紡いで連ねた者同士であると同時に、それぞれが独立した個人。カプセルを出てからの成長にはばらつきが生じたのだ。そして、そのことでプルイレブンは時々、自分が局所的に身体の発育が劣っているのではと不安なのである。
プルイレブンはしきりに自分の胸を撫で続ける。
「スリーお姉さまやフォウお姉さまは……もっと、こう、少し……大きくて、柔らかくて。エイトお姉さまとかも。あと、身長が……どうして私だけ、何もかも小さいんでしょうか」
プルイレブンは姉妹の中でも何故か特別成長が遅い。
妹のプルトゥエルブやプルサーティンと比べても、それは顕著だ。
以前からプルスリーはそのことに気付いていたが、あえて気にしないようにしていた。そして、気にしないようにとプルイレブンにも言っている。それは、強化人間としての性能が劣る訳でもなく、彼女自身が必要以上にコンプレックスを感じる必要もないから。
だが、こうして二人きりの空間を作った上で、おずおずとプルイレブンは聞いてくる。
気にするなと言えば言う程、やはり気になるのがこの年頃の女の子なのだ。
「イレブン……ね、イレブン」
「はい」
「もっと、ちゃんと話しておくべきでしたね。気にするなとしか、わたしも言ってあげられなかったから。でも、敢えて言うわね……気にしないで、わたし達のかわいいイレブン」
そっとプルスリーは、見上げてくるプルイレブンの頭を胸に抱く。そうして優しく髪を撫でながら、自分の中に言葉を探して素直に打ち明けた。
「二次性徴前後の女性の肉体は、とても大きな変化を迎えるわ。でも、それには個体差があって、ゆっくりなのはとても自然なこと。つまり」
「つまり?」
「イレブンはそれだけ、自然な女性に……ごく普通の一般的な女の子に近いってことなの。理由はさまざま考えられるけど、でも覚えていて頂戴。イレブンはどんな姿でも、同じ姉妹の絆で結ばれた大事な子なんですから」
胸の中で見上げてくるイレブンが、大きな瞳を潤ませる。
「ほ、本当ですか」
「ええ」
「私も、まだ……大きくなりますか? 身長と、あと……胸とか、お尻とか」
「勿論よ」
「キャラ・スーンさんみたいには? イリア・パゾムみたいに!」
「え、ええ……可能性はちゃんとあるわ……た、多分。とにかく、シリアスに考えては駄目よ?」
「はい! なら、いいです」
プルイレブンは不安なのだ。姉も妹も、髪型や些細な違いを除けば全く同じだ。整った顔立ちに並ぶ表情は違っても、体つきやシルエットはほぼ同じ……彼女自身が言ったように、プルスリーやプルフォウの発育がややいいが、基本的には同じである。
プルイレブンだけが、小さいのだ。
だから、コクピットなんかも彼女だけが自分専用に調整している。
そのことに劣等感を感じて、それに負けぬよう普段は気を張っているのだった。
「スリーお姉さま」
「ん? なあに、イレブン」
「ちょっと……触ってみても、いいですか? その……胸を」
「ええ」
おずおずとプルイレブンの手が、プルスリーの胸に置かれる。こうして見下ろしていると、妹というよりは我が子のようにも思える。だが、プルイレブンにとっては深刻な悩みで、彼女は大真面目なのだ。
「……私も、こうなる。いつか、こうなる、筈……」
「ええ、そうよ。でも……も、もういいかしら? その、イレブン?」
「スリーお姉さまも、ちょっとふくよか……羨ましい」
「も、もうっ! 大丈夫って言ったでしょう? ね、イレブン」
「はい……スリーお姉さまが言うなら、安心です」
プルイレブンはプルスリーの胸に顔を埋めて、甘えるように体温を重ねてきた。プルスリーもまた、我が子を抱くような不思議な感覚を感じつつ……小さな妹に寄り添い抱き締め続けるのだった。
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特別編「プル姉妹のスーパー銭湯」第1話
作:長物守 https://www.pixiv.net/member.php?id=995651
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1
プルツーは今、危機を迎えていた。
過去最高のピンチかも知れない。
珍しく親衛隊の礼服を着込んでいる、その理由が前を歩いているからだ。そして勿論、その少女が危機的状況の元凶でもある。
先回りして振り返ると、プルツーは彼女の行く手を遮った。
「お待ち下さい、姫様……ミネバ様! 危険です! あれは士官の保養と慰安のための施設であって」
「くどいぞ、プルツー。ジオンのために戦ってくれる者たちの日々を、私は少し覗いてみたいのだ」
それに、と少女は言葉を切る。
名は、ミネバ・ラオ・ザビ。実権こそ摂政ハマーン・カーンに握らせてはいるが、まごうことなきジオンの姫君である。
そのミネバが、真っ直ぐプルツーを見詰めて言葉を紡いだ。
普段の穏やかで可憐な表情はそのままに、声だけが真剣みを帯びている。
「プルツー。一時の休息を終えて戦いに戻る者たちは、その何割かは帰ってはこぬ。そんな彼ら彼女らと、僅かでもいい……触れ合うことが必要なのだ」
「……それは、姫様の傷になります。心をえぐる傷痕になってしまいます」
「それで死にゆく者たちを忘れずにいられるなら、むしろ望むところ。さ、プルツー」
こういう時のミネバは、テコでも動かない。
幼いながらも高潔で高貴、その上に気高く清廉なる精神の持ち主なのだ。
その生真面目さがうらやましくもあるが、プルツーは周囲を見渡す。ここは軍の施設内でも、飲食店街やPX――いわゆる売店の類――が並ぶ区画だ。
大事になればすぐ、兵たちに気付かれる。
人の視線と、それ以上に危険な気配がないことを確認し、プルツーは声をひそめた。
「姫様のお命を狙う者の情報もあります。妙な動きを見せる兵を今、親衛隊の方で――」
心底ミネバの身を案じていたし、暗殺計画の噂があるのは本当だ。
だが、ミネバは意を得たりとばかりに微笑んだ。
「ふむ、護衛が必要ということか。ならばプルツー、共を。親衛隊の働きに期待するぞ」
「ッ! そ、それは……困ります。参りもしましたが」
「ふふ、今日は私の顔を立てよ。なに、長居をするつもりはない」
「はあ」
一本取られた、警護として共をせよと言われては断れない。
それに、日々を公務の中で生きているミネバには、息抜きと娯楽も必要だ。
折れてみせると、ミネバの笑みは眩しさを垣間見せる。
この顔にいつも、プルツーは弱かった。
「で、どのような施設なのだ? その……スーパーセントーなるものは」
「いえ、それはあくまでコンセプト上の話で」
「セントー、つまり戦闘を行うのか」
「……いえ、端的に言えば多目的入浴施設です。お風呂ですよ、姫様」
そうこうしていると、その施設が近付いてきた。
大きなのれんがあって、男女で入口が違う。今日は午後も早い時間で、人影はまばらだった。これ幸いと思っていると、ミネバがなんの警戒もなく中へ入ってしまう。
慌てて追いかけたプルツーは、広がる脱衣所で意外な人物に出会った。
「あら? 姫様が……ねえ、プルフォウお姉さま。姫様が」
「なぁに、慌てた声を出して。姫様がこんな場所にお越しになる筈が――」
そこにいたのは、妹のプルフォウとプルイレブンだ。
なにかの機器を調整していたプルフォウは、着衣をプルイレブンに引っ張られて振り向き、固まる。無理もない、親衛隊の姉妹たちは親しくさせてもらうことも多いが、あくまで身分をわきまえ、時と場所を限られた上での主従関係だ。
「あ、あれ……ええと、ミネバ様? えっ、プルツーお姉さま、どうして」
「話せば長くなるが、姫様が施設を視察したいそうだ。……ふむ、そんなに長い話ではなかったな」
説得に酷く苦労した末に折れたので、複雑な話だと思ってしまった。だが、単にミネバの誠実さが望んだことで、ならばその願いを叶えて守るのが親衛隊の仕事である。
そして、それはミネバも承知しているようだった。
「すまない、プルフォウ。それに、プルイレブン。無理を承知で私が頼んだのだ。兵たちの、戦いではない日常を少し見ておきたくて。この心に、留めておきたく思う」
「そういうことでしたら、ね? イレブン」
「はいっ! 私たちでご案内します。プルツーお姉さまも安心してください。ここのセキュリティは私がコーディングしたものですし、安全です」
ならばいいがと、プルツーは思案に沈んだ。
形良いおとがいに手を当て、肘を抱く。
ここはアクシズの内部で、敵の侵入は考えられない。連邦の間者が入り込んでいる可能性はあるが、軍の関係者以外は出入りできない筈だ。
だが、逆に軍の者ならば、階級や身分、所属によっては容易にミネバへ近付ける。
そう、暗殺計画はどうも、プルツーには内部から発生してるように思えるのだ。
「ふむ、イレブンの構築したシステムか。なら、あたしとしては安心なんだが。あとは、ミネバ様は人目に付き過ぎる。お忍びであるからには――」
プルツーの懸念に、待ってましたとばかりにプルフォウがにんまり笑った。
そして、先程からいじっていた機械を差し出してくる。どうやら多目的デバイスのようで、ゴーグルのように頭部に装着するタイプらしい。
「実は、プルツーお姉さま。浴場内には、多種多様なコンセプトのお風呂があるんです。その多くで、AR空間を利用した演出や、ちょっとした3Dプロジェクション・マッピングをやってて」
「ふむ……オーグメンテット・リアリティ、拡張現実か」
「ファイブやテン、他の妹たちも手伝ってくれました。それと、このデバイスを装着すれば、ほら」
プルフォウは自分で装着して見せて、側面のパネルを軽く何度かタッチした。
あっという間に、透明だったバイザー状の画面が黒く染まる。
「施設内では階級等での無駄な緊張を緩和するため、顔を隠したままで入浴できます。デバイスは完全防水ですし、洗い場では外しても左右をパーテーションで仕切ってあるので」
「ならば問題はない、か」
それにしても、バイザーをスモークガラスモードにした姿を、プルツーはどこかで見たことがあるような気がする。そして、ワクワクを抑えきれぬミネバに、彼女用のデバイスを渡すプルフォウの言葉で気づいた。
「さ、姫様もこれを。迷いは自分を殺すことになります。ここは銭湯ですので!」
「セントー……ああ、やはりスーパーセントーか。戦闘、ではないと聞いたが」
「地球では日本の共同浴場を、銭湯と呼ぶんです。ここは無料の施設ですが、銭湯ではいくばくかの小銭を払えば、誰でも入浴できちゃうんです」
そうだ、思い出した……あの男に似ている。
かつてジオンの赤い彗星と呼ばれた、シャア・アズナブルの偽りの姿に。そしてそれは、ミネバが見たシャアの最後の姿だ。
ミネバは、プルフォウのおどけた気遣いに頬を緩めた。
「これは便利なものだ。私も誰にも気付かれずにすむ」
「実は、シャア大佐のエゥーゴ時代のサングラスと、メーカー公認でタイアップしてるんです。これが結構、男性士官に人気なんですよ」
「シャアは、多くの者たちにとって憧れなのだな。それに……やはりジオンの名は、あの者が背負うのが相応しいとも思える」
そう言って、ミネバはデバイスを装着してみせ、それを額の上に押し上げる。
早速、プルイレブンが脱衣所を案内し、一同で奥の一角に陣取った。
「姫様、私がお背中お流しします。なんでも仰ってくださいね。これも親衛隊だけの特権ですから!」
「世話になるぞ、プルイレブン。プルフォウもプルツーも、今日はよろしく頼む」
躊躇なくミネバは、着衣を脱いで丁寧に畳む。
常日頃から侍女に世話をやかれていても、自分のことは自分でできるのがミネバ・ザビという少女だ。それに、彼女のしなやかな肢体はまるでギリシャ神話の女神像みたいに美しい。
そのミネバが、同じく軍服を脱いでいたプルツーを見て、意味深にフムと微笑む。
「ど、どうかなさいましたか、姫様」
「いや! なんでもない、うん……プルツー、年相応というのは、それはいいことなのだ。そう、だから私も……今はこれでよしとせねば」
そっとミネバは、なだらかな両胸に手を当てた。
それでプルツーも、同じことを意識して同じポーズになる。
二人共、まだ十歳前後の小さな子供なのだ。同じプルシリーズの妹たちには、成長の早い者もいる。それは、同じ遺伝子を持って生まれても生じる、誤差のようなものだ。
ミネバはウンウンと頷いて振り返った。
「プルイレブンも、そういう意味では仲間だな? 仲間……ど、どうした? プルイレブン」
「あっ、姫様。えっと、これはですね……」
プルイレブンの視線は今、姉のプルフォウに注がれていた。
丁度今、彼女は上着を脱いだところである。
その胸の実りは、大き過ぎはしないが均整の取れた豊かな膨らみだった。
思わずプルツーも、気付けば他の二人と一緒に凝視してしまう。同じ姉妹でこうも……入浴には関係ないから別にいいのだが、妙に焦りのような気持ちが感じられた。
そうこうしていると、視線に気付いたプルフォウがはにかむ。
「もう、どうしたんですか? 姫様まで」
「い、いや、その……その、そうだ、その髪のリボンが可愛らしいなと思っただけだ」
「ああ、これですか。これは……大切なものです。これからも大事にしたいなって」
「そういうものがあるのは、きっといいことだ。私は、羨ましい」
「姫様……」
「よし、では沐浴にて身を清めつつ、兵たちの憩いのひとときを見させてもらおう」
ミネバは裸体をタオルで包んで隠すと、プルイレブンに案内されて奥の扉へと消えた。
湯けむりの中に白く溶け消えた背中の、その一抹の寂しさをプルツーは敏感に感じ取ってしまう。そして、自分と同じ切なげな表情をする妹と頷きを交わすのだった。
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特別編「プル姉妹のスーパー銭湯」第2話
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2
脱衣所で着衣を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。すらりと均整の取れた肢体を、プルツーは大きめのタオルで隠した。
妹のプルフォウやプルイレブンも、同様に胸から下を覆う。
だが、女性として当然の所作も、ミネバには通じない。
ジオンの姫君である彼女には、俗世の社会通念や常識がないのだ。
「姫様、少しは御身をお隠しください」
「どうした、プルツー。女同士であろう」
「そうではありますが」
「皆も、なにが恥ずかしいのか。ふむ」
高貴なる身分、やんごとなき方であるミネバには、あまり羞恥の気持ちがないらしい。それも当然で、侍女たちに着替えから入浴、就寝までずっと世話を焼かれているのだ。
時々プルツーは、彼女の窮屈な毎日を聞かされていた。
周囲の大人は、ミネバをまさしくお姫様に仕立て上げていたのである。
古来より、身分の高い人間は様々な欠落を抱えるものだ。
「失礼します、姫様」
「ん、わかった。大丈夫だ、自分でやる。ここをこう、だな?」
「結構です」
見様見真似で、ミネバもタオルを身体に巻き付ける。
周囲を見渡せば、既に客入りが先程より増したようだ。士官服や整備班の作業着等、様々な女性が老いも若くも賑わっている。
脱衣所が混雑しはじめたので、プルツーは皆を促しのれんをくぐる。
湯けむりに満ちたその奥には、とても綺羅びやかな世界が広がっていた。
「これは……見事なものだな、プルツー。まるで、ローマ帝国のテルマエではないか」
感嘆の声をあげるミネバの、その身体を隠すタオルがずり落ちる。やはり、自分が結んでやればよかったと思いつつ、プルツーはそれを拾い上げた。
だが、ミネバは自分の裸体が顕なのにも気付いていない。
瞳を輝かせる彼女は、そのままゆっくりと浴場内部を一望した。
「姫様」
「ん? あ、ああ、すまない。しかし、これは確かに気持ちがほぐれよう。行き来する兵たちも皆、くつろいでいるようだ」
「はい。さ、これで大丈夫です」
改めてプルツーも、ミネバと並んで施設内を見渡す。
つい、警備上の穴はないかと目元を険しくしてしまい、これはいけないと溜息を零す。妹のプルイレブンが構築したセキュリティは信頼できるし、護衛とはいえ無駄な緊張感を出してはミネバが気疲れする。
それに、浴場はとても清潔感があって、豪華絢爛とまではいかないが華やかだ。
「む、あれは。プルツー、あれは私もどこかで見たことがあるぞ」
「ああ、ええと確か」
奥には浴槽があって、モビルスーツデッキのカタパルトよりも広い。湯の熱さごとに仕切られており、中央にはたっぷりとした湯を吐き出すオブジェが鎮座していた。
恐らくプルフォウの趣味なのだろうが、古いモビルアーマーを模した金の彫像である。
早速プルフォウが解説してくれた。
「姫様、あれは宇宙戦用試作型モビルアーマー、MA-04Xザクレロです」
「ザク……ではなく、ザクレロ、なのか」
「はい! 現在も我が軍では、大型モビルアーマーの一騎当千機としての運用が研究されているんです。物量で劣るジオンにおいて『質で量をカバーすること』も大事ですので」
「しかし……ううむ」
「あっ、いえ! ちゃんとモビルスーツの増産体制も整ってますし、数においても決してそこまで劣っている訳では……ガザ・シリーズ等の生産性を重視した期待も――姫様?」
腕組み唸ってしまったミネバは、キリリと引き締めた真顔を向けてくる。
プルツーも当然、ジオンをあんずる言葉が発せられると思った。
だが、ここではミネバはただの10歳の女の子に過ぎなかった。
「ザクはわかる。世界初の制式採用された量産型モビルスーツだな。よく知っている」
「はあ、では」
「レロ、とはなんなのだ?」
「えっ?」
風呂の熱気が一瞬、プルツーには感じられなくなった。
真顔でミネバは、語り続ける。
「考えてみれば、連邦のガンダム、これもだ。ガンはわかるが、ダムとはなんなのだ」
「あ、あの、姫様……」
「プルフォウ、そなたはモビルスーツ開発に詳しいのであろう? レロとはなんなのだ。ダムとは」
「い、いえ、それはですね……」
助けを求めるような視線が、プルフォウから発せられる。それを浴びてつい、プルツーは目を逸した。
正直、全くわからない。
そんなの、開発した人に聞いてほしいものだ。
だが、既にザクレロに関する資料は散逸しているだろうし、開発に関わった者たちも存命かどうか……それに、ジオンの兵器に関する命名規約は、どこで誰が決めてるのかすらわかっていない。ある意味、ジオン七不思議の一つとも言える。
純真な好奇心の刃で、プルツーとプルフォウが串刺しになっていた、その時だった。
「姫様ー! お姉さまたちも、こっちですよー! こっち、すいてます!」
プルイレブンが、向こうで手を振っている。
どうやら、人数分の洗い場が確保できるらしい。
瞬間、プルツーはプルフォウと目配せして、頷き合った。
「やあ、これはよかった! 本当にプルイレブンは優秀な妹だなあ」
「ええ、そうですね! では参りましょう。ささ、姫様も」
「ま、待て、そう押すな。それより、レロは」
「湯船につかる前には、身体を洗うのがマナーですからね。行きましょう!」
やや棒読みになってしまったが、ごまかすことができた。
手を引き背を押して、なんとかミネバをザクレロから遠ざける。そんな少女たちを、どこかいやらしくさえ見える目つきで、金のザクレロは見送ってくれた。
そして、目立たぬ隅の方に四人で並んで座る。
プルフォウがバイザー状のデバイス操作する。アクセス音が小さくPi! と響いて、個々の蛇口同士を仕切っているパーテーションが折りたたまれた。
いわゆる一般的な公共浴場と変わらぬ状態になったが、ミネバには珍しいようだ。
「ふむ、ここからここまでが、一人分のスペースなのか? ……随分と狭い中で身体を洗うのだな」
「それは、まあ……姫様が使われてる宮殿のお風呂に比べれば」
「なるほど。だが、機能美だな。コンパクトに水と湯の蛇口、シャワーがまとめられている。石鹸や整髪料も備え付けのものがあるな」
「ジオンでは福利厚生も力を入れてますから」
軽く椅子をシャワーで流して、ミネバを座らせる。
すぐにプルイレブンが、持参したスポンジを手に笑顔を咲かせた。
「姫様、お背中お流しします! えっと、ボディソープは最近これが評判いいですよ」
「あ、いや、一人でできる。そう構ってくれるな。気持ちだけ」
「いーえっ! 姫様が侍女たちにかしずかれなくても、御自身でなんでもできるのは知ってます。でも、銭湯では親しい者同士で背中を流し合ったりするものなんです!」
すぐにプルフォウが「こら、イレブン?」と釘を差した。
だが、ミネバは意外そうに目を丸くして、そして笑顔になった。
「そうだったか。そうか、そうなのだな! うん、では頼もう」
「はいっ!」
「そうか……これは、うん。ふふ、嬉しいものだな」
ミネバの笑顔に、プルツーも安堵する。そして、改めて知らされた……やはり、ミネバには周囲に同世代の子供が必要なのかも知れない。そしてそれは、自分たちのような戦うための人造ニュータイプ、強化人間ではない。もっと自然で、情緒や教養の豊かな人間でなければいけない。
ジオンのために手を血で汚す、そんな子供ではふさわしくないような気がした。
そんなことを思っていると、プルイレブンは自前の小さな籠をガチャガチャ言わせる。いくつものボトルが入っていて、とても一回の入浴で使う量とは思えない。
「さ、姫様。あっちを向いてください。今日は地中海オレンジの香りを使いましょう!」
「た、沢山持っているのだな」
「試供品とかもあるんですけど、最近凝り始めたらやめられなくて。私、お風呂大好きなんですっ」
そういえば、オリジナルのエルピー・プルも、入浴が大好きだったと聞いている。総じて、プルツーの妹たちは皆が皆、入浴を好んだ。勿論プルツー自身もである。
そんなことを考えていると、ミネバは自分でもスポンジを手に取る。
「他には、どんなものがオススメなのだ? プルイレブン」
「はい、この赤の容器は薔薇の香りです。保湿成分が肌をしっとりと潤わせて……で、この緑の容器は、美容効果が高いアロエ抽出物をベースにしたものです。今、成分表の表示を」
「い、いや、そこまでは……ふふ、ではこれにしよう。プルツー、背を向けるのだ」
一瞬、耳を疑った。
だが、当然のようにミネバはスポンジにボディソープを出して泡立てる。
「い、いえ、それは流石に恐れ多く」
「そうかしこまるな」
「無礼でありましょう。ジオンの姫君に、自分の背を流させるなど」
「無礼というなら、既に無礼千万。だが、今日は無礼講というものだろう。親しい仲同士でそうするなら、プルツー……いつも私を守ってくれる親衛隊には、こうするべきだと思う」
「は、はあ。では」
渋々、プルツーは背中を向けた。その頃にはもう、プルフォウがせっせとプルイレブンの背を流してやっている。
なんだかこそばゆくて、新しい妹が突然できてしまったような気がした。
その考え自体が不敬なのだが、ぎこちないミネバの手付きは優しく、妹たちと同じ生身の人間のぬくもりに満ちあふれているのだった。
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特別編「プル姉妹のスーパー銭湯」第3話
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3
裸の付き合いという文化が、東洋の島国にはあるらしい。
言い得て妙だと、プルツーはそのことを思い出していた。互いに裸ならば、武器を帯びていないことも、敵対の意思がないことも明らかなのだから。
勿論、プルツーは無手の格闘術も訓練されている。
それでも、互いが裸であれば争う気にはなれないだろう。まして、広く美しい浴室でとなれば尚更である。プルツーや妹たちは無類の風呂好きだが、そうでなくても戦う場所でないことは理解できる筈だ。
「ふう。そういえば最近は忙しくて、シャワーで済ませていたな」
プルツーは多忙だ。
こうしてゆったりとした湯船に身を沈めるなど、久しぶりである。それも、大切な妹たちと一緒で……さらにもう一人。ちらりと見やれば、ミネバも周囲と打ち解けたようすでくつろいでいる。
頭部のバイザーがあるため、周囲の兵士たちにも身分が割れる心配はない。
年頃の乙女に戻れたミネバは、ごく普通の女の子を満喫しているようだった。
そんな時、そっと隣のプルフォウが耳打ちしてくる。
「プルツーお姉さま、他にも趣向を凝らしたお風呂が沢山あるんです。行ってみませんか?」
「あ、ああ……確かに。ここでゆるりとしてると、のぼせてしまいそうだ」
広い湯船は、そこかしこで兵士たちが気持ちをリラックスさせていた。ネオ・ジオンには意外と女性兵が多いのだなと、プルツーも意外な気付きに驚く。
ここはオーソドックスな湯船だが、奥のエリアには様々なコンセプトの風呂があるらしい。早速、プルツーはミネバにも声をかける。
「姫様、他にも多種多様な風呂がある様子。よければ、そちらも視察してみては」
「ん? おお、そうか。それは楽しみだ。うんうん、公衆浴場というのは実によい」
「それはまた、意外に満喫されてるようで」
「侍女たちが緊張して見守る中で、くつろげると思うか? 私はいつも、風呂で気が休まらない」
「お察しします、姫様」
すぐに四人は立ち上がる。
バイザー状のデバイスでインフォメーションを確認し、風呂道具を持って奥へ向かう。プルツーはすぐに、視界に表示される一覧表の中に奇妙なものを見付けた。
「ん? なんだ、この……スライム風呂というのは」
すぐにツツツと、プルフォウが肩を寄せてくる。
妹はプルツーにだけ聴こえる声で、手短に説明してくれた。
「ファイブが考えたんです。その……一種の泥エステみたいなものというか」
「……ここには姫様を向かわせない方がよさそうだ。なにか悪い予感がする」
「ニュータイプの直感、とも違うんですが……私もです」
だが、既に遅かった。
すぐ前を歩くミネバは、楽しそうにプルイレブンと話しているが……その話題が、今しがたわかったスライム風呂とやらへ及んでいた。
「むむ、スライム風呂……イレブン、これはどういうものか」
「ええと、確か……ファイブ姉さまが企画したものだったと思います、けど」
「なるほど、見聞してみよう。百聞は一見にしかず、だな」
「はいっ。ええと、こっちの方ですね」
止める間もなかった。
そして、こちらのエリアはそれぞれコンセプトの異なる浴場が点在している。その中でも、端の方になんだか奇妙な風呂がある。
そこだけなんだか、どんよりとした雰囲気が漂っていた。
ただ、腕組みして立ってる少女だけが満面の笑みである。
それは妹のプルファイブだった。
「あっ、ツー姉! フォウ姉も! イレブンまで。で、そっちは……?」
どうやらミネバのことがわからないようだ。
だが、ミネバがバイザーのスモークモードを解除するより早く、プルファイブはニシシと笑って……そう、笑って大変なことをしでかしてくれた。
「どこのー? かわいこっ、ちゃんっ、か、なーっ! それ!」
あろうことか、プルファイブが両手でミネバの胸に触れたのだ。バスタオルの上からだが、軽く揉んでフムフムと訳知り顔である。
流石のミネバも、驚くあまりに言葉を失っていた。
「あれ? 妹たちじゃないなあ……ツー姉、この娘、誰ちゃん?」
「……それを知ったら、お前は間違いなく取り返しのつかないことになるぞ。いいから離れろ。ん、そうだ
な……まあ、今ちょっと私はさる御方の接待中なのだ」
「ああ、そういうやつ! 高官の娘さん的な」
「そんな感じだ。で? ファイブ、お前のスライム風呂とやらには入浴客がいないようだが」
それもその筈、目の前の湯船にはなんというか、普通じゃないなにかが満たされている。天然の温泉ならば、白濁とした湯もあるし、酸性のものもある。だが、スライム風呂には明らかに名状しがたい謎の粘液が充填されていた。
それも、ちょっと光沢のある半透明の緑色なのだ。
「フッフッフ、ツー姉! オレは兵士たちのための入浴施設と聞いて、考えたっ! これは元々、開発中のレーション、チューブで飲むタイプの総合栄養ゼリーなんだけど」
「何故それを風呂に使おうと思った……あたしは頭が痛くなってきた」
「まあまあ。身体に悪い成分じゃないし、粘度の高いジェル状のお湯には、浴槽内の装置からの超音波で振動するマッサージ効果があるんだ。しかも」
「しかも?」
「なんか、ロマンじゃない? こう、スライムうねうねーに襲われて美少女がキャー! っての。そんな訳でツー姉、是非試してみて! 身体にはいいから!」
却下である。
勿論、ミネバにも自重してもらおう。
先程胸を揉まれて驚いてたミネバだが、声を荒げたり忌避の感情を見せることはなかった。突然のことで混乱してるのもあるのだろうが……プルファイブがあまりに無邪気に笑うので、怒る気にならないのだろう。
プルファイブはいつも溌剌としてて、悪戯も失敗も不思議と許せてしまう。
この子の笑顔は値千金だなと、プルツーも苦笑するしかないのだ。
そんなことを考えていると、プルフォウが湯船を覗き込みながら眉根を寄せる。
「そういえば、開発チームのどこかで、実用化の目処が立たなかった栄養食の話があったような気がするわ。……それを、ここに? スライム風呂……ゴクリ」
ウンウンと頷くファイブが、さらに入浴を勧めてくる。
だが、その時プルイレブンが機転を利かせた。
「ファイブ姉さま、一緒に入ってみましょうよ。まずはどうぞ、お先に」
「そぉ? いやー、でも姉妹でお風呂って久しぶりだよね! じゃあ、どれどれー」
躊躇なく、プルファイブが片足を突っ込んだ。弾力のある表面張力が、そのまま彼女を飲み込んでゆく。あっという間にプルファイブは、首まで浸かってしまった。
「どぉ? こうして浸かるとお湯自体が揺れてマッサージ効果が……あ、あれ? いや、ちょっと待って!? ……ヒッ! は、入ってきたぁ」
「ファイブ姉さま?」
「い、いや、ちょっと色々やばいっていうか、ンギギ……おかしいな、動きが変、っん!」
ファイブの声が、甘やかな湿り気を帯びてゆく。
慌ててプルツーは、そっとミネバの視線を塞いだ。逆にプルフォウは、何故か興味津々といった具合でスライム風呂を覗き込んでる。
「あらあら、なんだか大変ね。でも、安心してファイブ。需要はあるわ、需要あるから!」
「需要、って、そんな……ひあっ!?」
プルファイブの全身を、まるで意志ある生き物のように粘体が這い回る。その小ぶりな胸に吸い付くように蠕動したかと思えば、いやらしい音を粘らせて股間へも注がれてゆく。
そして何故か、頬を赤らめつつもプルフォウは目が離せないようだ。
プルイレブンに至っては、若干呆れ気味である。
「ん、くぅ! や、やだ……動きが、激しく……た、たしゅけて、フォウ姉ぇ~」
「だそうですけど? フォウお姉さま」
「うわ、結構エグい動き……へ? あ、ああ、ええ! そうね、でも楽しそうだし! 私たちは次のお風呂に行きましょ。流石に姫様には刺激が強過ぎるし」
身悶えながらも、どうにかプルファイブはスライム風呂から出ようとあがく。しかし、暴れれば暴れるほど、ねっちりと絡め取られて全身をマッサージされているようだ。
「いやちょっと待って、オレを助けて……ほへ? 今、姫様って……アッー、ちょ、ちょっと、本当にヤバい感じなんですけど! ッ、ヒゥ! そ、そこは……!」
だんだんと喘ぐ声が切なげに湿ってくるのだが、まあプルファイブなら大丈夫だろう。
プルツーもプルフォウと共に、ミネバを次の風呂へと案内することにした。
次は少しまともなものをと検索すれば、妹の悲鳴は徐々に背後へと遠ざかっていった。
近くにサウナがあるので、それも見たいとミネバが言う。
流石にサウナならば、おかしなことにはならないだろう。
そう思って扉を開けると……既にもう、おかしなことになっていた。
プルツーは、自分と同じ顔の少女二人に問いかける。
「……セブン、そしてサーティン。お前たち、なにをやってるんだい?」
そこには、プルセブンとプルサーティンが汗を流していた。
だが、どうも仲良くにこやかにという雰囲気ではない。
だいぶ長時間いるのか、二人共耳まで真っ赤になっていた。
「ボクとサーティンと……その、どっちが先に出るかを競ってたら」
「出るタイミング、失った。引っ込み、つかない」
「ボクもこの手の忍耐には自信があるけど」
「サウナ、先にいた人より、先に出るの、駄目。それが鉄の掟」
なにをやってるんだか。
だが、双方これでも真剣のようである。まあ、サウナ程度なら何日居ようが、極端な脱水症状になることはないだろう。程々になと釘を刺して、扉を占める。
背後ではミネバが、笑いを押し殺して身を震わせていた。
「ふふ、プルツーの妹たちは個性的だな」
「御無礼の数々、どうか御容赦を……きつく言って聞かせます故」
「うむ。きつく言う程度で収めてくれれば文句は言わぬ。程々にな」
「ありがとうございます、姫様」
「さて、次の風呂は……ん? なんだ? 今、なにかが」
それは突然だった。
咄嗟にプルツーも、目の前を横切った小さな影を目で追う。
そして、可憐な少女によって新たな浴場へと導かれるのだった。
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特別編「プル姉妹のスーパー銭湯」第4話
作:長物守 https://www.pixiv.net/member.php?id=995651
絵:かにばさみ https://www.pixiv.net/users/2672123
ガチャM
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 http://www.pixiv.net/member.php?id=2672123
ねむのと 9 https://www.pixiv.net/users/1877923
おにまる 10 https://www.pixiv.net/users/587268
センチネルブルー 6 https://www.pixiv.net/users/11990508
アマニア 7 twitter @amania_orz
いなり 8 twitter @inr002
※Pixivにも投稿しています。
4
プルツーの目の前に今、小さく可憐な姿が羽撃いていた。
それはよく見れば、バイザーを通してみるAR……オーグメンテット・リアリティ、いわゆる拡張現実である。
だから、そう、現実の存在ではない。
二対四枚の羽根で飛ぶ妖精は、バイザーを通してしか見えないCGである。
そして、さらに目を凝らせば、小さな妖精にプルツーは見覚えがあった。
「むむ……プルテン!? お前、どうしてそんな」
「はいっ、プルツーお姉さん。私もお手伝いさせてもらってます」
「その格好は」
「現実では別の場所、施設の管理棟にいます。この姿はいわば、ナビゲーション用の仮の姿ですね」
そう、ファンタジーな妖精が目の前に飛んでいる。
同じバイザーでデータを共有しているので、ミネバやプルフォウ、プルイレブンは勿論、周囲の客たちにも見えている。
お風呂の素晴らしさを、覚えている者は幸せである。
そんなモノローグが一瞬脳裏を過り、慌ててプルツーはブンブンと頭を振った。
だが、構わず妖精のプルテンが次の風呂を案内してくれた。
「よければプルツーお姉さん、皆さんも……こちらのジャングル熱帯風呂を楽しんでくださいね」
「テンのことだから、妙な風呂ということはないだろう」
「ここでは比較的大きなデータを展開できるので、皆さんに大好評ですよ」
こころなしか、プルテンも普段より表情がイキイキしている。
彼女は光を振りまきながら、施設の奥へと飛んでゆく。
その姿を見送っていると、横に並んだミネバが瞳を輝かせていた。
「凄いものだな、プルツー。私も驚いた……ふむ、ジャングル熱帯風呂。もしや地球の自然を再現したものではないだろうか」
「え、ええ、そうでもありましょうが」
丁度、プルフォウがバイザーの機能を使って詳細を検索しているようだ。そして、こちらを見て静かに頷く。先程のプルファイブのスライム風呂みたいな、色々な意味で危ない場所ではないようだ。
それでプルフォウは、さり気なくミネバをエスコートしながら歩き出す。
入り口になってるゲートをくぐった瞬間、周囲の光景は一変した。
誰もが驚きに言葉を失ったが、最初に声を発したのはミネバだった。
「これは……凄い! 見事なものだな! これが地球の大自然か!」
そこには既に天井はなく、一面の青空が広がっていた。そして、天を奪い合うように、見たこともない木々が茂っている。鳥や獣の声が響き渡り、遠く虫も鳴いていた。
勿論、全てがARだ。
実際には、密閉された建物の中にいるだけである。
しかし、見える全てがCGとは思えぬくらいに色付いて、その彩りがプルツーを圧倒してきた。昨今は、モビルスーツのオールビューモニターの解像度もかなり高いし、合成されるCGはまるで実写のようだ。
その技術が恐らく、このエリアにもフィードバックされているのだろう。
ただただ感嘆していると、プルテンが飛んできた。
「こちらには、地球の南国をイメージしたAR空間が広がっています。この大自然の中でお風呂に入るのも、とてもいいものですっ」
「う、うむ、確かに……日本でも露天風呂というものがあるらしいしな」
「はいっ」
「よし、姫様。みんなも、行ってみよう。湯船は奥だな――ッ!?」
突然、プルツーの前に何かが飛び出してきた。
それは動物で、よく見れば二本の脚でよちよちと歩いている。濃いグレーの羽毛に覆われ、胸元から腹に賭けてはモノクロームにモザイクのような毛並みが艶めいていた。
「これは……鳥、か?」
「ええ。この子はヤンバルクイナ、飛べない鳥です」
「と、飛べないのか。鳥なのにか?」
「はい」
ミネバも驚いた様子だが、ヤンバルクイナは逃げる素振りをみせない。あまりにもリアルなので、ついついプルイレブンが手を伸ばした。
残念ながら、CGなので触ることはできない。
全てを制御してるサーバの介入で、プルイレブンの腕が貫通した状態のヤンバルクイナが後ずさる。それもどこか自然な仕草で、本当に生きてる鳥がプルイレブンから逃げたように見えた。
やがて、ヤンバルクイナは一同を見渡し、興味なさげに通り過ぎてゆく。
それを見送っていると、プルテンが説明してくれた。
「ここでは、南国の珍しい鳥たちもデータベース化されてて、そこかしこで会うことができます。その数、四千種」
「そんなにか……凄いな」
「本当は同じ地域には生息していない鳥たちも混じってて……私たちジオンでは、ざっくり南国という括りにしてみても、なかなか実感がわかないものですから」
「そうだな。ここには北も南もない……あるのは、宇宙に星々を見上げる密封された都市だけだ」
見上げれば、晴れ渡る空がとても眩しい。
だが、それは全て虚構、幻だ。
それでも人は、心の安らぎを自然に求めてしまう。既に地球生まれではない世代、コロニー育ちの世代が多いにも関わらずだ。
「さ、プルツーお姉さま。ミネバ様も、こちらへどうぞ」
「ああ、すまないな、テン」
物珍しそうに周囲を見渡し、ミネバはなにか生き物を見つける都度、脚を止めた。見たこともない蝶が舞っているかと思えば、木の上に極彩色のトカゲみたいなのがいる。
じっくりと地球の豊かさに魅せられていると、突然視界が開けた。
ジャングルのド真ん中に、石造りのかわいらしい湯船が設けてある。
すぐにプルフォウが周囲を見渡し、プルイレブンに声をかけた。
「ここに風呂桶があるわね。シャワーはそこの岩陰に」
「この辺は、AR空間のCGと実在のお風呂とが入り混じってます」
「ええ。つまり、イレブンの肩に乗ってるのはCGってことね」
「え? 肩に……わわっ!」
イレブンの肩に、小さな鳥が留まっていた。それは、慌ててイレブンが動いたはずみで、驚いたように宙へ戻る。その小さな翼を懸命に動かし、その場に滞空してしばらく飛んでいた。
すかさず妖精プルテンが説明をしてくれる。
「イレブン、その子はハチドリの仲間よ。データベースの中でもレアな希少種、運がいいわね」
「そ、そうなんですか? 確かに、綺麗な色をしてます、けど」
「ハチドリは毎秒50回から80回もの羽撃きで自分を空に浮かべてるんです。そうやってホバリングして、花の蜜を吸いながら生きてるんですっ」
「どうりで……なんか、蝶々みたいに綺麗な鳥ですね」
やがて、ハチドリは飛んでいってしまった。
CG画像とは思えぬ程に、その姿はリアルだった。
例え虚構でも、プルツーにも大自然の偉大さ、美しさがはっきりとわかる。そして、それを私利私欲で汚しているのが地球連邦政府なのだ。一部の特権階級のみが地球の恩恵を独占し、貧しい人間を宇宙移民と称して追放した。
だが、プルツーが身を置くネオ・ジオンにもまた、因果がある。
棄民とされた者たちから生まれたジオンもまた、地球へのコロニー落としを続け、今またハマーン・カーンが率いる部隊が地上を侵略しつつある。愚行に対して愚行で応え、愚行の応酬をしているのが今の人類なのだ。
そして、それを知る声が静かに響く。
「これが地球なのだな……プルツー、私はたとえ虚構でも、このような体験を嬉しく思う。もっと早く知るべきであった。ライブラリで見るより、ずっとわかりやすい」
「は、姫様」
「プルテンだったな? ここに記録された野鳥……現在も種を存続させている数は如何ほどか」
ミネバの声は、透明に透き通っていて、それでいて鋭かった。
答えるプルテンの声も、神妙に上ずって聴こえる。
「……約四千種が登録されてるうち……現存しているのは、僅かに五百種程です」
「我ら人間が生活圏を広げ、その豊かさを享受することで犠牲になった数だな?」
「は、はいぃ」
「プルテン、おまえを責めている訳ではない。むしろ礼を言おう。……そうか、地球にはかつて、これほどまでに生命の彩りが満ちていたのだな」
ゆったりと湯に身を委ねて、ミネバは静かに天を仰いだ。
丁度、森から飛び立った鳥の大群が、群れをなして飛んでゆく。
まるで、旅する渡り鳥のような編隊飛行で、一糸乱れぬモビルスーツの戦闘機動にも似ている。だが、生きるための武器以外を持たぬ桃色の翼は、鳴き声を連鎖させながら遠ざかっていった。
プルツーは詳しくはないが、あれはフラミンゴという鳥だったと思う。
この浴場に再現された大自然は、その一部は永遠に失われてしまった。地球という天体の歴史から見れば、ほんの一瞬とさえ思える時間で消滅してしまったのだ。それは、人間がなした業だ。ほんの数百年で、人間は地球を汚し尽くしてしまったのだ。
「いい湯だな、プルツー……来てよかった。ジオンの技術力にも舌を巻くが、な。だが、そうして見せられる地球のなんと眩く輝かしいことよ。これが、地球なのだな」
ミネバは静かに言葉を口にして、それを自分で味わうように頷いた。
ミネバはまだ、本当の地球に降り立ったことがない。
そんな彼女に、地球の自然をほんの僅かでも味わってもらえたのなら……それだけでもう、プルツーにとってはとても嬉しい気がして、そのことを思わず叫んで謳いたくなるあまり、彼女はジャボン! と湯船の中に自らを沈めるのだった。
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