生き残った彼は (かさささ)
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BBF風の設定

本編じゃなくて申し訳ないです。
あと活動報告見てください。


 

 

 

『近野柊』※第1話(原作一年前)時点

 

 

 

PROFILE

ポジション:アタッカー

年齢:15歳

誕生日:6月19日

身長:166cm

血液型:A型

星座:うさぎ座

職業:中学生

好きなもの:戦闘訓練、強さ

 

 

FAMILY

 

 

PARAMATER

トリオン5

攻撃10

防御・援護5

機動7

技術6

射程5

指揮2

特殊戦術2

TOTAL42

 

 

RERATION

米屋→先輩

出水→先輩

東→すごい人

 

 

TRIGGER SET

 

MAIN     SUB

孤月       アステロイド

旋空       ハウンド

シールド     シールド

FREE     バッグワーム

 

「狙った標的は逃さない旋空孤月!」

 近野が好んで使う孤月のオプショントリガー、旋空による決定力はかなりのもの。繰り出される斬撃は、障害物をもろともせずに斬り裂いて標的にその刃を届かせる。超攻撃重視のスタイルだ。

 

「逃走や潜伏は許さない!」

 最近になって使うようになった射撃トリガーのアステロイドとハウンド。基本的には牽制目的での利用だが、アステロイドの貫通力やハウンドの追尾性能を活かして潜伏している敵を炙り出すのにも使っている。

 

 

「過ちを悔やむ優しい少年」

 大規模侵攻で両親を失ってしまったものの、現在は隣町に出かけていて被害を受けずに済んだ妹と仲良く暮らしている。幼少期は元気で活発だった彼だが、大規模侵攻を経て変わってしまった。昔と打って変わって冷静で落ち着いた様子を見せている。助けを求める手を取れなかった事を今でも後悔しており、2度と同じ過ちを起こさないためにボーダーへ入隊した。

 

「ただひたすらに強さを求めて」

 周りの人間に一切の関心を持たず、持てる時間の全てを自己鍛錬に注ぎ込む。膨大な量の反復練習により、彼はランカーの階段を駆け上がった。理想とする1人で戦える強さを求めて、彼は今日も孤月を振るう。

 

 

***

 

 

 

 

 ぼっち一歩手前 「近野」

 

 独断行動、チームプレイ無視などで殆どの正隊員に良く思われていない。さらに本人が周りに全く関心を持っていないため、基本的に1人になっている。こんな彼だが、米屋と出水がちょっかいをかけるおかげでぼっちは免れていた。2人がいなかったら割とやばいことになっていたかもしれない。なのでアタッカー4位の彼の孤立を危惧する上層部は密かに2人に感謝していたり……?

 

 

 

 

※独自設定として、チームを組んでいないソロの正隊員の隊服を、訓練生と区別して黒地にオレンジライン(アニメの訓練生の隊服の白→黒ver)とします。初めて独自設定タグが活きたよやったね!

 

なので現在ソロの近野くんもこの隊服を着ていますが、作中であと1年もしたらチームを組んで格好がかわると思われ……

 

 

 

 

 



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第1話

初めまして、マイタケ担当大臣です。初めて書いたので色々と至らないところもあると思いますが、温かい目で見ていただけると嬉しいです。

ではどうぞ。


 

 

 

 街中のあちこちから土煙が上がり、尋常じゃないというのが一目見てわかる。まさしく、尋常じゃない事態だ。

 

 必死に走っていた少年は、瓦礫につまずいて派手にこける。割れたガラスに顔が映った。

 

 父親譲りの黒髪に母親譲りの青い目をした少年ーー近野 柊(こんの しゅう)が映ってる。口を切ったのか口から血が出ているが、そんなこと気にならない。彼には気にする余裕がない。早く逃げないと殺される。口の中に目を持つ白いやつらから逃げることだけを考えて体を起こす。

 

 

 

 そこは地獄だった。いや地獄になった、と言う方が正しい。家族とリビングでくつろいでいた彼を急に建物が壊れるような大きな振動が襲った。柊が一体何事かと外を確認しようとした瞬間、リビングの天井に黒い穴が開いた。

 

 それがなんなのか考える間も無く、巨大なそれが上から母を押し潰した。次にそいつの鎌が父を両断し、父を絶命させる。突然のことに彼の思考が止まった。しかし恐怖が彼の体を動かした。転がるように外へと逃げる。

 

 家を飛び出した瞬間にやつが壁を壊したことで家が倒壊し、結果的にそいつからは逃げられたが、今のほんの一瞬だけで柊は家と両親を失った。

 

 街も同じく悲惨な状況だった。建物は倒壊し、あちこちから火の手が上がっているのが見える。まさしく地獄だった。

 

 

 

 死にたくない。ただそれだけを思って走る。早く逃げないと、理不尽に命を奪う奴らから少しでも遠くに逃げなければ。

 

 周りの建物が全て崩れてしまっている。よく利用していたコンビニやレンタルショップなんかが跡形もない。それでも走る。

 

 友達の家だ。彼は家が近いからよく遊びに行ったものだ。それが崩れている。それでも走る。

 

 両脇の倒壊した家から人が見える。瓦礫の下敷きになってしまっているが、意識ははっきりしてそうだ。助けを求めるように彼に手を伸ばすが、ーーそれでも走る。

 

 何も考えられなくなっていた。ただただやつらへの恐怖だけが、彼の体を動かしている。少しでも遠くへ逃げろ、走れ走れと。

 

 背後に気配を感じた。奴が来たのか。ここで死ぬのか。いや、こんなところで死んでたまるか。

 

 振り返って彼が見たものは

 

 ーー白いやつらではなく、血だらけの人たち。そのぐしゃぐしゃになった手を彼に伸ばして

 

 

 

 

 

 

「っうわああぁぁ!!」

 

 叫びながら慌てて飛び起きる。そこは彼の部屋で、彼はベットの上にいた。彼の部屋のカーテンの隙間から光が差し込まないことから、まだ太陽は登ってきてもいない時間だとわかる。

 

「はっ…はっ…はっ…。くそ……、またこれか……」

 

 顔を覆う手は彼が自分でも抑えられないくらい震えていて、身体中汗でぐっしょり濡れている。気持ち悪かった。

 

「お兄ちゃん……大丈夫?」

 

「ああごめん葵、起こしちゃったか?」

 

 ドアから妹の葵が顔をのぞいてきた。その顔には相手を気遣うような心配する表情を浮かべている。

 

「また夢みてたの?」

 

「……大丈夫。違うやつだよ。夢の内容忘れちゃって、怖い夢だったってことしか覚えてないから。ちょっとシャワー浴びてくるわ。葵もせっかくの休みの日なんだからもっと寝とけ」

 

「うん……、わかった。部屋に戻ってるね」

 

「おう」

 

 葵が部屋から出ていったのを見届けて、柊は思わずため息を漏らす。今とっさにごまかしたものの、葵は既に自分がうなされていることに気づいているだろうとある程度の確信を抱いている。この夢を見るのは1度や2度じゃないからだ。

 

 あの日、大規模侵攻で生き延びた柊は、さっきみたいな悪夢を見るようになった。

 

 当時12歳の少年だった彼は必死に逃げて、必死に逃げて、生き延びた。しかし彼は逃げる途中に助けを求める人を見ても助けられなかった。そんな余裕は一切なかったからだ。

 

 見捨ててしまった。

 彼らの目が忘れられない。

 絶望に染まった目が。

 血だらけの赤に浮かぶ目が。

 

 それが、彼の心を縛りつける。それはお前の罪だと、まるでこの夢が忘れるなと言っているようだった。

 

「はぁ、シャワー浴びよ」

 

 夢のせいで目が覚めてしまい、眠気も完全に吹っ飛んでしまったので、風邪をひきたくない柊はとりあえずシャワーを浴びようと立ち上がった。

 

 

 

***

 

 

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

「おはよう、朝ごはんできたぞ。食べよう」

 

「うん」

 

 目覚まし時計のアラームに起こされた葵を出迎えたのは、朝ごはんを用意していた柊だった。

 

 朝に弱い葵はまだ若干寝ぼけており、目を手でこすりながらあくびをするという、意図的であれば超絶あざといポーズをとるが、今そこに彼女の意図は一切ない。したがって純度100%の可愛さを振りまいている。兄妹贔屓を無しにしても可愛いと柊は認めており、変な虫がつかないかむしろ心配になるほどの破壊力を持っている。

 

 顔を洗って席に着いた葵の前に置かれたのはシンプルにトーストとスクランブルエッグ。トーストの香ばしい色と香りとスクランブルエッグのふっくら感が彼女の五感に作用し、まどろみの中にいた彼女の目を一瞬で覚ました。

 

「「いただきます」」

 

 2人暮らしをしている柊と葵は、家事を当番制にして分担している。今日の朝食の担当は柊だ。

 

「うん!今日も美味しいよお兄ちゃん!」

 

「ん、ありがとう」

 

 美味しそうに食べる葵を見て、柊も嬉しい気持ちになる。それは表情にこそ出ないものの、兄妹の葵は兄の少しの変化を感じ取り、さらに嬉しく思う。

 

 朝から話は大いに弾んだ。と言っても葵が昨日学校であったことなどを兄に話すだけなのだが、これはいつもの光景で2人とも楽しみにしている時間である。

 

「今日私桜子ちゃんと勉強会開く約束してるんだけどお兄ちゃんは今日どうする?」

 

「今日は昼から防衛任務なんだ。夕飯までには戻ってくるよ」

 

 それを聞いた途端、葵は胸を締め付けられるような感覚に陥る。

 

 大規模侵攻で両親を亡くした兄弟はアパートを借りて2人で援助を受けながら暮らしてきた。けれど援助に頼り切るのは柊には容認できなかった。しかし葵には、不自由なく生活してほしい。そこで柊が目をつけたのはボーダーだった。中学生でも稼げるため、すぐに申し込んだ。それから柊はほぼ毎日、ネイバーと戦い続けている。

 

 戦いに赴く兄を妹は見送るしかなかった。柊は両親を亡くしてからそれまで以上に葵を気にかけるようになった。ボーダーに入ってから兄は悪夢にうなされるようになり、戦い続ける兄は苦しんでいる。

 

 けれど葵は兄にもらったものを返してやることができない。何も返してやれない。だから笑顔を失くし、戦い続ける兄の疲れを癒せるように、笑顔を取り戻せるように自分は笑い続けると、兄の帰る場所になると決めた。

 

「わかった!今日の夜ご飯もお兄ちゃんの担当だからね!お兄ちゃんのご飯美味しいからいつも楽しみにしてるんだから早く帰ってきてよね!」

 

「いや、料理に関しては葵の方が上手いぞ?」

 

「私はお兄ちゃんのご飯がいいの!」

 

「……わかった、なるべく早く帰るよ」

 

 食べ終わった2人は朝ごはんの食器を片付けて出かける用意をする。

 

「いってらっしゃいお兄ちゃん!」

 

「いってきます」

 

 開けた扉の先に見えたのはネイバーと戦い続ける境界防衛機関≪ボーダー≫だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 防衛任務のためにボーダー本部を訪れた柊だが、任務までまだかなり時間があった。今から向かうのは早すぎる。そんな時間に本部に来ていたのはランク戦をするためだった。建物に入った柊は最短距離でランク戦ブースへと足を運ぶ。

 

「あれ、柊じゃん。どこ行くのよ」

 

 ブースに向かっていた柊に声をかけたのはA級隊員の米屋陽介。刀の孤月を槍に改造してトリオンの消費を抑えることで、トリオン量の少なさをカバーしたという過去を持っている。

 

「ランク戦しようかと」

 

「お、俺もちょうどランク戦やろーと思ってたんだよ。ひと勝負やろうぜ」

 

「わかりました。なら思いっきりできますね」

 

「簡単にはやらせねぇよ」

 

 2人が戦うのはよくあることである。強いやつと戦うのが好きな米屋は柊を見つけるやいなやすぐにランク戦を申し込む。柊もまた米屋という実力者と戦えるのを好機とみて、それを引き受ける。誘うのは決まって米屋だ。

 

「今日も勝ち越すぜ」

 

「させません」

 

 2人の戦績はほぼ五分と五分。若干柊が勝ち越しているかというところだが、前回の勝負は7-3で米屋が勝ち、その前は6-4で柊が取っている。実力が近いため、その日のコンディションなどで勝敗はどちらにも簡単に傾く。

 

 米屋は柊と別れてブースに入り端末を操作する。いくつかある武器の名前とポイントの名前の羅列中から9740の孤月を選択、ランク戦を申請する。もちろん柊である。相手からの了承を確認すると米屋は仮想空間に転送された。

 

 

 

***

 

 

 

 黒髪の少年ーー三輪秀次はランク戦するからー、と言って先に本部に向かった米屋を探しにブースに足を運んでいた。ブースに着くと、なにやら騒がしかった。その大半は訓練生のC級隊員だが、大型モニターを見て盛り上がっている。誰が戦っているのかと興味が湧いた三輪はモニターを見て、そこに探し人が映っているのに気がついた。

 

 モニターには米屋と柊がそれぞれ槍と刀を手に激しい戦いを繰り広げているのが、大きく映っていた。お互いアタッカーで近距離戦闘の専門ということもあってとてもスピーディーでハイレベルな戦いだ。

 

 米屋が首を槍で突くと、柊はシールドをはって防ぐ。攻守が入れ替わり柊が孤月を振り下ろす。米屋はそれを一歩引くことで回避し、また槍を突くが、今度は孤月で弾かれる。お互い一歩も引かない息つく暇もないような攻防だ。

 

 そこまで見て、三輪は一度モニターから視線を外し、柊について考える。柊は孤月の使い手で入隊からわずか1年でアタッカーランク4位まで登りつめているほどの実力者だ。しかし、彼は自分たちより1つ年下なのである。

 

 彼が多くの時間をランク戦に割いているのは三輪を含めボーダー内でほとんど知られていることだ。無表情で一心不乱にポイントを貯める彼の姿に、隊員たちの間では様々な噂が飛び交っている。その力への異常な執着はネイバーへの憎しみがあるから。ネイバーに復讐心を秘めているから。他にもあるが大多数こう考えている。その噂の真偽はさておき、三輪個人はその噂は真実ではないと考えていた。

 

 力への執着はある。けどそれが恨みや復讐心によるものではないと、三輪にはっきりわかっていた。姉をネイバーに殺され復讐を誓った三輪だからこそ、柊の目に宿る色は復讐のそれとは全く違うのがよくわかる。

 

 だからこそ、何故復讐以外の理由でそこまで身を削るのかが三輪は気になっていた。彼を見つけると凝視してしまうほどには。

 

 

 

 

***

 

 

 

 斬って斬られてを繰り返して、いつしか2人の戦いは10本目に入っていた。

 

 そしてその終盤。米屋と柊の戦いは佳境に差し掛かった。お互い致命傷こそ受けていないが、傷からトリオンが少しずつ漏れ出している。両者ともにもう長期戦は不可能なほど消耗してきていた。鍔迫り合いから両者跳びのき、距離を取る。もう後がない。お互いに次の攻撃で決めるため、切れかかっていた集中力を再び最大まで上げる。

 

 合図こそなかったものの、2人は示し合わせたかのように同時に駆け出し、距離を詰める。先手はやはりリーチの長い槍を持つ米屋だ。目線は柊の首。

 

 しかし槍の角度が低いことを見抜いた柊は首ではなくトリオン器官が狙いだと判断し、シールドで防御を試みる。

 

「と、思うじゃん?」

 

 それを読んでいた米屋は槍を跳ね上げ、首を狙う。ただ避けるだけでは孤月のオプショントリガー幻踊によって刃を曲げられ首を搔き切られてしまうため、この場合の回避は敗北だ。シールドは既にはってしまっている。今更再展開は間に合わない。

 

 ならばと柊は槍と自分の首の間に左腕を置き、槍をそらせる。肘から先が斬り裂かれるが、致命傷は避けた。斬られた左腕に構うことなく右手に持つ孤月を構え、斬りかかる。下がって避けようとする米屋の動きを読んで、セットしてある孤月のもう1つのオプショントリガー、旋空を起動する。トリオンを消費してブレードを伸ばし、米屋を狙う。

 

 襲いかかる柊の旋空を、米屋はフルガードでしか防御できない。しかし今は槍を展開しているためそれは無理。避けようにも水平に振るわれる旋空をバックステップで避けることもできない。とっさにジャンプで回避するが、それこそが柊の狙い。

 

 左に振り切った孤月を逆手に持ち替え、切っ先を米屋に向ける。そして再び旋空を起動。高速で刺突を放つ槍となって米屋を襲う。

 

 狙いに気づいた米屋だったが、手に持つ槍で防ぐことができずトリオン器官を撃ち抜かれ、柊の勝ちで10本目を終えた。

 

近野

○×××○○○×○○

米屋

×○○○×××○××

 

 6-4で柊が勝ち、2人の10本勝負は幕を閉じた。

 

 

 

***

 

 

 

「ちくしょー。負けたー!」

 

 ランク戦を終えた米屋と柊はロビーに戻ってきていた。負けたものの米屋の顔には笑みが浮かんでいた。米屋は強者との戦闘を好むため、戦った時点で彼はほぼ満足していたのである。加えて言うなら、1度負けたくらいで凹むほど、彼のメンタルは弱くはないということだ。

 

「陽介、行くぞ」

 

「お、了解ー」

 

 出てきた米屋に待っていた三輪は声をかける。その時三輪が柊に視線をやり、柊が小さく会釈で返す。不思議な構図だが、柊に興味を持つ三輪との間で交わされるこれはいつもの流れだ。

 

「またやろうぜ。次は負けねえぞ!」

 

「いえ、次も俺が勝ちます」

 

「させねえよ」

 

 じゃーなー!

 そう言って手を振る米屋とスタスタと歩いて帰る三輪。2人が見えなくなってから柊は小さく息を吐いた。米屋とのランク戦は熾烈を極める。

 

 米屋にはないが、柊は孤月以外にも中距離戦用のトリガーをセットしてある。しかし彼はここしばらくそれらを使わずに米屋と戦っている。それはただ柊が、近接武器のみで米屋をストレートに倒したいと思っているからである。

 

 開始の合図と同時に距離を詰めて、お互いに一歩も引かずに武器を振るい、躱し、攻めて、防ぐ。そんな戦闘に気をぬく暇など一切ない。ベイルアウトしてから復帰するまでの時間のみで呼吸を整えなければならないのだ。ゆえに疲労度は通常のランク戦の比ではない。

 

 しかし柊も米屋もそんな理由でランク戦を避けたりしない。顔を合わせたらランク戦。2人はお互いがお互いを利用して強くなろうとしているからだ。

 

 米屋と戦ったことにより予定より疲労がたまってしまったが、うまく時間を潰せたこともあって、もう少ししたら防衛任務が始まるくらいになっていた。解散した時間から考えても、おそらく今さっき別れた米屋も同じだろう。これで米屋がケロッとしていて、自分だけヘトヘトだったりしたら滅茶苦茶バカにされるに決まっている。

 

 一度気を引き締める必要がありそうだ。そう判断した柊は自販機でアイスコーヒーを買って喉を潤す。コーヒーの苦味と冷たさが染み渡り、疲労で少しぼーっとしていた頭をリセットさせる。

 

 コーヒーを飲み干した柊は空き缶をゴミ箱に捨て、防衛任務の持ち場へ移動する。

 

 

 -今日も1体たりとも逃しはしない。

 

 

 ガラスに映る少年の瞳は、ひどく濁って見えた。

 

 

 



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第2話

 

 

 

 結局予想していた米屋とバッタリ会うということにはならず、静かに過ごすことができ任務は特に大事も起こらずに終了した。夕食の買い物や準備をするにしてもまだ時間があるのを確認した柊は、朝と同じようにランク戦ブースへと向かうことにして歩き始めた。

 

 今朝は米屋を相手に勝つことができたが、それを差し引いても最近は負けが続いていたため、ポイントが一時期より減ってしまっている。ランク戦をする際、柊の方が所持ポイントが高いことが多いため、負けたらかなりの量を持っていかれてしまう。逆に柊が取れるポイントは取られるよりも少ないので、数をこなして元を取らないといけないのだ。

 

「お、またまた柊発見〜」

 

 出やがった。またお前かよ。そう思う柊だったが、それを表に出すことはなかった。柊が振り返るとそこにいたのは米屋だけではなく、となりにもう1人少年がいた。黒いロングコートの隊服を着た出水公平だ。

 

 出水はA級1位の太刀川隊所属の天才シューター。膨大なトリオン量を持つ彼から放たれる弾丸トリガーはまさにマシンガン。そして「千発百中」とはそんな彼の言葉。なんてバカ丸出しなのだろうか。命中率10%だなんてそれでいいのか天才。などと周りから好き放題に思われている。

 

 出水も米屋ほどではないが、柊によく話しかけるやつである。槍バカ米屋に付き合える数少ない人物である柊(本人はそんなこと思ってない)に興味を持ち話しかけて以来、出水も柊によくからみに行っている。柊としては米屋と同じようなやつが2人に増えたことに当時落ち込んでいたが、貴重なランク戦相手が増えたと無理矢理自分を納得させた。

 

「またランク戦かよ」

 

「そちらも"また"でしょう?」

 

「そういえば朝もやってたんだったな。ログ見たわ。相変わらず脳筋だったなお前ら」

 

「トリオン量で圧倒してるやつに言われたかないなー」

 

「バーカ、俺はちゃんとバイパーとか使って相手追い詰めてるんだよ槍バカ!」

 

「うるせー弾バカ!千発百中とか意味わかんねえんだよこのやろう!」

 

「なんだとっ!」

 

 このように、使うトリガーと普段の姿から槍を使う米屋は槍バカ、バカスカ撃ちまくる出水は弾バカと呼ばれている。2人合わせてボーダーA級が誇る2大バカである。

 

 目の前でじゃれあいを始められたので柊は無視してブースに向かおうとした。

 

「「こらぁ!逃げんな柊!」」

 

 目ざとく気づいた2人は声を合わせて叫んだ。面倒になりそうだったので逃げようとしたのに!逃げられなかった柊はテンション下げ下げで2人を睨む。

 

「そんな目で先輩見んなやこら、お前朝これ(槍バカ)とやったんだろ?次は俺とやろうぜ」

 

「まてよ!俺は今朝のリベンジするんだよ!」

 

「お前もう1回やってんだろ!俺はまだなんだよ!だから先俺!」

 

「いや、リベンジ!」

 

 やっぱり面倒になったと、柊は逃げられなかった数分前の自分を恨んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 結局2人ともと戦うハメになった柊はブースに連行された。まずは出水からである。

 

「さて、今日もポイント頂くぜ」

 

 アタッカーの柊はシューターの出水に対して相性が悪かった。現在3連敗中である。出来れば戦いたくない相手ではあるのだが、もう既に戦うことは決定事項のようだし、仕方ないと諦める他なかった。これ以上ポイントをむしり取られたくない彼は、いい加減そろそろ勝っておく必要があった。

 

 ブースに入った2人は端末を操作し、一瞬の浮遊感に包まれた。

 

 

 

***

 

 

 

 浮遊感から解放された出水が立っていたのは住宅街のど真ん中だった。周りの様子から建物が密集している市街地Bだろうと、あたりをつける。今回ランダムで選ばれたマップは、その密集度という特徴から立ち回りが難しく、あたりを吹き飛ばせるメテオラ持ちが有利に動きやすい、という特徴を持っている。そして、出水はそのメテオラを持っている。

 

 出水はレーダーを起動して柊を探す。けれどもレーダーにはなんの反応もなかった。単純にリーチの差から、正面からのぶつかり合いならばアタッカーの柊はシューターの出水に歯が立たない。おそらくそれを避けるためレーダに映らないバッグワームを起動しているのだろうと予想する。

 

 しかしランク戦において、相手方とは一定の距離をあけて転送される。具体的な位置は分からなくても彼我の距離さえある程度分かればーー

 

 

「ビンゴ♪」

 

 

ーー防御のタイミングはつかめる。

 

 タイミングと狙いを読んだ出水のフルガードに、背後から首を狙い振り切られた柊の孤月は止められ、弾かれた。弾かれた柊はその勢いに逆らわずに下がり、着地と同時に距離を詰める。シューターの出水に距離を置くということはそれすなわち自殺行為だ。

 

 しかし出水もはいどうぞと詰めさせてはやらない。メインとサブのトリガーを器用に使い、柊の進行を妨げる。孤月とシールドを使い、ガードしながら接近しようとした柊だったが、防ぎきれずに数発被弾する。あまりの弾幕の細かさに強行突破を断念。進路を変えて路地へと逃げ込み射線を切る。

 

「逃すかよ」

 

 出水は自動追尾するハウンドを選択。路地の入り口と上に撃ち、簡単な挟撃の形を作る。しかし着弾による破壊音は2ヶ所から聞こえてきた。ということは柊がバッグワームを着てレーダー追尾のハウンドから逃れたということ。

 

 出水は路地に隣接する家の屋根に登ってあたりを見渡し、アステロイドを展開して見つけ次第撃てるように構える。しかし柊の姿はどこにも見えない。もっと遠くに逃げたのかと移動しようとしたその時、斬撃が出水の足場の屋根を右足ごと斬り裂いた。

 

「うげっ!」

 

 破壊した屋根の下から柊が飛び出す。柊が隠れていたのは出水の真下だった。

 

 慌てて路地を挟んだ隣の屋根に跳び退いた出水にダメージを与えたことを確認し、旋空孤月を一閃。2人の距離は10m弱、旋空の範囲内。出水は慌ててフルガードするが踏ん張りの効かない体制だったため、孤月からの衝撃に吹っ飛ばされ地面に墜落する。受け身をとって落下の衝撃を抑えた出水をーー柊のアステロイドが貫いた。トリオン器官を破壊され、1戦目は出水の負けで決着した。

 

 

 

***

 

 

 

 2戦目開始のアラームを聞いた柊は再びバッグワームを着て、レーダーに示した出水の元へ走る。今の勝負は、下がった出水に畳み掛けることで押し切ったが、連続でそんなチャンスを与えてくる程、出水は優しくない。しかし柊が出水に勝つためにはやはり先ほどと同様に奇襲から始めるしかなった。

 

 柊もアステロイドとハウンドをセットしているが、それはあくまで牽制と追撃用。天才シューターである出水と撃ち合ったところで、押し負けるのは目に見えている。どうしても柊が得意な近距離に持ち込む必要があった。

 

 そしてそれは出水も読んでいる。だから柊にとって大事なのは初撃とそこからの動きだった。さっきの奇襲のように、出水のフルガードに弾かれないように注意しなければ。そこまで考えて、飛んできたメテオラの爆発に巻き込まれた。

 

 柊を炙り出すために、出水は周りの建物をメテオラを使って更地にした。柊は咄嗟にフルガードで防いだのでダメージこそないが、周りの建物は全て崩れ、彼の居場所は簡単に目視できるようになってしまった。

 

「見つけたぜ」

 

 柊を見つけた出水のはアステロイドのフルアタックを仕掛ける。回避を選択しようとして、柊は気づいた。

 

「(瓦礫が邪魔で……これが狙いか!)」

 

 出水の本当の狙いは柊の炙り出しではなく、足場を崩すことだった。今までのランク戦で柊は出水のフルアタックを全て建物を盾にするか回避するかで凌いできた。それは出水のトリオン量から繰り出されるフルアタックを、フルガードでも防ぎ切ることができないからだ。

 

 だから出水は先手を打った。メテオラで辺りを更地にすることで遮蔽物を全て壊してフルアタックに対する選択肢を回避一本に絞り、作り出した瓦礫でそれをさせないように仕向けた。

 

 回避しきれないことを悟った柊はダメージを最小限に抑えるためにフルガードした。アステロイドのフルアタックが止んだそこには、なんとか致命傷は避けたものの、体中を撃ち抜かれ、左手の肘から先を失った柊がいた。

 

「全部は防ぎきれなかったようだな。どうよ!今まで散々避け続けてきた俺のフルアタックの味は!」

 

「……最悪ですね。2度と味わいたくないです」

 

「そうかよ。なら、今すぐ2度目を味合わしてやる!」

 

 フルアタックの準備を始める出水。柊の残りのトリオンでは、2度目は防げない。ならば、打たせてはいけない!

 

 アステロイドを撃ち込まれた足ではスピードが出せず、フルアタック発射までに間に合わない。ならばここから届かせるしかない。右手に握る孤月を構え、旋空を起動する。

 

 旋空孤月!

 

 振り切った旋空は出水の首に吸い込まれてーーフルガードに阻まれた。

 

「っ!」

 

「引っかかったな!」

 

 フルアタックと見せかけてフルガード。出水のフェイクに騙された柊に一瞬の隙が生じる。そこを逃す出水ではない。今度こそフルアタックで柊は蜂の巣にされた。

 

 

 

***

 

 

 

「いやぁ、取った取った!」

 

 2本目で白星を掴んでから調子を上げた出水は柊から連続で勝ちを拾い、そのままの勢いで圧倒し続けた。

 

近野

○×××○×○×××

出水

×○○○×○×○○○

 

 3-7。結局柊は3本しか取れなかった。それも全て最初と同じ奇襲からのゴリ押し。2戦目で出水がやったメテオラローラー作戦はあれっきりだったが、それでも勝てなかった。出水に真正面から挑んでも、柊はたどり着く前に蜂の巣にされる。現状奇襲しか勝つ手がない柊だが、出水がそれに対応しつつあるので以前のように点が取れなくなってきた。これで4連敗。過去最低記録である。

 

「なんでお前俺に勝って弾バカに負けてんだよ」

 

「つまり俺の方が強いってことだよ槍バカ」

 

「なんだと!」

 

 ホントじゃれあいやめてほしい。柊は辟易していた。目の前でうるさくされて、鬱陶しくなって無視して逃げようとしたら今度は2人してその矛先を柊に向けてくる。結局柊は出来る限り2人を意識の外へ追い出し、たた時が過ぎるのを待つことにした。

 

 

 

「そういえは柊さ」

 

 やっと終わったか、早く解放しろ。そんな文句を秘めつつも、顔には出さず、目線を合わせることで米屋に先を促した。

 

「最近コイツに負け続けてね?何連敗?3?」

 

「今俺が勝ったので4だな」

 

「前はもっと勝ってたろ?何かあったのか?」

 

 何か、聞かれても柊にはそれが何なのか自覚がなかった。というか、自覚があったらとっくに直している。柊はそう2人に伝えた。

 

「ふーん。まあいいや、何かわかったら話せよ!面白そうだし!それよか次俺とだぞ!」

 

 そう言って米屋はブースに走っていった。そんな米屋を見ながら、出水が言葉をつなぐ。

 

「まああんなこと言ってるけど本心から嗤ってやろう、って訳じゃないから安心しろよ。楽しんでるのは事実だけどな」

 

 2人の言葉に柊は驚いた。他人との関わりが少ない分、周りからこんな事を言われると考えたことすらなかったからだ。

 

「(意外によく見てるんだな)」

 

 普段のおちゃらけた態度が目についてばかりの米屋と出水が、柊の状態をなんとなく察していたということが、柊には意外だった。

 

「なんかあったら聞くぜ?先輩は後輩に頼られるものだしな」

 

 驚きで固まっていた柊に出水はそう声をかけた。普段先輩らしさなど微塵も感じたことがない柊だったが、この時ばかりは少し頼もしく見えた。

 

「おい!早く来いよ柊!ギッタギタにしてやるからよ!」

 

 叫んでくる米屋を見て、柊はなんか色々と残念な気になった。取り敢えずあれの処理が先か、と考えた柊は感じた先輩らしさの余韻を感じる暇なく、ブースに入った。

 

 

 

***

 

 

 

「おかしい、何故弾バカが勝てて俺が勝てない」

 

「つまりそういうことだろ槍バカ」

 

「うるせぇ!お前も似たようなもんだろ!」

 

 柊と米屋のリベンジマッチは結局5-5の引き分けに終わった。あと一歩勝ち越せなかった米屋は不満を漏らす。いい時間になったので帰ろうとする柊と横に並び共に歩く2人。何故さも当然のように一緒に帰っているのか。もう柊は突っ込まない。

 

 2人の事を一旦意識から外して、別のことを考える。今日のはポイント貯める予定だったのに米屋と出水のせいでそれもできず、さらに出水にポイントを取られてしまった。

 

 柊が出水に負けるのは単純に相性の問題のみである。これ以上ポイントを取られないためにも、シューター出水の対策は早急に取り掛からなければならない問題である。しかしそれをどう覆すか、それが柊にはまだ見えていない。頭も少しぼーっとしてきた。

 

 そこまで考えて柊は気づいた。朝から米屋と戦い、昼間まで防衛任務、昼食を兼ねた休息を少し挟んで戻ってきたら出水とまた米屋。中身が濃すぎる。そりゃ疲れる。流石に柊も疲れを隠せなくなってきた。

 

「そういえば昨日の入隊式で訓練生が最速更新したらしいぞ?」

 

 2人の話は先日行われた入隊式へと移る。入隊式では力試し的な意味も兼ねて、1対1で仮想トリオン兵と戦う。制限時間5分の中で、1分をきれば優秀と言われるレベルだ。ちなみに柊は最初勝手がわからず、1分13秒かかった。柊の強さは最初からあったものではない。沢山の時間をつぎ込んだ結果である。

 

「前が木虎ってやつの9秒だろ?そいつのは何秒だったんだ?」

 

「ああ、それがーー

 

 

「4秒」

 

 

 米屋の問いに返ってきた答えは3人の後ろからだった。一体誰だと振り返ると、まだ中学生くらいの小柄な少年が立っていた。

 

 

「その時の記録は4秒。で、俺がそれをした緑川駿。よろしくね」

 

 

 

 

 




前話で誤字報告をしてくれた方ありがとうございました。
しょーもないミスをしてしまって大変反省しています。

それとお気に入り登録をしてくださった方たちにもお礼を申し上げます。皆さんに楽しんで頂けるよう頑張っていきたいと思います。


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第3話

 

「で、俺が緑川駿。よろしくね」

 

 その少年は緑川駿と名乗った。まだまだ小柄な少年だ。

 

「ああ、俺は米屋陽介。こいつが近野柊な」

 

「俺は出水公平。よろしくねって、もう少し敬えよ。俺ら先輩だぞ」

 

「じゃあよねやん先輩にいずみん先輩にこんのん先輩だね」

 

「なんでだよ」

 

 緑川は天狗になっているようだった。中学生ならチヤホヤされて、周りに自慢したくなるのはあり得る話だが、柊にとっては少し鬱陶しかった。疲れの原因を理解してしまってから、柊は余計に疲れを感じているのだ。速攻で帰して欲しかった。

 

「それで俺早くB級に上がりたいんだけど、どうすればいいの?」

 

「ランク戦やってポイント貯めれば合同訓練するより早く上がれるぜ」

 

「へぇ、それだけでいいんだ。ならさっそくやろうよ先輩!」

 

「C級はB級とポイントのやりとりはできねえよ。上がってから出直してこいクソガキ」

 

 自信過剰な緑川に、米屋と出水も少し疲れてきた。だんだんと返しが雑になっていく。

 

「ふうん。ありがと!」

 

 ランク戦ブースに向かおうとした緑川はあ、そうだと言って3人に振り返る。

 

「迅さんって人知ってる?」

 

「迅さん?迅悠一のことか?」

 

「そうそれそれ!その人どこに行けば会える!?」

 

 迅の話題を持ち出してから緑川は一段と勢いを増した。目も少しキラキラしている。その熱に押されて3人は思わず1歩下がってしまった。

 

「いや、本部所属じゃないのは知ってるけどどことは知らないな。陽介は?」

 

「俺が知ってると思うか?」

 

「だよなぁ、柊は?」

 

「……いや、俺も知りません」

 

 3人の知らないという返事に緑川は特に落胆することもなかった。もともと簡単に見つかるとは思っていないのか、それとも単に期待していないだけなのか、それは本人のみ知ることである。

 

「なぁんだ。わかった!ありがとねー」

 

 聞くことを聞けた緑川は回れ右をして去っていった。

 

「なんだったんだ、アイツ」

 

「さあ」

 

 

 

***

 

 

 

 米屋、出水と別れた柊は家の近くのスーパーに来ていた。葵に今日の晩御飯を任されたため、並ぶ食材を見つつ献立を立てる。

 

 

 今日は魚より肉の方が良いの揃ってるな、牛か豚か……豚肉だな、生姜焼きにしよう。あとは付け合わせの野菜と……スープもいるか。あと他には……、ん?卵が安い……買っとこ

 

 

 何を作るかを決めた柊は早速行動に移す。慣れた手つきで食材を選び、より良いものを見極め、カゴに入れる。柊が献立を決めてからものの数分でレジまでやってきて会計を済ませ、彼は店を出ようとした。

 

「あれ、もしかして近野くんかな?」

 

 スーパーを出ようとして、呼び止められた。柊の振り返った先にいたのは茶髪の髪を肩のあたりで切りそろえた女性。柊は知り合いにいたかと考えるもすぐにそれを切り捨てる。そもそもボーダーにはまともに知り合いがいないのだ彼には。

 

 となると、いよいよ柊は目の前の人が誰かわからなくなった。

 

「私、嵐山隊の綾辻遥です。ボーダーの近野くん、だよね」

 

 A級の嵐山隊。ボーダーの人なら自分のことを知っていてもおかしくないか、と柊は呼び止められた理由に納得する。しかし何故関わりのないA級の人が、わざわざ話しかけてきたのかと、次の疑問が湧いた。

 

「はい。その近野であってます」

 

「良かったあ、違う人じゃなくて。私よくここのスーパー利用してるんだけど、近野くんのこと初めて見かけたから声をかけたの。ここにはよく来るの?」

 

「……ええ、まあ。家から近いですし」

 

「そうなんだ。じゃあご近所さんなのかもね」

 

「……かもしれませんね」

 

 綾辻の問いかけに答える。柊は一瞬会話が途切れたのを感じ、本題を切り出した。

 

「あの、どうして俺に話しかけてきたんですか?」

 

「さっきも言ったけど初めて見かけたからだよ。こんなところで知ってる人に会うなんて思わなかったんだもん」

 

「じゃあ、なんで俺のこと知ってるんですか?」

 

「アタッカーランク4位だよ?知らない人の方が少ないと思う。それに嵐山さんも君のこと注目してるんだよ?その年ですごいなって」

 

 嵐山が注目しているのは事実。まだ15歳の柊が僅か1年でアタッカーランク4位まで上り詰めるというのは、それほどまでに凄い。上位陣の中には、嵐山以外にも彼に注目している人がいるのだが、彼はまだそのことを知らない。

 

「俺なんてまだまだです。勝ち越せない人は大勢いますし」

 

「そう?でも私たちの任務は市民を守ることだよ?私は十分すごいと思うけど」

 

「強くなければ守れません。もっと強くならないと」

 

 柊は、誰かを助けられるようになりたかった。襲いかかるトリオン兵から誰かを救うためには、力が必要で。だから彼は多くの時間をつぎ込んで、ひたすらに自身を高めた。そこにはあったのはネイバーへの憎悪などではなく、過去の後悔と純粋な守りたいという気持ち。

 

「頑張ってるんだね、近野くんは」

 

 そう言って綾辻はよいしょっ、と両手に下げたレジ袋を持ち直した。そこには大量の食材と、あとグミ。パンパンに膨らんだ見るからに重そうなレジ袋に柊は驚いた。綾辻はそれに気づいた。

 

「ああこれ?お母さんに夕飯の買い物頼まれたんだけど、美味しそうなの見つけてつい買いすぎちゃった」

 

 買いすぎちゃった、では済まされない量入っているのでは、とか何を買ったんだ、とかいろいろ思ったが、柊は特に言及しなかった。かなり重いのだろうか。綾辻の持つ手が赤くなっていたのに気づいた柊は綾辻に話しかけた。

 

「家、どっち方面ですか?」

 

「え?」

 

「持ちます。荷物」

 

 

 

***

 

 

 

「ごめんね、持ってもらっちゃって」

 

「いえ、自分から言いだしましたから」

 

 自分の分と綾辻のレジ袋を両手に持ち、柊は綾辻と並んで歩く。柊が睨んだ通り綾辻の袋はなかなかに重く、家が反対方向でなかったのが救いだと思うほどだった。

 

 綾辻の荷物を持つと言った時、柊は自分でも何故そんなことを言ったのかわからなかった。もちろん綾辻は断った。しかしそれが無意識のものでも、一度言ってしまった手前柊はやらせてくれと頼み、せっかくの厚意を無下にもできなかった綾辻は頷いた。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 会話はなかった。2人の間に沈黙が生まれ、それが綾辻には少し痛く感じた。その痛みから逃れるために、綾辻は柊に話しかけた。

 

「買い物に来てたのはおつかい?」

 

「いえ、晩飯を作るためです」

 

「料理できるんだ。凄いね!」

 

「そんなことないです。簡単なものしか作れませんし」

 

「それでも、だよ」

 

 綾辻は柊が料理ができると知って驚いた。普段見かける様子から、料理ができるだなんて考えたこともなかったからだ。綾辻は次の話題を振る。

 

「近野くんはソロだよね。どこかのチームには入らないの?」

 

「はい。このままソロでやるつもりです」

 

「どうして?チームを組めば助け合ったりできるからずいぶん楽になると思うよ?近野くんならA級になれる可能性だってあるし、そうしたら固定給だって出るもん。悪い話じゃないと思うけど」

 

「確かに、お金の話は魅力的です。けど、それでも

俺はソロでやります。俺1人でやらなきゃいけないんです」

 

 柊が「1人」にこだわるのは、大規模侵攻が原因だった。当時の彼は誰も救えなかった。だからその分、誰かを救いたい。入隊のきっかけは金儲けだったが、次第に柊は戦う理由をそちらに変えていった。

 

 柊は天才ではない。だから必死に努力した。誰かを守って救う、その強さが欲しかった。けれどその度に今朝の夢が彼の邪魔をする。どこまでいってもお前は近野柊なのだと。何もできなかった近野柊(弱い自分)のままなのだと否定してくる。

 

 周りと関わろうとしないのもそれが原因だった。柊はずっと怖かった。誰も救えない自分が、誰かと関わりを持って親しくなって、もし、その人を救えなかったら。一度考えてしまったら、それはもう止まらなかった。

 

 だから彼は、ずっと独りだった。

 

「ふふっ」

 

 ふと、綾辻が笑った。

 

「ごめんね、近野くんのことを笑ったんじゃないんだよ?今まで君のことほとんど知らなかったから、話しててこんな人だったんだっていう新しい発見があって、なんだか楽しいなぁって」

 

「楽しい、ですか?」

 

「うん、楽しい。近野くんは?楽しくない?」

 

 そう言われて、柊は考える。強くなることを決意してから、彼は楽しいという感情を忘れてしまった。ただひたすらに鍛える毎日。他のことを考える余裕は彼には無かった。しかし今日、柊は綾辻と会ってから、苛立ちとも違う気持ちの高ぶりを感じていた。不快感など一切ない、とても心地の良いもの。

 

「よく、分かりません」

 

 しかしそれが楽しいなのか、柊には判断できなかった。楽しいと判断するには柊はその感情から離れすぎていた。

 

 けれど柊は今、綾辻の荷物持ちを申し出たのはこれが原因だったのかもと思った。綾辻との話を無意識に楽しんでいたのかもしれない。おそらく、米屋と出水といるときもそうだろう。テンション高い時の2人は決まってめんどくさいが、柊は不快に感じたことは一度もなかった。

 

 

 

 ああ、俺はいつのまにかーー

 

 

「けど、楽しんでると思います」

 

 

 ーー今の居場所を気に入っていたのかもしれない。

 

 

 

 近野柊が独りだと思っていたのは、近野柊(自分自身)だけだった。

 

 何かと絡む米屋と出水、今並んで歩いている綾辻。柊と一緒にいてくれた人は皆いい人ばかりだ。柊は知らず識らずのうちに、充実したあたたかい日々を過ごしていた。本人がどれだけ独りになりたくても、周りはそうさせなかった。

 

「そっか、良かった!」

 

 そこからまた、2人の間に会話は無くなった。けれどその沈黙は綾辻に、全く痛みを感じさせなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「ここで大丈夫。あとはここを曲がったらすぐだから。近野くん、今日はありがとう」

 

「どういたしまして、です」

 

 家のすぐ近くまで来たので綾辻はお礼を言い、柊からレジ袋を受け取る。

 

「近野くんがこんなにいい人だったなんて知らなかったなぁ。ねえ、みんなに言ってもいい?」

 

「いやですよ。ていうか、誰も得しないでしょう」

 

「いや、それを聞いたみんなが近野くんに荷物持ちをお願いするかも

 

「絶対やめてください」

 

 速攻で断る。なんだって女子の買い物に付き合わされにゃならんのだ。成り行きならまだ許せるが、自発的になんてしたくない。今の柊の頭の中は文句でいっぱいである。

 

「わかった、みんなには言わないよ。じゃあまたね、近野くん」

 

「はい、それでは」

 

 そう言って2人は別れた。

 

 

 柊は今、自分が充実した日々を送っていたことを、米屋たちに絡まれて心地よさを感じていたことをようやく自覚した。

 

 

 

 失ってしまうなら、最初から欲しくなんかなかった。けれど、それを一度も望まなかったと言ったら嘘になる。一度手にしたこの温もりを、手放そうとも思えない。独りに戻る勇気も無い。なら、少しくらいなら。両手ですくえる分だけなら……

 

 

 

 柊は迷う。悩む。自分はどうしたいのか。どうしたらいいのか。どうすれば正解なのか、と。

 

 そこまで考えて、柊は一度考えるのをやめた。これ以上遅くなるのはまずい。葵に怒られる。とりあえず帰ろうと柊は妹が待つ家へ足を進める。これ以上は妹に何言われるかわかったもんじゃないからだ。

 

 

 街灯が、家路を急ぐ柊を明るく照らしていた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局葵は帰りが遅かった柊を軽く怒ったりしたが、柊の作った夕食を食べてすっかりご機嫌を直した。

 

 

 

 

 

 




本編補足

・緑川駿
緑川の中学生感を出したかったんです。彼も年頃の男の子なので、周りに自慢したりとかしそうだなぁって思いました。こんな緑川嫌だ、っていう人ごめんなさい。あとでちゃんと更生します。


暗めの話が続いていますが、あと1話2話で一区切りしてほのぼのした話に続く予定です。もう少しだけお待ちください。


※この話は原作1年前なので原作の16歳組はこの時点で15歳になります。この時15歳のとりまるがバイトしているとヤバイことになるのでとりまるの描写は全てカットしました。すみません。




最後に、誤字報告、並びにお気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。

これからも皆さんに楽しんで頂けるよう頑張っていきたいと思います。


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第4話

 

 

 

 

 

 今日も、柊は防衛任務を入れていた。休みの日というのもあって、まだまだぐっすり寝ていた葵(9:00時点)。起きる気配など皆無である。柊は葵に朝ごはんの作り置きをして、家を出た。今回はランク戦を挟む時間もないため、直接持ち場へ向かう。

 

 

 

 最初に防衛場所に着いたのは柊だった。辺りを見渡しても、まだ合同で任務に当たる人たちは到着していない。時間を確認すると、まだ任務開始15分前だった。合流する人が遅刻しているわけではないとわかると柊は民家の屋根に座り、街を眺めて時間を潰す。

 

 周りの街は荒れ果てていた。家の壁が剥がれ、塀が崩れて草は好き放題に生えている。ここは警戒区域の中、かつての大規模侵攻で被害を受けたところの一部。

 

 壊滅的な打撃を受けた三門市を、トリガー使い達ーー旧ボーダーと呼ばれる人たちがトリオン兵を殲滅し、そこに現在のボーダー本部を立ち上げた。ボーダーはその技術を駆使し、近界(ネイバーフッド)から開かれるゲートを本部に引き寄せることで防衛しやすくした。その戦場となったのが、被害を受けて放棄された街の一部だった。結果三門市は再建したが、戦場となった警戒区域内だけは当時の傷跡をそのままに残している。今柊がいるのは、その中でも被害の大きいところだ。

 

 眼下に広がる荒れ果てた街を見ていると、柊はどこか親近感を感じた。

 

 柊は先日の綾辻との会話で人の温もりに触れた。そうしたら、独りが辛くなり始めた。とっくに決別したと思っていたその暖かさが、独りの冷たさをより際立たせた。もしこの街が、自身の心の内を表しているのなら、そうだとしたらーー

 

 

 

 ーーなんて寂しくて、虚しいのだろうか。

 

 

 

「ごめんなさい、遅くなって」

 

 深く沈んだ柊の思考を引き上げたのは、今日の防衛任務でお世話になる那須隊の隊長、那須玲だった。その後ろには熊谷も控えている。

 

 基本的に正隊員はチームを組んでいる。そのチームで防衛任務に就いたり、B級ランク戦に挑んだりするのだ。

 

 しかし柊はソロだ。その理由の1つとしては、彼を勧誘したチームが少ないというのが挙げられる。彼のトリガーポイントからも戦力としては一線級の強さであることは間違いない。ポイントを聞いたチームが彼を勧誘したが、彼は即答で断った。取りつく島もない彼を見て、勧誘を諦めたチームは多かった。

 

 よって複数人で当たらなければならない防衛任務で現在ソロの彼は、どこかのチームに混ぜてもらわなければならなかった。

 

「いえ、こちらが先に来ていただけですので。それに時間ぴったりでぜんぜん遅れてませんよ」

 

「待たせちゃったかなって思って。ふふ、優しいのね」

 

「そんなことないです」

 

 そう言って柊は顔を背ける。他人との関わりが少ない柊は褒められ慣れてない。さらに追い討ちをかけるのが、本部に2つしかないガールズチームの隊長の那須だ。那須のその目はどんな秘密も暴かれているような、胸の内を覗かれているかのような透明感があった。もちろんそう感じるだけで実際はそんなことないのかもしれないが、そう感じさせる那須の纏う雰囲気が柊は苦手だった。

 

「さて、それじゃあ「那須さん」」

 

「いつも通り俺1人で構いません。オペレーターさんの支援もいりません。それでは」

 

 彼がソロである理由の2つ目がチームプレイをしない、である。

 

 防衛任務ではシフトの関係から即興のチームを作ることは少なくない。例え同じチームでなくても、その中で隊員たちは簡易的でありながらも連携をとり、万全を期して任務に当たっている。

 

 しかし、「自分1人で」戦うことに必要性を感じている柊は誰とも連携しない。一方的に、支援は必要ないと言って独りで行動する。交わす言葉も一言二言の事務的な連絡だけで、コミュニケーションを取ろうとしない柊を見て、勧誘しようと思った人はほとんどいなかった。

 

 しかし実際は防衛任務の際でのみコミニュケーションを取らないだけで、廊下ですれ違うとき挨拶を返すくらいはしてくれるのだが、彼への印象から防衛任務以外で関わろうとしない人たちはそれを知らない。

 

 ゆえに柊はボーダー内で孤立している。アタッカー4位の彼の孤立を上層部は問題視しているが、未だ具体的な策も出せておらず、彼も一切気にしていないために柊のソロ問題は解決していないのだ。

 

「小夜ちゃん。今回も、近野くんにもゲートの反応は教えてあげてね」

 

『っ………はい』

 

 那須はオペレーターの志岐小夜子に柊の支援をするように指示する。異性恐怖症の志岐は隊長の指示に脊髄反射で反対しかけるが、一方的な連絡だけならばとギリギリ思いとどまる。異性である柊に通信を繋げればならないことにはものすごく抵抗があるが、前回一緒になった時の任務で感じた違和感の正体を知れるかもしれないと、無理やりプラスに考えて指示を引き受けた。

 

「ねえ玲」

 

「どうしたの?くまちゃん」

 

「どうしてあいつのこと気にかけるの?」

 

『そうですよ!こっちが話しかけても素っ気ない感じでぜんぜん相手にしてくれないのに!』

 

 那須隊アタッカーの熊谷友子とスナイパーの日浦茜はまともにコミニュケーションをしてくれない柊をあまり心良く思っていなかった。なぜ要らないと言った支援を志岐に頼むほど、彼のことを気にかけるのか。それはオペレーターの志岐も同じで、3人は隊長の心境が知りたかった。

 

「私にもよくわからないわ」

 

「『『え?』』」

 

「けど、どこかほっとけないの」

 

 その言葉通り、那須は柊を気にかける明確な理由を持っていなかった。しかし彼女は彼の目が引っかかっていた。彼の瞳の奥に見える諦めと恐怖の色。まるで、ボーダーに出会う前の、元気に走り回ることを諦めて、突然の体調の悪化に怯えていた自分のようで。それが何に対してなのか那須は気になった。弱みを握ろうというわけではない。那須はボーダーに救われた。なら彼は、誰に救われるのだろうか。できるなら、力になりたいと思った。

 

「ねえくまちゃん、茜ちゃん、小夜ちゃん。ちょっといいかな?」

 

 思えば自分たちは彼について何も知らない。広まっている噂だけでは、彼の人となりを判断することはできないだろう。まずはそこからだ。そう思って那須は3人にある提案を持ちかけた。

 

 

 

***

 

 

 

 そんな頃、柊は1人で警戒区域を巡回していた。1人で戦えば、きっと独りでも誰かを救う力を手に入れられると、そう思って始めた1人行動。確かに柊は強くなった。それはポイントが証明している。しかし彼の心が満たされることはなかった。もうこれ以上、独りでは進めなかった。

 

『げ、ゲート発生。誤差3.73。』

 

 志岐の通信が柊に戦闘を促す。いつも要らないと言っているのに……。あんな態度を取った自分も支援してくれるのか。毎度のことながら、柊は感謝しかなかった。

 

「了解……!」

 

 返事をして、孤月を握る。揺らいだ心を引き締め直す。ゲートから出てきたトリオン兵は4体。モールモッドが2体、バムスターとバンダーが1体だ。

 

(1体たりとも通すと思うなよ……!)

 

 トリオン兵に向かって、柊は駆け出した。

 

 

 

***

 

 

 

 志岐はずっと疑問だった。支援は要らないと言った彼は、しかしこちらの支援・指示は受け入れてくれる。律儀に返事までしてくる始末。オペレーターの間でも彼の真意を巡って議論したことがあるとオペ仲間から聞いたことがある。近野柊という人物を、志岐は測りかねていた。

 

 一体彼の本質は何処にあるのだろう。その答えを見つけるため、志岐はモニターを食い入るように見つめた。

 

 

 

***

 

 

 

 柊の接近に気づいてトリオン兵も臨戦態勢に入る。

 

 柊はまず突っ込んできたモールモッドを狙う。刃を振るってくるモールモッドを飛び越えて躱し、その際手に持つ孤月で足を2本切り落とす。モールモッドの戦闘能力は少し厄介だが、機動力を奪われた今は一旦スルーしていい。そのまま着地し、奥で構えるバンダーに向かって加速する。

 

 バンダーが砲撃を放つが、見切った柊はスピードを落とすことなく躱し、接近する。バンダーの砲撃はタイミングを読みやすい上に本体がトロいので、倒すのに時間はかからない。柊は一気に近づいて弱点である目を孤月で一刀両断する。沈黙を確認するやいなや、振り向きざまにモールモッドに向けて孤月を振るう。

 

「旋空孤月!」

 

 旋空によって伸びた刃は、足を引きずりながらも向かってくるモールモッドの目を切り裂いた。大きく斬り込まれたモールモッドは倒れる。

 

 一瞬で2体倒した柊を、もう1体のモールモッドとバムスターが左右から挟む。バムスターにハウンドを放ち、背後から迫るモールモッドの刃をシールドで受け止めて弾く。体勢を崩したモールモッドを旋空の突きで仕留め、ハウンドで削られたバムスターをアステロイドでとどめを刺す。これで4体全て討伐完了である。

 

「討伐完了しました。モールモッド2、バンダー1、バムスター1です」

 

『……は、はい、回収班を向かわせます。引き続き、警戒……お、お願いします』

 

「了解です」

 

 そのまま気をぬくことなく、柊は警戒を続けた。

 

 

***

 

 

 

「うん。時間になったし、これで終わりね。助かったわ近野くん。ありがとう」

 

「いえ、自分は勝手に斬ってただけですから」

 

 あの後からは戦闘も起こらず、任務終了の時間になった。引き継ぎも済ませたので、これで柊と那須隊の防衛任務は終了である。

 

「今日は混ぜてもらってありがとうございました。失礼します」

 

 そう言って柊は踵を返す。防衛任務を終えたら報告書を書かなければならない。なので単独参加であっても、混ぜてもらったチームと一緒に書き上げるのが多い。しかし柊は一度も共に報告書を書いたことがない。それどころか、どこかの作戦室に入ったことすらないのだ。

 

 那須隊と別れた柊は報告書を書き上げるためラウンジに向かう。飲み物を買い、一番端の目立たない席に座る。報告書を書くときの定位置だ。ペンを取り報告書作成に取り掛かる。普段ならすぐ終わるのだがーー

 

 

 

 ーー今回は違った。

 

「お邪魔するわね」

 

 隣のテーブルを寄せて那須隊の3人が座りにきた。那須は友達を相手にするように自然に隣に、熊谷と日浦は少し警戒しながら向かいにそれぞれ席に座る。

 

 突然の事態に柊は思考が止まり、固まってしまう。それを気にすることなく3人は報告書作成に取り掛かった。

 

「いや、あの、ちょっと待ってください。どうしてここにいるんですか?」

 

 普段から周りと関わりを持とうとしなかった柊は、意図的に自分から誰かに話しかけることはほとんどない。つまり、自分から話しかけてしまうほど柊は動揺していた。

 

「どうしてって、近野くんと一緒に報告書書こうと思って。いつも私たちの作戦室来てくれないじゃない?だから私たちが近野くんのところに行こうってなったのよ」

 

「それで、なんで俺のところでやろうってなったんですか?」

 

「今言ったとおりよ。近野くんと一緒に書こうと思ったって。それだけだわ」

 

「えっと、その、はい。そちらがそれで良いなら、どうぞ」

 

 笑みを浮かべる那須に柊は何も言えなくなった。追い返す理由もここにいて欲しくない理由も彼は持っていない。ゆえに共にいることを了承するしかなかった。

 

「いつもここで作業してるの?」

 

「まあ。ここなら一番端で観葉植物に隠れるので周りから見えにくいですし、作業に集中できますから」

 

「そのカップの中身は?」

 

「えっと、コーヒーです」

 

「毎回飲んでるの?」

 

「そう、ですね」

 

 報告書を書き進めたい柊だったが、那須からの会話が途切れることはなかった。そして、そのやりとりが10回を超えたくらいで、彼は切り出した。

 

「あの、報告書は書かないんですか?」

 

「書いてるわ」

 

「じゃあなんでこんなに話しかけるんですか?俺たちそんなに接点ないですよね」

 

 那須隊が席に着いてから感じた疑念が、会話をするたび大きくなっていく。柊は那須からこれほどまでに話を持ちかけられるほど関わったことがない。強いて言っても、せいぜい防衛任務の事務連絡くらいなものだ。

 

「確かに私たちに接点なんてほとんどないわ」

 

「ですよね。じゃあ

 

「だからこそ、貴方を知りたくなったのよ。私たちが君について知ってることといえば、あまり喋らないこととアタッカー4位くらいよ。けどそれが貴方の全てじゃないでしょ?」

 

 那須の胸の内を聞いて、柊はまた停止した。ボーダーに入ってから自分のことを知りたいなどと言われたのは初めてだったからだ。

 

 那須の視線は柊を離れ、向かいに座る熊谷を見る。熊谷はその意味を汲み取り言葉をつなげた。

 

「私さ、あんたがどんな人間かわからなかったから最初警戒してた。噂で流れてるあんたの人となりはそんなに良いものじゃなかったし、普段の見ても良いやつって思わなかった。でも、今の玲とのやりとりでちょっと見直したわ」

 

「わ、私もです!私も、あんまり喋らないし表情変わんないしで怖かったんですけど今の見てたらそんなことないんじゃないかって思いました!」

 

 2人にそこまで話してもらって那須は通話中になっている携帯を取り出した。

 

「私たちのオペレーターの小夜ちゃん」

 

『は、初め……まして、近野……さんが、いつも指示を聞いてくれる……理由が、わかった気がしました。とても……助かっています』

 

「ね?今の会話だけで私たちの知らない貴方をいっぱい知れたのよ。これからも、貴方とおしゃべりしたいわ。だから近野くん、私たちと友達になってくれませんか?」

 

 柊はボーダーに入ってから、周りと関わろうとしなかった。独りでも戦えるんだと無理矢理自分を納得させて、「自分1人」で戦うことに意味があると思って戦い続けてきた。だからこんなやつと関わりを持とうとする人はいないと思っていた。

 

 しかし那須は友達になろうと言った。1人で戦う彼を哀れんだわけでもない、同情したわけでもない。心から友達になりたいと言ったのが、柊にはわかった。熊谷、日浦、志岐が否定しないのも那須と同じだからだ。

 

 気づけば、彼女の顔色は少し悪くなっていた。那須が病弱なのは柊もどこかで耳に挟んだことがある。そんな状態になってまでなお笑顔を浮かべて手を差し伸べる彼女の、友達になりたいという気持ちがいかに本気か。

 

 そんな那須を前にして、柊は考える。独りが良かったわけじゃなかった。でも、1人でやらなければならなかった。だって自分は誰も救えないから。それに、「自分1人」で戦ってこそ自分は罪を清算できる。そんな決意のもとに、独りで戦い続けてきた。

 

 けれど柊は、綾辻との会話で人の温もりを思い出してしまった。1度思い出したそれは、柊に独りの辛さを突きつけた。もう……独りに耐えられなかった。

 

 なら、もういいのではないだろうか。今ここでその手を払うのは簡単だ。けどそうしたら、柊はまた独りの寒さに凍えることになる。もう次は耐えられないかもしれない。なにより彼は、那須隊の勇気を、優しさを踏みにじりたくなかった。

 

 だから柊も、勇気を出す。「自分1人」でも救える強さを手に入れるために、今こそ周りを頼るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よろしく、お願いします!」

 

 

 

 

 




シリアスタグ必要ですかね?一応この先はほのぼのな日常パートに入る予定なんですけど。

何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に、誤字報告、評価、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。



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第5話

 

「今日は任務もないし、いつもよりは早く帰ると思う」

 

「わかった!夜ご飯作って待ってるからね!」

 

 柊が那須隊のみんなと友達になってから1週間ほど経った。今日も柊はボーダー本部へと足を運ぶが、今までとは目的が違う。戦いに行くのではなく、人に会いに行くのだ。相手側からの申し出とはいえ、以前の柊ならばすぐに断っていたことだ。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 しかし今の彼は違った。その申し出を受け、慣れないのか未だに会話は少しぎこちなかったりするが、それでも周りに合わせようとしている。

 

「いってらっしゃい!お兄ちゃん!」

 

 そしてそんな柊の変化を、妹の葵はしっかりと感じ取っていた。兄の表情が少し柔らかくなったのに気づいた時、葵は自分のことのように嬉しく思った。大規模侵攻に合う前の明るい兄が、少しでも戻ってきていたからだ。

 

 兄を見送った葵は自室へと戻り、外出の準備を始める。友達と会う約束をしているからだ。葵はその友達に相談したいことがあると頼んだ。友達も快諾し、勉強会も兼ねて相手方の家にお邪魔することになったのだ。

 

 着替えて身だしなみを整え、戸締りを確認する。全ての準備を完了した彼女は、自室の机の上に置かれた雑誌を持って家を出た。

 

 

 

***

 

 

 

 ボーダー本部に着いて目的地を目指していた柊はある扉の前で立ち往生していた。ゴールはもう目の前なのであとは入るだけなのだが、謎の緊張が彼を支配していた。手足が震え、喉はカラカラである。この状態になってから、少なくとも5分は経っている。

 

 さらに時間を費やして、ようやく覚悟を決めた柊はノックしようと手を上げようとしてーー

 

 

「何やってんのよ、あんた」

 

 

 ーー那須隊アタッカー、熊谷友子が声をかけた。いきなり声をかけられたことで飛び上がりそうになった柊だったが、なんとかギリギリ踏ん張れた。熊谷は気づいていない。もし踏ん張れなかったら後々までネタにされて恥ずかしい思いをするハメになっていただろう。柊は心の中で自分を褒めた。

 

「鍵は空いてたと思うけど……。まあいいや、とりあえず入りなよ」

 

「……お、お邪魔します」

 

 熊谷に続いて柊も中に入る。扉の先は那須隊の作戦室。柊が作戦室に初めて入った記念すべき瞬間である。

 

「はい、あんたの分」

 

 テーブルを挟んで座った2人。熊谷は柊に飲み物を渡し、柊も熊谷に感謝を伝える。飲み物は無難にお茶である。

 

「飲み物切らしてたのさっき気づいて急いで自販機に買いに行ってたのよ。部屋開けてたのは悪かったけど……結局扉の前で何やってたのよ」

 

「…………えっと、扉開けるのに、手間取ってました」

 

「建てつけは別に悪くなかったけど?私もさっき普通に開けたし」

 

「あー…………心の準備、です」

 

 2人の間に沈黙が流れた。柊は気恥ずかしさから、熊谷は驚きからである。

 

「っあははは!なにそれ!心の準備ってあんたそんなキャラだったの!?」

 

 先に沈黙を破ったのは熊谷。彼女はそれはもう盛大に笑った。今まで非友好的だったやつが知り合った途端に可愛らしくなったからだ。いわゆるギャップ萌えである。萌えてはいないが。

 

「……ボーダーに入ってから初めての作戦室ですし、そのチームは女性しかいないんですから、こうもなります」

 

 確かに柊のいうことも一理あるかもしれない。それでも、熊谷が感じた彼の意外性の方がインパクトが強かった。

 

「あー笑った。今までで一番笑ったかも」

 

「そんなに……か」

 

 熊谷の笑いが止むまでたっぷり時間を要した。自分がどれだけ恥ずかしいことをしていたか、熊谷の様子から察してしまった柊は凹んだ。やっと落ち着いてきた彼女は、なんとか立ち直った柊に本題を切り出す。

 

「じゃあまずは、今日は私の頼み聞いてくれてありがとうね」

 

「……いえ、自分にとってもプラスになると思いましたし」

 

「そう言ってもらえると助かるわ。じゃあこの前も言ったけど改めて言うわね」

 

 そう言うと熊谷は一度姿勢を正し、自身の頼みを告げた。

 

 

「私に戦い方を教えて欲しい」

 

 

 

***

 

 

 

 話もそこそこに、2人は模擬戦ルームに入った。熊谷が柊に持ちかけた申し出、もといお願い。それは孤月を使う熊谷が同じく孤月を使う柊に戦い方をレクチャーしてほしい、と言うものだった。

 

「俺は……誰かに何かを教えたこととか、全くないですよ?話を聞く限り、スタイルも全然違うようですし」

 

「大丈夫、言い出しっぺは私だしその辺は理解してるよ。それにアタッカー4位のあんたと戦うだけでも得られるものはあるだろうしね」

 

「……わかりました。とりあえず1本戦いましょう。細かいことはその後で」

 

「オーケー」

 

 会話を切り上げて2人とも構える。柊は片手で孤月を握り、熊谷は両手で持って正面に構える。

 

「いきます……!」

 

 柊が合図を出し、駆け出す。熊谷は孤月を構えて防御の姿勢をとり柊はを迎え撃つ。

 

 一息で詰めた柊は深く踏み込んで孤月を振り下ろすが、熊谷がそれを孤月で受けた。鍔迫り合いになるも、それを制したのは両手持ちの熊谷ではなく片手持ちの柊。接近の勢いを利用して熊谷を押し込む。

 

 このままでは体勢を崩されると判断した熊谷は孤月を傾けて切っ先を逸らした。しかし、それに反応した柊は勢いに逆らうことなく走り抜けて離脱。熊谷と距離をとる。

 

「はぁ!」

 

 次に距離を詰めたのは熊谷。上段の振り下ろしが柊に迫るが、見切った柊は右に体をそらして回避。

 

 そこから柊は孤月を構えて突きの体制をとる。放たれた高速の突きをなんとか孤月で防いだ熊谷だったが、弾かれたことで体制が崩される。

 

「やばっ!」

 

 その隙を見逃す柊ではなかった。孤月を振り切って熊谷を斬り、トリオン体を破壊。柊の勝ちだ。

 

 

 柊は彼女のトリオン体が再生するのを待ってから、熊谷に今後にすることを伝えた。

 

 「……、とりあえず、今のログを見ながら話しましょう」

 

 トリオン体が破壊されると、自身のトリオンが漏れ出してしまう。そのため、基本的には再びトリオン体を作るのに時間がかかってしまう。

 

 しかしボーダー本部のランク戦ブースと各作戦室に設置された模擬戦ルームにおいてはその限りではない。その二ヶ所では、本部が供給するトリオンを使ってトリオン体を形成するので、一度壊されてもすぐに再生することができるのだ。

 

 ものの数秒で復活した熊谷とともに柊は模擬戦ルームを出て、パソコンでログを確認する。1つしかない椅子は熊谷に譲り、彼はその隣に立つ。機械に弱いため、パソコンの操作も全て熊谷にお願いしている。

 

「はい、ログ出せたわ」

 

「ありがとうございます」

 

「にしても意外だったわ」

 

「……何がですか?」

 

「機械に弱かったこと。人付き合い以外は完璧だと勝手に思ってたから」

 

「…………皆さんから見た俺って一体」

 

 熊谷がそう思うのも無理はない。何故なら今まで周りから見えていた近野柊は彼のほんの一部であり、その一部があまりに洗練されていたからだ。彼だって人間なのだから苦手なもの1つや2つあるものだが、今までのイメージからそう言った発想には至らなかった。

 

「えっと、その話は今は置いて、さっきのログを見ましょう」

 

「そうね」

 

 2人は先ほどの戦いを、実際の感覚と擦り合わせながら見ていく。このように客観的に見ることによって、自分の良くない部分が見えてきやすいのである。

 

 ログの映像が終わる。おさらい完了だ。

 

「……とりあえず俺の思ったことですが、いくつか言っていこうと思います」

 

「よろしく」

 

「まず……えっと、熊谷……さんは防御主体の戦い方ですよね」

 

「そうだけど、あんた名前呼ぶのでなんでそんなに……いや、今はいいわ。話折って悪かった。続けて」

 

 熊谷は柊が名前を呼ぶのに詰まったのを見て追求しようとするが、それは今することではないと柊に先を促す。

 

「わ、わかりました。孤月の両手持ちなので防御も十分効果がありますが、その間は攻撃に移れません。武器を既に使ってしまっているからです」

 

「まあ、確かにそうね」

 

「その辺から考えても、必ずしも防御する必要はないと思いますが」

 

「私たちのチームは玲がエースだから、私が防いで玲が決めるってスタンスでやってきたの」

 

 熊谷が防ぎ、那須がバックから射撃する。近距離中距離の戦いを、2人はこれで対応してきた。

 

「なるほど……、なら、孤月だけでなくシールドも使った方がいいと思います」

 

「孤月使ってるからフルガードはほとんどできないと思うんだけど」

 

「はい、なので……例えばそうですね、シールドで相手の攻撃を誘導するとか」

 

「どういうことよ」

 

「防ぐためにシールドするんじゃなくて、相手に攻撃させないためにシールドするんです。相手の狙いを制限させる。そこを孤月で防ぐとか」

 

「なるほどね……」

 

「反撃しやすい形に誘導できたらなお良しですね」

 

 先ほどの戦いは2人とも孤月とシールドのみに限定して戦っていた。回避した柊はともかく、熊谷はシールドを使わずに孤月で防御していた。そのせいでどうしても攻撃に転じるのが一歩遅れてしまったり、孤月を弾かれたりして反撃できなくなってしまうのだ。そしてそれは、致命的な隙となる。

 

「他にも方法はあるかもしれませんが、すいません、今すぐには出てこないです」

 

「いや、これだけ言ってもらえたら十分よ。とりあえず今のを試してみたいからもう一回お願い」

 

「わかりました」

 

 まずは今の反省を改善しようと、再び2人は模擬戦を始めた。

 

 

 

***

 

 

 

「なるほど、あそこは弾いた方が良かったのね」

 

「そうですね、そうしたらこっちも引かざるを得なくなりますし」

 

 

「その機動力を封じられたらあんたも人並みなのね」

 

「まあ、基本受けきってから反撃って戦い方してませんから。押さえ込まれない立ち回りか……」

 

 あれからも、2人は戦闘、見直し、反省を繰り返した。柊が熊谷にアドバイスするという流れだったが、熊谷も柊に思ったことを言ったりして、お互いに有意義な時間を過ごすことができた。

 

「ありがとね、お陰で課題が良くわかったわ」

 

「いえ、これくらいなら1人でたどり着けたと思いますよ」

 

「けどやっぱ今知れたってのが大きいわね。私1人じゃ今すぐには無理だったし、ありがとう」

 

「…………はい」

 

「どれだけ慣れてないのよ」

 

 柊が褒められてないのも浮き彫りになったが、そこは個人の問題というのもあって熊谷も深くは聞かなかった。その配慮が、柊にはありがたかった。

 

 

 その時、扉をあけて誰かが入ってきた。隊長の那須である。事前に2人が特訓をすることを知っていた彼女は、熊谷に成果を訪ねる。

 

「くまちゃん、どうだった?」

 

「おかえり、バッチリよ玲。近野が色々言ってくれたおかげで目指すものが良く見えたわ。あとは修正あるのみね」

 

「良かったねくまちゃん。私からもお礼を言うわ、ありがとう近野くん」

 

「い、いえ……。そういえば、えっと、スナイパーの人とオペレーターの人は今日はいないんですか?」

 

「逃げたね」

「逃げたわね」

 

 褒められ慣れてない柊は咄嗟に話題を変えたものの、2人にはその意図がバレバレであった。

 

「いや、あの……後の2人は?」

 

 それでもなんとか話題をそらしたい柊は再度2人について尋ねる。那須と熊谷もそれを尊重して話を続ける。

 

「茜は学校の友達と約束があるって言ってたから、今日は来ないわよ」

 

「小夜ちゃんも休みの日は外に絶対出ないから」

 

 2人とも今日は来ないらしい。チームだから四六時中一緒にいると考えていた柊だったが、実際はそんなわけはない。一緒にいることが多いだけで、常に揃って行動しているわけではないのだ。

 

「玲、検査の方はどうだった?」

 

「……検査?」

 

「問題なしよ、くまちゃん。近野くん、私が遅れたのは開発室に寄って検査を受けたの。トリオン体と生身の体の両方の調子を調べに」

 

 それから那須は自分がボーダーに入った経緯を柊に説明した。以前は入退院を繰り返すほどに体が弱かったこと。そこでボーダーを勧められ、トリオン体と健康についての研究に協力していること。トリオン体で走り回れたことに感動したこと。柊は那須の体調について知っていただけだった。彼女にそんな過去があっただなんて考えたこともなかったため、とても驚いた。

 

「でも、良かったんですか?そんな大事なこと俺に話して」

 

「大丈夫よ。だって近野くん言いふらしたりしないじゃない?」

 

「まあ、そうですけど……」

 

 それに、と那須は言葉を続ける。

 

「私たちは友達じゃない?私は友達には、全部とは言わないけどなるべく隠し事はしたくないの」

 

 那須の言葉が、柊の心に染み渡る。自分を友達として言ってくれたことが、柊は何より嬉しかった。

 

「だから、いつか近野くんのことも話してほしいの。あなたにとってあまりいい話じゃないのは分かってるから、ゆっくり時間をかけて私たちを信じられるようになったら、話してほしい。私は、あなたの力になりたいから。もちろんくまちゃんも、茜ちゃんも、小夜ちゃんも、みんなそう思ってるわ」

 

「いつか話してよ、あんたの話。気長に待ってるからさ」

 

 那須隊の4人は近野柊が何かを抱えていることに気づいていた。けれどそれが安易に触れてはならないデリケートな部分であるというのもわかっていた。だから2人は柊の覚悟が決まるまで待つと言ったのだ。

 

 バレたと思った。自分の汚い部分のせいで、幻滅されてしまうのではないかと恐怖も感じた。けれど柊はそれ以上に2人の、那須隊の気遣いがとても嬉しかった。

 

 熊谷は柊を頼って、また彼に助言もした。那須は自身の過去を話した。2人とも近野柊を友達と思って、信頼しているからこそだ。

 

「さて2人とも、いい時間だけどもうお昼は食べた?」

 

「ほんとだ、もうこんな時間だったんだ。意識したらお腹すいてきちゃった。近野は?」

 

「そうですね、俺も腹減ってきました。じゃあ2人とも、今日はこれで」

 

「じゃあ近野くん、一緒にお昼食べに行きましょう?」

 

「いいわね。行くよ近野」

 

解散にしましょ…………え?」

 

 昼飯に合わせて解散するとばかり思っていた柊は2人に昼食に誘われたことに目を丸くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




本編補足

・近野柊
本人の話し方とかが変化しています。以前までは周りに関心がなかったため素っ気ない感じ。一方今回の彼は周りに合わせようとするものの、接し方を忘れてしまっているために手探りな状態です。
慣れない環境だけど頑張ってる、くらいで考えてもらっていいと思います。



何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


これからも皆様に楽しんでいただけるよう頑張っていきます。




最後にお気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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第6話

 

 

 

 

 昼食をとろうと、ラウンジに向かっていた柊だったが、隣に那須と熊谷が並んで歩いていることによって、普段より注目を集めてしまっていた。ガールズチームの2人と歩いていることで周りの人がすれ違うたびに驚いた表情を浮かべて振り返る。それが彼には居心地が悪かった。

 

「どうしたの?近野くん」

 

「いえ、いつもと違う注目のされ方をしているので、すごく……居づらいです」

 

「私たちと一緒に居るからだろうね。いつも1人の近野柊が誰かと歩いてる!って。慣れなさい、友達増えないわよ」

 

「ふふっ、頑張って」

 

 ランク戦の後など注目されたことはままあったが、その視線は普段のそれとは全く異なっている。彼はそれによる居心地の悪さを訴えたが、2人とも助けずに静観の構えをとる。普段と違う環境に投げ出されたみたいな感覚だったが、この程度で根を上げたら情けない奴などと思われると思ったので、我慢することにした。

 

 ラウンジに着いた3人は券売機で食券を買い、係の人に渡す。それぞれ出来上がった料理を受け取り、席に着いて食べ始める。那須はパスタ、熊谷はカレー、柊は牛丼だ。

 

「あんた、そんな量で足りるの?」

 

 熊谷が食べ進める柊に問う。彼が食べているのは並盛りの牛丼1つ。たしかに、育ち盛りの男子中学生にしては少ない量である。

 

「えっと、あまりお金かけたくないんですよ。外で食べると作るより高いですし、そもそも大食いじゃありませんから」

 

「料理できるの?」

 

「まあ、一応」

 

「すごいじゃない!」

 

「別に、そんなことないですよ。妹と当番制にしてるから出来るだけです。それに、妹の方が上手いですから」

 

「え!?あんた妹いんの!?」

 

「妹さんがいるのね、私には兄弟いないから羨ましいわ」

 

「……そんなに、驚きます?」

 

 妹がいる、というさりげない衝撃発言に熊谷は声を上げて驚いた。今までのイメージから、柊に妹がいるなど考えたこともなかったからだ。逆に一人っ子の那須は、妹がいると聞いて羨ましがった。

 

「午前中にも言ったじゃない、意外だなって。そうそう玲聞いてよ、近野がさ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 なんとか止めようとした柊だった。しかし彼は熊谷を抑えることができずに、今朝の恥ずかしい行動が那須へとバラされてしまった。

 

「ふふ、可愛いところもあるのね、近野くんって」

 

「か、勘弁……してください…………」

 

 いっそのこと熊谷のように笑って欲しかった。しかし那須はそんな柊を可愛いと称した。彼の心に言葉のナイフが突き刺さる。もちろん那須に悪気は1つもないのだが……。

 

「玲、熊谷さん」

 

 柊の話で盛り上がる2人に、精神的ダメージを受けてテーブルに突っ伏していた彼の背後から声がかかった。

 

「透くん、こんにちわ」

 

「あ、奈良坂」

 

 2人に声をかけたのは奈良坂透。A級三輪隊に所属しており、スナイパー2位の成績を持つ凄腕スナイパーだ。奈良坂は那須の体調を案じて、問いかけた。

 

「体調は良いのか?」

 

「うん、最近はいい感じだよ。検査も問題なしだったから」

 

「そうか、よかったな」

 

 そんな話をしている側で、柊がようやく再起動して起き上がった。柊が起き上がったことで、奈良坂はやっと柊がいたことに気がついた。

 

「……!おまえは」

 

「あ、透くん紹介するね。彼は近野柊くん。アタッカー4位で今日はくまちゃんと特訓してたの」

 

 奈良坂が柊に気づいたので、那須はそれぞれに対して紹介を始める。紹介を受けて、柊は奈良坂にお辞儀をした。若干ぎこちなかったが。

 

「そしてこの人は奈良坂透くん。私のいとこで、スナイパーよ」

 

「奈良坂だ、よろしく。……なるほど、おまえが柊ってやつだったのか」

 

「知ってたの?」

 

「ああ、米屋のやつがよく話していたからな。顔は知らなかったが、名前は聞いている」

 

 彼と同じチームのメンバーに米屋がいる。彼が頻繁にその名を出していたため、奈良坂は顔は知らずとも名前を覚えてしまったのである。そこまで話して、奈良坂は思い出したように柊に声をかけた。

 

「そういえば三輪も何度かおまえのことを話していたな」

 

 奈良坂の口から出てきた名前は彼のチームの隊長の三輪のことだった。そしてそれを聞いた全員が意外だと驚いた。三輪隊に所属している奈良坂はもちろんよく知っているが、そうでない3人も三輪のネイバーへの恨みのことについては少なからず聞いたことがあった。そんな四六時中ネイバーのことを考えていそうな三輪が、同じ隊ではないのにもかかわらずそいつの名前を出した。

 

 そんな三輪が想像できなかった柊は、何か気に触るようなことをして怒らせてしまっていただろうかと不安になった。

 

「ああ、恨みつらみを言っていたわけではなかったから安心してくれ」

 

 その不安は彼の様子から察した奈良坂がフォローすることにより杞憂で終わる。しかし三輪が柊について話した理由は分からなかった。奈良坂も知らないと言っていたので、これ以上は今は知りようもないことだ。

 

「もし気になるのなら、直接聞けばいいさ。あいつも拒みはしないだろう。じゃあ俺はこれから防衛任務だから失礼する。玲、熊谷さん、近野、またな」

 

 

 

***

 

 

 

 その後は3人のところに誰かが訪問するということもなく、会話を楽しみながら昼食を食べ進めた。

 

 やがて昼食を食べ終わった熊谷は、2人に今後の予定を訪ねた。

 

「私は帰るけど2人はこの後どうする?」

 

「検査も終わったし、私も今日はもう帰ろうと思うわ」

 

「……俺はブースに行きます。ログでわかった反省を修正したいですし」

 

「わかった。近野とはここでお別れね」

 

 今後の予定も決まり、3人はトレーを返してラウンジの出口まで歩いた。那須と熊谷は外、柊はブースへ向かうので、ここで解散だ。

 

「じゃあまたね、近野くん」

 

「またね近野」

 

 2人は柊にまたねと告げる。いつもなら柊もここで背を向けて別れるのだが、それでは彼は今までと何も変わらない。だから柊は勇気を出した。彼が思い描くのは先ほどまでいた奈良坂。

 

「あの…………、那須さん……熊谷さん」

 

「「?」」

 

「……また」

 

 それは途切れ途切れで、かろうじて聞き取れるくらいの小さな言葉。しかしその内側には、近野柊の勇気と思いが込められていた。その勇気と思いはーー2人にしっかりと届いた。

 

「「うん!」」

 

 まだまだ足らない部分は多い。しかし初めて会った時と比べて彼は変わってきている。またねと挨拶をしてきた柊に2人は成長を感じた。

 

 那須と熊谷と別れて、柊はブースへと向かう。午前中の特訓の反省を踏まえて、何本かランク戦をしたいからだ。

 

 今まで彼は、ログを見返したことが1度も無かった。ただ戦い続ければその分強くなれると信じていたからだ。

 

 今回の熊谷との特訓では、戦いながら改善点を指摘するのは不可能だと判断したためログを初めて活用した。しかし彼にとって、ログを見返すことは彼が思っていた以上の収穫があった。自分の動きを客観的に分析できたため、その時に最善だと思った行動が逆に最悪の行動だった、など所々にあった課題に気づくことができた。

 

午前中に気づいた動きの修正のために戦うけど、いつかログとかを観るだけのために来てもいいかもしれないな。

 

 そんな風に今後の行動の予定をなんとなく決めていた時だった。

 

「あ!こんのん先輩!」

 

 誰だ、と柊は思った。彼はそんな独特な呼び方で呼ばれたことなんてないからだ。

 

 怪訝に思った柊が振り返ると、以前出水にクソガキと称された中学生がいる。見覚えはある。しかしまだまだ周りに興味がなかった時に出会った以来なので、柊は目の前にいる人の名前を既に覚えていない。

 

「あれ?もしかして俺のこと忘れちゃってる?緑川駿だよ!ちゃんと覚えて!」

 

 緑川は柊が名前を忘れていることを察知して再度名乗る。緑川と聞いて柊はようやく初めて会った時、やたら自慢げな様子で名乗ってきた少年だと思い出した。そのときはあまり表には出さなかったが、その態度に少しイラっとしたのも一緒に。

 

「そうそう!俺B級に上がったよ!草壁隊にもスカウトされたんだ!早速バトろうよ!」

 

 B級に上がったことだけ伝えればいいものの、緑川は草壁隊に入ったとも言ってきた。そしてそれは彼が既にA級隊員になったということ。4秒という最速記録を打ち立てたから妥当な昇級だが、超スピード出世である。

 

 柊は緑川を相手にするつもりもなど全くなかった。柊のA級との戦績は彼が負ける可能性の方が高いからだ。しかし柊としてもこれ以上目の前でうるさくされるのは非常に困る。

 

 以前までは徹底的に無視を決め込んでいた柊。しかし今回は、自分が勝ったら大人しくなるだろうか、なんてらしくないことを考えて柊はランク戦の申し出を受けることにした。

 

「……いいよ、やろう」

 

「やった!そうこなくっちゃ!」

 

 受けて立つと宣言した柊に緑川は歓喜する。その顔は、A級の自分が負けるなどあり得ないと、勝つことを疑わない表情だった。

 

 

 

***

 

 

 

 仮想空間に転送された柊。マップはランダムでオーソドックスな市街地Aになっている。これでお互いステージによる有利不利はない。マップを確認した柊は、緑川を探して行動を開始した。

 

 緑川がスコーピオンを使うアタッカーだというのを、柊は先ほどのパネルで確認していた。体のどこからでも自由に刃を出せるスコーピオンの応用力は高い。しかしその強度は孤月と比べて圧倒的に低い。打ち合いになれば強度で勝る柊が有利だ。周りを警戒しつつ、距離を詰められすぎて孤月の間合いの内に入られないように立ち回ろうと考えていた柊のもとにーー

 

 

「っ!!」

 

 

 ーー緑川が飛びこんできた。なんとか反応できたものの、柊は右腕が斬られてしまいトリオンが漏れ出す。

 

一度引き剥がすためにまずは旋空で仕掛けてみるかと考える柊。孤月を構える。

 

「うーん、決まったと思ったんでけどなー。流石はアタッカー4位ってとこかな?でもま」

 

よゆーだね!

 

「はっ!!」

 

 またも緑川が飛びこむ。先ほどより距離が近かったため、見えていたのだが柊は攻撃を食らってしまった。走り出す挙動など一切見られなかった。それなのにあの急加速。そこまで考えて、その動きの正体を柊はグラスホッパーだと見破った。

 

 ーーグラスホッパー。パネル型のトリガーで、踏むと加速力を得ることができる。一見超便利トリガーだが、はじめのうちはその加速に感覚が追いつかず、うまく扱えないシロモノだ。

 

 そんな扱いの難しいトリガーにもかかわらず、入隊してわずかな期間で緑川はうまく使いこなしていた。草壁隊にスカウトされるのも頷ける実力である。

 

 緑川は柊の背後でまたも急加速。既に崩されていた柊はなす術なく首を斬られて落とされた。

 

 

 

***

 

 

 

 あの後さらに1本落とした柊は、3本目になって緑川の動きを捉え始めた。しかしその機動力はなかなかのもので、シールドでガードするのが精一杯である。

 

 前後左右。時に正面から、時に死角から斬り込んでくる緑川を相手に柊は防戦一方であった。

 

 右斜め前から緑川が斬りかかってきてーーそれを孤月でそらす。

 次に背後から来るのをーーシールドでガードする。

 反転して右側から攻めてくるーーもう一度孤月で防ぐ。が、弾かれて柊は体制を崩した。

 

ここだ!

 

 そしてその隙を緑川が見逃すことはなかった。一気に突き崩そうとするあたり、勝負勘も流石である。彼は自身の勝ちを確信した。

 

「あがっ!!」

 

 これで決まりと思っていた緑川は、しかし突然現れた障害物に妨害された。顔面を強く打ち付けて止められた緑川を柊は見逃さずにハウンドでサイドから攻撃。

 

 勝ちを確信したそばから突如現れた障害物と追撃のハウンド、一瞬で形成逆転されてしまった緑川は大混乱に陥った。動揺から動きを止めてしまった彼を、柊はアステロイドで撃ち抜き、緑川をベイルアウトさせる。

 

 緑川から初白星を勝ち取った柊だが、先ほどの攻防はただ押されていただけではなかった。動きを捉え始めたのは事実。しかしガードで精一杯だったのも事実。その様子に外のギャラリーと緑川は防戦一方だと判断した。

 

しかしそう見えていたのは外のギャラリーと緑川本人だけで、柊は致命傷を避けつつ反撃のタイミングをうかがっていたのだ。

 

「ねえ、さっき何したのさ」

 

 復帰した緑川が戻ってきた。今まで通り奇襲すればまた自分の有利な展開に持ち込めただろうが、それではまたさっきのリピートだ。そう判断した緑川は柊に問いかける。

 

「シールドを展開しただけだ。()()()()()()()にな」

 

 今の彼には、グラスホッパーのスピードに対抗する手段はなかった。しかしだからといって、打つ手がないわけでもなかった。

 

「確かにその速さは脅威的だったけど、その動きは直線的。それに単純なのかフェイクもなかった。だからその軌道上にシールドを置いて動きを止めた。それだけだ」

 

「そんなやり方で……」

 

 シールドを防御ではなく()()に使う。その発想は、彼が熊谷との特訓でシールドの使い方について議論した時に考えついたもの。その時は立ち回り的に実践しなかったが、スピードタイプで、さらに経験がまだ浅い緑川にバッチリはまったのだ。これも彼1人ではたどり着けなかった領域である。

 

「でも……」

 

 緑川はここで1つ深呼吸を入れて頭をリセットする。

 

「だからって負けていい理由にはならないよね」

 

 ここで緑川の雰囲気が変わった。過信、慢心を捨てて気持ちを引き締める。わずか2本の対戦で自分の動きを少しずつ捉え始めるだけでなく、クセを見抜き、自分では考えられない方法で即座に対策を打ってきたのだ。あれは舐めて勝てる相手ではない。それを頭に刻みつけ、構える。

 

「……よし、来い」

 

 柊もそれを感じ取った。ここから先は油断も隙もない真剣勝負。そんな緑川に、柊も本気で応えた。

 

 

 

***

 

 

 

近野

××○○○○○×○○

緑川

○○×××××○××

 

 それからも柊のペースで進んだ。一度緑川も意地を見せて取り返したが、流れは覆らずに7-3で幕を閉じた。

 

「たぁー、負けちゃったー!」

 

 負けを認めて悔しがる緑川。しかしその表情は悲壮感を漂わせるどころか、どこかスッキリしていた。

 

「ねえ!お願いもう1回!もう1回やってください!」

 

 再度ランク戦をねだる緑川。もうそこに慢心はなかった。自身の強さをアピールするためではない。そこには、自分より格上の相手と戦って少しでもそのスキルを盗もうとする緑川の勤勉さが光っていた。

 

「お願いします!こんのん先輩!」

 

結局その呼び方は変わらないのか。しかも前より構ってくるし……。

 

 変わらず目の前で飛び跳ねる緑川に若干憂鬱になる柊。しかし緑川のから生意気さが消えて、相手を敬う気持ちが出ていることに気づいた。うざくなくなっただけマシか、と思った柊は後1回だけなと未だ目の前で飛び跳ね続ける緑川の再戦を受けたのだった。

 

 

 

 




本編補足

・近野柊
戦闘時の彼は集中しているので、特に言葉に詰まったりはしません。普通に受け答えできます。

・緑川駿
うざさが抜けて、年相応の少年に生まれ変わりました。



一応それなりに仕上げましたが、自分でも納得しきれてない部分もあるので、おかしいところがありましたら遠慮なく言ってください。

あとルビとか傍点とか新しいことを少しずつ試していこうと思っています。書き方に違和感を感じましたらこれも遠慮なく言ってください。修正します。





最後に誤字報告、評価、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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第7話

 

 

 

 

 ある日、柊はランク戦ブースに来ていた。しかし仮想空間の中ではなく、備え付けのソファーにだ。今日の彼はまだ1度も戦っていない。なぜならその目的は戦いではなく、観戦だからだ。

 

 ここしばらくの間、柊はランク戦の数を減らしていた。その理由は、彼が新しい戦い方を模索していたからである。

 

 自分1人ではこれ以上強くなるのは厳しいと感じていた柊。もっと強くなるために、彼は周りから色々なことを学ぼうとしていた。今まで深く考えたことのなかったトリガー編成、戦術、立ち回りなどなど学べることは多かった。今の彼は勉強の最中である。

 

 柊にとって、洗練されたA級隊員の戦い方から得られるものは、とても多かった。彼らを観るだけでも充分強くなれると思うほどに。

 

 しかしだからといって、それに劣るB級やC級の戦いから得られるものがまったくないとも思わなかった。彼らだからこそ、エキスパートとは違う角度からの発想から、柊は何か得られるものがあるのではないかとも考えていた。だからブースに足を運び、ずっとモニターを見ていたのだ。

 

 それに、彼は戦う相手としてもB級がいいと思っている。(C級と戦うと弱いものいじめに認定されるかもしれないから観るだけにしている)A級と戦っても新しいことを試す余裕なんかないからだ。

 

 この前の緑川が良い例である。勝ちこそしたものの、新しいことといえば流れを崩すために使った妨害シールドくらいなもので、それ以外に試す余裕なんてなかった。今の彼がしたいのは新しい戦い方を探して試すことである。だからーー

 

「だからなぁ!やろうぜ近野!」

 

 ーー頭上でランク戦を持ちかけ続ける大の餅好き(太刀川慶)からどう逃げようか、と柊はずっと頭を悩ませていた。

 

 彼に勝てるわけがない。ソロ最強の人間なのだ、太刀川は。ストレートを阻止するので精一杯なのだ。

 

 太刀川は近野柊という人間を買っていた。ほぼストレートで負けてしまう柊だが、全く歯が立たないというわけではない。一矢報いてやるというその気迫で斬りかかるその姿勢は、太刀川を大いに楽しませた。気持ちのこもった戦いが大好物の彼は、最初のランク戦以来、すっかり柊を気に入ったのである。こうした経緯から、太刀川は柊をランク戦に誘うようになった。

 

 しかし、あまりにも実力差があるために、柊は戦いたがらなかった。何をしても太刀川は真正面から叩き折ってくるし、新しいことを試したくてもそんな暇すら与えてくれない。そのため柊は太刀川とのランク戦を避けていた。

 

「……ですから、今日はやらないって言ってるじゃないですか」

 

「でもおまえここで座ってるってことは暇なんだろ?」

 

「いや、今ランク戦観てるから……暇じゃないんですが」

 

「なんでまた」

 

「…………もっと強くなろうと」

 

「じゃあ戦った方が早いだろ。実践あるのみだ、ホラ」

 

 しかし太刀川は聞く耳を持たずに、柊を引っ張ってブースに入ろうとする。年上として、格上の実力者として、それでいいのだろうか。

 

「待て、太刀川」

 

 そんな太刀川に待ったの声がかかった。声をかけたのは、彼と同じくA級の風間蒼也だ。太刀川は彼の赤い目に射抜かれて、冷や汗をかきだした。

 

「げ、風間さん」

 

「何故ここにいる」

 

 詰め寄る風間。逃げるように太刀川も1歩下がった。

 

「何故ってランク戦しようと……」

 

「レポートはどうした」

 

「………………休憩?」

 

「溜め込んで泣きついてきたお前に、そんな暇があるわけないだろう。さっさと来い」

 

 風間は太刀川の襟元を掴み、連行する。風間のおかげで柊はなんとか解放された。

 

「邪魔して悪かったな」

 

「い、いえ……」

 

 

あああぁぁぁぁぁ

 

 

 柊に一声かけて、風間はブースを後にする。あまりに突然のことで訳がわからない柊だったが、ともあれ太刀川から解放されたのは事実。太刀川の悲鳴が聞こえているような気がしたが、気のせいだろうと片付けて柊は観戦に戻った。

 

 

 

***

 

 

 

ランク戦の人が減ってきたので、一度休みを入れようと柊はラウンジに向かって歩いていた。

 

「ぐぇ!!」

 

 しかし、突然曲がり角から伸びてきた手に柊は首元を掴まれ、引き込まれた。

 

「柊!ちょうど良い所に!ちょっと来てくれ!」

 

 柊を捕まえた犯人は出水だ。トリオン体に換装済みの彼は駆け足で柊を引きずっていく。いつもの飄々とした表情とは違って、どこか余裕がなく急いでいる様子だった。

 

「うぇ、ちょっと、一体何を!するんですか!?」

 

「悪い柊!大至急の案件なんだ!あとでちゃんと説明するから!」

 

「はぁ!?」

 

 引きずっている柊を気にする余裕もなく、出水は目的地を目指して彼を運ぶ。何が何だか訳がわからない柊だが、流石に引きずられ続けるのは勘弁だった。しかし、振りほどこうにもトリオン体の出水に生身の柊が力で勝てるはずもなく、彼はなす術なく引きずられていくのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 2、3分ほど柊を引きずって、ある扉の前まで連れていった出水は、そこでやっと彼を放した。ようやく解放された柊は、咳き込みながらも肺に酸素を送る。若干キマっていたために息がしにくかったのだ。

 

「あ、悪りぃ。まさかそんなまでなってるとは」

 

「げほっ!げほっ!そりゃあ、こうなりますよ。……なんなんですか、急に」

 

「あー、それなんだけど……説明するより実際に見てもらった方が早いかも」

 

「はい?」

 

 そう言って出水は扉を開く。その先は、まるで誰かの私室に間違えて入ってしまったかのようなーー汚さがあった。

 

 そこには上着や、読み終わったであろう漫画や雑誌などが散乱し、とても作戦室とは思えなかった。作戦室と言われるより、誰か片付けが苦手な人の私室と言われた方が、まだ納得できてしまうだろう。そしてそんな中でもひときわ存在感を放つカニとけ……カニ時計?

 

 そんな感じで、部屋の中はカオスであった。

 

「なんですかこれ……。ていうか、ここどこですか?」

 

「ここ?俺たち太刀川隊の作戦室」

 

「……………は?」

 

 予想の斜め上の返答に、柊は目を疑った。

 

 

この状態で?どこの?作戦室だって?

 

 

「A級1位、太刀川隊の作戦室だぜ」

 

 聞こえてないと判断したのかもう一度繰り返す出水。わざわざA級1位まで付け加えて。しかし柊が目を疑ったのは室内の有り様のせいであって、出水の言葉が聞こえなかったわけではない。

 

 この有様で、いったい誰が、ここをA級1位の作戦室だと思うだろうか。

 

「ていう訳だからホラ。早く入ってくれ」

 

 色々と文句を言いたい柊だったが、ずっと廊下にいるのもどうかと思ったので、出水に続いて作戦室に入った。

 

 柊が入り口から見たとおり、奥の方も物が散乱していて、足を進めるのも一苦労だった。なんとかソファーの所までたどり着くと、1人の女性がテレビの前に座っているのに、柊は気づいた。

 

「柚宇さーん。連れてきましたよー」

 

「ご苦労だったね〜出水くん」

 

 柚宇さんと呼ばれた女性、国近柚宇は出水を労う。そして振り返ったところで、彼女の目が柊を捉えた。

 

「おやおや〜?君は誰かな?」

 

「B級ソロの近野柊。ちょうど良いとこにいたから、引っ張ってきました。コイツなら良いでしょ?柚宇さん」

 

 文字通り引っ張られた柊だったが、当然のことながら国近はそれを知らない。

 

「アタッカー4位の近野くんを連れてくるとは〜、出水くんもなかなか良い人連れてきたね〜」

 

 近野柊の訪問にお気に召した様子の国近は「はい」と側に置いてあったゲーム機のコントローラーを柊に差し出した。

 

「よろしくね〜近野くん」

 

 

いや、いきなり「はい」と言われましても……え?

 

 

 あまりの急展開に、柊の頭はハテナで埋め尽くされたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「も〜、説明まだならまだって言ってよね〜」

 

 あの後、コントローラーを前に固まってしまった柊の様子に、国近もわけがわからずにハテナを浮かべた。2人とも固まってしまったのを見て、出水はようやく、柊に何も伝えることなく引っ張ってきたことを思い出した。

 

「いやーすんません柚宇さん。逃げられる前にと思って。そういうことなんだ柊。悪かったって、な?」

 

「……人を無理矢理連れてきた人の言葉じゃないですよね、それ」

 

「…………本当に悪かった」

 

 シューターの出水が柊の冷たい視線に貫かれる。彼もあまりの圧力に茶化さず本気で謝った。

 

「まあまあ〜、とりあえず自己紹介しようよ〜。私は国近柚宇。太刀川隊のオペレーターだよ〜。よろしくね〜」

 

「……B級ソロの近野柊です。よろしくお願いします」

 

 簡単な自己紹介を終えた国近は、柊をまじまじと見つめた。

 

「えっと……」

 

「いや〜大したことじゃないよ?近野くん、モニター越しで見てた時より丸くなったな〜って思ってね〜」

 

「あーそう言われてみればそうかも。なんか雰囲気柔らかいし、なんかあったのか?」

 

 国近は那須隊と仲良くなってから、穏やかになった柊の雰囲気に一目で気づいた。たった数回、しかも通信やモニター越しにしか接していなかったことを踏まえると、国近の状況把握能力の高さが伺える。

 

「……まぁ、ありましたけど今言うのはやめときます」

 

「なんでだよ」

 

「そんなことより、早く説明してください」

 

「あ、ハイ」

 

 再び冷たい視線が彼を貫く。非があるのは100%出水で、本人もそれを理解しているので、素直に頷き、柊に経緯を説明した。

 

「実は柚宇さんゲーマーでさ。今日もさっきまで俺が柚宇さんのゲームに付き合ってたんだけど、いきなり他の人とやりたいって言い出して」

 

「別に出水くんが悪いわけじゃないからね〜。けど、いつも出水くんと戦ってたから、たまには違う人とやりたいな〜ってなったのさ〜」

 

「で、急いで探してきてねーって言われたから、探しに行ったのよ。そしたらお前がいたわけ。ラッキーだったわ」

 

「……もっとブースに居ればよかった」

 

「声が本気なんだよこのやろう」

 

 まさか引きずり回された理由が、ゲームの相手をしてほしいなどと露ほども思わなかった柊。彼の口から思わず本音が漏れ出す。

 

「けど……だからって、人の首元掴んで引きずるのはどうかと思います」

 

 反省が足りないとみた柊は、ついに出水の暴挙をバラす。

 

「うわ〜、出水くん、ホントに引っ張ってきたんだ〜。私はそこまでして、なんて言ってないぞ〜」

 

「そう……なんですよ。一時的に息できなかったし、服もこんなに汚れて。……酷い目にあいました」

 

「……マジですまん。本当に悪いと思ってる。でも今は柚宇さんに付き合ってやってほしい。今度飯奢るから!」

 

 国近の援護を得た柊はここぞとばかりに出水に反撃。それを受けて出水も深く反省した。まだまだ沢山言えた柊だったが、出水の反省の気持ちも伝わり、奢りを得ることができたので、これ以上はいいかと出水のお願いを聞き入れた。

 

「はい、今度こそどうぞ〜」

 

「……俺、ゲームの経験ありませんよ?」

 

「大丈夫〜。操作なら私が教えるし、近野くんなりに楽しめば良いよ〜!」

 

 そう言って、今度こそコントローラーを柊に渡す。ゲームは某大乱闘。ちなみに柊にとってはかなり久しぶりのゲームだ。

 

 違いがよくわからなかったので、柊はとりあえず赤い帽子のキャラを選択した。国近もキャラを選んで準備完了だ。

 

「じゃあ始めるよ〜!まずはね〜」

 

 

 

***

 

 

 

 窓がない作戦室の中は、時計を見ない限り時間の経過がわからない。だから陽が傾き始める時間になっても、柊はそれに気づかない。久しく触れるゲームに、柊は時間を気にするのを忘れるくらいのめり込んだ。

 

「柚宇さーんって、まだやってたんですか」

 

「お〜出水くんお帰り〜。そんなに意外かね〜?私たちはまだまだやるよ〜」

 

 柊を国近に任せて外に出ていた出水は、戻ってきても2人がまだゲームをやっていたのに驚いた。国近もそれに応えて手に持つコントローラーを掲げ、まだまだやるぞとアピールする。

 

「いや、柚宇さんは別にいつも通りだから違和感ないですけど、柊もずっとやってたんですか?」

 

 出水が驚いたのは国近ではなく、柊の方だ。防衛任務とランク戦の常連だった彼が、何時間も部屋にとどまってゲームをしていた。いままでの彼をよく知っている出水にとって、この状況はあまりにも意外だったのだ。

 

「……うわ、もうこんな時間だ。気づかなかった」

 

 出水の言葉を聞いて柊は時計を見た。予想以上に移動していた時計の短針に驚いて思わず言葉が漏れる。以前までの彼ならばあり得なかったことだ。

 

 

気づかなかった?じゃあ1度も時計見ないでずっとゲームやってたってことだろ?あの柊が?

 

 

 出水は柊が時間を気にするのを忘れるくらい、ゲームにのめり込んでいたことに驚く。やはり国近の言う通り以前とは違うと出水は感じた。

 

「ていうか柚宇さん。そろそろ防衛任務始まりますよ?そのために俺戻ってきたんだし」

 

「え〜もうそんな時間?近野くん、飲み込み早いから対戦してて楽しいんだけどな〜。私こっちで頑張るから3人で頑張っててよ〜」

 

「えっと……それは流石にどうかと」

 

「冗談だよ〜近野くん。いくら私でも防衛任務すっぽかしてまでやらないさ〜」

 

 作戦室に来てから柊が見た国近はゲームしかしていないので、その言葉にいまいち納得しきれない。こう見えて国近はやるときはしっかりやる人であるのだが、それを彼はまだ知らないのだ。

 

 でも太刀川隊と組んだ防衛任務の時は、ちゃんと指示をしてくれたから大丈夫だろう、と以前の様子を思い出して柊は追求をやめた。

 

「そ、揃ってるか……?」

 

 次に隊長の太刀川が扉を開けて入ってきた。その姿は、柊が午前中に見た時より、随分とげっそりとしていた。

 

「いや、まだ唯我のやつが来てないっすよ。太刀川さん」

 

 そんな隊長に出水は普通に返す。太刀川が一切心配されていないのは、よくあることだからだろうか。

 

「まだ来ていない?じゃあそこにいるのは……」

 

 もう1人は誰だ、と視線を向けたところで、太刀川と柊の視線が交錯する。次第に太刀川の目が歓喜の色に染まってくのを見て、脳内に警報を鳴り響く柊であったが、少し遅かった。

 

「よう近野!奇遇だなこんなとこで!早速バトろうぜ!」

 

「嫌です。やりません。早く防衛任務行ってください」

 

「そんな固いこと言うなよなー」

 

 逃げられなかった柊は早く行けと催促した。しかし太刀川はものともしない。完全に柊は太刀川に捕捉されていた。

 

「俺は今やりたいんだよ!」

 

「……子供ですか」

 

「? 子供だぜ?俺は」

 

「20歳目前の人が屁理屈こねないでください」

 

 確かに太刀川は今19歳ではあるが、それは未成年というだけで、彼はそういう意味ではもう子供ではないのだ。しかし彼はそんなこと思ってもいない。未成年=子供だと思っている太刀川に、柊の反論は通じなかった。

 

「ダメだよ〜太刀川さん。私だって近野くんとゲームしたいのを我慢するんだから〜」

 

「ちぇー。じゃあ任務終わるまで待っててくれたりは」

 

「任務終わるの夜だぜ、太刀川さん。流石に柊も帰ってるって」

 

 どうにかして柊と戦いたい太刀川であったが、全て正論で返されて打つ手なしである。国近と出水に諭されて流石の太刀川も諦めーー

 

「じゃあ、ちょっと任務の時間をずらすっていうのはどうだ?」

 

 ーーてなかった。

 

「「無理です、諦めてください」」

 

「声揃えてまで言うなよ……」

 

 しかしそんな太刀川の願いも虚しく、再度国近と出水に否定される。

 

「じゃあ俺はこれで」

 

 落ち込む太刀川を見ても、じゃあ仕方ないですね、と願いを聞き入れるほど柊は優しくなかった。逆に今がチャンスと思い、帰る旨を出水と国近に伝えて作戦室をあとにする。

 

「おう、悪かったな。無理に連れてきて」

 

「またやろうね〜」

 

「あと、奢りのこと忘れないでくださいね。出水先輩」

 

「…………えっ!?」

 

 失礼します。そう言って柊は出ていく。初めての呼び方に驚いた出水だったが、それに気づいて追求しようとした時には、柊はもういなかった。

 

「どうしたのさ〜」

 

 出水の反応を不思議に思った国近はわけを尋ねる。今のどこに驚くところがあったのだろうか、と。

 

「いや……初めて名前呼ばれたなぁと」

 

「へ?そうなの?」

 

「はい。よくよく考えたら、今まで呼ばれたことなかったんですよ。今呼ばれて気づきました」

 

 ゲームのことといい、名前のことといい、今日の柊は一味違うな、と思う出水。いつもと違ったところを思い出しているうちに、彼はだんだんと何がきっかけなのか気になり始めた。

 

 幸いまだ全員揃っていないのだし、数分くらいは猶予があるだろう。こうなったら今から追いかけてとことん追求してやる、と出水は外に出ようとした。扉を開けようと手を伸ばしたところで、外側から扉が開けられる。もしかしたら柊かもという期待を抱く出水だったが、それは一瞬にして崩れ去った。

 

「この唯我尊!ただいま参上しました!!」

 

 前髪を払いながら、ポーズを決めて登場したのは唯我だった。彼が太刀川隊最後の1人なので、これで全員が揃ったわけだ。しかしタイミングが悪かった。

 

ブチッーー

 

 何かがちぎれたような音とともに出水は助走をつけ、唯我に狙いを定めて飛び上がった。

 

 

唯我ぁぁぁぁぁ!!

 

え!?ちょ、せんぱ、ぎゃぁぁぁぁぁ!!

 

 

 本部に悲鳴が響き渡る。このことで後日、太刀川隊に苦情が殺到したとかなんとか。

 

 

 

 

 




ついにこの小説の評価が点灯しました!これも皆様のおかげです。ありがとうございます。


未だに至らぬ点が目立つ自分ですが、これからも皆様に楽しんでいただけるように頑張っていきたいと思います。


何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。



最後に誤字報告、評価、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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第8話

 

 

 

 

 

 それは突然だった。今日も観戦しようとランク戦ブースに向かっていた柊は、物陰から飛び出した誰かに両手を広げられ、いきなり道を塞がれた。

 

「こんのん先輩!リベンジマッチさせて!」

 

 その誰かは緑川だった。その表情からは、今回は勝つよ!という意気込みが伝わってくる。彼は柊に敗れてからずっと「打倒こんのん先輩」を掲げて特訓に励んでいたのだ。

 

 まず緑川はランク戦を繰り返すことで、グラスホッパーの扱いに今まで以上に慣らした。これによって彼は背後に回り込むような動きやフェイントを取り入れる、などの攻撃パターンを増やすことに成功した。

 

 前回してやられた妨害シールドについてもしっかりと対策をとった。グラスホッパーを使いながら障害物を躱すという単純な練習だったが、加速中にも周りがよく見えるようになるなど、十分な成果を得ることができた。ちなみに、これについては緑川が幼馴染に協力してもらうように頼み込む際に、土下座したという小話があったりする。

 

 他にも緑川は、前回のランク戦のログを見返すことで柊の研究もした。何度も何度も繰り返し見ることによって、彼の動きや攻撃への対処方法、立ち回りなどを頭に叩き込んだのだ。

 

 緑川はできる限りのことをした。あとは目の前の柊に挑んで勝つだけである。

 

「……リベンジマッチ?何でまた急に」

 

「急じゃないよ!こないだのあれ、割と本気で悔しかったんだから!」

 

 本気で悔しがる緑川を見て、柊はその話が本当であることと、リベンジのために相当練習してきたことを理解した。

 

「……わかった」

 

 寄ってこられた時は適当に言い訳をして回避しようとしていた柊だったが、緑川の熱意に折れてリベンジを受けることにした。

 

「ホント!?」

 

「ああ、けど前と同じで10本だけだから」

 

「全然いいよ!ありがとう!こんのん先輩!」

 

 勝負を受けてもらえてご機嫌の緑川に続いて、柊もランク戦ブースに向かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 斬って斬られてを繰り返して、2人の戦いは10本目に入っていた。

 

 飛び込んでくる緑川に対して、柊はシールドを張って妨害を試みる。しかしそれはもう通用しないと言わんばかりに、緑川は追加のグラスホッパーを展開した。角度をつけたことでスピードを落とすことなく躱す。

 

 詰め寄った緑川はその勢いを保ったまま、スコーピオンで柊に斬りかかった。だが、柊はこれまでの戦いで、今の緑川には単純な妨害シールドが通用しないことはわかっていた。間合いに入った瞬間に斬ってやろうと、孤月を構えて緑川を迎え撃つ。

 

 柊の間合いまであと少しになったその時、緑川はグラスホッパーを使って真横に飛んだ。いくら素早くても正面からでは反応されやすいため、前回の反省を生かして緑川はフェイントを入れたのだ。

 

 さらに飛んで緑川は柊の背後に回り込んだ。彼の刃が柊の首を狩ろうと迫る。なんとか反応できた柊は孤月でそれを防いだ。しかしこのまま受けに回れば勢いに乗った緑川に押し切られるだろう。

 

 それを避けようと、柊は孤月を無理やり振り切ることで緑川を自身の背後に吹っ飛ばした。そのまま振り返って上空にいる緑川を旋空孤月で攻撃するも、グラスホッパーを使って離脱される。

 

 着地と同時に再びグラスホッパーで距離を詰める緑川。それをさせないように柊はもう1度妨害シールドを張るが、緑川はそれを先ほどと同じように回避し、さらに距離を詰めてくる。もうそれ単体では、緑川相手に妨害の役目を果たすには力不足になっていた。ならば、と柊は孤月を振う。

 

 

旋空孤月!!

 

 

 横に振るわれた柊の旋空孤月を、緑川は上に飛ぶことで避ける。孤月を振り切った今をチャンスと捉えた緑川は、一気に近づこうとグラスホッパーを展開しようとしてーー頭頂部にぶつけたような衝撃を受けて減速させられた。

 

 緑川は一体何だと確認する。ここは道路の真ん中で、頭上には何も無いはずだった。緑川が振り返ると、そこにはやはりというかシールドがあった。それが柊の妨害シールドだと気づき、緑川は急いで離脱しようとする。しかし彼が妨害を受けた時点で、彼は柊の策にはまってしまっていた。

 

 柊は振り切った孤月を持ち直して再度旋空を発動させる。動揺した隙を突かれた緑川は、首を斬られてベイルアウトした。

 

 

近野

○×○××○○○○○

緑川

×○×○○×××××

 

 『7-3、勝者 近野柊』

 

 アナウンスが柊の勝利を告げ、緑川のリベンジマッチは幕を閉じた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「くそー!!今回は良いとこまで行けたのになあー!」

 

「流石に、2回目で負けるわけにはいかないし」

 

 緑川の努力が実り、5本目の時点では緑川の方が勝ち越していた。前回痛い目を見ていた彼に、もう油断も慢心もなかった。

 

 しかし簡単には負けられないと、柊も意地を見せた。

 

 妨害シールドに対応されたことで前半5本のうち3本を取られた柊だったが、まだまだ取り返せる、と慌てることはなかった。彼は対応してきた緑川に合わせてシールドの使い方を変えた。結果として6本目を取ることで流れを引き寄せることができた。

 

 ある時は妨害シールドをブラフにして緑川を誘導して倒した。またある時は10本目の時のように死角に出すことで緑川の動きを止め、動揺したところを一気に仕掛けた。

 

 それ単体では効果を発揮しなかった妨害シールドだったが、他の()と組み合わせたことで柊は勝ちを拾ったのだ。

 

 スコアから見ても、前半は前回の敗北を糧にした緑川が、後半は経験から対応策を見つけ出した柊がそれぞれ優位に立っていたのがわかる。

 

 緑川の今回の敗因は、対策した通りに戦おうとしすぎて柔軟な対応ができなかったことくらいだろう。

 

「うーん……。なかなか先輩相手に勝ち越せないなぁ」

 

「なかなかって、まだ2回目。それで負けたら流石に凹む。けど前回と違って動きはかなり良かったんじゃないか?」

 

 柊は緑川の動きを称賛した。前回から大して日が経ってるわけでもないのに、緑川のキレはかなり違っていたからだ。初の戦闘訓練を4秒でクリアしたことからも、かなり素質があるのだろう。彼は緑川の成長スピードの高さを身をもって理解した。

 

 

いつか、追い抜かれるかもな。そう遠くないうちに。

 

 

「2回目とか関係ないよ。勝ちたい相手にはなるべく早く勝ちた「駿」」

 

 モニターがあるフロアまで戻ってきていた柊と緑川。名前を呼ばれた緑川は、その声は、と思い歩みを止めた。

 

「あ、双葉!」

 

「あ、じゃないでしょ。次で絶対勝ち越すから!って私に土下座までして特訓に付き合うよう頼み込んで来たのに、結局負けてるじゃない」

 

「わーわーわー!なんでバラすの!しかも先輩目の前だし!」

 

 声をかけたのは彼の幼馴染である黒江双葉だった。緑川は顔を赤くして猛抗議したが、既に遅かった。柊はしっかりと聞いていたからだ。しかし彼はそれを聞いても、彼の本気度の高さに改めて感心しただけだったので、緑川の心配は杞憂に終わっている。だが、余裕のない彼はそのことに一切気づかない。

 

「駿にこんのん先輩って呼ばれてる方ですよね。私、黒江双葉と言います。一応、駿の幼馴染です。まだまだ入ったばかりなんですが、よろしくお願いします」

 

 周りにもその名前で言ってるのか!と柊は緑川に目を向けるも、先ほどの暴露のせいでそれどころじゃない緑川はその視線に気づかない。

 

 緑川を問い詰めたかった柊だったが、どうやら無理そうである。諦めて柊は黒江に名乗り返した。

 

「まあ、そう呼ばれてる。不本意だけど……。俺の名前は近野柊。こちらこそよろしく」

 

「近野先輩ですね。よろしくお願いします」

 

「ああ、君がまともで良かった」

 

 自己紹介をする2人。黒江にちゃんと苗字で呼ばれたことに、柊はホッとする。詳しくは知らないが、緑川と名前で呼び合う仲だったから同族だったらどうしようと心配していただけに、黒江の対応はありがたかった。

 

 一体なんのことかと首をかしげる黒江に、柊は気にしないでいいよと言った。

 

「近野先輩。私と個人(ソロ)ランク戦をしてくれませんか?」

 

 それから1度深呼吸を入れた黒江は、柊にランク戦を申し込んだ。

 

「え、どうして?」

 

「ここのモニターでさっきの駿とのランク戦を見てました。駿を相手に勝ち越しているのを見ても、先輩の実力の高さがわかります。だから私も同じ孤月使いとして、先輩と戦ってみたいんです」

 

 黒江の目は真っ直ぐに柊を見ていた。柊は彼女の目を通して、その思いを受け取る。

 

「わかった。受けて立つ」

 

「ありがとうございます」

 

 2人はそれぞれブースへと入っていった。ちなみに緑川は復活していなかったため、2人がいなくなったことにまだ気づいていなかったりする。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 転送された柊は、前方に見える黒江を目指して走り出した。2人とも大通りに転送されたので、お互いにお互いのことがよく見える。黒江も柊に向かって距離を詰めていき、真っ向からのぶつかり合いになった。

 

 間合いに入った黒江めがけて、柊は孤月を振り下ろした。それを見た黒江はさらに加速し、体勢を低くして通り過ぎることで回避。そこから反転して、柊の背後から斬りかかった。

 

 柊はシールドで防御を試みる。ヒビが入ったものの、それは黒江の孤月を完全に受け止めた。面積を絞ったおかげでなんとか堪えられたようだ。そこから彼は、遠心力を使って孤月でシールドごと黒江を斬りにかかった。

 

 孤月で咄嗟に防いだ黒江は吹っ飛ばされたが、その勢いに任せて後退し柊から距離を取ったため、追撃を食らうことはなかった。

 

「やっぱり凄いです。背後から斬りかかったのに、きちんと防がれて追撃もできませんでした」

 

 わかっていたことだが、やはり見るのと実際に対峙するのでは得られる情報の量は大きく違う。黒江は改めて柊の実力の高さを実感した。

 

「いや、そっちの初撃の躱し方も見事だった。あんなにスムーズに反撃につなげられるなんて思わなかったからな」

 

 一方で柊も黒江の実力の高さを感じ取っていた。特にそのスピードを生かした高速戦闘が素晴らしい。速さに振り回されることなく、体を操る技量は流石だ。その辺は緑川の幼馴染ということと関係してるのだろうか。

 

「ありがとうございます。けど次は……当てますっ!」

 

 今度は黒江から踏み込んだ。

 

 低い姿勢から斬り上げられる孤月が、柊に迫る。彼女の狙いは孤月を握る右腕だ。

 

 それに気づいた柊は孤月を逆手に持ち替えて受け止める。しかし順手持ちの黒江の方が力は上だ。このままでは柊が押さえ込まれるだろう。

 

 それを避けようと柊は力を抜いて孤月を引いた。支えを失った黒江は前に倒れこみそうになってーー蹴りを食らった。

 

 予期せぬ衝撃に驚いた黒江だったが、持ち前のセンスですぐに立て直しを図る。しかし今度の柊はその隙を与えなかった。

 

 旋空を起動して黒江を追撃する。旋空孤月によって伸びた刃はギリギリで反応できた黒江の右脚を掠めるにとどまったが、これを攻め時と見た柊は再度距離を詰めた。

 

「っ!」

 

 右脚を斬られたために、黒江は自慢の機動力を半減させられてしまった。今の状態では柊の攻撃を防ぎきることはできないだろう。勝つ可能性は薄かった。しかし、それでも彼女は諦めなかった。思い出すのは先ほどモニター越しに見ていた緑川の姿。

 

 黒江は思った。あのバカ(駿)は最後まで1度も諦めてなかった、と。なら自分もこんなところで諦められない。最後まで戦い抜いてみせる……!

 

 そんな決意のもと、黒江は柊を迎え撃った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「いい勝負だったんじゃないの?おれの初勝負より動けてたと思うし」

 

 緑川は出てきた黒江を労った。混乱状態から立ち直った時には、2人が居なくなっていて少し焦ったが、モニターで見つけてホッとした、というのはこのまま隠し通すつもりらしい。

 

「そんなことない。ぜんぜん通用しなかったし」

 

 8-2で負けた黒江としては、緑川の言葉に納得できなかった。

 

「いや、悪くない動きだった。勝ちこそしたけど危ない場面も何度かあったし」

 

「本当ですか?ありがとうございます」

 

「ねぇ、なんか対応違くない?」

 

 しかし柊の称賛は素直に受けた黒江。対応の違いにツッコむ緑川だったが、黒江がそれに応えることはなかった。

 

「近野先輩は、どうやって強くなったんですか?」

 

 そこでふと黒江は彼の強さの理由が気になった。思い切って、柊にその理由を聞いてみる。隣にいる緑川も気になるのか、視線を黒江から柊に向ける。

 

「俺は……一刻も早く強くなりたかった。だから何度も何度も戦った。そしたら体が慣れていったんだ。思考も、戦いを繰り返してるうちに、どんどん働くようになったから更に動けるようになった」

 

 結局は経験を積むしかないのか、と黒江は思った。しかし柊の話はそこで終わらなかった。けど、と言葉を続ける。

 

「それは下地しか作れていなかったんだって、最近気づいた」

 

「どういうこと?」

 

 隣で静かに聞いていた緑川も疑問を呈した。

 

「ずっと1人だと限界があるんだ。その人の1通りの考え方しかないから、1度躓くとそこから這い上がるのが難しい。結局俺は、体を操れるようになってから伸びなくなった」

 

「なるほど…」

「な、なるほど」

 

「最近仲良くなった先輩に頼まれて一緒に訓練したことがあるんだけど、その時に意見交換をして衝撃を受けたんだ。ああ、そんな考え方があったのかって」

 

 思い出すのは熊谷との訓練。あれを機に、柊の戦いの幅は広がり始めたのだ。

 

「それからは思い切って戦うのを控えてランク戦を観るようにしたんだ。そしたら、思ってた以上の成果があった」

 

「観るだけで、ですか?」

 

「そう。他の人の戦い方を観るだけで、自分1人では考えもしなかった新しい発見があった」

 

「新しい……発見」

 

「だから1人でも強くなれるけど、周りの人の戦い方を観たりした方が早く強くなれるし、強さの()も上がると思うよ」

 

 そこまで聞いた黒江は、少し俯いて考えた。しかしそれもほんの少しの間だけで、再び顔を上げた黒江は柊に告げた。

 

「近野先輩。もしよかったら、私を弟子にしてくれませんか?」

 

「…………え?」

 

「ボーダーの中ではマンツーマンで教え合う師匠と弟子の関係の人もいると聞いたことがあります。モニターで見て、実際に戦って、私は先輩のように強くなりたいと思いました。なので、先輩に教えを受けたいんです」

 

 今までそんなこと1度も言われたことなかったから、柊は少し戸惑った。けれど黒江のまっすぐな気持ちに、適当に追い返すこともできないと思った。慎重に言葉を選びながら、柊は黒江に答えた。

 

「俺は……今まで独学でやってきたから、そんなに大したことは教えられないと思う。誰かにちゃんとものを教えたこともないし」

 

「くどいようで申し訳ないんですが、私は先輩がいいんです」

 

 なかなか意志が固い。中途半端な気持ちではないことがよくわかる。

 

「……俺より強い人だって、指導が上手い人だって沢山いる。俺にこだわらなきゃいけない!って理由は、無いと思う」

 

 そこまで聞いて、黒江はダメか、と思った。もともと無理を言っていた自覚はあったのだ。そう思った黒江が謝ろうとしたところで、さらに柊の言葉が繋がれた。

 

「だから、もっといろんな人を訪ねるんだ。まだ入隊してから対して時間も経ってないだろうし、今師匠を俺に決めるのは少し性急だと思う。もう少しボーダーを見て回って、それでも気が変わらなかったらもう1度来てくれ」

 

「え……じゃあ」

 

「ああ。俺が、君を鍛えるよ。黒江」

 

 黒江は、断られるだろうと思っていた。もともと今日が知り合って初日なのだから、気持ちは本物であっても、ダメ元に近かった。

 

 けれど柊は、嫌な顔1つせずに受けた。しかも、黒江が後悔しないように配慮してじっくりと考える時間を作ってまで。

 

「ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」

 

「おお、来る気満々だ」

 

 他の人でいい人がいなかったら師匠になると言った柊だったが、黒江は自分の気持ちが変わるなんて微塵もないと思っているらしい。来る分には構わない柊だったが、次に会った時にボロ負けして「やっぱりいいです」なんて言われたら柊は心が折れる。

 

「なあ、緑川」

 

「なに?」

 

 柊は黒江の隣で大人しく話を聞いていた緑川に声をかけた。

 

「ランク戦に付き合ってくれ」

 

「よっしゃー!今回こそ、こんのん先輩にリベンジだぁ!」

 

 柊の強くなる理由が、また1つ増えた。

 

 

 

 

 




本編補足

・近野柊
黒江に配慮したのも事実ですが、突然のことだったので1度ゆっくり考えたいと考えるため、というのもありました。2%くらい。


はい。評価が赤になったのだけでも驚きなのに、確認しただけでも日間ランキング37位に入っていたので変な声が出てしまいました。

皆さんに楽しんでいただけているようで大変嬉しく思います。これからも皆さんのご期待に添えるよう頑張りたいと思います。

何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に誤字報告、評価、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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第9話

 

 

 

 

 

 全員今日は防衛任務が無いということで、あれからさらに何度かランク戦を続けた3人。結構な時間戦い続けたために集中力が途切れ始めた柊は、2人に休憩を挟もうと提案した。

 

 ロビーに戻ってトリオン体を解いた3人は、そこで強烈な空腹感を感じた。トリオン体だったから空腹に気づかなかったようだ。時計を確認すると、丁度いい時間を少し過ぎたくらいだった。

 

「あー、やばい。お腹減った」

 

「ラウンジに行きますか?近野先輩」

 

 流石の緑川も空腹を訴えた。黒江は柊に昼食をとることを提案する。

 

「そうだな。この時間なら3人で座れそうだし」

 

「お!ってことはこんのん先輩が奢ってくれたり?」

 

「しないよ。そんなに裕福じゃないから」

 

「ちぇー」

 

 一瞬驕りを期待した緑川だったが、すかさず柊に否定される。しかし口では残念がっている緑川だが、そのセリフと表情が一致していない。もとから冗談だったようだ。

 

 なるべく早く腹を満たしたい緑川は、そこで会話を切り上げラウンジへ向かう。柊と黒江もそれに続いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「俺と双葉は兄弟いないんだけど、こんのん先輩はどうなの?」

 

 ラウンジへ続く道を歩きながら、親交を深めようとお互いのことについて話していた3人。

 

「いるよ。1つ下の妹が1人」

 

「こんのん先輩って妹いたんだー。初めて知った」

 

「まあ、言いふらすようなことでもないしね」

 

 そして話題は家族のことに移っていった。緑川と黒江は、柊の妹という情報に食いつく。

 

「どんな人なんですか?」

 

「どんな……か。ざっくり言うと元気いっぱいでいつも明るい、って感じかな」

 

「へぇー、双葉とは違う感じかな」

 

「悪かったね駿。明るくなくて」

 

 柊は妹である葵のイメージを並べていく。妹のイメージと黒江を比べた緑川だったが、比較対象にされた黒江は目を細めて緑川を睨む。慌てて緑川もごめんごめん、と誤った。

 

「こんのん先輩の妹かー。会ってみたいな」

 

「どうだろ。ボーダーに入ってないからなかなか難しいかもね」

 

 興味が湧いた緑川が会いたがるが、ボーダーに所属していないためそれは難しいだろうと柊が推測する。

 

「妹さんは、ボーダーには入らないんですか?」

 

 黒江は柊に、妹がボーダーに入ることはないのかと尋ねた。

 

「特になにも言ってこないからないと思うけど……。でも、俺は入って欲しくない」

 

「どうして?」

 

 緑川が柊にその理由を聞こうと質問するも、柊は返答することなく、立ち止まってしまった。ボーダーに入る以上、危険は必ずつきまとう。ベイルアウトがあるのだからそんなことはあり得ないのだが、どうしても柊は万が一のことを考えてしまい怖くなってしまうのだ。もし葵が死んだら、なんてことは考えたくもなかった。

 だから柊は葵がボーダーに入ることには否定的なのである。

 

(ちょっと駿。何か言って話題そらして)

(ええ、俺が?)

 

 ボーダーに葵が入って万が一のことの場合についてを考えてしまい黙り込んでしまった柊。そこで会話が止まってしまい、黒江は慌てて緑川に話題を変えるように無言で合図を送る。

 

「あら、双葉じゃない」

 

 どうにか流れを変えようとしていたちょうどその時、黒江は声をかけられた。柊も聴き慣れてしまったその声に1度思考が止まる。

 

「! こんにちは、加古さん」

 

 黒江が振り返った先には彼女が所属するA級部隊、加古隊のリーダーである加古望がいた。黒江が挨拶する。

 

「これからお昼?」

 

「はい。2人と一緒にこれから食べようとしてました」

 

「こんにちは!加古さん」

 

「緑川くんもこんにちは」

 

 黒江が加古にこれからの予定を説明する。緑川も黒江つながりで顔を合わせたことがあったため、加古と挨拶を交わした。

 

「ところで」

 

 そこで加古は1度言葉を切り、2人の後方にいる人物に視線をやる。その人物は、加古が来てからまだ一言も喋っていなかっただけでなく、顔が加古から少し背けている。

 

「いつまで顔を背けているのかしら、近野くん」

 

 その人物とは柊のことだった。会話に混ざらず、顔を合わせないようにして気まずそうに立っていた柊だったが、加古に指摘されてしまったために仕方なく顔を合わせる。

 

「こ、こんにちは」

 

 ようやく顔を合わせた柊だったが、やっと出たその言葉はぎこちなかった。

 

「こんにちは。色々と言いたいことはあるけど、まずはこれにするわ。いつの間に双葉と仲良くなったのよ」

 

 加古は合流してから1番疑問に思っていたことを尋ねる。彼女の記憶では、柊と黒江に面識はなかったからだ。

 

「加古さん。私、近野先輩に弟子入りしたんです」

 

 しかしその疑問は、柊ではなく黒江によって解消された。黒江は加古に、2人の師弟関係(仮)を説明する。

 

「弟子入り?双葉が?」

 

「はい」

 

 加古は最初信じられないと驚き、目を見開いて聞き返した。それに黒江が間を開けずに頷く。

 

「ほんとだよ加古さん」

 

 緑川からの援護射撃もあって、その話は信憑性を増していく。もともと嘘をほとんど言わない黒江が言ったのだ。やがて落ち着きを取り戻した加古は、その話が事実だと理解した。

 

 そしてそれを理解した途端、加古は新しいネタを手に入れたと言わんばかりに、顔を輝かせて柊に詰め寄った。

 

「へぇ。私の手は取らないのに双葉の手は取るのね、近野くん。お姉さん悲しいわ」

 

「どういうことですか?加古さん」

 

 話が見えない黒江は、加古に問いかける。加古はいい笑顔を浮かべながら、黒江に経緯を説明する。

 

「何度も誘ってるのに近野くん入ってくれないの。()()()の加古隊に」

 

()()()?」

 

 不穏な単語に柊は疑問を浮かべた。最初は何を言っているのかわからなかったが、少しして柊はその言葉の意味にたどり着く。外れてほしいと願った柊だったが、その願いは加古の手によって盛大にぶち壊された。

 

「そう、私たち、よ。私と双葉は同じチームなの。よろしくね、近野くん」

 

「改めて()()()の黒江です。よろしくお願いします」

 

 確かに最初の自己紹介では所属まで言わなかった。しかし柊はそれにしたってこれはないだろう、とも思った。数多くの隊員の中で4人しかいない加古隊のメンバーと巡り合うとは、柊はなんてラッキー(アンラッキー)なのだろうか。

 

「加古さん。近野先輩をチームに誘ってるんですか?」

 

 先ほどの会話の中で気になった部分について、黒江は加古に問いかけた。

 

「そうなの。何回も誘ってるんだけどその度に断られて……いえ違うわね。逃げられてるのよ」

 

「なんか言い方に悪意が……ごめんなさい、何でもないです」

 

 抗議しようとした柊だったが、加古に冷たい目で見られたため断念する。

 

「近野先輩。私たちのチームに入ってくれませんか?」

 

 追っ手が……2人に増えた……!

 事情を把握した黒江も、柊にチームへの加入を申し込んだ。好奇心旺盛な緑川も、この先の展開に興味を示して静かに見守っている。

 

「俺は……」

 

 しばらくの間、4人の間に沈黙が流れた。加古も黒江も緑川もみんな黙って柊の答えを待っている。

 

 

 それから少しして、ようやく柊は答えを出した。

 

「俺は、やっぱりチームには入れません。すいません」

 

 柊の出した答えは拒否だった。

 

「どうして、ですか?」

 

「私たちのチームに入ればお金の話はもちろんだけど、トリガーを自由に改造することができるのよ?前にも言ったことだけど、十分魅力的だと思うのだけれど」

 

 柊の返事を受けて、黒江は柊に理由を尋ねる。加古もA級が受ける待遇の良さをアピールする。柊にとっても、A級になることで得られる恩恵はかなり魅力的だ。しかしそれは、彼がチームを組む理由にはならなかった。

 

「俺は……強くないですから」

 

「でも、こんのん先輩、もう十分強いと思うんだけど?」

 

 そばで聞いていた緑川が反論する。自分と黒江を相手に勝ち越す腕を持ち、アタッカー4位の肩書を持っている。これでもまだ足りないのか。

 

 しかし柊にとっての強さとはそれらとは全く違った。彼がボーダーに入ったのは誰かを守り、救いたいと思ったからだ。そしてその強さを得るために、彼は今までがむしゃらに努力してきた。

 けれど、それは実感しづらいものだ。警戒区域内でトリオン兵を駆除する今のボーダーの仕組み上、滅多なことが無い限りかつての大規模侵攻のような事態にはならない。ただトリオン兵を狩るだけでは彼は満たされることはなく、自身の強さを認めることができなかった。

 

「まあいいわ、今回はこれくらいにしておくわね」

 

 柊の様子から今は押すときではないと判断した加古は、今回の勧誘をやめた。しかしそれは今回の話で、勧誘自体はまた機会を見て行うだろう。

 

「それはそうと双葉。貴方達これからお昼なのよね」

 

「はい。そうです」

 

 加古は1番はじめの話題に戻す。会話がリセットされたことで柊、黒江、緑川の3人は空腹だったことを思い出した。

 

「ちょうどさっきまでチャーハンを振舞ってたのだけど、よかったらどう?」

 

「え゛」

 

 その言葉を聞いた途端、緑川の顔は青ざめた。汗がダラダラと流れる。緑川はそれがもたらす惨状を知っているからだ。

 

「良いんですか?是非お願いします」

 

 黒江は快く引き受ける。

 

「あの、俺たちも良いんですか?」

 

「もちろん。1人も3人も変わらないわ」

 

 柊の疑問は加古が答えたことによって解決される。

 しかし緑川にとってはそれでは困る。これでは加古の手作りチャーハンを食べることが確定してしまうからだ。急いで断ろうとした緑川だったが、あまりの絶望に声が出せない。

 

 なんとか身振り手振りで危険を伝えようとするが、彼の頑張は3人の視界には全く映らない。そして柊の口から、地獄行きが決定する一言が飛び出す。

 

「じゃあ、お願いします」

 

 終わった、と緑川は思った。けれどこのままでは諦められない。なんとか回避しようと緑川は言葉をひねり出した。

 

「あ、あの。悪いんだけど俺、あんまりお腹減ってないから」

 

「何言ってんだ緑川。さっきずっと腹減ったって言ってたじゃないか」

 

 しかしその努力もむなしく、柊によって退路を断たれてしまう。

 

「じゃあ決まりね。うちの隊室まで案内するわ」

 

 加古の先導で、2人は加古のチャーハンを目指す。絶望によってうんともすんとも言わなくなった緑川は、柊の手によって連行されたのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ここがうちの隊室よ。中にまだ先客がいるかもしれないけど、幸い部屋は大きいから大丈夫」

 

 そう言って加古は2人を加古隊の隊室に案内した。中に入った柊は、テーブルの上に大皿とレンゲが2つあることに気がついた。どうやら加古の言う先客とやらは帰ったらしかった。

 

「あら、太刀川くんも堤くんもいないわね。もう帰ったのかしら。せっかくだからゆっくりしていけばよかったのに」

 

 そう言って加古は奥に消えた。チャーハンを作るためである。

 

 

 それから少し待った2人の元に、奥から加古がチャーハンを手にやって来た。黒江は先ほど自分の分を取りに行ったため今はそばにいない。

 

「おまたせ2人とも。チャーハンできたわよ」

 

 そう言う加古の手には、確かにチャーハンがあった。だが色がおかしい。なぜ白い。何が混ざっているのだろうか。

 

「さて、あとはこれをトッピングよ」

 

 そう言って加古は卵を割ってチャーハンにかける。

 

「できたわ。卵かけヨーグルトチャーハンよ。めしあがれ」

 

 卵かけ……ヨーグルト……チャーハン?

 

 テーブルの上に佇むチャーハンは、卵とヨーグルトのせいでもはやリゾットのようだ。なぜこの組み合わせにしたのか、柊は加古に問い詰めた。

 

「なんでって。卵かけご飯って美味しいじゃない?それにヨーグルトも美味しいし。だから組み合わせてチャーハンにしたらもっと美味しくなるかなって」

 

 なんでそうなる!

 思わず声に出して突っ込みそうになった柊だったが、それは引っ込めざるをえなかった。理由は加古の笑顔のせいだ。威圧するわけでもなくただ純粋に食べて欲しいと言う加古のその表情が、柊に反論の余地を与えなかった。

 

 隣に座る緑川も、若干涙目になりながら理不尽な運命を受け入れようとしている。柊は、もう逃げられないことを悟った。

 

「い、いただきます」

 

 意を決してチャーハンを掬い、口に運ぶ。

 その瞬間、柊の味覚に今まで感じたことのないような衝撃が走った。

 

 卵かけご飯の旨味が来たと思った瞬間、ヨーグルトの酸味が邪魔をして来る。ヨーグルトの旨味も、同じく卵とチャーハンの塩気に邪魔されて満足に味わえない。お互いの良さが相殺され、悪い部分がドロドロと混ざり合っていく。はっきり言って不味かった。

 

「どうかしら、お味の方は」

 

 しかし笑顔で聞いてくる加古を相手に、不味いだなんてとても言えなかった。

 

「お……おいし、い……です……」

 

「お……れ、も」

 

 柊と緑川は加古にそう答える。しかし衝撃を受けたのは味覚だけではなかった。

 自分の分を持って2人の向かいに座った黒江は、2人が食べているものと同じものを目の前にまったく臆することなく食べ進める。その味を知っている2人からすれば、超ド級の衝撃映像である。

 

「双葉はどう?」

 

「はい、美味しいです」

 

 嘘だろ!?

 一体どうすればこの味の集合体を顔色ひとつ変化させずに食べれるのか。そのわけを聞きたい柊だったが、加古の目の前でそれはできない。

 

 今の彼に残された道は、ただ出されたチャーハンを完食するのみである。

 

 加古のご馳走、すなわちタダという情報に踊らされた結果、彼は地獄を見た。

 

 2度と誘いに乗るもんか……!

 

 柊は味のテロで崩れ落ちながら、加古の手作りチャーハンは2度と食べないと心に誓った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛ー。ごはんが美味しいー!」

 

 加古によるチャーハンテロを受けた翌日、柊と緑川はラウンジで昼食を取っていた。

 

「なんでお前の分も奢らなきゃいけねぇんだよ、緑川」

 

 ただし、2人の分は出水の奢りである。

 一晩明けて回復した柊と緑川は、まともな食事を取ろうとラウンジを目指した。その道中、ちょうどこれから昼食を取ろうとしていた出水に遭遇した。

 そこで以前奢りを約束していたことを思い出した柊は出水に相談。了承した出水だったが、隣で聞いていた緑川にも奢りをせがまれ、やむなく奢ったのだ。

 

「いやー、美味しいごはんが食べたくて」

 

「自分で金払えや」

 

 口では文句を言っている出水だが、なんとも美味しそうに2人が食べるので実は内心まんざらでもなかったりする。

 

「ていうかおまえら。いつの間に仲良くなったんだよ」

 

 出水はずっと疑問に思っていたことを尋ねる。少し会わない間に、柊と緑川が仲良くなっていたからだ。

 

 出水と柊が初めてあったのは同じタイミングだった。なのに2度目の会話をした出水に対して、柊は緑川と一緒に飯を食おうとしていた。

 一体何があったのか、出水は気になった。

 

 出水の疑問に、少しの間顔を合わせた柊と緑川は声を揃えてこう答えた。

 

「「気がついたら」」

 

「おいおい」

 

 実際はランク戦やらチャーハンテロの餌食だとか色々あったのだが、2人にとってはあまり関係なかった。

 こうして仲良くなったのだから、その過程など別にいいだろう、というわけだ。

 

「お!ちょうど良いところに!」

 

 そんな時、いつもより割り増しでテンションの高い米屋がやってきた。

 

「よう出水、柊。それと……」

 

「緑川駿」

 

「ああ、そうだったな。改めて、米屋陽介だ。よろしくな」

 

「よろしく。よねやん先輩」

 

 2度目の対面ということで、米屋と緑川は改めて自己紹介をする。以前と違ってトゲがない緑川なので、特にいざこざも起きずに挨拶を済ませる。

 

「じゃなくて、お前ら食い終わったら暇か?」

 

 話の軌道を戻した米屋は、楽しそうな笑みを浮かべながら3人を誘った。

 

「チームランク戦しようぜ!」

 

 

 

 

 




この先の展開は溢れるように浮かんでくるのに、文字には起こせないとかいうよくわかんない事になっててまとめるのに時間がかかってしまいました。

遅れて申し訳ありません。

それと、雑になっている部分もあるかと思います。その辺はお手柔らかにお願いします。


次回は戦闘メインの話を書きたいと思っています。不慣れなことなので、今回以上に更新が遅れる可能性もあります。ご理解のほどよろしくお願いします。


何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に、誤字報告、評価、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。




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第10話

 

 

 

 

「チームランク戦?どういうことだよ」

 

 ランク戦をやろう!と言った米屋に対し、出水は聞き返す。米屋が好む一対一(サシ)の勝負ではなく、チームとしてのランク戦をしようと言ったのだ。おそらく発案者は米屋ではないだろう。

 

「いやな?さっきブースで犬飼先輩らと会ったんだけど、話してるうちにそうなったんだよ」

 

「その話してるうちにを聞いてんだよ」

 

 望んだ回答は得られなかった出水だったが、大まかな状況は理解することができた。おそらく米屋と犬飼の共同で企てたのだろう。

 口では文句を言っている出水だが、実際のところ彼はもう今日の予定がなかった。昼飯を食べた後はランク戦のブースにでも行こうかなと考えていただけに、結局出水は二つ返事で了承した。

 

「俺も行きたい!」

 

 緑川も元気よく名乗り出た。これでこの場にいる4人のうち3人が参加することとなった。答えていないのは柊だけとなり、彼のもとに3人の視線が集中する。

 

「えっと……はい。俺も参加します」

 

 もともと拒否するつもりもなかった柊だったが、3人からのプレッシャーによって頷かざるを得なくなった。

 柊が参加を表明したことによって、メンバーが一気に3人増えた。その事実に米屋はご機嫌になる。

 

「よっしゃ!そうと決まったら早速行こうぜ!」

 

 早速移動を促す米屋。しかし柊たちは……

 

「「「まだ食い終わってない!!」」」

 

 まだ昼飯が残っていた。もう少し待ってろと3人は叫ぶ。しかしそれでも米屋は早く食えと急かした。結局昼飯を掻き込む羽目になった柊、出水、緑川であった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 昼飯をつめこんだ3人を従えて、米屋はブースに到着する。そこには既に犬飼らが待っていた。

 

「米屋くん。いい人いた?」

 

「はい!もうバッチリっす!」

 

 犬飼が成果を尋ねる。それに米屋は自信満々に収穫した人物を披露した。

 

「へぇ、いい人たちじゃん。これは楽しくなりそう。近野くんたちは初めましてだね。俺は二宮隊の犬飼澄晴。よろしくー」

 

 柊たちの紹介を受けて大いに満足する犬飼。そのまま初対面の近野と緑川にも自己紹介をする。

 

「んじゃ、こっちの成果を発表ー」

 

 そう言って一歩横にずれる犬飼。それによって隠れて見えなくなっていた人物が誰だかはっきりする。

 

「あら、昨日ぶりね。今日もよろしく」

 

「よろしくお願いします」

 

 後ろにいたのは柊がつい昨日知り合った黒江と柊たちに地獄を見せた加古だった。

 

「犬飼くんから聞いたわ。面白いことするそうね。私たちも入れてくれない?」

 

「いや別に大丈夫っすけど、犬飼先輩と加古さんって知り合いだったんすか?」

 

「顔合わせはしてるわ。私と犬飼くんのとこの隊長と知り合いだからそのつながりでね」

 

 犬飼は知り合いの加古を呼んだらしい。そしてそれについて来た黒江も一緒に参加、という流れだ。

 

「ほら辻ちゃん、いつまでもそんなとこいないでこっち来なって」

 

 そう言って犬飼は振り返る。しかしそこにはブースのソファしかない。

 と思っていたらそこからひょいと顔が出てきた。軽いアシメントリーな黒髪の辻ちゃんと呼ばれたその男は犬飼に弱々しく反論する。

 

「いや……だって犬飼先輩。チーム戦やるって言うから参加したのに。加古さんたちを誘うだなんて聞いてないですよ」

 

「いい機会じゃないか。ここでその女性に対する苦手意識を克服しようよ」

 

「…………無理です」

 

 そう言って再び辻は顔を引っ込めた。たしかに犬飼の言う通り辻は顔を出してから1度も加古と黒江の方を向いていない。本当に女性が苦手なようだ。

 

「これで何人だろ。1、2、3……8人か。あと1人だね」

 

「アタッカーならバランスよくなりますね」

 

 今集まっているのは全部で8人。そのうちアタッカーが5人でシューターとガンナーが合わせて3人なので、あとアタッカーが1人いればバランスの良い3人チームが3つできる。この調子なら三つ巴のチーム戦ができそうだ。

 問題は誰を呼ぶか、である。

 

「そうね、なら知り合いのアタッカーに声をかけてみるわ」

 

 そう言って携帯を取り出した加古は電話をかけるために席を外す。果たして、加古の知り合いとは一体誰のことだろうか。

 それぞれ待っている間会話を楽しみつつも、その場にいる全員が加古の動向に注目している。

 

 

 しばらくして電話を終えた加古が戻ってきた。代表して米屋が加古に問いかける。

 

「どうでした?加古さん」

 

「ばっちりよ。これから来るって」

 

 加古が読んだのは一体誰か。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「よう。面白いことやるって言われてな。よろしく頼むわ」

 

「「「た、太刀川さん!?」」」

 

「これは…………なかなかの大物だね」

 

 少し経って、来たのはアタッカー1位の太刀川だった。まさかの大物に騒然とする一同。どうやら加古が呼んだのは太刀川だったらしい。

 

「へぇ、出水もいたのか。……お!近野じゃん!前は戦えなかったから楽しみだぜ」

 

 集まったメンツを見て、太刀川がさらに興奮していく。

 

「それじゃあ、チーム分けをしましょう?」

 

 皆が太刀川の登場に衝撃が抜けない中、呼んだ張本人の加古がチーム分けを促す。

 加古の声にみんなはようやく落ち着きを取り戻した。

 

「チーム分けはどうします?」

 

「適当でいいんじゃないかな?アタッカーとその他だけ分けてやればバランス良くなるし」

 

 犬飼は遊びも兼ねているのだからどうせなら普段とは違った感じにしようと提案する。反対意見が出なかったので、くじを使ってチーム分けを始めた。

 

 

 

「お前らとチームか、よろしく頼むぜ」

「初めまして、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、近野くん」

 

 

Aチーム

出水公平(L)

近野柊

辻新之助

 

 

 

「緑川くんに黒江ちゃんよろしくー」

「よろしく!」

「よろしくお願いします」

 

 

Bチーム

犬飼澄晴(L)

緑川駿

黒江双葉

 

 

 

「2人ともやる気満々ね」

「マジでやったらその分マジで返してくれるからな」

「楽しみでしょうがないっす!」

 

 

Cチーム

加古望(L)

太刀川慶

米屋陽介

 

 

 これで近距離2人と中距離1人の編成のチームが3つ出来上がった。面子だけ見ればCチームが頭1つ抜けてそうだが、コンビネーションのことを考えると幼馴染が揃ったBチームも侮れない。名アシストとして知られている出水と辻のいるAチームも組んで戦えばかなりいい感じだろう。

 個人の強さだけでは、チーム戦の勝敗は決まらない。

 

「それじゃ、軽い作戦会議とかも含めて15分後にスタートってことで」

 

 犬飼の指示に全員了承し、それぞれチームごとにブースの中に入る。

 

 

「お前ら、俺がリーダーで本当にいいのな?」

 

「俺はチーム戦の動き方とか全然わからないのでできません」

 

「俺も……か、加古さんとかに当たったら何もできなくなる。出水の方が良いと思う」

 

 柊も辻もリーダーを務めるには不安要素があまりにも大きかった。本人たちもそれを自覚しているため、出水にAチームのリーダーを託す。

 

「了解。じゃあ柊と辻は自己紹介してくれ」

 

 出水リーダーは2人に自己紹介を促す。お互いに今日が初対面だからだ。

 

「改めて俺は近野柊と言います。アタッカーです。よろしくお願いします」

 

「アタッカー4位の近野くんだよね。噂は聞いているよ。俺は辻新之助。よろしく」

 

 自己紹介を済ませたのを見て、出水が作戦を伝える。と言っても即席チームなので簡単なものだが。

 

「今回は柊をメインにして俺と辻で援護する方針で行こうと思う」

 

「俺がメインですか?チーム戦の経験もないのに」

 

「だからこそだ。チーム戦の経験がないからこそ攻撃に専念してもらう。少しくらいは連携を頼む場面はあるだろうけどな。それに、アタッカー4位の攻撃力を活かさないなんてもったいないだろ」

 

 手元のカードは少ないが、柊がいるため攻撃力に関しては問題ないだろうと考えた出水。足らない部分は辻と協力して埋めていけば良い。出水も辻もそういう役割を担うことが多いため、ある程度はチームとして機能させることができるだろう。

 

「細かいところを詰めていくぞ。まずは……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「へぇー。緑川くんと黒江ちゃんは幼馴染なのか。所属は違うみたいだけど連携できるかんじ?」

 

 一方犬飼が率いるBチームは、緑川と黒江が幼馴染であることに注目した。連携を取ることができればその分他より優位に立ちやすくなるからだ。

 

「どうだろー。入ってから双葉と共闘とかしたことないし」

 

「けどソロランク戦で戦った時のことから考えると、ある程度はできると思わない?」

 

「たしかに。全く知らない人とやるよりは上手くやる自信があるね」

 

 緑川と黒江は勝負した時のことを思い出した。その時は協力ではなく対決だったが、ある程度お互いの癖を把握していたこともあって互いに決定打を与えることができずに、勝負が長引いたりしたこともあった。

 

 その話を聞いて、犬飼は緑川と黒江の2人の連携を軸に作戦を立てることを決める。

 

「よーし。じゃあ軽く作戦立てるよ」

 

 即席のチームで連携を取れるということは大きな強みとなる。そこで有利になれるよう、Bチームは打ち合わせを始めた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 加古・太刀川・米屋のCチームは、他のチームとは少し様子が違っていた。

 

「じゃあ始まったら俺は1番近いやつのとこに突っ込めば良いのか?」

 

「だってあなた私の指示にいちいち従わないでしょう?」

 

「それもそうだな」

 

「いいんすか?そんな適当で」

 

 他のチームと違って具体的な作戦を立てていない。リーダーの加古が太刀川に指示したのは開始直後の単純な動きだけ。もっと作戦を練るべきではないのかという米屋の疑問に、加古は確信を持って答えた。

 

「こっちの方が良いわ。太刀川くんは細かい指示で縛るより自由にやらせた方が活きるもの」

 

 今回の場合、太刀川はチームで連携するよりも単騎での崩し役の方が適任だと加古は考えたのだ。

 

「それに今回はオペレーターもいないもの。あまり細かい指示は出せないわ」

 

 今回のチーム戦はブースのチーム戦モードを使うため、どのチームもオペレーターがついていない。そのためいつもとは勝手が違ってくるのだ。

 ちなみに太刀川はもう話を聞いていなかったりする。ワクワクしてチームランク戦の開始を今か今かと待っている。

 

 子供か。

 

『15分経ちましたー。マップは市街地Aでどのチームもオペレーター無し、いつも通りポイント制です。準備いいですか?』

 

『いつでも良いっすよー』

 

「こっちも良いわよ」

 

 犬飼から通信が入り、諸注意などが改めて伝えられる。犬飼の最終確認に出水と加古がいつでも大丈夫だと応える。

 

 程なくして、3チーム9人が1つの仮想空間に転送された。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 転送が完了する。

 レーダーで位置を確認すると、柊の位置は北の端にあった。マーカーの数を数えると自分のを含めて4つしかない。バッグワームでレーダーを避けている人がいるようだ。

 

 そこまで考えが及んで、柊の元に出水から通信が入った。

 

『柊、お前どのへんにいる』

 

「映ってるマーカーの1番北です。出水先輩は?」

 

『俺はその1つ東だけど辻が1番南東にいて遠い。2人ともお互いの位置を目指して最短で合流してくれ。俺もそこで落ち合う。柊はバッグワーム使って間にいるやつうまいこと避けてこい』

 

『辻了解』

 

「了解です」

 

 出水からの通信でお互いの位置が判明する。この後の行動も示してくれたおかげで出遅れることはなさそうだ。指示の通りに動くためバッグワームを着ようとしてーーすぐにそれは無理だと気づいた。

 

「すいません出水先輩。捕まりました」

 

『マジか早いな、相手は?』

 

 レーダーを見ると柊のすぐ南に転送された誰かがまっすぐ柊を目指していた。このままだとあと数秒でぶつかるだろう。

 柊が身を寄せていた塀と道路を挟んだ向かい側の屋根の上に、それは降り立った。

 

「ラッキーだな。まさか1番近いのが近野だったとは」

 

 逆光で柊からは顔がはっきり見えない。けれどもその声は聞き間違えようもなかった。ロングコートを着て両腰に孤月を差しているその男は、

 

「太刀川さんです」

 

「戦おうぜ」

 

 ソロ最強の男、太刀川慶だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方でマップの西側。Bチームが全員で集合できたものの、米屋と加古に挟まれる形になってしまった。

 

 加古としては、太刀川には自由に動いてもらうが、流石に1人でチームに突っ込んで100%勝てるというほど楽観視しているわけではない。B級下位なら可能でも今回のメンバーではそれは難しいだろう。だからチームと合流する前に叩くよう加古は太刀川に指示した。

 そしてそれを援護出来るように米屋と加古は最短で合流を目指した。その時ちょうど間の位置に全員バッグワームを着て合流しようとしていたBチームを挟む形になったのだ。

 

「さて、この挟まれてる形をどうにかしたいね。数では勝ってるんだ。距離が開いている今のうちに俺が加古さんを抑える。だから」

 

「こっちは駿と2人で米屋先輩を、ですね」

 

「おっけー任せてよ」

 

 犬飼の意図を理解して黒江が食い気味に言葉をつなぐ。緑川も異議なしで素直に従った。

 

「優秀だね!」

 

 会話の終了を合図に2人が飛び出す。残った犬飼も加古の迎撃のためにアステロイドの弾丸を撃ち出した。

 

「おっ!2人ともか!」

 

 接近してくる緑川と黒江を視界に捉えた米屋は、槍を構えて2人を迎え撃った。

 

「グラスホッパー!」

 

 緑川がグラスホッパーを使って先行。角度をつけて米屋に斬りかかった。

 しかしそれは囮、本命の黒江が米屋の背後から攻める。それに気づいた米屋は緑川を弾いた後、槍の柄の部分を器用に使って黒江の攻撃を受け止めた。

 

 ステップを入れて下がり2人が視界に入る位置に移動した米屋。

 

 

 それから何度か攻め込んだ緑川と黒江。しかし米屋が上手く立ち回るため、2人がかりでも米屋に決定打を与えることができないでいた。

 

「ダメ、米屋先輩上手い。駿と挟み撃ちができないし、どうする?」

 

 米屋が2人に挟まれないよう常に位置を取っているため、2人は連携が満足にとれていないのだ。

 

「犬飼先輩そっちはどう?」

 

 緑川は通信を通して犬飼の方の様子を尋ねる。帰ってきた返事は、こちらと同じように旗色が悪かった。

 

『ダメだねー。加古さん上手いから少しずつ押されてるよ』

 

 加古はハウンドとアステロイドを駆使して犬飼を攻撃している。射程でのボーナスはガンナーの方にあるが、シューターの売りである自由度を活かして加古は犬飼を押しやっていた。

 

『このままやっても削られるだけかもね。東の戦場に行こう。そこを巻き込んで点を獲る』

 

「なるほど」

 

 レーダーで周りの様子を確認していた犬飼は、このままここで戦っても得はないと判断。東側の戦闘に乱入すればまだマシだろうと思い、犬飼は移動することを判断した。

 

『よし、行くよ』

 

「「了解」」

 

 じわじわと下がりつつ、Bチームの3人は東側の戦場へ向かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 東側の戦場では、柊が太刀川の猛攻に晒されていた。出水と、遅れて合流した辻のサポートのおかげで落ちてはいないものの、あまり良い状況ではない。

 

「旋空孤月!」

 

 下がった太刀川が旋空を起動して一歩前に出ていた辻を狙う。体制を崩された辻に追撃をかけて、弾き飛ばす。これによって今、柊たちの太刀川迎撃体制が崩された。

 決定的に崩されないように柊が斬りかかって戦線を維持しようとするも、太刀川は左手に持つもう一本の孤月でガードする。

 

『柊!』

 

 出水からの警告が響いた途端、柊は太刀川が身を引いたことでバランスを崩した。その隙に飛び込んできた人物に、柊は腹から肩にかけて大きく斬られ、右腕を肩から落とされた。

 

「こんのん先輩の腕一本いただき!」

 

 その人物は、緑川だった。

 

 

 

 




ーーーーーーーーーー転送位置

             近野
 米屋                 出水(b)

        犬飼(b)
                 太刀川
      
    黒江(b)

            加古(b)
緑川(b)                  辻


ーーーーーーーーーー※bはバッグワームを着た人

本格的なチーム戦は次回です。すいません。

次は割とすぐに投稿できると思います。

リアル感?を出したかったのでチーム分けと転送位置は全部あみだで決めました。これが吉と出るか凶と出るかはわかりませんが……。


何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に誤字報告、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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第11話

 

 

 

 

「こんのん先輩の腕一本、いただき!」

 

 柊の腕を斬ったのは、グラスホッパーの加速を活かして飛び込んだ緑川だった。戦場を東に移してきたBチーム。そこで緑川が先行して攻撃したのだ。

 

『悪りぃ柊。知らせんのが遅れた』

 

「いえ、俺も周りが見えていませんでした」

 

 緑川がここに来たということは、他のメンバーもここにいる可能性が高いということ。

 そこまで柊が考えた時、柊の背後から黒江が飛び出した。ソロランク戦では目の前の人物にのみ集中するため、集団戦が不慣れな柊はまたも反応が一歩遅れる。

 

 しかし黒江の攻撃は、復帰した辻の手によって止められる。辻としても即席とはいえ、チームメイトがやられるのをただ見ているわけにはいかなかった。

 

 そしてもう1人の柊のチームメイトも、このまま黙って見てるわけがなかった。

 

『アステロイド!』

 

 出水がフルアタックで太刀川や緑川たちを狙う。そのあまりの弾幕の多さに、全員が距離をとる。その隙に柊と辻も下がって距離をとった。

 柊は傷口を手で押さえてトリオンの漏出を抑えようとするも、すぐには止められず、かなりの量のトリオンが漏れてしまう。

 

「揃っちまったけど、この方が周りを巻き込めそうだな」

 

 犬飼や加古たちも追いつき、BチームとCチームも味方と完全に合流した。相手の体制が完全に整うまでに太刀川を仕留めたかった出水だったが、その太刀川がいつも以上に構ってくる以上周りをうまく利用した方が楽そうだと判断する。

 チーム戦初参加の柊にはこの乱戦は少しきついだろうが、そこは出水がフォローするつもりのようだ。

 

「三つ巴の状態か。だがまずは、手負いの近野からだろ!」

 

 太刀川が柊に突撃してくる。利き腕が使えない柊には勝ち目がないだろう。

 だがそれも一対一での話だ。

 

「!!」

 

 太刀川を狙って旋空孤月が振り降ろされる。辻の攻撃によって太刀川は一瞬足を止めた。

 

「ナイスだ辻!」

 

 ハウンド!

 

 辻を労った出水はすぐさま細かく分割したハウンドで太刀川に追い打ちをかける。堪らず太刀川も1度下がり、旋空で一掃する。

 

 それを隙と捉えた緑川が出水に向かって飛び込んだ。

 しかし柊も助けられっぱなしは容認できない。緑川に対して妨害シールドを張り、避けて浮き上がったところを攻撃する。

 

 しかし緑川はもうその手に慣れている。シールドを躱してすぐ旋空も難なく躱し着地する。

 その隙を狙って緑川に突撃しようとする素振りを見せた米屋だったが、それは犬飼の威嚇射撃で断念させられた。

 状況は膠着状態に陥っていた。どこかが深く攻め込まれない以上、それは崩れないだろう。

 

「太刀川くん。狙いは変えない?」

 

「もちろん。これからだぜ」

 

 やはり太刀川は一貫してAチームを狙うようだ。定石通り、堕としやすいところから倒すつもりらしい。

 

「わかったわ。出水くんは私が止めるから、そのうちに2人とも獲りなさい。いい?」

 

「おう」

 

「じゃあ俺は緑川たちの方だな。俺の獲物だ、ってやつで」

 

 方針を決めたCチームが行動に移る。太刀川は柊と辻、米屋は緑川と黒江に向かって駆ける。

 加古はその後ろから出水に仕掛けるようだ。

 

「アステロイド」

「アステロイド」

 

 出水と加古が同時にアステロイドを繰り出す。威力や弾数に多少の違いはあるものの、2人の弾丸はほぼ全て相殺された。

 出水はもう1度トリオンキューブを構える。しかし今度は2つだ。

 

「アステロイド!」

 

 出水が加古に対して取れるアドバンテージを活かしてフルアタックで攻撃する。加古もいくらか撃ち落とすものの、やはり数が足らなかった。

 正面から撃ち合うのは困難だと判断した加古は、素直に下がって建物を使い射線を切る。

 

 加古がレーダーから消えたわけじゃない。場所が割れている以上、注意を払っていれば今なら奇襲されても反応できるだろう。ならば獲れるポイントを取りに行く。今一番浮いているのは援護のために1人孤立している犬飼だ。

 

 バイパー+メテオラ

 

「トマホーク!」

 

 バイパーとメテオラを掛け合わせた合成弾が、横から角度をつけて犬飼を狙う。その威力は犬飼のフルガードを大きく削るほどだった。致命傷は避けているものの、犬飼はダメージを負ってしまった。

 

 もう一度出水が角度をつけて撃ち込もうとして、その前に犬飼が動いた。

 突撃銃の銃口が出水を向く。アステロイドの弾が撃ち出され、出水を蜂の巣にしようと迫った。

 

「アステロイド!」

 

 それを出水はメインのアステロイドで相殺する。続けてサブのバイパーを起動。細かく分割したそれは、不規則な動きをもって犬飼を追い詰めていく。

 

「まだだ!」

 

 再び銃口を出水に向けて発砲するが、それは建物の影に隠れることで防がれた。やはり直線にしか動かないアステロイドではハウンドやバイパーを持っている出水相手に不利だった。

 

「ハウンド!」

 

 だから犬飼はサブのハウンドにかける。弾幕を張って相手の視界を制限している間に、ハウンドを高く撃ち上げた。

 しかしその瞬間、犬飼は盾にしていた建物ごと撃ち抜かれた。その正体は、貫通力の高いギムレットだ。視界から消えている間に合成弾を用意していたらしい。

 

 トリオンの漏出が激しい。ここで犬飼はベイルアウトしてしまうだろう。だが彼はまだあと一手残している。

 

 行けっ!

 

 高く弧を描いた犬飼のハウンドは、出水の頭上に弾丸の雨となって降り注いだ。犬飼の出方と加古の居場所の2つに意識を割いていた出水は反応に遅れ、即ベイルアウトとはいかなくても、腕や足にかなりのダメージを受けてしまった。

 

「取り敢えず、最低限の仕事はしたかな」

 

 そう言い残して犬飼の戦闘体は崩壊し、緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

 そう、仕事は果たした。点を獲れずに落とされたものの、今の攻防は無駄ではない。犬飼は一瞬の隙をついて出水を手傷を負わせた。そこからフィニッシュに持っていくのは、ーーチームメイトである緑川の仕事だ。

 

 飛びかかってくる緑川にギリギリで反応できた出水はシールドで防御する。そこからすぐに弾丸を放って反撃するも、既に緑川は離脱していた。

 

「速えなクソ」

 

 初めて緑川のグラスホッパーによる機動力を目の当たりにして、出水はそう溢す。

 

 同じチームの太刀川もグラスホッパーを使うが、遠くの的に攻撃を届かせるために使うくらいなので、使用頻度はかなり少ない。しかし緑川はこちらを撹乱するために、連続で使い続けている。彼は飛び回ることでこちらの死角に入り込もうとしていた。小柄というのも、より素早く見える要因になっているだろう。

 

 柊と辻が太刀川を相手にしている以上、援護は期待できない。なんとか距離をとるか、または緑川が動きにくい場所に移動したい出水だが、犬飼の最後の攻撃で削られた足では満足に移動できず、その場で応戦するしかなかった。しかし、あまりの緑川のスピードに、だんだんと出水の防御が間に合わなくなっていき、ついに、緑川の刃が出水に届いた。

 

「やるじゃねえか」

 

 その一撃が決め手となり、出水も緊急脱出(ベイルアウト)する。それを見送った緑川はすぐにグラスホッパーで跳んで元いた戦場に戻った。犬飼の指示を受けて加勢に来たために、米屋の相手を黒江が1人で受け持っているからだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 黒江の相手をしていた米屋は、彼女の戦い方に軽い既視感を覚えていた。立ち回りや攻め方、それらが誰かに似ていると感じていたのだ。十合二十合と撃ち合っているうちに、やがて米屋はその理由に気がついた。

 

 なるほど、柊の動きに似てるわけね……。

 

 それは黒江が柊と戦い柊から盗んだ技術。見よう見まねではあるものの、米屋に似ていると感じさせるほどの動きに至っていた。それは偏に、黒江の才能と努力によるものに他ならない。

 

 しかしそれでも所詮は付け焼き刃。何度も何度も柊と戦ってきた米屋は、それの崩し方を十分に理解している。斬り合う中で、米屋は虎視眈々とその時を待った。

 

 そして訪れたチャンス。米屋は槍を引き絞り、一気に突き出した。

 

 幻踊孤月!

 

 その一撃を黒江は辛うじて避けたものの、幻踊孤月によるトリオン操作で黒江の首を浅くではあるが斬り裂く。避けたはずの首からがんがんトリオンが漏れ出していく事実に、黒江は思わず動きを止めてしまった。その一瞬で仕留めようと、米屋はもう1度槍を引き絞る。

 

「させない、よ!」

 

 トドメを刺そうとした米屋めがけて、戻ってきた緑川が背後から斬りかかる。離脱した緑川が戻ってくる可能性を十分に考えていた米屋は、それに難なく反応して攻撃を防いだ。

 

「あらら、揃っちまったか」

 

「遅い」

 

「ごめんて」

 

 戻ってきた緑川に黒江が軽く文句を言う。予定より出水に粘られてしまったために、緑川の到着が遅れてしまったのだ。

 揃った2人は再び米屋に対して強みである連携で攻めていく。

 

 しかし米屋も簡単にはその形を作らせてやらない。槍のリーチを活かして陣形の外から攻撃をしていく。

 リーチで有利を取られている2人はじわじわと削られてしまっていた。

 

「グラスホッパー!」

 

 流れを変えるために緑川がグラスホッパーで強引に迫った。高速で米屋の周りを跳び回る。

 

 乱反射(ピンボール)

 

 柊と戦い続けるうちに考えついた攻撃方法。まだ完全に慣れていないため角度が鈍いが、初見の米屋に対しては十分に効果を発揮した。

 至近距離で跳び回る緑川に米屋は反応しきれない。しかしだからといって対処法がないわけでもなかった。

 

「旋空孤月!」

 

 刃が伸びる槍を器用に振り回して緑川を追い払う。高速で跳び回っていた緑川にピンポイントで合わせて手傷を負わせていく。米屋の方が彼より一枚上手だったようだ。

 しかしこれはチーム戦。この場には、緑川の味方がいる。

 

「韋駄天!」

 

 米屋の注意を引き付けた時点で、緑川の仕事は達成されていた。米屋の注意が逸れたその瞬間、黒江の姿が霞むほどの速度で移動。高速の斬撃をもって米屋を斬り裂いた。

 

 つい今朝に完成した韋駄天。まだ直線的な動きしかできないが、そのスピードはグラスホッパーにも匹敵する。いや、それ以上か。温存していたカード(切り札)を、黒江はここで切った。

 

「揃いも揃って、速えな」

 

 反応できなかった米屋は致命傷を受け、緊急脱出(ベイルアウト)する。それを見送って一息つこうとした黒江を、飛来したハウンドの雨が撃ち抜いた。

 

「ダメよ双葉。気を抜いちゃ」

 

「加古さ、ん」

 

 それはチャンスを伺っていた加古のハウンド。米屋から受けた損傷と合わせて黒江も緊急脱出(ベイルアウト)する。

 

 加古に気づいた緑川が戦闘態勢に入るも、通信越しに犬飼がそれを止めた。

 

『今ここで加古さんとやりやっても意味ないよ緑川くん』

 

「犬飼先輩……!」

 

『手負いで不利な状態ならなおさらだ。ここは一旦引いて、チャンスを待ったほうがいい』

 

「……わかった。そうするよ」

 

 犬飼の説得を受けて緑川は離脱した。

 

「あら?構わず来ると思ったのだけれど、犬飼くんの指示かしらね」

 

 緑川の性格から飛び込んでくると予想していた加古は、素直に下がった緑川に驚き、犬飼の助言の可能性を考えた。加古としては今戦った方が楽だっただけに少し残念がる。けれどもまだまだ機会はあるだろう。

 加古も建物の陰に消えていった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 柊・辻vs太刀川は、柊が片手を失っていることと、出水からの援護がなくなってしまったために劣勢に立たされていた。まだ倒されていないのは、辻のサポート能力の高さのおかげだった。

 今の状態の柊が一対一で太刀川と対峙したら、1分も持たないだろう。そんな状態の柊だが、辻が絶妙なタイミングでサポートしてくれるおかげで生き残れていた。太刀川も、辻のせいでいまいち攻め切れていない。

 

 なので太刀川は、いつでも倒せる柊を後回しにして辻から優先して倒すことに決める。その後孤立した近野を倒せばいいという判断だ。

 方針を決めるや否や、二刀の連撃を全て辻に叩き込んでいく。片腕の柊は先ほどの辻のように上手くサポートができず、一気に押され始めた。

 ここから挽回できるのか。

 そんな不安が頭をよぎったその時、共に戦う辻から通信が入る。それは太刀川を倒すための提案で、しかしそれには相当のリスクがあった。柊も辻も、失敗したら終わりだろう。

 

『わかりました、やりましょう』

 

 しかしこのままでは、劣勢の状況を崩すことができずにやられるだろう。なら一か八か、その作戦にかけるしかない。柊は辻の作戦に乗ることを決意した。

 

 配置を変えて、柊と辻が太刀川を挟むようにして位置をとる。そして同時に攻撃を仕掛けた。

 

「お、なんか企んでるな?」

 

 しかし太刀川は冷静に対処していく。両手の孤月を巧みに使って、2人の攻撃を次々に落としていった。

 

「ハウンド!」

 

 2人がかりで同時に攻めることで攻勢に出ようとした柊と辻。しかし太刀川が冷静に防いで反撃してくるため、抵抗も虚しく辻が押し返され始めた。そしてその瞬間、柊が動いた。

 射撃トリガーを使って太刀川に面での攻撃を仕掛ける。太刀川は余裕を持ってグラスホッパーで飛び上がって回避するも、そのトリガーの正体はハウンドだ。相手を追尾するハウンドが、飛び上がった太刀川を追いかける。

 

「旋空孤月!」

 

 十分に距離をとった太刀川が両手の孤月でハウンドを全てぶった斬った。叩っ斬られたハウンドの残りカスの煌めく中をーー旋空の刃が通過して太刀川の左肩を深く斬り裂く。傷口からトリオンが漏れ出していく。

 

 斬撃を放ったのは辻。太刀川の一瞬の隙をうまくつくことができたため、やっとまともなダメージを入れることに成功した。そしてこのチャンスを逃さないよう、柊がアステロイドでさらに追撃する。

 地上に降りることでそれを躱した太刀川は、弾丸を飛ばしてくる柊を堕とそうとする。柊に迫る太刀川の元へ、横から辻が旋空孤月を振り下ろす。しかし太刀川はそれを待っていた。

 

 一歩引くことで余裕を持って躱し、逆に辻に旋空を叩き込む。供給機関が破壊された辻は光の柱となり緊急脱出(ベイルアウト)してしまった。

 再び柊からのアステロイドが太刀川に迫る。太刀川は最低限の防御をシールドに任せ、奥でトリオンキューブを構えているであろう柊もろともに斬ろうとする。しかし振り切ったその一振りに、手応えはなかった。

 

 そこには抉れた地面のみ。ベイルアウトの光もなかった。ならば一体どこへ。

 その時、辻に潰されて使えない左腕の方から旋空の刃が迫る。反応した太刀川だったがあと一瞬間に合わず、柊の攻撃が彼に届いた。

 

「なるほど、置き弾か。出水の指示か?」

 

 その言葉を残して、太刀川は緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

 辻からの作戦はとても単純。どちらかが作った隙をもう片方が狙う、というだけ。

 ただ攻めるだけでは太刀川は崩せない。それは辻もよく理解していた。だからここで太刀川を墜とすべく、トリオンの温存を度外視した特攻を提案した。たしかにそうでもしなければ倒せないだろうと、柊もそれに乗った。

 通信でそれを聞いていた出水は、柊がセットしていた射撃トリガーに目をつけ、それを使った置き弾を作戦に組み込むことを提案したのだ。

 

 辻が隙を作り出し。

 出水の提案が最後のピースを埋めて。

 それら全てを駆使して柊がフィニッシュを決めた。

 

 どれか1つ欠けていたら、この勝ちはなかっただろう。

 柊・辻・出水vs太刀川の戦いは、3人の力を合わせた柊たちの勝ちで終結した。

 

「……くそっ」

 

 しかし代償は大きかった。特攻した分戦闘体に細かい傷が増え、さらにトリオンが漏れ出していく。加えて射撃トリガーをトリオンの温存を考えずに出せる最大火力で放ったため、柊のトリオンはもう残りわずかになっていた。柊の戦闘体にヒビが入り始める。

 

「こんのん先輩、まだやれる?」

 

 柊がもたれかかる民家と反対の屋根に姿を現した緑川。しかしもう柊は戦えない。戦闘体のヒビがさらに大きくなっていく。トリオンが漏れ出す傷を抑えても、トリオンの漏出を止められないのだ。

 

「悪いな。もうトリオンがない」

 

『戦闘体活動限界、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 アナウンスが機会的に柊の終わりを告げ、光の柱となって柊が脱落した。太刀川が与えたダメージより、緑川が腕を切り落としたダメージの方がトリオンの漏出量が多かったため、Bチームの点となる。

 

 柊を見送った緑川。次の瞬間、緑川の元にハウンドの雨が降り注いだ。戦局を見ていた加古が緑川を仕留めにかかったからだ。

 

 角から姿を現した加古が再びハウンドを放つ。遠距離の攻撃手段を持たない緑川は距離を詰めるしかない。グラスホッパーを踏んで最速で近づいていく。ハウンドが描く円形の軌道の内側を縫うように進み、間合いまであと数メートルとなったところで緑川はスコーピオンを構えた。これで決める!と緑川がスコーピオンを振り下ろそうとした瞬間、緑川が首を斬られた。

 

「!?」

 

「ごめんなさい。私スコーピオンも使えるのよ」

 

 ハウンドで()()()から、ゼロ距離でスコーピオンを使い仕留める。緑川の戦闘体が崩壊して緊急脱出(ベイルアウト)。Cチームの勝利で、混成チーム戦は幕を閉じた。

 

 

  得点  生存点  合計

A  2        2

B  3        3

C  2    2   4

 

 

 

 

 

 




オペレーターなしのルールのせいで客観的な視点の描写が入れらませんでした。戦闘の様子などが伝わりにくくないか大変不安です。



何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に誤字報告、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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第12話

 

 

 

 

 

 上層部から任された仕事を終わらせた東春秋は、夕食をとろうとラウンジにやってきていた。券売機で食券を買い、出来上がった料理を手に席を探していた彼は、そこで見覚えのある後ろ姿を見つける。

 そしてその後ろ姿に、東は見覚えがあった。彼はもしや、と思い近づいた。

 

 その姿が大きくなるにつれて、東はその人物が誰なのか確信を得る。どうやらその人物は手元のタブレット端末に集中しているらしかった。

 側まで行って、東はその男に声をかけた。

 

「珍しいな、近野がここにいるのは」

 

「……!こんにちは東さん」

 

 東が見た見覚えのある人物は、柊の事だった。東からの呼びかけに、柊はようやく東がすぐ隣までやって来ていたことに気づく。

 

「久しぶりだな、こうして会うのは。最近の調子はどうだ?」

 

 柊と東は面識があった。東が2、3ヶ月ほど前に、柊にレクチャーをしたことがあったからだ。

 当時、まだ一匹オオカミ状態だった柊はランク戦に明け暮れていた。そしてその時の柊の戦いを、東は偶然ブースの大型モニターで見たことがあった。

 しかしその時の彼の戦い方は我流故の荒さが目立ち、立ち回りに無駄が多かった。それによって動きが読みやすく、柊が持つ孤月を相手に当てることが出来ずに負けが続いてしまっていたのだ。彼のその動きに、東は素直に惜しいと感じた。

 

 だから柊がブースから出てくるタイミングを狙って東は声をかけた。初めはアドバイスを断った柊だったが、次第に東の巧みな話術に耳を傾けていった。

 

「少し前までは不調でしたけど、最近はいい感じです」

 

「そうか。それは良かった」

 

 最初はよくわからないロン毛の人としか思わなかったが、物は試しとアドバイス通りに戦ってみた柊。すると今まで以上に攻撃が通るようになった。その時の東からのアドバイスによって柊は、低迷していた勝率を劇的に向上させたのだ。そこで柊は、東の凄さを身をもって理解することとなった。

 だから柊はその時からずっと東を尊敬している。

 

「昨日、チーム戦をやったんです」

 

「チーム戦?経験あったのか?」

 

「いえ、昨日が初めてです」

 

 柊は昨日米屋や出水たちとチーム戦をやったことを東に話す。

 今まで東が知っていた柊は、いつもソロランク戦をしていた。そんな様子を知っていただけに、東は柊にチーム戦の経験があるのかと疑問に思う。柊に尋ねたところ、やはり東の思った通り彼はチーム戦の経験が無かった。

 

「俺、ほとんど何もできなかったんです。2人の援護を受けて指示通りに動いただけ。周りも全然見えてませんでしたし、自分はまだまだだって気付かされました」

 

 今回のチーム戦は柊にとって貴重な経験となった。これまで彼は、一対一の戦いしかしていなかった。トリオン兵も高度な連携を組んでいたわけではなかったので、1人でボーダーの活動に支障を出したこともなかった。

 

 しかし今回のチーム戦は、個々の強さも連携もそれとは段違いだった。常に一対一の環境に身を置いていた柊にとって、周りに気を配り続ける必要のあるチーム戦はかなり大変だった。

 

「そうか。チーム戦で得るものがあったんだな。ところで、タブレット端末を使って何をしていたんだ?」

 

 柊の心境の変化を感じて、ソロの彼を案じていた東は安堵する。

 

 そしてついに東が尋ねた。タブレット端末を使ってログを観ていたのかと思いきや、実はそれは全く違う画面を開いていたのだ。タブレット端末を使う=ログを観ている、と思っていた東は柊が何をしているのかずっと気になっていた。

 

「ログを観ようと思ったんですけど、使い方がわからなくて」

 

「設定画面からではログは観れないぞ?」

 

「……やっぱり?実は操作方法が全然分からなかったんです」

 

「…………機械に弱かったんだな」

 

 なんか覚えがある反応だなぁ。

 なんてことを思いながら、柊は東にログを観れるようにしてもらうのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 東にタブレット端末を操作してもらって、ログを観れるようにした。ついでに東にも一緒に観てもらった。

 

「確かにチーム戦に不慣れな分、動きは硬いな。じゃあ近野はどこの部分に自分の足らないものがあると感じたんだ?」

 

 東はログを最後まで観てから柊に尋ねた。

 

「1番は立ち回り、ですね。大体は太刀川さんの相手でしたけど、緑川が乱入してきた時なんかは全然反応できませんでした」

 

 柊は悪かった点として自身の立ち回りを挙げた。常に一対一の環境に身を置いていた彼は、目の前で対峙している人物にしか注意を払うことができなかった。緑川の奇襲を食らってしまったのはこれが原因である。

 

「逆に凄いと思ったのは辻先輩の動きです。ソロだと太刀川さんに惨敗してしまう俺が、辻先輩のおかげで二対一とは言え勝つことができました。先輩と一緒だととても戦いやすかったんです」

 

「なるほど。確かに二体一という状況もあったが、それ以上に大きいのは辻くんの援護のおかげだな」

 

「やっぱりそうですか?」

 

 柊の回答に東も同意する。

 

「ああ。辻くんは味方を援護するのが上手い。中盤の戦い方からも、片腕の近野が堕とされないために太刀川が深く踏み込めないように食い止めている」

 

 東は辻の戦い方を高く評価した。

 味方を援護するための戦い方。それは、柊にとって今最も足りていない部分である。

 

 辻の提案した作戦も、あの時柊は思いつかなかった。常にソロで攻撃重視のスタイルだったため、"周りと連携して"や"役割分担"などの発想は出てこなかったからだ。

 柊は一対一での戦いなら全体の勝率は高いが、それだけで常に勝てるわけではない。特に皆の本職であるチームでの戦いになれば、なす術なく敗北するだろう。

 

「チーム……か」

 

 そして柊の思考はチームのことについて移っていく。防衛任務はチームとして動いているし、向こうも複数でやって来るため常に一対一とは限らない。今初めて思ったが、本当に必要なのは周りのために動ける強さかもしれない。辻や出水のような。

 

「近野は、チームを組まないのか?」

 

 そしてついに東が柊にチームを組むのかを尋ねた。入隊から約1年経った今でも、柊は1度もチームを組んでいなかったからだ。東は以前に知り合った時から柊をそれなりに気にかけていたので、初めて柊の口からチームという言葉を聞いて、柊がチームを組む気になったのかと思ったのだ。

 しかしそんな東の期待とは裏腹に、やはり柊は首を縦に振らなかった。

 

「いえ、チームは組みません」

 

「それはまたどうしてだ?連携の重要度を理解したんだろ?」

 

「もちろん理解しています。けど、今までの態度のせいで周りからあまりいい印象は持たれていないようですし、呼びかけても集まるとは思えません」

 

 今までランク戦に入り浸っていたことやチームとして連携を取ることを拒み続けていた態度が影響して、自分のチームに入りたいなどと言う物好きは現れないだろうと柊は語る。

 

 それに、と柊はさらに言葉を続けた。

 

「チームを組むにはオペレーターが絶対に必要です。俺みたいな変わり者をオペレートしたいなんて人、絶対に現れません」

 

 柊には、確信に近いものがあった。指示を聞かないと言うオペレーター泣かせだった自分とチームを組んでくれるオペレーターなんて絶対にいないだろう、と。

 

 今までの、ひたすらに戦い続ける方針が柊を強くした。けれどもそれは、柊がチームとして戦う可能性を奪ってしまっていたのだ。

 柊もそれほど鈍くない。米屋や出水などを除いて、未だ大半のボーダー隊員は自分のことを良く思っていないことを、柊は把握していた。

 

「そうか。なら俺からは強く言わないでおこう」

 

「ありがとうございます」

 

「けどチーム戦には興味出てきたんだろ?」

 

「まぁ、はい」

 

「なら、それにうってつけの場所があるぞ」

 

 ついてこい。

 そう言って東は柊をある場所に案内した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 東と並んで歩いていた柊は、角から出てきた初めて見る人物と出くわした。

 

「おっと、東さん。こんにちは」

 

「よう迅。珍しいな、本部に居るなんて」

 

「たまには本部にも来ますって。後ろの子は?」

 

 迅は東と挨拶を交わし、東の後ろにいた柊について尋ねる。

 

「ああ、顔合わせは初めてか。こいつは今アタッカー4位の近野だ」

 

「近野柊です。よろしくお願いします」

 

「ほー、見た感じまだまだ若いのに凄いね。…………!」

 

 柊と挨拶しようとして、迅はそこで言葉を止めてしまった。その様子に疑問を持った東が迅に尋ねる。

 

「どうした、迅?」

 

「っとすいません、ぼーっとしちゃってました。寝不足ですかね?」

 

 東の指摘に迅は笑って返す。その返しに東は納得しなかったが、それを今ここで追求することはしなかった。

 

「俺は実力派エリートの迅悠一。よろしく」

 

 きちっと決め直して、迅は柊に名乗る。

 

「これから2人は何処に?」

 

 迅が東にどこに行くのか尋ねた。東がアタッカー4位の柊を連れ、これから何をするのか、迅は少し興味を持った。

 

「今日から始まってるB級ランク戦を近野に見せようと思ってな」

 

 東が柊を案内しようとしていたある場所とは、B級ランク戦が観れる場所だった。チームとしての実力や戦術を見るためには、これ以上ない場所だ。

 

「なるほど。遅刻させたら悪いしこれで失礼します。近野くんもまたな」

 

「おう」

 

「はい」

 

 そう言って迅は2人と別れる。

 

 何歩か進んで、迅が振り返る。その視線は、2人が消えた角に向いている。その瞳に映るものは、一体何なのか。

 

 それから誰かの足音が聞こえてくるまで、迅はそこを動かなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

『ボーダーの皆さんこんばんは!B級ランク戦の新シーズンが始まりました!初日・夜の部の実況を努めます、海老名隊オペレーターの武富桜子です!』

 

 場所はB級ランク戦を観戦できる観覧室。そこで実況を務める武富が声高々にランク戦夜の部の開始を宣言する。次に武富は解説の紹介に移った。

 

『本日の解説者は、かつてのA級1位部隊を率いた東隊長とアタッカー4位の実力者である近野隊員に来ていただいています!』

 

『どうぞよろしく』

 

『よ……よろしく、お願いします』

 

 何故こうなった……!

 

 東にチーム戦の勉強にうってつけの場所だと言われて連れてこられた観覧室。適当に端の方に座ろうとした柊を、東は中央の席へと連れて行った。一体どうしてと思った柊が状況を把握する前に、東がインカム付きのヘッドホンを渡して席へと座らせた。そこで柊が何をさせるつもりだと聞こうとしたところで、運悪く武富が開始を宣言した、と言うわけだ。

 

 確かにチーム戦に興味が出たとは言ったが、柊はまだまともにチーム戦を観たことがない。それなのにいきなり解説を頼まれて、柊はどうすればいいのかわからなくなった。

 

「必要な時はフォローするから、近野は思ったことを言えばいい」

 

 隣に座る東がマイクをオフにして柊にフォローを入れる。助けてくれるようだし、既に紹介された後なので何を言っても辞退することはできないだろうと悟った柊は、渋々解説の役目を引き受けた。

 

『さて!今回は中位グループの荒船隊、那須隊、柿崎隊の三つ巴となります!ズバリ東さん!今回はどのような展開になると予想されますか?』

 

『那須隊長の攻撃をどう凌ぐか、ですね。彼女はバイパーの弾道をリアルタイムで引くことができるため、臨機応変に対応していく必要があります。弱点となる近距離には熊谷隊員が対応するので、揃われると厄介になるでしょう』

 

『なるほど!荒船隊と柿崎隊についてはーー

 

 

 

 

***

 

 

 

 

『決着!最終スコア3対4対2で那須隊の勝利です!』

 

『那須隊の得意な形がきっちり機能しましたね』

 

 荒船隊、那須隊、柿崎隊による三つ巴は、那須隊の勝利で幕を閉じた。武富が東に総評をお願いする。

 

『今回は熊谷隊員が特にいい動きをしていましたね。序盤で巴隊員と当たった時でも思いましたが、安定感がありました。しっかり相手の攻撃を防ぐことができていたので、那須隊長の力が存分に発揮できたと言うことでしょう』

 

『なるほど!ちなみに熊谷隊員は近野隊員からアドバイスを受けていたというタレコミがあるのですが、そこのところはどうなのでしょうか?』

 

『えぇ、それ一体どこから……』

 

 柊は突然熊谷との特訓について聞かれて困惑する。秘密にしていたわけではないが、特訓はランク戦ブースではなくポイントの動かない那須隊の作戦室で行われていたために、基本的に当事者たち以外は知らないはずなのだ。

 武富の言葉に、周りで解説を聞いていた隊員達がざわめき出す。

 ほぼ全ての人たちが、あの近野が!?一体何の間違いだ!?という気持ちを抱いた。

 

『え……と。はい。俺がいくつかアドバイスしたのは本当です。けど最後に会った時より熊谷先輩の動きが良かったです。結構練習してたんじゃないかと』

 

 何度か特訓をしていた柊と熊谷。だが彼女の動きは以前とは違い、様になっていた。柊は熊谷の努力の結果だと武富に答える。

 

『熊谷隊員のレベルアップが那須隊の安定感をさらに高めた、と言えそうですね。では近野隊員。荒船隊についてはーー

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「どうだった?初めてB級ランク戦を観て」

 

「どうだったって言われても、いきなり解説とか聞いてないんですけど」

 

「武富にもう1人解説を頼める人がいないか聞かれてたんだ。悪かったって。今度焼肉を奢らせてくれ」

 

 急に解説席に連れてこられたことについて軽く文句を言う。

 しかし東に焼肉を奢るとまで言われたので、柊は一旦不満を抑えることにした。気を取り直して、東の問いに柊は答える。

 

「今の俺があの人たちと戦っても絶対に勝てないだろうって思いました。数の差もありますけど、それ以上にあの連携を俺1人では崩せないと思います」

 

 ランク戦を観戦して、改めて連携の重要度を理解した。先ほどの戦いで直接得点していない隊員も、後のことを考えて味方を援護する動きをしていたのが観ていてよく分かった。単純な戦闘力では勝っていても、勝負には勝てないだろう。

 

 先日共に戦った辻や出水には劣るものの、どの隊員も味方とお互いにフォローしあっていた。やはり、必要なのはチームワークなのだろうか。

 

「なるほどな。その考えを大切に、あまり焦らずにやれよ?それじゃあ俺はこれで帰るから、予定が空いている日があったら連絡してくれ」

 

 東は、柊の思考が段々とチームに向いているこの状態をいい傾向だと考えた。これを機にソロを卒業して欲しいという希望を込めて、焦らずにやれよと言葉をかけて東は去っていった。

 それを見送った柊もさて帰ろうかと立ち上がったところで、今度は武富に声をかけられた。

 

「お疲れ様です近野先輩!今日はありがとうございました!」

 

 実況をしていた武富が挨拶をしてくる。それに柊も武富を労うことで返す。

 

「お疲れ様。初めての観戦で解説だったからうまくできなくて申し訳ない」

 

「いえいえそんな!近野先輩は立派に解説していました!いい解説でしたよ!」

 

「なら良かった」

 

 不安視していた解説の()()も、武富によれば十分解説としての役目を果たすことができていたらしい。役目を果たせたと言われて、柊はホッとした。

 

「あのー。1つ聞きたいんですけど、先輩に葵ちゃんって妹さんいますか?」

 

「いるけど……なんで知ってるの」

 

「学校で同じクラスなんです!葵ちゃんからお兄さんがいるって聞いてて、先輩も"近野"だからもしかしたら!って思いまして」

 

 どうやら武富は柊の妹である葵の友達のようだった。そこまで聞いて、葵が何度か名前を出す"桜子ちゃん"が目の前にいる武富のことであると柊は理解した。

 

「そうか。出来ればこれからも葵とは仲良くしてやってほしい」

 

「もちろんです!こちらこそよろしくお願いします!」

 

 妹の友達が、同じボーダーに所属している後輩だったとは。意外と世間は狭いものだと柊は感じた。

 

「ところで近野先輩。最近葵ちゃんから相談を受けてるんですよ」

 

「相談?」

 

「はい。ってあれ、もしかして先輩何も聞いてませんか?」

 

 武富は葵から受けている相談について柊に聞こうとする。しかし柊の反応から目の前にいる葵の兄が、何も聞かされていないことを理解してしまった。

 

「聞いてないけど……。何を言ってたんだ?」

 

「ええと……。てっきり葵ちゃんもう先輩に話してると思ったんです……。すみません。多分葵ちゃんが話してないってことは私から話していい内容ではないと思うので……。本人から直接聞いてもらって良いですか?」

 

「……分かった」

 

 葵が何を相談したのか。武富が話そうとしたということは、その内容は柊が関係していることになる。しかし彼は本人から何も聞いていないし、ここで武富に話せと強要することもできなかった。

 すみません、と謝る武富に構わないと答え、柊は武富と別れた。

 

 別に柊は葵に対して隠し事を一切するな!なんて言ったこともないし、これからもするつもりはない。だからその事について特に何も思うところはなかった。

 

 しかし何故武富が相談を受けたのか。友達だから相談を受けた、なんてよくあることだろう。別に不思議なことじゃない。けれどもし、それ以外に理由があったら……。

 

 柊の心の中に、本人も気づかないようなほんの小さな不安が宿った。

 

 

 

 




前から書きたかった柊が精神的に一歩成長する場面なのに、それを上手く表すことができないことが悔しい。書き直すかもしれません。


あと第3話の部分を一部修正しました。詳しくは第3話の後書きに書いてあります。



何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に誤字報告、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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第13話

 

 ある日、防衛任務を終えた柊の姿は、共に任務についていた那須隊の作戦室にあった。報告書を書いていたのである。既に那須隊は全員書き終えており、柊も完成まであと少しと言ったところであった。柊を待つ間、那須隊のみんなは前回のランク戦について話していた。

 

「それにしても、なんであんた解説席にいたのよ。終わって戻ってきたらびっくりしちゃったんだけど」

 

「いや、俺に言われても……。俺だって何も聞かされずにあの席座らされたんですから」

 

 軽く反省を終えた那須隊の会話の話題は、解説をした柊に移っていく。当時驚いていた熊谷が代表して柊に突っ込んだ。それに対して柊は不可抗力だったと答える。

 

「でもそれぞれの良かったところとか課題とかキチンと説明できていたから良かったと思うわ。何より、今回の勝因であるくまちゃんの努力をちゃんと見抜いてくれてたし」

 

「えっ、ちょ」

 

「私もそう思います!熊谷先輩かっこよかったですよ!」

 

「ちょっと玲!茜!」

 

 一方、那須は柊の解説を良かったと評価した。もっとも、その理由の殆どが熊谷の努力を評価していたからだが。日浦もそれに続く。

 目の前でいきなり褒められて、熊谷が動揺する。褒められること自体別に不満はないが、目の前でチームメイトにこれでもかというくらい褒められてしまうと流石に恥ずかしい。熊谷は顔を真っ赤にして、那須と日浦に抗議した。

 

 那須隊が盛り上がっているのを横目に、柊は報告書を書き上げていく。

 

「かっこよかったですよ。熊谷先輩」

 

「小夜子まで……」

 

 部屋の奥からオペレーターの志岐が便乗して熊谷を褒めた。その志岐は今、作戦室の奥にあるソファーにいる。

 異性恐怖症である志岐には、男である柊と同じテーブルの席に着くことはできなかった。だから離れたソファーから会話に参加している。因みに、初めて柊が那須隊の作戦室にお邪魔した時は部屋の奥に閉じこもって1度も出てこなかった。那須たちの呼びかけにも応じなかったほどだ。

 なので今回会話に参加しているだけも、十分進歩したと言える。

 

「先輩たちは、今日この後の予定ありますか?」

 

 柊が報告書を書き上げたのを確認して、日浦がこの後の予定を全員に尋ねた。那須隊の3人は予定を入れていなかったので、各々がそう答える。

 

「もし良かったら、先輩たちに協力してほしいことがありまして」

 

「協力?」

 

「具体的にはどうするのよ」

 

 全員予定がないことを確認した日浦は、あることに協力してほしいと頼む。現段階では返事が難しいと考えた熊谷は、日浦に詳細を求めた。

 

「実は私の友達がボーダーに入りたいって言ってて、色々ボーダーのことを聞かれたりしてるんですよ。それで、もし良かったら先輩たちもその子にボーダーについて教えてあげてほしいと思いまして」

 

 日浦がお願いしたのは、自分の友達にボーダーのことを教えてあげてほしいというものだった。

 その友達も知り合いにいるボーダー隊員に色々と聞いているようだが、まだ詳しいところまではわかっていないようだった。力になってあげたいと考えた日浦は、自分のチームメイトにも協力できないか頼むことにした。

 

 そして今に至る、というわけだ。

 

「もちろん良いわ。そのお友達も、色々わかってる方が入るか判断しやすいと思うし。協力するわ」

 

「私も良いよ」

 

「通信を繋げてくれれば」

 

 那須がそれを快諾し、熊谷も協力すると告げる。1人おかしな事を言っているが……。意地でも自宅に直行するつもりらしい。

 

「ありがとうございます!」

 

「茜ちゃん。集まるのはこの後でしょ?私としてはうちに来てもらえるとありがたいわ。一応確認はするけど、使えるはずだから」

 

「そうね。ここに来られないわけだし、どこか店に入るよりかはその方がいいかもね」

 

 那須は集合場所として、自宅を挙げた。ランク戦の作戦会議のためによく熊谷と日浦を呼んでいるので、人を呼ぶのも問題ないだろうというわけだ。

 

 熊谷も、一般人である日浦の友人をボーダーの建物に入れるわけにはいかないと考えて那須の提案に賛同する。那須の体調を案じて、というのも含まれている。

 

「わかりました!それでお願いします。じゃあ私その子連れてくるのでお先に失礼します!」

 

 そう言って日浦はその友達を迎えに作戦室を後にした。会話が終わるのを黙って待っていた柊も、会話が途切れたことを察知して帰ろうと立ち上がる。帰宅しようとしたことに気づいた熊谷が彼を呼び止めた。

 

「あんた玲の家知ってるの?」

 

「知りませんよ。なんでですか」

 

「なんでって、あんたも一緒に行くからよ。準備するから少し待ってなさい」

 

「………………はっ!?」

 

 熊谷が呼び止めた理由は、那須の家の場所を知らない柊を気遣って一緒に行こうと言うためだった。しかし柊は自分も参加するなんて考えてもいなかったため、何故自分もと猛抗議する。

 

「いやいやちょっと待ってください!なんで俺も行くんですか」

 

「逆になんで来ないのよ。この後もしかして予定あった?」

 

「いや……ないですけど」

 

 動揺していた柊は、熊谷の問いかけに正直に答えてしまう。これでもう予定がある、と言って逃げることはできなくなってしまった。しかしまだ納得できていない。柊は再び熊谷に抗議する。

 

「でもあれって那須隊の皆さんに言ってませんでした?」

 

「あんたに向けても言ってたわよ」

 

「それに!先輩の家に俺が行って大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ。茜ちゃんは近野くんを含めたこの場の全員にお願いしていたわけだし」

 

「それを理解してた玲が大丈夫って言ってるんだから、あんたが来ちゃダメな理由はないわよ」

 

 どうやら状況がわからなかったのは柊だけだったらしい。もはや柊に逃げ道はなかった。部屋の奥から精一杯の勇気を込めて志岐がざまぁ見ろという視線をぶつけてくる。それを柊が軽くひと睨みすると、志岐は部屋のさらに奥へと消えていった。ただでさえ2対1でもやばいのだから、もう1人敵を増やすわけにもいかない。申し訳ないと言う気持ちはなかった。

 しかし、今更柊に一発逆転を狙える提案があるわけがなかった。不本意だったが、柊は2人の主張通り日浦の友達の話を聞くことにしたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 那須邸を目指して歩く那須、熊谷、柊の3人。志岐はボーダーを出てすぐに駆け足で去って行ってしまったため、もうこの場にはいない。彼女の頼み通り、電話越しでの会話となるだろう。

 そして目的地へ向かう3人は、会話の花を咲かせていた。その殆どは那須と熊谷だが、2人は時折柊にも話を振り、彼もそれに答える。その一連の流れは、以前よりかなりスムーズになっていた。

 

「着いたわ。ここが私の家よ。いらっしゃい近野くん」

 

 そうして、3人は那須邸に到着した。女性の先輩の家ということで一瞬入るのを躊躇った柊だったが、那須がどうぞと手招きしてくるので入らざるを得なくなった。背後から熊谷が早く入れと圧をかけてくるので、柊は覚悟を決めて一歩踏み出した。

 

「お、お邪魔します」

 

「お邪魔します」

 

 柊に続いて熊谷も足を踏み入れる。こちらは何度も来ているので、慣れた様子だ。というより、柊が慣れていないだけである。

 

 いつもは那須の自室に集まっているのだが、流石に今回は人が多いのでリビングに集まることになった。那須の両親は外出中で家に居なかった。那須がお菓子と飲み物を出す。

 

「そろそろ着くって」

 

 飲み物を飲んでいた熊谷の元に、日浦からのメッセージが届く。無事に友達と合流できたらしく、まっすぐこちらに向かっているとのことだった。あと10分ほどで到着するだろう。

 

「ねぇ。茜の友達がボーダーに入るって決めたらどうする?」

 

 あと少しでたどり着く日浦とその友達を待ちつつ、熊谷は那須と柊にその友達について尋ねる。具体的には、その友達が入隊を決断した時どう接すればいいのだろうか、ということだ。

 

「私は、歓迎してあげれば良いと思う。でも、ボーダーの良くないところも伝えられるものは伝えないと、入ってから後悔しちゃうかもしれないわ」

 

「そうね。近野はどうなのよ」

 

 那須はその人がキチンと考えたのなら、その意思を尊重すると答える。その為にも、出来る限り事実を伝えなくちゃならない。熊谷もほぼ同じ意見なようで、那須の意見に同意する。次に柊に問いかけた。

 

「俺は……どうでしょう。あまり賛成できないかもしれません。少なからず、危険がありますから」

 

 一方で柊の意見は反対だった。いくらボーダーが安全に配慮しても、万が一のことはいくらでも起こり得る。絶対に安全と言い切れない活動だ。故に、柊は歓迎するべきではないと主張する。

 

「なるほど……。けどまぁ結局はその子次第よね。近野が言ってることもわかるし、その辺のことも丁寧に伝えていきましょ」

 

 3人それぞれ結論が出たところで、ちょうどリビングにインターホンの音が鳴り響く。日浦たちが到着したのだ。那須を気遣って熊谷が2人を迎えに行く。

 やがて3人が戻ってくる。日浦が連れてきたその友達の見知った顔に、柊は驚いた。向こうも予想外の人物に、声を上げて同じように驚く。

 

「葵!?」

「お兄ちゃん!?」

 

「「「…………え?」」」

 

 まさかの展開。日浦が言っていた友達とは、柊の妹の葵のことだったようだ。日浦が葵と同い年だと言うのは、以前の自己紹介で把握できていた。しかし、それにしたってこんなことがあり得るのだろうか。

 那須邸のリビングが、よくわからない空気に包まれた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ていうか、なんで茜が知らないのよ。苗字同じでしょ」

 

「い、いやぁ。言われてみればそうでしたねー」

 

 動揺が抜け切らない近野兄妹の側で、熊谷が日浦に問い詰める。普通なら、苗字の部分で気づくだろうと。

 しかし日浦はそれに気づかなかった。けれどそれも、無理もないかもしれない。クラスメイトの友達とボーダーの先輩が兄妹であるなどと、普通は想像しないだろう。

 

「茜ちゃん。私たちに紹介してもらっても良い?」

 

 流れを変える為に、那須が日浦に紹介をしてくれないかと頼む。現在近野兄妹はそんな状態ではない為、日浦に頼んだのだ。

 

「あ、わかりました!葵ちゃん。こっちこっち!」

 

 日浦に名前を呼ばれて、葵がようやく回復した。それにつられて柊も回復する。

 葵に隣に来てもらい、日浦は那須隊のみんなに紹介を始めた。

 

「こちら、私のクラスメイトの近野葵ちゃんです!」

 

「はじめまして、茜ちゃんの友達の近野葵と言います!あとそこにいる近野柊の妹です。よろしくお願いします!」

 

 日浦に紹介された葵は、那須と熊谷に向けてハキハキと自己紹介をした。日浦が気づかなかった兄妹の話も入れて。

 

「よろしくね葵ちゃん。私は那須玲。茜ちゃんとは同じチームなの」

 

「私は熊谷友子。同じく那須隊よ。よろしく」

 

『オペレーターの志岐小夜子です』

 

 葵に続いて那須と熊谷が挨拶する。その後にテープルに置かれたスマホから志岐の声が響いて誰がどこから?となったが、那須のフォローによりその疑問もすぐに解けた。

 柊が立ち直っているのを確認した那須は、本題を切り出した。

 

「葵ちゃんは、ボーダーに入りたいの?」

 

 問いかけられた葵は横目で柊の顔色を確認する。今まで1度もこの事を話していなかったからだ。どんな顔をされるのか怖かった。

 しかし彼女の覚悟は以前から決まっていた。勇気を出して、秘めた思いを口に出す。

 

「はい。私は、ボーダーに入りたいんです」

 

 ついに本人から明かされた決意。普通は歓迎する、これからよろしく、などと暖かく迎え入れるだろう。しかしこの場には、兄である柊がいた。唯一の家族がボーダーに入りたいと言った。それを聞いた彼の心境はどうだろうか。

 

 葵は向きを変えて姿勢を正し、兄を正面に捉えてもう1度繰り返す。

 

 彼が口を開くまでどれくらい時間が経っただろうか。緊張していたのか、葵はその時間を何十秒にも感じた。そしてついに彼が言葉を発する。

 彼は葵のボーダーへの入隊をーー

 

「……ダメだ」

 

 ーー認めなかった。

 

 柊が出した結論に、那須隊のみんなが驚く。やんわりと認めないくらいだと思っていたからだ。いきなり認めないとは想像もしていなかった。

 

「私は、お兄ちゃんの力になりたいの。ボーダーに入ってから街の人を、私を護ろうとしてくれていたはわかってた。とても感謝してる。だから私も、お兄ちゃんの」

 

「ダメだ」

 

 自分の思いを伝えて説得を試みた葵を遮って、柊が断言する。その言葉には、どこか重みがあった。突然のことに黙り込んでしまった周りを気にすることなく、柊は言葉をつないでいく。

 

「俺はまだ、誰も護れない。救えていない。そんな状態で、もしも葵に何かあっても俺にはどうすることもできない。いやだ。もう俺は失いたくない。だから、今はダメだ」

 

「じゃあ私は、いつになったらお兄ちゃんの力になれるの?」

 

「……俺がもっと強くなって、全部を護れるようになるまで。それまで俺は、絶対に認めない」

 

 柊はずっと、後悔していた。どうして大規模侵攻の時、助けを求める手を取れなかったのかと。あの時の絶望に染まった目が、どうしても忘れられなかった。

 彼は手の届く範囲だけでも護れるようになりたかった。自分1人の状況でも救えるようになりたかった。けれども、彼はまだそれを実現できていない。それができるようになるまで、彼は誰の手も借りるつもりはなかった。

 

「重い空気にしてしまってすみません。お先に失礼します」

 

 それだけを言い残して、柊は那須の家を後にした。残された全員、しばらく口を開くことができなかった。

 

 最初に立ち直ったのは葵だった。まずはじめに、那須隊の全員に謝る。

 

「ごめんなさい。私たちの問題に巻き込んでしまって」

 

「大丈夫よ」

 

 葵の謝罪に代表して那須が答える。

 

「ねえ葵ちゃん。もしよかったら、近野先輩のこと教えてもらってもいい?」

 

「茜!」

 

「失礼なこと言ってるのはわかってます。それでも私は、近野先輩とちゃんと仲直りしてほしいから。少しでも手伝えたらって!」

 

 日浦は興味本位で聞いたわけではなかった。友達のために、先輩のために、少しでも力になりたいと思ったのだ。それを理解したから、熊谷も日浦をこれ以上とがめることはしなかった。

 

「そうね。私からもお願いするわ」

 

「私も。なんだかんだあいつには世話になってるからね」

 

『私もお願いします』

 

 日浦に続いて、那須隊の全員も協力したいと申し出る。その様子に、葵は感動を覚えた。

 今までずっと、兄は苦しんでいた。そしてその様子を黙って見ていることしか出来ない自分を腹立たしく思った。けれどいつしか、彼はすっきりとした表情を見せるようになった。それは、ネイバーに襲われる前のかつての兄と同じだったのだ。

 

 今ならはっきりわかる。目の前にいる人たちが、ボーダーの人たちが兄の凍った心を溶かしてくれていたのだ。葵も、昔のように明るい兄に戻ってほしい。

 那須隊の覚悟は、しっかりと葵に届いた。それを受け取った葵も、那須隊のみんなに協力を申し出る。

 

 大好きな、明るい兄に戻ってほしいから。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 柊と葵の衝突から数日経ったある日。そこはどこかの国の世界を渡る船の中だった。集まっているのは男女合わせて4人。狭い船内に設置されたテーブルを囲んでいた。

 

「作戦の内容は頭に入れたね?」

 

「はい」

「おう」

「大丈夫です」

 

 女の確認に、3人の男たちはそれぞれ肯定する。その様子に、女は満足げに頷いた。

 

「よし。いつも通り、どんな事態にも迅速に柔軟に対応していこう。作戦決行は今夜だ」

 

 悪意は、すぐそこまで迫ってきていた。

 

 

 

 




物語を進めるために、この先からオリキャラが登場することになりました。オリキャラが増えると読んでいてイメージし辛くなる思いますが、なるべくわかりやすいように書いていくつもりです。ぜひよろしくお願いします。

オリキャラのタグは、本格登場するであろう次回の投稿時に追加することになると思います。


何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に誤字報告、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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第14話

 

 

 

 

 ある日、2人の少年少女がラウンジの席について休息を取っていた。けれどその表情はとても良いものとは言えず、特に少女の方は思い悩んだような表情をしている。向かいに座っていた少年ーー緑川駿はどうすればいいのかわからないといった表情でオロオロとしていた。

 

「ね、ねえ双葉。たまたまタイミングが悪かっただけだって。そろそろ元気出してよ」

 

 とりあえず機嫌を直して欲しいと目の前の少女ーー黒江双葉に緑川は意を決して話しかけた。しかし彼の説得も虚しく未だ黒江は顔をうつむかせており、その表情は好転していない。

 黒江は周りと比べてもあまり感情が表に出るタイプではない。ましてこのように思い詰めたような顔をされるのは緑川の記憶上ほぼ初の事象である。故に幼馴染の緑川を持ってしても彼女を元気付けることが出来ないでいた。

 そうして何度か声をかけたものの一向に回復する兆しが見えず、ただ時間が過ぎるのに任せるしかないのかと諦め始めた時、彼にとって頼もしい先輩たちが現れた。

 

「よう緑川。これから昼飯か?」

 

「お、緑川じゃん」

 

 偶然通りかかったのは出水と米屋だった。

 

「いずみん先輩とよねやん先輩。ちょっと良い?」

 

 普段から緑川が仲良くしている2人ならば、手を貸してくれるかもしれない。そう思い彼は2人に助けを求めた。

 

 

 

「つまり、柊に嫌われてるんじゃないかと不安になったってことか?」

 

「……はい」

 

 黒江が思い悩んでしまっていたのは、聞くところによると柊が関係していたらしい。

 

 柊と黒江はまだ厳密には師弟の関係ではない。柊がじっくり考えるようにと期間を設けたからだ。彼女は柊に師事を求めながら提案された通り、これまで何人かのログを見たりして師匠候補を探した。けれど彼女にとって柊以上の師匠は見つからず、これまでと変わらず柊の元へと足を運んでいた。そして柊も、彼女の希望に応えて訓練に付き合っていた。

 しかしここ数日、黒江は柊と会うことが極端に少なくなっていた。黒江がいくら探しても柊を見つけることができず、ようやく見つけても冷たくあしらわれてしまったのだ。それをたまたま目撃した緑川が彼女のヘルプに入り、今に至るのである。

 

「柊のやつになんて言われたんだ?」

 

 黒江から事の顛末を聞いて、米屋はある部分に引っかかりを覚えた。柊の黒江への対応のことだ。

 明るくなり始めた最近の柊は言わずもがな、人付き合いの悪かった以前でさえ人に当たったことは聞いたことがない。今も相変わらず流れている柊に関する悪い噂は、あくまで彼がコミニュケーションを取ろうとしなかったことから派生したに過ぎない。だから彼が攻撃的な態度をとった、というのことに米屋は疑問感じたのだ。

 

「……あの時先輩は『そんなことをしている暇はない』って。こちらに目も向けずに言いました」

 

 その答えを聞いて、ようやく米屋が感じていた疑問が拭われた。そして米屋の次に付き合いの長い出水も、彼と同じ結論へと至る。

 

「黒江だっけ。多分あいつはお前のこと嫌ってなんかいないよ」

 

「本当……ですか?」

 

 それを聞いた黒江の瞳に、少しの明るさが戻る。もしここでそれがぬか喜びになって仕舞えば、彼女の傷はより大きなものとなるだろう。誤解を与えぬよう、出水は慎重に言葉を選びながら訳を語り始めた。

 

「ああ。黒江と緑川はよく知らないと思うけど、1ヶ月前まであいつはそんな明るいやつじゃなかったんだ。俺らとも全然喋らなかったしな」

 

 出水は語る。以前までの柊は今までとは違ったのだと。あの少し明るい彼は、ここ最近になって変わり始めたからだと。

 

「んで、その時もあいつは一切攻撃的な態度はとったことがない。話しかけてスルーってのはまああったけどな。

だから様子を聞いた限り、あいつはお前のことを嫌っている訳じゃないと思うぜ」

 

「どっちかって言ったら戻ったの方が正しいだろうな」

 

「戻った?」

 

 出水のを踏まえた米屋の推察を聞いて、緑川が疑問を浮かべる。以前までの柊、というのを彼は知らないからだ。黒江も同じくその話に耳を傾けている。

 

「大体3ヶ月くらい前がピークかなぁ。あいつ一時期すごい焦ってたんだよ。それもほぼ毎日。問答無用でずっとランク戦してたくらいだ」

 

 師匠の柊にそんな時期があったなどとは、黒江は想像だにしなかった。斬り合いの最中でも的確な対策を打ってきた柊は、いつだって冷静で落ち着いていた。そんな彼が以前はそうだったなどと言われても全くイメージできない。しかし自分たちより付き合いの長い先輩たちがそういうのだから間違いないだろう。そう思い黒江は再び2人の話に耳を傾けた。

 

「確かに言われてみれば、あの時のこんのん先輩機嫌が悪い、ってよりも焦ってたの方が近いかも」

 

 そこで緑川は見かけた時の柊の様子を思い出して補足を入れる。

 

「俺も槍バカと同じ考えな」

 

「誰が槍バカだ」

 

「だから(あいつ)が以前のように戻ってしまったのだとすると、あいつは黒江のことを嫌ったんじゃないと思うぞ」

 

 まだ本人から話を聞いていないため、この話は決して憶測の域を出ない。しかしそれでも黒江を安心させるには十分だった。次第に黒江の表情から緊張が取れていく。

 

「じゃあ私は、先輩に嫌われた訳じゃないんですね」

 

 黒江は、最後の確認として2人に問いかける。そして、それは違う、というのがこの場で出た結論だ。米屋と出水は改めてそう答えた。

 

「なら、良かったです」

 

 嫌われていない。そう思えただけで黒江の旨を覆っていた黒いもやはすっかり無くなった。

 

「じゃあこんのん先輩はどうしてあーなったんだろう」

 

 緑川は疑問に思う。柊の態度が急激に変化してしまった、その理由を。

 

「流石にわかんねーな。そもそも前の原因も知らねーし」

 

「よねやん先輩たちも知らないの?」

 

「ああ。そもそも話すようになったのも最近だしな。前は見かけたらちょっかいかけてたってだけだし」

 

「まぁ暫くはそっとしといてやれば良いんじゃないか?落ち着く時間も必要だろうし。で、長引いてたら話を聞く」

 

「そんなとこだろーな」

 

「わかった」

 

「わかりました」

 

 柊を取り巻く環境は、以前と違いより暖かいものへと大きく変わっている。しかし柊はまだそれを知らない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 トリオン兵による侵攻は、時間を選ばない。街の人たちが活動する昼間を狙う時もあるし、逆に人気のない夜を狙うことだってある。

 

 界境防衛機関であるボーダーには、街や市民の安全の為に一切の討ち漏らしも許されない。故にボーダーはどんな事態にも対応できるよう24時間体制で街の防衛に当たっている。チームを組ませて時間を割り振ることで、個々人の負担をできる限り抑え、効率を高めた。この制度によってボーダーは確かな防衛力を手に入れたのだ。

 そして柊も、ボーダーという巨大な組織を動かす歯車の1つである。他の隊員と同じように、今日も防衛に当たっていた。

 

 ボーダーでの防衛任務はシフト制だが、それはチームの話。ではごく少数だが存在するソロ隊員はどうか。

 

 結論はソロ隊員はそこに含まれていない、だ。しかしそれらの隊員は皆B級以上でボーダーの主力にあたる。そんな戦力を遊ばせておくわけにもいかなかった。

 そこで上層部はソロ隊員をどこかひとつのチームに混ぜて防衛任務を行うようルールを定めた。ソロにはない連携を学ぶ機会として、願わくばそのままチームを組んでくれるよう、何回か連続して合同で任務に当たるように計らったのだ。

 

 そのルールには、もちろん柊も当てはまる。日が沈み夜となっても、以前から引き続き那須隊と防衛任務についていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 柊は那須隊のメンバーとは離れ、ひとり民家の屋根の上で待機していた。ここしばらくの間、チームの輪に入ろうと拙いながらも努力し、メンバーと交流を図っていたのにだ。那須の家に行って以来、彼は心を開く前の彼に戻ってしまっていた。

 

 そんな彼の現状を良しとしない者たちがいた。合同チームを組んでいる那須隊のメンバーだ。以前彼は勇気を出してこちらに歩み寄って来てくれた。なら今度は自分たちの番だ。

 持ち場を熊谷と日浦に任せ、那須は1人離れた柊の元へと足を運んだ。

 

「近野くん」

 

 同じ屋根へと登り、柊に話しかける。しかしすぐに返事は来なかった。諦めずにもう一度話しかけようとして、ようやく柊からの返答が返ってきた。

 

「…どうしたんですか先輩。こちらは異常ありませんよ」

 

 柊から事務的な連絡が伝えられる。しかし那須が話したいのはそんなことではない。意を決して彼女は本題を切り出した。

 

「ありがとう近野くん。けどそのことについて話しにきたんじゃないの」

 

 そこで那須は言葉を区切り、大きく深呼吸する。これから話そうとしている内容は、下手をすれば彼の傷を大きく抉ってしまいかねないからだ。言葉を慎重に選ばなければならない。

 

「この間、葵ちゃんからあなたのことについて聞いたわ」

 

 その瞬間、柊の肩が跳ねた。しかしここで中途半端に止めてしまっては、ただ柊を傷つけただけになってしまう。それは彼女の、彼女たちの本心ではない。

 柊の様子に十分留意しつつ、那須はまた彼に話しかける。

 

「あなたの気持ちはわかる、なんて言わないわ。近野くんの受けた被害は私たちの比じゃないもの。けど、1つだけ言わせて。葵ちゃんの気持ちも汲み取ってあげて欲しいの」

 

 あの日、那須隊のメンバー全員は葵から柊にまつわるほぼ全ての過去を聞かされた。両親を一瞬のうちに失ったこと、助けを求める人を助けられなかったこと、それを柊が酷く後悔していること。

 

 この話を聞いた時、那須は雷にでも打たれたのかと錯覚するほどの衝撃を受けた。自分より年下の彼はこんなにも重いものを背負っていたのか、と。自分が抱えていた悩みが、とても小さなものに感じてしまうほどに。

 ボーダーにはネイバーに恨みを持って入隊してきた人たちもいる。その人達を否定するつもりはない。しかし彼の過去はその人たちと同じか、それ以上の辛さがあっただろうことは容易に想像できてしまった。

 

 そしてそんな彼を、妹の葵は非常に気にかけていた。何か手伝えることはないか。どうにか彼の辛さを和らげることはできないか。そうして考えているうちに、彼女はオペレーターという役職を知った。彼女の友達の武富桜子から聞いたのだ。そうして話を聞いていくうちに、彼女はオペレーターとして兄を支えたいと強く思った。

 しかし彼女も、この話を切り出した時点で兄に反対されるのは目に見えていたという。だから彼女は知りうるボーダー隊員に声をかけ続け、反対されないように手を尽くしたという。

 

 そんな彼女の胸中を聞いて、那須は葵の力になってあげたい、柊も悩まされているものから解放されて欲しいと強く思った。彼女は彼女なりに彼を説得しようとしているのだ。もちろん熊谷も日浦も支岐も同じである。

 

「葵ちゃんは、近野くんの力になりたいって本気で思ってる。お願い。一度でも良いから、葵ちゃんと真剣に話をしてあげて欲しいの」

 

「……ごめんなさい」

 

 那須のお願いは柊の言葉によって拒否されてしまった。どうして……、と那須が尋ねる前に柊が更に言葉を続ける。

 

「本当はわかってたんです。葵に心配させてたこと。何か手伝うって言ってくることも。あいつは優しいですから」

 

「じゃあどうして……」

 

 そこで初めて柊が振り向いた。彼の顔は苦痛に耐えるかのように、歪んでしまっていた。

 

「怖いんです」

 

 柊が打ち明ける。それはボーダーに入って初めて彼が零す感情だった。

 

「もう聞いてるかもしれませんが、俺は大規模侵攻の被害に遭いました。必死で逃げてた時に助けを求められたんです。初めて見た人でしたけど、その時にそれは関係ありませんでした。

 問題はその人の下半身が潰れた民家に押しつぶされてたんです」

 

 当時を思い出しながら、柊は語る。一瞬のうちに地獄へと変わったあの日を。そしてそれは、柊にとっても地獄の日となった。

 

 一瞬のうちに両親を失い、ただ本能に従って逃げていた彼は助けを求める声によって漸く正気を取り戻した。

 その人の下半身は民家の倒壊に巻き込まれており、恐らくもう足は潰されてしまっているだろう。覚醒したばかりの柊でも、一瞬のうちにそこまで判断することができた。できてしまった。

 

「じっとしてたらトリオン兵にあっという間に追いつかれてしまう。そんなことを考えて、あの人の命と自分の命を天秤にかけた。そしてーー」

 

 ーー自分だけ逃げてしまった。

 

 柊は最後の言葉を言わなかった。けれどわかってしまった。言葉にしなくても、彼がどれだけ後悔していたのかが伝わってくる。

 

「そんな俺だから、誰かを救えるように強くなろうとしました。けどどれだけ鍛錬に時間をつぎ込んでも、恐怖は全くなくならなかった。むしろ大きくなりました。もしまた同じようなことになって、また自分の命を選びそうで」

 

 胸が苦しい。締め付けられるようだ。

 

 那須は苦しさを覚える。けれどそれは普段感じるような息苦しさではない。悲しさ、そして悔しさのせいだ。想像するだけでも息が詰まりそうな状況を彼は1人でずっと背負ってきたのだ。そして同時に、気づいてあげられなかったという事実がとても悔しい。

 

「だから葵がどれだけ本気でいるのかはなんとなくわかっているつもりです。けどこんな俺じゃあ誰も護れないし、誰も救えない。もし葵まで……って考えてしまって、どうしても怖くなるんです」

 

 柊の表情は、やはり暗い。那須は彼を問い詰めたことを酷く後悔した。思いを吐き出して楽にさせるどころか、事の重要性をより強く認識させてしまったからだ。

 那須も考えなしだったわけじゃない。周りをもっと頼っていいんだよと言いたかった。けれど、彼の悲しい決意はどうしようもなく固かった。簡単に周りを頼ってだなんて、彼女はとても言えなかった。

 

 

 

 

 




1ヶ月もお待たせして申し訳ありませんでした。書き上げるのに大変苦労しましたが、一応なんとかものになったので投稿させていただきました。
1ヶ月も待たせておいて全然進まなかったことはすみません。自分も想定外です。


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第15話

 

 

 

 

 

 柊が胸中を明かしてから、2人の間に会話はなかった。那須が彼に辛いことを話させてしまった事を後悔して声をかけられなかったからだ。

 そして彼も、周りに気を配れるだけの余裕はなかった。話すことのなかった事を話したことによる驚きと聞いていて嬉しくもない話を那須にしてしまったという後悔。なにより、那須に話したことで自分の力不足を再認識して感じた悔しさ。色々な感情がごちゃ混ぜになって、とても会話が出来るような状態じゃなかった。

 

 それは通信で流れた2人の会話を聞いていた残りの3人も同様だった。

 

 

 まず熊谷。彼女は気づいてあげられなかったことを悔やんだ。腕の立つ柊は彼女にとって良い目標だった。いつかソロランク戦で彼に勝ち越せるようになりたいと思って訓練して、時には彼に師事を受けたこともある。彼女にとって、心を開き始めてからの彼は頼もしい存在だった。だから彼女は、そのせいで柊が自分よりも年下だという事を失念してしまっていたのだ。自分は彼から貰うばかりで、彼に何もしてあげられていなかった。いや、したつもりになっていた。熊谷はそれが何よりも悔しかった。

 

 

 日浦は悩んでいたのは葵だけだと思い込んでいた事を恥じた。同じクラスで、普段から仲のいい葵とは学校生活のほとんどを共に行動している。ある日、そんな友達から日浦は相談を受けた。詳しく話を聞くと、ボーダーに入って独りで頑張っている兄を手伝いたいと決意したという。彼女の目には大変でも苦しくてもそれを全て乗り越えてみせる、という強い覚悟が宿っていた。そんな彼女の力になりたいと、日浦はそれに快く応じたのだった。しかし葵には葵の悩みがあるように、柊も悩みを抱えていた。彼女は自分の物差しで物事を図り、決めつけてしまった。

 

 

 志岐も皆と同様に後悔していた。彼女も周りに対して不安や悩みを抱える1人。柊が何かに不安で怖くなって、悩んでいたことを彼女はなんとなく察していた。しかし彼女は自分の悩みと彼の悩みを天秤にかけて、自分の悩みを優先してしまった。異性恐怖症の彼女は、他のメンバーと違ってあまり積極性に彼に関わろうとはしていなかったが、稀に勇気を振り絞って彼に関わろうとしたことがある。しかし結局それは自分のためで、彼女もそれを自覚した上で彼に関わっていたのだ。

 

 

 そんな後悔真っ只中の那須隊を狙ってか、志岐のモニターにゲート発生のアナウンスが流れる。志岐による通達で、皆の意識は少しずつ切り替わっていく。

 

「小夜ちゃん。ゲートはどこに出る?」

 

「ちょっと待ってください…………。那須先輩の位置から西ですね。ちょうど荒船隊の持ち場との間です。今念のためこちらからも数人応援に来て欲しいと荒船隊から連絡がありました」

 

 ゲートの発生場所は今同じシフトで防衛任務についている荒船隊の持ち場とのちょうど中間地点だという。レーダーによるとトリオン兵の数はいつもより少し多めで、位置的な問題から各部隊から数人ずつ出して合同で殲滅しようという連絡が荒船隊のオペレーターから回ってきた。

 

 それを聞いた那須がメンバーを分けようとして、それよりも早く柊が名乗り出た。

 

「俺が行きます」

 

 そう言うや否や、柊はいち早くトリオン兵を目指して駆け出した。しかし今の彼はーー那須たちも含めてだがーー精神的に不安定だ。それを感じていた那須は彼を1人には出来なかった。

 

「私も行くわ」

 

 この場の指揮を熊谷に託し、那須も柊の後を追った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 志岐に指示された場所を目指していた柊だったが、そこに辿り着くよりも早く彼の目はトリオン兵を捉えた。どうやらかなり進軍しているらしかった。情報通り、普段よりトリオン兵の数が多い。こんな夜遅い時間に大勢で攻めてくるなんて珍しい、とは思ったがそれだけだ。殲滅するのには変わりないのだから。

 

 近づいたことで、向こうのレーダーもこちらの存在を捉えたようだ。こちら側に膨らんできていた6体ほどのモールモッドやバンダーたちが突撃してくる。柊も駆けながら腰に差した孤月を勢いよく抜刀する。バンダーからの砲撃を皮切りに、柊の戦闘は始まった。

 

 

 

 こちらを切り刻もうと鎌を振りかぶったモールモッドを両防御(フルガード)で無理矢理に受け止め、力任せに押し返す。攻撃の出鼻を挫かれ体勢を崩したモールモッドを、柊は刃を届かせて鎌を腕ごと斬り落として攻撃力を削ぐ。その隙を狙ってバムスターが飛び込んでくるが、それは既に見えていた。アステロイドを構え、分割も面倒くさいとそのまま撃ち出す。被弾して半壊のバムスターの目を、柊は孤月で斬り裂いた。

 

 こうしてこちら側に攻めてくるトリオン兵を討つことが、三門市に住む市民を守ることに直結している。ボーダーに所属する正隊員にとっては取るに足らない存在でも、市民にとってはそうではない。現代兵器が効かない奴らに対して、自分たちは唯一の対抗勢力であると同時に最後の希望でもあった。もしボーダーが突破されてしまったら街は壊滅し、膨大な死傷者を生み出し、こちらの世界は向こうの世界に蹂躙されてしまうだろう。

 

 もちろん柊もそのことはよく理解していた。防衛任務は1度も手を抜いたことはないし、ありったけの時間をランク戦につぎ込んで自分を鍛えた。

 けどどれほど繰り返しても彼の心は満たされることはなく、むしろ不安を駆り立てた。自分の力は本当に必要なのか、自分より適任がほかにいるのではないか。

 

 防衛任務は市民ひとりひとりにマンツーマンで警護につくわけでもないし、トリオン兵との戦闘は大事をとって集団で行われる。つまり、彼を必要とする場面に出会ったことがないのだ。葵と本音を言い合ったあの日に生まれた焦りを、それらの事情が後押ししていく。

 

 だから彼はどんな状況でも1人で戦う。誰かを守り、救えるようになるために。今のままでは、彼は周りの手を取ることはないだろう。

 

 1度沈んでしまった気持ちを引き上げて残りのトリオン兵を全滅させようと足を動かそうとしたところで、背後で大きな何かが動いた。反射的に振り返ると、そこには柊が倒したと思っていたバムスターがいた。孤月の入りが甘く、絶命には至らなかったようだ。しかし今の体制、タイミングではやつの攻撃を回避する余裕はない。シールドも間に合わないだろう。あと少しで柊に攻撃を入れようとしたバムスターは、しかし突如飛来した弾丸に撃ち抜かれ完全に絶命した。

 

「近野くん大丈夫?」

 

 少し遅れて那須が到着。柊の無事を確認する。

 

「え、えぇ。おかげさまで大丈夫です。ありがとうございました」

 

 あのまま攻撃を受けてもベイルアウトはしなかっただろうが、痛手を食らっていたのは間違いないだろう。自分の軽率さに冷や汗をかきつつ、柊は自分の無事と合わせて那須にお礼を言った。

 

「私たちは臨時でもチームなんだもの。これくらい当然よ」

 

 会話もそこそこに切り上げる。まだまだトリオン兵は残っており、今にも2人に襲いかかってくるだろう。2人もそれがわかっていた。那須はトリオンキューブを、柊は孤月をそれぞれ構え、戦闘態勢に入る。

 

「いくわよ近野くん」

 

「はい」

 

 もう先ほどのようなヘマはしない。柊は頭を切り替え、トリオン兵の群れへ飛び込んだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 それからは順調だった。柊が前でトリオン兵を斬り、那須が後ろから弾丸を撃ち出す。ただそれだけで2人はトリオン兵を端から討伐していった。

 柊の様子も落ち着いてきた。後ろから見ていて、那須は彼をそう評価した。ここに来る前彼に辛いことを思い出させてしまった。那須が到着した時もまだその動揺が抜けきっていなかったようで、彼らしくないミスをしているのが遠目にもわかるほどだった。しかしその心配はもうなさそうだ。

 

 最後の一体を柊が斬る。今度はちゃんと絶命したことを確認して、トリオン兵を全て討伐したことを報告する。

 

「小夜ちゃん。他に反応は?」

 

「いえ、ありません。今のが最後のようです。ゲートが開く気配もありません。回収班に連絡を取ります」

 

「わかったわ。よろしくね」

 

 オペレーターの志岐にも確認をとって、戦闘が完全に集結したと判断した。気を抜けるわけではないが、ようやく一息つけるというものだ。

 

「近野く……?」

 

 那須は柊にも戦闘が一区切りついたことを報告しようとして、彼の様子がおかしいことに気がついた。孤月を鞘にしまわずに、右手奥の暗闇をじっと凝視している。何かあるのだろうか?柊に確かめようとして、しかし彼はそれより早く握る孤月を振り抜いた。

 

 瞬間的に拡張された刀身は、彼が見ていたであろうところを斬り裂こうとして、何かに弾かれた。

 

「先輩……何かいます!」

 

 旋空孤月の切れ味は切っ先に行くほど高くなり、その刃は民家をも斬り裂く。つまり通常であれば民家は障害物になり得ず、その孤月は振り切れるはずなのだ。しかし今の彼は明らかに弾かれたような反応を見せた。まるで何かに防がれたかのように。何かいつもとは違う何かがある、もしくはいるということかもしれない。

 

 くまちゃんたちを呼んだ方がいいの……?

 

 那須はどう対応すべきか思案した。たった今オペレーターの志岐によって付近に敵の反応はないと結論が出たばかりなのだ。近くにトリオン兵がいるとは考えづらい。しかし彼が嘘をつくとも思えなかった。()()までするなら尚更だ。

 今彼の目が何かを捉えた。

 

 取り敢えず確認しよう。那須が柊に指示を出そうとして、彼の体が地面から()()()()()ブレードによって貫かれた。

 

 

 

 間近で視認した那須もその不可解な現象に一瞬だけ呆然としてしまった。

 貫かれた本人である柊も、戦闘中であれば致命的な隙となるほどの時間を要してようやく現実を認識し、急いで跳びのいてブレードから逃れる。傷口からトリオンが漏れ出すが、幸い傷は小さく致命傷も避けていたためすぐにベイルアウトすることはなさそうだ。

 ブレードをくらう直前、暗闇に包まれた街の中に言葉で表せないような些細な違和感を感じていた彼は反射的に避けようとした。もしそうしなかったら、彼はトリオン器官を貫かれ即ベイルアウトしていただろう。

 

 未だに訳がわかっていないが、ひとつだけはっきりした。それはこちらに攻撃を仕掛けてきたトリオン兵、もしくは()()()()がいるということ。

 一先ず情報の共有が必要だろう。那須は熊谷と日浦、それから念のため荒船隊のメンバーにも連絡を回すよう志岐に指示する。普段起こりえない現象だ。慎重すぎるくらいの対応で構わないだろう。

 

 問題は敵のことだ。いくら暗闇といっても視覚支援していればほぼ見渡せるようになる。それなのに那須は敵の姿が確認できなかった。物陰に潜んでいるのかとレーダーを起動しても、表示されるのは那須と柊だけだ。精度を上げても相変わらず確認できない。

 これは一度()に指示を仰いだ方がいいのかもしれない。そう思ったところで志岐から通信が入った。この付近にいる全員に情報の共有が済んだようである。

 

「何か動いた……!」

 

 ここで柊が何かに反応した。必死に目を凝らしていた彼は、視界の隅で何かが動くような違和感を感じたのだ。視覚支援が入っている今の彼にはつや消しされた黒とつや消しされていない黒くらいの色の違いでも見分けることができる。そんな状態の彼がそう言ったのだ。何かがいるのは間違いないだろう。

 

「見た目はわかる?」

 

 何故かレーダーに反応しない正体不明の敵。那須は少しでも情報を得るために柊に問いかけた。

 

「普段のトリオン兵よりはかなり小さかったです。具体的な姿はわかりませんが、高さは多分人と同じくらいだと思います」

 

「人くらいの大きさ……」

 

 かろうじて捉えた特徴を述べていく。暗闇に紛れていたので全体の詳しい特徴は無いが、現時点でそれは十分な情報である。

 普段攻めてくるトリオン兵はバンダーやバムスターといった大型のものが多い。モールモッドでも人より大きいのだ。相対的に人ほどの高さはかなり小型となる。新しいトリオン兵のタイプだろうか。

 

『那須隊長。こちら本部の忍田だ。状況は確認しているが念のため簡単に状況を報告してもらいたい』

 

『忍田本部長!』

 

 ここで本部上層部の忍田真史から通信が入る。どうやら志岐が本部に簡単に報告してくれたようだ。

 

『近野く……近野隊員と私がトリオン兵を殲滅した後、地面から生えてきたブレードによって近野隊員がダメージを受けました。幸い軽傷です』

 

『周りとの情報共有は』

 

『荒船隊には済ませました』

 

『よし、敵の特徴はわかるか?』

 

『まだはっきり視認できていませんがサイズは人と同じくらいだと思われます』

 

 那須は忍田に得た情報を伝えていく。改めて言葉に出して、まだほとんど正体をつかめていないという事実に気づかされた。

 

『よしわかった。那須隊長、近野隊員はこのまま付近を警戒。他の隊員についてもそちらの援護に向かってもらう。スナイパーは敵の捜索だ。敵が複数いる場合も考えられる。充分注意してくれ』

 

『『了解です』』

 

 流石ボーダーを統括する立場にある人だ。忍田本部長の指示によって今後の方針が瞬く間に決まっていく。

 

 なんとかして敵の正体と居場所を暴きたいものの、レーダーに映らない以上簡単ではないだろう。けれどこのまま膠着状態のままではその隙に逃げられてしまう可能性がある。どうにかプレッシャーを与えてこの場に縫い付けておきたいところだ。

 

「屋根に登りましょう。もしかしたらブレードを回避できるかもしれないわ」

 

「わかりました」

 

 2人は屋根に登り、角度をつけて敵の捜索にあたる。お互いにフォローできる距離を保ちつつ、じわりじわりと柊が何かを見たところへ詰めていく。

 その瞬間、またも地面からブレードが生えてくる。しかし今度は2()()だ。

 

「っ!」

 

 高さを取ったため余裕を持って回避できたが、攻撃の手数が増えたという事実が2人にのしかかる。

 敵は複数という仮説が強くなった。そうでなくとも複数を一度に対処できる力を持っているということとなる。これで迂闊に近づけなくなってしまった。

 

 

 ーーこちら側が2人だけならば。

 

 

「来たよ玲!」

「荒船現着した」

 

 この場にはチームメイトが、力を貸してくれる味方がいる。1人で無理でも、仲間と力を合わせればきっとなんとかできる。那須は駆けつけてくれた熊谷たちをとても頼もしく思った。

 

 

 

 しかしその一方で、柊の孤月を握る力が強くなっていった。

 

 

 

 




急にアクセス数が増えたりお気に入りの数が増えたりしてわけがわからなくなりました。ホントにありがとうございます。

自分が思い描くシナリオがちゃんと人様に見せられるクオリティか、それを正しく表現して伝えられているか非常に怖いですが、頑張っていくので是非これからもよろしくお願いします。


何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に誤字報告、評価、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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第16話

 

 

 

 

「荒船先輩。この場の指揮をお願いしてもいいですか?」

 

「構わないが、俺は近野のことを詳しく知らない。あいつのことをよく知っている那須の方が適任じゃないのか?」

 

「先程の出来事で、できたことは先輩達への連絡の指示くらいです。咄嗟のことで近野くんに指示が出せなかったので」

 

「連絡を回す指示を出せたってだけで十分なことだと思うが……、まあわかった。俺が指示を出そう」

 

「ありがとうございます」

 

 那須が荒船へ指揮権を託す。それはこの場の最年長の荒船に現場の指揮をしてもらいたいという考えのもとだった。彼女が咄嗟に指示を出せなかったと考えていることも本当だが。これを通信で聴いていた那須隊のメンバーも柊も異議を唱えることはなく、この場の指揮権はスムーズに荒船へと移行した。

 

「代わりと言っちゃなんだが、近野のことは任せるぞ。あいつのことは詳しく知らないからな」

 

「はい」

 

 通信を切り、荒船は詳しく知らない柊についてを那須に頼む。

 

「これからどうしますか?荒船先輩」

 

「そうだな……。スナイパーが敵を見つけるまで包囲網を維持したほうがいいだろう。敵がいると思われる方へプレッシャーをかける」

 

「「了解」」

 

「……了解」

 

 指揮を任された荒船の指示のもと、那須たちは今後の方針を決めていく。敵の居場所、正体が不明のため彼らから打って出ることはできないが、日浦たちスナイパーが代わりに探してくれている。敵にスナイパーたちの行動を悟らせないようにプレッシャーをかけていこうという判断だった。

 

 そんな時だ、荒船隊のスナイパー半崎義人から全員に通信が入ったのは。

 

『それっぽいやつ見つけました。けどあれ……人?』

 

 夜空に輝く満月が、雲から顔を出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 貴重な光源の月明かりが雲に隠れてあたりを見渡しにくくなった。

 荒船隊長の指示に従い敵の捜索にあたっていた荒船隊所属のスナイパー、半崎義人は内心ダルいなぁと心の中で愚痴を漏らす。

 

『那須さん達が敵を確認したのはこの辺りよ。奇襲に警戒して』

 

『了解』

 

 一足先にポイントについた半崎はオペレーターの加賀美倫にマークしてもらったポイントを見下ろせる建物にスタンバイしてライフルのスコープを覗いて索敵を始める。

 普段の防衛ではこのように目による索敵をしない。侵攻してくるトリオン兵はボーダーの技術によってレーダーに映るからだ。しかし今回はどういうわけか敵をレーダーで捉えることができなかった。レーダーに映らないトリオン兵を開発したのか、はたまたバッグワームのようなトリガーを発明したのか。半崎もそのことは気にはなったが、今考えても答えは出ないためその思考を頭の隅へ押しやった。

 

 レーダーが効かない以上必要になるのは自力で索敵するスキルだ。だが彼はすでにそれを有している。

 定期的に開催されるスナイパー合同訓練やB級ランク戦のおかげで、レーダーに頼らない索敵の場数もそれなりに踏めていたのだ。

 

 

 ダルかったけどサボらなくてよかった。

 

 

 半崎は過去の自分に感謝した。

 努力は必ず実るだなんて考えは持ち合わせていないが、少なくとも今こうして索敵できるのは、紛れもなく日々の訓練の賜物だった。

 

 自身を讃えつつ索敵を続けていると、満月を隠していた雲がようやく退き始めた。雲の切れ間から月明かりが筋のように街を照らしていく。おかげであたりがほんの少し明るくなり、見渡しやすくなった。トリオン体である半崎にはオペレーターによる視覚支援が施されているため暗闇でもある程度視えるようになるのだが、所詮支援なのではっきり鮮明とはいかない。だから満月の月明かりが再び差し始めたのはとてもありがたかった。視界が明るくなる。

 

 

 

 気づいたのは偶然だった。加賀美に視覚支援を切ってもらうため一旦スコープから目を離した半崎は、街全体を見渡していると不自然に暗い、いや()()()()になっている場所に気がついた。

それはすぐに周りの明るさに溶け込んだが、周りにそのような影を作り出すようなものもない。何より、周りに合わせるように色が変化したこと自体がおかしかった。

 

 その不自然さの正体を探るべく、半崎は急いでスコープを覗き直し、視界に収める。既に視覚支援は切ってもらってあるため、視界は先程よりも鮮明だった。

 

 そうして見つけた違和感の正体。サイズは2メートルも無いだろう。布のようなものを被っているためそれが何なのかは判別できないが、それでもトリオン兵とは考えずらかった。なぜなら小さすぎるから。普段攻め込んでくるトリオン兵の中で一番小型なモールモッドでさえ、人をひと回りもふた回りも上回る大きさなのだ。新型のトリオン兵だった場合はそれはそれで厄介だが、これ以上は仮説が進まなくなると半崎はその可能性を一旦除外した。

 

 トリオン兵でないのであれば、もう半崎に考えられるのは人間しかなかった。しかし民間人では先ほどの色の疑問が解決できない。今の日本には、トリオン技術を抜きにそれほどのテクノロジーは無いからだ。

 

 結局何なのかわからないままだが、ともかく怪しいことには変わりない。半崎は通信を繋げ荒船たちに報告した。

 

『それっぽいやつ見つけました。けどあれ……人?』

 

 布のせいで正確にはわからないが、あのシルエットは人のそれに近い。

 

『半崎、どういうことだ』

 

『先輩達が見てる方向の、丁度那須先輩達が何か見たって言ってた辺りに何かがいるんです。バッグワームみたいなのを頭から被ってるやつが』

 

『!サイズは』

 

『モールモッドより全然小さいです。多分報告にあった大きさと同じくらいの大きさです』

 

『……了解よくやった。俺たちも確認する。半崎はそのまま補足しておいてくれ』

 

『了解っす』

 

 荒船からの指示により、半崎はその場で待機することとなった。もう一度スコープを覗いて敵を視界の中心に収める。

 レーダーで確認したところ、目標のやつは彼が陣取っているマンションからだいたい150mくらい離れた民家の陰に身を寄せて隠れていた。といっても半崎には丸見えで、むしろ柊や那須がいる側から隠れるように身を寄せている。

 位置、タイミング、仕草。見れば見るほど怪しく見えてくる。半崎はやつを敵だと断定し始めていた。

 

 そんな時だ。やつが突然辺りを気にし始めた。柊や那須がいる側を気にしながら辺りを見渡している。

 半崎と反対方向を見る。そこには誰もいない。

 次の方向に視線を移す。そちらも誰もいない。

 さらに視線を動かす。半崎のいる方向に。

 

 

 

 

 

 瞬間、とてつもないほどの悪寒が半崎を包み込んだ。

 

 

 

 

 

『見られた。こっちに来ます!』

 

 やつは半崎を認識したのか猛スピードで距離を詰めにかかる。迎撃しようにも、やつは民家を上手く使いながら斜線を切っていた。これでは半崎の狙撃は当たらない。

 

 スナイパーは大前提として距離を詰められてはいけないものだ。なぜならば、スナイパーは詰めてきた相手に対処する術を持たないから。

 現在進行形で距離を詰められている半崎は直ちに離脱して距離を取るべきだった。それがセオリーで、生存に繋がる唯一にして可能性の高い手段だから。

 

 けれど半崎はそうしなかった。今ここで離脱すれば彼は助かる可能性はぐっと高まるだろう。しかしその場合やつのマークを外すことになる。そうすれば再び見失ってしまう。レーダーに映らないやつを見つけられたのはただの偶然なのだ。この機を逃すつもりは半崎にはなかった。

 

 2人の距離は残り50mほど。彼がいる地上5階建てのマンションは通りに面している。障害物がないそのタイミングで当ててみせる。とスコープを覗きながら半崎は引き金に指をかけた。

 

 

 

 やつが通りに飛び出す。逃げ場はもうない。ここで仕留めてやろうと半崎は引き金を引く。

 

 しかしそれより一瞬早く、半崎は伸びてきたブレードに貫かれた。正確にトリオン器官を貫かれ、トリオンが一気に漏れ出す。光の柱と化す直前、ライフルの銃声だけが響き渡った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 星が瞬く夜空を光の筋が駆けていく。しかしそれは流れ星などという神秘的なものではない。地上から空へ、ボーダー本部へと走るその光は半崎が倒れた証。ベイルアウトの光だった。

 

 しかしレーダーが示すマーカーの数は変化しなかった。半崎は既にベイルアウトしているというのに。つまりこれは敵がレーダーに移ったということ。半崎が土壇場でやってくれたのだろう。

 そこまで状況を判断できた荒船の側を誰かが駆け抜けた。

 

「近野くん!」

 

 荒船の側を駆け抜けた人物、近野柊は那須の声には反応せずに速度を上げて駆けていった。慌てて追いかける荒船たちだったが、余程スピードを出しているのか追いつくどころか少しずつ離されていく。

 

 姿を見失う程ではない。しかしだからと言ってこれ以上引き離されるのを那須は良しとできなかった。

 今の柊は精神的に不安定なのだ。我先にと先行するその姿勢。普段なら犯さないであろう小さなミス。彼女が合流してから一旦落ち着いたそれは、謎の敵からの襲撃で柊は再び不安定になってしまっていた。

 そもそも彼が精神的に不安定なのは、先日彼の妹と対面して話を聞き出したのが原因なのだ。その機会を設けた那須は、彼女たち那須隊は自分たちに原因の一端があると自覚している。ならば、少なくとも彼の調子が戻るまで彼を放っておいてはいけない。

 

 荒船も柊を1人で行かせることを良しとしなかった。ただし理由は彼女たちと違う。いくら実力者だからと言っても未知の敵を相手に1人で勝てる保証などどこにもない。今この場を確実に乗り越えるためにも、彼という戦力を失いたくないのだ。

 

 那須たちは彼の友人として、荒船は指示を出す立場の人間としてそれぞれ正しかった。

 

 

 

 しかしそれを知り得ない柊。周りのことなど考える余裕もなく、ひたすらに敵を目指して駆けていく。敵を討ち取って町を守る。ただそれだけのために。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 何故思い通りにいかない。

 

 

 民家に身を寄せて隠れ直した柊たちの敵である近界民ーメルトは()()()()フード付きマントを処分しながら先ほどのことを振り返る。

 

 隠密に向いている彼が奇襲する事で敵戦力を減らしつつ、敵を引きつけて足止めをする。そういう作戦だった。

 しかし現実は違った。最初の奇襲は失敗し、メルトの居場所は既に柊たちに特定されてしまっている。居場所が勘付かれたと悟ったメルトはなんとか彼を見つけたスナイパー、半崎を倒したが、代わりにライフルの弾丸が羽織っていたマントに直撃、マントは機能を停止してしまった。これによって彼の位置はレーダーによって捕捉されたのだ。敵を1人倒したとはいえ、マントを失ったのはメルトにとってかなりの痛手だった。

 

 それにしても、と彼は思考を切り替える。実力、組織力。どれを取ってもレベルが高い。下手な近界の小国よりも上だとメルトは感じていた。

 

近界(ミデン)の進歩は目覚ましい、か」

 

 成長速度が早い。最後に仕入れた情報は半年ほど前のものだが、明らかにそれを上回っている。トリオン技術の低いボーダーを、近界(ミデン)を彼らは無意識のうちに舐めていたかもしれない。だとしたら、それが思い通りにいかなかった原因だ。

 

 手元に映すレーダーに視線をやる。既に柊たちはすぐそこまできていた。マントが破られた今、これまでのように隠れ続けるのは無理だ。ならば迎え撃つのみ。メルトは通りに出ることで先行していた柊に姿を見せた。

 

 

 

 視線が交わる。

 

 

 

 それを合図に柊はさらに加速して、大きく飛び上がった。手に握る孤月を振りかぶり攻撃の体制を整える。加速と落下の勢いを加えた振り下ろしがメルトに迫った。

 

 素手のメルトに、柊の刃が迫る。刃が届くまであとコンマ数秒。もう武器の展開は間に合わない。

 

 決まると確信した柊の攻撃は、しかしメルトに届くことはなかった。メルトの足元から伸びたブレードが2本、交差するようにして柊の孤月を受け止めたからだ。予想しなかった妨害に柊は動揺。体が硬直してしまう。それをメルトは見逃さなかった。

 メルトの足元からさらに2本のブレードが出現。左右から挟み込むように斬り裂こうと柊に迫る。

 それに気がついた柊だったが、一瞬遅かった。強引に身をひねり回避した柊の左脇と右肩をブレードが裂く。浅かったため伝達系に被害は無かったが、傷口から少なくないトリオンが漏れ出した。

 

 接近は危険と判断した柊は大きく後方にジャンプ。メルトの射程から抜け出した。今度は射程外から攻めようと着地と同時に居合のように構える。

 彼が得意とする旋空孤月。彼我の距離は15m。先ほどの攻防ではメルトのブレードの射程は精々が7〜8メートルだった。それを確認できたからこその選択。

 向こうの攻撃は届かない。この距離ならば唯一旋空の射程内だ。

 

 勢いよく振り抜かれた孤月。拡張され伸びる刃がメルトに迫る。今度こそ、と放たれた柊の旋空孤月は、しかしまた阻まれた。

 メルトはブレードを重ねることで防いでいた。重ねたブレードのうちの一枚が耐え切れず斬られ地に転がる。

 

 ボーダーにおいてトップクラスの強度を誇る盾トリガー、エスクードさえも斬りはらうことが可能な旋空がこうも易々と防がれた事実が柊に重くのしかかる。近づいても、離れても、攻撃は通用しない。嫌な予想が、柊の頭の中をよぎり始めた。それを自覚した柊は嫌な思考を振り払うべく、メルトに向かって再び特攻を仕掛けた。

 

 

 

 

 





大変お待たせして申し訳ございません。
本当はもっと早く投稿するつもりだったのですが、忙しさに拍車がかかり、睡眠時間が削られ、作業を進められない状況になっていました。あと自分の作業スピードの遅さも原因ですね。丸一日かけてようやく一話完成するか、くらいの亀なので……。

これからも腐らず活動を続けていくつもりですが、安定した更新を約束することは難しいと言わざるを得ません。しかしこれからも頑張って活動していくのでどうかよろしくお願いします。

さて、久々の更新でしたが、繋ぎの回でいまいち盛り上がりに欠けてしまいました。ただでさえよくわからないキャラが出てきて混乱してるのに…!なんていう人もいるかもしれません。なのでこれからの更新は一話ごとの文字数を減らしてなるべく展開を早くしようと思っています。

お気に入りしてくれた方、お気に入りを外さずにいてくれた方大変ありがとうございます!

あと感想、お待ちしております……!


本編補足

・マント
バッグワームのようにレーダーに映らないようにする。また、保護色で周りに同化できるため、視認も阻害できるといった機能を有している。しかし保護色には若干のタイムラグあり。あまりにも高性能なため、ほんの少しのダメージで破損してしまう。いわゆるアイテムの位置づけなので武器トリガーとの同時展開が可能であり、構想初期のころは闇に紛れながら攻撃!なんていう妄想を働かせていたのに上記の破損設定のせいでお蔵入りになった。コンセプトはバッグワーム+カメレオン。


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第17話

 

 

 弧月を振り上げ、振り下ろす。

 落下の加速が加わったその攻撃はシンプルながらも十分な威力を持つ。しかしその攻撃力を持ってしても、柊の攻撃はメルトには届かなかった。ブレードを2本交差するように具現化させ、弧月をがっちりと受け止める。それに対し反撃を警戒した柊は瞬時に距離を取る。先程からこれの繰り返しだった。

 

 複数のブレードを操り的確に防御するメルトを相手に、柊は攻め切れなかった。それは手数の違いや戦い方によるものが大きい。

 

 柊一人ではこの膠着状態を脱することができない。それどころか勝つことさえも……。

 今の状況を周りがみればそう判断するだろうし、柊本人もそう感じていた。しかし理屈とは別に、彼はどうしてもその事実を受け入れることができなかった。

 

 もう二度と大切な人を失わないために。

 そのためだけに一人で戦う強さを求めてきた柊は、しかし一対一の状況で押されている。

 

 認められなかった。勝てないと認めてしまったら、彼のこれまでの努力が否定されてしまう気がしたから。

 

 認めない。たとえ刺し違えても、倒してみせる。

 

 自身の迷いを、不安を振り払おうと柊は構える。

 

 そう決意し飛び込もうとしたところで、待ったをかけるようにメルトに弾丸が撃ち込まれた。飛来した弾丸が彼を牽制する。その隙に彼を庇うように荒船、那須、熊谷が降り立った。

 

「やっと追いついた。ったく、あんたってやつは」

 

 熊谷の口から不満が溢れる。

 他二人もメルトを警戒しつつ、柊を見やる。目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、言葉無き二人からの不満が柊に余すことなく伝わった。

 

「やつの攻撃パターンはわかるか?」

 

『足元の地面から伸びるブレードが敵のトリガーだと思うわ。確認できただけで最大5本よ。射程も伸ばせるみたいだから注意して』

 

 荒船の指示にオペ間で情報を共有していた加賀美倫が敵トリガーについて情報を提供する。その情報を元に、荒船は対処法を思案する。

 

 一方メルトは、先ほどとは違うこの膠着状態を堪能していた。もともと時間稼ぎが目的の彼にとって、この状況はありがたかったのだ。既に()()()()()()()()味方二人はどうだろうか。メルトは基地の方向へ視線をやった。

 

 

 

『ひとまず、2-2に分けよう』

 

 目の前の敵に警戒しながら、荒船が通信越しに指示を出した。敵一人に対して、彼らは四人。うち三人はアタッカーだったのもあり、分ける必要があった。

 

『普段から組んでいる那須と熊谷で組んでくれ。アタッカーの連携はシビアだからな。俺が近野に合わせよう』

 

 続けてメンバーを分ける。彼が言った通り、敵に接近するアタッカーは複数でかかると互いの距離が近くなるため連携が難しくなる。その難しさは戦い慣れたチームでもない限り付け焼き刃にもならないほどにだ。

 故に荒船は2-2に分けることでアタッカーを分け役割を割り振ることで、簡易でありながらもチームを作りアタッカーの連携場面を極力減らしたのだ。

 

 アタッカーを分けて大体の方針も決めた。いつ攻めようかーー

 

 荒船が再び思考に入ったその瞬間、またもや柊が単独で飛び出した。メルトの視線が建物へ逸れた瞬間を狙ったからこその突撃であったものの、余裕のなかった柊はやはり荒船の指示より、脊髄反射を優先してしまった。抜き放った孤月を左脇に構えて身体を引き絞る。

 

「っおい!」

 

 荒船の声が響く中、柊の旋空弧月が発動。拡張される刃を操って離れたメルトへと刃を届かせる。しかしメルトは油断していなかったのか、はたまたそう来ると()()()()()()かのようにブレードを具現させ防御する。柊の攻撃は余裕を持って重ねられたブレードを、やはり一枚砕くにとどまった。

 

 慌てて荒船たちも駆け出す。

 

『行くぞ!』

 

 

 

***

 

 

 

 メルトと同じマントを被った二人組が、基地内の廊下を駆ける。マントによって周囲に溶け込んでいるため、一瞬見ただけでは見抜かれないだろう。しかも二人の足音さ極限まで抑えられており、まるで隠密行動のようだった。それもそのはず、二人は文字通り潜入していたのだ。表のメルトを囮として、二人はひっそりと基地内へ侵入した。

 

 言葉を交わさずに、二人はアイコンタクトと手振りだけで情報を共有しながら、二人は目的の地へ向かう。

 

 しかしいくら足音を抑えていると言ってもゼロにはならない。もちろん発生する音の大きさはごく僅かなものだが、ボーダーにはそのごく僅かな音を聞き取れる人物が存在した。

 

「待ちなよ」

 

 開けた廊下の広場で、二人の隊員が行方を遮る。肩ほどまである髪を1つにまとめた少年と、逆立った髪を持った少年だ。

 

「なんか変な足音すると思って見に来たら、いかにも怪しいですって格好してるし」

 

「何者だ」

 

 青い隊服に身を包んだA級風間隊の菊地原士郎と歌川遼が問いかけ、構える。菊地原たちが二人に気づいたのは偶然だった。偶然近くにいた菊地原が二人のごく僅かな足音を拾い、こうして先回りして待ち構えていたのだ。

 

 菊地原が持つ強化聴覚のサイドエフェクト。それは簡単に言ってしまえばただ耳がいいだけのものだが、長い間それを使っていた菊地原はあらゆる音を聞き分けることができる。その精度は心音によって動揺しているか否かまで可能だ。

 そして菊地原が聞いた二人の抑えられた足音は、彼にとってはあからさまに"バレないように"という意図を含んでいるのが筒抜けだった。

 

 上からの通達で、既に菊地原たちは正体不明の敵が攻め込んでいることは把握している。そして、外のやつ以外にも敵がいる可能性も。故に菊地原と歌川は目の前の二人組もその仲間だとあたりをつけていた。

 

「悪いけど、あんたたちには何もさせないよ」

 

 相手を舐めるように、しかし決して油断せずに菊地原は宣言する。歌川も獲物を持って構える。

 

 マントの二人は菊地原たちを見て、決して油断できない強者であると気を引き締める。そうやって二人の警戒レベルを引き上げさせたところで。

 

 

 

 第3の刃が背後から二人に襲いかかった。

 

 

 

 

 強襲した本人、風間は透明化を解いて菊地原たちの元まで後退し、油断など微塵もない鋭い眼光で二人を見やった。

 

 ボーダーに少数だが存在するコンセプトチーム。そのうちの1つが風間隊だ。透明化するオプショントリガー、カメレオンを戦闘に組み込み、菊地原の耳と合わせてアタッカーの綿密な連携を透明のまま実現させ、ステルス戦闘を確立させたのだ。

 そんな風間隊だったからこそ、今回の隠密(ステルス)は彼らに分があったようだ。

 

 風間の奇襲は直前で反応されたために致命傷には至らなかったが、確かなダメージは与えた。一人は腕を斬り落とし、もう一人も腹を割かれてトリオンが漏れ出している。何よりマントにダメージが入ったことで擬似的な透明化が解除され、姿を視認できるようになったことは大きかった。

 

 効力を失ったマントを廃棄し、二人は姿を露わにさせた。左腕を失った女ーーオームーーと体格のいい男ーーグラムーーはそれぞれ戦闘態勢を取り、トリガーを起動した。

 

 オームは右手に取り回しのしやすいハンドガンを装備し、グラムの両腕にはあらゆるものでも破壊できそうなドリルアームが具現化され、それぞれ構えを取る。

 

 対する風間隊も、思考を止めることなくそれぞれの獲物からタイプ、攻撃方法を予測、共有して警戒を高める。

 

 

 

「なんだなんだ、面白そうなことしてるな」

 

 

 

 緊張感が高まり、今にも開戦しそうなその場に突如として間延びした声が響いた。その場にいた全員、いや風間隊はオペレーターか通信越しに連絡を受けたためオームとグランだけがその声の発生地へ注意を向ける。

 風間隊の背後から静かで、それでも確かな重みを持った足音が響く。両腰に携える弧月のうち一本だけを抜いて、その男は不敵な笑みを浮かべた。

 

「俺も混ぜてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 A級並びに総合1位の太刀川慶、参戦。

 

 

 

 

 

 

「混ぜてくれ、だと?事はそんな簡単な話じゃないぞ、太刀川」

 

「わかってるよ風間さん。忍田さんからの指示だからきっちりやるさ。けど()()()でネイバーと戦うなんて初めてだからな、少しくらいいいでしょ?」

 

 ()()()()風間からの注意に対してそれでも太刀川は普段通りに言葉を返す。呑気に話す太刀川だが、オームたちから攻撃を食らう事はなかった。というよりオームたちは攻撃しなかった。だらけているように見えた太刀川に、一切隙がなかったからだ。一振りの弧月を握りながらもリラックスして風間と会話していた彼は常に目の前の敵にも注意を払っていた。それこそ一歩踏み出すだけで斬撃を飛ばそうとするほど。

 それを理解できたからこそ、オームたちは攻撃できなかった。そして理解してしまった。

 

 目の前の男がどれほどの強者か。

 

 因みに風間は太刀川の様子を理解し、オームたちの油断を引き出すためにわざと苦言を呈していた。形だけの、というのはそういう事だった。

 しかし相対する二人もただのやからではなかったようだ。簡易的なものではあったが釣りにもしっかりと我慢できたあたり、それなりに腕の立つのだろう。風間は敵の警戒レベルを1つ引き上げた。

 

「さて、あんたたちが何しに来たのか知らないが」

 

 太刀川が、風間が、菊地原と歌川がそれぞれ戦闘態勢に入る。ボーダーが誇る精鋭が、侵入者を迎え撃った。

 

「こっから先には行かせないぜ」

 

 

 

 

 




色々説明不足だったり、丁寧さが足りない気しかしないけど、最新話投稿させていただきました。

今自分の頭の中にリメイクという選択肢がちらつき始めています。詳しくは活動報告に書いてあります。意見も募集しています。
オラに元気を分けてください。


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第18話

 

 

 

「悪いがオレらの目的地はその先だ!通さないと言うならば、力ずくで押し通る!」

 

「上等」

 

 ドリルアームを装備したグランが突進する。対する太刀川も弧月で受け止めようとして、土壇場で大きく下がった。空を切ったグランの一撃が大きな音をたてながら床を大きく抉り取る。

 

「いい判断だ!」

 

「やば」

 

 予想以上の破壊力に太刀川が冷や汗を流す。受け止めずに回避を選んだ自分の直感は間違っていなかったと安堵した。

 

 それにしても。

 太刀川は体制を整えながらグランを観察する。ガタイのいい体から繰り出される一撃はどうやら並みの威力ではないらしい。ただ殴るだけでも十分威力がありそうだが、その威力をドリルの尖った先端に集約されることで破壊力を上げていた。回転も加えて相当に厄介だった。

 

 この一瞬で太刀川はグランの攻撃が余裕でシールドを食い破ることを理解する。

 お返しにと繰り出した反撃の一太刀も易々とボディで防がれた。相当に硬い。

 

『風間さん。こいつのこの硬さ、シールドも簡単に突き破るかも』

 

『ならスコーピオンも相性が悪いな。そいつは太刀川が斬れ。歌川と菊地原は俺と女をやるぞ』

 

『『了解』』

 

 風間隊が動き出す。狙われたオームはハンドガンで牽制するが、風間達はそれを必要最小限の動きで回避。スコーピオンを手にオームへと仕掛けた。対するオームも躱されたことを引きずる事もなくすぐに頭を切り替え、()()()()()()()風間たちを迎撃した。

 

「⁉︎」

 

 たった一瞬。オームから弾丸へと注意がそれたたった一瞬のうちに獲物が変化した。その事実に風間は一瞬動揺するが、彼も一瞬で立て直す。スコーピオンでそらすことでタイミングをずらして回避。返す刃で追撃を弾く。

 両側から菊地原達が飛び出す。風間と激突した直後の硬直を狙い、かつ一本のブレードで対応できないように二方向からの攻撃。アタッカー同士の緻密な連携を得意とする風間隊だからこそできた攻撃だった。普通ならば手傷を負わせるであろう連携だが、あいにくオームは、いや彼女のトリガーは普通ではなかった。何の合図も予備動作も無しに再びトリガーがその形を変えていく。

 

「うわ」

 

 たった一瞬でスピアへと変形したそれを巧みに操りオームは二人をあっという間に退けた。

 

『何あれ、変わったの使ってるね』

 

『複数の形状に変形できるトリガー、しかも変形のラグはほぼ無し』

 

『だが、どれだけ姿を変えられても現状具現できる形状は1つだけだ』

 

 通信を介して方針を練る風間隊。僅かな斬り合いだけで現状を正確に把握できるそれは流石A級だと言えるだろう。風間は思考を働かせながら横目で単身敵と交戦中の太刀川に視線をやる。二刀の弧月を翻し手数をもって攻め立てるが、グランの堅い守りに中々攻め切れないようだった。

 

『奴に向こうを援護させるな。コイツはここに釘付けにする。先ずはパターンを全て引き出すぞ』

 

『了解』

 

『……』

 

 屋内の戦闘が加速していく。

 

 

 

***

 

 

 

 一方外の戦闘。状況は良くなかった。

 

 果敢に攻め立てる柊だが、その攻撃は次第に通らなくなっていった。柊の繰り出す攻撃をメルトはまるで()()()()()()かのように躱す、または防いでいく。念のため言っておくが、柊の攻撃は生半可なものではなかった。かがり気味ではあるもののアタッカーランク上位に位置する柊のそれは正しく猛攻と呼ぶにふさわしいものだ。それをメルトはいとも簡単にやり過ごしている。荒船達の攻撃も加わっているのにだ。そしてその事実が、柊を更に焦らせる。

 

「くそっ!」

 

 最早焦りを隠す余裕もない柊は、メルトが下がったタイミングで構えた。瞬間的に攻撃を拡張するオプショントリガー、旋空。その一撃を持って、メルトを斬り裂こうとする。

 

「っおい⁉︎」

 

「近野!」

 

 旋空弧月はブレードによる斬撃である。加えて言うなら狙撃のような点での攻撃ではなく線の攻撃だ。つまりアタッカー同士の連携においては不向きなのだ。下手をしなくても味方ごと斬ってしまいかねない。複数で敵にあたっていたこの場合において、旋空弧月は完全な悪手だった。

 柊の次の行動を察知した荒船と熊谷は思わず声をあげた。その声で柊の意識に二人の存在が帰ってくる。それが絶好の隙を生んだ。

 

 

 

 メルトがブレードを伸ばす。旋空にも劣らないその拡張スピードに、柊は避けきれなかった。柊の右腕が肩から斬り落とされる。その小さくない傷口から大量にあるトリオンが漏れ出していく。

 

 攻撃しようとしたはずが、逆に攻撃をくらい痛手を負った。その事実に柊の思考が停止してしまう。好機と見たメルトが右腕と武器を失い体勢を崩した柊にトドメとしてもう一度ブレードを伸ばす。柊は動けなかった。ブレードが彼を貫こうとしてーー

 

 

 

 ーー熊谷がそれを斬り伏せた。土壇場で柊の援護に回った彼女が柊に代わって捌いていく。二撃三撃と防ぐ彼女を援護するように荒船がメルトを直接狙う。彼の一撃も十分に鋭かったものの、やはりメルトは分かっていると言わんばかりに展開したブレードで易々と受け止めた。

 しかし荒船も防がれるのは織り込み済み。いや、この後が本命だった。

 

『那須!やれ!』

 

『はいっ!』

 

 柊と熊谷を狙った2本のブレードと今防御に使用したブレードの計3本ーー柊と熊谷へのブレードは2本ずつ繋げているため実際は計5本分ーーを引き出した。

 

 荒船が下がると同時に那須の手元から放たれた弾丸がメルトを襲う。既にブレードを出し切っているメルトは防ぐ手段を持たず、下がるしかなかった。だが那須が打ち出したのは自由に弾道を設定できる変化弾であるバイパー。下がられた場合も考慮して設定された弾丸は地面に着弾する直前で平行になって追いかける。予想外の動きをしたバイパーにメルトは捕まった。撃ち抜かれた穴からトリオンが漏れ出していく。

 通常弾であるアステロイドに威力で劣るため決定打にはならなかったが、初めてダメージを与えることができた。ここが攻め時と見た那須。しかし荒船は那須の意思とは真逆の指示を出した。

 

『よし、一旦下がるぞ』

 

『えっ?下がるんですか。ダメージも与えられたのに。今なら』

 

『だからこそだ。確かに今なら押し切れるかもしれないが、まだ可能性は低いはず。何よりこっちも体制を整えたい』

 

 そう言って荒船は振り返る。視線の先には未だ傷口からトリオンが流れ出している柊の姿。自分たちよりも年下で、しかしこの中で誰よりも攻撃力を持つ彼を、戦力的にも彼自身のためにも放って置けなかった。荒船の視線から理解した那須からも、特に反論はなかった。

 

『けど姿を消すトリガーをまた使われたら』

 

『ああ。だから監視をつける。聞いていたな穂刈』

 

『ああ聞いていたさ、ずっとな』

 

 荒船の呼びかけに荒船隊のもう一人のスナイパーは倒置法という特殊な話し方で返す。いや、特殊ではあるがボケでもなんでもなくいつも通りなのだが。

 

『心配するな、既に補足している』

 

『那須先輩!私もいつでも撃てます!』

 

 穂刈に続いて那須隊スナイパーの日浦も報告する。

 

『よし、二人はそのまま奴を補足しておいてくれ。もし奴が姿を消す素ぶりを見せたらすぐに撃つんだ』

 

『日浦了解です!』

 

『了解、俺も』

 

 荒船がスナイパー二人に指示を出す。気休めではあるが対策は立てた。あとは下がるだけだ。

 

『那須頼む』

 

「はい。アステロイド!」

 

 威力重視にチューニングしたアステロイドをもってメルトを牽制。流石に二度は通じず完璧に防がれてしまっているが、視界は遮った。引くのなら今しかない。

 

 

 

***

 

 

 

 次々と迫る様はまるで弾丸の雨。正面から襲いかかるそれらにメルトは壁のようにフルにブレードを展開することで防いでいた。敵の出方を見れなくなるのは痛かったが、それでもこれは無視することのできない攻撃であった。下手に身体を晒すとあっという間に蜂の巣にされるであろう弾丸の密度だ。故に彼は守りに徹する。敵の殲滅ではなく囮が彼の目的であるのだから。

 

 やがて攻撃が止む。弾丸の雨を防ぎきったメルトが視界に捉えたのは、柊たちボーダーではなく放棄された家々のみだった。

 

「逃げたか?ステラ」

 

『はい』

 

 船を操縦しているもう一人の味方に通信を繋げる。彼にとって最悪なのはボーダーの兵たちがここを放棄して中の加勢に行くこと。そうなってしまった場合は彼らを追いかけなければならなくなるため、船のレーダーから敵の位置を探るよう指示を出した。

 

『少し距離を開けたところに反応があります。人数も変わっていないので奇襲はないと思いますが……。増援と狙撃には引き続き注意が必要かもしれません』

 

「そうか、助かる」

 

 狙撃を警戒して放棄されているであろう民家の中へと身を隠す。現場を一人任された彼にとって、やはり狙撃は最優先で警戒する必要があった。先程の半崎の狙撃は状況と経験から感付けたためどうにか反応できたただのラッキーだ。次も躱せる自信は流石になかった。

 何よりマントを失ったのが痛い。あれがあればまた潜伏してちょっかいをかけられたのだが、予備もないし無い物ねだりをしても仕方がない。メルトは窓から顔をのぞかせボーダーの兵が潜伏している方角へ視線を向けた。注視しながら状況を分析する。

 

 既に向こうの攻撃パターンは殆どを()()()()。特にブレードの武器を使い伸びる攻撃を多用する少年ーー柊に関しては全て見切ったと言って良いかもしれない。他の攻撃手も充分に対処が可能なレベルまで視ることができた。後は弾道が不規則に変化する弾丸への対処を間違えなければ落とされることはないだろう。経験に裏打ちされた実力がメルトに自信を与える。

 

 果たして次にぶつかる時、立っているのはどちらか。

 

 

 

 

 




早く完成できました()

といっても手抜きでは無いので安心してください。

取り敢えずリメイクについての決断はこれがキリのいいところまで書き終わるまで保留にします。なので、まだまだ意見も募集しています。


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