それ往け!僕らの空戦道! (まんまみーや)
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プロローグ

初投稿です。ガルパンの世界に男が活躍する武芸があってもいいじゃないか。


「陸は女の物だ。ならば俺たちは空をいただく」

 

そう言ったのは僕の爺さんだった。

 

戦車同士の模擬戦が伝統的な女性向けの武道として競技化され、『戦車道』と呼ばれる華道や茶道と並ぶ大和撫子の嗜みとして女性に認知された世界。

 

そんな戦車道と並ぶ武道がもう一つある。それが『空戦道』。こちらは女性向けではなく男性向けの武道であり、その歴史は戦車道同様に長い。第二次世界大戦時に開発・使用された戦闘機を使って大空を舞台に戦う男のロマン。

 

爺さんはそんな空戦道の元選手の一人だった。そして、僕はそんな爺さんを見ながら育った。まだ小さいながらも複座式の飛行機に乗せてもらい、空を飛んだこともある。

 

その時の感動は今でも忘れられない。水平線の向こうまで続く世界はどこまでも澄んでおり綺麗なのだ。地上では感じられない風が気持ちいい。同じ世界なのに地上と空では別世界だった。

 

「いいか、翔。この光景を忘れるなよ。俺たち男は陸じゃ生きていけね。あそこは今じゃ女の世界だ。だが、この空だけは違う。ここだけは俺たち男の世界だ。何者にも邪魔されねぇ自由な世界なんだよ」

 

爺さんは下を見ながら少し寂しげに言う。当時の僕はそれがどう言った意味なのかが理解できなかった。今思えば男女差別にも等しいセリフだが、戦車道が盛んなこの世界じゃ確かに陸は男にとって肩身の狭い世界なのだろう。

 

「じいちゃん」

「なんだ?」

「今度は一人でここに来るよ」

「そりゃいい。オメェがもう少し大きくなったらここに戻って来い」

「うん」

「なら、こう言うのも経験しないとな」

「え? うお、おおおおおおおぉぉぉぉぉ!?!?!?」

 

ついでに、爺さんのアクロバット飛行に目を回してゲロッたことを爺さんに爆笑されたことも忘れない。

 

 

 

そんな爺さんも今はもういない。不幸な事故があった。

 

選手を引退して空戦道の教官として働いていた爺さんは教え子の機体に何らかの不具合が発生したのか、着陸に失敗して炎上。燃える機体から教え子を救い出して、自分は逃げ遅れてしまったのだ。

 

葬式には多くの人が来てくれた。家族はもちろん、空戦道を共に嗜んだ人達、日本空戦道連盟の関係者。その多くの人が涙して爺さんとの別れを惜しんだ。

 

「翔………」

「お兄ちゃん………」

 

爺さんが死んだことを実感できないまま、上の空になっていると声を掛けられた。声の方を見れば二人の少女がいる。

 

キリッとした吊り上がった目つきが特徴的な少女は西住まほ。僕と同い年の女の子。

逆に少したれ目でほわんとした感じの少女は西住みほ。まほの妹だ。

 

二人は戦車道における名家である西住流家元の子供。時折、三人で遊んだことのある仲だ。

 

出会いは、やはり爺さんが関わっている。

 

戦車道と空戦道では接点がないように思われるがそうでもない。試合内容では合同チームが編成されることもある。だから、爺さんは時折西住の家に顔を出したりして、二人とはその時に知り合った。

 

遊ぶ時は笑顔が絶えない二人であったが、この時だけは寂しそうだった。爺さんも二人のことは孫のように可愛がっていたからな。二人ともそんな爺さんが死んでしまって悲しんでいるのだろう。

 

「二人とも、来てくれてありがとう。お別れは済んだ?」

「いや、それよりも……お前は大丈夫なのか?」

「え?」

「ひどい顔をしている」

 

まほに言われてペタペタと自分の顔を触る。鏡でもあればよかったのだが、生憎そんなものはこの場所には無かったので自分の顔がどうなっているか確かめようもなかった。

 

「お兄ちゃん」

 

トテトテと僕に近づくみほ。僕の両手をとって強く握る。そして、下から僕のことを見上げながらこう言った。

 

「泣いても、いいんだよ?」

 

その時のみほの顔はひどかった。大きな瞳に涙を溜め、鼻を真っ赤にして鼻をすすっていた。どうやら、泣くを我慢していたようだ。

 

そこで気づく。爺さんは死んだのだと。

 

みほに手を繋がれたまま、首だけを動かして爺さんが眠る棺桶を見る。そして首を戻して再びみほを見れば、決壊寸前。僕も込み上げて来た悲しみが表に出て、ダムが決壊したみたいに泣いた。小さな子供らしく、大声を出して泣いた。

 

みほもみほで僕が泣くと一緒に泣き出し、僕の胸に顔を埋めて泣き出した。そんな悲しみが電波してか、まほも僕に抱き着くようにして泣いた。

 

周囲の大人たちは何事だと思ったのかこちらを見ている。理由を察してか、誰もそれを咎めることもなく、僕らと一緒に静かに泣いた。この場にいるみんなが、爺さんとの別れを惜しんでくれた。

 

 

 

 

空が好きだった爺さん。どうか、その魂が空の向こうの安らかなところにありますように。

 

 

 

 

 

 

 

爺さんが死んで数年。僕が中学に上がる頃。僕はこの地を去ることになった。理由は親の転勤。

 

家は別に西住流のような名家ではない。父さんはただのサラリーマンで母さんは専業主婦。仕事の都合上、そう言った辞令が舞い込めば従うしかない。

 

ただ、僕の場合は学園艦と呼ばれる空母を改造した海上学園に行くことになっている。場所は大洗学園。中高一貫の学園艦だ。両親の転勤先に近い学園だったし、聞けばかつて爺さんがそこで空戦道をしていたと言う。ならば、それを拒む理由はない。

 

しかし、ここで問題が一つ発生する。西住姉妹だ。

 

僕らの仲は爺さんの葬式からより一層深くなっている。お互いの家を行き来し、まほが運転する戦車に乗って勝手に遠出したりもした。当然、両親たちからお説教を受けたが。

 

そんな姉妹は僕との別れを惜しんで悲しんでくれた。僕も気持ち的に彼女たちと別れるのは寂しい。できれば、一緒にいたいと言う気持ちもある。でも、父さん母さんは遠くの学園艦より近場の学園艦に行くことを望んでいる。だから、僕はこの気持ちを押し殺して行かねばならない。

 

「イーーーーーーヤーーーーーーーー!!!!」

 

物理的に拘束された。西住の家に別れを言いに行った日。みほが僕の足にしがみ付いて離してくれない。小学生の上級生になってやんちゃ娘からお淑やかに育ったかと思えば、そんなことなかった。

 

まほもまほで僕の服の袖を掴んで離そうとしてくれない。俯いて顔は見えなかったが、すすり泣く声が聞こえた。歳を重ねる毎にまほのお母さん同様に寡黙で感情をあまり出さなくなってしまったが、これには驚いた。

 

「まほ! みほ! いい加減にしなさい!」

 

二人を一喝するのは二人のお母さんである西住しほさんだ。戦車道に関しては威厳のある人だが、母親と言う面では母親らしい人。今は駄々を捏ねる娘二人に悪戦苦闘している。

 

「ヤダヤダ! お兄ちゃんが行っちゃうのヤダーーーー!!!」

「我儘を言うんじゃありません! まほもその手を離しなさい!」

「……………」

 

普段は人の言うことを素直に聞く二人。だけど、この時だけは例え母親の言うことがあっても聞き入れなかった。もはや、意地だ。何としても僕をここに留まらせようとしている。

 

不覚にも、その気持ちは非常にうれしい。でも、こればかりは子供の僕にはどうしようにもないのだ。

 

まぁ、爺さんの墓参りとかあるし、こっちにはちょくちょく戻ってくるつもりだ。その時は事前に連絡を入れて顔を見せるし、これが永遠の別れと言うわけではない。そう伝えると、二人は渋々ながら納得して僕のことを離してくれた。

 

「じゃ、またな」

 

ここでの日々は楽しかった。少し遠くに行っちゃうけど、必ず戻ってくる。いざとなったら戦闘機に乗って来てやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッデム!!

 

大洗の空戦道が潰えていやがった!!!



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少年、幼馴染と再会する

「――――昨今の恋愛事情について述べたい」

 

突如、クラスメイトの一人がそんなことを言い出した。

 

「どういう事?」

 

大洗学園、三年B組。今は2限と3限の間の休み時間。次の授業の準備をしながらその言葉の意味を聞き出す。すると目の前の席の少年、多々良康平(たたらこうへい)が一拍置いて告げる。

 

「互いに好き同士だから恋人同士になるのはわかる。だが、―――”セックスしたいらから彼女を作る”と言う意見に疑問を抱いてしまった」

「予想外のヘビィーな話題に戸惑いが隠せないけど。まぁ、俺もそれについては同意見だ。安井の奴が同じことを昨日ボヤいてた」

 

そう、それだ、安井の奴だ。と言いながら康平は開いている片手で拳を作って握る。

 

「いいか翔。―――極論セックスしたいだけなら風俗いきゃあいいんだよ! もしくはデリヘル! こう、直ぐに女とセックスする! って感じの考え方はは間違っている。もっと違うことができるだろう。セックスってのはなぁ! 繁殖行為なんだよ! そう言うのって本当に好きになった相手にしかできないような事じゃねぇか。セックスするだけなら風俗行けばいいけど、恋人としかできない事っていっぱいあるじゃねぇか。なのに”彼女できたらセックス!”ってのは俺的には非常に乱れてるとしか思わないんですよぉ!」

「残念、ここは学園艦。そういったいかがわしいお店はございません」

「ガッデム」

「何が君をそこまで昂らせるのかは大体察した。少し落ち着こうか」

「おう」

 

とても昼間の校内で話す内容ではないと感じつつ、そう言って俺は周囲を見渡す。

 

 

季節は春。

 

 

クラス内には仲良しグループの女子や気の知れる男子で談笑に浸っていたりする。その中でも目立つのは、腕を組む男女の姿だ。カップル、恋人、言葉はどうあれ、そういう関係の人たちが目に入る。

 

「「ガッデム」」

 

二人して同じ言葉を吐き出すと、無言の握手が交わされた。ついでにハイタッチ。

 

大洗学園に入学して6年目。空戦道があると聞いて入学をしたがその空戦道がすでに廃れた物となっていたと知ったのは入学直後のことだった。空戦道がやりたいが為にここに入学したというのにそれが出来ないと知っては、空戦道がある学園艦に転校を考えるのだが。しかし、転校するにも家庭の問題やお金の問題やらでそれは叶わず、なんだかんだでここにとどまっている俺。

 

まぁ、これはこれで楽しい学園生活を送っているのだ。幸いにも友人にも恵まれた。やけっぱちになって起こした部活動も(同好会であるが)それなりに仲間が集まり、楽しい日々を過ごしている。別に空戦道だけが人生ではない。ちょっとした寄り道気分で俺は学園生活を満喫しているのである。ただ、これまでに彼女というものを得たことがない。学生の青春=恋愛などとスイーツ脳と言うわけではないが、俺も今年で18だ。そういうお付き合いをしてみたいと一般男子高校生並みに思うところはある。

 

 

 

つまり、彼女が欲しい。

 

 

 

目の前にいる康平とはそんな切実な願いが一致し仲良くなったところがある。二人揃えば何かと女性に対しての話題で盛り上がってしまうのだ。

 

「あ、まほからメッセだ」

「Fuck you」

 

俺の口から女性の名前が出ると、先ほどまでの意気投合が反転して一触即発の喧嘩腰へとなる。やたら発音がいいのだけがムカつく。

 

メッセージを見れば、『今、電話いいか?』とのこと。

 

俺は中指を立ててくる友人に対して同じハンドサインをお返しして携帯を持って教室を出た。電話帳から馴染みのある『西住まほ』の名前をタップして電話を掛ける。コールは一回。それだけで電話の向こうから懐かしの声が聞こえてくる。

 

『もしもし。西住です』

「あぁ、まほ? 俺だけど」

『翔。突然すまない』

「いいよ。今休み時間だし。時間的にあと少しだけど」

『そうか、なら簡潔に言うとしよう』

 

相変わらず、業務内容的会話である。まほの声を最後に聞いたのはいつ頃だっただろうか。あ、去年の夏休みぐらいか。あの時会った彼女は何というか鉄仮面を被ったような、表情があまり表に出ない少女になっていた。というのも、まほの家―――西住家―――は代々戦車道を志す名家であり、その次期家元としての自覚の現れがそのようにしたのだ。だからなのか、会話は必要最低限に効率良く、と言った感じになり、少しとっつきにくくなっている。

 

『みほは元気か?』

「ん? なんで?」

 

彼女の口から出た名前、それはまほの妹の西住みほを指す。しかし、どうして今そのみほの名前が出てきたのかがわからない。

 

『なんでって……みほは今お前のところの大洗にいるのだろ?』

「は? 初耳なんですけど」

『………どういう事だ?』

「や、こっちが聞きたい」

 

みほが大洗にいる? どういうこっちゃ?

 

『………みほと連絡してないのか?』

「ここ最近はサッパリです。いや、待て。去年まで黒森峰にいただろ? なんで、突然こっちに――――例の件か?」

『そうだ………』

 

会話の途中でみほがどうして大洗にいるかを推測する。そして、俺の考えはどうやら当たっているらしく、まほもそれを察してそれであっていると言われた。

 

去年の全国戦車道大会で西住姉妹が所属する黒森峰学園は10連覇をかけた大会だった。しかし結果は準優勝。優勝を逃した要因は副隊長であるみほが自分の戦車、フラッグ車より濁流にのまれた仲間の戦車を救出しようとして、その隙にフラッグ車がやられてしまったからだ。

 

「…………そこまで追い込まれていたのか?」

『………すまない』

「いや、まほの話も聞いてたからみほのことまで手が回らなかったのも察しがつくよ。まほは何も悪くない。気を病むことなんてないよ」

『……ッ』

「わかった、こっちで気にかけておく」

『助かる。それとだな………』

「ん?」

『ありがとう』

「え? どういたしまして?」

『ふふっ、何故疑問形なんだ。それじゃ、こっちもそろそろ授業があるのでな』

「おう、またね」

 

それから程なくして通話は切れる。はて? 何に対してのお礼だったのだろう? まぁ、それよりも今はみほの方だ。次の休み時間に探してみよう。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「必修選択科目なんだけどさぁ~戦車道取ってねぇ~」

 

3限の授業が終わって俺は二年の教室まで足を運んでいた。もちろん、我が妹分であるみほを探すために。しかし、いるのは分かっているがどの教室にいるのかはわからない。なので、手あたり次第にA組から順に伺おうとしていた時だった。

 

「え? あ、あのこの学校は戦車道が無いって聞いてたんですけど………」

「今年から復活することになった」

「選択授業って自由ですよね………?」

「とにかくよろしくぅ~」

 

少女四人。どの子も俺の見知った顔ばかりだった。ってか、みほ発見。

 

「角谷」

「んお? あれぇ~? てらこーじゃん。どったの? こんなところで」

「こっちのセリフだ。ってか、生徒会が一人相手に脅迫するんじゃない」

 

その集団に声を掛ければ一段と背の低いツインテール。干し芋を食べながらこっちに挨拶してきた。

 

角谷杏(かどたにあんず)こんな成りだがこの大洗学園の生徒会長をしている少女だ。学年は俺と一緒で三年。彼女が生徒会長に就任してから何かと世話になったり世話をしたりでそれなりの交友を築いている。

 

「おい、今我々は大事な話をしている最中だ」

「桃ちゃん少し黙って」

「桃ちゃん言うなぁ!!」

 

桃ちゃんこと河嶋桃(かわしまもも)。こちらも生徒会メンバーの一人で俺と同じクラスである。一見、クールビューティーに見えるがその実、非常に短気かつ狭量。桃ちゃんと呼ばれることを嫌ってかそう呼ぶと激昂する。反応が面白いので桃ちゃん呼びをやめないが。

 

「寺古くんこんにちわ」

「おい、小山。君がいながら後輩いびりに参加してるなよ」

「ち、違うよ! これは、その………」

 

生徒会副会長、小山柚子(こやまゆず)。苗字の割には大きいものをお持ちで。どことは言わない。

言いよどむあたりこれが不本意なのがわかる。彼女がそんなことをするような人ではないのは知っている。大方、なんらかの事情があってこのようなことをしているのだろう。

 

「………お兄、ちゃん」

「「「え?」」」

「よっす、みほ。ちょっとこっち来い」

「「「「「え?」」」」」

 

上級生に絡まれてすっかり萎縮してしまった俺の妹分。俺のことを兄と呼ぶと生徒会の三人が驚き、みほに挨拶をしてから彼女の手を取ってその場を連れ出すと、生徒会メンバーと教室からこちらの様子を伺っていた二人の少女が驚きの声を上げていた。

 

「お兄ちゃん………」

「その呼び方、懐かしいな」

「あっ、ごめん」

「別にいいよ。なんか、昔って感じで」

 

場所は変わって学校の階段の踊り場。

 

あの場からみほを連れ出した俺は、ここでみほの手を引くのをやめて、向かい合って話をする。こうして対面するのはじつに久しぶりだ。携帯で電話やメールは何度かしてたが、こうして顔を見ると安心する。

 

「はぁ~…お兄ちゃん悲しい。転校諸々、完全に蚊帳の外過ぎて悲しい」

 

両手で顔を覆い隠し、あからさまな悲しみを実演する。小さく開いた指の隙間からみほのことを見るとアワアワと取り乱していた。見ててちょっと楽しい。

 

「まぁ、とにかくだ。いろいろ問い詰めるのは後日にしてだ」

「あ、本当に泣いてなかったんだ」

「バーローこんなことでいちいち泣いてられるか。それよりも、さっきのなんだ? なんで上級生にカツアゲなんてされているの? おかっぱ軍団の風紀委員に通報しようか?」

「カツアゲなんてされてないよ!? えっと……先輩たちに戦車道をやるように言われて」

「戦車道? 選択科目にないぞソレ」

「今年から復活するんだって」

「そいつはまたぁ~………」

 

妙だな。

 

「どう言うことだ。角谷」

「およ? ばれてた?」

 

踊り場から下の階で聞き耳を立てていた生徒会メンバーに問い詰める。チラリとその奥からこちらを覗いていた少女二人が目に入ったが、今は無視でいいだろう。

 

「その子の言う通り。今年から戦車道が復活するんだよ」

 

そう言いながら角谷は選択科目の履修届を取り出して言い放った。戦車道だけデカっ。

 

「それでなんでみほが強制的に選択しなくちゃならない?」

「この学校唯一の経験者だからね」

「生徒の自主性を謳ってるお前が権力かざして強要とからしくないぞ」

「まぁ~こっちにもいろいろあるんだよ。あ、そうだ。ねぇこでらー。こでらーからも西住ちゃんに戦車道やるように説得してよ」

「なに?」

「見た限り、前からの知り合いなんでしょ? だったらアタシ等が言うよりこでらーの方が西住ちゃんも言う事聞いてくれそうだし」

 

もはや意味が分からなかった。何をそんなになってまでこいつ等はみほに戦車道を強要する? 学園艦に来てからの付き合いであるが、ここまで露骨な………焦り様見たことない。

 

後ろを見れば不安気にこちらを見るみほ。よほど戦車道をやりたくないようだ。どうしてそうなったのかは大体察している。これ以上追い詰めればみほは壊れてしまうかもしれない。ならば兄貴分として守らねば。

 

「角谷。悪いがこの話は無かったことに―――」

「あ、そうだ。こでらーが西住ちゃんを説得してくれたら空戦道も復活させてあげる」

「みほ、ここで西住流以外の戦車道に触れるのもいいかもしれないぞ。うん、何事も経験だ」

「お兄ちゃん!?!?」

 

あ、しまった。空戦道と聞いてついうっかり。

 

「もー!! サイテー!! とにかく私は戦車道はやりません!!!」

 

完全に怒らせてしまった。みほはプリプリと怒りながら階段を下りて自分の教室に戻って行ってしまう。いきなりの大声に生徒会メンバーは唖然。隠れていた少女二人は怒ったみほを追いかけてその場を去ってしまう。うん、後でちゃんと謝ろう。

 

「ありゃりゃ、完全に否定されちゃったね。どうしたもんか」

「意地になったみほはテコでも動かないぞ。諦めるんだな」

「もしかして、わざと怒らせた?」

「さぁ~なんのことやら」

 

本当に空戦道に釣られたんだけどね。黙っておこう。

 

「まっいいか。こっちだってまだ諦めたわけじゃないし」

「おいおい」

「さっきも言った通り、こっちにもいろいろあるんだよ。だから、これしきの事じゃ諦めないよー」

 

そう言って、角谷達もその場を去ってしまう。その場に残された俺は階段に腰を下ろして一人で盛大にため息を吐き出した。

 

幼馴染の転校。

生徒会の圧力。

復活する戦車道。

 

さて、どう対処していくべきなんだろうか。



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少年、動く

まだ、話数が少ないのにブックマーク、評価などありがとうございます。
後、タグを着け足しました。


みほと再会したその日の夕方、つまり放課後。

俺はみほとその友達を連れて学校近くのファミリーレストランへと来ていた。店内に入れば店員に案内され四人掛けの席に着席。みほは俺の隣に、みほの友人の二人はその対面に座る。

 

「調子に乗りました。ごめんなさい」

「ふんっ」

 

しかし、みほはこの調子。出来心からみほを生徒会に幼馴染を差し出そうとしてからもう半日が経過しようとするが、未だに機嫌は直らない。自業自得ですねハイ。

 

「あの……」

「ん?」

 

そんなみほのご機嫌を取ろうと頭を下げ続けていたが、対面に座る茶髪のゆるふわの女子が恐る恐ると言った感じに声を掛けてきた。

 

「あぁ、ごめんね。俺は寺古翔。大洗の三年だ」

「武部沙織です。みぽり――みほと同じクラスで友達です」

「五十鈴華です。私もみほさんと同じクラスで友人です」

「これはご丁寧にどうも」

「「いえいえ」」

 

丁寧な挨拶に思わず頭を下げてしまった。二人も同じように頭を下げてくれる。

 

「みほよ。お前、友達が出来たんだなぁ」

「お兄ちゃんは私を何だと思ってるの?」

「昔はやんちゃでよくしほおばさんに怒られてたのに、中学上がった頃から落ち着いたと思えば内向的過ぎて、こいつ友達いるのか? とか、クラスで浮いてないか? とか、心配してました」

「………お兄ちゃん」

「あ、いえ、すみません」

 

ジト目でこちらを見るみほに怯み慌てて顔を逸らす。逸らした先にはメニュー表が目に入り、それを広げてみほの前に差し出す。

 

「まぁ、あれだ。久々の再開だし奢っちゃる」

「んっ」

 

ビシッとみほが指さしたのはデザート欄にあるチョコパフェだった。キングサイズの。

こいつ、遠慮がない……。

しかし、ここで渋って更にご機嫌が斜めになっても困る。だから、黙ってそれを了承し、メニューを反転させて武部さんと五十鈴さんの前に広げる。

 

「二人も何かどうぞ」

「えっと、そんな、悪いです」

「いいよいいよ。一人にだけ奢ってもカッコつかないし」

「じ、じゃあ……このティラミスを」

「私はこちらを」

 

そう言って武部さんは遠慮がちに選び、五十鈴さんもそれに習ってデザートを選ぶ。ただし、五十鈴さんはみほと同じチョコパフェのキングサイズだった。まじかよ………。

 

さて、それぞれの注文を店員さんに伝え終えると改めてみほの方を見る。相変わらず、機嫌がよろしくないのか俺のことを見ようとしない。まぁ、そんなのを無視してこっちは色々言いたいことがあるんだがな!

 

「あの、すみません。勝手に着いてきてしまって」

 

だが、先に話を切り出したのは武部さんだった。

 

「みほと古寺先輩って、兄弟なんですか? 苗字が違うけど」

「あぁ、正確には俺たち幼馴染なんだ。実家が近所で何かと一緒に遊んでたよな」

「ソウダネー」

 

みほよ。なぜ、棒読みなのだ?

 

「幼馴染! あっ! みぽりんの転校ってまさか先輩を追いかけて!?」

「なっ! ち、違うよー!!」

 

え? そうなの? ちょっとキュンと来ちゃうじゃない。

 

「お、お兄ちゃんのことなんて関係ないもん! 私はただ、戦車道の無い学校を選んだだけで、そこにたまたまお兄ちゃんがいただけだよ!」

「人はそれをツンデレと言う」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

「ア、ハイ」

 

そんなはっきりと否定されると少し傷つくな………。おっと、目から汗が。

 

「でもさぁ~今年から戦車道が復活するんでしょ?」

「うっ……」

「みほさんはおやりにならないんですよね?」

「その、つもりだけど………」

 

戦車道の話が出てきて、みほの様子が一変した。先ほどまでの不機嫌オーラがみるみる萎んでいき、今度は不安一色へとなる。

 

少し話は戻るが、今日のホームルームの時間。突如、全校生徒集会が行われた。招集をかけたのはあの生徒会。学園一同はいったい何事かと思い、体育館へと足を運び、着いてみれば選択科目のオリエンテーションが行われた。

 

あからさまに、そして大々的に説明された戦車道。その履修者には様々な豪華特典が贈られること。女子たちはそれに歓喜した。対して、男子たちは盛大にブーイングをする。戦車道は乙女の嗜み。つまり、女子だけが受けれる選択科目だ。男子はその恩恵を受けられず、不平不満を訴えるが生徒会は聞く耳持たず全校生徒集会は解散となった。

 

「戦車道、ねぇ」

 

俺のつぶやきにピクリと反応するみほ。

 

「なぁ、みほ。お前、本当に戦車道やんねぇの?」

「………」

「まぁ、やるにしろやらないにしろ。それは自由だから俺からとやかく言うつもりはないけど」

「え?」

「いや、なんでそこでビックリした顔するんだよ……」

「だ、だって、お兄ちゃんは私に戦車道やってもらいたいんじゃないの? そうすれば、お兄ちゃんがやりたかった空戦道だって出来るって」

「バーカー。ンなことは今はどうでもいいんだよ。俺よりお前の気持ちの方が大事に決まってるだろ。それに俺もう高3だぞ。受験だ受験。そんな暇ないっての」

 

いや、まぁ、口惜しいけどね! 

あるなら、選びたいけどね! 

でも、今日のオリエンテーションには空戦道の一文字も見当たらなかったからしかたないよね!

 

「でも、問題は生徒会だよね?」

「ですね」

「そもそも、なんであんなに必死になってるのかな?」

「そうですね。必要以上にみほさんを勧誘してましたし」

「いくら経験者だからってあれはドン引き」

 

どうやら、あれからも戦車道への勧誘はあったようだ。目の前の二人が生徒会のことを話し出すとみほは一人うなだれている。

 

「先輩は何か知ってます?」

「何も聞いてないね。あいつ等もあんな奴らじゃなかったんだけどなぁ~」

「私、毎年行われる生徒会の催し物は好きでしたのに」

「泥んこプロレス大会なんてやったよねぇ~。最終的には生徒会長と広報の人の一騎打ちになったけど」

「桃ちゃんあの後半ベソかいてなだめるの大変だったんだぜ」

「そう言えばあの広報の人、イベントやる度に涙目になってるよね」

「去年の新入生歓迎ではあんこう踊りを一人だけ泣きながらやってました」

「男の俺が言うのもなんだけど、アレって女子的にはどうなの?」

「ナシです。あんなのやったらお嫁に行けません」

「そうですか? 私はやってみたいのですが」

「「マジ!?」」

「はい」

 

マジか。あのあんこう踊りを率先してやりたがる子がいるとは。猛者がおる。

 

「む~」

 

三人で盛り上がっているとみほがわざとらしく頬を膨らませてこちらを睨んでくる。

 

みほが転校する以前から大洗にいる俺たちは共通の話題で意気投合するが、話に付いていけないみほは完全に蚊帳の外。それに気づいた武部さんたち女子は「ごめんごめん」とみほに謝っていた。

 

「まぁ、話を戻すけど。生徒会はこっちでなんとかしてみるよ。だから、みほはあんまり気にするな」

「………え? いいの?」

「いいよ。可愛い妹分が困ってるんだ。それぐらいのことはしてやるさ」

「わぷっ、もーやめてよお兄ちゃん」

「うりうり」

 

わしゃわしゃとみほの頭を撫でまわす。口では否定的であるが、そこまで嫌がった様子はない。

 

「こうして見ると本当のご兄妹みたいですね」

「だね」

 

俺たちの様子を見て、武部さんと五十鈴さんがなんだかほっこりした表情でそんなことをつぶやいていた。だが、みほはそんな言葉を聞いて、恥ずかしがったのか顔を真っ赤にして伏せてしまい、俺の手をそっと払いのけてしまう。

 

しかし、時すでに遅し。俺、武部さん、五十鈴さんは今更恥ずかしがるみほを見てさらにニヤニヤクスクスと笑うのであった。

 

「ご注文の品をお持ちしました」

 

そんなやり取りをしていると注文の品が届いた。女子三人はデザート。

俺はコーヒーを飲みながら、みんなと親交を深めていく。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

翌日である。俺は今生徒会室の扉の前に来ていた。

 

「最終確認な。お前らまで付き合う事ないんだぞ?」

「今更だぞ。俺はお前ナシのあのチームにいる意味が無いと思ってる」

「多々良先輩に同じく。寺古先輩に恩返しが出来るなら喜んで」

「同じく」

「俺も」

 

扉の前に集ったのは俺を含めて五人の男子。みんな、俺の作った同好会のメンバーである。

 

「あんがとな、みんな。でも、亮君の俺への愛が重いので遠慮こうむる」

「ひでぇ! それに愛とかじゃないですよ。僕は純粋に先輩に恩返しがしたいだけなんです。話の持って行き方次第では僕がいた方がいいんじゃないんですか?」

「それもそうなんだけどね………その分、君に嫌な思いさせるよ?」

「今更何を。僕のことは気にしないでください」

「はぁ~…わかった。じゃ、遠慮なくさせてもらうよ」

 

俺は右手をみんなの前に差し出す。そして、各々が俺の右手の上に手を重ねていった。

 

「うっし! やるか!」

「「「「うぇ~い」」」」

 

気合を入れた掛け声に対して団結力のかけらも感じない気の抜けた掛け声。

まぁ、これが俺たちらしいっちゃらしい。

 

さて、気合を入れ直したところで生徒会室の扉をノックする。中に人がいるのは知っている。だから、返事も待たずに俺らは部屋の中に突入するのであった。

 

「失礼するよ~」

「なっ、なんだお前ら!?」

 

俺らの姿を見て慌てたの桃ちゃんだった。角谷と小山も一緒にいたがこちらは目を見開いて驚いてるだけだ。

 

「エアスタント同好会の面々が何の用?」

 

エアスタント同好会。それが俺が作った同好会である。まぁ、今はそれはいい。

 

「西住みほの件で来た」

 

そう話を切り出すと反応したのは生徒会長の角谷であった。

 

「ふ~ん……いいよ聞こうか」

「まず、西住みほは諦めてくれ」

 

そう言うと角谷が眉間に皺を寄せる。他の二人も似たような表情をしていた。

 

「代わりに俺たちが戦車道を履修する」

 

ポケットから出したのは今年度の選択科目の履修届だ。

俺がそれを出して机の上に置くと俺に付いて来た男子全員が戦車道に丸をした履修届を角谷に提出する。

 

「意味がわかんない」

「ふざけているのかお前ら!!」

「寺古君。男の子で戦車道はちょっと……」

 

そして当然の反応。女子三人は乙女の嗜みと言われている戦車道を男子が受けるなどと言われて理解できるはずがなかった。

 

しかし、俺はたたみかける。

 

「何故だ? 西住みほは戦車道経験者というだけで強制的な履修を迫られているんだろ?」

「だから?」

「ここにいる全員が戦車道を経験している」

「え?」

 

そう、ここにいる男子は全員戦車道を経験したことがあるのだ。

俺はまだみほ達と一緒に遊んでいた時期に。康平は彼の母親に付き合って戦車を動かしたことがある。他の二人も似たようなものだ。言われてしまえば”にわか”戦車道経験者である。

 

ただ、亮君だけは違う。彼だけは俺たちのようなにわか戦車道経験者とは違う。

 

 

 

 

「そして彼、”島田亮平”は戦車道二大名家、島田流の長男だ」

 

 

 

 

 

 

 



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少女、決意する

おはようございます! 西住みほです!

 

って、誰にあいさつしているんだろう……。

とにかくです! 今日はすっきりと目が覚めて清々しい一日が始まる予感。それもこれも、お兄ちゃんに再会したおかげかな?

 

寺古翔さん。

 

私は「お兄ちゃん」と呼ぶけど私たちは別に血の繋がった兄妹という訳ではない。正確には年上の幼馴染で、小さいころによく一緒に遊んでいてよくお世話になった人。

 

でも、お兄ちゃんが中学に上がると同時に遠くに引っ越してしまった。初めはずっと一緒にいた人がいなくなることを悲しいと思っていたけど、それでも律義に連絡をくれたり、お互いが携帯を持つようになると毎日のように電話をしてくれたこともあった。ただ、その所為で携帯料金が馬鹿にならないほどになってしまい、お姉ちゃんと一緒にお母さんに怒られたのはいい思い出。

 

「み~ぽりん♪ お昼しよ~!」

「食堂混んでますかね?」

「あ、沙織さん、華さん。今行きます」

 

時間は昼休み。自分の席で教科書の整理をしているとつい最近友達になった沙織さんと華さんがお昼に誘ってくれた。

 

昨日も戦車道の復活やらで情緒不安定だった私を心配してくれて、放課後もお兄ちゃんと二人で会うことを心配して付いて来てくれた私にはもったいない友達。

 

正直、昨日の時点まで私はお兄ちゃんのことを避けて来ていた。

 

小さいころから知っているお兄ちゃん。でも、そのお兄ちゃんはどちらかと言うとお姉ちゃんとの方が仲が良かったりする。だから、私が戦車道を辞めてこの大洗学園に来たことをなんて言うか不安だった。もしかしたら、お姉ちゃんと一緒で私に酷いことを言うんじゃないのかって。

 

でも、実際に話をしてみるとお兄ちゃんは私が大洗に来たことを歓迎してくれた。それどころか、私が戦車道を辞めたことを咎めることもせず、戦車道を履修するように言って来た生徒会を何とかしてくれるとまで言ってくれた。

 

嬉しかった。本当に嬉しかった。

 

ここでなら、私は戦車道とは無関係な生活を送れるって思うと、なんだか憑き物が取れたかのように気が楽になる。

 

「それよりみぽりん」

「はい?」

「先輩って彼女いるのかな?」

「え、ええええぇぇぇぇ!?!?」

 

あまりの衝撃的な質問に声を上げて驚いてしまった。

 

「な、なんで!?」

「いや~昨日話しただけだけどさぁ~。色々と気遣い出来る人って結構重要だと思うんだよね。その点あの先輩なら問題ナシ! いきなり着いて行った私たちを邪険に扱うこともしないで奢ってくれたりしたから。雑誌にも書いてあったよ。『男は女性に対して気遣い出来てナンボ』って」

「確かに寺古先輩はいい人ですよね。私は異性と言うよりはああいった兄がいればなぁ~っと思ってしまいました」

「そ、そうなんだ………」

 

まさかの二人が抱くお兄ちゃんに対する印象に私は驚いてしまう。

 

「えっと…ちょっとわかんない、かな?」

「そうなの?」

「うん、再会するまであんまり連絡はしてなかったから」

 

正確には去年の戦車道全国大会からだけど。優勝を逃した責任、罵倒、その他諸々が私を押しつぶしに来ていた。西住の家で逃げると言うことはしない。そんな教えもあって、私はそれを一身で受け止めようとしていた。それにお兄ちゃんを巻き込むと言うのは違う、なんて思っていたけど、結局受け止めきれずに私は潰れちゃった。

 

大洗に来たのも無意識的にお兄ちゃんに助けを求めてしまったのかもしれない。甘えてばかりいられないと思いつつも、どうしても甘えてしまう。私は、卑怯だ………。

 

「亮く~ん! 時間だぞ~!」

「寺古先輩のところに集合~」

「おー! 今行くー!」

 

え? お兄ちゃんの名前?

 

「ちゃんと書いて来た?」

「おう」

「んじゃ、行くべー」

 

食堂に向かおうとして、教室を出たちょうどその時。入れ違いで顔の一緒の男子、双子かな? そんな男子が教室内に向かって、誰かに呼び掛けていた。普段なら気にしないけど、その双子の一人がお兄ちゃんの名前を出していたので足を止めてしまった。

 

「みぽりん?」

「え? あ、うん」

 

沙織さんが私に声を掛けてくる。それに対して空返事をしてしまうが、それよりもさっきの男子達の方が気になる。

 

双子の男子は知らないけど、一人は私と同じクラスの島田亮平君。まだ、話したことがないけど転入初日に自己紹介されたので覚えていた。

 

そして、男子三人で食堂とは別の方向に向かって歩き出す。

 

「え!? ちょっと!」

 

どうしてか、私はその三人の後を追いかけて歩き出していた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

三人の後を追いかけてやって来たのは生徒会室だった。

途中、お兄ちゃんとそのお友達らしき人と島田君たちが合流して、生徒会室の中へと入って行ってしまった。

 

「先輩、早速生徒会にみほさんのことを話に行ったのでしょうか?」

 

食堂に向かわず、私について来てくれた沙織さんと華さん。お兄ちゃんたちが生徒会室に入って行ったのを見て、私たちも生徒会室の前に並ぶ。

 

「きっとそうだよ」

「でしたらなんであんな大人数で?」

「うーん……武力行使?」

「さすがにそれは………」

 

とんでもないことを言い始める沙織さん。それに華さんが呆れたようになっていたが、内心私もそうじゃないかと思えてしまった。話をするだけならあんな人数いらない。それが必要となると、乱暴な手段を取ろうとしているのではないかと思ってしまう。

 

もちろん、お兄ちゃんに限ってそんなことをするはずがない。するはずがないんだけど……不安に思ってしまう。

 

『西住みほの件で来た』

 

中から声が聞こえた。お兄ちゃんの声だ。

 

『ふ~ん……いいよ聞こうか』

『まず、西住みほは諦めてくれ』

 

相手はたぶん、あの生徒会長さんだと思う。中で行われている会話は私についてのことだった。

 

「やっぱり、みほさんのことについてでしたね」

「当然と言えば当然か」

「うん………」

 

胸の当たりがチクチクする。不甲斐ない私のためにお兄ちゃんが頑張ってくれていると思うと、余計に自分が惨めに感じてしまう。

 

『代わりに俺たちが戦車道を履修する』

 

「え?」

 

その言葉を聞いて私だけではなく、沙織さんと華さんまでもが驚いた。

 

『意味がわかんない』

『ふざけているのかお前ら!!』

『寺古君。男子で戦車道はちょっと……』

『何故だ? 西住みほは戦車道経験者と言うだけで強制的な履修を迫られているんだろ?』

『だから?』

『ここにいる全員が戦車道を経験している』

『え?』

 

まさかの展開に驚きを隠しきれない。お兄ちゃんは確かに小さいころに私とお姉ちゃんと一緒に戦車を扱ったことがあった。でも、それは子供の遊びの範疇で、とても戦車道経験者とは言えない。

 

いや、それよりも私のためにお兄ちゃんが犠牲になろうとしている。私が戦車道をやりたくないと言っただけで、ここまでしてくれる意味が理解できなかった。

 

『そして彼、”島田亮平”は戦車道二大名家、島田流の長男だ』 

「ッ!?」

 

戦車道二大名家と言えば、私の家の西住流ともう一つは島田流と言われている。

 

撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し。鉄の掟、鋼の心、それが西住流。

 

状況利用や臨機応変を得意とした、「ニンジャ戦術」の島田流。

 

西住流を侍とするならば、島田流は忍び。

 

西住流の戦い方を軍隊とするならば、島田流の戦い方はゲリラ。

 

と言った感じでどこまでも対照的な流派。

 

そんな人がクラスメイトだったなんて知りもしなかった。けど、今はそこに驚いている場合じゃない。

 

『角谷、お前のことだ。どうせみほについての調べは一通り済んでるんだろ? どうしてこの大洗に来たのかも』

『………』

『それでもお前がみほを欲する理由はなんだ?』

『それは言えない』

『言えない事情があるんだな』

『………』

『正直言っちまえば、俺はみほに戦車道をやってもらいたいって思ってる』

 

え?

 

『あんなことが起っちまって、みほ自身色んなもんに押しつぶされそうになってる。でもな、あんなになっても戦車は好きなのは変わらない。変わってなかったんだ、みほは。だから、簡単に投げ出してほしくない。俺、あいつが戦車に乗って楽しそうに笑ってる顔が好きなんだ』

 

「好き」と言う言葉に沙織さんがキャーっと嬉しそうに悶え、華さんは何故かニッコリとこちらを見てくる。ハズカシイ………。

 

『ならなんでこんなことするのさ? 君とその周りを巻き込んで。言ってることとやってることが矛盾してるよ』

『そりゃお前………今にも泣きそうな妹がいるんだ。兄貴がそれを守らなくてどうする』

『はぁ?』

『みほの問題は時間が必要なんだ。今すぐって訳ではない。心の整理が必要だ。なら、俺がその時間を作ってやるんだよ。そんで、自分で戦車道やるって言うまで待ってやる』

『…………』

『だから、代わりの島田流だ。こいつが言えばこの大洗学園に戦車道二大流派の一角がサポートに回る。戦車の手配をしよう。教官を手配しよう。練習場だって用意してやる。まぁ、用意するのは俺じゃなぇけど……』

 

一拍置いて、続ける。

 

『俺らはお前等のサポートに回るしかない、でもなんでも言ってくれ。力仕事でも雑用でも任せてくれればいい。お前等が戦車道に集中できるように他は俺たちが受け持つ。だから、どうにかみほのことは今は諦めてください!』

『『『お願いします!!』』』

 

お兄ちゃんの言葉に続いて、同じ言葉を言う男の人たちの声が聞こえてくる。

あの大会から黒森峰にいた時は私のために動いてくれる人はいなかった。けど、お兄ちゃんは私の心情を察して、ここまでしてくれる。

 

それを嬉しいと思う反面、やっぱり自分が情けないと思ってしまう。

 

私が弱いから、逃げてきただけなのに。ただ嫌だと言っただけで、ああまで体を張ってくれる人に甘えるだけなのは――――嫌だ。

 

「みほ」

「みほさん」

 

沙織さんと華さんが私の手を握ってくれた。それだけで、不安は薄れていく。

 

「ありがとう二人共。私、二人と友達になれてよかった」

 

お兄ちゃんが言ってた。今の私には時間が必要なんだって。

でも、甘えるのはおしまい。沙織さんと華さん、それからお兄ちゃんと出会って、十分な時間を貰ったよ。

 

だから、私は自分の決意を言葉にする。

 

 

「失礼します! 二年A組、西住みほ! 戦車道やります!!」




ようやく一話分です。と言いたいですが、もうちょっと続くのです!


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少年、空を見上げる

「失礼します! 二年A組、西住みほ! 戦車道やります!!」

 

そう言いながら突然生徒会室に突入してきたのはみほであった。俺はみほの登場とその発言に心底驚かされてしまう。

 

「み、みほ?」

「…………お兄ちゃん、正座」

 

あ、あれ? なんでか俺を見るみほの目が冷たい気がする………怒ってらっしゃる?

ハッ!? そして俺はいつの間にか正座の体制を取っていた。何を言っているか(以下略

 

「お兄ちゃん。私のためにそうやって頭を下げるのは……正直言って嬉しいって思っちゃった。でもね、私の所為でお兄ちゃんや、ましてや私と無関係な人達が犠牲になるのは間違ってると思うの」

「でも……」

「でも、じゃありません。こんな無茶をしても私は素直に喜べないよ」

「うっ……」

「皆さんもすみません。私のために頭まで下げてもらって」

 

言いたいことを言うだけ言って、みほは俺以外の男子に頭を下げる。

なんか、かっこよく決めたつもりなのにすべて台無しだぁ………。

 

「はっはっはっ! いいね、西住ちゃん! いい感じに空気変えてくれた!」

 

だが、そんな雰囲気の中を角谷は笑い飛ばした。

対してみほは激おこ状態。俺から角谷へと体を向けて真っ直ぐ見つめる。

 

「会長。さっきも言った通りに私も戦車道を履修します。ですので、寺古先輩の条件はすべて却下してください」

「おや、藪蛇かな? う~ん……正直、島田流のサポートは惜しいんだよね。私としては両方とも抱き込めれば万々歳なんだけど」

「なら、私は戦車道を履修しません。それでも強制的に履修させようと言うなら、大洗を退学する所存です」

「みほ!」

「みほさん!」

 

みほの発言にこの場にいる全員が驚く。一番驚いているのはみほの友達になった武部さんと五十鈴さんだろう。

 

でも、みほはそんな二人の心配とはよそに笑い掛けた。ただし、それは満面の笑みとは程遠く、悲しみを含んだ笑いだった。

 

「ごめんね、沙織さん、華さん。でも、決めちゃったから………」

 

それだけを言うと、今にも泣きそうな武部さんが黙ってみほの手を握る。続いて五十鈴さんももう片方の手を握って、二人してみほと同じ方を向く。

 

 

 

………なんだ、みほの奴、ちゃんと出来るじゃないか。

 

 

 

少し気弱でおっちょこちょいの妹分。それが、ちゃんと自分の覚悟を口にして、俺の心配とは他所に自分でしっかりと足を着けて、自分の道を歩こうとしている。

 

対して俺はバカなことをしたなぁって思う。みほの言う通り、こんなやり方じゃみほは喜ばない。勝手に俺は頼れる兄貴分なんだって思い込んで、暴走して、周りを巻き込んでしまった。

 

正座したまま俺の集めた男子諸君を見る。なんだか哀れんだ目で見られた。まことに申し訳ありません。

 

続いて生徒会メンバーを見る。角谷はみほと話中でこちらに気づいていないが、小山はこちらの視線に気づいて苦笑いをしていた。桃ちゃんはみほの雰囲気に飲まれてオロオロしている。

 

最後にもう一回みほに視線を移す。そこにいるのは気弱な幼馴染ではなく、しほおばさんやまほの様な”西住の女”がそこにいる。少し違うのは、みほには支えてくれる人がいるって言うぐらい。

 

その支えが俺ではないのが残念であるが、ここは素直に喜んでおこう。

さて、この体制もきつくなって来たのでとりあえず立ち上がるか。

 

「お兄ちゃん」

「ア、ハイ」

 

立ち上がろうとするとみほに声を掛けられて、また正座してしまう。

 

「てらこー話聞いてた?」

「あ、すまん。ちょっと聞いてなかった」

「えー…まぁ、いいや。とりあえず、私等は西住ちゃんを取ることにしたから。惜しいけど島田流のサポートはいらない」

「マジ?」

「マジ」

 

二人の話を聞き逃してしまったが、角谷が意外な選択をしてきたので驚いてしまった。

 

「実は言うと島田流のサポートはそれほど欲しくなかったんだよね」

「なに? いや、だってさっきお前欲しいって言ってたじゃんか」

「あれ嘘。男子を戦車道に入れると色んなところからバッシングが来そうだし。余計な面倒事はこっちとしても願い下げ。だから、てらこーがどれだけ頼もうとこっちはそれを受ける気なかったのよ」

 

無駄骨ェ………。

 

「それとなんだけど……あんた等には別の事をお願いしたかったんだぁ~」

「お願い?」

「かーしま」

 

角谷に呼ばれて桃ちゃんが俺の前に出る。そして、手にしていたファイルから紙を一枚取り出し、俺に手渡して来た。

 

あれ? これって………。

 

「先日の必修選択科目のオリエンテーションから男子生徒からのバッシングが酷くてな。『女子だけに好待遇なのはズルい』やら『男子にもなにかないのか』とか色々言われ放題だ。そこで、我々生徒会は男子に対しての待遇改善を行う事にした。喜べ、空戦道の復活だあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」

 

思わず桃ちゃんを抱きしめてしまった。

 

それを見て、この場にいる女子全員が目を見開いて驚くがそれすら気にならない。

だって、空戦道が出来ると聞いて、喜ばずにはいられないのだから。

 

「ヘイ、パス」

「桃ちゃんに感謝を込めて胴上げだぁ!!!」

「「「ワーッショイ! ワーッショイ!!」」」

「や、やめろーーーーー!!!」

 

抱きしめていた桃ちゃんを康平達にパスすると何故か胴上げが始まった。あいつ等も空戦道が出来ると聞いて変なテンションになってしまったようだ。

 

「角谷、これマジなんだな? 空戦道が復活するんだよな! 今更、嘘ですって言っても遅いからな!! それとこの感謝の気持ちをどうしたらいい? お前と結婚でもすればいいのか?」

「うわーてらこーが壊れた。うん、嘘じゃないよ。だから感謝の気持ちは空戦道を知ってるてらこーを中心にそっちで色々やって貰いたいんだよ。私は空戦道について知らないし」

「よし任せろ。式場はこっちで押さえておく」

「話聞いてねぇー」

 

うわっ、どうしよう。テンションがメッチャ上がって来た!

 

「お兄ちゃん」

 

んん? みほさんどうしたのかな? 携帯の画面をこちらに向けて。

んん? 動画? あ、俺が桃ちゃんに抱き着いた所から再生されている。

んん? 角谷に感謝の気持ちを込めて結婚まで言ったところで写ってるな。

テンション上がってるとは言えバカなこと言ってるな俺!

 

「お姉ちゃんに送っちゃった」

 

うわっ、どうしよう。テンションがメッチャ下がって来た!

ゴメンナサイ!!!

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんのバカ。本当にバカなんだから……」

「まぁまぁ、みぽりん」

 

生徒会での一件が終わった後、私たちは解散となりました。みほさんは寺古先輩の奇行に対して怒ったままです。それを宥めようと沙織さんが奮闘していますが効果なしのようです。

 

「あの、西住さん」

 

お昼休みも残り少なくなって、お昼をどうしようかと私一人で悩んでいると不意に声を掛けられました。名前を呼ばれた西住さんは不機嫌オーラを引っ込めて、声のした方を見ました。器用ですね。

 

「島田君?」

 

声を掛けて来たのは意外にも島田さんと双子の男子生徒です。

 

「その、さっきは、お見苦しいところを見せました」

 

意外にも島田さんはみほさんに対して謝罪。綺麗な一礼なのは私やみほさん同様の家柄なのでしょうか。

 

「えっと、その、頭を上げてください。こっちこそごめんなさい。おに――寺古先輩の無茶に付き合わせちゃって」

「その件だけど……あれは先輩の案じゃないんだ」

「え?」

「僕から言ったことなんだよ。あの案は」

「そ、そうなの?」

 

またもや意外。戦車道に関して私は無知ですが、名家の生まれで自分の家の名前を出すことは色々な問題が生じることは分かります。

 

盗み聞きしてしまいましたが、島田さんがそう言った家柄の生まれで、あの寺古先輩がそう言った問題が分からない人ではないと思っていましたけど。

 

「だから翔先輩はなにも悪くないんだ」

「そっか、ありがとう」

「それだけ言いたかった。じゃ」

「あ、あの! 待って!」

 

言いたいことだけ言って私たちの横を通り過ぎようとする島田さん。でも、みほさんはそんな彼を引き留めてしまう。

 

「なに?」

「えっと、島田君はどうしてあんな無茶な提案を私のためにしたの?」

「………正直、僕は西住さんに興味は無い」

「え?」

「いくら西住流の人間って言っても僕は君のこと知らない。だから、本当は君が戦車道やろうかやらないにしろどっちでもよかったんだ」

「…………」

「でも、僕は翔先輩に大きな借りがある。だから、これで借りが返せればと思ってたんだけど…返しそびれたよ」

「借り?」

「うん、大きな借り。それじゃ、もう行くね。戦車道頑張って」

 

そう言って、島田さんは行ってしまいました。

 

彼の言っていた先輩への借りと言うのは気になりますが、あまり踏み入ってはいけないことなのでしょう。だから、みほさんもそれ以上のことを追求せず、引き留めずに素直に応援の言葉を受け止めて彼を行かせました。

 

「いや~にしても戦車道に空戦道。大洗も盛り上がって来ましたねぇ~」

「果たしてあの会長の決断は吉と出るか凶とでるか」

「やっと、って感じてる反面、今更? ってのもあるけどな」

「だけど俺たちはこれを待ち望んでいたんだろ?」

「ちげぇねー!」

 

とそこで気が付く。島田さんが連れていた双子さんは彼を追うことをせず、私たちの前でお喋りをしていました。

 

「改めまして! 二年D組、柿崎健吾(かきざきけんご)! 気軽に名前で呼んでね。俺達兄弟で一緒にいることが多いから」

「同じく二年D組、柿崎優吾(かきざきゆうご)だ。俺も名前で呼んでくれて構わない。よろしく」

 

突然始まった自己紹介。勢いに乗って私たち三人も自己紹介をしてしまう。

 

まったく同じ顔のご兄弟ですが、よく見れば些細な違いが目に付きます。

 

健吾さんの方は、元気が良く終始ニコニコと笑顔。ですが、制服を着崩しているので少しだらしが無いイメージ。

 

優吾さんの方は、健吾さんと違って硬派と言った感じです。きちっと男子の制服を着こなし、しっかりとしたイメージ。

 

ご兄弟で双子なのに相反する性格のお二人。失礼ながら面白い方々と思ってしまいました。

 

「ところで、みほちゃん」

「え? あ、はい!」

「すまない。ケンの奴は少々、いや大分馴れ馴れしくするので許してくれ」

「えっと、男の人に名前で呼ばれたのはお兄――寺古先輩とお父さんぐらいだったから驚いちゃって」

「そうか。差し支えなければ俺も”みほさん”と呼んでいいか?」

 

あ、私と同じ。

 

「えっと、どうぞ」

「ありがとう」

「それよりなんだけどぉー!」

 

優吾さんとみほさんが会話をしていると健吾さんがその間に割って入ってくる。

 

「みほちゃんすごいね! あのテンションMAXな先輩を止めるって相当だよ」

「………お兄ちゃん、いつもあんな感じなんですか?」

「いつもじゃないけど。でも、ああなったら翔先輩が落ち着くまで誰にも止められないんだ」

「まぁ、俺達も悪乗りしてはしゃいで止める人がいなくなるからな」

「あはは、ははは………」

 

これにはみほさん、苦笑いしかでません。

 

「で?で?で? どうやったの?」

「えっと、一連の流れを携帯の動画に収めて、あるところに送るって言っただけですよ」

「あるところってみほちゃんのお姉さん? なに? 怖い人なの?」

「聞こえてたんだ……。そんなことないよ。厳しい人だけど優しいところもあるんだけど………まぁ、いいか」

 

あ、みほさんがなんか悪い顔してます。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃんのことが好きだから」

 

 

 

 

 

 

予想外な爆弾が投下されました。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『で? これはなんだ?』

「ひと時の気の迷いによるわたくしめの愚行でございます」

『ほう、貴様はひと時の気の迷いでセクハラをするのか?』

「申し訳ありません」

 

生徒会室の一件から時間が経って放課後。と言うか、日が沈んですでに夜である。

そして俺は、自分の携帯に向かって土下座中でした。

 

あのテンションが上がり切った愚行をみほの奴が動画に収め、本当にまほの奴に送りやがった。それからと言うもの、まほからの電話はずーっと鳴りっぱなし。この時間まで放置していたら未着信が50件を超えていたのでさすがにこれは不味いと思い、今に至るという訳です。

 

ちなみに今の通話はテレビ電話にございますので、俺の土下座姿もバッチリまほに見えている。

 

『みほが家を出てから連絡など無かった』

「そうですね」

『正直、みほから連絡を貰った時にな。嬉しさのあまり飛び跳ねてしまいそうになった』

「あ、ちょっとその姿見たいかも」

『だが、メールを開いたらお前の醜態動画が張り付けられているだけだった。本文など何もなしにだ』

「それは何と言うか………」

『家を出て行った妹からの初めての連絡が! お前の醜態を披露された私の身にもなってくれ!』

「申し訳ありません。としか言えない」

『…………まぁ、いい。それよりもだ』

 

怒りは収まっていないようだか、まほは話題を変える。

 

『空戦道……やるそうだな』

「あぁ~…動画にそんな会話が入ってたもんな。うん、大洗でも空戦道が始まることになった」

『そうか。よかったな』

「うん。でも、喜びのあまりに暴走しちゃったけどね」

『……お前と言う奴は。人がせっかく話題を変えたと言うのに』

「あ、やべ」

 

自分で蒸し返してしまった。失態失態。

 

「あぁ~それとなんだけどさ………」

『なんだ?』

「空戦道と一緒に戦車道も始まるんだ」

『そうか』

「それでみほの奴がこっちで戦車道することになった」

『………そうか』

「あれ? 怒んないの?」

 

俺の予想では、まほはみほが戦車道をやることを望んでいない。俺と一緒でみほの気持ちの整理がつくまでは、遠くから見守ろうと言うスタンスだと思っていた。

 

『事情がどうあれ、決断したのはみほだ。そこに私が異を唱えることはできない』

「でも、しほおばさんとかが許さないんじゃないのか?」

『そこは私の出番だ。お母さまには私から説明しておく』

「お、頼れるお姉さまですね」

『もっと褒めてもいいんだぞ』

 

画面の向こうでまほが胸を張ってドヤ顔をする。

 

なんだかんだで、みほが戦車道をまたやってくれることに喜んでいるようだ。

 

『ところで翔。お前、今どこにいる?』

「え? なんで?」

『いや、いつものお前の部屋とは違った背景が気になっただけだ。と言うか、画面が全体的に暗い』

「今は学園近くの倉庫の外。ちょっとした明日の準備で居残り中」

『そうか、ほどほどにしておけよ。いや、待て。お前、地面の上で土下座していたのか?』

 

地味に砂利が足に食い込んで痛いのなんの。まぁ、気にしない気にしない。

 

「………なぁ、まほ。お前のいる所から空見える?」

『急にどうした? まぁ、見えるな』

「こっちは一日いい天気だったこともあって星が良く見える」

『そうだな。こっちでも見えるよ』

 

土下座の体制をやめて、俺は立てかけていた携帯の画面を空に向ける。

俺の見ている空がまほにも見えるように。

 

「爺さんがよく言ってた『陸は女の物だ。ならば俺たちは空をいただく』って」

『…………』

「ちょっとした男女差別チックなセリフだし、その意味が正直俺にはまだわかってない」

『うん』

「でもさ、遠回りになったけどようやく爺さんに追いつける。それで、この言葉の意味をちゃんと理解しようと思う」

『そうか』

「理解出来た時はさ、俺の話また聞いてくれるか?」

『分かった。いくらでも聞いてあげる』

「んじゃ、約束な」

『そうだな、約束だ。っと、それとは別に私ともう一つ約束しないか?』

「なに?」

 

空に掲げていた携帯画面を自分が写るように戻す。

画面を見れば、少し顔を赤らめたまほが写っていた。なんだなんだ?

 

『戦車カフェに行きたい』

「ん?」

『来月に全国戦車道大会の抽選会が行われる。それで、私も会場に行くために上京する』

「へ~」

『だから、戦車カフェに行きたい』

「えーっと……どういう事?」

『察しろバカ。………つまり、翔と戦車カフェに行きたいんだ』

 

これはつまり―――

 

「………デートのお誘い?」

『ッ!? 思っていても口にするんじゃない』

「え? 口に出てた。ごめん」

『ふん、私とお前の仲だ。今更、二人で出かけることも恥ずかしがることじゃない』

「まぁ、そうだね。熊本にいた頃は――――」

 

俺とまほ――――それとみほの三人でどこかに出かけていたな。

あれ? そうなるとまほと二人きっりで出かけたこと無いじゃないか。

なんだかんだで三人ワンセット状態だったし。

 

『なんだ? どうした?』

「あ、いや。何でもない」

 

これは口に出さないようにしよう。向こうも変に意識されてギクシャクされても困るし。

 

「えっと、戦車カフェね。うん、いいよ」

『そ、そうか! 詳しい日時は追って連絡する! それじゃ、そろそろ切るぞ』

「あいよ。おやすみ~」

『おやすみ』

 

行こうと言ったらやけに上機嫌になったな。鉄仮面で感情の起伏が少ない彼女にしては珍しい。

 

それはさておき。まほとデートだ。この二人で出かけることを勝手にそう解釈してしまうと―――俺は一人でガッツポーズを決めていた。




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少年、変質者にされる

「………やっべ、寝過ごした」

 

気付けばすでに日は上り切っており、時間を見れば15時過ぎ。

まほとの電話の後、ほぼ徹夜で倉庫内で作業していた俺はそのまま寝落ちをしてしまったらしい。内心で「しまったぁ~」っと思っているが、別に焦ることもない。

 

やることはやった。なら、誰が俺を咎めようか。うん、誰も俺を咎めることはできない。

 

「腹減ったなぁ~……」

 

などと自己解決をするも、朝も昼も食べ損ねては当然腹は減る。購買に行けば菓子パンぐらいはあるだろうか?

ならばと思い、掛けてあった毛布を跳ね除け、倉庫の外に出る。

 

「お~」

 

倉庫の外に出れば、そこは楽園が広がっていた。

 

倉庫の前に鎮座する五輌の戦車。そのそれぞれは長年放置されていたのか汚れと錆だらけ。しかし、目に行くところはそこではない。その戦車達を洗車している女子達に目が行ってしまう。

 

戦車の汚れを流すためホースから大量の水が飛び交う。水撒きしている人がふざけてなのか、その水は戦車だけではなく、戦車の上で洗車していた女子にも掛かってしまう。なので、色んな物が見えてしまうのだ。

 

 

ボディラインに沿ってくっつく体操服。

 

色とりどりの下着。

 

ここが外だという事を忘れて無邪気に笑う女の子たち。

 

そして、一人だけ何故か水着の小山うわっデッカ!

 

 

これを楽園と言わずに何と言う。康平辺りなら泣いて感謝する場面だ。

ありがたや~。ありがたや~。

 

「うわっ、わわわっ!」

 

この光景に一人拝んでいると、戦車の上でバランスを崩す小山が目に付く。

どうやら洗剤で足を滑らしたらしい。そしてあろうことか、戦車と地面にはそれなりの高さがある。しかも小山は水着。地面は砂利。落ちれば結構痛い思いをするのは間違いなし。

 

そんな思考を0.1秒未満で終えると俺は小山に向かって走り出していた。それと同時に小山が完全にバランスを崩し、戦車の上から放り出される。さすがにこのまま走っていては間に合わない。なので、加速の勢いを利用して俺は地面をスライディングして地面と小山の間に割って入った。

 

「ギリギリセーフ」

「へ? 寺古くん?」

 

無事に小山をキャッチする。

俺の上に乗っかった本人は何が何だかわかっていなかったようで、こちらへの認識が追い付いていない。

 

「柚子ちゃん大丈夫か!? って、寺古!?」

「お~てらこーナ~イス」

 

戦車の影から現れた桃ちゃんと角谷。

落ちた小山に怪我が無いか心配して現れたようだが俺の存在にビックリしているようだ。

 

「よいっしょ」

「ひゃ!」

 

とりあえず小山を抱き抱えたまま、俗に言うお姫様抱っこをしながら立ち上がり、そのまま立たせる。ついでに俺が着ていたジャージを羽織らせた。その意味を理解していないのか、どうしてこんなことをするの?と目だけで訴えてくる小山。

 

「えっと、目のやり場に困りますので………」

「ッ!?!?」

 

自分が水着姿だと言う事をすっかり忘れていたのか、忠告すると小山はその場でかがんでしまい動かなくなってしまう。男子と女子の体格差もあって、一回り大きいジャージは余すことなく小山の全身を隠すのであった。

 

水着に男物のジャージ。マニアックにはたまらない格好です。

あと、女の子ってなんであんなに柔らかくていい匂いなんでしょう。

 

「うわっ! 男の人がいる!」

「え? 覗き!?」

「きゃーーーーー!!!」

 

と騒ぎを聞きつけて続々と登場する女生徒達。

「ん?」と思いながら彼女たちの口にする言葉を聞いて、一気に血の気が引いた。

 

小山を助けるためとは言え、色々異性には見せられない格好をしている人の中に突如現れた男。事情を知らなければ、変態扱いされるに違いない。ってか、もうされてる。急いでこの場を退去! と思い逃げ出そうとするが――――

 

「この変態!」

「ぶわっ!?」

 

ホースを持ったツインテールの眼鏡に勢い良く水をぶっ掛けられた。それで一瞬逃げるのが遅れて―――飛来してきたデッキブラシが俺の頭を直撃。でも尖った柄の方ではなくて、ブラシの部分が頭に当たったことだろう。いや、地味にチクチクして痛いけど。いったい誰が、と思いデッキブラシが飛来してきた方を見る。

 

お前か、みほ。

 

俺と知ってか、知らずか。やり投げの要領で投擲し終えた格好をしていた。ブラシの方を先端にしたのは慈悲なのか、汚れがこびり付いて精神的ダメージを与えるのが目的なのか分からない。隣のモジャ娘がなんか尊敬の眼差しで拍手をしているが、そこはどうでもいい。

 

「やっつけろー!」

「てりゃー!」

「御用だ御用だー!」

「根性ー!」

 

水攻めを喰らいながらデッキブラシを武器に攻めてくる女子達。集団リンチの始まりだ。幸いなのは非力な少女たちが繰り出す攻撃はさほど痛くないこと。ボコボコではない。ポコポコぐらい。いや、でも、なんか心にダメージが蓄積される。

 

角谷はそんな俺を見てゲラゲラと爆笑し、桃ちゃんは「これは止めるべきか、でもこいつも悪いし」と本気で悩んでオロオロとしているだけ。

 

みほはみほで冷たい目でこちらを見ていた。って貴様、意外とアダルティな色合いの下着を着けてるな!! ああぁ! やめろ! デッキブラシを棒術みたいにブンブン振り回すな!

 

「みんなストープー!」

 

しかし、ここで待ったを掛けたのは小山だった。羽織らせたジャージは袖を通して上までぴっちり絞められており、腕の長さが足りなくて余った袖がブンブンと回る。やだ、可愛い。

 

「この人は違うの! えっと! 戦車から落ちた私を助けてくれたの!!」

 

天使がおる。いや、女神や。

 

「と、とりあえず。洗車は中止! みんなは一度着替えに戻ってまたここに集合! 事情を説明するから!」

 

小山がそう言うと集団リンチはピタリと止まり、「は~い」と言う声が辺りに響いてみんな校舎へと向かって歩き出した。

 

「……た、助かった」

「寺古君ごめんね。助けてくれたのに」

「いや、俺も悪かったし。でも、まぁ―――」

「でも?」

「すっげー役得でした!」

「ッ!? 寺古くんのえっち……」

 

顔を真っ赤にして伏せてしまう小山。いやー可愛いねぇ~!

 

だが、次の瞬間。またもやどこからともかく飛来してきたデッキブラシが俺の顔面に直撃する。しかも、先程より威力増し増しで気持ちいい程パッカーンと音を立てていた。

 

おのれ、みほ! また貴様か!?

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんのバカ。本当にバカなんだから……」

「まぁまぁ、みぽりん」

 

戦車を洗っている途中で思わぬハプニングが起こり洗車は中断。私達は学園のシャワー室で汚れを落とし、更衣室で制服に着替えて再びグランドに集合していた。そのハプニングと言うもの、戦車を洗車中にお兄ちゃんが現れたからだ。

 

別にギャグじゃないよ。

 

洗車している時の私達はとても異性に見せれる格好をしていなくて、他のみんなもお兄ちゃんのことを変質者扱いをしたのだ。

 

私も初めは庇おうと思ったんだけど、お兄ちゃんは何故か小山先輩をお姫様抱っこしていて鼻の下を伸ばし切っていた。それに対してなんだか無性に腹が立って、私は手にしていたデッキブラシをお兄ちゃんに投げてしまった。

 

「しかし、西住殿は戦車道だけではなく武芸も堪能なんですね」

 

そう言って来たのは今日一緒に戦車を探してくれた秋山優花里(あきやまゆかり)さん。

 

「え? そんなことないよ。私、体育の成績なんて5段階で2か3だし」

「そうなんですか? 先程のデッキブラシ捌きはなかなかのものでしたよ」

「なんか達人って感じだったよね?」

「はい」

 

はうぅ……怒りのままに動いたから自分でも覚えていない。

こう、体が自然に動いたと言うか………。

なんか、ハズカシイ……。

 

「あとあと、西住殿の言ってたお兄さんがまさか寺古先輩だったとは驚きでした」

「え? 秋山さんってお兄ちゃんのことを知ってるの?」

「はい。その道では結構有名人ですよ?」

「その道?」

「えーっとですねぇ~―――」

 

「何やってるんだ。お前らで最後だぞ」

 

なにやら秋山さんがお兄ちゃんのことを知っていたようで、どうして知っているのかを聞こうとしたら河嶋先輩が声を掛けて遮られてしまった。どうやら話している内にグラウンドの倉庫まで戻ってきてしまったらしい。

 

それよりも………。

 

「河嶋先輩、ソレなんですか?」

「見てわからんか? 肉だ」

 

違うそういう事を聞きたいんじゃない。

 

河嶋先輩の手には100均で売ってそうな紙皿があり、その上には焼き立てのおいしそうなお肉が乗っていた。よく見れば、私達以外の女の子の手にも同じような物が行き届いている。

 

「ウマー! このお肉結構高めの奴ですよね!?」

「肉はエネルギーの源! みんな、ジャンジャン食すよ!」

「おかわり!」

「私もー!」

 

紙皿を空にした人がどんどんと雪崩れ込んで行く先がある。

生憎、今私がいる位置では生徒会が乗る戦車38tの影に隠れて見えない。

 

あ、華さんが走り出した!? どうしたの!?

 

「はいはーい! 順番な順番。肉肉野菜ってな感じで食えよ。でないと消化不良で太るぞ~」

「せんぱーい、セクハラ~!」

「大野と言ったな。俺はお前に水ぶっ掛けられた事を忘れないぞ。なので、野菜特盛にしてやる」

「ぎゃー!!」

 

「先輩先輩。お肉のおかわりを」

「えーっと、磯部だったか? …………よし、この肉全部持ってけ」

「あれ? なんで、近藤と佐々木を交互に見て私を見たんですか? あれ? まぁ、いいか。おーい! 肉ゲットしたよー!」

「キャプテン………」

 

「腹が減っては戦が出来ん!」

「どの国でも共通の問題だな。兵糧攻め、アレはだめだ」

「鳥取の渇え殺し&三木の干し殺し…ぜよ」

「やめろー! 食事中にその話はやめろー!」

「そうだな。こうして普通に食せる日頃に感謝しないといけないよな」

「おや? 先輩はこの兵糧攻めを知っている感じか?」

「まあな。そこの六文銭の―――」

「左衛門佐だ」

「左衛門佐の言う通り…左衛門佐!? まぁ、いいや。食事中に上がる話題じゃない。では、日々の食事に感謝を込めて」

「「「「いただきます!」」」」

「ぜよ」

 

どういう訳か、バーベキューが開催されている。

しかも、みんなから変質者扱いを受けていたお兄ちゃんが焼いてみんなに振る舞っていた。え? なにこれ?

 

「寺古先輩。私もいただいてもよろしいですか?」

「お、五十鈴さん。ってことはみほ達も来たのか」

「はい」

「ちょい待ち。今新しいの焼くから」

 

華さんもいつの間にか紙皿を持っていた。

そんな光景に唖然としていると横から会長が私たちに紙皿を手渡してくれる。

 

「西住ちゃん達もジャンジャン食べなよ」

「あの、会長。これは?」

「てらこーなりの謝罪だって。別に私は気にしていないのにね~」

 

いえ、気にしてください。

 

「あと、戦車道発足を祝しての親睦会を兼ねてね。いや~助かったよ~色々手間省けて」

「そう、なんですか」

「実のところ、戦車道復活で頭一杯一杯だったからさぁ。こう言う機会を設けるのは忘れてたんだよね。西住ちゃん達が着替えに行ってからてらこーにそのこと言ったら、怒られちゃった。チームを作るなら、その人一人一人を知らないとって」

 

それを聞いて、なんだかお兄ちゃんらしいなぁって思う。

お兄ちゃんは人と仲良くなることに関しては天才的だ。例え人の輪からはぐれた人がいても無理にでも手を引いて連れ込む。それでいて、みんなに笑顔にしてくれる。

 

何度、私もそれに助けられただろうか。

 

今日、秋山さんに声を掛けてのも、お兄ちゃんを参考してみたんだ。そしたら仲良くなって、戦車の話で盛り上がって。沙織さんと華さんは置いてきぼりにしちゃったけど。それでも、新しい仲間が出来たよ。

 

「う~ん……欲しいな」

「え?」

 

え? 会長今なんと?

 

「てらこーとはそれなりの仲だけど、人のためにああまで動いてくれる人って知らなかったんだよね。よし、てらこーを生徒会に入れちゃおっと」

 

あ、そう言う欲しいってことですか。ビックリしたぁ。

 

「ちなみに、西住ちゃん」

「なんですか?」

 

なんだろう。会長の笑顔がやたらと気になる。

 

「てらこーって彼女いるの?」

「はえ?」

 

 




主人公、いまだに戦闘機のれず………
でも、次回は………


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少年、空戦道を語る

バーベキューによる親睦会の翌日。

今日も戦車道の授業を受けるために学校のグランドへと向かう途中のことでした。

 

「ねぇ、優花里さん」

「なんですか西住殿」

「昨日言ってたお兄ちゃんのことだけど………」

 

みほさんが優花里さんに声を掛けていました。

なんの話でしょう?

 

「あぁ~寺古先輩がどうして有名かって話ですか?」

「うん、昨日は盛り上がっちゃって聞きそびれちゃったから」

「そう言えばそうでしたね。楽しい時間でした」

「それで、お兄ちゃんの事なんだけど」

「あ、はい。寺古先輩達は大洗では結構有名人なんです」

 

はて? そうでしたでしょうか?

 

「え? でも、私は知らないよ。地元は大洗だけど」

 

沙織さんも私同様に寺古先輩のことを存じ上げていなかったようです。

初めてお会いしたのもみほさんが生徒会に絡まれていた時でしたから。

 

「まぁ、有名と言っても一部に、ですが……」

「お兄ちゃん、何かやったの?」

 

もしや悪名が轟いているのでしょうか?

みほさんも私と同じ考えに至ったのか、心配そうにされております。

 

「皆さんは空戦道についてどれぐらいの知識があります?」

「えっと、飛行機で戦うってことぐらいしか知らない」

「今度、大洗でもやるとは聞いてますが………」

 

優花里さんの言葉から空戦道と言う言葉が出てきて私と沙織さんは首をかしげてしまいます。

なにせ、戦車道もこの間知ったばかりの身。精々、女子の嗜みは戦車道。男子の嗜みは空戦道ぐらいの知識しかありません。

 

「まぁ、自分は戦車専門なのでそこまで詳しいと言うほどではありませんが………その空戦道の派生で生まれた競技がありまして、それが空戦野試合『エリアル・ハイ』って言います」

「「「エリアル・ハイ?」」」

 

今度はみほさんも交えて三人で首を傾げてしまいました。

 

「空戦道連盟の非公式試合なんです。戦車では『タンカスロン』と言う競技がありますが、その空戦版と言ったところでしょう。そして、寺古先輩たちの……エアスタント同好会はそれに参加していたのです」

「「「へぇ~」」」

 

思わず三人揃って感心してしまいます。

 

「それでそれで、寺古先輩達はその中でも常連参加者で二つ名をいただく程の実力の持ち主なんです」

「二つ名?」

「はい、『大洗のカモメ』です」

「「カモメ?」」

「えっ」

 

意外と可愛らしい名前ですね。

あら? みほさんだけなんだか驚いた様子でした。

 

「あ、噂をすれば、ですよ」

 

話をしながら校舎を出て、グラウンドへ続く道を歩いていると、前の方に二人の男子生徒がいました。

一人は、おなじみの寺古先輩。もう一人は知らない人でしたが先輩のご友人でしょうか?

 

「んで? 人が働いている間に一人だけサボって女の子たちと仲良くなっていた訳か? あーそうですかー! この野郎め!!」

「だーかーら! ごめんって。でもさ、仕方ないじゃんか。俺もまさかあんなことになるなんて思わなかったんだって」

「ちっ」

「マジの舌打ちはやめてくんない? ところで、空戦の履修者はどんな感じ?」

「ほらよ。昨日の時点で履修者対象の適正試験をしておいたから」

「ととっ、えーっと40人が履修希望で……げっ、パイロット候補が2人しかいないじゃんか」

「適正無い奴に戦闘機乗せられるか。ってか、お前の方針だろう」

「う~ん…まぁ、そうなんだけど。こればかりは仕方ないか……残りは整備班として。その二人には早速訓練に参加してもらおう」

 

なにやら空戦道の話をされているようです。

 

「お兄―――」

「おーっす! てらこー!」

 

みほさんが寺古先輩に声を掛けようとするとどこからともなく生徒会長が出現。

みほさんの言葉を遮って寺古先輩に駆け寄り、あろうことか後ろから体当たりをしました。しかしそれでは終わらず、生徒会長はそのまま寺古さんの背中に抱き着くのです。

 

「痛ってぇな角谷。ってか、くっつくな。歩きにくい」

「えぇ~いいじゃん。女の子がこうしてくっついてるんだよ? 嬉しくないの?」

「小山か桃ちゃんなら十倍嬉しかった」

「何を基準にしたのかは敢えて聞かないことにしよう。にしても、てらこーの背中大きいね。腕が回んないや」

「俺が太ってるって言うのか!?」

「いやいや、触ってみると意外と引き締まったお腹が………うわっ、スゴッ」

「当たり前だ。毎日筋トレは欠かしてないからな」

「……………」

「あの、角谷さん? 無言でペタペタ触るのはやめてくれない?」

「あっ、ごめん」

 

なんでしょう? いつもの会長のおふざけなのでしょうが、途中から妙な感じになってましたね。何故か会長の方が顔を真っ赤にされております。あっ、でも今度は寺古先輩の腕に抱き着きました。

 

付き合っていない男女がああも触れ合うのはちょっといただけないと思うのですが………。それに、そんな光景を見ながら沙織さんは顔を真っ赤にしており、優花里さんも両手で顔を隠してますが、指の隙間からしっかり見てますね。

 

あ、寺古先輩の隣にいる男性が血の涙を流している。気持ち悪い。

 

「うー………やっぱり、会長本気なのかな?」

 

そして、みほさんもあの二人の様子を見ていて何か小声でつぶやいて、フグのように頬を膨らませていました。ちょっと、横から突っついてみたくなります。

 

「会長、お疲れ様です。って、寺古! なんで会長とくっ付いているんだ!!」

「いや、くっ付いているのは角谷の方だし」

「えーい! 離れろぉ!!」

「ああん、かーしま」

「と言うかお前等二人は何しにここに来た!?」

「ちょっと、倉庫に用事あったんだよ。なぁ、康平」

「…………」

「あれ? 康平? なんでそんなに睨むの? 怖いんだけど………」

「お前に呪いあれ」

「え? 呪詛喰らった? なんで?」

 

戦車が置いてある倉庫前に来れば、河嶋先輩が二人を引き離します。

 

そう言えばどうしてお二人がここまで来たのか分かりませんでしたが、倉庫に用事があったのですね。昨日も寺古先輩が何故あの場にいたのかも納得です。

 

「まぁいいっか。んじゃ、みんな揃ってる? 今日から戦車道の特別講師の人が来るからねぇ。失礼ないように。で? 小山、先生は?」

「まだ来てません」

「あれ? マジで?」

「そろそろ来るはずなんだけど……」

 

未だに現れない戦車道の特別講師に周囲がざわめく。沙織さんは「焦らしテクニック? かなりのやり手!?」などと言ってソワソワしています。じらしてくにっく、とはなんでしょう?

 

そんなことを考えているとなにやらキーンっと大きな音が近づいて来ました。あれは輸送機でしょうか? あ、後部ハッチが開いてそこから戦車が降りてきました。ガリガリと火花を散らしながら戦車は滑り、駐車場に停まっている高級車にぶつかってしまいました。

 

「学園長の車がぁ!?」

「「ぎゃははははっ!!!」」

 

どうやらあの車は学園長の車だったようです。小山先輩の小さな悲鳴が上がり、そんな光景を一同見て唖然。ただ、寺古先輩とそのご友人はゲラゲラと下品に笑ってました。

 

とどめと言わんばかりに学園長の車を踏み潰してギャリギャリと旋回してくる戦車。なおも寺古先輩達は大笑い。

 

「こんにちは~」

 

ですが、戦車の中から特別講師らしき人が挨拶すると同時に寺古先輩達の笑いがピタリと止まり、その場から逃げすようにダッシュしました。これには生徒会もその場にいた人達も驚き、登場した特別講師よりそっちの方を見てしまいました。私もですが。

 

「あら?」

 

挨拶の途中で特別講師の人が逃げ出した先輩達を見て、笑顔で右手をあげて――――

 

「確保」

 

そう言うと先ほどの輸送機が戻って来て、そこから迷彩柄の人達が数人パラシュートで降りてきます。何が何だか分かりませんが、降りてきた人達は先輩達を取り囲み、銃を突き付けて跪くように言っていました。

 

これには成す術も無く、先輩達は確保され――――あ、抵抗しています。二人共銃を奪って抵抗をしています! さながら、その抵抗はアクション映画バリでとても一介の高校生の動きではありません。そんな逃走劇を一年の子達がキラキラした目で見ています。

 

タァン! タァン!

 

は、発砲!? しかも近くで!?

 

音のした方を見ると特別講師の人が戦車の上に寝そべって、狙撃銃を構えていました。まさか、と思い先輩達の方を見ると地面にぐったりと倒れています。どうやら、狙撃されてしまったようです。

 

「特別講師の戦車教導隊の蝶野亜美です! 戦車道は初めての人もよろしくね!」

 

そして、何事も無く自己紹介をする蝶野教官。私達は言葉を失いただ唖然とするだけでした。

 

「きょ、教官」

「何ですか?」

「あの人達は……」

「あぁ! 私の教え子達です!」

 

いえ、そっちじゃないです。

沈黙に耐えかねた私の質問に見当違いの答えが返って来て戸惑ってしまう。

 

「ん? もしかしてあっちの方かな? 大丈夫、ゴム弾だから死んでないわよ!」

 

なら安心―――って言う訳ないじゃないですか!

 

なんか、気を失ったまま教え子さんに引きずられてこちらに戻って来た先輩達。

そしてそのまま蝶野教官の前に投げ捨てられました。

扱いが酷い。ですが、かろうじて息をしていたので安心。

 

「あなた達、帰ったら特別メニューね」

 

そう言われた教え子さん達の目が死んだ魚の目のようになりました。そして、先輩達を睨むようにしてその場を去ります。

 

本当に一体なんなんでしょう?

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「ぐぬっ……ひどい目にあった」

「あら? もう起きたの?」

 

いきなりの襲撃に必死のの抵抗を見せるもどこからともなく狙撃されたことで意識を刈り取られてしまった。

気付けば俺は倉庫近くの管制塔の頂上にいた。そして、もっとも会いたくない人が傍にいる。

 

「………お久しぶりです。蝶野教官」

「ええ、久しぶりね。寺古くん」

 

蝶野亜美教官。現陸上自衛隊富士学校富士教導団戦車教導隊所属されているその人である。

 

何故、この人と俺が面識があるかと言えばそれは西住家のおかげだ。この人は西住師範の教え子で小さい頃からその存在を知っていた。

 

しかし、当時はそれ程親しくはなく、本格的に話すようになったのは中学時代に俺が学校の長期休暇を利用して自衛隊富士学校に行った時からだ。

 

空戦道をやるにあたってレシプロ機の運用免許と言うものが必要である。戦闘機は車以上に難しい乗り物であり、その知識や安全をきちんとした講習や実技試験を受講し、晴れて免許を取得する事が出来るのだ。

 

空戦道をやっている学校は長期間、と言っても3か月ほどの訓練でその場で習得できるが、生憎大洗にはそう言ったカリキュラムがない。なので、学外での短期講習と言うものがあってそれに参加すれば習得することも出来る。ただし、それなりにハードであるが。

 

その時も俺と康平の二人で受講していたのだが、そこで蝶野教官に出会ってしまう。元々俺のことを知っていた蝶野教官は俺を見つけるなり、関係ないはずなのに短期講習の体力作りカリキュラムで教導を名乗り出るのであった。

 

そこから地獄が始まる。

 

体力作りとは名ばかりの訓練。のちに知ったがレンジャー部隊が行うような訓練が俺達を襲う。これ、絶対違う、と思っても蝶野教官のしごきは止まらず、真面目に受ければ誰でも受かる短期講習で受講者の半分以上が脱落していった。これも後から知ったが、俺達が受講した第81期生は厳しい訓練を生き抜いた伝説へと語り継がれているらしい。

 

それからと言うもの、俺も康平も蝶野教官には苦手意識を持ってしまい、今回も顔を見るなり一目散に逃げてしまった。それが気に食わなかったのか、まさかの空襲部隊に包囲され、狙撃で撃沈だ。

 

「ってか、今何やってるんですか?」

「模擬戦よ」

「え? まだ戦車動かしたことない子とかいるのに?」

「そんなのは動かしている内に覚えるわ!」

 

なんでこの人はそれで大丈夫だと思うのだろう?

 

「おっ、Ⅳ号に乗ってるのがみほ達ですか? 皆から追われてるな」

「………相変わらずの目の良さね。ここから演習場までかなり距離あるのに」

「戦闘機パイロットは目が命ですからね」

「そう言えば空戦道やるんですってね」

「はい」

「そう、残念だわ。あなた達は私の本気のしごきに耐えた数少ない教え子なんだから」

「またその話ですか? 何度も言いますけど、自衛隊に入る気は無いですよ。今のところ」

「なら将来に期待しているね」

 

可愛くウィンクしてもダメですぅ~。

あんな地獄が毎日あると知ったら誰だってやりたくなくなる。

 

「ねぇ? あなたから見て戦車道ってどう思う?」

「いきなりなんですか?」

「いいから答えなさい」

 

さっきと打って変わって真面目な顔になる蝶野教官。

 

「ある種の完成された競技だと思います」

 

人が殺し合う戦争と違って、戦車道は安全面がすごいと思う。特殊カーボンによる装甲、弾頭の改良。一見して戦争の時よりも変わっていないように見えるが、それらの発明によって兵器がスポーツに成り代わってしまうのだから。

 

「だからなのか、羨ましいっす。空戦はまだ未完成な部分が多いから」

 

当然、空戦道に使われる戦闘機にも戦車同様の安全面が考慮されている。戦闘機のボディには戦車と同じ特殊カーボンが採用。弾丸も実弾より貫通力の弱い物を使っている。けど、地上の戦車と違って俺達のステージは空。そこで万が一なことがあれば、命を落としかねないのだ。

 

空中でのエンジントラブル。

機体の破損。

離陸、着陸の失敗。

 

どんな些細なことでも、起これば人が死ぬことだってある競技。だから、空戦道は戦車道に比べてやる人が少ない。万が一ってことがあると思うと俺だって怖い。そんな恐怖と闘いながらそれでも俺達は空を飛ぶ。だって――――

 

「でも、そこにしかない道があるんでしょ?」

 

ガッデム。蝶野教官に言われた。この人ホント礼節に対する姿勢やら指導に関する熱意は天才的だわぁ~。実際の指導は適当だけど。だからなのか、苦手意識を持っても嫌いになれないんだよなぁ~。

 

うん、まぁ、この人に言われた通りなんですけども他と違って空にしかない道がある。俺達はそれを求めて飛んでいるんだ。

 

「おっ、決着かな?」

「そうみたいね」

 

吊り橋で立ち往生していたみほ達のⅣ号であったが、何とか持ち直して集結していた敵戦車を撃破して行く。残ったM3もその場を脱出しようとするが、履帯が溝にはまってそのまま切れてしまった。

 

「じゃ、俺等はこれで失礼します」

「あら? 出迎えてあげないの?」

「元々倉庫に用事があったんです。ほら、康平起きろ」

「う~ん………」

「ダメだこりゃ。てい」

「ぐぼあぁ!?!? 翔! テメェ何しやがる!?」

「お、起きた」

 

ペシペシと頬を叩いてみるが起きそうにない。なので、思いっきり腹を殴ったら康平が目覚めた。

 

「あーそれと蝶野教官」

「何かしら?」

「これからあいつ等のことよろしくお願いします」

 

俺は蝶野教官に一礼して頭を下げる。適当に教えつつも要点はしっかりと伝えられる人だ。それが彼女たちにとってマイナスになることは無い。

 

「それじゃ、これで本当に失礼します」

「し、失礼します!」

 

康平はビシッと敬礼までしている。そして、俺達はようやく本来の目的を果たしに行くのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

空がオレンジ色に染まる時間帯。私は自分が乗るⅣ号から身を乗り出してそんな空を見上げていた。

 

「やりましたね! 西住殿!」

「私達が一番だよ!」

 

模擬戦の勝利の興奮がいまだに収まらないのか、優花里さんと沙織さんが同じようにはしゃいでした。

 

「皆のおかげだよ。私はとくになにも………」

「何言ってるの。みほが正確に指示出してくれたから勝てたんじゃない」

「そうですよ。みほさんがいなかったらどうなっていたことやら」

「もっと自信を持ってくださいよ!」

「西住さんはよくやったと思う」

 

優花里さん、沙織さんに加えて華さんと今日の模擬戦の途中で拾った麻子さんが私をほめてくれた。正直、嬉しいと思っている。

 

私は戦車道から一度身を引いてしまったから、乗るまでは色々な考えが浮かんで頭の中がゴチャゴチャだった。けど、実際に戦車に乗ると落ち着き、自分が何をするべきかを考え、ちゃんとすることができた。

 

やっぱり、私は戦車が好きなんだ。

 

密閉された空間で、火薬と鉄の匂いが混じる車内。今回は装填手だったけど、不思議と落ち着けた。まだまだ気持ちの整理が付かないけど、この皆となら大丈夫な気もしてきた。

 

「おや? この音は……」

「優花里さん? どうしたの?」

「えっと、ちょっと聞き覚えのある音が聞こえたので」

 

皆で喋りながら戦車で帰路に着いていると優花里さんが何かに反応した。何かが聞こえると言ったので皆して耳を澄ませる。

 

 

 

ブーーーン。

 

 

 

聞こえた。何かのエンジン音の甲高い音がこっちに近づいてくる。

そして音は次第に大きくなり、その姿を現した。

 

「きゃ!?」

 

ほんの一瞬。私たちの頭上を通り過ぎる影。

過ぎ去った後に突風が巻き起こり、皆が目をつぶってしまう。

 

けど、私は見た。

 

空の夕焼け色とは違ってダークブルー色の戦闘機。

それが背面飛行して、まるでこっちを見るようにして飛んでいた。

そして、その機体の胴体には見知ったカモメのパーソナルマークが目に着いた。

 

「あー! 西住殿! アレですアレ!」

「うん、知ってるよ」

 

小さい頃に何度も見せられた戦闘機とマーク。

だって、あのマークはお兄ちゃんのお爺さんが着けていたマークなんだもん。

そして、あの戦闘機はお爺さんが空戦道をやっていた時に乗っていた機体。

 

 

局地戦闘機『紫電改』。

 

 

それが夕焼け空を飛んでいた。

お兄ちゃんは空戦道が出来なくても、空を飛び続けていたんだ。

 

「すごっ! わっ! なんかくるくる回ってる!? え? 飛行機ってあんな風に飛べるの!?」

「あれが戦闘機ですか。まるで、踊っているようですね」

「風と浮力によってああも動けるのか」

「おぉ! すごい! すごいですぅ!!」

 

なおも私達の頭上を飛ぶ紫電改。

その飛び方はアクロバティックで、それを見た皆が興奮している。

 

いつか見た、お爺さんの飛び方と一緒だ。

下で見ている人に何かを伝えるかのような、舞い。

それを見るだけで、不思議と元気にさせてくれる飛び方。

 

なんとなくだけど、今回のは私達のことを祝ってくれてるのかな?

 

そうだったら、いいな。………よし!

 

「お兄ちゃーーーーーん!!!」

「西住殿!?」

「みぽりん!?」

 

Ⅳ号の上に立って、空飛ぶ紫電に向かって手を振る。みんなが私の行動と大声に驚いたけど、気にしない。

 

「私! 頑張るからー!! もう一回、ちゃんと戦車道やるからー!!」

 

この声が向こうに届くはずない。

だから、今のうちに言いたいこと全部言っちゃう。

面と向かって言うにはまだ恥ずかしいから。

 

「ありがとー!!!」

 

内から溢れる感謝の気持ち。そのすべてを空に向けて叫んだ。

するとお兄ちゃんの紫電改はどこか遠くへと飛んで行ってしまった。

私はそれを見送ると、再び戦車の中へ戻る。

 

「えーっと、急にごめんね。大声出しちゃったりして」

「ねぇ、みぽりん?」

「何? 沙織さん」

 

車内に戻ると車長椅子から沙織さんが不思議そうにこちらを見てくる。

 

「あぁ~…やっぱいい。何でもないです」

「え? 気になる!」

「おーい、それよりそろそろ戻るぞ」

「あ、はい」

 

何かを言い掛けた沙織さんだけど、麻子さんがエンジンを始動して車内に音が響く。

一体何を言いたかったんだろう。後で聞いてみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みほって絶対寺古先輩の事好きなんだと思う………」

 

 

 




サブタイトルで言うほど語ってない!?


はい、という訳で主人公の愛機は『紫電改』となります。
自分の中では紫電改がカッコいい!って思っていたのでこれにいたしました。

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