美竹さんはこんなに可愛いんだよ? (┌┤´д`├┐)
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寝起きのあなた

前書きは特になしです。

さっさと本編へどうぞー







 日は沈みまた昇る。

 

 そうやって毎日何も変わらずに、俺のような下々の民に顔を出してくれるんだろ。はぁ…、あんたも毎日毎日飽きないもんだねぇ…。

 

 ベッドに寝転がっていれば、目覚ましなんぞ無くとも勝手に起こしてくれちゃう天然の目覚まし。…ただ、今日は些か、起こすのが遅すぎたみたいじゃないか?

 現在時刻は8時半を回ろうとしているところ、今から学校に行ったって間に合いっこない。まぁいいか…と、ベッドから立ち上がって体を精一杯延ばした。各関節や節々がポキポキと小気味よい音を鳴らしながらも、意識はまだぼんやりしたまま。

 

 何を考える訳でもなく再びベッドに座って、未だに覚醒しない脳みそで必死に記憶を確認しようとする。

 

 今日は…、確か3月15日、だったかな…?あぁ、そうだった。今は学期と学期の間だから学校は無いんだったよ。確認しなければこのまま学校に向かってしまう所だった。

 

 カレンダーを見てみれば、確かに今日は15日と教えてくれる。二度寝で惰眠を貪る事を即決した俺は掛け布団の内側に素早く潜り込む。あぁ、まだ温もりがあって温度がだが今だぜぃ…。そうして瞼を閉じようとした時。

 

 

 脳裏に稲妻走る。

 

 

 さっき見たカレンダーには15日の欄にだけ大きく、『赤色の色素で丸が描かれていた』事を思い出した。そして同じ欄の下の方には。

 

 

『終業式』

 

 

 

 あー…。

 

 

 ──────────────

 

 

 学校最後の終業式をたかだか寝坊ごときで、おサボり決め込んでからずっと二度寝生活を気持ちよく満喫しておりました。まぁどうせ、お偉いさん方の全く為にならない無駄話とかだろうから、正直どうだっていいよね。

 

 そうして眠り続けて3時を過ぎた頃、唐突に何度も鳴り響いたチャイムで夢の国から現世へと引き摺り戻された。こんなアホみたいな事をする奴は、今のところ1人しか見つからない。誰が来たかなんていうのは、確定的に明らかだよ。

 

 とりあえずこんなチャイムが鳴り響きまくっている状態では、三度寝も決め込むことが出来ない。渋々ベッドから体を起こしてから、部屋着を着込んだ。

 よく寝る時は服を着ないって人いるでしょ?俺はそういうタイプの人間なのだ。家の中を彷徨く時も服は着ない、当然だけどパンツとかは来てるよ?あとシャツもね。どうせこんなマンションに一人暮らししてるんだから、家にいるときくらいはいいでしょ?

 

 「へ〜いどちら様で〜?」

 「出てくるのが遅い」

 「…はぁ…、だからってピンポン連打はどうなのさ…」

 「中、入れて?」

 「へいへい、ほんと昔っから容赦ねぇのな…、蘭」

 「うるさい、なんでもいいじゃん」

 

 一応人前に出れるような格好に着替えて、重い玄関の扉を開け放つ。するとそこには灰色の制服を見に纏った、俺よりも少し小さく、ショートで揃えられた髪の一部には、まるで稲妻のように赤いメッシュを入れている少女――てか同級生だが――がそこにはいらっしゃった。

 

 俺が蘭と呼んだその女は、俺の家がまるで自宅のようにズケズケと侵入してくる。

 

 さよなら僕の幸せな時間。こんにちは僕の甘い時間。

 

 テーブルの周辺に座った蘭に何か飲み物を出してやろうかと思って、適当な菓子類を探しながらそう尋ねる。すると蘭は「なんでもいいよ、あるものでいい」と、なんとも面倒な返答を寄越してくる。なんでもいいってそこそこ困る質問だと思いませんか?

 

 冷蔵庫から2Lの烏龍茶を取り出して、俺専用のコップに注ぎ入れる。それとは別に蘭用のカップに温かい紅茶を、一緒にビターチョコ的な菓子を添えて持って行ってやる。

 

 「んで、今日はなんの用?」

 「あんたさ、終業式来てなかったでしょ?」

 「だって蘭が起こしに来てくれないから、普通に寝過ごしちまったんだよ…。お前なんだって今日だけ来なかったんだよ」

 

 そう、昔っからの習慣だ。どうしてかは知らないけど、学校に行く時は毎日決まった時間に起こしに来てくれて、ついでに朝飯も作ってくれるのだ。意外な事に蘭のご飯が結構美味いんだよな…、お陰で俺の胃袋は既にがっしりと蘭に握り締められてる訳だ。

 

 まぁ俺が今日起きれなかったのも、俺がこいつを頼りにしすぎたのも悪いんだろうけど、毎日来てくれるから…、その、自分で起きられなくなってしまっていた。誰だってそうなるよな?俺だってそうなってるんだからさ。

 

 「あ、あたしも今日寝坊しちゃって、急いでたから…。今日ぐらい自分で起きてよ」

 「無理言ってんじゃねぇよ、もうお前無しじゃ生きられねぇっての」

 「あっ…、バッ、バッカじゃないの!?まだそういうのは早いって…!」

 「何言ってんだよ、毎朝ご飯作ってから学校行ってんだから、間違っちゃいねぇでしょ」

 「あっ…、うぁぅぅ……!」

 

 いろいろ恥ずかしい事言ってたら、蘭から湯気が出そうなくらいに顔が真っ赤になってた。こいつはやっぱ普段すげぇキツイけど、こうやってグイグイ前出てやるとすぐあんなんなっちゃうのな。2人の時は一層態度硬くなるけど、それ以上に柔らかくもなる。そこがあいつの可愛いところだな…。

 

 「そ、それより!」

 「それよりなんだよ」

 「あ、えっと…。あ、明日さ…、暇?」

 「なんだそんな事かよ。うん、明日は何も予定はないよ」

 「そ、そっか…。じゃ、じゃあさ、えっと…、明日…どっかに…、あ……

 

 ここがホントに可愛いポイントなのだ。恥ずかしい事を言う時は決まって声がだんだんと小さくなる所な。このまんまじゃ埒が明かないから、俺の方から誘いを入れてあげようかな。

 

 「ごめんな、なんて言ったか聞こえなかったよ。後でその話は聞くけどさ、明日蘭は暇でしょ?」

 「えっ!?う、うん」

 「どっか遊び、行かない?」

 「やっぱり聞こえてたんじゃん…!」

 「さぁ…。元から誘う予定だったってだけかもしれないだろ?それで、行きたい?それとも、行きたくない?」

 

 こういう感じに聞いてあげれば、蘭のことだから直ぐに乗ってきてくれる筈だよ。

 

 「い、行きたい!」

 

 ほら、ね。簡単でしょう?

 

 

 ──────────────

 

 

 その後もしばらくはお茶を飲みながらも、今日あった事とかをいろいろ話してたんだけど。巴がどうだったとか、つぐが今日もつぐらなきゃいけなかったとか。でもなかなか自分の話をしてはくれないのです。俺としては、それが一番聞きたい事なのになぁ。

 

 そうしていると自然と…。

 

 「…すぅ……、ぅぅん……」

 

 段々と瞼が閉じてって、最後には蘭の意識は夢の中…、って感じに床に寝転がって眠り始めてしまった。やっぱり蘭って結構美形だよな…、うちのクラスの中じゃずば抜けて可愛いもんなぁ…。そんな可愛らしい女子が俺の家来て何やってんのかって話だけどね。

 

 「ほ〜ら、こんな所で寝るんじゃないよ。風邪ひいたって知らんぞ〜」

 「ん、んぅ……、えへへぇ……」

 

 こうやって大人しく眠ってる時はさらに可愛いってのになぁ…。普段からもう少し物腰柔らかくなってほしいものだけど、それは無理か…。そういう素直じゃない所も、それはそれで可愛いし、見てて飽きないものだしね。学校じゃ無愛想な感じだけど、いつもの幼なじみと居る時とか、俺たち2人の時とかは割とへにゃへにゃになっちゃうから、そういうギャップも可愛いね。可愛いよね。うん、可愛い。

 

 いつも使ってるベッドに蘭を、お姫様抱っこで運んで優しく下ろす。そのまま掛け布団を胸下ぐらいまで掛けてやって、俺も蘭に近いベッドの端っこの方に座る。

 

 「これからもよろしくな、蘭」

 「…きょう、すけ…。……だい……す……」

 「ふふっ、ありがとうね」

 

 

 それから蘭がまた起きるまでは、ずっとそのままでした。

 




どうだったかしら。


なんか感じたことあればコメントください。鋭い意見を待っております。


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ふらり、ふらりと。

僅か3時間のうちに書き上げました。褒めて


 夕陽が姿を出している時間は一日のうちでどれくらいの時間だろうか。正確には季節の違いとか、いろいろな要因が絡んでいるので断言は出来ない。けど、極わずかな時間だという事は直ぐに分かるだろう。

 

 それはまるで俺達の学生生活のように、一瞬だ。後悔の無いように生きていたいと考えるのは全く不思議な事じゃないし、実際俺もそんな考えで日々を過ごしている。楽しめるのは今だけ、なら精一杯楽しまないと勿体ないでしょ?

 

 「何で笑ってるの?気持ち悪いよ?」

 「お前の言葉はいちいち心に刺さってくるよ…」

 「あ…、ごめん…」

 「学校でなら謝らないのに、なんで今は謝るの〜?」

 「流石に言いすぎたかなって、思って…」

 「学校に居る時はもっとボロクソに言ってくるじゃん?」

 「う、うるさい…!」

 「あははは、可愛いなぁ…、ほんとに」

 「かっ…、からかわないでよ!」

 「まさか…、本音だよ?」

 「っ!うぅぅ…!」

 

 そういって隣を歩く彼女は表情をころころと変化させながら、最後にはいつも通りに顔を真っ赤にしている。やっぱり蘭をからかうのは楽しいね、一言一言にしっかり反応してくれるんだからからかいがいがあるってもんだよね。

 

 昨日の予定通り、俺と蘭は外出している。行き先は決まってない、2人の時は大体こんな感じでぶらぶらと、商店街だったり公園だったり、はたまた電車を乗り継いで何処か遠くへと行くことだってある。

 

 それは付き合いの中で感じた事だ。蘭を今日はここに行こう、なんて縛り付けてしまってはなんだか行けない感じがしてしまうから。一度いろいろ決めてから出掛けてみたけど、あんまり面白そうにしてなかったしね…。あの時は正直、ショックだったけど。

 

 「あ、あのクレープの屋台、ひまりが美味しいって言ってた奴だよ」

 「そうなんだ。じゃあ、どうする。食べたい?」

 「んー…、響介に任せる」

 「任せるって…、うーん、 「ぐぅぅ〜〜…」 なぁ…、蘭?」

 「なっ!何?」

 「お腹空いた?」

 「……!」

 「無言でパンチは酷いよ…。悪かったって、ほらクレープ食べようよ」

 「響介の奢りね!」

 「分かったよ…」

 

 クレープの屋台の店員に手早く注文してから、ものの数分でクレープが二つ引き渡された。一つを蘭に手渡して、そのまま歩きながら少しずつ食べていく。

 

 「ん、美味しい…」

 「そうだねぇ、このクリームの味が凄く深くてハマりそう…」

 「そんなに美味しいの、響介のクレープ」

 「うん、これは相当やるね。こりゃあ、ひまりが美味しいって言うはずだ

 よ」

 「そ、そうなんだ…。こういう時はひまりも頼りになるね」

 「その言い方じゃあ、普段のひまりは全く頼りにならないみたいじゃないか」

 「全くもってその通りだよ?」

 

 蘭の中でのひまりの評価は相当低いらしいね。なんか…、ごめんねひまり。俺も同じ考えかもしれないや…。

 

 それにしても、このカスタードクリーム…、いつも食べてるような奴よりもコクが増してて、リッチな味わいになってる…。面白いなぁ、この味。料理はあんまりしないけど、こういうスイーツとかは蘭が意外と好んでるからいつかは作ってあげたいなぁ。

 

 「………」

 「ん?どうしたの?」

 「えっ?あ、いや、別に…?」

 

 チラリと視線を蘭の方向に向けてみれば、こちらを見つめたままピタリと静止していた。正確には俺じゃなくて、手に持っているクレープの方に視線は集中しているけど。

 

 あぁ…、なるほどね…。

 

 「なに蘭。もしかして…食べたいの?」

 「い、いや、別に…」

 「じゃあいいの?もう少しで無くなっちゃうけど?」

 「ぁぁ…、ぅぅ……」

 「ほらほら、どうしたいの?」

 「…いじわるっ…!」

 

 あぁ〜…、この顔が見れただけで俺はもうお腹いっぱいですよぉ…!若干顔を赤くしながらも、キリッとした目でこちらを睨みつけてくる。だけど、その目は蕩け切っていて、普段から感じられる覇気は全く感じられない。これも二人の時でしか見られない、貴重な顔だね。

 

 「ふふふっ…、はい、あーん…」

 「っ!あぁ、えっと…」

 「あれ、いらなかった?」

 「じ、自分で食べる!」

 「じゃああげない」

 「…な、なんで…」

 「蘭にあーんなんて、恥ずかしがって滅多に出来ないんだから、こういう二人の時くらいいいでしょ?」

 「あたしが恥ずかしいんだけどっ!」

 「それじゃあ食べちゃおっかな…」

 「ぅぅぅ…、あ、あーん…

 「よく出来ました!」

 

 結局蘭は恥ずかしがりながらも、俺のクレープをあーんしてくれました。やっぱり正直に言えば、写真に収めておきたかったなぁ…、なかなか見れないような貴重な姿だったのに。

 

 「ほ、ほら!あたしのもあげるから!」

 「いいの?ありがとう!」

 「た、ただし…」

 「ただし…?」

 「あ、あーんしてあげるから…」

 「それは嬉しいなぁ…!それなら早くちょうだい!」

 「え、ま、まだ心の準備が…」

 「ほらほら早く!」

 「は、はい、あーん!」

 「んむっ…、ふんふん…。あー、美味しいなぁ!」

 

 蘭も俺にあーんしてくれたのでおあいこだね。してくれたのは嬉しかったんだけど、蘭はまた顔中を真っ赤に熱くして恥ずかしがっている。あーんする方ってそんなに恥ずかしくないと思うんだけどなぁ…。まぁ、また一つ蘭の可愛いところが見つけられたから良かったけどね。

 

 「ありがとう、蘭」

 「も、もう二度とやらないからっ…!」

 「そんな…!またやって欲しいんだけどなぁ…」

 「絶対やらないからっ!」

 

 

 そういう拗ねた蘭も、いつも学校で見る時よりもずっと可愛いよ。

 

 

 それからものんびりと、二人の共通のペースで商店街をぶらついて行く。山吹さん家のパン屋さんは今日も大盛況みたいだけど、それと同じくらいに北沢さんの精肉店もお客さんが入っていた。

 

 「コロッケ食べる?」

 「んー、クレープ食べたばっかりだよ?」

 「じゃあパンも無しかな…、これからどうしようか?」

 「一つ。響介も知ってる、いい所あるじゃん」

 「一つ…、あぁ!うん、行こうか!」

 

 そうして、再びのそのそと歩き出す俺達。その行き先はと言えば当然。

 

 

 「あ!いらっしゃいま…、って蘭ちゃん!それに響介君も!」

 「こんにちは、つぐみ」

 「席、あいてる?つぐ」

 「うん!空いてるよ!いつもの席でいいかな?」

 「ありがとう。さ、行こう、蘭」

 「言われなくとも」

 

 つぐみにいつもの席に通されて、隣同士でひとつのメニュー表を眺める。と言っても、大体頼むものは変わらないけどね。それは恐らく蘭も同じはずで。

 

 「決まったよ」

 「そっか、俺も決まった」

 「じゃあ注文しよっか」

 「うん」

 

 一分と掛からずに頼むものが決まる。そこに見計らったようにやってくるつぐみ。その手には小さいメモ帳が握られていて、まだ呼んでもいないのに注文を取りに来てくれたみたいだ。つぐみも何となく分かってきているのかもしれない、頼むものが決まるタイミングというのが。

 

 「ご注文はお決まりですか?」

 「俺はいつものをお願いします。蘭は?」

 「あたしもいつものお願い」

 「かしこまりました!少々お待ちくださいね!」

 

 とたたた、と厨房の中へと急ぎ足で入っていくつぐみ。毎日凄いよね…、生徒会もやってて、家の手伝いもしてて、その上バンドだってやってるんだからさ。

 

 「そうだ、つぐみって最近どうなの?調子は良さそうなの?」

 「うん、生徒会の仕事は今は落ち着いてるらしいから、大した負担は無いんだって。その分バンドとかは頑張ってるけど、皆で無理はしないようにしてるから大丈夫だと思う」

 「そっか、それなら良かったよ」

 「…ありがとう」

 「え?何のこと?」

 「つぐみの、心配してくれて」

 

 今更何を当たり前の事を言ってるのさ。そんなの当然でしょ?

 

 「当たり前だろ?確かに蘭たち5人程、関わりが凄く濃厚って訳じゃないけど、俺は勝手に友達だって思ってるからね。それに、また倒れられでもしたら、心臓に悪いよ…」

 「それは同感だね…!」

 

 二人して笑い出す。あの頃のつぐみは凄かったなぁ…。なんでもかんでも自分だけでやろうとしちゃって、その結果過労になっちゃったからなぁ…。ほんと心臓に悪いよ…。今は全然元気そうだからいいけどさ。

 

 「お待たせしました!いつものですよ!」

 「待ってました」

 「おつかれ、つぐ」

 

 そうしてつぐみが持ってきてくれたいつもの――俺のはカプチーノで、蘭はオリジナルブレンド――を二人で楽しむ。今日のコーヒーも美味しいよ、なんて二人して感想を言い合いながら…。

 

 

 

 




また次回までお待ちいただけます事を願っております。






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割と初めてなお泊まり

無言投稿です。







 「それで…、なんで泣いてるのさ?」

 「ぅっ…、みんなと…、ケンカしちゃった…。ぅぁ……」

 「そっか…、大変だったな…」

 

 新学期まではまだ時間があったので、午前中は家でぐーたら。流石に休日まで蘭が来てくれる事は滅多にない、というか来ないでもらっている。一応合鍵は渡してあるから勝手に乗り込んでくる事はたまにあるけどね。確かに、毎日来てくれるのは嬉しいことだけど、蘭に負担が掛かってしまうのはあまりよろしくは無いからね。

 だから、そういう時くらいは自分で自炊するので、午後は少し夕食の買い物に出掛けてみた。簡単なものしか作れないけど何も出来ないよりかは、断然マシだと思う。

 

 カップラーメンのような手早く飯を済ませられる食品や、和えるだけパスタソースとかには相当世話になってるかもしれない。偶にチャーハンとかハンバーグとかそこら辺は作る。カレーとかも作れるけど、面倒だし一人暮らしなのにそんな量が多いものを作っても仕方が無い。せいぜいいつもの5人がやって来た時に振る舞うくらい。

 

 買い物袋を大量にぶら下げて家に帰ってきてみれば、なんと鍵が空いているではないか。鍵を掛けていなかったかと思ったが、よくよく考えれば合鍵で蘭が入ったという事に気づくはずなのだ。が、その時の俺は空き巣の警戒ばかりしていて買い物袋をその場に置き捨てて、慌てて部屋の中へと入っていく。

 

 「……また、仲直りできるかな…?」

 「当たり前だろ。蘭達は小さい頃からずぅっと一緒だっただろ?たかが一回の喧嘩で長年の絆が引き裂かれてしまう訳が無いって」

 「そう…、かな…?」

 「そうだよ。蘭がみんなの事を信じてあげられれば、きっとみんなも蘭を信じてくれる。友達ってのは、そういうもんだよ」

 

 俺の腕の中にすっぽりと収まった蘭の頭を撫でながら、大丈夫…大丈夫って何度も諭していく。そうするとさっきまで嗚咽交じりの涙だったのが、少しずつ収まっていって涙声ではあるけど、普通に話せるくらいには落ち着いてくれた。

 

 

 部屋に入って来た時は凄かったよ…、ほんとに。部屋の隅っこで、体育座りで静かに泣いてたのに、俺が来たことに気づいた瞬間、涙をぼろぼろと流しながら「きょう…、すけぇ……!」なんて言いながら抱き着いて…、というよりしがみついて来たって言った方が正しかったかな。

 

 きっと、喧嘩しちゃってみんなと離れ離れになっちゃったから、寂しかったってのもあるんだろう。でもそれ以上に、「響介は居なくならないでいてほしい」っていう強い意志を感じたな…。そういう心が弱くなった時に頼れる人が居るって言うのはとっても大事なんだ、僕にもそういうことがあったしね。

 

 話を聞いてみれば、バンドの練習中に些細な事から巴と口喧嘩になっちゃったらしい。蘭はあたしが悪かったの一点張りだけど、確かにそれもあるんだろう。でも少しばかり巴も悪いと思ってるだろう。だから仲直りにそんな手間は取らないはずだよ。そうやって蘭に優しく伝えてあげると――。

 

 「ぅぅっ…、ほんと…?」

 「あぁ、ほんとだよ。絶対仲直りできるって!」

 「ぁぁ…よかったぁ…!」

 「ほらほら、いつまでも泣いてないで。折角の可愛い顔が台無しでしょ?」

 「可愛いって…、言わないでっ…!」

 「言い返せるなら、もう元気だよ。ほら、ご飯できてるから、一緒に食べよ?」

 「…うん、食べたい…」

 

 今日は夕食の定番、ハンバーグ。挽肉に玉ねぎとかを練り込んで焼き上げた簡単料理――と言ってしまうと大分説明が雑に感じるだろうけど。他にはほうれん草とベーコンのソテー、それに加えて日本人の魂セットであるご飯とお味噌汁。そこそこ豪華なご飯だね。

 

 あ、ちなみにだけど、既に蘭の家には連絡を入れてあります。ご飯をご馳走して行きますって。返事はOKだそうで、「娘をよろしく頼む」って、とてもダンディーな声で囁いてくれました。イケメンのオッサンやんか。

 

 「「いただきます」」

 

 蘭と二人で食卓を囲んで、一緒に食べ始める。味噌汁を一口飲んで、ハンバーグを箸で切って、口に運ぶ。そうしてから、ご飯と一緒に食べる。この時間がたまらなく感動するんだよね。なんだか根っからの日本人みたいだけど、食べてるものは日本発祥のものじゃないんだよな。

 

 「あ…、このソテー美味しい…!何が入ってるの?」

 「塩コショウと、お醤油。そこに隠し味として味覇をちょっとだけアクセントで入れてあるんだよ」

 「うん、これいけるね。ふふっ、おいひぃ…!」

 「こらこら、口に食べ物入れたまま喋らないの。えっと、でも…、ありがとうね」

 「あ、顔紅くなってる。もしかして、照れてる…?」

 「て、照れてないし…」

 「嘘だよ、絶対照れてるでしょ?」

 「だって仕方ないじゃん…、蘭が素直に褒めてくれるのとか滅多にないんだからさ…!」

 「あっ…!えっ、あ、あたしのせい…なの?」

 

 蘭の珍しい攻勢を受けて、少しだけ押されたけど直ぐに持ち直して、食事に戻る。蘭もそれからは自分のご飯を平らげることに集中始めたみたいだ。そうしてからものの数分で。

 

 「ごちそうさまでした」

 「はい、お粗末さまでした。食器は流しに置いておいて、ぱぱっと洗っちゃうから」

 「…あたしも手伝うよ」

 「そっか、じゃあ俺が洗うから食器を拭いてもらっていい?」

 「ん、分かった」

 

 そうして二人で使った食器を片付けた後。

 

 「ねぇ…」

 「どうしたの」

 「今日泊まっていったら…、だめ…?」

 「……?………へぁ?」

 

 なんとも素っ頓狂な声が出てしまった…!じゃ、じゃなくって!え、何?蘭が俺の家に泊まるだって?冗談じゃない!そんな事されたら理性が持つかどうかわからないじゃないか…!いや一緒に同じ部屋で寝たりしたいけど、それとこれとは話が別!

 

 「あっ、父さんOKだってさ」

 「親父殿ォ!?」

 

 おい、蘭パパァ!?大丈夫かよそれ!?あんたの娘が、いくら仲がいいとはいえ男子の家に泊まるなどあってはならない事だって、絶対そうなると思ってたのに…!この状況で読み違えるとは痛いぞ…。

 

 「響介、父さんが少し話したいって」

 「あ、うん」

 

 そういって、蘭の何も飾り付けされていないスマートフォンを受け取って、耳に当ててから返答を返す。

 

 「おお…、久しぶりに声を聞いたな…。元気にしていたか?」

 「あ、はい。お陰様で、すくすくと」

 「はははは、それは良かった。さて、私から言いたいのは一つだよ」

 「えっと、それは…?」

 「蘭は手間が掛かるぞ?心してな…?」

 「あんたは俺が何すると思ってんだっ!?」

 

 そのままの勢いで電話を切ってしまうが、よくよく考えてみれば割と不味いことしでかしたかも、と後悔する。何もありませんように…。

 

 いやマジでなんでや、男の部屋にあんたの可愛い娘が取り残されてるんだぞ?なぜ心配にならずに、許可が出せるのっ!?

 

 「い、一応…、聞くけどさ。大丈夫なの?」

 「何が?」

 「俺の部屋に泊まるって…」

 「あたしは大丈夫だよ。寝巻きは、何か貸してくれると嬉しいかな…」

 「あ…、わ、分かった…。うん…」

 

 結局、蘭はうちに泊まっていく方針で話が固まってしまった。ぶっちゃけ心臓ばっくばく、マジで理性が保てなかったら親父殿にぶっ処されちまうわ!命の危機を直に感じてしまって、急速に肝が冷えていく。これ、あれだ。SANチェックだわ。

 

 「じ、じゃあ先お風呂入って来ていいよ!」

 「え、いいよ。響介先入って来て。今日はあたしが無理言っちゃったから、大人しく待っとくから」

 「そ、そう?じゃあ先に入ってくるね。喉乾いたりしたら冷蔵庫になんかしら置いてあるから、自由に飲んでいいよ。あ、蘭のコップの位置わかる?」

 「うん、大丈夫。安心して」

 「じゃあお先に…」

 

 全く予期していなかった事態だけど、心の奥では割と楽しみになっている俺の心。なんてったって初めてだしな、こんな事。そりゃどきどきもするけど、何が起こるのかってちょっと楽しみです。

 

 あ、ちゃんと一線は越えないように頑張るけどね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




評価してくださった方々、お気に入りしてくださった方々。


このような拙い文章に評価していただき、またお気に入り登録して頂きありがとうございます。



これからもよろしくお願いします…。




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4月30日《1》

うっうっうー

つーつーつー

きょきょきょ

1つ1つ1つ



 頭と体を隅々まで洗い切ってから、ピンクの入浴剤で色付けしておいた浴槽に肩まで浸かる。温泉程の快感は味わえないものの、そこそこ気持ちがいい。市販のものだからとは言え、馬鹿には出来ないものなんだなぁ…。

 

 「蘭…、かぁ…」

 

 湯船に浸かっていると、自然と精神が安らいで眠くなってくる。

 

 そんな状況の中で俺は、半ば夢に近い感じで懐かしい記憶に触れていた。俺と蘭が、まだ出会ったばかりの頃の事を…。

 

 

 ──────────────

 

 

 今に比べればまだまだ幼かった、中学二年生の頃の話。

 

 俺は去年と同じように、毎日を普通に過ごしていた。適当な部活に入って、また同じクラスになった友達と夜遅くまで遊んでいったり、勉強も渋々といった感じで。特筆するような事項など何も無いような、学校という社会の仕組みの中に組み込まれていたネジの1つだった。

 

 ひとつ言う事があるとすれば、俺のクラスにはその仕組みから逸脱していた、ひとつのパーツが紛れ込んでいたって事。いや、逸脱せざるを得なかったのかな…?まぁ、今は置いておこう。

 

 

 

『いつものように』学校に登校して、お昼の休憩時間を友達と享受する事が習慣になっていた俺は、『いつものように』友達を誘って飯を頂こうとしていた。机を4つくらい長方形の形みたいに繋げて、そこに6、7人くらいの男子が椅子を持ち寄って弁当を広げる。そういう流れになっていた、誰が何を言うのでも無く。

 

 しかし、その日は生憎と他の奴らは、部活の集まりだとか委員会の呼び出しとかで、そんな事を出来るような日ではなかった。

 

 仕方が無いので、一人で弁当箱を持って教室を出る。そうして、気持ち良く飯が食えそうな場所を頭の中で思い浮かべる。そうだな…、静かになれる場所がいいな…。それに風を身体に受けながら飯を食うのもいいかも知れないな…。

 

 

 だから俺は、そこに向かったのだ。

 

 

 今を思えば、この選択をしていて本当によかった、そう思えるよ。なんせ、ここが始まりだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 「む、先客がいたか。ま、数も5人だけだし少し離れれば問題ないよな…」

 

 向かった場所というのは学校の最上階、つまりは屋上だ。俺の通う学校は割と自由な校風らしい。だからなのか、屋上だって昼になれば開放してくれる。お陰で外の空気の中で俺は飯にありつく事ができるんだから。

 

 落下防止用の鉄のフェンスに寄りかかりながら腰を下ろす。好きでも嫌いでもないけれど、無音で食べるよりかはいいかと、あるアーティストの曲を勝手に鼻歌に変換しながら、飯を口の中へパクリと放り込んでゆく。

 

 焼肉ソースで仕上げられたバラ肉の味わいが口の中に広がっていき、自然と俺のテンションも上がっていく。やはり外で飯を食える解放感というのはたまらなく心地が良いものです。

 

 「――なんだって!」

 「へー…、また――はスイーツばっ――」

 「――、またふとっ――」

 「ふふっ、――はまた――」

 「まぁ、そう――れるの――、いつも通りじゃ――」

 

 

 所々で向こうにいる5人の女子の話し声が聞こえてくる。向こうも向こうで楽しそうじゃん、俺も次は友達も連れて来てみるかな…。なんて考えているうちに弁当箱はあっという間に空っぽになってしまった。仕方が無いのでフェンスに寄りかかりながら、俺は意識を闇へと落とした。

 

 

 ──────────────

 

 

 5人でひとつの生き物だった。その5人で一緒に居なきゃ、あたし1人だけじゃ意味が無いんだ。

 

 

 5時間目の授業科目は…、えっと、なんだったっけ…?まぁいっか。結局サボるんだから覚えてたって関係ないや。あたしは自分の席に置いてあった制式カバンにさっき食べ終わった弁当箱を突っ込んでから、また教室を出る。

 

 前までは行く宛が無かったけど、今はちゃんとある…、と思う。

 

 階段を登ったり、廊下を歩いていたりすると。

 

『キーンコーン、カーンコーン』

 

 

 授業開始を知らせる為の、そんな無機質なチャイムの音が学校中に響き渡る。みんなの居ない教室なんて、あたし一人だけの授業なんて…。受ける価値なんて何一つ無いんだから…。

 

 

 昼の休憩時間が過ぎてしまえば、この扉は再び固く閉ざされてしまう。その向こう側には行けない、と。普通はそうなるけど、あたしは違う。なんでかって言えば、抜け道を知ってるから。

 て言っても、そんな大層なものじゃないよ。

 

 屋上への入り方は普通に扉を抜けて入るやり方と、その隣にある『施錠されているはず』の窓を通って入るやり方の二つがある。ドアは当然だけど、閉まってる。でも窓は何故か空いてる。どうぞ入ってください、って言ってるようにしか思えない心遣いだよね。

 

 「よいしょ…っと…」

 

『いつも通り』屋上へと到着したあたしは、そのままフェンスに体を預けながら持ってきた本でも読もうか、と考えていたんだけど。

 

 

 「…んんぅぅぅ……んんぅぅぅ……、ふごっ…」

 「えぇ……?」

 

 

 えっと、誰?

 

 

 気持ちよさそうに、誰か知らない人がフェンスによっかかって眠ってる。時々、声にならない変なうめき声をあげながら。

 

 と、そんな時に目の前の彼の身体が大きく跳ねる。彼を支えていた後ろのフェンスがカサリ、と鳴き声を上げている。

 

 「……んー…。…あれ」

 「…あっ…」

 「…君は…、確か、美竹さん……だったよね…?もしかして起こしてくれたの?」

 「……アンタ、なんであたしの名前…」

 「…だって同じクラスでしょ?あれ、2-Bじゃなかったっけ」

 「う、うん。確かにあたしは2-Bだけど、いつ?」

 「初めの方に自己紹介したでしょ?てか、美竹さん、席俺の前だし」

 「嘘、ほんとに?」

 「嘘ついたって仕方ないしね…」

 

 ホントみたい…。あたしが授業サボり過ぎた、っていうか自己紹介も全く興味無くてほとんど聞いてなかったし。その時だって、あたしはこの人に起こされてた…はず、だし。

 

 「…美竹さん、今何時か分かる?」

 

 記憶の引き出しを漁っている時に、彼――あたしは彼の名前が分からない、だって聞いてなかったし――にそう問いかけられた。携帯はカバンの中だ。でも今は5時間目の途中だって事は分かってる。

 

 「えっと…、5時間目の途中…だけど」

 「っ!…しまった…、寝過ごしたか…!」

 

 目の前の彼は、そういって頭を抱えだした。そんなにも次の授業が大事だったのかな…。この時間はずっとサボってたから、あたしには分からないけど。

 

 「まぁ、俺の自業自得ってヤツか…。しゃあない、サボるか」

 「え、あんたもサボるの?」

 「あんたも…、ってことはこの時間、美竹はいっつもサボってたのか…」

 「あっ…!」

 

 しまった…!うっかり自分の不良行為を喋ってしまった。彼が真面目な人物なら、あたしの事をきっと話してしまうに違いない。しかし彼は、そんなことを全く考えてなさそうな顔で、

 

 「あぁ、言わないよ?美竹が何処で、何してサボってたなんて」

 「…な、なんでよ…」

 「…そうやって聞いてくるんなら、言う」

 「…、…ありがとう」

 「そ、それでいいの。…そうだ、俺からもひとつ、あ二つだ。聞いてもいい?」

 

 なんか、この人変な感じがする…。嫌ってわけじゃないけど、なんだか掴みにくい感じだ。

 

 「……いいけど…」

 「俺の名前覚えてる…?」

 「っ………」

 

 痛いところを突かれて、ゆっくりと目を逸らす。彼は「あ〜、やっぱりか…」って言いたそうな顔をしている。なんだか心から残念そうに思っているので、ちょっと罪悪感が沸いてきてしまった。

 

 「あー…、なんかごめん」

 「いいよ、別に…。そーいや美竹は自己紹介の時も寝てたしな」

 「うん。後ろの席のあんたのすら聞いてなかったし」

 「じゃ今覚えてよ。宮城響介っていいます、よろしくね?」

 「何それ…、ふふっ。知ってるだろうけど。美竹蘭、よろしく」

 

 相手に合わせて、一応あたしも自己紹介をしておく。それも礼儀だしね。

 

 

 そう…。

 

 あたしと響介の初めての邂逅は、割とこんなもので。何の感慨も無いような、ここから何も発展しなさそうな感じの出会いだった。

 

 

 ──────────────

 

 

 「お風呂、出たよ。蘭」

 

 お風呂と繋がっている扉を抜けて、響介がリビングに帰ってきた。髪の毛はまだちょっと湿っていて、でもシャンプーのいい香りが漂ってきている。そんな彼はシャツと半ズボンを着ていて、露出している肌はまだ赤みを帯びている。

 

 「うん。じゃああたしもお風呂、もらうね」

 「分かった。出てきたら何か飲む?まぁ、コーヒーか紅茶しか無いけどね」

 「響介に任せる、分かるでしょ?」

 「若干困る返答をするなって…。分かった、じゃあお風呂入って来な?」

 「うん…。…あっ」

 

 ひとつ、念のために伝えておかないといけない事を思い出した。お風呂に続く扉の前で、響介に向き直ってからそれを伝える。

 

 「…覗いちゃ…、だめだから…!」

 「それぐらいは分かるわ!早く行ってこいって!」

 「ふふっ…、冗談。…でも、響介になら…、覗かれても…、いいよ?」

 「………えっ、………はぇ?」

 

 あたしは顔が真っ赤になっていくのを感じながらも、爆弾を投下してからお風呂へと向かった。その前にチラッと見えたあいつの顔は、耳の先の方まで真っ赤に染め上げられていた。

 

 

 




なんでか知らんけど、評価バーが赤くなってて草。


応援ありがとうございます。良ければコメントもください。



それでは


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おねんね

1日1本とか結構重労働。



今日の格言でした。






 「はいこれ、コーヒーね?」

 「うん、ありがと。…やっぱり間違えなかったじゃん」

 「え?間違えなかったって何が?」

 「ほら、お風呂入る前にさ。飲み物入れてくれるって言ってたじゃん?」

 「あぁ、それね…。あはは…、これでも内心ヒヤヒヤだったんだからな…?」

 「あたしも…。ちゃんとコーヒーを用意してくれてるかなってちょっと心配してた。…けど、やっぱり日頃からよく見てくれてるんだなって、改めて実感できたから…」

 

 「「………っ!」」

 

 風呂から上がった蘭にコーヒーを手渡す。たったそれだけなのに、2人して顔を紅潮させてしまう。でも仕方ないよね?実際俺はちゃんと蘭のことを分かってあげられてたって事が、最高に嬉しい。蘭だってきっと同じ気持ちで居てくれてる。それもまた、俺としてはこの上ない喜びだよ。

 

 何の気なしにリモコンを手に取って、テレビの方に向けてから電源ボタンをカチッと押してみる。3秒しないうちに、俺の狭い2DKは騒がしくなってしまう。

 

 「最近のテレビってさ、なんかつまんないよね」

 「確かになー…。なんでもかんでも旬のタレントとか使えば良い訳じゃないってのに…」

 

 決して届くことの無い愚痴をこぼしつつも、リモコンを操作する手は止まらない。そのまま何個かチャンネルを回していると、ひとつの番組で目が止まった。そこには、偶にうちのクラスにやってきては、場を荒らして帰っていく、あの『一応先輩』の姿が映し出されていた。その他にも4人程いるけど、やっぱり目を引くのは――。

 

 「やっぱり日菜さんのギターは…、ちょっとデタラメ…」

 「そうかな?音楽がからっきしな俺からしたら、すごく上手いと思うんだけど…?」

 「多分、日菜さんのお姉さんの方が上手いと思うよ」

 「えっと…、Roseliaの…氷川さん、だっけ?」

 「日菜さんも『氷川』だけどね」

 「あっ…、確かに。これは初歩的なミスだね…」

 「ふふっ、勝負してるわけじゃないんだから」

 

 最近はこのアイドルバンドもいろいろな局から引っ張りだこみたいだ。少しずつ、でも確実に日菜さんがうちのクラスに来る頻度が減ってきているからだ。来ない時は気分じゃないか、そもそも学校に居ないか。…普段はあんな日菜さんでも、仕事頑張ってるんだもんなぁ…。

 

 「日菜さん見てると、こっちまで元気が出てくるよ」

 「あたしもそれは思った。ライブの時とは印象がガラッと変わってるし…」

 「それは初耳だな…」

 「今度見てくれば?」

 「俺が見に行くのはAfterglowだけって、決めてるから」

 「あっ…!え、えっと…、ありがと…」

 「いちいち照れるなって…。反応に困っちゃうっての」

 「じゃあそんな事ばっかり言わないでよ…!」

 「そんな…!?言われて嬉しくなかったの?」

 

 こうやってほんの少しだけ、蘭を煽ってみる。素直じゃない蘭っていうのは、本当に可愛らしい。ここでもいつも通りな蘭は。

 

 「いっ…、いや…!そういうわけじゃ…ないけど…」

 「じゃあ嬉しかったんでしょ?」

 「…ぅぅぅ…、いじわる…!」

 「あははは、ごめんごめん。素直じゃない蘭もやっぱり可愛いなって思ってさ」

 「あーもうっ!…かっ、かわいいっていうの禁止っ!」

 

 それから暫くの間、拗ねちゃった蘭に俺が謝り続けたって言うのは、また別の話って事で。1つ言うことがあるとすれば、そんな拗ねてる蘭もまた、可愛らしいことこの上なかったって感じだね。

 

 

 そのまま日菜さん達が出てる番組を2人で駄べりながら視聴し終わると、時間はもう11時を過ぎようとしていた。明日は普通に学校の日だから、もうそろそろ床につかなければ。最悪、明日2人して起きれず遅刻なんて事は最悪だからね。

 

 「蘭、ちょっとそこどいてもらっていい?」

 「え?なんで?」

 「なんでって、そこに布団敷くからだよ。このままじゃあ、蘭の寝るとこ

 ろが無いまんまだからさ」

 「…あたしはここで寝るよ?」

 

 そう言って蘭が指を刺したのは、俺が普段から使っているベッドだ。一応1週間に1回はシーツとかを洗っているから、そこまで汚くは無いだろうけど、とても蘭に使わせてあげられるほど綺麗でもない。まぁ、それは俺の個人的な考えであって、蘭は気にしないんだろうけどね。

 

 だからここでは、別の質問――とても嫌な予感がするから、頭の中から咄嗟に出てきたこの質問を投げかけてみた。

 

 「…一応聞くけど、俺は何処で?」

 「え、決まってんじゃん。ここだよ」

 

 そう言って蘭が指を刺したのは、俺が普段から使っているベッドだ。一応1週間に1回はシーツとかを――じゃない!!馬鹿を言ってんじゃないっての!!

 

 「何言ってんだよ!いい、一緒に寝るとか出来るかっ!」

 「え…、もしかして…。あたしと一緒に寝るの…、嫌なの…?」

 

 うっ…!上目遣いをするんじゃねぇ…。何処で覚えたそんな技術…!恋愛っていうか、そういう事に疎いお前が何だってそんな…!蘭からの思いもよらぬ不意打ちで心臓はバクバクと音を鳴らし始めて、頭の中はさっきの爆弾を解除できずに混乱している。

 

 「あ、え…っと、そういうんじゃ無くて…」

 「じゃあいいじゃん、一緒に寝たってさ」

 「…ら、蘭?ど、どうしたのさ…?なんだかムキになってない?」

 「……全然…、そんな事ないし…」

 

 あ、これはムキになってますね。俺がからかい過ぎたみたいだな…。今回の事はちょっとビックリしたし、自重しなきゃ…。

 

 「…いや、うん。確かに意地張ってるのもある。…けど、こういう時しか一緒に居られないから…。だから……だめ?」

 「―――」

 

 そんな顔のまま言われちゃあ、さすがに…断れないよなぁ…。

 

 「…分かったよ、一緒に寝ようか…。でっ、でも!へ、変な事とかはダメだからな!」

 「ふふっ、何?変なことって?」

 「そ、それは…。え、えっちな事…とか…」

 「…あたしは、別にいいよ…?」

 「そっちが良くてもこっちはダメなの!ほら、早く寝るよ!明日だって学校なんだからさ!」

 

 そう言い残して先にベッドの中に入って、壁に顔を向けて寝転がる。と、とても今の俺の顔なんか見せられそうに無い…!顔中熱いままだし…。

 

 「うん、そうだね」

 

 蘭が掛け布団を持ち上げて、ベッドの中へと入ってくる。このベッドはそんなに大きいものでは無いので、互いが落ちないようにするには、必然的に身体が密着してしまう。それは、俺の理性的にはとんでもないダメージになるけど、背中を向けてくれれば大した問題では無い…。

 

 ――そう思ってたんだけどなぁ…

 

 「それじゃあ、おやすみ…」

 「うん。頑張って明日も起こしてくれると…、ふぁ〜ぉ、助かるよ…」

 「わかった、任せて」

 

 その言葉を最後として、俺は深い眠りの底に落ちていく…。

 

 

 あー…、すんなりと落ちていければ良かったんだけどなぁ…。

 

 突如として背中を這ってくる蘭の2本の腕。こういう状況に慣れていなかった俺は、それだけで体をビクリと震えさせる。その反応を楽しむかのようにペタペタと、背中を触った後。

 

 ――がっしりと抱き締めて来るじゃありませんか…。いや、それだけならどれだけ良かったか…。

 

 蘭の体と俺の体の間に隙間は無い。完全な密着状態。つまりは…、だ。

 

 背中に感じる2つの柔らかな感覚。ぁぁぁぁ…。これはもしかしなくても、もしかしなくてもですか…!?

 

 「らっ…、蘭…!」

 

 俺の精神は、そんな情けない声をあげるので精一杯だった。

 

 「ん、何?」

 「なっ、何じゃないって…!ちょっと、離れて…!」

 「そんな事いいじゃん…、早く寝なきゃ」

 「な、なら離れ――」

 

 言い切る前に耳元で。

 

 

 「おやすみ…、響介。大好き…」

 

 

 

 あばばばばばばばば……

 

 

 

 




へいへいへへいへい。



評価とUAがうなぎ登り…、なのはとっても嬉しい。

あとは感想だけ。



頑張ろう。




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おべんきょ

今回短め。





鬱憤はまた後で。








 新しい朝が来た、希望の朝だ、っと。

 

 窓から差し込む鋭い日光が、俺の眼球にクリティカル。

 

 たまらず体を起こそうとするものの、何故かその体は動かない。確かに眠い時なら、意識に反して二度寝を決め込む事だって多々ある。だけどこれは違う。物理的に身体が動かせないのだ。

 

 ってか、待て。

 

 手はおろか、足も動かせねぇ…。何かが絡みついてて身動きが取れん…。どういう事だ…、何が不調なのだっ!引くも押すも出来ないっ…。

 

 「ぅぅん…、暴れないでよ…」

 「…は?」

 

 なんで背中の方から蘭の声がするの…って。

 

 

 あっ、そっか…。俺昨日蘭と同じベッドで寝てたんだ…。

 

 んっ…!?はぁ!?

 

 

 「おい起きろぉぉぉぉ!!?」

 

 

 ──────────────

 

 

 蘭達が喧嘩をしてしまってから、一週間。

 

 

 みんなの仲を取り持って、話し合いの場を設けることができた。

 

 

 蘭と巴は、そこで思いの丈をぶちまけた。そうして言い終わったあとにはみんなで抱き合って泣き始める。

 

 

 それも、割といつもの流れのような感じがするな……。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 「あっははは!響介の真っ赤っかの顔!朝から良いもの見れたよ…!」

 「全ては昨日断りきれなかった俺が悪いんだ…!」

 「あれ、いきなりなんの話?」

 

 2人で俺の家から学校への通学路を歩いていた。手を繋いだりはしてない。それは恥ずかしいとか、俺達らしくないってのもあるけど、そんな事しなくたって俺達は十分に通じ合ってるってお互いが認識しているから。

 

 あれから、俺は恥ずかしくって仕方が無かったから、紅い顔のまま蘭を引っぺがした。あ、寝ぼけてた蘭の顔はすっごい良かったです。

 

 でも異常だったのはそこだけ。それからはいつも通り、蘭が作る飯を食って、制服を着て、ワックスで頭を整えてから2人で家を出る。最初のアレ以外は全部いつもの事。アレだけなら、今更ドギマギするようなことでも

 無かった…のかな?

 

 「まぁまぁ…、でも響介も嬉しかったでしょ?」

 「何が」

 「あたしと一緒に寝れて…」

 「…頬染めながら言ってんじゃねぇっての…」

 「そりゃあ、あたしだって…勇気出したし…、さ…

 「慣れない事はするもんじゃねぇや…。俺も、蘭も」

 「う、うん。そうだね…」

 

 そう言って、蘭は屈託のない笑顔を見せてくれる。これだけで、俺は今日もなんだかんだ頑張れるって、そう思えるようになるんだ。

 

 ――実際の所、すっごく嬉しかったんだ。いっつも奥手な蘭があの時だけは自分のしたい事を言ってくれて、素直な気持ちを伝えてくれて、ホントに忘れられない思い出になったなぁ…。

 

 「…学校でもあれくらい素直になってくれればいいのになぁ…

 「それ、聞こえてるから」

 

 

 ──────────────

 

 

 そのまま2人でクラスに入れば、クラス中の男子・女子から「今日もお熱いねぇ!」だとか、「イチャイチャしてんじゃねー!」とか、ヤジを飛ばされながら席に着く。俺はさすがに慣れたけど、蘭はまだまだ慣れてない様子で耳の方が赤く染まっていた。

 

 蘭は基本的に人付き合いが得意ではない。では何故こんなにもクラスから持て囃されているのか。一応言っておくが、俺はクラスの中心的人物という訳では…、無い。ただ少しばかりコミュ力が平均以上に高いってだけだと思う。

 

 じゃあ何故かって言えば。それは蘭が組んでいるガールズバンド、『Afterglow』の影響だろう。初めはほとんど知られていなかったのに、たまたま居合わせたクラスの1人がそれを暴露。そういう情報は女子の間で素早く伝播。大多数の女子が話していれば、自然と男子もその話題が生まれてくる。

 ――って事で、蘭のことは一躍学校中で有名になって、それと同時にいつも蘭と一緒にいる、訳分からんちんちくりんの存在まで明るみに出てしまったって訳。

 

 あ、はい。俺ですごめんなさい。

 

 ただ初期は荒れていたけど、今は学校公認のカップルみたいな感じで持て囃されているって事で今は落ち着いている。

 

 

 授業中にうとうとしている蘭の背中を突っついて起こすと、怒ったように振り向いてほっぺをつねってくる。痛いけど可愛い。その光景を先生に指摘されて蘭は机に顔を伏せる。そうしてクラスからは笑いが起こる、っていうのが一連の流れみたいに成りつつある。

 

 

 お昼は蘭の作ってくれた弁当を、蘭の幼なじみである5人と一緒に食べる事も、もはやお馴染みの光景。

 

 「はぁ…、すっげぇよなぁ…。あの蘭が響介の前ではあんなにしおらしくなっちまうだぜ?」

 「はぁ〜…、私も響介君みたいなカッコイイ人と付き合ってみたいな〜…」

 「俺がかっこいいとかちょっとやめてくれません…?」

 「きょーくーん、パンは〜?」

 「あー…悪いなモカ、俺の今日の昼飯も蘭の弁当なんだよ」

 「おうのーう、しょぼぼぼ〜ん…」

 「ら、蘭ちゃん凄いね…。もう響介君の胃袋掴んじゃってるんだ…」

 「ごめんつぐみ、凄い真面目な顔して言うのやめて…。恥ずかしい…」

 

 

 そうして放課後はと言えば、蘭がバンドの練習がある時はそれに付いていくか、普通に家に帰る。

 じゃあバンド練が無いって時はどうするのかと言えば。

 

 「あれ、この単元とかちゃんと授業聞いてればわかると思うんだけど…」

 「ちょっと分からなかった…」

 「うん、分からないことは誰にだってあるよな。仕方ない…」

 「そうでしょ?」

 「でもさ、流石にこの基礎問題位は出来るでしょ!?ホントに授業聞いてた!?」

 「あ…、えっと…。…ごめん、寝ちゃってた…」

 「…はぁ、でも正直に言ってくれたから許す。それじゃあこの基礎問題から始めようか」

 「うん、よろしくお願いします…!」

 

 例えば今日ならば、羽沢珈琲店のいつもの席で二人並んで勉強していたりする。他の日だったら本屋に寄ったり、商店街をぶらついたり、まぁいろいろやってる。楽器屋に付き添ったりもしたなぁ。

 

 隣でうんうん唸っている蘭が開いている教科は数学。確かに勝手な想像だけど、出来なさそうな感じがするな…。あとひまりとかも出来なさそう、というかひまりは勉強とか何もして無さそう。授業は寝るのが当たり前とかざらかも知れない。…クラス違うから、無責任な事はあんまり言いたくないけど。

 

 「これで、どう?」

 「………、うん。やれば出来るじゃないの。そういう事だよ、この出てきた解を公式に代入すればいいの」

 「よく分かった…、ありがと」

 「いいえ、どういたしまして」

 「響介の教え方、先生よりも分かりやすかった」

 「そ、そうだったかな…。俺としては一生懸命だっただけだしなぁ」

 「うん、すごく分かりやすかった。えっと、だから……また、よろしく…ね?」

 「任せて!って言いたいけど…。俺のお世話にならないように、まずは授業中起きてちゃんと授業聞いてね?」

 「うっ…、うん…。頑張る…!」

 

 

 

 そうして、今日も一日が過ぎていくのでした…。

 

 

 

 




確かに拙い文章だとは思うんです。それでもこんなSSに評価をくれたり、お気に入りしてくれて。作者としては嬉しい限りです。
それがたとえ低い評価でもね。

何が至らなかったのかっていうコメントが欲しいとは思います。だから必ずとは言いません。なにか一言でも構いません。アドバイスを頂けると幸いです…。


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4月30日《2》

 屋上にて心地のいい風を体に受けて、気持ち良く眠っていた俺。とっくに昼休憩の時間は過ぎ去り、5限目の授業は現在進行中であることを全く意識すること無く。

 

 そのまま5限目の授業が半分くらい過ぎた頃だったかな。

 

 「……んー…。…あれ」

 

 俺の意識は唐突に覚醒し始めた。固まっていた体を寄り掛かっていたフェンスで支えながら起き上がろうとするが、体はまったく言うことを聞かなかった。虚しくフェンスがカサカサと音を立てて大きく(しな)るくらいだった。

 

 「…あっ…」

 

 そこに自分のものでは無い。恐らく女子の驚いたような声が聞こえた。やっと動くようになった首を全力稼働させて、声のした方へと顔を向ける。

 

 そこには俺と同じクラス……、の筈の美竹蘭が居た。

 

 

 美竹蘭と言えば。

 

 確か出席番号は俺の前。つまり最初の席では俺の座席の真ん前だった。どこか大人びている雰囲気は華道の家元の娘さんだからだと、勝手に思っている。俺は話をしたことなんか無い、っていうかクラスの誰かと話しているのを見た事が無い。そもそも休み時間とか席に居ないし、偶に授業居ない時あるし。

 

 まぁ言ってしまえば、もはや他人のレベルで知らない。

 

 話は戻るが、彼女が夢の国から俺を引き摺り戻してくれたのか……、それが分からなかったので、名前を確かめる意味合いも含めて話しかけてみた。

 

 「…君は…、確か、美竹さん……だったよね…?もしかして起こしてくれたの?」

 「……アンタ、なんであたしの名前…」

 

 聞いてはみたけど、明らかに警戒されてる……。なんで名前知ってるのコワ……、みたいな目でこちらを睨んできている。あー、ちょっとその眼力キツイって、女の子がしていい目じゃないって……。

 

 「…だって同じクラスでしょ?あれ、2-Bじゃなかったっけ」

 「う、うん。確かにあたしは2-Bだけど、いつ?」

 「初めの方に自己紹介したでしょ?てか、美竹さん、席俺の前だし」

 「嘘、ほんとに?」

 「嘘ついたって仕方ないしね…」

 

 良かった、どうやらクラスを間違えていたりはしなかったらしい。そりゃそうだろう、自己紹介見てたしな。ちょうど美竹の時だけ起きていた訳では無い、むしろ美竹が寝てたのを俺が起こしたって感じです。セクハラとか言わんといて……。

 

 あ、そういえば。

 

 俺は昼飯を食ってからずっと寝てしまっていたんだったな。どれだけ寝てしまっていたのだろうか、携帯を取り出し確認を――あっ、そうだったわ。カバンの中だ、今日に限って持ってきてないとは……。

 

 仕方が無いので、目の前で惚けた顔をしている美竹に尋ねてみる。返答が帰ってくればいいんだけど……。

 

 「…美竹さん、今何時か分かる?」

 「えっと…、5時間目の途中…だけど」

 「っ!…しまった…、寝過ごしたか…!」

 

 あぁ……、さよなら俺の評定……。まだ1ヶ月経たないうちに先生に睨みをきかされるのは避けたかったのに……!でも、やっちまったものは仕方ないな。それに、この時間の授業クソつまらな過ぎて寝てる始末だし、ここでサボっても変わりはしないか。

 

 「まぁ、俺の自業自得ってヤツか…。しゃあない、サボるか」

 「え、あんたもサボるの?」

 「あんたも…、ってことはこの時間、美竹はいっつもサボってたのか…」

 「あっ…!」

 

 何となくは予想してた、そんな事じゃないかなって。ただ、そういう行為に走るには大体理由がある事を俺は知ってる。何故かと聞かれれば、一年の頃から割とサボり気味だったから。

 

 サボっていた事実を自白してしまった美竹の顔は、みるみるうちに血の気が引いていって青みを帯びてきた。大方サボっている事を、先生に報告されるとでも思ってるのだろうか。言ったっていいけど、俺にメリットが無さすぎる。最悪、このサボり行為までバレかねないし。

 

 「あぁ、言わないよ?美竹が何処で、何してサボってたなんて」

 「…な、なんでよ…」

 「…そうやって聞いてくるんなら、言う」

 「……、…ありがとう」

 「そ、それでいいの。…そうだ、俺からもひとつ、あ二つだ。聞いてもいい?」

 

 黙っている事の対価ではないけど、質問を投げかけてみる。

 聞きたいことは二つ。

 

 一つは、俺の名前を知っているか。さっきから美竹は俺の事を名前で呼ばないから、そう思ったんだけど……。多分覚えてないだろうなぁ。

 

 そして二つ目。サボっていた理由、これが本命だ。俺もそういう時期があったから、少しばかり共感できるかも知れない。

 

 予想通りというかなんと言うか、名前は知らなかったみたいだ。そりゃそうだ、お前自分の自己紹介の時間以外ずっと机とランデヴーしてたもんな。起こしたの俺だぞ。

 

 

 「んで、も一つ。言いたくなければ言わなくてもいいけど、なんでサボってたのさ」

 「………」

 

 その質問を投げ掛けてからしばらくの間、美竹は苦しそうな、それでいて哀しそうな顔をしていた。

 

 「……あたしにはさ、幼なじみがいるの。一年の頃はクラスもみんな一緒で楽しかった……」

 「けど、今年は、あたしだけ一人離れ離れになっちゃって……。それからどうでも良くなっちゃってた……。たったそれだけの事」

 「……そっか。お前も一人で寂しかったんだな……」

 「多分、そうだと思う。でもどうすればいいか、分からないから……」

 

 どうすればいいのか分からない、だからサボりたくなる。論理の飛躍って思うかも知れないけど、一度こういう状態に陥ってしまった奴ならば、理解出来ることだ。

 

 「それなら、さ。美竹とその幼なじみが、一緒に居られる場所を作れば良いじゃないか」

 「……どういう事?」

 「そこまでは俺も分からないよ。でも、孤独感を感じさせないようにするなら、みんなでできる何かを始めれば良いじゃないか、って思ったんだよ」

 「………」

 「俺に言える事は、過去は変わらないって事。起きてしまった事は変えようが無いんだ。だからこそ、それに納得がいってないんだったら、まずはそこをどうにかしてみるって事が大事なんだよ」

 「……あんた、は……」

 

 多分、美竹の幼なじみも何か考えてくれてる筈だろう。一人だけ離ればなれになってるのに、気にならない訳が無い。少なくとも俺なら気になって仕方がないから。

 

 

『キーン、コーン。カーン、コーン』

 

 

 授業時間は終わりのようだ。終了の電子音が屋上にまで鳴り響いて来た。

 

 美竹がどうするのかは知らないけど、俺は階段に続いている扉に向かって歩き始める。美竹は必死に考えてるようだった。そんな美竹に、最後に一言、らしくないとは分かってるけど。それで後悔はして欲しくないから。

 

 「何をするにも、止まってちゃダメだよ。時間は限られてるんだから、前に進んでいかなきゃ」

 

 

 次の授業時間に間に合うように、駆け足で階段を降りていった。

 

 

 ──────────────

 

 

 「前に、進む……」

 

 少し、彼の――宮城の言ってくれた事を考えていた。また、みんなが一緒になれる。一緒に何かをする、そうすればまた五人で時間を分かち合える……。

 

 そんな簡単な事だったのか。

 

 これまでのあたしは離れてしまった事だけを考えて、それからの事なんて考えもしなかった。納得がいかなくてウジウジと小さく反抗しているだけだった。そうしていたって何も変わらないってことは、とっくに分かっていたけど。

 

 「みんなと、話がしたいな……」

 

 いつも通りの5人でファミレスにでも行って、これからの事についてちゃんと向き合って話がしたい。

 

 そして、そこに向き合わせてくれた――

 

 「あいつも……、ちょっと興味出てきたかも」

 

 名前は覚えた。

 

 

 

 宮城響介。

 

 何処にでもいそうな程普通って訳では無いその名前が、あたしの中で何度も反響していた。

 

 「あたしも、授業出ようかな……」

 

 でも今は。無性にあいつと話がしたいって、そう思った。

 

 

 

 

 そうして後に残ったのは、少しづつ落ちていく太陽だけだった。

 

 

 もうじき……、燃え尽きてしまうだろうけれど。

 

 

 その一瞬の輝きが――。

 

 

 

 




また赤評価に戻っていました…。


こんな文才の無い文章に評価を頂けるだけでも有難いものなのです。


非常に有難く思います。





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リターン

赤評価ありがたいっす。


いや、ホントに。こんな汚ない文章を読んでいただきありがとうございます…。







 俺的には雨というのはそこまで疎ましいものでは無い。さすがに頻繁に降られるのは勘弁してもらいたいところだが、偶にならば自分に染み付いている穢れを落としてくれるような気がするので、割と好きな方なのだ。

 

 「ほんと、なんで雨って降るんだろう……」

 

 「いや、今梅雨だしさ。仕方ないじゃん」

 

 「うん、それは分かってるけど。これ、どうやって帰るの?」

 

  「それは……。ホント、どうしよっか……」

 

 ただ、梅雨の時期は最悪だ。ほぼ永遠に雨は降り続くし、時間が過ぎればだんだんとジメジメし始めるし、何処からか靴の中に水が浸水してくるしで、世間の大半の人々が忌み嫌うものだろう。

 

 無論、俺は嫌いだ。そして、隣で愚痴をこぼしている蘭も恐らく同じだと思う。

 

 長く苦しかった学校を今日も無事に乗りきった俺は、部活動も無いのでさっさと帰ろうと思っていた。――いやまぁ、部活も何も入ってないんだけどね。

 家を出る前に確認して来た天気予報には、終日晴れだと宣っていたので割と嵩張る折り畳み傘は持ってきていなかったのだが。

 

 「まじどうしよ、全く止む気配無いし……」

 

 「あ、父さんが迎え来てくれるって」

 

 「ホント?やったじゃん」

 

 「隣に響介が居るって言ったら、一緒に乗っけて行ってくれるって」

 

 「マジか…!蘭パパあざっす!」

 

 「…そのまま泊まっていけ、とも言ってるけど……」

 

 「……はぁ…?」

 

 隣で一緒にこれからの事について悩んでいた蘭が、助け舟を用意してくれたので、遠慮なくそれに乗っかろうとした。が、何だか求めてもいないオプションパーツが付属している事を知らされる。純粋に泊まりに行けるのは嬉しいんだけどね……。

 ――うん、別に望んでいない訳じゃないけど、そういう時って必ず蘭パパとの対談が待ってるんだよなぁ……。

 

 「どうする?」

 

 「……選択の余地は、無いよなぁ…。折角のご好意だし」

 

 「決まりだね、今向かってるって」

 

 「あいよ」

 

 

 そうして数分後には、蘭パパの車の中で揺られていた。全く関係はないのだが、和服を着ていながら文明の利器である車を運転している姿は、正直にクスッと笑える。

 

 途中、俺の家の前で止めてもらって、着替えとかいろいろ荷物を持って来てから、再び車が動き出す。

 

 俺の肩には疲れて眠ってしまった蘭の顔が乗っかっている。そんな蘭に俺は、車に乗るまで着ていたブレザーを掛けてやる。

 蘭パパも気を遣って速度は落とし目にしてくれている。無防備に寝ている顔は、自然と俺の顔を綻ばせる程の力を持っていた。ただ、出来ることならば家に着くまでは起きていて欲しかった……。

 

 「最近の、学校での蘭はどうだね?」

 

 「えっと、そうですね…。最近はさらに笑顔が増えたと思います」

 

 「それは響介君の前でだけかね?それとも普段からなのかな?」

 

 「どっちもですね。この前のライブも、クラスの連中がこぞって見に行ってたみたいですし…。無論僕もですけど」

 

 「そうか、……やはり君には頭が上がらないよ…。本当にありがとう…!」

 

 さすがに運転中なので振り返りはしなかったが、誠意のこもったお礼を伝えられる。蘭の性格を一番よく知っているだろう蘭のお父さんは、大事な愛娘の事がとても心配だったみたいだ。心配にならない親なんて、普通いないだろうけどさ。

 

 「そんな……!自分は何も…」

 

 「私はね、君が中学二年の時に蘭と知り合ってくれて、沢山気に掛けてくれていた事を知っているんだ……。そこから蘭は、少しずつでも変わり始めていたんだ」

 

 そこには、普段厳しい言葉を娘に投げ掛けながらも、誰よりも一番に気に掛けていた…。親も親なら子も子という言葉が示しているように、素直じゃないけれど、子煩悩な父親の姿が映っていた。

 

 「………。」

 

 「変えてくれたのは……君なんだよ、響介君。だから、ありがとう…」

 

 「……ええっと…。じゃあ、これからも任せてください…!」

 

 「ああ、是非とも!君ならば安心して蘭を預けられるよ…!」

 

 ここで『どういたしまして』と返すのは何か違う気がしたので、『これからも』という継続の意志を伝える。すると蘭のお父さんは鏡を通して笑みを浮かべながら、そう言葉を漏らした。

 

 

 美竹家に着いた頃には雨は上がっていたが、空はまだまだ黒みがかった雲が支配していた。この調子ではいつまた降ってくるか分からないな…。そんな事を考えながら、足を美竹家へと運んでいく。その背中に気持ち良さそうに眠りこけている蘭を背負いながら。

 

 正直気が気じゃなかった……。というのも、ほら……、分かるでしょ?蘭の寝息がちょうど耳にかかってくるし、時々普段からは想像出来ないような色っぽい吐息が吹きかかってくるのだ。

 それに加えて俺の背中に密着した蘭の胸がマズイのだ。蘭の幼なじみであるピンクの髪の女の子程では無いが、平均的な女性のレベルを持ったそれは俺の理性をガリガリ削っていく。もう一声とばかりに伝わってくる蘭の心臓の鼓動が、俺の心臓を刺激していく。

 

 「響介君、蘭の部屋は分かるかな?」

 

 「へぁ!?は、はいっ!分かりますとも!」

 

 「そうか…。なら案内は必要無いか。蘭を連れて行ってやってくれ」

 

 「は、はい。では失礼します」

 

 蘭を背中におぶったまま、工夫して頭を下げる。まもなく蘭パパはスタスタと居間の方へと向かって行った。なので、俺もさっさと蘭の部屋へと向かわないと。そろそろ……、足が限界…!足だけじゃない……、俺の理性もヤバいから!

 

 階段を登りきって、曲がり角を曲がってから引き戸を2枚程開け放つ。すると、言うほど女子の部屋らしくはないが、それなりに可愛らしい部屋が現れる。

 

 ベッドに背負っていた蘭を寝かせようと、しゃがみこむ。そうして、未だに眠っている蘭に対して囁いた。

 

 

 「蘭、お前……。さっきから起きてただろ」

 

 「……あれ、バレてた…?」

 

 「……カマをかけたつもりだったのに…。いつから起きてたの?」

 

 「家に着いたくらいからかな」

 

 「なら自分で歩いて欲しかったんですけど…」

 

 「いいじゃん、ちょっとくらい甘えたってさ……」

 

 「はぁ……、それならせめてちゃんと口で頼んで欲しかったです…!」

 

 「それは…、さすがに恥ずかしい……」

 

 ほんと、普段学校でしている顔ってなんなの?ってくらいに蕩けたお顔を見せてくれる蘭。んんー…、愛いやつめぇ……。

 

 しっかし、蘭の部屋に来るのも随分と久し振りだなぁ…。と言っても、一人で来たのは今回が初めてだったけどさ。その時も蘭の部屋に通されてたけど、その時には無かったものが一つ。

 

 「花、飾ってるんだね」

 

 「うん。華道にもちゃんと向き合うって決めたから」

 

 「そっか……、いい変化じゃん」

 

 「華道に向き合わせてくれたのは、響介だよ?」

 

 「……、確かに誘導はしたかもしれないけど、最後に決めたのは蘭だよ」

 

 「まぁ、それはそうだけど。でも、響介も手伝ってくれるようになった事は、素直に嬉しい」

 

 「あー、それは…。まぁなし崩し的な感じだったけどね〜」

 

 それからも色々な事を、学校の事だったりとかバンドの事だったりを話していると、部屋の引き戸が2回ノックされて、外から蘭パパの声が聞こえた。

 どうやら、夕食の時間らしい。わざわざ呼びに来てくれたみたいだった。

 

 「あら〜!久し振りねー!元気にしてた?」

 

 「あ、あぁはい…。お陰様で……」

 

 「あら?どうしたのかしら、元気が無いみたいよ?」

 

 「母さんが元気すぎるんだって……」

 

 蘭の呆れたようなツッコミを受けた蘭ママは、再び食器の配膳に戻って行った。いや、ホントに親子かってくらいに性格が正反対過ぎるでしょ?だから、蘭はお父さん似の性格なんだのっていうの事が一瞬で分かる仕様となっております。

 

 すっごい快活なお母さんに、厳格で静かそうなお父さん。

 

 良い家族だな、ってここに来る度に何度も思っている。この二人は事ある毎に俺に良くしてくれる。たかだか少しばかり蘭と濃い付き合いをしてるってだけでさ。だから、この二人には頭が上がらないや…。

 

 だから、少し…、ホントに少しだけ羨ましいなって……。

 

 

 ――そう思ってしまうんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完璧な人間なんて、この世には居ないものだ。







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空の境界(その向こうに、きっと)

前置きはいつも通り無しで。

後書きにお知らせがありますので。







 

届くべき願いは、この世界に収まりきらない程に溢れている。

 

 

決して叶わないと知りながらもなお、天を見る。

 

 

 

そこには、無数の輝きが散りばめられている。

 

 

 

「───────、────。」

 

「─────、────。」

 

 

 

 

その願いを、平々凡々なそんな願いを。

 

誰もが切に望むその祈りを。

 

つまらなくも愛おしい、そんな夢を。

 

 

 

 

果たして彼方に輝く星々は。

 

 

 

――一体、いくつの星々が聞き届けていたのだろうか……。

 

 

──────────────

 

 

今年も、うざったいあの季節がだんだんと近付いてきた。

 

 

けたたましく蝉が鳴き声をあげ始める。ひと月前のような湿気によってジメジメとした暑さではなく、お天道様がめちゃくちゃに張り切ってしまう事によって生まれる本物の熱さ。

 

炎天下に晒され続けてダウンしてしまう奴も少なくは無い。エアコンの効いた屋内から、いきなり外に出ていくからそうなるんだって。

――まぁ、エアコンがぶっ壊れた日には、この世の終わりかと勘違いしてしまいそうな程の大惨事が巻き起こるのだけど。

 

体の至る所から水分を吐き出していく身体。ワイシャツの下に着ているインナーが、汗の影響を受けてぺったりと肌に貼り付いている。不愉快な事この上ない……。

 

顔を滴っていく塩分。まともな精神を少しずつ、しかし確実にボロボロと剥ぎ落としていく大火。

 

 

学校から帰るってだけでこの始末だ。もう夕方だっていうのに、仕事を最後まで全力でこなしていらっしゃるお天道様。

 

――つまり何が言いたいかって言うと、今日もいい天気!

 

 

「はぁ……、暑いぃ……」

 

蘭の口から当たり前の言葉が零れだす。ほんとそれな……。まだ7月の初旬だって言うのにこんな本気出されたら、こっからの夏場生きていけねぇってのに……。

 

「…今、何時だっけ……?」

 

「えっと……、はぁ…。3時半だってさ……」

 

「それで、この暑さかよ……」

 

「…あぁ……。バカじゃないの……、ホントに」

 

地面から反射してくる太陽の光を体に受け止めながら、今日も今日とて蘭と一緒に、愚痴といつも以上に溜息を漏らしながら帰っていた。

 

「まぁ昼時よりはマシだけどな…」

 

「それは言えてる……。学校が用意してくれたイスとかパラソルとかが無かったら、ご飯どころじゃなかった……」

 

「よくこんな暑い中屋上行こうなんて思ったな…」

 

「いや、あたしは止めたんだけど……ひまりが…」

 

うん、まあひまりが言いそうな事ではあるな……。いい天気だから屋上で食べよー!ってセリフは毎日言ってるんじゃないかってくらい聞いてる。やはりこの5人の言い出しっぺは、良くも悪くもひまりだって事が再確認できたよ。

 

 

「それじゃ、あたしここだから」

 

「うん、知ってる」

 

蘭の家まで送り届けてから、自分も帰ろうとしたその時。俺がすっかり忘れていた案件を伝えられた。

 

「それで、さ。今日の七夕祭りはいくんでしょ?」

 

 

あ、そういえば。

 

 

そんな大事な事を、なんで忘れてたのかな…?

 

 

──────────────

 

 

ダイニングキッチンから続く一つの部屋。

 

そこには俺の普段着ないような服だとかが、クローゼットに収納されている部屋だ。いや、その他にも用途はあるけれど、今は全く使うことが無い部屋になっている。

 

俺の小さい頃だとかの色々な写真だったり、果たしていつ買ったものか分からないようなベッドが置かれていた。主に使っているのはダイニングに置いてあるベッドだから、使うような物ではない。偶に泊まりに来る蘭も一緒にそこで寝る事が多くなってきているのは、少し考え物だけどね……。

 

「さて、と。なかなか様になってるんじゃないか?」

 

大型の鏡の前で体を軽く動かしてみて、服が似合っているかどうかを確かめてみる。なんせ、初めて着る服だからなぁ…。少し心配な所はあるな。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

誰も居なくなったダイニングに向けて放つ、そんな独り言。それがいつもの癖になってるんだから今更直す事は出来ないし、する必要だって今のうちは無い。不思議と「行ってらっしゃい」って聞こえてきそうだよ、蘭の声でね。

 

玄関で下駄を履いてから、飾られた写真や短冊を少し見つめる。

 

 

――――。

 

 

 

 

小さい頃の俺の願いは、とうとう天には届かなかったなぁ……。

 

 

 

──────────────

 

 

重く、力強い和太鼓の音が響く。煙の匂いに混ざって、ソースや甘い香りが俺の鼻先を僅かに刺激させる。

 

商店街と地域の神社が協力して毎年行っている大きなお祭り。それが、この七夕祭りだ。

この祭りには有志の出店だったり商店街の出張店が多く出揃うが、その他にも企業が参加をしてくるという、ちょっと変わった催しなのだ。

 

つまりは企業を誘致して、商店街をさらに振興させようっていう目的があるんだろう。毎年どんどんと規模が大きくなっているような気がするんだよなぁ……。

 

 

そんな祭りの場への入口、商店街の大門の辺りに。

 

俺と彼女の待ち合わせの場所に。

 

一際目立つ、麗しい着物を着こなした美少女が、そこに佇んでいた。

 

 

「早かったね…って……」

 

「そうかな?……これでも色々と手間が掛かったけどね」

 

「それ……!」

 

「どう?似合ってる……かな?」

 

「…うん!その紺色の着物、凄く似合ってる……!」

 

「ほ、ホント?良かった!その言葉が聞きたかったんだよー!そういう蘭こそ、見事に着こなしてるじゃないか」

 

「ま、まぁ、あたしは偶に着たりしてるからね」

 

軽口を叩き合いながらも、共に着てきた着物を褒め合った。

 

そういう事だ。俺は今日、七夕祭りに着物を用意していたのだ。何故なのかと言えば、それは蘭が大きく関係している。一昨年、去年も蘭と一緒に祭りに来ていたのだけど、その時も蘭は美しい着物でやって来た。

 

それなら俺も合わせなきゃな、って思って今年思い切って新しく新調したのだ。着物店の店員には似合ってるとは言われたけど、正直言って蘭に見せるまではドキドキしまくってた。

 

「それじゃ、突っ立ってるだけって訳にもいかないし、ぼちぼち行こっか」

 

右手を蘭の前へと差し出す。

 

「そうだね。エスコート、よろしくね?」

 

蘭もそれに合わせて、左手を俺の右手の上へと載せる。

 

「おう、任せときな」

 

「あたしの手、ちゃんと握っててよ?」

 

「お前に離せって言われたって離すもんかよ」

 

「…もうっ…!恥ずかしいけど、嬉しい…かな……」

 

手をがっしりと、指を一本ずつ交差させて。俗に言う恋人繋ぎって奴で。長い時間を掛けて揃った足並みで、俺と蘭は祭りの中に繰り出して行った。最初は何を食べるかー、なんて相談をしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お知らせというのはですね。


しばらくの間休載させて頂きます、っていうだけです。


Twitter見てれば分かるでしょうけど、いろいろ忙しくなってしまったので。


知りたければ、私のユーザーページにTwitter置いてあるんで勝手に見に来てください。


では。


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繋がれた願い

ソロモンよ!



私は帰ってきたァァァ!





茶番、終わり。

お久






溢れかえる雑踏の中を、離れないようにがっしりと結ばれた俺達の手。

 

 

互いがそこにいる事を、その手がちゃんと証明してくれている。

 

 

あたしは絶対にひとりじゃないって。

 

 

絶対に一人にはしないって。

 

 

 

それは――まだ知り合ったばかりだった、昔とは違った点だった。

 

 

 

──────────────

 

 

「じゃ、最初は何がお望みですか?」

 

「うーん、響介に任せるよ」

 

「お前二人の時はそればっかだなぁ……。ま、いいけどさ」

 

押し寄せる人の波を上手いこと避けつつ、食べ物を販売している屋台を探してみる。今の気分的には、焼きそば……もしくはたこ焼きらへんがあると結構嬉しいんだけど。逆に甘いのとか来たら最悪だ、食い始めが甘味ってのは絶対に避けたいところ。

 

「あ、響介。あれってさ」

 

「ん、どれ……って、いつものたこ焼き屋じゃんか!幸先がいいじゃないの」

 

「え、なに。たこ焼きがそんなに食べたかったの?」

 

「そうだな、最初は焼きそばかたこ焼きがいいなーって思ってた所だったからさ。さ、行こーぜ」

 

「うん、さっさと並んじゃお」

 

過去何回かからずっと値段据え置きで奮闘している、たこ焼きの屋台の列に加わる。300円で8個入りという相当安い価格設定に惹かれたのか、既に十数人程度が列を成していた。

 

「あ、そうだ」

 

「ん、なに」

 

ひとつ気になった事があったな。蘭はいっつも五人の幼なじみと一緒に行動しているのだ。では今日もそういう予定の筈だと、俺は思っていたのだが……。

 

「それ、去年も聞かれたよ……」

 

呆れ顔でそう返される。一年前のことなんて覚えてられないってのに。

 

「それで、なんでなのさ」

 

「……言わなきゃだめなの?」

 

「そんな恥ずかしい事なのか?」

 

「はぁ……。そんなの響介と一緒に回りたかったからに決まってるじゃん」

 

「あっ、そ、そうでしたか……」

 

少しばかり口元に笑みを浮かべながら、蘭はそんな恥ずかしい事を俺に言ってくれる。今日は恥ずかしがる事無く、余裕そうに構えている蘭に少々驚かされるなぁ……。

 

「響介だって、嬉しいでしょ?」

 

「そりゃ当たり前じゃん。俺にはお前が必要だからな」

 

「ふふっ、それはあたしにとっても同じ」

 

「……らしくないな。どうした蘭、今日はなんだってそんな素直に喋ってくれるんだ?」

 

「いいじゃん、二人っきりなんだしさ。変に気を張る必要も無いかなって」

 

意識的に態度を軟化させていたとは、思いもよらなかった。てっきり素直になる薬でも使ってきたのかと……、いや、うん。無いなそんなものは。多分あったって、蘭はそんなもの飲まなそうだし。

 

「うぃっす、おっちゃん」

 

「こんばんは」

 

「おう!熱々カップルじゃねぇか!毎年あんがとなぁ!」

 

「熱々って……」

 

「まぁ、間違いじゃないでしょ?」

 

「そりゃ、そうだけど……」

 

やっと回ってきた俺達の番。毎年毎年頑張ってる屋台のおっちゃんに軽く挨拶と軽口を交わす。まだまだ元気そうで何よりだな。って、あんたまで知ってるもんなのか、俺達のことって。

 

「そりゃあ、なんてったってそっちの嬢ちゃんのパパさんが、いちいち自慢してくるわで、嫌でも耳に入ってくるのさ」

 

「父さん……!」

 

どうもそういった情報の出処は、めちゃくちゃ近いところにあったみたいです。蘭は怒るのか、照れるのかどっちかにして下さい。なんか女の子にあるまじき顔になってるから。

 

「ほらたこ焼きだ、受け取れぃ!」

 

「おっちゃん、またオマケしてくれたのか」

 

「気にすんなってそんな事!ここは俺の店なんだから俺のやりたいようにやるんだよ!」

 

「おっちゃんは毎年それ言ってるな……。ありがとう、今年も味あわせて貰いますよ」

 

「毎年いつもありがとうございます」

 

二人してたこ焼きのおっちゃんにお礼を言って、屋台を立ち去る。ここの商店街は、みんなしてさっきのおっちゃんと同じ位に社交性が高いのが特徴だ。だから毎年変わらずにお祭りを開催し続ける事が出来るんだろうけどね。

 

「ほら蘭、あーん」

 

ベンチに座って、おっちゃんがオマケしてくれたお陰で、数が8個から10個に増えたたこ焼きのひとつに爪楊枝を突き刺して、そのまま蘭の口元へと運んでやる。

 

「ちょっと待って、そのたこ焼き出来たてだけど」

 

「うん、知ってるけど」

 

「じゃあ絶対熱いって分かるでしょ?」

 

「あー……、確かに」

 

確かに熱いよな、そりゃ蘭も断るわけだよなぁ……。じゃあどうしようかと思って、たこ焼きを突き刺した爪楊枝を自分の口元へと持っていってから。

 

「ふーっ……、ふーっ……」

 

息を吹き掛けて熱を冷ましてしまおう、と考えた。多分これが一番早いと思うしね。ちょっとひと手間は余計に掛かるけど、まぁ仕方ないことでしょ。

 

十分にたこ焼きの熱を冷ましてから。

 

「よし、はい。あーん」

 

「……あーんっ」

 

「美味しい?」

 

「うんっ、ふぅ…、いつも通りの変わらない味だね」

 

「それは良かったですねー」

 

「ん、何その反応。ちょっと腹立つ」

 

「だって蘭さ、味の感想聞いてもいつも通りーとか言って、全く参考にならないんだもん」

 

「実際いつも通りに美味しいし……」

 

まぁでも、確かに美味しいんだよなぁ……。中に入ってるタコの切り身だって結構大きいの入ってたり、あのおっちゃんは薬味の使い方がすっごく上手いのだ。そう、美味いのだ。

 

「あ、たこ焼き無くなってる……」

 

「俺は十個あったろ?その内の五個しか食ってないけど」

 

「まだあーんして無かったのに」

 

「そっちかよ……。じゃ、また今度かな」

 

「むぅ……、夏の花火大会の時に絶対するから、覚えててよ」

 

「うんうん、覚えとくよ」

 

頬を少しぷくっと膨らませながら、俺にあーん出来なかったことが心底残念そうな顔をしている蘭を軽く宥める。

 

そうそう、まだ夏は始まったばかりなんだ。もうすぐで待ちに待った夏休みが始まるし、花火大会の時だってまた商店街が主催するお祭りがあったり、多分これからも蘭といろいろ何処かに行ったりするんだろう。今からでも楽しみだな。

 

 

それからもいろいろな出店を回ったりした。食べ物でいえば、りんご飴だとかチョコバナナとか、スイーツが多くなったけど。

金魚すくいの時は驚いたな……、何気ないような調子でぽんぽんと金魚を桶の中にすくい上げてしまったのだ。蘭の意外な隠れた才能が垣間見えた瞬間だったな……。

逆に射的とかは俺が割と得意だったりした。蘭が欲しがってたぬいぐるみを集中的に狙って、結果的に見事ゲット出来たし。まぁ、その他は何も取れなかったけど、蘭の喜んだ顔が見られたから十分すぎる収穫だったかな。

 

 

「で、短冊に何書くか、決まった」

 

「そっちこそ、言ってみてよ」

 

時間を忘れてしまうぐらいに祭りを堪能した俺達は、お祭り最後の行程として短冊をそれぞれ書くことにした。俺はもう書く事は決まってるけど、蘭はそうでも無いのかもしれない。

 

聞いてみたら、予想通りの答えが帰ってきたから、先に書いた内容を言ってしまおうか。

 

「俺は…、蘭といつまでも一緒に居られるように、って」

 

「……やっぱりね」

 

予想通りでしたー、みたいな顔をしていても嬉しさを隠しきれずに口元がニヤついていて意味不明な顔をしだす蘭。そういう所で素直になってくれよなぁ……。

 

「そういう蘭は……、って言っても分かるか」

 

「分かるでしょ?あたしも……、同じ事、書いた」

 

そこには、一言一句違う事無く同じ内容が記されている2枚の短冊があった。

 

そのままその二枚をまとめて同じ糸で通して、商店街の中心に飾り付けられたアホみたいに大きい笹に括り付ける。

 

 

この願いが離れないように、消えないように。

 

 

そして、いつまでも続いていくように。

 

 

 

その笹の前で暫く立ち尽くした後。

 

「んじゃ、帰るか。遅くなっても困っちゃうしな」

 

「うん、父さんも心配させたくないしね」

 

「あれ?今日は泊まってかないのか?」

 

「さすがに今日は……。ほら、着物だし、着替えも持ってきてないからさ」

 

「そっか、じゃあ泊まりはまた今度。最後までエスコートさせていただきますとも、お嬢様?」

 

「はぁ……、お嬢様はやめてって言ってるのに……。バカ」

 

 

 

 

 

固く繋がれた互いの手は、ついに離れることは無かった。

 

 

 




とりあえず受験が一段落したので、一本慣らしで投稿しました。



これから投稿が増えたってなれば、大学が決まったって事なんでお祝いメッセージでも飛ばしてみてね




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5月27日














 

 

 

4月30日。

 

 

 

あの突然の出会いから、俺は美竹とちょくちょく話をするようになっていた。昨日は何を食べただとか、いつもの五人で何をしただとか割とどうでもいいような話ばかりだけど、偶にそこそこ大事そうな話とかを持ち込んでくる。

 

そんな今でも美竹は偶に授業をサボることもあるが、大体俺も強制連行させられるようになった。というか、連れていかれなかったことなんて無かったかも……知れないなぁ。先生にはいい顔をしておきたいという俺の意志を知ってか知らずか、行くって時には唐突にそう伝えてきて否応なしに連れていかれた。

 

まぁ、退屈な授業だし別にいっかなって、俺も大して抵抗する事も無かったが。

 

んで、どこへ行くのかと言えば、当然のように出入り禁止のはずの屋上である。なんでも先生の方々にも知られていない、秘密の出入口があるのだと。実際、知られる危険性も薄いと思うし。

 

美竹が部活には所属していない事もその時に知った。理由を聞いてみれば、「他の人と付き合っていくのって、正直疲れる」……らしい。あの五人はその括りじゃないってのは何となく分かるけどさ、じゃあ俺はどうなるんだよ……。

 

 

授業は既に終わって放課後になっている。

 

屋上から見えるグラウンドには、何十人もの人間がボールを追っ掛けていたり、何度も失敗しているのにバカみたいに棒高跳びをし続ける奴がいたりと、色んなやつが熱心に頑張っているみたいだ。

 

「あんたは他の人とは、また別」

 

「……はぁ、そうかい」

 

「ほら、そんな腑抜けた顔してないで帰るよ」

 

「へいへい、言われずとも帰るっての」

 

いつもの他の4人は用事だったりがあって先に帰っているか、部活に精を出しているみたいで、今日は美竹しかいなかったらしい。一人で帰るのも嫌だったらしく、今日は俺にお鉢が回ってきたってわけ。

 

「じゃあしっかりとエスコートさせていただきますよ、っと」

 

「は?何それ、キモいよ?」

 

「面と向かって言うな……、場を和ませようとしただけだから」

 

「ふん……、まぁいいけど」

 

教室で話す時と同じようにツンケンとした態度を崩すこと無く、美竹は屋上の秘密の出入口から外へと出て行った。俺もそれに倣ってあとに続いて行く。

 

出入り口と言っても屋上の鉄扉のちょっと上の方に、窓が付いているのだ。そこの鍵が閉まっていないから――恐らく先生共は、その窓が閉まっていると思っているのだ――自由に屋上へと行き来が出来るのだ。

 

だが、そうなると一人の力で上の窓から屋上に侵入するのは、相当苦労するはず。

 

だから美竹はその窓の真下にそれぞれ、これを踏み台にしてくださいと言わんばかりに置いてあった――所々にヒビが入っていたり、脚が錆び付いしまったりして、学校での常用に耐えられなくなった――机を使って、窓を通り抜けているのだ。

アホな美竹にしては、なかなか頭を使ってんじゃん、少しだけ見直したぞ。その手法を俺も見倣うべく机に手を掛けたその時。

 

「ちょっ、あんたなにやって――!」

 

ゲシっ、と。そんな音に続いて、頭部に感じる強い痛み。脳が震えているような感じが……!

 

「おぉわ!」

 

美竹がまだ登りかけだったみたいで後ろ足が俺の頭部にクリーンヒットして、それによって生じた衝撃を受け止める事が出来なかった俺は、そのまま後ろへと尻餅を付く形で倒れる。

登ってる途中で邪魔だったのは分かるけど、だからと言っていきなり蹴り飛ばす事は無いだろう!

 

 

視界の上の方でひらり、と美竹のスカートが揺れる。

――あー…、黒……っぽい、見たらいかんヤツが見えてしまった気が……。

 

「ちょ、美竹!危ないだろうが!」

 

「あんたこそ何考えてんの!?」

 

「はぁ?何言ってんだ!」

 

「あたしのスカートの中、見ようとしたでしょ!」

 

「はぁ……!?なっ、ま、待て!誤解だって!俺は単純に登ろうとして――」

 

 

『ミシシッ……、ゴシャッ!』

 

 

「そんなの嘘で――きゃぁっ!」

 

強く打ち付けた尻の痛みを我慢しながら立ち上がる俺と、机に片足を置いて登ろうとしている途中の美竹との間で燃え上がる火柱。しかしそれも何かが避けるような、強烈な異音によって掻き消される。

 

タダでさえガタが来ていた机が、俺と美竹が暴れたせいなのか。とうとうその天命を全うされたらしい。机の左後脚が錆び付いていた所を中心に真っ二つに折れる。すると、その上に乗っかっていた美竹は。

 

「うわわわっ……、きゃぁ!」

 

「なっ、やばッ!」

 

ようやく立ち上がることが出来た俺の方へと落下してくる。しかも片足しか重力に机に置かれていなかった美竹の体は……あろう事か、背中から屋上の硬いコンクリの床へと落ちようとしているのだ。

 

 

未だにケツの痛みの引かないけど、美竹が落ちてくる所に踏ん張って走る。

 

「あっぶね!よしっ――おああぁぁ!!」

 

「――――」

 

ギリギリで床と美竹との間に自分の体を挟み込んで、腕でしっかりと美竹の体をキャッチする。ヘッスラでは無く、またもや自分のケツを犠牲にしたキャッチの仕方だ。代償は大きく、俺のプリチーヒップが痛みで悲鳴を上げる。

 

もちろん、俺も痛みを叫ぶ。めっちゃ痛いのぉぉぉっ!!

 

俺の体と腕でしっかりとお姫様抱っこの形で受け止められた美竹は、余程あの落ちていく瞬間が怖かったのか、体をブルブルと震わせながらも、目はまだつぶったままでいた。その固く閉じられた目からは若干の水気を感じる。

 

「いってぇっ!オォン!!ケツがァ!!」

 

一人で汚く叫び声を上げている俺の声を聞いて、腕の中にいた美竹はゆっくりと目を開けた。

 

「あっ……、えっと、あたし……」

 

「いってぇ…!おい美竹、無事か?」

 

「えっ、あ、うん。ありがと、助けてくれて……」

 

「……お、おう。どういた――痛い痛いっ!お尻ー!」

 

なんでか若干頬を染めながら、いつもと違って素直に礼を言っている美竹を他所に、耐えきれないケツの痛みでまたもや悲鳴を上げる俺。あ〜あ、俺ってカッコわりぃ……。

 

「……って!はっ、早く下ろしてよっ!!」

 

「おまっ!だったらさっさと降りろっての!痛てぇ痛てぇ!俺の上で暴れんな!」

 

確かに恥ずかしい光景ではあるけど、今はさすがに止めようぜ?

 

顔が真っ赤になっていて、恥ずかしさでどうにかなってしまっている美竹は、お姫様抱っこを継続している俺の腕の中で、全く容赦の無いグーパンをお見舞いしてくれる。なんて優しい女の子なんだ……。

 

 

 

 

 

 

「大体さ、あんたがあの状況で登ろうとしなければ……!」

 

「いや、ほんとそこはごめんなさい……。何も考えてなかった」

 

「……まぁ、あたしも。あんたに体張って助けて貰ったし、許してあげる」

 

「うん、それに加えてコロッケ奢ってやって許さねぇは無いよな……?」

 

あれから落ち着いた俺達は、二人だけで帰り道である商店街を歩きながら、途中の精肉店で俺が奢ってやった――正確には奢らされた『肉汁たっぷり!ジューシーコロッケ!』を頬張っている。

 

「でも、ほんと。ありがと」

 

「お、おう……」

 

口元に微かに笑みを浮かべながら、美竹は歩きながら再び礼を言っている。

なんだか……、こいつに素直にお礼なんて言われるとか、ちょっと新鮮すぎてっていうか、普段とのギャップがありすぎてこっちが気持ち悪くなるわ。正直言って、どういう反応すればいいのか分からない位に。

 

――ていうか、お前そんな可愛い顔できるんだな…。

 

「あたし、あんたが助けてくれなかったら……今頃どうなってたか」

 

「どうもなってねぇよ、ちょろっと背中を打ち付ける位で済んだよ」

 

「じゃあなんで助けてくれたの?」

 

「うー……、それは……」

 

ほんと、なんでなんだろうな。美竹が落ちてしまうって分かってから、体が勝手に動いていた感じしかしない。言ってしまえば、無意識の行動だ。

 

たかだか最近話すようになったような奴が少し傷つく位だっていうのに……、なんで俺はそんなどうでもいい奴を……。

 

「体が勝手に動いちゃった、ていうの?」

 

「……なんで最後疑問形なの」

 

「……何でなのかな。俺にも分かんねぇや」

 

 

本当に分からなかった。

 

 

咄嗟に体が動いてしまったっていう事実の説明も、俺がこいつに感じている、まるで胸を強く締め付けられているような……意味の分からない感覚も。

 

 

いつになったら俺のケツの痛みが収まってくれるのか、も。

 

 

 

あー、じんじんと、微かに。

 

痛てぇなぁ……。

 

 

 

 

 

 






……少し雑になったかも知れないなぁ。

申し訳ない。




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お花弄り

なんだかんだ戻ってきました。

更新の予定は未定です。


RTAものが流行ってるらしいですが知ったことではありません。作品完結RTAでもやれバカタレ。


待ってる人は居ないでしょうが、新規さんいらっしゃいということで〜

みなさまのために〜〜カラカラ



何も用意してませんさっさと本編イクゾー!





 

 自宅の冷蔵庫に入っていためちゃくちゃに甘いペットボトルのミルクティーを流し込みながら、曇り空の下を歩いている。

 宛もなく散歩をするのは好きじゃないけど、別に暇な時はいつもそんな事をしてる程、高校生は自由な時間がある訳でもないし。

 

 では目的地は何処かと言えば、いつものライブハウス『CiRCLE』では無かった。

 

 自分のマンションから15〜20分くらい歩いたところに。

 現代の日本ではなかなか見ることが無いであろう──まるで武家屋敷のような──いかにも和風な感じの建物が姿を現した。

 

 家の外周はブロック塀……ではなくこれまた昔を感じさせる白壁で、僅かな隙間なく四方を囲んでいる。敷地内への入口は2つあるが、片方は限られた時にしか使用しないものなので実質入口は正面の1つになる。

 その門も例に漏れず、俺の身の丈を優に超える大きな両開き木扉と横に設置されている一般的家庭でよく見る大きさのドア。

 

 これは……、いつ見ても圧倒されるなぁ……

 

 体感1分ほど、小さなドアの横に設置してある時代錯誤なインターフォンを押すのを躊躇っていると

 

「あ、響介」

 

「ぅへぇ!?」

 

 近くにあるスーパーのレジ袋と、高そうなお店の柄のついた紙袋を持っている、この家の住人である蘭がそこに居た。

 

 ──にしても、なぁにが「ぅへぇ!?」だよビビりすぎだっての恥ずかしいわ。

 

「ぷっふふ! 何その声……!」

 

 案の定、蘭はさっきの俺の情けない声に吹き出していた。なかなか笑う事が少ない蘭が笑ってくれたのは嬉しいけど、ちょっと複雑。

 

「ち、ちょっとビックリしただけだろ! それに加えて、改めてこの家の大きさにビビってた」

 

「確かにうち、周りの家よりも大きいからね。主に庭が」

 

「ま、積もる話はまた後々。まずは蘭パパさんに呼ばれてるから、そっち行かないと」

 

 とりあえずこの軒先でのお話はこれでお終い。

 今日ここに来た理由は、我慢できずに蘭に会いに来た……っていうのも当然あるけど、残念ながら今回はそっちの方がおまけ。

 

 本題は蘭のお父さんにある。

 

 

 

 ──2年前に出来た借りは、未だに返せそうにもないのだ。

 

 

 

「あ……、今日だったっけ?」

 

「そ、今日。だからちょっと待ってて、終わったら部屋行くから」

 

「……あんまり根詰め過ぎないでよ?」

 

「大変な事なんかじゃないんだし大げさな……。じゃ、そういう事だから」

 

「うん……、また後で」

 

 蘭が少し申し訳なさそうな顔を向けてくるけど、こっちが勝手にやってる事だからなんだか変な感じだ。

 

「いつものお菓子と飲み物、間違えないでよ?」

 

「分かってるって。ほら……行ってきなよ」

 

「うん、行ってくるよ」

 

 

 蘭と別れてから、向かう先はと言えば当然蘭のお父さんのお部屋。

 

 大抵いつもこの時間は、そこに居る。何をしているのかは日によってまちまちだけど、本を読んでたりするしテレビを見ている事だってある……らしい。

 らしいというのは、俺がまだその光景をこの目で見たことが無いのだ。あまり想像がつかない光景だし、まだラジオとかの方が聴いてそうではある。

まぁラジオも最近のやつは聴かなそうだけど。

 

「……失礼します」

 

「うむ、入ってくれ」

 

 襖だけど、一応ノックをして入る。

 

 机を挟んで向かいに用意されている座布団に正座をする。

 

 ──今日は小説を読んでいたみたいだ。机の端には有名なミステリー小説が2冊。

 手前側にはラッパ型の花器が置かれている。前にこれを使ったのはいつだったかよく覚えてはいないが、この器を使って生けるのは個人的にあまり得意ではないという事は、しっかりと記憶に残っている。

 

 

「では、今日も来てくれてありがとう。蘭が待っているし、始めようか」

 

「はい。今日もお願いします、弦一郎さん」

 

 これから何を始めるのかと言えば、華道というモノだ。

 ──別名、生け花とも言う。

 

 弦一郎さんも他の師範よろしく弟子を取っているが、誰も跡を継がなかったら……否。

 

 誰も跡を継げるだけの能力を持ち得なかった場合、たとえ流派は途絶えずとも、美竹の家の華道はそこで打ち止めとなってしまう。それを避ける為に弟子は取れるだけ取っておいて、保険を掛けておきたいというのが弦一郎さんの考えだ。

 

 弦一郎さん直々に頼まれ、それを了承した事で生まれた師弟関係は一応保険という形ではあるが、他のお弟子さん達と同じような扱いになる。

 

 考えは分かる。

 代々受け継がれてきた歴史をこの代で止めてはならない、そういう確かな想いが弦一郎さんの生け花からひしひしと伝わってくるのだ。

 想いが乗り移るような作品を果たして自分が作れるようになるのか、いやそもそも。

 

 跡を継ぐことが果たして出来るのかすら、今は分からないが。

 

 助けてくれた恩には、何とかして報いなければならないから。せめて受けた恩と同じ分だけでも。

 生け花をしている理由はそんな個人的な、言ってしまえば不純の塊のようなものだけど。

 

「……うむ、良い出来だ」

 

 しかし、そんな理由からでも自分の作品が好評されるのは嬉しいもので。

 緊張していた事もあって、良い評価が貰えた事で自然と口元が緩んでいく……が。

 

「──だが、雑念が入ったな。選んだ花、構成自体は良くても、その状態にまでは目がいかなかったようだな?」

 

「それは、どういうことです?」

 

 目線で促され、従うように自分の作品をもう一度見つめ直してみる。

 

 ……あっ!? 

 

「うむ、その様子なら気付いたか。主軸として打ち立てられた花弁の裏が変色している、これではいかん。それにこの茎をよく見なさい、他の葉物と接触し過ぎて目に見える傷が出来ている」

 

 とまあ。

 

 詰めが甘過ぎてプラスマイナスゼロどころかマイナスまで評価が落ち込みそうではあったけれど、その後は作品全体の構成についてお褒めの言葉を頂いたりして、今日の稽古はお開き。

 

 ちょうどそのタイミングで。

 

「今日もお疲れ様、響介くん♪」

 

 労いの言葉と共に、お盆を持った蘭のお母さん──名前は由良さんというが──が部屋へと入ってくる。

 お盆の上には急須と茶碗、それと名前はわからないけどお茶菓子が載せられていた。

 急須を除きそれぞれ3つずつ、という事なので今・日・は・そういう日らしい。

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

「すまんな」

 

「いいえ、あなたも。お疲れ様」

 

 このやり取りはかれこれ何回も見て来たけど、その度に思う事がある。

 

 蘭のお母さん、死ぬほど蘭に似ていない……! 

 昔から弦一郎さん似だろうとは思っていたけど、逆に何を引き継いだか分からないくらい由良さんと似ていないのだ。

 

 顔の特徴とかは後々出てくるかもしれないけど、性格は完全に父親譲りなのは間違いが無い。

 

 ──蘭、まさかの養子説浮上……? 

 

「あ〜、響介くんがその顔してる時は大体変な事考えてる時〜! なになに? 私を見つめてどうしたのかしら??」

 

 蘭と性格は正反対、くっそぐいぐい来んねん。めちゃくちゃ陽キャっぽい、コミュ力高い過ぎて俺が圧されてる……! 

 

 俺もそんなにコミュ力高いとは思わないけどさ。

 

「お戯れを……、今日もお綺麗だと思いまして……」

 

「うふふ♪ ありがと〜」

 

 で、こっちがこういうこと言ってもサラッと流される。

 んー、コミュ力! 

 

 さて。

 

「それで、今日は何をお話しましょうか?」

 

 お話をする、というのはもちろん蘭の事だ。両親はどうしても学校での蘭の姿を見ることは出来ない、のであればそれを知っている者から話を聞くでしか、蘭を知ることは出来ない。

 

 という事で偶に由良さんは、お茶菓子を持って華道の稽古が終わる頃に現れ、俺とのお話を楽しんで帰っていくのだ。

 

 

「……それは今日はいいんだ」

 

「?」

 

 疑問符が浮かぶ。では何故お茶菓子と一緒に由良さんが現れたのか。

 

「ちょっとね。最近蘭の事で気になることがあって〜……」

 

 由良さんが口を開く。

 ……なるほど、今回はこっちからお話をするからって訳か。

 

 

「家でも普段とあまり変わらないように見えるんだけど、何かしら……」

 

 一区切り付けてから、由良さんは

 

「──何か悩んでいるような、困ったような顔を偶にしてるの」

 

 

 と、そう言い放った。

 

 




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もしかしたら更新の予定が早まるかもしれんぞ!


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