世界樹の裾〰彼女が始めた街作りの物語〰 (テオ_ドラ)
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1章「彼女が始めた街作りの物語」1幕:ドールマスター
01.「ミラリア……聞いたことのない村ですね」


本作は横書きで読むことを前提としているため、
縦書きに変換・PDF化すると大変読み辛くなりますので予めご了承ください。


静かな山に響く鈍い音。

鳥は慌てて飛び去り、また獣たちも我先にと逃げていく。

 

「……ふう」

 

その音の正体は道を塞いでいた狼たちを少女が力づくで退かせた音だった。

たかが狼程度、彼女の相手ではない。

 

ドールマスターは勝ち組。

 

――よく言われる。

言われなくても初対面の相手の顔には大体そう書いてある。

もう聞き飽きたし、見飽きものだ。

 

単純に「ドール」と言っても人ぐらいのモノからオーガよりも大きいサイズのやつもいるので、

ドールマスターというクラスに対する他人のイメージはバラバラだ。

そしてドールマスターの人数も少ないから偏見、

とまでは言わなくても変な先入観を持たれることの方が多い。

 

「そりゃ、確かに便利ですけど」

 

ハツカは顔にかかった前髪を払いながら疲れた口調で独り言ちる。

大陸では珍しい薄い赤髪を無造作に後ろで縛っただけで、

身にまとう薄汚れた無地のローブもお洒落とは程遠い。

まだ幼さを残す少女だが可憐さなどはまるでなく、

どこか勝気な感じを持ちそれは道端に咲く花のような逞しさに近かった。

 

ドゥン……ドゥン……

 

周囲に響き渡る鈍い音。

岩を地面に叩きつけているような音……いや、実際に言葉通りだ。

 

「……地図が間違っていなければこの先に村があるはず」

 

彼女が腰かけているのは巨大な黄土色の岩の塊。

塊と言っても岩が組み合わさってずんぐりとした人型を形成しており、

表面には規則正しい緑のラインが幾重にも描かれている。

小柄なハツカを3人縦に並べたくらいの背丈……大体4メータくらいだろう。

 

ゴーレム。

ドールの中でも一際大型のタイプだ。

ゴーレムはマスターが肩から落ちないように手を添えて

顔にあたる部分にある一つ目から出る光が夜道を照らしていた。

緑のラインも淡く発光しているため、

遠目から見れば薄気味悪いお化けにでも見えるのではないだろうか。

 

「ん……それにしてもそろそろメンテナンスの時期ですか」

 

ゴーレムは岩の塊だから当然固い。

それがドールマスターの意のままに動くのだから、

他人から見たらそれはそれは頼もしい限りだろう。

先ほども腕を叩きつけるだけで地面は陥没し、狼たちは我先にと逃げだした。

パワーは見た目以上に高く攻撃力は十分なうえ、

ちょっとした魔法であっても表面に施された防護の加護で弾くため防御力も高い。

しかも損傷しても時間が経てばゆっくりとだが自然修復もする。

あまりのハイスペックぶりに他の冒険者から僻みの目で見られるのも当然と言えるだろう。

 

しかし実際使ってみればわかる……万能とは程遠いことが。

 

「わっ……」

 

顔に枝が当たり、ハツカは顔をしかめる。

うっそうとした森の中では彼女の座る位置はちょうど枝が迫り出していることが多い。

森に入ってから顔に当たるのはもう5回目で、顔には小さな擦り傷がいくつもできていた。

ゴーレムの操作には自身のマナを消費する。

魔力で意のままに操る、というよりは方向性を決めてあげるイメージだ。

これが結構な集中力を要し、操縦以外のことに対して注意力が散漫となる。

更に肩に乗るマスターは添えられたゴーレムの手以外の防御もなく無防備だ。

高い位置にいるとはいえ、集中的に狙われると危険である。

また歩くだけならマシだが、戦闘ともなるとマスターの疲労も高いため長期戦には弱い。

 

「……やっぱり、関節から少し異音がします」

 

そして何よりドールマスターの弱点は運用のコストである。

ドールは定期的なメンテナンスは必須なうえ、

大都市にいる専門のマイスターに頼まなければならない。

おまけにそれが高額ともなればもう察しはつくだろう。

高いランニングコストからドールの維持のために稼ぐという

何のために働くか本末転倒な形になりがちなクラスがドールマスターなのであった。

その例にも漏れず、冒険者であるハツカ=エーデライズもその一人である。

ドールはマスター登録を行った者以外は操作ができないため盗難の心配がないことは救いだが、

その性質上どうしてもパーティを組んだりギルドに所属したりすることは難しかった。

理由の一番は報酬の取り分で揉めるためである。

ドールマスターは維持のために多額が必要だからやむを得ないのだが、

それをきちんと理解と納得をしてもらうのは骨が折れる。

周囲もそのデメリットを踏まえた上で、組もうと思う者は中々にいなかった。

 

今回の彼女の仕事は商隊の街から街への護送。

勿論ソロだが、ゴーレムが付き従う商隊を襲う馬鹿もいない。

無事に送り届け終わったのでそのまま何日か滞在しても良かったのだが、

どうにも「きな臭い」感じがしたので彼女はすぐに街を発った。

小さな理由は色々とあるのだが、一言にまとめると「なんとなく」である。

曖昧な基準ではあるが、ハツカはそういった自分の直観を信じていた。

ハツカはドールマスターである自身が一番の弱点と自覚している。

ギルドにも所属していない冒険者には後ろ盾というものがない……

つまり、自分の身は自分で守らなければいけないのだから。

 

「ミラリア……聞いたことのない村ですね」

 

ハツカの普段の行動範囲は王都の北に位置する都市「ケーレンハイト」周辺で、

今いるテルト領は更にそこから北……随分と遠いところまできてしまったものだ。

王都から馬車で来れば20日はかかるだろう。

報酬が良かったのでつい受けてしまったがこれは失敗だったかもしれない。

幸い地図を買えたので迷子にはならないが、

ケーレンハイトまで不調のゴーレムで帰るのは骨が折れそうだ。

 

「寒い、です……」

 

ハツカの口から白い息が漏れる。

テルト領はどうやら気温の低い地域らしい。

先ほどの街で十分に食料が補充できなかったので、

ミラリアという村に寄ることにしたのだが……

治安が良さそうであれば数日くらいは滞在して休むのも悪くない。

 

「見えた……」

 

日が暮れてから数刻。

そこまで遅い時間ではないため、村には明かりが灯っているのが見えた。

 

「ミラリア……」

 

繰り返し街の名前を呟く。

初めて見た村。

そして暗がりなので村のことは全然見えていない。

正直、こんな片田舎にある村に期待できる要素なんてない。

精々良くて食事が美味しいといったレベルだろう。

 

けれど、何故か、

 

――きっと良いことがある

 

ハツカは直感でそう感じた。

 

――ミラリア

 

それは後に「世界樹の裾」と呼ばれることになる街の名前。

その街……まだ今は辺境の村ではあるけれども、

この物語は王国で知らぬ者がいない大冒険として名を馳せることになる

ハツカ=エーデライズの訪問から始まった。

 



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02.「いじらないとメンテナンスにならないだろ」

「ラエル! ラエル、大変だ!」

 

工房に転がり込んできたのは大柄な青年。

青年の名前はボーガンといい、

栗色の短髪と横に大きい体格のため村では「栗のボー」と呼ばれている。

 

「村に、村に女の子を乗せた岩ん化け物がきた! でかい! 歩くと揺れる!」

 

ボーガンの図体はデカいのだがいかんせん小心者。

要領を得ない言葉にラエルと呼ばれた少年は首を傾げる。

 

「……ゴーレム?」

 

「ゴーレム? ゴーレムのことはわからんけど、とにかくでかい! 潰されそうだ!」

 

ズゥン……ズゥン……。

 

確かに大きいらしい。

徐々に足音が近づいてくるのがわかった。

 

「もしかして冒険者なのか。なんかこっちに来てるみたいだけど」

 

「ん、ああ……なんか宿ないかって聞かれて、

 おっかないからサナェルがラエルの工房を教えたんだ。

 だから俺、先に来て今言ってるんだ」

 

「まあ、確かにゴーレムなんか来たらなぁ」

 

のんびりとした口調のラエルとは対照的に

ボーガンは身振り手振りで大げさに慌てていた。

 

「……こんばんはです」

 

そこへ、少女の声が聞こえた。

ボーガンは慌ててラエルの後ろに隠れる。

 

「宿はこっちと言われて来たんですが……あってます?」

 

警戒しているのか、硬い声だ。

ボーガンが開けっ放しだった扉からラエルが出ると、

目の前には岩の壁があった。

それがゴーレムだと気づき見上げても、近すぎるせいでマスターの姿が見えない。

ラエルは少し考えてから、

 

「あー、宿ではないけれどな。

 ゴーレムを置くスペースならそっちにあるよ」

 

そう言って手振りで横に回るように伝える。

 

「工房の大扉をあけるから、そっちから入ってくれ」

 

「……わかりました」

 

彼女は素直にそう言って移動をする。

静かな村にゴーレムの足音が響き渡った。

ラエルの家と工房は繋がっている。

工房の作業場は50メータと広く、

そのスペースを目一杯使うことは一年に一度しかない。

小まめに整理整頓はしているほうだが壁には様々な工具が置かれていた。

扉を開けるとそこから黄土色のゴーレムがのっそりと入ってきた。

 

「……もしかしてルーンパド、ですか」

 

ゴーレムの手に乗り、少女が降りてくる。

後ろでまとめた薄い赤色の髪がふわりと舞う。

小柄な少女ではあるがくっきりとした瞳と整った顔立ちが印象的だ。

麻のローブを纏い大きなザックを背負っている。

冒険者にしては若いが、その落ち着いた印象から新米ではなさそうだった。

ブーツなどもかなり使い込まれており旅にも慣れているように見える。

 

「そうだよ。看板は出してないけれど、

 認可も受けてるから正式なルーンパド、一応な」

 

「……本当ですか?」

 

「なんだよ、こんな辺境の田舎にこんな施設があるのが不自然だって言うのか?」

 

「あなたの言葉の通りですが……自覚はあるんですね」

 

対照的にラエルはぱっとしない少年だ。

よれよれの服に汚い作業ズボンに随分と年季の入った燕尾色のコートのちぐはぐ感。

髪もボサボサで緊張感のない緩い表情がなんともいえない。

強いて言うならひょろりとして長身であることだけは、

もしかしたら記憶の片隅には残るかもしれない。

ハツカが野に咲く花なら、ラエルは温室の隅で気づいたら生えていた名もない雑草とでもいうべきか。

 

(人は見た目だけでは判断できないのはわかってますが……)

 

薬にも毒にもならなさそうな相手だとハツカは感じた。

16であるハツカと歳もそう変わらなさそうである。

 

「ええと……」

 

「ラエル=カーネイドだよ。

 このパドは俺しか住んでなくてね。マイスターも俺一人だよ」

 

「ハツカ=エーデライズです。

 そう、あなたがマイスター、ですか……」

 

言い淀む彼女にラエルは苦笑する。

 

「はっきり言ったら?

 こんな若いマイスターが一人ってのは不自然だって」

 

「先ほどからまるで私が無遠慮に振舞ってるように言うのは止めてもらえませんか」

 

そう言ってからハツカは自分の顔を触り

 

「……もしかして顔に出てます?」

 

「もしかしなくても出てるよ」

 

――ルーンパド。

「文字溜まり」と呼ばれるそれはルーンに携わる工房のことだ。

魔力を込められた「道具」はひとまとめで「ルーン」という総称で呼ばれており、

ルーンパドといっても生産からメンテナンスまで工房によってまちまちだ。

また扱うカテゴリーの得手不得手があり、大体は日用品の整備くらいのレベルの工房が多い。

それでもマイスターと呼ばれる人間は希少であり、また生産ができるルーンパドは都市部にしかない。

ましてやゴーレムのような「アーティファクト」と呼ばれる古代遺産を扱えるルーンパドは数えるほどだ。

 

「それにしてもゴーレムだなんて珍しいな」

 

「知ってるのですか?」

 

「馬鹿にしてんのかよ。

 どう見てもゴーレムだろう」

 

「まあ……ゴーレムですが」

 

ハツカもそこまでパドを知っているわけではないが、

このパドは自分の行きつけのところと比べても遜色がない……

いや、もしかしたらそれ以上に設備が整っているかもしれない。

こんな片田舎にこの規模のパドがあるのははっきりと言って異様だった。

彼は簡単にゴーレムだと言うが、

そもそもゴーレムという言葉は知っていても実際に見たことがない人の方が多いはずだ。

 

「……あの」

 

しかしハツカの目的はメンテナンスではない。

ゴーレムクラスのルーンはそもそも王国でも

ケーレンハイトとあと2、3ある都市くらいでしか整備できないのだ。

だからこのミラリアもとりあえず泊まれたらいいのである。

 

「なあ、あんた」

 

それを告げようとするより先に、ラエルの弾んだ声が響く。

 

「この子、俺に整備させてくれないか?

 ゴーレムなんてさ、触るの久々なんだ」

 

「えっ……」

 

その声にハツカは戸惑う。

この得体のしれない少年は、アーティファクトを整備とすると言ったのである。

都心部でも限られたマイスターでしか手に負えないゴーレムを、だ。

ハツカはそこで一呼吸を置き、首を振った。

 

「……あなたにこの子を調整できるとは思いません。

 そもそも私は宿を探しに来たのであって整備は別のところでします」

 

はっきりとそう告げるが、ラエルはまた苦笑いをした。

 

「まあ、そう言われるとは思ったけどさ。

 でも右足の駆動部のラインの噛み合いが良くないだろ?

 どこで整備するかは知らないけどこのままだと結構移動に時間かかる。

 多分、あと7000メータも歩けば歩行に支障が出るだろうしな」

 

「……!」

 

調子が良くない……確かにそれはハツカも感じていた。

 

(あまりに具体的ですね……)

 

当てずっぽう、にしては断言してきている。

わずかの時間で、初めて見るゴーレムの状態を見抜いたというのだろうか。

 

(それに……触るのが久々とさっき言っていたのも気になります)

 

あり得る話ではない。

けれど……

 

「条件があります」

 

相手が若いからといって侮るのは……面白くない。

 

「私が見ている前でなら、構いません」

 

いつも自分が言われていることだから。

こんな小娘を信用していいのか、と。

 

「旅路で疲れているんじゃないのか?」

 

「大丈夫です。作業を見られて困るものでもないでしょう」

 

ハツカの試すような言い方に、ラエルは出会ってまだ間もないのに何度も見た苦笑を浮かべる。

物陰に隠れていたボーガンに声をかける。

 

「ボーガン、作業を悪いけど手伝ってほしい。

 あ、先にユナのところに行って毛布と彼女への夕食を頼んでおいてくれ」

 

「お、あ、わかった!」

 

慌てた様子でボーガンが部屋から出ていく。

それを見届けてからラエルがまず行ったのは

 

「とりあえず、暖炉をつけるとするよ」

 

薪を入れて暖炉に火をくべることからだった。

 

「……ありがとう、ございます」

 

ハツカは自分の体が思ったよりも冷えていることに気づいた。

暖炉の横、壁に背を預けて座る。

 

「ゴーレムはどうすればいいですか」

 

「ああ、そこの中央に仰向けにして欲しい」

 

ハツカはゴーレムに向けて手を伸ばす。

 

「……休んでください」

 

彼女のイメージした通りゴーレムはゆっくりと座り込んだ後、仰向けに寝転がった。

できるだけ静かに動かしたつもりだったが、それでも地面が揺れる。

 

「おぉ、上手だな」

 

「……とってつけたようなお世辞はいりません」

 

「いや、素直に感心してるんだけどな」

 

想像以上に疲労がたまっていたらしい。

思いのほか操縦が乱れてしまった。

ラエルはさっそくと工具箱を持ってきてゴーレムの点検を始める。

 

「変なところ、いじらないで下さい」

 

まだハツカはラエルの腕を少しも信用していない。

どうせ結局は手付かずになるのだろうと思っている。

それはマイスターにも伝わっているが、

 

「いじらないとメンテナンスにならないだろ」

 

技術者は腕で証明するものだ。

もうハツカの方を見向きもしないで手を動かしていた。

 

「あと一つ」

 

ハツカは口を開く。

 

「あんた、ではなくきちんと名前で呼んでください」

 

振り返りもせず、ラエルは手を上げて応えた。

 

「わかったよ、ハツカさん」

 

「……さんはいりません、何故だかあなたにそう言われると馬鹿にされているような気がします」

 

「ハツカ、思うんだが口悪いな。まだ俺たち、出会ってさして時間は経っていないはずなんだが」

 

「ラエル、あなたも人のことは言えないと思いますが」

 

暖炉が暖気を放ち始める。

パド全体はまだ寒いが、ストーブの傍であれば十分暖かい。

ハツカは一瞬たりとも自分のゴーレムを触る青年から目を逸らすまいと考えていたが、

疲労のたまっていた体は眠気に勝てずにすぐ意識を失ってしまった。

 

「これは……やりごたえがあるな」

 

そのことにラエルは全く気付かず、

新しい玩具をもらった子供のように目を輝かせて作業を始めたのだった。



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03.「でも、私はここにいますから」

ゴーレムの肩に乗って移動するだけだから

他の冒険者に比べて楽をしているという印象がある。

しかし常にのっしのっし歩くゴーレムの肩というのは非常に疲れる。

操縦に神経を使っているため、移動だけで考えるなら実は歩いた方が楽である。

 

「ん……」

 

ぼんやりとした意識の中、ハツカは目を開ける。

 

(気持ちが、いい)

 

どうやら自分は布団で寝ているようだ。

暖かい部屋に久々の布団はたまらない。

パーティを組まないため野宿の時はとても気を遣う。

見張りをしてくれる仲間もいないので、

マントをかぶりうずくまってできるだけ隙間がないようにゴーレムに覆わせて寝る。

はたから見ると岩の塊に見えるため安全性は高い方なのだが、

これがまた狭苦しいから圧迫感があるのだ。

それに比べて布団で体を伸ばして寝れる解放感。

まだ体には疲労が大分に残っているのでできれば一日寝て過ごしたいものである。

 

「っ!」

 

やっとそこでハツカは目を見開いて飛び起きた。

布団で寝ているのはそもそもおかしい。

自分はルーンパドにいたはずなのだから。

 

「あっ、おはよー」

 

そんな彼女に声をかけたのは緊張感の欠片もないゆるゆるとした女性の声。

初めて聞く声にハツカが視線を向けると

布団の横に座りって本にを読んでいた女性がゆらゆらと手を振る。

ハツカはなんとか声を絞り出す。

 

「おはよう、ございます」

 

そこにいたのは栗色のショートカットの女性だった。

丸い眼鏡の奥には細い目、ニコニコ笑う穏やかな笑顔。

多分、暖かい日向ででろんとしている猫を人にしたらこんな顔になるのだろう。

年上……恐らくは二十歳前後くらいか。

 

「パンあるけど食べるー?」

 

やっと思考が落ち着いてきたハツカは、その言葉に返事をせずに周囲を見回す。

そこは意識を失う前と同じ景色、ルーンパドだった。

どうやら眠ったハツカのためにわざわざ布団を引いて寝かせてくれたらしい。

 

「すみません、先に水を頂けませんか」

 

「あ、ごめんねー。寝起きだもんね」

 

何が楽しいのかウキウキした様子で女性は

傍にあった木の桶からコップに水を汲んでくれる。

暖炉の横にあるため暖かいお湯が体に染みる。

 

「……っ」

 

そこでハツカはむせてしまう。

声が出しにくいのは寝起きだからだと思っていたが、

喉が妙に痛いことに気づいた。

 

「んー、風邪引いちゃったかなー?」

 

「そう、かもしれません」

 

想像以上に疲れていたらしい。

ふう、と息吐いて深呼吸する。

冒険者というのは自己管理が重要だ。

目を閉じてゆっきりと自分の状態を確認をすると、

どうも熱っぽいことが自覚できた。

恐らくは言われた通り風邪をひいてしまったのだろう。

 

「そんなことより……」

 

自分が何故ここで寝ていたのかを思い出す。

そうだ、ゴーレムの調整を監視するためだ。

 

「えっと……」

 

ゆっくりと寝る前にゴーレムがいた場所に視線を向けると

 

「!?」

 

――頼れる相棒は頭だけになっていた。

 

「どういう、ことですか!」

 

勢いよく立ち上がる。

が、すぐに眩暈がしてよろけてしまった。

女性がすぐに支えてくれてそのまま布団に寝かせつけられてしまう。

 

「ダメだよー、無理に立ち上がったら」

 

「いいから……マイスターはどこに!」

 

女性は肩をすくめて工房の奥に声をかける。

 

「ラエ君、もーきちんと説明してないのー?」

 

しばらくすると、奥から泥だらけになったラエルが出てきた。

 

「ラエ君はやめてくれよ、ユナ。

 もう俺だって子供じゃないんだからさ」

 

「ダメですー。女の子にきちんと話をしない男の子は子供だもんー」

 

どうやら女性の名前はユナというらしい。

 

「おはようさん、ハツカ」

 

「……おはようございます。ラエル、どういうことか説明してくれますか?」

 

ハツカは律儀に挨拶を返したが、内心ではそれどころではなかった。

 

「どういうことって……メンテナンスだろ」

 

「バラバラじゃないですか!」

 

「そりゃメンテナンスだからな。なんで怒ってんだよ」

 

そんな二人の様子にユナがめっと怒る。

 

「ラエ君、ちゃんと説明してあげて。

 女の子には優しくしなさいっていつも言ってるでしょー」

 

バツが悪そうにラエルが頭を掻き、「どう言ったものか」と呟いてから

 

「これを見てくれ」

 

縦横1メータはある大きい紙を見せてきた。

汚れた手で持ってきたせいか端に黒い指の跡がついている。

 

「……これは、ゴーレム?」

 

「そうだよ、見た通りな。ハツカのゴーレムを構成する127個の岩の構成図だ」

 

大きなゴーレムだが、実はかなりの個数からなるパーツで構成されている。

腕や胴体は大きい岩だが、その関節部などは小さな岩が組み合わさっているのだ。

そんなことはマスターであるハツカも知っている。

だが……

 

「もしかして、全部それを書き写したんですが」

 

「いや、当たり前だ。

 だからメンテナンスって言ってるだろ」

 

ラエルの物言いにユナが小突く。

 

「ラエ君! めっ!」

 

そう、知ってはいるがそもそも「バラせる」ということすら初めて知ったのだ。

行きつけのルーンパドでもこんなことをしているのは見たことがない。

メンテナンスというより、そもそもこれはオーバーホールの作業だ。

 

「不調の原因だけどな。

 主な要因は汚れが溜まっていたのと回路がすり減っていたからだよ。

 うん、綺麗にしてあげて回路を刻みなおしてあげれば大丈夫だ」

 

「……できるんですか?」

 

「あぁ?

 バラして組みなおすだけだぞ」

 

どうやら根本的な認識にズレがある。

そう、バラして組みなおすだけ、という言葉が

そもそも大都市のマイスターですらできないことなのだ。

 

「それにしても、丁寧に使ってるな。

 ハツカがゴーレムを大事にしているのがよくわかる」

 

そこでそれまでの憎らしい口調から一転して、

ラエルはどこか興奮したような口調で話始める。

まさか彼から褒められるとは思っていなかったハツカは

どういう顔をすればいいかわからなかった。

 

「もー、ラエ君。

 ルーンのことになるとすぐに人の話を聞かないんだからー」

 

代弁してくれたのはユナだった。

 

「ハツカちゃんはメンテナンスにどれくらいかかるって心配してるのー」

 

若干は違うが、とりあえずハツカは黙っていた。

 

「ん、ああ悪い。

 回路の刻みなおしと再構成にあと一週間は欲しい。

 汚れはボーガンが綺麗にしてくれるから」

 

「もー、兄さんをまたこき使って。ちゃんとお給金頂戴ねー?」

 

「わかってるって」

 

ハツカは気が抜けて布団に体を沈める。

そもそもバラして直せるのかわからないが、

今ここで中断させても自分ではどうしようもない。

初対面のマイスターに任せるしかないという事実に、力が抜けてしまった。

 

「ハツカちゃん、ちょうど体調悪いみたいだから休んでいかないー?」

 

「……ゴーレムがバラバラなんですから、私は休むしかありません」

 

どこか拗ねたような口調になってしまったことに、自覚はなかった。

ユナに良い意味で子ども扱いなんてされたことが久々だったからかもしれない。

 

「でも、私はここにいますから」

 

正直、パドは屋根があるだけで休むことに良い環境とは言えないが、

そこは譲れないところだった。

 

「……ボーガン、薪を多めに持ってきてくれ!」

 

「私はお薬をばあやからもらってくるねー」

 

ハツカのやりたいようにさせた方がいいと二人は考えたのだろう。

喉が痛く声を出しづらいハツカにはありがたかった。



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04.「では、今日からはミリアと呼ぶことにします」

身の回りことはユナがしてくれた。

ハツカは基本的にずっと布団でゴーレムのメンテナンス作業を見ていた。

ゴーレム使いではあるが、初めての光景につい見入ってしまったのである。

 

まず想像以上にゴーレムが汚れていたこと。

定期的に川などで全身を磨くことはしていたが、

こうしてバラしてパーツごとに綺麗にするのとでは全然違う。

今まで触れなかったところの汚れが落ちる様は見ていて気持ちが良かった。

次に回路の再構築。

岩の表面に出ている緑のラインのことだけだと思っていたが、

それ意外にも細かい「ルーン」が刻まれていることを知った。

これは今までのマイスターでもしてもらっていたが、

127個全部をチェックしてもらうのは初めてだ。

作業としては擦れて薄くなったところにマナの欠片を再度打ち込みなおす。

どうしてマイスターの数が少ないかというと、

この込めなおす作業が繊細さと知識、

そして何より「回路の流れ」を感覚的に理解できるセンスが必要なためだ。

言葉にして説明は難しいが、川に手を入れて水の流れや変化を感じるというのが近いかもしれない。

日用品や量産品のルーンアイテムと比べて

遺跡などから発掘されたアーティファクトは新しく作ることができない。

だから作業はできるだけ「元の状態」に戻すための作業だ。

回路構成には当然ながらルールがあるのだが、複雑なため知識を得るには多くの経験を必要とする。

そういう意味ではラエルがそこまで理解していることが不自然ではある。

 

最後に刻みなおしたマナの定着化である。

これは別室で行われているらしく、そこはハツカには見せてもらえなかった。

作業としては「マナの流れ」に漬け込むこと。

段階にあわせて濃度の調整が重要らしく、

まるで煮込み料理をしているかのようにずっと付きっ切りである必要があるらしい。

マナの流れというのはどこにでるあるわけではなく、

だから工房が設置できる場所に制限があるのはこのため。

マナの流れが溜まる場所……つまりは工房が「ルーン溜まり(パド)」と呼ばれる所以である。

 

体調も落ち着いてきたハツカはミラリアという村のことも多少なりとも観察していた。

規模としては小さなもので、家の数は30もないだろう。

驚いたことに村人の種族が人と亜人……エルフが半々といった構成。

王国とエルフの里が「約」を結んでから20年と少し……

エルフ自体を人里で見ることが珍しいというのにこの村では隔たりなく暮らしていた。

深入りするつもりはないが、他にもこの村には不自然なことが多い。

正直、周辺の町からアクセスが良いとはいえない立地なうえ、

村自体が新しいように感じられるのだ。

新しい、といっても勿論2年や3年ではなく10年以上は経っているだろうが……

あえてこの場所に新しく村を作ったということである。

しかも人とエルフがそれぞれに寄り添いあって。

建物も古くない感じであるし、何より家々の配置に計画性を感じる。

 

(……はぐれ者たちの村、というには雰囲気が明るいですが)

 

ハツカが窓から外を見ると10メータほどの木が見える。

工房のすぐ横に立っており、その木を中心として村が広がっているのだ。

エルフは樹木を信仰すると聞いたことがあるが、その類だろうか。

 

「ハツカちゃん、お昼ご飯だよー」

 

まあ、そんな村の不自然さよりも自分にとって一番関係あることは……

 

「また、このパンですか……」

 

食事が美味しくないことである。

マズい、というよりは全体的に味が薄い。

 

「そんな顔するほど、このパン美味しくないかな?」

 

最初はビクビクして近寄りもしてこなかったボーガンだが、

今では普通に接してくれていた。

 

「村に窯が一つしかないからねー。

 それにケイネットさん、適当だし」

 

どうにも狭い窯で無理やりたくさんのパンを焼くためにうまく焼けていないらしい。

そのパンとあわせて全然美味しくない木の実やサラダが日々のメニューである。

菜食メインのエルフが多い村ではあまり狩猟が行われないらしく、

肉というものが中々に食卓に上がらないと聞いた。

ちなみにハツカは肉が大好物でサラダはあまり好みではない。

 

仏頂面で食べる彼女の様子にボーガンとユナは苦笑いする。

 

「おーし、いいところまできた」

 

そこへ奥から作業していたラエルが出てくる。

 

「ハツカ、バラしたこともないって聞いたが……

 もしかしてゴーレムのコアを見たことがないのか」

 

「コア……?」

 

ラエルの手にあるのは拳より大きいくらいの青い結晶。

それを手渡され、ハツカは持ち上げて見る。

 

「あー……もしかしてその様子だと、

 ゴーレム……いやドールがどういうものか知らなさそうだな」

 

「え、ええ……そうなる、んですかね」

 

ここ数日の作業でわかったことは、ラエルとハツカの間には大きな知識の隔たりがあるということ。

最初はハツカは意地を張っていたが、ゴーレムに関しては素直に聞くようにしていた。

それがわかったので、ラエルも意地の悪い言い方をせずきちんと説明をするようにしている。

 

「そもそもドールってのは人が決めた言い方で、正式にはクレードルという」

 

「……ゆりかご?」

 

結晶の中心に、淡い光が揺らめいているのが見える。

 

「そう。

 ドールというのはタイプは色々あっても、

 結局はどれも眠る妖精を守るために作られたモノなんだよ」

 

彼が淡い光を指さす。

 

「だからゴーレムは歩くベッドなんだ。

 何か環境に変化があり移動する必要があるときに、勝手に妖精のために動く」

 

「……?

 でもドールは私たちマスターの言うことを聞いてくれますよね?」

 

「妖精は人に対して元々好意的なんだよ。

 どうして寝てるかは俺も知らないけれど、

 でも無意識に人のためにしてあげたいって考えているから、

 マスターの呼びかけに応えるんじゃないかってさ」

 

その言葉に、ハツカはゴーレムに対する自分の認識が根本から変わるのを自覚した。

ドールは単なる道具、だと思っていたが……

 

「そう、ですか」

 

それが何なのか……わかるだけで愛おしいという気持ちが湧いてきた。

自分が動かす、のではない。

自分のために動いてくれていた、ということ。

 

「……この子、名前はつけてるのか?」

 

ハツカの表情を見て、ラエルは優しい表情を浮かべていた。

彼はマイスター。

ルーンを愛する人こそが、彼にとっての正しいビジネスパートナーなのだ。

 

「そういえば……ゴーレムとしか呼んだことがないですね」

 

結晶を眺める。

そこに何か刻まれているのがわかったが、古いルーンのため読めなかった。

 

「なんて書いてあるんです?」

 

「――ミリア。多分、その妖精の名前だよ」

 

ハツカは頷いた。

 

「では、今日からはミリアと呼ぶことにします」

 

「ああ、そうしてあげてくれ」

 

満足したようにラエルは頷き、作業に戻る。

 

「後は元の配置に置いたら自動修復で一日あれば結合される。

 作業はそれで完了だ」

 

今までメンテナンスは費用がかかるし、その間は動けないので憂鬱だった。

待ち遠しい、というより早く稼ぎに行かねばならないというもどしかしさ。

けれど、今回はいつもとは違う意味で、終わりが待ち遠しかった。



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05.「支払いましたからね!  追加料金があっても払いませんからね!」

ゴーレムの操作を言葉で説明することは難しい。

自分の意のままに操る、といっても自分の体があり、

その上でもう一つの体を動かすのだ。

翼がないものに、翼の動かし方を説明するようなものである。

 

「立って、ミリア」

 

ハツカの言葉に呼応するようにゴーレムの瞳が光る。

体の動きを確認するようにゆっくりと動く。

 

「よし」

 

ゴーレムは忠誠を誓う騎士のように片膝をつき、

恭しく手を差し出してくる。

その様子に満足そうにハツカは頷いた。

 

「ラエル、ありがとうございました」

 

気にしていた足の関節部の違和感はもうない。

 

「ああ、綺麗になったな」

 

ラエルも頷く。

そこでハツカは今更ながら、重要なことを確認していなかったことに気づく。

 

(そういえば、料金交渉せずに始めてしまいました……)

 

ゴーレムのメンテナンス費、一週間分の宿泊費と食費。

仕事を終えてきたばかりだから勿論余裕はあるのだが……

それは適正価格であった場合だ。

 

「それでハツカ、代金なんだけど」

 

「あっ、はい、そうですよね!」

 

同じタイミングで相手も思い出したらしい。

 

「はい、これ」

 

「……どうも」

 

ボーガンが数枚の紙束を持ってきてハツカに手渡す。

 

「総額で3万6000ラピスだな。

 金額の明細と作業明細に関してはその請求書につけた資料通りだ」

 

「……?」

 

告げられた価格にハツカは聞き間違いかと思い、明細を再度確認をする。

 

「……これは、間違い、ないんですよね?」

 

「ん、ああ。まさか……払えないって話か」

 

ラエルも金額を決めずに作業を始めてしまったことに「しまった」という顔をしていた。

しかも今回は、マイスター側から「作業をさせてくれ」と提案している。

どんな商売も先に見積もりをして、それを両方承諾してからがルールだ。

もう作業を終えて事後承諾となってしまっているので

金額が折り合わなかった場合、ラエル側が折れることになる。

 

・メンテナンス費(詳細は別紙参照)

22000ラピス

・ルーンクリーニング代

4000ラピス

・宿泊代

4000ラピス

・食事代

6000ラピス

 

さて、その金額は

 

「……安い」

 

この内容であれば、6万5000が相場だと考えていた。

 

「いいのですか?」

 

「いや、いいもなにもそんなもんだよ」

 

ハツカは目にもとまらぬ速さで書類にサインをして、

荷物から取り出した硬貨をばっと渡す。

その勢いに、受け取ったボーガンが「おぉ」と呻いてきょとんとする。

 

「支払いましたからね!

 追加料金があっても払いませんからね!」

 

そう言ってゴーレムの肩に乗る。

 

「ラエル。重ね重ねありがとうございました。

 ゴーレムも今までにないくらいに調子がいいです」

 

「ああ、俺もゴーレムなんて触れる機会がなかったから楽しかったよ」

 

そして出会ってから一番の笑顔で笑う。

 

「大切に使われているルーンを見ると気持ちがいいもんだからな」

 

その笑顔に、ハツカは笑みで返した。

 

「ありがとうございます」

 

こんなにすっきりした気持ちで笑ったのはいつ以来だろうか。

ゴーレムがのっしのっしと地面を揺らしながら歩き始める。

 

「またのご利用を」

 

マイスターの声に、振り向かずに手を振ってルーンパドを出る。

ゴーレムが歩けばこんな小さな村だ、誰だって何事だと家から出てくる。

そしてハツカの姿を見つけると、村人が手を振ってくれた。

その中にユナの姿もあり「また来てねー」とゆらゆらしていた。

 

「……ミラリアか」

 

村を出てしばらくしてから、ハツカは振り返る。

少し大きな木を中心として広がる奇妙な村の名前を呟いた。



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06.「自分のために、自分の場所を作りたいって思うのはおかしいですか?」

ハツカはテルト領の街を2つほど周り、今も依頼を終えたところだった。

力自慢のゴーレムを扱うルーンマスターは需要が高い。

冒険や調査よりもどちらかというと土木工事や獣を追い払うといった内容ではあるが、

何も冒険者だからといっていちいち危険なことに手を出すこともない。

 

「やっぱ食事と来れば肉ですよね」

 

彼女が今いるのはキルテッドという1000人規模の街だ。

そこそこ大きく、当然ながらきちんとした宿もある。

宿の一階にある酒場でハツカほくほく顔で肉を頬張っていた。

 

「ドールマスターの嬢ちゃんよ。

 来てくれて助かったぜ。やっぱゴーレムはすげぇな」

 

先ほど終えた崩れた家の撤去の依頼。

その依頼主がこの髭面のマスターである。

 

「いえ、報酬のほかにこんなご馳走をもらっちゃってありがとうございます」

 

「そんな大層なもんじゃねぇよ」

 

近隣の森にいるクマの肉を分厚くステーキにしたものだ。

野菜など勿論ない。

重要なのは肉と酒である。

ハツカはそこまで酒は飲む方ではないが、やはり仕事終わりには一杯ひっかけたい。

このあたりの名産である「ポリン」という柑橘系の果物を漬け込んだ酒は実に上手い。

甘いタイプの酒ではあるが、それが不思議と肉の脂をさっぱりとさせてくれる。

そこまで度数も高くないのでハツカも遠慮なく飲んでいた。

 

「……それにしても」

 

彼女はまだ持っていたミラリアのルーンパドの請求書を睨む。

 

「メンテナンス費は安いんですが……この宿泊費と食事代が納得いきません」

 

その呟きを聞きつけたウェイトレス……マスターの娘が覗き込んでくる。

 

「えーと6泊で宿泊代4000は安いと思うけど。

 食事代も6000なら、まあ美味しいもの食べれたんじゃないの?」

 

娘の名前はリンデといい、ハツカよりも少し年上だ。

すらっとしたスレンダーな体つきにハツラツとした口調。

王国では珍しくない栗色の長髪がさらさらとなびいている。

ここの宿にはまだ2泊しかしていないが、彼女が客……

それも男性に対して非常にモテるのは同じ女性から見ても「なるほど」と思う。

媚びた感じがなく、それでいて気遣いもできる美人。

不愛想な自分もこれくらい愛嬌があれば、もっと交渉事もうまくいくのだろうかと思う。

 

「汚い工房の片隅にいある暖炉の前で布団をひいていただけですよ。

 野宿よりはマシでしたが、快適には程遠いです。

 今から思うと2000が妥当じゃないですか」

 

「うーん……うちで一泊500だからね」

 

他に客もいないため、彼女はハツカの正面に「よっこいしょ」と座る。

そしてどこから取り出したのかフォークでひょいっと肉の切れ端を自分の口に放り込む。

 

「……私の肉です!」

 

「一切れくらいいいじゃない、明日多めに焼いてあげるからさ」

 

この宿、ウグイス亭もそこまで良い宿というわけではないが個室でベッドもある。

当然ではあるが工房とは快適さは比べるまでもない。

 

「食事だって毎回マズいパンと野菜だけで、肉が一度もなかったんですよ!」

 

「あんた、肉好きだもんね」

 

叫ぶハツカにマスターはどうどうと落ち着かせるようになだめる。

ちなみにパンの相場は10ラピス。

ウグイス亭は宿泊者には朝昼晩の食事代として一日250ラピスもらっている。

つまり宿泊費500と食事代250あわせて一泊750ラピス。

それが6泊とすればウグイス亭であれば4500ラピス。

それに対してミラリアで請求されたのは10000ラピス。

 

「宿ですらない場所で、美味しくもない食事……

 それなのに倍以上の価格を支払ったんですよ!」

 

勿論、主となるメンテナンス費は半値程度なのだから、総額としてはかなり安い。

そこで思考停止をして慌てて村を出たが……改めて明細を見ると納得できない。

 

「まあ……あんな人の少ない村なら仕方がないんじゃないかな」

 

マスターもミラリアに関しては名前しか知らないため、何とも言えないところだった。

 

「宿自体がそもそもなさそうだよね、そこ。

 商隊の定期ルートにも入ってないし」

 

リンデはマスターの持ってきた果実酒を飲みながら壁に掛けられた地図に視線を向ける。

そこには主な商隊の交易ルートが描かれている。

テルト領と近隣領を巡っている商隊の数は15あるが、

その一つにもミラリアはルートに入っていない。

勿論、臨時便や数か月に1回程度で彼らがルート外を廻ることもあるが……

それもあるシーズン、例えば越冬のための準備が必要な村など、「需要」があるところだけだ。

 

「そういえば商隊がミラリアへ行くって話、聞いたこともないね」

 

「そもそもミラリアって村自体、気づいたら出来ていたからなぁ」

 

親子の会話にハツカは考える。

そういう意味だけでも、ミラリアという村は不自然である。

何故、あえてあそこにあんな村が生まれたのか。

特別に閉鎖的な雰囲気があるわけでもないのに、人の出入りがほぼなさそうだ。

 

「商隊が定期的に訪問するくらい、需要があればいいんだろうけどな」

 

「あ、そしたらそこにウグイス亭2号店出そうよ。

 私がマスターとして頑張るからさ」

 

「おいおい……お前の料理の腕は確かに良いのは認めるけどな。

 客が来ないようなトコじゃあ商売が成り立たないぞ。

 せめてここの隣のエゲレンにしておきなさい」

 

ウグイス亭に今日は親子しかいないがそれは今の時期だけらしく、

普段は人を雇って宿と酒場を運営している人気店らしい。

リンデはいずれ独立したいと日々口癖のように言っていることはハツカですら知っているが、

開業資金的なことと、別段に必要に迫られているわけでもないので具体的な話ではない。

 

「……あっ」

 

何気ない会話で、唐突にハツカの頭の中に閃いたことがあった。

 

「リンデ、あのですね」

 

「ん、なに?」

 

それは、あまりに計画性のない発想。

けれどハツカにとってはまるで天啓のような閃き。

 

「もし人が来て、商売として成り立つならミラリアで宿を出しても良いのですか?」

 

「……えーと」

 

突然のことにきょとんとした彼女は、一度自分の父親の顔を見てから

 

「その難しい前提が成り立って、加えて開業資金がどうにかなれば、まあ」

 

あり得ない仮定の話に、一応は頷く。

 

「……」

 

しかしハツカは本気も本気、大がつく本気だった。

そもそも彼女が冒険者として稼ぐ理由は「生きていくため」だけである。

今まではその日の食事さえできれば良いのであって、

たまたまゴーレムを手にしたからドールマスターをしているだけだ。

夢どころか目的なんてものもない。

生きるために必死である意味では「なんとなく」で過ごしてきて、

それがこれからも続いていくものであると勝手に思い込んでいた。

 

しかし……しかし、だ。

 

(私はそもそもベースすら持っていません)

 

ゴーレムのメンテナンスの兼ね合いで、

よくケーレンハイトに滞在しているが別段に愛着のある街でもない。

彼女はギルドにも所属していない要は根無し草なのだが、

前々から漠然とはベースとなる場所が欲しいとは思っていた。

 

「自分のために、自分の場所を作りたいって思うのはおかしいですか?」

 

その脈絡もない呟きにリンデは首を傾げたが、

中年のマスターには通じたようだった。

 

「いや、おかしくないさ。

 居場所ってのはあれば安らぐものだ。

 そして今居場所がないから作る……まあ言うのは簡単な話ではあるがな」

 

感情に関しては肯定はしてくれた。

それだけでハツカにとっては十分だった。

 

「マスター」

 

ハツカは冒険者になって初めて、自分がしたいことを見つけ出した。

 

「ちょっと紹介して欲しい人がいるんですが」

 

彼女は自分が笑っていることに気づいていなかった。

 




6泊7日4万5000円 みんなおいでよウグイス亭

毎日肉祭りだよ。美人な看板娘がお酌もしてくれるサービス付き


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07.「世界樹の裾、か」

「なあ、ラエル。

 先月来たドールマスターさん、また来ないかな」

 

ランタン修理の依頼に来ていたボーガンがぽつりと呟く。

 

「来ないんじゃないか?

 この前はたまたま寄っただけだろ。

 ケーレンハイトの冒険者らしいしわざわざこっち来る理由も思いつかない」

 

「そうなのかー。

 いやぁ、祭事以外であんなに大金がもらえることないから」

 

「確かに結構良い値段だったもんな」

 

ラエルとしてもゴーレムをいじるのは楽しかった。

定期的に来てくれると嬉しいのは間違いなのだが、まずないと思っていた。

彼は都会の相場を知らないため実は前回の工賃が格安だったという認識がない。

つまりミラリアにくるメリットになっているとは思いもしていなかったのだ。

 

「――」

 

そこで外から話し声が聞こえた。

工房からは他の家は少しだけ距離がある。

通りすがりというのはありえない。

 

「なんだ、誰か来たのか」

 

工房に用事がある以外ないはずだが、誰も入ってくる様子がない。

窓からボーガンが覗くと「あっ」と声をあげた。

 

「……ラエル。

 ちょうど話をしていたドールマスターさん、外にいる」

 

「はあ?」

 

訝し気な声を上げてラエルが外に出る。

まだ時間は昼を少し過ぎたところ。

工房の横に立っている一組の男女はすぐ見つかった。

一人はハツカ。もう一人は初めて見る若い男だ。

 

「ん、ラエル。お久しぶりですね」

 

「あ、ああ。久しぶりだけど……ハツカ、またゴーレムの調子でも悪くなったのか?」

 

まだメンテナンスには早いはずだ。

戸惑うラエルにハツカは上機嫌な様子で続ける。

 

「お陰様ですこぶる調子が良いんですよ。

 ラエル、また今度も整備をお願いしますね」

 

指さす先にはゴーレムが鎮座していた。

何やら随分と荷物を積んでいる。

 

「ハツカさん、大体の条件は確認したぜ。

 見積もりはまだ改めてリンデの意向も含めて出すよ。

 ざっくりと23万ラピス前後で落ち着きそうだ」

 

「ザックさん、ちょっとさすがにそれは高くないですか?

 後のことも融通利かせますからもう少し勉強してください」

 

隣にいた狐顔の男は胡散臭い顔で「えぇ、融通つってもなぁ」と渋っていた。

そのやり取りをラエルは訝し気に見る。

前回のゴーレムの整備が3万6000ラピスだったことからもわかるように

何の話かわからないが、23万ラピスというのはかなりの金額だ。

 

「おっと、俺の名前はザック=ドック。

 こう見ても大工さ。しばらくお宅ん家の隣が騒がしくしてしまうけど堪忍な」

 

「大工?」

 

当然だがミラリアにはいない職業だ。

何故大工が村にわざわざ…・・

 

「そうです。ここに家を建てますから、私はお隣さんになりますね」

 

「はっ?」

 

ハツカがあっけらかんとそんなことを言い出した。

 

「だから、ここに住むことにしたんです。

 ゴーレムの格納庫はラエルのルーンパド側に用意します」

 

「ちょっ、ちょっと待てよ!

 ええ、わざわざこんなところにか!?」

 

そこでラエルは遠くにゴーレムが置いてある場所を見る。

よくよく見ればそこは村長の家だ。

ラエルの視線に気づいたのか、向こうでひらひらと手を振っている。

 

「ええ、村長さんは快諾してくれましたよ。

 私がルーンパドにお金を落とせば村が潤いますからね」

 

「いや、しかしこの村はだな……」

 

そこにボーガンが家からひょこっと顔を出す。

 

「ラエル、きっと村長はそれもわかって言ったんじゃないかな」

 

「……後できちんと村長に話は聞かせてもらう」

 

2人の様子にハツカは満足そうに頷く。

 

「安心してください。

 ゴーレムを扱うドールマスターである私がいることはとてもメリットがありますよ。

 なんたって力持ちですからね」

 

「……まあ、ゴーレムだからな」

 

気楽に話しをしているが、これはハツカにとっても大きな決断だった。

いくら根無し草の冒険者とはいえ、そう易々と住居を決めるものではない。

しかしミラリアに拠点とし活動をすること。

それはドールマスターに置ける最大のデメリットである維持費が軽減できる……

これは一番大事なポイントだった。

稼ぎの6割か8割を占めていたのだがこの前と同様の金額帯であればそれが半分以下になる。

勿論アクセスは悪いのでいちいち戻るために時間はかかるが、

ゴーレムの維持のために仕事を続けるということからは解放される。

 

「これからよろしくお願いしますね」

 

「ああ……わかったよ」

 

ただハツカにとってミラリアで暮らすに当たって改善したいと思う点は多い。

まず宿もないし、飲食を専門とする店がない。

農耕や採取をして日々を暮らす村人に外食という概念がないから当然だ。

そこまで食通なつもりはないが、それでもここの食事は我慢ができない。

なんとか改善をしたいがそのためには利用者が増えなければならないだろう。

次の問題も要は人に関わる内容だが、流通が非常に乏しいこと。

ユナに教えてもらったが一応はこの村にも商人は来るらしい。

ただし商隊ではなく個人の商人。それも一人で三か月に一回程度。

商材はちょっとした嗜好品や衣類、日用品も扱うそうだが、

メインとしてはラエルのルーンパドへの修理依頼。

街でスクラップや故障品を安く買い取って修理し、そしてまた売りさばくそうだ。

 

「楽しくなってきました」

 

そう……彼女は、本気でここを自分の「家」とするつもりだった。

そのために必要なモノは揃えて見せる。

自分でこの村を開拓しようというのだ。

一介の冒険者が考える発想ではない。

ラエルの家に来る前に村長と話をした。

居住の許可をもらうためだ。

その時に、全てではないのだろうけれど……この「村」のことを教えてもらった。

 

「……」

 

彼女は工房を、いやその先に視線を向ける。

そこには大きな木……そう、あれは「世界樹」。

 

「世界樹の裾、か」

 

――それが、この村が生まれた理由だった。




家が23万ラピスが大体230万円くらいと考えると安い気がしますが、こういうファンタジーだとそもそも土地代とかないし家自体も安そうなイメージだったのでこんな価格設定になりました。

冒険者の稼ぎは結構高い想定


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2幕:アイゾンウェルの魔槍
08.「そうだよ、アーデルハイド様だよ!」


翼竜種というのはピンキリだ。

空を覆うまで表現するのは言い過ぎだが、それでも巨大な種は城と見間違えるほどのものもいる。

しかし一番多いのは人より少し大きい程度のモノで、

これが結構な数がいるため冒険者たちが遭遇することは多い。

 

「まったく、逃げ回りやがって!」

 

まるでライオンのような茶髪と2メータにはなるであろう巨漢の冒険者は吠える。

いかつい強面が野太い声で威嚇する声を聞けば気弱なものであれば気を失うだろう。

だが相手は翼竜種、空から彼をまるであざ笑うかのように甲高く鳴く。

竜……というには間抜けな面をしている青い種だが、

両翼を広げるとそれだけで4メータには達する獰猛な翼竜「ケースト」。

空から急降下して襲い掛かる鋭い牙と爪は冒険者たちにとっては脅威となる。

翼竜種は総じて厄介な相手であり、

彼の得物であるバトルアックスでは動きが遅くて捉えられないでいた。

 

「――!!」

 

鳴き声をあげてケーストが迫ってくる。

さすがに彼、デリクが力自慢の冒険者とはいえ正面からぶつかるのは無謀だ。

 

「こんちきしょうめ……!」

 

しかし避けるには傷を追っている彼は体力を消耗しすぎていた。

一か八か、バトルアックスで迎え撃とうと構える。

そこへ……

 

「燃えあがりな!」

 

まるで火山の噴火のよう炎が吹き荒れる。

広がるのではなく方向性を持った火炎が迫るケートスに直撃した。

馬車よりも強烈な体当たりだったにも関わず、炎は翼竜を弾き飛ばす。

全身を燃やされ声にならない悲鳴を上げて墜落する。

 

「っ、アーデルハイドか!」

 

叫ぶデリクに応えたのは自信に満ち溢れた女性の声。

 

「そうだよ、アーデルハイド様だよ!」

 

デリクを踏み台にし、槍を構えた冒険者が勢いよく飛び上がる。

 

「おい、何しやがる!」

 

怒鳴り声などどこ吹く風、女の冒険者は獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「こいつでおねんねしな!」

 

手に持っているのは狼のアギトのような矛先を持つ銀の槍。

炎はその矛先より放たれており、今もその余熱で揺らめていた。

容赦なく突き出された槍は地面でジタバタしている翼竜の心臓を貫く。

断末魔を上げ翼竜はすぐに力尽き動かなくなり、

突き刺された槍の熱で内側から焼き爛れていく。

 

「ちょろい相手だぜ。楽勝すぎるな」

 

彼女はケートスを足蹴にして槍を引き抜き、「ふんっ」と軽く鼻を鳴らす。

 

「アーデルハイド!

 俺の髪がこげちまっただろうが!」

 

「んだよ、助けてやったのに随分な物言いじゃねぇか」

 

彼女はつまらなさそうに振り返る。

槍と同じ銀色の軽鎧を身にまとう長身の冒険者。

華奢な体にどこにそんな力があるのか自分よりも大きな槍を肩に担ぐ。

まだ周囲に残る熱で揺らめく大気の中に、彼女の編み込まれた美しく長い金髪がなびいていた。

少し吊り目になっている瞳、不遜な笑みを浮かべる彼女はまるで狼だ。

美人ではあるが、街中であっても彼女に声をかけようとする男はいないだろう。

ちなみにあまり胸が大きくないことを実は気にしているが、

勝気な彼女にそのことでからかえるような男はいなかった。

 

「感謝しな、お前のパーティにこのアタシ、

 アーデルハイド=アイゾンウェル様がいたことによ」

 

――アイゾンウェルの魔槍。

数あるアーティファクトの中でもズバ抜けた火力を持つ武器。

王国の冒険者たちの中ではあまりにも有名で、魔槍と言えば彼女のことだと誰もがわかる。

あわせて槍を持つ彼女……アーデルハイドの性格の苛烈さも有名で、

拠点とするケーレンハイトで歩けば誰もが道を開けるほどだ。

 

「ちっ……まあ助かったよ。向こうにいたのも始末してくれたんだな。

 ならこれで依頼は完了だ」

 

助けられたのは事実、デリクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

そんな彼を一瞥することなくアーデルハイドは槍をブンっと振り、

矛先についた翼竜の血を飛ばす。

 

「つまんねぇな」

 

まだ矛先から立ち昇る余熱で周囲が揺らめいている。

そんな中、アーデルハイドは吐き捨てるように呟いた。

 




俺だよワリオだよ


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09.「アーデルハイド様のお通りだ!」

ケーレンハイトのルーンパド「ドムレス」。

王都の北側のエリアでは最も大きな工房であり、ここで扱えないルーンアイテムはないと言われている。

事実、扱いの難しいアーティファクトを持ち込む冒険者たちで連日賑わいを見せる。

ここでなければメンテナンスもできないからだ。

優秀なマイスターたちが集まっていること、大型の設備が揃っていること。

ルーンを扱うことに置いて必要なモノは全て揃っているという謳う文句は誇張でもなかった。

 

「また随分と酷使しましたね、アーデルハイド」

 

眼鏡を掛けた神経質そうな白髪の老人が目を細める。

エアというマイスターは今年で70にはなる女性ではあるが、

未だにその知識と技術に衰えはなく、ドムレスの中心メンバーの一人である。

 

「武器は使ってこそだろうさ」

 

アーデルハイドは肩を竦める。

アイゾンウェルの魔槍も扱いが難しいアーティファクトだ。

アーデルハイドがケーレンハイトを拠点とするのもドムレスがあるからである。

 

「まあいつものことです。

 作業は3日、料金は3万4000ラピス。

 部品の交換が発生した場合は別途請求します」

 

「3日……?

 珍しく暇なのかよ。それともアタシを最優先にしてくれるってことか?」

 

告げられた納期にアーデルハイドは眉をひそめる。

いつもは10日くらいはかかっていたはずだ。

ドムレスは常にオーパワークのためただのメンテナンスだけでも順番待ちで結構かかる。

それが取り扱いの難しいアーティファクトであればなおさらだ。

 

「馬鹿なことを言うんじゃないよ、誰が暇なものですか。

 ただここしばらくゴーレムのメンテナンスが来てないですからね。

 あれさえ来なければマイスターも回せるのできちんとした納期で仕上げられる

 

「ゴーレム……ハツカ=エーデライズが来てないのか」

 

「そうですね。ケーレンハイト自体にもいないようです。

 いつもであれば、もう2回はメンテナンスに来ているはずですがね」

 

ゴーレムはとにかく目立つ。

工房に顔を出さなくとも街にいるかくらいは人の噂ですぐわかるのだ。

アーデルハイドは顎に手を当てて考える。

 

「休業でもしたのか、あいつ」

 

「さて、私たちは何も聞いてませんからね。

 ゴーレムの整備は稼げるとはいっても

 マイスターへの負担が大きかったので私は一向に構いませんが」

 

眼鏡をくいっと上げるエアはあまり興味がなさそうだった。

アーデンハイドは前金を払って槍を預け、工房から出る。

 

「……あいつ。まさか死んではいないだろうな」

 

ハツカとは特別に仲が良いわけではないが、

歳が近いのと、希少なアーティファクトを持つ同士で話をすることは何度かあった。

彼女はギルドには所属してはいないがケーレンハイトでも上位に入る稼ぎ頭であり、

冒険者たちの中でも一目置かれている存在なのであった。

傍若無人が服を着て歩いているようなアーデルハイドにとっても珍しく実力を認めている存在だ。

彼女の特に判断力、直感は他の冒険者にはないものだ。

ドールマスター、しかも珍しいゴーレム使い……

彼女のクラスにとって一番重要な施設はルーンパド。

そこに顔を出していないというのは、何かあるはずだ。

死んでいなければ、ゴーレムを手放したか、あるいは「何かうまい話」を見つけたか。

彼女は冒険者の集まる酒場へ行く。

アーデルハイドの所属するギルド「シルバーバード」の拠点ともなっている酒場で、

依頼を受ける時だけでなく最も情報が集まる場所でもある。

アーデルハイドが扉を開けて入ると、その姿を認めた全員が一瞬言葉を止める。

広い店内にいるのは30人は超える冒険者がたむろしていた。

性別は男の方が多いが年齢や種族がバラバラの統一感がないいかにも冒険者らしい集まりである。

そして彼女が難しい表情を浮かべていることに気づくと、

無言で視線をそらすか、そそくさと席を外して離れていくかどちらかだった。

ポーカーフェイスとは無縁な彼女はとにかく機嫌が顔に出る。

機嫌が良ければ突然に挑発紛いに絡まれることも多く、

機嫌が悪ければ八つ当たりのように喧嘩を売られることも多い。

「アイゾンウェルの魔槍」の使い手として実力を認められるだけでなく、

「気まぐれな金髪爆薬」と非常に情けない2つ名で影で呼ばれていることを彼女自身はまだ知らない。

 

「やはー、おかえりアーデルハイド」

 

そんな彼女に気安く話しかけれる数少ない存在がシルバーバードのギルドマスター。

まるで枯れたススキのように哀愁漂う青年の名をアーレスという。

まだ歳は24だが妻が三人もいて、しかも既に子供が6人もいるらしい。

重婚を認められていないわけではないが、

一般的には一夫一妻である王国においては珍しいタイプである。

だが彼こそがケーレンハイトの中で最も勢力を持つギルドのマスター。

パッと見て印象に残らない無個性な感じではあり、

3人の妻の尻にしかれて生活費を稼ぐために四苦八苦している様からは想像できないが。

そこに至るまでの経緯やギルドを立ち上げた理由が不明など、割と謎が多いマスターではある。

 

「マスター。ハツカ=エーデライズが街にいないんだってな」

 

アーデルハイドに世間話をするという概念はない。

開口一番、用件を告げる。

 

「おや、君も聞いたのかい」

 

寡黙なスキンヘッドのマスターが果実酒をそっと置く。

ケーレンハイトの近くの果樹園でとれるどろっと甘いラプターの実を漬けたものだ。

アーデルハイドはそれをぐっと一息にあおり、「ふっ」と息をつく。

 

「元気に活動してるみたいだよ、彼女は」

 

「へえ、まあ死んではいないとは思ったが、あいつどこにいやがる」

 

アーレスはくいっくいっと上を指さした。

 

「どうやらここより北側のエリアを中心に活動してるって話さ」

 

この何とも弱そうなギルドマスターは実際に戦闘ともなると見た目以上に弱い。

それでいてマスターを務め、そんな彼のギルドにメンバーが集う理由は

その情報収集力とマネージメント力。

個性的というより、アーデルハイドといったアクが強すぎる冒険者たちを

きちんと取りまとめているだけでも凄いのだが、

それ以上にケーレンハイト、いや近隣の街を含めても一番の情報を持つ。

……余談だが情報収集のため一日酒場にいるため、

子供たちからは毎日飲んだくれて遊んでいるように思われているらしい。

 

「北側……?」

 

ケーレンハイトも既に王国の北に位置する街だ。

ここより北に行くと正直あまり何があるのかピンとこない。

隣国との間には大きな山岳地帯があるため、実質王国の突き当りになるだろう。

 

「そんなに儲け話はないはずだけどさ。

 正直、僕も彼女が何してるかわからないんだよねぇ」

 

「へぇ……」

 

ドールマスターであるハツカ=エーデライズにとってゴーレムのメンテナンスは死活問題。

活動しているということは、それを何らかの方法で解決していることだ。

ケーレンハイトより北側にそんなルーンパドがあるなんて聞いたことがない。

 

「ククク……」

 

これは面白くなってきた。

このギルドマスターをもってわからないと言い出した。

わざわざ隠したり嘘を言うようなマスターでもない。

つまりは情報通のマスターですら知らない「何か」がある可能性。

 

「最近、アタシは退屈してたんだ。

 ハツカ=エーデライズ……

 このアーデルハイド=アイゾンウェル様に黙って面白いことをしていたら許せねぇな!」

 

ニイッと子供が見たら泣き出すような笑みを浮かべる。

 

「マスター、しばらく街を離れるぜ」

 

2杯目の果実酒を飲み干したアーデルハイドは酒場から出ていく。

 

「アーデルハイド様のお通りだ!」

 

その足取りは、彼女にしては珍しく上機嫌なものだった。




たまにいますよね、すぐにフルネーム叫ぶキャラ。

リアルではそういう人をさすがに見たことがない。


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10.「私とあなたは再会を喜ぶ間柄ではなかったはずですが?」

「……しつこいです!」

 

岩の塊であるゴーレムの剛腕が勢いよく薙ぎ払われる。

だが相手は驚くべき瞬発力で後方に跳び避けてしまう。

相対するのは大型の青い馬……ただし脚が6本。

しかもその足は通常の馬よりも関節が1つ多く想像もできない動きをする。

胴体は馬のものではあるが、既に動きはクモに近い。

ザイネンホース。マナの濃度の濃い地域で生まれた変異種とされている。

 

「ァァァ!」

 

獣は野太い人のような声で叫ぶ。

ドシドシと地面を踏み慣らして突進してきた。

 

「このっ!」

 

ハツカは駆るゴーレムの腕を再度横殴りに叩きつける。

当たれば即死、だが……

 

「ッ!」

 

高い俊敏性を持つ獣はいとも容易く避けた。

 

「相性が悪いです……」

 

ハツカは舌を巻く。

獣にドールマスターの本体を狙うという発想はないが、

それども大型のザイネンホースの突進をまとめに受け止めるのは避けたい。

衝撃で自分が振り落とされてしまう可能性があるからだ。

 

「飛び道具があればいいんですが」

 

力技しか選択肢のないゴーレムはこういう時に苦戦する。

攻撃のバリエーションが少ないからだ。

投げられる石でも用意して置けばと悔やむが後の祭り。

今更周囲から投擲武器を探すことはできない。

 

「ンァオァェ!」

 

耳障りな叫び声を開けて馬が叫ぶ。

怒っていることは明白だ。

呼び動作もなしに、多関節の不気味な足で再度突進してくる。

迎え撃というとハツカが構える。

 

そこへ……

 

「燃え尽きちまいな!」

 

突如として爆炎が走った。

ゴーレムのギリギリ横を通過したその熱風がハツカをあおる。

振り落とされないように必死に掴まった。

凄まじい熱量と勢いで飛ぶ炎球だったが、

それでもザイネンホースは横に跳びなんとか避ける。

しかしあまりの出来事に戸惑った様子で足を止めていた。

 

「今です!」

 

その隙を逃さずゴーレムの野太い腕で馬の首を掴み持ち上げた。

 

「こいつをどうしたいんだ?」

 

そんな彼女にかけられる声。

ハツカは振り返らずに叫び返す。

 

「毛皮と足がいりますから!」

 

「あいよっと!」

 

ゴーレムの影から火の玉を放った冒険者が素早く飛び出す。

銀色の鎧を身にまとう金髪の冒険者、彼女は自慢の愛槍を両手で構え、

 

「逝っちまいな!」

 

的確にザイネンホースの胴体……心臓がある場所を貫く。

いかに突然変異から生まれた獣であっても心臓を破壊されて無事ではすまない。

首吊りのようにゴーレムに掴まれていた獣は少し暴れた後、すぐに痙攣して絶命した。

 

「ふう」

 

ハツカは安堵のため息をつく。

 

「どういう風の吹き回しですが、アーデルハイド」

 

そして獣を仕留めた冒険者の名前を呼ぶ。

 

「なんだよ。

 久々に会ったっていうのにつれないじゃねぇか、ハツカ=エーデライズ」

 

獣から槍を引き抜いたアーデルハイドはニヤリと笑う。

 

「私とあなたは再会を喜ぶ間柄ではなかったはずですが?」

 

「違いないな、ククク」

 

ハツカは湧きに止めていた荷台にザイネンホースの死骸を置く。

 

「変わった獲物を狙ってるじゃないか。

 こいつを狙う依頼なんてそうそうないはずだぜ」

 

アーデルハイドに駆け引きという言葉はない。

最近何をしているのかと問うているのだ。

今いる場所はテルト領のキルテッドの近郊……

ケーレンハイトを拠点とするアーデルハイドがいるはずもない場所。

どうやら理由はわからないがわざわざハツカを探してきたのだろう。

ハツカは淡々と「あなたには関係ありません」と言い、

 

「毛皮は売れます。丈夫でよく伸縮もしますからね」

 

「そんくらい知ってるよ。

 でもあえて獰猛なこいつから剥ぐほどの価値じゃねぇこともな。

 それにお前、さっき足がいるってと言ったよな?」

 

彼女の持つアイゾンウェルの魔槍だと全身を消し炭にしかねない、

そのために咄嗟に目的を叫んでしまっていたのを思い出す。

槍を肩に担いだアーデルハイドは逃がさないとばかりに笑みを深める。

並の男であっても恐怖を覚える威圧的な表情だ。

しかしハツカにとってはどうでもいいことである。

 

「……この足の骨は良い窯の材料になるらしいです。

 だから必要だったんです」

 

「窯だぁ?」

 

野太い6本の脚を見て怪訝な表情を浮かべる。

 

「あなたの助太刀には感謝します。

 いくら払えばいいですか?」

 

金を出すからさっさと行け、と暗に言っているのだが、

その態度が余計にアーデルハイドの興味を引いてしまったらしい。

 

「金なんていらねぇよ。なぁ、お前とアタシの仲じゃねぇか」

 

「……なにを企んでいるんです?」

 

「ククク……企んでるのはそっちのほうじゃねぇのか?」

 

企み……と言われて確かに、ハツカ自身もその単語は当てはまると思ってしまった。

別に悪事でも儲け話でもなんでもないが……それが表情に出たのだろう。

アーデルハイドはドカッと荷台に腰を降ろした。

 

「まっ、いいさ。

 しばらく一緒に行かせてもらうぞ」

 

「はあ……好きにしてください」

 

この状態になったアーデルハイドに何を言っても無駄だろう。

助けられたのは事実であるし、別に隠し立てをするような話でもないのだ。

彼女のことが面倒で正直関わり合いたくないだけで。

諦めたハツカはゴーレムを操作して荷台を引っ張っていく。

ザイネンホースの巨体はかなりの質量だが、

こういう運搬はゴーレムにとって一番得意な分野だ。

ドシンドシンというゴーレムの足音と、

ガラガラと荷台の車輪が転がる音が響く。

音もだが、獣の血の悪臭がする荷台でアーデルハイドは平然と寝息をたてていた。

 

 




この後、スタッフが獣の血抜きと皮剥ぎと防腐処理を行い、お肉は美味しく頂きました。


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11.「アタシは、退屈なんだよ」

(こいつ、ホントに何をしたいんだ?)

 

キルテッドでハツカに同行していたがあまり目的はわからなかった。

ザイネンホースの毛皮を商人に売り渡し、街のギルドで報酬を受け取る。

どうやら商隊のコースだったため討伐の依頼も兼ねていたようだ。

そして肝心の脚は大工に渡していた。

窯を作る、というのは何かの比喩などではなく用途はわからないが本当に窯らしい。

 

「私の用事はこれで終わりましたが、アーデルハイドは残るんですか?」

 

てっきりそのまま街に滞在するかと思っていたのが、そのままどこかへ行くつもりらい。

一日くらいゆっくりすれば良いのに忙しないものだ。

 

「ん、ああ……もうアタシは暇だからな。

 もう少しついていくぜ」

 

「……あなたも物好きですね。

 引く手あまたの『アイゾンウェルの魔槍』使いが暇なんてことないでしょう」

 

「いいじゃねぇか。たまの休暇だよ」

 

正直に言うと、もう既に飽きていた。

面白いことをしているかと思っていたのだが、どうにも当てが外れたようだ。

だがこんな普段来ないような地域に来てしまったので、

たんに見て回ろうと思っただけである。

 

「リンデ、運ぶものはありますか?」

 

ハツカが街を出発前に立ち寄ったのは宿を兼ねている酒場だった。

ウグイス亭という名前だが、泊まるわけではないらしい。

 

「たくさんあるよ。まとめて置いてあるから積み込むね」

 

看板娘が何やら樽やら木箱やら色々と用意してくる。

てっきり輸送の依頼かと思ったが……ハツカが支払いをしていた。

ゴーレムが引っ張る荷台に積み込みをした後、そのままハツカは出発をした。

 

「……もしかして、これお前が買ったのか?

 何が入ってるんだ?

 まるで店でも開くみたいじゃねぇか」

 

「色々、です。

 まあ……説明はし辛いんですが、別に私のものというわけでもないんですけれど」

 

相変わらず荷台に居座るアーデルハイドが一つ木箱を開けると

そこには食器が並んでいた。

ハツカが一人で使うにはあまりにも多い。

その隣の木箱には干し肉や干物といった保存食が詰まっている。

 

「開けないでください」

 

「いいじゃねぇか、見るくらいよ」

 

宴会でも開くつもりだろうか。

ハツカはゴーレムを操り街から出ていく。

ここ数日で荷台に慣れたアーデルハイドは地図を広げ眺める。

 

「アーデルハイド、野宿の際は交代で晩をしてもらってもいいですか。

 臭いに釣られて獣が来るかもしれませんから」

 

「構わなねぇけどよ。どこに向かってんだ?」

 

「……ミラリア、です」

 

「ミラリアだあ? どこだよ」

 

地図を見て探すと、確かに名前があるにはあった。

そこまで遠くはないがしかしこれまた辺鄙なところである。

 

「アーデルハイド、何度も言いますけど来ても何もありませんよ」

 

「じゃあ何しに行くんだよ、ハツカ=エーデライズは」

 

その問いに彼女は「うーん」と言い辛そうにしてから、

 

「私の家があるからです」

 

とポツリとつぶやいた。

 

「はっ?」

 

「だから、家ですよ。今、私はミラリアで暮らしてるんです」

 

アーデルハイドはハツカが根無し草であることを知っている。

普段は宿に泊まって暮らしているはずだが……

 

「男でもできたのか?」

 

「違います。どうしてそうなるんですか」

 

「いや、それ以外に思いつかねぇよ」

 

アーデルハイド以外でも大体の冒険者なら同じ発想に至るだろう。

それくらいしか冒険者があえてこんな場所に居を構える理由がないからだ。

 

「あなたには関係ありません」

 

それ以上はハツカは語らなかった。

アーデルハイドは一度は萎えた興味も、またむくむくと湧き上がるのを感じた。

やはり何かある、と。

家をわざわざ用意したのも変であるし、

この今運んでいる荷物もその話にはどうにもあわない。

明らかに一人分ではないからだ。

 

(ミラリアねぇ)

 

明日の夜にはつくはずだか、どんな場所かと期待に胸を馳せた。

 

「アタシは、退屈なんだよ」

 

この時、彼女は予感すらしていなかった。

単に興味本位だけでついてきたこの旅路の先に、

自分の生き方を変える出会いが待っていることを。

くすぶっていた彼女の人生が一変することになる。

 

アーデルハイド=アイゾンウェル。

世界樹の裾と呼ばれることになる街において重要な人物となる冒険者の名前だ。



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12.「そうだな、大した冒険者じゃなさそうだ」

「……お前、こいつは家っていうか」

 

ミラリアに着き、アーデルハイドが飽きれたような声を上げる。

 

「宿でも始めんのか、お前」

 

そこにあったのは一軒家というには明らかに大きい建屋。

まだ建設中ではあるが、

2階建でぱっと見ただけで広さは四方50メータはある。

 

「別に私がするわけではありません。

 私が使うのは1室だけです」

 

荷台を家の横につけると作業していた大工のザックとが駆けつけてきた。

 

「おかえり。随分と荷物を積んできたな」

 

「ええ、後で奥に締まってください。

 倉庫はもう出来てるんですよね?」

 

「ああ、むしろ倉庫とあんたの部屋しかまだ形になってないけどな」

 

「あの、もう2か月経ってますよ。ちょっと遅くありませんか」

 

「なら費用を倍出してくれ。職人を今の倍用意すっから」

 

どうやら2か月前から作業をしているらしい。

周囲を見ると5人ほど携わっているようだった。

 

「お、おかえり。ハツカさん」

 

その中には村人であるボーガンも混じっている。

彼もお駄賃をもらえるならと手伝いをしているのだ。

元々ガタイがいいのでこういった作業であれば向いているのだろう。

そこが彼が気づいたようにアーデルハイドの視線を向ける。

 

「ああ、彼女は知り合いの冒険者です。

 別に村に用事があるわけではないからすぐに帰ります」

 

視線で尋ねると、彼女は肩を竦めた。

 

「ああ、なんか拍子抜けだ。

 何にもなさそうな村だ、もう興味もないし帰るぜ」

 

「そうですか」

 

何もないと言われてちょっと隣でボーガンが落ち込んでいた。

ハツカはゴーレムを操作して隣の建物に移動していく。

本当に帰ろうとしていたアーデルハイドだが、ゴーレムの向かう先を見て眉をひそめた。

 

(なんだあの工房は。まるでルーンパドじゃねぇか)

 

ゴーレムのうるさい足音に紛れて彼女もついていく。

当然ハツカは気づきもしないで

巨体でも入れるガレージから彼女は工房に入った。

 

(……こいつぁ、驚いたな)

 

そしてアーデルハイドは驚愕した。

ケーレンハイトに勝るとも劣らないルーンパドに。

ハツカよりも冒険者として古株のアーデルハイドは

当然ながらルーンパドに対する知識も多い。

だからこそこんな田舎には場違いの工房の異様さをより感じていた。

 

「ラエル、お土産です。あなたが好みそうなガラクタを持ってきましたよ」

 

「おっ、なんだいなんだい。

 ハツカがガラクタって言った時には結構お宝が混じってるからな」

 

「……もしかして、私が見る目ないって言ってますか」

 

「価値はわからなくても掘り出し物をよく見つけてくれるって褒めてるんだけど」

 

「それを馬鹿にしているっていうんです」

 

ハツカを出迎えたのは若いマイスターだ。

2人のやりとりを聞いてアーデルハイドは

「おいおい、やっぱり男じゃねえか」とからかおうとしたが、

次の彼女たちの会話を聞いて言葉を止めた。

 

「ゴーレムの調子はどうだ?

 オーバーホールしてから2か月経ったけどさ」

 

「後で軽く診てもらえますか?

 ちょっと無理に力込めすぎたかもしれません」

 

(あいつがゴーレムをメンテナンスしただと!?)

 

ゴーレムクラスのアーティファクトの難解さを理解しているアーデルハイドには信じられなかった。

もしそれが本当だとすれば……

 

(拠点を移すには十分すぎる理由だな)

 

立地から想像はつくがここへアーティファクトを持ち込む冒険者などそういないだろう。

つまり実質、ハツカ=エーデライズの専属工房であると考えても的外れではないはずだ。

一流の冒険者でもそんなVIPな待遇はありえない。

 

「おい、その話は本当なのか」

 

アーデルハイドは自分でも気が付かないうちに足を踏み出していた。

 

「……どちら様?」

 

ラエルの訝しむ視線に彼女は胸を張って応える。

 

「アーデルハイド=アイゾンウェル様だよ。

 そこにいるハツカ=エーデライズより上の冒険者だ」

 

「……いきなり現れてなんて自己紹介をしているんですか。

 それに私はあなたより下だなんて言われる筋合いもないのですけれど」

 

呆れた口調のハツカだったが、アーデルハイドはそういう性分で今更である。

ラエルは少しの間、彼女……いや、性格に背負う魔槍をじっと見つめていたが

 

「そうだな、大した冒険者じゃなさそうだ」

 

その言葉にアーデルハイドは一瞬、何を言われたかわからなかったが

 

「……ンだと?」

 

そしてすぐに女子供であれば視線だけで殺せるであろう視線で睨んだ。

 

「その槍、随分と手荒に使ってるじゃないか。

 そんな使い方している冒険者が優れているわけないだろ」

 

だがそんな視線などどこ吹く風か、彼はあっけらかんと告げた。

 

「はぁ、てめぇになんでそんなことがわかるんだよ?」

 

「わかるもなにも、そんな状態の槍を平然と見せびらかしていることの神経を疑うぞ」

 

隣で話を聞いているハツカもあまりのラエルの言葉に耳を疑った。

まだ短い付き合いではあるが、ここまで突き放した彼の口調は初めてだったからだ。

ルーンいじりが好きの子供みたいなやつ、という認識から大きく外れている。

アーデルハイドが沸点を超え、槍でクソ生意気なマイスターを殴ってやろうと思ったが、

 

「お前にこいつが扱えるってのか?」

 

背負った槍を手に持ち替え、突き出す。

彼が「ゴーレムをメンテナンスできる」という前提がもし正しいのであれば、

それはマイスターにしか見えない視点でモノを告げているのではないか。

今までアーデルハイドに対してここまで上からの態度をとったものは一人たりともいない。

初めての経験に、アーデルハイドは怒りと同時に戸惑っていたのだ。

 

「修理は無理だな」

 

「はんっ、口だけか」

 

「そりぁ外装と骨格が歪んでるからな。ここはルーンパドであって鍛冶屋じゃないんだよ」

 

その言葉にハツカがオウム返しで尋ねる。

 

「……歪んでいるんですか?」

 

「ああ。ハツカのゴーレムみたいに大事に使ってないからな。

 ルーンを調整すれば多少は誤魔化せるだろうけど、もっと根本的な修理が必要だ」

 

アーデルハイドは考える。

これは正しい意見か、あるいは自分をいなすためのフェイクか。

 

「なら、その多少ってので構わねぇから、やってみてくれよ」

 

彼女は矛先を向けていた槍を回し、柄を渡す。

その言葉に露骨に嫌な顔をしたが、

 

「……ふぅ、ハツカの知り合いっていうならやってもいい。

 作業時間は……今から2日はいるな」

 

彼は槍を受け取った。

 

「ハツカ! お前のとこの寝床借りるぜ!」

 

そう言ってドシドシと不機嫌そうな足音を立てながら出て行った。

片手で頭を抑えながらハツカは言葉を絞り出す。

 

「……もっと他に言葉はなかったんですか」

 

「あるわけがないだろ。

 こんな酷いモン見せられて怒らないマイスターなんていないぞ」

 

「ラエルはもっと、他の街のことを知った方がいいです」

 

ハツカは「アイゾンウェルの魔槍」が

大都市ケーレンハイトの名立たるマイスターたちが調整していることを知っている。

彼に悪気があるわけではないだろうが、それにしても言い方というものがある。

 

(でも……)

 

彼でもあんな表情を浮かべるのだと思い返す。

ルーンに対して真面目なマイスターかと思っていたが、

自分が想像していた以上に想いが強いようだ。

そして今更ではあるが、そんなマイスターが自分のゴーレムをことを

褒めてくれたことが少し誇らしかった。

 




こういうファンタジーモノで建築物を建てるのに、実際どれくらいの日数がかかるんだろうか。

あと建築中で何故か倉庫と2階の1室だけできてる不自然は作り方は購入者の強い希望ということで


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13.「……否定はできないんだよなぁ」

冒険になんか行くよりも

実は一番ゴーレムが役立つのは土木作業ではないだろうか。

建築を手伝いをしながらハツカはしみじみと思う。

操作には集中力を要するため長時間の作業と精密作業は無理だが、

人数が多くない現場の単純な力仕事においてはとても活躍する。

 

「……作業はどんなもんだ」

 

隣の工房からラエルが目をこすりながら出てきた。

普段のぼさぼさ髪が更にひどいことになっている。

どうやら作業の音がうるさかったらしい。

 

「もう1月もしないうちにできる、と思います」

 

ハツカが視線で問いかけると棟梁のザックは頷いた。

 

「ああ、とりあえずはできる。家具とかはオーナーの分しかないけどな」

 

確かに施工を依頼はしたが、オーナーと呼ばれるのはどうかと思う。

クライアントの方が正しい気がするが。

 

「まだこの騒音が続くのか……」

 

「ラエルが規則正しい生活をしていれば問題ありません。結局、寝たのはあの後ですか?」

 

「ああ、結局。二日通しで作業したよ。あの槍、結構酷くてな」

 

もう陽は暮れかかっている。

朝、アーデルハイドに槍を渡してから今まで寝ていたらしい。

 

「それにしても、良かったんですか? 代金をもらわなくて」

 

「当たり前だ。あんな作業、もうしたくないね。

 どうせ直してもまた歪んでボロボロになるんだ。正直。何度見るのはつらい」

 

そう、アーデルハイドの槍の調整をしたがお金を受け取らなかったのだ。

代わりに彼が放った言葉が

 

「それにしても、あのアーデルハイドに『二度と来るな』と言うマイスターがいるとは思いませんでした」

 

「言いたくなるさ、あの槍を見せられたらな。

 それにあんな性格じゃあ、そりゃ巷では有名人なんだろうな」

 

当然ながら、アーデルハイドは烈火のごとく怒った。

ハツカがゴーレムで止めに入らなければ恐らく暴れて工房ごとラエルを吹き飛ばしていただろう。

 

「……この工房、普段から儲かってないんじゃないですか」

 

「いいんだ。別に稼ぐためにやってるんじゃない」

 

呆れるようなハツカの口調に、拗ねたようにラエルは返す。

案外気にしているらしい。

 

「私は詳しくは聞いてないんですが、結局、この工房は何のためにあるんですか」

 

「村長は話してないなら俺からは言えないよ。そのうち、わかるだろうけどさ」

 

ハツカが住むにあたって、村長から実は少しだけ話をされていた。

それはこの工房はある目的のためだけに作られて、

それ以外の時はマイスターであるラエルが趣味で使ってるようなものだと。

 

「で、本当にミラリアに住むつもりなのか」

 

「ええ、決めましたから」

 

帰ったアーデルハイドもそうだが、冒険者というのはこうも一度決めたら聞かないものなのか。

彼女の乗るゴーレム――ミリアもまるで同意するように唸りを上げた。

 

「ラエルも、私とゴーレムがいた方が都合がいいでしょう」

 

「……否定はできないんだよなぁ」

 

ハツカが、というよりは冒険者は何かと重宝する。

特にミラリアには冒険者がいない。

何でも屋として雑用、狩猟、調査なども請け負ったり、

他の街に行く際のボディガードにもなる。

今までは「村からなんとか出ないで我慢して済ます」だったが、

依頼金はもちろん必要だが、金さえ出せば大体のことは解決するからだ。

ラエルにとっても工房に必要な素材を街から買い揃えてきてもらえるのは助かる。

 

「村長も、どういう風の吹き回しなんだろうな」

 

村は閉鎖的にしているではないが、それでも人の出入りなんてほとんどなかった。

それも当然だろう。

目的をもって作られた村である以上なくなることはないが、

僻地にあるため人が増えるということも今までなかった。

 

「私は居住許可をもらえたので良いんですけどね」

 

ゴーレムが建築作業再開する。

ラエルもあくびをしながら、今日はもう寝ようと工房に戻る。

 

「アーデルハイド=アイゾンウェルか」

 

もう二度と会うこともないだろう。

ラエルはそう考えていた。

 

けれど、世の中には必然というのものがある。

ハツカがミラリアに訪問して、ゴーレムの整備をしてもらった。

ラエルというマイスターが精魂込めて整備したからこそ、彼女がここにいる。

ハツカがいる、という事実がアーデルハイドをこの村に呼び寄せた。

そして彼女は『アイゾンウェル魔槍』を整備してもらっている。

彼女が姿を再び現したのはそれから一か月後だった。

 

 




ゴーレムが重機にしか思えなくなってきました。


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14.「このアーデルハイド=アイゾンウェル様は今、最っ高にハイだからな!」

冒険者はそれぞれ自身のクラスを明言している。

それは自己申告でしかないが、「大体そういう役割ができる」と周知させる意味合いが強い。

「ファイター」であれば近接武器を持ち最前線に立つことをメインとする。

パーティの必需クラスではあるが、

とはいえファイターばかりになると戦闘の際に役回りがブッキングしてしまう。

他に遠距離武器を持つ「アーチャー」や、探索や採取の得意とする「スカウト」等々……。

目的によってクラスの組み合わせが最も重要なことは言うまでもないだろう。

依頼を受ける際もそうであるし、パーティに誘ってもらうためにも重要な「自己主張」といえる。

つまり一言でその冒険者を表す言葉が「クラス」なのだ。

 

「そらよっ!」

 

アーデルハイドの振るう槍が飛びかかってきた狼を薙ぎ払う。

その大振りな一撃が同時に2匹を吹き飛ばす。

しかしその影から更に一匹が身をかがめて彼女を狙っていた。

初めから仲間を囮にして仕留める作戦なのである。

群れを組んで人を襲ってくる獣は総じて賢い。

ただ力押しだけでは武器を使う人間には敵わないと理解しているのだ。

 

「見え見えだな!」

 

だが、その程度の「浅知恵」で遅れをとるアーデルハイドではない。

振りぬいた槍をその勢いをつけたまま回転させ矛先を地面に突き刺す。

そして槍を中心に生まれた遠心力で自身の体を回転させ、

飛び出そうとしていた一匹に回し蹴りをくらわす。

鉄を仕込んだ足先の一撃に甲高い鳴き声をあげて狼は転がっていった。

 

「っと!」

 

勢いを殺さないまま華麗に着地をして槍を引き抜き再び構える。

自身より大きな槍を自在に操る体術は見事と言わざるを得ない。

 

――ではアーデルハイドのクラスは何なのか。

 

単純に考えるなら槍を持っているからファイターだろう。

近接職として十分に戦えることは一人で狼の群れを圧倒している時点で十分に証明している。

けれど彼女はファイターとは名乗っていなかった。

 

「逝っちまいな!」

 

彼女の持つ「アイゾンウェルの魔槍」が力を解放される。

矛先から生まれた轟炎が力強く射ち出された。

それは群れを立て直そうと集まっていた狼たちをひとまとめに吹き飛ばすほどの破壊力。

衝撃と轟音が森に響き渡り、鳥たちが一斉に飛び立ち逃げ惑う。

 

――ソーサラー。

 

それこそが彼女が名乗るクラス。

槍を持ち、軽鎧を身にまとい颯爽と戦う彼女の姿から「魔法使い」という言葉は連想し辛い。

だが彼女の二つ名とにもなっている魔槍がアーデルハイド=アイゾンウェルの真骨頂。

強力無比の炎が最大の武器であり彼女の象徴……だからこそ彼女はソーサラーを名乗るのだ。

ウウゥ……

怒りに震えるうなり声が先から聞こえてくる。

散っていた狼をひとまとめにして吹き飛ばしたはずだったが、

どうやら打ち漏らしがあったようだ。

2匹、3匹……計5匹の生き残りが草むらから姿を現す。

アーデルハイドは舌打ちをする。今ので戦いが終わらなかったのは痛い。

魔槍の最大の弱点は「連発できないこと」であった。

あまりの熱量を放つがためにオーバーヒートしてしまうのである。

傍若無人な彼女がわざわざ煩わしい人間関係を我慢してまで

パーティを組むことが多い理由はこのためだった。

槍で近接戦することが苦手というわけではないが、

それでも重たい長槍を振り回し続けるのは体力を使うし隙も大きい。

 

(クソ……しかも威力が下がってるじゃねえか)

 

火球が普段の火力の8割くらいになっていると感じる。

ただ10割の全力で放っていたとしても範囲外にいる残りを打ち漏らしていただろう。

しかし威力が下がっているという事実は彼女を不快にさせた。

元々オーバーキルでしかなかった高火力が少々下がろうとも実際には問題ではないのだが。

 

「口だけのやつに触らせたのは失敗だったな!」

 

だが熱量を持つ矛先は相対するものにとっては脅威だ。

熱を放つ切っ先は掠るだけで焼け致命傷を負わすことができる。

トドメに使うか、あるいは「保険」としての機能だと彼女自身は考えているが、

やはり火球を放つ本来の用途とはその力は比べるまでもない。

 

「……?」

 

そこで彼女は違和感を覚える。

もうかれこれ8年以上の付き合いになる槍の状態のことは持つ手の感覚だけでわかる。

すぐにそれがなんなのかを理解した。

普段は持ち主すら熱を我慢して持たなければならないというのに、

今はそこまでの熱量を感じないのだ。

 

(どういうことだ……?)

 

熱を射ち出せば、その分だけ矛先が熱くなるのは当然の原理。

だが先ほど、確かに火球を射出したはず……

その彼女が戸惑っている隙を見逃す狼たちではなかった。

2匹が素早く飛び出してくる。

俊敏な獣たちとの戦いに置いてはそれは致命的なミス。

 

「クソがっ!」

 

反射的に矛先を突き出す。

一匹だけでも仕留めて、最悪はもう一匹に腕を噛まれることを覚悟した。

 

ブォオッ!

 

彼女は驚きのあまり目を見開いていた。

連射はできない一撃必殺だったはずの火球が、再度発動したのである。

矛先から生まれた轟炎が狼二匹を消し炭へと変えた。

その様子に獲ったと確信していたはずの残りの3匹が硬直して仲間の死骸を呆然と見つめる。

 

「クク……」

 

本人も意図しなかった2発目の「切り札」。

槍から伝わってくる感覚は連発したというのに「まだいける」というもの。

 

「ククク……ははははははは!!」

 

アーデルハイドは我知らず笑っていた。

普段よりも、ずっとずっと見る者に対して恐怖を与える威圧的な笑み。

口が吊り上がり、目は楽しくて楽しくて仕方がないと言っている。

 

「ははは、最高だよ! 最高だ!」

 

そう、今までは何を置いても最優先に考えなければいけなかった「リードタイム」。

それがこうも簡単にも解消されてしまったのである。

一撃しか放てないからこその一撃必殺。

その大前提があっさりと覆ってしまったのだ。

 

「最っ高だぜ、マイスター! こんなにも気持ちが良いのは初めてだ!」

 

もはや狼が何匹残っていようが関係ない。

戦い方などもはやどうでもいいのだ、ただ力押しをするだけで良い。

それは戦いではなく、蹂躙。

 

「逃げるなよ、雑魚ども」

 

彼女は悠々と歩みだす。

 

「このアーデルハイド=アイゾンウェル様は今、最っ高にハイだからな!」

 

獰猛な笑みを浮かべる人と、後退りする狼たち。

もはやどちらが獣かわからない。

 

「ククク……たまんねえな!」

 

彼女は槍を手に、獣たちを駆逐した。

 




完全にラリッた人です。



クラスは自己申告なので何を名乗ってもいいですが、

意味不明なクラスを名乗っても相手にされないので大体がみんなルールに沿ってます。

ドールマスターも個人差ありすぎてパーティに誘ってもらえないのもこれが理由です。

あと雇うのに総じてドールは維持費が高い。


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15.「……そんなに良い話だったと思えないんですけれど」

「なあ、アタシのレイストになってくれ」

 

突然やってきて、開口一番に彼女はこう言った。

 

「……レイスト?」

 

怪訝な表情を浮かべてラエルは聞き返す。

 

「そうだ、アタシはお前に頼みたいんだよ」

 

残念ながら彼女、アーデルハイドはラエルが何故聞き返したのか伝わらなかったらしい。

担いだ槍を自分に肩にぽんぽんと当てながら大きく頷いていた。

 

「一つのルーンパド……いえ、一人マイスターに対して専属契約をすることです。

 自分と契約を結んだマイスターのことをレイストと呼ぶんですよ。

 専属になることで色々とお互いにメリットがあるんですが……」

 

場に居合わせたハツカがため息交じりに説明してくれる。

 

「アーデルハイド、あなたは前に二度と来るなと言われてませんでしたか?」

 

「確かに言われたな。しかし『はいそうですね』とはアタシは言ってないぜ」

 

「……あなたのことは前から図々しいとは思ってましたけど、本気ですか」

 

アーデルハイドはラエルに向け、頭を下げた。

 

「頼む」

 

ハツカは表情には出さなかったが、内心では驚いていた。

あの傍若無人の代名詞であるアーデルハイドが頭を下げたことに。

それだけ本気だということだ。

少なくともハツカが知る限り、彼女が頭を下げたという話は今まで一度も聞いたことがない。

彼女なりの誠意を見せているということはわかるのだが……

 

「そのレイストっていうのがまだよくわかってないけれどさ、

 正直、俺は断ろうと考えているんだけど」

 

ラエルは取り繕うことなく正直に告げた。

ここまではっきりと言われれば、プライドの高いアーデルハイドは怒り諦めるだろう。

隣で見ているハツカはそう思っていた。

だが、予想に反してアーデルハイドは穏やかな笑みを浮かべる。

 

「この槍はな、父が私に遺したたった一つのものだ」

 

彼女は槍を持ち、上に掲げる。

 

「さえない父親だった。親としても冒険者としても。

 アイゾンウェルの魔槍なんて大層に言われているが、父だって偶然手に入れただけのものだ」

 

槍について突然に語りだした彼女の言葉にラエルは耳を傾ける。

 

「そして結局なんでもない依頼の最中に、あっけなく死んだ。

 それから単に娘だったいう理由だけでこの槍は私のモノになった。

 だからアタシはこの槍に対して思い入れがあるわけでもない。

 むしろ逆だ。重いし火球を射ち出せるといっても単発で使いにくからな。

 アタシが冒険者以外に生きる道があったらとっとと売りさばいていた」

 

まさかあの「アイゾンウェルの魔槍」がそんなことを考えているとは思いもしなかった。

ハツカからすればアーデルハイドはまさに冒険者気質だと思っていたし、

そんな彼女を象徴しているのが魔槍という存在だった。

意気揚々と担いでいたから、余程愛着があるものだと勝手に考えていた。

 

「それで? その話の流れでどうして俺に槍を今、もう一度持ってきたんだ」

 

話の流れが読めないラエルは尋ねる。

その問いに対して、彼女は一言で答える。

 

「楽しかったのさ」

 

「は?」

 

「だから楽しかったんだよ。初めてこの槍を使っていて楽しいと思ったんだ」

 

そして彼女はマイスターに槍を投げる。

反射的に受け立ったが、重たい槍だ。よろけるラエルを慌ててハツカが支える。

 

「それが理由だ。お前が調整してくれた槍を使って気分が最高だった」

 

彼女は笑う。

いつもの人を馬鹿にするような笑みではなく、彼女らしくないどこか照れたような笑み。

 

「だからもう一度ここに来た」

 

理由らしい理由とはいえない。

だというのに、彼女はそれで伝わると本気で思っているようだ。

その言葉にラエルはふっと息を吐いた。

 

「わかったよ、そのレイストってのに関係なく槍の面倒は見る」

 

「えっ……ラエル、今の話でどうしてそうなるんですか」

 

「こんなに真っ直ぐに頼まれたんじゃ、断れるわけないだろ」

 

「……そんなに良い話だったと思えないんですけれど」

 

アーデルハイドがハツカを睨む。

 

「なんだよ、余計なことを言うなっての。

 これはマイスターとアタシの間の話だ。

 お前は関係ないだろが」

 

「いいえ、関係あります」

 

ハツカは得意気に笑い、懐から何かを取り出す。

 

「ラエルと私はレイストの契約を結んでいるんですから。

 これはその契約書です。

 だから私を差し置いて勝手に契約を増やされては困るんですよ」

 

ひらひらと紙を見せつける。

 

「……ハツカ、俺はそんな契約を結んだ覚えはないんだけど」

 

「おかしいですね、ここにラエルの直筆のサインがあるんですが?」

 

ラエルは頭を抱える。確かに最近、何かの書類にサインをした覚えはある。

ハツカが他の街に行く時に買い物を頼んだことがあり、

それを受け取った時に中身を見ずに何枚か書類にサインをした記憶がある。

 

「ほらよ」

 

「あっ!」

 

ハツカの持つ書類が彼女の手から消える。

まるで風のように奪い取ったアーデルハイドがそのままびりびりに破いて投げ捨てた。

 

「これで契約は無効だな」

 

「何するんですか! やっていいことと、悪いことがありますよ!」

 

「……お前なあ、自分がしたことを思い返してからアタシに怒鳴れよ」

 

「あー……騒ぐならよそでやってくれよ」

 

途端に喧嘩を始める冒険者たち。

そんな二人に頭を抱えるマイスター。

人が来なくて閑散としていたはずのルーンパドは、その日から賑やかな場所へと変わった。

 




人を騙してサインをさせてはいけません


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16.「アタシも片棒担いでやるって言ってんだよ」

ハツカが建てている建物は家……というには明らかに大きい。

それもそのはず、1階は酒場として機能する「予定」のスペース。

2階の彼女が使用している部屋自体も5室あるうちの1室にすぎない。

これだけ広いというのにまだ使用する目途も立ってはいないため、

中はまだ閑散として殺風景なものだった。

 

「これは随分と本格的じゃねぇか」

 

だだっ広い広間に丸いテーブルが一つ。

アーデルハイドはどかっと椅子に座る。

 

「……だれも泊めるだなんて言ってませんけれど」

 

「ケチくさいこと言うなよ、先月も泊めてくれただろ」

 

「あの時は2泊3日と決まっていたからです」

 

口では文句を言いつつも、

ハツカはまだ調理用具一つない厨房の片隅に置かれた木箱から干し肉をとりだす。

 

「酒は?」

 

「ベルヴァナーしかありませんよ」

 

ハツカが樽を転がしてくる。

ベルヴァナーは複数の麦を発酵させたエールであり、

王都で最も飲まれているオーソドックスな酒の一つだ。

保存もきくし安価ではあるが、その分の味はそれなりだ。

 

「しけてやがるな……まあいい。

 アタシはマーグリットがあれば飲める」

 

「ありません。ランナで我慢してください」

 

ベルヴァナーは酸味が強い酒のため、果汁を入れることが多い。

マーグリットもランナも果物の名前であり王国ではメジャーなものだ。

乾燥したランナをベルヴァナーの入ったグラスに入れる。

2人はとりあえずグラスを静かに当て、乾杯をする。

最初の一回だけはグラスを当てあうのが王国における一般的なマナーだ。

互いが対等の立場であるならグラスを上に向けたまま乾杯する。

目上の相手に対してはグラスを少し傾け、

目下の相手には傾けずに乾杯をする。

だが彼女たちがしたのはお互いが零れる限界まで傾けて行う乾杯。

 

キンッ……

 

2人しかいない静かな空間にガラスのぶつかる小さな音が響く。

 

「ククク……」

 

「……まったく、何がそんなに楽しんですか」

 

互いに傾ける乾杯の時の意味は「お前が気に食わない」。

相手によってはこれだけで殴り合いに発展する立派な挑発行為だ。

 

「まさか、ここに住むつもりですか」

 

「当たり前だろ。ラエル=カーネイジをレイストにするなら拠点も当然この村だ」

 

「ならその辺に犬小屋でも建てればいいでしょう」

 

「そう邪険にするなよ、ククク」

 

アーデルハイドは一気にベルヴァナーを呷り、立ち上がって樽からおかわりを汲む。

ウェイトレスもいないため手酌のようなものだ。

普段の彼女なら自分では絶対にしないことだが……

 

「アタシも片棒担いでやるって言ってんだよ」

 

今日の彼女は上機嫌そうに満面の笑みを浮かべている。

グラスを片手にどかっと椅子に座った。

 

「……」

 

ハツカは苦い表情で酒をチビチビ飲む。

きちんと彼女に状況を説明したわけでもない。

けれど大体、ハツカがどんな風に進めているか理解しているのだろう。

 

「今、どこまでいってるんだ?」

 

「ふう……」

 

ストレートな問いかけにハツカはため息をつく。

 

「この建屋と、あと窯を作るところまでは依頼済みです。

 ここを任せる人物には話はしてますが、いつ呼べるかはまだ決まっていません」

 

ミラリアを自分好みの拠点に作りあがる……とはいえ

一人ではゆっくりゆっくりと段階を踏んでいかざるをえないのだ。

まずキルテッドにあるウグイス亭の娘リンデを呼ぶには「収入がない」。

たった冒険者一人のために経営する宿など成り立つはずがないのだから。

そもそも冒険者は村いないことの方が多い、他に収入源が当然ながら必要。

酒場にしてもまさかこんなに少ない村人相手に商売ができるはずものない。

 

「なら、そいつの分はアタシが一年分、前払いで払ってやる」

 

「……正気ですか」

 

「ギルドを辞めたからな。その退団祝い金を当ててやるよ」

 

「はあ? あの安定のシルバーバードを辞めたんですか?」

 

干し肉を頬張るアーデルハイドをハツカは呆れたように見る。

だが明日の天気のように語る彼女はそんな視線も気にすることなく、

木箱をあさって乾燥したランナを取り出す。

 

「ケーレンハイトから出るんだから、当然だろ?」

 

事もなげに言うが、大手のギルドだからこそできることなど山ほどある。

所属するメリットは星の数ほどあれど、退団するメリットは一つもない。

むしろ後ろ盾がなくなって仕事がし辛くなるというデメリットしかない。

だがそれだけ彼女も本気だということだ。

 

「で、他にはお前、何が欲しい?

 とりあえずいいから上げていけよ」

 

我が強くムラッ気の激しい「気まぐれな金髪爆薬」。

顔を合わすことは今まであったが、一緒に仕事をしたことすらない。

果たして、彼女と折り合いがつくのか。

 

(……そうじゃありません)

 

いや、そんなことを考える必要などないのだ。

何故ならもう告げたではないか、「お前が気に食わない」と。

 

「まず美味しい飯ですね」

 

ハツカも一気に酒をあおる。

 

「それに大きなお風呂」

 

本当は一人でゆっくりと味わおうと思っていたハムを取り出す。

適当に半分に切り、アーデルハイドに突き出す。

 

「依頼をまとめてくれるクエストカウンターもあると面白いな」

 

アーデルハイドはニヤリと笑いかぶりつく。

 

「雑貨品が売ってる市場も欲しいです」

 

「せめて月一で商隊には来てもらわねぇとな」

 

「酒」

 

「酒蔵は無理でもでかい貯蔵庫ってのはロマンあるな、ククク」

 

2人は同時に樽から酒をあおる。

 

「おい! なんかもっと他に食えるモンはないのか!」

 

「んー、しりません。てきとうにそこさがしてください」

 

まだ彼女たちは大して飲んでもいない。

だというのに薄暗い静かで閑散とした酒場の雰囲気がそうさせるのか早くも酔いが回っていた。

もうお互いのことは見えていかなった。

けれど、

 

――……

 

2人は喧噪の中にいた。

彼女たちのテーブルに並べられたのは料理と呼ぶには雑に肉や果物が盛り付けられただけの大皿。

手に持つのはもう何杯目かわからない酒のグラス。

酔いつぶれる2人と同じテーブルにいるのは彼女の仲間。

生肉を豪快に齧る者、黙々と自分のアーティファクトを磨く者、不機嫌そうに果物をつまむ者。

その隣の席では屈強な冒険者が腕相撲をしており、

それを取り囲むように勝敗で賭け事をする野次馬たち。

離れたステージでは歌い手が王都の流行りの歌を披露し、

それにあわせて酔った村人が適当な踊りをして失笑されている。

テーブルの合間を駆け回るウェイトレスたち、

カウンターでは愛想の良い女性店主を口説こうと必死になる青年に、

黙々と金勘定をする神経質そうな商人のコンビ。

扉を開けて入ってきたのは美味しい話を持ってきたと高らかに告げる情報屋と、

クエストを終えてきたばかりで武勇伝を語るため意気揚々とテーブルに着く冒険者。

2人を中心に酒場は活気に溢れ光に満ちていた。

 

今はまだ名もなき酒場。

きっと、それは遠くない未来に待っている光景だ。

彼女たちが歩んだ先……作り上げる未来。

けれどそこに至るまでには、もう少し時間がかかるだろう。

 

まだ彼女たちが紡ぐ物語は始まったばかりなのだから。




ベルヴァナーは果物とかシロップで入れて飲む酒らしい。

ここにあった干し肉やらお酒は酒場用に先に持ってきていた保存のきく食料で、

勝手にぼりぼり食ったり飲んだりするためのものではないとか


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3幕.初クエスト
17.「早速、村長の私が君たちに初クエストを依頼させてもらうわ」


起きて周囲を見回すと酷い惨状だった。

食い散らかした食べ物のカスはそこら中に転がっているし、

テーブルの上に倒れているグラスから零れた酒の臭いがぷんぷんしている。

そして何より酷い頭痛……完全に二日酔いだった。

先に目が覚めたハツカの前には苦しそうに呻いているアーデルハイド。

久々に飲んだ酒に2人してついハメを外してしまった。

 

「君たち、随分と派手に飲み散らかしたものね」

 

そんな二人に声をかけたのはハスキーな声。

視線を向けるとグラス片手に薄緑色のワンピースを着た女性がいた。

彼女は酒を舐めると「安い酒ね」と勝手に飲んでおいて顔をしかめた。

 

「……なんだよ」

 

その声でアーデルハイドも起きたようだ。

椅子の背もたれにもたれかかるようにだらしない恰好で問いかける。

スレンダー……というよりは何かの拍子で折れてしまうのではないかというくらい細い手足。

白い長髪は美しく足元まで流れているが、白い肌と相まってどこか現実感がない。

そしてハツカやアーデルハイドと決定的に違うのは明らかに人のモノとは違う長く尖った耳。

 

「……村長? どうしてここに」

 

ハツカは彼女のことを知っていた。

このミラリアの長であるエルフ。ただ村長と呼ばれており、名前は知らない。

村長は眼鏡をくいっと上げた。

 

「ラエルから話は聞いたわ。

 アーデルハイドさん、この村に居住を希望されているそうね」

 

さすがは小さい村というべきか、朝からご苦労なことである。

 

「話が早いじゃないか。そういうわけだからよろしく頼むな」

 

断られるなど微塵も考えないアーデルハイドは厚かましく言い放つ。

だがその言葉に村長は「ふうっ」と息を吐いた。

どうやら酒が合わなかったらしい。グラスを横に置く。

 

「ハツカさんには話したのだけれども、

 ミラリアに住むにあたって君にも一応約束して欲しいことがあるのよ」

 

眼鏡の奥の瞳がアーデルハイドを見つめる。

ぱっと見はハツカより少し年上程度の少女にも見えるだろう。

だがエルフは長命……いや、正確には「老いることがない」。

見た目だけでは年齢を測ることはできないのだ。

エルフという種はある程度育ち、

自身が「今が一番優れている時」と認識した時に歳をとらなくなる。

そしてある条件を満たすまでは同じ姿のままでいるのだ。

村人の半分がエルフであるこの村の村長を務めているのだ、相当な高齢である可能性もある。

 

「まずは聞いてからだ、約束できるかは内容を知らないと頷けねえな」

 

「ええ、勿論構わないわ。それにたった二つだけだから簡単よ」

 

彼女はスラリとした人差し指と中指をぴんと立てる。

 

「一つ、村の奥に屋敷があるのだけれども、そこには近づかないこと」

 

「屋敷? ハツカは知ってるか?」

 

彼女は頷く。

 

「確かに少し外れたところにあるのは見えました」

 

「ええ、誰か住んでいるわけじゃないわ。

 でも時々、使う方がいるので普段から寄らないでほしいのよ」

 

意図は不明だが、空き家のことを自分たちが別に気にすることもないだろう。

 

「もう一つ。世界樹には触らないで」

 

彼女が指さす先……窓から見えるのは少し大きめの木だ。

 

「世界樹……? そんなモンがあるのか?」

 

世界樹と、いっても巨木というほどのものでもない。

そもそもハツカもアーデルハイドも世界樹というものが何なのかを理解していなかった。

聞いたことはある……その程度だ。大層な名前だな、くらいとしか感じない。

 

「あれは、あなたたちエルフの信仰の対象のようなものですか?」

 

エルフという種が人里に混じって暮らすようになってまだ月日は浅い。

ケーレンハイトにも数人いた程度で、2人の知り合いには一人もいなかった。

もしかしたら自然崇拝のような宗教観があり、

対象としている木を「世界樹」と呼ぶのかもしれない。

だが村長は首を振った。

 

「この村の在り方に関わる存在なのよ。

 世界樹というものがどんなものか……

 君たちもラエルのルーンパドを利用していれば追々知ることにはなるわ」

 

ハツカとアーデルハイドは顔を見合わした。

何故ここでラエルの工房が出て来るのか。

 

「とりあえず、その二つを守ってくれれば好きなだけ住んでくれて構わないわ。

 住人が増えることには私も歓迎よ。

 それが優秀な冒険者ならなおさら、ね」

 

別に村の秘密を暴きにきたわけでもないし、興味があるわけでもない。

アーデルハイドは「わかった」と頷いた。

 

「村長ー。持ってきたけど、これ、どこに置けば?」

 

そこへ何かを担いだボーガンが入口から入ってきた。

両手で抱えているのは1.5メータほどの木のボード。

 

「ええ、そこに壁にかけてちょうだい。

 そのままかけられるようにしてあるから」

 

よく見たらいつの間にか壁にホルダーのようなものがついている。

家主に黙って勝手につけられていることにハツカは文句を言おうとしたが

 

「お……よし、これでいいかな?」

 

それはコルクの板がはまったボード。

ハツカは「あっ」と声をあげる。アーデルハイドはニヤリと笑った。

 

「おいおい、クエストボードかよ」

 

そう、ハツカとアーデルハイドにとっては馴染み深いものだった。

冒険者へ依頼を出す時に張り付けるモノだ。

内容と希望の冒険者のクラス、そして報酬を書いた紙を貼り集う。

村長は立ち上がり、ボードの前まで歩いていき

 

「さて、君たちは村人であると同時に立派な冒険者」

 

勿体ぶるようにゆっくりとる言葉を放し、

 

「早速、村長の私が君たちに初クエストを依頼させてもらうわ」

 

懐から取り出した紙を張る。

その内容は……

 

「水源の安全確保……?」

 

【依頼内容】

ミラリアの外れにある湖の安全確保を依頼したい。

【希望クラス】

ドールマスター・ソーサラー

【報酬】

2万5000ラピス

 

「ボーガン、隣に地図も張って頂戴」

 

「あ、うん」

 

彼が持ってきたのはボードだけではなかった。

2メータにはなるミラリア周辺の地図。

大きな地図でテルト領一帯を網羅している。

村長は壁に貼られた地図の一点を指さす。

そこはミラリアからそう遠くない森の中。

 

「実はここに大きい湖があるのよ。

 地図に記載がないのには理由があってね。

 昔は物騒な獣が多くて、人が近づかないようにするために書いてないの」

 

村長はハツカとアーデルハイドを見て、

 

「とは言ってももう何年も前の話。

 せっかく冒険者たちが来てくれたのだからもう大丈夫か調べきてもらいたいのよ。

 アーデルハイドさんの槍、ラエルに預けているのでしょう?

 一週間はかかると聞いてるから、それまでにはある程度の下見は済ませておくわ」

 

薄く笑って「簡単な依頼でしょう」と告げた。

ハツカはアーデルハイドを見る。彼女はどこか意地の悪そうな笑みを浮かべて頷いた。

 

「村長、その依頼受けましょう」

 

「そう、助かるわ。近場の湖が使えたら私たちも助か……」

 

「――ただし」

 

礼を言いかけた村長の言葉をハツカは遮る。

 

「正直にきちんと話してもらえませんか、下手な探り合いはやめてください」

 

ピシャリと言い放った。

その言葉に、すっと村長が顔から表情を消す。

 

「ククク……冒険者と交渉するなら、もう少しうまくやってほしいもんだな」

 

アーデルハイドが足をテーブルの上にどかっと置いた。

 

「……何が言いたいのかしら?」

 

村長は淡々と問いかける。

ハツカは二日酔いで痛む頭を押さえながら、グラスに入れた水を飲む。

 

「内容と報酬が見合ってません」

 

「あら、もしかして安すぎたかしら?」

 

「逆だよ、高すぎんだよ。

 なんで近くの湖いって危ないモンないか調べるだけで2万5000も払うんだっつうの」

 

アーデルハイドは「アタシにもくれよ」とグラスを受け取る。

 

「しかも何で先に下見なんてすんだ。アタシたちがいく意味がねーだろ」

 

ハツカは頷く。

 

「つまり村長は、湖にいる『脅威』の正体を知っているということです。

 まず私たちがクエストを受けるか試します。

 そして一週間後、出発前に『何がいるか』をさも初めて知ったかのように

 明かすつもりだったんでしょう。

 これは、あまりにも話の段取りが良すぎます」

 

「そんな回りくどいことをする理由が、私にあるのかしら」

 

その言葉にハツカは首を振った。

 

「安心してください……聞いたところで断ったりしません。

 私たちは冒険者であると同時にもう村の一員、

 村で困っていることがあれば協力したいと思ってます」

 

「言い値で構わねえって言ってるんだ。

 何がいるか知らんが、ドールマスターとソーサラーに頼りたいんだろ」

 

冒険者たちの言葉に、村長は「ふっ」と小さく笑った。

 

「人の子たちは、生きてる時間以上に聡くて困るわね」

 

そう言って彼女はもう一度テーブルに戻って座った。

 

「2万8000出すわ」

 

村長はテーブルに乗ったアーデルハイドの足をどける。

 

「それで引き受けて頂戴。

 わかっているようだけど、うちの村は貧乏なのよ」

 

「十分だ。で、何がその湖にいるんだ」

 

彼女は一言で答えた。

 

「ミヅチ」

 

「……ミヅチ?」

 

「ええ、私たちはそう呼んでるわ。自在に姿を変える水の大蛇。

 その正体は暴走しているアーティファクトを核とした防衛装置。

 10年以上も前に、どこからともなく流れ着いてきて迷惑なことに留まってるのよ」

 

その言葉を聞いて、なるほどと2人は頷く。

 

「アーティファクトが相手か。そりゃ厄介だな」

 

ゴーレムや魔槍のように「人の言うことを聞く」ものより、

実は使い方が不明であったり常に起動し続けて動くものの方が多い。

それは人の手に負えない状態であるものもあるということだ。

 

「近づく人に反応して無差別に襲い掛かってくるわ。

 危険だから誰も近づかないように湖の存在は隠しているの。

 でもあそこの湖は綺麗で食料になるものも豊かにあるから、

 できれば使えるようにしたいとは前々から思っていたところなのよ」

 

その言葉にハツカが食いついた。

 

「豊かって何がですか?」

 

「魚に山菜、雪解けの季節なら澄んだ水は酒作りにも使えるはずよ」

 

アーデルハイドが「食材か!」と身を乗り出す。

 

彼女は手を広げる。

 

「これで全部よ。危険だと思えば引き返してくれて構わないわ」

 

けれどその言葉を聞いて冒険者たちは笑う。

 

「せっかくの初クエストなんですから、勿論引き受けさせて頂きます」

 

「魚が獲れるってのは魅力的だからな!」

 

ハツカもアーデルハイドも乗り気だった。

実際、2万8000ラピスという報酬も悪くない。

 

「とりあえず、まずは……」

 

立ち上がって支度をしようとしたが

 

「あー、みんなこんなに散らかしてー」

 

意気揚々と立ち上がった冒険者たちを諫めたのはちょうど入ってきたボーガンの妹のユナ。

汚い部屋を見てどうやらお怒りのようである。

 

「冒険もいいけど、きちんと片付けてからいきなさいよねー」

 

どちらにせよ、アーデルハイドの槍が戻ってきてからしか出発はできない。

ハツカとアーデルハイドは二日酔いの頭痛の中、宴会の後を片付けるのであった。




ここでやっと、初期に出た「エルフ」と「世界樹」の話が書けました。

タイトルにもなってるのに、全然世界樹に関する話題すら出ないのはさすがによろしくない


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18.「アーデルハイド=アイゾンウェルという冒険者にこれ以上相応しい言葉はないだろ?」

「リミッターが壊れていたんだよ。

 だから過剰な出力が常に槍へ負担を与えていたんだ」

 

ラエルは調整の終わった魔槍をカウンターに置く。

 

「何らかの理由でリミッターを外して使用、そしてその時に壊れたんだろうな。

 アーデルハイドが使うよりも、もう随分前のことだとは思う。

 ルーンをきちんと全部刻みなおしたから、

 無理をさせなければオーバーヒートすることもない、はずだ」

 

先月に応急処置をしていたとはいえ、

かなりガタのきていた槍を全て分解してルーンを刻みなおしたのだ。

ゴーレムとはまた違った意味での難しい作業だった。

アーデルハイドは「ほうっ」と言いながら槍を手に取る。

 

「なら、こいつは100%に戻ったってことだな?」

 

満足そうに頷く彼女だったが、マイスターは首を振る。

 

「いや、70%ってとこかな。

 アーティファクトの核とルーン回路は俺も修復できるけど、

 外装と仙骨の歪みは手に負えない」

 

ラエルは紙を広げる。

そこに書き記されていたのはアイゾンウェルの魔槍の構成。

矛先の中心に赤いコアがあり、それが青白い骨格となる柄の回路と繋がっている。

そしてそれらを覆うように金属の外装が支えている。

 

「銀色の外装はミスリルだから、優秀な鍛冶師に一から作り直してもらえばいい。

 けれど、仙骨はちょっと難しいな」

 

「仙骨ってのはこの骨格みたいなやつのことか?」

 

「ああ。竜の骨が使われている。

 それも並の竜じゃない、玄竜クラスのやつだ」

 

――竜。

それは生態系の頂点に立つとされる存在。

上位の存在ともなれば神の遣いともされ崇められているものもいる。

竜は非常に多彩な種類がおり、人が勝手にではあるがある程度の「格」を決めていた。

種類、個体にもよって基準はマチマチだが、

下から地竜、牙竜、騎竜、玄竜、王竜、帝竜、神竜。

玄竜以降は人の手に負える存在ではない。

大体のイメージとして王竜は厄災、帝竜は神の遣い、神竜に至ってはほぼ架空の存在である。

ちなみに以前にアーデルハイドが戦っていた翼竜ケートスは牙竜だ。

 

「ンだよ、玄竜なんて見たこともねぇぞ。どこで狩ればいいんだ」

 

「知らないよ。

 でもそれだけこの槍は貴重なモノってことだと思えばいい」

 

玄竜の骨ほどの強固な素材でなけば出力に耐えられない。

それほどの出力を誇るアーティファクトはまさに一級品といえよう。

 

「そういえば、あいつのゴーレムには名前がついたらしいな」

 

「ああ、ゴーレムの中にいる『子』の名前が書かれていたから。

 かなり綺麗な形を維持していて、あれは奇跡みたいなもんだよ」

 

ラエルがゴーレムを気に入っていることは言葉の節々から窺えた。

彼の態度が、魔槍の時と反応がかなり違う。

それがアーデルハイドにとっては面白くない……明確にはできない感情が芽生える。

 

(アタシの槍だってすげぇモンなんだろうが。

だっていうのになんでそんなに態度が違うんだ)

 

その感情がなんなのか、今の彼女にはまだ理解ができていなかった。

 

「なら、アタシの槍にお前が名前をつけてくれ」

 

だから気が付けば、そんなことを彼女は言っていた。

 

「アイゾンウェルの魔槍っていうのじゃあダメなのか?」

 

「ダメだっての。

 そもそもよく考えてみたら、名前ってわけじゃねぇ。

 あいつのは『エーデライズのゴーレム』って呼ばれているようなモンだろうが」

 

なんとも強引な話ではあるが、一度そう感じてしまってはもう収まりがつかない。

 

「アタシの槍は生まれ変わったんだ、お前のお陰でな。

 ならアタシのレイストであるお前が名付け親になるってのは変じゃあないだろ」

 

その言葉にラエルは眉を潜めて「レイストになった覚えはない」と言ってから少し考える。

紅蓮を放つ銀の長槍。

そのイメージに相応しい名前は……

 

「――グロリオサ」

 

「……なんだそれは?」

 

「花の名前だよ。

 俺も本でしか見たことはないけれど、もう少し暖かい地域に自生してるらしい」

 

「らしいって、おいおい。

 大体アタシに花の名前の槍なんて、似合わないだろうさ」

 

肩を竦めるアーデルハイド。

けれどラエルは言う。

 

「そうか? 鎧を脱いでお淑やかにしていれば似合うと思うけどさ」

 

そして、その名前を名付けた理由を告げる。

 

「花言葉は『栄光』と『勇敢』」

 

花言葉というのはエルフたちが花や植物に一つ一つ意味を込める習慣から生まれたもの。

銀の鎧を身にまとう凛々しく若き女冒険者が持つ長槍に、マイスターは名を捧げる。

 

「アーデルハイド=アイゾンウェルという冒険者にこれ以上相応しい言葉はないだろ?」

 

言い切る彼の言葉に、彼女は笑う。

 

「ククク……ああ、その通りだな」

 

つくづくこのラエルという男は自分を楽しませてくれる。

彼に武器を……自分の体の一部ともいえる槍を預けて本当に良かった。

こんなにも心が躍ることは彼と出会わなければなかっただろう。

 

「今日からこいつの名前はグロリオサ。

 アーデルハイド様が持つ、最高の槍だ!」

 

彼女はラエルに向かい、

 

「アーディ」

 

「……?」

 

「アタシの愛称だよ。

 死んだ母がつけてくれた愛称だ。お前にはそう呼んでほしい」

 

「……わかったよ、アーディ」

 

特に断る理由もないため、ラエルはそう返した。

そのことにアーデルハイドは満足そうに頷き告げた。

 

「改めて言う、アタシはお前が欲しい。アタシのモンになってくれよ」

 

まるで食事に誘うかのようにあっさりとした口調。

言葉だけとればプロポーズともいえるモノだろう。

が、彼女がそんな色気のある意味で言っているわけではないのは顔を見ればわかる。

ラエルは呆れたように首を振る。

 

「……なんでそうなる。他を当たってくれ」

 

その態度にますます愉快そうにするアーデルハイドは

なおを言葉を続けようとしたが

 

「いつまで時間かけているんですか」

 

「なっ!」

 

ぬっと突然出てきた大きな手が彼女を掴み上げる。

 

「ハツカ! テメェ、何しやがる!」

 

「槍を受け取りにきただけでしょう?

 いい加減、出発させてください」

 

さしものアーデルハイドも巨人に掴まれては身動きができない。

怒るアーデルハイドをゴーレムの肩に乗るハツカは不機嫌そうに睨む。

彼女はリュックを背負い冒険支度をきちんと終えていた。

もう出発するだけだったのに、中々出てこないアーデルハイドに業を煮やしていた。

 

「それとラエル。

 あなたはもう少しデリカシーってものを覚えてください」

 

「デリカシーってな……どういう意味だよ」

 

ハツカはそれには答えず、のっしのっしと工房から出ていく。

 

「はなせ! いいからはなせっての、ぶっ殺すぞ!」

 

「そういう言葉は自力で脱出してから言ってください」

 

頼もしい冒険者たちが出発するのをラエルは手を振って見送った。




主人公でもありヒロインはハツカです。

今のところ影薄いですけど、ハツカがメインの物語です。

ここ、テストに出るので覚えておいてください。


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19.「けれど、次にその言葉を口にしたら今度は潰します」

重い音が森に響き渡る。

ゴーレムは歩くだけでその存在を周囲に知らしめる。

それだけ地に響く足音の主に歯向かおうとする獣も中々にいない。

さすがにゴーレムなんて見たことないだろうが、

本能的に危険を察して隠れる。

それだけの巨体のモノは竜である確率が高い……

しかも竜は気性が荒く悪食なモノが多い。

関わり合いを避けるのは当然のことだろう。

 

「……良い森ですね」

 

肩に乗るハツカは周囲を見回す。

近くには人口の少ないミラリアしかないため、ここはほとんど人の手が入っていない森。

自然が豊かで小さな獣、山菜、木の実などパッと確認するだけで結構見受けられる。

さすがにどれが食せるかどうかまではわからないが、

少しでもまともな料理人がいればあの村の貧相な食事も簡単に改善されるのではないだろうか。

 

「これだけでも収穫だな」

 

後ろにはゴーレムの引く荷台でだらしなく仰向けで寝転がっているアーデルハイド。

あくびをしながら緊張感のない声で応える。

本当はアーデルハイドは自分の足で歩きたい性分だ。

しかしゴーレムが地面を揺らすためとてもではないが、並んで歩けるものではなかった。

楽しているように見えるが、これは彼女にとっても実は不本意なことなのである。

 

「しかし、さすがは元々は『当て石』だった奴だ。

 よく見てくれるから安心できる」

 

感心したような口調でアーデルハイドは言い放った。

その言葉に、ハツカは額に手を当てゆっくりと深呼吸をする。

一瞬波だった感情を沈めてから、ゴーレムの足を止めた。

 

ドゥンッ!

 

荷台の横の地面が激しく陥没する。

それはゴーレムが力任せに地面を殴りつけたからだ。

直撃すれば人間など簡単に押しつぶされていただろう。

 

「アーデルハイド。

 あなたという人間を私が知らなければ殴っていました」

 

激しい衝撃と轟音に、森がざわめく。

 

「ククク……」

 

だというのにアーデルハイドはまるで動じることなく心底愉快そうに笑う。

 

「ククク……アタシは褒めてるんだぜ?

 断言してやるさ、冒険者の中でハツカ=エーデライズのことを一番評価しているのはアタシだってな」

 

「そんなことはわかっています」

 

感情のない平坦な声。

 

「けれど、次にその言葉を口にしたら今度は潰します」

 

「そうだな……悪かったよ、ククク。

 でもお前の視界の広さと直感は頼りにしてンだ。

 アタシは鈍感だからな、そういうのには疎い」

 

――当て石。

暗がりの中を歩くとしよう。

先は真っ暗で見通しがまるできかない……

もしかしたら獣が息を殺して待ち構えているかもしれない。

もしかしたら床が突然抜けるかもしれない。

もしかしたら罠が仕掛けられているかもしれない。

もしかしたら……

遺跡の探索や、あるいは獰猛な獣を退治する依頼などは常に危険と隣り合わせだ。

実際に冒険者というのは長続きしないモノである。

怪我をして引退するか、あるいは死ぬか。

『ベテランの冒険者』というのは勿論実力もそうだが、悪運の良さも重要な要素である。

それでも冒険者たちはそれぞれに続ける理由がある。

生きるためか、名声のためか、あるいは稼ぎたいか、理由は様々だろう。

だがどの冒険者たちにも共通しているのは「死にたくない」という思い。

当然といえば当然のことだが、いつ死ぬかわからない冒険者たちは特に顕著だ。

危険ではあるが進まなければならない……

そこで冒険者たちは考えた。

 

暗がりが怖いなら、石を投げてみればいい。

 

それが『当て石』。

身寄りのない子供や売られた子供が「使われる」ことが多い。

最近では減ってはきたが、昔は頻繁に行われてきた。

当て石は危険な場所を先に進んでいくのだ。

何かあった時に、冒険者たちの代わりに死ぬために。

 

「私は自分の親のことも知りません。

 けれど私は今、ここにいます。

 ハツカ=エーデライズはここに生きている、それが全てです」

 

王国では珍しい赤毛をそっと撫でる。

エーデライズ、それはかつて彼女を「買った」ギルドの名前だ。

ギルドの所有物、だからエーデライズという性を買われた時にもらう。

 

「そうだよ、だからお前の力をアタシは頼りにしている。

 危険を察するセンスに、そしてゴーレムを手に入れた強運をな」

 

エーデライズはとある遺跡探索の際に、あっけなく全滅した。

先行しているハツカだけ「偶然に」罠を避けられたのだ。

一人になり無我夢中で遺跡の中で獣に追われて逃げる中で、

 

「ミリアは私を助けてくれました」

 

彼女の駆るゴーレム、ミリアと出会ったのだった。

当て石も建前は正規のギルドメンバーである。

ギルドは当然解散だが、

一人きりになっても彼女には「冒険者」としての肩書だけはきちんと残った。

登録されている姓名は変えられないからエーデライズもそのままだ。

ギルドエーデライズの遺産も全て彼女のモノになったがすぐに全部売り払ってもう今はない。

 

「この子だけが私の拠り所なんですから」

 

彼女は愛おしそうにゴーレムの顔を撫でる。

家族と呼べる存在はいなかったけれど、大切な存在はできた。

「ドール(人形)」とはよくいったものである。

幼い少女にとって、人形はかけがえないのない「友達」なのだから。

 

「やれやれ、何言ってやがんだ」

 

だがアーデルハイドは呆れたように否定する。

 

「もうお前には『家』があるんだろうが。

 これからが盛り上がってくるって時期に、辛気臭ぇこというなっつうの」

 

傍若無人は即席の相方はそこで「私がいる」なんて浮いたセリフを言うはずもない。

彼女は事実だけを言う。

ハツカはアーデルハイドとは相性は良くないと思っているが、

慰めも励ましもない……それだけは気が合うとは思った。

 

「大体、あなたが無頓着なだけです。

 私が元々そういう出自であるなんて関係ありません。

 危険なんてちょっと耳をすませばわかるでしょう」

 

「お前みたいにそれができねぇから冒険者ってのはすぐ死ぬんだよ」

 

ハツカはゴーレムの拳を地面から引き抜いた。

アーデルハイドも肩を回しながら荷台から降りてゴーレムから取り外す。

 

ズルズル……

 

重たい何かを引きづるような音が近づいてくる。

 

「……これは2万8000では安すぎたかもしれませんね」

 

「ククク……ある意味、予想通りじゃねぇか」

 

ゴーレムが地面を叩いた音を「脅威」と判断したのだろう。

まだ少し湖から離れているはずたが、誘き出すことには成功したようだ。

ハツカとアーデルハイドは迎え撃とうと構える。

 

――そしてミヅチが姿を現したのだった。




当て石、というネーミングが良いのが思いつきませんでした。
捨て駒、偵察蜂、どれもなんとも違う気がします。

もうそろそろ、なろうで掲載分に追いつくので更新頻度が下がります。


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20.「そいつあちょっと、強力すぎるんじゃねぇか」

「恐らく、キャンフロストっていうアーティファクトだと思う」

 

村長から依頼を受けた後、ラエルが教えてくれた。

 

「キャンフロスト、ですか?」

 

マイスターは頷き「俺も実物は見たことはない」と言ってから続ける。

 

「水を自在に操り、更には瞬時に凍らせることができるらしい」

 

ハツカとアーデルハイドは顔を見合す。

 

「そいつあちょっと、強力すぎるんじゃねぇか」

 

「完全な形だと、そう『予想』される。

 ただ、このアーティファクトはいくつか発見例はあるらしいけれど

 ……どれもこれも欠陥品だからきちんと機能するのはないだろうって話」

 

しかしどれほどのものかわからないが、

水を支配下におけるというのは非常に危険な能力。

 

「多分、キャンフロストに自立型防衛機能をつけた亜種が

 湖に陣取っているんじゃないかって俺は考えている」

 

「そこにいるアーティファクトはどれくらいきちんと機能していると推測しますか?」

 

「多分、凍らせる能力はほとんどない。

 聞いた話では水で『押し潰す』ような攻撃をしてくるだけらしい。

 もし凍らせる機能が生きているなに氷柱でも飛ばしてくるか、

 相手を水で濡らしてから凍らせるはずだ」

 

ラエルは村長がまとめていた過去の資料を見ながら話す。

村長は前々からかなり調べてはいるようだったが、排除する戦力がなかったのだろう。

 

「湖からどれくらいの距離まで襲ってくるのでしょう」

 

「多分、50メータは出てくる。

 湖から水を引っ張って『伸びて』くるらしい」

 

「オイオイ、随分と遠くまで来るじゃねぇか」

 

「ああ、でも水源から離れれば離れるほど弱くなるはずだ。

 水を引っ張るのも簡単ではないから。

 逆に湖の傍では絶対に勝てない。水中に逃げられたらお手上げだ」

 

ハツカは考えて、作戦を決める。

 

「防衛機能、ということは敵対する意思のある者に襲い掛かってくるんですね。

 では、できるだけ遠くに誘き出し……逃がさないように排除するのが一番ですか」

 

「単純ではあるけれど、それが一番だと思う。

 ただ実際に正面からきちんと戦った人はいないから、

 力押しだけて勝てるかわからないって不安はあるけどな」

 

迫りくるミヅチの音を聞きつつ、

出発前のラエルとの会話を思い出してハツカはため息をつく。

ミラリアに住むと決めた時は、正直もう危険な依頼を受けることはないと思っていた。

精々が近場の獣退治か、商隊の護衛か……その程度。

だというのに一番初めの依頼からハードなものを持ってくるものだ。

村長はミヅチを大蛇だと言っていた。

だが実際に相対してみれば蛇というのは正しくないと思った。

 

ズルズル……

 

ハツカとアーデルハイドが陣取ったのは森の中でも開けた場所。

だから向こうからゆっくりと迫ってくる「それ」をきちんと確認することができた。

 

「蛇……というよりはワームといった方がしっくりきますね」

 

「想像以上に気持ち悪いモンが出てきたな」

 

奥から出てきたのは水の塊。

直径は2メートルはあるだろうか、

まるで脈打ってるかのようにビクンビクンと水が揺れる。

湖の水というだけあり、中には魚や木々のゴミなどが浮いてるのが見えた。

頭、というより先端は確かに蛇の頭に見えなくもないが、

もっと曖昧で適当なフォルムをしている。

 

「あれが、アーティファクトか」

 

アーデルハイドが槍の矛を向けた先、頭の中の部分であり

 

「間違いないでしょう。あれはを破壊すれば止まるはずです」

 

黄色く点滅する拳大くらいの球体が浮かんでいた。

事前にアーティファクトと知らなければ中々に気づきにくい。

 

「ミリア、いきましょう」

 

ハツカが威嚇するようにゴーレムの拳を地面にドンドンと叩きつける。

 

――ッ!

 

ミヅチは声を上げたわけではない。

だが、それでもこちらを「敵」として認識したのは間違いなかった。

首を持ち上げ、じっと睨みつけてくる。

ハツカはゴーレムを戦闘態勢で迎え、

アーデルハイドは横に距離をあけて槍を構える。

にらみ合っていたのは数瞬、

 

ズルルルルルル!

 

ミヅチが猛然と襲い掛かってきた。




本当は戦闘シーン入れて倒すところまで書きたかったんですが、
意外と戦闘前が長くなってしまったので分けることにしました。
自分でも中途半端だなぁと感じていたり。


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21.「帰りましょう」

突進するミヅチに対して前に出たのはハツカの駆るゴーレム。

 

 

 

「ミリア!」

 

 

 

ミヅチは頭から愚直に突っ込む。

 

それをゴーレムの全力で振りぬかれた腕が迎え撃った。

 

 

 

バンッ!

 

 

 

いくらミヅチが大きいとはいえ構成されているのは水。

 

圧縮されているわけでもない水が岩を貫けるはずもない。

 

ゴーレムの腕がミヅチの頭を貫通し、

 

まるで木の実が破裂するようにミヅチの頭が炸裂する。

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 

力比べに勝ったとはいえゴーレムに激しい衝撃がかかる。

 

ハツカは振り落とされないようにしっかり掴み、

 

ゴーレムは倒れないように踏ん張る。

 

弾けた水のせいで視界が遮られているが、

 

これでアーティファクトを潰せば勝ち……

 

 

 

「避けろ!」

 

 

 

アーデルハイドの叫び。

 

ゴーレムは反射的に後ろへ飛んでいた。

 

勢いが余りたたらを踏むが、なんとか転倒は防ぐ。

 

 

 

バシャンッ!

 

 

 

先ほどまでゴーレムのいた場所を四方から水が襲い掛かっていた。

 

その水は飛び散ったはずの水だった。

 

あのままその場にいたら水に取り込まれていただろう。

 

一度ゴーレムは態勢を整えるために後ろに下がる。

 

 

 

「……どうでしたか?」

 

 

 

「コアが後ろにさっと逃げやがった。

 

 どうやらあいつは水の中を自在に動くらしい。

 

 湖まで逃げられて籠城されたらお手上げだ」

 

 

 

冷静に観察していたアーデルハイドが舌打ちをする。

 

 

 

「あなたの魔槍で吹き飛ばせそうですか?」

 

 

 

「わからねぇよ。

 

 グロリオサの火力なら多分、吹き飛ばせる。

 

 けどはっきりとは言えねえがコアの周辺だけ水の層が厚いように見えた」

 

 

 

決してアーデルハイドは魔槍を出し惜しみしているわけではなかった。

 

魔槍の破壊力をもってすれば獣を防ぐ術もなく焼き尽くすのは造作もない。

 

だが、今回のようなアーティファクト相手においてはそう簡単にはいかない。

 

むしろ安易に切り札を使い、それで仕留め損ねれば対応してくる可能性がある。

 

そう、人や獣にとっては「火球」は脅威ではあるが、

 

高度な技術を要していた「過去」の遺物にとっては対抗策があるかもしれないのだ。

 

雷を放つもの、不可視の攻撃を放つもの……

 

そんなものが「当たり前」として存在していた時代は確かにあるのだから。

 

だからこそ彼女は冷静に機を窺う。

 

 

 

「正直、私は相性が悪いようです」

 

 

 

魔槍に対してゴーレムは見た目通りの物理攻撃のみの戦い方。

 

単純な力押し比べとなるため、小細工は必要がない。

 

こうして相手を測るにはうってつけといえる。

 

だがさすがのゴーレムも形がない相手は不得手だった。

 

 

 

「アーデルハイド。あなたに任せます」

 

 

 

そう言ってハツカは前へ出る。

 

作戦を立てるなんて真似はできない。

 

そもそも2人は共に戦うのはこれが初めてなのだ。

 

狙って連携などできるはずもない……。

 

――ならば

 

 

 

「ククク……そうだな、このアーデルハイド様がなんとかしてやるから安心しな!」

 

 

 

お互いにやれることをするだけだ。

 

 

 

「これなら、どうですか!」

 

 

 

ゴーレムが地面に落ちていた人の頭ほどの石を拾い上げ、

 

思い切りコアへ目がけて投げつける。

 

ミヅチはそこまで俊敏な動きができるようではないようだ、

 

避けることは諦めて、コアだけしゅっと移動する。

 

石は目標を捉えることなく体を貫通してそのまま向こう側で飛んでいった。

 

 

 

ドゥンッ!

 

 

 

その間にゴーレムは近づき横殴りに体を叩きつける。

 

水が弾け飛び、コアより先にあった先端部分が四散した。

 

散った水がゴーレムを襲うが、走りながら攻撃するゴーレムには当たらない。

 

 

 

(アーティファクトから離れた水は、数瞬の後には支配下から離れる)

 

 

 

どうやら支配下から外れると数秒後に力を行使できなくなるようである。

 

だから離れた瞬間に、敵対反応がある場所にしか攻撃できないのだろう。

 

アーティファクトにゴーレムの動きを先読みをすることもできないようだ。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

ハツカは止まることなく拳を叩きつけていく。

 

だがミヅチも黙ってやられているほど大人しくない。

 

頭を思い切り振り回してぶつけてくる。

 

単なる水とはいえ塊をぶつけられるのだ、

 

ゴーレムに衝撃に吹き飛びそうになった。

 

 

 

「ミリア!」

 

 

 

ハツカは歯を食いしばってゴーレムを止めることなく動かす。

 

横からの衝撃に対して全て踏ん張るのではなく、力の方向に跳びダメージを少しでも減らす。

 

足を止めてしまえばすぐに水に取り込まれるだろう。

 

水の中でもゴーレムは稼働できるだろうが、肩に乗るハツカはそうもいかない。

 

呼吸を必要とするハツカは数分もしないうちに溺死だ。

 

 

 

(せめてゴーグルでもつけておけば良かったです)

 

 

 

飛び散る水にほとんど視界は塞がっている。

 

だが相手は巨大な水の塊。

 

どこにいるかは感覚でわかるし、でたらめに攻撃しても大体は当たる。

 

対するミヅチもゴーレムを脅威と感じ、執拗に攻撃をしかけていく。

 

お互いが退くことなくぶつけ合いを続け、

 

体をどんどん飛び散らしていくミヅチを押しているかのように思えたが……

 

 

 

ガクンッ!

 

 

 

「……えっ!」

 

 

 

ゴーレムの足が突如止まる。

 

慌ててハツカが下を見ると足が凍っていた。

 

正面ばかり向いて戦っていたため、

 

足元から忍び寄っている水に気づかなかった。

 

薄い水の層がゴーレムの足を覆ったところで一気に凍り付かせたのだ。

 

 

 

「ラエル!

 

 凍らせる能力、残ってるじゃないですか!」

 

 

 

ここにはいないマイスターに悪態をつく。

 

彼女がはっと見上げると、上から押しつぶさんとばかりにミヅチの頭が落ちて来た。

 

ハツカが思わず腕で頭を庇い、目をつむるが……

 

 

 

「グロリオサ、焼き尽くせ!」

 

 

 

轟音が響き渡り、

 

まるで苦しむようにミヅチが首を上げる。

 

 

 

「アーデルハイド!」

 

 

 

「はっ、これでいいんだろ!」

 

 

 

キャンフロストは自身と接する水を支配下に置く。

 

水源と繋がっていればこんなところまで伸びてくることができるが、

 

逆にいえば自身の体にできるのは繋がっている水だけ。

 

 

 

「おらおらおら、燃え尽きちまいな!」

 

 

 

つまり湖から長々と伸びている「体」から

 

アーティファクトを切り離せば良い。

 

無防備になっていた胴体にアーデルハイドが火球を発生させて槍をぶち込んだのだ。

 

ゴーレムに注意を向けていたミヅチは、

 

回り込んでいたアーデルハイドの存在に気づけなかった。

 

激しい蒸気を放ち5メータの範囲の水が蒸発する。

 

もう出し惜しみは必要ない、アーデルハイドは火球で切り離されたミヅチの体を炙っていく。

 

 

 

「ハツカ、美味しいところはくれてやる!」

 

 

 

「言われなくても!」

 

 

 

戸惑ったように動きを止めてしまったミヅチ。

 

ゴーレムはミヅチに体ごと突っ込んだ。

 

まだ相手には十分な体積が残っている。

 

今、この瞬間を逃せばアーティファクトは何をしてくるかわからない。

 

未知の機能を発動されたら目も当てられない……決めるのは今しかない!

 

ゴーレムは完全に水の中に取り込まれてしまうが……

 

 

 

(……見つけた!)

 

 

 

ハツカは水の中で懸命に操作し、

 

 

 

ガシッ!

 

 

 

ゴーレムの腕がアーティファクトを掴む。

 

抵抗するように周囲から水の圧か途端に強くなる。

 

呼吸もできない中、意識が飛びそうになるが

 

 

 

ピシッ!

 

 

 

亀裂の入る音。

 

それはアーティファクトから放たれていた。

 

そして

 

 

 

「……ぷはっ!」

 

 

 

形を持っていた水がアーティファクトの支配から離れ、

 

 

 

――ざあぁぁぁぁ……

 

 

 

重力に引かれて地面に流れ落ちた。

 

水の勢いにハツカはゴーレムを踏ん張らせてなんとかこけないようにする。

 

時間にすればほんの数秒だろう、

 

けれどハツカにとってこれほど苦しい時間はなかった。

 

呼吸はできないうえ、ゴーレムにしがみつきながら操作しなければいけなかったのだから。

 

意のままに操れるとはいえ、元々が非常に神経を使う。

 

全力疾走を終えたような虚脱感にハツカは深い深い息をついた。

 

彼女の疲労を体現するように、ゴーレムも肩膝をついて座り込んだ。

 

周囲には大きな水たまりができている。

 

 

 

「やれやれ……こいつあ大物だったな」

 

 

 

少し離れた場所に槍を地面に突き刺し、

 

流されないようにしがみついていたアーデルハイドがぼやく。

 

 

 

「……寒い、です」

 

 

 

季節はまだ冬……戦いの熱が過ぎた今、

 

冷たい湖の水にさらされたハツカは思い出したように寒さに体を振るわせた。

 

アーデルハイドも同様に水浸しでくしゃみをした。

 

 

 

「……最悪だぜ。とりあえず焚火にするか」

 

 

 

ハツカはゴーレムが握りしめたアーティファクトを掲げる。

 

もう光り輝いてもおらず、ヒビの入った球体は沈黙していた。

 

たったこれだけの大きさのものがあのミヅチを成していたのだ。

 

自分たちも恩恵に預かっているとはいえ、

 

アーティファクトというのはつくづく危険なものだと改めて思う。

 

 

 

「これで、クエスト達成です」

 

 

 

ハツカの言葉にアーデルハイドはニヤリを笑う。

 

 

 

「初クエストにしちゃ、楽しめたぜ」

 

 

 

彼女はそこで周囲を指差した。

 

 

 

「それに、今日の晩飯にも困らねぇな」

 

 

 

「……なるほど、確かにこれはご馳走になりそうですね」

 

 

 

ぴちぴちと飛び跳ねているのは多くの川魚たち。

 

ミヅチの体で泳いでいた魚たちが取り残されたのだ。

 

 

 

「帰りましょう」

 

 

 

「ああ、ミラリアにな」

 

 

 

ゴーレムがゆっくりと手を伸ばす。

 

アーデルハイドはその指先に槍の矛先をこつんと当てた。

 

 




これで小説家になろう連載に追いつきました。
以降は数日に1回の更新になります。
私が頑張れば……


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22.「これからよろしくお願いね、オーナーさん」

「……どうなってるんですか」

 

村に戻ったハツカは、自分の家に着くなり頭を抱えた。

ミヅチと戦ったのが昼過ぎで、そこから湖から戻った時にはもう日が暮れていた。

家に明かりがついていたので誰かがいるのだろうとは思っていたが……

 

「おかえりー」

 

「2人とも、無事に帰ってきたみたいだな」

 

出迎えたのは既に酒瓶片手に顔を真っ赤にして出来上がっているユナと、

干し肉を挟んだパンを齧っているラエル。

勝手に上がり込んで食事をしているのは、まあ100歩譲ってよしとしよう。

しかし……

 

「主役が帰ってきたぞー!」

 

大工のザックの声に途端に歓声が上がる。

そう、そこにいたのは一人や二人ではなかった。

軽く数えるだけでも20人、どんちゃん騒ぎをしていたのである。

不揃いなテーブルや椅子はわざわざ村人が持ち込んだのだろう。

 

「おいおい。アタシたちが苦労していたってのに、随分と楽しそうじゃねぇか」

 

自分たちを差し置いて宴会が始まっていたことにアーデルハイドが顔をしかめる。

宴は明らかに「今始めたところ」ではない様子だ。

少なくとも日没より前から飲み始めているであろうことは、

隅に置かれた空の酒樽を見れば明らかである。

 

「はいはい、あなたたちも座って座って!

 せっかく楽しい宴なんだから、飲みなさいよ!」

 

そんな2人の手を引いたのはエプロンをつけた若い女性だった。

少し薄暗い酒場にふわっと舞う栗色の艶やかな長髪。

まるでステップで踊るかのような軽やかな足取りで奥へ連れて行く。

彼女は飲んではいないようだが、周りで騒ぐ村人たち以上に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「リンデ……来ていたのですか」

 

「ええ。だって段取りがついたんでしょ?

 手紙を受け取ってすぐに飛んできたんだから」

 

キルテッドのウグイス亭の看板娘がそこにいた。

彼女に勧められるままに2人はテーブル席に着く。

するとすぐに彼女たちの前にドンッとグラスが置かれる。

 

「その様子だと、無事にミヅチは倒せたみたいね」

 

そのテーブルに先に座っていたのは村長。

彼女は酒の入った器から2人に注いでくれる。

 

「これで私たちが帰ってこなかったらどうするつもりだったんですか」

 

呆れたような口調に、村長は肩を竦める。

 

「どうもしないわ。だって君たちは今、ここにいる。それではなくて?」

 

「……理屈にもなってません」

 

村長の適当な言い分にアーデルハイドは「違いないな」と笑うが、

ハツカはむすっとしていた。

 

「はい、みんなグラスを持って!」

 

そこへリンデの掛け声。

いつの間にかハツカたちのいるテーブルを取り囲むように集まっていた村人たちが全員グラスを掲げる。

 

「英雄たちに乾杯!」

 

キンッ!

 

みんながグラスをぶつける。

 

「そして村長さんの奢りに乾杯!」

 

酒場に歓声が響き渡った。

 

「そういうことよ。

 今夜の支払いは私がするから君たちも遠慮しなくていいわ」

 

「……いえ、遠慮もなにも……これ、ほとんど私が買って持ってきた食材に見えるんですが?」

 

確かにそれは「そのうち開店した時のため」にハツカが買った酒や食材である。

別にハツカが全て食べるわけではないが、「前払い」という形で先に運んでいたのだ。

 

「あら、ハツカ。それは違うわ。

 あなたは確かにオーナーだけれど、店長は私なんだから。

 だから食材をどうするかは私が決めるものでしょう?」

 

ハツカは「え?」と顔を上げる。

 

「だからさっきも言ったじゃない。

 お膳立でが澄んだのだから……約束通り私が今日からここで働いてあげる」

 

彼女は両手を広げてクルリとその場でターンをした。

ふわっとエプロンが舞う。

 

「あなたの快適な生活を、このウグイス亭は約束するわ。

 洗濯からベッドメイキング、そして朝昼晩の美味しい料理と酒」

 

それはまるで歌っているような弾んだ声。

そして彼女はウインクをして告げた。

 

「これからよろしくお願いね、オーナーさん」

 

まだぽかんとしていたハツカだったが、

 

「いいじゃねぇかよ。とりあえず飲もうぜ!」

 

ぐいっと酒を一気に飲み干し上機嫌になったアーデルハイドの顔を見たらどうでもよくなった。

自分もあわせてぐいっと飲む。

 

「あなたは悩みなんてなさそうで羨ましいです」

 

「細かいことばっかり考えて頭が重いから、お前は背が伸びなくてチビなんだよ」

 

何気ない一言。

しかし、それは禁句だった。

ハツカは剣呑な表情を浮かべて注がれた酒を更に飲み干す。

 

「……あなたはその平な胸と同じでデリカシーってものがほんっとないですよね」

 

「あぁ、今、なんつったチビ?」

 

応えるアーデルハイドは、今から人を殺す目をしながら睨みつけた。

 

「あなたから絡んできたんでしょう、ツルリンハイド」

 

「ククク、上等だ……その生意気な胸、アタシの槍でえぐってやるよ!」

 

「いいでしょう、ぺしゃんこにして私より小さくしてあげますよ。ミリア!」

 

2人ともミヅチとの戦闘を終えたその足で返ってきたのだ。

そんな疲労がたまっていたところに酒の一気である。

別段に酒に強いわけでもない二人はもう顔が真っ赤だった。

 

「はいはい、2人とも、喧嘩しないの!

 宴会は楽しく飲むのがマナーでしょ!」

 

今にも殴り合いを始めそうだった2人を村人たちがなんとか抑えて、

代わりに酒をどんどん飲ませていく。

 

こうして初クエストを終えた夜は騒ぎが収まらないまま更けていくのだった。




冷静に考えると2人は1日も家を空けていないのにここまでされるということは
二人がミヅチ退治に出かけてすぐに準備が始まっていたということ。
酷い話である。


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23.「もう、私の物語は始まっているんです」

ハツカが目を覚ましたのは夜中だった。

誰かが運んでくれたのだろう、自室の部屋のベッドで寝ていた。

窓から外を見ると綺麗な満月。

月の位置からまだ日が昇るまでには時間があるとわかる。

物音一つない静かな夜……早々に潰れたせいか今はもう酔いも抜けてしまっていた。

 

「……」

 

なんとなく、外に出たいと思った。

部屋の中ですら寒いというのに、

どうしてわざわざ外に行こうと思ったのかは自分もわからない。

厚手の上着を羽織って部屋から出る。

一階はもう綺麗に片付けられており、宴会の残り香が漂っていた。

ここで騒いでいたのがまるで嘘のように、薄暗い室内は寂しい感じがした。

玄関から外へ出る。

 

「寒いです……」

 

当たり前だ。

風は吹いてはいないが、体の芯から冷えていく感じがする。

やはり部屋に戻ろうかと思った時、視界の隅に世界樹が見えた。

 

「えっ……」

 

自分が見た光景に息をのむ。

見間違えと思い、隣に立つ世界樹へと近づいて行った。

 

「……光っている」

 

ハツカは下から世界樹を見上げる。

輝いている、というほどではない。

けれど幹が、枝が、生い茂る葉が……全て淡く光っている。

淡い緑の光……目の錯覚ではなく確かに光を放っていた。

 

「マナが巡っているんだ」

 

背中から声をかけられる。

驚いてハツカが振り返るとそこにいたのはラエルだった。

 

「こんな夜更けに出てきたら風邪をひくぞ」

 

「私は少し夜風を浴びにきただけです。

 それをいうならラエルもどうしてこんな時間に」

 

「俺も似たようなものだよ。」

 

苦笑しながら「素直に寝ておけばよかった」と寒そうにしていた。

 

 

「マナが巡っているというのはどういうことですか」

 

「えーとだな、世界樹が大地から汲み上げたマナが溢れて空に還っているんだよ」

 

ラエルはハツカの隣に並び、同じように木を見上げる。

彼は眩しそうに目を細めて話を続けた。

 

「全ての生命がマナによって生まれる。

 そしてその命は失われれば大地に還る……。

 世界樹は大地に還った命をマナを浄化して、またマナとして空へ戻すんだ」

 

「空へ戻す……?」

 

不思議そうに問い返したハツカにラエルは頷く。

この淡い輝きがマナなのだという。

それが本当なのかどうかはハツカにはわからないが、

けれどとても綺麗な光だと素直に思った。

命の輝く、というのはこういうことをいうのだろうか。

 

「世界樹があるから、命は生まれ変わる。

 そうして世界は綺麗に保たれているんだってさ。

 まあ、俺も村長から教えてもらっただけなんだけど」

 

もしそれが本当だとしたら、

どうしてこの村にそんな世界樹があるのだろうか。

 

「それにしても、こんなにマナがはっきり見えるのは初めてだ」

 

「そうなんですか?」

 

彼は頷く。

 

「村長ならきちんとした理由がわかるんだろうけど」

 

そう言ってから言葉を続ける。

 

「もしかしたら、きっと今日が『楽しかった』から光っているのかもな」

 

「楽しい……?」

 

「ああ、こんなに村のみんなと騒いだのは初めてだよ。

 なにせずっと変化がない村だからさ。

 何も変わらない、そんな毎日が続くと思っていた」

 

その口調はどこか寂しそうに聞こえた。。

気を見上げるラエルの横顔が、

普段よりもずっと大人びていて、そして悲しそうだった。

思えば彼は工房にずっと一人だ。家族がいるという話も聞いていない。

この村はどこの家も「家族」で暮らしており、

彼のように一人で暮らしているのは他に村長くらいしかいないのではないだろうか。

 

(一人、か……)

 

ハツカは想う。

 

――彼も自分と同じように、孤独に膝を抱えて生きてきたんじゃないかって。

 

そう考えてしまうと、彼のことが他人事ではないように感じてしまった。

 

 

「それなら……」

 

自分でも今抱いている感情のことがよくわかっていない。

けれど、彼に何か言葉を返してあげたいということだけは強く思った。

ハツカは踏み出して世界樹に近づき、大きく両手を広げる。

 

「これからここはもっと楽しくなります。

 だって私がこのミラリアを変えていくんですから」

 

まだたった16歳の少女。

小柄な彼女が両手を広げても、抱き抱えられる世界はほんの少し。

世界はどこまでも大きく、広すぎる世界にとって彼女はちっぽけな存在だ。

彼女一人が何かをしたところで、世界は変わらないかもしれない。

けれど、ここから始めると決めたのだ。

まだあやふやで、どうしたいかさえもはっきりとしていない『未来』。

だからこそ、ハツカ=エーデライズは思い描く。

自分だけにしかできない、世界の形を。

 

「ラエル。

 あなたは私とミリアを支えてください。

 そうすれば、私があなたの世界だって変えてみせます」

 

言葉だけでは何も変わらない。

でも言葉にしなければ何も変えていけない。

だから彼女は言葉を紡ぐ。

これから、目に映る世界を変えていくために。

 

「もう、私の物語は始まっているんです」

 

彼女の宣言を祝福するように、世界樹が淡く光りを放つ。

 

「ハツカ=エーデライズはここにいる。

 ミラリアで私とミリアはあなたに出会った時に、物語が始まったんです」

 

後に王国で最も有名な冒険者として名を馳せるハツカ=エーデライズ。

そんな彼女について吟遊詩人たちが語り出す時は、

必ずこの言葉から謡い始めるという。

 

――その物語は世界樹の裾から始まった

 




めっちゃこのタイトル言い辛いし微妙!
決めセリフにするにも使い辛いし締まらない!
そしてゴーレムのミリアと村のミラリアが1文字違いなだけで紛らわしい!

という後悔と共に連載が続いていきます。
物語はきちんと計画と決めセリフを考えてから連載しましょう。
本来の設定ではラエルが主人公で、アトリエシリーズチックに
工房を中心として街作りをしていく予定でしたが気づけばこうなってました。


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4幕:エーデンウェル
24.「本当に人間というのは面白い」


「はい、お待ちどうさま」

 

ハツカとアーデルハイドの前に置かれたのはピザ。

大皿いっぱいに乗っているのは

分厚いチーズの層にキノコと乾燥させた魚を惜しみなくトッピングしたもの。

香ばしい香りが広がり、それだけで食欲をそそる。

 

「……ちょっと焦げてますね」

 

だが、窯の火力が高すぎたのか生地は一部焦げてしまい、

トッピングもところどころ熱で破裂していた。

味は問題ないとは思うが、少し見栄えはよろしくない。

 

「うーん、もう少し調整が必要かしら」

 

エプロンをつけたリンデが顎に手を当て考える。

ピザを焼き上げたのは厨房の壁にめり込むように設置された石窯。

ハツカが狩ってきたザイネンホースの骨を中に使ったものである。

骨にルーンを刻み込むことで窯の一定の温度を保つ効果が得られるのだ。

窯にしては少々特殊な構造をしており、

横にあるレバーを調整することで温度が調整できるという優れモノである。

素材を集めることと高い精度のルーンが必要ということもあり、

大きな街でも中々見かけることができないタイプの調理器具だ。

しかし性能は非常に高く使いこなせれば料理の幅は大きく広がる。

ザイネンホースの足骨を使うことでしか耐久性をクリアできないため、

この窯はホースキルンスと呼ばれ料理人にとっては一つの憧れだった。

 

「しっかし大したこだわりだな。こんなもん、高かっただろうによ」

 

「ふふん。これがこの宿の一番の目玉ですから」

 

目玉も何も、むしろ窯以外にまともな調理器具がまだないのだが。

力の入れどころを間違えている、と言われても仕方がない。

 

「でもこれで、あのクッソまずいパンを食べなくてもよくなるな」

 

「ええ、しかも私たちのためだけに焼いてくれるパンだなんて贅沢の極みです」

 

ちょっと分不相応ともいえる器具だが、彼女たちは非常に満足していた。

若い少女が揃って石窯にうんうんと唸るというのも、

いかにも自由人である冒険者らしいといえばらしい。

 

「しばらくは色々試してみるから、我慢してね」

 

「リンデの来る前の食事に比べれば断然に良いので、これからも楽しみにしてます」

 

まだまだ街中に比べれば至らないところばかりだが、

こうして直接話して要望を言えるのは嬉しいものである。

 

「やれやれ……村の食事がどうしてそこまで不満なのかしら」

 

2人がピザを食べているところへ村長がやってきた。

 

「味が薄いです」

 

「毎日同じでレパートリーがないんだよ」

 

不満しかない冒険者たちは揃って口にする。

村長は隣のテーブルに座るが、不安定にがたついていることに顔をしかめた。

 

「先にこのあたりをなんとかした方が良いと思うのだけれども」

 

それは村人が宴会の時に置いていったテーブルであり、

ハツカたちが使っているものとデザインも全然違うためにちぐはぐであった。

他に2つほどまた別のモノもあり、統一感は皆無である。

 

「村長、ごめんなさいね。

 まだお客さんと言える人が全然いないから、テーブルを揃えても余っちゃうのよね」

 

リンデの言い分は正しい。

彼女が来てからまだ3日。

もっぱら使用しているのは住人であるハツカとアーデルハイドだけだ。

宴会の時にはたくさんいたが、基本的にたまにボーガンやユナ、物珍しさに村人が数人来る程度。

 

「それは仕方ないわ。みんなはそんなにお金を持ってるわけでもないから」

 

村長は「何か果物を」と頼んで、懐から硬貨を取り出しリンデに渡す。

その様子にハツカは前々から思っていたことを尋ねる。

 

「逆にどうしてお金を持っているんですか?

 村の中で売買がされている様子もありませんし、

 そもそも外から人も来ることが全然ないように思えますけれど」

 

そう、お金があっても使い道がないのだ。

だというのに村人たちはある程度の貯蓄を持っているように見受けられる。

 

「あら、ミラリアにだって商人は来るのよ。

 その時に少しではあるけれど金銭のやり取りはあるわ」

 

村長はリンデから受け取った乾燥ランナを小さくちぎって食べる。

そして玄関の方を視線へ向けた。

 

「今日は久々にその商人が来る日だから、あなたたちにも紹介しようかと思ったの」

 

その言葉にアーデルハイドはニヤリと笑う。

 

「こんな辺境にわざわざ来るなんて酔狂なやつなんだろうな」

 

「確か……ラエルの工房と取引があるんでしたか」

 

ハツカは以前にマイスターから聞いた話を思い返す。

頻度は三か月に一回程度。

嗜好品や衣類、日用品の他にはルーンパドへの修理依頼、だったか。

 

ガラガラ……

 

そこへ聞こえてきたのは車輪が地面を転がる音。

この音は街では馴染みはあるが、この村では珍しい馬車のものだろう。

近づいてきた音が止まる。どうおらウグイス亭の前に停まったらしい。

 

「こんにちわ」

 

入ってきた人物を見て、ハツカとアーデルハイドは食事の手を止めた。

あまりに想像からかけ離れていた訪問客に、言葉が出なかったのだ。

 

「セーラ。家にいないと思ったら、こんなところに」

 

「私の狭い部屋よりも、ここの方がゆっくりできるでしょう?」

 

今更だが村長の名前はセーラというらしい。

言葉を交わす二人に、ハツカは恐る恐る尋ねる。

 

「村長、えーと、こちらの方は……?」

 

すると入ってきた人物は胸に手を当てて、ゆっくりと会釈をした。

 

「失礼、私の名前はウイン=ディライトという。

 定期的に村に寄らせてもらっている商人」

 

ハスキーな声で淡々と名乗る。

落ち着いた声色で、それだけでは男性か女性かわからない。

肩まで伸ばした空色の髪は少しウェーブがかっており、

村長ほどではないが華奢な体格であることは尖った耳からエルフであろうことはわかる。

まるで司祭のような美しい刺繍のなされた青いローブを纏い、

無駄のない美しい歩き方を見れば、商人などと言われても誰も信じられないだろう。

しかしそんなことより目に引くのが「仮面」である。

装飾もされていない仮面で顔の半分を隠しているのだ。

元々エルフは中性的な姿をしているため、顔を隠されてしまうと性別はわからない。

 

「ミラリアに宿が建ったと聞いた時は半信半疑だったけれど、

 これは立派なものだ」

 

「あっ、ありがとう……」

 

リンデも戸惑いながら頭を下げる。

ウインと名乗った商人は村長と同じテーブルに座る。

 

「彼女たちと同じものはいける?」

 

「えっと、うん。焼き上がりに少し時間がかかるけど」

 

「構わない」

 

リンデは逃げるように慌てて厨房に入っていった。

 

「ウイン、あなたそんな味の濃そうなものが食べられるの?」

 

「セーラ。今ではこれが普通。

 もうエルフだからといって菜食しかしない方が珍しい」

 

ウインの方は淡々とした口調のためわかり辛いが、

村長の態度を見ていると二人は親しい間柄らしい。

 

トットットッ……

 

そこに聞こえてきたのは軽快な足音。

インパクトに戸惑って言葉も出せないハツカとアーデルハイドも

ここにきてやっと落ち着いてきたが

更に続いて入ってきた存在に更に驚くこととなる。

 

「あら、ホノカも興味があるのかしら」

 

村長が声をかけた相手。

その存在は無言のまま軽快な足音を立てて座るウインの横に並ぶ。

 

「なあ、そいつは……なんだ」

 

アーデルハイドが尋ねると村長は「初めてだと戸惑うのも無理ないわね」と頷き、

 

「この子の名前はホノカ。ウインの相棒よ」

 

そう簡単に説明した。

しかし、それだけで到底わかるものではない。

ホノカと呼ばれているのは四足の獣。

大型犬と同じくらいのサイズであり、全身は淡いピンク色の毛並みで覆われていた。

狼、というには知性的な顔立ちをしている。

少なくとも冒険者たちですら初めて見る存在だ。

人の言葉を理解しているのか、

ちらっとハツカとアーデルハイドの方を見てからすんっと鼻を鳴らして応えた。

ウインの隣に行儀よく床に座り、控える。

 

「ホノカもピザを食べる?」

 

尋ねるウインにホノカは頷く。

そこへちょうどピザを焼き上げたリンデが皿を持ってくる。

 

「お待ちどうさま。ミラリア新名物となるピザね」

 

「へえ。料理名は?」

 

新名物というのはリンデが勝手に今考えただけのものだ。

けれどウインは興味が引かれたらしく料理について尋ねる。

 

「ホースキルンス窯でじっくり焼き上げる

 たっぷりチーズを使いマストゥルとオーギョで仕上げたピザのランナ添え、よ!」

 

マストゥルというのは使われているキノコの名前で、

オーギョはミヅチのいた湖でとれる川魚のことだ。

あまり他の地域では収穫量も多くないため、

ミラリアの近辺で豊富に揃えられる食材でまとめているので名物と名乗ることはまあできなくはないが。

 

「なげぇよ」

 

「しかも言い辛いです」

 

ハツカとアーデルハイドは一蹴する。

 

「こういうのは名乗ったモノ勝ちなんだから。

 名前だって立派な料理の一部よ」

 

不満そうな声などどこ吹く風か、胸を張ってリンデは言う。

 

「本当に人間というのは面白い」

 

そんな様子にウインは淡々とした口調のままではあるが、どこか楽しそうに言う。

 

「彼女たちは、少し変わっていると思うけれどね」

 

セーラは肩を竦めた。

リンデは「冷めないうちに食べて」と勧める。

 

「……なるほど、美味しい」

 

ゆっくりと味わうように食べながら頷く。

 

「けれどミラリアのパンと同じ小麦か。ピザに使うなら違う品種の方がいい」

 

ウインは物欲しげそうに見つめるホノカにもピザを一切れ渡す。。

獣がピザを食べられるのだろうかと思ったが、一口でパクリと食べる。

熱々だったため少しはふはふしていたが、それでも美味しそうに食べていた。

 

「テルト領にあるアデラという街。

 そこの白小麦の方が相性がいい」

 

「白小麦かー。私、使ったことないんだよね」

 

リンデはちらっちらっと、冒険者たちに横目で視線を向ける。

買って来いと露骨に視線が訴えかけていた。

 

「……」

 

だがハツカとアーデルハイドは違うことを考えていた。

まだこの村には宿しかなく、足りないものがあまりに多すぎる。

それを補う方法……その知恵をこの商人が持っていると考えたのだった。




勝手に知り合いのキャラ名を使ってます。
性格は大分に違いますけれど。
窯とくればピザ。ピザとくれば窯。
チーズは保存がきくので違う街から運んできております。


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25. 「もしかして、この村は王都と関係があるってのか」

「取り扱っているモノを知りたい?」

 

宿から出たウインを2人は呼び止めていた。

 

「はい。あなたはこの村に出入りする唯一の商人と聞いています。

 普段からどんなものを取り扱っているんですか?」

 

その言葉に嘘はなく、わざわざこんな場所に来る理由を知りたかったのだ。

あわせてあわよくば今より頻度を高くしてもらおうという腹である。

 

「ふむ……」

 

ウインは仮面で隠れているため表情はわからないが、

少し考えてから首を振った。

 

「恐らく期待には応えられない。

 私はルートが決まっているから」

 

そう言って荷台に置かれたいくつか箱を開ける。

一つ目の箱にはなんだかわからない小物がいっぱい詰まっている。

よくよく見れば一つ一つがルーンの刻まれたアイテムであり、

用途は不明だが何やら特殊な品ばかりであるようだった。

なるほど、確かに優秀なマイスターにしか取り扱えなさそうなものばかりである。

……しかしこんな場所まで来るほどのことかと言われると、難しいところだが。

 

「……このアクセサリみたいなのはなんだ?」

 

アーデルハイドが二つ目の箱から取り出したのは

不思議な模様の刻まれた木製のペンダント。

随分と細やかな装飾が彫られており、非常に美しいモノだった。

 

「知らない?

 これはミラリアでだけ作られている、エルフにとってお守りのようなもの」

 

よくよく見ると、ペンダントは淡い光を放っていた。

ハツカは「あっ」と声を上げる。

 

「もしかして……世界樹の枝を使ってるんですか」

 

その問いにウインは頷く。

それが果たしてどのような効果を持つかはわからないが、

縁起モノという意味では価値はあるだろう。

 

「私は王都とミラリアの間をずっと行き来している。

 それ以外のルートは通らないから、あまり君たちの力にはなれないだろう」

 

王都。

突然にこんな村では馴染みのない単語が出てきた。

そもそもここから王都まで大体1か月と少しはかかるはず。

つまりは3か月に1回という頻度は、寄り道を全然せずに

常に王都とミラリアとの間を移動しているということになる。

 

「もしかして、この村は王都と関係があるってのか」

 

「そう。それに私は厳密に言うと商人ではない。

 確かに途中の街々で物品の売り買いをして商いをしているが、

 主な役割としてはこのミラリアと王都を繋ぐことなのだから」

 

ハツカとアーデルハイドは顔を見合わせる。

まさかこんな辺境の地で、そんな話を聞かされるとは思いもしなかったからだ。

ホノカが眠そうにあくびをする。

そんなホノカの頭をよしよしと撫でた。

 

「別にそう難しい話でもない。

 エルフと人間の間に『約』が結ばれてから20年と少し。

 エルフも少しではあるけれど人里に降りた……その一つがこの村だということ」

 

「……あまり繋がっている話のようには思えません。

 確かにこの村にはエルフが多いですが、何故あえてこんな場所に」

 

ハツカの疑問にウインは彼女たちが出てきた宿……その向こうに視線を向ける。

 

「世界樹を植えるのに、ここが一番適した場所だった。それだけのこと。

 この大地には7つの世界樹が存在している。

 その中でもミラリアの世界樹は最も若く、そして唯一の平地に存在する世界樹」

 

「世界樹……」

 

「そう、そしてこの世界樹はとても人に近しい。それが理由」

 

いまいち、この仮面のエルフの言っていることは意味が伝わりにくい。

恐らくハツカたちと常識と知識のベースが違いすぎるためだ。

少なくとも今は聞いてもきちんと理解もできないだろう。

人に近しい世界樹、というのが何を意味するのだろうか。

 

ウインの相棒である獣……ホノカがひょいっと軽い身のこなしで荷台に乗り込む。

大きな体であるにも関わらず木箱の間に器用に寝そべった。

無言ではあるが、どうやら早く行こうと言っているようだった。

ウインは相方に頷き、馬車の御者台に乗る。

 

「この村は求められていること……それ以上に対して無頓着。

 だから20年以上も変化がなかった。

 けれど他の村にないものが多くあるのは間違いない。

 だから、まずは他の街と繋いでみるといいと思う。

 動き出した時は必ず縁を繋ぎ円を描いていくのだから」

 

馬車は動き出す。ウインは手を振り、

 

「そうそう、アデラには行ってみた?

 まだなら一度行ってみるといい。

 君たちなら、きっと面白い出会いを見つけるだろう」

 

予想ではなく断言。

仮面のエルフには何が見えているのだろうか。

戸惑う二人をよそに、それ以上は言葉を続けず平然と立ち去って行った。

荷台から一度ホノカがひょこっと顔を出して2人をじっと見た後、また顔を引っ込めた。

一応はホノカなりの挨拶のつもりらしい。

 

「……なんか、変な人でしたね」

 

「エルフってのは何考えるかわっかんねぇな」

 

率直な感想がそれだった。

見送った二人は宿屋の中に戻り、壁に貼られた地図の前に向かう。

 

「で、アデラってそもそもどこだよ?」

 

「えーと……ありました。西の方ですね。ここから2日くらいの距離にあります」

 

「はあ? 西だぁ? そっちにあるのは海じゃねぇのか」

 

ハツカがミラリアを指でさして、左へすっと動かす。

平地で繋がっているため行くのは問題がないが、

ミラリアから西ということは更に大陸の隅ということになる。

アーデルハイドの言う通り、少し行けば海に当たってしまうくらいの位置だ。

 

「ここよりはでかい町にみえなくもないが、なんつーか微妙な位置だな」

 

「そう、ですね。なんとも言い辛い場所です」

 

アーデルハイドが肩を竦める。

森に囲まれているミラリアに比べ、周辺の町からはアクセスは良いだろうが、

用事もなければあえて行こうとも思わない場所だった。

 

「いえ、ここは行くべきだよ!」

 

そんな二人に声をかけたのはリンデ。

左手を腰に当て、右手をぴんと立てる。

 

「そして白小麦を買ってきて! あと海の幸もね!」

 

そういえばピザの良い小麦があるとウインが言っていたのを思い出す。

 

「うーん、確かに一度くらいは見に行くのもいいかもしれません」

 

「おいおい、無駄足になるかもしれねぇぞ、こんなとこ」

 

とはいえ、ミラリアにいたところで依頼があるわけでもなく、

結局はどこかへ稼ぎに行かなければならないのだが。

 

「では、私は一人で行きます。アーデルハイドは寝ていればいいです」

 

「いかねーとは言ってねぇだろ、ったく」

 

決まりだった。

なんだかんだてアーデルハイドもウインの言っていた言葉が気になっていたのだ。

2人は支度を整えて、すぐに出発したのだった。




書いてる方も、読んでる方も刺激の薄い説明パートです。
ないと困るけれど、でも別段見せ場があるわけでもない、そんな場面でした。


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26.「気味の悪いものが出てきましたね」

ミラリアからアデラまで向かう経路は二つある。

一度、南下してから森を抜け森沿いに平原を抜けていくルート。

ハツカが先日地図で確認した通り、大体2日かかるだろう。

平原に出れば見通しが良いため安全を確保しやすいが、

少々回り道となってしまう。

もう一つのルートは西へ真っ直ぐ進み森を抜けていくルート。

人の行き来がないため道と呼べるものはないと予想されるが、

代わりに距離的にはぎりぎり1日で移動できる。

さて、2人が選んだのは最短距離となる二つ目のルート。

もしアデラとの間に交流が出来れば開拓しておいて損はないルートだからだ。

下見も兼ねて、あえて不確定要素の多い道を選択したのである。

 

「なんだよ、案外に普通じゃねえかよ」

 

が、道なき道を進むことを覚悟していただけに拍子抜けした。

思いのほかに開けた森だったのである。

木々の合間から覗く太陽の光が十分な明るさで照らしてくれているし、

地面に茂る草もそこまで伸びているわけではない。

平坦で石も少なくアーデルハイドが寝そべる荷台もあまり揺れずに快適だった。

 

「……」

 

ハツカはゴーレムの歩幅を狭く歩かせることで道を均しながら進んでいく。

何回かこのようにゴーレムを歩かせて往復すれば道と言えるものになるだろう。

これで街同士が繋がれば気軽に行き来できるようになるが……

 

「ま、そうはならなさそうってことか、ハツカ?」

 

注意深く周囲を見回すドールマスターの様子に、

アーデルハイドは彼女は何かに気づいているのだろうと察した。

直感と洞察力においてハツカ=エーデライズは非常に優秀だ。

 

「そうですね。

 そこまで大きくはなさそうですが、地を這う存在が複数いるようです」

 

「竜か?」

 

「いえ、違うように思えます。竜のように堂々としてはいません」

 

このルートについて出発前、ミラリアの村長に尋ねるとこう教えてくれた。

 

「一度だけそこを通ってきた旅人がいたのだけれども、

 『ずっと何かに見られているような気がした』と気味悪がっていたわ」

 

アデラからミラリアに向かう理由があるわけでもないので、

それ以来、森を通ってきた者を見てはいないのだという。

 

「おいおい、幽霊じゃないんだからよ」

 

「……確かに、ちょうど少し前から、確かに見られている感覚があります」

 

「……ほう」

 

ゴーレムが足を止める。

アーデルハイドが槍を手に持ち荷台から降りた。

ゆっくりと深呼吸して、感覚を研ぎ澄ます。

そこに「何かいる」と教えてさえもらえれば、

アーデルハイドも敵の不意打ちに対応できる。

冒険において長時間ずっと集中力を維持して警戒できるハツカが特殊なだけで、

瞬間的な集中力に関しては冒険者の必需スキルだ。

そうでなければ危険な場所で生き残ることなどできるはずもない。

 

「っ!」

 

アーデルハイドが弾けるように飛び出した。

少しだけ背の高い草むらに向けて槍を突き出す。

ガサガサと音を立て、慌てたようにその獣は姿を現した。

 

「気味の悪いものが出てきましたね」

 

ハツカが嫌そうに呻く。

シューと甲高い声をあげながら、長い舌をちろちろと出して値踏みしてくる獣。

冒険者たちはその獣の名前を知らなかったが、

それはダブルアイリザーと呼ばれる獣。

一見すると1.5メータくらいの巨大なトカゲだが、

トカゲというにはあまりに異様な風体をしている。

黒ずんでまだらな皮膚の色をしているのはまだいい。

しかしムカデのように足が無数にあるのだ。

短いその足がカサカサと忙しなく動くことで地面を自在に歩き回る。

そして頭が二つあるのである。尻尾がなく、前後に頭があるのだ。

その顔にはギョロリとした大きな一つ目。

二つの頭にそれぞれ一つがつある瞳が、ダブルアイリザーの名前の由来だ。

地面を這いつくばり前も後ろも関係なく動く様は、

様々な獣を見慣れている冒険者であっても生理的に嫌悪感を抱く。

 

「こいつら、アタシたちとやる気らしいぜ」

 

逃げる獣を深追いせずにアーデルハイドは下がる。

そう、一匹ではなかったのだ。

迂闊に追いかけていれば、左右に隠れていた獣たちに挟まれていただろう。

 

――囲まれている。

 

ゴーレムの肩にいるハツカからは

隠れているダブルアイリザーたちの姿が見えていた。

なるほど、こんな獣が腹を引きずりながらうろうろしていたら、

こういう感じに森の地面も綺麗になるだろう。

 

「アーデルハイド! 討ち漏らしたら頼みます!」

 

ゴーレムは豪快に足音を立てながら走る。

進路上にいる獣が慌てて逃げるが、遅い。

ブンッ!

ビンタをするように大きく振りぬかれた腕が逃げ遅れた獣を複数吹き飛ばす。

まるで砲丸のように打ち出された獣たちは木に激しくぶつかり、

口から血を吐いて絶命する。

変則的で予測し辛い動きであっても一気に薙ぎ払ってしまえばいい。

それこそがゴーレムの戦い方だ。

 

「ちっ!」

 

アーデルハイドが舌打ちしながら飛びかかってきた獣を槍で貫く。

足で槍から引き抜きすぐさまに次の獣を柄で殴り飛ばす。

逆にアーデルハイドの槍は相性が悪い。

矛で貫くということは点の攻撃。

地面を張っている状態ではカサカサ変則的に動くダブルアイリザーを狙い辛い。

とはいえゴーレムのように薙ぎ払うには、

人が操る槍では隙がどうしてもできてしまう。

相手から飛びかかってる時を狙うのが一番なのだ。

自慢の火球も撃つ瞬間は足が止まるうえ、

爆風で視界が遮られるために周囲からばらけて襲い掛かられている場面では見極めて使わねばならない。

 

ドンッ……ドンッ……!

 

足を踏み鳴らすゴーレムの足音は威嚇として十分。

獣たちは逃げずに数で押し脅威を排除する選択をしたようだが、

それでも暴れまわる巨人にどうしても臆してしまう。

その中途半端に襲い掛かろうとする姿勢が仇となっていた。

 

「このっ!」

 

カサカサと地面を這いながらくる獣を腕で叩き潰し、

足で蹴り飛ばし、踏みつぶす。

獣たちの不快な断末魔の血の臭い。

 

「燃えちまいな!」

 

隙を見て放たれるアーデルハイドの火球が獣を焼く。

足を止めた彼女に獣が襲い掛かるが、

ゴーレムが彼女を掴み別の場所に移動させて避ける。

 

「クク……助かるぜ!」

 

「無理はせず、着実に数を減らしてください!」

 

2人は開けた場所で戦い続ける。

次から次へと湧いてくる獣……しかし、それにも限度がある。

40匹は倒しただろうか、気づけば周囲には屍の山が積まれており、

生きている獣はいなくなっていた。

 

酷い異臭がする中、2人は油断なく警戒していたが……

 

「終わりました」

 

ハツカがふうと息を吐く。

ゴーレムの肩に乗るハツカが見回しても周囲には獣はいないようだった。

吐き気を催す酷い有様であり、

アーデルハイドに至っては返り血でべったり汚れていた。

 

「さて、こいつらは売れると思うか」

 

だというのに平然としたものである。

獣を倒せば金目のモノになるか食料になる、冒険者たちの基本中の基本である。

 

「肉はさすがに手を出したくはないてすが……皮は良さそうですね」

 

「このでっけぇ目玉とか面白くないか」

 

「面白くはないですが、一応いくつか獲ってみますか」

 

戦後処理に入る。

アデラに到着するのはもう少し時間がかかりそうだった。




実写版の場合はトラウマになりそうな光景です


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27.「ギルド名は『エーデンウェル』」

結局、アデラについたのは翌日だった。

獣の処理やら、初めての道なのでゆっくり移動したから時間がかかったのである。

一応は交代で見張りを立て仮眠をとったが、先日の戦闘での疲労も残っていた。

 

「ねみぃな。今日は一日、泊っていくか」

 

「あなたはさっきまで荷台でぐうぐう寝ていたじゃないですか」

 

「ンだよ。夜はお前の方が多く寝させてやっただろうが」

 

アデラは一応は港町だった。

そこまで大きい町ではないが、それでもミラリアよりは当然人は多い。

ハツカたちが町に入るとみなが一斉に振り返る。

それもそのはず、初めてゴーレムを見れば誰だって驚く。

 

「とりあえず冒険者協会のありそうな酒場でもいくか?」

 

「うーん、先に後ろの荷物を売りさばいてしまいたいんですけど」

 

なにせ初めての町だ。

どこに何があるかわからない。

 

「どうせ価値もわからねぇんだ、協会で引き取ってもらおうぜ」

 

「そうしますか」

 

本当に高く売りたいなら商人に直接売るのが一番いい。

だが交渉事は手間であるし、

そもそも売りたいものの価値自体がわからない時はぼられる可能性が高い。

それに引き換え協会であるならば手数料はとられるが、

きちんと相場に近い金額で引き取ってくれるのだ。

よそ者が直接行うよりも、町の顔である協会に売買してもらう方が面倒は少ない。

通行人に道を尋ねて協会のある酒場に到着する。

酒場は入口からは遠くない場所だった。

ゴーレムの足音に驚いて出てきたのは年老いた男性。

ひょろりとした体に、長く伸びた白い顎髭がもやしを連想させた。

 

「これはまた……珍客がきおったわい」

 

「後ろの荷台のモノ、引き取ってくれませんか?」

 

どうやら協会の人間らしい。

すぐに頷き、荷台を覗き込む。

 

「おぉ……これまた、派手に暴れてきたの」

 

彼はダブルアイリザーから獲ったものをしげしげと眺める。

 

「もしかしてお前さんたち、ミラリアから森を通って来たのか?」

 

「ああ、ついでにこいつらを狩ってきたんだよ」

 

「豪快じゃのぉ……まあ、中に入りなされ」

 

2人が入ると、中には数人の冒険者がいるだけだった。

デクと名乗った老人はカウンターに入る。

ハツカとアーデルハイドはその前に座った。

 

「ケム! 外の荷台の査定をしてくれんか!」

 

「はいっ!」

 

その声に奥から出てきたのは少年だった。

どうやら隻眼らしく眼帯をつけている。

まだ10歳くらいではないだろうか、

けれど利発そうな雰囲気をしている。

持ち込み物の査定はその町の協会の信頼に関わる重要な役割なのだが、

それを任せてもらっているということは確かな目を持っているということだ。

 

「初めて来たんですが、港があるということは船の出入りが多いんですが?」

 

「いいや、冬の時期は海が荒れるんで交易船も来なんでな。

 この時期は漁師の上げた海産物くらいしかモノはないの」

 

他のテーブルで飲んでいる冒険者を指さし、

 

「あやつらは常連でな。この時期の仕事は商人の護衛くらいなもんさ」

 

彼らは護衛を専門としているらしい。

 

「もう3か月もして海が穏やかな時期になれば町も賑わう。

 その時にお前さんたちが買ってくれたダブルアイリザーのモノも売れるの」

 

デクが出してくれたのは深い青色をした飲み物。

 

「海が近いから海産物だけかと思われとるが、ベリーも特産品でな」

 

べリベットという名前で、青いベリーを砂糖と酒で漬けたものらしい。

一口舐めてみると、少々きつい味だが飲み応えはありそうだ。

 

「ここには白小麦もあると聞いたんですが」

 

忘れないうちに目的の一つである小麦について尋ねる。

 

「ほう、また珍しいものを知っておるな。

 まあ、パンにしてもうまくないが栽培が楽で細々と非常用に作ってはおるよ。

 パンにはもっぱら隣町から仕入れたモノを使うからの」

 

「後で価格を教えてくれよ。場合によってはがっつり買ってやるぜ」

 

アーデルハイドの言葉に首を傾げる。

 

「お前さんたち、あの小麦を買いにきたのか?

 随分と変わっておる。どこの誰が欲しがってるじゃ?」

 

探っているというよりは、純粋に好奇心から尋ねてきているのだろう。

 

「ミラリアにある宿の店主がピザを作るのに使いたいそうです。

 私たちはそこを拠点としている冒険者です」

 

隠す必要もないので正直に明かす。

 

「ミラリアに? ほう、あそこは宿すらないと聞いておったが……」

 

そこで彼女たちを見て気づいたように声をあげる。

 

「お前さんたち、もしかしてケーレンハイトにいたっていう

 ドールマスターとアイゾンウェルの魔槍か?」

 

「なんだ、アタシたちのことを知っているのか?」

 

「いや、名前だけじゃよ。お前さんたちは有名だからな。

 そうか、ゴーレム使いの冒険者なんぞそうそうおるわけないわな。

 お前さんたちが街から出て行った、ということくらいしかワシも知らなんだ。

 まさかこんなところにいるとはの」

 

冒険者の情報は協会内である程度は共有されている。

知名度の高い冒険者である二人のことだから、知っていても不思議ではなかった。

 

「何故あんな村に、とは尋ねはせんが、

 二人はギルドを組んで活動をしているのか?」

 

「いえ、成り行きで一緒にいるだけで無所属です」

 

そこへ査定をしていた少年ケムが戻ってくる。

 

「じいちゃん! これでどう?」

 

明細を見てデクは「ふむ……」と頷く。

 

「皮はザックに需要がある。あと4000ラピス乗せておけ」

 

「はいっ!」

 

彼はさっと訂正をして、リストをハツカに手渡した。

 

「これでどうですか!」

 

さて、どんな価格になったのか。

アーデルハイドが横から覗き込み、「ひゅー」と口笛を吹く。

 

「2万7000ラピスですか。正直に言うと想像以上に高値で驚きました」

 

「なんじゃ、知らずに持ってきたのか。

 ダブルアイリザーの皮は保温性に優れておる。

 それに目玉は珍味でな。

 酢でつけて熟成させたものは他国で重宝されているらしい」

 

あの気持ち悪いモノは食べることができるらしい。

狩った2人からするととても口にする気も起きないが。

 

「なあ、マスター。

 こことミラリアの行き来してくれるような商人はいねぇか?」

 

冒険者協会は町で一番情報が集まる場所であることが多く、

どうやらアデラもそうであるらしい。

このマスターであれば色々と知恵を借りられると考えたのだ。

 

「ふむ……」

 

マスターは考える仕草をする。

 

「ミラリアには今、何があるんじゃ?」

 

「私たち二人と、宿があるだけです」

 

「なら商人より先にまずは冒険者協会が必要じゃな」

 

そう断言した。

 

「協会を……? アタシたちしか冒険者がいねーのにか?」

 

「協会はお前さんたち冒険者たちのためだけにあるわけではないからの。

 その土地の窓口みたいなもんじゃよ。

 依頼を管理するということは町の者と深く関わり合いが必要であるし、

 こうしてお前さんたちのようによそモンを見極める役割もある」

 

マスターはベルベットのおかわりを注いでくれる。

 

「そこに何が必要か、何を求められているか。

 組合があれば必然的にわかってくるもんじゃ。相談役に近い」

 

「へえ……そういうものなのですね」

 

「そして、お前さんたちはギルドを組むといい。

 村の代表となるギルドがあれば、他の町からも依頼をかけやすい」

 

「ギルド、ですか」

 

ハツカはアーデルハイドの顔を見る。彼女はニヤリと笑った。

正直に言うと、彼女とあまりギルドを組みたくはなかった。

今のなあなあの状態であれば、それこそいつでも関係を切れるからだ。

 

(とはいえ、ギルドを組むメリットは確かに大事です)

 

そんなハツカの葛藤をアーデルハイドは勿論わかっていた。

実は彼女も同様だったからである。

しかし、アーデルハイドという冒険者はそんな些細なことよりも、面白いことを望む。

 

「いいじゃねぇか。お前が先に始めたことだ、ギルド名は決めさせてやるよ」

 

そして無茶ふりをしてきた。

ハツカは頭を抱える。今までギルド名など考えもしなかった。

しかし今、ここで決めてしまった方がいい。

あまりずるずると長引かせると余計にぐだつきそうだと思ったからだ。

 

「どんな名前でも構いませんか?」

 

「ああ、文句は言うけどな」

 

気楽そうにニヤリと笑う。

ハツカは安直ではあるが、思いついた名前を口にした。

 

「ギルド名は『エーデンウェル』」

 

「うわ、だっせぇ」

 

「もう決めました。これでいきます」

 

ハツカ=エーデライズとアーデルハイド=アイゾンウェルが所属するギルド。

2人の姓を混ぜただけのものだ。

 

「決まりじゃな。ケム!」

 

「はい?」

 

突然名前を呼ばれた少年にきょとんとして返事をする。

そんな彼にマスターはいきなりそれを告げた。

 

「ミラリアで冒険者協会を開業してくるんじゃ。

 お前はまだ歳は若い子供だが、ワシより優秀でもう一人前だ」

 

「ええっ!?」

 

突然のことに驚きを隠せない。

 

「いいんですか?」

 

「構わんよ、誰かの下にいるより自分で始めた方が見えることもある。

 それに冒険者協会を1から立て上げれる経験なんぞ、貴重な体験じゃぞ」

 

老人は「ワシも親から継いだだけじゃからな」と言って笑う。

 

「ケム、失敗しても帰ってくればいいんじゃよ。

 別にミラリアには元々なかったんじゃから、誰も困りはせんよ」

 

「でも……」

 

気楽に言われるが、ここで頷くことは重大な決断だ。

答えあぐねる少年に、アーデルハイドは声をかける。

 

「いいから来いよ」

 

「えっ」

 

「退屈はさせねぇよ。それとも自信がないのか、ちっせぇやつだな」

 

ハツカは深くため息をつく。

アーデルハイドは例え相手が小さな子供であっても対等に扱う。

それはある意味で美徳ともいえるし、配慮がないともいえる。

 

「……やるさ! じいちゃん、俺、行ってくる!」

 

少年はそう叫んだ。

後先を考えない決断ができるというのは、若者の特権だ。

 

「ふう……」

 

ハツカは息を吐いてから、

 

「マスター、一晩泊まります」

 

そう言ってからグラスを掲げる。

 

「新しい出会いに、もう一杯ください」

 

考えても仕方がない。

今日はとりあえず飲もうと決めた。

 




物語の性質上、新キャラがどんどん出てきますが、
いつも名前は脊髄反射で決めています。

名前はいつでも募集中。
もう名付けるのが手間です


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28.「こういうのも、悪くねぇな」

ミラリアの酒場にはちょっとした人だかりができていた。

一つのテーブルを囲み、みながああでもないこうでもないと言っている。

 

「うーん……!」

 

その中心にいるのはアデラから来たケム。

彼は難しい顔で唸りながら書類の山に向かっていた。

 

「ここの文字、間違ってるよー」

 

隣に座ったユナが指摘する。

 

「ユナ、あまり急かしてはいけないよ。慌てると余計に間違えるからね」

 

反対側に座っているのは白髪交じりの男性。

落ち着いた物腰に柔和な表情からいかにも「良い人」そうな感じを受ける。

彼はユナとボーガンの父親であり、キミカという。

テキパキと書類をカテゴリ分けをしながら整理しつつ、

一生懸命と書類を作成しているケムを助けていた。

 

「さっそく可愛がられているじゃねぇか」

 

少し離れたところで、持ち帰ったベルベットをあおりながらアーデルハイドは笑う。

ハツカは同じくアデラで購入した干物を食べていた。

彼女にとって海の幸というのは今まで縁がなかったが、

このゲソという名のよくわからない生き物の足は実に美味だと思う。

 

「案外、協会の開設って手間なんですね」

 

ケムが今取り掛かっているのは協会を新たに立ち上げる申請書類。

領主に提出して認可をもらって初めて運営ができる。

アデラの協会からの推薦もあるため申請は通るだろうが、

しかしながら提出書類が減るわけでもない。

人口から村の経済状況、年間計画と冒険者管理の規律作成……

一日や二日で作成できる量ではなかった。

村のことについては村人に聞かねばわからないので適当に声をかけたのだが、

物珍しさからか色々と集まってきて、今の状況となったのである。

 

「しかし……随分と手馴れていますね」

 

ハツカの言葉が聞こえたのか、ユナは胸を張った。

 

「当たり前だよー。うちの父さんは昔は王都で書記官をしていたんだからー。

 書類作業が元々の本業、得意中の得意なのー」

 

「……書記官?」

 

問い返すとキミカがユナにデコピンをした。

 

「こら、余計なことはを言うんじゃないよ。

 そんな昔の話は、今は関係ないからね」

 

「はいー」

 

アーデルハイドがハツカに小声で尋ねる。

 

「書記官ってなんだ?」

 

「自信はありませんが……王都執政官直属の役職にそんな名前があったような気がします」

 

「……もしかして、えらいさんってことか?」

 

「恐らく、ですが」

 

ミラリアが王都に何らかの関わりがあるとは感じていたが……。

前々からハツカが思っていたことがある。

この村に住む住人は妙に「育ちが良い」ということ。

普通、辺境の村では全体で数えるほどしか文字を読める人がいない。

だがミラリアに限ってはハツカの知りうる限りでは、識字率が100%だ。

それにこの酒場で食事をしている村人たちの食べ方が非常に綺麗だ。

正直に言うと村人に比べてしまえばハツカとアーデルハイドの食べ方は汚い。

細かいところを上げればキリがないのだが、前々から違和感があった。

 

(もしかして……ここに住む人間はみな王都の出身ということですか?)

 

村が出来て20年、ボーガンやユナのような若者はここで生まれ育ったと聞くが、

その親たちはそもそもどこから来たのか。

また半数もいるエルフも、何故わざわざ里から出てここにいるのか。

 

「はい、お集まりのみなさん!

 新しくなった名物ピザが焼けたよ!」

 

物思いに耽っていたハツカは、元気の良いリンデの声を思考を打ち切る。

 

「「おおー」」

 

酒場に感嘆の声が上がる。

リンデが意気揚々と持ってきたのは焼き立てのピザ。

窯の調整を繰り返した結果か、見事に焼きあがっている。

以前のものよりも生地がパリッとしているのは見ただけでわかった。

 

「さあ、みんな座って座って!

ちゃんと全員分あるからね!」

 

後ろからボーガンがえっちらおっちら運んでくる。

 

「はい、お二人ともどうぞ」

 

ハツカとアーデルハイドの前にも熱々の一枚が置かれる。

 

「これは……真ん中で具が分かれてるんですね」

 

「へえ、こいつは面白いじゃねぇか。1枚で2回楽しめるってか」

 

左半分は前回と同じキノコと川魚のトッピング。

右半分はアデラから持ってきたイカやタコが豪快に乗っていた。

足がたくさんチーズからはみ出ていて、正直見栄えはよくないが……

 

「これは……美味しい、です」

 

食べてしまえば、大事なのは味だけ。

ハツカは熱いのを苦労しながら食べる。

 

「名付けて、森の村ミラリアの奥ゆかしいキノコと川魚が出会った

 港の村アデラが誇る大いなる海の恵みの雄大さを感じられるハーフ&ハーフピザよ!」

 

「語呂が悪いし、いい加減もう少しまともなネーミングはできねぇのかよ」

 

しかし2種類のトッピングが混在したものは面白いと思う。

これがどんどん増えて、クォーターピザになれば飽きずに楽しめるのではないだろうか。

また生地も色んなものを使っていければ、それだけバリエーションも豊かになるに違いない。

ある意味で、村が発展していく様が形になったものともいえる。

別にリンデが意識をしているわけではないが、このピザというのが栄養素が高い。

食べすぎれば勿論太るが、普段から質素な食事をしている村人にとっては良い刺激になるのであった。

王国では鉄板で焼く肉や、適当に食材を炒めた料理が一般的なことに大して、

このピザをメインに押し出し名物とするのは、

というのはゆくゆくを考えればあながち的外れな謳い文句ではないのかもしれない。

 

「ハツカ」

 

アーデルハイドがベリー酒をあおりながら上機嫌に笑う。

 

「こういうのも、悪くねぇな」

 

村を自分たちで盛り上げていく……そう決めたはいいが、

正直に言って2人にとって具体的なイメージがあったわけではない。

 

「そうですね。悪くありません」

 

けれど、こうして一つずつ形になっていくのが見えるというのは、

想像していたよりもずっとワクワクするということに気付かされる。

 

「次は、何をしましょうか」

 

ハツカはこれからのことに思いをはせたのだった。




ピザハ〇トとかド〇ノビザのチラシを見ながら書いたわけではありません。
あークォーターピッツァ食べたいなー。
というかこの話、既に章ごとに起承転ピザのワンパターンなルーチンに陥っているのでは……

あと少しだけ4章は続きますが、5章になってやっと、
ハツカとアーデルハイドから遅れて、三人目にして最後のヒロインが登場の予定です。
名前は……まだ決めてません。募集中


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29.「アーデルハイドとどっちが物騒ですか?」

アデラから戻ってきて数日が経ったある日、

 

「メンテナンスを先にしたい、ですか」

 

ハツカがラエルに呼ばれて工房に行くと

数か月に1回予定の定期メンテナンスについてそう言われた。

 

「ああ、実は来月の2週間はうちの工房は使えなくなるんだ。

 だからその前に、整備を済ませてしまいたいってことなんだけど」

 

奥を見るとアーデルハイドの槍が置かれていた。

どうやら魔槍は先にメンテナンスに入るらしい。

通りで朝から彼女が酒を飲んでだらだらしていたわけである。

いや、結構普段から飲んではいるのだが……

 

「珍しいですね。ラエルもどこかへ出かけて不在にするということです?」

 

「いや、そういうことじゃない。

 定期的な大仕事があるんだ、この工房で。

 だからその間は別の仕事ができないんだよ。

 それが来月に決まったんだ」

 

「大仕事……ゴーレム以上の仕事、ということですよね」

 

彼は少し誇らしげに頷く。

 

「そうだ。王国、いやこの大陸でもその仕事ができるのは2か所しかない。

 そのうちの一つが、ここ、ミラリアのルーンパドなんだよ」

 

ハツカは工房を見回して気づく。

普段はごちゃごちゃ色んなものが散乱している工房だが、

よくよく見ると整理が進んでいる。

 

「どんな仕事か、聞いても?」

 

「あー……当日の前には多分、村長から説明があるとは思う」

 

そう言ってから、うーんと少し考えてこう答えた。

 

「数あるアーティファクトの中でも、エルフたちが『秘宝』と呼ぶ代物。

 元々はここのルーンパドはそれを調整するためだけに建てられたんだ」

 

「秘宝? そんな大層なもの、私は聞いたことがありませんね……」

 

「いや、多分それを見たときはわかるはずだ。

 王国で最も有名なアーティファクトの一つなのだから」

 

その話が本当ならば、この工房の設備が充実しているわけも理解はできる。

しかし、何故そんなアーティファクトをわざわざミラリアまで持ってくるのだろうか。

 

「もしかして、この工房だけでなくミラリア自体がそれに関わっているのです?」

 

「そういうこと。だから、村を上げての『祭事』なんだ。

 それが来月行われるということだ」

 

今まで、あえて聞かないようにしてきた。

「いずれわかる」と言われてきたことではあるが、

それがやっとわかる時が来たということなのだろう。

 

「結構、人も来るから物々しいこと雰囲気になるかもしれない。

 おっかない人もいるからなぁ」

 

「アーデルハイドとどっちが物騒ですか?」

 

「いや、アーディのようなタイプではないよ。

 けど、怒らせるとアーディよりもヤバい人はいる……それも複数人」

 

「……今はあえては尋ねません」

 

金髪爆薬の異名を持つ彼女以上。

なんとなく予感はある……王都の絡みではないのかと。

ケーレンハイトを主な活動拠点としていたハツカも、

何度か王都へは足を運んだことがある。

王国の中心というだけあり、やはり色々と規格外といえた。

逆に言うと王都にでもいかないない限り、

アーデルハイドより物騒な人間などそうそういないだろう。

 

「ま、そんなわけだからさ。

 アーデルハイドのグロリオサの調整が終わったらミリアを調整させて欲しい」

 

「わかりました。魔槍の整備にはどれくらいかかりますか」

 

「念のため3日かな。今回は入念にしておきたい」

 

ハツカは頷く。

3日あるのであれば、一度アデラに行くのも悪くない。

ミリアをメンテナンスに出してしまえば、

ドールマスターのハツカに出来ることないので今のうちに用事は済ましておきたい。

 

「秘宝……それほど希少なアーティファクト」

 

ハツカは呟く。

来月に行われる祭事で見ることができるのだろうか。

それがどんなものなのか、彼女には想像もできなかった。

 

ちなみにこの時、アーデルハイドは派手にくしゃみをしていたという。




繋ぎの部分で短いです。
手抜ではないんです、仕方のないことなんです。


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30.「アタシたちにはお似合いだろう?」

冒険者が安易に稼ぐ方法の一つとして運び屋としての依頼を受けることがあげられる。

基本的には商人が生業とする仕事ではあるが、

商人や商隊は定期ルートでの巡回をメインとしている。

そこから漏れたモノや急ぎの届け物、

また手紙などを運ぶ際に冒険者へ依頼することがある。

 

「おかえり、ハツカさん」

 

アデラから帰ってきたハツカをケムが出迎える。

ゴーレムが引いている荷台には家具やら食材の入った木箱が山積みになっていた。

 

「ケム、言われた通りに買ってきましたけれど、

 これはちょっと詰め込みすぎじゃないですか。

 ゴーレムでもなければ運べない量です」

 

「いいんだ、最初が肝心だから!

 せっかく2人がアデラとの道のダブルアイリザーを大人しくしてるんだ。

 だからこそ今のうちにミラリアっていう選択肢を知ってもらわないと!」

 

ハツカとアーデルハイドが派手に暴れたせいで、

森の中でダブルアイリザーが出てくることがなくなった。

人間に対する恐怖心が植え付けられたのだろう。

皮はとれなくなるが、町と村を行き来しやすくなったのは大きい。

だからこそケムはまずはミラリアの存在を知ってもらうことが大事だと考えた。

人の交流こそが発展には一番大事であり、

ミラリアに最も不足している要素である。

 

「それに港町のアデラにとって、山菜や森の果実、川魚は馴染みがないんだ。

 だから需要もあるんだよ」

 

出身地のことはさすがに詳しい。

 

「思いのほか高く売れて驚きました。

 馴染みがないとはいえそこまでは価値はないとは思ったのですが」

 

「それはそうだ。こっちが先に『たくさん』買ったんだ。

 だから色をつけてくれてるんだよ、これからもよろしくっていうこと。

 アデラも今ま時期は商船も来ないから

 あっちも少しでも稼げるネタは欲しいに決まってるよ」

 

ハツカよりも年下の少年ではあるが、色々とよく見ているものだ。

さすがは協会を任されただけはある。

 

「おっ、荷物届いたんだ。いいね、いいね!」

 

リンデが荷台を見て嬉しそうにはしゃぐ。

そう積まれたテーブルや椅子はウグイス亭で使うモノだ。

ケムが提案して取り寄せたのである。

「ウグイス亭がこの村の主要施設、まずはここからきちんとしないと」とのことである。

 

ゴーレムがテーブルを持ち宿の前に並べていく。

 

「随分とミラリアのことについて聞かれましたよ。

 本当に今まで知られていなかったんですね」

 

「まずは興味本位でもいいから、人が来るきっかけを作らないといけないからさ」

 

その村の使者というのがゴーレムというのはある意味でインパクトは十分だ。

それだけで「ミラリアにはゴーレム使いがいる」と知ってもらえる。

ゴーレム使いは力仕事には最高の冒険者だ。

また海の荒れる時期はアデラも商人が中々に来ないため、

少しでも「小隊のルート」に入れてもらいたいとも考えている。

ミラリアと繋ぐことで、多少は商人たちの気も惹けるのではという思惑もあるだろう。

ゴーレム使いと魔槍という強力な冒険者が

今まで使われていなかったルートを開拓してくれたということは、

今後も更なるルートの開拓を期待する気持ちもゼロではないはずだ。

勝手に広げてくれるなら「乗っかりたい」というわけである。

 

「私が頼んだモノも買ってきてくれたかしら」

 

そこへ村長も顔を出す。

 

「ええ。そこの木箱に入っています」

 

ゴーレムが木箱を降ろして開けた。

そこにぎっしり詰まっていたのは乾燥させた海藻である。

 

「助かるわ。たまに塩っ気のあるものが食べたくなるのよ。

 それに煎じれば薬の材料にもなるから」

 

村長はやはり肉は食べないらしい。

エルフらしい菜食主義にとって海藻は日々のレパートリーの一つになるのだろう。

 

「そうそう、ハツカさん。

 今日だけ特別に使っても良いモノがあるの。

 あなたとアーデルハイドさん、2人には村も世話になっているわ。

 だからせっかくだからどうかしら」

 

「……今日だけ特別、ですか?」

 

「ええ。行ってみればわかるから。アーデルハイドさんはもう先に行っているわ」

 

よくはわからないが、ゴーレムを置いて村長に指示された場所へ向かう。

それは近寄らないように言われていた屋敷の方向だ。

屋敷は村から少し離れており、少しだけ開けた場所に建っている。

薄々とは感じていたが、恐らくここは高貴な身分の者の別荘か何かなのだろう。

屋敷はそこまでは大きくないが、上品な装飾が施された門に美しい外壁、

それに洗練された建屋であることが近づけばよくわかる。

普段は誰も近寄らないはずだが、今日は村人の中でも人間たちが清掃をしていた。

その指示をしているのはユナの父親のキミカだ。

 

「おや、ハツカさん。来たんだね」

 

彼はハツカに気付き声をかけてくる。

ハツカは周囲で忙しそうに作業する村人を見ながら訪ねる。

よくよく見るとエルフたちは、何やら細かい作業をしている。

具体的にはわからないが屋敷に置かれたルーンアイテムをいじってるようだった。

 

「これは来月の祭事に関係があるんですか。随分と念入りにしていますけれど」

 

「うん。そうだね。祭事の間、こちらに滞在される方がいるんだよ。

 その方に快適に過ごしてもらわないといけないからね」

 

キミカはそれ以上に説明はしてくれなかった。

 

「ユナ! ハツカさんを連れて行ってあげて」

 

「はいー」

 

屋敷の中から掃除用の頭巾をしたユナが出てくる。

 

「ハツカ。こっちにきてねー。アーデルハイドはもう入ってるから」

 

「……入ってる、ですか?」

 

さて、彼女は何に入っているんだろうか。

ユナについていくと、そこは屋敷の裏側だった。

屋敷から独立した、こじんまりとしている小屋があった。

屋根には煙突があり、何やらもくもくと湯気が出ている。

 

「はい、どうぞー」

 

なにかわからないまま、ハツカは中に入る。

するとそこには……

 

「よう、ハツカ。遅かったじゃねぇか」

 

上機嫌そうなアーデルハイドが酒を飲んでいた。

けれどいつものようにテーブルに座っているわけではない。

 

「これは……もしかして、風呂ですか」

 

そう彼女は裸になって、大きな湯舟に浸かっていた。

足を延ばしてゆったりとした姿で、グラスを持ち酒を飲んでいる。

珍しく編んだ髪を解いており、美しい金髪が広がっていた。

その姿はまるで一枚の貴婦人を描いた絵のようだった。

黙っていれさえすれば彼女も深窓の令嬢といえなくもない整った顔立ちをしているのだが……

しかしながら吊り上がった口元と意地悪そうな目が台無しにしていた。

最も、お淑やかなアーデルハイドというのは想像もできないが。

 

「ククク……そうだ。見ての通り、風呂だ」

 

小屋の中はタイル張りになっており、

壁は落ち着いた色の磨き抜かれた石で覆われている。

ハツカが靴を脱ぎ、素足でタイルに乗るとじわっと暖かかった。

 

「アタシもまさか驚いたぜ。こいつぁ立派なもんだよ」

 

彼女は湯舟をコンコンと叩く。

 

「ルーンで熱を逃げないようにして湯の温度を保つんだとさ」

 

「ではどこかで火を焚いているんですか?」

 

そう尋ねると、アーデルハイドは何故か笑う。

 

「ククク。まあ、先に入れよ。こいつぁ極楽だぜ」

 

ハツカは一瞬躊躇したが、寒い中、村に帰ってきたばかり。

暖かい湯気の籠る小屋の中も暖かいが、やはり湯は魅力的だ。

 

「……では、私も」

 

ローブを脱ぎたたみ、全部服を脱ぐ。

後ろで結っていた髪をほといた

ハツカは湯舟に恐る恐る足をつける。

 

「あつっ!」

 

「体が冷えてるからだよ。言うほどは水温は高くねぇからな」

 

その言葉に、ゆっくりと入ってく。

 

「……あっ」

 

そして肩までつかると、深い息をついた。

 

「これは……いいですね」

 

ハツカの顔がだらしなく緩む。

大量に水は使うわ、水温管理が大変だわ、掃除が大変だわと、

風呂なんて贅沢なものは街中でもなかなかにお目にかかれない。

 

「だろ? ほらよ、ベルヴァナーだ」

 

彼女がグラスを渡してきて、脇に置いていた酒瓶から注いでぐれる。

 

「ここであえてのベルヴァナーですか」

 

「こいつが一番手軽だからな」

 

2人はグラスを傾けて、キンッとぶつける。

 

「アタシたちにはお似合いだろう?」

 

立派な風呂の中につかりながら安物の酒を飲む。

それはなんともこの二人らしさのある選択だった。

 

「こいつは普通は外で焚いて水を温める風呂なんだとよ」

 

「では、今も誰かが薪で焚いてるのですか?」

 

「ククク……まあ、今日だけしかこの風呂は使わせてもらえねぇらしい。

 だからからこいつを使った」

 

彼女が顎で示す先にあったのは……

 

「呆れました……魔槍で湯を沸かしているんですか」

 

端にある管に魔槍が突き刺さっていた。

どうやらそこから熱が伝わってきているらしい。

 

「あえて出力を絞ってんだよ。

 こんな無駄な用途にアタシのグロリオサを使うのは今日だけだ」

 

魔槍はそんな器用に熱を調節できるアーティファクトではない。

普段の出力が熱を放てば一瞬で沸騰してしまうだろう。

つまり、この風呂を沸かすためだけに出力を調整した

「風呂焚き専用」モードなわけだ。

 

「はあ……なんだか力が抜けました」

 

ハツカは広い湯舟の中で脱力して体を伸ばす。

彼女の体がふわりとあがり、胸が浮かぶ。

それを見てアーデルハイドが舌打ちをした。

 

「見せつけてんのか、ああ?」

 

「そんなわけないでしょう。大きくたっていいことなんてありません。

 ゴーレムに乗って動いている時も、揺れて肩が凝るんですから」

 

「黙れよ、ぶっ殺すぞ」

 

多少ぬるいとはいえ湯舟に浸かって挙句に酒を飲んでいるのだ。

アーデルハイドの顔はよくよく見れば真っ赤だ。

ハツカも酔いが回ってきたのか、ぼーとしてくる。

 

(清掃して試しに湯を張ってみたということですか)

 

果たしてどんな人物がここに来るというのだろう。

取り留めもない想像が浮かんでは消えていく。

 

「世界樹のある村、か」

 

呟く。

何も知らないままにこのミラリアに住み着いてしまったが、

やっとこの村のことがわかる時が来たのだろう。

それが自分にとってどう関わることになるのか、それはまだ不明だ。

けれども、その変化も楽しもうと思う。

今まで一人でやってきたけれど、気が付けば村で知り合いも増えて

今の生活が楽しくなってきていたところだからだ。

 

(これからも新しい出会いを繰り返していく……)

 

予感はあった。けれどそれがどんなものか今はまだ想像もできない。

 

「良い湯、ですね」

 

その後、のぼせて倒れていた二人をユナが発見し、

村人に抱えられて運び出された。




記念すべき30回目は温泉回です。
色気は置き忘れてきました。
これで4章は終わりで、説明できないままだった
エルフのこと、王国のこと、そして村のことを書いていきます。
地味で説明が多くなりそうなので読みやすいよう気を付けます、はい。


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5幕:世界樹の村
31.「最近の子は、おっかないねぇ……」


ハツカの乗るゴーレムが薪棚から薪に運び出してきた。

人の手で運べなくはないが、やはり巨人の力を利用する方が断然楽である。

 

「ありがとう、助かる」

 

エルフの男性が礼を言う。

彼の名前はオラル、見た目はハツカよりも下くらいだが歳は60を超えているらしい。

エルフは外見で判断ができないものだとつくづくと思う。

肩まで伸ばした髪が少しカールを巻いていること以外、

あまり特徴はない容姿であるためそれが逆に個性となっていた。

印象が薄いエルフがいればそれはオラルである。

 

「随分と薪を出すんですね」

 

「これから大量に使うからな。

 あわせてまた来年の分の仕込みも進めないといけないし面倒なことだよ」

 

「祭事に使うということですか?」

 

「というよりはそれにあわせて人が増えるから、

 単純に使用量も比例するだけだよ。

 一番は君も入った風呂も毎晩沸かすためのものだね」

 

なんとも贅沢な話である。

このあたりの森で取れる薪は燃やすと香りが強いものが多い。

暖炉で使うと他の薪より部屋に良い香りが広がるのだが、

いかんせん火持ちが悪く燃費が悪かった。

街によっては嗜好品とされるのだが、

それしか選択肢がないミラリアにおいては火力を保つのは一苦労なだけである。

 

「ミラリアの薪はもしかしたら他の街では需要があるかもしれねぇから、

 いっそどこかで売って代わりに他の薪を買ってきた方がいいかもな」

 

そこへ槍を担いだアーデルハイドがやってくる。

その隣にいるのは女性のエルフ。

温かいスープの入ったカップを持ってきて作業をしているハツカとオラルに渡す。

 

「そうねぇ。ハツカさんのゴーレムもいることだし今度頼もうかしら」

 

オラルとよく似た容姿をしているのはファラルという彼の妹だ。

ただ彼女の方が成長が止まるのが後だったらしく、

逆に外見だけではアーデルハイドより少し年上に見える。

2人は双子らしいが、ぱっと見れば姉弟に見える。

この兄妹が主に村の薪を生産しているそうだ。

 

「それにしても……」

 

ハツカは前々から疑問に思っていたことを口にする。

 

「今までエルフの知り合いがいなかったので、聞いただけの話なのですが……

 約を結ばれたとはいえエルフはあまり人間に好意的ではないと思っていました」

 

ここのエルフは基本的にそういった様子は見受けられない。

 

「まあ、この村にいるのは私たちのように人間を嫌っていない者だけが来ているからな」

 

「あっ、でも村長は昔は相当な人間嫌いだったのよ。意外でしょう?」

 

あの村長からは特にそういった印象を受けなかったが……

しかし思えば人間の口にするものをあまり食べようとせず、

どうにも嫌がっている節はあった。

 

「エルフもそうであるし、人間にも色々いることは知っているからね。

 あなたたちのことは私たちも好意的に見ているけれど……

 そういえば私、好きになれない人間がいるんだったわ」

 

「この村の人間ですか?」

 

「いいえ、違うけれどこの時期になると一応は顔を出すのよ」

 

ファラルが苦笑いをする。

ハツカとアーデルハイドが首を傾げていると、

オラルが何かに気付いたように視線を村の外に向ける。

 

「噂をすれば、ちょうどその本人が来たようだ」

 

遠くから向かってくるのは1台の馬車。

遠目に見ると商人が使うような馬車には見えないが……

 

「随分と、金のかかってそうなモンじゃねぇか」

 

その馬車はきちんと磨かれ汚れもない。

洗練されたデザインでそれを引く白馬の毛艶も商人たちが使う馬とは明らかに違う

 

「そういえば君たちは初めて見るんだったか。

 これに乗っているのは領主だよ、一応」

 

ミラリアはテルト領に属する村だ。

領、ということは当然ながら領主がいる。

 

「まあ領主っていっても何も仕事してないんだけどね」

 

その言葉は馬車の中から聞こえてきた。

扉が開き、よっこいせと一人の中年の男性。

 

「やれやれ、一日分の仕事はこれで終わり。あー、やっぱ遠出は疲れるわ」

 

ハツカとアーデルハイドがその領主を見た率直な感想は「確かに仕事をしていなさそう」である。

 

「君たちが噂の冒険者?

 いいねぇ、うちの領は冒険者とは名ばかりの者ばかりだからねぇ。

 まあ、それでも領主さんよりは何倍も役に立つんだけどさ。ははは」

 

身なりはいい。

ピシっと決まった燕尾の服はまるでおろしたての新品のようなハリ。

腰に下げた剣の鞘に刻まれた装飾は非常に美しく、それだけ相当な値のつくものだろう。

 

「……」

 

しかしそこにいるのはいかにもさえない中年オヤジであった。

ぼさぼさでみすぼらしい無精ヒゲに、

寝ぐせと判断が着きづらい激しい癖っ毛は櫛も通らないのではないだろうか。

身長は高いわけでもないうえ、だらしない猫背のため小さく見える。

彼は「ふぁー」と眠そうなあくびを隠すことすらしなかった。

ファラルが嫌い、というのもよくわかる。

ハツカとアーデルハイドも好きになれないタイプだ。

 

「テルト様、背筋が曲がっております」

 

「え、領主さんの背筋と根性が曲がってるのは今更だから別にいいじゃん」

 

従者である白髪の年配の騎士の言葉にも面倒くさそうに答える。

彼の襟元に光る紋章の色は緑。確かに階級は高いとはいえる。

王国において、公職に属するものは武官でなくとも全員が騎士である。

その階級は虹の色になぞらえ7つに分かれており、

下から順に赤、橙、黄、緑、水色、青、紫と上がっていく。

緑は地方領主としては妥当な階級であった。お付きの騎士は橙である。

背筋をぴしっと伸ばし控える様は堂々としており、

こちらの騎士の方が領主と言われてもしっくりくる風格だ。

 

「ちなみに領主さん、独身なんだ。

 そして実は綺麗なお嫁さん募集してるんだけど。

 スレンダーでシュッとした奥さんって素敵だと思わない?」

 

領主がアーデルハイドを見て、少しはにかんだ様子で言う。

 

「心優しいアタシは笑えない冗談でも許してやることができる。

 ただしそいつが……冗談であれば、な」

 

アーデルハイドはニヤリと笑う。

ただし目は全く笑っておらず、槍をポンポンと体の前で叩く。

 

「おっ、おう……勿論冗談だとも。

 領主さん、小柄で可愛いお嫁さんでも……」

 

ハツカの方をちらりと見るが

 

「……なにか?」

 

無表情のハツカ、そしてその後ろにゴーレムが腕を組んで見下ろしていた。

 

「最近の子は、おっかないねぇ……」

 

領主は冷や汗を掻きながら視線をそらした。

なんとも情けない限りである。

 

「テルト様、どうやらちょうどいらっしゃるようです」

 

そこへ控えている騎士が言葉をかける。

みなが振り返るとそこへ何かが飛んでくる。

 

「……ドール?」

 

それは人の顔くらいのサイズしかないドールだった。

甲冑を身にまとった人型のドールで、

まるで天使のような翼を持ちふわりと空を飛んでいる。

まさに人形と呼ぶべき表情のなさ、そしてその小さな体に背負っているのは大きな斧。

 

「おいおい、ドールだけでドールマスターはどこにいるんだ」

 

アーデルハイドが怪訝そうに呟く。

 

「斧を持つ……翼の人型ドール?

 まさか……」

 

ハツカはそのドールを知っていた。

いや、正確には噂で聞いたことがあるだけなのだが……

しかしそれはドールマスターであれば誰もが知っているであろう存在。

 

「いやはや間に合った良かったよ。

 領主さん、さすがに遅刻したら洒落にならんからね」

 

領主とその従者、エルフの兄弟がひざまずく。

カラカラと馬車の音が近づいてくる。

 

その馬車は領主の乗ってきたものとは違い、黒一色で統一された地味な馬車であった。

馬も黒い毛並みで、日が暮れてしまえばその姿は見えなくなるだろう。

御者台で手綱を持っているのは屈強な男。

この寒い中なのに何故か上半身は半裸で、鍛え抜かれた筋肉をまるで見せつけているようだった。

ぱっと見は「変なやつ」であるが、

彼がまとう雰囲気がただモノではないとハツカもアーデルハイドも気が付いていた。

 

「おい、ハツカ。お前、もしかして向こうから来るのが誰かわかったのか?」

 

尋ねると、ハツカは少し頭を抱えて頷いた。

 

「ええ……あのドールは間違いありません」

 

その馬車の周囲には先ほどのものとは別のドールが2体浮いていた。

護衛するように浮遊しており、フォルムは先ほどのものとよく似ているが、

得物が違いそれぞれが剣と弓を持っている。

 

「三体のドールを操る、王国最強とされるドールマスター。

 その彼女が仕えている存在はただ一人。それは……」

 

馬車が村へと入ってくる。

村人たちが集まってきて、みなが膝をついた。

人間もエルフも関わらず、全員がである。

アーデルハイドがただ事ではないと気付く、

そしてハツカはその存在の名前を告げた。

 

「――この王国の、王女です」

 

 




権力者が出てきますが、
これからの村づくりに手を貸してくれるわけではありません。
権力財力チートパワーで強引に融資してくれたりなんて展開も勿論ありません。
この物語はあくまで冒険者がえっさえっさ施設を充実させていくものです。


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32.「いや、先に兄上のところへ寄りたい」

「出迎えご苦労さん」

 

御者台の男がそう村人たちに言い、脇に置いてあった儀礼服を羽織る。

その儀礼服は王国騎士団の中での近衛騎士のモノ。

そして襟元に縫い付けられた紋章は水色……緑の領主よりも上だ。

全身の至るところに古傷があり、彼がお飾りの騎士でないことは一目でわかる。

 

「姫殿下、つきやしたぜ」

 

彼が馬車を止めて、後ろに声をかける。

客車の扉が開き出てきたのはエルフの女性だった。

黒色の長い髪と、すらりとした長身。

幾重にも重なった複雑な緑色のローブをまとっており、

何らかのルーンが発動しているのか淡く明転していた。

彼女はゆっくりと上品な仕草で馬車を降り、

左手を胸に当て、右手を中にいる人物に手を差し出す。

静かな笑みと穏やかな表情はまるで子を慈しむ母のよう。

 

「キルシェ=エメラルドライン……」

 

ハツカは呟く。

それが聖女のような厳かな空気をまとう女性の名前だ。

ローブに縫い付けれた紋章の色は最上位の騎士である紫、

そう彼女こそが王国最強のドールマスター。

三体の無慈悲なる天使のドールを使役し、その力は王竜すらも圧倒するという。

 

「……」

 

彼女に手を引かれて出てきたのは一人の少女。

ハツカと同じくらいのエルフだ。

こんな寒い季節だというのに、

肩を出した純白の美しいドレスを身に纏っている。

彼女はゆっくりと地面と降り立ち、周囲を見回す。

 

「ほう……」

 

少し離れたところに立つハツカとアーデルハイドを見て声を上げる。

 

「ウインから聞いてはいたが、本当に冒険者が居着いたのだな」

 

凛とした声。

ハツカのどこか背伸びした声や、アーデルハイドの不遜な声とも違う、

人の上に立つことを意識した威厳のある声だった。

 

「出迎えはもうよい。みな、寒いのだから戻れ」

 

その言葉に村人たちは立ち上がり、急ぎ足で立ち去って行った。

大半が屋敷に向かっていくところを見ると、

王女を迎える準備にしにいったようだ。

一体屋敷にどんな身分の者が来るのかと思っていたが、

滞在するのが王族であるならばこの村人たちの雰囲気も納得できる。

何故この村に、という疑問は残るが。

 

「これは……ちょっと想像してなかったぜ」

 

さしものアーデルハイドも驚いていた。

 

――セレスティ=イルガード。

 

王国……このインガード王国の第一王女である。

透き通るような緑色の髪と、王家の証である黄金の瞳。

まるで芸術品のように均整のとれた顔立ちは母譲りだという。

まだ幼さを残しているが、堂々とした立ち振る舞いはまさに王族というべきものだった。

 

「セレスティ様、またお美しくなられましたな」

 

ひざまずいて残っていた領主の言葉に、王女は小さくため息をつく。

 

「テルト。わざわざ顔を出さなくて良いといつも言っているだろう」

 

「お言葉ですがセレスティ様。貴方様を出迎えることだけが私の唯一の仕事なのです」

 

「恥ずかしいことを堂々と口にするな。

 領主であるお前の仕事は領を治めることだろう。

 ウインからも相変わらず何もしていないと聞いている」

 

「ははは、耳が痛いですな」

 

彼は立ち上がり、緊張感のない顔で苦笑いをする。

 

「では、私の仕事も終わりましたゆえ、これでお暇させて頂きます」

 

本当に顔を見せるためだけに来たらしい。。

そう思ったが、よくよく見ると馬車から彼のお付きの騎士が何やら荷物を村人に運ばせていた。

恐らく滞在中の姫のために物資を持ってきたのだろう。

だらしのない領主は軽くなった馬車で村から出て行った。

一日も滞在すらしないのはさすがにどうかと思うが。

 

「姫殿下、早く屋敷へ。この寒さはお体に障ります」

 

近衛騎士の隣にいつの間にかもう一人立っていた。

その女性の儀礼服は男の者と同じ近衛騎士の者だが、とにかく存在感が希薄だ。

全身を覆うような栗色の毛が顔も隠しており、まるで幽霊のような印象を与える。

どうやら護衛は全員で三人らしい。

王女を護るにしては少ないように見えるが、恐らくは十分なのだろう。

 

「いや、先に兄上のところへ寄りたい」

 

そう言って女性に「来るのはリゼッタだけでいい」と告げる。

 

(兄……?)

 

ハツカとアーデルハイドは声には出さないが、同じことを思っていた。

第一王女である彼女には2人の弟と1人の妹がいるが、兄はいないはずだ。

王都と縁のない2人であってもロイヤルファミリーの構成くらいは知っている。

 

「御意」

 

ゆらりゆらりしている存在感の薄い女性が頷く。

 

「では私はセーラのところへ行ってきますね」

 

キルシェはそう言って村長の家に向かっていった。

 

「んあ……あー、肩凝ったぜ」

 

残ったのは近衛騎士の男とハツカたち。

男は伸びをした後、肩をぐるぐると回していた。

 

「嬢ちゃんたちよ、聞いたんだがこのミラリアに宿を作ったんだって?

 王都からずっと御者台に座ってたから疲れいてよ、早速飲みてぇんだが」

 

「はあ……あそこにありますけど」

 

ハツカが指をさすと、男は首を振った。

 

「いやいや、察してくれよ。奢るから一緒に飲もうって誘ってんだ」

 

近衛騎士がたまたまその場に居合わせた冒険者を

飲みに誘うなんて察しろという方が無理だろう。

 

「へえ、騎士様は随分と気前がいいじゃねぇか」

 

水色の騎士というのは相当な身分なのだが、

アーデルハイドはまるで気にせずいつも通りの不遜な口調だった。

プライドの高い者であればそれだけで不敬だと怒りそうなものなのに、

男は気さくな様子で「任せろ任せろ」と笑う。

 

「一人で飲む酒ほど味気ねぇものはないからな。

 嬢ちゃん2人がいくら飲み食いしたところで問題ないぜ」

 

そう言ってから今更気づいたように

 

「グレンガだ。姫殿下の護衛を務める筋肉担当だよ」

 

筋肉を見せつけるように名乗った。

 

「ああ、2人のことは知ってるから名乗らなくていいぜ。

 このミラリアに居着いた物好きな冒険者のことは聞いているからな」

 

ハツカは自分たちのことを、一体誰がどのように伝えているのか気になった。

 

(あの仮面のエルフ、ですか)

 

王都から行き来しているというのは商人のウインしか思い浮かばない。

あの独特な雰囲気を持つエルフが何を伝えているのか。

 

「おーし、早速飲もうぜ!

 前々からミラリアにはまともな酒がなくて不満だったんだ!」

 

「おいおい、期待すんなよ。高い酒とか置いてねぇよ」

 

ハツカの何とも言えない感情など、

グレンガとアーデルハイドはまるでお構いなしに意気揚々とウグイス亭に歩いていく。

ハツカはため息をつき、2人の後に続いた。

 




なんとも地味なシーン。
そして出番は終わり、再登場の予定すらない領主さようなら。
普段どこに構えているかすら設定ございません。

そして今更王国王国と言いつつ 明記がなかったこの物語の舞台の王国の名前を書きました。ぶっちゃけると今日考えました。国名考えるの忘れていて今日まで至りました。


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33.「お前たち……随分と、兄上に気に入られているらしいな」

 

――イルガードの第一王子と1人のエルフが恋に落ちた。

 

それは30年前の話。

その頃は人間とエルフの間に交流自体も皆無であった。

人間は自分たちの生活を豊かにするだけに専念しており、

近くに住んでいるという隣人に気をかけている暇はなかった。

エルフは深い森の中で暮らしており人里に降りることはなかったし、

そもそも人間という種に対して興味すら持っていなかった。

人間にとってはまだドワーフや獣人といった亜人の方が馴染みがあったと言える。

そんな中、どうして王子とそのエルフが恋仲に至ったかは今は置いておこう。

それは彼らを主役とする別の物語なのだから。

 

さてむしろ大変だったのは2人が想いを成就するまでのハードルの高さ。

第二王子は当然ながら王族、

他国の民ならまだしも別の種との結婚など当然のごとく反対された。

エルフの女性もただのエルフではなく、

長寿の種の中でも特別長く生きている14人で構成された「古き者」の一人であった。

エルフたちの事実上の中心組織、そして彼女は更に長の妹であった。

長を含めほとんどのエルフから止められたという。

だが周囲からの反対を受けながらもそれでも愛し合う二人は諦めず、

いかに両種族にとって「有益」なのかを説いて回った。

人間たちにとってはエルフたちの知恵、特にルーンやアーティファクトに対する技術を。

エルフたちにとっては長寿ゆえに停滞していた種への新しい刺激と住処を。

このうちエルフ側の方が実は切実だったと言える。

何しろ彼らも緩やかではあるが種族の人口が増えており、住む森の中も手狭になってきていた。

だからいずれは外への活路を見出す必要もあったのだが、それができないまま数百年過ぎてしまっている。

そんな2人は数々の困難を10年かけて乗り越え、

そして婚礼を機に王国とエルフの間に交流が生まれた。

その時に互いに結ばれた条項が、王国でみなが口にするいわゆる「約」と呼ばれるものだ。

約が結ばれてから少しして第一王女セレスティが生まれた。

彼女こそが王国初のハーフエルフである。

まだ両種族は「家族」と呼ぶには程遠い関係ではあるが、

王女が生まれたことで少しずつ歩み寄っている。

特に長寿のエルフからすればたった20年しか経っていないのに、

今までの数百年よりもそれは大きな変化であった。

 

「おうおう、甘い酒ばっかりじゃねぇか」

 

目の前にいるそんな第一王女の近衛騎士、

グレンガはただの脳筋に見えるが恐らくは国王が信用する手練れなのだろう。

ガバガバと気品の欠片もない雑な食事の仕方だが、きっとそうなのだ。

なにせセレスティ王女は事実上「王国で最も大事な存在」だ。

国王よりも王妃よりも、ある意味では重要な姫。

何かあっては両種族共に文字通り逆鱗に触れることになる。

 

「騎士様、もっと綺麗に食べてはもらえませんか。

 さすがにちょっと散らかし過ぎです」

 

本来であればそんな注意をできる相手ではないのだが、

あまりの酷さにハツカは眉を潜めながら苦言を呈する。

口の回りをべたべたにしながら左手に持ったピザを頬張り、

右手に持った樽ジョッキでぐびぐびと酒を飲む姿はただの荒くれ者だ。

辺にお高くとまって上品に食事をされても困るのだが、

下品すぎるのもこれはこれでやめてほしい。

 

「おっと、そいつは悪かった。すまねぇな、久々の温かい飯なもんでよ」

 

彼は紙ナプキンで口元を拭く。

だが拭いた紙はぐちゃと丸めてぽいっである。

 

「奢られている飯だ、野暮なことは言いたくはねぇけどよ。

 さすがのアタシも、もうちょっと落ち着いて食って欲しいと思うぜ。」

 

決して食べ方が綺麗な方ではないアーデルハイドですら苦笑いだった。

 

「あのー、騎士様。まだ食べるんですか?」

 

更に焼き立てのピザを両手に持ってきたリンデが恐る恐る尋ねる。

彼女は冒険者たちほど図太い神経があるわけでなく、

高位の騎士に対しては少し及び腰だった。

それが普通の感覚である。

水色の階級、近衛騎士など雲の上の存在だ。

 

「おうよ! なんだっけ、このピザの名前。えーと……」

 

「ホーキンス窯とミラリアの豊かな食材から生まれた

 たっぷりチーズの湖をオーギョの群れが泳ぐキノコパラダイスピザ、です」

 

「なげぇし、前と名前変わってるじゃねーかよ」

 

半眼のアーデルハイドが指摘するがリンデは素知らぬ顔で口笛を吹いていた。

グレンガは大いに満足したようにピザを受け取る。

 

「その、このホーなんとかピザ、美味いよな! まだ5枚はいけるぜ」

 

彼はベルヴァナーを樽ジョッキの飲み干す。

 

「しかし、俺はもっとキレのある辛口の酒が欲しいな。

 甘い酒ばっかじゃ、魚料理にはあわない時があるだろ」

 

「辛口……ちなみにおススメは何かありますか」

 

ハツカも酒の種類は欲しいとは思っていたので尋ねる。

彼はうーんと考え、

 

「ニト領のクロディアニトエールとか、

 アイリス領のキングバウアがピザにあいそうだ

 王都も基本酒は地方都市から取り寄せてるからよ、地域はバラバラだけどな。

 あとはワインとかも視野にいれれば、もっと選択肢は広がるぜ」

 

イルガードは広い王国であり、王都を中心として25の領で構成されている。

主にコルノ領のケーレンハイトで活動をしていた2人にとっては

まだまだ王国には知らない土地がたくさんあった。

ハツカは見知らぬ土地を見てみたい……というよりは、

新しい土地で出会える食材をこの宿に取り込みたいという気持ちがある。

花より団子、スリル溢れる冒険よりこだわりを詰め込んだピザだ。

 

「そもそもイルガードは王都を中心に回りすぎてんだ。

 このピザみたいによ、ごちゃっとした方が面白いってのにな。

 人間やエルフ、それにもっと色んなモノものもさ、

 どんどん混ぜていけばいいってもんよ」

 

ハツカはここにきてやっとグレンガという者が

近衛騎士として姫についているかわかった。

国王は自身で道を切り開き、変化を望み実現した人だ。

ゆえに彼のような「先入観や固定観念」に囚われない騎士こそ、

王にとっては信頼に足る人物なのではないのだろうか。

 

「しかしこのピザ……気に入ったらぜ!

 嬢ちゃんよ、王国で店出してたら案外流行るんじゃないか?

 美人の姉ちゃんもいるしピザも美味い、俺が毎日通ってやるぜ」

 

「あははは……ありがとうございます」

 

お世辞ではなく騎士は本心で言ってるだけに、

リンデは困ったような愛想笑いを浮かべた。

 

「――浮気か?」

 

途端に空気がひんやりとした。

いつの間にか現れたもう一人の近衛騎士が、

後ろからグレンガの喉元にナイフを付けつけていたのだ。

非常に複雑な形状をした刃で、

表面にびっしりと刻まれたルーンが赤黒く光っているのがただただ不気味である。

彼女の名は、確かリゼッタと言ったか。

長い前髪の合間から冷たい瞳がギョロリと覗いていた。

 

「あっ、いや、そんなわけないだろ。

 俺はもちろん、もちろんお前が一番だぜ!」

 

「二番がいるのか?」

 

「いっ、いない! 二番も三番もいない!

 俺にはお前しかいないぜ!」

 

先ほどの上機嫌に女将に絡んでいた酔っ払いは既におらず、

顔を真っ青にして冷や汗を滝のように流す男がそこにいた。

しばらく彼女は無言だったが、すっと刃が手から消える。

そして彼女はグレンガの横に並び、

ハツカとアーデルハイド、リンデに頭を下げた。

 

「失礼。夫が粗相をした。謝罪する」

 

「あっ、いや、まあいいんですけど……」

 

どうやら夫婦らしい。しかし、おっかない嫁さんである。

暑苦しいくらい存在感の塊であるグレンガと違い、

リゼッタは微塵も気配を感じられなかった。

ハツカの感覚は人よりも優れているのだが、

それでも全く気付かなったのは

もしかすると何らかのアーティファクトの効果なのかもしれない。

 

「おい、リゼッタ。お前、姫殿下と一緒にいたんじゃないのかよ」

 

彼が尋ねると、彼女は無言のままちらっと横に視線を向ける。

するとそこには、

 

「……」

 

腕を組み、不機嫌そうに立つセレスティ=イルガード第一王女。

何故、ウグイス亭に彼女が来たのかさっぱり理解できず、

リンデだけでなくハツカたちもぽかんとしていた。

王女はドレスの裾をなびかせながらゆっくりと歩いてきてテーブルの横に立ち、

 

「お前たち……随分と、兄上に気に入られているらしいな」

 

ハツカとアーデルハイドを睨んだ。

 

まるで身に覚えがない2人は顔を見合わせたのだった。




また気づいたらピザですよ。ピザばっかじゃないですかこの話
あれですか、これは「ようそこ異世界ピザハ〇トへ〰ミラリア支店開拓日誌〰」とかいうタイトルにされてしまうやつですか。

というわけでエルフと人間についての世界観の説明でした。
登場予定はありませんが、一応ドワーフとか亜人もいるファンタジー世界らしいです。


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34.「厄災を退けるんだよ」

「――悠久のヴィーテクス」

 

ラエルはそのアーティファクトの名前を告げる。

工房には大きなシートが広げられており、

そこには分解されたアーティファクトが置かれている。

アーティファクト自体は大きくはなく、

むしろアーデルハイドの魔槍よりも小さいかもしれない。

だが構成される部品の数が文字通り桁違いだ。

 

「732個の部品で組まれていて、その全てに精密なルーンが刻まれているんだよ。

 しかも所々に帝竜の鱗が使われているから、替えもきかない」

 

悠久のヴィーテクスというのは杖のアーティファクトらしい。

それは今の王妃が昔から愛用していたというモノで

エルフの所有しているアーティファクトの中でも最上級のものとされる。

 

「噂程度でしか聞いたことがないんですが……

 結局この杖にはどんな効果があるんですか?」

 

ハツカが尋ねる。

隣に立つアーデルハイドも興味津々のようだった。

 

「ああ、それは……」

 

ラエルが説明しようとしたところで、

 

「兄上! どうしてそう軽々しく秘宝の秘密を話しているのか!」

 

王女の怒声に遮られた。

 

「そもそも兄上、何故この者たちを工房に入れている?

 今、どれだけ重要な作業なさっているのか自覚しているのか」

 

「セレス、勿論知っているよ。

 これがいかに名誉なことで、

 かつ王国でも俺と師匠くらいにしかできないことだってさ。

 これほど誇らしい仕事はないんだぞ。

 だから彼女たちに別に隠すことでもないだろう」

 

ラエルはそうは言うが、ハツカは「見せびらかすことではないですよね」とは思う。

けれどアーティファクトに対する好奇心の方が勝っているので黙っていた。

 

「なあ、ラエル。それはそうと、兄上ってなんだ?」

 

アーデルハイドが聞くと、ラエルは肩を竦めた。

 

「幼馴染なんだよ、一応は」

 

「兄上……幼馴染などではない。私たちは、家族だ」

 

あれだけ村に来た時は堂々としていた王女が、

ラエルの前ではどこか子供のような口調になっていた。

とくに「家族」と口にした時の彼女は、とても寂しそうでもあった。

だがラエルはまるで意に介した様子もなく2人に説明をする。

 

「俺の育て親……師匠は『古き者』の中でも

 特にアーティファクトの知識が深い人でね。

 その縁もあってセレスとはよくよく一緒にいたんだ。

 俺自身は自分も出自も実は知らないんだけどさ」

 

「そう、ですか」

 

彼は何でもないように軽く語る。

薄々とは感じていたが、彼も血の繋がった家族はいないようだ。

 

「その師匠は今どこにいるんです?」

 

「知らないよ。気付いたらいなくなっていた。

 今は王国が総出で探していて

 更に懸賞金が掛かってるから見つけたら捕まえるといいよ」

 

そう言って彼が取り出したのは、お尋ね者の手配書。

そこに書かれているのは……

 

「賞金……2800万ラピス。おいおい、無茶苦茶だな」

 

「城が買えるレベルですね……」

 

それほどの重要人物らしい。

王国で最もルーンに詳しいともなれば相応の価値ともいえるだろうか。

 

「セレス。王都から今日着いたばかりなんだろ。

 しばらくはここにいるんだから、まずは屋敷でゆっくりしてきたらどうだ?

 顔に疲れが出て、少し顔色がよくないぞ」

 

「……兄上」

 

それはラエルらしい、鈍感な気遣いのなさである。

今日初めて会ったハツカですら、

彼女は彼と一緒にいたいのだとという気持ちが手に取るようにわかる。

だって彼女は村についてまず、ラエルの元に向かったのだ。

まだ二人の関係というものがきちんとわかっていないが、

それでも彼女にとってこのミラリアに来るということは、

彼に会えるから楽しみだったからに違いない。

 

「姫殿下、まずは屋敷で体を休め旅路の疲れを落としましょう。

 ラエル殿と話すのは明日からでも時間はあります」

 

気配もなくふらりと横に並んだリゼッタ。

彼女の言葉に王女は躊躇をしていたが、

 

「兄上、明日また来ます」

 

それでもラエルが話を続けてくれなさそうとわかると

ドレスの裾を翻して工房から出て行った。

その様子を見送った後、ハツカは尋ねる。

 

「随分と素っ気ないんですね。数か月ぶりなんでしょう?」

 

「あいつは俺を王都に連れて帰りたいと思っているからな。

 けれど俺はここでの生活が気に入ってる。

 だからあんまりセレスに踏み込まれると本気で連れ去られるよ」

 

苦笑していた。

 

「この工房はそのアーティファクトを整備するためにあるんですね。

 けれど、王都の工房ではダメなんですか?」

 

「ああ。世界樹に近いからこそ流れる濃厚なマナが必要なんだよ」

 

彼はそう言って、工房の奥に連れて行ってくれる。

 

「あんまり長く覗くなよ。マナは生命のそのもの、この大地の血のようなもんだ。

 密度が高すぎから近づきすぎると『マナに酔う』ぞ」

 

そういって前は見せてくれなかった扉を開けてくれた。

 

「うっ……こいつは」

 

アーデルハイドが口元を覆った。

ハツカも少し距離を空ける。

 

「これが、むき出しのマナの流れだよ」

 

そこの部屋の隅には輝く緑色の液体が流れている。

光の反射なんてものではなく、液体そのものが光っているのだ。

それは以前にハツカが世界樹に見た光と同じ色。

あまりに強く、濃厚な空気に当てられて一瞬貧血のような眩暈がした。

 

「これは使えるのは王都広しといえどもこのルーンパドだけだ。

 だからこそ、ここでしか調整できないアーティファクトがある」

 

扉を閉める。

たった数秒のことだというのに、ハツカとアーデルハイドは少し頭痛がしていた。

 

「悠久のヴィーテクスは強力すぎるアーティファクトだから、

 数度使用するだけでこうしてメンテナンスが必要となる。

 だからこそ世界樹を植えたこの工房に持ち込まれるんだ。

 この村は悠久のヴィーテクスのために生まれたんだよ」

 

悠久のヴィーテクスは元々は王妃の持ち物。

それはエルフの持つ秘宝の中でも重要なモノである。

それを任される村だ……なるほど。

人間からは王都の関係者ばかりというのも理解できる。

村人の半分がエルフというのも当然だろう。

人間とエルフの間に約が生まれたことによって集められた者たちなのだから。

 

「それで、その肝心のアーティファクトはどんな効果があるんだよ?」

 

アーデルハイドのグロリオサも希少なアーティファクトだ。

だがその比ではない扱いに、彼女も気になって仕方がないらしい。

 

「厄災を退けるんだよ」

 

ラエルは、一言で杖の効果を説明した。

 

「は?」

 

アーデルハイドが聞き返したのも無理はない。

あまりに抽象的すぎるからだ。

 

「……厄災といっても、それは何をもって厄災とするのですか」

 

ハツカの言葉にラエルは言葉を選んでいるようだった。

 

「そうだな……使用者が厄災だと思うこと、としか言いようがないんだ」

 

「なんだそのふらっとした話はよ。何言ってるかよくわかんねーぞ」

 

「そうだよ、何かわからないだろう?

 だからこそ強力なアーティファクトなんだ」

 

そこでやっとハツカは理解できたようだった。

 

「もしかして……因果や事象そのものに干渉するとでもいうんですか」

 

魔槍は火を噴く。これは簡単に説明ができる。

その火力は凄まじいものだが、しかし結局火を放つだけだ。

それに対して悠久のヴィーテクスは世界に干渉する。

例えば巨大なハリケーンが迫ってきていたとしよう。

それに対して悠久のヴィーテクスは「使用者が厄災として認識すれば退ける」。

ハリケーンは進路を変えるか、あるいは自然消滅をする。

抽象的な効果であるがゆえに、非常に強力なのだ。

 

「まあ、エルフからの最大限の友好の証ってわけさ。

 勿論 誰にでも使えるわけではなく、

 今のところ使用できるのは王妃と彼女の子供たちだけだよ」

 

つまり、セレスティ王女は使用できるということだ。

 

「ほー、でもアタシの好みのアーティファクトではないな」

 

「アーデルハイドには似合いませんね」

 

整備に時間がかかりそうなものだ。

これをラエル一人で整備をするのだという。

これでは確かにしばらく工房が使えないだろう。

他の仕事をやりながらというわけにもいかない。

 

「ま、そういうわけだからしばらくは工房にはあんまり立ち寄らないでくれ。

 作業の工程によっては、結構集中力が必要なんだよ。

 その間はキルシェさんか誰かが常に工房は警備してるとは思うけど、

 ちょっかい出していい相手じゃないからな」

 

そう言って工具を取り出して腕まくりをする。

 

「そうだ、せっかくだから村にいるなら、

 ちょくちょくでいいからセレスの相手をしてやってくれよ。

 立場が難しいやつだから、あんまり同世代の話し相手がいないんだ。

 いつも俺が話し相手になってるわけにもいかないしな」

 

ハツカとアーデルハイドは、「どうしたものか」と顔を見合したのだった。




大層に出てきた割に出番がいまいちな姫様の扱いに反省しております。


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35.「私は面白くない」

ミラリアの唯一の祭事であるといっても、

実は王女が村から帰る前日に村にしては豪勢な宴会を催すだけである。

悠久のヴィーテクスの整備は季節関係なく不定期だ。

年に1回の時もあれば3回ある時もあった。

他の街のように別段に豊穣を祝うわけでもないし、

何かの記念日というわけでもないのである。

 

「随分と馴染んでいるな、あの二人の冒険者は」

 

悠久のヴィーテクスを扱えるのは王妃とその子たちだけ。

ゆえに整備の最中に彼女も多少は調整を手伝うことはあるのだが、

基本的には普段はすることはない。

工程によってラエル以外が工房に立ち入れない時もあるので構ってもらえず、

セレスティがこうして屋敷で退屈していることの方が実は多いのだ。

 

「そうね。あっという間にこの村の中心になってしまっているわ」

 

村長であるセーラ=アルラスターはお茶を口にしながら頷く。

彼女たちがいるのは屋敷のサロンである。

広い場所というわけでなくむしろ狭いくらいだが、2人でお茶をするには十分だ。

磨りガラス越しに入る陽光が淡く部屋を照らしており、

森の中の屋敷には物音一つない静謐な空間が心地よい。

派手な調度品などはないが、それでも家具や彼女たちが持つカップ等も

非常に丁寧に仕上げられた高価なものだといいうことは疎い者でも一目でわかるだろう。

 

「どうかしら、新しいお茶なのだけれども」

 

人前では一応は王女に対して敬うように振舞うが、

こうして一対一の時は王女に対してもいつもの口調だった。

14人の古き者……村長もその一人であり、

友人の娘であるセレスティは彼女にとっても子のような存在。

エルフは長寿であるがゆえに中々に新しい子が生まれないため、

血の繋がった親でなくとも子供は特別に大切にする種族なのである。

 

「……初めて飲む味だ。変わった味がするが、美味しい」

 

飲みなれない味にセレスティは少し驚く。

いつも村長が用意してくれるお茶っ葉は

わざわざエルフの里から取り寄せたモノである。

しかしこれは初めて飲む味のお茶であった。

いつも同じお茶しか用意しない村長にしては非常に珍しい。

 

「彼女たちが別の街から買ってきたのよ。

 自分たち用に買ったそうなのだけれども、

 期待するものとは違ったからと私にくれたの」

 

村長は「酒と勘違いしてお茶っ葉を買ってきたって言うのよ」と笑う。

その表情にセレスティは少し目を丸くした。

 

「セーラは、人間が嫌いだと母上からは聞いていたが」

 

「ええ、今でも正直あまり好きではない。

 でも彼女たちは、とても面白いわ。

 今ならあなたの父が私に言った言葉も少しわかる気がするの」

 

父、というのは国王のことだ。

 

「父上は、あなたに何と言ったのだ?」

 

「今でも覚えているわ。

 彼は私にこう言ったの。『知りもしない相手をどうして嫌いになれるのか』ってね」

 

彼女は懐かしそうに目を細める。

 

「言われた時の私は、人間をことはそれなりに知っているつもりではあったし、

 あなたが生まれてからも同じだったわ。

 人間なんてみんな自分勝手で浅はかでつまらない者だって」

 

空になったセレスティのカップにお茶を注いでくれる。

 

「ハツカ=エーデライズとアーデルハイド=アイゾンウェル。

 彼女たちなりに色々考えて行動しているつもりではあるみたいだけれど、

 私からすればとても場当たり的で、

 まるで山の天気のようにクルクルと感情が変わって忙しなくて落ち着かないわ」

 

「……セーラは人間に関わらず、そういうタイプの者は嫌いだと思っていた」

 

「私もそう思っていたわ。行動を起こすなら熟慮を持ってすべしってね。

 だからそんな私では彼女たちが何を考えているか全然わからないわ。

 けど私が思いもしなかったことを突然に思いついて、

 いつもいられない様子ですぐに飛び出していくのよ。

 それがなんだかおかしくて、最近は次は何をしてくれるのか楽しみなっているわ」

 

村長は「このお茶を買ってきたみたいにね」と自分の分のおかわりを注ぐ。

もう何百年と生きているはずの彼女にしては珍しく、

子供がわくわくしているような表情だった。

 

「私は面白くない」

 

だがセレスティは少しむすっとした様子で呟く。

 

「あら、それはラエルを取られたみたいだから?」

 

からかうような口調に、彼女は素直に頷いた。

 

「そうだ。兄上は私と話していても突然にあの二人の話を始めたりするのだ。

 私がどれだけ会うのを楽しみにしているか、知っているはずなのに」

 

王都……それに王室は彼女にとっては息苦しい場所である。

父と母、それに弟や妹のことは大好きではある。

しかしそれでもやはり「第一王女」である彼女に求められる「想い」に、ずっと応え続けるのは辛い。

そんな彼女にとっていつも変わらず対等な立場で接してくれる幼馴染との時間は、

他では替えることのできないかけがえのない大切な一時なのだ。

 

「そうね、ラエルも少し変わったかしら。

 ここ最近は冒険者たちが持ち帰ってくるモノや

 土産話を楽しみにしているらしいわよ」

 

「……兄上は、ずるい」

 

村長はその様子を微笑ましそうに見つめていた。

普段の彼女はこうもストレートに感情を見せることがない。

セレスティはまだ15歳ではあるが、年齢よりも落ち着いている。

王国で初のハーフエルフであり第一王女という立場に立つ彼女のことを、

同じように理解してあげられる者などこの世界にはいないのだから。

常に視線を意識して、両親や国民に応えようと背伸びを続ける様は立派ではあるが、

それは無理をしているようにも見えてしまう。

エルフたちはだからこそ過保護に彼女と接してしまうのだが、

それが正しいかどうかいつも悩んでいた。

長き時を生きてきたエルフたちにとっても、初めての経験なのだから。

だが、今の彼女の姿はどうだ。

本心を隠すことなく幼馴染や冒険者たちに嫉妬する様は、

まさしく年相応なものではないか。

 

(私が想像した以上に、彼女たちの存在は人を動かしていく)

 

そもそもミラリアの役割を考えれば、

冒険者たちの定住は止めるべきだったのかもしれない。

だが彼女にしては本当に珍しく「気まぐれ」で許可した。

それが連なり巡り廻り、今、こうして愛しき姫君にも変化を与えている。

こんなことになろうとは、誰が想像できただろうか。

 

コンコン……

 

ノックの音に2人は扉に視線を向ける。

 

「姫殿下に来客が来ております」

 

扉の向こうから聞こえてきたのは護衛のリゼッタだった。

 

「あら、誰が来たのかしら。用件は聞いてるの?」

 

村長が尋ねると、近衛騎士は少し躊躇しているようだった。

 

「アーデルハイドという冒険者です。

 用件は……」

 

寡黙で実直な彼女が言葉を言い淀むのはとても珍しい。

長い付き合いであるセレスティにとってもそんなリゼッタは初めてだった。

 

(さて、魔槍を振り回す騒がしい冒険者が果たして姫様に何の用なのかしらね)

 

村長にとっては彼女が何をしにきたのか、まるで想像がつかなかい。

権力にごまを擦るタイプでもないだろう……では一体何を言いに来たというのか。

 

「それが」

 

リゼッタが告げた用件は、セレスティと村長をポカンさせるには十分だった。

 

「――姫殿下を釣りに誘いに来た、とのことです」

 

 




こんなことになろうとは、誰が想像できただろうか。
⇒作者も最近考えた話の流れなので たんなる思いつきです

設定上、今の季節は雪は積もってないけれどクソ寒い真冬、
そんな時に少し離れた湖まで釣りにわざわざ誘いにくるアーデルハイドは明らかに間違ってます。

ありがたいことに、もうすぐユニークアクセスが1000にいきます。
なんだかんだで連載も止まらず続いてるものです、はい


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36.「少なくとも、お姫様よりかは楽しんでいるさ」

「つきやしたぜ。俺は馬と馬車を見てるんで。

 リゼッタ、後は任せんぜ」

 

湖のほとりまで来た馬車を停め、グレンガは御者台であくびをする。

 

「さーて、始めるか」

 

左肩に魔槍を、右肩に2本の竿を担ぎ歩いてきたアーデルハイドが伸びをした。

王女の乗る馬車にはさすがに乗せてもらえなかったので横を歩いていたのである。

とはいえ村から湖までそこまで遠くはない。

旅慣れしている冒険者にとっては散歩のようなものだ。

 

「それで、姫様は釣りのご経験があられるんですかね?」

 

アーデルハイドの問いかけに

馬車から降りてきたセレスティは嫌そうな顔をする

 

「まずその取ってつけたような変な喋り方はやめろ。

 馬鹿にされている気がしてならない。

 そんな話し方をされるならいっそ普段通りで構わない」

 

アーデルハイドは気配をさせることなく傍らに控えるリゼッタを見る。

長い前髪に隠れて表情は見えないが、特に反応はしていなかった。

 

「なら、遠慮なくそうさせてもらうぜ」

 

試しに言ってみたが、とりあえずいきなり不敬罪等で殺されることはないようだった。

 

「大体私ではなくても、もう一つの冒険者を誘えばいいだろう。

 同じギルドの仲間なのではないのか」

 

「ギルドが同じっても、四六時中一緒にいるわけじゃねぇっての。

 エーデンウェルはメンバーを縛ったりはしないんだよ」

 

メンバーも何も、2人しかいないのだが。

 

「まあいきなり誘って悪かったな。

 実はアタシは姫さんとゆっくり話してみたかったんだよ」

 

今のセレスティの服装はさすがにドレスではなく、

落ち着いた薄い黄色のレギンスに暖かそうな黒い毛皮のコートを羽織っていた。

普段の彼女がそのような「外で活動する」服装など持っているはずもなく、

急いで村の者が用意をしたのである。

彼女の長い髪が湖からの穏やかな風になびく。

 

「……私と、か?

 お前と私の間で話が弾むとはとても思えないが」

 

怪訝そうな顔をする彼女に、

アーデルハイドは槍を地面に突き刺して置く。

次に背負ってきた樽に湖の水を汲む。

 

「なんだ、おかしいか?

 まだ知り合って間もない相手と仲良くなりたいなら、

 まずは釣りに誘えってのは、冒険者の間では常識なんだぜ?」

 

彼女は肩を竦める。

セレスティは胡散臭そうに彼女を睨む。

 

「私と仲良くなりたい、と言う割にはお前からはあまり友好的な感じを受けない。

 そもそもその常識も本当かどうかも疑わしいものだ」

 

セレスティは視線でリゼッタに問いかける。

彼女は頷き、

 

「こいつは嘘をついてます。

 姫殿下と仲良くなりたいなど微塵も思っていません」

 

そう断定した。

アーデルハイドはオーバーに「おいおい、その言い方はないんじゃねぇか」と嘆く。

 

「……で、目的は?」

 

「――馬車。単に荷物を運ばせたいだけです。

 ハツカ=エーデライズが他の町に出ているので」

 

想像以上に下らない理由だった。

アーデルハイドは「ククク……正解だよ」と悪びれることなくニヤニヤした。

ゴーレムがいないのでいつもの荷台を引く者がいなかったのである。

 

「リンデから魚の調達を頼まれてな。

 一人で釣りをするのも味気ねぇし、せっかくだから付き合ってくれよ」

 

そう言って竿を渡す。

受け取りはしたが、セレスティは憮然とした表情を浮かべる。

 

「私はそもそも釣りをしたことがない」

 

「なに、ここの魚は人間に慣れてなくて無警戒だ。

 こいつを糸の先につけて投げ込めば、そのうち釣れるさ」

 

渡されたのは疑似餌だった。

意外とよく出来ており、ぱっと見たら少し大きい羽虫に見間違えるだろう。

 

「……器用だな」

 

「勘違いするなよ、そいつはファラルが作ってくれたんだ。

 エルフは手先が器用で羨ましい限りだぜ」

 

エルフという種にそもそも釣りをするという習慣はないはずだ。

それなのにファラルもわざわざ作ってあげるとは……

随分と人間の文化に馴染んだものである。

見るとアーデルハイドも同じものを手にして先に糸につけていた。

 

「あらよっと!」

 

彼女は竿を振り、疑似餌を飛ばす。

普段から長物である魔槍を使っていることもあってか、

長い竿も振る姿は随分と様になっていた。

ポチャンっと遠く離れた位置に着水する。

 

「せいっ!」

 

セレスティもとりあえず竿を振ってみた。

初めてのことでおっかなびっくりに振ってはみたが、

すぐ近くの水面までしか飛ばなかった。

 

「……それでこれからどうするんだ?」

 

「あ? 釣れるまで待つんだよ」

 

釣りということ自体を初めて体験するセレスティにとって、

それは理解に苦しむことだった。

彼女とて王都で多少は体を動かす「嗜み」はあるが、

その中には「何もせずに待つ」という動作があるものはない。

勿論、本当は待つだけではないのだが、

アーデルハイドはわざと教えていないのであった。

 

「おっと、早速一匹連れたぜ」

 

アーデルハイドは器用に釣り上げ、そのまま水を入れた樽に投げ込む。

い釣り上げられた魚は興奮したようにぐるぐる回っていた。

 

「オーギョっていう魚でな。水面に落ちた虫が好みらしい」

 

セレスティはなるほどと思う。この疑似餌の意味がやったわかった。

自分も釣り上げてみたいと思うが……

釣りというのが待つという動作だけではこれは運任せなのではないのだろうか。

 

「ククク……」

 

アーデルハイドは実はここに何回か釣りに来て「コツ」は掴んでいる。

微妙に疑似餌を動かすのがポイントだ。

痙攣しているようにもがく動きが、オーギョを誘うのに最適なのである。

 

「ほらよ、また釣れたぜ」

 

瞬く間に4匹目も釣り上げていた。

だがセレスティはまだ一匹も釣り上げていない。

別に張り合う必要もないし、釣り上げれなくても問題はない。

けれどなんだか面白くはなかった。

自分とアーデルハイドの間で何が違うのか……

それを見極めようと彼女のことをじっと観察する。

 

(アーデルハイド=アイゾンウェル、か)

 

思えばこうしてじっくりとその姿を見るのは初めてだ。

スラリとして背筋がぴんと伸びた立ち姿は堂々としており、

後ろで編んだ金髪が湖に反射する陽光を受けて美しい。

細かい傷だらけの鎧をまとっているが、

これがドレスでも着てお淑やかにしていれば、

どこぞの名門のご令嬢と見間違えるのではないだろうか。

これほどの鮮やかな金髪を持つ者は、王都でも中々に見られない。

 

「……綺麗な金髪だな」

 

「ん? ああ……母からもらった自慢の髪だ」

 

「その母は、今はどうしてる?」

 

「とっくに死んだよ。アタシが小さい頃にな」

 

そう何でもないように語る彼女の横顔は、

釣りを楽しんでいるようで笑っていた。

 

「母の家は元々は高位の騎士の家系だったらしい。

 けれどなんか知らねぇが没落したかなんかで、母は娼婦をしていた。

 それを父が孕ませちまってな、責任取って父は母を『買った』。

 そうして生まれたのがアタシ、アーデルハイドだ」

 

「……」

 

かける言葉が思いつかない。

セレスティは黙って言葉を聞く。

 

「ま、そんな経緯だったがアタシの知る母は案外幸せそうだった。

 冴えない父も、母とアタシのために冒険者を続けていたよ。

 でも母は元々体が弱かったらしくてな、ある日呆気なく流行り病で死んだ。

 その後に父も数年後には何でもない冒険の最中に逝っちまった」

 

彼女は髪をゆっくりと撫でる。

 

「父は魔槍を、母はこの金髪を残してくれた。それだけでアタシには十分だ」

 

彼女は更にオーギョを釣り上げる。

けれどセレスティはまだ釣れていない。

 

「お前は、冒険者である今の生活に満足しているのか?」

 

「少なくとも、お姫様よりかは楽しんでいるさ」

 

釣った魚を自慢するように見せつけてくる。

セレスティはその表情にむっとした。

 

「まるで私が楽しいんでいないと言いたいようだな」

 

「なんだ、1匹も釣れなくて楽しいのか?」

 

「……楽しくなくともしなければならないこともある」

 

そう、彼女はイルガード王国の第一王女なのである。

彼女に求められること……それはアーデルハイドには想像もつかないほど重い。

縛られることなく生きる冒険者には想像もつかないだろう。

 

「ククク……そんなもの、テメェの中以外にあるわけねぇよ」

 

だが、いや、だからこそアーデルハイドは切って捨てる。

 

「楽しいことだけをして生きていくことの何が悪い?

 嫌だってのにしなければいけないことなんて、

 それはテメェが勝手に決めてるだけの話さ。

 やりたいことがあるのにしないのは、ただ臆病な自分に対する言い訳だろうが」

 

からかうような口調。

傍若無人なアーデルハイドは、全て自分を基準にして物事を考える。

そんな彼女からすれば、「やりたいことをしない」というのはありえないのだから。

完全に王女の立場など知ったこっちゃない、という感じである。

その身勝手なさまにセレスティはかっとなった。

 

「冒険者風情が気楽に言ってくれるな!

 私には、父と母が託してくれた共存への想い、

 そしてこれから生まれる新しいハーフエルフたちが

 胸を張って生きれるように、私は歩んでいかなければならない!」

 

それこそが、セレスティ=イルガードの生きる意味だと。

叫ぶ王女に対してアーデルハイドはおかしそうに笑う。

 

「ククク……」

 

「何がおかしい!?」

 

「いや、引いてるぜ。姫さんの糸が」

 

その言葉にビックリしてセレスティは釣り竿を掴む。

 

「……あっ!」

 

だが慌てていたせいで、魚の引っ張る力に体ごと引っ張られる。

 

「ほらよ」

 

そこへ横から竿を掴んだアーデルハイドが手を貸し、

暴れていた魚を綺麗に釣り上げた。

 

「やっと、釣れたな。初めてしては上出来じゃねぇか」

 

アーデルハイドは魚を樽に放り込む。

しばらくしてやっと釣り上げたという実感が湧いたセレスティは、

 

「……はは」

 

なんだか体の力が抜け、笑いが出た。

自分は何を真面目に考えていたのだろうかと。

そう、今は釣りをしていたのだ。

何故自分の生きる道の話になっていたのかと。

この性格の悪い冒険者が単に自分の食べる魚を獲るためだけの目的の釣りに付き合っていただけ。

何も難しい話などない。

 

「姫さんも食べるか、ウグイス亭名物の川魚のピザをよ」

 

そう言ってから、湖を見る。

そろそろ陽が傾いてきたのか、綺麗な夕焼けが水面をキラキラと照らしていた。

 

「おっそうだな」

 

そこでアーデルハイドが何かを思いついたようにぽんと手を叩く。

 

「この湖は王女が初めて釣りをして、そして初めて魚を釣り上げた湖。

 名前がないこの湖に、『セレスティ湖』って名付けようぜ」

 

何も考えもせず、思いついたことを口にしただけ。

セレスティは首を振り、

 

「いいわけないだろう」

 

案外釣りも悪くないと思った。

 

ミラリアの傍にある美しい湖。

そこは後に、セレスティ湖と地図に記されることとなる。

 

 




祝100ユニークアクセス達成!

そんなわけで釣りの話です。
決してアーデルハイドは説教したいわけでも 姫様の生き方を変えようと思っていたわけでもないわけです。単に真面目すぎる彼女をからかっただけ。

ということで全然かみ合わない 変なテンポの会話になってしまうのは仕方のないことなのですと眠気と戦いながら書く作者の言い訳をここに書き残しておきます。

本当は釣りの仕方を聞かれたリゼッタさんが湖に飛び込んで素手で魚を獲ってくるというシーンがある予定でしたが、カットされました。


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37.「私がいる場所は、私が作る。そう決めたんです」

ゴーレムが戻ってくるとすぐにわかる。

静かな村に鈍い足音が響き渡るからだ。

しかし村人も慣れたもので、日が暮れて遅い時間ではあったが誰も出てこなかった。

彼女が村に来た当初はみなが慌てて飛び出してきたものだが。

 

「……あれは」

 

宿の前に荷物を置き、ゴーレムを格納庫に入れようとしているところで気づく。

ウグイス亭のすぐ裏には世界樹の傍に人が立っていた。

ハツカはゴーレムに乗ったまま近づいていった。

 

「こんな寒い夜に外にいれば、風邪を引きます」

 

その人物に声をかけてから気づく。

そういえば少し前に似たような場面で自分が同じことをラエルに言われたなと。

あれから数か月、今度は自分が声をかけることになり、

その相手がまさか王女であるだなんて想像もしていなかった。

ハツカの声に、セレスティ王女が振り向く。

 

「ゴーレムは歩くだけで随分と騒がしいモノだな」

 

「仕方ありません。そういうものですから」

 

ハツカはゴーレムから降りるべきかと思ったが、

寒い中、長居するつもりもないのでそのままでいた。

王女も気にした様子もなく、先ほどと同じように世界樹を見上げる。

何を思っているのかわからないが、

邪魔をしてたと言われても困るのでハツカは帰ろうとした。

 

「世界樹が、大きくなっている」

 

王女の声に戻るのを止めた。

その言葉にハツカは首を傾げた。

 

「そうですか? 別段に変わったようには見えませんが」

 

「いや、少しではあるが大きくなっている。

 この世界樹は特別なモノだ、私が見間違えるはずがない」

 

月明かりが照らす中、世界樹は淡く光を放っていた。

 

「世界樹はマナを空に還す。

 命の営みが盛んになればその円環は促進されて、そのために世界樹も大きくなる」

 

王女は世界樹のことをどうやら詳しく知っているらしい。

前々から気になっていたことを尋ねる。

 

「どうして世界樹はこの場所……ミラリアに植えられたんですか?」

 

その言葉に王女は目を閉じ、世界樹にそっと触れる。

するとまるで彼女に応えるように、淡い光が蛍のように舞う。

 

「神竜が、この場所に植えるように告げたからだ」

 

彼女の緑の髪がふわりとなびき、

緩やかに月明かりと世界樹のマナの光を包み込む。

 

「エルフたちの里にある世界樹、その根に住む神竜……『賢竜のメラト』だ。

 人間と愛を結び、そして里から出ることを決意した母。

 そんな母にメラトが新たなる門出として渡してくれたのが世界樹の種だった。

 そして賢竜はこのマナの巡る場所に種を植えるように言った」

 

「神竜の、祝福……」

 

神竜だなんて、御伽噺にしか出てこないような存在だと思っていた。

人間とエルフとの物語に、そんな竜が関わっていたとは初めて知った。

 

「エルフも世界樹について全てを知っているわけではない。

 だからしばらくして成長を止めた世界樹も『そういうもの』だと思っていた。

 だというのに、今、また大きくなっている」

 

王女は再び視線をハツカに戻す。

 

「ハツカ=エーデライズ。

 お前が来たからなのか、それはわからない。

 けれど、ミラリアは確かに変わってきている」

 

「それは、貴方にとっては良いことですか、悪いことなのですか?」

 

「……わからない」

 

彼女がそっと世界樹から手を放す。

周囲の淡い光は名残惜しそうに舞ってから消えた。

 

「もしかして、アーデルハイドから何か言われたのですか。

 一緒に出掛けていたと聞きましたが」

 

「性格が悪いものだな、冒険者という者は」

 

「あの、さすがにアレと一緒にしないでもらいたいのですけれど」

 

嫌そうな顔をするハツカに、セレスティは少し不機嫌そうに言葉を返す。

 

「私からすれば、お前もあのアーデルハイドと一緒だ。

 いや、どちらかというとハツカ=エーデライズの方がもっと悪い。

 何故なら私の心が休まるだったはずのこの村を変えていっているのだからな」

 

「……そう言われても、私は困るんですが」

 

「そうだ、私はお前に当てつけをしている。

 困ってもらわなければ意味がない」

 

どうやらアーデルハイドが何やら王女に嫌がらせをしたらしい。

完全にとばっちりだとハツカは内心舌打ちをする。

別に好かれたいとも思っていなかったが、

まさか一方的にこうも言われるとはさすがに想像していなかった。

 

「お前は、この場所で何を望んでいる?」

 

王女はそんなことを問いかけてくる。

思えばアーデルハイドを始め、みなが同じことを彼女に聞いてきた。

何もない村に突然住み着いた流れ者の冒険者……

きっと理由があるはず、何か目的があるはず、誰もがそう考えて彼女に真意を尋ねるのだ。

その問いに対する彼女の答えは決まっている。

 

「――私の居場所を」

 

何度も、繰り返し答えてきたからこそ、確固たるモノに。

 

「居場所……?」

 

「私がいる場所は、私が作る。そう決めたんです」

 

そうはっきりと告げる。

 

「それが今まであった何かを変えることになったとしても。

 これは私の物語なんですから」

 

ハツカはゴーレムの左肩から腕をつたい手の先に行く。

そこに腰かけて世界樹を背に村を見下ろす。

 

「私は人間のエルフが紡いだ始まり物語を人づてに聞いただけでしか知りません」

 

右手をセレスティの方へと差し出した。

一瞬、彼女の意図がわからなかった。

だが王女は気付き、ゴーレムの手に腰かける。

 

「私は物語を聞いて、その主人公たちは居場所を求めてたんだと思いました。

 立派な志も、目指した理想もきっとそれは後付け。

 本当に欲しかったのは大切な人と暮らせる世界なんだったんじゃないかって」

 

それは王女にとっては父と母の物語。

ゴーレムが腕を上げる。腰かける王女が落ちないようにゆっくりと。

 

「……この村がお前にとっての居場所だというのか?」

 

「まだ、です。けれどきっとそうなります」

 

ゴーレムが腕を上げると地面から4メータ以上になる。

普段よりも随分と高くなった目線で見下ろせるのは、ミラリアという小さな村。

 

「ハツカ=エーデライズ。

 なら、私の居場所はどこにあるのだと思う?」

 

父と母、多くの人の希望を背負い立つ王女としての立ち位置。

セレスティにしか務まらず、そして彼女にとって全てだと思っていた世界。

けれど、本当にそこは私の居場所なのだろうか、と。

 

「それは他でもない、貴方自身が決めることなんだと思います」

 

「お前も、あのアーデルハイドと同じことを言うのだな」

 

セレスティは苦笑した。

ゴーレムが彼女を地面に降ろす。

 

「寒くなってきた。暖かい風呂に入って今日はもう寝るとしよう」

 

「そうですか」

 

地面に降り立った王女はゴーレムの腕に乗るハツカを見上げ、

 

「お前が村に来て良かったことが一つある」

 

「……たった一つしかないんですか」

 

「私の釣った魚で、宿の娘がピザを焼いてくれたのが美味しかった。

 また食べたいものだ」

 

そう言って振り返らずに屋敷へ歩いていった。

それを見送り、姿が見えなくなってからハツカは呟く。

 

「……もしかして、私は不敬で処罰されたりしますか?」

 

問いかけると、物陰に隠れていた人物がゆっきりと姿を現した。

 

「いいえ、そんなことはしませんよ」

 

微笑みながら出てきたのは、黒い長髪の女性。

王女の護衛である「古き者」、キルシェ=エメラルドラインだ。

穏やかな表情を浮かべているが、対するハツカは冷や汗混じりに呟く。

 

「その割には、ずっとドールに囲まれていて、気が気でなかったんですが」

 

三体のドールが王女と話している間ずっと、

いつでも飛び出せるように隠れていたのだ。

彼女の操る三体の天使は、人が視認できないほどの高速移動で襲い掛かる。

いかなる場所であっても天使の刃から逃げ切ることはできない……

王国最強のドールマスターは派手さこそ確かにないが、不可避の攻撃だ。

マスターの指示一つで殺戮の天使は無慈悲に対象の命を刈り取るだろう。

 

「私たちは姫様を少し過保護に育て過ぎたかもしれないと感じていました」

 

「なら、貴方たちからも言ってあげればいいじゃないですか。

 もっと楽しくいきなさいって」

 

キルシェは首を振る。

 

「私たち大人ではダメなんだと気付かされました。

 あの子に本当に必要なのはあなたたちのように歳の近い子たちなのでしょう」

 

彼女が指を鳴らすと、やっとドールたちが離れてくれた。

 

「あなたさえ良ければ、またお話をしてあげてください」

 

「……物騒なドールで睨みを効かさないと約束してくれるのでしたら」

 

キルシェは「それはあなた次第です」と微笑んだ後、

王女の後を追って屋敷に向かっていった。

ハツカはそこでやっと大きく息をつく。

アーデルハイドよりは彼女は常識人だ。

つい勢いで色々と言ってしまったが、王女にかけて良い言葉ではない。

物言い次第では殺戮人形の餌食にされていたかもしれないと思うと、

次からは王女には関わらない方が良いとしみじみと思った。

 

「とりあえず、暖かいご飯にしますか」

 

完全に体が冷え切ってしまった。

彼女はゴーレムに乗ったまま、小屋へと戻る。

 

(もう話すこともないでしょう)

 

そもそも王女と自分では身分が違いすぎる。

たまたまラエルの繋がりで話してしまったが、これからはもうないだろう。

そう考えていたハツカだったが、その考えが甘かったことを後に知ることになる。

 

そう、彼女の街作りの物語にとって、

セレスティ=イルガードもまた、関わりの深い人物となるのだから。




もうすぐ5章も終わりです。
眠い中更新したのか、なんか会話が結構飛んでいる気がする・・・


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38.「私も……私のやりたいようにやると決めた!」

「セレスティ姫。

 悠久のヴィーテクスの調整、完了しました」

 

ラエルは恭しく膝をつき、両手に持った杖を差し出す。

セレスティは一度目を閉じて息を小さく吐いた。

悠久のヴィーテクスの整備が完了する日、それがこの村にとって特別な日。

この時だけラエルは儀式用の騎士鎧を身にまとう。

普段のラフで締まりのない恰好とは違い、その姿はまさしく騎士の姿。

実はラエルも一応扱いとしては騎士で、階級は緑。

それだけで見ればテルトの領主と同じであった。

実質には権限があるわけでもなく、

悠久のヴィーテクスの整備の任を受け持つために渡されたモノだ。

 

「ご苦労」

 

セレスティはゆっくりと目を開ける。

彼女はこの日が一番好きだった。

普段は自分の興味のあることだけに夢中な幼馴染が、

この日だけは自分をきちんと見てくれている。

一番恰好の良い服装で傍にいてくれる。

 

「――かつての繁栄は忘れ去られ」

 

王女は悠久のヴィーテクスを受け取り、静かに掲げた。

彼女の身長より少しだけ大きな杖は世界樹を象った杖である。

外装は実際の世界樹の若い枝を組み合わせて形成され、

杖の先は空に向かって4つに分かれている。

そこに揺れているまるで花びらのようなものは帝竜の鱗であり

それが計16枚が使われていた。

見た目は大きく広がりのある形状ではあるが、

非常に軽いためセレスティでも片手で持って歩ける。

彼女は村に来た時に着ていた美しいドレスをひるがえして工房の外へ向かう。

後ろにはラエルと近衛騎士の三人が続く。

 

「天へとそびえたつ塔も、海の底にありし宮廷も今はなく」

 

彼女が詠み上げるのはエルフに伝わる古い詩。

それは長寿のエルフたちですら知らぬ「遠い過去」を憂うもの。

 

「韋駄天のごとく空を駆ける船は御伽の夢物語とされ」

 

工房から出た王女が向かう先は世界樹。

そこには村人たちが総出で樹を囲むように見守っていた。

ラエル同様に、村人もたったこの時にだけしか着ない儀礼服をまとい、

言葉一つなく静かに王女が歩く姿を見つめている。

 

「誉れ高き叡智は二度と帰らぬ露と消えて久しく」

 

王女はゆっくりと歩いていき、世界樹の前に立ち見上げる。

まだ天を覆うほどの大きさには程遠いが、

以前の儀式の時よりも確実に成長していた。

 

「されど我らが手にしたのは静謐なる平穏の日々」

 

彼女は振り返り、世界樹を背に両手を広げる。

それは村を包むこむような、

あるいは世界樹から溢れるマナを空へと解き放つような仕草。

 

「この愛おしき凪のような時が永遠に続くように」

 

ハツカとアーデルハイドも村人の後ろから見ていた。

彼女たちの視線の先にいるのは些細なことに嫉妬していた幼き少女はいない。

そこにいるのは人間とエルフの間に生まれた美しく凛々しい姫君。

 

「さあ、今ここに祈りの言葉を世界へと捧げよう」

 

彼女は何を想い、言葉を紡ぐのか。

それはきっと、彼女にしかわからないことだ。

 

「――悠久のヴィーテクス」

 

淡い光を放つ16枚の鱗がまるで風に舞う花びらのように空へ放たれる。

鱗が描く軌跡が粒子を放ち、複雑な文様を空中に浮かび上がらせた。

文字のようで、それでいて絵のようでもあり、

それは確かに世界へと何かを伝えているようであった。

青空の下に広がる美しい光景にみなが見惚れていたが、

気付ければ光は消えてなくなっていた。

時間にすれば一瞬だったが、

けれど長く夢の中でその景色を見ていたような不思議な感覚が残った。

杖がもたらす効果は使用した者にしかわからない。

しかし杖が世界へと何らかの干渉をしたということだけは、

何故か見た者の全員が肌で感じていた。

 

「兄上」

 

儀式はそれで終わりだ。

セレスティは王女から少女の顔に戻り、言葉をかける。

 

「私はイルガードの王女であることを誇りに思うと同時に、

 セレスティ=イルガードという一人のハーフエルフである自分を愛したい」

 

彼女が何を言いたいか、意図を把握できていないラエルが怪訝そうな顔をする。

 

「……セレス?」

 

「兄上は昔から自分勝手な人だった。

 それが無遠慮な冒険者が来てから、もっと酷くなったように私は感じる」

 

風が吹き、彼女のドレスと長髪がゆるやかに舞う。

まるで世界樹が、彼女を祝福しているように淡い光を放つ。

 

「だから、兄上!」

 

セレスティは年相応の満面の笑みを浮かべて高らかに告げた。

 

「私も……私のやりたいようにやると決めた!」

 

その言葉の意味をラエルが、いや村人たちも含めて誰もが知るのは

ほんの少し先のことになるのだった。




次の更新でひとまず1巻分というか1章は完了です。
始まりの冒険プロローグ、あと少しだけお付き合いください。


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39.「私は私のやり方でミラリアに居場所を作る」

木々をなぎ倒す破壊の音が森の中に響き渡る。

まるで土砂崩れでも起こしているかのように引っ切り無しに続く轟音は、

聞く者たちに本能的な恐怖を感じさせるだろう。

それは獣や鳥たちにとっても同じで、みなが我先にと逃げ出す。

そんな中、彼女たちも同様に逃げていた。

 

「ったく、なんでこんなことになりやがった!」

 

槍を肩に担いだアーデルハイドが悪態をつきながら駆ける。

 

「決まっているでしょう!?

 あなたが余計なことをしたからです!」

 

少し離れた位置をハツカの乗るゴーレムも走っていた。

 

「ガァァァァァァァァァァ!」

 

彼女たちを追いかけるのは、一角の竜だ。

体長は5メータほどで薄緑色の鱗に覆われた短い四足で歩くタイプ。

あまり走るのが得意な竜ではないが、

それでも全速力で獲物を追いかければ結構な速度である。

 

ドォン……ドォン……!

 

竜、というにはずんぐりしたフォルム。

その何より特徴的なのはその額についた長い角だ。

体長と同じほどもある長く鋭い形をしており、

それをぶんぶんと振り回している。

切れ味が高いわけではないが非常に強固なため、

竜のパワーも相まって周囲を薙ぎ払いながら進んでくる。

その竜の名はサンチェリス。騎竜の中でも獰猛と恐れられる種だ。

 

「ちっ、くらいやがれ!」

 

少し距離を稼いだアーデルハイドが振り返り、

魔槍の先端から強力な火球を放つ。

並の獣であれば一撃で黒こげにする攻撃だが……

 

「オォォォォォ!」

 

雄たけびを上げる竜の全身を焼くも、

それでもなりふり構わずに突っ込んできた。

ダメージは確実に与えている……

だが怒り狂う竜はその程度で怯んだりはしなかった。

鱗から煙を吹いているというのに、それでもその勢いは衰えない。

 

「クッソが!」

 

直接突き刺して火を叩きこめば倒せるかもしれないが、

あの角の猛攻をかいくぐって一撃を与えるのはあまりにもリスキー。

今まで戦った牙竜とは騎竜はレベルが違うのだ。

騎竜を狩るつもりであれば、

それこそ事前に入念な罠を仕掛け大人数のパーティで挑む必要がある。

それほどまでに強力であり、今までも多くの冒険者たちが命を散らしてきた。

いくらハツカとアーデルハイドの戦闘力が高いとはいえ、

こうして遭遇戦ともなれば撤退するしかない。

 

「まずいです……」

 

ハツカはゴーレムを駆る自身の集中力が切れてきていることを自覚していた。

また並走するアーデルハイドの疲労も顔に色濃く出ている。

このままただ逃げるだけでは、

無尽蔵の体力を持つ竜に追いつかれていつかはお終いがきてしまう。

倒すにしろ逃げるにしろ有効な手段が思いつかない……。

差し違える覚悟で戦えれば勝てるかもしれないが、

どうしてこのような何でもない場面でそのような戦いに挑む必要があるだろう。

 

「けれど体力があるうちに、という考えもありますが」

 

だがその時、彼女の知る獣が現れた。

 

「……えっ?」

 

ハツカとアーデルハイドが走る先から

逆に向かってきたのは狼のような獣。

淡いピンク色の毛並みを優雅になびかせて駆けてくる。

 

「あいつは、確かウインとかいうやつの……?」

 

2人と獣はすれ違う。

一瞬だけ、視線が交差した。

 

「待ってください、危険です!」

 

獣に言葉が通じるかわからないがハツカは叫ぶ。

だが獣……ホノカはむしろ加速して暴れまわる竜へと突っ込んだ。

 

「……」

 

迫る獣を視認した竜は、雄たけびを上げながら角を振り回す。

横薙ぎの一閃は当たれば即死……だがトンッと軽く跳び上がりホノカは上に避ける。

だがサンチェリスは力任せにすぐ切り返して狙ってきた。

空中に跳ぶホノカに避ける術はない、そのはずだったが

 

ひょいっ。

 

獣は空中を蹴り、ひらりひらりと華麗に舞いながら避けていく。

まるで見えない壁を蹴るように跳ぶ様は明らかに物理法則を無視している。

その不思議な動きにさしもの竜も混乱しているようだった。

獣が舞った場所には淡い残像が残っていく。

竜の周囲を跳びまわり、その残像たちはゆっくりと敵に迫っていった。

 

「……!?」

 

竜からすれば1匹しかいなかったはずの獣が、

どんどんと増殖していくように見えるのだろう。

先ほどまでの暴れまわっていた様子から一転して、右往左往を始めた。

足を止めてしまうサンチェス。

そして残像が竜に触れる。

 

ドゥンッ!

 

轟音が森に響き渡る。

いかなる力が発動したのか、竜の鱗の合間から爆発が起こった。

そしてその爆発は1回ではない。

 

ドゥンッ!ドゥンッ!

 

次々と迫る残像が触れるたびに、竜は内部が炸裂していく。

強固な鱗に覆われた体も、その内側は普通の獣と同じ。

成すすべもなく、竜は断末魔の叫びをあげ血を噴き出しながら絶命した。

 

ストッ。

 

軽い足音を立てて、何事もなかったのようにホノカは着地する。

ただの獣ではないとは思いっていたが……想像以上に謎の存在だ。

 

「お疲れ様、ホノカ」

 

そんな獣を労う声。

ホノカが走ってきた方向から聞こえてきた。

この獣がいるということは、その相棒も当然いるわけだ。

 

「助かりました、ウイン」

 

馬車をゴトゴト鳴らしながら、仮面のエルフが現れた。

相変わらず淡々とした口調のため、感情が見えない。

 

「お礼はホノカに言ってほしい。

 この子が君たちの匂いを気づいて助けに行ったから」

 

ホノカが軽やかな足取りでウインのもとに行く。

ちょこんと行儀よく座り、早く早くと視線で何かを催促していた。

 

「はい、2人を助けてくれたご褒美」

 

ウインは懐から出したサイコロ上の黄色の塊を上げていた。

 

「そいつはなんだ?」

 

「チーズ。ミラリアで食べてからホノカがはまってね。

 こうして何かある度にねだるようになった」

 

ウインが投げホノカは華麗に空中でパクッとキャッチしていた。

 

「そういえば、ミラリアで姫君と話したって?」

 

チーズを上げながら、世間話をするように軽く話しかけてくる。

 

「ええ、確かに話しましたが。

 彼女と王都で会ったのですか?」

 

「何を話したのかまでは聞いてない。

 けれど、君たちは一躍に時の人になってるかな」

 

ハツカとアーデルハイドは顔を見合す。

話の流れがまるで読めなかった。

確かに2人ともそれぞれ、王女とは会話をしている。

だがそんなに面白い話をした覚えはない……

 

「……まさか、悪い方ですか」

 

むしろ、相手の立場を考えずに色々好き勝手言ってしまった気がする。

 

「おいおい、ンなわけねぇって。

 アタシたちが不都合なことを言ったんなら

 傍にいた近衛騎士が先に黙ってなかっただろうよ」

 

アーデルハイドが肩を竦めて笑う。

だが、ウインは首を振った。

 

「当たり。一部の騎士たちが随分と怒っていた」

 

「え……」

 

何故そんなことになったのか。

いや、王女がどう伝えたかにもよるが……

アーデルハイドの言う通りそれならその時に騎士たちから文句を言われたはずだ。

 

「まだあまり公にはしていないけれど、

 セレスティ第一王女は王位継承権を放棄なさった」

 

脈絡がなさすぎる突然の報告。

事実だとすれば、かなりの大ごとだ。

公にしてないとはいえ、関係者はかなり慌てているだろう。

 

「あの、私たちがそのことに関与しただなんて誤解はまさかないですよね?」

 

不穏な流れに、恐る恐るハツカは尋ねる。

まるで心当たりはないが……

 

「お前たちが言ったのだ。私の好きなようにしろと」

 

その声はウインの乗る馬車の荷台から聞こえてきた。

何度か聞いたことがあるその声は……

 

「なんだ、冒険者というのは自分が言った言葉も覚えていないのか?

 私はあれだけ好き放題言われて、非常に腹が立ったことを忘れたくても忘れない」

 

豪華なドレス姿ではなくウインと似たような旅装束を身に纏った少女がそこに立っていた。

セレスティ=イルガード。

まさに話題にしていたイルガード王国の第一王女様だ。

ミラリアから少し離れたこんな場所で偶然出会う相手ではない。

 

「おいおい……ムカついたからってわざわざこんなところにまで殴りにきたのか」

 

「勘違いするな。

 腹立たしかったのは確かだが、別にお前たちにどうこうするつもりなどない。

 たまたまここを通りかかったところを、ホノカが助けただけだ」

 

よしよしとホノカの頭を撫でてあげる。

獣は気持ちよさそうな顔をしてペタンと地面にお座りをしていた。

 

「それで、王女様はどうしてここに?」

 

尋ねるハツカに王女は笑い、

 

「そんなこと、決まっている」

 

胸に手を当てて言葉を告げた。

 

「私も兄上がいるミラリアに住むことにしたのだ」

 

突然の言葉にハツカとアーデルハイドがぽかんとする。

その様子に王女は満足そうに頷いた。

 

「私は私のやり方でミラリアに居場所を作る」

 

その言葉を告げた彼女の声は、今までできっと一番に生き生きとしていただろう。

 

 

――世界樹の裾にある村、ミラリアで紡がれる物語。

その舞台の中心で活躍する主役たちはこうして揃った。

けれどまだ物語は始まったばかり。

ハツカ=エーデライズ。

アーデルハイド=アイゾンウェル。

そしてセレスティ=イルガード。

今語ったのは彼女たち三人が描いていく物語の序章でしかない。

 

これから村には様々な想いを抱えた人々が集まる。

誰もがその先に、光を求めて。

ミラリアという場所で、人々は生きていく。

 

この先に待っているのは、暖かな日差しのような物語。




第一章「彼女が始めた街作りの物語」はこれでおしまいです。
大体、単行本にすればちょうど1冊にあたる文章量となります。

2章からはギルドの新しい仲間の話だとか、
村に住み着いた姫様の話だとかの予定ではありますが、
とりあえずひとますばキリがついたので休憩します。
1章終了時点での登場人物紹介は書こうと思いますが、
物語はの続きはまたおいおいということで。

もし最初から読み、ここまで読み終えてくれた方がいれば、
気軽に感想など書いてもらえれば、次回以降の更新の励みになったりします。

転生だったり、チートな能力であったり、
ハーレム的な話でもないし、凄く特徴ある人物もいない地味な話ではありますが、
読んでいて安心できる話を書いていけたらなと思ってます。


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40.一章終了時点での村の状態+登場人物紹介

一章「彼女が始めた街作りの物語」終了。

二章に移る前に現時点での登場人物紹介+村の状態。

 

【村の施設】

・世界樹

・ラエルのルーンパド(マイスター人数:1人)

・宿屋兼酒場「ウグイス亭」

 ⇒ホースキルンス窯による料理が可能

・冒険者協会カウンター

・クエストボード

 ⇒クエストの受注が可能

 

【村の周辺の開拓状況】

・キルテッドへの道。

・ミヅチ撃退により湖の安全確保完了。

・ダブルアイリザーの撃退により港町アデラへアクセス可能。

 

【村を拠点とするギルド】

・エーデンウィル(所属:2名)

 

 

【登場人物(主人公)】

 

《ハツカ=エーデライズ》

年齢:16

クラス:ドールマスター 使用ドール:ゴーレム

容姿(本編より抜粋):

大陸では珍しい薄い赤髪を無造作に後ろで縛っただけで、

身にまとう薄汚れた無地のローブもお洒落とは程遠い。

まだ幼さを残す少女だが可憐さなどはまるでなく、

どこか勝気な感じを持ちそれは道端に咲く花のような逞しさに近かった。

解説:本作の主人公。

丁寧な口調ではあるが、基本的に無愛想な少女。

孤児で「当て石」という使い捨ての役割でギルドエーデライズに買われる。

とあるクエスト中にギルドは壊滅するが、彼女は偶然にもゴーレムと出会い生き延びる。

それからは冒険者としてケーレンハイトという街を拠点としていたが、

ラエルと出会いミラリアを拠点として活動することに。

戦いは怪力自慢のゴーレム頼りで、本人の戦闘能力は皆無だ。

しかし彼女の一番の武器はその危険を察する優れた直感。

その実力は幼いながらも数々のクエストをこなしてきたことで証明している。

冒険では身長な彼女ではあるが、私生活においては即断即決。

思いついたらやってみないと気が済まないところがあり、

その行動はミラリアという村を自分好みに作り変える原動力として表れている。

後世では吟遊詩人が歌う人気を博す冒険譚の主人公として語り継がれるほどだが、

まだまだそれは遠い未来の話である。

 

「私がいる場所は、私が作る。そう決めたんです」

 

 

《アーデルハイド=アイゾンウェル》

年齢:18

クラス:ソーサラー 使用アーティファクト:グロリオサ

容姿(本編より抜粋):

槍と同じ銀色の軽鎧を身にまとう長身の冒険者。

華奢な体にどこにそんな力があるのか自分よりも大きな槍を肩に担ぐ。

まだ周囲に残る熱で揺らめく大気の中に、彼女の編み込まれた美しく長い金髪がなびいていた。

少し吊り目になっている瞳、不遜な笑みを浮かべる彼女はまるで狼だ。

美人ではあるが、街中であっても彼女に声をかけようとする男はいないだろう。

ちなみにあまり胸が大きくないことを実は気にしているが、

勝気な彼女にそのことでからかえるような男はいなかった。

解説:もう一人の主人公。

荒っぽく男勝りな口調で、行儀も悪いし短気で喧嘩っぱやい。

黙っていれば美人と言われるが、生命力溢れる姿こそが彼女の本当の魅力といえる。

大手ギルドであるシルバーバードから脱退し、ハツカと共にエーデンウィルを結成した。

父の形見である魔槍が放つ火球の威力は強烈で、

並の獣であれば一撃で吹き飛ばすほどではある。

元々は連射ができないという欠点があったが、ラエルと出会ったことで解消された。

しかしそれでもまだ本来の力を発揮できていないという。

美味い飯を食べ、毎日酒を飲み、自分が面白いと思うことをして生きるのがモットー。

そんな彼女ではあるが、実は一人で静かに釣りをするのが好きという

彼女のイメージからすると意外な趣味を持っている。

ラエルのことが気に入ってはいるのだが、

育ちのせいもあってかまだ恋という感じでもない。

しかしハツカとラエルが意気投合している姿には案外嫉妬しているらしい。

豪快で喜怒哀楽を隠さぬ性格は、

吟遊詩人の歌うハツカを主役とする冒険譚においては面白おかしく誇張され語られる。

愛称はアーディ。

 

「そうだよ、アーデルハイド様だよ!」

 

 

《セレスティ=イルガード》

年齢:16

クラス:無し 使用アーティファクト:悠久のヴィーテクス

容姿(本編より抜粋):

透き通るような緑色の髪と、王家の証である黄金の瞳。

まるで芸術品のように均整のとれた顔立ちは母譲りだという。

まだ幼さを残しているが、堂々とした立ち振る舞いはまさに王族というべきものだった。

解説:ハツカ、アーデルハイドに続く物語の主要人物。

まだ登場したばかりで、彼女の村での役割の確立はまだこれから。

イルガード王国の第一王女にして、王国初のハーフエルフ。

エルフの血を引くだけあり、マナの扱いに長けている。

秘宝とされる悠久のヴィーテクスを扱える数少ない存在。

人間とエルフの絆の証ともいえる存在であり、

彼女にかかる期待や想いの大きさは計り知れない。

応えようとする彼女の姿は凛々しく王女としても相応しいが、

やはり年相応の少女らしい幼さが抜けきれない。

特に兄と慕う幼馴染のラエルの前では顕著に表れる。

村で暮らすため王位継承権は放棄したので、王女としての権力はほとんどないが、

彼女自身も最初からそれに頼るつもりもない。

冒険者ではない彼女がクエストに参加することはなくとも、

聡明で幅の広い知識を活かしてハツカの街作りに協力してくれる。

自由奔放に生き素直に気持ちを口にできる

ハツカやアーデルハイドのことを羨ましく思っている。

後世に語り継がれる物語ではハツカやアーデルハイドたちを中心とする冒険者たちは、

世界樹に寄り添う気高く美しい彼女に忠誠を尽くしたとされる。

が、話を盛り上げるために美化されただけで、実際には敬われたりなど全然していない。

愛称はセレス。

 

「私は私のやり方でミラリアに居場所を作る」

 

 

【登場人物(村人)】

・ラエル=カーネイド

村唯一のマイスター。一流の技術を持っているが世間知らず。

初期設定では彼が主人公だったが、いざ始まると脇役に。

いまいち影が薄いが、村づくりにおいては重要な存在。

ハツカたちが冒険で手に入れたアーティファクトを修理して

それを活用した新たな施設を作ってくれる。

拾われ子で、エルフの育て親がいるが今は行方不明。

 

・セーラ=アルラスター

村長。14人の「古き者」の一人で見た目に反してかなりの高齢、らしい

人間嫌いだったが今は案外気に入っており、

ハツカたちがこれから村をどうしていくかを楽しみにしている。

 

・ボーガン、ユナ、キミカ

キミカは元々王都で書記官という役人だったが、

ミラリアを作る際に移り住む。

ボーガン、ユナは村で生まれた子供である。

兄妹はハツカたちより少し年上だが、歳が近いためよくよく関わることに。

 

・オラル、ファラル

エルフの兄妹。歳は60くらい。

村で薪を生産するのが主な仕事だが、

釣りの仕掛けや、木彫りの小さなアクセサリも作ってくれたりと何かと器用。

 

 

【登場人物(移民)】

・リンデ

ウグイス亭の唯一の従業員にして女将兼看板娘兼料理人。

愛想も良く美人ではあるが、

いうほど料理が上手でもないしおもてなしが良いわけでもない。

ひたすらピザを作っている描写しかないが、、

新しい食材を仕入れてあげれば色々と作ってくれる。

 

・ケム

冒険者協会の窓口を務める少年。

これから出番はある、はず。

冒険者が持ち込んだモノの買い付けやら

冒険者と村人との間の調整をしたりと実は大切な役割。

クエストも斡旋してくれる。

 

【登場人物(王都)】

・ウイン=ディライト

ホノカという謎の獣を連れている仮面をしたエルフの商人。

一人しかいないが、ウイン商会を名乗っている。

王都とミラリアをずっと行き来して物資を運んでいる。

性別は不明だが、「古き者」の一人のため本当は非常に博識。

商人として本腰を入れてるわけではなく実はただの趣味。

 

・キルシェ=エメラルドライン

最後まで仲間になってくれないタイプの最強さん。

三体の天使タイプドールを操り、階級は紫。

王国最上級の騎士という扱いである。

「古き者」の中でも戦闘力に秀でているため王女の護衛を務めている。

穏やかな性格ではあるが、怒らせると非常怖い。

 

・グレンガ、リゼッタ

近衛騎士の夫婦。

性格には難があるが、非常に手練れで2人とも強力なアーティファクトを所持する。

が、それを披露する場面は物語中では予定されていない。

 

 

 

第二章は、そのうち更新。

 

 

『世界樹の裾Ⅱ-気ままな冒険者たち-』

 



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