青春ブタ野郎は灰色の果樹園の夢を見ない (たなとすさん)
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#01 青春ブタ野郎はおるすばん妹と共に美浜に立つ

「救えなかった後悔」

「忘却と仮初めの自分」




 この世に数多の『不思議』はあれど、そこには『原因』があり『原理』がある。

 火のないところに煙は立たない。

 これが当てはまるのは、なにも噂話だけではない。

 原因となりうる事象から、物理法則などの原理を経て結果に結びつく。

 その『結果』だけを見れば、なるほど不思議だと思える事柄も多々あるだろう。

 しかし、その結果には必ず至るための過程があり、それは世界の理に沿って起こっている。

 まあつまり、何が言いたいのかというと。

 どんなに不思議な現象にもきちんと理屈があり、魔法だの超能力だのと騒ぐのは小学生で卒業しておけ、ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2011(year    )4(month )1(day  )13(hour  )15(minute )

 

 

 

 

「ここが、美浜(みはま)学園……」

 

 最寄りの駅からタクシーで数十分。

 高い塀に囲われた敷地の、唯一の出入り口である巨大な門扉の前に降ろされた。

 

「お、お兄ちゃん。到着したのですか? かえでは目を(つむ)っているので、お部屋に着いたら教えてください」

 

 僕の腕に、昔流行(はや)った人形のように抱きついている妹のかえでは、移動中は僕の腕をひと時も離すことはなく、両目を硬く瞑っていた。

 

「ああ、かえで。今転入先の学園に到着した。学生寮の部屋に着くまでもう少しだから頑張れ」

 

「は、はいです」

 

 美浜学園のパンフレットを取り出し、載っている簡単な地図を頼りに僕らは学生寮を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

「お、お邪魔しますです」

 

 地図通りならば学生寮であるはずの建物に入る。

 右手側には寮監室らしき窓口と、生徒が外出しているかどうか確認できる木製の名札がある。

 その数は、五つ。

 どうやら全員外出中のようだ。

 

「って、この時間なら普通に授業中か」

 

「はい。学生の本分は勉強ですから♪」

 

 声のする方を向くと、そこにはレディーススーツを着た眼鏡の女性が笑顔でこちらを見ていた。

 

「どうもです。学園長」

 

「長旅ご苦労様です、梓川(あずさがわ)咲太(さくた)君、梓川花楓(かえで)ちゃん。美浜学園へようこそ。学園長の(たちばな)千鶴(ちづる)です」

 

「これからお世話になります。よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「ご丁寧にどうも。まずはあなた達の部屋へ案内しますね」

 

 案内された部屋は、二階の角部屋。

 

「ここは寮で一番広い部屋です。と言っても、さすがに元々二人部屋だったわけではないので、多少手狭に感じるかも知れませんが」

 

「いえ、十分広いですよ」

 

「お部屋、広いです!」

 

 かえではやっと部屋に入れたことで、水を得た魚のごとく部屋中を走り回っていた。

 ……やっぱり、まだ外は怖いか。

 

「それじゃあ咲太君。ちょっとお話があるので着いてきてくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーヒーでいいかしら?」

 

「はい。砂糖とミルクは要りません」

 

 所変わって、ここは校舎内の学園長室。

 かえでは、少し心配だが部屋に置いてきた。

 

「それで、話って何ですか?」

 

「率直に言うと、あなたの胸の傷について本人から話を聞きたいのよ」

 

 胸の傷、と聞いた瞬間、僕の心は一気に冷えた。

 この傷の原因となった事象をいろいろな人に説明した。

 しかし、たった一人を除いた全ての人は、それを信じてくれなかった。

 

「あ、『どうせこの人も信じないんだろうな』って顔をしてますね。確かに情報だけ見れば信じがたい話です。でも、初めから疑ってかかってしまっては物事の本質を理解することはできません。だから私は当事者である咲太君に話を聞きたいんです。あなたの話を聞いて、私は信じるか否かを決めます。だから、話してくれない?」

 

「……妹、花楓はSNSでクラスメイトから誹謗中傷を受け、いじめられていました。気付くと、花楓の身体中が傷だらけになっていました。まるで心の傷がそのまま身体の傷になっているようでした。ここまでなら、精神的に不安定になった花楓が自傷行為をした結果だと思うでしょう。でも僕は見たんです。SNSで悪口が書き込まれるたびに傷ができる瞬間を。そしてある朝、花楓は記憶を失っていました。これに関しては医師には解離性障害だと診断されました。元の花楓とは何もかもが違っていました。それから数日後、朝起きると僕の胸には獣の爪痕のような傷ができていました。すぐさま救急車で病院に運ばれて処置を受けましたが、これも花楓と同じく自傷行為でできたものだと判断されました」

 

「……それが、あなた達が体験した現象」

 

「ええ、そしてこういった現象はネット上では『思春期症候群』と呼称され、都市伝説となっています」

 

 思春期症候群。

 他人の心の声が聞こえる、相手の未来が見える、誰かと誰かの意識が入れ替わるなど、思春期特有の妄想であるはずの事象。それが、誰が言い始めたかは知らないが『思春期症候群』と呼ばれるようになった。

 

「なるほどねぇ。でもその『思春期症候群』は誰も証明できていないから都市伝説なんでしょう? 状況証拠には辛うじてなりそうだけど、物的証拠は何も存在しない」

 

「……ええ、分かってます。正直、僕もかえでも嘘吐き呼ばわりされ続けて疲れてしまいました」

 

「……あなた達がこの学園に来た理由はよく分かりました。そしてごめんなさい。実際に話を聞くまで、私はあなたの狂言だと思っていました。でも話を聞いてみてあなたが嘘をついてなく、妄想に取り憑かれているわけでもないことを確信しました。

ーーーこれまで辛かったわね。大丈夫、あなたは嘘吐きではないわ」

 

「ありがとう、ございます……!」

 

 口先だけかもしれない。裏があるかもしれない。

 そんな疑念を抱くより先に、僕は感謝の言葉を口にしていた。

 どうやら僕は、自分で思っているより参ってしまっていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、落ち着いたかしら?」

 

「……お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。もう大丈夫です」

 

「恥ずかしいことなんてないわ。あなたはまだ子どもなんだから、甘えられる内は甘えるべきよ?」

 

「はは、善処します」

 

「まあいいわ。それでは今後の予定について説明するわね。咲太君は一年生として、花楓ちゃんは予科生として美浜学園に所属してもらうことになるわ。本来は二人とも教室に来てもらって他の子達と一緒に授業を受けてもらうべきなんだけど、花楓ちゃんには厳しいかしら」

 

「そうですね。かえではまだまだお家大好きっ子ですから、登校は難しいと思います。そこら辺のケアもしてくださるという話でしたが」

 

「ええ。咲太君と他の子達が教室で授業を受けている間は、私があなた達の部屋で花楓ちゃんの授業をします。こう見えて私、心理カウンセラーの資格も持ってるの。決して無理はさせないわ」

 

 それならばまあ安心だな。

 学園長なら病院からかえでと接する上での禁止事項(タブー)を聞いているはずだし、心理カウンセラーの資格者というのもプラス情報だ。

 

「そういうことなら、授業中はよろしくお願いします」

 

「はい、任されました♪」

 

 僕は軽く頭を下げ、学園長は緩く敬礼をした。

 




梓川 咲太
「救えなかった後悔」
心と同時に身体も傷つき続けていた妹・花楓が、記憶を失って『かえで』になった。花楓だった時に助けることができなかったことを今でも悔やんでいる。
『かえで』は花楓とは違う一個人として存在していることを他の誰よりも認めている。

梓川 かえで
「忘却と仮初めの自分」
花楓としての記憶を失い、自分は花楓の偽物なのだと思っていた。
兄・咲太だけが自分を『かえで』として認めてくれたため依存傾向にある。


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#02 青春ブタ野郎は生真面目メイドと出会う

「逆らった罪」




 学園長との対談が終了したのは、寮の部屋から出て約一時間経過した頃だった。思ったより時間が経っていた。これ以上かえでを一人にしておくのは心配だったので、僕は少し早足で帰路についた。

 途中の教室に金髪の人物がいるのがチラッと見えたが、今は急いでいるのでそのまま通過した。

 

 寮に到着し、玄関にある名札を確認すると、僕とかえでの分が追加されて七人の名前が記されていた。

 自分の名札を『在』側にひっくり返すと、既に帰ってきている寮生は僕とかえで以外では一人だけ。

 

 小嶺 幸

 

 その小嶺さんとやらはもう自室に戻っているのか、とりあえず見える範囲には誰もいない。

 

「挨拶は明日でいいか」

 

 今から探し回るのも面倒だ。

 そう思い自室に向かうため階段を登ろうとすると、踊り場より上の死角からメイドが現れた。

 

「……ん?」

 

 待て待て僕の地の文。

 『メイドが現れた』だと?

 一旦目を閉じ、再び開けると、

 

「じぃー」

 

 目の前までメイドが迫っていた。

 しかも注視している擬音を口に出しながら。

 

「えっと、あなたは不審者さんでしょうか?」

 

「そういうあなたはメイドさん」

 

「はい、みちる様の専属メイドをさせていただいています、小嶺(こみね)(さち)と申します。以後お見知りおきを、不審者さん」

 

「いえ、不審者ではないです。寮生です」

 

「なるほど。ではあなたが先日学園長がおっしゃっていた転入生さんですか。お名前は確か……」

 

「梓川咲太。梓川サービスエリアの梓川に、花咲く太郎の咲太。妹のかえでともどもよろしくお願いします、小嶺さん」

 

「こちらこそよろしくお願いします、梓川さん」

 

 ふむ、挨拶もしっかりできるいい子……なのだが、どうしても着用しているメイド服の奇抜さが全ての印象を掻っ攫っていく。

 

「えっと、小嶺さん。なぜメイド服を着ているんですか?」

 

 もし『趣味です』と答えたら、是非とも親交を深めたいところだ。

 

「メイド服を着ている理由ですか? 実はわたし、クラス委員を任されていまして、何かと先生方に手伝いを頼まれることがあります。するとどなたかに『なんだかメイドさんみたいだね』と言われ、そのうち『試しにメイド服着てみなよ』との指示で着てみると『似合うから普段からメイド服着るようにしたら?』と提案され、その結果できる限りメイド服を着るようになりました」

 

 ……こいつ、やばい奴だ。

 何がやばいって、空気を読む事しかしてない(・・・・・・・・・・・・)ことだ。

 メイド服を着ている理由に、何ひとつ自分の意思が介在していない。

 もし指定された服装がバニーガールだとしても、この娘は何の文句も言わずに着こなすだろう。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「……いえ、小嶺さんは空気を読むのが上手いんですね」

 

「?」

 

「ああ、気にしないでください。ただの独り言です」

 

「そうですか? よく分かりませんが、気にするなということでしたら気にしません。そういえば、転入生はご兄妹と伺っていましたが妹さんはご一緒ではないのですね」

 

「あー、妹は人見知りでね。もう少し落ち着いたら改めて挨拶させてもらいます」

 

「分かりました。では他の皆さんにもそのように告知いたしますね」

 

「よろしくお願いします。ではまた」

 

「はい。もしお困りの事がございましたら、何なりとお申し付けください」

 

 小嶺さんは、メイドらしくスカートを両手で摘み(カーテシー)をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん! おかえりなさいです」

 

「ああ、ただいま。僕が出かけてる間に誰か来たりしたか?」

 

「一度呼び鈴が鳴りましたけど、かえではボイコットしました……」

 

 来客に対応しなかったことを咎められると思ったのか、かえではシュンとした面持ちだ。

 帰寮している学生は先ほどの小嶺さんしかいないはずだから、その来客は彼女のはず。

 

「いや、今回はそれで正解だ。なにせ相手はエアリーディングメイドという謎の存在。かえで一人での接触は危険だ」

 

「えありーでぃんぐめいど、ですか……? どんな人かまったく想像ができません」

 

 ノリで言っただけだから僕もよく分からない。

 

「まあ見た目はメイド服を着た女子生徒だ。この学園内にメイドが大量発生していなければ、ぱっと見で判別できる。名前とかは今度会った時に自己紹介タイムがあるだろうから、その時聞くといい」

 

「は、はい。では今のうちに自己紹介で何て言うか考えとかないとですね」

 

「そうだな」

 

 かえでが他人との接触に前向きになっているようだから、やる気を削がないようにしないと。

 

「じゃあ僕は奥で着替えてくるから。焦らずゆっくり考えるように」

 

「了解です!」

 

 ふと夕飯用の食材を買ってなかったことを思い出した。

 時計を見ると三時を少し過ぎたくらいだ。

 

「この後買い出しに行くけど、夕飯のリクエストはあるか〜?」

 

「ふわとろオムライスがいいです!!」

 

 かえでは今日一番の元気な声でそう答えた。

 

 




小嶺 幸
「逆らった罪」
過去に⬛︎⬛︎を⬛︎った事がきっかけで『⬛︎い⬛︎』でいなければならないという強迫観念を持っている。そのため、頼まれ事を断ることが無い。クラス委員という名の雑用係を務めている。


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#03 青春ブタ野郎は世話焼きな先輩と争う

「間違えた代償」




「じゃあ、買い物に行ってくるから留守番よろしくな」

 

「はい、任せてください! かえではお留守番のプロなのです!」

 

 あまり自慢できないプロを背に、僕は学園から三嶋崎(みしまざき)の街へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、メニューはオムライスだから、必要なのは卵に鶏肉に玉ねぎ、ケチャップ……、あと野菜スープも作りたいからキャベツ、人参、ベーコン、コンソメの素か」

 

 三嶋崎には地元民で賑わう商店街もあるが、あいにく僕は三嶋崎初心者。どこに何の店があるか把握していないならば、無闇にうろつくのは時間のロスになる。

 だったらはじめからスーパーマーケットに行けばいいのさ!

 ということで、僕は比較的どこにでもある大手スーパーに足を踏み入れた。そして店頭にある今日の売り出しのチラシに素早く目を通し、目標を捕捉。

 

(ふむ。卵は特売ではないが、そもそも卵の特売が夕方まで残っている訳がないのでそれは問題ない。夕飯のメニューに必要な食材で安売りなのは、鶏肉! 引っ越す前の近所のスーパーより100gあたり15円も安い! これはある程度まとめ買いも視野に入れなければ)

 

 0.5秒で思考し終え、買い物カゴを手に店内(戦場)に入っていった。

 

 まずは野菜コーナー。

 キャベツ、玉ねぎ、人参はそこそこの安値でゲット。

 お、アスパラが安い。旬だからな。とりあえずカゴへ。

 

 お次は精肉コーナー。

 目的の鶏肉は、あった。

 品薄気味ではあるが、まだ質を吟味する程度の数の余裕はある。

 脂身が多過ぎず少な過ぎずのモモ肉は、と。

 

「これとか良さそうだな」

 

 鶏モモ肉のパックを手に取った時、反対側から僕と同時にそれを掴む手があった。

 その手を辿ると、赤毛のロングストレート。露出の多い服装に、それに見合うだけのプロポーション。

 僕が顔を向けたのと同時にこちらを向いたその女性は、それらのパーツが似合う美人だった。

 

 ……獰猛な獣(オバちゃん)の眼をしていなければ、だが。

 

 ニコッ

 

 グッ

 

 その女性はこちらに向かって満面の笑みを浮かべながら、肉を自分側に引き寄せようとする。

 しかし僕は離さない。

 

 ウルウル

 

 ググッ

 

 今度は少し屈み、瞳を潤ませながらこちらを見つめながら、再び肉を引っ張る。

 しかし僕は離さない。

 

 ジーッ

 

 グググッ

 

 最後には無表情になってこちらを凝視しながら、更に力強く肉を奪おうとする。

 しかし、僕は離さない。

 

「って、女がここまでしてるんだから譲りなさいよ! 確かにこの肉はいい肉だけど、まだ他にもあるじゃない!」

 

「だが断る!」

 

 これが普段なら譲ったかもしれないが、今日は長時間の外出でかえでにかなりの負担がかかっている。

 そんなかえでのためにも、可能な限り極上のふわとろオムライスを作らねばならない。

 

「というわけでこの肉は僕が買います」

 

「なにが『というわけ』なの!? えぇい、こっちにはお腹を空かせた子がいるのよ! マキナー!」

 

 その女性は精肉コーナーから見えるお菓子コーナーに向かって誰かを呼ぶように更に「マキナー!」と叫んだ。

 

「ぉう? なんなのよさ天姉(あまねえ)。あたしはひとつだけと言われたお菓子を『ぬるぬるぬるね』か『ヘビースター』のどっちにするか悩んでる最中なのよさ」

 

 独特な語尾で舌ったらずな声音を出す少女(幼女?)が、文句を言いながらこちらに来た。

 

「ほぉらマキナ。あんたもこのお兄さんにお肉を譲ってくれるよう頼みなさいな」

 

 この女、いくらいい肉が欲しいとはいえ子どもをダシに使うとは……!

 目の前の女性の所業に戦慄していると、マキナと呼ばれた子どもがワナワナと震えだした。

 

「天姉ぇ! そんなに肉々しい身体のくせにまだ欲しいと申すかっ! 胸か!! まだ胸の肉が足りんと言うのか!?」

 

「へっ? い、いや、今取り合ってるのはモモ肉……」

 

「そのムッチリ太ももにまだ肉を付けたいのかっ! 肉付きのないあたしに対する嫌味かっ!?」

 

 なにやら仲間割れをしだしたので、僕はいつの間にか手が離れていた鶏モモ肉のパックを買い物かごに入れてその場を離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

三嶋崎(ここ)には変な人が多いのか?」

 

 まあ美浜学園(特異な者の居場所)がある街なのだ、変人には事欠かないだろう。

 戦利品の詰まった買い物袋を片手に、まだ見ぬクラスメイトに対して失礼なことを考えて歩いていると、

 

「あ、さっきの……」

 

「ん?」

 

 先ほど精肉コーナーで死闘(肉の取り合い)を繰り広げた赤髪の女性と少女マキナ(仮)が、後方数メートルから話しかけてきた。

 どうやら前方を歩いていた僕がさっきの男だと気づいたようだ。

 

「えっと……、さっきは大人げなかったわ。ごめんね?」

 

 取り合いの時とは打って変わってシュンとした様子の女性。

 あれか、買い物中はハイテンションになっちゃう人か。

 

「いえ、こちらこそその場のノリで譲ろうとせずにすみませんでした」

 

「うん。じゃあこの話は手打ちってことで! あ、君も家こっちなの?」

 

「ええ、今日引っ越してきたばかりでして。今晩の夕飯が三嶋崎での最初の食事なので、できるだけ美味しく作りたかったんです」

 

「へえー、越してきたばかりなんだ。そしてその言い方からすると、夕飯は君が作るんだね?」

 

「はい。今は妹と二人暮らしなので、自然と家事はできるようになりました。ちなみにメニューはオムライスです」

 

「オムライスか〜、いいなぁ。ねぇマキナ、ウチも今晩オムライスにする?」

 

「ぁぅ……」

 

 はて、少女マキナはスーパー内では隣の女性に対して罵詈雑言を繰り広げていた気がするのだが、再会してからはずっと無言で僕の視界に入らないようにしている。

 

「あー、この子かなり人見知りでね。慣れた後は容赦なく接してくるんだけど、初対面の相手だとどうしてもこうなっちゃって」

 

「ぅぅ……」

 

 俯く少女マキナに対して、僕は少し屈んで目線の高さを合わせてから優しい声音になるよう努めて話しかけた。

 

「こんにちは、マキナちゃん。僕は梓川咲太っていうんだ。よろしくね」

 

「ぁ、ょ、ょぉしく……」

 

「そうだ、マキナちゃん。飴は好き?」

 

「ぅ、す、すき」

 

 僕は買い物袋から、お菓子コーナーでなんとなくカゴに入れたハチミツ入りの飴を一粒取り出してマキナに差し出した。

 マキナは隣の女性に『もらっていい?』と言いたげな視線を向け、女性側が了承の頷きをしてから飴を受け取った。

 

「ぁ、ぁぃがと」

 

 個包装を慎重に破り、中の琥珀色の飴玉をしげしげと眺めてから口に放り込んだ。

 

「……〜〜っ!! あんめぇー! この飴、すっげぇ甘くてうめぇのよさ!」

 

 口内でコロコロと舐め回していると、いきなり目を見開いて歓喜の声をあげた。

 さっきまでの警戒感が一気に吹き飛んで、目をキラキラさせながら飴を咀嚼している。

 

「へぇ、初対面でマキナを手懐けるとは見事な手管ね。あ、私は周防(すおう) 天音(あまね)。よろしくね、梓川君」

 

 赤髪の女性・周防天音さんが笑顔で右手を差し出してきたので、

 

「こちらこそよろしくお願いします。商店街に慣れるまであのスーパーを中心に買い物に来ると思うので、主婦の方と知り合えて心強いですよ」

 

 と話しながら手を握る。

 

「……、主婦?」

 

 ギリッ

 握り合っている右手の握力がわずかに上がる。

 

「え、だって親子で買い物に来てるのでは?」

 

「お、親子……?」

 

 ギリギリギリッ!

 この細腕のどこにこんな力が、と思うほど思い切り握られる。

 

「い、痛い! 痛いです!」

 

「だー れー がー  子 持 ち の 主 婦 じ ゃ ーーー!!!」

 

「ギャアァァァァーーー!?」

 

 

 

 この後いっぱい謝罪した。

 

 




梓川 咲太
「間違えた代償」
某飯炊きビッチを福ダヌキの母親と勘違いしたため起こった悲劇。
ギャグ補正のおかげで次話では最初の方で少し痛がっている程度で済む。



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#04 青春ブタ野郎は人見知り後輩と仲良く遊ぶ



⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎システムによる監視対象No.11:梓川 咲太





「いたたた……」

 

「いやー、ごめんね? 痛がってるフリだと思ったら、私が思いの(ほか)強く握ってて本気で痛がってたんだね」

 

「あー、指が五本になっちゃったかも」

 

「えぇ!? って指はもともと五本じゃん!!」

 

 子連れの主婦だと思ってた天音さんは、自称ピッチピチ(死語)の学生らしい。

 そして更に意外なことに、マキナも天音さんと同じ学校に通っているとのこと。

 ということは、このピッチピチ(笑)と幼女の年齢差が一桁前半くらいのはず……。

 

「ふむ……」

 

 片やむちむちで露出が激しく女の色気を振りまいている成人女性風。

 片やつるぺったんでろりろりで甘いミルクの匂いがしそうな幼女風。

 

 なるほど、謎は全て解けた。

 ズバリ、片方の留年ともう片方の飛び級によって同じ学校の生徒でも年齢差が大変なことになっていると見た!

 

「ふむふむ」とひとり納得していると、

 

「なーんか失礼なこと考えてない?」

 

 と天音さんが目を半眼にして疑ってきた。

 

「黙秘権を行使します」

 

「その黙秘は自白と同義だよ」

 

「しまった!?」

 

「じゃあ、罰として行く方向が同じ間は荷物持ちね」

 

「……イエスマム」

 

 荷物を持っていなかった右手に、天音さんの分の買い物袋(エコバッグ)が装備される。

 

「ぐっ、ぐああああっ!!」

 

 やられっぱなしは何なので、袋を手渡された瞬間にすごい負荷がかかったフリをする。

 

「ど、どうしたサっくん!? また天姉(あまねぇ)にどこかしらを握り潰されたのか!?」

 

「ああ、マキナ……。僕の右手は完全にダメになっちまったよ……。あとは、頼んだ……」

 

「おい、目を開けろ! サっくん! サっくーーーんっ!!」

 

 

 

 

 

「……で、私はいつまでこの三文芝居を眺めていればいいのかしら?」

 

 僕とマキナはピタッと静止した後、普通に歩き出す。

 

「さてそろそろ行こうか。マキナ、さっきの飴まだいる?」

 

「いるぅ! いるいる、めっちゃ欲しいのよさ!」

 

「んじゃ、ほれ。あと三個あげるから計画的に舐めるように」

 

「計画的……、今と、夕飯の前と、後と……。うーん、今日だけでなくなっちゃうのよ」

 

「ははは、マキナはその飴が気に入ったみたいだな」

 

「そうなのよさ!」

 

 突然普通に談笑しながら歩き出した僕らを見た天音さんは、

 

「え、えぇ〜? 切り替え早すぎじゃない?」

 

 とぼやいたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで咲太」

 

「おや、さっきまで『梓川君』と呼んでいた綺麗な天音さんはどこへ?」

 

「咲太なんて『咲太』呼びで十分よ。それよりも、咲太の家はホントにこっち? この先は美浜(みはま)学園しかないけど」

 

「それはこちらのセリフでもあるのですが……。もしかして、天音さんたちも美浜学園の生徒なんですか?」

 

「そうだけど……『も』? てことはーーー」

 

「ええ、まあ。授業を受けるのは明日からですが、入寮は今日からの梓川兄妹の兄の方です」

 

「あー、名前聞いてなかったから分かんなかったわ。えーっと、学園の生徒としての自己紹介は後でみんなと一緒にするから、とりあえずスーパーで出会った綺麗なお姉さんということでよろしくね!」

 

「あたしは見た目は幼女、頭脳も幼女、目的地なしの迷い人。迷子(ふだ)は、いつもひとつ!」

 

「迷幼女マキナ、近日公開!」

 

「全米が迷った迷作、ついに来日!」

 

「「お楽しみに!!」」

 

「しぃーーるぅーーかぁーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トコトコと、三人で並んで歩いて十数分。

 美浜学園前まで戻ってきたところで、校門前に不審人物がいた。

 その人物は、えっと、なんだろう……、なんとも言葉で表現できない感じで、強いて言うならば

         『普通』

 全日本人の平均をそのまま顔にしてみました的な造形をしている。

 

「……あの人、美浜の人ですか?」

 

 こっそりと隣の天音さんに呟く。しかし、

 

「え? あの人って、だれ?」

 

 同じ方向を見ていたはずの天音さんには、なぜかその人が見えていなかった。

 驚いてマキナを見るが、こちらもわけが分からない様子。

 

(なんだ? 異常なのは僕なのか? また思春期症候群だとでもいうのか?)

 

 呆然としながらその平均的な人を見ていたが、その人はだんだんとボヤけていき、認識できなくなる直前、

 

 

     ‘ふぅん。貴方が、ねぇ’

 

 

 

 何か呟いたような気がしたが、声は聞こえなかった。

 なんだったんだ、いったい……。

 

「ーーー咲太っ!!」

 

「うわっ!?」

 

 いきなり耳元で大声が聞こえてビックリした。

 反射的にのけ反ると、天音さんとマキナが心配そうにこちらの様子を窺っている。

 

「どうしたのよ。いきなり変なこと言ったと思ったら、ボーッとして何の反応もしなくなるし」

 

「サっくん大丈夫? お医者さん行く?」

 

 どうやら呆けている間、二人は僕に話しかけていたらしい。

 

「いや、大丈夫です。持病の白昼夢の夢遊病なのでお気になさらず」

 

「それはそれでヤバいんじゃ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後まだ心配そうな二人をなんとか(なだ)めすかし、かえでの待つ自室に戻った。

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさいです、お兄ちゃん」

 

 買い物袋から、さっきマキナにもあげた飴をいくつか取り出してかえでに渡す。

 

「おやつの飴玉だ。他は何もないから、夕飯までこれで我慢な」

 

「……くんくん、くんくんくんくん」

 

「うわっ!?」

 

 かえでは飴を受け取ったその手で僕の手を取り、鼻を擦り付ける勢いで猛烈に匂いを嗅いできた。

 そんな臭いものは触ってないはずなのだが。

 

「……妹臭(いもうとしゅう)がします。知らない匂いです。お兄ちゃん、さっきまで年下の女の子と一緒にいました?」

 

「あ、ああ。ここの生徒で、一年生の子といたけど……」

 

 妹臭とかいうパワーワードは初耳なのだが。

 なんだ? 妹系女子は互いを嗅ぎ分ける特有のフェロモンでも出てるのか?

 

「匂いだけで分かるこの妹力(いもうとりょく)の高さの上、かえでより年上……? こ、これはピンチなのです! お兄ちゃんの妹というかえでのポジションが危機なのです!!」

 

 今度は妹力とか、お前には妹スカウターが内蔵されてるのかよ……。

 

「ああ、夕飯の後ここの寮生と顔合わせだからな。僕もまだ全員と会ってないけど、スーパーで知り合った人が美浜学園の生徒だったから、他の寮生に声かけてくれるってさ」

 

「か、顔合わせ、ですか。どこでするんですか……?」

 

「全員が集まれる場所がランドリースペースか玄関近くの団欒スペースだけだから、そのどちらかだな」

 

「部屋から、出ないとですよね……」

 

 強張った表情をするかえでは、しかし何かを決心したようで、

 

「かえでは団欒スペースがいいと思います。この寮自体が大きな家だと思えば、外に出なければ大丈夫です、きっと」

 

 と他の寮生との対面に前向きな姿勢になった。

 

「じゃあエネルギー補給のために、うんと美味しいオムライス作ってやるから楽しみにしてな」

 

「うわーいっ!!」

 

 さっきの変な出来事で強張っていた僕の顔も、かえでの笑顔を見れば徐々に解れていくのだった。

 

 

 




⬛︎⬛︎ ⬛︎⬛︎

⬛︎⬛︎ ⬛︎⬛︎の⬛︎。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎システムの中枢を担う。⬛︎⬛︎の⬛︎⬛︎ ⬛︎⬛︎の監視中に⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎な存在である梓川 咲太を発見し、その⬛︎⬛︎⬛︎を確認するため⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を用いて現れた。


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