レミリア様がネギま世界へ行かれたようです (メル)
しおりを挟む

魔法少女レミま!  1話 紫襲来

「お姉さま、いってきまーす!」

 

 7色に光るクリスタルのような翼をはためかせ、大きな傘を揺らしながら、薄い黄色の髪をもつ少女が空を飛んで行く。

 

「ああ、いってらっしゃい。」

 

 お姉さまと呼ばれた少女は椅子に腰かけ紅茶を飲んでいたが、自らが持っていたカップをテーブル上のソーサーに戻し、妹の姿を眩しそうに一瞥する。

 そうして再び紅茶のカップに手をのばし口元に持ってこようとするが、突然何かを思い出したかのように動作が止まった。

 はてさて昨日の夜は何を食べたかしら、いや今日の朝はなんだったかな? などという雰囲気では当然ない。

 カップを持つ手はプルプル震えて今にも紅茶を零しそうで、軽く目を瞑りすまし顔を維持しようにも、額には汗が光り、まるで信じられないような物を見た顔、若しくは信じたくない物をみたのだけれど確認するのは怖い。そんな顔だ。

 いやだけど立場的に確認しなくてはならない、放置するにはイヤな予感がする……そう思ったか、恐る恐る目を開ける。

 そして数秒その状態のまま固まっていたが、先ほど見た物は結構な速さで遠ざかっているだろうことを思い出す。

 仕方なく固まった姿勢のまま――少々前かがみでカップを口元へと持って来ようという状態である――まるで数十年放置されたブリキの人形のようなぎこちなさで、ギギギギ……と最近よく読む漫画なら描かれるであろう効果音を幻視しながら、首だけを左へ回していく。

 ああ美鈴、あの漫画の最新巻を買ってきてくれないかな、などと少々現実逃避しながら、しかしとうとう窓の外という名の現実が視界に入ってくる。

 外は未だ日の光が燦々と降り注ぎ、彼女は光を遮る傘と、傘の影の下でもなおキラキラと光り輝くだろうクリスタルの翼を探す。

 ……ほど無くしてそれは見つかる、愛しい愛しい我が妹の姿を。

 既にかなり遠くを飛んでいる姿を、よく見ようと目を凝らし……

 

「咲夜! 今すぐ連れ戻しなさい!」

 

 傘持つ少女は……キャミソール姿だった。

 

 

 

レミリア様がネギま世界に行かれたようです

第1話 紫襲来

 

「はぁ……先に貴族の嗜みを教えるべきか。」

 

 お姉さまと呼ばれた少女は自らの従者に指示をとばした後、そう独りごつ。

 背中にある大きなコウモリの翼をシナシナと垂らし、帽子を押さえながらため息を吐く彼女は、この紅魔館の主、レミリア・スカーレットだ。

 透き通るような水色の髪の毛に、こちらも透き通るような白い肌。しかしながら不健康そうな印象は一切感じず、少女らしい可愛らしさとどこか艶美な雰囲気を併せ持つ少女である。

 指示を飛ばした従者は既に消え、この部屋にいるのはレミリアただ独り。

 フラン――妹のこと――が癇癪を起こさないだろうか? と少し従者のことを気にするも、さすがに下着姿で外を歩かせるわけにはいかない。まぁどうにかするだろうと結論付ける。

 以前起こした異変以来、色々あって妹を地下深くに閉じ込めることが無くなったのは嬉しいことではあるのだけど、 紅魔館の外を自由にさせるにはまだまだ教育が必要ね――なんて事を思いながら、妹の教育計画に思いをはせる。

 

「でもあんまり厳しくして嫌われたくないし。美鈴に任せようかな?」

 

 パチェでもいいわね、厳しそう。怒られてるところで私が入れば好感度上がるかしら。

 なんて計画を呟きながら、先ほどテーブルの上に戻したカップに再度手を伸ばす。

 しかし、その手が再びカップをつかむ事は無かった。

 

「門番にあの子の教育がつとまるとは思わないわね。あら、O型?」

 

 カップが無い事を訝しみ顔をあげると、そこには『萃』と書かれた服をきた胡散臭い金髪の女性がいた。

 

「八雲紫、あんたどこから入って……はぁ、愚問だったね。」

「愚問ですわ。」

「自分でいわないでよ。」

 

 そういうとレミリアは再びため息をつく。うろんげな奴がきた、はやく帰れ。そんな感情を込めて招かざる客人を睨むが、紫は帰る素振りは見せない。

 気付いていないのか、そう一瞬思うが、即座にその考えを自ら否定する。気付いているが無視する……そういう奴なのだということを思い出す。

 

「あなたの好みはB型じゃなかったかしら。」

「飽きるでしょう? 違うのを飲みたい気分にもなる。」

「あら、大人になったのね。」

「弾幕ごっこなら受けて立つよ?」

 

 レミリアは椅子から立ち上がり、コウモリの翼をピンと広げ、全身から仄かに赤い霧を漂わせる。

 その姿は幼いながらも、まるで一国の王のような威厳があふれ出ていた。

 いや、まるでと言うのは語弊がある。彼女は真実夜の王、夜の支配者、500年以上を生きる誇り高き貴族……

 吸血鬼、『永遠に紅い幼き月』レミリア・スカーレットその人なのだから。

 ちなみにO型やB型とは血液型のことである。血液入りの特製紅茶だ。

 

「あら怖い。怒っちゃイヤよ、カリウムが足りないのね」

「ブランデーなら出ないわよ」

 

 言い合いながら傘を広げ、怪しく笑みを浮かべる紫。

 怖い怖いと言いつつも全く怖がる素振りを見せないその様子に、レミリアからのプレッシャーがますます強くなっていく。

 吸血鬼たる自分が日中に弾幕ごっこをしても実力を十全に出せやしないが、所詮ごっこ遊びである。やり方次第では十分に勝てるだろう。

 そう思いながらレミリアがスペルカード枚数を宣言しようとした時……

 

「まぁ今日は弾幕ごっこをしにきたわけじゃないの。」

 

 突然紫が構えを解いてしまう。構えていない相手に攻撃する趣味は無いレミリアは困惑気だ。

 

「じゃあ何をしにきたの?」

 

 世間話するような話題は最近ない、というかこいつと世間話なんて持っての他だ。

 しかし敢て上げるとするなら霊夢のことか、月のこと、外の人間のことだろうか……そう思っているとき、紫から予想外の言葉が発せられた。

 

「あなた、自分の妹との距離を測りかねているでしょう?」

「なっ……んですって?」

 

 フランとの距離を測りかねている……そんなことは言われずとも百も承知だろう。

 事実、いくら事情があろうともレミリアはフランを500年近く監禁してきたことには変わり無い。

 監禁する必要が無くなったから、即座に仲良く、普通の姉妹のように暮らしましょうと行くわけが無い。

 しかし、他人に、よりによってこいつに指摘されるのは我慢ならない……そんな思いがレミリアの中でたまっていく。

 

「ふん、何を言うのかと思えば。あの子はさっきだって私のことをお姉さまと呼んでくれたのよ?」

 

 そう、あの子だって馬鹿じゃない。監禁の意味にも納得している節があるし、なにより毎日お姉さまといって懐いてくれているんだから!

 そんな思いを糧に毎日フランに謝りたい気持ちを抑えているレミリアにとって、紫が発した言葉は正しく爆弾だった。

 

「ふふ……妬けるわねぇ。じゃああの子があなたの事を『アイツ』呼ばわりして――」

「そんなわけないもん!!」

 

 れみりゃ爆誕の瞬間である。

 

「フラ……フランは私の事をお姉さまって呼んで、慕ってくれてるんだから!」

 

 目の前の存在は意味の無い嘘は言わない、いくら胡散臭くて信じられなくても。

 そのことを良く知っているレミリアだが、さすがに唯一の肉親である妹からアイツ呼ばわりされてるかも……なんてことを信じることは出来なかった。

 

「あら。じゃあ、確かめましょうか。」

 

 そういって紫は何も無い空間にスキマをあける。その向こうには咲夜に着替えさせられているフランの姿があった。

 

「妹様、キャミソール姿で外に出てはいけません。お嬢様が悲しみますよ?」

「えー、どおして? 」

「お嬢様がいうには、貴族たるものいついかなる時でも優雅でなければいけません。キャミソールは下着です。」

「え、お姉さまっていつも優雅?」

「優雅です。」

「お風呂で間違ってシャワー出しちゃってびっくりして転んで頭ぶつけてても?」

「……優雅です」

「美鈴といっしょに門で漫画読んでてマリサが通った事に気が付かなくても?」

「…………優雅です」

「パチュリーの本棚に漫画置こうとして怒られてロイヤルフレアで焼かれても?」

「………………お嬢様……」

「咲夜も『アイツ』のいうこと全部聞かなくてもいいのに。」

 

「フラーーーーーーーーーーーーン!!!」

 

 なんかもう大ダメージである。

 

「フランにアイツって呼ばれた……もう、私生きていけない……」

「姉の心妹知らずね。まず貴女から近づくことが必要じゃないかしら?」

「フラン……わたしのふらん……」

 

 聞いて無いわね……と呟き、呆れたような、どこか優しい笑みを浮かべながら紫はため息を吐く。

 

「あなたには今まで余裕が無かった。余裕が出来た今こそ、少し対人関係を学んで来てはいかがかしら?」

 

 そういい、紫はレミリアの前にスキマを広げる。

 

「ふら……え、な、なに?」

「心配しなくても、1週間くらいの小旅行よ。来週の紅魔館にあなたはいるわ。遊んでらっしゃいな。」

「ちょ、な、な、なんなのよーーー!?」

 

 スキマを閉じたとき、そこにはレミリアの姿は無かった。

 

「更なる強さ、素直さ、仲間……貴女は何を得て帰ってくるかしら?」

 

 そんな呟きを残し、そしてだれもいなくなった。




以前別の名前で「小説家になろう」様の方へ掲載させて頂いてました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女レミま!  2話 紅き翼

「ちッ……気に入らねぇぜ!」

 

 森と雲の海に囲まれたウェスペルタティア王国。ある夜、そこは戦場となった。

 侵略するは数十を超える戦艦、それぞれの戦艦からぶらさがる巨大な人型、そして無数の空飛ぶ兵士。

 巨大な戦艦が吐き出す光弾が、轟音を響かせながら空を駆け巡り、まるで昼間のような照度を作り出し。

 それらが通った道筋は、海は割れ、森は捲れ、炎が上がり、悉く焦土と化していく。

 まるで幼子が砂の城を突き崩すかのごとく一方的に蹂躙しつくすかと思われた光弾は、しかし見えない壁に阻まれる。

 防衛するは小国ウェスペルタティア王国。

 いや、防衛しているのは国ではない。

 一人の少女を鎖に繋げ、まるで生贄に捧げるかのように魔方陣の中心に置く様をみれば、光弾を消したのはこの少女だとわかるだろう。

 これは国対国の戦争ではなく、国対一人の戦争である。

 しかし、その少女が国の『所有物』だとするならば、やはりこれは国対国となるだろうか。

 その証拠に魔方陣を囲む人々は、若干名を除きこれが当然という面持ちである。

 そして、まるで動揺する若干名に言い聞かせるように、老人たちが口々に言う。

 

『この少女は化け物である』

 

 と……。

 

 

 

レミリア様がネギま世界に行かれたようです

第2話 紅き翼

 

 絶対的かと思われた見えない壁も、それは光弾に対してだけであった。

 戦艦から解き放たれた人型は壁があったはずの地点を悠々と通過し、市街地へと雪崩れ込もうとしていた。

 さして抵抗を受けることもなく、いや、抵抗する間も手段も与えないまま、戦艦や兵士達を引き連れて、人型達は行進していく。

 エリコの門は開かれた。その行進を遮るものは何もなく、目指す勝利は手中も同然。

 やがて先頭の人型は、尖塔へとその手を伸ばす。塔の中では少女が繋がれたまま、己の運命を受け入れる……。

 そう、思われた。

 

ドンッ!

 

 突然右から光の柱が出現し、人型の体を上下に別つ。

 光が消えた時、そこには杖を持った赤毛の青年が浮いていた。

 

「そんなガキ担ぎ出すこたねぇ。後は俺にまかせときな。」

 

 唯一逃げずにその場に残っていた人物――生贄とすることに戸惑っていた若干名の一人である――が、驚愕の声を上げる。

 

「お、お前は……紅き翼、千の呪文の!」

「そう!! ナギ・スプリングフィールド! またの名をサウザンドマスター!」

 

 その声を認識するや、回りの人型や兵士は、ナギ、それにナギと共に現れたもう二人へ殺到しはじめる。

 それを見て黒髪の男は刀を構え、目深にローブを被った人物は魔法球を生み出す。

 そして……

 

「百重千重と重なりて走れよ稲妻…千の雷!!!!」

 

 刀の男の技、ローブの男の魔法球、ナギの呪文が炸裂する。

 ナギの手から5体の人型の中心付近へ青白いパルスが走ったかと思うと、千本の雷が同時発生したかのような剛雷が発生し、空気の振動に押しつぶされるほどの轟音が辺りに轟く。

 そして5体の人型は、幾度かのパルスだけを残し、存在を抹消された。

 そう、ここにいる3人はそれぞれが一騎当千。

 個対軍の戦争を可能とし、一人の戦力すら戦略級の扱いを受ける。

 メセンブリーナ連合の『紅き翼』である。

 

「安心しな、俺達が全て終わらせてやる」

 

 そう言い、ナギが振り返る。その目には絶対的な自信が宿っていた。

 と、そのとき。

 

ピシィッ……

 

「ん?」

 

ピキピキピキィ……

 

「空間に……」

 

ピリ……ピリ……

 

「「亀裂とリボン?」」

「いけない、転送です!何か来ます!」

 

 ローブの男がそう言い、二人が刀と杖を構える。

 空間の亀裂はまるで口のようにモゴモゴと蠢いている。

 そして、

 

「来ます!」

 

 ペッ! っと、コウモリの翼を生やした少女を吐き出し、消えた。

 

「ちょ、まて! 紫!! てキャアァぁぁああかる!? 外!? お昼!? 咲夜! 傘ぁ! もうイヤぁここどこなの~~!? 知らない天井……って誰か居る!!」

 

 翼の生えた少女――もちろんレミリアである――は乙女座りで何度か天井を見た後、回りを見渡し、ギャラリーに気付く。

 慌てて立ち上がり、帽子を被りなおし、服装を整える。

 そして一度深呼吸をし、無い胸を張り、

 

「ここは何処だ、人間」

 

 涙目で、そう、のたまった。

 

「「「なんだこいつ……」」」

「……」

「これはまた弄り甲斐がありそうな……」

 

 だれがどう思ったかは定かでは無い。ないったら無い。

 

……

 外では未だ人型や戦艦、兵士達が近づいて来ている。

…………

 このままでは数分としないうちに再度この塔で接敵するだろう。

………………

 しかし

……………………

 塔の空気は固まったまま動かない。

…………………………

 レミリアは自分から次の言葉を発するつもりは無いようだ。胸をはったまま軽く目を瞑り、一切体は動かない。そう、体は。

 残念ながら、この固まった空気に押されているのか、段々と羽の角度が落ちていく。

 このままでは羽が完全にしおれるのが先か、接敵が先かといったところだ。ひょっとしたらレミリアの目に溜まった涙が零れ落ちるのが先かもしれない。

 さすがにそんなレミリアを居た堪れなく思ったのか、刀を持った男がレミリアに話しかける。

 

「羽がある……君は亜人か? 帝国の兵士ではないのかい?」

 

 やっと動ける……そう思ったかは定かではないが、話しかけられたレミリアは帽子を被りなおす。わざわざ帽子を取り、内側を近くでよく見てから。

 決して涙をふいているわけではない。

 ローブの男が残念そうにしていたが。

 

「亜人? この私を亜人なんかといっしょにしないで。」

「亜人じゃないなら、テメーは何だ? 帝国の兵士じゃないのか?」

「帝国?」

 

 レミリアが答え、ナギが再度問う。帝国とはなにか、レミリアが問い返すと

 

「あの方達の仲間ではないのか、ということです。」

 

 ローブの男が外を指差す。そこには既に先ほど倒した数以上の敵が迫ってきていた。

 

「仲間ではないわね。あれは敵なの?」

 

 レミリアの目には沢山のハエと、神モドキが写っていた。

 神の気配こそするが、御柱数本分の神力程度だろうか。魔力の気配もするが、自分やパチェに遠く及ばない。

 ハエの方は……小悪魔よりは強いのが数匹いるだろうか。

 

「ええ、あれは私達の敵です。」

「へぇ、そう……。じゃあ、見ていなさい。貴方の願い、叶えてあげる。」

 

 元来、悪魔とは代価と引き変えに召喚者の願いを叶える存在である。

 レミリアは痴態を見られた恥を、その場のノリでやり過ごすことにした。もちろん自分の力を見せ付ければ畏怖も沸くだろう、という思惑もある。

 だがそれ以上に、こんな訳のわからない場所に投げ出されたことへの怒りがたまっていた。八つ当たりである。

 

「質問に答えてなかったわね。」

 

 塔の淵から羽を広げ、夜空へと飛び出す。とりあえずここは幻想郷でも、その外でもないことは既に判っている。ルールは適用されない。

 

「私はツェペシュの末裔。紅い悪魔……」

 

 とにかく数が多い。雑魚ばかりだが、久しく出していない全力を、出して見るのもいいだろう。

 

「最強の吸血鬼」

 

 巨大な六芒星が空に展開される。レミリアには大量の雑魚相手には丁度良いスペルがあった。

 

「レミリア・スカーレットの力。とくと御覧なさい。」

 

 必要ないが、スペルカードを取り出す。すでに癖のようなものだ。

 

「な、これは……召喚?」

「チートがもう一人、ですか」

「吸血鬼、レミリア・スカーレット……」

 

 幻想郷では力のみ召喚していた。しかし、全力と言うからには力だけでは物足りない。

 ゆえに……

 

「天罰『スターオブダビデ』」

 

 悪魔の軍勢を呼び出す!!

 

「さぁ、暴れて来なさい!!」

 

 今宵、小さな悪魔は再臨する。

 かつて妖怪が跋扈する幻想郷を恐怖の底に落としいれた、レミリア・スカーレットのその力。

 活目し、その強大さの前に絶望せよ。

 背を見せて逃げるには既に遅く、そこに広がる絶望達に咀嚼される。

 跪き、許しを請えば、せめて苦しまずに逝くだろう。

 剣を持ち立ち向かえば、そのとき運命の歯車は狂いだす。

 その先は更なる絶望か、絶望すら見えない闇か、はたまた安寧たる平穏か。

 ただ一つ言えることは、神の運命すら操る彼女の力、抗うことなど叶わない……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女レミま!  3話 紅い悪魔

「非力だねぇ……人間って奴は。可哀相になってくるよ。」

 

 悪魔、悪魔、悪魔。

 塔から見渡す限り、数百の悪魔達が飛び回る兵士を相手に殺戮を繰り広げる。

 その中の一匹、黒い羽を生やし、唇を縫いつけ、腹部に口がある明らかに異形の悪魔は、その腹部の口で兵士達を次々と喰らう。

 槍を持ち突撃してきた兵士がいれば、その槍の先端を掴み、操り手を引き寄せ、喰らう。

 離れて魔法を打ち込む兵士がいれば、食いかけの体を引き裂き、臓物を散らせながら投げつけ、怯む隙に近づき、喰らう。

 

「うおおぉぉぉーーー!!」

 

 食われた兵士の中に仲の良い戦友が居たのか、兵士の一人が涙を流しながら剣を構え、悪魔の背後から決死の覚悟で突撃する。

 そしてその突撃はあっさりと……実にあっさりと、悪魔の右腕を攫って行った。

 

「や、やった!?」

 

 突撃した兵士の顔に喜色が入る。鎧裂く右爪を失い、あとは左爪。この悪魔を殺す光明が見えた。

 そう思い振り返った時、その顔は絶望に彩られる。

 なんと悪魔は食いかけの兵士の右腕を千切り取り、己の右肩に当て、元の腕へと変化させたのだ。

 さらに、兵士の剣に引っかかっていた腕――つい先ほどまでは確かに悪魔の腕であった――が、肌色のどこかほっそりとした人間の腕へと変わっている。

 それの意味する所を悟った兵士は慌てて人間の腕を振り払う。悪魔から目を離し……。

 爪で切り裂き、腹で喰らい付く悪魔の姿からか、彼は失念していた。相手は『魔を操る悪』であることを。

 近づかなければ大丈夫、そう思っている兵士へ向けて、初めて異形の悪魔の顔にある口がブチブチと音を立てながら開かれる。

 兵士が剣を振り回し、落下して行く腕を見届けた時。彼は黒い炎に包まれた。

 

「こ、こんなやつらとやってられるか!!」

 

 多数の兵士達が戦線を離れ、空を飛び後ろへ下がって行く。すると帝国軍衛生兵の服を着た女性数人が、彼等を出迎えた。

 

「戦線の状況は!?」

「ダメだ、戦線は鬼神兵に任せろ! 悪魔どもが召喚されたんだ!」

 

 そういい、逃げる兵士は衛生兵を連れて下がろうとする。

 

「そうですか……。あ、貴方達怪我を!? 一度森へ降りましょう、治療します!」

 

 衛生兵は兵士達をつれ、出来るだけ戦火から離れた森へ向かう。

 いけない、早く戦艦に戻るんだ! そう訴える兵士達に対して、悪魔達に傷を受ける事の危険性を説きながら。

 

「いいですか? 悪魔は地獄や魔界の住人。致死毒を持つ悪魔もいれば、傷口から石化、悪魔化、魔獣化、例を上げたら切りが無いんです。一刻も早い治療が必要なの!」

 

 また別の衛生兵は、戦艦まで行ってからでは最低でも不能くらいにはなるかもしれない、などと更に脅しをかける。

 不能は勘弁である、などと思ったかは定かではないが、兵士達は大人しくされるがままだ。

 先ほどまでの地獄絵図から一転、可愛い女の子が献身的に傷を見てくれる、という状況に酔っている者もいるかもしれない。

 

「やっとついた。さぁ、傷を見せて。」

 

 そう、正常な精神状態なら気付けたはずだ。一刻も早い治療と言いながら、最初に空中で応急処置すらしない不自然さに。

 

「ああ、こんなに深い傷が……! 他には? 服を全て脱ぎなさい!」

 

 いや、そもそも後ろから衛生兵"だけ"が来るという不自然さに気付くだろう。

 伝令か、救援か、増援か。何にしても戦力持たない衛生兵だけで行動できる状況では無いのだ。

 

「さぁ、下着も脱いで。生まれたままの姿になりなさい。」

 

 まぁ、例え正常な精神状態でも。彼らに悪魔のテンプテーション――誘惑――に抵抗する術はないので、詮無きことではあるのだが。

 

「身も心も私達にまかせ、快楽へ溺れなさい……。」

 

 既に衛生兵の姿は無い。兵士の目の前には一糸まとわぬ絶世の美女達。

 ここは淫魔達の酒池肉林。兵士達に明日は、来ない。

 

 

 

レミリア様がネギま世界に行かれたようです

第3話 紅い悪魔

 

「おいおい……おっかねぇ嬢ちゃんだな。」

 

 ナギは眼下の惨状に冷や汗を垂らす。

 呼び出された悪魔は確かに強いが、自分達と比べたら雑魚ではある。

 だが、ここまで"悪魔らしい"戦い方で、ここまで多くの悪魔が戦っている状況は初めて見たのだ。

 さらに、この数を平然と呼び出し、この惨状をつまらなさそうに見ているレミリアをみて、相手が吸血鬼であると納得してしまう。

 

「数を呼んだから下級悪魔が大勢来たようだけど……やっぱり下品ね。」

 

 レミリアは不機嫌だ。

 数を相手にするのが面倒だから悪魔を召喚したが、自らも血を流しながら喰い散らかす悪魔や、裸で飛び回る悪魔を見せられる。

 食べるならもっと相手を厳選するべきだ。やはり罪に囚われる程度の悪魔はたかが知れる……。

 これなら自らの大技で殲滅したほうが気晴らしになったかもしれない。

 

「しかしこれほどの力があるなら名前が通っているはず。吸血鬼レミリア・スカーレット、という名前は聞いた事がありませんね。」

 

 ローブの男は思考する。

 吸血鬼といえば『エヴァンジェリン』を思い浮かべるが、彼女とは全く違う外見である。幼女だが。

 吸血鬼には幼女しか居ないのでしょうか? などと思うも、そういえば目の前のレミリアは日光を嫌うような素振りを見せたことを思い出す。

 真祖ではない生粋の吸血鬼だろうと結論付ける。実力からして成り立てということは無さそうだ。

 

「……」

 

 刀の男は蹲る。耳まで真っ赤にして。森の外れを見たようだ。

 

「さて、悪魔達が遊んでいるうちにここがどこか教えてくれない?」

「どこってお前、ここはウェスペル……」

「ああ、いいわ。もっと大きな単位で言ってくれない? 『ヨーロッパ』とか、なんなら『地球』とかでもいいわ」

 

 レミリアは地球とは言ったが、ここが地球では無いことは一目瞭然だった。なんせ月が2個あるのだから。

 いや、『月』などと呼ぶべきではない。あれは単なる衛星だ。なんかゴツゴツしてるし。

 レミリアはそんな事を考えつつも、ではここが何処か思考してみる。

 衛星が2個あるのを無視すれば、なんとなく見覚えのある星座が空に並んでいるが、どれもこれも少し違う気がする。

 紫の式や永遠亭の薬師ならここが何処か計算で出せるかしら? などと思う。

 

「ヨーロッパねぇ……その基準で言うならここは『魔法世界』だ。あんたは地球にいたのか? どうやって来たんだ?」

「魔法世界、ねぇ。」

 

 やはり聞いた事がない。ただ、まぁ……

 

「どうでもいいわね、場所なんて。」

 

 どうせ1週間程居るだけだし、あまり気にする必要は無さそうだ。

 

「お前! 自分で聞いておいてどうでもいいは無いだろう!?」

「あら? 私の自己紹介、聞こえなかったの? 生姜頭。」

 

 てめぇ絶対イギリス生まれだろ!? などと叫んでいるナギに対し、レミリアはこれ見よがしにため息をつく。

 これだから人間は……などと呟きながら。

 

「自己紹介がまだでしたね。こちらの生姜頭はナギ・スプリングフィールドです。」

「おいアル! てめーまで!」

「そしてあっちで蹲ってるのが青山詠春、わたしはアルビレオ・イマと申します。」

 

 ローブの男改め、アルビレオが自己紹介をする。叫んでいるナギは徹底無視だ。

 レミリアは未だナギに対して呆れた視線を向けながらだが、その自己紹介へ静かに耳を傾ける。

 

「私達3人、現在は『紅き翼』として戦地を巡っているところです。主にレミリアさんの悪魔が相手をしている彼らの敵として。」

「紅き翼……ねぇ。気に入らないわね。」

「はぁ? 何が気に入らねえってんだ。」

 

 しかし黙ってアルビレオの話を聞いていたレミリアだが、紅き翼の名前を聞いたとたん顔を顰めて不愉快さを露にする。

 だがそれはレミリアを知る者にとっては至極当然のことだ。なぜなら彼女は誇り高き……

 

「私の名前はレミリア・スカーレット。つまり紅といえば私。そして翼といえば吸血鬼たる私。つまり紅き翼とは私の事じゃない。勝手に使わないでよね。」

 

 ……そう、余りにも高すぎてワガママとよく言われる吸血鬼なのだから。

 

「ふ、ざ、けんじゃねーぞ! テメーの翼は黒いじゃねーか!」

「私は象徴として『紅い』のよ? 翼の色は関係ないわ。貴方達こそ『生姜色の羽』で十分ではなくて?」

「意味わかんねー!?」

 

 レミリアは腕を組み仁王立ち。 やれやれと肩を竦めて溜息を吐き、馬鹿にするような、いや、蔑むような視線をナギへと送る。

 ナギは額に血管を浮かべ杖を構える。その周囲には風が舞い、紫電が光り、見る見るうちにその密度が濃くなっていく。

 いまにもナギがキレて魔法が飛ぶか、と思われたとき、この睨みあいにアルビレオが割って入る。

 

「まぁナギ、いったん落ち着いてください。」

「おいアル! テメーさっきからどっちの味方だ!?」

「もちろん貴方ですよ、ナギ。ところでレミリアさん、ひとつゲームをしませんか?」

「ゲーム?」

 

 言って見なさい、とレミリアが促す。アルビレオはいつもの何を考えているのかよくわからない笑みだ。

 

「ええ、単純な話です。見たところ先ほどの悪魔達は鬼神兵と戦艦相手に責めあぐねている様子。そこで私達『紅き翼』と最強の吸血鬼たる貴方とで、撃墜数勝負といきませんか?」

 

 その言葉を聞き、レミリアは改めて塔の外、戦場の様子を見る。そこではアルビレオが言った通り、膠着状態となっていた。

 人間や亜人の兵士は悪魔により撃墜されるか追い返されたようで、すでに殆ど飛んでいない。

 しかしほぼ残り全ての巨大な人型――おそらくアレが鬼神兵だろう――に対して悪魔達は分が悪いようだ。

 更には戦艦も援護射撃をしており、悪魔は徐々にその数を減らしている。

 下級ばかり来ているようだし、大技を持っていない悪魔ではこの程度か……と、レミリアは呟いた。

 

「そのゲーム、乗るわ。私が勝ったら『生姜色の羽』に改名ね?」

「ええ、私達が勝ったら……そうですね、あなたが紅き翼に入る、なんてどうでしょう?」

「「誰がこんなやつと仲間になるか!!」」

「ちょっと、人の言葉に被せないでよ!」

「んだとテメー! そりゃこっちの台詞だ!」

 

 紅き翼に入る……その言葉を聞いたとたん、ナギとレミリアが同時にアルビレオに噛み付く。

 するとアルビレオは笑みを消し、まずナギに振り向いた。

 

「ナギ。あなた個人の力が強大であろうと、世界を変えることなど到底不可能。ですがその不可能を可能にしたいなら、戦力の増強は貪欲に行うべきです。」

「ちっ……るせーな、んなことはわかってるよ……。」

 

 ナギの方は不満ながらも、とりあえず黙ったようだ。そしてアルビレオは、レミリアに振り返り笑みを復活させる。

 

「レミリアさん、先ほど貴方は『願いを叶える』と言いました。私達の誰も貴方に敵を倒してほしい、なんて願ってません。」

「う……。」

「さらに、ゲームに勝ったら、という条件付きで願うのです。誇り高き悪魔たる貴方が約束を違えるのですか?」

「で、でも! 私には迎えが……」

「でしたら、その迎えが来るまでで構いません。」

 

 ユカリさん、でしたか? と、アルビレオは笑みを濃くする。

 そこまで言われては、もう既に引くに引けないレミリアである。

 

「わ、わかったわよ! それに私が勝てば良いのでしょう!?」

「ええ、頑張ってください。」

 

 まんまとアルビレオの口車に乗せられたレミリアであった。

 ナギはそんなレミリアをどこか哀れみの目で見つめていたが、ふと、いままで横で見ていた鎖で繋がれた少女に目を向ける。

 

「よう嬢ちゃん。名前は?」

 

 口から垂れる血を拭い、少女を捕らえる鎖を千切る。

 

「アスナ…アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア」

「なげーな、おい…。けどアスナか、いい名前だ。」

 

 ナギは立ち上がり、ローブを翻し、杖を手に外へ向かう。

 

「よし、アスナ。まってろ、俺達『紅き翼』が外のやつら倒してやるからな。」

「『生姜色の羽』の間違いでしょう。それに、倒すのも私。」

 

 レミリアは既に翼を広げて塔の外円部に立っており、準備万端である。

 

「さぁ詠春、寝てないで鬼神兵と戦艦を落としてください。」

 

 アルビレオは魔法球一発、蹲っていた詠春をたたき起こす。

 

「「さぁ、ゲームの始まりだ!」」

 

 こうして。正しくワンサイドゲームが始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女レミま!  4話 ワンサイドゲーム

「必殺『ハートブレイク』」

 

 レミリアが左手でカードを持ち、右手を頭上に掲げると、その手の中に一瞬にして巨大な槍が出現する。

 小さな体には不釣合いな、全長3mにも及ぼうかというその槍は、まるで血のように紅く禍々しい魔力を放っている。

 そう、それはレミリアの魔力を圧縮して作られた槍。膨大な魔力を誇るレミリアだからこそ出来る、ある意味力技だった。

 横に居たアルビレオや詠春といった面々は、その無茶苦茶さ、篭められた魔力の膨大さを感じ冷や汗を垂らす。

 

「よく見てなさい。本当の強さというのを教えて上げる。」

 

 そう言うなり、レミリアは槍を振りかぶり、投げた。

 投げられた槍は射線上にいる悪魔達を食いちぎりながら、視認するのがやっとの速さで鬼神兵に到達する。

 悪魔相手に腕を振り上げていた鬼神兵は全く反応することが出来ず、自分の胸元に迫る紅い槍をただみやるのみ。

 紅い槍は何の抵抗も感じさせないまま、鬼神兵の胸へと吸い込まれて行く。

 そして、鬼神兵一体じゃ物足りない……まるで槍自身がそう訴えているかのように、鬼神兵を貫いてなお減速せず。

 レミリアが投てきした槍は、後ろの戦艦をも突き破り、空の彼方へと消えて行った。

 射線上の存在は悉く食い破り、しかし余計な余波は一切生じさせず。

 レミリアのもつ禍々しい魔力に反し、まるで神話の再現のような、無慈悲で、美しく、優雅な攻撃に、敵味方問わず戦場に一瞬の静寂が訪れる。

 皆が見つめる視線の先には、黒いコウモリの翼をはためかせ、優雅に微笑む夜の王。

 いま、この瞬間こそが。後に魔法世界でエヴァンジェリンと並び畏怖される吸血鬼、『永遠に紅い幼き月』レミリア・スカーレット降臨の瞬間だった。

 

「久々に――楽しい夜になりそうね」

 

 

 

レミリア様がネギま世界に行かれたようです

第4話 ワンサイドゲーム

 

「来れ雷精風の精!!  雷を纏いて吹きすさべ 南洋の嵐  雷の暴風!!!」

 

 敵が密集している場所へ、ナギの手から雷を纏った竜巻が放たれる。それは縦横無尽に荒れ狂い、森、海、悪魔、鬼神兵、戦艦と、前方にいる者を全てまとめて吹き飛ばす。

 

「ハッ!」

 

 敵が散在している地点へアルビレオが魔法球を発生させると、複数の鬼神兵や戦艦が制御を失い魔法球の下へと引き寄せられ。

 

「雷光剣!」

 

 そうしてアルビレオが集めた鬼神兵に対し、詠春が剣に溜めた電気を爆発させ吹き飛ばす。

 3人はそれぞれ役割を分担し、順調に敵の数を減らして行った。

 

「アル、何体くらい倒した?」

「そうですね……合計ではこちらが勝っているかと。」

「合計では、か。やはりとんでもないな、あの吸血鬼は。」

 

 紅き翼の3人が言うように、レミリアは現在一人で紅き翼三人の7割に迫る戦果を叩きだしている。

 それも最初のように槍を投げるのではなく、接近戦で一体ずつ倒して、だ。

 高速で近づき爪を振るえば鬼神兵の四肢が飛び。

 コウモリを射出すれば頭を貫き。

 体当たりすれば防御の上から胸を貫く。

 戦艦を炎で焼き上げ落としたかと思えば、

 鎖を出現させ、戦艦に巻きつけそのまま振り回し、他の戦艦や鬼神兵に叩きつける。

 誰もレミリアを止めること叶わず、独壇場といった様子だ。

 レミリアの顔にあるのは愉悦の笑み。多くの敵を落とすというゲームより、己の力を魅せ付けることに楽しみを見出した、そんなところか。

 

「ちっ、やっぱ気にくわねぇ!」

 

 そう、最初の槍を一瞬で生み出した様子を見るに、あれはレミリアにとって単なる技の一つに過ぎず。

 あの槍を連発するか、さらに持っているであろう大技を繰り出せば、このゲームはレミリアの圧勝で終わるはずである。

 しかしそれをせず、まるで遊びまわるかのように楽しげに腕を振るうその姿は、紅き翼のことを歯牙にもかけていないといった様子だ。

 最強を自負するナギにとって、強さを軽く見られるのは非常に不愉快なことである。

 

「ですがあのまま遊んでくれるなら私達の勝ちです。このまま残りの敵を倒しましょう。」

 

 いくらゲームとはいえこれは悪魔の契約。それは絶対で、破る事は出来ない。つまりこのゲームに勝てば彼女は紅き翼に入らざるを得ないのだ。

 絶対に裏切ることのない巨大な戦力、それは世界を変えるためには是非とも欲しいものであった。

 アルビレオにとって、レミリアが遊び呆けてくれるならそれは重畳、といったところだ。

 

「しかし、吸血鬼、か……。」

 

 日本では人に仇なす妖怪を退治してまわっていた詠春は複雑な気持ちである。

 妖怪や人間を善や悪といった括りで別けることなど出来ないのは既にわかっているが、彼女は明らかに悪側の存在に見える。

 楽しげに人を殺し、人を人とも思わない――まぁ彼女は吸血鬼だが――その様子は、まさしくステレオタイプの悪ではないか。

 ここで同じ事をしている自分が言えた義理ではないかもしれないが、少なくとも信念をもって人を殺している。

 では彼女の信念とはなにか? それによっては後で彼女を討伐する必要もあるかと、そう考える。

 

「吸血鬼……」

 

 ――そして。塔から見守るアスナの目には、レミリアの紅がどこまでも鮮烈に残っていた。

 

 

 

「さぁ、そろそろ終わりか?」

 

 散々暴れまわっていたレミリアだが、ふと帝国軍の後方をみれば鬼神兵と戦艦が彼方へと飛び立とうとしているところであった。

 殿役だろうか、レミリアの回りには数体の鬼神兵、頭上には戦艦が1隻浮かんでいる。

 鬼神兵達は腕を掲げ、今にも振り下ろさんとしている。

 戦艦は全砲門を艦下のレミリアにむけ、砲口には今にも弾けんばかりの光が煌々と輝いている。

 もはや同士打ちも辞さず、なりふり構わずレミリアを止めに来ているのは一目瞭然だった。

 レミリアはそんな回りの様子を一瞥し、フッっと笑い、一言。

 

「安心しな、逃げる敵は追わないよ。」

 

 そう言うと、懐から本日最後のスペルカードを取り出した。

 

「紅符『不夜城レッド』」

 

 途端、レミリアの全身から暴力的な量の魔力が噴出する。

 両手から伸びた魔力は周囲の鬼神兵を飲み込み、上下に伸びた魔力は戦艦を一瞬で塵に還す。

 そのままレミリアがくるりと回り、元の位置で佇んだ時。周囲に居た殿役の鬼神兵、戦艦は既に無く、ただ塵だけがレミリアの魔力光を受け紅くキラキラと輝いている。

 その様子はまるで、紅い十字架と降り注ぐ花吹雪のようで。さながら帝国軍に捧げる墓標のようでもあった。

 

「さて……ゲームは私達の勝ち、ということで宜しいですね?」

 

 結局ゲームの行方は、序盤からずっと3人で手分けして戦った紅き翼の勝利となった。

 しかし個人としての撃墜数ではレミリアが圧倒的な強さを見せ、ナギは大いに不機嫌だ。

 そしてレミリアも紅き翼に入るにあたりもう一悶着あるだろう、と誰もが思っていたが、レミリアは意外にもあっさりと負けを認めた。

 

「ええ、仕方ないわね。貴方達の仲間になってあげる。生姜色の翼だったかしら?」

「紅き翼だ!」

 

 そうそう、紅き翼ね。私にぴったりの名前じゃない。なんて言いながら、レミリアはアスナの居る塔へと舞い戻る。

 明日の朝には私の名前が世界中に知れ渡っているかな~? と、実に楽しげな様子だ。

 実際逃げる敵を好きにさせたのは、趣味じゃないということもあるが、名前を広げる伝書鳩程度には価値を見出していたからでもある。

 そんな明日への期待に目を輝かせるレミリアに対し、詠春が待ったをかけた。

 

「レミリア、ちょっといいですか?」

「何よ? 淫魔を呼んで欲しいの?」

「ち、ちがいます!」

 

 先ほどの光景を思い出したのか、詠春は顔を真っ赤にしつつ反論する。

 

「これだけ答えていただきたい。貴方にとって人を殺す、とはどういう事ですか?」

 

 その問いを聞いたレミリアは思わず眉をひそめた。

 人を殺す……何故殺すのかという事なら、敵だから、邪魔だから、など何かと理由はつくが。

 殺すとはどういうことか? など考えたこともない。

 ただ、答えるとするなら……

 

「人も虫も、神も吸血鬼も。違いなんて案外無いものよ。全ては所詮個の集まりなんだから。」

 

 まぁ、だからこそ私は最強なんだけどね。なんて締めくくり、今度こそ塔へ向かって飛んで行った。

 

「全ては所詮個の集まり、か……。種族として確固たる強さを持つ吸血鬼だからこそ言える言葉だが。」

「ですね。けどまぁ、真理の一側面でもあります。貴方の望む答えでしたか?」

「これといった何かを望んでいたわけじゃないが。まぁ意味無く何かを殺す、という訳ではなさそうだ。」

「ふふ、それは良かった。」

「そう気張るなよ詠春。いざとなったら俺がなんとかしてやるぜ?」

「なんとか……出来るのか?」

「んな!? ぜってー俺のほうが強え! 何なら今すぐはっきりさせてやるぜ!」

 

 ナギはレミリアを追いかけて塔へと飛んで行く。

 アルビレオと詠春は塔へと向かうレミリアの後姿をしばし見つめる。

 新しい仲間に対しての不安は多々あるが、まぁ暫くは様子を見るだけに留めても良さそうだ。

 はたして彼女の加入が切欠になったかは不明だが、この先の紅き翼にはまるで坂道を転がり落ちるような波乱の運命が待ち構えている。

 だがそれも、二人には知る由も無いことであった。

 

「良い方向に転がってくれると良いのですが。」

 

 アルビレオの呟きは、風となって消えて行った。

 

 

 

「紅き翼……指名手配、迷宮、日本?」

 

 レミリアは、塔に向かいつつ3人の中に垣間見た運命を思い出していた。

 どうやら指名手配されて……迷宮に隠れつつ日本に行くんだろうか?

 でもまぁ、能力を使って運命を大きく変える気もないし、いつものように成り行きに任せればよさそうではある。

 というか、そもそも、だ。

 

「紫のやつ、来週戻すって言ってたくせに、かなり先の運命まで見えるのはどういうことなのよ?」

 

 少なくとも1年くらいは帰れる気配がない。

 再度紫への怒りを募らせながら、レミリアは塔へと降り立った。

 と、そこでレミリアをじっと見つめる視線に気がつく。

 

「レミリア……すごい」

「あら、人間にしては見る目があるじゃない。」

 

 先ほどの怒りなんて何処吹く風。従者にしてあげても良いわよ? なんて言いながらアスナに近づくレミリア。

 

「やっぱり貴族たるもの従者の一人や二人、従えて無いとね。私といっしょに来る?」

「私は……王族。でも……従者、いない」

「あら、王族だったの?」

 

 じゃあ従者の経験なんて無いねー。などと言いつつ、レミリアはアスナの頭に手を載せる。

 

「ま、従者がやりたくなったら言いなさい。私が教えて上げるから。まずは紅茶の入れ方からね。」

「紅茶?」

「あー、飲み物よ、飲み物。」

「おいしい?」

「変な材料使わなければね。」

「従者になったら飲めるの?」

「最高級の紅茶を飲めるわ。」

「じゃあ、やる」

「ふふ、今からでも良いのよ。」

 

「おいレミリア! 俺と勝負――……」

 

 力の優劣を決めようと勇んで飛んできたナギがみたのは、アスナと長閑に談笑するレミリアの姿だった。

 

「ちっ……気がそがれるぜ。」

「まぁ、あの様子だと心配も杞憂だったようですがね。」

「まったく、外は惨状だというのに……。」

 

 レミリアの魔法世界での物語はまだ今日始まったばかり。

 この先どんな運命が待ち構えているのか、それはまだレミリアにさえも解らない。

 ただ一つ。はっきりしている事と言えば――

 

「レミリアは強いね」

「当たり前よ。私は最強の吸血鬼なんだから。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女レミま!  5話 リーダー

「ところで、紅き翼に入るのはいいんだけど。」

「あん? なんだよ。」

「当然、リーダーは私よね?」

「あー、もう一回言ってみ?」

「だから、紅き翼のリーダーの座は、当然! 私のものよ」

「悪化してやがる……!」

 

 アスナと別れを告げた帰り道。地平線の向こうに明かりが見え始め、その輪郭が徐々にハッキリと形を成してきた時間帯。

 空を飛び平原の上を何処かに向けて進んでいた一行だが、レミリアは突然こんなことを言い出した。

 

「ヘッ、まぁ丁度いいや。レミリア、テメーと俺どっちが強えか、ハッキリさせようと思ってたんだ。」

「私と? ナギが? ……へぇ。」

 

 ナギが宙に停止し杖を構え、レミリアが大きく翼を広げ減速する。アルビレオと詠春はヤレヤレといった面持ちで距離を取る。

 

「じゃあまぁ、レミリアが勝ったらリーダー交代っつーことで。受けてたってやるよ、挑戦者。」

「ふん。私相手に虚勢を張れるのは褒めてあげる。」

「ハッ、手加減いるか? 月ねーし。」

「日光が無ければいいよ。」

 

 今、紅き翼のリーダーの座をかけた戦いが、始まる。

 

 

 

 

レミリア様がネギま世界に行かれたようです

第5話 リーダー

 

 先手を取ったのはナギだ。宙を蹴ってダッシュした後、レミリアの間合いに入る直前で再度宙を蹴り、レミリアの頭上を通り抜ける。

 レミリアがナギを仰ぎ見た後振り返るが、すでにそこにナギは居ず。

 三度宙を蹴ったナギはレミリアの真下へと行き、頭上のレミリアへと視線を向ける。

 そうしてレミリアが振り返る様を見つつ――

 

「来れ虚空の雷 薙ぎ払え! 雷の斧!」

 

 魔法を、繰り出した。

 薙ぎ払われたレミリアは水平に飛んで行く。しかし羽を広げながら体制を整え、どうにか制動をかけようとしているようだ。

 

「雷の精霊1001柱 集い来りて敵を射て!」

 

 そこへナギが追撃する。1001の弾丸と化した精霊がレミリアに殺到する。

 大きく広げていた羽に当たったのを皮切りに、次々に着弾し大爆発を起こす。

 通常なら一旦様子を見るところだが、ナギはここで更に追撃する。

 

「まだまだいくぜ! 来れ雷精風の精!!  雷を纏いて吹きすさべ 南洋の嵐  雷の暴風!!!」

 

 大爆発の中心地、レミリアが居るであろう場所を、ナギの手から放たれた巨大な雷が貫いた。

 

「さぁ、どこから……!」

 

 しばし様子を見て、ナギが独り言を呟こうとしたとき。突如、杖を背後に突き出す。

 と、そこには紅い光を振りまきながら、爪を振りぬこうとしているレミリアの姿があった。

 ナギの杖と、レミリアの爪により鍔迫り合いとなる……、そう思っただろうナギをあざ笑うかのように。

 レミリアの爪は杖とぶつかり尚止まることをせず、そのままナギを杖諸共弾き飛ばす。

 

「意外と楽しいかも。次は私だよ!」

 

 奇しくも先ほどとは全く逆の立場になった二人、今度はレミリアがナギに向かい光弾を打ち出す。

 ナギの魔法の射手程の速さは無いが、100程の小さな光弾と、10程の大きな光弾が絶えずナギへと向かう。それらは正しく弾幕だった。

 

「ち、うざってぇ!」

 

 上下左右至る方向から連続して飛来する小さな光弾にばかり気を取られては、正面からは自身へ向け真直ぐ大きな光弾が飛来する。

 光弾に誘導性は無いが、視界の光弾全ての動きを見切ったと油断すれば、避けた大弾の裏から無数の小弾が自身へ向け進路を変える。

 ナギは障壁の範囲を最小にまで押さえると共に、強度を高める。そして弾幕の向こうに時折見えるレミリアに向かい徐々に接近して行った。

 

「むむ、非常に上手い誘導ですね。」

「誘導されてることに気付いてないのか? あいつは……」

 

 傍目から見ていたアルビレオと詠春だからこそ気付いたが、レミリアの弾幕には規則性があった。

 偶然弾幕の切れ目が出来たように見せかけ、その実それらは全て計算通り。ナギの動きは全てレミリアに決定付けられる。

 それはまるで指揮者のように、羽をタクト変わりに振りつつ、左手でスペルカードを用意したレミリアは、フィナーレへ向け加速する。

 そして来るべきその瞬間に出口を開き、そこへ向けスペルを叩きこむ……そのつもりだった。

 

「だあぁぁぁあああ!! しつけぇーー!!」

 

 だが大人しく誘導されているナギではない。誘導されてることに気付いたか、それともイライラが最高潮に達したか。

 とにかく、レミリアの思考なんてそっちのけ、弾幕の壁を障壁任せに突き抜ける。

 

「えぇっ!?」

 

 はたして弾幕ルールに馴れてしまった代償か、ボムも順路も使わず弾幕を突き抜けてくると思っていなかったレミリアは、突然のことに虚をつかれる。

 

「うらぁ!」

「きゃぁぁ!!」

 

 そして、ナギの蹴りを顔にまともに食らい、地面に向かって落ちていった。

 

「ふむ……神槍『スピア・ザ・グングニル』 オーディンは吸血鬼との間に子を成したのですか?」

「しらん。」

 

 アルビレオは思いっきり蹴られて落ちて行ったレミリアを意外に思いつつ、風に流れて飛んできたカードをキャッチし、そんな疑問を呈す。

 グングニルといえばオーディンの持つ槍。オーディンといえば旧世界の北欧神話における主神。ナギはそれなりに知ってそうだが、日本生まれの詠春は良く知らないようである。

 まぁ大方、単にモチーフにしただけかとは思うが、悪魔を呼び出す吸血鬼が神の槍を投げる、というのも可笑しな話である。

 

「ところで、レミリアのこれは符術の一種なんでしょうか?」

 

 思い起こせば、レミリアは大技を使う際ほぼ必ずカードを取り出していた。

 最初はパクティオーカードかとも思ったが、絵柄を見るに違うようである。

 となるとカードに魔力を封印し、何らかのトリガーを引いて開放する所謂符術かと思い、そちらに縁のある詠春に聞いて見たのだが――

 

「少なくとも、あれほどの魔力を封じた符なら、持ってそれに気付かないということは無いな。」

 

 そう、あまりにもカードから魔力を感じない。鬼神兵との戦いで使っていたスターオブダビデにしろ、ハートブレイクにしろ、並の魔法使いでは発動の兆しすら……いや、使おうと考えることすら馬鹿らしいほどの魔力を放っていた。

 

「ええ。それに、ダビデやレッドはどうか解りませんが、ハートブレイクよりグングニルのほうが圧倒的に強いでしょうし。名前的に。」

「名前的にって……。いや、否定はせんが。」

 

 まるでカードをただのポーズで使っているかのような、そんな錯覚を覚える――と、思ったアルビレオだった。

 

 さて、レミリア達の方はというと。  

 

「……ねぇ、ナギ。あとどのくらいで拠点につくの?」

 

 地面から飛び上がってきたレミリアを見て、さぁ続きか! と思ったナギだったが、レミリアが空を見ながらソワソワした様子でそんなことをナギに問う。

 

「あー、1時間も飛べば着くけど?」

「1時間も経てば……朝よね?」

 

 空を見やれば、徐々に白んできており、確かに1時間後にはしっかり朝になっていそうな雰囲気だ。

 と、そこでナギがあることを思い出す。

 

「ああ、そういや日光だめなのか。」

 

 どうやらレミリアは時間を気にしているようだ。なんだ、折角熱くなって来たところだったのになぁ、と思うナギだったが……

 

「まぁそう言うなら、俺の勝ちってことで。」

「ちょ! 負けてないよ!?」

「んー、でも最後に攻撃決めたの俺じゃねーか。」

「あんなの痛くない! びっくりしただけよ!」

「じゃあ、決着つけるか? 俺はこのまま続けたっていいんだぜ?」

「う……」

 

 日光に当たれないというレミリアの弱点を、ナギは実に良い笑顔で責める。

 その反面レミリアは顔をふせプルプルと震えるが、そんな事は構わずさらに言葉を重ねるナギ。

 

「それとも何か、昼も夜も戦う『紅き翼』のリーダーは、昼に攻められたら夜まで待って貰うってか?」

「えっと……」

「夜移動して昼は寝るか? いつ戦うんだ?」

「それは……」

「それに確か、レミリアが勝ったらリーダー交代、だったな。精々引き分けじゃあリーダーになるなんて言えねーわな。」

「……」

 

 とうとう悪魔の契約まで持ち出して責めるあたり、外道である。もちろんニヤニヤいい笑顔だ。

 言葉を重ねられるたびにレミリアの翼は角度を下げ、とうとう完全にしおれてしまった。

 そして徐々に明るくなる空に照らされたレミリアの顔。その表情は見えないが、頬から顎にかけて何か光る物が見え。

 流石に言い過ぎたかと慌てて言葉を考えるナギだったが……

 

「私の……」

「ん?」

「私の方が強いんだもんーーーーー!!!」

 

 そう叫び、レミリアは再度地上へと降りて行ってしまった。

 

「思春期ですか? ナギ」

「好きな子をいじめる年頃か」

「なんでだ!?」

 

 かわりにアルビレオと詠春がナギの許へ来る。どうやら会話は殆ど聞こえていたようだ。

 

「あれは完全に拗ねたな。」

「ええ。ナギのせいですね。」

「で、でも! 間違ったことは言っちゃいねーぜ!?」

「この場合悪いのは男って決まっている。」

 

 うがー! っと叫ぶナギに対して詠春が追い討ちをかける。

 だが、先ほどナギが言ったことの他にも、そもそも吸血鬼が紅き翼にいることが既にギリギリアウトである。

 その吸血鬼がリーダーとなったら、今度は追われる側となるのは間違い無いだろう。ただでさえ最近軍規を無視していて肩身が狭いというのに……。

 頭の片隅でそんなことを思いつつ、ナギをからかう二人であった。

 

「ところでナギ、レミリアの強さはどうでしたか?」

 

 詠春は引き続きナギをからかっていたが、唐突にアルビレオがナギに問う。

 レミリアが強いことはよくわかるが、直接戦ったナギに感想を聞こうというわけだ。

 

「あー……あいつは強ぇ。雷の斧と魔法の射手、あと蹴りはモロに入れたんだけどピンピンしてやがる。光弾の量も異常だし、その上、技なんかノータイムで撃ってたよな?」

 

 たぶん再生してるんだとは思うけど、反則くせーな。などとぼやくナギであった。

 普段ならナギの弱気な態度なんて見ればこいつ偽者か、などと思う詠春であったが、相手がレミリアなら納得するしかない。

 

「たぶん詠春なら切れると思うぜ? アルは決め手に欠けそうだな。」

「おや、手厳しい。」

「仲間を切ろうなんて思わないよ。」

 

 ナギにここまで言わせるとは思っていたよりずっと強い味方になりそうだ、そう思う詠春であった。

 

「うー、どーしてあんな人間なんかに……」

 

 一方地上に舞い降りたレミリアは、盛大に拗ねていた。

 時間さえあればナギなんて倒せるのに。なんて思うも、それで拠点に着く前に朝になったら最悪である。

 野宿なんて御免だし、聞いてみたら後に引けなくなっちゃったし。

 

「うぅ……早く帰ってフランに会いたいよー」

 

 フラン分が足りない、そう深刻に思うレミリアだった。

 

「おい、レミリア」

 

 と、そこへナギ達が降りてくる。

 

「……なによ。」

 

 ギロリ。そう音がしそうな勢いでにらみつけるレミリアに対し、ナギは苦笑するしかない。

 

「さっきも言ったようにリーダーをさせるのは無理だが……。でも、お前が強いっていうのはよくわかった。」

「っ……ふ、ふん。当然じゃない。」

 

 予想外の言葉をかけられたレミリアは一瞬困惑するも、気を取り直し翼の角度を上げ、カリスマを復活させていく。

 まだグッと胸を逸らしすまし顔をする――までは行かないが、大分気を取り直してきたようだ。

 そんなレミリアを見て、ナギは笑みを零しながら次の言葉を放つ。

 

「そこでだ。レミリア、お前を……紅き翼の『名誉顧問』としたい。」

「え? ……えぇ!?」

 

 どーだ? やるか? などと問うナギに対して、レミリアが訳を問うと、

 

「お前は強い。強い奴がチームにいると修行が捗る。な? 顧問みてーだろ?」

 

 はっきりと強いといわれ、レミリアは満更でもない様子だ。そして、ナギに「やってくれるか?」 と問われ――

 

「し、しかたないわね。どうしてもというなら引きうけてあげる!」

 

 そっぽを向きつつ、そう答えた。

 

「いやー、助かったぜアル」

「ふふふ、『名誉』顧問ですしね。」

 

 ここに、『紅き翼 名誉顧問』 レミリア・スカーレットが誕生した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女レミま!  6話 吸血鬼

「連合軍に吸血鬼の真祖現る! 失われし秘術を用い少女を真祖化か!?」

 

 先日、我々帝国軍のオスティア回復作戦(以下、回復作戦)が失敗に終わったことは既に国民の皆さんにお伝えした通りだが、昨夜、帝国政府は新たな情報を発表した。

 それは回復作戦において連合軍側の戦線に加わっていた少女が、なんと吸血鬼の真祖だということだ。

 連合のナギ・スプリングフィールド、アルビレオ・イマ、青山詠春らと共に戦っていた少女の存在はその日のうちにお知らせしたが、その正体については政府はいままで調査中としていた。

 だがこの真祖という発表が事実だとするなら、様々な事が見えてくる。

 国民の皆さんは真祖と言われれば何を思い浮かべるだろうか? そう、帝国、連合、その他の国を問わず世界中で指名手配となっている『闇の福音』だろう。

 しかし今回確認された真祖は『闇の福音』ではない。新たな真祖が唐突に現れたのだ。

 この戦時中、今になり唐突に。これの意味を考えて見て欲しい。

 吸血鬼の真祖とは、今は失われたとされる秘術により人間から変化して成るものだ。つまり『術』と『術者』が必要になる。

 そして真祖が現れたのが連合なら、『闇の福音』を最初に指名手配したのも連合だ。

 この二つが意味する事とは何か。それは「連合が真祖化の秘術を保持している」ことに他ならない。

 そうなるとある一つの事柄が推測できる。『闇の福音』は、いや、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは連合の真祖化の秘術による被害者では無いか? ということだ。

 彼女は成功例だった。だが、成功例であるが故に連合から逃げのびる事に成功した。旧世界出身である彼女にとっては連合も帝国も関係なく、全ての魔法使いを憎んだ。

 彼女に手をつけられなくなった連合は懸賞金をかけ、彼女の抹殺を目指す。国を問わず多くの被害者を出しながらも。

 そして今、この戦争で、我々帝国の進撃に耐え切れなくなった連合は、再度真祖化の秘術に手を伸ばした。今度は洗脳もしっかりと行い、都合の良い最強の兵士が誕生するように、と。

 こう考えると全ての辻褄が合って来る。まるでそれを裏付けるかのように、今朝帝国政府はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに対する指名手配を解除する宣告を出した。

 更に、回復作戦に同行した従軍記者によると、先日の真祖はカメラに写らなかったという。これも『闇の福音』の時の失敗を考慮し、少しでも情報を漏らしたくないという連合の思いが透けて見えるようだ。

 つまりだ! 今まで被害者面し、政治とは別に『闇の福音』を打倒しようと訴えていた連合が、その実真祖の生みの親だったのだ!

 これは我が帝国だけではなく、何も知らない連合国民、延いては全魔法世界住人に対する深刻な裏切り行為である!

 栄えある帝国国民達よ! このような行為が許せるか!? 否、断じて否だ!!

 今こそ国民一丸となり、連合に正義の鉄槌を下す時である!!!

 

 最後に。今回連合の犠牲となった少女の名前を記す。願わくば、これが彼女の本当の名前であるように。彼女から奪われた物は余りにも多すぎるのだから。

 新たな吸血鬼の真祖『レミリア・スカーレット』

 

(以下レミリア・スカーレットの似顔絵である。コウモリの羽は我々帝国住民に対するあてつけだろうか?)

 

―― ヘラス帝国帝都新聞 第1面

 

 

 

レミリア様がネギま世界に行かれたようです

第6話 吸血鬼

 

「紅き翼に吸血鬼が参加」

 

 先日、紅き翼がヘラス帝国のオスティア侵攻作戦を阻み、これを撤退させた。(詳しくは第1面へ)

 この際紅き翼は、現地で隠れ住んでいた吸血鬼(真祖ではない)レミリア・スカーレットに協力を仰いだ。

 帝国の無法ぶりを良く知っていた彼女は、これを快諾。帝国軍を撃退させる時には大きな戦果を上げた。

 なお彼女は今後も紅き翼に協力姿勢を示し、我々連合の大きな助けとなりそうだ。

 現在では、一般に真祖ではない吸血鬼は、吸血鬼から噛まれるか、噛まれた存在の子供である場合が殆どとされている。

 レミリアがどちらなのかは定かではないが、何れにしても彼女のような被害者を増やさないためにも『闇の福音』の早期討伐が望まれる。

 場合によっては懸賞金の上乗せもありえるだろう。

 さて、次は今日の - フィリウスの家庭で出来る菜園魔法コーナー♪ - で紹介した魔法についてだが……(後略

 

―― メセンブリーナ新聞 第6面より一部抜粋

 

 

 

「ふむ。まぁ予想通りといえば予想通りの流れか?」

 

 ここは紅き翼の拠点の一つ。あの後急いで帰ってきた面々は、その日から2日は思い思いに体を休め、今はナギとアルビレオが街へ買出しへ行っているところだ。

 メインは食材、水、酒、レミリアの傘、レミリアの服、レミリアの紅茶、レミリアのティーカップ、レミリアの漫画である。

 そして傘が無いレミリアと飛攻魔法を持たない詠春は留守番だ。

 詠春は床に座りながら、今朝送られてきた連合と帝国の新聞を見比べて言う。帝国はレミリアを連合の被害者として扱い、エヴァンジェリンに対する国民の感情も含めて連合へ向けようという様子だ。

 反面、連合はさらっと触れるのみ。通常なら第1面で大々的に、新たな英雄として紹介するところだが、そこはやはり吸血鬼ということが障害となるのだろう。

 それだけ両国エヴァンジェリンに対する畏怖が強い、といえるのだが……

 

「ちょっと。なんで哀れまれたり、妙に扱いが小さかったりするのよ?」

 

 その結果、ここに機嫌を損ねた吸血鬼が一人誕生した。しかもエヴァンジェリン並に強いのだから性質が悪い。

 レミリアは詠春の反対から新聞を覗きこみ、苦々しげに睨みつける。

 予定ならもっと大々的に名前が知れ渡り、畏怖される筈だったのだが。

 いや、帝国の新聞は大々的と言えるが、哀れまれるのはレミリアの望みとは違うのである。

 連合に至っては菜園魔法と同列ってどういうことよ。説明を求める! などと騒いでいる。

 

「仕方ない。ここでは真祖『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』の名前が大きすぎるからな。」

 

 まるで仇でも見るかの様相で新聞を見るレミリアに対し、詠春は折角の新聞を破られては堪らないと思ったか、新聞を畳んでテーブルの上に置く。

 睨む対象をポンッと投げられた新聞から詠春に替えたレミリアだが、それもすぐに視線を外し、軽くジャンプしてソファーへと沈み込む。

 視線は窓の外へ。そこはまだまだ明るく、ナギ達が帰ってくるのはもう少し先のようだ。

 レミリアは憎憎しげに窓の外を眺めながら、暇つぶしに帝国の新聞で気になったことを詠春に問う。

 

「だいたいエヴァンジェリンって誰なのよ? なんで秘術とやらで真祖になれるのさ。」

 

 そう、レミリアにとって真祖とは吸血鬼の血族であり、ただの吸血鬼は真祖の眷属のはずなのだが。

 このエヴァンジェリンとかいう奴は、どうやら秘術で真祖になったようだ。いや意味がわからない。

 

「吸血鬼の能力を持ち、弱点を克服した吸血鬼……らしいよ。私も余りしらないが。レミリアは知らないのかい?」

「はぁ? なによそれ。ただ人間が吸血鬼っぽくなって喜んでるってこと?」

 

 そんな出来損ないのせいで私の名声が広がらないのか、と残念そうにソファーへ寝転がるレミリアだった。

 

「結構有名なんだけどね、あっちでも。レミリアはヨーロッパのどこから来たんだ?」

 

 レミリアの生足を極力見ないように視線を背けながら、詠春が問い返す。別にヨーロッパから直接きた訳じゃないが、というか『ヨーロッパ』が同じヨーロッパを指すかも怪しいが。

 別に幻想郷の事を言っても良いが、言う必要も無い。よって……

 

「ルーマニアよ。最近は人を襲うより紅茶飲んでるほうが楽しくってねぇ……」

 

 幻想郷に行く前の地名を答えておいた。

 ちょっと館でノンビリし過ぎたかしらねぇ、などと呟きつつ。

 

「のんびり紅茶が飲めるとは羨ましいの。名前など広まっても面倒なだけとは思わぬか?」

 

 と、そこへ新たな人物が来訪する。

 レミリアは一瞬羽を反応させたが、詠春が警戒していないのを見てゆっくりと起き上がり振り返る。

 こういうのは第一印象が重要だろう。足を組み、手を組み、ピンと翼を広げ、少しだけ霧を出す。そこには既に夜の王たる威厳が取り戻されていて。

 そして視界に入ってきた人物を見て、一言。

 

「……え? 子供?」

「自分も見た目なら子供じゃろうに……」

 

 そこにいたのは見た目10才くらいの白髪の少年だった。レミリアはすっかり霧を止め思わず口に手を当て普通に反応してしまう。

 いけない、何か失敗した気がするけどまだ取り戻せる! ゴホンと咳払いを一つ、気を取り直して少年を見据える。

 

「餓鬼が何の用だ?」

「ああ、レミリア、紹介する。コチラはナギの師匠でもある――」

「ゼクトじゃ。よろしくの。」

「……え? 師匠?」

「ああ、わしはアンチョコなぞ使わんぞ? まったくあやつめ、未だに覚える気がないのかアンチョコに頼りおって。」

 

 はぁ、つまるところ身内なのね。なんて呟きソファーに身を預けるレミリア。もう興味は失せたようだ。

 みるみるうちに翼は萎れ、ソファーへと寝転がり、たれレミリアが復活する。

 

「ふむ。あやつが言っていた吸血鬼か。」

「ええ、頼りになりますよ? 夜の戦闘に限るかもしれませんが。」

 

 明るい外を見ながらウトウトしはじめたレミリアを見て、詠春がレミリアを抱きかかえ寝室へと連れて行く。

 ゼクトはそんな様子を遠巻きに見つめていた。

 

「本当に……旧世界の吸血鬼、かのぅ?」

 

 ゼクトの呟きは、誰の耳にも入る事なく消えて行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女レミま!  閑1 吸血鬼

「おはよう、よく眠れたかい?」

 

 ん……? ここは、どこ?

 

「おはよう、ございます。……えっと?」

 

 私はベットに寝転がったまま、軽く頭を上げ周りを見渡す。どこかの民家みたいだ。

 

「あんた、外で倒れてたんだよ。随分弱ってるみたいだけど、大丈夫かい? 痛い所は無いかい?」

「たおれてた……?」

 

 とりあえず、ベットから降りよう。

 

「あ、だめだよ! スープとパンを持って来てあげるから、まだ寝てな。いいね!」

 

 コクンと、小母さんを見ながら頷くと、小母さんは笑顔を浮かべて部屋を出て行った。

 微かに塩の匂いと、ライ麦のパンが焼けた匂いが、部屋の中へ流れ込んできた。

 ここは、何処だろう? 私は、倒れてた?

 私は、どうして、倒れてた?

 私、私、わたし、は……。

 

「はい、おまたせ。ちゃんと寝てるね、偉い子だよ。」

 

 小母さんはトレイにパンとスープを乗せて部屋に帰ってきた。

 トレイをベット脇のテーブルに載せると、パンを小さく千切り、スープに半分ほど浸す。

 そして、私にむけて、突き出した。

 

「ほら、寝たままでいいから、ゆっくり食べな。」

 

 呆然として口をあけていると、ちょっと無理矢理にパンを押し付けられた。

 

「ちゃんと食べないとダメだよ。うちなんかのパンで悪いけど、食べないより良いさ。」

 

 久しぶりに食べたパンは、美味しくはなかったけど。

 

「何があったかは知らないけど、ここは大丈夫だから。安心おし?」

 

 そう言いながら頭を撫でてくれる手は、暖かくて、大きくて。

 久しぶりの食べ物は、とても美味しかった。

 

「ぅ、ひっく……、ふぇぇん……。」

 

 そして、わたしは。思い出してしまった。

 血と。血と、血と、血と。……男と。人間。ニンゲンを。

 体からさーっと血の気が引いていくのがわかる。けど、口の中には鉄分が広がり。スープはワインよりもなお赤黒く。浸したパンは、血の滴る、肉。ニンゲンの、ニク、に、みえて。

 

「ゃ……ぃ、ゃ……」

「ん? どうかしたかい?」

 

 目の前の小母さんが、いや、ニンゲンが。血の詰まった、皮袋、に、みえて。

 わたしは……ワタシハ、バ、バケ、モ……ノ?

 

「ぃゃ……いや、イヤ、イヤーーーーー!!」

 

 

 

 ……叫んで、気を失って。それから1日、わたしはベットから出て歩ける程度には回復した。

 私は、全てを思い出した。男の肉を突き破る感触も、追っ手から逃げた道筋も。そして、私が人間では無いと、いうことも。

 私がこのままここにいたら、小母さんに迷惑が掛かっちゃうから、本当なら直ぐにでも逃げないといけない。だけど……

 

「ところで。私はヘルヴィ、あんたの名前は?」

 

 私の、名前。本当の、名前は……。

 

「……ライヤ」

 

 ……うん。もうすこし、ここにいたい。

 ちょっとなら、大丈夫だよね?

 

「そっか。ライヤ、いっしょにパンを焼かないかい? 寝たきりじゃ気も滅入っちまうよ。」

 

 そう言って、小母さん、いや、ヘルヴィさんは私を無理やり台所へと連れてきた。

 私なんかの手でパンを触っていいのかな? って思ったけど、ヘルヴィさんの迫力に押されるがままに手伝った。

 いっしょに焼いたパンは、とても美味しかった。

 

「ヘルヴィ、さん。」

「ん? なんだい?」

「えっと、その……。あ、ありがとう。」

 

 こんな私を助けてくれて。ありがとう。

 

「はっ、子供は大人に迷惑かけるのが仕事なんだ。私だって昔は無茶したもんさ!」

 

 ぎゅっっと抱きしめてくれたヘルヴィさんの温もりは、忘れない。

 けど、甘えてばっかりいると、逃げれなくなるから。だから、話そう。そうすれば、きっと追い出してくれるはずだから。こんないい人のところに、私がいちゃダメだと思うから。

 嫌われれば、きっと私は、もっと遠くへ逃げられるから。だから……

 

「ヘルヴィさん、お話があります。私は、---です。」

 

 ……だから、私は、全てを話した。

 うん。話したんだけど。

 

「で? あんたは私を殺すのかい?」

「……え? い、いや、殺さないです!」

「なら、もう少しゆっくりしていきな。あんたが逃げなきゃいけない理由はわかったけど、2~3日くらいは休んでも大丈夫さ。」

 

 なんで? なんで、追い出してくれないの?

 

「なんで、嫌ってくれないの!?」

「そんな、迷子の子猫みたいな顔してる子をほっぽりだすほど、堕ちちゃいないつもりだよ。」

 

 そう言うと、ヘルヴィさんは再度私を抱きしめ、頭を撫でてくれた。

 

「あんたが危険な子じゃないことくらいわかるさ。頑張って逃げたんだ、ちょっとくらい休んでも天罰は当たらないよ。」

 

 それに聖女様の中にも3度死ななかったお方が居るんだ。アンタなんて大したことないさ! そう続けるヘルヴィさん。

 ……こんなこと言われて、逃げれるわけ、ない。

 その晩、私はヘルヴィさんと抱き合って、久々にゆっくり寝ることが出来た。

 けど、運命という奴は、私を散々に痛みつけるつもりらしい。私はやっぱり逃げればよかったんだと、後悔しつづけることになる。

 

「ここに---がいるのはわかっている! さっさと出せ!」

「はっ、賊が出た時はなにもしないくせに、こんな時は素早い対応で! で、どこに---が居るってんだい!?」

 

 翌朝、私はヘルヴィさんと誰かが言い争う声で目を覚ます。

 

「---は眷属を増やす! 潜在的な危険は賊なんぞと比べ物にならん!」

「なら眷属にされた奴を連れてきな! ありもしない---や眷属なんかの危険より、賊のほうがよっぽど厄介さ!」

 

 追っ手が来たんだ! ヘルヴィさん、大丈夫かな……?

 部屋の扉を少しだけ開け、玄関の方を盗み見る。そこにはヘルヴィさんと、槍を持った兵士が言い合っていて。

 次の瞬間、兵士と、目が合ってしまい――

 

「! やはりいたか!」

「いけない! 逃げな、ライヤ!」

 

 え、嘘!? 見つかっちゃった!? に、逃げ……どこから!?

 

「ええい、やはりお前は既に眷属だな!? 死ねぇ!」

 

 ずぶり、と。肉を貫く音がした。

 途端に部屋に充満する、血の匂い。

 

「いけ、ない、逃げ、るんだ! ライヤ……!」

「逃がすか! 吸血鬼、エヴァンジェリンめ!」

 

 

 

「ヘルヴィ、さん……?」

「オ、起キタカ御主人」

 

 ん……夢か。随分と古い夢を見たな。

 

「ふん。これのせい、か。」

 

 テーブルの上には昨日買ったメセンブリーナ新聞がある。表に出ているのは、第1面だ。

 見出しには、こう書かれている。

『吸血鬼、レミリア・スカーレット 超弩級戦艦2隻撃墜!』

 

「吸血鬼、か。」

「真祖ナノカ?」

「いや、恐らく違うだろう。夜の戦闘でしか戦果を上げていないようだしな。」

 

 真祖ではない吸血鬼。真祖が弱点を克服した吸血鬼、と言われることから解るように、それはつまり。

 

「所詮真祖の基となった存在だ。吸血鬼がいなければ、真祖も生まれなかったんだろうが、な。」

 

 そして、吸血鬼が残忍だからこそ、真祖である私も否応無しに追われる存在となったわけだ。

 

「ケケケ。ソノワリニコッチハ英雄様ジャネーカ。」

「……くだらん。」

 

 もし吸血鬼に不死性が無ければ。眷属を作ることが出来なければ。人を襲うことが無ければ。

 真祖だって畏怖されることは無かった。いや、そもそも私が真祖になる事もなく、ヘルヴィさんも……

 

「ハッ。本当に……くだらん話だ。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女レミま!  閑イ レミま!?

「毎度お馴染み射命丸です。今日はご好評頂いている紅魔館潜入捜査シリーズ第3回を慣行致します。」

「駄目」

「第1の障碍ですね!」

 

 幻想郷、湖の傍らに立つ紅魔館の玄関ホ-ルにて。

 そこには背中から黒い烏の翼を生やし、黒髪ショートで紅い瞳の、赤い頭襟を被った少女が、一歯下駄を履き堂々と立っていた。

 彼女、自称射命丸に対するは青を基調としたメイド服を着る銀髪の少女。お盆を持った左手をダラリと下げ、右手で頭を抑えている。その顔は呆れたような、疲れたような表情だ。

 メイドはレミリアから咲夜と呼ばれていた少女である。

 射命丸はポケットから手帳とペンを取り出しつつ、爛々と目を輝かせ咲夜へと言葉を投げる。

 

「それでは、本日は紅魔館のメイド長、十六夜咲夜さんの生態を観察しようと思います。さ、何時も通り仕事を続けて下さい。」

「今の仕事は目の前の天狗を排除することかしら。」

 

 そう言葉を返しながら、お盆を何処かへ消し両手にナイフを構える咲夜。目つき鋭く射命丸を睨みつける。

 射命丸も腰にぶら下げていた葉団扇を取り出し、腰を下げ戦闘態勢を整えた。

 射命丸の周りには風が吹き荒れゴウゴウと音を立てるが、不思議なことにその風は紅魔館の備品へと打ち付ける前にその威力を無くす。

 更には咲夜の周りから後ろは一切の無風であり、両者が既に何かをしていることは明白だった。

 

「あやや。新聞記者は常に客観的でないといけないのですが。」

「常に主観的、の言い間違いかしらね。それか風が起こした空耳か。」

 

 言い合いながらも両者の間に緊張が高まっていく。

 そして、先に仕掛けたのは咲夜だった。

 咲夜が少し動いた次の瞬間、その場から掻き消え射命丸の後ろへ現れる。そしてナイフを一閃しようして――

 

「……っか、は……」

 

 振り向きざまに繰り出された射命丸の蹴りにより、一本歯を腹へめりこませ、その場へと崩れ落ちた。

 

「ふふ。止めるなら重心を動かす前にしないと意味が無い、後ろへ回り込もうというのがバレバレです。大体たかが人間ごときが私に勝てる訳が無いのですよ。」

 

 細い手足で華奢な体を持つ射命丸だが、見た目とは裏腹にその実とんでもない凶器である。

 咲夜を一撃であしらった事でご機嫌になり、饒舌に咲夜へと語りかける射命丸。その顔は晴れ晴れとしていて得意げで、正しく天狗のように鼻高々だ。

 咲夜は苦悶の表情を浮かべたまま取り落としたナイフを掴みなおし、何とか立ち上がろうとするものの、手足が痺れまだそれには至らない。

 だが、弱弱しくもしっかりと口角を上げると、視線を射命丸へと向けた。

 

「たかが烏ごときが随分とご高説を垂れ流すわね。切られていることにも気付かずに。」

「……え?」

 

 そして、咲夜が床に手を付き立ち上がったと同時に。射命丸が持つ葉団扇の、小葉の一つがヒラヒラと舞い落ちた。

 射命丸は小葉が1枚欠けた葉団扇と床に落ちている葉を見比べ唖然とし、咲夜は依然手足の震えが残るものの再度ナイフを構え油断無く相手を見つめる。

 だが射命丸は体をプルプルと小刻みに震わせ、何時までたっても立ち直らず。そして遂に……

 

「ぅ……ふぇ……」

「え、ちょ、ちょっと?」

「ふぇぇぇぇん、私の大事な葉団扇が~~~~! 咲夜さんのバカ~~~~!」

 

 射命丸は乙女座りで床に座り込むと、そう声を上げ泣き始めた。

 

 

 

 

「う……ひっく……。」

「……はぁ。」

 

 紅魔館のキッチンに場所を移した二人。射命丸は椅子に座りテーブルに突っ伏したまま、依然肩を震わせ時折啜り声を上げている。

 咲夜は居心地が悪そうに顔を顰めながら、コンロに薬缶をかけ紅茶を入れる準備をしていた。

 命は取らないというルールが有るとはいえ、あの場は間違いなく敵同士。たかが葉団扇の小葉を一枚切った程度でこの様な状態になる等、誰が想像出来るだろうか。

 咲夜は痛そうに頭を抑えながらお腹をさするも、湯が沸いていたことに気付き再度溜息一つ。暫し沸騰する薬缶を見つめるが、首を2度左右に振った後別の薬缶を火にかけた。

 

「粉は入れる?」

「ひっく……砂糖ですか? 2杯お願いします。」

「はいはい。」

 

 碌な会話も無く重い空気のまま時は流れ、そうするうちに1杯の紅茶が入れ終わる。

 咲夜は最後にスプーン片手に左手をウロウロと棚の前を彷徨わせるが、どうやら目的の物が見つからないようだ。

 

「まぁ、お嬢様用ので良いかしら。」

 

 結局諦めたのかそう一人ごつと、数あるポッドの中から真紅のポッドを取り出し、そこから2杯白い粉を紅茶の中へ。

 そうして軽くかき混ぜた後、ソーサーと共にカップを射命丸の前へと置いた。

 

「どうぞ。」

「……どうも。」

 

 紅茶の匂いに吊られ顔を上げた射命丸の目には、既に自分へ背を向けキッチンを片付けている咲夜の姿が映った。

 射命丸はポケットからハンカチを取り出し目元を拭いた後、目の前の紅茶へと手を伸ばす。

 カップの中の紅茶は少々青みがかった黄金色に輝き、湯気と共に花開いたような芳しい香りが鼻を擽る。全うな緑茶派である射命丸だが、それでも咲夜の入れた紅茶はとても美味しそうに思えた。

 いただきます、そう心の中で唱えたかは定かではないが、暫し香りを楽しんだ後に一口含む。

 その味はさぞかし美味しいのだろう――そう期待した射命丸をあざ笑うかのように、何故か強烈な苦味がした。

 

「ん……咲夜さん、なんかこれ苦いんですけど?」

 

 シンクの前で洗い物をしている咲夜の背に、そう話しかける射命丸。

 まさかあの咲夜さんが紅茶をいれるのを失敗したのか、そんな事を呟きつつ、その苦味の正体を確かめるためか再度口元へと持っていく。

 だが、その正体は咲夜の口からもたらされた。

 

「ああ、トリカブトとベラドンナが入っているから。苦いのかもしれないわ。」

「ブーーー!! な……な……!」

 

 全身を震わせ顔中から汗をかき硬直する射命丸。その手に持っていたカップは既に無く、既にシンクの咲夜の手に。中身は床に置かれた雑巾へと吸収されている。

 射命丸は何とか動こうとするも上手くいかず、そのまま椅子から崩れ落ち、床へと倒れ伏すことになった。

 

「折角御二方とも居ないのだから、掃除を進めないと。ああ、動けるようになったら帰っていいわよ?」

 

 咲夜は射命丸に向かいそんな言葉を残すと、床に倒れた射命丸を一瞥すらせずキッチンを後にした。

 

 

 

 

「……ふむ。トリカブトとベラドンナが入った紅茶は苦い? いや人々が求める物じゃない。紅魔館のメイド長は咽び泣く少女に毒を盛るドSメイド……一部の方は喜びそうですが、ここはもう一つ奇を衒って……」

 

 咲夜が居なくなったキッチン。床に倒れていた射命丸だが、咲夜が間違いなく遠ざかったことを確信すると、そうブツブツと独り言を喋り始めた。

 その顔には涙も青さも存在せず、まるで健やかな朝を迎えたかのように晴れやかだ。

 射命丸はこのネタをどう料理すれば読者が喜ぶか、それを一生懸命に考える余りニヤニヤと口元を緩めていた。

 

「よし、こうしましょう! 『紅魔館の主レミリア・スカーレットはメイドに毒入り紅茶を作らせて飲むドMだった!?』」

 

 いやー明日の見出しが決まりました! そう晴れやかな声と共に起き上がる。ちなみに葉団扇はいつの間にか元の状態へと復元されていた。

 

「さて! 何やら御二方とも居ない……つまり恐らくレミリアさんもフランさんも居ないような事を言っていましたね。このチャンス、逃す訳には参りません!」

 

 さぁ張り切って潜入捜査を続けましょう!

 その掛け声と共に、キッチンを後にする射命丸だった。

 

 

「さてさて、ここはサンルームですか。なぜ吸血鬼の館にサンルームが有るのでしょう?」

 

 紅魔館の中をあっちへフラフラ、こっちへフラフラと、奇跡的に咲夜に見つからずにたどり着いたサンルーム。

 そこではサンルームなのに北向きに拵えられた窓と、窓から離れた位置に置かれたテーブルがあった。

 

「んー、あまり面白みが無いですね。人間の死体でも転がっているかと思ったのですが。」

 

 いまいちシャッターチャンスが有りません。そう文句を垂れ流しながらも、取りあえずと首からぶら下げていたカメラのファインダーを覗き込む射命丸。

 あっちこっちとパシャパシャ撮るが、その期待外れなのか詰まらなさそうな表情をしている。

 だが、ふとカメラをテーブルへ向けたとき。その上に置かれた一冊の本に気付く。

 

「お? 何でしょうか?」

 

 レミリアさんの愛読書? せめて咲夜さんの秘密日記くらいのインパクトが欲しいです。

 そう言いながら足取り軽くテーブルへと近づく。

 だが、その本を手に取った途端。

 

「こ、これは……! 特ダネですーーー!!」

 

 射命丸は両手で本を抱き、窓を突き破って紅魔館を後にした。

 

 

 

 

「号外ー! 号外ー! 文々。新聞の新連載だよー! 第1巻は出血特別大サービス! 無料配布中ですよー!」

 

 射命丸は空を翔る。大量に複製した本をその身に纏い、烏も鷹も追い抜いて。

 

「号外ー! 新連載だよ、乞うご期待だよー!」

「……何やってるのかしら、あいつ。」

 

 赤い巫女は顔を顰める。断る間も無く置いていかれた1冊の本を見ながら。

 

「号外ー! 天狗の新連載! 新しい魔法理論も乗ってるよー!」

「おぉ? なんか楽しそうな事してるな。」

 

 森の魔法使いは嬉々として読み始める。この魔法ってパチュリーのか? そんなことを呟きながら。

 

「号外ー! お子様が読んでも安心だよー!」

「……不安しか呼び起こさないわね。」

「ああ、全くだな。」

 

 人里に居た人形遣いは、寺子屋の教師と共に溜息を吐く。また何かやり始めた、そんな感想を交わしながら。

 

「号外ー! なんと主人公は誰もが知ってるあのお方!」

「あはは! 見て見て永琳、なにこれ凄い!」

「真似するとか言わないでね?」

 

 竹林の姫は大喜び。薬剤師と共に、目をキラキラと輝かせ、子供のように夢中になった。

 そして……

 

「号ー外ーでーすよー!!」

「おや。」

「あれ? これって……」

「え……な……な……!?」

 

 山の神社は号外が放り込まれた途端、奇妙な静寂に包まれる。

 大きな神は眉を顰めて、小さな神は面白そうな顔で緑の巫女へと視線を投げた。

 それにも気付かず、緑の巫女はガクガクと震える手で、どうにかその本を掴み上げる。

 表紙を見、裏表紙を見、パラパラとページを捲る。

 だが、開始から僅か数ページでそれは止まり、ある一人の登場人物へと目が釘付けになった。

 そして、遂に。

 

「何ですかこれはぁーーーーー!!?」

 

 背表紙には、こう書かれていた。

 『魔法少女レミま! 第1巻 原作 赤松健 編纂 八雲紫』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女レミま!  7話 話題の剣闘士

「ふふふ、これよこれ!」

 

 とある郊外の草原で。レミリアは非常に上機嫌だった。

 レミリアの手の中には先日発行されたメセンブリーナ新聞があり、その一面トップにはこのような見出しが躍っている。

 

「『吸血鬼、レミリア・スカーレット 超弩級戦艦2隻撃墜!』さすがにこれは一面に持ってくるしかなかったのでしょう。」

 

 そう、先日の幾度目かになる帝国との戦闘時、レミリアは紅き翼で初めて超弩級戦艦の撃墜という快挙を成し遂げていた。

 しかも1戦闘で2隻の撃墜、これだけで帝国にとっては壊滅的と言っても過言ではないほどの損害であり、それを1面に持ってこないのは余りにも不自然に過ぎる話であった。

 以前から微妙に本意ではない扱い方をされていたレミリアは、新聞の一面に自分の名前が大々的に載っているのを見てから子供のような喜び様である。

 

「ふふん。リーダーのナギより目立っちゃったわね。これも私の持つ業故にかしら?」

「けっ、夜だけじゃねーか……。」

「何か言った? 遠吠えは聞こえないわねー。」

 

 ニコニコと笑顔を振りまき、クルクルと傘を回し、翼をはためかせるレミリア。その傍らにはふて腐れるナギ。その様子を、アルビレオら他のメンバーは夕食の準備をしながら微笑ましそうに眺めている。

 

「嬉しそうですねぇ。」

「じゃのう。あの様子を見ていたら、とても二つ名とは結びつかんの。」

 

 レミリアには多くの二つ名が付けられていた。

 接近して爪で裂くという戦闘スタイルから、戦場では常に返り血で濡れている故に付けられた『紅い悪魔』

 そこにレミリアの幼い外見と、旧世界の吸血鬼のイメージである月を重ねた、『永遠に紅い幼き月』

 しかしこれらは――これらでさえも――レミリアのイメージアップを図って後から付けられた二つ名である。

 悪魔を多数召喚した最初の戦場で既に呼ばれ始めた、レミリアの残虐性をそのまま表した二つ名は別にあり、いま現在も連合・帝国を問わず多く見受けられるのが……

 

「『殺戮猟奇-ジェノサイドブラッド-』か。今こうして見ると唯の子供ですけどね。」

「ナギのそれと違って、戦場でのレミリアを見ていると素直に頷ける二つ名じゃのう。」

「ナギはアンチョコなしでは5-6個しか呪文覚えてないですからね。それで『千の呪文の男』とは……ククク。」

 

 まるで敵につける二つ名のようじゃ、とはゼクトの談である。もっとも新聞社もそう思ったからこそ、別の二つ名を広めようと躍起になっているようではあるのだが。

 そんな外野を他所に何度も新聞を読み返すレミリアと、ムスッとしながら睨み続けるナギ。放っておくといつまでも戻って来そうにない。

 

「レミリア、ナギ! そろそろ夕食にするぞ!」

 

 あきれ顔の詠春が二人を呼び戻す。今日の夕食は詠春の担当のようだ。

 呼ばれた二人は言い合いながら詠春の許へ寄って行く。いまの紅き翼には弛緩した空気が流れていた。

 

 

 

レミリア様がネギま世界に行かれたようです

第7話 話題の剣闘士

 

「あら、鍋ね。」

「む? レミリアは鍋料理を知っているのか?」

 

 コンロの上に置かれた鍋の中では既に様々な野菜が入っている。

 豆腐はグツグツと煮え、白滝、キノコには火が通り、ネギ、白菜は色鮮やかだ。

 残るは水菜など火が直ぐに通る野菜と、先ほど狩って来たトカゲの肉だ。

 

「神社に行った時はよく霊夢が作ってたわね。トカゲ肉は初めてだけど。簡単なのよね。」

「神社? 霊夢? あと決して簡単じゃないぞ。」

 

 レミリアの鍋料理を馬鹿にした発言に対し、詠春は肩を落して反論しながら食べる準備をする。

 詠春は醤油をそれぞれに渡し、アルビレオは大根を下ろす。ゼクトとレミリアは箸を用意して準備万端。

 ナギは用意してある肉のうち半分を一気に鍋へ投入した。

 

「ば、馬鹿ナギ! 食べる分だけ入れないと硬くなるだろ!」

「だから食べる分だけ入れたんじゃねーか。ホラホラ食え食え!」

「だからって一気にいれたらアクだらけに……あーちょッ!」

 

 詠春を無視して次々肉を投入するナギである。

 

「フフ、詠春。知っていますよ、日本では貴方のような者を『鍋将軍』…と呼び習わすそうですね。」

「ナベ・ショーグン!?」

「つ…強そうじゃな」

「鍋奉公じゃないかしら……?」

 

 なんだかんだ言いつつ肉にも火が通り、一同手元に行き渡る。

 そして全員で声をそろえて。

 

「「「「「いただきまーす!」」」」」

「うぐっ!?」

「おお、なんじゃこのソースうまいぞ?」

「ホントだうめぇ!?」

「ナギお前は日本に来た時寿司食べただろ。大体同じ醤油だよ。」

「醤油すげぇ!」

 

 食事を開始し、全員口々に詠春の料理(と醤油)を褒め称える。一名を除いて。

 

「ん? どーしたレミリア、突っ伏して。」

 

 そう、レミリアは最初の一口を食べた途端、まるで気を失うかのように地面へと突っ伏して、そのままワナワナと震えていた。

 

「口に合わなかったか……?」

「……詠春。あなた……」

 

 そして顔だけ上げたかと思うと、まるで親の仇を見るかのような形相で詠春を睨み付ける。

 睨まれる覚えがない詠春は困惑気だ。他のメンバーもレミリアの様子を見やる。

 ひょっとして入れた野草の中に毒草でも混ざっていたか、誰とも無くそんな予想が駆け巡るが、しかしそれならば吸血鬼であるレミリアだけに効果が出ているのも妙な話だ。

 だが、その答えは直ぐにレミリアの口からもたらされた。

 

「鍋にニンニクいれたでしょう!! どーゆうことよ!?」

「あ……!? すす、すまん! 忘れてた! 精がつくかと思って……!」

「あー、吸血鬼だもんなー。」

「美味しいのにのう。もったいない。」

 

 体内にニンニクが入った事でのたうち苦しむレミリアを他所に、原因がわかったと詠春以外のメンバーは食事に戻る。

 

「お前らが精をつけてどうするのよ!? ニンニク入りの鍋なんて聞いた事がないわ!」

「精って、そういう意味じゃないぞ!? いや本当にすまない!!」

 

 対する詠春はレミリアに平謝りだ。

 レミリアが吸血鬼であることはともかく、吸血鬼の弱点の一つにニンニクが上げられる――しかも代表的な――ことをすっかり失念していた詠春である。

 レミリアは横たわりダラダラと脂汗を流しながらも、詠春に対する怒りを抑えられないのか牙をむき出して怒鳴り散らしている。

 その迫力たるや、近くに放していた騎乗用の竜が遠くの大木の裏へ隠れつつ様子を伺っているほどだ。

 

「いやー吸血鬼がニンニク食べるとああなるんだな。」

「苦しそうじゃのう。アル、解毒をかけてみたらどうじゃ?」

「面白そうですし、もう少し様子を見ましょう。」

 

 残念だなー、こんなに美味いのになー、などと言いながら食事を続けるナギ。先ほどまで戦艦撃墜の事で自慢されていた事に対する意趣返しのようだ。

 と、そんな紅き翼の許へ――

 

ドカッ !

 

 巨大な剣が降って来て、鍋を吹き飛ばした。

 

「食事中失礼~~ッ! 俺は放浪の傭兵剣士ジャック・ラカン!! いっちょやろうぜ!」

 

 近くの崖の上から、巨大な剣を持った日焼けした大男が叫んでいる。

 

「何じゃ? あのバカは」

「帝国のって訳じゃなさそーなだ。 レミリ……むお!?」

 

 ナギがレミリアを振り返ると、吹き飛んだ鍋の中身がレミリアに降り注いでいた。

 肉は髪に張り付き、白滝は顔から垂れ下がり。幸運にもニンニクそのものは傘によって防がれているようだが。

 

「フ…フフフフ……こんなにコケにされたのは初めてよ……」

「どーしたー来ねーのかぁー? 来ねーならこっちから‥いッ」

「殺す!!」

 

 レミリアはすっくと立ち上がり、崖の上まで一息で飛び上がる。

 そして片手で爪を振り、ラカンが持っていた剣を真っ二つに叩き斬った。

 振り切った爪を翻し、今度は下から振り上げる。ラカンに直撃こそしなかったが、その余波だけでラカンの立つ崖を切り崩す。

 

「おお? レミリアの攻撃凌いでるぜ。ニンニク食った後で傘持ってるけど。」

「あの大男やりますよ。見た事があります。ちょっと前、南で話題になった剣闘士ですよ。」

 

 ナギの言うとおり、片手は傘を持ちニンニクを食べた直後であるレミリアの動きは精彩を欠いているようだ。

 しかし気迫はすさまじく、あふれ出る魔力で辺りはどんどんと濃密な紅い霧に包まれ始める。

 そしてラカンに対し次々と爪を振るい、ラカンは折れた剣でなんとかそれを受け止める。

 

「ちょっ! タンマタンマ! あんたマジでつええぇな、ちょい待たね?」

「ミイラになるまで血を吸ってあげるわ!」

「おお、おっかねぇ! けど5対1だし本気出す訳にはいかんのよね。あんた達の情報はリサーチ済みだぜっ!?」

 

 そう言うとラカンは片手を懐の中に忍ばせる。そして……

 

「情報その5。レミリア・スカーレットは弱点の多い吸血鬼。くらえ十字架ー!」

 

 銀色に光り輝く巨大な十字架を繰り出し――

 

「吸血鬼の弱点って言えば十字架! ハッハッハ! どうだひれふげぽあっ!?」

 

 ――レミリアは十字架をラカンごと殴り飛ばした。

 

「ふん。何でそんなもんにやられなきゃいけないの?」

 

 殴り飛ばされ、倒れ付すラカンに向けてレミリアは一歩一歩近づく。

 霧の濃度もみるみるうちに濃くなっている。日の光が届かなくなるのも時間の問題だろう。

 

「く、傘を手放されると不味いな。これは剣士用だったんだが……。」

「あら、懺悔か? 命乞いか? 知り合いの閻魔に口をきいてやろうか?」

 

 ラカンは半身を起こし、視線をレミリアの後ろへ移し、大きな身振りで腕を伸ばしながら、

 

「あ、あれはなんだーーー!?」

 

 と、レミリアの後ろを指差した。

 

「……」

 

 しーん……と、静寂が辺りを包む。

 

「薬師に見せてから閻魔のところへ送ったほうがいいかしら……?」

「へっ! 素直に見とけば良かったのにな? お嬢ちゃん。」

「何? っきゃあぁ!?」

 

 レミリアの後ろから、『保険』と書かれたほぼ全裸の少女が傘を奪い取った。

 途端にレミリアに降り注ぐ陽光に、レミリアの体から煙が上がり始める。

 

「ホイ一丁あがり。じっとしてたほうがいいぜお嬢ちゃん、時期日も沈む。」

 

 立ち上がり、勝ち誇るラカンである。と、そこへ

 

 ゴガァッ! という轟音と雷と共に、ナギが現れた。

「見えねーんだよレミリア……って、負けたか。昼は俺に任せておけばいいのによー。」

「出たな情報その4。赤毛の魔法使いは弱点なし。紅き翼のナンバー2。」

「誰がナンバー2だ! リーダーは俺だ!」

「夜の戦果ナンバー2、だろ?」

「くっ……てめぇら! 手出すなよ!!」

 

 こうして、ナギ対ラカンの戦いが始まった。

 

 

 

「あのー、ケホッ、大丈夫……ですか?」

 

 レミリアの霧と煙が辺りを包む中、少女がレミリアを覗き込む。

 

「さ、さっさと……傘を、さしな、さい!」

 

 未だ日光に当たり続けるレミリアは息も絶え絶え、早く日を遮るように少女に求める。

 

「お……襲わない?」

「襲わ、ないわ、よ。負けたんだ、から……」

 

 襲われないか確認した後に、恐る恐る少女は傘を広げ、日光を遮る。

 やっと日光から逃れることができ、体から吹き出る煙も止まったレミリアは人心地である。

 そして、戦い始めたナギとラカンの様子を少し見た後、その視線は傘をもつ少女に向けられた。

 

「あなた、水の精霊?」

「は、はい。ウンディーネの、し、し、し……娼婦、です……。」

 

 娼婦、そう言った途端少女は顔を真っ赤に染める。

 しかしレミリアは特別な反応をせず、ただ「ふーん」と相槌をうつのみだ。

 

「夫の浮気は許さなくても娼婦をするのはいいの? ウンディーネ的に。」

「そのように作られたので……」

 

 レミリアの問いに対して、ますます顔を……いや、ほぼ全身を真っ赤に染める少女。仕舞いには涙目になっているようである。

 そんな少女の様子をみて、レミリアは次のような言葉を放った。

 

「貴方、私の従者になりなさい。」

「へ……?」




レミリアの二つ名は
pha様の「二つ名メーカー」から頂きました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女レミま!  8話 吸血鬼の従者

「従者……ですか?」

 

 ウンディーネの少女が問う。従者とは何か、貴方は誰か、そもそもなぜ私なのか、と。

 従者という言葉がわからないわけではない。だが、少女は自分と従者という存在を結びつけることが出来ないでいた。

 少女は娼婦として、財力のある男達の慰み者となるべく生み出された存在だ。

 魔法世界では奴隷の人間・亜人の身はある程度保障されるが、その代わりか、少女のような人工物に対する扱いはいつまでたっても"物"に対するそれであった。

 買われたばかりなので未だ経験こそ無いが、そのような経緯で作られた自分が誰かの従者になる、そのような未来などありえない。

 人工物はいつまで経っても"物"から"者"へ成る事は無いのだと、少女は諦念にも似た思いを抱いていた。それこそ、この世界に生れ落ちたその瞬間から。

 

「従者は従者よ。メイドでもいいけど。」

 

 しかしそんな思いも知らず、目の前の吸血鬼は次々と説明してくれる。

 曰く、従者とは主人が快適に過ごせるよう身の回りの世話をする。

 曰く、自分はレミリア・スカーレットといい大貴族である。貴族たるもの従者を従えなければならない。

 曰く……

 

「お前には価値がある。断っても無駄よ、既にお前の運命は私の手の中にあるわ。」

 

 運命。

 それは人工精霊の少女にとっては酷く抽象的で、概念的でしかない、あるのか無いのか・・・いや、あっても無くても変わらない物だった。

 所詮運命とは後から付いて来るものであり、一生の内に起きる理由無き出来事に対する理由付けでしかないとも考えていた。

 しかし理由無き出来事など酷く身近な物だ。少女が"物"として生まれたことが既にそうであるように。

 生まれた時から諦念を抱えた-絶望と言い換えても良い-少女にとって、諦めることが最も楽な道だった。

 諦めてしまった少女にとっては、運命が後から付いてくる物でも、先に在る物でも関係なく、ただただ楽そうな道を選び進むのみ。

 そしてその楽そうな道がどこに通じるか、運命などではなく知識として知っている故に、少女の諦念は深まるのみであった。

 

「わ、私は人工精霊です。価値なんてありません。」

 

 そう、価値なんて無い。人工物故にお金さえあれば同じような存在がいくつも買える。

 1体の値段分の価値ならあると言えるかもしれないが。

 

「人工物だから価値がない、というのは間違いね。なかには稀に目を見張るものも在るわ。」

 

 しかしレミリアは少女の言葉を否定する。

 なぜなら彼女は知っているからだ。弾幕ごっこというルールの中でとはいえ自分を負かす人間を。妹のフランを地下室から解き放つ切欠となってくれた人間を。

 そして、自分の従者の人間を。

 大抵の人間は使えないとは思っているが、決して全ての人間がそうだとは思っていない。

 ならばそれと同じ事が目の前の少女にも当てはまる。

 

「それに人工物に価値がないのなら……そうね、この世界の者達が大好きな、真祖"エヴァンジェリン"。あれも人工物らしいわね?」

 

 術を施して成る真祖だ、人工物といっても差し支えないでしょう?

 価値が無いわりには気にかけるらしいけど、どうなの? とレミリアは少女に問う。

 

「そ、そんなのと一緒にされても困ります!」

 

 少女のほうは生ける伝説とも言える真祖の吸血鬼と一緒にされては堪ったものではない。

 確かに術により成る真祖は人工物と言えるかもしれないが、真祖と人工精霊をイコールで結ぶのは暴論だ。

 言いようのない不安に駆られた少女はとにかく自分の価値を下げなければ、と自らを貶める発言を繰り返す。だが――

 

「ま、何をいってもお前が従者になることに変わりはない。この私、レミリア・スカーレットの、ね。」

 

 

 

レミリア様がネギま世界に行かれたようです

第8話 吸血鬼の従者

 

「おや、いよいよ従者を持つのですか?」

「ええ、自分で傘を持つのにも飽きたわ。」

「なんて格好を……」

 

 ナギとラカンの戦いを遠巻きに見ていた紅き翼の面々が、レミリアの下へとやってくる。

 ほぼ全裸といっても差し支えない少女をみて、詠春は上着を脱ぎ少女の肩へとかけてやり、代わりに傘を受け取る。

 それを間近で見ていたレミリアはニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「あら紳士的。」

「あ……ありがとうございます」

「気にするな。それよりレミリア、この子を無理やり従者にしてないだろうな?」

 

 レミリアを日差しから守りつつも半眼で見つめる詠春。

 まだ仲間となってから日はそう経っていないが、目の前の吸血鬼のわがまま振りを知る詠旬である。

 また突拍子もないことを言い出して、といった面持ちだ。

 

「なによ、私の従者になるよりあんな筋肉ダルマの夜の相手をするほうがいいって言うの?」

「夜のっ!? い、いやそうは言わんが……」

「人工精霊に家がある訳もなく、開放したとろで魔物に食われるか再度捕まり売られるのが関の山。ならばレミリアの従者というのも悪くないじゃろ。」

 

 本来精霊なら自然その物が家と言えるかもしれないが、そこはやはり人口精霊。仮初とはいえ肉体を持ち、地の上に立って生活せざるを得ない少女にはやはり人工物の家が必要だ。

 その点レミリアの従者になるなら身の回りの世話をする必要はあるが、赤き翼と共に家で生活ができ、知らぬ男の相手をする必要も、いつ売り買いされるかと日々怯えながら暮らす必要もなくなる。

 主の敵は従者の敵だと考えれば、敵の数は一気にとんでもない数となりそうではあるが。

 

「無論、レミリアの誘いを断り、あの男所有の娼婦として生きる道もあるじゃろうがの。」

 

 少女は空を仰ぎ見る。そこにはナギと壮絶な戦いを繰り広げる自らの購入者の姿があった。

 離れては魔法と気が飛び交い、崖や丘が次々に破壊されていく。

 近づいてはお互い殴り合い、自らの防御も無視し、とにかく相手の急所へむけて蹴りやパンチを繰り出している。

 戦いの余波は派手に周辺へ飛び散らかしているが、ナギ・ラカン両者ともさほどダメージを負っておらず、まだまだ戦いは長引きそうだった。

 

「わ、私は……」

 

 少女は思う。今まで、自分の未来は娼婦となり男の相手をしながら日々無益に暮らすのだと思っていた。

 だけど、いまここでこの手を取れば、その未来から逃れることができるのだろうか?

 娼婦として生み出された自分が、この手を取ってもいいのだろうか?

 本当に、私は……

 

「従者になっても、いいんでしょうか……?」

 

 少女は膝をつき、涙を浮かべながらレミリアを見つめる。

 レミリアはすでに立ち上がっており、膝立ちとなっている少女を見下ろす。

 

「あなた、名前は?」

「え、と、特に決まった名前は……。」

「あら? うーん、そうねぇ。」

 

 レミリアは空を見上げる。そしてキョロキョロと草原を見渡し、最後に少女をじっとみつめた。

 

「うーん、ここは……いだし、水の……だから……。」

 

 少女を見つめたままブツブツと呟くレミリア。少女のほうは何を言われるのかとビクビクしながら待つしかない。

 ひょっとして名前が無い従者なんていらない! と言って断られるんじゃないか、結局娼婦として過ごす事になるんじゃないか、と最悪の予想が頭の中をかけめぐる。

 やっぱり断られる前に自分から断ろうと口を開きかけたとき、やっとレミリアが呟くのをやめた。

 

「よし、決めた!」 

 

――人工精霊の少女は思う。

 

「あなたは今日から、レノア・マーティーヌと名乗りなさい!」

 

 もし、運命というものが本当にあるとしたら。

 

「えっ、な、名前をくれるんですか!?」

 

 この出会いこそが私にとっての運命の出会いであり。

 

「ええ、そして誓いなさい。私の従者となると。」

 

 こんな運命なら、その存在を信じても良いかもしれない、と。

 

「っ……はい! 誓います!」

 

――こうして。

 レミリアにこの世界初となる従者が誕生した。

 

 

「さて、精霊に名前をつけてパワーアップ、なんてお約束ですが。それは物語の中でのみのお話なので、レノアさんには魔法的にパワーアップしていただきましょう。」

 

 と、そこで今まで黙ってみていたアルビレオが空気を読まずに声を上げる。

 涙を流すレノアの顔に触れそれを拭いていたレミリアと、間近で見ていて若干涙目になっている詠春は非難の声を上げるも無視だ。

 

「え、パワーアップですか?」

「ええ、パワーアップしないと、レミリアの従者は大変ですよ?」

「ちょっと、私を問題児みたいに言わないでよ。何するつもり?」

 

 アルビレオは地面に魔方陣を書きながらレミリアに説明する。

 

「ああ、知らないんでしたね。これは魔法使いの従者を決める儀式みたいなものでして、主人と従者の間に魔力のパスを繋げると共に従者の潜在能力を引き出すアイテムを与える……かもしれないのです。」

「? つまり?」

「やればわかります。さぁ、両者この中に立ってください。」

 

 レミリアとレノアは促されるまま魔方陣の上に立つ。

 二人が立つと魔方陣が発光を始め、その光に照らされた二人は若干顔を赤らめる。

 

「ちょっと、なによこれ!?」

「なんかドキドキします……。」

「さぁ、主人は従者の唇に接吻の下賜を。」

「せっ!? なによそれ! 接吻って、色々おかしいわよ!?」

 

 レノアは流されるまま口を閉じ目を瞑る。

 レミリアはキスに抵抗があるのか異を唱える。

 

「まったく、500年生きた吸血鬼なら口付けくらいどうってことないでしょうに。」

「なんじゃ、500年も生きとるのか。その割には初心じゃのう。」

「やっぱり、私なんかが従者になるのは相応しくないのでしょうか……?」

「くっ……! お前達、見るなー!!」

 

 内外から非難の言葉を浴びせられたレミリアは、とりあえずゼクトとアルビレオの顔にコウモリを張り付かせ、傘持つ詠春を蹴り飛ばした。

 そして、真っ赤に燃える夕日をバックにし、レノアの顔に手を沿え、その唇に自らのそれを落とした。

 

「キャァーーー!! ひ、日差しがー!?」

「レミリア様ーーー!?」

「何やってるんだ、あいつは……。」

 

 どこからとも無く現れたカードをアルビレオがキャッチする。

 そこには、メガネをかけ水球を無数に浮かべる少女が描かれていた。

 

「ふむ、これはこれは。」

 

従者 Rhea Martine

称号 紅く濁った純水

 

 

 

 

「えいっ! 水の壁!」

 

 またも日光に当たり煙を出すレミリアを見て、我に返ったレノアは咄嗟に水の壁を出現させる。

 水である以上あまり日光を遮ることは出来ないが、既に太陽が八割がた沈んでいることも手伝ってなんとか煙は止まったようだ。

 しかしレミリアはしゃがみ込み、頭を抱え、帽子を引っ張り、羽で体を包んだ状態から起き上がろうとしない。

 所謂しゃがみガードである。

 

「ゴホッ、イタタ、何も殴らなくても……。ほらレミリア、傘だ。」

 

 そんなレミリアの元へ、詠春が先ほど殴り飛ばされた衝撃と煙のせいで軽く咳き込みながら歩み寄る。

 そして傘を広げレミリアを日差しから守り、もう大丈夫だと伝えるもレミリアは顔を上げようとしない。

 いったいどうしたのかと思わずレノアと顔を見合わせる詠春だが、レノアも首を傾げるばかりである。

 

「まさか……おいレミリア、大丈夫か?」

 

 ひょっとして日光に当たったことでどこか悪くなったかと思った詠春は、レミリアの肩に手を当て揺さぶる。

 しかしその手は即座に羽によって払いのけられ、代わりにレミリアが言葉を発した。

 

「夜まで、待って……」

 

 詠春の苦悩は、尽きない。

 

 

 

 日は既にとっぷりと暮れ、周囲にはすっかり夜の帳が下りた。

 耳が痛くなるほどの静寂が辺りに広がり、それを破るのは時折聞こえる虫の声のみ。

 夜空には無数の星が散りばめられ、夜の世界を優しく照らしている。

 それはとても幻想的で、まるで絵画の中に入り込んでしまったかのような、そんな風景が広がっていた。

 ――そう、本来なら。

 実際には太陽こそ沈んだものの、ナギの放つ雷とラカンの起こす爆発により照度は十分に保たれ。

 耳どころか頭まで痛くなるほどの爆音が辺りに響き渡り。

 星空は明るくて見えないどころか、舞い上げられた土煙に覆われており。

 そこは、見慣れた戦場だった。

 

「レミリア、もうすっかり夜だ。もう大丈夫だぞ。」

 

 そして、レミリアは未だしゃがみガード中である。

 

「本当に大丈夫!? 何か明るいわよ!?」

「ああ、今のはナギの雷の斧だ。」

 

 詠春に促されたレミリアは恐る恐る羽を広げる。

 何度か行ったり来たりさせ、大丈夫と判断したのか今度は徐々に顔を上げていく。

 そして、外が確かに夜になっていることを認識すると、ペタンと乙女座りでへたり込んだ。

 

「レミリア様、大丈夫ですか?」

 

 それまで一応水の壁でレミリアを守っていたレノアだが、レミリアが顔を上げたのを見ると壁を消しレミリアに駆け寄る。

 そしてへたり込むレミリアを支え、詠春から傘を受け取った。

 さっそく従者としての仕事を自分なりに考えて行動しているようだ。

 

「ああ、レノア。もう最悪よ……。ってあれ? メガネなんてしてたかしら?」

「あ、これですか? さっきの契約で出てきたんです。」

「ふーん。ただのメガネじゃないのでしょう?」

「それが……」

 

 レミリアがしゃがみガードをしている間、レノアは水の壁を維持しつつパクティオーによって出てきたメガネを色々と調べていた。

 その結果わかったことは、メガネを掛けた状態で出した水は紅くなることのみ。

 紅いから何なのかという違いは未だ見つけられないでいた。

 

「レノアは潜在能力を引き出すというよりも、主人の性質に強く引きずられたようじゃの。レミリアから見て何かわからんか?」

 

 通常パクティオーによって出るアイテムは従者の性質によって変わるとされるが、主人の影響が全く無いわけではない。

 レノアの場合は水の精霊なので水関連のアイテムが出ることは大方予想通りだが、水が紅くなるのはレミリアの影響と見て間違いない。

 ならばレミリアが見ればその効果がわかるのではとゼクトに言われ、レノアは再度水を出現させる。

 今度は先ほどまで出していた水の壁などでは無く、単純に手の平大の水球を数個浮かべたのみだ。

 しかしその水球は無色透明などでは無く、まるで血が混ざったかのような紅色をしていた。

 

「血みたいですけど、色以外は普通の水なんです。」

 

 レノアは出現させた水の匂いを嗅いだり、舐めてみたりしたが、ただの水と何も変わらないと言う。

 何が違うんだろうねぇと呟きつつ水球を触ったり弾いたりしていたレミリアだが、何かを思いついたのか突然胸の前で手を叩いた。

 

「ちょっとメガネを外して流れ水をだしてみなさい?」

「流れ水……ですか?」

 

 シャワーみたいな感じでいいですか? とレミリアに確認しつつ、レノアはメガネを外してちょっとしたシャワーを作り出す。

 レミリアはそのシャワーにゆっくりと手を出すも、指先に触れたとたん弾かれたように手を戻した。

 日光、銀、ニンニクほどポピュラーではないが、流れ水も歴とした吸血鬼の弱点であり、当然レミリアが触って大丈夫なものでは無いようだ。

 

「……ふん。今度はメガネを掛けて同じことを。」

 

 レノアは言われるがまま、メガネを掛けて真っ赤なシャワーを作り出す。

 またもゆっくりと手を出すレミリアだが、今度は指先に触れても手を引かず、そのまま手の平、腕をシャワーに当てた。

 

「ふ、ふふ、ふふふ……。ついに、ついに私が流水を克服する日が来たのね!! やっと! これでやっと雨の日だろうが河童のバザーだろうが出歩き放題よ!!」

 

 腕半ばまでシャワーに当て高笑いするレミリア。羽が忙しなく動き、非常に嬉しそうである。

 500年間苦渋を舐め続けた雨・川を克服できるのだ、その喜びは推して知るべしだろう。

 レノアは吸血鬼の弱点に流水があることを知らないのかいまいち得心しないようだが、とりあえず主人であるレミリアが喜んでいることが嬉しいのか笑顔だ。

 

「レノアさん、ちょっとこちらを向いてもらえますか?」

 

 そんな様子をみつつ、アルビレオがレノアを呼ぶ。呼ばれたレノアは当然振り返る。すると、

 

「いったぁぁぁぁ~~~~い!?」

 

 レミリアが悲鳴を上げ、飛びのいた。

 

「レ、レミリア様~~!?」

「ふむ。やはり視界の中のみですか……まぁメガネですしね。」

「アル、お主レミリアが嫌いなのか?」

「いえいえ、とても可愛らしいじゃないですか。」

「鬼だな……。」

 

「ううう、もうダメ……。」

 

 短時間のうちにニンニク・日光・流れ水と弱点に何度もさらされたレミリア。もう涙目どころか半泣き状態である。

 レノアが近づき助け起こすも、既に力が入らないのか四肢と頭をぐったりと垂らし起き上がりそうに無い。

 さすがに不味いかと詠春が近づいたとき、突然レミリアの右手が跳ね上がり、詠春の胸倉を捉え地面に引き倒した。

 

「ぐっ!? レミリア、なにを!?」

 

 自らが引き倒した詠春を見つめるレミリアだが、既に息は荒く目は焦点が合っていない。

 その只ならぬ様子にアルビレオとゼクトが構えを取るも、レミリアがひと睨みすると威圧されたのかその場に踏みとどまる。

 レミリアを支えているレノアに至っては、プレッシャーに中てられたのかガタガタと震えている。

 場の空気を支配したレミリアは改めて詠春をにらみ付け、次のような言葉を放った。

 

「元はといえば……お前がニンニク鍋を作ったせいよね。落とし前をつけて貰おうか?」

「あ、あれはニンニク鍋じゃ……」

「うるさい!」

 

「……ほっときますか。」

「そうじゃの。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。