この天文部は間違っている (cake)
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1話 天文部

羽丘は共学設定です。


 別に、星に何か思い入れがあったわけでもない。特別星に詳しかったわけでもない。

 

 天文部。

 

 それでも、なぜかその部名に惹かれたのだ。天文部というどこの学園にもあるような、その響きに。

 

 部室の前に立ち尽くし、その扉をじっと見つめる。そして気がつけば、俺の手は扉へとゆっくりと向かっていた。

 

 

 高校一年の春、俺は。

 妙に浮き立った気持ちで、天文部室の扉を開けた。

 

 

 ──開けた。たしかに、『天文部』の部室の扉を開けたはずだった……。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 学園の放課後。

 一日の授業を全て終えれば迎えることの出来るその時間に、俺は自分の所属している部活『天文部』の部室の前に立って、その扉を静かに開く。

 

 扉を開けて部室に入る前に、まずは部室内を見回す。今日は()()()、いるんだろうか。

 

 見回した部室にはいつも通り人がおらず、虚しく静かな場所だった。どうやら今日は俺一人らしい。

 

 人がいないのを確認してから、ようやく部室の中へと足を踏み入れる。

 

「……ん?」

 

 さっきは気づかなかったけど、机の上に見慣れないブツが置かれていた。

 

「なんだコレ」

 

 明らかに、ここ(学園)にはふさわしくないそれを手に取る。

 

 

 ……コントローラー?

 

 そう。間違いなく、それは何かの──いや、明らかにゲームのコントローラーだ。

 

 

 ──おかしい。

 

 なにがおかしいって、このコントローラーはどう見てもプレ◯ステーション系のやつだ。

 しかしここ(天文部)には、プレ◯ステーション系のハードは置いていない。

 

「まさか──」

 

 急いでもう一度部室を見回す。

 いや、見回す──というよりかは、真っ先にある一点に目を向けた。()()があるとすれば、間違いなくそこに置かれているはずだ。

 

「……P◯4」

 

 狙い通り、ネット通販で買ったモニターの横に、それはあった。

 P◯4なんて代物、昨日まではなかった。まさか、あの人また……。

 

「──あれ? 直哉くん、もう来てたんだ」

 

 どうやって問いただしたものか──。

 そんな風に、問題のP◯4を前に頭を捻らせているところで、タイミングよくひとりの女子生徒が部室へと入ってきた。

 

「……どうも、部長。……今日は来ないのかと思いましたよ」

「ええー、どうしてー?」

「いやだってほら、普段部長がいる時は、必ずと言っていいほど俺より先に来てますからね」

「そうかなー? よく見てるんだね、直哉くん」

「いちいち意識しなくても自然と覚えてきますよ、それくらい……」

 

 氷川日菜。

 俺の一つ上の先輩で、天文部の部長。俺には到底理解の及ばない思考回路を持ってる人だ。

 

「今日はお仕事ないんですか?」

「うんー」

 

 部長は気の抜けた返事とともに部室のソファに倒れ込み、俺がついさっき持っていたコントローラーへと手を伸ばす。やはりそれは部長のか。

 

「部長、そのコントローラー……というより、P◯4はどうしたんです?」

 

 部長が完全にだらけモードに入る前に、まずはそれを聞き出さなくてはならない。

 

「あっ、これー? 遂に買ったんだよ、P◯4!」

「へぇー、そうなんですか。まあ、前から欲しいって言ってましたもんね」

「そうそう! もう少し安くならないかなーって思ったんだけどねー。やっぱり、欲しい! って思った時に買わなきゃダメかなーって」

「なるほど」

 

 嬉しそうに話す部長の隣に腰掛ける。

 普通は学園生活においてあまり感じることのないソファの座り心地をしっかりと感じながら、部長の手にあるコントローラーを見つめる。

 

「……しかし部長、そんなものわざわざ部室に持ってくるなんて、大変だったでしょう?」

「えー、なにがー?」

「いえ、だからそのP◯4ですよ。わざわざ自宅から持ってきたんでしょう?」

「ううん? 直接学校に届けてもらったから違うよ?」

 

 部長はそう言いながらソファから立ち上がって、モニターの電源を入れに行く。さっそくそれで遊ぶつもりなのだろう。

 

「完全な私物を学園に届けてもらうなんて、そんなの怒られないんですか?」

「大丈夫大丈夫ー。だってこれ、部活の備品として買ったもん」

「……ん?」

 

 その言葉に、最悪の想像をしてしまう。まさかこの人、本当に……。

 

「……部長、まさかとは思いますが……それ、誰の金で買いました?」

「んー? 部費だよ?」

「…………」

 

 絶句。

 最初にP◯4を見つけた瞬間によぎった想像ではあったが、まさか当たってしまうとは……。

 

「部費って……部長、その金は決して私物を買うためのものじゃないんですが」

「ぶー。でもこの前直哉くんも部費で望遠鏡買ってたじゃん」

「この部の名前知ってます!? 天文部の名にふさわしいものを買ってるんですが!?」

 

 部長のその返しに、思わず声を荒げて突っ込んでしまう。

 天文部の部費で買う望遠鏡が私物のはずがないだろうに。相変わらず、予想外の返しをしてくる人だ。

 

「部長のそれが部費で買って許さるんなら、この部の名前はきっとゲーム部ですよ……」

「うーん、それもそっか。じゃあちょっと部名をゲーム部に変えてくるねー!」

「待って、違う!! そうじゃない!」

 

 部室を飛び出しそうな部長をなんとか止めて、とりあえずソファに座らせる。本当、行動力がおかしな方向に曲がってんな……。

 

「まったく、部長がこれで大丈夫なんですか……?」

「まあまあ。一緒にゲームでもして落ち着きなよ。ほら、ちゃんとコントローラー二つ用意したからー」

 

 そう言って部長はどこからか出してきた二つ目のコントローラーを俺に差し出してくる。

 

「……仕方ないな……」

 

 俺は差し出されたコントローラー受け取って部長の横に座る。いつも通り、結局こうなってしまうのか……。

 

 

「あっ、でもこのゲームマルチプレイ非対応だからね」

「まさかの一人プレイ専用!? 俺にコントローラーを差し出した意味は!?」

「あははー! ごめんごめーん」

 

 それでも悪くはない、いつも通りの放課後だ。

 



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2話 クラスメイト

細かいところは追い追い。


 日常というのは、移り変わっていくもの。

 

 そんな変化してばっかりのものが日常──当たり前だなんて、少しおかしい気がする。

 だがしかし、そんな日々の変化に慣れていくと、きっとそれが日常の一部に溶け込んでいくんだろう。変化したことに気づかないままに。

 

 当たり前だと思っていたものがなくなって、今までなかったものがいつのまにか当たり前になっている。

 気づかないままにそんな変化が訪れているなんて、日常というものに対して妙な不安を覚えてしまう。

 

 そして当然、俺もその変化に気づくことができない。

 

 天文部。

 

 一年前のあの日から、俺の日常へと溶け込んできたもの。気がつけばそこに行くのが当たり前になっているものだ。

 わざわざ毎日部室に行く必要なんてないのだが、何故か毎日足を運んでしまう場所。

 これこそまさしく、天文部が俺の日常といっていい存在になっているのだろう。

 

「ねぇ在原、あんた今日暇でしょ?」

 

 放課後。その日常通りに部室に向かおうと、ガヤガヤと賑やかな廊下に出たところで、クラスメイトに呼び止められる。

 

「……なんだ、赤メッシュか」

「あ?」

「すみません」

 

 クラスメイトの赤メッ……美竹蘭。一年の頃から同じクラスの少女だ。

 

「……それで、なんだって?」

「……。あんた、暇でしょ? この後みんなでゲーセン行くから、あんたも来てよ」

 

 何の用かと思えばこのメッシュ、俺が暇だという前提でゲーセンへのお誘いをしてきやがった。なんで俺が暇だと決めつけてんだよ、こいつは。

 

 だがしかし。

 

 残念ながら俺は部活動という()()を過ごさなくてはならない。

 美竹には悪いが、断らせてもらおう。

 

「悪いが俺には部活があるんだよ」

「部活? ああ、ゲーム部」

「ゲーム部じゃない! 天文部だ!!」

 

 なぜ外部の美竹に、俺たちがまるでゲーム部かのような活動をしてることがバレてる……? い、いや、ゲーム部じゃないぞ。天文部だ。

 

「部室にゲームばっかり置いて天文要素のカケラもないのによく言うね」

「おっと、それ以上はダメだ! それ以上天文部を貶すと俺は怒るぞ!」

「その部名を一番貶してるのはあんたたち部員だと思うんだけど……」

「違う! 俺はあの部をあるべき方向に戻そうと──」

「とか言って、あんたも日菜さんとゲームして遊んでるじゃん」

「うぐっ!」

 

 美竹の口から出てくるその言葉は、俺にとって痛いくらいに突き刺さる言葉だった。

 たしかに、俺は天文部をその名にふさわしいものにするために努力はしているものの、いつも部長に流されて一緒にゲームをしてしまう。

 故に、俺たち天文部の活動内容はゲームプレイで一色だ。これじゃあゲーム部と呼ばれても仕方がない部分はある。

 

「……まあいいけど。てかどうせゲームするだけなら、あたしたちとゲーセン行くのとそんな変わんないじゃん」

「は? なに言ってんだお前? ゲーセンでゲームするのと部室でゲームするのとでは天と地ほどの差があるだろうが」

「……あんたこそなに言ってんの」

 

 どうやら美竹には、ゲーセンのアーケードゲームと家庭用ゲームでは、プレイする敷居が全然違うということをわかっていないらしい。

 

「いいか。まず家庭用ゲームはその名の通り、基本的には家などでやるゲームだ。それ故に、一度金を払えばずっと遊べるし、誰にも見られずにプレイできるから比較的気楽に遊びやすいんだ」

「まあうん、わかるけど……」

 

 家庭用──といっても、俺たちがやっている場所は部室だが。

 

「それに対してアーケードゲームは、直接ゲームセンターに行かなきゃプレイできない。1プレイにワンコインとかで遊べるから敷居はそんなに高くないけど、あそこにはいかんせん人の目というものがある。並んでいたら次を譲らなくてはならないし、プレイをずっと見られるし、その上ひとりでゲーセンにいると『え、なにあの人。ひとりでゲーセンきてるんですけど〜。ぼっちかよ〜〜』と言いたげなJKの目線がある。そんな場所で、気楽に遊べるわけがないだろ」

「…………」

 

 ゲーセンの悪いところはそこだ。人目がある。

 俺はゲームをするならなるべく知り合いだけで、静かな部屋で盛り上がりたいのだ。

 あんな人だらけ、騒音だらけの場所はどうにも好かない。

 

「よくわかんないけど、とりあえずあんたが友達作るのに向いてない性格してるのだけはわかった」

「いやお前にだけは言われたくねーよ、赤メッシュ」

 

 美竹だって友達作るの向いてないじゃんかよ。去年はどう見てもただのぼっちだったくせに。

 

「それで在原。結局来るの? 来ないの? みんなにはもう来るって言っちゃったんだけど」

「なにを勝手に……。てかみんなって誰だよ。それを聞いてないのにいくわけないだろ」

 

 とは言ったものの、どんなメンバーなのかは大体想像がつく。というか、その想像以外ありえないのだが。

 

「そりゃあ、いつものメンバーだけど」

「……知ってたよ」

「それで? どうすんの?」

「……いいや、今日はパス」

 

 俺のその返事は予想していなかったのか、美竹は少し驚いた表情をする。

 まあ確かに、俺がこいつからの誘いを断ることなんて珍しい。なんだかんだ言っても、結局最後は誘いに乗ってきた。だからこそ美竹も、若干の驚きを見せたのだろう。

 だがしかし、今日はすでに()()があるのだ。

 

「部長との約束があるんだよ」

「……あっそ。じゃあ仕方ないね」

「ああ。……悪いな」

「別に」

 

 軽く謝って、それを軽くあしらわれる。

 普段となんら変わらないつもりの俺たちの態度は、なんだか少しいつもと違った気がした。

 それは多分、俺が美竹の誘いを断ったから。いつもなら、絶対に断らないから。

 

「……それじゃあな、美竹。また明日」

「うん、また明日」

 

 そんな空気になんだか気まずくなって、俺は逃げるように別れの言葉を発する。

 美竹に背を向けて、部室に向けて歩みを進める。あまり部長を待たせていられない。

 

「……在原!」

 

 しかしその歩みは、背後からの呼び声に止められる。

 少し離れた距離で、美竹と対峙する。気がつけばもう、廊下には俺たち二人しかいなかった。

 

「……なんだ?」

「明日こそは、付き合ってよ?」

「……おうよ」

「うん、約束」

 

 このやりとりもまた、俺たちにしては珍しかった。

 いつも突発的に誘ってくる美竹と明日の約束をするなんて、今までにはなかったやりとりだ。

 

「じゃあな」

「うん」

 

 少しだけ、空気が軽くなった気がした。

 

 もう一度背を向けて、今度こそ部室を目指す。

 早く行こう。あんまり部長を待たせると、流石に怒られちまう。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

「──遅れてすみません、部長」

 

 部室に入って第一声、とりあえず部長に詫びの言葉をかける。

 あれでも一応部長なのだ。その部長様を待たせるなんて、あまり褒められたものではないだろう。

 さぞご立腹のことなんだろうが──。

 

「……部長?」

 

 だがしかし、帰ってきたのは静寂のみ。

 部室を見回してみても、部長の姿はどこにもなかった。なんだか少し、嫌な予感がする。

 

「まさか──」

 

 焦って携帯を取り出すと、メッセージアプリから通知が来ていた。案の定、相手は部長からだ。

 そのままメッセージアプリを起動して、部長とのトーク画面を表示する。

 

『ごっめーん! 今日仕事があった(笑)」

 

 部長らしい軽いノリと共に、今日は部活は無理だという旨の文章が送られて来ていた。

 

「…………」

 

 さっきの美竹とのやりとりが、なんだか無駄に思えて来た。

 どうせなら、もっと早く言ってくれよ……。いやまあ、通知に気づかなかった俺が悪いんだけど。

 こんなことなら、美竹の誘いに乗っとくんだった……。

 

 今更どうしようもない後悔をしながら、部室のモニターの電源を入れる。

 

 ──もう今日は一人でゲームをしよう。

 

 なんだかやるせない気持ちで、ゲームのコントローラーを握る。

 今日一日、部長との()()を楽しみにしていただけに、脱力感が強かった。

 

 

 結局今日も、いつも通りの日常だ。

 

 



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3話 先輩

「──ごめんね! また仕事が入っちゃって……」

 

 いつも通りの放課後。

 俺は部室へ向かおうとして教室を出たところ、ばったりと部長と会った。

 どうやら部長は俺に用があったみたいで、挨拶をする間も無く用件を告げた。

 

「いえ、俺は別に大丈夫ですけど」

 

 昨日と同じく、部長は仕事で部活に出られないらしい。

 別に部長がいなければ活動できないわけでもないし、いちいちこうやって謝らなくてもいいのに。

 

「ごめんね、また今度ゲーム付き合ってあげるから!」

 

 部長はそう言って廊下を走り去っていく。

 急いでいるのなら、尚更謝っている場合ではないだろうに。

 それでも直に会って謝ってくれるのが、部長なんだが。昨日のように例外はあるけど。

 

「……付き合っているのは俺の方でしょう」

 

 遠ざかっていく部長の背中に向けて、そんな愚痴をこぼしてみる。いつも貴女のゲームに付き合っているのは、俺じゃないですか。

 まあ、別にそれが嫌だというわけでもない。

 実際俺だって、案外楽しめているのだから。

 

「しかし、どうしたものか」

 

 今日も部長がいないとなると、部活に行ったとこでどうせ暇するんだろう。

 それに昨日も一人だったし、ゲームをするのも飽きてきた。

 やっぱゲームってのは、複数人でやるのが一番だな。

 

 となると、これからどうするか。

 別に帰ったっていいんだが、家には大したものはない。ベッドに潜って、昼寝するくらいしかない。

 

「──あれ、直哉?」

「ん?」

 

 割と真剣にどうしようか悩んでいると、背後から名前を呼ばれた。

 

「リサ先輩……と、友希那先輩?」

「どしたの、ぼーっとして」

 

 振り返るとそこには二人の先輩が立っていた。

 今井リサと、湊友希那。

 俺が一年の時に、少し世話になった人たちだ。

 

「いや、ちょっと暇になったんでこれからどうしようか悩んでたところです」

「悩むのは別に構わないのだけど、こんな廊下のど真ん中でぼーっと立たれると迷惑よ」

「ああ、すみません……」

「まあまあ、友希那」

 

 なんか怒られた。

 相変わらず、友希那先輩はキツい人だ。

 

「それに、誰かがぶつかってきたらどうするのかしら。ただでさえ貴方は──」

「ああ、はいはい、大丈夫ですって。すみません」

 

 長くなりそうだから、適当に話を打ち切る。

 友希那先輩、こうなると結構うるさいんだよなぁ。もちろん、それが俺のことを考えてのことなのはわかってはいるけど。

 

「それで? 暇になったって、部活はどうしたの? 普段はずっと日菜と一緒じゃん」

 

 リサ先輩にそう聞かれて、素直に答えようか一瞬悩む。

 部長が仕事だから今日は部活に行かない、なんて言えば、なんだが部長目的で部活やってると思われそうだ。

 

「部長は今日お仕事らしいですから。部活に行ったって、どうせ俺一人で暇するんですよ」

 

 まあ、結局素直に言うのだが。

 

「ふーん。そっか」

 

 聞いておきながら、リサ先輩はあんまり興味なさそうだ。

 

「……俺のことはいいとして、お二人は? 今日もバンドの練習ですか?」

 

 二人はRoseliaとかいうバンドを組んでいる。

 本格派だと聞くが、正直俺にとってはどうでもいいことだった。

 何度か友希那先輩にライブにも誘われたのだが、全て断っている。

 興味本位で行ってみよう、なんて気持ちは一切ない。彼女たちが何をしていようが興味ない。

 

「その予定だったんだけどねー。なんか紗夜が別の予定入っちゃったみたいで」

「ふーん。そうなんですね」

 

 今度は俺がその態度をする。聞いておいてなんだが、大した興味も湧いてこなかった。

 

「……ってことはさ、今日は直哉もアタシたちと同じで、やることがないってことだよね」

「まあ、そうですね」

 

 そう答えると、リサ先輩はニヤリと笑った。……なんだか嫌な予感がする。

 

「じゃあさ、アタシたちと買い物に行こうよ」

「えー……」

「嫌そうな顔しない! それに直哉、いつか行くって約束してたでしょ?」

 

 そういえば、そんな約束してたなぁ……。

 前も同じように誘われて、めんどくさかったから、また今度って約束したんだった。まさかしっかりと覚えていたとは。

 

「確かにしましたけど……二人の買い物付き合うのめんどくさいんだよなぁ」

「本音出てるわよ」

「おっと、失言」

「あはは……素直だね」

 

 そうは言っても、実際にめんどくさいんだから仕方がない。

 友希那先輩はもともとショッピングなんて柄じゃないからいいんだけど、リサ先輩はもう完全にそれだ。

 リサ先輩の買い物は、とにかく長い。それはもうショッピングするために生きているんじゃないかと思うくらいにだ。

 ……いや、それは流石に嘘だわ。けれどもまあ、それくらいには長いからめんどくさい。

 

「まあ、無理にとは言わないけど」

 

 どうしようかと頭を捻らせていると、リサ先輩がそんな言葉をかけてくれた。

 せっかくこう言ってくれたんだ、しっかりと甘えさせてもらおう。なんか、凄くノリの悪いやつみたいだけど、まあいいや。めんどくさいという気持ちには勝てない。

 

「そんなに答えが出せないのなら、私が選択肢を作ってあげるわ」

「へ?」

 

 ──それじゃ、今日は遠慮しておきます。

 そう言って断ろうと決めたところで、今度は友希那先輩がそんなことを言いだした。

 友希那先輩の提示する選択肢とか、どうせロクなものじゃないんだろうなぁ。

 

「……選択肢、とは?」

「私たちと一緒に行くか、私たちと一緒に来るか。どっちかを選びなさい」

「なるほど。つまり俺に選択肢などなかったということか……」

 

 これは酷い。

 一緒に行くか、一緒に来るか。もうそれ一緒じゃねーかよ。選択の余地がないぞ。

 

「……わかりましたよ。一緒に行きます」

「そっちでいいのね?」

「どっちも一緒だろ」

「あはは……」

 

 ふざけてんのかな、この人。思わずタメ語で突っ込んでしまったぞ。リサ先輩とかもう笑ってるだけだし。

 

 

 ──何はともあれ。

 暇だったのは事実だし、先輩たちと一緒にいるのはそれはそれで楽しいから、本気で嫌だってわけではない。

 ただ少し、リサ先輩の買い物が長くてめんどくさいってことと、友希那先輩が若干ウザいってだけだ。

 

「はあ……」

「直哉、ホントに大丈夫? 別に無理しなくても……」

「ああ、いや、そういうわけじゃないです。ただリサ先輩に付き合うのめんどくさいなぁってだけで」

「不満タラタラだね」

 

 

 部長。やっぱり俺の学園生活は、貴女とゲームをしている時が一番平和みたいです。

 

「直哉と出かけるの、久しぶりだなー」

「そうね」

 

 けれども、楽しそうな先輩たちを見ると、これも悪くないと思ってしまう。

 なんとも俺は、ちょろい人間なんだろうか。

 

 

 



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4話 活動報告

久々


「──この前俺と約束したよなぁ、お前。今日までには絶対にこれを書いて提出するって」

 

 少しイライラした様子でそう言った担任のその手には、グシャグシャになった小さなプリントが握られている。しかもそれは俺がついさっき渡したばかりのプリントだ。

 俺は帰りのホームルームが終わるとすぐに担任に呼び出され、このプリントを出せと言われたのだ。だから適当に鞄を探して出てきたプリントを出したけど、それは担任に渡してすぐに、握り潰されてしまった。

 

「そうでしたっけ?」

「お前、喧嘩売ってんのか? まさか覚えてないとか言うなよ」

「いや……すみません、よく覚えてないです」

「は? お前なぁ……」

 

 そうしてため息を吐かれ、呆れられてしまう。そう言われれば、なんとなく覚えているような気がする。その約束とかいうのが。

 

 担任の手に握られているそのプリントは、所謂部活の活動報告的なやつだ。

 担任が言うには、先週の俺にそれを書いて今日までに渡すように言ってあったらしい。いまいち記憶に残っていないけど

 ただまあ、ずっと鞄に入れてあったから、何かを書いて出さなきゃいけないというのはなんとなく覚えていたんだけど……。しかしそれが部の活動報告で、さらに今日までの期限付きだったとは。

 

「在原、わかってるのか? これ提出しないと部活が出来なくなるんだぞ」

 

 この活動報告なんてもの、普通はそれぞれの部活の部員に一々書かせたりなんてしないのだが、どうやら俺の部は少し特別らしい。

 というのも、俺の部活──天文部にはどういうわけか今現在顧問がいないのと、部員が俺と部長の二人しかいない。

 部活動をする最低条件である一定数の部員と、顧問。その両方の条件すら満たしていない俺たち天文部は、本来ならば即刻活動休止になるべきなのだ。

 しかしこれもどういうわけか、その活動報告とかいうものを書いて提出するだけで部の存続を認めてくれているらしい。

 なんていうか、その程度で許してくれるって、やっぱりあの部は何処かおかしい気がする。

 

「これは在原、お前が書かないとダメなんだよ。わかったら、明日こそ書いて渡せよ」

 

 そう言って担任はグシャグシャになったプリントを突き返して出て行ってしまう。いやこのプリント、あんたが握り潰してくれたおかげで絶対書きにくいだろ。

 まあ、こうなった原因は俺にあるんだけど。

 

「在原、何言われたの」

「ああ、赤メッシュ。いやさ、大したことじゃないんだけど」

「ちょっと待って。あたしにはその呼び名が既に大したことなんだけど、もしかして喧嘩売ってる?」

「いえ、とんでもないです。ごめんなさい」

 

 俺の口からナチュラルに出てきた喧嘩をそのまま売ろうとしたが、彼女の気迫にびびって秒で取り消す。なんとも情けない。

 

「まあ、いいけど……それで、何言われたの?」

 

 気を取り直して俺は、何故か教室の後ろの方で見ていたらしい赤メッ……美竹に、部の活動報告の話をする。

 しかしそれを聞いた美竹はさっきの担任と同じように、呆れたようにため息を吐いた。

 

「それくらい適当に書けばいいじゃん。普段の部活での様子とかをさ」

「それくらいってお前、本当にこの学園の天文部の実態を知ってて言ってるのか? ゲームしかしてないのに、そんなの書けるわけないだろ!」

「なんであたしが怒られてるの……。ていうか、それがわかってるなら普通に天文部らしいことしなよ」

「いやいや、それが出来たら苦労しないだろ、喧嘩売ってるのか!」

「だからなんであたしが怒られてるの」

 

 なんて茶番は置いておいて。

 俺たちは別に天文的なことを全くしていないというわけではない。一応最低限それらしいことはしている。

 といっても、極たまに部長の気分が乗った時に天体観測とかなんとかやろうとするくらいだけども。

 

「ていうか、それってあんたが書かないといけないの? そういうのは普通、部長とかが書くものでしょ」

「いや、今まではそうだったんだけどさ……」

 

 美竹の言う通り、確かに今までは部長が書いて出していたらしい。

 俺は部長がそんなの書いてるところなんて見たことないから、全然知らなかったのだが、少し前からそうやって部長が書いていたおかげで天文部はなんとか続けることが出来ていたみたいだ。

 しかし今になって部長の文章では、具体さが欠けているらしく、それでもう一人の部員である俺に書かせろという話になったらしい。ずっと部長の書いたやつで良しとしてきたくせに、随分と今更すぎる気がするけど。

 

「まあ色々あるんだよ。今の天文部自体本来はグレーだから、文句は言えないし。……ったく、本当に何を書けばいいのやら」

 

 そう言って俺は、グシャグシャになったプリントを広げる。まともに活動なんてしていないのに、こんなものどうやって書けばいいんだよ。

 なんて文句を言ってみたって、そんなのまともに部活をしていない俺たちが悪いに決まっているわけで。

 だから俺には文句を言う権利すらないのだ。自業自得ってやつだ。多分。

 

「そういうのって、嘘でもなんでも取り敢えず書いとけばいいんじゃない? 顧問がいないんだから、絶対に嘘ってわかるわけじゃないし」

 

 悩む俺に対して、珍しくそんな助言を出してくれる美竹を思わず見つめてしまう。

 美竹は俺たちのことをあまり良く思ってないみたいだから、そんな風に言ってくれる美竹はなんだか新鮮だった。ていうか意外と優しいんだよな、こいつは。

 

「……なに?」

「いや、別に」

 

 それを言ったら、絶対に怒るだろうから言わないけど。

 

「嘘って言ってもなぁ。具体的にって言われたから、難しいな……。めんどうだから明日にしようかな」

「でもさ、それって明日までに出さないといけないんでしょ? だったら今日中に書いておいたほうがいいんじゃないの。今まで日菜さんが書いてたなら、本人に聞けば色々教えてくれるでしょ」

「まあそうだな……。うん、部室行って部長に色々聞いてみる。サンキュ、美竹」

「あ、ちょっと在原、その前に話が……! って、聞いてないし……」

 

 美竹の反応を待たずに、俺は部室へと走る。今日は部長もいるだろうし、これを書く上でのアドバイスとかもらおう。多分役に立たないと思うが。

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

「んー、そんなのテキトーに天体観測って書いてたらいいんじゃないかな?」

「いやぁ……期待はしてなかったけども、相変わらずですね。言ってることも、やってることも」

 

 部室へやってきて早速部長に聞いてみたのだが、予想通り全く役に立たないアドバイスをもらった。それもソファに寝転び、お菓子を食べ、ゲームをしながらという態度で。

 

「まあまあ、そんなの後でいーからさ。一緒にゲームしようよ、直哉くん」

 

 部長は身体を起こして座り直すと、自分の隣をぽんぽんと叩く。その仕草が少し可愛らしい。

 普段なら、なんだかんだ言いつつ一緒にゲームをしてしまうのだが、今日だけは譲れない。だってこの問題を放っておくと、もう二度と部長とゲームをすることがなくなるのだから。

 ……それだと俺もゲームをすることが目的になってないか? いや、どっちにしろ、今は天文部そのものの危機なのだ。そんな細かいことは気にしないほうがいいか。

 

「ですから部長、明日までにこれを書かないとそうやってゲームをすることが出来なくなるんですよ? ちゃんと考えてくださいよ」

「えー? でも実際、天文部だったらそれくらいしか書くことないんじゃないかなー」

「普通の天文部だったらそれが許されたんでしょうね、きっと」

 

 ここの天文部は実質ゲーム部だ。そんな嘘を書いてもすぐバレるだろう。となると、今まで部長がどんなことをこれに書いていたのかがさらに気になるが。

 

「天文部らしくないもんねー、あたしたち」

「そうなってるのは誰のせいですか、誰の」

「直哉くん」

「おれ!?」

「あははは! 面白いねー、直哉くんは!」

「なにがやねん!!」

 

 本当に何が面白いんだ、全く。

 ……とにかく、部長はこんなんだから役に立たない。やはりここは自分で考えるしかないようだ。

 そう思って俺は部屋の奥にある普通の椅子に座り真剣に考える。具体的に、と言われても正直困る。それは仮に、俺たちが普通に活動してたとしてもだ。

 だってこの紙の俺が書く欄、一言分くらいしかないんだから。それなのに具体的とか言われても困る。本当に部長は今まで何を書いていたんだ……?

 

「ねー、直哉くーん」

「…………」

「直哉くーん?」

「…………」

 

 部長に対して失礼だとは思うが、ここは無視する。どうせ一緒にゲームをしようという誘いだろう。いくら部長の頼みといえど、今はこの問題が最優先だ。

 

「直哉くん」

「…………」

「……えいっ」

「ふぇっ!!?」

「あっ、反応した」

 

 無視を決め込んでいると、突然部長が後ろから抱きついてきた。

 

「ぶ、ぶちょう!? なにするんですか!?」

「直哉くんが無視するからだよー?」

「だ、だからって抱きつかなくても! 離れてください!」

「えー、嫌なの? あたしはこのままがいいなー」

「え、な、なにを言って、ぶ、部長……?」

「あはは、直哉くん動揺しすぎー!」

 

 そう言って部長は俺から離れる。少し名残惜し……くはないが! 誰にも見られてないから良かったけど、しかし色々柔らかくて、色々危なかった……。

 

「直哉くんは面白いねー」

「からかわないでくださいよ、ホント……心臓に悪いですから」

「じゃあ次はゆっくり抱きつくね」

「いや、そういうことじゃ……」

 

 次があるのか。いや、別に期待してないけど! ……でもあるんだとしたら、やっぱりいきなりはやめて欲しいな。

 

「……それで? どうしたんですか」

「ゲームしようよ」

「ブレないなぁ」

 

 言いながら、部長の手からゲームを受け取る。有名な格闘ゲームだった。

 

「対戦しよう、対戦」

「でも部長、俺先にこれ書かないと……」

「このゲームであたしに勝ったら、あたしが書いてあげるよ。それ」

「え、マジで。……いやいや、でもこれ俺が書けって言われてて……」

「大丈夫だって。ちゃんと直哉くんの字でそれっぽいこと書くからさー。やろうよ」

「うーん」

 

 正直、魅力的な提案ではあった。部長なら俺の字を真似ることなんて容易にできるだろうし、その辺も含めて上手いこと誤魔化してくれるだろう。

 

「……1回だけですよ」

「やった! それじゃ、早く早く!」

 

 少し考えた末、その提案を受けることにした。

 実際のところ、部長にやってもらうほうが早くて楽だし。部長は勝つつもりでいるんだろうが、残念ながら俺はこのゲームをかなりやり込んでいる。部長には悪いが、さっさと終わらせてこの紙を書いてもらおう。

 

「負けても文句は言わないでくださいよ、部長」

「案外やる気だね、直哉くん。あたしも負けないよー!」

 

 

 

 そうしてゲームを始めて数時間──。

 

 

 

「──もう1回! もう1回だけ!」

「直哉くん、それ言って何回目かわかってる?」

「お願いしますって! あと1回だけですから!」

 

 ボロ負けしていた。その事実を俺は受け入れられず、もう何度も再戦をお願いしているが、それでも全く勝てなかった。信じがたい。

 

「ほら直哉くん、活動報告書かなくていいの? 今なら邪魔しないよ。なんなら、あたしが書いてあげるから」

「そんなんどうでもいいんですよ! このゲームで部長に勝つことのほうが重要です!」

 

 珍しく部長のほうが呆れているが、それでも構わず再戦を申し込む。まさか、ここまで完璧に負け続けるとは思わなかった。このゲーム、本当にやり込んでいるのに。

 

「でもほら、そろそろ帰らないと怒られちゃうよ?」

「あと1回出来ますって! やってあげますから、お願いします!」

「なんでちょっと直哉くんが譲歩するみたいな言い方なのかな」

 

 確かに、そろそろ下校しないと怒られる。でもこのまま帰れば、プライドが……俺の数少ない得意なゲームなのに……。

 

「そんなにあたしに勝ちたいんだったら、もう違うゲームで対戦しようよ。ね?」

「俺はこのゲームで勝ちたいんですよ……」

「まあまあそう言わずに。ほらこれ。面白いんだよー」

「いやこれノベルゲーム! どうやって対戦するねん!!」

 

 対戦以前に1人用だし。てか部長、こういうのもやるんだ。てっきりアクションゲームばっかりかと。

 

「……仕方ないなー。あと1回だけだよ?」

「マジですか! ありがとうございます!」

 

 そう言って部長の優しさで、泣きの1回が始まった。結果は負けた。それも瞬殺で。今まで1番ひどい負け方だった。

 

「ぶちょお……」

「ほらほら、帰るよ直哉くん!」

 

 部長に引っ張られて部室を出る。

 結局活動報告は部長に書いてもらうことになって、ことなきを得た。自分が勝ったのに報告まで書いてくれて、部長の優しさが余計に辛かった。

 

 

 

 

 



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