吸血鬼で魔法使いの少女は遊びたい ( 夕凪)
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第一章 紅き館の主の妹
さて、起きるか


 西洋の方にある遠い何処かに、先祖の名前だけが一人歩きし、全世界にその名を轟かせた吸血鬼が存在した。

 眷属を増やし、世界中に子や家族、友人を作り、誰もがその名を聞けば畏怖し、称え、膝をついて頭を下げたと言う。

 しかし、ある日、自身は家族と自分の安寧のために現世から姿を消した。

 

 

 表から消えたはずの赤く大きな館。

 その敷地の一角に、屋敷とほぼ同等な存在感を持つ大図書館がある。

 そこには数百年という人間では殆どあり得ない時を生きている魔女が住んでおり、ほとんど外に姿を見せないことから、動かずの魔女と呼ばれている。

 

 そんな彼女が管理している大図書館の、さらにそのまた一角に。

 天井に設けられた窓からの光は木々が生えたからか届かず、何故か恐怖心を煽られる薄暗い空間に、特殊な魔法陣が刻まれた鉄の扉があった。

 

 その扉の先は、屋敷で唯一地下へと続く道があり、さらにその中には鉄格子の扉に奥で魔法と魔術の複合により、厳重に封印された部屋がある。

 

 

 私はその封印された部屋で、体感的には大体五百年と少し、内側から外に出られてないように幽閉されていた。

 なぜ大体の年月が分かるかとの問いには、部屋の上の方にある小窓から、ギリギリ入ってくる太陽の光の差し込んだり引っ込んだりする回数を数えたからだ。

 

 では、誰がこんな虐待的なことをしたのだろうか。

 

 答えは至極簡単、私の実の姉であり、現在のこの屋敷、紅魔館当主―――レミリア・スカーレットである。

 

 なぜ私をここに閉じ込めたかと言うと、この世界に来るきっかけとなったとある事件。

 私が力を使用して実の両親を殺してしまったことが原因だった。

 私の両親という事は、姉の両親でもある。

 だからと言って嫌いになったとしても、流石に幽閉(これ)はやり過ぎだろう。

 

 

 遊び道具もない、話し相手もいない。

 あるのは一枚の扉と、無駄に大きなベットと、定期的に持ってこられる血液入りスープ(食事)だけ。

 ご飯のためだけに、扉から館のメイドが顔を出すのだけが生活する中での唯一の変化である。

 

 

 正直、なんの面白みも無い。

 

 

 閉じ込めた張本人が数百年前に訪れた時に、未だに幽閉している理由をそれとなく尋ねてみたところ、「力がいつ暴走するか分からない。次に暴走すれば、吸血鬼最強の私でも止められない」とのことで、私の力とやらに怯えて閉じ込めていたのだと。

 自分で最強と名乗りながら、怯えているとはまた面白い。

 最強とは何なのかを、一夜ぐらい議論してみたいものだ。

 瞳が揺れていたので、それ以外の理由もありそうだが。

 

 

 さて、私が力を振るうことになった事件の詳細を軽く説明しておこう。

 とある日に有名な吸血鬼一族である私達を、これまた有名な吸血鬼ハンターが殺そうとした。

 

 人間と吸血鬼。

 基本的な身体能力の差は大きく、吸血鬼には血液を使った攻撃や治癒の力がある。

 人間からすれば、とても攻撃できるような相手ではなく、恐れて敬うことしかできなかった。

 

 だが、いつしか吸血鬼を殺すことを専門にした仕事人が現れたのだ。

 彼らは何処から仕入れたのか、吸血鬼の弱点を知っており、それを確実に突くことで復活させること無く吸血鬼をこの世から消し去ることを目的としていた。

 次々と吸血鬼を殺していく彼らに、私達は警戒していたが、遂にこの館にも来てしまったのだ。

 

 私の父は吸血鬼の始祖とか呼ばれていた。

 実は結構有名な吸血鬼だったのだ。

 そんな有名人を、ハンターが見逃すはずもなく、深夜に奇襲をかける形で襲ってきた。

 もちろん両親は抵抗し、私達は隠れるように言われた。

 

 だが、奴らは思った以上に強くしぶとくて、母を狙った時の父のちょっとした隙を見て、一斉攻撃を仕掛けたのだ。

 もちろん回避するが、その先には私達が隠れていた扉棚があり、父は焦る。

 仕方なく自衛用に、私が隠していた技を使ったのだった。

 

 ただ、その使用したタイミングと方向が悪かったようで、射線上にたまたま重なってしまった母親に直撃したのだ。

 

 正直、やばいと思った。

 

 なんせ同族を殺したのだ。ここで生き残ったとしても、〈仲間は絶対に見捨てないし、傷つけない〉という家訓を破った私は、ただでは済まない。

 家訓を破った父は厳しく、既に何人もの裏切り者が抹殺されてきたことを知っている。

 流石に死にたくない私は、焦りからかいつでも使用できるように待機させていた能力を解放してしまったのだ。

 

 結果として、ハンターは全滅。

 一族は族長であった私の父を含め、半数が亡くなった。

 族長がいなくなったことで、戦力も大幅に落ちたこの一族は、遅かれ早かれ他の吸血鬼一族か吸血鬼ハンターに滅ぼされてしまうだろう。

 

 姉は、その戦闘後に自分を新たな当主として宣言し、私を地下に閉じ込めた。

 私が人前で初めて能力を施行した時、母親が死んだ直後で、閉じ込めた張本人である姉には扱え切れない、そう思ってしまったのだ。

 

 

 駄目だ。

 近くにあった適当な本の内容を真似て、遠回しな言い方をしてみたが、上手くいかないや。

 言葉って、難しいなぁ。

 

 

 話を戻そう。

 

 

 流石にあの光景だけで、こんなに長い期間も幽閉するなんて頭がどうかしている。

 いくら私が同じ長寿の吸血鬼だからとは言え、長すぎると思う。

 

 確かにあの時は、母親が目の前で死んでしまう光景を見て、やらかしたその焦りと次に自分が狙われるという自己防御のために、つい能力を使ってしまった。

 だが、暴走したわけでもないし、焦っていたとはいえ、それでも対象は定めていたし、暴発したなんてこともない。

 

 姉の、完全な早とちりだ。

 

 幽閉されることに対して、強く否定しなっかた私も悪いのだが。

 

 

 ではこの五百年、何をしていたのか。ただ無下に時間を過ごしていたのか。

 

 いや、断じて違う。

 

 五百年もあれば、力の細部制御なんてとっくにマスターできるし、さらには新たなる力や技術、技を習得できる。

 

 たしか、山ぐらいなら一瞬で平らにできる魔法があったはず。

 周りを火の海に変えてしまう兵器召喚とかもあったかな。

 太陽の光を収束して打ち出す攻撃方法もあったような気がする。

 

 まあ、今覚えている限り、私を超えるものは居ないだろう。

 

 この館から出たことが無いから、もしかしたら外にはいるかもしれないけど。

 私が知っている強い奴と言えば、お姉様か美鈴ぐらいだし。

 

 

 

 

 さてさて、もうここら辺で分かる人は察していると思うけど、私の名前はフランドール・スカーレット。

 

 恐ろしい吸血鬼の末裔の一人で、この館の現当主の妹。

 

 自身の能力を制御できないと思われているので、地下に幽閉された哀れで可哀想な吸血鬼。

 容姿としては幼く、七色の宝石がアクセントの羽さえ隠せば、金髪の美少女だ。

 姉は蝙蝠みたいな羽をしているが、私はどうやら変異種とかいうやつらしい。

 一体何がどうすれば羽から宝石が生えるのか、考えても見たが過去のいざこざや血の繋がりを確認することが出来ないため分からない。

 自分で言っていたら、馬鹿みたいだが。

 

 

 さて、此処で重要なのが()()()()()()()()()と思われていたところである。

 

 もう一度説明させてもらうと。

 

 吸血鬼ハンターが束になってこの館に乗り込んできた時に、母親の死を自身の手で起こし、目の前で父親の死を知ってしまった私は、全てを壊してしまった。

 間違えたとはいえ、親を殺して動揺しない子供など居ないだろう、つい無意識のうちにやってしまったのだ。

 だがもちろん、相手は定めていたし、頭が真っ白になって形振り構わず力を使ったわけではない。

 

 しかし、その時の様子を見ていた姉が、その強大な力に畏怖し、母親の死を見て暴発したものと判断して幽閉した、と言う訳。

 

 

 正直に言って、親が亡くなった時よりも、そちらの方がイラっと来てしまった。

 

 

 なんせ、何の説明もなく唐突に涙を堪えた目で、「貴方が自由に出来るところを作るから、少しの間はここに居てね?」なんて言われてしまったら、流石の私でも言い返せない。

 普段のカリスマ性からは程遠い姿を見せられたら、無理だ。

 

 だが、目の中に恐怖の色が浮かんでいるのが、正面から見たら分かる。

 それが、さらに怒りを煽った。

 

 

 まあ、過去話を今更しても意味がないので、置いておく。

 

 

 

 

 さて、私が此処までいろいろと話を伸ばしてきたが、最終的に何が言いたいかと言うと。

 

 

 心境を言うのなら、なのである。

 

 

 もう五百年以上も、こんな薄暗くて定期的に食事だけが運ばれてくる刑務所みたいな所に居れば、やることが無くなるのは明白。

 お姉様や美鈴が玩具やら人形やら本やらを持ってくるが、どれも小さな子に向けたもので、私の趣味に合うものはなかった。

 私を何歳だと思ってるんだろうか?

 

 ただ会いに来るもの全員が暇つぶしになるような物を持ってこなかった訳ではなく、たまに私をここに封印するために結界を張った魔女が、魔法の本や錬金術の本を持ってきてくれるので、それで時間を潰していた。

 

 

 それでも、渡された本のその全てを読んでしまい、習得してしまった。

 

 

 吸血鬼が苦手とする流水や太陽の光。

 それを込めた結界でこの部屋を囲んでいるようだが、そんなもので私を封じられたと思っているのなら、それは勘違いも甚だしい。

 

 出ようと思えば簡単に出れる。

 だって、力を使えばどんな有象無象でも破壊できてしまうのだから。

 

 それでも今までそうしなかったのは、お姉様に大きな迷惑と心配の種を植え付けてしまうと思ったからだ。

 

 だが、ここまで来ると、自分の欲望には勝てなかった。

 

 まさか自分の唯一の弱点が、暇になる事だとは思わなかった。

 

 私は徐に、扉の方へと手を伸ばす。

 自分の能力──〈ありとあらゆるモノを破壊する程度の能力〉を使うために。

 

 万物には、そのモノがそれとして存在出来る()()()()()がある。

 モノが壊れたり廃れたりする原理は、その目が時間が経つにつれ人間と同じように、衰えていき、いずれは崩れていく。

 そして、私はそれを視認し、制御することが出来るというわけだ。

 

 これが、どういった意味を持つか分かるだろうか。

 

 答えは簡単。

 

 伸ばしていた手で、扉の目を掴む。

 そして、握りつぶした。

 

「ぎゅっとして、ドカーンってね」

 

 瞬間、自らひび割れが入り、バラバラに砕け散る扉。

 その先には、上へと続く階段が一つ。

 

「さて、お姉様におはようを言いに行かないと」

 

 もう五百年も眠っていたわけだし。

 今が朝か昼かは、分からないけど。

 

 崩れた扉の修復?

 いつの間にかメイドたちが勝手に直しているでしょ。

 なんか沢山居るみたいだし。

 

 さて、行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館最上階に位置するお姉様の部屋、そこに続く廊下を進む。

 最上階とか、一番襲撃しやすい場所になるのだが、なんでそんなところに自室を設けたのか。

 

 廊下を歩きながら視界を何処に向けても、メイド服を来た妖精が入り、こちらに気づくと怯えて早々と去っていくのが幾度となく繰り返される。

 そんなに私が怖いのか、一体どんな風に私を伝えているのか気になるな。後で問いたださないと。

 

 しかし、ここは一体いつから妖精たちの量産場になったのだろうか。

 

 メイド服を着ていることから、此処で雇っていることは明らかなのだろう。

 だが、その数がおかしいのと此処に住んでいる家族()にまで伝えないのはどういう了見だ、もしかして私は家族として認識されていない?

 それはそれで、少し凹む。

 

 まあそれも後で問いただすとして、だとしたら、あの子には悪いことをした。

 

 実は図書館を出てすぐの曲がり角で、急に目の前に飛び出してきた妖精とぶつかり、無意識のうちに防衛反応で亡き者としてしまったのだ。

 近くにいたもう一人の緑髪の妖精が「チルノちゃ──ん」と叫んでいたから、多分殺ってしまった妖精の名前だったんだろう。

 

 そう言えば、あいつら二人ははメイド服を着ていなかったような……。

 まあ、いいや。後日会えた時に謝ればいい。

 確か妖精は〈一回休み〉とか言う制度で、次の日になれば復活してくるとなんかの本で読んだ。

 

 今はまず、お姉様に会わないと。

 

 私は手のひらに魔力を込め、壁が壊れない程度に思いっきり打ち込んだ。

 これまたどっかの兵器の本で読んだものの中に、潜水艦と呼ばれる外の世界の兵器があるらしい。

 それには敵の船を捉える探知機が備え付けられており、通常レーダーという。

 

 そのレーダーの知識応用で邸の中に魔力の波をを広げて探し回り、お姉様の部屋と思われるところを探し出すのだ。

 お、早速探知した。どうやら四部屋ある内の一室の中に四人の生体反応がある。

 多分、咲夜とパチュリー、お姉様と美鈴だろう。

 異様な魔力の高まりを感じるが、まあ私なら大丈夫だな。

 なんだって魔力が大きくても、私の足元にも及ばないんだから。

 

 

 

 

 お姉様の部屋は私がまだ外に出れた時より場所が変わっており、紅魔館の最上階に位置している。

 まああの姉の事だ。メイドに無茶な注文を通して、無理やりそこに移動したんだろう。

 お父様が仕事を行なっていた部屋に。

 

 なんで当主になった者は、みんな上に行きたがるんだろう?

 お父様の時も、無茶を言ってそこに移っていたなぁ。

 まあ、良いか。とりあえず。

 

「お姉様!おはよう!」

 

 私は扉を潰す勢いで、中に入った。

 ノックするのを忘れていたけど、まあいいか。身内だし。

 

「ふ、フラン!?」

 

 お姉様は目を見開いて。

 

「い、妹様!?」

 

 昨夜は驚いて。

 

「あなた、どうやって・・!」

 

 パチュリーはどこか悔しそうに。

 

「妹様!?」

 

 何故か小悪魔がいた。

 なんだろう、あの小悪魔。

 私は知らないのに、あっちは私のことを知っているようだ。気に食わない。

 

 中に入った時の私の瞳に捉えた光景は、私が入ってきた扉に対して、攻撃を加えようとしているところだった。多分、私がレーダー探知の為に漏らしていた魔力を感じ取っていたんだろう。

 

 四人は驚く。

 どうやら、私が出てきたことに対して、驚いているようだ。

 別に私も同じ館に住んでいるのだから、驚くことはないだろうに。

 

「あ、そっか……」

 

 私はわざとらしく忘れていたフリをして、魔力を抑える。

 これでは敵だと間違われてもおかしくない。まあ攻撃が飛んでこなかっただけ良しとしよう。

 もし攻撃されていたら、自動的に返り討ちにして紅魔館が少し縮んでしまうところだった。

 

「ごめんね、驚かせちゃった?」

 

 魔力が大きくなった原因は、幽閉されている長い期間中に魔法の研究やらをしていたおかげで、魔力が昔より格段に上がっているのだ。

 まだ意識しないと、力が外にあふれようとするのは少し面倒だったりする。

 

「……フラン、貴方どうして出てきたの!?」

「え?暇になったからに決まってるじゃん」

 

 私は何事も無かったかのように、お姉様のベットの上に座る。

 椅子が空いてないからね、仕方がない。

 椅子ぐらいもう少し用意しておけばいいのに。

 

「……扉とその周辺には魔法と結界があったはず、それをどうやって……」

 

 大図書館の管理人、パチュリーが封印について聞いてきた。

 

「ああ、それなら壊してきたよ。思っていた以上に簡単だった」

 

 私の部屋の扉には十八個の封印術式と対破壊性を持った魔法陣が描かれていた。

 仕掛けとしては内側が外側の対になっている魔法陣が破られると、吸血鬼が数時間ほど動けなくなるぐらいの魔法攻撃と精神魔術が展開され、その間にまた部屋に閉じ込め封印するという算段だったのだろう。

 普通の人間なら、間違いなく即死である。

 

 パチュリーは何も言わずに、膝から崩れ落ちた。

 どうやら自身の魔法が破られたことに、酷くショックを受けたようだ。

 小悪魔が居たたため、介抱されている。

 

 美鈴だと思っていたが、違っていた。

 

 図書館に一つ新たな生命体が住み着いていることは、レーダーの魔法思考の時に感じていたが、多分それが小悪魔だったのだろう。

 昔は人間より少し強いぐらいの魔力しかなかったのに、いつの間にか普段の美鈴と気が同じぐらいまで成長していたのだ。

 これはこれで、少し驚いた。

 

「妹様、もう大丈夫なのですか?」

 

 紅魔館の現メイド長である、咲夜が私に尋ねる。

 

「ん?何が?なんかあった?」

 

 咲夜はその返答に対して安堵する。お姉様も同様に。

 別に私は健康そのものなので、心配することなんてないのに。

 

「あ、もしかしてお姉様が五百年近くも私を地下に閉じ込めていたこと?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、お姉様の動きがぎこちなくなる。

 流石に何かしら思うところがあるのだろう、頭が下がり目元が見えなくなった。

 

「……フラン、私は貴方が嫌いとかそんなわけじゃないのよ」

「うん、分かってるよ。別に何とも思っていないし」

 

 嫌いだったら、この館を既に追い出されているだろうし。

 いや、私の力が表に出ないようにしていたことも考えられるか。

 

「そう、それなら―――」

「あ、でもお姉様を許すか許さないかはまた別のお話」

 

 当たり前だよね。一言目から言い訳に走ろうとするお姉様を、なんで許す必要があるのか。

 謝りの言葉の一つでも行ったのなら、考えていた余地もあったかもしれないが、少なくともここまでの数分間でその言葉出てこなかった。

 

 なら、その必要はない。

 

「私は今のところは許すつもりはない。まあ少しは考えてよお姉様。それでは、私は()()に戻るね」

「……フラン、待っt」

 

 呼び止めようとするお姉様の言葉を無視し、お姉様のベットを勢いよく飛び降りて部屋を出た。

 

 今更何を話すと言うのか。

 謝るのなら既に遅い。

 

 それにあそこはもうすでに幽閉場所ではなく、私の部屋みたいなものだ。

 いろんな研究成果もそこに置いてある。誰も簡単には見ることはできないだろうけど。

 

 さて、明日は外にでも行こうかな。

 

 

 



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外に行こう

 さて、昨日の今日だが、いよいよ外出しようと思う。

 

 長い間、薄暗い地下に居たのだ。幻想郷という見たことのない新しい世界にも来た。

 見たことのない外に、出たいという好奇心の欲求が生まれるのは必然だった。

 

 しかし、お姉様に一回聞いてみたところ、怯えながらも外出の許可は頑なにくれなかった。

 なんだかんだと理由をつけられたが、どうやら外に出た時の危険性をいろいろと語ってくれていたと思う。

 

 今の私に身の危険があるのかと言われれば、無い。

 だが、久々の外出なので、念には念を入れて魔法でいろいろと対策はしておく。

 太陽の光とか流水は既に克服済み、銀とかは触れたら腫れるほどで命の危険はないし、不意打ちの攻撃に対処できるようにしておくのも忘れてはいない。

 

 まあ、大体全てが自動反撃なので無意味になると思うが。

 今の私に攻撃をしてきたら、死ぬまで無数の反撃魔法が展開されて、この世から存在ごと消えてしまうだろう。

 

 そして私は今、再度お姉様に外に出るための許可を貰いに来ている。

 流石に罪悪感を残したとはいえ、一応この館の当主。別に外に出るのに、許可を貰わなくても行こうと思えばいけるが、しっかりと確認を取ることは、過程として大事だ。

 

 後から文句を言われても、お姉様が許可したんだと言えばいい。

 言葉は取っておくものだ。

 

「だから貴方が外に行くことは...って聞いてるの?フラン」

「ん?あ、ごめん。此処までの過程が長かったから、半分ぐらい聞いてないや」

 

 お姉様は何かといえば理由を付けて、私の行動を未だに抑えようとする。

 警戒していることは分かるのだが、いい加減にしてほしい。

 お姉様が感じるのは罪悪感と、それに対する償いだけでいいのだ。

 

「...そうね、あまり縛り付けるのは良くないと咲夜に言われたのを思い出したわ。なら、条件を付ければ外に出ても良いわよ」

 

 お、やっとだ、やっと先に進む。

 

 此処まで来るのに長々と話しながら、暗に外には出ることは駄目だと言っていたお姉様を、なんとか説き伏せることが出来た。

 咲夜に予めいろいろと吹き込んでおいて正解だった。

 またあの地下室に引き籠ることにはなりたくないからね。

 

 まあ、罪悪感という私にとっては便利な道具があるから、最悪それで半分脅すような形で外出の許可を取り付けても良かったのだが。

 外に出れることにはなったので良しとしよう。

 

 確か、外に出るには条件が必要なんだっけ。

 

「それで条件は?」

「条件はただ一つ、この館の門番である美鈴を連れて行くこと」

 

 門番を?

 あの寝ているだけのように見えて、意外としっかりしている門番を?

 紅魔館の元メイド長で、今は暇で寝てしまうような門番を?

 

「それだけ?」

「そう、それだけ」

 

 なんだ、案外簡単な条件じゃないか。

 

 美鈴を連れて行くことぐらいは全然問題ない。

 魔法の実験とか、錬金術を使うなら別だけど、今回は外に行って幻想郷を見回るだけなので大丈夫だ。

 

 それに少し美鈴にやって欲しいこともあったし。

 

「分かった、じゃあ行って来るね」

「ええ、いってらっしゃい。気を付けてね」

 

 

 こうして、私は外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹様、本当に大丈夫なんですか?」

 

 ゆっくりふらふらと飛んでいる私の横に、距離を縮めも離れもしない距離でついてくる美鈴。

 

「何が?」

「えっと……能力のことで―――」

 

 現在、美鈴と紅魔館前にある霧の湖を飛んで横断している。

 

 この湖に用件があるのかと言われれば、妖精以外で用なんてない。

 妖精も今のところは困っているわけでもないから、今のところ用事は無い。

 

 それでもゆっくり飛んでいる理由は、知らないことを知りたいから。

 別にそこまで大きな湖でも無いし、霧のせいで方向感覚が狂うようになっているが、魔法を使える時点で問題にはならない。

 ただ単に好奇心を常に満たしたいだけだ。

 

 美鈴が、私の能力が暴走しないかと心配しているようだが、お姉様あたりに説明されていないのだろうか。

 

「能力は大丈夫だよ、そもそも暴走はしてないからね」

「……という事は、お嬢様の早とちりだったと?」

 

 美鈴は頭の回転が早い。本棚の虫になっている魔女のそれと、いや、それ以上かもしれない。

 

 いつも寝ていて、毎回怒られている門番だとは思えない。

 その頭の良さを生かせれば、もっといい仕事にも就けただろうに。

 

 吸血鬼に捕まるとは……まあ、喋り相手になっていいんだけど。

 あと簡単に話を信じてしまうところとかは、どうにかした方がいいと思う。お姉様が今ここにいれば、美鈴なんて串刺しにされているだろう。

 

「そうだね、まあ紛らわしい感じにしてしまった私にも、落ち度はあるんだけど」

 

 あの時、はっきりと暴走していないことを伝えておけば、こうはなっていなかったかもしれない。

 お姉様のことだから、多分納得はしてくれないだろうけど。

 

 まあ、地下に閉じ込められていたおかげで、いろいろと学ぶ時間が出来たんだから結果的には良かったんだけどね。

 

「ねえ、美鈴」

「はい、なんでしょうか妹様?」

 

 私はふと気になった。

 

「そんなに気になることなの?私の能力」

 

 

 ―――ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。

 

 

 確かに使い方によっては大変なことになるだろう。

 それこそ悪用されれば人や物、世界、いや、星までも消すことが出来るだろう。

 

 私としては、さらさらそんなことをやるつもりも無いし、誰に何と思われようとも別に気にはしていない。

 悪用されるのならばしっかりと断り、力で支配しようとするのなら、それこそ壊してしまえばいい。

 

「そうですね……私ははっきりとは知らないので、何とも言えません」

 

 美鈴右頬を軽く引っ掻きながら、苦笑する。

 確かに、美鈴の前で能力を施行したことはなかったな。

 

 能力の話なんてされても、それなら分かるはずがないか。

 

 目の前で人間が粉々に爆発するところなんて見たら、それこそ精神的には耐えきれるものではないだろ。

 私はこの能力の性質上、すでに慣れてしまっていたが、初めて見るものからすれば異様なモノなのは間違いないだろう。

 

 実際に見てみたいと言うなら、ちょうどいい実験体が見つかったからそれで試してみてもいい。

 

「気になるなら、見たい?リンゴを潰すとか、そんな生半可なモノじゃないけど……」

「……いえ、大丈夫です。妹様の能力が強力なのはその魔力とオーラが物語っていますから」

 

 オーラね、言い換えるなら〈気〉ってやつか。確か、美鈴はそれを感知して敵かどうかを判断し、門番の仕事を行っているらしい。

 ちょっとその技術は気になるなるから、私も美鈴に教えてもらおうかな。

 

 気になると言えば、さっきから後ろの方に二つの生体反応がずっと付いて来ているのだが、彼らは気づかれていないと思っているのだろうか?

 

「―――妹様、気づいています?」

「うん、流石にあれだけ私達を凝視していたらね」

 

 穴があきそうなくらい見られていたら、感知範囲外でも気づくというものだ。

 あれ?よく見たら、隣にいるやつに見覚えがあるな...

 しかも、あっちの水色のやつも見たことがあるような...

 

 あ、あの時紅魔館にいた二人か。

 

 つい、無意識の内に亡き者にしてしまったやつ。

 まさか、本当に妖精が復活するとは思っていなかったけど。

 本で見た「妖精一回休みで復活説」は間違ってなかったようだ。

 

「ねぇ、貴方達は私達に何か用があるの?」

 

 いつまでも後ろをついて来られても鬱陶しいだけなので、此処で接点を持っておくことにする。

 

「あちゃー、バレてたか!」

「チルノちゃん!だから辞めておこうって……」

 

 緑色と水色の妖精が姿を見せる。

 水色の方はチルノと言うらしい。

 

「大ちゃんだって、実はノリノリだった」

「ちょ!?チルノちゃん!?」

 

 チルノと呼ばれる妖精は良く言えば天然、悪く言えば馬鹿なのだろう。

 大ちゃんと呼ばれた妖精は慌てふためいている。

 美鈴が先程からどう対応しても良いのか分からない様なので、此処は私が行くことにした。

 

「初めましてチルノに大ちゃん?」

「お前!私達の名前をなぜ知っている!」

「...チルノちゃん、さっきから喋ってたから聞こえてると思うよ」

 

 訂正、いや確定、チルノは馬鹿だ。

 頭のネジが何本か外れている正真正銘の馬鹿である。

 

 それに対して、あの大ちゃんと呼ばれる妖精は賢い。

 チルノと絡んでいるからか、騙されやすいような性格をしているが、先程から此方の方を睨むように見て何かを観察している。

 普段から、内に潜めているナニカがあるのだろう。

 

「私達の後ろを付いて来た理由は何?」

 

 第一村人発見といえど、妖精相手に時間をかけている暇は無い。

 単刀直入に聞いた方が早いだろう。

 

「あたいの縄張りに入ったからだぞ!」

「わ、私はチルノちゃんの付き添いで...」

 

 二人はそれぞれ答える。

 

 チルノの言う縄張りとは、この霧の湖周辺のことだろう。

 まさか妖精が、縄張りを持っているとは思わなかった。

 

 紅魔館も湖からそこまで遠く無いので、人が居なければ住み着くつもりだったのか。

 

「縄張りだったのね、気付かなくてごめんない」

「いいぞ、許してやるのだ!」

「ち、チルノちゃん、言い方が悪いよ...」

 

 あの大ちゃんとやらも大変だろう。

 頭で考えずに率直に言葉に出してしまうようなチルノと、いつも一緒にいるのだ。

 逃げ出してしまいたいとか思わないのだろうか、少し心を覗いてみることにする。

 

(チルノちゃん可愛い...チルノちゃんかっこいい...チルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃんチルノちゃん)

 

 おっと、これは不味い奴だ。

 これ以上覗いていると、此方まで飲み込まれてしまう可能性がある。

 中毒性まであるヤバイ奴だ。

 

 賢いと思っていたが、どうやらただ単にチルノに対して好意を持っているだけのようだ。

 それも途轍もなく重い想いを。

 

 表と裏の使い分けが上手い、上手過ぎる。

 

 外は広く、様々なモノに出会えると聞いていたが、まさかこの様なモノにまで会えるとは思っていなかった……。

 もしかして、無意識でやってしまったあの時も裏では恨みを持ってるのではないだろうか。

 

 ヤバイ、最強である吸血鬼に恐怖を与えるものがいるとは。

 お姉様あたりに本気で倒してもらおうかしら。

 

「そう、許してもらえたなら有り難い。これから行くところがあるから、また今度にでも遊びましょう?」

「おう!また今度な!」

 

 そう言って私達は進み始める。

 チルノ達は引き返す様で、付いてはこなかった。

 正直、あれ以上あそこにいれば、精神がおかしくなる。

 美鈴の方は全く気づいていないだろうけど。

 

 

 因みに、このやり取りはたった数分の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、大ちゃん」

「どうしたのチルノちゃん?」

 

 チルノはフランが去っていった方向を、睨むように見ている。

 まるで親を殺した仇を見るように。

 

 大ちゃんはその目を見て、チルノには何かがあると考えた。

 

「さっきの七色の羽を持った奴、なんだか可哀想」

「チルノちゃん?それは一体どういう……」

 

 さっきのフランドールとかいう吸血鬼の子が可哀想?何をいっているのだろうか、と大ちゃんは思う。

 

 吸血鬼なんて妖怪の最大戦力のようなモノに、可哀想なんて言葉は似合わない。

 地上を一度は支配していた、とまで言われる種族。

 

 可哀想とは、失礼だろう。

 

「……チルノちゃんは、どうしてそう思ったの?」

「分かんない。けど、そう思った」

 

 そう言ってチルノは、霧の湖方面へと飛び始める。

 その後を、急いで大ちゃんは追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧の湖を超え、魔法の森を超え、妖怪の山と呼ばれる所、少し道を歩いた先に人々が住む〈人里〉が存在する。

 

 魔法の森というのは勝手にそう名付けたのだが、合っているのかどうかは知らない。異様に魔力の残り香が多かったので、そう呼んでいる。

 

 早速、人里に着くと、は出入りは厳重に警備されていた。

 

 どの様な用事で此処にきたのか、何日滞在するのか、どこから来たのかなどが、事細やかに聞かれている。

 そしてそれが記録として残り、リスト化されて村の人々を把握している様だ。

 

「妹様、私達はどうしましょうか?」

「そうだね...別に素直に言ってもいいんだけど...」

 

 紅魔館に住んでいる吸血鬼と言えば、比較的楽に通れるのだろう。怖がれて。

 

 しかし、それだと問題がある。

 人間の中に階級や位、役職などがあるように、妖怪の中にも強さというランク付けがある。

 最弱なのは、意思を持たない有象無象の妖怪とも言い難い奴。

 そして、最強なのが、私達吸血鬼なのだ。規格外なのもいるが、そういう奴は範囲外。

 

 つまりは、私達はより警戒されることになる。

 

 人里の中で別に問題事を起こそうと考えてはいないのだが、人と言うのは恐怖や疑いを持ちやすい種族であるために、いつも何処からか視線を感じることになるのだ。

 

「美鈴一人なら行けるかも知れないけど、私は難しそうかな」

「そうですか...なら別のところに行きますか?」

「そうしようか」

 

 村へ入るための列から抜けて、来た道を戻る形で歩き始める。

 人里はまた今度にでも来ればいい、それまでに種族自体を変更できる何かしらの方法でも考えておくことにしよう。

 

 だが、これで行くところが無くなった。

 

 魔法の森を見回っても良いが、多分魔法使いなどが数人いるぐらいで、他に面白い所は無いだろう。

 他にも迷いの竹林だとか、妖怪の山などがあるが、何処も警戒心が強いようなので結局は振り出しに戻る。

 

「妹様、博麗神社はどうですか?」

「博麗神社?」

 

 博麗神社。

 

 確かこの世界には人知を超えた強さを誇る巫女が居ると、パチュリーに外に出る事を教えに行った時に、逆に教えてもらった記憶がある。

 幻想郷が出来た時から頂点として君臨しており、妖怪を退治し、人々を守るとされていた。

 

 今の博麗の巫女は、どちらかと言うと中立を保っているようだが。

 

「いいね、行ってみようか」

「しかし……提案した身ですが、心配で……」

「問題ないよ、敵情視察って奴さ」

 

 美鈴は、顔に苦笑いを浮かべる。

 私としては苦労する立場にいる門番なので、これぐらいの扱いでは問題ないだろうと判断し、その苦笑いに対しては反応しない。

 

「あ、そうだ。美鈴、なんかお土産買ってきて」

「お土産ですか?」

 

 流石に人様の家に上がるのに、土産の一つも無いなんて失礼だろう。

 

 さて、博麗の巫女がどの程度のレベルで、何故中立を保っているのか聞きに行こうか。

 



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博麗神社にて

少し遅くなりました。


 人里から続く道を少し進んだ先にT字路があり、右に曲がると小高い山の頂点へと登るための石階段がある。

 その階段手前には大きな鳥居が立っており、博麗と書かれたし神額が掛けられていた。

 

「この階段、結構長そうだなぁ」

「結構由緒正しい所ですし、空を飛んで行くのも失礼かと」

 

 そうなんだよね。

 多分、お姉様なら躊躇なく飛んで行くんだろうけど、こう言った場所には何かしらの霊的存在がいる事が多い。

 人々はそれを、謎の現象として大げさにしたり、怖がったりしている。

 

 だが、何も無いところで何かが起きることは無い。

 

 実際には幽霊や妖精、神様などが起こしているのだ。

 悪いことをする奴には、後に大きくなって返ってくる。

 逆に、良いことをした奴には、同じく大きな幸せが返ってくる。

 

 だから、こう言った霊的な場所では、礼儀を軽く見ず、しっかりとマナーを守ることが大切なのだ。

 階段の使用状況から見て、あまり利用されているようには見えないが。

 

「まあ、別に体力は問題ないから良いけどね」

「では、行きましょうか」

 

 私と美鈴は一礼をし、階段を登り始めた。

 

 

 

 ☯

 

 

 

 

「美鈴ー、早くー」

「は、はい、今行きます!」

 

 私、門番の美鈴は驚愕している事がある。

 

 地下から出てきたばかりの妹様が、いつも鍛えている私の体力を追い越していることに。

 いや、もはや追い越しているなんて言葉では収められないほどの、力の壁があることに。

 

 確かに種族の違いで、根本的な違いはあるだろう。

 五百年近く地下に過ごしていた吸血鬼ともなれば、私にでも武があると思っていた。

 

 だが、結果は違った。

 

 妹様が外出に行くと、私をお供にした時、無意識のうちに自分が必要かと考えてしまったのだ。

 

 

 ここで重要なのは、意識的にではなく無意識的だったこと。

 

 今まで意識的に考えたり思ったりすることはあったが、無意識で動くことはなかった。

 自分より強いツワモノにあったとしても、自分で考えて挑むか引くかを考えていた。

 無意識でモノを考えることは、我流であっての私でもあってはならないと思っている、

 

 何故なら、意識しているモノは認識することが出来ている。だが、無意識のモノは認識すらされていない、自分にとっての脅威以上のモノへとなるからだ。

 

 だが、身体が勝手に動くのだ。

 逃げろと忠告するかのように。

 

 紅魔館の主であるお嬢様にも感じなかった一種の本能的警告を、感じることになるとは思ってもいなかった。

 

「美鈴、どうしたの?考え事?」

「い、いえ、少し疲れただけですよ」

「ずっと門の前に立ってるだけだもんね、疲れるのも無理はないかな?」

 

 私は不意に話しかけらたことによる不自然な反応を、うまく誤魔化せたでしょうか。

 

 門の前に立ってると言っても、自身の鍛錬を怠ることはないので、体力には自信があります。

 それに妖怪である私が、階段を少し長く登るくらいで、疲れるはずがない。

 気づかれる可能性の方が大きいのですが、どうかうまく誤魔化せてますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 美鈴は私に何かしらの恐怖というか、警戒心を抱いている。

 それは、行動と口振りから察するに明らかだ。

 

 私が話しかけた時のあの反応の遅れも、私のことで何か深く考え事をしていたからだろう。

 日頃、門番しかしていない美鈴がそれ以外のことで、周りが見られなくなるほどの深い考え事に陥るはずがない。

 

 ならば、現状で考えられることは私に関すること以外あり得ないのだ。

 私、特に美鈴には何もしていないはずなんだけどなぁ。

 

 咲夜や小悪魔、お姉様やパチュリーが私を警戒するのは分かる。

 目の前で自慢の魔法と能力、正しいと思っていた行動が全て砕け散ったのだ。

 

 だが、美鈴は外にいて、しかも紅魔館に掛かっている魔法により、気付くはずがない。

 すると、考え事は門番のことになるのだが、今まで不服を申し立てた事がないことから、そうではない。

 

 ならば、ここ最近で起こった出来事で考えることは、やはり私のことしかないのだ。

 

「ねぇ、あんた達、登ってきて早々悪いんだけど、冷やかしなら帰ってくれない?」

 

 私が美鈴の行動に対して考察していると、少女の声が聞こえる。

 その方向に目を向けると、今回のお目当ての人物が居た。

 

「貴方が博麗の巫女?」

「ええ、そうよ。あの赤い館に住む吸血鬼さん?」

 

 赤いドレス調の巫女服を着て、振袖を靡かせ、お祓い棒を軽く振る。

 その姿は文献に書いてあった通り、博麗の巫女の姿だった。

 

 幻想郷の平和を守ることを務めとしている唯一の巫女。

 どれだけ相手が悪くとも、決して諦めることをせず、己を殺してでも幻想郷を守る〈調停者〉。

 恐れた妖怪たちと人間離れしたその力に恐れながらも感謝を注ぐ人間は、彼女のことを〈最凶〉だとか〈鬼巫女〉だと呼ぶ。

 

 裏の噂では、あまりの参拝客の無さに〈貧乏巫女〉と言われていたりもする。

 

「私が吸血鬼だって、なぜ分かったの?」

「あんたと似た格好をした奴が、私に堂々と宣戦布告しに来たからよ。ご丁寧に『博麗の巫女は噂だけが一人歩きしてる』とまでの挑発まで受けたわ」

「あー、それはきっとお姉様だね」

 

 私はこの後の展開と、その想像で苦笑いを浮かべる。

 お姉様は調子に乗ると直ぐに相手を煽る癖があったりする。

 考えがあっての行動なのだろうが、それでも注意もせず立ち向かっていくのは、ただの無謀だろう。

 

 私が出会ってきた中で一番強いものに喧嘩を売るなど、愚の骨頂だ。

 

「巫女さんは強いよね、多分誰よりも」

「そうね、ついさっき例外が見つかったけどその考えは合っているわ。それと、私、その呼び方好きじゃないのよね。霊夢、博麗霊夢と呼んでくれない?」

「あ、そういえば自己紹介してなかったね。私の名前はフラン、フランドール・スカーレット。貴方に喧嘩を売った吸血鬼の妹で、こっちは門番の紅 美鈴」

 

 美鈴が軽く頭を下げる。

 霊夢は気だるそうに軽く手を振ると、お祓い棒を袖に仕舞って、箒で掃除を再開した。

 どうやら警戒はされているけども、すぐさまの害はないと判断されたようだ。

 

「それで?何の用なの?」

 

 人の目を見ないで話をする様子は、やはり興味が薄いのだろう。

 噂通りの人物のようだ。

 

「幻想郷を見て回ってるんだ。私、ここで外に出るの初めてだし」

 

 瞬間、美鈴が苦笑し、霊夢の箒の擦る音が止まった。

 

「貴方、おかしなことを言うのね。あの館が来てから既に一年も経つのよ?もしかして何処かに隔離でもされていたの?」

「お、鋭いね。そうだよ、私は約五百年間も地下に幽閉されていたんだ。五百年もね」

 

 霊夢は箒を持ったまま、踵を返し神社の中へと入る。

 箒を立てかけ、少し奥の方に消えたかと思いきや、またすぐに戻り、三つの湯のみとお茶が入った急須を持ってきた。

 

「入りなさい。その話、詳しく聞かせてもらうわ」

 

 その顔には巫女としての仕事人の表情を浮かべていた。

 どうやら、何かしらの気持ちにスイッチが入ったらしい。

 

 それが、優しさからなのか調停者からなのかはわからない。

 

 だが、()()()()()()()()()だと言える。

 

「あ、お姉様が大変だろうなぁ」

 

 なんとなくそう思った。

 まあ、自業自得かな?

 




アドバイス、誤字脱字指摘などを頂けるとありがたいです。
感想、お願いします。


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紅霧異変と巫女

時間指定であげるのを忘れていました・・・



「能力の暴走ねぇ……」

「お姉様の勘違いなんだけどね」

 

 私が幽閉されていた理由を、いろいろと飛ばしながら説明した。

 その間、霊夢は一切口を入れず。

 美鈴は縁側でお茶を静かに飲んでいた。

 

 霊夢の目は既に鋭く、光があった。

 

「で、そのお姉さんは未だに罪悪感で悩んでいると。私のところに来た時は、そんな感じは無かったけど?」

「お姉様は要領がいいからね、いや容量がいいと言った方が正しいかも。昔は公私がはっきりと別れていたんだけど、今ではそれをする余裕がない感じ。余裕が無くなったと言っても良いね」

「今はまだなんとか保ってる、という訳ね」

 

 流石は博麗の巫女。

 頭の回転率と記憶力がずば抜けて高い。

 私の言いたいことをしっかりと分かってくれている。

 

 想像以上の人物だ。

 

「それで、今はそのお姉さんを脅して外に出てきたと」

「脅したなんてとんでもない、丁寧にお願いしたらだけだよ」

 

 脅すなんてことは、お姉様には通用しない。

 もしそんな事をしようものなら、圧倒的な力の差で抑えられてしまうだろう。

 力は強大なのだ。

 

 だから、私は自分の罪悪感を利用し、説得しただけ。

 脅すなんてことは出来ないのだ。

 

「ふーん、それで?。そこの妖怪は何のために貴方に付いてきているの?」

「私が外に出る条件として、誰かをお供に連れて行くことだったから、連れてきただけ」

「連れてきた、ねぇ・・・」

 

 霊夢は美鈴のことを、じっと観察する。

 衣服などで表面的には隠しても、その重圧感で分かる鍛えられた肉体。

 精神力を養えたのか、何事にも動じず、尚且つ周りに気を使う事ができるその本質。

 

 更に凄いのは、霊夢がこちらの方を見ている事に気付いている、という点だ。

 

 美鈴は、自分に向けられた意識を感じ取っている。

 武術を極める上で、必要な事だったので習得したのだ。

 だが、これが意識しなくても使えるようになるまでまでには、大変だったと聞いている。

 

「ねぇ、貴方、強いでしょ?」

「……どうしてそう思うのですか?」

 

 霊夢は美鈴へと質問をぶつけた。

 

「貴方のその佇まいからして、相当な手練れ。少なくとも何かしらの武術の心得がある」

「それだけでは、強いとは言えないのでは?」

「長い間、いろんな奴と戦ってきたから分かるのよ。貴方の普段は見せていないであろう強さが」

「……」

 

 霊夢はいつのまにかお祓い棒を手にしていた。

 美鈴はお茶を飲むだけで、動こうともしない。

 

「私と戦わない?」

「お断りします。私はあくまでも妹様の付き添い、戦いに来たのではありません」

 

 私は面白くなると思った。

 美鈴は普段からサボっているイメージが定着し、昨夜からはいつも怒られている。

 この幻想郷に、わざわざ吸血鬼の館に攻め込もうとする輩も居ないので、美鈴の戦いは殆ど見たことがない。

 

 これは見られるのではないか?

 

「美鈴、戦ってあげたら?」

「……妹様、戦う理由がありません」

「うーん、じゃあ―――『美鈴より霊夢の方が強いし、私が霊夢に殺されるかもしれない』って言ったらどうする?」

 

 私はここで挑発をする。

 美鈴は少し遠慮気味なところがあるのだ。

 

 お姉様の部下になったからか、お姉様の言ったことは基本的に全て必ず守る。

 だから、門番という仕事に対して自分なりにしっかりとやっているし、サボることはあっても辞めることはない。

 

 自由に暴れていた時とは大違いだ。

 

 だからだ。

 だからこそ、その全盛期とも言える姿を見たいと思った。

 

「お姉様との約束をすべて守る必要は無いんだよ。結局は自分は自分、他人の力ではどうにもならない時だってある」

「……私より、強い」

 

 もう少し、もう少しでいける。

 

「美鈴、どうしてもというのなら理由を作ってあげる」

「戦う理由……」

「『私は美鈴が戦っているところを見たい。そして楽しませろ』、これでいいでしょ?」

「……」

 

 美鈴は再び沈黙する。

 彼女の中では悩んでいるのだろう。

 

 戦うか、戦わないかを。

 

 本人は理由がないからと言っているが、実は理由など関係なしに戦いたいのだ。

 自分より強いと言われて、黙っていられるはずがない。

 

 だが、私は同時に紅魔館の門番でもある。

 今はこうして妹様の護衛を任されているが、それらが無ければ戦いに応じているだろう。

 

「美鈴、決めるなら直ぐに。迷っている時間なんて無いよ」

 

 その時、紅美鈴はフランがこう言っているように感じた。

 

 ―――自分の一番大事な選択の時も、こうやって迷うのか?

 

 美鈴は深く息を吐き、目を瞑る。

 そして、数十秒だった後に目を見開いた。

 

「紅魔館門番、紅美鈴、参ります!」

「博麗の巫女、博麗霊夢、いつでもどうぞ?」

 

 両者が境内で向かい合う。

 何か合図があれば、すぐにでも始まるだろう。

 

「ルールは相手を殺さないこと、それに反するような攻撃は禁止、それ以外は基本的に使っても問題ないってことでいい?」

「はい!」

「ええ」

「じゃあ、それでは……」

 

 私は結構お世話になってる錬金術で、小さな道端に落ちている石を模倣し、錬成する。

 そして、軽く真上に放り投げた。

 石は最初は高く跳び上がり、その後重力に反することなく、地へと帰ってくる。

 

 緊張の空気が張り詰めたところに、石が落ちる。

 境内の石道に打つかり、軽るそうな音を出した。

 

「―――始め!!!」

 

 その言葉に反応して、二人は瞬間に一撃を繰り出す。

 だが、どちらも小手調べの程度なので、ぶつかり合うだけで止まった。

 

「結構やるわね」

「そちらこそ」

 

 さあ、始まるぞ。

 私が知っている中で、強いと思った二人の戦いが。

 

 美鈴が構えを取り、一歩踏み出して突きを繰り出す。

 霊夢はそれを目視して、叩き躱しながら手刀を食らわせようとする。

 だが、それもまた身を躱し、別の攻撃へと繋がる。

 突き、手刀、殴り、蹴り、膝蹴り、鞭、叩き、そのどれもが繰り出され、交互に躱していく。

 

 その間、僅か5秒。

 

 終わった時には、二人ともが額から汗が吹き出ていた。

 

「やるわね、思った通りだわ」

「そちらこそ、流石は幻想郷一の強さ。認めないわけにはいきませんね」

 

 境内の彼方此方に傷やひび割れが入り、空な浮かんでいた雲は二人の気迫によって、二つに裂かれていた。

 

「まだ、続ける?」

「いえ、私の負けです。これ以上やっても勝てるイメージが湧かない」

「そう、私も久々に楽しめたわ」

 

 そう言って、互いに握手を交わす。

 そこで我慢していた笑いが抑えられなくなり、笑い過ぎたのか目尻に涙を浮かべていた。

 

「い、妹様?どうしたのですか?」

「いやぁ、ここまで白熱した戦いは久々に見たからね。つい興奮しちゃった」

 

 数秒間だけの戦闘だったけど。

 

「そ、そうなのですか?」

「うん。それに、そこの草むらの中で隠れてる子がバレバレでね。いつ出てくるのか待ってたけど、待てなかった」

 

 霊夢は私が指をさした方向を見る。

 そこには微妙に隠しきれていない、黒色の三角帽子が見えていた。

 

「……魔理沙、貴方はいつまでそこにいるつもり?」

「気づいてたのなら、もっと早く言ってくれよ…」

 

 魔理沙と呼ばれた金髪の少女は、苦笑いをしながら草むらから出てきた。

 魔法の粒子を感じることから、魔法をある程度納めていることが分かる。

 魔力の色から結構なんでも使える、オールラウンダーのようだ。

 

「やっぱり、霊夢の戦いは凄いな」

「当たり前よ、これでも幻想郷の異変を解決してるんだから。他より強くないなんてあり得ないわ」

 

 そう言い放つ霊夢だが、短い時間の戦いの中で何回か危ういところもあった。

 美鈴も、自身の弱さを分かったようで、なにかを必死に唱えている。

 

「なあ、霊夢。彼女らは誰なんだぜ?」

「私と戦っていたのが紅美鈴、そっちの宝石みたいな羽があるのがフランドール・スカーレット。私につい先ほど宣戦布告して来た姉の妹よ」

「私はフランドール・スカーレット。吸血鬼だよ、よろしくね」

「宣戦布告って……じゃあ、あいつらは敵じゃねえか!?」

 

 魔理沙はすぐさま、八角形の物体をこちらに向ける。

 見た感じは魔力で動く補助のような道具なのだが、見た目からして一点集中型の攻撃に用いるのだろう。

 

 瞬時に魔力が高まり、攻撃を開始しようとする魔理沙。

 だが、横から白い紙が先についた棒で射線を遮られる。

 そのお祓い棒で邪魔をしたのは、もちろん霊夢だ。

 

「霊夢、目の前に敵がいるんだぜ?」

「馬鹿ね、彼女たちは敵ではないわ。あくまでも姉がふっかけて来ただけで、関係ないのよ」

「だけどよ……」

「それに、私と戦った彼女はその宣戦布告して来た奴の住んでいる門番なの」

 

 おいおい……お姉様をやつ呼ばわりとは.

 本人がいたら泣き叫びながら、怒って飛び出して来そうだなぁ。

 

 ま、わたしには関係ないけど。

 

 なんの相談もなく、勝手に進めるお姉様なんて知らない。

 さっさと克服すれば良いのに、いつまでも家に引きこもるから悪い。

 今回の騒動が良い方に向かう事を祈るだけ。

 

「私たちは今回の事には一切関わってないよ」

「……その根拠は?」

「向こうのほうを見て」

 

 私が指を指した方向。

 そこは紅魔館がある方角。

 

 青空を徐々に赤く染めていく。

 既に赤い雲に覆われた部分は、太陽の光が通らず、暗くなっていた。

 

「……あれが今回の異変か?」

「多分ね。で、私たちがこっちにいるのにも関わらずお姉様は行動を開始した。つまりは私たちは関わりがない事、これで納得できた?」

「……」

「まあ、いいじゃない。そんな事。異変解決を邪魔するものは容赦なくぶっ飛ばせばいいだけでしょ。今までとなにも変わらないわ」

 

 霊夢は仕事モードに入ったようで、いつのまにか二つの陰陽玉を左右に展開して、空へと飛び立つ。

 魔理沙は私たちの方を数秒睨むように見つめていたが、霊夢の後を追うように箒に跨り飛んで行った。

 

「妹様、行かせてよろしかったのですか?」

「良いのよ。だって、楽しそうな事を仲間外れにするようなお姉様の味方なんて、嫌だもん」

「……お嬢様、私は門番として与えられた任務をどうすれば.」

「そんなの放棄すれば?お嬢様も美鈴を私のお供にしたことぐらい知ってるでしょうし。それにさっきの闘いで少し痛むんじゃない?」

「……流石は妹様です。実はさっきから左腕に上手く力が入らないんですよ。どうやら骨をやってしまったみたいで」

「なら、ここで少し休んで行こうか。霊夢達が戻ってくるまで」

 

 そう言って私と美鈴は、博麗神社の本堂の奥にある縁側へと腰を下ろした。

 

 

 

 金髪の少女、魔理沙は後にこのような話をする。

 

 霊夢とあの格闘家の試合はなにをやったのか、全然分からなかった。

 

 ―――あれが分かるとすれば、2人と同等かそれ以上の力を持つ者だけだろう。

 

 と。

 




遅くなり申し訳ございません。
いろいろと忙しくなってきたので、次の投稿がさらに遅くなる可能性があることをご了承ください。

アドバイスや誤字脱字等、感想などがありましたら、気軽にどうぞ。


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紅霧異変の始まり

 紅魔館の目の前にある湖。

 年中霧が発生しているため、<霧の湖>と呼ばれているその湖は、今は妖精たちの遊び場となっている。

 色々な弾幕が飛び交い、追いかけっこや戦いを楽しんでいた。

 

「なんか、空が赤くなったぞー!」

 

 そんな中、さっきまで仲間と弾幕ごっこを行っていた一匹の妖精が空の異常に気付く。

 その言葉につられて、次々と空を見上げ、色が変わっていることに十人十色の反応を見せた。

 

 中でも最初に気づいた氷の妖精が一番興奮していた。

 

「た、大変だー!」

 

 色が変わり、騒いでいた妖精の群れの中に、一匹の妖精が割って入る。

 全力で飛んできたのか、汗で服が濡れていた。

 

「どうかしたのかー?」

「は、博麗の巫女がこっちに来てるんだよ!!」

 

 瞬間、妖精たちの動きが止まった。

 顔を青ざめる者、ワクワクしている者、力を使って逃げようとする者、様々な反応があった。

 

 彼らにとって博麗の巫女とは畏怖する対象であり、同時にネタの宝庫でもある。

 妖精は一回休みの制度で、何度でも復活することが可能だが、それでも博麗の巫女が時々行う<狩り>は恐怖として心に刻まれているのだった。

 

「逃げよう!!」

『わぁ──ー!!』

 

 妖精たちは一斉に魔法の森の中へと逃げる。

 巫女に捕まっては、何をされるか分からないという恐怖からである。

 

 だが、そんな中、二匹の妖精は逃げ出そうとはしなかった。

 

 周りは皆が逃げてしまい、残ったのは赤く染まった霧と二匹の妖精だけ。

 氷の妖精こと<チルノ>と大妖精の<大ちゃん>だけである。

 

「大ちゃん、少しわくわくするね」

「チルノちゃん……、敵うわけないよ」

 

 チルノは大妖精の言葉を一切聞き入れず、今か今かと霊夢が来るのを待っていた。

 敵わないと言う大妖精も、他の妖精のように逃げることはせず、チルノと霊夢を待っていた。

 急いで草むらの中に隠れて、霊夢を待ち伏せする作戦へと移る。

 

「こんな所な建物なんてあるのかしら?」

 

 来た。

 霊夢の声を聞いたチルノは、内心ワクワクしながら霊夢が降りてくるのを待つ。

 手には一枚のスペルカードを用意して。

 

「……はぁ」

 

 霊夢は湖の岸に降り立つと、軽くため息を吐いた。

 ここまで飛んでくるのに一匹の妖怪を退治した疲れと、さっきから草むらよりこちらをみている二匹の妖精の視線に気づいたからだ。

 

 その草むらの方を横目で見ると、青色のリボンが少し見えていた。

 

 頭隠して尻隠さず。

 そんな言葉があったなと、霊夢は思いながら草むらへと近づいていく。

 

 霊夢が草むらの前まで来た。

 

「今だ!!」

 

 チルノは勢いよく飛び出しスペルカードを展開した。

 

 氷符"アイシクルフォール"

 

 チルノの前面へと氷の粒が生成され、次第に尖ったものへと変化し、射出された。

 当たれば全身が穴だらけになる致命的な攻撃だが、隠れていた場所を知っている霊夢は怯むこともなく、己の身体能力と勘だけで回避して対処する。

 

「なっ!?」

 

 チルノは回避されるとは思っておらず、驚いた。

 チルノ本人は自身のことを最強と歌っており、すぐに他人に勝負を仕掛ける癖がある。

 それを察したものたちがやられたフリなどをし、チルノを勝たせてあげるために、その行為がだんだんと誇張されてきたのだ。

 

 今回も最強である私が負けるはずがない、と人間の中で強者とされている博麗の巫女に勝負を仕掛けることにしたのだった。

 

 だが、実際。

 チルノは妖精の中では強い方だが、霊夢からすれば妖精という時点で弱い方でしかない。

 チルノのスペルカードも、見た限り当たれば致命傷になると見える。

 しかしよく見れば、弾幕の飛ばし方が単調であり、同じ場所に居続ければ当たらない安全地帯(セーフゾーン)と呼ばれる場所があったのだ。

 

 そんなことに気づかないほど、霊夢は鈍感ではない。

 さっさとその部分へと移動し、お札を用意する。

 

「……はぁ、貴方弱すぎ。やっぱり妖精如きは相手にならないわね」

「な、なんだと!!」

 

 チルノは霊夢の挑発に、簡単に乗ってしまう。

 霊夢は少しだけでも意識をそらすことができれば良いと思っていたが、妖精とはこれだけ単純なのかと、頭を振って深いため息を吐く。

 興奮したチルノにバレないようにお札を飛ばし、正四角形の立方体状に空間を形作る。

 そして、すかさずお札を起点とした結界を発動した。

 

「うわ!」

「どう? 自分の弾幕を自分で受ける感覚は?」

 

 チルノを囲ってしまった結界は、チルノ自身が発動していたスペルカードの弾幕を跳ね返した。

 その結果、跳ね返った弾幕はチルノへと飛んでいき、驚いたチルノが避けられるはずもなく、被弾していく。

 

「チルノちゃん!」

 

 それを見た大妖精が草むらから飛び出し、チルノへと向かう。

 味方が危険な状況に追い込まれるまで草むらから出てこなかったのはなかなかの策士だと思ったが、やはり実際に目の前にすると我慢できるはずがない。

 大妖精は結界によって隔たれ、チルノに近づくことは叶わない。

 

「無駄よ、その結界の中では何も出来ない」

 

 飛び出してきた大妖精に、霊夢は容赦なくお札を飛ばした。

 霊力を込められて飛ばされたお札は、途中で曲がる事なく、大妖精へと直撃した。

 

「きゃ!!」

「大ちゃん!! ってうわ!」

 

 ピチューン。

 そんな交換音が似合うように、塵へと姿を変えた二匹の妖精。

 霊夢は結界を解き、素早くお札を回収すると、目的地へと向かう。

 

「霧が濃いけど、こっちに何かあるわね」

 

 そう言って、霊夢は紅魔館の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「流石は霊夢、戦闘前に軽く体を温めて行くとは」

 

 所変わって、博麗神社。

 そこには異変を解決しに行った巫女の代わりに、一匹の吸血鬼と妖怪が居た。

 とは言っても、私と美鈴の事なのだが。

 

 お姉様相手といえど、その道中で霧によって増長した妖怪を軽くいなしていくその姿は、まさに鬼そのものである。

 お姉様など赤子同然でやられてしまうんだろうなぁ。

 

「妹様、これは一体どの様にして、霊夢さんを見ているのですか?」

 

 美鈴は怪我人だと言うのに、私が使った魔法に興味を示し、興奮していた。

 まあ怪我をした大半の原因は私にあるのだから、寝ているように強く言えない。

 

 美鈴は何かと好奇心旺盛な性格なので、自分が気になった事は正解が分かるまで探し続ける癖があったりするのだ。

 

「それはね、魔法を使って任意の場所を映し出すことができる。いわゆる投影魔法ってやつ」

 

 この魔法は元々は鏡などに付与して使われる空間系魔法の上級にあたる。でもそれでは使いにくいと思ったので、私が勝手に手を加えて、勝手に新しく作り直した。

 なのでこれは私のオリジナルと言ってもいい。

 

 覚えて作ってみた理由は、なんとなく遠い場所が見れればいいなぁと思っていた時に、ふと思い付いたからだ。

 まだ改良の余地はあるが、便利なので最近頻繁に使う様にしている。

 

 目の前に投影するためのスクリーンを作成し、任意の視点から任意の場所を写す。

 魔力の込め具合で、どこまでも映し出すことが出来、効率もそこまで悪くはない。

 

「妹様はなんでも出来るんですね..」

「私でも出来ないことはあるよ、でも出来ることは自分でやることにしたんだ。誰にも頼らずに生きる為に」

「……立派に成長しておられるのですね、妹様は」

 

 美鈴はフランの事を褒めて、霊夢が映るスクリーンの方へと目を向けた。

 

 私が成長しているだって?まあ、それはそうだろう。

 あれだけの時間があれば、寿命が短い人間でもない限り、何処までも成長していけるだろうからなぁ。

 

 だが、私が成長しすぎた訳じゃない。周りが成長しなさすぎているのだ。

 お姉様なんて、私が閉じ込められる前とほとんど変わっていない。

 逆に退化したんじゃないだろうか?

 

 私は正直、美鈴に勘付かれたのではないかと心配した。

 勘違いで気づかれてはいないようだが、これからは言動にも気を付けなければならないようだ。

 このまま、自身の目的がバレてしまえば、意味が無くなる。

 これは、バレてはならない、感づかれてはならない。

 他人だろうが、身内であろうが。

 

 私がやろうとしていることを。

 

 だが、まあまだ何もやるつもりはない。

 今はこの幸せな時間を謳歌するのだ。

 せっかく外にも出られたのだから、少しは自由にしてもいいだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()として、少しぐらいは楽しんでもいいよね?

 

 そうして、私もスクリーンへと目を向ける。

 ちょうど霊夢が紅魔館へと入った所だった。

 



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紅霧異変【前】

 紅魔館内部へと正門から堂々と入った霊夢は、内装に対して悪趣味だと感じていた。

 

 赤を基調とした壁に赤を少し暗めな感じにした柱、黒のミラータイルが敷き詰められている。

 よく分からない絵画などが飾られており、時々中の絵が動くやつもあった。

 

「これは目に悪いわ、さっさと帰りたい」

 

 袖から無造作にお札を取り出し、後ろと左右に放つ。

 放たれたお札は真っ直ぐ飛び、武装していた妖精メイド達に命中した。

 妖精たちはそのまま一回休みになる。

 

「妖精にメイド服……妖精なんて碌に使えないでしょうに」

 

 あんな雑魚共に何か出来る訳がない。

 遊ぶ事が仕事みたいなやつらに、メイドとしての仕事が果たして務まるのだろうか?

 

「ええ、だから私が出る事になるのよね」

 

 霊夢の言葉に何者かが返答する。

 霊夢は特に驚くこともなく、声がした方に顔を向けた。

 

 中央にある大きな階段の上に、銀髪を揺らし、足が見えるほどの短いスカートを着たメイドが立っていた。

 足や背中などに複数のナイフを所持しており、手元には銀の懐中時計を所持している。

 

「一応聞いておくわ、何者?」

 

 霊夢は右手で弄んでいたお祓い棒をメイドへと向ける。

 

「申し遅れました。私はこの館のメイド長、十六夜咲夜と申します。随分早く着いたのですね?博麗の巫女?」

 

 メイド、十六夜咲夜は相手から視線をはずさず、無駄な動きが一切なくお辞儀の動作を行なった。

 

「ええ、面倒なのは放置かすぐに片付けるのが手っ取り早いから。それに門番が居なかったし」

「……ああ、そういえば」

 

 咲夜は思い出す。

 レミリアが、美鈴をフランの同行者として指示されていたことを。

 

「はぁ……」

 

 咲夜は小さく溜息を漏らす。

 門番がいなければ内部に入ることなど簡単にできる。

 美鈴はあれでも結構強い部類に入るのだ。

 昨夜本人の口から褒めることはないだろうが、内心では高評価を頂けている事を美鈴は知らない。

 

「私を前にして溜息とは、いい度胸ね」

 

 咲夜のそのため息に、舐められているのかと、霊夢が少しだけイラついた態度を見せる。

 

「……ええ、これから行う掃除のことを考えれば尚更ね」

 

 侵入者に対して気を回すほどお人好しではない咲夜。

 

 彼女の言う掃除とはこれから散らかるであろう館の掃除。

 だが、霊夢にとっては自分のことを倒すと言われているに等しく、実際にそう感じ取っていた。

 

「言ってくれるわね」

 

 霊夢は霊力を込めたお札を三枚、昨夜の方へと飛ばす。

 咲夜はそれを軽々と避け、階段を飛び越えて一階の床へと降り立つ。

 

「へぇ、結構身体は軽いのね」

「ええ、ここではこれぐらい普通ですからね」

 

 そう言って咲夜はナイフを取り出し、霊夢へと投げた。

 なんの力も込められていないナイフは、霊夢の手によって簡単に掴まれ懐へと収められた。

 

「お土産として頂いておくわ」

 

 さっさとナイフを胸にしまい込んだ霊夢は、二枚のカードを取り出す。

 咲夜はそれを見て、なるほどと言葉を零した。

 

「幻想郷なら幻想郷なりのルールでって事ですね」

「らしいわ、私にとって妖怪なんて有象無象と大して変わらないのだけれどね」

 

 霊夢が取り出したカード、又の名をスペルカード。

 幻想郷の管理者が作り出したルールで、相手を殺すことを禁じた遊び。

 弱い人間でも妖怪と渡り合える様に作られた遊戯。

 製作者曰く、人と妖怪の数を合わせるための方法──だと。

 

「さて、それでは私も」

 

 咲夜も二枚のスペルカードを取り出し、無造作に持っていたナイフを宙へと放り投げた。

 綺麗な放物線を描き、重力に従って地面へと刺さる。

 

 そのナイフが突き刺さる瞬間、メイドと巫女は同時に動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹様、咲夜さんは霊夢さんに勝てますか?」

「うーん、どうだろう。いい勝負じゃない?」

 

 スクリーンを見て戦闘を行う二人に対して呟いた美鈴に、私は返答する。

 既に画面上では凄まじい数のナイフとお札が飛び交っていた。

 どちらも殺傷能力があり、常人なら当たれば致命傷になるだろう。

 たが、二人はそれぞれの弾幕を綺麗に躱し、一発の被弾もなく戦っている。

 

 互角と言っても過言ではないかもしれない。

 たが、美鈴は当たり前のように口を開いた。

 

「ですが、咲夜さんの方が有利ですよね?」

「どうしてそう思うの?」

 

 フランは尋ねる。

 美鈴は少し興奮して答える。

 

「フラン様はあまり分からないでしょうが、咲夜さんには〈時を操る程度の能力〉があります。これは文字通り、自分以外の全ての時間をストップしてしまうものです。咲夜さんが放ったナイフは先程から回収されて使い回されています。手数が多く、武器が尽きることが無い、咲夜さんの方が有利ではないですか?」

「時を操る……ねぇ」

 

 そう言えばやけに私がまだ外にいた時よりも紅魔館が広いと思ったら、咲夜の能力で広げていたのか。

 〝時とは時間のことであり、時間とは空間のことである。〟そんな言葉が書かれた魔法の書が図書館の何処かにあったような気がする。

 時間は空間やそこにある物や人が元々持つもので、それが無くなれば壊れることも動くこともできずに死ぬことも許されない。

 

 一時期、壊れることもないとの懐かしい言葉があったので調べてみたのだ。

 たが、動くことも死ぬこともできないと書かれていたのでそれでは面白く無いと思い、時間に関して触れるのをやめた。

 こんなにも身近なところに時間を操る者が居るとは思わなかったが、今からでも研究してみようか?

 

 いや、今更あのメイドに何を聞けば良いのだろうか。

 お姉様のメイドだからと適当にあしらってきたのに、私に対して絶対良からぬことを思っているはずなのに。

 まあ時間に関しては齧った程度でも、進めたり遅くしたりは出来るので、それだけでも良いような気はするが。

 

 ああ!なんで興味を持たなかったんだ、過去の私!

 

「……あの、妹様?」

「あー、だからあの時……いや、でもそれだと―――」

 

 時間を加えれば、もっと良い方法が思いつけただろうに。

 だけど、それだと私に対するリスクもあるなぁ。

 回避できないことも無いけど、それだと少しずつ遠回りになる。

 

「妹様!」

「んあ?ああ……美鈴、どうしたの?」

 

 おっと、少し考えこんでしまっていたようだ。

 興味があるものに集中してしまう私の悪い癖が出てしまった。

 一度、それで実験をミスってしまったことがあるので気を付けていたはずだったのだが……。

 

「何か考え事でも?」

「少し咲夜の能力について気になってね。体に負担かかりそうだし」

 

 美鈴に適当に考えた言葉を返す。

 私がやろうとしてる事には感づいていないが、バレれば止められるだろう。

 だからはぐらかすのだ。

 

「妹様もそう思いますか……私も少しは役に立ちたいのですが、咲夜さんはなんでも一人でこなしてしまいますからね……」

「……ふーん、そうなんだね」

 

 いや、知らないし。

 お姉様のメイドとしか思っていなかったから、別に負担がかかっているとか知らないし。

 

 メイドをやっている時点で忙しいのは明白であり、ろくに使えない妖精をメイドなんかにしている事で仕事が増えるのは当たり前だろう。

 今更それでどうにかならないかと考えるのはおかしい。それなら仕事量を減らすために最もまともなメイドを雇えばいいだけの話だ。

 咲夜以外にもメイドをする人間なんて、探せばいくらでもいるだろう。

 

 それをしないのは、お姉様の勝手な考えか、若しくは本人がこの忙しさを楽しんでいるかの二通り。

 他にもあるかもしれないが、本人に聞かないとわからない時点で、答えは出ない。

 

「妹様!咲夜さんに異変が!」

「ん?どうしたの?」

 

 私はスクリーンを覗く。

 そこに写っていたのは、得意げな顔の霊夢と傷だらけで壁に打ち付けられ座り込んでいる咲夜の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

「はああアァァ!!」

 

 咲夜はありったけのナイフを霊夢に向かって投げる。

 単純な攻撃ではなく、いろいろ小手先と技術を含めたやり方を使用し、暗殺に特化させた技。

 

 だが霊夢はその全てを躱し、札を投げ返す。

 咲夜はそれを難なく避けるのだが、先程から何故かお札が届いて来なかったりするのだった。

 

「……貴方、私のことナメてるの?」

「さあ?どうでしょうね?」

 

 霊夢は口元を笑わせながら言う。

 いつもの咲夜なら冷静な対応をするのだろうが、今の咲夜は冷静さを失っている。

 霊夢のその行動は効果抜群で、咲夜はナイフを手に持ちお得意の接近戦へと持っていく。

 

「流石は博麗の巫女、ね!」

 

 咲夜のナイフの斬撃を全て避け、平然と立っている霊夢。先ほどとは違い、お札などは投げたりしていなかった。

 その態度は更に咲夜から冷静さを失わせ、単調な攻撃が増えていく。

 

「でもこれは避けられないでしょう!!」

 

 咲夜は手に懐中時計を取り出した。

 霊夢はそれを見てもその場から動かなかった。

 

「『時よ、止まれ!』」

 

 瞬間、全ての色がモノクロへと変わり、咲夜だけの世界へと変わった。

 霊夢はその場で動かず立っていた状態で止まっている。その姿に咲夜は笑いながらナイフを首元に近づけた。

 

 その時の霊夢の表情はひどく無表情だった。

 

「────え?」

 

 咲夜は理解ができなかった。

 目の前に広がっていたはずのモノクロの世界が、咲夜だけの世界が鏡が割れるようにヒビが入り、時間が止まっていた世界が戻ったことに。

 しかも、咲夜の手足が何かに拘束され、力も使えなくなっていた。

 

「何よこれ!」

 

 咲夜は必死に解こうとするが、どう動いても手足の拘束は解けない。逆に締め付けが酷くなった気がした。

 

「そのままハマってくれるとは、意外な結末だったわ」

 

 霊夢は咲夜の目の前に立つとそんなことを呟く。

 そして一枚のカードを取り出した。

 

 咲夜は何をしたと聞きたかった。だが、体から力が抜けていき、口を開くことができなかった。

 

「──霊話『とある昔話』」

 

 霊夢のスペルカードが発動する。

 咲夜の目の前にいくつもの光線式の弾幕が生成され、それらが次々と重なる。

 次第に重なりが増えたところが真っ白になり、視認することができなくなってきた。

 

「じゃあね、また会いましょう?」

 

 霊夢はそう言って紅魔館の奥へと進む。

 

 次の瞬間には、咲夜の全身に鋭い痛みが走った。

 

「がああアァァッ!!」

 

 拘束された状態からの攻撃。

 そんなモノから逃げられる術は無く、咲夜はもろに食らった。

 全身が焼かれているように痛い、実際には焼けてないのだが痛い。

 

 霊夢が使ったスペルカードはたまたま思い付きで作ったものであり、特に意味は込められていない。

 だが、無意識のうちにカードには力が宿っていたのだ。

 

 巫女になんの対策もせず、戦いを望んだメイド長はなす術も無く、無様にやられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「やはりこうなるよね」

 

 フランは一人になった和室でスクリーンを見ながらお茶を啜る。美鈴が咲夜がやられた時に走って何処かに行ってしまい、独りぼっちとなったのだ。

 

「まあ、まだ戦えた方なんじゃない?」

 

 フランはそう言ってスクリーンを解除する。スクリーンの役目を果たしたモノは、ポリゴンが消えるように粉になって、空中へと消え去る。

 

 それを確認したフランは羽を目一杯広げ、飛び立つ準備をする。

 目標は紅魔館の屋上、多分お姉様ならそこで霊夢と戦うと考えたからだ。

 

「さぁて、行こうか」

 

 フランは紅魔館に向けて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔理沙は紅魔館の入り口で霊夢と別れた後、大図書館へと訪れていた。

 何故と問われると、魔法使いとしての直感と興味本位と答えるだろう。

 魔法使いにとって、本当は魔法の知識の元であり、それが魔法に直接関係なくとも、何かしらのアイデアをくれる。

 魔理沙が服の中にこっそり忍ばしている薬瓶の中身は、実は魔力に感知して光線を放つという代物だ。

 

「ここから魔力の反応がするから来てみたが……これはまた凄い量の本だな……」

 

 数百ともあろう本棚が全て埋まっており、その光景は圧巻だった。

 

 魔理沙はいま魔法の研究に勤しんでいる。

 だが、最近はその研究も滞りを見せており、自身の知識だけでは先に進めないと悩んでいた。

 そんな時にこの場所を見つけたのだ。期待するのは当たり前だった。

 

「あら、いつの間にやらネズミが入り込んだようね」

「パチュリー様、私が掃除しておきます」

「そう。よろしく」

 

 入口にて感動していた魔理沙だが、直線状に大図書館の主を見つける。

 紫色の長髪の少女と赤色の短髪の悪魔みたいな尻尾を付けた少女だ。

 彼女たちは何か会話をしたようだが、魔理沙は聞き取れずにいた。

 

 瞬間、悪魔みたいな少女が黒色の光線を魔理沙に向けて放った。

 

「うお!?」

 

 魔理沙は持ち前の動体視力と身体能力を生かして、間一髪でその攻撃を避ける。

 

「おい!突然何をするんだよ!!」

「あら、今のを躱しましたか。ですが、次はありませんよ?」

 

 悪魔少女は魔理沙に次々と光線を放つ。

 最初の一、二本は避けたが、三本目に直撃し爆発を起こした。

 

「掃除完了ですかね」

 

 そう言った悪魔少女は主の元へと戻ろうとする。

 

「ゴホ、けほ……。いやぁ、まさかまともに喰らってしまうとは……まだまだ私も精進が足りないようだな。霊夢に見られてたらどやされたところだぜ」

「!?……まさか私の攻撃を防いだ?」

 

 爆発による煙が霧散すると、魔理沙は無傷で立ち上がろうとしていた。

 彼女の傍には、いくつかのお札が落ちている。

 そのお札は、霊夢が作った結界の御札であり、その防御力は一級品である。

 魔理沙の相手を見ずに突撃することを心配に思い、霊夢が密かに魔理沙の服に仕込んでいたのだ。

 

「……そこそこやるようですね」

「おいおい、私は突然攻撃される覚えはないんだが?」

「私はここの管理を任されているのです。侵入者を発見したら、排除するのが当然では?」

「ここは一見様はお断りってか。確かのこの量の本を解放したら、監視が大変そうだな」

「減らず口を叩ける余裕をお持ちのようですね。貴方、名前は?」

 

 悪魔少女はそう言って、妖力を練り上げる。

 雑魚だと魔理沙は思っていたが、どう見ても大妖怪に匹敵しそうな妖力だった。

 

「……人に名前を尋ねる時は、まず自分からってのは知らないのか?」

「良く回る口ですね。私の名前は……そうですね、小悪魔とでも言っておきましょうか」

「あくまでも教える気は無いってか……私の名前は霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)だぜ!」

 

 そう言い放ち、魔理沙は薬瓶に魔力を通し、宙に放り投げる。

 薬瓶は空中で崩壊すると、小悪魔をターゲットとして白や黄色、緑色の光線を放った。

 

「魔道具ですか!やりますね!」

 

 悪魔少女、小悪魔はその攻撃を見て、喜びの声を上げる。

 どうやら彼女は主以外の魔法使いを見るのが初めてであり、新鮮だったのだ。

 

「しかし、私には通用しませんよ?」

 

 だが、すぐさま戦闘態勢に移ると、その光線を素手で弾く。

 弾かれた光線は本棚に当たるが、防御魔法でも貼ってあるのか、傷は一切付いていなかった。

 

「これを簡単に凌ぐのか……なら次はこれだ!」

 

 魔理沙は魔力を練り、弾幕を張る。

 小悪魔の動きから、近接戦闘になるのは避けようとした策だ。

 

 実際に、小悪魔はその弾幕を避けることに集中しており、近づいてくることは無かった。

 

「次!」

 

 別の薬瓶を取り出し七本ほど放り投げる。

 すると、魔理沙を中心に、七色の光線が小悪魔を襲った。

 

「いつまでも攻撃できると思わないことですね!」

 

 小悪魔はその光線を避けると、黒色の光線を二本放つ。

 魔理沙はその二本を相殺すると、箒に跨り、凄いスピードで小悪魔へと突っ込む。

 その後ろからは、星型の弾幕が大量に放たれていた。

 

「な!?」

「油断大敵だぜ!」

 

 小悪魔はまさか突っ込んでくると思っておらず、回避行動が間に合わない。

 すぐさま防御魔法を展開した。

 

「それを待ってた!スペルカード発動―――彗星〈ブレイジングスター〉」

 

 魔理沙は直ぐにスペルカードを取り出し発動する。

 その攻撃は真っ直ぐ突っ込むのだが、魔力を前方に展開し、破壊力を持たせることで、彗星のごとき高速攻撃なのだ。

 その速度はマッハを超えることもあるので、小悪魔には一瞬で目の前にきたように見えた。

 

「やば!?」

「逃がさねぇからな?」

 

 小悪魔は防御魔法の硬度をあげるが、時すでに遅し。

 魔理沙のブレイジングスターのほうが早く、防御魔法に魔力を展開する前に、小悪魔はやられてしまう。

 

「へぇ……」

 

 すると、静観を続けていた紫髪の少女が徐に立ち上がる。

 

「貴方、魔理沙だっけ?それだけの技量と技術には感動したわ」

「パチュリーって呼ばれてたな。褒めても何も出てこないぜ?」

「……だけど、まだまだ魔法使いと呼ぶには幼稚すぎる。本当の魔法ってのを見せてあげるわ」

 

 紫髪の少女、魔女のパチュリー・ノーレッジは本に魔力を通すと、大量の魔法陣と弾幕を展開する。

 その量は、さっきの魔理沙が出した弾幕量とは比べ物ならないほど多く、避けることだけで精いっぱいだった。

 

「なんだこの弾幕量は!?」

「これだけで驚いていては、命がいくつあっても足りないわよ?」

 

 パチュリーは次に火玉や水玉を弾幕に混ぜて発射し、土の壁を生成することで視界を遮りつつ、風魔法で弾幕を曲げて追尾させる。

 常時、七つ以上の魔法陣が展開されており、その全てを完璧な制御下に置いていることが分かる。

 

 魔法使いが同時に魔法を展開できるのは、上位技術とされており、才能があっても三つほどが限界である。

 理由は単純明快で、魔法の演算を行う脳が焼き切れるからだ。

 

 魔法の使用には魔力とイメージが必要となる。

 イメージが持てない魔法は魔力が霧散するか、暴走するかの二択であり、発動にかかる威力や制御などは全て術者が無意識のうちに計算して行う。

 それらの計算を行う演算領域を脳に持っており、それが限界を超えると神経が焼けて植物状態となるか、最悪死に至る。

 

 それをいとも簡単に七つ扱えるという事は、人間を辞めていることの証明だった。

 

「人間に扱える代物じゃないぞ!?」

「あら、私がいつ人間だと説明したかしら?」

「……人外でこの魔力か。魔法使いじゃないな。魔女か」

「魔女を知ってるのね。説明が省けて助かるわ」

 

 魔女は魔法使いを表す言葉として使われることが多い。

 だが、実際の魔女は種族であり、人間からでも進化して成ることができる種族でもある。

 魔法を使い、その深淵を辿る者のみが鳴ることができる魔法使いの境地だ。

 

「どうやって成ったのか、教えてもらいたいものだな」

「……魔女になっても、良いことなんて無いわ。長生きできる分、暇なだけよ」

 

 

 パチュリーは、雑談はこれで終わりと言わんばかりに、攻撃を強めた。

 



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紅霧異変【後】

「よく来たわね、博麗の巫女。歓迎するわ」

「無理矢理呼んだくせによく言うわ」

 

 咲夜を破った霊夢は今、この館の主人であるレミリア・スカーレットの元まで進んでいた。

 子供ぐらいの身長しかないレミリアだが、赤黒い王座に座っているその姿は王としての威圧感とオーラがある。

 霊夢の感は、彼女は強いと言うことを示していた。

 

「時間がかかるのは好きじゃないから単刀直入に言うわ。あの鬱陶しい霧を止めなさい。洗濯物が乾かなくて嫌なのよ」

「それはごめんない?だけどあれは止められないわね。私達が自由に外に出るためのものだから。聞いたことあるでしょう?吸血鬼は太陽の光があると焼けてしまうって」

「へぇ、あれ、本当だったんだ」

 

 レミリアは王座から飛び降り、霊夢と同じ高さまで降りる。

 霊夢はお祓い棒を持ち直し、お札を取り出す。

 

「それじゃあ始めましょうか」

「ええ」

 

 そしてレミリアは羽を大きく開き、霊夢はお祓い棒を振り払った。

 

「「楽しい(永い)夜になりそうね」」

 

 

 

 

 

 いやぁ、いつにも増して全力戦っているなぁ。まあ、館が潰れようが、私の部屋は潰れないから大丈夫だけど。

 だからと言って、こちらの方まで弾幕飛ばしてくるのはダメだよねぇ、流れ弾でも普通に届く威力は流石に危ない。まあ、私に飛んできたやつは勝手に潰れちゃうから良いんだけど。

 

 けどこのままだと面白くないんだよなぁ...。

 

 私だって、少しは楽しみたい。

 

 あ、そうだ。

 

「初符『インフィニティレーザー』」

 

 私はここに来るまでに、試しに作ってみたスペルカードを発動する。

 霊夢の邪魔はしないと言っていたのを思い出したので、全てのターゲットはお姉様にした。

 

 無数でいろんな色のレーザーが、お姉様の方に一直線光の尾を描きながら飛んでいく。

 お姉様はそれを察知したのか、全力で避けていき、私の方を睨みつけた。どうやら私が帰ってきていたことにも気づいていたらしい。

 相変わらずの察知能力の高さだ。

 

 あ、お姉様が来た。

 

「フラン!帰ってきて早々、どう言うつもりなの!?」

 

 あんまり怒ってはいないようだが、邪魔されたことに少し不機嫌のようだ。

 

「いやぁ、お姉様が余りにナメた戦いをしてるからね?だから少し難しくしてみた」

 

 私は霊夢に視線を送る。

 霊夢はため息を吐くが、その目にはもっとやれとあった。多分戦力が増えることは嬉しいのだろう。

 

「そういえばお姉様」

「何?フラン」

「この霧、なんなの?鬱陶しくない?」

「は!?」

 

 お姉様が目玉が飛び出るぐらい驚いていた。

 多分、理由としては私のために出したとか、思っているのだろう。

 別に私は日光など効かないんだけど、お姉様は知らない。教えてあげてもいいけど、教えるのが面倒いし良いや。

 

「別になくても良いんじゃない?」

「いや!必要でしょ!私達が自由に外に出れないじゃない!」

「私からすれば、どうでもいいんだけど」

「いやいや、吸血鬼の弱点は太陽だから...」

 

 私はお姉様をからかいながら、霊夢に視線を飛ばす。

 霊夢は私が言いたいことを察したようで、口元が笑っていた。

 

「ちょっと!フラン、聞いてるの!ッ!?」

 

 お姉様は背後から飛んできたお札を、右にズレることで避ける。

 私と話をしていても察知能力のおかげか避けることが出来るらしい。

 

「ちょっと!なんで攻撃するのよ!」

「私は異変解決にきただけ、姉妹喧嘩なら終わってからにしなさい」

「ちょ!?......まあ、確かにそうね。フラン、話は後よ。まずは博麗の巫女を一緒に倒しま「断る」しょ...え?」

 

 お姉様は驚いて私を見る。

 私はお姉様のそばを離れて霊夢の隣に立った。

 

「お姉様、忘れたの?まだ私、許してないよ?」

「!?」

 

 私は取り敢えずレーヴァテインを召喚する。赤く燃えた剣はいつもにも増して赤く輝いていた。

 

「ちょっと!フラン!?その話を今持ち出すの!?」

「頑張ってね?お姉様」

 

 そう言ってフランはレーヴァテインを握り、霊夢はお祓い棒に霊力を伝せる。

 

「さあ!一緒に遊んでくれる?」

「フランと戦うなんて...」

「勝てたら、コイン一個あげる」

「いや、私は別に戦いたいわけじゃ...って私の命安すぎない!?」

「あなたがコンテニューできないのさ!!」

 

 取り敢えず、私の本棚にあった説明書?と言う本のセリフをパクってみた。

 話が噛み合っていないように見えるけど、それはまあ後で考えよう。

 

「転符『繰り返される事象』」

「早速スペルカード!?」

 

 私はこの前作ったスペルカードを発動、霊夢はそれに対してお札を数百枚ほど飛ばした。一体どこにあんなに入るのだろうか?

 

 いくつもの小さな弾幕が大量に召喚され、お姉様だけに飛んでいく。

 

「ちょっと!?」

 

 お姉様はそれを、全力を持って避ける。先ほどみたいな余裕な心持ちはなく、避けることに必死になっていた。

 まあ霊夢の攻撃はともかく、私の攻撃はばら撒かれた弾幕のどれかに触れれば一瞬で吹き飛ぶ。

 

 吸血鬼だからすぐに回復できるだろうけど、それでも体力を削るのは得策ではないと考えているのだろう。

 まあ、存在も残らないかもしれないけどね。

 因みに、避けられた弾幕はそのまま反転し、更にお姉様に攻撃を仕掛けている。

 

「なんなのよ!この球!?」

「頑張れーお姉様ー、あっそうだ」

 

 私は手に持っていたレーヴァテインをお姉様に投げる。

 

「ちょ!」

 

 お姉様はそれを避けた。

 

「危ないじゃないの!」

「気を抜いたらもっと危ないよ?」

「何を言って...ッ!!」

 

 お姉様はまたしても回避行動を取る。その選択は正しかった。

 

 お姉様の背後から飛んできていたのだ、一本の剣が。

 

 赤く燃えた剣、レーヴァテインが。

 神の炎を宿した剣が。

 

「ま、まさか...」

「多分、お姉様が考えていることで正解だと思うよ」

 

 私はちょっとした思いつきでレーヴァテインに、現在発動しているスペルカードと同じ効果を与えてみた。

 最初、適当に魔法で的を作り、使ってみたが変化はなかった。

 何度も繰り返すうちに飽きてしまった私は、レーヴァテインを放り投げてみたのだ。

 

 すると、剣が自動的に戻ってくるではないか。

 なんとも新しい発見である。

 

 魔剣だから出来ることかもしれないが、それでも強いことには変わりない。変則的になった分、やりづらいだろうなぁ。

 

「あああアアッ!!もう!」

 

 お姉様は避けることしか出来なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔理沙はパチュリーの攻撃を回避し続けることしかできなかった。

 攻撃の手数は圧倒的な差で、魔理沙が一つの攻撃を行うころには、百の攻撃が帰ってくる。

 劣勢状態だった。

 

「そろそろ、諦めたら?」

「そっちこそ、私が諦めるのを、諦めたら、どうだ?」

「そんな息切れ状態で言われても、説得力は無いわよ」

 

 実際のところ、魔理沙の体力は限界に近づいてきている。

 ストックとして持っていた体力回復薬も既に使い果たしており、残るは今の体力のみ。

 気力と根性で耐え忍んでいるモノの、掠った攻撃も少なくは無い。

 

 人間で魔法使いである魔理沙と、魔女で魔法の深淵を探求しているパチュリーとでは、実力差が開けていた。

 

「コアにあったから、どれだけ強いかと思ったけど、案の定だったわね」

「おいおい、油断してるとこっちから行くぜ?」

 

 魔理沙は箒に付けていた八卦炉を取り、パチュリーに向ける。

 小悪魔を倒した技では近づけないことを理解し、遠距離の強力な攻撃で仕留めることにしたのだ。

 

「魔力の集まりが急激に増大してる……大技ってところね。受けて立ってあげるわ」

 

 パチュリーは全ての攻撃を取りやめ、防御魔法を展開する。

 その防御魔法は、小悪魔が使っていたモノよりも、より強固で、より分厚いモノだった。

 

「後悔するなよ?」

「さぁ、どうでしょうね?」

 

 魔理沙はそのまま八卦炉に魔力を送り続けて、臨界に達した。

 魔力は渦を形成し、その本流が光となって八卦炉から漏れる。

 その濃さは、触れたモノを跡形も消し去ってしまうほどのエネルギーとなっていた。

 

「いくぜ!!―――恋符〈マスタースパーク〉」

 

 スペルを発動すると、八卦炉はそのエネルギーを前方へと集めて、解放した。

 抑えられていたエネルギーは、逃げ道を見つけたことで、前方へとあり得ない速度で放たれ、本来は白色であった光も、七色に染まっていた。

 

 これが魔理沙の大技の一つである。

 圧倒的な魔力量で生み出されるその一撃は、当たらなくても相手の精神を破壊するような衝撃がくる。

 まさしく、最強な大技なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「飽きた」

 

 私はそう思ったので口にした。

 

 回避行動しかしなくなったお姉様を、一時間ほど眺めていた。

 右、左、右、左と交互に回避する光景を一時間も見ていた。

 

 そんな同じ光景を目にすれば、流石に飽きてくる。

 

「そろそろ終わらせようかな」

 

 私は掌を徐に、お姉様に向ける。

 

 能力を発動し、金色に輝く瞳で、お姉様を見る。

 お姉様の中心に、ひとつだけ赤色の目が現れた。

 

 そう、あれが私の言っていた、物体や万象を構成している根源である。

 

 流石はお姉様、魔力や抵抗力が人間とは比べ物にならない。下手すれば、こちらがその魔力に飲み込まれてしまいそうだった。

 

 だから、私は慎重に。

 

 慎重にお姉様の目を掌握下に置く。

 

 私の目にしか見えないそれを掴み、右手で軽く揉んだ。

 

「うぐ!?」

 

 瞬間、お姉様の体がフラつき、そのまま下に落ちた。

 

「霊夢!今!」

「たく......まともな終わらせな方は無かったの?」

 

 私の行った事をなんとなく察したのか、霊夢は軽く文句を愚痴りながらも、袖からカードを一枚取り出す。

 スペルカードを発動し、博麗の巫女に代々伝わる奥義の夢想封印を使用した。

 大きくなった赤と白の陰陽玉と七色の玉が、そのままお姉様が落ちていった場所へと打ち込まれ、地面が抉れた。

 

 スペルカードの発動が終わると、そこには大きなクレーターが完成しており、その中心には地面に埋まったお姉様が倒れて?いた。

 

 私はその場所に降りると、お姉様の前まで進み、静かに手を重ねる。

 

「安らかに眠りますように……」

「勝手に殺すな!!」

 

 お姉様は埋まっていた場所から勢いよく飛び出し、ツッコミを入れる。

 

「おお、キレがある」

「いやぁ、それ程でも……ってそんな事を言っている場合じゃないのよ!」

 

 お姉様が私に人差し指を突き出し、文句を言う。

 

「フラン!実の姉に能力を使うなんて一体どう言うつもり!?制御できるようになったからって流石に回避できないわよ!?」

 

 どうやら能力でこの未来になる事を予め予想していたらしい。

 お姉様なら大丈夫だと思って能力を使ってみたんだけど、やっぱり回避不可能なんだね。

 

「いやぁ、お姉様が意外に耐えるからさー。飽きてきちゃって」

「いや、私が軽く死にかけた理由はそれだけのことで!?」

 

 お姉様が吠えるように文句を言う。

 最近姉としての威厳がとか話していたのを聞いてしまったからか、私は少しからかってみたくなるのだ。

 やはり姉妹は仲良くないとね。

 

「はいはい、取り敢えず喧嘩は後にしてくれない?早く解決して帰りたいんだけど?」

 

 霊夢はお祓い棒で肩を叩きながら、お姉様へと霧を解くように言う。

 

「いや……でも……」

 

 お姉様は何故か私をチラチラと見ながら、解く事に戸惑いを見せる。

 この程度の霧ぐらいなら、供給している魔力を切れば3時間ほどで綺麗に消えるはずなんだけど。

 

 あ、そうか。私が日光の下に晒されるのが嫌なのか、灰になれば超回復力を持つ流石の吸血鬼でも肉体を回復することは出来ない。魂がその場に残るだけである。

 それが忘れられて、悪霊やらに変わったりするのだ。

 

 ま、私には効かないんだけどね。

 

「お姉様、一つ重大なこと言うの忘れてた」

「な、何?フラン」

 

 私は無表情を作ってお姉様を見る。

 お姉様はその表情に少しだけ警戒をしているようだ。

 別に攻撃しようって訳じゃないのにね。

 

「私、日光とか効かないから」

「….は?」

 

 お姉様はその言葉を聞いて固まった。

 どうやら自分の考えていた話をされると思っていたようだ。どうせ、この後の展開だと許してもらえるかどうかの話だとでも思っていたのだろう。

 

 許すつもりは無い。

 地下に閉じ込めた挙句、自分は来る事なく門番やメイドに部屋を訪れさせる毎日。

 自分は楽しく外の世界で過ごしながら、私を暗い空間へと閉じ込めた毎日。

 いつでも出ようと思えば出れたのだが、そんな事をされたのに、今更ごめんの一言で許すのは到底無理だ。

 私はそこまで心を広く持っていない。

 

「はぁぁぁぁぁァァァッ!?!?」

 

 お姉様はいよいよ頭の整理が追いつけなくなり発狂した。



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紅霧異変 【宴会】

 一人の吸血鬼の思いつきから始まった異変

 

 ──【紅霧異変】が終わってから2日後。

 

 博麗神社の境内に沢山の人や妖怪、異変の首謀者などが集まり、何本か育っている桜の下にシートを引いたり食べ物や酒を用意したりしていた。

 

 あの霧雨とか言う白黒の魔法使いの話によると、異変や大規模なイベントが終わった後は宴会が絶対行われるらしい。

 霊夢本人はあまり乗り気では無いようで、終わった後の片付けについて愚痴を言っていた。後でお姉様に言って咲夜でも向かわせることにするか。咲夜なら時止めで、すぐに手早く終わらせるから大丈夫だろう。

 

 宴会には何やら強そうな力を持つ者も多数出席しており、始まる前の前哨戦とでも言うのだろうか?

 勝手に戦っていたり飲み合いが始まっていた。時々青空に花火が打ちあがるという不思議な光景が見れる。

 

 私も参戦しようかと思ったが、多分お姉様と霊夢あたりがうるさいので、飲めないことはないワインを先程から二瓶ほど開けている。

 

「フランー、私にもぉ、ヒック、構ってヨォォぉぉ...」

「はいはい、あっちに咲夜がいるでしょ?構ってきてもらいなさい」

 

 たったワインを二樽飲んだだけで泥酔してしまったお姉様。それから受けるダル絡みに適当に相手をして、私は一人昼間の飲みを楽しんでいる。

 お姉様は咲夜に「フランが冷たいぃぃぃィィ」と言いながら泣き付いており、咲夜はそれに苦笑いをしながらも丁寧に対応していた。

 霊夢はあんな奴が異変の主犯だったのかと、こめかみを抑えてため息を吐いている。

 その気持ちは分からなくない。

 正直、私の姉なのかと疑いたくなる。

 

 だが、やはりこの世界は良い。

 外に出るだけで化物だ怪物だなどと騒がれていたあの頃とは違い、今はこうして外に出ることが出来る。

 私は地下生活だったが、ここに来ただけでも紅魔館のメンバーにしては生き生きとして良くなったように思えるのだ。

 人は一日の何処かで日の光を浴びなければならないと誰かが言っていたと思うが、それは人だけではなく妖怪や神などの、人外も当てはまるのだろう。

 

「霊夢ぅぅー、私に構ってくれヨォー」

「何あんたも勝手に酒を飲んでるの!!」

 

 たださえ忙しい準備に、こっそりと酒を飲み余計な邪魔を入れた魔理沙は、霊夢の鉄拳制裁によって強制的に目を覚まされた後、宴会の準備と片付けを手伝わされる羽目になったのだった。

 自業自得である。

 

 忘れさられた者たちが集う幻想郷、名前を聞いた時には胡散臭いと思っていた。だが、こうして自由にのんびりと生きれる事は良いのかもしれない。

 別に私達は忘れられたわけではないが、妖怪と人間の数の調整のために外から連れて来られる事もある。所謂神隠しというやつだ。

 

 今回のは神隠しではなく、意図的に行った事なので調整はすでに終わっている。

 いやぁ、初めて空間が裂けた時はびっくりしたよ。

 まさか向こうの方から迎えにきてくれるとは思ってなかったし。

 呼んだのは私なんだけど、呼ぶために送った手紙が数年前で、すっかり忘れてたし。

 

「……ねぇ」

「ん?どうしたの霊夢」

 

 一人で何にも咲いていない木の下で空を眺めていた私に、霊夢が話しかけてきた。

 表情から真剣な内容だとわかる。だからだろうか、私はしっかりと霊夢の目のその奥まで見る。

 

「貴方……なにを考えてるの?」

「突然どうしたの?」

 

 霊夢は胸元から八枚のお札を取り出すと、それを周りに投げる。

 霊夢と霊力の糸で繋がっているそのお札は、霊夢の力を感じ取るとすぐさま結界が完成した。

 性質から見て遮音の類らしい。私のために遠慮でもしたのだろうか。

 

「今回の異変で、貴方は躊躇なく姉の命を揺るがした。貴方のためにやっていたはずの姉は、虚を突かれて抵抗できなかった。貴方が太陽の光が効かないことを伝えればいい、それで終わるはずだった。どうしてそうしなかったの?」

 

 霊夢は私から視線を外す事なく、逃れることは許さないとばかりに、眼力が強かった。

 

 確かに霊夢の言う通りだろう。

 私がお姉様に、弱点が克服できたので空を覆う必要は無いと伝えれば、辞めてくれたのだろうから。

 だが、自分が克服できていない以上、そのままプライドが邪魔をして、逆に引っ込めない可能性の零では無かった。

 

「……貴方って言うの辞めてくれない?名前があるから名前を呼んで」

 

 私は軽く溜息を吐いて立ち上がる。

 こういう時は勘が鋭いのは嫌だなぁ。

 

「……私は―――いや紅魔館の住人は、幻想郷に来て良かったと思ってる」

「……」

 

 私は語り出す。

 

 別に言わなくても良かったのだ。

 

 だが、何故か口が勝手に動いてしまう。

 

「外の世界で私達は吸血鬼という種族だけで命を狙われ、それを返り討ちにして排除すればするほどその地位と名誉、畏怖の対象としての象徴と特徴は増えた。私が生まれて数十年した時に、家族の隙を突いて外に出た。近くにあったちっぽけな村に行ったら、どんな顔をされたと思う?」

 

 霊夢は展開が予想できたのか、少し表情を暗くする。

 

 ──―化け物でも見る目で、私に関わりたくないと隠れたのさ。

 

「いやぁ、あれは流石に悲しいよね。何にもやっていないのに、最初から避けられる感覚。あなたは味わったことがある?無いだろうね、自分から避けようとしてもこれだけの人脈があるんだし」

「私だって別に欲しくて広がったわけじゃ……」

 

 そこまで口を開いて、霊夢は口を止める。

 

 気づいたのだ、私が言いたいことに。

 

「そう、霊夢は別に欲しがったわけじゃない。だけど、私は欲しかった。友達と呼べるような関係が」

 

 私は顔を伏せてしまい、霊夢から表情を読み取ることができない。

 だが、どう感じているかは分かっていた。

 

「まあ、そこから先は分かるよね。私が悪魔の妹って呼ばれる理由」

 

 悪魔とは多分レミリアのことだろう。

 

 だが、それとはまた別の意味で悪魔の妹だと思う。

 村人たちから逃げられた時、その時に感じた気持ちは、まるで悪魔と契約してしまった時のように、黒く悲しい気持ちだった。

 

「まあ、その後はわかるよね?その村がどうなったか」

 

 霊夢は神妙な顔をする。

 

「……村を地図から消し飛ばした」

「正解ー!すごいね!流石は博麗の巫女!」

 

 そう、私はその村を消し炭にした。

 跡形も一切残さず、地図から消し去った。

 後からその衝撃に気づいた父親が飛んできたが、そのころには村の痕跡さえ残っていなかった。

 

 悪魔の妹が誕生した瞬間だった。

 

「……馬鹿にして喧嘩を売ってるのなら、買うわよ?」

 

 私は薄ら笑いをしながら、ワインを飲む。

 霊夢は私を睨み、そして目を瞑って、ため息を吐いた。

 

「だからね、私は私たちを除け者にしないこの場所が良いのさ」

 

 

 そう言って、ワインを一口飲む。

 

 

「……フラン。貴方、酔ってるの?」

 

 酔う?この私が?

 

 そんなことがあるはず無い。

 私はどんな事にも耐性があるし、ワイン如きの度数じゃ酔わない。

 

 私を酔わせるのなら、外の世界にあるスピリタスぐらい持ってこないとね。

 まあ、多分飲んだら、酔うんじゃなくて吐くんだろうけど。

 

「酔うわけないじゃん。こんなワインで」

 

 霊夢は私の言葉を聞き、私の方をじっと見ながら、待っている。

 どうやら私の反応を見ているようだ。

 

 早く続きを話せと。

 

 せっかちな巫女である。

 

「……今回、お姉様を半殺しにしたのにはもっと明確な理由があるよ」

「なにかしら?」

 

 霊夢は一向に視線を外さない。

 

 あー、これは正直に話した方がいいな…。

 

 ふざけるつもりだったのに。

 

「……ただの嫌がらせ」

 

 ま、だからって話す訳が無いけど。

 

 わざわざ他の人に教えるようなことでも無いし、これは私の問題だからね。

 

「そう……素直に答える気は無いのね」

 

 霊夢はため息を吐いて、指を軽く弾き、結界を解く。

 

「あれ?力尽くにでも聞かないの?弾幕勝負なら、いつでもやるよ?」

 

 話が通じなければ弾幕勝負、この世界に広まった当たり前。

 私ははぐらかしただけで、話さないとは言ってないし、聞きたかったら勝負すればいい。

 

 この世界のルールだ。

 

「別にいい、今の私が貴方に挑んでも勝てる見込みが無い」

「天下の博麗の巫女が、そんな弱気でいいの?」

 

 異変解決の専門家、幻想郷屈指の強者で調和を保つ者。

 そこらの雑魚妖怪なら片手でも屠る強さを持つ彼女が、私に勝てないはずがない。

 

「……貴方と最初に神社で出会った時、私は直感で感じたわ。貴方にはどう頑張っても勝てない絶対的な強者だとね」

「そんな事はないよ。私なんかより咲夜とかパチュリーの方が強いよ、多分」

 

 私なんて、そこらにいる雑魚妖怪にも本気で行かなければ負ける。やった事ないけども。

 

 約五百年も引きこもっていた吸血鬼に、そんな強大な力などある訳がない。

 まだ美鈴や咲夜の方が毎日努力している分、強いのだろう。

 

「貴方、自分に対する評価は随分と低いのね。一回、第三者目線で自分を観察して見るといいわ」

「……アドバイスありがとう。今度そうして見るよ」

 

 私は自分の事は、正当な評価をしているつもりなんだけどなぁ。

 霊夢から見てそうじゃないと言うのなら、また別の人にでも聞いてみるか。

 

 

 まあ、その者の中身を見れば、評価は結構変わると思うけど。

 

 

 私が、私でないことに気づかれる前に、どうにかしないとなぁ。

 

 

 

「霊夢〜、勘弁してくれよぉ……」

 

 魔理沙が酒樽を運びながら、根を上げていた。

 どうやらだいぶ苦労している感じだった。

 

「うるさいわね、貴方が勝手にお酒を飲むからでしょう?早く準備する!」

「へいへーい……」

 

 霊夢は魔理沙の情けない姿を見て苦笑するも、喝を入れて準備へと戻る。

 

 私も何か手伝おうかと思ったけども、さっきまであんな話をしてた訳で、ワインも飲んでいる。

 酔っ払いが作業に加わっても邪魔になるだけだろう。

 

 先ほど追いやったお姉さまの方を見る。

 お酒が回って気分がいいのか、昨夜にがっつり甘えており、カリスマのカの字もなかった。

 

 

「……この平和は、絶対に崩させない」

 

 私は、水平線から徐々に顔を出してきた月に向かって手を伸ばす。

 

 その日の月は、綺麗な満月だった。

 

 




展開が早いです……
すいません

誤字脱字報告、ありがとうございます。


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第二章 死の集う館
幻想郷の冬


「やっぱり、寒い日は温かいコタツに限るわね……」

 

 

 紅霧異変から約一年。

 

 すっかり幻想郷に馴染んだ吸血鬼とその仲間と館は、何処とも敵対関係を持たない中立として認められた。

 

 

 あれだけ騒いでいた妖怪たちも、こちらの紳士的な態度に反発を起こすこともなくなり、人里からの好感度も悪くなく、紫からの正式な永住も許可され、新たな妖怪として幻想郷で過ごすことになったのだ。

 

 お姉様の目論見通り、幻想郷に移住することが出来たのだ。

 

 

「その意見には同意だわー」

 

 霊夢の言葉に、私は無いはずの返事を返す。

 

「……あなた、いつの間に入ってきたのよ。私が気付かないなんて」

 

 私は今、霊夢が伸びていたコタツに素早く滑り込み、一緒に温まっている。

 本人の許可を取る前に入っているので怒られるかと思ったが、私が気付かれずに忍び込んだことが気になっているらしく、怒られはしなかった。

 

 その答えを教えてあげよう。

 

「簡単だよ、このコタツの座標を確認して、転移魔法を使って、紅魔館の私の部屋から跳んだって訳」

 

 ここの座標は既に肉眼で確認済み。

 ならば魔法を使って、自分の部屋からここまで転移する事ぐらいは造作もない。

 点と点を移動するだけなのだから、魔法でなくとも霊力でも同じことができるだろう。

 

「……取り敢えず、魔法が便利なものだということが分かったわ」

 

 霊夢は難しい言葉が並んだからか、考えるのを諦めた。

 どうやら、自分の担当している分野以外はあまり得意ではないらしい。

 

 魔理沙と毎日と言って良いほど一緒に過ごしているので、ついてっきり魔法に関しても知っているのかと思ったが、そうではなかったようだ。

 

 まあ、自分の持っていない力を手に入れようとする奴はなかなかいない。

 霊力も魔力も操れるようになれば、誰にも負けない存在になれるだろう。

 

 それこそ神と呼ばれる者たちと互角、いやそれ以上に圧倒する存在に。

 

「で?あなたは一体何の用できたのよ」

 

 霊夢が気怠そうに口を開いた。

 炬燵で寛いでいるその姿は、どう見てもダメ人間で、幻想郷最強の巫女だとは思えない。

 

「いやぁ、今年は雪が降る時期が長いと思ってね。異変じゃないかと思って来た」

「幻想郷だとこうなの、それに貴方はこちらに来てまだ一年も経ってないじゃない。そんなことは分かるはずがないのよ」

 

 そらそうだ。

 私だって幻想郷の冬が、どの程度でどのくらいの規模なのかを知らない。

 でも外と比べて長い、いや長すぎると感じたのだ。

 

 だからこうして霊夢のところに訪れてみたと言うわけ、まあこれが幻想郷の冬だというのなら大丈夫なんだろう。

 

 今は三月、すでに春になっていてもおかしくはない時期なのだが、なぜか一向に雪が晴れない。

 それが幻想郷に通常だと言うのなら、間違いではないのだろう。

 

「確かに素人が口出しすることじゃなかったね。私は帰るよ」

 

 私はこたつを飛び出し、境内へと降り立つ。

 雪風が肌を刺激し、寒さを感じた。

 

『生活魔法:防寒』

 

 簡易的に魔法を唱えると、自分の体の周りに暖かいコートでも来たかのように、寒さが分断された。

 

「じゃあね」

「ええ、気をつけて帰るのよ」

 

 霊夢はこたつから上半身を出して、顔だけをこっちに向けて、手をだるそうに振った。

 

 どこまでも働く気のない巫女のようだ、噂通りの人間なのかもしれない。

 時々パチュリーの図書館に本を盗みに来る魔理沙が、霊夢はお金が絡むことと幻想郷が危険な時だけしか動かないと。

 

 私はそう思いながら、霊夢に軽く手を振り返すと、一面雪雲の空へと飛び立つ。

 

 

 

 さて、霊夢は異変じゃないと言っていたけども。私はそうは思わない。

 

 冬があまりにも長すぎる、それにお姉様もどこか寒がりな部分があり、外をため息をつきながら見ているのだ。

 そんなお姉様を見たくはない。

 

 私を閉じ込めていたことは許せないけども、威厳の無い姉の姿を見るほうがよっぽど嫌だ。

 それにあんな様子じゃ、メイドや部下に示しがつかない。

 

「さてと、こんな寒さの時はあいつに聞いたほうが早いかな」

 

 あいつと言えば、あいつ。霧の湖で元気に遊んでいる氷の妖精である。

 

 冬の間はどこかいつもより元気に見える彼女は、どうやら力が増していて、ほかの妖精たちでも手に負えないそうだ。

 この前、私がうるさかった彼女を飛ばすためにスペルカードでボコボコにしたのだが、なぜか気に入られた。

 

 今回の異変も、まだ楽しんでいるだろうから、寒さに詳しいだろう彼女に聞きに行くことにした。

 

 まあ、あの頭の悪さから、大したことは聞けないだろうけども。

 

「そうと決まれば、素早く行動しますか」

 

 私は七色の宝石で輝く羽に魔力を通し、飛行能力を向上させ、霧の湖へと飛んだ。

 このスピードなら30秒あれば着くだろう。

 

「スペルカード発動、《創氷「氷点下の槍」》」

 

 スペルカードで手頃な大きさの氷の槍を生成しておく。

 氷の妖精は最近、弾幕ごっこにはまっているらしく、そこらにいる妖怪や人間に片っ端から勝負を仕掛けているようなのだ。

 そのおかげか、霧の湖から離れていることが多く、出会えるかわからないという情報があった。

 

 それならば、こちらから戦いを仕掛ければ良い。

 

 もしそのまま異変が止まるのであれば、氷の妖精が黒幕。

 止まらないのであれば、黒幕ではないということだ。

 

 私には霊夢はどの直感と洞察力はない。

 なら、人海戦術とはとても言えないが、数撃てば当たる戦法でいけば良い。

 

「チルノ、現れるかな?」

 

 私は、思いっきり氷の槍を湖へと飛ばした。

 

 槍は軌道を変えることなく真っ直ぐ進み、湖へと着弾。

 爆発に似た音が響き、水柱が上がる。

 

「誰だー!湖にいたずらした奴はー!!」

 

 お、チルノが居たようだ。



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チルノ、手助けする

次の話を上げるのに時間が掛かってしまいました……
待っていた方、申し訳ありません!



「誰だー!湖にいたずらした奴はー!!」

 

 湖に氷の槍を発射して盛大に爆発させたおかげか、目的の妖精、チルノを呼び出すことに成功した。

 まあ、妖精の正しい呼び出し方なんて知らないし、住んでいる所も曖昧過ぎてあてにならない。

 何なら本人たちもその日の気分で住処を移動するらしいので、呼び出すにはその妖精に合った方法で呼び出すしかないのだ。

 

「チルノー、私だよー!」

「あ!フランじゃん!お久しぶりー!」

 

 チルノは私の姿を見つけると、いたずらされた事も忘れて近寄ってくる。

 いつまで経っても頭の方はそこまで良くはならないようだ。

 

「どうしたの?こんなところで」

「ん?ああ、少しチルノに用があったからね、来たんだよ」

 

 私はチルノに今回の冬が長くないかを尋ねた。

 

 結果、チルノはそんなことは微塵も考えておらず、むしろ寒さを堪能していた。

 まあそんなことだろうとは思っていたけど。

 

 氷の妖精が寒いのが長いとか関係ないよね。

 むしろ寒さがこのまま続いてくれれば良い、とか考える方だろう。

 

 かと言って、チルノがこの現象を起こしている首謀者かと言われれば、多分違う。

 チルノにそこまで考えて、実際に実行できるような力は無い。

 

 たとえあったとしても、上手く使いこなせず暴走するだけだろう。

 

「そっか、チルノは今の方が過ごしやすいんだもんね」

「うん、もう少し続いてくれるといいなぁ!」

 

 チルノに聞こうと思った私が間違っていた。

 チルノじゃないと確信を得れたのは良かったけど、結局のところは振り出しに戻っただけだ。

 もう少し冷静に考えて行動しよう。

 

「それじゃあチルノ!また遊ぼうね!」

「うん!じゃあな、フラン!」

 

 チルノは別れの挨拶をすると、勢いよく湖の方へと飛んで行った。

 私を名前呼びの呼び捨てにできるのは、チルノぐらいである。

 

 ふと視線を感じてその方向を見てみると、木の陰に大妖精が隠れてこちらを見ているのが確認できる。

 そんなに気になるのなら、こっちに一緒に来たら良かったのだが、そういうわけではないのだろう。

 

 私は自身が危険に侵される前に、素早くその場を去ることにする。

 大妖精もそうだが、ここは紅魔館に近い場所だ。もし私が外にいることが紅魔館の住人にバレたら、お姉様に怒られるだけでなく、外出も当分させてもらえなくなる。

 

 それだけは面倒だ。

 

 お姉さまに気づかれたとなると、確実に邪魔をしてくる。それは避けなければならない。

 

「となると……、やっぱりあそこかな?」

 

 私は妖怪の山に向け、飛行を開始する。

 

 なぜ妖怪の山に向かうのかと聞かれれば、それはとある情報屋が住んでいるからである。

 

 かつては人間達を恐怖に陥れた種族の烏天狗でありながら、人間の日常を面白おかしく脚色して新聞を作る者。

 幻想郷最速を語り、新聞作りのネタ集めと称して、いろいろな人物や妖怪を構わず盗撮し、しつこく話を聞くために迫るその者の名は、射命丸(しゃめいまる) (あや)

 

 そのやり方としては決して褒められる方法ばかりでは無いが、情報収集においては天下一品と言っても過言ではないほどの収集能力を持つ。

 彼女に話を伺えば、何かと異変の解決に一歩進めるだろう。

 

 因みに、射命丸の存在を知ったのはお姉様が異変で負けた一週間後で、屋敷のことについて取材に来ていたところにたまたま遭遇し、軽く世間話をしたぐらい。

 まあその世間話の中に、少しだけお姉様に対する愚痴などが含まれていたわけで、後になってそのことが新聞に載っていたことを知り、激怒していたのは言うまでもない。

 

 私に直接怒ってくるような度胸は無かったようだけど。

 

「さて、行きますか。彼女の本拠地、()()()()に」

 

 私は思いっ切り羽を広げ、魔力を通し、素早く飛翔を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チルノちゃん、フランちゃんと何のお話をしていたの?」

 

 フランが居なくなると、草むらに隠れてこちらの様子を伺っていた大妖精の大ちゃんが出てくる。

 

「今度また遊ぼうっていう約束をしただけだよ」

 

 私は大ちゃんに、フランから今回起きている異変について尋ねられたことは伏せて、約束だけしたことを伝えた。

 

 これは私の知っている友人が起こしている異変であり、私はその首謀者の居場所を知っている。

 バレた時は私が痛い目に合うかもしれない。

 

 だけど大親友である大ちゃんまで巻き込みたくはない。

 

「……そっか、じゃあまた今度フランちゃんとゆっくり話してみよっと!」

 

 そう言って大ちゃんはおもむろに私の手を握り、空へと飛び始める。

 

 突然の動作に驚き、少し体制を崩しそうになったが、何とか羽に力を通して立て直した。

 

「大ちゃん!突然引っ張るのは危ないよ!」

「あ!ごめんね!チルノちゃん!私、早くチルノちゃんと遊びたくて、つい!」

 

 嘘だ。

 

 そう言っている大ちゃんの目には、一切光が宿っていない。

 多分、フランちゃんに興味を持っていることに嫉妬してるのだろう。

 

 大ちゃんは、少し私に対して、友達以上の特別な感情を抱いているようだ。

 

(馬鹿なふりをして生きていくのも、一苦労だねこれは……)

 

 私はそんなことを思いながら、大ちゃんの後に続く。

 私が話さなくても、フランちゃんはいずれ首謀者を突き止め、今回の異変を終わらせてくれるだろう。

 

 私は親友を裏切ることはしないが、新しく出来た友達のことも興味を持っている。

 

 今回の異変では少し介入してみるつもりだったが、気が変わった。

 

 フランちゃんがどのようにして今回の異変を解決するかを見てみたくなった。

 

「ねえ、大ちゃん」

「ん?どうしたのチルノちゃん」

 

 私は大ちゃんへ話しかける。

 一応フランの行動を見るつもりでいるが、解決までに動き出す強者たちがいるだろう。

 

 それだと、簡単に異変を解決されてしまって面白くない。

 

 だから、今回は裏からフランが自分で解決できるように、手助けをしようと思ったのだ。

 

「紅魔館に言って、美鈴と遊ぼうよ!」

「ええー、また行くの?あのお城にー」

 

 私にできること。それはフランが少しでも長く外に入れるように仕向けること。

 

 勝負でもするのかって?いやいや、それでは確実に勝てないし。それにお互いに怪我をすることはフランが望んでいないだろう。

 私がすることは、紅魔館で遊ぶこと。たったそれだけ。

 

「いいじゃん!今度は他の妖精も呼んで、ド派手に行こうよ!」

「うーん……、まあいいっか!」

 

 よし、これで私の時間稼ぎ作戦は実行できる。

 

 フラン、動けない私の代わりに親友を友人を止めてくれ。

 私が動けるようになってしまったら、それこそ()()()()が落ちることとなってしまう。

 

「チルノちゃーん!行こうよ!皆も既に紅魔館に向かったよ?」

「うん!行こう!」

 

 私は馬鹿だからさ、こうすること以外思いつかなかったんだ。

 

 私は今日も、大ちゃんと遊びに出かける。

 

 



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