冒険者になりたいと都に出て行った娘がSランクになってた二次小説 (ルーニー)
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いろいろな人の声
いろいろな人の声が青い空に響いている。買い物を楽しむ声、客を呼び込む声、なんとか値切ろうとする声など、忙しないとまではいかない、にぎやかな空気がその街にはあった。
「やぁっとついた……」
一緒に乗ってきた御者に礼を言って体をほぐす。馬車の中ではろくに体を動かすこともできず、整備されているとはいえがたつきのある道で揺らされた体は所々が痛い。
「道中は最悪だった……。クッソ強い魔物は出てくるわ物資は限られてくるわただでさえ材料は限られているってのに行く街行く街あるのは粗悪な金属ばかりだわ。売られた時はぼられたかと思ったぞ……」
魔力に影響されて生まれる通常の動物とは違う存在となる魔物。通常の動物とは違い、氷の息を吐いたり異様に素早かったり、そして異常なほど狂暴な点があげられ、害獣などという言葉では片づけられないほどの被害をもたらす、もはや外敵だ。ランクが低ければ問題なく対処できるが、高ランクとなれば町1つを滅ぼすことも容易な個体だらけになる。今回は間が悪かったのか、ランクもかなり高い魔物がどうしてか大量に出てくるものだから手元にある武器のほとんどを消費してしまった。
「……金がねぇなぁ……」
懐から取り出した財布の中はジャラジャラと小気味いい音が鳴っていたが、重量感は感じられない。幸い、道中やけに高い頻度で高ランクの魔獣と戦闘をしていたために素材はある。その戦闘で道具が減っているのだからマイナスではあるが、総合的な出費はまだ抑えられている状態ではある。
それに、ここは交易都市であるオルフェンに近い場所だ。探せばいい素材や材料が安く置いてあるかもしれない。どうせしばらくはここにいることになるのだから、情報収集を兼ねて街を歩き回ってもいい。交易都市が近くにあるおかげで集まる情報は多いだろう。なんなら物流のことを考えたらここを拠点にしてもいいかもしれない。
「……まぁ、情報次第ではここもすぐに出ていくんだろうなぁ」
今までも同じようにしてきているとはいえ、思わずため息が漏れる。旅を始めてから同じ場所にとどまり続けてきたことなんて1度もない。長くても半年もいなかったように思える。確かに旅がしたいとは思っていたけど拠点もなしに動き続けたいとは言っていない。故郷まで地味に遠いんだぞ。
いったいいつまで続くんだと嘆きたくもなるが、もう慣れている。とりあえずどこでもいいから拠点を作って荷物やらなんやらを置いて落ち着けるようにしたい。アイデアはたまってるのに実験研究することがなかなかできないのがつらいんだって。勝手にそうしているだけだからだれにも文句は言えないんだけど。
まぁ、なにはともあれまずは情報集めからだ。情報が集まるところと言えば、様々な依頼や冒険者、同業から情報が入るギルドがいいだろう。ついでに宿も紹介してもらおう。
「どうも。ちょっと人を探してるんだけど、どこが専門の部署になりますかね?」
「はぁ、人探し、ですか。ご依頼されるものですか?」
「いや、依頼のほうはなしで。ちょっと事情があって依頼には出さない方向で」
瞬間、受付嬢の目が細くなった。なんかこっちを探るかのように見ているなぁと思っていたけど、よくよく考えてみれば俺の言い方が悪いことに気が付く。
「あぁ。別に犯罪者とかそういうのじゃなくて、ただ黙っていなくなった友人を探している、ってだけだからあまり大ごとにはしたくないってだけです。向こうさんも指名手配犯みたいに探されるのも嫌だろうってことで」
「なるほど。事情は分かりました。それで、その人の特徴等はございますでしょうか」
「あるっちゃあるんですけど、20年以上も前の情報だけだからあんま当てにならないんだよなぁ」
20年。その言葉を聞いた受付嬢は訝し気な表情を浮かべた。一瞬なんでだ?と思ったりもしたが、まだ20を少し越した若者がそんな情報だけで、しかも友人を探しているというのがおかしいと感じたのかと悟った。
「あぁ違う違う。友人の探してるのは事実なんだけど、探してるのは俺の師匠。友人がいなくなって心配してるから俺が探し回ってるってだけです」
なるほど、と受付嬢は納得したかのような表情をする。変に解釈されて犯罪者みたいな扱いをされたら俺が痛い目に合う。主に師匠から。
「それで、それはどのような人物でしょうか?」
「ええっと、まず赤髪で、片足がない元冒険者の男なんですけど、ここで見たことは?」
赤髪は、掃いて捨てるというほどはいないがまぁまぁいる。片足をなくした元冒険者もいないここはない。なんせ冒険者なんて危ない仕事をするような人間だ。足をなくすこともあるだろう。現に特徴と一致する人がいたことはあったが、話を聞くに粗暴な人間だったり、足をなくしたのが30を超えたときと微妙に合致しない人間ばかりだった。
「……いえ。少なくともそのような人物はこの街で見かけた覚えはありません」
「そうか……」
ここにもいない、か。まぁまだ探し始めて7年しか経ってない。師匠が20年以上も探し続けていたのにわからなかったのに、そんな早くに見つかるわけもないか。
前の街や国でもある程度滞在して情報を集めていたけど、結局それらしい情報はどこにもなかった。いい加減何かしらの情報は欲しいところだけど、果たしてどうなることやら。
「あの、その様子だと、もしかすると冒険者の方でしょうか?もし滞在するのでしたらまたその人のことがわかりましたらお伝えいたしましょうか?」
「あ、いいんです?それはこっちもありがたいですわぁ」
受付嬢の提案はありがたい。多分冒険者ってことを確認したということは、ここに滞在してほしいんだろう。多分道中にもあった魔獣の異様な多さに関係するのかね?まぁどっちにしろここも年単位で滞在する予定だったんだ。情報とお金を出してくれる分には問題ない。
「んじゃ、そゆことでおなしゃーす。ついでに手続きもおなしゃーす」
「かしこまりました。えぇっと、デズモンドさん、でよろしいでしょうか?AAAランクの冒険者、ですね」
「はい」
「ちなみに、そのお探しになられている方のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、言ってなかったか。これは失敬」
結構な頻度で名前も言ってたからすっかり言った気分になってた、師匠繋がりでしかない全くの赤の他人の名前。この名前を言うのにも慣れてきたなぁ。どういった人柄なのかは聞いてるけど、それ以外は知らない人も同然なのに言い慣れているってのもおかしな話だよなぁ。
「ベルグリフ、という名前で、歳はおそらく40から50ぐらいの男です」
本当、師匠もあったことのない人を探してこいだなんて、無茶を言うもんだ。
「ベルグリフ様、ですか」
何か思い当たる節があるのか受付嬢は考えるように顎に指を添える。けど言っていいものなのかと悩むかのように眉を曲げ、癖なのか親指で下あごをゆっくりと撫でている。
「ん?なにか知ってるので?」
「えぇ。詳しい話を知っているわけではないのですが、最近魔獣が増えていたのはご存知ですよね?」
「えぇ。道中やけに強い魔獣が多く出てきたのでなんじゃこりゃと思っていたところでしたね」
「その魔獣の大量発生なのですが、どうも魔王が原因だったようなんです。」
魔王。かつてソロモンと呼ばれた大魔導が作り上げた72体のホムンクルス。かつて大陸を支配するまでに至るほどの強さだという話だが、作成者であるソロモンが狂い、失踪。作成者が消えたことによってホムンクルスは暴走し、大きな被害をもたらせた。その結果魔王と呼ばれているらしい。
今では神の力を使った勇者たちが各地に封印。けど完全に封じることはできず、魔王からあふれ出る魔力によって魔獣は出現している、というのが伝承だ。
「ソロモンに使役された72体、ね」
「えぇ。どうもオルフェンの近郊のダンジョンでその魔王が発見されたみたいで、オルフェンの冒険者ギルドの人たちで討伐隊が組まれたそうで。なんとか魔王を撃退したとのことなんです」
「ほう」
魔王を撃退した。なんとも男心くすぐるパワーワードだが、都市部のギルドとはいえまさかギルドだけで撃退していたとは思わなかった。これは、師匠の話に聞くベルグリフさんとは違う友人がいるのかな?
「その中でも活躍したSランクの【黒髪の戦乙女】アンジェリンさんの父が【赤鬼】ベルグリフだというお話は聞きまして、もしかしたらと思ったのですが……」
「確かに、違うような気はしないでもないなぁ」
二つ名がつくということは、その名にふさわしい実力があるということだ。師匠からの話を聞いていると観察眼に優れているとは聞いているし、かつてのパーティが全世界に名を轟かすSランクの冒険者たちだということも聞いた。
けど、彼が姿を消したのはまだ20を超えたかどうかというぐらいということも聞いている。その年で二つ名がつくということは、少なくとも異常ともいえる実力があるはずだ。それほどならば噂や伝説も各地に残っている、少なくとも活動拠点だった場所には残っているはずだ。
けれど、剣の実力は年相応という話は聞いてる。パーティのリーダーだった人物はおろか、エルフの少女にも勝ったことがないと聞いている。まぁそれ以上に人が好いだの細かいところに気が付くだの喧嘩の仲裁によく入っただのパーティでは指揮を執ってくれただの、冒険者なのかと思わなくはない人の好さをこれでもかと聞いているが。なんなら暗唱できるぐらいには聞いたと思う。
まぁ、確かにパーティには1人は欲しいのは確かだけど、二つ名をもらうほどなのか?とも思わなくはない。Sランクの父というだけあっての実力なんだろうと思う以上、多分同名の別人だろうとは思う。
「……まぁ、でも確認はしたほうがいいかなぁ」
さすがに7年も経ってくるといい加減何かしらの情報が欲しい。というか進展が欲しい。二つ名の赤鬼というだけあって何かしら赤を基調としているんだろう。もしかしたら代々名乗っている名前であり、【赤鬼】ベルグリフは俺の探しているベルグリフさんの親族かもしれない。
それに、このまま進むともうすぐ北部だ。あまり長居していると雪で移動ができなくなるかもしれない。
「……仕方ない。今は赤鬼さんに祈りをささげるか」
ほかに何も手掛かりがない以上、藁にもすがりたい気分だ。とりあえず今は赤鬼を探す方向に動こう。
「情報どうも。そんじゃ、お金ほしいからソロで受けれる依頼を頂戴」
とりあえずその前にお金をためなくては。
この原作は本当に素晴らしいと思います。
まずキャラクター全員に魅力があり、なによりおっさんたちの魅力が半端ないです。作品の主人公は作品に出てくる全員だと言いたいほどに素晴らしい作品です。
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ギルド内で職員が
ギルド内で職員が慌ただしく行き来をしている。様々な資料を積んだものをあっちこっちに移動させては減らし、増やしを繰り返して戻ってきたときには行ったときと変わらない、むしろ量が増えて戻ってきている職員もいる。
冒険者はその様子に慣れているのかぶつからないように端によったりそれを肴に酒を飲んだりと悪くない喧騒が建物の中で響いていた。時々受付嬢にちょっかいをかけようとする輩もいたが、彼らよりも高ランクの冒険者が咎めているのを見るに、ここのギルドはただの荒くれものだけというわけでもないのだろう。
「いない?」
そんな雰囲気の悪くないギルドで目的の人物に会いたいことを受付嬢に伝えたところ、俺の想定した答えの中でも、なかなかに嫌な部類の返答が返ってきて思わず顔をしかめた。
「えぇ。アンジェリンさんですが、長期休暇を取っておりまして。いつ戻ってくるかわかりません」
「……まいったな。行き違いか」
前の街である程度の貯えは作ってきたつもりだったけど、それがよくなかったか。移動を繰り返す旅だから最低限しか持つ必要がないとはいえ、多少の余裕は持たせないと心の余裕がなくなる。けど、今回はそれが仇となったようだ。
「……黒髪の戦乙女の出身地を教えてもらうことは……」
「残念ながらできません」
「ですよねー」
末端の冒険者ならともかく、高ランクの冒険者は利用価値がありすぎる。下手に故郷なんて知れてしまったら故郷の人間を人質に何をされるかわからない。もちろん隠しきれるものでもないから知ろうと思えばいろんなところから知ることはできる。けど、逆にそこまでして知ろうとしたら警戒されてしまう。それは俺にとってもよくはない。警戒でもされて会いたい人物に会えないとなったらどうしようもなくなってしまう。
「……まぁた足止めかぁ。魔王も倒してしばらくたった後だし、いい依頼なんてもうないでしょ?」
「そう、ですね。緊急性のない依頼ばかりで依頼料もそれほど高くはないですね」
「くそう……。道具の補充ができん……」
道中で危ない目に遭わずに済むと喜ぶべきか、依頼が少なくお金が手に入らないことを嘆きべきか。どう考えても前者を喜ぶべきなんだが、やっぱり現金なものでお金が手に入らないとなると魔獣の大量発生が恋しく思えてならない。
「仕方ない。しばらくは魔法だけで何とかするか」
こう見えて俺は魔法の腕も一応自信はある。まぁSランクはおろかAAAランクと比べれば劣るけれど、最低でもAランクはあると自負している。というか、道具に頼りっきりではAAAランクになれない。そこまでギルドのランク認定は甘くはない。ギルドの信用がかかっているのだから認定も厳しくなるのだ。
「……にしても、なんかここほかのギルドに比べて雰囲気違うような気がするんですけど、なんかあったんで?」
さっきからずっと気になっていることを聞いてみる。活気がないわけではない。どちらかといえば活気があるほうなのは間違いない。けど、それがほかのギルドとは大きく違っているように感じるのだけど、何がどう違うのかがわからない。
「えぇ。実は中央ギルドから独立したんです」
「独立?」
ほう。独立。ギルドといえば形骸化したシステムによって動いているため、新しいことをしようにもシステムのしがらみでできないと聞いたことはある。中央からお金は来るが、かなり腹黒くがめついからから予算をもらうのにもほとほと困っているとも聞いたことがあるが、そんな状況で独立したのか。
あぁ、だから活気がいいように感じたのか。違和感は動いているのが冒険者じゃなく職員もってのが違う気がしてたのか。ギルドの職員は場所にもよるけど、大体がのんびりとしているからなぁ。強かなだけな気もしないでもないが。
「ギルドの運営方法は知らないんですけど、独立しても問題ないんです?お金の問題がでかくないです?物流は商人に負けるだろうし、スポンサーだって貴族相手じゃ面倒なだけでしょ」
「……えぇ。今ではギルドマスターがスポンサー集めにあっちこっち走り回っていますね」
あまりいいように言われていないギルドマスターが予算のために東奔西走右往左往。元冒険者なのに腹黒貴族どもと腹の中を探りながらの会話なんてやりたくもないだろうに。ここのギルドマスター働き者なんだなぁ。
「ギルドマスターも大変だなぁ。今までのシステムにケンカ売って、スポンサーの要望にも対応しなくちゃいけない。しかも独立した後は職員の癒着対策に脅迫の対応策、後任のギルドマスターの選任方法その他もろもろを詰めていかなくちゃならないんでしょ?ギルドマスターが変わる前に終わるんですかねこれ。下手したら死ぬまで運営にかかわり続けるんじゃないのこれ?」
あぁやだやだ。お金が絡むと人間どこまでも腹黒くなっちゃうからねぇ。大金がかかってるんだからいかに出費を抑えるかの交渉をするのは当たり前だけど、私腹を肥やす阿呆とは会話もしたくないからなぁ。
「……よく、ご存知なのですね」
「そういう知識を少しだけ知っているってだけで詳しいこととかはわかってないにわかですけどね」
癒着とかに関しては、どこの世界でもどんな場所でもあるからなぁ。ましてやここは法律なんて権力持ちが得をするようなものばかり。清廉であれ、なんて言われているけどそんな貴族を見つけるなんてダイヤモンドを探すより難しいだろうに。
「ほんと、ギルマスも思い切ったことをするよなぁ。うまくいけば後世に名を残すことになるだろうけど、失敗したらここのギルドつぶれるだろうに」
「……だからこそ、いろんな冒険者に助けてもらってるんですよ」
「人徳だなぁ。羨ましい」
ずっと旅してきた俺にはそんな人はあまりいない。いないわけじゃないけど、付き合いが短いし必要ない時に連絡する必要がないから頻繁に連絡を取っているわけでもない。
……あれ。もしかして俺ってボッチ?
「……ま、いいか。んじゃなにかしら依頼あったらくーださい」
いや、俺がボッチなのは定住していないからだ。定住し始めたらきっと誰かしら仲のいい人を見つけられるはずだ。そうだといいなぁチクショウが。
とりあえず何も手掛かりがないよりははるかに進歩している。かの魔王殺しの父親が俺の探している人なのかはわからないけど、これでダメならそろそろ見つけるのも無理になってくる。ほんと、いい加減何かしらの確定的な手掛かりが欲しいものだ。
あぁ。SNSがあったらなぁ。虚実混ざってるけど情報たくさんあるんだけどなぁ。あの生活が恋しい。
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石畳の上に人が倒
石畳の上に人が倒れる。それも1人だけでなく、2人、3人と順番に重なるように倒れこんでいく。
「くっそ。こいつらホントめんどくせぇなぁ」
昼間だというのに薄暗い通路の中、小汚いナイフを片手に金目の物をよこせと脅しをかけてきた連中なのだが、気を失っている男を放り投げ、ついでに奪ったナイフを手で回しながらため息をつく。
普通の街ならばこんな危ないことは起こることはほぼないと言ってもいい。警察の役割を持つ兵士もこの街にはちゃんといるし、その人たちが職務怠慢だというわけでもない。むしろ真面目に仕事をしている。じゃあなんでこういうことになっているのかというと、答えは単純。ここがスラム街だっていうだけだ。
スラム街には非合法ながらも通常じゃ手に入らない素材や道具が稀に流れていたりする。もちろん法外的な値段になるが、まぁここじゃ取り寄せだったりもできなくはないんだけど、その相手も行商人が主なので下手をすればここに来るまでに野盗や魔物に襲われて届きませんでした、なんてこともあったりするから頼みずらい。大体が前払いだし。だからスラム街でふらついていいものがあれば許容範囲ならば買い、そうでなければ無視するということをしていた。
まぁ、そんなことをしていたせいか今俺は金を持っていると察知した浮浪者やチンピラどもがスルなりゆするなり脅すなり様々な方法で奪おうとたくらんできた。逆に捕縛用の魔弾を眉間に打ち込んで半殺しにしたのちに金目の物やお金を奪って行ってるが、いい加減それも鬱陶しくなってきた。
今までならこれぐらいしておけばビビッて頻度も下がってくるのだが、スラム街の広さもあってか一向に減る様子がない。
「……次からは厳つい格好で来るようにしようかね」
スラム街に入るということで戦闘もできる動きやすい服装ではあるが、同時に印象に残りにくい服装でもある。普段旅で使っている、防御に優れた戦闘用の服は防寒に優れていないから脱いでいたが、これからはそれを着てここをうろつくことにしよう。
決意を新たに収穫もないまま戻ろうかと足を運んでいるとき、広場に人だかりができているのが見えた。少し気になって中心となっている場所を覗き込んでみると、そこには白い髪に赤い目の少女がフードを被った少年を携えて何やら演説らしきものをしているのがわかった。
「皆さんッ! これだけの多くの人が貧しく苦しんでいるというのに! 果たして救済はあり得るのでしょうかッ?」
話を聞いていると、ヴェイナ教は救いの手を差し伸べない。ソロモンはあらゆるものから救ってくれるという、いかにもな布教だった。
導師ソロモンが正しい。ヴェイナは何もしてくれない。導師ソロモンならみんなを救ってくれる。導師ソロモンは、導師ソロモン、ソロモン、ソロモン。
話を聞いているだけで頭が痛くなりそうだ。ソロモンが帰還すれば助かる?馬鹿な話だ。魔獣の元凶、そして魔王の生みの親として大陸を支配したような存在が、確実に人を救うなんてうまい話があるはずがないだろう。
「本来ならば門外不出のお札なのですが、私は皆さまを救いたい!今なら特別に銅貨20枚でお譲りします!」
多くの人たちがジャラジャラと音を立てて少女のもとに我さきへと押し寄せる。それを慈母のような表情で札を渡しているが、正直気分は良くない。
「……これだから金儲けのための宗教は……」
思わずため息が出る。ご利益があるのなんの言っていたが、どう見てもあれはただの紙だ。ご利益も大厄もなにももたらさない何でもない紙切れだ。
別に宗教がダメだとは思わない。神様を信仰して善行を積んでいる人もちゃんといるのは知ってるし、信仰を心の支えにしている人だっていることも知っている。全員が全員腐りきっているなんて言えないし、言うつもりはない。ただ、地位の向上やお金のことがかかわると途端にろくでもないことをしでかすことを知っている身としては、どうしてもそう言ったものを信仰しようとは思えない。強いて言えば八百万の神々を信じてるぐらいだ。
とはいっても、この世界で無宗教だと言えば警戒される。ヴェイナ教以外には土着信仰のような精霊信仰をしている地域もあるが、それでもヴェイナ教と混ざったような信仰をしているのがほとんどだ。だから形だけはヴェイナ教のようなことをしているが、教徒や信者が行うようなことはほとんどするつもりはない。
「……まぁ、そういってられるのも恵まれた環境にいるからだよなぁ」
銅貨を差し出して少女に群がる人たちを見てまたため息が出る。実際、俺は恵まれた生き方をしているとは自覚している。わけのわからない場所に放り込まれても、運よく師匠と出会ってどの人もボロボロの服をまとっている、まさに貧困層の人たちが救いが欲しいと言っているんだと思うと世の中世知辛いと思えてならない。
「何をやっている!」
さすがにこの騒ぎは兵士の目にもついたんだろう。何人もの兵士が騒ぎが起きている場所に武装した状態で来たが、それを見ても少女は慌てることなく鼻を鳴らした。
さすが民衆を惑わせた演説を行ったことだけあって民衆の怒りを兵士たちへと向ける。中には物を投げる人もいて兵士たちは戸惑いを隠せずにいたが、隊長格らしき人が剣を抜いて少女をとらえようと動き出す。しかし、それを見た少女が詠唱を唱えると兵士たちは動きを止めた。そしてどういう原理が働いているのか徐々に兵士たちの体が宙に浮かび始めた。
「……なんだ、あれは……?」
明らかに普通じゃない。苦しそうにもがいているのを見るに息ができないのかもしれない。かじった程度とはいえ仮にも魔導をたしなんだ身だというのに見たこともない魔法を使っているのは、嫌な予感しかしない。
「いや、今はそんなことを言っている場合じゃねぇか」
全員が浮いている兵士に目を向けている中、急いでバックパックから取り出した金属でできた球体を出して視線とは逆の方向に投げる。石畳の地面に落ちると同時に金属をかきむしるような音が大音量で響いた。
「な、なに!?」
急に鳴った音に驚いたのか、ビクリと体を震わせて音が鳴った場所を見る。同時に術の制御が切れたのか浮かんでいた兵士たちも地面へと落ちて苦しそうにむせている。
それを好機と見た俺は魔力で脚力を強化して民衆を飛び越え、わけのわからない魔法を使ったであろう少女のそばに着地する。
「ひっ!?」
「やりすぎだ。ちっとばかし静かにしてな」
乱暴とは思うが、さっきみたいなわからない魔法を使われたらこっちが不利になる。動けないようにするために握った拳を少女のあごに向かって振りぬこうとしたとき、振りかぶった腕に強い衝撃と痛みが走った。
「なっ……!?」
衝撃が来た方向を見ると、そこには少女と同じ白い髪の少年が眉間にしわを寄せながら指をこっちに向けている。その指から魔力が集まっているのが感覚でわかった。
「っ!」
まずい。直観に従ってとっさに腕を顔の前で交差させて全身に強化をかける。その直感は正しく、全身に細かな何かが当たる痛みが襲った。
「ぬぐぅ……!」
強化をかけたおかげなのか、それとも元からとそこまで威力はないのか。術式刺青もしていないにも関わらず叩くだけの攻撃は、しかし後退させるには十分な量だった。
「魔弾か……!?」
自分に襲い掛かるこれに覚えはある。魔力を相手に撃つ技術、通称魔弾だ。魔力を撃つという性質上、何かしらの色はついてしまうのがこの魔弾なのだが、こいつが撃っているのは透明だ。俺も透明な魔弾を撃てるように努力したことがあったが、どうしても何かしらの力が込められてしまうため薄くはできるが無色透明にはできなかった。なら、今こいつが撃っているのは俺の全く知らない魔法だということになる。
「やっかいだな……!」
ここに生まれてまだ20年ちょっとぐらいしか経ってないが、他の人同年代たちよりも経験は豊富だと自負している。今まで見てきた中でも知らない魔法はあれどここまでわからない魔法は初めてだ。
けど、透明という特異な部分に魔力を使っているせいなのか威力は俺の物よりも低い。それがわかっただけで十分だ。
「なめんじゃねぇぞ!」
筋肉の緊張で固くなって動きにくい指を無理やり動かし、左右の手の五指を少年に向ける。腕から指にかけて刻まれている刻印の一部が光り、小指から親指に魔力が貯まり、それを弾丸状にして少年に向かって撃ちだす。空気を切る音とともに一定間隔で俺の魔弾が機関銃のごとく少年に襲い掛かる。
「っ……」
少年も俺の魔弾を弾こうと魔弾のほうにも撃ち始めたが、連射力という点では向こうよりも劣るが、威力、そして貫通力に関してはこちらのほうが上だったようで、こっちの魔弾1発と相殺するのに向こうの魔弾は3発ぐらい必要だった。
「チッ」
弾かれた俺の魔弾が石でできた地面をたやすくえぐるのを確認した少年は、それにあたるとまずいと判断したのか俺に向けていた魔弾を解除して少女をつかんで離れるように跳んだ。逃がすまいと魔弾の術式を変更し追撃をかけるように指を少年らに向けて発射する。しかし、その魔弾は少年らに当たることもなく、その手前に出現した半透明の幾何学模様の何かに阻まれて電流が走った。
「魔術式自動障壁だと!?」
魔術式自動障壁。原理はそう複雑じゃないが、なによりもネックなのが術式を制御するのが厳しいのだ。自動と呼ばれるように常に術式を展開していないといけない上に意識外の攻撃に反応するための術式、そして攻撃を防ぐ障壁を展開する際の術式も常に展開していないといけないこの障壁は、とてもじゃないが戦闘中の常時展開は無理だ。しかも捕縛用に変更していたとはいえ俺の魔弾でも傷一つ付いていないということは、かなりあの障壁は頑丈だということになる。
「やるじゃねぇか坊主ども!」
「あぁもう。なんだって次から次へとこんな問題が出てくるんだ……」
見覚えのある人影が2人を逃がすまいと囲む。その2人のうち、1人は撃滅のチェボルグと呼ばれる元Sランクと、もう1人が現ギルドマスターの元Sランクのライオネルが、どうしてかギルドマスターはとても嫌そうな表情をしていたが、決して逃がすまいと目を光らせていた。
「……引き上げるぞ。あいつといい、元Sランク2人を合わせた3人の相手なんか冗談じゃねぇ」
喚く少女を抱き寄せて短く詠唱をする少年。何をするのか知らないが逃がすものかとポーチに手を伸ばすが、少年が手を振るとまるで陽炎のように揺らめきが起こり、次の瞬間にはそこにいなかったかのように消え去っていた。
「……あいつ、転移魔法まで……」
あれは見覚えがある。帝国でも何人も使える人がいない超高等魔法である転移魔法だ。魔力の消費量多いこともあるが、何よりも術式が複雑なのだ。俺も転移魔法に触れる機会があって覚えようとしたが、とてもじゃないけど俺には到底扱えない代物であるということしかわからなかった。
そんなものをあんな易々と、しかも短い詠唱で扱えるなんて、あの少年はいったい何者なんだ。
「がっはっはっは!逃げられるとは俺たちもだらしねぇな!」
大きい声と共にバシンッと背中に強い衝撃が走る。急に来た痛みに思わず声が漏れて叩かれたであろう場所に手を当てる。
「……痛いっすよ撃滅殿」
「あぁ!?あんだって!?声が小さくて聞こえんわい!わけぇんだからもっと腹から声をだせ!」
ジト目付きで抗議してみたが、それも聞こえていなかったらしく大声で笑いながら再び俺の背中をバシバシ叩く。しかも結構強いからめちゃくちゃ痛い。
「あの見えない魔弾といい、あの威力の魔弾を防ぐ障壁といい、果てには転移魔法の使い手?い、いったい何者なんだぁ?」
「……少なくとも、そこいらの宗教詐欺師じゃなさそうですよギルドマスター」
血を流す手の状態を確認しながら、2人が消えた跡がないかとじっと見つめる。
ソロモンを崇拝する宗教。魔王を作り出した創造主を祀り上げるような宗教が台頭しているという事実に思わずため息が出て、同時につい最近ここの近くで魔王が現れたということが脳裏によぎった。変なことの前触れじゃなかったらいいんだけどな。
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まるで博物館で展
まるで博物館で展示されるような執務室だと、失礼ではあるがギルドマスターに呼ばれて入った部屋を見て何となくそう思った。木が燃えて木が爆ぜる小気味いい音が静かな部屋に響き、全体的には小奇麗に片付けられているが、棚は開けっ放しで資料らしき紙が本の間から飛び出ていたり、机の上には書類が山積みになっていたりと細かな部分は整理しきれていないのが見て取れる。
パっと見なんとなく居心地がよさそうだなんて思うけど、ここが仕事部屋なんだと思うとここにいたくなくなるのはなんでだろうなぁと思わずため息が出る。
「すまないね。急に呼び出して」
その部屋の主であるギルドマスターのライオネルはくたびれたような、というか目の下に隈とかあるし今にも精魂尽きそうと思えるほどに覇気がない様子で重々しく片手を挙げる。これで元Sランクだというのだから、よほど今の仕事が辛いのか、それとも元から気が弱いのか、はたまた両方だからここまで弱っているのか。それを察するほど彼と仲がいいわけじゃないため大変だなぁとしか思えない。
「いえ。依頼はまだ受けてなかったので問題はないです。それで、他地方出身のぽっと出の俺に何の用で?」
今日呼ばれたのは何かいい依頼がないか探しているところに受付嬢からギルドマスターに呼ばれていると言われたから予定を空けてここに来たわけなのだが、呼ばれるようなことをした覚えはない。
「あぁ、いや、別にそこまで大した用事ではないんだ。いや、黒髪の戦乙女の父のことを探っていることに関しては疑わざるを得ないってのはあるんだけどね。それ以上にもっと気になるというか、個人的にぜひとも聞きたいことがあるというかね?」
個人的に聞きたいこと。はて。ギルドマスターと関連するようなことで気になるようなことなんてあっただろうか。
「……もしかして、あの消えた2人についてですか?あいにくですけど、あの後の報告以外で話せることは何もないんですが」
「いや、確かにあれも何かしらの情報が欲しいんだけど、そうじゃないんだ。もっと、こう、本当に個人的なことなんだ」
……ふむ?それじゃなんだろうか。正直ギルドマスターとはあの時だけしか直接会ったことはない。ギルドにとって不都合だったり迷惑なことをした記憶は……スラム街でいろいろやってるわ。いやでもあれは特に問題ないはずだ。うん。降りかかる火の粉を散らしただけだから大丈夫。
けど、それ以外となると、俺の探し人のことでもないとなると本当にわからないんだが。
「君、なにかギルドの運営のことについて話してたみたいじゃないか」
「ギルドの運営?」
運営についてなにか言ったか。全然記憶ないんだけど、目の前の人は一体何を言っているのだろうか。
「受付から聞いたんだよ。冒険者じゃあまり言いそうにないことを言ってたって。引き継ぎがどうのとか癒着対策がどうのとかって」
……。あぁ。そういえばここに来てからそんなこと言った覚えあるな。
「そういうことがわかってる人がいてくれるとこちらとしては、というか僕が助かるんだよ。君がどうしてベルグリフさんを探していろんな場所に訪れているのか気になるんだけど、もしよかったらここで留まって働いて色々と教えて欲しいんだよ。もしそうしてくれるなら色々と融通するつもりでもあるし、君の探し人の娘のアンジェリンさんもここにいるから何かと融通は効くようには僕からも働きかけるからさ」
「……こんな若造に期待を寄せすぎじゃないですか?呟いたときにも言ったんですけど、俺少ししか知らないですし、言えることだって基本というか誰でも思いつくようなことだけですよ?」
「それでも教えて欲しいんだよ。何が足りないかを0から考えるより、1から派生させて考える方が楽なのはわかるでしょ?」
「……まぁ、それは、そうですけど」
言いたいことはわかる。聞いた話によると中央から反発するかのように独立したという話だから、中央からなにかしらの情報をもらえる状況ではない。まぁ形骸化しているシステムでしか動こうとしないのを聞くに聞いたところでほとんどが活用できるかどうか怪しいシステムの話になりそうな予感はするけど。いや、むしろ何がダメなのかを確認できるだけそんな情報でも欲しているって感じか。
「……とりあえず俺が思いつけることは言っていきますけど、薄いことしか言えないことだけは考慮してくださいね」
「それでもいいよ。ギルドが独立したなんて初めてのことなんだから、運営のことで聞けそうな話は聞いておかなくちゃ拙いんだよねぇ」
初めてのことを、考えたこともなかったことを必死になって学んでいこうとする姿勢は尊敬する。しかも俺の探し人のことを考えたらここでしばらく厄介になるかもしれないことを考えたら、ここの環境を少しでも良くしておくのはいいかもしれない。
ちくしょう。経営学か経済学、中世ヨーロッパの経済状況とか学んでおけばよかったなぁ。あと法律関係も学んでおけば何かと役に立ってたかもしれないなぁ。なんで数学なんてピンポイントな分野でしか活躍できないものを学んでたんだろうか俺。それもほとんど忘れてるし。
そんなこんなで何とか忘れかかっている思い出を思い出しながら、何が必要で何が不可欠か、そんなことをギルドマスターと話しているうちに気が付けば日が落ちかかっていた。
「もうこんな時間かぁ。時間が経つのは早いもんだねぇ」
「冬だってのもありますからね。しかしこの時間帯になると寒くて仕方ない」
もう春になるというのに、夜になるとかなり冷える。ここが北に近い位置にあるからということもあるんだろうけど、それでもここは底冷えだったりがきつくて寝つけにくいのは本当に困る。
「んじゃ、俺はこれで。また聞きたいことがあったら呼んでください。大丈夫な時は行きますんで」
「うん。ありがとね」
廊下に出ただけで体が少し震える程度の寒さを感じる。ロビーに出れば人が多い分気温も上がるんだろうけど、ここは人が少ないせいで風もよく通るせいで寒くて仕方ない。
「俺ここまで寒さに弱かったっけかなぁ」
もう今日はあったかいものでも食べてさっさと寝よう。晩御飯に何を食べようかと思いながらまだガヤガヤと騒がしいロビーに足を運ぶ。
いい加減1人で食べるの寂しくなってきたなぁ。誰か一緒に食べてくれる人いないかなぁ。長年ボッチが続いているせいで誘いにくいんだよなぁ。
大学で経営学や経済学を学んでおけばよかったと今更ながら後悔。
いい加減ヒロインズと会わせたい。
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気がつけばいつの
同時に解釈間違いや明らかになっていく過去に考えが壊されそうという恐怖にもドキドキが止まりません。
気がつけばいつの間にかこの街に着いてから1ヶ月が過ぎていた。スラム街での出来事や俺が知る限りの経営の知識について話したお陰か、ギルドマスターから信頼を得ることができた。そのお陰か独立するきっかけとなった魔王討伐の時のことを教えてもらったのだが、まぁそれはひどいものだった。
まずギルドマスターの負担がひどい。中央の老害連中が動かないのと他ギルドとの連携の杜撰さ、支援のなさがまぁ酷いこと酷いこと。よく過労死しなかったなとしみじみ思うほどに過酷な状況で動き続けていたものだとあわれみを覚えたものだった。
そして、ギルドマスターの手伝いをすると同時に俺の探し人であるベルグリフさんのことを聞くことができた。と言っても彼の娘である黒髪の戦乙女ことアンジェリン殿から聞いたものだけしか情報がなく、急ぎではないのなら今はアンジェリン殿とそのパーティ仲間が帰省中だから帰ってくるまで待っていて欲しいとお願いをされた。
特に急ぐこともないことだし、北の村だから本人からもベルグリフさんの情報と場所を聞いてからの方が無駄骨は少なくてすむとも思ったからその事を了承し、アンジェリン殿を待ち続けることにした。
待っている間はギルドマスターの手伝いと依頼でのお金稼ぎが続いた。しばらくの間ここにいてもよさそうだったから久々に拠点を作り溜まりに溜まったアイデアを吐き出して実験を繰り返していく。まぁ思いついた全部が失敗ばかりだから気が滅入りそうになる。もともとある程度の形はできている分、残りの数歩がどうしても進めない状況だから苛立ちも感じるけど、これは向こうでも最新技術を駆使しても動くだけでニュースになるぐらいには進んでいない技術だ。師匠の手伝いがあったとはいえ、1人だけで動かせるまでできたのは上等ではないかと思う。
でも進まないことのイライラは感じないわけじゃないんだが。それに失敗するということは素材を無駄にするということだ。つまりお金ががっつり減るのだ。チクショウ。
「あぁ、よかった。ここにいたんだ」
日が長くなり、やっとこさ暖かさも戻りつつあった昼時。お金稼ぎのために依頼を確認しているところにギルドマスターから声がかかる。相も変わらずヨロヨロで目元の隈が不安を煽るがもはやデフォになりつつあるその姿に俺は営業職を兼ねた事務職の恐ろしさに慄きつつ依頼を確認する手を止める。
「ギルドマスター?またなにか確認したいことが?」
「違う違う。アンジェさんが戻ってきたから知らせにきたんだよ」
アンジェさん、というと、アンジェリン殿のことでいいんだろうか。まぁギルドマスターからの呼びかけで、かつ戻ってきたという言葉からアンジェリン殿であることは間違いないだろう。
「ギルドマスター直々に呼んでもらえるとは、ようやく暇になりつつあるんで?」
「そうだといいんだけどね。書類作業が嫌だから逃げてきたんだよ」
苦笑いしながら肩をほぐすように動かすギルドマスター。まぁ確かにあの量の書類を片付けないといけないとなると気が滅入るというか逃げたくなるのはわかる。というかここ数日執務室に籠りっぱなしだったはずだからこうやって体をほぐすことも必要になってくるだろう。
「わかりました。それでアンジェリン殿はどこに?」
「空いていた部屋で待ってもらってるよ。今から来てもらいたいんだけど、大丈夫かな?」
「えぇ。問題ないですよ」
ギルドマスターの案内に従って歩いていると、そこそこいい部屋の面談室の前にたどり着く。結構いい部屋に待たせているんだなと思ったが、よく考えたらSランクの冒険者で魔王を倒した英雄なんだから当たり前かと思い直す。
「アンジェさーん。例の人をお呼びしましたよぉ」
「ん。入っていいよ」
ギルドマスターが扉を開け、促されて礼を言いつつ中に入る。部屋の中にソファに座っていたのは、おおよそ20歳にも満たないであろう少女がこちらをジッと見ていた。
若い。部屋のなかで座っている少女を見てそう思った。確かに娘と聞いていたからそこまで歳はいってないだろうとは思っていた。けど俺と同じぐらいか少し下ぐらいだと思っていたけどまさか17、8ぐらいだとは思ってもいなかった。
「……その人が?」
「えぇ。彼がアンジェさんのお父さんに会いたいって言ってた人ですよ」
それじゃ私はこれで、とだけ言うとギルドマスターは去っていった。俺とアンジェリン殿の2人だけにしたのは正直驚いたが、今までのことで俺を信頼しているのか、それともアンジェリン殿を信頼してのことか。
「初めまして黒髪の戦乙女殿。デズモンドと申します」
相手はSクラスだ。しかも俺の探していた人の娘ときた。へそを曲げられて会えないことになったら目も当てられないから丁寧な言葉を選ぶ。
「……アンジェリンです」
対してアンジェリン殿はこちらを警戒しているのか言葉数は少なめに返答をしてくれる。これは長くなりそうだと思わずため息が出そうになる。
長丁場になりそうなことを察しつつ、一言断りを入れてアンジェリン殿の前になるようにソファに座る。好感度を上げるように話さないといけないのは、本当に疲れるから嫌なんだけどなぁ。やるしかない。
「……なんでお父さんに会いたいの?なんで探してたの?」
どう話を切り出したものかと内心悩んでいるところに最初に話を切り出したのは意外にもアンジェリン殿だった。警戒している雰囲気は変わらないが、この様子だと長い間自分の父親のことを探していたことは聞いているんだろう。まぁ全く聞いたこともない人が長い間探していると聞いたら警戒するのも当たり前か。
「まぁ、簡単に言えば恩返しですね」
正直な話、そうでもなかったらこんな長い時間もいろんな国をあっちこっち探そうとは思っていなかっただろう。気まぐれであろうとも、命を救ってくれて魔法が何たるかを教えてくれた師匠に少しでも恩返しをと思ったらこれしかなかった。
「恩返し?お父さんと会ったことあるの?」
「俺じゃないですよ。あなたのお父上の昔のパーティメンバーの1人が私の師匠なんですよ」
アンジェリン殿の目が見開かれる。想像してなかったといわんばかりの表情の変化に、逆に俺が驚きそうになった。
「……お父さんの、友達……?」
信じられない、といったような口ぶりだった。同時にさらに疑いが深くなったように感じた。
「あの無愛想で投げやりな師匠が目を輝かせて話す数少ない人物でしたからね。助けてもらった恩返しに会わせてやりたいと思いましてね」
その恩返ししたい師匠は行方不明だが。というかある程度修行をつけてくれてから特に何かを言うでもなくふらっと消えた師匠のことだから多分どこかで生きてベルグリフさんの足を治す方法を探しているんだろう。
「その師匠、名前をカシムって言うんですけど、名前は聞いたことはありません?」
「……ううん。聞いてない。お父さん、名前は教えてくれなかったから」
「そうですか」
思った以上に溝が深い感じかな、これ。仲がよかったのに足を失ってから疎遠になって、最後は何も言わずに去っていったって言ってるから嫌な予感はしてるんだよなぁ……。
「……これ、会っても大丈夫なのか?」
薄々感じていたことだけど、これベルグリフさんの方が会いたくないと思っていたらどうしようか。特に話を聞いてくれずに門前払いとかなってしまわないだろうか。いや、師匠の話を聞いてたらとりあえず話は聞いてくれそうだけど、それでも不安は取り除けない。
「……まぁ、そこら辺は会ってから考えようか」
これ以上考えたところでいい案なんて思い浮かぶわけもないと思考放棄する。行き当たりばったりな気もしなくはないが、もうここまで来たら行くしかないだろう。せめてどこにいたのか、どういう状況にあるのかぐらいは知らせれる程度には知っておいた方がいいだろう。あとは師匠が何とかするだろう。
「とりあえず確認したいんですが、いくつかお父上のことについてお聞きしてもよろしいです?」
「……答えられる範囲でなら」
とりあえず本当にアンジェリン殿の父親が俺の探しているベルグリフさんなのか、身体的特徴に年齢、そして冒険者をやっていた時期を聞いてみる。アンジェリン殿も詳しい年齢だったり何をしてきたのかまでは聞いていなかったのかあやふやな部分もあったが、ほとんどが師匠から聞いた話と一致した。これは今まで以上に可能性はでかそうだ。久々に期待できるんじゃなかろうか。
「ありがとうございます。それで、ぜひともお会いしたいんですが、よろしければ場所を教えていただいてもよろしいです?」
「……その前にこちらも確認したい」
「なにをです?」
「本当にお父さんのことなのかを確認したいから、師匠から聞いたって話を聞かせて欲しい」
「……まぁ、師匠主観でもいいなら。それで信用を得られるなら何の問題もないですよ」
最初は食い逃げの途中からベルグリフさんとリーダーのパーシヴァルさんから強引にパーティに誘われ、つまらないとベルグリフさんに愚痴をこぼしながら薬草の採取などの簡単な依頼をを受け続け、やっと討伐系の依頼を受けようとしたところにエルフの女性であるサティさんを冒険者の喧嘩が勃発した場所から連れ出してパーティに入れて、悪戯好きでよくパーティのみんなにちょっかいをかけたりして、ベルグリフさんの指示のもとでの冒険は本当に安心できるもので楽しかったと、ダンジョンや高原、草原、森林の中を進む冒険譚は、高ランクの冒険ではないにも関わらず、自分ではなくパーティのみんながすごいんだと自慢気に話すその様は、聞いているととても楽しそうで俺もなりたいという気持ちにさせるほどだった。
「やっぱり、私のお父さんはすごい人なんだ……!」
一通り話を聞き終えたアンジェリン殿は目を輝かせて俺の聞いた話を噛みしめるように深く息を吐いた。俺の場合はパーティの仲の良さと冒険にあこがれたけど、この人の場合は自分の父親の活躍に興奮しているようだ。
「話は分かった。お父さんの住んでる村の名前と行き方を教える」
「それはよかった。ありがとうございますアンジェリン殿」
「アンジェリンでいい。あなたの方が年上みたいだし、そんなかしこまった風に話しかけられるとこっちが疲れるから」
「あ、そう?それじゃお言葉に甘えさせてもらって」
よかった。この様子ならベルグリフさんと会うことに問題はなさそうだ。冷たい雰囲気出してるけどとっつきやすい子で助かった。お父さん自慢についていかなくちゃいけないさそうだけど、まぁここまでかかった時間と、見た目かわいい女の子が話すならあまり苦にはならないだろう。
でも、不安もある。師匠たちの前から黙って消えたということは、少なくとも会いたくはないという気持ちがあったから去っていったんじゃないのかという考えがどうしても出てきてしまう。師匠の話ではとても慎重な性格で自己犠牲的な部分以外では無茶なことはめったにしない人物だと聞いている。やけくそを起こして自害したということを考えなかったら、どこかで野垂れ死んだということも考えにくい。
『黒い魔獣。あいつだけは絶対に許さない。ベルの足を奪ってオイラたちを引き離したアイツだけは、絶対に殺してやる』
ふと、ベルグリフさんの話を終えたあとに浮かぶ憎悪に満ちた表情を思い出してしまう。師匠たちとベルグリフさんが袂を別った原因である影法師のように黒い魔獣。ベルグリフさんの片足を失ってから疎遠になりつつあった4人の弟子が急に目の前に出てくることをベルグリフさんはどう思うのか。果たして話を聞いてくれるのか。聞いて、師匠に恩返しはできるのか。
漠然とした、そして拭い難い不安に目を輝かせているアンジェリン殿と真逆のことを考えている自分に思わずため息が出た。
やっと原作主人公を出すことができました。アンジェちゃんかわいいよアンジェちゃん。重度のファザコンかわいいよアンジェちゃん。ベルお父さんの前にはいかなる子供もファザコンになるのだ(確信。
パーティが解散してからの期間がどうなっているのかまだ詳しい物語は出てないから、まだ、大丈夫のはず。矛盾はないと思いたいです。
基本的に原作から乖離するようなことはしたくないので、基本的に原作の中にオリ主が入ったというスタンスは変えないように努力します。ぜひご指摘等をよろしくお願いいたします。
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車輪から伝わる土
あのお方は人のツボをどうしてこう押さえてくるのかなぁ……!(歓喜
車輪から伝わる土のデコボコした感触は、いつ乗ってもケツが痛くなる。鳥の形をした魔獣を狩ってはその羽をもぎ取ってクッションにしたものを自前で用意して敷いているが、それでも揺れを軽減しただけ。ケツが痛まないぐらいにしようと思ってもそうすれば狩る魔獣の必要数が増えてしかも荷物としてもかさばる、持ち運びが不便であることから盗まれやすいという欠点もあり、ないよりはマシ程度のものを作って下に敷くことしかできない。馬車で移動するたびにバスが恋しくなるのは仕方ないだろう。実際バスのほうが早いし快適だし。いやあれは道路整備がちゃんとできているから快適だったのか。道路整備はよ。
「いやぁ、しかし幸運だった。まさかトルネラ方面に行く行商さんがいらっしゃるとは思っていませんでしたよ」
「いえいえ。こうやってランクの高い方に護衛していただけるほうがありがたいですよ」
青い髪を短く刈った行商人は人懐っこいような笑みを浮かべる。この行商人さんはボルドーの豚肉と卸すためとトルネラで新しい産物ができそうだという話を聞いて卸せる商品となるかどうかを確認しに行くところだったそうだ。
「まずボルドーに行ってから、トルネラに向かうんでしたっけ?」
「えぇ。馬を休ませないといけないですし、ずっと野営するわけにもいかないですからね」
オルフェンを出て早2日目。道もあまり整備されていないからゆったりとした速度でボルドーへと向かう。今更何日必要としようが特に思うことはない。ほぼ確実な情報を娘のアンジェリンからもらえたことからはやる気持ちはあるけど、同時にアンジェリンから聞いた話から会った時にどうなることかと思うと不安だったりする。
カサリと小さな音を立てた懐の封筒を触り、わずかな不安を吐き出すように深く息を吐く。ベルグリフさんに信用してもらうためにアンジェリンに手紙を書いてもらったものなんだけど、ちゃんと話を聞いてくれるかどうか。アンジェリンの話を聞く限り邪険にするようなことはないと思うんだけど、なんか話が進みそうになると不安になるのはどうしてなのかねぇ。
明るいのか暗いのかよくわからない未来に再びため息を吐くと、ふと遠くのほうから4足でこっちに向かってくる何かがいたことに気が付くことができた。
「……魔獣か」
よく目を凝らせばわかるオオカミの姿をした魔獣。風上にいたからこれに乗っている肉のにおいにつられてきたんだろう。ランクとしてはDランクなんだが、足の速さや集団で行動をするということを加味すれば下手をすればCランクになりうるほどの脅威がある。今回に関しては見た限りだと5体ぐらいしかいないからDランク程度のものだろう。
「行商さん。後ろから魔獣が来ましたよ」
「えぇ!?だ、大丈夫なんですか!?」
「ランクの高い魔獣でもないので大丈夫だとは思いますよ。とりあえずこのまま走ってください。距離はできるだけ離せるようにしておきたいんで。そんでもって前のほうの警戒だけはしておいてください。後ろだけにいるとは限らないですから」
カバンから取り出した道具を横に置いて荷台の中に寝ころび、魔獣のいるほうへ荷台のつっかえに隠れる。右手の人差し指を左手で握りこみ、さらに左手の人差し指を伸ばしてつっかえを支えにして魔獣のいる場所に向ける。親指を立てて第一関節を曲げ、魔獣の位置を確認して手の位置と指す方向を調整しながら魔力を循環させる。腕から手にかけて刻まれた刻印がいくつも光り、左の人差し指に魔力が溜まる。こちらの動きと向こうの動きを予想して偏差を作り、そのまま作り出した魔弾を射出する。打ち出された魔弾は群れの先頭にいる魔獣の頭に直撃し、走った勢いのまま地面へと倒れこんだ。
「まず1匹」
急に目の前の仲間が倒れたことに驚いたのか足を止め始める魔獣。いやぁ、まさかヘッドショットが決まるとは思っていなかった。しかも仲間がやられて足を止めてくれるとは思っていなかった。おかげで余計なことを考えないで済む。
再び手に向けて魔力を送り、先ほどと同じように次々と魔弾を撃ち込む。狙われているのがわかったのか魔獣たちは追加でもう1匹が倒されてからバラバラに動き始めたけど、距離を詰められにくいことと狩りなれた魔獣だったこともあって特に苦戦することなく全滅させることができた。
「……もうちょっと早くリロードできるようにしたいなぁ」
指の形をそのままにして別の勢力が来ないかを警戒しながら小さくため息を吐く。1発の貫通力と射程は使える魔弾の中でも1番だし、威力も上位に入るぐらいには高い。けどそのせいか1発撃つのに5秒のラグがあるからこれが地味にきつい。
というか、そもそもこの指の形、というか手の形が正直やりにくいが、
「……あ、あの、まだなんですか?」
「ん?あ、もう大丈夫ですよ。魔獣は全部倒せました。あ、死体の処理をするので少し戻ってもらってもいいです?」
馬車を止めてもらい魔獣のところまで移動。一応討伐の証明として皮をはぎ取って残りは穴に入れて魔法で燃やして穴を埋める。倒した際の血はどうしようもないが、それ以外では血が飛び散らないように処理したから魔獣が集まるということは少なくなるだろう。
「いや~、すごいですね。何をしたのですか?剣や斧で倒すわけでもないですし、魔法で倒したわけでもないですし、あたしにはさっぱりわからないのですが」
すべての処理が終わり再びボルドーの街に向かって動き始めた行商人さんが安心したような声色で話しかけてくれる。同時にあまり見ない討伐の仕方をしたということも気になったんだろう。
「魔弾ですよ。魔力の塊を撃つチョットした魔法みたいなもんです」
「魔弾、ですか。あたしも行商を初めてそこまで長いわけではないんですが、魔弾を使う人はほとんど見たことありませんでしたよ。さっきみたいに長距離を飛ばせるなんて知りませんでしたし、魔弾とはそこまで汎用性の高いものなのですか?」
「あ~。まぁ、これは俺がいろいろ考えて作り上げたものですよ」
正直なところ、魔弾は魔獣を狩るのに全く向いていない。一応魔力を操作して意思に沿った大きさにできなくはないが、それでも大きくても小指の大きさになるかどうかというのが一般的だ。その程度の大きさで、しかも銃とは違って速度もある程度のランクに行けば見切られるし効かなくなる程度だから決定打になりえない。せいぜいが意識をそらすか動きを止める程度だ。
正直魔弾を極めるぐらいならもっと使い勝手のいい火や氷、電気を出す魔法をメインにするのは至極当たり前の結論だと言える。さらに中距離での運用が求められる魔弾は火力不足もあってはっきり言って扱いにくいのだ。そう考えるとあの無色透明な魔弾を撃ち出すあいつは珍しいタイプだと言えるだろう。
しかし、しかしだ。指から弾を出すということに、ロマンを感じない男が果たしているだろうか。いや、ない。少年の聖典の
「へぇ~。あたしにはそう言った知識がないのでよくわからないんですけど、すごいことをされているんですねぇ」
「まぁそこまで大変な作業というわけでもないですよ。俺のやっていることはある程度の知識さえあれば時間をかければできることですから」
実際そうだ。俺のやっていることは、簡単に言えば題意と解答がわかっている状態で定理をあてはめ続けるようなことだ。時間をかければ解答の導き方はわかるし、何より定理がほとんどわかっている状態だから適当に当てはめていくだけの作業になる。
逆に大魔導に名を連ねるような人たちは解答を導き出すのに定義から作り始めるのだ。まさに教科書に名前が載るほどの偉業を成したからこその大魔導である。大魔導。響きがかっこいいよね。
まぁ個人的な感想は置いておくとしてだ。要するに改造すること自体はそこまで難しいものではない。魔法や魔法の基盤、そして改良することが難しいのだ。魔弾なんてものは究める人は誰もいなかったからこうまでできただけなのだ。多分同じような人が出たら俺以上に効率のいい魔弾はできるだろう。
まぁ、俺の場合少しではあるが物理学の知識もあるからある程度はごまかしが効くのも幸いだった。そうじゃなかったら魔弾を使い続けるのにもっと苦労したことだろう。
「ところで、あとどれぐらいでボルドーの街につきそうですかね?」
「あ~。あと、1日もかからないですね。薄暗くなるぐらいには着くかと思います」
「……ってことは、あとおおよそ6時間ぐらいか。長いなぁ」
朝起きてもうそろそろお昼時だから大体11時ごろ。そこから薄暗くなるぐらいとなれば、季節を考えたらおおよそ6時間ぐらいだろう。それまで魔獣が来ないか気を張る必要があるんだが、さっきを感じるとかそんなことできないから地味にきついんだよこれが。野盗とか来たらどうなっているかも考えないといけないから本当に面倒くさくなる。だから出てくんなよ頼むから。
拙作中にある魔法の設定に関してはオリジナル設定です。魔弾はツンデレくんが使ったの以外で特に出番がなかったので強化してメインウェポンにしました。
指から放つ魔弾とか最高ですよね。カッコよさが。
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夏が近づいている
夏が近づいている中ということもあってか、北の村ということもあって生ぬるい空気を胸いっぱいに吸い込む。ゆっくり、そして深く息を吐いて再びゆっくりと息を吸うと、田舎独特の土っぽい空気が鼻を軽く刺激した。
「なんでこんなことになってるのかねぇ」
肩を軽く回しながら馬車の屋根で辺りを警戒する。どうも道中に見かける魔獣が多い。いくら辺境でもここまで魔獣が出るものかと行商さんに聞いてみたが、これほどまで出るのは今までにないと言っていたことから普通じゃないということはわかった。ただ普通じゃないからとわかってもそこからどうすればいいのかなんてわからないし、どうしようもないことに思考を取られて対応に遅れてしまったら目も当てられないから意図して無視するようにする。
「……今のところは問題は、ないか」
張りつめていた神経を少しだけ緩め、しかし指の形は崩さずに深く息をつく。数日前指の形つらいけどジャムる可能性を考えてこのままでもいいかとか言ってたけど前言撤回。キツすぎる。時間ができたら絶対に改良してやる。改造しすぎて腕に刻印していない場所が少ないレベルだけどこれは絶対にしてやる。してやるからな。
そんなくだらないことを考えながら周囲の警戒を長らく続けていると、柵に囲われた広大な麦畑とちょっと先にいくつかの建物が建っているのが見えてきた。もしかしてあれがトルネラの村なんだろうか。
「もうすぐ着きますよ」
下から聞こえる声に、予想が当たった喜びとやっとかという思いとともに集中力を途切らせる。指の形をずっと同じ形にしていたせいで指と手が攣りかける、何か所もの遠くを見続けて目は疲れた、神経張りつめてたせいで精神的疲労がつらい、同じ体勢だったから背中が凝り固まっている、などなど体の節々が痛くてかなりキツい。
「やっとですか。すいませんでした、屋根に登りたいなんて変な頼みを聞いてもらって」
「いえいえ。遠くの魔獣を近づけさせなかった分こちらも大助かりでしたよ」
屋根から荷台に降りて体の凝りをほぐすように全身を動かす。長時間ろくに動かさなかったせいか関節が鳴ってわずかに痛みが走る。固まった感覚でその痛みは逆に心地いいものだと全身の関節を鳴らすようにゆっくりと動かし続ける。
「ちなみにですが、すぐにここを発つおつもりですか?」
「まだなんとも言えないですが、たぶんしばらくはここに残っているかと。探していた人がどう反応するかにもよるので確定はできないんですよ」
「そうですか。一応対処できなくはないんですが魔獣の量が量ですし、オルフェンに戻るときも一緒に来ていただけたらありがたかったんですがねぇ」
そんな軽口を聞きながら体の状態を整え、村の中に入って行商人と別れる。行商人は村長のところで商売の話をするということで去っていったが、俺はベルグリフさんがこの村にいるということしか知らないためどこに行けばいいのかわからず立ち往生してしまった。あの行商人からもここにいることは聞いているが今どこにいるとか家はどこにあるとかまでわかるはずもないから特に何も言わずに別れたけど、これはミスったかな。
軽くため息を吐いて改めて辺りを見渡す。そこは自然豊かな北国の農村という言葉がぴったりな場所だった。黄金色に輝く麦穂が風を受けて波を作り、何人かの人が畑の手入れをし、毛がもっこりとした羊が柵の中で走り回り、時折遠くから怒号と笑い声も聞こえる。とても平和な農村だ。こんな場所からあのSランクの大物が育ってきたのかと思うとその父でもあり師でもあると言っていた目的の人物に会うのが少し怖くなってきた。
「すいません、ちょっとお尋ねしたんですが」
しかし、そうも言ってられない。ここまで来たのに会わずに帰るなんてことはできるはずもない。どこにいるかもわからない師にばったりと遭った時にいい知らせを渡すためにここまで来たんだから怖気づいても何も進まない。たまたま近くにいた初老の男性に声をかける。
「ん?おや、冒険者の方かな?こんな辺鄙な村になんの御用で?」
「こちらに赤鬼のベルグリフという男性がいらっしゃると聞いて参ったのですが、お会いすることはできますかね?」
「ベルにかい?最近ベルの客が多くなったなぁ」
少し驚きを露わにした男性は、しかしすぐに人懐っこい笑みを浮かべる。大体こういうところではよそ者、特に冒険者は村の若者を取っていくというイメージが強いから疎まれることが多い。しかもここは一番近いボルドーの街からも結構な距離があるほどの田舎村だ。跡取りや働き手が冒険者にあこがれて外に出てしまえば村に残るのは年を取った住民のみ。そうなってしまえばあとは廃れるだけ。すなわち過疎化だ。
だからこそ憧れは憧れのままでさせておきたいのが村の実情だ。冒険者なんてものが来て実現できるなんて思われたら出て行ってしまう。そんな可能性をわずかでも潰しておきたいという気持ちは、正直わからなくはない。
だからこうやって冒険者が来たことに対して嫌悪感を出さなかったのは意外だった。とはいっても、こちらを好意的に見てくれるのは会話がとてもやりやすくて都合がいい。とりあえず人の好さに感謝しよう。
「ベルなら今はケリーんとこの羊の毛刈りの様子を見ていたと思うが、しかしなぜベルに?」
「まぁ、いろいろお伺いしたいことがありまして」
さっきから笑い声や怒鳴り声が聞こえてくるのは、どうも毛刈りの時期だということで若い人に毛刈りを行わせているからのようだ。ベルグリフさんもそこで手伝いをしているということらしい。大体の場所も教えてくれた親切な村人に感謝を述べて教えられた場所へ進む。
風で麦穂がこすれあう心地いい音を聞きながらケリーさんのお宅へと向かう最中、にぎやかな声が辺りに響く。歩みを進めていくと、複数の羊の鳴き声に情けない男の悲鳴、初老らしき男性の怒号、複数の笑い声がだんだんと大きくなっていく。羊の鳴き声が聞こえてきたということは目的の場所に近づいてきているということ。足取りが軽くなってきてるような重くなってきてるような、そんな奇妙な感覚を覚えながら歩みを進めると、柵の中で羊と格闘している男性陣とそれを眺めている人の中に目的の人はいた。
赤い髪に木でできた義足をつけた男性。隣にいる子供によじ登られているどこかで見たような気がしないでもない男は放っておくとして、あの人がおそらく俺の探していた人だろう。
「突然申し訳ありません。ベルグリフさんとはあなたのことでよろしかったでしょうか?」
声をかけることに若干つまりかけたが、やっとのことでここまで来たという今までの苦労を考えたら声をかけないわけがない。後ろから声をかけられたことに驚いたのか少し肩がはねた赤毛の男性。隣にいたずんぐりむっくりは驚いたような表情を浮かべてこっちを見ているが、当然無視する。
「えぇ。そうですが、失礼ですがあなたはどちらさまで?」
「あぁ、名乗らずに失礼しました。私はデズモンドと申します。訳あって娘さんであるアンジェリン殿からお聞きしてここまでお伺いしました」
「アンジェから?」
ますますわからないと困惑を強くする。重度のファザコンである娘から聞いたということでいくらかは信用を得られると思うんだけど、逆にアンジェリンの名前を出したことが混乱させることになってしまったかもしれない。
「……もしや、赤鬼のことで私のところまで来ていただいたのですかな?申し訳ありませんが腕試し等は……」
「いえ、そういうわけじゃないんですよ。ちょっと言い方に語弊があるんですが、あなたに会っていただきたい人がいまして」
「……私に、ですか?」
会ったこともない人間から会ってほしい人がいる、なんて言われたらそりゃ訝しげになるのも仕方がない。けど、本当に会ってほしい人、どこにいるかはわからないから今すぐというわけじゃないんだけど、がいるのは本当のことだからこれ以外に言う言葉はないのだから許してほしい。
「私の師でありますカシムという男です。かつてあなたとパーティを組んでいたとお聞きして一目会いたいと申しておりましたので恩返しとして探しておりました」
カシム、という名前を聞いたベルグリフさんの表情は、驚きへと変わっていった。その名前を聞くとは思っていなかったと言ったように。そして、わずかに聞きたくなかったという感情も混じっているような、そんな気がした。
思った以上に確執がありそうですごく怖いんだけど。これ大丈夫かな。
みんなのおとうさんの登場。あれ。ここまで長かった……。
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木をくり抜いて作
矛盾等があれば指摘お願いいたします。
木をくり抜いて作ったであろうコップにお茶が注がれている。木のテーブルにそれを置く鈍い音が若干重苦しくなっている空気の中でよく響いた。
「粗茶で申し訳ない」
「いえ、お構いなく」
客人の前ということもあってか笑みを浮かべているがベルグリフさんの表情は優れない。笑みもなんとか出しているという状態で、落ち着かなさそうにそわそわとしている。
あの毛むくじゃらは席を外してもらっている。さすがにそれぐらいの空気を読む程度はできてる辺りに安心感はあった。居続けるようだったら魔弾をぶっ放してでも追い出してやるつもりだったが、その必要がなかったのは手間がかからずに済んだからよかった。
「……それで、君は、カシムの弟子、だったかな」
重々しく、自分で自分の言葉を確認するかのようにベルグリフさんはゆっくりと言葉にする。それに肯定するように、はい、と小さくうなずく。
「魔獣に襲われたところを師匠に助けられました。それから私が無理やり弟子にしてほしいと頼んで、数年ほど師事を受けました」
「……そうか。カシムが弟子を……」
ベルグリフさんはそう言うとわずかに視線をそらし、懐かしそうに、嬉しそうに笑みを浮かべた。しかしすぐに悲し気な表情へと変化して、こっちに視線を戻した。
「……どうして私を探していたのか、教えてもらってもいいかな?」
「純粋に師匠への恩返しです。あの人昔の話をするたびにあなたに会いたい、会って謝りたいと言っていましたから」
俺の言葉に、とても複雑そうな表情を浮かべた。何か言いたそうに口元を動かしていたが、何を言うべきなのかを考えているのか言葉にすることはなく、しばらく考えた末に出てきた言葉は否定的なものだった。
「私に会う資格はない。彼らには黙って1人こうやって百姓をやっている。一緒に夢を見た仲間を自分の都合で裏切ったんだ。そんな私に、彼らに会う資格なんて……」
徐々に声が小さくなっていくベルグリフさんの表情はとても苦しそうに見える。
「……師匠に会いたくないのですか?」
俺の疑問に、ベルグリフさんはすぐには答えなかった。手に持ったコップの中をじっと見つめ、答えを出したのかポツリポツリと話し始める。
「……わからないんだ。自分の中で彼らに、カシムに、みんなに会いたいのかわからないんだ。あの楽しかった日々を思い出して会いたいと思っている自分がいる。けど、彼らのことを嫉妬して会いたくないと思っている自分もいる」
ポツリとつぶやいたことで、止められていた堰が外されたのかのように次々と言葉を出していく。それは懺悔のようでもあって、聞いているこっちとしては聞くんじゃなかったかもしれないと若干後悔の念が沸いてきた。
「……最低だよ。かつての友人に、会いたくないと思う気持ちがあるんだ。あんなにも信頼していた彼らと、冒険者を今でも続けているかもしれない彼らを嫉妬している自分がいて、そう思ってしまう自分がいることに本当に嫌気がさしてくる」
コップを強く握りしめたのか、静かになった空間にコップと机が擦れる音が響いた。無意識のうちに手に力を込めていたらしくすぐに音はなくなったが、時々木同士が擦れる音は幾度となく響く。
別に誰かに嫉妬するということは誰でもすることだし、それが仲のいい人であったとしてもするものはするとは思っているけど、この人の中ではそれがひどいことなんだという気持ちが大きいのだろう。
「……まぁ、会ってほしいと言っておいてなんですけど、実は師匠がどこにいるのかわかってないんですよね」
会いたいのかそうでないのか、本人が苦しんでいる中本当に申し訳ないのだが、師匠がどこにいるのかわからないことを話す。少し驚いたかのように顔を上げるベルグリフさんの表情は、わずかに安心のような感情が見えたような気がした。
「……そう、なのかい?」
「えぇ。だいたい、7年ほど前でしたかね。魔法の腕についてまぁまぁだという言葉をいただいてから突然姿をくらましましてね。師匠を探そうかどうしようかと思っているときに師匠の思い出話を思い出しまして。冒険者として旅するのと一緒に恩返しとしてあなたを探そうと思い至りましてね」
我ながら勝手なことを言っているなぁとは思っている。会ってほしいと言いつつどこにいるのかわからない。正直怒られても仕方ない気がするがベルグリフさんはそういったことにはならずに済んだようだった。
「……そう、か」
それを聞いて残念そうな、しかし安心したような複雑な表情を浮かべる。もし会える状況だった場合、どうすべきなのかを悩み続けていたのかもしれない。そういう意味では師匠の居所を知らなかったほうがよかったのかもしれない。
「まぁ、ダウナーというか投遣りな人でしたけどどこかで生きてるだろうとは思ってるんで、今度は師匠を探すことにしますよ。それで、もし師匠に会えたらここにあなたがいたということを言ってもいいですかね?」
「……正直、返事は待ってほしいと思っている。君も急いでいるとは思っているけど、まだ、自分の中で整理しきれていないんだ」
「まぁ、急な話ですからね。大丈夫ですよ。どうせ師匠もどっかで図太く生きてるでしょうし、時間はかかっても問題ないかと」
生きてても仕方ないと言ったような半鬱状態みたいな人だったけど、なんだかんだいいつつ生き続けているだろう。そういうことができるぐらいにはあの人は強いだろうし。
「……もうカシムを探しに行くのかい?」
「どうしましょう。行くとは言ったんですけど、正直ベルグリフさんを見つけてから今までの気苦労というか、なんか精神的な疲れがどっと出てきてるんですよね」
正直ベルグリフさんを見つけて燃え尽き症候群的なのが出てる。話を聞いているとベルグリフさんも憎くて会いたくないというわけじゃなさそうだし、もうちょっと何か一押しがあったら会ってくれるだろう。けど、それだけを見てさぁ師匠を探しに行こうと思えるかと言われればそうでもない。ベルグリフさんが会いたいと思っていない状態で師匠に会った時どうすればいいのか考えるのが正直めんどくさい。
「師匠は師匠で問題なく生きているんだろうなぁとは思ってるんで、まぁ探しに行くのも先でいいと思ってますし。しばらくはどこかでゆっくりしようかなぁとは思ってるんですけど、まだ決めてないですね」
「……そうなのかい」
実際、あの人がどこかで倒れているとは全く思えない。いや、空腹とかで倒れてそうな気はするけど、戦闘においてあの人が倒されるなんてことはまずイメージが出てこない。師匠だからということもあるんだろうけど。
だから少しぐらいのんびりしても問題はないだろう。あの人は悲観主義者みたいなこと言ってるけどなんだかんだ過去を引きずってるから何とか生きようとしてそうだし。いや、悲観主義者っぽいなら急いだほうがいいのか?でもまた探すとなると何年かかるのかわからないからなぁ……。
「……もし君がよければの話だけど、しばらくここにいてもらってもいいかな?宿ならここでもいいなら提供するよ」
この後どうするかを考えていると、ベルグリフさんがそう提案してくれた。
「君は魔法が使えるんだったね。魔力の探知についてはどうかな?」
「え?あ、はい。一応師匠に一定のものは叩き込まれてます」
こんなところで魔力のあるものを探しているのは珍しいことだ。辺境の地には魔力のあるものを持っている人はほとんどいない。あるとしても先祖代々受け継がれてきたものだったりするのだが、もしかしてそういうものがなくなったのだろうか。
「実は、魔獣が増えている原因を探ってほしいんだ。ここ最近魔獣が増えているからね。その原因が魔力溜まりか強力な魔獣だろうとは思っているんだけど、それだと出てくる魔獣が下級のものしか出てこないことに説明がつかないんだ」
違った。村のためではあるけど、もっと危険な理由で魔力を探ってほしいというのもわかる理由だった。
「……まぁ、特段急ぐような旅でもないですし、ここならのんびりできそうですからね。しばらくご厄介になります」
「そうか。ありがとう。魔力の探知ができる人が欲しいと思っていたところだったんだ」
了承の意を伝えると安心したかのように息を吐くベルグリフさん。さて。厄介なものが出てこないことを祈りたいけど、どうなんだろうか。低級の魔獣しか出てきてないのを見るにそこまでの魔力溜まりはできてないと思うけど、あまり楽観視しててとんでもないものが出てきてしまえばどうなるかわからなくなる。
「べ、ベルさん!ちょっと来てくれ!」
村の青年が慌てたように家のドアを開いた。あまりの慌てっぷりに、さっき考えていた厄介な魔獣が出てきたのかとフラグ回収の速さに頭を抱えそうになるが、すぐに動けるように意識を戦闘ができるように切り替える。
「どうした?魔物が出たか?」
「違う違う!エルフだ!この村にエルフが来たんだよ!俺たちじゃどう対応していいかわからないんだよ!」
魔獣ではなかったが、どうやらまだまだ騒動は続くらしい。
ミリィたそもふもふしててかわいいなぁ
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ベルグリフさんが
投稿遅くなって申し訳ありません。ポケモンとかポケモンとかポケモンとかで忙しかったのでつい遅くなってしまいました←
ベルグリフさんが村人に連れられて家から出ていったと同時に、ドアからずんぐりとした男性が家へと入ってきた。しっかりとした足取りで中に入ってきた男性は笑みを浮かべて俺に話しかけてきた。
「久しぶりだな。2年前にパーティを組んだっきりか」
「お久しぶり、になるんですかね、ダンカンのおっさん。なんでこんなところにいるんですか」
ダンカンのおっさんとは2年前に資金稼ぎのために短い間だけだがパーティを組んでいたことがある。前衛としては十分すぎるぐらいの実力があったので組んでいるときは助かっていた。その時以来1度も会っていなかったのだが、まさかこんなところで出会うとは思ってもいなかった。
「なに。ここにかの黒髪の戦乙女の師でもある赤鬼がいると聞いてな。手合わせでもしてもらえぬか尋ねに来たのだよ」
「相変わらずですねぇ」
腕のある人の話を聞けばそこまでいって手合わせをする。そうして自身の強さを実感することが好きなのか、それともただ単に戦うことが好きなだけなのか、おそらく後者のような気がするがまぁそんなバトルジャンキーのような考えを持っているダンガンのおっさんなのだが、まさかこんな田舎にまで来ていたとは驚きだ。
「……てか、いくらここが北の村だと言ってもエルフがこの村に来るなんてあるんです?」
7年という短い年月ではあるが、旅を続けていた俺でも1度も会うことのなかったエルフが、いくらこの村がエルフの住まう森に近いとはいえ、あの森から出ないことで有名なエルフが人里に降りることがあるのだろうか。この村にはエルフの気を惹く何か特殊なものでもあるのか、それとも誰かが友好を結んでいるのか。
「いや、某もここに来てから長いこと滞在しているわけではないからわからぬが、あの様子を見るに初めてのことなのだろう」
「……まぁ、確かにそうですよねぇ」
よく考えてみればここにエルフがよく来るというならば村人もあそこまで慌てることもなかっただろう。今回初めて来て対応の仕方がわからなかったからあそこまで慌てていたといえばしっくりくるほどだ。となれば、エルフがここに来たというのはエルフの住む森に何かが起きているということなのだろうか。
しばらくエルフがここに来た理由を考えていると、ゆっくりと扉が開いた。そこには家主であるベルグリフさんと、その後ろに銀色の髪に特徴的な長い耳をもった老いた男性、というにはとてつもない威厳があるのだが、がゆっくりと家の中へと入ってきた。
「はっはっは! ベル殿はいつも某を驚かせてくれますなあ!」
ダンカンのおっさんは豪快に笑っていたが、魔法をかじっている身として目の前にいる老いたエルフに目を瞠るしかなかった。凛とした佇まいにぶれることのない体幹、尋常ではない魔力を感知でき、あまつさえ仕草1つとっても全く隙のないその姿は、強者という言葉が陳腐に感じるほどだった。
「……申し訳ない。警戒させるつもりはなかったのだが」
知らず知らずに警戒の体制をとっていたのか、席に座ったエルフがこちらを見て申し訳なさそうにするのを見て、警戒で緊張していた体を解すように深く息を吐く。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。初めてお会いするというのにとんだ無礼を」
「いや、こちらではあまりエルフについて知られていないことは存じている。警戒する気持ちもわからないでもない」
その重厚な声からはこちらを配慮する意思が感じられた。同時に、これほど人を安心させるような声を出せるとは、長寿であるエルフの中でもとびっきりの経験を経ているのだろう。これほど荘厳という言葉が似合う存在もいないだろうと思わず息が漏れる。
確かにエルフのことは森の中で静かに過ごしている、ということと、魔力器官が発達しているため不老長寿であること、そして富や名誉といった俗物じみたものを好まず、精神性を重んじるということしか知らない。おそらくエルフの側も自身のことはあまり知られていない、というのはわかっているのだろう。偏見もあるのかもしれないが、高圧的だろうと思っていたエルフがここまで謙虚にいられるのは、人の生活を経験してきているということなのだろうか。
これほどの御方を連れてきた、ということは少なくとも村人の前では話すべきではないとベルグリフさんが判断したということだ。もしかすると部外者は聞かないほうがいい話をするのかもしれない。
「……私は席を外した方がよろしいでしょうか?」
「いや、あなた方お2人はこれまで旅をしてきたとお聞きした。よろしければお話を伺えればありがたい」
旅をしてきたことを知っている、ということはベルグリフさんが道すがら家に旅をしていた俺とダンカンのおっさんがいるということを話した、ということだろう。それを知ったうえで話を聞きたい、ということは何かを探しているということだろうか。
「粗茶ですが」
「かたじけない……」
ベルグリフさんが飲み物をエルフへと渡し、それを受け取ったエルフは静かに飲んだ。それを確認したベルグリフさんはエルフの向かい側に座った。ダンカンはその様子を見、そして壁に立てかけられた大剣を見て目を細めた。
「ふむう……その剣、中々の業物とお見受けいたす」
ダンカンのおっさんの言葉にエルフの目が細まった。
「ほう……お分かりか」
自分の剣を褒められたからかわずかに嬉しそうな声色を見せるエルフ。確かに立てかけられている剣は魔力を帯びており、普通ではない何かを感じる。こうやって目ざとく武具に目をやる辺り、ダンカンのおっさんもエルフを相手に変わらないなぁと思わず苦笑を浮かべそうになる。
「某はダンカンと申します。流浪の武辺者にて、現在はベルグリフ殿の元に寄食しております。よろしければ貴殿の御尊名もお伺いしたく……」
「む、失念していた。礼を失して申し訳ない。私はグラハムという」
その名を聞き、俺もベルグリフさんもダンカンのおっさんも驚いた。
「……まさか、エルフの“パラディン”グラハム殿では……?」
「そう呼ばれる事もある」
“パラディン”グラハム。エルフという種族から来る高貴なイメージと、魔王殺しに始まる数々の英雄譚から”聖騎士”の二つ名を持つ、生ける伝説とすら呼ばれる冒険者。かつてスラムで生きてきた俺ですらその話を耳にするほどの知名度を誇る、まさに最強の名にふさわしい冒険者だ。
「……まさか、かの聖騎士殿とここでお会いできるとは。重ね重ね無礼をお詫び申し上げます」
「いや、先ほども申した通り、警戒をする理由はわからないでもない。私も気にしてはいないから頭をあげてほしい」
頭を下げるとグラハム殿は逆に申し訳なさそうに制止する。その言葉に従ってとりあえずは頭をあげ、その機を見てかベルグリフさんが口を開けた。
「それで、グラハム殿はどうしてトルネラに?」
「ふむ、実は人を探しているのだ」
人探し。俺もベルグリフさんを探して旅をしてきた身として特に気にならない理由だが、それがかの”聖騎士”グラハム殿の探し人となると普通ではない可能性が非常に高い。
「そのお方がこの辺りに来ている、と?」
「確かではないが、彼女の行くであろう場所を目指していたら、この辺りに行きついたのだよ。流石に年でね、くたびれたから山から見えたこちらの村に立ち寄らせてもらった」
グラハム殿はそう言ってお茶をすする。見た感じそこまで疲労しているとは思えないほどだが、不老長寿であるはずのエルフという種族であるにもかかわらず老いて見えるその姿では、本人にしかわからない老いというものがあるのだろう。
「彼女……探し人は女性ですか」
ベルグリフさんの言葉にグラハム殿は軽く頷き、手にしていたお茶を置いて少し渋い顔で嘆息した。
「お転婆で困った娘でな……自身の立場を理解しておらぬ」
「では高貴な身分の」
「ああ」
高貴な身分であり、お転婆。このワードだけでどうしてあの”聖騎士”がこうやって人探しをしているのか理解できた。
「エルフ領は西の森の王、オベロンの一人娘なのだ」
エルフの組織図というのはよくわからないが、王家の一人娘が家出しているとなれば人の世界のことを理解できている”聖騎士”が出てくることになってもおかしくはないことなのだろう。
これ、仮にここに来てて何かあったら責任云々とか言われるのだろうか。そんなことを思いながらグラハム殿の言葉を待った。
姫様までが遠い……
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