須賀京太郎は彼女が欲しい (ファンの人)
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0 プロローグ

彼の者は須賀京太郎である、彼女はまだいない。

そう、彼女がいないのである。華の高校生活、入った部活は麻雀部、そして部員は全員女子。

しかし彼女がいないのである。顔立ちは悪くない、性格は良い部類、身長も高い。

だが、須賀京太郎が狙うのはかわいい女子、それも同じ部活のアイドル原村和。

彼女は奇抜なファッションセンスをしてるものの、それ以外は彼の好みにドストライク!

だからといってすぐさま告白し玉砕する彼ではない。そこまでバカな鉄砲玉ではない。

彼が目をつけたのは麻雀雑誌。彼が所属する部活の清澄高校麻雀部がインハイ優勝した際に、彼女らがインタビューに答えていたのを彼は知っていた。

ああいうインタビューには往々にして余分なものも含まれているはずだ、そう思い立ち買ってみた麻雀雑誌。

さあいざ開いてみると、そこはなんと清澄高校特集。これは幸先がいいと思った須賀京太郎、思わず笑みがこぼれる。

しかしそれも束の間、目当てのインタビュー内容…そう、好きなタイプはどんな人かというテンプレチックな質問。

その質問に対する原村和の返答

 

『麻雀が強い人がいいです』

 

悲しい哉、彼女は麻雀を愛しすぎている。まさか彼氏にもそれを求めようとは。

しかし諦めるのにはまだ早い、麻雀部にはまだまだ女子は四人居る。彼はそっちにシフトする。

一途じゃないだの浮気性だのと彼を責めないでやってほしい、彼はまだまだ十五歳、思春期真っ盛り、移り気なのは仕方ない。別に付き合えるなら誰でもいいという訳ではなく、あまりにも魅力的な人物が周りに多すぎるだけなのだ。

ささ、ネットでは魔王と騒がれ、テレビでは期待の新星、宮永照の後継者として名高い幼なじみの少女はどうなのだろうか?

まさか咲も麻雀には囚われまい、幼少期は麻雀がきっかけで家族がバラバラになっていたのだ。彼はそう思いページをめくっていく。

 

『麻雀が強い人がいいです』

 

そのまさかだった、あの原村和と一語一句同じではないか!どういうことだ!と混乱する須賀京太郎。

彼はもしやと思い急いでページをめくっていく。

 

『麻雀が強い人がいいじぇ』

『麻雀が強い人じゃな』

『麻雀が強い人よ』

 

なんということでしょう、彼が所属している部活はジャンキー住まう魔窟だったようだ。

 

__どうすりゃいいんだ

 

彼は思わず零してしまう。

この清澄高校麻雀部で彼女という栄光を手に入れることは不可能に近かった。

彼女らの言う麻雀が強い人、それは即ち互いに鎬を削れる人物、そんな男子は高校生にはいない。

これはもう試合終了か、あの魅力的な少女たちには手は届かないのか、そう思う須賀京太郎。

それから雑誌をパラパラとめくっていくが、大体の少女は麻雀が強い人がタイプとのこと。この日本はいつからジャンキー住まう魑魅魍魎の国と化したのか。思わず流れる涙。

インハイではふとしたきっかけで色んな少女と知り合うことは出来た、もしかしたらという可能性は今潰えた。

 

さあ、ゼロからのスタートだ須賀京太郎!そう自分を奮い立たせ、何とか涙をこらえる。

明日からは切り替えよう、麻雀に集中するんだ。そう思いベットに潜り込む。

 

__そうだ、麻雀である程度強くなれればモテるかもしれない

 

__それだけでもステータスになるかもしれない

 

__そう、あんなに強い仲間達がいるんだ、俺も教えてもらおう

 

彼は切り替えが早いようだ、彼女を作りたいという欲求をすぐさま麻雀に移し替えた。

彼はすやすやと眠り始めた、その表情に先ほどまでのような焦燥や絶望はない。

彼は切り替えたのだ、この高校三年間は麻雀に精力を尽くすだろう。

彼は諦めたのだ、あの可憐で美麗な麻雀少女たちと付き合うことを。

 

だがその決断に後悔はない!

…たぶん

 

 

 

………彼は知らない『麻雀が強い人がいい』というコメントは、即ちノーコメントだということを

 

 

 



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1 早朝の部室にて

ジリリリリリリ!!

 

けたたましい電子音が鳴り響く。

それを止めるはこの男、須賀京太郎。

昨日の夜に味わった絶望はもう過去のことである。

スッとした目覚めに大層機嫌を良くしたのか、鼻歌を歌いながらベットから降りる。今日の朝食はなんだろうか?鮭の気分だな、と思いつつリビングに降りていく。扉を開け、母親に挨拶をし、テーブルに目を向けると焼き鮭と納豆、味噌汁にご飯と自分の願望通りの朝食。更に機嫌を良くした京太郎、寝起きとは思わせないような食べっぷりで朝食をあっという間にたいらげる。これには母親も満足、いつもよりも甲斐甲斐しく世話を焼く。そのおかげもあってか、いつもよりも早く支度が終わり、早めに出発することにした。

 

さてさて、いつもの通りの通学路を歩いていき、見えてきたのは我が学び舎、清澄高校。その学び舎の古ぼけた校舎、旧校舎の方に入っていき、階段を昇っていく。どうやら彼は部室に行って、麻雀の教本を持ち出して勉強するという魂胆のようだ。彼の心に下心などもうない…というのは詭弁かもしれない。しかし、今の彼にとって大事なのは彼女などではなく麻雀のようである。

 

さ、部室の扉を勢いよく開けると…

そこには我らが部長、竹井久が佇んでいた。

これには彼も驚いたようだ、すかさず口を開く。

 

「あれ?こんな時間にどうしたんですか?」

 

これに対し竹井久もこう返す。

 

「須賀君こそ、なんでこんな時間に?」

 

「いや、俺は麻雀の教本を借りようかなって思いまして…」

 

「あら、いつからここは図書館になったのかしら?」

 

「あ、いえ、すみません」

 

少し意地の悪い返答に思わず謝ってしまう須賀京太郎。

そんな彼の様子を見て申し訳なくなったのか、すぐに言葉を返す竹井久。

 

「ごめんなさい、少し意地が悪かったわね、麻雀の教本ならお好きに取っていっていいわよ」

 

「ありがとうございます!」

 

彼はそんな返答に顔を明るくし、すぐさま教本を手に取り吟味し始める。

そんな彼の様子を見た竹井久はそっと近寄り

 

「どんな本がいいのかしら?」

 

と耳元で囁く。

ゾクリとしてしまう、そんな至近距離。

 

この距離感に彼は思わずたじろいでしまう。

普通の男子高校生であれば、『あれ?これって脈あり?マジで!?』ってテンパるであろう。

しかし彼は違う。彼女とは数ヶ月の付き合いだ。腹の内など透けて見える。

 

__ただ単にからかっているだけだな

 

そう判断した彼はすぐさま立て直して返答する。

 

「えっとですね、基本的なとこから理論的に説明してくれるようなやつがいいですね」

「ふんふん、それならこれとかどうかしら?」

 

彼の返答に対し、スッと答える竹井久。その動作には何の乱れもなく、滑らかに行われる。

そんな部長に対し、どこか違和感を覚える京太郎。

 

__あれ?からかってるわけじゃないのか…?

 

しかしそう思うのも束の間、竹井久はさらに行動を起こす。

 

「あ、そうだ、あっちにもあったはずよ」

 

そう言うと、おもむろに彼の手を握り、引っ張っていく竹井久。

これには須賀京太郎もうろたえる、というかメチャクチャドキドキしてる。

 

__おおお!やわらけぇ!

 

悲しい哉、彼は幼なじみの手をつないだことはあるが、他の女子の手は繋いだことはない。

別に女子と接してなかった訳ではない、しかし彼の紳士な部分が身体的な接触を控えていたのだ。

 

「ほら、これとかどうかしら?」

 

そんな彼女の言葉は半分も耳に入っていない。彼はとりあえず手渡された本を読み始め、適当に相槌を打つロボットと化した。ほぼ直感で良し悪しを選び、いくつかの教本をバックに詰め込んでいく。

そんな彼に対し、竹井久は追い打ちをかける!

 

「ねぇ、どうしたの?さっきからなんか上の空だけど…熱とかないかしら?」

 

彼の額にピトッとなにかが触れる、いや…これは…まさか!

 

「うーん、特に問題はなさそうね…?」

 

おでこを手で触られている!

そう理解した須賀京太郎はヤカンのようにカンカンになる!

 

「うわわ!なんかすごい熱くなってきたわ!保健室行きましょ!」

 

ウォン!彼はまるで人間火力発電所だ!

そう言われても仕方ないぐらいの熱量、今にも湯気が出てきそうだ。

 

__え、なにこの人、天使かな?

 

今までの扱いの反動もあってか、まさかの判断を下してしまう須賀京太郎。

この男、確実にちょろい。

 

__もう告白しちゃってもいいよね?

 

ちょっと優しくされた程度でこの有様、これは酷い。

さあさあ思い切って告白しようとしたその刹那!

思い出すは昨日の光景。

 

『麻雀が強い人ね』

 

__ふぅ、危ない危ない、とんだ勘違いをしてしまうとこだった

__そうだ、あの雑誌に書いてあった通り、好きな人は麻雀が強い人

__俺は告白しても玉砕するだけだ

 

スッと冷静になる須賀京太郎、それに伴い熱も下がったようだ。

 

「あ、あれ?急に元に戻ったわね?」

 

__冷静になって考えると、この人はいざという時は他人想いだ

 

__今回のもただ心配してくれただけで、別に俺に気があるわけでもなんでもない

 

「大丈夫です、じゃ、そろそろ授業始まるんでここいらで失礼します!」

 

そうはっきりと伝えスタスタと麻雀部を後にする。

 

__最初の授業は古典だったな、こっそり読むか

 

そう思い教室に戻っていく須賀京太郎。

部室に残されたのは麻雀部部長の竹井久。安堵したような仕草をしたあと、なにやら残念そうな表情で部室を後にした。

 

次に続く

 



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2 昼の学食にて

キーンコーンカーンコーン

 

長く退屈な授業も終わりを告げ、昼休みになった。

そんな解放感からか大きなノビをするのはこの男、須賀京太郎である。

身長が高いのもあって大迫力である。後ろの席の人は思わずたじろぐ。そんなことはいざ知らず、彼はスタスタと教室を抜け出し向かうは学食、どうやら昼飯を食べるらしい。その巨体で軽々と廊下を走りぬき、人混みもサッとごぼう抜き。

 

そんなこんなでやってきました愛しの学食、休み時間が始まったばかりというのにこの混雑。

須賀京太郎は横割りすることなくスッと列に並び、何を食べようか悩んでいる。

 

__今日はスタミナ丼にしようかな

 

そんなことを考えて腹をすかせる京太郎。そして順番が来ると、いつものようにパッと注文し、差し出された料理をもらい、空いてる席に適当に座る。彼は学食に一人で来たが、だからといって友達がいない訳ではない、むしろその逆である。彼は類い稀な人の良さとコミュニケーション能力の高さによって、同じ学年の大半とは知り合いである。彼が席に座ると、そこを中心にコミュニティができる、そんな存在なのだ。

 

さてさて本人はそんなこともいざ知らず、麻雀の教本を読みながらスタミナ丼をかっこむ。そんな彼に興味を持ったとあるクラスメイトの女子生徒が声をかけてみようかと近寄るが刹那、とある存在が視界に入りススっと別方向に進路変更。彼の隣に居た物静かな男子生徒もその存在を目視すると、スッと席を一個詰め、彼の隣を一つ空ける。

 

「もう、京ちゃんったら…お行儀悪いよ?」

 

そんな声にパッと顔を上げる京太郎、そこには見慣れた最終鬼畜嶺上マシーンSAKIがいるではないか。

 

「む、なんか失礼なこと考えてるでしょう」

 

我ながら酷い渾名だと心中で少し反省する須賀京太郎、そんな彼を横目にスッと隣に座る宮永咲。

 

「で、何読んでるの?」

 

ずずいと無遠慮に本をのぞき込んでくる文学少女、彼女がこんなことをするのは隣の金髪少年しかいない。

 

「ああ、麻雀の教本を借りて読んでるんだ」

 

それに対して京太郎、本に集中しつつもしっかりと返事をしていく。

 

「へー、京ちゃんがそういうの読んでるんだ」

 

どうやら麻雀の教本を熱心に読んでいることに驚いた様子、たしかに彼は麻雀に対してそこまで真摯ではなかったので、そう言われるのは必然かもしれない。

 

「ま、咲たちが優勝したしな、俺も頑張らなきゃと思って」

 

そう返す須賀京太郎、その内容は嘘ではないが大きな理由は他にある。そう、とても不純でとても悲しい理由が。

 

「えっ!あ、うん…頑張ろうね!」

 

そんなことは知らない文学少女、その京太郎の言葉を素直に受け止め少し恥ずかしがりながらも微笑みと共に励ましの言葉を贈る。頬に赤みがさしている。そんな表情豊かな彼女を見て癒されるのは須賀京太郎。実は周りもこんなやり取りを微笑ましく見守っているのだが、この二人には知ったこっちゃない。

 

「お、今日のレディースランチも美味そうだな!」

 

突然、京太郎はそう声に出し、となりの幼なじみの皿に箸を向ける。その幼なじみは特に抵抗せず、そのエビフライを差し出して、呆れたような態度を取っている。

 

そんないつもの光景。

そんな二人の後ろにスッと影がさす。

 

「よっ!相変わらずの嫁さんっぷりだな!」

 

高久田である。彼は学年随一の長身でありやや強面だが、その見た目とは裏腹に温厚な奴である。彼はこのカップルを学食で見るや否や、いつもこんなことを言っている。そしてこれを宮永咲が否定するまでがいつものパターン、のはずだった。

 

「お、お嫁さんだなんて、えへへ…」

 

照れくさそうにして呟く咲ちゃん。その顔に明らかな喜びが見え、寝ぐせの部分も嬉しそうにピコピコ動く。まるで恋する乙女のよう。

 

ここで須賀京太郎の心中

 

__アイエエエ!お嫁さん!?お嫁さんナンデ!?

__いつもはもっとツンケンしながら否定してるでしょおお!!

 

ごらんの有様である。いつもと違う幼なじみの反応にノックアウト!

かれはこんらんしている!

この須賀京太郎、宮永咲とは長い付き合いではあるが、素直な好意というのを貰ったことが少ないのだ。また、なんやかんやバカにしたりしてるけど、彼女が美少女だということは認めている。だからこそ、突然こういうことをされると混乱するのである。

 

__いつもは強気でツンケンした咲が…

__おおおおおれに対してここここんな表情ででで…

 

突然のことに思考回路がバグる京太郎!ショート寸前である。

この須賀京太郎、こういう時の対処法は何も知らない。そもそも対処法も何も、素直に好意を受け取るしかないのだが…

 

しかし、迷探偵須賀京太郎はここであることに気がつく。

 

__高久田のやつがいつも通りのニヤつき顔なのはどういうことだ?

 

そう、この状況を作り出した本人、高久田は何も動じていないのである。

 

__これは不自然、あいつにとってもこの反応は予想外のはず。

__されど奴はニヤついている、それどころか何かを期待しているような…

 

__分かったぞ!

 

ここで名探偵須賀京太郎は全ての謎を解いたようだ。そんなものはハナから無いのだが。

 

__咲に違う反応をさせて俺をからかおうという魂胆だな!

 

彼はこの短時間でそういう結論に達したようだ、それが正しいかは知らぬ。さてさて、これに対してどうしたものかと須賀京太郎は考える。

 

__普通に指摘するのは二流のやることだ、やられっぱなしで終わってしまう。

 

思考すること僅か一秒

 

__ここで取るべき行動は…!

 

「おやおや、愛しのお姫様、我が妻になりたいのですか?」

 

なんと漢、須賀京太郎!ここで愛の告白!というわけではない。

悪ふざけに対してノることによって、カウンターを狙っているのだ!

さてさて、そのカウンターの威力は如何ほどか…

 

「え、えええ!!わわわあわわわあわわ!!!!えええ…え…ほんとに…」

 

効果はバツグンだ!矢吹丈並みのクロスカウンターが炸裂!顔を真っ赤にして、そのショコラブラウンの髪を乱れに乱れさせる宮永大魔王。その口からは謎の呪文が飛び出し、ついぞや壊れたラジカセのようにブツブツ呟くのみとなった。

 

そんな様子を見て須賀京太郎、何を思うか。

 

__ふん!咲が俺をからかうなんて百億光年早いわ!

 

ああなんということだ、この男、幼なじみには大層厳しいらしい。あの魔王が普段から素直であれば結果は違ったであろう。とはいえ鈍感にも保土ヶ谷区。

 

さて京太郎は、百億光年は距離であることもつゆ知らず、彼女の心中がどうなっているかもゆめゆめ知らず、大変満足した様子で学食を後にした。残されたのは壊れたラジカセと驚きを隠せない木偶の坊。そしてこの喜劇のオーディエンス達。この木偶の坊、なんとかして壊れたラジカセを修理して、宮永魔王へと復活させた。その魔王、すぐさま幼なじみの姿を探すも形も見えず、あたふたするも彼は見えず。そしてようやくからかわれてたことを察すると、大きなため息をついて教室にトボトボ歩き始めた。それを見ていたオーディエンス、思い思いに心中を吐露しつつ教室への道を紡ぐ。

 

次回に続く



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3 部室にて

さてさて、ホームルームも終わり掃除当番でもないので部室に直行するのは須賀京太郎。今日は一段とやる気を出しているようだ。

 

__今日もネトマで特訓だ!この教本で学んだことを活かすぞ!

 

おやおやこの男、早速教本で学んだ成果を発揮しようとしてるらしい。しかしながら相手はネット。何故卓で打たないのだろうか?いや、打てないのだ。

彼が入って打つとなると周りは全員女子全国クラス、ぶっちゃけ男子インハイチャンプで漸くいい勝負になるレベル。しかし、周りも京太郎を虐殺して楽しむ鬼ではない、ある程度手加減はしてくれる。そのことが須賀京太郎を苦しめた。わざわざ手加減させるのが申し訳ないと思うのだ。別に彼女らはそんなの気にしないが、彼は中学校時代は体育会系だったのでそういう考えに至ってしまうのである。

 

__さてさて、今日こそは初段にあがるぞ!

 

そんなこんなで、彼はもう自分一人で練習する気満々だ。果たして彼が卓で打つようになるのはいつになるのか。そんなことを考えているうちに着いたのは部室前、その扉を勢いよく開けると

 

「おっ、おはようさん」

 

先にいたのは染谷まこ、二年生の広島弁メガネキンクリワカメっ娘である。彼女は中々に強かな女性であり、それでいて優しいというぐう聖っぷり。

 

「おはようございます!」

 

昼を過ぎてもおはようと言ってしまうこの現象、一体何なのだろうか?

さて、彼はそんな彼女に挨拶をして、パソコンに向かおうとするが…

 

「おう、もう練習し始めるのか?」

 

それを彼女に咎められる。いったい何だろうかと染谷の方を向くと、そこには美味しそうな饅頭とお茶がテーブルに乗せられていた。

 

「退屈な授業で疲れたじゃろ?とりあえず一緒に糖分補給をしようじゃないか」

 

この人、まさしく菩薩である。そんなこんなで意気揚々とテーブルに向かい、饅頭をかじる須賀京太郎。美味しい、と口に出し、そのままお茶をすする。そして一息ついてリラックス。そんな様子をみていた染谷まこ、我が子を見るかの如くの微笑みを浮かべている。ふと思い出したかのようにバッグをあさる京太郎、取り出したのは読んでいた教本、パラパラと開き読み始める。

そこにススっと近づく染谷まこ、なぜか隣に座る染谷まこ。それは近いぞ染谷まこ。

 

「ほう、麻雀の教本か」

 

そう耳元で呟かれる。

しかし彼は須賀京太郎、こんなシチュエーションは今朝体験したばかりである。さあさあ毅然とした態度で相槌を打ち、教本に集中するも

 

「おぬしはこのページとかを見た方がいいかもしれんな」

 

突然、グッと体を乗り出して、ペラっとページをめくる染谷まこ、少し密着する染谷まこ。こんなシチュエーションは経験していないが、ここは我らが京太郎、こんなものには何も動じず、さあさあ憮然とした態度で麻雀の教本を…

 

__や、やわらけぇ!これはもしや…!

 

なんということだ京太郎、染谷まこの控えめな胸部に反応して乱されてしまう。彼は巨乳好きではあるが、だからといって貧乳に興味がないわけではない、というかある。しかしだ、しかし!こんな少し触れたぐらいであわあわしているようではどうしようもない。

『そんな出来損ないのおもちに反応するなんて、失望したのです!』そんな声がどこからか聞こえてきそうだ。さてさて、そんな彼の心中を知ってるのか知らないのか、染谷まこはさらに身を寄せる。これには困った京太郎、しかし今の彼ならスッと忠告して麻雀にシフト…

 

__なんかいい匂いする…も、もうちょっとだけこの状態で、あと五分したら言おう。

 

しない!欲望に忠実である!

昨日の決心はどこに行ったのやら、煩悩まみれである。除夜の鐘はちゃんと聞いているのだろうか…。

さて、やや緑かかった髪が彼の首元をくすぐり、すこしこそばゆく感じる。それでも彼は忠告しない。それどころか、この髪を思い切りモフモフしたいとか考えはじめる始末。ふと彼女の方を見る京太郎、するとそっちを向いたのに気が付いたのか、目線をあわせ

 

「どうした?わしの顔になんかついとるか?」

 

少し上目づかいでこんなことを言ってくる、よくよく見れば見るほど端正な顔立ちだ、かわいい!彼の煩悩ゲージがマックスまで行こうとしている!いかん!このままでは告白してしまう!

 

__これ、行けるんじゃないか?

__いやでも、好きなタイプは『麻雀の強い人』

 

そうこう長考し始める須賀京太郎、そんなフリーズした彼を見て、不思議そうにコテンと顔を傾げる染谷まこ

 

__や、や、やってみるか?染谷先輩ならもしかしたら適当に答えただけってのもあるかも…

 

思い切って言葉を紡ごうかとした矢先!

ガチャリとドアが開く音!

 

「おっはようだじぇ!」

「おう、おはよう」

 

扉から飛び出してきたのはタコス、いやいや片岡優希である。

それに対し染谷まこ、すかさずドアの方に体をむけ、片岡優希に顔を見せてのご挨拶。

拍子抜けした京太郎、一拍置いてから挨拶しだす。

 

「おはよう」

 

この暴れん坊の片岡優希、京太郎とまこが密着しているのを目ざとく見つけては

 

「あー!なに密着しているんだじぇ!?そういうのはダメだじぇ!」

 

と言って、京太郎とまこの間にすかさずダイブ!これには両者ともに驚きを隠せない。

 

「私にも構ってダーリン☆」

 

艶っぽい声をだし、ウインクをしてアピールし始める片岡優希。そんな彼女に対し須賀京太郎

 

「誰がダーリンだ、ほらほら、どいたどいた」

 

一蹴である。それもそのはず、この片岡優希の日常的なスキンシップはこんなものである。ちぇー、と言いながら降りていく片岡優希。そんな彼女を見て元気じゃなと零し、饅頭をすすめる染谷まこ。

 

__さてはて、俺は一体なにをしようとしてたんだっけな?

 

なんということだ、鳩も驚くこの鳥頭、一歩も歩いていないのに大事なことを忘れてる。そんなモヤモヤ感をよそに、麻雀の教本を再び読み始める須賀京太郎。その横では片岡優希が興味深そうにこちらを見ていた。

 

次に続く



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4 ソファーにて

さてさて、染谷まこは席を立ち、選手交代して片岡優希、火の玉ストレートが得意な速球派である。彼女はススっと体を寄せ、いや、抱きつき、彼の読んでいる本を覗こうとする。これに対し須賀京太郎、少しドキッとしつつもスッと見せてこう答える。

 

「麻雀の教本を読んでるんだ」

 

いたって普通の返答、そんな返答に対して片岡優希、こう答える。

 

「お、京太郎もやる気になったか!えらいえらい!」

 

返事自体はいつもの彼女とあまり変わらないが、付随する動作は一味違った。ナデナデである。このタコス娘、小さな体を必死によじり、なんとかして京太郎の頭に手を乗せ、撫でているではないか。それに対して京太郎、少し驚きつつも、どうだ凄いだろー、と適当に返して教本を読む。しかし止まらない頭の感触、小さな手が自分の頭を優しく撫でる。だんだんと意識がそっちに傾く。別に不快なわけではない、どちらかと言うと心地よい、いや心地よい。されど気恥ずかしさはある。

そう思った京太郎、思い切って声を出す。

 

「なんで頭をなでてるんだ?」

 

さあどう出る片岡優希、この純然たる質問に対し悪態をつくのか、はたまた…

 

「ん?京太郎が頑張っているから誉めてるだけだじぇ!」

 

「ほれほれ~、この片岡優希様のありがたいナデナデだじぇ!東場に強くなるぞ~!」

 

そう言ってナデナデをやめない、むしろヒートアップしている。スピードアップしている。こいつはまたからかっているのか…そう思いふと優希の方を見てみると、そこには純粋な笑顔。好意100%の笑顔。これには須賀京太郎も驚きを隠せない。いつもであればニヤニヤと笑っているのだが、今日ばかしは嬉しさがにじみ出たような笑顔。

 

「ほらほら、教本に集中できないからやめやめ」

 

「え~、つまんないじぇ」

 

そんな笑顔を見て逆に気恥ずかしさが増した京太郎、思わずナデナデを停止させる。これには片岡、落胆を隠せず、いじいじと饅頭を食べ始める。しかし、ここで終わるようでは清澄の先鋒は担えない、彼女はすぐさま次に移る。

 

「ん、そうだじぇ!一緒にこれで勉強するぞ京太郎!」

 

意地でも京太郎と絡みたいのか片岡優希、京太郎は教本を既に読んでるのだ、その提案はすこしおかしい。しかし彼はそんなことは気にもせず。

 

「おういいぜ」

 

という言葉と共に隣の少女にも見やすいように本を広げる。

このタコス、流石は清澄の先鋒、麻雀に関してはピカイチなもので、京太郎にあーだこーだ言って教えている。ただまあ、教え方が少し独特なので京太郎は困惑している。そんな様子の京太郎を見て必死に言葉を紡ぐ片岡優希、国語の勉強をしようと決心する。さてはて、そんなこんなで一つの教本を読みあう二人、はたから見るともはやカップル。知らぬは本人ただ二人、そんな二人を見つめる一人、染谷まこはここで動く。

 

「ほれ、そろそろ久たちも来るじゃろうし、準備するけぇ」

 

そう言って二人のお勉強を中断させ、卓を動かす準備をし始める。先輩にそう言われてたら拒否など出来ない、拒否する気は毛頭ない、動こうと二人とも立ち上がる。しかし不思議、あれ不思議、運動神経抜群であるはずの須賀京太郎、何かにひっかかりおっととよろめく。なにか掴むものはないかと右手を伸ばすがそこは虚空、ここまでかと諦める、しかし左手が何かに触れる。グッと引っ張られ、なんとかよろめく体を立て直す。ふと後ろを見るとなんとか引っ張っていたのであろう、少し後ろ体勢の片岡優希が

 

「だ、大丈夫か?」

 

心配したような表情でこちらを見ている。安否を確認する言葉も発している。

 

「ああ、大丈夫だ、ありがとう優希」

 

「良かったじぇ、京太郎が怪我したら私…」

 

すぐさま無事を伝える京太郎、片岡優希は安堵し少しうつむき何か言葉を紡ごうとする。

 

「…ま、無事でよかったんだじぇ!心配させやがって、このこの!」

 

しかしそれもすぐに飲み込み、いつものような明るい表情に早変わり。あの言葉の先はなんだったのだろうか。少し気になった京太郎、しかしわざわざ聞き返すほどではないと判断し、何事もなく準備を始める。しかしあの手の感覚、小さいながらも力いっぱい掴んでくれたあの感覚、その感覚に嬉しさを覚える京太郎。さてさて、ややしばらくして、部室に入ってくるは、我らが部長竹井久、魔王宮永咲、そしてアイドル原村和。ささ、今日も部活が始まる、そう思い気合を入れる京太郎。

 

__今日はいつもよりもいける気がする。

 

それは教本によるものか、はたまた少女のハンドパワーか、そんな予感が京太郎をつつみこむ。そんなこんなでパソコンに向かう京太郎、しかし後ろから声をかけられる。

 

「どこに行くんですか?須賀君はこっちですよ?」

 

振り向くと、エトペンを抱きしめた原村和が不思議そうな顔でそう言ってる。

 

__もしかして、卓で打てということなのだろうか?

 

京太郎、さあどうしようか。

 

次に続く



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5 卓にて

さてさてここは麻雀部、自動卓があるのは当たり前。

しかしこの男、須賀京太郎は卓では打たない。実力不足、そう思い自ら避けているのだ。

そんな男にこの女性、原村和は卓で打とうと誘っている。やれやれと思い、須賀京太郎はこう発す。

 

「いや、俺はまだまだ基礎基本が出来てないし、ネトマでしっかり修行してくるよ」

 

そう伝えいそいそとパソコンに向かうと、原村和は口を開く。

 

「何を言ってるんですか?須賀君は十分なくらい基礎基本は出来てきていますよ。」

 

「え?いやでもたまにミスしたり、それで和に注意されるじゃないか」

 

「最低限の牌効率を考えた打ち方は出来ているので、卓で打っても平気ですよ」

 

「むしろ、須賀君は卓で打つ経験がなさすぎるので、卓でしっかり打ちませんと」

 

須賀京太郎はすかさず反論したが、原村和はその二倍の正論をぶつけてくる。これには言葉に詰まる京太郎。

周りの部員も、さあさあ卓につけと命令してくる始末。京太郎、これには抗えず恐る恐る卓につく。

そんな彼に対し、原村和

 

「とりあえず、この半荘は私が後ろで見てあげますね」

 

そう言うと、イスを引っ張り、京太郎の真後ろに座るではないか。

フワッといい香りがする至近距離、これには須賀京太郎、ドキドキする。

悲しい哉、たとえどれだけ脈無しと頭ではわかっていようが、こんなにかわいい子が後ろにいるだけで興奮するのが男のサガ。

 

「む、京ちゃん、デレデレしてないで早くやるよ」

「してねーし!」

 

顔が緩んでいたのであろうか、対面の幼なじみに注意され、須賀京太郎は思わず否定する。

彼からは後ろのアイドルの顔は見えぬ、はてさてどんな表情をしていたのだろうか。

そんなこんなでサイコロ回り始まりました東一局。須賀京太郎の手牌、すでにイーシャンテンである。

これには須賀京太郎思わず笑みが零れる。数巡後、スッと引いたのは泣き所だったカンチャンの牌、意気揚々と牌を曲げようとしたその瞬間

 

「待ってください、ここではダマで待ちましょう」

 

突然、ポソリと耳元で囁く原村、その声色はまるで天使のような優しい音色。それに対し須賀は背筋がピンとなる。

 

__うわ、うわわわわ、あわわわわ!

 

この男、この時点でこのざまである。それも仕方ない、一目惚れした程の相手が真後ろでこんなことをしてくるのだ。

原村和、そんな彼の心中を知ってか知らぬか、引き続きぽしょぽしょと耳元で囁いてくる。

しかし須賀京太郎、本日の須賀京太郎は一味違う、様々な試練を乗り越えてきたのだ、こんなところで揺れ動くような精神ではない。

 

__いや、落ち着け、和は純粋に俺に教えてるだけだ。

__そういうことはない、勘違いするな。無心で打つんだ。

 

そう自分を律すると、ただ卓上の牌だけに集中が行き、あれよあれよと和了を連発。この男、やればできる子である。

これには卓上のタコス、魔王、ワカメは大層驚いてるもよう。そんなこんなでやってきました南四局、京太郎は現在トップ。

いつもの彼であれば緊張しているであろうが、今日の彼は集中力が違うし、何より天使が後ろについている。

…いや、この須賀京太郎、物凄い集中のあまり、現在トップにいることに気がついていないのである。ただ牌を効率よく切るマシーンと化してる。

さてさてオーラスの牌が配られ、手牌を確認する須賀京太郎、その手牌、なんと萬子が11枚。

これには後ろの天使も驚きを隠せない。しかし、当の本人の須賀京太郎は

 

__染め手は苦手なんだよなぁ…

 

なんということだ、彼は染め手における切り方が苦手なのである。そうして萬子が来るたびに苦しそうに悩む須賀京太郎。

そんな彼を見かねたのか、原村和、グイっと身を乗り出して

 

「これはですね…こういう分け方をすると~」

 

懇切丁寧にレクチャーし始める。彼女の説明は理路整然としていて分かりやすい。

さてさて須賀京太郎、そんな彼女の説明を受けて、スッと牌を…

 

__おおおお!大きなおもちがががが!!

 

切れない!この男、おっぱい星人である。大きなメロンが背中に押し付けられたらこうなる気持ちは分からなくもない。

 

__こ、このまま分からないフリをすれば…ずっとこのまま?

 

しかし彼はあろうことか、分からないフリをして背中の感触を長く楽しもうという魂胆なのだ!

やれやれ、そんなことをしていたら後ろの天使も流石にイラつきを…あれ?

 

「何をしとるんじゃ、はよ切りんさい」

 

ここで染谷まこのインターセプト、余りにも時間がかかりすぎて痺れを切らしたのか思わず口をはさんでしまう。

 

「そうだじぇ!のどちゃんも京太郎にくっつき過ぎだじぇ!」

「っ!、す、すみません!」

 

我も続くと片岡優希、密着している原村和を指摘する。これには原村和も思わず顔を赤くして離れる。

ああ寂しい、背中にあった感覚はどこに行ってしまったのか、そんなことを思う須賀京太郎。

そんな思いと共に、最適解である牌を切ってみるが

 

「カン」

 

対面の魔王、突然の死刑宣告

 

「ツモ、嶺上開花」

 

ああ何ということだ、せっかく一位だったのに、あれよあれよとラス転落。いつもの定位置に逆戻り。

京太郎、ここで今のいままでトップだったことに気がつき、イスの上で暴れ回る。

そんな様子を見た魔王、昼の仕返しを果たせたからか、それとも別の理由なのかは知らないが、大層いい笑顔で笑っている。

他の面子は、惜しかったなと声をかけなんとか励まそうとするが、須賀京太郎、ついには力尽き真っ白に。

それを見かねた原村和、耳元でごめんなさいと呟き、ベッドの方へと運んでいく。

須賀京太郎、隣の天使に連れ去られ、ベッドに転がりそのまま意識をいずこに飛ばす。

残されたのは女子五人、それぞれ京太郎をほおって麻雀に集中し始め…?

どうしたのだろうか、中々卓が埋まらない。

 

 

次に続く



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6 ベットにて

さてはて、ここは清澄高校麻雀部、旧校舎のてっぺんに位置する部屋である。

そんな部屋の一角にはなぜかベッドが置いてある、これは果たして誰が持ってきたのか。某議会長が持ってきたのだろうか。

しかし、そんなことはどうでもいい。この男、須賀京太郎はこのベッドですやすやと寝息をたてている。

先ほどの半荘がよっぽど堪えたのであろうか。もう既に夢の中へ、夢の中へ行ってみたいと思ったらしい。

そんな京太郎、当然意識はない、もちろん周りで何が起こっているか分かっていない。

さてさて、今回は視点を変えて、この部室でのやり取りを見てみようか。

卓では早速次の半荘が始まって…いない。それどころか、誰も卓に座っていないのである。

 

「え、えーと、私が抜けますね、一位になりましたし」

「いやいや、私はタコスが切れたから買ってくるんだじぇ!打ってていいじぇ!」

「あら、そんな遠慮しなくていいのよ?私はもう引退したような身だし、四人で打っていいのよ?」

「わしは少し疲れたから休んでもええか?その四人で打っといてくれ」

「でしたら、少しお茶でもいれましょうか?」

 

どうしたのであろうか、このジャンキー達、なんと席を譲りあっているのである。

まさしく天変地異、三度の飯より麻雀が好きと言いだしそうな五人が皆揃って卓につこうとしない。

こんな状況で原村和はお茶を淹れにいき、片岡優希はタコスを買いに行き、宮永咲は本を読み始め、染谷まこはソファーに寝転がり

竹井久は…おっとこの議会長、スッとベッドの方に進路を定めて歩いている。

そんな部長に対し、ソファーに転がる染谷まこ

 

「おう、どうしたんじゃ久?そっちはベッドしかないぞ?」

 

こう発言し、竹井久に干渉する。

 

「え、ええ、須賀君の様子をみようかな、って」

 

この議会長、意外にも素直な返答、それに対し染谷まこ

 

「そんなこと言って悪戯とかせんじゃろうな?」

 

この言い草である。一年以上の付き合いなのにこの信頼度、いや、だからこそと言うべきか。

 

「そんなことしたらいけませんよ、須賀君は疲れていますし、しっかりと休息を取らせるべきです」

 

ここ原村和、そんな会話を聞いていたのか、部長に対し釘を刺すように忠告をする。

 

「し、しないわよ!というか酷くない?私ってそんなに信用できない?」

 

この集中砲火に対し竹井久、涙目になりながら否定している。かわいい後輩たちに信用されてなくてショックを受けてるらしい。

女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ、寝ている京太郎をよそにワイワイと騒いでいる三人組。

おや、片岡優希はタコスを買いに行っているから、部室には四人いるはずである。もう一人は何をしているのだろうか。

 

その文学少女、何ということであろう、ステルスモモもビックリなスニーキング技術によって、ベッドに腰掛けているではないか!

これに気づかず騒ぐ三人。それも仕方ない、三人からはベッドの位置はつい立によって丁度死角になっている。

この文学少女、それも計算しているのか、中々なやり手である。伊達に魔王と呼ばれていない。

さてさて、絶好のポジションを得た幼なじみ、果たして京太郎の隣に座って何をするのだろうか…

おおっと!撫で始めた!髪の毛を優しく撫で始めたではないか!その表情は慈愛に満ち溢れている。

触られているのが心地よいのか、須賀京太郎は安らかに眠っている。そんな顔を見る魔王、何か辺りを気にしている。

三人がまだ騒いでいるのを確認して、少し深呼吸し、そして、その顔にゆっくりと顔を近づけて…

 

「タコス買ってきたじぇ!」

 

バンッと大きな音と共に帰ってきたタコスの化身、片岡優希のお戻りだ。

これによって宮永咲、ビクンと大きく体を跳ねさせ、慌てて小説を読んでるフリをする。

しかし悲しい哉、その小説、逆さまだ。伊達にポンコツ扱いされてない。

そんな咲ちゃんを見つける優希。扉の位置からは死角ではないので、おかしな状況に首を傾げて

 

「咲ちゃん、何をしているんだじぇ?」

 

そんな言葉にハッとなる三人組、慌てに慌てる宮永咲、タタッと近づく片岡優希。

原村和、こんな咲の様子を見て、ジト目で何かを訴えかける。

染谷まこ、逆さになってる小説に思わずツッコミをいれてしまう。

竹井久、咲の動揺っぷりとポジションから何かを察する。

片岡優希、何かを勘ぐる。

そんな四人に対し、宮永咲、こう証言する。

 

「べべべべつになにもしようとしてないよ!」

 

嗚呼愚か也。ホントに何もしようとしてない人は、どもりながらこんなことは言わないのである。

確信する四人、始まる尋問、さあさあ楽しい時間の始まりだ。麻雀は知らん!

 

「へぇ、何をしていたのかしら」

「そうじゃのう、小説を逆さに読むぐらいじゃから、そうとう慌てとったみたいじゃな」

「咲さん、もしかして須賀君に変なことをしようとしてたのでは…」

「もしかして、チューしようとしてたのか!?」

 

このタコス、ど真ん中にド直球を放り投げた!もはや尋問どころではない!

 

「ぅええ!?ししししてないよそんなこと!!」

 

このテンパりようである。原村裁判長、判決を下す。

 

「咲さん、こっちに来ましょうか」

 

ソファーを指差す裁判長、いそいそと魔王を運ぶワカメとタコス、何かを探す議会長。

 

「え、えーっと、何をするのかな?」

 

この魔王、魔王とは言っても、勇なまの魔王のようである。

 

「あ、筆あったわよ」

「お、いいもん持ってるじゃないか」

「そりゃもちろん、悪い咲ちゃんには」

「罰を与えませんといけませんね」

 

ガシッと四肢を掴む片岡と原村、筆を持つは染谷と竹井。四人ともいい笑顔である。

慌てる宮永、裸足にさせられる宮永、服を軽くはだけさせられる宮永。

ガッチリと抑える片岡と原村、露出した肌にそっと筆を沿える染谷と竹井、そしてそのまま筆を…

突如響き渡る笑い声、痙攣する魔王、喜々として拘束する同級生、上級生に慈悲はない。

さてさて、そんなに騒ぐとどうなるか。ここで京太郎起床する。

寝ぼけまなこを擦り、何が起きているのかとスッとソファーを見てみると

そこには五人がまぐわりあっているではないか!

ああ、どういうことだと混乱する京太郎。

ここで京太郎、寝ぼけた頭でこう思考す。

 

__ま、まさか、『麻雀が強い人がいい』ってそういうこと…?

 

ああどういうことなのか、そういうことではないぞ京太郎、勝手に他人の性癖を決めるな京太郎。

 

__そ、そうか、それなら納得かも…

 

何を言ってるんだ京太郎、勝手に納得するな京太郎、咲を総受けにするな京太郎

 

__和は前から咲に対して様子がおかしかったし、あ、あり得るかも…iPS細胞とかの話も

 

ああ悲しい哉、原村和、勝手に同性愛趣向認定されてしまう。その行動は友達が少ない故の距離感を測り間違いなのに。

 

__見なかったことにしよう

そう思い不貞寝する須賀京太郎、いかん!このままではそういうことになってしまう!

 

「や、やめて!もうくすぐらないで!」

 

一際大きく響く声、それを聞いた京太郎

 

__あ、なんだ、ふざけてるだけだったのか

 

勘違いも解けたようだ、良かった良かった、あのままだったらギクシャクしていたであろう。

ここで須賀京太郎、ベッドからのそのそと降りるとソファーに向かって歩きだす。

そんな彼に誰も気づいてない様子、さあさあ、どうなることやら。

 

次に続く



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7 休憩後にて

音もなくソファーに近づいた京太郎、五人で一体何をしているか気になるようだ。

その高身長を活かし、スッと上から覗いて見ると

息を乱し、服がはだけ、色っぽく上気している幼なじみの姿が!

これにはいくら幼なじみとはいえドキッとする京太郎。見てはいけないものを見た気分だ。

サッと目をそらそうとするが刹那、その幼なじみと目が合ってしまい

 

「きょ、京ちゃん?」

 

何ともまあ艶っぽい声色で名前を呼ぶではないか。

これには須賀京太郎といえども顔がかあっと熱くなる。

そんな声に反応した周りの四人、一斉にバッと顔を向ける。

 

「す、須賀君!これはですね…」

 

咲さんを抑え込みながら何か弁解をしようとする原村和。しかし京太郎、そんな言葉よりもあるものに意識が向く。

 

__うわ、おっぱいがグッと押しつけられてて…

 

そう、またもや胸である。原村和、宮永咲を抱きかかえるようにして抑え込んでいるのである。

故に必然的におもちが咲に押しつけられて、物凄く変形しているのである。

 

__咲!俺とそこを代われ!

 

ああ先ほどまでの感情はどこに、幼なじみと場所を代われと心の中で叫びだす始末、やはりおっぱいには勝てなかったよ。

 

「どこを見ているのかしら、須賀君?」

 

そこにヒヤリとする冷たい声が響く、ゾクリと背中が粟立つ京太郎。

ふと声のする方を見てみると、そこには目を細めてなにやら不満げにしている議会長が。

 

「まったく…おんしはまた」

「まーたのどちゃんのおっぱいに見とれていたのかこの犬は」

 

それに続いて呆れたような声が一つ、いつもよりも刺々しい声が一つ

ここで原村和、優希の言葉によりハッと気づいて慌てて胸を隠す。

原村和のにらみつける!須賀京太郎に効果はバツグンだ!たまらず彼は後ずさり。

おかしいな、いつの間にか四面楚歌である須賀京太郎、どうしてこうなった。

そんな彼に思いもよらぬ救いの手が

 

「きょ、京ちゃん、ちょっと手を引っ張ってもらってもいい?」

 

宮永咲である。彼女、どうやら腰が抜けて立てないもよう。

そんな彼女の頼みを聞き入れ、スッと彼女の手を取り、パッと引っ張り立ち上がらせる。

しかしどうやら歩けない様子の魔王、そんな彼女を見かねてか、須賀京太郎は抱きかかえるようにして小柄な彼女を連れ運ぶ。

そしてそのまま扉の方へ、ガチャリとドアを開き、廊下の方へと運び出す。再びガチャリと音がたつ。

さてさて残されたのは女子四人、ポカンとしながら扉を見つめる。

 

「…なんで外に出たのでしょうか?」

 

純粋な疑問を声に出す原村和、皆もそう思っていたのであろう、うーんと言って頭を捻る。

たしかにあの二人、ほぼほぼ声を交わさずにスッと外に出たのだ、何が起きたのか分からない。

 

「もしかして、デートに行ったんじゃ…」

 

ここでタコス、まさかの推測を打ち出す。普通の状態であれば一蹴されるようなトンデモ意見、しかし今は普通ではない。

 

「なっ!そ、そんなことありえません!」

「いやでもあの二人のことじゃしあり得るかも…」

「ええ、もしかしたら平然とどこかで…」

 

明らかに動揺する三人、あまりの出来事に混乱しているもよう。

やんややんやとあることないこと推測し、好き勝手言い合っていると

ガチャリ、またまた音が鳴る。

ドアからはお馴染みの二人、渦中の二人、宮永咲と須賀京太郎が姿を現す。

 

「何処に行ってたのかしら?」

 

その二人にすかさず言葉を投げつけるのは竹井久、先ほどまでの動揺は完璧に隠している。

 

「あ、えーと、その…」

「お手洗いに連れて行ってました」

「きょ、京ちゃん!」

 

言葉を濁す咲を横目に、はっきりと伝える京太郎。少し恥ずかしいのか、そんな京太郎に文句を言ってる宮永咲。

なるほど、トイレに行っていたのかと納得する四人組。そのまま話はお流れに、とはいかない

 

「あれ?どうして咲さんがお手洗いに行きたいことがわかったのでしょうか」

「たしかに、あの時咲ちゃんは一言もそんなこといってなかったじぇ!」

 

そう、思い返せば何も言葉を発さずに、スッと外に連れ出しているのだ。これには四人とも不思議に思う。

 

「ああ、なんというか、あの場面でわざわざ起こせと頼むなんて、そういうことかなって」

「ちょっと京ちゃん!もういいでしょ!」

 

なんとなんとこの須賀京太郎、長い付き合いもあってか、幼なじみの思考原理はマルっとズバッとお見通しという訳だ。

 

「ふーん、そうね」

「ほうほう、咲ちゃんの考えることはお見通しという訳か!」

「なるほど…そうですか」

「なんじゃ咲、普段からお手洗いに連れて行ってもらってるということか?」

 

そんな返事にどこか不満げな竹井久、感心する片岡優希、なにやら考え始める原村和、魔王をからかい始める染谷まこ。

そんなこんなでまたまた部室は騒がしくなり、卓を囲み始め、やれやれ日が暮れてしまった。もうすっかり辺りも暗い。

そろそろ皆も帰る頃、戸締りをして、忘れ物がないか確認して、それぞれ帰路につきはじめる。

皆がそれぞれ別れを告げて、別々の道を辿ってく。

さてさてこの男、須賀京太郎、自宅に着き、自室に入るや否や荷物を放り投げベッドにダイブ。

 

__今日も楽しかったな

 

どうやら一日の出来事を思い返しているもよう。

 

__なんだか役得な一日だったな

 

やれやれ、彼も健全な男子高校生、そう思うのは仕方がない。

さて、リビングからは飯が出来たと母親の呼び声が聞こえてきた、彼は勢いよくベッドから飛び降り自室を飛び出す。

彼の一日はまもなく終了するであろう。

 

次に続く



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8 唐突な

さて、晩飯を食べ、カピバラと戯れ、風呂に入り、リビングにてくつろぎ、歯も磨き、あとは寝るだけとなった京太郎。

彼は親におやすみと声をかけ、自室に戻り、すぐに寝ようとするほど疲れてはいない。

彼はまだまだ15歳、11時は寝るには少し早いもよう。さてさてここで暇つぶしに何か読もうかと辺りを探す。

ふと目についたのは麻雀雑誌、そう、昨日のトラウマの元凶である。

改めてパラパラと開くと、やはり目に付くのは好きなタイプの質問。隅っこに書かれているのだがやけに目に付く。

 

『麻雀が強い人がいい』

 

何度見ても、どう見ても、逆さまにしても、やはり変わらない文字列。大半の麻雀少女はかく語りき。

 

__どう見てもそうだよなぁ

 

須賀京太郎、彼はとても素直なようだ。雑誌の端のコメントをも純粋に受け止める。

そんな彼は鈍感ではない、むしろ思春期なのだから敏感と言っても過言じゃない。

同じ部活の彼女らとは精神的にも身体的にも距離が近いことには気づいている。

 

__やっぱ、ただの友達として見られているのかな

 

だからこそ、ワンチャンあるかもと思い情報収集し始めたのだが、初っ端からこの有様。

ああ何故そんな信憑性の低いソースを信頼するのか、もっと身近なとこから聞いていけばいいのに。

 

__まあ、警戒されてるよりかは遥かにマシだな

 

これはポジティブを言うべきなのか、ネガティブと言うべきなのか。

 

__でも、彼女欲しいよなぁ

 

それでもこの男、彼女が欲しいらしい。身近な女性は脈無し濃厚と思いつつも、それでも彼女が欲しいらしい。

確かに華の高校生活、彼女と付き合い甘酸っぱい青春を送ってみたいと思うのは分かる。

彼はその幻想をかなぐり捨ててまで、麻雀に打ち込む覚悟は出来ていないらしい。

所詮、昨夜の決意もショックのあまりの自棄にすぎぬ。冷静になって考えてみるとそんな状態で麻雀だけに全てを捧げれるだろうか。

 

「はぁ…」

 

思わず溜息が漏れる。らしくない思考をしたからだろうか、疲労感がドッとのしかかる。

ささ、考えてもしょうがない、寝るかと思い、携帯を確認したその時、何やら一通のメッセージが。

 

__同じクラスの女子からだ

 

特に用件が思いつかない京太郎、何ぞやと思い内容を見てみると

 

『明日の朝、時間空いてますか?』

 

特に何も用事はない京太郎、とりあえず空いてる旨を伝えると

 

『旧校舎の裏に○時に来てくれませんか?』

 

京太郎、察する。

 

__え、ええ!?これって、もももしかしてそういう…?

 

十中八九そういうことだ京太郎、相手はクラスメイトの女子である。中々に活発的だが女性的な面もあり、とてもいい子である。

 

京太郎、無意識的にいいよと返事をし、オーバーヒートした頭でふらふらと自室を徘徊す。

 

そのままベッドにダイブして、布団に入り、気がついたら朝になり、飯を食って、いつの間にか校舎の前だ。

 

この間、ちゃんと八時間、されど体感一時間。ろくに考えもまとまらぬまま旧校舎裏にフラフラ向かう。

しかし京太郎、良かったではないか、念願の彼女が手に入るぞ、しかも相手はかわいいぞ。

だがこの男、その表情は決して明るいものではなく、顔には翳りが見える。

さあやってきました旧校舎裏、お相手はもう既に待っている、そわそわと何か落ち着かない様子である。

それに対して須賀京太郎、いつも通りの軽い感じで現れる。先ほどまでの翳りは見えない。

その女子生徒、一拍置いて決心したかのような顔をして、京太郎に対しこう発す。

 

「前から好きでした!付き合ってください!」

 

この女子生徒、なかなか男らしい告白をする、それも不器用な男子のような。

それに対して須賀京太郎、言葉も濁さずはっきり返す。

 

「ごめん、付き合えない」

 

その女子生徒、この言葉を聞き、なにやら諦めたような表情でこう言う。

 

「やっぱり、麻雀部の中に好きな人がいるの?」

どうやら元から玉砕覚悟だったらしい。溢れんばかりの想いを伝えるべくして告白したもよう。

 

「まあ、そんな感じなのかもしれない」

 

須賀京太郎、何やら曖昧な言葉を返す。

この女子生徒、そんな言葉で何かを察し、まあ良い子ばかりだもんね、と俯きながら呟く。

そしてパッと顔を上げて、これからも友達でいようね的なことを言い残し、サッと走ってどこかに消える。

残されたのは京太郎ただ一人、壁に寄りかかり、深呼吸して、心臓を落ち着かせ、大きなため息を一つ。

 

__そういうことなんだろうな

 

どういうことなのだろうか、知るのは本人だけである。

さて須賀京太郎、何やら決心したのだろうか、よしっ!っと勢いよく声を出し、校舎の方へと歩み始めた。

 

次に続く



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9 空回り

今朝の出来事は過去のこと、きれいさっぱり振り切って、教室で授業を受ける京太郎。

いや、授業を聞いているのであろうか?この男、こっそり教本を読んでいるではないか。

そんなこんなで昼休み、今日も今日とて学食に向かい、パパっと飯を平らげる。

今日は嫁さん召喚されず、稀に現るタコスもおらず、特に何事もなく昼が終わる。

午後の授業も普段通り、退屈な授業が行われる。それが終わると漸く放課後、待っていました部活の時間だ。

須賀京太郎、何やら気合の入れようが違う、何かを覚悟しているようだ。

いざ!と教室を出ようとするが、クラスメイトに引き留められる。そういや掃除当番だ。

ササっと掃除し、ゴミを捨てにいき、改めていざ!と教室を出る。

意気揚々と旧校舎に入り込み、てっぺんに向かって階段昇る。やってきました部室前。

彼、京太郎はそのドアを勢いよく開けると、そこには馴染み深い五人の少女が既に居る。

ドアの音が大きかったのだろうか、動揺を隠せない五人の少女。

須賀京太郎、こう発す。

 

「今日はよろしくお願いします!」

 

ポカンとする五人、頭を下げる一人。

それもそのはず、特に何の変哲もない一日なのに、この気合の入れよう。

 

「え、えーと、どうしたのかしら?」

 

とりあえず説明を求める部長、少し涙目なのは何なのだろうか。

 

「俺、決めたんです、部長たちと同じくらい、いやもっと強くなるって!」

 

そんな様子には気づかずに、溢れんばかりの感情をぶつける京太郎。

どういうことなのだろうと困惑する四人、しかし一人は違った。

 

「うむ!その心意気やよし!これからは私たちがみっちりと鍛えてやるじぇ!覚悟しろ!」

 

片岡優希である。この京太郎の様子を見て、本気なのだと確信して、すぐさま了承の意を伝える。

これに続いて残る四人、各々こう言葉を返す。

 

「分かったわ!必ず須賀君を全国トップクラスにしてみせるわ!」

「言うようになったのぅ、全力で協力するけぇ!」

「須賀君の熱意はよく分かりました、私が必ず強くしてみせます!」

「京ちゃんが本気なら、私も全力で応えるよ!」

 

おおう、まるで少年ジャンプのような展開だ、とても部室が盛り上がっている。

さあさあ、この熱気のままいざ部活へと移ろうとする六人。

もちろん、京太郎が卓につくのは当たり前として、残る三人は誰が入るか。

さて、席の奪い合いになるのかと思いきや、なにやらじゃんけんし始める五人娘。

小さくガッツポーズするのは竹井久、卓には座らず京太郎の横にイスを引っ張り座り始める。

京太郎、少し不思議に思いつつも、面子が揃うのを待つばかり。

さてさて面子が決まったようだ。京太郎から見て、上家染谷、下家原村、対面片岡、咲はどうやら牌譜を取るようだ。

 

「じゃ、私が教えてあげるわね」

 

耳元で囁かれる京太郎、未だに少しゾクゾクする。

しかし彼はスーパー京太郎、もう麻雀を極めることを決意したのだ、そんな誘惑なんぞにやられるわけない。

とりあえずサイコロ回りました東一局、配牌は普通、特にいうことなし。

しかし引きは中々に悪くない、手なりに牌を動かしていくが

 

「まって」

 

スッと横から手が伸びる。白い綺麗な手が牌に触れる。

 

「ここではこれを切るとね…」

 

レクチャーし始める竹井部長、手が滑らかに動き、静かな声が耳に響く。

京太郎、頭ではしっかり理解するものの、思うように体が動かない。金縛りのように。

 

「須賀君、分かった?」

 

ハッとする京太郎、パッと牌を捨て、慌てて理牌し始める。

そんな様子の傍でクスクスと笑う竹井久、京太郎はなんだか恥ずかしい気持ちになる。

そのまま局は進み、結局は和のツモで終わりを告げる。

手牌を崩そうとする京太郎、しかし

 

「待ってください」

 

原村和がそれを咎める。グイっと身を乗り出して須賀の手牌を覗き見る。

 

「やはり、この牌を捨てたじゃないですか…」

 

捨て牌から遡って教えようとしているのだ。

だが、問題はその体勢、そんなに乗り出すと胸にぶら下がっている大きな物は垂れるわけで

 

__!?

 

谷間が強調されるような形になるのである。これには須賀京太郎、驚愕、のち、興奮。

それはそれは桃源郷である、ああ神様、こんなものを拝めるとは感謝します。

 

「ふーん、和、少しはしたないわよ」

「あ、すみません」

 

この部長、自分が後ろで教えているのに指摘されるのが面白くないのか、はたまた別の理由か、不満気にそう忠告する。

それに対し原村和、顔色変えずにパッと引き下がる。いや、心なしか少し赤くなってるような。

京太郎、なんだか胃が痛くなってきたぞ。

 

「さっ、次の局に行きましょうか」

 

この部長、そう言うと京太郎の手に自分の手を添えて、牌を卓に飲み込ませる。

これには京太郎もドキッとする、というかドキドキだ!

 

__うわわわ!手が触れた!

 

触れたどころではないのは置いといて、やはりあわあわしている模様。

そんなこんなで卓は回り、半荘終わり、結果は京太郎が四位、とはいえ点差はさほどなし。

 

「うーん、やっぱジリ貧になるな」

 

そう呟く京太郎、それに対し染谷まこ

 

「ま、確かに点を大きく稼げることが少ないのぅ、一度大きく手を作ってみてもいいかもしれん」

 

思い切ったアドバイスをする。どうやら高火力を目指してみたらとのこと。

 

「なら私の出番だじぇ!」

 

そう宣言するは片岡優希、高速度高火力な打ち手である。

しかしこの子、なぜかその言葉と共に京太郎に抱きつき始める。

更にはスリスリと体を寄せているではないか。

 

「おいおい優希、京太郎が困っとるじゃろ」

 

宥めつつも離そうとする染谷まこ、それに対し片岡優希

 

「ふふーん、京太郎と私の仲だからな!別に迷惑じゃないよな!」

 

この返し、危険球である。京太郎は勢いに押され思わず相槌を打つ。

これに対し染谷まこ、口をへの字に曲げ、少し優希をにらみつける。

しかしそんな表情に慣れていないのか、小さな子供が拗ねて膨れたような顔になり、なんだか愛嬌ある顔に。

 

__あ、かわいい

 

これには須賀京太郎、ほっこりする。こんな一面もあるんだなとかわいく思う。

隣のタコス、そんな彼をグイっと引っ張り、教えてやるじぇ!と声をかけ、どこからか彼の教本を持ってくる。

それに対し竹井久

 

「あ、その本、私が昨日貸したやつね」

 

ここで自分のですよアピール、そしてススっと隣に移動。しかも膝に手を添える。

片岡優希、これに威嚇、さらに体を摺り寄せる。そんなものは意に介さない竹井久。

須賀京太郎、周りで色々起きすぎて何が何やら分からない様子。混乱している!

今現在の状況を把握し直そう、ソファーに座る京太郎、隣には竹井と片岡、対面に染谷、なんだこのキャバクラ。

 

「あ、この本、私も読んだことあります」

 

ここで原村賭けに出る!なんとソファーに後ろから京太郎に抱きつき、教本について教えようとするではないか!

つまりどういうことか、あすなろ抱きである。

 

__むむむむねが後頭部にににい!!?

 

そんな胸部装甲でそんなことをするとどうなるか、そりゃ谷間に頭がすっぽりですわ。

 

__あっ…

 

今朝の疲れもあったのか、周りの雰囲気の変化もあったのか、おっぱいアタックが効いたのか、須賀京太郎ブラックアウトである。

倒れこむ京太郎、どこからか現れ支える魔王、慌てるのどっち、同じく慌てるヒッサ、急いでベッドに運ぶワカメとタコス。

阿鼻叫喚である。どうしてこうなった。

 

次に続く



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10 少し前

時は少し前に遡る。

 

 

早朝、旧校舎にある麻雀部にて、とある女性が一人佇む。

竹井久である。彼女はこの部活の部長であり、もうすぐ引退の時期だ。

いや、本来ならば引退して受験勉強に専念していてもおかしくないのだが、彼女は推薦を得れる可能性が濃厚であるため、その必要はあまりない。

とはいえ、いずれ卒業する身である。三年間守り切ったこの部室、色々な物を置いて行ったのであろう。せっせと整理整頓を行っている。

 

__これはここに置いといて…

 

しかもこの竹井久、後輩のために沢山保管してある牌譜などを細かく整理して、見返しやすいようにしているではないか。

とある後輩に雑用を押し付けっぱなしのような印象もあるが、その実は後輩想いの優しい先輩。裏では自ら雑用もしている。

 

__きょ、今日は来るのかしら

 

しかし、今日はどこか落ち着かないようだ。ソワソワしながら整理して、時たま窓から外をのぞく。一体、何を待っているのか。

 

__…来た!

 

パッと表情が明るくなる。その視線の先には金色の髪をなびかせて、颯爽と歩いてくるかわいい後輩の姿が。

この部長、どうやら彼を待っていたようだ。いや、待っていたというよりも勝手に期待していたというべきか。昨日、偶然にも出くわしたからであろう。

さてさて、彼女は彼の姿を視認するや否や、サッと鏡を取り出し、身だしなみがおかしくないかチェックする。

彼が部室に来るとは限らないのに、何ともまあ気が早いこと。

そうしてチェックした後、またもや窓から外を見ると、なんと須賀京太郎は旧校舎に向かっているではないか。

これには竹井久、喜びを隠せないのか、誰もいない部室で小躍りする。

さてさて、まだかまだかと待ちわびるが、おかしい、廊下からは足音一つしない。

 

__あれ?どうしたのかしら?

 

不思議に思う竹井久、旧校舎に向かう用なんて部室に来る他ないはずだ。

部室から外を見るも誰もいない、廊下に出ては反対側の窓から外を確認すると

 

__…え?

 

なんとそこには須賀京太郎と女子生徒がただ二人対面しているではないか。その雰囲気はまさに、そういうことだ。

これには竹井久、思わず窓から顔をサッと隠し、またススっと顔を出す。

脈が速くなり、胸が締め付けられ、頭がクラクラしてくる。

そんな状態でしばらく様子を見るも、何か話しているようだが声は聞こえない。

 

__嫌っ!ダメ!

 

思わず声が出そうになるが、なんとか口を抑えて堪える。

一秒一秒が、果てしなく、長く、感じる。

ようやく会話が終わると、女子生徒はどこかに去って行ってしまった。

残された京太郎は壁に寄りかかり、そして勢いよく立ち上がり、意気揚々と歩いてしまった。

 

__ま、まさか…いやでも、上手くいってたら普通はすぐに別れないよね?

 

竹井久、どうやら結果は分かっていないようだ。ヤキモキしたまま部室に入り、ベットにダイブし、仰向けになる。

 

__いや、でも、もし付き合い始めてたら…

 

そんな思考がグルグル巡る。考えるだけで心が苦しい。血の気がサッと引くのが分かる。

…吐いてしまいそうだ。

 

__誰かに相談しましょう

 

とても抱えきれなくなったこの気持ち、他人に吐き出してしまいたい。

そう思うと早速ケータイを取り出し、親しい間柄である染谷まこに連絡する。

『今日の昼ご飯、一緒に食べない?』

そうメッセージを送り、返事を待つ。

たまたま見ていたのだろうか、すぐさま了承の文面が送られる。

そうして、どこか上の空のまま授業を受け、約束の昼休みになる。

旧校舎に移動をし、素早く階段を昇っていき、さあやってきました部室前。

ガチャリとドアを開けると、そこには染谷まこのみならず、一年生三人娘がいるではないか。

「お、来たか、たまたまこいつらと会ったから連れて来たわ」

どうやら彼女が連れて来たようだ、竹井からすると二人きりのつもりではあったが、まあいいかと割り切る。

ワイワイと飯を食べながら話している四人。

 

「せっかくだし、京ちゃんも呼ぼうか」

 

そんな言葉がどこかからか聞こえてきたが、それにすかさず反応する。

 

「待って」

 

竹井久、まるで試合直前のような真剣な表情をして、こう口を開く。

 

「話したいことがあるの」

 

なんだなんだと黙る四人、そして竹井は話そうとするが

 

__よくよく考えたら、この四人からしたらどうでもいい話かもしれないわね。

 

そうである。もし、この四人が京太郎に気がないのであれば、そんな深刻な話ではない。

故に、久は少しイタズラっぽい表情をして、こう話す。

 

「今朝、須賀君が告白されていたわ」

 

顔はニヤリと笑っているが、内心は心臓バクバクである。

それに対しこの四人、さあどんな反応するかと待っていると

 

「は!?ひ、久、それはホントか!?」

「え、ええええ!?京太郎が告白されたのか!?」

「須賀君が告白された…?」

「京ちゃんが…う、うぅ…」

 

滅茶苦茶である。

まこ、いつもの余裕を無くし、椅子からひっくり返る。

優希、大きな声を出し、何もないとこでコケ始める。

和、目からハイライトが消える。

咲、涙目になる。というか泣いている。

これには竹井久、察する。

 

__え、ええ?も、もしかしてこれってそういう…?

 

もしも、もしもそういうことであれば、この部活は今日から修羅場と化すわけだ。

そんな思考をしている竹井に、声がかかる。

 

「で、その、京太郎はどう返事したんじゃ…?」

 

染谷まこ、いつものはきはきとした喋りはどこにいったのか、恐る恐ると確認を取る。

「いや、告白されていた様子は見たんだけど、肝心の結果がわからなくて…」

周りがこんなに混乱しているのである、逆に落ち着く竹井久。

 

「私が聞き込み調査してくるじぇ!」

「私も情報収集してきます!」

「わ、私もしてくるよ!」

「わしも出来る限り調べてみるけぇ!」

 

この四人、そう言い残すとドタバタと荷物をまとめ、我先にと部室を出ていった。

咲に聞ける相手なんて居るのかしら?と思いつつも、部室に一人ポツンと残る竹井久。

 

__明らかにこれ、全員須賀君に気があるわね…

 

恐らくその通りである。彼は一体どんなマジックをしたのだろうか、全員がほの字である。

あのスケコマシめ、と愛しい彼を罵倒する竹井久。

彼にはそんな気はないんだ許してやってくれ、

ただお人好しで適度にチャラくてカッコ良くて素直なだけなんだ。

…いや、一番タチの悪いパターンである。

 

キーンコーンカーンコーン

 

さあさあ竹井久、そうこう考えているうちに予鈴が鳴ってしまったぞ。

その音を聞いてハッとし、慌てて昼飯を腹に詰め込み、走って部室を出ていった。

 

次に続く



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11 勃発

放課後になるまでは割愛して、さあさあ集まりました清澄高校麻雀部女子部員。

唯一の男子部員は掃除当番で遅れるようだ、好都合である。

 

「私の情報筋によると、どうやら振ったという説が濃厚だじぇ!」

 

テンション高めにそう発表する片岡優希、薄い胸を張っている。

 

「そうですね、須賀君は他に好きな人がいると言って断ったという噂が回っています」

 

原村和は淡々と発言する。安心したからであろうか、目に光が戻っている。

 

「私も高久田君に聞いてみたけど、誰かと付き合い始めたとは言ってなかったって」

 

どうやら咲は京太郎と共通の友人に聞いてみたようだ。

 

「ふむ、どうやら告白されたのは確かみたいじゃが、断ったようだのぅ」

 

染谷まこがそう結論付ける。

流石は女子高生、今朝の出来事なのに既に噂が蔓延している。

京太郎が断ったという情報が一致したことにより、あちこちから安堵の声が聞こえてくる。

しかし、その声とは裏腹に、未だに空気は張りつめているように感じる。

それもそのはずだ、お互いの反応を鑑みて、そういうことだと察しているのであろう。

さてさて、どうするかと思案する竹井久、このまま部活は始められない、どう切り出そうか。

 

「そういえば皆さん、なんでそんなに須賀君のことを気にしていたのですか?」

 

ここで原村和がぶちかます!竹井久、この天然発言には驚愕する。

 

「え、えーとね…」

「そ、そのじゃな…」

 

言葉を濁す宮永咲と染谷まこ、顔を赤らめそっぽを向いている。

ただ、彼女だけは格が違った。

 

「京太郎は私の婿になる予定だからな!」

 

片岡優希、いつも通りの一直線、周りがどんな状況か分かっているのかいないのか。

これには驚く他三人、そんな様子を見て竹井久、こう思う。

 

__いや、想像できてたでしょ!

__特に優希なんてそれっぽい動きは多かったし!

 

どうやら全員がほの字であることに気づいていたのは、竹井のみだったようだ。恋は盲目とはよく言ったものである。

 

「だ、ダメです!いくらゆーきと言えどもそんなのは許しません!」

 

ここで原村和、さっきまでの落ち着きはどこにいったのやら、顔を真っ赤にしてたまらず声を張る。

 

「和!?お前もか!?」

「もしかして、染谷先輩も京ちゃんのこと…?」

 

もう滅茶苦茶である。あれよあれよと芋づる式に秘めたる想いがばれていくではないか。

告白を断ったことに安堵したのも束の間、まさか同じ部員が皆ライバルとは思いもよらなかったのであろう。

ワーワーギャーギャーと騒ぐわ驚くわ慌てるわ、もはや収拾がつかなくなってしまった。

 

「はいはい!皆落ち着いて!一旦整理しましょ!」

 

そこをなんとか治めようとするのは部長である竹井久、いつもなら鶴の一声で静かになるのだが

 

「おい久、まさかお前まで京太郎のことを好いとるなんて言わんよな?」

 

ここでまさかのカウンター、これは予想外だった竹井久、咄嗟に言葉を

 

 

「ええそうよ!」

 

 

出した結果がこれだよ!全力肯定である。これ以上にないいい返事。

そんな部長に対し部員たち、こう返す。

 

「え!?部長も須賀君のことを…」

「あんなに雑用ばかりやらせてたのにか!?」

「雑用させてたのはともかく、あんな意地悪とかもしてたのに…」

「おんし、まさか好きな子に意地悪しちゃう小学生みたいな…」

 

このざまである。後輩たちは思ったよりも辛辣だ。

 

「なんでよ!確かに雑用とかはさせてたけど、意地悪とかそんなしてないじゃん!からかってただけじゃん!」

 

幼児退行し始める竹井久。喋り方が小学生のようになってきた。

 

「いやなぁ、傍からはとても好きな人にする態度には見えんかったというか…」

「恋愛に悪待ちなんてありえませんよ」

 

さらに追い打ちをかける二人、心を折りに来る一言。こいつらには血も涙もないのか。

 

「うぅ~…」

 

涙目になる竹井久、確かに思い返してみると、まともに好感度稼げるようなことはしてないかもしれない。

というか、ちょっと話すだけでも満足していたというか、ちょっかいだすので満足していたというか。

思い返せば返すほど自信がなくなっていく竹井久。

と、その時、

バタン!と一際大きな音が

慌ててそちらを向いてみると、話題の京太郎がいるではないか。

その京太郎はいつもよりも一層元気そうに

 

「今日はよろしくお願いします!」

 

と発声する。さっきまでの喧騒をかき消すぐらいの大きな声だ。

これには五人ともポカンとする、どういうことかと聞いてみると

 

「俺、決めたんです、部長たちと同じくらい、いやもっと強くなるって!」

 

こんなことを言い出す始末、今朝告白された件と何か関係あるのか、と考える四人。

しかし一人は違った、優希である。

 

「うむ!その心意気やよし!これからは私たちがみっちりと鍛えてやるじぇ!覚悟しろ!」

 

すぐさまこう返す、こういう咄嗟の判断の良さは見習いたいところだと久は思う。

そう思いつつも優希に続いて言葉を紡ぐ。それに続いて皆が言葉を紡いでいく。

そんなこんなで部活を始めることにしたは良いものの、今日はいつもと状況が違う。

 

__誰が須賀君に教えるか

 

皆もそう思っているのであろう、互いににらみを利かせている。

 

__このままでは埒が明かないわね

 

そう思い、行動しようとしたその瞬間

 

「じゃーんけーん」

 

ここで優希、唐突にじゃんけんをし始める。焦る部長。周りも慌てて準備をし

 

「ぽん!」

 

手を出したらあら不思議、部長だけパーで他がグーを出しているではないか。意外にも一発で決着がつく。

 

__やったわ!

 

これには思わずガッツポーズ。そんな様子を白い目で見られ、いそいそと須賀君の後ろにポジションする。

 

__これは好機ね、早速アピールしていきましょう!

 

いつもなら悪待ちとか言っているこの乙女、恋愛においては手堅く押していくようだ。

さてはて、トトカマぶったことは幾度もあるが、恋愛経験なんて一度もないこの乙女、どう攻めるのか。

後ろからスッと顔を近づけ、耳元に向かって

 

「じゃ、わたしが教えてあげるわね」

 

こう囁く。

京太郎は少し体がピクッと動くも、なんとか平静を保っている。これに対し竹井久は不満気なようだ。

 

__な、なによー、もうちょっと反応してくれたっていいじゃない

 

心の中ではこんな風に毒づいている。それも仕方ない、やった本人の心臓は今にも破裂しそうなくらい鼓動しているのだ。

さてさて、サイコロ回って東一局が始まると、須賀君は手なりに進めていく。

しかし、彼はまだまだ初心者だ、受け入れが悪い切り方をしようとしている。

そんな彼に対し、反射的に声が出る。

 

「まって」

 

ピタッと静止する彼、そんな彼を横目にスッと牌に手を伸ばし、分かりやすいように説明する。

その動作は滑らかであり、どこか妖艶な雰囲気をかもちだしている。これには京太郎も思わず見とれる。

こんなことが出来るのであれば最初から…

 

__

 

この女、無心である。ただ教えることに集中している。もはやアピールなどとは頭の片隅にもない。

竹井久、ふと須賀君に意識を戻すと何やら硬直しているではないか。

 

「須賀君、分かった?」

 

もしかして教え方が分かりづらかったのかなどと不安に思い、確認の言葉を投げかけると、須賀京太郎は顔を赤くし、慌てて牌を切り始めるではないか。

 

__もしかして、なんか上手くいった?

 

竹井久、思わぬところでアピールに成功し、思わず笑いが口から零れる。

はてさて、そんなこんなでこの局は和のツモで終了し、次の局に行こうとすると

 

「待ってください」

 

原村和が咎め、なにやら京太郎の方に身を乗り出しているではないか!

 

__ぐっ!和、あなたそれは卑怯よ!

 

京太郎の後ろにいるからハッキリと分かる、このアマ、谷間を見せつけているな!

それに対しデレデレしている京太郎、これはとても面白くないと思い

 

「ふーん、和、はしたないわよ」

「あ、すみません」

 

すかさず注意するも、あっさり引き下がられる。

 

__なんだかやられっぱなしってのも面白くないわね…

 

竹井久、負けず嫌いの性格ゆえにそんなことを考える。確かにこのまますんなりと引き下がってたまるものか。

何か閃いた竹井久、スッと京太郎の手に自分の手を添え、優しく触りながら牌を卓に飲み込ませた。

 

__だだだ大丈夫よね?手は震えていないよね?

 

はたから見ると自然と行ってるように見えるが、内心こんな感じである。ビクビクである。

しかし、それに見合う効果はあったようだ。京太郎はあわあわしながら牌を押し込む。

 

__やった!効果あり!

 

そう思い、どうだと言わんばかり和の様子を伺うと、ムッとした表情でこちらを見ている。

それに対し軽く挑発するように顎を上げると、その表情はさらに険しくなっていく。

 

__ふふん、先に仕掛けたのはそっちの方よ

 

気づいてないのか竹井久、先に京太郎にアクションを起こしたのはお前だぞ。

さて、一人がアピールし始めるとどうなるか、言わずもがなである。戦争だ。

 

 

 

そんな感じで半荘が終わり、キャバクラ状態になり、須賀京太郎がノックアウトで現在に至る。

 

 

 

咲が慌てて京太郎を抱きかかえ、重そうにしつつもベッドまで運ぼうとする。

これを見て、慌てて他の四人も手伝おうとする。ゆっくりとベッドに横たわらせ、異常がないか確認する。

 

「熱はないようじゃな」

「疲労、ですかね」

 

まこはおでこにそっと手をやり、そう呟き、和は負い目を感じているのか、俯きながら言葉を絞り出す。

皆もやりすぎたと反省しているのであろう、沈黙が部室を包み込む。

 

「ねえ」

 

そんな沈黙を切り裂く一つの声が

 

「皆が京ちゃんのことが好きなのは分かるけど、こういうのは良くないと思う」

 

響き渡る。

 

「京ちゃんは必死に頑張って麻雀上手くなろうとしているのに、私たちの都合でまた振り回しちゃうのは」

 

その声はとても重く

 

「京ちゃんにとっても、私たちにとっても、良くない結果を生み出すと思うよ」

 

いつものような自信のない口調ではなく

 

「だから、やめにしよ?」

 

堂々と、そして誰よりも冷淡であった。

 

「そうじゃな、こういうのはよろしくない」

「一理あるじぇ」

「でしたら部活中は、なるべく露骨なアピールを避けるという感じでどうでしょうか」

 

その声を皮切りに、次々と発言していく部員たち。

「そうね、ある程度の取り決めはしましょう」

自分も大いに反省しているのであろう、その提案を受け入れ、皆である程度のルールを作っていく。

 

一つ、部活中の露骨なアピールはさける。

先ほどの和のような不要なアピールはやめようということだ。ま、スキンシップぐらいならオーケー。

あれは露骨ではありませんと言い張ったが、悲しいかな、持たざる者たちによって拒否された。

 

二つ、部活外ではなんでもオーケー

これは満場一致であった。それぞれ策があるのだろうか。

 

三つ、たとえ結果がどうなろうと恨みっこなし

いざ決着がつかないとどうなるかは分からないが、このことでギスギスするのはやめようということだ。

ただまあ、言うは易く行うは難しと言ったものだ、大丈夫であろうか…?

 

はてさて、そんなこんなで軽い取り決めをし、落ち着きを取り戻す清澄高校麻雀部。

 

__ま、バレなきゃセーフよね

 

この部長、ルールを守る気がない。こんなんではこの部活は崩壊の一途を…

 

(バレなきゃセーフですよね)

(ガンガン攻めていくじぇ)

(部活外での関わりは私が一番だよ!)

(実家の雀荘でのバイトでも勧めてみようかのぅ)

 

この部長にして、この部員有り。欲望まみれである。

特に宮永咲、あんなに堂々と発言しておいて、自分が一番有利になるように誘導してやがる。

 

この部活、大丈夫であろうか?

 

次に続く

 



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12 逃避行

視点は戻って須賀京太郎へ

 

ブラックアウトした直前の記憶はいずこへと飛び去ってしまったようだ、何も覚えてない。

気がついたらベッドの上、皆に心配をかけてしまったなと反省する。

 

__何かとても幸せなことがあったような…

 

悲しい哉、幸せすぎた故に記憶が飛んでしまったのだ。後ろからパフパフなんてそうそう…

 

「な、何も覚えていないんですか?」

 

目の前に居る和はそう確認してくる。

ああそうだ、と短く返事をすると、どこか安心したような残念なような表情で、そうですか、と呟く。

何があったのかを聞こうとしたとき、

 

「京ちゃん、もうお疲れみたいだし、今日は早退したら?」

 

隣の咲がそう提案してくる。これには冗談じゃないと思い、すぐさま否定しようとするが

 

「だって、いきなり倒れたんだよ?ちゃんと休んでおかないと体調崩しちゃうよ?」

「もし、京ちゃんが居なくなったりしちゃったら、私…」

 

そう言って段々と涙目になってくる少女、どうやらとても心配をかけたようだ。

ふぅ、とため息をついて、幼なじみの頭をコツンと小突く。

あいたっ、とマヌケな声を出してこちらをにらみつけてくるが、そんな視線も意に介さず

 

「ばーか、俺が居なくなるわけないだろ?」

 

こう返して、頭をわしゃわしゃする。幼なじみはイヤイヤしながら抵抗するが、お構いなしだ。

「でもまあ、咲の言う通りだな、気がつかないうちに疲れてるのかもしれないし、今日は早退させて頂きます」

 

とはいえ、これ以上部活をやると言っても咲が頑なに拒否するだけだし、今日は諦めて家で勉強することに。

 

「じゃあ、私が送ってあげるね!」

 

さっきまでの涙目はどこにいったのか、とてもいい笑顔でそう提案する宮永咲。

予想外の提案にすぐさまツッコミを返そうとするが

 

「いやいや、これは私の監督不十分だったのが悪かったのよ、だから責任をもって私が…」

「おいおい、お前が鍵とか管理しとるんじゃからお前は早退できんじゃろ、だからわしが責任もって…」

「何を言ってるんだじぇ、先輩たちはそんなことしなくても、私が責任もって…」

「何を言ってるんですかゆーき、あなたに任せたら須賀君が逆に疲れてしまいます、ここは私が…」

 

立て続け様にこれである。口を挟む余地がない。

 

__なんだこれ?

 

須賀京太郎、理解が追い付かない。というか追い付く方がおかしい。

 

__あれ?咲以外は俺んち分からないんじゃないか?

 

そんな疑問が思いつくも、すぐさま隣の幼なじみが

「もう、皆は京ちゃんの家がどこか分からないでしょ!」

こう突っ込む。これに対し

 

「え、あ、ええ、そ、そうわね!確かにそうね!」

「あ、う、うん、そうじゃな!危ない危ない…」

「あ、そ、そうでしたね!そうですよ!」

 

この反応である、これには京太郎も不審に…

 

__うっかりさんだなァ

 

思わない!この明らかに挙動不審な三人を見てもうっかりさんで済ませるのか!

しかし、残る一人は発想が違った。

 

「じゃあ、京太郎!私をお前んちまで連れてけ!」

 

誰が京太郎を送り届けるかという話なのに、この発想。もはや一周回って天才である。

 

「ちょちょっと優希ちゃん!いくら何でもそれは」

「さっさと行くぞ京太郎!タコスを奢ってやるじぇ!」

「うおっ!?」

「あ、待ちなさい!」

 

周囲の制止もものともせず、京太郎をグイっと引っ張り、ダダダと走り、あっという間に部室の外へ

 

「ほれ荷物!」

 

いつの間に取っていたのか、京太郎の荷物をポイっと渡すと、意気揚々と階段を降り始める。

慌てて追いかける京太郎、送り届けるとは何だったのか。

 

「おい待てよ優希!俺を置いていくなー!」

「ははは!早くついてこい!」

 

走れど走れど追いつかず、この少女は中々に足が速いのだ。

校舎を後にし、校門を走り抜け、ようやく追いつく須賀京太郎。

流石の優希も疲れたのか、ゼーゼーいいつつ肩を揺らしている。

「い、いきなりどうしたんだよ」

京太郎も疲れたのであろう、息を切らしながらも疑問を口にする。

 

「なあ京太郎」

 

彼女は息を切らしつつも

 

「告白されたって本当か?」

 

はっきりとそう聞いてきた。

 

「え、な、なんでその話を」

「女子の噂の早さを舐めない方がいいじぇ、とっくに広まってるじぇ」

優希らしくないような、淡々とした口調で話し続ける。

「そして、京太郎がそれを断ったってことも」

「…」

 

思いもよらない話題に、咄嗟に言葉を紡げない京太郎。

 

「も、もしかして」

 

言葉が震える少女

 

「誰か好きな人がいるのか…?」

 

か細い声が紡がれる。

 

不安と期待が入り混じったような、そんな言葉。

 

それに対し

「いや…」

否定の言葉を頭に置き、

 

「よく分からないんだ」

 

素直な心情を口にした。

 

「よく分からない?」

 

思いもしない回答だったのか、ポカンとする片岡優希。

須賀京太郎、彼女のことをとても信頼しているのか、自分の心情を素直に明かす。

 

「…正直な話、皆のことが好きでもあるし付き合いたいとも思うけど」

 

「選べないってことか」

 

京太郎が言葉を続ける前に被せてくる優希、彼女に似合わない小難しい表情をしている。

 

「そんな感じなのかな」

 

俯きながら言う。自分の気持ちに自信がないらしい。

 

「ふーん、じゃあ、麻雀が強くなりたいってのは?」

 

さらに質問を続ける優希

 

「ああそれは、麻雀が強い人が…」

 

サラッと質問に返答しようとするも

 

 

__あれ?俺は何を言おうとしてる?

 

 

危機一髪である、あの気合の原動力がモテたいという一心から来ているとは流石にバレたくない。

 

「…か、カッコいいじゃん?」

まあ、あながち嘘ではない回答。

 

「ほうほう、なるほどなるほど」

 

しかし片岡優希、何やらニヤニヤしながらこちらを見ている。

 

「な、なんだその目は!」

「いーや、かわいいやつだなと思っただけだじぇ!」

 

思わず反抗する京太郎、しかし余裕の対応を取られる。

ぐぬぬと思いつつもパッと踵を返し、家への帰路とたどり始める京太郎。

そんな彼の後をトテトテついていく片岡優希、しかしすぐに

 

「あ、タコス買ってくるから、ちょっと待つんだじぇ!」

 

脇道のタコス屋に向かって走り始め、そのまま店の中に消えてしまった。

 

__フリーダムなやつめ

 

部室を抜け出すときからずっと振り回されっぱなしである。

 

__でも、あいつなりに気を遣ってくれたのだろうな

 

ただまあ、京太郎も優希とは短くない付き合いである。いつもとは違った空気を元に戻そうとした彼女なりの気遣いであることは分かった。

そうこう考えていると、優希がタコスを持って戻ってきた。

 

「ほれ!京太郎の分も買ってきてやったじょ!ありがたく思え!」

 

こんな軽口を言ってくる彼女がかわいらしく思えて、微笑みながらタコスを受け取る。

 

「んぐんぐ…」

 

小さな口をめいっぱい大きく開け、タコスを頬張る姿は小動物を思い浮かばせる。

そんな風に思いつつ、自分もタコスを頬張っていると

 

「ん、京太郎、ここについてるじぇ」

「へ?」

 

どうやら頬の辺りにソースがついてるらしい、マジかと思い拭おうとすると

 

「私が拭いてあげるじぇ!」

 

そういってハンカチを取り出し、かがめかがめと言ってくる。

少し恥ずかしくも思ったが、しつこく言ってくるものなので、諦めて拭いてもらおうとかがむと

 

「ん」

 

頬に、何か、柔らかいものが、触れた。

 

硬直する京太郎、目の前には顔を真っ赤にした優希が俯いている。

 

__は、え、ちょ!?

 

大混乱である、不意打ちも不意打ち、予想だにしなかったのである。

 

「そ、そのだじぇ、私は…」

 

いつものような快活な姿はどこにいったのか、しおらしい様子で何か言葉を紡ごうとするが

 

「あー!京太郎さん!お久しぶりっす!」

 

それを防ぐかのように、少女が突如現れた。

 

次に続く

 



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13 妨害っす

どこから現れたのか、いや、既にそこに居たのか、黒髪の少女が突如二人の間に躍り出た。

これには優希も京太郎も驚いたのか、うわぁ!と悲鳴をあげ、二人揃って後ずさる。

 

「ちょ、ちょっと、そんなに驚かなくてもいいじゃないっすか!」

 

そんな二人のリアクションに傷ついたのか、この少女は少し悲しそうに文句を言う。

この少女は東横桃子、人一倍どころじゃない影の薄さであり、目立ったことをしないと他の人から認識されない。

突如現れたのはそのためである。躍り出たというのも、言葉通りである。

 

「な、お前は鶴賀のユーレイ部員!」

「むむ!幽霊部員じゃないっすよ!ちゃんと部活には出ています!」

 

片岡優希、いいところで遮られたからか、いつもよりも強い口調でものを言う。

それに対し東横桃子、少しずれた返答をする。

 

「そういう意味じゃないじぇ!突然現れるのが幽霊みたいだっていうことだじぇ!」

「そういう体質だから仕方ないっすよ!」

 

やんややんやと喧しい二人、なんだなんだと集まる観衆、そんな様子に京太郎

 

「ほらほら、目立っているから落ち着いて」

 

落ち着いて二人を宥める。大衆から注目されるのは慣れているのだろうか。

そんな言葉に二人はハッとし、恥ずかしそうに俯いて口をつむぐ。

 

「ったく、優希、いくら何でも失礼だぞ、ちゃんと謝れよ」

「う、うぅ、ごめんなさい…」

 

いくら優希といえども、開口一番にああ言うのは失礼だと思ったのか、素直に謝罪する。

 

「あ、い、いえ、大事なお話に突然口を出したので、こちらも悪かったといいますか…」

これには桃子も悪かったと思ったのか素直に謝罪…ん?

「ん?大事な話って…」

「あ、あー!あーあー!あんなとこに幽霊が!」

「おいユーレイ、お前まさか」

 

このユーレイ、確信犯である。会話の内容を知ったうえで干渉しやがった。

これには片岡優希、とても見過ごせないようで、獰猛な獣のような目つきをしている。

須賀京太郎はなんだかよく分かっていないもよう。さっきまでの話を思い出そうとする。

 

__そういや、さっきほっぺに…

 

しかし、さっきまでの話を思い出そうとしたついでに、その時にあった出来事を思い出したようだ。

頬に手をやり、少し顔を赤らめる。もはや乙女、乙女顔負けである。

そんな様子を見て嬉しそうにニヤつく片岡優希。しめしめ、効果はあるようだ。

しかし東横桃子からしたら面白くない、他の女のことを意識しているのだ。

 

「で、何してたんっすか?」

 

そういうと桃子は腕にギュッと抱きつき、その豊満な胸を押し付ける。

たわわな果実が押しつぶされ、ぐにっと変形しているのであるではないか。

ま、この京太郎がそんなことで…

 

__お、おお、おおお!おもち!

 

嘘だろ京太郎、そんなにおっぱいが好きなのか、今度は腕の感触で顔を赤らめる。

しかし片岡優希、さっきの妨害の分も含め我慢できなくなったのか

 

「悪いのはこのおっぱいか!」

「ぎゃあっ!?」

 

バチーン!と片乳を激しくビンタする!これには思わず悲鳴をあげ、腕をパッと離して防衛する東横桃子。

 

「もいっぱああああつッ!!」

 

そんなこともお構いなし、腕を大きく振りかぶり、二撃目を繰り出そうとするが

 

「やめろぉ!こんな素晴らしいたわわが凹んだらどうするんだ!」

「ええい!離せ!」

 

後ろから京太郎が羽交い締めにする、ジタバタと暴れる優希、その表情はまさに修羅。一話前の乙女モードはどこへやら。

 

「ううぅ…酷いっす…」

 

その場でしゃがみ込んでさめざめと泣く…フリをしている東横桃子、あわよくば京太郎が慰めてくれないかとチラッとみるが

 

「やはり胸なのかー!そうなのかー!?」

「落ち着けぇ!」

 

悲しい哉、基本的に目立たないから静かにしていると誰も気づかないのだ。二人は楽しそうにじゃれ合っている、ように桃子からは見える。

 

「無視はよくないっす!」

 

謎の踊りをしながら二人の間に割り込む桃子、漸く認識したのか、二人とも少し驚いて、すまんと一言謝る。

 

「にしても、さっきからその踊りはなんなんだじぇ」

 

この無駄にカッコいいダンスが気になるようだ、東横桃子に確認をとるが

 

「ああ、それは見えるようにするために俺が教えたんだ」

 

京太郎は代わりに答える。この男、いつの間にかそんなことを。

 

「ふふーん!どうっすか!カッコいいっすよね!」

 

何やら誇らしげにドヤ顔しながらダンスする東横桃子、普段から踊っているのか中々にキレキレだ。

 

「ふーん、そういや京太郎とユ…モモちゃんってどこで仲良くなったんだじぇ?」

 

そんな彼女をスルーして、気になるところを聞いてみる。想い人の人間関係は把握しておくに越したことはない。

 

「そうですね、私と京太郎さんは運命的な出会いを…」

 

しかし何やら妄想話をし始めようとするこのユーレイ、成仏させてやろうかと思う片岡優希。しかし、

 

「あー、東横さんがケータイ無くした時に一緒に探したんだ、その時にダンスも教えたというか…」

 

どうやら東横の話はよく聞こえていないのか影が薄い故なのか、京太郎は無視して真面目に説明し始める。

話によると、とある駅で偶然オロオロしていた東横さんを見つけて、どうしたのかと声をかけ、ケータイを一緒に探したのがキッカケだと言う。

そして、その体質故にケータイがないと他人と意思疎通できないことの対策として、誰からでも見えるようになる動きを一緒に考えたという。

このコミュ力おばけ、顔見知り程度の人を助け、一日にしてかなりの好感度を稼いだのだ、ギャルゲーの主人公か何かか?

 

「なるほどなるほど、そーいうことか」

 

説明を受け納得した片岡優希、しかし、心中は穏やかではない。

 

__このステルスおっぱい、もしかしてこいつも…

 

実はこの少女、他人の感情にかなり敏感である。ここだけの話、竹井部長よりも先に皆の気持ちには勘づいていた。

このステルスおっぱいも京太郎のことを少なからず想っていることに勘づいたようだ。

 

「そーいうことっす、ゆーきさんは京太郎さんと何してたんっすか?」

 

さてさて、どうやら桃子も片岡優希と須賀京太郎の関係が気になるようだ、何をしていたのか聞いてくる。

 

__少し調べてみるじぇ

 

これは丁度いいと思い、アクションを起こそうと画策する片岡優希。

 

「デートしてたんだじぇ、な!ダーリン!」

 

その言葉と共に、京太郎に抱きつきスリスリし始めたではないか!これには京太郎も思わずたじろぐ。

さてさて、これに対し東横桃子はどう反応するのか…

 

「な、ななな!?デートっすか!?そんなのダメっす!違法っす!!」

 

はい、確実に惚れてますね、確定です。まーたライバルが増えてしまったのか。

 

「勝手に捏造するな優希!東横さんが誤解しちゃうだろ!」

 

流石に変な誤解を広めたくないと思ったのか、そう否定する京太郎。

 

「私はデートだと思っていたじぇ!」

 

しかしこの子の火力を舐めない方がいい、このゴリ押しである。

これには思わずドキッとする京太郎、ストレートな好意には弱いこの男。

 

「京太郎はもしかして、嫌だったか…?」

 

そして、上目づかいで自信なさげにこんなことを言ってくるのだ、緩急をついた鋭い攻め!

 

__や、やっぱ優希は俺のことを…

 

このアピールにはいくら鈍感な京太郎といえども、そういう意識をしてしまう。

さてさて、この空間に二人だけであったら、このまま優希が押し切ってゴールインも夢ではないが

 

「ちょーっとまったー!」

 

やけにテンション高めのステルスモモのインターセプト!なんだかラブコメ的な雰囲気をぶち壊していく。

 

「いくら私の影が薄いからって、二人だけでお話するのは可哀想だと思いませんか?」

「今からでもお前を成仏させてもいいんだじぇ?」

 

「い、いやでも、このまま見過ごしたら取り返しがつかないっす」

 

これには片岡優希もおかんむり、思わず殺害予告をしてしまう。

しかし東横桃子もここで引くようなタマではない、彼女の凄みに気圧されつつもなんとか食い下がる。

なんだか険悪な雰囲気なお二人、そんな様子を見過ごせないのはお人好しの京太郎。

心配ではあるがこの二人を置いてススっとどこかに行き、そしてすぐに戻ってきた。

 

「二人ともケンカはやめやめ、タコスでも食って落ち着け」

 

本日二度目のタコスである、特にこの片岡優希を落ち着かせるのにはもってこいである。

 

「んぐんぐ…」

「あ、ありがとうございます」

 

片岡優希、タコスを渡されるや否や大口を開け頬張り始める。

東横桃子、京太郎に一礼してからお淑やかに食べ始める。

そんなこんなで食べていると、高ぶった感情も落ち着いてきたのか、表情が穏やかになってくる。

 

「で、今からどこに行くんっすか?」

 

桃子はタコスを咀嚼しつつも、口を抑えてそう尋ねる。

 

「いやまあ、ただ単に帰宅途中だったというか」

 

京太郎は何の変哲もない返答をするが、事情が事情だ、語尾がすこし曖昧になる。

 

「そうだじぇ!今から京太郎ん家に遊びに行くんだじぇ!」

「そんな約束はしてねぇだろ!」

「そんなつれないこと言わずに、あ・そ・ぼ?」

 

この少女、一体送り届けるというのはどこにいったのか、もはや家に上がる気満々だ。

こんな楽しそうな二人を見て何を思ったのか、いや、羨ましく思ったのか

 

「じゃ、じゃあ」

 

すこし顔を赤らめながら

 

「私もついて行っていいっすか?」

 

ハッキリとそう発言した。

 

次に続く



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14 彼の部屋にて

__部活を早退して遊んでいいのかなぁ

 

さてさて、やってまいりました須賀京太郎の家の前。

何の変哲もない一軒家…というには広すぎるが、豪邸とまではいかない、そんな大きめの一軒家。

彼女らの家はここまで広くないのであろう、感嘆の声を上げながらきょろきょろと辺りを見回している。

 

「うお、すっごい広いじぇ!」

「わぁ…庭にプールみたいなのありませんか?」

「ああ、それはカピバラ用のプールなんだ」

 

ワイワイと会話しながら門を抜け、玄関まで歩いている。

 

「え、カピバラ飼ってるんっすか!?」

「かわいいぞ!あとで一緒に遊ぶか?」

「おお!そういや言ってたじぇ!」

 

二人とも京太郎の家に上がれるのが楽しみのようだ、さっきまでのいざこざは忘れて楽しそうに会話している。

 

__ま、二人とも仲良くなれたようだし良かった良かった

 

そんな二人の様子を見て安心する京太郎、だが京太郎、それは少し違うぞ。

 

(こいつが変なことしないか見張ってやるじぇ)

(この人は目を離すとすぐに京太郎さんに絡むから要注意っす)

 

腹の内を探り合っているだけなのだ、というか、放っておくとお互い京太郎に絡みにいくから、会話しているのだ。

そんな状況とはつゆほども知らない京太郎、というかお前が原因だぞ京太郎。

 

「ちょっとお茶でも用意するから待っててくれ」

 

家に入ってリビングに案内するなりお茶を淹れに行く京太郎、雑用根性が染みついてるのか。

さてさて、彼はどこかへ消えて行ってしまった。リビングに残るは女子二人のみ。沈黙が続く。

 

「…京太郎のことはどう思っているんだじぇ?」

 

「ほえっ!?」

 

片岡優希、またしても直球勝負、これには東横桃子も驚きのあまり変な声を出してしまう。

 

「もしかして…好きなのか?」

 

単刀直入に聞いてくる。いつもは表情豊かな彼女が無表情でジッと目を合わしてきたのだ、その雰囲気に気圧されてか、はたまた単純に恥ずかしかったのか

 

「い、いえいえ!そういうわけじゃぁ…」

 

咄嗟に否定の言葉を発してしまう。が、

 

「ほう、なーんだそうだったんだじぇ、京太郎、残念だったな!」

 

__え?

__目の前の少女は今、何と言った?

 

「いや、この前話すようになったばかりなんだから、流石にそういうことはねぇだろ」

 

後ろから声が聞こえる、ずっと聞きたいと思っていた声、今だけは聞きたくなかった声。

血の気がサッと引く感覚が分かる、背筋に冷や汗が流れ、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

さっきまでの楽しかった気分から一転、取り返しのつかないことをしたのではと思う東横桃子。

 

「い、いや、そういうことじゃなくて」

「いいっていいって、優希におちょくられただけなんだろ?」

「む、どこにそんなしょーこがあるんだじぇ!」

「普段の言動を考えてみろ!」

 

前言撤回しようとするもまともに取り合ってくれない。京太郎の中ではすでにそーいうことになっているようだ。

そんな桃子の心中はいざ知らず、楽しそうにじゃれ合う二人、そんな二人を見て胸がチクチクと痛む。

チラッと優希の方を見てみると、屈託のない笑顔で楽しそうにしているではないか。

 

__うぅ…あそこで正直に好きって言えてたら…

 

その通りである。あそこで好意を告白していたら、状況は全く違ったであろう。

片岡優希もそれを承知で罠に嵌めようとしたのだ、良いことではないが彼女もそれなりの覚悟はしている。

まあ、東横桃子は彼女に嵌められたとは思ってもおらず、ただの事故だと思っている。

 

__…いや、まだ誤解されただけっす!ちゃんと順序立てて好意をぶつけていったら大丈夫っす!

 

しかしこの少女、中々にポジティブなようだ、すぐさま切り替え気持ちを整える。

さてさて、どう挽回しようか、そう悩んでいると

 

prrrrr!

 

どこからか電話が鳴り響く。

 

「ん、私のか」

 

どうやら優希のケータイからのようだ。彼女は京太郎に一言断って離れると、サッとケータイを取り出して耳元に当てて会話する。

 

「なんだじぇ?…え?いまは…その…え!?そ、それは勘弁してほしいじぇ…」

 

なんだかとても焦っているようだ、彼女の額に汗が流れる。

 

「い、今から!?そ、それはダメ…え?いや話聞いてほしいんだじぇのどちゃん…わ、分かった分かった!すぐ戻るじぇ!」

 

慌ててケータイのポッケにしまうと、身支度をしながら

 

「すまん京太郎!ちょっと用事が出来たから行ってくるじぇ!すぐに戻る!」

「ああ、気を付けて行って来い、っていうか戻ってくる必要ないんじゃ…」

「あ、いってらっしゃいっす」

 

こう言い残し、ドタバタと玄関を出ていった。

 

__これは思わぬ好機っす!

 

その通りだ東横桃子、今は京太郎と二人きり、あんなことやこんなことを…

 

「あー、なにしよっか?」

 

しかし悲しい哉、京太郎は気を遣って桃子とは少し距離を置いている。これでは過激なことはできない。

とはいえ、何しよっかと提案してきているのだ、これを使わない手はない。

 

「そうっすね…なんかゲームとかしますか?」

「あー、ゲームなら俺の部屋にあるけど…」

 

__しめた!

 

「じゃ、じゃあ、京太郎さんの部屋で一緒にゲームしましょう!」

「お、おう、俺はまあいいけど、東横さんはそれでいいのか?別にリビングにゲーム機を…」

「いえ、京太郎さんの部屋でやりましょう!」

「お、おう」

 

鼻息荒くしてこう主張する。というかゴリ押しである。この食いつきようには軽く引く京太郎。

 

__ふふふ、狙い通りっす

 

この少女、彼の部屋に突入するための方便としてゲームをしたいと言い出したのだ。

少し引かれたものの、作戦通り部屋に入る口実を手に入れた桃子、さてさて階段を上がって彼の部屋へ。

京太郎が先に扉を開けて、部屋の中を見てみると、物は沢山あるものの、ある程度整理整頓されてある。

 

「ちょっと汚いけど、そこは勘弁してくれ」

 

苦笑しつつもそういうが、汚いとは全くもって思わない。むしろ生活感あって心地よいとも感じる程だ。

さてこの少女、念願のお部屋に入れた訳だがどう思っているのだろうか

 

__こ、ここが京太郎さんのお部屋…あのベッドでいつも寝ているっすよね…

 

うーん、まるで男子高校生が抱くような感想だ、欲望にまみれてやがる。

まあそれも仕方ない、そもそもこの少女は友達というもの自体少ないのだ。

ましてや異性との触れ合いなんてもってのほか、ちょっと優しくされただけでコロッといってしまったのもそのためである。

言うなれば、女子とほぼほぼ触れ合ったことのない中高一貫男子高校生とほぼ同じである。

さてさて、京太郎は何をやろうかとゲームをガサゴソと探している。桃子はなんでもいいっすよ、声をかけるも

 

ピンポーン

 

どうやら誰か来たようだ、インターホンが鳴っている。

 

「ん、優希が戻ってきたのかな?ちょっと待っててくれ」

 

そう言い残すと、彼は桃子を置いて部屋を出ていった。さてさて、これは思わぬ展開だ。

残された彼女はとある一点を見つめている、そう、ベッドである。

 

__ちょっとぐらいなら…バレなければ…

 

心の中でそう言い訳しつつも、ササっとベッドに移動して、ポスンとベッドに倒れこむ。

そして枕を抱きかかえると、深く息を吸い込んで、匂いを嗅ぎはじめたではないか。

 

__あ~、最高っす…

 

おいそこのステルス娘、それはいけない。性別が逆だったら完全に犯罪的風景である。

枕をさらに強く抱きしめると、なにやらモジモジしはじめる。これはもしや…いや、勝手な想像で話すのはよそう。

このままだとどこかにトリップしそうなステルスモモ、顔がなんともだらしないことになっている。

 

__一生このままでも…

 

中身もだらしないことになっていた、というか完全に変態である。ヤバい。

さてさて、状況を整理しよう。京太郎は今、来客対応しているのだ。つまりどういうことか

 

ガチャリ

 

そんな時間的余裕はないのである。

 

次に続く



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15 ノーマル

前回までのあらすじ、ベッドでいそしむステルスモモ、突然の来訪者、さあどうする。

 

ガチャリとドアが音を立てる。

さてさて、東横桃子はベッドにて寝転がっているのだ。ちなみに布団もかぶっている。

もう時間がないというか、この一瞬のうちに平常に戻るのは物理的に不可能なのだ。絶体絶命のピンチである。

しかしこの少女、ただの少女ではない。

 

__ステルスモモ発動!

 

県予選決勝卓の時をはるかに上回るオカルトを発揮し、なんとなんと完全に姿を消したではないか。あの天江衣ですら驚愕しそうなほどである。

正確には、ベッドで寝転がってはいるものの、認識されない状態である。これなら京太郎にもバレずに済むだろう。

さて、そのドアから現れたのは快活なタコス少女、片岡優希である。やはり帰ってきたのかと思いベッドから抜け出そうとするが

 

「あれ?モモちゃん居ないじぇ?」

「トイレにでも行っているのでしょうか」

 

ああどういうことだ!なんと、京太郎さんではなく、あの清澄のおっぱいさんがいるではないか!これにはステルスモモ、大混乱。

それもそのはず、この彼女、原村和はステルスを当たり前のように見破った天敵である。つまりどういうことか

 

「あれ?東横さんはベッドで何をしているのですか?」

 

必然、見つかる。

またまた状況を整理しよう、ベッド上の布団の中からのそのそと出ようとしている東横桃子、それを見ている原村和、和の言葉で桃子を認識した片岡優希。

 

「えーっとっすね、これは何というか、溢れ出すリピドーを抑えられなかったといいますか…」

「ゆーき、どうします?」

「うーん、有罪だじぇ!」

 

裁判長片岡優希、とてもいい笑顔でサムズアップして、すぐさま有罪判決を下す。

仏の顔も三度まで、タコスの顔は一度まで、もう許すことは出来ないようだ。

すぐさま羽交い締めにする原村和。いつも大きいものをぶら下げているからか、思いのほか力は強い。

悪戯っぽい笑顔で近づく片岡優希、何やら手をワキワキしている。

ステルスモモ、頑張って逃げようと必死に抵抗するも、悲しい哉、ビクともしないぞこの女。

片岡優希はわき腹に手を添えると

 

「あはははっは!!や、やめ!」

 

勢いよくくすぐり始めた!どうやら脇腹は敏感なようだ、容赦なくくすぐり続ける。

脇をくすぐり、足もくすぐり、とりあえず敏感そうなところは全部くすぐる。

こういうのには弱いみたいだステルスモモ、ひたすらに笑い続け、たまに咳き込み、顔は涙と涎でぐしゃぐしゃだ。

彼女は暫く刑罰を受けるらしい。

 

はてさて、視点は変わって須賀京太郎。

 

「もー、京ちゃんはソファーでゆっくり休んでていいのに」

 

隣の魔王はふくれっ面しながら不満そうにそう溢す。

 

「そこまで体調不良じゃねぇよ、お前だけだと不安だし」

 

彼はお茶を淹れながらこう返すと魔王は更に不満そうな声を上げ、むーむー鳴き声をあげ始めた。

さてさて、リビングに茶と菓子を持っていくが、そこには二人の少女の姿が。

 

「いやー、すまんのぅ、突然押しかけてしまって」

「にしても須賀君の家って広いわね、庭も大きいし」

 

結局麻雀部が全員集合する形になったようだ。染谷まこは申し訳なさそうに礼を言い、竹井久はあたかも初めて見たかのような感想をあげる。

 

「三人家族にしては広いですよね、自分でも手広く感じることが結構あります」

「まあでも、こうやってたくさん入れるからいいよね!」

 

京太郎は謙遜なのかそう返すが、咲はどうやらこの広い家が好きなようだ。

 

「そういや、優希と和はまだ戻ってきてませんか?」

「そうじゃのぅ、上に行ったきり帰ってきてないけぇ」

「もしかして、須賀君の部屋を漁っているのかも」

 

この部長、こう悪戯っぽく答えて不安を煽る。これには京太郎も不安に感じたようで、一言残してサッと階段を昇っていく。

 

__まずい!漁られたら流石に見つかるかも…

 

彼も男子高校生だ、当然部屋には秘密がある。それは一体なんなのか、それを知るのは彼のみである。

さてさて階段を昇っていくと、なにやら笑い声が聞こえてくるではないか。

これには京太郎、人の部屋で何してんだあいつらは、と心の中で毒づいて、いそいそと自室にやってきた。

ドアをスッと開けてみると、そこにはベッドに腰掛けて笑っている片岡優希、息を荒くして横たわる東横桃子、そんな桃子に覆いかぶさる原村和。

なんとも百合百合しい、というか完全に原村ァが桃子を襲っているようにしか見えないこの様子。これには京太郎

 

__あ、やっぱ和って…

 

こう考えるのも仕方ない。一日ぶり何回目のレズ認定だ。

さて、京太郎が視界に入っているのは優希だけである。彼女は京太郎を見ると

 

「お、京太郎!どうやらモモちゃんはのどちゃんに盗られたみたいだじぇ!残念だったな!」

 

さらに誤解を促進させるようなことを言うではないか、これも計算のうちなのだろうか。

漸く気がつく原村和、直感的になんかマズいと思いすぐさま否定し始める。

 

「須賀君!?こ、これは違うんです、東横さんが須賀君の部屋で…」

「和、女子なら誰でもいいのか…」

「!?、違います!誤解です!誤解!誤解!誤解ですからっ!」

「いや、うん、そうだな、他人の趣味に口出しして悪かった、咲には秘密にしておくよ」

「誤解って言ってるじゃないですか!あと、なんでそこで咲さんが出てくるんですか!?」

 

さらっと巻き込まれる宮永咲、ドン引きしている須賀京太郎、これ以上になく慌てる原村和。

 

「ゆーき!一緒に説得してください!」

「そうだじぇ!のどちゃんは見境がないんじゃなくて、影薄めの娘が好きなだけだじぇ!」

「ゆーき!?」

 

片岡優希に助けを求めるも、ああ悲しい哉、勝手に性癖が作られていくではないか。

 

「ひ、ひぃ!わ、私はノーマルっす!」

 

東横桃子、レズッちに襲われてはたまったものではないと思い、ゾンビのように這いずり始める。

 

「和、いくら何でも双方の同意がないと犯罪だぞ!そういうのは良くない!」

「私もノーマルですよ!!」

「これは嘘をついている味がするじぇ!」

「ひぃぃ…」

 

京太郎が和を注意するという非常に珍しい光景を目の当たりにしているが、その内容はなんともカオス。

まあ、京太郎も流石に半分冗談気味に言っている。半分は本気だ。

和からすると、謂れもない罪で責められているからたまったものではない。どうしようかとアタフタしている。

 

「…分かりました」

「お、遂に白状するのか?」

 

何やら腹をくくった原村和、そんな彼女をニヤニヤと煽る優希、しかし彼女の回答は一味違った。

 

「私がノーマルということを証明すればいいんですね」

「ん?まあ、そういうことだじぇ」

「まあ、そういうことになるのかな」

「では須賀君」

 

「キスしましょう」

 

顔を真っ赤にして突然何を言い出すんだのどっちよ、いくらなんでもそれはおかしい。

 

「ちょちょちょちょっと待て!落ち着けのど」

「いいえ落ち着きません!さあ須賀君!いきますよ!」

「や、やめるんだじぇのどちゃん!」

「そうっす!そんなことはダメっす!」

 

完全に熱暴走しているのどっち、思考回路がおかしくなったのかやけにハイテンションでキスをしようと襲ってくる。

全力で抑えるは片岡優希と東横桃子、しかしそれでも完全には抑えきれない。おっぱいパワーは凄いぞ。

さてさて、ターゲットである須賀京太郎、二人がなんとか抑えているので逃げる余裕はあるものの、どうしたのやら動かない。

彼は何を考えているのか

 

__こ、このまま逃げなかったら、う、うまくいけば…

 

この思考である。まあ、和とキスできるチャンスとなって逃げる方がおかしいから仕方ないね。

口では嫌よ嫌よと言ってはいるが、内心ではこの有様、通りで全く動かない訳だ。

 

「離してください!須賀君!さあ、こっちに!」

「京太郎!早く逃げるんだじぇ!間に合わなくなっても知らんじぇ!」

「そうっす!このままだと襲われてしまうっす!」

「い、いやでも、もったいないというか…」

 

さて、この家には現在七人いるわけだ。そのうち四人はこの部屋にいる。

 

「ふん!」

「うわっ!」

「わわっ!」

 

残る三人はリビングに居る。

 

「ふふふ、捕まえましたよ須賀君」

「の、和、れれれ冷静になれ」

「私はいたって冷静です、ええ、では…」

 

 

「和ちゃん何しているのかな?」

「おう和、何をしとるんじゃ?」

「あら和、何してるの?」

 

そこでジッとしているとは限らない。

 

次に続く



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16 キュー

ささ、前回のおさらいをしようか。

原村和、須賀京太郎を襲い始めるも魔王、議会長、次期部長に見つかる。以上。

 

「え、えっとですね…これは」

 

原村和、三人に咎められて冷静になったのか、段々と俯き、声がしぼんでいくではないか。

言い訳をしようとする彼女をよそに、この魔王

 

「和ちゃん、正座」

「あ、はい」

 

こう命令する。これにはオカルトを感じられない彼女も何か凄みを感じたのか、大人しく命令を受け入れる。

女子五人で囲い込み、中心には和が正座している。原村和包囲網の完成だ。

なにやら言葉責めをしている様子、それはダメだとか、無理やりは危険だとか、ルール違反だとか、なんとか言っている。

さてさて、一人ポツンと残るは京太郎、何を思っているのかというと

 

__や、ヤバい、めちゃくちゃ心臓がバクバク鳴ってる。

 

さっきの出来事がかなり衝撃的だったようだ。それもそのはず、ほんの数cmまで近づいたのだ、誰だってそうなる。

彼の心臓は活発に動き、未だに興奮は冷めやらぬ。どうやら彼女らの会話は毛ほども耳に届いていない。

彼女らの会話は核心に迫る話であるが、そこが聞こえていないのか彼らしいというか何というか。

さてさて、彼がドキドキしてる間に会議が終わったようだ。原村和は未だに正座している。

 

「ごめんね京ちゃん、せっかく早退したのに全然休めなくて」

「いやいや、別に休まなくても大丈夫だし、みんなが来てくれたことが嬉しいから」

「へぇ、和に迫られて役得だとか思っていたのかしら?」

「おい久、そういうところじゃ」

 

咲は謝るものの、そんなことはないと否定する京太郎、それに対し意地悪なツッコミを入れる久、そんな彼女を注意するまこ。

そんなこんなで漸く場が落ち着いてきて、いつものような雰囲気に。

…ん?何か忘れているような

 

「で、何しますか?」

 

突然現れる東横桃子、これには五人とも、うわっ!と驚き後ずさる。本日二回目である。

 

「お、おんし、いつからそこに?」

「ずっとここに居たっす!」

「相変わらず影が薄いのね…」

「ははは…全然気付かなかった…」

 

さてさて、個人の部屋としては広い方であるが、七人も入ると流石に狭く感じてしまう。

とりあえずリビングに移動して、皆でゆっくり寛ぐことに。

而して、たわいもない話を続けるものの、せっかく人の家に上がっているのだ、何か特別なことをしたいと思う。

何か面白そうなものはないかと辺りを見渡す竹井久、なんやかんや一番子供っぽいのは彼女かもしれない。

しかしリビングには特になんにもない、親がしっかりしているのだろう、キッチリと整頓されている。

染谷まこもそれにつられてあたりを見まわしてみるものの、特に何も目につかない。すると、

 

 キュー

 

おや、何やら可愛らしい声がどこからか聞こえるではないか。

声の聞こえる方を見てみると、なにやら大きめの毛むくじゃらが動いている。

 

「んん?なんじゃこいつは」

「うわわ!これ、カピバラよ!はじめて見た~!」

「うお!思ったよりも大きいじぇ!」

「ホントですね、30cmぐらいはありそうです。」

「あ、カピちゃん!元気にしてた?」

 

三者三様ならぬ、五者五様の反応をする彼女ら。咲は何回か会っているのだろう、馴れ馴れしく触りに行く。

しかしカピはそんな咲をスルーして、お茶を飲んでる桃子の方へとじゃれに行く。

 

「わわっ!私のこと見えてるっすか?」

 

こういう体験は少ないのであろう、驚きつつも嬉しそうにそう聞いてみる。

 

 キュルルル

 

返事なのか何なのか分からないが、喉を鳴らしたような声が聞こえる。

「おお、こんなとこで何してるんだカピ、うりうり!」

どうやら意図してカピをリビングに連れてきたわけではないようだ。

菓子を追加しに来た京太郎は、カピを見つけるとすぐさま話しかけナデナデし始めるではないか。

これに対し桃子、なんか奪われたような気がして、少しむっとなる。はたしてどっちに嫉妬しているのやら。

 

「京太郎さん、触ってみてもいいっすか?」

 

そんな感情は置いといて、目の前にいるカピバラを撫でてみたいようだ。京太郎に許可を取ると、すぐさま了承の意が返ってくる。

そぉっと触ってみるものの、想像していた柔らかさではなく、なんかゴワゴワしている。これには少し拍子抜け。

 

「思ったよりもゴワゴワしてるだろ?」

「ええ、でも、かわいいっす」

 

考えが顔に出ていたようだ、京太郎は微笑みながらそう言ってくる。しかし、かわいいものはかわいい。

カピも撫でられてご機嫌みたいだ、キュルキュルと喉を鳴らしている。どうやら桃子が気にいったらしい。

「うわぁ…私なんて、気に入られるのに結構かかったのに…」

なんだか知らないが勝手に落ち込んでいる宮永咲、どうやら懐くまでに時間がかかったようだ。

「わ、私も触ってみてもいいかしら?」

さっきからソワソワと落ち着かない竹井久、もちろん、と言葉が返ってくるや否や、すぐさまナデナデし始める。ちょっと激しい。

これにはカピもご不満の様子、なにやら渋い顔をしてそそくさとどっかに行ってしまった。

あぁ!っと残念そうな声を上げ、少しガッカリする竹井久。

「そんなに激しくやっちゃうと駄目ですよ、優しく撫でてあげないと」

そんな彼女に注意をするも時すでに遅し、カピは和の方に行ってしまった。

 

「近くでみるとなかなか愛嬌があって、かわいいですね…」

「確かにそうじゃな、このマヌケ面というかなんというか、そんな見た目が可愛らしいというか」

 

この二人はそんなことを言いながら優しく優しく撫で始める、これにはカピもとてもご満悦なようだ。

特に和が気に入ったのか、和の方にスリスリと体を寄せ始めた。

 

「お、和のことが気に入ったようじゃのぅ」

「わわっ、ど、どうしたらいいのでしょうか」

 

そんな様子を微笑ましく見守る染谷まこ、当の本人はどうしたらよいか困っている様子。

とりあえず撫でてたらいいよ、と忠告する京太郎。それに従いとりあえずナデナデする和、とてもリラックスしているカピ。

しかし誰か忘れていないだろうか?そう、彼女がいるではないか

 

「私も触るじぇー!」

 

満を持して登場のこの少女、片岡優希のおでましだ!

同じ小動物系の彼女なら気も合うだろう、意気揚々とカピを触りに小走りして近づく、が

 

 グッグッグッ

 

「…おい優希、お前カピになんかしたか?」

「な、なんにもしてないじぇ!」

 

明らかに警戒されている、何やら歯をかち合わせたような音を出しながらジッと対面してくるカピ。

これには片岡優希も本能的におかしいなと思ったのだろう、ピタッと止まって間合いを取っている。

こんな状況はそうそうないようで京太郎は思わず確認するも、優希は何もしていないようだ。

はてさて、同じ枠組みだと判断してライバル扱いされているのか、それとも

 

「…おい、カピ、お前もしや胸の有る無しで好みを分けちゃぁおらんよな?」

 キュ!?

 

このカピバラ、人語を理解しているのか、まこの小声の質問に対し驚いたような鳴き声を発す。

やれやれペットは飼い主に似るとはよく言ったものだ、どうやら図星だったらしい。そそくさと逃げて京太郎の元へ。

 

「おー、よしよし、どうしたんだ?」

「やっぱ飼い主に似るもんじゃのぅ」

「?、そんな似てますかね?」

 

そんなカピを保護する京太郎、まこはそんな言葉を発するが意図が分かるのは本人のみであろう。

さてさて、皆でカピと戯れて、優希は相変わらず威嚇されて、和と桃子は懐かれて、咲は無視されて

まこには…忠実に従っている。どうやら舎弟と化したようだ。弱みを握られては逆らえないのである。

こんな感じで遊んでいたら、もう空が真っ赤に燃えてきた、時計は縦棒になっている。

 

「あ、もうこんな時間ね」

「そうじゃな、そろそろお開きとするか」

「そうですね、須賀君、今日は楽しかったです!また来てもいいですか?」

「私が許可するじぇ!」

「なんでお前が許可するんだ、いつでも来ていいけど」

「また皆で遊ぼうね!」

「わ、私も楽しかったっす!また今度お伺いします!」

 

最後までやんややんやとやかましく、玄関までその喧騒は収まらず、玄関で見送って漸く静かになった。

 

__今日も楽しかったなァ

 

どうやら本日もとても楽しかったようだ。それもそのはず、皆で目いっぱい遊んだのだから。

しかし、ただ楽しかったわけではない。

 

__告白されて、断ったのも今日だったか

__そして、優希のあれも…

 

どうやら甘酸っぱい青春を送っているようだ、恋愛には慣れていない京太郎、今日の出来事は簡単に流せるものではない。

面と向かって好意をぶつけられたのも、友達と思っていた少女に恋愛感情を抱いたのも、それは彼の大事な経験だ。

 

__でも、優希も麻雀が強い人が好みだったはず…?

 

ああ、なんでそんな記事に引っ張られるのだ京太郎、彼は根明ではあるが少し自己評価が低いのか、全てをいいようには考えない。

そういう所が彼の魅力でもあるのだが、見ているこっちはもどかしい。

好みのタイプと好きになるのは違うのか、とか、やっぱ俺の勘違いなのか、とか考え始める京太郎。

そうこう悶々している内に、やれやれ母親が帰ってきた。時計は七時を指している。

残暑厳しいが今日の晩飯はキムチ鍋のようだ、パパっと作れるから仕方ないね。洗い物も少ないし。

コンロを出して、まだかまだかと飯を待つ京太郎。

彼の一日はもう終わる。これからの日々、どうなることやら。

 

次に続く



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17 雀荘にて

さてさて、時間は少し飛んで、とある日のこと。

この男、須賀京太郎は彼女も欲しいが、お金も欲しい。

彼はまだまだ遊び盛り、それゆえお金も湯水のように消えていく。

さてさて、ここで貯金を確認すると…なんと、あとラーメン3杯しか食べれないではないか。

これには京太郎も流石にヤバいと思い始める。この調子で使ってしまうと今月の中旬には無くなってしまう。

まあ、なぜこんなに金欠なのかは、東京に行った時に無駄に…いや、無駄ではないが無駄遣いしたのが原因である。

さて、その話は置いといて、こんな状況ではどうしようもない、交通費すらろくにない。

とは言っても、バイトを始めてしまうと麻雀に費やす時間も減ってしまう。さてどうするか…そんなこんなで悩んでいると

清澄高校麻雀部の良心、染谷まこ、こんな提案をする。

 

「そうじゃ京太郎、わしの実家でバイトせんか?」

 

ああ何ということだ、地獄に仏と言うべきか、何というべきか、これ以上にないタイミングの良さである。

これには京太郎、二つ返事で了承して、すぐさま詳細を聞き始める。この食いつきようには少し驚きつつも嬉しそうに対応する染谷まこ。

言い忘れていたが、彼女の実家は雀荘?である。少し色物ではあるがしっかりとした店であり、もちろん卓に入ることもバイト内容の一つだ。

 

__ありがとうございます、染谷先輩…!

 

京太郎、心の中で彼女にお祈りし始める。彼の眼には菩薩に映っているようだ。

おや、染谷まこは何やら企んでいるのだろうか、何やら意味深な笑みを浮かべて、楽しみじゃな、とこっそり呟いている。

一体何をしようとしているのだろうか、変なことでなければいいのだが…

 

そんなこんなでバイト初日、朝から夕方までシフトを入れてもらった京太郎、いそいそとまこの実家に顔を出すと

 

「おう、来たか、こっちじゃこっち」

 

何やらご機嫌でテンション高めの染谷先輩が手を握ってグイグイ引っ張るではないか、これには少しドキッとして、すぐに平常に戻る。どうやら耐性がついてきたみたいだ。

店の裏側的なとこまで連れていかれて、はてさて何をするんだろうか思う京太郎、そんな彼をよそに何かを持ってくる染谷まこ。

その手には一着の服が…いや、この服はもしや…

 

「ほれ!着てみんさい!丈合わせはしてあるけぇ、恐らくピッタリじゃと思うわ」

 

その言葉に従っていそいそと着てみると…あっという間に金髪執事の完成である。これには京太郎も少し気恥ずかしいのか

 

「ほ、他に普通の服とかないんですか?」

 

少しオドオドしつつ、こう聞くも

 

「メイド服ならあるけぇ、そうかそうか、京太郎はそっちが良かったか!ちょいまちんしゃい…」

「いえいえいえ!執事服めっちゃ気に入りました!チョーカッコいいー!」

 

この女、途轍もなくヤバい代替案を提案し始める。これには京太郎、咄嗟に執事服を気に入り始める。

染谷まこ、そんな京太郎を見て、似合うと思うんじゃがなぁと残念そうに言葉を溢す。

というか、なぜ京太郎が着れるメイド服があるのだろうか…このワカメもしや、最初はそのつもりだったのでは…?

 

__さ、流石にメイド服着させられたらたまったもんじゃない!

 

どうやら京太郎に女装癖はないようだ、残念だったな!まあ、少し女顔だから似合わなくはないであろう。

ささ、一通り仕事を教わり、そろそろ営業時間の開始だ。染谷まこはいつの間にかメイド服になっている。

 

「染谷先輩ってメイド服似合いますね」

「それなら京太郎も中々に様になっとるじゃないか」

「そうですか?ハギヨシさんと比べると…」

「あれは本職じゃし、そんなかでも特にヤバい方じゃろ…」

 

京太郎、天然ジゴロを発揮するも染谷まこはいたって冷静に返している。しかし、その顔には少し笑みが浮かんでいる。

そんな感じで他愛ない会話をしていると、ポツポツと客が入ってくるではないか。慌ててお客さんに対応する京太郎、特に問題はなさそうだ。

彼の人柄がにじみ出ているのか何なのか分からないが、どうやら常連客にも気に入られ、馴れ馴れしく話しかけられるように。

そんなおっさんたちにも京太郎は愛想よく対応し、さらに印象が良くなっていく。彼に惚れる少女が多いのも頷ける。

 

「おい執事さん!もしかして、まこちゃんのこれか?」

 

とある常連客が小指を立てながらこんなことを聞いてくる、流石はオッサン、少し古臭い。

これには困った京太郎、誤解されないためにも否定しようとするも

 

「そうじゃのぅ、今からそうなるか?」

 

__へ?

 

この女、かなりしたたかである。完全に不意を突いた攻撃、これには京太郎も啞然とする。

しかし彼はうろたえない、数多の女子と接してきたわけだ、こんな不意打ちなんて気にもしない。

 

__ここここれはからかってるだけだよな?そうだよな?

 

なんか動揺している風にも見えるが気のせいということにしよう。

さてさて、彼は冗談だと捉えたようだ。すぐさま返答する。

 

「ちょ、ちょっと、からかわないでくださいよ!」

「ほう」

 

少し口調を強めにそう訴える京太郎、しかし、まこは短く相槌を打った後、

 

「本当にからかっているだけじゃと思うか?」

 

体をスッと近づける、イタズラっぽい笑みを浮かべながら上目づかいで彼の顔を覗き込む。

完全に予想外の行動であったのだろう、彼は石のように硬直し全くもって動かない。心臓だけは激しく動いている。

 

__お、落ち着け、これはそういうのでは…

 

何とかして平静を保とうとする京太郎、しかし彼女は攻め手を休めない。

 

「ふふ、顔を真っ赤にしてかわいいのぅ」

 

彼女は笑みと共にそう呟くと、彼の頬に手を添えて、そのまま撫で始めたではないか!

慈愛に満ち溢れたような、それでいて嗜虐的な含みを持たせた声色が耳に響く。

頬を撫でる感触はほんのり温かく、絹のような心地よさが残る。

 

__まままままって

 

悲しい哉、いくら念じても時間は止まらない、考える猶予なんて一秒もない。

まあ、ここまで混乱するのも仕方ない。あのオッサンの一言からこんなことになるなんて誰が予想できるのか。

平常時からの突然の切り返し、緩急を使った鋭い攻め、これには京太郎もタジタジだ!

店内のオッサンどもは空気を読んで黙々と牌を切っている。伊達に数十年も社会に出てない。

 

「そ、染谷先輩、ちょっとまっ…」

「まこ」

「へ?」

 

「まこって呼んでくれんか?」

 

ジッと見つめる。京太郎の瞳を覗き込むようにして真っ直ぐ見つめる。

その頬はほんのり赤みがかっており、先ほどまでの余裕はなく、どこか真剣な雰囲気をかもちだしている。

 

「ま、まこ、さん」

 

京太郎はそんな雰囲気に気圧されつつも、何とかして喉から言葉を絞り出す。

女子を下の名前で呼ぶのには慣れている京太郎ではあるが、基本的に目上の人をそう呼ぶことは少ない。

とはいえ、名前を呼ぶだけでこんなにも緊張したのは初めてだ。まるで恋文を読み上げるような恥ずかしさが込み上がる。

 

「ふふ、なんじゃ京太郎?」

 

この返答に満足したのか、少し笑みを浮かべた後、いじわるな感じでそう聞き返してくる。

しかし染谷まこ、顔の赤さと口元のにやけは隠しきれてないぞ。

 

「あ、い、いや、名前を呼んでみただけといいますか…」

 

だが京太郎はメチャクチャ動揺しているのだ、そんな彼女の様子には気づかず、どもりながら返答する。

 

「じゃあ、わしからいいか?」

 

彼女は何か意を決したように

 

「そのな、京太郎、もしお前さえ良ければ…」

 

言葉を紡ぎ、そして一息吸って

 

「まこー!遊びに来たわよー!!」

 

…なんか邪魔ものが現れた!

 

次に続く



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18 来店

勢いよくドアを開けて現れたのは我らが部長の竹井久、かわいい後輩の店に遊びに来たらしい。

 

「…」

「な、なによその目は…?私なんかした?」

「いーや、なんもしとらん」

 

ジト目で睨みつける染谷まこ、とてもいいとこで邪魔されたのだ。いや、いいところというか、一世一代の大勝負をふいにされたというか、緑一色張ったのに卓をひっくり返されたというか、それ以上である。こうなるのは仕方あるまい。

こちらは来店して突然睨まれた竹井久、困惑しつつ訳を聞いてみるも突き放されたような返答。頑張って頭を回して自分の非を探してみるものの思い当たらず更に悩むばかり。その際に最近後輩からの扱いがあんまりなのをも思い出し、なんだか泣きたくなってくる。

しかしそんな気分もすぐに吹っ飛んだ。陰鬱だった気分なんて宇宙の彼方に飛んでった。何故ならそこには京太郎が、その京太郎がなんと執事服を着ているのだ。

 

「すす須賀君!?なんでここに…」

 

須賀君が居るとはゆめゆめ思っていなかった竹井久、驚きのあまり声を張ってしまう。

しかも執事服を着ているのだ、そりゃもうパニック状態よ。ワタワタアタフタしてしまう。

写真に撮っておきたいわね、だとか、この前の妄想が現実になった!だとか、頭の中はぐっちゃぐちゃ。というか何の妄想をしているんだ竹井久、日頃からそういうのを考えているのか竹井久。

さてさて、そんなアタフタとしている部長を眺める京太郎、返答するのも忘れて、こういう部長もかわいいなァとか思っている。

そんな京太郎を見かねてか

 

「今日からここでバイトすることになったんじゃ、まあ、暇な時に入ってもらう感じじゃがな」

「へぇ…なるほどね」

 

代わりにまこが返答する。その返答に納得したように頷く久。

落ち着き払ったような態度を取っているが、内心はまだ興奮している。

 

「いやァ、最近金欠気味でして…」

「あら、そんなにお金を使ってた印象はないけどね」

「まあ、気がついたら無くなってたとかそんな感じじゃろ?」

 

そんなこんなでワイワイと雑談が始まる。学年は違う三人ではあるが、その間に壁は見えない。特にやる業務もなく、止め処ない会話を続けていく。

が、

 

「あのー、久?入ってもいいかしら?」

 

何やら困惑している声色がドアの向こうから聞こえてくる。

 

「あ、ごめんごめん!入っていいわよ!」

 

それに対し、しまったという表情で謝りながら返事をする竹井久。姿が見えないその相手に手を合わしている。

そうしてガチャリと音が立つと、ドアから何やら綺麗なおねーさんが現れる。

 

「あ、染谷さんに…須賀君?」

 

そのおねーさん、染谷まこを視認してパッと笑顔を見せるが、隣の金髪執事に対しては恐る恐ると確認する。

 

「あ、福路さん!お久しぶりです!」

 

思わぬ訪問者にテンションが上がる京太郎、どうやら多少の面識があるもよう。

 

「やっぱり須賀君なのね!お久しぶり、元気にしてた?」

「はい!最近は麻雀ばかりやってますね、ここでのバイトも麻雀出来るからっていう理由ですし」

 

話が盛り上がる金髪二人、お互い近況報告をして他愛のない話をしている。

しかしこの京太郎、何やらデレデレしてるではないか、いつもよりもテンション高めな気がする。

それもそのはず、この福路美穂子は彼の好みにどストライク!しかも原村和とは違ってファッションセンスはまとも。

家庭的で、お淑やかで、美人で、他人想いで、胸も大きい。

そんな女性と話せるのだ、テンション上がらない男性がいようか?いや、いない。

そういう訳で彼は気分が上々である。別に彼女に出来る出来ないは置いといて、そんな女性と会話するだけでも満たされるのが男のサガである。

とはいえども、少し距離が近すぎやしないか?さすがにこの距離は引かれ…ない。いや、お互いに近寄りあっているようにも見える。

これはこれは奇妙なことだ。彼女は誰に対しても親身になって話しかけるが、ここまで近いということは珍しい。しかも異性相手にだ。

一歩踏み出せばゼロ距離になってしまいそうなそんな距離、だというのにお互い離れようともしない。

 

「ふーん、いつの間に美穂子と須賀君はそんなに仲良くなってたの?」

 

そんな二人に声を変える影が一つ、少し不満げに疑問を投げかける。仲が良さそうな様を見て、どうやら面白くないようだ。なんともまあ嫉妬深い。ただまあ、彼女の気持ちも分からなくはない。

 

「あ、それはですね…」

「前に買い出しに行った時に偶然会ってね、お互い顔見知りだったから一緒に回ったの」

 

答えようとする京太郎、しかしまたまた先を取られる。どうやら雑用してたら出会ったらしい。

この話しようだと美穂子から話しかけたのであろう。相変わらずのお人好しというか何というか、こういう社交的な性格も彼女の人望が厚い理由でもあるのだろう。ただし同学年の女子は除く。

 

「そんな偶然が…」

「へぇ…その一回だけ?」

 

これには少し驚く染谷まこ、有り得ない話ではないが偶然にしちゃぁ凄いものだ。

この竹井久、彼女の勘か何かが働いたのだろうか、更に質問を重ねる。

 

「あー、何回ぐらい会いましたっけ?」

「そうね…五、六回は会ったような」

 

なんだこいつら、赤い糸でも結んであるのか?いくら偶々と言えどもそんなに出会うことはあるのだろうか?いや、ない。

おい京太郎、ストーカーでもしてないだろうな?いくらタイプの女性といえどもそれは犯罪だ。

 

「京太郎、お前もしや…付けてたりしてないじゃろな?」

「してませんよ!?何言ってるんですかまこさん!?」

「そういえば、よく美穂子のことを見ていたりしてたわね」

「え、そ、そうなの須賀君?」

 

どうやら染谷まこも同じことを思っていたようだ、必然である。百人中九十九人は同じことを思うだろう。

これに対し京太郎、誤解を解こうとすぐさま否定するも、更に誤解を促進させるような部長の一言、それを真に受けるキャップ。

これはヤバいと思う京太郎、まずは味方を増やそうと染谷まこの説得に移る。

 

「まこさん!なんとかしてください!お願いします!」

「うーむ、わしにはどうにも出来ん!解散!」

「須賀君って美穂子のような子がタイプだから、安易に近づくと危険よ」

「え、えええ!?わ、私みたいなのが…?」

 

しかしこの有様、まこは協力する気が毛ほどもない。というか、ことの発端はあんただぞ。

久に至っては美穂子の警戒心を煽ろうとする始末、もはや敵である。仲間とは何だったのか。

これじゃあ折角美穂子さんと仲良くなれたのに水の泡ではないか!そんなことを考えている京太郎、たとえ付き合えなくてもかわいい女の子とは仲良くなりたいものである。

む…もしや、この先輩お二人方、美穂子と仲良くなられたら困るのでこんな風にしているのでは?やはり清澄腹黒い、伊達にインハイ優勝してない。

 

「え、えーと、須賀君」

 

しかし一つ誤算があった。

 

「あああの福路さん、あれはご」

「こ、これ」

 

慌てている京太郎に、何やら文字列の書いてあるメモを渡す福路さん。目を逸らしつつ、モジモジと恥ずかしそうにしている。

そしてチラリと目線を合わせると

 

「ら、ライン?っていうのの連絡先だから、これからはちゃんと連絡して会いましょう?」

 

こんなことを言っているではないか、さあ面白くなって参りました。

 

次に続く



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19 準備中

__こ、これはいったい…?

 

須賀京太郎、あまりの出来事に理解が追い付いてないもよう。

折角連絡先を差し出してくれているのにも関わらず、ポカンと紙を見つめるばかり。

この英数字の羅列は何なのだろうかと思っているのだろうか、その文字列自体には意味はないぞ京太郎。

 

「あ、あの、須賀君?もしかして嫌だったり…」

「いえいえいえ!全然全然大丈夫であります!ありがたく頂戴致しますです!」

 

なかなか連絡先を受け取ってくれない彼を見て不安に思ったのであろう、福路美穂子は目に涙をためて苦しそうにそう尋ねるも

その言葉に我を取り戻した京太郎、食い気味に、いやもう食ってるレベルで言葉を被せ、有難い連絡先を頂戴仕った。

あまりのテンパりように口調がぐちゃぐちゃというか、なんか敬語が重なっているが、そこはご愛嬌。

 

「ちょっと待ってくださいね…どうですか?メッセージ送れてますか?」

「え、えーと…これを触って…あ、来てるわ!」

 

さてさて連絡先を手に入れたんだ、早速友達登録してメッセージを送ってみる。ちなみに内容は普通だ、そこでアイラブユーとか送れるようなタマではない。

それに対し確認しようとスマホを動かす美穂子、左手でしっかりもって右手で丁寧にタップしていき、もたもたしつつも何とかラインを開くことに成功す。

前はパソコンに近づくだけで、らめぇ!パソコン死んじゃうのぉぉ!ってなっていたのに、今やもうスマホすら使えている美穂子。

どうやら裏で後輩たちと練習してきたのであろう。

 

「じゃあ私も…あれ?なんか動かなくなったわ」

「えっ」

 

なにか変な電波でも発しているのだろうかこの女、普通はそんなこと起きないぞ。

 

「あ、あのー、美穂子?」

「あ、久、ごめんなさいね急にこんなことしちゃって、迷惑だった?」

「いや、そうじゃなくてのぅ…」

 

さてさて、こちらは置いてけぼりをくらった竹井と染谷、こちらも突然の出来事に困惑している。

それもそのはず、第一級危険人物を京太郎から隔離しようと策を奏してたのに、何故か急接近されているのだ。

催眠術とかオカルトとか、そんなちゃちなものではねぇ、もっと恐ろしいナニカの片鱗を味わったのである。

このままだと須賀君が堕とされてしまう!と思い、とりあえず話を中断させようと話しかけるも何も思いつかない竹井久。

しかし染谷まこの咄嗟の判断力はそこのポンコツ部長とは違う。

 

「ずっと立ち話というのもなんじゃし、そろそろ卓に着かんか?」

 

「それと京太郎はあっちの対応頼むわ」

「あ、分かりました!すぐに行きます!」

 

ごくごく自然な流れで雀卓へと誘導させる彼女、店の売り上げにも貢献できて、京太郎と美穂子を離れさせられるので一石二鳥である。

それに対し福路美穂子、彼女は好意を素直に受け取る人間だ、感謝の言葉を軽く述べながら雀卓の方へと歩み始める。

この対応には思わずこっそりとまこにサムズアップする久、そんな彼女を見て

 

「お前が連れて来たんじゃ、責任もってどうにかせい」

「ええ任せなさい」

 

ボソッと皮肉ぎみに囁くまこ、しかし部長もそのつもりのようだ。確かにこのままだと勝手に付き合いかねない。

さてはて、そうこうしつつも卓に着くは風越の部長と清澄の部長。他の二人にはテキトーなオッサンを詰め込もうとする…が

 

「あ、あの、出来れば須賀君と一緒に打ちたいのだけれども…ダメかしら?」

 

スマホを持ちつつ恐る恐ると感じで聞いてくるのは風越の部長、上目づかいで胸に手を当て尋ねてくる。

これに対して染谷まこ、女性ながらも少しドキッとしてしまう。なるほど、京太郎がデレデレするのも分かると一人勝手に納得する。

さてはて、清澄の部長はどうするのだろうか。

 

「いやねぇ、須賀君は今日がバイト初日でね、研修とかも兼ねてるみたいなの」

「色々とやらなくちゃいけないことがあるだろうし、また今度にしましょ?」

「あ、そうなの…それじゃあ仕方ないわね」

 

とても落ち着いた対応である、一片の隙もない理論武装だ。

しかも無理にお願いできないよう、店にも京太郎にも迷惑がかかることをそれとなく伝えている。

こういう駆け引きの上手さはキラリと光るものがある、流石は部長だ。

さてさて、そんな風に伝えられたら性格上諦めざるを得ない福路美穂子、そもそもワガママを言うこと自体が非常に珍しいのだ。これにはサッと引き下がる。

しかし誰かを忘れていないか

 

「あー、そめ…」

「…」

 

染谷先輩に声をかけようとするも不満そうに見つめられる京太郎、慌てて彼女を呼び直す。

 

「ま、まこさん」

「おう、なんじゃ?」

 

明らかに上機嫌で返事をするまこさん、花が咲いたような笑顔と共に用件を聞いてくる。

これには少し前のことを思い出し少し血行が良くなるが、それは一旦置いといて

 

「福路さんと同卓したいんですが…ダメですかね?」

 

無理を承知で同卓をお願いする京太郎、せっかくバイトさせてもらっているのにこんな頼みをすることが後ろめたいようだ。

どうやらさっきの会話を聞いてたらしい、折角の福路さんからのお誘いなのだ、どうしても一緒に打ちたいのだろう。

まあ、こんなお願い受け入れられる訳もなく、しかも危険人物と同卓だなんて以ての外、さあさあ染谷まこはこの申し出を

 

「ふむ…まだヘルプには入ったこともなかったし、丁度いいタイミングじゃな」

「え、ということは」

 

「そうじゃな、わしも一緒に同卓するけぇ、マナーとかをチェックさせて貰おうかのぅ」

「分かりました!すぐに準備します!」

 

どういうことなのか染谷まこ、なんとなんと承諾してしまったではないか。

彼もまさか了承を得るとは思わなかったらしい、驚き半分嬉しさ半分といったハイテンションですぐさま準備にかかり始める。

別にヘルプの研修は今でなくともいいはずだ、それとも…何か策でもあるのだろうか?

その染谷、いそいそと準備にかかる背中を、何やら可愛らしい我が子を見るかの如くの眼差しで見守っている。

そんな彼女にコッソリ近づく影が一つ

 

「ちょっと、どういうことよ?」

 

その口調はどこか刺々しく、まこの鼓膜をチクチクとつつく。

 

「すまんすまん、あんな風にお願いされると断れんくてのぅ」

 

そんな彼女に対して飄々と対応するまこであったが

 

「ふーん、自分だけポイント稼ぎですか『まこさん』」

「ぐっ!?」

 

皮肉をたっぷり込めて、更には痛いところ突く重い一撃、これには染谷もたまらずよろける。

 

「そりゃ余裕よねぇ、私が来る前にたっぷりと須賀君と触れ合っていたのでしょ?」

「名前呼びなんてさせてる程だしね、もしかして私が来た時はかなりいい感じだったのかな?」

「まあ、それで私を恨むのはお門違いじゃない?私だって妨害するために来た訳じゃないんだし、それなのにあれはねぇ」

「それにそれに、いつの間にか須賀君を自分ちのバイトに誘ってるなんてね…完全に出し抜く気満々じゃないの」

「確かに『まこさん』は須賀君と仲が良いみたいだから美穂子なんて怖くないよねぇ」

「ひ、久、すまん悪かった」

「でも、だからと言って美穂子と須賀君を近寄らせるのは傲慢じゃないかしら?」

 

竹井久、かなり察しがいいようだ。そしてフラストレーションが溜まっていたのであろう、図星を突いて突いて攻勢を貫いていく。

普段の様子からはあまり分からないが、彼女は溜め込むタイプなのだ、爆弾ゲームがここで炸裂。

言いたいことは吐き放題、後輩からの扱いが散々だったのも相まって容赦なく言葉を投げかける。

直接的な暴言は一切使わず、皮肉をふんだんに使った言葉責めのフルコース。久々に久に恐怖を感じる染谷まこ、ダジャレではない。

とはいえ、その最後の言葉に対しては口を開いて

 

「いや、京太郎は麻雀を純粋に教わりたいから同卓したいんじゃろぅ」

「それなら、あいつのためにも協力してやろうかと思ってな…邪な感情で言ってるなら話は別じゃったが」

 

こう反論する。どうやら彼女は彼の思いをそう受け取ったのであろう。ホントかどうかは彼にしか分からない。

 

「そう…分かったわ、それなら私も協力するわ」

「それと…ごめんね、少し言い過ぎちゃったわ」

「いや、わしも悪かった、流石に扱いが雑なことが多かった」

 

どうやらその言い分には納得したようだ、それもそのはず、前に咲に言われたことである。

京太郎が麻雀を上手くなろうとしているのを私たちの感情で邪魔しない、たとえ誰であっても破ってはいけない不文律だ。

それを思い出したのか、冷静になり、先ほどの発言も反省して、しっかりと謝罪する竹井久。

それに対し染谷まこも謝罪する、気心知れた仲とは言えども礼儀を欠きすぎたと反省する。

たとえ友達であろうと謝り合えるというのは大事である、これが出来ないと徐々に亀裂が入っていくのだ。

さて、そうこうしてる間に卓の準備は出来たらしい。京太郎がお二人に声を掛けると二人は小走りで卓に向かった。

 

次に続く



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20 ご指導

さて、卓を囲んでやることと言ったら一つである、麻雀だ。

卓に座るは、福路美穂子、竹井久、染谷まこ、そして須賀京太郎である。

彼一人を除いたら間違いなく全国クラスの打ち手ばかり、そんな状況でも彼一人は臆さない、怖気づかないし諦めない。勝ちにいくのだ。

須賀京太郎、彼のいいところは間違いなくこういうとこである。たとえ相手がどんなに強かろうと勝つためにしっかりと立ち向かう。

実力差はありありと分かっている、心の中で逃げだしたいという気持ちがないわけでもない。惨めに負けたくないとも思う。

しかし彼は認められたのだ、色々な意味で憧れの少女に卓で打つべき実力はあると言われたのだ、ならば座るしかないだろう。

そう、せっかくのお誘いなのである。周りが凄すぎて感覚がマヒしているが、人によっては垂涎もののお誘いだ。

はやる鼓動を落ち着かせ、頭を回す準備をする。

 

__落ち着け

 

短く自分に言い聞かせると、すぅっと大きく息を吸い、肩を落として肺の中身を全て吐き出す。

ささ、始めようではないか。サイコロ回って卓から牌が飛び出してくる。

カチャカチャと理牌し、ドラを見るも手にはなく、少し気落ちする。

ま、玄さんみたいにいつもある方がおかしいのだ、と思い手なりに牌を切っていく。

しかし、この局は流れが良くないようだ。どうでもいい字牌や端牌ばかり集まってくる。

やれやれと思い、要らない西を切るも

 

「ロン、12000」

 

これは手痛い放銃だ、対面の竹井久、親満をダマで待っていたらしい。

 

「あー、テンパイしてたんですか」

「そうね、でも分かりやすかったとは思うわよ、ね?」

 

そう言うと部長は福路さんの方へと向き合って、何かを確認するように言葉を打つ。

それに対し、福路さんは

 

「ええそうね、今のは捨て牌を見ると~」

 

言葉をスラスラと連ね、どうやったらテンパイ気配を感じ取れたかを教えてくれる。

内容は節ごとに分かれていて、理解しているかどうかの確認を挟みつつ、優しく丁寧に話す。

流石は名門風越の部長だ、教えるのも一流と言っていいほどだ。

 

「流石じゃな、わしも勉強になるのぅ」

「こういうのは美穂子の方が得意だからね、経験も豊富だし」

 

先輩お二人も感心しているようである。

そんなこんなで局は進み、終わる度に教えていただく、一言一言が貴重な金言だ。

そんな言葉の端々に見える凛々しさと、口調の柔らかさとのギャップが彼女の美しさを更に際立たせる。強さと優しさは共存できるものなのだ。

さてさて、そんなことを思いつつも、意識は内容に集中して、その一切を取りこぼしのないように理解しようと努める。が

 

「須賀君?」

「はい、なんでしょうか?」

 

急に説明を止められる、何かをしてしまっただろうかと内心冷や汗をかきつつも、訳を聞く。

 

「そんなに肩に力を入れなくていいのよ、リラックスしましょ?」

「え、そんなに力入ってました?」

 

返ってきたのは優しい言葉、

 

「ええ、全てを覚えよう、全てをやり切ろうっていうのがありありと伝わってきたわ」

「まあ、せっかく教えて頂いてますし…」

 

しかし、どこか厳しさも感じる不思議な言葉、

 

「ううん、そういうのじゃ辛くなると思うわ」

「えぇ…そうですかね?」

 

「須賀君はどこか強迫観念というか、しなくちゃいけないという義務感に追われることが多いと思うの」

「それもとても大事なことだと思うし、私だってそう思って動くことは多いわ」

「…」

 

少し苛立ちを感じてしまうのは図星だからであろう。ただ、そこを否定されるのは気分がいいものではない。

 

「でも」

 

「たまには適当にやってもいいのよ?常に全力じゃなくても、適度に、無理のない程度に」

「常に全力だと大変でしょ?それに、実際の試合だと常に全力なんて出せない」

「だから、自然体でしっかり集中して当たり前のように出来るようになる、そういう練習も意識した方がいいわ」

 

ただ、その後の言葉には反論の余地もなかった。

優しくさとすように話しかけるが、その内容は芯が通った重い言葉、ズシンと腹の中に沈む。

 

__確かにそうだ、ハンドでもずっと全力で動くなんて無理だった

 

ハンドボールでもそうだった。あっちは身体的疲労もあったが、麻雀の精神的疲労は凄まじい、ずっと集中することが如何に難しいかはよく分かる。

当たり前のようで全く気づかなかったそんなこと。それを自分に指摘してくれた彼女は、もう既に通った道なのであろう。

 

「そうですね、分かりました!ありがとうございます!」

「うん!それじゃ次の局にいきましょ!」

 

声を張りしっかりと礼を述べる。運動部に居た時のクセであるが染みついたら抜けないものだ。しかし悪いとも思わない。

それに対し、心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、次の局への準備を進める。

この不意打ちにはドキッとし、心臓バクバクになるが頑張って心を落ち着かせる。だがそうは上手くいかない。

 

「須賀君、また力入ってるわ」

 

ズイっと近寄られ両手で顔を挟まれ、少し不満そうな顔で見つめられるというか睨まれるというか、そんな感じで責められる。

思わぬ行動にフリーズしてしまい、ジッと見つめてしまうが、その端正で可憐な顔を見ていると、さらに鼓動が速まるのが分かる。

違うんです、そうじゃないんですと思いつつも

 

__うわ、わわわ!わわあわあわ!

 

心中はあわあわするしかない、そりゃこんな綺麗なおねーさんにこんなことされたらこうなるって!

更に緊張するともっと力が入ってしまうので、さらに責められ無限ループに突入する。なんか変なのに目覚めそう。

ああもう逃れられない!そんなことを考えていると

 

「美穂子、須賀君が困ってるわ、そこら辺で勘弁してあげなさい」

「流石に近寄りすぎじゃろ」

 

先輩お二人の介入が入る、福路さんはそんな言葉にハッとすると、パッと離れて真っ赤になって俯いてしまった。

そんな彼女をみて、ため息をつくまこさん、何も言わずに無表情な部長、なんだか少しだけ背中が粟立つ。

はてさて、色々あったものの無事に数半荘終わり、教えながらということもあったからか、中々に時間が経ってしまった。

もうすっかり夕暮れ時だ、カラスはカァカァ鳴いている。夕陽はやけに赤く光っている。

 

「今日はありがとうございました!」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます、また一緒に打とうね?」

「やっぱ美穂子は強いわねぇ」

「気が向いたら時はいつでも利用してください、待っとるけぇ」

 

福路さんと部長はそう言い残すと帰ってしまった。いつだってサヨナラはあっけない。

その後、まこさんと一緒に後片付けをして、一通りの反省をした後、これからのシフトの入れ方などを教えてもらって、あとは帰るだけとなった。

 

「京太郎」

 

しかし、背中から呼びかけられる。

 

「なんですか?」

 

そう一言返してみると

 

「お前さえ良ければ…」

 

あの言葉の続きなのだろうか、一瞬の間が延々と続く

 

「…いや、なんでもないけぇ、今日は疲れたじゃろ?ゆっくり休んでおけ、夜更かしとかはせんようにな」

 

しかし続きは紡がれず、代わりに母親のような小言が結ばれる。

 

「まるで母親みたいですね」

「いつでも甘えてええぞ、なんなら今からでも」

 

そんな小言に突っ込みを入れるも、すぐさま鋭い返しが飛んでくる。それどころか両手を広げて待ち構えているではないか。

しかも平然とした表情で、ほれ、とかいいつつ待っているのだから余計にタチが悪い。

 

「さ、流石にそれは遠慮します!」

「なんじゃ、寂しいのぅ」

 

くくく、と笑いを噛みつつも、イタズラっぽい笑顔でこちらを見ている彼女、どうやらからかっていただけのようだ。

ささ、もうこんな時間である、一言別れの言葉を残して自分も雀荘を後にした。

紫がかった空を見つめ、大きく息を吐く。今日は色々ありすぎて疲れた。

スマホを見てみると、そこには数件のメッセージが。

後で確認することにして、少しだけ歩みを止める。心の底から何かが沸々と湧き上がってくる、それがなんなのか分からない。

 

__走るか

 

よく分からないがそう思うと、地面を力強く蹴り出して、一歩一歩しっかりと走り始めた。

夕焼けは綺麗な紫色であった。明日も晴れであろう。

 

次に続く



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21 雨の日にて

さてさて、日々は緩やかに、されでもあっという間に過ぎていく。

須賀京太郎、彼を取り巻く環境はそれに伴い緩やかに変化していくが、果たして自覚しているのだろうか。

とはいえ、彼は何も変わっていないわけではない、周りが変われば自分も変わる、自明である。

ささ、今日は部活もお休みで、他の部員も用事があるようだ。外に出ようにも生憎の雨、気が滅入ってしょうがない。

 

__今日は家でのんびりするか

 

たまにはゴロゴロしてみるのも良い、活発的な彼であるが休養というのも大切だ。

最近はやけに色んな人との距離が縮まり、嬉しいことではあるが慣れないことに精神は擦り減っていく。

ま、アプローチをかけられる度に心臓がドックンドックン脈を打つのだ、そりゃ疲れる。

両親はこんな日にも共働きであり、家に残るは一人だけ、久々に自室で漫画でも読もうかと思っていると

 

 ピンポーン

 

どうやら誰か来たようだ、とはいえ誰とも約束はしていない。

 

__宅急便かな?

 

そう思い、印鑑を持ち玄関までのそりと行ってドアを開くと

 

「暇だから来ちゃった」

 

なんとそこには魔王系幼なじみの宮永咲が待ち構えていたではないか。

彼女の体に不釣り合いな大きめの傘を持ち、よく着ているパーカーを主体にしたラフな格好で佇んでいる。

しかし、下はいつものようなスカートではなく、ショートパンツと言うのだろうか、そんな感じのデニム生地をやつを履いている。

ショートヘアーも相まってか、どこかボーイッシュな印象を受けるファッションだ。

 

「なんだよ、連絡の一本でも入れてくれたら良かったのに」

「まあ、京ちゃんだし、いいかなーって」

 

いつもの彼女とは少し違う雰囲気にドキッとしつつも、冗談気味に文句の一つを言う京太郎。

それに対し、テキトーな返答をしてくる幼なじみ、こんな姿は彼ぐらいしか見れないであろう。

 

「前に似たようなことして、勝手に迷子になったりしてただろ」

「そ、それは昔の話じゃん!」

 

玄関前で他愛ない話をしつつ、スッと一緒に家に上がる。

彼女はスタスタと洗面所まで歩き、手洗いうがいをして、リビングのソファーに勝手に寝転がる。

そんな彼女の後ろをついていく京太郎、首筋の汗が目につくも、慌てて視線をそらす。

さて、寝転がった彼女を見ては、相変わらずふてぶてしい奴だと思いつつ、お茶の一つでも用意しようとキッチンへ。

 

「あ、京ちゃん、これおみやげね」

「ん」

 

そんな彼を引き留めて、スーパーの袋を手渡す彼女。中身を確認するとお菓子が数袋入っている。

そのお菓子のいくつかをキッチンにある箱にしまい、一つを皿に盛りだして、冷蔵庫から麦茶を出してリビングへ。

 

「雨だけど今日も暑いね」

「湿気が増して、むしろいつもよりも暑く感じるなァ」

 

京太郎がテーブルに菓子と麦茶を並べると、それにつられるように彼女は椅子に移動し始める。

ポリポリと菓子を食べつつ、ダラダラと駄弁る二人、生産性なんぞ少しもない。

特に何かをするわけではない、ただただ時間はゆっくり過ぎていく。

菓子が無くなり、ソファーに座り込む京太郎、その隣にポスンと座り込む宮永咲、やけに距離は近いような。

するとなんと、肩に頭を預けはじめたではないか、もはやゼロ距離である。

 

「暑苦しい」

「私も」

 

ただまあ、雨とはいえ残暑厳しいこの季節、こんなに密着したら暑いのは自明である。

そういう訳で文句を一言述べるものの、謎の返答が返ってくるばかり。理不尽である。

離れるのも面倒くさいし、別にそんなに嫌なわけでもないので無抵抗でいることに。

ただ、彼は知っている。彼女がこんなことをするということは

 

「なんかあったか?」

「…」

 

十中八九、ストレスが溜まっているということだ。

彼女は他人に甘えるのがヘタクソであるのを京太郎は知っている。

嫌なことがあっても自分の中にため込んで、ただ無心に本を読んで忘れようと努めるばかり。

昔からそうだった。だからこそ、どうしても他人に構ってほしい時はこんな風にしか出来ないのだ。

難儀な性格だと思いつつも、こんな姿を見れるのは自分しかいないというどうしようもない優越感を感じてしまう。

それに少しの嫌悪感を抱くものの、やはり彼女をよく理解しているのは自分であり、そして

 

「…京ちゃん、最近どう?」

「…」

 

自分のことをよく理解している彼女も恐らく似た感情を持っているのだろうと予想つくから、お互い様だと思えるのだ。

お互い顔を合わせず話し合う、その会話は沈黙が大半であるが、決して悪いものではない。

 

「そうだな…最近は麻雀も上手くなってるし、皆も仲良くしてくれてるし、とても楽しい」

「…」

 

京太郎は先に話し始める、彼女が質問に質問を重ねるということは先に答えなければ話は進まない、彼は経験則からそう判断した。

彼の紡ぐ言葉は全て本音である、が、足りない。彼女はその先があることを知っている。だから沈黙を続ける。

京太郎、少し観念したように一息ついて、その続きを話し始める。

 

「でも」

 

「たまに、どうすればいいのか分からなくなるんだ」

 

彼にだって悩みはあるのだ。常に明るく、お人好しで、社交的で、皆でワイワイするのが好きなそんな人物。

他人のためにせっせと働くことを苦にも思わず、人の悩み事は人一倍心配する。

だからこそ、他人に甘えたりすることは人一倍苦手である、彼女とは真反対にも思えるような彼であるが、彼も彼で難儀な性格である。

 

「それは麻雀関連で?それとも…」

「…麻雀だけではない」

 

彼女はそんな独白に言葉を投げ込む、それに対しやや時間をおいてから短く返答する。

 

「…うん、京ちゃんはそういう人だもんね」

「…うっせ」

 

その返答で十分だったのだろう、彼女は分かった風な口ぶりでそう返す。

京太郎は悪態ついて返答する。少しだけ恥ずかしいのであろう。

 

「でも」

 

「京ちゃんは悩まなくていいと思うよ」

「周りが勝手にやってることだから、それに対して変に責任を感じなくていいと思うの」

 

彼女の忠告はとても甘美で、それでいて、どこか狂気を孕んだような印象を受ける。

 

「だって、そうじゃない?」

「京ちゃんが頼んでやって貰ってる訳でもないし、こっちも何かしなきゃって義務感を持たなくていいんだよ?」

 

この前福路さんに言われたことと被り、ズッと腹に沈んでいく。

 

「いや…それは流石に」

「ねぇ、京ちゃん」

 

「お部屋で話そ?」

 

雨戸を打つ音がやけに響いていた。

 

次に続く




ようやく咲ちゃんのターン!やっぱメインヒロインはわた宮永咲さんだよね!



誤削除について、本当に申し訳ございません。
評価や感想、そして多くのお気に入り登録をふいにしてしまったことは謝りきれません。
こんなポンコツな作者ですが、引き続き読んで頂けるとありがたいです。
また、後書きにつきましてはデータが残ってなかったので完全に復元することは出来ません、ご了承ください。


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22 電撃戦

雨脚は強まっている、カンカンと雨が戸を打つ音が響く。

階段を昇って、京太郎の部屋へと向かう二人、沈黙が間を埋めている。

部屋に入るとベッドに腰を掛ける少女、その隣にそっと座る少年、すかさず距離を詰める彼女、動かない彼。

 

「でさ」

 

隣の幼なじみは口を開く、短い言葉、試合開始の合図だ。

 

「京ちゃんはどうしたいの?」

「うっ…」

 

単純だが、一番厳しい質問、自分にとっては一番複雑な質問。

思わず言葉に詰まってしまう。

 

__どうしたいんだろう

 

自分に問いかけてみるも何かが返ってくる訳でもなく、何も分からない。

少し前の彼であったら、『彼女が欲しい』と思ったはずだ。ただ、今は即答できない。

そうこう考えていると、彼女は

 

「京ちゃんは皆の気持ちを考えすぎちゃうから、困ってるんでしょ」

 

勝手に言葉を続ける。彼の長所でもある部分をまるで悪いかのように扱う。

どんな表情をしているかは分からない、少し俯いている。

 

「そんなのさ、全部捨てちゃって、自分の本当にやりたいようにしちゃったらいいよ」

 

本当にやりたいこと、本当は何がしたいのだろうか、何を思っているのだろうか。

 

「京ちゃんには難しいかな?」

 

少し小馬鹿したような響きではあったが、文句の一つも言えない。

そうだ、彼女はいつでもそうだった。彼女に対して人に流されやすいような印象を受ける人が多いかもしれない。

ただ、彼女は自分のやりたいことを中心に動く人間であった、自分の世界に閉じこもり、気まぐれにそこから出かける。出そうとするのには大きな力で引っ張らないと出てこなかった。

麻雀でも、いつでも、なんでも、独り善がりであった。そんな彼女が言うからこそ、その言葉の重みは違う。

 

「…うん」

 

正直に答える、自分には到底無理だと、常に他人と触れ合って生きてきた自分には出来やしないと。

誰かひとりの意志を汲み取って、他の人の意志をないがしろにするだなんて…とても

 

「そっか…」

 

沈黙がこの部屋を包み込む、お互いに音を発さない。静かな時間が過ぎていく。

どこか心地よさをも感じる静寂、雨音だけが鳴っている。

ふと、隣の彼女が体重を預けてくる。突然のことだったので体が傾くも、すぐに姿勢を元に戻す。

 

「じゃあさ」

 

別に大きい声でもない、特に甲高かった訳でもない、しかし背中が跳ねる。

 

「決めちゃえばいいんだよ」

 

隣の彼女は何を言っているのだろうか、それが出来ないから悩んでいるというのに。

 

「さっさと決めちゃったら、もう悩むことなんてないよ」

「やるって決めたら、もう悩みなんてない、決めちゃったのはしょうがない」

 

いつの間にか隣の少女は彼の目を真っ直ぐ見ている。その瞳はとても透き通っていて…どこか無機質のような、鈍い鉄のような、いや、これはそんなものではない。

この少女は果たして誰なんだ、彼の知ってる少女はもっと内に秘めた感情が光っていたはずだ。しかし、こうも思う。

 

__こんな咲をどこかで見たことがある

 

彼の知らない彼女、されども既視感はある。何処であっただろうか、つい最近のような気もする。そう…ついこの間まで見ていたような。

熟考する京太郎、しかし彼女は止まらない、もう賽は回ったのだ。

 

「だからさ」

 

言葉を挟むタイミングを逃したと直感が告げる。

 

「もう、いいでしょ?」

 

その瞬間、グッと体重をかけられる。

咄嗟に手をつこうとするも、先に小さな手がその腕を包み込み、石のように硬直する。

そのまま体が傾き、重力には逆らえず、押し倒されてしまう。

咲はスッと京太郎の上に跨ると、腰を落としてマウントポジションを取る。

まるで花びらが乗ったかのように軽く感じるが、まるで大きな岩のように動く気がしない。

 

「さ、咲!急になにを…」

「京ちゃん」

 

声を上げて抵抗しようとするも、人差し指を口の前に押し当てられ、顔がグッと近づく。

吐息がかかる、そんな至近距離、本能が警鐘を鳴らす。心臓は限界まで脈を打つ。

 

「京ちゃんが困ってるんだったら、私が救ってあげる」

「京ちゃんが選べないんだったら、私が選んであげる」

「ホントに嫌なら、とっくに突き放してるよね?」

「京ちゃんはヘタレだけど、そういう所はしっかりやるもんね?」

「さ、咲、落ち着け」

 

妖艶な雰囲気で言葉を紡ぐ咲、その一言一言は蜜のように甘く、されど猛毒のように心を蝕む。後に続く言葉も彼をしっかりと縛っていく、彼をよく理解している彼女だからこそ分かることだ。

表情は恍惚としている。心底嬉しそうな笑顔をしているが、その瞳に光はない。

彼は何とかして声を喉から振り絞る、しかし短すぎる言葉だ。止まらない。もう止められないのだ。

 

「だから…ね?」

 

そう言って咲は顔を近づけ、そして、その唇が…

 

 

ゴロゴロピシャーン!!

 

 

「きゃあ!!!?」

 

触れることはなかった。けたたましい程の雷鳴が轟く。

その音に思わず驚いた宮永咲、体を飛び跳ねさせ、たまらずベッドから転げ落ちる。

さあさあ、ベッドの上に京太郎、ベッドの横には宮永咲、二人は顔を見合わせると

 

「…えへへ」

「…」

 

とりあえず笑ってみる宮永咲、沈黙を貫く須賀京太郎。

 

「咲」

「な、何かな、京ちゃん?顔が怖いよ…?」

 

名前を呼ぶ京太郎、見慣れた姿でオロオロするのは宮永咲。

 

「そこに直れぇぇ!!」

「ご、ごめんなさーい!!」

 

さあ、形勢逆転だ。

 

次に続く




五回ぐらいゴールインしかけた、あぶないあぶない
お気に入り登録等ありがとうございます。とても喜んでます!
咲さん強い、っていうか、なんか勝手に動き始めて暴れ始めたんだけど…


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23 攻城戦(前編)

長くなりすぎたので二つに分けました。
そのため変なところで切れますが、ご了承ください。


ベッドの上で腕を組むのは須賀京太郎、床で正座するのは宮永咲。先ほどまで彼を襲っていた魔王である。

この魔王、スライムのようにプルプルしている。顔を真っ赤にして俯くことしか出来ないようだ。

さてさて京太郎、少し気を落ち着かせ、淡々と尋問を開始する。第二ラウンドの開始だ。

 

「で、なんであんなことしたんだ?」

「そ、それは、その…」

 

まずは訳を聞いてみる。すると彼女は視線をあちこちに彷徨わせ、なんともまあ歯切れの悪いこと、肝心の答えは返ってこない。

これでは埒が明かない、彼女は恥ずかしがって喋ってくれない、咲という人間はそういうところがあるのだ。

京太郎、ため息をつき、もう一度聞き直す

 

「なんであんなことしたんだ?」

「う、うぅ…」

 

またもや俯いてしまう魔王、これでは尋問にもならない。黙秘権を執行するようだ。

どうしたもんかと思う京太郎、やはり少しは攻めないと堅い城門は破れなさそうだ。

 

「そ、そのだな…もうちょい順序ってもんが」

「だ、だってぇ…最近京ちゃん人気だし…」

 

とりあえず色々と過程をすっ飛ばしてるところを突っ込む京太郎、しかしさっきのことを思い出し、頭がかぁっと熱くなる。

それに対し魔王、子供のように愚図りながら、ぶつぶつと文句を垂れている。とはいえ、その内容は文句というかなんというか。

どうやら話が進みそうだ、京太郎は熱くなった頭を回して、次の言葉を発する。

 

「いや、まあ、なんていうか…もうちょい落ち着こうぜ?」

「むむむ…京ちゃんには分からないじゃん!アプローチ受ける側だし!」

 

なんて言えばいいかよく分からなかったので、とりあえずペースダウンを要求する京太郎。

しかし何かが逆鱗に触れたのであろう、今度は突然プリプリと怒り始め、何やら京太郎に不満をぶつける。

とはいえ、その不満は理不尽というか、間違ってはないが彼にぶつけても意味がないというか。

 

「いやなぁ!そ、それはそうだけど…」

「そうじゃん!」

 

この理不尽な怒りに対して咄嗟に反論しようとするも、肝心の内容が思いつかない、終ぞや肯定する始末。

ここぞとばかりに食い気味で自分の理論を押して押して、さあ押して、なんとかこの場を切り抜けようとする魔王。

流石は文学少女だ、言葉遊びは得意な様で、あれよあれよと論点をずらして優位に立つ、も

 

「…いやまて、論点はそこじゃないだろ!なんで急に襲いかかるんだよ!」

「うぇえ!!?お、襲いかかってないもん!違うよ!」

「明らかに押し倒してマウント取ったやつが何を言う!?」

 

急に論点を戻される、それどころかオブラートなんぞ破り捨てたかのような直接的な言葉をぶつける京太郎!

これには魔王も思わずよろける、効果はバツグンだ!否定するだけしかかなわず。

さあさあ反撃の時間だ京太郎、そもそもお前は被害者なんだから、お前が文句を言われる筋合いはない!

 

「急にさ、あんなことされると流石の俺も驚くというかなァ…」

「ご、ごめんなさい…」

 

だが、そういう所で責めすぎないのが彼のいいところだ、困ったようにそう伝えるだけで済ませてあげる。

彼女も素直に謝り、申し訳なさそうに佇まいを直す。正座は実行中だ。

 

「でだ、なんであんなことしたんだ?」

 

さてさて、口も回るようになってきて、一息ついたところで最初の質問に戻してみる。

ここが分からないと始まらないし、彼女がどういう想いであんなことをしたのか、彼は知る必要があった。

それに、彼は彼の知らない彼女の正体も知りたがっている。まあ、あれは恐らく…

 

「そ、それは…」

 

しかししかし、だがしかし、それでも口を割ろうとしない宮永咲、どうやらこの城門は思ったよりも堅牢である。

これには仕方あるまいと思い、

 

「あー、そうかー、それが言えないんだったら、皆に襲われたって言いふらさないとなァー」

 

とても棒読みではあるが、こんな風に脅しをかける京太郎。流石に部員に言いふらすつもりは毛頭ない。

しかし混乱している魔王はそんなことは全く思わず、本気で言われる!と思い、アタフタ体を揺らし始める。

因みに余談であるが、彼女は言われること自体を恐れているのではなく、襲ったという事例が知れ渡ることによって無法地帯になる事を危惧しているのだが、目の前の京太郎はそんなことはゆめゆめ思わない。

ささ、どちらにしろ追い込まれた魔王、そして

 

__お、落ち着け…咲のことだからそろそろ…

 

メチャクチャ緊張している京太郎、まあ、なんとなく察しはついているのだ。それを彼女自身の口から言わせることが重要だからこんなことをしている。

彼もなんやかんや悪くは思っていない、むしろ男子高校生的には惜しいと思っているぐらいだ。やったね咲ちゃん!脈はありそうだよ!

さ、この魔王、またもやスライムのようにプルプルし始めて…そして

 

 

「だ、だって京ちゃんのことが好きなんだもん!!」

 

 

ここで愛の告白、文学少女らしからぬパンチのきいた右ストレート、これには京太郎、ガードをしていたにもかかわらず

 

__ぐはぁ!!

 

この威力である、ストレートに直接的な表現で異性から好きと言われたのは初めての体験だ。

予想していた答えとはいえども、実際に言われるのとはわけが違う。

勝手に心の底から喜びが込み上がり、血肉湧き踊り、頭の中はフィーバー状態!

ヤバい!このままでは彼もオーケーしてしまい、この小説が終わってしまう!まだ全国の人たちが出ていないではないか!

だがしかしご安心を、京太郎も成長したのだ、ここで落ち着いた対応で…

 

「京ちゃんのこと好きだけど、私こんなんだし…胸も大きくないし」

「それなのに他の人もアプローチし始めて、このままじゃマズイと思って」

「だから、いっそのこと…先にやっちゃえば…」

 

なんか自虐と共に目から光が失われていく魔王、最後の言葉はマジでヤバいと思う。

これには京太郎、彼女のことは理解しているとは言えども、流石にここまでとは想定してなかったのであろう、ただ硬直するのみ。

この魔王、中々に思い込みが激しく、独り善がりなところがあるのは知っての通りだ。そのせいであわあわは犠牲になった。

そして今回は京太郎が犠牲に…というかなんというか、ドロドロした感情の矛先になってしまった。

だがまあ、彼女をヤンデレだとかメンヘラだとか言わないでやってくれ、ただ内気な少女が数年間恋煩いしてしまったのだ。

…それってヤンデレとかの典型的なパターンかな?まあいいか。とりあえず刀傷沙汰とかにはならないから大丈夫…多分。

ささ、またもや身の危険を感じ始めた京太郎、先ほどのような雰囲気だ。背筋を冷や汗がつたり、首元からゾクゾクと鳥肌が立つ。

 

__あ、これがオカルトってやつか…

 

麻雀とは全く関係ないところでオカルトを感じる京太郎、目の前の少女の威圧感はそれほどまでに凄まじい。

例えるならば、マイクタイソンとリング上で対面するぐらい…いや、もっとかもしれない。本能が危険を察知するほどである。

通りで魔王などと言われるわけだ、ゾーマに対峙した勇者の気分を味わう京太郎。

 

__いや、落ち着け、目の前に居るのは咲だ!あのポンコツな宮永咲だ!

 

その京太郎、勇敢にも目の前の魔王をしっかりと見つめ直し、そしてはっきりと…

 

 

 

 

 

 

申し訳ないが今日はここまでだ、明日の後編を待ってくれ

 

 




いつもお気に入り登録等ありがとうございます。喜んで舞う!

これはメインヒロインですねぇ…(決まってはない)


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24 攻城戦(後編)

その京太郎、勇敢にも目の前の魔王をしっかりと見つめ直し、そしてはっきりと

 

「そのな咲」

「でも」

 

言葉を紡ごうとするも魔王に言葉を被せられる、ガーンだな出ばなをくじかれた。

これには心の中でズッコケる京太郎、いやはやビシッと決めたかったのだろう、だが魔王は傍若無人なのだ。そんなの関係ない。

さてさて、この魔王は一体何を紡ぐのだろうか

 

「京ちゃんは自分で選びたいんだよね?」

 

少し黙るか、真面目な話のようだ。

 

「京ちゃんが困ってるから、いっそのこと私が…って思ったけど、京ちゃんはそんなのは嫌なんでしょ?」

「せっかく選ぶなら、しっかりと考えて、自分の気持ちを確かめてから…って感じなんでしょ?」

 

確かめるようにして言葉を投げかける宮永咲、その声色はとても優しい。

どうやら幼なじみには彼の考えてることなんて、マルっとズバッとお見通しのようだ。

 

「そう…なんだよ、俺って最低かな…優柔不断だし」

 

どうやらそんな状態であることを誰よりも責めているのは彼自身のようだ。

色んな人から好意を貰っているのに、それに対し真摯に対応できないのが申し訳ないらしい。

しかも彼は純情だ、純情も純情、NTR物なんて読めたもんじゃない、浮気なんて許せない、そのレベルである。

なんともまあ可愛らしいというか、いかにもな好青年って感じである。それゆえ、この状況は許せないが、誰かを選べるわけでもない。

プロローグでも申したが、彼が悪いのではない、周りの少女たちが魅力的すぎるのだから仕方ないのだ、許してやってくれ。

 

「うん、サイテーだね」

「ぐっ!?」

 

この魔王、そんな傷心している少年の心を容赦なくえぐる。ここまで鋭い一言があるだろうか。

これには京太郎、たまらず短い悲鳴をあげ心に致命傷を負う。彼のメンタルはボロボロだ。

 

「色んな人に愛想ふりまいちゃってさ、それなのにこうなったらこれだもん」

「うぐ…」

「ほんと、選べないから待ってくださいだなんて、待ってる方がどんな気持ちか分かる?愛想つかされてもしらないよ?」

「ぐうの音も出ません…」

 

だがだが、彼女の言うことはごもっともだ、ぶっちゃけ彼の責任もある。

このまま色んな女を引っかけて、青春時代を浪費させ、やっぱいいやバイバイとかするなんて、スケコマシどころでは済まない。

まあ、彼は自分がモテるだなんてつゆにも思わず、ただ単に皆と仲良くなるために接してきただけなのだが、それはそれ、これはこれ。

彼もどうやら反省したようだ。だが人の性格というのはそうそう変わらない、彼はこれからも優しくあり続けるだろう。

そんなことは彼女も分かっている、ここからが本題だ。

 

「でもね、もし京ちゃんが皆から見放されちゃってもね、私だけは待ってるからね」

「だから、返事はいつになってもいいよ、返事が来るまでは私は…ずっと待つから」

 

このヒロインムーブである、これには京太郎もドキッとするというか、軽く心臓が破裂する。

なんともまあ健気な少女だこと。想い人が他の女にも現を抜かしているというのに待ち続けるだなんて、涙が出てしまいそうだ。

彼女は彼を理解している、だからこそ無理にせかしたりしたくないのだ、彼の意志で選んでほしいのだ。

いや、本心ではせかしたいし、さっきのように自分を選ばせたいのだ。だが、そんな我儘を我慢するほど彼を愛しているのだ。

 

…ん?愛が重い?まあ否定はしない。なんでこんなことになったかは京太郎に聞いてくれ。彼も分からないと思う。

 

「ごめんな」

「むー、違うでしょ?」

「ああ、ありがとな」

「ふふふ、こちらこそ」

 

こんなにも幼なじみが想っていてくれてるだなんて思いもよらず、京太郎の口から謝罪の言葉が出るものの、頬を膨らましてそれを咎める幼なじみ。

そんな彼女を姿を見て感謝の言葉を言い直す。そんな彼の言葉に微笑みながら言葉を返す、こちらこそとは何のことだろうか、彼女にしか分からない。

お互いに微笑みながら時間が経つ、時計の針はチクタクと、彼らの会話はポツポツと、静かな空間ではあったが、決して重苦しくはなかった。

彼の表情はとても明るく穏やかで朗らかであった、彼女の表情もまた然り、心地よさが辺りを包み込む。

 

「ねね、京ちゃん、隣に座ってもいい?」

「ああ、いいぜ」

 

会話の合間にわざわざ確認する幼なじみ、もうわだかまりは消えたのだ、断る理由は何もなくあっさりと了承する京太郎。

その言葉にぱぁっと笑顔を咲かせ、ウキウキしながら隣にポスンと体重をかける。さっきのように寄りかかりはしない。

流石に自重しているのであろう、ただまあ折角想いを告げたのだから多少は積極的になっても文句は言われないだろうに、いじらしいというかなんというか。

 

「ねえ、さっきはいきなりごめんね」

「いいっていいって、咲も思い詰めてたんだろ?仕方ないぜ」

 

あのことを謝罪する宮永咲、お互い様だと言わんばかりあっさり許す京太郎。

よくよく考えれば、あの雷鳴がなければあのままイチャコラ…R-18のタグを追加しなければならないとこだった、雷様様だ。

 

__でも…あのままいってたら…

 

どうやら同じことを考えている京太郎、先ほどのことを思い出し悶々とし始める。

下腹部に感じた重み、柔らかさ、吐息すら触れ合う至近距離、そしてその先は…

男子高校生だから仕方ないが、ちょっと妄想しすぎじゃないか?どうした京太郎、お前の好みの体型とは離れてるはずだろ?

さてさて、何やら血行がよくなり始めてる彼をよそに、彼女は

 

「京ちゃん、こっち向いて」

「え、ああ、なんだ?」

 

俯いている彼の顔をこっちに向かせて

 

「んっ」

 

その頬にキスをした。

 

__…は?

 

京太郎、思考停止、心臓破裂、享年15歳、惜しい人を亡くした。即死であっただろう。

と、まあ、京太郎は生ける屍と化してしまった、暫くはまともに声をも発せないだろう。

別に頬にキスされたのは初めてではないが、この流れからのそれは禁止行為というかなんというか、即死魔法というか、極悪コンボというか…

とりあえず、今の京太郎にとっては一撃必殺であることには変わりない。

さてさて、こんな不意打ちをした魔王

 

「じゃ、じゃあ、今日はもう帰るね!」

 

顔をこれまでかと言わんばかりに真っ赤にして、トマトも真っ青になるぐらい真っ赤にして、慌てて身支度をし始めるではないか。

慌てすぎて逆に散らかし始めるが、そんなことはお構いなし、ドタバタと階段を降りて転びそうになり、それを反射的に京太郎が手助けし、またまた頭が沸騰して、終ぞやフードを被り顔を隠して玄関から逃げるように去ってしまった。

ボーっとしつつそれを見送る京太郎、10分ぐらいしてハッとすると、頭を掻いて玄関の戸を閉ようとする、が

 

__あ、咲のやつ、傘忘れてやがる

 

そこには見慣れない大きな傘が刺してある、おっちょこちょいだなぁと思いつつ、彼女の去った道を見る。

勿論の如く、彼女の姿はそこにはなかったが、大きな虹が橋を架けていた。地平線の彼方まで架かっている。

そんな極彩色に思わず感嘆の声をあげる。しかし燦々と輝く太陽にやられたのか、いそいそと家に入り戸を閉める。

どうやらまだまだ暑くなりそうだ、彼の火照りは当分冷めそうにない、これからもそうであろう。

 

次に続く



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25 一歩

魔王襲来の日から幾ばくかの時が経ち、太陽は東から西へと巡り廻る。

とはいえ、まだまだ暑いこの頃。やれ、九月に秋分があるのがおかしく感じるほどである。

ささ、ここ最近は色々とありすぎて大変であったが、あの魔王に吹き込まれたことが支えになっているのか、須賀京太郎の心は軽い。

 

__よし!今日も麻雀頑張るぞー!

 

彼は今日も今日とて麻雀を打つようだ、麻雀部員だから当たり前か。

ようやく授業の終わりを告げる鐘が鳴ると、大きな伸びをして、退屈から解放された喜びを嚙みしめる。

よく分からない古典の授業なんぞ、ただ眠たいばかりである。その気持ちはよく分かる。

やれ、助詞が云々…玉虫が云々…今日の題材は特に意味不明であった、日本語訳ですら理解ができない。

そうこう考えているうちに、特に何もないSHRが終了し、自由の時間が訪れる。

彼は颯爽と部室に向かう、人混み溢れる廊下をサッと走りぬき、友達には軽い挨拶をして、ひと気の少ない旧校舎へ。

二段飛ばしで跳ねるように階段を通り抜け、やってきました我が部室。

ガチャリと開けると、ステンドグラスに光が差して、まばゆいほどに輝いている。

 

__いつ見てもこの部屋すごいよなァ…

 

こんな零細麻雀部に与えられているのが不思議なくらいの豪華なお部屋、今となっては相応しい部屋である。

そんなことを思いつつ視線を下に戻す京太郎、すると誰かがパソコンとにらめっこをしているではないか。

あのピンク色の長い髪といったら…必然、一人である。彼が入ってきても無反応なのも彼女だからこそだ。

 

「おう和、またネトマか」

「!?」

 

そんな彼女の集中を切らさないようにそっと声をかける京太郎。

しかし逆効果だったようだ。原村和、急にイケボが聞こえてきたので体をびくりと震わせて、思わずぬいぐるみを抱きしめる。

そんな彼女を見て申し訳なく思う京太郎、どうやら集中を切らしてしまったことを悔いているようだ。そんなこと気にしなくてもいいのに。

ささ、こちらは原村和、何を思っているのだろうか?少し心を覗いてみよう。

 

(わ、わわわ!す、須賀君が居ます!)

 

うーんこの、後ろから話しかけられただけでこの有様、防御力は皆無に等しい。

まあ、彼女は男性というものに不慣れな上に、そもそも色んなとこを転々としていたので友達も少ない。

そのため、距離の測り方がよく分からないというか、初心な割には大胆なことをしたりするのである。この前のあすなろ抱きのように。

頑張って返答しようとするも、悲しい哉、情報処理が追い付かないようだ、短く

 

「はい、そうですね」

 

と答えるのみ。しかも無表情。完全なる塩対応である。岩塩のように硬い、カチカチだ。

これで脈ありと思う男性がどこにいようか?いや、いない。ナンパ野郎ですら瞬時に諦めそうな対応だ。

とはいえ相手は京太郎。彼女に対する理解はあるので、集中しているんだなァ、と思うばかりである。プラマイゼロだ。

しかし、原村和は違う。

 

(ああああ!!やってしまいました!!せ、せっかく二人きりですのに…)

 

この後悔っぷりよ、中々に錯乱している。リーチしているのにあがり牌を見逃してしまった時よりも慌てている。

まあ、最近は数少ない二人きりのチャンスを自らの行為によってふいにしたのだ。これでは生き残れない。

頭の中では混乱状態、こんなお茶目な一面を少しでも表に出せれば彼も少しはときめくと思うのだが、そんなことは彼女は知らない。

それでもパソコンの画面はたんたんと、見事な最適解を見出してサッとツモった6000オール。これで一位に浮上する。

長年にわたり鍛えてきたデジタル麻雀はそう簡単に崩れないようだ、本体がこんな感じでもしっかりと機能する。

 

(どうしましょう…なんだかゆーきも積極的に動いているようですし…このままでは…)

 

はた目からすると、カチカチと無心にクリックしているようにしか見えないが、頭の中は焦りに焦っている。

親友が何かをしているのは分かっているようだ、ただまあ、まさか頬っぺたにキスをしているとは思っていない。

因みに、咲さんと染谷先輩も中々動いているのだが、そんなことは何も知らない。デジタルの申し子なのにこの情報量の少なさよ。

ん?竹井部長はどうしたかって?あれはこれと正反対に見えて似ているところも多いんだ。あっちの方がやや積極的ではあるが。

さてさて、云々唸っている原村和は置いといて、渦中の須賀京太郎はどこに居るのだろうか?ソファーで教本を読んでいるのか、ベッドで仮眠を取っているのか。

 

__あー、そこはそうやって切るのか…打点の期待値的にはそっちの方がいいのか…

 

実はそのどちらでもない。彼女の後ろに佇んで、彼女の打牌をじっと見ているのだ。その切り方と自分の答えを照らし合わせてお勉強中である。

確かに、彼女に関してはよっぽどのことがない限り正解を常に示し続けるので、何切る問題のように利用できるのである。

ただまあ、それは彼女が絶対的に正しいと思わなければ出来ないのだが

彼は彼女に対して、デジタル麻雀においては全幅の信頼を置いているので、このように素直に和が合っていると思えるのである。

 

(…早く終わらせてしまいましょう)

 

そんなこととはいざ知らず、さっさとこの卓を終わらせて愛しの彼に絡みに行こうと考える原村和。

後ろを見てみろ、そこにいるぞ。

ささ、早めに役牌を鳴いて、さっと安手で局を終わらせ半荘終了。勿論、彼女がトップである。

 

(さて、須賀君はどこに…)

「やっぱ和はすごいなぁ」

 

ピシリと何かにひびが入る音がする、吃驚しすぎて心が耐え切れなかったようだ。

硬直する原村和、ソフトが破壊されたのでハードが動かなくなったようだ、現在修復中である。

 

「あのさ、南二局のところで聞きたいのがあるんだけど、牌譜確認してもいいか?」

 

そんなことは何も知らない京太郎、純粋に気になるところがあったようだ、パソコンを指差しそう尋ねる。

フリーズしている原村コンピュータではあるが、彼の頼みならばとなんとか動作して、南二局の牌譜を表示する。

ちなみに無言である。クリック音だけが響き渡る。

 

「ここなんだけどさ…~」

 

そんなことは気にも留めず、彼は自分の答えと違ったところを質問し始める。その目は真剣であり、集中していることがありありと伝わる。

よかったなのどっち、彼が器の大きい人間で。こんな対応でも少しも気にせずに話しかけてくれるではないか、こんな男はそうそういないぞ。

 

(…はっ!早く須賀君とお話ししましょう!)

 

修復できたのはいいものの、なんかズレてないか原村さん?

 

「そうですね、確かに須賀君の切り方もありですが、こちらを切った場合と比較して…~」

「ふむふむ」

 

おやおや、どうやら大丈夫そうだ。突然、関係ない雑談をし始めるのではないかと心配したが杞憂であった。

彼女の説明は理路整然としていて、分かりやすく対照して教えてくれる。これもあらゆる確率計算を一瞬にして出来る彼女の特権だ。

そんな説明を彼を頷きながら聞き、分からないところは説明を止めてもらって質問し、理解をさらに深めていく。

これぞ麻雀部のあるべき姿だ!この前のようなキャバクラ状態などあってはならない!健全な高校生のあるべき形である。

ささ、彼女は彼に恋しているみたいだが、そういう分別は出来ているようだ。他の部員のように私利私欲には…

 

(ちゃんと須賀君とお話しできてますね、これで一歩進みました!)

 

何を言ってるんだこいつ、馬鹿なのか?

あろうことかこのピンク、会話というか部活内でのやり取りをしただけで満足していないか?

それをアプローチだと思っているのか?いや、間違ってはいないが、当たり前というかなんというか…

確かに一歩進んでるかもしれない、しかしお前がそうこうしている内に他の人は全力疾走しているぞ?いいのか?

 

「~ということです」

「おお、なるほどな!俺もこれからは意識しないとな!」

 

説明を終えてやり切った感を出しているのはこのピンク、微笑みながら彼の様子を眺めている。

彼も喜んでくれているし、この調子なら…という希望的すぎる観測をしている。これはヤバい!負ける!

数話前の異常な程のスキンシップをしていた原村和さんは何処に行ったのだ!?

 

次に続く




前話の魔王咲さんからのこの落差よ、安心した?

いつもお気に入り登録や感想等ありがとうございます。
咲さんの話は人気だったんですかね?特に感想が多い気がしました、ありがとうございます!


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26 二歩

この少女、原村和、少々どころかとても奥手すぎて遅れている。

いや、普通のラブコメ漫画とかのヒロインであれば普通の部類かもしれないが、残念ながらここはそんな生易しい所ではない。

恥を捨て積極的に接近する同級生、自分なりにゆっくりだが確かにアピールしていく先輩、もはや想いを告げた魔王系幼なじみ、普通のギャルゲーであれば既に三回ぐらいゴールインしててもおかしくない。

しかし、まだゴールインはしていない。

 

(さて、どうしましょうか、せっかく二人きりですし…)

 

この少女も流石に攻め手を休めないようだ、短い時間ではあるが二人きりになれるのである。

麻雀の解説もひと段落したところで、何かをしようと考え始める。『何か』が何かは決めてない。

 

「お茶でも淹れてきますね」

「え、いいっていいって、俺が淹れるよ」

 

とりあえず、お茶でも飲んでのんびりしようと行動に移す原村和。須賀京太郎はそんな彼女を咎めて代わりに茶を淹れようとするも

 

「いえ、須賀君にはインハイの時期に色々とお世話になりましたので、今度は私にお返しをさせてください」

「…分かった、じゃあ頼むよ」

 

彼女はニッコリと笑顔を顔に浮かべつつ、パパっとお茶の準備をする。

しかも口から出てくるのはこれまでの雑用に対する感謝の言葉、それのお返しをさせてくださいと頼まれたら断れないものである。

京太郎は観念したかのように一息ついて、そんな言葉とともにソファーに腰掛ける。

 

「何にしますか?緑茶ですか?それとも紅茶ですか?コーヒーもありますよ?」

「うーん、紅茶でお願い」

「分かりました、ミルクと砂糖はどうしますか?」

「ストレートでいいかな」

「じゃあ、甘いものでも一緒に出しましょうか」

 

新しく追加された電気ケトルがぐつぐつと音を立て始めると共に、棚を漁りながらそんなことを聞いてくる。

短く返して、返されて、返して、返されて、心地よいテンポですんなりと行われる会話はどこか小気味よい。

ストレートティーだけだと胃が少し痛むかもと思い、食べ合わせのチョコを用意する。

金色の包装紙に包まれたチョコをカラカラと器に盛り、お湯を入れておいたカップからパックを取り出し、お盆に乗せて彼のもとへ。

将来の夢はお嫁さんとはよく言ったものだ、普通の雑用ですら様になる。

これには彼も思わず見惚れ、

 

__やっぱ和いいよなぁ…

 

こんなことを思っている。お前には咲さんがいるだろ!と言ってやりたいが、彼はまだまだ15年しか生きていない。移り気なのは許せ。

仮に彼女と結婚したらこんなのを日常的に見れるのだ。羨ましい。

その後ろ姿はスラッとしており、背筋はピンと伸びていて、女性的な体つきをしている。

しかもだ、後ろ姿にもかかわらずチラッと見えるその果実、今にもはち切れんばかりのその果実、これには京太郎も思わず釘付け。

 

__すげぇ…

 

もはや語彙力を失うほどの感心-関心である。彼の性癖を鑑みたら仕方なし、男の子だしね。

そんなことは何も知らない原村和。余談だが人間に視覚以外に視線を感じる器官というのはないので、見えないところで不埒な視線は感じれないのである。

彼女はお盆をテーブルの上に乗せ、かがむときにそのたわわが少し揺れ、彼女は揺れる髪を整えて、彼はゴクリとつばを飲む。

 

(なんだかこうしていると夫婦みたいですね…)

 

そんな乙女思考によって勝手に頬を赤らめる。なんともまあ可愛らしいことよ。

彼と一緒にこうやって過ごすだけでも幸せな気分になれる、そんな心情を少しでも表に出せれば簡単に陥落できるとおもうのだが…

さ、ふと彼の方に目をやると、何やら視線はやや下に、柔和な顔は一層ふにゃふにゃになっている。

 

(むむ)

 

そんな彼の様子を見て不満げに顔をしかめると、ズイっと近寄り

 

「須賀君、どこを見ているのですか?」

「あ、悪りぃ!」

 

いつものような優しい声ではなく、刺々しい声で彼を詰問する。別に怒っている訳でもなく、そういう目で見られることが嫌なわけでもない。

まあ彼はそんなことは知らないので、咄嗟に謝りバツが悪そうにソファーにもたれかかる。必然的に彼女からは離れることになる。

 

(あ…やはり須賀君は私の胸にしか興味がないのでしょうか…)

 

杞憂も過ぎると嫌味というか、そんなパーフェクトな容姿と育ちの良さを持っていて何を言う。

しかし彼女は彼が離れてしまったことと、胸ばかり見て顔を合わしてくれないことが心に引っかかり、憂鬱な気分になってしまう。

 

__またやってしまった…

 

彼も彼で胸にしか興味がないわけではない、むしろ彼女の仕草や凛とした姿、優しさ、麻雀を打ってる時のカッコ良さ、そういうところに惹かれているのだ。

ただ悲しい哉、男のサガというのは簡単に切り離せるものではなく、その大きなメロンに目が行ってしまうのはなんというか、決して欲情しているだけではないのである。UFOを目で追いかけてしまうようなものだ。

さてさて、お互いに落ち込んでしまい、静寂のまま紅茶をすする二人、とても心地よいとは言えない雰囲気。

これではいけないと思い、何かテキトーに言葉を発する原村和。

 

「そういえば、他の皆さんはまだでしょうか?」

「ああ、確かに遅いな」

 

ふと思ったが、他の部員が全く来ないのはおかしい。もう放課後だし、そろそろ一人や二人は来ている時間だ。

彼はスマホを取り出し、何かしらの連絡が確認すると

 

『前にも言ってたけど、今日は私は生徒会の仕事があるから行けないわ』

『わしも前も言ってたが、実家の手伝いをせんといけないから行けんわ』

『私は風邪を引いちゃったから休みます、ごめんなさい』

『私も補習くらったから行けそうにない…すまぬ…』

 

いつの間にか部活が無くなっているではないか、上二人はそういえば前に言っていたが、下二人は唐突だ。

特に優希、だから夏休みの宿題はちゃんとやっておけとあれほど…と思う二人。咲さんは仕方ない、暑さにやられたのだろう。

 

「ああ、じゃあ二人だけだし、俺らも帰るか?」

 

彼はそう尋ねる、確かに二人だけではやれることも少ない。それに、こんな部屋に男女で二人きりだなんて和も安心できないだろうと気を遣ったってのもある。

この提案、受ければ一緒に帰宅することが出来そうだ。いいチャンスではないか。

 

「いえ」

 

ところで、この原村和のご両親、片方は堅物で片方はおてんばであり、弁護士と検事である。

同じ大学だったのか何なのかはいざ知らないが、一つだけ言えそうなことは

 

「須賀君、今日は二人きりで」

 

どっちかがあれを落としたということだ。そして彼女は

 

「一緒にお勉強しませんか?」

 

その血を引いている。

さあさあ、原村和の出陣である。恋愛クソ雑魚だなんて言わせない。

 

次に続く

 




かなりゆっくりと進んでるけど許して!

いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
感想とかもたくさん書いていただきありがとうございます。とても喜んでます!


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27 エンジン点火

パソコンを起動し、ブラウザを開いて、お気に入りからネトマのアドレスをクリックする。

何やら荘厳な感じのホームページにたどり着き、ログインのところに行ってから、入れるパスワードは京太郎のもの。

さ、彼のページにようやく着いた。わずか数分の道のり、されどとても長く感じた。

 

__やべえ、緊張するな…

 

それもそのはず、京太郎の後ろにはデジタルの申し子、ネトマ界最強、公式チート、そんな渾名を冠する少女、原村和がお行儀よくちょこんと座っているのである。

しかもその少女、容姿端麗、才色兼備、純情可憐、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、そんな容貌をしているのだ。

こんな女性と二人きり、緊張しない男性がいるだろうか?いや、いない!女性慣れしてない男子高校生ならすでにショック死だ。

彼は、単純にネトマの達人とも言える人物が真後ろで自分の打牌を見ることと、絶世の美女が真後ろにいるというダブルパンチによって、もう息も絶え絶えである。

 

「さ、始める前に、まずは牌譜を少し確認しましょうか」

 

鈴を転がしたかのような声が聞こえる。一瞬頭の中でラグが発生するが、慌てて牌譜のところをクリックする。

 

「あー、どれがいいかな?」

「そうですね…これとか見てもいいですか?」

 

ズラッと並ぶ牌譜の数々、最近は調子がいいので高順位のものが多い。その中でも、ギリギリ一位になった牌譜を指差す彼女。

後ろからスッと出てきた指は白く、細く、儚げに感じたが、機械のような力強さと精密さをも感じさせた。

寸分の震えもなく、ジッとピタリと指をさす。恐ろしいほどである。

 

「おっけー、これな」

 

そんな思いは少しも出さずに、ただカチカチとマウスを押す。すると、全ての牌が開かれた一局が始まる。

偶には使っていた機能ではあるが、慣れてはいない。相変わらずの情報量の多さにどれを見ればいいのか混乱していると

 

「少しいいですか?」

 

これに短く返答すると、彼女は椅子を真横に移動させ、マウスに手を添え、この一局を物凄い速さで回していく。

驚きのあまり、思わず彼女の顔を覗くと、頬は赤みがかっているものの全くの無表情で、目だけがせわしなく動いている。

 

__まじか…やっぱ流石だな

 

再び画面に目を移すと、相変わらずのスピード感、テトリスレベル99を彷彿とさせる。

この速さで卓を回しても情報を処理しきれるというのは物凄いを通り越して一種の才能である。

彼女にオカルトはないかもしれない、しかしながら、この情報処理能力はそれに匹敵、いや凌駕するかもしれないほどである。

彼はそういうところも分かっている、彼がどんなに努力してもここまでになるのは厳しいと、しかしそれに近いものは欲しいのだ。

ささ、そうこう考えているうちにもう南四局だ。彼もざっくりとは見れたので、どんな闘牌だったかは思い出せた。

 

__これは結構放銃とかもしてたけど、積極的にアガリを目指せてたなぁ、その結果なんとか一位取れてよかった

 

かなりのシーソーゲームだった。連荘も多く、ネトマの半荘にしてはかなり時間がかかったのを覚えてるし、最後でまくったときの興奮は今でも忘れられない。

さて、彼女は牌譜を一通り見終わったようだ。さて、どんな言葉が飛んでくるかと背筋を伸ばして待っていると

 

「そうですね…基本的な部分はかなり固まってきているのが分かります」

「この半荘はアガることをとても重視したのもよく伝わってきますし、点数も高めになるように動いていたのも分かります」

 

もっと厳しい言葉が飛び出してくるかと思っていたがこれには拍子抜けである。なかなかなお褒めの言葉だ。

 

「そうなんだよ!しっかりと牌効率だけでなく打点も意識することが出来たし、積極的にリーチかけれたのも自分でも良かったかなぁって」

 

心の中で防御態勢を取っていたが、このお褒めの言葉に気分を良くし、心がほぐされて、ガードを解いて話し始める。

その顔はニコニコしていて、まるで良い点をとって褒められた子供のようにはしゃいでいる。

 

「そうですね、そこはとても良かったです」

「ですが、捨て牌もちゃんと牌効率の計算に入れないといけませんし、リスク管理も曖昧だと思いました」

「あがれてもたったの2000点ぐらいしかないのに押したり、リーチする場面も何個かおかしなところがありました」

 

とはいえ流石に完璧とは言い難い、スラスラと反省点が口から出てくる。京太郎、自身が気づかなかったようなとこにも気づいているようだ。

彼女はいそいそとマウスをいじると、そのおかしな場面場面の解説を始める。

やれ、ここはリーチしても打点が上がる確率は低いのでダマで待ってもよかったし、逆にここは即リーチの方がいいだとか、ここは捨て牌見るとこれが切れてるからこっちの方が効率がいいだとか、etc…

そんな説明をしっかりと聞きつつ、教本でもそうだったなと思いだしつつ、自分の中で咀嚼して、しっかりと血肉として昇華する。

彼女の素晴らしい解説を聞いているとふと思う。

 

__スラスラと色んな場面の解説をしてるけど、これって…

 

気づいてしまったようだ。そう、彼女はあの速さで牌譜を確認しつつ、どこでどうミスっていたかを全て覚えているのだ。

だからこそ、一瞬の滞りすらなく、機械のように淡々と、尚且つ理路整然とした解説を構築しているのである。

思わず背筋が凍る、住んでる世界が違う。そんな彼女ですら頂上ではないのだ。頂上付近に居るだけなのだ。

ただ、そのことがなんとも、なぜかとても嬉しく感じてしまった。

 

「やっぱ凄いな」

 

思わず言葉が零れる、そんな言葉にキョトンと首を傾げる和、あどけない子供のようでとても可愛らしい。

 

「何がですか?」

 

彼女は聞き返す。ただ解説していただけの彼女からすると、普通のことかもしれない。だが、こっちにとっては凄いことだ。

 

「いやだって、あんなに速く牌譜を確認して、それでいて完璧な解説をするだなんて…凄いぜ!流石だな!」

 

そんな気持ちを真っ直ぐ伝える、他人を褒めて悪いことなんて何もない、気恥ずかしさなんて少しもない。

純粋に感心し、語彙力はそこまで良くないので単調な言葉ではあるが、ありったけの想いを伝えるべく抑揚をはっきりさせる。

 

「いえ」

 

しかし、短く否定される。

 

「いつもあんなことが出来るわけではありません」

 

彼女は凛とした声ではっきりとそう述べる。

 

「そうなのか?」

「ええそうです」

 

どういうことかよく分からない、いつも出来るわけではないのに、じゃあ何故今は出来たのか。

その疑問はすぐに氷解することになる。

 

「だって」

 

なぜなら

 

「須賀君のためを想っていたから、こんなに集中できたのです」

 

彼女がこんな言葉とともに微笑みかけたのだから。

麗しいとはこのことだろうか、そんな彼女の言葉によって心は暖まり、奥底から喜びが湧き上がる。

 

__や、やばい、にやけてしまう

 

そんな喜びを隠しきれず、表情筋は勝手に動き、にやけ顔になってしまう。

そんな顔を誤魔化そうと、口元を手で隠して、一言

 

「そ、そうか、ありがとう」

 

こう言う。変な風に思われないだろうか、どもっていないだろうか、そんなことばかり気になってしまう。

彼女はそんなことを分かっているのだろうか、いないのだろうか、どっちなのかは白黒つけ難いが

 

「ふふふ、どういたしまして」

 

こんな風に返されてしまう。クスクスと微笑みつつ、真っ直ぐ顔を見据えられる。

恐らくバレているのだろう。余計に気恥ずかしさがまして、顔をさらに隠さなければならなくなる。

そんな彼の様子を見て、何を思ったのか、天然なのか

 

「どうして顔を隠すのですか?こちらをしっかり見てください」

 

そんな言葉とともに京太郎の手首をそっと握り、グッと強い力で押しのけられる。

そんな彼女の行動に抵抗できず、いや抵抗する気が起きず、顔が露わになってしまう。

彼女の瞳がジッとこちらを見つめる、すぅっと透き通っていて、そしてその奥では磨き忘れた真珠のような、いや、違う、そんな綺麗なものでは…

なぜだろうか、鼓動が速まる、息が、肺が、苦しいような錯覚を感じる。

 

「じゃあ、反省をしましたし、早速打ちましょうか」

 

しかし、彼女はそんな彼の顔をしばらく見つめた後に、何でもなかったかのように手をマウスに乗せ、予約のボタンをクリックした。

 

次に続く



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28 ブースト

何やら銅鑼のような音とともに始まる半荘、ツモから打牌までの時間は長めな方のルールである。教えながらやるのでそうしたのだろう。

そんな派手な音によって我に返り、慌ててマウスを握りしめる。カチカチと感触の良い音とともに牌を河に流していく。

彼女は短く、落ち着いていきましょう、といったような差し障りのない言葉をたまにかけつつ見守っている。

音のする方向で気が付いたが、いつの間にか斜め後ろに移動している。そんなことも目に入らないほど冷静ではない。

 

__なるべく楽に、頭を楽にして、冷静に思考しろ

 

自分にそう言い聞かせ、最近の調子のいい感じのようにクリックしていく。

彼女がなにも干渉しないということは、特に問題はないのであろう。

牌を一つ切る度に、正解しているのだという実感と喜びを噛み締めつつ、河に流れていく牌の一つ一つを何となく認識していく。

全てを覚えることは無理なのだ、やろうとしたら容量オーバーでパンクしてしまう。だからこそ、感覚で、どれがどんぐらい切れたかを認識するのだ。

なるべく自然体に、無理のない範囲で、集中、できる限りのことをする。持っているメモリには限りがあるのだ、そのメモリをいかに効率よく使えるかが重要だ。最近気づいた、いや、気づかされたことである。

 

 ロン

 

目の前の箱から音がする。自動和了にしていたからであろう、自分の牌は倒されて、役が丁寧に述べられている。

 

「よくできました、河にある牌もしっかり考慮できてましたし、ダマにしたのもいい判断でした」

 

きりりと締まった声が聞こえる、並べられているのはこの打牌に対する賛辞である。

彼女の目からしても文句なしの一局だったのであろう。そんな言葉の一つ一つに嬉しさが沸々と湧き上がる。

『憧れ』から認められる。どんな些細な事であろうと、基礎的なことであろうと、その一部分は認められたのだ。

 

__よし、いいぞ

 

とはいえ、実力の差はどうであれ同じ競技者である。まだ一局だ、半荘で勝ち切れなきゃ意味がない。

そう自分を律し、一喜一憂しすぎないように心を制し、適度な集中を保って次に進む。

テンポよく進んでいく、ツモも悪くない、他家のリーチがかかっても冷静に対処して…

 

「あ、そこは」

 

彼女はそう言うと、背中側から腕を伸ばし、手に手を沿えて、ゆっくりと操り始めた。

機械のような、ロボットのような精密でゆったりとした動きであったが、その手に抗うことは不可能に感じてしまう、そんな動作。

しかし、その手は暖かく、彼女がちゃんと人間であることを教えてくれる。

 

「こちらの方が~」

 

彼女は背中にもたれかかり、耳元でポソポソと囁く。子供をさとすような、とても優しく、甘い声色。

背中には柔らかな感触が密着しており、彼女の髪が首元をくすぐる。体温が伝わり合い、すこし汗ばむ。

そんな彼女は寸分狂わぬ舌先によって、素早く丁寧に言葉を紡いでいく。

熱が入っているのだろう、思わず身を乗り出してしまったのだろう、だから体が多少触れ合っているのにも気にせ…え?

 

__あれ、じゃあ、この背中の感触は…?

 

ふにゅりと柔らかい感触、彼女は身をぐいぐい乗り出してるので、背中に感じる何かはぐにゅぐにゅ変形している。

これはもしや、あの、その、たわわな果実ではなかろうか?そう思うと血流が一点に集中し始める。

 

__や、やばい!無心だ!無心無心、これはあれだ…幻覚だ…

 

生理的反応だから仕方ないとはいえ、流石に教えてもらっているのにそうなるのは不義理というか、男としてとてもヤバいと思う。

幻覚だと思い込み、後ろに居るのは幽霊だと思い込み、そんな感触はなかったと思い込み、なんとかして興奮冷まして卓に集中する。が

 

「どうしましたか?呼吸が荒くなってますよ」

 

その言葉とともに彼女の手がゆっくりと胸元を這う。少しくすぐったいが、そんなの気にならないぐらいに頭がぐしゃぐしゃになる。

平常心だ、平常心だ、それしかない。彼女はそんなつもりではないはずだ。

しかし、彼女の手が乳首を擦ると、どうしても体がピクリと反応してしまう。

そんな偶然とともに彼女はこう囁く。

 

「いいですね」

 

打牌に対して言ったのか、それとも…いや、そんなはずはない。

彼女の手を何とかしようとするも、蛇のように絡まれてどうにもならない。

いつの間にか、彼女は頭を首元にうずめ、吐息が首に当たる。

まるで、狙われているような錯覚を感じる。いや、狙われているのではない、捕らわれている、もう既に逃げられない。

牙は今にも首筋に噛みつこうとしているのか。

 

「ほら、姿勢が悪くなってますよ」

 

突然のそんな言葉とともに這わされた手に力が籠り、胸がさらに押し付けるようにして、姿勢をしゃんと正してくる。

そして、先ほどまでとは違って抱きしめるかのように腕が胴に巻かれる、まるで蛇が獲物を絞めていくかの如く。

冷や汗か、それとも密着しているから体温があがったのか、どちらか分からないが汗が流れる。止まらない。

 

「ここは~」

「この場合は~」

「こういう時は~」

 

彼女の言葉も止まらない、丁寧な説明が氾濫している。

次第に、彼女の忠告に従うばかりになっていき、自分の意識は段々と、その流れに飲まれていく。

その通りに動けば上手くいく、その支配が徐々に快感へと変わっていき、これがあるべき姿のようにも思えてしまう。

そうだ、この導きの通りにすればいいのだ、理性はそう告げる。

ダメだ、これは危険だ。本能は危険信号を示しているものの、理性は既に囚われている。

いつの間にか閉じ込められていたのか、この部室から逃げることはできるのか。分からない、どれが現実なのか分からない。

とにかく今はこの箱の中にて、牌を叩き続けなければ、勝たなければ、そうだ、今日はあの原村和が見ているんだ、変なミスはできない。

 

「いいですよ、私の言う通りにやれば大体は大丈夫です」

「安心してください、私がついてます」

「そうです、その牌を切りましょう」

 

彼女の言葉はスッと耳から入っていく、薬だ。安心させてくれる、不安感を除いてくれる、劇薬だ。

そう、効果がありすぎて二度と手放せないような、延々と囁きかけてほしいような…脳が侵される薬だ。

もう戻れない、逆らえない

 

「そう、その牌を切れば大丈夫でしょう」

 

彼女の言葉の通りに牌を捨てていく、彼女の吐息が激しくなる、腕にこもる力が強くなる。締め付けられる。

その可愛らしい桃色の髪が視界の端に見える、今ばかりはそれが何かの触腕のようにも思える。

画面の卓も大詰めになると、ぬいぐるみのように抱きしめられる。いよいよ捕食されてしまうのだろう。蛇のように丸吞みするのだろうか、どうなるのだろうか。何が起きてしまうのだろうか。

 

彼女はどんな顔をしているのだろうか?

 

 

 ロン

 

 

しかし、その疑問は永遠に分からなくなってしまった。

 

「え?」

「へ?」

 

間抜けた声を出す二人、すると銅鑼のような派手な音とともに

 

国士無双

 

との言葉が浮かび上がる。放銃したのは…

 

「うぉおい!?最後の一枚でこれかよ!!?」

「さ、災難です、仕方ありません」

 

彼だったようだ。しかも三枚切れの四枚目、そしてオーラス。

これによって、あれよあれよとラス転落、親の役満当たったんだ、とんでないのは凄いことだ。

 

「で、でだ、和、ちょっとくっつきすぎじゃない?」

「え?…あ、あああ!??す、すみません!!」

 

ささ、彼は彼女にそう告げると、彼女は目にも止まらぬスピードで離れ、顔を真っ赤にしながら髪を乱して錯乱し、手をブンブンふって羞恥心をどこかに追いやろうとしている。

そんな彼女の様子を見た彼は

 

__さ、さっきのはただ単に熱が入りすぎたのかな…

 

こう思うのみである。それ以外に答えが見当たらない。

先ほどまでの妖艶さはいずこに飛んでいき、目の前の少女は純情可憐な乙女である。

いや、あの妖艶さは自身の錯覚だったのではないかと考えられる。ただ抱きしめられただけだ、うん、そうだ。

 

外を見ると、日が暮れてきている。たったの半荘だったがかなり時間が経ってしまったようだ。

その後は普通に軽くネトマを打って、後片付けをして、途中まで一緒になって帰ったのみである。その間に彼女はあのことに関しては何も言及しなかった。

あれは白昼夢だったのか、そんなことを思うほどに普通の日とさほど変わらぬ夕暮れ時だ。しかし、あの感触はしっかりと覚えている、とても、幻覚だったとは思えない。でも、勝手に自分が意識しすぎただけなのではとも思う。悶々とした思いがつもる。

 

その晩、京太郎は、少しだけ夜更かしをした後にとてつもない罪悪感を感じて寝床に入った。

 

 

次に続く

 




もしも国士無双ぶち当てられなかったらどうなってたんですかね?
想像つかないなぁ…

いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
感想はとても楽しく読ませて頂いてます、評価してくださった方はありがとうございます。
これで清澄麻雀部員の一通りの見せ場は作れたかな…まあ、これからも彼女達の描写はたくさん書くけどね!


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29 次の日

彼の名前は須賀京太郎、15歳の男子高校生である。

最近あった出来事は…色々ありすぎて説明しきれない、どうしても知りたいのなら0話から見返してくれ。

直近では、あの原村和さんと二人きりでネトマをするという素晴らしいイベントがあった。

その結果は…とりあえず快感と虚脱感と罪悪感は手に入れたようだ。仕方ないね。

さ、そんな彼女の顔を見づらいと思いつつ、今日も今日とて麻雀部、今日は皆が揃っている。

 

「咲、風邪は大丈夫だったか?」

「うん、エアコンつけっぱで寝ちゃっただけだったし、大事ではなかったよ」

「まったく、咲ちゃんは相変わらずドジっ子だじぇ」

「課題を忘れて補習に捕まってた優希が言えることですか?」

「赤点だけは取らんようにな、しばらく部活に出れなくなるけぇ」

「苦手な科目があるんだったら私が教えてあげるわ、暇だし」

 

風邪をひいていた幼なじみの体調を気にする京太郎、その幼なじみは本を読んでいたら寝落ちしたのだろう、そんな理由で風邪をひいてた。

ツッコミをいれる優希であったが、すぐさま親友からの厳しいお言葉が飛んでくる。

そんな彼女の成績を心配して注意しておく先輩と、教えてあげようかと少し小馬鹿にするような感じで言ってくる議会長。

ちなみに、そんなに暇ではないし、彼女のためにも赤点は取ってほしくないと強く思っているのは、本人しか知らない。

そんな感じでいつものようにワイワイと賑やかに雑談している麻雀部、今は休憩中である。

国麻があるとはいえ、インハイの時ほど熱を入れているわけではない。いや、熱を入れていないのではないが、切羽詰まってるわけではない。

こうして部員同士で仲良く茶でも飲みながらお話しするのも信頼関係を築くためには必要である。

 

「そういえば、のどちゃん、昨日はどうしたんだじぇ?」

「と、いいますと?」

 

そんな雑談の中に一つ何かが投げ込まれる。

 

「いや、私たち全員行けなくなったから、のどちゃんと京太郎だけになっちゃったけど、どうしたのかなーって」

 

どうやら昨日の部活について知りたいらしいのだ。それもそのはず、京太郎という想い人と美麗な親友が何をしていたのか気になるのは必然である。

これには他の部員も食いついて

 

「そのまま帰ったんか?」

「まあ、まさか二人きりで部活だなんてねぇ…」

「京ちゃん、どうだったの?」

 

質問を重ねていく、どうやらすぐに帰ったのではないかと思っているようだ。

染谷まこは普通に質問するものの、竹井久は二人きりで部活をすることにはやや否定的、宮永咲は目を覗き込むようにして聞いている。

そこの部長よ、嫉妬心を持つのは致し方ないとはいえ、希望的観測は隙を生むぞ、常に冷静であれ。

さ、こんな聞かれ方をされたら素直に二人きりで部活をしていましたとは言いづらい。どうしようかと困ったように和の方を一瞥すると、珍しいことに察しが良かったようだ

 

「ええ、二人だけではやれることもありませんし、昨日は休養日ということでお互いに帰宅しました」

 

話を合わせてくれるではないか、これにはひと安心する京太郎

 

「ああ、そのまま家に帰ったんだよ」

「やっぱそうだったのね」

「すまんのぅ…」

「まあ、京ちゃんのことだから、帰ってから家で教本読んでたんでしょ」

 

真っ赤な嘘であるのだが、誰ひとりとして疑わずに信じ込んでいるようだ。否定する材料もないし、特にこれといって話を引っ張る理由もない。

まあ、何があったか知ってる二人にとっては、尋問されるととても困るのであるが、そんな様子はおくびにも出さない。

幼なじみの事ならほぼほぼ何でも理解している魔王ですら、この噓を見破ることは出来ないようだ。この話はお流れになるだろう。

 

「へぇ、ところでのどちゃん」

 

だがしかし、そうは問屋が卸さない。

 

「これはどういうことだじぇ?」

 

そうしてニッコリと笑顔を咲かせながら、スマホを親友に見せる少女。

とても可愛らしい笑顔であるが、なぜだろうか、見ていると背筋に悪寒が走るような。

そういやどこかで聞いたことがある、笑顔とは本来攻撃的なものであり、牙をむく行為が原点云々…

っと、話を戻そうか、差し出されたスマホの画面を見てみると、そこにはなんと、ああなんてこった、校門から二人仲良く下校する姿が写ってるではないか。

 

「え」

 

これには和も目を丸くして驚きを隠せない様子だ。

実を言うと、彼女が補習を受けていた教室からは校門が丸見えであり、何気なく外を見ていたら見慣れたピンクと金色が見えたのである。

しかもその時間はやや遅め、不思議に思った優希はとりあえず写真に収めておいたのだ。これによって、すぐに帰ったという証言との矛盾が明らかにされた。

もう言い逃れは出来ないぞ、そう言わんばかりにズイズイ距離を詰めていく優希、終始笑顔なのが恐ろしい。

 

「そ、そのですねゆーき、それはたまたま…」

「じゃあ、なんですぐに帰宅しただなんて噓を言ったんだ?これは五時過ぎの写真だじぇ」

「う、うぅ…」

 

なにやらお話を始めた二人にわらわらと人が集まっていく、優希が珍しく和を圧しているのだ、観客は増える増える。

なんやなんやと画面をのぞくと、嗚呼なんだこれは、話が違うではないか。

 

「あ、えええっとですねこここれは」

「京ちゃん?」

「へぇ、須賀君…これはどういうことかしら?」

「ま、とりあえずもう一杯茶でも汲むか、京太郎はそこに座りんさい」

 

須賀京太郎、ワタワタ慌てながら視線をあちこちに彷徨わせる。

宮永咲、真顔で京太郎の顔を見つめてる、後ろに修羅か何かが佇んでいるのは気のせいか。

竹井久、口元は笑っているものの目は笑っていない。これが零細麻雀部を全国まで連れて行った部長の威圧感か。

染谷まこ、これから始まる長い尋問の準備をし始める。用意するのは茶だけではない。眼鏡の奥の表情はよく分からない。

これには京太郎、本能的にヤバいと思う。昨日のアレとは違うヤバさだ、生命の危機を感じる。

 

「あ、あははは、ちょっと急用思い出したんで行ってきます!」

 

これは逃走ではない、戦術的撤退である。多勢に無勢、まずは一時撤退して態勢を整えるのが最善策だ。

彼はくるりと方向転換すると、颯爽とドアの方へと走り始めたではないか。この突飛な行動には咄嗟に反応できず、三人の少女は置いてかれるばかり。

しかも彼は元運動部、卓にジッと座ってきた少女なんぞには足で負けたりはしないだろう。

 

「あ、待ちなさい!」

 

麻雀部部長、そう咎めるも時すでに遅し、彼はもう手の届かないとこへ。

さ、早くこの部室からすたこらさっさと逃げたして、ほとぼりが冷めるまでどこかをうろつこうではないか。

そんなことを思っていると、目の前に少女が飛び出してくる。

 

「ここは通さないじぇ!」

 

その小さな体を目一杯広げてドアの前で通せんぼ、なんというか可愛い。

ただまあ、彼はそんな彼女を構っている場合ではないのだ、ええいどけぇ!と軽く払いのけて、ドアノブを掴もうとすると

 

「いたっ!」

 

まるで空箱を退けたかのように軽くふっ飛んでしまうではないか、ここまで軽いものなのかと驚愕する京太郎。

そしてすぐさま優希の方に視線を移すと、倒れ込んで涙目になっているではないか。足首でも捻ったのだろうか、苦痛に顔が歪んでいる。

これには彼も血の気がサッと引き、罪悪感と共に素早く彼女に近寄って、安否確認と謝罪をしようとする。

 

「すまん優希!大丈夫か!?」

 

さ、彼はこう声をかける。逃走中だったことなど記憶の彼方へと行ってしまった。

自分がしてしまったことなのだ、必要であれば何でもすると思っていると

彼女は腕を首に巻き付け

 

「つーかまえた」

 

さらには足を絡めてホールド状態にしてしまう。口から出てきた言葉に対して反応が遅れる京太郎、

しばらくポカンとした後に、ようやくどういうことが理解したようで

 

「な、お前、だましたな!?」

「先にだまそうとした方が悪いんだじぇ!」

 

どうやら彼女は演技派女優だったようだ、押し払われて倒れ込んだのも、痛がっていたのも、目に涙を溜めていたのも演技であったのだ。

頑張って振りほどこうとするも、そう簡単には離れない。というかこの態勢、完全に…いや、よそう。

 

「あん、やめてダーリン!」

「ちょ、何を言い始めてるんだ!?」

 

おい片岡優希よ、そんな態勢で艶っぽい声を出すんじゃあない、完全に18禁になってしまう。

しかも目を潤ませて顔を赤らめるんじゃない、そんなに密着するんじゃない、喘ぐんじゃない、流石の京太郎もここまでされると意識はそっちに行ってしまう。

そんな彼女を諫めつつ、どうしようかと困っていると

 

「京ちゃん、こっちでお話ししようか」

 

どうやら魔王に背後を取られてしまったようだ、南無三宝!

油の切れたロボットのように首を回す京太郎、眼前にあるのは無表情で佇んでいる宮永咲。

視界の端には原村和が先輩お二人に囲まれて、なにやら尋問されている。

もはやこれまでかと思ったそのとき

 

「お邪魔するぞ」

 

なにやらドアが勝手に開いていくではないか。

突然の来訪者に一瞬だけ時が止まる、皆がその方を見つめると

 

何やらかわいらしいリボンがぴょこんと立っていた。

 

次に続く

 

 




話し方はかなりテキトーというか、あそこまでの語彙力は再現できないけど許して

いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
一度消してしまったにも関わらず引き続き読んでくださり、非常に喜んでます。

あと本日は須賀京太郎の誕生日です。
二次創作や本編での彼の今後の活躍を期待しています。

だから皆さんも書いてもええんやで?皆様の作品を楽しみにしてます。


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30 家出?

ドアの前には、ウサギの耳を彷彿とさせる赤くて大きなリボンをぴょこんと立たせ、威風堂々といったように佇んでいる少女が一人。

しかしこの少女、体が幼すぎてもはや幼女である。かわいらしい服も着ており、見た目だけだと10歳前後にしか見えない。

だがしかし、驚くことなかれ、この少女は高校二年生である。驚いてしまったら本人に怒られる。

こんな身なりでも立派なおねーさんであり、麻雀の腕前はまさに魔物、そこにいる京太郎なんぞや吹き飛ばされてしまうだろう。

そんな彼女を視認して、ポカンとする清澄高校麻雀部。それもそのはず、彼女は他校の、龍門渕高校の生徒であるのだから。

なぜこんなとこにいるのだろうか?と思っていると

 

「何度も戸を叩いたのに、何故返事をしなかったんだ!」

 

どうやらご立腹の様子、何回もノックして暫くの間待っていたようだ。部室内でごちゃごちゃ騒いでいたため誰ひとりと気づけなかったのである。

プンスコといったように頬を膨らませ怒りをあらわにする幼…少女。どう見ても高校生には見えない。

突然とはいえ、せっかく来訪してくれたのだ、これは悪かったと思い部長が申し訳なさそうに

 

「ごめんなさい、ちょっと今立て込んでてノックに気づけなかったわ」

「そうか、なら仕方あるまい」

 

こう謝る。それに対し、このウサミミ少女は素直に納得する。子供っぽいとこもあるけれども、こういう対応は大人である。

いや、ちょっと前まではもっと尊大でふてぶてしくて高慢で失礼な感じではあったのだが、この夏の体験がいい方向へと導いてくれたようだ。

 

「で、今日は衣さんお一人ですか?」

 

そう云えば名前を紹介するのを忘れていた、この小さな少女は天江衣という。

優希の拘束が解かれた京太郎は、衣に対面してそう質問する。も

 

「衣ちゃん大丈夫だった?迷子とかになってない?」

 

その後ろから魔王がこんな戯言を申し始める。お前には言われたかないとこの部屋の何人が思っていることやら。

というか咲よ、その少女はお前よりも年上だ、明らかに年下と接している感覚だろう。

 

「む、咲が言えることではないだろ、笑止千万!」

「えぇ!?ちょ、ちょっと酷くない…?」

「これまでの自分の行動を振り返るんだじぇ」

「だな」

「東京で迷子になって一大事になったのはどこの誰じゃったかのぅ…」

「ええ、個人戦前なのにドキドキしたわねぇ…」

 

どうやら全員が同じことを思っていたようだ、まさに十字砲火、逃げ場はない。

衣からの手痛い一撃を喰らった後に全員からボコボコに言われる始末、これには魔王も何もできない。

まあ、どれもこれも東京とかいうコンクリートジャングルでスマホ忘れて迷子になったアホが悪いのだが。

清澄高校麻雀部だけならず、長野の他の高校や、はたまた全国の他校にも協力してもらってようやく見つかったのだ。

ちなみに見つかった場所はビックサイト付近だった、理由は不明である。どうしたらそうなるのか。

さ、そんなことは置いといて、今重要なのは天江衣のことである。

 

「話戻しますけど、衣さんの連れはいないんですよね?」

 

京太郎が話の方向を切り替えると

 

「ああ、あんな痴れ者共、もはや衣の友人などではない!」

 

なにやら吐き捨てるかのように言葉を発するではないか。

ずっとケンカしないってわけではなかったが、あんなに仲が良かったのにこの変わりようである。

これにはどうしたのだろうかと顔を見合わせる清澄高校麻雀部、とりあえず宥めるために

 

「まあまあ、そう興奮しなさんな、何か淹れてやるけぇ」

「じゃあ、ミルクティーがいい!」

「お茶菓子も用意しますね」

「そんなところに立ってないで、ソファーに座りましょ」

「タコス食べるか?」

「それは遠慮しておく」

「ゆっくりしていってね」

 

お茶と菓子で釣るのは常套手段である、古事記にもそう書いてある。

さて、不機嫌な少女の機嫌を五人がかりのVIP待遇でなんとか取って、怒りをどこかに追いやることに。

ここで京太郎、そんな彼女らを傍目にスッと部室から出て行って、スマホを取り出しどこかへと電話をかけ始める。

軽快なコール音が僅かだけ鳴り響くと、すぐさま誰かへと繋がる。

 

「京太郎君、どうしましたか?」

 

電話した相手は龍門渕家の執事であるハギヨシという男である。キリリと締まった声が電話口から聞こえてくる。

この男、色々とパーフェクトな執事であり、軽くワープしたという噂もあるほどであるが、それはさておき

 

「あのー、衣さんが清澄高校に来ているんですが」

 

要件を彼に伝える京太郎。彼は衣のお世話役もしており、大体彼がそばに居るのだが、今日はそうではないようだ。

そのことを不思議に思い、さらには天江衣のあの発言もあり、どうしたもんだと電話をかけたのである。

 

「清澄高校にですか、ありがとうございます。すぐにお迎えに…」

「いえ、それが…」

 

心なしか先ほどの声よりもゆったりとした話し方になったような気がしたが、それよりも迎えに来るという言葉に咄嗟に反応して事情を説明し始める。

 

「~ということでして、何があったんですか?」

「そうですか…分かりました。こちらであったことを話させて頂きます。」

 

電話口でも分かるほど落ち込んだように声を落とし、暫く間を空けたのちにキリっとした口調で話し始める。

 

「衣様以外の麻雀部員達が少し談笑していまして」

「はい」

「それで、話の内容が男女の恋愛事の方へと移ったのですが」

「その際に衣様の容姿では…という方向に話が行ってしまい、それを衣様がタイミング悪く聞いてしまって」

「それに激怒した衣様が半ば家出のような形で飛び出したということです」

 

思っていたよりも実情は軽いものだった、もしかしたら家のことで何かあったのかとも思っていた京太郎は一安心するも

 

「なるほど、分かりました」

「それで丁度捜索していたところに京太郎君からの電話が来て、現在に至ります。」

「で、どうしましょうか…?」

「どうしましょうか…」

 

ただ単にこっちに来た理由が分かっただけであって、解決策は何もない。

ハギヨシさんに迎えに来てもらっても、嫌だ嫌だと駄々をこねるのは目に見えてるし、かといって龍門渕の皆さんをこちらに呼んで謝らせたところで許してくれそうな雰囲気ではない。

龍門渕の彼女らもそんなつもりがあって言ったわけではないだろうが、受け取った本人がそう思ってしまったのだ、些か軽率であった。

たとえハギヨシさんがタルタルソース付きエビフライで釣ったとしても動かないであろう。あの発言にはそのぐらい強い意志を感じた。

それでもハギヨシさんなら何かしらの解決策を思いつくはず!と思い聞いてみるも、彼も人間である、何でもかんでも分かるわけではない。

 

「とりあえず、ほとぼりが冷めるまでうちで保護しておきますね」

「ありがとうございます。あと、何かあった時のためにも、ラインで逐一連絡して頂けませんか?」

「分かりました、では」

 

今のところでは何も思いつかないので、とりあえず電話は一回切って、連絡手段はラインに変更、そしてまた部室に戻ると

 

「そしたらトーカがだな、『衣は容姿が幼いですので、お相手を探すのは難しそうですわね』とか言ってたんだ!」

「うんうん、それは酷い話ね」

「一や純もそれに続いて、特殊性癖じゃないと厳しそうだなとかいう戯言を言ってて」

「国広がそれを言えた筋合いかのぅ…?」

 

どうやら衣本人の口からも聞いているようだ、恐らくそのことに関する愚痴を言っているのだろう。

部長はそんな彼女の体面に座って、話を肯定しながら聞いてあげている。こういうところも彼女のいいとこである。

染谷まこは小声でボソッと呟いている、どうやら衣には聞こえてないようだ。危ない危ない。

 

「京ちゃん、何してたの?」

「お手洗いに行ってたのではないですか?」

 

さてさて、一年組は戻ってきた京太郎に近寄って、何をしていたのか聞いてくる。

しかし彼女だけは違った

 

「いや、京太郎のことだから、ズバリ!」

「…ハギヨシさんと連絡取ってたんだろ?」

 

前半の部分は大げさに、後半の部分はそこに居る天江衣に聞こえないよう控えめに話す。

どうやら彼の行動なんぞ手に取るように分かるようだ、伊達にいつも一緒に遊んでない。そこの魔王よ、立場が怪しくなってきているぞ。

 

「ああ、よく分かったな」

「なるほど、確かにいい判断です」

「京ちゃん、ハギヨシさんの連絡先知ってたんだ」

「私のためにタコス作るときに従事したんだよな!」

 

彼がハギヨシさんとそんなに仲が良かったことなど知らなかった咲、そんな彼女に対し無い胸張って偉そうにそう言う優希、どうやら自慢しているようだ。

この魔王、心中ではぐぬぬと思いつつも、表面ではサラッと流して京太郎にどうだったかと問う。

京太郎は何を話したか、何が起きているのかを一通り説明して、どうしようかと投げかけるも

 

「うーん、どうしましょうか」

「衣ちゃんも頑固っぽいしなぁ」

「一筋縄ではいかなさそうだじぇ」

 

やはり解決案は見つからない、やれやれどうしたもんかと困っていると

 

「そういえば、なぜわざわざうちに来たのかしら?」

「言われてみればそうじゃな、他にも鶴賀とかあったじゃろうに」

「あ、そうだった!大事なことを忘れていた!」

 

その話題のウサミミ少女が

 

「京太郎!」

 

こちらにぴょこんと近づいて

 

「衣とデートしろ!」

 

ビシッと指をさしながら、何やら言い始めたではないか。

 

さあさあ面白くなってまいりました!

 

次に続く




ステルス、キャップときて、他校勢からはウサミミロリの参戦よ。

いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
この前UA数を確認してみたところ、電撃戦(咲さん暴走話)だけ突出してますね…
やっぱ皆そういうの好きなんですかね…グフフ、いやらしいですなお前ら!


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31 デート!

 

__どうしてこうなった

 

校門に佇んでいるのは須賀京太郎、微妙な時間なので人通りは少ない。

さて、彼は何をしているのだろうか?こんな時間に下校と言うのも不思議な話だ。

おや、そんな彼に小さな影が近寄ってくるではないか、トテテとかわいらしい様子で走り寄っている。

 

「京太郎、待ったか?」

「いえ、俺も今来たところですよ」

 

その口から出てくる言葉は、なぜだか年不相応に感じてしまう。

明らかに年上のように見える彼にため口で、上から目線で話しているような気がする。

そんな少女に対し、京太郎は定番のやり取りで返事する。彼女はそんな彼に大層満足したのか

 

「そうか、じゃあ早速行くぞ!」

「行きましょうか」

 

気分を高ぶらせ、待ちきれないと言わんばかりに彼の手を引っ張り、先を行こうとしている。

京太郎はそんな見た目相応な彼女の一面を見て、なんだか少し安心して、微笑みつつ言葉を返す。

 

さて、どういう状況かある程度はお分かりいただけただろうか?

そう、須賀京太郎、天江衣と絶賛デート中なのである。

ホントにどうしてこうなった…このままではロリコンだとか何だとかでご近所の噂話にされてしまう。

衣は立派な女子高生!そう説明したところで納得する人は果たして何人いるのだろうか…?

道行く人の視線が気になってきたところで、足早に目的地へと向かう京太郎、手は自然とつながれている。

ちなみに、はた目からすると少し年の離れた仲の良さそうな兄妹にしか見えないのだが、彼はそんなこと気づかない。

 

__補導されたりしないよな…?

 

こんな心配をしている始末、気持ちは分からなくもないけど失礼ではないか?

まあ、ホントのデートというよりか、デートごっこというべきか、彼女のわがままに付き合っているのである。

少しだけ時を遡ってみようか

 

~~~~~~

 

「つまり、こういうことじゃな」

「男性との交際経験がない彼女らを見返すために、須賀君とデートするってことね」

 

先輩お二人は分かりやすく要点をまとめる、彼女はマウントを取るためにデートをしたいと言っているのだ。

 

「いきなり押しかけて迷惑千万だと思うが、どうか認めてくれないか…?」

 

深々と頭を下げて頼みこむのは天江衣、傲岸不遜だった彼女からは到底想像できない姿だ。

これには、原村和、片岡優希、宮永咲も少し驚き、ここまで本気なら…と思い始める。

 

「そうね、私としてはただでは許可できないかしら、なんらかの対価を…」

「無論、それも覚悟している、衣に出来ることならば一切合切叶えてみせよう」

 

だがしかし、そんな情だけに流されるような部長ではない。何かしらの対価を欲するが、既に読まれていたのだろう、代わりに何でもするよと言われてしまう。

普通の人になんでもするよと言われても、価値はほぼないと言っていいが、相手はあの天江衣である。

彼女がそんな言葉を軽々しく言うとは思えないし、何より彼女はこれから大きくなる人物である。今のうちに恩を売っておくに越したことはない。

竹井久はそんな思考をすぐにして、あえて悩んだフリをしてから、短く了承の意を伝えた。

 

「よし!じゃあ早速デートするぞ京太郎!」

「え、今からですか!?」

「そうだ!京太郎は校門で待っててくれ、そこで待ち合わせしてることにしよう」

「は、え、って、どっか行かないで!?…行っちゃった」

 

そんな返事を聞いて、いきなり京太郎に言葉をかけて、嵐のように去ってしまった。

 

~~~~~~

 

これがここまでに至った一部始終である。なんともまあ、強引なことよ。

さ、この兄妹にしか見えない二人の様子を見ていこうか…おや?

そんな二人のやや後ろ、何やら怪しい影が蠢いている。

 

「京ちゃん大丈夫かなぁ…」

「どこに行くんでしょうか?」

「この方向は…駅の方向だじぇ」

「まあ、あっちは遊ぶ場所が色々あるからのぅ」

「流石にまとまって動くとバレそうね、別行動で連絡取り合いながら行きましょ?」

 

何をしているお前ら、部活はどうした、二日連続でまともに活動しない気なのか?

そんなこんなで駅の方に向かう2+5人、どうなることやら。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「で、どこに行きますか?」

「あれだ、げーせんとやらに行ってみたい!」

 

駅前に着いた二人、小さなお姫様はゲーセンをお望みのようである。

 

「ゲーセンですか、じゃあ行ってみますか」

「うん!」

 

そう言うとニッコリと笑って、ぴょんぴょん跳ねて喜び始める。

そんな彼女にほのぼのしつつ、やってきましたゲーセン前、既にもう騒がしい。

 

「騒々しいな」

「そういうものですから」

 

うるさいのにはあまり慣れていないのか、彼女はそう言って顔をしかめる。

そんな彼女を少し宥めて中に入ると

 

「おおぉ、摩訶不思議な機械が蠢いている…」

 

一転してそんなことを呟きながら目を輝かせて、視線をあちこちに彷徨わせているではないか。

騒がしいのは気にならないほどに、どうやらお気に召したらしい。京太郎もこれには思わずにっこり。

 

「あれはなんだ!?ぬいぐるみがいっぱい入ってるぞ!!」

「あれはクレーンゲームですね、一丁やってみますか!」

 

そんな彼女がまず目をつけたのは、大きなぬいぐるみがたくさん詰まった透明の箱、皆さんご存知のクレーンゲームである。

この少女、子供と言われたら怒ったり、やけに年上であることを強調したりするものの、趣味は見た目相応であったりする。

そこがなんともまあ可愛らしいのだが…そんなことは置いといて、早速クレーンゲームに向かう二人

 

「これで何をするんだ?」

「これはですね、そのクレーンを使って景品をとるゲームですね」

「ふむふむ、このボタンで操るんだな」

「そうです、よく分かりましたね」

「この程度のこと、衣にとっては朝餉前だ!」

 

どうやら察しが良いようだ、京太郎はそれなら話が早いと思い、コインを入れてまずは自分が手本を見せる。

 

「ここを長押しした分だけ横に動いて、同じようにこっちを長押しした分だけ縦に動いて…」

「うんうん」

「で、クレーンが降りてくると」

「おお、兎のようなぬいぐるみを掴んだぞ!」

「うまく持ち上げてくれたらいいが…」

「ああっ!?なんだこれは!?ふにゃふにゃで碌に掴めないじゃないか!」

 

手本を見せるものの、力のないアームでは持ち上げることもかなわず、ぬいぐるみはずるりとすり抜け転がるばかり。

そんな様子を見てご立腹な天江衣、どうやらアームはもっとがっしり掴んでくれるものだと思っていたようだ。

しかし入れた硬貨は最大の物、まだあと数回はチャンスがある。それに、目的はある程度達成されている。

 

「じゃあ、衣さんもやってみましょう」

「だが、運ぶは愚か、持ち上げることすら厳しいぞ」

「それは対策しておきました!シールド…出口付近に転がしておいたので、あとは少し持ち上げるだけでも上手く取ることが出来ます」

「おお、神算鬼謀!流石は京太郎!これであの兎が手に入るという算段だな!よし…」

 

京太郎も意味もなく手本をやった訳ではなく、衣が取りやすいようにお膳立てをしていたのだ。

この計らいには衣も感激したようで、賛辞の言葉を送りつつ、さてさて後詰めをしようとする。

上手いことクレーンを操れず悪戦苦闘するも、やっているうちに次第に慣れてきたようで、最後のチャンスできっちりと掴み、なんとか手に入れることが出来た。

これには衣も大喜び、

 

「やった!」

 

ぴょんぴょん飛び跳ね、そのオレンジ色のぬいぐるみを抱きしめている。

にしても、なぜゲーセンにジャ〇ット君が居るのだろうか…?不思議である。

筆者は中日ファンなので、この可愛い少女には巨人ファンになってほしくはないのだが…

っと、話が逸れてしまった、彼はそんな彼女の様子を

 

__かわいいなぁ

 

こんな感じで見守っている、妹が出来たらこんな感じであろうと思っているようだ。

確かに、同じ金髪であるし、顔立ちはどちらも整っている、彼からしても妹が出来たような気分であろう。

まあ、実際はおねーさんなのであるが、今のところはそんな姿を見せていない。

 

楽しそうにしていて何よりだ、このまま何事もなく…

 

「…」

「のどちゃん、エトペンが欲しいのは分かるけど、そこに居たらバレるじぇ」

「…!あ、あそこに居るのは…」

「お静かに、見つかってしまいます」

 

…何やらギャラリーの面子に見覚えがある気もするが、気のせいということにしておこう。

うん、他人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて云々かんぬんと言ったものだ、邪魔だけはよして欲しいものである。

 

「う、うぅ、見た目よりも難しいな」

「初めてにしてはかなり上手いですよ」

 

さ、その後はゲーセンで国民的太鼓式音ゲーを堪能したり、

 

「な、なんだこいつらは!?魑魅魍魎が襲ってくるぞ!?」

「その銃で焦点合わせて撃ってください!右右右!!」

「こ、こうか!」

 

なんかゾンビ物シューティングゲームでアタフタしつつも楽しんだりして、両者ともにくたくたに。

そんなに体を動かしたわけではないが、精神的疲労は溜まりやすく、特に慣れていない衣は疲労困憊の様子である。

そんな彼女を見かねてか、そろそろ場所を移そうと彼女を引っ張り店の外へ

店を出ると、なんとまあ綺麗な夕焼けだこと。雲はまばらに散っており、陰影がついて立体的に見える。

 

「さて、次はどうしますか?」

「そうだな、次は…ん?」

 

彼はそんな夕焼けには気にも留めずに隣の彼女にそう尋ねる。

すると彼女は何かないかときょろきょろすると、何かを見つけたようであり

 

「きょ、京太郎、あれはもしや」

 

キラキラと目を輝かせて

 

「ハミレスではないか!?」

 

そう声を上げた。

 

 

次に続く




初デートがころたんというね、これはもう犯罪ですわ…

いつも評価やお気に入り登録等ありがとうございます。
感想を書いてくれたりすると狂喜乱舞するので、よろしくお願いします。

流石にネタが尽きてきたかなぁ…


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32 ファミレス

そんなファミレスの奥の方、まあまあ奥のすいてるところに黄金に輝く髪を揺らして談笑している二つの影。

 

「最近オープンしたみたいですね、気づかなかった…」

「あ、エビフライもある!」

 

やや大きめの体を椅子に預け、周りを見渡しそんなことを呟く男性。

その対面にはその小さな体をメニュー表に隠しつつ、喜色満面といったようにそう言っている少女。

そう、彼らは絶賛デート中のお二人、須賀京太郎と天江衣である。

彼女はエビフライにタルタルソースが付いているのを見つけたようで、その小さな足をパタパタさせている。

 

__かわいいなぁ

 

そんなことを思うは京太郎、決してロリコンに目覚めたわけではない。母性本能に近い何かを感じている。

彼は普段から部員のお世話をすることが多いのだ、迷子の幼なじみを探したり、タコス少女の餌を作ったり、わがまま部長の頼みを聞いたり…

あれ?彼は高校一年生のはずなんだが…どうしてだろうか、貫禄は最上級生のような感じもする。

ま、そんなこんなで彼がこんな感情を抱くのも当たり前ではあるのだろう、誰かのお世話をすることを楽しんでる節もある。

 

「京太郎は何にするんだ?」

「うーん、じゃあ、この生姜焼き定食にしますかね」

「じゃあ、呼ぶぞー!」

 

彼はどうやらリーズナブルなのを選んだようである。最近は財布も厳しいしね、良い選択だと思うよ。

ささ、彼女は小さな手で勢い良くボタンを叩き、どこからかピンポーンと音が鳴り、店員さんがやって来る。

彼女はもちろんエビフライ、なんといってもエビフライ、サクサク衣のエビフライ、それ以外は論外である。

彼はやはり生姜焼きにするようだ、豚肉って美味しいよね!

 

「ドリンクバーはいかがなさいますか?今なら開店キャンペーンでお安くなっています」

「お、ホントだ、じゃあ頼みますか!」

「うん!」

 

なんとまあ運がいいことよ、なんとワンコインプラスするだけでドリンクバーが付いてくるなんて。

これには二人も即断即決、文句なしでドリンクバーをつけることに。

さあさあドリンクバーを付けたとしたらやることは一つ、

 

「コーラと…メロンソーダは安パイだな」

「オレンジジュースにカルピスを混ぜて…」

 

混ぜ混ぜするしかないでしょう。衣はオレンジにほのかに白みがかったジュースを、京太郎はなんか暗くて変な色のジュースを生成し始める。

そんなオリジナルドリンクを持っていき、お互いに飲み始める。

彼女は彼の飲んでいる物の色を見てはぎょっとするも、彼は美味しそうに飲んでいるので奇々怪々だなぁと思うに留める。

そのまま他愛のない話をしていると

 

「お待たせしました」

 

ようやく料理が運ばれてきたではないか、エビフライは黄金の衣を身にまとい、揚げたての匂いがほのかに香る。タルタルソースはこれでもかと言わんばかりについている。

生姜焼きも出来立てほやほやであろう、湯気立ちつつ、肉汁たっぷりといった様子で運ばれてきた。

どちらにも山盛りの千切りキャベツがついている、どこぞのコロ助のように忘れていたりはしていない。

 

「いただきまーす!」

「いただきます!」

 

どうやら二人ともペコペコだったようだ、テーブルに料理が乗せられるとすぐさま箸を手に取って、まずはメインディッシュにかぶりつく。

一噛みするとサクサクの衣の下からプリプリの身が現れ、濃いエビの味がし始める。それらを一つにまとめるタルタルソースがなんともまあ、程よいアクセントになっていてとても美味しい。

そんなエビフライを目いっぱい頬張る少女、まさしく有頂天外といったようだ。そのままどこかに逝ってしまいそうな勢いである。

そんな彼女を見つつ、生姜焼きとご飯を頬張る京太郎、生姜焼きも美味しい、美味しいのだが…

 

__エビフライ美味しそうだなぁ…

 

実を言うと、彼の好物はエビである。寿司屋いったらとりあえずエビ、エビがあったらエビ、エビが大好きすぎて親にエビになってしまうのではと心配された程である。

そんな彼の前で、サクサク出来たてエビフライを頬張るなんて…鬼畜の所業である、許せん!

ん?そんなに言うなら頼めば良かったのではって…?悲しい哉、エビフライは割高なのである。

 

しかし!そんな彼の思いが届いたのか、拈華微笑というものなのだろうか、よく分からないが

この小さな彼女はそんな彼の目をじっと見つめ、

 

「京太郎、そっちの生姜焼きも美味しそうだな!衣のエビフライと交換しよう!」

「へ?」

 

なんということだ、あの衣が、天江衣が、エビフライで物々交換を頼んできたではないか!

大好物であるはずのエビフライ、それを生姜焼きと交換だなんて、普通は行われないはず。

しかしはっきりとそう仰った、その豚肉と、海老を交換しろと言ったのだ。

 

「え、いいんですか!?」

「うん!ほら、一匹やるぞ!」

 

そう言って、ポイっとエビフライを京太郎の皿に放り込む衣、なんの躊躇いもなく行われるその動作には止めるタイミングもなく、気がついたら一匹置いてある。

これには京太郎も大喜び、そりゃもう狂喜乱舞ですわ、この時ばかりは年相応の関係性である。

さ、喜びの舞をしていた京太郎、ふと思い出し、忘れてはいけないとすぐさま生姜焼きを彼女の器に献上する。

漸く、おねーさんすることが出来た衣、さあさあこっからは年上の色気を出して京太郎を…

 

「あ、衣さん、ほっぺにタルタルついてますよ、ほらほら」

「ん?んん…」

 

…なんて出来るわけないか、どうやらまだまだ子供の扱いなのは変わらなさそうである。

そんな感じで楽しいお食事はゆっくりと、食べ終わった後もドリンクバーからお茶を淹れて一息ついて、外はすっかり暗くなった。

ここで京太郎は、もういい時間だなと思い、こっそりハギヨシさんにラインを送り、そろそろデートを終わらせようとする。

 

「もう暗くなっちゃいましたし、今日はここら辺にしますか」

 

でも彼女は

 

「いや」

 

「行きたいところがある」

 

まだまだデートを終わらせたくないようである。

 

次に続く




やや短くなってしまったのは、長くなったのを二つに分割したからというあれそれ…

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京ちゃんがエビ好きっていう情報をどっかから入手したので使ってみた。
なんでも、食べてる描写でエビばっか食ってるだとか…


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33 中秋

前回までのあらすじ: 衣とデートしてるよ!

 

そろそろ帰らないかという京太郎に、まだ行きたいところがあると言う天江衣。

 

「行きたいところですか…?カラオケとかなら次の機会に」

「夜じゃないとダメだ」

 

こんな遅くに出歩くのは少々危険だと思い、宥めるようにそう言うものの、彼女はそんな彼に言葉を被せ、確固たる意志を伝える。

とはいえ、夜じゃないとダメとはなんなのであろうか…?

 

「須臾ほどでもいい、あと少しだけ付き合ってほしい」

 

彼女は真剣な目で彼を見つめる、なにか決心したような、虎視眈々というか、そんな瞳をしているような。

京太郎、しゅゆとは何ぞや?と思いつつも、そこまで言うなら付き合おうと承諾する。

 

「よし!好機逸すべからず!早くいくぞ!」

「うわわ!ちょ、気を付けてくださいよ!」

 

そんな返事に顔を綻ばせ、彼の手をグイっと引っ張り、ファミレスを後にした。

…心なしか、部室の時よりも力強く見える気がする。

 

はてさて、どこに行くのだろうか?やや栄えた街並みを通り抜け、閑散とした道も走り抜け、辺りは一層暗くなる。

徐々に不安感を覚え始める京太郎、そんな彼の様子も意に介さず、颯爽と走り抜ける天江衣。光が徐々に減っていく。遂には街灯すら見えなくなった。

そんなこんなで着いたのは鬱蒼とした公園である、あまりにもおどろおどろしく、京太郎ですら恐怖感を覚える。それなのにこの少女は一切怯えを見せない。

木が風に揺れ、がさがさと音を立てている。虫の音も聞こえる。それがほのかな安心感を与えるのみだ。あまりにもか細い安心ではあるが。

彼女はそんな公園の深部まで彼を連れて行くと、ピタッと立ち止まり、そうして

 

「見ろ!」

 

上を指さした。

 

 

月が仄暗く、しかし燦々と輝いていた。

 

 

「おお…」

 

思わず感嘆の声が漏れる、意図したものではない。

綺麗な月だ、まん丸の満月である。中秋の名月とはよく言ったものであり、美しい、ただそう感じるのみ。

そう、彼女はこの綺麗な月を彼に見せたかったのだ。月に対し愛着を持っていた彼女だからこそ、光の少ない鬱蒼とした公園で、月が一番栄えている姿を見せたかったのだ。

それだけではない

 

「上ばかりではなく、下も見よ」

 

彼女は京太郎にそう伝え、指をスッと下に向けると、そこには水面に映った月が揺れながら池を照らしていた。

 

「うわぁ…すげぇ…」

 

まさに幻想的、絵に描いたかのような風景がそこには広がっていた。

闇夜に月が輝き、草木が月光によって仄かに照らされ、池の水面には蓮の葉と黄色い月がゆらりと、池の底には微かに魚影も見える、

視覚だけではない、虫の音によるハーモニーが奏でられ、風により絹に包まれたかのような心地よさが感じられた。どこからか清水が流れてきているのだろう、せせらぎの音も聞こえる。

 

風情がある、その意味を真に理解した京太郎、15歳である。

 

 

「虫のねも 月のひかりも風のおとも わが恋ますは秋にぞありける」

 

 

ふと隣から声がする、彼女の表情は暗くてよく分からない。

 

「へ?」

「中秋の名月を詠った短歌だ」

 

突然呪文を唱えられたので何事かと思うと、どうやら短歌だったようである。

 

「やっぱ衣さんって博識なんですね」

 

恐らく名歌なのであろう、彼はそういうのはよく分からないのでとりあえず褒めると

 

「浅学寡聞とはこのことか…」

 

何やら残念そうに呟かれる。これには首を傾げる京太郎、意味はよく分からないが反応は良くなさそうである。

 

「で、さっきの短歌の意味ってどういうことなんですか?」

 

まあ、分からないことはさておいて、話を広げようとさっきの短歌の意味を聞こうとする。ずけずけと、図々しく。

意味が分かっている人からするとトンデモ行動ではあるが、彼は無知なんだ、許してやってくれ。

さ、彼女は彼のそんな言葉にびくりとし、

 

「…知りたいか?」

 

睨むかのように彼を見つめる、月に照らされるその顔はほんのり赤みがかっているような。

 

「え、ええ」

 

彼は困惑しつつも、そう答えた。

 

 

静寂が訪れる、何か、途轍もないナニカが、辺りをドッと襲ったような、気がする。

その怪物はどこに居るのだろうか、言いようのない不安がつのる。

先ほどまでの虫の音も、草木の音も、風とせせらぎも、パタリと途絶えてしまった。

 

安心を与えてくれるものは、もう、無い。

 

ただ月が二つあるのみ、天と地、それぞれ一つずつ。

 

「虫の音も、月の光も、風の音も」

 

彼女は言葉を紡ぎ始めた。

 

「そして私の恋心が強くなるのは秋のことでした」

 

いつものような可愛らしい声ではなく、大人びた、透き通った声が聞こえる。

 

「…え?」

 

彼が彼女の言葉を認識したときには、すでに彼女は彼の腕を手に取り、軽く下に引っ張った。

彼はどうしたのであろうか、腰から力が抜け、あれよあれよと尻餅をついてしまう。

立とうにも思うように力が入らない、腕にすら力が籠らない、そんな自分自身に困惑していたが、それも束の間

上からのぞき込まれるようにして、顔を見合されている。月の逆光で表情は見えないものの、口元は三日月に歪んでいるように見えた。

 

「京太郎」

 

「お前のことが好きだ」

 

背筋が凍る、愛の言葉を囁かれているのに、それなのに、なぜ化け物と対面したかの如く冷や汗が止まらないのだろうか。どうして鳥肌が立っているのだ、なぜ火照るのではなく、氷のように体が冷たく固まってしまうのだろうか。

いや、これは愛の言葉ではあるが、その本質は…呪いにも近い。

 

「初めて会った時から好きだった」

「一目見た時から、お前とつがいになりたいと思った」

「どうしてだかは分からない、だが、衣の中の鬼が、怪物が、それを求めて止まないのだ」

 

口が開けない、いや、舌も唇も動くが肝心の声が出ない、何も出来ない、抵抗すら、本能は逃げることすら諦めている。

 

「だから…京太郎」

 

彼女はそう言って、服のボタンを外し始め…そして…

 

 

 

「ちょーっとまったー!!」

「そうはさせないよ!」

「衣!それはいけませんわ!!」

「京太郎!助けに来たじぇ!!」

 

 

 

その続きなんてなかった!ワッフルワッフル言ってもないものは無い!

どこから出てきたのか、なんか大勢そこらの木陰から颯爽と出てきて、あれよあれよと二人を取り囲む。

 

「はなせー!!いいところだっただろー!!」

「衣、流石に順序というものがありますわ」

「そうです衣様、今日のところは出直しましょう」

 

「だ、大丈夫か!?どこも何ともないか?」

「あ、ああ」

「よ、よかったわ…」

「危ないところでしたね…」

「冷や汗かいたけぇ…いきなり襲い始めるとはのぅ」

「あ、あはは…」

 

どうやら後をつけてたようである。良かったな京太郎!ホントにロリコンの称号を手に入れるとこだったぞ!

さてさて、無事に保護された京太郎、連行される天江衣、なかなかおかしな絵面である。

 

「すみません京太郎君、後でこの非礼はしっかりと謝罪させて頂きます」

「あ、はい」

 

いつの間にか隣にいた執事はそう言うと、お嬢様二人を連れてどこかに消えてしまった。

 

なんというかもう、メチャクチャである。

 

 

次に続く

 




魔物は暴走するっていう決まりでもあるのかね?
気がついたらこうなってた、短歌で想いを伝えるなんて奥ゆかしいなぁと思ってたらこのざまよ!

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34 会議

ここは清澄高校麻雀部、旧校舎のてっぺんにあり、全国のてっぺんでもある。

今日は平日の昼休み、普段なら人気はないものの、今日ばかしは特殊なのであろう、そこには五人の少女たちが。

その少女たち、椅子を丸めて何やら真剣そうにしているではないか。

インハイが終わったといえども国麻があったり、秋の大会が備えていたりとまだまだ気は抜けない状況、彼女たちはそれに向けたミーティングをするのであろうか?

ささ、その一人、青いスカーフを首に下げ、凛とした様子でホワイトボードの前に佇んでいるのは竹井久、この部の部長である。

かなり真剣な話なのであろう、いつものような飄々とした様子は影を潜め、そこには一人の出来る女性が居るのみ。

さてさて、何を話すのだろうか?おっ、どうやらそろそろ会議が始まるようだ。

 

「では、これより」

 

四人の少女の視線が交差する。

 

「須賀君の対策会議を始めるわ!!」

「「「「おー!!」」」」

 

何をしているんだこいつらは

 

 

諸君、どうしてこうなったのか、よく分からないと思うがとりあえず聞いてみようではないか。

とはいえ、須賀京太郎の対策会議とは何に対する対策なのだろうか?お互いに恋敵だったはずではないか?

なんともまあ不思議なことよ、まさかの一致団結ハーレムルートかとも思ったが

 

「鶴賀のステルス娘に」

「風越のキャプテンも惚れとるし」

「衣さんは…その…襲ってましたし…」

「このままだと、京ちゃんが危ないよ!」

 

宮永咲、お前が言うな。

何となく察しがついただろうか、そう、他校の恋敵への対策会議なのである。

たしかに、内輪で勝手に邪魔し合ってるうちに、なんか勝手に仲良くなられたら困るのである。

ならば、対外への対策は一致団結して、清澄だけでバトルロワイアルできるようにするのがベスト!そういう発想である。

理にかなっているちゃあ、理にかなっている。特に他校の彼女たちは相当手強い。

 

東横桃子、胸がデカい。しかも子犬のように懐いているし、何よりもステルス能力が危険すぎる。

福路美穂子、胸がデカい。お淑やかで家庭的、芯は強く、母性的である。京太郎の好みにドストライク。

天江衣、合法ロリ、京太郎の好みからは外れているものの、かわいい。とはいえ、異能を利用したら…ヤバい。

 

ホワイトボードに書かれていく要点をまとめるとこんな感じである。

上二人はそのまんま、おもちはデカいし、彼が好みそうな性格をしている。

下の幼女は本来ならば論外であるが…この前の一件によって超要注意人物とランクアップした。

まさかあのチビッ子が襲うなんて…満月の夜には気を付けろよ京太郎。

 

「現在、美穂子は須賀君と連絡を取り合っているみたいね」

「東横さんの動向は全くもって分かりませんね…」

「連絡先すら分かっていないみたいだから、接触させなければ大丈夫そうだじぇ!」

「衣ちゃんは、ハギヨシさんと通して連絡しているみたい」

「普通に考えたら、あの保護者どもが何とか抑えてくれそうじゃが…嫌な予感がするけぇ」

 

どうやら、直接的に連絡を取れているのは福路美穂子ただ一人、どうやって抑えようか。

因みに彼女たちは知らないが、福路美穂子はスマホを壊してしまい現在修理中である。池田の慌てようが目に見える見える…

あと優希よ、彼女の体質を分かっていてそれを言っているのか…?やろうと思えば、あのステルス娘は彼の家に勝手に入れるぞ。

染谷まこの勘は当たっているのかどうであろうか、ただまあ一言付け加えるなら、愛する我が子に好きな人が出来たら、どのように行動しそうかを考えたらよい。

 

「まあ、現状はこんな感じで・す・が!」

「ですが?」

「なんか策があるんか?」

 

さてさて、今のところ現状の情報を集めたばかりで何も対策はしていなかったが、どうやら部長は策を考えてきたようだ。

彼女はホワイトボードを無駄に勢い良く叩いた後、カバンから何やら書類を取り出して、座っている皆に配り始める。

そこには『須賀京太郎強化計画!』と書かれているではないか、見た目は非常にシンプルで企画書のようである。

 

「これはなんでしょうか…?」

「あれ、これって…」

「むむ!合宿するのか!」

「シルバーウィークの予定を空けとけと言われておったが、このことじゃったか…」

 

そう、今年はなんとシルバーウィーク!九月にも連休はあるのだ!嬉しいね。

彼女は須賀京太郎強化計画という名目で、合宿を計画していたのである。

これは確かに名案だ、彼のモチベーションも上げることが出来るし、他校の刺客からは物理的に離れることが出来るし、なにより

 

「他校との合同合宿ではないみたいですね」

「それだと須賀君がやっぱネックになるから、今回は私達だけね」

「つまりあれか、実質部内旅行じゃな」

「温泉もあるし…!?こ、混浴も…?」

「つまり京太郎とイチャイチャすればいいんだな!」

 

そう、彼女らが京太郎と接することが出来るのである。二泊三日、他校の生徒はいない、必然的に一緒に居る時間はとても長くなる。

これには全会一致で賛成のようだ、メリットしかない、メイトリックスはいない。

皆も相当楽しみなのであろう、もう既に各々妄想を始めている。思春期だから仕方な…

おいそこの宮永咲、混浴でナニしようと考えているんだ、全然待つ気ないだろ。

とはいえ、どうしてこんな急な話になったのだろうか、もう少し早く教えてくれても

 

「とはいえ急な話じゃのぅ…」

「ごめんなさいね、宿がなかなか取れなくて、昨日ようやく取れたものだから…」

「ああ、そういうことだったんですか」

 

あ、なるほど、宿が取れなかったのか。確かに麻雀がしっかり出来る良さげの宿を大型連休に取るだなんて苦労したのだろう。

彼女は必死に探して、逐一電話をかけて、キャンセル待ちとかもしてみて、ようやく取れたのであろう。

彼女は縁の下でもしっかり働いているのである、そんな部長に感謝してあげてなさいよ部員達よ。

ささ、スケジュールの内容を精査して、自由時間が多めなのには皆で目をつむり、練習内容にも異議はなし。

 

「あ、そうそう、流石に貸し切りじゃないから、他の団体も使ってるところで麻雀することになるわ」

「ゆーき、騒いじゃダメですからね」

「安心しろ!」

「咲も迷子になって他の団体に迷惑かけんようにの」

「だ、大丈夫です!…たぶん」

 

そんなこんなで話は粗方決まり、部活の時間に彼に伝えるのみとなった。

あ、ご安心を、ちゃんと彼にも予定を空けとくように厳しく言ってある。なんか用事があって京太郎だけ行けないとかいうパターンではない!

彼の驚く顔が楽しみだと思い、ほくそ笑む竹井久。

 

(須賀君の寝ているところに突撃して…なんてね!きゃー!)

(須賀君といっぱいお話をしたいですね…同じ部屋で夜通し話すとかもアリですね)

(久が変なこと考えてないといいが…どうやって出し抜こうかのぅ)

(京太郎と混浴とかもありだじぇ)

(京ちゃんに頑張ってアピールするよ!)

 

部内の思惑がこんな感じになっているというか、欲望にしかまみれてないけど大丈夫か?

一応言っておくが、名目は京太郎の強化合宿なんだからな?ちゃんと麻雀を教えてやるんだぞ?

 

次に続く




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今回は平和な話、ようやく清澄のターン...?


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35 嵐の前の

「え、合宿ですか!?」

 

そう声を上げているのは、清澄高校麻雀部一年生の須賀京太郎、合宿があることを告げられて驚いているようだ。

それもそのはず、猶予は数日あるとはいえ、こういう一大イベントがあるときはもう少し早く教えてくれていたものだ。

 

「ええ、突然のことになってごめんなさいね」

「やけにシルバーウィークの予定を聞いてくると思ったら、そういうことだったんですね」

 

竹井久はわざわざ突然のお知らせになった理由は言わずに、ただ謝るだけに留める。余計な気遣いをしてほしくないのだ。

京太郎は彼女からの謎のラインの訳が知れてホッと一息、確かに何回も『ちゃんと空けてるよね?』というラインが来るのは怖いものである。

…いや、怖いってレベルじゃないかもしれない。竹井久よ、不安なのは分かるが程々にな。

 

「で!今回の合宿のコンセプトはこれよ!」

「えーと、なになに…『須賀京太郎強化計画』?」

 

彼女はカバンから書類を取り出し、彼にそれを手渡す。

彼はそれを見つめると、その表紙を訝しげににらみつける。どうやら胡散臭く思われているようだ。

 

「なによー、その目は」

「いやぁ、だって…」

 

そんな彼の様子に不満そうに文句を言う部長であったが、内心は気に入ってくれなかったんじゃないかとか、迷惑だったかしらとか、もうビクビクである。

 

(あ…お気に召さなかったみたいね、そうよね、急に強化合宿とか言われても…)

 

内心を見せるとこんな感じ、しょぼくれているのが分かる。

彼女は彼に雑用を押しつけてしまったことを悔いており、それゆえ彼からの評価は低いと思っているので、彼の言動には一喜一憂しやすい。

なんとまあ、いじらしいというか何というか…ギャップ萌えが半端ない、その内面を見せたらいいのに。

因みに擁護するわけではないが、雑用は彼が自ら進んでやっていたし、彼からの部長の評価はかなり高い。雑用を引き受けていたのも、彼女が最後の夏を全力で楽しんでほしいという思いからである。

そんな後輩が、自分のための強化合宿と言われて面倒に思うだなんて、あるわけない。

 

「なんかこれ、恥ずかしいっていうか…なんていうか…」

 

ただ単にそういうことである。確かに大々的に『須賀京太郎強化計画』なんて書かれている企画書を渡されるなんて、普通に恥ずかしい。

顔から火が出るほどではないが、どうしても赤みがかってしまう。それは羞恥心だけではなく、喜びの表れでもあるのだが、そんかことは彼すら知らない。

そんな彼の言葉に一安心し、そしてニヤニヤし始める。他人がこうやって困っている様を見るのは楽しいものだ。

 

「あら、いいじゃないの、ちなみに他の部員にはもう見せたわ」

「うえぇ!?マジですか!?」

 

どうやら他の部員に見せる前になんとか訂正させようと画策していたようだが、時すでに遅し。

うわー、これもう見られてるのかー…っという感じで少しだけ欝な気分になる京太郎。ただまあ、恥ずかしいといえども嬉しいものは嬉しいわけであり、心の奥から沸々とやる気が湧いてくる。

そんな彼の様子を満足そうに見つめる彼女、合宿自体には喜んでいるそうでなによりだ。

 

「じゃ、そういうことだからよろしくね?」

「分かりました!」

 

ささ、合宿の旨も説明したわけだし、あとは当日までに準備して、合宿を待つのみとなった、楽しめるといいものだが…

 

「いっちばーん…じゃなかったじぇ!」

「須賀君と部長は先に居たんですね」

「ええ、合宿の概要は伝えておいたわ」

「おっ、京太郎!ビシビシと鍛えてやるから覚悟しておけよー!」

「くくく、この合宿でお前を超してやるぜ!」

 

部室も賑やかになってきて、今日も今日とて麻雀をやろうではないか。

彼の強化合宿も確定したわけだし、それに向けて腕を鈍らせないよう磨き続けないとならない。

さっさと卓について…

 

「じゃあ須賀君、早速練習しましょ?」

「ちょっ!?なななんで腕を!?」

「部長、須賀君が困っています」

「そういうのどちゃんも胸元開けすぎだじぇ!」

「へ?マジで!?」

「え…?ああ!?こ、これは暑かったから開けていただけです!変な意味はありません!」

「迷子になってた咲を拾ってきたけぇ…なんじゃこれは?」

「むむ!優希ちゃん、京ちゃんにくっついてないで早く自分の席につこうよ!」

 

ついて…

 

「まあまあ咲ちゃん落ち着こう、今日は私が教えてあげるじぇ、ダーリン!」

「おう!なんかよく分からない説明を多いけど頼む!」

「じゃ、わしはここに座ろうかのぅ」

「ぐぬぬ…」

「むむむ…」

「ちょ、ちょっと待ってください…ボタンが閉まらない…」

「てい!」

「いたい!痛いです咲さん!やめてください!」

 

ついて?早く麻雀やろうよ?

そこの宮永咲は腹いせに他人のおもちを叩いたらダメだからね?咲さんには分からないかもしれないけど、そこにも痛覚あるんだよ?

なんだかそこのスケコマシのせいで半ば崩壊しているようにも見えるこの部活、まあ、描写外ではしっかり練習している!…はず。

 

 

~~~~~~

 

 

たまには見る場所を変えてみようか、ここは清澄高校麻雀部からやや離れたところにある、鶴賀学園麻雀部。

この高校、中高一貫の女子校であり、もちろんの如く女子しかいない。そんな高校の麻雀部、最近できたばかりの麻雀部であり

 

「はぁ…」

 

そんな麻雀部が県大会決勝まで行けた大きな要因である少女が一人こっそり影を潜めてため息一つ。

いつもそんなに快活なわけではないが、今日はやけに沈んでいるような、どうしたのだろうか?

 

__最近、京太郎さんに会えてないっす…

 

どうやら恋の病のようである、ああ彼に会いたいが会う手段がない、なんともまあ可哀想なことよ。

全くないというわけではない、清澄高校にいってみたり、なんなら家に押しかけたりすればすぐにでも会えるだろう。

しかしだ、彼女も彼からの好感度が高くないことは分かっている、そんな関係で突然押しかけたらドン引きされてもおかしくない。

彼女も人間関係の作り方には自信はない、ついこの前まで友達ほぼなしボッチ状態だったのだ、そんな少女が他校の男性にアタックするなんて酷な話だ。

 

「ワハハ、どうしたんだモモ?」

「うひゃぁ!?」

 

いつの間にか背後にいたのは蒲原智美元部長、いつもは驚かれる彼女が驚く側に回っている。

というかどこから入ってきたこのワハハ、あと、当たり前のようにステルスを見破るな。

 

「い、いえ、ちょっと考え事を」

「恋の病かー?」

「モモちゃん、好きな人が出来たの?」

「そういえばこの前、清澄の方に一人で行ってなかったか?」

「え、待て、モモに好きな人だって…?」

 

いつの間にかぞろぞろと、全員集合しているではないか。

金髪眼鏡でおもち大きめな少女の妹尾佳織、麻雀初心者だが豪運の持ち主。そこの元部長とは幼馴染。

なんか凄い前髪しているポニテの少女は津山睦月、他の四人に比べて特徴がないことを気にしていたりいなかったり。現部長である。

そして我らがぶちょ…ではないが、取りまとめ役の加治木ゆみ、凛としたというのを体現したかのような女性である。かっこいい、惚れてまう。

ただまあ、今ばかりは少し慌てているようだ、周りに置いてけぼりにされてどういうことだ?と混乱している。

 

「最近のモモの行動が完全に恋する乙女のそれなんだ、ワハハ-」

「おい、モモ、どこの馬の骨だ?私が見定めてやる」

「ちょ、ちょっと!?先輩何言ってるんっすか!?」

 

どうやら状況を把握したようだが、何やら様子がおかしい。いつもの冷静な彼女は何処に行ったのだ?

 

「私の可愛いモモを嫁に出すだなんて、そんなの認めん!」

「先輩!?一体どうしたんですか!?」

「加治木先輩いったん落ち着きましょう!」

「おおおお嫁さんだなんて…えへへ…」

 

なんということだ、てっきりモモがゆみに依存しているかもと思っていたが、実際はその逆だったようだ。

まあ、女性同士の愛情っていうわけではなく、父親的な愛情を抱いてしまったらしい。

そりゃまあ、こんな可愛い娘がいたら離したくなくなるのも分かる。影薄めでいつも引っ付いてきて、おしゃれしたときも自分のためと言ってくれる、何それかわいい。

でも加治木ゆみよ、それはお前の娘ではない。たとえお前の娘だとしても、彼女はもう巣立ちの時だ、見送ってやれ。

ほら、そこのモモを見てみろ、愛しの彼のお嫁さん妄想してトリップしているぞ、諦めろ。

 

「モモ!?何を言ってるんだ、考え直せ!お前にはまだ早い!」

「うわうわわ、揺らさないでほしいっす!」

「ユミちん、そんなことしてないで、今度の旅行の説明始めるぞー」

「そうですよ!ほら、モモちゃんを離してあげましょう!」

「まさか加治木先輩がこんなに錯乱するとはな…」

 

どこもかしこも騒がしい、こんなので大丈夫なのだろうか…?

ま、仲良さそうでなによりではある。少なくとも清澄の内乱状態よかマシであろう。

 

次に続く

 




加治木さんはモモのお父さんだった…?

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ささ、次も清澄から離れて別のとこにいきますよー


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36 静けさ

ささ、今回も他校を覗いてみようじゃないか。

お次はここ、風越女子高校である。この高校の麻雀部は非常に有名であり、部員もとても多い。

それもそのはず、全国大会の常連であり、長野で麻雀するならここ!…だったのだが、最近は魔物に蹂躙されている。

まあ、龍門渕とかいうヤバいのに加え、曲者揃いの鶴賀と、魑魅魍魎の住まう清澄が現れたのだ。しゃーない。この四校全部全国クラスであろう。

とと、話を戻そう、さてさて活発な部活の一角、この前のインハイの面子が揃っているではないか。どうやら休憩中なのだろう。

 

「あ、あの、華菜?すまほの修理はいつ頃終わりそうなの?」

「あと数日かかるって前も言ったし!」

「まさか、キャプテンがこんなにもスマホに依存するなんて」

「思いもよりませんでしたね」

「恋ってすごいなぁ…」

 

この金髪の少女は皆さんお馴染みの福路美穂子、スマホを壊してしまったので後輩に泣きついたようである。

それに刺々しく返答するのは池田華菜、本来彼女から美穂子にこんな対応をすることはないのだが、最近のポンコツ具合に嫌気がさしているのか。

このやや太ましい少女は深堀純代、皆のお母さん的存在である。最近は密かにダイエットしている、効果はまあまあなようだ。

この少女は文堂星夏、いつも両目を閉じている…訳ではない、糸目なだけだ。大人しいように見えるが、うちに秘めたるものはかなり熱い。

銀髪眼鏡は吉留未春、そこにいるネコ…池田華菜と仲が良く、なんかおもち持ちを憎んでいる?少女である。

どうやら、彼女らのキャプテンが恋をしていることは周知の事実のようである。このことは久保コーチも黙認している…まあ、福路美穂子はそろそろ引退の時期なので多少は見逃している。

これでどうやって彼女がスマホを使えるようになったのか察しがついただろうか、この心優しき後輩達が教えてくれたのだ。

恋する彼女のために、まずは連絡手段をと思い、どうにかしてスマホを扱わせ、何台かのスマホが生贄になり、ようやく使えるようになったのだ。

ちなみに、彼女に連絡先の紙を持たせたのは池田である。ナイス判断だ!よくやった!!そのお陰で大きく前進できたぞ!

 

「や、やっぱそうなのね…」

「まったく…暫く返信しないぐらいでヘソを曲げるような奴じゃないですから、安心しましょうよ」

「話を聞く限りとてもいい人みたいですしね」

「偶然、何回も出会うなんてロマンティックですよねぇ…」

(キャプテンならすぐにでも落とせそう)

 

一見したら完璧のようにも思えるキャプテンであったが、裏では後輩におんぶにだっこ。まあ、今まではおんぶにだっこしていた側だったから多少はね。

この後輩たち、なかなかに頼もしく、相談したら皆であーだこーだ言い合って、どのように動くべきか、どういうのが好きそうかを推測して計画を立ててくれる。

もちろん、恋愛経験があるわけではないが、良識ある人間ばかりなので変な方向には行ったりしない。そこはご安心を。

 

「で、でも…」

「キャプテン、今度の旅行までには間に合いますから、大丈夫ですよ」

「そういえば、もうそろそろだよね?」

「温泉とかあるみたいよ、料理も美味しいんだとか」

「食べ過ぎて後悔しないでくださいよ」「うぐっ」

 

和気藹々としている少女たち、辛い夏を乗り越えて、より一層団結したようだ。どこぞの清澄とは違う。

ささ、どうやら休憩も終わりのようである、タイマーが音を鳴らして知らせてくると、目つきを変えて各々卓に入り始める。

もうすぐ秋の大会もある、一年したらまたインハイがやって来る。あの清澄と龍門渕を越えねばならぬのだ、気を抜ける瞬間など一度もない。

次は絶対に勝つ!そんな決意を胸に秘め、少女は今日も今日とて牌を打つ。

 

 

これよ!これこれ!本来あるべき強豪麻雀部の姿はこんな感じよ!

 

~~~~~~

 

さ、お次は元祖ヤバい奴らの龍門渕を覗いてみようか。

龍門渕高校は私立の高校であり、制服はあるが自分の好きなようにカスタマイズできる。

清澄が出る前までは、長野トップのヤバい奴らだった。そんなイカれたメンバーを紹介するぜ!

 

「衣、そろそろ機嫌を直してくれませんか?」

「いいじゃねえか、次もチャンスあるって」

「そうだよ、そんないつまでもうじうじしてても意味ないよ」

「…そう思う」

「むー…!うるさいうるさい!あとちょっとだったんだぞ!」

「衣様、流石にあのままやったとしても、いい結果にはなりません」

 

まずはこの金髪ロングのアンテナ生やした少女、龍門渕透華である。彼女はこの高校の理事長の孫であり、好き勝手している。性格は典型的なお嬢様。だが、努力家であり、目立ちたがり屋の変人というもうメチャクチャ。とはいえ、今は何やらおとなしめ、アンテナも元気なさそうに垂れている。

次にこのおと…乙女!井上純である。長身でボーイッシュ、男勝りでカッコイイ。でも、女性であることは譲れない。宝塚の男役でもやらせたらピッタリだ。そんな彼女は衣をなんとか元気づけようと軽い口調で言葉を投げかける、龍門渕のお父さんみたいな立ち位置である。

そしてこれ、国広一。やや小っちゃくてロリロリしい、衣ほどではないが。常識人っぽい性格をしているがそうではない。私服がヤバい、露出面積90%、水着よりヤバい。今は普通の格好をしている。あの私服が衣に変な影響を与えなければいいが…あと、ずっと手錠してる。これもかなりヤバい。しかもマジックが得意だとか、犯罪臭がヤバい。

この黒髪ロングの眼鏡娘は沢村智紀、パソコンとかでデータを集めて色々している。元引きこもりだとか…違ったっけ?まあ、かなり大人しい。口数は少なく、今のこの会話でも、少しボソッと口をはさむだけである。ただまあ、仲が悪いとかではない。彼女の一番居心地の良いスタイルがこれなのだ。

で、皆さんご存知の天江衣、この前の須賀京太郎強襲事件の主犯である。月が満ちるにつれてオカルトが強まるのを利用して、あんなことをしやがった。しかもこいつ、あんま反省してない。誰かまともな性教育を受けさせてやってくれ…早くしろー!間に合わなくなっても知らんぞー!

それを咎めているのは萩原さん、通称ハギヨシ、執事である。最近の悩みは、どうやって衣様に教育を施そうか、ということらしい。

 

「無理矢理成した夫婦というものは、往々にして上手くいかないものです、ここはしっかりと京太郎君にアピールしていきましょう」

「でも…衣はこんな風貌だし…」

「大丈夫だよ、ボクがファッション教えてあげるから、そしたら嫌でも意識するようになるよ」

「須賀京太郎がロリコンである確率は30%…」

「案外あるな、もういっそ誘拐しねぇか?」

「無理矢理では意味がありません、我が龍門渕の名に懸けて、全力で須賀京太郎を落としてみせますわー!!」

 

なんだこいつらは!?全力でバックアップするのは風越と同じではあるが、完全に方向がやべえぞ!?

国広一、お前のファッションを純粋無垢…ではないけど、何も知らぬ少女に教え込むな。痴女を増やすな。

沢村智紀よ、そのデータのソースは一体何なんだ…?結構高くないか?そんな素振りあったっけなぁ…?

井上純、頼むから物騒な提案はやめてくれ、心臓に悪い。本気でやりかねんし、やったら二度と脱出できそうにない。

そして龍門渕透華よ、かわいい従姉の幸せを望むのはいいが、やり過ぎないようお願いします、いやほんとメチャクチャになっちゃう。

そんな彼女ら、こんな彼女ら、清澄とは別方向にぶっ飛んでやがる。風越と鶴賀がかわいく見える。

 

(京太郎君、無力な私を許してください…流石に全部は止めきれません…)

 

ハギヨシさんがこの有様、完璧執事と呼ばれているがまだまだ19歳、ホントに何でも出来るわけではない。

 

「…で、旅行の話は?」

「そうでしたわ!今度の旅行はですね…」

「京太郎とも一緒に行きたかったが…」

「もう予定埋まってるみたいだし、仕方ないよ」

「そうだそうだ、旅行の時ぐらいは気分転換にパァッと遊ぼうぜ!」

 

さてさて、長野の各校はこんな感じである。どこもかしこも大変というかなんというか…

どれもこれも須賀京太郎とかいうのが悪いのだが…いや、彼はそんなに悪くないが…罪な男である。

とりあえず、これから連休に入る。清澄参謀竹井久のせいで否が応でも一時休戦せざるを得ない。

まあ、どこの高校も旅行に行くみたいだから、清澄が旅行に行こうが行かまいが関係なかったかもしれない。

 

連休はもうすぐである。




風越の安定感と龍門渕のヤバさよ、なにこれ?

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なんか龍門渕がヤバそう、風越は天使。
まあ、こっからは清澄のターンだから大丈夫でしょう!


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37 大嵐

さてさて、色んな高校を回ってみたところで、少しばかり時を進めてみようか。

そう、お待ちかねのシルバーウィーク!毎年あるわけではないので、皆もウッキウキ。

こんな連休にやることといえば…そう、旅行である。色んなところを回ってみたが、皆さん旅行に赴くようだ。

この清澄高校の麻雀部部員達も例外ではない。『須賀京太郎強化計画』などと銘打って、皆で二泊三日のお泊り旅行。

場所は…どこだったっけ?まあ、なんか良さげな避暑地であることは確かである。そうそう、山の中にあって温泉もあるという良さげな宿だ。

外界からも隔離されており、少し歩くと自然豊かな散策コースに行けるのだ。麻雀で疲れた頭をリフレッシュするにはもってこいだ。

ささ、そんな場所にはバスで行き、バス内は他の客も居るから流石の彼女らも静かにしていて、彼の隣を勝ち取った染谷まこも大人しくしていた。

 

(ふふ、寝顔はとてもかわいいのう)

「…zzz」

 

正確には、大人しく彼の寝顔を堪能していた。純粋無垢な子供のような寝顔をしている京太郎、とてもかわいらしく、見ていると庇護欲が湧いてくる。

思い切り抱きしめてやりたい衝動に駆られる彼女であったが、チラリと逆隣を一瞥すると

 

(あそこでパーを出しとけばよかったじぇ…)

(須賀君の寝顔をもっと近くで見たいです…)

(くっ、まこ!そこ代わって!)

(京ちゃんかわいいよ)

 

四人がジッとこちらを見つめているではないか。これでは変なこともできない。抱きしめたい欲望を胸に押しとどめ、肩に頭をのせる程度に留めておく。

これに対し、思わず声を上げてしまいそうになる片岡優希、不満そうに顔をしかめる原村和、軽く睨みつけてくる竹井久、なぜか何のアクションも起こさない…というかずっと京太郎を見ている宮永咲。

そんな彼女らの様子はほおっておいて、彼の肩を枕に寝に入ろうとする染谷まこ、至福のひと時である。そんな彼女を四人はただ見ることしかできない。

というかなんだこの絵面、すげえ怖いな!ずっと横を見てるなんて普通じゃない。他の客からはなんと思われているのだろうか…というか顔バレしてるかも…

 

まあ、そんなこんなでバスは車体を揺らしつつ山を登り林を抜け、どうやら目的地に着いたようだ。

 

バスから降りると宿はすぐそこ、外見は中々に綺麗なようである。これなら内装も期待できそうだ。

 

「おー、いいところですね!」

「ふふ、喜んでくれてなにより、頑張って取ったのよ」

「こりゃまた、立派な旅館?ホテル?じゃな」

「ふーむ、風情があるじぇ!」

「そうですね…涼しくて過ごしやすいです」

「大きい…」

 

彼らもそんな外装を見てテンションアゲアゲなようだ、残暑厳しい今の時期でも涼しいというのもポイントが高い。

さて、さっさと中に入ってチェックインして、早速麻雀を打とうではないか、皆でその扉をくぐると

 

「あ、久じゃない!」

「へ?」

 

あれ、どういうことだろうか?ここには知り合いなんているはずないのに、何やら幻聴が聞こえるではないか。

そうだそうだ、まさか偶然、旅行先で今一番会いたくない友にあうなんてそんなオカルト…

 

「え、あ、清澄だし!!」

「え、うそぉ!?」

「ほ、ほんとですか!?」

「ということは…」

 

そんなオカルト有り得たよ!なんだこれ!?まさかの風越とのブッキングである!これは厳しい!痛恨のミスだぁ!

向こうもとても驚いているようである、突然のことにアタフタしたのちに、なにやら丸くなって会議を開き始めた。

さて、清澄の部長は…頭が真っ白になっている。せっかく策を講じたのにこんなことになるなんて…やはり悪待ちすべきだったかと後悔している。

 

「久もここに旅行しにきたのね!なんて偶然かしら!」

「え、ええ、ほんとにそうね!あはははは!」

 

そんな彼女の内心もつゆ知らず、旅行先で親友に偶然出会えたことを純粋に喜んでいる福路美穂子。

その自慢の眼でよくよく見てみろ、そこの竹井久の笑顔はやけくそだ。頭の中で思考を放棄し始めている。

竹井久よ、いいのか?そんなに呆けていたら…

 

「あ、須賀君!」

「福路さん!いやー、また会いましたね!」

「ホントにそうね!今回で八回目かしら?」

「いやもう、なんか運命的なの感じますねェ!」

「ふふふ…私たちなにかあるかもしれないわ」

 

ほーら言わんこっちゃない、キャップが京太郎を捕捉してしまったではないか。京太郎もなんともまあ調子のいいこと言いやがって、彼女の心を動かす。

しかも、質の悪いことに彼は何も考えずに言葉を発しているのだ。そして観察眼が鋭いキャップとのコンビネーションでどうなるか分かるだろうか?

 

「須賀君って、案外メルヘンチックなのかしら?」

「ええっ!?そうですかねぇ…?」

 

そう、彼が本心からそう言っていることが分かってしまうのだ。好感度上昇が更に倍に!もう、キャップには勝てないのか…?

この二人、相性がいいのであろう、会話が簡単には途切れない。話の切れ目に干渉しようと狙っていた四人であったが、なかなか隙が見当たらない。

痺れを切らした染谷まこが声をかけたのと同時に

 

「おい、なにデレデレしと…」

「え、もしかして…京太郎さんっすか?」

「ぉおっ!?」

 

後ろからひょっこりと、影を潜めた少女が声をかけたではないか。これには染谷まこも思わず驚き、変な声が出てしまう。

この影の薄い少女は東横…あれ?どうしてここにいるのだろうか?彼女は鶴賀の生徒である、風越ではない。つまり…

 

「あ、お久しぶりです」

「ワハハー、まさかの出会いってやつだなー」

「え、えぇ!?こんなところに清澄の方々と会うなんて…」

 

ここで鶴賀の登場だ!三者三様の反応であるが、その視線は一点に、そうステルスモモの想い人の方に注がれている。

その眩しいばかりの金髪を見て、モモの好きなタイプはこんな感じなんだなーって思っている。

 

「お、東横さんじゃないか!なんか凄い偶然だな!」

「いやー、ホントに運命的なのを感じますね!っと!?風越のキャプテンさんも居るっす!すごいっす!」

「東横さんも旅行にきたのね!あと、呼び方は美穂子でいいわ」

「了解っす!」

「そ、その、もしよければ須賀君も美穂子って呼んでくれないかしら?」

「じゃあ、美穂子さんも下の名前で呼んでくださいよ!」

「え、じゃ、じゃあ、京太郎くん…」

「むっ…私もモモって呼んで欲しいっす!」

「え、ああ、じゃあ…モモ?」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、私もモモちゃんって呼んでもいい?」

「もちろんっす!」

 

さて、こちらの三人は…旅行だからテンションが上がっているのだろう、いつもよりもハイペースに、そして大胆に話を進めていっている。

東横桃子はようやく名字呼ばれから脱却できてご満悦の様子。福路美穂子もお互い名前呼びに出来たので、一歩前進ね、と心の中でガッツポーズしている。

いかん!このままでは物凄いハイスピードで距離を詰められてしまう、そう思い動こうとするのは一年生三人組。

この二人を京太郎から引きはなすべく、声をかけようと…

 

「きょ」

「おおっ!京太郎、京太郎じゃないか!!」

 

出来ない!

颯爽と三人の間を走り抜け、思い切りジャンプして彼に飛びかかる一つの影。

彼はそんな影をキャッチして、困った風にこう注意する。

 

「っとと、いきなり危ないですよ衣さん!」

「すまんすまん、京太郎を見たら居ても立っても居られなくて、つい…」

「む…龍門渕の子供さん、京太郎さんが困ってるっす!離れるっす!」

「子供じゃない!衣だ!!」

「あら、衣ちゃんじゃないの!お久しぶりね!」

「ちゃんではなくて…衣だ!」

「ほら、衣さん降ろしますよ」

 

影の正体は天江衣、子供じゃなくて衣である!突然飛び掛かった衣を難なくキャッチした京太郎は、彼女をスッと地面に降ろす。

そんな彼女に警戒心をあらわにする東横桃子、彼女の本能が危険と言っているのであろう。福路美穂子は純粋に再会を喜んでいる。

衣はそんな二人の呼び方には不満があるものの、京太郎と出会えたことで頭がいっぱいのようだ。ぴょんぴょんしながらお話ししている。

 

「お、マジかよ」

「へぇ…これはいいチャンスじゃないの?」

「…恋敵が多そう」

「あら、これは好機ですわ!今回の旅行は衣応援大作戦といきましょう!」

 

で、この龍門渕である。もうナニカする気満々。この偶然を活かすほかないと言わんばかりに意気込んでいる。

この出会いを驚くのではなく、冷静に分析している時点でなかなかにヤバい。絶対に合宿中にやらかしてくる。

 

さ、こんな状況になってしまった清澄高校麻雀部、その部長の竹井久は悲しみに打ちくれていた。

 

__どうすればいいのよ…

 

今のこの状況では、部員達を出し抜いて、須賀京太郎とイチャイチャすることすら厳しくなった。彼女の理想とする、合宿でのムフフイベントは消滅したのだ。

思わず涙が出てきそうになってしまう、上を向かねば、上を向いて歩こうではないか、涙がこぼれないように、だから頑張れ竹井久よ。

それに、この出会いは敵しか持ってきたわけではない。

 

「おい、久」

「」

「久!」

「えっ、ああ、ゆみ、何かしら?」

 

魂抜けてる彼女を叩き起こし、何やら文句ありげに睨んでいるのは加治木ゆみ。

どうしたのかしらと思っていると

 

「あれをどうにかしてくれないか?」

「あれって…須賀君のこと?」

「ああそうだ、モモをどうやらたぶらかしているようだな」

「えっ」

「知らないのか?彼はうちの可愛いモモを取ろうとしているんだ」

 

おやおや、何やら面白そうなことになっているではないか

 

「えーと、つまり須賀君をモモから離してほしいってこと?」

「流石だな、そういうことだ、話がはやい」

 

これには彼女も生気を戻し、生き生きと

 

「わかったわ!なんとかして須賀君と彼女を引き合わせないようにするから、ゆみもお願いね?」

「うむ、頼んだぞ久」

「まっかせなさい!」

 

こう言うではないか。思わぬ味方が居て大喜びしている彼女、強力な恋敵一人を抑え込めれるアテを手に入れたのだ、そりゃ嬉しい。

にしても、加治木ゆみはまだ諦めきれないのだろうか、確かに可愛いモモを手放すのが辛いのは分かる、けれども彼女の幸せを望むのが親ってもんだ。

東横桃子は大変そうだ、憧れの先輩からの妨害を躱さなければならないなんて…あれ?ステルス使えばらくしょーなのでは?

…ま、いいか、細かいことは気にしない。

 

(ゆみって彼女のこと好きだったのね…ま、応援してるわ、私のためにも頑張ってね?)

 

さて、我らが部長の竹井久、絶望の淵に立たされていたが、親友の思わぬ助けにより見事復活を遂げる。

参謀というのは佳境にこそ栄えるものである。ささ、その手腕でどう切り抜けるのか、はたして彼を守ることはできるのか。

 

次に続く




登場人物が多いとどうしても長くなってしまう。

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この合宿、収拾つくのだろうか…?
ヒロイン集めすぎてなんか凄いことになりそう…
ま、なんとかなるでしょう、乞うご期待


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38 七人目

「えっ…部屋は一つしか取れてなかったんですか?」

「そうなのよ、ホントにごめんなさい!」

 

とりあえず、偶然出会ってしまった他校は放っておいて、自分達の部屋に荷物を置こうとする彼女らであったが、どうしたのだろうか?何やら竹井久が謝っているではないか。

話によると、何かの手違いで部屋が一つしか取れてなかったようだ。唯一の男子である須賀京太郎はどうしたもんかと頭を悩ませている。

 

__流石に同室というわけには…

 

ま、思春期の男子である彼がこう思うのも当たり前である。というか誰だってそうなる。いくら仲が良いとはいえ、異性同士同じ部屋というのは厳しいものがある。

でも、ここまで来て帰るというのは論外…というか、彼が主役の合宿なのだ。彼がいなけりゃ意味がない。なんとか解決策はないものか…誰か名案を思い付けばいいのだが

 

「いやー、どうしましょうか?」

 

どうしようもないし何も思いつかないので、京太郎はあっけらかんとした感じでそう問いてみる。これで解決策が簡単に出てきてくれたら苦労しないのだが…

 

「え、同じ部屋に泊まるしかないでしょ?」

「は?」

 

__は?

 

解決策とは一体なんだったのか、そもそも問題すらなかったようだ。

…いやいやいや、それはおかしいぞ竹井久。思春期の男女が同じ部屋で寝泊まりするなんていかんでしょ。というか他の部員達がそれを…

 

「ま、それしかないのぅ」

「一緒にお泊りだね!」

「楽しみだじぇ!」

 

全会一致です、民主主義的に考えて同じ部屋に寝泊まりになるね!やったね京ちゃん、同じ部屋でイチャイチャできるよ!

と、いうように楽天的に考えられる彼ではない。着替えはどうすんだとか、なんとか反論を考えて、いざ

 

「いやいや、着替えとかどうするんですか?」

「いやまあ、京太郎が先に着替えてもらって、外で待ってもらう感じになるかのぅ」

「大丈夫だよ京ちゃん」

「細かいことは気にしなーい!」

 

反論したところでこんな感じにいなされる。こ、このままでは須賀京太郎がハーレム部屋を築き上げて…いや、どちらかというと彼は食われる側である。

このままでは、須賀京太郎が肉食獣ひしめく部屋に軟禁されてしまう!これが正しい表現であろう。因みに彼はその事実に気が付いてない。

さ、彼は頭を抱えて悩んでしまうが…そういえば一人だけ味方になりそうな部員がいるではないか。

そう!硬派なアイドル原村和である!彼女なら男女混合部屋なんて認めるはずもない、彼もそのことに気が付いたのだろう。すぐさま彼女に救難信号を

 

「和、流石にこれはマズいよな?」

「アリですね」

 

送った結果がこれだよ!何の役にも立たなかった、無表情で明後日の方向を見ながらそう呟くばかりである。

彼女の脳内では既に同じ部屋で一緒に彼と遊ぶ妄想が繰り広げられている。一応言っておくが麻雀合宿だぞ?

 

「さ、早く部屋にいきましょ!」

「っとと!急に引っ張らないでくださいよ」

 

そう言って竹井久は子供のような純粋無垢な笑顔で彼の腕を引きつつ我先にと部屋に向かって走り去る。

そんな二人を追いかけるのは四人の少女、それぞれ強い想いを胸に秘め、この合宿で何をしようとしているのだろうか。

この合宿、最初から波乱万丈の幕開けである。

 

~~~~~~

 

「おおっ!なかなかいい部屋だな!」

「かなり広いですね、六人でも十分ゆとりがありそうです」

「あ、仕切りを出せるから、これ使えば良さそうだね」

「そうじゃのぉ、とりあえず荷物をそれぞれまとめるけぇ」

「そうっすね」

「じゃ、わたしここねー!」

「じゃあ、俺はここにしますね」

「私はここにしようかな」

 

部屋に入るやいなや場所取りをし始める竹井、それにつられる形になって京太郎も場所を取る。この部長、彼が角を取るのを見越して先に角を取っておいたのだ。

その彼女の思惑通りに彼は隣の角を取り、空いてる隣を幼なじみがサラッと奪っていく。この二人、手が早い。しかしそうは問屋が卸さない。

 

「まて、折角じゃし、くじで決めようじゃないか」

「そうだそうだー!」

「そうっす!」

「そうですよ!早い者勝ちは不平等です!」

 

四人の少女の猛抗議、原村さんに至っては欲望がにじみ出てるというか…彼の隣がそんなに欲しいか。ま、ここまで言われると流石に妥協せざるを得ない。

民主主義的にも四対三で…あれ?いつから清澄高校麻雀部は七人になったんだ?少年が一人に少女が…六人?

 

「まったく、仕方ないわね」

「むー」

(和はそんなに咲の隣がいいのか)

 

そんな違和感に誰も気づかず、皆でせっせとクジを作り始める。京太郎は変な勘違いをしているが…彼女の夏の行動を鑑みると妥当な判断かもしれない。

というか、なぜ誰も気づかないのだ…そこに影薄めの少女が紛れ込んでるぞ!遂にこの少女もオカルトを利用して好き放題やり始めた!

頼みの原村和は…

 

(どうか、須賀君の隣になりますように…)

 

こんな感じ、くじに集中しすぎて周りが見えていないようだ。そんなお祈りしても確率は変わらないって分かっているのに、ついついしちゃうあたり可愛らしい。

そんなこんなで見事に潜伏しているステルス少女…でも何がしたいのだろうか?ちょっと内心を覗いてみよう。

 

__どのタイミングで連絡先を聞いたらいいっすかね…?

 

あらかわいい、ただ単に連絡先交換をしたかっただけらしい。てっきり寝込みを襲ったり、私物をこっそり拝借したりするのかと思ったが…そこらへんの良識はあったようだ。

とはいえ、何で部屋まで入っていったのだステルスモモよ。廊下で普通に声かけて、連絡先を交換すればよかったではないか。

 

__むむむ、楽しそうに話してて、声をかける隙がないっすね

 

もしかして、ずっとタイミングを計っていたのか?そしてそのままお部屋までついて行ってしまったのか?良くも悪くも彼女の特性だからこそ出来る芸当である。

確かに、誰かに声をかけるというのに慣れていないのであれば仕方ないかもしれないが…完全にストーカーである。自覚ないストーカーって一番タチが悪い。

っとと、そうこうしているうちにクジを引くようである。準備ができて、皆でクジを引き、そうして結果は…京太郎が角ではなくなったので、皆均等に近くなった。一番平和な結果である。

ささ、ひと段落したところで話しかけるチャンスがやってきたぞステルス少女よ、今にも肩に手をかけて話しかけようとするものの…

 

「あれ?どうして東横さんがいるのですか?」

 

通算二度目である。やはり天敵はこの少女、目的を達成しようとしているのにことごとく邪魔をしてくる。

 

「うおっ!?東横さんどうして…」

「むっ、モモって呼んでほしいっす!」

「あ、ああ、モモはどうしてここに…?」

 

まあ、そんな彼女の声によってすぐ隣に居た少女の存在に気付く京太郎、名字呼びを咎められ困惑しつつもそう問いかける。

周りの少女も彼女の存在に気付き、そのオカルトに軽く戦慄するも、すぐさま追い出そうと動き始める。

 

__えーい、こうなったらヤケっすよ!

 

しかしタダでは出ていかない、せっかくここまで接近しているのだ、どうせ追い出されるのなら好き放題してから出ていこう。

そんな発想に至ってしまった東横桃子、隣の彼に

 

「そ、その!連絡先教えてほしいっす!」

「え、ああ、いいぜ、ほい」

 

連絡先を秒速で教えてもらったのちに

 

「ありがとっす!」

 

欲望のままに思い切り抱きつく!その豊満な体を彼に摺り寄せ、超密着している。一ミリの隙間もない、なんなら足も絡めている。

欲望に溢れすぎだステルスモモよ!首筋に頭をうずめて匂いを嗅ぐな!完全に事案だぞ!

 

「」

「ちょ、ちょっとモモちゃん!京ちゃんから離れて!」

「そんなうらや…けしからんことはさせないじぇ!」

「東横さん、そこを代わってください!」

「和、心の声が漏れてるけぇ」

 

須賀京太郎、硬直。どうやら処理落ちしてしまったようである。やりたい放題しているモモのされるがままになっている。

おもちが胸板に押しつけられて変形していたり、なんか首筋に頭をうずめられてペロペロされたりしているが、彼にそれを認識することは出来ない。生ける屍と化している。

ま、記憶が残ってしまったら、それはそれで悶々としてしまって合宿どころではなくなってしまうので、これはこれでよかったのかもしれない。

 

「離れてください!またくすぐりますよ!」

「ひっ…いやー!」

 

そんな彼女をどうにか引き離そうとする四人、しかし脚も絡めてホールドしてしまっているので簡単に離れそうにもない。

原村和が脅してみるものの、効果がありすぎたようだ、レズッち事件を思い出し、さらに拘束が強まってしまった。

これではどうしようもない、誰か助っ人が

 

「こっちよ!」

「おい、モモ!こんなとこに居た…!?」

 

来た!保護者来た!これで勝つる!部長が連れてきた!流石だ部長!

やってきたのは加治木ゆみ、彼女の父親的存在だ。そんな彼女は失踪した東横桃子を探しに来たようであるが、ああなんということだ、可愛いモモがどこぞの馬の骨に抱きついているではないか。これはとても見過ごせない。

 

「ななな何をしてるんだ!さっさとモモから離れろ!」

「いや、東横さんをどうにかして引き離してください!」

「やだー!」

「ぐっ、どっからこんな力が出てるんだじぇ!?」

「ど、どうしよう…」

 

いや、なんというか、抱きつかれている方に離れろというのも酷な話ではないか?それと、そこの馬の骨は意識がないから何を言っても無駄だ。結局彼女が来たのはいいものの、特効薬というわけでもなく、力づくで離れさせることになってしまう。

流石に多勢に無勢、六人も入ればコアラのようにくっついている少女を離すことなど容易い、あれよあれよと引っぺがされてしまった。

 

「…は!?なんかいい夢見ていたような」

「お、意識が戻ったか」

 

お決まりのように意識の戻る京太郎、相変わらず何が起こったのかあまり覚えていない。モモが現れた近辺で記憶が途切れている。きょろきょろと辺りを見渡すと、おやおやもう一人お客様が増えているではないか。

さて、こちらは加治木ゆみ、そんな京太郎の様子を見て、モモに近づくなと一言ガツンとやってやろうと意気込むも

 

「加治木さんですよね?」

 

先に声をかけられる。これには少しばかり驚きつつも、冷静に対処して本題を伝えなければと心持ちを正すのは加治木ゆみ。

ささ、軽く返事をしてから警告しようとするも

 

「そうだ、す」

「あの!」

 

彼は彼女の言葉にかぶせるように

 

「俺に麻雀教えてください!」

 

こう言ってきた。

 

次に続く

 




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久々の更新になりました、最近忙しいので不定期更新になりますが、気長に待っていただけると嬉しいです!

普通に潜伏している東横桃子、オカルト勢の中でも何気に一番ヤバい気がする。
ゆみさんはカッコイイよね、そりゃ京太郎も憧れますわ。


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39 どうしてこうなった

彼女の名前は加治木ゆみ、高校から麻雀を始めたにもかかわらずメキメキと上達し、零細麻雀部を見事県大会決勝に連れて行った張本人である。

県大会決勝大将戦においても、化け物二人に全国クラス一匹とかいうやべぇ卓で奮闘した凄い人である。

そんな彼女、勿論の如く人望も厚く、特にとあるステルス少女からは過剰と言っていいほどの愛情表現をされていた。

彼女もまた、そんな少女の体質を心配し、娘のように見守っていた。そうしているうちにその少女に対して好意を抱くようになっていた。

しかし、そんな娘のような少女がなんと、好きな人が出来たというではないか。お相手は清澄の男子生徒、チラッと見たことはあるが話したことはない。

で、今回の旅行で偶然とはいえいざ会ってみると、色んな奴に粉をかけているではないか。風越のキャプテン、龍門渕の魔物、そして…清澄の部員達。

こんなスケコマシにモモを渡すことはできない!彼女は寂しがり屋だから一途な男性でないとかわいそうだ。そんなことを思ってしまう加治木ゆみ、もはや父親である。

さ、彼にガツンと言ってやって、モモを魔の手から守ろうと意気込んでいたのだが…

 

「俺に麻雀を教えてください!」

 

目の前の彼は何を言っているんだ?なぜ私に麻雀を教えてほしいなどと頼み込んでいるのだ?

突然の出来事に頭がついて行かない加治木ゆみ、普段から冷静沈着で快刀乱麻な彼女であるが、そんな彼女でも停止することはあるのだ。

まずは状況整理をする彼女、彼がイチャイチャしていて、それを制止して、警告してやろうと思って

 

__これはマズい!

 

ハッとする彼女、そうである、周りには彼に想いを寄せる少女たちがいるのである。

チラリと横目で周りを見渡す彼女、そこには

 

「…」

「…」

 

不機嫌そうに睨みつけてくる影の薄いかわいい少女と、まるで急に条約破棄され『貴様の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』とでも言われたかのような表情をしている友人がいるではないか。

この他にも、四人の少女が恨めしそうに見ているのだが、彼女の視界には入っていない。

というか、この二人で手一杯。

 

__な、なんで私なんだ!?

 

そう思うのも当然である、なんたって彼とはまともな交流があるわけでもない、だから麻雀を教えてやる義理もないのだが…だが…

こんなにも目を輝かせ、自分よりも大きな男子が頭を下げて、必死に懇願しているのだ。やすやすと断れるわけはないだろう。

とりあえず訳を聞こう、そうしようと思う彼女、

 

「ちょっと待て、なんで私なんだ?」

 

傍からみると顔色一つ変えずに対処しているように見えるが、脳内では様々な思案が駆け巡っているのである。

それに対して彼は

 

「加治木さんって、高校から麻雀始めたんですよね!」

「ああ」

「俺も高校から始めたので、加治木さんに色々と教えてほしいと思いまして」

「なるほど…」

 

こう言ってくる。

なるほど、彼は初心者だったようだ。そして、どこからか…恐らくは久からであろうが、私が高校から麻雀を始めたことを知ったのだろう。

彼の境遇を考えると…同じ部員は皆、長いこと麻雀をやってきた人ばかり、初心者の彼には辿るべき道のりが分からないのであろう。

だからこそ私に声をかけた。どうやら彼をただのスケコマシだと思っていたのは間違いだったようだ。麻雀に熱意のあるスケコマシのようだ。

そういうことであれば、協力してあげても悪くないかもしれない、というかモモと関わらないことを交換条件に…名案かもしれない!さっそく…

 

「加治木先輩」

 

耳元で囁かれる。恐らく自分にしか聞こえないような細い声、されどナイフのように鋭い。

 

「いくら先輩でも、もし京太郎さんとの仲を邪魔するようでしたら…嫌いになるっすよ?」

 

ゾクリとする。この声には凄みがある。単なる脅しではない、心の底からの警告なのであろう、冷や汗が垂れる。

恐ろしくてその表情を伺えない、恐怖心が支配する。

 

__そ、そうだ、モモの友達なんだから優しくしないとな

 

凄まじい勢いで方向転換する加治木ゆみ、この心情を見ている我々からすると、いつもの凛とした彼女とはほど遠い。まるで愛娘に逆らえない情けない父親のようである。

ま、それも仕方ない、モモに嫌われてしまったら元も子もない。ここは冷静に対処して…

 

「分かった、私でよければ協力しよう」

「ありがとうございます!」

 

この少年の願いを聞き入れることに…あれ、なんだか空気が凍ったような。

急いで辺りを確認すると

 

「へー…」

「…」

 

先ほどよりも不機嫌そうな二人が佇んでいるではないか、どうやら選択を誤ったらしい。どういうことだ、とまたもや慌てる加治木、でも冷静になって考えてほしい。

彼女は図らずしも彼を独占するような形になっているのだ、彼との時間が喉から手が出るほど欲しい彼女らにしてみればどれだけ羨ましいことだろうか、しかも麻雀を教えてほしいと言ってきているのだ、何度妄想したことだろうか。

ま、パニックになってるゆみさんにはそんなことにも気づかず

 

__違う…違うんだ…そんなつもりは…

 

ただ心の中で謝るばかり。でも悲しい哉、彼女はテレパシーを使えるわけでもない、そんな謝罪は一ミリも伝わっていない。二人からの不信感はさらに積もっていく。

とりあえず受けてしまったのは仕方ない、表面上は淡々と彼の頼みを受け入れて、早速雀卓のある部屋まで一緒に移動することに。何の乱れもない動作。何も変なところはないはず。

 

__後ろからのプレッシャーが…

 

背後からの射殺さんばかりの視線さえなければ、特になんてことない行為なのに…どうしてこうなった。

 

~~~~~~

 

可哀想なことに巻き込まれてしまった加治木ゆみ、彼をモモから離れさせようと画策していたのに、彼が自分に来る始末。それが原因でモモから嫌われかけているという何ともまあ、不運というか上手くいかないというか。

そんなこんなでやってまいりました、なんか雀卓が置いてある部屋、今は誰も使っていないようだ。ガラガラである。彼女らは知らないが、風越と龍門渕は外へ遊びに行っている。元々はただの旅行だからね。

清澄高校麻雀部の皆さんもこちらを見ながら一緒についてきて、なんかどす黒いオーラを出している東横桃子もついてきている。女の嫉妬とは怖いものだ。普段は存在感のない彼女がもの凄い威圧感を出している。

加治木ゆみ、四面楚歌である。味方は隣にいる少年、本来は敵だと思っていた少年だけである。彼だけはニコニコと話しかけてくれる、それが後ろからのプレッシャーを高めているとも知らずに。

でもご安心を、せっかく打つならと、とりあえず鶴賀高校麻雀部の仲間たちも呼んでおいた。そろそろ来るだろう。これで彼女の胃の痛みも多少は和らぐ。早く来ないかと待っていると

 

「お、いたいた、ユミちーん!」

 

いつもは能天気な奴にしか見えない彼女、蒲原智美がこの日ばかりは天使に見える、これが吊り橋効果というものか。いつもは五月蝿いと思っていた彼女の笑い声が心を癒してくれる。

そういうことで多少メンタルが回復した加治木ゆみ、味方が増えるということはなんともまあ心強いことよ。

 

「よく来てくれた蒲原、ちょっと面倒なことになってだな…かくかくしかじか」

「まるまるうまうまってことか、なるほどな、ワハハー」

 

サラッと事情を説明すると、相変わらず能天気に笑っている彼女、とても考えている風には見えない。まあ、そもそも彼女には解決策を求めているのではなく、ただ単に話し相手が欲しいだけなのだ。

根本的な解決策にはならないが、これで多少は楽になったと安堵している加治木ゆみ、しかし

 

「じゃあ、彼をモモに渡せばいいじゃないか」

 

腐っても元部長である、ここでド正論をぶちかます。

 

「い、いや、それじゃあモモが彼と仲良くなってしまうし…それに久がどう思うか…」

「じゃ、ヒッサに渡せばいいじゃないか」

「そ、それだとモモに嫌われてしまう…」

「両取りできると思うなよー、ワハハー」

 

言う時は言う、まさに今一番認識したくなかった現実を容赦なく突き付けてくる彼女、天使などではない、悪魔の類である。心なしか目が笑っていないような。

たしかに彼女の言う通りである、どちらかに彼を引き渡してしまえば万事解決なのであるが…そう簡単にはいかない。

ゆみの置かれている立場は非常にややこしい、どのような行動をとっても後輩か友人の片方からは恨まれる危険性が高い。失うモノが大きく得るものは無い。ハイリスクノーリターン、割に合わないってレベルじゃない。

まあ、彼女は変な意地を張らずに、素直に後輩の恋路を応援していればこんなことにはならなかっただろう。他人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死ねとはよく言ったものだ、大変な状況になってしまった。

もうどうしようもない、睦月と妹尾に相談してもあまり意味はないであろう…

 

「た、頼む!なんとかしてくれ!」

 

藁をも掴む思いで、目の前の彼女に助けを求める。

すると彼女は

 

「私にいい考えがあるぞー」

 

なんと、そんなことを言い始めるではないか。でもなんだか不安感あるのはなんなのだろうか。

 

「本当か!?」

「上手くいくかは分からないが、やってみる価値はあると思うぞ、ワハハ」

「分かった、さっそく教えてくれ!」

 

思わずズイっと顔を寄せてしまう。

しかし、彼女はそんなことには意を介さず、後ろを振り向き

 

「モモと、ヒッサと、えーと、そこのお前」

 

「へ?」

「え?」

「俺?」

 

「こっちで一緒に打つぞー、ワハハー」

 

主な関係者を全員呼びやがった、やりやがった。ここにバルカン半島が形成されてしまった。

 

「か、蒲原、おまっ!」

「ユミちん」

 

「後は頼んだ、ワハハー!」

「なにがいい案だー!?」

 

何が始まるんです?

 

大惨事世界大戦だ!

 

次に続く




私にいい考えがある(コンボイ司令官)

いつもお気に入り登録等ありがとうございます!感想も書いていただきありがとうございます!

今回の主人公はゆみさんです、こんな闘争に巻き込まれてかわいそう…でもないな!
モモの恋路を邪魔するからそうなるんだよオラァ!


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40 どうすればいいんだ

ここは何の変哲もない旅館、そんな旅館の一角にある雀卓のある部屋、普段ならば宿泊客が和気藹々と麻雀を打っているのだが今日はなんだか雰囲気が違う。

具体的に言うと、なんか空気が澱んでいるというか、魔界への扉が開こうとしているというか、プレッシャーが半端ないというか、和気藹々からはほど遠い。

どうしてこんなことになっているのか、そのプレッシャーの発生源である雀卓では清澄の部長、ステルス娘、カマボコ、そこのお前、彼の後ろには加治木ゆみが座っている。

この卓、そばにいるだけでピリピリと緊張が伝わってくる。主にこの二人、竹井久と東横桃子の表情はまさに修羅、もの凄い形相になっている。

ただ麻雀をするだけなのにこうなっているのはなぜなのか、それはそこのカマボコが注いだ油が原因だ。

 

「じゃ、とりあえず半荘やって、一位の人は最下位の人に一つだけ命令できるって感じでやるぞー、ワハハー」

 

定番の罰ゲーム、普段であれば微笑ましいものであるが、今は事情が大きく違う。この卓で最下位になりそうなのは必然…

 

「変なことは無しですからね」

「ま、要するに一位になればいいんでしょ」

「頑張るっす!」

 

須賀京太郎、彼である。ステルス少女に全国優勝校の部長、そこのワハハも中々な手練れである。純粋な実力では彼が圧倒的に遅れを取っているであろう。

彼は罰ゲームと言っても微笑ましいものだろうと思っているが、そこに居るのはお前を狙っている肉食獣なのだ。何を言い出すかは分からない。その気になればちょっとアレなことも命令して…ってな感じにもなる。

たとえ罰ゲームと云ってそういうことをやったとしても、彼は最終的には受け入れてしまうだろう、恥ずかしいという思いはあったとしても、嫌っていうわけではない。むしろ役得と思うぐらいである。

しかし、今回は後ろに加治木ゆみがついている。彼女の奮闘次第では彼を最下位から回避させることも可能なのだ。かなり奮闘しないときびしそうではあるが…

 

では、現在の各人の目的を見てみようではないか。

竹井久、須賀京太郎を最下位にして自分が一位になる。東横桃子が一位になることは最悪。

東横桃子、上に同じ。竹井久だけは一位にしてはいけない。

蒲原智美、なんでもいい、好き勝手引っ搔き回す。

須賀京太郎、最下位にはなりたくないなと思っている。もし一位になったら何しようかなとか考えている。

加治木ゆみ、須賀京太郎に最下位を回避させ、竹井久と東横桃子のどちらともアクションを起こせない状況にするのがベスト。

 

蒲原智美はホントにただの傍観者である。だからこそ突飛な策を実行に移せるのだが…この修羅場をどうする気だ!?

須賀京太郎も渦中の人物であるのに楽しみだなーとかしか思っていない。まさか罰ゲームで彼女らが好き勝手命令しようと画策しているなんて思ってもいない。

それもそのはず、竹井久と東横桃子からの恋愛感情的な好意をぶつけられていないのだ。

たしかに二人ともアプローチはしている、しているのだが、この男、鈍感である。鈍感というか、麻雀少女は基本的に麻雀強い人が好きという誤った情報を信じているため、そのアプローチを自分の勘違いだろで済ませてしまうのだ。

ああなんというか、恥ずかしがり屋の少女からするとなんて酷な話なのだろうか。好きです、と言葉でハッキリと伝えないとダメだなんて…それが出来れば苦労しない。

しかし、今回のこの罰ゲーム、これをうまく使えば彼に急接近してあわよくば…ぐへへ…ってことも可能なのだ!そんな妄想を脳内で繰り広げている二人の恋する乙女たち、そんな思いは不敵な笑みとして表面に出てしまっている。

おい、そこの乙女たちよ、愛しの彼が少し引いてるぞ、なんか怖いなぁって思われてるぞ。少なくとも乙女がしていい顔ではない。

 

「とりあえず、普通に打ってみてくれ」

「分かりました!」

 

ささ、そんなことは置いといてサイコロ回して始めようではないか。加治木ゆみはとりあえず彼の後ろで見学して、指導の方針を固めるつもりだ。たとえ教える相手が誰であろうと、教えるといった以上はしっかりと全力で指導しようとするところが彼女らしい。

で、問題はこの二人

 

(ステルスモモ発動っす!)

(悪いけど本気で行くわ、ごめんね須賀君)

 

手加減など毛ほどもする気がない、全力で点棒を毟りにいくつもりである。どちらもかなり特殊な打ち手で対策が極めて難しいからタチが悪い。全国トップクラスの曲者二人である。

おっと、そんなこと言ってると、さっそく彼がイーピンを捨てて…

 

「ロン、3900ね」

「ええっ!?シャボ待ち…」

 

上家の部長が悪待ちを発揮する、性格の悪いことにわざわざシャボに受けてスジであるイーピンを待ちにしている。これに京太郎は見事に引っかかり、さっそく点棒を失ってしまう。

しかもリャンメンで受けてリーチしていれば満貫確定であったのに…原村和が見ていれば怒ってそうな案件である。

 

「今のは…」

「あれは事故みたいなものだ、気にしないでいこう」

 

さっそく後ろの師匠に教えを乞うも、何でもかんでも対処できるわけではない。今のは回避不可ということで次に切り替えろと言ってくる。まあ、あんなの回避できるのは姫松の面白い顔の人ぐらいであろう。

さ、気持ちを切り替えて次の局に移る。この局では特に何事もなく聴牌まで持っていくことができ、しかも

 

__よし、揃った!

 

手牌は萬子で染まっている。鳴きも無し、ダマでも跳ねるので牌を曲げずにそのまま出す。そして当たり牌が出るまで牌を切っていく…が

 

「ロン、8000っす」

「え、あれ…おかしいなぁ…」

 

特に危険とも思わず切った牌が当たってしまう。しかし河を見てみると普通に危険牌である。そんなことに気がつかなかったことに対し不思議に思う。そんな彼に対して彼女は

 

「あー、モモは見えなくなるからこういうのがあるんだ、気を付けろ…って言っても厳しいか」

「見えなくなるって、どうすればいいんですか?」

「…頑張れ」

「そ、そんな…」

 

助言しようとするも、どうしようもないことに気が付き、言葉に詰まった挙句、投げだしてしまう。それも仕方ない、本人が対策を知りたいぐらいなのだから。

さて、こんな感じで二局終わった時点で既に点棒を半分近くまで削られてしまう。このペースで削られると南場に入るぐらいでハコ割れしてしまう。

 

「ふふんっす!」

「…」

(ワハハー、空気が重いぞー)

 

そしてこのままいくと、彼が最下位になってしまい、景品としてあんなことやこんなことをされてしまう…あれ、おかしいな、そういうのはヒロインの役目では…?

と、とりあえず、このままでは良くない!どうにかして彼の補助をして、何としてでも最下位を回避させなければ…

 

「ツモ!6000オール!」

 

ダメみたいですね、まさに為すすべ無し。手加減のての字もないこいつらに太刀打ちできるわけもない。しかも気合の入りようはインハイ予選以上である。調子もかなり良さげだ。

これには加治木ゆみも頭を抱えてしまう、たとえ自分が打ったとしてもプラスで終われる自信がない。いや、ハコ割れを危惧しないといけないレベルである。この二人軽く覚醒していないか?これが愛の力というものか、なんともまあ欲望に忠実である。

 

(このまま須賀君を飛ばせば…あんなことやこんなことが…きゃー!)

 

この部長、既に妄想の世界に入っている。勝ちを確信するにはまだ早くないか?しかし打ち筋は全くもって乱れず、脳内の桃色妄想を現実にすべく力強く牌を切っている。これでは慢心からの逆転なんてものも望めない。

東横桃子はさらに存在感を薄めに薄め、終ぞや卓上から消えてしまったと錯覚してしまうレベルに達してしまった。カブトムシどころかアリんこ並みの存在感である。

こんな卓で最下位になるなと言う方が難しい、しかも二人とも京太郎を狙い撃ち。いじめっていうレベルではない。一方的なリンチである。金属バットで二人がかりでボコボコにしているようなものだ。ガードのしようも何もない。

加治木ゆみは思わず天を仰ぐ、神様よ、どうしてこんな試練を与えるのですか、などと思っている。長野県決勝卓よりと同じぐらい参っているようだ。

しかし、そんな絶望的な状況であってもあろうことかこの男

 

「ゆみさん」

「ん、なんだ?」

「ゆみさんならこういう卓に入った場合ってどうしてるのですか?」

 

目から光を失っていない、卓上の牌を真っ直ぐ見つめて、どうにかして反撃の糸口はないかと必死に思考しているではないか。

これには少し驚く加治木ゆみ、こんな状況でも投げやりにならず冷静に対応しようとしているその姿は正しく勇敢であった。

 

__そうだな、ここで私が諦めたらダメじゃないか

 

そんな彼の姿を見て自分を恥じ、気合を入れ直して何とかしようと策を練る。自分がこんな状況に陥ったらどうするか、何をするかを考えて

 

「…私なら、読むことに徹する」

「読むことに徹する?」

「今狙われているのは君だ、正攻法でやっていったら速度で勝たない限りは放銃してしまうだろう」

「だから、相手が何で待っているかを予想するんだ、自他の捨て牌、ツモの動作、視線の動き、理牌のクセ…ありとあらゆる情報を利用する」

「では、東横さんはどうすれば…?」

「…君はどこまでモモが見えるんだ?」

「え…そこに居るのは分かりますけど…」

「なら、かなり見えている方だな、そうだな…」

 

彼にしっかりと伝えていくが、とても初心者向けのアドバイスとは言い難い。実を言うと相手の待ち牌を読むというのはかなり難しい、普通はスジなどからこの待ちは無いとして消去法でいくのだが…それの裏をかくのが得意なのが相手なので、待ち牌を特定せざるを得ないのだ。

彼にそれをやれと言うのはかなり酷な話である。しかし、この卓で勝ちに行くにはそこまでしないといけない。そこまでして、ようやくスタートラインに立てると言っても良い。なぜなら竹井久という雀士は悪待ちでも平然とツモれるのだ。放銃警戒したからと言って、彼女のスピードが落ちるわけではない。

そして東横桃子の対策は、幸運なことに彼はかなり見えている人間のようである。ま、道端で困っているステルスモモに声をかけられるのだから彼もなにか特殊な力があるのかもしれない。

っと、それは置いといて…見えているのであれば対策の仕様はあるなと思い、思案する。

 

__あ、これなら何かしらの効果はありそうだが…

 

すると、何か思いついたようだ。そうして彼女は顔を上げて彼に向かうものの、どうしたのだろうか?一向に口から言葉が紡がれない。

キョトンとする京太郎、そんな彼の姿を見て、なぜか睨みつけてくる加治木ゆみ。これには彼も困惑する。そりゃ急に睨まれたら怖いものだ。

彼女は睨みつけたまま、大きく一息ついて、そして

 

「…モモはどうにかできる策がある、耳を貸せ」

 

何やらひそひそ話し始めた。

 

次に続く

 

 

 




暫くは不定期投稿になりそうです。
あと、京照短編を投下しました、暇でしたらそちらもどうぞ。

いつもお気に入り登録等ありがとうございます!
最近、どこもSSがあまり投下されないからエネルギー不足…妄想でもなんでもいいから誰か書いて…

この卓、ガード不可攻撃してくる奴らばかりだから守るのは大変そう
頑張って火力かスピードで押し切るのが一番かなぁ…


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41 対局!

__むむ、清澄の部長さんの調子が良さげっすね…

 

こちらの少女は東横桃子、現在京太郎もとい景品を賭けた麻雀をしている。正確には、最下位が一位に言うこと聞くというものなのだが…まあ、実質的に京太郎が景品である。

現在は三局終わった時点で二位、しかし一位との点差は二万点近く離されている。このままでは悪待ち少女に彼を独占されてしまう。

しかしながらこの少女、ただの少女ではない。影が薄いという体質を利用してステルス状態になることが可能である。自分の捨て牌も認識の外へ、チート級の能力である。

 

__勝負はこっからっす!

 

そんな彼女であれば、二万点差をひっくり返すことなんてそこまで難しいものではないだろう。ささ、そのご自慢のオカルトをふんだんに利用して卓上から消え去る。彼女を見える人などどこにもいない…はずだった。

どういうわけか、どういうオカルトか、その原理は誰も本人すらも分からないが須賀京太郎はどうやら彼女を認識できているらしい。ジッと彼女の方を見つめている。そう、彼女の顔を真っ直ぐ見つめているではないか。

集中している東横桃子はしばらくはそのことに気がつかなかったが、ふと顔を上げて周りの様子を伺うと、彼がこちらをずっと見ているではないか。今までの経験上こんなことはほぼない、なぜならオカルトを完全に発揮した彼女を視認するなど至難の業なのだから。

そんな状況に陥った東横桃子、さあ何を思うのか

 

__わわっ!京太郎さんがこっち見てるっす!

 

…自分のオカルトが見破られているとかは全く考えず、彼がこちらを見つめていることに驚いているというか、なんか嬉しがっているというか、そんな感じである。

このステルス少女、そんな彼の顔をお返しと言わんばかりにジッと見つめ返し、やっぱカッコイイなぁなどと思い始める。思わず顔がほころび、思考が軽く桃色に染まりながら牌を切る。

 

__…あっ、やっちまったっす!

 

そんな集中を欠いた状態で牌を切ったからであろう、単純な切りミスをするステルス少女。彼女はオカルト雀士であるが切り方自体はデジタル雀士。しっかりと思考しつつ打牌していかないとどうなるか

 

__うぅ…あれを切ってなかったら…

 

やはり裏目ってしまったようだ。彼女があそこで間違えていなければ、今ごろはメンタンピン三色ドラの聴牌で意気揚々と牌を曲げていただろう。一位の竹井に大きく近づける一歩となりえたはずだったが、そんな事実が彼女をさらに落ち込ませる。

そうこうしていると…

 

「…!ツモ!2000、4000!」

 

対面の彼のツモあがり、親は悪待ち部長だったので一位との差は縮まったが本当にほんの少しである。ささ、このステルス少女は落ち込んで…

 

__アガった時の京太郎さんもカッコイイっす!

 

なんだこいつ、全く落ち込んでないというか、むしろ彼のそんな姿を真正面から見れて役得だとか思っているではないか。もう、彼女の脳内はピンク色に染まってしまったらしい、思考が完全に乙女モードである。

次の局に移っても彼女の興奮は冷めやらぬ、彼がこっちを見ていることに興奮し、脈拍高く、鼻息荒くして妄想にふける。

 

__こうやって見つめられて、『好きだ』って言われて告白されたりなんて…きゃー!

 

言っておくが対局中である、だけども彼女の頭の中ではなんかお高いレストランで指輪と共に結婚しようといわれてそのままプロポーズを受け入れるところまで行っている。どうやらトリップしたまま帰ってこれないようである。そのまま新婚旅行に行ってしまった。

…というか、妄想とはいえ既に結婚まで行っているのがなんともまあ乙女チックというか、愛が重いというか…ま、まあ、そこは置いておこう。

こんな感じでこのステルス少女はポンコツ少女に退化してまるで働かなくなったので、カマボコ少女とそこの少年がアガっていって点差はフラットに…?

いやまて、悪待ち少女はどうしたのだろうか?ステルス少女がこんな状態になったからといって点棒を削られるなんておかしい、彼女は守備面でも優秀なのだが…

 

ちょっとばかし心を覗いてみよう

 

__あー、何よ、ずっと東横さんの方向いちゃってさ

 

この竹井久、嫉妬している。それはそれは念じて殺そうとしているのではないかと思うぐらい嫉妬している。途轍もなくイラついている。そんなイラつきからか、指で卓をトントンと叩いている。

そうである、この少女は彼がずっとステルス少女の方を向いているので勝手に嫉妬しているのだ。そのため精彩を欠き、普段ではしないような放銃やミスをしてしまっている。そのことがさらに彼女をイラつかせ、またミスをするという悪循環。

彼女もそんなことには気が付いている、それで何回も心を落ち着かせようとしているのだが…

 

__東横さんのあの表情…なんかムカついてくるわね

 

東横桃子がだらしなく顔をほころばせているのを見ると心の底から怒りが沸々と湧いてくる。まあ、たしかにあの表情はムカつく。アホ面さらしながら牌を切っているのを見るとイラついてくるのは分かる。

そんなこんなでちょこちょこ放銃していると…未だに一位ではあるが、二位との点差はわずか四千点。とても安全圏とは言い難い。

この現実にハッとする竹井久、

 

__あ、私のバカ!一位になれれば須賀君を好き勝手できるのに…

 

自分の愚行に後悔するも過ぎてしまったものはしょうがない。どうにかしてこの点差で逃げ切らなければならないのである。とはいえ幸いなことに南四局、このオーラスさえ凌げばなんとかなるのだ。

そして、どういうわけだがステルス少女はステルスしていないただの少女になっている。そのマヌケ面を他の皆に晒していることには気づいているのだろうか?いや、気づいていないであろう。

これなら行ける!唯一の不安要素が無い今であれば、この局に全力注げば間違いなく逃げ切れる!そう思うは竹井久、メンタルさえぶれなければ全国屈指の雀士である。そう思い必死に卓を見て集中すると…

 

__きた!

 

あれよあれよと牌が埋まっていくではないか、わずか四巡にしてイーシャンテン、なかなかの良形になりそうだ。アガれば何でもいい今の状況では最高の形である。

そのまま五巡目の牌をスッと引くと…なんと聴牌になるではないか!これには竹井久も心の中で大はしゃぎ、今にも踊り出したい気分である。

ささ、そこで要らない牌を切って変則三面張で待てば…

 

__うーん、やっぱ私はこっちね

 

この部長、あろうことか三面張を捨て、単騎待ちに変え

 

「リーチ!」

 

堂々と宣言して牌を曲げる、まさに意味不明、単騎待ちにしなければリーチすら必要なかったのだが…常人には考えられない発想である。原村和が発狂しそうな打牌だ。

この宣言にビクッとする三人、東横桃子はようやく現実に戻ってきたのだろう、現在の状況を把握してアタフタするも時すでに遅し。一位の竹井久はリーチをかけている。

彼女がこんな意味不明な打牌でリーチをかけたということは…つまり

 

__ぬるりと来たわ!

 

彼女は引いた牌の感触を指で確認するやいなや勝ちを確信し、その牌をスッと親指の上に持っていく。

そして牌を上にはじいて、宙で引いて

 

「ツモ!1000、2000!」

 

その牌を卓に叩きつける!大胆なツモ宣言、完全なるマナー違反である。

まあ、一位を確定させるアガリなので嬉しいのは分かるが…自動卓が故障しないかが心配だ。

さ、一位になった少女は喜びと興奮のあまり子供のようにはしゃぎまわる。それもそのはず、最下位には何でも命令できるのだ。彼女はさっそく何を命令しようか、どこまで攻めていいものか、などと思案し始める。

しかし

 

「じゃ、ヒッサ、最下位になった私に何でも命令してくれ、ワハハー」

「分かってるわ、ちょっとまって…って、え?」

 

隣の蒲原智美が何やら聞き捨てならないことを言っているではないか。

最下位は私?彼ではなくて?どういうことだと卓上の点数を見てみると…

ああなんということだろうか、親被りの僅かな分で須賀京太郎と蒲原智美の順位が逆転しているではないか。そんな単純な把握ミスをしてしまった竹井久、あまりの誤算に思わず硬直する。

 

「あー、くそー!惜しかったなぁ」

「そうだな、久が素直に白を切ってくれていたら逆転一位になれていたな、それでもよくやった」

 

そんな言葉が彼の方から聞こえてきたので、スッと彼の手牌を覗いてみると…白単騎のメンホンドラ3という大物手を抱えていたではないか、あのまま白を切っていたら一位から転落していた。

そんな事実に一瞬だけホッとするが、すぐさまハッとして

 

__あ、あれ…白を切ってたら、私が最下位で須賀君が一位に…

 

そんな事実に気が付いてしまう。なんというか、運命とは残酷なものである。麻雀や日常生活に於いては便利な悪待ちであるが、どうやら恋愛だけは真っ直ぐいかないと上手くいかないようである。

やるせなさを感じ、途方に暮れる竹井久、そんな彼女に蒲原智美は

 

「で、何にするんだー?」

 

能天気にそんなことを聞いてくる。そんな彼女に理不尽なイラつきを感じ、思わず声を荒げてしまうそうになるものの、ぐっとこらえて

 

「…ろ、ロビーの自販機でジュースを買ってきて」

「分かったぞー」

 

他愛ない罰ゲームを命令する。気の抜けた返事と共に走り去っていく彼女の後ろ姿を眺めて、この悪待ち少女はため息をついた。

 

次に続く



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42 見てるっす!

この男の名は須賀京太郎、麻雀を嗜む高校生である。つい先ほど一半荘終わらせた疲れからであろうか、イスに背を預け天を仰いで大きく一息つく。

 

__あー、くそー!

 

どうやら先ほどの半荘がとても悔しかったようだ、心の中で毒づき誰にも見えないように歯を軋ませる。

それもそのはず、オーラスで逆転手を作ったのだが、紙一重というところで我らが部長に上がられた。しかも当たり牌である白を抱えられてのツモアガリ。

通常の雀士であれば白を切って彼のホンイツの餌食となっていただろうが、この悪待ち部長は普通ではない。なかなかに狂った打牌をしてもなお、余裕であがれるのである。

そんな雀士を相手にこの対局、点差を見ればそこまで差はないように見える。他の面子を鑑みても大した結果だと言えるだろう。しかし彼は納得できない。

 

__やっぱ序盤の失点が痛かったか…中盤の乱れてた隙をつけたのは良かったが

 

わずか紙一重、されど紙一重、その一枚が果てしなく遠く感じてしまう。圧倒的な実力差が、この対局の僅かな差といて表れたのであろう。

それに、彼女は傍目から見ても精彩を欠いていることが分かるほど乱れていた。特に中盤はなんの変哲もない待ちに振り込んでいた。それでもなお、彼女からトップを奪えなかったのだ。

それだけではない、

 

__そういや、モモの様子もおかしかったな…

 

このステルス少女がポンコツ少女と化していたのである。彼女がフルパワーで戦えていればこんなにも楽に点棒を集めることは出来なかったであろう。

ステルスしない桃子はただのモブ、のどっちほどではないただのデジタル雀士と化してしまうので脅威というものは何も感じない。

そんな乱れに乱れたこの卓、圧倒的実力者である二人が実力を発揮しきれていなかったこの卓で一位になれなかったことがとても悔しく感じてしまう。

 

 

とはいえ、彼は気づいていないようであるが、この卓がこんなことになった原因は彼自身にある。

いや、正確には策を案じたアドバイザーである加治木ゆみにあるというべきか…時は少し遡る。

 

~~~~~~

 

「え、今なんて」

「だから、モモをジッと見つめるんだ」

「見つめるって、ええっと…」

「理牌や相手の捨て牌を見るのを最小限にして、モモをずっと見つめるだけだ」

「それに何の意味が…」

「いいから黙ってやってみろ」

「は、はい!」

 

彼はどうしようもなくなったので、加治木ゆみに相談したものの返ってきたのはよく分からない助言のみ。やれ、東横桃子をジッと見つめるのが対策だなんて…とある宮守のモノクロさんでもあるまいし、何も起きるはずがない。

しかし、彼女は強い口調でハッキリとそうアドバイスしているのである。少し抗議しようとしてみるも棘のある言葉を返されるのみ、これには思わず従って言われた通りに東横桃子の方を見つめてみるも…

 

__あれ、何を見てるんだっけ…

 

見る目標自体を失ってしまうので見つめることが出来ないではないか、これにはどうしようかとオロオロするものの

 

「その方向に顔を向けておけ、ずっとだ、いいか?」

 

後ろからそう囁かれる。その言葉の端々から感じ取れる威圧感に気圧されてしまい、油の切れたロボットのように首をそちら向きに固定する。傍目からするとなかなかに奇妙な光景であるが、本人はいたって本気である。

するとどうしたのだろうか?ぼんやりとだが、東横桃子の姿が視認できるようになり、ついには普通に見えるようになっているではないか。対局中の彼女は案外表情豊かなようで、コロコロと顔を変えつつ、牌を切っている。

 

__え、あれ?なんで見えるようになったんだ?

 

何故か見えてしまったことに困惑する京太郎、難攻不落の彼女の能力がこんな単純な戦法で破られていいのか、と考えだしてしまう。ただ単にお前に見つめられたから集中力を欠いてしまって見えるようになっただけなのだが…

これには提案した加治木ゆみも驚く、何かしら効果はあるだろうと思っていたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。というか、表情があまりにもコロコロ変わっているので普段よりも見えやすい。カブトムシよか存在感ある。

しかも、なぜか竹井久が乱れ始めるではないか。普通の待ちにあれよあれよと振り込み始める竹井久。どうみても普段の彼女の姿とは大きく異なる。

そんなこんなで点差を徐々に詰めて、先ほどのオーラスまで至る。

要するに、彼の行動によって卓を乱したのだ!これも一種の武器…とは言い難い。恋する乙女が勝手に自爆しただけである。

 

「お疲れ様っす!」

「ん、ああ、モモか、お疲れ」

 

こんな風に回想していると、隣から声をかけられる。そちらの方を振り向いてみると、なにやら東横桃子がちょこんと佇んでいるではないか。

そんな彼女を見て、そういえば対局中の様子がおかしかったことを思い出し

 

「そういや、体調とかは大丈夫なのか?」

「へ?」

 

心配そうに聞いてみる。

 

「いや、対局中もうわの空だったっていうか、なんていうか」

「あ、ああ、ええっと、それはっすね…」

 

アタフタし始めるステルスモモ、そりゃお前と結婚する妄想を楽しんでいただなんて口が裂けてもいえるはずがない。ここはテキトーな噓でごまかすことにする。

 

「ちょ、ちょっと疲れていただけっす!」

「お、おう」

 

なぜか勢いよく発言し、なぜか体も勢いよく前に出す東横桃子、そんな彼女に気圧される須賀京太郎。

しかし、その視線はどこにあろうか、彼女のかわいらしい顔からは目をそらし、その向く先はやや下へ

 

__うおっ…

 

そう、そのたわわに実った乳房がたゆたゆ揺れているではないか。これは破壊力抜群、彼のハートにも効果抜群。

清澄では某のどっちでしか拝めることの出来ない超常現象、それが見れるなんて…眼福である。

だがだがしかし、その果実の持ち主は目の前で会話中なのである。そんな風にしていると…

 

「…?どこ見ているっすか?」

 

そりゃ不思議に思われる。まあ、幸いなことに彼女は対人経験が少ないので彼がどこを見ているのか察せていないようだ。

そのたわたわしている大きな果実から胸が締め付けられるような思いをしつつ目をそらし、彼は

 

「いいいいやいや!別に立派だと思っていたわけじゃァ…」

「へ?」

 

この見事な自爆である。ボンバーマンもビックリのこの自爆、墓穴を掘るとはまさにこのこと。

こんな彼の言葉の意味がしばらく分からなかった東横桃子、しかし、すぐさま真意を理解すると…

 

「え、ええええ!?京太郎さんのエッチ!変態っす!!」

「ぐはっ!」

 

顔を真っ赤にして彼を罵倒し始める!言葉のナイフを彼にグサグサと突き立てる!致命傷だぁ!

胸を隠してプンスコしつつ、その攻め手は休むことを知らない。

 

__ざ、罪悪感が…

 

こんな純情でかわいらしい彼女に対してなんて邪な考えを持ってしまったのだ。と後悔している京太郎。

自責の念が、彼女の鋭い罵倒が、彼の心を蝕んでいく!彼はもう瀕死である。元気のかけらが必要だ。

しかしだ京太郎、お前の思考にはひとつ誤解があるぞ。

別に東横桃子は純情でもなんでもない、お前の部屋のベッドに潜り込んでモジモジするぐらいには穢れている。ムッツリーニなだけである。

というか、気になる子の新妻エプロン姿とかを妄想するお前の方が純情である。そこのステモは新婚旅行中の十八禁すら妄想していたぞ。

さて、そのムッツリーニな東横桃子は

 

(はっ!ここで京太郎さんに…)

 

なんだか思いついたようだ、ナニを思いついたのだろうか、嫌な予感しかしない。

 

「…その」

 

言葉のナイフを懐にしまい、少し間をおいて言葉を紡ぎ始める東横桃子

 

「も、もし、興味があるなら」

「へ」

 

顔を真っ赤にしたまま、震える声でその先を紡ごうと…

 

「さ、さわっ」

「東横さん?」

 

その刹那!後ろから肩を叩かれるではないか、この綺麗な声色は…

先ほどまでとは別の理由で震えるステルスモモ、その存在を消そうと努めるも

 

「こっちで一緒に打ちませんか?」

 

悲しい哉、この天敵にはそれは通じぬ。観念して振り向くとそこにはとてもいい笑顔でこちらを見つめている原村和、笑顔とは本来攻撃的なうんぬんかんぬん。

さ、その用意されたこっちの卓というのは…

 

「ほら、一緒に麻雀を楽しもうよ!」

「そうだじぇ!嫌になるぐらい楽しませるじぇ!」

 

サイコパスチックな笑顔を浮かべ、つぶす気満々の清澄一年の悪魔たち。手に握っている牌は今にも握りつぶされそうである。

この卓、ヤバい!本能的にそう察知するも逃げること能わず、ズルズルと卓の方に引きずられてしまう。

 

「えーと、京太郎君は余ってしまいますので…後ろで見ていてくれませんか?」

「お、おう、分かった!」

 

さらにさらに、このデジタル娘はわざとかどうかは知らないが、そのたわわな果実をゆらゆら揺らして彼をも回収したではないか。

罵倒している暇があったら彼を誘惑しとけば良かったっすー!と後悔するも時すでにおすし、お前の行く先はギロチン台だ。地獄の業火に焼かれるがよい。

そんな彼女が処刑される様を、彼は尊敬と畏怖の眼差しで見つめていた。

 

次に続く




いつもお気に入り登録等ありがとうございます。

お久しぶりです、最近は忙しいしアイデアも思いつかないのでのんびり投稿になります。
突然狂ったように投稿し始めると思いますので、少々お待ちください。


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43 東場

さてはて、東横桃子惨殺ショーが終了してもまだまだ卓は終わらない。

 

「えーっと…」

 

須賀京太郎は卓に座り、牌を見つめて、ただ迷う。現在東三局目。

対面に座るは宮永咲、上家に座るは加治木ゆみ、下家に座るは染谷まこ、三人とも凄腕の雀士である。

緊張感が走る、一瞬でも気を抜けば射殺されそうなプレッシャー、その一挙一動が監視されているような錯覚を覚える。

そのプレッシャーのせいか、掴んだ牌を卓に叩けずにいると

 

「それで大丈夫だじぇ」

 

後ろから聞こえる舌足らずなかわいい声、それなのに圧倒的信頼を感じさせる声。

その声に従って牌を卓に叩く…静寂の後に山から牌が取られる音が響く。

 

__通ったか…

 

どうやら通ったらしい。チラッと後ろを振り向くと、どうだと言わんばかりに笑みを浮かべている片岡優希がいるではないか。

今回の指導役はこのおてんば娘の片岡優希である。見るからに感覚派な彼女、そんな彼女が指導なんて出来るのかと不安で不安でしょうがないかもしれない。

事実、この須賀京太郎も半荘が始まる前までは大丈夫かなぁ…?と思っていた。何回か彼女に教わったことはあったが途中でしどろもどろになり、終ぞや誤魔化されることが多かった。そしてわちゃわちゃ漫才が始まるのが定番のパターン。

 

だがしかし、いざ卓が始まるとどうだろうか、黙々と彼の打牌を見つめるばかり。活発でじっとしていられないようなあの少女が、椅子に座ってジッとしているのだ。

ボーっとしている訳でもない、彼女は彼の打牌をまるで自分の打牌のように思い真剣に考えているのだ。思考をフルに活用して、まるでインハイ決勝の如くの集中力。

ただまあ、何も言葉を発していないのでそんなことは彼には伝わるわけもなく、彼は珍しく静かだなぁと吞気に考えるのみ。

そんな風に思いつつも東一局を進めていると、麻雀ではお馴染みの押すか引くか非常に悩む場面がやってきた。この京太郎、そんな場面に対しリスクを避けようとオリようとするも…後ろの彼女が肩を叩いてくるではないか。

チラリと見てみると、首を振ってやれやれと呆れているではないか。そんな様子を見て、じゃあ押してみるかと強気の打牌をしたところ、結果的に満貫ツモ和了。

 

そんなこんなで二局とも和了し、現在トップ。判断に非常に迷う場面で背後の勝利の女神が答えを教えてくれるので勝っている状態である。東場限定最強雀士は伊達じゃない。

彼が緊張しているのもそのためである、この面子から二連続和了…しかも

 

「…!ツモ!3000、6000!」

 

そのどちらも満貫である。そしてこの跳満ツモで計53000点、ダントツのトップである。こんな状況は彼の麻雀人生初である。まさしく天変地異。誤差程度の一位に一瞬だけなったことは数多あれど、こんなリードは持ったことはない。

あまりのことに顔が青ざめ、手が震え、心の臓が不規則に鼓動し始める。須賀京太郎、大量リードによるプレッシャーにより重症である。心身ともに深刻な障害を抱えだした。一位アレルギーでもあるのだろうか…?

ささ、卓を囲んでいる他の三人はどうしているのかというと…

 

(どうやって京ちゃんを最下位にして、私が一位になろうかな…)

(こうなったら仕方あるまい、咲が一位にならんようにせんとな)

(彼が最下位にさえならなければ…私は安全なはず…)

 

三者三様、宮永咲は魔王らしく京ちゃんをゴッ倒して好き勝手命令しようと画策している。染谷まこは現実的に考えて咲の暴走をどうにか止めようとしている。

そして加治木ゆみ、彼女の思考だけ方向性がおかしいが…実を言うと、とある後輩と友人から脅されているだけである。

なんとなく察しが付いただろうか?…そう、これも罰ゲーム有りで行っているのだ。どおりで威圧感が半端ないわけだ。

彼女らも恋する乙女、旅行中で浮かれ気分なのに加えてこんなチャンスが湧いて来たのだから、それはそれは気合が入るものである。

比較的穏健派である染谷まこの脳内も

 

(調子が良けりゃあ、京太郎と一緒に周りを散歩でもしようかと思ってたんじゃがのぅ…)

 

ご覧のありさ…あれ?

やはり清澄の良心とも言われる彼女の清らかさは一味違ったようである。この年相応の初々しさ、ほのぼのラブコメに相応しいヒロインの思考回路である。

ん?ジジ臭い…?それも彼女の良さの一つだ!

ささ、そんな彼女は次局の手牌を確認すると

 

「さて、本気で行こうかのぅ」

 

眼鏡にスッと手を伸ばし、綺麗に折りたたんで卓に置く。清澄高校麻雀部次期部長染谷、全力勝負の合図である。どういう手が入ったかは本人のみ知る。

それに負けじと魔王、

 

「んしょ」

 

かわいらしい声を出しつつスッと靴下を脱ぎ始める。彼女の本気の合図である。いや、第二形態とでもいうべきか。

ささ、ここに修羅が二人顕在す。下馬評通りならば宮永咲の圧倒的有利であるが、この染谷まこ、経験則に基づいた打ち手であり、この魔王とは部活で嫌と言うほど対峙している。その差は周囲が思うほど大きくはない。

そんな修羅場、その渦中の人物である須賀京太郎はと言うと

 

__やっぱ眼鏡外すと可愛らしく見えるなァ…

 

吞気。

 

久々に眼鏡を外した染谷まこの素顔を見て、そんなことを思っている。そりゃまあ、眼鏡外すと年相応な幼さが表面上に出てきて、美人というよか可愛いという印象になるからそんな感想を抱くのは当たり前ではあるが

この状況、この威圧感、この緊迫感、それを感じれないのかお前はぁ!?というかさっきまで死にかけていただろうがぁ!

そんな心身の異常も忘れ、ぽけーっと彼女の変貌に見惚れていると

 

「おい」

 

肩甲骨にかけて痛みが走る。鈍痛、ゴキッというような鈍く重い一撃。

これには涙目になりつつ文句の一つでも言ってやろうと振り返ろうとするも

 

「おい優希、いきなりなんだ…」

「集中しろ」

「あっ、ハイ」

 

淡々とそう告げられる。いつもは表情豊かな彼女が無表情で見つめてくるのはなかなかにホラーチックである。

さてさて、気を取り直して牌に向かうものの…

 

「ポン」

 

下家の染谷、發を鳴く。そうしてスッと出した東を

 

「カン」

 

対面の魔王、大明槓。普通であれば考えられないような打牌。しかし、カンドラをめくると…その北の文字が浮かび出る。満貫確定。

そして三索を切ると

 

「ポン」

 

また染谷、鳴いて西を切る。すると

 

「カン」

 

またまた魔王、大明槓。そしてカンドラの表示牌は…またもや北。倍満確定。

ささっ、ようやく回ってきた彼の番。しばらくドッジボールが行われたので久々のツモである。その牌を引き、そして…

 

__うっわ…

 

悩む、を通り越して胃が痛む。

この男、何かが憑いているのではないかと思うほどついている。今回もノーミスで面前清一色のテンパイまでありつけたものの

 

__これ…まこさんはもしかして緑一色…まではいかなくても清一色はあり得るよな

__で、咲は倍満確定だし…そしてこの牌は…

 

余った牌がよりによって八索である。場には一枚も出てない。緑一色の危険性が極めて高いし…そうでなくとも魔王のカン材になっている可能性も高い。

でも京太郎よ、彼女の鳴いてるのは發だ、清一色はない、混一色だ。大きな勘違いを起こしているぞ。

ささ、そんなことにも気づかずに、これはもはやここまでか…そう諦念し、テンパイを崩そうとスッと手を伸ばすものの、またもや肩を叩かれる。

えっ、と思いつつチラリと後ろを振り向くと、デジャヴだろうか、片岡優希は呆れたようにわざとらしくため息一つ。

そんなバカなと思いつつ、八索に手を伸ばすと…目をキラキラと輝かせ、しかも牌を曲げろとジェスチャーしてくるではないか。

 

__バカなのか?

 

この無謀とも言える行為は、たとえ勝利の女神等しく扱っていた彼女の進言といえどもそう容易く受け入れられるわけはない。

これには首を振り、無理だろ無理無理!という意志をなんとか伝えようとするが、そんな動作には目もくれず、いいから捨てーい!と大きく腕を振り回すのみ。

この自信はどっから出てくるものなのだと困惑しつつも、彼女は俺に見えない何かが見えているのかとも思ってしまい、それでも流石にこれを捨てるのは理論的におかしいのではないかとも思い、そんな思考がぐるぐると駆け巡り

 

__…えーい!やっちゃえパッソ!

 

どうやら頭がおかしくなってしまったのだろう、ド危険牌を勢いよく横に捨てる。因みにパッソは日産ではない、トヨタである。

こんな愚行を犯したら、そりゃ下家の染谷が牌を倒して…

 

「…」

「…」

「ん…!?」

 

倒さない!いや、倒すメリットがないと言おうか、すでに八索は三枚持っている。そして対面の魔王もかすりもしない牌であるのでスルーするしかないのである。

この狂った八索、その牌を無表情に見つめる二人、内心はものすごいことになっているのだろう。残る一人はこの暴牌を認識しきれず思わずむせる。

これには困惑する須賀京太郎、てっきり死ぬもんだと思っていたのに生きているとは不思議なものよ。そうして次巡、自分のツモを引くと…

 

「えっ」

 

三萬、もう一度見直すも三萬、思わず手牌を確認する、待ちはペン三萬、メンチンイッツーリーチ一発ツモ。

何度見直しても三萬である、面子が全部揃ってしまう、手が出来上がってしまった。

 

「つ、ツモ!裏は…あ…二枚!16000オール!!」

 

手牌を倒し震える手で裏をめくると…そりゃあんなにカンされたらのってしまう、ドラ二枚、数え役満である。

このアガリには他の三人も目を丸くして

 

「は、はぁ!!?」

「う、うっそぉ!!?」

「な、なんだそれは!?」

 

驚くしかないのである。無表情を貫いていた宮永咲と染谷まこも、流石にあの暴牌からの一発ツモ数え役満には声を上げて驚愕するのみ。

因みに…染谷まこは六索単騎の緑一色、宮永咲はカン材を抱えて嶺上開花三槓子東西ドラ8の数え役満狙いである。

致命傷…までとはいかないが、どちらも一撃で盤面をひっくり返す大物手。倒されなければ1000未満といえども、それはあくまで結果論。

八索を切るだけではなく、役満濃厚な相手に対してリーチとかいう選択、常人では思いつきもしない。しかし、そのリーチとかいう狂った選択によって倍満がさらに倍にドン!

地雷原でタップダンスするどころか、ブレイクダンスをしていたのだ。一歩間違えれば四肢が吹き飛んでもおかしくない。いや、吹き飛ぶのが普通である。

正気の沙汰ではないこのアガリ、そんなアガリを指し示した張本人である片岡優希はどうしているのかというと

 

「どうだ!」

 

薄い胸を精一杯張って満足気にしているではないか。これには京太郎、

 

__優希ってヤバいんだな…

 

もはやドン引きである。あの場面で一片の迷いもなくあの選択をするだなんて、彼の脳みそでは到底理解不能である。

いや、理解できてしまったらもはや人ではないのかもしれない。

そんな内心はいざ知らず、どうだどうだ褒めろ褒めろと言わんばかりにベタベタと彼にひっつく片岡優希、彼はただ茫然とそれに揺らされる。

卓に残された三人、空っぽになった点棒入れを眺めるしか出来ず。

 

次に続く




いつもお気に入り登録等ありがとうございます。

思いつくがままに書いてみたら大変なことになったよ!
というかこれ…十万点超えてる…?わずか四局で75000点…?この面子相手に?
やはり優希さんは東場最強ということで…京太郎?彼は触媒みたいなものでしょう…多分。


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44 ロマン

須賀京太郎はあの時のことをこう語る

 

__いや、あれは事故というかなんというか…

 

場面は一位を勝ち取った後、事件はそこから始まった。

 

~~~~~~

 

「で、私が最下位になったわけだが…」

「あー、そうですねぇ…」

 

一位になった須賀京太郎、その実感が未だ湧かない状態のまま何を指令しようかと迷う。

目の前にいるのは加治木ゆみ、師匠のように勝手に崇拝している相手である。

そんな彼女に何かを命令するだなんて…無茶ぶりは出来ないし、かと言って簡単過ぎるのも不快に思わせてしまうであろう。

うんうんと頭を悩ませて…

 

「じゃ、一発芸をするんだじぇ!」

「ちょ、おまっ!?」

 

いるところにスッと後ろから現れる快活少女、片岡優希はそう命じる。

 

「私のおかげで一位になれたんだし、私に権限があるといっても過言ではないじぇ!」

「うっ…たしかにな…」

 

そんな彼女を咎めようとするものの、その言い分は一理ある。

卓で打っていたのは京太郎だったが、はたして彼女のサポートなくして一位になれただろうか…?否である。

これには京太郎も言葉につまる。

 

「一発芸か…よし分かった!」

 

しかも、命令された加治木ゆみが案外乗り気である。何か持ちネタがあるのだろうか、自信満々にそう発す。

 

「みんな、ちゅーもーく!ゆみさんが一発芸やるじぇ!」

 

その返事に乗っかり、大声でそう注意を呼びかけるタコス娘。

そんな大声になんだなんだと反応する人々。

 

「お、ユミちんが一発芸するのかー!ワハハ!」

「へえ、ゆみが一発芸ね」

「え、ゆみ先輩が一発芸…?」

 

凛々しいカッコいい美しい彼女の一発芸、それはそれは期待がかかる。

須賀京太郎も思わずどんなことをするのか楽しみにしつつ待っていると

 

「こっちに来い京太郎」

「え?」

 

そう囁いてくる片岡優希、腕をぐいぐい引っ張られ、そのまま部屋を一緒に出てしまう。

部屋の中はやんややんやと騒がしい、どうやら加治木ゆみのネタは受けているようである。

そんな笑い声に気をひかれつつ、外に連れ去った張本人に訳を聞こうとするも

 

「急にどうしたんだ?加治木さんの一発芸は…」

「京太郎!」

 

「探検するぞ!」

 

目をキラキラと輝かせ、なんか変なことを言っているではないか。

 

「はぁ?」

「こんなに大きな旅館、色々と探検できるところがあるはずだじぇ!」

「いやでもなぁ…」

 

まるで小学生、やはりジッとしていられなかったようである。

これには京太郎も呆れる、が

 

「それに…京太郎は探したくないのか?」

「何をだよ?」

「覗きスポット」

「!?」

 

覗きスポット…女湯を覗くことは立派な犯罪であるが、その秘宝が垣間見できる場所を探すことはロマンである。

これには京太郎も揺り動く。

 

「そ、そんなのあるわけ」

「いいや、そうとは言い切れないじぇ、この地図を見ろ!」

 

バッと広げられた地図を見る。パンフレットではなく、どこで手に入れたのだろうか、しっかりとした地形図である。

 

「ほらここ、ここが少し丘みたいになっていて、ここからなら見れるかもしれないじぇ」

「お、おお…!」

 

そんな彼女が指し示す丘、そこに秘宝があるかもしれない!

これには心躍る京太郎、今の時間は風呂の利用時間外、たとえ本当に覗けたとしても問題ない。

ん?見れるものが無ければ意味がないじゃないかと…?

違うな、覗きが可能であるという事実が健全な男子高校生の妄想を加速させ、熱いリピドーがほとばしるのである。

 

「優希、いくぞ!」

「出発進行だじぇ!」

 

麻雀合宿だったことなんてお構いなし、ロマンを追い求め、ここに清澄のアホ二人による秘宝探索隊が結成された。

すぐさまロビーから外に出ていき、道なき道を進んでいく。

体が小さな片岡優希は藪の間をすいすいと、そんな彼女の後に続いて須賀京太郎はガサガサと、草木を踏み分ける。

この旅館、なかなかな山の中にあるようで、少し離れるだけで草がボーボーに生えているのだ。

とはいえこの程度の山道、長野の大自然で小さい頃から遊んだ二人にとっては庭をあるくようなものである。

木に手をひっかけ、茂みを掴み、整備されていない土の道を登っていく。

 

「時に京太郎」

「なんだ?」

 

すると前を行く彼女が声を発す。

なんだなんだと思っていると

 

「一位、おめでとうだじぇ」

「…まあ、大半はお前のお陰だけどな」

 

ちょっとした不意打ちである。これには照れくさそうに謙遜を返すものの

 

「そんなことはない、私はほんの少し背中を押しただけだ」

「そうかァ…?」

「牌を引いたのは京太郎、選んだのも京太郎、私は京太郎の迷いを断ち切っただけだじぇ」

「…」

 

淡々と返される、その表情は見ることが出来ない。

 

「ま、あれだじぇ、よく頑張った!ほめてつかわそう!」

「ははっ、今度は俺一人でも勝てるようになるぜ!」

「その心意気や良し!ビシバシ鍛えてやるじぇ!」

 

彼女は彼を一人の雀士として認めているようだ。そして、麻雀歴が長い『先輩』という自覚もあるようである。

意外だと思うであろう。確かに彼女は見た目や言動によって幼く見えるし、実際に幼いところは多々ある。しかしながら、中学時代は部長という役を務め、後輩の面倒を見ていたものである。

そして今、学年的な後輩も居ないし、麻雀的に後輩なのは京太郎以外いない。そのため、自分が面倒を見れて先輩面出来るのは京太郎だけである。彼女にとって京太郎は同級生というよりも、大きな後輩という認識の方が近い。

ゆえに、彼の成長はまるで自分のことのように喜ばしく思え、そして素直になれるのである。彼女は麻雀に関して褒めるときだけは茶化したりはしない。彼女なりのルールなのであろう。

彼もそんな彼女の気持ちが伝わったのであろう、屈託のない笑顔でドンドン上手くなってやるぜ!という感じに返事をする。

まるで少年漫画のような青春の一コマ、そんなやり取りをしつつ深い茂みを越えていく。

次第に坂は緩やかになり、そしてついに目的地と思わしき所に到着した、が、

 

「あー…」

「木が邪魔で何も見えないじぇ…」

 

丘といえども丘は丘、少しばかり高くなっているだけである。そんな森林限界に達しているわけなどあるはずもなく、木々はワガママ顔で生い茂る。

よくよく考えてみたら、そんな近くに覗きが行えるような場所があっても果たしてそこを放置するかと言われたら…答えは否である。

がっちりと組まれた広葉樹林によるスクラム、やや赤みがかった葉っぱが綺麗ではあるもののそれは置いといて、これを突破して秘宝を手に入れるのは至難の業。

もはやここまでか、そう諦めて踵を返そうとするも

 

「んー、んー」

「何やってんだ?」

 

隣の少女がなにやらピョンピョン跳ねているではないか。スカートがチラチラとめくれ、その中身が見えそうになっているが、そんなことには気づかない。

京太郎はそっちに視線が行きそうになるものの、彼女の顔に視線を定める。彼女は唇を嚙みしめ、なにやら悔しそうにうめき声をあげているが何がしたいのかはよく分からない。

 

「この木ならそこの枝に手をかけて登れそうだと思って、試してみたけど身長が足んなかったじぇ」

「んん?…ホントだな、この木だけは登れそうな感じだな。」

 

どうやら登れそうな木があったから頑張っていたようだが、少々身長が足りなかったらしい。

彼女の言う通り、その一本の木だけは剪定が甘いのかなんなのか知らないが、頑張れば手が届きそうな所に枝がある。

その枝を伝っていけばかなり上まで登っていけそうだ、ちっとやそっとでは折れそうにもないので安全性も大丈夫っぽい。

 

「よっと」

「おお!」

 

スッと軽くジャンプして、枝に手をかけ、幹に足をかけ、スルスルっと登っていく京太郎。小さい頃はこうして遊んだものだなぁと思いつつ、その巨体を軽々と動かして木のてっぺんへと近づいていく。

そんな彼に対して感嘆の声をあげる片岡優希、男性特有の力強さに思わず見とれ、カッコいいなどと思っている。若い頃は運動の出来る男子に惚れやすいものだ。彼女もそのクチである。

さてさて、彼はそんな彼女の感情などいざ知らず、そもそも何故木に登っているかも頭の中から抜け落ちて、ただ童心に帰って木登りに夢中になっている。ただの子供と変わらない。

お、どうやら彼は登れるところまで登ったようだ、モザイクになっている紅葉を手で押しのけ払いのけ、その頂上からの景色を見ると…

 

「うおお…」

 

見渡す限りの山々、その色は緑から黄色、そして赤色とまちまちであり、秋の訪れを感じさせる。

ハッと息を吞むような絶景。見下ろすようにして眺める森林はより一層、緑と赤のコントラストをはっきりとさせ、なんとも言えない美しさをかもちだしているではないか。

他の皆にも見せてやりたいと思い、木に掴まりながら器用にスマホを取り出し、写真を数枚撮り始める。

そうして写真撮影に夢中になるものの、一つの建物が目に入る。

その建物は煙だろうか、なにやら白い靄を噴き出しており、なんだなんだと目を凝らすと…

 

「え」

 

思わず視界に入るほどのまばゆい金色、そのやや下には肌色が…誰かの裸体が目に映る。

 

その人物はふと顔を上げ

 

その両目と目が合った。

 

 

次に続く




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45 密会

前回のあらすじ
お風呂覗き大作戦,大成功(大失敗)


木の上に一人、その男スマホを手に持ちけり、そのスマホの向く先に女ありけり。

その女、黄金色の髪をなびかせ、その色違いの瞳で木の上の男を目視する。

 

硬直する二人。

 

そして男に浮かぶ言葉

 

(あ、死んだ)

 

この一言に尽きる。

 

客観的に見れば、どこからどう見ても須賀京太郎がなぜか風呂にいる女性の裸体を盗撮しているようしか見えない!ド変態!

確かに女性の裸体に興味がないわけではない、だが犯罪者になりたいわけじゃない!こんな風にホントの犯罪をしたいわけではない!

ましてや相手は他校の――遠目でも分かるあの瞳、福路美穂子である。

ようやく最近仲が良くなってきて、距離も詰まってきて、あっちも良く接してくれて、もしかしたら、もしかしたら…なーんて考えていたのだが

それも今、水泡と帰した。

 

慌てて木から落ちる京太郎、何も知らぬ片岡優希は目を光らせており

 

「どうだったじぇ?」

 

と聞いてくるが、もはやそんな場合ではない。それどころではない。

 

「…いた」

 

「…へ?」

 

「美穂子さんがいた…」

 

「…じぇじぇ?」

 

「目ぇ合っちゃった…ははっ…どうしよう……」

 

「あ、あー、京太郎、その…」

 

「どうしよう、完全に変態だよ…どう弁解するんだよ…」

 

「……わ、私と一緒に謝りにいくじぇ!!」

 

「いやだって、もう完全に変態……」

 

「私が無茶言って景色撮って貰ってたって説明したら大丈夫…いや、それしかないじぇ!」

「スマホのデータも全部見せて、しっかり弁解すれば、あのおねーさんなら分かってくれるはず!」

 

「ははっ…もうダメだ…俺の人生おしまいだ…」

 

「きょ、京太郎!しっかりするんだじぇ!そんなとこで座ってる場合じゃないじぇ!」

 

この始末。

完全に心が折れる。人一倍責任感が強い彼にとってこの行為はあまりにも重すぎたようだ。

木の下で体育座り、膝を抱えて頭をうずめる、もはや何もやる気がしない、現実見たくない、しにたい…彼の心はもうボロボロだぁ!!

片岡優希はそんなテコでも動かない彼をなんとか動かそうとするも、うんともすんとも言わない。地面と一体化してしまっている。

 

頭を抱える二人、事態は停滞してしまっていたが

 

~♪

 

彼のスマホが音を発した。

なんだなんだと開いてみると、福路美穂子から新着メッセージが届いているではないか。

その内容を恐る恐る確認すると…

 

『さっきのことでおはなししたいことがあります』

『いまどこにいますか?』

 

全部ひらがなである。

その異様さがより一層恐怖を際立たせ、そのせいか、手は震え、血の気は引き、もはやまともにスマホすら持てない京太郎。

そんな彼を見守ることしか出来ない片岡優希

 

「その…部活の皆には私が説明しておくじぇ」

 

「うん…」

 

刑の執行を待つだけとなった京太郎、肚を括るしかない京太郎、頭が真っ白になる京太郎、先ほどまでの楽しかった時間は今何処。

片岡優希、実はライバルが勝手に脱落する可能性もあるこの状況は好都合なのだが……ひどく落ち込む彼を見てそんなことは思いも浮かばず、そっとしておくことにした。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

あれから数十分後、ただ一人で呼び出され、約束の場所へと歩む。

会うお相手は福路美穂子、とあるお部屋で二人きり、密会と言っても差し支えない、が

その足取りはまるで死刑台に昇る囚人かの如く重い。ずしん、ずしんと地を踏みしめる。

 

(ははっ…なに言われるんだろ…)

 

渇いた笑いしが出てこない、そうでもしないとやってられない。

密会は密会でも逢引的なサムシングではない、交渉…いや尋問的なサムシングである。

そして漸く部屋に着く。一息深呼吸し、その戸を叩き、返事を待つ。

 

「どうぞ」

 

帰ってくるのは固い返事。

いつもの彼女であればトテトテ近づき、その扉を開けて『いらっしゃい』と朗らかな笑顔で対応するであろう。

が、今回は返事のみ。

 

ゆっくりと戸を開ける。

そこには彼女が片目を瞑ってちょこんと佇んでいる。可愛らしくも思えるが

 

「そこに座ってください」

 

「はい」

 

威圧感。

朗らかな表情は鳴りを潜め、凛とした表情で彼をジッと見つめる。

お互いに向い合せで座る、沈黙が辺りを覆う。

 

「京太郎くん」

 

彼女が口を開く。そして

 

「さっきのことですが」

 

目を開く。

 

「故意…でしたか?」

 

その色の違う瞳で見つめられる、ただ見つめられているのではない。

心の底の本心すらのぞき込まれているような、奇妙な感覚。

 

「…いえ、もしかしたら見えるかもとは思っていましたが、お風呂の時間外なので誰もいないと思ってました」

 

子供諭すかのように聞かれてしまい,母親に叱られているかのように錯覚してしまう。

心を読まれている。答えざるを得ない。自然とそう思い,真実を答える.

 

「…分かりました、故意では無かったということですね」

 

本心を答えたことすら見られている。不思議な確信があった.

 

「はい、ですが…見てしまったのは事実です」

 

「いえ」

 

自分を戒める彼を遮る彼女

 

「事故ということで終わりにしましょ」

 

「へ?」

 

唖然、予想外の言葉に口を空けて呆ける京太郎。

そんな彼を放置して言葉を紡ぐ美穂子

 

「京太郎くんは木を登って風景を撮っていたら、たまたま見えちゃった、それだけよ」

 

「いや、いやいやいや!だ、だって俺は…」

 

「それに…」

 

 

「京太郎くんになら…ちょ、ちょっとぐらいなら…」

 

 

訪れる沈黙。またまた呆ける須賀京太郎。

その言葉を発した後に顔を赤らめ、俯き、恥じらう少女福路美穂子。

 

「あ、え、えーっと、あははは……」

 

「……」

 

「……」

 

とりあえず笑うものの、またまた沈黙が訪れる。

どうしようもない。どうしたらいいか分からない。その言葉の真意は分かるが…とても信じられない。

あまりにも出来すぎている、まさか性癖ドストライクな年上女性から好意を持たれているなんて…なにそのラブコメ?

 

そんな須賀京太郎の出した答えは

 

「ちょ、ちょっと戻りますね、あいつら心配してるだろうし…」

 

撤退!!

事もあろうか戦術的撤退を選択!ヘタレ!いくじなし!ふぬけ!

 

「まって!」

 

「いやちょっとタコスを供給しないと優希がモンスターになるので」

 

「ち、違うの!さっきのは言葉の綾というかなんというか…と、とにかくそういうことじゃないの!」

 

「ちょっと咲が迷子になってないか確認を…」

 

「話を聞いて!」

 

「いや違うんです、俺もそういう意味で逃げたいというよりか、どうしたらいいか分からなくて」

 

「そ、その、京太郎くんに気にして欲しくなくて…そういう意味がないといったら嘘になるけど……」

 

きょうたろうはにげだした!しかしまわりこまれてしまった!

みほこはこんらんしている!わけもわからずじばくした!

 

この大惨事である.

お互いの思考は合っているのだが、本音と建前がすれ違っているというか、建前と本音を勘違いしているというか…

なんというか、もうメチャクチャである。

 

「と、とりあえず戻りますね!」

 

走る京太郎!強行手段に出るものの目指す目標は扉!

そんな彼の手を

 

「い、一旦ちゃんと話しましょ!」

 

両手で掴んでグイっと引っ張り

 

「あっ」

 

丁度,彼の足元にマットがあったものだから

 

「やべっ」

「えっ?」

 

須賀京太郎は足ごと払われ、それに伴い姿勢が傾き、そしてその彼女もまた支えを失い

 

「うわああああああ!!」

「きゃああああああ!!」

 

二人仲良く派手に転んだ!

 

次に続く




お久しぶりです,半年以上ぶりですね,お待たせしてすみません
どうするか悩んだこの作品ですが,相も変わらず終点を決めないまま書くことにました
ですので,ちゃんとしたラストを作ることは出来ないと思いますが,お付き合いして頂けるとありがたいです.

また,感想や評価等ありがとうございます,とても励みになりました.


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46 参謀

__いてて…

 

後ろ手を引かれ、マットに足を掬われ、背中から派手に転んだ京太郎。

ゴンっという鈍い音とともに頭には激しい痛みが襲いかかり、そのせいで状況を見失ったのか

 

__っと、起き上がらないと

 

手を地に着き、よっこらせと起き上がろうとし始める。

 

ささ、ここで状況を確認しよう。

彼は彼女――福路美穂子に後ろ手を思い切り引かれたため転んでいるのである。

片手は体側に。では、もう一方の手の行く先はどこであろうか…?

 

「いたた……え?」

 

「ん?」

 

必然、胸である!

胸部、乳房、おっぱい……一説によると二の腕と同じぐらいの柔らかさである部位。

その柔らかな感触、ふにふにとした感触、その触覚が素早く手から脊髄を通過して脳内に到達!この間わずか0.01秒。

福路美穂子もまた同様に胸部に感じる触覚がうんぬんかんぬん

 

念願の夢が一つ叶った京太郎、そんな彼は本日幾度目の思考停止

 

「きょ、京太郎くん!?」

 

「……はっ!?す、すみません!!」

 

すぐに再起動し、その手をすぐさまどけようとするが

如何せん、彼女が腕を掴んでおり

 

「いたっ!み、美穂子さん!なんか極まってます!」

 

「ご、ごめんなさい!すぐに…」

 

なんか凄い体勢で腕を捻りあげられてるため、全くもって動けない!

少し動くだけで肩関節を襲う激痛!可動域はすでに限界間近であり、これ以上の動作を許さない!

天国のような感触と地獄のような痛み!放したくないけど放して欲しい!そんなジレンマが彼を襲う.

彼の悲鳴を聞いて,そんな状態であることに漸く気が付き、手を放そうとしたその刹那

 

「な、なにがあったし!」

「キャプテン大丈夫ですか!?」

 

来るわ来るわ乱入者

倒れた時の悲鳴を聞き、すぐさま駆けつける後輩たち!

なんともまあ心優しき後輩たちよ、これも彼女の人望であろう。

 

だがしかし、現在の状況は非常にまずい

男女がくんずほぐれつ……というよりか、女が男を捻りあげているようにしか見えない

 

「きゃ、キャプテンが須賀君を……?」

 

「……文堂、そっとしておくし」

 

「ち、違うの!これは事故で……」

 

「いたい!!いたたたた!!た、助けて!」

 

「ほっといて大丈夫ですかね?」

 

「しーらない」

 

助けを叫ぶ京太郎。

涙目で弁解しようとする福路美穂子

そんな二人を傍観するしかない文堂星夏

池田華菜は面倒事だと感じ取り、ため息をついて、知らんぷりを決め込んだ。

 

―――――――――――――――――――――

 

なんやかんやで救出された須賀京太郎。その隣には福路美穂子。二人仲良く正座中。

そして対面には風越の方々が並んで事情聴取中。

 

「えーとつまり…」

「須賀君と二人でお話ししてたら」

「誤解されて、そのまま逃げられそうになったので」

「腕を掴んだら、須賀君が転んでしまって」

「ああなった…というですね」

 

どうやらそういうことになったようだ。

須賀君が覗きをしてしまった話は彼の名誉のためにも省略され、その代わりにキャプテンが彼を誘ったことになっている。

そしてその後は説明通りである。

 

「ま、まあそんな感じです」

 

「そ、そうなの…別に京太郎くんに何かしようとしてた訳じゃなくて」

 

おどおどしつつも弁解をする福路美穂子

彼女は自分の名誉…というよりか、隣にいる彼に変に思われないよう必死であるのだが

 

「それで、誤解って何だったんですか?」

 

「えっ、あ、あの、それは…」

 

「須賀が逃げ出すって、よっぽどだし…」

「確かに、何があったらそんなことに」

 

どうしてもこうなってしまう!

話を聞いて想像しようとすればするほど、ガタイも良くて度胸のある男子高校生が尻尾を巻いて逃げ出す状況が思いつかないのである!

しかもお相手は福路美穂子、外面は清楚で美しく、内面は思いやりに溢れている少女であり、そんな少女がそんな異常事態を引き起こすとは考えにくい…が

現にそれが起きたと説明している当の本人たち。

どうしたらそうなるのか、とても気になるのは当たり前。

 

しかし!それ一から十まで説明したら今度は須賀京太郎の覗き案件で大変なことになるのは目に見えている!

というか、『別に京太郎くんだったら~』発言でも大波乱になるのは目に見えている!

だからといって説明しなかったら後輩たちは納得いかない!

板挟みになるキャプテン!

 

「う、ううぅ…」

 

どうしようもなくなり、顔を真っ赤にして俯くのみ。真っ赤になってお可愛いこと。

そんなキャプテンを見て

 

(((なんかやっちゃったんだろうなぁ)))

 

と察することしか出来ない。下手に触れられるわけがない。

しかし、一人は違う。

 

「キャプテン、ちょっとこっちに」

 

深堀純代である。

ちょいちょいと手招きをして、真っ赤なキャプテンを呼び寄せる。

キャップ、ちょこちょこと移動して、ちょこんと彼女の隣に正座する。

 

「その…彼に何を言ったかは知りませんが…ドンドン攻めるべきだと思いますよ」

 

「ええ!?で、でも…」

 

「この宿に来たときの様子見ると、彼、相当モテてますが、どうやらフリーみたいですし」

「そこから判断するに、たぶん…須賀君は草食系といいますか」

 

「草食系?」

 

「えぇっと、いわゆる奥手な人のことで…とにかく、押しても逃げてくタイプですけど、押さないと取られてしまいそうなので…」

 

「難しいわね…」

 

「でも、話聞く限りキャプテンのことは良く思ってそうですし、多少引かれてもグイグイ距離を詰めるべきかと…」

 

深堀純代、読んだ恋愛小説の数は星の数。

そんな彼女だけはひと味違った。その蓄えに蓄えられた知識をふんだんに利用して、須賀京太郎の恋愛観と境遇を一目で見抜き、キャプテンに的確なアドバイスを送り出す!

風越の恋愛参謀、ここに在り!敵を知り己を知れば百戦危うからずとはよく言ったものだが、個人でそれを実行するのは至難の業。しかし、強力な味方がいるのであれば容易である!

 

実際、このアドバイスは遠からず当たっている。

一見するとイケイケ系な彼が奥手でヘタレであるところも、恋敵が沢山居ることも、そしてキャプテンが良く思われていることも!

 

「…そうね、わかったわ」

 

「では、私たちは撤退するので頑張ってください」

 

福路美穂子が了承したのを確認し、激励の言葉を言い残して、撤収の指示をかける恋愛参謀。

その指示に何故だかは知らないが信頼感を抱き、いそいそと席を立つ風越の部員たち。

 

「では、お二人でごゆっくり」

「ご、ごゆっくり…?」

「ほら、さっさと撤収するし」

「まあ、頑張ってください」

 

「え?あれ?どういうこと?」

 

一人置いてけぼりの須賀京太郎、部屋には二人置いてけぼり。

そして訪れる静寂、気まずい時間。

先ほどまでなら、このまま停滞していたであろう

 

「ねぇ、京太郎くん」

 

 

「もう少しだけ、お話しましょ?」

 

今は違う。

 

 

次に続く




いつも感想等ありがとうございます,もっと書いて書いて!
誤字修正とてもありがとうございます.とても助かっています.
美穂子さんはお淑やかで奥ゆかしいから京ちゃんが襲われるなんてそんなオカルト…?

ほぼその場のノリで話は決まっているので後先は考えていません.
小話の題名も同様です。特に意味はありません。
ゆえに,細かいとこは気にしないでください.

明日も七時に投稿します



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47  悪女

また二人だけになる。

違うところがあるとするなら

 

「私、京太郎くんのことあまりよく知らないから」

 

「もうちょっとだけお話したいの」

 

彼女――福路美穂子の態度であろう。

先ほどまでのおどおどした頼りない姿でもなく、かといって最初の時の固く近寄りがたい姿でもなく

朗らかな雰囲気をかもち出しつつも、どこか凛として堂々としており、年上の余裕というか包容力というのを感じさせる。

しっかりと向き合いそう告げる、優しくも強かな声色で。

 

「あ、そうですね、じゃあもうちょっとゆっくり…」

 

そんな言葉を断る理由もない。彼は快く了承する。

言葉は紡がれていく。

 

「京太郎くんって、好きな食べ物とかあるの?」

 

「エビですね、いやー、エビなら何匹食べても有り余るぐらい――」

 

「――美穂子さんはなにがお好きなんですか?」

 

「そうね、私は…カレーかしら」

 

ホントに取り留めのない会話。

別段何かをするわけでもない。グイグイ押しているわけでもない。

初対面同士がするような、少し不自然な会話。お互いの情報を把握するためのような会話。

 

「いつも部活はどんな感じなの?」

 

「ふつーですよ、六人いるから四人は卓で、残りはネトマという感じでして」

 

「そうそう、最近俺も卓につくようになって――」

 

次第にその固さはドンドンほぐれていき

 

「この合宿も実は俺のために企画してくれたらしくて――」

 

「うんうん」

 

自然な会話へと移り行く。

彼が自ずと会話を繋げる、それに促進させるために相づちを打って聞き手に回る。

心地よい雰囲気、お互いが無茶をしていない、気を使わない、楽しい時間.

時の流れを忘れてしまいそうになる。そんなひと時.

 

「今の部活がとても好きなのね」

 

「ええ、まあ、でも…」

 

「?」

 

が,訪れる綻び。

楽しそうに部活の話をする彼に投げかけた問い、いや、もはや相づちだったものが流れを止める。

 

「ちょっと最近、なんというか…距離が近いというか…」

 

頬をポリポリと掻きながらそう言う彼、頬はやや赤い.

困ったような口調に反して,その顔はまんざらでもなさそうである。

 

――どうしてだろうか、そんな彼を見ていると

 

――黒い感情が顔を出すのは。

 

「…へぇ」

 

自然と漏れ出す声。

その声が怖くならないよう、震えないよう、抑え込むのが精一杯で

 

「まあ、仲良くなれたことはいいんですけど…ははは」

 

話を続ける彼の言葉があまり頭に入ってこない。聞こえてくるのに,分からない.

背を走るゾクッとした感覚、血流が昇り、体温が上がり、冷静さを欠こうとしているのが分かる。

そして反芻してしまう後輩の声

 

『この宿に来たときの様子見ると、彼、相当モテてますが――』

『多少引かれてもグイグイ距離を詰めるべきかと…』

 

清澄の彼女たちだけではない、彼に真っ先に近づいた東横さんも、衣ちゃんも、同じ想いを抱いているのだとしたら…

そして、麻雀を通じて実感した彼女たちの強かさ、それが彼に向けられてしまえば…

 

どうなってしまうのだろうか

 

 

 

「のど渇いたでしょ?お茶でも出すわ」

 

スッと立ち上がる。

お願いします、という彼の声を背にして備え付けの冷蔵庫の戸を開く。

コップ二つに麦茶を注ぐ。なみなみにはならない程度にたっぷりと。

そして彼の前に二つの麦茶を置き

 

彼の隣に座る。

 

「え?」

 

「ふふっ…」

 

こういう時、どうすればいいのだろうか。

特定の誰かの気を引いて、グイグイと距離を詰めるためにはどうすればいいか。

誰かの興味を引いたり、笑わせたりするのは苦手だった。だから同級生とはあまり仲良くなれなかった。

どうすればいいかと考えた時、とある友人が脳裏に浮かんだ。

 

――竹井久

 

そう、彼女のように接すれば、距離を詰めて思った本心を話せば,キチンと褒めることが出来れば…

 

「京太郎くんって、綺麗な髪をしてるわ」

 

「えっ、そ、それを言うなら美穂子さんだって」

 

「そうね、同じ金色で…ちょっと嬉しくなっちゃう」

 

「あ、そ、その」

 

 

そう思うと自然と言葉が出てくる。スラスラと、まるで私じゃない誰かが喋っているかのように。

思い通りに事が進む。この場を掌握している感覚、根拠はないが、確かに、徐々に距離は詰まっている。

でも、まだ足りない、もっと、もっと詰めなければ……

 

そっと、肩が、触れ合う。

 

「体も大きくて、がっしりしていて、とても男らしいし」

 

「あ、あの、それはどういう意味…」

 

「ふふっ…事実を述べただけよ」

 

しなだれかかり、肩に首を預ける。

彼の肩はちょっとごつごつしていて、固く、枕としては落第点であるものの、心地よい。

突然枕にされ、困惑する彼にいたずらっぽい笑みを返す。少し意地悪な答えを添えて。

 

困っている彼が更に困るのを見て、何故だか楽しくなってきてしまって

更に困らせてあげたくなる。

 

「ねぇ、京太郎くん」

 

「は、はい!」

 

「私はどうかしら?」

 

「へ?」

 

顔がかぁっと熱くなるのが分かる、はしたないことを言っている自覚はある。

でも、制御を失った想いは止まらなくなり

 

「京太郎くんは、見たり、触ったり、したでしょ?」

 

「!!?」

 

まるで絵本に出てきた魔女のように、小説に出てくる悪女のように、目の前の彼を搦めとろうとする。

普段の私じゃ言わないようなこと、そんな言葉が飛び出してきて、更に彼は困惑する。真っ赤になりつつもころころと表情を変えて。

 

「みみみ美穂子さんおちつい…」

 

「思った通りに言ってほしいの、その…」

 

そんな彼の頬に手を添える。真っ赤になった頬は、思ったよりも熱くなく、そこで漸く私も真っ赤になってることに気がつく。

この言葉の続きは…ちょっと下品な話になってしまう。が、長らくそれを抑圧していたせいか、いざ破るとなったとき、どうしても昂ってしまう。

 

この背徳感を孕んだ快楽は

 

「柔らかかったとか…興奮した…とか、そういったことを」

 

「あ、あわ、あわわわわ」

 

私を更に後押しする。

 

「ねぇ、正直に教えて」

 

「京太郎くんのこと、もっと知りたいの」

 

無意識的に両目を開けていた。

彼の表情、呼吸、視線、手癖、その一挙一動が目に入り、彼が慌てているのがよく分かる。

それに加え、彼が…彼がまんざらでもないということも、本気で困っているわけではないことも。

視線は宙をさまよい、顔は真っ赤であるのに、突き放そう、離れようという仕草は全くない。

 

だからこそ、余計に後押ししてしまう。

まんざらでもないということもそうだが

 

――脆い

 

彼の脆弱さに気づいてしまって。

こんな私が少しグイグイ押しただけで、こうも簡単に流されそうになっている。

もし、これが他の彼女たちであったとしても……彼はこんな風になっていただろう。

そんな予測が、私の中の黒い感情を――執着心を膨らませる。

 

ならば先に縛ってしまおう。彼の責任感の強さ、一途さ、優しさにつけ込んで。

そんな感情が心を占めてしまう。いけない方向に行ってるのは分かっている、でも、やめたくない。

 

――きっかけなんて大したものじゃないわ

――その後が良ければ,その後の彼を幸せに出来ればいいのよ

 

誰かが、そう、囁いた,気がした。

 

まず手に入れなければ始まらない.始まりなんて終わりから見れば些細なことである.

そんな思考が渦巻く。誠実とは言えない、悪女のような考え。自分が自分でないような奇妙な感覚に襲われる。

彼の良心に付け入ってきっかけを作ってしまおうだなんて,普段の私じゃ考えもしなかっただろう。

 

でも今は悪魔の囁きが聞こえてしまい

 

恐ろしくも素晴らしい考えに、頭の中を支配される。

 

「もし正直に言ってくれたら」

 

言ってくれたら、言ってくれるなら、言ってくれたのなら

 

 

なにを――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バタンと大きな音を立ててドアが開く!!

 

「「!?」」

 

「おねーさん!」

「覗きは京太郎のせいじゃなくて私のせいなんだじぇ!!だから京太郎をゆる……」

 

勢いよく現れたのはこのタコス――片岡優希である。

ドアを開けるや否や、大きな声で京太郎を擁護し始める。が

目に入るのは、真っ赤になって隣り合っている仲つつまじい男女。

その女、男の頬に手を添え、顔を間近に近づけており、今にもキスできてしまいそうである。

 

「京太郎……なんなんだこれは?」

 

「ああいやそのこれはそのあれだあれあれ」

 

「そ、その、別にいかがわしいことを…」

 

「痴女は黙るんだじぇ!!」

 

「!!?」

「お、おまっ、美穂子さんに何を…!?」

 

問い詰める少女、バグる少年

弁解するキャプテンを暴言で一蹴する清澄の先鋒。

 

「ち、痴女……わたしちじょ……」

 

「し、しっかりしてください!」

 

「うるさいうるさい!!そこに直れーー!!」

 

マインドクラッシュによって茫然自失となった痴女。困惑しっぱなしの京太郎。怒号で場を収めようとする片岡優希。

まさしく阿鼻叫喚である。

 

次に続く




いつも感想等ありがとうございます.
長らくお待たせしました美穂子改めて痴女です.

基本的にこの京ちゃんはヘタレなので,襲われることはあっても,襲うことはなさそうです.
完全に被捕食者である.


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48 その頃一方

先に謝罪しますが,今回は話が全くもって進みません


ささ、久々に彼女らの様子を見てみよう

 

ここは山奥にある物静かな旅館……いや、ホテルというべきか。

そのロビーはとても広く、温泉上がりのお客さんがゆったりできるような心地よい空間……のはずである。

 

そんな雰囲気をぶち壊し、ドタドタと走り回る少女たち――お馴染み、清澄高校麻雀部である。

優希と京太郎が居なくなったのに気がつき、やりやがったなと勘づき、鬼の形相で捜索網を敷く清澄の修羅たち。

血眼になってホテル中を駆け回り、ムフフなイベントをこなされないよう警備を強化するも

 

「いた?」

「いーや、こっちはおらん」

「こっちにはいませんでした」

 

尻尾すら掴めず、何も得ず。タコスを置いても現れず。

それもそのはず、あの二人は野外デートをしているのだから。

そら屋内探してもいないものはいない、では何故外の捜索をしなかったのか…

 

「やっぱり、外に出かけたんじゃないかな…ちょっと見てくるね」

 

「まて!早まるな咲!」

「ダメです!こんな山中で遭難してしまったら、どうしようもありません!」

「もう、さっきも迷子になってたじゃないの…」

 

このポンコツのせいである。

ホテル捜索中、どうしてそうなったのか、もはや必然なのかは分からないが、なぜか迷子になる始末。

ここどこ…?というメッセージとともに送られてくるボイラー室の画像、そうそう容易く入り込める場所ではない。

そんな彼女の一種のオカルトが外で発揮されようものなら…遭難不可避!もはや合宿どころではない!

それに、普通に地図が無い状態で山の中に入り込むのは危険行動。保護者役である清澄の部長も

 

(まいったわね…)

 

流石にそれは容認できない。

片岡優希と須賀京太郎の動向も気になるが、まず第一は部員の安全。

彼が一番かわいいが、彼女らもかわいい後輩たち。大変な目には合わせたくない。

とはいえ、あの二人が山の中に入っている可能性もあるのだから…

 

(あー、あーあ、どうしよう)

 

思考は堂々巡り。

部長という役職は見かけによらず大変なものである。胃が痛くなってくる。胃薬残ってるか確認しなきゃ。

そしてこんな騒動の原因となったタコス娘のことを脳裏に浮かべ、二度とタコスを食わさせんぞと大分強めの呪いを込める。

 

そんな彼女らの脇では

 

(今のうちの京太郎さんを見つけたら…むふふ…)

 

むっつりステルス娘がだらしない顔を晒し、彼を連れ去って二人きりで…というやらしい妄想に浸っているものの、認識されないから恥はかかない。

ちなみにネタバレだが、彼女は京太郎とは出会えないのでこの話には関係ない。幽霊のようにホテルを彷徨うのみ。そしてホテル七不思議へと昇華されるであろう。

 

さてさて、そんな彼女は放っておき、

仕方ない、もう一度ホテル内を見まわろうとトボトボ歩き始める魑魅魍魎。

その船頭の彼女、竹井久のスマホが小さく震える。着信だ。

 

お相手は、渦中の少女、片岡優希である。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

かくかくしかじかまるまるうまうま――

かくかくしかじかまるまるうまうま――

かくしかじかまるうまかくうままる――

 

「つまり、その…」

 

「事故で美穂子が入っているところを見てしまったというわけね」

 

「で、須賀君は今謝りに行ってるということですか」

 

ささ、状況を説明しよう!

先ほど、片岡優希から着信が来たのはいいものの、あまりにテンパっているため何を話しているのか理解不能。

ミリオネアのテレフォンよりも使い物にならない。まだバナナの方が役に立つ。

 

仕方ないから部屋で待ち合わせしたところ、全力で走ってきたのであろう片岡優希がゼェゼェしながら到着する。

そして始まる事情聴取。しかし、話し手は片岡優希。話を纏めるのが彼女が息切れしながら、あの状況を分かりやすく説明できることがあろうか?

 

いや、ない。

彼女の国語は赤点である。

 

しかも、自分と京太郎に非難が集まらないよう情報操作をしようとしたため、話に矛盾も入る始末。

錯綜する情報、混乱する部員たち。焦るタコス、チクタクと時は刻む。

そうして約十数分の謎解きを終え、ようやくキチンと整理し終える。

 

「ゆーきが須賀君を連れださなければ…」

「優希ちゃん、ちょっとお話しようか」

「ひぃっ!!」

 

「美穂子の裸をね…ふーん」

「なんもないといいがのぅ」

 

結局全て話すことになり、魔王とデジタル娘に囲まれるタコス娘。自業自得である。

お話とは一体なんなのだろうか…それを知るのは魔王のみ。

 

さて、事情は全て把握したが、もはややれることはない、彼の説教が終わるのを待つが

 

「そもそもゆーきは勝手に動きすぎといいますか、私も誘ってくれたら~~」

「そうだよ!優希ちゃんは京ちゃんのこと独り占めし過ぎだよ!」

「うぅぅ……」

 

おいそこの幼なじみ、お前が言えたことではない。

 

「これこれ、そんなに優希をイジメちゃいかん」

「染谷先輩…!」

「そうよ、というか和なんて事あるごと須賀君を誘ってるじゃない」

「そそそそそんなことありません!!」

「和ちゃんはもっと自粛するべきだよ!」

 

そこの魔王、便乗するのはやめなさい。お前はもっとヤバいことしてただろ。

こうして話を続けるものの

 

「そもそも部活中はそういうこと無しって決めたのに、和は~~」

「それを言うなら部長だって~~」

「おい、熱くなりすぎじゃ」

「なによー、まこだって――もがっ」

(あ、あほ!ここでバラしたらどうなるか分かるじゃろ!)

「……怪しいです」

 

「京ちゃんまだ帰ってこないねー」

「もう一時間近く帰ってこないじぇ……」

 

いくら待っても帰ってこない。

大したことはやらかしたが、それにしても長すぎる。説教にしては長すぎる。

話し込んでいるなら話は別だが、京太郎は平謝りするしかない立場。仲良くお喋りなんてしているわけがない。

いやはや、覗かれた相手と談笑する女がどこに居ようか?どこにいるのだろうか?皆さんは知っているだろうか?

 

そして待ってる間も時計は相も変わらず時を刻む。長針はそろそろ一周してしまう。

それに伴い不安が積もる。

 

「…流石に長すぎませんか?」

「え、ええ…美穂子がそんなに長く説教するなんて思えないし」

「……京ちゃん、もしかして…」

「…うーん?何がどうなったらこんなに長く…?」

 

困惑する少女たち、そのうちの一人は目から光を失っている。急性京ちゃん中毒である。

 

そしてここにもプルプルと震える少女が一人、元凶の片岡優希である。

自分が唆したせいで、彼が覗きをしてしまい、そのせいで小一時間も説教されている…と思っているのだから、罪悪感はマシマシのマシマシである!

居ても立っても居られない、そんな想いが募り募って

 

「わ、私もおねーさんに謝りにいくじぇ!!」

 

立ち上がる少女!駆ける少女!ドアを弾け飛ばす少女!

そのまま部屋を飛び出し、超特急で廊下を駆けては駆けて、あっという間に曲がり角へと消えていく。

 

「お、おい待て優希!」

 

慌てて制止する染谷まこ。だが、いない者は返事をしない。返ってくるのは虚無ばかり。

 

「……部長、私たちも行きましょう」

「え、ええ、もちろんよ」

(咲さんがちょっと怖いです)

 

宮永咲、そのアンテナが何かを受信したのか、風格を漂わせてすくっと立ち上がりそう進言する。

残る四人も部屋を飛び出したはいいものの…

 

「…どこの部屋かしら?」

「え?」

「あ」

「へ?」

 

誰も肝心の部屋を知らない!

どこに居るのだ京太郎!どこに行ったのだ片岡優希!どの部屋なのだ福路美穂子!

先ほどの事情聴取はなんだったのか、一番大事な情報が致命的に抜け落ちていた!

これも、あのタコス娘の陰謀……ではなさそうである。ならわざわざ宣言して部屋を飛び出さない。

 

「たぶんこっちだと思います」

「やめろ咲!お前のこっちはアテにならん!」

 

そうしてオロオロしていると

 

『そこに直れーーー!!』

 

あの可愛らしい声が聞こえてきた

 

次に続く




おはようございます.
清澄書きたかった欲に忠実になった結果がこれです.尺伸ばしだけど許して?


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