戦姫絶唱シンフォギア 戦鎚の戦乙女 (ラ・ピュセル)
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第1話

少女はその光景に唖然としていた。

人を殺すことに特化した兵器・ノイズに囲まれ、もうすぐ自分も死ぬのか。そう思っていた。

その瞬間、雷鳴が轟き辺りは一瞬で光に包まれた。眩しさに目を伏せ、再び瞼を開けると周囲にはノイズがいなくなっている。その代わり、少女の目の前に一振りの戦鎚が地面に突き立っていた。

少女が何事かと思っていると、頭の中に声が響いてくる。

 

『お前は力を望むか?全てを薙ぎ払い、全てを砕く神の雷を』

 

『力を望むならば掴め。その一歩を踏み出し、その手を伸ばし、我を振るうがいい』

 

少女は決意した。あの化け物共を、人の命を容易く奪うあいつらを、今度は自分が始末してやると。

少女は戦鎚を手にする。すると胸の内から歌が流れてくる。

 

『Annihilation Mjolnir tron』

 

その唄と共に少女は鎧を纏っていく。黒く重厚な鎧に竜を模したヘッドギア、そしてその手にはあの戦鎚が握られていた。

名をミョルニル。かつて北欧神話において、雷神トールが振るったと言われる神の鎚である。

自分の変化を確認した少女は、その場から歩き出す。己の手にした力をぶつけるべき獲物を求めて。

その後、人々の間である噂が語られるようになった。

 

『巨大なハンマーを手にした鎧の少女がノイズを倒している』

 

『その少女は人類をノイズから守る戦乙女だ』

 

少女は我関せずとばかりにノイズを殲滅していく。そんな中、少女はある話を聞いた。日本という島国はノイズの出現率が高いのだと。

それを聞いた少女はすぐさま日本行きを決めた。より多くのノイズを屠る為、少女の歩みに迷いは無かった。

 

 

 

少女は今、ライブ会場にいた。自分には縁遠い場所だと感じながらもここにいる理由は、彼女の予想では出現の可能性が一番高いと判断したからだ。今までの経験則からノイズは歌に関係ある場所によく出現していた。それを踏まえて近いうちに行われるライブで、最も規模が大きいのがこの会場だった。確か「ツヴァイウイング」という二人組で同い年位の娘だったか。

観客席の端っこで目立たない位置で彼女はその時を待っていた。

 

 

ライブは盛り上がっていき、今は最高潮に達していた。大一番である「逆光のフリューゲル」が始まろうとしたまさにその時、襲撃の狼煙があがった。

突如出現したノイズに悲鳴を上げ逃げまどう観客達。誰もが自分だけは助かりたいと、他人を押しのけ出口へと殺到する。そんな観客達を嘲笑うかのようにノイズは次々と殺していく。

 

「翼!止めるぞ!」

 

「ええ!」

 

ガングニールと天羽々斬の奏者である二人が聖詠を紡ぎシンフォギアを纏おうとしたその時、二人の耳に別の歌声が聞こえてきた。

 

『Annihilation Mjolnir tron』

 

そして目の前に現れたのは、

 

「黒い…シンフォギア?」

 

 

~特異災害対策機動部二課・本部~

 

「っ!これは!?」

 

「どうした!」

 

「フォニックゲインを観測!今までに観測したことの無い数値です!」

 

「アウフヴァッヘン波形からライブラリとのデータ照合完了!聖遺物・ミョルニルと推測されます!」

 

「ミョルニル…だと!?」

 

 

ライブ会場に突如現れた、ミョルニルのシンフォギアを纏った少女は息を漏らすように呟いた。

 

「ああ、今日は最高の日だ…」

 

「何言ってやがる!せっかくのあたし達のライブでノイズ共が観客を殺してるんだぞ!」

 

少女の言葉に怒りながら奏は言った。しかし少女は意に介さない。

 

「いや、私にはそんなの関係ない。私が嬉しいのは…、こんなに大量のノイズを屠れるってことだけだ!」

 

その言葉を待っていたかのようにノイズ達が少女に殺到する。少女は嬉々としてハンマーを構えノイズの殲滅を開始した。

横薙ぎで吹き飛ばされ、振り下ろされるハンマーに叩き潰されるノイズ。少女はノイズを殺す度に感情が昂ぶっていくのか、攻撃の手は次第に加速していく。

 

「さあ、私を殺してみろ!お前らは人を殺すためだけに存在してるんだろ!?」

 

《Jormungand》

 

少女が柄を地面に突き立てると、ハンマーが上空に向け放電を行う。電流は途中で反転しながら無数に枝分かれしていき雨のように降り注ぎ、周囲のノイズは容赦なく雷に飲まれ焼かれていく。

 

「なんなんだよ、あいつは」

 

「奏!私達も!」

 

「ああもう!あいつだけにやらせてばっかじゃいられないな」

 

『Croitzal ronzel Gungnir zizzl』

 

『Imyuteus Amenohaaakiri tron』

 

奏と翼もギアを纏うが、既に半数ほどは少女の手によって駆除されていた。

 

「邪魔するな!こいつらは私の獲物だ!」

 

「ノイズの駆除はあたし達の役目だ!黙って見てられるか!」

 

ノイズを切り裂きながら奏は反論していく。

残り3割程度になり、もうすぐ終わりかと思われたが突然ノイズが更に出現した。残っていたものと合わせると、襲撃時と同じ数まで戻ってしまっている。

 

「そうだ、もっと来い!一匹残らず消滅させてやる!」

 

数が戻ったことで翼達もペースを上げようとしたが、不意に奏の体勢が崩れる。

 

「奏!?」

 

「くそっ、LINKERが切れちまった!」

 

そこにノイズが飛びかかっていき、なんとか迎撃しようとアームドギアを振りかぶるが出力が下がっている為アームドギアが砕かれてしまう。そして飛び散った破片は逃げ遅れた観客に突き刺さる。

 

「しまった!おい、しっかりしろ!」

 

奏が呼びかけるも反応は弱々しい。

 

「意識をしっかり保て!生きるのを諦めるな!」

 

「おい、さっさとそいつを連れて失せろ」

 

さっきまで荒々しく闘っていた少女が、憤怒の形相で奏を睨んでいた。

 

「なんだよお前!?他の観客がノイズに殺されるのを見ても、私には関係ないって言ったくせに!」

 

「確かにそう言った。私が苛立ってるのはお前の弱さだ」

 

「何!?」

 

 



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第2話

「何故私がああいう風に言ったかだったな。端的に言えばノイズに殺された奴らは単に運が無かっただけだ」

 

少女は殺意にも似た怒りを奏に向けながら話す。

 

「普通の人間はノイズを倒せない。一方的に殺される、いわば台風や津波のような災害みたいなものだ。そう考えると殺された奴らはついてなかったとしか言えない。だが、今死にそうになってるそいつはどうだ?」

 

少女は奏が抱えている観客の少女を指差す。

 

「元々の原因はノイズの出現だが、現にそいつを傷付けたのは何だ!お前の力が足りないせいで武器を砕かれ、そいつに破片が刺さって死にかけている!直接の原因はお前にあるんだ!」

 

「アタシは…!」

 

違うと反論したいが言葉が出てこない。少女の理屈は奏からすれば受け入れられるものではない。しかし少女の述べた現状は一つも間違っていないのも事実だ。確かに自分はLINKERを使って無理に適合係数を上げている。翼のように本来の適合係数が高ければ、今回のようなことも無かっただろう。

 

「人が人を殺す。経緯はどうあれ結果的にそうなることが、私は許せない」

 

そう言うと彼女はノイズの方へ歩いて行く。

 

「もう気分じゃなくなったからさっさと片付けてやる。そこにいると巻き添え食うからさっさと失せろ、邪魔だ」

 

「クソッ!」

 

少女の言葉に反論できなかった悔しさと自分の無力さに対する怒りが心を埋め尽くしたが、今すべきことを考え奏は観客の少女を抱え翼と撤退していく。

奏達が安全圏まで下がったのを確認した少女は力を解放していく。

 

 

 

「フォニックゲイン急激に上昇!並びに周囲の温度が低下していってます!」

 

「何をするつもりだ!?」

 

 

 

 

「砕けろ!!」

 

少女はそう言うとハンマーを振り上げ、全力で地面に叩きつけた。

 

 

《Niflheimr》

 

 

すると少女を基点に周囲が凍っていき、まるで津波のようにノイズ達を呑み込んでいく。全てのノイズが凍り付いたのを見た少女は近くの氷を小突く。氷はノイズもろとも砕けていき、破片となって散っていった。

 

「さっさとそいつを治療してやれ。もしそいつが死んだと知ったら、再起不能になるまで叩き潰す」

 

そう言うと少女は跳躍し、その場を離れていく。

 

 

 

「ミョルニルの反応消失。見失いました…」

 

「…負傷者の救護と奏達の回収だ。奏にはフォローが必要か」

 

「だいぶ精神的に堪えたでしょうね。奏さんの性格上、結構引き摺りそうなこと言われましたからね」

 

そうだな、と頷きながら弦十朗は緒川に指示を出す。

 

「あのミョルニルのシンフォギア奏者を調査してくれ。接触が可能と判断出来たなら二課への勧誘も頼む」

 

「わかりました」

 

了子も気になるわねと呟きながら言う。

 

「私が手掛けたのは奏ちゃんのガングニールに翼ちゃんの天羽々斬の2つだけ。現状ではそれ以外にシンフォギアは無い筈なの。可能性として一番あり得るのは、米国のFISがこちらから提示した櫻井理論から試作品ないし1つめのギアを完成させたってとこかしら」

 

「だがそのような報告は一切来ていない。第一あの秘密主義の集まりが、こんな我々にすぐ気付かれるようなことをするわけがない。この矛盾がどうにも引っ掛かる」

 

突如現れたミョルニルのシンフォギア奏者。彼女は何者なのか、調査が始まるのだった。



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第3話

少女はある一軒家を近くのビル屋上から眺めていた。その家はライブの際に負傷した観客の家だった。

ついさっき彼女がこの家に入っていくのが見え、ここが彼女の家なのだと理解した。ちょうど窓から中の様子が見え、母親と祖母らしき人物が彼女を見て喜んでいるのがわかる。恐らく彼女が無事に退院できたことが嬉しかったのだろう。

特に問題はなさそうだと判断し、その場を離れようとした時、何人かの少年達が彼女の家の前で立ち止まった。何事かと思っていると、少年達は塀に「人殺し」や「税金泥棒」と落書きしていく。それを見るなり少女は少年達に詰め寄る。

 

「おい、何してるんだお前らは?」

 

少年達は少女の存在に気付くも、悪びれた様子も無く言った。

 

「は?何って、お前知らねぇの?ここに住んでる奴ってあのライブに行ってたんだとよ。ニュースじゃノイズに殺された奴もいたけど、それ以上に避難する時の事故で死んだ奴の方が多いって話でさ。それってつまり、あのライブで生き残った奴は他人を蹴落とした人でなしじゃん。その上政府から保険金とか言って金貰うとかマジでふざけてるだろ。そんな奴はこんな事されても文句は言えないだろ!」

 

言い切ると同時、少年は窓へ向け石を投げつける。ガラスの割れる音が響き破片が飛び散る。家の中から怯えるような声も聞こえた。

その反応に対し、少年達はゲラゲラ笑っていた。まるで悪人が成敗される瞬間を見るように。

それを見た彼女の怒りのメーターは既に振り切れていた。最初に石を投げた少年を殴り飛ばし、何が起きたか理解できてない他の取り巻きも殴る。

 

「な、何すんだよ!?」

 

「黙れ!お前らはあの地獄をその目で見たのか!?一方的にノイズに殺されるしかなかったあの場所で、あの娘は周りの奴らを見捨てるどころか逆に助けていたんだ!」

 

殴られた頬を擦りながら少年は言う。

 

「それを見てたってことはお前も人でなしの仲間ってことじゃねぇか。お前ら!こいつのことやっちまおうぜ!」

 

仕返しとばかりに少年達が詰め寄ってくる。しかし、数年間をノイズとの戦いで過ごしてきた彼女からすれば、ただの喧嘩しかしたことのない動きなど簡単に対処できるものだった。息一つ上げず一方的にやられ、少年達が戦意喪失するのはすぐだった。そんな彼らに彼女は言い放つ。

 

「私のことをどう言おうが気にしない。だがあの娘を、人として尊い志をもった彼女を貶すことだけは許さない!」

 

少年達は必死に頷き、一目散に逃げていく。

この日を境に、彼女への嫌がらせは起きなくなった。学校での嫌がらせも今回の1件が噂として伝わり、する者がいなくなったのだ。

少女がこの事実を知るのはしばらく後のことだった。



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第4話

いつものように発生したノイズを駆逐し終わった時、その男は現れた。茶髪でスーツを着た細身という見た目、周りにも同じような黒服がいることからどこぞの裏組織的な所の人間という予想がある。

 

「なんだ、お前ら」

 

「少し貴女の武装について話があるのですが、ご同行願いませんでしょうか?」

 

物腰は丁寧だが逃がす気は微塵も無い。どっちにしろついて行けば面倒くさいことには変わりないだろう。

無言でその場から駆けだし撒こうとする。しかし男は慌てる様子もなく拳銃を1発だけ発砲する。

 

「いきなり発砲とか荒すぎじゃないか」

 

「いえ、はじめから貴女を狙ってませんから」

 

「は?何言って…」

 

突如身体が動かなくなる。見ると先程の弾丸は少女の影の落ちた位置に撃たれている。

 

「ちっ、妙な技使いやがって」

 

「すみませんが、少しの間拘束させていただきますね」

 

 

 

 

 

手錠を付けさせられ連行されたのは学校のような建物だった。1台のエレベーターに乗せられ、途轍もなく長いエレベーターシャフトを下っていく。

やがてある部屋の前まで辿り着く。どうせコレを奪うか逆らえないようにしていいように使われるだけだろ。そんなことを考えていたが、そんな考えは大量のクラッカーの音で掻き消された。

 

「ようこそ!特異災害対策機動部二課へ!」

 

正面に立っている赤いシャツを着た逞しい体つきの男が言う。呆気にとられている少女をお構いなく男は言葉を続ける。

 

「我々は君を歓迎する。ゆっくり寛いでくれ」

 

「いや、ちょっと待て」

 

やっと思考が追いついた少女は男の言葉を遮る。

 

「いきなり手錠付けられて、連れてこられた場所で歓迎ムードってのはどういうことだ?あんたらがどういう組織で、何で私を連れてきたのか説明が欲しいんだが」

 

「あぁすまん。緒川、外してやってくれ」

 

先程妙な技を使った男・緒川が彼女の手錠を外す。

 

「それじゃあ改めて自己紹介させてもらおう。俺の名は風鳴弦十朗、ここの責任者だ。簡潔に言おう。君に来てもらった理由は我々に協力して欲しいからだ」

 

そう言うと同時、弦十朗の後方から2人の少女が歩いてくる。確か2人はあのライブで歌っていたツヴァイウイングの天羽奏と風鳴翼だったか。

 

「ダンナ!本当にこんなやつを仲間にするのか!?」

 

奏は始めから否定的な態度である。無理も無いだろう。文字通り血反吐を吐いてまで手に入れた力をもって人々を守ってきたのに、いきなり現れた人物から弱いと言われたのだ。到底協力関係を築けるとは考えられない。

 

「随分な嫌われようだ。お前が何でそんな態度なのかは理解している。だけど私は事実を言ったまでだ。『お前はまだ弱い』と」

 

「っ!テメェ!」

 

少女の言葉で完全に頭にきて殴りかかろうとするも、翼が奏を抑える。

 

「まったく、話にならない。今の言葉を聞いてこちらに怒りをむけるのか。お前は私を殴ることで強くなるのか?そうなら殴ればいい」

 

この少女の言葉は、言ってることは無茶苦茶だが結論は的確なことを言っている。だからこそ奏は少女の言葉に苛立ちを隠せない。

 

「じゃあ少し話題を変えよう。お前は何の為にギアを纏っている?」

 

「なんだと?」

 

「お前がギアを纏って戦うのはお前の意思なのか?それとも命令されて戦っているのか?」

 

その問いに奏は迷いなく答える。

 

「そんなの決まってる!家族を殺したノイズを殲滅させる為に、アタシはガングニールを纏ってる!その為だったらアタシは命だってー」

 

奏がそこまで言うと少女は目を見開き、貫手を奏の喉元寸前まで繰り出す。

 

「あんたの覚悟はわかった。それを否定する気もない。だけど簡単に命を懸けるなんて口にするな」

 

手を引きながら続けて少女は語る。

 

「それに、あの娘にあんたは言った筈だ。『生きるのを諦めるな』と。それを言ったあんたが命を捨てるようなことをしてどうする?」

 

その言葉を聞いて奏は気付かされ、何も言い返すことが出来なかった。

 

「少なくともそいつが、口先だけじゃなく真に纏う理由を持てるまでは仲間に加わるつもりはない」

 

「わかった、君の意思は尊重しよう。だがせめて、これだけでも受け取ってくれ」

 

弦十朗はそう言うと少女にデバイスを渡す。

 

「これは?」

 

「我々が使用している通信機だ。ちょっとした買い物もそれで済ませられる便利な代物だ。君の方から連絡したい時にでも使ってくれ」

 

「わかった、貰っておく」

 

そう言って少女は去ろうとする。

 

「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったな」

 

弦十朗の発言に少女は答える。

 

「紫雷ノエル、何かあれば連絡してもらってかまわない。話くらいは聞く」

 

そう言って少女・ノエルは部屋を出ていく。

 

「緒川、藤尭」

 

弦十朗が名前を呼ぶだけで二人は意図を察する。

 

「はい、彼女の身元調査ですね」

 

「ああ、拒絶まではいかないがあの様子じゃ話してくれなさそうだからな。何かしら情報が出たら報告してくれ」

 

「了解しました」

 

一方、奏はギアのペンダントを見つめている。

 

「アタシがギアを纏う本当の理由…」

 

その様子を翼は見ていることしかできないでいた。



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