八龍士 (本城淳)
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現代日本編
夢の戦士達


十数年前にちょこっとだけ設定を考えた作品です。



ー???ー

 

廃墟の町。倒壊した家屋の中。

少年は混乱していた。ここがどこなのかはわからない。ただ、戦場であることは確かだ。自分の周囲には多数の死体が転がっている。それは自分と同じ人間であったり、異形の物であったり………。

死んでいる人間の種族も様々だ。少年と同じ黒髪黒目の東洋人であったり、金髪碧眼の西洋人であったり、はたまた黒人であったり、アラブ系の人間だったり。

性別も男女入り乱れている。

廃墟となっている町の風景もおかしい。少年が住み慣れた近代日本の町並みではない。まるで中世ヨーロッパのような町並み…。そこに何故自分が立っているのか……。

「リフォン!」

紅い鎧を纏い、その鎧に合わせたような赤毛の大男が誰かを呼ぶ。少年はまるで子供の頃から共に過ごして来たケンカっぱやいあいつにそっくりの男だと思った。

「おいリフォン!聞いているのか!おい!」

返事がないリフォンと呼ばれる誰かに苛つく大男。

(リフォンさん。返事をしてあげなよ。暑苦しいんだ)

大男は少年の知人と雰囲気はそっくりなのに性格が少し……いや、かなり短気なようである。

すると大男は少年の肩を掴んできた。深紅の籠手が少年の付けている白い鎧を掴んで金属音を立てる。

(あれ?何で俺、鎧なんか装着してるんだ?)

少年が疑問符を浮かべていると、更に軽そうな漆黒の鎧に同じく黒い長髪を靡かせて線の細い男が現れた。

「おい。リフォン。ゼルが苛立っているから返事くらいしてやれよ」

黒髪の男が少年に話しかけて来る。

「わかっている、ディアス。何の用だ?ゼルガティス」

少年は自分の意思とは無関係に口が開き、ディアスと呼ばれた黒髪の男に返事を返した後に、黒髪の男の言うゼル……赤髪の男、ゼルガティスに声を返す。

(俺がリフォン?)

言われてみれば目線が普段と高くは無いだろうか?

声が自分の物では無いような気がする。

それに、何故か自分はソードと呼ばれる長剣を手にしていた。

「奴等がお前の結界を破るのにどれくらいかかる?」

ゼルガティスの質問に対しては少年は……リフォンは疲れ気味に返す。

「もって10分ってところだろう。今回は敵の大隊の将軍が白神将ナラバ・レナだ。奴に対して私の霊術はそう持ちはせぬ」

「ち……こちらも兵力を失い過ぎた。(りゅう)の野郎ははぐれるし、俺達の力も戦いっぱなしで限界だ。戦いは完全にこっちの敗北………それでナラバの相手はキツいな……」

ゼルガティスははきすてるように言う。どうやらリフォン達はこの街の防衛をしており、街は完全に陥落して戦況は完全に劣勢のようだ。

(どういう状況か皆目見当が付かないし、なによりこの俺は誰だよ。一つわかっていることはコレが夢であると言うことなんだが……それにしても酷いな…これは)

リフォンとなっている少年……健斗(けんと)は周囲の有り様に(心の)顔をしかめる。人の生き死ににはそれなりに場数を踏んではいるが、それでも戦場というのは経験をしたことがない。

「行くぞ……間もなく結界が破られる」

リフォンが言うと、ゼルガティスもディアスも立ち上がり、武器を構える。

ゼルガティスは剣に紅蓮の炎を、ディアスも黒い気を短剣に纏わせ、家屋から出る。

そしてリフォンも青白く輝く霊気を全身に纏わせ、石造りの町だったであろう廃墟へと身を晒した。

リフォンが張ったであろう薄いオーラの結界の外は目を爛々と白く輝かせ、こちらを見る大量の異形の群れが埋め尽くしている。

「今回は本気というわけだな。ナラバめ…」

ギリッ!と奥歯を鳴らせてゼルガティスが忌々しげに声を出す。

「逆を言えばここを凌げば反撃のチャンスだ。いくぞ、ゼル、リフォン」

疲れたからだに鞭を打ち、三人は戦場に躍り出た。

「……と」

リフォンは町に張った霊力の結界が破壊されると同時に刃に通した霊力を解放し、異形の物へ向けて放つ。霊力の刃は敵を二、三体胴を切り裂く。動かなくなった数体の獣と人が合わさったような異形を無視してリフォンは霊力を溜めつつ、体を回転させて旋風脚を放ち、そのまま軸足を入れ換えて顎を蹴りあげる。そして喉を剣で突き刺して絶命させる。

(凄い……剣を持ちながら洗練された鋭い蹴り技を放ってそのまま剣技を突き入れた。それに、霊力の力もコントロールも遥かに巧い。俺よりも遥かに……)

「…んと」

次にリフォンは再び刃に霊力を通して突きを放つ。

「エレメント・ランス!」

突きから槍のように伸びた霊力が敵の腹を貫通し、更に後ろの敵を次々と刺し貫いた。その先には白神将ナラバ・レナの姿がある。

「そのまま!突き進め!リフォン!バーニング・カノン!」

大剣を納剣したゼルガティスが敵に向けて手をかざし、魔力を集中させる。魔力が魔方陣を形成し、そこから炎が何重にも重ねられ、人ひとり分の深紅の炎と重なり、方向性を定めて発射される。

(な!普通は魔方陣を魔力で、しかも空中で書くなんて時間がかかる!紙とかに事前に書いた魔方陣を媒介して放つのが一般的だ!それに、(まこと)が言っていたが、魔方陣は素の魔力を炎とかに変質させる事が出来ない未熟者や、基本的に魔力が低い者のブースターとして使用する事くらいしか使い道が無いって言っていた……こんな使い道があるなんて!)

ゼルガティスが放った炎の砲弾は、更にゼルガティスが炎の中に展開された魔方陣がブースターとなって飛ばされた弾丸を更に巨大化させる。

(巧い!こんな魔力の使い方を考えるかよ!)

最初は人の大きさくらいだった炎の砲弾は、ブーストされて更に大きくなり、今では民間一件分の大きさに変化して敵を飲み込んでいく。

敵将への道は出来た!

「リフォン」

リフォンはゼルガティスが作った焦土の道を突き進む。そのリフォンへと脇からなだれ込む魔物の群れ。

「邪魔な奴は任せろ。武光流奥義、邪刃・散会邪功砲。闇の扉を通り、敵を穿て」

体中にほど走らせた闇の気を一気に解放したディアス。放たれた闇の気が何本もの矢に変わり、そして闇の空間に飲み込まれたと思うと、次の瞬間には闇に空間が群がる魔物の前へと現れ、中から先程の闇の矢がドスドスドス!っと刺さる。

(リフォンもゼルガティスも化け物ならディアスも化け物だな!技術も魔力や気力や霊力も!)

健斗も信も(あさひ)も似たような技術は使うが、この三人のように馬鹿げた力は持っていない。

そして、リフォンはそんな三人を信頼しているのか、自分に当たるとは微塵に考えておらず、そのまま敵将のナラバ・レナへと進み………

 

 

 

ー横浜中区にある一軒家ー

 

「健斗ぉぉぉ!」

ドカッ!

「ゲホォ!」

ドサッ!

突然の衝撃に目を覚ました健斗は、自分がベットから叩き落とされた事に気が付いた。

「いってぇ………普通に起こせ!旭!このチビ!」

先程、木藤健斗が寝ていたベットの上には和田旭が高校生にしては小さな体を投げた姿勢から自然体へと戻して健斗を見下ろす。と、思いきや、ベットからジャンプしてその顔をグリグリと踏みつける。

「あ?てめぇ。誰がチビだとコラ。さっきから普通に起こしてやってんのに起きなかったのは誰だ?しまいにはいてこますぞ?おい」

相変わらず口が悪い男の娘だ。そう思いながら健斗は首を支点にして旭の頭を狙って蹴りを放つ。すると旭は上体を反らしてキックをかわす。

健斗は回避されたキックなんて気にしていない。当てるつもりで蹴ったのだが、そんなものに当たる旭ではないのは重々承知しているからだ。キックは元々旭の重心を顔に置かれている足から軽減させる為のもの。

キックを回避して旭の上体がそれれば、その分だけ体重が床についている足にかかる。健斗はその隙にキックを放った勢いで床に手を付き、片手で倒立して立ち上がる。

「この野郎。旭……朝っぱらからやってくれる」

健斗は旭を睨む。

「朝っぱらからやってくれるはこっちの台詞だ。俺にチビって言うんじゃねぇ!」

「事実だろうが!」

旭はチビと言われるのが嫌いだ。そして見た目は女のように整っている。それがまた旭のコンプレックスに拍車をかけている。さらさらの髪質がまた美少女ぶりをより強調している。

理由はそれが元で弱そうだと侮られ、子供の頃から色々と侮られたりしているのだが。それが理由なのかはわからないが、旭は普段から和装を着ている。

中身を知れば美少女なんてとても言えないのだが。

いくらコンプレックスを刺激されたとはいえ、いきなり健斗を引きずり起こしてベットの上から投げ飛ばし、頭を踏みつけるあたり、その歪んだ性格が滲み出ているとも言える。

しかも、合気道等をやるような袴胴衣だ。黒の胴着に胸には和田の三引き線の家紋を刺繍している。実家が嫌いな割には家紋は気に入っているというワケのわからない男である。

「取り敢えず、俺は起こしたからな。早く着替えて来いよ。じゃあな」

旭は袖の中に腕を仕舞いながら部屋を出ていく。その背中を見送りながら、健斗は考える。あの小さな体格で、何であそこまで妙な力を出せるのかと…。

「おっと……着替えなくちゃな」

健斗は夕べ帰ってきたときから着替えずに着ていた白のジャケットと黒いパンツを脱ぎ、学校の制服に着替える。黒を基調とした野暮ったいブレザーである。

耳にかかる程度のクセっ毛にややパッチリめの目、少し身長が高めの筋肉質な体、少し体育会系とも思えるゴツ目だが整った顔はイケメンと言っても良い。実際健斗はそれなりにモテている。

(それにしても、あの夢は何だったんだろうな?)

もうほとんど記憶から消えてしまったが、あの変な夢は何だったのか……健斗は顎を手に当てて考える。

「おーい。まだかー?早く降りて来いよ」

もう一人の同居人、信が下の階から声をかけてきた。

健斗が下の階に着くと、同じ学校の制服を着た信がパソコンを操作しながら緑茶を飲んでいた。

「今日は旭が朝飯を作ったのか?」

「ああ。アイツが作る飯は大抵和食だからな」

そう言って信が振り返る。

安倍信。炎の陰陽術を操る一族の子孫だ。

体型は中肉中背の普通の体型で、少し茶髪気味の髪を前髪だけ立てている。制服の下には紅いジャケットを羽織っており、目付きは少しだけ鋭い。とりわけイケメンという訳ではないが、顔つきは整っている方だろう。

地毛である茶髪のせいで不良扱いされることが多いが、本人は言葉使いが悪いことを除けば別段不良という訳ではない。

信は湯飲みを台所の流しに持っていき、洗い始める。

「飯は食ったのか?」

「ああ。まぁ、至って普通の和食だったぞ」

信は一通り洗い終え、付近で水を拭き取る。

「で、俺の飯は?」

ここで健斗は気になっていたことを尋ねることにする。

そう、普通だったらテーブルの上にあるはずの自分の朝食がないのだ。

アジか何かの魚を焼いたような香ばしい匂いが残っているし、一つだけポツンと残っている湯飲みにはすっかり冷めきったお茶がある。

「ほれ」

信はキッチンの棚から備蓄用のブロック非常食を健斗に放り投げた。

「カロリーメ○トじゃないか。普通の魚はどうしたんだよ」

そう言うと、信は「なんだ、その事か」と言ってもう一つ何かを取り出して口に含む。今や滅多に見当たらない歯磨きガムだ。普通に歯磨きをしないつもりなのだろうか?

「昔からこういう川柳があるだろ?」

信はリビングのドアを開けて肩越しに健斗の顔を見てニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「『いつまでも あると思うな 飯と金』ってな」

そう言って信は足早に出ていき、玄関へと向かった。

早い話が………

「お前!食ったのか!人の飯を食ったんだな?!」

「わはははは!いつまでも起きないお前が悪いんだぜ!このアホ!」

信はダッシュで廊下を抜け、靴を拾って靴下で玄関を抜けて外へと飛び出した。

「待て!信ぉ!」

健斗もそれを追うが、信と健斗では足の速さはほぼ同じ。結局は逃げられてしまうだろう。だが、健斗は追わずにはいられなかった。

二人が出ていった家の中で、旭が制服の姿で歯ブラシを咥えながらリビングに出てくる。

「パソコンの電源くらい落としていけよ。電気代だってバカにできねぇんだからよ」

旭はそのパソコンの中身を確かめて目を細める。

「依頼が来てるじゃねぇかよ」

そう良いながら、内容を携帯に送信し、パソコンの電源を落とした。どのみち『仕事』は放課後になってからだ。休み時間にでも確認すれば良い。

「それにしても、アイツも抜けてるな」

旭は自分の腹を撫でながら、靴をはく。

「少し食い過ぎたか」

健斗の朝食を食べたのは信だけでは無く、旭もである。




木藤健斗
主人公の一人。霊力と蹴り技を得意とする神奈川私立流星高校の一年生。出身は京都だが、訳アリで現在は実家から出て、本来は敵であるはずの信と旭の三人で共同生活を送っている。


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学校での三人と仕事

ー横浜流星高校ー

 

朝八時、健斗は教室の机に座り、おにぎりを食べていた。育ち盛りである健斗がカ○リーメイト1つだけで足りるわけがない。

「お、さすがに足りなかったか?」

「……足りるわけが無いだろ」

結局、逃げ切った信が健斗の席にやって来てにやついた笑顔を浮かべて話しかけてきた。朝のホームルームまでに買い込んだおにぎりを食べきらなくてはならない。

そんな状況を作った信に対し、健斗は軽い殺意を覚えた。このおにぎりだって遅刻覚悟でコンビニに寄って買い込んだ物だ。

「あ、健斗君。学校で朝御飯?」

「珍しいこともあるもんだな。っていうか学校で朝飯を食うなよ」

「単身赴任のサラリーマンかよ」

まだ食べている途中で健斗に話しかけて来るクラスメイト達。学校ではそれなりにコミュニケーションを取り、周囲に溶け込んで生活している。

もっとも、放課後等では家業の神社の修行という事で、横浜には他の神社で仕事をしていることになっているので、あそびに行く余裕が無いことになっているが。

「………で、なんか面白い記事はあったか?それ」

「いや、暇潰しにはなるが大して面白くはないな」

一方で信と旭は普段は大抵二人で行動している。

互いの席のどちらかに行っては本を読んでいたり、持ち込んでいる将棋やら囲碁やらチェスやらをやっている。

健斗のように仲が良い者達が集まってくるわけでもなく、まるで彼等二人だけの世界がここに展開されている。

今は旭がどこかのゴミ箱に捨てられていたであろう週刊誌を読んでいるが、特に気になる記事は無かったようで、直ぐに鞄にしまっている。

R-18な数ページのグラビア以外は捏造とかパパラッチ内容だけのつまらない三流誌だ。帰りにでもこっそり駅のゴミ箱に返すつもりだろう。

だが、そんな三流誌でも表の雑誌や新聞には掲載されない時折バカに出来ない裏の世界の動きを載せている時もあり、それが情報現として役に立ったこともある。もっとも、ガセネタに踊らされ、赤っ恥をかいたことも少なくなかったが。

そんな二人の行動に、一部の腐った女子からは餌食にされているが、二人はそんな事を知りつつも、歯牙にもかけていない。

そういう世界もあるのだろう程度にしか考えていないからだ。だが、間違っても二人はそういう展開にはならない。それは何故だかは答える時がまたあるだろう。

ただ、一つ言えることは健斗も含めた三人は友人関係であるかと聞かれれば「否」と答える。

強いて挙げれば呉越同舟であり、運命共同体であるとも言える。

そして、それは彼等の仕事にも関係している。

キーンコーンカーンコーン

「あ、ホームルーム始まるぞ。ケンチャンも早く飯を食い終われよ?」

「ふがふが!(おう!)」

始業のチャイムが鳴ると同時にクラスメイト達は自分の席に戻っていく。

「おーい、ホームルームが始まるぞぉ。お前ら席に着けよぉ。それと、木藤……朝から早弁か?」

早弁とは違うだろう。強いて言えば遅い朝食だ。

今日も彼等の普通に馴染んでいる学校の1日がはじまる。

「なぁ、旭……」

「ああ……」

 

ー校長室ー

 

流木(ながれぎ)様。彼らが裏の……いえ、闇の世界の一部では有名の三人です」

校長がそう言うと、軽薄そうな感じの男はニヤァっと口の端を上げる。

「奴等がそうですか。噂通り……ってところですかね?」

「噂通り?別段、現段階では彼等は何もしていないですが?」

「いえ、隠し撮りに気付いていますよ」

男……いや、まだ健斗達と同い年の少年は楽しそうに笑う。

「…そうには見えませんが?」

まぁ、素人目にはそう映るんだろうな。だが、少年は素人ではない。

(直接会うのが楽しみだぜ?木藤、安倍、和田。俺をがっかりさせるんじゃねぇぞ?)

 

ー休み時間ー

 

「おい、信と旭。気付いたか?」

休み時間になるや否や、健斗は信と旭の所に詰め寄った。

「ああ、神崎のスーツの胸ポケットに入っていたペン。カメラを仕込んでやがったな」

信は何でもないような態度で言っているが、警戒心は解いておらず、周囲の様子を伺っている。

「誰の差し金だろうな?というか、お前の実家が絡んでるんじゃないのか?この学校はお前の親父が紹介してきたがっこうだろ?」

旭は健斗を睨んでいうが、健斗には身に覚えがない。

そもそも、信と旭は依頼以外では特に変な行動を起こしている節が見られない以上は健斗の実家が動くことはまずないはずだと考えている。

「考えても仕方がないだろ?少なくとも、うちの実家絡みでは無いはずだな。奴等は俺の事は既に興味無いはずだ」

旭は吐き捨てるようにいう。信や旭の実家は、家業から逃げた二人を勘当扱いにして見捨て、それ以来は共に関係を絶っている。今さら自分達を始末しようとするならば、とっくに刺客を放って来ているハズだ。

「何か相手に思惑があるのなら、その内何らかのアクションがあるだろ?警戒だけは怠るなよ?」

健斗がそう締める。相手の意図が読めない以上は特にアクションに出ずに、当面は様子を伺って見ることにしたようだ。

その意見には信も旭も賛成のようで、話は別の事にスライドした。

「それよりも、今夜は仕事がありそうだ」

旭が携帯に送ったメールを二人に見せる。

「何だ……依頼が入ってるのかよ。受けるのか?」

信が尋ねると、旭は少し考え込む。

「今月は仕事が少なかったからな。来月を迎える前にもう一仕事しておかないと、生活が苦しいぞ?」

「まぁ、内容についてはいつも通りみたいだな」

三人が互いに頷いて話を終わらせる。

そこで健斗は元の自分の席へと戻っていった。

そこで信と旭の二人もいつも通り、バックから文庫本を取り出して読み始める。少し会話に時間を使ってしまった為、何かゲームをする時間も無い場合は大抵こんなものである。

ところが今日は二人の日常とは少し異なっていた。

「安倍君、和田君?」

「あん?」

先週に転校してきた女子が話しかけて来た。

「塚山か。何だ?」

塚山麻美。セミロングの茶髪の髪型を纏めた美少女と言っても過言ではない女だが、少し馴れ馴れしい態度で人と……特に男と接するどこのクラスにも一人はいるどこかビッチ臭い女だ。

「何だって…扱いが軽いなぁ~。そんなんじゃ、彼女が出来ないぞ?」

その言葉に顔をしかめる信と旭。

顔から滲み出てるのは嫌悪感のそれだ。

「結構だぜ。なぁ?旭」

「だべ。特にお前みたいな奴はな」

生粋の神奈川南部の育ちである旭は特有の語尾で答える。「だべ」は海辺の神奈川県民に時々現れる軽い方言みたいなものだ。

「えー、なにそれひっどぉい!あたしが何をしたっていうの?」

膨れっ面になる麻美。

大抵、麻美クラスの女の子が相手ともなれば、思春期男子たるものこんな塩対応をすることはあり得ない。芸能人でも中々お目にかかれないパッチリした目、バランスの取れた顔のパーツ、そしてあどけない表情。

普通ならそんな女子に……噂の美少女転校生にそんな態度を取る男はいない。中には気にしてませんよー、とかいう態度を取りながら、バッチリ意識している自称ひねくれ君とかもいるにはいる。

しかし、信も旭も麻美に対しては完全なる嫌悪感を出していた。

「なにもしてねぇよ。単純にお前みたいな奴は生理的に受け付けねぇんだよ。何を考えてるのかわからなくてな」

信の言葉。これは本音の言葉だろう。

「自分でもわかってるとは思うけどな」

旭もそれに続く。

「ハイハイ。もう良いですよーだ。ちょっと挨拶しただけなのに何?その態度じゃ、ホントに彼女が出来ないよ?安倍信君、和田旭君」

麻美は肩を怒らしてその場を去っていった。

「生憎と女には苦労してないんでな」

「だな。一番苦手なタイプの女だしな、ああいうの」

二人の態度にクラスが騒然とする。

確かに二人とも他人と関わるのはあまり得意な方ではないし、異性ともなればなおのこと関わりがない。

だが、かといってこうまでコミュ障ではないはずだと。

先程もあるように、麻美のように男に媚びを売ったりするようなタイプの女はいくらでもいる。そう言った女に対しても信と旭はそれなりに今まで普通に接して来ている。

「珍しくない?安倍や和田があんな態度を取るのって」

「俺なら思わずおっふとか言っちゃいそうなのに…」

「ていうか、近付き難くはあるけど、安倍も和田も話せば案外普通な奴だよね?」

「怒らせなければな」

クラスメイトが口々にそう言う。

「今度こそ安倍も和田も落ちちゃったかな?ホラ、好きになっちゃった子には冷たくしちゃうあれ的な?」

「ええ~!あたし、結構和田君のことちょっと狙ってたのに!ほら、可愛がり的な?」

「ショタしゅみだったの?でも、和田って見た目はああだけど中身は………」

命知らずの女子が旭の禁句をいう。

それを聞き逃す旭ではなく……。

「おい……」

旭が頬杖を突きながら怒りのオーラを醸しながら鋭い声をその女子にかける。

「あっ!ごめん!嘘だから!全部嘘だから!」

「お、落ちつきなって!別に和田君にケンカ売りたい訳じゃないから!」

二人の女子が慌てて弁解する。普段からつるんでいる信の影響からか、無駄に恐がられるのはもちろん、案外旭もケンカ慣れしていることは学校内では有名な話だ。

旭の見た目に騙されて禁句を言って見下した態度を取ったヤンキーが、次の日には顔をボコボコにして旭に道を譲っていた所を目撃されている。

「ったく……あんま変な話を本人の前でするなよ。別にそんなんでは本気で怒らないから。あと、お前、それ嘘だろ」

旭が言うと、女子があちゃーとか言ってギャハハハ!と笑う。本気で狙っているとかではなく、何となくクラスの男の娘をいじってみました的なノリで言ったのだ。

あとはどの辺りまでがセーフなのかを見極める的なあれだろう。

入学してから2ヶ月。まだまだこのクラスの人間関係の距離感は図りかねる。

「でも、何であいつら、塚山さんにはあんな態度だったんだ?ケンチャンはわかる?」

「……さぁ、あいつらの考えがわかるわけ無いだろ?あの手のタイプは元々嫌いで、それがもろに出ているタイプだったからじゃないか?」

ちょっと苦しい理由かな?とは健斗も思う。

何故信と旭が彼女に対してはああいう態度だったのか、健斗もわかっているからだ。

先週、健斗の所に来たときもあんな感じだったが、健斗も対応には苦労した。

「まぁ塚山さんも前はどうだったかはわからないけど、横浜の街は危ないよねぇ~。チャイニーズマフィアとかいっぱいいるしさぁ。変な男とかに拐われたら大変だよね~」

確かにその通りだ。こういうきらびやかな街は危ない。

チャイニーズにかぎらず日本のヤクザとかがしのぎを削っていたりする。

「あ、だから安倍君とかに近付いたのかな?ボディーガードとかになりそうじゃん?安倍君も和田君もケンカ強いしさ」

「さすがにヤクザとか相手じゃどうしようもならないよ!いくら安倍君達でもさ!」

それを聞いて健斗は思わず吹き出しそうになる。

何故ならどうにかなってしまうからだ。

それも、わりかし楽に。

「あ、ところでさあ~。塚山さんって言ったら…」

話題は別の話にスライドした。

話題の美少女転校生ともなれば次から次へと話題が出てくるものだ。一過性のアイドルのような扱いである。

そして再びチャイムの音で次の授業が始まる。

 

ー夜ー横浜中華街ー

 

「今日はこの町で仕事かよ」

白い神主のような格好をした健斗が憮然とした顔をして言った。日本最大のチャイナタウンであると同時に中国マフィアが我が物顔で闊歩する町だ。

「仕方ないだろ?依頼なんだから」

普段気と変わらない黒の胴着に青い袴の旭が言う。

「で、ターゲットは何だ?コレか?」

信は自分のほほに斜めに線を引く。いわゆる893である。

「それだったらお前を連れてきてねぇよ。基本、お前はそっちの事情や抗争には関わらないだろ?」

逆を言えばそっちの事情にこの二人は関わっていることになる。

「じゃあコレか?」

健斗は手を下に垂らして腕を上げる。

いわゆるゴースト……お化けの類いである。

「まぁ、半分は正解だな。どっちとも、かな?」

旭が以来内容を簡単に説明する。

ここに拠点を置くチャイニーズマフィアの事務所の構成員が最近、次々と謎の変死を遂げているという。

警察とか消防も調べてみたが、事件性は何もない。

オカルトの方面で霊媒師とかを呼んでみても特に何の効果も無かったという。

そこで依頼が入ったのが、オカルトの類いからそこのボスを守れという依頼だ。

「まぁ、その大抵が霊感商法だからな。で、本物の場合は俺達の領域って訳だが……」

「どうして俺達はこういう裏の稼業からの依頼しか来ないかね?」

信と旭がため息をつく。

「元々コネクションが裏の世界にしか無いからな。必然的にそうなるだろうよ」

健斗達の仕事とは、要は横浜の街の傭兵的な仕事だ。業種はオカルトじみた物からヤクザの始末、時には暗殺等だが、学業の傍らと言うこともあって依頼は中々来なかったりする。

別に学業はどうでも良い、仕事一本で生活していくと信と旭は言ったのだが、二人を匿っている健斗の父、木藤健三が高校まではせめて出ておけと言うこともあって今の学校に入学しているの。

もっとも、どちらも中途半端な状態になってしまっているが。

何でも屋としての仕事は平日の昼間は出来ない上に、日を跨いだ仕事は出来ないので依頼もたまにしか来ない。

学業の方も最低限卒業出来れば良いという考えなのか、成績は軒並み悪い。単位さえ取れてしまえば出席すらもしないつもりだろう。家でも勉強している所なんて見たことがない。

一回でも依頼をこなせば数十万から数百万の収入が手にはいるが、それだって不定期の収入で安定していない。

しかし、現状で彼等が生活の収入や万が一の為の糧をえる手段は、非合法ながらこの手段しかない。

「じゃあ、行くか。お仕事に」

信の号令で三人はビルにはいった。




はい、今回はここまでです。

裏の一族故に仕事もまともではありませんでしたね。そして謎の少年に塚山麻美……彼等は何なのでしょうか?
それでは次回もよろしくお願いします。


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呪術

ー中華街ーチャイニーズマフィアの事務所ー

 

「初めまして。私がこの幇の老板だ」

幇とは正確には黒幇。日本語にするとチャイニーズマフィアの組の事。

老板とはボス……つまりは組長の事である。

普通ならばここでしっかりと名前を名乗るところなのだが、彼はそれ以上喋る様子はない。

健斗達が若すぎる故に侮っているのが態度から見てとれる。まぁ、初めての依頼者の大半はこんなものだ。

(ちゃん)大人の紹介で依頼して見ることにしたが…大丈夫なのかね?」

張大人とはこの界隈のチャイニーズマフィアでは優先的に仕事を斡旋してくれる顔役だ。

以前に彼から直接依頼を受けた際に気に入られ、傘下の組織等に紹介してくれている。

特に、今回みたいにオカルトじみた内容の場合は個人で活動している信達に依頼が回ってくる場合が多い。だが、傘下の組織の人間も中々最初は信用してもらえない事がままあるのも現実だ。ましてや高校生の三人組で、しかも旭に至っては実力があるとは見た目的に全く見えない。

健斗達もそれは良く承知しているので、特に事を荒立てることはない。かれこれ2年は続けている商売だ。クライアントと揉めるような真似は信用に関わる。

「ええ。こんななりなんでそれは良く言われますが、腕前の方は信用していただければ助かります。それで内容についてはメールで確認した内容でお間違いありませんか?」

見下した視線をスルーして、健斗が代表して答える。

すると、相手は頷いて答える。

「その通りだ。しかし、我々がクライアントでもまるで平然としているんだな。歳のわりに修羅場は潜っているということか?」

「ええ。出来れば普通の一般人の依頼とかを受けたいところですが、生憎とこんな年齢でのヤクザな商売ですから、色々とあるんですよ。張大人と縁を持てただけでもありがたい事です」

おどけた態度で応える信。

「ふん。日本の場合では少ないが、本国では適当なストリートチルドレンを拾ってエージェントを育てている場合もある。お前達もそんな類いの人間なのか?」

確かに世界の水準から見ても日本は平和な国だ。こんな若者が黒社会に混じって活動している話は少ないだろう。逆を言えば海外ではそういう話はわりかし多かったりする。香港の九竜城等はその典型とも言える場所だ。

「ま、そんなところです。それでは早速取りかかる形でよろしいですか?」

雑談も良いが、なるべく早く仕事に取りかかることにする。この商売はまずは実力だ。雄弁に語るよりもまずは実力を見せるべきだろう。

「旭。頼む」

「ああ」

こういう変死などに関わる場合、一番に疑われるのは呪いの類いだ。

そういうのに強いのは旭だったりする。家業がその類いの家で、邪魔物は呪い殺して成り上がってきた家系だ。

旭は周囲を見回して1つの虎の置物に目をつける。

「なぁ、組長さん。あんた、組織内の派閥争いで相当非道な事をやってないか?」

旭がそういうと、組長は鼻で笑って答える。

「黒社会でのしあがるにはそれなりの事はやる。ちょっとやそっとの後ろめたい事は誰にだってあるさ」

「違いない。うちもお天道様に顔向けできる立場じゃないからな。けど、あんたも相当だな。この部屋のあちこちから怨嗟の波動がプンプン匂ってるぜ」

「もっともらしい事を……それに、随分と不遜な態度だな」

旭の物言いに気分を害したらしい組長。

「あ、すいませんね。こいつ、そういう奴なんで気分を害されたのなら代わりに私がお詫びします。ですが、腕はピカ一なんで」

健斗が飄々と謝罪する。今一つ商売が上手くいかないのは信と旭のこういった対人スキルの低さにあるのだが、本人達は直そうとする気はない。

「今回の呪いの原因はこの虎の置物だ。なぁ、組長さん。こいつを破壊して構わないか?」

「ほう?ならばやってみろ。何もなければ相模湾に沈んで貰うだけだ」

「あいよ。じゃあ………」

旭はそう言って目を閉じる。すると、うっすらと黒いオーラが立ち上る。

「こ、この黒い光は……」

「気だ。中国でもごくわずかな拳法家が使うあれだな。旭の一族はその気功の中でも闇の気功に長けた一族なんだ。奴の一族はこれを『(にゃ)』と呼んでいる」

信が代表して組長の疑問に答える。

「『若』だと!?その力は……まさか!旭とやら、お前はまさか、鎌倉の!」

「ああ。その鎌倉の一束だ。俺は落ちこぼれ……だがな」

それ以上は詮索するなと言わんばかりに旭は闇の気を集中させる。

「若掌!」

旭は気を解放して木彫りの虎の置物に掌底を加えると、置物はぱっくりと割れ、中から黒い石のような物が出てきた。

「ビンゴ。呪石が出てきたぜ。こいつが呪いの元だ」

一見、何て事はない石。旭はコレが事件の元だと語っている。

「こ、コレが呪いの元凶なのか?」

「見てみろよ」

旭が石に気を込めると、石から青い炎が噴出する。そしてそれに呼応するように、組長が胸を押さえて苦しみ始めた。

「わ、わかった!もういい!やめろ!」

「そうかい?信用してくれたということで間違いないな?」

旭は力を込めるのを止めると、炎は消え、組長が荒い息を吐きながらも苦しむのを止めた。

「そんな激しい炎を直に触って平気とは…やはりお前は…」

「詮索するなと態度で見せた筈だぞ?呪いを操る一族の末裔が、この程度でどうにかなるかよ」

旭は呪石と呼んだそれを真剣な眼差しで見る。

呪術の解析に入ったのだろう。

呪術と一言で言っても、様々な流派がある。どの系統の呪術が使われ、術者の力量はどの程度の物なのかを知る必要がある。

そしてそれが自分達の手に余るかどうかも見極める必要があるのだ。それには信も協力する。信もそういうのは結構詳しい方だ。流派によっては旭より頼りになったりする。

「では、組長。旭の力を拝見頂いた上でご商談に入らせて頂きます。今回の張大人から受けている依頼の最低ラインは呪術の解呪……それだけですが、どうされますか?」

どう……とはどういう意味なのだろうか。

組長は真意を図りかねていた。

「現段階でのこの依頼では解呪で40万円の報酬を頂きますが、その上で術者を雇った依頼主の特定で100万円、その雇い主を排除するには更に100万円の料金が発生します」

「ぼ、ぼったくりでは無いか?」

「いえいえ、これでも相場よりはかなり安めですよ?旭はあの家の能力者ですから。はぐれとはいえ、その実力はご覧頂いた通りです。専門家にこの手の依頼をすれば、もっと料金がかかる。ましてや荒事までやるとなれば桁が1つ上がるところですよ?」

確かにそうだと組長は唸った。少なくとも、健斗が掲示する値段ならば、元凶の排除まで含めれば何とか予算内で済む。破格の条件だろう。

ましてや、旭の実力ならば……。

「もちろん、これは成功報酬なので現段階では呪いの発生源特定で10万円程度で済みますが……いかがされますか?」

組長は少し考え、依頼料の上乗せを決めた。

「250万を支払おう。敵の排除を頼む」

「商談成立ですね。では……信」

「もう終わらせてある。どうやら、あんたのお仲間が呪いの送り主らしいぜ」

信が手から赤いオーラを出して呪石を解析していた。

「こ、この男も何らかの力を……」

「旭が言っただろ?詮索するなって。で、あんた、別の

幇と幹部の座を巡って対立している。それで間違いはないよな?」

組長が少し考えてから頷く。

確かに自分は組織内部で空席となっている1つの地位を巡り、邪魔な存在がいる。

同一組織内でも成り上がる為ならば始末しあうのが黒社会では当たり前の話だ。

「徐の組織か……。やってくれ、そして潰してくれ。もちろん、失敗はそちら持ちで構わないな?」

「依頼の正否は自己責任ですよ。この世界では当たり前の話ですよね?」

「わかっているじゃないか。失敗すれば我々は責任を負わん。君達の誰かが死んでも、一切の追加料金を支払わんからそのつもりで」

「分かってますよ。行くぞ、旭、信」

そう言って健斗が二人を見ると、二人は頷いて立ち上がり、健斗と共に事務所を出た。

「ふん……茶や茶菓子には一切手を付けんか…可愛いげのないガキども目…」

組長は冷たい瞳で三人が出ていった扉を見つめていた。

 

ー横浜市街地ー

 

「やれやれ。あれは素直に料金を払うとは思えないぞ?健斗」

信が石の解呪をしながら言う。

「ついでに言えば、250万では安すぎる。この石に込められていた呪いは、そんじょそこらの呪い師のレベルじゃない。見たこともない術式だったぞ」

旭が汗を流しながら言う。だが、依頼を受けた甲斐はあった。それだけでも充分に今回の依頼は成果があったことを示している。

「本当の報酬はもう受け取っているだろ?この時点でな。あとは……まぁ、アフターサービスって奴だ」

健斗が信に言うと、信は忌々しげに顔を歪める。

「まぁな。既にいくつかの情報は手に入った。どれもこれも悪い情報だけどな」

「大元を見つけないといけないからな。だからお前の実家は俺達にこの件を当たらせたんだべ?跡取りや俺達のようなの落ちこぼれを使ってよく考えるぜ」

旭が健斗をジト目で睨む。旭は自らを落ちこぼれと言っているが、健斗はそう考えていない。旭も信も、本当の実力を隠していると思っている。

「そういうなよ。さて、お仕事の時間だ。行くぞ、二人とも」

「あいよ。お先に失礼するぜ」

そう言って旭は夜の闇に紛れて姿を消した。

旭は小さな体と自らの力を利用して闇に紛れるのが得意だ。

「じゃあ、俺らは正面から行くぜ?そういうのは得意だからな」

「やり過ぎるなよ?」

「考えとくぜ」

そう言って信が善処した試しはない。やるなら徹底的にやるのがこの男だ。

もうじき敵の幇のアジトだ。

普通の邸宅のような所に到着すると、見張り二人がジロリと二人を睨み付ける。

「是谁! 你们!(誰だ!お前らは!)」

「这不是孩子们来的地方!(子供が来る所じゃ無いぞ!)」

「中国語で話しかけられてもわからねぇよ!」

信が素早く相手の懐に潜り込んでボディ・ブローを鳩尾に食らわせる。

「げふっ!」

「寝てろ。門番」

更に、フックを顔面に入れ、その場に引きずり倒すと、止めと言わんばかりに念入りに下段突きを放って気絶させる。

『お前!ここがどこだかわかっているのか!』

もう一人の門番が懐から拳銃を取りだし、信に向ける。

「だから日本語で話せっつってんだろ。あと、何で銃を向けたなら問答無用で撃ってこないんだよ。明らかに敵だろうが」

信は拾った小石を指で弾いて銃口を詰まらせる。

『じゅ、銃口に石が!』

もちろん、何の力も使わなければこんな離れ業は出来ない。信は自身の能力……魔力のラインで自分の指と銃口の間にレールを作り、その上に小石を走らせて銃口を塞いだのだ。

安倍流陰陽術の魔力操作。

しかし、純粋な魔力をこういう扱い方をする安倍の者を健斗は知らない。大抵は炎なり電力なりを媒介にして魔力を指向するのが普通の魔力の扱い方だ。

純粋な魔力の指向は難しく、そしてすぐに散ってしまって弱い。なのに、こういう扱い方を敢えてやる天性の閃き。

一見力押しが得意なタイプに見えて、信は技術を使うのが得意なタイプだ。この発想力を勉学に使えばもう少し単位が良くなるはずなのだが、残念ながら信は勉学に興味がない。実に勿体ないことだ。それは旭にも言える事なのだが。

おちこぼれと言いつつも、実際の信の実力は旭と同様に相当なレベルにあると健斗は知っている。

「やっぱり素人に毛が生えた程度か。訳がわからんな。門番がこの程度では、組の実力が伺えるってもんだ。俺達三人が出張るレベルじゃない」

信は銃口に石が詰まり、動揺して次のアクションに出られない中国マフィアの力量を見て、この末端組織の実力の程を評する。

先程と同じように懐に潜り込み、顔面に左の肘打ち、右の中段突きを入れると、くの字に屈み込んだ敵の首筋に再び右の肘を落とす。

安倍流古武術。

手技に重点を置いた武術であり、肘や掌底等の骨法のような戦い方をする流派だ。本気ならばこの程度の相手を瞬く間に制圧し、そして命を刈り取るのも容易だったりする。

力次第では腹パン貫通も。

「殺して無いだろうな?」

「やるかよ。後始末がめんどくさい。それに、この門番達は事件に直接は関係ない。巻き込まれてるだけだろうな。とてもじゃないが、あんな高度な呪術使う奴等を扱えるような格があるとは思えねぇ。そんな何も知らねぇ使い捨ての下っぱを殺すほど、非情じゃねぇよ」

健斗が相手の口元に手を翳し、首の頸動脈を確かめる。確かに気絶はしているが、頸動脈には脈があるし、呼吸もしっかりしている。力の入れ方次第では…ましてや信の身体能力ならば死んでいてもおかしくないので、内心ヒヤヒヤしたが、さすがにそこまでやらなかったらしい。逆を言えば本気を出すまでも全くない雑魚とも言えるが…。

「つぅか、お前も働けよ。俺らばかりに働かせんな」

「いやぁ、お前らだけで充分だろ。誰か一人だけでもよかったんじゃないの?」

健斗が気を抜いていると、信はハイハイと手を振って言った。

「チャイニーズマフィアだけならそうだろうな。張大人の中枢に比べたら雑魚も良いところだ。だが、裏に大物がいるのは確かだぜ?皆まで言わんでもわかるだろうけどよ」

信も本気で健斗が気を抜いているとは思っていない。事実、健斗は油断はしておらず、目をあちこちに向けて敵襲に備えている。

伊達にこの歳でエージェントの真似事はしていないと言うことだ。

「さて……と、じゃあ潜入しますか」

「パーティーは始まったばかりだぜ」

二人は門を飛び越えて茂みに身を隠す。

「下部組織の癖に広いお庭にお住まいで。ヤッパリ裏で何かあるな?今回の敵さんは」

信が身を隠しながら、庭の様子を伺う。

「まぁ、それを暴くのが依頼だしな」

「ドーベルマンまでいるぞ?2、3匹程度だが。ま、こいつで充分無力化出来るけどな」

健斗が懐から何かを取りだし、ドーベルマンに向けて投げ付ける。

「ギャイン!」

それは匂い袋。しかも撹乱成分を含めた混ぜた物で、ドーベルマン達はたちまち混乱状態に陥る。ヤクザの本拠地やアジトに乗り込む際にはこういう物を常に用意している。

『な、何だ!犬が騒ぎ出したぞ!』

『お、おい!俺達を襲ってくるぞ!何があった!』

ドーベルマン達が騒ぎ出したせいで敵のアジトが騒然とする。陽動としては充分だろう。

番犬と名高いドーベルマンには匂い袋は有効だ。

潜入としては派手になったが、庭での騒ぎに動くのは三流くらいだ。大物は中で待ち構えているだろう。

二人は混乱に乗じて某怪盗が愛用するガラスカッターを用いて邸宅の中へと侵入した。

恐らくは旭もどこかから潜入していることだろう。

依頼も大詰めとなってきた。

「首を洗って待ってろよ?黒幕」

「裏で手を引いているのは誰だろうな?」

二人はゆっくりと、物音を立てないように移動を始めるのだった。




今回はここまでです。
これから戦いへとスライドします。
まだ健斗と旭がまともに戦ってませんが。
それに、信もこんなものではありません。
それでは次回もよろしくお願いします。


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八龍士

次々と変死を遂げる依頼主のチャイニーズマフィア。
その原因は依頼主に贈られてきた木彫りの虎の置物の中に含まれていた呪石と呼ばれる物が原因だった。
それも、呪いのスペシャリストとも言える旭の目から見ても高度な技術の術式が組まれた呪い!
依頼主はそこで更に原因となった敵の殲滅を3人に依頼する。
依頼主の敵であるチャイニーズマフィアのアジトに潜入した健斗、信、旭の3人。しかし、敵の実力はあまりにも低すぎる。
とてもではないが、高度な呪術師を雇えるような相手ではない!
裏には黒幕の存在が見え隠れしている。
一体敵の黒幕は何なのか!?そして彼等は無事に依頼を終わらせる事が出来るのか!?


ー敵のアジト内部ー

 

「あっさり潜入出来たな……」

「あまりにもあっさりな」

健斗と信は更にゆっくりと邸宅の中を探索する。

内部は誰の気配も感じない。

「アイツ、上手くやってるようだな」

「相変わらず、見事な腕前だな」

恐らくは、先に潜入していた旭が内部の敵を静かに忍より、処理しているのだろう。

適当な部屋を……風呂場等を開けてみると、予想通り適度に首でも絞められたのであろう構成員達が両手両足を縛られ、猿轡をはめられて放り込まれていた。

信と同じように思っていたのか、気絶だけさせられていて命までは奪っていないようだ。

旭は暗殺などの活動が得意だ。

諜報に暗殺、泥棒と活動内容は多岐に渡る。忍者みたいな真似が得意なのだ。

そう言うと、正面からの戦闘は弱そうに聞こえるが、実際は弱くない。あくまでも任務では能力も相まって暗殺等の仕事が得意というだけだ。

「で、敵の居場所はあたりを付けたのか?旭」

健斗がそう言うと、いつの間にか旭が物置の影からニュッと現れた。

相変わらず心臓に悪いなと思いながら、旭の様子を見る。

「まぁな。オーソドックスにも書斎。それに、お前らだって感じているんだろ?呪いの発生源を」

旭が言うように確かに呪いの発生源を健斗と信は感じていた。伊達にその世界にどっぷりと浸かっていない。

こういう仕事を始めたのは最近でも、元々幼いときからこの手の世界に属していたのだ。

それも………家業のせいで。

「それで……中の様子まで確かめたのか?」

「いいや……俺では手に余るわ。解呪とかは苦手だしな」

旭は呪いの解呪などは得意ではない。

何故なら呪いという物に強い耐性を持っており、それ故に先程は呪石を素手で掴んで気を通すような真似が出来たのだ。それ故に自身で呪いを解くのは苦手だったりする。必要がなかったからだ。

「じゃあ、行くか……書斎へ」

健斗が皆を促すように行こうとすると、信がその肩を掴んで止める。

「気ばさ付け。イヤな予感さぁするっちゃ」

信がわずかな東北弁を口にして言う。信は出身が仙台だ。普段は事情により標準語を使ってしゃべってはいるが、時折こうしたわずかな東北弁が出てしまう。

能力者のシックスセンスほど、信憑性と言うものがある。ましてやイヤな予感であればあるほど、その勘に従った方が利口であると健斗達はこれまでの人生でいやというほどに経験している。

健斗が問題の書斎のドアを開ける………そして、一気に突入すると……。

「こ、これは………!」

「酷い………」

「これはさすがに予想外だ……いや、少し考えれば分かるか………」

書斎には………。既に問題の組長は絶命しており、そして構成員達も痩せこけた状態で命を落としていた。

「コイツらは……捨て駒だったんだ…。だが、何の為にこんなことを……」

健斗は懐から祓い串を出して軽く振る。

そこで健斗の眉がピクリと動く。

「敵さんの目的は………もしかして俺達か?」

信が歯をギリギリとならしながら構えを取る。

「最悪の結末だな」

旭も体の力を抜いて自然体になる。

「コレが結末なら良いけどな」

健斗も祓い串を仕舞い、構えを取ってステップを踏み始める。

何故彼等が戦いの構えを取るのか……。それは……。

「オオオォォォォ……」

死んでいる構成員や組長が起き上がり、襲いかかってきた。

「ヤッパリゾンビもので来やがったかよ!」

信が拳に炎を纏わせ、ゾンビの集団に備える。

「結末じゃなくて序章ね。趣味が悪くて結構だ!」

同じく黒い気を拳に纏わせ、静かに力を練る。

「先にやらせて貰うぞ……木藤流霊術…空波!」

健斗は体内の霊力を解放し、さざ波のような霊気の波を波紋のように広げた。その霊気の波に当たったゾンビは動きを鈍くする。

「こんなアフリカンなゾンビを相手にするのは初めての経験だが、幽霊を相手にするのと一緒だと思えば、楽なものだよな!」

鈍ったゾンビを相手に健斗は脚に霊気を込めてハイキックを見舞わす。

「ヴードゥー教に謝るべきだけどな!燃えろオラァ!」

信が炎を纏った拳術でゾンビに拳を当てて火葬にする。

いつ炎が建物に燃え移らないかヒヤヒヤものであるが、効率よくゾンビを倒すには有効手段である。

「しかし、既に死んでるのが相手だと、倒す手段が少なくて困るな!おい!」

旭が言うように、既に死んでいる相手に急所攻撃や首の骨を折ったりなどの攻撃は意味がなかった。めんどくさがった旭は手に気を貯める。

「反若砲!」

放った闇の気がゾンビの頭を吹き飛ばすが……。

「まぁ、死んでいるゾンビの頭を吹き飛ばしたところで意味が無いよな……もはや呪いで動いているんだから。自分の脳みそで考えて動いて無いんだから……」

旭があきらめて、柔術の技で投げてから念入りに骨や関節を破壊しはじめる。

和田流古武柔術。

暗殺を前提とした柔術技で、安倍流古武術や木藤流古武術と同様に時代の闇に生きる流派の武術だ。その性質は殺人が前提の技である。その性質を遺憾無く発揮すれば、不死のゾンビであろうとも行動不能にする手段はいくらでもある。

「マジで250万じゃ割り合わねぇな!」

「結局、術者は出てこなかったしよ!」

取り敢えず今はここから脱出することが先決だ。

敵の目的は3人をここに誘き寄せる事であることは間違いない。こんな手の込んだ罠まで用意して。

だが、何故自分達を?

言っては何であるが、自分達は特殊な一族の出身であることを除けば大した存在ではない。

それよりかは親元の実家の方を狙うべきだろう。

それとも、狙いはそっちなのか……。

「実家狙い……という路線はあるのか?」

健斗のその呟きに答えたのは、信でも旭でもなかった。

「違うな。狙いはやはり君達狙いさ」

バリィィィィンとガラスを破って派手に侵入してきたのは二人の男女。

片方は見たことのない、今時中々見かけない真ん中分けの格好をした、これぞ正当主人公だ!と主張が激しい顔だけはイケメン?…に見えなくもないの棒を持ってきた少年と、見覚えのある………

「塚山麻美……」

健斗が麻美の姿を確認して敵意を剥き出しにして睨む。

「ヤッパリお前はこちら側の人間だったな…」

旭も麻美に対して言う。

「身のこなしに訓練を受けたものの動きがあったからな。お前が黒幕か?塚山麻美。来るなら来い。まとめて相手にしてやる」

信も麻美に対して敵意を隠そうともせずに戦いながら睨み付ける。

そう、彼ら3人は麻美に対して何故冷たかったのか。それは彼女が自分達側の人間だと気付いていたからである。細かい動きで、目の動きで、位置の取り方で。

癖と言うのは中々抜けるものではない。特に訓練などで身に付いた動作というのは無意識の内に出てしまうものだ。例えそれを隠そうとしても。

3人は家業の関係、そして商売柄そういう人間を見分ける必要がある。

命に直結するからだ。

もっとも、信と旭の場合は実家にいたときの方が酷い状況であったのだが。

そして、信は麻美と男に対して拳を向ける。この二人が本当の黒幕ではないかと疑って……。

麻美は手をブンブンと振って否定する。

「ちょっ!違う違う!違うから!むしろあたしは味方だから!」

「味方と言って敵だったって話はよくあるからな」

麻美がゾンビに対して水流のカッターのような魔術を展開し、切り裂く。

(こいつ!特殊能力まで!それもかなりの実力!しかも行動に躊躇いがねぇ!)

信が麻美の実力に対して戦慄する。

目の前のゾンビの集団よりも麻美の方が恐ろしい。自分達の側にいる存在だとは思っていたが、まさかここまでのレベルだとは思っていなかった。

ここで重要になるのは麻美とこの少年は味方なのか…。この少年の実力はどうなのか…。何よりこいつらは味方なのか…。

「そう警戒すんなって。取り敢えずは味方だよ。お前らのな」

少年は懐から3つに折り畳まれ、紐で繋がれた棒を取り出した。

三節棍。中国の武術家が使う西洋のフレイルの1種とも言われる武器の1つである。

昔はカンフー映画で使われていたことから昭和の一時期は漫画等でも使われていたが、ヌンチャク等でも挙げられる通り、その扱いの難しさから教える者も流派も少ない。

三節棍はヌンチャクのように最初からバラバラ状の物があるが、少年の三節棍は接続部が付けられており、その三節棍を繋げて棒のように一本の棒に纏めた。

「自己紹介をしようか。俺は流木明。お前らと同じように武術を嗜み、更にある特別な力を使うことが出来る」

明と名乗った少年は、軽やかに一歩踏み出すと、ゾンビに対して棒を突き刺す。そして、そこからアッパーのように振り上げた後に、そこから見えない刃のような物でゾンビを八つ裂きにする。

「サイコリッパー。風の魔力で真空の刃を作り、俺の念動力でそれをコントロールした技だ。俺の力は念動力と風の能力。コレが俺の伝説の龍の神の力…龍神の兵士、風の八龍士…流木明だ」

明の力を目の当たりにした健斗達3人は、戦慄を覚える。

自分達が見てきた中でも相当の力を持っていることがわかる。そして……

「伝説の龍の兵士……だと?」

「そ。そしてあたしは水の八龍士、塚山麻美。まぁ、あんた達ほど特別な力は持ってないけれど、水の魔術は得意なのよ」

何のこっちゃ?…と信と旭は頭に疑問符を浮かべる。

だが、健斗だけは……その『八龍士』という単語に引っ掛かりを覚えた。

(『八龍士』……何故だろう。聞いたこともないはずの単語なのに、俺は妙に引っかかる…。朝に見たあの夢が関係しているのか!?)

健斗はオーラに破邪の力を込めつつゾンビを蹴り飛ばす。木藤流古武術は蹴り技に重点を置いた流派。戦いにおいては足技を多用する。

「おい、流木、塚山。この騒ぎはお前らが関係しているのか!?三珠砕き!天狗火!」

信がゾンビの鳩尾、喉、眉間を砕き、そこから炎を流し込みながら明と麻美に尋ねる。

安倍流の技の1つである正中線の急所三ヶ所を素早く突き、破砕する三珠砕き。そして手の大きさに炎を投げ込む魔術技の天狗火の複合技だ。

「いや、まぁ……関係してると言えば関係してるが、そいつらを使ってお前らを拐おうとしていた奴等とは敵対関係にある……っていう意味ででの関係者ではあるな」

自分達を拐おうとする存在だって?3人はなおのことわからなくなる。健斗はともかく、信と旭は一族から半ば追放された身である。逐電したとも言えるが、家から見放されている以上は大して拐う意味はない。

誘拐されても実家に対して何の交渉材料にもならないのは既に裏の世界でも、更にその裏の中でもより深い闇に関わっている暗部の世界でも知れ渡っている話である。

「何故お前ら3人なのかは……まぁ、色々あるけどな。取り敢えず、俺達の目的はこのゾンビを作りやがった奴等の黒幕を邪魔することと、お前らを守る事だ」

そう言われてはいそうですかと素直に応じる奴はいないだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えてここは……」

言っていることが本当である可能性なんてほとんどない。少なくとも前者は本当だったとしても、後者については信用して良いものなのかがわからない。

よくある敵の敵は味方と言うが、味方の振りをして実は敵だった……油断させておいて背後からバッサリなんて事はよくある話だ。

依頼も半ば失敗していることだし、ここは……。

「信!旭!」

「わかっている!」

「あばよ!」

3人は早々に突破口を見つけ、三方向に撤退を始める。

引き際を誤れば命に直結することは3人ともわかっているからだ。

既に自分達以上に強い奴等が現れた以上は、ここに長居をする意味はない。

「ああ。ここは任せろ。あと、依頼主の方も危ない。ノコノコと戻ったらここの二の舞になる可能性になる。依頼料の方は諦めろ。俺の他の仲間が張大人には報告しているから心配するな」

こいつは本当に何者なのだろう……。八龍士とは一体なんなんだ!

知りたいことは沢山あるが、縁があるのならばまた会う機会があるだろう。

ここは素直に撤退することにした。

(依頼主が裏切る……何らかの罠がある……そんなことは今まで何度もあった…なのに、この屈辱は何だ!)

健斗

(こういう風に逃げ帰る事は何度もあった……けれど、それは今まで自力でその場を凌いだり、逆に契約違反の報復をしてくることで落とし前を付けてきた……けど、第三者に頼りきりになるなんて初めての屈辱だ!)

(くそっ!コレが敗北って奴か……くそっ!くそっ!)

三者三様に屈辱を感じながら撤退をする。

思えばこの仕事を初めてからの、自力で乗り越えられなかった初めての失敗に対して…怒りを覚えていた。

3人は必ず黒幕の正体を暴くと誓い、拠点である家へと戻った。




やっと八龍士という単語が出てきました。
一体八龍士とはなんなのか?
それでは次回もよろしくお願いします。


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生活力

ー横浜セーフハウスー

 

ピリリリリ!

依頼失敗という形で自宅に到着した旭の携帯に、横浜チェイニーズマフィアの顔役の一人である張の側近の一人から電話がかかってきた。

「和田です」

旭が出る。

「私だ」

旭の顔に緊張が走る。張は大物だ。彼に目をつけられればただでは済まない。

「内容については流木の代理人と名乗る者から聞いている。今回は嵌められたそうだな」

「申し訳ありません。言葉もない次第です」

何者の仕業か分からないが、明の話を鵜呑みにするのならば、今回は狙われている自分達の事情に大口クライアントの組織を巻き込んだことになる。手を切られ、下手をしたら横浜の黒社会全体を敵に回してしまったことになるだろう。

「それについては張大人も気にすることはないと申しておられる」

実際にどうなのかはわからない。

だが、彼ほどの大物がそういうのであれば、少なくとも想定しうる最悪の事は免れたと思っていいのかもしれない。もっとも、完全に信用はできないが。

旭は少しだけ安堵の息を吐いた。

「ただ、大人のお言葉を君達に伝えると、今回の件からは報復など考えないようにとの仰せだ。手を引くことをお薦めする」

「それは……我々の信用がなくなった……という事でしょうか?」

この世界は信頼が第一だ。張御大のような者から信頼が失われれば、自分達は別の稼ぎを考えなくてはなくなる。いや、それよりも母方の姓である『九条院』ではなく、本家の『和田』を名乗った上での失敗だ。信もそうだろう。母方の『四条』ではなく、本家の名である『安倍』を名乗っての失敗である。

下手をしたならば黒社会以上にまずい『本家』に本格的に追い回される事も考えなければならない。

そうなったら最後、本格的に木藤を頼る事になるだろう。

「そうではない。事が終われば今後と変わらずに君達を頼る事になるだろう。だが、今回はまずい…君達3人の本家が本腰を入れても敵わない存在が動き出した。聞いただろう?八龍士……という存在の話を」

また八龍士か……そんな存在を旭は聞いたことがないと内心で舌打ちをする。流木、塚山……あいつらは一体どういう存在なのか。

安倍と和田、そして木藤……。

日本の闇で暗躍する三家の本家が本腰を入れても敵わないと張大人に言わしめる存在。その得体のしれなさに密かに恐怖を覚えずにはいられない。

(それに……悔しすぎるにも程があるだろうがよ!)

本家が本腰を入れても敵わない…そんな存在を前にして指を咥えて見ていることしかできないのか……。旭はそれが悔しくて仕方がない。

それは健斗も信も同じなのか、スピーカーモードで話を聞いていた二人も旭と同様にギリギリと歯噛みする。

しかし、木藤と同じく半ば匿ってくれているに等しい張を怒らせるのは得策ではない。

「しばらくは大人しくしていたまえ。報酬である約束の100万は健斗くんの口座に振り込んである」

これには3人とも驚いた。

今回の場合は逆に賠償を支払うつもりでいたのに、しっかりと報酬が支払われるという。

「劉さん。さすがにそれは……」

しつこいようだが、今回の依頼は完遂していない。

呪いの解呪は結局失敗したのだし、あれからどうなったのかはわからないが、中国系マフィアの邸宅の一つが抗争の末での火災発生により、今でも消火活動中という臨時ニュースが流されている。

張大人は何者かによって内部抗争をさせられた挙げ句に双方とも少なくない被害を被っている。片方は組長以下を殺害され、元々呪いをかけられた方も今はどうなっているのか……。

もし、自分達が黒幕だったとして考えるならば、用済みとして始末している。

流木明の言葉を信じるならば…を前提に話をまとめるならば、見事に踊らされ、更に傘下の組織に被害を与え、その上に第三者に場を押し付けておめおめと逃げ帰ったのだ。賠償を請求されても、報酬を受け取る事など何もしていない。

「こちらの依頼は終わらせた上での話だよ。解呪はしていなくても、原因となる呪いの原因の解明と排除という依頼は果たしているからね。それが傘下の組織の仕業という事も調べてくれてはある。その報酬を支払わなくば、契約違反となるだろう?」

さすがは大物。懐が大きいというか…。自分達では到底真似できない器の違いを思い知らされる三人。それどころか流れているニュースではヤクザ同士の抗争ということになっているあたりも頭が上がらない。

警察やマスコミに対する根回しはやってくれてあるということだ。

「これは高橋健三殿に昔助けてもらったことに対する配慮だと張大人は仰られている。任務、ご苦労だった」

「一応聞いておきますが……今回の依頼主であるあの組長の組織は……」

健斗が恐る恐る尋ねる。

考えたく無かったが、聞かずにはいられなかったのだ。

「………君達の予想通り……と言えばわかるかね?」

「………使い捨てにされ、用済みになったから始末された…と言うことですか?」

どちらに……とは敢えて聞かない。

今回の黒幕に始末されたのか、それとも張大人の仲間に組織として始末されたのか、はたまた流木明の勢力に始末されたのか……どのパターンであれ、生きていないということだ。

「その通りだ」

劉侍従はそれ以上答えなかった。それ以上は詮索するな。そういうことだ。

世の中引き際が肝心だということは、何も戦いの中での話だけではない。

「わかりました……。またご用命の際にはご連絡下さい」

健斗がそう締める。

これで今回の後味の悪い依頼は終わりだ。

またすぐに退屈で平和な日常に戻ることになる。

旭が電話を切り、3人はソファに身を沈める。

もう今日は動く気になれない。一歩も動く気力が湧かない。肉体的よりも精神的な疲労が大きかった。

「………風呂はどうする?」

信が言う。言外に誰か沸かせよと言っている。

「風呂に入りたいならお前が沸かせよ。今日はもう、一歩も動く気が起きねぇよ……明日の朝に入るわ……」

旭はそのままソファの上で横になる。

特殊な変態がその場にいたら、なんかイタズラしたいなぁ……的な衝動に駆られる無防備で扇動的な姿なのであるが、健斗も信も特殊な趣味は持ち合わせていないし、二人とも疲れきっている。

「俺もこのまま寝るわ……たった数時間の出来事なのに疲れたわ……おやすみ」

健斗もそのまま泥のように眠ってしまった。

(仕方がねぇなぁ。明日はまた朝風呂の取り合いになることは確実じゃないかよ……まったく……)

そんなことを考えながらも、信もそのまま深い眠りに就いた。些細な依頼から始まった事件と出会い。それが彼らの運命を大きく変えることになるなど、まだ誰も知らない。

3人はただただ、今は惰眠を貪る……。

 

ー翌朝ー

 

「おはようございまーす♪カワイイカワイイ恵里香お姉ちゃんが水曜日のハウスキーピングに参りしたよー♪」

木藤家所有のセーフハウスに一人の若い女の声が響く。

彼女は木下恵里香。

健斗の父、健三が雇った家政婦だ。

週に二度、このセーフハウスの掃除や洗濯、備品の買い物、それに碌な食事をしない3人の生活を改善させる為に雇っているお姉さんだ。

年齢は23歳。ポニーテールを茶髪に染め、活発で健康的な美人である。

「あれ?信くーん、旭くーん?」

恵里香が首を捻る。寝坊助気味の健斗ならともかく、基本的に4時から5時くらいの時間から目を覚まして活動している信や旭が返事をしないのは珍しい。

「ま、まさか……強盗にでも入られちゃったんじゃ!」

恵里香は健斗達の裏の顔を知らない。なので慌てて玄関の鍵を開けて中に入る。

「大丈夫!?みんな!特に旭くん!」

恵里香は鍵を開けてリビングに入る。旭を真っ先に心配したのは一見か弱い女の子に見えるあの見た目だ。

自分がならず者なら真っ先に旭を頂くだろうという、自分の願望からくる発想だ。

「すー………すー………」

しかし、現実はなんて事はない。昨日の疲れから、3人は寝坊しているだけだ。

「…………心配して損しちゃった………」

恵里香はソファで眠る3人の姿を確認すると、一気に脱力する。慌てて心配して入ってみれば、幸せそうに惰眠を貪る高校生3人。何事も無くて安心すると同時に、無防備にも自分の部屋ではなく、リビングのソファに…それも毛布やタオルケットを掛けずに寝ている三人に怒りを覚える恵里香。

「もう!こんなところで寝て!風邪ひくでしょ!」

そう言って旭の顔を覗き込む恵里香。

「…………」

その顔が徐々に赤面していく。

「いやぁ~~……相変わらずカワイイなぁ~。旭くん。私、別にショタや百合の趣味は無いけれど、旭くん相手だと堕天するわぁ……これで男って反則でしょ~…」

何だかいけない方面へと堕ちかける恵里香。

じっと見つめていると、戻れない領域に踏み込んでしまいそうだと健斗の方を見る。

すると恵里香はまたもや健斗の寝顔を見て赤面する。

「う~ん……旭くんのカワイイ寝顔の後に健斗君のちょっとガッシリした逞しい顔つきも中々そそるわよね…。実際黙ってるとワイルド系のイケメンに見えなくもないし……」

さてと………と、今度は信を見る。

そしてまたもや赤面……。

「フツメンに見えて、こうしてみると信くんも不良系イケメンに見えなくもないかな?……この三人、旭くんが飛び抜けて美形だけど、黙っていればそれなりにモテそうなのよね……たまにはつまみ食いもOK?」

「朝っぱらから何を考えてるんですか?恵里香さん。普通に犯罪ですよ」

ぶつぶつ言っている恵里香の背後から、聞きなれた声が聞こえてきた。

恐る恐る振り替えると健斗と旭が上半身だけ起こして恵里香をジト目で見ていた。

「まったくだ。悪かったな。普段から口が悪くてよ」

信も不機嫌そうに身を起こす。実はこの三人、恵里香が家の中に入ってきた段階で目を覚ましていたのだが、相手が恵里香だとわかっていたので惰眠を続行することにしたのだ。別に寝顔を見られるくらいは何ともないと思っていた三人。

しかし、恵里香が予想外の事を口走り始めたので身の危険を感じて起きることにしたのだ。特に旭は。

「堕天って何だよ……身の危険を感じたぞ…」

旭は肩を抱いてブルブル震える。その手の俗っぽい視線と感情と隣り合わせの見た目をしている旭。コレがまったく関係のない人物にやられるのなら何とも思わないが、それなりに付き合いのある恵里香にやられると恐怖を感じるようだ。

「ちょっ、ちょっとした出来心よ!本気じゃないの!信じてよ!旭くんがカワイイのはホントだけど!」

「恵里香さん……やめてくれない?そう言われるのってすごい苦手なんだけど…」

ここで違和感を感じる人もいるだろう。

そもそも、そういう扱いを受けると怒り出す旭が何故大人しいのか……。

「ほらっ!早く顔を洗ってきて部屋を片付けて来なさいよ!また少し散らかっているじゃない!大事な物はしまっておかないと、私、捨てちゃうわよ!?まったく…いつもいつもだらしが無いんだから!ホント、私がいなかったらここはゴミ屋敷になるわね!旭くんは見た目が女の子っぽいのに、どうしてこういうところは男っぽいのよ!」

「や、別に男だろうと女だろうとだらしない奴はだらしないんじゃないか?」

「何か言った!?」

「ごめんなさい。すぐにやります」

慌てて自分の私物をまとめ始める。

「あー!また脱いだ服をほっぽり投げてる!洗濯かごに入れて置いてっていつも言ってるじゃない!」

「ご、ごめんなさい」

脱ぎ散らかした服を篭に入れるも……

「他人のまで纏めて入れない!上着とかはハンガーに干す!出来れば色物はネットに入れて仕分けしてって何度も言ってるでしょ!」

恵里香の喝が飛ぶ!

「ちょっと!お風呂のお湯が汚いじゃない!浴槽は毎日洗いなさいって言ってるでしょ!」

「や………忙しいし……」

「三人もいてこれっ!?ホントに大丈夫なの!?あー!もう!何でたった半週でこんなに家の中をメチャクチャに出来るのよ!信じられない!」

理由の1つは旭も含め、3人の家事能力が壊滅的であること。恵里香がいないと本当に生活が立ちいかないのがこの三人である。

次に………

「ねぇ………あんた達、店屋物や焼き魚とかインスタント以外にちゃんとまともなものを食べた?冷蔵庫の中身が前に来たときとあんまり変わってないんだけど?」

「「「いや、まったく」」」

「ちょっと!まともな栄養を取りなさいっていつも言ってるよね!?何でまったく改善しようとしないの!?」

「「「めんどいから?」」」

「ホントにあんた達、生活能力皆無よね!?」

「「「だって恵里香(さん)が半週に一回はまともな物を作ってくれるし?」」」

「少しは自分で料理しなさい!」

「「「無理!不味くは無いけど上手くも出来ん!」」」

「胸を張って言うことじゃないでしょ!」

次に人間、胃袋を掴まれては弱いものだ。

自分達の能力が最低限レベルである自覚かある3人は、ちょっとやそっとの失礼をされたくらいで恵里香に逆らえば、まともな飯にありつくことが出来ないのはわかっているので逆らえない。

適当に材料を煮て、適当に市販のルーを入れれば誰が作ってもそれなりに美味しいはずのカレーだって、まぁ何とか食えるかも?程度の腕前なのだ。

強いて言うなれば3人とも米だけは炊けるし、袋ラーメンくらいは無難に作れるし、旭の焼く魚だけは人並みに

出来る。

主人公が料理が上手なのが最近のラノベの鉄板?

バカを言ってはいけない。

料理が出来ない人間はどこまでも料理が出来ない。

本当に3人とも生活能力が壊滅的なのである。

とにかく、恵里香は家政婦であるが、逆らっては3人の生活は終わる。それくらい恵里香の存在はこの木藤家にとっては貴重な存在なのである。

ピンポーン♪

そんなときである。玄関のチャイムが鳴ったのは。

「誰だよ!朝6時前に人んちに来る非常識な客は!」

「健斗くん!出てー!」

「イヤだよ!めんどくさい!」

「………ご飯抜きにするわよ?」

「ごめんなさい。すぐに出ます」

まるで親子のやり取りをしながら「俺ってよえー」と愚痴りつつ、健斗が非常識な早朝の来客を出迎える為に玄関に出ると、そこには……

「よ、夕べぶり♪」

「おはよー♪」

「初めまして……」

朝からムカつくくらい爽やかなイケメンスマイルを浮かべる流木明と、朝からムカつくくらい馴れ馴れしい態度で手を振る塚山麻美と、初対面にしてはイヤにムカつくくらい見下した顔の角度で威圧的な態度のザマスと言うべきかスネ夫のママ的なキツネメガネを掛けているショートカットの少女が立っていた。

「………何でお前らがいる………」

健斗が思わず不愉快全開で玄関を閉めようとしたのは悪くないだろう。

 

ー続くー




はい、今回はここまでです。

最近のラノベの主人公…特に異世界ものの主人公は家事が得意で特に料理は上手い!
………という設定に真っ向からケンカを売ってみました。
現代日本編の主人公3人は軒並み家事は壊滅的です。もう独り暮らしは絶対に無理なレベルです。
私自身は調理師免許持ちですから料理だけは得意だったりしますが。
それでは次回もよろしくお願いいたします。


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八龍士の謎

ー横浜木藤家セーフハウスの客間ー

 

「粗茶ですが」

恵里香が健斗をキッと睨み付けながら流木明ら三人にお茶を出す。

何故恵里香が健斗を睨んだのかといえば、すぐに3人を門前払いしようとしたからだ。恵里香は問答無用で玄関を閉めようとした健斗を慌てて止め、3人を招き入れる。

早朝という常識外の時間に訪問してきた彼らに対しては恵里香も思うところがあるが、それにしたって用件も聞かずに追い返そうとする健斗も健斗だ。

客間には普段着に着替えた信、健斗、旭が上座に座っており、テーブルを挟んで下座に麻美、明、威圧的な女が座っている。

一応はこの家の家長は健斗となっているので上座の真ん中には健斗が座っているのは自然なことである。

そして反対側の真ん中には明が座っているということは、『八龍士』側のリーダーは明なのだろう。

客間は和室になっており、土間や神棚、掛け軸等の一通りの物は揃っている。

何気にこの部屋に……いや、家その物に客を招く事は初めてのことである。もっとも、リビングを始めとしたほとんど全ての部屋が目も当てられないくらいに散らかっており、この部屋しか明達を通す部屋が無かったのだが。

「いやいや、粗茶なんてそんな……お姉さん並みに美味しそうなお茶じゃないですか」

明の言葉に頬を染めて照れる恵里香だが、ちょっと待ってほしいと思う木藤家の3人。

「お上手ですね♪イヤですよ、美味しそうだなんて…え?美味しそう?」

そう、聞こえによっては卑猥に聞こえる内容だ。

「こほん、失礼しました。キレイなお姉さんが淹れるお茶なんですから粗茶な訳がありませんよね?ホントに失言でしたよ♪」

「あ、あははははは……」

恵里香は然り気無く明と距離を取り、残る客にお茶を配る。

(こいつ……軽そうなのは見た目だけじゃないな……)

異口同音とは言うが、心の中で健斗達が思ったのは同じことだった。

もしかしたらわざと誤解を生む言い回しをしたのかも知れない。昨夜に見せた強さや不気味さとは裏腹なこの態度の違いは逆に底が見えない。深読みをしすぎなのかもしれないが。

「雑巾の絞り汁で充分だろ。こんな奴ら」

こちらも敢えてわざと言ったのか、信が冷たくいい放つ。

「こら!信くん!しっ!」

歯に衣着せぬ信の物言いに恵里香が叱責するが、信に反省する気はまったく無いようで、行儀のぎの字も無いような座り方をし、右耳の穴を小指でほじっている。態度が悪いなんてものじゃない。友好的にする気がまったくないのは明白である。

「おいおい信。あまりにも失礼だろ。雑巾の絞り汁なんてあまりにも礼を失しているぞ」

対する旭はキチッとした正座をし、背筋もピンっと伸ばしている。

滅多に見せない旭のその凛とした佇まいに思わず見惚れそうになる恵里香であったが、それもここまでだった。

「恵里香。お茶漬けを持ってきてくれ」

居住まいと言っているその内容のギャップにずっこけそうになる恵里香。

京都に拠点を置く木藤に雇われているだけあって恵里香も京都人の常識は弁えている。

京都人の会席料理などの席で、お茶漬けが出たときは、もう会食や宴会が絞めに入ったという意味だ。これ以上何も出ない。即ちもうお開き……という意味である。

話が始まらない内からお茶漬けを出せと言った旭の言葉の意味は……遠回しに『話すことは何もないからとっとと帰れ』という意味である。

関東人である旭が何で京都の隠語を知っているのかはこの際は置いておくとして、客人をもてなす気がまったくない事だけは恵里香にはっきり伝わった。

「お?気が利くな。実は腹が減ってたんだよ」

しかし明は意味を知らないのか、パチパチと手を叩いて喜ぶ。

「明。遠回しに帰れって言ってるのよ」

メガネ女が冷静に明に突っ込む。

「真樹。知ってるよ。帰る気が無いってこっちも遠回しに言っただけだから」

「そう。なら良いわ」

メガネ女の下の名前は真樹と言うらしい。

それにしても明も中々図太い性格である。

お茶漬けを出せ=さっさと帰れ…という意味を知っているのならば、よほど気の長い人物でなければ普通なら怒って帰ってしまっていても不思議ではない。

にも関わらず、意味を知ってる上で帰るどころか無知を装って更に居座ろうとしている辺り、心臓に毛が生えていると言える。

明だけではない。麻美は爆笑しながら腹を抱えているし、真樹も立ち上がる素振りはまったく見えない。

「ちっ……」

あからさまに舌打ちをして旭も諦めたように黙る。

「はっはー!面白いな?お前ら。実際はそれほど互いの仲が良くないくせして、息が合ってるじゃないか」

「……………」

「沈黙は肯定……だぜ?3人とも」

場の温度が数度下がる。

遊びは終わりだ。3人とも既に裏の顔に変わっている。

「何を知っている?流木明、塚山麻美、それと……」

健斗が自分でも驚くくらいに低い声を出して睨む。

「花月真樹よ。明と麻美と同様に、あなた達と同じ(・・)だけど」

「それは和田旭や安倍信と同じ……と言うことか?」

旭がそう言うと、花月真樹はメガネをくいっと上げる。

「ええ。あなた達の事情は全て知っているわ」

「!!」

そう、明が指摘するように健斗、信、旭の3人は仲が良くない。むしろ健斗はともかく、信と旭の実家は不倶戴天の敵同士であるし、健斗の実家である木藤も安倍と和田の本家にとっては分類すれば敵である。

今でこそ信と旭は利害一致の関係から実家を飛び出て木藤を頼り、健斗を交えて共同生活を送ってはいるが、昔は本気の殺し合いをしたことも何度かある。

安倍と和田の本家は日本の闇に深く根付いており、そして歪んでいる。特に闇の気を扱う和田の歪みは深刻であり、旭が高校の日常に溶け込んでいるのは奇跡に近い。

そして旭程では無いにしても信の歪みもまた、根深い。

健斗が二人と共に生活しているのも監視の意味合いが強かったりする。

二年前のこの二人は何かにつけて互いを排除しようとしていたのだから、もし健斗がいなければ今頃はどちらか一方……もしくは両方が死んでいた可能性もあった。

だが、その事実は当事者である3人と、木藤の一部の者しか知らない。

「恵里香さん。すいませんが、席を外してもらえませんか?この三人はただの客では無いようです。それに、俺達の朝食もお願いしたいですし」

健斗が恵里香に対して出ていけと促す。

元々普通の客では無いことは解っていた。だが、ここまで事情を知っているとは思っていなかった。

先程から何の話をしているのかちんぷんかんぷんな恵里香は、しかしこの異様な雰囲気を放って逃げ出して良いかどうか迷っていた。

「恵里香さん。失礼な言い方ですが、あなたは所詮は使用人です。雇い主の込み入った事情に深入りするのは良くないですよ」

「少しばかり長くなりますし、プライベートに関わる話になりますので、恵里香さんはお仕事をお願いします」

普段、信と旭が恵里香に対して敬語を使うことはない。それは信頼している形を態度で示していたものであるが、今この場では恵里香は他人だと言外に示した態度である。

「え、ええ……わかったわ」

3人の態度にいささか傷付いた様子ではあるが、込み入った話であることはわかったし、何より聞かれたくないという態度が三人からひしひしと伝わる。

それに言い方はキツいが、三人が言っていることも事実だ。所詮、自分と三人は使用人と雇い主の息子とその同居人の関係。

少し砕けた距離感で接していたものの、その事実は変わらない。恵里香は一礼した後にそそくさと客間から出ていく。

……そして、彼女の気配が充分に離れた後、健斗が口を開いた。

「で、お前らは何故、普通では知り得ない事を知っている?お前も八龍士とやらの一人か?」

「ええ。私は雷の八龍士。もっとも、私は明と違って肉体労働は苦手だけど」

八龍士にも色々いるらしい。

「そもそもだ。八龍士ってのはなんなんだ?」

信が尋ねる。

現段階では自分達よりも強い力を使いこなす明と麻美。わかっているのはそこだけで、その全容がまったくわからない。

「あははは…そうだよね~。あたしもよくわからないんだけど」

当事者のお前もわかってないのかよ…。健斗達はとりあえず麻美を無視することに決め、明と真樹の反応を待つ。

「この国だと八岐大蛇(やまたのおろち)が有名だろうな」

「はぁ!八岐大蛇ぃ!?日本神話の化け物の象徴とも言える化け物の中の化け物じゃねぇかよ!」

武の神と言われる素戔嗚が八塩折酒といわれる度数の強い酒、天羽々斬剣を始めとした十拳剣と、草薙の剣…別名天の叢雲と呼ばれる剣の伝説に直結した伝説だが、その八岐大蛇が何の関係があるというのか?

もし、こいつらが伝承通りであるのなら、人類の敵である可能性があるわけだが…。見たところ彼らにそんな素振りは見られない。

「へ、確かにこの国ではその伝説が主流だけどよ、所変われば伝承というものは変わるものだろ?中国の多頭龍とかキングヒドラとか」

「……全部怪物の代表格じゃねぇか。俺達特殊な一族としては倒したら大金星の対象となる。つまりはあれか?お前らは人類でも滅ぼしに来たのか?」

思わず突っ込んだ旭は悪くないだろう。

いずれも映画や物語では怪獣の中でも強い怪獣として恐れられている。

「そのつもりがあったなら、夕べは助けて無いってば。話を最後まできいてよ」

確かにそうだ。それに狙うにしても自分達では格が低すぎる。わざわざ狙う必要などないよなと旭も健斗も信も思う。

「まぁ、聞けよ。真実の八岐大蛇ってのは、とある邪教の侵略からこの国を救った神の力を持つ英雄の伝説だったんだ。それが俺達八龍士の真の伝説だな。スサノオ…だったっけ?そいつらは2代目八龍士の仲間だな。叢雲の剣なんては2代目から譲られた物だ。今となっては本物の叢雲の剣がどこにあるかわからんけど」

「熱田神宮にあるんじゃないのか?」

信が聞くと、明は首を振る。

「いや、それは4代目の時に失われている。本物は日本の壇之浦って所で沈んだとされているぜ?伝説の聖剣の1つがあんなぼろぼろの訳がないだろ?」

天の叢雲の剣。別名草薙の剣は三種の神器の1つとして有名だ。

レプリカの草薙の剣が熱田神宮の御神体とされている事から、天の叢雲は今となっては別物と考えて良いだろう。

「じゃあ何か?お前らは伝説の力を使って今でもその邪教とやらと戦っているってのか?」

「おお、察しがいいな?木藤健斗。まさしくその通りだ。俺達は邪教と戦っている。今回の事件もその一環だな」

「なんだ。ただのあぶねぇタイプの中二病かよ。そういうの、よそでやってくれね?」

信がいらただしげに文句を言う。

力を持つごっこ遊び……明の言っていることはそうとしか受け止められない内容だった。

「いやいや。そう受け止めるのは構わねぇけど、実際は奴らの侵攻は始まってんだぜ?昨日のその邪霊石がその証拠だ」

また新しい単語が出てきた。

「邪霊石?」

「和田旭。お前が昨日手に入れた石のことだよ」

呪石の事を言っているらしい。

大抵の流派が呪石(のろいいし)、または呪い石(まじないいし)と呼ぶので、違う呼ばれ方をされるとピンと来ないものである。

明達の流派は呪石の事を邪霊石と呼ぶらしい。

「確かにこの呪石に込められている術式は見たことがない上に、驚く程に高度な物だったな」

旭は胴着の袖のポケットから例の呪石を取り出した。

同じく明もラムネの瓶に使われるサイズの呪石を10個近く取り出してテーブルに置く。

信達三人はその呪石の術式を確かめる。

「昨日、火災に巻き込まれずに済んだ物だけを回収して来た邪霊石だ。大半が燃えてなくなってしまったがな。あ、和田が放置していた人間は救出してきたから。あのままだったら焼け死んでいたからな?気を付けろよ?」

「ああ、忘れてたわ。一応サンキュー」

人一人の命の扱いが軽いものである。もっとも、一般人ならばともかく、健斗達はヤクザを一般人として扱っていないので、その抗争の果てに命がどうなろうが知ったことでは無いのだろう。

「それにしても……呪石の術式はほぼ同じ……だが、こっちの術式も見たことがない。なのにその完成度は恐ろしく高い……」

「だろ?そんな奴らが俺達の敵だ。そして、お前らを狙う奴らでもある」

明が爆弾をぶっ込んできた。

「何でそいつらは……俺達を狙う?」

健斗が明に対して尋ねる。

「さぁな。それは俺にもわからん。だが、1つだけ言えるのは、奴らは無駄な事はしない。お前の誰かが…または三人全員が奴らのターゲットになりうる何かがあるんだろう」

 

続く



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八龍士達の目的

ー木藤家セーフハウスー

 

セーフハウスの客間では健斗達3人と、明達3人の話は続いていた。

「俺達が狙われる何か……ねぇ。はっきり言ってお前らが言っていることって頭から足元に至るまで全てが荒唐無稽過ぎる。信用する材料がまったくないな」

健斗達の明達を見つめる視線はかなり冷たい。

はっきり言えば健斗が言うとおり、信用できる要素が何一つとしてないのだ。頭がおかしいやつの言葉と受け止めるか、仮にある程度の話を受け止めるとしても明達が味方である材料がないし、呪石を作ったのが明達である可能性だってまったく無いわけではない。

信用を得るためならば自作自演で相手を騙すことだって充分あることなのだ。

明達が敵であることだって充分にある。汚い仕事をしている以上、健斗達は方々から恨みを買っている。本人達では無くとも、実家絡みの線もあるだろう。

「そうね。これだけで私たちを信用するようでは逆に私達があなた達の正気を疑うわ」

「そうなの?あたしなら信用しちゃうなぁ……」

その言葉を聞いて信はある意味でビックリする。

(この女は大丈夫なのか?いや、これも一種の振りで、こちらを油断させる為の演技なのかもしれない)

あまりそうは見えないが、そういう演技が得意な奴はどこにだっている。

特に麻美の場合はバカの振りをして男を騙す悪女の典型的な例だ。

(カワイイ女が純真無垢?どこの一次元、二次元の話だと言うのだろうか?女というのは基本的に計算高く、そして打算的な生き物だ。よくあるチョロインだとか男に都合の良い女なんてものは創作の中での話だけだ!騙されねぇぞ?)

実際のところ、家業絡みやこの二年間の商売の中で、信達はその手の美人局等のハニートラップ的なものを何度か経験してきている。

首輪を付けられそうになったり、料金を踏み倒されそうになったり、一番多かったのがそういう女を利用した暗殺未遂だったり。そういう事ばかりだと女に幻想を持つことなんてまずあり得ない。

イケメンの部類に入る健斗ならともかく、ブサメンでは無いがイケメンでもない信に初対面で好意を持ってくるような奴は大抵がその類いの女だったりする。

旭?

まず初見で旭を男だと見抜ける奴はいない。

そんな理由から信と旭は基本的に女という生物に幻想を抱くことなどない。

「お前の場合はほとんど直感で生きてるからな。少しは疑うことを知れよ」

「ひどーい!それでも同じ仲間なの!?」

(こ、これも演技だ!騙されないぞ!)

若干被害妄想が過剰のような気がするが、信のこれまでの(もの悲しい)経験からしてみたら疑いすぎてもまだ足りないくらいだろう。

実際のところ、『石橋を叩いて渡る』という諺があるが、『石橋を念入りに叩い叩いて上でなお渡らない』くらいがちょうど良い人生と仕事をしているのが健斗達なのだから。なお、『石橋を念入りに叩いた上でなお渡らないどころか、いっそぶっ壊して自分で掛けた丸太の橋を渡る』レベルまでぶっ壊れているのは信と旭だ。

信頼している張の仕事ですらこの始末だ。どんな仕事も半信半疑……いや、疑い7割、信用3割で丁度良い。

「で、結局のところ、お前らは何をしにここに来たんだ?」

ただ与太話をしに来ただけではあるまい。

「まぁ、この話をしに来たのもあるんだけどな、あといくつかあるんだよ。その一つがその邪霊石の確認だ。俺が夕べ回収して来た邪霊石と同じ術式が使われているかどうかの確認だな」

明がそう言うと、旭はハッとなって呪石を袖にしまうが、時既に遅しなのは旭も分かっていた。

明が持ってきていた呪石を解析する時間があったのだ。逆を言えば明達がこちらの呪石を解析し終えるには充分な時間だっただろう。

そもそもいくつかある話の内、最初にその話を出した段階でこの呪石には用が無くなっているという証なのだ。

そうでなければこの話は後回しにしていた事だろう。

(く………初歩的なミスをやっちまった……)

せめてものやり返しと考えて旭は明の呪石を回収しようとするが……

「はっはー!やらせるかっての。手癖が悪い奴だな」

あっさり読まれて素早く回収されてしまった。そもそもだ。警戒されていた辺り、人となりは既に調べ尽くされていると見て良い。

まるで旭が最初からそうするのをわかっていたかのように動きがよかった。それに、初動は旭の方が早かったのにも関わらず、呪石を手にしたのは明の方が早かったのも驚きだ。明の方が近かったこともあるが、手の動きが速いなんてものではない。残像が辛うじて見えるくらいに速かった。もしコレが攻撃に向けられていたのならば、果たして自分達で対処出来るかと言われれば…難しいとしか言わざるを得ない。

「確か風の八龍士とか言っていたな……素早さは折り紙付きだと言うことかよ……」

思わず旭が言うと、明はニヤリと笑う。これまで見せていた明の微笑みとはまったく違う、完全なる本心からのどや顔…。

「ご明察。風は素早い。お前の手癖の悪さなんて知らなくても、意表を突かれたって邪霊石を正面から奪われる真似なんてさせねぇさ。駄目だぞ?これは俺達の仕事の戦利品だ。所有権は俺達にあるんじゃねぇの?」

「かすめとっちまえばこちらの物だ」

「はっ!こそ泥の理論だな」

明はゲラゲラと笑う。普通なら怒り出しそうな事であるが、笑って済ませてしまう。

本当に底が見えない男だ。

「それで、他の話は?」

「敵の目的がお前らであると俺達は見ている。だからという訳ではないが、俺達はお前らの周りをうろちょろするとは思うが……まぁ、うざったいだろうが我慢してくれよ」

「俺達は釣り餌か?」

「歯に衣着せぬ言い方をすれば、そうなるわね」

何とも屈辱的な扱いだと思う健斗達。

だが、時にはそういう仕事もあったな……と、思い直す。

「仕事として……と言うならば、しっかりと契約してもらうぞ?」

健斗がそう言うと、明がやれやれといった感じで頭を振る。

「おいおい。周りをうろちょろするだけで金を取られるのかよ」

「えー!だってこっちの勝手な話じゃん!」

麻美がブーブー言うが、3人とも首を振る。

「現段階で俺はお前らを信用していない」

「信用していないもののが周りをうろちょろするならば、抵抗くらいはするのがあたりまえだろ?」

「ならば、何が必要となるか。それは契約じゃないのか?」

三人が言葉を引き継ぎながら明達に自分達の理屈をぶちまける。

「それはおかしい話でしょ?別に私達があなた達の生活にマイナスになる事をするわけではないのだし」

真樹が反論してくる。確かに個人の行動に対して契約を求めてくるのはおかしい。

「だが、契約を結んでいない以上、おとなしくしている俺達じゃない。お前達がうろちょろするならば、そうさせない為に妨害したり、逃げたりするのも俺達の自由。お前達はあの手この手の手段を使ってでも俺達の周囲を監視し続ける。同様に俺達だってあの手この手の手段を使ってでも逃げ続ける。でも、それって互いに効率が悪くないか?」

「む………」

暴論ではあるが、自由を盾にするならば同じように自由を盾にする。その為の交渉だ。

ここに来て初めて真樹の表情が変わる。

「そうかい。なら、契約を結ぼう。協力的になるっつーんならそれに越したことはないからな。1日につき1万円でならどうだ?」

その値段提示にないして渋面を作る信。

「安すぎではないか?契約を結ぶ以上、俺達はお前達にとって都合の良いように動く。実質、行動を制限されるに等しい。ついでに言えばお前達の言うことが正しければお前達ほどの奴らが手を焼く奴らの餌として危険に身を晒すことになるよな?それで1日一万は安すぎる。1日につき10万だ」

「そっちこそぼったくりではないかしら?危険手当て次の仕事だとしても普通ならそんな値段にはならないわよ?二万円」

値引き合戦の開始である。

「話にならねーな。場合によっては俺達も戦うことになるんだろ?だったらもう少し値上げするべきだ。9万」

「それが一回の依頼での金額ならば納得するけれど、今回の場合は何も無くても料金は発生するわ。体を売り物にしている娼婦だって1日でそんなに稼ぐことは厳しいはずよ?3万」

「冗談だろ?3人でこの値段だぜ?その手のプロに数日の拘束を要する仕事を頼めば桁が1つ違う。8万」

「高いわ。その手のプロはその道具やブランド化している名前そのものが値段になっているの。あなた達のような少し腕が立つ程度の、しかも学生の身分でその値段を取るだなんて相場の常識外も良いところよ。四万。これ以上は負けられないわ」

「チョイチョイチョイ。場合によっては殺し殺されの仕事だ。1日十万だって負けてる方だって言うのに1日四万…それも3人で割れば一万五千円を切るんだぞ?それは安すぎるんじゃないの?六万。こっちもそれで限界価格だ」

互いに睨み合う信と真樹。

そこで口を出したのが明だ。

「じゃあ、その六万で手を打とう。込み込みで……ではあるけどな」

真樹はその言葉を聞いてギョッとする。

六万で契約をすれば、5日もしたら三十万だ。1人につき十万。公務員の初任給一月分に匹敵する手取額をたった5日で支払うことになってしまう。それはコスト的に現実的ではない。

「まぁ待て、込み込みで……と言ったろ?五万はそのまま契約金としてだ。後の一万については……ここの宿泊費と朝夕の食事代ってのはどうだ?」

「……三人分の民宿代ってところか?」

「そう言うことだ。邪教徒が襲ってくるのは昼間とは限らんだろ?」

確かに下宿代としてはそれくらいが妥当だろう。

元々の相場としては1人一月十五万。1日につき五千円。それも普通の家ならともかく、家自体はまともでも中身は生活力ゼロの3人の家だ。1人1日3000円位であれば妥当なのかも知れない。

「わかった。ただし、食事はまともな物を期待するなよ?週に2度来ている家政婦がいてやっと成り立っている生活だしな」

「……食事や家事なら私がやるわ。その代わり1日五万。それで構わない?」

そう言って真樹はふすまを開け、リビングへと足を運ぶと、そこにはゴミを片付けたり散乱している衣類をまとめて忙しそうにしている恵里香の姿があった。

「………大変そうですね」

「まったくですよ!何で3人も揃っているのにここの子達は2年も何も変わらないのかしら!もう、早く彼女とか作って世話をしてくれる人でも見つけてくれないかしら!それか私のお給料を上げてくれても良いのに!あ、あなた、もしかして3人の誰かの彼女?」

「冗談は和田旭の見た目だけにして欲しいですね。私は彼らとは夕べたまたま知り合っただけの転校先の同級生というだけですから」

そう言って真樹は客間に戻り、嫌らしい笑顔を向ける。

「依頼の間だけは彼女がいるときと同じくらいの生活水準を保証するわよ?1日五万。良いかしら?」

三人は頭を下げる。

例え儲けが安くなっても、生活水準が上がるのならば安いものだからだ。

「どうぞどうぞ!ささっ!京都の銘菓、八ツ橋をどうぞ!」

「仙台の銘菓、萩の月も有りますよ?」

「鎌倉の銘菓、鳩サブレーもいかがですか?」

あまりの手のひらの返しようにドン引きになる明達。

それだけ家事力に関しては喉から手が出るほど深刻なのだ。

「家事1つでその態度の変わり様……どこまで生活水準が低いんだよ……」

「「「ほっとけ!俺達の最大の敵は家事なんだよ!」」」

どこまでも本気の3人であった。

「やれやれ………本気でそこまでなのかよ……」

明と麻美は天を仰いだ。

「あと……麻美、お前もこいつらよりはマシなレベルだろうがよ……」



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流木明と花月真樹の学校生活

ー流星高校ー

 

「今日は転校生が二人、入ってくる。みんな仲良くするように。男子も女子も喜べ。美男美女の転校生だ。入って来なさい」

担任の中年数学教師の神崎が少し疲れた様子で転校生二人を呼び、呼ばれた転校生が入室してきた。

入って来たのは夏服をチャラチャラと気崩し、さらさらな薄めの金髪をお洒落に、かつわざと崩した感じのチャラチャラしたイケメン、流木明。ひと昔前なら少女漫画のヒーロー約として活躍する正統派イケメンだ。少年漫画であれば主人公のライバル的な存在か、もしくは主人公のライバル兼サブ主人公というところであるだろうか?体型はまた中肉中背。しかし、適度に崩している半袖のワイシャツから覗く胸元は筋肉質だ。クラスの男子からはやっかみの視線を向けられている。いや、顔面偏差値から見れば並の男では太刀打ち出来まい。

チャラい姿でありながら、どこか気品を感じさせるのは何故だろうか?コレが漫画であれば背景に薔薇でも背負っていそうなくらいに爽やかに笑い、ワハハハという笑い声が聞こえて来そうである。

そして、ショートの髪型を真ん中で分け、整った顔ではあるが、ザマスな眼鏡がきつ目の印象を与える少女、花月真樹。少しやせ形の体型で、それに比例するようにスレンダー。身長は旭より少し高いくらいであろうか。表情もファーストコンタクトの時くらい愛想よくしたら?と言いたくなるくらい無表情。確かに美女ではあるのだろうが、おおよそモテそうなタイプの女には見えない。

これならば旭を女にした方がまだモテるだろう。委員長でもやっていそうなタイプである。

「流木明だ。富士の方から来た。よろしく頼むな?特に女子はよろしく♪」

もう少し言い様ってものがあるだろうに、あからさまに女子を強調して自己紹介をしてきた。

これが二次元ならば黄色い声の1つでも上がったり、なにアイツバカじゃない?とかでも言いながらも、クラスの変わり者の美少女辺りのフラグが立つ、または冗談とかだろうと言われて爆笑の渦でも起きるのだろうが、現実で女好きを第一声であげればどうなるか……。

「うわぁ……ない。どんなにイケメンでもあれはないよねぇ……」

「服装とかも狙いすぎだし、ちょっとあれは……」

「時代を間違えてるよ……」

完全なドン引きである。男子も女子も、完全にドン引き状態で痛い奴を見るような目で明を見ていた。

一方で健斗達はと言えば健斗は机に突っ伏して頭を抱え、旭は興味無さげに携帯をいじくり、信は健斗と同じように机に突っ伏しているが、反応は真逆で腹を抱えて悶絶して笑いを堪えている。

仲間である麻美と真樹はと言えば包み隠さずにゲラゲラ笑い始め、真樹は冷たい目で明を睨んでいる。誰もフォローをしない辺り、健斗達も八龍士達も冷たい奴等である。

「そ、そうか……くれぐれも風紀を乱さないようにな。それと、問題を起こさないように頼むぞ?次は君、自己紹介をしなさい」

神崎教諭が次は真樹に自己紹介をするように促す。

「花月真樹」

名前だけを言い、それ以降は何も喋らない真樹。

………

………………

……………………………

「あの………それだけ?」

「はい。それだけですが何か?」

これ以上、何か必要でも?と言いたげに真樹は冷たく、そして突き放すようにそう言った。

「いや、他にも何かあるだろう。趣味とか出身とか得意な科目とか……」

「何故初対面の人に必要以上に情報を与えなければならないのかお聞きしても?私の名前以外に答える必要があるのですか?」

とりつく島のない拒絶の声。

「なんだコイツら……」

教室の複数の場所から明と真樹に対する至極全うな感想が漏れ出てくる。

私立流星高校は進学校でも無ければバカ学校でもなく、至って普通で平均的な学校である。

普通に真面目な生徒がいて、普通にスポーツマンがいて、普通に不良がいて、普通にオタクがいて、普通に中二病がいて、普通に孤立している奴がいて………。そん普通の学校なのである。

健斗や信、旭でだって二次元では普通のキャラ付けであったとしても、この学校にしては充分個性的な部類であるといえる。

ヤクザの2代目がいたり、金髪のアメリカ転校生がいたり、どっかの防衛組織の隠れ隊員がいたり、ひねくれボッチがいたり、スタ○ド使いがいたり、変なアンテナを頭に刺した超能力者がいたり、十年後のブラックテクノロジーを受信する天才がいたりと言うわけではまったくない。

なのに麻美を含めてこの個性的な3人の転校生。

神崎教諭が顔を窓の方に向けて胃を押さえてしまうのは当たり前の反応だと言える。

「と、とりあえず席は……流木君は木藤君の後ろの席に、花月さんは安部くんの席の隣へ……えっと、木藤君と安倍君は………」

「あ、知ってます。和田くんも含めて3人とは友人なので」

「はぁっ!?」×3

思わずすっとんきょうな声をあげてしまう3人。

学校では極力関わらないようにしようと思った3人の目論見が初っぱなから崩されてしまった。

別にありがちな学校では目立たないようにとか望んでいるわけではない。

スポーツ万能で神社の跡取りの健斗、なんちゃってヤンキーの信、男の娘の旭……これだけの要素があれば普通とは言い難い個性なのは自覚しているし、今さらだ。

それでも何とか馴染めているのだからそれで充分だったのだが、それが脆くも崩れ去りそうだ。もちろん悪い意味で。

ファーストコンタクトから盛大に失敗している明と真樹の友人なんて何の冗談なのか……。

あんぐりと口を開けて固まっている三人をよそに、明は相変わらずうざったい爽やか顔を浮かべ、対照的に真樹は拒絶オーラを醸しながらそれぞれの席へと移動する。

「やぁ、健斗。よろしくね♪」

(やめろ、親しげに話しかけるな。仲間だと思われるだろ!それになに勝手に下の名前で呼んでやがる!馴れ馴れしすぎるのも程があるだろうがよ!)

健斗が心の中で思いっきり否定する。

一方では……。

「安倍信。普段は馴れ馴れしくしないで……わかった?」

「だったら話しかけて来るんじゃねーよ。普通にスルーして座れっての」

自分から話しかけておいて馴れ馴れしくするなとは矛盾している。こいつは一体何がしたいんだろうか?

(でも、飯は上手いんだよな……)

朝食で彼女が作ったポトフみたいなスープとチリソースみたいな物をかけられたちょいピリ辛の鰤の煮付けは確かに美味しかった。どこか独特なクセのある味ではあったが、妙に後を引く味だったと信は思い出す。

本人いわく、「基本さえ押さえていればありあわせの材料と調味料で大抵の物は美味しく作れるわよ。むしろ、苦手な人の気が知れないわ」らしい。

その物言いに生活力ゼロの三人は軽く殺意を覚えたのだが。

とにかく、波乱の日常が幕を開けることは間違い無さそうである。

 

ー特別棟ー

 

どこの学校でも理科室や美術室、科学実験室、音楽室などの特別な機材を使う教室というものは一ヶ所に集められ、特別棟として別棟にあるのが普通である。

この私立流星高校もその例に違わず、特別教室は別棟に建てられている。そしてこれらの教室は普段は人気が少ない。

朝のHRが終わった後に木藤家の3人は八龍士3人を連れて特別棟の階段踊り場に連れ出して詰めよっていた。

何故この場所なのか…。

この学校はご多分漏れず、屋上は立ち入り禁止だ。近年の生徒の自殺等が騒がれ、この学校も七不思議が騒がれるくらいには昔は何かあったらしく、屋上は常に締められているので立ち入りが出来ない。なので、落ち着いて話が出来る場所は限られているし、盗難やさぼり、喫煙をする生徒が隠れられないように使われていない教室は鍵が掛けられている。

加えて健斗達は特に何の部活にも所属していないので自由に出入りできる教室はどこにもない。

なので、比較的人がやってこない特別棟の階段で話をすることにしたのだ。

大抵の生徒は特別棟の階段を使用しない。大抵はそれぞれの普通教室の階から目的の教室に移動するからである。

他の学校はどうであるかはわからないが、少なくともこの学校の生徒の大半は、移動教室の際にはそうしている。それでもまったくいないと言うわけではないし、授業を持たない教師の巡回もあるので長話をするわけにもいかないのだが。

どうしてそうしているか…。

普通ならば転校生というものは、最初の挨拶が終わればクラスメイトの質問攻めがあったりするものだが、麻美はともかく八龍士の二人はやらかした。

その結果は遠巻きに彼らを見て、ヒソヒソと殺っている次第である。そして、それに巻き込まれた健斗達もまた、腫れ物を扱うようになってしまった次第だ。

そんなクラスの状況では落ち着いて話など出来るはずもなく、仕方なく校舎を案内する体を装って八龍士3人を連れ出したのである。

「どういうつもりか着させてもらおうか?ええ?」

階段に3人を座らせ、それを囲むように立っている健斗達。端から見れば転校生にヤキを入れようとしている不良グループに見えなくもない。

特に不良っぽい信や、不良を絞めたことのある旭、そして体格が一般よりもがっしりしている健斗がやればなおさらである。教師に見つかろうものならば、即生活指導室に連行されるのは間違いないだろう。

「いやぁ……普通、俺くらいの色男が挨拶するって言ったらああいう態度じゃないの?」

いつの時代の漫画の設定なのだろうか?少なくとも現実であんな挨拶が許されるはずがない。

「お前……今までどういう学校生活を送ってきたんだ?」

「知らないな。学校なんてこれまで一度も通った事がないからな。こんなのどかで高等教育を受けられるこの国の環境には素直にビックリしている」

学校に通ったことがない………。それについては健斗達3人も何も言えない。

今の生活を送る以前は健斗はともかく、信と旭もそうだったからだ。中学2年になるまで、一切登校をしたことがない。四則計算と読み書きくらいしか学が無く、当然高校受験なんて出来るはずも無い。血生臭い事が生活のすべてだった。

二人は健斗の父の力によってこの学校に裏口で入らせて貰っている。むしろ何とか赤点スレスレを低空飛行している現状でも奇跡と言える。

人間関係だってそうだ。中学の時はそれはもうトラブルの絶えない日々だった。

そもそも何故二人が学校に通っているのかと言えば、このまま実家から離れるのであれば、最低限の一般常識を身に付けさせなればならないという理由で、学校に通うことが前提で木藤の家に亡命している状態だったりする。

今後二人がどういう人生を歩むにしても、一度きちんと学校に通わせる必要があると木藤家は判断したのだ。

それくらい、信と旭の一般常識は破綻していた。

だからこそわかる。明達もこの年でエージェントのような活動をしてのだ。学校に通った事がないと聞いても自分達がそうであったのだから、納得がいく。

それに、この口振りから察するに、明達は日本人ではないだろうし、名乗っている名前も偽名だろう。信と旭もそうであるのだから。

転校に関しても裏口だ。偽の戸籍、偽の学歴……。そんな事を容易に出来るのだから、明達のバックにいるのは相当大きな力を持っているに違いない。

「そういうことよ。私だってこの国のマンガ?と呼ばれるもので知識を得たのよ。それの様式美に従っただけ。私のようなクール系キャラってああいうものなのでしょう?」

「色々参考にしたのが間違っていると思うぞ。まぁ、最低限馴染もうとしたその姿勢だけでも称賛に値するわ。この二人なんてもう……中学の時は京都から転々と転校を繰り返す羽目になるくらい酷かったからな。この2年でやっと横浜に落ち着くことが出来たし……」

「~~~♪」

信と旭は明後日の方向を向いて下手な口笛で誤魔化す。

「あたしも肩凝るよ。ああいうキャラ付けっていうの?何か疲れるよねぇ……。変な男が付きまとってくるし。下心バリバリでまじで勘弁」

麻美が肩を抱いてブルブルと震えて見せた。

「キャラ旁だったのかよ……そのわりには上手かったな。見た目のビッチっぽさも相まってはまり役だったぞ」

「は?やめて貰える?仕事柄、ああいうのが必要だったから慣れていただけであって、あたしはそういうんじゃないから」

麻美が初めて素の態度を見せてきた。やはり今まで猫を被っていただけのようである。こちらの態度の方が妙な警戒をしなくて済む分、少しは親しみが持てる。

「それはそれとして、あんまり目立つことは止めてくれよ。こっちだって目立つのは今更だが、変な意味ではあんまり目立ちたくないんだからさ」

健斗が言うと、明は首を振る。

「残念ながら、何が普通で何が目立つ行動なのかさっぱりわからんのでな」

そう言われてしまっては何も言えなくなってしまう。

「まぁ、安心してくれ。全部が終わったらまた転校していった事にして出ていくさ。それまでの付き合いだ」

「………それまでは大人しくしてくれよ?」

しばらくの我慢だ…そう思うことにした健斗達だった。

「ところで、1時間目をサボっちまったけど良いのか?」

「あ……」

その後、授業を遅刻した事で職員室に呼ばれ、その上更にクラスメイト達との溝が深まったのは言うまでもない。

 

続く



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正午の襲撃

ー流星高校ー

 

昼休み。

「今日の授業はここまで。再来週からテストが始まるからしっかり復習しておけよ~」

「起立!礼!」

クラス委員が号令をかけると、それぞれの昼休みが始まる。

まずは健斗。

健斗は途中の弁当屋で買った焼肉弁当を広げる。

お気に入りの弁当屋なのか、いつもそこで弁当を買って食べている。中身はその時の気分でその日毎に違う。

次に信と旭だ。

授業が終了した瞬間にダッシュで教室を出て行くのは信。それほど急がずにゆっくり出ていくのが旭。

何故その差が出てくるのか。それは信の向かう先が出張購買のパン屋で、旭が向かう先は学食だからだ。

信は購買戦争へと突っ込んでいき、予算である500円でありったけの惣菜パンを漁る。それもカツサンドや焼きそばパン等のどの世代にもウケるパンを狙って行くので出遅れれば売り切れてしまう。

「おらぁ!どけぇ!神崎の野郎!早く授業を終わらせろよぉ!」

あの騒がしいパン争奪戦に加わるくらいならば、健斗のように事前に買ってから登校すれば言いと思うのだが、信はこの購買のパン屋がお気に入りで、学校で食べるならばそこでなければ気が済まないらしい。

ついでに言うなら事前に買ってから食べるなんてのは負けた気がして気に入らないのだとか。

購買パン争奪戦で得たパンはただのパンではなく、激しい戦いの末に勝ち取ったものだからこそ美味しいのだとか。何かのスーパーを舞台にした弁当物語のようである。

一方でゆっくり旭が向かっている学食は人気が無いのかと言えばそうではない。購買戦争に敗れた敗残兵たちが学食のメニューに群がるので、ここもごった返す。しかし、旭はまったく焦らない。何故なら旭がいつも食べているのは学食でもそれほど人気のないそばとさばの味噌煮定食だからだ。

それでも売り切れる時は売り切れる。なのに何故ゆっくりしているのかと言えば。

「おばちゃーん」

「あいよ、取っておいてあるよ、旭ちゃん」

「いつもありがとー」

「いいってことだよ。旭ちゃんはか弱いし、あんなおしくら饅頭の中に突入させる訳にはいかないからねぇ」

なんてことはない。コンプレックスであるそのか弱そうな見た目を利用して同情を誘い、取り置きしてもらったいるのだ。ちゃっかりしているというか、意地汚いと言うべきか…。

旭がいつもの定食を持って座席に座ると、先に座ってパンを食べていた信と健斗の席へ座る。信が食べていたのはコロッケロールと玉子ロール、それにクリームパンにパックのカフェオレだ。

いつものは逃したらしく、少しむくれている。

「けっ!楽して手に入れた飯はうめかよ!勝利の味こそが究極の調味料だって何でわからねぇ!」

「ある意味では究極の勝ちとも言えると思うけどな。この学校で取り置きをしてもらえるなんて俺くらいだろうしな」

「勝ちとか負けとか下らないな。うん、今日もオリジン弁当は旨い!」

三者別々の食事を取りながら、互いを罵る光景はいつもの事だ。学食の席での風物詩となりつつある。

そこに八龍士の三人組も現れる。

明が手に持っているのは近くのコンビニの袋。

真樹はリュックから弁当を取り出す。朝食のついでに作っていたようだ。中身はよく分からない肉料理とチャーハンのような物だ。コイツらは本当にどこの国出身なのだろうか……。

麻美は論外。カロリーメ○トやらウ○ダーやらソイジ○イのような携行食料である。そう言えば前に教室で見かけた時は乾パンと魚肉ソーセージだったような…。

「お前………さすがにそれは………」

「え?何で?美味しいじゃん?」

健斗が突っ込むが、麻美は何が問題なの?と返してきた。

「この国の食事はさ、贅沢だよ。あたしが食べているこれだってしっかり味が付いてるし」

そう言いながらカロ○ーメイトのフルーツ味を美味しそうに頬張る麻美。更にビーフジャーキーを取り出して齧る齧る。

「おま………それ、酒のつまみ………」

「いやぁ、ヤッパリこの味がしっくり来るなぁ~♪みんなが食べているそれよりも、あたしはこっちの方が食べなれてるよぉ~♪」

「…………まぁ、そういうのが必要な場面もあるから多くは言うまい………」

かくいう健斗達もデイバックにはそういう非常食を携行しているし、1リットルの水筒を持ち歩いている。それは非常時に備えてのものであるが、災害とかの一般的な理由ではない。

ヤクザな仕事をしている者の性で、いつ敵の襲撃により孤立してしまうかわからない。それに備えて常に携行食料を持ち歩いているのだが、麻美は普段からそういう非常食を食べている生活を普段はしているのかもしれない。保存性を優先した塩辛さとオイル臭さたっぷりのビーフジャーキーをお袋の味のような言い方をしている麻美に同情的になってしまう。

「お、ならば塚山。こう言うのはどうだ?」

旭が掲示した携行食料は戦国時代に織田軍辺りが合戦の携行食料として食べていたという干し飯だ。

ご飯に味噌を混ぜて藁にくるんで干し、お湯で戻して味噌猫まんまのような物だ。

「悪くは無いけど、お湯が常に身近にあるとは限らないじゃん?それよりかは画期的なのがドッグフード!缶を開けるだけで食べられるお手軽さに加えて一食に必要な栄養価は含まれてるなんて考えた人は天才だよ!」

「………悪い、それだけはさすがに……いや、意外にアリなのか?プライドさえ捨てれば実利はあるかも知れないが………ううむ………」

「旭。毒されるな。お前は和食好きスキーだろ。大人しく懐中汁粉でも食ってろ」

麻美に毒されつつある旭に健斗が突っ込みを入れる。確かにドッグフードは完全食であると言われているが、それに手を出すのは最後の最後にしたいと健斗は思う。

「好みは人それぞれだろ?取り敢えず、くっちまおうぜ?時間はあまりないしな」

「そうだな。食える時に食う。それがエージェントの鉄則だよな」

ズルズルとそばを啜りながら喋る旭の言葉を明が続ける。明もコンビニで買ってきたブリトーにパクつき始める。

「せっかく取ってきた戦利品なのによ。ゆっくり味わう時間もねぇのかよ」

(ガツガツガツ!)

信も惣菜パンを食べる速度を早め、健斗は無言のまま弁当をかっ込み始める。

「こういう下品な食べ方は好きでは無いんだけど…仕方がないわね」

「だからこういう食べ物が一番良いんだって」

真樹は完食するのを諦めたのか、弁当箱をしまい始め、麻美は食べ途中だったカロリーメイトのブロックを口に納め、未開封の物はしまった。ゴミはポイ捨てである。

一通り食べ終わると、6人は後片付けもそこそこに近くに座っていた一人の男子生徒に近付く。そして信と旭がその男の両脇から肩を抱く。

「昼飯の途中で悪いな」

「ちょっと聞きたいことがあるんだよ」

「な、何かな……」

男子生徒はおどおどしながら答える。

端から見れば裏番コンビに絡まれている一般生徒に見えるだろう。

男子生徒は普通の体型、どこにでもいるような普通の顔付きで、特徴らしい特徴がない。

「お前、この学校の生徒じゃないな?」

「よくあるんだよ。特徴らしい特徴を残らず、テロをやるエージェントなんてのはな。それがそういう風に整形をして紛れ込ませる。俺らをなめるんじゃねぇ」

信と旭は別段学校の生徒全員の顔と名前を覚えているわけではない。だが、信が言うように、特徴らしい特徴を持たないよう整形した人間をさりげなく潜り込ませ、テロや犯罪などを行う手段は闇の世界では当たり前の話である。

特徴がないのがむしろ特徴……。

一般的な常識が皆無な二人ではあるが、その手の常識はむしろイヤというほど身に付けている。

それに………。

「テメェが制服の内ポケットに入れているのは呪石だな?それも明達の敵対組織が込めた術式の……」

「その手の嗅覚はガキの頃から鍛えられたからな。隠そうと隠蔽の術式を入れたところで分かるんだよ」

旭は手にそれを持って男の目の前に見せる。

「い、いつの間に!」

「相変わらず見事なスリの技術だな」

旭はスリグループさながらの動きで男の懐から呪石をスリ抜いていた。

この程度の事は朝飯前である。

「………俺、アイツと行動するときは財布を持ち歩かないようにするぜ……手癖が悪いな、ホントに……」

「まぁ、日常で……それも一般人相手にはやらないと言うのが本人の言だけどな………。気を付けておくに越したことはないぞ?仕事でも普通にスリをして重要書類とか抜き取るから」

散々な言われようであるが、事実なのだから仕方がない。異世界スキル物であるならば、盗賊のスキルがマックスレベルに達しているであろう能力を旭は持っている。

「……おっと、逃がしはしねぇし、抵抗もさせねぇぜ?邪教徒さんよ」

信が周囲から見えないようにボディ・ブローを入れる。

「ぐほぉ!」

男は悶絶して机に突っ伏す。そして旭がその背中を押さえ付け、首の後ろに手をかざして気を送り込む。

「信、解呪は出来るか?」

「誰に物を言ってんだよ。伊達にお前の家系の呪いを日常的に解呪してなかったっての」

信が手をかざして魔力を展開し、呪石の呪いを少しずつ解いていく。

「見事な物ね……安倍信の解呪の技術も……それに、彼等の術式をあっさり解呪しているわ…」

真樹が信の力量を素直に称賛する。

「和田と安倍は不倶戴天の敵同士だったからな。呪いの和田に対する天敵なんだよ。安倍家は。中でも信はその腕が飛び抜けて高い。落ちこぼれと本人達は言うけれど、奴等は族長である本家の人間よりも能力は高いんだよ。それが奴等の不幸でもあるわけだけどな」

信は解呪と魔術のスペシャリストである。一度見た術式ならば瞬時に理解し、そしてそれを無力化する手段を瞬時に構築することが出来る。

明達の敵である呪石(邪霊石)は昨夜見ている。どういう術式が組まれているかは不明であるが、大元が同じであるならば解呪するのはそれほど難しくはない…と言うのが本人の言である。

「おいおい……マジで自爆テロが目的かよ。自分もろとも吹き飛ばす呪いが込められていたぜ?」

「く………Ինքնասպանություն」

「まずい!離れろ!信!」

「分かっている!」

信と旭が咄嗟に距離を取る。

その次の瞬間、黒い靄が男を覆う。そしてそれが晴れると………男は既に事切れていた。

「あぶねぇ……嫌な予感がしたから離れたが、俺達もろとも死の呪いで自爆しやがった……」

「あんなのに巻き込まれていたら俺達もお陀仏だったな……ホントに過激主義かよ……」

そう言って信は男の死体肩にを担ぎ上げる。

「しっかりしろ!すぐに保健室に連れてってやるからな!」

「いや、病院だ!病院に連れて行くぞ!」

二人は男が病気か何かで意識を失ったという設定で運び出すつもりらしい。そのままスタコラと走り去る。

「やけに手慣れているな……あいつら……」

「演技も自然過ぎてて違和感ないし……」

「いや、こういうのがしょっちゅうだからな。あれは良くある手段だよ……」

人一人が死んだのだ。放置しておけば騒ぎになるのは明白だろう。それ故に一芝居打ったのだが、余りにも手慣れた鮮やかな運びだった。

「任務失敗は死………か。ホントに裏の世界の集団だな……お前らの敵は……」

「まぁ裏社会ではわりかし当たり前の理屈だがな。奴等は当たり前にそれをやってくる」

「ペラペラ喋っていないで追いかけるよ!まだ何か襲って来るかも知れないじゃん!」

置いてきぼりを食らった四人は慌てて二人を追いかける。

麻美が言っていることは至極まっとうである。

こう言うのは任務が無事に達成されたかを確かめる観測者が必ずいるはずだし、失敗したときの予備手段を用意していないはずがない。

別行動になった信と旭を狙って何か仕掛けて来ることは十二分に考えられる事だった。

「ごめん!おばちゃん!急病患者が出たから対処してくる!後片付けお願い!」

健斗が学食勤務員のおばちゃんに声をかけて信と旭を追う。

(案外、明達が言っていることは本当なのかもな…あんなサイコな集団が相手なら……このままではまずい!)

明や敵の正体を見極めるのは後だ。今はこの事態を何とかする方が優先である。

しかし、健斗は嫌な予感がしていた。

状況は悪い方へ、悪い方へと向かっている気がしてならないと……

得てして、こういう物はよく当たるのである。

健斗達の長い1日はまだ、始まったばかりだ。

 

続く




今回はここまでです。

現段階で分かっているキャラのステータスをどうぞ。
1…キャラ名
2…生年月日、年齢
3…戦闘スタイル
4…生い立ち
5…能力
6…属性
7…スキル
8…一言メモ


1,木藤健斗
2,1月15日産まれ。15歳。
3,流派…蹴りを主体とする木藤流古武術&霊気の行使を主体とする木藤流霊術
4,京都に拠点を置く木藤流霊術の総本山である神社の次男。現在は信と旭の生活の補助と監視の任務を家命により行っている
5.不明
6.不明
7.家事…0 霊術…10 格闘術(蹴り)…7 指揮…8 魔術…4 気功…5 超能力…3
8…主人公の一人。信や旭に比べると一般人寄りであるが、あくまでも二人に比べればの話である。一応は呉越同舟三人組のリーダー的ポジション?今後彼がどういう物語を展開していくのだろうか…?

それでは次回もよろしくお願い致します。


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異世界「ウェールテイ」の民

ー伊勢崎町廃ビルー

 

GPSで二人を追った健斗達。やっと見つけた先は元々は潰れたラブホテルだったような建物で、そこでは激しい戦闘の形跡があった。

「おい……何だよ、これ」

既に黒焦げの状態の死体が転がっていた。

あちこちに傷を負いながらも勝利を収めた信が足元に転がっている死体に指差しながら明達に尋ねる。

それは普通の死体ではなかった。

異形……そういった存在が背広などを内側から引きちぎり、正体を現した状態と言うべきか…。

獣人………

そんな存在が人間に化けて襲ってきた。

「まるで本当の妖怪……何でこんなものが襲って来るんだ?おおよそオカルトじみた力を持つものとは戦って来たが、妖怪そのものと戦うなんて初めてだぞ?」

「キメラ人間相手に良く勝てたな。お前ら」

明は転がっている異形の死体に近づく。

それを旭が横飛びして明を押し倒す。

「止めとけ。さっきやられたが、そいつら、死体になったら自爆するぜ。そんなの嫌だべ?」

ドオオォォォォォン!

死体が爆発し、キメラ人間と呼ばれた化け物は跡形も無くなる。

明は一瞬、こいつはそっちの気があるのかと勘違いしたが、単純に明を庇ってくれたらしい。

場所が場所なだけに勘違いしかけたが、まさか和田家の人間が他人を庇うなんて思わなかっただけに驚いた。

「わりぃ。サンキューな、旭」

「ああ。クライアントにケガをされたら困るからな」

旭が手を付いて立ち上がる。

「旭!お前、ケガを……」

「言ったべ?さっきやられたって。掴んで投げ殺した直後にチュドーンだったからな。体は気で防御したが、直接触っていた腕はどうにも出来なかったんだよ。あーあ

ーあーあー。時計が完全に壊れてら。安物だったから良いけどさ」

旭は壊れた腕時計を外して握りつぶし、ポイ捨てする。

旭が脱ぎ捨てたらしい制服を拾い、肩に掛ける。袖を見ると、見事に焦げて破れており、そして旭の腕は血は自らの血で濡れていた。

何でも無いように見せて結構な深手を負っている。

それで平然を装って見せているのだから恐れ入る。

「旭。お前、ドジこいたな。心霊術」

健斗が霊力を込めて旭の腕に霊力を込める。すると、徐々に旭の外傷に瘡蓋がはられ、そして綺麗に消える。

健斗の霊力には破邪の力だけではなく、こうして自己治癒力を高める力もある………が、完璧ではない。

重症な物は跡が残るし、切断なども治すことなど不可能。綺麗に断面を縫われた上で、術を施さなければ効果がない。

「大した腕だな。その治療術」

「木藤の家では一番腕が良いと言われているよ。それでも色々制限はあるけどな。やられたのは表面だけのようだな。跡は残らなそうだぞ」

「ああ。ありがとな。投げるために内功を巡らせていなければ吹っ飛んでいた可能性もあったわ。今になったぞっとするべ」

方言がバリバリ出ているところを察するに、内心はかなり焦っていたのかも知れない。

「へ、ドジこくからだよ」

「うるせぇよ。てめえだって吹っ飛ばされた俺を庇って腕に背中にダメージもらっべ。俺を庇うなんてヤキが回ったんじゃねぇの?」

言われて健斗が信の背中を見ると、鋭い刃物に斬られたような傷があり、そこから血が滲んでいる。

「けっ!庇って貰っておいて悪態を吐くんじゃねぇ。テメェがミスするからこうなったんだろうが。ちっとは感謝しろよ。このドチビが」

「ケンカしてねぇで背中を見せろ。治療してやるから」

「要らねぇよ。かすり傷だ」

「強がって無いで見せろっつってんだよ。ったく、意地を張るんじゃない」

「ケッ!」

悪態を吐く信に健斗が心霊術を施す。

こういう場において本来の人間関係が浮き出てくる。

三人は普段は共に行動している仲良しグループにみえるが、実際はこうだ。

しかし、咄嗟に庇ったりする辺りは深い部分では繋がりあっているかもしれない。

そうでなければ仕方がないとはいえ、二年も一緒には過ごせない。上っ面だけではとっくの昔に生活は破綻している事だっただろう。

「あーあ、こりゃ制服はダメだな。しばらくは1着でどうにかするしかねぇわ。かー!結構な値段がするのによぉ!恵里香さんにまた言われるぜ」

「こいつらの事情が終わらなくちゃ学校も私服かジャージでどうにかするしかねぇな」

二人はどかっと座り込んで溜め息を吐く。

どのみち制服は諦めるしかなかっただろう。

何故なら大きな傷がなかったにせよ、細かい破れや焦げ跡、返り血か自分の血かはわからない血痕が残っている。戦いがどれだけ激しかったのか、それで見て取れる。

「お前ら、実は相当強かったんだな。コイツらは結構手を焼くぜ?」

明が素直に二人を誉める。

「あ?舐めてんのか?確かに手は焼いたけど、倒せないほどじゃ無いぜ?」

「安倍や和田の手練れ位だと思えば、何て事はないな」

(だとしたらコイツらはやはり相当な手練れ………それが奴等の狙いか?だが、ちょっと強いくらいじゃここまでこいつらを狙う理由がない。それに、何で本命とも言える俺達には何も無かった?)

明は真面目な顔をして深く考え込む。

あくまでも邪教徒の敵は八龍士であるはず。でもあるのに明達には何の邪魔も入って来なかった。

そこが大きく引っ掛かる。

(………まだ結論を出すには情報が少ないな。心の隅に留めておく程度にしよう)

明はこれ以上考えるのを止める。

「で?まだ肝心な事を聞いていないぜ?アイツらは何なんだったんだよ」

信が肩をぐるぐる回して調子を確かめる。

旭も手を開いたり閉じたりしていた。

明達八龍士は互いの顔を見合わせ、観念したように溜め息を吐く。

「先に話して置くことがある。俺達はこの国の人間ではない」

衝撃の事実!明達は日本人では無かった!

……と、どや顔で告白する明。それに対して健斗達の反応は冷ややかだった。

「そんな事は解ってるんだよ。バレて無いとでも思ってたの?」

健斗が冷たく言うと、明が舌打ちする。

「そこは嘘でも『な、何だってぇー!』と驚く場面じゃないのか?」

『な、なんだってぇ!』(三人の棒読み)

「あ、良いわ。わざとらしすぎて却ってムカつくわ。けど、これは予想外だろう」

明はここで息を吐く。

妙に芝居がかって引っ張っているように見えるのは気のせいではあるまい。

「俺達は異世界・ウェールテイ……この国の言葉に直すと龍の世界からやって来た」

『は?』

三人がはもって疑問符を浮かべる。

「だから、異世界・ウェールテイから来たって言ってるのよ。冗談でも何でもなく」

シーン………。

『な、何だってぇぇぇぇぇ!』

今度こそ本気で驚いた叫びを三人はあげた。

 

木藤家セーフハウス

 

家に到着した一同はまず、着替えを始める……のだが。

「あんた達は何でいきなりお茶の準備を始めているのよ」

真樹がこめかみに人差し指を当てながら怒鳴る。

健斗はスポーツドリンク、信はコーヒー、旭は緑茶の準備を始めている。

………それぞれグラス、マグカップ、湯飲みを一人分だけ用意して。

それは構わない。それは大して問題ではない。

「あ、わりぃ。お前らも何か飲むか?一応はクライアントだしな」

信が気が利かなかったと気が付き、とりあえず人数分のカップやら何やらを出す。

元々客を招く事なんて想定に入れていないこの家の食器は基本的に彼らの予備を使わざるを得ないのだが、問題はそこではない。いや、そこも問題なのだがそれ以上に問題がある。

「何で帰って来たそのままの格好でお茶を飲もうとしてるのよ!特に血まみれの二人!早くシャワーを浴びて着替えて来なさい!」

そう、衣服がボロボロで血まみれの状態でお茶をしようとしているのだ。本人達は良くても見ている方は気分良くお茶を飲む気にはなれないだろう。

「あ、結局朝風呂も入ってなかったな」

「何て神経してるの?早く入って来なさいよ。とてもじゃないけどお茶をする気にも話の続きをする気にもなれないわよ」

今にも頭が噴火しそうになる気持ちを必死に押さえ込んでいるのか、真樹は深呼吸とため息を繰り返す。

モテそうな顔をしているのに女っけがない理由はこういうところも多分に含まれているだろう。

まともに結婚ができるのか心配になってしまう。

「わかったよ。入れば良いんだろ?ったく」

旭と信はおもむろにその場(・・・)で脱ぎ出す。

「ちょっと……何で嫁入り前の娘の前で裸になるのよ」

「え?何か問題が?」

「大有りよ。ねぇ?麻美?」

真樹が麻美に同意を求めると、麻美は首を捻る。

「え?何で?戦場の駐屯地とかじゃ当たり前だから気にしてないけど?」

「これだから戦場育ちは………」

真樹は更に頭を抱えて深く溜め息を吐く。

麻美も健斗達三人と同じく平和な世界には馴染めないタイプの人間である。

せっかくの美少女も本性を男に見せたら誰も近付かないだろう。

「お、流石はビッチ」

「やめて。あたしはそっち方面では身持ちが固いんだよ。まぁ、キスならしたことあるけど」

それを聞いてヒュウ♪と口笛をふく三人。

「延命措置の人口呼吸をキスとカウント出来るのか?」

明が笑いながら言うと、麻美は首をコテンと傾ける。

コレが漫画なら頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かんでいるだろう。

「あれ?違ったの?」

救急救命士や看護師などは人口呼吸で異性と唇を重ねる事に仕事以外の感情を持ち合わせる事などないし、裸や性器等を見ることも何とも思わなくなる。

そういう仕事だからだ。

麻美は戦場育ちだと真樹は言っていた。

そうなると必然的に救命措置等をとる場面が多かったであろう。

(こいつはビッチなんかではない。俺達と同じなんだな)

つまるところ、一般人と常識が大きくずれている。

育ちの段階から大きなストレスがかかるなかで、この日常の風景が嘘臭く感じ、そして常に気を抜けない。

そうなれば、あのおつまみやらブロック栄養食品が日常の食事だというのも頷ける。腹を満たせ、そして栄養があれば良い。

味など二の次三の次。

だからだろうか。麻美はこう言ってきた。

「でも、お風呂は入った方が良いよ?」

「ほら麻美だってこう……」

「見た目や匂いで敵に発見される恐れがあるし、なにより自然に溶け込む必要があるし、衛生面を気にしないと感染症とかの恐れがあるからね。この界隈だったら石鹸の匂いをプンプンさせた方が自然かな?」

やはり理由が斜めに飛んでいた。

要は周囲に溶け込めるか溶け込めないかの理由だ。

それで良いのか?美少女。

「……もう良いわ。とにかくお風呂に入って来て頂戴。シャワーでも良いから」

「わかった。行くぞ、信と旭」

健斗がそう言うと、やっと入る気になったのか、信達も講堂を開始する。

「………待って。何でここで脱ぐの?しかも何で脱ぎ散らかすの?」

「え?ダメ?」

「ダメに決まっているでしょ!女の子もいるのよ!?」

「俺達は気にしないけど?」

「私が気にするわよ!ほら!脱衣所で脱ぎなさい!そして脱いだものは洗濯かごに入れる!後、捨てるものは捨てなさい!散らかさない!ああもう!恵里香さんがヒステリーを起こすのもわかるわ!」

案外真樹はおかんだった。

 

しばらく後…

「ふう、さっぱりした」

三人が入浴を終え、戻ってくる。

その間に真樹がそれぞれの飲み物を用意し、八龍士達は座って待っていた。

客人に飲み物を用意させるなんて困った連中である。

「それで、詳しい話を聞かせて貰うとして…お前らは何人だったっけ?」

やっとそこに話が戻ってきたと思いつつ、明がもう一度自分達の素性を言った。

「俺達は異世界人、ウェールテイの人間だ。そして俺は流星王国の王族をやっている」

「へぇ……王族ねぇ。それは大変だ」

話し半分で聞いていた健斗達。

しかし………

………

………………

………………………

「な、なんだってぇー!」

「反応がおせえよ」

 

続く




今回はここまでです。

異能バトルや異世界のタグが徐々に出てきました。残酷な描写のタグも。
流木明の語る異世界ウェールテイの内容とは何なのか。
それは次回以降に語って行きたいと思います。

それでは次回もよろしくお願いいたします。


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明達の素性

ー木藤家セーフハウスー

 

「メッメオイード・タガヴォルトーユン・ロマルティク・ターホウスキー・ルース。コレが俺の本当の名前だ。この国の言葉に直訳すると、『流星王国の王族、流木明』となる」

明が自分の国の言葉で自己紹介をする。

「妙に長い上に、王族らしかぬ名前だな」

信が思わず突っ込む。

だが、案外他国の人間からしてみたら、直訳してみたら案外地味という名前が貴族だったりする場合もある。

そんなものだと思い直そうとしたのだが……

「まぁ、これは平民としての名前だからな」

「は?」

旭の返答が間抜けっぽくなってしまったのは仕方がないだろう。

王族の癖に平民としての名前があるのはおかしい。

「事情があるんだよ。うちの国の憲法では八龍士……またはそれに準じた力を持つものは力を持つものの定めとして平民となり、民のために戦うべしっ……てな。記録が残されている建国王、初代八龍士の『流星の龍』という人物が考えたらしい。その憲法の制定後に流星の龍は退位して何処かに消えたと言われているが……それが三千年前の話だな」

「何だその憲法は。権力を持った能力者は危険ってか?」

信はそう言うが、実際安倍家や和田家を見ていればそうなのかも知れない。

両家は日本の裏の裏…つまりは闇の部分を牛耳り、闇から甘い汁を啜っている。

流星王国の建国王はそれを恐れてその憲法を制定したのか、それとも建国王の没後、または(しい)して(王、または王族を殺すことを『弑す』という)その威をかりた元家臣達が作ったのか……。

とにかく明は王族から平民になり、国の為にエージェントの真似事をしている。あまちゃんが世間の荒波に呑まれた結果があの勘違いの痛々しいキャラの出来上がり…かと思えば。

「いやぁ、かの建国王の時代とかならともかく、このヴェレヴァムのほとんどの国と同じように民主化が進んでいてな?堅苦しいボンボン生活よりは自由気ままに動けて清々しているぞ?」

自由気ままに…という言葉に少し苛ついてくる信と旭。

二人の過去は自由とは無縁だったからだ。

それに、また新しい単語が出てきた。ヴェレヴァムとは一体何なのだろうか?

「なぁ、ヴェレヴァムって?」

「この世界の事よ。この世界だって、国家の民主化が進んでいるわよね?」

確かにそうだ。王が実権を握っている国は少ない。

大抵が議会政治を行い、王は象徴として政務を進めるくらいのものだ。もっとも、それも結構大変なことなのだが。

「で、本題となる奴等の事に関してなんだが…」

明はやっと本題を切り出すことにしたようだ。

「キメラ人間ってのは邪法によって生み出された改造兵士というところかな。動物とかの生き物と人間を融合された存在でな。奴等の主力戦力として使われている。更なる異世界から召喚されているとも言われているが、実のところは説の1つに過ぎないんだよ」

それはほとんど何もわかっていないのと同じでは無いのだろうか?

「おいおい。お前らが異世界人ってだけでも衝撃なのに、その上更なる異世界だって?冗談も程ほどにしてくれよ」

信がお腹いっぱいと言った感じで溜め息を吐き、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干してサーバーから新しいコーヒーをカップにつぎたす。

「因みに、その二人の素性は?」

旭が急須にお湯を足し、じっくり抽出をさせながら真樹と麻美の素性を尋ねる。

「私は大した素性じゃないわ。幼い時に親元から離されて色々と研究とかをさせられていたけど」

「雷の八龍士の特性は異常なまでの頭の良さだ。真樹はその知力を軍に目を付けられ、半ば強引に国に協力させられていたんだ」

流星王国も色々と黒い事をやっているらしい。

いや、表に出ていないだけで、国家のほとんどはこういう後ろぐらいところはあるだろう。

真樹は今さら何とも思っていないのか、優雅にコーヒーを飲んでいる。

「あたしの場合はストリートチルドレンだったところを拾われて軍人の教育を受けさせられたなぁ」

「麻美は一人で1個小隊を相手取るような戦闘能力に目をつけられ、検査をしたら八龍士とわかったパターンだな。以降は真樹共々俺の専属になったわけだ」

麻美の場合は何となくそんな気がしていた。

ウェールテイの生活水準がどのレベルであるかは不明だが、麻美の食生活に関しては何か物申したい真樹の反応から、少なくとも一般人のそれとは大分ずれていると予測できる。そこから導かれるに、信や旭と同じように一般的な常識が根本から欠けているのだろう。

学校での態度などは本当にキャラ作りだったと考えて良いのかも知れない。

ただ、信と旭は多少は共感したのか、麻美の肩に手を置いてウンウンと頷く。まともな幼少期を送っていないのはこの三人も同じ。この中では明と健斗が少しまし…な程度であろう。

「そもそも、八龍士ってのは何人いるんだ?」

「その名の通り8人だ。こうして三人が同じ場所な揃う事は希だな。伝説の初代八龍士は8人全員が揃っていたと伝承に語られているが……そういうのはいつだってねじ曲げられるものだから、頼りにならないな」

明に言われ、健斗は昨日の朝に見た夢を思い出す。

夢で見たリフォン達の戦いとあの強力な力。何となくそれが伝説の初代八龍士では無いのかと直感的に思ってしまったからだ。

だとしたらゼルガティスやディアスも……。

「伝承によれば風、炎、水、土、雷、氷、光、闇の8つに強い適正を持ち、常人離れをした神の眷属……という話だな。対する敵は邪神族…いわゆる邪教徒と言われる存在だ。奴等は奴等で俺達のような存在がいるという話だが………」

健斗はまさかな……と、思う。

白神将とかいうナラバ・レナ……。太古の戦いが初代八龍士だったものだったとするならば、あのナラバ・レナがそれに該当するかもしれない。夢の話を個々で出したところで笑われるだけなので、今は黙っておくことにする。

「それにしてもわからん。俺達が狙われている可能性が高いことはわかった。だけど、何で俺達を狙う?」

信と旭が首を捻る。

実家の絡みや仕事の関係で自分達が狙われるならばまだ解る。しかし、異世界の連中に狙われるのがわからない。

「それとよ。気になるのがうちの高校とお前の国の名前がそっくりなのは何か理由でもあるのか?」

「ああ、それはこの学校はうちの国がこの学校を作ったからだな。お前らがこの学校に入学するように木藤健三が勧めたのも、木藤とはこの国で活動する為に協力体勢にあったからだ。ウェールテイとこの世界は、昔から裏で交流があったんだよ。そうでなければ、この国の戸籍とかがない俺達が学校に入学できる訳ないだろ?2代目とかの情報とかだってな」

ここにきてまた衝撃の事実。

つまりは太古の八岐大蛇はウェールテイ人がこの世界に介入してきた歴史でもあるということなのだろうか?

「じゃあ言葉も……」

旭が疑問に思っていたことを口にする。

確かに明達の言語は流暢過ぎる。言語の端とかを掴まなければこの国の人間だと言われても違和感が無いほどに言葉が上手い。

「これはある意味ではこの世界にとってチートかも知れんが……まぁ、よくある翻訳魔法とかその類いのものだと思ってくれて良い」

明がポリポリと頬を掻きながら言葉を濁す。

確かに異世界転移もののほとんどにはそういうものがたくさんある。自分達がその類いの能力を持っている以上は、そういうものがあっても不思議ではない。

そんなものだと思えば深く気にすることでも無いのかもしれない。

ピロン♪

そんなとき、リビングのパソコン経由で健斗達三人の形態にメールの着信があった。

内容については……。

「依頼の着信?しかも張大人絡みの?おかしいな……しばらくは仕事の依頼はないと聞いていたのに……しかも大人の依頼にしては内容が何も触れていない……」

健斗は不審に思い、眉をピクリと動かす。

「今は依頼中だからな………こっちに集中したいところではあるぜ?」

「そもそも、実質はこっちはボディーガードをしてもらっているような物だしな」

信も旭も乗り気では無いようだ。

それにしてもガードしてもらっている自覚があるのならば、その相手から金を取るのはどうなのだろうと明達は苦笑いをする。金にがめついと言うべきか…。まぁ、ガードしてもらっていると同時に釣り餌となっているのも事実なので、五分五分と考えているようだが…。

「今回の依頼は見送ろう。同時に複数の依頼をこなすなんて真似は不可能だ」

学校を休んだにしても、同時に依頼をこなすのは実質的に不可能であろう。健斗達はそう判断して依頼中であることを理由に丁重に断りのメールを送る。張からは残念だ……依頼の成功を祈る。という内容のメールが届き、それきり返ってこなかった。

そういうときもあるので、気にしなかったのだろう。

ピンポーン♪

……と、明達の会話もここまでのようだ。恵里香のハウスキーピングの時間である。

「こんにちわー♪さぁ、お夕飯の支度に参りましたよー……あら?お客さん?大変!脱ぎ散らかして無いでしょうね!」

恵里香が慌てて家の中に入ってくる。

そして綺麗なままで保たれている状態に驚く。

「あら?脱ぎ散らかしてないし、お客さんにお茶まで出しているなんて………お姉さんは嬉しいよ……やれば出来る子達だと信じていたわ……ヨヨヨヨヨ……」

わざとらしく泣き真似をして目元の涙を拭く恵里香だったが……。

「感動に水を差すようで申し訳ないのですが、これは私がやった事で、彼らは脱ぎ散らかしていましたよ?お茶も私がいれました。苦労してますね……家政婦さん」

それを聞いた恵里香はくわっ!と目を見開き、三人を睨み付ける。確かに客人に家事をやらせるなんてもってのほかである。

彼女の顔は真っ赤に染まる。雇い主のあまりの愚行に、そりゃ赤っ恥も良いところだろう。

顔から火が出る程恥ずかしいとは正にこの事だ。

「ちょっとあなた達!お客さんに家事をやらせるって何なの!?さすがにそこまでとは思わなかったわよ!ホントにごめんなさい!花月さん……だったわよね!?もういっそのことこの中の誰かと付き合っちゃわないですか!?」

「朝も言いましたが、冗談はこの三人の生活力だけにしてもらえませんか?あり得ません」

「そっかぁ……」

「こっちも御免だよ、ちくしょう……」

ホントにこの三人は生活力が壊滅的すぎる…。

 

「あひゅう~~~!ここで働いて2年!健斗君達が友達を連れてくるなんて……しかも下宿先がない留学生三人に部屋を貸すだなんて…初めてで…うっうっうっ…嬉しいよぉ……お姉さん、感動したよぉ……」

恵里香が(捏造した)明達の事情を聞いて号泣を始める。

明達は学校の短期交換留学生として日本に来たが、不運な事に下宿先が事情によって取れず、困っていたところを健斗達が下宿先が見つかるまで部屋を貸す……という設定のもとで木藤家に来たという事にした。

元々流星高校は偏差値が普通より若干高い程度の割りには交換留学を盛んにしている学校である。

これは明達のようにウェールテイの人間が日本の学業やらを研修する等の為にしている名目であり、それが不自然にならないように実際に海外から交換留学を盛んに行っている。流星高校の姉妹校は世界中の先進国にあり、そこから交換留学をしているのだ。それだけを聞いても流星王国の国力がいかに高く、そして上手く溶け込んでいるかを物語っている。

「それも、三人の生活を知ってもなお……世の中には優しい人がいるんだねぇ………うっうっ……」

「私も出来れば逃げたいわ……」

「え?」

三人の生活力を知って、思わず……と言った感じで真樹は呟いた。国の任務でなければとてもではないが、短期とはいえ一緒に生活しようだなんて思わない。

「何でもありません。いきなり現れた私達に部屋を貸して頂けるのです。このくらいはさせて頂いて当然でしょう」

(真樹にしてはえらく迂闊だな。気持ちはわかるが)

明はそう思ったが、それも仕方がない。

明も王族の生まれから、幼少期は何もかも身の回りのことはやってもらっていた故に生活力は高くない。

しかし、それでもこの三人よりは自分の事が出来ていたし、特別法によって王族から半ば除籍された今では最低限の事は出来る。

この三人の生活力は本当にどうなっているのかと正直疑ってしまうのは仕方がないだろう。

「あんたは俺らの母親か?」

「あら?いつも言ってるじゃないの。私はあなた達の姉のつもりで接しているって」

「たった2年で厚かましいな!」

「人の付き合いは時間じゃ無いのよ?フィーリングなの。私くらいよ?半週に一度だけとはいえ、めげずに世話を焼くの。普通の家政婦なら逃げ出していても仕方がないんだから!自覚してよね!?」

そこを言われると三人も黙るしかない。

実際、京都に奈良、名古屋等の地域で生活していた時の家政婦は、大抵1週間くらいで辞表を出されていた。恵里香はそれを2年も続けてくれている。なんて心の広い人だろう。

「愛情のなせる業ね……あたしは親の愛情なんて知らないからわからないけど

麻美も親の愛情を知らずにこれまで生きてきたが、これが愛情なのだろうか?麻美も『愛』という言葉の意味を良く知らない。これまで麻美は劣情を向けられる事はあっても愛情を感じることは無かった。

「出来れば三人に教えてあげて!最低限の家事や常識を!」

「恵里香さん。人間、出来ることと出来ない事があるから無理です」

考えるまでもなく真樹が即答した。

「そうね………それは私が良く分かってるから仕方がないわ……でも、頼まずにはいられなかったの…」

恵里香は深く……それはもう深く溜め息を吐いた。

そして諦めた恵里香は仕事である夕食の準備を始める事にした。

「あなた達……誰か恵里香さんをお嫁さんにしたら?」

「そうだな……それが良い」

明達がそういう。

「無理だな。俺達はまともな人生を歩めねぇ。健斗はともかく、俺と旭は………」

「そんな人生に恵里香さんを巻き込めねぇよ……のたれ死ぬのが似合いだ」

信と旭の瞳は、どこか悲しげで……

 

続く



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信と麻美、旭と明

ー休日のセーフハウスー

 

あれから3日ばかり経過した。

何だかんだで明達は学校生活を謳歌しているようにも見える。

明はかわいい女の子を見れば声をかけているが、ナンパは上手くいっていないようで、その度にガックシ肩を落としている。

もっとも、そのガックシ肩を落としている姿もポーズなのか、さして気にしていないようである。どこまで本気でナンパしているのかわからない。恵里香に対してそうしたように、女好きであることは確かだとは思われるのだが…。

次に麻美。こちらは中々の演技力でビッチ感を出しているが、基本的に元々の仲間である明達と共にいることが多い。勘違いした男達は明みたいな奴が好みなのかと思ったのか、歯の浮くような口説き文句を麻美に言っては撃沈している姿もちらほらと散見されている。また、たまに信達の所に来てはちょっかいをかけている。いつも冷たくあしらわれているが、それが面白いのか懲りずに何度も何度もあしらわれに行っている。マゾなのかだろうか?

そして真樹も信達がボードゲームを始めると、そこに見学しに行っている。そして、たまに混ざるのだが、これがまたとんでもなく強い。ルールを一通り教え、いざ将棋やチェス等をやってみると、そこそこの腕前の信や旭をあっさりと負かしてしまった。信達は何度もリベンジを挑むが、今のところ全戦全敗だ。

健斗はいつも誰かが周りに集まって談笑している。

転校生達が来ても、大して生活に大きく変化がない。あれ以来、敵の動きもまったくなく、落ち着いたものである。そして、裏稼業の方も休業中のせいか、退屈そのものだった。

明達と関わって初めての休日。

信は愛車のバイクを弄くっていた。

「あら?あなたがこういうことをするなんて意外だね」

「そうかぁ?結構好きなんだけどな?バイク弄り」

信のバイク弄りに興味を持った麻美が、座って部品を整備している信の肩越しに後ろから眺める。結構マメに整備しているのか、部品の一つ一つが綺麗で油汚れ1つない。

「ふぅん………結構キレイに使ってるんだ」

「まぁな。暇な時なんかにこうして弄っていると、色々と落ち着くからな。それよりも、意外なのはこっちの台詞だぜ?わかるのか?異世界人がバイクなんて?」

「うん。言ったでしょ?この世界とウェールテイはそれなりに交流があるって。もっとも、軍人くらいしか使わない高級品だけどね。アスファルトで道が整備されている訳でもないしさ」

「どんな世界なんだろうな。少しばかり響美があるよ。関わることは無いだろうけどな」

異世界なんておとぎ話でしか聞いたことが無いため、不意にそういう信。

「わからないよ?信達って私の世界の水準から見ても高い戦闘力を持っているから、軍にスカウトしたいくらいだよ」

「お前はどのくらいの階級にいるんだ?」

「ん?あたしに興味を持つなんて珍しいね。学校だったら冷たいのに」

麻美がそう言うと、信は少しだけ溜め息を吐く。

「素性が怪しかったからな、警戒していたんだよ。まぁ今でも完全に信用したわけじゃないけどな。それに、週の始まりであんな態度を取ったからな。今さらな気がして冷たく当たっちまってたんだよ。悪かったな、態度が悪くて。多分だが、旭もそうだろう」

信がそう言うと、麻美はキョトンとする。

趣味のバイクをやっているせいか、機嫌が良いのだろう。今日の信はいつもより素直に感じる。

「へぇ、いがみ合っているって聞いたけど、結構旭の事はわかってるんだ。深いところではわかりあっちゃってるってやつ?」

それが地雷だったのか、少し鼻歌混じりで作業をしていた信が少しばかり不機嫌になる。……が、それも少しだけだった。ある種の諦めに似た感情を表情から伺わせ、一瞬だけ作業の手を止めるが、またすぐにレンチを動かしてばらしていた部品を組み立てる。

「……そんなんじゃねえよ。まぁ、確かに俺のことを一番理解しているのは旭で、旭の事を一番理解しているのは俺なのは間違いじゃない」

カリ、カリ、カリ、カリ……

レンチでネジを締める音が哀しげに聞こえる。

「だけど、それは健全な理由じゃない、酷く歪で、そしてある種の呪いだ。悪いけど、これ以上は聞かないでくれると助かるな。これは簡単に話せる内容じゃない」

信は洗浄液に浸けていた部品を取り、拭き取ってから潤滑油を塗り、過剰な油を拭き取る。

「……で、お前の階級は?」

「この世界の軍隊の階級に照らし合わせれば大尉って所かな?」

大尉とは軍隊でも1個中隊…大体五十人から百人規模の部隊の指揮官を務めるくらいの階級だ。年齢と照らし合わせるとかなりのエリートである。

「結構エリートだったんだな?お前」

「うーん………違うかな?あたしには部隊を指揮する権利も、その能力もないよ。単純に八龍士という存在故に特殊で危険な任務が多いから、その給料に見あった階級を与えられているだけ。あとは、階級によって変な命令によって作戦に影響されない為かな?」

そういえば聞いたことがある。

航空機のパイロットや医務官等は民間のパイロットの給料に見合う為の階級を付与されると。

「まぁ、あの強さだから、大尉待遇の給料でも良いんじゃねぇの?それに、その階級相手じゃ変な男とかも寄ってこないかもな」

「見た目で口説きに来られても迷惑なだけなんだけどね?汚い仕事もこなしてきたし」

それに関しては信も何も言えないが、少なくとも自分達よりかは汚く無いだろう。

お互いに日の下は眩しすぎて、居心地が悪い過去を歩んできている。信が黙っていると、麻美は自嘲気味に笑った。

「つまらない話だったかな。あーあ、自分の過去や中身に見あった見た目なら、楽だったのかなぁ」

「言うほど、お前の目は……中身は汚れきって無い気がするけどな」

「はぁ?」

信が思わず……といった感じで麻美に言う。

その瞳は麻美を見ておらず、相変わらず整備しているバイクに向けられている。表情も一切変化がない。

「少なくとも、俺達のようにはなっていない。すべてを憎むような目でもなければ、何の興味を持っていないというわけでもない。俺達は……既に色々と手遅れだが、お前はまだ人の領域にいるよ」

信は最後の部品を組み立て、駐車場にバイクを運ぶ。麻美はそれに付いていき、ホッと胸を撫で下ろした。

「何?いきなり。口説かれてるのかと思った」

「口説かねぇよ。俺がお前を口説くわけねぇだろ?」

「そうなの?いやぁ、それだったら距離を置くところだったよ」

「それでも構わねぇけどな」

「そ。でも、なんかかっこつけてない?」

「まさか」

信はフン……と鼻で嗤う。正直に言えば、明のあれには一種の敬意すら信は感じている。

もう信がその感情を……女性に対して異性の感情を凍らせてしまってからどのくらいの時が流れたのだろうか。

女性の美醜はわかる。見た目も中身の美醜も……。だけどそれだけ。それ以上の感情を持つことは、もう無いのかも知れない。それくらい、自分はもう壊れきってしまっている。

「暇潰しを兼ねた監視は終わったか?終わったんなら、もう家に入らせてもらうけど?」

「どうぞどうぞ。やっぱあんたらは気楽で良いね」

「そう言われたのは初めてだ」

信は男女にバイクにカバーを掛けて外に設置してある流しで機械油用の石鹸で手を洗い、裏口から家の中に戻っていった。

女の子に対しての態度ではない。だからこそ、逆に麻美にとっては気楽であると思った。

「結局、あたしだって壊れてるんだよ。きっと」

麻美の一人言を聞いたのは、塀の上に降りてきた一羽の雀だけだった。

彼女の無表情の顔。しかし、心は何の感情を持たない自分に泣いていたのかも知れない。もしそうならば…彼女はまだ戻れる位置にいるのかもしれない……

 

ーセーフハウス・縁側ー

 

パチッ!

縁側では旭が一人、詰め将棋の本を片手に将棋を打っていた。

「明か」

旭は盤から目を離さずに、されど音もなく近寄ってきた明に意識を向けていた。

「流石だな、気配だけでわかるか」

明は学校で見せる態度とは180度違う表情で旭を称賛した。

されど旭はその言葉に何の反応も見せなかった。それがさも当然のように。実際、そんな芸当は旭にとっては当たり前だった。

「少しは反応しろよ。言っちゃなんだが、本気で感心してるんだぜ?」

だが、旭はそれでも盤面から目を離さずに、パチリと駒をさす。

「俺の生い立ちを知っているなら、こんなことが出来て当たり前だとわかってるだろ?あんな家で、その程度の事が出来なければ、この歳まで生きちゃいねぇよ」

男の明でも、見惚れてしまいそうになる旭の女顔。だが、その口調は相変わらずぶっきらぼうで、そして粗暴だ。

旭が言うように、その生い立ちは過酷だった。一般的な常識を持つものから見れば、地獄そのものとも言える旭の幼少期。

少し前までの旭であれば、こっそり近付く真似をしようものならば、若砲……闇の気を弾丸にした気弾の餌食になっていただろう。それほど旭は人の気配には敏感だった。

明は両肩を竦めておどけて見せる。そこで旭の手が止まり、目は盤面から初めて明に向けられる。

「お前という男は、本当に掴めない男だな。普通なら、俺があの『和田』の者と知れば、近寄って来なくなると言うのにな」

和田なんて名字はそれこそどこにでもある。

しかし、闇に精通している者ならば、鎌倉の和田……なんて聞けば裸足で逃げ出す一族だった。

「まぁな。俺もお前らほどではないにしても、八龍士として前線で戦ってきたからな。その辺にいるやつらと同じたったら……それこそ俺だって生きていないよ」

明は盤面を挟んで旭の対面に座る。

「相手をしてやるよ」

「ルールを知ってるのか?」

「真樹との対局を見てたからな」

二人は対局を始める。じっさい、明は問題なく駒を進めている。

「面白いな。これ」

「年より臭いって言われるがな」

「うちの世界では機械なんてものは一部でしか無いからな。このゲームみたいなものも現役で楽しまれているさ」

「そうなのか?産業革命は起こらなかったのか?」

明は首を振る。

「兆しはあったらしいが、自然の魔法力が損なわれるからな。一部でしかこの世界の機械化は進んでいない。国が禁じたからな」

「テレビもラジオもねぇのか……不便だな」

テレビやラジオもエンターテイメントというだけで存在している訳ではない。

災害情報や犯罪情報など、ニュースで得られる必要最小限の生活にかなり密着している。

「本来はそういうのが無いのが当たり前なんだ。それに、手段が無いわけじゃない。自治体なんかとかには国の中央から情報が回るように、色々手は打ってあるからな。便利さを追求するのは良いが、便利すぎるのも考えものなんだよ。この世界を見てればそうじゃないか?環境破壊とか……この世界で魔力が練りにくいのはそれが理由なんだよなぁ…」

魔力と自然力は比例するらしい。

「こんな世界であれだけの力を出せる…お前らが俺達の世界に来たなら、それなりの戦力になるかもな」

「どうだろうな。お前らはこの世界でも俺らより強いじゃないか。そんなやつらに言われても嫌みにしか聞こえねぇよ。王手飛車取り」

旭は角を動かして王手と飛車を同時に取る位置取りを取る。

「うわっ!ちょっ……たんま!」

「待った無しだ。早く動かせ」

「くそっ!王を逃がすしか…」

「ほい、これで詰みだ」

旭は更に持ち駒の金をはって詰ませる。

「あちゃー………強いな、お前」

「初めて将棋を打ったんだ。真樹が異常なんだよ」

旭は駒を片付けて始めながら、外を見る。

その眼は真剣だった。

「ウェールテイ……いつかは行ければ良いな……お前らの世界に行けば……少しは自由になれるのかな……この世界は……窮屈だ……それに、イヤな思い出しかない」

その言葉は……どこか自由に対する憧れがあった。

旭の過去は過酷だ……。

「………この件が終わったら、付いてくるか?俺達に」

「……冗談だ。俺と信には………終わらせる事がある。そしたら………消えるのが一番なんだよ」

憧れは所詮、憧れるままなのが一番なんだ…。そう言って旭は将棋セットを土間に片付けて、自分の部屋に戻った。

「自由を得た先には、更に新しいしがらみが生まれ、過去に想いを馳せる……わかってるじゃないか。和田旭」

明はかつての自分に想いを馳せた。王族としての籠の中に生きていられたままだったら、自分は自由がない代わりに何の不自由もなかった。自由があると思っていた世界は……新たな不自由が自分の身に付きまとった。

「自由……そんな楽園なんて……どこにもないかもな。もっとも、お前らが経験した安倍と和田以上の地獄なんて、そうそう無いかもしれないが………」

 

続く



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長い一日の始まり

物語が動き始めます。


ー流星高校ー

 

明達がホームステイを始めてから一週間が経過した。

あれから敵の動きは全くなく、平穏そのものだ。

「しかし、ホントにまた来るのかね?奴等は」

昼休みが終わり、麻美と真樹、信と旭は食堂から教室に戻るべく連れだって歩いていた。すれ違う者達は信達が健斗以外の誰かと共に歩くのを珍しがり、二度見するのが殆どだ。

それをうざったそうにしながら、信は麻美に尋ねる。

「それは間違いないと思うけどね?現に襲撃が一回あったわけだし……」

「目的が不明なのも不気味なんだよな………いったい奴等の目的は……」

目的のクラスがある四階に差し掛かった時、学年全体が何やら騒がしい。

何だ……と、旭が続けようとしたが、その騒がしさに眉を潜める。いつもの喧騒とは何かが違う。

ザワザワとした、何かにつけて異質な事態が発生したような騒ぎだ。

「おい。何かあったのか?」

信は適当なヤンキーの肩に手を置いて尋ねる。

地元のチームに属している………一昔前のチーマーやら暴走族やカラーギャングやらのメンバーの見事に金髪に染めた中々気合いの入った奴だ。

「あっ!?んだテメ………」

「あ?」

気安く話しかけたのが気に入らなかったのか、喧嘩腰に返事してきたヤンキーだったが、相手が信と健斗だと気が付くと、一気に顔を青くさせた。

視界の下でキレイな顔をヤンキー顔負けのガン飛ばししている旭が怖かったこともあるだろう。

前に旭にしめられて酷い目に遭ったのもある。

「す、すんません………安倍さんと和田さんだとは気が付かず……あ、そちらの方達は彼女っすか?噂の転校生じゃないっすか。さすがっす!」

ヤンキーはヘコヘコして信達におべっかを使うが、それが却って信達の勘に障っていることに気がついていない。

「下手なお世辞を使うんじゃねえ。こいつらは訳あって一緒に行動してるだけで、そんなんじゃねえ」

旭が更に目付きを鋭くしてヤンキーに凄む。

信と旭が女子と付き合うことはない。

過去の傷が癒えない限りは……。

「で、何があったんだ?」

信が再度ヤンキーに尋ねる。

ヤンキーはハッとして信の方に向き直った。

「それが……木藤さんが血相を変えて出ていったんですよ。あんな木藤さんを誰も見たことが無かったんでみんな慌てているんです」

確かに健斗はよっぽどの事がなければまず慌てることはない。前の学校などでは信と旭が騒ぎを起こしても大抵は落ち着いて対処をしているほどだ。

「あのすかした転校生が木藤さんを追っていきましたけど……何があったんですかね?」

「まさか………」

邪教徒絡みの問題の可能性がかなり高いだろう。だが、それだけで健斗が慌てる事はまずない。

信達はクラスにはいり、適当なクラスメイトに尋ねる。

健斗の鞄はそのままだ。ここまで我を忘れて慌てるなどただ事ではない。

旭はクラスメイトに尋ねる。

「おい、健斗に何があった?」

するとクラスメイト達は互いの顔を見合わせ、そして…

「次の授業の準備を始めていた健ちゃんが、机の中身に入っていた風当を見つけて、それを見たら急に……」

「机の中に入っていた封筒?」

信が健斗の机の上を見ると、確かに握り潰されたような便箋らしき物が転がっていた。

かなり強く握り潰されたらしく、信がそれを破らないように慎重に便箋を広げると……

「なっ!?」

「どうした。何が書かれてる?」

便箋を見て固まった信の姿を不審に思った旭がそれを奪い取り、中身を確かめる。その内容は……

「何だ…………と?」

旭も絶句する。

『木下恵里香は預かった。返して欲しくば木藤健斗一人で横浜港の○○倉庫まで一人で来い。張紅龍&張白龍』

そして、それを裏つけるように同封されていたらしき写真には拘束され、時限爆弾らしき物が仕掛けられている恵里香の写真が。

「明らかに罠………あいつめ、まさか!」

旭が便箋と写真を元通りにくしゃくしゃに握り潰す。

「行っただろうな……恵里香は健斗にとっては姉みたいなものだ……健斗の弱点とも言えるな」

健斗は恵里香を二人以上に慕っていた。

もちろん、二人も身の回りの世話をしてくれる恵里香は嫌いではないので恵里香が浚われれば頭にくる。しかし、健斗はそれ以上だろう。

もしかしたら、健斗の初恋の相手は恵里香なのかも知れないと思うほどだ。

信が紙を自らの魔力で作り出した炎で灰に変える。

「解せないのは張大人の双子の息子であるはずの張紅龍と張白龍が何でこんなことをするのかが気になるな…」

信は張大人の秘書である徐の電話にコールする。

しかし、スピーカーから聞こえるのは無機質なアナウンスだった。

『お掛けになった電話は、現在使われておりません』

「どうなってやがる……」

思わず携帯を握り潰しそうになるほどの激情に駆られるも、通信手段を失うわけにはいかないので踏みとどまる。

張白龍と張紅龍は健斗達の仕事の大口クライアントである張大人……張蒼龍の双子の息子だ。

直接は会ったことはないが、張大人がこれまでこちらを裏切った事はないし、仕事上での信頼関係はそれなりに作ってきたつもりだ。もっとも、それ故にいつでも切り捨てられる可能性は考えていたが、それにしたって突然すぎる。ましてやこんな手の込んだ事をしてくる程の事をした覚えはない。

手を切るなら切るで、互いに不干渉を貫くはずだ。

張大人に取ってみれば健斗達など取るに足らないこじんであるし、張のファミリーと木藤の本家はそれなりの付き合いがある。

互いに手を出せない間柄であるはずなのに、その息子が裏切って来た……これは普通ではない。

「いずれにしても……奴等のねらいは健斗だったわけかよ……」

「急いで追うぞ……このままだと……」

二人が行動を起こそうとすると………

ガンッ!

強烈な痛みが信の即頭部を襲う。

「がぁ!」

「信!」

「あんた!何するの!?」

いきなり殴り飛ばされた信。振り向くと白目を剥いてよだれを垂らしながら、信を殴ったであろう椅子を持った健斗の級友がいた。

「こ、これは………呪術で操られてる……」

見れば他のクラスメイトも…いや、クラスメイトだけではない。廊下でたむろしていた生徒達……恐らくは前項生徒達が同じように椅子やら机やらを持って信達四人を囲んでいた。

「俺達を足止めをするって事かよ……張兄弟は邪教徒、もしくは邪教徒に操られているってところか?」

四人は背中合わせになり、臨戦体勢をとる。

真樹は懐から拳銃を取り出した。

「敵なら容赦なく殺す…ってか?やっぱりテメェも俺達と同じ……」

「一緒にしないで」

真樹は机で襲いかかってくる操られた生徒に向けて発砲する。

「がぁぁぁ!」

バチン!

バタッ!

「魔霊弾。グリップに仕込まれている魔霊石を通じて弾丸を飛ばす銃よ。私の発明品」

撃たれた生徒はそのまま倒れて動かなくなる。

「殺したのか?」

「この世界で言うスタンガン?って言うやつかしら?私は雷の八龍士。魔力を電力に変えてスタンガンの威力で筋力を弛緩させただけよ。ただの一般人を殺すような真似はしないわ」

バチン!バチン!バチン!

真樹は次々と魔霊弾を放って操られている生徒達を気絶させていく。

「急いで。私は基本的に頭脳戦担当よ。魔力だって安倍信のように高くないし、近接戦は護身術程度しか扱えない。学校を脱出して、木藤健斗を追うわよ」

四階の教室という場所では飛び降りる事は出来ない。必然的に敵中を突破するしかないのか……?

「麻美!信!旭!窓側の方が層が薄いわ!そっちから行くわよ!」

真樹がわざわざ追い込まれる方向の敵を倒していく。

だが、信達三人は驚きはしなかった。

「おう!旭、麻美!道を作るぜ!」

「ちっ!何を考えてるかわからねぇが、この場は信用するぜ!」

「信頼してるよ!真樹!」

信が拳の連撃で次々と生徒達を殴り飛ばし、拳の死角から襲ってくる生徒達は旭が掴んで他の生徒を巻き込んで投げ飛ばす。反対側の死角は麻美が手から作り出した水の固まりを固めて投げ、放水銃のように圧力を高めて吹き飛ばす。

「殺さないようにしなさい!彼等は操られてるだけよ!」

「一般人を殺すかよ!そんな事をするのは和田や安倍の下衆どもに対してだけだ!蛇雷(へびいずな)!」

信が魔力の帯を敵に纏わせ、何人かを絡めとる。そこから魔力を電撃に変換し、生徒達を気絶させる。

「後遺症が出たら勘弁な!旭!肩を借りるぜ!」

信が真樹を抱え、旭の肩に飛び乗り、そこを足場に一気に壁までジャンプする。

「あたしも行くよ!」

今度は麻美が相手の頭を足場にピョンピョンと飛び乗って移動する。

「ちっ!」

旭は気で高めた身体能力を使って信達を追う。そして壁の方向まで飛ぶと……。

「旭!気で壁に穴を空けて!」

真樹が叫ぶ。

「そういう事か!確かにそのばか野郎だと学校が火災になるもんな!」

旭が両手に気を溜める。

「はああああ!双若砲!」

覇王翔○拳よろしく人の大きさ程の気弾を放つ旭。

気弾は壁をぶち抜き、程よい抜け道を作る。

「ばか野郎は余計だ!このクソチビ!」

信は真樹を抱えながら抜け道となった壁の穴をくぐり抜ける。

「いつまで抱き抱えてるのよ!下ろして!」

「うるせぇ!先導しろ!旭!」

真樹の予測通り、隣のクラスの教室の生徒は信達のクラスに殺到しており、無人状態だった。

だが、すぐにでも廊下の生徒達がなだれ込んで来るだろう。

「指図するんじゃねえ!麻美!殿(しんがり)は任せるぞ!」

「うん!任せて!ジュライン・ハーツ・アニー!」

麻美は先ほどの圧縮の放水を放って追ってくる生徒達に浴びせる。

真樹がこの手段を考えたのは逃げ道を作るだけでなく、狭い穴から入り込んでくる追っ手を狙いやすくするためでもある。

そして、非殺を前提とするならば麻美ほど殿に適している存在はいなかった。

「オラァ!次の壁をぶち抜く!双若砲!」

旭が次の教室、更に次の教室と壁を破壊して脱出口を作る。

「そこの教室で止まって!非常用ロープを使って一気に下るわ!」

真樹が火災用に設置されている避難用ロープを垂らす。

そして、レンジャー部隊よろしく一気に懸垂降下で下っていく。

真樹もかなりの訓練を積んできていることが伺える。

「大した女だな……避難用ロープで懸垂降下をやるかよ!」

信達も真樹を追って懸垂降下をして一気に一階に降り、最後にロープを信が燃やして学校の敷地内から脱出する。

普通なら大激戦を避けられないところであったが、四階に暴徒が集中していたことから真樹の作戦が上手くいき、容易に脱出できた。

「健斗………無事でいろよ……… 」

 

続く






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魔の一族

横浜港

 

ドゥルンドゥルルル………

健斗は自身のバイクを停め、目的の倉庫へと慎重に向かう。敵の気配はない。だが、ここは張大人の庭みたいな物だ。警戒するに越したことはない。

「恵里香………」

健斗は恵里香の事を姉のような存在だと思っていた。

付き合いこそ短いものの、彼女はこれまでの家政婦とは違って健斗達を普通の少年のように扱ってくれた。

大抵の家政婦は生活力のない彼らのだらしなさに数日…持っても数週間で辞めてしまうが、彼女は文句を言いつつもやってくれた。

大抵の家政婦はこの特殊な3人の事情を深く探ろうとしてくるが、恵里香はそういったのを感じさせなかった。

大抵の家政婦は事務的に仕事をこなすだけだったが、恵里香はアットホームな空気でギスギスした3人を上手く調和させていた。今の信と旭は恵里香が変えたと言っても過言ではない。

恵里香がいなかったらとっくに三人の生活は破綻していてもおかしくは無かった。

そんな彼女を健斗は尊敬し、そして仄かな想いを募り始めていた。

絶対に彼女は助けなければならない。

たとえ、これが最後であっても……

健斗は慎重に………慎重に進む。

「お?来たな?お前が木藤健斗か?」

「!!!」

健斗は不意にかけられた声に反応して臨戦体勢をとる。

油断はしていなかった。

霊力でレーダーを張り、僅かな気配を逃さんと周囲に気を配っていた。

(こいつ……かなり強い!)

明や麻美と同等か、もしかしたらそれ以上。

「そう怖い顔をするなって。今日は手を出すつもりはないんだからさ」

男は中肉中背。どことなく明に雰囲気が似ているだろうか?

チャラチャラしている時ではない、無駄な行動を避けている時の明に似ている。

「信用できるとでも思ってるのか?」

「ま、普通は信用しねぇわな」

男は肩を竦めてポーズを取る。しかし、そんなおどけた態度の最中でも男に隙はない。

「霊流砲!」

健斗が霊気を込めた気の弾丸を放つ。

木藤流霊術の基本、霊気の弾丸だ。

「ひょいっと」

野球のピッチャーが投げる位のスピードのそれを、男は顔の動きだけで難なく回避する。

距離は数メートル。それをあっさり見切られ、回避されるなど、中々ない。

「!!」

「おいおい、物騒な野郎だな。本気でお前らをどうこうするつもりはねぇって」

男は懐からクッキーを取り出して囓る。

信や旭に隠れているが、健斗だとて二人と同等くらいの実力者だ。

並の不良やヤクザはおろか、プロの格闘家が相手でも後れを取ることはない。その健斗の殺気をまともに受け、そして攻撃を仕掛けられても余裕を崩さない。

間違いなく健斗よりも上を行っている存在だ。

「お前も………八龍士か……」

「八龍士?違うな。どちらかと言えば、お前らの敵側の存在か?流れている血筋だけを言えばな」

「まさか、和田か安倍の………」

「いや?俺はウェールテイの人間だぜ?」

ますます訳がわからない。

「とりあえず、お前が俺の敵であることは確かだ」

健斗は男に一気に肉薄をし、飛び回し蹴りを放つ。

男はそれを屈んで回避すると、健斗はそこからサマーソルトキックよろしく逆の足で男の顎を蹴り抜く。

「ウオッ!」

(余裕ぶっこいてるからそうなるんだよ!)

確実に決まった。これで大抵の人間は終わる。

意識が向いていない所からの急所への攻撃は効く。

まともに受ければ格上だろうと……。

そんな事を思っていた健斗だったが、男は倒れず、多少頭をくらつかせた程度でピンピンしていた。

「やるじゃないか。ただの能力者にしとくには惜しい逸材だ。少しばかり甘く見ていた。失礼したお詫びと言ってはなんだが……俺も本気を出そう」

(何だと!?俺の本気の連撃を受けてピンピンしているだと!?)

健斗は更に蹴りでラッシュを加えていく。

鳳凰撃。

健斗の格闘技における最強の攻撃である。ぐるぐると円を描きながら、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る!

しかし、男は蹴りをブロックしたり、いなしたりとまるで効いていない。

明ほどでは無いにしても、普通の格闘家辺りならチャンピオンクラスでもKOできる連撃を、涼しい顔をして受けきっている。

それでも健斗はめげず、そこに更に高めた霊力を溜めていく。

「食らえ!霊破陣!」

ぐるぐると円を描きながら移動していたのはステップを踏んでいた足跡に霊力の結界を作り、男をそこに閉じ込める為。

その結界の中で健斗は自身の最強の技である技を浴びせる。

木藤流霊術奥義の壱、霊破陣。

破邪の霊力を最大限に高め、足元から相手を焼く技だ。

これをまともに食らえば信や旭でもただでは済まない。

並の人間ならば死ぬレベルだ。

(霊破陣なら、奴だって……なにっ!?)

健斗の目が驚愕に見開かれる。

男は霊破陣の中で耐えきっていた。プスプスと体から煙を出して、腕をクロスさせて、健斗の霊力に耐えきっていた。

「流石だな。こんなかくし球を持っていたのか。いい技だ。こんなのを受けて耐えきれるのは、八龍士か……俺達くらいのものだ」

「お前は……何者だ……」

「俺はレイオス。レイオス・シャルダン。八龍士から見たら……まぁ、暫定的に暗黒八龍士とでも言っておくか。八龍士とは対なる存在だしな」

混乱することばかりだ。暗黒八龍士………

つまり八龍士と同等の存在だとでも言うのだろうか?

「お前らは………」

「おっと、会話で時間稼ぎはさせねぇよ」

レイオスは遠距離から拳を打つ。

すると、拳の先から螺旋を描いたつむじ風が放たれ、健斗に命中する。

霊破陣を放った疲労から、満足に回避行動を取れない健斗はつむじ風の衝撃をまとも腹に受け、数メートル吹き飛ばされる。

「グハッ!」

なんという衝撃だろうか……。

例えば信のパンチ。

「回復を図ったようだが、流石にあんな技を何発も食らってりゃ、さしもの俺ももたないんでな。少し手荒な真似をさせてもらった。これで落ち着いて……」

「レイオス!」

健斗の脇を通り抜け、明が棒の突きをレイオスに放つ。

風と駿足の明の攻撃。それをレイオスは今度こそ本気で受け、続く連続突きを何度もいなす。

「流木明か。遅かったな」

明は憎悪に満ちた目をレイオスに向ける。

「またお前か……レイオス・シャルダン。毎度毎度中途半端に仕掛けて来やがって。まさかお前らもヴェレヴァムに転移する手段を持っていたなんてな……今度こそ聞かせてもらうぞ……暗黒八龍士とは何だ?お前は邪教徒と何か関係あるのか?」

「いつも言ってるだろ?知りたければ俺に勝てよ。毎度毎度、俺に良いように手玉に取られているお前に出来ればの話だがな」

「今度は倒してやるよ…このヴェレヴァムがおまえの墓場だ…健斗は恵里香さんを救出しに行け。こいつは俺がやる」

「いや……俺もやる………。俺だって……」

「足手まといなんだよ!大技を使って霊力がほぼ空のお前に何が出来る!それに目的を履き違えるんじゃねぇ!お前の目的は恵里香さんの救出だろ!レイオスを倒すことじゃねぇ!」

「くっ!」

明の言うことは事実であった。

霊破陣を使ったことにより、既に健斗の霊力は底を尽きている。それに、悔しいが健斗の力ではとてもではないが、レイオスには勝てなかった。勝てる糸口すら見いだせない。

「死ぬなよ……明」

健斗は後の事を明に託し、恵里香が捕まっているであろう指定された倉庫へと向かう。

レイオスはそれを黙って見送る。本当に何が目的なのだろうか……。

「何が目的だ……レイオス」

明はレイオスの喉元に棒を向け、尋ねる。

「少なくとも、張兄弟の目的とは完全に違うとだけは言っておく。俺はお前ら八龍士には何の興味もない」

「なめるな!」

明は突進してレイオスの喉元に突きを放つ。レイオスはそれを首の動きだけで回避する。明はそのまま突進の勢いを利用して膝蹴りを放つが……。

「甘い」

レイオスはそれを見越して事前に例の渦巻き突きを明の鳩尾に向けて放っていた。

「ぐはっ!」

突進の勢いを逆に利用されたカウンター。

まともに受けた明は動きを止めてしまう。

「お前は力があっても心が甘い。この街での安倍信と和田旭の戦いを見ていた。あの二人は手痛いダメージを受けても攻撃をやめなかった。もしこれがお前ではなく、あの二人なら、気力でそのまま俺に突っ込んで来たさ。木藤健斗もな」

レイオスはそのまま明の顔面にハイキックを放つ。たまらずダウンする明。

「伝説の風の八龍士。お前の祖先である流木龍ならば、こんなに弱くなかった。お前の力は、さっき俺を相手に良い勝負をしてきた木藤健斗の方が上手く扱えるかもな。少なくとも、同じ土俵に立ったなら、木藤健斗はお前よりも確実に強い」

「!!!」

明は歯軋りをし、よろよろと立ち上がる。

「お前は………俺が………」

レイオスはフワッと浮かび上がり、倉庫の1つの屋根に着地する。

「戦略もお粗末だ。見事に張兄弟の思惑に踊らされたな。俺も見事に踊らされたが……。とっくに気が付いていたと思っていたぞ。奴等の目的にな……」

「また軽くあしらって終わりかよ……レイオス・シャルダン!」

明が強くレイオスを睨む。

しかし、興味なさげに明を一瞥したレイオスは、その姿を徐々に消していく。

「言っただろ。お前なんかに今は何の興味もない。俺の目的は安倍信と和田旭の抹殺だ。あの二人を、他の暗黒八龍士の手に渡すわけにはいかないんだよ」

信と旭の抹殺………。

健斗ではなく、あの二人がレイオスの……邪教徒の目的…。

「信達を殺すのが……お前らの目的……」

「チッ!どこまでめでたい奴だ?お前は………。あの二人がどんな存在か気が付かないとはな……」

徐々に姿だけでなく、気配すら消えていくレイオス。

「警告しておくぜ、流木明。あの二人はお前らの手に負える存在じゃない。何とかなる前に抹殺しておけと言っておく」

そう言って完全にレイオスの気配は無くなった。

「くそっ!レイオス……あいつは一体、何なんだよ…」

ゴン!

明は負けた悔しさを拳に乗せ、アスファルトに叩きつけた。

明はレイオスに勝てた試しがない。そして、その都度に軽くあしらわれて終わる。

それが明には悔しくて仕方がない。

(伝説の八龍士が……こうもあっさりやられるのかよ…暗黒八龍士………やつらは何なんだよ)

 

 

倉庫内

 

そこに潜入した健斗。しかし、張兄弟の私兵はおらず、邪教徒の連中もいない。

恵里香の姿はすぐに見つかった。ただ縛られ、座って眠らされているだけだった。その横では虫の息である中年の男性が転がされていた。

(恵里香さんは無事のようだが、あっちの男はもうだめだな……心霊術を使っても助からないだろう)

健斗は見知らぬ男性を憐れに思いつつ、それも仕方がないと割りきる事にした。

すべてを救うことは出来ない。自分はレイオスの言うとおり、ただ特殊な力を持つだけのヒヨッコだ。神でも勇者でもない。

男性の事は諦め、健斗は恵里香の様子を確かめる。

乱暴された形跡もないようだが、だからといって油断はできない。。健斗は罠を警戒しつつ、慎重に進む。

霊破陣を使った影響は大きい。狭い範囲で発動させたとはいえ、霊力をごっそり持っていく木藤流の奥義だ。

それ故にショックが大きかった。信や旭のように倒せなかった例は確かにある。だが、あそこまでまったく通用しなかったことなど一度も無かった。

(くそ……八龍士に出会ってから調子が狂いっぱなしだ)

明にレイオス……奴等は自分達よりも確実に強い。

(……いけない。今は恵里香さんだ……恵里香さんを助けることが最優先。自分の弱さを嘆くのは後だ!)

健斗は罠が無いことを確認し、恵里香の元にたどり着く。

恵里香はただ気を失っていただけだった。呼吸も脈も異常はない。呪いの類いも調べてみたが、そちらの方も何か仕掛けられている形跡はなかった。

(爆弾は……まだ余裕がある。急いで脱出すればまだ間に合うな……)

解除を試みようと仕掛けを見てみるが、そこには何本の線が張られていた。通常、誤爆を避ける為に解除コード等が作られているが、本物の解除コードは一本だけ。

後はすべてダミーだ。健斗はその段階で解除を諦めた。

だが、何の罠も仕掛けられていないのならば、それで幸運だった。

邪教徒が使う強力な呪いが仕掛けられていたならば、今の霊力が下がっている健斗ではどうしようも出来なかっただろう。

「………うっ…………」

男性が意識を取り戻したようだ。

「君……は?」

「木藤健斗。残念だが、あなたはもう手遅れだ……悪いが見捨てて行くぞ?」

健斗が声をかけると、男は反応する。

「君が木藤の次男か………こんなところで会うことになるとはな……」

ヒューヒュー……と、苦しげな息をしながら男は静かに言う。

「あなたは?せめて遺言だけは聞いておく」

「張蒼龍……」

「あなたが張大人!?」

度々健斗達に仕事を与えてくれる恩人とも言える横浜チャイニーズマフィアの重鎮。

それが何故このような場所で、たった一人、最期を迎えようとしているのか……。

「私はマフィアだ………裏切り、下克上などは当たり前だ…そんな人生を歩んで来たのだからな……だが、最期を看取るのが木藤の息子とは………これも運命なのかも知れんな……」

「あんたは一体……」

「安倍政治と和田義治、そしてお前の父親とは盟友だった……宿命に狂う以前の………な………」

安倍政治と和田義治は信と旭の父親の名前だ。不倶戴天の天敵同士である二人が盟友だった?安倍と和田とは一体……。

「お前達を見ていると、若い頃の奴等を思い出す……木藤健斗。我が友の息子達……。お前達には期待せずにはいられなかった………長い歴史の中でも………お前達ほど絆を結んだ三家はない……そして、その才能も……」

張大人の声は徐々に弱くなる。

「最期に煙草を吸いたい……内のポケットに入っているのを吸わせてくれないか?」

「あ、ああ……」

健斗は張大人の内ポケットから煙草とジッポライターを取りだし、その口に咥えさせ、火を付ける。

「ふぅ…………健三………お前との出会いの時も、こんな風に煙草を吸わせてくれたな………今度ばかりは助かりそうもない………先に逝くぞ………。政治…義治…私の息子達は……魔の一族の宿命からは逃れられなかった……だが、お前達の息子ならば……魔の一族の宿命から……」

「魔の一族………それが安倍と和田の一族……」

忌の時を迎えようとする張大人。

もう一度煙草を吸い込み、張大人はもう何も写していない虚ろな瞳を天井に向ける。

「安倍と和田の(せがれ)を……魔の一族に落としてはいけない……あの二人は……魔の一族の希望……だ」

「質問に答えろ!おい!張大人!」

「木藤健斗……私の懐にある石を持て……それを受け取ってもらうのが………私の最後の依頼……だ。健三に辿り着けなかった領域………お前ならば………」

そう言って張蒼龍は口から煙草を落とす。

その命の鼓動は……完全に今、失われた。

「く………」

黒社会の首領の呆気ない最期。健斗は軽く黙祷を捧げる。神道や仏教では、どんな悪人であろうと死人は神であり、仏だ。

健斗は言われた通り、懐から何かの石を取り出す。

「呪石?いや、そんなものじゃない……呪石とはまるで違う性質を持っている!」

 

ー目覚めよ………木藤健斗ー

 

健斗の頭に何かの声が響き、不思議と力が沸き上がる。

「この力は………使い果たした筈の霊力が……いつの間に回復している……」

この石は一体何なのか……ただの呪石ではないことは確かだ。

「信と旭が一族の希望……ね。守るさ……あいつらは、なんだかんだ言っても、数少ない俺の理解者だからな。張大人、あんたの遺体はここに置いていく。手厚く供養することが出来ないことを許せ……」

そう言って健斗は眠る恵里香の体を抱き上げ、急いで倉庫から脱出する。

そして………

 

ドオォォォォン!

 

轟音と共に、爆弾が爆発し、倉庫が崩れる。

「謎だけを残して逝ってしまったな……張大人。それにしても、張大人の子供は結局何も仕掛けて来なかった。レイオスとかという奴が襲ってきただけ……目的は…」

「信と旭が本命だったらしい…」

明がダメージの抜けきらない様子でフラフラしながら話しかけてくる。

「くそ……何が何なのか、サッパリわからん!」

「俺もだ……だが、とにかく信と旭の所に行くぞ……」

恵里香をそのまま横たわらせ、バイクの方へと足を向ける健斗と明。

そこに………

「待って!どういう事?健斗くん……」

恵里香が体を起こして、健斗に尋ねて来た。

 

ー続くー



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覚醒

「待って!」

目を覚ました恵里香に呼び止められた健斗は、振り替える。

「どういうことなの?健斗くん達は普通の男の子じゃ無かったの?」

恵里香は悲しみに満ちた表情で詰めよってくる。

健斗はその瞳に目を逸らすしかなかった。

「恵里香さん。俺達の事情に巻き込んでしまってすみません。これが裏の世界に身を置く俺達の事情です」

「健斗くん……」

「俺はこれから信と旭を助けにいかなければ行けません。ゆっくり事情を話したいところですけど、ここでお別れです。俺達の事情に巻き込まれない為にも、もうここで俺達とは関わらない方が良いでしょう」

「それって……クビ?もう会えないの?」

彼女を巻き込むわけにはいかない。信や旭がいても同じ判断をしただろう。

健斗は笑顔を恵里香に向ける。

こんな悲しい笑顔を彼女に向けることになるなんて…こんな日が来るのは避けたかったのに……。

恵里香はポロポロと涙を流している。優しい人だ。こんな目にあったのに、それでも俺達との別れを嫌がっているなんて。

「今まで、ありがとうございました。楽しい日々でした。さようなら、恵里香さん」

健斗はバイクに跨がり、明はその後ろに乗る。

「健斗くん!」

「さよなら……」

健斗はバイクを走らせ、流星高校の方面へ向かう。

ヘルメットの中では涙が溢れていた。

(コレが……俺の初恋だったんだな。初恋は実らないと言うけど、気が付いた瞬間に失恋か……まぁ、恵里香さんは俺を弟のようにしか感じてなかっただろうけど…)

木藤の宿命を背負っている以上、彼女のような普通の人間との恋なんて、するべきでは無い。今回の事でわかった。

今の健斗では大切な何かを守る力はない。腕力でも、権力でも……それを得るまでは、自分に誰かを愛する資格はない。

あの日、信と旭が誓ったように……。

(本当の意味で、お前らに近付けた気がする。待ってろよ、信…旭…)

魔の一族が何を意味するのかはわからない。

だが、そんなものは関係ない。あの二人は自分の中ではもうかけがえのない存在なんだから……。

健斗は失恋の痛みを振りきるように、バイクを走らせた。

 

一方

 

流星高校より離れた横浜市市街地。

無事に流星高校から脱出し、セーフハウスのバイクを使って横浜港へ向かおうとした信達。

しかし、セーフハウスまでもう少しという所で二人の男が行く手を阻んだ。

二人とも魔力をほどばしらせ、嫌でも強敵であると認識させられてしまう。

「お前らは…」

「張紅龍」

「張白龍」

「暗黒八龍士だ」

「暗黒八龍士……レイオス以外にもいたのね……」

暗黒八龍士……聞き慣れない言葉に顔をしかめる信と旭。明達と関わるようになって以来、訳のわからない単語が次々と出てくる。

だが、そんな訳のわからない事よりも、こいつらがここにいること自体が謎だった。

「待て。こいつらは恵里香を拐った奴……何でお前らがここにいる?お前らは健斗に用があるんじゃないのか?」

旭が一歩踏み出し、張兄弟を睨み付ける。

「木藤健斗ぉ?ああ、あの邪魔者のことかぁ?あんなのに用はねぇよ。俺らはあくまでもお前らに用事があるんだよ。安倍と和田の長男、政人と義人にな」

紅龍がそう言うと、信と旭は反応する。

「その名前で俺を呼ぶんじゃねぇ!」

「俺らはあくまでも安倍信と和田旭だ。俺は既に義人の名前を捨てている!」

二人は牙を剥き出さんくらいに表情を怒りに歪めた。

安倍政人と和田義人…安倍家と和田家の長男として付けられた信と旭の本名。

家を飛び出したときに捨てた名前だ。

「んなこたぁどうでも良いんだよ。ついでに言えば、お前らの意志なんてのもどうでも良い。欲しいのはお前らの体だからな」

聞きようによっては腐女子が反応しそうであるが、今はそんな場面ではない。

それに、それの意味することについては二人に身に覚えがある。

「へっ!この呪われた体が目的だって?」

「そうだ。この世界の最強の一族とも言える安倍、和田の二つの家系に流れる我々の血筋。その中でも最強の力と才能を持つお前らが、我々には必要だ」

「暗黒八龍士の血筋………魔の一族……」

また新しい単語だ。いい加減イライラする信と旭。

いや、それだけじゃない。

(どういう訳かこいつらといるだけで内側の破壊欲求が止まらなくなる……)

(このままだと……あれが始まる……その前にこの二人だけでも逃がさねぇと……)

信と旭は恐れていた。目の前の暗黒八龍士と名乗る二人にでも、魔の一族という妙な血筋にでもない。

自分自身にだ。

昔から自身にも抑えきれない破壊欲求があった。

一族のなかでもとりわけ強烈な破壊衝動。一族の力を使えば使うほど、より強くなるその欲求。

だから普段は極力は一族の力を……安倍家の恕と和田家の若の力を使わなかった。

それ故に能無し、力を制御できない未熟者として一族でも爪弾きにされてきたのだが…。

『一族の中でも類いまれなる才能がありながら……能無しが』

『泥棒猫の息子のクセに……能無しが……』

『才はあってもこれでは……一族の面汚しだな!』

フラッシュバックする過去の記憶。

それに伴い、より強くなる破壊欲求。

「真樹……麻美………逃げろ……」

信がそう言うと、二人は首を振る。

「そうはいかないわ。暗黒八龍士は邪教徒のシンボル…。私達八龍士の敵よ」

「あんた達こそ逃げなさいよ。これは既に八龍士と邪教徒の戦い。あんた達の出る幕じゃ……」

「良いから逃げろ!俺が正気を保っていられる間に!」

ごおおおおおおおおお!

信と旭の体から凄まじい魔力と気が放出される。

「この力は………八龍士クラスの力……」

信達の力を見て戦慄する麻美達。逆に紅龍達はニヤリとした顔を向けてくる。

「この力だ……この力があれば凍結した魔界の時を動かせる」

「魔界の復活が成されれば、時の神王、ヴェールデが封じたニファンバー・フォレスト、フィンイー・サレパ、リック・クラウスの封印を解ける。伝説の暗黒八龍士が復活する」

「残る鍵はどこかに封じられた時の巫女、水の暗黒八龍士を目覚めさせれば……魔界の時は動き出す。我々魔の一族の悲願が果たせるってもんだぜ」

「安倍政人、和田義人……その力を差し出せ……最強の力を我々に寄越せ……」

恍惚の表情で語り出す張兄弟。

しかし……

「うっせぇ!テメェらは殺す!」

信が解放された力で一気に紅龍との間合いを詰め、紅龍を殴り飛ばす。

「安倍流拳技・奥義……三呪連殺……」

ドカドカドカ!

信が正中線……鳩尾、喉、人中の三ヶ所に一瞬で拳を入れる。たまらず吹き飛ばされる紅龍。

そして、信が殴った箇所には僅かな青い炎の魔力が燻っていた。

「安倍流奥義……恕爆砕!」

チュドオオオォォォォォン!

青い炎が盛大な爆発をあげる。

安倍の力の素である特殊な魔力の青い炎、恕。

普段は通常の魔力でこなしている信であるが、その真の強さはこの恕を使った魔術である。

「紅龍!」

「人の心配をしている暇があるのか?くそが。和田流奥義……瞬移!若烈掌!」

旭が闇に包まれたと思いきや、次の瞬間には白龍の懐に闇と共に現れ、そして赤い気を白龍の鳩尾にゼロ距離で炸裂させる。

和田の力の素である暗黒闘気の若。

旭は普段、技の核程度でしか使っていない若を十割の力で掌底に乗せて技を放った。

「やるぞ、旭」

「ああ」

信と旭は互いの手を重ねる。そこに恕と若を混合させて1つの弾を作る。

「なにっ!安倍と和田の合体技だと!」

「魔力と気の混合……しかも恕と若の特殊な魔力と気の混合なんてやったら……テメェらは…」

驚愕の声をあげる紅龍と白龍。

だが、信達の顔は邪悪に笑っていた。

「旭と共に過ごしたメリットはここにあるんだよ」

「時間はあったからな。この技を完成させる時間は…恕と若の混合を反発させずに使えるようにする訓練をする時間がな。張大人からもらった記録のおかげでもあるがな」

「親父の!?まさか……」

信と旭は知らないことだが、自分達の父親が張蒼龍に託した恕と若の技術の応用技術の書。

二人はそれを研究し、互いの技の合体技を開発していた。

まさか使う日が来るとは思わなかった。自分達はここまでしなくても大抵の者には勝てると思っていたからだ。

それよりも、通常の魔力と気を極めて恕と若に頼らない方向で実家を滅ぼす。信達はそれを最終目標として日々修行をし、そして仕事をこなすことで闘いの実戦修行を重ねていた。

「八龍士、暗黒八龍士……世の中はまだまだ広いって実感したぜ。異世界ウェールテイ。こんなのがゴロゴロいる世界だったとしたならば、俺達の本懐を遂げられる良い実戦訓練になりそうだぜ!」

「無事にコレが終われば、本気でウェールテイに移住するのもありかもな!どうせもう、この横浜には居場所が無くなっちまったしよ!」

「麻美!真樹!俺達を異世界ウェールテイに連れてってくれ!邪教との闘いの戦力としてで構わねぇからよ!」

「ついでに魔の一族やら魔界やら、全部ぶっ壊してやるからよ!」

もう腹は決めた。この世界……明達の言葉で言うならヴェレヴァムに未練はない。

ウェールテイでは魅力的な闘いが待っている。そこで修行を積んで、そして安倍と和田を滅ぼす。自らの一族を滅亡させる。

あまりにも悲しい目的。家族を滅ぼすのが生涯をかけた目標……。その為だけに今まで生きてきた信と旭。

「っつー訳だからよ。とっとと死ねや……張兄弟。張大人には申し訳ねぇけどよ」

「息子を殺すんだからな。恩を仇にして返す訳だが…まぁ、仕方ねぇよな?」

二人は互いの力をバランス良く掛け合わせて作った弾を発射体勢に入る。

「なんつったっけ?どこかの世界に迷い込んだ夢で見たゼルガティスの技は?」

「ディアスだろ?忘れちまったがよ。哮砲……確か哮砲と言ったぜ?」

「センスのねぇ技名だ」

「まったくだ。………今までありがとな。政人…多分、これをやったら俺達は……」

「言うんじゃねぇよ。縁起の悪い。お前からの感謝ってだけでも、それだけで呪いだぜ。なぁ?義人」

互いの本名を呼び合い、そして……

「食らえ!張紅龍!恕哮砲!」

「死ね!張白龍!若哮砲!」

純粋な暗黒魔力と純粋な暗黒気力。

二人が放った哮砲が、張兄弟に迫る!

「ぐあっ!何だこの馬鹿げた力は!……受け止めきれねぇ!」

「八龍士でも無いのに……暗黒八龍士に対抗しうる力だと!?こんな奴等が魔神や魔将以外にもいるのかよ!」

哮砲をまともに受けて耐える張兄弟。

張兄弟は舐めていた。どんな力を使おうと、自分達暗黒八龍士が負けるはずが無いと。

しかし、信と旭は違った。八龍士とかという謎の力に頼らずに、伝説の戦士に対抗しうる力を持っていた。

「う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

ドオォォォォン!

ついに耐えきれずに、爆発の中に消える張兄弟。

「……凄い………これが安倍と和田の本気……」

「違うわ。安倍信と和田旭……いえ、安倍政人と和田義人の力よ……安倍と和田の力の限界を超えている…。あの二人が新しい暗黒八龍士?」

二人の力に戦慄する麻美と真樹。

しかし、二人は感じ取っていた。戦いが終わったというのに二人の闘気がまったく消えていないこと…。

そのくせ、だらんと項垂れ、猫背になっている。

まるで獣のように……。

「逃げるわよ……何かがヤバイわ」

「うん。絶対に普通じゃないよ。あの様子……」

女八龍士の二人が一歩、また一歩と後ずさる。

この様子は知っている。魔の暴走。

キメラ人間に理性が無いのは普通の人間に魔の一族の力を注入されたからだ。

信と旭は魔の一族の申し子。そんなものが魔の暴走になってしまったら……

「ぅぅぅ………うおおおおおおおおおおおお!」

「はぁ……はぁ………うああああああああ!」

振り返った信と旭の目は………既に人がする目ではなかった。完全に理性を無くし、体のリミッターが外れている。まるでエヴァ○ゲリオンのように…。

「うがぁ!」

信だった者が、アスファルトを砕いて一気に跳躍し、麻美に襲いかかる。

その速度は明以上。50メートル走を2秒で走ると言われても信じてしまうくらいのスピードで迫ってくる。

「何て!スピード!放水銃!」

麻美が水の塊を咄嗟につくって放つが……

「おうあっ!」

なんと暴走した信は自動車1台分を吹っ飛ばせるその麻美の術を裏拳で殴り飛ばし、弾いてしまう。

「何てパワー!コレが……信の本当の力!」

「うがぁ!」

信じられない光景に固まってしまったのが致命的なミスだった。そのまま信は固まった麻美をなぶるかのように何発も何発も拳を振るう。

「おあ!うがあ!」

「ああああああああああ!」

もはやサンドバッグ状態になった麻美。抵抗も出来ずに素早く、重い連撃を受けた麻美にトドメと言わんばかりに恕を爆発させる暴走信。青い炎に包まれて麻美が吹き飛ばされる。

(意識を失ったら焼け死ぬ!魔力の水で消さないと!)

冷静に分析した麻美は魔力で作った水を体に張って青い炎を消そうとする。しかし、恕という特殊な魔力で練られた炎は中々消えない。

(殺される……今のあたしじゃ勝てない……どうにかして逃げないと……)

頭を巡らせる麻美。

こんな危機はこれまで何度もあった。勝てないと判断したならば逃げるのみ。幸い相手は理性がない獣同然の存在。ペテンに嵌めれば逃げるだけなら何とかなるはずだと考える。

それは真樹も同じだった。

真樹も暴走した旭に追い詰められていた。

「電撃で弛緩させれば!」

真樹が自らの体を雷の結界を張ってガードするも……。

「があああああ!」

暴走旭は感電した様子を見せずにそのまま真樹の服を掴む。

「効いていない!」

「うおおおおおおおおおおおお!」

鍛えた技が本能レベルになっているのか、柔術の技を使いこなし、その上で力任せに真樹をコンクリートの建物に向けて投げ飛ばす暴走旭。

「何で………効いてないのよ………」

痛みでスタンした真樹が旭を見ると、若のオーラで身を包んだ旭がゆっくりと真樹に歩いてくる。

「若のバリアで電撃を無力化してたのね……。本能って怖いわ……達人は反復演練で完全に修得した技は、無意識のレベルで使いこなすと言うけれど……あの歳で達人の領域にいるなんて………それを暴走した状態で使われたら、ひとたまりも無いじゃない……」

これは戦闘系の八龍士でも手が余る強さ。明でも……そして不倶戴天の敵であるレイオスでもこの旭には勝てない。

真樹は絶望からではなく、客観的に、そして冷静に判断する。

張兄弟ではないが、真樹も信と旭を舐めていた。いざとなれば自分達の方が強いと…。しかし、蓋を開けて見ればこの様だった。

(実力を隠していた?違う……本気を出すということは、この二人に取っては諸刃の剣だったのね!本気を出さないんじゃなく、出せなかった!)

『俺はお前らより弱い』

そう言っていた信と旭。

だが、言葉の意味が違った。意図的に隠していた可能性もあるが、その言葉の本意は……

(暴走のリスクを抑えた上での強さは私達より弱い…という意味だった!暗黒八龍士でもないのにこの強さ…でも、安倍も和田もこんな力を持っているなんて聞いていない!そもそも、何で元から魔の一族の二人が魔の暴走に陥っているの!?)

張兄弟の言葉が本当であるならば、安倍も和田も魔の一族の末裔。そうであるならば、何故キメラ人間のように魔の暴走が二人に起きているのか……それがまったくわからない。

強さにしても、魔の暴走にしても、この二人はただの魔の一族ではない。

(何なの!?この二人はなんなの!?)

理解不能。

あらゆる知識を総動員してもこの二人は異質すぎる。

知識を溜め込んでいるからこその真樹の弱点。イレギュラーに弱いのが知識あるものの弱点だ。

それをカバーするのが経験や、または直感なのだが、残念ながら真樹はイレギュラーに対して対処する経験も無ければ、直感に従う事を嫌う性質の人間であった。

マクロとミクロの違いである。現場に弱いタイプの人間なのだ。

(どうすれば良いの!?現実的にこっちが負けている…相手は理性のない獣……暴走が収まる気配もない!どうすれば!)

「があああああ!」

ゆっくりと歩いて来ていた旭が、何発もの若を展開する。

散若砲。

ショットガンとも言える細かい若の弾丸を何発も発射する和田流の技の1つだが、1発1発が既にいつぞや旭がゾンビを仕留めるのに使っていた反若砲クラスの大きさになっている。

つまりは………人の頭を簡単に吹き飛ばせる弾が何発も展開されている……。

「お手上げね………もう、どうしようもないわ……」

いくら八龍士でも、これを何発も食らっては耐えられない。そもそも、八龍士の中でも自分は戦闘向きではない。

「ヴェレヴァムなんかに来るんじゃ無かったわ…」

完全に諦めモードの真樹。

諦めたら試合は終了というが、もはや状況はそんな根性論が通用するレベルではない。

「諦めるな!真樹!霊破結界!」

光のサークルが空から降ってきたと思うと、それが結界となって旭を覆う。

「聖なる気!?誰!?」

覆われた聖なる気により、闇の気である若が掻き消される。

「ぎょっ!?ぎょおおおおお!」

散若砲が消され、怒り狂う暴走旭。

更に闇の力を使おうとするが、中々力が溜まらない。

「旭……いや、義人。ここで祓わせてもらう!」

そこにいたのは健斗だった。しかし、今までの健斗とは明らかに違う。この気は……この力は………。

「健斗……まさか………あなたは……目覚めたの?」

「…………ああ」

健斗は霊力を……聖なる気を開放する。

その霊力は、龍の形を形成し、そして健斗の体に戻る。

「新たなる八龍士……光と聖なる力の八龍士、木藤健斗。推参!霊破陣!」

「ぎゃあああああああああああああああ!」

レイオスに食らわせた霊破陣よりも遥かに濃密な光の奔流が旭を襲い、そして、旭は倒れた……。

命に別状は無さそうだが、それにしても暴走した旭をこうもあっさりと………。

「……助かったわ。私の新たなる仲間……八龍士、木藤健斗……」

 

続く



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聖なる八龍士

敵味方が状況によって入れ替わります。


健斗が旭を倒す少し前に遡る。

 

バイクを走らせる健斗。後ろのシートに座る明。

「健斗……良かったのか?あんな別れで……」

「………良いわけ無いだろ。でも、今は信と旭だ」

あんな別れで良いわけがない。しかし、恵里香と話すことはもうない。

それに、恵里香以上に信や旭の方が大事だった。

共に長い時間を過ごしてきたことで、木藤の宿命を越えたところにあの二人には何か期待してしまう。何故か惹かれるのだ。

中学の時は苦労させられた。日本の常識という常識をまるで理解していない二人。家の宿命からか、最初はケンカと言うのも生易しい争い事が絶えなかった二人。自分と同じでまったく家事とかからは無縁でだらしがない二人。仕事でもそうだ。慈悲なく相手を痛め付けるし、特に旭なんかは目的の為ならば相手の命だって簡単に奪う。普段はともかく、仕事となれば性格の悪さがにじみ出る二人。普段は内心いがみあっているのに、そう言うところだけは息が合い、その都度健斗はため息を吐く。

普通ならあんな奴らなどとっくに見放している。なのに、何でだろうか………健斗は信と旭を嫌いになることができなかった。

まるで見えない何かに導かれているように、信と旭は運命の相手のように思えてしまう。

それこそ、初恋の女性の事をほっぽってでも、信達を助けたいと思ってしまう。

そんな二人が狙われている。ふざけるな…と健斗は思った。

木藤も、安倍も、和田も、八龍士も、魔の一族も、俺達の事を何だと思っているのだろう……と、怒りを感じずにはいられない。

ただ自由になりたい……そんな三人の事を嘲笑うかのように、次から次へとオカルトな何かが平穏を望む健斗達を蝕んでくる。

やっと人並みの生活が出来るようになってきた。やっと実家からの干渉から逃れることが出来た。やっと学生らしい生活にも慣れてきた。それなのに……

健斗は沸々と怒りに燃えてくる。そして、霊気が健斗の体から漏れでてくる。

そして、その霊気は張大人から預かった謎の石に反応し……増幅されて健斗の体へと戻ってくる。

「っ!?」

何か得体の知れない力が自分の中で発現しようとしている。体が熱い。そして、自分が自分では無くなるようなこの違和感。

健斗は急いでいるにも関わらず、バイクを停めてうずくまってしまう。

「何だ………この石は……」

張大人から預かった石は、先程までとは打って変わって白く輝き、そして宝石のように……まるで何かのRPGに出てくるようなクリスタルのように青く透き通る何かに変化していく。

「これは………聖光気。それに、お前……どこからその精霊石を………」

「精霊石?」

「呪霊石と対をなす魔霊石の一種だ。聖なる力を増幅させ、清めの力を周囲にもたらす希少な魔力を有する魔霊石……それが精霊石だ。それも、純度の高い……ウェールテイでも滅多に見れない物だぞ……」

違う。さっきまではただの白い石だった。なのに、健斗の霊力を浴びた瞬間にこの石は明の言う精霊石に変わった。そして、その精霊石が健斗の霊力を更に高めさせ、それがまた精霊石を増幅させて………。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

ドォォォォォン!

体の熱さに耐えきれず、健斗が雄叫びを上げて力を開放すると………聖光気と呼ばれる気の柱が立ち上る。

そして、立ち上った聖光気が再び健斗に戻ってくると…そのまま健斗は立ちながら白昼夢を見る。

『やっと覚醒したか……待ちわびたぞ。木藤健斗』

白……何もない少し青みがかった白一色の世界に健斗は浮いていた。

『ここは……』

『君の精神の世界さ。そして私は初代八龍士のリフォン……リフォン・クロケット。まぁ、君に力を与える世界意思に選ばれた者の代表者だとおもえば良い』

いつの間にか、白い鎧を着た銀髪の男が目の前に立っていた。

リフォン……確か一週間前くらいに見た夢で出てきた夢の戦士。自分では到底叶わない力の戦士。

初代八龍士の意識が夢の中で出て来ていたのか…。

『君が私に叶わない?冗談を言ってはいけない。君の力は私など遠く及ばない。八龍士の力が無ければ、私は君には到底敵わない程の力しか無かったさ。君は私よりも遥かに強くなる素質がある。悔しいくらいにね』

『俺が……リフォンよりも強く……』

とても信じられなかった。自分よりも遥かに高い領域にいるリフォンよりも、自分は強くなれるなんて…。

『君が八龍士の力に馴染み、そして力を制御出来るようになれば、もっと強くなれる……歴代最強のセイントドラゴンになれる……』

力がほしかった。

あのレイオスに負けない力が…。無力で何も守れない…恵里香のように泣かせてしまわせないような力が欲しかった。

『力を与えよう、木藤健斗。だが、それによって君は…君自身の幸せは望めなくなるかも知れない。八龍士の力は神の戦士の力……。その力を得たものは属性に縛られ、世界の意思に縛られ、いずれは精神すらも世界の意思へと変わってしまうかも知れない。ーーの者達が、そうなってしまったように……。力とはそういう物だ。そして、いずれは孤独に消えてしまうかも知れない。一生を終える時、君の意思は既に君らしさを欠片も残していないかも知れない……それでも君は、力を得たいかい?』

自分が自分では無くなるかも知れない……。その恐ろしさは想像を超えていて、健斗にはわからない。だが、恵里香を泣かせた……。自分を影から成長させてくれていた張大人を死なせてしまった…。それほど遠くない過去には信や旭になる前の政人や義人の………。それを止めることができなかった。あんな惨めな気持ちになるくらいなら、力が欲しい………。

『欲しい。守りたい物を守れない……そんな中途半端な力しかない今よりも、俺は力が欲しい。その為ならば神の駒にだってなってやる。いや、いっそのこと神そのものにだってなってやる!俺に力をくれ!リフォン!』

『その覚悟を……いつまでも忘れるなよ?木藤健斗。さあ、受け取れ。君の力が……世界の民に幸福をもたらせることを願う!誕生せよ!聖なる六代目八龍士、木藤健斗!』

リフォンの体は巨大な白いドラゴンとなり、そして健斗の中に入り込んでくる。

そして、早速意識の一部が書き換えられていくこの違和感。正義、慈愛、勧善懲悪……。

『負けるか………俺は俺だ!』

しかし、悲しいかな………。

それがどこまでが木藤健斗の物だったのか…どこからが書き換えられたセイントドラゴンの意思なのか……その境界線が曖昧になっていく。

(負けない!俺は木藤健斗……セイントドラゴンなんかじゃない!)

守りたい物を守る。自分の意思なのか、それとも神の意思なのか…もはやわからない。

1つだけ言えるのは、自分が木藤健斗だった新しい何かに変わってしまったということだけだ。

(ヴェレヴァムも、ウェールテイも、俺は救ってみせる。そして、信と旭……。もし世界を害するならば、どんな手段を使ってでも俺はお前達を止めて見せる…そうはさせてくれるなよ?)

健斗は気が付いていない。既に手段と目的が入れ替わってしまっていることに……。

それでもまだ、信と旭を救いたいという気持ちは消えていなかった。

どこまで健斗は木藤健斗としての自我を保てるのか…それは誰にもわからない。

確かに言える事は、神の意思の代行者である聖なる力を持った世界の守護者が新たに誕生した……。それだけがたった1つの間違いない事実であった。

白い世界から意識が戻り、健斗は目を開く。

「健斗………お前が八龍士に覚醒するなんてな…奴等がヴェレヴァムにちょっかいをかけに来た目的の1つは間違いなくお前だったんだ。新たな八龍士の覚醒を防ぐ為の……」

「どっちでも良い。今は信と旭だ。暗黒八龍士に利用されては厄介なんだろ?あいつらは俺が助ける。悪に落とされる前にな」

健斗の表情からは、甘さが消えていた。

小さい頃の彼を知るものならば、口を揃えて言うだろう。戻ってしまった……と。

悪の象徴、安倍と和田を止める調律者の家系、木藤を体現すると言われた頃の木藤健斗に……戻ったと。

「………力に飲まれるなよ?健斗」

「制御してやるさ。そして、絶対に『本来の木藤健斗』に戻る…神の意思なんかに…踊らされるか」

健斗は精霊石をバイクの燃料タンクに突っ込む。

「精霊石よ……バイクの燃料代わりに力になってもらうぞ……乗れ、明」

「パワーは出るだろうけど、絶対にエンジンが持たないだろうな…」

「知らん。壊れたなら直せば良い。今は時間との勝負だ」

「木藤健斗を保てたままでいられるかね?こいつは…」

だが、実際に今は信や旭の事はもちろんだが、それ以上に真樹や麻美が心配だった。

(レイオスの言葉が気に掛かる。信と旭は…魔の一族のあいつにとっても抹消しなければならない存在。ただの魔の一族ではない………と言うことか)

 

そして、時は今に戻る。

そして、レイオスの言葉の一部を知ることになる。レイオスが危惧していた力の一端を発現させた暴走した信と旭の姿を見ることによって。

 

「…………」

「うう………うう………」

悲しそうに信を睨む健斗と、本能からか、健斗を警戒して動かない暴走した信。

「信……張大人は亡くなったぞ……」

「ううううう…………」

「俺達は、魔の一族を宿命から救うために託されたんだ」

今の信に理性が無いことはわかっている。だが、健斗は信に呼び掛けずにはいられなかった。

「お前が安倍の一族を憎んでいるのはわかっている。でも、魔の一族の宿命から安倍を救うことだって、お前の目的は果たされるんじゃないか?」

「うがぁぁぁぁぁぁ!」

暴走した信は麻美に対してやったように、とても人が出せるような力とは思えない力とスピードで迫ってくる。

「がぁ!」

信の音速とも言える拳。それを健斗は正確に見切り、ガードする。

続く顎を狙った拳を掌で受け止め、最後に人中を狙った拳を頭の動きで回避する。

「速いな……確かに速い。もしかしたら速さを自慢とする風の八龍士の明のスピードよりも速いかもしれないな」

健斗だとて、普通ならこんな速さに対抗することなど不可能だ。では何故それに対処する事が出来るのか。

八龍士に覚醒し、前よりも遥かに強い力を得たこともある。前までの健斗ならば、あっさりやられていただろう。

だが、それだけではない。

幼少期に何度も信や旭と……政人と義人と戦い、そして二人が家を飛び出してからは共に生活をし、トレーニングや仕事を何度も共にこなしてきた。

だからこそわかる。本能レベルまで達している信の攻撃の癖を。次にどこを狙ってくるのかを。

「いつものお前が相手なら、例え八龍士となったとしても、油断なんて出来る相手じゃない。だが、今のお前はただの獣だ」

ゴスッ!

「ぐぅあ!」

健斗の膝げりが信の腹を捉える。

「さっさと正気に戻るか……それとも死ぬか……」

そしてジャンプしてその顎を前蹴りで蹴り飛ばす。そこに健斗らしい慈悲の心は無くなっている。

「完全に健斗は呑まれてる……八龍士の意思に……」

「あれは木藤健斗じゃないわ。破邪の意思そのもの…」

明は戦慄した。

健斗と聖なる八龍士の力は相性が良すぎた。たちまち力を物にした健斗。だが、それ故にその意思は完全に破邪の力に呑まれてしまっている。

たった一週間ではあるが、木藤健斗という人物はここまで非情な人間では無いことを明は知っている。どこか甘さを残し、本来ならば敵であるはずの信や旭に対しても身内と扱う微かな優しさを持っている……。

力を持つものの非常さと捨てきれない人間臭さを残した人物。そこに魅力を感じていた明は、今の健斗の姿に悲しさを覚える。

「おいっ!正気に戻れよ健斗!力に飲まれるな!」

健斗を背後かは羽交い締めにして止めにかかる明。

「うるさい」

健斗は明の足の甲を踏み抜く。

足を踏む。この子供じみた行為は実はかなり有効な手段だったりする。

武術を嗜んでいない女性の力でも、これだけで屈強な男がしばらく動けなくなるくらいには有効な手段だ。

ただの女性の足を踏む行為でもそれだ。蹴り技を主体としている木藤の技の継承者が……それも八龍士となって力が増した健斗がやればどうなるか……。

「ぐあっ!」

明は弾かれたように腕を離し、あまりの痛みに行動が出来なくなる。

「お前はやっぱり、王族の甘ちゃんだ。だからレイオスにも勝てない。もう一度基礎から鍛え直せよ」

そして羽交い締めを解いて後ろ蹴りで引き剥がす。

「同じ土俵に立てばこんなものか?流木明。八龍士に覚醒しなくとも、もしかしたらお前に勝てたのかもな」

容赦ない蹴りを受けて明は蹲る。

力の差は圧倒的だった。たった数分で逆転してしまった力関係。そこまで明と健斗の八龍士としての相性は圧倒的に違っていた。

「こんなのは………間違ってるだろうがよ……お前、信が正気を戻さなければ……殺すつもりだろ……」

明は痛む体に鞭を打って、立ち上がる。踏み抜かれた時に足の骨を砕かれたのか、立つことも辛い。

だが、ここで痛みに負けたら健斗は信を殺し、旭を殺し、そして二度と木藤健斗という人間は戻ってこない。

そんなものは……木藤健斗ではない。ただの破邪の戦士。仲間なんかでは決して無い。

「うわぁぁぁ!」

明は砕かれ、機動力を失ってもなお、健斗にすがり付く。麻美も、真樹も………。

それぞれが三人にやられ、満身創痍であっても諦めない。

「お前らは………邪魔だ」

健斗から聖光気が立ち上る。通常なら薄く青い霊気は、聖なる力と融合して金色に輝いている。

「うっ………この力は………」

「明らかにレイオスよりも上……」

「八龍士が三人がかりでも同じ一人の八龍士に勝てないなんて……」

三人がかりでも健斗の力には勝てない。同格である八龍士であるはずの三人でも……それだけ健斗の地の力が強かったのか……それとも八龍士の相性が良すぎるのか。

暴走した信は攻めあぐねいている。

本能とはバカに出来ない。明らかに自分より勝る相手の場合、本能とは逃げるか服従を選ぶ。

「政人を止めるのは今をおいて他にない。邪魔をするならお前らをここで倒す。取り返しの付かない事になる前にな……もう一度言う。お前らは…邪魔だ!」

健斗は三人に聖光気の暴風を浴びせる。

抱き付く力は剥がされ、聖光気の暴風が三人の八龍士を吹き飛ばす。

「ぐうっ!」「きゃっ!」「あうっ!」

数メートル弾き飛ばされた三人は、今度こそ動けなくなる。

「政人。正気に戻れないのなら……誅するしかないな」

健斗はゆっくりと……暴走した信に近付いていった。

 

続く




ある意味では暴走してしまった健斗。
果たして健斗は信と旭を殺してしまうのか!?

それでは次回もよろしくお願いいたします。


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さよなら横浜。異世界ウェールテイへ。

ビルの上。そこでレイオス・シャルダンは八龍士の力に飲まれた健斗と暴走した信、そして再起不能となった三人の八龍士の姿を見ていた。

「力に飲まれたか……聖なる八龍士の力と木藤健斗の力は相性が良すぎたらしいな……これでは木藤健斗はあの三人と同じ道を歩む事になる。眠る四人とは別の、二代目八人衆となったあのバカども三人と同じように…」

レイオスは哀しみに満ちた目で健斗を見る。

力に溺れた者は力によって滅ぶ。

「八騎士は邪の尖兵となって代々の八神鳥と憎しみ合い、神王は汚染される八人衆を鬱いて神の世界を凍結させ、生まれ変わった八人衆もまた、邪の尖兵となって八龍士といがみ合う。この世界も……龍の世界も癌化するのか……希望は無いのか……」

レイオスは今の健斗の姿に憐れみの情を抱いていた。

「何が暗黒八龍士だよ……ただ、八人衆の名前を変えただけじゃないか。ヴァイスやニファンバー達アストロ・ジンボリーに知られたら殺されるかな?……殺されるな。アストロの奴等は俺には厳しいからなぁ……もし、あの四人がこのまま壊れるようならば、マンダラにいる残り二人に希望を繋ぐしか無いんだが……とにかくやはり安倍政人と和田義人はここで殺すしかないかな?張紅龍と張白龍も………もう、手遅れだしな。ここで始末するか?んん?」

そろそろ動きだそう……そう思ったレイオス。だが、現場に動きが出始めた。

「ほう……俺達ヴァーグレルの血筋を最も色濃く受け継ぐアイツが……ここで希望を繋ぐなんてな」

ヴァーグレル。それはウェールテイの人間で言うなら魔の一族の本当の名前であった。

ヴァーグレルの呪われた血筋を最も色濃く受け継ぐと言われた人間が、正気を持って立ち上がったのだから。

 

 

「それが……お前の本性か?健斗……」

立ち上がったのは霊破陣によって倒された旭だった。

その目は先程までの理性を失った目ではない。

「義人……正気に戻ったのか?」

「やきが回ったんじゃねぇの?健斗。俺は旭だ。誰が何と言おうとな」

「旭?お前は魔の一族の和田義人だ」

旭はペッ!と血の唾を吐き出す。

「やっぱりお前は健斗じゃねぇよ。つまらねぇ、ただの木藤だ」

「ただの木藤で何が悪い?」

「悪いね。俺は木藤健斗だからこそ一緒にいられたんだ。つまらねぇただの木藤なんかじゃねえ、木藤健斗だからこそ、少しばかり友達ごっこをしていただけ。八龍士かなんか知らねぇが、力に溺れたただの木藤には何の感情も浮かばねぇ」

旭は健斗に向けて指を指す。

「俺が友達ごっこをしたいのは、力に溺れた無能なんかじゃ決して無い。弱いお前なんかじゃねぇ。そうだろ?信」

旭は信に対して声をかける。

信はまだ、苦しそうに呻いていた。

「信。お前は堕ちるなよ?そこにいる力に溺れた八龍士のように、政人なんかに負けるんじゃねぇ!俺が義人じゃなく、旭であるように、お前は安倍信だろ!」

旭は無構えのまま、摺り足で健斗の方へ向かう。

「お前から死ぬか?和田義人」

「はっ!自分の力に溺れたただの木藤が、俺を殺す?舐めんなよ。お前に信を任せられるかよ。こいつは…信はもう一人の俺なんだ。テメェはどいてろ……ただのつまらねぇ木藤」

ズリズリと健斗に……いや、その先にいる信に向けて歩を進める旭。

「誰に向かって言ってるんだ?和田義……」

健斗が旭に蹴りをいれようとしたところで、旭の姿が消え、次の瞬間には旭が健斗の頭に踵落としを食らわせた。

「へっ!鈍ったな。ヤッパリお前はただの木藤だ。健斗なら俺が瞬移をやるって言うことを視野にいれる」

「…………」

ドカッ!

健斗は無言で旭を蹴り飛ばす。

「ぐふっ!」

旭はたまらず明のいる方向へと飛ばされ、明に折り重なるようにダウンする。

「おおいて……健斗なら、こんな逆上じみた仕返しはしないはずなのに、ただの木藤は恐ろしいねぇ?こんな仕返しをしてくるなんて思わなかったから反応出来なかったぜ」

内心、反応できてもどうしようも無かったと思いつつ、反応できたかも知れないと言外に匂わせる発言をする旭。

「どうでも良いけど早くどけ!重い!なんで男の癖に良い臭いがするんだよ!お前は!新しい世界に迷い混むぞ!この野郎!」

「うわっ!近付くな!お前は女スキーだろうが!」

悪態をつきつつも旭は立ち上がる。正直に言えばもはや限界だった。霊破陣の破邪の力は確かに和田の力を吹き飛ばしてくれた。お陰で正気に戻れた。

だが、霊破陣によって体の……内部の異能を扱う力もズタズタにされ、ハッキリ言ってしまえばここでそのままおねんねしたいというのが旭の本心だった。

だが、ここでおねんねしてしまっては、信は殺され、健斗は二度と元の健斗に戻れなくなるだろう。

ここが正念場だった。

「死体にむち打ちやがって。やはりお前はあいつらを友人だと……」

明の言葉に旭は本気でうえっと吐き出しそうな嫌な顔をした。

「気持ち悪い事を言うな。和田を滅ぼした後は信を倒す。そしてその後は健斗だ。俺が倒して屈服させたいのはただの木藤じゃねぇし、ただの木藤に信が殺されるのが我慢できねぇ……」

ツンデレ?と言いたいところだが、旭は本気でそう考えている。どこぞの野菜の国の王子様よろしく、○ル編のあのキャラにそっくりだ。

「まだ来るか?和田義人」

「来な。ただの木藤」

フラフラになりながらも旭は健斗においでおいでと手招きをする。本当に何を考えているのか。強がりで死に急いでいるとしか思えない行動だ。

「ならば本当にクタバレ!和田義人!」

再び旭に蹴りを入れようと突進する健斗。

そこで旭の表情が変わる。

「だからお前はただの木藤なんだよ。目的が信から俺を倒すことに躍起になってる段階で、力に溺れている証拠だっての。明、任せたぞ?」

「へっ?」

旭は明の体を無理矢理引き起こし、健斗に向かって放り投げる。

「言っただろ?俺は信を正気に戻したいだけだって。健斗をどうこうするなんて視野に入れてねぇんだよ。お前らは同じ八龍士同士で戯れてろ」

「なっ!義人!てめっ!」

「こらっ!んなこと聞いてねぇぞ!」

もう放り出された以上はどうしようもない。明とて八龍士だ。八龍士の先輩である自分がまだ新米八龍士である健斗にただやられる訳にはいかない。

盾がわりにされても、健斗の濁った目を覚まさせるにしても、どちらにしても旭の思惑に乗せられてしまう形になるので癪ではあるが、だったら健斗を正気に戻した方が面目は保てる。

(この野郎……性格がひん曲がってるとは思っていたけど、ここまでやるとは思ってなかったぞ!覚えてろ!)

明は旭がいたところに目を向けると、既にそこには旭の姿は無かった。

明を投げた瞬間には瞬移で健斗の裏側へと回り、健斗の背後から彼を襲おうとダッシュをした信の懐に潜り込んで信の鳩尾に肘を入れていた。そしてそのまま肘を支点に投げる。

「ごはぁ!」

「このバカ木藤が懐にしまっていたこいつなら、お前を正気に戻せるか?信」

旭の手には……健斗が八龍士に目覚めた切欠である精霊石が握られていた。それを信に押し当て、霊力の代わりに邪気が一切ない気を送り込む。

「おぉぉぉおおおーーー!」

断末魔の声を上げて聖なる気により苦しむ信。

信はそのまま動かなくなる。

「!!いつの間に!そうか!あの踵落としをやった瞬間にスリとって……」

健斗が驚愕の表情で背後にいる旭に振り返る。

「ご明察。スリは得意なんでな。それに……良いのか?よそ見をしていてよ」

旭がニヤリと笑う。

「ハッ!」

「テメェも正気に戻れ。木藤健斗」

明が棒に念動力を込め、空気のサークルを健斗に送り込む。

「風の力はな、空気中の酸素濃度をある程度は操れるんだよ」

空気のサークルを健斗の顔に被せる明。

「知ってるか?空気中に含まれる酸素濃度ってのは、多すぎても少なすぎても吸い込めば人間にとっては毒なんだ。呼吸を止めても数秒から数分は生きられる動物の欠陥。伊達にテメェの先輩はやってねぇよ……落ちな、木藤健斗」

「こ、これしきのことで………」

人間の欠陥を狙った攻撃は、八龍士と言えども逃れられぬ攻撃だったようで………。

健斗は唐突に酸素よいを起こしてダウンした。

「う………俺は………」

一方で精霊石によって信も意識を取り戻した。

「戻れたのか………正気を取り戻すにしても………」

「こいつのお陰らしい」

旭の取り出した精霊石に信はまじまじと見る。

「これが……健斗を八龍士に変えた精霊石か………」

二人は複雑そうな顔をする。

そして……。

「安倍政人、和田義人」

呼ばれて振り向くと、そこにはボロボロだが、張兄弟の姿がそこにはあった。

「テメェらの力は良くわかった……もう油断はしねぇ…」

「次に会ったときは……必ず貴様らの魔の一族の力を頂く。覚悟するんだな」

相当ダメージが深刻なのか、張兄弟は素早く撤退を始めた。千載一遇のチャンスではあるが、こちらは八龍士四人は満身創痍、信と旭も健斗にやられてボロボロな上に、魔の暴走を引き起こしたら今度こそ戻れなくなる。そんなリスクを冒してもなお、あの暗黒八龍士を倒せる

保証はない。

向こうから撤退してくれるのであれば、深追いするべきではない。

ふぅ………と息を整える信と旭。

そして明たちに振り返ると…

「さて………案内して貰うぜ。異世界ウェールテイに」

「その前に、彼をどうする?」

麻美が縛り上げた健斗を指差しながら尋ねる。

「………おい健斗。まだ俺達を殺したいか?」

信が健斗に尋ねると……

「………どうやら力に酔っていたようだ……完全に力に支配されていた。悪かった………みんな」

健斗は頭を垂れる。

もうその瞳に狂気の感じは無くなっている。

「そうみたいだな?あの恐ろしいまでの力も無くなっているみたいだし、これから徐々に八龍士の力を馴染ませれば良いんじゃね?それよりも、例の心霊術でおれの足を直してくれよ。このままじゃ、歩けねぇしな」

麻美が健斗の拘束を解き、自由になった健斗は明に心霊術を施す。すると……黄金の聖光気がたちまち明の粉砕骨折を治してしまった。

「ふぅ………なんて回復力だ……ヴェレヴァムの術士は化け物だな……」

明は足の調子を確かめ、その場でピョンピョンとジャンプをした。問題なくジャンプを出来ているところを見ると、完全に治ったようだ。

「それよりも………良いのか?ウェールテイに……」

明の質問に対して健斗達が答える。

「ああ。行く。もうこの世界には俺達の居場所はねぇ」

旭。

「暴徒化していたとはいえ、学校の連中はボコっちまったし、器物損壊もやっちまった」

健斗。

「裏社会でも張大人の死に関わっちまったからな。表の世界でも裏の世界でも俺らはお尋ね者だろ?ならば、ほとぼりが冷めるまでは修行を兼ねてウェールテイに厄介になるさ。自分の一族のルーツも探りたいしな」

信。

実際、こうするしか自分達が生き残る術はない。

暗黒八龍士を始めとした邪教徒は、また信と旭を狙うだろう。力を見せたことにより、今度は本格的に、そしてより確実な手段で。

次に暴走したら、今度はより大きな被害を巻き起こし、そして今回みたいな幸運が重なることはまずあり得ない。

亡命するしかない。八龍士が三人いるウェールテイに…流星王国に……。過酷な戦いが待ち受けていたとしても、このヴェレヴァムにいるよりかは確実に安全だろう。

八龍士に目覚めたとは言え、健斗もまだ力を制御出来ていない。

より八龍士の事が研究されている流星王国で力を制御する勉強をする必要がある。

「歓迎するぜ。聖なる八龍士、木藤健斗と安倍と和田の異端児さん」

「じゃあ、早速出発ね」

「準備を整えてからね」

そういって一度、セーフハウスに戻ることにした。

 

ービルの屋上ー

 

帰っていく6人をレイオスは眼下に見送りながら、顔を楽しそうに歪めていた。

「来るか………ウェールテイに。今度からは本気で、お前らにちょっかいをかけるからな。そして……安倍政人、和田義人……お前らの秘密を……必ず掴んでみせるぜ。それまで首を洗って待っておけ」

笑うレイオスの姿は、そのまま風に溶けるかのように、次の瞬間には消えて無くなっていた。

 

ー木藤家セーフハウスー

 

「準備は出来たか?」

「ああ……もう、親父達には事情を話した。まぁ、家はこのままにするみたいだが」

「帰って来るかどうかもわからないってのにな」

「それならそれで、別の使い方があるんだろ?」

約2年。この家には世話になった。

短かったが、普通の中高生としての生活が出来た思いでの場所になった。

「それよりも、ちゃんと別れを済ませて行けよ。あっちで待ってるからよ」

明は顎でセーフハウスに向かって歩いてくる女性を指す。

恵里香だ。

「……健斗くん、信くん、旭くん……木藤さんから聞いた……学校を辞めて、街から出ていくって……」

泣きながら三人を見る恵里香。

そんな恵里香に、まずは信がその頭をポンっと叩いてすれ違う。

「世話になったな。あんたのお陰で、家族って言うのが疑似体験出来たぜ。元気でな、姉貴」

「信くん………」

何かを言いたそうな恵里香。それに気が付きながらも信は明達の方へと歩いていく。

次に旭だ。

「人間らしさってのが、どういうことか……少しはあんたのお陰でわかったような気がしたぜ。あんたの事、忘れないよ」

「旭くん………」

感謝の言葉はまだまだ言い足りない。だが、その役目は自分ではない。旭は珍しく少し悲しげに目を瞑りながら、明達と合流する。

「恵里香さん………俺は、あんたの事…姉貴のように思っていた……こんな日々がもっと続けば良いと……本気で思っていた……」

「健斗くん……なら……なら何で行っちゃうの!?この街にいれば良いじゃない!四人で……ううん!7人で頑張って…」

「恵里香さん……俺達は、普通じゃない。表からも裏からも、もう目を付けられたし、この街に……いや、この国に居場所は無いんだよ……どんなに望んでも、恵里香さんが無事でいられる事なんて、考えられない……きっといつか、取り返しの付かない事になる……」

「…………」

恵里香は健斗に抱きついてグシグシと泣いていた。

それを見ながら、信も旭も思う。案外、健斗と恵里香は相思相愛だったのかも知れない。

だが、恵里香を守る力は、今の健斗達には無い。

ここで別れるのが、お互いの為なのだろう。

「………もし、いつか力を得て……三人がこの家に帰って来たときは……俺と……」

「!!!」

健斗はそこで自分の気持ちを言いかけて……

「俺達の家政婦を、やってくれますか?」

踏みとどまった。

この素敵な女性を、自分なんかの為にしばりつけられない。そんな資格はない。

恵里香は何の力もない、ただの女の子なのだから。

ちょっと地味な感じだが、可愛くて、面倒見が良く、気さくで、そして健斗達の事を見捨てない優しい女性…。

きっと、良い人にいつか巡り会える筈だ。だから、健斗はここで自ら自分の初恋に終止符を打つ。

恵里香は最後にはぁ……と溜め息を吐く。

そして……

「行ってらっしゃい!もっとも、その時はあたしも結婚していてこの街にいないかも知れないけど」

「困った……恵里香さんくらいしか、うちの家政婦は務まらないんですが」

「だったら、頑張って家事を覚えるか、今度こそ本当の恋をして彼女なり奥さんなりを連れて来るなりして、この横浜に帰って来なさい。友達としてなら、いつでも会ってあげるわよ」

恵里香は健斗の肩を叩いて、涙を流しながらの笑顔を向けた。

もう、話すことはない。別れの時だ。最後に会えて良かったと健斗は思う。いつの間に夕方になっていたのか、夕陽に映える恵里香の顔は、素直に美しいと思った。

「守って見せるよ。その約束を」

「ええ、楽しみにしてるわ」

健斗は恵里香の脇を通りすぎ、最後に一言……。

「さようなら。恵里香さん」

と言った。

「うん、さようなら……健斗くん……」

後ろ髪を引かれる思いで、されど止まることなく明達と合流し、6人は並んで歩く。

「明くん!真樹ちゃん!麻美ちゃん!三人をよろしくねー!さようならー!健斗くん!信くん!旭くん!元気でねー!さようならー!」

大きな声を上げて見送る恵里香を、6人は振り返ることなく、ただ腕を上げて応える。

(さようなら………横浜。さようなら………日本。さようなら………地球。さようなら……恵里香さん)

 

第1章




ここで長いプロローグは終わりです。
次回からはウェールテイ到着編、修行編に入ります。
それでは次回もまた、よろしくお願いします。


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ウェールテイ修行編
ウェールテイへの扉


横浜から異世界ウェールテイまでの道を描きます。
明達はどうやってこの世界のヴェレヴァムへやってきたのか!?
信と旭の秘密は!?
第2章、異世界ウェールテイ編の始まりです!


J○東海道線…横浜駅

 

大きなリュックをもって、明達は横浜駅で電車を待っていた。時刻は夜7時。

「なんっつーかさ、こう……転移の魔法か何かを唱えてさ、一気にバビョーンってウェールテイに転送されるかと思ったんだけどな」

そう愚痴るのは信だ。

異世界ものの定番である転移の魔法……もしくはそれ系統のアイテムを使って魔方陣やら光に包まれ、そして目を開けた瞬間には幻想的な世界へ……というのを想像していた信達であったが、そんな都合の良いものは存在せず、特定の場所まで行かなければウェールテイに行けないのだとか。

「そんな便利なものじゃねぇよ。異世界転移ってのは。それに、そんなに簡単に出来たら入国管理とか出来ないだろ。そんな真似をしたときには、密入国で逮捕されるか、最悪は邪教徒として処刑されるぜ?特に魔の一族の信と旭は後者の可能性がかなり高いからな」

そりゃそうだ。

聞けばウェールテイ……とりわけ流星王国は大昔から日本をはじめとしてかなりの地球……向こうの言葉で言うならヴェレヴァムとは交流しているらしい。

魔法力が生活に密着している関係から、敢えてヴェレヴァムの産業革命は起こさず、一部の兵器等の技術は伝来されているが、基本的には中性から近世くらいの生活水準なのだとか。

されども入国管理等、機械化以外の部分では近代的な考えやシステムを導入されており、例えば王政は敷いているものの、ほとんど近代的な民主政治を取っていたり、福利厚生や戸籍、教育等も充実しているのだとか。

非日常的な生活をしていたとは言っても健斗達だって現代の男の子。異世界と聞いてワクワクしていたのだが、聞けば聞くほどファンタシーっぽさが薄れて行き、感覚的には発展途上の外国に行くような気分になっていた。

期待していた分、その反動でガッカリ感が半端ではない。

「何か、こう………異世界ってのはさ、モンスターがいて、冒険者ギルドとかがあって、勇者と魔王がいて…エルフとかドワーフとか妖精とか獣人とかいて……そう言うのが異世界冒険ってやつなんじゃないの!?」

信が大袈裟に言う。

「アホ?何でそんな中世の時代のような真似をしなくちゃならないの?」

そんな信の嘆きを真樹が一言の元にぶったぎった。

「だよなぁ………そんなわけ………え?中世?」

「ええ。と言っても、この世界に換算すれば千年前くらいの時代かしら?」

千年前と言えば日本で言えば平安時代の頃だ。

信の先祖とも言われている安倍晴明が活躍し、旭の先祖とも言われている和田義盛が源頼朝と共に平家と戦っていた頃の時代。日本の歴史から見ても古代から中世の時代の話だ。いわゆる公家社会の時代で武士が台頭する以前の時代だ。

「千年前……と言えば、足利時代か?」

「江戸時代だろ?」

信と旭がそう言うと、真樹は頭を押さえる。

「……あなた達、日本の時代を昔から当ててみなさい」

「平安時代、足利時代、江戸時代、鎌倉時代、昭和時代、平成時代?」

口を揃えて言う信と旭。

「縄文時代、弥生時代、大和政権時代、飛鳥時代、奈良時代、藤原京時代、平安時代、鎌倉時代、南北朝時代、室町時代、安土桃山時代、江戸時代、明治時代、大正時代、昭和時代、平成時代よ!」

「何で異世界人の方が詳しいんだよ……」

健斗があきれる。

もっとも、学歴を偽り、中学すらもまともに通っておらず、裏口で流星高校に入学した信と旭は、基本的に社会科……とりわけ生活に密着していない歴史は弱い。

「あたしは………モグモグ……知らなかった……ムシャムシャ……けどね?」

「食うか喋るかどっちかにしろよ」

「モグモグモグモグ……」

「食う方を選びやがった!」

残念美少女、元ストリートチルドレンの流星王国軍大尉の塚山麻美は安定の残念さを発揮する。

もっとも、給料や八龍士としての任務の特殊性と、命令体系による作戦の独立性を確立する為に与えられている階級であるため、部下もいなければ部隊指揮権もない。

扱い的には流星王国軍専属のフリーエージェントという立ち位置なのが浅海だ。

ちなみに後で聞いたことだが、明は少佐、真樹は子供時代からの功績も考慮されて大佐という非常に高い階級であった。しかも真樹は八龍士として作戦に参加する場合は、臨時的に連隊規模の部隊の指揮を執る権限もあるらしく、八龍士チームの実行指揮権も真樹が握っているのだとか。本来ならばヴェレヴァムでの作戦に真樹が出るのは異常だ。明や麻美はエージェントとして現場に出るが、真樹は本来ならば師団クラスの指揮所に詰めて全体の指揮や政治的な活動をしているべき存在なのである。

もっとも、本人的には研究所で勤務をすることが希望らしいが。

ちなみにだが、このままウェールテイの流星王国軍に所属するならば、健斗は士官候補生待遇の曹長、信と旭は明直属の二等兵という扱いらしい。

八龍士の健斗ならばともかく、対外的な理由もない二人についてはこれが妥当と言ったところか……。

「えー。じゃあ、俺。横浜と同じ仕事をしてるわ」

「容認する訳ないでしょ…あなた達みたいな危険人物」

とのこと。

因みに、現行のファンタジーっぽい要素として、中世までは良くあるファンタジー物のようにギルドや冒険者的な存在がおり、モンスターや邪教徒が生み出したり召喚したキメラ人間との戦いを繰り広げていたりしたようだが、今では軍や民間傭兵企業がそれを担っているらしい。

モンスターもいるにはいるが、どちらかと言えば野生の動物や、野良化したキメラの子孫だったりするらしい。

また、エルフや妖精とかもいるにはいるらしいのだが…既に絶滅の危機に貧しているのだとか。

「おおっ!エルフいるのか!?」

「いるにはいるけど、ヴェレヴァムでいう首長族とかそういう扱いだよ?血が薄まって段々耳が短くなっているし、ヴェレヴァムの創作もののような種族とは全然違うから。いつまでも歳を取らないとか、美男美女しかいないとか、菜食主義とか、そういうんじゃ無いから」

「夢がねぇ~~………」

「獣人も正気を取り戻したキメラ人間の子孫とかよね。昔は迫害とかが酷かったらしいわ」

何だか地球の歴史とかの民族問題のようである。

「結局、ファンタジーっぽい所って剣と魔法って部分だけなのかよ」

「一応は銃や大砲みたいな物はあるわよ?飛行船まではあるかな?飛行機は無いけど」

「飛行船はあるの!?」

「この世界でも有るだろうが………あからさまなメカメカしいものは基本的に撤廃してるだけだよ。表向きにはな」

「裏ではあるんだな……」

もう何でもありだ。異世界と現実のごった煮状態。

とは言え、夢も希望もない異世界と言えども、ヴェレヴァムよりかはしがらみが無いだろう。

行けば行ったで新たなしがらみが出来るだろうが、その時はその時だ。

信や旭の幼少期のようなことにはなるまい。

「それよりもだ。もう既に昼のことがニュースになってるぜ?」

駅の売店で新聞を広げていた健斗が社会面を飾っている事件に顔をしかめる。

 

「横浜の高校で集団暴徒化事件発生!多数の怪我人、校舎破壊の痕跡!ゲームの影響か!?」

「横浜港で爆弾テロ事件発生!中国人会社員の遺体あり!高校生暴徒化事件との関連はあるのか!?」

 

デカデカと載っているその事件。本来ならば1面を飾っていてもおかしく無い。

それよりも、記事を追って見てみると、明達6人が行方不明となっており、警察が行方を追っていることまで載っているらしい。

「………おい、目的地まではどれくらいだ?」

「ざっと四時間位だな」

「どこまで行くんだ?」

「………山梨県の富士河口湖町………青木ヶ原樹海」

「はぁ!?」

「特急とか使ってなるべく急ぐぞ!」

早めに来た快速電車に乗って新宿まで出た後に、今度は中央線に乗って特急を乗り、山梨県の大月まで出る。その後は富士急行線に乗って河口湖まで出るが…順調だったのはそこまでだった。

「おい!あの6人は例の行方不明だった高校生!」

「ちいっ!見つかったぜ!」

どこかの監視カメラに映ってしまったのだろう。なるべく避けていたのだが、可能性があるとすれば大月辺りだろうか?

「ちっ!指名手配を食らうのかよ!」

富士河口湖町は広大だ。富士五湖の内、4つの湖が点在している。

「王子!この車に!」

「ありがたい!」

しかし、事前に連絡をウェールテイの職員にしていたお陰か、ウェールテイの諜報員がバンを用意して待っていた。

「乗り込め!行くぞ!」

明達はその車に乗り込み、車は一気に出る。

そこからはパトカーとのカーチェイスだ。

「このままじゃ追い付かれるぞ!」

旭が声を荒げる。

「任せて下さい!この車は水陸両用です!」

車は一気に本栖湖方面に出ず、反対の河口湖方面……つまり富士吉田方面へと逃げる。

「水上に逃げればパトカーは一旦撒けます!その後は湖に飛び込んであそこに待機しているキャンピングカーに乗り込んで下さい!私は自力でどうにかします!」

明達は職員の言うとおりに夜の河口湖に飛び込む。

カナヅチは誰もおらず、夜であるという特性故に温泉街や河口湖大橋のある国道を避ければ闇に乗じて逃げられる場所はいくつもある。

「く………前途多難だな……」

いくら闇に乗じて泳いでいても油断していれば見付かる。警察だって馬鹿ではない。上陸が出来そうな場所は押さえられているだろうし、いずれは検問も張られる可能性がある。

急ぐに越したことはないだろう。

「それに、暗闇の中で泳ぐのって、結構難しいんだな……」

「こんなことになるなんて思わなかったから、水中ライトは持ってないし、使えば目立つしね」

「防水バックで助かったが、携帯はオシャカだな」

「捨ててしまいなさい。どうせウェールテイじゃ使えないんだから」

それもそうだ。これから向かうのは異世界だ。携帯電話なんか持っていたって何の役にも立ちはしないだろう。

「軍用の無線機なら使えるけどね」

「そりゃ、中継局を介さないごく狭いエリアならそうだろうけどな。というか、麻美。水の魔法で移動を速く出来ないのか?」

「あ、その手があった」

案外、うっかり娘である。

「派手なのは勘弁してね?泳ぎを後押しする流れを調整するくらいで良いわ」

「了解♪水流の魔法!ジリオスキー!」

麻美が魔術を使用すると、湖の流れが風を無視して緩やかな波を立て、一行を後押しする。

「これならすぐに付きそうだ!」

明達は水流の乗って人気のない岸から上がると、職員が言っていたようにキャンピングカーが停車していた。

明達が近付くと、ドアが開いて先程とは違う職員が出てくる。

「お待ちしていました。花月大佐」

出てきたのは大学生くらいの女性職員だった。茶髪の栗色のボブカットで、目付きは軍人らしく少しきつめだ。

見たことのない軍服を纏っている。

「織山少尉。あなたが迎えに来てくれたのね。お疲れ様」

「はっ!王子、大佐、大尉、そしてヴェレヴァムの戦士。早く乗車願います!」

織山と名乗る軍人の言われるがままに車両に乗り込む明達。

「ゲートまで急いで!レプエイツ軍曹!」

「はっ!発車します!」

木戸と呼ばれた人物はギアを入れて走り出す。

しかし、急ぐと言っても法定速度の範囲でだ。また、キャンピングカーを用意しているのもこの季節には合っている。

この夏の時期は山梨県は避暑地として有名だ。

もっとも、言うほど涼しくは無いのだが、富士五湖を始めたとしたキャンプ地としても有名で、キャンピングカーが走っているのは珍しいことではない。

警察もまだ先の水陸両用車を追っているのか、パトカーとすれ違っても今のところは怪しまれていないのか、普通に通行できる。

車は一気に国道へと出て、そして本栖湖へと続く道へと出る。そして、西湖付近で降り、青木ヶ原樹海へと6人は降りた。

「我々はもう少し付近でドライブをしております。王子達は帰国を急いで下さい」

車を降りた明は織山少尉の肩を抱いて甘い声で囁く。

「いやぁ、ありがとね?美代ちゃん」

「王子……お戯れは時と場合を選んで下さい。あと、普通に婦女暴行です。ヴェレヴァム的に言えばセクシャル・ハラスメントです。そんなことですから身に覚えのない子供の認知を迫る女性がいるんです」

どうやら女好きなのはポーズだけではなく、普段かららしい。その明の耳を引っ張って真樹が無表情で樹海へと入っていった。

「おいおい……軍属になったとはいえ、一応は王子なんだろ?不敬罪とかにならないのかよ」

「心配無用。王子と呼んでいますが、実際には王子は王籍から外れていますし、階級や職責上では大佐の方が上ですので」

「あ、そうなの?」

「ついでに言えば、あなた達は現段階ではお客さん扱いですが、軍属になれば私より下の階級になる。気安く話すのを許されるのは今だけだと思え。良いな?」

信の敬語のけの字もない喋り方に気分を害したのか、織山少尉は冷たい瞳を信に向けて言い放つ。

「だったら今のうちに気安く話しておくぜ。織山少尉さんよ。行くぞ、健斗、旭」

「ああ。はぐれたりしたら大変だからな」

健斗と旭を伴って信も真樹達を追う。

ここにあるゲートとやらを通れば、新天地であるウェールテイだ。早速ウェールテイ人を嫌いになりかけたが、異世界コミュニケーションなどそんなものだろう。

一行は樹海へと入り、しばらく進む。

すると、何の変哲もない二つの岩が並んで立っている地形に出た。

「さぁて………ゲートを開くか……バーナジ・パッツァム!」

明が魔力を込めた岩に手を起き、呪文を唱える。

すると、岩が青く光り、その間に光の渦が出来上がる。

「この岩そのものが偽装された魔霊石よ」

「旅の○タイプの転移か……」

「時々お前らの言うことは意味が解らないな。良いから入れよ」

そういって渦に飛び込む明。そしてその姿が光って消える。

その後に健斗達も続く。

光が体を包み込み、次の瞬間には……

 

見知らぬ西洋の城みたいな塔の上へと転移していた。

先にゲートを潜っていた明が振り返る。

「ようこそ。我が世界、ウェールテイへ」

そこには………近世を思わせるような町並みが眼下に広がっていた。

 

続く




はい、第2章開始です。
やっとここまで来ました。
本当はここで安倍と和田の親族と戦う事も考えていたのですが、後に持ち込む事にしました。

それでは次回もまたよろしくお願いします。


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流星王国軍入隊

ー流星王国・首都 清流ー

 

「おー、良い眺めだな。ここは王宮か?」

眼下に広がる建物は、和洋折衷の城が広がっていた。

「まぁな。ここは流星王国の首都で、王宮兼議事堂って所だな。民主制を取ってからは、皇居的な役割を果たしているのはかつての王の間くらいのもので、大半は議事堂として機能している」

明はそう言って王宮を見ている。王族……正確には元第2王子だったという明は、当然この王宮で生活していた。

今は平民になったこともあり、許可された時以外は立ち入りは出来なくなってしまったが。精々元日の時や、明の誕生日くらい、それも一時間程度しか滞在することは許されない。

(実家にも満足に帰れないなんてな。それでも、こいつらよりは恵まれてるか……)

成り行きで連れ帰る事になってしまった信と旭を見る。

この二人は実家と憎み合っている。そして二人は親の愛を知らない。

そういう親子関係ならば、最初から親の事を知らずに育ってきた麻美の方が幸せなのだろうか……。

(いや、結局は他人の生い立ちと比べるなんてのは無駄な話だな)

どんなに他人と比べようと、結局は何の意味もない。

明だって自分が王族に生まれたのが幸せだったかと言えば、それが当たり前であったし、何不自由なくと言うわけでも無かった。

王籍を剥奪された後は剥奪された後で、憧れた自由はなく、最前線で戦うことも少なくない。政治的に利用される事だってあるし、王族だったことを理由に都合よく担ぎ上げられる事だって少なくない。

案外、麻美の立場が一番気楽かも知れないが、麻美だとて自由気ままに……という訳ではない。

結局は、どんな立場でも人間は何らかの苦労やしがらみがつきまとうものだ。それをどれだけ謳歌するかが人生を楽しむコツなのだろう。

「まずはどうすれば良い?」

健斗が尋ねてくる。感傷に浸っていた明もそこで我に返る。

「まずは病院だな。そこで検査と予防接種を受けて貰う」

王宮に併設されている病院は、ウェールテイでも最先端の医療を扱っている。ヴェレヴァムの科学医療も惜しみ無く使っているので、ここで治せない病気はないとも言われている。もっとも、謳い文句だけで実際は治せない病気も結構あるのだが。

「病院?体は至って健康だぞ?」

「違うよ。お前らには抗体があっても、ウェールテイにとっては悪質な病原菌がお前らに付いてるかも知れないだろ?その逆も然り。ウェールテイの病気が、お前らに悪影響が無いとも限らない。それの検査と予防接種だ」

事実として、ヴェレヴァムとて外国とかに行けば現地の病気に冒されている場合もある。それが異世界ならば尚更そういう免疫等に気をつけなければならない。

明達もそうで、彼らを連れ帰らなかったとしても病院に行く必要があった。未知の土地に行くということはそう言うことだ。

(それに、処置をしなければならないしな)

明達が移動を開始しようとすると、転移門の管理職員がやって来る。

『お疲れ様です。花月大佐。彼等は?』

『ヴェレヴァムからの協力者です。流星王国の入国手続きと戸籍の作成を頼みます』

『了解しました。ですが、まずは検疫を。案内を』

『要らないわ。後で書類を持ってきて』

真樹が代表して答えると、職員は一礼して元の持ち場に戻っていった。

「すげえんだな……お前……何を言ってるのか分からなかったけど」

信が素直に真樹の立場に称賛の言葉を送るが、真樹はそれに対して何の感情も見せなかった。

「興味ないわ。どのみち強制的に付けられた立場なんだし。それよりも、これからやることは目白押しよ。休憩する時間があるとは思わないことね」

そう言えばウェールテイは昼間だが、ヴェレヴァムは…正確には日本は夜中だったはずだ。とういうことは徹夜で何かさせられるということなのだろうか?

「時間は有限よ。大体、そんなことでへばるあなた達ではないでしょ?」

「言葉も覚えなきゃいけねぇし、確かにやることは目白押しだけどよ……」

「それは気にしなくて良いわ。解決策があるから」

「???」

「良いから付いてきなさい。軍の大佐や元王族に案内してもらうなんてVIPな対応される貴重な体験ができるなんて、二等兵候補としては破格よ」

確かに破格の待遇だろう。もつとも、当の本人達はそうは思っていないが。

そして6人はまず病院へと向かう。ヴェレヴァムと秘密裏ではあるものの、もともと交流があるお陰か病院の形は大差が無かった。人の命を扱うためか、敢えて産業革命が起こさなかったこの世界も、この施設だけは積極的に技術を取り込んだらしい。

そこで明達は勿論のこと、健斗達はそれ以上に検査と検疫を受けた。そして、妙な注射を打たれたときに、変化が起きた。

これまで何を喋っているか分からなかったウェールテイの人々の言葉が急に分かるようになったのだ。

「私の喋る言葉が分かるようになったかね?」

「うおっ!急に何だ!?」

三人はそれまで明達の通訳で成り立っていた会話が、いきなり出来るようになって困惑する。

「今の薬に翻訳の魔法薬が入っていたんだよ。正確には相手の意図を自分の母国語に変える魔法だ」

謂われてみると、今までの明達の言葉と口の動きには違和感があった。発せられる言葉と口の動きが合っていなかったように思える。

「じゃあお前らは日本語ではなく、ずっとウェールテイの言葉を喋っていたのか?」

「その通り。有り難いことに文字も自然と体が変換してくれる素敵仕様。おめでとう。バイリンガルで仕事が出来るようになったぜ?」

言葉の苦労が無くなったのは喜んで良いのか、チートだと驚けば良いのか判断に迷う。

「言っておくけど、この魔法薬はかなり高い。日本人の平均的収入のサラリーマンが一生稼ぐ金額はするからな?」

「げっ!この世界も医療費は高額なのかよ!」

「医療費が高額なのもあるけど、魔法薬というのが更に高額になっている理由だな。お前らの世界のゲームなんかでは、ポーションが木刀とか簡易ナイフよりも安い値段で売られてるけど、そんなわけあるかっての」

意外と勘違いされやすいのだが、薬……とりわけ処方箋等で使われる薬というものは安くない。

何故安めに済んでいるのかと言えば保険のお陰だ。さらには今、健斗達に使用された薬は魔法技術も付与されているので更に高額になる。

「おいおいおいおい!そんなのを勝手に打って、一生タダ働きさせるつもりじゃないよな!?」

「汚ねぇ!お前らは鬼畜だ!」

「これは詐欺行為に近い!請求されても払わないし、対価行為も拒否する!」

金の話が出て来て早速守銭奴発言を始める健斗達。とくに最後の旭に至っては踏み倒す気満々だ。

「安心しろ。一応、王国負担って事になる。特に請求を回すような真似はしないから。というか、何気に下衆いな、お前らは二人。発言のそれが踏み倒し前提じゃねーかよ」

明はジト目で二人を睨む。普通の神経の人間なら目をそらしたり、言い訳したり、誤魔化したりするものなのだが、二人は開き直って、それのどこが悪い……という態度である。良い性格をしていると言わざるを得ない。

その後も各種検査を兼ねた身体検査や基礎体力検査をし、病院を後にする。

「さて、入隊検査は大体終わりだ。今日は最後にお前らが訓練期間に生活する宿舎に移動する。一応、真樹直属の部隊の隊員という形ではあるが、新隊員と言うことには代わりがない。………というか、普通ならば頑張って訓練を乗り切れと言うんだが、お前らの場合は……自重してくれよ?特にそこのバカコンビ」

明が二人をさして言うと……。

「誰がバカだ?コラ」

「誰と誰がコンビだ?コラ」

直属の上司だというのにこの態度である。

二等兵にとって佐官クラスの差は雲の上存在である。

知識が無いからと言うのもあるが、あったとしてもこの二人はへりくだる事はあるまい。

この二人は実力がある。

ゆくゆくは下士官として起用するつもりだが、大丈夫なのであろうか……。

どう考えても二人は指揮官向きの性格はしていない。

「まぁ、俺達なりにやるぜ」

「適当にな」

こんな性格の奴には間違っても士官待遇にしてはいけなさそうである。

 

続く



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入隊

ー流星王国軍 王都基地 教育隊ー

 

健斗達が明に案内された場所は軍の教育隊宿舎だった。歴史が長く、伝統深い教育部隊の年季が入った宿舎……と言えば聞こえは良いが、悪い言い方をすれば古く、今にも崩れそうな程のオンボロ宿舎である。

日本に例えれば昭和の香りが漂うような、そんな宿舎だった。

ウェールテイの生活基準がどの程度かは不明であるが、どう見たって老朽化が激しい。

「あのさ……ここって王宮に一番近い軍の基地の宿舎だよな?」

「まぁ、そうだな」

「そのわりには随分な宿舎じゃね?」

「どんな場所にだって古い物はあるだろ?歴史と伝統ある首都の基地なんだから仕方がない」

「ここだけやたらと古い気がするんだけどな?」

周りの宿舎は2階建てで、石造りのそれなりに新しめの物であるのに対し、この宿舎はどう見ても木造平屋建てで、今にも崩れそうな感じである。

プレハブ建ての簡易宿舎の方がまだ気が利いているくらいである。

「ほら、新人の内は最悪の環境で生活するのが一番だしな。教育が終わればまともな宿舎に移れるさ。たぶん

「多分!?多分って言ったか!?」

地獄耳の信が突っ込む。

「え?待遇良くならねぇの!?何で!?」

健斗が叫ぶ。何せこのオンボロな宿舎だ。掃除とかも大変そうだし虫がいそうな感じだ。

「……そもそも、あなた達がウェールエイに来るなんて事が想定外だったのよ。もちろん、入隊も。予定外の新隊員教育なのに、宿舎やカリキュラムを緊急で作ってくれたことに対して軍に感謝してもらいたいくらいだわ」

真樹があきれ果てて文句を言い返す。

本来であれば、次の新隊員の召集時期を待ち、その上でこの3人を受け入れるべき所なのだが、この三人の異常性を考えてほしい。

「お前らは野放しにすると厄介だからな。早めに軍に入れて訓練をすることが先決だった」

「更に言えば、あなた達が普通の兵士や将校の訓練に適合するとでも思っているのかしら?特に信と旭」

答え。適さない。

軍というものは戦争をやっていれば良いという訳ではない。

軍が実施するパレードや国賓の歓迎の礼砲、儀仗等は、軍の顔とも言える一大イベントだ。

その整然とした動きは軍の一体感と意識の高さを示し、強いては組織や国の強さをアピールする大切なイベントなのである。

そしてこのヴェレヴァム三人組。特に魔の一族のバカコンビはそんなものとは無縁の男たちである。

明や真樹は三人にそう言うことを期待していない為、基本教練……つまり、気を付けや敬礼、行進等といった軍人たる礼式に関しては一切教育しないことを決めた。

それはバカコンビ二人には正解であり、健斗には間違いであると言える。

バカコンビはとにかく他人と合わせるのが苦手だ。

その団結力の集大とも言える儀仗など間違っても出来るはずがない。

しかし、健斗は違う。健斗とて神道の家系である木藤の息子。神前儀式等は一通り修めており、その動きも淀みなく行える。

そんな健斗が儀仗等が苦手では話にならない。

そして、明達が三人のカリキュラムを削った物はそれだけではない。

通常の兵士などでは愛国心や兵士としての心構えなどの精神的な教育を施すものだが、元々国はおろか、異世界の人間である三人にそれは効果があるとは思えなかった。

とにかくこの三人には戦闘……武器や格闘、特殊能力を必要とした戦術。それらを中心とした訓練を積ませる方が良いだろう。

常識や精神的な教育などはそれからでも遅くはない…。というよりは、現段階ではやっても無意味。

それ故に特殊なカリキュラムが必要になる。

これもバカコンビには正解であり、健斗には半分間違いである。

健斗はバカコンビの手綱をうまく握り、2年間もの間、二人を普通の生活に溶け込ませていた実績がある。無いのは生活力だけだ。

つまり、完全に健斗の認識は信と旭のとばっちりを受けているのである。

 

さて、この宿舎で三人が一番危惧していることは何か。それは恵里香という家政婦を失った生活力ゼロトリオが、オンボロ宿舎でまともに生活が出来るのか…という事である。

外から見ただけでも清潔とは言い難い宿舎。歩くだけでも埃が舞いそうであるし、雨漏りもしてきそうだ。

虫にも悩まされそうであるし、日当たりも悪い。

「俺達に死ねと!?衣食住が壊滅的に成り立たない俺達に死ねと!?」

自力で生活を成り立たせることを最初から放棄している3人。

もっとも、これも健斗とバカコンビは違う。

健斗の場合は本当に生活力の才能がない。ギャグ漫画のレベルで家事全般が成り立たない。1日2日で家がゴミ屋敷になり、店屋物でしか食糧を得られず、恵里香が悲鳴を上げる生活力の無さの健斗であるが、これでも健斗は努力したのだ。

だが、バカコンビは違う。そもそも何とかしようとする気が元からない。元からやる気のない者がいくら真似事をしようとも、上達などするはずがない。

旭が魚だけはまともに焼けるのは、単純に焼き魚が好きなだけだから覚えただけだ。

本当にどうしようもない。

「いや、そこは自力で何とかしようよ……」

さすがの麻美もツッコミを入れずにはいられなかった。麻美も生活力が高いとは言えない。食生活に至ってはヴェレヴァムトリオと同レベルくらいだ。しかし、その他の事は自分で身の回りの事は出来る。何故ならストリートチルドレンで、軍に拾われた身の上である麻美からすれば、何から何まで自分でやらなければ誰も助けてはくれない。

命に直結する問題だった。

「人間、必要に駆られれば自ずと…」

「……出来ると思うか?出来ないから恵里香さんという家政婦が必要だったんだぞ?」

「………時々様子を見に来る必要がありそうだわ…麻美、頼んだわよ?」

「えっ!?あたし?!嫌だよ!普通はそういうのって大尉に……というか、士官にやらせないよね!?下士官がやるものでしょ!」

確かにそう言うのは尉官である麻美がやることではない。本来であるならば下士官である人間がやることだ。

「あなた、戦闘面以外では事務も部隊管理も指示だしも下士官以下でしょ?下手したら一等兵の方がまだマシなくらいじゃない!そろそろそういうのもやってもらわないと困るわよ。大丈夫よ、補佐官には野田伍長を付けるから……生活班長も必要だと思うし……」

「げっ!よりにもよって(たかし)!?あいつ苦手なんだけど!口うるさいし!」

麻美が本気でドン引きしている所に……

「口うるさくて悪かったですね?大尉」

「うわっ!もう本人がいるし!」

宿舎の方から神経質そうな若い男がやって来た。

短い髪の毛を前髪で立てた細身の男だ。

いかにもインテリ……という感じの男である。

整った容姿をしており、タイプ的にはイケメンに分類されるのだが悲しいかな、愛想というものが欠落していた。

真樹を男にしたらこういうタイプだろう。

鋭利な眼鏡をかけ、への字口。見下すような蔑む目を喬と呼ばれた男は信達に向けている。

「ふん。取り敢えず貴様らにするのも勿体ないが、貴様らの主任助教となる私の名前を教えてやろう。感謝して聞け」

見下したような……ではなく、見下していた。

その段階で黙っていないのがこいつらである。

「要らねぇよ。キツネで充分だろ」

と信。

「だな。頭から耳と尻尾が生えてそうだ」

と旭。

「だ、誰がアグベージー族だと!?」

「いるのか。狐族の獣人……」

どうやら日頃から狐族と言われているのか、そう言われるのは偉く気に入らないようである。

そこでニヤリとするのが信と旭である。

「キツネはキツネらしく人を化かしてれば良いんだよ」

「ああ、既に人の軍隊の中で化かしてるか」

「違いねぇ。陰険そうだしよ」

「油揚げでもくれてやろうか?ええ?」

そうなると止まらない。気に食わない存在が現れると、途端に息を合わせて相手をなじる。

そう言って挑発して相手から手を出すのを待っているのである。そして、返り討ちにしてどちらの立場の方が上なのかを体で解らせるのだ。

「ふむ。まずは貴様らに上官への口の聞き方と言うものを教えねばならないようだ。まずは自己紹介だ。私の名前は野田喬。流星王国軍伍長、八龍士支援部隊所属。本来は偵察や強行戦闘を担当している歩兵部隊の分隊の兵員だが、今回は臨時で貴様らの主任助教をすることになった。貴様らには約半年間、流星王国軍での戦闘のいろはを教育することになる……逃げ出すならいつでも逃げ出して良いぞ?新兵ども…」

挑発は成功したらしく、静かにだが喬は怒りの感情を見せた。

仮に怒っていなくてもそうするべき場面なのだが。

何事も始めが肝心である。ここで舐められたままでは教えられるべき事を教えられない。

内心はどうあれ、ここで動かなければ信や旭は喬を侮り、決して言うことを聞かないだろう。好き勝手に動かれれば信や旭だけでなく、明や麻美、真樹にも命の危機が訪れる。集団行動というのはそう言うものだ。

怒っていようといまいと、ここで一回絞めておく必要があるのだ。

動物も人間も、上下関係というものは最初の段階でハッキリとさせねばならない。

喬は刃を潰した剣を抜く。

銃が普及している世界ではあるが、ウェールテイの戦闘では今でも剣は現役の武器である。

その喬の行動にニヤリと笑う信と旭。それに反して健斗は深いため息を吐く。異世界に来てまでいきなり戦闘かよ…と。しかも初日に。

思えば横浜に落ち着くまでは毎度そうだった。

京都、奈良、三重、愛知、静岡、山梨、東京……行く先々でトラブルをこのバカコンビは引き起こしてくれる。

今回もこれか……と、嘆かずにはいられなかった。

徐々に闘気を高める両陣営。

(今回もガッツリ巻き込まれたっぽいよな…)

今さら自分は違うと言っても無意味かもしれない。

喬の殺気は自分にもバッチリ向けられている。

(一応、俺って士官候補待遇の曹長のはずだよな?伍長よりも二階級上だよね?何で二等兵のこいつらと同じ扱いなんだろ……)

答え……階級社会と言えど、教えられる立場の場合はあまり階級は意味をなさない……である。

 

続く




いやはや、いきなりこれです。
信と旭、この二人は別のクロスSSにおける性悪コンビよりもたちが悪いかも知れませんね。
というか、なおパワーアップした性悪コンビと言っても良いでしょう。しかも6代目主人公というストッパーがいるあちらとは違い、こちらはストッパーがいません。
健斗?いえいえ、このバカコンビと生活を共に出来る奴でよ?果たしてストッパーになりうるんですかね?
ウェールテイ八龍士達もどこかネジがぶっ飛んでるやつらですし……。
それでは次回はヴェレヴァムトリオ対喬です。
それでは次回もよろしくお願いいたします。


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安倍信

ー流星王国軍・宿舎前ー

 

「さて、始めよう」

喬は剣を一振りすると、その軌道からつららが発生し、信の方へと飛んでいく。

「へっ!しゃらくさい」

信が炎の拳でつららを全て殴り砕く。

「なっ!私の氷柱を!」

「お返しだ。鼠火!」

拳大程の小さな炎を信が放つ。

ドラ○エで言うならメ○。F○で言うならファイヤー。異世界物のほとんどのものであるならばファイヤーボール。鼠火ほ安部流陰陽術の基礎中の基礎ともいえる術だ。

「ふん!しゃらくさいのはどっちだ!」

喬は氷の盾を生成して鼠火を防ぐ。だが信は意地の悪い顔を崩さずに喬を舐め腐った目で見る。

「てめぇの得意な技は氷、または水だ」

「わかったからと言ってなんだというのだ?先ほどのファイヤーボールごとき力では得意気になってるなら、ヴェレヴァムの実力などたかが……」

「初伝技を防いだだけで何を得意気になってるんだ?こっからが本番だろうが。おりゃおりゃぁ!」

信は北斗百烈拳を放つかのようにシャドウで拳を放つ。そこから次々と鼠火が生まれ、喬を襲う。

「なっ!これだけのファイヤーボールを一気にこれだけ放てるなんて!化け物か!」

喬は辛うじてそれらを弾き飛ばす。

それを見ていた明達は冷や汗を垂らしながらポツリポツリと漏らす。

「たかだかファイヤーボールもあんな撃たれ方をされては中級魔法と変わらんな」

「いいえ、上級魔法クラスよ」

明の言葉に真樹が訂正を加える。

明の知識で言うならば、ファイヤーボールという魔法は初級だ。

いくら信の魔法の撃ち方が強力だと言えども、精々中級のそれだろう。

「わからない。何であれで上級?」

明と麻美が真樹に訪ねる。

すると、真樹は「ふっ……」と笑う。

いや、嗤うと言った方が正しい。何故なら…。

「安倍信……大した物だわ。八龍士の二人を欺くなんて……そうね、ヒントよ。安倍信は、あの連続ファイヤーボールでダメージを与えようなんて考えていないわ。もっと意地の悪い事を考えてる」

「もっとえげつない事?」

「見てればわかるわよ」

防がれているのになおも懲りずに連続ファイヤーボールを喬に放ちまくっている。

「無駄なことを!慣れてしまえばこんなもの、ただ早いだけの連続ファイヤーボール!」

「だったらスピードアップ、行ってみようか?」

「何だと?!」

「アホか。こんなんが全力の訳ねぇだろ。拳技の安倍の拳の速さがよ。ついでに、魔力も増し増しで行ってやるよ。おりゃおりゃおりゃおりゃあ!」

信のファイヤーボール連発がより速く、そして○ラだったファイヤーボールがメ○ミ……人間の胴体位の大きさとなって喬に襲いかかる。

「すげえな………コレが信の策か?」

「違うわね。こんなものは策にもなってないわ。ただの地力の問題。でも……なるほど、あなた達を勘違いさせると言う点では、確かに有効的な手段ね」

ヴェレヴァムでいう所のクエスチョンマークを浮かべて首を捻る明と麻美。

唯一、真樹だけが信の策を見切っていると言うのだが、それが全くわからない。

「そうね。野田伍長は二つ、ミスを犯しているわ。いえ、実力を知らずにヴェレヴァムの人間を舐めたと言う点では3つね」

「ペラペラ喋ってるんじゃねえよ。花月大佐さんよ」

信の拳の速度は尚も炎が速度を増し、威力も大きくなっていく。

「そろそろ止めておいた方が……良いんじゃないか?正直、驚きはしたが………私は」

「へっ!息もキレキレで説得力がゼロなんだよ」

信と喬。どちらに分があるかは一目瞭然だった。

「そうね。信、それをやるのは止めてくれないかしら?流石に野田伍長が死ぬもの」

「なっ!?隊長!?」

真樹の発言に対して愕然とした表情を浮かべる喬。

ボクシングで言うならばセコンドがタオルを投げ入れた状態である。

信はヤレヤレと言わんばかりに両手を上げ、攻撃を止めた。

「野田伍長。コレが実戦なら、あなたは二回……いえ、三回死んでいるわよ。」

「良く見破ったな。もっとも、どれもこれも野田伍長教官様が間抜けだった……と言うことだがな」

「よく言うわ。そこの二人も見抜けなかったもの。野田伍長が間抜けなだけじゃないわ。あなたの実戦経験を元に色々分析したわ。良くもまぁ、こんな意地の悪い戦法を思い付くのかしら?」

真樹が心底感心したように言う。

気に入らないのは扱き下ろされる形となった喬だ。

「大佐!どう言うことですか!」

「こういう事だよ」

「何で信だけしか視野に入れないかな?」

そこで冷水を浴びたように熱かった汗が冷えた。

喬の首筋に背後から健斗と旭がカッターナイフを突きつけていたからだ。

信が囮として派手なファイヤーボールを放ちまくっている間に、二人がこっそり回り込み、いつでも攻撃できる体勢を整えていたからである。

「花月大佐どの殿が言う三回の死の内の二回がこれだ。俺と旭の奇襲。二人でワンデスずつって所だな」

「お前から3対1の勝負を挑んできたんだ。卑怯とは言わねぇよな?」

ニタニタと笑う旭と健斗。

そう、喬はチームとしての三人にケンカを売った。

だから、当然健斗と旭も勝負をしていることになる。

「く………」

「もっとも、一対一でもお前、死んでたぞ?」

旭の物言いに本気で怒る喬。

「何っ!?」

「怒るのなら、信の戦術にはまった自分の間抜け具合に対して怒りな。旭」

「おう。瞬移」

健斗を掴んで闇空間に入り込んだ旭。

そして、信の背後に出現する。

そして、信はグッジョブと言わんばかりのサムズアップを喬に向け、その指を下に向ける。

ヴェレヴァムでも国や地域によってハンドサインというのは意味がまちまちである。

例えば日本でオッケーという意味のハンドサインはフランスではゼロを意味し、更に無能という意味に取られる。

サムズアップは日本ではグッドと取るが、ギリシャ、中東、南アフリカでは中指を立てるのと同じくらい性的な意味で侮辱を意味したりする。

ピースサインですらギリシャでは犯罪者に向けて物を投げる時に使うハンドサインとし、今でも侮辱を表現するハンドサインである。

では、指を下に向けるサムズダウンは?

……少なくとも良好な意味を示す例は知らない。

日本ではブーイングや「引っ込め!」などのバッドな意味ではあるが、場所を変えれば「相手を殺せ」という意味のハンドサインとなり、個人的に向ければ「お前を殺す」という意訳に捉えられる。

このウェールテイでもサムズダウンは良い意味では無いらしく、喬は顔を真っ赤にして激昂した。

「き、き、貴様!その卑猥なサインは何だ!」

どういう意味なんだろう……と、信は思う。だが、より注意力散漫になればよし。

何も信は挑発の為だけにサムズダウンをしたわけではない。サムズダウンの本当の意味は……

ボボボボボボボボボボボボボボボ

上空から感じる熱気。チリチリと空気が焦げる音……。

喬が上を見ると……

巨大な火の玉が……それこそジャンボジェット一機分の炎が自分目掛けてゆっくりと降りてくる。

巨大な○気玉を不意打ちで食らったフ○ーザや、反対にフリ○ザのデ○ボールを食らった惑星べ○ータ等はこんな気分だったのかも知れない。

とにかく、渦を巻きながらジワジワと降りてくる巨大な炎の塊。

「あ………あんなものをいつの間に……」

驚愕する喬。

「そうだな。落焔(らくほむら)……とでも名付けるか?鼠火を弾くお前の動きを見て閃いたんだよ。弾かれる事を前提に何発も何発も撃つ。弾かれた魔力は上空に流れるように飛んでいき、巨大な魔方陣を作っていく。そして最後に夕日をカモフラージュに落焔を作って落とす。何発も鼠火を当てようと必死になっているように見せかけてな。お前が俺に釘つけになっているから、簡単に騙せたぜ」

信は腕を振るうと、落焔は炎を散らして元の魔力に戻っていき、信へと吸収される。

魔方陣は魔力をブーストさせる効果がある。

こうすることにより、信の消費した魔力以上に魔力を回復させる効果を落焔は生んでいた。信はそこまで計算して放ったのだ。

「負けた……だと?私が……八龍士以外に……」

喬のプライドはズタズタになる。タイマンでも負けた。しかも魔法技術が衰退しているヴェレヴァムの民に。

これには八龍士達も驚いていた。

あっさり負けたように見える喬。では喬が弱いのかと言われれば、答えは否である。

喬は特殊部隊のポイントマンである。ポイントマンとは最前線で姿を晒し、敵の囮としての役割を果たすポジションである。弱くては務まらない。20そこそこの年齢としては破格の軍曹への昇進も打診されていたくらいであり、八龍士以外では実力で敵うものはいないとされていた。それこそ氷の八龍士では無いかと噂されるくらいには……。

その喬の敗北……。

(こいつは思った以上に拾い物かもな……性格を除けば)

横浜ではあまり活躍が少なかった信。しかし、健斗や旭と何度も対等にやりあっていただけはあり、その実力は甘く見て良いものでは無かった。

性格に難はあるが、戦いにおける天才…安倍信。

今後どういう成長を遂げるのか……明は楽しみで仕方が無かった。

「ところでよ。サムズダウン……このハンドサインは何のサインなんだ?うちらだと反対の意思とか、悪意のある意味ではお前を殺すとかの意味なんだけど」

すると明と麻美はゲラゲラ笑い始め、真樹は顔を赤らめた。

「性的な意味よ。男が……その、性器を……」

キレキレになっているが、要は中指を立てる意味と同じなのだろうか?と信は思ったが……。

「ヴェレヴァム日本のサインで現すなら……握った拳の人差し指と中指の間に親指を入れるサインと同じだな。卑猥さレベルなら中指を立てる以上の意味だな」

つまり、信は喬に対して………

「想像したら気持ち悪くなった……」

どこかで赤い眼鏡の少女が絶叫している気がしたが、信は気にすることを止めた。

なお、その存在とは二年前の京都の平行世界でニアミスし、間接的にその集団を助けたこともあるのだが…それはまた、別の話である。

 

続く




はい、今回は信無双です。
信も普通ではありません。咄嗟にこんな作戦を考え、二重三重に罠を仕掛けた挙げ句に新技を作り出すくらいには天才です。
それを見抜く真樹も相当ですが。

ちなみに、握った拳の人差し指と中指の間に……のハンドサインを知らない方は間違っても異性にやってはいけません。知らない人はググりましょう。

また、赤い眼鏡の少女は二次創作の方の例の腐女子の事です。そしてそのニアミスの話は今のペースなら、ゴールデンウィークにあちらの方で二年前のヴェレヴァムトリオが登場します。というか、既にそちらは2ヶ月先の話まで書き終えているんですよね(^_^;)
隔日ペースで。

作風を乗っ取る掟破りをします。

それでは次回もよろしくお願いします。


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ボロ宿舎の意味

ー宿舎・部屋ー

 

「うわぁ……」

部屋の中を見て思わず呻いてしまった健斗。そうなってしまうのも仕方がないだろう。

宿舎の中は外から見た印象と寸分違わず、ぼろい。板張りの床は所々に穴が空いているし、埃が積もっている。

ベッドもボロボロだし、ロッカーみたいな棚はあるのだが、それも今にも崩れ落ちそうなくらいに年季が入っている。

あまりの状況にこれはないだろうと、健斗達も顔をひくつかせる。

「まぁ、しっかりとした寝床があるだけでもましだと思えよ?天幕で生活するよりはましだろ?」

「これなら天幕の方がまだましだと思うんだがな」

「兵站部隊から補給の要請をするのも色々面倒でな?天幕1つ借用するにも色々と書類が必要なんだよ」

「いや、普通に考えて宿舎を1つ借りるよりも天幕1つの方が簡単に借りられるよな?」

健斗がそう言うと、明は目を反らす。

「うちも懐事情が悪くてな………」

(もしかして嫌われもの部隊なのか?)

一抹の不安を感じる健斗達。

しかし、そう言うわけではない。

八龍士という存在は、魔の一族や邪教徒が身近なこの流星王国においては、八龍士は勇者のようなものだ。

ファイ○ルファンタジーでいうなら光の戦士だ。

天○魔境でいうなら火の一族だ。

何度も言うが、健斗達はイレギュラーなのである。

更に言うならば、無理をすればまともな部屋を用意することだってできたし、そうしなくとも天幕を準備することだって出来た。

前線で戦うことが多い明達。消耗が激しい部隊故に兵站も充実している。だが、敢えてこのオンボロ宿舎を用意した。

どちらかと言えば倉庫として利用する場合が多いこの旧兵舎を宿泊用に用意する方が手間がかかったと言える。

「貴様ら!この基地は既に人がたくさんいる状態で余った宿舎はない!この宿舎を用意してもらっただけでもありがたく思え!」

喬の檄が飛ぶ。更に………。

「貴様らの最初の任務はこの部屋の清掃だ!私が監督するから合格が出るまでは飯の時間などあると思うんじゃないぞ!」

いきなり言い渡された任務は部屋の掃除だ。

(少なくとも、ここを)

明達はまず、三人の生活力の改善から始めることにしたのだ。

生活力の改善……特に清掃や整理整頓は最低限習得してもらわなければ困る。木藤家の生活のように使えば使いっぱなしでその辺にぶん投げるような生活をしていたとする。

そうなると、いざ何かあったときにどこに何があるかわからないのでは困るし、必要な物が整備不良で使えないのでは話にならない。

自分達の仲間として軍に所属してもらう以上、横浜の時のような生活態度では困る。また、清掃をしっかりやるということは衛生管理にも繋がる。恵里香という家政婦がいなくなった以上、自らの健康管理はしっかりやってもらわなくてはならない。

健康な体は、健全な衛生管理から始まるものだ。

風呂に入らなかったり、洗濯をしないということなど言語道断である。

その為に敢えて必要以上に清掃や整理整頓が必要なこのオンボロ宿舎を用意したのだ。ここまでオンボロな建物のなかで、普通の生活が出来、整理整頓を人並みのレベルで衛生管理を保てるくらいになれば、少なくとも必要最小限の生活力は養えるはずである。

荒療治ではあるが、ここまでの環境を用意しなければヴェレヴァム三人組の生活が改善されることはまずないだろう。

これは明の話を聞き、新兵教育プログラムをヴェレヴァム三人組用に魔改造したカリキュラムの1つである。

そこで真面目に動くのは健斗だけ。信と旭は何か言ってるよこいつ……的な態度である。

先の戦いで負けたのがまずかったのか、喬の言うことにまともに動く気のない信と旭。

「だらけるのならそれでも構わん。その代わり、終わるまでは三人とも食事はない。寝る時間もあるとおもうな!」

「あ?んだと?」

「ふん。力だけが全てだと思うな。確かにお前らは強いかも知れん。しかし、補給を絶たれればどんなに屈強な者だとていつかは力尽きる。貴様らは流星王国の貨幣など持ってはいまい?軍から放逐されれば、貴様達はどうなるだろうな?」

「…………」

ギリッ!と歯を鳴らすバカコンビ。

喬の言うとおり、信も旭もいく宛がない。軍から逃げ出してウェールテイの一般社会で細々と生きていくのも手ではあるが、現実的ではないのだ。

何故なら、二人は既に八龍士達から存在を危険視されている。軍を脱走したところで追っ手が掛かるだろう。

何より、暗黒八龍士に狙われている二人。流星王国軍に捕まるならばまだしも、現段階で見付かった相手が邪教徒…それも暗黒八龍士だった場合は対抗手段がない。

追い返す力はあるにはあるが、また魔の暴走を引き起こすリスクが伴う。そうなれば、二度と『安倍信』と『和田旭』としての自我を戻せるかわからない。

「足下見やがって……」

「性格の悪い野郎だぜ……」

「言葉使いも直しておくのだな。お客さん扱いをシテヤルノモ今夜までだ。明日からはペナルティを受けて貰うからそのつもりでいろ。もちろん、ワンペナルティにつき三人で受けてもらうからな」

軍隊におけるペナルティ……特に教育の場においては連帯責任が基本である。

一人のミスやペナルティが、全体への罰に繋がるのだ。

「へっ!ペナルティ?ドンと来いだ!」

「自衛隊とかは腕立て伏せとかだったよな?そんなら楽勝だぜ」

あくまでも余裕の態度を崩さない二人。

自衛隊でも警察でも軍隊でも、ペナルティと言えば腕立て伏せを代表する行為だ。

今の世の中では体罰は厳しい。昔ならば指導の名の元に顔面にパンチを入れるのが通例だっただろうが、こんな分かりやすい体罰は今の世の中では大問題である。

そこで代わりになるのが筋トレを兼ねさせた腕立て伏せ等の罰ゲームだ。それも現在のヴェレヴァムでは問題視されているのだが…。

しかし、そんな筋トレが二人に罰になるのかと言えば、ノーと言わざるを得ない。

確かに数百回もやらされれば話は別だが、一般的な新兵にやらせる回数など、この二人には無意味だ。

ならば他の罰則ならば?

代表的なものの1つが『外出禁止』だ。

軍隊で謂うところの外出とは基地の門から出てお出かけすることであるが、それを禁じられると休みであっても退屈な基地の中で生活しなければならない。一種の強制謹慎だ。

もっとも、これもウェールテイに土地勘もなく、貨幣を持っていないバカコンビには罰にならない。いざとなれば柵を乗り越えての無断外出……所謂脱柵をすれば良いとまで考えている。もっとも、それも一般的な軍隊等では懲戒処分の対象になる行動なのだが。

「そうだな。そんなものでは貴様らには罰ともならんか。安心しろ。体力的な事は罰にならなくとも、頭の方はどうかな?1つのペナルティに付き、我が軍の規則や一般教養に関する勉強と試験を10問ずつやって貰うか。三人が満点を取らない限りは食事も睡眠もお預けだ」

「げっ!」

学校に通っていた頃、二人は赤点ギリギリの成績で何とか進級していたし、高校入試は裏口だ。勉強は苦手…というよりは、そもそも興味がなかった。それをペナルティにされる……。二人には拷問に等しい。

そして食えないし、寝れない。

「なんて事を考えやがるんだ!この鬼軍曹!」

「伍長だ。軍曹は伍長よりも1階級上だ。その辺りの勉強もまだ必要なようだな」

「俺はそのくらいの知識はあるんだけど……」

健斗が不服そうに言うが、そんなものを聞き届けるような喬ではない。

半年の教育が終わるまで、三人は一蓮托生でやっていくしかないのだ。連帯責任とはそういうものである。

「さぁ、早速勉強漬けになりたくなければ、早く私が納得するくらいに清掃をすることだな」

喬がパンパンと手を叩く。

「さぁ!早く清掃を始めろ!それが終わったら私物の片付け!そして被服の交付だ!そこまで終わったら夕食を許可する!もちろん!三人とも終わるまで飯にありつけると思うな!」

生活力ゼロの三人が全てを終わらせ、夕食にありつけたのは深夜になったのは言うまでもない。

飯盒で取り置きされた冷めきった夕食。ヴェレヴァムに比べたら塩分が少なく、薄味のスープと焼いただけの何かの鶏肉っぽい肉の粗末なステーキ、米に似た何かの穀物、お浸しっぽくしたサラダ…。横浜にいたときならば決して文句を言って食べなかったであろうそれらが、何故か美味しく感じた三人であった。

 

続く



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喬の考え

ー教官室ー

 

初日を終え、ヴェレヴァムの三人が一応は住めるようになった居室で就寝した頃。向かいの建物の事務室には明、真樹、麻美、喬が座って話をしていた。

この建物は八龍士と、それを支援する部隊に与えられた宿舎、事務室、倉庫などが入っている三階建の宿舎である。小さな小学校くらいの校舎くらいはあるだろうか?

その中の一階に、八龍士支援部隊の事務室がある。

普段はそこを明達の拠点としていた。

もっとも、事務室と言っても現代のオフィスのような物ではない。

簡素な机と書庫棚や書類棚、通信機らしき物が置かれているくらいの簡素な物だ。

産業革命がなされていない世界。書類仕事は手書きだし、紙だって現在のような精製紙ではなくごわごわの粗悪な紙。フラットファイルなんて無いので厚紙に穴を空けて紐で綴っている。

簡素な机……と言っても現代のOA対応デスクの事務机に比べたら…であって、この世界では木で出来た引き出し付きの机でも良い部類の机だったりする。

もちろん、そんな机が使えるのは士官のみだ。

正直に言えば、事務仕事など一切やらない麻美等には勿体ない代物である。

明達はヴェレヴァムから着てきた服から軍服……と言うよりは、動きやすい戦闘服に着替えて簡単なミーティングをしている。

「それにしても……考えたな。勉強で脅しをかけるかよ」

明がクックックッ…と笑いながら言う。

すると、適当な席に腰を下ろしていた喬が答える。

「ええ。とはいえ、その内難癖を付けては勉強ペナルティを課す予定ですが。とにかく彼等には半年の間に色々と詰め込まなくてはいけません。それも、普通の兵士ならとっくに知っているはずの学校教育……主に法律や刑法、軍規等色々と……その上で戦闘訓練や魔法等の特殊技能まで教えなければならないのです。昼の課業時間だけなどではとても時間が足りません」

基本教練、座学等の教育もオミットしても尚、時間が足りない。無理矢理でも勉強して貰わなければ、とてもでは無いが最低限の兵士としても使い物にならないだろう。

「修得する?健斗はともかくとして」

麻美がヴェレヴァムから持ち込んだビーフジャーキーを齧りながら喋る。

「あなたよりは修得すると思うわよ」

意外にもそう答えたのは真樹だった。

「ちょっと!何でよ!」

「この数日、ヴェレヴァムの三人を見ていて思ったわ。あの二人はただやる気がないの。でも、喬を負かせた手腕を始めとして、頭は悪くないわ。普通、あんなことを考えないもの」

「くっ!………私が判断したのは確かにそうですけどね……」

喬は苦笑いしながら答える。客観的に見て判断はしたものの、主観的に見れば悔しいものは悔しい。

叩き上げとしての中ではエリートととも言える野田喬。

エリートとしてのプライドが、頭としては信達を認めていても、感情が認めなかった。

更に言えば、喬は麻美と同じ部隊の出身である。

新兵として特務部隊に配置された時、同じくデプローツという兵士育成機関から配置された麻美。

喬は麻美と配置同期という事もあり、麻美の事を妹のように思っていた。

しかも、過去に救命処置としての人工呼吸を喬は麻美から受けている。

純情な少年兵だった喬が心の内では麻美をどう思ってるかは、想像に難くないだろう。例え麻美に他意は無かっとしても。

そんな麻美がヴェレヴァムの三人に興味を抱いた。それが喬にとっては内心面白くない。補足すれば麻美は異性として三人に興味を抱いたのではなく、その戦闘における実力に対してなのだが、それでも喬が内心焦りを覚えるのには充分だった。

麻美がこれまで他人に興味を持つのは稀だったからだ。例外は同じ八龍士同士の明くらいだ。

(いや、いかん………個人的な事は後回しだ。客観的に物を考えなければ……)

喬は気持ちを切り替えて考える。

(自分を囮にして木藤健斗と和田旭を意識から外し、奇襲を仕掛ける手腕……)

事前に報告で聞いていたヴェレヴァム三人組の情報では、彼等は飽くまでも呉越同舟で組んでいたと聞く。ところが蓋を開けてみれば信の先制攻撃に対して咄嗟に即席の連携を組み、健斗と旭は合わせて見せた。

普通、あの手の連中は猪突猛進で、単独での連続技や奇襲などはやってきたとしても、あんな戦術を組んでくることは無い。

どう殴る、どう蹴る……とか、とにかく直接的なのだ。

これは喬が知らなくても仕方の無いことなのだが、三人は横浜ではフリーエージェントの真似事みたいな仕事をチームでこなしていたことに関係する。

バカみたいに直接的な行動をしていたのでは、ヤクザやチャイニーズマフィア…更には安倍や和田を相手に一目置かれるような仕事などできない。

生き残る……という事にかけてあらゆる手段を利用しなければ、健斗達は今まで生き残る事など出来なかった。

それが咄嗟において、すぐに三人が連携を取れる理由なのだが、あの歳で独学でその領域にいることに喬は驚いていた。

さらに………。

(あの楽焔という術。あれは安倍信がその場で考え、そして形にした技だ。あんなことを咄嗟に考え付くなんて、地の頭が悪いわけではない。ましてや弾かれた魔力を上空に集め、囮の攻撃をしながら巨大な魔方陣を遠隔操作で書くような離れ業をやってのけた……魔術操作に関してはエキスパートとも言える実力と機転…あれを上手く導けば……)

ヴェレヴァムの信と旭の学校の成績は赤点ギリギリであったのだが、喬はそこにも目を付けていた。

「安倍信と和田旭の学業の成績については資料を拝見させて頂きましたが……」

「ええ。酷いものでしょ?」

「逆です。あの二人はまともに基礎学力を身につけていないにも関わらず、高等教育では落第していないのですよね?普通に考えればあり得ませんよ?」

あの二人はまともに義務教育を終わらせていない。本来ならば、赤点ギリギリどころかまともに勉強についていくことなど不可能のはずだ。なのに、ギリギリで赤点ではない。普通の者ならば不可能な所業だ。基礎学力が身に付いていないハズなのに、高等教育をある程度はついていけているのだから。

「………さすがは野田伍長ね。数字だけを見て判断していたわ。彼らの経歴ではあり得ない……」

言われてみて初めて真樹はそこに気が付いた。

「つまり、彼等はやる気が無いのにも関わらず、高等教育から基礎学力を習得し、そして元の高等教育に適応する応用力を持っている事になります。その才能を遊ばせておくには、あまりにも勿体なくはありませんか?」

普通ならば腕立て伏せ等で罰を与えるはずの事を、何故あんな妙な形にしたのか……。

そうすれば自然と彼等は色々と修得するはずである。

食事や睡眠を盾にとれば、少しは真面目に取り組むはずだ。そして、いつかは下士官……いや、士官になるのも不可能ではない。喬はそう考え、あの妙なルールを作ったのである。

「素直に思惑に乗るような奴等ではないけどな」

恐らくは苦労するだろう。そして、あの手この手で上手くかわし、流して来るだろう。

「そしたらその時ですよ。素直に言うことを聞くだけの奴等では、使い物になりません」

喬はそう締め括る。

「わかったわ。その辺りは頼んだわよ。野田伍長」

喬は改めて言ってきた真樹に対し、椅子から立ち上がり、姿勢を正して右手を胸の前に置く。流星王国を始めとしたこの世界における共通の敬礼動作だ。

「了解しました。お任せ下さい」

(鍛えてやるさ。強さとは別の方面で、お前らをな…)

 

続く。



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初日1

パッパッラッパパッパッラッパ♪

 

朝、けたたましいラッパの音が各宿舎の屋上から鳴らされる。

「んだよ、うるせぇな……」

「知るか、ほっとけよ」

それよりも二時間前に起床し、早朝のトレーニングをしていた信と旭はあまりのうるささに顔をしかめる。

もはや目覚ましとしてしか機能しなくなり、それすらもバッテリーを充電する手段も無く、数日後にはただのゴミでしか無くなるであろう携帯のアラームで起きた二人。

当然、ヴェレヴァムとウェールテイの時間はずれている。しかし、生活のリズムを変えたくない二人は、昨夜の消灯から計算して起床時間をウェールテイ時間の4時に合わせてアラームをセットしていた。

近い内に目覚まし時計を支給して貰う必要があるだろう。

ちなみに健斗は二人のアラームやたった今鳴らされたラッパのうるさい音も何のその。爆睡を継続中だ。

「何をしている!起床だ!」

バァンと扉が開かれ、喬が怒鳴り込んでくる。

「朝っぱらからうるせぇよ。もう起きてるよ」

「そこで寝ているねぼすけに言えよ。朝からやかましいんだよ」

二人は迷惑そうな顔を喬に向けて言う。

「朝のラッパが鳴ったら起床して宿舎の前で整列し、点呼を受けろと教えただろ!」

「あ?言ってたか?」

「知らねぇな」

すっとぼけるバカコンビ。健斗に至ってはこのやかましさの中でも気にせずに爆睡を続けている。

「ええい!木藤健斗!いつまで寝ている!起きろ!」

「知らねぇぞ?」

喬は持っていた木刀で健斗を打ち付けようとして……

「スピー……蕾弾」

喬の殺気を感じて健斗が足から霊力の弾丸を喬に向けて放つ。

「ぶはっ!」

まさか反撃が来るとは思ってもみなかった喬は、カウンター気味にその弾丸を顔面で受けてしまい、その場にダウンする。

「だから知らねぇぞ?って言っただろ」

信がゲラゲラ笑いながら喬に言う。信はこうなることが分かっていたのだ。

「何をする!木藤健斗!」

「いや、本人はまだ寝てるから」

旭が一応付け加える。

そう、健斗の意識はまだ夢の中だ。喬への反撃は、本気で無意識の内に体が反応して実行したのである。

「ね、寝ながら攻撃してきたのか!?」

「いや、それはあんたが悪い。本気で寝ている健斗に…というか、俺達に対して殺気を向ければ俺達は無意識に反応する。寝首をかかれるなんて当たり前すぎて」

「殺気を向けなくても攻撃範囲内に入ったらやられるぞ?」

「既にそこまでの領域にいるとはな……」

戦場帰りの熟練した兵士や暗殺者などでは当たり前の事だった。まさか健斗達がその領域にいるなんて思いもしなかったのだろう。それだけ彼等が身をおいていた環境は過酷だったのだが。

それに反応しない人間はお互い同士や恵里香のような気を許した相手くらいだろう。

「とにかく、木藤健斗を起こせ!起床だ!」

言われて渋々健斗を起こす信。

「おい健斗。起きろ。朝だぞ」

パコン!と、軽く健斗を殴る。

「むにゃ?」

「それで一発で起きるのか……」

「まぁ、俺らだからな」

「お前らはどこまでも疲れさせてくれるな………」

朝から疲れた喬だった。

 

ー数秒後ー舎庭ー

 

「点呼!番号!」

「アイン」

「ツヴァイ」

「……スピーZZZ」

バカコンビはドイツ語で答え、健斗は立ちながら眠っていた。

「木藤!寝息で答えるな!もう一度!」

「あれ?」

普通にドイツ語で喋った二人はスルーされた。

「?どうした?安倍」

「いや、俺達、ドイツ語で1、2って言ったよな?何でスルーされる?」

そこで喬は点呼の帳面を閉じて、その紙束で信の頭を叩く。

「そんなしょうもないイタズラをしていたのか。どこでバカにされてるかわかった物ではないな。ペナルティ追加だ。お前らがヴェレヴァムのどこの言葉で話そうが、こちらでは流星王国の言葉に翻訳される。『1』という意味を持つ言葉であるならば、お前らが接種された翻訳魔法はそういう風に翻訳されて私に届くようになっている。宛が外れたな」

「「チッ!」」

わざわざない知識でドイツ語で答えたというのに無駄骨と知って舌打ちをする信達。

「さて。朝寝坊一人と点呼をサボったこと、そしてたった今の反抗的な行動。合わせて3ペナルティ。合計30問の軍規の小テストを三人が満点取るまでは朝飯は食わさん」

喬はプリントを三枚ずつ三人に渡す。

「ちょっと待て!食堂が開いている時間て今から三十分間だけだろ!?過ぎたらどうなるんだよ!」

「そうしたら飯を食いはぐれる事になるな?あと、それに付け加えて国民の血税を無駄にしたペナルティがもうひとつ加わる」

「おいっ!それはさすがに横暴ではないのか?」

旭が突っかかるが、喬は涼しい顔をして受け流す。

「そうなる原因を作ったのはお前らだ。木藤健斗が寝坊せず、点呼に出てくれば良かったわけだし、点呼で反抗的な事をしようとしたお前らが悪い。ペナルティを受ける結果になったのは誰が原因か、よく考えるんだな」

そう言って喬は腕時計を見る。

「ほら。食い下がっている間にどんどん飯の時間が無くなるぞ?早く取りかかった方が良いんじゃないか?」

「くそっ!覚えてろ!おら、健斗!寝てんじゃねぇ!起きて課題を終わらすぞ!」

ゴンッ!と健斗の頭に拳骨を落とす信。

「いてっ!何すんだ信!」

「うるせぇ!早速ペナルティ3だ!早く終わらせねぇと飯を食いっぱぐれるし、更にペナルティが加算されるんだよ!」

「なにぃ!早速やらかしたのか!」

「ペナルティの内の2つがお前のせいだからな!?」

信は健斗を引きずりながら走って宿舎の自室に戻る。

実のところ、喬はこれでも甘くペナルティを課している。

本来ならばペナルティは7だったのだから。

健斗の寝坊で1。

点呼に出なかった事で一人一つずつで3。

舐めた点呼で一人一つずつで3。

合計7ペナ。

(まぁ、最初だけは甘く見てやるか。どうせどんどん追加される事だしな)

 

ー自室ー

 

結局、三人は朝食に間に合わなかった。

さらに………

「ペナルティ、3追加!」

「な、なにぃ!」

「朝食を食べなかったことについては前述通り!付け加えて何だ?この寝床の散乱具合は!きちんと整頓して出てこい!更に、昨日、訓練着を含めて被服を交付したはずだ!何だ貴様らは!思い思いの服で訓練に出てくるな!以上の内容からペナルティ3!試験の実施は昼休みの間だ!もちろん、終わらせるまでは昼食は抜きだ!」

三人は霊衣だったり、シャツにジーンズだったり、胴着だったりとまとまりのない服装をしていた。

昨日の段階で戦闘服も兼ねた訓練着を交付されていたのにも関わらずだ。

訓練着とはヴェレヴァムと同様に野戦迷彩を施された動きやすい作業着に野戦ブーツの戦闘靴だ。

もちろん、喬は現在はこの服装をしている。

「さっさと着替えて清掃だ!モタモタして遅刻したら更にペナルティだから清々と動け!」

「覚えてろ!くそ教官!」

「………暴言によるペナルティ1追加だ」

自分で加点しておいてなんだが、喬は本当にコイツらは大丈夫なのかと思ってしまう。

普通ならば初日からこんなにペナルティを重ねる奴はいないのだから。

 

続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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初日2

ー基地格闘訓練場ー

 

喬によって連れ出されたのはこの基地に作られている野外格闘訓練場だ。

訓練場とは名ばかりで、雑草は生えているし石はゴロゴロと転がっている。申し訳程度に『格闘訓練場』と看板が立っているだけで、ハッキリ言って荒れ地と言われても納得できてしまう。

それもそのはず。

軍隊における格闘というのはスポーツ格闘技のような安全な場所で、リングや道場のような場所で行われるような物ではない。このような場所で、実戦に則した破壊や殺人を目的とした格闘の事を指す。

ちなみに、この場所は戦闘訓練所の一部である。

ましてや、このウェールテイでは銃撃や砲撃、更には魔法等も飛び交うが、やはり戦いの主軸は近接戦闘だ。

現代のヴェレヴァムの軍隊以上に、格闘のウェイトが高い。

更に一言で格闘と言っても、なにも徒手空拳で行うものが全てではない。剣や棒、果てはスコップだとて格闘の武器として扱っていたりする。

「よっ♪遅刻だ。ペナルティ1、追加だな」

「格闘はあたし達二人が担当だよ?」

「野田伍長を倒したと聞いてはいたから、わたしは役にたたないと思うけどね」

待っていたのは明と麻美、そして支援要員なのか昨日、ヴェレヴァムでキャンピングカーの乗員をしていた織山美代少尉だった。

「改めてはじめまして。わたしは八龍士支援部隊第1作戦中隊所属の第1歩兵小隊長、織山美代少尉よ。まぁ、一中一小隊長と呼んで頂戴。問題児達さん」

織山少尉は簡単な自己紹介をした。

淡い茶髪をショートに纏めたカワイイ美女だ。

「腹減った……」

「………で、ここで俺らは何をするんだ?」

「そうだな……まずはこの広大な格闘訓練所を散歩でもしようじゃないか。なぁ」

軽く見積もっても半径二キロはありそうな格闘訓練所。

「散歩って……一部の開括地を除いてはほとんど森だろ、これ」

「というか、山だな……」

健斗と信が言うように、これはもはや未開の山である。しかも、基地の中だというのに整備されている様子がない。

それもそのはずで、もう一度言うがここは戦闘訓練所の一部である。

基地内の簡単な演習場も兼ねているのだ。

簡単に散歩と言うが、普通に進むだけでも結構キツメなハイキングである。

「じゃあ、お前らはまず…………旭はどうした」

少し目を離した隙に旭の姿が無くなっていた。

「瞬移で逃げた。多分腹が減りすぎたから飯でもパクリにいってるんじゃねぇか?」

「アイツは……ホントに常識破りの奴だな!もちろん悪い意味で!」

「ペナルティ追加だ!あのバカ!」

喬と美代は食堂の方へと走っていった。

「はぁ……仕方がねぇ……取り敢えずお前らだけでも……」

ヒュウウゥゥゥ………。

いつの間にか健斗と信の姿も消えていた。

「………行動力だけは無駄にありやがるな……あのバカ共は……」

もはや呆れを通り越して感心すらしてしまう。

「…………取り敢えず、基地内の狩りを始めよっか」

「だな。自分達の立場くらいはわかっているだろうから、基地の外には出ていないと思うが……」

おそらくは旭と同じく食事の調達だろう。

「麻美は宿舎の方を。俺は他を探すわ……」

「了解♪初日から楽しませてくれるねぇ♪」

「鬼ごっことかくれんぼ気分だな…お前」

ただでさえスケジュールが押しているのに余計な事を…と明は溜め息をついて走り出した。

 

 

「行ったか?」

「みたいだな」

ガサゴソ。健斗と信は茂みから顔を出す。

灯台下暗し。二人は明達が目を離した隙に訓練所の森の中に逃げ込んでいたのである。

普通ならば訓練から逃げるのに、訓練所の中に逃げ込む奴はいないだろう。二人はその盲点を付いていたのである。

「旭の奴は?」

信が早速調達した蛇を軽く火で炙って肉を食べる。

「多分、この中だな」

健斗も同じように蛙らしき両生類を捕まえて信に焼いて貰っている。

「間抜けだな。瞬移が使える旭ならともかく、俺らでは近場で隠れるのが精一杯だってのに」

ついでに言うなら、旭の瞬移もそんなに遠くへはいけない。精々百メートルくらいが移動可能範囲だ。

結局は旭も森の中に逃げ込んだのである。

「正解。信、これも頼むわ。毒があるかもわからねぇから健斗は解毒も頼む」

ひょっこり現れた旭がいくつかのキノコとしめた兎を二人に投げ寄越す。

「食料の山だな?ここは」

スパスパっと毛と内蔵を抜いて兎を焼き始める信。

「日本のようにアスファルト化されてないし、けっこう町中だっての野生の動物がいるみたいだぜ?ここ」

宝の山だ…まともに調理さえ出来れば。

良く飯抜きとかやられていた信達は、こうやって近場の山に入っては現地の植物とか動物、魚を採って、焼いて食べていたのである。

「こっちは焼け頃っぽいぜ、食っちまおう」

信が焼けたキノコや動物の頃合いを見て口に運ぶ。

「おう、中々行けるぜ?塩とか無いのが惜しまれるがな」

「よし、こっからは各自でサバイバルだ。派手に火を使うなよ?」

旭が言って、再び瞬移で姿を消す。本当に便利な技である。

「奴らもそろそろ気が付くだろう。早く散らばるぜ!」

信も再び食料を調達するべく山の中へと姿を消す。

「俺も急ぐか。あんなペナルティだらけじゃ、まともな生活なんて出来ないからな」

健斗も闇に乗じて暗い山の中へと姿を消した。

二人ほどサバイバルに慣れているわけではないが、下手な軍人よりは得意だ。

伊達に黒社会を相手に立ち回ってはいないのである。

 

 

ー一時間後ー

 

最初のキャンプの位置に明と麻美、喬、美代が集まっていた。

「おいおい。いつかは訓練させようと思っていたレンジャーの野外調達をいきなりこなすかよ……」

明が三人の食事の痕跡を見つける。隠し方も巧妙で、微妙に残っていた焼けた匂いで察知することが出来た。

軽い基礎体力訓練や野外戦場の歩き方を教えるつもりだったのが、実際は更にその上の実践的な行動を彼らはやっていたのである。

「食事の痕跡もほとんど消しています。食べかすとか燃やした枯れ枝を地面に埋めていますし、並のレンジャーとかでも痕跡を見つけるのは難しいでしょう」

「これをほとんど訓練なしとかでやってるのだから大したものだわ。行動理念は誉められたものでは無いけど」

「となればだよ?」

麻美は明の棍を借りて適当に振り回して見る。すると、何かに引っ掛かった感触を感じたと思った瞬間……

バサバサ!

つるの植物で適当に作ったのであろう簡易ロープに巻き取られ、棍棒が釣り上げられる。

更に……ゴオン!

同種のロープで作られたであろう物に吊るされていた枯れ木の丸太が棍棒に直撃した。

「…………ここの食事の痕跡、見付かることも想定に入れてブービートラップを仕掛けてやがったか……マジでレンジャーの素養があるじゃないか……かなり殺意が高いけど」

常人ならば、あんなのを食らえば下手をしたら死ぬ。

あの常識が外れているバカコンビの言い分ならば、魔霊石を使った本気の殺意を向けていないだけ軽い罠であるつもりなのかも知れない。

しかも、このトラップはアラームトラップも兼ねているのだろう。今のでここに三人がいることを察知した事がバレた合図になってしまった。

中々姑息で効率的なやり口である。しかも称賛すべきはそれを現地の自然の物でこしらえている所だ。

「楽しい山狩りになりそうですね」

美代が皮肉を交えて言う。

分隊クラス同士のゲリラ作戦となりそうだ。

「骨が折れるな。レンジャーやゲリラ部隊の分隊と模擬戦かよ。案外実のある訓練になりそうじゃないか」

「一人は八龍士で残り二人も八龍士クラス……笑えないわね」

暴走した信と旭は間違いなく八龍士クラスかそれ以上の力を横浜で見せている。

これはとんでもない山狩りになりそうだ。

「慎重に行きましょう。相手はプロの傭兵と同等と考えた方が良いです。油断してると……」

ボコッ!ドスン!

一歩歩いた喬の足元が突然消え、1メートルくらい下に落ちていた。

「………」

「大丈夫かー?」

見事に嵌まった喬。

心配して明が声をかける。

「………この短時間でどうやって落とし穴を作りやがったんだ?」

「それも道具も無しに……ホントに油断がならない」

本当に骨が折れそうな山狩りになりそうだ。

明が丸太の直撃にあった棍棒を抜き取る。

棍棒のジョイントは、見事に壊れていて使えそうに無くなっていた。

「三節棍って意外に使い手がいないから、案外高いんだよなぁ……」

こんな特殊な近接武器を愛用する物は普通はいない。

故に軍用の支給品に三節棍があるわけがなく、自費購入するにしても特注になるため、案外高い。

明はそれを軍の給料で作っているわけなのだが…。

「初任給は……俺の三節棍の弁償で決まりだな。あのバカども!」

王族としての年金を打ち切られている明は、案外お金に関してはシビアでけちんぼだったりする。

 

 

「ちっ、一時間か……持った方だな」

簡易焚き火でトカゲを焼いていた信が罠の発動に気が付く。その口の中からは蛇のしっぽがプラーンと垂れ下がっていた。

「腹ごしらえは終わったし。ボチボチ本気で逃げるか?」

どこで調達したのか、OD色の少し大きめのずだ袋を肩に掛けた旭が言う。所々に穴が空いており、中身は泥だらけだったことを考えると、土嚢か何かの残骸だろう。それを入手した食糧袋代わりにしているようである。

このままだと確実に昼食もありつけないだろうからだ。

「これを宿舎の床下にでも放り込んでおけば何日かは持つよな」

つるのロープで数珠繋ぎにした兎や鳥を肩に掛けた健人が立ち上がる。

「この野犬、変な病気を持っていなければ良いけどな」

大物を仕留めた信は野犬の死体の尻尾を持って立ち上がり、予め掘っていた穴に食事の痕跡を捨てて土を被せ、更に枯れ葉や草で偽装する。

「じゃあ、散会して山を脱出だ。一時間後に宿舎で。捕まるなよ?」

健人の号令で散る三人。

まずは旭が瞬移で脱出方向とは反対側の方に兎の骨等をわざと見つかりやすいように適当な偽装を施す。

こうすれば少しくらいの時間稼ぎになるだろう。

「つるのロープはいくらでもあったからな。ブービートラップも仕掛けておくか」

 

 

 

「甘いな………」

旭が残した痕跡を発見した喬。

これがわざと残された食事の跡だとすぐに気が付いた。

「つまり、この辺にもトラップが仕掛けられていて、この方向とは別の方向から逃げた……と」

喬とて特殊部隊の隊員だ。このくらいの分析は簡単に出来る。

(やはり、本格的な訓練を受けていない素人だな。だが、それ故に恐ろしい。我々から一時間以上も逃げている上に、現地調達の物でこれだけの真似をするとは…)

これが装備を持っていて、本格的に攻撃を仕掛けて来ていたら…と考えると喬は身震いする。

(やはり彼らの戦いの才能はとんでもない)

もし、これがボーガンや投げナイフを装備して襲われていたら、喬は死んでいただろう。

「罠はこれか?」

喬はロープをナイフで切断する。

すると、目の前を邪霊石をくくりつけた物が通過していく。

邪霊石は黒くて禍々しい気を発しており、当たっていたら何らかの呪いに苦しむ事になっていただろう。何の呪いを込めてあるかは不明だが、恐らくは嫌がらせの類いの簡単な呪いだろう。例えば鈍足の呪いだったり、数分間は意識を失う類いの……。

「ふ………舐めた真似をしてくれる……こんな物に引っ掛かる俺だとでも……」

ボンッ!

突然邪霊石が弾けた。

「うわっ!」

破片が飛来し、喬に命中する。咄嗟に致命傷となる目や喉などの部分をガードする辺り、喬も流石といえる。

「……やってくれるな和田旭……」

邪霊石を使って来たことから犯人は旭と目星を付けた喬。

「二段構えの罠とは。邪霊石版の手榴弾なんか普通は考えんぞ…」

してやられた事と成長後の旭を想像した喬は、悔しさと嬉しさを混ぜた複雑な顔をして、旭が逃げたであろう方向へと走り出した。

 

 

「魔力!?」

上空からの魔力を感じ、危険を察知した健人は横跳びで咄嗟に茂みの中に隠れる。

ビシャアアアアン!

人間サイズの水の塊が先ほど健人が立っていた地点よりも20メートルほど離れた位置に落下してきた。

「曲射弾道射撃……だと?どうやって俺の位置を!?」

見れば雷の魔力で浮かんでいる幾つもの監視カメラがドローンのように三ヶ所に浮いていた。

(電気と水とくれば真樹と麻美……何て奴だ……器材も無しに曲射射撃をこんな精密に出来るのかよ!)

健人は驚愕していた。榴弾や迫撃砲等の砲迫射撃。

映画等では簡単にやっているように見えるが、実はそこに至るまでにはかなりの情報と計算が必要になる。

様々な条件の計算をやった上で、やっと最低限の方向と角度がわかる。

それを真樹は恐らく瞬時に計算して逃げる健人の動きを加味した射撃指示を麻美に伝えたのだ。

通常、動かない相手に対して曲射射撃をする場合でも、数分の時間がかかる。それも、各種データを算出して計算機やパソコンを使った上で……だ。

(人間業じゃ無いぞ!こんな離れ業!)

健人がわかったのはここまでたった。

凄いのは真樹だけではない。麻美もだったのだ。

健人と真樹達の距離差は約三キロ。これだけ離れていれば真樹が指示した角度が1度でもずれていたならば、弾着点はそれこそ百メートル以上も離れている。

一キロ先で一度のズレは、直接照準でも20メートルは離れてしまう。曲射ならば尚更だ。それが三キロ先の、それも曲射での射撃を少しのズレもなく、更に適切な力で発射したのだ。

この凄さが分かるだろうか?

そして、ここで健人は致命的なミスをしている。

 

 

「素人の知識ではここまでね」

「何で3台も高価なカメラを使ってるかわからない辺りは素人だね」

健斗を見つけるだけならば3台も要らない。

「真樹、修正は?」

「待ちなさい。3ヶ所の観測を同時にやった上での修正計算をしてるのよ。すぐに出来るわけないじゃない。上に2、右に1。力はそのまま」

「3ヶ所交会の修正を暗算ですぐに出すなんてできないって!やっと一ヶ所の観測結果を出すので精々だよ!ドガーン!」

分かるだろうか?

これは歩兵砲中隊数十人分の仕事をたった二人でやっている。

また、健斗が気付かなかったミス。それは監視カメラを放置していた事だ。

一ヶ所から見ているよりも、2ヶ所や3ヵ所から見た方が目標と弾着の誤差の修正はより確実な物になる。

「避けられたわね。野生の勘かしら?」

「知らなければ次は当てて来るって思うからね。実際は狭差法で徐々に当てる物なんだけどね?」

どんなに計算が完璧でも、誤差というものはどうしても出てしまう。

「………あと2発、お願い」

「はいよ♪」

麻美は同一の角度で2発の水弾を撃った。一見無意味に思えるこの動作。それにも意味はあるのだが、それを語るには1話分の文章量が必要になるため、割愛する。

「いいわ。下に3、左に4。次は右に2。逃がさないわ。チェックメイトよ健斗」

「真樹の本領が発揮だね♪ドガーン!」

 

 

「うわっ!段々と狙いが精密になってくる!どうなってるんだ?まさか………」

ここでやっとドローンのように貼り付く監視カメラの意味に気が付いた。交会法という意味は知らなくても、その効果に段々と気が付いて来たのである。

そして……

「やばい!ここは………」

ガサッ!ドシーン!

健人が自ら掘った穴である。真樹はこうするために健人を追い込んでいたのだ。

「ざけんな!あんな量の水の塊を砲迫射撃のようにぶつけられたら!ぐへぇっ!」

穴に嵌まった健斗に、人の胴体ほどの水の塊が落下してきた。

その水量がこれだけの距離と高さから落下してきて、それが直撃しようものなら………

普通は生きていない。良くて重症である。

 

木藤健斗…気絶後、捕縛される

 

安部信…逃亡中

 

和田旭…逃亡中




とあるお二方にはもっと精密な曲射条件を伝えましたが、公開版はこの程度の雑な描写です。
砲弾による射撃は……まともに当てることはできません。ある一定の範囲内に収まれば命中扱いになるのです。
はっきり言えばこの射撃の説明をするには1話や2話では済みませんし、少なくとも私は詳しく説明する気はありません。
ただ狙ってボーン!で済む射撃では無い…とだけ理解してください。


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初日3

「真樹と麻美……あそこまでやるとは思わなかった」

魔術のスペシャリスト、信。迫撃砲のような使い方をした魔力の流れを感じとり、遠方から健斗が捕まる様子を見ていた。そして戦慄していた。

素人目では簡単ににやっていたように見える二人の砲撃だが、信はその難しさをよく知っている。似たような事をしようとして失敗したことがあるからだ。

(ゴミ箱にゴミを投げ入れる……そんなことだって確実に放り込むなんてのは難しい。ましてや直接見えない位置へ精密に攻撃を叩き込むなんて……)

球技等で選手が狙った位置にフライでボールを入れるのは難しいだろうが出来ないことではない。だが、見えない位置に入れるのはプロでも中々難しい。

放った魔力を自在に弾道修正できるならば話は別だが、放った後にやるのは中々骨がいる。

落焔をやれる信のように有り余る魔力を持っているならば話は別だが、麻美はそうではない。それを補助していた真樹の実力に舌を巻くしかなかった。

「健斗が捕まったのはあいつのミスじゃない……。あの二人が凄すぎるんだ」

「そういう事だ。力というのはただあれば良いものでは無いんだよ。弱くても使い方次第で何とでもできるって事だな」

「!!!」

突然聞こえた明の言葉に驚く信。

そちらに目を向けるとジョイントが壊れてプランプランしている三節棍を担ぎ棒のように持っている明がニヤニヤして立っていた。

「何でここに……」

「真樹と麻美の派手な作戦は健斗を捕まえるだけじゃないんだぜ?あれだけの派手な魔力の行使だ。お前ほどの魔力のスペシャリストなら、必ず魔力を感じとる。そして状況を確かめに狂って踏んでいた」

「………同時に俺を釣り出す囮だったと。そう言うことか。俺が無視して逃げるとは考えなかったのか?」

「まぁ、それも考えていたわけだが…どちらに転んでも良いようにはしていたさ。どちらも押さえてあるからな。真樹と麻美が健斗を打ち取った砲撃の射程から逃げられる山の出口は限りがある。和田旭が見つかり、捕まるのも時間の問題だろうな」

「どちらのパターンも考えていたと……あの砲撃にそこまでの意味があるなんて考えて無かったぜ」

真樹の実力。信は正直侮っていた。

だが、あの将棋の強さなら簡単に考える事だっただろう。セオリー通りでは真樹を欺く事なんて出来はしない。

「ま、お前はここに来る。旭は逃げる。そこもお前らの性格や能力から割り出していたけどな」

(チッ!ノコノコと釣りだされたってのかよ!)

砲兵から安全を確保するにはどうするか。

色々あるが、信と旭がこの場合に咄嗟に考えられるのは2つだった。射程内から逃れる事。もう1つは砲撃の元を潰すこと。

旭は信ほど精密に魔力を感知する事は出来ないし、目的の為なら逃げる事も躊躇わない性格だ。

一方で信は正確に魔力を感知できるし、倒せるならば倒してしまう事を優先する。

「その通りだ。あいつなら確保した食糧を優先して戦いは避ける口だな。まったく恐れ入るぜ」

「だろ?」

明はククククク………と笑う。

「まぁ、恐れ入るって点では、俺らもお前らに対して思ってることだ。ここまで俺達を手こずらせるとは思わなかった。段階を踏んでいずれは山でのサバイバルを兼ねた戦闘訓練をやらせようとはしていたけど、いきなりこれとはな。総合訓練並みに充実しているじゃないか。一気に数週間分の訓練が進んだぜ?」

「そりゃどうも。じゃあペナルティは無しか?」

「それとこれとは話が別なんだよ。今日、まともな飯にありつけると思うなよ?テストはたっぷり用意してあるからな」

「だったらお前を倒してもっとここの食材を確保しなきゃなぁ!」

信は明との間合いを一気に詰める。

「訓練期間中の飯を全部ここで確保する気か?ふざけるな。ここでサバイバル訓練ができなくなるだろ。一般の部隊だってここは使うんだぞ」

明は信の拳を迎え討つべく構える。

「おらよぉ!」

信は明の人中を狙って拳を放つ。

「なっ!」

だが、それは見えない何かにクッションにされ、衰えた勢いを棍で逸らされる。

「そう言えば言ってなかったな。お前らが魔力や気、霊術に長けているように、俺にも1つだけ特化した異能があってな?」

明は軽く信の胸を棍でつつく。近間からの……体重も乗せられない体勢から放たれるそれほど力が込められていないはずの突き。にも関わらず……。

「ぐはぁ!」

信は思いっきり飛ばされ、近くの木に激突する。

(なんだ?あの程度の突きで何で吹っ飛ばされる?)

つつかれた胸は大したダメージを受けていない。なのに何故?という思いが信を支配する。

「超能力。とりわけ念動力の扱いは得意なんだ」

(そうか……それでさっきは俺の拳の威力も……)

念動力のバリアのようなもので軽減された事に信は気が付いた。

「ス○ンドみたいなものか……」

「なんだそりゃ?」

「こっちの話だよ」

信は2年前の異世界の不思議な体験を思い出す。

もっとも、明の超能力はあの世界の物とは違い、世間一般的なものなのだろうが。

「そうそう、いまお前をつついたこの三節棍だけどな?三節棍なんてのはそうそう使いこなす奴がいなくて普通に売ってないんだよ。特にジョイントで普通の棒にもなる特殊なタイプなんて、それはそれは特注で頼むにしても金がかかって仕方がない。それがお前らの仕掛けた罠のお陰でジョイントが壊れて使えなくなっちまってな?」

「…………それで?」

「確かこんなものに押し潰されたっけ?」

明は倒れた老木の丸太に得意の念動力で持ち上げる。

「おい……それは流石に殺意が高くないか?」

「その殺意の高い罠を仕掛けたのはどこの誰だったんだろうな?」

明は意地の悪い笑みを浮かべる。

「俺じゃない……なんて言い訳は通用しないぞ?言ったよな?ここにいる間は連帯責任だって……」

「……さあ?前にここの訓練場を使った部隊が片付け忘れたんじゃないか?」

「それは基本的に無いな。安全管理上そういうのはキチンと片付けるようになってるし、管理者が点検をしっかりやってるんでな。じゃあ、そろそろ苦しい言い訳は良いか?」

明はさらに笑みを深くする。

「それじゃ……弁償金はしっかり払って貰うとして、手こずらせてくれた礼でも食らえ!」

「なっ!?」

普通なら言い切ってから倒木を飛ばす。しかし、明も含めてここの人間は超実戦的な人間ばかりである。

明は言い切る前。喋っている最中の間に倒木を信に対して飛ばした。

「嫌なタイミングでやって来やがるな!おい!」

信は当初倒木を燃やして砕く予定だったが、タイミングをずらされたおかげで回避に変更せざる得なかった。

咄嗟に回避が出来ただけでも信は大したものである。

ずらされたタイミングというのは結構厄介なものである。

「子供の頃から場数を踏んできただけはあるな!おらよ!」

だが、明もそれは読んでいた。信が回避することを見越して三節棍を伸ばした突きを放って来たのである。

明は何もカッコ付けて三節棍を愛用している訳ではない。通常ならばこういう使い方はしないのだが、明は得意の念動力で繋ぎのロープを固定し、伸びる棒として利用したり、通常の棒術では防がれる攻撃を曲げて意のままに攻撃したりと念動力を器用に使って攻撃しているのである。

「ぐっ!」

「チェックメイトだ。信!」

明はそのまま信を念動力で吹き飛ばし……。

「ナイスパスよ。明」

飛ばした先にいた真樹が電気の魔術で信をスタンさせる。

「何でお前が………」

「これだけ派手に暴れてれば位置がバレない訳が無いでしょ?」

スタンさせられた信がその場に組伏せられる。

明の一連の会話等は真樹が到着するまでの時間稼ぎ。最初から自分で倒そうなどとは考えてなかった。

「くそ……お前一人なら何とかなったのによ……真樹を忘れていたぜ………」

「だろうな。吹き飛ばされるのをこれ幸いにと笑っていたもんな」

一見、一方的だった明の攻撃。これらは信に見せていない攻撃法だったから何とかなったのである。

信は八龍士ではないのに八龍士と渡り合える力を持っているし、同じ手が通用するとは考えていない。

事実、信は伸びて来た三節棍には驚いていたものの、吹き飛ばされた時にはニヤリと笑っていた。大方その勢いを利用して逃げようとしていたのだろう。

「もっとも、ご存じのように俺は足の速さにも自信があるし、なによりここは俺の庭のような場所だ。真樹が来なくても簡単には逃がさねぇよ」

「次は……山の食糧を全部狩り尽くす……」

ガクッ!

 

安部信……捕縛

 

「本当にやりそうだな……こいつらなら……」

「基地管理隊から苦情が来るわよ?ただでさえねじ込んだ訓練場使用申請だったのに……」

「演習場、遠いのになぁ………」

「こんなことを続けていたら使用禁止になるわ。というか、させられないわよ。とりあえずは後で考えるとして、今は目の前の事よ。こういう場面で一番厄介なのは旭のはず」

「まぁ、そうなんだけどさ……」

明はため息を吐く。

「良い訓練になってるから茶番を続けてるけど、逃げきったところで無意味なの、コイツらわかってんのか?」

「………わかってないと思うわよ?そうでなければヴェレヴァムの生活があんなことにならないと思う」

信を縛り上げた真樹と明は互いの顔を見合わせ、もう一度深いため息を付いた。

 

山狩り対象者…残り一名。和田旭。




今回はここまでです。
あっさり捕まった信ですが、これは説明通り明が信に見せたことのない手段で攻撃したからです。
情報というのがいかに大切か……と言うことですね。

残るは問題児の中の問題児、必要ならプライドすらも紙屑のように捨て、騙し討ちなんて事は呼吸のように当たり前にする精神破綻者和田旭。

明達は旭を捕まえられるのか!?


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初日4

「さぁて、どう逃げるか…」

(何らかの魔力が動いた気配があった……健斗か信がみつかったと思って良いだろうな……)

姿勢を低くし、辺りの様子を探っている旭。

真樹や明が予想したように、砲撃をつぶしに行った信とは逆に、旭は宿舎とは反対側の方向に逃亡を開始していた。

旭もわかっているが、ここで逃げきったところで無意味なのはわかっている。どうせ帰る場所はあの宿舎なのだ。どのみちそこで御用となるだろう。

なのに何故逃げているのか。

健斗はわからないが、信と旭にとってはこれは既に本気のサバイバルゲームだった。

飯の確保は終わった。後はシレッと出ていって形だけの反省をし、ペナルティでも何でもやれば事は終わる。それで済むのはわかっているが、旭達は試したくなった。

八龍士やその仲間たちを。そこで勝負を仕掛けたのである。

勝負と言っても色々ある。それこそ戦いだったり。

今回、旭が勝手に考えている勝負の勝敗の付け方はこうだ。

逃げ切れれば自分達の勝ち。捕まれば負け。

この結果次第で明たちへの態度をどうするかを旭達は決めようとしていた。

プロが……それも自分達の庭であるこの基地で自分達に敗れるようならば、全面的に信頼を置くのは危険であるだろう。逆に自分達を山から逃がさずに捕まえることが出来たのならば、真面目に訓練するのも悪くはないかも知れない。

今より自分が強くなるのなら大人しく学ぶものは学んで吸収する。

それを見極める為だ。

「っ!!」

旭は嫌な予感を感じ、その場に伏せる。

第六感……。というよりはただの勘なのだが、長年培ってきた勘というものはバカに出来ない。理屈抜きにそれが命を救ってきた事は何度もある。

ガッ!ガッ!ガッ!

頭上を……先ほどまで旭の頭があった位置に何かが通過し、木にぶつかる。

やはりここぞという勘には従うのに限る。

(見つかったか?殺意を感じさせずに…)

やるな。と旭は思う。

暗殺者のような生活を送ってきた旭達。それ故に殺意に対しては敏感だ。それを感じさせない明達はやはりかなりのものだろう。

(来るッ!)

左からまた何かが飛んでくる。

そう直感した旭は左耳の横に手を置く。

パシッ!パシッ!

旭は飛んできたそれをキャッチする。

「石?」

おおよそ人類にとって最初に武器にしたであろう原始的な武器、石。

原始的だが音もなく遠間の敵を攻撃するには一番適した武器である。

(チッ!)

旭は音も気にせず藪から飛び出し、次の薮の中に隠れる。二度もピンポイントで投石が来たことを考えると、偶然はあり得ない。既に完全に位置がばれていると考える方が自然だ。

そして、ほぼ時間を開けずに45°の角度を変えての攻撃。

(かなり接近されていたって事か!)

これは旭も驚いた。張大人の敵対組織のプロの暗殺者と戦った時でさえそんなに接近ことはなかった。

ガサガサ!

逃げながら旭は背後を確かめる。敵も気配を隠す気が無くなったのか、時々姿を見せながら追ってくる。

追跡者は喬と美代だ。

(幸い八龍士はいない。迎撃するか?)

地の利は向こうにある。土地勘のない旭では多少足が速くても、振り切る事は不可能であろう。

瞬移もそうそう多用できない。あれは結構魔力を使うのである。

(無言で攻撃を仕掛けて来ていると言うことは話をしようとしていても無駄だな……)

追ってくる課程で時々姿を晒しても、基本的に二人は低い姿勢を保ったまま隠れながら追ってくる。極力位置を知られないようにしているのだ。そうなると、話しかけたところで応答してくるとは考えにくい。声や音というのは最大の情報源なのだから。

スピードを緩め、迎撃体勢に入ろうとすればそれに合わせて二人は同じようにスピードを緩め、更に姿勢を低くしながら投擲による攻撃をしてくる。

(本物のゲリラ戦って事かよ……ならば…)

 

 

(待って野田伍長)

美代はハンドサインで止まれ……と喬に指示を出す。

旭の動きに変化があったからだ。

和田旭は三人の中でも一番こういう場面では油断ならない相手だと美代は聞いている。何をしてくるのかわからない……と。

力は健斗の方が上。単純な戦闘センスは信の方が上だ。対して旭はといえばこういう遊撃としてのセンスが高い。今の場においては旭が一番厄介なのだ。

(そもそも、土地勘のない場所で我々を相手にここまで退却を続けられるのもただ者じゃない。それも素人が)

二人が何故旭を発見出来たのか。それは真樹の作戦により山の逃げ場所を絞り、そしてその範囲で隠れられる場所を喬達が熟知していたからに過ぎない。

実際の訓練でも大抵は旭が潜む位置に隠れるからだ。身を低くしても全身を隠せる場所が少ない地点だったということもある。旭の小さな体をもってしても。

だから位置がわかった。見つからないというならそこだろう……と。

(下手な兵士よりも才能があるな)

動きがほぼ完璧だ。姿勢を低く、気配と音をなるべく消しながら……。普通の新兵ならこうはいかないだろう。

(それ故に気配を消さなくなったのは不気味だ……)

姿を隠しながらも気配を……正確には気を解放し、自分の位置を晒す真似を始めたのは却って不気味である。

(何を狙っている?)

旭が隠れている岩影に注視する美代と喬。

岩影から小さな気の塊がフヨフヨフヨ……といくつも出てきた。

(??)

喬も気付いており、美代と目配せする。

すると……小さな気の塊は周囲の木々へと向かい始め…。

「まずい、奴は木に何かするつもりです!」

「まさか爆発でもさせて即席指向性散弾にでもするつもりなの!?」

指向性散弾とはジュネーブ条約により対人地雷を使えなくなった各国が、地雷に代わる対人罠として開発したものである。地雷のように踏めば爆発する……という物ではなく、看板のように立てて人が遠隔操作し、ベアリングのような物を一定方向に向けて発射させる物である。

旭は気をぶつけて樹木を破裂させ、攻撃しようとしているのか……。旭ならやりかねない。ただの呪石を破裂させて即席手榴弾を作ってきたのだ。

そして旭は呪いと気のスペシャリスト。そういう真似をしてきても不思議ではなかった。

「野田伍長!魔力でバリアを!」

「了解です!織山少尉!」

二人は防御の為に魔力を展開してバリアを張る。

そして小さな気は木に命中し……

コ……

良く聞かなければ聞こえない程度の小石でも当たったかのような音を立てて消えた。

「「は?」」

沢山放出された全ての気の弾が同じように間抜けな音を立てて消える。

「………見た目通りの小さくて弾速がシャボン玉並の何の仕掛けもない弾?」

「…………はっ!織山少尉!和田は!?」

気が付けば旭の気配も無くなっており、姿も消えていた。

「………やられた。ブラフだったのね」

何をするのかわからない奴……。そのイメージを逆手にとったブラフ(はったり)

深読みさせて喬達が対処している間にこっそり逃げ出したのである。

やることがセコイと言うか……。

「これはもう追い付けないですね」

喬が美代に言う。実質敗北宣言。

二人は感心するやら呆れるやら…。

「これでみっちり鍛えれば、どうなるのか……」

「少なくとも、我々は舐められそうですがね」

 

 

 

 

「ケケケケケ!サボテンじゃあるまいし、木を破裂させるなんて真似が出来るかっての!」

ペテンで見事に喬と美代を撒いた旭。

そのまま気配を隠すことも姿勢を低くする事もせずに上機嫌で山を降りていく。

もう完全に勝ちだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔から、こんな故事成語がある。

『勝って兜の緒をしめよ』

とある作品ではこんな名言がある。

『相手が勝ち誇った時、そいつは既に敗北している』

 

つまりは………勝ったからと言って油断するなという事である。

この時、いつものように警戒していれば旭は勝っていたかも知れない。

その油断のツケが回って来たのは旭が目論見通りに森を脱出した瞬間だった。

 

キュイーーン!

「ぐはぁ!」

上機嫌で森を出た瞬間に何かが旭の額に直撃する。

完全に不意討ちだった。

キュイーーン!キュイーーン!キュイーーン!

ドスッ!ドスッ!ドスッ!

立て続けに腹、足、喉と直撃して旭はダウンする。

「ここまで逃げて来たのは大したものだったよ?旭。だけど、ツメが甘かったね?こう見えてあたし、狙撃って得意なの♪」

200メートル先の積み上げられていた藁の中から姿を

見せる麻美。

その手には魔霊石が握られていた。

「水の塊で良かったね?銃弾だったら死んでたよ?」

「………何でお前が先に下山出来てるんだ……?」

「ハッハー!喬、美代と鬼ごっこを始めてからどれだけ時間が経ったと思ってるの?とっくに回り込んで待ち伏せしてたんでーす♪そこしか出口はないからねー♪」

身を隠しながら移動すると言うのは簡単ではない。

喬と美代、二人の手練れを撒くのに要した時間は少なくなかった。

その間に健斗を捕縛した後、万が一を考えた麻美は信を明と真樹に任せ、森の出口に回り込んで待ち伏せしていたのである。

「楽しい鬼ごっこだったよ?次は逃げ切れるといいねー♪次があればだけどね♪じゃ、おやすみ♪」

麻美が容赦なく頭に圧縮水弾を数発撃ち込んできた。

流石の旭もここで気絶した。

(おのれ……やるじゃないかよ……ガクッ!)

 

和田旭……捕縛

 

3バカトリオ……全滅。




はい、最後の最後で油断して旭、KOです。


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初日の終わり

訓練場

捕縛された三人は地面に正座させられていた。

この格好が異世界でも採用されている理由。

それは辛い体勢だからなのである。

もっとも日本という国はそれを正式な場での姿勢とされているだけあり、旧家の出である三人にとっては慣れきっている事もあってさほど苦痛ではないのだが。

「さぁて、じゃあペナルティを課す前にだ……」

明はめちゃくちゃになった山を指さす。

「まずはこの山に仕掛けた罠の後始末だ!このバカども!」

明がお冠になるのも当然だろう。

明達が所属している特殊部隊は新設部隊である。八龍士三人組のこれまでの功績や、剥奪されているとはいえ元王族の明の人脈などにより装備や人材、予算等を融通してもらっているが、面白く思わない既存の部隊はたくさんある。

訓練施設を滅茶苦茶にしたとなればより肩身の狭い事になるだろう。そうさせない為にもなるべく元の形に戻さねばならない。

明が信に対して言ったように、ヴェレヴァムの実際の部隊でも同じで演習場を使用すれば極力元の状態に戻すのは当たり前である。

「…………」

押し黙る三人。その額にはだらだらと汗が流れている。

「どうした?」

喬が静かに尋ねる。猛烈に嫌な予感がする。

「いやぁ、どこにどんな罠を張ったのか詳しく覚えてなくてな……」

「ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁ!」

明の絶叫が響き渡った。

この作業が相当遅くまでかかったことは言うまでもない。

意外な事だったのは三人の問題児達が逃げもしなければ逆らいもせず、素直に撤収作業に参加したことだった。

もちろん、昼食は抜き、午後の訓練は全てテストの時間に充てられたのは言うまでもない。

 

 

「は、腹減った………」

「摂った食材も全部没収されたしな……」

「このままでは餓え死ぬぞ……」

地獄のテストを終わらせ、もう間もなく消灯の時間である。昼・夜と食事を抜かれ、三人は流石に元気がない。

そんな時……

ガチャ

突然扉が開かれ、喬が部屋に入ってきた。

「おい。夜食だ」

見れば喬がプレート三枚を持ってきて3人に渡す。

それは三人が山で採取してきた食材を丁寧に調理された物だった。

「は?どういう風の吹き回しだよ」

三人はプレートを受け取るも、何でこんなことをしてくれるのかわからなかった。

「バカ。元々初日の今日でお前達がまともにペナルティ無しで生活できるとは思っていない。食堂の飯をありつけない事も。最初から軍用レーションを準備していたんだ。あんなことになるとは思っていなかったがな」

喬はプレートとは別の、紙包みにくるまれたパンのような物をいくつか出して投げ寄越した。

「訓練内容によっては食料や水を制限したものや、あまり休息を取れないような状況下の訓練もあるが、基本は三食の食事はきちんと取らせ、休息を与える方針だ。栄養、休養、運動による体調と体力管理は軍人の基本だ。軍隊というのを勘違いする者も少なくないが、ただただ厳しいだけが軍隊じゃない。そうでなければ組織というものが成り立つわけがないだろ?」

現実において飯抜き等といった事をやるような真似はしない。訓練や勤務、作戦などによって不規則になることはあったとしても、意味もなくわざとやることはないのである。

「だったら最初から言えよ……」

「言っていたらお前らは真面目にやらんだろう。言わなくてもあの様だったしな。あと、そのプレートは塚山大尉の計らいだ。どんな理由であれ、これはお前らが自力で手に入れた食料だ。食べる権利はお前らにあるだろう。もっとも、今回だけの特別措置で、今後は遠慮なく没収すると言っていたが」

丁寧に焼かれていたり、ソテーのように炒められたりとしている今日の戦利品。

野戦料理しか出来ないと本人が言っていたように特別手の込んだ物ではないが、だからと言って雑に作られたわけでもない。

野菜を使ったスープもしっかりと作ってくれてあるあたり、彼女なりの優しさが込められているようにも見えた。

「……飯さえしっかり食わせてくれるんなら、それなりに言うことは聞いてやるさ」

「俺達なりにな」

信と旭がスープを啜る。

「お前らにそれは期待していない。だが、知識と技術を吸収し、そして邪教徒の抑止力となってくれればそれで良い。八龍士やそれに匹敵する戦力は貴重だからな」

喬はそう言って背中を向ける。

「明日からも訓練はある。早く食べて寝る支度をしろ」

「あいよ。精々鍛えてくれよ。助教官殿」

健斗が代表して応える。とても目上に対して取るような態度ではないが、今日一日で喬はそう言うことを彼等に求めても無駄だということがイヤというほどわかった。

矯正するにも長い時間をかける必要があるだろう。もっとも、直ることがあるのかどうかは甚だ疑問でもあるのだが。

「ああ、食ったら最低限、食器の洗浄と整頓くらいはしておけよ?消灯までにな」

「あとどのくらいの時間だ?」

信が尋ねると、喬は懐中時計を取り出して答える。

「あと5分だ。急げよ?消灯を過ぎたり散らかしっぱなしにしたならば、ベナルティだからな」

意地悪く笑って喬は部屋を出る。

扉越しに聞こえる三人のわめき声。

(この様子では消灯を過ぎるし整頓も中途半端だろう。明日のテストを用意しておかなければな)

先程とは別の種類の笑みを浮かべた喬。

小憎らしいガキどもではあるが、実力はピカイチだ。

いずれは自分の技術を完全に盗まれるだろう。

(まぁ、こういった事を積み重ねて強さとは別の色々な事を叩き込んでやるよ。いつ、命を落とすかわからない商売だからな。俺達は)

時間の使い方を敢えて厳しいものにしているのもわざとだ。そうすることで効率的な時間の使い方や要領の良さを覚えさせる事も教育の一環だったりする。

三人の訓練の日々は始まったばかりだ。



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ウェールテイの休日

あれから一月経った。

意外な事であるが、ヴェレヴァム3人組は比較的まともに訓練を受けていた。あくまでも当初(・・)らと比較した上での比較的(・・・)まともにである。

世間一般的のそれと比べてはいけない事は想像に難くないだろう。

毎日のように何かしらのトラブルを起こしてはペナルティが課せられ、喬を筆頭に胃と頭にダメージを与えている。それでも当初に予想されていたよりかは遥かに被害は少ない。

予想被害の半分くらいに抑えられている。そして、課されたペナルティの効果の為か、3人のウェールテイの知識もだいぶ蓄えられてきている。

特に法律に関しては信と旭は貪欲に知識を蓄えていた。

こう言っただけならば少しはまともになったのだろうと思うだろう。しかし、そう思った諸君は甘いといえる。

この二人、貪欲に法律に関する知識を求めたのはなんの事はない。どこまでがアウトでどこまでがセーフ、どの辺りがグレーゾーンなのかを模索するためだ。

もちろん、そんな事を見抜けない真樹では無いのだが、対策はそれほど立てていない。

理由はいくつかあるが、大きなところ立てても無駄……というのがある。法律を変えるというのは簡単な事ではないし、立てたところで更にグレーゾーンをついて来るのは目に見えている。そうでなければ信と旭はとっくの昔に日本で捕まっていただろう。そして、三つ子の魂百までというが、幼い頃からそういう生活をしてきた二人だ。

以前、喬はその生き方を矯正してみようと試みた事がある。しかし、旭から返ってきた答えを聞いた喬は息を飲んだ。

 

「犯罪は悪?それは誰にとってだ?」

「いや、それは当たり前だろ」

 

そういうと、旭は鼻で嗤った。

 

「違うな。為政者にとって都合が悪いからだよ。人が少なくなれば絞り取れる税金が少なくなって甘い汁が啜れなくなる。治安が悪くて政治に対して求心力が無くなれば色々と面倒な事になる。世のため人のため……そんな意識の高い政治家なんていやしねぇんだよ。いたとしてもほんの一握りだろ。後はどれだけ洗脳が上手いかどうかだな。いずれにしても法律なんてものはいかに甘い汁をすする側が搾取するかを考え、維持する為の物か」

 

と言っていたらしい。

それを聞いた真樹は考える。

旭が言ったことはほぼ確かな事だろう。思想や程度の違いはあれ政治家というものはどこも同じで腐っている。この流星王国だとて例外ではない。

学は無いものの、それぞれの実家の事情や横浜の裏の世界というものを見てきた信と旭の二人。そこから政治の世界の何かを見たのではないか?と真樹は見立てている。

真樹のそれはある意味で正解である。

人となりと言うものは目である程度わかる。正確には目の奥とでも言うべきだろうか。

信と旭の幼少期は血で血を洗う幼少期だった。

この二人は少なくとも誰も飼い慣らす事は出来ないだろうと。

それならそれで上手く付き合えば良い。

目的が一致している内は少なくとも敵にはならないだろう。なったらなったでその時に何とかすれば良い。

現在はカリキュラムが大幅に進んでいる。何かとトラブルを起こす彼らではあるが、戦うもののスペックだけ(・・)は非常に優秀だ。これで性格がまともであればどれだけ気が楽か……。

もっともその生活力は一切改善されておらず、ヴェレヴァムでの生活において家政婦が悲鳴をあげて逃げ出すのも頷ける程だ。エリカの存在がどれだけ貴重だったのかがわかる。

そして今日は晴れてウェールテイにおける初めての休日だ。基地の外へと外出が許される日なのだが……。

 

「引率外出?いらねぇよ。適当にブラブラするから」

「休日くらい自由に動かせろよ」

「プライベートくらいは自由に行動したいんだが?」

 

上から信、旭、健斗だ。

「いや、土地勘が無いだろ。その上でお前らを自由にしたら絶対にトラブルが起きる。起きなくても無用なトラブルを絶対に起こす。お前達はそういう奴等だ。特に安倍と和田は確実に。この一月で良くわかった」

喬はこめかみに青筋を浮かべて答える。実際初日の山狩りを始め、この3人は必ず何かしらしでかした。

信と旭は言うに及ばず、本来ならストッパーの健斗ですらだ。比較的まともとはいえ、それはバカコンビに比べたらの話であって、健斗もやはり何かしら常識からは外れているのである。

 

(まったく………大丈夫なのか?外出などさせて…)

 

喬の不安はもっともな話ではある。あるのだが、外出をさせないわけにもいかない。

この都の土地勘だけでも早いところ覚えて貰う必要もあるし、物資の調達や町での生活なども知って貰う必要がある。

そういった必要性が無ければそれこそこの3人は基地に縛り付けておきたいくらい危険人物である。

 

「とにかく、今日は俺と一緒に行動して貰う。ほれ、外出着に着替え………」

 

振り向いた喬だったが、その服装に愕然とした。

 

「……なんでヴェレヴァムの普段着?」

「着の身着のままでウェールテイに来たからな。これくらいしか着るものがないんだよ」

 

それは事実である。

ヴェレヴァムを発つ際に一通りの着替えなどは準備していたのだが、湖に飛び込んだ際にその荷物は車の中に放棄してしまっていた。

なので、今はデイバックに詰め込んでいた分の物とその時に着用している衣類しか私物は持っていない。

 

「まずはお前達の服の買い物からか…次に武器屋だ」

「武器屋?俺達は特に武器を必要とはしてないが?」

 

健斗が反応する。

3人とも魔術を併用とした拳術主体、霊術を併用した蹴り技主体、気功術を主体とした投げ主体のそれぞれの古武術を使い、武器を必要としていない。

強いて言うなら投げナイフ等を使うこともあるが、それは滅多に使うことはない。

3人が首を捻っていると……

 

「お前ら、初日の脱走で隊長の三節棍を破壊したことを忘れたのか……その弁償だ」

「あ………」

 

本気ですっかり忘れていたらしい。

 

「じゃあ信が弁償だろう。お前の作った罠なんだから」

 

健斗が信に罪を押し付ける。

 

「ふざけんな。罠の呪いを作ったのは旭だろ」

 

そして信が旭に

 

「いや、罠の発案は健斗だろ」

 

旭が健斗にとなすりつけあいを始めた。

喬は「こいつら……」と頭を押さえてため息をついた後に持っていた木刀でパァン!と床を叩く。

 

「お前ら全員の連帯責任だ!このバカトリオ!」

「そんなバカな!」

「バカはお前らだ!」

 

もう一度床を木刀で叩く。

 

「良いかお前ら!本来であればあれは立派な命令違反と任務放棄だ!普通なら処罰対象だったものを急遽サバイバル訓練と名前を変え、内々のペナルティとして軽い罰に変えたんだぞ!上を納得させるのに隊長は苦労していたんだからな!」

 

そう、あの山狩りは本来ならば立派な命令違反であり、処罰の対象である。それを真樹と明は急遽サバイバル訓練と名前を変えて3人の戦闘適正を図るものとした内容に変更したと体を保ち、訓練内容スケジュール変更の申請と命令を急遽作成した。

上はかなりの難色を示していたのだが、明が元王子と言うことと健斗が八龍士だったこともあって、取り敢えずは厳罰に処することを見送らせる事になったのである。

実際はは今後トラブルを見越した上で更に隊の予算及び装備、次の何名かの階級昇任枠、部隊の功績を他部隊に譲渡、確保していた優秀な人材と新隊員、確保していた演習場のスケジュール、使用設備等を他部隊に譲渡する等の軍の政治的取引で納得させたのでバカトリオは多大な損害を明達に与えた訳なのだが、それは公にはされていない。

それは裏取引によるものということもあるし、公にしてしまえばただでさえ深まっている部隊と3人組の間に溝を決定的なものにしてしまうだろう。

そうなれば3人組の居場所が無くなり、脱走される恐れがある。

これは真樹達の優しさで内緒にしている訳ではない。

健斗の八龍士の力は必要となるだろうし、魔の一族である信達二人の謎を解き明かす為に今はまだ手元に置いておく必要があったからだ。

もっとも、度重なるトラブルにたまに「もう放逐しても良いかな?」という誘惑に負けそうになっているが。

 

「とにかく、隊長の武器の弁償はやってもらう!」

「それは………まぁ仕方ないとしてだけど……」

 

連帯責任はこの際仕方がないと諦めた健斗。しかし、更に3人には問題があった。

 

「金、持ってないぞ?」

 

そう、3人は無一文に近い状態である。

日本のお金は湖にダイブした時に小銭以外は全てビリビリに破けてしまっており、そうでなかったにしてもこの世界で円が使える訳がない。

為替など存在している訳もなく、換金も出来なかった。

以前売店で買い物をしたいから換金してくれと頼んだ訳なのだが、日本の硬貨は銅貨と白銅貨とアルミニウム。

大した額になるわけでもなく……。意外に価値があったのはアルミニウムで、この世界にとってみれば未知の金属であったわけなのだが、日本の貨幣価値最低である1円玉をそう多く持っているわけがなく、雀の涙程度の金額にしかならなかった。

具体的に言えば日本円に換算して数百円である。

ちなみにお尋ね者な上に行方不明扱いになっている3人の銀行口座については当然ながら凍結されている。

日本に駐留している職員にキャッシュカード下ろして来てもらおうとした時にそれを知った。

職員(レプェイツ)はその時に指名手配を受けている3人の口座を使おうとしたことを銀行から通報され、またも警察に追い回されるという無用なトラブルが発生して文句を言われたのだが、そんな事を気にする3人ではない。

 

「はぁ………安心しろ。一応はヴェレヴァムの軍隊でもそうであるが、訓練生にはわずかながらの給料が発生する。3人で全額を出せば隊長の三節棍を弁償し、余った資金で普段着を購入するくらいの額にはなるはずだ」

「つまりは結局貧乏生活は続くのかよ……」

「安倍。自分の撒いた種だろ。諦めろ」

「指名手配については冤罪なんだけどな」

 

学校の壁やら歴史的建造物である赤レンガ倉庫を破壊した事件に関わっておいて冤罪も何もないのだが、そんなことなど知ったことかという態度に出るのはいつもの事だ。喬達はこの3人……特にバカコンビの素行不良については既に諦めている。

破綻した性格は今さら直せるものではないだろう。

 

「という事でだ、外出を許可する。ほら、これが身分を証明する手形と外出許可証だ」

 

渡されたのは2つの真新しい木札だった。小さな魔霊石が中に埋め込まれている。

秘匿された場所以外での産業が発達していないこの世界ではビニールやプラスチック等の石油製品が存在していない為、こういう所は未だに中世時代と変化がない。

従ってこういう物は手形に頼るしかないのだろう。

 

「無くすなよ。一応はその魔霊石が軍のパスを示す役割を果たしているからな」

「おー。変な所でハイテク……」

「軍属であることと外出許可証であることを識別する事しか効力はないがな。ヴェレヴァムのパソコンのように個別識別までは出来ん」

「やっぱアナログだったわ」

 

そこまで便利な物ができていたらこの世界ももっと近代化しているか………と3人は納得することにした。

ファンタジー物のギルドカードのようにいかないのである。

そして引率外出が始まる。

喬は3人を門まで連れて行き、そして手形を詰所の魔霊石にかざすと詰所の魔霊石が光り、衛兵が通行を許可する。

3人はそれを真似して詰所の外へと出る。

 

「さて……3人とも、街を案内する。しっかりと……」

 

喬が3人に振り向くと………その姿は既に消えていた。

 

「………………あのバカども……………」

 

逃亡した3人に対して喬はこめかみに青筋を作って怒りを露にするが、これは完全に喬のミスだ。

この3人が逃亡することなど誰もが予想出来たことだ。なので、先に要領だけを見せて3人を先に衞門を出させ、逃亡してもすぐに捕まえられる位置で後から喬が出るべきだったのである。

道案内など後ろからでもできるのだから。もっとも、そうしていた所であの3人は手段を選ばずに逃げ出していたであろうが。

 

「すみません。警備司令。流木隊長と花月司令に連絡をお願いします。バカどもが逃げ出した………と」

 

喬はそれから警備司令の上級曹長に怒鳴られ、肩身の狭い思いをするはめになった。警備司令をする者の階級は低くても曹長。通常は上級曹長が担当する。

喬の階級は伍長。

何を言われても言い返せる立場では無く、黙って嫌味を言われるしか無かった。

 

 

 

「やっぱりこうなったか」

「あいつらが大人しくしてるわけがないよねー」

 

柵の上で明と麻美と織山少尉が逃亡した3人を見る。

こうなるのがわかっているならば、監視をしていない訳がなかった。

 

「さて……どうなるか。お手並み拝見だな。野田伍長、そして3バカども」




信と旭の幼少期は「美味しんぼ」の原作者、雁屋哲先生がサンデーで連載されていた「男組」という作品の主人公のライバルキャラ(ある意味ではもう一人の主人公)である「神竜剛次」のような家庭環境に近いものがあります。
二人の家庭環境は血の繋がった兄弟同士が日常生活の中でガチの殺し合いを代々やってきた一族です。
二人は神竜同様にその中でも特に扱いが酷かったわけですが。


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