ソードアート・オンライン ─集約した世界の物語─ (和狼)
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Stage.0:幕開けの日


皆さんどうも、和狼でございます。
前作『パラレル・レコード』の執筆が上手く進まず、内容に関しても納得のいかない部分が有った為、思い切って新しく執筆する事にしました。
『三度目の正直』となるのか、『二度ある事は三度ある』となるのか……其れは神のみぞ知る(オイッ!?)

──という訳で、新作のプロローグ──始まります。


[2/15]一部修正しました。
[2/27]誤字を修正しました。
[5/11]一部修正しました。
[8/25]一部加筆しました。
[11/25]一部加筆しました。
[12/30]サブタイトルを変更しました。

[8/27]段落付けを行いました。



 

 

 

 

 

「うっし、準備完了っと」

 

 寒さがより一層に増し、冬の訪れが近くなった事を強く感じる様になって来た今日──十一月六日、日曜日の昼下がり。

 俺こと《綾野(あやの) 和也(かずや)》は、目の前に出来上がっている、この後始まるビッグイベントに向けての準備一式を見直して、誰に(しら)せる訳でもなく独り()ちた。

 

「あたしも、準備出来たよ!」

 

 ……つもりだったのだが、俺の独言に反応し、(なら)う様に準備が完了した(むね)を報せる声が、隣から上がった。

 声のした方へと振り向けば、其処には亜麻(あま)色の髪をした少女──元い、我が妹である《綾野(あやの) 珪子(けいこ)》の姿が在り、大きな(ひとみ)で此方を見詰めて来ている。

 身内贔屓(びいき)だとは思うが、可憐(かれん)な美少女だと言えるであろう妹に見詰められた俺は……だがしかし、はぁ、と小さく()め息を()らしてしまう。そして間を置かずに、彼女へとどうしても()かなくてはならない質問を投げかける。

 

「……なあ、マジで此処でやるつもりなのか?」

 

「勿論だよ! だって、お兄ちゃんと一緒にやりたいんだもん!」

 

 俺の言う《此処》というのは、ズバリ《俺の自室》だ。二階建て一軒家の二階に(もう)けられた、(わず)か六(じょう)程の一人部屋である。

 彼女は、そんな俺の部屋に()いて、俺と一緒にイベントに参加したいと言っている。

別に、兄妹二人で一つの部屋で何かをする事自体は、何らおかしな事ではないだろう。

 では、俺達兄妹の仲が悪いのかと言えば、答えは『(いな)』──「一緒にやろう」と言って来る事から判ると思うが、妹は俺の事を嫌ってはいないみたいだし、俺自身も決して彼女の事を嫌っている訳ではない。総じて、俺達の兄妹仲は『良好』であると言えるだろう。…………いや、少しばかり良好過ぎる気がするくらいだろうか。

 ともあれ。であるのならば、何故に溜め息を()く必要か有るのか、と思うだろう。

 其の理由について、順を追って説明して行きたいと思う。其れに当たって注目して欲しいポイントは、イベント──正確には『其れ(イベント)に参加するに当たっての仕様』と『良好過ぎる気がするくらいの兄妹仲』だ。

 

 では先ず、(くだん)のビッグイベントについての説明からしよう。

 此れは、《ソードアート・オンライン(通称SAO)》と言うタイトル名の、VR(仮想)MMORPG(大規模オンラインロールプレイングゲーム)というゲームジャンルを(かん)したゲーム──其れの正式サービスの事である。

 高がゲーム(ごと)きでビッグイベントなどとは大袈裟(おおげさ)な、と思うかもしれないが、此のSAOというゲームは、従来のゲームとはまるで比べ物にならない代物なのだ。

 と言うのも此のSAOは、ゲームジャンルにある《VRー仮想現実(バーチャル・リアリティ)》が示す通り、平面のモニター装置と、手で握るコントローラーという二つのマンマシン・インターフェースを必要とはせず、専用のハードを装着し、全てがデジタルデータで構築された仮想空間へと接続して──ハードを開発した大手電子機器メーカーは、其のハードによる仮想空間への接続を《完全(フル)ダイブ》と表現している──、ゲームをプレイするのだ。

 これまで発売されたソフトタイトルが、完全ダイブ技術を上手く活かし切れていないぱっとしない物ばかりであった為に、広大な世界に於いて自らの身体を思いっ切り動かしてプレイするという、完全ダイブ技術を充分(フル)に活かす事が出来るであろうSAOの登場は、多くの人達を──勿論のこと俺達兄妹をも大いに興奮・熱狂させたものだ。

 そんなSAOの発売を待ち望んでいた者達からすれば、正式サービスの開始がビッグイベントではない訳がないのだ。

 

 次に、SAOを動かす為の(くだん)のハードについてだ。

 ハード名を《ナーヴギア》。

 とある一人の電子物理学者によって基礎設計された其のハードのインターフェースは、頭から顔までをすっぽりと(おお)う流線型のヘッドギアだ。

内側には無数の信号素子が埋め込まれており、其れらが発生させる多重電界によってナーヴギアはユーザーの脳そのものと直接接続し、仮想空間内に於ける五感情報をユーザーの脳にダイレクトに与えてくれるのだそうだ。詰まる所、ユーザーは仮想空間内の景色や音などといった五感情報を、自身の目や耳などによって見聞きするのではなく、脳に与えられた五感情報を見聞きするのだ。

 更にもう一つ、ナーヴギアには重要な機能が(そな)わっており、そして、此処で(ようや)く本題──其れに当たって注目して欲しいポイントの一つ目である『SAOに参加するに当たっての仕様』の説明になる訳である。

 ナーヴギアのもう一つの重要機能というのは、(すなわ)ち──脳から自分の身体に向けて出力される命令信号の遮断(しゃだん)・回収だ。

 何故其れが重要なのかと言うとだ。もしも現実の身体への命令が生きていた場合、例えばフルダイブ中のユーザーが仮想空間内に於いて『走る』という行動を起こそうとすれば、現実の自分の身体もまた同時に走り出してしまい、其れが部屋の中であれば壁に激突してしまう事になるのだ。

 其れではとてもゲームを楽しむ事など出来ないだろう。

 故に、ナーヴギアが延髄(えんずい)部にて身体への命令信号を回収して、仮想空間内の身体──即ち仮想体(アバター)を動かす為のデジタル信号に変換するのだ。其れによって、ユーザーは安心して仮想空間内を自由にとびまわる事が出来るのだ。

『ゲームの中に飛び込む』──正にその様に表現しても過言ではないだろう。

 さて、現実の身体を動かす為の命令信号が遮断・回収されれば、その現実の身体は一体どうなるのか?

 その答えは至極当然──動かなくなるのだ。

 意識の無い状態、と同義と言っても良いだろう。であるのならば、立ったままの状態でダイブするのは危険であるだろう。身体を支えておく為の筋力──其れを働かせる為の命令信号が途絶えているのだから、ダイブした途端に転倒して大怪我、なんて事にだってなり得るだろう。

 そうならない為にも、ダイブする際にはベッドなどに横になるか、背(もた)れと手()りの両方が付いた椅子に座って行うなどといった、身体を安定な状態にして行うのが好ましいだろう。

 ……だだ、俺の部屋に有る椅子には手摺りが付いていない。其れでは何かの拍子に身体が横に傾いて、そのまま転倒してしまう恐れだって有る。その為、此の場合の選択肢は『ベッドなどに横になる』の一択しかないのだ。

 幸いと言うべきなのか、俺の部屋に有るベッドは横幅が少し広い為、身体を寄せ合えさえすれば、高一男子の俺と小六女子の妹の二人でも横になる事は可能ではある。……のだが、幾ら俺達二人が兄妹であるとは言えども、思春期真っ只中である俺としては、やはり異性と身を寄せ合って横になる事には多少なりとも抵抗感を覚えずにはいられないのだ。

 なので俺は、床に毛布を()いて其処に自分が横になり、妹にベッドを使って(もら)う事を提案した。此れで問題は万事解決。

 

 …………となれば良かったのだが、そうは問屋(いもうと)(おろ)してはくれなかったのだ。

 

 では、此処で二つ目にして、此の話に於ける最大のポイントでもある『良好過ぎるくらいの兄妹仲』についての説明に移ろう。

 単刀直入に言おう──我が妹─珪子には、どうにもブラコンのケが有るのだ。

 其れを裏付ける様な行動内容の一例としては──

 

 俺と行動を共にしようとしたり、食べさせ合いっこをせがんで来る、などといったまだ比較的に白に近いモノ。

 

 洋服や下着類を購入する際に俺に意見を求めて来たり、一緒に寝ようとしたりする、などといった(いささ)か際どいグレーな感じのモノ。

 

 俺が居る前でも何の躊躇(ためら)いも無く着替えを行おうとしたり、一緒に風呂に入ろうとしたりする、などといったほぼ完全に(アウト)なモノ。

 

 ──などと、その度合いはピンからキリにまで(わた)っている。

 普通の兄弟姉妹(きょうだい)仲──特に兄妹仲の基準がどの程度の事を言うのかはよく判らないが、それでも、俺達の兄妹仲が明らかに普通ではない……おかしいのは確かであると言えるだろう。

 此れを『ブラコン』と言わずして何だと言うのだろうか?『兄妹仲が(すご)く良い』という言葉で片付けるにしても、余りにも度が過ぎている様に思えて仕方が無い。

 一体全体、何がどうして我が妹はこんな風になってしまったのだろうか……。そりゃあ、嫌われているよりかは好かれている方がまだ良いに決まっているが、それにしたって限度というものが有ると言うものだろう。

 残念ながら、俺には妹がブラコンになってしまった理由はさっぱり解らない。俺としては兄として至って普通に接して来たつもりだし、()してや、とあるライトノベルの劣等生な兄とその妹みたいな特別な切っ掛けが有った、なんていう記憶は、俺が把握している限りではこれっぽっちも思い当たらない。

 一説に()れば、両親の問題や社会不安などの原因が有ると推測されているらしいが、少なくとも『両親の問題』に関して言えば、特に夫婦仲や親子仲が悪いと言った様な事は無いので、此れも違うだろう。

 (ちな)みにだが、その両親の俺達二人の兄妹関係に対する反応はと言えば──。

 親父の場合は、珪子に対しては呆れと諦念(ていねん)()もった目を向けるばかりで、特に何かを言う訳でもなく、彼女の好きな様にさせており、俺に対しては同情と哀憐(あいれん)の籠もった目を向けて、「まあ、その、何だ……頑張れ……」といった感じで(はげ)ましの言葉を掛けてくれる。

 

 …………うん、励ましてくれるのは嬉しく思うのだが、正直に言えばンなモン要るかぁぁぁあああああ! 同情とか(なぐさ)めとか要らねぇから助けてくれ親父ぃぃぃいいいいい! そりゃあ珪子は一度言い出したら簡単には自分の意思を曲げようとはしないかもしれないけれども、それでも諦めないでぇぇぇえええええ! 俺を見捨てないでくれぇぇぇえええええ!

 

 ……と、珪子の事は(なか)ば諦めて、俺にほぼ一任している状態の親父。

其れに対して、お袋はと言えば──

 

 

 

 

 

 ──だぁいじょうぶよぉ〜。二人がどんな関係になったってぇ、お母さんは最後まで二人の味方でいてあげるからぁ〜。それにぃ、二人の間に子供が出来ちゃったとしてもぉ、お母さんはちゃぁんと祝福してあげるからねぇ〜。

 

 

 

 

 

 ──お袋ぉぉぉぉぉおおおおおおお!!?

 オイコラお袋ぉぉぉおおおおお!? アンタ何自分の息子と娘に対して兄妹婚や近親相姦を許可する様な発言をしてくれちゃってやがるんですかコノヤロォォォオオオオオ!? 全ッ然だぁいじょうぶじゃないんですけれどもぉぉぉおおおおお!? 俺達の兄妹関係に対して寛容(かんよう)な姿勢を示してくれるのはとてもありがたいですけれどもッ! だからと言って流石に兄妹婚や近親相姦のOKサインを出しちゃうのはダメだろぉぉぉおおおおお! ダメだろぉぉぉぉぉおおおおおおお!!

 お陰で、時々珪子の俺を見る目がガチで男を見る目のソレなんですけれども!? 流石の彼女も、今の所は『年齢』という名の倫理の壁を越えようとはしていないけれども──出来ればそのまま『兄妹婚』や『近親相姦』という名の倫理の壁も越えようとはしないで下さい──、規定年齢に達したらほぼ間違いなく喰いに来るぞアレは! 冗談抜きで俺の貞操の危機なんですけれども!? ……いや、下手をしたら、()れてもっと早い段階で行動を起こして来る危険性(かのうせい)も──!?

 

 

 

 

 

 ──閑話休題(かんがえるのはやめよう)

 

 

 

 

 

 そんな妹は、今回だって俺の提案を一蹴(いっしゅう)し、俺と一緒にベッドに横になる事を強く主張して来たのだ。

 「狭くて窮屈(きゅうくつ)だろ」とか「どの道中で一緒に遊ぶんだから別に良いだろ」とか、「そもそも一緒に横になる必要性なんて無いだろ」などと、色々と反対意見を並べて何とか一緒にベッドに横になる事を拒もうと試みてみたのだが、彼女は其れに負けじと「あたしがお兄ちゃんと一緒に横になりたいのッ!」という、道理もへったくれも無い私欲丸出しの意見を返して来た。

 最終的には、彼女の鬼気迫る雰囲気と諦めの悪さに俺が根負けして一緒に横になる事を許可してしまったのだが、それでも俺は往生際悪く、最終確認という名目で彼女に意思を曲げる気は無いのかと尋ねてしまった。……結果はご存知の通り、そんな様子など微塵(みじん)も感じさせない答えであった訳だが。

 

 ──という訳で、以上が此の話の全貌である。誰に向けてのものなのかは自分でもよく解らないが、長々と俺の愚痴じみた話に付き合って貰い申し訳ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで(ダイブ中の現実の身体を安定させておく為の措置的な意味でも)妹と一緒にプレイする事になるSAOの正式サービス。

 ゲーム内での待ち合わせ場所を決めたり、ゲーム内で使うお互いのキャラクターネームを教え合ったりしてから、二十分弱という、長いとも短いとも取れる待ち時間をそれぞれに(つぶ)していれば──因みに俺は、スマートフォンでよく見る小説サイトを開き、何本か作品を物色して読んでいた──、あっという間にサービス開始時刻が間近に迫っていた。

 最終確認は()うに済ませてあるので、俺は特に焦る事も無く、準備一式の中からナーヴギア本体を手に取り、ベッドの上に足を伸ばした状態で腰掛ける。当然ながら、その隣には宣言した通りナーヴギアを両手で抱えた妹が腰掛ける。

 はぁ、と今更ではあるが溜め息を一つ()いてから、ヘッドギアを頭に装着する。顎下で固定アームをロックし、シールドを下ろしてから、身体をゆっくりとベッドの上に横たわらせる。此れで本当に準備完了であり、後は開始時刻を待つだけである。

 

「いよいよだね、お兄ちゃん!」

 

「そうだな」

 

 下ろしたシールドの内側に表示されたデジタル時計が、刻一刻と開始時刻に近付いて行くに連れて、期待と興奮で心臓の鼓動が速くなって行くのを感じる。

 妹からの声掛けに、平静を(よそお)って言葉少なに返した俺だが、此の日、此の時が来るのをどれ程楽しみにして待ち望んでいた事かと、内心では開始時刻が待ち遠しくて仕方の無い状態だ。

そんな(はや)る気持ちを何とかギリギリで抑え込みながら、待つ事(しば)し──

 

「来たッ!」

 

 デジタル時計の数字が『13:00』に切り変わる──遂に、SAO正式サービスの開始時刻が訪れたのだ。

 其れを嬉しく思う気持ちが(あふ)れ出たのだろう、時間表示が切り変わった瞬間に隣で横になっている妹の口から、歓喜しているのがひしひしと伝わって来る声が上がった。

 かく言う俺も、嬉しさのあまりに口角が吊り上がってしまい、顔がニヤけるのを抑え切れないでいる。

 

「よーし! 早速始めよう、お兄ちゃん!」

 

「だな。そんじゃま、リンク・s──」

 

「ちょっと待ったぁぁぁあああああ!!」

 

「…………え?」

 

 (なか)ば妹に急かされる形でゲームを始めるべく、開始コマンドを唱えようとした俺であったが、何故か、今度は彼女から制止の声を掛けられてしまった。

 始めよう急かして来たかと思えば、今度は待てと言う……正直に言えば早い所始めたくて仕方が無いというのに、彼女は一体何がしたいと言うのか──そんな不満と疑問を(いだ)きつつも、不満の方は極力表情には出さない様にしながら妹の方へと顔を向けて見ると……………………何故か、彼女はお怒りになられていました。

 いや、シールドが下りている所為で表情ははっきりとは読み取れないのだが、雰囲気が……彼女の(まと)う雰囲気が少しばかりの怒気を(はら)んでいるのだ。……え? 俺、何か彼女を怒らせる様な事をしたのか?

 

「一緒にッ!」

 

「……へ?」

 

「一緒に始めるのッ!」

 

 …………OK、Alright、理解把握。

 詰まる所彼女は、ログインすらも俺と一緒に行いたかったらしく、故に一人勝手にログインをしようとした俺に対して怒っているらしい。

 流石にそこまでする必要は無くないか、と物申したい気持ちは有るが、多分言った所で彼女は「一緒に始めたいのッ!」とか何とか言って、俺の意見なんて聞きゃしないだろう。

 そんな些細な事を気にして時間が削られるのは惜しい。なので、此処は素直に彼女の思う通りにしてあげる事にする。

 

「……あー、分かった分かった。そんで悪かった。んじゃ、せーので一緒に始めるぞ?」

 

「うん!」

 

「そんじゃ行くぞ? せーの──」

 

 

 

 

 

「「リンク・スタート!」」

 

 

 

 

 

 (まぶた)を閉じ、今度こそ開始コマンドを唱える。(またた)く間に暗闇に包まれた視界は、しかし直ぐに中央から広がる虹色のリングを捉えた。

 其れを(くぐ)れば、いよいよ本格的にゲームスタートだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──此の時の俺は、まだ何も知らずに、そんな風に浮かれていたのであった。

 

 

 

 

 





【今回の可能性(もしも)

・シリカ / 綾野 珪子に兄が居たら。
・シリカ / 綾野 珪子が極度のブラコンであったら。


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Stage.1:始まりと待ち合わせ


皆様、こんにちはこんばんは。
和狼でございます。

1話の更新でございます。
以前の更新速度と比べると速いですよねぇ。

…………まあその分、文章量が少なく、内容もあまり進んでいないんですけどね!
此れが自分の、新たな更新スタイルでっす!

それからですね……なんと、此の話からもう既に原作とは全く異なる展開になっております!
どんな風に異なっているのかは、読んでみてのお楽しみです。
ではでは皆様、Let's スクロール! ……でございますよ。


[2/12]本文を加筆しました。
[9/27]本文を加筆しました。

[4/6]特殊タグを追加しました。
[8/27]段落付けを行いました。
 


 

 

 

 

 

 閉じていた(まぶた)を上げると、俺の目に飛び込んで来た光景は、見慣れた自室の其れではなくなっていた。

 ダイブ直前まで見上げていた天井は、其の天辺を(はる)か高い所にまで移し、其の景色を果てなく広がる青々とした空へと様変わりさせている。

 (なめ)らかなフローリングの床であった足下は、ゴツゴツとした石畳(いしだたみ)が広がっている。

 そして、そんな空と大地との間には瀟洒(しょうしゃ)な中世風の街並みが広がり、正面遠くには黒光りする巨大な宮殿が見える。

 どうやら、俺は無事にSAOの舞台──そのスタート地点である《はじまりの街》へと降り立つ事が出来た様である。

 

 巨大浮遊城《アインクラッド》──。

 其れこそが、此のSAOというゲームをプレイする為にと用意された舞台の名前である。

 『浮遊城』の名が指し示す通り無限の蒼穹(そうきゅう)に浮かぶ此の城は、百にも及ぶ階層が積み重なって出来ており、其の材質は石と鉄だ。

 (ちな)みに、ゲームのスタート地点である《はじまりの街》が存在するのは、城の最下層である第一層だ。であるのならば、上に残り九十九もの階層が積み重なっているにも(かか)わらず、今こうして頭上に青空が広がって見えているのは何故なのかと言えば、ズバリ──其の青空が第二層(じょうそう)の底部に映し出された映像であるからなのだ。詰まりは偽物の青空という訳である。

 さて置き。

 先細りの構造を持つ城の内部には、幾つかの都市と多くの小規模な街や村、森や草原、湖などといった様々なフィールドが存在している。

 上下のフロアを(つな)ぐ階段は各層に一つだけであり、其の全てが数多の怪物(モンスター)彷徨(うろつ)くダンジョン──《迷宮区(めいきゅうく)》に存在し、其の最奥部には一際強力な《フロアボス》と呼ばれる存在が立ちはだかっている。

 他のモンスターよりも遥かに強力であるフロアボスの攻略は相当に困難ではあるものの、倒す事が出来れば次の階層への道が(ひら)かれ、上層の都市へと辿(たど)り着く事によって下層の各都市とを繋ぐ《転移門(てんいもん)》が開通し、自由に行き来する事が出来る様になるのだ。

 そして、九十九もの階層をひたすらに駆け上がり、到達する城の頂上──第百層。其処には此のゲームのラスボスが待ち受けており、其のラスボスを倒す事こそが此のSAOの最終的な目標であるのだ。

 

 さて。

 無事に《はじまりの街》に降り立った俺は、続々とログインして来た他のプレイヤー達が此の世界の秀逸(しゅういつ)な景色や、(おどろ)く程現実の身体の其れに近いアバターの感触なんかに感動したり、興奮したりして其の場に立ち尽くしている姿を横目に、妹との待ち合わせ場所に指定した《黒鉄宮(こくてつきゅう)》──先に述べた黒光りする巨大な宮殿の事である──を目指して歩き出す。

 別に、此の世界の景色やアバターの感触に全く感動や興奮を覚えない訳ではない。と言うか(むし)ろ、現在進行形にて絶賛覚えまくりな状態である。

 ただ、『時は金なり』──其れらに(ひた)って立ち尽くしてしまっていては折角の時間が勿体無いので、感動や興奮は心の内で(いだ)くに(とど)めて、行動を起こしているという訳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其れから十分くらい経っただろうか。

 腕を組み、黒鉄宮の外壁に(もた)れ掛かりながら、《はじまりの街》の広場に更に増え続けているプレイヤー達の姿を(なが)めながら待っているのだが……………………矢鱈(やたら)と周りから視線を感じる……様な気がする。……思い当たる節が無い訳でも無いのだが……………………うん、きっと気の所為だろう。

 まあ、そんな事はさて置き。

 未だに待ち人(いもうと)(おぼ)しき人物は現れない。アバターの外見に(こだわ)って作り込んでいるのだろうか。

 何にしても、ただ待っているだけというのは実に暇だ。こんな時、手元にスマートフォンが有れば、小説でも読んで時間を(つぶ)す事が出来たのだが。

 などと思いながら、何とは無しに辺りを見回してみる。すると、黒鉄宮の出入り口前に有る数段程度の階段に腰掛けた、如何(いか)にもファンタジーアニメの主人公然とした容貌(ようぼう)の男性プレイヤーと偶然にも目が合った。

 実は随分と前から其処に居たのを知っているので、彼もまた此処で誰かを待っているのだろうか。

 

「なあ、あんた」

 

 そう考えた俺は、其の疑問を問うべく彼へと声を掛ける。

 実を言えば、俺は社交性に欠けている……其の様に自覚をしている。其れ故に、普段の俺であれば自ら進んで他人と関わり合いになりに行く様な事はあまりしないのだが、今回は暇で仕方が無かった事もあって、何とは無しに声を掛けてみる事にしたのだ。

 

「……えーっと、俺……?」

 

 声を掛けられた彼はと言えば、声を掛けられた事に対して何処か戸惑っている様な表情を浮かべている。返す言葉も何だか歯切れが悪い。

 其の様子を見て察した──嗚呼、彼はきっと俺と同類なのだろう。彼もまた社交性に欠け、他人と関わり合いになるのはあまり得意ではない口なのだろう、と。

 そんな彼に対して密かにシンパシーを(いだ)いた俺は、自分に話し掛けているのかと問うて来る彼に(うなず)いてから、更に言葉を続けた。

 

「そ、あんた。もしかしてだけど、あんたも誰かを待ってるのか」

 

「……え? あ、ああ、うん。幼馴染達とな…… 一緒にやろうって約束してるんだ」

 

「へぇ、そうなのか」

 

 予想的中である。

 俺の問い掛けに素直に応えを返してくれた彼は、俺の言い回しに気が付いた様子で、同じ問い掛けを投げ返して来る。

 

「『も』って事は、あんたも誰かと待ち合わせを?」

 

「ああ、妹とな」

 

 聞き返されるであろう事は予想出来ていた事なので、此方も(あらかじ)め用意しておいた応えを素直に返す。

 其の直後に、そう言えばまだ相手に此方の名前──当然ながらプレイヤーネームの方だ──を名乗っていないし、相手の名前も()いていなかった、という事に気が付いた。

 もしかしたら此の場限りの出会いになるやも知れないが、かと言って此のまま名乗りもせず、何時(まで)も『あんた』呼びのままでいるというのは何と無く失礼な気もする。それにだ、『袖振り合うも多生の縁』──折角此方から声を掛けて知り合ったのだから、名前くらいは知り合っておいても良いのではないかとも思う。コミュニケーション能力向上の訓練にもなるしな。

 そうと決まればと、再び此方から話を振る。我ながら今日は何時もよりも積極的だな、と思う。

 

「そう言えば、まだ自己紹介をしてなかったな。俺の名前は《リョウヤ》だ。宜しく」

 

「……俺は《キリト》だ。……って、え?『俺』って…………」

 

 お互いに名乗り合った直後、彼──キリトは俺の『俺』という一人称に対して何やら強い違和感を(いだ)いた様な顔となり、不思議そうな声を上げる。

 俺の方も、《キリト》という名前に何と無く引っ掛かるものを感じる。聞き覚えが有るのだが、其れがどの様な形で聞いたものなのかが思い出せない。

 まあ、そんな事は此の際置いておくとしてだ。

キリトが何故に俺の一人称に対して違和感を(いだ)いているのか──其の理由については、何と無くだが察しは付いている。

 

「あー ……OK、Alright、理解把握。うん、ぶっちゃけるとな、こんな見た目をしちゃあいるけど、リアルの俺は男だよ。ああ、それと……先に断っておくけど、俺にはネカマの趣味とかは全くねぇから」

 

「……………………そ、そうか……」

 

  ……やはりと言うべきか、俺のアバターの外見──主に頭部の造形が()()()()()()()()()()為に、外見と一人称が合わず戸惑ってしまったのだろう。

 というのも、顔の線は細く鼻筋も通っており、切れ長の目は綺麗(きれい)常盤(ときわ)色の(ひとみ)をしている。総じて美形な顔立ちをしていると言えるだろう。そして、何よりも誤認を助長しているのであろう要因が、後頭部の高い位置にて一つに結わえられたダークブラウンのストレートの長髪──所謂(いわゆる)ポニーテールである──だ。判別が付かず、戸惑ってしまうのも無理も無いと言えるだろう。

 そういう訳なので、俺は彼の誤解を解いておくべく、MMOに()いては基本的にはタブーだとされている《リアル情報の公開》を(おこな)った。……まあ、性別程度の情報であれば大した問題にはならないだろう。

 そもそもの話、女性だと誤解されない様に男性らしいアバターにしておけば、そんなタブーを犯す事になる様な事態にはならずに済むのではないのか、と思うだろうが……………………まあ、その、何だ……事情というものがあるのだ。察して頂きたい……。

 ともあれ、リアルの性別をバラした事によって、キリトの理解は得られた模様。……ただ、其の表情は驚きと呆れが混ざった様な複雑そうなものであったが。

 ……其れに加えて、周りからも驚きや呆れ、落胆といった感情を含んだ複数の声が聴こえて来る始末。……現実逃避(きづかないふり)をしていたかったのだが、やはり集まる視線は気の所為ではなかったという事だ。それとやはり、其の大多数が俺の事を女性ではないかと勘違いしていた様だ。……本気で考え直すべきだろうか。

 

「まあ、そんな訳で、改めて宜しくな」

 

「あ、ああ……。此方こそ宜しく」

 

 其れに関しては今はさて置くとして。

 握手と共に、改めてキリトと挨拶を交わす。そして、此れも何かの縁だという事で、(つい)でとばかりにフレンド登録も行う。

 そうして、出会ったばかりの彼と急速に仲を深めていた所だった──

 

 

 

 

 

「カズトー! 何処に居るのー?」

 

 

 

 

 

 友人か誰かを探しているのだろうか、高く大きな声が《はじまりの街》の広場に(ひび)いた。

 声が聴こえて来た方向へと視線を向ければ、同様に(くだん)のプレイヤーへと視線を向けているのであろう他のプレイヤー達によって人集りが出来ており、其の人集りを超えた先には、件の声の主だと思しき一人の女性プレイヤーの姿が見える。

 数段程度とは言え俺達が高い位置に居る事と、俺のアバターの身長が百七十センチ程に設定してあった事が幸いした。でなければ、人集りの所為で奥の様子を(うかが)う事は叶わなかったであろう。

 さて、件の女性プレイヤーの容姿なのだが…………正直言って、一瞬だが見()れてしまいそうになった。

 (くせ)の無い、(つや)やかな長い髪は(まばゆ)いばかりの金色であり、其の下に見えるのは透明感の有る真っ白な肌。そして、少し切れ上がった両の目は吸い寄せられそうな程綺麗な深い青色の瞳を宿している。其の完成度たるや、アバターで此処までクオリティの高いものを作り出す事が出来るのだろうか、と思わせる程のものである。

 

「カズトー! 早く返事をしなさいよー!」

 

 目当ての人物は未だに見付けられないらしく、女性プレイヤーは再び探し人のものと思しき名を大声で呼ぶ。

 『探し人』──そして其処から連想される『待ち人』というフレーズ。其れらが頭の中に浮かんだ瞬間に、俺の視線はキリトへと向かった。が、向かう途中にてはたと気が付いた。確かに彼にも待ち人が居るが、彼の名前は《キリト》──何と無く名前の雰囲気が似ている様な気もしなくもないが、彼は《カズト》なる人物ではない。

 そう思いつつもキリトへと視線を向けて見ると……………………彼は顔を(うつむ)かせ、片手で額を押さえていた。

 其の様子を見た瞬間、俺は悟ってしまった──

 

 

 

 

 

──カズトこいつだぁぁぁぁぁあああああああー!!

 

 

 

 

 

 どうやら、俺の目の前にて悲哀感に(さいな)まれた様子で俯いてしまっているキリトこそが、件の女性プレイヤーが探している《カズト》であり、また彼女こそが、キリトが待っていた幼馴染み──其の内の一人の様であると。

 

「まあ、その、何だ……………………ドンマイ?」

 

「……………………ああ」

 

 そんな在り来たりな(はげ)ましの言葉に力無く応えたキリトは、ゆっくりと下げていた頭を上げると、何処か疲れた様子を(にじ)ませた笑顔を浮かべながら、俺に別れの挨拶を告げる。

 

「……そういう訳だから、俺は行くよ」

 

「お、おう……。何か有ったら連絡してくれよ? 可能な限りで助けてやるからさ」

 

「……ああ、ありがとな。それじゃあ」

 

「おう。気を付けてな」

 

 ゲームを本格的に始める前であるにも(かか)わらず、疲労感に苛まれた様な雰囲気を(ただよ)わせながら、件の女性プレイヤーの(もと)へとやや駆け足で向かって行くキリト。其の後ろ姿を見送る俺は、彼の健闘を祈らずにはいられなかった。

 

「あ、お兄ちゃーん!」

 

 其の直後であった。どうやら俺の(もと)にも、(ようや)待ち人(いもうと)が現れたらしい──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、お兄ちゃん!」

 

「こんにちはー!」

 

「……いきなり押し掛けてしまってすみません」

 

 

 

 

 

 ──其の背後に、誰とも知らない二人の女性プレイヤーを引き連れた、妹だと思しき女性プレイヤーが。

 

 

 

 





【今回の可能性(もしも)

・キリト / 桐ヶ谷(きりがや) 和人(かずと)に幼馴染みが居たら。


──そんな訳で、此処のキリト君にはなんと幼馴染みが存在します!
其の内の一人はもう誰だかお判りの事でしょうが、正式な発表は本編に名前が出てからにさせて頂きます。
因みに、幼馴染みが居るお陰で、彼のコミュ症や妹との関係は若干改善されている、という設定になっています。


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Stage.2:兄妹と姉妹


第2話、漸く更新出来ました。
読んでいて違和感が無い様に、おかしくない様にと文脈を考え、拘るとどうしても時間が掛かってしまいます……。


[3/10]加筆・修正しました。
[3/17]加筆・修正しました。
[3/21]修正しました。
[4/10]脱字を修正しました。
[12/29]修正しました。

[8/27]段落付けを行いました。



 

 

 

 

 

 待ち人(いもうと)(おぼ)しき女性プレイヤーが、俺の(もと)へと現れた。

 (ちな)みにだが、彼女が俺の(もと)へとやって来た際に俺の事を「お兄ちゃん」と呼んだ所為だろう、彼女に付いてやって来た二人の女性プレイヤーが、俺と目が合った瞬間にそれぞれの双眸(そうぼう)を大きく見開いてきょとんとしてしまった。……ほぼ間違い無く、彼女達もまた俺の外見と性別との不一致に戸惑ってしまっているのであろう。……やはり変えた方が良さそうだ。

 さて置き。

 妹と思しき(くだん)の女性プレイヤーだが、其の容姿は、亜麻(あま)色の長い髪を俺と同じく後頭部の高い位置にて一つに結わえており、其の下に有る目尻の吊り上がった目は、大きな紅い(ひとみ)をしている。

 その他身体的特徴も含めて、当然ながら現実の珪子の外見とは髪色以外は全くもって異なっている。故に、彼女が本当に我が妹であるとは言い切れない訳だ。

 ……だがまあ、其の様な状況に(おちい)るであろう事は想定の範囲内だ。

 

「…………後ろの二人の事が非常に気になるが、先に本人確認を済ませるとしようか」

 

「はーい!」

 

「そういう訳だから、そっちの二人は終わるまで少し待っててくれ」

 

「うん。解ったよ」

 

「いえ。此方こそお二人の邪魔をしてしまってすみません」

 

 当然ながら打開策はきちんと講じてある。とは言っても其の内容は、幾つか質問をして本人であるかどうかを確認する、というだけの単純なものなのだが。

 二人の事はとても気にはなる。気にはなるが、優先するべきなのは先約者である妹であり、そうと思しき件の女性プレイヤーが妹であるのかどうかの確認だ。

 そういう訳なので、二人には後回しにする断りを入れてから、早速彼女に対して質問を投げ掛ける。

 

「それじゃあ先ず、あんたの名前は?」

 

「《シリカ》だよ!」

 

 先ずはプレイヤーネームから(たず)ねてみる。其れに対して彼女から返って来た答え(なまえ)は、ダイブする前に妹から教えて貰ったものと一致するものであった。

 此れだけでも、彼女が妹である、と判断するには充分な材料であると言えるかも知れない。

だがしかし、万が一という事だって有り得る──(すなわ)ち、名前が同じ全くの別人という可能性だ。…………いや、まあ……俺の事を兄だと断定して接触して来た時点で、そんな可能性は万に一つも無いのかも知れないが……。

 まあ、そんな訳で、たった其れだけで判断するのは時期尚早かも知れないので、もっと判断材料を増やすべく、彼女──シリカへの質問を続ける事にする。

 

愛猫(あいびょう)の名前は?」

 

「ピナ!」

 

「俺がよく選ぶ色は?」

 

「黒!」

 

「俺の本棚のラインナップは?」

 

「『PIXIE TAIL(ピクシーテイル)』に『朱弾(しゅだん)のアリア』、『ゲーム無き人生は無い』、『ハイきゅーぶ!』、『魔術学園の劣等生』の五作品!」

 

「RPGに()ける俺の基本的なプレイスタイルは?」

 

「区切り(ごと)にパーティー全体を一定のレベルにまで上げてからストーリーを進める!」

 

 周りには不特定多数の第三者が居る。其れ故に、彼らに聴かれたとしても特に差し(つか)えが無いと思われる内容を慎重に選択して、シリカへと問いを投げ掛ける。

 其れに対して、彼女は答えに悩む様な素振りなど一切見せずに、迅速(じんそく)に答えを返して来る。因みに、彼女の答えは全て当たっている。

 此処まで来ると、彼女が妹であるという可能性は非常に高くなったと言える。(むし)ろ、此れだけの判断材料を()ってして彼女が全くの別人であると疑う事の方が難しいだろう。

 確信はほぼ得た。……ただ、俺自身は『石橋を叩いて渡る』様な性格の人間……其の様に自覚をしていたりする。なので俺は、最後の確認として最も確実だと思われる質問を彼女へと投げ掛ける。

 

「それじゃあ最後に…………ブラコンは?」

 

「最高の()め言葉でありますッ!!」

 

「……OK、Alright、理解把握。お前は間違い無く俺の妹だわ」

 

 ──確信した。

 『ブラコン』を『最高の褒め言葉』などと、満面の笑みを浮かべて(のたま)ってみせた目の前の彼女は…………悲しきかな、疑いようも無く我が妹である。

 彼女が妹であると判り、無事に合流する事が出来た事にほっとした。……だが其の一方で、改めて彼女がおかしい程にブラコンなのであると解ってしまい、本当にどうすれば良いのだろうか、と本気で頭を抱えたくなってしまった。

 だからと言って、何時(まで)も沈んでばかりいても仕方が無い。折角待ちに待ったゲームをプレイしている最中なのだ、気持ちを切り替えて楽しまなくては。

 

「さて……」

 

 という訳で、気持ちを切り替える(げんじつとうひの)意味合いも兼ねて、此処まで待たせてしまった二人と話をするべく、二人の方にへと視線を向ける。……………………向けた先には、ドン引きした様な表情を浮かべている二人の姿が在りました。

 

「…………言いたい事は色々と有ると思うけど、取り()えず、先ずはお互いに自己紹介をしようか」

 

 彼女達の気持ちはよく解る。もしも俺が何も知らない彼女達の立場だったとしたら、俺だって彼女達と同様にシリカに対してドン引きしていた事だろう。

 因みに、俺への精神的ダメージが彼女達よりも少ない(と思われる)のは…………単純に、妹の言動に慣れてしまった(悪)影響だろう。……慣れとは恐ろしいものである。

 ……と、またも思考が暗い方向に(かたむ)きそうになったので、頭を軽く振る事で暗い思考を振り払ってから、此の場の空気を変えるべく、言い出しっぺの法則に従って俺が率先して名前を名乗る事にする。

 

「という訳で、俺の名前はリョウヤだ。宜しくな」

 

 因みに、俺のプレイヤーネームである《リョウヤ》というのは、俺の本名である《綾野 和也》の最初の文字である《綾》と、最後の文字である《也》を組み合わせて《綾也(リョウヤ)》と読むという、割と安易な考えのもとに決まったものだったりする。

 

「改めて、あたしはシリカ! リョウヤお兄ちゃんの妹です! 宜しくね、二人共!」

 

 俺の自己紹介に続くのはシリカ。

 彼女の口振りから察するに、三人は俺と合流する前に一度自己紹介を行なっている模様である。

 

「えーと……それじゃあ今度はボク達の番だね。ボクの名前は《ユウキ》だよ! 宜しくね、リョウヤ!」

 

 さて、自己紹介は二人の女性プレイヤー達へと順番が回る。

 先に応えたのは、ユウキと名乗るボクっ娘だ。

 腰の辺りまで伸ばされた長いストレートの髪は、()()色とでも言うべき(つや)やかなパープルブラックをしており、赤色のヘアバンドにて()められている。其の下の顔は小造りであり、つんと上向いた鼻の上に有るくりくりとした大きな瞳は、アメジストを思わせる様な赤紫色の(かがや)きを放っている。

 総じて美少女と言えるであろう容貌(ようぼう)をした彼女は、無邪気そうな笑顔を浮かべていきなり俺の名を呼び捨てにしてくれた。……まあ、俺の《リョウヤ》という名前も、彼女達の名前も此の世界(ゲーム)に参加するに当たって命名したキャラクターネームであるので、『さん』や『くん』を付けて呼んでも寧ろ滑稽(こっけい)な事になるだろう。

 

「えっと……私で最後ですね。私は此の子の姉──と言っても、私達双子の姉妹なんですけどね。──で、名前は《ラン》って言います。宜しくお願いしますね」

 

 そして最後を締めるのは、双子の姉妹の姉だと名乗る女性プレイヤー ─ラン。

 短い会話の節々に見られた丁寧な言葉遣いから、真面目そうな性格であろう事は予想していたが、まさかMMOに於いて、(わず)かばかりとは言えわざわざ自分達のリアル情報を公開してしまう程に真面目であるとは思ってもみなかった。いや、(ある)いは此の手のゲームに慣れていないが故の無知によるものなのか。

 まあ……どちらにしても、『現実の性別』も『互いの関係性』もまだギリギリセーフの範囲内だろう。……そう思いたい。シリカも先程から俺達のリアル情報を口外している事だし。

 さて置き。

 そんな真面目そうなランだが、腰辺りまで伸ばされた長いストレートの髪はユウキと同じくパープルブラックをしており、(うなじ)の辺りで白色の髪()めにて一本に結わえている。小さな卵型の顔をしており、小ぶりだがスッと筋の通った鼻の上に有る大きな瞳は、此方はアイオライトを思わせる様な青紫色の輝きを放っている。

 彼女もまた美少女と言うに相応しい容貌をしてはいるが、ユウキとはまた違ったベクトルの美少女っぽさを感じさせる。ユウキが明るくて活発そうな感じの可愛らしい美少女であるのに対して、ランは暖かく穏やかな雰囲気を(かも)し出す綺麗(きれい)系の美少女だ。

 

「うん、宜しく。……それで、二人は俺達に何の用なのかな?」

 

 そんな美少女二人が何の用が有って俺達──正確に言えば妹に声を掛けて、俺の(もと)へと付いて来たのか。

 恐らくは、俺と合流する前に一度妹にも()かれている事であろう。そうであれば、彼女達にとっては二度手間になってしまうのかも知れないが、こう言った大事な内容は第三者から又聞きするよりも本人から直接聞いた方が正確だし、何よりも、用が有るのであれば自分の口で言うのが礼儀だと思う。

 そう思って尋ねた俺の問い掛けに、ユウキは嫌そうな顔をせずに応えてくれた。

 

「その前に一つ訊きたいんだけどさぁ……リョウヤ達ってベータテスターなんだよね」

 

「ん? ああ、うん。そう…だけど……」

 

 帰って来た応えは、此方の問い掛けに対する答えではなく、前置きなのであろう問い掛けの言葉だった。

 

 ベータテスター ──。

 簡単に説明すれば其れは、此の正式サービスが開始される前に二ヶ月に(わた)って行われた稼動(かどう)試験──其れに参加した者達の事だ。

 世界初のVRMMOのベータテストだ、ゲーム好きは勿論のこと、事前情報によってSAOに魅了された者達の多くが参加したいと思った事だろう。しかも、ベータテスターには其の後の正式版パッケージの優先購入権がプレゼントされるというオマケまで付いていたのだ。其の結果、僅か千人に限定して募集されたベータテストには、なんと倍率百倍の約十万人もの応募が殺到したと聞く。

 勿論、俺達兄妹も駄目で元々の覚悟で応募を試みた。くじ運はあまり強いとはとは言えない俺達の事だし、何よりも倍率百倍もの応募だ。当選する確率は非常に低いだろうなと思っていたのだ。

 ……ところがどうだろうか、(ふた)を開けてみれば思いも掛けない事に、狭き門を()(くぐ)って見事に当選してしまっていたのだ──

 

 

 

 

 

 ──たった千人限定の参加者の()()に。

 

 

 

 

 

 一枠──そう、一枠だ。詰まり当選したのはたったの一人だけだったのだ。因みに、名義は俺宛てであった。

 しかし、俺はユウキの言葉──「リョウヤ()」という言葉に対して一切の訂正も入れる事無く(うなず)いた。其れが意味する事は詰まり、俺も妹もベータテスターであるという事だ。

 当選したベータテスターの枠は一つであるのに対して、俺達兄妹は二人共がベータテスターである──此の矛盾は一体どう言う事なのかと思うだろう。其の矛盾を解決した方法というのが──

 

 

 

 

 

 ──ズバリ、一つのプレイヤーIDを二人で共用するという方法だ。

 

 

 

 

 

 当然ながら、当選から外れてしまった事に妹はとても残念がっていた。俺はそんな彼女を差し置いて、一人でテストをプレイする気にはとてもなれなかった。なので俺は、年長者としての配慮(はいりょ)から自身の参加権を彼女に(ゆず)ろうと思ったのだ。

 ……しかし、変な所で我慢強く頑固な妹は、俺の名義で当選したものだからと、俺からの申し出を(かたく)なに(こば)み続けたのだ。

 はてさてどうしたものか、と悩んだ末に思い付いたのが、先に述べた裏技的な方法である。

 此れならば二人で一緒にプレイする事は不可能であっても、何方か片方がプレイ出来ずに悲しい思いをする事は無い。そう考えて妹に提案してみたところ、其れならばと彼女も了承してくれたのだ。

 そして結果として、此の方法によって二人共がテストをプレイする事が出来た。

 其れこそが、『二人共がベータテスター』という事実の絡繰(からく)りなのである。参加権の名義が俺である事から、妹は()わば《擬似的なベータテスター》なのである。

 其れこそが、俺がSAOの事情に少し明るい理由だ。──何せ、ベータテスターとして一度ゲームをプレイしているのだから。

 其れこそが、俺があまり時間を要する事無くログインする事が出来た理由だ。──二人で話し合った結果、俺が正規版でも使用可能なベータテスト時のプレイヤーIDを使う事になり、ベータテスト時に使用していたアバターを引き継ぎ使用する事になった。結果、アバターを新規作成する手間が(はぶ)けたのだから。

 其れこそが、妹が直ぐに現実とは全く異なる容姿の俺を見付ける事が出来た理由だ。──ベータテスト時に、幾度となくアバターにカスタマイズを(ほどこ)し、現在の容姿に造り上げたのは彼女なのだから。

 

 ──閑話休題。

 

 ユウキの前置きの質問に対して首を縦に振った俺だったが、肯いた直後に彼女の口振りに対して違和感を(いだ)いた。

 と言うのも、彼女の言葉は妙に確信を持っているかの様な口振りなのだ。『質問』していると言うよりも、寧ろ『確認』していると言った方が近いだろうか。

 其れは詰まり、彼女が俺達がベータテスターであるという事に気付いている、という事になる。

そうであるとすれば、彼女はどの様にして知ったのか? と言うのも、現時点までで確認した限りでは、ベータテスターである事を確認出来る様な分かり易い表示は見付かっていないのだ。

 一瞬疑問に思った俺だったが、ふととある考えに思い至り、妹の方にへと視線を向けて(にら)み付ける。

 

「……お前、俺がベータテスターだって事をバラしたな」

 

「…………ご、ごめんなさい……。ユウキ達にレクチャーをして欲しいって頼まれた時に、話の流れでつい……」

 

「……まったく」

 

 別に俺がベータテスターであるという事をバラされた所で、特に大きな支障を(きた)す訳でもない。精々、ユウキ達みたいにレクチャーを頼まれたり、攻略法を訊かれたりする程度であろう。

 だとしても、俺の許可も無く、見ず知らずの相手に軽々しく人の情報をバラして欲しくはなかった。此れは常識や倫理の問題というよりも、俺の気持ちの問題だ。

 とは言っても、シリカだって悪気が有ってやってしまった訳ではないだろう。十年以上も彼女の兄をやっているのだ、そのくらいの事は容易に想像が出来る。それに、折角の楽しいゲームの最中に暗い気持ちのままでいさせるというのは可哀相である。

 そう言う訳なので、俺に怒られてしまったと思ったのだろう、実に申し訳無さそうな表情を浮かべている彼女に対して、俺は「次からは気を付ける様にな」と一言だけ釘を刺しておく程度に(とど)めておく。

 

「さて……」

 

 話を本筋へと戻すべく、ユウキ達の方にへと視線を戻す。

 ……とは言っても、彼女達の目的に関しては先程シリカが謝罪をしている最中に言ってしまった事により、意図せぬ形にて知ってしまった。なので『本人達の口から直接聞く』という当初の思惑からは外れ、此方から彼女達に目的の確認を取る形になった。

 

「確認させて(もら)うぞ。二人の用事って言うのは、ベータテスターである俺達にレクチャーをして欲しい、って事で良いのかな?」

 

「そうだよ!」

 

「リョウヤさん達がご迷惑でなければ……」

 

 此方からの確認の問い掛けに、期待の()もった眼差しを向けながら応えるユウキ。其れに対してランは、此方の都合を優先して遠慮(えんりょ)がちに応える。だが、其の瞳に写すのはユウキ同様に『期待』の色だ。

 それと、先程「『さん』付けで名前を呼ぶのは滑稽」だと言ったが…………丁寧口調のランだからこそだろうか、あまり滑稽だとは思わない。寧ろ彼女が人を呼び捨てにする事の方が違和感が有りそうだ。

 さて置き。

 彼女達の期待に応える事に対し、俺自身はあまり異存は無い。断る様な理由も特に無いし、折角頼りにしようとしてくれているのを断ってしまうのも気が引ける、というのもある。……まあ、俺が人にものを教えるのはあまり得意ではない、という問題は有るが、そんなのは此の際些細な事だ。

 詰まる所、レクチャーを引き受けても構わない、という事だ。

 

「俺は構わないよ。シリカは大丈夫か?」

 

「あたしも良いよ! だって、元々その積もりで二人を連れて来たんだもん」

 

 妹がどの様に答えた上でユウキ達を連れて来たのかを知らない為、彼女にも確認の声を掛けてみる。其れに対して返って来た答えは『承諾(しょうだく)』。しかも、二人の頼みを承諾したのはどうやら妹の方が先であったらしい。

 

「そう言う事だ。改めて宜しくな、二人共」

 

「うん! 宜しくね!」

 

「此方こそ、宜しくお願いしますね」

 

 まあ、何はともあれ、だ。

 そう言う訳で、俺と妹は初心者(ニュービー)である二人の女性プレイヤー ──ユウキとランにレクチャーをする事になったのであった。

 

 

 

 

 





【今回の可能性(もしも)

・ユウキ / 紺野(こんの) 木綿季(ゆうき)壮健(そうけん)だったら。
・ラン / 紺野(こんの) 藍子(あいこ)が壮健だったら。
・紺野姉妹がSAOに参加していたら。
・シリカが擬似的な1,001人目のベータテスターだったら。


という訳で、自分の作品ではお馴染みの《紺野姉妹生存》設定です。
ランちゃんは原作では断片的な情報しかなく、詳しい事までは語られていないので、性格などはほぼ自分の想像になってしまいます。何卒ご理解のほど宜しくお願い致します。
あ、本文では恐らく語る事は無いと思いますが、二人の壮健・生存に伴って、二人の両親もきちんと生きている設定です。……でないと二人がSAOに参加出来なくなってしまうかもしれませんからね。

それから、ユウキ達が登場した為、ユウキ達に関連するタグを追加させて頂きます。
そしてこれからも、話が進んで行くに連れて其れに関連するタグを追加させて頂きます。


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Stage.3:指南(レクチャー)


お待たせ致しました。第3話の更新です。
……とは言え、かなり時間を掛けた割に、内容自体はあんまり進んでいません。……申し訳ない。

そんな訳で、ほぼ確実に『平成』最後となる更新です。どうぞ。


[8/27]段落付けを行いました。
 


 

 

 

 

 

 妹が連れて来た初心者(ニュービー)プレイヤーの姉妹──ユウキとランの頼みを聞き入れて、二人に此のゲームのコツをレクチャーする事になった俺達兄妹。

 先ずは、此のゲームをプレイするに当たって必要不可欠な、モンスターと闘う為の装備──特に武器を手に入れるべく、武器屋へと足を運ぶ事に。

(ちな)みに其の道中に、ユウキ達が何を根拠として妹をベータテスターだと判断したのかを()いてみた。妹も加わり、根拠に至るまでの背景やなんかも説明してくれたのだが、其の内容を(まと)めるとこうだ──

 

 時間を掛けて納得のいくアバターを作り上げ、無事に此の世界(ゲーム)へとログインしたシリカ。

広場へと降り立った彼女は、時計を見て存外にもアバター作りに時間を(つい)やしてしまった事に驚き、慌てて俺が待っているであろう黒鉄宮を目指して駆け出したのだという。

 其の一方で。手間取りながらも何とか無事にログインする事が出来たユウキ達。俺達同様にログインする前に(あらかじ)めプレイヤーネームを決めて、お互いに教え合っていたのと、アバター作りの際に顔のパーツはあまり(いじ)らない様にしようと決めていた事から、合流するのにはさして時間は掛からなかったという。

 詰まる所、今の二人の容貌(ようぼう)は現実の其れに近いものである──(すなわ)ち、現実の彼女達もまた美少女である、という事になる。此れには、妹を含め、美少女であると言えるであろう女の子を現実世界に()いて何人か知っている俺でも、二人の様な美少女が現実に存在するものなのだろうか、と驚いてしまった。

 

 ──閑話休題。

 

 そうして無事に合流する事が出来た其の直ぐ後、さて、此の後はどうすれば良いのだろうか、と悩んでいた──其の時だった、ユウキ達の視線の先を、妹が足早に駆けて行ったそうだ。

 まるで行動に迷いが無いかの如く走って行く妹の姿を見て、二人は妹がベータテスターなのではないかと当たりを付けたのだそうだ。

 そうしてベータテスターであると当たりを付けた妹に、二人はレクチャーを()うべく接触をした。……が、俺との先約が有る為に自分の一存では決められないと、残念ながら妹から色()い返事は得られなかった。

 がっかりする二人であったが、話は其処で終わりではなかった。気落ちする二人に妹は、俺に頼んでみて許可が下りればやっても良い、と言葉を続けて、二人に一緒に俺の(もと)へ行く事を提案した。此の機会を逃したとして、直ぐに他のベータテスターを見付けられるとも限らないと考えた二人は、望みを掛けて妹の提案に乗る事にしたのだそうだ。

 後は知っての通り、妹と共に俺の(もと)へとやって来た二人は俺達にレクチャーをして欲しいと依頼。俺達が其れを快諾(かいだく)した事により、今こうして行動を共にしている、という訳である。

 

 さて。武器屋へと辿り着いた俺達四人は、各々思い思いの武器を購入した。

 因みに、各々が購入した装備は、俺とユウキが《片手剣》、妹が《短剣(ダガー)》、ランが《細剣(レイピア)》といった具合に分かれている。

 分かれていても尚、こうも全体の装備が剣──近接武器に(かたよ)ってしまっているのは、(ひとえ)に此のSAOの仕様によるものだ。

 

 

 

 

 

 ズバリ言うと──此の《ソードアート・オンライン》というゲームには《魔法》という要素が無いのだ。

 

 

 

 

 

 ファンタジーMMOに於いてはどが付く程の定番であり、必須であると思われる《魔法》の要素。其れを排除する、などという何とも大胆で斬新過ぎる此のゲームの仕様には、情報が発表された当初は度肝(どぎも)を抜かれたものだ。

 勿論、此の様な仕様になっているのには其れ相応の理由が存在する。即ち、己の身体、己の武器を実際に動かして闘うというフルダイブ環境を最大限に体感させる為、だそうだ。至極納得の行く理由である。

 

 何はともあれ、モンスターと闘う為の装備を整えた俺達。

 今現在は《はじまりの街》を後にして、街の外に広がるフィールドへとやって来ており、二手に分かれてレクチャーを行っている真っ最中である。

俺としては別に二人(まと)めて教えても構わなかったのだが、妹が「マンツーマンで教える方がお兄ちゃんへの負担が少なくて済むから」と言うのと、何よりも「あたしが教えるって言っておきながら、お兄ちゃんに丸投げしちゃうのは良くないと思うから」と真剣な表情で言うものだから、妹の気持ちを()み取って二手に分かれる事にしたのである。

 因みに組分けは、武器が同じ《片手剣》である俺とユウキ、そして残った妹とランという風に分かれている。

 

「──とまあ、大体そんな感じかな」

 

 さて。レクチャーの最中とは言っても、俺の方は先ずは口頭による説明からだ。

 人にものを教えるのはあまり得意とは言えない俺は、それでも下手くそなりにも、大まかにではあるが基本的な技術をユウキに教える。

 

「まあ、『百聞は一見に()かず』……って事で、実際にやって見せた方が分かり易いかな」

 

 ただ、言葉であれこれ説明するだけでは限界が有る。という訳で、此処で(ようや)く実演に移る事に。

 足下の草むらを見回し、見付けた手頃な小石を右手で拾い上げてから、今度は視線を上げて標的となるモンスターを探す。

 そうして視界に映った一頭の青いイノシシ型のモンスター ──正式名称を《フレンジーボア》という──に狙いを定めて、小石を持った右手を上げて肩の上で構える。すると、視界の(はし)にて(ほの)かなグリーンの(かがや)きが起こる。

 後は、己の右腕が前方へと引っ張られるかの様な感覚に逆らわずに、身を(ゆだ)ねる。そうすれば、ほぼ自動的に右腕が勢い良く振るわれ、手中に有った小石が空中に鮮やかな光のラインを引いて飛んで行く。

 真っ直ぐに飛んで行く小石は、やがて青イノシシの胴体へと命中。「ブギーッ!」と怒りの叫び声と(おぼ)しきものを上げた青イノシシは、其の巨体の向きを俺達の方にへと向けた。

 鋭い目付きで此方を──正確に言えば、ターゲットを取った俺を(にら)み付け、突進攻撃の構えを取っている青イノシシを正面に見()えながら、俺は投石した事によって空いた右手を左の腰へと持って行き、其処に下げている初期装備の片手剣(スモールソード)(つか)に手を掛け、(さや)から引き抜く。

 右肩に(かつ)ぐ様にして構えれば、鋭い効果音と共に再び訪れる身体が勝手に動こうとするかの様な感覚。其れを知覚した瞬間に力強く地面を()り、此方へと突進して来る青イノシシとの距離を詰める。そして、勢い良く剣を振るう。

 直後、右上から左下へと袈裟懸(けさが)けに振るったスモールソード──仄かな水色に光り輝く其の刀身が、青イノシシの突き出た大きな鼻面へと命中。「ブギィィィイイイイイッ!?」という悲鳴と共に青イノシシは後方へと大きく弾かれ、地面を二度、三度とバウンドし、地面を転がって停止する。

 

「おおーー!」

 

「今のが《剣技(ソードスキル)》の撃ち方だ。よーく覚えておけよ?」

 

 今の一連の動作を見て興奮したかの様に声を上げるユウキの方にへと振り向き、指南役っぽい言葉を掛ける。

 

 《剣技(ソードスキル)》──。

 《魔法》の要素が大胆にも排除されたSAOに於いて、その代わりにと設定されている、言うなれば必殺技の様なシステムだ。

所定の予備動作(ファーストモーション)を起こす事によってシステムが其れを検出し、技を発動させる。技を発動させた後は、攻撃軌道を補正してくれる《システムアシスト》がプレイヤーの身体を動かし、技を命中させてくれるのである。

 ソードスキルの数は豊富(ほうふ)であり、数多(あまた)存在する武器のカテゴリー毎に複数設定されている。今の袈裟斬り──《片手剣》スキル単発斜め斬り技《スラント》は勿論のこと其の内の一つであり、更に言えば、其の直前に挑発の為にと放った投石攻撃もまた(れっき)としたソードスキルなのである。スキル名は、《投剣》スキル基本技《シングルシュート》と言う。

 

 さて。

 ソードスキルの一撃を受けて吹っ飛んだ青イノシシだが、其のHPは半分近く残っており、まだ倒れてはいない。

 レベル1のステータスと初期装備のスペックは当然の事ながら貧弱極まりない。それでも、ソードスキルの動きに逆らわない様にと留意しながら、システムアシストによって勝手に動く身体を意図的に動かして技の速度と威力をブーストし、更には其れを相手の弱点にクリティカルで命中させる事が出来れば、HPが満タン状態の青イノシシを一撃で倒す事は出来ない事もない。

 しかし、今現在俺はユウキに対してレクチャーを行っている訳だからして、俺一人で倒してしまっては彼女の為にはならないだろう。……まあ、倒してしまったら倒してしまったで、また新たに獲物を探せば良いだけの話なのだが。

 そんな訳だからして、今回は()えて技のブーストは行わず、弱点も狙わなかった。其の帰結として青イノシシは未だに生きているという訳である。

 

「さて、それじゃあ今度はユウキの番だ。今俺がやって見せた様にやってみそ」

 

「よっしゃー! やったるぞー!」

 

 ではと、残り半分程のHPを削り切って青イノシシを倒す役目をユウキにへと(ゆず)る。

 彼女にとっては此れが初の戦闘になる訳だが、当の本人には(おく)した様子などは見られず、(むし)ろ、漸く闘えるとあってかやる気に満ち(あふ)れている様に見える。

 

「攻撃するなら首の後ろ──(たてがみ)の辺りを狙うと良い。其処が奴の弱点だ」

 

「オッケー!」

 

 俺と立ち替わりで前に出たユウキに、最後のアドバイスとして青イノシシの弱点である場所を伝える。其れに頷いた彼女は、先程の俺を真似るかの様に《スラント》の構えを取る。

 

「──でりゃあぁぁぁあああああ!」

 

 構えたスモールソードの刀身が仄かな水色に光り輝き、スキルが立ち上がった直後、威勢の良い掛け声と共に彼女は地面を蹴り、蹌踉(よろ)めいて未だに次の行動に移れずにいる青イノシシ目掛けて駆ける。

 そして距離を詰めた所で、気合一閃、スモールソードを袈裟懸けに振るう。

振るわれたスモールソードの刀身は、見事に弱点であると教えた鬣の辺りへと命中し、青イノシシの残っていたHPを全て削り切ってみせた。

 「ブギィィイイイ……」という哀れな断末魔を上げて再び吹っ飛んだ青イノシシは、だがしかし、今度は空中にて不自然に停止し、バシャアッ! という激しいサウンド・エフェクトと共に其の巨体を無数のポリゴンの欠片にへと変え、爆散した。

 直後に、俺の視界中央に紫色のフォントで加算経験値の数字が浮かび上がり、戦闘が勝利によって無事に終了した事を示す。

 

「わはー! やったーー! 勝ったーー!」

 

 当然ながら、其れは青イノシシと闘って倒したユウキの前にも表示される訳で、其れを見て自分がモンスターとの戦闘に勝てたのだと理解した彼女は、喜びの声を上げ、其の手に剣を握ったまま両腕を上げて万歳のポーズ。身体全体を使って初勝利の喜びを表現する。

 一頻(ひとしき)り喜んだ彼女は、やがて満面の笑みを浮かべて此方へと振り向くと、此方へと駆け寄って来て空いている左手を高く(かか)げた。其れの意味を理解した俺も同様に左手を()げて、パァン! と彼女と手を打ち合わせる。即ちハイタッチである。

 

「初勝利おめでとさん。ナイスアタックだったぞ」

 

「えっへへ♪ リョウヤの教え方が良かったから、上手く出来たよ」

 

 賞賛の言葉を送れば、ユウキから返って来たのは俺の(つたな)い指南に対する感謝の言葉。俺自身はそうとは思わないのだが、其れを口にすると面倒な事になるかもしれないので、黙って素直に受け取っておく事にする。

 さておき。

 此方の指南が一段落付いたので、では妹とランの方は大丈夫だろうかと、彼女達が居る方にへと視線を向けて見る。

 そうして向けた視線の先には、俺とユウキ同様にハイタッチを交わしている二人の姿。そして俺の視線に気付くと、笑顔を浮かべで手を振ってくれる。其の様子から察するに、どうやら向こうも上手くやれている様だ。

 其の様子を見て一安心した俺は、彼女達に手を振り返してから視線をユウキの方にへと戻し、レクチャーの続きを

 

 

 

 

「う゛お゛ぉぉぉぉぉおおおおおおおい!!!」

 

 

 

 

 

「……ッ!!?」

 

「ッ!? ……な、なななな何!? 今の一体何ーッ!?」

 

 ──行おうかと、ユウキに声を掛けようとした寸前に、突如としていやに馬鹿デカい声が辺りに(ひび)き渡った。

 突然の大声に俺もユウキも吃驚(びっくり)してしまい、ユウキなんかは俺の身体にしがみ付いて怯えてしまっている。顔も若干涙目だ。

 其の状態のまま、俺は今の大声の主を探すべく、辺りを見渡してみる事に。

 先ず最初に視界に映ったのは、お互いの身体を抱き合いながら怯えている様子の妹とランの姿。怯えるあまりに其の場にへたり込んでしまい、此方に助けを求めるかの様な視線を向けている。……今直ぐにでも助けに行って安心させてやりたいのは山々なのだが、此方も此方でユウキがしがみ付いていてどうにも動けそうにない。申し訳ないが彼女達は後回しだ。

 心の中で彼女達に謝りつつ、更に視線を動かして見る。周囲では少なからぬ数のプレイヤーが俺達同様にモンスターとの戦闘を繰り広げている──今は大声の所為で中断しているかもしれないが──筈なのだが、空間の恐るべき広さ故か、見渡せる限りの視界内に妹達以外の他の人影は映らない。

 詰まる所、今の大声は視認出来る範囲の外から届いたという事になる。だとすれば、大声の主と俺達との距離はそれなりに離れている筈だ。普通であれば、距離が離れていれば其の分だけ聴こえる声量は小さくなり聴こえ(づら)くなる筈なのだが、今の大声は声量の衰えなど此れっぽっちも感じさせない程に大きく、そしてハッキリと聴こえた。

 詰まる所、大声の主は相当に地声がデカいという事になるのだろう。…………いや、どんだけデカいんだよ……。

 

 

 

 

 

「何だ此のゲームはぁぁぁあああああ!!?」

 

 

 

 

 

 導き出された衝撃の真実に内心で呆れながらツッコミを入れていると、再び上がる馬鹿デカい声。

どうやら大声の主は此のゲームに対して何かしら物申したい事が有る様だが、果たして何を叫ぼうとしているのだろうか。此れ程の大声で酷評を叫ぼうと言うのであれば、マナーのなっていない悪質なプレイヤーと断じて制裁を加えなくてはなるまいが──

 

 

 

 

 

「クッソおもしれぇじゃねえかぁぁぁあああああ!!!」

 

 

 

 

 

 ……どうやら其れは杞憂であったらしい。大声の主は此のゲームが大層気に入った様である。大分傍迷惑(はためいわく)ではあるが、此のゲームを気に入ってくれたというのは何よりである。

 そんな訳だからか、俺の中の此の大声の主に対する印象が多少良くなり、恐怖心や警戒心などといった感情が幾分か氷解した。どうやら其れはユウキもらしく、俺にしがみ付く力が大分緩くなった。

 

 

 

 

 

「飛ばすぜぇぇぇえええええ!!!」

 

 

 

 

 

 此の後、幾分か落ち着いたユウキを伴って妹達の(もと)へと(おもむ)き、ユウキも含めて(しばら)くの間彼女達を落ち着かせる事になり、レクチャーを再開するのに時間を要したのであった。

 

 

 

 

 





という訳で、『パラレル・レコード』に於いてどの様にしてリョウヤ達に異変に気付かせるべきか、と考えた結果登場して頂いた、大声の主こと《鮫様》に今作にも登場して頂きました。
設定としては、本人ではあっても原作の本人ではない──所謂(いわゆる)《並行世界の鮫様》みたいなものだとお考え下さい。
そんな訳で、此れから先の更新に於いても、彼の様に本人ではあっても原作の本人ではないキャラ──所謂《パロキャラ》が登場する事になる予定となっています。
何卒(なにとぞ)ご理解のほどを宜しくお願い致します。

それでは、次回は『令和』にてお会い致しましょう。


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Stage.4:風雲急を告げる


お待たせしました。第4話の更新です。
此の話で、前作の内容を少しばかり超える事になります。

……文才様に降りて来て頂くには、どうすれば良いのでしょうかね?


[6/16]一部修正しました。

[8/27]段落付けを行いました。



 

 

 

 

 

 突如として起こった、とあるプレイヤーによる大声騒動。

 其の事後処理として、俺は妹達三人を落ち着かせる羽目になってしまったのだが、幸いにして、彼女達は其れ程までに怯えたり、取り乱したりなどはしていなかった為、大して手間は掛からなかった。

 そうしてある程度まで三人を落ち着かせた後、俺達はレクチャーを再開した。ソードスキルの事以外にも、戦闘を行うに当たって重要となるであろう様々なテクニックを、俺達が教えられる限りでユウキ達姉妹に教えた。

 (ちな)みにだが、レクチャーを再開してからというもの、(くだん)の大声のプレイヤーによる再度の絶叫は無かった。連れの人にでも大声を(たしな)められたのだろうか?

 

 まあ、そんな事はさて置きだ。

 一通りのレクチャーをし終えた後は、妹達と合流してモンスター狩りへと移行した。湧出(ポップ)する獲物(モンスター)供を四人で片っ端から倒して行き、経験値とお金(コル)(かせ)ぎまくった。

 あまりにも楽しいものだからついつい夢中になって遊んでしまい、気が付けば時刻は夕方の五時を回っていた。浮遊城外周の開口部からは(ほの)かに赤みを帯び始めた陽光が射し込んでおり、開口部から細く(のぞ)く空を、広大な草原を黄金色に染め上げている。

 

「……何度見回してもやっぱり信じられないなぁ。こんなにもリアルな光景をしている此処がゲームの中だなんてさぁ」

 

 狩りの手を止めて、モンスターが出現しない場所にて休憩を取っていた俺達。

 身体は仮想体(アバター)である為に疲労する事は無いのだが、その身体を動かす為に命令信号を放出したり、周りの五感情報を取り込んだりと、脳の方は常に働き続けている為に疲労が溜まってしまう。故に適度な休息が必要なのだ。

 さて置き。

 初冬の夕暮れ時を思わせる冷たく乾いた仮想の風に当たりながら、目の前に広がる現実世界の其れとも遜色(そんしょく)が無いと思える美しい光景に見入っていると、不意にユウキが、目の前の光景のクオリティの高さに対して感心するかの様に(つぶや)いた。

 

「確かにそうだね。何度も此の光景を見てるあたしでも、未だに信じられないもん」

 

 ユウキが()らした呟きに、当然の如く俺の隣に腰掛ける妹が同意の言葉を返す。ランも(うなず)いているし、俺だって同意見だ。

 いや、景色だけではない。射し込む陽の光の暖かさや(まぶ)しさも、肌を撫でる風の冷たさも、踏み締める地面の感触も──感じる五感のほぼ全てが、リアルなものだと錯覚してしまいそうな程に再現されている。

 ベータテストでも何度も体感しているにも(かか)わらず、此のSAOのクオリティの高さには帽子を脱がずにはいられない。

 

「確か、茅場(かやば) 晶彦(あきひこ)さん……でしたっけ。本当に凄いですよねぇ。此処まで現実に近い仮想空間を創り出してしまうだなんて」

 

「だな」

 

 《茅場 晶彦》──。

 其の名前の人物こそ、ランが言った通り、傑作(けっさく)とも言えるであろう此のSAOの開発ディレクターであり、同時にナーヴギアそのものの基礎設計者でもある。

 親父がルポライターとして働いている為に、彼の事は親父の記事を読んで多少なりとも知っている。若きゲームデザイナーにして物理学者である彼は、(かつ)ては数多ある弱小ゲーム開発会社の一つでしかなかった《アーガス》──SAOの開発運営元である──を、最大手と呼ばれるまでに成長させたのだ。

 其の実績を聞くだけでも彼の凄さが充分に伝わって来るのだが、こうして彼が創り出した作品(せかい)を実際に目の当たりにし、体験してみると、彼の手腕が如何に優れているのかがよぉく解る。世間が彼の事を『天才』だと称賛するのも頷けるというものだ。

 

「さてさてさぁて……」

 

 改めて茅場 晶彦氏の凄さを理解した所で、俺はちらりと視界右端に表示されている現在時刻を確認してから、話題を変えるべく口を開く。

 

「俺はもう少しだけ狩りを続けるつもりだけど、三人はどうする?」

 

「当然、あたしも続けるよ!」

 

 我が家の夕食は大体七時頃になる。なので長くても後一時間くらいだろうか、と考えながら、さて他の三人はどうするのだろうかと問い掛ける。

 いの一番に応えを返して来たのはやはり妹であり、彼女の返答は此方が予想していた通りの『継続』だった。大方は俺に合わせてのものなのだろうが、当然ながら彼女自身の意思も踏まえた上での応えだろう。

 

「ボクも続けるよー! こんなにも楽しいんだもん、もっと遊びたいよ!」

 

 続いて応えを返して来たのはユウキだ。SAOの魅力(みりょく)にどっぷりと(はま)った様子であり、まだまだ遊び足りないとばかりに『継続』の意を示す。

 そして、残ったランはと言うと……

 

「えーと……」

 

 何処か決め兼ねているかの様な素振りを見せる。真面目そうな彼女の事だ、恐らくは、もっとゲームを続けたいとも思っているのだろうが、其の一方で、長時間やり続けている為にそろそろ切り上げなくてはならない、とも思っているのだろう。

 全く迷う素振りも無く、速攻で継続の意思を表明したユウキとは違うランの様子に、やはり双子であっても考え方は全然違うものなんだな、などと当たり前な事を考えていると、(ようや)くランの決心がついた模様。

 

「……私も、もうちょっとだけやろう…かな。……初日くらい、羽目を外しちゃっても良い…ですよね」

 

 躊躇(ためら)いがちにではあるが、しかし、それでもしっかりと『継続』の意思を示す。

 (さなが)ら、好奇心や誘惑に(あらが)い切れずに規則を破ろうとしている真面目な優等生、を彷彿(ほうふつ)とさせるランに、「たまにはそういうのも良いんじゃないかな」なんて後押しをしてあげれば、彼女は何処か嬉しそうな表情を浮かべる。

 其れがちょっと可愛く見えて一瞬ドキッ、とした俺は、当人達に気付かれない様にと視線を軽く()らし、彼女達の意識を逸らす意味合いも兼ねて「そんじゃあまあ……」と口を開き、狩りの再開を促そうとした

 

 

 

 

 

「う゛お゛ぉぉぉぉぉおおおおおおおい!!!」

 

 

 

 

 

 ──その時だった。

 またも、例の大声プレイヤーの絶叫が辺りに(ひび)き渡ったのである。

 突然の事なので驚きはしたものの、此れが二度目である事や、先の一件で少しばかりとは言え大声の主の人柄について理解した為、無闇に怯えたりする事はしなかった。

 

 ──だからなのだろう……今度の絶叫は、先の絶叫とは違うものだと気付いたのは。

 

 具体的に言えば、今度の絶叫は先の絶叫よりも大分荒々しく、『怒気』が含まれている様に感じられたのだ。

 

 

 

 

 

「こりゃあ一体どういう事だぁぁぁあああああ!!?」

 

 

 

 

 

 どうやら推測は当たっていたらしい。相当お怒りのご様子である。加えて『困惑』の色も(うかが)えるが、怒りの色の方が(はる)かに濃い。

 一体全体、何が大声の主を此れ程までに怒らせているというのだろうか? 只事ではない事は確かなのだろうが……。

 

 ──そんな風に考えつつも、心の何処かでは楽観視をしていた俺は、次いで発せられた絶叫によって自身の認識が甘かった事を思い知らされる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!?」

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

「…………………………………………は?」

 

 ……どれ程の間が空いたのだろうか? 大声の主が叫んだ内容を直ぐには理解する事が出来ずに、時間を要してしまった。

 そうして時間を要した末に俺の口から出たのは、何とも間抜けな声であった。

 嗚呼、此れはちゃんと理解出来ていない奴だな、などと何処か他人事の様に現実逃避して(かんがえて)から、ではと、今度こそきちんと告げられた内容を理解するべく、大声の主が叫んだ言葉を一字一句ゆっくりと思い出そうと試みる。

 記憶力に少々難有りの俺ではあるが、其れを思い出すのには時間は掛からなかった。詰まり、其れ程までに絶叫の内容は印象が強かったという事なのだろう。

 さて、肝心の言葉だが……言い回しは変わるが、大声の主は確か此の様に言った筈だ──

 

 

 

 

 

 ──ログアウトが出来ない、と。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

「「「「ええぇぇぇぇぇえええええええ!!?」」」」

 

 告げられた内容を思い出し、そして其の言葉の意味を脳が漸く理解した瞬間、俺は(すさ)まじいまでの驚愕(きょうがく)と動揺の念から思いっ切り絶叫してしまった。

 妹達も同時に言葉の意味を理解したらしく、俺の絶叫に彼女達のものも重なる。

 只事……どころの騒ぎではない。ログアウトが出来ない──詰まり、此のゲームの世界に閉じ込められて現実世界に戻る事が出来ないなど、とんでもないまでの大事(おおごと)ではないか。

 有り得ない、有る訳が無い、有ってはならない、何かの間違いだ、冗談であって欲しい──そう強く願いながら、事の真偽を確かめるべく、右手の人差し指と中指を(そろ)えて(かか)げ、真下へと振り《メインメニュー・ウインドウ》を呼び出す。

 これまたほぼ同じタイミングで鈴の様な効果音が鳴ると共に、俺の視界中央に紫色に発光する半透明の横長の矩形(くけい)が現れる。其処には自身のアイテム装備状況を示す人型のシルエットが表示されており、其の左側にはメニュータブがぎっしりと並んでいる。ベータテストの時から通して幾度となく操作し、見慣れた《メインメニュー・ウインドウ》だ。

 早く真偽を確かめなくては、と(はや)る気持ちをどうにか抑えつつ、メニュータブの一番下にへと指先を滑らせ──

 

 ──刹那、俺は全身の動きをぴたりと止めた。

 

「……………………マジで、かよ……」

 

 目の前の事実に、俺はついそんな呟きを漏らしてしまった。

 

 

 

 

 

 ──無かった。

 

 

 

 

 

 本来であれば存在していなくてはならない筈の其の箇所には、《LOG OUT(ログアウト)》のボタンは無い。

 ベータテストの時には──いや、今日の午後一時にログインした直後にも確かに有った筈のログアウトボタンが、綺麗(きれい)に消滅してしまっているのだ。

 空白になっている其の箇所を数秒程じっと見詰めてから、再度メニュータブを上から順番にゆっくりと(なが)めて行く。正式版になった事でボタンの位置が変更になったのでは、などという淡い期待は──当然と言うべきか、裏切られた。やはり()()()()()()()()()の何処にもログアウトボタンは見当たらない。

 

 

 

 

 

 ──俺の、メインメニューには。

 

 

 

 

 

 では、妹達はどうなのだろうか?

 もしかしたら、ログアウトボタンが無くなっているのは俺や大声の主を含めた一部のプレイヤーだけであり、彼女達は難を逃れているかもしれない──。

 ……そんな都合の良過ぎる可能性をつい思い浮かべてしまったが、俺の直感が訴えている──其の可能性は極めて低い、と。

 ……それでも俺は、万に一つの可能性として有るかもしれない、と往生際悪くも願う。せめて……せめて彼女達だけでも助かっていて欲しいのだ。

 そんな強い願いを胸に、俺はウインドウに向けていた視線を上げる。……ただ、願いとは裏腹に過度な期待は(いだ)かない。(いだ)こうものならば、裏切られた時に感じる絶望が大きくなるだけだから。

 

「「「……………………」」」

 

 三人の浮かべる表情は思わしいものではなかった。……やはり、彼女達もまた此の異常事態に巻き込まれてしまったらしい。

 

「……OK、Alright、理解把握。……先ずは全員落ち着こうか」

 

 其れを理解した俺は、(つと)めて冷静に振る舞い、三人に一先ず落ち着く様にと声を掛ける。

 此の場に()いて俺は、彼女達に頼られている存在だ。そんな俺が何時までも狼狽(うろた)えてしまっていては、彼女達の不安が(つの)る一方だ。此処は俺がしっかりとしなくてはならないのだ。

 

「取り敢えずはGMコールをしてみよう。そうすりゃあ、運営側の方で何かしらの対応をしてくれる筈だ」

 

 そう言って、俺はウインドウを操作してGMコールの画面へと進み、透かさずボタンを押して運営への連絡を試みる。

 ……しかし、待てど暮らせど運営側からの反応が一切返って来ない。其の様子に、三人の表情に不安の色が見え始める。

 

「……落ち着け。他の奴らも俺達と同様にGMコールをしている筈だ。其れでコールが殺到していて(つな)がらないんだろうさ」

 

 三人を不安にさせてはならないと、半ば自分にも言い聞かせる様にそう楽観的に告げる。……だが、自分で言った其の言葉に、思考にはどうにも自信を持てない。悲観的な思考に(おちい)りがちになる俺の性分もあるのだが、其れ以上に、ログアウトが出来ないという今此の状況が執拗(しつよう)に不安を(あお)り続けて来る為に、どうしても思考を悪い方向に向かわせてしまうのだ。

 

「…… 一応確認しますけど、他にログアウトする方法って有りませんでしたっけ?」

 

 其れは俺に限った話ではなく、他のログアウトの方法を問い掛けて来たランもまた、不安を隠し切れない様子だ。当然、其れは妹とユウキもだ。

 此れ以上彼女達を不安にさせない為にもと、俺は知っている限りのログアウトの方法を思い浮かべる。

 此の仮想世界(ゲーム)から離脱して、現実世界の自分の部屋に戻る為には、メインメニュー・ウインドウを開き、ログアウトボタンを押して、右側に浮かぶ確認ダイアログのイエスボタンを押すだけで良い。

 其れが一番簡単な方法だ。……だがしかし──同時に其れが唯一の方法だ。其れ以外の方法を、残念ながら俺は知らない。

 

「……無いな。俺が知っている限り、自発的にログアウトする為の方法はログアウトボタンによるものだけだ」

 

 不安を煽りたくはないのだが、其れが紛れもない事実である為に、仕方無く素直に告げる他無い。

 

「……マジで? ボイスコマンドとか、そう言うのとかは無いの?」

 

「……無いな」

 

「あ! じゃあ、ナーヴギアの電源を切ったりとか! それか、頭からギアを取り外せば……!」

 

「……其れは無理だな。ナーヴギアが脳から現実の身体に向かって出力される命令信号を遮断(しゃだん)している所為で、俺達は今……現実の身体を動かす事が出来ないんだ」

 

「……うっそぉーん。……じゃあ、此のバグが直るか、向こうで誰かがギアを外してくれるまで、ボク達ゲームの中から出られないって事かぁ……」

 

 其れまでゲームを続けられるのは嬉しいけど、なんて(おど)けてみせるユウキは、まだ此の異常事態を楽観的に捉えている様子。

 ……だがしかし、生憎と俺はそうではない。

 《ログアウト不能》などと言う、今後のゲーム運営に関わる様な問題が、ただのバグなのだろうか?

……いや、どう考えたって大問題だろう。

 運営の対応だっておかしい。

 此の様な状況であれば、運営は何はともあれ一度サーバーを停止させて、プレイヤー全員を強制的にログアウトさせるのが最善の措置であろう。にも(かか)わらず、俺達がバグに気付いてからでもそれなりに時間が経っていると言うのに、切断されるどころか、運営からのアナウンス一つすら無い。

 付け加えて言えば、SAOの開発運営元である《アーガス》は、ユーザー重視の姿勢で名前を売って来たゲーム会社だと聞く。

 此の様な大ポカをやらかしてしまった以上、会社の信用の低下は(まぬが)れないだろう。ならばせめて、下がり過ぎない様にする為に其の後の対応の仕方や順番を間違えてはいけない筈だ。ユーザー重視を(うた)うのであれば、プレイヤーを放ったらかしにしてバグの修正に回るなど最悪手であると言えよう。

 其処まで考えてみると、いよいよ()って今此の状況が異常でおかしい事は明白だ。

 

 

 

 

 

 ──リンゴーン、リンゴーン──

 

 

 

 

 

 其の結論に至った瞬間、突如とした(かね)の様な──(ある)いは警報音の様な大ボリュームのサウンドが鳴り響いた。

 

 ──其れを皮切りに、世界は其の有り様を大きく変えたのであった。

 

 

 

 

 





ハイ。と言う訳で、強制転移の直前まで進みました。
次回はいよいよ、デスゲームの開始宣言となりますね。
何処まで進めるかは分かりませんが、此処でも工夫を凝らす予定でいますので、まあ、その、アレですね……楽しみにしていて下さい。


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Stage.5:疑心暗鬼(ぎしんあんき)(しょう)


大変お待たせ致しました。

……ですがごめんなさい。
(ようや)くチュートリアルに入る訳ですが、ほぼ前振りです。
あまりにも長々と、自分が疑問に思う点などを掘り下げて書いてしまいました。
それでも、此の話にも工夫は()らしてありますので、どうぞ最後までお楽しみ下さい。

それでは、第5話……どうぞ。


[8/27]段落付けを行いました。

[12/31]タイトルにルビを振りましま。



 

 

 

 

 

 突如として大音量で鳴り響いた(かね)の音。

 そして、其の鐘の音が鳴り止んだ直後、俺達四人は其の身を鮮やかなブルーの光の柱によって包まれた。

 

「……ッ!?」

 

「えっ……!?」

 

「お、おわわわっ……!?」

 

「い、一体何が起きているんですか、此れは……!?」

 

 突然の出来事の連続に驚く俺達。ユウキ達姉妹には更に戸惑いの色も(うかが)える。

 そうこうしている間にも、俺達を包み込む光は徐々に其の強さを増して行き、其れに(ともな)って、青い膜の向こうに広がる草原の風景がみるみる薄れて行く。

 やがて光の(かがや)きが最高潮に達した様で、一際強く脈打った。其の瞬間、俺の視界は完全に奪われてしまった。

 とは言え、其れはほんの一瞬の事。直ぐに青い輝きは薄れて行き、其れに伴って俺の視界に風景が戻って来た。

 ……だがしかし、俺の目に映ったのは夕暮れ時の草原のソレではなかった。

 広大な石畳(いしだたみ)。周囲を囲む街路樹と、瀟洒(しょうしゃ)な中世風の街並み。そして、正面遠くに見える黒光りする巨大な宮殿。──其れは間違い無く、四時間も前に此のゲームにログインした際に最初に降り立った、ゲームのスタート地点である《はじまりの街》の中央広場の景色である。

 どうやら俺は、(かたわ)らに居る妹達共々、草原から此の《はじまりの街》まで移動したみたいだ。

 

 今の短い時間で、其の場から一歩も動く事無く、草原から《はじまりの街》までの長い距離を移動する事は、物理的に考えれば普通に不可能な話だ。

 当然の事ながら、絡繰(からく)りはきちんと存在する。

 其れこそが、先程の青い光の柱による現象──《転移(テレポート)》である。

 各層の主街区を(つな)ぐ《転移門(てんいもん)》に加え、特定のアイテムを使う事によって、一瞬にして指定した場所にへと移動する事が出来るのだ。少なくとも俺は、ベータテストの時に何度も此の現象を体験している。

 

 しかし、俺達は場所移動用のアイテムを使ってはいないし、そもそも現時点に()いて場所移動用のアイテムを所持してすらいない。詰まり、今回の此れは俺達の意思によるものではなく、運営側による強制的な転移という事になる。

 此処まで一切の反応が無かった運営側が、何故今更になって、何故一切のアナウンスも無しにいきなり強制転移を行ったのだろうか、と疑問に思うし、強制転移ではなく強制ログアウトを行うべきではないのだろうか、とも思う。其れ故に、俺の中に在る運営側に対する不審の念は消えるどころか、更に(つの)るばかりである。

 運営側が(ようや)く動き出してくれた事には安堵(おんど)の念を(いだ)くものの、どうにも手放しでは喜べないのだ。

 

「あっ……上を見ろ!!」

 

 今現在、中央広場に居るのは俺達四人だけではない。

 俺達四人の周りには、ぎっしりと幾重にも(ひし)めく人波が出来ている。色取り取りの装備、髪色、秀麗(しゅうれい)な容姿をしている彼ら・彼女らは、ほぼ間違い無く俺達と同じSAOプレイヤー達なのであろう。

 ざっと見た感じでは数千人……いや、一万人近くは居るだろうか。恐らくは、現在ログインしているプレイヤー全員が強制転移させられたのであろう。

(しば)しの間押し黙り、キョロキョロと周囲を見回していたプレイヤー達であったが、やがて、ざわざわ、ざわざわと声を上げ始め、徐々に其のボリュームを上げて行く。「どうなってるの?」「此れでログアウト出来るのか?」「早くしてくれよ」などという言葉が断続的に耳に届いて来る。

 (ざわ)めきは次第に苛立ちの色合いを帯びて行き、「巫山戯(ふざけ)んな」「GM(ゲームマスター)出て来い」「三枚に下ろすぞコラァァアアア」などといった(わめ)き声も散発し始める。……何やら奇矯(ききょう)な……けれども内容としては物騒な怒号が聴こえた様な気がした。しかも其の声音に何処か聴き覚えが有る様な気がしたのだけれども……取り敢えず、深くは追究しないでおく事にした。

 そんな喧騒の中、不意に誰かが叫ぶ声が聴こえた。

 何故かよく(ひび)いた其の声に、反射的に視線を上へと向けた。そして、其処に異様なものを見た。

 百メートル上空に在る第二層の底部。其の全てを、真紅の無数の六角形(ヘキサゴナルパターン)が猛烈な勢いで埋め尽くして行くという光景だ、

 よくよく目を()らして見てみれば、其の表面には二つの英文が交互に表示されていた。真っ赤なフォントで(つづ)られた単語は、【Warning】、そして【System Announcement】。

 其の光景を見た俺は──

 

(……あ、コレ……多分ダメなパターンだわ……)

 

 運営側が動き出してくれた事によって(いだ)いた安堵の念を振り払うと共に、此の異常事態が人為的に引き起こされたものであると推測して、運営側に対する警戒心のレベルを最大限にまで引き上げる。

 

 どう考えてもおかしな話だと思う。

 高々不具合に対するアナウンスをするのに、此処までの派手な演出をする必要が有るのだろうか?

 しかもだ、アナウンスが行われる事を知らせるに当たって使用されたメッセージが、()りに選って【warning】──『警告』だと?

 何故、此れから運営側からのアナウンスが行われる事に対して、注意をする様にと(うなが)す必要が有るというのだろうか。ただアナウンスが行われる事を知らせるだけならば、【警告(warning)】などという物騒なワードなどではなく、『案内』などの意味合いを持つ【information】の方が相応しいのではないか、と思うのだが。此れでは、プレイヤー達を安心させるどころか、(むし)ろ不安を(あお)る事になるではないか。

 おまけとばかりに、空一面を染め上げている──真紅(あか)

 赤は『危険』を示す色として使われる事が多い。赤信号(しか)り。レッドカード然り。ゲームに於いても、HPが残り少ない状態──所謂(いわゆる)《危険域》に入るとHPゲージが赤く変色したり、危険そうなモンスターの目やオーラなんかが赤かったりする、等といった具合に、危険を示す色として使われる事がよく有る。

 其の習慣に照らして考えるのならば、詰まり──此れから危険な事……(ある)いは、良くない事が起こると言っている様なもの。──(すなわ)ち、此れから行われるアナウンスで伝えられるであろう内容は、状況改善を(しら)せるものではなく、更なる悪化を報せるものである可能性が高い、という事だ。

 そう考えるのであれば、成る程……確かに【警告(warning)】なのであろう。

 

 さて置き。

 此処までの派手な演出を仕出かした事から察するに──どうやら運営側は、此の異常事態を解決しようとする気は無いと見られる。

 そしてもう一つ……自然に発生した不具合に対して、運営側が其の様な態度を取るなどというのは、普通であれば考え難い話である。──詰まる所、此の異常事態すらも運営側が仕組んだものである可能性が高いと思われるのだ。

 

 ……飽くまでも、其れらは全て俺の推測でしかなく、実際にそうである、其の様な事態に(おちい)るとは限らない。

 けれども、目の前の光景が光景であるが故に、其れらの可能性が無いと断じ切る事は……少なくとも俺には出来ない。

 それにだ、万が一にもと用心をしておくに越したことはないだろう。其の様な可能性が有ると心構えをしておけば、実際にそうであった時に受けるであろう精神的ダメージを軽くする事が出来る……筈だ。

 ……とは言うものの、其の様な可能性は出来れば有って欲しくはないのだが。

 

 運営側による救済は見込めそうにない。

 其の様に推論を出した俺の周りでは、先程までの騒めきが終息しつつあり、プレイヤー達が耳を(そばだ)てる気配が満ちて行く。

 直後、事態が動き出した。

 

 ──そして……俺の目は再び、異様な光景を(とら)えた。

 

 上空を埋め尽くす真紅の六角形のパネル。其の隙間から、まるで巨大な血液の雫の様なものがどろりと垂れ下がって来た。高い粘度を感じさせる動きでゆっくりと(したた)り落ちて来た其れらは、だがしかし広場へと落下する事はなく、空中にて(とど)まり、集まって其の形を変えた。

 現れたのは、全長二十メートルは有ろうかという、真紅のフード付きのローブを(まと)った巨人……(いな)、巨大な人型だ。

 と言うのも、其の風貌(ふうぼう)が実に異様であるのだ。俺達は地上から其れを見上げている形であるが故に、深く引き下げられたフードの中が見渡せるのだが──其処には、何故か顔が無い。全くの空洞なのだ。おまけに、だらりと下がる(すそ)の中も、同じく薄暗い闇が広がっているのみである。

 何とも不気味な雰囲気を(かも)し出す中身無き巨人ではあるが、其れが纏っている(?)ローブそのものには見覚えが有る。アレは、ベータテストの時に、アーガスの社員が(つと)めるGMが必ず纏っていた衣装だ。詰まる所、上空に浮かんでいる中身無き巨人こそがGMだという事だ。

 しかし当時は、男性のGMであれば魔術師然とした長い白髭(しろひげ)の老人の、女性であれば眼鏡の女の子のアバターが、フードの中に必ず収まっていた。

 何かしらのトラブルの所為(せい)でアバターを用意する事が出来ず、せめてローブだけでも出現させたのかも知れない──

 

 ──運営側に対する疑念が無ければ、其の様に考えていたのだろう。

 だが、運営側に対する警戒心がMAXの状態であり、疑心に満ちている俺はと言えば……何を意図しての事なのかは理解出来ないまでも、運営側が故意にそうしているのではないか、と勘繰(かんぐ)っている。……確かな根拠など無い、ただの憶測でしかないが。

 (いず)れにせよ、真紅のフードの下の空疎(くうそ)間隙(かんげき)は不安感を(あお)るものであり、周囲では他のプレイヤー達が、「あれ、GM(ゲームマスター)?」「何で顔無いの?」という、(いぶか)しみや戸惑いを(はら)んだ(ささや)き声を上げている。

 

 と、其れらの声を抑えるかの様に、不意に巨大なローブの右(そで)が動いた。

 ひらりと広げられた袖口からは、純白の手袋が(のぞ)いた。……しかし、袖口と手袋との間には、やはりと言うべきか肉体らしきものは見受けられない。

 同様に、左の袖もゆるゆると(かか)げ、両腕を広げるかの様なポーズを取る。

其の直後、(はる)かな高みから男性の声が降り注いだ。

 

 

 

 

 

『プレイヤーの諸君、()の世界へようこそ』

 

 

 

 

 

 開口一番に(つむ)がれた其の言葉の意味を、俺は咄嗟(とっさ)(つか)む事は出来なかった。

 あの真紅のローブの巨人がGMなのであれば、確かに此の世界の操作権限を持つ神の如き存在なのであろう。

 だがしかし、先程も述べた通り、ベータテストに於いては男性と女性とでそれぞれにGMが存在した。詰まる所、GMは一人という訳ではないのだ。

 それに、商用のオンラインゲームに於けるGMというのは、実際にはゲーム全般の管理者というよりも、サポート業務に直接従事するスタッフとしての意味合いの方が強いのだ。要するに、GMであるからと言って、此のゲームが其の人個人のものであるという訳ではない、という事だ。

 そうであるにも(かか)わらず、目の前の巨人は、(あたか)も此のゲームが自分のものであるかの如く口にしている。

 仮に、目の前の巨人がただのGMなどではなく、此の世界の創造主──詰まりはSAOの開発ディレクターなどといった人物なのであれば、自分の世界であると表現しても何らおかしな事ではないだろう。

 しかし、そうだとしても、そんな事は言われずとも解る事であり、今更其れを宣言する必要が有るのだろうか、と疑問が()いて来る。

 アナウンス開始早々からの奇言に思いを巡らせていると、俺の耳に、巨人からの次なる言葉が届いた。

 

 

 

 

 

『僕かい? ──僕の名前は茅場 晶彦。今や此の世界をコントロール出来る唯一の人間さ』

 

 

 

 

 

 瞬間、俺は驚愕した。

 確かに、巨人の中身が開発ディレクターである可能性を考えはしたが、まさか本当に、茅場 晶彦──SAOの開発ディレクターがGMとして出て来るなどとは思ってもみなかったのだ。と言うのも、茅場 晶彦という男は、今まで常に裏方に徹し、メディアへの露出を極力()け、更にはGMの役回りすらも一度たりとも行った事が無いのだ。

 そんな彼が、何故急にGMとして現れ、此の様な真似をしているのだろうか、という疑問が浮かぶ。……いや、疑問はそれだけではない──

 

 ──そもそも、()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()

 

 憶測によるものなどではない。

 目の前の茅場 晶彦を自称する巨人は、一人称を《僕》と呼んだ。……だが、ルポライターである親父が書いた記事の中での茅場 晶彦の一人称は……確か《私》となっていた筈だ。余所行きとそうでない時とで使い分けている、などと言われてしまえば其処までの話なのだが、其れだと、俺達プレイヤーを相手に改まった態度を取る必要や価値など無い……其の様に思われているという事になってしまう。

 其の説が違うとなれば、巨人の中身が本物の茅場 晶彦ではない、という可能性が高まる事になる。……何れにせよ、人を見下したり、他人を(よそお)って其の人物を(おとし)めようとしたり、人を(だま)そうとする様な人物など、信用する事なんて出来はしない。

 

 さて置き。

 それにもう一つ。……此れは『根拠』と言うよりも『直感』なのだが、本物の茅場 晶彦と、巨人の声とのイメージが合わないのだ。

 写真で見た本物の茅場 晶彦は、線の細い、鋭角的な顔立ちをしており、金属的な(ひとみ)双眸(そうぼう)に宿している。しかし、其の表情からは感情をあまり読み取る事が出来ない。所謂無表情という奴なのである。

 其れに対して巨人の声は、何処か(ねば)つく様な嫌な感じがあり、そして、何処か俺達を見下しているかの様な雰囲気を感じさせるのだ。

 飽くまでも、俺が其の様に感じるというだけの話であり、イメージが合わないというのも、俺の主観に過ぎない。

 そういう訳なので、ちゃんとした判断材料は、実質《一人称》の一つだけである。

 

 さて。

 以上の理由から、巨人に対して疑いの目を向ける俺。

 自分に疑いの目が向けられている事など露程(つゆほど)も知らないであろう巨人は、更に言葉を続ける。

 

『君達は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いている事だろう』

 

 此の後に続く話の内容が、碌なものではない事は分かり切っている。そして、其れを告げる事によって、漸くログアウトする事が出来るのだろうと安堵し、喜んでいるプレイヤー達の期待を裏切り、落胆させようとしているのであろう事も、見え見えだ。

 

『しかし、此れはゲームの不具合なんかじゃない。もう一度言おう。此れは不具合などではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様なのさ』

 

「はぁッ!?」

 

 上げて落とす──そういう流れになるであろう事は、予想はしていた。……だが、流石に此れは予想の斜め上であった。

 仕様、だと? ──其れだとまるで、SAOは(はな)から俺達プレイヤーを閉じ込める事を目的として作られた、という事になってしまうではないか。……自分で考えておいて何だが、何じゃそりゃ! と思ってしまう。

 あまりにも受け容れ難く、理解し難い仮説に思い至った事で、動揺を隠し切れない状態へと陥る俺。

 だが、巨人はそんな俺達の心中など御構い無しと言わんばかりに──

 

 

 

 

 

『──君達は今後、此の城の頂を極めるまで、此のゲームから自発的にログアウトする事は出来ないよ』

 

 

 

 

 

 ──最も核心的な部分に触れる、特大級の言葉(バクダン)を落としてくれたのであった。

 

 

 

 

 





はい。
という訳ですが、皆さまお気付きになられましたでしょうか?

そう! GMの一人称が変更されています。
此れが意味する事は、お分かりですよね?
という訳で──


【今回の可能性(もしも)

・茅場 晶彦がGMではなかったら。


──という事です。
もう既にお分かりの方もいらっしゃるかとは思いますが、茅場氏に代わるGMの正体とは一体誰なのか……其れに関しては、現時点に於いて言及は致しません。
ですが、そう遠くない内に正体を明かす予定ではあります。
それまでは、想像を(ふく)らませてお待ち下さい。

それでは、また次回の更新で。
……今度は早めに上げられると良いんですが、ね……。


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Stage.6:悪夢の序章(チュートリアル)


どうも皆様、和狼です。
漸く第6話の更新が出来ました。

……今度は早めに、と言っておきながら、結局は前回とあまり変わりませんでした。
いや、まあ……表現の仕方に思いの外苦戦してしまいまして。
……ホント、お願いですから文才を下さい……。

……と、作者の謝罪、という名の前置きも程々に、早々に本編へと参りましょうか。


[8/27]段落付けを行いました。
 


 

 

 

 

 

 ──此の城の頂を極めるまで、此のゲームから自発的にログアウトする事は出来ない。

 

 動揺冷め()らぬ俺ではあるが、(かろ)うじて、巨人が其の様に告げたのは聴き取る事が出来た。

 ……聴き取る事が出来たとしても、其の意味を瞬時に理解する事が出来る訳ではない。

 

 此の城、と巨人は言ったが、此の広場の何処にも城と呼べる様な建造物は一つとして見当たらない。

 それに、俺が記憶している限りでは、此の《はじまりの街》の何処にも城と呼べる様な建造物は無かった筈だ。

 

 そんな事よりも、何よりも今一番重要なのは、ログアウトする事が出来ない、という事だ。

 ゲームの中から出る事は出来ない、と言われて、ああ、そうですか、と素直に納得する事など、当然の事ながら出来よう筈がない。受け()れる事など出来よう筈がない。それ故に、(たち)の悪い冗談だ、そんな馬鹿げた事が有り得てたまるものか、といった強い否定の感情が湧き上がって来る。

 ……などと強がってみたものの、やはり、ゲームから出られない、と告げられた事に対して、不安の念を(いだ)かずにはいられない。強い否定の感情を(いだ)くのだって、裏を返せば、冗談であって欲しい、そんな事など有り得て欲しくないと、不安であるが故にそう強く願っているに過ぎない。

 俺ですら不安の念を禁じ得ないのだ。年下である妹や、言動からして妹と同じくらいではないかと思われるユウキ達が、不安の念を(いだ)かない訳が無い。事実、不安の念からか、彼女達は俺の服の(そで)(すそ)を掴んでいる。

 

 そうして不安に(おび)え、(ある)いは動揺し、困惑する俺達プレイヤーの耳に、巨人は更なる衝撃の言葉を告げた。

 

『また、外部の人間の手によって、ナーヴギアが停止、或いは解除される事も有り得ないよ。何故かって? もしも其れらが試みられた場合──ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、君達の脳を破壊して、生命活動を停止させるからだよ』

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……広場が、静寂(せいじゃく)に包まれる。

皆、巨人が告げた言葉の意味を理解する事が出来ず、呆然としてしまっているのだろう。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……いや、現実逃避をするのは()めよう。

言葉の意味を理解する事が出来ないのではない。──理解する事をしたくないのだと、脳が拒絶してしまっているのだ。

 だってそうだろう?

 

 ──脳を破壊する。

 

 ──生命活動を停止させる。

 

 何の事は無いかの如く巨人は淡々と告げたが、其れは詰まり、殺す、と言っているという事ではないか。

 そんな殺人予告染みた言葉を、どうして理解をしようなどと思えるのだろうか。

 ざわ、ざわ、と集団のあちらこちらから(ざわ)めく声が上がる。だがしかし、叫んだり、暴れ出したりする様な者は居ない。俺を含めたプレイヤー全員が、未だに告げられた言葉の意味を理解する事が出来ていないのか、或いは理解する事を拒んでいるのだろう。

 不意に、俺の服の袖や裾が引っ張られる感覚を覚える。振り向かずとも、其れが妹達によるものである事は判る。

  ……というよりも、生憎と今は俺にも、振り向いて彼女達を落ち着かせてあげられる余裕は無い。

 

「あ、あははは……な、何を言ってるんだろうね、あの人。ナーヴギアは……ナーヴギアはただのゲーム機なのにね」

 

「……冗談、ですよね。ゲーム機で人の脳を破壊するだなんて……そんな事、出来る訳が無いですよね?」

 

 ユウキが、震える声で言葉を()らす。

 冷静そうなランまでもが、其の声を(かす)れさせ、()い願うかの様な口調で俺に問い掛けて来る。

 俺だって、そうであって欲しいと願いたい。……けれども、俺はランに同意の(うなず)きを返してあげる事は出来ない。

 生憎と俺は化学の知識に明るい訳ではない為に、マイクロウェーブによって人間の脳を破壊する事が出来るのかどうか……其の真偽のほどは解らない。故に俺は、彼女からの問い掛けに肯定してあげる事も、否定する事も出来ず、曖昧(あいまい)な応えを返す事しか出来ない。

 

「……ごめん。正直、俺にもよく分からない……」

 

「……そう、ですか……」

 

「……ただ……出来ないと断定するのは、()めておいた方が良いかも知れない」

 

「──ッ……。…………分かりました」

 

 続けて忠告の言葉を放つと、息を呑む気配を感じた……気がした。三人分だ。

 ……嗚呼、最低だ。

 彼女達が望む応えを返し、安心させてあげる事が出来ず、逆に、ナーヴギアが俺達を殺すかも知れない可能性を肯定するかの様な発言をし、不安を(あお)ってしまった。──最低だ。

 ……けれども、俺だって決して、(いたず)らに不安を煽った訳ではない。

 仮に、逆に可能性を否定して、実際にはナーヴギアが俺達を殺す事が可能であった──俺の言葉が嘘であった時、俺の言葉を信じた彼女達の心は(ひど)く傷付く事になるだろう。

 であれば、わざわざ其の事を口にする必要も無いのではないか、と思うかも知れないけれども、幾らか心構えはしておいた方が良いと思うのだ。そうすれば、巨人の言葉が真実であった時に受けるであろう精神的なダメージを軽くする事が出来る……筈だ。

 ……それでもやはり、彼女達に酷な事を告げた俺は最低な奴だ、と思ってしまう。

 

 重苦しい空気に包まれる中、巨人が再び語り出した。

 曰く、ナーヴギアによる脳破壊のシークエンスは、一定の条件が満たされた場合に実行される、との事。其の条件というのが次の通り──

 

 ──十分間の外部電源の切断。

 

 ──二時間のネットワーク回線の切断。

 

 ──ナーヴギア本体のロック解除、または分解、または破壊の試み。

 

 其れらの条件は、既に外部世界ではアーガス及びマスコミを通して告知されているとの事。

 だがしかし、現時点に()いてプレイヤーの家族や友人などが警告を無視して、ナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからず存在するとの事。そして其の結果──

 

 

 

 

 

 ──既に二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している、との事。

 

 

 

 

 

 何処かで、一つだけ細い悲鳴が上がった。

 しかし、周囲のプレイヤーの大多数は、信じられない、或いは信じない……信じたくないと言うかの如く、ぽかんと放心したり、薄い笑いを浮かべたままである。

 勿論俺だって、巨人の言葉を受け容れたくはないと思っている。

 ……けれども、二百十三人──其のあまりにも具体的過ぎる人数が、信憑性(しんぴょうせい)不明瞭(ふめいりょう)だった話に現実味を帯びさせている。其の所為で、巨人の言っている事は事実なのではないか、という思いが強くなり、相反する思いによって俺の心は大きく揺れ動く。

 

 そんな半信半疑に(おちい)った俺の耳に、再び届く巨人の声。

 曰く、現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアは此の状況を、多数の死者が出ている事も含めて、繰り返し報道している。その為、ナーヴギアが強引に除装される危険性は既に低くなっているであろう、と。

 今後、俺達の現実の身体は、ナーヴギアを装着した状態のまま二時間の回線猶予(ゆうよ)時間の内に病院、その他の施設にへと搬送(はんそう)され、厳重な介護態勢の(もと)に置かれる筈だ、と。

 だから現実世界に置いて来た肉体の心配をする必要は無い、と。故に──

 

『──君達には、安心してゲーム攻略に(はげ)んで欲しい』

 

「はぁッ!?」

 

 と、予想する事など到底出来よう筈も無い、現状を考えれば、果てしなく巫山戯(ふざけ)ているとしか思えない事を()かしてくれやがった。

 

「何を言ってるんだ! ゲームを攻略しろだと!? ログアウト不能の状況で、呑気に遊べってのか!? こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!!」

 

 何処かで、誰かが空中に浮かんでいる巨人に向かって()えた。

 其の大いに怒気を(はら)んだ絶叫は、正しく、俺を含めた此の場に居るプレイヤー全員の心の声を代弁したものだ。

 まるで其の叫び声が聴こえたかの如く、巨人は俺達へと向けて告げた。……………………俺達が、全くもって望んでもいない応えを。

 

『しかし、充分に留意(りゅうい)してくれ(たま)え。君達にとって、《ソードアート・オンライン》は、既にただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームに於いて、あらゆる蘇生(そせい)手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、君達のアバターは永久に消滅し、同時に──』

 

 其処で、一旦言葉を切る巨人。

 ……続くであろう言葉は、嫌でも予想出来てしまった。

 

 

 

 

 

『──君達の脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 

 

 

 

 瞬間、仮想体(アバター)の背筋が(こお)り付く。……此ればかりは、予想出来たとしても抑え切れるものではない。

 今、俺の視界の左上には、細い横線が青く(かがや)いている。視線を合わせれば、其の上には現在の俺のヒットポイント──(すなわ)ち、俺の命の残量がオーバーレイ表示される。

 其の数値──342。

 たったの三百とそこらだ。未だにレベルが1である為に仕方が無いとは言え、あまりにも心許無い数量である。モンスターからの攻撃を受け続ければ、あっという間に無くなってしまう事だろう。

 そして、其れがゼロになった瞬間、俺の脳はマイクロウェーブによって破壊され──死に至る。巨人はそう言っているのだ。

 此れもまた信憑性に欠けるものの、其れが事実なのであればと考えるだけでも、恐怖の念を(いだ)かずにはいられない。

 そして思う。──確かに、そんなものはただのゲームなどではない。本物の命が()かった、言うなればデスゲームだ。そして、其れは最早(もはや)遊びなどではない。

 

 そうなのだとすれば、そんなものは到底受け容れられる筈が無い。

 RPGというのは、戦場で闘って死に、セーブポイントなどで(よみがえ)り、また戦場へと向かって行く……其れを何度も何度も()り返し、学習し、プレイヤースキルを高めて行く。そういう種類のゲームなのだ。

 だが、此のゲームでは其れが出来ないというのだ。一度死んだら、此のゲームはおろか、人生(リアルゲーム)すらもゲームオーバー。しかも、ゲームプレイを()める事すら許されないという。

 もう一度言おう……。そんな、常に死と隣り合わせのゲームなど、受け容れられる筈など無いのだ。

 

 それにしても、巨人は馬鹿なのだろうか?

 自らの命が危険に(さら)されると解っていて、進んで危険なフィールドへと出て行こうとする奴が居るなどと、思っているのだろうか。

 どう考えても有り得ない話ではなかろうか。ほぼ全員が、安全な街区圏内に引き()もり、此の巫山戯た状況が外部の尽力によって解決されるのを待つに決まっている。そうなれば、ゲーム攻略に励んで欲しい、という巨人の目論見(もくろみ)は成立しなくなるであろうに。

 

 しかし、俺の、或いは全プレイヤーの思考を読み取っているかの如く、巨人から更なる託宣(たくせん)が降り注いだ。

 

『君達が此のゲームから解放される条件は、たった一つだ。さっきも言った通り、アインクラッドの最上部、第百層まで辿(たど)り着いて、其処で待っている最終ボスを倒してゲームをクリアすれば良い。そうすれば、生き残ったプレイヤー全員がログアウトする事が出来る』

 

 しん、とプレイヤー全員が沈黙した。

 

 ……本当は、予想出来ていた事だった。

 巨人が最初に『此の城』と口にした時、俺の脳裏には、浮遊()《アインクラッド》が思い浮かんでいた。

 思い浮かんでいて……だがしかし、俺は其の可能性を頭から()てた。もしも其の可能性が実現すれば、ログアウトが出来る様になるには途方も無い時間が掛かるであろう事が想像出来てしまったが為に、其の可能性を否定した。其の可能性から目を()らしたのだ。

 

「で、出来るわきゃねぇだろうが!! ベータじゃ(ろく)に上れなかったって聞いたぞ!!」

 

 誰かが(わめ)き声を上げた。

 そして、其の言葉は真実である。千人+α が参加したベータテストでは、二ヵ月の期間中にクリアされたフロアは(わず)か九層だった。

 二ヵ月で九層であれば、百層攻略に掛かるであろう時間は、単純に考えれば、大凡(おおよそ)十一倍の二十二ヵ月──約二年だ。其の長さこそが、俺が《此の城=アインクラッド》という可能性を切り棄てた理由だ。

 とは言え、今現在正式サービスにログインしているプレイヤーの数は、テスト時の十倍である約一万人だ。それだけの人数が居れば、完全攻略に掛かる時間を大分短縮する事が出来るだろう。

 

 ……単純に考えれば、だ。

 当然の事ながら、物事はそんなに上手くは行かないものだ。

 先ず一つ。RPGを含め、大概のゲームには難易度が存在し、ゲームを進めれば進めて行く程に其の度合いは上がって行く。此のゲームも例に()れずであり、一層上る(ごと)に、モンスターの強さも、ダンジョンの複雑さも上がって行った。其れに(ともな)い、一層攻略するのに掛かる時間も増して行った。二ヵ月で九層攻略、というペースを維持し続けるのは恐らく難しい……否、無理だろう。

 更にもう一つ。此れは極めて重要な問題であり──二ヵ月で九層攻略というのは、()()()()()()成果である、という事だ。一度の死亡で本物の命諸共(もろとも)ゲームオーバー、という今の状況では、無鉄砲な行動をする事など出来よう筈もなく、どうしたって慎重に行動をせざるを得なくなる。そうなれば、攻略ペースは遅くなるだろう。

 以上の事を()まえれば、人数によるアドバンテージは無くなり、時間の短縮は見込めないかも知れない。下手をすれば、計算以上に時間が掛かってしまうかも知れない。

 それだけの長い時間、俺達は、現実世界に戻る事が叶わないという。下手をすれば、二度と戻れなくなる可能性だって有り得る。

 珪子絡みの事となると薄情になる親父が居て、兄妹婚や近親相姦のOKサインを出してしまう程俺達の兄妹関係に寛容(かんよう)なお袋が居て、そんな両親や妹の事で困っている俺の(いや)しである愛猫(あいびょう)・ピナが居る……あの場所に。

 当然ながら、そんなもの、現実であるなどと受け容れられる筈がない。

 

 すると、またもや俺達の思考を読み取ったかの如く、巨人が言葉を告げた。

 

『それじゃあ、最後に、君達にとって此の世界が唯一の現実だという証拠を見せよう。君達のアイテムストレージに、僕からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 

 巨人がそう言い終えた直後、急に、俺の袖や裾を引っ張る力が無くなるのを感じた。其の後直ぐに、メニュー・ウインドウを呼び出した際の電子的な鈴の音のサウンドエフェクトが鳴るのが聴こえた。

 察するに、妹達が俺から手を離し、メニューを開いて確認作業に入ったのだろう。正直、袖を掴まれたままでは操作をし辛かっただろうから、離れて貰えたのは助かる。

 そんな訳で、妹達から一拍遅れる形で、俺もまた右手を動かしてメニューを開く。周囲のプレイヤー達もまた同様のアクションを起こしているらしく、広場一杯に鈴の音が鳴り(ひび)く。

 さて。出現したメインメニュー画面から、アイテム(らん)のタブをタップする。すると、表示された所持品リストの一番上に、ソレは在った。

 

 アイテム名──《手鏡》。

 

 何故に手鏡、と疑問に思いながらも、俺は其のアイテム名をタップし、浮き上がった小ウインドウからオブジェクト化のボタンを選択した。すると(たちま)ち、小さな四角い鏡が出現した。

 手に取ってみるものの、特に何かしらの変化が起こる様な気配は無い。ではと(のぞ)いてみるも、其処に映っているのは、俺のアバターの顔──其の(ほとん)どを妹によってカスタマイズされた、高確率で女と見間違えられた顔だ。特に何かが変わっている様子は無い。

 故に疑問に思う。何の変哲も無いこんな手鏡の何処が、此の世界が唯一の現実である事の証拠だと言うのか、と。

 

 ──其の直後であった。

 

「うわっ……!?」

 

 不意にユウキの悲鳴が聴こえた。何事かと思い、慌ててユウキが居る方にへと振り向くと、彼女の身体を白い光が包んでいた。

 いや、彼女だけではない。周りに居る他のプレイヤーのアバターもまた、ユウキ同様に白い光によって包まれている。そして、其の現象に巻き込まれるプレイヤーの数は現在進行形で増えており、ランも、妹も次々と巻き込まれてしまう。

 今度は一体何が起きようとしているのか、と思った次の瞬間、俺の身体もまた白い光に呑み込まれてしまい、視界がホワイトアウトした。

 とは言え、其れはほんの一瞬の出来事。数秒後には光は消え、視界が晴れた先には先程までと何ら変わりの無い光景が──

 

「……………………えっ」

 

 ……広がってはいなかった。そして、変わってしまった眼前の光景に、俺は戸惑いの念を隠し切れなかった。

 視界がホワイトアウトする直前、俺は身体ごと妹達の方を向いていた。そんな俺の目の前には今、当然ながら妹達の姿が在る。

 ……だが、目の前に居る妹達は、(よそお)いこそ同じなれど、顔は先程までの其れとは違うものになっていた。

 違う、と言っても、ユウキとランの変化は微々(びび)たるものだ。顔のパーツの形がほんの少し変わっており、雰囲気が先程までよりもやや幼く見える程度だ。

 問題なのは(シリカ)の方だ。此方は大きく変化しており、ポニーテールにしていた亜麻(あま)色の髪は、左右の耳の上で(まと)められている。大きな瞳は変わってはいないが、吊り上がっていた目尻は下がっており、顔の印象が全体的に柔らかく……と言うよりも、幼くなっている。──と言うか、ぶっちゃけた話……今の彼女の顔は、現実の妹(珪子)の其れだ。

 だからこそ、顔が変わってしまっているにも(かか)わらず、俺は目の前の三人の少女達が妹達であると判断出来たのだ。

 

 ……だからこそ、妹の顔を見た瞬間、俺は戸惑いの念を(いだ)いたのだ。何故、妹は現実の姿になっているのだ、と。

 

 妹が現実の姿になっている。

 ならば、今のユウキとランの姿も、現実の姿だという事になる。成る程、本人達が言っていた通り、確かに顔のパーツはあまり(いじ)っていないらしい。

 詰まる所、三人共が現実の姿になっているという事になる。となれば、同じく光に包まれた俺もまた現実の姿になっているという事になる訳で……

 

「……え? あの……え……?」

 

「……お兄さん……誰……?」

 

 此の四人の中では一番変わってしまっているであろう俺の姿を見て、ランとユウキは俺と同等か、或いは其れ以上に戸惑った表情を浮かべ……

 

「お兄ちゃん……!? 其の姿……え? 何で現実の姿になってるの!?」

 

 現実の俺の姿を知っている妹は、何故俺が現実の姿になっているのか、と驚いている。

 其れによって俺は、俺達のアバターの姿が現実の自分の姿になってしまっている、という事の確証を得た。

 一方で、彼女の驚愕(きょうがく)の声を聴いたユウキ達は、『お兄ちゃん』という呼称……加えて、視界がホワイトアウトする直前に自分達の(そば)に居た人物、俺の装い……其れらを判断材料に、目の前に居る俺が誰であるのかを理解したのだろう。

 

「えぇッ……!? お兄さんがリョウヤなのッ……!?」

 

 と、妹と同じくらいに驚愕した様子の声を上げる。

 其の直ぐ後に、俺の事を『お兄ちゃん』と呼んだのがシリカであると気付いたのだろう。シリカの方を向いて、「て事は、キミがシリカなの!?」と再度驚きの声を上げてから、(ようや)く自分達がどの様な状態であるのかを悟った模様。慌てた様子で手鏡を覗き込んだ。

 其の様子を見て、俺も確認の意味合いで、再び持っていた手鏡を覗き込んだ。

 其処に映っていたのは、やはり現実の俺の顔であった。特徴的であった、ポニーテールにしたダークブラウンのストレートの長髪は影も形も無くなっており、パーマの掛かった短髪になっている。(ちな)みに、パーマは生まれつきのものだ。整っていた顔立ちは一転して無骨なものとなり、切れ長であった目は目尻が下がって垂れ目になっている。(りん)とした美形勇者は夢幻(ゆめまぼろし)と消えて、冴えないモブキャラへと一気に成り果ててしまっていた。

 特に愛着が有った訳でもないが、使い続けて来たアバターが消えてしまった事に、多少なりとも寂しさを感じる俺の周りでは、妹達が、手鏡に映った各々の現実の姿を見て目を丸くしたり、困惑の表情を浮かべたりと、三者三様の反応を示している。

 

 当然ながら、此の現象は俺達四人に限った事ではない。

 周りを見渡せば、其処に在ったのは、如何にもファンタジーゲームのキャラクターめいた美男美女の群れなどではなく、コスプレをしている感が否めないリアルな若者達の集団であった。しかも、男女の比率すらも大きく変化してしまっている。

 

「それにしても、一体どうやって、ボク達の現実の姿を此処まで忠実に再現したんだろう?」

 

 どうにか落ち着きを取り戻す事が出来たらしいユウキ。

 そんな彼女がふと、()らした疑問の声に、言われてみれば確かにと思い、口元を右手で押さえながら考える。巨人は、俺達の現実の身体のデータを一体何処で手に入れたのだろうか?

 

「まるで立体スキャナーにでも掛けたみたいだね」

 

 ──スキャナー。

 

「……そうか!」

 

 ユウキ自身は、恐らくは何気無く口にしたのかも知れない。

 だが、彼女の其の一言は俺に、此の現象の絡繰(からく)り──其の半分を解き明かす為のヒントを与えてくれた。

 ナーヴギアは、高密度の信号素子によって頭から顔全面をすっぽりと(おお)っている。詰まり、脳だけではなく、顔の表面の形までも精細に把握する事が出来る。

 其の事を妹達に教えると、三人は一様に(うなず)く。……が、言った通り、此れでまだ半分だ。

 

「それじゃあ、身長とか……体格とかはどうやって……」

 

「あ……もしかしたら、あれじゃないでしょうか。ナーヴギアを最初に装着した時のセットアップステージで、確か……キャリブレーション? でしたっけ。其れで、自分の身体をあちこち自分で触らされたじゃないですか」

 

「あ、ああ……成る程。十中八九、其れだろうな」

 

 が、残りの半分も、ランが答えを導き出してくれた。

 其れらによって得られたデータを元に、俺達の現実の身体を忠実に再現したアバターは作り出され、俺達は、俺達自身が作り出したアバターから(くだん)のアバターへと強制的に変えられた。

 そして、そうした事の意図は、既に明らかになっている。

 巨人は、此れは現実であると……そう言った。此のポリゴンで形作られたアバターと、数値化されたヒットポイントは、両方本物の身体であり、本物の命であるのだと。其れを強制的に認識させる為に、巨人は俺達を現実の姿を忠実に再現したアバターへと変えたのだ。

 だが……

 

「けど……どういう事なんでしょうか? そもそも、茅場さんはどうしてこんな事をしているのでしょうか……?」

 

 巨人の正体が茅場 晶彦であると思っている様子のランが、不安や困惑などの感情が()い交ぜになった様な表情で、そう問い掛けて来る。

 そう……巨人が何を目的としてこんな事を引き起こしているのかは、未だに不明であるし、考えてみても分からない。大規模なテロ行為であるのか? はたまた身代金目的の誘拐事件であるのか?

 いや……他人の考えている事など、分からないのが普通だ。だが、こんな大事に巻き込まれてしまったとあっては、何故なのかと思わずにはいられない。其の真意を問い(ただ)したいと思わずにはいられないのだ。

 

「……多分、今から其れも答えてくれるんじゃないか」

 

 此処まで、巨人は幾度と俺達の思考を読み取ったかの如く、様々な事を語ってくれた。今度もまた、俺達の期待に応えて其の真意を語ってくれるであろうと、視線で上空の巨人を指した。

 

『理解してくれたかな?』

 

 ……だが、今度は、此れまでとは反応が違った。

 ……此れまでとは異なる其の反応に、俺は何と無く嫌な予感を感じてしまった。果たして……

 

 

 

 

 

『……以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了するよ。プレイヤーの諸君──健闘を祈っているよ』

 

 

 

 

 

 ……………………俺の嫌な予感は、悲しい事に当たってしまった。

 まさかの裏切りに()って呆然となっている俺達を置き去りに、真紅の巨大なローブ姿が音も無く上昇し、フードの先端から空を埋め尽くすシステムメッセージに溶け込む様に同化して行く。

 肩が、胸が、そして両手と両足が血の色の水面へと沈み、最後に一つだけ波紋が広がった。

 直後、天井一面を覆っていたメッセージも消え去り、後には、夜の闇の度合いが増した夕焼け空が広がった。

 

 ……(しば)しの間、広場には上空を吹き過ぎる風の音と、NPC(ノンプレイヤー・キャラクター)の楽団が演奏する市街地のBGMのみが鳴り(ひび)いたのであった。

 

 

 

 

 




 
……という訳で、キリの良い所──チュートリアルの終わりまで書きました。
その為、此れまでの話よりも少し長くなりました。其の文字総数──約10,000文字です。

さてさて、次こそは早めに更新する事が出来るのか……?(オイッ)
てな訳で、まあ……そこまで期待はせずにお待ち下さいませ。
ではでは、皆様……Adieuです。
 


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Stage.7:選択と決意

 
皆様、お久しぶりです。
三ヶ月ぶりの投稿になります。……前のペースに戻って来てしまっているのだよ。
しかも、思いの外長くなってしまい、今回も内容はあまり進んでいません。

そんな感じではありますが、年内に一話投稿出来てホッとしています。
という訳で、2019年最後の更新──どうぞお楽しみ下さいませ。


[2/2]一部修正しました。
[2/6]一部修正しました。
[8/27]段落付けを行いました。
 


 

 

 

 

 

 突如として開始を宣告され、攻略をする事を(なか)ば強要された、《ゲームオーバー=現実の死》という、文字通りの命を()けてのゲーム。

 其のチュートリアルが、真意が一切語られる事無く締め(くく)られてしまった。

 其れまでの、俺達プレイヤーの思考を読み取ったかの如く事態の説明をしていた巨人の様子から、今度もまた此の事態を引き起こした真意を説明してくれるのであろうと、俺は……いや、恐らくはプレイヤーのほぼ全員が期待していた。

 其れ故に、真意を語らぬままにチュートリアルを終えるという、まさかの期待を裏切られる事態に俺達は呆然となり、(しば)し無言のまま、巨人が消えて行った上層の天井を見詰める事しか出来なかった。

 

 何秒か……何十秒か……はたまた何分か……。

 どのくらい続いたのかは分からない沈黙は……だがしかし、唐突に、ほぼ一斉に、圧倒的なボリュームにて放たれた多重の音声によって破られた。

 

「嘘だろ……何だよ此れ、嘘だろ!」

巫山戯(ふざけ)るなよ! 出せ! 此処から出せよ!」

「こんなの困る! 此の後約束があるのよ!」

「嫌ぁあ! 帰して! 帰してよぉおお!」

「う゛お゛ぉぉぉおおおおおい! どうしてくれるんだァ!? 明日は仕事なんだぞ! 社長(ボス)にかっ消されちまうじゃねぇかぁぁぁあああああ!!」

 

 悲鳴。怒号。絶叫。罵声(ばせい)懇願(こんがん)。そして咆哮(ほうこう)

 (ようや)く自分達が置かれている現状を理解したらしいプレイヤー達が、(しか)るべき反応を示した。

 ……其の中に、先程『三枚に下ろす』と奇矯(ききょう)な怒号を上げていたプレイヤーの声も混じっていたのだが……どうやら、俺の気の所為ではなかったらしい──口癖なのだと思われる特徴的な叫び声といい、例の大声のプレイヤーだ。

 相変わらず物騒な文句が含まれている怒号ではあるのだが……其れとは裏腹に、今の()のプレイヤーの声音からは《怒り》よりも、《焦燥感(しょうそうかん)》や《悲痛さ》、そして《恐怖》の念が色濃く表れている様に感じられ、何だか(あわ)れまずにはいられなかった。

 

 ……などと、事ここに至ってもやはり受け容れ(がた)い現状に、思わず現実逃避をしてしまっていた俺は……不意に、連続して様々な感覚に見舞われた。

 何かが()つかって来たかの様な、軽い衝撃──。

 何かしらの細いものが俺の腰の辺りへと巻き付き、そして強く締め付けて来るかの様な感覚──。

両の腕が軽く引っ張られ、それぞれが強く(にぎ)られるかの様な感覚──。

 其れらを感じた瞬間、俺は意識を思考の海から引き戻し、感覚の出所(でどころ)へと視線を向ける。

 其処に在ったのは、俺の身体に()き付き、しがみ付いている妹達の姿。

 妹は俺の腰の辺りに()き付いており、俺の胸に顔を(うず)めている。

 俺の両の腕にしがみ付いているのはユウキ達姉妹。二人共が俺の両の腕を両の手で強く握り、額を腕に押し付ける様にして下を向いている。

 三人共が顔が見えない姿勢である為に、表情からは彼女らの感情を(うかが)い知る事は出来ない。だが、俺の身体に密着している彼女らの腕や手が、頭が、彼女らの身体の震えを伝えてくれる。其処からであれば、彼女らの感情を窺い知る事が出来る。──其れ(すなわ)ち、現状に対する《恐怖》だ。

 今まで気丈に振る舞っていたのだろうが、どうやら其れも最早(もはや)限界の様であるらしい。

 其れを察した瞬間、俺は自身を恥じ、叱責(しっせき)した。何時までも目の前の受け容れ(がた)い状況から意識を背けてばかりいては駄目なのだ、と。

 現状に対する不安の念は尽きない。故に現実逃避もしたくなる。……けれども、不安の念を(いだ)いているのは、何も俺一人だけではない。現に俺の視線の先には、不安に怯え、震えている少女が三人も居るではないか。

 彼女達に頼りにされている俺がしっかりとしなくては、彼女達だって何時までも不安なままだ。

 その事に気付いた俺は、一旦彼女らによる拘束を振り(ほど)き、右膝を突いて身を(かが)め、両の腕を広げて彼女らの身体を()き寄せる。少しでも、彼女達の心の()り所になれる様に、と。

 どうやら、効果は有ったらしい。抑えていた感情が爆発した様で、彼女達は先程までよりも一層強く()き付き密着して来た。

 

 震える彼女達を受け止めながら、俺は思いを巡らせに掛かる。──デスゲームと化してしまったSAOに於いて今後どの様に行動をするべきなのか、と。

 其の為にもと、先ずは俺自身が落ち着く事も兼ねて、判断材料を(そろ)えるべく、今一度現状を軽く整理してみる事に──。

 

・現在、俺達約一万人のプレイヤーは、《茅場 晶彦》を名乗る人物によって、ゲームからログアウトする事が出来ない状態に(おとしい)れられている。

 

・ログアウトする為には、SAOの舞台である浮遊城《アインクラッド》の頂上──第百層へと到達し、其処に待ち構えているラスボスを倒し、ゲームをクリアしなくてはならない。……其れが唯一の方法なのだという。

 

・ただし、あらゆる蘇生(そせい)手段の一切が機能せず、HPがゼロになった瞬間に、ゲームのアバターは永久に消滅。──同時に、ナーヴギアによって脳を焼かれ、現実世界の俺達もまた死ぬ事になる。

 

・また、現実世界の第三者によってナーヴギアの強制除装が行われた場合にも、脳破壊のシークエンスが実行されてしまうという。

 

・既に、ナーヴギアの強制除装を試みようとした例が少なからず在り、其の結果──二百十三人の死者が出ている、との事。其の結果は繰り返し報道されている為、今後ナーヴギアが強引に除装される危険性は低いだろう、との事。

 

 以上の事を()まえた上で、では、どの様に行動をするべきなのか?

 とは言え、取れる行動の選択肢は、大きく分けて二つ。──《動く》か、《待つ》かの二択だ。

 

 恐らくだが、外部からの救援はほぼ見込めないものと思われる。

 と言うのも、事件が発生してから大分時間が経過しているにも(かか)わらず、未だに強制的にログアウトさせられる気配が無い。……詰まり、外部からどうこうする事は困難……(ある)いは不可能なのであろう。

 仮に救援の可能性が在るとしても、此の様子では、其れが叶うのが何時になるのかは不明瞭(ふめいりょう)だ。

 また、他のプレイヤーがゲームをクリアしてくれるのを待つ、という他力本願な案もあるが、此れもあまり期待は出来そうにない。

 千人近くのプレイヤーによる二ヶ月間のベータテストでも、攻略出来たのはたったの九層のみ。現状では其の十倍である約一万人のプレイヤーが参加しているが、正式版として難易度の調整が行われているであろう事と、《ゲームオーバー=現実の死》という特殊なルールの実装により、ゲームの攻略は極めて困難になるものと思われ、攻略のペースはテスト時よりも遅くなる事が予想される。であれば、全百層を攻略するまでに要するであろう時間は計り知れない程長いと思われる。

 ……従って、何時訪れるのかも分からない救援やゲームクリアを《待ち続ける》のは、得策であるとは言い(がた)いだろう。

 

 そうなると、取れる選択肢は(おの)ずと《動く》の一択──より具体的に言えば、危険を(おか)す事を覚悟の上での《攻略への参加》、に(しぼ)られる事になる。

 だがしかし、其れは超ハイリスクな()けだ。自らを常に《死と隣り合わせ》という危険極まりない状況下に置き続ける訳であり、失敗すれば一生(すべて)を失う事になるのだ。当然の事ながら、恐怖の念を(いだ)かずにはいられない。

けれども、其の選択肢を取る事こそが最善の策である、と俺は考えている。

 攻略の途中で死んでしまう可能性が在る以上、確実であるとは言えない。それでも、何時訪れるのかも分からない救援を待つよりかは、現実世界への帰還の確率は高いであろう。自身も攻略に参加する事で、現実世界への帰還の確率を上げる事が出来るであろう。現実世界への帰還を少しでも早める事が出来るであろう。

 

 以上の事を踏まえた上で……では、どちらの選択肢を取るべきなのか?

 ……なんて、そんなのは考えるまでもない事だ。答えなど、()っくの()うに決まっているのだから。

 

 ──言うまでもなく、《攻略への参加》の一択である。

 

 先に述べた、《待つ》のは得策ではない、というのも勿論理由ではある。

 だが其れ以上に、攻略への参加を決意させた強い理由が、俺には在る。

 

 ── 一分一秒でも早く、妹を……妹達を現実世界へと無事に帰す事、だ。

 

 俺にとって妹は、護るべき大切な存在だ。

 ユウキ達姉妹に対しても、此処数時間一緒に遊んだ事によって友情を感じており、彼女達が困っているのならば助けてあげたい、と思っている。勿論、優先順位は妹の方が上ではあるが。

 そんな彼女達を助ける為に、俺は動くのだ。

 先程も述べたが、死ぬ事に対する恐怖は勿論有る。……()れど、彼女達の為を思えば、躊躇(ためら)いは無い。

 

 さて、大まかな行動方針は決まった。

 とは言え、事はそんなに容易な話ではない。

 先程、俺が攻略に参加する事で現実世界への帰還の確率を上げる事が出来る、と述べた。……だがしかし、俺一人の参加によって上がる確率など微々(びび)たるものでしかない。

 それに、SAOはMMORPG(大規模オンラインロールプレイングゲーム)だ。此の手のゲームは、基本的には大勢のプレイヤーが協力する事によって攻略出来る様に難易度が設定されており、個人、或いは少人数で攻略するのは困難……或いは不可能とされている。

 

 結論──ゲームを攻略する為には、相当数のプレイヤーの参加が必要不可欠なのだ。

 

 それに、ただ人数が集まれば良いという訳でもない。

 幾ら人数が(そろ)っていたとしても、其れがただの烏合(うごう)(しゅう)であっては、(いたず)らに死者を増やす事になるだけだ。

 要するに、攻略に挑むのであれば相応に力を付けて貰わなくてはならない、という事だ。レベルやステータスなどの数値的な意味でもだが、戦闘の為の知識や技術などといった、俺達自身の能力的な意味でもだ。

 ……とは言ったものの、参加しているプレイヤーの九割は今日此のゲームを始めたばかりの初心者(ニュービー)だ。(ほとん)どのプレイヤーが右も左も分からず、知識も技術も持っていない状態だ。其れでは、攻略に参加する以前に、まともに闘う事すら(まま)ならないであろう。

 では、どうするのか、と()かれれば……答えは至極単純だ。──知識や技術を持っている者が、彼らに教えてあげれば良いだけの話だ。そして、其れを行うのは、必然的に俺達ベータテスターの役目だ。

 

 ……ただ、其れにも(いささ)か問題は在る。

 先ず一つ。俺は、先述した通り多くのプレイヤーの参加が必要不可欠であると判断した。其れ故に、初心者プレイヤーの救済は(やぶさ)かではないと思っている。……だがしかし、其れは()(まで)も俺個人の意思であり、詰まり何が言いたいのかと言えば──他のベータテスター達が、俺と同じ様に初心者救済に対して賛同的・協力的であるとは限らない、という事だ。

 状況が状況だ。恐らくは……いや、ほぼ確実に、ベータテスターを含めた殆どのプレイヤーが、自分の命を守る事を最優先に考え、其れに準じた行動を取るであろう。赤の他人でしかない他のプレイヤーの事を気に掛け、()してや助けようなどとは思うまい。

 其の場合、俺一人で何百、何千人ものプレイヤーの面倒を見なくてはいけなくなるやも知れず、其れは流石に俺へと掛かる負担が大き過ぎるというものだ。

 もう一つは、リソースの問題だ。

 システムが供給するリソース──お金やアイテム、経験値などには限りが在る。

 SAOに慣れているベータテスターであれば、レベルが低くとも、難易度が少し高い先のフィールドでも闘う事は出来るであろう。だが、慣れていない残りのプレイヤー達では其れは出来ないであろう。そうなれば、初心者プレイヤーへの指南(レクチャー)は、難易度の最も低い《はじまりの街》周辺のフィールドにて行わざるを得なくなる。

 指南(レクチャー)の為には、一人につき最低でも一度はモンスターとの戦闘を経験させるべきであろう、と考えている。口であーだこーだと説明するよりも、実際にやってみた方が早く身に付く事だって有るだろう。

 そうして、大勢のプレイヤー達でモンスターをどんどん倒していけばどうなるか? ……其処ら一帯のモンスターは狩り尽くされ、(またた)く間に枯渇(こかつ)。モンスターの再湧出(リポップ)只管(ひたすら)探し回る羽目になってしまうであろう。

 まあ、慣れて来た人から先に進んで貰えれば良いのかも知れないが、慣れるまでが大変だろう。

 

 ……とまあ、色々と問題は在るものの、指南(レクチャー)を行う、という方針に変わりは無い。ゲームの攻略には、どうしても人手が必要なのだから。

 問題に関しては……まあ、此方の説得と(みな)の理解次第であろう。

 

 と、何気に俺が(みな)扇動(せんどう)する様な口振りになっているが……まあ、其れも致し方無い事だと思う。

 今の所、誰一人として初心者救済を(うた)う者は現れてはいない。そもそも、俺以外に初心者救済を考えている者が居るのかすらも怪しい雰囲気だ。となれば、此のまま待っていても状況が改善される見込みは薄い、と思われる。

 そんな状況下に於いて俺は、状況の改善──初心者救済の為の指南(レクチャー)を行おうと考えている。

 当然、考えているだけでは状況を変える事など出来はしない。真に状況を改善したいと願うのであれば、自ら率先して動くべきであろう。

 そして、自ら率先して起こした事態を、他人に丸投げして良い訳がないだろう。……要するに『言い出しっぺの法則』というやつだ。

 

 さて、今後の行動方針については大凡(おおよそ)決まった。

 今現在も広場を包み込んでいる喧騒を(しず)めて、(みな)の注目を俺に集める為の方法にも、一つだけ当てが有る。

 此れで準備はほぼ万端

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……と、言いたい所だが……あと一つだけ、やっておかなくてはいけない事が有る。

 

「そのままでも良い。お前ら……落ち着いて、俺の話をよーく聴け」

 

 俺は、未だに恐怖から身体を震わせている妹達へと声を掛ける。

 其れに反応した彼女達は、ただ、俺の身体に(うず)めていた顔を律儀(りちぎ)にも上げて、三対の双眸(そうぼう)を俺の方にへと向けて来た。

 まあ……顔を上げても上げなくても何方(どちら)でも構わない、と言ったのは俺である為、気にせずに話を切り出す事にする。

 

「俺は、一刻も早くこんな巫山戯たゲームを終わらせる為にも、ゲームの攻略に挑む」

 

 単刀直入に、俺の決意を妹達へと伝える。

 直後、彼女達はびくり、と一際大きく肩を震わせた。其れは、自ら進んで危険へと飛び込もうとしている俺の正気を疑ってのものなのか。或いは、自分達も攻略(きけん)に巻き込まれる事への不安や恐怖から来るものなのか。()しくは、其の両方によるものなのか。

 彼女達の真意は分からないが、()しも後者であったとすれば、早々に彼女達の誤解を解いておくべきだろう。

 

「安心しろ。──お前らに、攻略への参加を強要したりはしないから」

 

 暗に、「お前達は攻略に参加しなくても良い」と伝える。

 すると、彼女達は再び肩を震わせたかと思うと、目を丸くして俺を見詰めて来た。俺の言葉に驚いている、のだろうか。

 若しかしたら彼女達は、攻略に参加する事に対して恐怖の念を(いだ)きながらも、其れでもやはり攻略に参加するべきなのかも知れない、と考え、覚悟を決めていたのかも知れない。其れなのに、俺が「攻略に参加しなくても良い」と出端(でばな)(くじ)く様な事を言ったが為に、鳩が豆鉄砲を食ったような反応になってしまったのであろう。……飽く迄も、俺の憶測でしかないが。

 そんな彼女達の反応には構わず、俺は話を続ける。

 

「闘うのが怖い? 死ぬのが怖い? ──そんなのは当たり前の感情だ。無理して抑え込む必要なんか無いんだ。だから、怖いのに無理して攻略に参加しなくても良いんだ。怖くて攻略に参加したくないって言うのなら、其れでも全然構わないんだ」

 

 本音を言ってしまえば、彼女達には攻略に参加して欲しくはない。彼女達はまだ幼い少女なのだ。そんな彼女達を危険な目に()わせたくはない。出来る事ならば、安全な場所でゲームがクリアされるのを待っていて欲しいのだ。……危険な目に遭うのは、俺一人だけで充分だ。

 ……流石に、其れは俺のエゴである為、口には出さないが。

 

「「「……………………」」」

 

 妹達からの反応は無い。

 まあ、唐突に決断を迫られても、直ぐに答えを出せる筈もないであろう。

 

「今無理に答えを出そうとしなくても良い。俺は今から、やっておかなきゃいけない用事を済ませて来るから、其の間に、自分達がどうしたいのかを考えておいてくれれば良いよ」

 

 時間が必要だ。自分達の気持ちを整理して、答えを出す為の時間が。

 ただ、其れを待っていてやる事は出来ない。妹達が答えを出すのを待っている間にも、他のプレイヤー達が好き勝手に行動を起こし始めてしまう事だろう。そうなると、俺の計画に多少の狂いが生じてしまう事になる。出来る事ならば、余計な手間は掛けたくはないのだ。

 そういう訳だからして、俺は妹達を()き寄せていた腕を離し、多少強引にだが彼女達を振り(ほど)いて立ち上がる。

 俺が離れた事によってか、不安そうな表情を浮かべる妹達だが、そんな彼女達と顔を合わせ続けていては行動に移る事を躊躇ってしまいそうになるかも知れないので、俺は早々に彼女達に背を向けて、(なか)ば逃げる様に足を

 

 

 

 

 

「──待って!」

 

 

 

 

 

 ──踏み出そうとした瞬間に、妹から制止の声を掛けられた。

 

「……もう、答えが出たって言うのか?」

 

 妹の強い口調に動きを止めはしたが、振り向きはしない。

 彼女に背を向けたまま、まさかと思いながらも問い掛けると、彼女からは力強い声で「うん」と返って来た。

 

「…………そうか。……それで、お前はどうしたいんだ?」

 

 彼女のあまりの即決っぷりに内心驚きながらも、では、彼女はどうしたいのかと(たず)ねる。彼女の意思を聞くのだから、流石に身体の向きを変えてきちんと顔を見合わせる。

 果たして、彼女が出す答えとは……

 

「──あたしも、一緒に行くよ」

 

 ──攻略への参加、だった。

 

「…………良いのか? (いばら)の道……なんてもんじゃない。常に死と隣り合わせの危ない橋なんだぞ」

 

 彼女が自分の意思で決めた事である為、其れに対して俺があれこれ言うべきではないのは重々理解している。……だがしかし、彼女の選択した道は本当に危険極まりないものであるが故に、本当に其れで良いのかと……覚悟が有るのかと問い掛ける。

 

「…………正直に言えば……攻略に挑むのは物凄(ものすご)く怖いよ……」

 

 少しだけ(うつむ)いて弱音を()いた彼女だが、「けど……」と言って上げた顔には、続いた言葉には、非常に強い心念が宿っている様に感じられた。

 

「けどッ! 其れ以上に! お兄ちゃんだけが攻略に行って、あたしが知らないうちにお兄ちゃんが死んじゃってる事の方が怖いよッ!」

 

 だから、と──

 

「あたしも一緒に行くッ! あたしも一緒に闘って、お兄ちゃんを護るんだッ!」

 

 ……こうまで言われてしまっては……此処までの覚悟を示されてしまっては、最早(もはや)彼女を止める事なんて出来はしない。

 

「……後悔、するなよ?」

 

「後悔なんてしないよ。何もせずにただ待ってるだけの方が、もっと後悔すると思うから」

 

 苦笑いを禁じ得ない俺のせめてもの抵抗にも、彼女は、先程までの力強い形相とは打って変わる、穏やかな笑顔でそう応えた。

 ……やっぱり、彼女は強情だ。お陰で完全にお手上げだよ、まったく……。

 

「──私も、攻略に参加します!」

 

 と、暗に妹の同行を認めた直後に、なんと……今度はランが攻略への参加の意思を表明した。

 此れには驚いた。冷静そうなイメージの有るランが命の安全を第一に考えての《待機》ではなく、積極的に攻略への参加を選んだ事もそうだ。が、其れ以上に、ユウキよりも先にランが攻略への参加を言い出した事の方が驚きだ。此れも俺の勝手なイメージだが、ランは活発なユウキを抑えるブレーキ役を(にな)っているものだと思っていたのだが。

まあ、其れはさて置いて、だ。

 

「……妹にも言った通り、危険な橋なんだぞ?」

 

 ランにもまた、本当に攻略へと挑む覚悟が有るのかと問い掛ける。

 

「解っています。……それでも行きます! 私もリョウヤさんと同じ様に、一分一秒でも早く此のゲームを終わらせて、ユウを現実世界に帰してあげたいですから!」

 

「……俺の意図に気付いていたのか」

 

「私もリョウヤさんと同じ、上の兄姉(きょうだい)ですから」

 

 成る程。彼女もまた護りたい・救いたいものが在るからこそ、頑張ろうと思えるのだろう。彼女もまた強い人間なのだな。

 

 ……いや──()()()()()()()()()()、のかも知れない。

 

「だったら! 姉ちゃんはボクが護る!」

 

「ユウ……!?」

 

 そんなランを護るんだと、ユウキもまた攻略への参加を表明した。

 

「現実に帰る時は、二人一緒にじゃないと嫌なんだからね!」

 

「…………うん。そうだよね。それじゃあユウ……私と一緒に闘って!」

 

「勿論だよ、姉ちゃん!」

 

 そう言ってお互いの拳を合わせたユウキとランは、直ぐ様、同時に顔の向きを俺の方にへと向けて、決意と覚悟の()もった眼で俺を見詰めて来た。

 そして、妹もまた真剣な面持ちへと変え、俺の事を真っ直ぐに見()えながら、三人を代表して口を開いた。

 

「そういう訳だよ、お兄ちゃん」

 

 三対の力強い眼差しを向けられた俺は、内心にて彼女達に対する愚痴を(こぼ)す。──まったく、人の折角の好意を無下にしやがって、と。

 ただ、其処に怒りの感情は無い。(むし)ろ、彼女達の(たくま)しさに嬉しさすら感じる。それに、やはり何処かで不安を感じていた俺の心が、彼女達の協力を得られた事によって軽くなった様に感じる。

 

「……OK、Alright、理解把握。──んじゃ、全員で足掻(あが)いてやるとしますか」

 

「「「おー!!」」」

 

 彼女達と一緒であれば、何だか行けそうな気がする──。

 そんな根拠の無い自信を胸に、俺は彼女達と共にゲーム攻略への第一歩を踏み出したのであった。

 

 

 

 

 




 
という訳で、リョウヤ達四人がゲーム攻略への参加を決意しました。
そして、恐らくは次回でデスゲーム開始直後の内容は終わらせられると思います。

それでは皆様──良いお年を!
 


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Stage.8;希望の灯火

 
(ようや)く書けました。
うだうだ言い訳など垂れず、遅れてすみません、とだけ言わせて頂きます。

それでは、本編第8話をどうぞ!


[8/27]段落付けを行いました。
[10/18]一部修正しました。
 


 

 

 

 

 

 一刻も早く此の巫山戯(ふざけ)たゲームから解放される為に、ゲーム攻略に挑む事を決意した俺達四人。

 俺は妹達を先導し、人混みを()う様にして進みながら、聴覚を頼りに目的地を目指す。

 

「そう言えば、リョウヤさん……さっき、やっておかなきゃいけない用事が有るって言っていましたけど、其れって一体……」

 

 そんな中で、不意に投げ掛けられるランからの問い掛け。

 そう言えばと、大した説明もせずに歩き出してしまった事に今になって気付いた俺は、歩く速度を(ゆる)めて、なるべく手短に説明を行う。

 

「ニュービー ──初心者プレイヤー救済の宣言、だよ」

 

「初心者プレイヤーの救済、ですか……?」

 

「ああ。今此のゲームに参加しているプレイヤーの九割は、今日始めたばかりで右も左も分からない初心者だ。だから、初心者講習を開催して、(みんな)に戦い方を覚えて(もら)おうと思ってる。そうすれば、戦闘で何も出来ずに死ぬなんて事態を減らせるだろうし、前線に回って来る戦力を増やす事が出来るかも知れないからね」

 

 俺の説明に、「おぉー」と感心する様な声を上げる妹達。

 しかし、其れも束の間。何かに気付いた様子の妹から、其れを指摘する声が上がる。

 

「けど、(みんな)がこんなにも(さわ)いでる状態で、どうやって其れを伝えるの?」

 

「其れなら問題無い。今から其れを解決する為の当ての所に行くんだよ」

 

「「「……当て?」」」

 

 其れに対する俺の返答に、質問を投げ掛けて来た妹だけではなく、ユウキとランも(そろ)って疑問の声を上げる。……ただ、時間が惜しい事もある為、当ての詳細については省略させて貰う事にする。

 さてと、俺は妹達との会話の為にと()いていた分の意識を、再び聴覚へと集中させる。

 此の喧騒の中に()いてもよく聴き取る事が出来る目的のモノは、妹達への説明を始める前よりも音量が大きくなっている様に感じられる。詰まる所、目的のモノの出所(でどころ)は近いという事だ。

 そうであるのならばと、大半を聴覚にへと割いていた意識を、徐々に視覚の方にへと回す。

 そうして、視線を彷徨(さまよ)わせながら目的のモノが聴こえて来る方向にへと歩を進めていると、視界の先に一際目立つモノを捉えた。

 

 其れは、一人の長身長髪のプレイヤーが、向かいに立つ一組の男女のプレイヤーと話をしている光景。……いや、正確に言えば、長身長髪のプレイヤーが一人(わめ)き、向かいのプレイヤーが其れを(なだ)めている様な光景だ。

 

 長身長髪のプレイヤーは、実に綺麗な銀色の髪を腰の辺りまで伸ばしている。巨人によってアバターを強制変更されてしまっているので、あれはあのプレイヤーの自前の髪なのであろう。恐らくは外人なのであろうか。

 遠目に見れば女性と見間違えてしまいそうではあるが……聴こえて来る其の声の声音は、残念ながら男性のソレだ。……もっと言ってしまえば、其れは俺が探し求めていた目的の(モノ)であった。

 

 一方の、男女のプレイヤー達。

 男性の方は、銀髪プレイヤーよりも(わず)かに低いが充分に長身であり、短髪の黒髪。ただ、顔付きは何方かと言えば『青年』と言うよりも『少年』と言った感じだ。

 俺と大して変わらないくらいの歳だろうか。……もしそうであるのならば、実に(うらや)ましい限りである。現実世界では高校一年生である俺の身長は、百六十センチと平均よりも少し低い。高身長に(あこが)れているが故に、同年代くらいで自分よりも目測十センチ以上も背が伸びている彼の事が実に羨ましい。そう思うのと同時に、自分自身の成長具合に対して悲しさを覚えてしまう。

 ……まあ、其れは今はさて置くとして。

 彼はこんな異常事態であるというにも(かか)わらず穏やかな笑みを浮かべており、銀髪プレイヤーを宥めている。余程肝が()わっているのか、(ある)いは未だに此の状況を楽観的に捉えているのか。果たして……。

 

 女性の方は、目測で隣の少年よりも二十センチくらい低く、全体的に細身だ。菫色(すみれいろ)のショートヘアを額の真ん中辺りで左右に分けており、其の下に在る顔は、此方もまたやや幼い印象を受ける。

 此の異常事態に怯えているのか、はたまた銀髪プレイヤーの迫力にびびっているのかは判らないが、彼女は少年の腕にしがみ付いている。……うん、隣の彼と比べれば実に正常な反応だろう。

 

 そんな三人の(もと)へと俺は歩みを進め、そして意を決して声を掛ける。彼らこそ……正確には銀髪プレイヤーこそ、此の喧騒を鎮める為のキーパーソンなのだ。

 

「取り込み中にすみません。少し良いですか?」

 

「あ゛あッ?」

 

 現実の姿に戻されてしまっている事と、銀髪プレイヤーの雰囲気に気圧されてしまった事で、ゲームの中でありながらつい敬語を使ってしまった。……まあ、ゲームの中であっても、多少なりともの礼儀は必要であろう。

 で、其れに対して銀髪プレイヤーは、(すご)みの利いた声と共に此方へと振り向いた。此方へと向けられる目付きも鋭く、正直言ってかなりビビる。……けれども、全体的な顔立ちは結構整っている方なので、長い銀髪と相俟(あいま)って思わず見惚れてしまいそうである。

 

「ンだテメェらは? なんか用かァ?」

 

「あ、はい。えっと……俺はリョウヤって言います。元ベータテスターです。で、こっちは妹のシリカと、連れのユウキとランって言います」

 

 気を取り直して、先ずは此方の自己紹介を行う。妹達は銀髪プレイヤーの気迫に怯えて俺の後ろに隠れてしまったので、彼女達の紹介は俺が代行する。

 

「リョウヤにシリカ、ユウキにランだな。俺は《タケシ》って言うんだ。で、こっちが《スクアーロ》で、こっちは《クローム》って言うのな。つー訳で、宜しくな!」

 

 そんな此方の自己紹介に自己紹介で返してくれたのは銀髪プレイヤー…………ではなく、自らを《タケシ》だと名乗る黒髪短髪のプレイヤーであった。

彼は、現状には非常に似つかわしくない(さわ)やかな笑顔を浮かべて自己紹介をするものだから、俺はそんな彼の態度に呆気にとられてしまった。こんな異常事態の中でどうしてそんな爽やかな笑顔を浮かべられるのだろうか、と。

 そんな彼の紹介によれば、銀髪プレイヤーの名は《スクアーロ》、菫色の髪の女性プレイヤーは《クローム》と言うらしい。

 

「う゛お゛ぉぉおい! いきなり話に割って入って来んじゃねェッ!」

 

「あはは、わりぃわりぃ。けどよ、話をするんだったらさ、こっちの自己紹介だって必要だろう?」

 

「そりゃあ、そうかもしれねぇが…………ったく。んで、改めて訊くが、オレ達になんの用だァ?」

 

 タケシが突然話に割って入って来た事に噛み付くスクアーロであったが、彼もまたタケシの態度に呆れ、毒気を抜かれてしまった様子。其のお陰か口調が若干柔らかくなったスクアーロが、改めて用件を尋ねて来た。

 

「単刀直入に言うと、初心者プレイヤー救済の宣言を行う為に、スクアーロさんの大声で此の喧騒を(しず)めて(もら)いたいんです」

 

「……初心者プレイヤーの…救済?」

 

 其れに対して俺が答えを返すと、此処までずっと静かにしていたクロームが『初心者プレイヤーの救済』の部分に反応を示した。

 勿論彼女だけではなく、タケシとスクアーロの二人も興味を示した様子であり、スクアーロなんかは「詳しく聞かせろ」とでも言わんばかりの鋭い視線を此方に向けている。

 そういう訳で、俺は先程妹達にしたのと同じ説明を彼らにも行う。

 

「成る程なァ。理に適った悪くねぇ考えだ」

 

 彼らの反応は、妹達と同様に感心する様なものだった。中でも、スクアーロは俺の考えに対して肯定的とも思える反応を示している。

 

「それで……協力して貰えますか?」

 

 割と好感触な反応を示したスクアーロに改めて協力を要請すると、彼はニィ、と口角を吊り上げ──

 

「良いぜェ! テメェの案に協力してやろうじゃねぇか!」

 

 賛同的な返事をくれた。よし! 此れで行動を起こす為の準備は完璧に整ったぞ。

 

「ありがとうございます!」

 

「其の代わり、オレ達も其の初心者講習に参加させろ! 良いなァ?」

 

「え? ええ……勿論良いですよ」

 

 そして協力をする見返りにと、彼は自分達も初心者講習に参加させろと要求して来た。

 此方の()(まま)に付き合って貰うのだから、当然見返りは必要だ。……ただ、其れが初心者講習への参加なんかで本当に良いのだろうか、と思ってしまう。お金なり、アイテムなり、情報なり……見返りとして相応しいものは他にも有るのではないだろうか、と思ってしまう。

 ……などと思いつつも、『時は金なり』──其れを問答しているだけの時間が正直()しい為、(いず)れ何かしらの形でお礼をする事にしよう、と心に決めて、今は取り敢えず保留にしておく事にする。

 

「さて……それじゃあ、早速行動に移るとしましょうか」

 

 さて置き。

 さぁて……より良い未来へと導く為の大事な大事な大仕事だ。

 気ィ引き締めて行くとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─Kirito side─

 

 

 どうする……? どうすれば良い……?

 

 茅場 晶彦を名乗るあの赤ローブの巨人の言葉が全部本当なら、此れから此の世界で生き残っていく為には、只管(ひたすら)自分を強化しなきゃならない。

 MMORPGは、プレイヤー間のリソースの奪い合いだ。システムが供給する限られた金とアイテムと経験値を、より多く獲得した奴だけが強くなれるのだ。

 ……恐らく、此の《はじまりの街》周辺のフィールドは、同じ事を考える連中に狩り尽くされて、直ぐに枯渇(こかつ)するだろう。そうなれば、モンスターの再湧出(リポップ)を只管探し回る羽目になる。

 其れを回避する為には、今の内に次の村を拠点にした方が良い。幸い俺は、道も危険なポイントも全部知っているから、レベル1の今でも安全に辿(たど)り着けるだろう。其処に連れが一人増えたとしても、好戦的(アクティブ)モンスターから護りつつ次の村まで連れて行けるという自信が有る。

 

 ……けれども、其れを行う事は出来そうにない。

 俺の(かたわ)らには、共に此のゲームにログインした三人の幼馴染みが居る。

 偶然出会い、数時間共にプレイして、友人と思える様になった趣味の悪いバンダナの曲刀使いが居る。

 彼ら全員を護りながら次の村まで連れて行くのは、流石の俺でも難しいだろう。そして、其れで仮に途中で死者が出てしまい、其の結果、茅場の宣言通りに其のプレイヤーが脳を焼かれ現実でも死んだ時……其の責は、安全な《はじまりの街》からの脱出を提案し、しかも仲間を護れなかった俺に()せられなければならない。……そんな途轍(とてつ)もない重みを背負う事など、俺には出来ない。

 だからと言って、彼らの中から一人だけを選び……或いは彼ら全員を見捨てて先へと進む事なども、俺には出来ない。そもそも、そんな事を考えること事態(もっ)ての外だ。

 だが、他に良い案は浮かんで来ない。(ほとん)ど八方(ふさ)がりの状態だ……。

 

 どうすれば良い……? どうしたら良いんだ……?

 

 

 

 

 

「う゛お゛ぉぉぉぉぉおおおおおおおい!!!」

 

 

 

 

 

 ……そう考えていた所に、またしてもあの馬鹿デカい声が広場中に行き渡らんばかりに(ひび)いた。……こっちは今真剣に考えているんだ。集中力を()き乱す様な真似をしないでくれ。

 

「テメェらァ! 全員静かにしやがれぇぇぇえええええ!!」

 

 お前が静かにしろよッ! 正直言って耳障りなんだよッ!

 ……と、憤怒(ふんど)の思いで、傍迷惑(はためいわく)な大声野郎に対して心中にて毒突いていた俺は…………次の奴の言葉を聴いて、腹の(うち)の思いを吹き飛ばされる事になった。

 

 

 

 

 

「今からオレの連れが、此のクソッタレな状況を打開する為の話をするぞォ! テメェら全員、耳の穴ァかっぽじってよォく聴きやがれぇぇぇえええええ!!」

 

 

 

 

 

 ──此の状況を打開する。

 確かに、アイツはそう言った。(すなわ)ち、アイツの言う連れには有るという事だ──俺には思い付かなかった、此の状況を打開する為の考えが。

 ならばと、俺は(わら)にも(すが)る様な思いで祈る。俺は、此の理不尽な死のゲームを生き残りたい。()れども、幼馴染み達や折角の友人を見捨てたくはない──其の何方の願いも捨てずに済む都合の良い考えであって欲しいと、強欲にも祈る。

 

 其の様に考える俺の周りでは、徐々に喧騒が鎮まりつつある。此の場に居るほぼ全てのプレイヤーが、不意に訪れた希望を決して聴き逃すまい、という思いから口を閉じているのだろう。

 そうして、先程のチュートリアルの時とは違う意味で鎮まり行く広場に、「よっ、と」という誰かの掛け声が響いた。決して大きな声ではないのだが、周りが静かであるが故に声がよく通るのだ。

 其の掛け声とほぼ同時に、ひょっこり、と一人のプレイヤーが俺達の頭の高さよりも少し高い位置に顔を出した。遠目だから細かい所までは分からないが、ダークブラウンの髪色をした癖の有る短髪の男性プレイヤーだ。恐らくはアイツが、大声プレイヤーの言う連れなのだろう。

 

「あー、あー……」

 

 声の調子を確かめている様子の彼を見ていれば、彼はやがて息を吸い込む様なモーションを起こし、そして──

 

 

 

 

 

「聴いてくれェ!」

 

 

 

 

 

 広場に居るプレイヤー全員の耳に届く様にと声を張り上げた。大声プレイヤーの其れには遠く及ばないが、静かな広場に響き渡るには充分な音量であった。

 

「俺の名前はリョウヤ! 元ベータテスターだ!」

 

 次いで告げられた彼の名前に、俺はギョッとした。

 今、彼は自分の事を《リョウヤ》と名乗った。

 リョウヤ──其れは、数時間前に此の広場で偶然知り合い、フレンド登録をしたポニーテールの男性プレイヤーと同じ名前だ。もしかして、と考えてしまう。

 だが、確証が無い。アバターを現実世界の姿に変えられてしまった為に、見た目なんて当然当てにはならないし、名前だって、一万人近くものプレイヤーが居るのだから、似た様な名前のプレイヤーだって一人や二人くらい居るだろう。

 一応確かめる為の(すべ)は在る。それこそフレンド登録をしてあるから、メッセージを飛ばして同一人物であるかどうかを本人に直接確認すれば良い。……が、どう考えたって今は其れを行なって良いタイミングではない。

 それに、早急に確認をしなくてはならない訳ではないし、其の必要性も感じられない。ぶっちゃけた事を言ってしまえば、次に見掛けた時にでも確かめれば良いだろう。結論としては、此の話は一旦横に置いておく、というものだ。

 と、自分の中で自己完結をしていると、彼の言葉が続けられた。

 

「俺は今此処に、初心者講習の開催を宣言する! 死にたくない奴、此の巫山戯たゲームに挑もうという奴、腕に自信の無い奴は是非とも参加してくれ! 勿論、強制はしない!」

 

 彼がそう宣言した瞬間、広場のあちこちで小さな歓声が幾つも上がる。

 当然だろう。今此の場に居るプレイヤーの約九割は、今日ゲームを始めたばかりで右も左も分からない者達ばかりだ。そんな彼らにとって初心者講習の開催は、まさに天の恵みなのだろうから。

 

 其の一方で、彼の宣言を聴いた俺は、俺の中の重荷が一つ軽くなった気分になった。もしも此処で幼馴染み達や友人を置いて行ったとしても、彼が生き残る為の(すべ)を彼らに与えてくれる。そうなれば、彼らが死ぬ確率は幾らか低くなるだろう。

 勿論、彼だってベータテスターだ。何れは攻略の為に前線に出て来るであろうから、ずっと初心者の面倒を見続けてくれるとは限らない。でも、其の頃には彼らも充分に戦える様になっている事だろう。だから、きっと大丈夫だ……。

 そんな俺の希望的観念を他所に、彼の演説は続く。

 

「また、其れに当たって、元ベータテスターの人達には有志を(つの)りたい! 俺一人で何百、何千人ものプレイヤーの相手をするのは正直厳しいので、手伝ってくれると助かる!」

 

 確かに、其れはかなりキツいだろう。

 加えて言えば、圧倒的に効率が悪い。何人かのグループに分けて指南(レクチャー)を行ったのだとしても、其のグループが何十、何百組も在っては、一人で行うには時間が掛かり過ぎる。

 ()しも此れが、何十人、何百人の元ベータテスターにより分担して行われたのであれば、掛かる負担や時間は大分減らす事が出来るだろう。

 

「初心者の救済は、ゲーム攻略の為の戦力増加にも(つな)がる! 此のSAOは、多人数での共闘がゲームクリアの前提となるMMORPGだ! であれば、一人でも多くの戦力が必要だ!」

 

 彼の演説は、中々に巧みだ。ベータテスター達の意識を初心者講習への参加へと誘導している。

 MMORPGは、基本的には他のプレイヤーと競い合って自身を強化して行くものだが、ボスモンスターみたいな強力な敵を相手にする場合には、彼の言う通り他のプレイヤーとの共闘が必要になる。《ゲームオーバー = 現実の死》というイカれたルールが実装されてしまった現状、ボス戦などで死なない為には殊更(ことさら)に必要だ。

 其の為には仲間が必要になる。少数精鋭だと不測の事態で攻略が(とどこお)る事も考えられるから、より多くの腕が立つプレイヤーが必要になるだろう。

 初心者講習が其の戦力増加に繋がるともなれば、ベータテスター達は有志への参加を前向きに考える事だろう。

 

 此れが彼の考え──。

 ボス戦の時だけではなく、普段の攻略に()いてもプレイヤー同士で協力し合い、(みな)で生き残ってゲームをクリアしようとしている。

 其れは、俺には思い付かなかった考えだ……。

 

 …………いや、思い付かなかった、のではない──俺は、其れを()()()()()()()()()()のだ。

 俺は、とある理由から他人と関わり合いになる事が怖くて、人付き合いに対して苦手意識を(いだ)き、()ける様になった。幼馴染み達のお陰で少しはマシになったとは思うが、それでもやはり、幼馴染み達や家族以外を相手にする事には躊躇(ためら)いを(いだ)いてしまう。

 今回だってそうだ。俺は、幼馴染み達は兎も角、友人……延いては彼の仲間と関わり合いになる事を躊躇った。だから、効率が悪くても《はじまりの街》周辺でパーティーメンバー全員を強くしてから先へと進む、という考えを最初から捨ててしまったのだ。

 ……けれども、今はそんな事を言って甘えていられる状況ではないだろう。

 

「けれども焦りは禁物だ! 現状、一度でもゲームオーバーになれば其の時点でゲームも現実(リアル)死亡(しゅうりょう)なんだ! だから時間を掛けて地道に強くなって行くんだ! 強くなる事に手間を惜しむな! ぶっちゃけ現実の時間の事なんて考えるな! 生き残る事を最優先に考えろ!」

 

 相当にぶっちゃけた事を言ってはいるが、其れが生き残る為の優良な手段である為に、抗議の声は上がらない。

 

「……以上で俺の演説は終了だ! それじゃあ、講習に参加したい奴は俺の(もと)に集まってくれ! 」

 

 そうして、彼の演説が締め(くく)られた、其の直後──

 

「俺も、元ベータテスターだ!」

「ハーイ! ベータテスターならこっちにも居るよー!」

「俺の所でも初心者講習を受け付けるぞー!」

「最低限の知識は教えますよー!」

 

 彼の演説に感化された元ベータテスターだと(おぼ)しきプレイヤー達が、自分達も、と次々に初心者講習の指南役を買って出る。そして──

 

「……クライン」

 

「? 何だ、キリト?」

 

「……お前の仲間を……探してこい」

 

「「「!?」」」

 

「キリト……おめぇ……!」

 

「……俺が……お前達を強くしてやるよ」

 

「ッ! 応よ! 直ぐに見付けて来っからよ、待っててくれよな!」

 

 俺もまた、友人─《クライン》に彼の仲間を探して来る様にと言い、彼らにも指南(レクチャー)を行う事を伝える。

 其れに対して一瞬驚いた様な表情をしたクラインだったが、ニカッ、と笑顔を浮かべると、俺達に背を向けて、仲間を探しに移動をし始めた人混みの中へと消えて行った。

 

「キリト……あなた……」

 

 幼馴染みの内の一人が、俺の事を心配して声を掛けてくれる。

 

「……正直に言えば自信なんて無い。……けど、だからって自分の弱さを理由に逃げていられる状況じゃない……」

 

 やはり、人と関わり合いになるのは怖い。

 けれども、俺には護りたいモノが在る。護りたいと思えるモノが増えた。其れらの為ならば、自分の弱さを理由に立ち止まっていては駄目なのだ。自分の気持ちを曲げてでも進まなければいけないのだ。

 

「……だから……フォローを頼む」

 

 其れが一人では駄目だと言うのならば、頼れる幼馴染み達に頼れば良いのだ。

 

「うん!」

 

「分かったわ!」

 

「任せてちょうだい、キリト!」

 

 ──こうして俺の、仲間と共に歩むSAO攻略(ちょうせん)が始まったのだった。

不安は尽きないが、やると決めた以上はもう逃げはしない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんぱ〜〜〜〜い!」

 

「ぐはッ……!?」

 

 ……何やら悲鳴じみた声が聴こえた様な気がしたのだけれど…………気の所為、だろうか……?

 

 

 

 

 




【今回の可能性(もしも)

・ベータテスターが初心者(ニュービー)を見捨てなかったら。


──という訳で、前回からの予定の通りの《初心者救済》ルートです。
まあ、初心者講習を開いた所で、死者は出てしまうんでしょうけれどね……。減る事は減るでしょうけれども。

そして、キリトの幼馴染み達が出ましたが…………まだ発表は引っ張ります!
はてさて、一体誰なんでしょうねぇ?

さてさてさーて。
此れで(ようや)くシリアスな展開が一段落しました。
そして次回は、ギャグっぽい展開を(はさ)もうと考えています。
お楽しみにー!

最後に、今回登場したパロキャラ達の元ネタを紹介して終わりたいと思います。
それでは皆さま、また次回!


【パロキャラ】

・スクアーロ / スペルビ・スクアーロ(家庭教師ヒットマンREBORN!!)
・タケシ / 山本(やまもと) (たけし)(家庭教師ヒットマンREBORN!!)
・クローム / クローム髑髏(どくろ)(家庭教師ヒットマンREBORN‼︎)

 


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Stage.9;実から()れるは『あくしゅう』なれど……

 
…………筆が進まなかった(汗)


[8/28]一部修正しました。
[11/16]一部修正しました。

[8/7]一部修正しました。

[12/31]タイトルにルビを振りました。
 
[11/6]特殊タグを追加しました。



 

 

 

 

 

─??? side─

 

 

 

 

 

 ……何故だ?

 

 

 

 

 

 何故だ、何故だ?

 

 

 

 

 

 何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!?

 

 

 

 

 

 ──何でだぁぁぁぁぁあああああああ!!?

 

 

 

 

 

 此れは一体全体どういう事なんだッ……!?

 

 俺は、(おそ)われないんじゃなかったのかッ……!?

 ……いや、訂正しよう。時として襲われる事は在った。だが、それでも頻度(ひんど)は少なかった。

 と言うのも、俺は他の奴らに恐れられる様な見た目をしているのだ。俺の姿を見た奴らの(ほとん)どは、俺の姿にビビり、俺と関わり合いになる事を恐れて、()ける様に俺から逃げて行った。……別に其れが悲しいと思った事は無い。(むし)ろ、関わり合いになろうとしてこない事に安堵(あんど)の念すら(いだ)いている。

 もう一つ……俺には強力な後ろ盾が在る。こんな俺ではあるが、それでも仲間はちゃんと居るのだ。俺に手を出そうものならば、仲間達は黙ってはいない。(すさ)まじい報復が待っているのだ。其の事を知っているからこそ、俺の事を襲おうとする奴なんて殆ど居なかったのだ。……本当に時折、其の事を知った上で俺に手を出そうとしてくる、命知らずな馬鹿が居たけれども。

 

 ……なのにだ、此処最近の俺は頻繁(ひんぱん)に襲われている。其れ故の冒頭の叫びなのだ。

 どういう訳なのか、奴らは俺の姿を見ても恐れなくなった。

 後ろ盾による報復にも、奴らは(おく)していない様子なのだ。

 

 改めて物申したい──此れは一体全体どういう事なんだッ……!?

 

 そんな訳だから、此処最近の俺は奴らに見付からない様にと、身を(ひそ)めながら日々を過ごしていた。

 今日だってそうだったのだ。……けれども、今日の俺は非常に運が悪く、進んだ先で奴らと出会(でくわ)してしまったのだ。

 其れ故に、俺は奴らに見付かってしまった瞬間に(きびす)を返し、俺が出し得る限りのスピードを()って其の場から逃げ出した。──そして、今現在進行形にて絶賛逃走中ナウである。

 戦う(すべ)が無い訳ではないのだ。……けれども、多人数を相手に俺一人で戦えるのかと()かれれば、答えは『(いな)』……勝てるのかと訊かれれば、断じて『否』である。

 であれば、取るべき選択肢は『逃走』一択。『三十六計逃げるに()かず』である。……のだが──

 

「折角見付けた獲物だ! 絶対に逃すなよ!」

 

「「「応ッ!」」」

 

 ……そうは問屋(とんや)(おろ)してはくれないらしい。奴ら……執拗(しつよう)なまでに俺の事を追い掛けて来やがる。

 畜生がッ! いい加減に(あきら)めやがれってんだッ!…………って、マズい! 行く手を囲まれたッ……!?

 

「やっと捕まえたぜ」

 

 ……ヒィッ!? い、いい……!?

 

「てな訳で……大人しく俺らに狩られて(もら)おうか──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──《実付きネペント》!」

 

シャァァァァァアアアアアアア(いやぁぁぁぁぁあああああああ)ッ!!?」

 

 

 

 

 

「…………なんか今の、悲鳴っぽくなかったか?」

 

「んな訳ねーだろ」

 

 

 

 

 

 本ッッッッッッッ当に──何でなんだぁぁぁぁぁあああああああッ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─No side─

 

 

 ──話は、命()けのゲームの開始から数日が経った頃にまで(さかのぼ)る。

 

 唐突だが、SAOには《クエスト》というものが存在する。

 最上階を目指す、というのが勿論SAO最大のグランド・クエストである訳だが、其れ以外にも大小様々なクエストが無数に用意されている。

 NPCにお使いを頼まれたり、護衛をしたり、探し物をしたりと内容も幅広く、其れらをクリアすれば相応の報酬を得る事が出来るのだ。

 

 其の中の一つに、《森の秘薬》というタイトルのクエストが存在する。

 《はじまりの街》を出てから次に辿(たど)り着く村─《ホルンカ》にて受けられるクエストだ。

 其の内容は──重病に(かか)ってしまった女の子がおり、母親が市販の薬草を(せん)じて飲ませてみるも一向に治る気配がみられない。残る治療法は、西の森に棲息(せいそく)している捕食植物の胚珠(はいしゅ)から取れる薬を飲ませる事…………なのだが、其の捕食植物はとても危険な上に、胚珠を持っている花を咲かせた個体は滅多に見付ける事が出来ない為、母親にはとても手に入れる事が出来ない。なので代わりに剣士達に胚珠を取って来て欲しい、といったものだ。

 

 此れをクリアする事で手に入れられる報酬が《アニールブレード》という片手剣だ。

 此の《アニールブレード》……初期装備の《スモールソード》は勿論のこと、《ホルンカ》の武器屋にて購入する事が出来る唯一の片手剣である《ブロンズソード》よりも性能が高く、しっかりと強化を重ねれば第三層の迷宮区まで使い続ける事が出来るのだ。

 詰まる所、片手剣使いにとって《森の秘薬》クエストは攻略必須なクエストだと言える、という事なのだ。

 

 初心者講習(の指南役)を終えて、本格的にゲームの攻略へと乗り出したリョウヤ達も、勿論のこと此の《森の秘薬》クエストを受ける事にした。

 ……クエストを受注する際に、ユウキが病気の女の子の事を気遣(きづか)うという一幕があった。

 残念な事に、此のクエストは何度でも受注する事が可能なクエストだ。──詰まる所、誰かが此のクエストを受ける度に振り出しへと戻り、女の子は病気に苦しみ続ける羽目になるのだ。

 ただ、女の子を気遣う心優しき少女(ユウキ)に其の様な残酷な事実を告げる事は気が引けてしまい、リョウヤは「少しでも良くなるといいな」と明確な回答は()けたのであった。

 

 さておき。

 そんなリョウヤ達だが……実は、彼らの一団に新しいメンバーが加わった。

 

 先ず一人は、《メイス》使いの少女─《リズベット》。彼女は現実世界(リアル)()けるリョウヤの中学時代の後輩だ。

 リョウヤが現実世界(リアル)に於いて自分がよく知っている先輩であると解った彼女は、彼による演説の直後に、此の世界に於いて唯一頼れる存在である彼の(もと)へと突撃をかまして来て、自分も助けて欲しい、仲間に加えて欲しいと懇願(こんがん)して来たのだ。

 

 更に加えて五人。此方もリョウヤとは現実世界(リアル)に於ける知り合い──同じ高校の同級生──であり、知り合いの(よし)みで協力する事になったのだ。

 それぞれ、《(こん)》使いの《ケイタ》、《メイス》使いの《テツオ》、《長槍(ながやり)》使いの《ササマル》に、《短剣》使いの《ダッカー》。そして紅一点の《長槍》使い─《サチ》だ。

 残念ながらパーティーの人数制限──最大六人──の関係上、()()()()()()彼らとパーティーを組む事は出来ず、其れにより何かと不都合な事は生じるが、其れでも彼らは共に助け合う仲間(パーティー)である、とリョウヤ達は認識している。

 

 一方で、リョウヤ達と別れて行動に出たプレイヤー達も存在する。

 リョウヤ達による指南(レクチャー)を受けた初心者(ニュービー)達もそうだが、特筆すべきはリョウヤの演説を手伝った《スクアーロ》達三人だ。

 彼らはある程度の技術を身に付けると、「此れ以上テメェに手間を掛けさせる訳にはいかねぇ」「先に行って道を切り(ひら)いといてやる」と言って先へと進んで行ったのだ。

 別れる前に彼らとはフレンド登録をしており、フレンドリストから彼らの名前が消えていない事から、彼らが此の時点では存命である事をリョウヤ達は把握している。

 

 ──閑話休題。

 

 そんな訳で、経験値(かせ)ぎも兼ねて十人で協力して(くだん)の捕食植物である《リトルネペント》を狩るリョウヤ達。

 余談だが、装備柄やる必要の無いクエストを手伝ってくれる仲間達に申し訳なさと感謝の念を(いだ)いたリョウヤは、今後彼らの装備強化に関わるクエストには()しみ無く力を貸す事を心に決めた。

 

「……結構探してるのに、全然見付かんないね……目的の《花付き》ネペントって奴」

 

 狩り続けて大分時間が経つが、ユウキの言う通り、彼らは未だに標的(ターゲット)である《花付き》のリトルネペントを見付けられずにいる。

 何も付けていないノーマルのネペントを狩れば狩るほど《花付き》の出現率を上げる事が出来る。なのでリョウヤ達は見付けたノーマルのネペントを片っ端から狩っているのだが、其れでも《花付き》の発見には至っていないのである。

 幸いな事は、必要としているクエストのキーアイテム《リトルネペントの胚珠》の数が二個で充分であるという事だろう。総勢十人という大人数のパーティーだが、片手剣使いはリョウヤとユウキの二人だけなのだ。

 未だに一個も胚珠を獲得(かくとく)出来ていない状況ではあるが、二個くらいであれば……まあ、何とかなるだろう、とリョウヤは特に根拠の無い見当を立てている。

 

「まあ、希少種だからなぁ。出現率が低いのは仕方が無いさ」

 

 そんなリョウヤは、ゲームの設定なのだから仕方が無い、とユウキを(なだ)める。

 

「地道に数を狩り続けて見付けるしかないだろうけど、まあ……根気良く行こうや。それにほら……倒せば倒した分だけ経験値も稼げて強くなれる訳なんだから、あんまり悲観する事ばっかでもないだろ」

 

 《花付き》ネペントを見付けるには地道に探すしかないのだが、ただ其の事を伝えるだけでは彼女達の士気を低下させてしまう事になりかねないと考え、彼は彼なりに明るく(つと)めながら言う。

 (ちな)みに、彼は其の手の地道な作業にはある程度慣れている為、あまり苦には感じていなかったりする。

 

「流石はお兄ちゃん。出現率の低いポケ○ンの捕獲を根気良く粘ってるだけの事はあるね」

 

「そうなのかい? ……あ! ならもしかして、性格の厳選とか理想個体の厳選とかも粘ってるタイプだったり?」

 

「はい、割と粘ってますよ。6Vが理想個体なら出るまで孵化(ふか)させ続けますし、なんなら、次の時の為にって理想個体のメスの厳選までしてますよ」

 

「うっわマジかよッ!? メスの出生率低い奴の理想個体が6Vとかだったらかなりハードじゃん……」

 

「予備用……で良いのかな? ……は兎も角、育成する個体はおうかんとか使ったりしないの?」

 

「貴重な道具だから、伝説系とか以外にはなるべく使いたくないんですって」

 

「……変な所でストイックなのね」

 

 兄のそんな一面を知っているシリカが何気なく(つぶや)いた所、其処から何故かポケ○ン談義が始まってしまった。

 自身のプレイスタイルの事が話題にされている事に対して妙な気恥ずかしさを感じたリョウヤは、(みな)の意識を集めるべくゴホン、と咳払(せきばら)いを一つ。

 

「……つー訳だから、ノーマルのネペント共をどんどん狩って行くぞ」

 

 やや強引に話を(まと)めてから、そっぽを向いてそそくさと歩き出す。そんな露骨に話題を()らして逃げたリョウヤの様子を可笑しく思いながら、残りの九人も彼の後に続いて歩き出す。

 

 そんな感じで再開となった花付きネペント探し。

 ……ただ、メンバーの中でただ一人──リョウヤだけは心穏やかではなかった。理由は言わずもがな、自分の事を話題にされた事に対する気恥ずかしさによるものだ。彼は、自分の事を話題にされる事があまり好きではないのだ。

 そんな好ましくない気分を振り払うべく、彼は気を紛らわす事の出来るナニかを探し求め、視線を彷徨(さまよ)わせる。

 

 ──そして、視界の先に《ソレ》を見付けた。

 

 リョウヤの視界に映ったのは、小さなカラー・カーソルだ。己を強化する事で此の命懸けのゲーム(デスゲーム)を生き残るべく、狩りの効率を上げる為にもと取得した《索敵(サーチング)》スキル──其れによって反応距離が広がっているので、本体はまだ視認出来ていない。

 カーソルの色は、モンスターである事を示す《赤》であるが、色合いは一般的なものよりもほんの少し濃いものになっている。此の濃淡によって、敵の相対的な強さを大まかに計る事が出来るのだ。今回の場合であれば、相手はリョウヤ達よりもほんの少し強いレベルである、という事になるのだ。

 だからと言って、そんな事に(おく)するリョウヤではない。

 ……と言うよりも、今の彼はそんな事など全くもって気にしてはいない。ただただ、期せずして(いだ)く羽目になってしまった不快感の()け口に出来る《獲物》を見付けられた事に、《歓喜》の念…………否、《狂喜》の念を(いだ)いているのだから。

 

 狂った喜びを胸に、カーソルが指し示す(もと)へと駆け出すリョウヤ。そして其れを追い掛ける残りのパーティーメンバー達。

 向かった先に居たのは、ウツボカズラ(ネペンテス)彷彿(ほうふつ)とさせる胴体をした植物型のモンスターであり、胴体の下部では移動用の根が無数に(うごめ)いている。左右には鋭い葉を(そな)えたツルがうねっており、頭に当たる部分では捕食用の《口》が粘液を垂らしながらパクパクと開閉を繰り返している。──其れこそが、先程からリョウヤ達が狩り続けている《リトルネペント》である。

 因みに、名前に《リトル》と付いてはいるが、其の身の丈は一メートル半とそれなりに大きかったりする。

 そして(まれ)に、口の上に大きな花を咲かせた個体が出現する事があり、其れこそが、リョウヤ達が探し続けている《花付き》のリトルネペントである。……ただし、今回見付けた個体は残念ながら何も付けていないノーマルのネペントであった。

 

「──らあッ!!」

 

 またしても目当ての個体ではなかった事に落胆する事も無く、リョウヤはネペントの(もと)へと駆け寄って行き、カーソルを視認した時点で既に抜いていた得物をネペント目掛けて勢い良く振るう。

 

「シュアッ……!?」

 

 背後からの奇襲であった為に当然ながら反応する事が出来ず、リョウヤの攻撃を受けて悲鳴を上げるネペント。

 其れにより(ようや)くリョウヤの存在に気付き、リョウヤが居るのであろう攻撃が襲って来た背後にへと振り返るネペントであったが、振り返った時には既にリョウヤはバックステップで距離を取っており、何時攻撃が来ても迎え撃つ事が出来る様にと剣を構えている。

 そんな自分に《敵意》……いや、《殺意》を向けて来るリョウヤを前に、ネペントもまた殺意を持って二本のツルを高々と(かか)げる。

 

「シュウウウウ!」

 

 (しば)しの(にら)み合いの末、先に動き出したのはネペント。捕食器の口から咆哮(ほうこう)()らしながら、自身の右のツルをリョウヤ目掛けて突き込んだ。

 ただ、ベータテストに()いて嫌と言うほど経験をしているリョウヤに其の攻撃が当たる筈も無く、彼はツルの軌道を見切り、左へと()んで回避。そのまま勢いを殺す事なくネペントの側面へと回り込み、剣をウツボ部分と太い(くき)の接合部──ネペントの弱点へと叩き込んだ。

 結果、ネペントのHPが更に二割以上も(けず)られる。

 

 自身の攻撃が(かわ)された挙句にまたしても傷を負わされた事で、リョウヤに対する(いきどお)りを(つの)らせたネペントは怒りの声を上げると、ならばとウツボの部分をぷくっと(ふく)らませた。

 当然、其の動作の意味するところもリョウヤは知っている。──其れは、腐蝕液(ふしょくえき)噴射の予備動作(プレモーション)だ。

 腐蝕液は、浴びてしまえばHPと武器防具の耐久度を大きく減らされてしまう上に、粘着力によって(しばら)くの間動きを阻害されてしまうのだ。……が、その分効果範囲は正面三十度と狭いのだ。

 ギリギリまでタイミングを見極め、ウツボの部分の膨張(ぼうちょう)が止まった瞬間、リョウヤは今度は右へと大きく跳んだ。

 ぶしゅっ! と薄緑色の液体が飛沫(ひまつ)状に噴射され、地面に落ちて白い蒸気を上げる。だがしかし、其れを一滴たりとも浴びる事なく回避したリョウヤは、右足が地面に触れた瞬間に透かさずネペント目掛けて駆け出し、再度剣を弱点部分へと叩き付けた。

 再び痛烈な一撃を受けた事で、悲鳴と共に()け反ったネペント。其の捕食器を、黄色いライトエフェクトがくるくると取り巻く。──バッドステータスの一つ──《気絶(スタン)状態》だ。

 当然ながら、其の様な絶好の機会を逃すリョウヤではない。剣を右に大きく引き、一瞬のタメ動作を取る事でソードスキルを立ち上げる。

 

「──せいやあッ!」

 

 気合の咆哮と共に激しく地面を()り、剣身を薄水色に光らせた片手剣を水平軌道で振るう。──片手剣単発水平ソードスキル《ホリゾンタル》が、スタンから回復する寸前のネペントの()き出しの茎へと直撃した。

 追い討ちとばかりに、リョウヤは蹴り足と右腕の動作により威力をブーストさせる。其れにより、エフェクト光により輝く剣身が硬い茎へと食い込み、一瞬の手応えをリョウヤに残した直後──

 

 ──すかぁぁん!

 

 という乾いた音を(ひび)かせて、ウツボの部分が茎から斬り離され、丸ごと宙へと舞った。

 先の三撃によって残り四割ほどにまで削られていたHPゲージが物凄い勢いで減少して行き、ゼロとなって消滅する。その直後、分断されたネペントの巨体全てが青く凍り付き、爆散した。

 剣を前方に振り切った技後動作(ポストモーション)のままのリョウヤの視界に、経験値の加算表示が浮き上がる。其の数値は、なんと青イノシシの二倍近くにもなる。

 

「──次ぃッ!」

 

 剣を振り払ったリョウヤは…………だが、加算表示を(ろく)に見ぬままウィンドウを閉じる。其の意識は、既に次の獲物を探す事にへと向いている。

 

「つかお前らァ! ボケーっと見てないで、次からはちゃんと手伝えよ!」

 

 それでも、遅れて到着し、気迫に呑まれて戦闘を見ているだけになってしまっていた他のパーティーメンバーに対して、注意の言葉を掛ける事は忘れない。

 リョウヤが一人で勝手に先走り、勝手に戦闘を始めた訳だが、それでも加勢もせずに観戦をしていたのは事実である為、シリカ達は彼の言葉に文句を言う事無く、それぞれに了解の意を示す。

 そして改めて、次なる獲物を見付けるべく動き出した。

 

 其の後の彼らは、今度は協力をして、見付けたネペントを根刮(ねこそ)ぎ狩り取って行った。お陰でお金(コル)や経験値がどんどん貯まって行き、レベルアップも出来た。

 ……けれども、肝心の標的(ターゲット)である《花付き》は見付けられていない。其れにより、SAO未経験者であるユウキ達は、《花付き》が如何に希少種であるのかという事を改めて思い知らされた。

 一向に《花付き》を見付けられない事に、経験者(ベータテスター)であるシリカも含めて辟易(へきえき)とし始め、一方で、(ほとん)ど八つ当たりに近いネペント狩りによってリョウヤの荒れていた心が落ち着いて来た頃────状況が一変する様な事態が発生した。

 

 彼らの視界には、本日百何十匹目ともなる新たなネペントの姿が映っている。

 だが、今度のソレは、今までのノーマルのソレとは異なっている。生物めいた光沢を持つ緑色の茎、個体差のある斑模様(まだらもよう)(いろど)られた捕食器、そして其の上に──薄闇の底でも毒々しい赤色に(かがや)くモノが付いているのだ。

 

「…………Oh my。そっちかぁ……」

 

 今までのネペントとは明らかに別物であると思われる其の個体の発見に…………だがしかし、冷静に戻ったリョウヤの表情は優れない。そんな彼の様子を見て怪訝(けげん)に思い、ユウキが声を掛ける。

 

「ねえリョウヤ……あのネペント、今までのとは違うみたいだけど……アレってもしかして……」

 

「あー……残念だけど、ありゃあ《花付き》じゃあないぞ」

 

「えっ!? アレも違うのか……!?」

 

「ああ。……ありゃあハズレもハズレ──大ハズレの《実付き》だ」

 

「《実付き》……ですか?」

 

「あ、アレが話に聞いてた《実付き》ネペントなんだ」

 

 実物を見るのは初めてだよ、と一人呟くシリカの横で、リョウヤは残りのパーティーメンバーに、目の前に存在する直径二十センチ程の赤い球体を頭に付けた個体──《実付き》ネペントの生態についてを語る。

 とは言え、攻撃パターンや、弱点などといった大凡の部分はノーマルのネペントと変わりは無い。

 唯一の差異である頭の上の赤い球体だが…………此れがかなり厄介な代物であるのだと、リョウヤは語る。と言うのも、其の実を攻撃してしまうと巨大な音と共に破裂し、嫌な匂いのする煙を辺りに()き散らすのだ。幸いにして煙には毒性も腐蝕性も無いのだが、其れ以上に《広範囲から仲間のネペントを呼び寄せる》という厄介な特性が有るのだ。

 エリアの湧出(ポップ)状況次第では(さば)き切れない数のネペントが集まって来る、という説明を聴いて、各々顔を引き()らせたり、青褪(あおざ)めさせたりする。リョウヤが『大ハズレ』と称した理由を理解したのであった。

 

「成る程ねぇ。……けど、此れってある意味チャンスなんじゃないかな」

 

 ──ただ一人──ユウキだけは説明を聴いて理解をした上で、他のパーティーメンバーとは異なる感性を(いだ)いていた。

 

「……大量のネペントが集まって来るんだぞ。其れの何処がチャンスなんだ? 寧ろ……と言うかどう考えてもピンチだろ」

 

「いやー……もしかしたら《花付き》も一緒に集まって来たりしないかなー、って思ってさぁ」

 

「……ッ!!?」

 

 頓珍漢(とんちんかん)な事を言い出すユウキに呆れを(いだ)くリョウヤであったが、更なるユウキの返しによって度胆(どぎも)を抜かれ、逆に納得をさせられてしまう。

 

「…………盲点だったわ。確かに其の方法なら《花付き》を見付ける確率を上げられるかも知れない」

 

「ちょ、正気なの!? 大量のネペントが集まって来るって言ったのは先輩じゃないですか!」

 

「あ、ああ。そうだったな……」

 

 ユウキとリズベットの双方の意見の間で揺れるリョウヤ。

 ユウキの意見は狩りの効率がぐん、と上がる為、実に魅力的(みりょくてき)であるとリョウヤは考える。

 だが、経験者(ベータテスター)という事で頼りにされているリョウヤは、必然的にパーティーのリーダーとして白羽の矢を立てられ、他のメンバーに任せる訳にもいかないだろうと、一応はリョウヤ本人も其の立場を受け容れている訳で────詰まる所、彼の意思がパーティーの行動を決める事になると言っても過言ではないのだ。

 であるからこそリョウヤは、ユウキの意見を採用してパーティーを危険に(おちい)らせる訳にもいかない、とも考える。

 

「きっと大丈夫だよ! 此処までの戦闘でボク達は強くなってるし、何より頼れる仲間が九人も居る。お互いに助け合いながら戦えば、何匹来たって乗り越えられるよ!」

 

「「「……………………」」」

 

 はてどうしたものか、と考えようとするよりも前に、自分達ならば大丈夫だ、とユウキが力強く説得をしようとする。やけに自信満々に語る彼女の言葉に、リョウヤだけではなく他のパーティーメンバーも異を唱えようとはしない。

 そうしてそのまま沈黙が続いたが、やがて──

 

「ユウキがそこまで言うんだ、ちょっくらやってみようか」

 

 意を決した様子で、リョウヤがユウキの案に賛同の意を示した。しかも、其れに対する他のメンバーからの反感の声は何故か上がらない。

 

「『虎穴(こけつ)()らずんば虎子(こじ)を得ず』なんて言うしな。いっちょやってみて…………んで、ダメそうだと思ったら死に物狂いで逃げるって事で」

 

「オイオイ、何言ってんだよリョウヤ! オレらが協力すりゃあ乗り越えられるって、ユウキは言ってんだぜ? ダメそうになる事なんてねーよ!」

 

「俺達の事を信じてるユウキの事を信じてみようよ」

 

「……ソレ、何処の天元突破なアニキだよ、ササマル」

 

「あ、リョウヤも知ってるんだ。アレ……回を追う毎に段々台詞が変わって行ったよね。最初は確か『お前を信じる俺を信じろ』で、次に『俺が信じるお前を信じろ』、それで最終的には『お前が信じるお前を信じろ』だっけ」

 

「ちょっと意味が解らなかったりもしたけど、カッコ良かったよね」

 

 寧ろ他のメンバーも乗り気である。……そして、何故か其処から話が妙な方向へと逸れて、笑い出す男子達。

 

「……まったく、ホント男ってのは単純でバカなんだから」

 

「そんな風に言ってますけど、リズさんだって充分やる気になってるじゃないですか」

 

「そりゃあねぇ。自分よりも歳下の子にあんな風に言われちゃったら、やる気にならざるを得ないっしょ」

 

「あはは……何か、ユウがすみません」

 

「良いのよ良いのよ。てか、ランやサチは大丈夫なの?」

 

「あ、ハイ。ユウの無茶に付き合うのには慣れてますから」

 

「えっと……やっぱりちょっと怖いけど、(みんな)と一緒なら頑張れると思う、から……」

 

「そう。でも、無理だと思ったら遠慮(えんりょ)せずに言ってね」

 

「……うん」

 

 女性陣の方も、多少なりとも不安を抱えている様子ではあるが、それでもやめようとする者は居ない。

 

「んじゃまあ……ちょいとばかし危険な綱渡りに挑んでみるとしましょうか!」

 

「「「おーーッ!!」」」

 

 メンバー全員の目を見て、覚悟を悟り、リョウヤが掛け声を掛ける。

 威勢の良い返事と共に一歩踏み出した彼ら。其の視界の先に捉えるのは、闇夜に赤く輝く実を頭に付けた一体の食虫植物。

 

 ──こうして、彼ら十人による危険な挑戦劇が幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………んで、ネペントの大群を全員で協力して狩り尽くして無事に生還。胚珠も見事に二個獲得出来た、ト?」

 

「そういうこった」

 

「……………………お前ら、大した度胸だナ」

 

 場面は移り、《ホルンカ》の村の一角。

 

 察しての通り、リョウヤ達はネペント無双を乗り切って無事に生還した。

 胚珠も見事に二個獲得する事に成功し、リョウヤとユウキはそれぞれ依頼主の母親に胚珠を渡して、報酬である《アニールブレード》を受け取った。

 ……此の時、依頼主の家から出て来たユウキが(つぶや)いた「……アガサ……ボク達が取って来た胚珠の薬で、少しでも具合が良くなるといいね」という言葉に、リョウヤは少しばかり胸を痛めたのであった。

 

 さておき。

 クエストを完了させたリョウヤ達は、其の時点で既に夜が()けて来ていた為に、其の日の活動を終了する事にして宿屋へと向かった。

 モンスターの大群を相手に戦闘、という危険な挑戦に精神的に疲労していたリョウヤではあったが、寝る前にとある一人の知人プレイヤーにメッセージを飛ばしたのであった。

 

 プレイヤー名を《アルゴ》──。

 《(ねずみ)のアルゴ》の名で通っている、情報屋として活躍している女性プレイヤーであり、元ベータテスターだ。

 彼女は《売れる情報は全て売る》をモットーとしており、例えば誰かが彼女から情報を買えば、其れによって生まれた《誰それが何々の情報を買った》というネタも情報として売ってしまうのだ。

 そんな商魂(たくま)しい彼女ではあるが、しかし決して無節操なハイエナという訳ではなく、自分なりのルールを持って活動をしている。真偽の怪しい情報を有料では売らず、きちんと裏を取り、彼女が価値が有ると判断をした話のネタ元には其れ相応の情報料を払っているのだ。

 総じて、彼女の情報屋としての腕前は確かなものであるのだ。

 そんな彼女とは、演説直後に彼女の方から接触して来た事で知り合った。曰く、同じ元ベータテスターの誼みで仲良くしようゼ、との事でお互いにフレンド登録をする事になったのである。

 

 さて。

 腕利きの情報屋である彼女へとリョウヤが連絡を取ったのは、勿論の事情報の購入の為だ。

 購入する情報の内容は、《《片手剣》以外の装備の強化クエスト》について。

 と言うのも、彼はベータテスト時、自身が選んだ《片手剣》以外の装備の強化クエストにはあまり関心を寄せなかった。その為に、何処の町や村にどの装備の強化クエストが有るのかを知らないのだ。自分達の装備強化を手伝ってくれた返礼に仲間達の装備強化の手伝いをしたいと思っても、その為の方法が分からなくてはどうしようもない。

 其れ故の情報の購入、其れ故の情報屋(アルゴ)への連絡なのである。

 

 という訳で、朝早くに起床して待ち合わせの場所へと向かったリョウヤ。

 相手方がわざわざ遠方から来てくれるとの事なので、せめて相手を待たせてしまわない様にと思い、待ち合わせの時間よりも前に着いて待っていると、暫くして丈の長いフード付きのマントを着用したプレイヤーが近付いて来た。

 近付いて来るに連れて明確となる其の人物の背丈は、大柄ではないリョウヤよりも更に頭一つ以上低く、フードの隙間から(のぞ)く巻き毛は金褐色(きんかっしょく)である。そして、其の人物の容姿で最も目を引くのは、メーキャップアイテムにて描き込まれたのであろう、両の(ほお)に在る動物──齧歯類(げっしるい)を思わせるヒゲを模したであろう三本線である。

 ──ズバリ言うと、()の人物こそが(くだん)の情報屋──《鼠のアルゴ》である。

 

 やって来たアルゴと一言二言言葉を交わし、さて、情報購入の話を切り出そうとした所で、そう言えば、とアルゴが先に話を切り出したのである。

 其の内容は、たったの一晩の内に何処からどの様にして聞き及んで来たのか、リョウヤ達がネペントの大群を相手に無双を行った事についてであった。

 彼女の情報収集能力に舌を巻いたリョウヤは、さておき、特に隠し立てする様な事でもないと判断して、アルゴに事の詳細を語った。──そうして先の会話に至る、という訳である。

 

 結論として、ユウキが考案した方法は裏技として《アルゴの攻略本》に()せられる事となり──『実行する際は自己責任で』という真っ赤なフォントの注意書きが()えられて──、リョウヤは情報の提供料の代わりにと、購入した情報の料金を少し負けて(もら)ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぶっちゃけた事言っていいか?」

 

「何ダ?」

 

「《実付き》の出す煙って『あくしゅう』だけどさぁ……効果はどっちかっつーと『あまいかおり』だよな」

 

「にゃははは! そー来たカ! けどまあ、言われてみれば確かにそーだナ!」

 

 ……余談だが、何やら吹っ切れた様子のリョウヤは、思いっ切りネタに突っ走っていたのであった。

 

 

 

 

 




ネタ回! …………と言う割には、サラッと原作のキーキャラ達が出て来ているという。
ぶっちゃけた事を言うと、最後の会話の(くだり)がやりたくて此の話を書きました。

それと、スマホのアップデートによって一マス分の空白を空ける事が出来る様になったので、段落付けが出来る様になりました。
其れに当たって、此れより前の話にも段落付けを行いたいと思います。


[今回の可能性(可能性)

・リズベット / 篠崎(しのざき) 里香(りか)に仲の良い先輩が居たら。
・《月夜の黒猫団》と同校の生徒がSAO事件に巻き込まれていたら。
 


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Stage.10;流れ星に願いを……

 
名前;和狼(わのかみ)
特性;スロースタート / なまけ
持ち物;なし(文才が欲しい)

…………要するに、遅れてすみません。

[12/21]一部修正しました。

[1/15]一部修正しました。
[8/8]誤字を修正しました。
 
[11/6]特殊タグを追加しました。



 

 

 

 

 

─No side─

 

 

 デスゲームの開始から、一ヶ月の月日が経過した。

 

 残念な事に、あれから更に千人近くものプレイヤーがゲームから、()いては現実世界からも永久退場──(すなわ)ち《死亡》してしまった。

 ベータテスター達による救済措置(レクチャー)の甲斐有って、初心者プレイヤー達が何も出来ずに一方的にモンスターに殺される、という事態に(おちい)る事は少なくて済んでいる。

 ……だがしかし、知識が有るというだけで生き残れる程、此の《SAO》というゲームは甘くはなかった。

 幾ら知識が有り、其れを上手く活かす事が出来たとしても、一瞬でも、(わず)かにでも油断をすれば其処から自分達の優位性は見る見るうちに崩れて行き、最悪の場合は命を落とす事にもなるのだ。

 いや、(むし)ろ知識を得た・持っているからこそなのだろう。『知識を得た』『知識を持っている』という安心感が油断へと(つな)がり、死に至っているのだろう。其の実例とでも言うべきなのか、死んだ千人近くの内の約三割がベータテスター、という情報が《鼠のアルゴ》の調査によって判明しているのだ。

 とどのつまり、彼らが真に警戒するべきなのはモンスターなどではなく、自分自身の心だったという訳だ。

 

 ……(もっと)も、デスゲーム開始後に最初に命を落としてしまったプレイヤーの死因は、其れらとは一切合切全くもって関係の無いものなのだが。

 

 《はじまりの街》の中央広場に在る《黒鉄宮》の、元は《蘇生者(そせいしゃ)の間》であった場所には、ベータテストの際には存在しなかった金属製の巨大な()(もう)けられており、其の表面には約一万人のプレイヤーの名前が刻印されているのだ。

 しかも、死亡したプレイヤーの名前の上には判り易いようにと横線が刻まれる、という配慮された仕組みになっており、更に其の横には詳細な死亡時刻と死亡原因が記されるのだ。

 

 さて、話は(くだん)の最初に死亡した男性プレイヤーの話題に戻るのだが──。

 死亡時刻は、デスゲームが開始されてから僅か三時間後の事。

 そして、肝心の死亡原因は────《自殺》だ。

 

 事の詳細はこうだ──。

 ナーヴギアの構造上、ゲームシステムから切り離された者は自動的に意識を回復する(はず)。その様な持論を展開した男性プレイヤーは、《はじまりの街》の南端──詰まりは《アインクラッド》そのものの最外周を構成する展望テラスの高い(さく)を、勇敢(おろか)にも乗り越え身を(おど)らせたのであった。

 浮遊城《アインクラッド》の下には、どんなに目を()らしても陸地などを見付ける事は出来ず、ただ何処までも続く空と幾重(いくえ)にも連なる白い雲が存在するだけだ。沢山のギャラリーがテラスから身を乗り出して見守る中、絶叫の尾を引きながら落ちて行く彼の姿は見る見る小さくなって行き、やがて雲間に消えて行ったのであった。

 

 ──彼の名前の上に簡素かつ無慈悲な横線が刻まれたのは、其れから二分後の事。死亡原因は《高所落下》であった。

 

 其れが、システムから切り離されての現実世界への無事な帰還なのか、はたまたGM(ゲームマスター)の宣言通りに脳を焼き切られるという結末を招いたのか……どちらを意味しているのかは、ゲームの内側からでは知る(すべ)は無い。飛び降りた男性プレイヤーにしか知り得ない事である。

 ただ、その様に手軽な手段でゲームの中から脱出が出来るのであれば、直ぐにでも全員が外部から回線切断・救出されていてもよい筈だ、というのが殆どのプレイヤーの共通の見解であった。即ち、飛び降りても無事に現実世界に帰還出来る可能性は低い、と判断したのだ。

 ……だがしかし、それでも男性プレイヤーがゲームの世界から消えた後も、《アインクラッド》から身を投げ出す者は散発的に出現した。……彼らは、其の単純な決着の誘惑に負けてしまったのであった。

 

 そんな一部の例外を除き、残りのプレイヤーは大きく分けて二つのグループ──《はじまりの街》にて現実世界からの救出を待つ《待機組》と、自力での脱出を目指してゲーム攻略へと挑む《攻略組》に分かれた。

 

 幾ら初心者講習に参加して戦う為の技術を身に付けたとしても、やはり《死》に対する恐怖心は(ぬぐ)い切れるものではなかった。故に、初心者講習に参加したプレイヤーでも、出来る事であれば安全無事に帰還したいと、安全地帯である《はじまりの街》に残って現実世界からの救出を待つ事を選んだ者は数多く居る。

 そして勿論の事、初心者講習に参加すらせず、《はじまりの街》に()もって救出されるのを待つ事を選んだ者達も居る。

 

 そうして、自分達の身の安全を選んで《はじまりの街》に(とど)まる事にした《待機組》。

 其れに当たって必要となる食費や宿代……其れらを消費し続ける事によって起こるであろう所持金の枯渇(こかつ)の問題が懸念(けねん)されたが、其処は初心者講習での経験が役に立った。

 彼らの一部は、勇気を振り(しぼ)って《はじまりの街》近辺のフィールドへと足を運び、モンスターを倒して資金を(かせ)いだのだ。中には、自分が稼いだ資金を善意で他のプレイヤーに分け与える者も居た。

 彼らの頑張りの甲斐も有って、今のところは《はじまりの街》は平穏が保たれている状態だ。

 

 一方で《攻略組》はと言うと──。

 元ベータテスターや、初心者(ニュービー)の中でも腕が立つプレイヤー達が主導となって、少しずつではあるが道を切り拓いていた。

 勿論順風満帆(じゅんぷうまんぱん)にとは行かず、志半(こころざしなか)ばで倒れてしまった者や、進むに連れて強さを増して行くモンスターに恐怖心を(いだ)き、後退する事を選んだ者も居る。

 其れ即ち、攻略に参加するプレイヤーが減って行く一方…………という訳でもなく、減ってしまった人数分を(おぎな)うとまでは行かないまでも、意を決して《はじまりの街》を飛び出し、最前線にまで追い付いて来て攻略に参加する者も居るのだ。

 

 そうして前進をし続ける《攻略組》…………ではあるが、彼らの頑張りに反して、残念ながら一ヶ月が経過した現在に於いても未だに第一層の攻略にすら至ってはいない。

 其の原因は……言わずもがな、GMによって設けられた《ゲームオーバー = 現実の死》という特殊ルールの存在だ。此れによって、《攻略組》だけに(とど)まらず、死にたくはないと思う多くのプレイヤー達は、慎重な行動を取らざるを得なくなっているのだから。

 

 ただ、そうした攻略の遅滞に対して、不満や焦燥(しょうそう)の念を(いだ)く者は(ほとん)ど居ない。

 モンスターと戦った経験の有る者であれば解る事だが、スクリーンモニタを通して2Dグラフィックの敵を攻撃するのとは違い、SAOに於ける戦闘は其の圧倒的なリアリティ故に原始的な恐怖を呼び起こすのだ。どう見ても本物としか思えないモンスターが、凶悪な爪や牙で自分達を殺そうと襲い掛かって来るのだ。余程の者でなければ怖くならない訳がない。

 其の恐怖を理解しているが故に、ゲームを攻略する──詰まりはモンスターと戦い続けて行く事が如何に大変な事であるのかを理解出来てしまう。

 理解出来るからこそ、恐怖と闘いながらも攻略の為にと戦ってくれている《攻略組》に不満をぶつけるのはお門違いだと考えるのだ。

 

 一方の焦燥感だって、自分の命と現実世界の時間とを天秤に掛け、命の方がより大事だと判断する事が出来れば自ずと無くなるのだ。生きて帰還する事さえ出来れば、人生は如何様にでもやり直す事が出来るのだから。

 そして多くのプレイヤーが、リョウヤが演説で言った『現実の時間の事なんて考えるな』『生き残る事を最優先に考えろ』という言葉によって其の判断をする事が出来たのだ。

 

 …………勿論、全員が全員そうであるとは限らないのだが。

 

 さて。

 そうした中で、リョウヤ達一行もまた攻略に(はげ)んでいた。

 しかも、彼らは《攻略組》の中でも最前線にて活動するグループであり、上層と下層とを繋ぐ唯一の道であるダンジョン──《迷宮区》を、探索とステータスの強化(レベルアップ)を兼ねながら登り進んでいる。

 (ちな)みに、彼らは効率を上げる為として手分けをして探索を行っており、後程合流した際にマッピング情報を共有する様にしている。

 レベルアップ──経験値稼ぎに関しては、其の日の探索の後に時間を設け、効率良く稼げる様に二人一組(ツーマンセル)で行っている。戦闘に参加した人数が少ない方が、より多くの経験値が分配されるからだ。

 一人で倒せば、当然経験値は全て其の一人に入る事になる…………が、最前線のモンスター相手に一人で挑むのは流石に危険が過ぎると判断し、最小ユニットである二人にした次第である。

 

 さて置き。

 そういった感じで、彼らを含めた《攻略組》による攻略は進んでいる。

 現時点に於いて《迷宮区》の攻略は終盤に差し掛かっている為、第一層《迷宮区》のボス部屋の発見、其処からのフロアボスの攻略の日はそう遠くはないだろう。

 

 

 

 

 

 そうした中で、出会いは唐突に訪れた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─Ryoya side─

 

 

 流れ星──。

 現実世界(リアル)で実物を見た事なんて一度も無いのだが、偶然にも目撃した、灯りの乏しいダンジョンの薄闇を貫いた純白の光芒は、そうとしか形容出来ない程に(すさ)まじい速度であり、そして────とても綺麗(きれい)だった。

 

 其れを目にしたのは、《迷宮区》を出る為にと来た道を歩いて戻っていた時だ。

 現時点では一瞬でダンジョンを抜け出す為のアイテムなんて売られてもいなければ、宝箱から出たりモンスターがドロップしたりする事なんて無いので、《迷宮区》を出る為には必然的に自分達の足で来た道を戻らなくてはならない。一階や二階といった低い階層の時は全然苦ではなかったのだが、階層が上がって行くに連れて引き返す距離がどんどん長くなって行くものだから、此れが結構しんどいのだ。ゲームの中だから体力切れになったりしないのがせめてもの救いだ。

 

 さて置いてだ。

 今日は夕方から、《迷宮区》の最寄りの町である《トールバーナ》に於いて、一回目の《第一層フロアボス攻略会議》が開かれるとの事なので、俺達は何時もよりも早めに攻略を切り上げて帰る所だった。

 其の道中、とある十字路に差し掛かった際に剣戟音(けんげきおん)が耳に届いたので、俺は一応の確認のつもりで音の聴こえて来た方向にへと視線を向けた。

 十五メートル程離れた視界の先では、細身のシルエットをした細剣(レイピア)使いのプレイヤーが一人で、亜人型モンスターの《ルインコボルド・トルーパー》を相手に戦っていた。

 最前線で一人で戦うなんてなんつー無茶な真似を、と呆れの念を(いだ)いた俺は、せめて俺の目が届く範囲内では誰にも死んで欲しくはないので、何時でも助けに入れる様にとレイピア使いとコボルドの戦闘を注視する。

 

 レイピア使いの戦い方は、かなり際どいものであった。

 コボルドが振り下ろした無骨な手斧を、見ている此方の背筋が(こお)ってしまいそうな程のギリギリの間合いで(かわ)す。三回連続で攻撃の回避に成功するとコボルドが大きく体勢を崩すので、レイピア使いは其の(すき)を見逃さず、全力のソードスキルを叩き込む。

 放つのは、《細剣》スキルで最初に習得出来る単発突き攻撃の《リニアー》。剣を身体の中心に構え、其処から(ひね)りを入れつつ真っ直ぐに突くだけのシンプルな基本技…………なのだが、レイピア使いのソレは速さが凄まじい。明らかにシステムのモーション・アシスト任せではなく、プレイヤー自身の運動命令によって速度をブーストしていると思われる。

 同じくレイピア使いであるランでも、レイピアの刀身そのものではなく、ソードスキル特有のライトエフェクトが(えが)軌跡(きせき)しか(とら)える事が出来ない程速く撃ち出す事は出来ない。其れだけでも、レイピア使いが相当な腕前の持ち主である事が(うかが)える。

 まさに流れ星と言うべき《リニアー》が(ひらめ)き、胸当てをぶち抜かれたコボルドが退(しりぞ)く。其の瞬間、俺は別の意味でレイピア使いの戦いから目が離せなくなってしまった。

 其処から更に、コボルドの攻撃を三回回避してから反撃、というパターン化された攻防を二回()り返し、此の第一層《迷宮区》に於いてかなりの強敵である武装獣人を(ほふ)ってみせたのだった。

 しかも驚くべき事に、確認したレイピア使いのHPゲージは満タンの状態。──詰まる所、レイピア使いは無傷で先の戦闘を乗り切ったというのだ。相当な腕前…………どころか、凄まじい才能の持ち主なのではなかろうか。

 ……とは言え、決して余裕の一戦という訳でもなかったらしい。最後の一撃を受けてコボルドが四散すると、レイピア使いは実体の無いポリゴン片に押されたかの如く蹌踉(よろ)めき、通路の壁に背中をぶつる。そしてそのままズルズルと座り込んでしまったレイピア使いは、荒く呼吸を繰り返している様子だ。

 まあ、無理も無い事だろう。強敵を相手にたった一人で戦い、挙句に敵の攻撃をギリギリの間合いで躱すという無茶な真似を幾度となく繰り返したのだ。精神的に削られて疲れてしまってもおかしくはあるまい。

 

 幾ら無傷とは言えど、そんな様子を見てしまっては放っておく事など出来る訳もなく、(つい)でに指摘しておきたい事も有るので、俺は妹達に小声で先に《迷宮区》を出る様にと指示をしてから、ユウキを(ともな)って座り込んだままのレイピア使いの(もと)へと歩みを進める。

 余り大勢で行っても逆に警戒されてしまうだろうし、かと言って一人で行っても其れは其れで警戒されてしまう可能性が有る。そう判断して最小限の二人で向かう事にした。因みにパートナーにユウキを選んだのは、彼女のフレンドリーな性格が、其れでもやはり(いだ)いてしまうであろう警戒心を解くのに役に立つと判断したからだ。

 

 近付いて行くと、其れまでは薄闇の所為でよく判らなかったレイピア使いの容姿が確認出来る様になった。

 細身のシルエットである事から予想していた通り()せ型であり、やや小柄な体躯(たいく)。装備は暗赤色のレザー・チュニックの上に軽量な銅のブレストプレート、下半身はぴったりしたレザーパンツに(ひざ)までのブーツ。頭から腰近くまでを(おお)うフード付きのケープを羽織っており、顔を隠している。……此れでは男性か女性かの判別は難しい所だ。

 

 近付く俺達の足音に気付き、ぴくりと肩を(ふる)わせたレイピア使い。此方がモンスターではない事は、向こうの視界に表示されているであろう緑色のカラー・カーソルで証明されているだろう。其の為慌てる様子を見せる事は無いが、やはりと言うべきか此方に対して警戒心を向けている。

 此処で対応を間違えてしまえば、余計に警戒心を強めてしまう結果になり兼ねない──

 

「待って待って! ボク達は敵じゃないよ! 大丈夫だから落ち着いて、ね?」

 

「……」

 

 が、其処はユウキが上手く対応してくれたお陰で、レイピア使いの雰囲気が少し(やわ)らいだ様に感じた。どうやらある程度警戒心を解いてくれた様だ。やはりユウキを連れて来て正解だったみたいだ。

 

(おどろ)かせて悪かったな。俺はリョウヤ。攻略の帰りにアンタを見かけて、お節介かも知れないが放っておけなくてな」

 

「ボクはユウキだよ。宜しくね」

 

 更に警戒心を解いて(もら)う為にと、此方から名前を名乗り、接触した理由についても明かす。

 

「……リョウ、ヤ?」

 

 すると、レイピア使いの雰囲気がまたも変わった。どうやら此方に対する警戒心は無くなった様なのだが、其れとは別の視線を俺達──正確に言えば俺に対して向けて来ている。

 はて、急にどうしたのだろうか? と不思議に思っていると──

 

「! リョウヤって……あなたもしかして、ゲームが始まった日に初心者講習の開催を宣言していたリョウヤさんですか!?」

 

 弾かれたかの様に俺の事について確かめて来た。

 

「うえっ!? え、あ、ああ……そうだけど。……取り()えず、モンスターを呼び寄せ兼ねないからちょい声量落とせ、な?」

 

「あ、すみません……」

 

 突然のレイピア使いの反応に驚いて()頓狂(とんきょう)な返事を返してしまった俺は、どうにか自分を落ち着かせながら、レイピア使いに少し声を抑える様にと注意をする。此の第一層《迷宮区》の主要モンスターであるコボルドを含めた人型のモンスターは、プレイヤーの叫び声(シャウト)にも反応して寄って来てしまうからだ。

 

 それにしてもだ。

 成る程、レイピア使いが俺の名前を聞いて反応を示したのはそういう事だったのか。まあ、あんだけどデカい事をやらかした訳だから、やらかした事と共に俺の名前が知れ渡っていてもおかしくはあるまい。

 ……ただ、何となく英雄視されている様に聴こえるのは気の所為だろうか?《リョウヤさん》って……急に敬称付いちゃったんだけど?

 

「それにしても驚きました。まさか《救済の英雄》であるリョウヤさんと出会えるだなんて。……あっ! すみません! わたしったらまだ自己紹介をしてませんでした……」

 

 《きゅうさいのえいゆう》って何ッ!? どういう字を書くの!?《えいゆう》はやっぱり《英雄》って書くのかな!? そうだとしたら、英雄視されてる様に聴こえたのは気の所為じゃなかったのかな!?

 ……などと、レイピア使いの口から出て来た思いも寄らない情報に驚愕(きょうがく)の念を(いだ)いていると、レイピア使いは(にわ)かに頭に(かぶ)っていたフードを(めく)って素顔を(さら)すと、自己紹介をし始めた。

 

「わたしは《アスナ》って言います。以後宜しくお願いします」

 

 先ず目に入って来たのは、薄闇の中に於いても目立つ明るい栗色の長いストレートヘア。小さな卵型の顔の中には、大きな榛色(はしばみいろ)(ひとみ)と、小ぶりだがスッと筋の通った鼻が収まっている。……何処かランを彷彿(ほうふつ)とさせる様な容姿をしている。

 高めの声を聴いた瞬間から予想は出来ていたが、アスナと名乗ったレイピア使いの正体(せいべつ)はやはり女性──しかも、俺と同い年くらいの少女だった。それも、妹やユウキ、ラン、リズベット、サチともまた違う、華麗(かれい)な美少女だ。

 因みに、リズベットは童顔の可愛い系の美少女であり、サチは(はかな)い系の美少女だ。……他三人に関しては以前に話したと思うので省略させて貰う。

 

「ねえねえ、お姉さん」

 

「ん? なーに? あ、わたしの事は気軽にアスナって呼んでね」

 

「分かったよ、アスナ」

 

 さて置き。

 礼儀正しい雰囲気の華麗な美少女─アスナは……かと思えば、ユウキに対しては物腰柔らかくほんわかした雰囲気で接しており、二人は既にフレンドリーな雰囲気を(きず)いている模様。速ェ……。

 んで、俺とユウキとで接する態度が異なるのは……アレか? 俺に対しては英雄視(?)しているが故に恐縮しているからなのだろうか? ……いや、別に俺なんかに対して(かしこ)まる必要なんて無いと思うのだけれども?

 

「それで、どうしたのユウキ?」

 

「あ、うん。アスナが言った《きゅうさいのえいゆう》って何なのかなぁ、って思って」

 

「あれ? ()しかして聞いた事無い?」

 

「うん。無い」

 

「リョウヤさんも?」

 

「……初耳なんだが」

 

「そうなんですか……」

 

 やはり俺に対しては丁寧(ていねい)な口調で接して来るアスナは、俺とユウキが知らないと答えた《きゅうさいのえいゆう》についての詳細を教えてくれる。

 

「えーっとですね……リョウヤさんが初心者講習を開いてくれたお陰で、沢山の初心者の人達が戦い方を教えて貰えて助かったって喜んでいたんです。そんな彼らにとって、救済措置を()ってくれたあなたはまさに英雄なんですよ。だから彼らは、感謝と尊敬の意を込めてあなたの事を《救済の英雄》って呼んでいるそうなんです」

 

「へぇー。そうなんだー」

 

 ……俺自身はただ戦力欲しさにやっただけの事なので、大した事をしたという自覚はあんまり無い。

 けれども、(ほどこ)しを受けた側からすれば、俺がやった事は大いに喜ばしく、感謝すべき事の様だ。……其の喜びや感謝の結果が英雄視とか妙な二つ名というのは、ちょっとどうなのかと思ってしまうのだが……。

 と言うか、冷静になった頭でよくよく考えてみたら、コレ……十中八九アルゴの奴知ってるんじゃね? アイツあっちこっち飛び回って情報の収集とか売買してるんだろうから、どっかで此の(うわさ)を耳にしてるだろ? 知らないのなら兎も角、知ってたとしたら何で噂になってる張本人に教えてくれない訳!?《ホルンカ》の時といい、こっちに来てからといい、何度も会ってるんだから話す機会は結構有った筈だぞオイ!?

 

「…………OK、Alright、理解把握。……けど、だからってそんなに畏まらなくたって良いぞ」

 

「で、ですけど……」

 

「というか、寧ろ普通に接してくれないか? 変に畏まられたりしてもこっちが困っちまうからさ……」

 

「……そういう事なら分かり……ううん、分かったよ、リョウヤ君」

 

 取り敢えずアルゴには今度会った時に問い(ただ)してやると心に決め、目下の問題である俺への接し方について、どうにか変えて貰える様にとアスナに(たの)み込んでみる。

 最初は逡巡(しゅんじゅん)する様子を見せた彼女だったが、此方の思いが伝わった様で快く聞き入れてくれた。其れに伴って途中から敬語が砕け、呼び方も《リョウヤさん》から《リョウヤ君》に変わった。……うん。こっちの方が楽で助かる。

 

「ところでね、リョウヤ君」

 

 ……と、思いも寄らぬ展開がどうにか片が付いた事で、ついつい安心してしまった。此処らで先程の戦闘に対する指摘でもしておこうかと思ったのだが、タイミングを(いっ)してアスナに先を越されてしまった。

 仕方が無いので指摘するのは後回しにして、彼女の話に耳を傾ける事にする。……指摘の件、忘れん様にしとかんとな。

 

「何だ?」

 

「実はね……《救済の英雄》であるあなたに、お願いしたい事が有るの」

 

 やはり其の二つ名で呼ばれるのはこそばゆいからどうにかならんものか……、という割と切実な思いは今は脇に置いておく事に。

 何せ、直前まで穏やかだったアスナの表情は、真剣なものに一転したのだから。であれば此方も中途半端に聴くのではなく、真摯(しんし)な態度で向き合わなくてはいけないだろう。

 

「言ってみてくれ。協力出来るかどうかの判断は其れからだ」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。あのね──」

 

 俺の(たよ)りに欠ける様な物言いに大丈夫だと返したアスナは、次いで依頼内容を明かした。

 

 

 

 

 

「──わたしに、SAO(このせかい)での戦い方を教えて欲しいの」

 

 

 

 

 




 
流れ星(アスナ)に願いを────聞いて欲しいと頼まれました。


[今回の可能性(もしも)

・アスナの態度が最初から軟化していたら。


──という訳で、原作でのメインヒロインたるアスナの登場です。
そんな彼女は原作とは大きく異なり、ご覧の通り物語序盤から丸くなっています。
其れは何故か?

──此れには、現実世界に於けるアスナ / 結城(ゆうき) 明日奈(あすな)の交友関係に理由が有ります。

其の友人のお陰で、此の通り丸くなっています。
ぶっちゃけると、其の友人(パロキャラ)もSAOプレイヤーとして出す予定でいます。
はてさて、一体誰なのでしょうか。

さて……一方で、リョウヤ君は物語の序盤からいきなり妙な二つ名を付けられてしまいました。
こうなったのも、アスナから依頼を受ける、という展開に持ち込む為です。
良い意味での有名人であれば信用が置かれて、此の運びに持って行き易いですからね。
其れには、其れ相応に有名だという証明が必要。
其の結果が《救済の英雄》という二つ名となりました。

以上、諸々(もろもろ)の裏話でした。
 


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Stage.11;涙、衝撃(しょうげき)嫌悪感(けんおかん)

 

……(ようや)く書けた。
今更ながら、自分に足りていないのは文才ではなく語学力ではないのか、と思えて来た今日この頃。……文才も無いと思われるが。

さて置き。
どうぞ、本編をお楽しみ下さいませませ。


[5/18]誤字を修正しました。
 


 

 

 

 

 

 此の世界での戦い方を教えて欲しい──アスナは俺にそう依頼して来た。

 

「え、どういう事? だってアスナ、さっきだってトルーパーを相手に充分に戦えてたじゃん? しかも無傷で。なのに何で今更……?」

 

 そんな彼女の頼みを聞いて、ユウキは……やはりと言うか怪訝(けげん)そうな、困惑した様な反応を示す。

 ユウキの言う様に、第一層《迷宮区》に()いてかなりの強敵である《ルインコボルド・トルーパー》を相手にアスナは充分な程に対応し、そして倒してみせた。しかも無傷でだ。

 それなのにアスナは、戦い方を教えて欲しい、と頼んで来たのだ。普通に考えれば、今更どうして、と不思議に思ったりするのだろう。

 

 ただ、見る奴が先のアスナの戦闘を見れば、彼女が戦い方を教えて欲しいと頼んで来た事に納得がいくであろう。

 かく言う俺も彼女の戦い方には違和感を(いだ)き、とある可能性を予想していた。そして今、彼女の言葉によって其れはほぼ確信へと変わった。其れ(すなわ)ち──

 

「多分アレだろ? アスナ……君は初心者講習には参加していないんじゃないのか?」

 

 ──初心者講習への不参加。

 

 どうにも彼女には戦闘の才能は有れど、戦闘に関する知識は欠如している様に思われたのだ。

 

 例えば防御──。

 彼女がやってみせた様な《最小限の動作によるステップ防御》は、武器や防具による受け流し(バリィ)受け止め(ブロック)に比べれば反撃の開始速度を上げられるし、武器防具の耐久動作も減らさずに済む。

 だが其の代わりに、防御に失敗した時のリスクは相当にデカい。下手をすればカウンターダメージを適用されて一時行動不能化(スタン)(おちい)り兼ねない。ソロでの戦闘に於けるスタン状態は、文字通り致命的だ。

 

 次に攻撃──。

 はっきり言って、彼女の攻撃はオーバーキル──モンスターのHP残量に対して、与えるダメージ量が過剰であったのだ。先程の戦闘に於いて、コボルドは二撃目の《リニアー》で(すで)瀕死(ひんし)状態であった。故に、(とど)めはソードスキルではなくても通常攻撃で充分であったのだ。

 オーバーキルをしても、システム的なデメリットやペナルティが有る訳ではない。ただ、ソードスキルは集中力を要求される為、連発し過ぎると精神力の消耗(しょうもう)が早くなってしまうのだ。ゲームで言う所のMP(マジックポイント)PP(パワーポイント)SP(スキルポイント)概念(がいねん)に近いだろう。

 ただし、コンピュータゲームではMPを消費し切っても其れらを用いての戦闘が出来なくなるだけで其れ以外の行動は出来るのに対して、SAOはVR──自らの力で身体を動かしてプレイしている為、精神力を消耗し過ぎて疲労してしまっては行動全般が出来なくなってしまうのだ。詰まる所、疲労を抑える為にもソードスキルの連発はなるべく()けるべきなのだ。

 

 そういった知識が欠如しているのは、講習に参加していないが故だろう。

 

「……うん、そうなの……。やっぱり戦うのは怖くてね、外からの救出に期待してずっと宿屋に(こも)っていたの……」

 

 俺の立てた予想に、彼女は申し訳なさそうな表情をしながら(うなず)いた。

 此れは、アレか? 他のプレイヤー達が勇気を出して命懸けの戦いに挑もうとしているのに、自分は命()しさに安全な宿屋に逃げ籠ってしまった──其の事に罪悪感を(いだ)いているとか、そんな所だろうか?

 

「んな顔しなさんなって。アスナが取った行動は何も間違っちゃいねえんだからよ」

 

「……え?」

 

「死ぬのが怖いと思うのは当たり前の事だ。生き残りたいと思うのは当たり前の事だ。……死と隣り合わせになる攻略(たたかい)が怖いと思って何が悪い? 死にたくないから攻略(たたかい)から逃げたいと思って何が悪い? 自分の命を惜しんで何が悪い?」

 

 飽くまで其れは俺の推察に過ぎないが、だとしても彼女が罪悪感を(いだ)く必要なんて無い、と俺は思う。

 それに、彼女の(くも)ってしまった顔を見ているのはあまり良い気分ではなかった。

 そんな俺の勝手な判断と快・不快(エゴイズム)の元、彼女を(はげ)ますべく、彼女を落ち込ませている(もと)となっている後ろ向きな思いを正当化してやる。

 んで、励ましを受けた当の彼女の反応はと言うと…………面食らった表情を浮かべているよ。…….あー……そりゃあまあ、後ろ向きな思いなんてのは普通は良い風には捉えられないものであり、肯定されるなんて事は滅多に無いだろうからなぁ。そうなるのも当然だろうな。

 ……まあ、お陰で彼女の表情から陰りが消えたから、結果オーライって事で別に良いけど。

 

「──アスナは何も悪くねえよ。だから、あんまり自分を責めなさんな」

 

「……ッ……!」

 

 で、話の()めにと最終的に言ってやりたかった事を伝えれば……………………って、え? ちょっ、ええッ!? な、涙ァ!? オイオイオイオイ……俺の言葉に目を見開いたかと思えば、彼女の目の(はし)から涙が(こぼ)れ始めちゃったんですけどォ!?

 

「ええッ!? ちょ、アスナッ!? ……リョ、リョウヤ! なにアスナを泣かせてるのさッ!?」

 

「い、いや……別にそんなつもりじゃ……。てか、励ましたつもりなのに何で泣かれてんの!? 何で俺責められてんの!?」

 

 思いもよらぬ面食らい返しを受けた俺とユウキが言い合いをしていると、「お、(おどろ)かせちゃってごめんね!」とアスナが声を(さえぎ)って会話に入って来た。

 其れによって俺達の意識はアスナへと向かい、其れを察した様子のアスナがぽつり、ぽつりと己の心境を語ってくれた。

 

「その、ね……嬉しかったの。私、戦う事から逃げる事は悪い事だと思っていたから……他の人達が頑張ろうとしていたから、尚更にね。……でも、リョウヤ君は其れは悪い事じゃないって言ってくれた。私は何も悪くないって言ってくれた。……やっぱりね、心の何処かではね、誰かに罪を(ゆる)して(もら)いたいって思っていたんだと思う。だから……だから……やっと、罪を赦して貰えて……其れが……それ、が……凄く、嬉しく、て…………」

 

 やはり、彼女は自身の行動に対して罪悪感を(いだ)いていた模様。──そして、彼女は其の罪を誰かに赦して貰いたいと望んでいた。

 其の望みは、今、俺によって叶えられた……のだろう。

 其れが嬉しかったが故に涙が(あふ)れてしまったのだ、と語る彼女は……罪悪感に(さいな)まれる事が余程(つら)かったのだろう。そして、罪を赦して貰えた事が余程嬉しかったのだろう。語る途中からまた其の感情が溢れて来てしまったのか、(うつむ)き加減になった顔は涙ぐんでおり、声も震えてしまっている。

 

 忘れられているかも知れないが、俺は社交性に欠けており、故に対人スキルは高いとは言えない。──当然、目の前で泣きそうになっている同年代の女の子を(なぐさ)める、などという高等スキルなど持ち合わせてはいない。……スキルの取得レベルに達していません!

 降って湧いたハードミッションに、どうしたものかと戸惑ってしまう俺。

 だからと言って、ユウキに任せるにしても、彼女には少し荷が重いかも知れないし、目の前で泣きそうな女の子を放置、なんてのは幾ら何でも論外だろう。

 

 少し悩んだ末に、ええいままよと、メニューウインドウを呼び出し、《装備フィギュア》の胸部装甲の部分をタップ。現れた小ウインドウの中から《解除》のボタンを押すと、銅のブレストプレートが音も無く消滅した。

 戦場で防具を解除する、という命を危険に(さら)す暴挙に出た俺は、未だに地面に座り込んだままのアスナの(もと)へと歩み寄る。……尚、彼女の視線はやや下を向いている為、俺が戦場で防具を外すという暴挙を仕出かした事には、まだ気付いていない様子だ。

 そもそも俺の接近にすら気付いていないかも知れない彼女の前で、俺は右膝を突いて片膝立ちとなり、右手を彼女の後頭部へと回す。そして俺の(てのひら)が後頭部に触れた瞬間、我に返った様子の彼女は、(たちま)驚愕(きょうがく)の表情を浮かべて俺を見て来る。

 彼女が何かを言おうとする前に、俺は彼女の頭を俺の胸元へと()き寄せる。……わざわざ命の危機を(おか)しているのは、こうするに当たっての彼女へのちょっとした気遣(きづか)いだ。

 俺の胸元に(うず)めさせている為に顔は見えないが、恐らく彼女は突然の抱擁(ほうよう)に更に(おどろ)いてしまっている事だろう。……だが、俺はそんな彼女の事など気にせず、更に左手も彼女の背中へと回す。そして、何も言わずに右手でぽん、ぽんと彼女の後頭部を繰り返し優しく叩く。

 ぶっちゃけた話、妹や小さい子供に接している様な感覚だ。対人スキルの低い俺では、此れ以上に気の利いた方法なんてのは浮かばない。

 

 ──何より、此の行動の趣旨(しゅし)自体、本来の目的からは外れていたりする。

 

 (しばら)くそうしていると、不意に感じたのはレザーコートを引っ張られる感覚と、抱き寄せていた彼女の頭が俺の胸元へと押し付けられる感覚。──そして聴こえて来るのは、彼女のものだと(おぼ)しきしゃくり上げる声。

 慰めるどころか、逆に彼女を泣かせてしまう結果になってしまった。

 ……だが、此れで良い。

 下手に泣きたい気持ちを抑え込んでしまうよりも、こうして泣いて溜め込んでいたものを全部()き出してしまった方が気持ちが楽になる……と俺は思うのだ。

 

 何はともあれ…………言い方はアレだが、彼女を泣かせてしまった訳なので、泣かせてしまった俺が最後まで責任を負うのが筋というもの。

 勿論、其れに関しては(やぶさ)かではない。

 其れ以外で問題が有るとすれば、モンスターの襲撃(しゅうげき)だ。……此処、戦場(ダンジョン)ですし。俺、今動けないし、其の上防具(むねあて)外しているからめっちゃ無防備ですし。

 だが、其れも心配は要らない。何故なら、今此の場には(たよ)れるパートナー様が居るのだから。

 という訳で、アスナの頭を優しく叩くのを続けながら、俺は首だけを動かして(たの)みの(つな)であるユウキの方にへと視線を向ける。そして「護衛(ごえい)頼むわ」と手短に用件を伝える。

 其れに対して彼女は、仕方が無いなあ、と言わんばかりの表情を浮かべると、指を一本立てて「ご飯、一回(おご)りね」と返して来た。……引き受けては貰えたが、報酬(ほうしゅう)を要求されてしまった……。

 けどまあ、俺とアスナの二人分の命を(まも)って貰う事を考えれば、飯一食分の費用なんて安いもんだ。

 そう思った俺は、ユウキからの要求に「了解」と快く承諾(しょうだく)の返事を返したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ええぇぇぇえええええッ!? あのGMが茅場じゃないって、どういう事なのぉぉぉおおおおおッ!?」

 

 暫く経った所で、アスナが泣き止んだ。

 上げた顔には、()き物が落ちた様なすっきりとした表情が浮かんでいた。

 ……が、其れは束の間の事で、其の(ほお)(たちま)ち赤く染まった。そしてそんな彼女の口から出て来たのは、「……お見苦しい姿をお見せしました」という羞恥心(しゅうちしん)(うかが)える言葉であった。

 そりゃまあ、泣いている姿を他人(ひと)に見られるのは正直恥ずかしいわな。其れこそ(かしこ)まった言葉(づか)いになってしまうくらいには。

 そんな恥ずかしがる様子の彼女にどう声を掛ければ良いのか迷ってしまったが、取り()えずは早急(さっきゅう)に話題を()らして忘れてあげるのがベストだろう、という結論に思い至り、俺は彼女に背を向けながら「……まあ、気にすんな。それよりも指南(レクチャー)の話に戻ろうや」と、本来の話題へと軌道修正をする事を提案する。

 其れに対してアスナもユウキも異を(とな)える事は無く──と言うか、アスナに至っては「そ、そうだね……と言うか、是非ともそうして下さい」と懇願(こんがん)する様な雰囲気であった。何処と無く切実さを感じて哀愁(あいしゅう)を覚えたぞ……──、すんなりと指南(レクチャー)の話に戻る流れとなった。

 

 ただ其の前に、俺は二人に場所を移動する事……話は移動しながらする事を提案した。

 其の理由は二つ。

 一つは、自分達が居る場所が戦場(ダンジョン)であるという事。アスナの気持ちが落ち着くまでは奇跡的にモンスターが再湧出(リポップ)する事は無かったが、話をしている間もそうであるとは限らない。長居は無用であろう。

 もう一つは、後に《第一層フロアボス攻略会議》が控えているという事。万が一の事も考えて早めに攻略を切り上げた為に時間には間に合うと思うが、それでもあんまりのんびりとしてもいられないだろう。

 其れらを()(つま)んで説明してやると、二人は納得した様子で(うなず)いてくれた。

 尚、説明の際に、後者の理由を聴いたアスナが、自分の所為(せい)で時間を取らせてしまった、と再び自責の念に()られる可能性を懸念(けねん)して、「謝るなよ。気にすんじゃねえぞ」と釘を刺しておいた。其の甲斐(かい)あって、雰囲気が悪くなる様な事にはならなかった。

 

 さて置き。

 そんな訳で、《迷宮区》の出口を目指して移動を開始した俺達。

 先頭を歩くのは俺。……という事で、此の(すき)に外した防具を着け直しておいた。ユウキには外した所をがっつり見られてしまったが、何も言って来ないあたりアスナには気付かれてはいないのだろう。気付かれてまた面倒な事になる前に隠蔽(いんぺい)させて貰う。

 

 ──閑話休題。

 

 それで、肝心の指南(レクチャー)の件だが──。

 結論から言えば、俺はアスナの依頼を引き受ける事にした。

 此のゲームをクリアする為にも戦力は一人でも多い方が良いので、彼女が強くなってくれる事は大変好ましいのだ。

 ──それに何より、俺に指南(レクチャー)を依頼して来た時の彼女の目からは、本気で強くなりたい、という思いがひしひしと伝わって来た。そんな彼女からの願いを断る事などどうして出来ようか。

 故に、俺は彼女からの依頼を引き受けたのだ。

 

 そうして話が(まと)まった所で、不意にユウキが疑問の声を上げた──「でもどうして? 何で急にゲーム攻略に挑もうって思ったの?」と。

 正直に言えば、其れは俺も気になっていた事だった。何故戦う事を……死ぬ事を恐れて宿屋に籠っていたアスナが、安全な《はじまりの街》を飛び出して攻略に挑もうと思ったのか。

 正確に言えば、『何が』彼女を攻略に挑む様に(ふる)い立たせたのか。……きっと有る筈なのだ。俺の『妹達を現実世界へと返してやりたい』という思いの様な、死の恐怖を上回る様な強い『何か』が。

 

 ユウキからの問い掛けに、アスナは理由(『何か』)を答えてくれた。

 

 ──曰く、あの男に弱っている自分を見せて(よろこ)ばせたくはない。あの男が支配する此の世界には負けたくない。そして、絶対に此のゲームをクリアして、あの男の罪を白日の(もと)に晒してやるのだ。……と。

 

 アスナの言葉から察するに、『あの男』というのはGM──茅場 晶彦の事を指しているものだと思われる。……若しかしたらGMは茅場ではない可能性が高いのだが、其れは飽くまでも俺の推測だ。彼女が額面通りに『GM = 茅場』だと受け取っているのであれば、『あの男』というのは茅場の事である筈だ。

 それにしても、此処まで嫌悪感(けんおかん)(いだ)かれているとか……茅場は彼女に何かしたのであろうか? そもそもにして、彼女と茅場は知り合いなのだろうか……。

 なんて事を思っていたのは、どうやら俺だけではなかったらしい。ユウキもまた『あの男 = 茅場』という推測に至った様で、茅場との関係についてをアスナに問うた。

 しかし、アスナの口から返って来た応えは、俺達が思っていた様なものではなかった……。

 

 

 

 

 

 ──え? えっと……どういう事? わたしと茅場 晶彦との間には何の関係も無いんだけど?

 

 

 

 

 

 茅場とは無関係──困惑の色を含んだ様な声音で語った彼女の其の言葉に、俺は思わず足を止めて振り返った。……ただし其れは、君こそ何を言っているんだ、という『困惑』の念からではなく、まさか……、という『驚き』の念からだ。

 ユウキもまた足を止めてアスナを見ており、此方は『困惑』の色を其の顔に浮かべていた。

 そして、アスナこそ何を言ってるの、と言わんばかりに問い掛けた。「此の世界を支配してるって事は、『あの男』ってGMの事だよね。GMって茅場 晶彦だねよ。だから『あの男』って茅場の事だよね」と順を追って確認する様に。

 そんなユウキの問い掛けを聴いたアスナはというと、「あ、そっか。わたしと(みんな)とじゃGM(ゲームマスター)に対する認識が違うんだった」と、自分とユウキとで話が()み合っていなかった事に合点がいった様子。……そんなアスナの(つぶや)きを耳にした俺の中で、彼女に対して(いだ)いていた推測が愈以(いよいよもっ)て確実なものとなった。

 そして……彼女は(つい)に、その衝撃的(しょうげきてき)な内容を告げたのであった──。

 

 

 

 

 

 ──信じて貰えないかも知れないけど……あのGM(ゲームマスター)の正体は、本物の茅場 晶彦じゃないの。

 

 

 

 

 

 で、此の発言に対するユウキの反応が、先の絶叫という訳である。

 ……其の気持ちは解るが、まだ此処《迷宮区》の中なんですよね。モンスター呼び寄せちゃいますよ。

 という訳なので、俺は二人に移動の再開を促し、先行して歩き出す。

 

 それにしても驚いた。まさか、俺以外にもGMの正体を疑っている奴が居たとは。……いや、俺の場合は確信には至らなかったのに対して、アスナの場合は違うと断言しているので、少し違う……のか。

 

「ちょ、ちょっとリョウヤ! アスナの話聴いてた!? GMの正体が茅場じゃないって言ってるんだよ! なのに何でそんなに落ち着いてるのさッ!?」

 

 そんな俺の心中など分からないユウキには、俺がアスナの話を聴いても冷静でいる様に見えたらしい。其れがユウキ的には見過ごせないものだった様で、若干取り乱し気味に何故なのかと問うて来た。

 まあ、衝撃的な話を聴いて落ち着いていられるというのは不思議な……理解し(がた)い事なのかも知れないが、だからと言って取り乱してしまうのもどうなのかと思う。

 

「ん? ああ。実の所、俺もGMの正体の事は疑ってたからな。だから、アスナの話聴いても、やっぱりそうだったのか、ってくらいにしか思わなんだ」

 

「え、ええッ!? そうだったの!? ……でも、だったら何でボク達にも教えてくれなかったのさ!?」

 

「俺の場合は確信には至ってなかったからな。ただの憶測にしか過ぎない情報を話す訳にもいかんだろ。……そもそもにして、GMの正体が茅場じゃないと知った所で事態が好転する訳でもないんだから、ぶっちゃけ話す必要も無いだろ」

 

「うっ……た、確かに……」

 

 なんて問答をユウキとしていると、今度はアスナが慌てた様子で話し掛けて来た。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!」

 

「ん? 何だ?」

 

「その……信じてくれるの? わたしの話を……」

 

 アスナからの問い掛けを聞いて、はたと気付く。俺達は彼女の話を信じる(てい)で問答をしていたが、普通ならば、会って間もない相手の話を簡単に信じたりはしないだろう。

 

「ああ、信じるよ」

 

 それでも俺は、彼女の話を微塵(みじん)も疑う事無く信じた。

 

「な、何で……」

 

「いや、だって……そんな事で俺らを(だま)したって、アスナには何の得も無いだろ」

 

「そ、其れは…そうだけど。……と言うか、GM(ゲームマスター)の正体の事をそんな事って……」

 

「後はまあ、アレだ……アスナが他人(ひと)を騙す様な悪い奴だとは思えないからな」

 

「ッ! ……あ、ありがとう……」

 

 理由を挙げるのであればそんな所だが、一番の理由はアスナの人となりだろう。

 会って間もないから、当然の事ながら彼女の人となりの全てを知っている訳ではない。が、此の短時間で俺は彼女に対して、悪い奴ではない、という印象を(いだ)いた。──信じる理由なんて、其れだけでも充分だと思う。

 

……リョウヤって、若しかして天然のタラシなのかな?

 

「ん? 何か言ったか、ユウキ?」

 

「え? ううん、ナニモイッテナイヨー」

 

 はて? 今、ユウキが何か言った様な気がしたのだが……気の所為(せい)だったのだろうか?

 ……まあ、良いか。其れはさて置いてだ……。

 

「ところでアスナ」

 

「な、何かな、リョウヤ君……?」

 

 何故にちょっと取り乱してるんだよ、とアスナの反応を不思議に思いながらも、だがしかし追究はせずに此方の疑問を(たず)ねる。

 

「茅場の名を(かた)ってるあのGMの正体──お前の言う『あの男』ってのは何者なんだ?」

 

「…………」

 

 ……刹那(せつな)、《迷宮区》内の空気が……いや、俺達の周りの空気が冷たくなった…………様に感じた。……まあ、当然の帰結とも言えよう。だって、彼女……『あの男』って奴に対して相当な嫌悪感を(いだ)いている訳だし。さっき話していた時だって、声音に鬼気迫るものを感じたし。

 何か後ろから「ヒェッ……」って悲鳴(こえ)が聴こえて来た気がしたけど…………多分、気の所為だよな。うん、きっと気の所為だ。……気の所為だと思うから、後ろは振り向かないぞ。決してアスナの顔を見るのが怖い訳ではないのだ。確認をする必要性を感じないから振り向かないだけだ、うん。

 

 ……なんて現実逃避(だれにたいするものともしれないいいわけ)をしていたが、そんな事をしている雰囲気でもない事を思い出し、慌てて思考を切り替える。

 丁度其の瞬間、アスナの口が開かれ、『あの男』なる人物の正体(なまえ)が語られた……。

 

 

 

 

 

 ──其の声音は、重たく、

 

 

 

 

 

 ──其の声音は、冷たく、

 

 

 

 

 

 ──其の声音は、険しく、

 

 

 

 

 

 ──そして、強い『不快』の念が多分に含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────須郷(すごう)……《須郷(すごう) 伸之(のぶゆき)》──其れが、今此の世界を支配している男の名前よ」

 

 

 

 

 




 

[今回の可能性(もしも)

・GMが須郷 伸之であったら。


──という訳で、此処で『Stage.5』で提示した可能性の答え合わせです。
GMの正体は、SAO屈指のクズ野郎であるあの男──須郷 伸之でした。
……まあ、皆さん気付いていた事でしょうけどね。それでもまあ、一応の答え合わせを。
さてさてさーて、野郎がGMのSAOは、一体どういった展開を迎えるのでしょうか……………………どういった展開を描けるんでしょうかね……。

さて置き。
……思ったよりも縮まってしまったリョウヤとアスナの距離。実の所、此の時点ではまだ此処まで縮める予定ではなかったんですよね。
なんですけど、書いていたらあれよあれよといううちに勝手に縮まってしまいました。……ナニソレコワイ。
……まあ、いっか。どの道アスナも候補の一人でしたし。

──という訳で、今回は此処までです。
ご観覧、ありがとうございました。

 


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Stage.12;優しい人

 

お久しぶりです。

今話は、文字数的には前回までよりも短いです。
……なのに更新までに時間を掛け過ぎているという体たらく。……堪忍な。

という訳で、本編行きましょう。


[11/6]特殊タグを追加しました。

 


 

 

 

 

 

 《スゴウ ノブユキ》──。

 其れこそが、本来のGMである(はず)の茅場 晶彦の名を(かた)り、今現在此の世界を支配しているという男の名前だと、アスナは語った。

 

「本物の茅場って人がどういう人なのかは知らないわ。……けど、あの声音はよく知ってる。(いや)って言う程(おぼ)えてる。──アレは、あの男の……須郷の声で間違いないわ」

 

 そして、其れを判断する材料となったものはGMの声音だと言う。

 まあ、チュートリアルの際に現れたGMはローブを(まと)っていた上に、其の中身は何も無い空洞であった。そもそもにして、あの巨人はアバターであるからして、見た目で判断するのは不可能だ。……要するに、判断材料は声音しか無い様なものだ。一人称で判断した俺は少し変わっているのかも知れない。

 さて置き──

 

「……どんだけ嫌な奴なんだよ、ソイツ」

 

 明るく礼儀正しそうな印象を受けるアスナが、此れ程までに嫌悪感(けんおかん)(あらわ)にしている様子から察するに、其のスゴウとかいう男が人間性に難有りである事はほぼ間違い無いであろう。

 そんな奴の話をするのは、彼女にとっては業腹(ごうはら)モノなのかも知れない。

 だが、そいつが黒幕であるという以上、俺達も無関係という訳にもいかないだろう。ともなれば、()しもの時の事を考えて少しでもそいつに関する情報を得ておきたいところ。……そして、其れにはどうしても彼女の協力が必要なのだ。

 彼女の不快を承知の上で(たず)ねてみると、やはり不快の念が()もった声音ではあるが質問にはきちんと答えてくれた。

 

「……あの男は、お父さんの会社の部下の人の息子で、昔から家族同然の付き合いをして来たわ」

 

 ……答えてくれたのは良かったのだが、早々に()いた事を後悔した気分になった。

 人間性に難有りな野郎と時折会う程度であるのならばまだしも、長年家族の様に付き合うとか……率直に言って嫌過ぎる。此れはアスナに対する同情の念を禁じ得ない。

 

「頭は良いみたいだし、人の良さそうな見た目をしている。……けど、其れはあくまで目上の人間が居る時だげ。本性は人を平気で見下して、人を()き下ろす衝動(しょうどう)我慢(がまん)出来ない様な性格をしているわ」

 

「「うわぁ……」」

 

 思わず()らした声は、意図せずして後ろのユウキの声と重なった。(すなわ)ち、ユウキもまた俺と同じ様に、スゴウという奴の事を「相当にイヤな奴」「相当にヤベー奴」という風に認識した、という事なのだろう。

 

「アスナッ!」

 

「ふえっ!? な、なに? ユウキ」

 

「此のゲーム……絶対クリアしようね! そんで、現実世界に戻ったら何としてでも其のスゴウって奴を豚箱(ぶたばこ)にぶち込んでやろうね! ボクにも手伝える事が有れば協力するからさ!」

 

「え? ……あ、うん。そうだね。うん! 絶対にあの男を豚箱にぶち込んでやるぞー!」

 

「おー!」

 

 そんな奴からアスナを助けたい、(まも)りたい、と思ったのだろうか。ユウキの気持ちは激しく(たかぶ)り、燃え上がっている様子だ。

 そんなユウキの気迫に押されてか、アスナは毒気を抜かれた様子であり、其れに(ともな)って張り詰めていた空気が一気に霧散(むさん)した様だ。

 

「まあ、その……なんだ。俺も出来る範囲(はんい)で協力するからよ、助けが必要な時には遠慮(えんりょ)せずに言ってくれ」

 

「ありがとう、リョウヤ君! (たよ)りにさせて(もら)うね! 差し当たっては、SAO(このせかい)での戦い方の指南(レクチャー)をお願いします!」

 

「了解」

 

 ユウキのお(かげ)で明るく、ふわっとした感じとなったアスナに、俺もまた助力する(むね)を伝える。

 俺としても、こんなアスナを嫌悪感丸出しで不快にさせる様なヤベー奴が、此れから先も彼女に近付き続けるのを想像すると、あまり良い気分はしない。

 何よりも、野郎は此のデスゲームをおっ始めやがった黒幕だ。相応に(むく)いを受けて貰わなくては此方の気が済まないというものだ。

 

 という訳だからして、私怨(しえん)を晴らす意味も()ねて、彼女の事情に首を突っ込ませて貰う事にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─Asuna side─

 

 

 リョウヤ君は、優しい人だ。

 

 出会って間もないから、当然彼の事なんて何にも知らない。

 だけど、短い時間だけど彼と接してみてわたしは、彼は優しい人だ、と感じた。

 

 先ず始めに、一人でモンスターと戦うわたしの事を気に掛けて、声を掛けてくれた。

 一ヶ月が経ったとは言え、恐らくは満足にステータスや武器の強化を行えていないであろう現状では、多分(ほとん)どのプレイヤーが自分が生き残る事に精一杯で、見ず知らずの他人の事を気に掛ける余裕(よゆう)なんてあんまり無いと思う。

 けれども、リョウヤ君はそうじゃなかった。通り掛かりに見掛けただけでしかないわたしの事を気に掛けて、わざわざ近くまで来て声を掛けてくれた。わたしの主観でしかないけど、此れは優しいと思う。

 声を掛けられた時には(すご)吃驚(びっくり)して、思わず警戒(けいかい)しちゃったけど、今になって思えば、心配して声を掛けて貰えたのは凄く(うれ)しかった。やっぱり一人は心細かったから、誰かが(そば)に居てくれるのは凄く安心する。

 

 次に──此れがわたしの中では一番大きい──、彼はわたしの罪を(ゆる)してくれた。

 わたしは……他の人達が意を決して命()けの攻略(たたかい)に挑もうとしているのに、自分の命()しさに《はじまりの街》の宿屋に籠もって、現実世界(そと)からの救援を待つという安全な選択肢(せんたくし)を選んだ。──其れが、わたしが(おか)した罪だ。

 けれど、此の話を聴いた彼は……「其れは罪なんかじゃない」「間違った事なんて何もしてない」と言ってくれた。──わたしの罪を赦してくれたのだ。

 他人(ひと)の罪を赦してしまえる、というのは『優しさ』以外の何物でもないとわたしは思う。……と言うか、わたしの心を救ってくれた彼が優しくない訳がないのだ!

 

 おまけとばかりに、彼は、あまりの嬉しさから込み上げて来る涙をどうにか(こら)えていたわたしを()き寄せて、文字通りの意味で胸を貸してくれた。

 其れをされた時はいきなりの事に吃驚したし、何が起きたのかも解らなかったけど、其の後に後頭部をぽん、ぽんと何度も優しく叩かれているうちに、彼の行動の意図を(さと)った……彼の優しさに気付いた。──泣いても良いのだ、と彼は行動で示してくれたのだ。

 彼の其の優しさが引き金となって、とうとう感情の抑制(よくせい)が利かなくなってしまい、《はじまりの街》を飛び出して以来抑えていた、『(こわ)い』や『(つら)い』、『心細い』などと言った感情から来る『泣きたい』という気持ちが(あふ)れ出てしまった。彼の優しさに甘えて泣いてしまった。

 後になって物凄く()ずかしい気持ちになった。何せ、初対面の相手……しかも、わたしと同い年くらいの異性(おとこのこ)に甘えて泣いてしまったのだから。…………まあ、お陰で気持ちは大分すっきりしたんだけどね。

 

 ごほん! え、えーと……他には、彼はわたしからの『SAO(このせかい)での戦い方を教えて欲しい』という(たの)みを、(こころよ)く引き受けてくれた事だろうか。

 さっきも言った通り、デスゲームの開始直後、わたしは自分の命惜しさに《はじまりの街》の宿屋に籠もった。──()まる所、わたしは彼が開いてくれた初心者講習には参加していないのだ。……攻略に挑む事を決めた時には、講習は(すで)に終わってしまっていたのだった。

 そんな、折角与えられた機会(チャンス)を一度は棒に振っておいて、後からになってもう一度機会(チャンス)(めぐ)んで欲しいと強請(ねだ)る様な図々しいわたしの頼みを、彼は嫌な顔をせずに引き受けてくれたのだ。彼にだって当然、攻略や、其れに伴う自身の強化などといった都合が有る筈なのに、貴重な時間をわたしの我儘(わがまま)の為に()いてくれようとしているのだ。

 

 もっと言えば、初心者講習の事だってそうだ。

 普通だったら、ゲームオーバーになったら本当に死ぬなんて言われたら、誰だって自分の命を最優先に考える筈。他人の事を気に掛けている余裕なんて一切無い筈だ。

 けれども、リョウヤ君はそうじゃなかった。彼だって本当だったら自身の生存率の向上に専念するべきだっただろうに、自分の生存率が下がる事を承知の上でか、他のプレイヤーを助けるべく初心者講習を開いた。

 右も左も分からない初心者プレイヤーにとって、彼が()った救済措置(きゅうさいそち)がどれ程までに喜ばしい希望であった事か。其れ故に彼らが自分達の救世主とも言える彼の事をを英雄視してしまう……其の気持ちは、充分に理解出来るものだ。

 

 彼にとって、其れらは何を思っての事なのか。当然、其れは彼にしか分からない事だ。

 それでも、其処には多少なりともの優しさが在ったと、わたしは思っている。

 

 まだ有る。

 彼……だけじゃなくて、彼とユウキは、須郷 伸之という名前の男の逮捕(たいほ)に協力してくれると言ってくれた。

 そもそも、いきなり名前が()がった其の男は何者なのかと言うと……詳細(しょうさい)(はぶ)かせて貰い要点だけを言えば、SAOの開発者である茅場 晶彦の名前を騙って今現在SAO(このせかい)を支配している男だ。

 実を言えば、わたしは其の男と現実世界に()いて面識が有る。だからこそ、其の事実に気付く事が出来た。だからこそ、其の事実に気付いているのはわたしだけだと思っていた。……のだけれど、どういう理由でかリョウヤ君も其の事実に気付いていた。正確に言えば、GM(ゲームマスター)の正体に(うたが)いを(いだ)いていたらしい。

 (ちな)みに、GM(ゲームマスター)が茅場 晶彦じゃない事を彼らに伝えた際に、彼らがわたしの話をすんなりと信じてしまった事には吃驚してしまった。わたし自身、簡単に信じて貰える様な話ではないと思っていたから。……だから、わたしの話を疑わずに信じてくれた事はとても嬉しかった。

 そうしてわたしの話を信じてくれただけではなく、彼らはあの男の逮捕に協力してくれると言ってくれた。彼らが協力を申し出る直前に、あの男の人となりについてを伝えたから、多少なりともの同情は有ったのかも知れない。……それでも、彼らが優しい事に変わりはないだろう。

 

 以上が、わたしが彼と出会ってから此れまでの間に感じた彼の優しさだ。

 勿論、此れだけが彼の優しさではないだろう。彼は色んな所で、そして、わたし以外の沢山の人達にも其の優しさを見せているのだろう。

 

 今だってそうだ──

 

 

 

 

 

「本当に、良いの……?」

 

「ああ。我慢も遠慮もしなくて良いんだからな」

 

「……それじゃあ、その…………すみません、先輩。正直、今はまだ自信が無いから、あたしは今回のボス攻略から降りさせて貰います」

 

「了解。ああ、何時(いつ)かは必ず、なんて無理に気負わなくたって良いんだからな、リズ」

 

「あ、あははは……考えを読まれちゃいましたか。……ありがとうございます、先輩」

 

「あいよ。あんまり気にし過ぎるなよ」

 

「……私も、ごめんなさい。……でも、本当にありがとう」

 

「了解。サチもな」

 

 《迷宮区》を出たわたし達は、《迷宮区》から程近い所に在る谷間(たにあい)の町《トールバーナ》へとやって来た。此の町で開かれるという、一回目の《第一層フロアボス攻略会議》に参加する為だ。

 町に到着したわたし達は、先ずは彼が行動を共にしているというパーティーメンバーと合流する事になった。彼とユウキがわたしと接触するに当たって一旦別れ、先行して町へと向かって貰ったのだそうだ。

 マップに表示されるというパーティーメンバーの位置情報を頼りに進む彼らの後に付いて行くと、其処には男女合わせて八人のプレイヤーが居た。

 無事にパーティーメンバーと合流する事が出来たわたし達。其の中で唯一の初対面であるわたしは、リョウヤ君に紹介して貰う形で彼らに挨拶(あいさつ)をした。其れに対して、彼らもそれぞれに簡単な自己紹介を返してくれた。……攻略会議の時間が(せま)っているという事で、きちんとした交流は会議の後でという事になった。

 そうして、では、攻略会議へ向かおうかという雰囲気(ふんいき)になった所で、リョウヤ君は思いもよらない事を言い出したのだ──

 

 

 

 

 

 ──あ、ボス攻略から降りたいって奴は、遠慮なく降りて良いぞ。

 

 

 

 

 

 ……彼の言葉に、わたしは呆気に取られてしまった。多分他の(みんな)もそうだろう。

 だってそうだ。まだ会議(を始める前)の段階であるとは言え、わたし達は勇気を振り(しぼ)り、覚悟を決めてボス攻略に挑もうとしているのだ。なのに、ボス攻略から降りたければ降りても良いなどと、此方の出鼻を(くじ)く様な事を言うのだ。……わたし達の覚悟を()(にじ)られた様な気がして、少しばかり怒りも覚えた。

 

 とは言え、彼がそう言ったのだって、彼なりの考えが有っての事。

 曰く──ボス攻略はこれまでのモンスターとの戦闘とは訳が違う。強さも危険度も、これまでのモンスターの比ではない。だから無理をしなくても良い。……と。

 

 結局の所、彼は優しいのだ。

 彼は、最前線にまで付いて来ているのだからボス攻略に参加するのも当然の事…………という考え方ではなく、重要な場面でも──いや、重要な場面だからこそ──選択肢を与えて、行動の自由を与えて、相手の意思を尊重(そんちょう)しようとしている。──優しいのだ、彼は。

 そんな彼の優しさに甘えて、リズベットさんとサチさんの二人はボス攻略から降りる事を申し出た。……やっぱり、女の子には少しきついよね。

 

 二人の申し出を承諾(しょうだく)した彼は、静かに此方を見詰め続ける。即ち、わたしを含めた残り八人の反応を待っているのだ。

 ……けど、ごめんね。わたしは降りないよ。

 わたしは、もう逃げる様な真似はしないって決めたから。逃げて、罪悪感を(いだ)いて、後悔する──そんな(みじ)めな思いは、もう二度としたくないから。

 

「…………OK。後の奴らは参加って事で良いんだな。…………たくっ。強情だな、オイ

 

 強い決心を胸に(いだ)いて見詰め返していると、(ようや)く彼が口を(ひら)いた。此れ以上待ってももう攻略から降りたい者は居ないのだと、悟ったのだろう。

 ただ、其れを悟った時の彼の表情は、何処か残念がっている様に見えた気がした。(またた)く間に背中を向けちゃったからよくは見えなかったんだけど。

 あと、背中を向けた状態で何かを言った様な気がしたんだけど、気の所為だろうか?

 

「んじゃ、そろそろ行くとしますか」

 

 其れを尋ねる前に、彼は話を先へと進めてしまった。……まあ、良いか。大切な話だったのなら、ちゃんとわたし達に聴こえる様に言うだろう。

 

「リズとサチは自由にやっててくれ。あ、それと、アルゴの奴を見掛けたらとっ(つか)まえといてくれないか…………ちいとばかし大事な話をしたいからよぉ」

 

「ア、ハイ……」

 

「わ…わかった…よ……」

 

 改めて、いざ攻略会議へ──。

 ……そう意識を切り替えたわたしだけど、直後に彼から放たれた軽い威圧感(いあつかん)の様なものに萎縮(いしゅく)してしまった。……え? リョウヤ君……ちょっと(おこ)ってる? な、何で…?

 アルゴさんには何度か会った事が有るけど、基本的には良い人だ。情報関係でお世話になった事も有る。

 そんな彼女が彼に一体何をしたと言うのだろうか…?

 

「頼むわ。……そんじゃあ、改めて攻略会議へ向かうとしますか」

 

「「「お、おー……」」」

 

 彼は直ぐに切り替えて、重たい空気は霧散したけれど、わたし達は状況に付いて行く事が出来ずに困惑(こんわく)するばかりだ。

 

 取り()えず、会議が始まるまでには気持ちを落ち着かせようと考えながら、わたしは彼の後を追い掛けるのであった。

 

 

 

 

 




 

という訳で、後半はアスナから見たリョウヤの人物像を交えながら、話を進めてみました。……物語的には殆ど進んでいないんですけどね。
「アスナさんがチョロ過ぎませんか」って思う方も居ると思いますが、其処は「うーん……そういうものなのかな」といった具合に何卒(なにとぞ)ご理解を。

それでは、今回は此の辺りで。

 


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Stage.13;第一層フロアボス攻略会議(ヒーローズ・アシェイムド・タイム)

 

「四ヶ月。此処まで、四ヶ月も掛かった……………………さーせんッ!」

 


 

 

 

 

 

 時刻は、もう(しばら)くすると午後四時になる。

 場所は、《トールバーナ》の噴水(ふんすい)広場……其処から少し(はな)れた所に在る野外ステージ。半円の()(ばち)状になっており、中央のステージを階段状の観客席が囲んでいる。

 

 今此の場には、続々とプレイヤー達が集まって来ている。

 目的は、十中八九(みな)同じの(はず)──(すなわ)ち、此れから行われる《第一層フロアボス攻略会議(こうりゃくかいぎ)》への参加であろう。かく言う俺だって、其の為に仲間達と共に此処に来ているのだから。

 

「……(すご)い。こんなに沢山集まるなんて……」

 

 其の様子を見て、アスナが感嘆(かんたん)の声を()らす。

 ざっと見た感じ、現状此の場に居るのは四十人前後といった所。俺達九人を加えても大凡(おおよそ)五十人くらいだ。

 此のSAOでは、一パーティーの定員が六人であり、其れを八つまで束ねて、合計四十八人の《連結(レイド)パーティー》を作る事が出来るのだ。

 俺はベータテスト時にフロアボス戦に参戦した事が有るのだが、其の時の経験からすると、フロアボスを犠牲者(ぎせいしゃ)ゼロで倒そうとするするのであれば、レイドを二つ作って交代制を()いて戦うのがベストであると思われる。そうすれば、片方のレイドがボスと戦っている間に、もう片方のレイドが安心して消耗(しょうもう)したHPの回復に専念する事が出来る。

 其れを考えると、現状の人数であれば一レイド作る事が出来る為に少なくはないだろうが、安全を考えるのであれば少々心許無(こころもとな)くも思ってしまう。

 

「欲を言えば、もう後一レイド分集まってくれると(うれ)しいんだがな……」

 

「……確かに人数が多い方が良いとは思うけど、あんまり望み過ぎるのも良くないよ。だって、此れがデスゲームになってから初めてのボス攻略なんでしょ? 全滅(ぜんめつ)しちゃう可能性だって有る筈なのに……それでも、其れを覚悟の上で(みんな)集まってくれているんだから」

 

「…………そう、だよな……。悪い、ちょい欲張り過ぎた……」

 

 其の思いが有るが故に、彼女の(つぶや)きに対してつい「もっと人手が欲しい」という本音を返してしまったのだが、其れを彼女に(たしな)められてしまった。

 何度も言うが、今のSAOは《ゲームオーバー = 現実の死》のデスゲーム。HPがゼロになれば本当に死んでしまうのだ。

 そんな状況下に()いて、フロアボスという此れまでの奴らよりも(はる)かに強力なモンスターとの戦闘(せんとう)。当然ながら死の危険性も高くなるし、最悪の場合は彼女の言う通り全滅してしまう可能性だって有る。其れに対する恐怖心だって強くなる筈だ。

 恐怖心に打ち勝つ事はそう容易な事ではない。……けれども、そうと解っていた筈なのに俺は、男性プレイヤーであれば女性よりはまだ、などと男性プレイヤーに対して過度な期待を寄せてしまった。男性であっても怖いものは怖い筈なのに、だ。

 其の所為(せい)で不用意な発言をしてしまった。申し訳なく思う……。

 

「でも、もっと人が集まってくれれば、それだけ安全にボス攻略が出来る、って思ったんだよね?」

 

「……まあ、な」

 

「もう少し集まってくれるといいね」

 

「……だな」

 

 そう思い反省していたら、今度は(なぐさ)めとも取れる言葉を掛けられた。お(かげ)で気持ちが少し軽くなった。

 

 

 

 

 

「う゛お゛ぉぉぉおおおおおい! 首はまだ(つな)がってるみてぇだなァ!」

 

 

 

 

 

 そうして一段落ついたかと思えば、一息つく間もなく新たな物事が降って()くという。

 とは言え、其れは決して面倒な事ではない。(むし)ろ喜ばしいものだ。

 

「お久振りです、スクアーロさん。タケシとクロームも久し振り」

 

 ()き覚えの有る大声の方へと振り向いてみれば、其処に居たのは案の定、相変わらず綺麗(きれい)な銀色の長髪をした長身の男性プレイヤー ──スクアーロだった。

 フレンドリストの名前の有無で彼の生存を確認する事は出来るが、それでもやはり、こうして実際に顔を合わせて無事を確認出来た方がより安心するというものだ。

 此方へと近付いて来る彼の後ろには、彼のパーティーメンバーであるタケシとクロームの姿も在り、俺は彼らにも声を掛ける。

 

「オッス、リョウヤ!」

 

「……元気だった?」

 

「おう。今此の場には居ないリズとサチも(ふく)めて全員無事だし、元気に《迷宮区》を()け回ってるよ。そっちも……相変わらず元気そうだな」

 

 久し振りに再会した事、お互いに無事である事を喜ぶ俺達。

 

「……おい……あの銀髪って……」

「あんな馬鹿デカい声の奴を間違える筈がねえって。ゲーム初日の救済演説(きゅうさいえんぜつ)の時にも(さけ)んでた奴だ」

「やっぱりそうだよな……」

「じゃあ、あいつに声掛けられたダークブラウンの髪の奴って……」

「名前を聴く限り多分そうだ……初心者講習を開いて沢山の初心者(ニュービー)を救った元ベータテスター ──」

「《救済の英雄(えいゆう)》──リョウヤ」

「あいつが……」

 

 そんな俺達の周りに居るプレイヤー達の反応はと言うと──。

 当然というべきか、彼らは突然大きな声を上げて現れたスクアーロに注意を向けており、更には其の彼に声を掛けられた俺にも注意を向けている様子。

 そんな俺達二人は救済演説の件で有名であるらしく、俺達二人の事を話す声が聴こえて来る。

 で、其の中には俺の事を例の《救済の英雄》の二つ名で呼ぶ声も在り、加えて俺の事を英雄視する様な視線まで突き()さって来る訳で……………………めっさ()ずいッ! (ただ)でさえ注目を浴びるのは苦手だと言うのに、俺はそういう風に()められたり見られたりするのは苦手な(たち)だから、今の此の状況はめっさ居たたまれない! お願いですから俺の事をそんな目で見ないで! そんな大層な二つ名で呼ばないで! お()めに為すって!

 

「はーい! それじゃ、そろそろ始めさせて(もら)います!」

 

 そんな俺の願いが届いた為に助けてくれた…………という訳ではないだろうが、パン、パン、と手を叩く音と共に良く通る叫び声──勿論、スクアーロのもの程馬鹿デカくはない──が流れる。それにより、(みな)の注意が俺達から外れて其方へと向くのを感じる。

 意図せずとは言え助けてくれた事を感謝(かんしゃ)しながら、俺もまた実に堂々と(しゃべ)救世主(こえのぬし)の方へと視線を向ける。

 

 視線の先──ステージの中央に立っている、今回の攻略会議の主催者(しゅさいしゃ)(おぼ)しきプレイヤーは、長身の各所に金属製の防具を(きら)めかせた《片手剣》使いの男性だ。

 プレイヤー全員が、デスゲーム開始直後のチュートリアルにて現実の姿にそっくりなアバターへと強制的に変更させられた筈なのだが、それなのに其の顔なのか、と思いたくなる程に彼の顔の造りは(ととの)っている。顔の両側を(あざ)やかな青色の長髪がウェーブしながら流れており、見た目からは(さわ)やかな印象を受ける。

 

 そんな彼の開催(かいさい)宣言に応える様に、立っていた会議参加者達が近場の観客席へと腰掛ける。俺達も同様に観客席へと腰を下ろすと、彼は見た目に(たが)わない爽やかな笑顔を浮かべて喋り始めた。

 

「今日は、オレの呼び掛けに応じてくれてありがとう! オレは《ディアベル》、元ベータテスターだ! 職業(しょくぎょう)は気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

 青髪の片手剣使い──改め《ディアベル》の言葉に、集まったプレイヤー達がどっと()いた。

 胸と肩、腕と(すね)をブロンズ系防具で(おお)い、左腰には大振りの直剣、背中に背負っているのはカイトシールドと、彼の装備(そうび)所謂(いわゆる)ナイト系装備と言えなくもないものだ。……だが残念ながら、SAOでは《騎士(ナイト)》や《勇者》といった《(クラス)》は寡聞(かぶん)にして聞いた事は無い。

 元ベータテスターであるのならば(なお)の事知っているであろう其の事を、恐らく彼は()えて冗談としてかましてくれたのであろう。お蔭で、重要な会議という事で緊迫(きんぱく)していあ場の空気が和やかになった。

 (つか)みは上々といった所だろう。此の事から、彼には主催者としての高い適性が(うかが)える。加えて元ベータテスターであるという事から、指揮官としての腕も期待出来るだろう。

 

「さて、こうして最前線で活動している、言わばトッププレイヤーの(みんな)に集まって貰った理由は、もう言わずもがなだと思うけど……」

 

 さて、ディアベルが開始早々から冗談をかましてくれたお蔭で(なご)やかな雰囲気(ふんいき)で始まった攻略会議であったが…………彼の表情が(たちま)ちに真剣なものへと変わった事で、場の空気も再び緊迫したものへと切り替わった。

 再三言うが、今のSAOは文字通りの命()けのゲームだ。時には(ゆる)める事も必要だが、()めるべき所ではきちんと緊めなくてはならない。──でなければ、一つ間違えるだけで何もかもを失う破目になり()ねないのだから。

 

「……今日、オレ達のパーティーが、あの(とう)の最上階へ続く階段を発見した。()まり、明日か、(おそ)くとも明後日には、(つい)辿(たど)り着くって事だ。第一層の……ボス部屋に!」

 

 そうした緊迫した空気の中でディアベルから告げられた言葉に、プレイヤー達が(ざわ)つく。

 そりゃそうだ。果てしなく遠い第百層(ゴール)へと辿り着く為の第一層攻略(だいいっぽ)……其れがいよいよ目前に迫っている。(ようや)く希望の光が見えたのだ。(たかぶ)らない訳が無い。

 

「一ヶ月。此処まで、一ヶ月も掛かったけど……それでも、オレ達は、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、此のデスゲームそのものも何時(いつ)かきっとクリア出来るんだって事を、《はじまりの街》で待ってる(みんな)に伝えなきゃならない。其れが、今此の場に居るオレ達トッププレイヤーの義務(ぎむ)なんだ! そうだろ、(みんな)!」

 

 集まったプレイヤー達へ向けて、己が考えるトッププレイヤーとしての責務(せきむ)を力強く語るディアベル。そんな彼の言葉に、ステージの其処彼処(そこかしこ)拍手喝采(はくしゅかっさい)が沸き起こる。

 彼の言葉は素直に(うなず)けるものであり、其れによって集まったプレイヤー達の士気を高めている辺り、彼のリーダーシップは非の打ち所が無いものだと言えるだろう。此れならば、ボス攻略は上手く行く……そんな気さえして来る。

 

 そんな(たの)もしいリーダー・ディアベルが、「それじゃあ……」と言って会議を続けようとした時だった──

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 突然低い声が流れ、プレイヤー達の歓声がぴたりと止まる。

 何事かと思っていると、静まり返ったステージの中、一人のプレイヤーが観客席から立ち上がった。小柄ながらもがっちりとした体格の男性であり、背中にはやや大型の片手剣を装備し、サボテンの様に(とが)った特徴的(とくちょうてき)なヘアスタイルをしている。

 彼はゆっくりと観客席を下りて行き、ステージ中央に立つと、観客席の方へと振り向いてから口を開いた。

 

「わいは《キバオウ》ってもんや。此の場を借りて、どうしても言わせて貰いたい事が有る」

 

 中々に勇猛(ゆうもう)そうなキャラネームの片手剣使いの声音からは、名前とは裏腹に()み付く様な雰囲気は感じられない。

 はて、ならば彼の言いたい事とは何なのだろうか、と思っていると、彼は何故か観客席を上って来るではないか。と言うか、また上って来る()もりだったのならば、態々(わざわざ)下りずとも其の場で発言しても良かったのではないか、とも思うのだが…………まあ、其処はやはり、礼儀(れいぎ)として、という事なのだろう。割と律儀(りちぎ)な人物の様だ。

 ……などと少しずれた事を考えている間も、彼はどんどん上って来る…のだけれども……………………アレ? 気の所為だろうか、真っ直ぐ俺達の居る方に向かって来ている様な気がするのだが?

 

「ジブンがリョウヤはんで間違い無いやろか?」

 

 ……気の所為ではなかった。と言うか、目的地は俺達の(もと)でした。

 彼は俺達の前までやって来ると、大阪方言で俺に名前の確認をして来た。何で俺の顔と名前を知っているんだ、という疑問(ぎもん)は……まあ、()くまでもない事だろう。

 さて。やはり彼の声音からは敵意は全く感じられないので、正直に答えても険悪な事態になる事は恐らく無いだろう。であるのならば、誤魔化(ごまか)す必要も無い。なので俺は、素直に「そうですが」と肯く。

 

「ほんなら、スマンけど一緒に来てくれへんやろか」

 

 そうすると、楽観的な予想は当たって険悪な事態にはならずに()んだが、其の代わりに同行を求められた。

 彼の様子を()まえれば、着いて行っても何も問題は無い様に思える…………のだけれども、注目を浴びるのが苦手な俺としてはあまり気は進まない。いやまあ、今の時点でも充分に注目を集めているのかも知れないけれども。……あと、何となくではあるが……別の意味で(いや)ーな予感がする。

 かと言って、高が個人的な感情(ごと)きで同行を(こば)んで此方の印象を悪くしてしまうのもあれなので、俺は「……分かりました」と(うなず)き、気を良くした様子の彼の後に付いて観客席を下りる。

 やはり浴びせられる周囲からの視線に気恥ずかしさを覚えながらも下りて行き、彼と並んでステージ中央に立った所で、彼はいよいよ其の思いの(たけ)を語り出した──

 

「ベータ上がりの連中に礼を言わせて貰いたい──わいら初心者(ビギナー)を助けてくれて、ありがとう!」

 

 ──其れは、感謝だった。

 彼は、観衆(かんしゅう)の面前に於いて堂々と頭を下げて、元ベータテスター達に向けての感謝の言葉を()べた。

 感謝の念を伝える為に、一個人の意思でこうして行動を起こし、(あまつさ)え観衆の面前に於いて堂々と頭を下げる其の姿勢(しせい)には、脱帽(だつぼう)の念を禁じずにはいられない。──先の律儀さと言い、此のキバオウという人間はかなりの人格者なのだろう。

 

「特に、こんクソゲームが始まった其の日に初心者講習を開いてくれたリョウヤはん……ジブンには、ごっつう感謝しとる。ホンマにありがとう!」

 

 だからだろうか……(ほとん)ど私欲の為に行動を起こした俺が、彼から謝辞(しゃじ)を述べられる事には、気恥ずかしさよりもむず(がゆ)さやら、申し訳なさを覚えてしまう。

 

「い、いえ……自分は、その……ゲーム攻略の為の人手欲しさに行動を起こしただけで、其処まで感謝される筋合いは……」

 

「君はそう思うかも知れないけれども……それでも、君が行動を起こしてくれたお蔭で、オレを含めた他の元ベータテスター達も動く事が出来た。……正直、君が動いてくれなかったら、オレは元ベータテスターである事を名乗り出る事は出来なかったと思う」

 

 そんな思いから、行動を起こした理由を素直に告白し、謙遜(けんそん)してしまうのだが、此処で今まで静かに俺達の話を聴いていたディアベルが口を(はさ)み、俺の言葉に異を(とな)えた。

 

「それに、君が動いた結果沢山の人達が救われたのは事実だ。だからこそ、全プレイヤーを代表してお礼を言わせて欲しい──リョウヤ君、本当にありがとう!」

 

 そして、彼もまた頭を下げて俺に謝辞を述べる。そんな彼に()られる様に、観客席からも「そうだぜ」「ありがとな」「感謝してるぞ」と謝辞と拍手が沸き起こる。

 ……やはりむず痒い感じはするものの、自分のした事が(みな)に感謝されている事を知るというのは、ちょっぴり…嬉しくもある。

 

 ……けど、やっぱり言わせて欲しい──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──めっちゃ恥っずい!!

 

 

 

 

 




 

という訳で、年の瀬に投稿となりました。
キリのいい所まで、という事で、思い付く限りの内容を詰め込んだものの、今回も文字数は6,000字台と少なめ(?)となりました。


内容の方は──

・参加プレイヤーの人数が増えていたり
・ディアベルが元ベータテスターである事を名乗っていたり
・キレイなキバオウさんだったり

……と、初心者講習の影響(えいきょう)考慮(こうりょ)しての変更となっています。
(『可能性』と言う程の変更でもないので、さらっと紹介しました)


さて、長らくお待たせ致しましたが、此の辺りでいよいよ大分前から(ほの)めかせていた《彼ら》の登場となります。
自分の語彙力(ごいりょく)・文才で何処まで彼らを活かす事が出来るのか分かりませんが、ともあれ頑張って描いてみたいと思います。


それでは皆さま、また次回!
(ちな)みに、タイトルに振られたルビの『アシェイムド』は、英語表記だと『ashamed』となります。

 


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Stage.14:再会は攻略会議の後で

 

漢字変換・ルビ振りが一定していなくてすみません……。

 


 

 

 

 

 

 キバオウの元ベータテスターに向けての万謝(ばんしゃ)に釣られて盛り上がったプレイヤー達を、ディアベルが(しず)めた。

 ステージを満たしていた(ざわ)めきが落ち着いた所で、キバオウも「割り込んでスマンかった」と一言謝ってから観客席へと戻って行った。そんな中で、少しずつ気持ちを落ち着かせていた俺は……だがしかし、観客席へは戻らずに其の場に立ち尽くしている。

 

「それじゃあ、会議を続けるから、リョウヤ君も席に戻ってくれるかな」

 

「あー…えっと…あのー……すいません。戻る前に、自分からも一つ皆さんに伝えておきたい事が有るんですが、良いですか……?」

 

 観客席へと戻らない様子の俺を見て、案の定ディアベルから、観客席へと戻る様に、と催促(さいそく)の声が掛かる。が、其れに対して俺は(うなず)くのではなく、伝えたい事が有るから少し時間を(もら)えないだろうか、と許可を(あお)ぐ。

 元より、会議の最中に許可を得て発言する予定でいたのだ。折角(みな)の前に立っている事なので、此の機会を逃す手はあるまい。

 そんな俺の願い出に対して、彼は「構わないよ」と快く承諾(しょうだく)の応えを返してくれた。

 という訳で、俺は彼に一礼してから、観客席の方へと向き直る。集まる視線で緊張(きんちょう)する心を深呼吸をする事で落ち着かせてから、俺は口を開く。

 

「えっと……先ずは、改めて自己紹介を。俺の名前はリョウヤ、元ベータテスターです」

 

 (すで)に名前は知られているが、一応の礼儀として改めて自己紹介をした俺は、ウエストポーチから羊皮紙を()じた簡易な本状のアイテムを取り出し、(かか)げる。

 

「皆さんはもう、《トールバーナ》(へん)の《攻略本》の最新版は手に入れましたか?」

 

 (みな)に確認の問いを投げ掛けてから、「()だの人達は是非(ぜひ)とも手に入れて下さい」と付け加える。其れ程までに、今俺が掲げている本状アイテムの重要性は高いのだ。

 

 俺が取り出した本状アイテムの正体は、《エリア別攻略本》という物だ。

 丸い耳と左右三本ずつのヒゲを図案化した《(ねずみ)マーク》が表紙に(えが)かれている此の本状アイテムは、マークから察する事が出来る通り、情報屋・《鼠》のアルゴによって製本されている物だ。《アルゴの攻略本》とも呼ばれている其れは、委託(いたく)された道具屋によって無料で販売されている。

 内容は、詳細な地形から出現モンスター、ドロップアイテム、クエストの解説などといった様々な情報が記載(きさい)されており、そして其れらの情報は、アルゴ自身による調査や、元ベータテスター達からの提供によって成り立っている。

 とは言え、アルゴとて一介の人間。一度で全ての情報を網羅(もうら)出来る訳でもないらしく、本の販売後に新しい情報を見付ける事も有るのだとか。其の場合は、其の都度新しい情報や有益(ゆうえき)な情報などを加筆・修正した最新版を発行しているのだ。

 

 そして、今から俺が(みな)に伝えなくてはならない情報の一部も、此の《攻略本》にきちんと()せられている。……が、それでも見逃してしまっているプレイヤーも居るかも知れない。ならばと、確実に伝わる様に今から口頭で伝えるのだ。

 俺は《攻略本》を開き、問題の箇所(かしょ)に関しての説明を始める。

 

「《攻略本》の町の地図に記されている【!】マークが、クエストNPCの位置を示しているものである事は、皆さんもう既にご存知ですよね」

 

 前置きの確認を入れてから……さて、此処からがいよいよ本題だ。

 

「其の中の一つ、町の南東の(はし)に記された【!】マークなんですが…………此れは、ベータテスト時には無かったものなんです」

 

 俺の言葉に、再びステージが騒めき始める。

 特に此れに関しては、元ベータテスター達の方が(おどろ)きが強いだろう。何せ、ベータテストで散々やり込んだ(はず)の自分達が知らない情報が見付かったというのだから。

 

「《鼠》に調査して貰って、俺のパーティーの方でも実際にクエストを受けて確認しましたので、ほぼ間違い無い情報だと思います」

 

 俺は考えていた。

 ベータテスト時のゲーム内容は()だ開発途中のものであり、完成品である正式版ではベータ時の内容が変更、(ある)いは内容が追加されている可能性が有る、と。

 なので俺はアルゴに依頼して、主にクエストに関する情報を調査して貰ったのだ。町で大きな変更や追加が有るとすればクエストが一番可能性が高い、と考えたからだ。

 其の結果、今回の情報が発覚したのだ。

 

「そして、此のクエストは非常に重要なものであり、ボス攻略にも大いに関係の有るものです」

 

 ただ、(いく)らベータテスト時には無かった情報とは言え、今はボス攻略に関して話し合う為の場……貴重な時間を割いて貰ってまで、ボス攻略とは関係の無い情報を話すのはどうかと思われるだろう。

 勿論、そんなのは百も承知の事だ。(むし)ろ、ボス攻略に大いに関係が有るからこそこうして話をしているのだ。

 俺は、情報の詳細についてを語る。

 

「結論から言いますと、此のクエストでは、《カタナ》スキルを使うモンスターと戦闘する事になります」

 

 俺が語った内容に、ステージの騒めきが一層に大きくなる。

 そうなるのも無理のない話だと思う。何せ、《カタナ》スキルはゲーム開始時点では選択不可能な武器スキルであり、(いま)だに習得者は居ないし、スキルの知識だって無い。下手をすれば《カタナ》スキルの存在すら知らなかったなんて者も居るだろう。

 自分達が知らないスキルをモンスターが使うともなればそりゃ驚くだろうし、()してやそんな相手と戦う事になるともなれば恐怖や不安の念を(いだ)く事だろう。

 だが、問題は其れで終わりではないのだ。

 

「そして、此のクエストの達成後に、NPCが非常に重要な情報を教えてくれました」

 

「リョウヤ君…………其の非常に重要な情報っていうのは……まさか……」

 

「多分、お察しの通りだと思います。──ボスは、《カタナ》スキルを使用すると思われます」

 

 此処までの流れで話の着地点を察してしまった様で、問い掛けて来たディアベルも、観客席の(みな)も其の表情を強張らせてしまう。……それでも伝えなくてはいけない事である為、無情である事を自覚しながらも、俺はNPCから教えて貰った情報を口にする。

 

 俺達にクエストを依頼したNPCの子供達が言っていた──前に、大きなコボルトが、村を(おそ)って来たたコボルトと同じ武器を持って、(とう)の方へ歩いて行くのを見た事が有る、と。

 大きなコボルト、というのは、塔──(すなわ)ち《迷宮区》の方へと向かって行ったという話から察するに、恐らくはベータテストにて第一層のボスとして君臨していたコボルトの王の事であると思われる。

 (ちな)みに、ゲームの仕様上ボスが《迷宮区》のボス部屋から出て来る事は決して有り得ないので、コボルト王が《迷宮区》の方へ歩いて行くのを見た事が有る、という子供達の話は、コボルト王が《カタナ》を使う事を示唆(しさ)するに当たっての設定(かおりづけ)みたいなものだろう。

 

 其れはさて置き。

 子供達から教えて貰った情報が事実なのだとすれば、状況は大分厄介なものであると言えよう。ただでさえ強くて厄介であるボスが、俺達にとって知識の明るくてない武器(カタナ)を使って来るというのだ。攻略の難易度は益々(ますます)高くなるだろう。

 

 だが、救いは在る。

 其れこそ(くだん)のクエストだ。未知のスキルを相手にするというリスクは在るものの、その分《カタナ》スキルに関する経験を得るというリターンが在る。

 

「ですので、ボス攻略前に必ず一度は此のクエストを行って《カタナ》スキルに慣れておいて下さい」

 

 最後にそう()(くく)る形で俺からの報告は終了。ディアベルに一礼してから、俺は観客席へと戻る。

 此の報告によって、一応(みな)の生存率を上げる事が出来たとは思うが、果たして第一層ボス攻略はどうなる事だろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局の所、キバオウによる元ベータテスターへの万謝と、俺からのボスの使用武器の情報が攻略会議のハイライトとなった。

 何せ、()だ《迷宮区》の最上階に到達したばかりの段階であり、ボスの姿を確認出来ていない状況だ。《カタナ》以外の詳細な情報が無い為、現状では戦略の()り様が無いのだ。

 一応ベータテスト時の情報が有るには有るが、しかし、其れは()くまでも旧第一層ボスのもの。正式版の第一層ボスが旧ボスと同じである保証は何処にも無い。現に、正式版のボスが旧ボスが使用していなかった《カタナ》を使用する事が示唆されているのだから。

 そういう訳だから、詳細な作戦会議は一度ボス部屋を(のぞ)いてから、という事になった。

 後は《迷宮区》最上階までのマップデータが全員に共有され、其れを(もっ)て攻略会議はお開きとなった。

 

 ……其の後が少し大変だった。

 と言うのも、ステージを立とうとした所で、他の参加者に声を掛けられたのだ。其の目的は単純に挨拶(あいさつ)やお礼だとかだ。

 ……ただ、話し掛けて来たのは一部の参加者だけではなく、参加していたほぼ全員だった。次から次へと話し掛けられるものだから、解放されるまでに時間が掛かってしまった。

 後、()りの深い顔立ちからして外国人なのであろう褐色肌(かっしょくはだ)のスキンヘッドの巨漢に話し掛けられた時には、少しびびってしまった。身体的特徴(とくちょう)相俟(あいま)って圧が(すご)かった……。

 

 そんな訳で、(ようや)く解放された俺。

 スクアーロ達とも別れ、ずっと待っていてくれた妹達にお礼を言って、リズ達と合流するべく改めてステージを立とうとした……其の時だった──

 

「なあ、ちょっと良いか……?」

 

 ……またもや声を掛けられた。どうやら俺が解放されるまでにはもう少し掛かるらしい。

 其の事に若干の(いら)つきを覚えながら振り向いた俺は、振り向いた先に居た人物達の姿を見て目を見開く事になった。

 

 振り向いた先に居たのは、四人のプレイヤー。

 他三人よりも前に立っているのは、大人しいスタイルの黒髪に、性別の判断に困りそうな線の細い顔立ちをしたプレイヤー。……服装から判断するに、恐らくは男性だろう。

 他三人よりも前に立っている事や、先の声の声音から察するに、話し掛けて来たのは恐らく彼(?)なのであろう。

 ……だがしかし、驚きの原因は彼(?)ではない。俺が驚いたのは、寧ろ彼(?)の後ろに立っているパーティーメンバー達の方だ。

 

 一人は、線の細めな顔立ちながらも、一人目よりは明確に男性であると判断出来るプレイヤー。柔らかそうなアッシュブラウンの髪の下に有るのは、優しげな目鼻立ちで、(ひとみ)の色は濃いめのグリーンをしている。

 ……ただ、原因は彼でもない。

 

 一人は、さらさらとしたショートの黒髪の女性プレイヤーであり、額の両側で()わえた細い房がアクセントになっている。くっきりとした(まゆ)の下には、猫科動物を思わせる様な黒色の大きな瞳が有り、小振りな鼻と色の(うす)(くちびる)が其れに続いている。

 ……残念ながら、彼女でもない。

 

 詰まる所、驚きの原因は残りの一人。

 (くせ)の無い、(つや)やかな金色の長髪の女性プレイヤーであり、髪の下には透明感の有る真っ白い肌が覗いている。少し切れ上がった目は、綺麗(きれい)な深青色の瞳をしている。

 ……俺は、彼女に覚えが有る。

 直接彼女と会った事が有る訳ではない。が、サービス開始日に《はじまりの街》にて、俺は彼女とそっくりなプレイヤーを見掛けている。割と目立つ見た目をしていたので印象に残っているのだ。

 《はじまりの街》の彼女は、俺がサービス開始日に少し仲良くなった《キリト》というプレイヤーを(さが)していた。其の彼女とそっくりなプレイヤーが仲間と(おぼ)しきプレイヤー達と共に居る。

 《はじまりの街》の彼女と目の前の彼女が同一人物であると仮定した場合、其処から導き出される答えは、詰まる所──

 

「……お前……キリトなのか……?」

 

 半信半疑の思いで、導き出した答えを確かめる。

 そうなるのも当然の事で、俺達はGMによって強制的に現実の姿に酷似(こくじ)したアバターに変更させられており、今目の前に居るキリト(仮)もまた、チュートリアルよりも前に出会ったファンタジーアニメの主人公然とした姿の《キリト》とは余りにも掛け(はな)れた姿をしているのだから。……そうなると、金髪碧眼(へきがん)の彼女は、チュートリアル前のアバターと現実の姿には大差が無かったという事になるのだろうか。

 

 其れはさて置き。

 

 すると如何(どう)だろうか……俺の問い掛けに目を見開いたキリト(仮)は、(たちま)ち其の表情を(ほころ)ばせながら言葉を返して来た。

 

「ッ! やっぱり! お前があの時のポニーテールのリョウヤなんだな!」

 

 瞬間、俺も目の前の人物がログイン直後に出会った《キリト》である事を確信した。俺のチュートリアル前のアバターの容姿を知っているのは、妹にユウキ、ラン、そしてキリトだけだからな。

 

「おう。久し振りだな」

 

「ああ、久し振り。無事で何よりだよ」

 

「そっちもな。……ところで、お前……どうやって俺の事を判断したんだ?」

 

 再会とお互いの無事を喜び合う俺達だったが、俺はふとある事に疑問を(いだ)き、其の疑問についてキリトへと問い掛ける。

 先にも()べた通り、俺達の姿は、チュートリアル前のアバターから現実の姿に酷似したアバターへと強制的に変更させられている。特に俺なんかは変化の差がかなり大きい部類だ。

 では、キリトは何を以てチュートリアル前の《リョウヤ》と今の俺を同一人物であると判断したのだろうか?

 

「あー……其れなんだけどな……俺も確信が有った訳じゃないんだ。フレンドの位置情報でお前が此の場に居るって表示されてたから、()しかしたらって思ってな」

 

「あー、成る程な」

 

 其れに対するキリトからの返答は、確固たる証拠(しょうこ)が有ってのものではなく、推測によるものであるとの事。そして其の判断材料となったものが、俺にも馴染みの有るフレンドの位置情報であるとの事。

 俺が彼の返答に納得していると、今度は彼の方から俺に対して疑問を問い掛けられた。

 

「そういうお前こそ、何で直ぐ俺だって分かったんだ?」

 

「ん? あー……ぶっちゃけるとな、お前を見て判断した訳じゃなくて、そっちの金髪の子を見てお前なんじゃないかと思ったんだ」

 

「……アリスを?」

 

 俺の返答に、《アリス》という名前らしい金髪の子に目を向けて首を(かし)げるキリトと、不意に自身に意識を向けられた事できょとんとしている金髪の子。そんな彼らを見て、俺は詳細な説明を付け加える。

 

「彼女が、サービス開始日に《はじまりの街》でお前の事を探していた金髪の子とそっくりだったから、一緒に居るお前が若しかして《キリト》なんじゃないかって思ったんだよ」

 

「あー、成る程な。……あ、因みに、同一人物だよ」

 

「やっぱり、そうだよな」

 

 其れで漸く、キリトも納得がいった様だ。

 

「ちょっと、キリト! 友達と再会出来て(うれ)しいのは解るけど、何時(いつ)までも二人だけで盛り上がってないで、わたし達も会話に混ぜなさいよ!」

 

「そうだよ、リョウヤ君! わたし達の事も紹介して欲しいな」

 

 そうして話の区切りが付いたタイミングを見計らってか、此処まで蚊帳(かや)の外にしてしまっていたお互いのパーティーメンバーを代表して、アリスとアスナからお(しか)りを受けてしまった。周りを見れば、他の面々も彼女達に同意する様に頷いている。

 

「あー、スマンスマン。どうしても気になったもんだから、ついな」

 

「ご、ごめん……」

 

 此れは此方の分が悪いし、そもそもの話、彼女達をほったらかしにして話し込んでしまっていた俺達が悪いので、二人で素直に謝る事に。

 そうした所で、それでは此処からは彼女達も交えて会話を……

 

「そんじゃあ、先ずはお互いの自己紹介から…………と行きたいところだけど、こんな所で長々と話すのもアレだし、連れも待たせてるんだ。てな訳で、話は何処かの宿か店で夕飯を食べながらでも構わないか?」

 

 ……再開するのではなく、俺は場所の移動を提案する。

 今は十二月の夕方。仮想の身体であるが故に風邪をひく事は無いとは言え、それでも寒空の下で長々と会話をするのは身体に応えるだろう。

 それに、リズとサチを長い事待たせてしまっている。(ただ)でさえ会議後の他の参加者との()り取りで時間が経っているというのに、此れ以上待たせてしまうのは申し訳ないというものだ。

 付け加えて言えば、分けて紹介をするのが面倒だというのもある。恐らくキリト達とは今後も会う事になる事だろう。其の時にリズとサチの事を紹介をする、キリト達に自己紹介をさせるというのは割と手間であろう。であれば、(まと)めて遣れる時に遣っておいた方が楽というものだ。

 後は、腹が減って来たというのも理由の一つだ。仮想世界であるSAOに()いても、不思議な事に食欲を感じるのだ。仮想の身体であるが故に絶食したとしても餓死(がし)する事は無いとは思うのだが、それでも一度感じた空腹感は食事をしない限り消える事は無い。此れが意外とキツかったりするのだ。

 

「さんせー! ボクお腹空いて来ちゃったよぉ……」

 

「確かにそうだね。それに、話を続けるには外は寒いもんね」

 

「サチ達を此れ以上待たせるのも悪いしね」

 

「異議無ーし!」

 

 以上の理由からの提案に対し、俺のパーティーメンバー達からは続々と賛同の声が挙がる。

 

「えっと……俺は其れでも構わないけど、三人はどうする……?」

 

「わたしも構わないわ。(たま)には大勢で楽しく食事をするのも良い事だと思うから、寧ろ大賛成よ」

 

「僕も構わないよ」

 

「私も、良いと思うわ」

 

 一方のキリトや、キリトのパーティーメンバー達からも色()い返事を貰う事が出来た。満場一致で『賛成』の様だ。

 

「決まりだな。んじゃ、先ずはうちのメンバーと合流しに行きますか」

 

 という事で、俺達は漸く野外ステージを立ち、リズ達の(もと)へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……因みに

 

「やっぱり知ってやがったんだな! んで、テメェが教えたんじゃ面白くねえとか考えて、俺には黙ってたんだろ!?」

 

「オー、短い付き合いなのに、オレっちの事よく解ってるじゃないカー。オネーサン嬉しいゾー」

 

「じゃかあしいわ齧歯類(げっしるい)ッ!」

 

 リズ達の(もと)へと向かってみれば、其処には捜し人(アルゴ)の姿も在った為、俺の二つ名の件について問い(ただ)したのであった。

 

 

 

 

 




 

[今回の可能性(もしも)

・ボスの武器を知る為のキークエストを発見・公表していたら。


──という訳で、本作品に於けるディアベル生存ルート(仮)への導入は此の様な形を取らせて頂きました。
第二層、第三層ではボスの情報が有ったのだから、第一層でもボスの情報は有ったのではないか、という解釈の(もと)に此の様な展開となりました。
此れを受けて第一層ボス攻略がどの様な展開になるのか、乞うご期待です。

さてさてさーて、此処に来て漸くアリスの名前が出て来ました! ……すみません、アリスだけです。残りの二人の名前は次回となります。
其れに合わせて、アリスの説明も次回とさせて頂きます。今(しばら)くお待ち下さい。

さて、皆さんお気付きだと思いますが…………キリトが面倒を()け負った筈のクライン達が居ません!
此れは何故なのか?
恐らく本編で語る事は無いと思うので此処で書かせて頂きますと、『キリトからある程度の事を教わった時点でクラインが同行を断り、何時(いつ)か必ず合流する事を約束してキリト達を先に行かせた』という設定になっています。
クラインを第一層ボス攻略に参加させる、という案も考えましたが、こっちの方がクラインらしいかなと思い、原作通り第一層ボス攻略には不参加という形にしました。

という訳で、今回は此処まで。
……中々ボス攻略に辿り着かず申し訳ないです。

 


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Stage.15:団欒(だんらん) / 攻略へ向けて

 

お待たせしました。
今回のサブタイトルは、内容的に一つに(まと)めるのが難しかったので、二本立てみたいな感じになりました。
(ちな)みに、『Stage.11』のサブタイトルはアレで一つの形となっております。イメージはアニメ『はたらく細胞BLACK』のサブタイトルです。

……と、余談はさて置き……そろそろ本編へと参りましょう。


[6/16]一部修正しました。
[11/6]特殊タグを追加しました。

 


 

 

 

 

 

「それじゃあ、俺のパーティーとキリトのパーティーによる親睦会(しんぼくかい)を始めたいと思いまーす! かんぱーい!」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 ボス攻略会議の直後に偶然にも友人・キリトと再会し、流れで彼と彼のパーティーメンバーと夕飯を共にする事になった俺達。

 そんな訳で、現在はそこそこに広いNPC経営のレストランに入り、親睦会の名目でちょっとしたパーティーを開いている。各々が気になった料理を一品ずつ注文し──(ちな)みに、《迷宮区》にて俺とアスナの護衛(ごえい)をして(もら)った際に、ご飯を一回(おご)る、という約束をしたので、ユウキが選んだ料理と飲み物は俺が注文して俺が代金を支払った──、其れらを(みな)で分け合う事になっている。……計十五品も有るから、テーブルの上がちょっとばかり豪華(ごうか)になっていたりする。

 

 さて。

 音頭を取るのは俺。普段の俺であれば社交性の低さ故にそんな事はあまりしないのだが……まあ、此の親睦会の発案者は俺であるので、俺が()るのが筋というものだろう。

 

「じゃあ、順番に自己紹介と行きますか。……まあ、先ずは俺からだよな。てな訳で、改めまして──」

 

 そんな感じで始まった親睦会。

 先ずは、各々の自己紹介から。雰囲気的に俺が先駆けとなり、妹、ユウキ達姉妹、リズ、サチ達が其れに続いた。

 そして次は、俺達のパーティーのトリとなるアスナの番だ。

 

「えっと、わたしはアスナって言います。リョウヤ君達とは《迷宮区》で偶然知り合って、其の縁で彼らのパーティーに加えさせて貰ってます」

 

 当たり(さわ)りの無い自己紹介を行うアスナ。

 ……スゴウ絡みの事に関しては、(いたずら)に話をして余計な混乱を与えるのは好ましくないと考えて、今は()だ俺とアスナ、ユウキの三人だけの秘密にしておく事にした。(いず)れ時が来れば他の……信頼出来る奴らに話す事になるかも知れない。

 

「……え? ちょっと待って……アスナさん、一つ確認したい事が有るんだけど……」

 

 さて置き……。

 当たり障りの無い……(はず)だと思ったのだが、キリトパーティーの黒髪猫目の女の子的には何かしら引っ掛かるものが有ったらしく、アスナへと問い掛けようとしている。

 

「アスナで良いよー。あと、敬語も使わなくて良いから」

 

 そんな彼女からの語り掛けに……しかしアスナは、敬称や敬語を使わなくて良い、と話の趣旨(しゅし)とはズレた点に対して指摘を入れる。其の雰囲気は、初対面の時のユウキとの遣り取りの様な、ほんわかとしたしたものであった。

 

「そ、そう……? あ、私は《シノン》よ。黒髪の彼……キリトとは幼馴染みなの。宜しくね」

 

「うん! 宜しくね、シノン!」

 

 そんなアスナの反応やほんわかとした雰囲気に若干戸惑った様子を見せた黒髪少女だったが、直ぐに気持ちを切りた模様。其処で(ようや)く自身が()だ名乗っていなかった事に気付き、自己紹介を行う。

 其れが済んだ所で、黒髪少女──改め《シノン》は、改めてアスナへと問いを投げ掛ける。

 

「それじゃあ、改めて……」

 

「うん、何かな?」

 

「アスナ……貴方、他のパーティーメンバーは?」

 

 シノンの問い掛けを聴いて俺は、彼女がアスナの自己紹介の何に反応を示したのかを察した。

 

「え? わたし、リョウヤ君達以外とは誰ともパーティーは組んでないよ?」

 

「そ、それじゃあ……アスナは一人で《迷宮区》に(もぐ)ってたって事……!?」

 

 詰まる所、そう言う事だ──。

 アスナは、《迷宮区》にて俺達と出会い、流れでパーティーに加えて貰った、と言った。

 ……だがしかし、今此の場に居るアスナ以外の俺のパーティーのメンバーは、俺と妹、ユウキ達姉妹、リズ、サチ達だけ。しかも、彼女達は其々に、ログイン直後に、俺の演説の直後にパーティーに加えて貰った、と自己紹介の際に申告している。

 要するに、事情を知らないシノン達の視点からすれば、アスナには連れと(おぼ)しきメンバーが居ないのだ。そうなれば、其処から導き出されるのは──アスナが一人で《迷宮区》に(もぐ)っていた……そして、たった一人で《迷宮区》のモンスターを相手にしていた、という推測だ。……改めて思うが、なんて無茶な事をしていた事か……。

 

「うん、そうだよ」

 

「そ、そうだよ、って…………そんなあっさりと……」

 

 だと言うのに、アスナ本人はあっさりとした態度でシノンの立てた推測を肯定してしまうものだから、シノンだけではなく、彼女以外のキリトパーティーのメンバーも、そして事情を知っている筈の俺達でさえも、アスナに対して呆れの念を(いだ)いてしまう。

 

「いやぁ……ずっと《はじまりの街》の宿屋に()もってて、出遅れちゃったから、仲間を作る機会を逃しちゃったんだよー」

 

「だからって、一人で《迷宮区》に(もぐ)るだなんて無茶し過ぎよ……。リョウヤさん」

 

「ん? 何だ?」

 

「此の()が無茶しない様に、しっかりと手綱を(にぎ)っておいてあげて下さいね」

 

「OK、Alright。任された」

 

「ええぇ!? ちょっと待って! わたしの扱いが何か酷いよぉ!?」

 

 そんなアスナがまた無茶な事をしない様に、彼女の手綱を握っておく様に、とシノンから忠告を受けた俺は、逡巡(しゅんじゅん)する事無く了承の意を伝える。

 当然、そんな俺達の遣り取りにアスナは不服なご様子であり、異議を申し立て、顔をむくれさせる。そんな光景を微笑(ほほえ)ましい気持ちで(なが)めていると、シノンが「えーっと……」と切り出して、自ら話の軌道を修正しに掛かる。

 

「話を()らしちゃってごめんなさい……。という訳だから、キリト……次、宜しくね」

 

「……え? あ、ああ……うん……」

 

 話を逸らした事に謝りを入れてから、キリトに自己紹介をする様にと話を振る。

 其れに対し、突然話を振られた側のキリトは、当然ながら戸惑いの色を見せる。……其れもあるかも知れないが、彼にはコミュ症のケが有るみたいなので、こうして大勢を相手に自己紹介をする事に緊張(きんちょう)の念を(いだ)いてしまっているのだろう。……其の気持ち、よぉーく解るぞ。

 

「えーっと……俺は、キリトって言います。元ベータテスターです。よ、宜しく……」

 

 やはりと言うべきか、彼の自己紹介はやや(かた)いものになってしまった。……だが、そんな彼の様子に気分を害した様子などは無く、我がパーティーのムードメーカー的な存在であるダッカーを筆頭に「おう、宜しくなー」だの、「君もベータテスターなんだね。頼りにしてるよ」だのと、キリトの事を快く受け容れた。

 其の一方で、俺は初日からキリトに対して(いだ)いていた疑問の様なものが晴れた事に、すっきりとした気持ちとなる。キリトの名前に聞き覚えが有る様な気がしていたのだが、成る程……彼もまたベータテストに参加していたと言うのであれば、覚えが有ってもおかしくはあるまい。……ただ、何となくではあるのだが、本当に其れだけなのだろうか、とまだ少しの引っ掛かりを覚えてしまう。はて、他に何か有っただろうか……?

 

「それじゃあ、次はわたしね。改めて、わたしは《アリス》よ。シノンと同じく、キリトとは幼馴染みなの。宜しくね」

 

 などと考え事をしていた俺は、アリスの声にて我に帰る。考えても分からないのであれば、其れ程重要な事でもないのかも知れない。其れならば今無理に追究せずとも、思い出すまで放置しておく形で構わないだろう。……と、結論を出したのであった。

 さて置き。

 アリスが「改めて」と言ったのは、再会した際の俺とキリトとの遣り取りの中で、彼女の名前を出したからだろう。

 そんなアリスは、キリトとは幼馴染みの関係らしい。ああ、そう言えばキリトも幼馴染みの事を言っていたんだったな。……デスゲームの事で頭が一杯で、すっかり忘れてしまっていた。

 其れにしても……アリスと言い、シノンと言い、何方もかなりの美少女だと言えるだろう。そんな美少女二人と幼馴染みとか……一人居るだけでも世の男連中に(うらや)まれ、(ねた)まれそうだというのに、其れが二人も居るとか……キリトの奴相当羨まれ、妬まれていそう……………………な気がしないのは……はて、気の所為だろうか?

 

「えっと……僕が最後、って事になるのかな。僕の名前は《ユージオ》。僕もキリトやアリス、シノンとは幼馴染みなんだ。三人共々宜しくね」

 

 其の分彼が被害を(こうむ)っていそうだな、というのが、大トリとなったアッシュブロンドの彼──《ユージオ》の自己紹介を聴いて思った俺の感想だ。顔も割と(ととの)っているから、尚の事かも知れない。

 

「えっと……僕の顔に何か付いてるのかな?」

 

「え? あー、いや……そういう訳じゃなくてな…………ユージオの(ひとみ)って綺麗(きれい)な色をしてるなぁ、って思って……つい、な」

 

 そんな彼に対する同情の念を(いだ)きながら彼の事を見ていた俺は…………どうやら、思いのほか彼の事を見詰めてしまっていた様だ。

 戸惑った様な表情を浮かべる彼からの問い掛けに、俺は否定の言葉を返した後、彼の事を見詰めていた適当な理由をでっち上げておく。……同情の眼差しを向けていました、なんて言える訳ないからな。

 さて、適当にでっち上げた理由ではあるが……彼の濃いめのグリーンの瞳が綺麗である、と思ったのは事実だ。

 現時点に()いて変色アイテムは中々手に入れられるものではない為、あれが彼の地の瞳である可能性が高い。仮想体(つくりもの)ではない色──厳密に言えば、今現在の俺達の身体も現実の身体を忠実に再現した仮想体(つくりもの)なのだが──であると言うのであれば、綺麗だという印象が一層強くなる。西洋人とは言い切れない容貌(ようぼう)であり、では東洋人であると言うのであれば、其の東洋人離れした瞳の色には尚の事目を()かれてしまう。

 俺がでっち上げた理由には、他のメンバーからも「確かに」「綺麗ですよねぇ」などと賛同的な言葉が上がる。

 ただし、彼の瞳の色──()いては彼の容貌に対して上がるのは純粋な賛辞だけではなく、「()しかして外国人?」「え、でも日本語上手過ぎね?」などといった、彼の素性を詮索する様な発言もだった。MMOに於いて素性の詮索は基本的にはタブーである為、其れ以上は()める様に言おうとするが、其れよりも前にユージオ自らが自身の素性についてを語ってくれた。

 

「よく言われるけど、僕は生まれも育ちも日本だよ。ただ、僕のお(じい)ちゃんが外国人でね、此の髪と瞳の色は其の影響(えいきょう)だと思うよ」

 

「成程、クォーターって訳か。んで、髪と瞳に関しては外人の血が色濃く現れた、と」

 

「まあ、そうなんだけど……単純な遺伝、っていう訳でもないんだよね」

 

「……と言うと?」

 

所謂(いわゆる)隔世(かくせい)遺伝っていう奴だよ。僕の母さんは外国人のお爺ちゃんよりも、日本人のお(ばあ)ちゃんの方の遺伝子が強いみたいで、髪も瞳も日本人の其れだからね」

 

「はぁ……成程ねぇ……」

 

 彼の素性を知って納得がいった俺達。其の直後にMMOに於いて素性を(しゃべ)らせてしまった事を謝るも、ユージオ本人は「此の位の事なら喋っても問題無いと思うよ」と気にした様な素振りは見せなかった。

 其の事に一言お礼を述べてから……では、全員の自己紹介が終わったので、そろそろ食事を始める(むね)を伝える。

 

「それじゃあ、一通り自己紹介も終わった事だし……此処からは無礼講って事で、(みんな)楽しんで行こうか」

 

「「「おーー!」」」

 

 という訳で、其処から先は(にぎ)やかな食事会と相成った。

 食べたり飲んだりとしながら、(みな)それぞれに交流を深め、思い思いに楽しんでいた。

 若干気掛かりだったのはコミュ症のケが有るキリトだったが、其処はうちの男子達がユージオ共々輪の中へと引き込み、上手く遣ってくれた。お(かげ)で、最初はぎこちなかったキリトも、次第に自然な形で笑う様になっていた。

 そんなキリトは、俺に初日の演説や初心者講習の事でお礼を言って来たり、《カタナ》スキルのクエストについて()いて来たりした。特に前者に関しては、俺が何もしなかったら大切なものを失っていたかも知れない、と物凄く感謝された。大分大袈裟だと思ったが、ユージオからキリトが大分苦悩している様子だった事を聞かされて、キリトにとっては余程の事だったのだと思い知ったのだった。

 

 そんな一幕も有りつつ、食事会は(しばら)く続き、其の日の夜は()けて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 俺達のパーティーは、アスナへのレクチャーも兼ねて、(くだん)の《カタナ》スキルのクエストに挑む事にした。並行して行うのは危険かも知れないが、ボス攻略までの期間はそう長くはない様な気がする為、効率を重視する事にした。それに、アスナ以外のメンバーは一度クエストを受けて《カタナ》スキルに幾らか慣れている為、いざと言う時には俺達全員でアスナをフォローする、という決議の(もと)決行する事となった。

 

 当のアスナはと言えば、クエストに対して(すこぶ)る意欲的な姿勢を見せていた。と言うのも、クエストの内容が『コボルドから形見の品を取り返す』というものだからだ。

 クエストNPCの子供達が住んでいた村がコボルトに(おそ)われた際、逃げ出す途中に、亡くなった母親の形見である首飾りを落としてしまったらしい。直ぐに拾おうとしたが、其れより先にコボルドが拾い上げてしまったのだという。非力な自分達では取り返す事が困難であると判断し、泣く泣く(あきら)めて村を(はな)れたそうだ。……だがしかし、当然母親の形見の品を諦められる筈などない。故に、俺達プレイヤーに取り返して来て欲しい。──というのが《カタナ》クエストの詳細だ。

 そんな話を聞かされたアスナは、「絶対に取り返して来てあげるからね!」と物凄(ものすご)くやる気に満ち(あふ)れていた。……まあ、気持ちは解らなくもない。初めて此のクエストを受けた時、俺達のパーティーの何名かも彼女の様に(たかぶ)っていたし、俺も思う所が有った。……全く、《森の秘薬》クエストと言い……作り物の話だと言うのに、どうしてこうも心に来る様な内容のクエストが多いのだろうか……。

 

 そんな訳で、問題の村へと訪れたのだが──

 其処には、他のプレイヤー達の姿も在った。よくよく見てみると、彼らは前日のボス攻略会議に参加していたプレイヤー達であり、どうやら早速《カタナ》スキルに慣れる為にクエストを受注したらしい。そして、其の中にはキリト達の姿も在った。

 

 俺達の目的は、第一にアスナへのレクチャーである為、彼らとは別行動を取った。

 そんな訳で俺達は、最初は戦い方や、戦闘にて重要となる技術をアスナへとレクチャーした。幾らか俺達の戦闘を見せてコボルドの動きも確認して貰ってから、彼女にも戦闘に参加して貰った。彼女は割と飲み込みが早かったので、暫くすると《迷宮区》での様な危うさや無駄は鳴りを(ひそ)めて、余裕を持ってコボルドを倒す事が出来る様になった。

 其れを(もっ)て大丈夫であると判断した俺達は、クエスト達成、及び経験値・コル(かせ)ぎを兼ねての反復練習に移る事にした。

 其の後は、途中で休憩を挟みながら只管(ひたすら)反復練習を繰り返し行い、最終的には一日の大半を《カタナ》スキル対策に当てたのだった。

 

 そんな訳なので、《迷宮区》の攻略は完全に他のプレイヤー任せとなった。

 因みに、ディアベルのパーティーは《迷宮区》の攻略の方に当たってくれた様だ。何故其の事を俺が把握しているのかと言えば……朝にディアベルから、此方の予定を(たず)ねる内容のフレンドメッセージが送られて来た。其れに対して、《カタナ》スキルのクエストに挑む(むね)を伝えると、では自分達は《迷宮区》の攻略に当たる、という内容のメッセージが返って来た。──という経緯(いきさつ)が有っての事だ。

 更に余談だが、ディアベルとのフレンド登録は攻略会議の後に行なった。今後の攻略に於いて連携を取り易くする為にと、連絡手段を確立したのだ。

 

 さて置き。

 そんなディアベルから、午後にまたメッセージが届いた。《迷宮区》の二十階の最奥にて巨大な二枚扉を発見したとの事で、昨日と同じ場所・時間にまた集まって欲しい、という内容だった。

 詰まる所、早くも二回目のボス攻略会議を開く、という事らしい。勿論、其れに対する俺達の選択は『参加』の一択である。

 

 そんな訳で、俺達は現在、《トールバーナ》の野外ステージへと再び訪れている。顔触れは、昨日のボス攻略会議の参加者と殆ど変わっていない様だ。……人の顔を覚えるのは得意ではないから、適当ではあるが。

 

 何はともあれ、始まった二回目の《第一層フロアボス攻略会議》。

 今回もまた司会進行を務めるディアベルは……会議の冒頭から、いきなり衝撃的な発言をかましてくれた。──なんと彼らは、大胆にもボス部屋を見付けた其の場で扉を開けて、中の住人を拝んで来たというのだ。此の報告には、ステージの其処彼処(そこかしこ)から驚愕(きょうがく)やら感嘆やらの様々な感情を(はら)んだ声が上がり、ステージを(ざわ)めかせた。

 

 さて。

 そんなディアベルからの報告によれば……ボスは、身の丈二メートルに達する巨大なコボルド──名を《イルファング・ザ・コボルドロード》という。武器は《曲刀》カテゴリ。取り巻きとして、金属(よろい)を身に(まと)い《斧槍(ハルバード)》を(たずさ)えた《ルインコボルド・センチネル》が三匹出現するとの事。

 其処までの情報は、一先ずはベータテスト時の第一層ボスと全く同じものだ。記憶が確かであれば、《センチネル》は四段有るボスのHPバーが一本減る度に新たに三匹再湧出(リポップ)し、合計で十二匹倒さなくてはいけない筈だ。

 どうやらディアベルも旧第一層ボスの攻略に参加した事が有る様で、「其のセンチネルだが……」とベータ時の情報を喋ろうとしたのだが──

 

 

 

 

 

「せんぱーい!」

 

「リョウヤくーん!」

 

 

 

 

 

 ──と、ディアベルの言葉を(さえぎ)る様に大きな声を上げながら、何者かが会議に乱入して来たのだった。……はい、すみません……うちのリズとサチです……。サチなんて思いっ切り俺の名前を呼んじゃってくれるもんだから、参加者ほぼ全員の視線が俺に突き刺さって来やがります。テメエの連れならきちんと言い聞かせておけや、って事ですかね…………ホント、マジですみません……。

 何やってるんだよ二人ともォ! ……と、羞恥心から二人に対して軽く(いきどお)りを覚えていたのだが……

 

「会議中にごめんなさい」

 

「アルゴさんから、此れを(みんな)に届けて欲しい、って頼まれたので」

 

 ……彼女達がやって来た理由を知った事で、俺の溜飲(りゅういん)は下がり、会場の雰囲気も一転した。──彼女達は、箱詰めされた《アルゴの攻略本・第一層ボス編》を抱えて持って来てくれたのだった。

 届けてくれた二人にお礼を言い、二人から箱を受け取ってステージ中央へと運ぶ。そして其れを、参加者全員へと配布する。

 

 羊皮紙四枚を()じた、本と言うよりはパンフレットに近い攻略本は、だがしかしぎっしりと情報が詰まっていた。

 判明したばかりのボスの名前から、推定HP量。武装に関しては、旧ボスが主武装としていた《湾刀(タルワール)》の間合いと剣速、ダメージ量、使用ソードスキルまで……そして、今回のボスが使うと予想されている主武装──《カタナ》のソードスキルについても。其れらが五ページに(わた)ってびっちりと書き込まれている。……タルワールと《カタナ》の二種類共を()せたのは、武装が変更されていない可能性も考慮(こうりょ)しての事なのだろう。

 ディアベルが話そうとしていた《センチネル》の事についても、六ページ目にしっかりと記載されていた。湧出(ポップ)は最初を含めて四回、合計十二匹である、と。

 そして、本を閉じた裏表紙には、此れまでの《アルゴの攻略本》には存在しなかった一文が、真っ赤なフォントで(つづ)られていた。──【情報はSAOベータテスト時のものを含んでいます。過信は禁物です】と。

 真偽が不明瞭(ふめいりょう)な情報を載せるのはどうなのだろうか、と思う者も居る事だろう。だがそれでも、此の攻略本のお蔭で、何日も掛けて行う筈だった危険な偵察戦を省略する事が出来るのだ。リスクは有るものの、其れ相応のリターンは有ると思っている。

 

「こいつが正しければ、ボスの数値的なステータスは、其処までヤバい感じじゃない。……勿論、油断も過信も禁物だ。だから、きっちり戦術(タク)()って、回復薬(ポット)いっぱい持って、不測の事態にも慌てず、冷静に、臨機応変に挑めば、死人無しで倒すのも不可能じゃない。……いや、悪い、違うな。絶対に死人ゼロにする。其れは、オレが騎士の誇りに賭けて約束する!」

 

 ディアベルもまた、攻略本の情報を信用する事には(やぶさ)かではない様子。勿論鵜呑(うの)みにする訳ではなく、万が一にも情報が間違っていた時の事も考えて事前の準備をしっかりと行い、不測の事態が起きても冷静に対処する心積もりの様だ。

 そして、其の上で死者ゼロでボスを攻略する事を宣言するディアベル。そんな彼の宣言に、観客席からは盛大な拍手喝采(はくしゅかっさい)()き起こる。

 

 こうして、俺達の士気は格段に上がったのであった。

 

 

 

 

 




 

[今回の可能性(もしも)

・アリス、ユージオがリアルワールド人だったら。
・シノン / 朝田(あさだ) 詩乃(しの)がキリトと幼馴染みだったら。
・アリスがキリトと幼馴染みだったら。
・ユージオがキリトと幼馴染みだったら。


……という訳で、漸くキリトの幼馴染み三人共の名前を出す事が出来ました!長らくお待たせ致しました!
所謂《SAO幼馴染》と呼ばれているキリト、アリス、ユージオの三人に、シノンを加えた四人ですね。
其れに(ともな)って、彼らの設定を色々と(いじ)っています。ユージオの隔世遺伝の件に関しては、間違いがございましたらすみません……。

……恐らく一番の疑問であろうシノンの設定に関しては、後に語る予定でございます。

さて。
今回の話で一番苦悩したのが、《カタナ》クエストの詳細でした。
他の作品では『村の《カタナ》使いモンスターを全て討伐する』というものもございましたが、其れではない内容にするべきだと考えたところ、辻褄(つじつま)を合わせるのに苦労してしまいました。
自分では納得の行くものに仕上がりましたが、皆様は如何なのでしょうかねぇ……。

……という訳で、今回は此処まで。
因みに、作者は《キリシノ》派でございます。

 


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Stage.16:姉として、妹として

 

お待たせ致しました。
前回の投稿から約5ヶ月…………早かったり、遅くなったりで申し訳ないです。
文章力・表現力・語彙力・アイデアが思う様に湧き出さないと執筆を投げ出して、他の事に意識が向いてしまう…………そんな悪癖(あくへき)持ちの作者ではありますが、何卒(なにとぞ)温かく見守って下さい。

それでは、そろそろ本編の方へ参りましょう。
例の如く、ルビ振りの傾向がバラバラかも知れませんが、何卒ご容赦(ようしゃ)下さいませ。

 


 

 

 

 

 

 攻略会議は続く…………と言うよりも、此処からが本格的な会議の始まりだ。

 

「それじゃ、早速だけど、此れから実際の攻略作戦会議を始めたいと思う! 何はともあれ、レイドの形を作らないと役割分担出来ないからね。(みんな)、先ずは仲間や近くに居る人と、パーティーを組んでみてくれ!」

 

 ディアベルの号令で、参加者が一斉に動き出す。

 最終的に集まった攻略参加者の人数は、総勢七十人。SAOに()ける一パーティーの最大人数は六人なので……単純に考えれば、六人パーティーが十一組と、四人パーティーが一組出来る計算だ。

 リズとサチの二人を呼べば総勢七十二人となり、六人パーティーをぴったり十二組作る事が出来る。……が、生憎と其れをする心算(つもり)は無い。俺は彼女達の意思を尊重する事にしている。どうしてもという状況でもない限り、俺自身の意思を曲げ、彼女達に意思を曲げさせてまで、彼女達をボス攻略に参加させる心算は無い。

 他にも、彼女達を呼ばない理由は有る。彼女達がボス攻略に参加した場合……俺達のパーティーは十一人になってしまう。六人パーティーに拘るのであれば何処からか一人連れて来なくてはならないのだが、そんな都合良く一人(ソロ)のプレイヤーが居るとも限らない。……六人に拘らなければ特に問題は無いだろうし、(むし)ろ其方の方がパーティー数が増えて都合が良いかも知れない。

 

 まあ、仮定(たられば)の話だ……。

 そんな事よりも、当座の問題に意識を向ける。

 俺達のパーティーは九人。戦力を均等に分けるのであれば、五人と四人で分かれるのがベストであるだろう。其の場合、問題となるのは四人パーティーの方だ。戦えない訳ではないとは思うのだが……やはりと言うべきか、心元無さを禁じ得ないのだ。

 出来る事ならば、最低でも一人は欲しいところなのだが、はてさて──

 

「おっ、丁度十二人居る事だし、俺達でパーティー組もうぜ、リョウヤ!」

 

 ──どうしたものか、という悩みは、今回もまた俺達の(そば)に座していたスクアーロのパーティーのタケシによって、秒で解消される事となった。

 彼からの提案を断る理由は特には無く、(むし)ろ此方としては好都合。他の面々に視線を向けてみても、彼らもまた異論は無い様子。そう言う訳で、俺達のパーティーとスクアーロ達のパーティー ──計十二人で六人パーティー二つを作る事になった。

 メンバーの振り分けは、武器や男女などのバランスを考慮(こうりょ)した結果──

 

 

 

 

 

《グループA》

リョウヤ、シリカ、ユウキ、ラン、テツオ、ササマル

 

《グループB》

スクアーロ、タケシ、クローム、アスナ、ケイタ、ダッカー

 

 

 

 

 

 ──といった具合に分かれる事となった。

 

 (しばら)くすると、他のプレイヤー達もパーティーを組み終わった模様。結果として、六人パーティーが十組、五人パーティーが二組出来上がった。

 合計十二組のパーティーを検分したディアベルは、最小限の人数を入れ替え、目的別の部隊へと編成(へんせい)した。勿論、編成は俺達二グループの間でも行われ、テツオとササマル、アスナとダッカーが入れ替わる事となった。

 そうして編成した十二組を、六組ずつに分けて二つのレイドを作った。俺達二グループは、ディアベルの計らいなのだろうか、同じレイドに割り振られた。

 

 だがしかし、此処で一つ問題が生じた。

 どう言う訳なのか、俺が一方のレイドのレイドリーダーに推薦(すいせん)されてしまったのだ。しかも、他のプレイヤー達からの異議の申し立てが上がる様子が全く無い。それどころか、(みな)此の意見に納得している素振りすら見られた。

 レイドリーダーに推薦された事や、其れに対する賛同的な場の雰囲気に戸惑いながらも、推薦した理由について(たず)ねてみると、元ベータテスターである事と、救済演説や初心者講習の件による俺に対する他のプレイヤーからの信用度合い……以上の二点が挙げられた。

 まあ、信用されている点については嬉しく思う。

 だがしかし、生憎と俺は、指揮能力が高いとは言えない。コミュニケーション能力の低い俺は、こういった集団戦闘では専ら指示を受けて行動する側だ。

 なので、指揮能力が高くない事を理由に暗にレイドリーダーを辞退したい、という(むね)を伝えた……のだが、其の瞬間、俺と同じレイドに割り振られたプレイヤーの大半が、何気に視線を()らしていた。面倒事は御免だ、体よく押し付けてしまいたい、と言わんばかりの彼らの態度には、若干の(いきどお)りを覚えた。

 更に追い討ちを掛けるかの如く、「それなら、尚の事一度経験しておくべきだよ。此れから先、必要になる場面が有るかも知れないからね」「安心しろ。()しもの時は俺がフォローしてやる」と、ディアベルとスクアーロから説得をされてしまう始末。ディアベルの其れに至っては、俺の将来性を期待しているかの様な物言いだ。

 其処まで言われてしまっては、どうにも断り辛い。……なので俺は、腹を(くく)ってレイドリーダーの任を引き受ける事にしたのだった。

 

 其の後は、各パーティーの役割分担、ボス攻略でドロップしたコルやアイテムの分配方針、ボス攻略の日時などの確認となったが、其れら全ては滞りなく決まった。

 尚、ボス攻略の決行は翌日ではなく、二日後という事になった。ディアベル達のパーティーが、《カタナ》スキルのクエストを受けていない事が理由として挙げられ、此れには誰一人として異議を唱える事はなかった。知識を頭に詰め込んでおくだけなのと、実際に戦って経験するのとでは、動き方は全く違ってくるというものだ。

 

 そんな感じで、二回目のボス攻略会議は終了・解散となった。

 会議終了後は、今度は同じパーティー・レイドとして組む事になったスクアーロ達を(タケシがやや強引に)誘って、親睦会(しんぼくかい)名義の食事会を行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 ボス攻略の為に組んだパーティーの連携の確認と、ボス攻略前最後の《カタナ》スキルの対策強化の為に、俺達は再度《カタナ》スキルのクエストへと挑んだ。

 とは言え、連携の確認に関しては、主にスクアーロ達のパーティーにとって必要な課題だ。

 スクアーロ達三人と、ケイタ達三人は双方共に面識が有るものの、此れまでにパーティーを組んで戦闘を行った事は一度も無い。やはり、実際に戦って連携を確認しておくのと、そうでないのとでは、本番での動きが全然違ってくると思うのだ。

 そして、此れまでのモンスターとは違い、即席のパーティーでどうにか出来る程、ボスは甘い相手ではない。本物の命が()かっているともなれば、尚の事連携は必要不可欠だろう。

 

 そんなスクアーロ達のパーティーの一方で、俺達のパーティーはと言えば──

 アスナを除いた五人が、一ヶ月近くもの間共に戦い続けて来た訳であり、充分な程に連携は取れていると思われる。新参のアスナに関しても、前日一日の共闘で、思いの(ほか)俺達との連携は取れる様になったと思われる。──(すなわ)ち、俺達のパーティーの連携は大凡問題無いだろう。

 だからと言って、慢心は禁物だ。ほんの(わず)かな慢心からでも危機的状況が生まれる可能性は大いに有る。本物の命が懸かっている現状に於いての其れは致命的であり、何が何でも()けなくてはならない。

 念には念を、『石橋を叩いて渡る』精神の(もと)、俺達もしっかりと連携の確認を行う事となった。

 

 そうして、午前中いっぱいを連携の確認と《カタナ》スキル対策に(つい)やした俺達は、昼休憩の為に一度《トールバーナ》の町へと戻った。

 SAOに於いて、絶食によって餓死(がし)するという事は無いのだが、一度感じた空腹感は食事をしない限り消える事は無い。其れが長く続けば集中力が切れてしまい、戦闘中に於ける集中力の欠如は命取りだ。

 そんな訳で昼食を摂った俺達は…………前日は午後からも《カタナ》スキルのクエストに挑んでいたのだが、此の日の行動は違った。

 先ず、《鍛治(かじ)》スキル持ちのリズに、スクアーロ達を含めた俺達全員の武器を()いで貰った。

 

 リズの《鍛治》スキルは、彼女がどんな形であれ俺達の役に立ちたい、という思いの(もと)に取得し、攻略の合間にコツコツと(きた)えていた製造系のスキルだ。

 SAOには、《片手剣》や《カタナ》などといった戦闘系スキルや、《索敵》や《隠蔽(ハイディング)》などといった補助系スキルの他にも、《鍛治》や《裁縫(さいほう)》などといった製造系のスキルも在るし、果てには《料理》や《釣り》などといった日常系のスキルまで存在している。下手をしたら仮想世界で生活をする、なんて事も可能だ。……現状では、そんな余裕なんて(ほとん)ど無い訳だが。

 話を戻すと……彼女が《鍛治》スキルの取得に()み切ったのは、彼女が自身の戦闘の実力に迷いを覚えた際に、俺が其の手の選択肢(みち)を示したからだ。以降、彼女は攻略に付いて来れるだけの実力を付ける(かたわ)らで、俺達のサポートの為にと《鍛治》スキルを鍛える様になった。スキルの熟練度を上げたら、何れは鍛冶屋として店を構えるのだと意気込んでいる。

 サチも、戦闘に関して思い悩んでいる様で、製造系スキルを取得して俺達のサポートをする心算でいるらしい。ただ、今は()だ何をしたら良いのか判らないらしいので、焦らずゆっくり見付ければ良いと伝えておいた。

 

 ところで、何故昼のうちから武器を研いで貰ったのか、と思うだろう。午後からも戦闘を行うのであれば、無意味な行動だと思われるだろう。

 勿論、理由は有る。──ボス攻略に参加しないリズとサチには、《はじまりの街》へと戻って貰うからだ。

 何故二人を《はじまりの街》へと戻すのかと言えば、其れは先を見()えての事──ボスを攻略した後、直ぐに合流出来る様にする為だ。

 

 上層と下層を行き来する方法は二つ。

 一つは、《迷宮区》を上り下りする方法。……ただし、此の方法だと移動に時間が掛かるし、道中ではモンスターと遭遇(そうぐう)してしまうだろう。そうなると、余計に時間が掛かってしまうだろう。

 ボス攻略の後に其の様な余計な時間と労力を費やすのは、正直に言えば御免(こうむ)りたいところだ。

 

 そしてもう一つは、《転移門》を使うという方法だ。

 此の方法であれば、一瞬にして上層と下層とを行き来する事が出来るのだ。……ただし、此方の方法にも欠点が有る。其れは、《転移門》は其の層の主街区にしか無い、という点だ。

 ボス攻略の後、長い時間を掛ける事なく合流する事が出来るが、其の為には一度《はじまりの街》へと戻らなくてはならない。

 

 何方の方が楽かを考えた結果、俺は後者を選ぶ事にした。

 ただ、幾らレベルを上げたからといっても、二人だけで《トールバーナ》から《はじまりの街》までの長い距離を歩かせるのは少し心配なので、俺も同行する事にしたのだ。其れに(ともな)い、俺が《トールバーナ》と《はじまりの街》とを往復する時間を考慮して、午後の早いうちに《トールバーナ》を出発する事にした。──其れ故に、昼の内から武器を研いで貰ったという訳だ。

 ただし、此れらは翌日のボス攻略が成功する事を前提にして考えられたものだ。失敗した場合の事に関しては、其の時の状況次第で決める事にする心算である。……要するに、問題の先送りである。

 

 ともあれ、リズとサチを《はじまりの街》へと送り届ける事にした俺だが、此の送迎には一人助っ人を頼んだ。

 其の助っ人というのは……ランだ。と言うのも、彼女とは少し話したい事が有るからだ。

 そんな訳で、残りのメンバーには自由行動を告げ、ランと共にリズ達の送迎に出た。

 

 結果だけを言えば、俺達は無事にリズ達を《はじまりの街》へと送り届ける事が出来た。

 道中の戦闘で軽く消耗した武器を再度研いで貰い、翌日のボス攻略の成功と無事を約束してリズ達と別れた俺達は、《はじまりの街》の出入り口へと差し掛かっていた。

 

 

 

 

 

 ──俺は、此処でランへと話を切り出した。

 

 

 

 

 

「なあ、ラン」

 

「あ、はい。何ですか、リョウヤさん?」

 

「今のうちに、話しておきたい事が有るんだ」

 

「そう言えば、《トールバーナ》を出る前に、後で話したい事が有るって言ってましたね。何でしょうか?」

 

 ランからの問い掛けの言葉を聴いた直後、俺はランの事をしっかりと見詰める。其れに伴って俺の表情が変わったのだろうか、其れを見たランの表情が少し固くなる。

 あまり緊張感(きんちょうかん)を与え続けるのも可哀想であるし、ゆっくりしていられる時間もそれ程長くもないので、早々に本題へと移る事にする。

 

「……正直に答えて欲しい」

 

「……はい」

 

「……明日のボス攻略……降りる気は、本当に無いのか?」

 

「…………え?」

 

 俺が彼女に話しておきたかった事──訊いておきたかった事というのは、明日のボス攻略への参加の意思…………いや、攻略から降りる気は無いのかの確認である。

 今更何を言っているんだと思われるだろう。何せ、昨日確認を取った際に、彼女は攻略から降りる事を選ばなかったのだから。実際、彼女は俺が何を言っているのか理解出来ない様な表情を浮かべており、自身の意思を今一度伝えて来た。

 

「と、突然何を言い出すんですか、リョウヤさん? わたし……昨日の確認の時に、ちゃんと『参加』の意思表示をした筈ですよ」

 

「……けど、其れはユウキの手前、姉として情け無い姿を見せられなかったから、だろ?」

 

「……ッ!?」

 

 気丈に振る舞っていたであろう彼女だったが、俺の指摘によって図星を突かれた様で、其の表情に動揺の色を浮かべる。

 

「あ、あははは……気付かれちゃってましたか……」

 

「そりゃあね。何せ、俺は君と同じく、上の兄姉(きょうだい)だからね」

 

「……そう、でしたね……成程です……」

 

 俺が彼女の心境を押し測る事が出来たのは、俺と彼女が同じ境遇──即ち、上の兄姉(きょうだい)であるが故だ。

 俺が挙げた根拠に納得している様子の彼女に、俺は早急(さっきゅう)に先の質問に対する答えを求める…………のではなく、別の角度から彼女の本心に切り込んで行く方針に切り替える。

 

「上の兄姉(きょうだい)ってのは、辛いよなぁ」

 

「……え?」

 

「だってそうだろう……自分がどんなに怖くて不安でも、どんなに逃げ出したくても、下の弟妹(きょうだい)が居る手前じゃ不安にさせない為にも、弱音なんて吐けないんだからさぁ」

 

「あ、あははは……そう、ですね……ええ、本当に、上の兄姉(きょうだい)というのは割と辛くて、損な役回りですよね」

 

 俺の、(なか)愚痴(ぐち)る様な思いで口にした上の兄姉(きょうだい)としての境遇に、共感の意を示してくれたラン。

 ……しかし、共感を求めて話した手前、彼女が共感の意を示してしまった事には、悲しさを覚えてしまう。

 彼女は自分の事を姉だと言ってはいるが、ユウキとは双子の姉妹──明確な上下関係は存在しないのだ。加えて、彼女はまだ少し幼いだろうし、何よりも女の子だ。

 まだ年端(としは)も行かないであろう女の子が、自分と全く歳の違わない妹を不安にさせない為に、自分は不安や恐怖を押し殺し、涙を流さずにいるなど、俺からすればあまり気分の良い話ではない。……結局の所は、また俺の快・不快(エゴイズム)でしかないのだ。

 そうだとしても、俺は彼女を助けてあげたいと思っている。其の小さな身体に抱え込み過ぎて壊れてしまわない様に……彼女がもう涙を(こら)えなくても済む様に、と。

 

「だったらさぁ、ラン──」

 

 だからこそ、俺は彼女へと手を差し伸べる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──俺の、妹にならないか?」

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

「……………………え?」

 

 ……表現が(いささ)飛躍(ひやく)し過ぎた所為か、呆気に取られた様な反応を返される結果となってしまったが。

 

「ごめんごめん……表現がちょっと飛躍し過ぎたね……。えーっと……詰まり、俺が何を言いたいのかと言うと……俺の事を本当の兄だと思って甘えてくれても良い、って事だよ。

 ランにはさぁ、『自分は上の兄姉(きょうだい)だからしっかりしなくちゃいけない』って意識が有るんだと思うんだけど、其の所為で、弱音を吐く事を良しとしていないんだと思う。──だから、俺がランの兄の様な存在になる事で、ランが他人に甘えられる様に……弱音を吐く事が出来る様にしてあげたいんだ」

 

「……成程、そういう事ですか。確かに、ちょっと……ちょっと? 表現が飛躍し過ぎていますね……」

 

 なので、俺が本当に伝えたかった事を詳細に話すと、彼女は呆れた様な表情を浮かべながら、今度は理解する事が出来たと告げる。

 ……ただ、何故自分が情を掛けられているのかは、理解出来ていない様子だ。

 

「……でも、どうしてですか? リョウヤさんは、どうしてそんなにも私に優しくしようとして下さるんですか?」

 

「其れはさぁ、ランがまだ幼い女の子だからだよ」

 

「私が、幼い女の子だから…ですか?」

 

「そう。ランはユウキのお姉さんなのかも知れないけど、其れ以前に一人の幼い女の子だ。ランくらいの幼い女の子なら、現状に不安や恐怖の念を(いだ)いて(しか)るべきだと思うんだ。……だけど、ランは其れらを押し殺して気丈に振る舞おうとしてる。でも、そんなのは何時までも続く訳がない。ランの小さな身体じゃ、何時か不安や恐怖を抱え込めなくなって、姉としての重圧に耐え切れなくなって壊れちゃうよ。──だから、そうならない様に助けてあげたい……そう思ったんだ」

 

 彼女からの問い掛けに対し、俺が彼女の事を心配している事を理由に答えれば、彼女は困った様な表情を浮かべながら尚も俺に問い掛けて来た。

 

「……良いんでしょうか? 私…姉なのに、他人に甘えてしまって……弱音を吐いてしまっても良いんでしょうか…?」

 

「良いんだよ。下の弟妹(きょうだい)の手前じゃ不安にさせない為に弱音を吐けない、ってだけで、上の兄姉(きょうだい)が弱音を吐いちゃいけない、って訳じゃないんだから。……若しも、ランが弱音を吐く事を否定する様な奴が居るなら、俺がそいつを否定してやるよ」

 

「……ッ! ……その……ありがとう、ございます……」

 

 自身が他人に甘える事を、弱音を吐く事を尚も躊躇(ためら)う様な、けれども何処か俺に(すが)るかの様な……そんな彼女からの問い掛けに、俺は透かさず『()』と返す。

 そうすると、彼女は不意に俺に抱き付いて来た。

 突然の事に一瞬(おどろ)いたものの、直ぐに彼女が求めている事を理解した俺は、静かにメニューを操作して、ブレストプレートを解除した。そうすると、其れに気付いたランは一層身体を密着させて来た。

 

「……すいません……早速で申し訳ないですけど……少しだけ、甘えさせて下さい」

 

「うん、構わないよ」

 

 アスナにした時の様に、右手でぽん、ぽんとランの後頭部を繰り返し優しく叩いてあげる。最初は(しゃく)り上げていた彼女だったが、やがてくぐもらせながらも、声を上げて泣く様になった。

 

 ……まったく……俺ってばSAO(このせかい)に来てから、女の子を泣かせてばかりいるなぁ……何やってんだろ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、どうする? 明日のボス攻略……」

 

 思いっ切り泣いて、落ち着いた所で俺から(はな)れたラン。其の表情は、()き物が落ちたかの如くスッキリとしたものであった。

 そんな彼女に、俺は改めて最初の問いを投げ掛ける。最初に質問した時とは違い、今の彼女には別の選択肢──即ち『辞退』を選ぶ心の余裕が生まれている。そんな彼女が選ぶ選択肢は──

 

 

 

 

 

「……申し訳ないですけど……私は、やっぱり明日のボス攻略には参加します」

 

 

 

 

 

 ──まさかの『参加』であった。

 

「……理由を訊いても、良いかな?」

 

「はい。リョウヤさんのお気遣(きづか)いには、凄く感謝しています。……ですけど……私はやっぱり、ユウのお姉ちゃんなんです。あの子の姉は、私だけなんです。──あの子を護るのは、姉である私の役目ですから」

 

 彼女が『辞退』の選択肢を()ってまでもボス攻略に『参加』する事を選んだのは、彼女の上の兄姉(きょうだい)としての自覚と覚悟が理由であった様だ。……どうやら俺は、彼女の事を少し()めていた様だ。

 そんな己の認識の甘さには羞恥の念を(いだ)く一方で、彼女に対しては、上の兄姉(きょうだい)としての意識の高さに尊敬の念を(いだ)く。同じ上の兄姉(きょうだい)として、俺も負けていられない思いだ。

 

「……解った。其処までの強い意志が有るのなら、俺はもう止めたりはしない。──明日のボス攻略…… 一緒に頑張ろう」

 

「はい!」

 

 何はともあれ、其れ程までに強い意志を示されてしまっては、其れを無下にする事など出来ない。故に、俺は此れ以上の彼女への説得を(あきら)め、彼女のボス攻略への参加を認める事に。

 気持ちを一転し、明日のボス攻略に向けて鼓舞(こぶ)する俺の言葉に、勇ましく応える彼女であったが……

 

「……あ、でも……」

 

 唐突に、何やら少しはにかんだ様子を見せるラン。

 

「ん? どうかした?」

 

「…… 一つだけ、我儘(わがまま)を聞いて貰っても…良いですか?」

 

 そんな彼女の変化に、何事かと尋ねてみると、彼女は我儘を一つ聞いて貰えないだろうか、と問うて来た。

 

「構わないよ。遠慮なく言って。可能な限り応える様にするから」

 

 其れに対する俺の返答は『(だく)』だ。折角彼女が俺に甘えてくれようとしているのだから、可能な限り応えてあげたい。

 

「ありがとうございます。それじゃあ──」

 

 俺が承諾(しょうだく)すると、彼女はやはり少しはにかみながらも、意を決した様子で我儘を口にした。其の内容とは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「……という訳で、今夜はランと一緒に寝る事になった。そういう訳だから、シリカ……今日の所は我慢してくれ」

 

 《トールバーナ》の町へと戻って来た俺達は、仲間達と合流し、夕食を摂り、宿へと入った。

 其処で俺は、ランからの我儘──お願いを叶えるに当たり、其れに至る背景を語った。彼女だって現状に不安を(いだ)いている事を、そんな彼女を俺が支えてあげたいと思っている事を。

 

 さて、もうお分かりだと思うが、彼女からのお願いというのは──ズバリ、今夜一緒に寝る事だ。しかも、同じ部屋でベッドは別々……ではなく、ベッドも一緒で、だ。

 ……若干の抵抗感は(いだ)いたものの、ただ一緒に寝るだけであって(やま)しい事なんて何も無い、と強く自分に言い聞かせ、此れを承諾する事にした。それに何よりも、折角の彼女からの我儘なので、極力叶えてあげたいと思ったのだ。

 

「むぅ……」

 

 ただ、そんな俺の思いを他所に、此の状況を面白くないと感じている様子の人物が一人──シリカだ。

 ブラコンのケが有る彼女の事だから、大方、俺が自分(シリカ)を差し置いてランを構う事が気に食わないのかも知れない。……まったく……いい加減に兄離れをして欲しいものだ……。

 

「…………」

 

 それともう一人…………アスナさん? 何でちょっと(うらや)ましそうな目で此方を見てるんですか…? 何かの冗談ですよね…?

 

「あ、そう言えばリョウヤさん」

 

 そんな微妙(びみょう)な空気の中、俺と共に渦中(?)の人物である(はず)のランは場の雰囲気に動じた様子などなく、何かしらを思い付いた様で俺に話し掛けて来た。

 

「ん? 何?」

 

「リョウヤさんと話をした後から、ずっと考えていた事が有るんですけど……」

 

 はて、俺と話をした後から考えていた事とは何なのか……俺だけではなく、他の面々も気になる様子で耳を(かたむ)ける中、彼女は答える──

 

 

 

 

 

「リョウヤさんの事……『兄さん』って呼ばせて貰う事にしますね!」

 

 

 

 

 

 …………其れは、微妙な空気が流れる今此の状況を更に()き乱すかの様な、爆弾発言であった。

 おかしいなぁ……ランって、こんなにも空気の読めない子だったっけ…? それとも、読んだ上でわざとやっているのだろうか…? 若しも後者なのだとしたら、ちょっと(たち)が悪いぞ……。

 

「に、兄さん…?」

 

「はい。『お兄ちゃん』だとシリカさんと(かぶ)ってしまいますし、かと言って『お兄さん』だと何だか折角の距離感(きょりかん)が離れてしまう感じになってしまいます。それで、他にも色々と考えてみた末……思い切って『兄さん』って呼ばせて貰う事にしました」

 

 思いもよらぬ彼女の発言に現実逃避気味で思考が追い付かず、思わず『兄さん』の部分を復唱してしまったところ、彼女は其れに反応し、訊いてもいないのに『兄さん』呼びの理由を説明してくれた。

 

「ちょ、ラン…!? 何でランがお兄ちゃんの事を『兄さん』なんて呼ぶの…!?」

 

「何でかと訊かれたら、リョウヤさんが、自分の事を本当の兄だと思って甘えてくれても良い、と言ってくれたからです。だからお言葉に甘えて、リョウヤさんの事を兄だと思って甘えさせて貰う事にしました」

 

「お兄ちゃんッ…!」

 

「……ランに心の余裕を持たせる為だからな?」

 

 そんな中、一番に思考が回復したのはシリカ。若干()み付き気味な彼女の言葉に、対してランは動じる事なく落ち着いて答えを返す。其れを聞いたシリカは、其の矛先を俺にへと変えて来たのであった。

 

「あ、ならボクも、リョウヤの事『義兄(にい)ちゃん』って呼んでも良い?」

 

 そんな俺達のいざこざを尻目に、(ラン)の兄呼びに便乗する様に、(ユウキ)もまた俺の事を兄呼びしたいと言い出す。……当然ながらシリカは其れにも反応し、今度はユウキにへと矛先を向けた。

 

「ちょ、ユウキまで…!?」

 

「シリカぁ……お前、ちょっとは大人になれって……。んで、兄呼びに関しては、二人の好きな様にしてくれて構わないよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとう!」

 

「むぅぅぅ……」

 

 そんなシリカを(たしな)めた俺は、ユウキと、それから事後承諾の様な形となったランに、もう成る様に成れ、と若干投げ()りな気持ちで兄呼びの許可を出す。……ただ、一つだけ気になる事が……

 

「……構わないんだけど…………ユウキの兄呼び……なんか、ニュアンスがおかしくなかったか?」

 

「え? ソンナコトナイヨー。キノセイダヨー」

 

 ユウキ本人は気の所為だと言うが、どうにも引っ掛かりを覚えて気が晴れない……。本当に俺の気の所為なのだろうか…?

 

「あんまり深く考えない方が良いと思うよー?」

 

「……まあ、其れもそうだな」

 

 とは言え、呼称一つで何かが変わるという訳でもないので、彼女の言う通り深くは追究しない事にした。

 

 ……とまあ、紆余曲折(うよきょくせつ)が有りはしたものの、此の後は、俺とランの二人で一緒に寝る事となった。ランは、此れまでずっと弱音や不安などの感情を抑え込んでいた反動なのか、俺に思いっ切り甘える様に抱き付いて来たのであった。

 (ちな)みに、シリカは最後まで不服そうな表情を浮かべて俺達の事を(にら)んでいたみたいが、今夜はランを優先なので、あまり気にしない様にした。……明日以降の夜が少し心配だな。

 ……それと、アスナから向けられる羨望(せんぼう)の様な眼差しも無視する事にした。……マジで何の冗談だよ?

 

 何はともあれ、ボス攻略直前の夜はこうして()けていった。

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──決戦の日の朝が、迫りつつあった。

 

 

 

 

 




 

……という訳で、今回はランにスポットを当ててみました。
実は、地味に《Stage.7》に伏線を張ってあったんですよね。付け加えて言えば、《Stage.12》に於けるリョウヤの発言もランに対するものだったのです。

さて。
原作22巻を読んでみても、ランのキャラを完全には(つか)めず、作者の想像が多分に含まれています。……若しかしたら、見当違いな部分も有るかも知れません。
そんな、自分なりの想像を詰め込んだ本作のランですが、リョウヤのお蔭で重荷が少し軽くなりました。
……其の結果が妹っておかしくないか、と思われるかも知れませんが……其れが、作者が考える上の兄姉(きょうだい)への救済措置、という事で……其れも一つの考え方という事で、理解をして頂けると幸いです。

そして、其れに伴ってユウキがリョウヤの事を『義兄』と呼ぶ事に。……妹の(かん)か何かで、姉の何かを察したのでしょうね。

リズとサチに関しても、少し触れてみました。……割と重要な内容の筈なのに、サラッとしていてすみません……。

そして、アスナさん…………本編でも、意外とアレな部分有りますもんね? ……本作では、其れが出て来るのが早まった……という事で。うん……。
──反論は聞く! だが軌道修正はしないッ!

さあ。
次回はいよいよ、第一層フロアボス攻略となります。……長かったなぁ。
戦闘描写はあまり得意な方ではありませんが、精一杯描きたいと思います。

それでは、また次回!

 


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