『愛』と『平和』の為に 〜Love&Peace~ (とある世界のハンター)
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入学編
第1話 動き出したギア


初めましての方は初めまして。
前々から書きたかったビルド×ヒロアカの小説をついに書いてみました。

1/31 タイトル変更
2/24 誤字報告ありがとうございます(_ _)


 

 

 

 

 

 

 

『...ここは...?』

 

 寝起きの少女の頭の中に、誰かの声が響いた。幻聴か聞き間違いか、よく分からないが少女は起き上がる。

 

「うるさぃ...」

 

『うをっ!?誰だ!?』

 

 少女の呟いた独り言に、幻聴が反応した。少女はそれに対して特に臆せず、せっせと寝巻きを脱ぎ始める。

 あられもない姿になると、その幻聴は間の抜けた声を出して服を着ろだのなんだの言い始めた。

 

 ━━━━━━━━誰...

 

『えっ?名前?あ、ん”ん”。俺の名前は"桐生戦兎"。26歳。天っ才物理学者だ。お前は?』

 

 今度は少女の思考に幻聴が答えた。厄介な奴だな、と彼女が呟くと、質問に答えろとまた幻聴が騒ぐ。

 

子兎謚(ことよび) 希桜音(きざね)、中3...どこにいんのお前」

 

『希桜音、か。実は俺にも分かんないんだよな。どこにいるのか。新世界がこんな文房具とか服とかしかない世界な訳ないし...』

 

『新世界』という聞き慣れないワードが聞こえたが、希桜音はそれを無視して答えた。自分の予想が正しければそこしかないと思ったのだ。

 

「多分、私の中。私の個性、押し入れの、中。」

 

『個性』という聞き慣れているようで、恐らく違う意味合いで使われていそうな言葉。戦兎はその言葉について質問しようとしたが、彼の脳内にはすっと情報が入ってきた。入ってきたというよりは、情報の共有と言った方が正しいだろう。戦兎が希桜音の情報、記憶が脳内に取り込まれたように、希桜音にも戦兎の記憶が取り込まれてきた。

 情報の共有と言っても、脳内に入ってきた記憶の量には差があるようで、戦兎の記憶は全て入っていったが、希桜音の記憶は断片的な物だった。

 

「...なにこれ」

 

『多分、俺の記憶だろうな。お前の記憶も俺の中に入ってきたみたいだ』

 

 自分の記憶が読み取られた、その事実を知った希桜音は怒りと恥の感情に襲われた。しかし、彼女はそれをぶつけられないことを自覚し、その感情を壁へとぶつけた。

 

『...今日は学校だろ?行かないのか?』

 

「うっさい!」

 

 彼女は自身の押し入れから制服を取り出し、せっせと着替え、朝の街へと駆け出した。

 朝食は買い溜めしてあるカロリーメイトだけ、それを片手に彼女は走る。戦兎は彼女の行動に難癖付けるが、希桜音は無視の一点張りだった。

 

 

 

 


 

 

 

 希桜音は学校のほとんどを寝て過ごした。 戦兎が話し掛けても無視を貫く。教室で生徒達が騒ごうが、イジメの現場に遭遇しようが、昼食の時間になろうが、お構い無しに寝た。

 まるで友達がいない、というより実際友達はいない。戦兎に共有されている記憶ではその理由は分からなかったが、本人は気にしているようだった。

 

『ホントに友達いねぇんだな』

 

「うっさい!」

 

 放課後、学校帰りに人通りの少ない道を歩く彼女を弄る戦兎だったが、ふと目の前に見えた汚物に、希桜音の足を止めさせた。

 目の前に見えた汚物、ヘドロだろうか。希桜音の通う中学と同じ制服を来た男子生徒を襲っていた。

 

『あれは...』

 

 ━━━━━━━━(ヴィラン)だろうね、逃げる

 

『待て!誰か捕まってる!アイツ...お前のクラスメイトじゃないのか?』

 

 ━━━━━━━━知らない、まさか戦わないよね?

 

 さあな、と青年は呟き、希桜音の体のまま走り出した。まさか動かされるとは思ってなかった希桜音は、体の主導権を完全に奪われてしまった。

 

「誰だぁ!?」

 

 (ヴィラン)が希桜音の存在に気づいたようだ。見たな、という台詞がありそうなホラー映画顔負けのオーラを出して希桜音に襲いかかる。

 しかし、希桜音、いや戦兎はそれを素早い瞬発力で回避した。

 

 そして持っていた赤のボトル、取り出した青のボトルを振り、押し入れから腰に巻き付けるように出したベルトに挿し込む。

 

 【 RABBIT! TANK! BEST MATCH!】

 

 手馴れた動作で挿し込んだ後、戦兎はベルトのレバーを回し始めた。レバーの回転と共に、プラモデルのプラスチック枠に似たものとそれに付けられたパーツが彼女の前後に展開された。

 

 【 Are You Ready ?】

 

 覚悟は出来てるのか?とベルトが聞く。戦兎はもちろんだ、と気持ちを込めていつもの台詞を発した。

 

『変身!』

 

 その声と共に前後に展開したパーツが一つに組み合わさった。そして誕生する赤と青の英雄...とはいかなかった。

 

「ぐぅ...」

 

 変身に失敗したのか、希桜音の体は蒸気の中から転がるようにして這い出た。なんとか立ち上がろうとするが、慣れない体に戦兎は上手く扱えない。

 

「あぁ?なんだなんだ、何かあると思ったら期待外れだなぁ!ピアス付けて不良気取りのガキがァ!」

 

「もう大丈夫だ少年少女!私が来た!」

 

 マズイ、と目をつむった瞬間、誰かの声が聞こえてきた。この声は希桜音の記憶に残っている。この声の主を知っている。

 

「”TEXAS SMASH”!」

 

 その勇ましい声と共に、ヘドロ状の(ヴィラン)は吹き飛び、拘束されていた希桜音のクラスメイトは解放された。

 その筋肉質な巨体は少年を受け止め、倒れていた少女に優しく声を掛ける。

 

「ふぅ...大丈夫かい少...って、あれ?どこへ行ったんだ...?」

 

 

 

  


 

 

 

「はぁ...はぁ...」

 

『なんで逃げるんだよ。トップヒーロー...なんだろ?』

 

「うるさい!知らないし...」

 

 希桜音は逃げるようにしてあの場から去った。息を整え、近くの公園のベンチに腰を掛けると、水筒を取り出して水をがぶがぶと飲んだ。

 戦兎がいくら聞いても、希桜音は答えなかった。

 

『なぁ、どうするんだ。進路』

 

 それから数分後、希桜音が落ち着いたところで戦兎が疑問を抱いていた事を口にした。今日の授業、希桜音のクラスでは進路の話が出たのだが、希桜音を除いた全ての生徒が『 ヒーロー科 』というところへ行くらしい。ソレについては、戦兎は希桜音の記憶の断片から読み取ったのでどんなものかは分かる。

 なんでも、この『個性』と呼ばれる超常的なものを悪用する人間、即ち敵を倒すみんなのヒーローを志す人間を養成する学校らしい。

 

 問題は、彼女の進路だ。戦兎が閲覧できる希桜音の記憶はほんの一部だけのようで、閲覧できる範囲内に彼女の志望先に関わる物は何も無かった。だから、彼女が今後将来どうするのかが分からないのだ。

 

「...金、ないのは分かるでしょ?」

 

『ん?あぁ、それは見た。』

 

「カツアゲとかスリで金稼いでさ、それでも足んないから援交してさ、それでギリギリの生活してんの。だから高校なんて行けないの」

 

 自虐気味に自分の生活を明かす希桜音だったが、感傷的になる自分を嫌がったのか立ち上がって公園を後にした。

 帰りはゲーセンに屯ってる小学生を相手に金を奪い、会社帰りの社会人の財布を盗み、そして彼女は家へと帰った。

 

 夜ご飯は万引きしたパンだ。白米の方が好きだが、生憎食べる機会がない。戦兎は玉子焼きが食べたいだのアジの開きが食べたいだの言っていたが、そんなこと無視して希桜音は食す。

 

 ━━━━━━━━冷たい

 

 風呂へ入り、パパっと上がって髪の毛は自然乾燥。乾燥する前に寝床へ入る。

 

 これが彼女の日常。

 

 

 

 


 

 

 

『年頃の女の子が何やってんだかねぇ...』

 

 戦兎は希桜音の体を借りて深夜徘徊をしていた。フードを被っているが、体型からして警官に見つかったら終わりだろう。それだけは避けなければならない。

 

 ━━━━━━━━ハザードレベル...上げねぇとな

 

 この体、子兎謚 希桜音のハザードレベルは変身できるレベルに達していなかった。昼間はそれで死にかけたが、偶然助かっただけなのだ。次があるかどうかは分からない。

 

『と、ここか...ゴミの溜まり場』

 

 戦兎の目的地、それはこの街の海岸のゴミの溜まり場だった。ここは冷蔵庫やテレビ等の使われなくなった電子機器や自転車等のゴミが集められているのだ。

 

 ━━━━━━━━さ、探索探索♪

 

 

 

 


 

 

 

 それから1ヶ月後、希桜音は自身の通帳を見て驚いた。カツカツであるはずの自身の貯金は、数十万円と、大金になっていた。

 今月の稼ぎは家賃等でほとんど飛ぶはず。こんなにある訳が無い。

 

「戦兎...何したの?」

 

 希桜音は、この犯人と思われる人間に聞いてみた。この犯人はやはり戦兎だったようで、ポンと軽く言葉を返された。

 

『お金が無いなら稼げばいい。正規の方法でな。』

 

「だから何したのって!」

 

『天っ才物理学者の桐生戦兎だぞ?便利な発明品を作って売れば簡単に金なんて稼げんだよ。』

 

 自慢気に語る戦兎に、何を言えばいいのか分からない希桜音はとりあえずベッドへと潜り込んだ。

 

 ━━━━━━━━これで高校に...

 

 希桜音はハッと気づいた。戦兎の狙いに気付いた気がしたのだ。

 

「もしかして私の高校の費用のために...?」

 

『さぁな。ほら、行くなら勉強しろよ。』

 

「...うん!」

 

 ここから、彼女の新たな一歩が始まる。

  否、創られる。

 

 

 

 

 

 

 




プロフィール(1話時点)
小兎謚 希桜音
年齢:14歳
所属:折寺中学
家族構成:父のみ(家出中)
個性:押し入れ
自分の想像上の空間に物を入れることが可能。本来なら生物は入れない。
戦兎曰く、中にいれば物の劣化はしないそうだ。
作りは3LDK
出し入れは本人の意思でのみ可能。物を出す場所は本人の半径1m以内ならどこにでも出せる。


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第2話 再会。ベストマッチな奴ら

お気に入り10件ありがとうございます(*_ _)
前回の補足
ビルドドライバーを使用して変身するためにはハザードレベルが3.0以上必要。ハザードレベルを上げるためには、フルボトルを用いた戦闘でちまちまと上げるか人体実験で強制的に引き上げるかのどちらかである。


 

 

 

 

 

 戦兎が希桜音の中に入ってから10ヶ月以上が過ぎた。季節はもう冬、受験生達は勉強に追い込みをかける時期、もしくはその積み重ねた力を発揮する時期だった。

 しかし、希桜音は現在身体能力強化に精を出している。ある理由で希桜音は『ヒーロー科』へ行くことを決意したのだ。

 その理由は、戦兎にも明かしていない。しかし、熱意は確かなものだ。今日もハザードレベルの向上のため、フルボトルを握り締め大木に拳をぶつけている。

 

『...って言っても、入試今日なんだけどな』

 

「はぁ...はぁ...何か言った?」

 

『なにも〜?』

 

 そう、戦兎の言う通り、今日は希桜音の志望校の入試当日である。彼女は最後の最後まで変身できるレベルまで上げているのだが、若干届かない。

 

「これで最後...変身!」

 

 時間的に最後の確認になるだろう。ベルトのレバーを回して見るも、ベルトは拒絶反応を起こしたようだった。希桜音は変身に失敗してその場に倒れる。

 

『試験開始行くぞ。ほら』

 

 希桜音は戦兎に促されてフラフラと立ち上がった。

 個性の押し入れを使い、ビルドフォンとライオンフルボトルを取り出した。ビルドフォンにライオンフルボトルを挿しこみ変形させ、マシンビルダーにする。マシンビルダーは仮面ライダービルドの使用するバイクだ。希桜音はマシンビルダーに跨って、ヘルメットを被った。

 服装は大人らしい私服、会場傍のコンビニで制服に着替えれば問題は無いはずだ。彼女はそう思って私服で特訓していた。持ち物を確認して、彼女はアクセル全開で試験開始へと急行するのだった。

 目的地は、NO.1ヒーローを始めとしたプロヒーローを続々排出する名門、雄英高校。

 

 

 


 

 

 

「着いた...人多いな」

 

『だな、ほら邪魔だから奥行け行け』

 

 ━━━━━━━━は〜い

 

 保護者のような雰囲気を出す戦兎に、それを煙たく思う反抗期の娘のような希桜音は人気の少ない場所へと移動しようとする。

 そんな時、希桜音の背後からある少女と小さな無機物が門を潜ってやって来た。

 

「『人多...!』」

 

『万丈!?』

 

 聞いたことのある声に、戦兎は希桜音の体を奪って声を掛けた。その声に、小さな無機物も反応したようだった。スグに希桜音の方へと飛んできた。

 

『戦兎!戦兎なのか?ちっさくなったな!』

 

『はぁ!?お前の方が小さいじゃんか!何お前、クローズドラゴンになったの?』

 

『違ぇ!合体だ!』

 

『あー、うん。憑依ね。』

 

『ヒョーイ?おい戦兎!ヒョーイってなんだ?』

 

 馬鹿は置いといて、戦兎は万丈もといクローズドラゴンを連れている少女に話し掛けた。キョトンとしていた少女だったが、戦兎に話し掛けられ意識をこちらへと戻した。

 

『俺は桐生戦兎。そいつの...仲間だ。この体は子兎謚 希桜音、今俺はコイツの体を借りて喋ってる。』

 

「へ?え、あーっと、私麗日お茶子って言います。」

 

 戦兎は万丈について色々聞きたかったが、周りからの目線が痛い。麗日には受験終了後にまた話そうとだけ告げ、希桜音に主導権を譲った。

 希桜音は麗日に目線で挨拶を済ませ、そそくさと離れた。

 万丈はと言うと、麗日に軽く別れを告げて希桜音に着いて行った。

 

『戦兎、なぁ戦兎ぉ』

 

「私は子兎謚 希桜音です。なんで付いてくるんですか。」

 

 万丈が嫌なのか、希桜音は冷たい態度をとる。しかし万丈は気にせず、戦兎に会わせてくれと頼む。

 仕方ない、と希桜音は万丈を自身の押し入れへと招き入れた。その際、分離するかのようにしてクローズドラゴンを残して万丈だけが入り込んだ。希桜音は慌ててクローズドラゴンを掴んだが、万丈はそんなこと気にせず戦兎との再開を喜んだ。

 

『ここどこだ?家?』

 

『あーもー、説明は後でするからちょっと黙ってなさいよ』

 

 万丈は戦兎に諭され、渋々黙り込んだ。戦兎は希桜音に時間ギリギリまでハザードレベルを上げるよう指示する。

 戦兎に指示された希桜音は、ダイヤモンドフルボトルとフェニックスフルボトルを持った。人が周囲にいないことを確認すると、校舎裏の木を殴りつけ始めた。これは希桜音がヒーロー科を志望してからずっと続けている特訓法である。

 

 

 


 

 

 

「今日は俺のライヴへようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!」

 

 ━━━━━━━━うっさ

 

『まぁまぁ、そう言うなよ。』

 

『イエーーーーイ!!!』

 

『うっさいな!ちょっと黙ってなさいよ』

 

 実技試験開始前ということで、現在希桜音は講堂にて実技試験の概要を確認していた。説明は雄英高校の教師であり、プロヒーローでもあるプレゼント・マイクによって行われる。

 

『要約すると、各々指定された試験会場にて4種の"仮想敵"と戦いポイントを稼ぐ...と。それぞれ0~3Pのポイントに振り分けられている、か。』

 

 途中から話を聞いていなかった希桜音は、戦兎に説明をしてもらい理解した。

 

「更に向こうへ━━━━"Plus Ultra"!!それでは皆、いい受難を!!」

 

 プレゼント・マイクの最後の一言、雄英高校の校訓を聞いた受験生達はそれぞれの試験会場へと赴く。

 希桜音も同じく試験会場へと向かうため歩き始めた。

 この雄英高校一般受験では、アイテムの使用は原則不可だ。しかし、個性に関係するものであれば予め申請していれば試験で使えるらしい。

 

 ━━━━━━━━使えてよかった...

 

 希桜音も申請をしたうちの一人なのだが、この『ライダーシステム』を説明するのにとても苦労した。最終的には納得して貰えたのだが、使うのは少しばかり心が痛む。

 試験会場へと進むと、その他の受験生達は準備運動をして体を温めていた。希桜音も軽く動こうとするが、大きな声がそれを遮った。

 

「ハイ、スタートー!!」

 

 ━━━━━━━━あー、だいたいわかった。

 

 突如始まった試験に、受験生のほとんどは足を動かさずに思考を停止させていた。なぜ、だとか、は?だとか、不信感を抱く者ばかり。

 しかし、希桜音は合図を聞いてスグに走り出す。

 

 ━━━━━━━━誰よりも上へ上へ早く早く行く向上心が無ければ、ヒーローにはなれない...ってことか

 

 希桜音はそう解釈したが、実際どうなのかは定かではない。

 希桜音の姿を見た者や、プレゼント・マイクに諌められた者達もスグに希桜音の後を追い掛けるようにして走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話 喰らえよドラゴン

補足
希桜音の"押し入れ"に入っている戦兎、及び万丈は、ある程度希桜音の体を操作することが可能
さらに、希桜音の感情ならある程度理解出来る

お気に入り13件ありがとうございます( ᵕᴗᵕ )

1/31 タイトル変更


 

 

 

 

 

 

 

雄英高校実技試験が開始された。受験生はそれぞれの個性を活かし、仮想敵であるロボット達を破壊、機能停止させていく。

 浮かしたり、蹴ったり、爆破させたりとしている中、希桜音はというと。

 

「くっそがあぁぁ!!!」

 

 ただひたすらに殴っていた。

 先程変身を試みたのだが、未だハザードレベルは足りていないようで変身に失敗した。そのため現在は、ダイヤモンドフルボトルとフェニックスフルボトルを使用して仮想敵の破壊に専念している。

 ダイヤモンドフルボトルの効果はダイヤモンド並の硬さ。フェニックスフルボトルの効果は再生。硬化した左手、再生を活かして何度痛めても回復する右手の2つで連続でパンチを当てていく。

 本来なら型なんてものはないが、万丈が希桜音の押し入れへ入った事により、万丈の中の記憶、元プロボクサーとしての記憶が彼女に読み込まれた。希桜音はそれを模倣しているつもりなのだが、やはり真似でしかない。

 

「35...!」

 

 35P目となるロボットを破壊した希桜音は、痛めた左手を庇いつつ、未だロボットがいる場所を探しに奔走するのだった。

 

『...2.9...?』

 

『ん?どうした万丈。肉でも食いたいのか?』

 

『違うわ!いや、食いてぇけどよ。なんかいきなり2.9ってのが頭に浮かんできたんだよ。なんだこれ』

 

 知らないよ、と戦兎は万丈を一蹴りして、希桜音のその左腕の安否を心配する。フルボトルの能力があれば、並の人間を凌駕する力を使えるが、それでも人間としての器のままではやはり戦闘を続けるのは難しい。

 そんなことを戦兎が考えていると、試験会場の地面が大きく揺れ始めた。地震かと思ったが、どうやら違うようだ。今まで地を照らしていた太陽が巨大な影によって遮られた。上を見上げると、そこには巨大なロボットが現れている。側面には、デカデカと「0P」と記されている。

 

「これが0P...?」

 

 あまりの巨大さに、受験生達は一目散に逃げ出した。情けない声を出しながら逃げる姿は、ヒーローの卵と言えるのかと希桜音は思ってしまった。

 

 ━━━━━━━━まぁ、私も勝てないから逃げるしかないんだけど

 

 そう思い、彼女もその波に呑まれようとした。しかし、彼女の目に映ったものが、そんな希桜音の足を止めさせた。

 

「あれは、麗日お茶子...?」

 

『助けねぇと!!』

 

 希桜音の目に映っているのは、瓦礫に半身を押し潰され、動けずにいた麗日お茶子だった。あのままでは0Pのロボットに踏み潰されかねない。

 

『行くぞ希桜音!』

 

「っ━━━━━━━━」

 

 万丈に後押しされる形で、希桜音は足を試験会場の内へと向け走り出す。

 今の希桜音は、以前とは違った。助けを求める声は聞き、人を助ける正義のヒーローとして心が目覚めたのだ。

 

 ━━━━━━━━アイツを...助けたい!

 

 助けたい。その願いが届いたのだろうか、万丈の脳内に浮かんだ数字が更新された。

 

『3.0...3.0!ハザードレベル3.0だ!』

 

「行くよ、クローズドラゴン!」

 

 ハザードレベル3.0

 即ち、ビルドドライバーによる変身が可能になった。

 希桜音はクローズドラゴンをベルトへ軽く挿し込み、ドラゴンフルボトルを軽く振ってクローズドラゴンの背中に差し込んだ。

 

【ウェイクアップ!クローズドラゴン!】

 

 ベルトのレバーを回し、プラモデルのプラスチック枠に似たパイプを前後に形成。さらにボトルの成分をパイプを通して、前後の型に流し込む。

 

【Are You Ready?】

 

「『変身!』」

 

【Wake up burning! Get CROSS-Z DRAGON!yeah】

 

 青いパーツが希桜音を包み込み、新たなヒーローを誕生させる。青を基調とした色に龍を彷彿とさせる意匠。その鎧、仮面ライダークローズを纏った希桜音は走り出した。

 クローズはその地を踏み締めひとっ飛びする。クローズの隣にも、同じ目的で飛び立った人間がいたが、彼はクローズよりも遥か高く飛び立ったようだ。

 しかし、クローズはそれに気付かず目の前の敵へと意識を注ぐ。ビートクローザーを押し入れから取り出し、ロックフルボトルを挿し込む。

 

【スペシャルチェーン!】

 

 さらに、ビートクローザーの柄の部分であるグリップエンドを3回引っ張る。

 それに加え、ベルトのレバーを数回転させ必殺技を発動させる。

 

【ヒッパレー!ヒッパレー!ヒッパレー!メガスラッシュ!】

 

【Ready GO!ドラゴニックフィニッシュ!オラー!】

 

 2つの必殺技を同時に放った。ロボットの腹部目掛けて放たれた斬撃と蹴りは直撃、上からの超爆発とも思える攻撃とも相俟って、ロボットは爆発しながら粉々に破壊されてしまった。

 希桜音の体は初めての変身でクタクタらしく、力無く地面へと落ちた。落ちた弾みに変身は解けてしまったが、希桜音はどこか笑っていた様な表情だった。

 

「っ〜...疲れたぁ」

 

『どーよ俺のクローズ!』

 

『もうお前のじゃないでしょーが...』

 

 希桜音の中では嫌ではない騒ぎ声が聞こえてくる。希桜音はそんな声に起こされ、上体を起こそうと腕に力を入れてみるが上手くいかない。まるで錘のようだった。

 ぼぉっと寝転んでいると、周りに人が群がってきた。巨大なロボットを破壊した二人に興味を示すのは当たり前とも言える感情だが、希桜音はそれに対して少し嬉しさを感じた。そしてそれと共に恥ずかしさも感じた。

 恥ずかしさを紛らわすために隣で倒れている受験生に目をやると、意外と世界は狭いようでそれは希桜音の見たことある人物だった。

 

『たしか...緑谷出久』

 

 ━━━━━━━━コイツも雄英か...

 

 彼のボロボロになった四肢を見た後、希桜音は強烈な眠気に襲われ負けてしまった。疲れて眠ってしまったのだろうか、彼女はその後医務室へと運ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 希桜音が目を覚ましたのは、受験生達が雄英高校を後にした頃だった。体を起こすと、雄英の養護教諭と思われる老婆が傍に立っていた。

 

「目が覚めたようだね。落ちた時頭は打ってないね?」

 

「え、あ、はい。大丈夫です。」

 

 未だ疲れてはいたが、めいいっぱいの笑顔で希桜音は返した。養護教諭はそうかいと答え、ハリボーグミを渡した。ちゃんとお食べ、という養護教諭の言葉に希桜音は頷いて口に放り込んだ。

 その後希桜音は保健室を後にした。予定では麗日お茶子に会う予定だったが、この時間では帰っているだろうと思い、雄英高校を出て近くのコンビニへと寄る。

 コンビニで私服へと着替えると、マシンビルダーに乗って家へと帰る。バレないように少し速めにスピードを出す彼女の顔は、少しだけ、少しだけ、クシャッとしていた。

 

 ━━━━━━━━また会えるといいな、麗日さん

 

 

 


 

 

 

それから1週間が経った。この日もまた、希桜音はハザードレベルを上げる特訓へと行ってきた。

彼女の住んでいるアパートからバイクで十数分で行ける小さな丘。その丘に生えてる木々のうちの一本を殴りつけるという特訓だが、これがかなり体にくる。一年近く続けている希桜音でも、休憩含めて3時間程度でヘロヘロになってしまう。

そんなヘロヘロの状態で帰ってきた彼女を迎えたのは、一通の手紙だった。差出人は、雄英高校。

 

「...来ちゃった」

 

『そりゃ今日届く予定だからな。』

 

「...そーね」

 

冷静にツッコミを入れる戦兎に、どこかつまらないという感じで希桜音は返した。ポストから取った封筒を自室へと持ち込み、封を開けた。封筒の中には円盤状の機器が入っており、それ以外は何も入っていなかった。

機械音痴な希桜音は戦兎に指示を仰ぐが、円盤の裏にボタンがある事に気付いた。ボタンを押すと、ホログラムが投影される。

 

「私が投影された!」

 

「オールマイト!」

 

投影された映像には、あのNO.1ヒーローのオールマイトが映った。オールマイト曰く、来年度から、つまり希桜音が入学すると同時に雄英高校に教師として就任することになったらしい。

 

「小兎謚少女!」

 

「ん、はい。」

 

「君の合否結果だが、(ヴィラン)ポイント35点とレスキューポイント50点で85点!順位は1位で合格だ!」

 

「えっ」『えっ』『えっ』

 

一位、というワードに希桜音と戦兎は驚いた。万丈だけは、今2人が何に驚いてるのか分からずに漏らしたのだが。

 

『さっすが希桜音!そしてさっすが俺のビルド!』

 

『はあぁ?入試はクローズだっただろ!?つまり、俺のおかげってことよ!』

 

『うっさいな全く、これだからバカは...』

 

『誰がバカだ!!筋肉つけろ筋肉!』

 

「はいはいバカ筋肉。落ち着いて」

 

『ん、お、おう。分かればいいんだよ。』

 

万丈を落ち着かせた希桜音は、合格祝いに少し高めの料理でも作ろうかと考えてみた。戦兎もそれに賛成したようで、焼肉へ行こうという話になった。

はたから見たら一人だが、今の彼女は一人で3人分だ。早速彼女はマシンビルダーへ跨り、アクセル全開で夕方の街を疾走する。

 

 

 

 

 

 

 



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第4話 無慈悲なトライアル

お気に入り16件ありがとうございます(*' ')*, ,)
補足
桐生戦兎の持ち物
・ビルドドライバー
・ドラゴンフルボトルを除いたフルボトル59種
・ラビットタンクスパークリング
・ハザードトリガー
・フルフルラビットタンクフルボトル
・白いパンドラパネル
・ジーニアスフルボトル

万丈龍我の持ち物
・ビルドドライバー
・ドラゴンフルボトル
・クローズドラゴン
・スクラッシュドライバー
・ドラゴンスクラッシュゼリー
・ドラゴンマグマフルボトル
・クローズマグマナックル
・ドラゴンエボルボトル



 

 風に揺さぶられ、桜の花弁がヒラヒラと一枚舞い落ちた。ふとソレに目がいった希桜音は、花弁を手のひらで受け止めた。

 

「春だなぁ」

 

 ヘルメットを外して、バイクから降りた彼女はそう呟いた。

 本日は雄英高校の入学式である。彼女は雄英高校に向かっている最中だったが、時間に余裕があったため少しだけ寄り道している。土手の端には桜が等間隔で植えられており、風に吹かれて枝を揺らしている。

 

『もうそろそろ行ってもいいんじゃないのか?』

 

「...そうね」

 

 希桜音は立ち上がって、ヘルメットを被るとバイクに跨った。ハンドルに手をかけると、アクセルを吹かせて雄英高校へと走り出すのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 雄英高校の傍でバイクから徒歩へと変えた希桜音は、雄英高校の前の巨大な坂を歩いていた。周りには生徒が幾人も歩いており、希桜音はその中の一人として歩いている。

 校門をくぐり、校内へと入る。予め配られていた地図を片手に、希桜音は自分の教室へと辿り着いた。

 

 ━━━━━━━━1-A...

 

 教室の扉を開けると、中には既に幾人か生徒がいた。戦兎は麗日お茶子に会いたかったが、いないようだった。

 希桜音は席へ着くと、周りに合わせてとりあえず大人しくすることにした。と言っても、脳内では戦兎と2人でフルボトルの能力の復習をしているのだが。

 

『スパイダーは敵の拘束、トラップ設置に使える。フルボトル単体で使った方が応用効くかもな』

 

 ━━━━━━━━スパイダークーラーの意味...

 

『実際に使ってみないと分かんないだろーな、それは。ん?あれ麗日じゃないのか?』

 

 ━━━━━━━━え?あ、ホントだ

 

 希桜音が教室へ入って十数分後、戦兎が言った通り教室の入口には麗日がいた。どうやら緑谷と話しているようで、戦兎はまた別の機会でいいやと復習を再開した。

 しかし、それはすぐに中断された。というのも、担任と思しき男性が教室内へと入ってきたからである。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 くたびれた声でそう言った彼は、生徒達にジャージに着替えて外へ出るよう指示を出した。

 

 

 

 


 

 

 

『麗日お茶子、だったな。万丈をありがとうな』

 

「ん?いやべつに。困ってたから助けただけなんで...」

 

 ジャージへと着替えた希桜音は、麗日を呼び止めて意識を戦兎へと代えた。戦兎は、こちらの世界で彷徨っていた万丈を助けてくれた麗日に感謝の気持ちを伝えたかったのだ。

 麗日は照れ臭そうに受け答えすると、希桜音にグラウンドへ行こうと促し、希桜音もそれに乗って共にグラウンドへと歩いていった。

 

 

 

 


 

 

 

「「「「「個性把握テストォ!?」」」」」

 

 グラウンドへと呼び出された1-A生徒達。彼等に言い渡されたのは"個性把握テスト"なるものだった。

 麗日は入学式やガイダンスなどの行事への参加を聞いたのだが、ヒーローになるのにそんな悠長なことする時間は無いらしく、軽くあしらわれてしまった。

 

「雄英な校風が自由が売り文句、そしてそれは先生側もまた然り」

 

 相澤は、中学までやってきた個性使用禁止の体力テストについて語り始めた。曰く、文部科学省の怠慢によって未だ平均を作り続けているこのテストは合理性に欠けるらしい。

 

「実技成績トップは小兎謚...だったが、(ヴィラン)ポイントは爆豪がトップだったな。中学ん時ソフトボール投げ何mだった?」

 

 名前を呼ばれ身構えた希桜音だったが、別の人間、というより元クラスメイトに話の中心を持っていかれ出端をくじかれてしまった。

 

 ━━━━━━━━アイツも同じクラスなのか...

 

 合格を知らされた後、寺折中学の雄英高校合格者3名は校長室へと呼ばれ褒めに褒められた。その後、希桜音は緑谷と共に爆豪にいびられたことを思い出していた。

 

 ━━━━━━━━あの時は反抗して思い切り殴ったんだっけ

 

 思い出に浸っていると、爆豪がソフトボール投げのサークルの中へと入っていった。相澤に言われ、個性を使用してソフトボール投げをするようだった。

 爆豪は思い切り足を地に踏ん張り、球に爆風を乗せて彼方へと吹っ飛ばした。

 

「死ねえええぇぇ!!」

 

 ...物騒な掛け声と共に。

 

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの素子を形成する合理的手段」

 

 そう言って相澤は、手にしたタブレットに表示された数値を生徒達に見せた。記録、705.2m。

 その大きな数値に生徒達は驚く者が多数いた。さらに、口々にポジティブな感想を述べる者もおり、その中に面白そうと言った者がいた。

 その言葉を聞いた相澤は、嫌な笑みを浮かべながらこう言った。

 

「8種目トータル成績最下位の者は、見込み無しと判断し除籍処分としよう。」

 

 彼の言い放ったその冷たい言葉に、生徒達は驚愕する。もちろん、希桜音もその一人だった。

 しかし、彼女は現在ハザードレベル3.0を越している。ライダーシステムを使用すれば難なく突破できるはずだと思い、心を落ち着かせた。

 

「あ、小兎謚。お前の...ライダーシステム、だったか?それは個性じゃない。ただの借り物、だろ?個性で生み出した物やそれを媒介として個性を使用するのなら許可するが、お前の個性とは別物だ。分かるな?」

 

「...え?」

 

「そのライダーシステムは、使用不可だ。」

 

「なっ...」

 

「生徒の如何は俺達の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ。」

 

『まっ、確かにな』

 

 ライダーシステム使用不可、その言葉は希桜音に大きく刺さった。個性として使っている感覚だったが、確かに言われてみれば実際は個性ではない。ほとんど生身と変わらない人間へのお助けアイテムのようなものなのだ。

 しかし、現実は非情なもので、理不尽な個性把握テストは幕を開けることとなる。

 

 

 

 第1種目:50m走

 

 フルボトルの力すら使えない希桜音だったが、それで絶望して力を抜いてはここで脱落だ。それだけは避けたいと何度も言い聞かせ、50m走に臨んだ。

 クラウチングスタートの構えでスタートの合図を待った。

 

「位置について、よーいドン」

 

 スタートの合図と共に希桜音は走り出した。最後に50mをキチンと測定したのは中学三年以来だったが、確実に成長しているのが分かった。

 

 ━━━━━━━━足が軽い...速い!

 

 記録:5.6秒

 

『ハザードレベルが人並み以上には高いおかげで、身体能力はただ体を鍛えるよりも高くなってるはずだ。安心していいぞ』

 

 走り終えた希桜音に、戦兎は優しく言った。もう少し早く言えと戦兎に言った希桜音は、軽く歩いて息を整えることにした。

 

 

 

 第2種目:握力

 

 記録:35kg

 

 

 

 第3種目:立ち幅跳び

 

 記録:230cm

 

 

 

 第4種目:反復横跳び

 

 記録:68回

 

 

 

 第5種目:ボール投げ

 

 記録:45m

 

 戦兎の言葉のおかげで、2種目目以降希桜音はリラックスしてやる事が出来た。

 自分の番が終了すれば、あとは残りの生徒が終了するのを待つだけ。なのだが、緑谷出久の番になった時、相澤は彼になにやら指導をしていた。

 

「何を話しているのかしら?」

 

「...さぁ?」

 

 隣にいた蛙チックな女子生徒の呟きに、希桜音は答えてみた。麗日以外で初めて喋った生徒なのだが、雰囲気的に喋りやすいというのが希桜音の第一印象だった。

 その少女、蛙吹梅雨と軽く話をしていると、2回目の測定をしていた緑谷が凄まじい轟音を立ててボールを思い切り投げた。

 一部始終だけを見ていた希桜音だったが、彼の個性が増強系だと把握した。

 

「すご...」

 

 希桜音は周りの生徒達の反応も確認してみるが、その強大なパワーにやはり同じく驚愕しているようだった。一人だけ除いて。

 その一人は驚愕はしていた。しかし、それは強大なパワーにではなく、緑谷出久が個性を使用しているということにだった。彼はそれに納得が行かず、緑谷出久の元へと駆け寄っていく。

 

 ━━━━━━━━爆豪勝己...

 

 しかし、爆豪は相澤の捕縛布によって拘束されてしまった。何やら指導を受けていたが、希桜音には関係ない。

 希桜音は一部始終を見終わったあと、周りに流されるように次の種目へと移った。

 

 

 

 第6種目:上体起こし

 

 記録:26回

 

 

 

 第7種目:長座体前屈

 

 記録:52cm

 

 

 

 第8種目:持久走

 

 記録:5分4秒

 

 

 

 全ての測定を終えた生徒達は、グラウンドの中央へと集められた。相澤はタブレットからホログラムを投影させて結果を一括開示する。

 1位から20位までが記載されるが、希桜音の記録は同率8位、切島鋭児郎と同じだった。

 

「ちなみに除籍は嘘な」

 

 あっさりと嘘をバラした相澤に、生徒達のほとんどは目を丸くして驚いた。

 

「君らの個性を最大限引き出す合理的虚偽」

 

 ━━━━━━━━嫌な笑顔だ

 

 相澤は教室にカリキュラム等の書類がある事を伝え、生徒達を校舎へ戻るよう促した。

 希桜音は軽く伸びをしながら、喋りやすい蛙吹と共に教室へと戻って行った。

 今日の日程は午前で終了の為、一時を過ぎた頃には皆校舎を後にしていた。もちろん、希桜音もだ。希桜音は、新たなクラスメイトの蛙吹と共に最寄りの駅まで共に歩いていた。

 

「希桜音ちゃんは、個性というよりサポートアイテムに頼ったヒーローなのね。」

 

「そ。まだ使い始めたばかりだから、もっと頑張んなきゃいけないんだ。あ、梅雨ちゃんはどーゆーヒーローになるの?」

 

「私は自分に出来ることで活動していきたいわね。海辺での活動とかしてみたいわ。」

 

「そっかぁー、お互い頑張ろうね。じゃあね!」

 

「希桜音ちゃんは電車じゃないの?」

 

 私は違う、とだけ答え、希桜音は蛙吹と別れた。なんとか友達を一人確保した彼女は一先ず安心した。

 

『良かったな、友達できて。』

 

「...うん」

 

 希桜音は人気のない場所へ行き、マシンビルダーを展開した。コートを羽織り、ヘルメットを被ってバイクに跨り、家へと向けてアクセルを吹かせる。

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 テイクアップ。戦闘訓練

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補足
小兎謚 希桜音の名前について
小=「お」or「し」とも読む▶「おし」▶「押し」―「押し入れ」の「押し」
謚=「おくりな」▶押し入れへ入れる=押し入れへ送る



 

 

 

 

 

 

 

 雄英高校の午前授業は一般的な普通科高校となんら変わりない。必修科目の英語や国語などの授業を普通に行う。昼は大食堂でクックヒーローのランチラッシュによる高品質低価格の昼食を頂ける。

 

「うまーい!」

 

「ね、美味しい!」

 

 希桜音は新たに喋れるようになった芦戸三奈、そして蛙吹と共に食堂で昼食をとっていた。

 ちなみに戦兎は研究に没頭しており、万丈は昼寝をしている。

 希桜音達は談笑しながらも学食を着々と食べ進め、目の前の皿を空にした。その後は教室へと戻り午後の授業となる。

 

 午後の授業はヒーロー科らしく、ヒーロー基礎学というものを行う。今の時間はちょうど昼放課を終えた時間、いよいよヒーロー基礎学の時間が始まろうとしていた。

 

 

 

 


 

 

 

「わーたーしーがー!普通にドアから来た!」

 

 午後の授業のチャイムと共に、NO.1ヒーローのオールマイトがA組へと入ってきたか。

 銀時代(シルバーエイジ)戦闘服(コスチューム)に身を包んだ姿に、生徒達は口々に感想を述べる。

 ここで、ヒーロー基礎学について軽く説明しよう。ヒーロー基礎学とは、ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う科目だ。戦闘訓練を始め、ヒーローの歴史や体作りを行う。単位数も最も多い。

 

「そして、今日はコレ!戦闘訓練だ!」

 

『戦闘』という単語に、一部の生徒はやる気を滾らせる。ヒーローのイメージとしては、やはり戦闘で(ヴィラン)を倒すのが一番強いからだろう。皆の憧れなのだ。

 

「そいつに伴ってこちら!入学前に送ってもらった個性届けと、要望に沿って誂えた戦闘服(コスチューム)!」

 

 教室の壁から出てきたロッカーに入っている各生徒用の戦闘服(コスチューム)を指差しながら、オールマイトは誇らしげな顔をした。

 オールマイトは各自着替えてグラウンドβへ行くように指示し、解散させる。生徒達は元気よく返事をして、戦闘服(コスチューム)を持って更衣室へと移動した。

 

 

 

 


 

 

 

 グラウンドβへとやって来た生徒達は、各々戦闘服(コスチューム)に身を包んで歩いてきた。皆自信に満ちた表情だ。

 格好から入る、これも大切なことだとオールマイトは言う。それに身を包むことによって、それが自覚に繋がるらしい。

 

「さぁ始めようか!有精卵共!」

 

 戦闘服(コスチューム)を着て集まった生徒達に、オールマイトは勇ましい声でそう言った。

 

 ━━━━━━━━ここ、入試のとこ...

 

 グラウンドβの既視感に、希桜音は入試のことを思い出していた。このビル群の中に現れた巨大ロボ。それを破壊した自分...全てが幻のように思えてくる。

 

「君らにはこれから(ヴィラン)組とヒーロー組に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう。」

 

 自分の世界へと意識を潜らせていた彼女は、オールマイトの説明により引き戻された。

 入試の時とは違い、屋内での戦闘を行うらしい。

 

「基礎訓練無しに?」

 

「その基礎を知る為の実践さ!但し、今度はぶっ壊せばオーケーなロボじゃないのがミソだ。」

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ぶっ飛ばしてもイイんすか?」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか?」

「分かれるとはどのような分かれた方をすればよろしいですか?」

「このマントヤバくない?」

 

『1人おかしいな』

 

「ん〜!聖徳太子ぃ!」

 

 次々に質問する生徒達に、オールマイトは頭を悩ませる。新人教師故、まだこの職に慣れていないようだ。

 彼は手の平サイズの小さなメモ帳を取り出し、訓練の内容を説明し始めた。

 

『つまり、"ヒーロー"は"(ヴィラン)"を捕まえるか"核兵器"の回収。"(ヴィラン)"は"核兵器"を守るか"ヒーロー"の捕縛。これを15分でやるって事か』

 

 ━━━━━━━━なるほどねぇ

 

『説明ちゃんと聞けよ』

 

 ━━━━━━━━はいはい

 

 (ヴィラン)側は核兵器を持ってアジトに隠れている、というところまで希桜音は聞いていたのだが、どうも慣れない戦闘服(コスチューム)で落ち着けず話を途中から聞いていなかった。

 コンビ及び対戦相手はくじ引きで決めるらしい。

 

 チームA  緑谷 出久&麗日 お茶子

 チームB  轟 焦凍&障子 目蔵

 チームC  峰田 実&八百万 百

 チームD  爆豪 勝己&小兎謚 希桜音

 チームE  芦戸 三奈&青山 優雅

 チームF  砂藤 力道&飯田 天哉

 チームG 上鳴 電気&耳郎 響香

 チームH 常闇 踏陰&蛙吹 梅雨

 チームI   尾白 猿尾&葉隠 透

 チームJ  瀬呂 範太&切島 鋭児郎

 

 コンビはこういう組み合わせになった。

 爆豪と組むことになった希桜音は、中学時代の彼の言動を思い返し、先が思いやられることになる。爆豪の顔を軽く見たのだが、コチラを睨んでいた。

 

 ━━━━━━━━合格者お呼び出しの時のアレで目ェ付けられたんだろな...

 

「最初の対戦相手は...コイツらだ!」

 

 オールマイトが引き当てたクジは、(ヴィラン)がD、ヒーローがAと書かれている。緑谷麗日ペアとの対戦だ。

 他のペアはモニタールームで観戦と観察をするらしく、蛙吹と共にいた希桜音は蛙吹に別れを告げた。希桜音は再度爆豪に目を向けるが、彼はもう緑谷の事しか頭にないようで、頻りに彼を睨みつけていた。

 

 ━━━━━━━━冷戦だなぁ...

 

(ヴィラン)チームは先に入ってセッティングを。5分後にヒーローチームが潜入でスタートだ!」

 

 そう言ってオールマイトは戦闘場所であるビルへと(ヴィラン)チームを中へ送りやった。その際、(ヴィラン)の思考をよく学ぶ事と、怪我を恐れないことを伝えた。度が過ぎれば中断するらしいが、そんな事はまず無いだろうと希桜音は思った。

 

『生身の人間相手だからな、やり過ぎんなよ?』

 

 戦兎の忠告に頷いて答えた希桜音は、ハリボテの核兵器がある最上階へと上がった。その間、爆豪とは一切何も会話をしなかった。というのも、爆豪からは怒りの感情がヒシヒシと感じられ、話すにも話せない状態だったのだ。

 

「...えと、下に降りて戦ってきていいよ?」

 

「あ゛ぁ?ったりめぇだろがァ!」

 

 とりあえず最低限の会話だけでもと希桜音は話し掛けたのだが、気に入られていないようで突っぱねられてしまった。作戦が決まっただけマシだと希桜音は考えたのだが、爆豪がこちらを睨みながらこちらへと歩いてきてそれどころではなくなった。

 

「援交少女の小兎謚希桜音...ちょっとした有名人だったっけなぁおい」

 

 嘲るようにして爆豪は話し始めた。忘れかけていた事実を思い出し、希桜音は少しフラッシュバックを起こしてしまい足の力が抜けかける。

 髪を掴まれ、引き摺り回され、痛みを訴えながらも暴行される日々。その思い出を遮るように爆豪勝己の声が聞こえる。

 

「中二で急に虐められ始めたんだよなぁ?理由は知らねぇが、醶いことを毎日毎日」

 

「...何が言いたいの?」

 

「没個性がなんで雄英(ココ)に来られたかってつってんだよ!」

 

 ━━━━━━━━八つ当たり、か

 

 緑谷出久(無個性の入学者)の八つ当たり、そう捉えた彼女は軽く受け流して爆豪に下へ行くよう指差した。彼は今にも希桜音に襲いかかろうという気迫だったが、オールマイトにより開始が指示され、仕方なく下へと足を向ける。

 

「行った、か...」

 

 酷い嗚咽。嫌な思い出。

 ドス黒い感情や記憶が小兎謚希桜音の体内を這いずり回った。しかし、今は戦闘訓練。希桜音は戦兎と万丈に諭され意識を現在(いま)へと向ける。

 

「...さぁ、実験を始めようか。」

 

 涙目になりながらも、桐生戦兎の決め台詞、それを勝手に用いて彼女はビルドドライバーを取り出した。戦兎は何やら文句を言っていたが、気にせず彼女はボトルを振る。

 

【スパイダー!冷蔵庫!BEST MATCH!】

 

【Are You Ready?】

 

「変身」

 

【冷却のトラップマスター!スパイダークーラー!yeah】

 

 誰もいない階層で変身した彼女は、これから来るであろう二人のヒーローを迎え撃つ準備を始める。

 

 

 

 

 

 

 



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第6話 ヒーローをキャプチャーせよ

お気に入り27件ありがとうございます(*_ _)
補足
万丈、及び戦兎はクローズドラゴンに憑依して外へと出ることが可能



 

 

 

 

 

 

 スパイダークーラーフォームへと変身した希桜音は、下で聞こえた爆音で本格的な戦闘開始の合図を受けた。

 

『どうするんだ?』

 

「迎え撃つ。今からその、準備もする」

 

 そう言って希桜音は、支給品として配られた物の1つ、確保テープを手にした。

 両サイドに配られているのは、捕縛用の確保テープ、ビルの見取り図、小型無線の3つだ。

 希桜音は確保テープを右手に持ち、しゃがみながら部屋を歩き始めた。

 

 

 

 


 

 

 

 ━━━━━━━━発見...!

 

 下の階層で緑谷と分かれ別行動をしていた麗日は、遂に核兵器を見つけた。柱の影に隠れて見てみると、希桜音は床にしゃがんで何かをしているようだった。

 凍っている床を音を立てずに歩いてきた彼女は、ほっと息をつき状況を整理した。

 

 ━━━━━━━━後は連絡してデク君が来るまで見つかんないように...

 

「えっ...」

 

 緑谷と合流することを想定し、麗日はこの状況を無線で伝えようとした。しかし、気づけば彼女は宙吊りにされていたのだった。

 希桜音は、宙吊りにされた麗日の元へと歩み寄っていく。

 

「スパイダーの糸、予め張り巡らせといて正解だったね。お茶子ちゃんゴメンね、捕らえるよ」

 

『これは参考になる。変身で使用すると糸の量が増えるのか』

 

『参考って、お前戦わねぇだろ』

 

 希桜音達が会話をしている中、麗日は必死に足に巻き付いている糸を解こうと踠いているのだが、両腕にも巻き付いた為上手く動けない。

 

 希桜音の迎え撃つ準備とは、部屋の床面にクモの巣を張り巡らせることだった。床面はグレーのため、巣を張り巡らせた後にクーラーの能力で一面を凍らせたのだ。そうすることによって、ヒーロー側はクモの巣に気付かずに核兵器の元へとやってくる。

 クモの巣は、外装に取り付けられている蜘蛛を彷彿とさせる意匠の針先から出しているため、踏まれれば釣りのように糸が引くのだ。出している糸の本数は、意匠の針の本数と同じく4本、しかしそれは直列回路の様にして繋がっており、無数の蟻地獄と化していた。

 糸が引けば、後はクモの巣を氷から出すように動かして足に巻き付けるだけ。そうして麗日は捕えられた。

 

 希桜音は左手に持った確保テープを、麗日の体へと巻き付けようとする。しかしその時、彼女等のビルが大きな揺れに包まれ態勢を崩してしまった。

 

 ━━━━━━━━爆豪勝己...!

 

 この揺れは爆豪の起こした物だった。

 人を殺傷しかねない程の爆発、さすがに見過ごせなかったようで、オールマイトに次やれば強制敗北と宣告された。

 

「こんなのどっちにもデメリットしかないからな...!」

 

 怒りを抑えつつ、希桜音はよろよろと立ち上がった。よろよろと立ち上がる隙をついて、麗日が核兵器目掛けて走り出した。

 それはさせまいと希桜音はドリルクラッシャーを取り出し、ガンモードへと変形。麗日の足元目掛けて撃った。

 しかし、麗日は両手の肉球を合わせ、風船のように宙へと浮かんだ。思い切り踏み切って希桜音を飛び越し、核兵器の回収へと急いだ。

 

「っ、行かせない!」

 

 そうは問屋が卸さないと、希桜音は扇風機フルボトルをドリルクラッシャーへと挿しこんで弾を放った。撃たれた弾は竜巻状の風を起こして麗日を巻き込んだ。

 竜巻に巻き込まれた彼女は、鈍い音と共に壁へ激突して床にヘタレこんだ。希桜音はその隙を逃さず、再び蜘蛛の糸で拘束しようと伸ばすが、間一髪で避けられてしまった。

 

「っつぅ、解除!」

 

 


 麗日お茶子

 個性:無重力(ゼロ・グラビティ)

 触れた物の引力をゼロにする。対象物の重さや数に上限あり。自身を浮かせることも可能である。

 


 

 

『こっからどうするんだ?』

 

 ━━━━━━━━スパイダーで捕縛する!

 

 戦兎の問いに希桜音は瞬間的に答え、スパイダーの糸を一気に伸ばした。麗日はどれも間一髪で避けるが、4本の糸に圧倒され窓際へと追いやられてしまった。

 ここまで来ればもう安心だと、希桜音は糸を一気に伸ばした。

 

 モニタールームでは、緑谷と爆豪の戦闘の危険を切島に諭されたオールマイトが中止の放送を入れようとしていた。しかし、それは緑谷が口を開いたことにより中断される。

 

「いくぞ!麗日さん!」

 

 無線で麗日へと伝達されたその言葉を合図に、麗日は走り出した。麗日は傍の柱へと抱き着くようにして肉球をつけ、何かの衝撃に耐えるようにした。

 瞬間、希桜音の立っていた床は下からの風圧によって吹き飛ばされた。咄嗟に糸を柱へと巻き付け、空いた天井から屋外へと飛ばされないよう掴まった希桜音だが、追い討ちをかけるように麗日が仕掛ける。

 麗日は折れた柱を掴んで、巨大なバットのように使い瓦礫達を希桜音目掛けて打ち放った。

 

「希桜音ちゃんゴメン!即興必殺、”彗星ホームラーン”!!!」

 

「それはホームランじゃないでしょ!?」

 

 飛んできた瓦礫達を処理すべく、扇風機フルボトルの挿し込まれた状態のドリルクラッシャーで弾を何発か放って全て相殺しきった。

 しかし、麗日の狙いは意識を瓦礫へ集中させること。瓦礫を処理している横から大穴を飛び越し、核兵器へ抱き着いたのだ。

 

「回収!!」

 

「あぁぁあ!!!」

 

 希桜音の叫び声と共に、制限時間も終わりを告げた。最後のスピーディーな展開に、生徒の大半は圧倒され口を開くばかりだ。

 

「ヒーローチーム...WIIIIIN!!!」

 

 

 

 


 

 

 

 変身を解いた希桜音は、救急ロボによって担架に乗せられ運ばれて行く緑谷を見送った後、モニタールームへと足を運んだ。今から講評の時間なのだ。

 

「...まぁつっても、今戦のMVPは小兎謚少女だけどな。」

 

「やったぜ」

 

「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」

 

 オールマイトにMVP認定され喜ぶ希桜音だったが、横から突っ込むように蛙吹が疑問をぶつける。オールマイトは教師らしく、その理由を生徒達に逆に質問した。

 それに対して真っ先に答えた生徒が一人、推薦入試合格者の四人のうちの一人、八百万百だった。

 

「それは、小兎謚さんが状況設定に一番順応していたからです。爆豪さんの行動は私怨丸出し、屋内での大規模攻撃は愚策です。緑谷さんも同様、あの作戦は無謀です。麗日さんは最後の攻撃が乱暴だったこと。ハリボテを核として扱っていれば、あんな危険な行動は出来ませんわ。」

 

 その鋭い言葉に、麗日は目を伏せてしまう。

 

「相手への対策を熟し、核の設定に従事したからこそ、小兎謚さんは瓦礫の処理にまわざるを得なかった。」

 

 そこから八百万は、ヒーローチームの勝ちは訓練だという甘い考えから生じた反則勝ちだと言えると続けた。

 しかし、小兎謚は自分がMVPであることが嬉しく、少し天狗になって話を聞いていない。それを突っ撥ねるように、戦兎が中から口出しをした。

 

『麗日を追い詰めた時、もっと早く拘束出来ていれば良かったな。ガンモードで牽制しながら動きを狭めていけばもっと早く行けた筈だ。』

 

 ━━━━━━━━ぬ...はい...

 

『入試の時に個性はなんとなく把握してたから、ニンニンコミックの分身で数を増やして対処したりとか、チョイスの問題もあったかもな。』

 

 ━━━━━━━━最初から言ってくれればいいのに

 

 ぷすっと口を尖らせて拗ねるが、自分で考えなければ意味無いと戦兎に突っぱねられる。仕方ない、と希桜音は2回戦を観戦することにした。

 

 

 2回戦はヒーロー側がB、(ヴィラン)側がIで始まる。ヒーロー側の障子が敵を捕捉、轟がビルを凍らせてあっさりと終わらせてしまった。

 

「さっむ...!」

 

 隣で震えている蛙吹にコートを着せているため、薄着で震えている希桜音。轟の放った外での冷気がここまで届いてきているのだ。

 ヒーローチーム勝利後、轟がビルの氷を溶かしたことにより平温へと戻った。カエルという個性により、人一倍寒さを感じてしまう蛙吹は未だコートを羽織っている。

 

「ゴメンなさい希桜音ちゃん...」

 

「気にしなくていいよ。大丈夫だから。」

 

 暑がりなのか、希桜音はそこまで気にしていない。

 ここで軽く希桜音の戦闘服(コスチューム)について軽く触れよう。希桜音の戦闘服(コスチューム)は、俗にいう軍服ワンピースと呼ばれるものである。戦闘は変身して行うため、見た目意識の戦闘服(コスチューム)だ。

 2回戦の講評を終えたA組は、続けて3回戦、4回戦とやって終わらせる。全ての戦闘訓練を終わらせた彼等は、オールマイトによって教室へ戻るよう指示される。その後オールマイトは、逃げるようにしてその場を去って行った。

 

 

 

 


 

 

 

 放課の時間になると、怪我で保健室へと行っていた緑谷が教室へと入ってきた。一部の生徒達は緑谷の登場により、そちらの方へと行ってしまった。

 

「まだ反省会の途中なんだけどなぁ...」

 

 そう言って希桜音はタブレットで再生している動画を止めた。今再生していたのは、今回の戦闘訓練の映像である。実はあの時、希桜音はクローズドラゴンにカメラフルボトルを挿し込んで撮影していたのだ。1回戦の時は蛙吹に預かってもらっていた。

 

『カメラフルボトルで撮った写真や映像はビルドフォンへ共有され、さらにそこからタブレットへの共有も可能!これぞ学生向けの発明!スゴいでしょ!最っ高でしょ!?天っ才でしょ!?』

 

 戦兎の言葉に万丈は面倒くさそうに頷き、希桜音は無視を通す。

 今希桜音の周りにいるのは、常闇、尾白、耳郎の3人だ。机に腰掛けている常闇を注意しようと飯田も割って入ってきて、さらに騒々しくなる。

 常闇がそれを代弁するかのように騒々しいと連呼するのが可笑しいのか、希桜音はクスッと笑ってしまった。ふと教室の端を見ると、緑谷が外へと駆けて行くのが見えた。心配なのか、麗日と蛙吹と芦戸も教室を出たのが見え、希桜音も同じく教室を飛び出した。

 しかし、廊下の少し先に3人が外を覗き込んでいるのが見え、希桜音もその輪に入って外を覗き見た。

 窓から見えたのは緑谷が爆豪に向けて何やら話しかけている所だったが、爆豪は涙目で何かを訴えた後緑谷に背を向けた。さらにオールマイトもやって来たのだが、一言二言話して爆豪は校門を後にしたようだった。

 

「...なにあれ」

 

「男の因縁ってやつです」

 

「緑谷ちゃんが一方的に言い訳してたように見えたけど」

 

「男の因縁です!」

 

 男の因縁という言葉を頻りに推す麗日に、彼女等は仕方なくそれを認めた。しかし、希桜音が心の中で感じていたのは、爆豪の雰囲気が変わったということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第7話 兎はハントされるのか?

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2/3 誤字報告ありがとうございます( _ _)




 

 

 

 

 

『まーたマスコミか』

 

 ━━━━━━━━だね

 

 戦闘訓練から数日、オールマイトが雄英の教員になったことがニュースで明かされてから、連日マスコミが雄英に押し寄せることとなった。

 生徒達はこのマスコミの波に飲まれつつ進むが、大抵インタビューに捕まってしまう。

 

 ━━━━━━━━マスクマスク...と

 

 希桜音はマスクとサングラスを身につけ、完全とまでは言わないが、ある程度の顔を隠す。押し入れからラビットフルボトルとUFOフルボトルを取り出し、軽く振ってから走り出した。ラビットフルボトルの能力で脚力を強化、思い切り踏み切って記者達の頭上を飛び越えた。さらにUFOフルボトルの能力で浮遊時間延長、フワフワと浮いて校門を通り抜けた。

 

『少しぐらい喋ってもいいじゃねぇか』

 

 ━━━━━━━━めんどい!やだ!

 

『えぇー』

 

 ふん、と言って両手に持っていたボトルを押し入れの戦兎へと渡す希桜音。傍から見ればポケットにボトルを入れるような動作だった。

 

『ふふふ...見つけたぞ』

 

 記者集団の後方。希桜音を見つめる異様に肌が青白い男、そしてサングラスからその動作を見つめていた男の存在に、彼女は未だ気付かない。

 

 

 


 

 

 

 HR(ホームルーム)の時間、相澤は昨日の戦闘訓練をVTRで確認したらしく、一部の生徒(緑谷と爆豪)を軽く指導した。その後、彼はHR(ホームルーム)の本題に入ると口を開いた。

 

「急で悪いが、今日は君らに」

 

 ━━━━━━━━また臨時テスト?

 

 生徒の恐怖を煽る相澤の言葉に、生徒達は咄嗟に身構えた。しかし、それは杞憂に終わってしまう。

 

「学級委員長を決めてもらう」

 

(((((学校っぽいの来た)))))

 

 心做しか、相澤の口調がいつもより優しい。緊張を紐解いた希桜音は落ち着いて、委員長について考え始める。

 

 ━━━━━━━━飯田君と八百万さんだろなぁ

 

 そう言って希桜音は傍の飯田に視線を向けた。

 彼の言動は、入学式当日から今日に至るまで、まさしく学級委員長と言えるものだった。彼が学級委員長なら納得できる。

 続いて八百万百。彼女は口調から分かる通り育ちが良く、昨日の戦闘訓練では的確な講評をしていた。彼女が学級委員長ならば、飯田の暴走も止められるはずだと希桜音は思った。

 

「委員長やりたいです!それ俺!」

「俺も」「ウチもやりたいっス」

「僕の為にあr「リーダーやるやる!」

「女子のスカートは膝上12cm!」

「俺゛だぁ゛!俺゛え゛ぇ゛!!」

『はいはいはい!!!俺やる!!』

『お前は大人だから無理でしょーが!』

 

 ━━━━━━━━うるさっ

 

 一気にクラスが騒々しくなった。普通こういうものは雑務と同様に扱われ、誰もがやりたがらないものなのだけれども、ここヒーロー科では皆を引っ張るトップヒーローの素地を鍛えられる役なのだ。皆が率先してやりたがるのも納得出来ると、希桜音は考えた。

 

 ━━━━━━━━一人違う目的のがいたけど

 

 騒々しいクラスは、飯田によって鎮められた。彼曰く、他を牽引する責任重大な仕事なら他の意見あってこその物らしい。民主主義に乗っ取り、投票で決めるべきだと言った。

 

「うん。投票でいいと思う。」

 

 既にそびえ立っている飯田の腕をスルーして、希桜音は彼の意見に賛同した。

 

「どーせ皆、自分にしか入れないぜ?」

 

「だからこそ、複数票入った人が相応しいんじゃないの?」

 

 希桜音の言葉に周りの人間は納得し、早速投票で決められる事となった。

 投票結果は、上から緑谷 3票、八百万 2票、麗日、希桜音、轟を除いた15名が1票となった。飯田は自分に票が入っていたことにとても感激していたが、それでも自分が委員長になれていないことにスゴくショックを受けているようだった。

 

 ━━━━━━━━泣くか喜ぶかどっちかしろよ

 

 上記の結果に乗っ取って、緑谷が委員長、八百万が副委員長となった。教壇に立つ緑谷はガチガチに震えていた。

 

 ━━━━━━━━望んだ結果だろうに...

 

 

 


 

 

 

 午前の授業を終えた希桜音は、束になった資料を持って職員室へと向かっていた。HR(ホームルーム)の後、相澤にフルボトルについての資料をまとめてくるように言われたのだ。曰く、生徒達の個性等についてまとめられている情報があるらしいのだが、希桜音の戦闘の(メイン)はフルボトルを使用したライダーシステムであるため、念の為必要らしい。そのため、放課の時間に60種類のフルボトルについて、現在分かっている情報を書き記したのだ。さすがに疲れたのか、空腹が彼女を襲いつつある。

 

「梅雨ちゃんが席取っといてくれるてからな、早く行かないと...」

 

 少し駆け足になって曲がり角を曲がったが、その時誰かにぶつかってしまった。すぐさま希桜音は頭を下げるが、ぶつかった男性は気にしていないようで顔を上げるよう促した。

 しかし、その声を聞いた途端、希桜音の体は瞬時に彼の横を通り抜けビルドドライバーを取り出した。

 

「ちょ、戦兎何して...」

 

 戦兎が体を勝手に使っていたのだ。しかし、戦兎は止めずにボトルを取り出した。

 

「忘れたのか?『俺は一度戦ったフォームを記憶してるんだ。』

 

 ダンディーな声から、明らかに敵意のある声へと変わった。希桜音が顔を上げると、目の前には戦兎と万丈の記憶に色濃く残っている人物が立っていた。

 

『エボルトォォォオオ!!!』

 

 戦兎は持っていたラビットとタンクのフルボトルをしまい、未だ彼が戦っていない姿で戦闘をすることにした。

 

 【ハザードオン!】

 

 手にしたハザードトリガーをビルドドライバーへと装着させ、手にしたフルボトルをドライバーへと挿し込んだ。

 

 【おばけ!マグネット!SUPER BEST MATCH!】

 

 【ガタガタゴットンズッタンズタン!】

 

 【Are You Ready?】

 

「変身っ!」

 

 【アンコントロールスイッチ!ブラックハザード!ヤベーイ!】

 

 仮面部分である2つの箇所を除き、全身が黒に染った形態。通称ハザードフォーム。ハザードトリガーをビルドドライバーに装着することで可能で、これにより一時的にハザードレベルを上げることが可能である。しかし、その代償として脳が刺激に耐えられなくなると理性を失い、最後には自我が消滅する危険が伴う。

 

『おいおい、その体は未だハザードレベル3.3。使いこなせないだろ。』

 

『黙れエボルト!なんでお前が復活したか知らないが、ここでお前を倒す!万丈、チビドラに乗って出てろ。暴走したら頼む!』

 

『分かった!』

 

『希桜音、少し我慢しててくれ...!』

 

 戦兎の気迫に押され、希桜音はうんとしか答えられなかった。戦兎は万丈が外へと出たことを確認すると、未だ変身していない石動惣一、に擬態したエボルトに殴り掛かった。

 エボルトはそれをギリギリのとこで躱し、銃型の武器、トランスチームガンを取り出した。

 

 【コブラ!】

 

『蒸血』

 

 【MIST MATCH!】

 

 【コッ・コブラ...コブラ......ファイヤー!】

 

 取り出したフルボトルを挿し込むと、銃口から霧のような物が吹き出し、彼の体を包み込んだ。火花と共に霧が晴れると、コブラの意匠が施され、血を模したワインレッドを貴重とした姿が現れる。

 

『久々にブラッドスタークでの戦闘だ。楽しくやろうじゃねぇか。戦兎ォ?』

 

『黙れぇぇぇ!』

 

 戦兎の怒り、エボルトの危険性、それを示すように非常ベルが鳴り出した。それを合図に、開戦の火蓋が切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 



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第8話 自分のフェイトは誰が決める?

「お前の運命は永夢...お前が変えろ!」


 

 

 

 

 

 

 

 開戦の火蓋が切って落とされた。

 先刻のベルが目の前の(ヴィラン)の存在を示すものだとしたら、増援が来るのだろうか、と戦兎は考える。増援が来るなら心強いが、それより前に倒さなければ、その増援が消えてしまう可能性がある。

 

 ━━━━━━━━短期決戦だ...!

 

『考え事かぁ?攻撃が単調だぞ!』

 

 ビルドのパンチを軽く去なしたスタークは、トランスチームガンの銃口をビルドの腹部へと当て連発した。

 しかし、ビルドはおばけフルボトルの能力、透過で弾をすり抜けさせた。驚いたスタークに蹴りを一発入れ距離を置いたビルドは、間髪入れずに殴り掛かる。

 

 【フルボトル!】

 

 しかし、スタークはそれを誘っいたようで、変身に使用していない新たなフルボトルをトランスチームガンへと挿し込みトリガーを押した。

 

 【スチームアタック!】

 

 目にも止まらぬ銃弾がビルドを襲った。一瞬怯んだビルドは、その弾丸の恰好の的になったようだった。

 弾丸の雨霰がビルドを襲う。なんとか攻撃を避けようと透過を使用とするが、彼女の体に異変が起こった。

 

 ━━━━━━━━まずい

 

 ハザードトリガーの副作用が、遂に脳内の奥深くへと達した。このままでは不味いとハザードトリガーを外したいが、思うように体が動かない。万丈は銃撃を止めさせようとクローズドラゴンの姿でスタークに攻撃するが、簡単にあしらわれてしまった。

 そして、遂に恐れていたことが起こる。希桜音の体から力が抜け、腕を下げたのだ。

 そして、何かに操られたかのように顔を上げる。一瞬で透過し、床をすり抜けたビルドは、スタークの背後へと移動しトランスチームガンを奪い去った。

 ドリルクラッシャーのガンモードを取り出したビルドは、2つの銃口をスタークへと向けて撃ちまくる。やたらめったらに撃ち続けているように見えて、確実にダメージを与える撃ち方をしている。

 足を削りつつ、尚且つ頭を狙う。頭部を守るため腕を上げている為、何かを投げつけるという反撃も与えさせない。

 スタークは、この状況を打破しようと指を鳴らした。するとビルドの背後に黒い渦のようなものが出現し、背後から攻撃を加えた。

 攻撃されよろめいたことにより、ビルドの攻撃は中断される。黒い渦はトランスチームガンをビルドから取り上げ、スタークの元へと駆け寄った。

 

「やられているじゃないですか、死柄木弔になんと言われるか」

 

『まぁ気にすんな。とりあえずずらかるぞ。万丈、さっさとハザードトリガー取り上げな。あと、コイツはプレゼントだ。再開のな』

 

 そう言ってスタークは、トランスチームガンに挿し込まれていたフルボトルをビルドへと投げつけた。

 

『チャオ!』

 

 元気よく別れを告げたスタークは、黒い渦の中へと入りどこかへと消え去った。すぐさま黒い渦も消え去り、万丈は追跡不能となる。

 万丈によってハザードトリガーを外され、変身を解除した希桜音は床に倒れていた。疲労で動けないのだ。

 

「戦兎...それ(ハザードトリガー)、まだ使えない...!」

 

『あぁ、悪かった...すまない』

 

 そう言って戦兎は、スタークに投げつけられたフルボトルを観察を再開した。彼の持っているフルボトルは、ロストフルボトルというには鮮やかなデザインだった。

 

 【F1!】

 

 ビルドドライバーに挿し込んでみると、そう反応した。恐らく、通常のフルボトルと同じ性能だろう。

 

 ━━━━━━━━なぜコレを作った...?

 

 戦兎が考え事をしていると、プレゼント・マイクと相澤が希桜音を見つけて駆け寄ってきた。疲労困憊で動かない希桜音だったが、肩を貸されるとフラフラの状態で立ち上がった。

 

「何があった小兎謚...!」

 

「えっと、侵入者がいて、戦って...」

 

「まぁまぁ、とりあえず休ませてやろうぜ。さっさと飯行ってきな!」

 

「おいマイク...!」

 

 スゴい気迫で迫る相澤を制して、マイクは希桜音に昼食を摂ることを勧めた。希桜音言われた通り大食堂へと向かうのだが、その前に相澤から、放課後話を聞くということと、誰にも話すなということを強く念を押された。

 希桜音を見送った2人は、静かに話し始めた。

 

「...(ヴィラン)だな。」

 

「だろうな。マスコミ達を使った陽動作戦ってとこか。」

 

「職員会議に連れてくのか?あの生徒。」

 

「当たり前だ。」

 

 

 


 

 

 

 

 昼食を終え、午後の授業も終えた後、帰りのHR(ホームルーム)の時間となった。早速学級委員長が仕切ることとなったのだが、その前に緑谷は飯田を学級委員長へと任命した。

 彼曰く、昼にマスコミが侵入した際、飯田の機転によって生徒達のパニックを鎮めたらしい。だからこそ、自分より彼が適任だと言った。その場にいた切島や上鳴達は緑谷の意見に賛成し、飯田が学級委員長となった。

 八百万のやるせない顔に希桜音はとても笑っていたのだが、これが理由で希桜音は八百万に話かけられるようになった。新たなしゃべり相手が見つかった。

 放課後、八百万と少し話した希桜音は、相澤と共に会議室へと連れて行かれた。

 会議室内には教員達が勢揃いしており、希桜音の方を一斉に向いた。たじろいでしまったが、相澤に無理矢理入れこまれる。

 

「昼に説明した通り、彼女が侵入者の(ヴィラン)と遭遇し、交戦した小兎謚希桜音です。」

 

「えと、どうも...」

 

 職員達は彼女のことを入試一位の生徒と記憶していたようで、彼女のプロフィールについては覚えているようだった。それだけを伝えた相澤は、希桜音にイスに座るよう指示して座らせた。

 

「さて、小兎謚さんの戦闘についてだが、防犯カメラで一度確認したよ...君の中にいる者と変わってくれるかい?」

 

 そう言ったのは、雄英高校校長の根津だった。彼の姿は、ネズミなのか犬なのか分からないが、人間でないことは確かだ。

 希桜音は言われた通り、戦兎に主導権を委ねた。

 

『...希桜音の中の住人、とでも言えばいいかな?桐生戦兎だ。よろしく。』

 

「こちらこそよろしく。早速だけど、君が交戦したあの...エボルトと言う男について話してもらえるかな?」

 

『...分かった。』

 

 そう言って戦兎は、過去に起こったことをある程度話した。自分が別の世界にいた事、そこでエボルトと戦い、確かに倒したこと。そしてこの世界に移動して、希桜音の中にいたこと。

 

「...なるほど、平行世界(パラレルワールド)というものか。」

 

『信じられるのか?』

 

「その"ライダーシステム"というものを見る限り、信じざるを得ないね。で、そのエボルトという男についてだが、誰かの下に付いたり、協力するような男かい?」

 

『いや、付かないだろうな。付いたとしても裏切る。協力したとしても同じだ。』

 

「なるほど...彼について、何か気付いたことはあるかい?」

 

『...奴は何かをしようとしている。でなければ"こんなの"を作る意味が無い。』

 

 そう言って戦兎が取り出したのは、エボルトに渡された"F1フルボトル"だった。

 

「それは、君が戦闘で使用する物と同じ物だね?」

 

『そうだ。でもコレは俺のいた世界には無かった物だ。恐らく、こちらの世界で何かしらの目的で作られた物のはず。』

 

「しかしその目的は分からない、と。」

 

『あぁ。あと不自然だったのが、奴は本気を出していないということだ。』

 

「...というと?」

 

『本来なら、ビルドドライバーに似たエボルドライバーを使用して変身するはずなんだ。それをしなかったって事は、あのエボルドライバーが消滅したって事なんだろうが...それだと万丈がビルドドライバーを所持していたことや、奴がスタークに変身できたことと矛盾する。』

 

「万丈というのは?」

 

『俺と同じく、希桜音の中にいるやつだ。そいつは俺とは違う方法でこっちの世界に現れていたんだが、今はここにいる。』

 

「話を戻すが、そのエボルトがエボルドライバーを使うとどうなるんだ?」

 

『...間違いなく、この世界は滅ぶだろうな。オールマイトの戦闘姿を見たが、アレじゃ勝てない。もちろん、今の希桜音の体でもな。』

 

「君が外へ出れば勝てるのか?」

 

 その問いに、戦兎は一拍おいて答えた。

 

『...分からない。アイツを倒した時は、弱体化したところを奇跡的に倒せたみたいなもんだからな。』

 

 その言葉に、会議室の雰囲気は重い物となる。

 だが、くよくよしては入れられない。校長が口を開いた。

 

「桐生君ありがとう。コチラとしては、警察と協力してそのエボルトという男、そしてその仲間と思われる人間を探すことにする。君は、小兎謚さんを...」

 

『...あぁ、なんとか戦えるようにしなきゃな。』

 

 未だ子供である生徒を危険に晒したくはない。しかし、頼れる人間が彼女しかいない。それは教員達にとって辛いものだった。

 

 ━━━━━━━━まるで兵器だね

 

 希桜音の呟きに、戦兎と万丈は肯定せざるを得なかった。

 校長は戦兎に礼を言うと、希桜音に謝罪と協力を申し出た。希桜音は断ることも無く、それに応じる。その後、希桜音は相澤によって校門まで見送られることとなった。

 

「...緑谷にも言ったが、焦れ。」

 

「...はい。」

 

「こちらとしては、お前に頼らずにアイツ(エボルト)を倒すつもりだ。心配するな。」

 

 カウンセリングのつもりか、珍しく相澤が優しい。希桜音は相澤に礼を言うと、その下り坂をトボトボと下り始めた。

 

 

 


 

 

 

「まるで兵器みたい。」

 

『...』

 

「何か言ってよ。寂しいなぁもう。」

 

 バイクに跨って、疾走している彼女は冗談めかしくそう言った。しかし、その言葉は彼等に深く突き刺さった。彼等もまた、前の世界で兵器として扱われた身なのだ。だが、その時とは違う。国の為、なんてまだ楽なのだろう。

 仮にもし、自分が急に「この世界を救えるのは君だけだ。何とかしてくれ」なんて言われたらそれに応えることが出来るだろうか。不安で押し潰されてしまいそうだ。

 彼等は重い雰囲気のままだったが、希桜音は違う。そのヘルメットから察せられるのは、現実を受け止めていないのか、明るい希桜音だ。

もしこの世に運命があるとするのならば、彼女は今後、その運命というものを恨まざるを得ない時が来るのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 



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USJ編
第9話 カモンベイベー、USJ


サブタイ読む時はリズムに乗って言ってください
無理矢理リズムに乗せてください(ホントは合わせたかった)


 

 

 

 

 

 

 

 今日のヒーロー基礎学は、雄英の校舎から少し離れた施設で人命救助訓練をするらしい。

 A組の生徒達は、バスに乗ってその施設へと移動していた。人命救助という事で、一部の生徒達は戦闘服(コスチューム)の一部を脱いだりする者がいた。希桜音はその一部には属さず、戦闘服(コスチューム)を着ている。

 

 ━━━━━━━━救助する時も基本変身してるだろうしなぁ

 

 談笑しながら時間を潰していると、目的地である施設が見えてきた。大きな施設、規模の小さな遊園地程度なら入るだろうか。

 バスから降りると、宇宙服姿のヒーロー、13号が出迎えてくれた。今日は13号と相澤、そしてオールマイトの3人で授業を見るらしい。

 施設内へと入ると、生徒達は圧巻してしまった。

 

「すっげーーー!!USJかよ!」

『うおおおぉぉ!!すっげーー!!でけー!』

 

 施設内は、水難事故、土砂災害、火災、暴雨、etc...あらゆる事故を想定して13号が製作した演習場らしい。

 

「その名もU(ウソの)S(災害や)J(事故ルーム)。略してUSJ!」

 

 ━━━━━━━━そのままじゃん...

 

 その後相澤と13号がなにやら話し込んでいたが、相澤は授業を開始する旨を生徒に伝えた。オールマイトが来ていないので、オールマイトについて話していたのだろうか、と希桜音は思った。

 

「えー、始める前に小言を一つ、二つ。三つ、四つ、五つ...」

 

(((((増える...)))))

 

「皆さんご存知かと思いますが、僕の個性は"ブラックホール"。どんな物でも吸い込んで塵にしてしまいます」

 

『恐ろしい個性だな...』

 

 戦兎の言った通り、戦闘で使用すれば恐ろしい個性だ。しかし、緑谷はソレを使ってどんな災害からも人を救っていることを言った。13号はそれを肯定したが、それと共にこう補足した。

 簡単に人を殺せる力、だと。

 

「みんなの中にも、そういう個性がいるでしょう。」

 

 その言葉に、該当するしないに関わらず、彼女等は戦闘訓練でのことを思い出していた。

 相澤の個性把握テストで己に秘められた可能性を知り、オールマイトの戦闘訓練でそれを他人に向ける危うさを知った彼女等が次に学ぶのは、心機一転して人命の為に個性をどう活用するかを学ぶ。ということを13号は話した。

 

『人を救う...か。大量の人を直接助けることはしなかったな。』

 

『だな。』

 

 13号は、個性は人を傷つけるためのものではなく、助けるためにあるものだと心得て欲しいと最後に付け加えた。

 生徒達はその言葉に感激し、拍手喝采を送った。

 

「うし、そんじゃまずは...」

 

 相澤が次の話へと移ろうとした時、室内の照明がプツッと切れた。生徒達は上の照明へと意識を向けた。

 

「停電...?」

 

 しかし、それは停電ではない。

 戦兎は何かに気づき、広場中央を見ていた相澤と同じ方向を見た。何かを感じたのだろう。視線の先には、この前と同じ黒い渦が噴水の前へ出現し、中から幾人もの(ヴィラン)が現れてきた。

 

『ホラー映画か何かかよ...!』

 

「一塊になって動くな!小兎謚、お前もだ!13号、生徒達を守れ」

 

 ベルトを取り出し、既にボトルを振っていた戦兎は、相澤(指導者)に指示され希桜音に主導権を譲った。

 

『希桜音、この前の(ヴィラン)だ。念の為変身しとけ』

 

 ━━━━━━━━あの時の黒いの...!

 

 戦兎は希桜音に変身するように指示したが、体が固まって動けないようだった。

 希桜音の慌ただしい動きと、戦闘態勢に入った相澤に疑問を浮かべた生徒達は、目の前で起こっている異変に気付いた。

 

「なんだありゃ、入試ん時みたいなもう始まってるぞパターン?」

 

 切島が前へと出て確認しようとすると、相澤の鋭い言葉によって制止された。相澤はゴーグルを被り、いつでも動けるよう構えた。

 

「あれは...(ヴィラン)だ!」

 

 その言葉に、生徒達は一気に恐怖に包まれた。

 希桜音もその一人だったが、先刻の変身しろという戦兎の言葉を思い出し、ボトルを振ることを再開した。

 振り終えたボトルを挿し、希桜音も念の為戦闘態勢に入る。

 

 【ラビット!タンク!BEST MATCH!】

 

 【Are You Ready?】

 

「変身」

 

 【鋼のムーンサルト!ラビットタンク!yeah】

 

「13号にイレイザーヘッド...先日拝借した教師用のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが」

 

 下の広場では、この前の黒い渦がそう呟いた。

 やはり計画的な犯行らしく、オールマイト狙いで大量の(ヴィラン)を引き連れてきたらしい。

 

「...子供を殺せば来るのかなぁ?」

 

 その渦の前にいる肌が青白く、人間と思われる手を複数体に掴ませるように付けている男は、狂気じみた声でそう言った。

 

「先生、侵入者用センサーは?」

 

「もちろんありますが...」

 

 13号はそう言って設置されてる場所に視線をやる。しかし、やはり何も反応していない。

 切島はヒーロー科の学校に侵入なんてバカだと言ったが、轟はそれを否定した。

 

「校舎と離れた隔離空間。そこにクラスが入る時間割。バカだかアホじゃねえ。」

 

『何らかの目的があって、用意周到に画策した作戦だろうな。』

 

 気づけば戦兎は、クローズドラゴンに乗り込んで外へと出ていた。一応の為だろうが、何も知らない生徒達は驚いた。

 

『自己紹介したいが生憎説明してる時間はない。通信出来る奴いるか?』

 

「あ、俺できます!」

 

 そう言って名乗り出たのは上鳴電気。彼は右耳に付けた無線を使用して通信を試みるが、電波妨害にあっていた。

 希桜音も念の為ビルドフォンで学校へと電話したが繋がらず、13号も他の職員へと通話を試みるがこれも失敗した。

 相澤は戦兎の登場で安心したのか、この場を戦兎と13号に任せて飛び出した。こちらへとのそのそと向かってくる(ヴィラン)達を蹴散らすのだ。

 飛び出した相澤は、個性の"抹消"を使用して、(ヴィラン)の個性を一時的に消しつつ、首に巻いた布を巧みに操り、捕縛し、ぶつけ、(ヴィラン)に投げ、等を繰り返す。また、殴りや蹴りなどの近接戦闘も巧みに行い、多量の(ヴィラン)相手に引けを取らなかった。

 

 その隙に生徒達は出口へと逃げる。少し長い通路を走っていると、目の前にあの黒い渦...というより靄が現れた。

 

「させませんよ...!」

 

 生徒達は足を止め、目の前の(ヴィラン)と相対する。相澤は下の連中に数の多さで手を焼いており、こちらへの援護は厳しいようだった。

 

『希桜音、ライオンフルボトル出せ。最悪の場合、バイクで校舎まで行って知らせる!』

 

 希桜音は分かったと答え、ライオンフルボトルとビルドフォンをクローズドラゴンへと渡した。

 

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに息絶えていだきたいと思ってのことです。」

 

 礼儀正しく、紳士的に、そして一切の迷いもなく彼はそう言った。その言葉に生徒達は戸惑う。

 13号は右腕を構え、吸い込む準備をするのだが、先手必勝と言わんばかりに、切島、爆豪の2人はその黒い靄へと攻撃をした。

 手応えあり、そう感じた2人は自慢気な表情で戦闘態勢をとる。希桜音もドリルクラッシャーのガンモードを構えて、いつでも射てる構えを取った。

 

「俺達にやられるとは考えてなかったのか?」

 

 挑発的に切島はそう言った。しかし、攻撃は効いていないようだった。危ない危ないと呟きながら、爆風が晴れると共に無傷の(ヴィラン)が姿を見せる。

 

「生徒と言えど、優秀な金の卵。」

 

「どきなさい2人共!」

 

 13号は2人に退くように指示したが既に遅く、黒い靄は生徒達を包み込むようにして広がった。靄から脱出する者、靄に吸い込まれる者様々だった。吸い込まれた者は、USJ内のどこかへと移動させられたらしく、希桜音もその一人だった。

 

 ━━━━━━━━ワープか...!

 

 立ち上がった希桜音は、周囲を見渡した。辺りは(ヴィラン)だらけで、コチラへとノシノシとやって来ている。

 

「危ねぇから退いてろ」

 

 ふと後ろを振り向けば、髪色が紅白の生徒、轟が立っていた。彼も希桜音と同じくワープされてきたのだろう。

 希桜音は彼の個性を知っている為、ひとっ跳びして彼に個性を使用させた。轟は辺りを水滴が広がるかのような速度で、(ヴィラン)諸共氷漬けにさせた。顔を除いて、だが。

 

 

 

 


 

 

 

『再っ悪だ...!』

 

 クローズドラゴンに乗った戦兎は、希桜音とはぐれて元の場所、出口付近にいた。周囲を確認するとクラスの数人は残っているのだが、やはりかなりの人数が飛ばされていた。

 

 ━━━━━━━━万丈はいるけど...心配だ

 

 目の前には黒い靄、こちらには13号がいるが、果たしてこれだけの生徒達(御荷物)を背負って勝てるのだろうか。戦兎は心配だった。

 

「障子君!皆はいるか!」

 

「散り散りにはなってはいるが、全員この施設内にいる。」

 

 その言葉を聞いて生徒達は安心したが、やはり気は抜けない。目の前に(ヴィラン)がいるのだから。

 13号は飯田に学校まで走ってこの事を他の教員へと伝えるよう指示した。

 飯田はクラスメイトは置いていけないと断ったが、他の生徒達は戦闘態勢を取って彼を走るよう諌めた。外にさえ出れば赤外線式の警報はなるはず、中で鳴らないのはそういうやつ個性がいて、どこかへ隠れているからだと。

 

『飯田って言ったか?これ使え。』

 

 そう言って戦兎はマシンビルダーを展開した。飯田の個性"エンジン"にプラスしてバイク。さらに速度が上がる筈だ、と考えたからだ。

 

「救うために、個性を使ってください!」

 

 周りに諌められ、気持ちが変わったのか、飯田はバイクへと乗り込んだ。ヘルメットはないが仕方ない、彼はアクセルを吹かせて何時でも走れる準備をする。

 

「手段がないとは言え、敵前で作戦を語る阿呆がいますか!」

 

 そう言って黒い靄は体を広げ、飯田の目の前に壁でも作るかのようにした。しかし、13号は右腕を構えてそれを吸い込んだ。

 

「”ブラックホール”!」

 

 その隙に飯田は走り出した。後は皆に任せた、と。

 ドアを蹴破り、教員達へと知らせるため、自身のエンジンとバイクのエンジンの二つを使い、圧倒的なスピードで校舎へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第10話 ここで登場。ピンチヒッター

長くなりそうだったので途中で切りました
あと何話かかるんだろうな(遠い目)
あ、昨日Vシネ観てきました。それだけです( ˇωˇ )
今後のプロットが少し展開が楽になりましたという裏話を...あとみーたん可愛かったです。はい




 

 

 

 

 

 

「散らして殺す...か。言っちゃ悪いがアンタら、どうみても個性を持て余した輩以上には見えねぇよ。」

 

 (ヴィラン)を凍らせる轟、そしてドリルクラッシャーのガンモードに冷蔵庫フルボトルを挿し込んで同じく凍らせる希桜音は、(ヴィラン)から情報を搾取することにした。

 (ヴィラン)達は情けない声を出して、冷たさや痛みを訴える。しかし轟は全くの無視で、一番弱そうな(ヴィラン)へと近づいた。

 

「数で圧倒...て訳じゃなさそうだね。」

 

 轟の冷静さに感化されて、希桜音も冷静に銃弾を当て、蹴り、殴り、最終的に凍らせて身動きを封じていく。万丈はその間ずっと希桜音を褒めていた。

 

「...なぁあんたら。このままだと、ジワジワと体が壊死していく訳なんだが。」

 

 轟はそう口を開いた。(ヴィラン)は涙目になって、助けを乞おうとしている。

 

 ━━━━━━━━それでも(ヴィラン)なのか...?

 

「俺達もヒーロー志望。そんな酷でぇことはなるべく避けたい。」

 

 轟はその(ヴィラン)に右手の冷気を直接当てるように顔へと近づけ、希桜音も背後から銃口を当てる。

 

「あのオールマイトを殺れるっつー根拠、策ってなんだ?」

 

 轟はその冷ややかな殺意を持って、(ヴィラン)に尋問を開始する。

 

 ━━━━━━━━こっわ...

 

 

 


 

 

 

 その頃戦兎は、いや戦兎達は目の前の(ヴィラン)に応戦していた。

 この黒い靄は、13号に吸い込まれかけた際に13号の背後にワープを出現させ、彼の背中を塵へと変えたのだ。

 飯田を追わせまいと、障子はその大きな体でワープを包み込んだが、本体は未だ動くようだった。しかし、麗日は靄の背後に見えた筒状の物を掴んでいた。

 

「これが本体かな!」

 

『良くやった麗日!そこのテープ!引っ張れ!』

 

「わーってます!」

 

 本体と思われる筒を浮かせた麗日は、瀬呂に投げ渡すように投げた。急に浮遊された黒い靄は、そのまま瀬呂のテープに捕まり、さらに砂藤にジャイアントスイングの要領で遠くへと吹っ飛ばされた。

 

 

 


 

 

 

 中央広場では、主犯格と思われる青白の男、そしてその隣にいる脳が剥き出しの大男によってイレイザーヘッドは瀕死へと追い込まれていた。

 さらに青白の男は、それを見ていた緑谷、蛙吹、峰田を殺そうと大男と共に攻撃の構えに出た。緑谷は大男に殴りかかったが掴まれ、身動きが取れない。蛙吹は持ち前の跳力で峰田を掴んで青白の男から伸ばされる手を避け、尚且つ緑谷を掴んで脱出しようとする。

 しかし、間に合わない。

 

 彼等の脳裏に浮かんだ言葉

 

 〘死〙

 

 

 しかし、それは防がれた。

 助けられた。

 青白の男は迫り来る氷に気づき、寸でのところで躱して避けた。大男は凍らされたが、腕は動く。緑谷の腕を折ろうと未だ動くが、圧倒的な力によって緑谷を放し吹き飛ばされてしまった。

 

【輝きのデストロイヤー!ゴリラモンド!yeah】

 

「危なかった...!」

 

「お前ら、先生連れて離れてろ。」

 

「轟くん!小兎謚さん!」

 

 轟と希桜音が、寸でのところで助けたのだ。

 蛙吹と峰田は相澤の元へと駆け寄り、二人がかりで出口付近へと運ぶ。

 緑谷はというと、大男に殴りかかった際に覚えた、腕を折らない感覚を忘れないうちに戦闘を行うようだった。

 

「デッカイのは任せて。見るからにパワータイプだし、鎧に身を包んでる(ライダーシステム)私のが何かと楽!」

 

「分かった。緑谷、お前は...」

 

「ボクも大男...脳無の方に行く。大丈夫、行ける気がするんだ!」

 

 何を言ってるんだと轟は言いたかったが、緑谷の表情は真剣そのもの。轟が見ている限りでは、こんな場面でなんの算段も無しに動くバカではないと分かっている。

 

「...折れたら撤退しろ、いいな?」

 

「うん!」

 

 そう言って緑谷は、希桜音と共に走り出した。

 

 

 


 

 

 

 時は少し遡り、飯田がUSJを飛び出して1分程。彼はUSJへと向かうオールマイトを見つけた。

 飯田は、今USJで起きていることを、慌てながらもしっかりと伝えた。オールマイトはそれを聞いて、校舎の教員にも伝えるように飯田に言った後全力でUSJへと駆け出す。生徒達を、後輩達を助けるために。

 しかし、それはある人物によって防がれしまった。

 

「誰だ!」

 

 飛んできた銃弾をギリギリのとこで躱したオールマイトは、木陰に潜んでいる人物に問い掛けた。

 問い掛けられた人物は、こりゃ参ったと言わんばかりに両手を上げて日に晒される位置まで出てきた。

 

『初めまして、平和の象徴殿。俺の名はスターク...と、さすがにもう知っているか。』

 

「貴様は、この前の記者暴動事件の時に現れたという...エボルト!」

 

 会議当日は非番だったため、その場にはいないが、話は聞いていた。血に染まったような色合いに、蛇を彷彿とさせる意匠。聞いていた情報と同じ姿だった。

 

 ━━━━━━━━なぜ侵入者用ブザーがなっていない...?

 

『侵入者用のブザーについて考えているのか?』

 

 ━━━━━━━━考えを読まれたっ!?

 

 底知れない闇を見せるエボルトに、オールマイトは苦い顔をしている。考えていても仕方が無い。

 

 ━━━━━━━━残り時間...15分程度か?

 

 平和の象徴オールマイト、現在の彼の活動限界は一日3時間程度だ。これは過去に巨悪と戦闘し、それの後遺症でこうなっている。

 考える事をやめた彼は、尻の穴をキュッと閉めて、足を踏ん張って前へと跳んでこう叫んだ。

 

「”DETROIT SMASH”!」

 

 ストレートパンチ。その威力は拳一つで空を揺蕩う雲を切り裂く程だった。

 エボルトはそれを避けきれずに直撃、頭部へと大ダメージを負ってしまった。さらにオールマイトの追撃は続く。腕を掴まれ、ジャイアントスイングの様にしてUSJの方面へと投げ飛ばされた。

 空中で動きが制限されたスタークを、地上から垂直跳びで背中を思い切り殴った。連続して多大なダメージに襲われるスタークは、鈍い声を出しながらなるがままにされる。

 空中で追撃を喰らったスタークは、今度は脚を掴まれ簡単に投げ飛ばされる。そして、地面を抉るようにして落ちたのだった。

 

『ふ、ふふ、ふはははは!!これだから人間は面白い!』

 

 ふらつきながら立ち上がったスタークは、トランスチームガンに懐から取り出したボトルを挿し込んでオールマイトへと向ける。

 

【フルボトル!】

 

 新たなフルボトルを挿し込んだトランスチームガンの銃口が、オールマイトへと向けられた。空中で身動きの取れないオールマイトは咄嗟に防御の構えを取った。

 トリガーが引かれ、銃撃が彼を襲った。

 

「ぐぅ...!」

 

 その銃撃は獣のように凶暴で、オールマイトの体を斬り裂くような斬裂を浴びせた。銃撃によって空中での浮遊時間を狭められた彼は地面へと転がり落ちるようにして着地した。

 

 ━━━━━━━━ビデオで観た銃弾が目にも止まらぬスピード型だとすれば、これは威力重視のパワー型!まるで獣...いやそれ以上!

 

『さすがNO.1。生身で喰らってもへっちゃらか。』

 

「それは買いかぶりすぎじゃぁないのか?」

 

 そうかもな、と言ってスタークは再度銃口をオールマイトへと向けた。しかしそこにはもう彼はいない。瞬間移動でもして見せたかのような動きで、スタークの側面へと周り込み、ラリアットで彼をさらに奥へと吹っ飛ばした。

 

 ━━━━━━━━このままUSJへと向かって、そこで(ヴィラン)達と決着をつける!それまでにコイツを倒さなければ...!

 

 

 

 

 

 

 




平和の象徴オールマイト、未知の兵器と交戦


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第11話 爆ぜろバブル、弾けろシナプス

「爆ぜろリアル!弾けろシナプス!」


 

 

 

 

 

 

 

「『オラァ!』」

 

 ゴリラモンドフォームへと変身した希桜音は、万丈の掛け声と共に戦闘を行っている。ゴリラ側、すなわち右腕をメインにした戦闘をしている。

 右フック、右ストレート、右アッパーetc...

 本来なら、大振りである右は左で牽制しつつ使うのだが、緑谷の素早く、そして気を散らす動きのお陰で右の大振りを放てるのだ。

 

 ━━━━━━━━すばしっこい動きだな...!

 

 緑谷の動きを見て、希桜音はそう思った。

 今までの緑谷は、一瞬のみ力を振るえるパワー型だと思っていたが、今の彼はそれをセーブして使っている。パワーは劣っているようで、回避に専念しているようだが。

 

『埒が明かねぇ!必殺技でキメるぞ!』

 

 万丈の言葉通り、希桜音はドライバーのレバーを回し始めた。

 左手で何かを掻き集めるようにしていると、脳無と呼ばれる大男の周囲に氷のような物体、否、ダイヤモンドが形成され、彼を包んだ。

 

 【Ready GO!】

 

 【ボルテック フィニッシュ!】

 

 希桜音はそれを右ストレートで思い切り粉々にした。

 ダイヤモンドをパンチ一つで壊すというのは、おかしな話に聞こえるが、ダイヤモンドというのは瞬間的に加えられる力に弱い。そのためパンチ力に優れたゴリラの腕で壊せることは理にかなっているのだ。

 

『決まったァ!』

 

 しかし、粉砕されたはずの脳無は、メキメキと残っている頭部分から再生を始めた。

 希桜音は急いで殴りにかかるが、黒い靄の登場で足を止めざるを得なかった。

 

「緑谷くん、コイツお願い!」

 

 分かった、という前に緑谷は動いていた。思い切り殴りにかかった。

 

 ━━━━━━━━かっちゃんと切島くんが殴りかかった時、コイツは危ないって言った。つまり、本体はどこかにあるはず...!じゃなきゃそんなこと言わない!

 

 ワープさせられないよう慎重になりながらも、弱点を探すことに徹する緑谷。

 希桜音は緑谷の方へ行かせまいと、脳無の方を向く。脳無は片腕以外はほぼ再生しきっており、さすがの速さだと言うしか無かった。

 

 ━━━━━━━━万丈、フェニックスとロボ

 

『お、おう。でもいいのか?行けそうなのに』

 

 ━━━━━━━━緑谷くんっていう攻撃の隙が無くなった今、多分スピードじゃ勝てない。攻撃を喰らうことも考えてコレ!

 

『分かった!』

 

 万丈は希桜音に言われた2つのフルボトルを振ってから希桜音へと渡した。希桜音はゴリラとダイヤモンドを抜いて押し入れへと放り込む。

 

 【フェニックス!ロボット!BEST MATCH!】

 

 取り出した2つのフルボトルを挿し込んで、レバーを回す。前後には鎧の型が形成されて行く。

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ!」

 

 【不死身の兵器!フェニックスロボ!yeah】

 

 フェニックスロボフォームへと変身した希桜音は、低空だが宙へと翔び、右腕から火炎弾を放った。

 火炎弾は脳無を包み、彼の体内から焼き尽くそうとするのだが、体内から再生されていくようで効いているようには見えない。とりあえず連発して追い込みをかけて行くが、攻撃に耐えることをしなくてよいと判断した脳無は希桜音目掛けて飛び上がった。飛び上がった脳無は、空中で思い切り希桜音を殴り飛ばした。鋭く思い右ストレートは、彼女を変身解除ギリギリへと追い込む。

 吹っ飛ばされた彼女は、地面へと勢いよく落ちると、持ち前の修復能力で立ち上がって、空中へと再度飛び上がった。

 

 ━━━━━━━━いった...!

 

 酷い痛みを覚えたようで、希桜音は回避に専念することにした。

 しかし、敵に攻撃の意思がないと分かった脳無は、仲間である黒い靄に加勢すべく緑谷の方を向いた。

 

「こっちだ!!」

 

 咄嗟に希桜音はロボの腕で脳無の頭を掴んだが、脳無はそれを払い除けるようにして希桜音を吹っ飛ばした。

 吹っ飛ばされた希桜音だが、炎を飛ばして意識を緑谷から自分へと戻すことに成功した。空中で体勢を立て直した彼女は、新たなフォームへと変身することにした。

 

 ━━━━━━━━地上戦で回避向け...万丈、ニンニンコミック!

 

『おう!』

 

 万丈は忍者とコミックのフルボトルを振って希桜音へと渡すと、フェニックスとロボットのフルボトルを受け取った。

 新たなフルボトルを挿し込んで、希桜音はまたフォームチェンジを行う。

 

 【忍者!コミック!BEST MATCH!】

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ!」

 

 【忍びのエンターテイナー!ニンニンコミック!yeah】

 

 ニンニンコミックフォームへと変身した希桜音は、4コマ忍法刀を取り出してトリガーを引いた。

 

 【分身の術!】

 

 トリガーを1回押すことで、分身体を出現させることが可能。新たに現れた三体の分身達は、4コマ忍法刀を片手に脳無へと襲い掛かった。

 脳無は特にたじろぐ様子も見せず、飛び掛ってきた分身のうち1つを拳で掻き消した。

 

 【火遁の術!火炎斬り!】

 

 【風遁の術!竜巻斬り!】

 

 その隙に分身2体はトリガーを引いて忍術を発動させた。竜巻による風を受け、火遁の威力はさらに増す。斬られた脳無は見る見るうちに炎に包まれた。

 炎によって皮膚は焼け落ちていくが、脳無の再生力の方が速いようで攻撃の意味はない。脳無は拳圧で炎を払い除け、傍にいた分身の頭を掴んだ。

 

 【隠れ身の術!ドロン!】

 

 しかし希桜音は、これ以上分身を消させないために煙幕を発生させた。しかし煙幕を巻くには遅かったらしく、残りの分身へと投げつけられ分身は完全に消えてしまった。

 

「チッ」

 

 希桜音は思わず舌打ちしてしまった。

 

 ━━━━━━━━さて、倒せる算段は端からないけど、時間稼ぎすら怪しくなってきたな

 

『ラビットラビット使えよ希桜音!』

 

 ━━━━━━━━体付いてかない、却下...!

 

 さすがにこの状況に腹が立ってきているのか、無性にイライラする希桜音。ニンニンコミックの左腕に付けられた筆を使い、空中に壁を描いて創ることでなんとか攻撃を避けているが、このままでは埒が明かない。

 

 ━━━━━━━━4コマ忍法刀のインターバルは未だ時間がかかる...フォームチェンジしたいな

 

 しかし、肝心のフォームチェンジ先が思いつかない。

 様々な大きさのブロックを創り、立体的な戦闘フィールドを作ったのだが、簡単に破壊されていく。

 

 ━━━━━━━━万丈、なんかいいのないの?

 

『はぁ?...コイツはどうだ?』

 

 そう言って万丈が取り出したのは通常のフルボトルの倍以上の大きさのボトル。というより缶。ラビットタンクスパークリングだ。

 ラビットタンクスパークリングフォームへと変身すれば、4コマ忍法刀、ホークガトリンガー、カイゾクハッシャーの3つのベストマッチウェポンを対応するボトルをベルトに挿さずとも使用出来る。

 希桜音はインターバルの終えた隠れ身の術を発動させ、姿を眩ませる。その隙にフォームチェンジするのだ。

 動きながらだが、ラビットタンクスパークリングの缶を振る。シャカシャカと炭酸に似た音声が流れ、脳無に位置を悟られるがその前に動く。

 

 【ラビットタンクスパークリング!】

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ!」

 

 その声と共に希桜音は煙から飛び出し、ドリルクラッシャーのソードモードで斬りかかった。

 

 【シュワっと弾ける!ラビットタンクスパークリング!yeah yeaaaaaah!!】

 

 ラビットタンクスパークリングフォームへと変身した希桜音は、右手にドリルクラッシャー、左手に4コマ忍法刀という姿で脳無を斬り刻んでいく。

 

 【火遁の術!火炎斬り!】

 

 途中途中、火遁や風遁を使用して癖のある攻撃をしつつ、持ち前の機動力で攻撃を躱して行く。ヒットアンドアウェイだ。

 しかし、攻撃の合間を縫って脳無は右ストレートを希桜音の正面へと打ち込んだ。希桜音は両手の武器でガードしつつ、咄嗟に後方へと跳んで攻撃を避ける。しかし、その拳によって起こされた風圧で彼女の両腕は後方へと追いやられ、持っていた武器を手放してしまった。

 

「っ!」

 

 反撃の隙は与えない、とでも言わんばかりに脳無はもう片方の手で再度殴りかかる。

 左脚をついた希桜音は、左脚のクイックフロッセイレッグから泡を発生、破裂させて高速でその場から緊急脱出。さらにカイゾクハッシャーを取り出し、ビルドアロー号を掴んだ。

 

 【各駅電車!急行電車!快速電車!海賊列車!】

 

 引っ張る時間によって威力が上がるビルドアロー号を限界まで引っ張り、脳無目掛けて放つ。攻撃は脳無の顔面へと命中、怯んだようで動きが止まった。

 続けて攻撃しようと再度ビルドアロー号を引っ張るが、彼女の耳に轟音が入ってきた。場所は出入口付近。そちらの方へ視線をやると、スタークの腹部へ拳を当て、遠くへと殴り飛ばしているオールマイトがいた。

 

「私が来た!」

 

 オールマイトは階段の中腹部分へと着地すると、勇ましい声でそう叫んだ。しかし、その声はいつもの様に笑ってはいない。真剣な表情そのものだ。

 

「死ねぇ!」

 

 さらに、黒い靄の方から声が聞こえた。この物騒な台詞を吐くのは彼一人、爆豪勝己だ。

 爆豪は黒い靄の本体と思われるアルミ製の筒をがっちり掴んでいた。爆破させ威嚇し、動けば爆破させると宣言した。

 

「ヒーローらしからぬセリフだな」

 

 爆豪と共に切島もやって来たようだ。切島は腕を硬化させると、轟の凍らせた荒れた氷の上から青白の男へと殴り掛かる。しかしそれはいとも容易く避けられた。

 

「小兎謚少女!これを!」

 

 希桜音は再度オールマイトの方へと向くと、彼は希桜音目掛けて何かを投げたようだった。何か、を希桜音は受け取って確認する。

 

「フルボトル...?っ!」

 

 脳無の拳をギリギリで躱し、受け取ったフルボトルを確認した。二人の記憶を辿っても、これは見たことのない物、恐らくF1フルボトルと同じくこちらの世界で創られた物だろう。

 

「ヤツの攻撃力を低下させるため奪った!君が持っていてくれ!」

 

 そう言ってオールマイトはスタークへと殴り掛かる。本来なら生徒を逃がさなければいけないのだろうが、それを許してくれるほどの(ヴィラン)ではないのだろう。笑顔でいることを忘れるくらいに、彼は焦燥に駆られている。

 

 ━━━━━━━━万丈、F1フルボトル取って

 

『もしかして変身すんのか?』

 

 ━━━━━━━━このままオールマイトを待つよりかは、新しい力に賭けた方が早い気がする

 

 分かった、と万丈は指定されたフルボトルを希桜音へと渡した。ラビットタンクスパークリングを万丈へと預けた希桜音は、F1フルボトルと新たなフルボトルを手にして振る。

 

「さぁ、実験を始めようか。」

 

 【キョウリュウ!F1!BEST MATCH!】

 

 2つのフルボトルをベルトへ挿し込み、レバーを回す。新たなフルボトルの名は、名付けるならキョウリュウフルボトルと言ったところか、などと希桜音は考えながら変身の構えを取った。

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ!」

 

 【音速の帝王!F1ザウルス!yeah】

 

 

 

 

 

 

 



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第12話 スピンドライブに付き合いな

「ひとっ走り付き合えよ!」


 

 

 

 

 

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ!」

 

 【音速の帝王!F1ザウルス!yeah】

 

 新たなフォーム、F1ザウルスフォームへと変身した希桜音は、自分の姿を確認した。

 右腕から左脚のキョウリュウ部分は、全体的に刺々しい意匠が施されており、右肩にはキョウリュウの牙を模した意匠。腰から尻尾も生えている。色は錆びた緑のような色だ。反対に、左腕から右脚にかけては、左肩にフォーミュラカーと思われる意匠が施されている。色は紅だ。

 

「ふっ!」

 

 試しに動いてみると、自身でも制御出来ない程のスピードで体が動いた。

 

 ━━━━━━━━速っ!?

 

 慣れない姿なので、軽く体を動かしていると脳無がコチラへと右拳を構えて走ってきた。咄嗟に希桜音は、少ない動作で躱して右のカウンターを腹部へと入れた。右の拳が脳無へ触れると同時に右肩の牙が口を開いて脳無の肉を喰らった。

 腹部の肉を喰らわれた脳無は、腹部を抑えながら後退しようとする。しかし、希桜音はチャンスを逃さない。

 左脚に備え付けられたエンジンをブーストさせ、脳無の背後へと一瞬で回り込んだ。後ろを取られた脳無は、腕を振り払って逃げようとするが、希桜音はそれを右肩の牙で掴み肉を喰らう。

 

 ━━━━━━━━強...!

 

 返り血にも目もくれず、希桜音は目の前の物を破壊する自分の力に酔っていた。倒せないと思っていた(ヴィラン)だったが、肉を抉れば痛みを感じていく。恐怖に怖気づいて逃げようとすれば圧倒的なスピードで喰らい付いて離さない。

 

 ━━━━━━━━これなら、勝てる!

 

 希桜音は流れに乗って攻撃のペースを上げていく。

 しかし、その攻撃は途中で終わってしまった。否、彼女の動きが止まってしまったのだ。

 

「ぐ...う...!」

 

 ━━━━━━━━右肩熱い...!

 

 彼女が感じたように、右肩の牙は熱を発していた。蒸気機関のように蒸気も発している。

 

 

ぎしゃァァギャルゥァァあ

 

 そう鳴いた。彼女の右肩は、そう鳴いたのだ。狂った獣、化け物のように叫んだ彼女の右肩は、彼女の各神経の主導権を握って、希桜音を操る。

 希桜音の体は、脳無の周りをぐるりぐるりと回り始めた。右肩に肉を喰われ、脳無の腹部はプリンをスプーンで掬うかのようにいとも容易く無くなっていく。

 

「止まれ...!」

 

 希桜音は体を自分の意思で動かそうとするが、全く動く気配がない。

 それを嬲るように、右肩はまた雄叫びを上げて攻撃を激化させる。脳無は悲痛な叫びを上げてなんとか逃れようとするが、圧倒的なスピードで逃れられない。

 

「熱...熱い!!あ゛つ゛い゛!!!」

 

 絶叫にも似た悲鳴を希桜音は上げる。しかし、誰も止められない。それ程までに、彼女の体は高速で移動していた。

 彼女が熱いと訴えたように、彼女を被っているパーツは高速移動の際に発するエンジンによって熱を発している。本来なら通気口に当たる左肩の管で熱を放出するのだが、それだけでは処理しきれずに熱が篭もっている状態、熱数値のオーバーフローだ。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!」

 

 どんなに止まろうとしても、希桜音は止まらない。寧ろ止まろうと意識すれば、右肩がそれをさせまいとしているのか、さらに熱を強く感じる。

 

「万...丈!」

 

『待ってろ!うし、これなら!』

 

 希桜音と共に動きを止めようとしていた万丈だったが、彼は希桜音の体を止めることをやめ、希桜音の体を守ることに切り替えた。

 

 【クジラ!消防車!】

 

 【Are You Ready?】

 

『変身!』

 

 万丈は押し入れの中でトライアルフォーム( クジラ消防車 )へと変身した。左腕に取り付けられたラダーと右腕から物凄い勢いで放水し、希桜音の体を冷やそうとする。

 しかし、焼け石に水なのか、それとも彼女の個性(押し入れ)と彼女の体は関係ないのか、希桜音の体は熱いままだった。

 

『チィッ!だったら!』

 

 そう言って万丈は懐から変身アイテムを取り出した。拳状の変身アイテム、クローズマグマナックル。そしてそれにドラゴンマグマフルボトルを挿し込んでビルドドライバーへとセットする。

 

 【BOTTLE BURN!クローズマグマ!】

 

 ナックルをベルトにセットした万丈は、ベルトのレバーを回して構えを取った。

 彼の背後には坩堝型のマグマライドビルダーが出現し、中で煮えたぎっている大量のヴァリアブルマグマが万丈の頭上から流し込もうと傾いた。

 

 【Are You Ready?】

 

『変身!』

 

 【極熱筋肉!クローズマグマ!アーチャチャチャチャチャ チャチャチャチャアチャー!】

 

 ヴァリアブルマグマが万丈の頭上から流れ落ちるようにぶちまけられ、ヤマタノオロチのような8つの龍が伸び上がる。マグマが冷え固まり、全身へ固着すると、マグマライドビルダーが前進して不要なマグマを割って変身完了だ。

 

『力が漲る...魂が燃える...俺のマグマが迸る!』

 

 その言葉と共に、万丈は意識を希桜音の神経へと向ける。各神経の隅々まで自身のマグマを行き渡らせる、そんな感覚で希桜音の体を引っ張る感じで主導権を奪い返した。

 

『うぉっしゃ!奪った!』

 

 しかし、キョウリュウはタダで明け渡す訳では無さそうで、万丈から主導権を奪い返そうと熱や威圧で万丈を追い詰める。

 

「ぐはっ!」

 

 万丈がキョウリュウと対面していることにより、脳無と対戦していた希桜音の体は停止、脳無に反撃された希桜音は簡単に吹っ飛ばされてしまった。

 

 ━━━━━━━━万丈、ハザードトリガー...!

 

『はぁ!?何言ってんだお前!?』

 

 ━━━━━━━━どーせ暴走するんだから、まだ強い方がマシ...じゃない?

 

『そうなのか...?』

 

 そうだよ、と希桜音は雑に答えてボロボロの体を起き上がらせた。万丈は主導権の守護で必死らしく、仕方なく自分で取り出した。

 

「...さいっあくだ。」

 

 目の前に立っている強大な(ヴィラン)を見て、希桜音はそう呟いた。今までの仕返し、とでも言うような感じで拳を高く上げている脳無。

 溜め息を吐きながらも、相手より早く行動する。

 

 【ハザードオン!】

 

 【キョウリュウ!F1!SUPER BEST MATCH!】

 

 【ガタガタゴットンズッタンズタン!】

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ。」

 

 【アンコントロールスイッチ!ブラックハザード!ヤベーイ!】

 

 各変身音が鳴り終えるよりも早く行動した希桜音は、変身の際に形成された型によって吹き飛ばされた脳無を見詰める。

 

「...」

 

 自身の体の動きを確認し、希桜音は前へと踏みでる。全身は火傷しているのだろうが、アドレナリンが多量に生産されているようで全く痛みを感じない。

 

「▒▒▒」

 

 誰にも聞こえない声で、希桜音はそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 



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第13話 悪魔とデート、行き先は

狙ってはないけれど、ちょうどアニメと同じ話数でUSJ編は終わりです。

「地獄の底まで、悪魔と相乗りしてくれ!」

次回から体育祭編



 

 

 

 

 

 

 

 ハザードF1ザウルスフォームへと変身した希桜音は、意識を遠のかせる。

 

 ━━━━━━━━理性が無くなれば、熱さ(痛み)を感じない...

 

「フルボトルバスター」

 

 フルボトルバスター、それは大型の武器である。大剣状態のバスターブレードモードと大砲状態のバスターキャノンモードの2モードに変形して戦う武器。

 それを取り出した希桜音は、後は任せたと呟いて意識を遠のかせる。後のことは全てこれ(ハザードトリガー)に任せるのだ。

 首の力が抜けたように顔が傾いた希桜音は、スイッチでも入ったかのように動き出した。

 起き上がったばかりの脳無は、希桜音に襲い掛かる前に希桜音に襲われる。まず最初に顔を喰われた脳無はその場から離れて態勢を立て直そうとする。しかし、希桜音の尻尾に腕を掴まれ逃げられない。

 希桜音は続いて両脚を喰らい、脳無の足を奪った。足を奪われた脳無は逃げる術を失い、両腕で後退りするのだが、横に振るわれたフルボトルバスターによって水中へと入れこまれた。

 希桜音はフルボトルバスターをFBバスターキャノンモードへと変形させ、フルボトルを挿し込む。

 

 【扇風機!ジェット!ヘリコプター!掃除機!アルティメットマッチでーす!】

 

 扇風機、ジェット、ヘリコプター、掃除機のフルボトルをフルボトルバスターへと挿し込んだ希桜音は、巨大な竜巻を纏った砲弾を水上へと向けて放った。

 砲弾は水上へ近づくと、辺りの水を巻き上げて巨大なプール(水難ゾーン)の水を空にする。竜巻は水を巻き上げると共に、その中にある物を巻き上げていた。脳無目掛けて希桜音の体は狙いを定める。

 

 【フェニックス!ドラゴン!ユニコーン!サンタクロース!アルティメットマッチでーす!】

 

 フェニックス、ドラゴン、ユニコーン、サンタクロースのフルボトルを新たに挿し込み、トリガーを引く。青い炎を纏った砲弾は、再生仕掛けの脳無の体を貫いた。

 貫かれた脳無は動く気配もなく希桜音の頭上へと落ちてくる。それを兵器(ハザードトリガー)は逃さない。

 フルボトルバスターを投げ捨てた希桜音(兵器)は、ベルトに装着されているハザードトリガーのスイッチを再び押してレバーを回す。

 

 【マックスハザードオン!】

 

 【オーバーフロー!】

 

 ハザードトリガーのスイッチを再び押してレバーを回すことで、強化状態オーバーフローモードへの移行を完了する。オーバーフローモードでは、一時的にハザードレベルを急激に上昇させ、「HZヴァイオレントショルダー」から漆黒の強化剤「プログレスヴェイパー」を噴出。全身に強化剤を纏わせて戦闘能力をさらに強化させる。

 

 【ガタガタゴットンズッタンズタン!ガタガタゴットンズッタンズタン!】

 

 【Ready Go!】

 

 【ハザードフィニッシュ!】

 

 レバーを回して必殺技を発動させた彼女は、落ちてくる脳無目掛けて右のアッパーを喰らわせた。

 右のアッパーを喰らった脳無は、そのまま高く打ち上げられ、USJから吹っ飛ばされる。

 

『っしゃぁ!勝ったァ!』

 

 勝利、彼女は脳無に勝利したのだ。

 

『脳無を倒したか...ふん!』

 

 脳無を倒したのもつかの間、彼女はスタークによってハザードトリガーを奪われてしまい、変身解除を余儀なくされる。

 スタークはハザードトリガーを投げ捨てると、青白の男に声を掛けた。

 

『そろそろ他の教員が来るぞ。どーする死柄木弔。』

 

「私を無視するな!」

 

 オールマイトの右フック、それをスタークは滑るように躱し黒い靄の元へと駆け寄る。

 

『大丈夫かぁ?黒霧。』

 

『ええ、ありがとうございます。』

 

 彼に秘められた能力、ブラッド族の力で爆豪を吹っ飛ばして黒霧を助けた。その後は死柄木弔と交戦している生徒達も吹っ飛ばして、(ヴィラン)3名は中央へと集まった。

 

 ━━━━━━━━さぁ、どうする?

 

 ボロボロの体に鞭を打って立っているオールマイトは、それを考える。彼の活動時間は、もう既に終わりを迎えていた。立つのも精一杯、あとは飯田が呼びに行った他の教員を待つだけなのだ。

 (ヴィラン)達の話し合いはなにやら終わったようで、死柄木弔と黒霧はオールマイト目掛けて走り出した。

 

 ━━━━━━━━マジか...!

 

 オールマイトはもう動けない。交戦していた生徒達は、爆豪と轟は気絶、切島と緑谷は動ける体力も残されていない。希桜音は倒れている。

 

 ━━━━━━━━早く!

 

 オールマイトが願った。その時、死柄木の腕が誰かによって狙撃された。(ヴィラン)ではない、ふと出入口を振り向くと、彼らがいた。

 

「ごめんよみんな!遅くなったね。」

 

 そう言って現れた先頭は、雄英校長の根津。周りには他の教員達も立っている。

 

「1-Aクラス委員長飯田天哉!ただいま戻りました!」

 

 その言葉を合図に、(ヴィラン)と教員達の戦闘が開始される。しかし、それは教員達の一方的なワンサイドゲームとなった。

 教員達は手分けして生徒達の保護へと向い、スタークはそれを察知した。

 

『あーあ、来ちゃったよ。ゲームオーバーだ。帰って...』

 

 達観していた死柄木を、銃撃が襲う。教員によるものだった。

 黒霧は死柄木を囲むようにして銃撃から身を守る。しかし、そんな黒霧も攻撃にあう、13号の”ブラックホール”によって吸い込まれるのだ。スタークは銃撃を13号へと撃ち込み、少しの隙を作る。

 

『今度は殺すぞ...平和の象徴、オールマイト!』

 

『ハザードレベル3.7...それが今のお前だ。小兎謚 希桜音!いいデータが取れたぜ。チャオ!』

 

 その言葉と共に、(ヴィラン)3名は消え去って行く。勝ったのだ。悪を退けたのだ。

 

「...最っ悪だ。」

 

 ━━━━━━━━熱い

 

 体が焼けるように熱い、ひたすらにそう思う希桜音は目を瞑る。意識が遠のいていく感覚が、彼女には分かった。

 

 

 

 


 

 

 

 次に彼女が目を覚ましたのは、雄英の保健室...ではなく、通常の病院のようだった。

 今の状態を確認すると、全身は包帯でぐるぐる巻き、辛うじて左目だけは覆われていない。

 

 ━━━━━━━━右目

 

 覆われている右目は、見えない。それは包帯によるものだろうか、左目でしか視認できない。白の包帯なら、覆われていたとしても少しは白が見えるはずなのだが。

 

『起きたみたいだな。』

 

 希桜音が視線を右にやると、クローズドラゴンが椅子に乗ってコチラを見ていた。

 その声はどこか哀しさを感じられ、ただひたすらに今の彼女を見つめている。

 希桜音は特に何か言うわけでもなく、目を瞑ってまた意識を遠のかせた。

 

 

 

 


 

 

 

「全身火傷、特に右目と右肩は酷く何かしらの後遺症は残るかと...」

 

「...だそうだ。」

 

 時は少し遡り、USJ外。

 教員達や警察に保護された緑谷と希桜音以外の生徒達は、希桜音の安否を確認してもらっていた。全身火傷、という言葉に生徒達は不安を感じてしまう。

 

「...あの、デクくん、緑谷くんは?」

 

「緑谷...あぁ、彼は保健室にいる。オールマイトと一緒だ。」

 

 その言葉に、麗日は安堵する。

 脳無戦以降、個性を使っても腕や足はボロボロにならなかった緑谷だが、実際は両足には確実にダメージが入っていたらしい。スタークに吹っ飛ばされた際に、ついに折れてしまったそうだ。

 生徒達は教室へ行くよう指示され、各々戻っていく。

 プロが戦っているもの、それを知った彼らの表情は険しいものだった。

 

 

 

 

 

 



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体育祭編
第14話 鳴らせ、始まりのシグナル


今回から話のストックが無くなりました
連日投稿は難しいです( ˇωˇ )
今回から体育祭編です。どうぞ


 

 

 

 

「おっはよ〜!」

 

「「「「復活はや!!??」」」」

 

 USJ襲撃事件から2日後、遅刻ギリギリで希桜音はクラスへと到達した。

 クラスの面々は暗い表情無く、笑顔で希桜音を迎える。臨時休校の間できちんと疲れは取ってあるようだった。

 

「遅いぞ小兎謚君!HRが始まるから席に着きたまえ!!」

 

 角々とした腕で飯田は希桜音を席へと促す。希桜音は言われる前に既に行動しており、右手で机を触りながら自分の席へと向かい着いた。

 

「希桜音大丈夫!?包帯ぐるぐる巻きじゃん...!」

 

 芦戸が後ろを向いて希桜音に話しかけて来た。蛙吹もコチラを向いており、心配そうな眼差しをコチラへと向けている。斜め後ろからも同じような視線を感じる。麗日の視線だろうか。他方面からも視線を感じる。

 そんな目線を感じるのも無理はない。なぜなら、今の希桜音は右目を包帯で覆っており、さらに右腕は包帯でグルグルと巻かれているのだ。

 

「大丈夫大丈夫。ほら、右腕はちゃんと動かせるよ。」

 

 そう言って希桜音は右腕をのばして見せた。指もしっかりと動いており、本人の言う通り右腕は大丈夫なのだろう。

 

「そっかー、相澤先生と一緒で入院したのかと思ったよ。LINEも既読付かなかったし。よかった〜!」

 

「先生入院してるの!?」

 

「おはよう。」

 

「「「「相澤先生復帰早ぇ!!??」」」」

 

 入院しているという情報を得た直後、その本人は教室へと入ってきた。

 

「ミイラ...?」

 

 その姿はまるでミイラのようで、顔も腕も全て包帯で覆われていた。なぜその状態で歩けるのだろうか。

 

「先生!無事だったのですね!」

 

「俺の安否はどーでもいい。なにより、戦いは終わってねぇ。」

 

 飯田の言葉を一蹴りした相澤は、戦いという言葉を持ち出して生徒達に緊張感を持たせる。先日の件を思い出した生徒達は、恐怖に怯える者、身構える者様々だ。

 

「雄英体育祭が迫ってる。」

 

「「「「クソ学校っぽいのキター!!!」」」」

 

 雄英体育祭、それは現代日本に置いて過去のオリンピックと同様に国民を熱狂させるイベントの一つとなっているものである。テレビでも放送され、高視聴率をキープしているイベントだ。

 しかし、それに対して希桜音は疑問を浮かべる。

 

「襲撃されたばかりなのに、体育祭なんて大丈夫なんですか?」

 

「また襲撃されたりしたら...」

 

 希桜音の言葉に付け加えるようにして耳郎も発言する。

 確かに、と他の生徒達も同意する。

 

「逆に開催することで、雄英の危機管理体制が万全だと示すという考えらしい。」

 

 警備も例年の5倍強化するという話から、雄英体育祭の決行は余程大切なものらしい。相澤曰く、(ヴィラン)如きのために中止していいものでは無いらしい。

 雄英体育祭は日本のビッグイベントの一つであるのだが、それと同時に雄英生にとっても重要なイベントである。というのも、トップヒーロー達がスカウト目的で観戦に来るらしいのだ。

 卒業後はヒーロー事務所にサイドキックとして任用されるのがセオリーらしい。

 

「名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限。プロに見込まれれば、その場で将来が開けるわけだ。」

 

 ━━━━━━━━年に一回...計三回の見せ場か。

 

「その気があるなら準備は怠るな!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 

 

 


 

 

 

 午前の授業を終えて昼休みとなった。

 生徒達は体育祭の話で持ち切り、クラスは騒々しくなっている。希桜音もその内の一人だった。

 

「希桜音のソレ(ライダーシステム)は体育祭で使えるの?」

 

「先生に聞いたら使えるって。許可出しに行かなきゃ。」

 

 蛙吹、芦戸と共に大食堂へと向かう希桜音だったが、いつもとは違う麗日に気づいて足を止めた。

 

「どうした?全然麗らかじゃないよ麗日。」

 

 同じく足を止めた芦戸がツッコミを入れる。やる気が入りすぎているのか、彼女は怒りの炎にでも包まれてるかのようなオーラを出していた。

 

「み゛ん゛な゛!私頑張る!!」

 

 拳を高く突き上げて叫んだ麗日は、その後クラス中を駆け回って同じ台詞を吐き続ける。

 クラス中を駆け回って疲れた麗日は、緑谷や飯田と共に大食堂へと向かって行った。希桜音達も少し遅れて同じく大食堂へと向う。

 

 

 

 


 

 

 

 昼食を終え、午後の授業も終わらせた希桜音はグラウンドへと行こうとしていた。体育祭に向けて、そして倒すべき敵(エボルト)に向けての特訓を行うのだ。

 

 ━━━━━━━━戦兎ぉ...!!

 

 ちなみに希桜音は今、一人である。

 戦兎、及び万丈は彼女の傍にはいないのだ。

 

 その原因は、少し時を遡り、HR(ホームルーム)終了直後のこと。

 

「なにこれ...」

 

 希桜音はグラウンドへと向かおうと意気揚々と教室から出ようとしたのだが、大量の生徒達によって出入口を塞がれていたのだ。

 汚物でも見たかのような希桜音の言葉に、ある人物が珍しく温厚に返した。

 

「敵情視察だろ、雑魚。(ヴィラン)の襲撃を耐え抜いた連中だかんな」

 

 投げ捨てるように呟いた爆豪は、希桜音の横を通り過ぎて教室の出入口へと向かう。

 

「体育祭の前に見ときたいんだろ。ンなことしても意味ねぇから、退けモブ共」

 

「知らない人のことモブって言うのやめなよ!?」

 

 希桜音のツッコミを無視して、爆豪はズカズカと廊下へと踏み込んで行く。しかし、それはある人物によって止められてしまった。

 

「噂のA組...どんなもんかと見に来たけど、随分と偉そうだな。ヒーロー科は皆こんななのか?」

 

 真面目な様子でそう言った彼に、爆豪を除いたA組生徒は全力で拒否をする。しかし、それに気付いていないのか、それとも気づいていてそうなのか、彼は言葉を続けた。

 

「こういうの見ちゃうと...幻滅するなぁ」

 

「幻滅?なにが」

 

 希桜音は疑問に思ったことをすぐさま投げ返した。

 

「普通科とかサポート科とか、ヒーロー科落ちたから入ったってやつ、結構いるんだよ。知ってた?」

 

『サポート科!?何それちょっと聞いてないんだけど。万丈連れて見て来る!!』

 

「あ、ちょ!」

 

 険悪な雰囲気になりつつあるというのに、戦兎は気にせず万丈を連れてサポート科へと飛び立って行った。

 

 ━━━━━━━━場所わかんない癖に...

 

 ムスッとした表情で目線を紫髪の彼へと戻すと、爆豪と睨み合う形で話していた。

 彼曰く、体育祭の結果次第では他の科のヒーロー科編入も検討されるらしい。そして、その逆もまた然り。

 

「敵情視察...?少なくとも俺は、いくらヒーロー科とはいえ調子乗ってると足元掬っちゃうぞって、宣戦布告しにきたつもり」

 

 ━━━━━━━━大胆不敵だなぁ

 

 その後彼は爆豪と睨み合っていたが、B組と名乗る生徒の乱入によってそれは崩れた。仕方なしに爆豪はその場を離れようとするも、切島によって止められてしまう。

 

「待て待て爆豪。お前のせいでヘイト集まりまくってんぞ!?」

 

「関係ねぇよ」

 

 一呼吸置いて、爆豪はこう言い放った。

 

「上に上がりゃ、関係ねぇ」

 

 そう言って爆豪は教室を後にした。そして希桜音も、同じく教室を後にする。

 

 そして時は現在、彼女は今こうしてグラウンドにいる。

 そんなことはどうでもいいと、希桜音は押し入れを漁る。万丈を無理矢理連れていく際に暴れたのだろうか、押し入れの中は散らかっていた。

 ガサゴソと漁っているとベルトが手に当たった。ゴミ箱から物を抜き取るようにしてソレを取ると、いつも使っているビルドドライバーとは形状が違った。

 

「これは...スクラッシュドライバー...?」

 

 戦兎と万丈の記憶を遡り、コレの名前を思い出す。ハザードレベル4.0で変身可能になるこのベルトは、ボトルの成分をフルに使える代償として、ネビュラガスの影響を強く受けてしまう。変身すると好戦的な気質が剥き出しになってしまい、変身を続けていくと精神が汚染され変身者諸共戦闘兵器になる代物...らしい。

 

「...どうせ私も兵器だしな。」

 

 ハザードレベルを手っ取り早く上げるなら、ビルドドライバーよりはコチラを使用した方が効率的だ。

 しかし、今の希桜音のハザードレベルでは使用できない。スタークの言った言葉が正しければ、彼女のハザードレベルは3.7。未だ足りない。

 仕方なく希桜音はビルドドライバーを取り出して装着した。手に持っていたスクラッシュドライバーは押し入れの奥へと追いやって、フルボトルを挿し込む。

 

「さぁ、実験を...始めようか。」

 

 

 

 


 

 

 

 そうして二週間が過ぎた。今日はいよいよ雄英体育祭当日である。

 控え室へと集められたA組の面々は、準備体操をする者、落ち着かない者様々だった。戦闘服(コスチューム)を着れないことを嘆いている芦戸の傍で、希桜音は何かに怯えるように縮こまって何かを仕切りに呟いていた。

 

「みんな!もうじき入場だ!」

 

 飯田の言葉によって、希桜音を始めとした生徒達は緊張に引き締められた。

 希桜音の斜め後方では、轟と緑谷が何やら険悪な雰囲気を醸し出していたのだが、今の彼女にそれを気に止める精神的余裕はなかった。

 A組の生徒達は一塊となって、プレゼント・マイクの紹介を受けながらグラウンドへと歩いていく。長いトンネルの先、陽の光と共に見えるのは大量の観客。

 

「あぁ...人多ぃ...」

 

「希桜音しっかりー?」

 

 芦戸は希桜音を宥めるように軽く背中を摩るが全くの無意味。寧ろ彼女は更なるストレスで押し潰されそうになっていく。

 グラウンド中央へと集められた生徒達は、今年の一年の主催、18禁ヒーローミッドナイトによって選手宣誓を行うよう指示された。

 観客を始めとして、多くの男共は彼女に心を奪われる。18禁が高校にいていいのかという疑問が出たが、峰田曰くいいらしい。

 

「静かにしなさい!選手代表1-A小兎謚 希桜音!」

 

 驚いたような視線が、事情を知らなかった生徒達から飛んでくる。やめてくれというオーラを出しながら、希桜音は芦戸に押し出される形で前へと歩み出た。

 

「小兎謚さん大丈夫なの...?ガチガチに緊張してるけど...」

 

「あいつ入試一位通過だったからなぁ」

 

「俺のが(ヴィラン)ポイントは高ぇ...!」

 

「「「いや聞いてねぇよ」」」

 

 背後でコントが行われている中、希桜音は一歩一歩確実に前へと進んでいく。ぎこちない、まるで飯田の腕の動きのようだ。

 朝礼台へと上がった希桜音は、マイクを前にした瞬間頭の中が真っ白になった。

 

 ━━━━━━━━ええええと、まずは「宣誓」、「先制」?えええで、それからそれから、なんか頑張る系の、その目標的な、頑張るぞおぉっての!!

 

「せ、宣誓!!!」

 

 生徒達が嫌に静かなのが、余計に彼女を焦らせる。ついに思考が回らなくなった希桜音は、頭に浮かんだ言葉を考えもせずに口に出した。

 

「わ、私が一位になりましゅ!!!」

 

「噛んだ」

 

「噛んだわね」

 

「噛んじゃったなぁ」

 

『あぁもう恥ずかしい...』

 

『お前は親か!』

 

「一位は俺だクソがァ...!!」

 

 身内からは噛んだことにツッコミが入ったが、すぐに彼らは現実に引き戻される。

 彼女は今、他の生徒達に宣戦布告をしたのだ。

 

「「「「「それ爆豪の仕事でしょぉ!?」」」」」

 

 A組は思わず口を揃えてツッコミを入れたが、他のクラスのブーイングで掻き消されてしまう。

 自分へのヘイトに耐えられないのか、希桜音はしゃがみ込んで口をパクパクさせている。

 飯田に諭されて朝礼台から降りると、会場内に設置されているパネルに第一種目と表示された。

 

「さ〜て、それじゃ早速始めましょう。さて運命の第一種目!」

 

 パネルにはルーレット形式で様々な競技が次から次へと表示される。ピタッと止まると、競技名が明記された。

 

「今年はコレッ!」

 

「障害物競走...」

 

 立ち直れず、芦戸に抱き着く形で立っている希桜音はそう呟いた。

 ミッドナイトの説明曰く、計11クラス全員参加のレースで、このスタジアムの外周約4キロをぐるりと走るコースらしい。コースを守れば何をしてもいいらしい。

 

「さぁさぁ、位置に着きなさい!」

 

 その言葉と共に、生徒達はスタート位置のトンネル前へと集まる。

 希桜音はその集団の最後尾で、ガタガタと震えながら立っていた。芦戸は他のA組と同じく前方へと固まっている。

 

 ━━━━━━━━3...

 

 希桜音の脳裏に過ぎった、彼女のヒーローになる理由、オリジン。

 

 ━━━━━━━━2...

 

 2人で桜を見たあの日が懐かしく感じられた。

 

 ━━━━━━━━1...

 

 いなくなってしまった。そこから、希桜音の生活は堕ちてしまった。

 

 ━━━━━━━━0!

 

「スタート!」

 

 スタートの言葉と共に、生徒達は一斉に走り出した。希桜音を除いて。

 

「...さぁ、実験を始めようか」

 

 その言葉と共に、希桜音は通常のフルボトルよりも大きい缶を取り出してシャカシャカと振った。

 

 【ラビットタンクスパークリング!】

 

 【Are You Ready?】

 

「変身!」

 

 【シュワっと弾ける!ラビットタンクスパークリング!yeah yeaaaaaah!!】

 

 ラビットタンクスパークリングへと変身した希桜音は、クラウチングスタートの構えを取って、トンネル目掛けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 



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第15話 跳べ、爆走バイク

補足
第一種目の間、戦兎と万丈は控え室のモニターから希桜音を見守っている


 

 

 

 

 周りに出遅れて希桜音はスタートを切った。

 実況はプレゼント・マイクと相澤によって行われているらしく、希桜音の耳にその声が雑音となって聞こえてきた。

 

「ふっ!」

 

 トンネルの中は大量の人集りになっており、素直に地面を走ることもままならない。希桜音は壁を蹴るようにして走り、トンネルの外へと走り抜ける。

 出口から射し込む陽の光が大きくなった時、トンネルは瞬く間に冷気に包まれた。轟の仕業だった。

 

「うぉっと!」

 

 外へ出ても尚貼られ続ける氷の床を、希桜音は跳んで回避していく。周りを見渡せばA組生徒と他クラスの生徒の一部が氷の床を攻略していた。

 その様子を見ていた希桜音の横から、小さな果物が飛び出してきた。

 

「峰田君!?」

 

 峰田は自身のモギモギを氷の床に貼り付け、忍者さながらの動きでその上を跳び回って轟の元へと走っていた。

 しかし、そんな彼は何かに吹っ飛ばされた。

 

「ターゲット、大量」

 

「入試の時の...ロボ!」

 

 生徒達の目の前に現れたのは、ヒーロー科一般入試時の仮想(ヴィラン)だった。

 

「さぁ!まずは手始め、第一関門!!敵地獄(ロボインフェルノ)!!」

 

 彼女らの目の前の光景は、まさしく敵地獄(ロボインフェルノ)。1Pや2Pの仮想(ヴィラン)だけではなく、0Pの仮想(ヴィラン)まで出現していた。それも一体ではなく複数体。

 ヒーロー科一般入試を受けていない生徒は呆気にとられている。もちろん、ヒーロー科一般入試を受けた生徒達の一部もだ。

 しかし、足を止めない生徒もいた。

 轟は氷を地面から空中へと這わせるように動かし、巨大な0P仮想(ヴィラン)一体を丸々凍らせた。

 凍った仮想(ヴィラン)は轟の進行を許すのだが、その他の生徒達は許さなかった。というのも、不安定な体勢で凍らされたらしく、ギシギシと嫌な音を立てて生徒達の道を塞ぐのだった。

 道を塞がれてたじろぐ生徒達を狙うように、1~3Pの仮想(ヴィラン)は生徒達を追い込むような形で陣を取った。

 

 ━━━━━━━━戦闘は避けたが早い...

 

「面倒だな...!」

 

 【トラ!UFO!BEST MATCH!】

 

 素直に地面を跳んで行くのは仮想(ヴィラン)の恰好の餌食になると踏んだ希桜音は、フォームチェンジをすることにした。

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ!」

 

 【未確認ジャングルハンター!トラユーフォー!yeah】

 

 トラユーフォーフォームへと変身した希桜音は、左肩から発せられる怪電波によって呼び寄せられた未確認飛行物体をスケボーのようにして乗り、そのまま空中を滑るようにして進み始めた。

 

「おぉっと1-A小兎謚!空中を滑って進んでいくぅ!こりゃ1-A轟に続いて2位で通過かぁ!?おっと、A組爆豪、常闇、瀬呂も続いて空中から進んでいく!」

 

 第一関門を走り抜けた希桜音達は、第二関門へと辿り着いた。

 第二関門は言ってしまえば綱渡り。規模の大きい大袈裟な綱渡りだった。

 物を掴まなくとも飛べる希桜音、爆豪は瀬呂と常闇を置いて一位を奔走している轟の後を追いかける。轟は綱を凍らせ滑るように移動しており、止まることなく移動している。

 

「待て半分野郎ぉ!!」

 

「うわっと!?」

 

 調子を上げたのだろうか、爆豪はスピードを上げて希桜音を追い抜いた。

 慣れていない飛行の為か、第二関門突破と同時に希桜音は未確認飛行物体から落ちてしまった。

 

「さぁ!早くも最終関門!画してその実態は、一面地雷原!地雷の位置はよく見りゃ分かる仕様になってんぞ!!目と脚を酷使しろぉ!」

 

「もう着いたのか...!」

 

 第二関門から最終関門への道を走り抜けた希桜音の目の前には、実況通りの地雷原があった。

 先頭を走っていた轟は慎重に進んでおり、地面に意識を向けていた。

 

「地雷原...速さ...なら!」

 

 地雷を察知する能力、そしてこの地雷原を素早く抜けるボトル。希桜音は押し入れから素早く取り出し、ベルトへ挿入する。

 

 【サメ!バイク!BEST MATCH!】

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ!」

 

 【独走ハンター!サメバイク!yeah】

 

 サメバイクフォームへと変身した希桜音は、右肩の歯車を回してマシンビルダーを形成させてそれに乗り込む。

 周りにはもう第二関門を抜けた生徒達が流れ込んでおり、皆苦戦している。トップを走っていた轟も、爆豪に絡まれ速度を落としている。

 

「行け!」

 

 その声と共に希桜音はマシンビルダーのアクセルを踏んだ。

 サメの感知能力を使って地雷の位置を探りつつ、マシンビルダーを巧みに操って先頭の轟と爆豪を横から追い抜こうとする。

 

「糞アマナードォ!」

 

 爆豪から讒謗と爆撃、さらに轟からの氷結も飛んできて、希桜音は体勢を崩してマシンビルダーから飛び下りる。

 マシンビルダーは倒れかけ、地雷のスイッチを踏みかけるが、その前に押し入れへと無理矢理詰め込んだ。

 その行程を済ませている内に、彼女らの背後から巨大な爆発音、そしてその爆風に乗って、仮想(ヴィラン)の破片にしがみついた緑谷が頭上を通り抜けた。

 

「A組緑谷!爆風でトップイィン!!」

 

 破片にしがみついた緑谷は、爆豪、轟、希桜音の3人を抜き去り、トップへと躍り出る。

 さすがにマズイと感じたのか、轟と爆豪は抗争をやめて一位を抜き去るように走り出した。もちろん希桜音もバイクを再度取り出して爆走する。

 一位の緑谷は失速し、破片から体を離して紐を掴んでいるだけの状態になる。

 

 ━━━━━━━━USJの時のあの感覚(体を壊さない)はあの後試したけど出来なかった...!着地のタイムロス考えたらもっかい追い越すのは絶対無理...でも、このチャンス掴んで離すなぁ...!!!

 

 地面までの距離、あと2m。緑谷は掴んだ紐を思い切り握って、破片を地面へと叩きつけた。

 緑谷の傍には元トップの3人がおり、3人諸共その叩きつけられた衝撃で爆ぜた地雷の巻き添えを喰らってしまった。

 緑谷は二度目の爆風に乗ってトップを維持。

 巻き添えを喰らった希桜音は咄嗟にマシンビルダーから手を離し、フォームチェンジをする。

 

 【シュワっと弾ける!ラビットタンクスパークリング!yeah yeaaaaaah!!】

 

 マシンビルダーは爆発で横転し、あのまま乗っていれば立て直す時間でタイムロスを生んでいただろう。

 走り出した希桜音は、目の前にいる轟、爆豪、緑谷を追い抜こうと必死になる。

 声を出すことに力を回すことすら出来ない。ただひたすらに腕と脚を動かし、会場のトンネルを潜り抜けてゴールテープへと手を伸ばす。

 

「雄英体育祭一年ステージィ!!序盤の展開からこの結末をぉ!!誰が予想出来たァ!?今、一番にスタジアムに帰ってきたこの男!緑谷出久の存在をぉ!!!」

 

 歓声と共に迎えられた緑谷。

 続いて泡を足に纏ってトンネルを抜けた希桜音、爆破と氷と共に爆豪と轟が同時にゴールインした。

 

「チィ...!」

 

 地面に倒れるようにして寝転んだ希桜音は、スパークリングの缶を抜いて変身を解除した。

 視界の端には疲弊している轟と爆豪が見える。顔は俯いていてよく見えない。

 

 

 

 


 

 

 

「一年ステージ第一種目も漸く終わりね。それじゃあ結果をご覧なさい!」

 

 グラウンド中央へと集められた生徒達は、パネルに載せられた順位を確認する。

 パネルには1位から42位までの生徒達が記されており、予選通過はこれだけだと示されていた。希桜音の順位は2位で、余裕の予選通過だった。

 

「いよいよ次から本戦よ!ここからは取材陣も白熱してくるわ、気張りなさい!」

 

 第一種目同様にルーレット形式で第二種目が表示された。種目名は、騎馬戦。

 

「騎馬戦かぁ...そいえばやった事ないよね」

 

「えぇ!?あ、う、うん。折寺中そういうの厳しかったからね」

 

 希桜音は騎馬戦というものをやった事がなかった。どんなものかは知っているが、実際にやるのはこれが初めてだった。

 隣にいた緑谷も同じく、やった事はない。

 

「個人競技じゃないけど、どうやるのかしら」

 

 隣にいた蛙吹の呟きに、希桜音も納得する。

 

「今から説明するわ!」

 

 蛙吹の呟きに答えるようにして、ミッドナイトが説明を始めた。

 

 

「要約すると、参加者は2、4人。チームは自由。各自予選の順位毎に振り分けられたポイントの鉢巻を持っていて、鉢巻を奪い合ってその合計ポイントが高いチーム上位4チームの勝利。ポイントは下から5Pずつ増えてくけど、一位は1000万P...分かった?」

 

「大体わかった」

 

「ちゃんと説明聞きなよ...」

 

 長い説明が終わった後、希桜音は傍にいた耳郎に説明を要約してもらっていた。

 希桜音曰く、長い話を聞くのは好きじゃないらしい。それに耳郎は呆れていたのだが、葉隠に誘われてその場から離れていってしまった。

 

「さて、と。」

 

「希桜音ちゃん、私達と組もー!」

「小兎謚頼む!乗らせてくれよ!!」

「僕と組むよね!!?」

 

「あー、ごめん。別の人と組むかもだから...」

 

 辺りを見渡すと、A組生徒達は希桜音に声を掛けてきたのだが、それを全て断った希桜音はある人物の元へと駆け寄った。

 

「緑谷君、ゲットー!」

 

「えぇ!?ぼ、僕!?」

 

 緑谷の肩を掴み、希桜音はそう宣言したのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第16話 逃げろよテンミリオン

 

 

 

 

 

 希桜音に肩を掴まれた緑谷は、慌てて希桜音の方を向いた。

 

「ぼ、僕でいいんですか!?確かに小兎謚さんなら臨機応変に対応できる引き出しはあると思うけど、僕めちゃくちゃ狙われると思うから...」

 

「大丈夫、逃げれば勝ちだし、なにより目立つ!」

 

 右手でサムズアップをする希桜音は、隣にいた麗日とハイタッチをする。麗日も仲のいい人と組んだ方が楽しいらしく、表情が明るい。

 希桜音の加入により、残りのメンバーを考える緑谷だったが後ろから声を掛けられた。

 

「私と組みましょう!一位の人!」

 

「近!?誰!?」

 

「私はサポート科の発目明!」

 

「サポート科の人...か、この場合、サポート科のアイテムって私達使用できるの?」

 

 麗日の後ろから顔を出した希桜音は、突如現れた発目に質問した。

 発目はその質問に胸を張って答えた。

 

「大丈夫です!私のベイビー(発明品)は使えます!2位の人もいてよかった!あなた達の立場利用させてもらいます!!」

 

「利用...というと?」

 

 彼女曰く、この体育祭はサポート科にとっては自身の発明品を多くの企業にアピールする場であるため、目立つ方が都合がいいらしい。

 メンバーが4人揃った緑谷は、発目のアイテム(ベイビー)、そして希桜音のフルボトルと麗日の個性(無重力)を交えて作戦を考え始めるのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 チーム決め兼作戦決めの時間の終わりを告げるブザーが鳴った。

 生徒達は騎馬を組み、始まりの合図を待つ。

 

 【スパイダー!潜水艦!】

 

 【Are You Ready?】

 

「変身」

 

 トライアルフォームのスパイダーマリンへと変身した希桜音は馬の頭である部分へと移動し、左斜め後ろに麗日、右斜め後ろは発目。そして騎手は緑谷という布陣で並び立った。

 

「麗日さん」

 

「はい!」

 

「発目さん」

 

「ふふふ」

 

「小兎謚さん!」

 

「うん!」

 

「よろしく!」

 

 桁外れの数字が書かれた鉢巻を付けた緑谷は、チームメイトの士気を確認しつつ、自分のやる気にブーストをかけた。

 

「さぁ!いくぜぇ!残虐バトルロイヤルカウントダウン!」

 

 カウントダウンの言葉と共に、他のチームの意識が緑谷に集まるのが希桜音には分かった。

 

 ━━━━━━━━でも、それは読んでる

 

「3!2!1!」

 

「スタート!」

 

 始まりの合図。それと共に他チームは走り出した。緑谷の巻いている桁外れの鉢巻目掛けて。

 希桜音は緑谷に指示を促すと、緑谷は一呼吸置いてこう叫んだ。

 

「逃げるよ!!」

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 B組の鉄哲チームの骨抜の個性により、緑谷チームの足は泥に浸かっているかのように引き摺り込まれていく。足が動かず、彼女達はどうすることも出来ない。

 

「あかん抜けへん!」

 

「麗日さん、発目さん顔伏せて!飛ぶよ!」

 

 緑谷の合図と共に、希桜音達は身構える。緑谷は手にしたスイッチを押して、装着している小型ジェットの様なアイテムを発動。空へと飛び上がった。

 飛び上がると同時に希桜音はスパイダーの糸を使って鉄哲の鉢巻を狙う。しかし、鉄哲の右斜め後ろ、塩崎の個性:ツルによって防がれてしまった。

 

「チッ」

 

 空へ逃げると、遠距離攻撃可能な個性が緑谷を狙う。

 緑谷達の背後から耳郎の耳のプラグが伸ばされるが、フワフワと浮いていたスパイダーの糸で感知されたのか弾き返された。

 

「凄いよ小兎謚さん!索敵して死角からの攻撃を防げる!」

 

「作戦に応じてボトルは変える。何か要望があればよろしくね!」

 

「着地するよ!」

 

 麗日の声と共に希桜音達は着地する。

 本来ならサポート科のアイテムを使用しても持ち上がらないかもしれないこの重量。しかし、麗日の無重力(ゼロ・グラビティ)によって麗日以外の重力を無くすことができる。麗日には足に付けるタイプの浮遊用のアイテムを装着することで、簡単に飛ぶことが出来るのだ。

 

「どーですか私のベイビー!可愛いでしょ?可愛いは作れるんです!」

 

「機動性バッチリ!凄いよベイビー!発目さん!」

 

 ━━━━━━━━浮かしとるからやん...

 

 麗日の嫉妬チックな感情が希桜音に伝わったのか、希桜音は微妙な雰囲気を感じてしまう。しかし、この温度差は周りの熱によってスグに掻き消されてしまった。

 

『開始2分で希桜音追うの諦めたぞ!!希桜音強えからな!!』

 

『まあ、2位から4位に入れば勝ちだからな。勝てそうなとこから奪うのも作戦だろう』

 

 控え室から見ている戦兎は、今行われている騎馬戦に違和感を感じていた。(ヴィラン)とは関係無く、ある生徒の様子に、だ。

 

 ━━━━━━━━青山優雅...なぜあんなに大人しい?

 

 場所は戻ってスタジアム。

 障子の触手に隠れた峰田のモギモギによって、麗日の装着していたアイテムが地面からくっついてしまった。

 

「逃げよう緑谷君!止まっちゃマズイ!」

 

「分かった、飛ぶよ!」

 

 再度スイッチを押して、空へと飛ぶ緑谷チーム。その際麗日の装着していたアイテムは壊れてしまったのだが致し方ない。希桜音は咄嗟に押し入れへと破損部分を入れたのだが、これは恐らくいらない物だ。

 

 ━━━━━━━━終わったら捨てよう...!

 

 そして不幸は続け様に起こった。爆豪が爆破によって空を飛んで来たのだ。狙いはもちろん緑谷。

 

「調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 爆豪の威圧に麗日はたじろいだ。

 だが、希桜音は臆せずスパイダーの糸で爆豪の腕を掴み、さらに鉢巻を狙う。しかし、爆豪は瀬呂のテープで元いた場所へと戻された。

 

「騎馬から離れてたけどいいのアレ!?」

 

 出した糸を戻しつつ希桜音は主審であるミッドナイトへと叫んだのだが、彼女曰く、テクニカルなのでいいらしい。

 もたつきながらも着地した緑谷チームは、周りに警戒しながらも敵に会わないよう移動する。

 

「着地のもたつき...ここからは麗日さんの無重力(ゼロ・グラビティ)で高めた機動性と、小兎謚さんの防御で凌ぐよ...!」

 

「さぁ!各チームのポイントはどうなっているのか!?7分経過の結果をスクリーンに映すぜ!」

 

 実況の合図と共にスクリーンには現時点での順位が表示されるが、その結果に観客を初めとして、実況さえも戸惑ってしまった。

 その結果は、緑谷チーム以外はパッとしないもので、轟チームとB組の鱗チームはポイントの変動無し。だが、ポイントが上がっているチームもいる。

 そのチームは全て、B組のチームだった。

 B組の物間が話している言葉を要約すると、第一種目はA組の個性や性格の観察の為後方を走り、この第二種目で蹴散らす長期スパンの作戦らしい。

 

 ━━━━━━━━それによってより強い印象が与えられる...てことは必ずしも僕を狙うことに固執はしない

 

「みんな、逃げ切りやすく」

「来たよ、緑谷君。」

 

 残り時間が半分を切ったタイミングで、希桜音達は足を止めて目の前の敵と対峙する。

 そう易々と逃げ切らせてはくれないようで、目の前のチームは煮えたぎった闘志をチラつかせてくる。

 

「そろそろ()るぞ...!」

 

「轟君...!」

 

「右、峰田チーム」

 

 轟と緑谷が睨み合っているところへ割り込むようにして、峰田チームが横槍を入れてきた。希桜音はスパイダーの糸を出して警戒する。

 正面の轟チームは、飯田を除いた上鳴、八百万はスケーターを履いており、機動性では緑谷チームの方がやや不利だと言ったところ。

 

「飯田、前進!」

 

「みんな足止めないで、仕掛けてくるのは一組だけじゃない!」

 

 緑谷の言う通り、彼女らを狙って複数のチームが緑谷の鉢巻を狙って来た。

 

「放電、来る!!」

 

 【スパイダー!スマホ!】

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ!」

 

「"無差別放電!130万ボルトォ"!!」

 

 上鳴が電気を纏っていることに気付いた希桜音は、咄嗟に片側をスマホへとフォームチェンジ。その巨大なスクリーンを使って放電をガードした。

 上鳴以外の轟チームは八百万の作った電導シートで放電を防いだ。轟チームと同じく緑谷チームを狙っていた他チームは放電に巻き込まれて動きを止められてしまった。その隙に轟は彼らの足元を凍らせ、動きを完全に止める。誰にも横取りさせないために。

 

「悪いが我慢しろ」

 

「今のうちにぃ!」

 

 捨て台詞を吐いて前進する轟目掛けて、希桜音は糸を一本伸ばすが簡単に凍らされた。余りの糸は動けないチームの鉢巻を狙って放ったが、そこにはもう無く轟が全て所持していた。

 宙へと浮いて後退する緑谷チームはだったが、バックパックが壊れたらしく、失速。麗日の片足のアイテムだけでは追いつかれてしまう。

 

 【フェニックス!スマホ!】

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ!はぁっ!」

 

 スパイダーでは轟相手に不利だと感じた希桜音はフェニックスへとチェンジさせ、牽制目的の火炎弾を放った。

 

「八百万!」

 

 しかし、その攻撃は八百万に創られた盾で防がれてしまう。さらに轟によって小さな円を描くかのような氷で行動範囲を狭められた。

 後退し続けていた緑谷達はもう後がなく、攻めるしかない。しかし、攻める手立てがなく、緑谷達は後がない。

 

「緑谷君、ボトル穴に差し込んでトリガー引いて!」

 

 希桜音はそう言ってドリルクラッシャーのガンモードとライトフルボトルを緑谷へと押し入れから直接渡した。緑谷は希桜音の言った通りにしてトリガーを引く。

 

 【Ready Go!】

 

「目ェ瞑って!」

 

 希桜音の言葉と同時に、照明弾が炸裂。

 緑谷チームは目を瞑った為、なんとか攻撃を免れたが、轟チームは遅れてしまい、視界が安定していない。

 

「次、コレ!」

 

 

 

 


 

 

 

 それから5分が経過した。制限時間は残り1分を切っている。

 様々な弾を使って逃げ延びた緑谷チームだったが、八百万の創造によって光やクモの糸、鎖や蔓、蛸足等の妨害できそうな弾は一通り対策されてしまった。

 

「チィ...!」

 

 割れてしまったスマホから、盾になりそうなタイヤの付いているバイクへとフォームチェンジした希桜音だったが、そのバイクも簡単に壊れてしまった。 

 

 ━━━━━━━━UFOフルボトルは電撃の衝撃で落ちたしな...

 

 【フェニックス!ロボット!BEST MATCH!】

 

 【Are You Ready?】

 

「ビルドアップ...!」

 

 【不死身の兵器!フェニックスロボット!yeah】

 

 上鳴の電撃を防げそうなボトルで思いついたUFOは、今手元にはない。とりあえずベストマッチにしておくべく、希桜音はフェニックスロボへとフォームチェンジした。

 

「キープ!」

 

 緑谷の声と共に足である3人は動く。

 キープするのは轟との位置と方向だった。

 

 ━━━━━━━━常に距離を置いて俺の左側に...最短で凍らせようにも飯田が引っ掛かる。上鳴の放電も小兎謚の銃で何かしら対処されかねねぇ...この野郎...!

 

 轟は冷たく燃えがる闘志を緑谷へと向けつつ、この状況を打破する策を考えていた。

 その轟の考えをぶち抜くように、飯田はチームメイトに何やら話をしていたのが、希桜音の目には映った。

 

「何か...来る!」

 

「"トルクオーバー"!」

 

 その声と共に飯田の脚に付いているエンジンから物凄い勢いの熱が放射される。

 緑谷は指示を出してどちらへ避けるか指示するのだが、目にも止まらぬスピードで鉢巻を奪われてしまった。

 

「"レシプロバースト"!!」

 

 通り抜けた後にその必殺技の名が聞こえてきた。それほど高速移動。希桜音の目にも一瞬しか映らなかった。

 

「なんだ...今の」

 

「トルクと回転数を無理矢理上げ、爆発力を生んだのだ。反動で暫くするとエンストするのだが、クラスメイトには未だ教えていない裏技さ」

 

「緑谷君、指示」

 

「言っただろう緑谷君。君に挑戦すると」

 

 希桜音は緑谷に指示を仰ぐが、彼の耳には届いていない。観客の歓声も聞こえていないようで、2度3度大声で呼び掛けて気付いたようだった。

 

「つっ込んで!!」

 

「上鳴君がいる、電撃は無理!他の行く方が未だ行ける!」

 

「ダメだ!ポイントの散り方を把握出来てない!」

 

 お互いに間違ってはないことを言い合い、動きが止まってしまう。そんな状況を麗日が打破した。

 

「よっしゃぁ!!取り返そうデク君!絶対!!」

 

 麗日に後押しされ、希桜音と緑谷は目の前の轟に、否1000万Pの鉢巻に狙いを定めた。今更フォームチェンジしている暇はない。希桜音はフェニックスロボの姿のまま突っ込んでいく。

 緑谷は腕に個性を発動させ、右手を伸ばす。轟も同じく個性を発動させ、左腕に炎を纏って防御の体制に入る。

 

 ━━━━━━━━鎧を纏う感じ!大丈夫、当てはしない!防御を崩す!

 

 緑谷は右腕を奮って轟のガードを外した。右腕を戻して、裏返しにはなっているが一番最後に奪って巻いた一番上の1000万Pを奪ってそのまま走り去った。

 

()ったあぁぁぁ!!!」

 

「待って、それポイント違いません!?」

 

 発目に指摘された通り、緑谷の奪った鉢巻のポイントは1000万ではない。70Pだ。

 

「万が一に備えて位置は変えてありましたの、甘いですわ緑谷さん!」

 

 実況が驚きの声を上げているが、それがさらに緑谷を焦りを不安を遺憾を駆り立てる。

 

 ━━━━━━━━70じゃ圏外!

 

「走って!小兎謚さん!!」

 

「分かってる!!」 

 

 スクリーンを見て今の順位が通過圏外であることを確認した緑谷は、チームに再度奪りに行くよう指示。希桜音は火炎弾をぶつけて牽制するが、八百万によって防がれてしまった。

 

「糞デクウウゥ!!」

 

 さらに爆豪の参戦で、この小さなフィールドは大混乱へと見舞われる。

 既にカウンドダウンは始まっており、その事実だけが選手達の焦りを加速させていく。

 

 手を伸ばす、手を伸ばす、しかし

 

「タイムアァァップ!!第二種目騎馬戦終了!!」

 

 タイムアップの宣告と共に、動きを止める生徒達。マイクの実況によって上位4チームが発表される。

 

「一位!轟チーム!」

 

 八百万は騎馬戦をやり終えての安堵に包まれているが、飯田は少し負い目を感じていたようで、八百万にフォローを入れられている。上鳴は許容オーバーしたのか、ウェーイとしか言えない状態になった。

 

「二位!爆豪チーム!」

 

 爆豪チームは、足として動いていた3人はこの結果に満足していたが、完膚なきまでの一位を目指していた爆豪は地面に怒りをぶつけていた。

 

「三位!鉄哲...っておい!?心操チーム!?」

 

 心操チームは騎手である心操は誇らしげな表情をしていたが、馬であった3人は不思議そうな顔をして辺りを見渡していた。

 

「...デクくん?」

 

 バックパックを外されていた緑谷の浮かない表情を見て、麗日が声を掛ける。緑谷は麗日と発目に謝罪をするのだが、彼女らは無言で希桜音を指差しして見せた。

 

「フェニックスロボの左肩に付いているこの製造ユニット。能力はロボット等の残骸を材料として取り込み、新たな武装へと変えること。」

 

 希桜音は緑谷へと歩み寄りながら、玩具としてよく売られているマジックハンドに似た機械を緑谷へと向けた。

 

「緑谷君の初撃で轟君は明らかに動揺していた。1000万を取りたかっただろうけど、そう上手くはいかないよね」

 

 希桜音は胸を張ってこう続けた。

 

「警戒が薄くなっていた頭の方を奪えたよ。緑谷君の作った、隙のお陰でね」

 

「四位!緑谷チーム!!」

 

 その実況と共に、緑谷は涙を大噴出して号泣する。

 マジックハンドの先にしっかりと掴まれている、600Pの鉢巻をクルクルと回しながら、希桜音は麗日にハイタッチをして回った。発目にはマジックハンドを返そうと思ったのだが、壊れたバックパックの修理に忙しいらしく手を離せない様子だ。仕方なくマジックハンドは希桜音の押し入れへと押し込まれる。

 

「以上の四組が最終種目へと進出だぁ!!」

 

 ここから一時間昼休憩が行われ、そして午後の部となる。

 希桜音は轟に無理矢理連れて行かれる形で細い通路へとやってきた緑谷の後を追っており、さらにその隣には同じく爆豪が立っていた。

 

「なんでいるの」

 

「うっさい黙ってろバレるだろうが!」

 

 盗聴と洒落こもうと、2人はひっそりと闇に潜むのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第17話 選ばれたロタリー

文字数少なめ、戦闘なしです( ˇωˇ )

補足
心操チームメンバー
・心操人使
・常闇踏陰
・青山優雅
・尾白猿尾

常闇君は毎度の如く心操チームに入れられてるなぁ(遠い目)

それでは第17話、どうぞ!



 

 

 

 

 

 

 

 話の内容を纏めると、騎馬戦での最終局面で、轟は使わないと決めたはずの()を咄嗟に使っていたらしい。オールマイトの力を間近で見た轟は、オールマイトに気を掛けられている緑谷を彼の隠し子か何かだと思って呼んだ、という所だ。

 緑谷はこれを否定したが、彼の口振りから察するに、オールマイトと何かしらの繋がりはあるらしい。No.1ヒーローのオールマイトと緑谷が繋がっているのなら、No.2ヒーローのエンデヴァーの息子である轟は、尚更勝たなければいけないらしい。

 轟はエンデヴァーについて語りだした。轟曰く、彼は上昇志向がとても強く、ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが、それ故に生きる伝説オールマイトが目障りらしい。しかし、エンデヴァーの力ではオールマイトを超えることはできなかった。

 ‘個性婚’、それは自身の個性をより強化して子供に継がせるために配偶者を選んで結婚することだ。轟はそうやって作られた子供らしい。エンデヴァーの欲求を満たす為だけに。

 だが、轟はそれをうっとおしいと思っていた。彼の左目の火傷の痕は、母に煮え湯を浴びせられた時のものらしい。

 

「...ざっと話したが、俺がお前に突っかかんのは見返すためだ。クソ親父の個性なんざなくたって、いや、使わずに一位になることで、俺はヤツを完全に否定する...!」

 

 轟は()だけで緑谷に勝つことを宣言して、その場を去っていった。緑谷はそれを追い掛けて、轟に自分の意思を伝えた。自分を助けてくれた人達に答えてくれた人の為に、緑谷も轟に勝利宣言をした。

 

 

 

 

 

 

 

 希桜音と爆豪はその場を後にして食堂へと向かった。

 蛙吹の隣で焼肉定食を食べていた希桜音だったが、彼女らは八百万と耳郎に呼ばれる。

 

「用って何かしら?」

 

 未だ口に焼肉を詰めている希桜音の代わりに、蛙吹が質問した。

 

「昼休憩後のレクリエーションでは、女子は皆チアガールとして応援合戦をするらしいですの。なのでコレを」

 

 八百万はそう言って希桜音と蛙吹にチアガールの衣装を配った。耳郎はモジモジとして恥ずかしがっているが、着るしかないだろう。

 A組女子に全て配り終えた八百万は、その他女子を引き連れて更衣室へと向かい、チアガール姿へと身を包むのだった。

 

 

 

 


 

 

 

「...で、何か言い残すことは?」

 

 ドリルクラッシャーの銃口を向ける希桜音の顔は真っ赤に染っていた。銃口を向けられた峰田はガクブルと震えていたが、容赦はしない。

 チアガール姿で応援合戦というのは全くの嘘で、実際は峰田と上鳴がクラスの女子のチアガール姿を見たいがためにさせられたこと。

  

「衣装まで創造してまで作って...」

 

 膝から崩れ落ちて自分の不甲斐なさを悔やむ八百万。その純粋さが彼女の良い所なのだと、麗日は彼女を励ます。

 耳のプラグで上鳴を脅していた耳郎は恥ずかしさのあまり上鳴を蹴り飛ばして葉隠の元へと駆け寄った。

 

「まー、本戦まで時間開くし、張り詰めててもしんどいしさ!いざ、やったろー!!」

 

 駆け寄った耳郎を励ますつもりなのだろうが、耳郎は味方が減少したことにショックを受けて蛙吹の元へと駆け寄る。蛙吹は呆れていたが、しょうがない。

 時間は止まらず、このままレクリエーションへと移行する。

 

「...と、その前に最終種目の組み合わせのクジ引きよ!」

 

「毎年見てた1VS1(サシ)でのトーナメント...テレビで見てた舞台に立てるんだ!」

 

 1VS1(サシ)での勝負に燃える男、切島の言った通り、最終種目はトーナメント形式で1VS1の勝負を行う。

 早速クジ引き、の流れを遮るように尾白が手を挙げた。

 

「すいません、俺...辞退します」

 

 尾白曰く、騎馬戦をしている最中の記憶はぼんやりとしか覚えていないらしい。彼の推測では、二週間前に宣戦布告してきたC組の心操の個性の影響らしい。

 

「チャンスの場だってのは分かってる...それを蔑ろにするのが愚かだってのも。でもさ、皆が力を出し合って争ってきた場なんだ。こんな訳のわかんないままそこに並ぶなんて、俺は出来ない...」

 

 そんな尾白を説得しようと、幾人かの生徒が話し掛けるが尾白は意志を曲げない。これは彼のプライドの問題らしい。

 

「...いいんじゃない、それが尾白君のやりたいことなら」

 

 説得の言葉を遮るように希桜音は口を開いた。

 

「プライドが許さないのなら、しょうがないと思うな」

 

「...ありがとう。あとなんで君達チアの恰好してるんだ」

 

 泣きながらのツッコミに、女子陣は暗い雰囲気に包まれた。希桜音は主審であるミッドナイトの方を向いて棄権の有無を聞いたのだが、彼女曰く、青臭いのは好きだから良いとの事。

 尾白の枠は繰り上がりで鉄哲チームのメンバーから一人参戦。鉄哲が入った。

 

「というわけで鉄哲が繰り上がって16名!抽選の結果、組はこうなりました!」

 

 ミッドナイトがスクリーンを指差すと、抽選結果が表示された。

 

 1戦目 緑谷vs心操

 2戦目 轟vs瀬呂

 3戦目 小兎謚vs芦戸

 4戦目 八百万vs常闇

 5戦目 上鳴vs青山

 6戦目 飯田vs発目

 7戦目 切島vs鉄哲

 8戦目 爆豪vs麗日

 

 という結果になった。

 

「三奈ちゃん!?」

 

「希っ桜音ー!」

 

 組み合わせられた生徒達は、互いに宣戦布告や挨拶を済ませ、レクリエーションへと移動。

 このレクリエーションは参加は自由らしく、対策を練るものや落ち着きたい者は不参加だった。

 希桜音は他の女子クラスメイトと同じく参加したかったが、用があると言ってグラウンドを後にした。

 

 

 

 


 

 

 

「万丈〜ハザードレベル測って〜?」

 

 控え室へとやってきた希桜音は、クローズドラゴンに入っている万丈を呼び起こした。

 万丈はその姿のまま希桜音の腕に触れてみたが、ハザードレベルは分からないと答えた。

 

『あんた入試の時は分かってたでしょ』

 

『うっさいな!頭の中に浮かんでこねーんだよ!数字が!』

 

 やれやれと呆れた戦兎は、クローズドラゴンを操って選手席へと移動する。希桜音は控え室に少し居座って、最終種目の為に押し入れを整理するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第18話 闘えガール

ちょっとスランプ気味かもしれません( ˇωˇ )
体育祭ラストバトルまでには頑張らなければ((


 

 

 

 

 

 

「...終わったか」

 

 重い雰囲気に包まれた選手控え室。置いてあるモニターには場外で突っ立っている八百万が映っていた。

 目を瞑っていて試合状況を把握出来ていないが、試合が終わったことは明確だった。希桜音は椅子から立ち上がり、控え室を後にするのだった。

 

 

 

 


 

 

 

「一回戦四戦目ェ!ヒーロー科A組小兎謚 希桜音!vs、同じくA組芦戸三奈!」

 

 トンネルの闇を潜り抜けて会場へと赴く生徒。陽の光を眩しそうに手を影にして進む希桜音は、会場の熱気に圧倒されそうになる。だが、この熱狂は午前中から感じていたもの。すぐに心を切り替える。

 

「よろしく三奈ちゃん」

 

 昼休憩の最中に作られたステージに立った希桜音は、相対する芦戸に声を掛けた。芦戸も同じく希桜音に挨拶をして、軽く準備運動をする。

 この最終種目のルールは、セメントスによって創られたフィールドで1VS1の戦闘を行い、相手を場外に落とすか行動不能にすること。降参は適応される。命に関わるような攻撃は、セメントスや主審のミッドナイトによって止められるらしい。

 

「レディィィイ、START!!!」

 

「速攻!!」

 

 開戦の合図と共に、芦戸は酸を足裏から出して滑るように直進する。芦戸の履いている靴の裏には幾つもの穴が空いている為、これにより機動力の強化が出来るのだ。

 

 ━━━━━━━━それは、読んでる

 

 変身させないための速攻。しかし希桜音はそれを読んでいた。そして芦戸の性格なら、フィニッシュは場外か近接格闘であることも。

 

「甘いよ!」

 

 ドリルクラッシャーのガンモード、さらに既にそれに挿し込まれているライトフルボトルを取り出した希桜音は、両手でそれを持ってトリガーを引いた。

 

 【Ready GO!】

 

 突如として向けられた銃口に、芦戸は咄嗟に右へ屈みつつ避けようとしたのだが、それは無意味。なぜならこの弾は

 

「閃光弾!」

 

 左目を瞑って閃光弾の明かりをやり過ごした希桜音は、すぐさまスパイダーフルボトルを取り出す。スパイダーフルボトルを挿し込んで、トリガーを引いた。

 

 【Ready GO!】

 

 視界が安定しない芦戸はあたふたとステージ上を動き回っていたが、スパイダーフルボトルの銃弾が足に命中。被弾と同時に彼女の足はクモの巣が巻き付くようにしてまとわりついた。

 

「うわぁっ!?」

 

 急に足が封じられたため、芦戸は転けてしまった。この隙に希桜音は最後の作戦を実行する。

 

「フルボトルバスター!」

 

 フルボトルバスターを取り出した希桜音は、さすがに生身の姿では持てないため地面へと落とした。

 なんとかソレを縦にして、銃口を芦戸へと向ける。芦戸の視力は回復したようで、彼女は今酸でクモの巣を溶かしていた。

 

 【扇風機!ジェット!ジャストマッチでーす!】

 

 時間がないため希桜音はフルボトルを二つ挿しこみ、銃口を芦戸へと向けてトリガーを引いた。

 トリガーは風を纏って芦戸目掛けて飛んで行く。なんとか避けようとした芦戸だったが、銃弾の方が早いようで被弾、そのまま場外へと風に吹っ飛ばされた。

 

「芦戸さん場外!小兎謚さん二回戦進出!!」

 

 歓声と共に、希桜音の右腕は高く挙げられる。これが勝利、希桜音はヒーローの卵であるということを今ここで自覚した。

 

 

 

 


 

 

 

「2人共お疲れ様ー!!」

 

 選手席へと戻ると、希桜音と芦戸は葉隠に出迎えられた。葉隠は芦戸に抱き着くと、希桜音にジュースを渡した。一回戦突破の祝福だろうか、希桜音は缶ジュースを一気に飲み干すと下で行われている五回戦に目をやった。

 五回戦は上鳴と青山の試合。青山のネビルレーザーは的確に上鳴を狙っていくが、上鳴は懐へと潜る機会を探りつつギリギリのところで躱していた。

 

「あのバカ...バレバレじゃん」

 

 不服そうに耳郎が呟いた。

 希桜音はそれを耳に通しつつ、トーナメント表が表示されているスクリーンに目をやった。

 

「緑谷君、轟君、常闇君、そして私...か。」

 

 現時点で終了している試合の勝利者を確認した希桜音は、三戦目を観戦していたであろうクローズドラゴンの元へと歩み寄った。

 

「留守番ありがと。3戦目見ーせて」

 

 クローズドラゴンの背に挿し込まれているカメラフルボトルを引き抜いた希桜音は、そのままビルドフォンへと挿しこみ、動画を再生する。

 

『3戦目は黒影(ダークシャドウ)の速攻で押し出されて場外負けだ』

 

 再生ボタンを押す寸前に、戦兎が口を開いた。確かにビデオの時間は短く、再生してみると戦兎の言った通りだった。

 希桜音はビルドフォンを持って立ち上がり、一戦目からと同じように控え室付近の廊下へと向かって走っていく。

 

 ━━━━━━━━次は常闇君の対策を...!

 

 

 

 

 

 

 



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第19話 闇を照らすライトニング

連日更新途切れましたねぇ(遠い目)


 

 

 

 

 

 

 

 二回戦の一戦目が始まり、控え室が空いた。希桜音は控え室へと移動すると、押し入れの整理を再度開始する。

 

 ━━━━━━━━中距離戦向け...

 

 使わなさそうなフルボトルは奥へと追いやって、使いそうなフルボトルは手前へと置いた。ドリルクラッシャーはガンモードで待機、フルボトルバスターも同じだ。

 ふとモニターを観ると、今戦っている轟が()を使っていた。対する緑谷は轟目掛けて拳を握る。それらはぶつかり合い、物凄い爆発に包まれた。

 

「結局使ってるじゃん...」

 

 準備運動がてら軽く体を動かしながら、希桜音は部屋を歩き始めた。モニターから察するに、舞台の修復の時間を喰われそうだ。未だ部屋を出なくても済む。

 

 ━━━━━━━━ここで勝てば次は轟君か...

 

 モニターに映っている轟を観て、希桜音はそう実感したのだった。

 

 

 


 

 

 

「さて、と」

 

 再び彼女は陽の光と歓声に包まれた。蛍光灯の冷たい明かりとは一変して、熱い。

 相対する常闇はコチラをじっと見つめ、いつでも戦闘可能と言った雰囲気を醸し出していた。

 

 ━━━━━━━━まぁ、常闇君と戦うというよりは

 

「二回戦二戦目ェ!A組小兎謚 希桜音vsA組常闇踏陰!!」

 

「はじめ!!」

 

黒影(ダークシャドウ)!」

 

「そっちメインだよねっ!」

 

 開戦の狼煙が上げられた。それと同時に黒影(ダークシャドウ)が希桜音目掛けて飛んで来た。希桜音はラビットフルボトルを握って瞬間的に速度を上げてソレを躱した。

 

【ラビット!タンク!BEST MATCH!】

 

 押し入れからビルドドライバーを取り出した希桜音は、それを腰に巻いてすぐさまボトルを挿し込む。

 背後には黒影(ダークシャドウ)が迫っているが、すぐに変身できれば変身は阻止されない。

 だが、その考えは否定されてしまった。

 

「ふんっ!」

 

 背後の黒影(ダークシャドウ)に気が向いている最中に、常闇自身が希桜音のビルドドライバーを狙って手を伸ばしてきた。希桜音は咄嗟にそれを躱したのだが、それは常闇の思う壷。背後から迫ってきた黒影(ダークシャドウ)に奪われてしまった。

 

「小兎謚、貴様の弱点は変身前に変身を封じられること。さすれば、おそるるに足りない!」

 

 ビルドドライバーを片手で持っている常闇は、真っ直ぐと黒影(ダークシャドウ)を伸ばして希桜音を狙う。

 

 ━━━━━━━━この位置じゃ狙えない...!

 

 黒影(ダークシャドウ)が真っ直ぐ伸びている為、常闇は間接的に守られている形になっていた。これでは、一回戦と同じような形での勝ちは狙えない。

 希桜音はゴリラフルボトルを取り出して黒影(ダークシャドウ)を大振りで殴るのだが、簡単に避けられ体を掴まれてしまった。黒影(ダークシャドウ)はそのまま真っ直ぐ真っ直ぐと場外目掛けて飛んで行く。このままでは、希桜音は場外だ。負けだ。

 

「確かに、私の弱点は変身前の生身の状態...かもね」

 

 黒影(ダークシャドウ)を振りほどこうと足掻いていた希桜音は動きを止め、腕を力なく落とした。

 

「でもさ」

 

 希桜音は顔を上げ、真っ直ぐとした目を常闇に向けた。常闇は希桜音の顔に視線を向けたが、それはミスディレクションだった。

 

()()()()2()()あることは考えなかったの?」

 

 ニヤリと笑う希桜音の腰には既にビルドドライバーは巻かれていた。黒影(ダークシャドウ)は慌てて奪おうとするのだが、時既に遅し。

 

【オクトパス!ライト!BEST MATCH!】

【Are You Ready?】

 

「変身!」

 

【稲妻テクニシャン!オクトパスライト!yeah】

 

 ステージの端ギリギリで変身した希桜音は、左足の踵に備え付けられた穴から水を高圧噴射して素早く蹴りを入れた。黒影(ダークシャドウ)はそれに怯み、希桜音はその隙に脱出する。

 

「戻れ!黒影(ダークシャドウ)!」

「遅い!」

 

 黒影(ダークシャドウ)は背後から希桜音を掴もうと手を伸ばすが、希桜音の右肩の蛸足は希桜音の肩を離れて黒影(ダークシャドウ)を喰い止める。その隙に希桜音は左肩の発光装置を最大出力で照射した。

 辺り一面何も見えない真っ白な世界となるが、希桜音はその間に常闇の腕を掴んで場外へと投げ飛ばした。

 

「常闇君場外!小兎謚さんの勝利!」

 

 白世界の終わりを告げるように勝敗が告げられた。希桜音は既に変身を解除しており、投げ飛ばされ倒れている常闇を引き上げていた。

 

「俺の黒影(ダークシャドウ)の弱点は光...知っていたのか?」

 

 立ち上がった常闇は希桜音に疑問を投げ掛けた。しかし希桜音はそれを否定した。

 

「たまたまだよ、目を潰すのが早いから光らせてるだけ」

 

「そうか...だが、次はそう易々とはいかないぞ」

 

 伸びをしながらそう答えた希桜音は、常闇の忠告に礼を言って舞台を後にした。

 常闇の言う通り、次の試合では一回戦二回戦と同じように目潰しからの場外とはいかないだろう。廊下の端に身を預けた希桜音は、今のうちにと確実に使うであろうアイテムを押し入れの手前へと持ってきた。

 

 ━━━━━━━━氷対策はコレで出来る...けど

 

 熱く燃える炎。USJで包まれた熱を思い出した希桜音は背中に冷や汗が流れるのが分かった。

 轟の炎を対策しなければならない、それが今の彼女にはとても歯痒いものだった。右肩を掻き毟りながら、希桜音はビデオを撮っている戦兎のいる、選手席へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第20話 炎と氷のユナイテッドフロント

文字数が安定しないです...申し訳ないです(_ _)
戦兎君と万丈の出番どこ…ここ…?(()()ないです)

2/18 段落下げ忘れてました(o_ _)o


 

 

 

 

 

 

 

 二回戦三戦目を横目に、希桜音はビルドフォンで二回戦一戦目を観ていた。轟vs緑谷、その熱はビデオからでも伝わってくる。

 

 ━━━━━━━━炎の火力も弱くはない...クジラ消防車で消す...?でも破壊力無いしな...

 

 押し入れのフルボトルを漁りながら、希桜音は頭を悩ませていた。周りのことなど空気同然と思えるぐらいに。

 

 ━━━━━━━━攻撃を躱しつつ近づ...けるほど攻撃は甘くないか

 

 F1フルボトルを手に取ってみるが、コレを使う気にはなれなかった。キョウリュウフルボトルと共に奥へと投げやる。

 

 ━━━━━━━━空中戦を仕掛ける...フェニックスロボなら氷対策にもなる、けど騎馬戦で見せてるから対策はしてくる、か

 

「希桜音、希桜音!」

 

 ━━━━━━━━対策...されるとすればベルトを凍らせる?それなら変身しちゃえば問題無い、か

 

「ねぇ希桜音ってば!!」

 

 ━━━━━━━━炎なら耐えれば変身出来るし、氷にだけ気をつければ変身の隙はある、かな

 

「希〜桜〜音〜!!」

 

「おっふ」

 

 呼ばれても気付かれないことにムッとした芦戸は、その実った果実を希桜音へと押し付けた。豊満な脂肪を押し付けられた希桜音は潰れるような声を出して返事をする。

 

「もう控え室行けるよ?ほら」

 

 そう言って芦戸はグラウンドを指差した。さっきまで戦っていたはずの飯田と上鳴はそこにはおらず、爆豪と切島が舞台へと上がっているのが希桜音の視界に映る。希桜音は芦戸に礼を言って、次の試合で使えそうなフルボトルを片手に控え室へと向かうのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 控え室へと着いた希桜音だったが、すぐさま椅子から立ち上がることになる。試合が終わったのだ。

 切島の硬化に最初は爆豪も手こずっていたが、どうやら長時間の使用で脆くなっていた場所があったようで、そこを突かれた切島は敗北してしまったようだった。

 

 ━━━━━━━━速い...まぁでも

 

 寧ろ有難い。集中力が高まっているこの状態が切れる前に戦えるのだから。

 希桜音は凛々とした表情で会場へと向かうのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 「さァ!遂に準決勝一戦目!仮面に包まれ戦う少女!小兎謚 希桜音!vs!氷と炎を纏う(ヒーロー)!轟 焦凍!」

 

 歓声に包まれて、両者は舞台へと歩みを進める。階段を上がる音が、希桜音の耳には嫌に高く聞こえた。

 

 ━━━━━━━━ここで勝てば...

 

 階段を上り終えた両者は対面する。希桜音は少し緊張しているのか、顔が強ばっている。対して轟はどこか強ばってはいないが、どこか曇っていた。

 

「スタートッ!!!」

 

 開戦の火蓋が切って落とされた。

 轟は屈んで右手を床に翳し、氷を這わせて希桜音を狙う。希桜音は這う氷を跳んで躱しつつ、ビルドドライバーを腰へと巻いた。

 

「させねぇ...!」

 

 轟はすかさず連なる氷柱を希桜音目掛けて伸ばすが、希桜音はそれを回避する。だがそれは轟の目論見通りで、希桜音の背後から迫っていた氷に下半身を凍らされてしまった。

 

「腰のベルトにはもう挿せねえ。降参しろ」

 

「やだ」

 

 希桜音は押し入れからある物を取り出して、それを思いきり纏わりついている氷目掛けて殴りつけた。

 ナックル状のそれは熱を発しながら氷を叩き割り、希桜音はそれによって脱出する。

 

『あぁ!?俺のマグマナックル!!』

 

 希桜音が取り出したのはクローズマグマナックル。万丈がクローズマグマに変身する際に使用するアイテムだが、武器としても使用可能なのだ。

 希桜音はベルトに未だ貼り付いている氷を砕こうとナックルを挿し込もうとするが、轟の氷柱に追われそれどころではなくなった。

 

 ━━━━━━━━ベルト二つ目使おうか...

 

 今希桜音が装着しているビルドドライバーは、挿入部分には未だ氷が張り付いていてボトルを挿せない。そしてその氷を処理できないのであれば、新たなビルドドライバーにボトルを挿して変身する方が手っ取り早いと考えたのだ。

 

 【ドライヤー!ボルケニックナックル!アチャー!】

 

 希桜音は迫り来る氷柱を熱気を纏ったナックルで相殺して変身の隙を作った。

 

「させねぇって」

 

「!」

 

 しかし、轟は真正面からの氷柱を囮にして、至近距離まで近付いて来ていた。希桜音は急いでベルトを装着しようと取り出したベルトにフルボトルを装着するのだが、そのベルトを掴まれてしまった。

 

「オラァ!」

 

 反射的に轟の左脇腹を蹴ってからその場を離れるのだが、時既に遅し。希桜音のビルドドライバー、そしてそれを持っていた左腕も凍らされてしまった。

 

 ━━━━━━━━マズイ...!

 

 左腕とビルドドライバーが封じられた今、希桜音が出来ることはマグマナックルで氷を砕きつつ、距離を詰めて倒す事のみ。

 しかし、ここで希桜音はある事に疑問を覚えた。

 

 ━━━━━━━━なんで()を使わない...?

 

 蹴りを入れた際に()を使えば、確実にダメージを与えられたはず。使っても問題無いはずだ。

 

 ━━━━━━━━同時に使用は出来てた...何かしらのデメリットが...?

 

「冷たっ!?」

 

 注意が散漫になっていたのか、希桜音の両足は凍っていた。地を這う氷に気づかなかったのだろう。遂に動きを封じられてしまった。

 

「これで終いだ」

 

 その言葉と共に、希桜音の視界は辺り一面の白銀に包まれる。瞬間、希桜音の体は氷に包まれたのだった。

 

「...小兎謚さん行動不n」

 

 ミッドナイトが審判を下そうとした時、氷の中から爆音が響いてきた。希桜音の仕業だろう。ミッドナイトは挙げた右腕を下ろし、この戦いの終結を見送った。

 

「オラァ!」

 

 豪快な掛け声と共に、氷塊の中から希桜音が出てきた。マグマナックルで氷を砕いたようで、ポッカリと穴が空いていた。

 

「ハァ...時間かけすぎると行動不能になりそうだったからさ、ベルト溶かす時間無かったや...」

 

「そうか。そりゃありがてぇ」

 

 轟はその言葉と共に、右腕を奮って氷柱を希桜音目掛けて伸ばし、さらに舞台に氷を再度這わせた。しかし、希桜音はそれを避ける素振りも見せず、そして殴る素振りも見せなかった。

 

 【スクラッシュドライバー!】

 

 【ドラゴンゼリー!】

 

「変身」

 

 突如として出現したビーカーによって、その氷柱は防がれてしまった。

 

『ばっ、希桜音、やめろ!!』

『やめるぉ!!』

 

「ぐっ...ううっ...ぐぁあ!!」

 

 【潰れる!流れる!溢れ出る!】

 

 戦兎と万丈の制止を嘲笑うかのように、白銀の素体が希桜音を覆い尽くし、新たなる兵器を誕生させる。

 

 【ドラゴンインクローズチャージ!ブラァ!】

 

 頭部から吹き出たゲル状の成分が吹き出し、顔や胸、肩アーマーを形成して変身完了。クローズチャージの現界である。

 

()、使ってよ」

 

 迫り来る氷柱を砕きながら、希桜音はそう言い放った。

 コツコツと高い音を立てながら、彼女は歩みを進めて行く。轟はそれを止めようと多方面から氷柱を伸ばすのだが、希桜音には効かない。

 

「ツインブレイカー」

 

 その言葉と共に、希桜音の左腕にゲルが生成され、それが武器の形となる。

 アタックモードであるツインブレイカーを、希桜音は砲身部分を動かしてビームモードへと変形させた。

 

『マズい...』

 

「何がマズいの?」

 

 戦兎の悔しさ混じりの焦った声に、蛙吹は首を傾げる。今の状態は、傍から見れば希桜音の有利に見えるからだ。

 

『スクラッシュドライバーは変身者の体に大きな負担を与え、さらに闘争本能を上昇させる...このままじゃ希桜音の体が危ない!』

 

「そんな...」

 

「ちょ、希桜音!変身解いて!!」

 

「希桜音ちゃん...!」

 

 客席からの希桜音を制止する声。しかし、今の希桜音には届かない。彼女の頭の中にはただ一つ、目の前の敵を倒す事しか頭になかった。

 

「観てるんだよ、勝たなくちゃいけないんだよ。全力の相手を倒さなきゃ、意味無いんだよっ!」

 

 声を荒らげながら、希桜音は走り出した。左腕のツインブレイカーで中距離から攻撃しながら、迫り来る氷柱は右手のナックルで破壊していく。

 さすがに危険と感じたのか、轟は氷で足場を作り、そこを滑って希桜音から距離を取った。

 

 ━━━━━━━━()、か...

 

 ()を使えと言われた轟は、迷っていた。

 緑谷には()は轟自身の力だと言われた。

 母にはなりたい自分になっていいと言われた。

 

 ━━━━━━━━悪ぃな...緑谷と戦ってから、自分がどうすべきか、自分が正しいのか...分かんねぇんだ

 

「どこ見てんだ」

 

 低く、冷たい言葉。

 ふと顔を上げると、ナックルを構えた希桜音が轟のすぐそこまで迫っていた。轟は左腕を伸ばして凍らせようとするのだが、希桜音は背中のパイプからゼリーを噴出して飛び上がりそれを回避。

 飛び上がった後は再度ゼリーを噴出させ、轟目掛けて突っ込んだ。轟は転げてながらナックルを避けるが、足狙いの銃撃は躱しきれずに倒れてしまった。

 

「早く使ってよ、じゃなきゃ、()()

 

 【Ready GO!レッツフィニッシュ!】

 

 ドライヤーとスパイダーのフルボトルをツインブレイカーに挿した希桜音は、銃口を轟に合わせてトリガーを引いた。弾は命中し、熱を帯びた蜘蛛の糸は轟に巻きついて動きを止めた。

 

「ほら、左の炎使えば逃げられるよ」      

 

 挑発するように希桜音は左手を上げ、轟を急かす。銃口を向けられた轟は、それでも尚氷を使って氷壁を作るのだが簡単に破られてしまう。

 

「だーかーらー、早く()使いなって」

 

 1発2発、轟の足を削りながら希桜音はそう言う。

 

「今考えるべきなのは私を倒す事。早くしないと、次は心臓狙っちゃうぞ?」

 

 仮面に隠れて見えないが、今の彼女の表情は猟奇的なものだろう。

 観客はとうに静まり返っており、この惨劇に恐怖を覚えるものまでいた。

 

「ま、負けるな轟君!!!」

 

 そんな静寂な雰囲気を打ち砕く叫び声。出したのは緑谷。緑谷は轟に声援を送ったのだ。

 それに鼓舞されてか、轟は左の炎を滾らせて糸を燃やし、立ち上がる。

 

「はは...じゃ、さっさと終わらせようか!」

 

 ━━━━━━━━体がもう動きそうにないから...!

 

 【Ready GO!】  

 

 希桜音は轟の今の姿を褒めながら、押し入れから取り出したフルフルラビットタンクフルボトルをツインブレイカーへと挿し込んだ。

 

 【ボトルバーン!】

 

 さらにドラゴンマグマフルボトルをナックルへと挿し込んで、ナックルの拳を押さえてチャージを開始する。

 

 【クローズドラゴン!】

 

 そして空いている右肘でベルトのレバーを下ろし、必殺技を発動させる。

 対して轟は辺り一面に氷塊を生成して、一気に熱を加え爆発させる構えをとった。

 

 【レッツフィニッシュ!】

 【ボルケニックナックル!アチャー!】

 【Ready Go!スクラップブレイク!レッツブレイク!】

 

 希桜音の背後からは、赤く漲る熱を纏った紅蓮と、煌めく蒼のグラデーションの龍型のエネルギーが大きく口を開けて今にも轟を喰らおうとする。

 希桜音の突き出した両拳と共に龍は体を伸ばして進む。対する轟は左の炎を滾らせて、瞬間的に辺りの気温を低温から高温にし、膨張した空気による大爆発を起こした。

 

 「また煙幕かよ!?ミッドナイト!結果はどうだ!?」

 

 実況であるマイクに言われ、ミッドナイトは舞台を見るが煙が晴れない。モクモクと漂う煙は、エンターテイメントチックにフェードアウトさせていき、結果を観客達に見せつけた。

 

「え、えっと...小兎謚さん場外!」

 

 舞台から吹っ飛び、壁にめり込んでるめり込んでる希桜音がそこにはあった。

 

「と、轟君、場外!!」

 

 さらに、同じく壁に打ち付けられて地面に倒れている轟。

 

「これは...再戦といきたいけど無理そうね...」

 

 2人の状態を見てミッドナイトは悔しそうに言った。轟は足から血を流しており、リカバリーガールに治してもらったとしてもその後の体力がないだろう。リカバリーガールの個性は対象者の体力を使用して治癒力を活性化させる為だ。

 同じ理由で希桜音も再戦闘は不可能そうだった。

 

「この勝敗は...ドロー!」

 

 希桜音と轟、2人の試合はドローという事で終わってしまった。

 

「ん?えーっと、今入った情報によると、次の飯田君vs爆豪君の試合は飯田君がお家の事情で早退したため出来ない...そうです」

 

 「マジか!?えぇっとんじゃあ優勝は...誰だ?ミッドナイト!決めてくれぇー!」

 

「ええっ!?ふ、不戦勝で勝利した爆豪君が優勝!...ってことで」

 

 「以上で全ての競技が終了!今年度雄英体育祭1年優勝は...A組、爆豪勝己ィィィ!!!!」

 

 なんとも座りの悪い終わり方だが、これにて雄英体育祭1年の部は終了となる。

 先刻まで舞台に立っていた2人は担架に運ばれて医務室へと向かう。A組の生徒、というより緑谷は切島や障子を連れて急いで選手控え室の爆豪の元へと駆け出すのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 それから10数分後、スタジアム上空に色とりどりの花火が打ち上げられた。最終種目で優秀な結果を納めた者達を祝服するのだ。

 選手3名は円柱状の台の上に立たされ、メダルの授与を待っていた。

 

「ん゛ー!!!ん゛ー!!」

 

「ねぇ!?私は関係ないでしょ!!?はーなーせぇ!!!」

 

 訂正しよう。立っているのは轟のみだ。

 爆豪は台の上に用意されたコンクリート壁にベルトで拘束され、口枷を着けられていた。さらに、手にも個性を発動させないように手枷が着けられていた。

 希桜音はコンクリートに体を半分埋め込まれている形で埋まっており、腕以外の上半身だけが外気に触れている。

 

『ハザードレベル4.0ってだけで素の力は強いのに、それに加えて闘争本能が活性化されちゃこうするしかないんだよな』

 

 冷静に説明する戦兎は、呆れと同時に今後の希桜音について考えていた。

 

 ━━━━━━━━あまり積極的に使うなとは言ってなかったけど、まさか使うとはな...殻を破る機会がないと体が持たないぞ...!

 

「さっ、それではこれより表彰式に移ります!メダル授与よ!」

 

 喚く2人を無視してミッドナイトは表彰式を始めた。

 

「今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!」

 

「ハーハッハッハ!!」

 

 ミッドナイトの指す方向はスタジアムの屋根の上。屋根の上には皆のよく知る人物が立っていた。

 

「私がメダルを持って来た!」

「我らがヒーロー、オールマイト!!!」

 

「「...」」

 

 被ってしまった。

 

『締まらねぇな...』

 

 大切な部分で被ってしまったことにミッドナイトは謝るが、オールマイトは大丈夫だと手で伝えた。自身の台詞を遮られて悲しいという感情は拭いきれてないようだったが。

 オールマイトはメダルの入った箱を携えて表彰台へと上がっていく。まずは轟だ。

 

「轟少年、おめでとう。左側を使うのに抵抗があったみたいだが、ワケがあるのかな?」

 

「...緑谷戦でキッカケをもらって、そこから分からなくなってしまいました」

 

 そう答える轟は、寂しげな言葉とは違ってどこか吹っ切れた顔をしていた。オールマイトは詳しくは聞くまいと言って優しく彼をハグし、次の生徒の元へと移動した。

 

「小兎謚少女、おめでとう。色々聞いたんだが、君はコレからが大変だ」

 

「何が大へ、痛っ...別に大変なことなんか!」

 

「ハッハッハッハッ!元気なのはいい事だよ!人を助けるというこの職業(ヒーロー)を志してくれたこと、ホントに嬉しく思っている。困難から逃げるんじゃないぞ」

 

 その言葉と共にオールマイトは希桜音の首に銀メダルを掛けた。希桜音はその言葉の真意が理解出来なかったのだが、困難から逃げるなという言葉が嫌に突き刺さった。

 

「さて、最後は君だ!爆豪少年...と、こりゃあんまりだな」

 

 そう言ってオールマイトは爆豪の口枷を取ると、彼は酷い形相で叫び始めた。

 

「オールマイトオォォ!!んな結果で取った一位なんざ要らねぇんだよぉお!!完膚なきまでの一位!それ以外の順位なんざカス同然なんだよぉ!!!」

 

「じゃ、今から私と戦う(やる)?」

 

「上等だクソアマァ!!!」

 

 火に油を注ぐとはまさにこの事で、爆豪の闘志は爆発した。しかし頑固な鎖は破れないようで、いくら体を動かしても行動には移せなかった。

 

「う、うむ!相対評価に晒されるこの世界で、不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くはない!受け取っとけよ!傷として!忘れぬよう!」

 

「かかってこいやクソアマァ!!」

 

「先制譲ってくれるの?え、もしかしてレディースファーストってこと?紳士だねぇ」

 

「クッソがぁぁぁあ゛!!」

 

 オールマイトの話そっちのけで、2人は醜い争いをしていた。オールマイトはこの状況に戸惑ってしまうが、とりあえず無理やり爆豪にメダルを掛けた。

 メダルを拒否しようとしていた爆豪だったが、希桜音に煽られ反撃した瞬間を突かれて口に掛けられてしまった。

 

「さぁ!今回は彼らだった!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!ご覧いただいた通りだ!競い、高め合い!さらにその先へと登っていくその姿!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!」

 

「てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和下さい!!」

 

 拳を高く挙げ、観客やテレビを通して観てる視聴者に声を掛けた。ここで言う言葉とあれば、アレしかないだろう。

 

「せーの」

 

「Plus 「お疲れ様でした!!!」

 

「ult...えっ?」

 

 気まづい。オールマイトは半笑いで顔を上げるのだが、これはブーイングの嵐だ。

 

「そこは〘 Plus ultra 〙でしょオールマイトオォォ!!」

 

「あぁいや...疲れただろうなと思って...」

 

 全方向からのブーイングに、さすがのオールマイトも軽く笑うしか出来なかった。

 締まらない形だったが、これで今年の雄英体育祭は幕を閉じる。

 

 

 

 


 

 

 

「お疲れっつうことで、明日明後日は休校だ。プロからの指名等はこっちでまとめて休み明けに発表するから、ドキドキしながら休んどけ」

 

 体育祭後のHRで相澤からの言葉を聞いた後、生徒達は放課後へと解き放たれた。

 

「希桜音ちゃん希桜音ちゃん、こっから用事ある?」

 

 トコトコと葉隠が歩いて近付いてきた。女子生徒だけでどこかに行くらしい。だが、希桜音はそれを断って、荷物を置いてどこかへ行ってしまった。

 

「何処に行くのかしら?」

 

「さぁ?...って、アレ?爆豪君の荷物も置いてある。何時もなら早く帰ってるのに」

 

 

 

 


 

 

 

 入試で使用された演習場の一つ。希桜音と爆豪はそこへ来ていた。戦兎や万丈はいない、彼等2人だけだった。

 

「じゃあ、始めよっか」

 

「上等だクソアマ...」

 

 誰にも観られていない体育祭決勝戦が、ここで幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 



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第21話 落ちるミサイル

蛇足になってないと嬉しい…
今回で体育祭編は終了です


 

 

 

 

 

 

 

 放課後、誰にも観られず、告知されず。あったかもしれない、だが実際にはなかった。そんな決勝戦が始まった。

 

 【ドラゴンゼリー!】

 

「変っ身...!!!」

 

 【潰れる!流れる!溢れ出る!】

 

 痛みに耐えながらも、希桜音は立つことをやめない。真っ直ぐ相手を見つめて攻撃を待つのだ。

 

 【ドラゴンインクローズチャージ!ブラァ!】

 

「ハァ......ハァ...変身待つんだ。ありがとう(バカだね)

 

「完膚なきまでに倒さなきゃ意味無いからなァ!」

 

 感情の爆発と共に、爆豪の掌が爆発を起こした。彼の個性、爆破によって彼の体は急速に前進した。

 しかし、それは希桜音に追いつけない速度では無い。希桜音はすぐさま背のパイプからゼリーを噴出して真っ直ぐ飛んで行く。爆豪を追い抜くぐらいに。

 

「チィ...!」

 

 通り抜け様にツインブレイカーによる砲撃を喰らってしまった爆豪は、勢いよく地面に激突してしまった。だがそれで止むほど砲撃は甘くない。

 地面へと着地した希桜音は砲撃を連発、だが今度は確実に爆破で防がれていく。それを見た希桜音は作戦変更。ツインブレイカーをアタックモードへと変形させ、近距離での戦闘に移行した。

 

「オラァ!」

 

 ゼリーを噴出させて一気に距離を詰めた希桜音だったが、爆破によって腹部を攻撃され怯んでしまった。

 

「馬鹿正直に突っ込んで来やがって、甘ェ!!」

 

 強烈な爆発が、今度は希桜音の鳩尾にヒット。いくらアーマーで体が覆われているからとはいえ、急所に当たればダメージは大きい。希桜音の意識は膝を着いて倒れかけるが、そうはさせない。彼女の右足は爆豪の右腕を鎌で刈るように打ち込まれた。

 

「ぐっ...」

 

 咄嗟に爆豪は飛んで躱したのだが、今度はツインブレイカーが彼を襲う。飛び上がったばかりで未だフルスロットルではない爆豪の腹部を抉るように、ツインブレイカーに備え付けられたパイルは回転を加えながら突き刺さった。

 

「がぁっ...!!」

 

 空中で攻撃を受けた爆豪は、そのまま地面へと叩きつけられる。体内の空気を全て吐き出した爆豪だったが、さらに吐き出した。その鮮やかな赤は腹部からダラダラと流れており、青のジャージはみるみる変色していく。

 

閃光(スタン)...(グレネード)!!!」

 

 爆豪の掌から発せられた爆発は大きな光を放って希桜音の目を眩ませた。その隙に爆豪はそこから脱出し、腹部を押さえながら体勢を立て直す。

 

「逃げんな」

 

「チッ...サイコパスかよクソが...」

 

 猟奇的な台詞を吐いた希桜音は、また距離を縮める。今度はビームモードで牽制しながらだ。

 爆豪は一つ一つ爆破でそれを防いで次の攻撃を見極める。

 

 【消しゴム!潰れな〜い!】

 

 希桜音はあと2メートルの所でスクラッシュドライバーに消しゴムフルボトルを挿し込んでレバーを下げた。途端に希桜音の体は消えた。

 

 ━━━━━━━━透明...!

 

 透明化した爆豪は、辺りに耳を澄ます。タッタッタッと軽い音が爆豪の周りをグルグル回っていた。

 

 ━━━━━━━━攻撃の隙を突く(カウンター)...!

 

 爆豪の待っていた攻撃は、案外早く来た。地を踏ん張る強い音。殺気はコチラを向いていた。爆豪は素早く腕を構えた。

 

 【シングル!シングルフィニッシュ!】

 

 その音声と共に熱気が爆豪を襲った。直接的な攻撃ばかり見ていた爆豪の脳内には、間接的なダメージを与えてくる攻撃などなかった。

 熱に狼狽える爆豪を、姿が晴れた希桜音は蹴り飛ばした。ツインブレイカーにはドライヤーフルボトルが挿し込んである。

 

「早く立てよ」

 

 【シングル!シングルフィニッシュ!】

 

 その言葉と共に、希桜音はまた砲撃を放った。今度は熱気ではない。火球だ。

 爆豪は寸でのところで避けたが、火球の着弾の衝撃で吹っ飛ばされてしまった。彼の視界にはにはツインブレイカーを構える希桜音がいた。

 

「チィ...!」

 

 爆破による爆風で爆豪は体勢を立て直した。そのまま彼は空高く飛び上がり、ある程度上がったところで下の希桜音に狙いを定めた。

 

 ━━━━━━━━血が出過ぎた...視界が霞みやがる...!!

 

 ここで決着を着けるとでも言わんばかりに、彼は重力に身を任せながら爆破で自身に回転を加える。

 

 【Ready GO!】

 【クローズドラゴン!】

 

 希桜音もそれに対抗するようにツインブレイカーにフルフルラビットタンクフルボトルを挿し込んで、ベルトのレバーを下げた。

 そこに彼女の意思はない。あるのは戦闘本能のみだ。

 

 ━━━━━━━━でも、これでまた強く...

 

 希桜音はソレを危惧してはいなかった。寧ろ、強くなるのなら構わないと体の思うがままにしている。

 

榴弾砲(サウザー)...」

 

 【レッツフィニッシュ!】

 【Ready Go!スクラップブレイク!レッツブレイク!】

 

着弾(インパクト)!!!」

 

 紅蓮と群青のグラデーションが、龍となって回転型人間ミサイルとなった爆豪を喰らう。爆豪のミサイルが着弾、それと同時に大きな爆発が起こった。

 

「これで、終わり?」

 

「!」

 

 残った力を全て出し切って地面に倒れ伏す爆豪を嘲笑うかのように、希桜音は立っていた。それどころか悠々と歩いている。

 左腕に備え付けられたツインブレイカーを構えて、彼女は爆豪目掛けてそれを振り下ろした。

 

 力無く。

 

 倒れたのだ。爆豪が残った力を出し切ったように、同じく希桜音もまた残った力を振り絞ったのだ。

 

「何やってんだお前ら...!!!」

 

 タイミング良く、いやもう既に遅い。彼女等の担任である相澤がやって来た。肩にはクローズドラゴンが乗っている。

 爆豪はバツの悪そうな顔をしてそっぽを向くが、包帯に拘束されて校舎へと引き摺られていく。希桜音も同じく引き摺られていった。

 

 

 

 


 

 

 

「確かに消化不良なのは分かる...だがな、限度ってもんがあるだろ。お前だ小兎謚、人を殺す気か。爆豪もだ。殺りに行ってただろ最後のは」

 

 彼らは今保健室にて相澤による説教を受けている。爆豪は動けないことはない程度には回復した為制服に着替えてはいるが、それでもクタクタだった。

 対して希桜音はぐっすり眠っている。それはもう、すやすやと。

 

「...すんません」

 

 小さな声だったが、彼は自分の非を認めた。

 

『ま、お前の判断は人としては正しいよ。じゃなきゃお前殺されてたかもしれねぇからな』

 

「!?」

 

「ったく、小兎謚について検討している最中に面倒事起こしやがって...」

 

 相澤は爆豪にスクラッシュドライバーの危険性について簡単に説明した。爆豪は唖然とした表情をしていたが、もう日が暮れると諭されて無理矢理家に帰された。

 

「さて、と。あとはコイツについてだが...リカバリーガール、体はどうです?」

 

「ボロボロだね、体力も空っぽだから入院させるのが一番だろう。救急車は喋ってる間に呼んであるよ。」

 

「そうですか...」

 

 相澤はそう言い残してクローズドラゴンと共に保健室を後にした。とぼとぼと歩く姿はどこか哀愁漂っている。

 

「職場体験前のヒーロー名決めは参加してもらう。翌日からは...」

 

『一足先に職場体験...という名のカウンセリングか』

 

「あぁ、オールマイトさんの紹介で、彼の大学時代の後輩の元へ向かわせる。その副作用(戦闘本能剥き出し)が治るまではくれぐれも目を離すんじゃねぇぞ。なんせ」

 

『任せとけ!!』

 

『...2人も面倒見なきゃいけないのか俺は』

 

『あぁ!?誰が赤ちゃんだこの馬鹿!』

 

『バカはお前だバカ』

 

 また始まったと相澤は煩そうに目尻を緩くする。言いかけた言葉をぐっと押し込んで、彼は前を向いた。

 

 ━━━━━━━━なんせ、事務所は保須にあるからな

 

保須市、それは最近ある事件が起こっている場所である。ある事件、というのはヒーロー殺しと呼ばれる(ヴィラン)の連続殺人事件である。その(ヴィラン)名通り、殺されるのはプロヒーローである。

 ふわぁっと欠伸をした彼は、自分の定位置である場所に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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職場体験編
第22話 What Your Name !? I am a 仮面ライダー


エグゼイド風のサブタイトル
でもコレしか思いつきませんでした…
戦闘無しです


 

 

 

 

 

 

 体育祭の振替休日の間に痛めた傷も癒え、今日から普通の学校生活に戻る。はずもなく、電車で通学をしている者は周りから声を掛けられ、落ち着くことが出来なかったそうだ。

 

「...チッ」

 

 だがしかし、彼女、小兎謚 希桜音はバイク通学であるためそんな事には巻き込まれずにいた。ただ一つ、電車通学と比べて不利な点は、天候の被害を受けることだろう。

 

『今日は雨、か。梅雨だな』

 

「そうだねぇ...!」

 

 合羽に身を包んだ彼女は、マシンビルダーの速度を上げて学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 教室へ入ると、中は体育祭の話で持ち切りだった。やはり皆通学途中に声を掛けられたようで、皆苦労話や自慢話をしていた。

 希桜音はそんな事には目もくれず、席に着くと丁度HRのチャイムが鳴った。

 

「おはよう」

 

 HRのチャイムと共に、包帯の取れた相澤が教室へと入ってきた。生徒達は皆着席しており、口を揃えて相澤に返事をした。

 

「今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ」

 

 ちょっと特別、その言葉から連想されるのは、小テスト。だが、彼等の妄想は空蝉には出現しなかった。

 

「コードネーム、ヒーロー名の考案だ」

 

「「「「胸膨らむやつキタァ!!」」」」

 

 ぶわっと生徒達の心の熱いものが吹き出すのだが、相澤に一睨みされてすぐに鎮まった。

 

『すげぇな』

 

「というのも、先日話したプロヒーローからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは、経験を積み即戦力として判断される2、3年から。つまり、今回1年のお前らに来た指名は、将来性に対する興味に近い。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてこともよくある」

 

「大人は勝手だ...」

 

「頂いた指名が、そのまま自身へのハードルになるんですね!」

 

「そ、でその集計結果がこうだ」

 

 ポチッと押されたリモコンのボタンにより、黒板にA組の指名件数が表示された。上から順に

 

 轟 4123

 爆豪 3056

 常闇 360

 飯田 301

 上鳴 272

 八百万 108

 切島 68

 麗日 20

 瀬呂 14

 小兎謚 1

 

「例年はもっとバラけるんだが、今年は2人に注目が偏った。」

 

 相澤のその言葉に、生徒達は口々に呟いた。

 

「だ〜、白黒ついた!」

 

「見る目ないよね、プロ」

 

「体育祭と1位2位逆転してんじゃん」

 

「表彰台で拘束されたやつとかビビって呼べねぇって」

 

「ビビってんじゃねぇよプロが!!!」

「私の件数おかしいでしょ!!??なんでコイツ(拘束された爆豪)が4桁で私が1桁なの!!?」

 

「「「「さぁ?」」」」

 

「小兎謚、お前には明日からここに行ってもらう」

 

「えぇ!?」

 

 不満を漏らす希桜音に億劫そうに話す相澤。相澤は彼女を納得させるため、予め作っておいた話をした。

 

「お前がより強くなるための最短のルートだ。拒否権はない」

 

 強くなる最短のルート、という言葉に希桜音はまんまと騙されやる気を滾らせる。

 実際、結果として強くなる事に変わりはないのだが意味合いが変わってくるのだが、それはまだ知らない。

 

「この結果を踏まえ、指名の有無に関係なく所謂職場体験ってのに行ってもらう」

 

「職場体験...」

 

「あぁ、お前らはUSJん時一足先に(ヴィラン)との戦闘を経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってこった」

 

 ━━━━━━━━それでヒーロー名か...

 

 相澤はその後に仮であるとはいえ適当な物を付けるのは地獄を見る。と言ってる最中にミッドナイトが教室へと入ってきた。相澤はネーミングセンス等持ち合わせていないらしく、ミッドナイトに任せることにしていたのだ。

 ミッドナイト曰く、仮であるヒーロー名も世間に認知されればそのまま活動名として使われることが多いらしい。

 

「将来自分がどうなるのか、名をつけることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが、名は体を表すってことだ。オールマイト、とかな」

 

 相澤はそれを言い残すと教室の壁に身を任せて睡眠を摂り始めた。

 ミッドナイトはその間に一人一枚のホワイトボードとペンを回して、書かせることにした。

 

 ━━━━━━━━さてと

 

『もちろん最初に変身したのは俺のだから、仮面ライダークローズだよな!』

 

『はぁ!?俺の方が最初からいたし、なんなら一番変身してる仮面ライダービルドの方を付けるべきだろそれなら!』

 

 ━━━━━━━━...

 

 希桜音の押し入れの中では、どちらの名前をヒーロー名にするかということで揉めていた。2人共譲る気は無さそうで、バカと言い合っている。

 ヒーロー名を付ける当の本人、希桜音もどちらか一方の名前を付けようと思っていたのだが、悩む悩む。

 

「じゃあそろそろ出来た人から発表してね」

 

 ━━━━━━━━発...ぴょ!?

 

 発表形式であることに驚きを隠せない生徒達。そんな中、青山は先陣を切って教壇へと上った。

 

「行くよ..."輝きヒーロー I can not stop twinkling(キラキラが止められないよ)"!」

 

「「「「短文!?」」」」

 

 先陣を切った青山のヒーロー名は単語ではなく短文。しかしミッドナイトは特にあーだこーだ言う訳でもなく、少し省略して読みやすいようにほんの少しだけ変更しただけだった。

 

 ━━━━━━━━それでいいのか

 

 青山に続いて芦戸、蛙吹、切島と続き、クラスの大半が発表した後に立ったのは爆豪。威圧と共に見せるホワイトボードには

 

「爆殺王」

 

「いやねーわ」

 

「あ゛ぁ?」

 

「そういうのは止めた方がいいわね」

 

「んでだよ!?」

 

 各方面から否定された爆豪。続いて麗日が発表した。そして残ったのは、飯田、緑谷、爆豪、そして希桜音の4人となった。

 

 ━━━━━━━━ねぇ、いい加減どっちか

 

『『お前が決めてくれ!!』』

 

 ━━━━━━━━はぁ?

 

『まぁ、最終的に決めるのはお前だしな』

 

『おーよ。ま、どっちがカッコイイかなんてイチモツリョーゼンだけどな!』

 

『それを言うなら一目瞭然でしょーがこのバカ』

 

『誰がバカだ筋肉付けろ!』

 

 面倒な事になったと希桜音はホワイトボードから目を逸らした。自分で考えるという事を考えてなかったため、いざこうして見るとどちらか一方だとは決められない。

 

 ━━━━━━━━...平和的解決をしようか

 

『『はぁ?』』

 

 ━━━━━━━━両方合わせて仮面ライダーロードで。はい決定

 

 待て待てと2人から止められる中、彼女はサラサラっと書いて教壇へと立った。

 

「私は、"仮面ライダーロード"、です」

 

 どうだ、と言う顔をして立った希桜音は拍手に包まれた。一部生徒には仮面ライダークローズやビルドや、名前だけは話していたので嬉しそうな顔をしていた。

 

「っしゃ俺だァ!!"爆殺卿"!!!」

 

「いやねーわ」

 

「違う、そうじゃない」

 

 この後は緑谷が発表して、爆豪は希桜音に勝手に書かれたヒーロー名を付けられそれが採用という事になりヒーロー名決めは終了となるのだった。

 

「さて、全員のヒーロー名が決まったところで、話を職場体験に戻す。期間は1週間、肝心の職場だが、複数の指名のあった者は個別にリストを渡すから、その中から自分で選択してくれ。指名の無かった者は、予めこちらからオファーしておいた全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう。よく考えて選べよ。期限は週末まで、以上」

 

 相澤が職場体験について説明したところで、終わりのチャイムが鳴った。リストを配られた生徒達は、リストに載っている事務所の詳細を確認する事にした。

 

「事務所名...無し?場所は東京の保須...ねぇ」

 

 東京の保須、希桜音が真っ先に思い浮かんだのは飯田の兄インゲニウムの事件だった。インゲニウムは最近世間を騒がせているヒーロー殺し、(ヴィラン)名ステインによって重傷を負わされていた。

 ふと希桜音は飯田の方を目線で追うのだが、彼はリストをじっと見つめていた。

 気にすることは無いと、希桜音はスマホ片手に事務所を検索してみるのだった。

 

 

 


 

 

 

 翌日、希桜音は早朝からマシンビルダーに乗って東京を目指していた。荷台には戦闘服(コスチューム)の入ったケース、そして日用品を幾つか入れたリュックをからっていた。中々の大荷物だが、彼女は電車に乗ることを拒んでバイクで移動している。

 

「今どこ?」

 

『まだ神奈川。もうそろそろで東京だ』

 

「そっか」

 

 もう少しで東京、もう少しで強くなれる。希桜音はマシンビルダーの速度を更に上げて道路を走っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第23話 米国からのヴィジター

 

 

 

 

 

 

「ここ、か」

 

 マシンビルダーを走らせて、メモに書いてある住所へとやって来た希桜音。だが、そこはボロボロの廃ビルと言っても差し支えないものであった。

 

「ンなとこにいるの...」

 

 マシンビルダーから下りた希桜音はビルの自動ドアの前へと立った。しかし反応せず開かなかったため、仕方なくコンコンとノックしてみる。だがそれでも反応はない。

 

「すいませーん」

 

『裏口から入れるんじゃないのか?』

 

「そだね」

 

 戦兎に言われた通り、希桜音は裏口へと回ることにした。マシンビルダーをビルドフォンへと戻した彼女は、裏路地を通ろうとしたのだが後方から走ってくるトラックの音に反応して足を止めた。

 トラックは廃ビルの前へと止まると、運転席から一人の女性が勢いよく飛び出て来た。

 

「アナタがキザネ!?小さいですネー!!」

 

「うをっと」

 

 勢いよく出てきた女性は希桜音にそのまま飛びつこうとするのだが、ギリギリのところで躱されてしまった。

 

「...誰?」

 

 ドリルクラッシャーを構えながら希桜音は質問すると、女性は両手を上げて害はないと示した。

 

「初めまして!私はエモー!Nice to meet you!」

 

「ナ、ナイストゥーミートゥー...アメリカの方?」

 

「YES!アメリカ育ちのヒーローデス!この度オールマイトの紹介で日本でヒーロー活動をすることにしまシタ!」

 

 へ、へぇとこのテンションの高さに付いていけない希桜音は少し引き気味だった。だがエモーはそんな事気にせずトラックの荷台から大量の荷物を運び始めた。

 

「キザネ!いえ、ヒーローネームは"仮面ライダーロード"...でしたネ!ロード!手伝ってください!!」

 

「え、これ運ぶのですか?いや戦闘とか、強くなる為に来たのに」

 

「素の身体のパワーをLook!見せてください!」

 

 半ば押し付ける形でソファを渡したエモーは、長机を一人で担いで廃ビルへと運んでみせた。希桜音もその後に付いてソファを運んでいく。

 長机をロビーと思われる広い部屋に置いたエモーは、疾く疾くとトラックへと戻ってさらにチェストを持って運び入れていく。希桜音もその後に続いていくが、次第に疲労が見え始めてペースが落ちてきた。

 トラックに積んである荷物を全て運び終える頃には、希桜音はもう立てない程の疲労に襲われていた。だがそう易々と休ませてはくれないようで、今度は一塊に集められた物品達を各部屋達に配置することとなった。

 

「私が指示するので、ロードはその通りに動いてくだサーイ!」

 

「戦闘...」

 

「OKOK、大丈夫デスよ。コレが終わったらスグやりましょう!分かったらMove!手を動かしてくだサイ!」

 

『だってよ、ほら動け動け』

 

 周りの大人から諭された希桜音は、渋々体に鞭打って立ち上がった。

 エモーはあーだこーだと事細かく五月蝿く指示を出していたが、最終的に面倒臭くなったのか適当な指示になっていった。

 時刻は12時前、やっと廃ビルの中はは事務所らしくなった。

 

Good job(お疲れ様)!予め中は掃除しておいたので、後は外をキレイにすればFinish!」

 

「戦闘...!!」

 

「あぁ忘れてませんよ?早速やりましょうLet’s battle!」

 

 エモーは希桜音を引き摺るようにしてロビー奥の階段から更にその下、地下一階へと入る。

 地下一階は薄暗く、天井には照明が寂しく取り付けられていた。

 

「広...」

 

「じゃ、始めまショ!もちろんアナタ一人の力を見たいので、中の2人には出てもらいますヨ!」

 

 そこまで知っているのかと、希桜音はクローズドラゴンを押し入れから出した。クローズドラゴンはフワフワと飛んで階段の隅から観戦する事にした。

 

「さ、TRANSFORM!アナタの実力をShow me!」

 

 【ドラゴンゼリー!】

 

 言われなくともと、希桜音は既にスクラッシュドライバーを巻いていた。ドラゴンゼリーを挿し込み、レバーを下げる。

 

「変っ身!」

 

 【潰れる!流れる!溢れ出る!】

 

 【ドラゴンインクローズチャージ!ブルァ!】

 

 クローズチャージへと変身した希桜音は、ツインブレイカーを構えて相手の出方を伺う。しかし相手は動く素振りは見せない。

 

狂犬(戦闘狂)だと聞いてたんデスケド...子猫ちゃんデスね」

 

 薄ら笑を浮かべるエモーに腹が立ったのか、希桜音は直線的な軌道でエモーの元へと飛びかかった。

 しかしそれは簡単に避けられ、さらに伸ばした左腕を掴まれて腹部に一撃打撃を喰らわされた。空中でバランスが崩れた希桜音は、そのまま一本背負いで壁へと投げつけられた。

 

「チッ...」

 

 背中に痛みを感じながら希桜音は立ち上がると、フルボトルを取り出した。

 

 【消しゴム!潰れな〜い!】

 

 消しゴムフルボトルをベルトに挿して姿を消した。エモーは辺りに耳を澄ませて次の攻撃に備える。

 辺りはタッタッタッと軽い音が回っており、止むことは無い。だが途端に消え、風を切るような音。それはエモーの背後から聞こえてきた。

 エモーは落ち着いてその音から察せる希桜音の動きを読み、左腕を掴んだ。だがそれは読んでいたようで、エモーの体を右フックが襲った。

 

「Oh...思ってたよりweak」

 

 空いている腕で希桜音の腹部を貫くようなパンチを撃ち込んだエモーはそう言った。口に溜まった血をペっと吐き出すと、痛みで倒れている希桜音の体に跨る。

 

『速ぇ...強えぞアイツ』

 

 元ボクサーの万丈が言うように、希桜音も同じ事を思っていた。

 希桜音の右フックが当たってから一瞬の間に彼女は地面に倒れていたのだ。希桜音は立ち上がろうと体を起こそうとするのだが、いつの間にか取り出されていたナイフを首元に当てられていた。

 

「Checkmate...」

 

「しねぇよ」

 

 希桜音は背中の噴出口からゼリー噴出させ、エモーを突き放すと同時に体勢を立て直す。

 

 【シングル!シングルブレイク!】

 

 ライトフルボトルをツインブレイカーへと挿し込み、閃光弾を放った。閃光弾は辺り一面を白く塗り潰し、彼女達の視界を奪った。

 ロードはその白の中をひとっ跳びして、エモーに飛びかかった。だがそこにはもう彼女はいない。どこだと感じた時には、彼女の変身は解かれていた。

 

「Checkmate ,Do you understand ?」

 

「...降参」

 

 胴に両足を回され強く絞められ、さらに口で噛まれたナイフを首元に当てられた希桜音は渋々降参した。拘束を解かれた希桜音はドラゴンゼリーをエモーから渡されると、共に2階へと上がった。

 

「さ、ランチにしまショ!食べたらパトロール!さぁHurry up!」

 

 そう言ってエモーは傍のビニール袋からカップ麺を2つ取り出した。

 

「カップ麺...」

 

「ジャパニーズフード!私コレがとても好きなんですヨ!!」

 

『おお!?プロテインラーメンじゃねぇか!!希桜音、俺に食わせろ!』

 

 そう言って万丈はクローズドラゴンの姿で押し入れへと入り込み、希桜音の体を奪って意気揚々とお湯を沸かし始めた。久々に体を奪われた希桜音は、あーだこーだと喚いたが意味は無い。昼食を食べ終えるまで万丈に体を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第24話 エモーの日記

サブタイ通り、エモーさんの日記です
戦闘なし


 

 

 

 

 

 

 五月✕〇日

 

 今日から日本での活動を日記として記していくこととする。オールマイトの紹介で日本に来ることが出来たが、この保須は最近物騒な事件が起きているらしい。夜間の外出と裏路地は控えるべきだろう。

 今日の仕事は事務所内の清掃だ。内装は明日から来る雄英生に任せようと思う。

 

 

 

 五月✕✕日

 

 今日は職業訓練ということで雄英生が事務所へとやって来た。名を小兎謚 希桜音、ヒーロー名は仮面ライダーロードという。体育祭のビデオは観ていたが、思っていたよりも小さかった。名の通り小兎らしさもある。早速オールマイトに言われていた通り、カウンセリングを始める。

 とりあえず彼女と手合わせしてみた。抑えてはいるようだが、戦闘本能は活性化されている。これを抑えるのは少し長くなりそうだ。実力は体育祭で準優勝を飾るレベル...いやそれ以上だ。ベルトからアイテムを抜くことで変身解除になる事を知らなければ、恐らく...

 中にいる2人のうち1人と昼食の間に軽く話をした。詳しい事情までは教えてくれなかったが、武術に心得のある人物のようだった。久々にボクシングをしてみたくなった。

 午後は2人でパトロールがてら近所のヒーロー事務所へと出掛けた。軽く挨拶を済ませ、ご飯を買って帰る。さすがにコンビニ弁当やカップ麺ばかりではダメだと希桜音に叱られ、渋々晩御飯の材料を買った。あまり料理は得意では無いのだが。

 眠い。続きは明日

 

 

 

 五月✕△日

 

 久々に料理というものをした。希桜音の手伝いがメインだったが、彼女の料理の腕はかなりのものだ。料理が好きなのだろうか、楽しそうにやっていた。参考にしよう。

 思えば、誰かと衣食住を共にするのは久しぶりかもしれない。寧ろ初めてだろうか。いやはや、キャラを使い分けるのは疲れるものだ。外見は米国人の血が強いが、半分は日本人の血なのだから。

 今朝は希桜音とランニングをした。体力はあるようだが、まだまだだ。帰ってすぐに手合わせをした。スクラッシュドライバーとやらでは身体への負担が大きいとは聞いていたので、生身での戦闘を行った。生身でもこの歳にしては強い方だが、慣れていないようだ。悔しがる姿が愛らしい。

 朝はトーストを食べてパトロールへと出掛けた。特に(ヴィラン)は現れなかった。平和が一番だ。ありがたい。

 昼はザル蕎麦、日本人はザル蕎麦を食べるべきだろう。この時確認したが、希桜音にアレルギーは特に無いらしい。良かった。

 午後のパトロールは(ヴィラン)と呼べる者はいなかった。強いていえばひったくりだろうか、歯応えのない(ヴィラン)だった。

 夜はデリバリーが来るまでの間希桜音にちょっとだけ技を教えた。実際に使うかどうかは置いておいて、知っておいて損は無いだろう。

 夕食を終えた後は2人でお風呂に入った。最初は嫌がっていたが、ガツガツ行くと諦めてくれた。中々に発育の良い体だ。眼福と言うやつだろう。私の方が良いが。

 所々に見られた傷について突っ込んだが、答えてはくれなかった。あの寂しい表情は、今でも頭に過ぎる。

 

 

 

 五月✕□日

 

 目が覚めると腕の中で希桜音が眠っていた。寝間着が若干湿っている。泣いたのだろうか。

 こんな時、相手の記憶を読み取れる個性でもあればと思うが、無いものねだりしてもしょうがない。

 とりあえず今朝の訓練は無しにしよう。

 パトロールで異常は無し。平和な一日だ。

 夜は手合わせしながら色々聞いてみた。教えてはくれなかったが、涙目で抱き着いてきた。さすが私、包容力の塊だ。泣き疲れて寝てしまった希桜音を運ぶのも一苦労。か弱い女の子だもの、しょうがない。

 

 

 

 五月✕▼日

 

 朝起きると、希桜音が既に朝食を作ってくれていた。サンドウィッチが美味しい。

 朝の戦闘訓練は数日振りに変身させてみた。ビルドドライバーでの変身は、身体に負担はスクラッシュドライバーに比べ少ない。赤と青のラビットタンク、緑と銀のペンギンスケーターと、様々な姿を見せてもらった。結果は引き分けということにしておこう。余裕ぶってはいるが、内心ではギリギリの戦闘でビクビクしている。

 午前のパトロールは久々に(ヴィラン)らしい(ヴィラン)と戦闘を交えた。増強系の個性と異形型の個性の2人組。異形型は希桜音に任せ、私は増強系と戦った。格上の人間も、私の個性があれば優位に立てる。捕らえた後は警察に任せた。柄の良い警察で良かった。

 星空を見ながらスナック菓子を食べていると、希桜音が横に来てそれを奪ってきた。懐いてくれたのはありがたいが、これは私のだ。止めてほしい。

 唐突だったが、気になっていた傷のことについて語ってくれた。幼い頃に父に付けられたものらしい。母は仕事が忙しいらしく、必然的に父と一緒になる事が多かったらしい。稼ぎは母の方が良かったらしく、それが重圧となって父は行き場のない怒りを娘である希桜音に当てていた、だとか。

 とりあえず撫でておいた。いや、考える事を止めたとかでは無く、そうでもしないと私が耐えられなかったのだ。

 

 

 

 五月✕◆日

 

 気付いたら寝てしまっていた。少しノートが濡れている。最悪だ。

 希桜音の表情が少し暗い。今日は仕事はお休みとして、ショッピングモールへ買い物に行こうか。あくまでも職業訓練という名目でのカウンセリングなのだから、このくらい目を瞑ってくれるはずだ。

 戦闘戦闘と言わない希桜音は、初日に比べれば充分小兎になったと言える。

 ショッピングモールへとやって来た私達は、早速フードコートへと行きたかったのだが、ここは希桜音に任せた。だが希桜音は私に任せるらしい。ならばお言葉に甘えよう。容赦なくクレープを頂こうじゃないかと、私達はアイスクリーム屋へと向かった。

 クレープは美味しかった。全く、カロリーだなんだとは言ってられない、罪な食べ物だ。

 午後は女の子らしく服でも買おうと、お高めの所へと向かった。他人のコーディネートはお人形の着せ替えのようで楽しい。

 帰りは串焼き屋という所へ行ってきた。彼女の中のもう1人が卵焼きに砂糖をかけて食べているのが衝撃的だった。美味しいのだろうか。

 楽しい一日だった。

 

 

 

 五月✕●日

 

 今朝はランニングから始まった。一日分運動していないからか、結構疲れた。歳かな、まだ若いが。

 そのあとは希桜音にスクラッシュドライバーを使わせてみた。戦闘本能が抑えられれば良かったのだが、結果はバツ。どうすれば良いのだろう。

 

 

 

 五月△〇日

 

 戦兎に一度話を聞いてみた。彼曰く、守りたい、救いたいという気持ちで克服したという事例は知っているらしい。なぜ最初から聞かなかったのだろう。

 希桜音にそんな気持ちがあるのだろうか。昨日の希桜音になら、聞いてみる価値はあったのかもしれない。とりあえず聞いてみよう。

 聞いてきた。分からない、覚えてないらしい。個性の副作用が出てしまったか、全く面倒な個性だ。また地道に戦闘本能を抑えていくしかないだろう。

 

 

 

 五月△✕日

 

 昨晩、希桜音から話し掛けられた。戦いたい気持ちと、それを抑えようとする気持ちがごちゃごちゃになっているらしい。

 これはマズい。何とかしなければならない。

 だが焦りは禁物、とりあえず今朝は生身での戦闘を行った。明らかに強くなっている。骨が折れそうだ。

 パトロールはここの所異常なし。

 帰ってからはまた生身での戦闘。つい隠し道具のワイヤーを使ってしまった。大人気ない。

 

 

 

 五月△△日

 

 今朝の戦闘訓練の最中に、ふと思い出した事を希桜音に聞いてみた。原点、オリジンはあるかと。分からないと答えられたが想定内。ゆっくり思い出していって欲しい。

 懐かしい、私がこの個性でヒーローを目指すのを挫折しかけていた時に言われた言葉だ。オールマイトは元気にしているだろうか。

 

 

 

 五月△□日

 

 近所のヒーロー事務所に雄英生が職業訓練に来たようだ。本来は今日からなのだろう。あの全身鎧の真面目少年、少し気になるがあちらはあちらでやるのだろう。私は希桜音に専念する。

 彼女の原点について聞いてみた。未だ思い出せないらしい。それが鍵になると思うのだが仕方ない、思い出すまで待とう。

 

 

 

 五月△▼日

 

 今日は特に進展は無かった。強いて言うなら私が新しい料理を覚えたことぐらいだろう。たまには料理することにしよう。

 やはり料理をしている希桜音は戦闘本能が抑えられている。聞けば中学三年から始めたらしい。私も1年経てばこのくらい上手くなれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、寝ましょうカ...」

 

 スラスラと書いたペンを机の端に置いたエモーは、欠伸をしながら椅子から離れる。バタンとベッドに身を任せると、疲れに襲われたのか、スグに寝息をたてて寝てしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 



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第25話 ヒーロー覚醒

 

 

 

 

 

 

 

「甘いデス」

 

「ぐっ...」

 

 鉄のような鈍い音が、地下室の中に響いた。それに遅れて何かが倒れる音。

 腹部に強烈な蹴りを喰らった希桜音は、膝から力なく倒れた。今彼女たちは、地下室にて生身での戦闘をしていたのだ。だがそれはもう終わり、エモーはパンと手を叩いて希桜音に手を貸した。

 

「まぁ、動きはいいですケド...後は経験ですね」

 

「そうですか」

 

 よろよろと立ち上がった希桜音は、自身についた埃を叩きながら1階へと戻る。

 日は西へ傾き、橙となって地を照らしている。希桜音は台所へと赴き冷蔵庫を開いた。

 

「今日は何デスか!!?」

 

「...カレーですけど」

 

「Wow!私カレー好きなんですヨ!」

 

「毎回それ言ってません?」

 

 取り出した野菜達をトントンと鳴らしながら切る希桜音は、エモーに福神漬けを買ってくるよう指示した。料理に於いては希桜音の方が立場は上だ。エモーは飛ぶようにして事務所を後にして、スーパーへと向かうのだった。

 

 

 


 

 

 

 日は沈み、空は黒く染まった頃、希桜音は壁にもたれかかってエモーの帰りを待っていた。机には既に夕食が揃えてある。後は福神漬けと食べる人間さえあれば食事の時間になるのだがと、希桜音は窓から外を眺める。

 

『スーパーまで十数分だろ?随分遅いな』

 

「どこで油売ってんだか...って、きたきた」

 

 窓から見える道には、ルンルンとスキップしながら事務所へ戻ってくるエモーが見えた。戻ってきたエモーに何をやっているのだと、希桜音は問ただそうとしたのだがある物を投げ渡された。

 

「駅前で鯛焼きが半額で売ってまシタ!後で食べまショウ!」

 

「これ前テレビで話題になってた、ってそういう問題じゃなくて」

 

 分かりましたと手を挙げて、エモーは洗面台へと向かう。反省の色が見えない上司に腹を立てたい希桜音だったが、それより先に食事だ。福神漬けを皿に乗せ、さぁ今から食そうという時に事件は起きた。

 

「Explosion?」

 

(ヴィラン)来ましたね」

 

 外から聞こえた爆発音。椅子から飛び上がるようにして、2人は窓から爆発音のした方向を見た。窓から見えるのは、燃え盛るビル、そして街。泣き叫び、混乱に陥る市民の声。

 

「行きますヨ。ロード、バイクを」

 

 ガチャっと窓を開けて飛び降りたエモーはバイクを出す指示を出した。だが既に準備はしてあるようで、同じく飛び降りた希桜音はビルドフォンにライオンフルボトルを挿してマシンビルダーへと変形。運転はエモーに任せて希桜音はバイク後方に跨った。

 

 

 


 

 

 

 街の中心部へ向かうに連れ、人集りは多くなっていく。道路での移動は逃げ惑う人々の邪魔になると、彼女らは屋上からの移動に切り替えた。

 

「Look!あのMonsterは...」

 

「脳無!」

 

 彼女らの目線の先には、街を破壊している化け物(脳無)がいた。(ヴィラン)連合の仕業かと希桜音は判断したが、先に地上へと降り立ったエモーに目が行き意識を戻して、1歩遅れながらも続く。

 

 【Ready Go!】

 

 ラビットタンクに変身していた希桜音は、持ち前のジャンプ力を活かして脳無への距離を縮めて、手にしたドリルクラッシャーにユニコーンフルボトルを挿して頭上から突き攻撃。脳無を怯ませることに成功した。

 

 ━━━━━━━━脳無が二体、ヒーロー複数、市民の影は無し...

 

「Oh...感情が無いようデス、所謂破壊兵器と言った所でショウカ」

 

「誰あんた!!?」

 

「紹介遅れまシタ、最近コチラにヒーロー事務所を構えましたエモーと言います、以後お見知りおきを」

 

「ンな時に何やってんだ!!」

 

 ヒーロー達のこの悲惨な光景を前にしたとは思えない話に、希桜音の怒りは上がっていく。

 

「エモー?アンタの個性は」

 

「私の個性は'感情誘導'。戦闘意欲の収縮等できマス...が、このMonster相手には通じないようデスね」

 

 空を飛んでいる脳無の攻撃を去なしながら、彼女はそう言う。今彼女たちが戦っている脳無は、翼の生えた脳無と、パワーに特化した脳無の2体。

 

「ザ・フライさんがやられてますシ、今空中戦は不利のようですね。ロード!」

 

「未だ学生なんだけどなっ!」

 

 【タカ!ガトリング!BEST MATCH!】

 

 【 Are  You  Ready ?】

 

「ビルドアップ!」

 

 【天空の暴れん坊!ホークガトリング!yeah】

 

 ホークガトリングフォームへと変身した希桜音は、空を飛ぶ脳無目掛けてホークガトリンガーを乱射した。銃弾に怯んだか、翼の脳無は空高く飛び上がってその場から離れる。

 

「あれって雄英の子じゃねーか!?アンタ学生を守る立場「Shut up!」

 

 飛び上がる希桜音を見送ったエモーは前へと出ながらこう叫んだ。

 

「優先すべきは市民を守ること!ワタシ達がすべき事は目の前のMonsterを倒す事!2体相手でコレだけ苦戦してたのなら、戦力が半分になれば勝機はあるでしょう!Do you understand ?」

 

 いやしかしだなと反論するヒーローは未だいた。しかしそんな口論を交わす余裕はくれないようで、残った脳無は破壊活動を止めない。プロヒーロー達は目の前の(ヴィラン)を止めるべく、戦闘を再開するのだった。

 

 所変わって保須市上空。希桜音は射程ギリギリで距離を保ちながら、ホークガトリンガーを乱射して脳無を攻撃していた。だが攻撃が効いている様子はあまり無い。

 

「まずコッチを見ろ!!」

 

 どこかへ飛び続けている脳無を捕らえようと、希桜音は至近距離まで距離を詰めた。だがそれは愚策、脳無は翼で希桜音を振るい払い、ビルの屋上へと叩き落とした。

 

「チィ...!」

 

 翼の脳無はその場を後にして、地上付近へと降下する。地上には人の叫ぶ声、ヒーローを呼ぶ声。希桜音は再び飛び上がって脳無を追った。

 脳無を再び視界に捉えた、だが目に映るのは泣き叫び飛ばされた市民。

 

「うをっ!?」

 

 咄嗟に民間人を受け止めた希桜音だったが、死角からの殴打を喰らってビルへと吹っ飛んだ。視界の端に映るのは、翼の脳無。

 

「くっ...そがァぁ!!」

 

 崩れ落ちるように地面へと落ちた希桜音は、民間人をほっぽいてスクラッシュドライバーを取り出した。

 

 【ドラゴンゼリー!】

 

「変身!」

 

 【潰れる!流れる!溢れ出る!】

 

 【ドラゴンインクローズチャージ!ブルァ!】

 

 クローズチャージへと変身した希桜音は、目の前の脳無目掛けて飛び上がった。足りない飛距離はゼリーを噴出させて補い、左腕のツインブレイカーを構える。

 

「キャアアア!!!」

 

 下から聞こえる叫び声。ふと目をやると、そこには落ちる瓦礫とその下にいる子供。小学生程度の女の子、髪は金髪で両サイドにお団子が作ってある少女がそこにはいた。

 

 ━━━━━━━━助け

 

 られない。体が許さない。

 体は目の前の(ヴィラン)を倒すことを望んでいる。スクラッシュドライバーを使ってきて、今までこんな事はなかった。誰かを助ける為に使ってはこなかった。

 

 ━━━━━━━━動け 

 

 動かない。これ(スクラッシュドライバー)の使用用途は、誰かを救う為ではない。戦争の為の兵器だ。

 

 ━━━━━━━━動けよ

 

 あと1メートル。瓦礫が少女を押しつぶすまで、あと1メートル。

 

 ━━━━━━━━なんで

 

 なんで、こんな時にあの言葉が

 

「アナタの原点(オリジン)は、何?」

 

 ━━━━━━━━私の、私の原点は

 

 浮かぶ。あの時の情景が。

 今にも押し潰されそうな、あの子の姿が。

 

「ッ...」

 

 砕ける音。瓦礫が砕かれた音。

 少女の目の前には鎧に身を包まれたヒーローが、そこにはいた。

 

「あの、」

 

 声を掛ける、よりも早くそのヒーローはその場から離れた。飛んだのだ。(ヴィラン)を倒すべく。

 

「皆さん逃げてくだサーイ!」

 

 人々の後ろから聞こえたのは、流暢とは言い難い避難誘導の指示。逃げ惑う人々は、彼女のいる方向へと一目散に駆け始めた。

 

 ━━━━━━━━こんな土壇場で目覚めるのか

 

「すごいですネ、彼女は」

 

 彼女、エモーは右肩のクローズドラゴンへ話し掛けた。クローズドラゴン、その中の2人は事務所へ置いてけぼりを喰らっていたのだ。追い掛けようと外へ出たところを、たまたまマシンビルダーに跨ったエモーに回収されたのである。

 

『これで、アイツはもう兵器じゃない...』

 

「と、良いですネ」

 

 保須の上空で、ヒーローの再誕を祝うような轟音と共に空中戦が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第26話 二人の仮面ライダー

 

 

 

 

 

 

「オラァ!!!」

 

 空中での殴打。慣れない空中戦でも、空で地上と同じように立っていれば関係なかった。

 翼の脳無をビルの屋上へと叩きつけた希桜音は、同じビルへと降り立つ。

 脳無は疲弊しており、フラフラと立ち上がるのが見えた。

 

「フルボトルバスター!」

 

 フルボトルバスターを取り出した希桜音は、大剣状態のバスターブレードモードで斬り掛かる。すんでのところで避けた脳無は、その巨大な翼を奮って強風を発生させた。

 

「待て...!」

 

 【タカ!潰れな〜い!】

 

 スクラッシュドライバーにタカフルボトルを挿した希桜音は飛び上がり、脳無を追撃する。タカフルボトルの効果で、希桜音の背にはホークガトリングフォームと同じくソレスタルウィングが生えており、これで自由自在に空を飛ぶ事が可能だった。空高く飛ぶ希桜音は、フルボトルバスターをバスターキャノンモードへと変形させ、砲撃を撃ち込む。

 砲撃が効いたか、脳無はフラフラと安定しない飛行へと変わって行く。チャンスだと希桜音はフルフルラビットタンクフルボトルをフルボトルバスターに挿す。

 

 【フルフルマッチでーす!】

 

 青く煌めくエネルギー砲が発射され、脳無の翼を貫いた。翼の脳無は力無く地面へと落ちて行く。下にはヒーローと思われる人物が数人おり、彼らは空中から落ちてくる脳無を視認するとすぐさま捕縛した。

 

「これで一安心、他の脳無を」

 

『その必要はないぞ』

 

 もう聞き慣れた声、咄嗟に希桜音はそちらを砲撃するが既にそこにはいなかった。

 

『戦兎達はいないのか...まぁいい。ここでお前には死んでもらうぞ』

 

「エボルト...」

 

 希桜音の目線の先に立っているのはスターク。彼の立っているビルに降り立つと、彼はトランスチームガンを構えながら走り出した。

 銃撃をフルボトルバスターで斬り落としながら、希桜音も同じく走る。斬撃の間合へと入ると、バスターブレードモードで大きく振り下ろした。

 

『隙だらけ、な訳ないか』

 

 ツインブレイカーによる砲撃を避けたスタークは一旦距離をとった。

 

 ━━━━━━━━フルボトルバスターによる大きな攻撃と、それを囮にしたツインブレイカーによる小さな攻撃か

 

『ふっ、ならこいつはどうだ?』

 

 【フルボトル!】

 

 新たなフルボトルをトランスチームガンへと挿したスタークは、その銃口を()へと向けた。下にはたくさんの人集りがある、このままトリガーを引かれれば誰か死ぬかもしれない。

 希桜音は咄嗟に銃口の向いている先へと飛び込んだ。だがそれは狙い通り、銃撃を喰らってしまった。

 

「ぐっ...視界が...」

 

『サソリの毒だ、いずれ呼吸困難に陥る』

 

 銃撃を喰らってから、急に視界が覚束無くなってきた。フラフラとビルの屋上へと戻った希桜音は、スタークに一方的に攻撃される。

 

 ━━━━━━━━毒の、浄化...ジーニアス...

 

 ジーニアスフルボトルを自身に挿せば、毒は消えるはず。だがそんな事を許す相手ではない。

 

 【キョウリュウ!潰れな〜い!】

 

 ダメ元で希桜音は恐竜フルボトルをスクラッシュドライバーへと挿した。このフルボトルならなんとかなる、そんな根拠も無い気持ちが彼女の腕を動かしたのだ。

 

『チィ...』

 

 恐竜フルボトルの効果なのか、クローズチャージのゼリーが勝手に牙の形を形成してスタークを襲う。スタークは一旦距離を置いて銃弾を撃ち込んだ。だがそれも喰らわれる。

 

「...っ、と。体が、動く...?」

 

 ━━━━━━━━毒が消えた...?

 

 毒が消えた。これは紛れもない事実、だがその原因を考えている暇はない。スタークは何やら注射器のようなものを取り出し、投げた。

 だが標的は希桜音では無い。かといって市民でも無い。狙いは、翼の脳無だった。

 

『体内のアドレナリンが活性化する薬だ。これでまた、被害は拡大するだろうな』

 

 ヒーローの拘束を破った翼の脳無は思い切り飛び上がり、また何処かへと飛び去ってしまった。

 

「待て!」

 

『行かせると思うか?』

 

 脳無を追おうと足を動かす希桜音を止めるように、スタークは彼女の目の前へと移動した。

 

「どけ!!」

 

 力任せに振るったフルボトルバスターは、いとも去なされてしまった。退く気は無く、先刻の言葉通り希桜音を殺す気なのだろうか、先程のフルボトルを挿したままのトランスチームガンを構える。

 

 【ダイヤモンド!潰れな〜い!】

 

 銃口を向けられた希桜音は、後退しながら防御の姿勢を取った。毒の銃撃はダイヤモンドのシールドによって防がれ、完全に対策された。

 

 【ツイン!ツインブレイク!】

 

 フェニックスとドラゴンのフルボトルをツインブレイカーに挿した希桜音は、銃口をスタークへと向けて蒼炎の火球を放った。

 火球は全て躱されてしまったが、距離を詰める隙を作るには充分だった。フルボトルバスターを振り上げてスタークに斬り掛かる。

 

『それはさっき』

 

 見た、とは言わせない。スタークの背後にはツインブレイカーが突き付けられていた。気づいた時にはもう遅い。蒼い火球がスタークの背を襲った。

 更には前方からの斬撃。スタークは一瞬にして大ダメージを負ってしまった。

 

『チィ...()()か』

 

 個性。小兎謚 希桜音の個性、押し入れ。自分の想像上の空間に物を入れる個性。

 だがこれを知る者は少ない。彼女と交流のない者や、テレビで体育祭を見ただけの者は借り物の力(ライダーシステム)に目が行きやすいが勘違いしてはいけない。彼女の個性は押し入れだ。

 

 ━━━━━━━━ツインブレイカーが見えなくなった位置で、その部分だけ押し入れに入れた。上手くいって良かったけど、次は上手くいくかどうか...

 

 深追いは禁物だと、希桜音はまた距離を取ってスタークの出方を伺う。

 

『どうした?これで終わりか?』

 

 銃を下げて、挑発するかのように腕を下ろすスターク。明らかに誘っているが、ここで行かねば拮抗状態を保つだけだと希桜音は考える。

 

 ━━━━━━━━増援を...いや、足でまといに...って、下のヒーロー何やって

 

 何やっているんだ、言葉が頭に過ぎるよりも先に答えが分かった。

 ドサッと何かが落ちる音。そちらを振り向くと、血を流している、だけでは収まらないヒーロー達がいた。

 

『増援を期待してたか?残念、()()増援だ』

 

 このままいけばイーブンに持ち込めるか、希桜音はそんな感覚に陥っていた。だがそれは間違いだ。

 ヒーロー達を殺った人物が、彼女の目に映るまでは。

 

「えっ...と」

 

 確かコイツは、と。希桜音は記憶を巡らせる。戦兎の記憶、万丈の記憶。彼らの記憶によれば、彼は死んだはずの人間。戦兎と万丈の味方だった人間。

 

「猿渡...一海、仮面ライダー...グリス」

 

 彼女の目の前に映るのは、仮面ライダーグリス。かつては北都の仮面ライダーとして戦兎達の前に立ち塞がり、気付けば地球を救うヒーローとして戦兎達に最後まで力を貸した人物だ。

 

 ━━━━━━━━最期は消滅して消えた筈...なんで生きて

 

『コイツが生きてる絡繰りは俺と同じだ。ま、それをお前が知ることはないだろうがな...殺れ』

 

 殺れ、その言葉と共にグリスは希桜音に襲い掛かった。ツインブレイカーによる斬撃を希桜音はフルボトルバスターで受け流した。だがそれだけで攻撃は止まない。体を回転させて、グリスは踵落としを喰らわせてきた。

 

 ━━━━━━━━っ!!

 

 ガードする暇もなく踵落としを喰らった希桜音は、頭に強い痛みを覚えた。だがそれで攻撃は止まない。

 冷たい一撃が、一つ、また一つと希桜音に撃ち込まれていく。

 

 ━━━━━━━━速い...!

 

 クローズチャージとグリスでは、スペックは大して変わらない。だがそれでも希桜音が押されるのは、経験の差か、或いはハザードレベルの差か。

 

 ━━━━━━━━ハザードレベル...

 

 戦兎の記憶によれば、猿渡一海は二度目の人体実験によって強制的に変身解除されれば体が消滅するはず。そんな事が頭に過ぎり、彼と戦闘する事を躊躇う事となってしまった。

 

「っ〜、らぁ!!」

 

 ━━━━━━━━とりあえずこのままじゃマズい!倒さずに退ける!

 

 【スパイダー!ロック!ローズ!ミラクルマッチでーす!】

 

 グリスの攻撃を弾いた希桜音は一旦距離を取り、拘束出来そうなフルボトルをフルボトルバスターへと挿し込んで砲撃を撃ち込んだ。

 

『おいおい、敵は2人だぞ?』

 

 だがその砲撃はスタークによって掻き消されてしまった。彼の言う通り、敵は2人。そう簡単にはいかないようだ。

 

 ━━━━━━━━一対一ですら危ういのに複数人相手はマズい...でも逃げれる自信もない...応援も

 

 期待できない。

 なんてことは無い。

 瞬間、(ヴィラン)2人は業火に包まれた。何が起こったのかと希桜音は思考が止まるが、背後から背中を叩かれ意識を戻した。横にはエモーが立っており、希桜音の頭を撫でていた。

 

「よく頑張りまシタ、後はエンデヴァーに任せてくだサイ」

 

 彼女の指差す先、そこにはスタークとグリスと交戦するNO.2ヒーロー エンデヴァーの姿があった。

 

『チィ...されどNo.2か、ん、なんだ...ふ、ハハハ。そうか...小兎謚 希桜音ぇ!お前は殺さずにおいてやる...次あった時が楽しみだ...チャオ!』

 

「む、待て!!!」

 

 待て、とエンデヴァーは手を伸ばすがもう遅い。そこにはスタークもグリスも既にいなかった。

 

「...エモー」

 

「フフフ、言わなくても分かりますヨ。おめでとう希桜音、でも力の制御はアナタのちかr「学生に何させてんだあんた」What!?」

 

 てっきり礼を言われるものかと思っていたエモーはビックリ仰天。目を丸くしている。

 

「一応まだ学生だし、いくら緊急事態とはいえ免許の無い人間に化け物一匹押し付けるってそりゃ無いでしょ!?しかも自分は避難誘導に当たってるって何!?」

 

「適材適所という言葉がアリマシテネ...Oh...」

 

 ガミガミと恨み辛みを言われるエモーは耐えきれなくなったのか、屋上から飛び降りてその場から逃げた。希桜音もそれを追おうと動こうとするのだが肩を掴まれた。

 

「小兎謚 希桜音...悪いが一度警察の元へと行ってもらう。軽い事情聴取というやつだ」

 

 ━━━━━━━━怖ぇ...!!

 

「は、はい」

 

 その後希桜音は警察署へと赴き、ある程度の事は話した。後日、彼女は根津校長と共に警察庁へと赴き事の真相を話す事になる。

 そうして仮面ライダーロードの職場体験は幕を閉じた。

 保須の事件以降、別れの挨拶も告げる事もなく希桜音はエモーと会う機会はなかった。

彼女達は普通の生活に戻った時、彼女達は寂しさという物を覚えた。

 

「「あれが家族の優しさ、か」」

 

家族の優しさ、これは彼女達の心を癒したのだろうか。或いは━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 



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期末テスト編
第27話 ヒーロー達の夜明け


 

 

 

 

 

 

 

「おはよ〜」

 

「小兎謚君遅いぞ!何をやってるんだ、早く席に着きたまえ!!」

 

 職場体験明けの学校生活。ドアを開ければいつも通り希桜音以外の生徒は揃っており、そしてまた始業ギリギリまで大半の生徒が席に着いていなかった。

 

「おぉ、小兎謚!お前も保須行ってたんだよな!」

 

 そうやって話し掛けて来たのは上鳴だった。

 

 ━━━━━━━━轟君、緑谷君、飯田君の周りに人が多い、ってことは

 

 ヒーロー殺し絡み、なのだろうと希桜音は察した。あの日、あの時、自分がいない場所で起こっていたもう一つの事件。寧ろ世間ではそちらの方が主として捉えられているあの事件。

 

「ヒーロー殺し、でしょ?私はヒーローと一緒に活動してたから会ってないよ。寧ろ脳無の方が...」

 

 ━━━━━━━━一緒に活動...してないけどな!

 

「いや〜、良かった良かった。希桜音ぜんぜん返信無いんだもん」

 

 これからまた談笑を始めようかというところで、始業のベルが鳴った。もう慣れたか、皆瞬時に席に着く。

 

 

 

 


 

 

 

 そうしてヒーロー基礎学の時間がやって来た。本日のヒーロー基礎学はグラウンドγで行うらしく、戦闘服(コスチューム)を着てやって来ていた。

 

「はい、私が来たー。てな感じでやって行くわけだけどね。はい、ヒーロー基礎学ね。久し振りだな少年少女!元気か?」

 

 今日の担当はオールマイトらしい。最初の部分に気力が感じられなかったのは何故だろうかと希桜音は思ったが、お構い無しに説明は進んでいく。

 

「さて、今回のヒーロー基礎学だが、職場体験直後ってことで遊びの要素を含めた救助訓練レースを行うこととする!」

 

「救助訓練ならUSJでやるべきでは無いのですか?」

 

 そう言って手を挙げるのは戦闘服(コスチューム)修繕中の飯田。今回はジャージ姿での参加だ。

 

「あそこは災害時の訓練になるからな〜、私はなんて言ったかな?そう"レース"!ここは運動場γ!複雑に入り組んだ迷路のような密集工業地帯!5人4組に別れて、一組ずつ訓練を行う!」

 

 

『オールマイトがどこかで救難信号出すから、生徒達は町外れのスタート位置から一斉スタート。街の破壊は最小限に。最初に助けた奴の勝ちだ』

 

 ━━━━━━━━なるほどねぇ。いや、途中までは頑張ったんだけどね

 

『はいはい、お前一組目だろ。さっさと行きなさいよ』

 

 ━━━━━━━━はーい

 

 戦兎に説明の補足をされた希桜音は、指示されたスタート位置へと立つ。

 今回の組のメンバーは、瀬呂、緑谷、飯田、芦戸、そして希桜音の5人だ。待機しているメンバーは、少し離れた場所からモニターでの観戦をする。戦兎と万丈はクローズドラゴンに乗り込んでモニターで観戦する事にした。

 

「さて、と」

 

 スタート位置へと立った希桜音は軽く準備運動を始める。

 

 ━━━━━━━━クラスでも機動力のあるメンバーが固まった。でも

 

「それでは行くぞ!スタート!」

 

 オールマイトがスイッチを押してスタートとなる。希桜音はそれと同時にビルドドライバーを巻いて、変身の構えを取った。

 

 【タカ!ガトリング!BEST MATCH!】

 

 【 Are  You  Ready ?】

 

「変身!」

 

 【天空の暴れん坊!ホークガトリング!yeah】

 

 ホークガトリングフォームへと変身した希桜音は、瞬時に飛び上がってオールマイトの元へと向かう。

 希桜音が上から見た光景だと、瀬呂はテープを巻いて飛び上がり、上から攻めている。芦戸は酸で滑りを良くしながら直線を進み、縦のルートは酸で足場を作りながら進む。飯田は全力疾走。そして緑谷は

 

 ━━━━━━━━USJの時と同じ...

 

 あの時(脳無戦)と同じ動きを見せていた。ぴょんぴょん飛び回る様子は、爆豪を彷彿とさせる動きだった。

 

 ━━━━━━━━でも

 

 でも、障害物を潜り抜けるよりかは、障害物を通り越す方が圧倒的に速い。

 

「フィニーッシュ!!ありがとう、そしておめでとう!」

  

「やったぜ」

 

 その言葉と共に、助けてくれてありがとうと書かれた襷を進呈される希桜音。変身を解いた希桜音はそれを身につけた。

 

「一番は小兎謚少女だったが、皆入学時より個性の使い方に幅が出てきたぞ!この調子で期末テストに向けて、準備を始めてくれ!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 そうして希桜音達はモニターの方へと赴き、2組目以降の観戦をする事になった。

 

 

 

 


 

 

 

 授業が終わり、更衣室へと向かった生徒達は各々制服へと身を包む。希桜音も勿論、戦闘服(コスチューム)を脱いで制服へ着替えようとしている最中だった。

 

「...なんか(男子更衣室)騒がしくない?」

 

「いつもの事じゃん、ほっとこほっとこ」

 

 何やら隣が騒がしい事が、希桜音は少し気掛かりだった。

 そしてその騒がしさ、主に峰田の声はだんだんと大きくなってくる。

 

「八百万のヤオヨロッパイと小兎謚のコトヨロッパイ、芦戸の腰つき、葉隠の浮かぶ下着、麗日ボディに蛙吹の意外おっ、ギェアアアアアア!!!??」

 

「...さいってー」

 

 女子更衣室と男子更衣室の壁を貫く小さな穴。今までは暗くて見えなかった為、特に処置はしていなかったのだが、まさか覗き用の穴だとは思わなかったと、女子生徒達は言った。

 覗きの犯人である峰田実は、穴から通した耳郎のイヤホンジャックが片目に突き刺さり、悶えることとなる。

   

「ありがとう響香ちゃん」

 

「なんて卑劣...今すぐ塞いでしまいましょう」

 

 ━━━━━━━━ウチだけ何も言われなかったな

 

「大丈夫、揉めばデカくなる!あとアボガドとか!」

 

「心の中読まないで!!??」

 

 耳郎の沈んだ表情から察した希桜音は、彼女を励ます言葉を投げ掛けた。つもりだった。

 それから教室へ戻るまで、耳郎は女子生徒と口を聞かなかったらしい。

 

 

 

 


 

 

 

「え〜、そろそろ夏休みも近いが、勿論君等が1ヶ月休める道理はない。」

 

 生徒達が教室へと戻ると、早速帰りのHRが始まった。相澤の意味深な言葉に、生徒達は恐怖を覚える。

 

「まさか...」

 

「夏休み、林間合宿やるぞ」

 

「「「「知ってたけど!!やったー!!」」」」

 

 林間合宿というワードに、一斉に盛り上がる生徒達。夏の楽しみ、それを共に分つ喜び。クラスは一気に騒々しくなった。

 

「ただし」

 

 冷たい相澤の一声で皆は静まる。

 

「その前の期末テストで合格点に満たなかったやつは、補習地獄だ」

 

「みんな頑張ろうぜー!」

 

 それからテストについて幾つか補足があった後、HRは終わり、皆は帰路に着いた。

 

 

 

 


 

 

 

 所変わって日本某所ビル。空は紅く染まり、まるで悪の根源を仄めかすようだった。

 ビルの中には(ヴィラン)が複数人おり、そのトップはオールマイトの因縁の相手だった。だがそんな事はどうでもいい。小兎謚 希桜音が対峙すべき相手はそれではない。

 

「ヒーロー殺し、捕まるとは思わなかったが概ね想定通りだ」

 

『感化されたヤツらがこれを期に、(ヴィラン)連合を求めて入る...ってワケか。さすが上手いな、オールフォーワン』

 

「君だって自分の目的の為に活動してるじゃないか」

 

『制約さえなきゃ、とっくにこんな世界とはおさらばしてるさ』

 

「だけど君がこの世界から去るという夢も、漸く見えてきたんだろう?」

 

『あぁ...さすがは()()だ。俺が求めた物を創ってくれる』

 

「だが、まずはコチラが終わってからだ」

 

 分かっている、そう答えたスタークはその場を後にした。医療用の管を付けた巨悪、オールフォーワンと会話を終えたスタークは、()()の元へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 



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第28話 試験開始のベルが鳴る

戦闘なし


 

 

 

 

 

 

 期末テストまで丁度1週間となった。この日も通常通りの授業を行った。

 

「授業はここまでとする。期末テストまで残すとこ1週間だが、お前らちゃんと勉強してんだろうな?当然知ってるだろうが、テストは筆記だけでなく演習もある。頭と体を同時に鍛えておけ。以上」

 

 それだけ言い残した相澤は、教室のドアをガラガラと良い音を立てて閉じた。これから先は放課後、皆自由に喋り動く。

 

「「全く勉強してなーい!!」」

 

 そう言って焦りを感じているのは上鳴(20位)。対して芦戸(19位)は諦めているのか、大変にこやかな表情だ。上鳴は言い訳がましく中間テストから期末テストまでの学校行事の存在を口に出した。それに同意するのは常闇(14 位)。中間テストよりも範囲が増えた事による精神的苦痛もあると言うのは砂藤(12位)、それに付け加えるようにして峰田(10位)は余裕の表情で演習試験の存在も話題に出した。

 

「「ちゅ、中間10位!!??」」

 

 あの性欲の権化、峰田実の順位に底辺二人は驚きを隠せずに彼を責め立てる。同族だと思っていた為か、裏切られたという気持ちが大きいのだろう。

 

「お前みたいなのはバカで初めて愛嬌が湧くんだろうが...!!どこに需要あんだよ...!」

 

「世界、かな?」

 

 峰田の余裕の表情に、底辺2人はヘイトを貯めるばかりだった。そんな2人を心配してか、ある人物が声をかけた。

 

「芦戸さん上鳴君、頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!」

 

 そうやってやる気を奮い立たせようとするのは緑谷(5位)。さらに飯田(3位)も彼等に応援の言葉を送った。

 

「普通に授業受けてりゃ赤点はでねぇだろ」

 

「ちゃんと授業聞かないからこーなるんだよ」

 

 そう言うのは(6位)希桜音(2位)だった。

 

 ━━━━━━━━まぁ、私の場合は天っ才物理学者の記憶があるからなんだけど

 

 授業聞いとるわという微力ながらも抗おうという言葉を無視して、希桜音はそう思った。小兎謚 希桜音は桐生戦兎と記憶の一部を共有している。戦兎側からは希桜音の断片的な記憶しか知らないが、希桜音は戦兎の記憶を全て知っているのだ。座学も含めて。

 

 ━━━━━━━━これが無かったら雄英受かれて無いんだよなぁ

 

 何やら窓側付近が騒がしいと、希桜音は意識を現実へと戻した。底辺2人を哀れに思ったのか、八百万(1位)は2人に手を差し伸べるらしい。さらにそれに乗っかって、分からない部分がある耳郎(8位)瀬呂(17位)尾白(9位)も八百万に助けを求めた。3人から助けを求められた八百万は、途端にプリプリとしたオーラを放ちながら彼女の家で勉強会を催すらしい。

 

 ━━━━━━━━ナチュラルに産まれの違いを叩きつけられた気がする...

 

 希桜音はそう思いながら、教室を後にした。昼食の時間だ。皆で大食堂へと行くのだ。

 

 

 

 


 

 

 

「演習試験か...内容不透明で怖いね」

 

 好物であるカツ丼を前にしながら、緑谷はそう話し始めた。飯田は突拍子もない事はしないと言うが、希桜音はそれを否定した。

 

「いや、雄英なら演習試験系のは色々やりそうな気がする...」

 

「範囲が決まってて何とかなる筆記に比べたら、自由な事は出来るもんね」

 

 ━━━━━━━━なんとかなるんや...

 

 そう遠い目をするのは麗日(13位)葉隠(16位)蛙吹(7位)は一学期でやった事の総合的内容をやる、としか教えてくれないことを溜め息混じりに呟いた。

 

「ん、辛。山葵入れ過ぎた」

 

「俺のと変えるか?山葵あんま入れてねぇぞ」

 

「ん、ありがと」

 

 一学期でやった内容を緑谷がまとめている側で、同じ笊蕎麦を食べている2人は麺汁を交換する。

 

 ━━━━━━━━そう言えばアイツ(エモー)今何してんだろ...

 

「あぁ、ゴメン。頭大きいから当たってしまった」

 

 ふと考え事をしていると、また何か厄介事が起きたようだった。体育祭の時に、何かとA組に難癖をつけてきたB組の物間が緑谷にわざとぶつかってきたらしい。

 今回の用件は、ヒーロー殺しと遭遇した飯田、緑谷、轟を初めとしたA組に難癖つけることらしい。曰く、トラブルメーカーもとい疫病神のA組が引き寄せたトラブルに、B組まで被害を受けてしまうのではないかと。

 

 ━━━━━━━━そういうのフラグって言うんだけどなぁ

 

「うっ」

 

「物間、洒落にならん」

 

 そう言って彼の暴走を手刀で止めたのは、B組のクラス委員である拳藤。彼女は物間が持っていた御盆を上手くキャッチして、物間の代わりに緑谷達に謝罪した。

 

「アンタらさ、期末の演習試験、不透明って言ってたよね」

 

 謝罪のつもりなのか、拳藤は期末テストの演習試験について話をしてくれた。一般入試と同じくロボットでの実践演習らしい。知り合いの先輩から聞いたのだとか。

 

「バカなのかい拳藤...折角の情報アドバンテージを、こここそ憎きA組を出し抜くチャンs「憎くわないっつーの」

 

 トンともう一太刀浴びせた拳藤は、そのまま物間を引き摺ってB組メンバーの元へと戻って行くのだった。

 

 ━━━━━━━━ロボット...なら余裕だな

 

 仄かに山葵の辛味が来る蕎麦をズルズルと胃の中へと押しやりながら、希桜音はそう思うのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 その日のHRを終えた緑谷は、早速上鳴と芦戸に拳藤の話を伝えた。その話を聞いた2人は対人用に調整をしなくて済むと喜んだ。

 

「「これで林間合宿もバッチリだー!」」

 

「人でもロボでもぶっ飛ばすのは同じだろ。何が楽チンだアホ共」

 

 そう吐いたのは爆豪。アホとはなんだと上鳴は言い返したが、パンパンに溜まっていた中身が耐え切れなくなり、一気に放出されたかのように彼の怒りは爆発した。その余波は緑谷へと当たることとなる。

 恐らく、前の救命救助レースの際の緑谷の動きを見て、闘心を燃やしているのだろう。

 

「次の期末、個人成績で否が応でも優劣はつく。完膚なきまでに差つけて、てめぇぶち殺してやる!」

 

 そしてその怒りは他にもぶつけられた。

 

「轟!小兎謚 !」

 

「ヒッ!?」

 

「テメェらもだ!!」

 

 轟と希桜音にも宣戦布告をして、彼は勢いよく教室の戸を閉めて出て行った。

 

「久々にガチな爆豪だ」

 

「怖かったぁ...」

 

 久々に見た怒りの爆豪に、希桜音は恐怖を隠せなかった。トコトコと芦戸の元へと駆け寄るのだった。

 

(((((体育祭ん時あんなに喧嘩売ってたのに)))))

 

 

 

 


 

 

 

 それから1週間、生徒達は体と頭を鍛えることに精を出した。希桜音ももちろんそうした。

 そうして迎える筆記試験。希桜音は初日から最終日の三日目の教科を楽々クリアした。前回同様トップ3に入れる自信はあった。

 筆記試験が終われば次がある。演習試験の日がついにやって来た。

 

「それじゃ、演習試験を始めていく」

 

 実技試験会場中央広場に集められたのは、戦闘服(コスチューム)を着たA組生徒と6人の教師達。

 

「この試験でも、もちろん赤点はある。林間合宿行きたけりゃ、みっともないヘマはするなよ。諸君等なら事前に情報を仕入れて、何するか薄々分かってると思うが」

 

「入試みてぇなロボ無双だろー!!?」

 

「花火ー!!カレー!!」

 

 盛り上がるのは上鳴と芦戸。だがそれを否定するような言葉がどこからともなく聞こえてきた。声の主は根津校長、相澤の捕縛武器から出てきた。

 

「残念!諸事情があって、今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

「「「校長先生!!?」」」

 

「変更って...」

 

 根津は相澤の肩から降りると、これからの方針について語り始めた。対人戦闘を見据えたより実戦に近い教えを重視するらしい。

 

「という訳で、諸君等にはこれから2人1組に別れてここにいる教師1人と戦闘を行ってもらう!!」

 

「尚、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や親密度、諸々組み合わせて考えたから発表してくぞ」

 

 そうして対戦の組み合わせは、一戦目から順にこうなった。

 

 切島&砂藤vsセメントス

 常闇&希桜音vsエクトプラズム

 飯田&尾白vsパワーローダー

 轟&八百万vs相澤

 麗日&青山vs13号

 上鳴&芦戸vs根津

 耳郎&蛙吹vsプレゼント・マイク

 障子&葉隠vsスナイプ

 峰田&瀬呂vsミッドナイト

 緑谷&爆豪vsオールマイト

 

「試験の時間は30分。君達の目的は、このハンドカフスを教師に掛ける or どちらか一人がステージから脱出することさ!」

 

「なるほどねぇ」

 

 教師達は各々アドバイスをした。教師を(ヴィラン)そのものと考え、仮に会敵した場合勝てるならそれで良し。だが実力差が大きければ応援を呼ぶ、つまりステージから脱出するのも一つの手だという。

 

「轟、飯田、緑谷、小兎謚、お前らはよく分かってんだろ」

 

 ━━━━━━━━呼びにいける隙を作れなかったけれども、否定できないのが悔しい...

 

 だがこの状況では、逃げるという選択肢しかない。そう考えた教師側には、あるハンデを背負う事になっているらしい。

 

「超圧縮お〜も〜り〜」

 

「似てなさ過ぎない!?」

 

 サポート科に協力してもらい、教師達は体重の約半分の重量分の重りを装着することになっている。動きは鈍るし体力はその分削れる。

 

『戦闘を視野に入れさせるため、か』

 

「じゃ、組ごとに用意したステージで、1戦目から順に試験を始める。出番がまだの者は、試験を見学するなり作戦を相談するなり好きにしろ」

 

 その言葉と共に、生徒達は解散した。教師陣と砂藤&切島は建物内へと入っていく。

 

「作戦考えようか」

 

「御意」

 

 希桜音と常闇は作戦を考えるべく、彼女らは人気のない林の方へと移動して行くのだった。

 それから数分、会場内にあるアナウンスが流れた。

 

 「砂藤、切島チーム。両者気絶によりリタイア」

 

 時間はそこまでかかっていない。初戦から敗北という事実に、生徒達は不安に襲われた。

 そして場所は第二戦実技試験場へと移る。そこは縦に広いビルのステージで、生徒達はステージ中央からのスタートだった。

 

「まあ、最初は間違いなく」

 

「囲われるだろうな」

 

 戦兎と万丈を置いてきた希桜音は、グッと伸びをする。緊張していない訳では無い。

 

 「小兎謚、常闇チーム。演習試験...Ready GO」

 

 演習試験第二戦目のブザーが、会場内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 



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第29話 跳び超えろラビット

卒業の時期ですね〜
自分は昨日卒業式でした。高校生から大学生へとLevel UP!しました
さて、作者は卒業出来ましたが、希桜音ちゃんはまず試験を合格できるのか?第29話をどうぞ!


 

 

 

 

 

 

 

 演習試験2戦目のブザーが鳴り響いた。ブザーと共に白い靄が現れ、ぼわぼわと形を形成し始めた。エクトプラズムの個性:分身によるものだった。

 

 【ドラゴンゼリー!】

 

「変身!」

 

 【潰れる!流れる!溢れ出る!】

 

 【ドラゴンインクローズチャージ!ブルァ!】

 

 クローズチャージへと変身した希桜音は、背中の管からゼリーを噴出して緊急脱出。常闇は黒影(ダークシャドウ)と共に希桜音の体に掴まって、共に空へと舞った。

 

 ━━━━━━━━変身時間ノ短イ方カ

 

「とりあえずは作戦通り!」

 

「油断するな、前方来たぞ!」

 

 縦に長い建物の性質上、試験として使うためにぐるりと回る形で上へ下へと移動するルートとなっている。まずは上のルート。飛び上がった二人は上の通路へと着地し、奥へと駆けていく。

 

「分身来たっ!」

 

黒影(ダークシャドウ)!!」

 

「アイヨ!」

 

 通路へ着地すると、先刻と同じようにエクトプラズムの分身が生成された。常闇は黒影(ダークシャドウ)を放ち、中距離から分身を爪で切り裂いていく。

 

「背後ガガラ空キダ」

 

 常闇踏陰の強み、それは間合いに入らせない中距離攻撃。だが弱みは間合いに入らせた後だ。彼の身体能力はさほど高くはない。それは教師であるエクトプラズムは知っている情報、もちろんそこは突いて来る。だが

 

 【シングル!シングルフィニッシュ!】

 

 それは希桜音も分かっている。希桜音は常闇の背後を取った分身にユニコーンフルボトルの銃弾を放ち、分身を消滅させた。

 

「すまない!」

 

「いいよ、今何体?」

 

「俺とお前で3体だ、まだまだ来るぞ!」

 

 今何体、という言葉から察せられるように、エクトプラズムの分身には一度に出せる数が決まっている。だいたい30体程度だ。

 

「作戦の変更は?」

 

「ない。寧ろ作戦通り行こう。重りのハンデが全然感じられないから」

 

「了解!」

 

 希桜音と常闇の作戦、それは恐らく最終地点で待ち構えているであろう本体に、常闇がハンドカフスを付けるというものだ。常闇の個性:黒影(ダークシャドウ)はプロとも充分渡り合える強い個性、一vs一ならハンデありのプロの隙を突けると考えた故の作戦だった。

 希桜音が作戦の概要を思い出していると、目の前に新たな分身が3体現れた。常闇は黒影(ダークシャドウ)で対処するが、そのうち2体は黒影(ダークシャドウ)を躱し、希桜音に狙いを定めた。

 

「小兎謚!」

 

 【Ready GO!】

 

 希桜音はドリルクラッシャーを取り出し、恐竜フルボトルを挿して横一閃にそれを振るった。

 

「甘イ」

 

 だが、それはあまりに素直過ぎた。エクトプラズム達は攻撃がギリギリ届かないラインで留まり、攻撃が止んだ途端にまた駆け寄る。重りを装着しているとは思えないそのスピードから繰り出されたのは蹴り。

 

 ━━━━━━━━狙いは、ベルト!

 

 希桜音は瞬間的に背中の管からゼリーを噴出させ、本体がいるであろう脱出口へと向かって行く。途中で常闇を回収しつつ、希桜音は噴出を止めない。

 

「やっぱ狙われてるよね、弱点」

 

ンなモン(変身)に頼ってるカラダロ!」

 

「この状態は最後まで持つのか?っ、横!」

 

 横、と言われた時には既に遅い。希桜音の死角から分身が現れ彼女らを蹴り飛ばした。常闇は黒影(ダークシャドウ)でその分身を切り裂いたが、分身は一体だけではなかった。

 

「小兎謚、背は任せた!」

 

「分かってる!」

 

 体勢を立て直した希桜音はすぐさま常闇と背中合わせになった。分身の数は10体、彼女らを挟むようにして陣を取っている。

 黒影(ダークシャドウ)は自在に宙を動いて分身を確実に切り裂いていく。希桜音はツインブレイカーによる銃撃と、ドリルクラッシャーによる斬撃で分身を倒していく。

 

 「数が増えてきた!逃げるか?」

 

「そーだね、時間削られたくないし」

 

 【消しゴム!潰れな〜い!】

 

 消しゴムフルボトルをベルトへと挿した希桜音は、常闇と共に姿を消した。このまま脱出口へと向かうのだ。エクトプラズムは音を頼りに攻撃するが、中々当たらず奥への侵入を許すこととなってしまった。

 

 

 

 


 

 

 

「っと、よりによって出口前で切れるのか」

 

「見ろ、恐らく本体だ」

 

 常闇が指差す先には、出口前で立っているエクトプラズムがいた。透明の効果が切れた2人はこれからどうするかを考えるのだが、そんな暇は敵前で作らせてくれないようだ。

 

「後ロ!」

 

「チッ」

 

 背後から分身が襲ってきたのだ。希桜音はツインブレイカーを構えて斬り裂いたが、これで位置はバレたであろう。すぐに行動すべきだと希桜音は考えた。

 

あっち(本体)は任せた!」

 

「了解した!」

 

 希桜音は常闇を抱えてゼリーを噴出、行き先はゲートの向こう側だ。常闇は黒影(ダークシャドウ)を使い、本体のエクトプラズムと交戦しつつ希桜音の身を守る。肝心の希桜音は襲い掛かってくる分身達を2つの武器を用いて牽制する構えを取るが、分身達は襲ってこない。それどころか消えていくのが見えた。

 

「確カニ、()()カラ身ヲ守ルノハ良イ作戦ダ。シカシ」

 

 しかし、その言葉と共に分身達の靄が彼女たちの目の前に立ち塞がる。

 

 ━━━━━━━━これは

 

「”強制収容ジャイアントバイツ”」

 

 白い靄達は一塊となり、それはやがてエクトプラズムの巨大な上半身となった。巨大なソレは口を大きく開き、ヒーローを飲み込まんとする。

 

「ッ、投げ「遅イ」

 

 常闇をゲートの奥へと投げようとした時にはもう遅い。2人は収容所への飲み込まれ、体外に埋め込まれる形で外界の空気に触れる。

 

黒影(ダークシャドウ)!」

 

「アイヨ!」

 

 常闇は黒影(ダークシャドウ)を使い、本体と交戦する。だが相手はプロ、蹴りだけで黒影(ダークシャドウ)との戦闘を優勢へと持って行った。

 

「小兎謚、動けるか?」

 

「がっちり両腕両足固定されてるね...動けなさそうだ。でも、」

 

 でも、策ならある。

 希桜音はそう続けて、今彼女の脳内に浮かんでいるこの状況を打破できる策を常闇へと伝えた。

 

「成程分かった。だがこれは」

 

「さっきの作戦とほとんど変わらない。いくよ」

 

黒影(ダークシャドウ)!」

 

 作戦の概要を説明し終わると、希桜音はドラゴンゼリーとスクラッシュドライバーを押し入れへと入れ、無理矢理変身を解除した。その間に黒影(ダークシャドウ)は2人の元へと駆け寄り、なにやら準備を始めた。

 

 【フェニックス!ロボ!BEST MATCH!】

 

「!」

 

 深追いは禁物だと様子を伺っていたエクトプラズムは、目の前の光景に目を丸くした。

 

 ━━━━━━━━イヤ、盲点ダッタガ出来ナイトハ聞イテイナイ

 

 他者ガベルトを扱ウトハ

 

 黒影(ダークシャドウ)はビルドドライバーにボトルをセットしていたのだ。慣れない作業だが、ベルトを希桜音の腰へと巻いてレバーを回す。

 

 【 Are  You  Ready ?】

 

「変身!」

 

 【不死身の兵器!フェニックスロボ!yeah】

 

 変身音が鳴り追えるよりも速く、希桜音は火の鳥の姿となって拘束を抜け出した。

 エクトプラズムは一人で希桜音を止めに掛かるが、瞬時に無理だと判断して常闇の拘束を解除、今出せる最大数の分身を希桜音へと当てる。

 7体は希桜音の軌道上に現れ、動きを止める肉壁となった。彼女とぶつかり合った分身達はスグに消え去ったが、希桜音を止めることには成功した。

 

「常闇踏陰、援護ハサセナイ」

 

 敵は2人。エクトプラズムは希桜音の対処を分身達に任せて、自身は常闇との1VS1を行う事にした。

 常闇は黒影(ダークシャドウ)と共にエクトプラズムの元へと向かうが、蹴りだけで返されてしまった。

 

「ぐっ...!」

 

 対して上空の希桜音は分身達の処理に追われていた。狙いはベルト、全方面からの攻撃を躱し、去なしつつの死守は希桜音には難しいようだった。

 

 ━━━━━━━━隙を見せれば変身解除させられる、もっと広範囲な、いや避けられれば意味が無い。さっさと終わらせる手っ取り早い手は

 

 さっさと終わらせる手っ取り早い手、希桜音の脳裏に浮かんだのはUSJで使ったあのフルボトル達(恐竜とF1)。だがアレを使う気にはなれなかった。あの時の火傷は、今でも未だ残っている。まだ包帯を巻いたままの生活なのだ。

 

 ━━━━━━━━違う、今考えるべきなのは速さ

 

『じゃあ』

 

 じゃあ、あの時の光景が蘇る。脳無を相手に苦戦していた時、万丈に勧められたが断ったあのアイテム。

 

 ━━━━━━━━今なら使える?

 

「ッ!」

 

「動キガ短調ダ。考エ事カ?」

 

 考え事をしていた為か、頭上の警戒が疎かになっていた。分身のうちの一体に叩き落とされてしまったようだ。

 

 【MAX HAZARD ON!】

 

 だが、希桜音はそれでは止まらない。ハザードトリガーを取り出し、ベルトへと装着した。

 そしてさらに押し入れから、フルフルラビットタンクフルボトルを取り出し、文字通り振り始めた。

 

「戦闘最中とは思えない軽い音だな...」

 

 【ラビット!】

 

 軽口を叩きながら、ボトルのキャップをキチンと合わせた彼女は、その通常のフルボトルの倍ある長さのこのフルボトルを折りたたみ、ベルトへと挿し込んだ。

 

 【ラビット&ラビット!】

 

 【ガタガタゴットンズッタンズタン!】

 

 【 Are  You  Ready ?】

 

「ビルドアップ」

 

 素体はラビットタンクハザードフォームと何ら変わらない。だが目に見えた強化をさせるほどエクトプラズムは甘くはなく、分身達は一斉に襲い掛かった。だがそれを阻止する者がいた。どこからともなく現れた紅い兎だった。それは近づく分身達を一蹴りした後5つに分かれ、希桜音の体に合体した。

 

 【紅のスピーディージャンパー!ラビットラビット!】

 

 【ヤベーイ!ハエーイ!】

 

 ラビットタンクハザードフォームを覆うような紅いアーマー。それはまるでハザードトリガーによる危険性を抑えるそのボトルの効果を表しているようにも思える。

 

「フッ!」

 

 ラビットラビットフォームへと変身した希桜音は、試しに少し移動してみる。

 

 ━━━━━━━━速っ、でも追いつく!

 

 体も意識もスピード特化のこの形態について来れていた。

 

「常闇君!」

 

 希桜音はその跳躍力を生かし、常闇の頭上へと跳び上がった。レバーを握り、グルグルと回して必殺技を発動させる。

 

 【ガタガタゴットンズッタンズタン!Ready GO!】

 

 【ラビットラビットフィニッシュ!】

 

 希桜音は脚部に仕込まれたバネを生かして右脚をゴムのように長く伸ばし、身体が縮んで元に戻る勢いを利用したライダーキックを行う。

 

「攻撃ガ来ルト分カレバ避ケル事ハ容易」

 

 攻撃の矛先であるエクトプラズムは、攻撃を予測していち早くその場から離れた。希桜音のライダーキックはもちろん外れるが、狙いはそこでは無い。

 

「ッ...ナルホド」

 

 攻撃を避けたエクトプラズムだったが、彼の脚にはハンドカフスがしっかりと付けられていた。

 

「攻撃ニ気ヲ取ラレタ隙ヲ突イテハンドカフスヲ付ケタカ...」

 

 「小兎謚・常闇チーム、条件達成!」

 

「お疲れ様〜!」

 

「あぁ」

 

 勝利を喜ぶ常闇と希桜音、そして黒影(ダークシャドウ)。そんな3人の元へエクトプラズムは歩み寄った。

 

「ハンドカフスハイツ渡シタ?拘束シタ時ニハ無カッタハズ。小兎謚ノ個性デ隠シテイタノハ分カルガ」

 

「最後の蹴りの時です。私の個性は、私の体から半径1m内なら自由に出し入れ出来ますから」

 

 その答えにエクトプラズムは納得したようで、彼女らにこの建物内から出ることを促した。

 

 そうして試験は続々と終わりを告げていく。終わった時の生徒達の表情は、明るい者、暗い者様々だったが、期末テストはとりあえず終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第30話 蠢くヴィラン

戦闘なし


 

 

 

 

 

 

 期末テストから数日後、上鳴、砂藤、芦戸、切島の4人は浮かない顔をしていた。いや、それ以上に酷いかもしれない。

 

「みんな、合宿の土産話に、してる...ね」

 

 涙を堪えきれずにタラタラと流し続ける芦戸は、希桜音の背にしがみつきながらそう言うのだった。緑谷は慰めようと、どんでん返しがあるかもしれないと言うのだが瀬呂に止められてしまった。

 

「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄。そして俺達は実技クリアならず。これでまだ分からんのなら貴様の偏差値は猿以下だァ!!!」

 

「落ち着け、長ぇ」

 

「集合写真に合成で皆載せとくから、ね?泣き止みなよ」

 

「傷口に塩を塗るなぁ!?」

 

 そうツッコんだ瀬呂は、彼ら同様に溜息を吐いた。彼は実技試験はクリアしたものの、試験内容はミッドナイトによりほぼ寝かされており、手柄は全て峰田によるものだった。採点基準が明かされてない今、彼もまた赤点の危機があるらしい。

 

「予鈴が鳴ったら席に着け」

 

 未だわーわーと上鳴が喚いている中、相澤が勢いよくドアを開けて教室へと入って来た。それと同時に生徒達は席へと瞬間移動を彷彿とさせる速さで席へと戻った。

 

「おはよう。今回の期末テストだが、残念ながら赤点が出た」

 

 相澤のその言葉に、実技試験未クリアの4人の表情は、悔やみ、悟り、お通夜状態となる。

 

「したがって林間合宿は......全員行きます」

 

「「「「どんでん返しだぁ!!!」」」」

 

 お通夜状態を爆発させるような明るい声。上記4人は皆揃って大喜びだ。

 

「赤点者だが、筆記の方は0。実技で切島、上鳴、芦戸、砂藤、あと瀬呂が赤点だ」

 

「いぃ!?やっぱりかぁ...確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんなぁ...」

 

 瀬呂が呟いたことに相澤は反応し、今回の実技テストの採点基準について説明し始めた。

 先生方(ヴィラン)側は生徒に勝ち筋を残しつつ、課題とどう向き合うかを観るように動いたとのこと。そうでもしなければ、合格以前に詰む生徒ばかりだかららしい。

 林間合宿はあくまで強化合宿。赤点を取った生徒にこそ必要な場所、つまり

 

「合理的虚偽ってやつさ」

 

「「「「ゴーリテキキョギィィィィ!!!!」」」」

 

 合理的虚偽、二度も虚偽を重ねられると信頼が揺らぐと飯田は挙手して物申した。相澤はそれは省みると言い、その後に全部嘘ではないと付け加えた。

 

「赤点は赤点だ。お前らには別途に補習時間を設けてる。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりきついからな」

 

 その言葉に補習組は顔面蒼白となる。相澤はそれを横目に合宿のしおりを回し、そのまま放課後へと突入する。

 放課後の話の話題としてすぐに出てきたのは、合宿の準備だった。

 

「1週間の強化合宿か」

 

「けっこうな大荷物になるね」

 

「俺水着とか持ってねーや。色々買わねぇとな...」

 

 上鳴の買うという単語に反応したのは葉隠。ここで彼女はクラスメイト全員にこんな事を提案した。

 

「明日休みだし、テスト明けだし、A組みんなで買い物行こうよ!」

 

「おお良い!何気にそういうの初じゃね?」

 

「だね。私行く!」

 

 そうしてそれに賛同したのは爆豪と轟などを除いた13名だった。爆豪はめんどくさいから、轟は見舞いがあるから、そして他のメンバーも轟と同じように用事があるからと断った。

 

 

 

 


 

 

 

「てな感じでやってきました!県内最多店舗数を誇る、ナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール!!」

 

「「イエーイ!!」」

 

 時間は早く過ぎ去るもので、翌日の日曜日を迎えた彼女らはショッピングモールへとやって来ていた。日曜日という事もあって、中は人で溢れかえっている。そしてやはり雄英生は有名人、声を掛けられることもしばしばあった。

 

「俺、水着買わねーと」

 

「ウチも行く」

 

「私も「希桜音ちゃんはこーっち!」...?」

 

「ピッキング用品と小型ドリルってどこに」

 

「高性能なの100万で売るよ?いる?」

 

『科学の力を何に使おうとしてんだよ』

 

「皆目的バラけてっし、時間決めて自由行動すっか!」

 

「賛成ー!!」

 

「んじゃ3時にここに集合だ!!」

 

 切島のその言葉を合図に、生徒達は目的の場所へと向かうのだった。希桜音は八百万と共に葉隠に連れられてキャリーバッグの置いてある店を探す、のだが。

 

「...あれ、いつの間に」

 

 いつの間にか希桜音は彼女らとはぐれていた。所謂迷子というやつだ。

 

『この歳になって何やってんだよ、全く』

 

『カズミンの悪口はやめるぉ!』

 

「んー、まぁスマホあるし。連絡すれば」

 

 連絡すれば問題ない。ポケットに入ったビルドフォンを取り出して画面を開くと、ふと視界の端に映った人間に気を取られた。

 ルンルンと楽しそうにスキップしている、ベージュ色のカーディガンを着てミニスカートを履いている少女。髪は金髪で両サイドにお団子が作ってあり、付け根から髪がはねている。歳は同い歳ぐらいだ。

 

「待っ」

 

 手を伸ばすが、その少女は遠くへと行ってしまう。

 

 ━━━━━━━━ダメ

 

「待って!!」

 

『希桜音?おい希桜音!!』

 

 戦兎の声も聞こえない程に、彼女はあの少女に夢中になっていた。

 走る。走る。疾く疾く走る。

 だがもうあの少女の姿はどこにもなかった。

 

『...希桜音?』

 

「見間、違い...?」

 

『よく分かんねーけど、そうじゃねぇのか?』

 

 そう、とだけ答えて希桜音はふと後ろを振り返った。そこには葉隠と八百万が走って近づいてきており、やっと見つけたと言ってくれた。その後彼女らは目的の品を見つけ、どれが良いかを検討するのだった。

 

 そしてところ変わってショッピングモール出口。未だ人がワラワラと入ってくる中、2人の男女が帰路へとついていた。

 

「少しは大人しくしてろガキ...」

 

「いやぁ、久しぶりに友達に会っちゃいました。可愛かったなぁ、強くなってたなぁ」

 

「人の話を聞け...!」

 

「弔くんも誰かと会ってたよね?何話してたの?友達?友達いたんだ!」

 

 黙ってろと一蹴りした死柄木弔は、隣の少女 トガヒミコ と共にアジトへと戻っていく。

 それから数分後、ショッピングモールは(ヴィラン)の出現により封鎖されてしまった。雄英生徒達は軽い事情聴取、そして(ヴィラン)と邂逅した緑谷は警察署へと連れていかれて行くのだった。

 そして後日、学校側は警戒態勢を強めるため林間合宿の行き先は変更、当日まで明かさない事となった。そして生徒達は、林間合宿のその時まで各々過ごす事となる。

 

 

 

 


 

 

 

『まだ作れないのか?......そうか、何?......ハハハハ!!そりゃ愉快な話だ』

 

 ところ変わってオールフォーワンの隠れ家。そこにある研究室の椅子に、スタークはのんびりと座っていた。手には黒いパンドラパネルがあり、それを自慢気に持っている。

 

『で、それは...ほぉ、俺も行くことになりそうだな......ハハハ!そうか、そりゃまた楽しくなるなぁ?』

 

 スタークと話している白衣に身を包んだ人間はニヤリと笑い、奥の方から誰かを呼び寄せるのだった。

 そしてここにまた、新たな(ヴィラン)が誕生する。

 

 

 

 

 

 

 

 



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林間合宿編
第31話 学生がタンクでやってくる


活動報告で投稿遅れると言った翌日に投稿するの草だなぁ( ˇωˇ )
関係ないですが言わせてください。コトヨロッパイの語呂良くないですか?




 

 

 

 

 

「さぁ!包帯取れた祝いだ!宴だ!食え食え〜!!!」

 

「おお!!」

 

 林間合宿当日朝、雄英一年生達は皆バスに乗って合宿先へと向かっていた。照りつける日差し、蒸せるような暑さを遮断する冷房の効いた車内の中は、騒音と聞き間違えるかのように生徒達が騒ぎ立てていた。

 

「中までチョコたっぷり!美味い!」

 

 バクバクと買ってきた菓子を食べ漁るのは、USJの事件以降ずっと顔の右半分と右腕に包帯を巻いていた希桜音。夏休み直前までは包帯を巻いていたのだが、ついに取れたようだった。

 次から次へと芦戸を介して持ってこられる宴の品、小1時間彼女はそれを食べ続けるのだった。

 

 

 


 

 

 

「食い過ぎた...」

 

 1時間経った後、彼女らはとある場所に停車した。

 

『木ぃばっかだな!』

 

 万丈が言うように、そこから見える景色は青々と繁る木に満ちた森。あとは嫌という程に澄み渡る空。そして軽自動車が一台。

 

「小兎謚、桐生と万丈、あとこのプリントに載ってるフルボトル借りるぞ」

 

「え、はい。先生あのB組は」

 

 クローズドラゴンを押し入れから出し、さらにタカやフェニックスを初めとしたフルボトルを渡した希桜音は、B組が同じ場所にいないことを口にした。出発した時間は同じなのだが、と思っていると、答えが返ってくるよりも早く事は進む。

 

「よぉイレイザー!」

 

「ご無沙汰してます」

 

 ガチャっと軽自動車のドアが開き、車内から女性の声が聞こえた。瞬間的に生徒達が車内に目をやると同時に、車内にいた女性2人組は外へと出る。

 

戦闘服(コスチューム)...?』

 

 一人は赤を基調とした、もう一人は青を基調とした戦闘服(コスチューム)を着用しており、猫を彷彿とさせるグローブとヘッドギア、そして尻尾。

 

「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 突如現れた2人組に、決め台詞と決めポーズを見せられたA組一同は目を丸くしてそれを見る。相澤曰く、今回の林間合宿の協力者らしい。

 

「プッシーキャッツってあれだよね、結構ベテランの」

 

「そう!連盟事務所を構える4人1チームのヒーロー集団!山岳救助等を得意とするベテランチームで、キャリアは今年で1n「心は十八!!」ぐふっ」

 

「12年だよね。つまり三十z「心は十八ィィ!!」べふっ」

 

 プッシーキャッツの青い方、ピクシーボブは必死の形相で年齢を口にしようとする緑谷と希桜音の顔を掴んだ。

 

「心は??」

 

「十八っ」

「三十z...十八」

 

 キラリとグローブの先の爪をチラつかせて、脅迫気味に年齢について訂正させた。赤の方、マンダレイ曰く、適齢期的なものを気にしているらしい。

 生徒達は彼女らに挨拶をした後、ここら一帯はプッシーキャッツの所有地であることを聞かされた。

 

「で、あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」

 

「「「「「遠っ!!??」」」」」

 

「え?じゃあなんでこんな半端な所に...」

「これってもしかして...」

「いやいや...」

「アハハハ...バス、戻ろうか。な?」

「トイレは...?」

 

 ざわざわと響めき始める生徒達、だが時既に遅し。

 

「今は午前9時半、早ければぁ...12時前後かしらん?」

 

 不敵な笑みを浮かべたマンダレイは、手にした時計をチラつかせながらそう言い放った。

 

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね〜」

 

 戻れ戻れとバスに急ぐ生徒達だったが、ピクシーボブが目の前に立ち塞がり、それを阻止。さらに追い討ちをかけるように個性を発動させた。

 

「悪いね諸君、合宿はもう始まってる」

 

 次の瞬間、彼女らの立っていた地面は盛り上がり、生徒達を下の森へと突き落とした。重力に逆らう事のできない生徒達は、悲鳴を挙げながら落ちていく。

 

「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から3時間!自分の足で施設までおいでませ!この"魔獣の森"を抜けて!!」

 

 "魔獣の森"、不気味なワードがその森を不穏な雰囲気を漂わせ、生徒達の不安を煽る。だがこのまま居座る訳にもいかず、生徒達は立ち上がって森へと向かうことにした。

 

「にしても希桜音すごいね。ヒーローのキャリアとかウチ全然分かんないや」

 

「え?あ〜、色々とあったから...ね」

 

 ポリポリと頬を掻く希桜音を不思議がる耳郎だったが、突如として森から聞こえてきた足音に目をやる。

 

「「ま、魔獣だぁぁあ!!!」」

 

 彼女らの目線の先には、四足歩行の魔獣が木の隙間から顔を覗かせていた。なぜかその足元にいた峰田は、有無を言わさず攻撃の標的となり、踏み潰されそうになる。だがそれを許す程のタマゴがいないわけがない。緑谷は咄嗟にとびだして、峰田を掴んでその場から離れる。さらにその後を続くようにして、4つの人影が走り出した。

 

 

 

 


 

 

 

『俺たちまで離す理由あったか?保須の話知らないのか?』

 

「聞いてる。"一人"で脳無を相手にしたってのも、またエボルトってのが現れたのもな。ソレについて色々聞きたかった」

 

 ところ変わって崖上。相澤は戦兎と話がしたかったらしく、そのためにわざわざ離したようだった。

 

「エボルトと一緒にいたグリス...そいつの情報が欲しい。今後(ヴィラン)として立ち塞がった時の対処法を講じたい」

 

『あぁ?カズミンは俺たちの仲間だ!!』

 

『ばっか。今はエボルトと一緒に戦ってるでしょーが...分かった。今から言うことをメモして』

 

 メモしてくれ、その言葉を掻き消す多量の銃撃音が崖下から聞こえた。

 

【...90(ナインティ)100(ワンハンドレッド)!フルバレット!】

 

「はぁぁ!!!」

 

 崖下では、早速一匹目の魔獣と交戦していた。轟が下半身を凍らせ、緑谷と飯田、爆豪の蹴りと殴打と爆破で上半身を破壊、希桜音はホークガトリンガーの銃撃で残りを粉々に砕くのだった。

 

「さっすがたぜお前ら!」

 

「「まだだ」」

 

 魔獣を倒した余韻に浸る間もなく、森の奥から、上空から聞こえる物音に耳を傾ける生徒達。逃げれば昼飯時に間に合わない、最短ルートで魔獣を倒すという方針で、彼女らは進むことになった。

 

「さぁ、実験を始めようか」

 

 【MAX HAZARD ON!】

 

 ビルドドライバーを取り出した希桜音は、ハザードトリガーを装着してフルフルラビットタンクフルボトルを取り出す。軽快な音から重圧な音へと変わるまで振り続け、音が切り替わると同時にボトルを折ってベルトへと挿す。

 

 【タンク! 】

 

 【タンク&タンク!】

 

 【ガタガタゴットンズッタンズタン!】

 

 【 Are  You  Ready ?】

 

「変身!!」

 

 【鋼鉄のブルーウォーリアー!タンクタンク!】

 

 【ヤベーイ!ツエーイ!】

 

「行くぞA組!!」

 

「「「「「応!!!」」」」」

 

 飯田の掛け声と共に、生徒達は行動を開始する。

 耳郎と障子が索敵し、その他の生徒はいくつかのグループに別れて一塊となって魔獣達を攻略して行く。そんな中、希桜音は一人で戦闘を行っていた。

 

「動きが単純...!」

 

 フルボトルバスターを振り上げて、思い切り叩きつける。そうすれば魔獣は簡単に崩れ落ちる。これが魔獣を2、3体倒して見つけた攻略法だった。

 

 ━━━━━━━━これが操られている物だとしたら

 

 希桜音の脳裏に浮かんだのは、ヒーローまとめサイトのプッシーキャッツの欄。それによれば、プッシーキャッツの青い方、ピクシーボブの個性は"土流"、土を自在に操る個性と記載されていた。

 

「自在に操れるのなら、厄介な私に集中するよね」

 

 そう言った希桜音の周りには、様々な形の魔獣が7体。彼女を囲むようにして、襲い掛かる時を待っていた。

 希桜音はフルボトルバスターを握り締め、そしてそれを合図に魔獣達は一斉に襲い掛かった。だが、

 

「弱っ...」

 

 フルボトルバスターの一振りで、魔獣達は簡単に砕け散った。弱い弱いと嘆く希桜音は砲撃を交えつつ、他の生徒達から離れ過ぎない位置で進むのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 それから約7時間半後、時刻にして17時00分。A組生徒達は宿泊施設へと辿り着いた。

 

「うぇ〜い...」

「これが生身だったらなぁ...」

「お腹痛い...」

 

「邪魔...!!」

 

 ヘトヘトになっている生徒達の中で、体力面や個性の副作用で歩けない者もいた。そんな中、彼らはいいものを見つけたのだ。キャタピラで移動する仮面ライダーを。

 

「オラァ...」

 

 覇気のない言葉で、自身の体に乗っている3人を地面へ叩き落とす希桜音。胸にへばりついている葡萄(峰田)は取れなかったようで、仕方なく変身解除して引き剥がす。

 

「あ、3時間って言ったの私達って意味。悪いね」

 

「空さえ飛べれば余裕だったのにぃ...!!」

「実力差自慢かよ...」

「腹減ったぁ、死ぬぅ...」

 

「ねこねこねこ、でも正直もっと掛かると思ってた。思ったより簡単に攻略されちゃった。特にそこのキミ!キミ()()に全体の4割を当てたのに、苦戦しないどころか砲撃で援護まで熟すなんてすごいねぇ?唾いる?」

 

「いらねぇよ...あ、ベージュ髪(爆豪)が欲しいって「ホント!!?唾付けとこぉ!!」

「はぁ!?おいふざけんなクソアマァ!!」

 

「...あの人あんなでしたっけ」

「彼女焦ってるの、適齢期的なアレで」

 

「あ、適齢期と言えばあの「と言えばって?」

 

 適齢期という言葉である事を思い出した緑谷は何かを言いかけたが、ピクシーボブによってまたしても阻止されてしまった。だがそれは彼女の年齢とはあまり関係の無いことで、緑谷は言葉を続ける。

 

「ずっと気になってたんですが、その子はどなたのお子さんですか?」

 

 緑谷の指差す先には、まだ小学校低学年程度の少年が立っていた。

 

 ━━━━━━━━たしか崖から落とされる前にもいた気がする...

 

「あぁ違う。この子は私の従兄弟の子供だよ。ほら洸太、挨拶しな?1週間一緒に過ごすんだから」

 

 マンダレイに諭された洸太だったが、挨拶をするような雰囲気ではなさそうだった。話を振った緑谷は、人見知りなのだろうかと自ら足を進めて挨拶をしに行く。

 

「えと、僕 雄英高校ヒーロー科の緑谷、よろしくね」

「同じく小兎謚だよ、よろしく」

 

 少し興味が湧いたのか、希桜音も同じく緑谷に続いて挨拶をする。だが返ってきたのは挨拶では無い。金的だった。

 

 ━━━━━━━━うっわよく分かんないけどなんか凄く痛そう

 

「緑谷君!!?おのれ従甥!なぜ緑谷君の陰嚢をぉ!?」

 

「陰嚢...?あぁk『女の子がそんな端ない言葉言うんじゃありません』

 

「ヒーローになりたいなんて連中と、つるむ気はねぇよ」

 

 そう吐き捨てた洸太は、手を握り締めて水を思い切り希桜音に投げつけた。咄嗟に避けようとしたが、水は希桜音の顔面にぶち当たり、希桜音は咄嗟に顔を抑えてしゃがみ込んだ。

 

「つるむ!?君幾つ、って小兎謚君!?大丈夫かい!?」

 

「マセガキ」

「お前に似てるな」

「あぁ!?似てねぇわ、喋ってんじゃねぇよ舐めプ野郎!」

「わりぃ」

 

「茶番はいい。バスから荷物下ろせ。部屋に荷物を運んだら、食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さぁ、早くしろ」

 

 そう言い残した相澤は施設の中へと入っていく。そして希桜音は相澤を追い越すようにして急いで施設へと入って行った。誰にも、何も言わずに。

 

 

 

 


 

 

 

『ここにいたのk「ここ女子トイレなんだけど?」いやお前の裸何回も見てるからいいだろ』

 

 良くないと返しながら、希桜音は作業を再開する。

 作業、クリームを塗る作業。

 火傷の痕を隠す作業。

 

『まだ包帯付けとけって言ったろ?』

 

「...心配されたくない」

 

『ほら、紅白髪()いんだろ!アイツ火傷痕出してんじゃねーか。別にいいだろ?』

 

「...もうあっち行って。ね?」

 

 しっしっと希桜音は2人を追いやって、一人になる。

 

 鏡に映る自分の右半分は、醜い。

 

 

 

 

 

 

 



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第32話 ハザードの信号

 

 

 

 

 

 

「...」

 

 あれから幾分経っただろうか、体は時間という概念すら忘れて空間すらも歪めたようだった。彼女、小兎謚 希桜音の足元はおぼつかない。

 

 ━━━━━━━━ご飯の匂い

 

 イヤに嗅覚が敏感になっている。他は疎かになっているようだが。

 白と黒に点滅する世界の隅に映る引き戸に彼女は手を掛ける。中はザワザワと騒音にも似た和気藹々とした声で満ちているようだった。

 

 ━━━━━━━━やめてよ

 

 火傷痕がメラメラと燃え始めたような気がする。これもまた、何かを欲しているのだろうか。

 希桜音はフゥっと一息吐いて、思い切りドアを開けた。そこから先は、もう退けない。

 

「ご飯ー!!」

 

「希桜音ちゃん!体大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。いただきまーす!」

 

 たったっと空いてる席へと駆けて行き、手を合わせていただきますと言い放って箸を持つ。傍の蛙吹に心配されながらも、彼女はバクバクと夕食を胃袋へと詰めていく。まるで何もなかったかのように。

 

 空になった胃袋を満たすように無理矢理夕食を詰め込んだあとは、入浴の時間となる。のだが、彼女は腹痛と担任に伝え、入浴の時間をズラすことにした。

 

「治ってないんだろ。火傷()

 

「...聞きました?」

 

 伝えた後は部屋で時間を潰そうかと考えていたのだが、相澤に拘束されてしまった。誤魔化すように愛想笑いをするのだが、まだ話は続くようだった。

 

「1週間黙り通すつもりか?」

 

「...そうですけど。何か問題でも?」

 

「バレるのは時間の問題だ。クラスメイトを心配させたくないのなら、素直に話しとけ」

 

「...考えときますね」

 

 では、と言って希桜音は職員用の部屋を後にする。

 

『希桜音、いいか?』

 

 ニョキっと首を伸ばして、クローズドラゴンが顔を覗かせている。希桜音は戦兎の声がする方へと足を進めた。

 

「入って」

 

『おう』

 

 クローズドラゴンを押し入れの中へと入れた希桜音は、部屋へと戻る廊下を歩きながら話し始めた。

 

 ━━━━━━━━なに

 

『一海...グリスについての対抗策なんだが。お前の個性を使う』

 

 ━━━━━━━━対抗策...?てかなんで押し入れ

 

『お前の個性は物しか入れられない。なのに俺と万丈は入れた...あくまで仮説だが、ハザードレベルが3.0以上の人間、もしくは異世界の人間は押し入れの中へ入れるんじゃないか...ってな』

 

 ━━━━━━━━よく分かんないけど、次会ったらやってみる価値はあるかも、ね

 

 女子部屋の扉をガラガラと開けた希桜音は、畳の上へとゴロンと転がり込んだ。時計に視線をやると、まだA組女子の入浴時間終了までは時間があるようだ。

 

 ━━━━━━━━ねぇ、エボルト...は同じ事しないの?

 

『スタークの姿なら倒せるかも...な。ま、それはケースバイケースだ』

 

『...ケータイアイスってなんだ?』

 

「『ちょっと黙ってなさいよアンタ』」

 

 やり取りに疲れたのか、希桜音は少しの間目を瞑って休息をとる。だがふっと目を開いて、立ち上がった。

 

 ━━━━━━━━お花摘み

 

『分かった分かった。じゃ、俺らも行くか。じゃ、明日』

 

「ん。おやすみ。どこ行くの?」

 

『男部屋』

 

 そう言って戦兎は万丈を無理矢理連れて、男部屋へと飛んで行く。希桜音も一足遅れて部屋を後にして、生徒達の入浴時間が終わるまで適当に時間を潰すのだった。

 

 

 

 


 

 

 

「ふぅ...」

 

 時刻は21:25。B組生徒の入浴時間が終わってすぐの時間に、希桜音は少し温めの湯に浸かっていた。他には誰もおらず、そこは彼女の貸切状態の露天風呂であった。

 

「っ...」

 

 ふと湯に映った自身の顔に、希桜音は吐き気を催す。この嫌悪感はどうしようもないようで、暫くソレと戦うのだった。

 

「...治らないんだよな」

 

 落ち着いた彼女は自身の右手から肩にかけてを眺めた。これもまた、右顔と同じように火傷痕が酷く残っている。

 病院で再び目が覚めた後に医者に言われた、一生治らないという言葉が蘇る。嫌なものだと、希桜音は左腕で忌々しく右腕を握り締める。

 

「よっ...と」

 

 あまりここに居座るのも良くないだろうと、希桜音は立ち上がって露天風呂を後にする。

 

 ━━━━━━━━月が綺麗ですね...って言う相手も言われる相手もいないか

 

 ガラガラと脱衣場のドアを開きながら、彼女はそう思う。雑談混じりに今度言ってみようかと彼女は思いながら、体に付いた水分を拭き取るのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 女子部屋へと戻ると、クラスメイト達はガールズトークに花を咲かせていたようだった。

 

「希桜音ちゃん大丈夫?」

 

「まぁ、多少は?」

 

 希桜音は疲れたような表情で、空いている布団へと潜り込んだ。

 

「皆、おやすみ」

 

「「「「おやすみ〜」」」」

 

 

 

 


 

 

 

 翌朝、時刻にして午前5:30。未だ日も昇りきっていない頃、彼女達は外へと集められていた。寝起きと遜色ない者もおり、目を開けるのがやっとという生徒も数人いた。

 

「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は、全員の強化及び仮免の取得だ。具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して臨むように」

 

 そう言って相澤は、爆豪にソフトボールを投げ渡した。体力テストの時に使用した物と同じ物だった。どれだけ個性が成長したか、これで確認できるという事なのだろうか、爆豪はやる気を滾らせて開けた場所へと進む。

 

「入学直後の記録は705.2m。どんだけ伸びてるかな」

 

「成長具合かー!」

「この3ヶ月色々濃かったからなぁ、1キロとか行くんじゃねぇの!?」

「行ったれ爆豪!」

 

「んじゃまぁ、よっこら くたばれええぇぇ!!!!」

 

(((((くたばれ)))))

 

 不謹慎な言葉と共に、爆風に乗せられたボールは放物線を描いて飛んで行った。だが

 

『...たいして変わってないのな』

 

「え?」

 

 戦兎の呟いた言葉に、希桜音は首を傾げる。だが、それは現実となった。

 

「709.6m」

 

 前回と大差ない成績に、爆豪を含めたその他生徒達は動揺を口に出した。

 相澤曰く、様々な経験を経て確実に成長はしている。但し、それは技術面、精神面、そして体力的な成長のみらしく、個性は今見た通りの結果。

 

「...だから、今日から君らの個性を伸ばす。死ぬほどキツイが、くれぐれも死なないように」

 

 ニヤリと口角を上げた相澤の言葉は、いやに生徒達に建てられた壁をさらに高くするように感じられた。

 そうして生徒達は各々に振り分けられたメニューをこなしていく。基本的に、

 許容上限のある発動型は、上限の底上げ。

 異形・その他複合型は、"個性"に由来する器官・部位の更なる鍛錬。

 単純な増強型は、筋トレによる筋力の向上。

 という風になっている。例外はあるが...

 

「オラァ!」

 

 希桜音がその例外だった。

 彼女は今、ピクシーボブの"土流"によって形成された土魔獣とクローズチャージの姿で戦闘していた。本来ならば彼女の個性"押し入れ"に見合ったメニューをすべき所だが、大人の事情(対エボルト)でハザードレベルを上げるというメニューを行うことになったのだ。

 

 【シングル!シングルブレイク!】

 

 サイフルボトルを挿したツインブレイカーによる突き攻撃が、四足歩行の魔獣を正面から襲った。土魔獣は攻撃箇所から亀裂が入り、重みのある音を立てて崩れ落ちた。

 途端に彼女の立っている地面が揺れて腫れ物でも出来たかのように膨らみ始める。

 

「うをっと」

 

 希桜音は飛び上がってその場から離れるが、それはピクシーボブの狙い通り、飛行している土魔獣の的となった。

 飛行型土魔獣はその嘴で希桜音を貫こうと急接近して来た。希桜音は視界の隅に映ったそれをゼリーの噴出によって回避した。

 

 【ツイン!ツインフィニッシュ!】

 

 ツインブレイカーをビームモードへと変形させ、ロックフルボトルとローズフルボトルによる鎖と茨を伸ばして魔獣を捕縛した。

 

「せーのっ!」

 

 【スクラップブレイク!】

 

 鎖と茨を掴んで手繰り寄せた希桜音は、ベルトのレバーを下げて必殺技を発動。背中の噴出口からゼリーを噴出させ、その勢いでライダーキックの構えのまま土魔獣の体を貫いた。

 

「っ、と...」

 

 ゼリーの噴出量や角度を調整して地面に降り立つ希桜音。だが休息等与えられる訳もなく、土魔獣との交戦はまだまだ続く。

 

 

 

 


 

 

 

「さ、昨日言ったね!世話焼くのは今日だけって!」

「己で食う飯くらい己で作れ!カレー!」

 

「「「「「いえっさ〜...」」」」」

 

 日が傾き、そろそろ沈み始めるかといったところで、彼女ら雄英生徒達は夕食の準備に取り掛かることとなった。だが殆ど、というより全員が地獄のような特訓で生気を失っており、返事にも覇気がない。

 

「アハハハハハ!!全員全身ブッチブチ!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」

 

 生気を失った生徒達を見て、プッシーキャッツの緑髪の方。ラグドールはそう言い放った。彼女の個性はサーチ。これによって特訓中は生徒達の動きを完璧に把握し、そこからマンダレイの個性:テレパスによって複数人への同時アドバイス。そうして特訓は成り立っていたのだ。

 

 ラグドールの言葉に示唆されたのか、飯田はあることに気付いた。否、勝手な解釈である。

 

「確かに、災害時などの避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環...さすが雄英無駄がない。世界一上手いカレーを作ろう皆!!」

 

「「「「「応〜」」」」」

 

 飯田のやる気に感化されたのか、生徒達は時間と共に生気を取り戻していった。

 そうしてA組B組合同のカレー作りが始まる。

 

「轟〜、こっちにも火付けて〜」

 

 皆、私有地ということあって個性を自由に使い、切り、着火していく。

 

「チビドラ、火起こして〜」

「爆豪、お前も爆破で火ぃ起こせるか?」

「出来るわ!!」

 

「皆さん、他人の手を煩わせてばかりでは火の起こし方も学べませんわよ?」

 

 和気藹々とした中で、カレーは着々と作られていく。爆破による竈の破壊などのアクシデントはあったが、カレーは無事完成した。

 

「「「「「いっただっきま〜す!!」」」」」

 

「店とかで出したら微妙だけど、この状況も相俟ってうっめぇ!!」

「野暮なこと言うな!!」

 

「うっま!希桜音料理めちゃくちゃ上手いじゃん!」

「そんな、そこそこだよ」

『マジか!?希桜音!ちょっと変われ!俺も食いてぇ!』

「やだ!私が食う!!」

「傍から見ればデカい一人言なんよな」

『うお、うっま』

「『チビドラの顔が汚れる!やめるぉ!』」

 

 そうして夕食も食べ終わり、入浴を経て自由時間となった。例によって、希桜音はその時間に入浴だったのだが。

 希桜音が女子部屋へと戻ると、部屋の中にはA組の女子生徒だけでなく、B組の女子生徒もいた。

 

「何して...あ〜」

 

 何をしているのか、と聞こうと希桜音は首を傾げたのだが、その状況を見てなんとなくを察知した。

 透明の葉隠に羽交い締めされている耳郎。そしてその目の前で耳郎のスマホを取り上げている麗日。それを見つめるその他生徒達。

 

「プライバシーの侵害だぁ!見ちゃダメェ!!」

「いやなら上鳴くんとの関係性を話すんだ!!」

 

「...梅雨ちゃん止めないの?」

「どうせなら最後まで聞きたいわ」

「ヤオモモ!!ヘルプミー!!」

「すいません耳郎さん、私恋愛というものの知識がなくて...その、ごめんなさい...」

 

 希桜音はつい最近知ったことなのだが、実は耳郎響香、そして上鳴電気は付き合っている...という事らしい。恐らくこれは事情聴取的な何かなのだろう。B組生徒達もワクワクとした表情で耳郎の方を見て、今か今かと話が始まるのを待ち望んでいた。

 

「...スマホのパスワード分からへん」

「言わない、絶対言わない」

「彼氏の誕生日じゃない?」

「っ!!!?」

 

 ビンゴ。すぐさまスマホの暗証番号に0629と入れ、ロックを解除。LINEの履歴を確認するのだが...

 

「毎晩通話してるんだ?へぇ〜」

「イチャイチャ、イチャイチャ」

「その、通話の内容は...」

 

 上鳴とのLINE履歴には、晩から翌朝までの通話記録が残っていた。だが、通話内容は残っていない。つまり、これは彼女から聞き出すしかないのだ。

 

「いや、順番通りに行こう...いつから?」

「あ、確かに私知らない」

「駅前のスタバで一緒にいるとこ見たのが6月で〜」

「あ、私体育祭の帰りに見たよ」

「って事は5月ぐらいから...?」

「っ〜!!」

 

 それから小一時間。耳郎は女性陣による一斉射撃を受け、就寝時間にはほぼほぼ生気を失っていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第33話 亡霊ハンティング

文字数少なめ


 

 

 

 

 

 

 そして翌日。2日目と多少メニューは異なれど、同じ時間からのスタートだった。疲れを感じながらも、皆必死に取り組んでいる。

 

「気を抜くなよお前ら。みんなもダラダラやるな、何をするにもまずは原点を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何の為に汗掻いて、こうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いておけぇ!」

 

 ━━━━━━━━原点

 

 相澤の言葉に、希桜音はふと思い出すことがあった。それは期末テスト明けに行ったショッピングモールでの出来事。そこで見た旧友と思われる姿を。

 

 ━━━━━━━━匂いは同じだったし、やっぱり...

 

 「そこ!攻撃が止まってる!ピクシーボブ、もっと追加!」

 

「え?は、はい!」

 

 考え事に気を取られて、攻撃の手が止まっていたようだった。それでも回避は出来る辺り、彼女も体が戦闘に馴染んできたのだろう。手にしたフルボトルバスターを横一閃に振り、ワラワラと集まってきた土魔獣を薙ぎ払うのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 そうして夕食を食べ終えた生徒達。次に待ち受けるのは

 

「肝を試す時間だぁあ!!」

「「「「試すぜえぇぇ!!」」」」

 

 そう、肝試しの時間だった。昨晩2時まで補習を受けていた補習組も、さすがに疲れを忘れて取り組むようだった。のだが、日中の訓練が疎かになっていたため補習へと無理矢理連行されて行った。

 

「嫌だァァァ!!」

「「試させてくれえぇぇ!!」」

「ばいば〜い」

「希桜音ちゃん補習組に冷たいとこあるよねぇ」

「まぁまぁ、5人の分まで楽しも〜!」

 

 補習組の悲痛な叫びが完全に聞こえなくなったところで肝試しのルール説明へと移行する。

 

 ・脅かす側先行-B組

 ・A組→3分置きに2人1組でスタート

                ルート折り返し地点の御札を持って帰る

 ・B組→直接的な脅かし禁止

               個性を用いて脅かす

 ・より失禁させた方が優勝

 

『お、成長したな』

「メモれば問題ないよねぇ」

「話聞けば分かるだろ」

 

「さぁ!くじ引きでパートナー決めるよ!」

 

 ルール説明のあとは、脅かされる側のA組はくじ引きでペアを決めることになった。

 

「ん?2人1組...あれ?20人で5人いないから」

「1人余るねぇ。言い出しっぺの法則で、緑谷君が余りかな?」

「無慈悲ッ!?」

 

 そんな戯言を言いながら、希桜音は手にしたくじの番号を確認する。

 

 1組目    障子&常闇

 2組目    轟&爆豪

 3組目    耳郎&葉隠

 4組目    青山&八百万

 5組目    蛙吹&麗日

 6組目    尾白&峰田

 7組目    飯田&緑谷

 8組目    小兎謚

 

「...言い出しっぺの法則は?え、待って。怖いの苦手なんだけど。え、マジ無理。戦兎一緒に行こ?」

「さっきまでの余裕は何やねん」

『分かったよ。スタート地点まではな』

 「いいぃぃやぁぁあだぁあ!!!」

 

 そうして時は流れて12分後。森からは耳郎と葉隠の叫び声が延々と飛んで来ている。いよいよ5組目が出発し、抱き枕代わりになる女性陣がいなくなった希桜音は途方に暮れていた。

 

「胸...いい感じの、柔らかめの...」

「柔らかめの巨大果実いっただk「せい」ぐふぉ」

 

 峰田の飛び込みによるセクハラをさり気なく躱してカウンターを入れた希桜音だったが、あることに気付いた。

 

「...変な臭いしない?」

「あれ、なに?」

「黒煙?」

 

 緑谷の指し示す先には、森の奥から立ちのぼる黒煙があった。山火事か何かかと心配していると、ピクシーボブがピンクのオーラを纏って、森の奥へと連れ去られて行った。

 

「っ、変身」

 

 【鋼のムーンサルト!ラビットタンク!yeah】

 

 希桜音は咄嗟に変身して、ピクシーボブの飛んで行った方向へ戦闘態勢を取った。その先に見えるのは2人の男性、そして血を流して倒れているピクシーボブ。

 

「なんで、万全を期した筈じゃあ...なんで(ヴィラン)がいるんだよォ!?」

 

「ピクシーボブ!!」

「待って。ヤバい...」

 

 ピクシーボブを取り返そうと走り出した緑谷だったが、マンダレイに止められてしまった。恐らく相手は相当の手練、生半可な実力では勝てないと瞬時に判断したのだろう。マンダレイはテレパスを発動させた。

 

 「皆!!(ヴィラン)2名襲来!他にも複数いる可能性あり!動ける者は直ちに施設へ!会敵しても決して交戦せず撤退を!」

 

「ご機嫌麗しゅう雄英高校!我ら(ヴィラン)連合開闢行動隊!」

 

(ヴィラン)連合!?」

『エボルトが来てる可能性あるな』

「じゃあさっさとコイツら倒して、探すべき?」

「あら?威勢が良いのがいるわねぇ?」

 

「待て待て!早まるなマグネ!仮面ライダーもだ!生殺与奪は全てステインの仰る思想に沿うか否か」

「やつの思想に当てられた連中か...!」

 

 トカゲに似た(ヴィラン)はその問いに嬉嬉として頷き、そして飯田の事をステインの終焉を招いた者と評した。

 

「申し遅れた。俺は、スピナー!彼の夢を紡ぐもn「うっさい!」

 

 (ヴィラン)が背に身に付けていた大剣を振り翳す前に、希桜音はウサギの跳躍力でひとっ跳び。彼に蹴りを入れて、もう一人の(ヴィラン)諸共吹き飛ばした。

 

 ━━━━━━━━この匂い

   

 2週間程前に嗅いだ匂い。希桜音は咄嗟に森の奥へと飛んで行った。マンダレイの制止も聞かずに。

 

『希桜音!どこ行くんだよ!?』

「邪魔しないで!いるの、いるの!」

『いるって何がだよ!?』

 

 何がだよ、その問いに希桜音は答えない。

 別に答えられない訳ではない。彼女の名前を口にすれば、自分の中から彼女が消えてしまう気がしたのだ。

 

『っ!希桜音止まれ!!』

「ちょ、何!?」

 

 急に身体を止められ、ずっこてしまう希桜音。なんだなんだとイラつきながら立ち上がると、目の前に立つ人影に気が付いた。

 

『避け』

 

 られなかった。拳は希桜音の死角から襲い、彼女を吹っ飛ばした。肺の中の空気が抜けた、そんな感覚と共に希桜音はそれを初めて視認した。

 

「ったく、どいつもこいつも邪魔ばっかしやがって...」

 

 目の前に佇むのは、背中に貯水タンクに似た物を背負い、腕の筋肉は異常に発達。そして脳は体外へと晒し、その目に人としての意識は無さそうだ。

 

「脳無...!」

 

 【MAX  HAZARD  ON!】

 

 【ラビット!】

 

 【ラビット&ラビット!】

 

 【ガタガタゴットン!ズッタンズタン!】

 

 【 Are  You  Ready ?】

 

「ビルドアップ」

 

 【OVER FLOW】

 

 【紅のスピーディージャンパー!ラビット&ラビット!】

 

 【ヤベーイ!ハエーイ!】

 

 ラビットラビットへと変身した希桜音は、取り出したフルボトルバスターを構え、目の前の脳無目掛けて斬りかかる。

 

 

 

 

 

 

 




交戦、開始


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第34話 心も体もバーニング

「心も体も滾らせる!」


 

 

 

 

 

 

 

 フルボトルバスターを握り締め、希桜音は思い切りそれを振り下ろした。脳無は避けることなく、そのまま攻撃を許す。だが

 

「なっ」

 

 攻撃は効いていない。当たっていない。攻撃が当たる瞬間、攻撃箇所がゼリー状に変化したのだ。

 

「っ!」

 

 脳無は希桜音の攻撃に何の反応も示さず、口を開いて蒼い炎を放った。蒼い炎はたちまち希桜音の体を包み込み、心まで燃やし尽くす。

 

「熱、熱い、いや...」

 

 熱い。外から燃やし尽くす炎。

 

『希桜音!!』

 

「っ、らぁ!!」

 

 意識が遠のきそうになったが、戦兎の一声で目を覚ます。その瞬発力を活かした高速移動で、身体を包む炎を消し去った希桜音はフルボトルバスターを構え直した。

 

『蒼い炎に青いゼリーになれる個性、あと...貯水タンク?』

 

 ━━━━━━━━ゼリーが厄介...加熱すれば固まる?万丈、ナックル

 

『やってみる価値はあるな』

『おう』

 

 希桜音は押し入れからマグマナックルを受け取ると、フルボトルバスターを納めてそれを構えた。

 

『フルフルの両拳と両足には装甲無視のダメージが与えられる機能がある。ナックルにも効果は上乗せされるから、固まらなくてもダメージは与えられるはずだ』

 

「りょーかいっ!」

 

 放たれた火炎放射を右に避けた希桜音は、足を踏ん張ってバネの力を利用して跳んだ。圧倒的なスピードに脳無はついて来れず、ガラ空きになっている腹部へとボディーブローを浴びせた。殴られた箇所はゼリー状となって、拳を去なしたつもりなのだろうが、希桜音の予想通り、マグマの熱によってゼリー状になった箇所は固まっていく。

 

『右後ろ』

 

 右後ろ、即ち死角から伸びる脳無の左腕を、希桜音は屈んで躱した。そして希桜音は再度腹部へと拳を入れる。熱が脳無の腹部を固めていき、確実にダメージを与えられる環境が整いつつあった。

 

『真上から両腕!』

 

 脳無は希桜音の拘束をしようと考えたのか、両腕を伸ばす。だがそれは彼女達には効かない。希桜音は咄嗟に踏ん張り、力を開放。ナックルを脳無の顎へと突き刺すように突き上げた。

 

「『オラ、オラ、オラオラオラオラァ!!!』」

 

 アッパーカットを決められた脳無には、大きな隙が出来た。その隙を逃すわけがない。

 希桜音はその姿の瞬発力を活かし、身体を振り子のように揺らし、その体重移動の反動を活かしてフックの連打を浴びせる。所謂"デンプシーロール"というやつだ。

 

「っ、とと」

 

 だがいつまでも打たせてくれる訳もなく、脳無は腕を振るって希桜音を払い除けた。希桜音は後ろへと跳び退き、相手の出方を窺う。

 脳無はよろよろと体勢を立て直すと、メラメラと口の中に蒼い炎を滾らせているように見えた。ポツポツと溢れ落ちる蒼い炎は脳無の左腕へと纏わりつき、そしてそれは脳無の皮膚から突如として飛び出たゼリーへと包まれて形を形成し始める。

 

「あれ、ツインブレイカー!?」

 

 脳無の左腕にはツインブレイカーが形成されていた。希桜音は咄嗟に距離を離すのだが、それを狙い撃ちするようにビームモードで射撃されてしまった。幸いそこまでのダメージはないが、よろけてしまい着地に手間取ってしまう。お返しだと言うのだろうか、脳無は走り出して左腕を突き刺してきた。

 

「チィッ!」

 

 希桜音はそれを跳んで避けるのだが、それを襲うように脳無の腕からゼリーが触手のようにして伸びてきた。

 希桜音は腕部に備え付けられた"ディメンションスプリンガー"の効果を用いて同じように腕を伸ばし、ナックルで触手を弾こうとした。だがそれは脳無の思う壷らしく、触手は不規則な動きでナックルを奪い去り、さらに希桜音の右腕をガッチリ掴んだ。

 

「ちょ、離して」

 

 離すわけがない。抵抗する彼女の残りの四肢を同じように触手状のゼリーで動きを封じた脳無は、ツインブレイカーを彼女の腹部へと突き刺した。パイルは彼女の装甲を突き破り、彼女本体の腹部を突き刺したのだ。

 だがそれだけでは攻撃は止まない。抵抗が無くなった彼女の体はまさに的。脳無はナックルとツインブレイカーを構え、交互に連打を喰らわせていく。

 

『希桜音!動けるか!?』

『しっかりしろ!クソ!』

 

 2人の声も届かない。それほどまでに、彼女は衰弱しきっていた。

 そんな時、彼女の鼻にスっと何かが入ってきた。どこか甘い、それでいて先刻も嗅いだ匂い。

 

「っ〜!!」

 

 匂いで目が覚めたのか、意識が覚醒した希桜音は両腕両脚をゴムのように伸ばし、自身をスリングショットのようにして脳無に突撃した。その反動でゼリーによる拘束は解け、さらに怯んだ脳無からナックルを取り上げる事に成功した。

 

「ハァ...ハァ...」

 

 だがしかし、脳無から受けたダメージは決して小さいものでは無い。希桜音は片膝ついて息を整える。

 

『希桜音、さっさと片付けるぞ』

 

 ━━━━━━━━分かってる...万丈、借りるよ

 

 よろよろと立ち上がった希桜音は、装着しているハザードトリガーとフルフルラビットタンクフルボトルを押し入れへと置いやり、ドラゴンマグマフルボトルを取り出した。

 

『行くぞ希桜音!』

 

 ━━━━━━━━うん...

 

 【ボトルバーン!クローズマグマ!】

 

 マグマフルボトルをナックルへと挿した希桜音は、ナックルをベルトへと挿し込んだ。それと同時に彼女の背後に坩堝型の容器が生成される。

 

 【 Are  You  Ready ?】

 

「ビルドアップ」

 

 レバーを回し終えると、背後の容器は中で滾らせているマグマに似たエネルギーを彼女の頭上から流し込もうと傾いた。マグマは重力に従い、そのまま彼女を包み込む。マグマが冷え固まり、完全に彼女へと固着すると、余分なマグマは砕け散った。

 

 【極熱筋肉!クローズマグマ!アーチャチャチャチャチャ チャチャチャチャアチャー!】

 

 クローズマグマへと変身した希桜音は、両拳と両脚に紅炎を纏って戦闘態勢をとる。脳無は既に攻撃体勢に入っており、蒼い炎を放った。だが希桜音はそれよりも早く、脳無へと近づき拳を打ち込む。

 クローズマグマの機能、ボルケニックモード。紅炎を宿した部位の性能が著しく上昇するという機能だ。希桜音が今紅炎を宿しているのは、移動速度とキック力が上昇している両脚と、破壊力の上昇した両腕。

 希桜音の打ち込んだ左腕は脳無の体を突き破り、脳無に致命傷を与えていた。だが未だ動けるようで、両腕で希桜音の顔面を掴み、握り潰そうとする。だがそれは悪手だ。

 

 【Ready GO!】

 

 【ボルケニックアタック!!】

 

 希桜音は空いた右手を使い、必殺技を発動させる。右腕は紅蓮の炎を纏い、脳無の胸部、即ち心臓を貫いた。

 

「っ、はぁ...はぁ...」

 

 昼間の特訓も相俟って、さすがに疲労と倦怠感に襲われた。体力も限界のようで、自動で変身が解除される。

 

『...生きてんのか?こいつ』

 

 ━━━━━━━━そんな事、知らない...

 

 希桜音はビルドフォンをマシンビルダーへと変形させると、最後に匂いがした方向へとアクセルを吹かせるのだった。

 

 

 


 

 

 

『開けた場所、道か?』

 

 ━━━━━━━━アレは...

 

 それから数分。満身創痍の体で森を突っ切る希桜音。彼女の視界には複数の人影が映った。

 

「小兎謚!?」

 

「轟、君...みんなも」

 

 複数の人影の正体は、爆豪、轟、轟に背負われている気絶した回原。そして障子と背負われたボロボロの緑谷、常闇だった。

 希桜音はフラフラとマシンビルダーから降りると、轟の元へと歩み寄った。

 

「ちょうど良かった...傷口焼いて...」

「何言って...っ、分かった」

 

 希桜音の腹部の傷を見た轟は、すぐさま左手を翳した。メラメラと滾る火は、希桜音の腹部を焦がし尽くさんとする火力で燃えていく。

 

「何があった?」

 

『脳無と交戦した。なんとか勝てたが...勝利の代償ってやつだ』

 

 腹部を燃やされ悶絶する希桜音の代わりに、戦兎が話をする。万丈と共にクローズドラゴンへと入った彼等は、フワフワと浮かびながら話を続けた。

 

(ヴィラン)の狙いは爆豪だろ?テレパスで聞いた。これからどうするつもりだ?』

 

「先生、プロ2名がいる施設へ...真っ直ぐ最短距離を行きます」

 

「爆豪を護ること、それが我々の使命」

 

『索敵は障子、轟と常闇で(ヴィラン)と対面しても大丈夫...か。爆豪、ちゃんと着いてこれるのか?』

 

「うるせぇ俺を守んじゃねぇ!!」

 

「っ...塞ぎきった」

 

 希桜音の治療も終えたようで、彼らは移動を開始する。火傷の痛みからか、希桜音は気を失ったため障子に背負われて移動することとなる。

 それから数分後、森の中を歩いて肝試しの前半のルートへと出た彼等は、麗日と蛙吹の姿を視認した。

 

「麗日!?」

 

「っ、ん...ここどこ...?っ、待って!」

 

 麗日と蛙吹は(ヴィラン)と交戦しているところのようだったが、(ヴィラン)は障子達の存在を確認すると森の中へと走り去って行った。だが希桜音はそれを追いかけようと障子の体から飛び出した。

 

『希桜音!っ、アイツは俺達が何とかするから、お前らは爆豪を!』

 

 いきなり飛び出した希桜音を追い掛けるべく、クローズドラゴンに入った戦兎と万丈は全速力で森の中へと入っていった。この時、彼等は気づいていなかった。後ろにいた爆豪と常闇の姿が消えていることに。

 

「待って、トガちゃ...」

 

 だが彼女(トガヒミコ)はあまりにも速すぎた。満身創痍の姿では、到底追いつきそうにもない。

 

 【キョウリュウ!F1!BEST MATCH!】

 

 【 Are  You  Ready ?】

 

「変...身!」

 

 【音速の帝王!F1ザウルス!yeah】

 

 F1ザウルスへと変身した希桜音は、そのスピードを活かして加速する。

 視界が揺らぐ、体が熱い。鎧の中から燃えるような熱さを感じる。それでも彼女は止まらない、止まれない。

 

 ━━━━━━━━約束を...守る

 

 蒼く燃えるその右肩は、さらに彼女を加速させていく。

 

 

 

 

 

 

 



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第35話 手にしたキー

今日は確実に投稿したい...!!って一心で書いたため、かなりボロが出るかもしれません...m(_ _)m


 

 

 

 

 

 追い掛け始めて2分程度。追いかけっこをしている2人は森の中の開けた場所へと辿り着いた。

 

「待って...トガちゃん!」

 

「...久しぶりです。きーちゃん」

 

 木へ凭れ掛かる希桜音は、(ヴィラン)の1人、追いかけて来た彼女の名を叫んだ。名を呼ばれた少女、トガも同じように彼女に挨拶をする。

 

「イカレ女、知り合いか?」

 

「フフ、友達です。手は出さないでくださいね」

 

 分かった、それだけ答えた彼女の仲間はその行く末を見詰める。見守る、というよりは暇潰しがてらの観劇といったところだろうか。

 

「...強くなったね」

 

「うん。約束通り、会いに来たよ」

 

 その言葉には、嬉しさではなく、哀しさが混じっていた。希桜音はフルボトルバスターを手にして、それを構える。

 

「おいおいおい!この数相手に正気かよ!?負ける気しかしねぇ!」

「黙ってろ。油断すんな」

 

「立場上、仕方ないもんね。そう...だよね」

 

 (ヴィラン)、トガヒミコも仕方無しに注射器に似た武器とナイフを構える。だが、彼女はどこか楽しそうだ。吐いた台詞とは真逆で。

 

「トガヒミコ、残念ですがそれはまたの機会に」

 

 そう言って黒い靄、(ヴィラン)連合の黒霧が現れる。突如として希桜音の背後に現れたそれは、彼女を数メートル吹っ飛ばした。

 

「...っ、仮面ライダー...グリス!」

 

 黒霧の中からは、金と黒を基調とした仮面ライダー、グリスがその拳を突き出していた。希桜音はフルボトルバスターを構え直すと、フルボトルを挿してトリガーを引く。

 

 【フェニックス!ドラゴン!ジャストマッチでーす!】

 

 青と赤が混じった火炎弾がグリスを襲う。だがそれはある人物によって防がれた。紫の仮面ライダーに。

 

「氷室玄徳、仮面ライダーローグ...!」

 

 かつて戦兎達の前に立ち塞がり、そして父の死を乗り越えて国をまとめるための礎として、彼等と共にエボルトと戦った氷室玄徳。彼が変身するライダー、仮面ライダーローグがそこには立っていた。

 グリスと同じように現れた彼は、希桜音に襲い掛かる。希桜音はそれを返り討ちにしようとフルボトルバスターを横に振り払うのだが、片手でいとも容易く受け止められてしまった。

 

「硬っ...!」

 

 希桜音は急いでその場から離れようとするのだが、フルボトルバスターが掴まれて離れられなかった。この隙にグリスが希桜音に急接近、ガラ空きの腹部にツインブレイカーを突き立てる。

 悶絶。脳無戦の傷の痛みが、その攻撃によって再燃したのだ。痛みをなんとか噛み殺そうと踏ん張るのだが、もう体力も限界のようで片膝ついてしまう。

 

「ぐっ...」

 

 敵前で隙を見せれば、攻撃の的になるのは必然的な結末だ。

 顔中継ぎ接ぎだらけの(ヴィラン)、荼毘はその右手に纏った蒼炎を希桜音目掛けて放った。生身ではないとはいえ、確実に熱としてのダメージはある。今の希桜音には、言葉として痛みを訴える力は残っていなかった。痛みに耐える、それしかできない。

 さらに、それだけに攻撃は留まらなかった。蒼炎をものともしないローグとグリスの打打擲が彼女を襲う。もはやそこには戦闘という文字は無く、一方的な蹂躙しかない。

 

『希桜音!!』

 

『カズミンだけじゃなく玄さんもいんのかよ!?』

 

 まさに護るもの(ジーニアス)。戦兎は空をたったと駆けて希桜音の押し入れへと入り込んだ。途端に希桜音の体は起き上がり、周りの二人を吹き飛ばした。

 

 ━━━━━━━━遅い...

 

『お前が速いんだよ。行くぞ』

 

 【Ready Go!ボルテックフィニッシュ!】

 

 ベルトのレバーを回して必殺技を発動させる。赤い機体は熱を放出し始め、蒸気機のように蒸気を発生させる。希桜音の右肩の意匠と同じ牙のオーラが彼女を包み込み、圧倒的なスピード、圧倒的なパワーを実現させた。希桜音はそのオーラを纏ったまま、ローグとグリスにラリアットを仕掛ける。

 だがやはり満身創痍の体、簡単に避けられてしまった。追い討ちをかけるように、必殺技の構えをとった。

 

 【クラックアップフィニッシュ!】

 

 【スクラップフィニッシュ!】

 

 ワニの口に似た紫のオーラを纏ったローグと、ゼリーの噴出によって勢いを付けたグリスのライダーキックが希桜音に狙いを定めて放たれた。

 

『来い!!』

 

 だがそれは狙い通り。希桜音は押し入れの入口を開いてそれに迎え撃つ。そして彼等は、戦兎の予想通り押し入れの中へと入った。

 

『うし!取った!』

『玄さん!カズミン!しっかりしろ!!』

 

 押し入れへと入れられた二人は、変身アイテムを抜き取られ強制的に変身を解除させられた。中は空洞、なんてことは無く猿渡一海と氷室玄徳がいた。

 

『...ん...?みーたんはどこだ...?』

『『いや自分の場所を聞けよ』』

『戦兎...万丈、ここは...?』

『玄さんも起きたか、話は後だ。希桜音、離れるぞ』

 

 ━━━━━━━━待って、まだトガちゃんと

 

 まだ話を終えていない。そんな台詞を遮るように、空から人間が降って来た。希桜音は咄嗟に構えるが、どうやら増援のようだった。

 

「みんな!」

 

「ミスター、避けろ」

「!了解」

 

 降って来たのは緑谷、轟、障子、そして仮面を付けた(ヴィラン)の4人だった。荼毘は緑谷達を視認した途端、右手に蒼炎を纏ってその集団目掛けて放った。

 

「っつぅ!!」

 

 希桜音は咄嗟に飛び出して、身を呈して炎から級友の身を守った。だが体力は既に限界を突き抜けている。蒼炎を受け止めた希桜音は力無く吹っ飛ばされてしまった。

 

「小兎謚!」

 

 降って来た3人は希桜音の安否を心配する。だがそんな余裕は与えてくれないようで、(ヴィラン)は彼等への迎撃を開始する。

 荼毘はその蒼炎を轟へと放ち、全身タイツの(ヴィラン)、トゥワイスは腕輪からメジャーにも似た武器を取り出して障子と緑谷と交戦を開始する。そしてトガは、希桜音の元へと歩み寄る。

 

「きーちゃん!遊ぼ?」

 

「待っ...て」

 

 待て、なんて言葉に耳を傾けないトガは、ベルトに挿されたフルボトルを抜き取り、地面へと放った。希桜音は強制的に変身を解除させられ、血だらけの生身を曝け出すことになる。

 

「きーちゃんはこっちの方が可愛いよねぇ」

 

「知っ...てる」

 

 希桜音を押し倒す形で乗りあがったトガは、手に持ったナイフを希桜音の首元へと当てた。その表情は、猟奇的で狂喜を感じさせる。

 だがそのナイフは血に染まることは無かった。止められたのだ。ある人物に。

 

「トガヒミコ、()()は私のもの(モルモット)よ。丁重に扱って欲しいのだけれど」

 

「...!?」

 

 トガを止めた人物、そのシルエットは彼女はよく知っていた。姿は違えど、彼女達のよく知っている物なのだ。

 

『もう1人の...ビルド...!?』

 

 金と紅を基調とした姿は、見たことは無いが紛れもなくビルドだった。女性の声を発するそれは、希桜音の元へと近づくと彼女の首根っこを掴んだ。途端に呼吸が困難になった希桜音は足をばたつかせて抵抗するが、手は離してくれない。緑谷達は自分のことで精一杯で、希桜音を助けには行けないようだ。

 

 【Ready Go!ボルテックフィニッシュ!】

 

 金のビルドは片手でレバーを回して、必殺技を発動させる。右腕に備え付けられた巨大な針は途端に輝き初め、さらに鋭利になったようだ。そんな針を彼女は希桜音の脳へと刺す。

 だが、それで希桜音の命を絶つということは無かった。その攻撃によって起こったことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

『...は?え、何がどーなってんだ!?』

『とりあえず行くぞみんな!』

 

 戦兎を筆頭に、彼等は変身アイテムを取り出そうとするのだが、ある人物に奪われてしまった。

 

『よぉ、感動的な再会だな』

 

『エボルト!?なんでテメェが...!』

 

 スタークは奪い取ったアイテムを投げ捨てると、トランスチームガンの銃口を向けて彼等との戦闘を始めた。圧倒的に不利な状況、彼等は回避に専念するしかできなかった。

 

「黒霧、私は先に帰るわよ」

 

 金のビルドは希桜音を抱えると、黒霧の元へと歩み寄る。だが簡単にはいかないようで、希桜音は最後の力を振り絞って拘束から脱出、傍のスクラッシュドライバーとドラゴンゼリーを掴んで変身の構えを取る。

 

 【ドラゴンゼリー!】

 

「変身!」

 

 【潰れる!流れる!溢れ出る!】

 

 【ドラゴンインクローズチャージ!ブルァ!】

 

 希桜音は思考を働かせるよりも先に、目の前の(ヴィラン)を倒す事に体を動かす。クローズドラゴンを拾い上げると、それをツインブレイカーへと挿し込んで必殺技を発動させる。

 

 【Ready GO!レッツフィニッシュ!】

 

 青い光線が金のビルド目掛けて放たれる。だが

 

「残念、力量(レベル)が違うわ」

 

 気付いた時には腹部を貫かれ、変身は既に解けていた。希桜音はそのまま意識を失い、金のビルドに担がれる。

 

「エボルト、フルボトルとハザードトリガーを」

 

『もう入手済みだ。それじゃあライダー諸君、チャオ!』

 

 スタークは手を振りながら黒霧の中へと後退していく。手にしているのはパンドラパネルとフルボトル60種類、そしてハザードトリガーだ。そして希桜音は、金のビルドと共に闇に飲まれて行った。その先は、手を伸ばしても最早届かない。

 

『希桜音えぇぇ!!!』

 

 悲痛な叫びが森の中に木霊した。だがそれは、何かを起こす力にはなり得なかった。

 そしてその数分後、交戦していた(ヴィラン)5名、そして増援としてやって来た脳無を捕らえることはできなかった。だがしかし、仮面ライダー達の尽力によってMr.コンプレスに奪われていた爆豪勝己、そして常闇踏陰の奪還に成功はした。だが、それでも彼等の表情は浮かない物だった。

 そうして彼等の林間合宿は幕を閉じる。そしてここから、世界の終焉が始まる。

 

 

 

 

 

 



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オール・フォー・ワン編
第36話 明かされたヒストリー


戦闘なし


 

 

 

 

 

 

『お〜い起きろ〜?』

 

 トントンと優しく叩く音が部屋に響き渡る。部屋は薄暗く、例えるなら牢屋という言葉が似合うだろう。鎖に繋がれた彼女は、未だ意識を失ったままだ。起こそうと試行錯誤し始めて早10分、そろそろネタが尽きてきたとスタークは飽き始めてきた。

 

『はぁ...オラッ!』

 

「かはっ!?」

 

 鳩尾に与えられた衝撃によって、希桜音は呼吸が困難になることをトリガーにして目を覚ました。噎せながらも、なんとか肺に酸素を取り入れようと必死になる希桜音をスタークは嘲笑うが如く見詰める。

 

「何が...目的?」

 

 希桜音のその問いに、彼は鼻で笑って答えた。

 俺の口から言うべき事じゃない、と。

 

『質問は後から来る奴にしてくれ。先生、どうぞ。じゃあな小兎謚 希桜音、チャオ!』

 

 そう言い残してスタークは牢屋を後にした。鎖に繋がれた彼女は、飼い慣らされた犬のようにそれをじっと見詰めることしかできなかった。

 そして彼と入れ違いになるように、彼女をここまで運んできた張本人、金と紅のビルドが入ってきた。彼女は希桜音の前までやって来ると立ち止まり、立ったまま話を始めた。

 

「この男に見覚えは?」

 

 開口一番に、彼女は希桜音に質問を投げ掛けた。どこか無機質な声と共に差し出された写真には、彼女の良く知る人物の顔が写されていた。

 

「...知らない」

 

 嘘。

 別に嘘をつく必要など無いのだが、彼女の心に秘める怨恨の念が彼女の記憶から彼の存在を抹消させようとしたのだ。

 だがそんな事はお見通しのようで、希桜音は顔を掴まれ写真を再度見せられる。

 

「...私の、父親」

 

「その個性は?」

 

「...押し入れ」

 

 分かっているのならいい、それだけ言ったビルドは希桜音を思い切り地面へと叩きつけた。砂埃が舞い上がり、それを煙たそうにして希桜音は起き上がる。痛みはあるのだが、それ以上に彼女に対して怒りが湧いてきた。だが鎖に繋がれてしまっていれば、持ち合わせた牙も届かない。それ以前に、今の彼女には牙など無いのだが。

 

「さて、本題へ入ろうか」

 

 金のビルドは改まって希桜音の前へと立ち塞がり、見下すようにして手にした資料を見せつけた。光が反射してよく読めずに目を凝らす希桜音を見兼ねたか、彼女は資料を床へとばら撒き見やすい位置へと捨て去った。これも彼女なりの優しさなのだろう、希桜音はすることも無いのでまじまじとそれを読むことにした。

 

 ━━━━━━━━脳無に関するデータ...?コイツはUSJの時の、コッチは保須の時の翼の...

 

 振り落ちた資料には脳無に関するデータがびっしりと記載されていた。彼女が戦ってきた物からまだ試作段階の物まで、容姿や個性の概要、そしてその個性の元の持ち主まで。元の持ち主、という点に希桜音は疑問を抱きながらも彼女は目を動かす。

 

 ━━━━━━━━収容の脳無...これ、昨日戦ったやつ

 

 そしてその中にはもちろん、昨日森の中で交戦した脳無の物もあった。偶然か必然か、ちょうど彼女の真下に落ちたその資料に彼女は目を通すことにした。

 

「個性その1[リサイクル]

 1時間以内に体内に入れた物を生成できる」

 

 希桜音の読んだ文を読み返すようにして、金のビルドは個性概要を読み上げた。

 

「個性その2[筋力増強]

 体の筋肉の一部を肥大化させる事が可能」

 

 そして二つ目の個性も読み上げた。どうやらこのまま最後まで読むようで、希桜音は彼女の言葉に後を任せることにした。

 

「個性その3[押し入れ]」

 

 押し入れ、ただそれだけの言葉に彼女の背中は冷汗が滝のように流れ落ちることとなる。脳無の個性が押し入れ、という事は彼女の父と何かしら関係があるということ。そうでなければ、あんな前振りは無いはずだ。

 

「ここで、脳無について話をしておきましょうか」

 

 不審な思いを抱く希桜音を鎮めるようにして、金のビルドは脳無の製造方法について話を始めた。

 

「脳無という物は、元は人体改造されたただの人間なの」

 

「...は?」

 

「個性が複数ある事は周知の通り。その絡繰りは《個性を奪い、与える個性》を用いて個性を複数与えられた...という物よ。人体改造はそれに耐えるため。まぁ、精神は耐えられないようなのだけれど」 

 

 点と点が線で結ばれた、彼女はそんな感覚を覚えた。だがまだ気になることはあった。

 

「...つまり、私の父親は個性を奪われた、と?じゃあその奪われた人間はどこに」

「もう居ないわよ。この世には」

 

 即答。その口から溢れた非情で冷酷な事実。

 以前の希桜音ならまだしも、今誰かを守れる力を手にした彼女には、その現実は辛い物だった。救えなかった、その事実が彼女の心を塞ぎ詰める。

 

「なん...で」

 

「なんで死んだのか?という事かしら。ちょっと実験台(モルモット)になって貰ったのよ」

 

「そんな事っ!聞いてない!!」

 

 ガチャガチャと煩く鎖を鳴らしながら、彼女はそう吠えた。今すぐ鎖を引きちぎって、目の前の(ヴィラン)を倒そうとせんとする勢いで。

 

「...何が言いたいのかしら?」

 

「なんで、なんでそんな簡単に人を殺せるの...人は、人の命は、貴方の玩具じゃないんだよ...?」

 

「あら、貴女がそれを言うのかしら?貴女だって昨日殺したばかりじゃない?」

 

「っ...」

 

「それとも、アレは兵器だ(人間じゃない)から良いのかしら?」

 

「それはっ...人間なんて知らなかっただけで」

 

「知らなかったで人は殺して良いのかしら?じゃ、今ここで貴女(兵器)を殺しても罪にはならない訳?だって私には、今の貴女はとてもじゃないけど人には見えないもの」

 

 無駄な論争。

 金のビルドはそれに飽きたのか、話を脳無についてへと戻すことにした。

 

「話を戻しましょうか。と言っても、脳無の製造方法ではなく、貴女が殺した脳無について、だけれど。あれ、貴女の父親よ?」

 

「.........えっ?」

 

 一時の静寂を突き破る、あまりにも素っ頓狂で幼い一声。それは現実を受け止められない、受け止めたくない、未だ幼い少女の言葉だった。

 

「どう...いうこと...?」

 

「未だ分からないのかしら?貴女の父親は、脳無の体の元となったのよ。そして貴女は父親を殺した。なんでこの程度を理解できないのかしら?」

 

 その問いに、彼女は答えない。答えられない。

 彼女は父親が消えてから桐生戦兎と出会うまで、ずっと彼の事を憎んでいた。だがだからといって、そんな彼の死に動揺しないほど彼女は冷酷ではなかった。人間なのだから。

 

「あら、どうして泣いているのかしら?もしかして、娘を置いて出て行った父の死を悲観しているのかしら?」

 

 黙れ、なんて言葉も出ない。

 それを見兼ねた金のビルドは、慰めか、はたまた煽りのつもりか、話題を転換させることにした。

 

「貴女の父親は、なんで娘である貴女を置いて出て行ったと思う?」

 

「...それは、お母さんがいなくなって」

 

「うんうん」

 

「他の女が出来たとか、そんなんでしょ...」

 

「ん〜、途中まで正解!」

 

 急に物腰が柔らかく、という言葉以上に馴れ馴れしく話を始めた彼女は、ベルトに挿さっている2つのフルボトルに手を添えた。

 

「100点満点の正解は〜」

 

 手を上げると、そこには既に抜き取られたフルボトルが握られていた。それはライダーシステムの都合上、変身者の意思が解除を求めた場合は変身は解除される。この場合はそれだった。つまり、彼女の素顔が見えるのだ。

 

「...ぇ?」

 

 変身を解いた彼女の莞爾した表情は、希桜音を瞠目させるには充分過ぎるほど眩しかった。眩し過ぎた。

 

「お母...さん?」

 

「正解は、(貴女の母)を取り戻す為、でした」

 

 

 

 

 

 

 



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第37話 語られたレガシー

短いです…オリ展開書けない…



 

 

 

 

 

 時は遡り、4年も前の話になる。小兎謚 希桜音が未だ小学六年生で、そして未だ家族が3人だった頃の話だ。

 彼女の父、小兎謚 修はその妻、即ち希桜音の母である小兎謚 命に対して嫉妬の念を覚えていた。理由は単純な物だった。稼ぎの量だ。

 命の職業は科学者だった。まだまだ若手だが、同年代の人間と比べればかなり稼いでいる部類の人間だった。対して修は一般的な社会人。仕事は出来る部類だが、それでも命と比べれば明らかに見劣りするレベルだった。

 別に稼ぎの量が原因で、家庭が回らないなんて事は無かった。娘である希桜音は、留守番程度のことなら任せられるし、そして修自身は定時で帰宅出来る実力を持っていた。命は仕事が長引けど、休みの日は家族団欒な日々を過ごすという幸せな日常を送っていた。はずだった。

 

 ある日を境に、そんな日常は崩れ去った。命が仕事場から家に帰らなくなったのだ。一日、二日、そして一週間二週間として、この家族の元に1本の電話が掛かってきた。

 

「小兎謚命が事故で亡くなった」

 

 ただそれだけだった。実験の失敗で爆発が起こったらしく、彼女はそれに巻き込まれたらしかった。余程酷い爆発らしく、ニュースにも取り上げられた。遺体は、もう誰なのか判別がつかない程に焦げていた。

 早速葬儀が行われた。形式的に進んだそれは流れ作業の如く進み、残された家族二人は逃げる如くその場から遠く離れた地へと引っ越した。周りの目が恐かったのだ。

 

 そして時は過ぎ去り春になった。希桜音は中学生へと上がり、修も新たな職場に慣れてきた頃だった。

 そんな時、彼の耳にある情報が入って来た。

 

「小兎謚命の姿を見た」

 

 情報の提供元は不明。というのも、どうやってこんな情報が彼の耳に入って来たか、彼は覚えていないのだ。だが、その情報は確実なものだという自信はあった。

 そして彼は命を探す為、家を出る事を決意した。悲しさは無かった。希桜音とは葬儀以降話す機会は減っていたし、何より自身に嫌悪感を抱かれていることは明白だったからだ。

 そしてある日、彼は自分の居場所から去る事にした。最低限の荷物だけを持ち、頭の中に浮かんでいる場所へと向かった。バスに揺られ、電車に揺られ、そしてとあるビルへと辿り着いた。

 

「お待ちしておりました」

 

 ビルへ入ると、受付の人間にそう告げられた。何が何だか分からないまま、彼は奥のエレベーターから地上十数階の部屋へと通された。

 そしてそこには、体中傷だらけのスーツの男と、そしてその隣には死んだはずだった小兎謚命が立っていた。

 修は叫んだ。だが、彼女が彼の元へ歩みを進めることは無かった。

 

 【ピーチエナジー】

 

 無機質な音声が部屋中に響き渡った。音の発生源は、命の手の中からだった。

 彼女は手にした南京錠型のアイテムを、既に巻かれているベルト(ゲネシスドライバー)にそれを装着した。

 

 【ロックオン!ソーダ!】

 

 装着したアイテム上部のロックを閉じ、右端のグリップを中央へと寄せる。グリップがアイテムに触れると、それは縦に割れるように展開し、彼女の身体を包むスーツを装着させた。

 

「変身」

 

 【ピーチエナジーアームズ!】

 

 突如空間にジッパーが出現し、それは開いて桃を模した鎧が頭に被さり展開。乳白色の鎧が展開されると変身は完了される。

 命はその姿になると手にした弓型武器(ソニックアロー)を構え、それを修へと向けた。

 

 逃げろ

 

 その時の修が感じたのは、その3文字の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

「...ま、だいたい予想は付くでしょうけど、逃げられる訳無かったんだよねぇ」

 

 思い出話に浸っていた彼女は、ふと我に返って自身の娘の顔を覗き込んでみる。追懐して肝心の彼女を忘れていたことに反省したのか、命は希桜音の頭を温容に撫でながら語り掛けた。

 

「もっとお話してあげよっか。お父さんについて。まずは実験の時の話でも...希桜音?」

 

 だが、彼女の言葉はもう届いていなかった。自責の念が、陰鬱な雨が、希桜音の身体を支配していたのだ。

 

「...そろそろ頃合いのようね、エボルト」

 

『分かった。今からそっちへ持って行く』

 

 命は部屋に備え付けられた監視カメラへ指示を仰いだ。ソレを観ていたエボルトは、予め指示されていた通りにある物を彼女の元へ持って行く為腰を上げて移動を開始する。

 

「さて、と。お話の続きをしましょうか」

 

 エボルトが移動を始めた事を察知すると、命は再び希桜音と向き合う形でしゃがんだ。だが、彼女は虚空を見詰めるばかりでそれに気付かない。見詰める、という表現よりは、其方に顔を向けるという方が正しいかもしれないのだが。

 

「...生気が感じられない。ホント兵器(アイツの娘)ね。ドラゴンゼリーを吸収して擬似的なクローズチャージと化したアイツと、同じ」

 

 ポツリと吐いた嘆きは、牢屋の中でひたすらに木霊した。

 そしてそれを突き破るが如く、軽い音が牢屋へと迫って来た。それはどこか遠足前日の無邪気な小学生のような、何かを前にして楽しみにしている子供のような気持ちを連想させるものだった。

 

『先生、どうぞ』

 

 牢屋の中へと入ったスタークは、片手に持っている白いパンドラパネルとそれに装着されたロストフルボトルを命へと渡した。命は軽く礼を言った後、再び希桜音と向き合った。今度は屈んではおらず、見下す形でだ。

 

「...希桜音、また後で」

 

 あたかも彼女を見送るかのような台詞を言った彼女は、手にしたパネルを勢いよく彼女へと突き刺した。

 

「い゛っ、あ、あああああああああああぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 痛み。

 身体が焼ける。

 身体が溶ける。

 痛い。痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたぃ

 

 

 

 

 

 

 

『...チャオ』

 

 

 

 

 

 

 

 彼女、小兎謚 希桜音の▒▒はここで絶えた。

 

 

 

 

 

 

 



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過去編
第38話 スタートラインへ立つ彼女


かなり投稿が遅れてしまいました。申し訳ございません(*_ _)
ホントはこの章だけ溜めて一気に投稿する予定だったのですが、部活動を決める時期だと言う事に気が付いて宣伝がてら投稿することを決心しました。

読み返した時に邪魔だったので部活動紹介文カットしますた( ˇωˇ ) 4/17


 

 

 

 

 

 

「お前の部屋はこっちだ」

 

 折寺中学区内のとあるアパートのある部屋での言葉だった。昨日まで空き部屋だったそこは、今日から新たな入居者を迎えることとなる。入居者の姓は小兎謚、娘の名前は希桜音。

 

「...」

 

 自分の部屋などという言葉よりも、自分の家という言葉の方がお似合いだろう等と戯言を脳内で吐き出しつつ、彼女は乱雑に置かれたダンボール箱に手を伸ばした。             

       

 ある程度荷物を整理し終えると、彼女は何者かの視線を感じてふと窓に目をやった。その視線の先には、外には満開の桜が彼女らを歓迎するかのように枝を揺らして此方を見詰めていたのだ。そんな彼らの視界を遮るようにしてカーテンを取り付けた彼女は、一息つこうと床に腰を下ろした。

 お世辞にも綺麗とは言えない物件だが、さすがに埃等は少なく、彼女は勢いに任せて背中を床へと打ち付けた。

 

 それから幾刻経っただろうか。数分、数時間、いや数日数週間かもしれない。

 希桜音は目を覚ますと、部屋の隅に掛けてある真新しい制服に手を伸ばした。慣れない手付きでソレに身を包んだ彼女は、部屋に置かれた鏡の前へと進んで自身の姿を確認した。

 

「...」

 

 別に感想など沸き上がってこなかった。彼女の目には、制服を着た自分が立っている事実だけが映っただけだった。そして彼女は数年使い込んだリュックサックをからうと、朝食のバナナを片手に家の扉を恐る恐る開け外へと足を伸ばす。

 今日は折寺中学の入学式だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長ったらしい入学式を終えると、続いてクラスに移動して自己紹介の時間となる。

 この折寺中は、幾つかの小学校が合併したような学区である為、大抵の人間はクラスに、少なくとも学年には知り合いや友達はいた。ただ一人を除いて。

 彼女、小兎謚 希桜音はその時間が苦痛だった。自分の番が回ってくると、名前と出身小学校、それと趣味を挙げてぱぱっと切り上げた。なんの面白みもない自己紹介だ。特徴的な内容を挙げるとすれば、出身小学校が同じ人間はその学校内にはいなかった、という事ぐらいだろう。

 特徴的な物があれば人気者には、少なくとも興味は唆られる物にはなる。

 だが、彼女はそれを拒んだ。理由などなかった。寧ろ彼女はそれを望んでいた。それなのに、彼女は無意識的にそれを拒んだのだ。

 

 これは、未だ四月上旬の話。

 

 そして、それから数週間が経った。大抵の者は既にその本人独自のコミュニティを形成しているのだが、やはり希桜音は未だ創れていなかった。

 

 外は生憎の雨。窓から見える雨粒に、薄らと映った自身の顔が腹ただしい。時計に目をやれば、時刻は午後5時を指していた。

 クラス内には彼女一人、他の者は既にそこを後にしていた。運悪く傘を忘れて来た彼女は、降り止まない雨に愛想を尽かして雨に濡れる覚悟を決める事にした。

 

「小兎謚さん」

 

 重い腰を上げると、いつの間にか女子生徒が教室へと入って来ていた。いつの間にと希桜音が戸惑っている中、彼女はなんの躊躇いもなく希桜音へと近付いて手を差し伸べた。

 

「傘、無いんでしょ?良かったら一緒に帰ろ?」

 

 その言葉と共に彼女は希桜音の手を掴んだ。

 これが、彼女、渡我被身子と小兎謚希桜音の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

「...なんでこんな事するの」

 

 傘に弾ける雨音の合間を縫って、希桜音は彼女等の間に流れる静寂をつき破った。

 対する彼女、渡我被身子は怪訝そうな表情を浮かべ、希桜音の顔を見詰め返した。

 

「ん〜...困ってたから、かな?」

 

「何それ...ヒーローでも目指してるの?」

 

「さぁ?まだ将来のことなんて分かんないよ」

 

 目尻を下げてケラケラと笑う彼女はそう答えると、体を傘の中央部へと寄せる。即ち、希桜音との距離を縮めてきた。

 

「肩、濡れるでしょ?」

 

 一人用の傘に、片肩濡らす少女が二人。

 墨に塗れた雲の下、建物の隙間へと消えて行く。

 

 ここで彼女、渡我被身子のクラスの立ち位置について説明しよう。

 彼女は所謂クラスの中心人物、フワフワとした雰囲気に容姿端麗なその姿。誰とでも分け隔てなく喋る彼女は、一躍クラスの人気者となった。

 そんな彼女にも悩みはあった。小兎謚 希桜音という存在だ。誰とも関わろうとしないその姿勢、そしてそれを容認している周囲の雰囲気が彼女には理解出来なかった。

 

 ━━━━━━━━色んな子とお友達になりたい

 

 それが彼女の目標だった。

 だから、この日の偶然は彼女にとっては有卦に入るようなものだった。

 その日以降、渡我は希桜音に積極的に絡むようになった。さすれば必然的に、彼女に群がる人間達も希桜音と関わる機会が増える。そして彼らは、小兎謚希桜音という存在を受け入れていった。

 小兎謚希桜音は、それ以降他人と話す機会が増えた。硬く結ばれた緊張の紐は解け、笑うことが増えた。それが異常ではなく、日常へと移り変わっていった。周りは受け入れてくれている。それが普通。

 皆笑顔。

 それが、普通。

 それが、真実。

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎ去り、五月。

 

「じゃ、体育祭のリレーの順番決めといて。俺タバコ吸ってくるから」

 

 教壇に立っていたその姿はもうない。彼女らの担任は電光石火の勢いで教室を後にした。つまり、残っているのは生徒だけだ。

 

「順番どうする?」

「やりたい人!...っていないじゃん。陸部、GO!」

「部活動リレー参加勢は出らんないって。私、速いからさ」

「自慢すな。うち行けるよ」

「ん〜、50m走の順番だと...▲▲とトガちゃんと...◆◆の3人、だけど◆◆今ケガしてるから...きー、かな?」

「男子決まった!!」

「「「「「早っ!!?」」」」」

 

 トントン拍子で話は進んで行く。それは正しく早送りで再生されていくかのように。自分だけが、世界から置いていかれたように。

 

「ね、きーちゃん言われてるよ?」

 

「ふぇ?」

 

 ふと我に返ると、周囲の視線は自分に向けられていることを彼女は自覚した。あわわあわわと慌て出す彼女は、このクラスでは癒しと呼べる存在らしい。波のように起きる笑いの渦中の彼女もまた、それに連られて年相応の笑い方で応える。

 

「リレー?全然大丈夫だよ、私がんばる」

「おっけー、順番は...▲▲陸部だし、クラウチングスタートで最初ぶっ飛ばしなよ」

「いややったらダメだろ」

「トガちゃんめっちゃ速いしアンカーで、2番目きーでいい?」

「大丈夫」

「大丈夫だよ〜」

 

 トントン拍子で話は進んで行く。消え失せるようにしてこの話は終了。

 時は滝の如く流れ落ち、体育祭当日となる。照りつける太陽は、彼らを締め付ける痛みとなって天から見下している。流れるように進んで行く種目達。玉入れに綱引きにフォークダンス。そして遂に彼女、小兎謚 希桜音にとってのメインイベントがやってきた。

 

「次クラス対抗リレーだぞ〜。優勝クラスの担任は焼肉タダ食いできるからお前ら頼んだ」

「うちらにメリットないじゃん」

「うるせぇー。今月厳しいんだ。煙草吸ってくるから頼むぞ〜」

 

「はぁあ...トガ、きー行くよ?」

「分かった!トガちゃん行こ!」

「あーい」

 

 彼女らは腰を上げると、早足気味に入場門の側へと歩いていく。歩幅は同じ、そこに違うのは熱量だろうか。この場合、この熱という字を具体的な数値で表すとマイナスなのだろう。

 入場門へと着くと既に他クラスのメンバーは揃っており、今か今かと待ち構える者や気だるそうにして座っている者様々だった。

 

「2人共頑張ろ!」

「おー!」

 

 希桜音の呼び掛けに飛び付くように渡我は応える。犬のようだと▲▲は思いながらも、軽いストレッチをしながら周りを見渡した。

 

 ━━━━━━━━陸部ばっか、か

 

 周りのクラスの選手達は大半が陸上部で占められていた。そうでなくてもあとは運動部ばかり。対して自分達はと言うと、陸上部である自分を除けばあとは帰宅部。足が速いといえど、帰宅部。

 

「▲▲ちゃん、もう行くよ?」

「え?あ、あぁごめ」

 

 希桜音に肩を叩かれ渡我に声を掛けられ、彼女は自身の思考という沼から解き放たれた。既に待機場所へと向かう二人の後に続いて、ついたゴミを払いながらも彼女はスタートラインへと向かう。

 

「位置について」

 

「ちょ、まだ心の準備が!!?」

 

 スタートラインへ着いた途端に告げられる開始の合図。だが待ってくれる訳もなく、ピストルは空高く打ち上げられた。

 一歩遅れた。だが、だからといってどうという問題はない。

 彼女は走るのが人一倍好きだ。熱くなれるから。

 

「きー、走って!!!」

 

 グラウンドのカーブを曲がり切る前には、彼女は既にフルスロットル。彼女は風と一つになった。

 圧倒的な一位だった。

 

「分かった!!」

 

 次の走者に与えられた役目、それは現状維持。希桜音は瞬間的にそれを察知した。それを背負って走り出した。

 

「「はい!!」」

 

 バトンは受け取った。特に問題はない。練習通りに上手くいった。だからあとは、アンカー(渡我)にそれを渡すだけだ。

 

 ━━━━━━━━いける

 

 そんな気がした。

 ここまで一秒。

 そしてそこから足が崩れるまで、一秒足らず。

 偶然か、それとも仕組まれた罠か、それは分からない。だが彼女の足は不規則な軌道を描いて体勢を崩したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、体育祭お疲れさん。んじゃ俺お腹痛いから帰るな。じゃ!!」

 

 外は生憎の曇り空。雨が降り始める前に帰らなければと生徒達も慌ただしく動き始める。例えるなら、水族館で悠々と泳ぐ魚群だろうか。そんな中、それに足だけ浸かっているような生徒が一人。浮き足立つという言葉がお似合いだろうが、それでも彼女は足は付いていた。浸かっていた。

 

 周りの目線を避けるように顔を伏せる彼女、誰も声を掛ける者はいない。

 誰も触れない。見向きもしない。

 

「きーちゃん、一緒に帰ろ?」

 

 またこの感触か、嫌な気分になりたかったのに。それが小兎謚 希桜音の心だ。

 だが渡我被身子はそれを拒絶した。彼女は希桜音の手を握ると、外へと駆け出した。天を染める墨は垂れ始め、ぽつりぽつりと彼女らを染め上げて行く。

 空っぽになった彼女には、それだけでは足りなかったかもしれない。だけど今の彼女には彼女がいる。嬉しかった。だから、彼女もまた彼女に染め上げられていく。

 

 

 

 

 

 

 



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