選んだもの 得られたもの (ジベレリン)
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選んだもの 得られたもの

僕、池田俊輔は目の前の少女に恋をしている。

 

ショートボブに赤メッシュ、オマケに目付きも口調も悪い女、美竹蘭。

一見すると不良少女のような外見をしているが、それでも僕はこの少女に恋をしてしまった。

 

その人形のような、可愛らしい顔に。

他人には冷たいものの、僕ら仲間たちには時折見せてくれる、優しい1面に。

些細な事で傷ついて、悩んでしまう繊細な心に。

美竹さんから叱られても、意見を変えない芯の強さに。

本当に嬉しい時に見せてくれる、屈託のない太陽のような笑顔に。

そして、やると決めた時に見せてくれる、その真剣な眼差しに。

……その、全てに僕は惚れてしまった。

 

 

 

 

 

 

緑色のリノリウムの校舎。

空気が固まったかのように静かな空間。

ここに居るのは僕と愛しい彼女だけ。

そして、その静寂を破らんと彼女は息を吸い込む。

 

……ああ、頼む。これ以上言わないでくれ。

 

そんな僕の願いも虚しく、彼女の声がこの重苦しい空気を振動させる。

 

「最低だね俊輔……。

……もうあたし達と関わらないで。」

 

 

 

……言われてしまった。

いや、言わせてしまったのか。

蘭の怒りは最もだと思う。

だって僕は……蘭の大切な『仲間』を傷つけてしまったのだから。

 

もう、僕は蘭の『仲間』にいる資格はない。

蘭と仲良くすることもできない。

全部。全部、僕が悪いのだ。

蘭に恋をしてしまった僕が、悪いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蘭と初めて出会ったのは小学校中学年の頃。

その年の僕の誕生日に、両親が死んだ。

僕の誕生日ケーキ、それを近所の菓子屋さんに買いに行ったっきり両親が帰ってこなかった。

 

いつもは5分程度で戻るくらいの距離。

それが10分経っても、15分経っても帰ってこなかった。

だから僕は帰りの遅い両親を心配して、菓子屋さんまで歩いて迎えに行ったのだ。

 

 

 

 

 

駄菓子屋前の交差点。

昨日僕が母さんに「今年もここのケーキ食べたいな」と話した交差点。

そこには僕の家の車と同じ色の鉄くずと、『元』人間だったタンパク質が広がっていた。

あとから話を聞いたが、両親が運転している車にトラックが横からドンって。

即死だった。

 

 

日本は裁判で陪審員制度を採用してるのはご存知だろう。

裁判官だけでなく、一般人である陪審員が被告人を裁く。

その陪審員制度が批判的な理由として、陪審員である一般市民への心理的負担が多いという理由がある。

陪審員はその凄惨な事件の生々しい写真をモザイクなしで、証拠として提出された以上は見ないといけないからだ。

精神の円熟した大人ですら『人だったもの』を見るのは、心に負担のかかるということである。

 

そんなものを、精神発達途中の僕が見て心への負担が来ないわけがなく、

 

 

 

僕は心は病んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、身寄りのなくなった僕は先方の強い希望によって、美竹家に引き取られた。

どうやら華道を嗜んでいた池田家と美竹家は強い繋がりがあったそうで、葬儀もほとんど美竹さんが取り仕切ってくれた。

そして僕を引き取ってからも、実の子供である蘭と変わらないくらいの愛情を注いでくれた。

本当に美竹さんには感謝している。

 

蘭については、最初こそぶっきらぼうな態度を取っていたが、…恐らく美竹さんが僕の事を話したのだろう。

1週間もしないうちに仲良くしてくれるようになった。

 

 

蘭から色んなものをもらった。

優しい言葉や、楽しい思い出。本当に親切にしてくれた。

友達も紹介してくれた。

元気いっぱいの『ひまりちゃん』、

どんなときも優しく接してくれた『つぐ』、

姉御肌でいつも僕を引っ張ってくれた『巴』、

スローモーションな話し方が特徴的な『モカ』

 

沢山の友達が僕の凍りついた心を少しずつ。

少しずつだが溶かしてくれた。

 

 

 

だけど、僕は1度その受けた恩を仇で返す真似をした事がある。

それは両親が死んで丁度1年後、両親の命日であり僕の誕生日でもある日に起こった。

 

その日は忘れもしない。

いつもとは違い、僕の好物ばかりが並べられた食卓。

クラッカーを鳴らして祝ってくれる蘭と蘭のお母さん。

その後ろで腕を組みながら微笑んでいる美竹さん。

両親が死んで、もう僕の誕生日を祝ってくれる人はいないと思っていたから、とても嬉しかった。

 

……しかし、テーブルの真ん中に置かれているケーキを見て思い出してしまったのだ。

忘れていた、あの光景。

幸せな1年で忘れかけていたことがフィードバックしたのだ。

 

 

僕はその後たまらず部屋に閉じこもった。

閉じこもる前、蘭が何か言っていたがわからなかった。

それくらいに、僕は錯乱していたのだ。

 

電気も付けず、ただ部屋の隅っこで座って泣いた。

繰り返される自責の念。

どうしてあの時「あそこのケーキが食べたいな」って言ってしまったんだろう。

僕があの時そんな事を言わなければお母さん達はまだ生きていて、今日もまた誕生日を祝ってくれたのに。

僕が悪いんだ。

 

 

 

 

……部屋に閉じこもり、どれくらいの時間がたっただろうか。

ふと、僕は思った。

「あぁ……お母さんに会いたいな」と。

お母さんがいる場所は天国で、もちろん命を絶ったとしても会える保証はない。

けど、その時の僕はそんな冷静に考えればわかるようなことがわからなくなるくらい、疲れ切っていたのだろう。

 

椅子をはしごにして、カーテンレールにカーテンを縛る紐を巻き付けて輪っかを作り、その中に頭を通す。

あとはこの椅子を蹴るだけでお母さん達に会える。

「待っててね、お母さん。今行くから」

僕がそう心の中で呟き椅子を蹴らんとしたその瞬間……

 

 

 

 

「ごめんね?俊輔…入るよ」

突然、部屋をノックする音が聞こえ蘭が入ってきた。

 

刹那、僕の瞳と蘭の瞳が合う。

驚いたように僕らは目を見開いている。

だんだんと蘭の目が大きくなっていき、やがて

 

「なにやってんのよアンタ!!!

バカなことやってないで早く降りなさい!!!」

 

そう怒鳴られたのだった。

 

 

 

 

蘭の叫び声を聞いた美竹さん達が慌てて僕の部屋にやって来た。

僕の様子を見た美竹さんは一瞬固まっていたが、すぐに僕の首から紐を外し、さっきまで誕生日パーティーをしていたリビングルームへ連れていかれた。

 

僕の隣に蘭、テーブルを挟んで美竹さんと蘭のお母さんが座り美竹さんが話を始める。

 

「……なんでこんな事をした、と、私達は俊輔を責めることが出来ない。

恐らく、原因は私達にあるのだろう。

俊輔、お前の心の状態も鑑みずにあのような事をしてしまって申し訳なかった。ゆるしてくれ。」

 

まず美竹さんは謝った。

そして僕が口を挟む暇も与えず続ける。

 

「だが俊輔……。亡くなったお母さん達の気持ちになってみてくれ。

最愛の息子が、まだ未来のある息子が、自分達のために命を絶とうとしているんだぞ。

……そんな事をして喜ぶ親はいないんだ。

親は何よりも子供の事を大切に思って、子供に秘められた無限の可能性を信じている。

だからね、俊輔。もうこれからは、このような恩知らずな真似はやめて欲しい。」

 

決して怒ることなく、穏やかな口調で美竹さんがいう。

頭ごなしに怒るのではなく、諭すような、そんな感じ。

 

けれど、僕はそんな美竹さんの態度に怒りが湧いてきた。

親のいない僕を美竹さんが哀れんでいるのだと勘違いした。

 

そして言ってはならない言葉を口にしてしまったのだ。

 

「……なんだよ!!!みんな本当の家族じゃないくせに!!!」

 

言ってから後悔した。

今まで1年間、娘と変わらず愛情を注ぎ続けてくれた美竹さん、そして僕の凍りついた心を溶かそうとしてくれた蘭に対する裏切りとも言える発言。

僕がどうしようと狼狽えていると、僕は頬を打たれた。

 

 

 

ただし、美竹さんではなく、蘭に。

 

「俊輔!その言い方はないよ!!!

あたしが……父さん達がどれだけ俊輔を大切に思っているか知ってる?

どうして…どうして……!!!」

 

そう言いながら蘭は僕頬をひたすら打ち続ける。

やがて疲れたのか打つのを止め、泣きながら言うのだった。

 

「俊輔……あたしは俊輔の事家族と思ってたよ……。

ううん、これからもずっとそのつもり。

それなのにどうして……。

どうして……ねえ!!!どうして!!!」

 

その蘭のなく様子を見て、僕はなんという言葉を言ってしまったのかを再び理解した。

なんてことをしてしまったのだろう。

そう思うともうどうしようもなくなって、涙が溢れてきた。

 

美竹さん達はしばらく僕達のなく様子を見たあと、ぎゅっと僕達を抱きしめて

「二人とも、もう疲れたろう。早く寝なさい」

と、再び怒ることなくただ、優しい言葉をかけるだけだった。

 

 

 

 

 

次の日の朝。僕は謝罪した。

1年間こんなに愛情を注いでもらったのに、とんでもない事を言ってしまった。本当に申し訳ない。

そんな事を言った覚えがある。

しかし、言ってるうちに感情が爆発してしまって、もう自分で何を言っているのか分からなくなってしまった。

結局その思いが伝えることが出来たのか不安だ。

 

 

そんな僕の話を聞いて美竹さんは

 

「気にしてないから、ほら、ご飯を早く食べなさい」

 

またしても、優しい言葉をかけてくれる。

そんな美竹さんに心から感謝した。

 

蘭とはムスッとしながらも、結局朝食を食べ終わらないうちに普通に話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校に進学する時、美竹さんにあるお願いをした。

 

「一人暮らしを、させて欲しい」

 

これまで沢山の愛情を注いでもらって、沢山の迷惑をかけた。

けど、これ以上は迷惑をかけることは出来ないという事。

美竹さんは勿論猛反対した。

 

「そんなものは家族だから当たり前だ。

これからももっと迷惑をかけてもらって構わない」と。

 

しかし僕も引く訳にはいかない。

1週間近い説得の末、僕はようやく一人暮らしを認められたのだった。

 

 

 

……美竹さんにはこのように言ったが、本心は違う。

実は…この頃から蘭のことを異性として認識し始めたのだ。

少しずつ大人へと近づいている身体つき。出るところが出てきて、子供だった蘭は大人の女性になっていく。

 

恐らく今までの僕だったら気にも止めてなかっただろう。

しかし、成長しているのは蘭だけではないのだ。

変だと思ったのは中三の二学期頃。

お風呂から上がって身体が火照っている蘭を見た時、どきりとした。

その時はその一時的なものだったがやがてソファーで無防備に寝ている姿に、挙句の果てには朝隣のテーブルに座っているだけでもドキドキする。

やがて、確信したのだ。

 

僕は、蘭に恋をしている。

 

 

本来、家族には向けてはならない感情。

それを蘭に向け始めてしまった。

取り返しのならないことが起きてしまう前に、早く去らなくては。

そう思って『一人暮らしをさせて欲しい』、そう頼んだのだ。

 

 

 

 

 

 

……いや、それすらも嘘かもしれない。

僕は蘭に恋をしている。それは間違いない。

けれど、蘭には家族としてしか見てもらえない。

叶わない恋が叶うのを祈り続けるのはツラい。

だから僕は一人暮らしを申し出たのかもしれない。

 

この思いを断ち切るために。

 

だが、今となっては色々な思いが交錯してどれが理由なのかわからなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、高校に入学して一人暮らしを始めた。

 

しかし、好きという気持ちを断ち切るために蘭と離れた事、これが悪かった。

確かに蘭と過ごす時間は格段に減った。

会うのは学校と、ひまりちゃんたちと遊んだりする時。

あとは、最近蘭達が始めたバンド『after grow』、そのライブの時。

会う時間が減れば、やがて蘭への恋心も消えてゆくだろう。

そう考えていた僕が甘かったのだ。

 

会う時間少なくなればなるほど、会いたくなる思い。

最近では、ふと、学校で蘭の姿が目に入ると、自然とその姿を追っている。

そう気づいた僕はその度ごとに自分を戒めるのだが、一向にそれが止むことは無かった。

いや、辞めることが出来なかったの方が正しいか。

 

やっている事、ストーカーと何ら変わらない。

僕はこの時ほど自分を嫌った事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな蘭への恋心で悩んでいる中、突然僕は告白された。

相手は蘭の幼なじみのメンバーの羽沢つぐみ。

「あなたの事が好きになりました。付き合ってください」

つぐは相当緊張しているのだろう。

耳は真っ赤だし、膝はガクガク震えている。

つぐの、子供の時からの癖だ。

 

正直、僕は悩んだ。

つぐの事は子供の時からよく知っている。

彼女の優しさや、誰よりも頑張り屋さんで、それでいてすごく傷つきやすいことも。

僕が告白を断れば、間違いなくつぐは傷ついてしまう。

そうなれば、蘭やモカ、ひまり達も悲しむだろう。

僕は蘭の悲しむところを見たくないし、何より告白を断ることで、みんなとぎこちない関係になってしまうのを恐れた。

 

 

 

それなのに……

 

「ごめんなさい、つぐ。

僕は君の告白を受けることはできない」

 

自分の自分勝手な『蘭への恋心』を取ってしまったのだ。

 

「僕は多分……蘭に恋をしている。

だからつぐ、君の告白を受け入れる訳にはいかないんだ

……本当にごめんなさい。」

 

返事を聞いたつぐは、悲しそうな顔をしていたが、すぐに取り繕った笑顔をして

 

「……ごめんね。はっきり断ってくれてありがとう。

……私!応援するよ!!!蘭ちゃんと俊くんが結ばれる様に!!!

……頑張ってね!!!」

 

そう言って、つぐは帰っていく。

僕は、痙攣を起こすように小さく震えるその肩を、見えなくなるまで見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、おわったな。

恐らく、みんなその辺で告白を見守っているのだろう。

断ってしまった以上、今までのような関係を続ける事は出来ない。

そして、恐らく蘭との関係も、壊れてしまっただろう。

 

 

 

呆然と佇む僕。

やがて後ろから足音が聞こえてくる。

この静かで規則正しい足音、聞き間違えるはずもない。

長い間、家族『だった』少女のもの。

そして、僕が恋する少女のもの。

 

「つぐの告白、断ったんだね」

 

後ろから話しかけてくる。

僕は振り返ったが、返事はしなかった。

 

「ねぇ…、俊輔。あんたはどれだけつぐが悩んでいたかわかる?

つぐが告白することで、私達の関係まで壊れてしまうんじゃないかって、何度もあたし達に相談してきたんだよ。

あたし達はその度ごとに大丈夫だと言った。

あたし達の絆はその程度で壊れるほどヤワじゃないって。

つぐは悩みに悩んで、そして俊輔に告白したんだ」

 

「そんな事……わかっている……。

わかっているよ!!!」

 

わかっている。僕と同じ事をつぐが考えている事ぐらい。

子供の時からずっと仲良くしてきた6人組。

そんな僕達が、考えることくらいすぐにわかっている。

 

だけど、僕は君のために断ったんだ。

君が好きだから。

僕は『みんな』じゃなくて『愛しい君』を取ったんだ。

 

「じゃあなんで……!!!なんで断ったの!!!」

 

答えることが……できない。

答えられるはずがない。

君の事が好きだからなんて。

言ってしまうのはカンタンだ。

 

だけど、その後目の前の彼女、仲間思いの彼女は確実に悩み、そして苦しむだろう。

そんな自分勝手な思いを伝えて、愛しい彼女を困らせる事は……

……僕には…できない……。

 

 

 

「……だんまり…か……。」

 

彼女は失望したと言わんばかりの声色でそう言った。

恐らく、その顔も怒りの表情をしているのだろう。

 

いつも目で追ってた蘭の顔。

だけど、僕はこの瞬間だけは蘭の顔を見ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最低だね……俊輔。

……もうあたし達と関わらないで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蘭がそう言い残して帰ってから、どれくらいの時間がたっただろうか。

水面に沈む美しい夕焼け。

その夕焼けを見ながら僕はぼんやりと考えていた。

 

大切なもの、最愛の人の信頼、全部失ってしまった。

なぁ、池田俊輔。お前に生きる価値はあるのか?と。

 

あぁ、母さんに会いたいな。楽に、なりたいな。

 

 

 

想いを踏みしめ、1歩1歩階段を登る。

やがて、目的の場所に。

 

 

ここから飛び降りれば、全てがおわる。

母さんにも会える。蘭達のことも考えなくてもいい。

楽に、なれる。

 

けど、ずっと頭の中で響いている、美竹さんの言葉。

 

「親は何よりも子供の事を大切に思って、子供に秘められた無限の可能性を信じている。

だからね、俊輔。もうこれからは、このような恩知らずな真似はやめて欲しい。」

 

その時に僕は自ら命を捨てないと約束した。

……だけど、もう僕は疲れてしまったのだ。

仲間との絆に。蘭への恋心に。

 

そしてその両方が壊れてしまった以上、もう僕は生きる気がしない。

 

そうして、僕は手すりの上に立つと、重力に身を任せた。

 

 

 

突如襲われる、強烈な浮遊感。

……この浮遊感はどこかで味わったことがある。

 

何歳の頃かは忘れたが、夏休みの頃。

僕は仲良し6人組で遊園地にきていた。

色々なアトラクションを周り、一通り遊園地を満喫した後にひまりちゃんがこう言った。

 

「ねぇみんな!!!あの大きいジェットコースター乗ろうよ!!!」

 

言い出した事は必ず押し通す。

そんなひまりちゃんの性格を知ってた僕らは抵抗するだけ無意味だと知っているので、誰も反対意見を出す人はおらずジェットコースターに乗ることになった。

 

反対意見じゃなく、ため息はみんな出していたが。

 

 

そして、僕らの順番が回ってきた。

何ともまぁ不運なことに、僕と蘭が1番前。

ひまりちゃんはヒューヒュー言っていたが、そんな余裕はない。

 

ゆっくりと坂を登っていくジェットコースター。

残りが3分の1を過ぎようとした時、手に暖かく、そして柔らかい感触がした。

怖くなったのだろう。蘭が僕の手を握ってきた。

勿論、僕も怖いものは怖いので、僕も蘭の手を強く握る。

丁度その時、ジェットコースターは落ちていった……。

 

 

 

 

そんな事を考えながら僕は手を握ってみるが、そこにあるのは暖かくて柔らかい蘭の手ではなく、冷たく感触のない空気だけ。

 

あぁ……僕は独りぼっちになっちゃったんだなぁと自覚した。

 

落ちていく感覚がスローモーションのように思える。

遊園地だけではなく、色んな事を思い出した。

優しかったお父さん、お母さん。

そのお父さんとお母さんが死んだあの日の事。

美竹さんに引き取られたこと。

誕生日の日、言ってはいけない言葉を言ったこと。

だけど、それを怒らずに何も言わずに許してくれたこと。

仲良し6人組で色んな所に行ったこと。

時折見せてくれた、蘭の笑顔。

そして、さっきの失望したような顔。

 

あぁ、これが走馬灯ってやつなのか。

いよいよ僕は自分の死期が近いことを認識させられた。

 

 

 

 

美竹さん、沢山の愛情と気遣いをありがとうございました。

だけど、僕はその恩を仇で返します。

恩知らずになっちゃいましたね。

本当にごめんなさい。

 

蘭、色々ありがとう。

これからは僕の事を忘れて生きて。

最期に、言えなかったけれど

本当に、本当に、大好きでした。

 

 

 

 

 

 

やがて物凄い衝撃。

身体中の骨という骨にヒビが入る感覚。

痛みは一瞬。もう、その後は何も感じる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ白い天井。

一定間隔で鳴る機械音。

そして、僕の片手には、暖かくて、柔らかい感触。

 

その感触の持ち主を辿っていくと、そこにはショートボブに赤メッシュを入れた女の子が。

その女の子は僕と目線が合うと、信じられないという様子で目を見開いている。

 

「俊輔!気がついたの!!!」

 

嬉しそうな表情で、しかし目から涙を零しながらそう言う女の子に、僕は尋ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、貴女は誰ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みんな』より『1人』を選んだ男。

 

 

得られたものは

果たして犠牲に見合うものだったのだろうか




ここまで読んでくださりありがとうございました。

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