不思議なチカラがわきました (キュア・ライター)
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一話 天空闘技場

息抜きに書きました。


 割れんばかりの歓声と会場に満ちる熱気でステージのテンションは最高潮であった。ここは天空闘技場。血で血を洗うような野蛮な戦いを見に人々は集まり、参加者たちは富と栄誉を求め世界各国ありとあらゆる格闘技・流派の人間が覇を競いに集まる場所だ。

 

 そんな群雄割拠の闘技場に現れた一人の青年がいた。彼の名前はカストロ。長い金髪を持った男でこの場に似合わぬ優男のような風貌である。しかし、その見た目とは裏腹に実力は天空闘技場にて一級。並み居る猛者たちを倒して階層をどんどんと勝ち上がっていた。

 

 そんな彼は勝ち進んだ結果本日彼は150階に到達しひとまずの目標とする200階を目前としていた。カストロはその実績を自信に持ち今日の試合に望もうとしている。

 

『さぁ!! いよいよ間も無くに迫りました! 本日の試合! ここまでほぼ無敗で勝ち上がってきたカストロ選手! 見た目もさることながらその拳撃も流麗! 彼は150階にてどう戦うのか!』

 

 カストロがステージに入ると大音声が響きわたり応援、罵声が入り混じったものが轟いた。その様子に軽い微笑みをもって応える。彼は適度の緊張に身を包み試合へのコンディションは最上。集中力も研ぎ澄まされていた。ーーしかしその状態も長くは続かなかった。

 

『さて相対するのは天空闘技場の華!! その可憐さ! その苛烈さ! 愛らしい容姿の魅力だけでなく格闘能力の高さもピカイチ! 衣装はフリルたっぷり! 動きは殺意たっぷり! ラジカ選手です!』

 

 入ってきたのはこの場に似つかわしくない可憐な少女だった。年は十代前半で、髪は桜色で目は宝石のように輝く桃色。装いも戦闘には向かないようなフリルとリボンだらけの可愛いピンクと白のパステルカラーで彩られたドレスだ。申し訳程度に動きやすいようにかスカートは短く白い足がまばゆいばかりに露出されている。カツン、カツンと音を鳴らしながら歩く彼女の足元を見ると、これもまたリボンがあしらわれたハイヒールを履いていた。

 

 桃色の幻想的なドレスに身を包んだ彼女はまるで女児の夢を体現したかのようだった。

 

 彼女はゆっくりと足音を鳴らしながら、会場に歩み寄ってくる。堂々としたその歩みに観客、とくに男性はその美貌にほうと思わず息を呑む。風に舞うリボンや歩くたびに揺れるフリルで飾られたドレスは彼女本人の愛らしい容姿も相まってまるで絵本から抜け出したお姫様のようである。

 

 会場に入り衆人観衆が見守る中、彼女はゆっくりと——

 

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

 

 

 そう、それはもうはっきりくっきりと、白魚のような細い指をピンと上げていた。

 

 儚げな美少女の奇行に彼女の清廉な雰囲気にやや呑まれていたカストロも思わず目を見張る。彼女の予想外の行動に驚いて固まるカストロを他所に目の前の彼女、ラジカと呼ばれた少女は小さな口を開き鈴の音のような声で言葉を紡ぐ。

 

「うるっせーんだよ、ロリコンどもが!!」

 

 叫ぶと同時にハイヒールで床をひび割れんばかりの勢いで踏みつける。ラジカは桜色の髪を翻しながら地団駄踏むように暴れ始めた。

 

「人がいちいち登場しただけで騒ぎやがって! 黙って賭けでも楽しんでろや!!」

 

 透き通った声で観客に向かって罵倒するラジカに観客は憤るわけでもなくむしろ興奮したように歓声を上げた。その声に煩わしそうに眉をひそめるラジカ。おおよそ少女がするような口調ではなく、見た目と振る舞いのギャップにカストロは面喰らう。

 

「罵られて喜んでんなよ変態どもが!!! ッチ!!」

「君は……本当にこの闘技場の選手なのか?」

 

 容姿や言動があまりにも今までカストロが戦ってきた相手とは違いすぎる。ここまで幼く、しかも少女というのはここでは類を見ない選手だ。仮にまだ心源流の弟子だというならば理解できるが、しかし彼女が着ているのは胴着ではなく柔らかい印象を与えるドレスだ。どう見ても戦いに来たとは思えない。

 

「んだよ兄ちゃん。ジロジロ見てきやがって。テメーもロリコンか?」

「違う、そうではない」

 

 ラジカは幼く透明感のある顔を嘲るように歪める。彼女のような歳の人間がしてはいけない表情であった。窮屈そうなドレスをゆっくりと動かし、彼女は拳を構え正面のカストロを見据える。

 

「御託はいらねぇ。男なら男らしく拳で語れや」

 

 ニヤリとこれまた雰囲気に似合わぬ好戦的な笑みを浮かべ、手をクイクイとかかってこいとジェスチャーをラジカはしてみせた。

 

「……それもそうか。いいだろう」

 

 ラジカの言う通りここは己の武を競う場。問答は無用。ただ互いの実力を試し勝者が生まれるだけだ。そこに老若男女は関係ない。カストロは思考を切り替え先ほどまでの集中力を取り戻そうと構えを取り深呼吸をする。歓声も罵声も切り離し、カストロはただ目の前の少女ラジカとの決闘に神経を研ぎ澄ます。

 

 野性味溢れる笑みを浮かべるラジカと神経を研ぎ澄まし静謐を纏うカストロ。彼らを見て審判は両手をあげる。

 

「ラジカ対カストロ! ポイント&KO制!! 時間無制限一本勝負!! 始め!!」

 

 審判の宣誓とともにカストロは前へと動き出す。両者の体格差は一目瞭然。カストロの攻撃範囲の方が圧倒的に広い。小回りのきくラジカに懐に入られぬように自分の間合いで勝負を試みる。だが——

 

『攻めの姿勢をとるカストロ選手! しかしカストロ選手の攻撃は全て見切っているのかラジカ選手は全て避ける!』

 

 元々の的が小さいこととラジカの技量も合わさり、ドレスとヒールとは思えない素早い動きで避けていく。カストロの攻撃は苛烈さを増し、ペースも上がるがそれでもドレスを掠めることすら叶わない。まるで舞踏会で踊るかのように彼女は動き、それに引きずられようにカストロもペースを無理矢理合わせられる。

 

 拳、突き、手刀、蹴り。次々と繰り出される猛撃は同階層の人間でも捌ききるのは難しい。そう思わせるほど見事なものであった。しかしそんな攻撃を払い、受け流し、躱し、飄々と試合開始時に浮かべていた獰猛な笑みを携えたままラジカはカストロの攻めをやり過ごす。

 

 ヒートアップしていくカストロだが体力は永遠に続くわけではない。次第に精密さを欠き、息も上がってくる。このままではマズイと判断し、置き土産に大振りの蹴りを放ち一先ずラジカから距離を取る。それを余裕の表情で躱し、彼女も背を仰け反り床に手をつき、一回転し曲芸じみた動きで距離を取る。

 

「ハァ……ハァ……」

「へぇ兄ちゃん優男みたいな見た目して意外とやるんだな」

 

 対照的な様子であった。肩で息をするカストロと余力があるラジカ。体格差や身につけている物など差がありカストロが圧倒的に有利なはずだが、それでも結果はラジカの方が圧倒的に優勢。ここまで勝ち上がってきたのはまぐれではなく、実力によるものと裏付けるような果敢な攻めであった。が、それはラジカに届くことはない。その事実にカストロの自信が揺らぐものの、考えを改める。

 

 自分の調子は良い。ベストコンディションと言ってもいい。しかし届かない。つまり目の前に対峙する幼い彼女の実力が自身よりもはるかに高いことを意味する。

 

(さすがは天空闘技場、世界というのはかくも広いのか)

 

 自分よりも遥かに幼い少女が、自分よりも遥かに高い実力を有している。その事実に衝撃を受けながらも目の前のラジカからは視線を逸らさない。息を整える間も試合は止まることはなく、次はラジカから動き出す。

 

「次は俺からいくぞ!」

 

 言うや否やラジカは粉塵が湧くほど力強く踏み込み爆発的な加速力とともにカストロに迫る。少し前の展開とは一転、攻守が完全に逆転した。轟ッ!という音とともに拳が振るわれ、それを紙一重で避けていく。

 

 ラジカの回避とは違い、ぎりぎりで躱しておりカストロは自然と冷や汗をかいた。やがて彼女の攻撃は激化していき殴打や蹴りの鋭さは増していく。

 

 華奢な少女の四肢から繰り出されるものとは思えない攻撃を受けカストロは歯を食い縛る。防御をしてもその上からねじ伏せるように一撃一撃が重く、そして鋭い。

 人間の体同士がぶつかっているとは思えぬ音が会場に鈍く響き渡った。そんな原始的な暴力の応酬に観客は盛り上がり、歓声が沸き立つ。

 

 そんな時間は長くは続かない。ラジカの攻撃は着実にカストロの体力を削っている上に、彼は防戦一方。そして決着の時間は訪れた。

 

「ッハ!!」

 

 短い掛け声とともに繰り出された攻撃は高い威力を誇り、カストロを防御していた腕ごと弾き飛ばす。体勢が崩れカストロは顔を青くするが、その隙を見逃すラジカではない。右の拳を握りしめ大地を踏みしめて、腰から全身の力を乗せた今まで以上に重い一撃が繰り出される。その殴打を食らったカストロは両足で体を支えることすら叶わず、肺から空気を漏らし、息ができなくなりながらステージ外の壁へと一直線に叩きつけられた。

 

 体重差があるはずなのに、それを感じさせない凄まじいラジカの拳。それは吹き飛ばすだけでなくカストロを壁にめり込ませ、完全に意識を奪っていた。

 

「カストロ選手KO! 勝者ラジカ選手!!」

 

 意識の有無を確認した審判の宣言によって勝敗が決し、衆人が興奮から大声を上げた。

 

「よっしゃ!!」

 

 その歓声を受けてラジカは拳を突き上げ微笑む。見た人物を恋に落とすような、そんな晴れやかな笑みだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「いや〜一試合でこんなに儲かるとはな!!」

 

 通帳片手にうはうはと笑みを浮かべるドレスの少女。先ほどまで戦っていた少女、ラジカである。

 ここ天空闘技場では100階以上の階層の選手には個室が用意される。彼女が今居るのもその一室。そんな部屋の中で彼女は少女としてはNGな表情とともに手元にある通帳をやらしい笑みで眺めていた。

 

 天空闘技場では一試合ごとにファイトマネーが出され、勝者はそれを入手できる。ラジカが先ほど戦った試合のファイトマネーは2億。真面目に働くのもバカらしくなるような莫大な金額だ。試合に勝つだけで金が手に入る。正直脳筋気味なラジカとしては天国のような場所であった。

 

「『魔法少女』はそんな顔しないコル」

 

 だらしない顔で喜ぶラジカをたしなめる声。しかし、そんな部屋でかけられた声に気分を害されたのか苛立ちを隠そうともせず舌打ちをするラジカ。

 

「ッチ! うるせぇなリリコル。魔法少女になんかなりたくてなったわけでもないっつーの」

 

 リリコル。彼は人間ではない。この部屋には住人はラジカ一人であり彼女は自分以外の人間をこの部屋に入れたことはない。チラリとベッドの上に居座るリリコルの方を向く。

 

 

 

 ウサギのような長い耳。イヌのような四肢。ユニコーンのような角。ネコのような尻尾。背中に小さな白い翼。そして真っ赤な首輪に暗い宝石。

 体毛は全体的に淡いパステルカラーであり、瞳だけが金のように輝いているのだ。

 

 

 

 そんなよくわからないキメラ。それがリリコルだ。

 

「リリコルは死にかけてたキミを救ったコルよ? 感謝される謂れはあっても非難される筋合いはないコル」

「それは感謝してるけどなぁ……」

 

 今から約一年前、前職についている間死にかけていたラジカはリリコルと契約することによって救われた。病院に連れて行ってももう手遅れと一目でわかるほどの瀕死の重傷から奇跡的に生還したのだ。どうやってかと言うとそれはリリコルの正体に起因する。

 

 リリコルの正体とは【契約の妖精(ボクトケイヤク)】という念獣である。

 複数の系統から作られた念獣であり、人語を解し喋ることができる。

 

 

 リリコルはある一つの念能力の一部である。

 

 能力名は【憧憬乙女(ニチアサ)

 

 その本質は契約。一人の人間と契約することができ、その契約を完了することで契約した人間の願いを一つ叶えることが可能。また契約を完了するために様々なサポートもでき、その支援の一貫として瀕死の重傷からラジカは回復することができた。

 

 さて、そこで重要なのはその契約である。契約の内容は端的に言うと

 

()()()()()()()』ことである。

 

 もう一度言おう、『魔法少女』になることである。よくわからないだろうが、ラジカにもよくわかっていない。というかリリコルにもわかっていない。

 【憧憬乙女(ニチアサ)】は複数人で作られた複合型の能力らしく、リリコルいわく少なく見積もっても40人は関わっている能力らしい。このリリコルを作った人間たちがそれぞれ魔法少女らしい振る舞いと判断する行為を行うたびにリリコルの首輪に埋められた宝石が輝きを増し、最高の輝きになったとき契約完了と見なされ解除される。

 

 そしてこの契約の対象は老若男女を問わない。が、この契約した段階である能力が発動する。その名も【夢幻少女(インストール)】。この能力によって強制的に体が十代の少女のものへと切り替わるのだ。たとえ爺でも三歳児でも性別、年齢、病気、身長、体重、すべての状態が健康的な十代女子へと切り替わってしまう。

 

 この能力によってラジカは青年から少女へと強制的に体を組み替えられた。そのせいで前職はクビになり、しばらく無職になってしまったのだ。正体不明の念にかかった人物を身近に置きたくはなかったのだろう。

 

「今日もあんまりMPは溜まらなかったコル」

「いや試合しただけで少しでもたまってくれるだけで御の字だわ」

 

 MPとは魔法少女ポイントの略称であり(命名ラジカ)、これが溜まると宝石が輝くのだ。しかしこの基準結構雑である。例えば困っている人への人助けや仲直りのお手伝いなどはわかるんだが、今日のように殴り合いをしても微量ではあるが溜まることがあるのだ。なんだろうか、魔法少女(物理)でも理想としてる人物がいるのだろうか。ラジカとしてはその辺の定義をはっきりとさせておきたいところである。

 

「登場したときにもう少し微笑むなりすればMPも溜まるコル」

「嫌だね、俺はさっさと除念してもらうつもりだ。ここにいるのもそのときの依頼料を稼ぐためだからな」

「そこらへんのバカな客どもに媚び売っとけば早く解けるかもしれないコルよ?」

「オイ、リリコル。魔法少女のマスコット名乗るにしちゃ口が悪いぞ」

「細かいこと気にするなんて魔法少女らしくないコル」

「それ言っておけば何とかなるって思ってないだろうな」

 

 

 何はともあれ魔法少女になってはや一年、未だにこの魔法というよりか呪いのような念が解除される気配は見えないのであった。

 

 




憧憬乙女(ニチアサ)
全系統の能力
最低40人以上の人数が協力してできた念能力。彼ら彼女らが理想とする魔法少女を作り上げるためにできた複数の能力の総称である。
叶えたい望みのある人間と契約して魔法少女にする。魔法少女らしい振る舞いをすることでこの能力は解除される。
契約が完了すると契約者の望みを叶える。
<制約>
能力は作成後、作成者の記憶から消え去る。
作成者には発動されない。
契約した人物に少量づつオーラを無意識に供給する。
契約者は契約直後から【憧憬乙女(ニチアサ)】以外の発が使えなくなる。
契約者には内容を全て話さなけらばならない

契約の妖精(ボクトケイヤク)
具現化・放出系能力
リリコルのこと。人語を解し、会話ができる。契約者を見つけ出し、その人物が契約に同意した場合魔法少女にする。絶対に破壊されない。
首輪についた宝石が契約をどれだけ完了しているかを見定める基準となっている。
<制約>
作成者の記憶を持たない。
語尾にコルが基本的につく。

夢幻少女(インストール)
特質・操作・具現化系能力。
憧憬乙女(ニチアサ)】で契約した人間を十代の健康的で()()()少女の体にする。操作系で体の内外を操作し少女にするが、それでも可憐にならない場合は強制的に体を変形させる。

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二話 妹

 今日も今日とて天空闘技場にて試合をし、適度に勝ち、適度に負ける。その結果150階から180階を行ったり来たりして稼いでいた。200階に登ってしまうと賞金が発生しないという情報を聞いたラジカは名誉や名声なんて求めておらず、金欲しさに来ているだけと割り切りそういった現状に落ち着いたのだ。一銭にもならないような試合をここでするつもりはない。

 

 今日の試合は適度に苦戦を演出し、ポイント負けをした体で終わらせた。そして試合を終えたラジカはだらだらとパソコンの前にかじりつき、ネットサーフィンに興じている。

 

「見た目は美少女! 中身はチンピラ! 魔法少女ラジカル☆ラジカ!!」

 

 カチカチというクリック音とカタカタキーボードを叩く音だけが虚しく響く部屋で、突然リリコルが叫んだ。リリコルの奇行に慣れているラジカは見向きもしないが、とりあえず声を掛ける。

 

「何だよ急に」

「魔法少女といえば変身の際に何か言うのが普通コル」

 

 その普通というのはどこからの知識なのか二、三度問い詰めたい気がするが、するだけ無駄なので大きなため息を一つつく。どうせ最近朝見ていた女児向けアニメとかだろう。

 ため息をつくラジカの肩にぴょんとリリコルは飛び乗ってきた。リリコルの大きさは小型犬と同程度にはあるのだが、なぜか重さはほとんど感じない。こういったときにコイツ、本当に念獣なんだな、ということをしみじみと実感する。

 

「というわけで今決めたキャッチフレーズコル。今度からこれを名乗ればMPが溜まるように決定したコル」

「本当ど突いたろうかこの小動物」

「そんなことしても無意味コルよ? 散々試したのに忘れちゃったコルか?」

 

 煽るように語尾が上げられた言葉を受けて、無言で肩に乗るムカつく小動物をはたき落とす。否、はたき落とすというよりかはもはや掴んで投げ飛ばしていた。ムギュ〜と無駄にマスコットらしい声を上げて二、三度バウンドして部屋の隅に飛んで行った。

 

 魔法少女らしさというのがリリコルにもわかっていないらしいのだが、作成者たちの無意識に働きかけ当てはまるかどうかを判別してある程度のルールや基準を設けることは可能らしい。といってもルールの決定は作成者たちの三分の二以上の同意がないとできないらしいが。

 

 今の所決まっているルールは少ない。

 ・他人を故意に殺すとMPがリセットされる

 ・女性女児用以外の服を着ると着用時間に応じてMPが下がっていく

 ・変身の際に口上を述べるとMPが溜まる NEW!

 

 以上である。それ以外はアバウトで、人をぶん殴ってMPが溜まるときもれば人助け(あとあと調べたら犯罪者の逃走を助けてた)で下がることもある。

 

「そういえば何をさっきからネットで見てたコルか? 可愛くなる方法とかコル?」

「アホか。除念師の情報調べたんだよ」

 

 勢いよく投げ飛ばされたというのにケロっとした顔で戻ってくるリリコルの問いに答える。ラジカが見ているサイトは髑髏や逆十字などが表示されて背景は真っ黒で文字は真っ白で書かれているものだ。

 

「そんな厨二全開のサイトよりもケーキのサイトとか見る方がMP溜まるコル。早くキラパティのサイトを開いてモンブランを頼むコルよ」

「ふざけんな、それお前が好きな高級ケーキ屋じゃねぇか。誰が頼むか、そんなもん」

「どっちにしろ除念師の情報なんてネットに載ってるコルか? そういう能力は希少価値が高いから普通隠していることの方が多いと思うコル」

 

 リリコルの言う通り、除念師の情報など前職の伝手を使ってもなかなか集まらない。一度除念師を名乗る輩に会ってみたことがあるのだが、いざ会って蓋を開けてみると念能力者でもないパチモンである。そのとき思わずラジカはルールを無視してそいつを殺そうとしたほどには怒り狂った。

 

「あ〜クソ。やっぱヒットしないな〜」

 

 頭をかきむしって机に突っ伏す。そもそも出会えたところで最低40人からなる念を外すことができるほどの優れた除念師であるかどうかはわからない。一応依頼料として金は貯めれるだけ貯めているが事例が少ないだけに相場もわからない。

 

「前職についてたときの知り合いとかにいなかったコルか?」

「俺の知ってる範囲ではいない。というか同業者はみんな敵だし、仲間内にいなかったらそう簡単に頼れないからな」

 

 就いていたのは見栄や面子を大事にする職業であった。それに現在の姿で会うのはラジカのプライド的に許さない。元は引き締まった肉体にそれなりに整った顔、暗い紫の髪をオールバックにし、顔に走る刀傷で威圧感を与える。そんな人間であったのだ。

 

 それが今はどうだ。

 黒に近い紫の髪は淡い桜色で輝かんばかりの美しい髪に。背丈も大いに縮み、華奢な肢体に変わり、凶悪な目つきも今はもう愛らしい大きな瞳へと化けてしまった。舐められる云々の話ではない。事情を知らない人間が見たら確実に赤の他人だろう。

 

「そもそも元の職業がマフィアっていうのも魔法少女らしくないコル。可愛らしくパティシエとか歌手とかだったら良かったコル」

「そんなんやってたらそもそも死んでないし、魔法少女の契約なんてしてねぇわ」

 

 一応諦めきれず検索を続けるが次第にやる気も失せて大人しくブラウザを閉じる。すると右下と時計が目に入り、だらけていた体を慌てて起こして動き出す。

 

「やばい、もうすぐ時間じゃん!」

 

 急に起き上がったせいでラジカの頭に乗っていたリリコルが落ちて、不満げな視線を送る。そんな視線を受けているなんて気にもとめずに部屋に散乱した洗濯物やカップラーメンの器など大慌てで整理を始めていた。普段どれだけリリコルが言っても整理整頓をしないラジカの行動を見てようやく理解する。

 

「妹ちゃんとの電話の時間コルか。普段整理整頓してないから急に慌てる事になるコル」

「うるせぇ! ガミガミ小言を言うくらいなら手伝え!!」

 

 ***

 

 大慌てで掃除を数分した結果、パソコンのカメラの死角に余計なものを追い込む事によって一見すると清潔な部屋に見せかけることに成功した。そして14時ちょうどになるとパソコンの画面に着信ありと表示される。

 

 髪や服装をひと撫でして軽く直し、リリコルが余計なことをしないように捕まえて胸の前に組んだ腕の中に閉じ込める。パソコンを操作すると画面に紫の髪をした女性が現れた。彼女は和服に身を包み、柔和な笑みを浮かべている。

 

『こんにちは、ラジカ。元気にしてた?』

「やぁ、エリザ 久しぶり! 元気だよ」

 

 画面に映るのはラジカの妹、エリザである。ノストラードファミリーというマフィアの娘、ネオン=ノストラードに仕える女性だ。

 

 孤児であった二人はノストラードファミリーに拾われてラジカは護衛、エリザは侍女として育てられた。その恩返しとしてしばらくの間はノストラードファミリーに仕えることが二人の間で決定していた。少なくともラジカは死ぬまで仕えるつもりだったし、エリザもそのつもりではないだろうか。

 

 しかし、ラジカの思惑は思わぬ形で阻害された。

 

 一年ほど前、ノストラードファミリーに大勢の刺客が訪れた。おそらくノストラードファミリーの発展の裏で没落していったファミリーが妬みから襲撃を決行したと思われる。そこで総力戦となり、ラジカは致命傷を負ってしまった。

 

 自分でもおそらく死ぬと思った瞬間、リリコルが現れ契約する事で生きながらえることができた。しかし、ラジカはそこで少女へと変貌してしまい、よくわからない効果の念を受けた者を護衛に置くわけにはいかず、ラジカは幾許かのお金をもらって退職することになった。もしもこの念が解除されたならファミリーに復帰することができるといわれたため、ラジカはそのために必死に動いている。

 

 週に一度、ラジカとエリザはお互いに連絡を取ることが許されており、よくわからない状況へと追い込まれたラジカにとって唯一の癒しだ。

 

 そんな癒しの時間を受けてラジカとエリザはお互いの近況を話し合っていた。楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。そんな中でエリザは一枚の紙を取り出した。

 

「ねぇラジカこれ見て欲しいんだけど」

「えっと、何これ、もしかして」

「そう。ネオン様の予言よ」

 

 画面から少し遠いからか文字はぼやけて見えるが、行数や筆跡的に元主人・ネオン・ノストラードが念能力【天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)】で書いたものだ。彼女の能力【天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)】は端的に言うと占いだ。予言詩は4~5つの四行詩から成り、その月の週ごとに起こる出来事を暗示している。非常に抽象的な文面のためその意味を100%理解するのは不可能で、表現技法などから推測するしかない。

 しかしその的中率は脅威の100%。絶対に当たる未来予知だ。

 

「今すぐ戻せ! 他の人間にバレたら殺されるぞ!」

 

 ネオンの顧客はマフィア界だけですらかなりの重鎮まで及んでおり、エリザがそれを持ち出したというのは内容に問わずまずいことだろう。一体誰のものを持ち出したのだというのだ。ラジカがハラハラとエリザを心配し始めた。そんな心配を他所にエリザはやんわりと笑う。

 

「大丈夫よ、これラジカの予言だもの」

「俺の?」

「ええ。ネオン様に頼んで占ってもらったの」

 

 そういって詩が読み上げられる。

 

 

 

 **

 

 あなたは空へと登る道中

 服を脱ぐことは叶わず

 死神と出会い取り憑かれる

 財は諦め逃れなさい

 

 波にまぎれて試練の場へ

 揺られる中で金に恵まれる

 色を変えなければ

 富との糸が結ばれる

 

 勇者の集まりへとあなたは辿り着く

 黎明には口を閉じれば苦しみは訪れない

 霧に身を潜めなさい

 さもなければ死神に見つかってしまうから

 

 塔では独り島では質素でいなさい

 数への執着を捨てれば勝利はやがて現れる

 欲張りものが集まる場所

 待ち人はそこにいる

 

 **

 

 

「たぶんこの『服を脱ぐことは叶わない』っていうのはきっとラジカにかけられた念は解除されないってことだと思うわ」

 

 たしかにこの『服』っていうのは【憧憬乙女(ニチアサ)】に含まれる【彩色の鎧(ドリームドレス)】という能力のことを言っているのだろう。それもそうだが二回現れている『死神』というのが気になる。ラジカにとって会わないほうがいい人物が現れるということの予知。

 

「この試練っていうのは何のことなんだろうな」

「調べてみたんだけれどね、近日中に行われる大きな試験だとハンター試験があるの。それだと勇者の集まりって受験者のことでしょ、島とか塔って試験会場のことじゃないかしら」

 

 エリザの解釈を聞いて納得する。確かにその解釈はいろいろと辻褄が合うことが多い。『波』は会場までの移動手段、おそらく船だろうか。

 

「とりあえずもう時間もないし、あとで文章を送るわね」

「おう、ありがとう」

 

 あとで時間をかけてゆっくりと読み解こうと決心するラジカ。元々ノストラードファミリーが少数だったころはラジカもエリザも解読を試みていたのだ。だから解読するのはおそらく可能だ。

 

「じゃあ、またね。ラジカ」

「またな、エリザ」

 

 通話を終えようとパソコンを操作しようとマウスへと手を伸ばす。と、その直前でエリザが思い出したかのように声を上げた。

 

「そうそう、ラジカ。一つ言うことがあったわ」

「ん?」

 

 

 

 

「私、良い人が出来たわ」

 

 

 

 

 …………。部屋に不気味で不自然な沈黙が降りた。聞き間違いと思ってラジカは一度頭を空にする。ポカンとしたラジカに聞こえなかったと思ったのか再度口を開く。

 

 

「私、恋人ができたの」

 

 そのセリフを今度は正しく認識できたのか、マイクが壊れんばかりの大声が自然とラジカの口から溢れ出す。

 

「は!?」

「じゃあね、また来週!!」

「ちょっと待て! エリザ!! 恋人ができたってどう——」

 

 ラジカが言い切る前にブツっと通信が切れた。暗くなった画面に驚愕に満ちた美少女が映る。そんな美少女、ラジカの様子を恐る恐るリリコルは見上げた。ゴゴゴゴという擬音が聞こえてきそうなほど禍々しいオーラが部屋を満たしていく。もし色がつくとしたらドス暗い漆黒。髪色や瞳の色とは大きくギャップがありすぎてそれが更に恐怖を煽った。

 

「どこの馬の骨だァーーー!!!」

 

 噴火するように溢れ出した激情とともにオーラも爆発して机の上に置かれていたコップが弾け飛んだ。彼女の今の風貌は美少女というよりはもはや悪霊。その様子に流石にリリコルも「魔法少女はそんな顔をしない」なんて言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 




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三話 船旅

 遥か上空、青い空を流れる白い雲をぼんやりとサングラス越しに見る。プールサイドに用意されていたパラソルの下、ビーチチェアに寝転び白い脚を覗かせていた。

 

 ご機嫌な様子で鼻歌を奏でながら傍に置いたノンアルのカクテルドリンクを一口含む。南国を思わせる色彩鮮やかな飲み物は様々な果実の風味がした。

 

 俺は今魔法少女になって以来最高の時間を過ごしている!!

 

「珍しくご機嫌コルな」

「そりゃ機嫌も良くなるだろ!!見ろこの青空!海!プール!!」

「久々の贅沢に頭おかしくなってるコル」

 

 ため息交じりのリリコルの言葉も気にかけないぐらいには機嫌がいい。だから今リリコルが空に吹き飛んだのは気のせいだ。別にイラっとしてぶん投げた訳じゃあないことをここに誓おう。豪快な水しぶきを上げて沈むリリコルを尻目に潮風に吹かれながらぐっと背伸びをする。

 

 プールに沈んだリリコルは上がってくると、嫌がらせとばかりに俺の近くで体を振って水を飛ばした。ほう、やる気かコイツ……?

 

「エリザの恋人の話を聞いたときとは偉い違いコル」

「おい、次その話題を投げかけてみろ、八つ裂きにするぞマスコット」

「そ、そういえば予言の内容はわかったコルか?」

 

 目から冗談ではなく本気の殺意が迸っていたので話題を無理矢理リリコルは変える。

 

「ん? あぁ、それなら割とわかったかな」

 

 ネオン様からの詩を自分なりに解釈してみた結果とりあえず序盤の部分は以下のようなことだと俺なりに理解した。

 

 ***

 

 あなたは空へと登る道中

 服を脱ぐことは叶わず

 死神と出会い取り憑かれる

 財は諦め逃れなさい

 

 波に紛れて試練の場へ

 揺られる中で金に恵まれる

 色を変えなければ

 富との糸が結ばれる

 

 ***

 

 この『空へと登る道中』というのは天空闘技場のことだ。勝てば勝つほど上の階層にいくため間違っていないはず。次の一行はこの前エリザと話した通り除念されないことだ。まぁ、あそこに居て戦っても得るのは金ばかりでMPは雀の涙ほどしかたまらないのだから当然と言えば当然だ。

 

 問題なのはその次の一行だ。

『死神と出会い取り憑かれる』。この一行はどう切り取ったとしても不穏な要素しかない。この死神が念なのか、人なのか、物なのか。正体は定かではないが碌な事ではないことは確かだ。取り憑かれるのは疫病神(リリコル)だけで十分である。次の行にも『財は諦め逃れなさい』と言っていることなので素直に従うことにした。

 

 次の一節からはおそらくハンター試験に向かう暗示だろう。というわけで俺はクルージングを楽しんでいた。天空闘技場で稼いだお金を、貯めておくだけというのは勿体無いと思い切って豪華客船に乗ってみることにしたのだ。今まで護衛以外でこういった高級客船を乗船したことはなかったのだ。

 

 気分は完全にセレブ。といっても流石に女児の体型で水着を着るつもりは無いので薄手のTシャツと短パンにパーカーという出で立ちである。

 

 周りの客も基本的に金持ちで優雅な方々ばかりであるし、そういった人間は得てして寛容である。本当のセレブというのはこういったものか、と愕然としていた。そもそもどこぞのお嬢様と見なされているのか、一人でいるが誰も関与してこない。

 

 この船でハンター試験会場の近くまで行く手はずだ。こんなにゆっくりとした時間を取るのはだいぶ久々なので思い切り羽を伸ばそう。

 

 

 ***

 

 

 と思ってた時期が俺にもありました。

 

 傍にはサングラスに黒服をかけた男たち。背後にはガラスケースに包まれた煌びやかに輝く宝石。周りはガラス張りの展示場。天井には豪華なシャンデリア。頭の上にはリリコル。そして俺が着ているのは周囲の人間と似た系統の黒いスカートスーツ。

 

 端的に言って仕事をしていた。

 

 内容はこの豪華客船内に展示されている宝石や希少な自然物の保護である。この豪華客船には大勢の資産家がおり、その人間が各々が有する物をお互いに展覧するために持ってきていた。大勢の人々に希少なものを楽しんでもらおうという理由であるが、結局のところ「自分はこんなに凄いものを持っているんだァ!」という自慢がしたいだけだろう。金持ちは自己顕示欲の強い人間が多いのだ。

 

 当然セキュリティには気を使っているのだが、そんな中でも有名な盗賊が希少品を狙っているという情報が入ったのだ。そこでそれぞれ警備員を雇って配置している。俺もその中の一人だ。

 

 さてそんな仕事に外見は10代前半の乙女がなぜ就いているかと言うと、スカウトされたのだ。

 

 この客船には金持ちが大勢いるが、同様に恨みを買っている人間も大勢居り、船内にはそんな人間を狙った者が紛れていた。偶然殺しの場に居合わせた俺は暗殺者を撃退、無力化した。

 

 その標的はどうやらこの豪華客船での展覧会の企画者だったらしく、大層感謝され莫大な謝礼金が支払われた。

 

 これで終われば金も貰えて人助けによるMPも溜まってラッキーという話だったのだが、俺が天空闘技場の闘士だということがバレ、そこから拝むように嘆願され莫大な報酬に目が眩んだ俺は護衛に就くことになった。

 

 そして就くこと早五日。

 

「来ないな」

「来ないコルね」

 

 凪のごとく何もない。いや襲撃がないのは良いことなのだが何もなさすぎて暇である。俺とは反対側にいる金髪の男なんて暇すぎるのかケータイをいじっている。それで良いのかプロよ。訴えられても知らんぞ。

 

 護衛をやっていたころとはブランクが大きく空いてしまったせいか、いまいち集中力が続かない。これは除念、もしくは契約完了後までの良いリハビリになりうる。というか集中力の低下は少女化してる弊害とかじゃないだろうか。だいたい子供なんて長いこと集中できないものだし。

 

 俺も早くこの部屋を出てうまいものでもつまみたい。この体では飲酒と喫煙ができない(出来るには出来るがMPが下がる)ので少し不満があるが、それでもここの料理が美味いことには変わりない。つい数時間前に食べた海鮮料理を思い出すと空腹感が湧き上がってくる感じがした。

 

 辺りを見ると、この船旅も終わりを間近にしたためか展示会場にはほとんど人がおらず、居るのは出入り口に二人の警備員。会場内には見物客が一人、それに俺とリリコル、あとは金髪の警備員が一人だ。

 

 携帯をいじっている彼は話しかけるなオーラ全開なのでおとなしく暇潰しにリリコルとお喋りすることにした。

 

「この仕事ってMP溜まってるのか?」

「全く溜まってないコル。それどころか真面目に働かないとマイナスになる可能性もあるコル」

「わ、割に合わなすぎる」

「多分無償で受けていれば少しは溜まるコルよ?」

「タダ働きなんて論外だっつーの。魔法少女っていっても霞を食って生きてるわけじゃないんだから金は必要だろ」

 

 霞を食って生きるのは仙人だし、魔法少女も嫌だが同様に仙人も嫌だわ。

 

 戦闘以外ではボーイッシュな女子というコンセプトでズボンしか履いていないのだが、今はスカートスーツというのもあって不快度がかなり高い。サイズも正直合っていないので他人から見ると完全に背伸びしたお子様である。

 

 一刻も早く脱ぎ捨てたいものだが、生憎と勤務時間はもう少し残っている。身も心も締め付けられているような気がして思わずため息がこぼれた。

 

「ラジカ、ラジカ。あのお客変じゃないコルか?」

「んあ?」

 

 リリコルに言われ会場を見渡すとたしかに変な客がいた。目は虚ろで歩き方も覚束ない。暴れたのか上等なスーツには擦れた跡、本人には引っ掻き傷のようなものがあった。

 

 酔っ払いが食堂からこちらへと向かってきたのだろうか。ガリガリとガラスを引っ掻きながら見つめる男性へとラジカは嫌々ながらも声をかける。

 

「あの、お客様」

「アぁ? んダよ、テめェは?」

 

 呂律が回っておらず、これはめんどくさそうだと内心顔をしかめる。そんな感情は胸にしまい込みビジネススマイルを浮かべて対応する。中身は違うとしても今の自分の見た目は美少女。大抵の相手ならころっと魅了されるはずだ。ここは丁寧に行こうと軽く咳払いをして声を整える。

 

「申し訳ありませんがお客様、他の見学のお客様のご迷惑にもなりますので、できればガラスを引っ掻くなどの行為はご遠慮願います」

 

 リリコルの「誰だお前」みたいな視線が突き刺さるが無視である。俺としても疲れるのは御免なので穏便に引き取っていただきたい。そのために猫被って済むなら万々歳である。のだが、

 

「お客様ハ神さマだロうがよォ!?」

「んだよ!急に逆上かよ!?」

 

 どこに隠していたのか知らないがナイフを取り出して俺に向かって襲いかかってくる。

 

 よくわからない言語化できないような声で絶叫しながら襲いかかる奴に対し、俺は迎撃に躍り出た。風を切る音ともに振られるナイフの軌道を見切り躱す。

 

 足を可能な限り開き、回し蹴りをして意識を刈り取る。遠心力も加わり鞭のようにしなる蹴り。それを受けて吹き飛んだ酔っ払いは壁に叩きつけられる。と同時に微動だにしなくった。おそらく気絶したのだろうし、そうでなくとも感触からして骨は折れた。同様に内臓にも相応のダメージがあったはずだ。

 

 軽やかに足を下ろして飛んで行った男を見遣る。

 

「いきなり暴れやがって危ねぇな」

「人を呼ぶコルか?」

 

 俺が戦っていたときだけ器用に肩の上でバランスを取っていたリリコルが提案する。短い足でどう頑張っているのか知らないが戦闘中でも俺にひっつけるのは純粋に凄いと思う。

 

「おう、そうしよう。まさかコイツが盗賊ってわけじゃないだろうが一応捕まえてもらう」

 

 盗賊でもないただの酔っ払いであったが、ここで暴れたのは事実だ。どういった身分の人間か知らないし、どういう扱いにすればいいかわからないので責任者を呼んでもらおう。横たわる酔っ払いに警戒は緩めず近づいていく。

 

 にしてもすごい瞬発力であった。オーラを見たところ能力者には見えなかったが、まるでリミッターが壊れたような身体能力を持っていた。もしや酔っ払っているのではなくラリっていたんじゃないだろうな。

 

 近づいて鼻を利かせてみると違和感を覚えた。この男からアルコールの匂いがしない。ましてや薬物の匂いも感じない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 疑問に思っていると俺と酔っ払いの戦闘を見ていた他の警備員が駆けつけてくる。

 

「すまないが、こいつを責任者のところまで連行してくれないか?」

「私がですか?」

「俺は正規に雇われたわけじゃないからな。あんたの方がいいだろう」

「わかりました」

 

 完全に脱力した酔っ払い(仮)の肩に腕を回し、警備員に受け渡そうとする。が、その瞬間俺は一気に距離を詰めて蹴りを放った。

 

 

 ***

 

 

「は?」

 

 きょとんと警備員は目を丸くするが、それも一瞬。蹴りを目の前でかすめながらラジカとの距離を取る。そして眼前の少女へと視線をやると爛々と敵意に満ちた瞳をしていた。

 

「テメェ俺に今何しようとしやがった」

 

 鈴のような声。だが野獣が唸るようである。声と口調のギャップに驚きながらも警備員は震え声で疑問を投げかける。

 

「何、と言われましても。私はただそちらの男性を運ぼうとしか」

「とぼけんな。俺に何かしらの能力をかけようとしただろうが」

 

 外見上は可憐な少女だというのに放たれるプレッシャーは獣のそれである。警備員、否、変装していた人間は諦めたように息を吐く。乱雑に髪を掻き先ほどまでいじっていたケータイを再度取り出す。

 

「殺気もオーラも上手く隠してたと思うんだけどどうやって気づいたんだい?」

「アンテナ」

 

 金髪の男、シャルナークがケータイを持つ手と反対の手のひらを開くとそこにはラジカの言う通りアンテナがあった。彼の能力発動の媒体で刺すだけで人を操作できるのだ。彼は幻影旅団という盗賊団のメンバーの一人。この豪華客船に展示された宝を目当てにやってきた盗賊である。

 

「上手く隠したつもりだったんだけどなぁ」

「ハン!オレの凝のが上手だったってことだろ。それにそんないやらしいオーラ見逃さねぇよ」

 

 軽口を叩きながらも挙動に隙はなく、ラジカとシャルナークは一定の距離を保ちながらもお互いがすぐさま行動に移れるように体勢を整える。

 

 今のラジカは発は使えないものの放出系。対するシャルナークは操作系。正面戦闘だけならラジカが有利である。シャルナークの考えとしてはアンテナが刺さりさえすれば勝利と思っている。が、能力のタネが割れてしまった状態での成功率は低いだろう。

 

「それでキミはオレをどうするつもりだい」

「決まってんだろ、とっ捕まえるんだよ」

 

 本音を言うとラジカとしては殺してしまっても構わないんだが、それをやると今までコツコツ溜めていたMPがゼロになってしまう。

 

 無力化を目標に戦闘するつもりだがオーラの様子を見る限りかなりの手練れ。おそらく操作系ということもあって正面戦闘が専門ではないだろうが、そう上手くはいかないだろう。気を引き締めて神経を尖らせる。

 

 そしてラジカは駆け出した。足へと回すオーラの量を増やし直線的に爆発的な加速力を持って突き進む。一般人から見ると姿が霞んで見えるほどの高速移動。

 

 搦め手が多い操作系に対し、何かをされる前に潰そうとオーラを集中させた右ストレート。それを振り抜かんと拳を握りしめた。短期決戦。先手必勝。一撃必殺。そんな思いが込められた小さな拳に莫大なオーラを込められ必殺の一撃としてシャルナークに迫る。

 

「死ねゴラァ!!」

「ッ!!」

 

 念能力者は見かけによらない。シャルナークはある程度予想は立てていたものの、想定を軽々しく上回る拳撃。攻撃の体勢、体の動かし方、体を覆うオーラの量と拳に込められたオーラの密度。どれを取っても一流といえる攻撃である。シャルナークの背に思わず冷や汗が走る。

 

 しかし、その攻撃が当たる直前、突然ラジカの視界がブレた。直後に足が床から離れて視界が回転し全身に衝撃が走る。ラジカは異常を感知した瞬間、オーラを倍増し全身の防御力を高めたものの、軽い体はまるでボールのように跳ね飛ばされ壁と衝突。壁を崩して瓦礫の山ができあがり、ラジカはその下敷きとなった。

 

 死——とまで言わなくともかなりの重傷を覚悟した状況から一転。シャルナークは呆れたように頭を抱える。そして、ラジカを攻撃した方向、出入り口を見ると野獣のような大男がそこに立っていた。

 

「あのさウボォー。助けてくれたのは嬉しいんだけどもっと穏便にできなかった? 後少し気づくの遅れてたらケータイお釈迦だっんだけど」

 

 ウボォーギン、そう呼ばれた男はシャルナークの仲間である盗賊である。彼は先ほどシャルナークに利用された男を投げることによって、ラジカの攻撃を妨害したのだ。周によって込められたオーラは多く、ウヴォーギンが強化系というのも相俟ってまるで砲弾でも発射されたかのようであった。たとえ念能力者であったとしてもそこらの人間では一溜まりもない一撃である。

 

 出来上がった瓦礫の山と砂埃に不快そうに眉をひそめるシャルナーク。対して悪びれもせずにウヴォーギンはゲラゲラと笑う。

 

「せっかく助けてやったんだから、そういうなって。にしてもあのガキなかなかのオーラだったな」

 

 念能力者としてかなりの実力を有している幻影旅団の2人から見ても、中々の実力を有しているように見えた。子供の念能力者というのはいるにはいるが、得てして戦闘向きの能力ではなく、また先天的な人間が多いので基礎のなっていない人間ばかりだ。

 

「確かにあの一撃はやばかったよ。喰らってたら両腕くらいは覚悟したほうが良かったと思うし」

「そう思うなら俺にもっと感謝しろって」

「はいはい。どうせなら展示品巻き込んで瓦礫の山なんか作らないで欲しかったけど」

 

 ちらりと出来上がった瓦礫の山を見ると、その山を構成しているのはもちろん展示品等を巻き込んでおり、少なく見積もっても二億の価値はあるだろう。

 

「あーあ、もったいない」

「悪りぃって」

「…………いってえな」

 

 声と強烈なオーラを感じて会話を中断する2人。すぐさまに発生源を特定した。2人の視線の先には瓦礫の山。先ほどの攻防で生まれたものである。すぐさま原因に思い当たった2人はそれぞれに感想をもらす。

 

「うわ、マジか」

「いいね! そう来なきゃつまんねぇよ!!」

 

 引いたような感想をもらすシャルナークと対照的に楽しげな笑みすら浮かべるウボォーギン。瓦礫はやがて震え、爆発するように吹き飛んだ。弾丸のごとく吹き飛んでくる瓦礫の破片を避ける。

 

 吹き飛んだ山から出てきたのは傷だらけになったスーツを身に纏ったラジカ。瓦礫を吹き飛ばしたのか右腕は上に構え、何処にそんな余裕があったのか、左腕で投げ込まれた男を保護していた。

 

「あれ喰らって無事なのか」

「面白ぇ! 暇つぶしくらいに来てなかなかの奴に会えるとはな!」

「だぁー!! クソ!! 展示品ボロボロじゃえねか!! これ俺の責任になんのか!? 最悪じゃねぇか!!」

 

 ラジカは辺りの惨状に思わず頭を抱えたい気持ちに陥る。被害総額を計算したら一体いくらになるのだろうか。ラジカの総資産を軽々しく飛び越えて行きそうである。というか、これは誰の責任になるのだろうか。背中に冷たいものが走ると同時に激しい怒りが湧く。

 

「チッ! 大人しくボコられてお縄につけ、盗賊ども!!」

「いいぜ! 相手になってやる!」

「ウボォー任せたよ。正直骨が折れそうだし」

 

 三者三様、それぞれ構えを取り一気に動き出す。シャルナークは距離を取るように後ろに、ウボォーギンとラジカは距離を詰めるように前に。

 

 ウボォーギンの拳がラジカへと伸びる。意識のない男性を抱えたままのラジカは長い華奢な足でそれをいなして懐に潜り込もうとするが、そこへ左脚が強襲。慌てて避けると距離を詰められ右足が来る。回避が間に合わず、男を抱えて腕を交差し、衝撃に耐えようと全身に力を入れるが、押し負けて上へと吹き飛んだ。

 

 ラジカは飛ばされながらも器用に回転し体勢を整え、猫のごとく柔軟に衝撃を和らげ、天井に足を着ける。同時に爆発的に蹴り出して弾丸のような勢いで蹴りを放った。

 

「喰らえゴリラ!!」

「フン!!!」

 

 鋭い蹴りはウボォーギンの胸を貫かんばかりに刺さるが、オーラと筋肉でせき止められ、逆に足を掴まれた。ぐるりと回され壁へと投げ飛ばされる。

 

 展示品にぶつかる直前にオーラを噴射して勢いを弱めて、なんとか着地する。

 

「クソ! やりづれえな!人抱えたままだと!」

「そんな奴ほっとけ! 俺と楽しくやろうぜ!!」

「その言い方やめろ!ロリコンゴリラ!!」

 

 軽口は叩き続けるものの、正直ラジカとしても意識のない成人男性を抱えたまま戦うのは少々無理があると判断していた。その上、それを抜きにしてもウボォーギンは強い。万全の状態でも負ける可能性がある。もしも魔法少女になる前のラジカが戦ったら負けていただろう。

 

 このままではいけない。そう結論を出して、ラジカは腹を括る。

 

「リリコル!!」

「コル!!」

 

 ラジカが愛らしい声を張り上げると、リリコルが何処からともなく現れた。突然出現した念獣にウボォーギンは用心する。その隙にラジカは抱えていた男性をリリコルに投げた。小型犬ほどの大きさしかないリリコルであるが、男を短い足で掴み宙を飛ぶ。

 

「使いたくなかったけどしゃあねぇなキャストオン!!【彩色の鎧(ドリームドレス)】ピンク!!」

 

 叫ぶと同時に瞬間ラジカの体を柔らかな光が覆う。まるで繭のように包み込むと、光は桃色へと色を変えた。そして光は輝きながら飛び散り、中からラジカが現れる。

 

 桜色の髪は鮮やかな桃色へ。傷だらけの高級スーツから花のような装飾が施されたピンク色のドレス。ボーイッシュな少女から可憐な魔法少女へと姿を変えたラジカは桜色のヒールで音を響かせながら歩む。

 

 

「見た目は美少女!! 中身はチンピラ!! 魔法少女ラジカル☆ラジカ!!」

 

 盗賊二人を前にしてラジカはポーズを決め、大声を出して決め台詞(最近決まった)を言う。

 

「…………」

「…………」

 

 とても嫌な沈黙だった。あれほど乗り気だったウボォーギンも熱が冷め、ひっそりと展示品を回収していたシャルナークも手を止めた。ただ理解不能なポーズを決めた少女が一人、半壊した展示室で立っていた。

 

「す、すごいコル! 決め台詞と決めポーズだけで一試合分以上のMPが一瞬で溜まったコルよ!!」

「今シリアスだから黙っててくれねぇかな!リリコル!!」

「それ君の制約と誓約?可哀想だね」

「黙ってろ童顔パツキン! 顔と筋肉のバランス狂っててキモいんだよ! 髪毟るぞゴラァ!!」

 

彩色の鎧(ドリームドレス)

 これも【憧憬乙女(ニチアサ)】に含まれる能力の一つである。具現化系がベースの能力であり、愛らしいドレスを創造する。それらは着用することによって効果を得る。また複数のドレスがあり、今回ラジカが召喚したのはピンクがベースの花のような衣装である。また変化するのは髪色も同様である。

 

「さぁやろうぜ盗賊ども! 第2ラウンドと行こうか!!」

 

 



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四話 人魚姫

たった三話でここまで反響があって怖いキュア・ライター!



 鮮やかな桃色の髪を揺らして構えをとると、相対するウボォーギンも呆けた態度をやめ臨戦態勢へと移行した。がしかし、ラジカが真っ先に向かったのはリリコルのもとだ。そしてリリコルの抱える男性に触れると、桃色の柔らかい光が花びらのように包み込む。

 

「……う……?」

 

 先ほどまで意識のなかった人間が唐突に意識を取り戻す。注意してよく見ると細かい傷も癒えていた。

 これがピンクの【彩色の鎧(ドリームドレス)】の固有効果。癒しや浄化の能力をもったドレスである。触れた人間を花びらで包み込み、対象の傷や病気を癒すことができるのだ。ドレスの効果によって治療された男は短くうめき声をあげて、よろめきながらも意識がはっきりとする。

 

「私は一体……? 君は? いやその前にここは?」

「黙ってくれ」

 

 今回、ラジカが男性を助けたのはMPが溜まりそうであったから。倫理よりもその理由のほうが強い。もともと人の命なんぞ軽く消えるような世界で生きていたのだ。身内ならともかく今更見知らぬ大人一人の命に拘泥することはない。

 だが、今のラジカは魔法少女。ここで助けられる命を見捨てたことによりMPが減ることは避けたい。

 

「リリコル、その人を安全な場所に持ってけ」

「コル!!」

 

 リリコルが再度短い手足で力強く掴み、小さな羽で飛んで行った。その様子を視界の隅に入れながら、光の花びらを自身にまとわせ、次いで自分の怪我を癒す。光が収まると敵である盗賊二人を見据える。可憐な容姿であり、衣装や髪型の変化によってその印象が強調されていると同時に圧力も増していた。

 

「フッ!!」

 

 ラジカを窺っていた二人に向かって走る。ヒールで床を鳴らしながらも爆発的な加速力であった。桃色の閃光と化したラジカはウボォーギンに向かって拳を握り、全力で振り抜く。あまりの威力に衝撃波が起き、ウボォーギンの体が床から離れ宙に浮く。

 

「ごぁ!?」

 

 小柄な少女が自身の倍以上の身長である筋骨隆々な野獣のような男を殴り飛ばす。何も知らない人間からしたら信じがたい光景である。念という常識外を知るシャルナークからしてもそうだ。

 

 先ほどまでも目の前の少女が幻影旅団随一の怪力を誇るウボォーギンと正面から押され気味とはいえ殴り合えることは驚きであったが、現在の光景は更に度肝を抜いた。

 

 宙に浮いた大男の体めがけて歯を食いしばり、拳を、脚を振るって次々と猛攻する。そして大きく一度右脚を振り回してまるでボールのようにウボォーギンは吹き飛んだ。

 

 この怪力は全てのドレスに共通する効果である。オーラの量自体を増やし、なおかつ強化率を上げる。シンプルで強力な能力である。

 

「ウボォー!!」

「余所見してる暇あんのか!!!」

「しまっ」

「喰らえパツキン!!」

 

 驚愕に染まるシャルナーク。そんな隙だらけの様子を見逃さず、肉薄し豪ッと音を立てながら華奢な腕で殴る。ウボォーギンに対する攻撃ほど重くはないが、正確さと速さに重きを置いた一撃だ。防御することも間に合わず、まともに鋭い攻撃が急所に入り肺から空気が漏れる。受けたシャルナークは抵抗できずに一撃で意識を失う。別段さっきの変身のセリフに対するリアクションを根に持っているわけではない。

 

「っしゃあ!」

 

 崩れ落ちるシャルナークを受け止め、肩に担ぐ。幼気な少女が金髪の成人男性を軽々しく持ち上げるというシュールな光景。しかし、そんな不思議な光景を気にする人間はここにはいない。拘束のためロープや網などを探そうと辺りを見回す。が、次の瞬間ラジカはシャルナークを離し大きく首をそらす。すると元々頭があった位置に丸太のような豪腕が横切った。首をそらすと同時に後転し、曲芸のような動きで距離を取る。

 

「オイオイ、あんなんで俺がやられると思ってんのか」

「ゲ、まだ意識あんのかよ、タフだなロリコンゴリラ」

 

 自身の変身後の怪力であれだけタコ殴りしたというのに意識を保ち、その上実に興奮した様子でこちらを見るウボォーギンに軽く引くラジカ。

 

 大概の念能力者ではあれだけ殴れば意識は失うし、病院送りにできるはずなのだ。

 

 なんだったら変身が可能になった時期、力加減がわからなかった当初では殴りすぎて殺しかけ、危うくMPがリセットされかけたため、自身の能力で自分で殺しかけた相手を治療するという矛盾したこともやっていたほとである。

 

 しかし、そんな前例たちと違って目の前の大男はずば抜けて頑強らしい。

 

「最初はふざけた格好しやがってと思ったが、容姿なんか関係ねぇ。ここまで殴られたのは久々だ」

「殴られて喜ぶとは大した変態だな。ロリコンでなおかつドMとは救えねぇな」

「吠えてろ、ガキ」

 

 そう吐き捨て、ウボォーギンは獣のように俊敏に距離を縮める。見た目とは裏腹に目が眩むほどの速さだ。残像すら起きそうな速度で迫り来る大男に対して両脚を開いて迎撃の構えを取る。

 

 先ほどまでのお返しと言わんばかりに激しい拳撃。足捌きや腕を器用に使って躱し、逸らし、いなすラジカであるが、一発だけ顔面に入り回転しながら吹き飛ぶ。目まぐるしく回る視界に混乱しながらもなんとか受け身をとった。

 

「ハッハー!! やっといいの入ったな!!」

「ックソ! こんな少女に手をあげるったぁ、ドMなのにドSも入ってのか! 屈折した倒錯野郎め!!」

 

 ぺっ!と血を吐きながらも光の花びらが湧き、顔を癒す。そのほかの細かい傷も同様に光が湧いて、癒されていく。瞬間、傷跡は綺麗さっぱり消え、元どおりの愛らしい顔の上に獰猛な表情があった。

 

 これがこのドレスの恐ろしく厄介な点である。【憧憬乙女(ニチアサ)】の制作者はおそらく他人を癒し、人を幸せにするためにこのドレスに 浄化・医療効果を付与したが、ラジカの使い方はそんな意向とは異なっている。

 ラジカの指針は自身の生存最優先。どれだけ負傷してもその怪我をすぐさま治し、まるでゾンビのごとく立ち続ける。相手が消耗していくのに対し、ラジカはオーラが尽きぬ限り、傷を負った先から治っていく。だいたいの相手はこの特性を見抜き、戦うことをやめる。がしかし、今回の相手、ウボォーギンは――

 

「いいな、その能力! もっとやろうぜ!!」

「この戦闘狂が!! いいぜ、徹底的にぶちのめす!」

 

 普通ウボォーギンとここまで肉弾戦ができる相手はいない。そもそも正面切って戦える相手という人物自体そうそういないのだ。頑強な肉体と優れた念能力。拳銃やライフルの弾丸すら皮膚で弾き、並みの念能力者の剣撃では体が切れることはない。

 

 そんなウボォーギンと殴り合いができる久々の存在。自身の半分にも満たない身長に、冗談のような服装、華奢な四肢、愛らしい容貌と今まで戦ってきた相手とはほど遠い外見。しかし、容姿は関係ない。

 

 ウボォーギンにとって正面切って殴り合い、戦える相手というだけで十二分に重要な相手なのだ。

 

 対するラジカにとっても、魔法少女と化してから純粋に戦闘を楽しむということはなくっていた。そんな中に現れた強者ということでヒートアップしていく。

 

 お互いに防御を捨て原始的な殴り合いへと移行する。ウボォーギンは持ち前の頑強さ、ラジカは回復能力のみで立ち続けていた。技巧も駆け引きも存在しない純粋な暴力の応酬。お互いの体から真紅の花のように血が吹き飛んでいく。

 

 激しい殴打によって、血が、体が、どんどん熱を持っていき、熱く滾るのを感じた。が、永劫にも続きそうな殴り合いもそうはいかない。お互いにオーラと体力を消耗しあい、やがて終わりへと近づいていく。

 

「【超破壊拳(ビッグバンインパクト)】!!」

「!!」

 

 戦況を変えんとウボォーギンは渾身の一撃を放つ。硬によって一点に集められたオーラ。それが右拳に集中して破滅的な威力でラジカに迫る。放たれた瞬間、ラジカはオーラの量や相手の様子から必殺の一撃であると判断できた。

 

 流石にその一撃を喰らってはいくら回復能力があるといっても致命傷になりうる危険性があり、慌ててラジカは片腕と下半身にオーラを集め、直撃を全力でそらす。

 

 拳撃の軌道を床へと導き、ウボォーギンのは炸裂した。瞬間、床だけでは留まらず部屋全体が爆ぜるように吹き飛んだ。

 

 ***

 

 ウボォーギン、そう呼ばれた大男の一撃によって部屋は爆ぜ、まるでミサイルでも放たれたかのように部屋は破壊された。

 

 あの右ストレート(【超破壊拳(ビッグバンインパクト)】と言ったか?)はシンプルであるがゆえに強力な威力を誇っていた。奴の全開の火力であるはず。というかそうじゃなきゃ俺がやばい。

 

 さて、どうここから戦略を練るか。だいたいドレスを着ればとりあえず殴っておけば相手は倒せるはずなんだが、今回はそう簡単にはいかなかった。

 

 ならばより近接戦闘に特化したドレス、もしくは火力に特化したドレスに着替えるか。ドレスはピンク以外にも数種類あり、それぞれ能力が異なっている。ピンクは回復や浄化といった能力がメインでどちらかといえば支援型である。

 

 相手は歴戦の猛者。なおかつ純粋な力で生き抜いてきた相手だ。このままのドレスでは負けはしないが、おそらく勝てない。千日手に陥るだけだ。

 

 どう対処するか考えながら重力に従って落下していく中、辺りを見渡すと衝撃の事実に気がつく。

 

 ただでさえ壊滅的だった展示品が散り散りになっていく様が見え、闘いの熱で上気していたことが嘘だったかのように冷や汗が走る。

 

 飛び散る宝石、割れた壺、欠片へと姿を変えた皿、裂かれた絵画。高級そうな絨毯は跡形もなく千切れており、豪華なシャンデリアも最早見る影もないほど割れている。

 

 え、やばくね。

 

 不味い不味い。これは本当に不味い。今回の依頼内容は展示品の保護であり、盗難防止。しかし、結果はご覧の有様。MP云々の前より俺の財産が吹き飛びそうな未来しか見えない。

 その上、不幸はこれだけにとどまらない。崩れた部屋の向こうからヒビが入るような音が聞こえ、周囲を見渡すと上下左右の部屋にまで戦闘の痕跡が伝わり、酷い所では浸水してきており、上には青い空が見えた。

 

 あ、これ船沈むのでは?

 

 思った時にはもう遅い。ありとあらゆる部分が決壊し、勢いよく海水が流れ入り、部屋が崩れ落ちていく。

 

「絶対室内で使う技じゃねぇだろ脳筋ロリコンゴリラ!!!」

「お前だけに当てるつもりだったってーの!!」

 

 目の前のゴリラに悪態づくも、そんなことをしても何一つ意味もない。一刻も早く貴重品の回収、いや今更間に合うか? 大半が壊れている展示品の数々よりも優先すべきものがここにはある。

 

「仕方ない!」

 

 崩れ落ちていく瓦礫を足場に飛び跳ね、先ほど昏倒させた金髪が落ちていくのを見つける。空中戦へと様変わりしたがお互いの両手両足による攻撃は全く衰えず、ひたすらにしのぎを削る。その間攻撃の合間を縫って意識のない童顔ムキムキ金髪(たしかシャルナークという名だった)を拾う。

 

「シャル!!」

「吹っ飛べゴラァ!!」

 

 掴んだ童顔金髪を全力で投げる。方向は目の前のロリコンゴリラではなく壊れた天井から覗く青い空。遥か上空に消えていく仲間にウボォーギンも流石に視線が逸れた。普段なら好機と見てドレスの色を変え、攻撃に打って出るところだが、今回は違う。正面のゴリラに中指を立て嘲るように笑う。

 

「お仲間助けたいならさっさと追うんだな!」

「クソ! お前の顔は覚えた! 絶対にもう一度やるぞ!」

 

 ウボォーギンは吠えるように叫び、野生の獣じみた動きで瓦礫を踏んで、青空の彼方に消えたシャルナークを追いかけて去っていった。正直意識のない人間というのは重たい上に、あの金髪は無駄に筋肉質で思ったよりも重く想定ほど遠くにはいかなかったはずだが、まさか沈みゆく船を追いかけには来ないだろう。

 

 ***

 

 予想外のことが起きた。咄嗟には行動できずただ呆然とするだけであった。

 

 突然部屋が決壊し、海水が流れ込んできた。私は何もすることができず、突然の事態に呆然とし、海水の奔流に巻き込まれ一瞬で思うように動きが取れなくなる。すぐに思ったのは近くにいたはずの家族。娘と妻がどこにいるのか、無事なのか、困惑しながらもその事実にのみ意識は囚われた。

 

 部屋を冷たい海水が満たし、体温が奪われる。その上、呼吸もできずに酸欠に陥り、意識がなくなっていく。何が起きたかも把握できないままこのまま息絶える。そう思った直後だった。

 

 部屋の壁が破壊され、桃色の少女が入ってきたのだ。水中になびく桃色の髪、揺れるドレスに仄かに光る桜色の光。幻想的でその姿はまるで海の妖精である。

 

 彼女は儚げなその容姿に加え、優しげな微笑を携え、力強く海水に満ちた部屋を泳ぐ。その華奢な姿の一体どこからそんな力があるのか、彼女は部屋にいた人間全員を巨大な布で包み、外へと泳ぎだした。布に包まれると同時に花びらのような光が湧き上がり、すると不思議なことに突然息苦しさや倦怠感が薄れていく。

 

 溺れた王子を助けた人魚姫のように彼女は居合わせた人間をまとめて救いあげた。やがて鮮やかな海水とは違う爽やかな青、すなわち青空が見える。勢いよく海面から飛び出し、そして近くの救助船へと運び込まれた。

 

 ***

 

 陸に上がると同時にゴホゴホと咳き込み、呼吸を整え大きく息を吸う。大きな布を使い、大人数を牽引して泳ぐということは想定したよりも疲れた。その上、オーラも枯渇しかけている。40人の協力による無尽蔵とも思えるようなオーラが、だ。そもそも戦闘だけならここまで疲れていない気もする。

 

 アンバランス金髪をぶん投げ、それをロリコンゴリラに追わせることまではうまくいったのだ。が、その後の豪華客船が沈没したのは予想外。盗賊どもが消えたあと、今までどこに隠れていたのかリリコルが飛び出してきた。

 

 女児に媚びたデザインをした腐れマスコットいわく「このままではMPが消え去るコル」とのこと。俺と盗賊による戦闘によって船が壊れかけ、その影響で大量に死人が出かけている。このまま大量の死者が出た場合、今までに溜めたMPが全て吹き飛ぶレベルの損害が発生するとのことだ。

 

 その言葉を聞いて俺の顔色は真っ青に変わった。それから早速自身ができる限りの円を展開し避難できていない人間を探索。人を運ぶようにシーツなどの布を拝借しオーラを込めて強化した。それから沈み始めた場所に向かって全力で潜降。人を拾っては能力で回復させ海面まで上げると待機している救助船へと引き渡す。

 

 それをオーラが枯渇しかけるまで何度も何度も繰り返し、ようやく生存者の反応がなくなったころには俺は疲労からか意識を手放していた。

 

 ***

 

 後日、目を覚ますと見たこともないほど豪華な花束に囲まれており、病院のベッドの上であった。その上名の知れた企業や財閥からの感謝状が殺到。これでもかというほど大量の手土産や贈り物が置いてあった。

 

 テレビをつけるとニュースで『海上の悲劇と奇跡』『桃色の人魚姫』など大きく取り上げられている。ベッドに備え付けれたテーブルの上ではリリコルが満足そうに高級菓子を頬張っていた。なんとなくムカついたのでとりあえず投げる。

 

「むぎゅ!?」

「うわ、これいくらすんだよ。盛大に頬張ってただろお前。ふざけんなよ」

 

 菓子に対して無関心な俺ですら知っているような店名が包装には記載してあった。そしてそんな菓子のゴミが柔らかいベッドの上に散乱している。おい、どんだけ食ったんだこのメルヘンキメラ。

 

 ちらりと首輪を見ると輝きが目に見えてわかるほど増していた。なんだろう、嬉しいはずなのだが、自身で起こした戦闘による被害者を助けたのだ。完全にマッチポンプであった。

 

 ニュースではなくてネットではカルト的人気が生まれ、魔法少女として人命を見捨てないという比重が強くなり、人の命を一層見過ごせなくなったことを俺はまだ知らなかった。

 

 




オチは投げ捨てるもの。
ちなみに溺れた人を見つけて微笑んだのはMPを下げる要因を排除できることに安心したからというのが大きな理由です。
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五話 おはなし

仄暗い酒場。ゆったりとした音楽がBGMに流れ、そこでは一般人とは少し異なる裏の世界へと半歩足を踏み入れた場所であった。店内には濃いアルコールの匂いが立ち込め、露出の高い女性が忙しげに働いている。

 

そんな大人の世界に一人少女が店内に入ってきた。帽子からのぞく桜色の髪に可憐な容貌。ややサイズの合ってない大きなメガネ。女性的で可愛らしいが、服だけがボーイッシュなものに身を包んでおりチグハグな印象を受けた。

 

彼女は自分よりも一回り以上年上の人間しかいないような空間に躊躇いなく足を踏み入れ、堂々と慣れている様子でカウンターへ座る。

 

「テキーラサンライズ、あぁ、駄目だった。シャーリーテンプル」

 

アルコールを頼もうとして、ノンアルのカクテルにオーダーを変える。近くの女性にそう注文をすると、彼女は困ったような表情を浮かべながら厨房へと向かっていった。少女は椅子の上に堂々と座り足を組む。帽子からはみ出る淡い桜色の髪の艶や丁寧に彩られた爪、肌のきめ細かさなど少女の容姿からは裕福な子供であることを推測させるのに、酒屋、それも仄暗さを感じさせる場所で物怖じした様子もなく、それどころかどこか快適そうな気分さえ伺える。

 

「よう、嬢ちゃん。こんなところに何の用だい?」

 

カモが来た。顔にそうありありと書いてある歯のない男がニタニタと下卑た表情を浮かべ隣に座る。見たところいいとこのお嬢様。軽くゆすれば金を毟り取れそうだ。そういった魂胆が明け透けて見えた。

 

「なぁ、パパとママはどうした?はぐれちまったのか?」

 

男の声音は表面上は優しげだが、軽薄さが隠しきれていない。少女は声をかけた男を完全に無視。見向きもせずにケータイをポケットから取り出しておもむろに弄り始める。いかにも興味ないですと全身で語っていた。

 

「テメェ、無視とはいい度胸じゃねぇか!」

 

沸点の低い男が苛立ちを隠さず椅子を倒しながら立ち上がる。周りの客も見慣れた光景なのか、はたまた愉しんでいるのか、どこか面白そうにこちらを見ていた。少女は男のそのような態度に対しても普通の子供のように泣き叫ぶことも怯えることもない。

 

「うるせぇな、小汚ぇオッサンが俺に話しかけんな。俺ぁ女以外隣に座らせる気がねぇんだよ。それともその見た目でタマ無しかよ」

 

ラジカの可愛らしい少女の顔にははっきりと馬鹿にしたような表情が浮かんでおり、鈴のような可憐な声で嘲る。まさかそんなことを言われると夢にも思わなかった男の顔がきょとんとする。

その反応に周りでやり取りを見ていた客は爆笑した。その間に再度困ったような表情のウェイトレスがそっと頼んだシャーリーテンプルを置くと先ほどまでとは打って変わって美少女然として愛らしく笑い、ありがとうと一言述べる。

 

「この野郎! ぶっ殺してやる!!」

 

ポカンとして放置されていた男は顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら胸倉を掴む。そして勢いよく拳が振り下ろされた。が、しかし次の瞬間吹き飛んだのは殴りかかってきた男の方であった。

 

「汚ねぇ手で俺に触んじゃねぇよ!」

 

ラジカのか細い拳が男の顔にめり込み、笑っていた仲間のテーブルへ落ちる。仲間たちは男の有様に驚きながらも一斉に立ち上がった。

 

「このクソガキ! 何しやがる!」

「うるせぇな! 酒場でたむろするしか能がねぇ奴らは黙って失せな!」

 

プツンと何かが男たちの中で切れて、下手すれば親子ほど歳の離れた小娘へと襲いかかった。迫り来る大人たちに向かってラジカはニヒルな笑みを浮かべ拳を握りしめて応対した。

 

 

 

***

 

 

 

 

殴る蹴るをしばらく繰り返し、完全に男たちの意識を奪ったことを確認する。別にろくでなしの人間たちだ。どうせこれだけボコってもMPは減らない。昔であればここから財布を漁って金を拝借していくのだが、流石にそこまでやるとMPが下がりそうなので自重する。一通り襲ってきた男たちをのして、パンパンと手を軽く叩いた。

軽く、本当に何の負担もなく男たちを一方的に殴る、もとい退治したラジカを周囲の客は遠巻きに見ていた。多くの客が視線を合わせないようにしている中、一人ニマニマと楽しげにこちらを見つめる女性がいた。彼女は露出の高い服を身につけ、均整のとれた美しい肢体を惜しげも無く晒していた。そんな妖艶な女性のもとにラジカは真っ直ぐに確信をもって歩く。

 

「んで、セクシーな姉ちゃん。アンタが情報屋か?」

 

にやりと笑みを浮かべ、奇跡的に無事だったシャーリーテンプルを片手に女性の隣に腰を下ろす。寄ってきたラジカに向かって女性の真っ赤なルージュで彩られた唇が艶やかに弧を描く。ラジカがこの姿になってこういった女性と血生臭い話(向こうで転がるゴロツキは無かったことにする)を抜きに会うこと自体久々で内心とても楽しんでいる。

 

そもそもこんな薄汚い酒場に来たのはハンター試験への道中であるからだ。会場までたどり着くには色々とルートがあるらしいが、俺が選んだルートは出来の悪い一昔前のRPGを再現したかのようであった。例を挙げるとすると、道を知ってる人間が寝込んでるから薬を作ってこい、その薬を作るには薬草が必要。薬草を取るには隣の町の洞窟の中。洞窟に入るには町長の許可が要る……etc。

 

アホほどぐるぐる色々なところを回され、ようやく会場の情報を知るという情報屋の元にたどり着いたのだ。正直MPの制約がなければ何人か暴行してショートカットしたくなるくらいにはムカついていた。

 

「どうしてアタシが情報屋だと思ったのかしら?」

「普通にこんなところにアンタみたいな美人が堂々といるわけがないだろ」

「あら、お上手ね」

 

クスクスと笑う彼女。仕草の一つ一つに色香が含まれており、彼女の魅力を存分に振りまいている。ラジカと情報屋の会話は言葉だけ聞くと口説いているようだが、二人の容姿を見るとどこか滑稽に思えた。ラジカが彼女を情報屋と思った理由は立ち振る舞いもそうであるが、理由の一つは念を使えることである。彼女のオーラは淀みなく安定して流れている。この場でそんな態度で居られるのはよっぽどのアホか、自分の実力に自信のあるものだけだ。それが女性ともなれば尚更。その上彼女からは裏社会独特の空気を感じた。

 

「それで貴女は何を知りたいの?」

「ハンター試験の会場」

「100万ジェニー」

「ほらよ」

 

ぽん、と軽い調子で札束が置かれる。ラジカの所持するパステルカラーのカバンから取り出されたものだ。厚さから見て情報屋の言った金額と寸分違いないものだろう。流石に情報屋も目を丸くした。

 

「あら、驚いたわ。ずいぶんお金持ちなのね、お嬢ちゃん」

「人は見かけによらないだろう、お姉さん」

「本当だったらタダにする条件で貴女には人を探してもらう予定なんだけど」

「試されるのには飽きたんでね。少し気前を良くすれば楽できるなら大歓迎さ」

 

笑いながらラジカは懐に手を入れようとして、スーツでもなければタバコも持っていないことを思い出して行き場のない手をカクテルに向ける。情報屋は少し逡巡してからケータイを取り出してこの場にいない誰かに連絡をした。言葉を交わすこと数回。会話を終えて、ケータイをしまう。

 

「おめでとう。これで貴女は試験会場へと行けるようになったわ」

「ありがとう。じゃあお姉さん。俺と一杯いかが?」

「ごめんなさい。先客がいるの」

「へぇ? それって俺よりいい男?」

 

その言葉に返事もせずに彼女は立ち上がり、薄く笑って去っていく。

 

「あ、ちょっと! 会場の場所は?」

 

ラジカが慌てて去っていく彼女の背にそう投げかけると無言で指を下に振られる。すぐに視線を落とすと、そこには一枚の白い紙。慌てて開くとそこには住所が書いてあった。おそらく会場の場所だろう。もう一度彼女に礼を述べようとするともう見る影もなかった。

 

「いい女だな、おい」

 

しみじみとそうつぶやくと、今まで人形のフリをしていたリリコルがようやく口を開く。

 

「これ以上口説こうとしていたらMP下がっていたコル」

「なんか判定厳しくなってきてねぇ?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「絶対嘘吐いたろ、あの女!!」

 

メモ片手に絶叫。会場の住所と思しき場所に着くとどこにでもあるような定食屋であった。

え? 本気で? ここがハンター試験の会場なのか? 料理対決とかではなく?

いや正直料理対決の場だとしてもこんな定食屋ではやらないだろう。美女だからと言って何でも言っていいわけでもないし、騙していいわけじゃないんだが。

 

「叫んでいいコルか? 今回の試験中少なくとも最初のほうは喋らないとか言ってなかったコル?」

「…………」

 

思い出したかのように俺は口を閉じる。顔にはありありと不満が浮かんでいるだろう。本来なら少女の声で言ってはいけないような言葉で口汚く罵りたい。しかし、そんな俺が喋らないと決めた理由はネオン様の予言が原因である。

 

『勇者の集まりへとあなたは辿り着く

黎明には口を閉じれば苦しみは訪れない』

 

この勇者の集いはハンター試験というエリザの解釈で合っているだろう。問題はその後だ。黎明、つまり試験序盤に口を閉ざせという指示であるはず。喋りすぎで不幸が訪れでもするんだろうか。口は災いの元とか言うし。

 

大人しく口を閉ざし無言でドン引いていると、俺同様に銀髪の少年が店の前で足を止めた。ぱちくりと目を開き、お互いに見合う。うわ、無駄に美形だ。将来はイケメンになること間違いなしだろう。死ねばいいのに。

 

どうでもいいことを思いながらも同時に店の中に入り、リリコルに注文させる。今回俺は喋らないと決めたので基本リリコルに会話をさせる予定だ。周りも勝手に腹話術か何かと勘違いするだろうし。

 

「いらっしゃーい! ご注文は?」

「ステーキ定食、弱火でじっくり」

「ステーキ定食を。弱火でじっくりで焼いてほしいコル」

 

再度お互いの顔を見遣った。この少年もハンター試験を受けるのだろうか。見るからに子供だし、流れるオーラも垂れ流し。非念能力者だ。え、こんな餓鬼も受けるの。そんな緩いのだろうか試験は。それとも緩いのはこの子供と保護者の脳みそか。

 

思案していると奥の部屋に案内され、地下へと降りながら料理が振る舞われた。タイミングが一緒だったせいで銀髪の少年と一対一でお互いが料理を食べる音だけが静かに響く。

 

「ラジカ、リリコルにも一口欲しいコル」

「…………」

 

甘いもの以外にも最近食い意地の張ってきたキメラマスコットの口にステーキをねじ込む。ゴホと一度咳き込みながらももぐもぐと咀嚼し、幸せそうにしていた。一連のやりとりに興味が湧いたのか、正面から視線を感じ顔を向ける。

 

「なぁ、アンタ、それ腹話術?」

「違うコルよ。リリコルはリリコル! 愛と友情と幸せの使者コル!! ラジカはリリコルの奴隷コル」

「…………」

「痛っ! ちょ! マスコットに暴力振るわないで欲しいコル!」

 

相手が勘違いしてくれるならそのままにしておけばいいものを。そもそも受け答えに腹が立ち媚びたデザインの小動物を割と強めに小突く。というか奴隷とかマスコットが口走っていいセリフではないだろ。この鉄板で焼いたらムカつくコイツも食えないだろうか。いや、色的にも不味そうだ、やめておこう。

 

「ラジカは人々を幸せにすべく日夜奔走してる魔法少女でリリコルはそんなラジカをサポートする妖精コルよ!!」

「……へー」

 

向こうも向こうで俺を頭のおかしい不思議ちゃんと思ったのかそれ以上踏み込んでこなかった。おい、やめろ。そんな憐れみの目で見るな。そしてそこのキメラは最低限以外喋るな。

 

「そういえばお名前を伺ってなかったコル。教えてくれるコルか?」

「キルア。よろしく」

「よろしくコル!」

 

リリコルとキルアが中身のない会話を繰り広げている傍で俺はひたすらステーキ定食を食べる。シンプルに美味い。ひたすら食っている俺を他所に二人は会話を続けていた。余計なことを口走りそうなときだけリリコルの口を閉ざさせ、生産性のない談笑をさせている。

 

「キルアはどうしてハンター試験を受けようと思ったコル?」

「俺? 別に理由なんてないよ。ハンター試験って凄い難関って聞いたから面白そうと思って」

「薄っぺらい理由コルな」

「そういうラジカはどうなんだよ」

「予言に導かれてコル!」

「…………そーかい」

「痛! またリリコルのことを殴ったコルな!!」

 

またその不思議設定かと呆れていることを目が物語っていた。

部屋が動気が止まり、ドアが機械音とともに開かれた。

 

 

***

 

 

新しく着いた受験者は二人。一人は銀髪の髪に青い瞳を持った美少年。スケボーを片手に余裕のある表情で飄々とした足取りでやって来ていた。

そしてもう一人はこの場に似つかわしくない美少女である。可愛らしい帽子に無理矢理帽子の中に収められた三つ編みの桜色した髪。やや大きめな眼鏡の奥には宝石のような桃色の瞳。服装は全体的にボーイッシュであるが、滲み出る可憐さを隠しきれておらず、チグハグな印象を受ける。唯一少女らしい部分といえば胸に抱えた何の動物かわからないマスコットの人形だろうか。

 

二人は友人なのか並びながら受験番号を受け取り、その後二人で談笑を始めていた。場所が場所でなければ微笑ましい光景である。

 

「やぁお二人さん」

 

会話が弾む二人に割り込むように現れた男が一人。小太りの男の名前はトンパ。人の良さそうな笑みを浮かべているが、その実態は『新人潰し』の名で知られるハンター試験の常連である。周囲の受験生も顔には出さないもののまたやってるよと内心思っていた。が、特に忠告したりはしない。これから試験のライバルになる人間を助ける義理はないし、そもそもこの程度にうまく対応できなくてはハンターになるなど夢のまた夢とわかっているからだ。

 

「どーも」

「初めましてコル」

 

雑に返す少年と不思議なことに人形越しに会話をする少女。怪訝そうな顔をするものの、受験者にはキワモノが多いため余計なことを言って刺激したくないためトンパは触れずに話を進める。

 

「俺の名前はトンパ。もう30回以上ハンター試験を受けてるベテランさ」

「威張れることじゃないだろ、別に」

「そうコルね。30回以上落ちているってことコル」

 

礼儀も遠慮もオブラートもなしにバッサリと切り捨てられる。ここにトンパがいる理由は希望を持ってここまでやってきた新人の足を引っ張り、脱落して絶望するさまを見ること。それを知らない初対面の二人、しかも幼い子供たちに正面からディスられ苛立つが、ここで表に出して台無しにするのはもったいない。内心の怒りを隠しながらも人の良い笑顔を浮かべる。

 

「まぁ、そう言わずに何か困ったことがあったら俺に頼ってくれ。これは先輩からの餞別だ」

「お、ラッキー! ちょうど喉乾いてたんだ」

 

努めて笑顔を保ち二人の眼前にジュースを取り出して渡す。少年の方はためらいもなく受け取り、プルタブを引いて開けた。それから警戒する様子もなく一気に飲み始めた。超強力な下剤が入っているとも知らずに、と思い仄暗い感情を抱きながらトンパは続いて少女にもジュースを差し出す。

 

「さ、君も飲みなよ!」

「ありがとうコル!」

「いいってことよ! じゃあお互いに試験がんばろうな!!」

 

怪しげにトンパを見ていた少女も少年が飲んだことで安心したのか、缶を開け、飲み始める。その様を尻目にトンパはカモを探しに去っていった。罠に嵌めた相手が美少女の皮をかぶった悪魔とは知らずに。

 

 

***

 

 

試験会場に轟音が鳴り響いた。何かが爆発したような音がまず起きて、その次に肉同士がぶつかる音。最後に壁に高速で重いものがぶつかった音である。

 

眼前でその光景を見ていたルーキーである忍者、ハンゾーは警戒を強める。態度や口は軽薄ながらも実力は忍びの名に恥じない彼は目の前で繰り広げられた現象に目が追いつかなかった。やがて立ち込める埃が晴れるとそこに映る光景に思わず目を疑った。

 

鮮やかな桃色の髪に花びらを連想させる桃色の豪華なドレスとそこから伸びる華奢な白い四肢。足には桜色にハイヒール。容貌は幼く、パーツだけ見ると愛らしいが、それらが構成する表情はまるで手負いの獣のように殺意と敵意に満ち満ちていた。

 

「テメェ俺に何しやがった!!」

 

少女、ラジカは容姿に見合わぬ口調で吹き飛ばした小太りの男、トンパを掴みあげる。身長はややラジカの方が小さいというのにトンパの体は地から離れ細い片腕に持ち上げられていた。息苦しさからトンパは呻くが、ラジカはそれを無視。

 

「何したって俺が尋ねてんだよ! 聞こえてんだろ、なぁ!?」

 

持ち上げた状態から壁に向かってぶん投げる。鈍い音ともに壁に打ち付けられ短く悲鳴をあげた。しかし苦しむ様子を見てもラジカは手を止めない。小太りのトンパを軽々しく持ち上げながら殴り蹴る。女神のような容姿であるが振る舞いは鬼神。そして最後にヒールを突き刺すように踏みつけ見下した。

 

「今回はこれで許してやるよ。けどな、次俺に何かしてみろ、生まれてきたことを後悔させてやるよ」

 

トンパの髪を掴み、顔だけあげさせ、唾を顔に吐き捨てながら凄みのある声で言い捨てる。舌打ちしながら雑に床に置くと周囲の視線がラジカに注目していると気がつき、機嫌の悪さから八つ当たり気味にぶちぎれる。

 

「何見てんだ! 見せ物じゃねぇぞ!」

 

ラジカが歯を見せながら唸ると、周りの人間は一斉に目をそらしラジカへと道を譲る。まるでモーセのように割れた道を苛立ちとともに荒々しく歩いていった。一見すると可憐な少女の本性が見え、密かに好意的に見ていた者たちも蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

 




『口を閉じなさい』というのは飲み物を飲むなということも含んでいました。ちなみにキルアが飲んで平気そうだったので安心して飲んでブチ切れました。下剤はピンクの【彩色の鎧】でなかったことに。

キルアも何の躊躇いもなく飲んだラジカに対して毒が効かないと思ったので特に指摘はせず。

見た目や衝撃は派手ですが、トンパはそこまで怪我しないように配慮してます。MPが下がりそうなので。

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六話 試験開始

 ナビゲーターであるキリコの案内により、ゴン、クラピカ、レオリオのルーキー3人組は無事にハンター試験会場へとたどり着いていた。

 ハンター。その活動は様々であり、幻獣や犯罪者、美食などオーソドックスなものを探す者から一体何を追い求めているのだという者まで。多種多様なハンターが存在しているが、この世で最も儲かり、かつ名誉ある仕事というのが世間一般による認識だ。その分ハンターになるための試験の難易度は高く、毎年多くの不合格者を出している。中でもルーキーの合格率というのはかなり低いことで有名だ。

 

 会場にいる人々の雰囲気は鋭く、町や港ですれ違った志望者とは一線を画していた。緊張しながら周囲を見渡す三人はナンバープレートを受け取ると人の良さそうな笑みを浮かべたトンパという男に声をかけられる。トンパはなぜか顔に大きく腫れた痕があり、なおかつ所々服にも傷があった。おそらくここまでたどり着く道中での怪我だろうと当たりをつけ、クラピカとレオリオは触れなかった。かえって不審に思うほど親切にトンパは他の受験者の説明をゴンたちに施す。

 

「ねぇ、トンパさん。あそこの人たちは?」

 

 ゴンの指摘から淀みなく流暢に話していたトンパの言葉が詰まる。四人の視線の先には帽子と眼鏡をつけたボーイッシュな服装に身を包んだ少女と、派手なアイメイクに星と涙のペイントを施したピエロのような男がいた。それだけだとまるでサーカスに来たかのようだが、二人は苛烈に激しく殴り合っていた。

 

「44番奇術師ヒソカ。あいつは去年合格確実と言われながら、気にくわない試験官を半殺しにして失格した奴だ。他にも20人の受験生を再起不能にしているし、極力関わんねぇ方がいいぜ」

「マジかよ。そんな奴が今年も堂々と試験を受けてんのかよ!」

 

 そうこう話しているうちに獣のように素早く動きながら少女がヒソカへと鋭い蹴りを繰り出す。見た目とは相反する重たい一撃をヒソカは避けたが、避けた先にあるコンクリートの床は音を立ててひび割れた。

 

「おいおい、あの嬢ちゃんとんでもねぇな」

「凄まじい身体能力の高さだな」

「100番のラジカだ。ご覧の通りあの容姿から想像できないくらいの怪力の持ち主だ。さっき絡まれて殴られてるやつもいた。見た目に騙されると痛い目みるぜ」

 

 先ほどの受けた暴行を思い出しながら内心の恐怖と苛立ちを抑えながら解説するトンパ。そんなことをされているとも全く思っていない二人の戦いは苛烈を極めていく。遠巻きに見ていた人間たちも一層距離を置いた。まるで二人を中心に闘技場でもあるかのようだ。

 

 容姿や服装から奇妙さが溢れ出ているヒソカはともかく、一見すると何処にでもいる少女のように見えるラジカまでもかなりの実力者であると知り、レオリオとクラピカは更に緊張を高め、ゴンは世界の広さに心踊らされていた。

 

 ***

 

 とても面倒な奴に目をつけられてしまった。

 

 そう思ったのは自称ハンター試験のベテランという小太りの男、トンパを怒りに任せて一通り殴って軽く満足した後だった。

 

 続く怒りの対象はさっきの銀髪少年である。あいつ普通に飲んでたからな。何か入ってるってわかったんなら教えろや。てかこんな美少女が見知らぬおっさんから飲み物を受け取ろうとしたんだ、止めろよ。

 

「ッチ、あのクソガキも殴りたくなってきた」

「そんなことしたらMP下げるコル。それに信頼して飲んだラジカも問題コルよ」

「もともとテメェが受け取るように促してただろ、あぁ!?」

「ほ、ほめんこりゅ、ひっひゃらないでほひいこりゅー」

 

 リリコルを引っ張りいじり、【彩色の鎧】から元のボーイッシュな格好に戻すと、トランプが襲ってきた。

 

 慌てて避け、攻撃してきた方向を見るとそこにはピエロがいた。奇抜な衣装にふざけたメイク。まさしくピエロと呼ぶのが相応しい男。奇妙で不気味な薄ら笑いを浮かべるそいつに警戒し、相対した。男はこちらを見て満足げな表情をしている。

 

「うん、やっぱり美味しそうだね、キミ❤︎」

 

 興奮した表情とその台詞に俺は背筋に冷たいものが走った。

 

 こいつ!ガチのロリコンだ!

 

 佇まいや纏うオーラのねっとり感、不気味な雰囲気や奇抜なメイク。それらを総評して俺の直感が告げる。この男はやばい。何が危険かわからないがガンガンと派手に警告が頭に鳴り響く。この男よりも強い相手と戦ったこともある、奇特な趣味を持った猟奇的な殺人鬼を追い詰めたこともある。だが、しかしこの男はほかの何よりも俺に危機感を覚えさせた。

 

「……何しやがる、変態ピエロ」

 

 少し距離を取るように構えながら、正面の変態に意識を向ける。何をされるかわからないのでオーラを全体的に増やし警戒を怠らない。

 

「美味しそうだったからちょっと味見をね♠︎」

「ッ!!」

 

 獲物を狙うようなねっとりとした視線と粘着質なオーラをこちらに向けられてぞくりと悪寒を感じて全身の鳥肌が立つ。思わず全身にオーラをみなぎらせるとより気色悪さを増した。

 

「へぇ♠︎ 凄いオーラだ、素晴らしい❤︎」

 

 狂喜しながら舌なめずりする変態に反射的に思う。

 

 こいつはここで沈めねば!

 

 そんな使命感から俺は気がつくと地を蹴り変態めがけて拳を振っていた。顔めがけて振り抜いた拳は見事変態の顔面を捉える。完全に無防備な状態から殴られたときの男の表情は夢にでも出てきそうなほど恍惚としており気色の悪いものだった。一刻も早く記憶から消したい。

 

「君の方から来てくれるとは♦︎ 嬉しいよ❤︎」

「黙れ、死にさらせ変態!!」

 

 それなりにオーラの篭った拳であったはずだが、この変態は自分からわざと同じ方向に跳び威力を和らげた。その瞬間のオーラの移動や身のこなしから察するにこいつ、強いな……変態のくせに!!

 

「いい♣︎ 悪くないね、キミ♦︎」

「気色悪いんだよ! そのオーラこっちに向けんな!!」

「さぁ、ボクと楽しくヤろうか❤︎」

「ひぃ!!!」

 

 その後、気色の悪いピエロ相手に数分間の殴り合いをすることになった。こんな美少女の顔面を躊躇なく狙ってくるわ、殴られても悦ぶわでやりづらいことこの上なかった。流石に【彩色の鎧】まで使わないもののかなりのオーラを籠めた拳で殴ったはずだが、ピエロはいやに頑丈でなかなか倒れない。天空闘技場でもお目にかかれないような苛烈な殴り合いへと思わず発展する。

 

 ハンターってもっとまともな人間が多いと思ったんだが、志望者がこんな人間という段階でプロのハンターも狂ったような人間が多いのかもしれない。

 

 変態ピエロとの殴り合いは一次試験開始のベルが鳴るまで続いた。こんな変態と戦ってこれ以上体力を浪費するのも馬鹿らしいので俺は思い切り顔を踏み台にして跳躍。試験監督のほうへと逃げた。

 

 全くトンパといいピエロといい、無駄な体力とオーラを使わせないでいただきたい。「いちいち怒らなきゃいいコル」とか余計なことを言うキメラマスコットは全力でぶん投げた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そして始まったハンター試験。一次試験の内容は至ってシンプルで二次試験の会場に向かうこと。

 

 しかし、行き先は示されず、なおかつ時間も教えられない。単純な面では持久力を試され、同時にどこにいつまで走るのか不明なままの持久走というのは精神力も試される。

 

 持久力と精神力。ハンターとしての基礎となりうるものを持っているかどうか、それが一次試験である。

 

 試験監督の足が速くなれば自然と全体の動きも上がり、最初は歩いてついていける速度も自然と走らなければ置いていかれるほどに変化する。ゴンたちの3人の足取りもそれに追いつくべく走り出した。

 

 各々が真剣な顔をして走る中、スケボーに乗り滑るように動く銀髪の少年、キルアが三人の視界に入った。息を切らしながら自身が走っている横で悠々と前へ行くキルアにレオリアが文句をつける。

 

「おい、ガキ! 汚ねーぞ! そりゃ、反則じゃねーか!」

「何で?」

「何でって、おまっ……。こりゃ持久力のテストなんだぞ!!」

 

 指摘されてもいけしゃあしゃあと返答するキルア。レオリオの言葉に、周りの受験生たちは深く同意するように頷いたりキルアに批判するような視線を向ける。しかし当のキルアはどこ吹く風。それに加えレオリオの最も近くにいるゴンとクラピカはこれに同意しない。

 

「違うよ。試験官はついて来いって言っただけだもんね」

「ゴン!! てめぇ、どっちの味方だ!?」 

「どなるな、体力を消耗するぞ。それにうるさい。テストは原則持ち込み自由なのだよ」

「〜〜!!」

 

 声にできず憤るレオリオに苦笑気味のゴンと呆れるクラピカ。そんな様子から各々が自分の名を名乗り自己紹介する。そして、キルアはゴンの年齢を聞くとスケボーを蹴り上げて走り始めた。

 

「というか、俺のこれで文句言われるくらいならアイツはどうなんだよ、俺はもう使わないけどよ」

「アイツ?」

 

 キルアは無言でやや後方を指差すとそこには少女がいた。見るものが思わず息を飲むような美少女である。しかし、注目した理由はそこではない。

 

 エメラルドのような緑色をしたマントに丈の短いスカートワンピース。鮮やかな黄緑の髪。そしてマントと同色の大袈裟なまでにツバが広い三角帽子と手首にモコモコが着いた手袋。彼女はそんなコスプレめいた格好で他の受験者と並走していた。

 

 否、並走というのは正しい表現ではない。なぜなら彼女は箒にまたがり、空を飛んでいたのだから。

 

「ハァ!?」

「うわぁ!! 凄い!!」

 

 レオリオはあまりに信じがたい神秘的な光景に目を剥き、ゴンは目を輝かす。クラピカはあまりに現実離れした風景に走りながらも思考はフリーズするという器用な真似をしていた。そんな三者三様な視線に気がついたのか、少女はすぅーと重力を感じさせない動きで近づく。

 

「んだよ、ジロジロ見やがって」

「いや、冗談だろ!? どうなってんだ、それ!?」

「んなどうでもいいこと気にしてる余裕あんのか、グラサン」

「グラ!? 可愛い顔してんのに口悪りぃなおい!!」

「へぇ、何だ、可愛らしい女の子と楽しくおしゃべりでもできるとか期待してたのか? 残念だったなザマーミロ」

 

 ゲラゲラと小馬鹿にした様子で愉快そうに笑う彼女は一行を見回すと一人を見て視線が止まる。ぱっちりと大きな瞳で射抜かれた少年は怪訝そうな顔をした。少女は端正な顔立ちを怒りで歪める。

 

「テメェ! キルア! あの飲み物に何か入ってるんってわかってたんなら止めろや!!」

「ハァ!? いきなりなんだよ!! てか誰だお前!!」

「あーキルアコル!! やっほーさっきぶりコルな!!」

「リリコル!? はぁ!? じゃあお前ラジカか!? お前髪色も服装も全然違うじゃん!!」

 

 先ほどキルアと軽く喋ったとき、ラジカは桜色の髪にボーイッシュな服装をしていたはずだ。トンパから飲み物を受け取ってしばらくしてから姿が見えなくなり、気になってはいたが試合開始まで会うことも見かけることもなくなっていた。そして今再会するとなぜか髪は黄緑、緑のローブとワンピースと大幅に変化している。しかし傍らには奇妙な人形リリコルがおり、そんなぬいぐるみをつれたハンター試験受験者が二人もいるとは考えにくい。

 

「これは魔法コル! 愛と希望と夢の力によってラジカは魔法が使えるコル!!」

「またそれかよ」

 

 初対面から言われてるそれに、真実を頑なに言わないと判断したのかキルアは諦めた。しかしリリコルは事実を言っている。正確に言うならば、魔法ではなく念であるが。

 

【彩色の鎧・緑】。身体能力はそこまで伸びないものの、箒を具現化し風を操れるようになる。その能力をもって空をこうして駆ることも可能なのだ。

 

 そもそも念の存在を知らない者からすると手品のように何かしら仕掛けがあるのではと思われる。がしかし文字通りタネも仕掛けも存在しない。純粋なラジカの能力によるものだ。

 

「へぇ、凄いね!! 魔法が使えるんだ!」

「いや、きっと何かタネがあるはずだ」

「ま、試験頑張れよ」

 

 純粋に信じたゴンと対照的に全く信じてないクラピカ。念を知らないひよっこたちの様子とキルアの気持ちの良いリアクションに満足したのか、にやにやと笑うと先頭の方へと颯爽と去っていった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 ただ走るのはつまらなかったので空を飛ぶ練習をかねて、【彩色の鎧・緑】を使用していた。この色のドレスは最近使えるようになったドレスだ。というのも【憧憬乙女】の能力はMPが溜まっていくことによって新たに能力が解禁されていく。そうして先日の沈没船の一件以降新たに使えるようになったドレスがこれである。まぁ、結局は慣れて、終盤は半分箒の上で眠りながら進んでいたのが。

 

 そうして地下道を抜けるとそこはヌメーレ湿原。通称詐欺師の塒と呼ばれる人間を騙して餌にする動物の巣窟。地下道を抜けた受験者たちを待っていたのは深い霧と罠だらけの湿原であった。

 

 といっても俺からすると飛んで、なおかつ円を使えば障害物や罠なんてあってもないようだが。なんだ、思ったよりも簡単だなと考えながら試験の再開待っていると、刃物並の鋭さを持ったトランプが四枚飛んできた。

 

 慌てて風を起こし、トランプの軌道を地面に向かってそらす。弾かれたトランプから逃げるように周囲の受験者は俺の周りから距離を取る。

 

「おい、またか変態ピエロ。一体何度俺の神経を逆撫ですれば気がすむんだ」

「ククク、つれないこと言わないで欲しいな❤︎」

 

 苛立ちを覚えるも再度喧嘩してここで無駄に体力を消費してももったいない。溢れ出そうになる殺意をぐっとこらえる。

 

「さすがラジカ、モテモテコルな」

「オマエ、アトデ、キザム」

「カタコト!?」

 

 リリコルの処刑方法を考えている間に試験は再開し、霧の濃い中、できるだけ変質者から距離をとろうと、移動に移動を重ね、先頭の方へと躍り出た。自然と前の方へと出ていたキルアと黒髪の少年、たしかゴンという名だった、と行動を共にする。

 

 にしてもこの子供達末恐ろしいな。念も覚えてないのにこの実力と身体能力の高さ。これで念の才能もあったら嫉妬しまくる自信がある。

 

 そうして走り出して数分でまず初めに受験生を襲ったのは、人面猿のような狡猾な獣ではなく、濃霧という自然現象だった。数十センチ先を走る相手さえもシルエットしか見えない霧に辟易しながらも円で捕捉しつつ俺は飛んでいく。

 

「って────!!」

 

 しばらく飛んでいると霧の向こうから悲鳴が聞こえる。おそらくあの変態ピエロの被害者だろうか。この湿原に入ってしばらくしてから殺気と興奮をひしひしと感じたからな。

 

「あんなのに絡まれるなんて厄介だな」

「今の所一番絡まれているのはラジカコル」

「うるせぇ、思い出させんじゃねぇよ」

 

 ピエロのオーラと視線を思い出しちまったじゃねぇか。気色悪い。どこの誰でもいいから代わりにあの変態殺してくれないだろうか。無理か、見た感じ念能力者ほとんどいないし。非念能力者であのレベルの能力者を殺せるなんてよっぽど運がなければ無理だろう。

 

「さて、絡まれる前にさっさと行くか」

「へ?」

「は?」

「いや、悲鳴が聞こえたコルよ」

「おう、だから危険ってことだろう。早く逃げよう」

「しかも友達の悲鳴コルよ」

「友達っていうか、さっきのグラサンだろ」

 

 名前も知らないし、友人とも言い難い。それに奴の実力からするとたどり着く頃には死んでる可能性も高い。

 

「助けてって声が聞こえたコル。ここで行かなきゃ魔法少女が廃るコル」

「いやいやいやいや。その解釈は無理あるだろ!! ふざけんな悲鳴が聞こえたら全部救えってか!?」

 

 何ちゅう無理のある解釈だ。横暴すぎる。そもそもこの悪魔は俺に善行をさせるために手段を選ばない傾向がある。はたしてこれは本当のことを言っているかどうかも怪しい。が、しかしここで本当にMPが下がって飛行能力を失うのは惜しい。今後も使える能力だし、空中戦ができるというのは貴重な能力だと思う。

 

「あ──ー、クソッ! 行けばいいんだろう行けば!!」

「それでこそ魔法少女コル!! さぁ助けを求める声のもとに飛んでいくコル!!」

 

 

 ***

 

 

 レオリオの悲鳴を聞きつけたゴンはなんのためらいもなく逆走していった。その様子をキルアは引き止めることもできず、ただ背中を見送ることしかできなかった。どこか虚しさを抱えながら走っていると、霧の向こうから高速で飛んでくるシルエットがあった。

 

「お、キルア! いいところに!」

「ラジカ? なんでお前前から来てんの?」

「ちょいと人助けだよ!」

「お前もかよ」

「ん? もってことはゴンもか。まぁいいや、コイツ持っといてくれ」

 

 ぽいっと投げられた何かを掴むとむぎゅうと悲鳴が聞こえる。手元をみるとそこにはぬいぐるみ、リリコルがあった。

 

「それ、GPS代わりになるから持っといてくれ! あ、待て、お前も一緒にくるか?」

「いや、俺は別に……」

「あ、そう。んじゃそれよろしくな! これでさっきの飲み物に関しちゃチャラにしてやるよ」

「それじゃなくてリリコルってちゃんと言って欲しいコル!!」

 

 知るかバカヤローと吐き捨ててラジカは濃霧の奥へと姿を消した。文字通り飛んで行ったラジカと走り去ったゴンの方向を気にしながらもキルアは走り続ける。友達のために戦う。自分にはない感情であった。それをキルアは理解できない。ずきりと思わず走った頭痛に顔をしかめた。

 

「キルアも大変コルな」

「うわぁ!?」

 

 手の中にいたリリコルが口を開き、キルアは思わず声を出して驚く。それもそのはず、リリコルは人形であり、あくまでラジカがキャラ作りというか設定で腹話術を用いて喋っていたぬいぐるみのはずだ。ラジカはとうに霧の向こう。声は届いたとしてもよほどの大声でもないかぎり言葉にはならないはずだ。そのはずの人形が言葉を流暢に紡ぐ。

 

「キルアにはお友達が今までいなかったコルか」

「っ!!」

「だいぶ、複雑な家庭環境のは何となくわかったコル」

「……そりゃそうだ、暗殺一家だからな」

「そうじゃないコル」

 

 ささやくような優しい声でリリコルは断言する。小動物を模した目は霧のせいか光を失い色を深くし暗く見えた。女児向けのおもちゃのようなリリコルから言いもしれぬ不気味さを感じる。

 

「職業なんて関係ないコル。大丈夫、敵組織の人間でも救われることがあるコル」

「何言って……」

「関係あるのは愛情コル。その歪んだ愛から解放する役目は是非ともラジカにとっておいて欲しいコル」

 

 リリコルの声は優しい。しかしその声に潜んだ裏側にある何かがとても恐ろしい。キルアの頭の奥が、その本能が、ガンガンと警報を鳴らしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 濃霧が視界を遮る湿原の中、レオリオの怒号が響く。

 

「てめェ!! 何をしやがる!!」

「くくく♦ 試験官ごっこ♥」

 

 霧の中から現れた狂人、ヒソカはトランプを鮮やかにシャッフルしながら、死体や致命傷を与えてもらえなかったことでのたうちまわって苦しむ受験生たちの中心で、相変わらず気色の悪い殺気を上機嫌で振りまき続けている。

 

「二次試験くらいまでは大人しくしておこうかと思ってたけど、一次試験があまりにも退屈でさぁ♦ 選考作業を手伝おうかと思ってね♣ 僕が君達を判定してあげるよ♠」

 

 ニヤリと不気味に笑いながらヒソカは周囲にいる受験者達を見渡しながら宣言する。

 

「判定ぇ? はっ。馬鹿め! この霧だぜ? 一度試験官からはぐれたら最後、どこに向かったか分からない本隊を見つけ出すなんて不可能だぜ!」

 

 受験者の1人がやけになったのか、それとも集団であることに安心感を覚えたのか、ヒソカを小馬鹿にしたように笑って嘲る。

 

「つまりお前も取り残された不合格者なんだ―きょ!?」

 

 喋っていた男は額にヒソカの投げつけたトランプが人面猿のように突き刺さって言い切る前に息絶えた。躊躇いのなさと攻撃の鋭さに思わず周囲も息を呑む。

 

「失礼だなぁ♠ 君と一緒にするなよ♦ 奇術師に不可能はないのさ♥」

 

 ヒソカは余裕を保ったまま自信たっぷりに言う。携える笑みは不気味であり、凄みがあった。ぞくりと受験者たちに悪寒が走る。すると、受験者達は武器を構えてヒソカを囲む。

 

「殺人狂め! 貴様などハンターになる資格はない!!」

「二度と試験を受けれないようにしてやる……!」

 

 20人近くに囲まれたヒソカ。これが通常の一般人では戦いにすらならず、一方的な暴力、リンチとなるだろう。いくら強者でもこの人数比なら勝ち目はあるはずと判断し、ヒソカを囲う受験者たちは各々構える。

 

「そうだなぁ~……君達相手なら、この1枚で十分かな♣」

 

 しかし、相対するヒソカは1枚のトランプを出して自信たっぷりに言い切った。取り出されたのはハートの4。たった一枚のトランプ、それを取り出して自信満々に嗤うヒソカ。

 

「ほざけぇ!!」

 

 それを挑発と受け取った受験者達は一斉に攻撃を仕掛けようと動き出した。瞬間ヒソカの体が動く。しかし、それは攻撃のためではなく回避のため。体を大きく仰け反らして横合いから来た攻撃を避ける。

 

「釣竿!?」

 

 凄まじい速さで振られたのは釣竿。ヒソカはそれを軽々と避けて、攻撃が来た方向を見る。

 

「ゴン!?」

「クラピカ! レオリオ!! 大丈夫?」

「へぇ♣︎ 友達を助けに来たのかい♠︎」

 

 ゴンの行動にヒソカは笑みを深める。が、次の瞬間、オーラを感じて体をわずかにずらすと地面が爆発した。それから断続的に不可視の何かが降り注ぎ、ヒソカを攻撃しながら湿原の霧を晴らしていく。

 

「キミも来てくれたんだ❤︎」

 

 ピエロは狂気と歓喜が言葉から滲みでる。その表情の先には一人の少女。緑のスカートワンピースに大袈裟なまでにつばの広い三角帽子。顔を隠すその帽子を片手に持った箒の柄でクイッと押し上げ、にやりと可憐な容貌に似合わぬ悪役(ヒール)のような笑みを浮かべる。

 

「見た目は美少女!! 中身はチンピラ!! 魔法少女ラジカル☆ラジカ!!」

 

 箒をくるくると手の内で回しながら、ポーズを決めて宣言する。霧の中に雄々しく笑う少女の声が響く。

 

「来いよ殺人ピエロ。俺が掃除してやんよ」

 

 

 

 




【彩色の鎧・緑】
具現化・操作系がベース。スカートワンピース、つば広の三角帽子、箒を具現化する。身体能力の強化率は他の【彩色の鎧】に比べて低い。風を操り、空を飛ぶこともできる。

<制約>
風を操るには箒を持っていなくてはいけない。

切りどきがわからず冗長になった気がします……。

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七話 お料理勝負

 湿原の中、お互いの顔を見合っているのは片やピエロで片や魔女。ふざけた格好をしている双方ともにまるでハロウィンのような装いだが、二人を囲う雰囲気は真剣そのものである。ラジカとヒソカの間に見えない壁でもあるかのように一定の距離を取っていた。

 

「邪魔だな」

 

 可愛らしい声で乱暴に言い切ると、ラジカは箒を軽く振る。すると豪と音を立てて風がうねり、ヒソカの周囲の受験者のみを選別して吹き飛ばす。風に呑まれて飛んだ受験者たちは悲鳴をあげながらもこの場から離脱することに成功した。

 

「器用なものだ♣︎ それに優しい♠︎」

「うるせぇな。誰のせいでこんなことしなきゃならないと思ってんだ」

 

 苛立ちを交えながらも箒を掴み、大きな帽子を少し上げながらラジカはヒソカを睨みつける。

 

「殺しがしたいなら金でももらったほうが得だろう」

「んー♦︎ ボクが求めているのはそういうことじゃないんだけど、ね♣︎」

 

 言葉と同時に軽い調子でトランプが飛んでくる。念が込められたことによって刃物のごとき切れ味を持ったそれらは殺意とともに放たれた。その攻撃を風で拾い上げ、無効化する。本来ならば適当に弾いて防ぐが、周囲の人間を巻き込むわけにも行かず、流れ弾を出さないためにも丁寧に防いでいく。対するヒソカもトランプに付随する【伸縮自在な愛】がラジカにくっつくことも周囲の地形につくこともなく機能しない。

 

「ッチ、面倒だな」

 

 短く舌打ちして箒をより一層力強く振るうと暴風が吹き荒ぶ。先ほどまでよりも比にならないような衝撃に受験者たちの体も軽く浮かび上がった。それと同時に周囲一帯の霧も晴れ、湿原の姿が露わになる。

 

「こんなところで躓いてた烏合の衆ども!! 耳の穴かっぽじってよーく聞け!」

 

 大声を張りながらラジカは連続して箒を振ることで暴風を起こし霧を晴らしていく。まるで奇跡でも起こしたような少女。彼女をまるで信じられないものを見たかのように受験者たちは目を瞠る。

 

「これでここら一帯は霧が晴れたはず。んでもって死にたくねぇ奴は今すぐ逃げろ! てか俺の前でだれかが死ぬのは許さん! さっさと尻尾巻いてこの場から立ち去れ!!」

 

 罵りに近い内容であるが発言の裏には優しさがあるように思える。中には感動してる者もいた。ただ自分のためだけである、という真実は知らぬが仏だろう。

 

 ラジカの発言を受けて我先にと一人、また一人とこの場から逃げ出していく。ヒソカはもうラジカにのみ集中しており、他の人間には興味が失せたのか手を出す様子を見せない。かといってラジカは安心することなくいつでも干渉できる準備をする。

 

「んでグラサン、パツキン、ゴン。お前らも逃げろ」

「グラサンってまだ言うか! 俺はレオリオだ!」

「私はクラピカだ」

 

 なかなか去ろうとしない3人に声をかける。もっとも名前は知らなかったけども。

 

「俺たちも一緒に戦うよ!!」

「そうだ! 女に任せて逃げるなんてできるか!!」

「アホか、かえって足手まといが増えるだけだっての」

 

 箒で地面を掃くような仕草をすると、突然三人の足元から風が吹く。先ほどまでの暴風と違ってこちらに対する衝撃はなく、まるでそよ風のようであった。やがて風は地面から彼らを覆うような巨大な空気の流れとなり彼らの体を宙に浮かせる。その様子はまるで繭のように彼らを包み込んでいた。

 

「うわぁぉ!?」

「オエッ」

「目が、まわっ」

 

 もっとも居心地は一切配慮されておらず内側にいてもぐるぐると渦巻く風に翻弄されているが。

 

「そんじゃ、まぁ、意固地な三名様ご案内ってな!」

 

 まるでバットでボールを打つかのように箒で風の球体を打つ。瞬間彼方へと三人は悲鳴をあげながらも飛んで行った。ラジカは普段煩わしくてしないが、リリコルの場所を感知することができるので座標はそこを目的地として彼らを吹き飛ばした。

 

「これで良しっと」

「準備はいいかい♣︎ もうヤりたくてウズウズしてるんだ❤︎」

 

 そういうヒソカの顔には強者との試合、それを目前とした興奮から上気しているのが目に見えた。同時に体の一部も上向きになっている。正直普通の少女であれば見るだけで卒倒しそうな様子である。もちろん中身が違うラジカは怯えることもなく、正面から見据える。まぁ、上向きになった体の一部から目をそらすが。

 

 ラジカが起こしたわけではない、自然発生した生ぬるい風が頬を撫でた。瞬間二人は行動に移す。ヒソカはトランプをばら撒きながら前へと進む。それを宙に浮くラジカは突発的に上昇気流を起こしてカードを全て上空へと飛ばし、同時に泥や小石などを巻き込んだ小さな渦を作り上げる。

 

 基本的にこの【彩色の鎧・緑】は攻撃力が低い。操るのは風。人を吹き飛ばすことや、乱気流の弾丸を当てることができても念能力者の防御力を突き破るにはよほどのオーラを込め研ぎ澄まさなければならない。基本的に高速移動や人や荷物の運搬、人命の救助などをメインに使われる能力だ。

 

 高くはない攻撃力を補うために自然物や人工物を渦に巻き込み攻撃力を上げる。泥や石に周を施し、貫通力を上げて放たれる風の槍が放たれた。ヒソカはそれをわざと大げさに避ける。着弾直後、槍は内包した風を解放し、小規模に爆発的な風を起こして衝撃が辺りに走った。それを見越して大きく回避したヒソカは着実に距離を詰めにかかる。

 

「もっと近づかせてほしいんだけどなぁ♦︎」

「お前みたいな変態、視界に入れるのも嫌だわ!!」

「釣れないなぁ♠︎」

 

 言葉でこそ残念がっているが、その表情は強者との戦いによる喜び一色だった。

 

【彩色の鎧・緑】は攻撃力こそ低いものの、防御力は高い。吹き荒ぶ風は発生する位置もラジカのオーラが届く範囲であれば自在。無色でなおかつ念による速度の調節も素早い。正直もし元に戻ってもこの能力だけ(ドレスはいらない)は残して置きたいくらいには便利な能力だと判断している。

 

 ヒソカはこの闘いを楽しんでいるものの、このままでは近づくこともできずジリ貧になるだけだと判断する。攻撃速度と防御力、それにオーラの絶対量はラジカのほうが優れていると考え、次の手に出た。

 

「キミは魔法少女、ボクは手品師♣︎ 似てると思わないかい❤︎」

「死んでも思わん」

 

 ヒソカが飛ばしてきたトランプは先ほどまでの攻撃よりも広範囲。それらを全方位に風で吹き飛ばすと、トランプからヒソカに向かって伸びるオーラの線が視えた。注意してみると薄くカード同士にもオーラがつながっている。今の所ラジカからするとヒソカの能力は不明。それゆえに警戒心を高める。

 

 ヒソカが再度こちらに向かいかける。足場の悪い湿原とは思えない速度で距離を詰めにかかった。ラジカはそれに風の槍や弾丸で丁寧に迎撃。足取りから先読みして辺り一帯に絨毯爆撃。しかし、着弾するタイミングで今までにないほどの速度でヒソカの体がブレる。

 

「な!?」

「こっちだよ❤︎」

 

 背後から声が聞こえ慌てて風で壁をつくるが、凝によって先ほどよりもオーラのこもった拳は壁を貫き、ラジカを地に落とす。何が起きたと困惑するも、すばやく空気のクッションを用意し着地の衝撃を和らげる。すぐさま立ち上がり、立とうとすると体勢が不安定なまま体が強制的に宙を舞い、ヒソカのもとへと引き寄せられた。

 

「怖がらないでこっちにおいでよ♣︎」

「っ!!」

 

 ぞわりと走る鳥肌を無視し、全力で風を放出。ヒソカとラジカは拮抗状態に陥る。凝をして目を凝らすとラジカの殴られた頬とヒソカの拳の間には隠で隠していたオーラの線があった。

 

「なるほど、テメェの念か。察するに粘着性と伸縮性をもつようにオーラを変化させるってとこか」

「ご名答♠︎」

「厄介な能力だな、おい」

 

 シンプルながら強力な能力だ。バレたところで対処するのも厄介であるし、応用もしやすい。先ほどの高速移動もカードからカードへとオーラを伝っての移動であるはずだ。防御も面倒だし、逸らすにしても相手が利用できない位置を考えなければならない。さて、どう対処したものかとラジカは思案する。そこで一つの案を思いついた。

 

「なぁ、ピエロ。こんな話を知ってるか? 少女が台風に巻き込まれて魔法の国に迷い込むって話さ」

「!!」

 

 ラジカ自身の体を中心にどんどん勢力を増していく竜巻を作り出す。それは【伸縮自在な愛】をすぐさま解除したヒソカも巻き込んだ。最初は足と地面の間に【伸縮自在な愛】を取り付けて抵抗したもののやがて耐えきれず、体が宙に浮く。その様子を確認したラジカは竜巻を丸めて先ほどゴンたちを乗せたよりもなお大きな球体を作り上げた。今度の風はそよ風なんてレベルではなく外に出ようとすれば擦り切れるような風速である。

 

「さぁ、吹き飛べ間抜けなピエロ!! もっともお前の行き先は魔法の国じゃなくて黄泉の国だろうがなァ!!」

 

 遠くなっていく球体を見ながら、箒を片手で持ち脇に抱え、反対の手は中指を突き立て、嘲るようにラジカは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 とはいってもあれくらいでは死なないだろうが。

 

 そもそもあんな殺人ピエロとはいえ殺してはMPが消え去るのでこと戦闘において俺は多大なハンデを背負っているといっても過言ではないのだ。おそらくあいつの能力で全身をくるんで風の檻を突破し着地すれば大きな怪我はないだろう。あわよくば試験から退場させたかったが、なんらかの手段で二次試験にはあのピエロはたどり着いてきそうである。

 

 にしても俺が着く前に何人か死んでたけど、結構な人数を助けたためプラス収支で落ち着いてほしいものだ。そしてリリコルの反応を辿りながら二次試験の会場に向かう途中あることに気がついた。

 

 予言全く守ってない!! 

 

 あ、やばい! 完全に忘れてた!! たしか内容は

 

『霧に身を潜めなさい

 さもなければ死神に見つかってしまうから』

 

 というものだった。霧に身をひそめるどころか霧を晴らして大立ち回りである。完全に真逆の行動をしてしまった。この『死神』というのはあの殺人ピエロのことを言ってるはずだ。あれ以上に厄介で死神と称されるような人間がまだ試験にいると思いたくないし。

 

「あー、やべぇーめんどくせぇのに目をつけられたぁ……」

 

 いくら今の俺が可憐な少女とはいえ大概のストーカーは俺より物理的に弱いし、金銭的にも俺の方が優っているので、だいたいのストーカーは物理的、社会的に抹殺してきたのだが、あの男はそうはいかないだろう。あーやだやだ。

 

 ネガティブなことを考えて霧が溢れる湿原の上を飛ぶこと数分。ようやく建物と人の集団が目に入ってきた。俺は近くの茂み目指して降りて、【彩色の鎧・緑】を解除し、元のボーイッシュな格好に戻る。

 

 さて、あの自称マスコット、外見キメラの小動物は一体どこにいるんだ? 

 

 反応を追いながらそれなりに人のいる会場を歩く。

 

「おーい!! ラジカ! こっちだよ!!」

「お! ようやく来たな!」

 

 ゴンとレオリオが俺に声をかけてきた。周りにはキルアとクラピカもいる。俺が飛ばした三人には目立った外傷もなく、何も問題なさそうであった。

 

 良かった、途中で墜とされたり、落下したりすることなく無事に着いたのか。もし落ちて死にましたとかだとMPがなくなっていただろう。

 

 ほっとした表情をすると、向こうも笑顔で俺に近づいてくる。

 

「よかった! ラジカ無事だったんだね!!」

「おう。お前らも無事着けたんだな」

「お陰様でな! 何だあれ!? ぐるぐる回されて俺なんぞ着いた瞬間吐いたぞ!」

「魔法だって何回も言ってんだろ。いい加減理解しろや。それとこんな可憐な少女に助けてもらったんだからありがとうぐらい言え」

「……それはそうだな、すまない、ラジカ。助かった。我々では束になったところで助からなかっただろう」

「ん。まぁ俺も助ける為とはいえ雑に運搬したけどな」

 

 まぁ、あれ荷物の運搬には向くけど人の運搬には向かないしな。人を複数人運ぶなら俺がそばにいて丁寧な風の操作が本来なら必要だし。しかも今回は念のため打ち落とされないように防御のために風の速度をアホほど上げたので、乗り心地は最悪だったはずだ。

 

 クラピカとレオリオは未だに若干青い顔になっていることから流れが激しかったことが窺えた。でもゴンだけケロっとしてるのは何故だろう。

 

「ラジカ、ほら」

「むきゅー」

「ん? あぁ、ありがとな、キルア」

「ぐぇ!」

 

 ぽいと投げ捨てられた人形を受け取る。よく見るとリリコルだった。わー全く気がつかなくて握りしめちゃった★(棒)

 

「く、苦しいコル。中身が飛び出してきそうコル」

「お前そもそも中身ないだろ。それともぬいぐるみらしく綿でも詰まってのんか」

「ぬいぐるみじゃないコル! リリコルは妖精コル!」

 

 ちらりと首元の宝石を見ると目に見えて輝きが増していた。どうやら確かに人命救助によってMPはたまっているようだった。よかった。これで溜まってなかったらまたこのメルヘンキメラを八つ裂きにしたい衝動に駆られるところだった。

 

 ***

 

 そして始まった二次試験。試験官は美食ハンターの二人組。そして課題は料理。

 

 これを聞いた瞬間、俺は勝利を確信した。そう! 俺は料理が得意なのである!! 正確には【憧憬乙女】の能力の一つ、【台所の天使(クッキングアイドル)】によって料理、特にお菓子はボケーっとしてても勝手に手元が動いて作ってくれるのだ!! 

 

 なんと便利な能力だろうか。しかしこの能力若干のギャンブル性がある。基本的にはボケーっとしてるだけで料理が終わってるが、たまに恐ろしく料理が下手な日があるのだ。誰だ、おっちょこちょいな方が魔法少女っぽいとか考えてる製作者!! もしも元に戻ったら是非とも覚悟してほしい。

 

 それとこの能力はあくまで作ることには対応しているがその前後には対応していない。具体的に言うと、材料の買い出しや調理器具の洗浄、食べ終わった後の後片付けなど、料理好きの人間でもたまに面倒と思うようなことは自力でやらなければならないのだ。

 

 それに俺の体はもともと【夢幻少女(インストール)】によってどんな暴飲暴食をしようとも姿形が完全無欠な美少女から変わることはない。ゆえに自分で手間暇かけるよりも簡単な料理、例えばカップラーメンや冷凍食品、デリバリーや出前などになりがちで全く活躍の場面のない能力であった。

 

 そんな理由から俺はこの能力をほぼ使っていなかったが、今日こそ解禁しよう。

 

 さてお題はなんだろうか。是非ともこの能力を活かしてささっと受かってしまいたい。

 

「オレのメニューは豚の丸焼き!! オレの大好物」

 

 豚の……丸焼き……? 果たしてそれは料理なのだろうか。仮にも美食ハンターが出すお題にはふさわしくない気がする。もしやブーダッノマルーヤーキなる俺の知らない料理とかではないのか。

 

「この森林公園に生息する豚なら種類は自由。それじゃ、2次試験スタート!!」

 

 あぁ、もうこれ完全に豚の丸焼きだわ。いや、美味しく作らなければいけないのかもしれない。まだ能力が日の目を浴びる可能性は消えてない。とりあえず豚を捕まえよう。

 

 ***

 

 近くの森の中を円で探りながら走る。すると突然なんらかの生物の群れを見つけた。それなりに巨体で四足歩行。おそらく豚だろうと思ってそちらに向かう。

 

「うわ、キモ!」

「すごい造形コル」

 

 鼻だけが肥大化した巨大な豚が群れをなしていた。どういう進化を遂げたらこんな形に落ち着くんだろうか。

 

「とりあえずサクッと捕まえよう」

 

 木々を足場にして跳ぶように動き、群れの前方へと到着。そこから一層強く足場である木の枝を蹴って、蹴りを放つ。肥大化した豚の鼻と正面からぶつかり衝撃が走った。

 

 どうやら豚の自慢の武器らしい鼻は巨大なだけではなく頑丈であったが、正面から俺の蹴りをまともに食らって耐えられるわけもなく、巨体が軽く吹き飛んで木にぶつかりなぎ倒した。

 

 豚は衝撃に耐えかねたのか意識を失ったので、それを両腕で抱え上げて攻撃してくるほかの豚から逃げる。無益な殺生は避けるに越したことない。

 

 早速試験場に戻ると俺が一番乗りだった。すると【台所の天使(クッキングアイドル)】が発動した。早速火を起こし、豚を貫いて焼き始める。半ば意識が朦朧としながらも調理する手つきはスムーズである。

 

 ハッと意識がはっきりと醒めると、目の前から香ばしい匂いが鼻をくすぐった。一切れ切り、口に含む。うん、どうやら今日は【台所の天使(クッキングアイドル)】がきっちりと機能する日らしい。

 

 さて、あとは出すだけだ。試験官の元に運ぼうと準備を始めるとゴンたちが現れた。

 

「ラジカ! もう終わったの!? 早いね!」

「流石、観察眼にも秀でているのだな」

「観察眼?」

「ん? この豚の弱点が額っていうのを見抜いてそこを叩いたんだろ?」

 

 …………。そんなこと全く考えずに思い切り蹴飛ばしただけである。

 

「お、おう! 当たり前だろ!」

「……見栄っ張りコル」

「黙れメルヘン。お前も丸焼きにしてやろうか」

 

 なお豚の丸焼きの味なんぞ一切考慮されなかった。

 

 ***

 

 ムニエル。素揚げ。塩焼き。ホイル焼き。アクアパッツァ。燻製etc …………。

 

 用意された皿に並べられた料理はどれも彩り豊かで視覚からも大変食欲を唆る。漂う匂いも風味豊かで、嗅いだ者の食欲を刺激した。

 

 それらのプロ顔負けの料理を調理した受験生、受験番号100番、見た目は少女中身はチンピラなラジカは審査員の前にそれらの料理を並べた。

 

「ねぇ、あたし、課題は寿司っていったわよね」

「……おう」

 

 二次試験の二つ目の課題はスシ。といってもラジカの認識では聞いたことがあるというだけだ。昔、仕えていたネオンが「お寿司食べたーい」と駄々をこねていた記憶しかない。結局他の物で妥協してもらったので現物は拝めなかったのだ。

 

 クラピカとレオリオのコントのようなやりとりから食材として魚をつかう料理というのはわかったため、乱獲してくるのは成功した。が、問題はそこからだった。いざ調理場に立つと【台所の天使(クッキングアイドル)】が発動。しかし、この能力レシピから最適な料理を作ることや自分が調理法を知っている料理を極上に仕上げることは可能なのだが、全く情報がない料理を作ることはできないのだ。

 

 苦肉の策として【台所の天使(クッキングアイドル)】は考えうる限りの魚料理を作り上げるが、どれもラジカが見知った料理ばかりでおおよそ試験官が求めるような料理ではないことが見て取れた。

 

「これは?」

「川魚とキノコのムニエルです」

「これは?」

「山菜と川魚の煮込みです」

「……これは?」

「川魚の塩焼きです」

 

 次々と目の前に並べられた皿を指差して、料理の説明を求める試験官のメンチ。それにスラスラと答えるラジカ。が、その態度にメンチはキレる。

 

「あたし寿司って言ったでしょ!!?」

「うるせぇ! もっと情報寄越せやキテレツ頭!! 何テールだそれ!!」

「逆ギレしないでくれる!! これは情報収集能力や推察力を判断する試験なの!! 失格にするわよ!?」

「ッチ!!」

「あ、料理は美味しそうだから置いといてね」

「調子乗んなよお前!!」

 

 その後崖から卵を回収する試験に変わり余裕をもってラジカはクリアした。なお、ラジカの作った料理は美食ハンターのメンチをしても美味だったそうだ。

 

 

 




台所の天使(クッキングアイドル)
操作系能力。
自動で体を動かして手元にある材料から料理を作り上げる。レシピを知っていると精度が増し、味も向上する。料理に対する情報がない、もしくは少ない場合発動しない。
〈制約〉
一定の確率で発動しない日、もしくは発動しても悲惨なものが出来上がる不幸な日がある。

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八話 飛行船と塔

 三次試験までの移動は崖まで飛んで行った飛行船を用いて移動することになった。翌日の朝八時に到着の予定である。

 

 それまで各々自由に過ごしていいと言われたのでそれぞれ休息をとるため解散となった。俺も殺人ピエロとの戦いで疲れたので休みたい。

 

「ゴン! 飛行船の中探検しようぜ!!」

「うん!」

「ゴンといいキルアといい、元気な奴らだ……」

「そうだな……私はゆっくり休みたいものだ。おそろしく長い1日だった……」

「ラジカは来ないの?」

「寝る」

 

 ばっさりと言い切って俺は場所を探す。ついでに毛布や枕を受け取り、寝床をあらかじめ用意する。それなりに親しくなったクラピカやレオリオと近い位置を陣取った。ちらりと時間を確認すると、余裕があったので暇つぶしがてら二人に話しかける。

 

「なぁ、お前らどうしてハンターライセンスを取ろうと思ったんだ?」

 

 キルアは試験前に聞いた、ゴンの話は一次試験の際に飛びながら小耳に挟んだ。俺は予言に従うだけなのでキルア並みに薄い理由だし、一般的な受験生の受験動機が気になった。

 

「金だよ、金。ハンターになれば見たこともないような大金が手に入るって聞いてな」

「わざわざ悪ぶって言う必要もあるまい。素直に医者になるための金が欲しいと言えばよいのだ」

 

 おう、レオリオ、予想から外れない回答ありがとう。と思いきやどうやら高尚な意思があるようだ。見た目とのギャップ酷いな。

 

「そういうラジカはどんな理由なんだ?」

「ラジカは予言に従ってコル!!」

「うお!?」

「喋る小動物?」

 

 カバンの中から勢いよく飛び出すリリコル。本当に余計なことしか言わないな、こいつ。

 

「そういえば試験中ずっといるけど、そいつ何なんだ?」

「喋る魔物、だろうか。どの文献にもそのような姿をした小動物は載っていなかった気がするが」

「あー、こいつは、何というか、その」

「リリコルは愛と希望と夢の妖精コル! ラジカのパートナーコルよ!!」

「…………」

「…………」

 

 なぜだろう、二人の視線が痛い。完全にイタイ設定を楽しむ十代女子を見る目で見られている。そんな目で見るな! なまじほぼ真実をリリコルが語っている分一層辛かった。

 

「それにしても予言というのは一体なんだ?」

「知り合いの占い師がいてその占いに従ったんだよ」

「占いで受験って……キャラ作りだとしてもスゲーな」

「余計なお世話だ。その占いは100%当たるって有名なんでな。それにライセンスもっていると何かと便利だし」

 

 予言にしたがっての行動であるが、そもそもハンターライセンスというのはありえないくらい便利なものである。ライセンスを持っているとハンター専用の情報サイトを利用できるようになるほか、各種交通機関・公共機関のほとんどを無料で利用できたり、一般人立ち入り禁止区域の8割以上に立ち入りを許されるようになる。その他の面でも所有しているだけで一生不自由しないだけの信用を得ることができ大変利便性の高いものだ。持っておいて損することはないだろう。

 

「そんじゃクラピカは?」

「私は……クルタ族の生き残りだ。4年前、私の同胞を皆殺しにした盗賊グループ、幻影旅団を捕まえるためハンターを志望している」

「……復讐か……」

 

 幻影旅団、名前は聞いたことがある。あれ? そういえば最近沈没船でやりあった奴らの名前がそうだった気がしないでもない。と思っているとケータイがブルブルと振動して時間を告げた。

 

「おっとすまん。ちょっと失礼するわ」

 

 ケータイ片手にどこかで電話ができないかとうろついているとトランプタワーを一人で積み上げてニヤニヤしてるピエロがいた。死んでなくてありがたいけども無事だったのか。残念。

 

 ***

 

 

「エリザ!! 久しぶり!! 元気だったか!! 病気とか、怪我とかしてないか!!?」

『もうラジカ。私だって子供じゃないのよ? そんなに大げさにしないでちょうだい」

 

 電話越しに聞こえる声に思わず頬が緩むラジカ。どうしようもなくだらしのない顔になっていることは間違いない。

 

「子供じゃなくなったとしても俺はお前の兄だからな! 心配しない理由はねぇ!!」

 

 そういって少女は電話の向こうの妹に笑いかける。今まで何度も言われてきたそのセリフにエリザは苦笑した。

 

『それで、ラジカ。ハンター試験は順調なの?』

「お、おう。順調順調。何の障害もなく進んでるよ!!!」

『調子は良くないみたいね』

 

 再度苦笑するエリザ。がその笑い声は慈愛に満ちていた。

 

「まぁここまで残れてるから順調なのは間違いねぇよ」

『たしかにそうね。それはそうときっちりネオン様の予言は守ってるの?』

 

 エリザに問われて露骨に体を硬直させるラジカ。守れていたのは第二節までで試験が始まってからは普通に破っている。というか途中まで完全に忘れていた。そもそもここに来たのは予言のためだというのに。

 電話越しだというのに硬直が伝わったのかエリザは少し怒ったような口調にかわる。

 

『もう! 駄目じゃない。『待ち人がいる』ってことは除念師がいるってことでしょ! しっかりしてちょうだい』

「……はい」

 

 待ち人。つまり俺が出会いたい人イコール除念師であるはずだ。そのためにここに来たのだ。

 

『もし結婚式やるならちゃんと兄として出席してほしいのに』

「……はい。……はい?」

『て、やだ。まだそんな話出てきてないのに。冗談よ冗談』

「いやいやいやいや。冗談だとしても笑えんぞ!! その男俺に紹介しろ!!」

『その前にちゃんと『兄』になってちょうだい。スクワラが混乱しちゃうわ』

「スクワラ……。は!? 何、スクワラと付き合ってるのか!?」

『……あら、ネオン様がお呼びだわ。もう行かなきゃ』

「見え透いた嘘を言うな!! あ、ちょ! まっ」

 

 ツーツーツー……と通話が切れた音が廊下に虚しく響く。そこには金魚のように口をパクパクさせ、顔を赤くする一人の少女がいるだけであった。

 

「野郎!! ぶっ殺してやる!!」

 

 ***

 

 スクワラ。

 俺はその男を知っている。俺が魔法少女になる前の同僚であり、ボディガードの一人である。浅黒の肌にウェーブのかかった長い黒髪。腹立たしいことに顔立ちはそれなりに整っている。

 操作系能力者であり、犬を操作する能力を持つ。遠吠えで連絡を取ったり、薬物や爆発物の探知など直接的な戦闘よりも危険の探知や索敵などに役立つ能力を持った男だ。

 

 が、しかし。

 

「一体いつから付き合ってんだぁ!!!!」

 

 あの犬信者め! 俺の目を盗んでエリザと付き合うとはいい度胸だ。次会ったら地獄を見せてやろう。

 

 というかそもそもエリザとの接点がわからない。せいぜいネオン様と顔を合わせるときぐらいしかなかったのではないか。いつだ、いつから付き合い始めたんだ。俺がいなくなってからか、それともそれより前からか。

 

 エリザの方もなぜスクワラを選んだんだ。いや、まだスクワラはマシかもしれない。これでダルツォルネと付き合っていると聞いたら俺は元上司とはいえ八つ裂きにしに行っていた。

 

 容姿はそれなりに良いというのは認めよう。念能力も戦闘向きではないが利便性が高い。動物好きだしファミリー内ではまだ思いやりのある方であったとと思われる。どちらかというとカタギよりの性格で、それで悩んでいることもあったしな。ウチに所属している限り給与には困らないだろう。お互いの仕事もわかっているので裏社会にも理解がある。

 

 あれ? 思ったよりも良い物件なのでは? 

 

 いやいやいや、騙されるなラジカよ。あの男は妹を毒牙にかけたクソ野郎だ。地獄を見せてやらなねばならない。いや、しかし、エリザは幸せそうであったし、ここは兄として妹の幸せを優先してやるほうがいいのだろうか。

 

 でも、うーん、どうしよう、いや、実際……。悩むこと数十分。俺は彩色の鎧(中でも近接特化の赤)を着て全力で殴ることで妥協することに決めた。うん、一発殴るだけで許してやるとは心の広い兄である。

 

 

 ***

 

 

 受験者を乗せた飛行船は巨大な円柱状の塔に到着した。三次試験の内容はこの塔、トリックタワーを72時間以内に下まで生きて降りること。それぞれの受験者は隠し扉を見つけて塔の内部へと入る。そうして内部に入ることに成功した受験者、ポックルは一人でモニターの前に立ち尽くしていた。

 

『一蓮托生の道』

 君たち二人はここからゴールまでの道のりを共に過ごさなければならない。

 

 モニターにはそう記載されていた。ポックルがここについてから二十分以上経過した。この道は必ず二人で通過しなければならず、どうやっても扉が開くことはない。

 その上手錠が用意されており、自分以外の受験者と腕を拘束しながら進む必要があるようだ。

 

 正直に言ってポックルは焦っていた。彼自身正面からの戦闘が得意なタイプではない。しかも扱う武器は弓がメイン。腕が塞がっていては戦力にならない。

 つまり、片腕だとしても戦えないポックルを補って有り余る戦力を持った受験者が必要である。

 

 現れないパートナーに期待と不安が高まる。するとガコンと音を立てて天井、塔の上からすると床が回転して人影が落ちてくる。その人物はすとんと華麗に着地をして悠然と立ち上がった。

 

 その身のこなしからは十分な戦力となることが予想できたが、姿を確認した瞬間ポックルは絶望的な気分になった。

 

 桜色の髪に、ボーイッシュな服装。伸びる手足はすらっとしており、美しくも華奢で儚い印象を受けた。帽子とメガネで顔は隠れているが可愛らしい。

 

 場所がハンター試験場でなければ一目見たことに感謝するような容姿であるが、しかし、ここは武力が問われる場。どうみても戦える人間には見えない。

 

仮に戦えたとしても力よりも技で勝負するタイプの人間のはずだ。そういう人間はポックル同様片腕がふさがれると実力が出せないだろう。

 

「はぁ!? どこだよ、ここ。てかゴールじゃねぇのか、てか、お前誰だよ」

「俺はポックル。あれが今回の試験みたいだ」

 

 容姿に反した口の悪さに面食らいながらもポックルは話しかける。少女、ラジカは指をさされた方を振り向きながらモニターを見る。

 

「は? こいつと腕を拘束して進めと!?」

「こいつ……。というか、お前名前は」

「ラジカ。ッチ、腕寄越せ。てかこれも予言守れてねぇじゃんか」

 

 乱雑に手錠を取り、強引に腕をポックルの腕を取ってガチャリと手錠を嵌める。するとドアが開いた。美少女と腕をつなぐ青年。何も知らない人間が見ると犯罪臭のする光景である。

 

華奢な少女と弓の使えない自分。望みは薄いがこれは試験。立ち止まってもどうしようもないのだ。選択肢は前に進むか諦めるか。

 

「じゃあ行くか。…………? どうしたんだ?」

 

 決意を決めたポックルが歩き出し、腕をひっぱってもラジカは動かない。おそらく恐怖から動けないのだろうと判断するポックル。

 

「なぁ、この試験って『生きて下まで降りること』だよな」

「あぁ。だから二人で進まないといけな……うおぉ!?」

 

 ポックルが喋ってる途中でおもむろにラジカがしゃがむ。ポックルは予想だにしない力で体を下にひっぱられ、少女の膂力に驚愕する。明らかにラジカの見た目から想像できる力を上回っていた。驚くポックルをよそにコンコンとノックでもするかのように叩くラジカ。一体何をやっているんだ疑問に思っていると再度引っ張られ強制的に立ち上がらせられる。

 

「よし、いけそうだな」

「いけそうって何が? そもそも今何をやっていたんだ?」

「硬度の確認。んでもって何やるかは今からわかるさ。キャストオン【彩色の鎧(ドリームドレス)・赤】」

「は?」

 

 ラジカが叫ぶと次の瞬間、ポックルの視界を光が覆った。あまりの眩しさに目を閉じる。痛みを感じるような強い光に思わず呻いた。

 

「見た目は美少女!! 中身はチンピラ!! 魔法少女ラジカル☆ラジカ!!」

 

 目を開けると隣でそう叫びながらポーズを決める美少女がいた。しかも髪も衣装も先ほどまでとは変わっている。髪は桜色から赤に、服装もボーイッシュなものから快活そうな丈の短いスカートにと変化していた。発言といい、突如変わった服装や髪色といいあまりにも現実離れした光景にぽかんと口を開けて立ち竦むポックル。そんな彼を突然ラジカは横抱き、つまりお姫様抱っこをして抱え上げた。

 

「よし、やるか」

「ハッ! いや、なにおぉぉ!!?」

 

 ラジカはポックルを抱え込んだまま天井近くまで跳躍し、思い切り回転。いきなり視界が回転しポックルは悲鳴をあげる。ぐるぐると回りながら遠心力を加えた踵落としが床に繰り出される。

 瞬間、タワー全体に衝撃が走った。

 

 

 ***

 

『53番ポックル! 100番ラジカ!! 三次試験通過、第一号!! 所要時間2時間32分!!』

 

 ひどい目にあった。それがポックルの感想である。ラジカの踵落としはまるで床をクッキーのように軽々しく砕いていき、弾き飛んでくる瓦礫から必死に耐えながらポックルは超超高度から自由落下を味わうことなった。流石に途中で何度か止まったものの、そのせいで十数回スカイダイビングを繰り返すように蹴りを伴う落下を繰り返す羽目に。止まった際に死刑囚たちと戦う展開になったものの、相手が哀れに思えるほどに鎧袖一触、一騎当千と簡単に文字通り蹴散らしていったのだ。

 

 結果、床を砕き、適度に戦いつつも一番乗りで三次試験をクリアしたのだ。脳筋としかいいようのない攻略である。

 

 ポックルのラジカに対する印象は美少女の皮をかぶった悪魔、もしくはゴリラである。彼女の腕力や突然変わった容姿など、聞きたいことは山ほどあったがこれ以上関わりたくなかったポックルは試験終了後そそくさと離れていった。

 

 

 




落下中一応円をしながら人間がいないかだけは確認しながら床は砕いてます。【彩色の鎧(ドリームドレス)・赤】についてはまた別の回で。
スクワラはそれなりに古参という設定でお願いします。
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