イタリアン・シルバー (湯麺)
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序曲

5部アニメ面白い→なんか書きたい→5部題材の小説が多くて題材がない→これしかない。
そんな感じで始めました。初心者の中の初心者なので創作力も文章力も無いです。


復習と導入部分的なものです。


 

 

 

 

『『────────』を見た者はすでに……』

 

 ギロリと睨む魚の眼は「深紅の王」。歯を食いしばり、その顔は憤怒を表す。背から感じるそいつの比類無き気迫は、絶望を叩きつけるためにある。

 

「この……能力は…!「時」を…きさま!!」

 

 眼球は裂傷により飛び出し、意思に反して大気を浴びている。そのまま二度と戻らぬ旅に出るのだろう。今の自分に何が出来るのか、その答えは遠い未来に置いてある。時の流れに身を任せ、答えに辿り着くまで虚ろなまま泳ぎ続ける。ただ今の彼の中の時の流れは、特例として遅くなっている。走馬灯を見るも良し、秘策を考えるも良し、時間はある。

 

『……もうこの世にはいない!!』

 

 その一撃は身を崩し、痛みすら感じない重傷をつくる。潮風の匂いが鼻につき、自分の事など眼中に無い岸壁は上へと流れていく。全てが遅々とした世界の中心で、彼は瀑布のような血液と海の底へと落下する。

 

「希望は…ないのか………」

 

 紛れもない敗北。超然たる力を目前にして、負けを認めざるを得なかった。犠牲を重ねて辿り着いた「奴」の能力は、自身の想像を遙かに邪悪に超越していたのだ。

 彼自身、この戦いは戦いではない、一方的な蹂躙だと感じた。為す術無く傷ついた身体が呻き声を上げ、神はいないと叫んだのを感じた。

 

 終曲ではない。曲の始まりですらないのかもしれない。だが1つ、確かに分かることは、魂を鎮める曲へと進行していること。矢の謎を暴く時、それが必然的に最終節となるであろう。

 

 これは黄金の旋風吹き荒ぶ前の、誰も知らない物語。ジャン=ピエール・ポルナレフと、誰も知らない男の数奇な運命は、やがて眠れる奴隷の道しるべとなるだろう。奴隷達が解き放たれるまで、彼等は藻掻き苦しむであろう。巨躯なる闇に立ち向かった2人の物語に、勝利の追い風が吹くことはない。

 

 

 *

 

 

 1986年  

 

 サルディニアにあるオルビア=コスタ・スメラルダ空港から、その男は発とうとしていた。

 

 円柱状に逆立てられたシルバーブロンドの髪型、ハートマークを左右に割った形のピアスを両耳に着けている。骨格のハッキリと現れたフェイスに、青色の鋭利な眼差し。特殊な形状の黒いタンクトップに、カーキ色のズボンと黒のハーフブーツという衣装。それすら難なく着こなす筋肉質な体。片手で軽々と担がれたバッグ。

 

「イタリアにも「ヤツ」はいない……のか」

 

 ジャン=ピエール・ポルナレフは溜め息をつき、広大なフロアで1人、地図を睨む。彼はある事情で、ヨーロッパを中心に世界中を旅していた。

 

「ヨーロッパだけではダメだ……妹シェリーの命を弄んだ両右手の男、奴は今どこにいるのだ!」

 

 数年前に愛する妹シェリーを惨殺した、両手が右手の男。妹の仇討ちのため、ポルナレフは何年も一人でその男を捜しているのだ。手助けなど不必要。途方も無い旅路ではあるが、それでも自分を納得させるために突き進む。

 気持の昂ぶりを深呼吸で抑え、一歩前進しようとしたその時──

 

「きゃっ!」

 

「……おぉ~っと、大丈夫かいお嬢さん」

 

 地図の陰にぶつかり尻餅をついた少女に、ポルナレフは反射的に手を差し伸べる。

 

「い、いえ。前を見てなかったのは私です……ごめんなさい」

 

 手を取り立ち上がる少女の凜とした目に高い鼻、軽く揺れる跳ねた後ろ髪。見た目は若く、手に持つバッグが大きく見える。ポルナレフとは真逆で、物騒という二文字とは縁遠い。

 その可憐な姿がポルナレフに雷を落とした。

 

「ムッ!……お嬢さん可愛いね~ッ!特にその輝く瞳ッ!今度どこかでお茶しなァ~い?」

 

 頭を打ったのかと思うほどな笑みを浮かべる。

 紳士的かと思えば鼻の下を伸ばし、雷に打たれるというのも毎度の事。仇討ちにも口説きにも熱意を込める、それこそポルナレフ流だ。

 

「あ、ありがとう……でも恋人が待ってるの」

 

「オ~ウ!それは残念、チャオ」

 

 少女の行く先には深い桃色髪の、ポルナレフに劣らない主張の激しい男がいた。

 

「……どうしたんだ、ドナテラ」

 

「ううんソリッド、何でもないわ」

 

「……そうか……よかった」

 

 

 *

 

 

 1992年 9月15日

 フランス パリ 

 たゆたえども沈まず。そんな言葉を掲げるパリは世界有数の都市であり、歴史の生き証人でもある。未だジョースター一族の百年戦争は続いている、だが巻き込まれたなどとは思っていない。これが運命というもの。

 

 故郷フランスの麻薬犯罪とその死者数が驚くほどに急増していることに、ポルナレフは黙っているワケにはいかなかった。ポルナレフと空条承太郎が2年前に回収した「一本の矢」以外に、イタリアのどこかに存在する「矢」とは一体なんなのか。それと共にポルナレフは、故郷の犯罪に目を光らせたのだ。

 

 全長115メートルもあるこのアレクサンドル三世橋には、天使や精霊の像や天馬といった時代を感じさせる美麗な装飾があり、四隅にある柱には各々の意味を成す女神像が構えている。日が沈みかけたこの時間帯の人通りはまばらで、黄昏れるには適した場所と言えるだろう。

 ポルナレフはこの橋を渡りながら、横目で清流を眺める。この川の流れはポルナレフの人生とは程遠く静かで穏やかだ。人を待つ者が上の空というのは無礼に近いかもしれないが、このような時だけがポルナレフが闘争世界から脱け出せる唯一の時間なのだ。

 

 イタリアのギャング組織「パッショーネ」が現れた途端にイタリアを中心として犯罪件数が増えているのは調査済。気の遠くなるような時代の流れを見てきたイタリアは、もはや手を付けられなくなった一大ギャング組織の暗躍を見守りつつある。そこに一石を投じ、仲間と共に崩壊させようと乗り出す事はなんら不自然ではない。しかし、今やヨーロッパ中に勢力を伸ばしつつある犯罪組織パッショーネは、SPW(スピードワゴン)財団を動員しても敵うものではないであろう。

 

 橋を渡りきり、少し歩いた所に位置する高級レストランに入店し、注文無しに悠々と居座る。

 

「お客様…ご注文は」

 

「すまないが、人を待っている」

 

 目線を動かさずに、店員を追い払う。今はただ待つ。その姿は我が家で寛ぐ亭主のようだ。

 2年前の調査の際にSPW財団から届いた書類に入っていた情報は、エジプトの遺跡調査の盗難事件。イタリアの地方新聞社の失踪事件。グリーンランドの鉱物調査隊の感染事件。そして発見した矢に内包されていたウイルスについて。それらを焦燥感なく頭に思い浮かべていると、噛み合わないパズルを組み立てている感覚になる。

 

 瞬間。後頭部に、氷水で濯がれたように冷えた銃口が張り付く。思考の暇は無い。

 

「………感心できねーな。テメー」

 

 刹那。拳銃が寸分の狂い無く、真ん中で真っ二つに切断され、重い落下音が店内に響いた。あまりに速すぎた事象にも関わらず、それが日常的でもあるかのように両者は一切驚きを見せない。

 ガラクタを回収し、その男はポルナレフの横に立つ。まるで何も起こらなかったみたいに。

 

「玩具ですよ、どうも狙われている身なもので……申し訳ない。万が一を探ってるんです」

 

「『スタンド』の存在だけを認知している……つーことか。……」

 

「レネート・ダフトパンク。あなたと同じ……一匹狼ってやつです。……今は…」

 

「ジャン=ピエール・ポルナレフだ」

 

 丁寧に手を差し出したレネートに、ポルナレフは立ち上がり握手を交わす。男の掌は乾ききっていて、ポルナレフとは違い男の姿に清潔感はあまり無い。

 標準的イタリア人顔の若者。オールバックにまとめたハズの青髪からは束が抜け出している。全身真っ黒のスーツの袖はめくられ、裾は何故がボロボロに破れている。更にネクタイには中心に尾を飲む蛇の絵が描かれている。

 

「一匹狼っていうのは推測です…悪しからず」

 

「……言っておくが…まだ信用したわけじゃあねーぜ。レネートとやら、雑談は後にしな」

 

 信用したわけではない。その一言を聞いてもレネートは顔色一つ変化させなかった。その言葉に慣れているかのような純然たる気迫を放っている。怪しい──彼に対する第一印象は、単純かつ重要なことだった。だが所詮は一期一会であり、ポルナレフの抱いた第一印象は普遍的である。

 SPW財団が特定し、危険性を案じてポルナレフが邂逅するという手筈は正しかったのかもしれない。

 

「…心得ておきます……では早速、僕のいた新聞社「ミリオン・ミリ」についてお話ししましょう」

 

 レネートは倚子に腰を下ろし、1つの封筒をテーブル上に置く。

 

 1986年に僕はイタリアの地方新聞社であるミリオン・ミリに入社しました。その時、同期に「カミーユ」という男がいたのです。

 2年後の1988年に泥酔したカミーユが夜中のネアポリスという街を歩いていたところで、それは起こりました。ある一人の男が倒れているのを見つけたのです。泥酔して道端で寝てしまっていると思ったのでしょう、カミーユはその男に話しかけてみるも全く返事がないのです。

 これで終われば良かったのですが、カミーユはその男の横に座り、ふと自分の手に付いた液体を舐めていたそうです。カミーユ自身はその液体は赤ワインだと思っていたらしいのですが、もう分かるでしょう?その液体は血液で、男は既に死んでいたのです。

 

「彼は偶然持っていたカメラで写真を撮ったのですが、それが問題で……」

 

「こ……これは!」

 

 レネートが封筒から出した1枚の写真には、半笑いで笑うだらしない男と、白目を向いて血塗れになっている男が照らし出されていた。血塗れの男の額にはポッカリと丸い穴が空いており、手には銀色のライターが握られていた。

 

「その後、写真は掲載しませんでしたが、新聞の隅にこれに関する記事を載せたんです。すると……数日としないうちに、本社に「パッショーネ」と名乗る男達が姿を見せたのです……」

 

 その後の話は大体予想していた通りだった。写真が血塗れの男と映っていたせいか、カミーユは快楽殺人犯の汚名を着せられ逮捕。更に額の傷について黙秘するように脅された社員達は全員がしっぽを巻いて夜逃げしたという事らしい。

 

「パッショーネ……やはり奴らが関わっていたか」

 

 ポルナレフはその言葉を聞き、眉間にシワを寄せる。故郷にかける思いは拳を握らせた。

 驚異的な速度で魔の手を伸ばす組織パッショーネ。麻薬を売り捌くなど言語道断。イタリアを支配しているのなら、どこかに矢やDIOとの結びつきもあるはず。

 

「僕にとっては大した問題じゃあありません。手紙でも伝えましたが……本題は」

 

「「取引」……だったか」

 

「ええ、新聞社と写真のことは前金とでも思ってください。……僕の渡すモノは「情報」とそれに基づく「推理」。主観ですが、ポルナレフさんは頭の回転が良いとは言えない……」

 

「…………」

 

 ここで癪に障ると言って、機会を逃すワケにもいかない。まだレネートという男を知り尽くしたワケではないが、ポルナレフは幾多の修羅場を潜り抜けてきたタマだ、反論する自信はたっぷりとある。

 

「それで、俺は何を差し出すんだ?ご要望には最大限応えてーがよォー」

 

 急にだらけたポルナレフは、表情筋を器用に動かしてレネートを見つめる。

 

「僕を「仲間」にして欲しい」

 

「何?」

 

 当然のように放たれた予想外な一言に、ポルナレフは長年共に生きてきた耳を疑う。全くもって底知れない性格、というよりは至極積極的な自信家だろう。

 

「信頼しろとまでは言いません。パッショーネの調査に僕も参加させる……ね?問題ないでしょう」

 

「……何故…そこまで組織に固執する?……その取引には応じたいが、先に理由をお聞かせ願おう」

 

「…………1986年……1人、サルディニアで暮らしていた僕の「妹」は原因不明の村を呑み込む大火災で死んだ。パッショーネが現れたのは同年、時期もほぼ同じ……僕は「睨んでいる」」

 

「!」

 

 感情の起伏が少ないレネートも堪えきれない怒りを見せる。真剣に他ならないそれと、「妹」という言葉はポルナレフの心を動かせる。妹の仇討ちのために出た旅で起こった出来事を、忘れることは決して無いであろう。それほどに妹を想うポルナレフは、同じ境遇にあるレネートの意志が心で理解出来た。それが嘘かもしれないと思っても、少しでも真実だという可能性があるのなら救わない手は無い。自分の命が他者の犠牲で成っている事を経験したポルナレフだからこそである。

 いつしか、ポルナレフは彼を信頼していた。

 

「…一人では力不足、仲間が必要だ……そのためにフランスなんて田舎に来たんですからね。全く、故郷のピッツァが恋しいですよ」

 

「………オメー…フランスとイタリアの食論争がしたいなら寿命が足りねーぜ。ピッツァはそっちが本場だが……ワインなら、こっちのもんだ」

 

「本当にするんですか?マジに干からびますよ」

 

「………」

 

 近隣国でありながら食文化やファッション、観光や過去の歴史まで啀み合っている関係と言っても過言ではない。そんなポルナレフとレネートは違う土地の出身ではあるが、志は一致している。

 

「と、とりあえず……取引成立だレネート。SPW財団にはオメーの素性は探らないよう手配しといてやる、俺からの信頼の証だぜ」

 

「…………ありがとう御座います。あと、頭の回転が良くないって言葉、撤回しておきます」

 

 素性を探らない。レネートは自分に秘密があると暗喩したつもりもないが、どうやらお見通しらしい。

 結局、2人は何も注文しないまま店を立ち去る。この時の彼らには、自分達が考える以上に恐ろしいものに手を出していることなど、到底知る由は無かった。自分達の身に降りかかる火の粉がどれほど強大なものかを、知る術はないのだ。

 

 一番奥の席。肉料理を汚らしく頬張りながら電話を肩と耳で挟む者が一人、ハンチング帽を深く被り顔は確認不可能。不穏な気配は身近にとっくのとうに迫っていたのだ。危険の回避など、こいつとレネートがいる以上はどう足掻こうとも逃げられない。

 

「……ドッピオか………ボスに伝えろ。組織を調べてたSPW財団の例の男が本格的に動き始めた……レネートと接触したみてーだ。「俺」が追跡する……」

 

 

 

 

 

 




 
 
 1992年ってヴォルペまだ組織入ってないんですよね…多分。なので1992年時点では、アニメ設定でもある「アジアから麻薬を輸入してる」という設定にします。


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シンクロナイズ

 

 

 

 サルディニア島 とある村

 

 サルディニア島は地中海に浮かぶ広大なイタリアの島である。その北東部にあり、エメラルド海岸が望めるこの小さな村にはオレンジ色の屋根が疎らに見えるだけ。コムーネであるこの村の人口は僅か88人。それもそのはず、この村は数年前まで焼け焦げた家で溢れかえっていたのだから。

 

 パッショーネの組織図や勢力図、大まかな幹部の人数も判明した。しかし最も先頭に立つべき者の情報は一切出てこない。二人は進展の停滞に頭を悩ませ、実地調査に来ていた。

 

「こんなキレーな所なのに、人気も活気も全く感じねーな。それも仕方ないって事か……」

 

「最近は犯罪が多いですから、このくらいの静けさのほうが何も起こらないってものですよ」

 

 二人は村のビストロにいた。ボロボロの景観とは裏腹に中は小綺麗で、狭い店内にはポルナレフ達しか客はいない。

 レネートは村の火災での、警察の調査書類と死亡者・負傷者リストをテーブルに置く。7名の死亡者の内の1人、ミシェル・ダフトパンク、それがレネートの妹の名前。十枚にも及ぶ書類から分かる情報はその程度。しかも実地調査といっても、レネートの憶測であってパッショーネと関連性があるのかすら不明だ。

 

「少しでも、組織に繋がるヒントがあればいいのですが……」

 

 席から見える厨房には、一人の老婆が黙々と調理をしている。小柄な老婆はシワが多く、白髪で霊的な雰囲気を醸し出す。ポルナレフはその老婆が本能的に嫌いになっていた。

 

「はい、フレゴラです」

 

 厨房から出てきた老婆がテーブルに二つ置いたのは、パスタではなく、言うなればチキンライスのような料理。ポルナレフは「おすすめのパスタ」を頼んだつもりだったが、出てきた品は予想を翻すモノであった。

 

「なんだァ~!?婆さん!俺が頼んだのは「パスタ」だ!リゾットじゃあねぇぞ!」

 

 フランス人代表としてポルナレフは席を立ち訴えるも、老婆はただお淑やかに笑っている。

 

「この州の郷土料理で、粒状のパスタです。トマトソースとアサリを使って煮ましたから、味わってくださいねェ」

 

 ニコニコと老婆は厨房へと戻っていく。

 

「なッ……こ、「この州」の郷土料理ィ……!?レネート!この料理の事知ってて黙ってたな!」

 

「アッハハハハハ!いや~面白くってつい……フレゴラは良いですよ、毎日だって食べられますから。ぜひ、召し上がってみてください」

 

 笑い涙を拭い、いつまでも笑っている。ポルナレフは赤面を怒りで誤魔化し、スプーンですくってみる。

 フレゴラとはサルディニアの伝統的な料理であり、4ミリ程の丸めた小さなパスタである。トマトソースが染み込んだ色で、ガーリックや白ワインの芳醇な香りが漂ってくる。

 

「クンクン……ま…まあ、香りは良しか…」

 

 ポルナレフが口に運ぶと、レネートも自身へ運ばれたフレゴラを口に入れる。

 

「うッ!……ぅんまァア~~いッッ!!!あっさりとした味が手を進めるぜッ!腹減らして帰った時の家の料理みてーにいくらでも食えるぜこりゃあよォオ~~ッ!!!うめーじゃあねぇかレネート!」

 

「………」

 

 感激の言葉など耳に届かず、レネートは口を手で押さえて汗を滝のように流していた。

 

「どうした?レネート」

 

「…カハッ………!」

 

 レネートは耐えきれず手を離すと、口から大量の釘や小さな針が、血とともに吐き出される。凶器とも呼べる金属類がいつの間にか、レネートの口の中に放り込まれていたのだ。

 

「な、何ィッ!!」

 

 但ならぬ様子、明らかに敵がいる。さすれば、歴戦の猛者であるポルナレフの判断と行動は同時だ。

 

「先手必勝!『シルバー・チャリオッツ』!あの老婆を串刺しにしろォォオーーッ!!」

 

 ポルナレフは立ち上がりそう叫ぶ。機械のようでありながらも銀色の甲冑を纏った細身の騎士が顕現し、刹那のスピードで厨房にいる老婆に右手で構えたレイピアを繰り出した。

 

「アギッ!……」

 

 刺さった。背中に突き刺さったのだが、違和感があった。即座に老婆は棒のように倒れ、血飛沫が厨房を紅く塗りたくる。

 

「!?……軌道がズレた…まさかッ!」

 

『この老婆は部外者かぁ!?……そうだよその通りだよォッ!!あと少し速かったら俺の脚に刺さってたのになァ!ポルナレェーーフッ!!!』

 

「!」

 

 チャリオッツのレイピアを腕でさばいた人ならざる存在は、いつの間にか老婆の横に立っている。「そいつ」はラジオのように言葉を発していた。

 「そいつ」の猫背で痩せた体は赤色に染まり、そこからは先に行くほど細くなる四肢が生えている。節々には逆鱗に似た金の装甲が付き、背中から下半身にかけてテープのような布が伸びる。人間であろう顔は下半分だけで途切れ、上半分に浮いたいくつもの金色の輪や棘は神々しい。これが敵の「スタンド」だ。

 

「遂に「スタンド使い」を送り込んできたな……!隠れてないで出てきやがれ!」

 

「隠れる?そんな必要ないねッ、俺はずっとここにいるぜ!」

 

 老婆の体半分と、厨房の景色が蜃気楼のように横にずれ、ニヤリと「それ」は笑った。身長150センチメートル程で、体に厨房と老婆の体の「ペイント」を施した男。

 カメレオンのように男のペイントは薄れ、肌の色と服の色を取り戻した人間が現れた。前髪は四本に束ねられ、襟足は輪っか状に結ばれた薄茶色の髪。顔は童顔。上半身裸で、赤くダボダボのズボンには所々に二等辺三角形の穴が空いている。

 

「……俺の名は「ドゥーノ」、お前を殺す。教えてやる情報はそれだけだぜ!ポルナレフッ!」

 

「シンプルな擬態の能力……ドゥーノとやら、今のうちに懺悔しときな。この俺を襲うっつーことは、死ぬまでの時間は短いってことだぜ」

 

 挑発的なドゥーノという男は、ずっと「厨房と背を向ける老婆」のボディペイントを施して待機していたという事ではない。彼は擬態能力によって、今まで老婆にもポルナレフやレネートに視認されなかったのだ。

 

「動けるかレネート、どうやら遂に組織に目を付けられたみてーだ」

 

「…ゲホッ……スタンド……ってやつ…ですよね」

 

「あるかは分からねーが、これからお前は病院へ突っ走れ。俺はあいつとやり合う」

 

 スタンド─それは何らかの「弾み」や「歪み」によって身につく精神の像。人や獣、植物なと様々な形として現れるスタンドは自身の意思により操作でき、それぞれに特徴ある超能力を持っている。スタンドはスタンドでしか触れず、スタンドが見えるのはスタンド使いのみ。そしてスタンドとは精神の塊、如何様にも変化でき、握れば拳開けば掌。

 

「でも…!」

 

「スタンド使いじゃあねーお前は、奴からしたら良い餌だ。ひでー姿見るよりは、逃げてもらった方が俺としちゃあ嬉しいぜ」

 

 目を合わせなくてもポルナレフの溢れる意思は伝達され、レネートは走り出す。

 

「話がなげーんだよスカタンッ!もう既に俺はテメーをやれる距離にいるってのによォーーッ!」

 

 話している間に厨房にいたドゥーノは消え、背後から声が響く。しかしポルナレフが振り向いてもそこには誰もいなかった。

 

「俺がポルナレフを殺す前に逃げてみろッ!」

 

「ウグッ!」

 

 先ほど見たドゥーノのスタンドが、死角から突如出現しポルナレフを殴り抜けた。再び水を掛けられたように色が薄れ、店の壁から擬態を解除したドゥーノは現れる。

 

「俺の『シンクロナイズ』に敵うのはボスだけだッ!やっぱポルナレフなんぞ敵じゃあねぇ!ギャハハハハハハハハ!!!」

 

 テーブルをなぎ倒しポルナレフは床に転がった。

 擬態するスタンド、まさに透明人間からの攻撃。見えない敵とは、エジプトでの闘争で出会ったことがある。だがあの時とは状況が違うため、同じようにしても敵うことはない。更に奴は高性能なスピードとパワーを保有しているというのだから、至極厄介だ。今回は今回なりの、年の功を重ねたポルナレフ様の策でぶちのめす。

 

「…ハァ…ハァ……オメー、組織の人間か。お前は何者だ!何故関係の無いレネートを襲った!」

 

 ポルナレフはドゥーノの独り言を聞いていて、もしやと考えた事があった。カマをかけてみる価値はある。

 

「……「ボス親衛隊」の中では、「ここら一帯」を探るドアホの抹殺担当は……俺なんだぜ」

 

「……何だって?」

 

「オメーがウチの組織を調べている事はよ~く知ってる。これからのために訊ねたいこともある。だから口を切っちゃあ、上手く話が出来ねぇだろ?だからあのレネートをやった。ポルナレフ、テメーはボスへの人身御供なんだよォッ!!!」

 

「……やはりここは、パッショーネのボスと関係があるようだな」

 

「!」

 

「その反応……テメー、頭脳がマヌケか?さっきから訊いてもない情報を教えてくれるじゃあねーか。見た目も幼い……まさか子供か?」

 

 ポルナレフは考えた。このような田舎に、パッショーネのボスについて調べに来る者は皆無に等しいであろう。おそらく組織の者は、口が軽くワガママなドゥーノに呆れ、この辺境の地の監視役を任せたに違いない。

 

 ドゥーノは怒りの表情を浮かべ、歯を噛み締める。図星を隠す気はないようだ。

 

「……人間は情報の八割を視覚から得るらしいぜ……!どういうことか分かるか?俺の『シンクロナイズ』は相手の八割を操れるっつーことだ!」

 

 下から上へと色は移り変わり、店内と一体化し視界から彼は消失した。

 いくらポルナレフが動こうとも、擬態能力に迷彩色のようなズレは存在しない。次の奴の攻撃にカウンターを喰らわせ、二度と歩けない程に攻めなければならない。ドゥーノのスタンド『シンクロナイズ』は近距離パワー型。先ほど剣先をズラさせられたように、雑な剣擊が当たることはない。精神を研ぎ澄ませ流れを読み、急所一点に確実に刺す。

 

「滅茶苦茶な理論言いやがってよォ!お子様は家に帰りな、このカメレオン野郎ッ!!」

 

「俺理論だァーーーッ!!!」

 

 背後から出現したドゥーノのスタンドの拳が迫る。しかし、ほぼ同じタイミングでシルバー・チャリオッツのレイピアも、シンクロナイズの拳に向かって突き進んでいた。

 体を一切捻らず、ポルナレフは嘲笑う。

 

「オメー、コメディアンに向いてるぜ。いくら姿が見えなかろうが喋ってくれるから、声で位置がまるわかりなんだよ!」

 

「ウギャア!!」 

 

 煌めく一突きは、シンクロナイズの拳を容易く貫いた。背景と同化しているドゥーノの手から血が溢れ、不可視の口から情けない叫びが轟く。

 

 これが共に生き、長い時間をかけて成長してきたポルナレフのスタンド。スピード勝負では、チャリオッツの剣擊のほうが素早い。ドゥーノの擬態はまだ解けていないが、シンクロナイズはその場にいる。射程距離はそれほど無いようだから、つまりはドゥーノも近くにいるはずだ。

 

「……痛ぇなァ痛ぇよォ………他の親衛隊の奴らはさァ~、全員ハグレ者のクセに自分のこと棚に上げてよオ……俺に「協調性の無いクソガキ」ってよく言うんだよオオオオ」

 

「…ハッ、そりゃ──

 

「そりゃあそうだろ!って今言ったよなァーーッ!?ちゃんと聞こえたぜぇ!?テメェーよォ!ポルナレフよオオオオオォォーーーッ!!!」

 

 再び、無謀にも真っ正面からシンクロナイズの拳を繰り出してきた。先程のポルナレフ側が多少出遅れたスピード勝負でさえも、ドゥーノは負けた。だというのに仕掛けてくるということは

 

「ハッ!まさしく馬鹿の一つ覚えだな!学びやがれこのクサレ単細胞がァーーッ!!」

 

 その言葉を言い終わる前に、チャリオッツの一撃ざシンクロナイズの口の中に深くグロテスクに突き刺さった。

 

「!?……この異様な手応え…しかも…」

 

 スタンドに突き刺したというのに、均一性の無い硬く粘着質な感触がチャリオッツの剣から伝わってくる。また、違和感はもう一つ。

 

「何故スタンドからッ、人間の血が噴き出しているんだァッ!!こいつはひょっとしてッ……!」

 

「………一度あっても…二度はねェ!……ガハッ……俺は…ッ…依存してるとよォ……安心すんだ……昔っから一人で行動しろってよく言われっけどよオ………だけどよオ…!」

 

 口にレイピアが刺さったまま、血を吐き出させてシンクロナイズの色をした「その男」は話している。ドゥーノのスタンドに見えたそれは、なんとドゥーノのスタンドではなかった。

 

「ドゥーノ……どうりでテメーは……自分自身に「スタンドの擬態」を施したのか!!!」

 

 スタンドが話すことはいたって普通、だがスタンドから出た血が弧を描き、殻を破るように白い肌が現れたことは異質である。

 そう、ポルナレフが突き刺したのは、シンクロナイズ柄の擬態をしたドゥーノであった。だからこそ本来スタンドから出るはずのない血が噴き出し、生身の肉体を刺した感触がしたのだ。

 

「俺のシルバー・チャリオッツが攻撃したのはドゥーノ本体!つまりスタンド自体は!………ウオオオオオオオオオ!!!」

 

「このドゥーノを甘く見た結果をッ!返り血と一緒に味わいやがれェェエーーッ!!!」

 

 ポルナレフの背後から本物のシンクロナイズの拳が目の前に迫っていた。もしドゥーノ自身を串刺しにして意識をとばそうとしても、確実にシンクロナイズの一撃の方が素速い。更にラッシュを叩き込まれれば、耐えられる保証は無い。

 返り血の使い方を間違う程に奴がマヌケなのは確かな事実。それのせいか擬態能力の使い道を背景同化の1つだけだと思っていたポルナレフは、マヌケと罵った相手に一杯食わされたのだ。

 

「身を投げ出す覚悟ッ!天晴れだ!だがな!」

 

 レイピアの剣先が、途端に飛び出す。

 

「突き刺すだけがこの俺じゃあねぇぜッ!」

 

「イギャァァァァァア!!!!」

 

 先に響いた断末魔は甲高く惨めな声。それはドゥーノの意識の外からの攻撃によるもの。危機一髪、チャリオッツから射出された剣先は、拳よりも速く壁に跳ね返ってシンクロナイズの喉元に直撃していた。

 予測不可能の衝撃と深く傷ついた肉体に反射し、ドゥーノはスタンドを引っ込めて倒れる。

 

「奥の手をこうも早く使うことになるとはな………パッショーネ……改めて恐ろしい組織だ……」

 

 ドゥーノはピクリとも動かず、気を失っているようだ。ポルナレフは、一概に言えぬ盲目的な執着心と忠誠心に悲しみを抱いていた。背を向け、店を後にする。

 

「…………」

 

 外には、不気味に入り組んだ路地が広がり、過疎村だというのに無駄な建築物が多い。閃々とした太陽の光はそんな違和感をも受け入れ、中和する。

 

「さて…後始末はSPW財団に任せるとし──

 

 銃声。

 突然耳を劈く大音響が、落ち着こうとしていたポルナレフを戦いの世界に引き戻した。

 

「ヴグアァアーーーッ!!!」

 

 二度と聞くことはないと思っていた断末魔が耳に侵入し、ポルナレフは即座に後ろを振り向く。するとすぐ真後ろに、店内に居たはずのドゥーノが白目を向き、二の腕から血がトクトクと溢れ出していた。

 

「!?」

 

「……ベネ……無事ですね、ポルナレフさん。そいつ、また能力を使ってあなたを殴ろうとしてましたよ……」

 

 青い髪が太陽に照らされ、決意に染まる男が銃を構えていた。

 

「………レネート!「怪我」はどうしたんだ!」

 

「……大した怪我じゃ無かったですよ。口を金属で切っただけですから、舐めてたら治りました」

 

 レネートの口に先程の溢れる血は一切見えず、まるで負傷が存在しなかったような姿だった。何ともなかったという嬉しさと共に、ポルナレフは奇妙な違和感も感じていた。

 

「やっと………これで僕も、胸を張って仲間だと言える……僕に慢心はない…」

 

 バンバンバンッ!──と、躊躇い無く鼓膜を破るような銃声が周囲に響き渡った。レネートの決意からくる空恐ろしさを、ポルナレフはそこで初めて知った。

 

「!………ポルナレフさん…」

 

 三発の銃弾は全てチャリオッツによって見事に真っ二つにされ、ドゥーノにヒットしていなかった。

 レネートの光の無い瞳に一瞬だけだが、巨悪のようなオーラを感じた。かつて自分を支配し、全てを呑み込む高濃度の悪を。ただ既に倒したと思い込み、背を向けたポルナレフのカバーをしてくれただけだ。そう思いたい。

 

「待て……焦るなレネート、生かしていれば少しは情報が得られるはずだ……お前の妹を思う意志はよく分かる…だからこそ、チャンスを逃すな」

 

「………」

 

 レネートはゆっくりと銃を下ろす。

 

「だが今、お前が来なければ俺は殺されていたのは事実。……ここはまだ地獄の一丁目だ、サルディニアの土地に眠る何かを見つけなければな……さてと」

 

 2人は瀕死のドゥーノに目をやる。情報を聞き出すと言ったはいいものの、二の腕にめり込んだ弾丸により血の海に溺れて動かない。今度こそ気を失っている。

 

「……もしかしたら…こいつは死ぬまで任務を全うする事と、情報漏洩を防ぐという両方を……成そうとしたのかもしれねぇな」

 

「……組織への忠誠……ですか…」

 

 自分には無かった絶対的な忠誠の心に対して、レネートは憐れみの感情を寄せる。

 真昼の村に足を進める。まるで2人以外誰もいないような迷宮。道端の雑草の中には、無数に切り傷のついた小石が転がっていた。

 

 

 

 




こういうサイトは不慣れなので、色々とミスがあるかもです。戦闘のノリが3部なのは勘弁してください。


本作オリキャラのみですが、説明イラスト載せていきます。初めてスマホで描いたので、クオリティは悪しからず。デザインセンスも悪しからず。

【挿絵表示】

 
 
 


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ノトーリアスB・I・Gとブラック・サバス その1

  
  
はじめに
 「カルネはどうやってノトーリアスB・I・Gの能力の発動条件が死ぬ事ということを知ったのか」という疑問を踏まえた上で、今作ではあえて「エコーズact3のように喋れるスタンドである」「原作での能力は奥の手。本来の能力は別にある」という風に解釈して使用します。
 あと、スタンドの矢は一本ごとに性能が違うという解釈もしてます。




 

 

 

 

 手がかりらしき手がかりは何一つ発見には至らず、刻々と過ぎ去っていく時間に首を捻る。時間に追い詰められているという事はないが、親衛隊という者達が襲ってくることは十二分に判った。

 焼け跡に何かあるわけもなく、成果は皆無。茜色の夕日が村と心に影を落としている。

 

「懐かしい……やはりサルディニアは……」

 

 レネート・ダフトパンクは久しき故郷を軽く眺める。彼にとってサルディニア島という場所は所詮、家族の眠る場所でしかない。

 

 

 *

 

 

 彼は1967年にサルディニアに生まれ、サルディニアで育った。何一つ不自由無い生活であったが、1983年に円満だったはずの突然両親が離婚してからは母親と妹と3人で暮らしていた。

 1984年に母親が破傷風で死亡。その後は幼い妹と2人、周囲の人の手を借りながら暮らしていた。父は離婚したのち、サルディニアを離れ変わらず仕事に勤めている。離婚後は責任感が薄れたのか大酒飲みになり、なんと1988年に子供を飲酒運転で死なせてしまった。スデに出所はしている。

 レネートは自身を行動力だけの出来損ないだと自負している。その行動力により生まれたモノも、やがて自分の失態により失ってしまう。後悔は誰よりも深く、誰よりも向こう意気が強い。

 6年前火災により妹を失った際、レネートは絶望に打ちひしがれずに行動に走った。2つの顔を持ち合わせ、事は順調に進んでいた。少々特殊な娘ではあったが、守り抜くと誓った仲間も出来た。しかし、レネートは彼女を裏切った。

 

 

 *

 

 

「……もしパッショーネの何者かがこの村を焼き払ったのなら……この村に「何か」があったということ」

 

「奴らが現れる数カ月前にこの村は燃やされた……つってもよォーー、他にもその時期に起きた事件は山ほどあるんだぜ?」

 

「…「直感」ですよ。僕のね」

 

「…………オメーなぁ…」

 

 無責任な一言にポルナレフは呆れ顔を浮かべる。対してレネートは堂々と笑っている。

 たがレネートの直感や推理は馬鹿には出来ない。レネートが現れる前は終わりの見えない調査だったが、今は彼の推理力と行動力あってか確実に組織に近づいているという実感がある。相手は一大組織、全てに靄の掛かっているような隠密集団。それに怖じけない仲間は頼もしいというものだ。

 

 しばらく調査をし、村のほぼ中心部に到着した辺りでレネートは足を止めた。目の前には広場が広がり、廃れた井戸や比較的大きなオレンジ屋根の家がいくつか見える。中心部のため、数人の大人やサッカーをする子供達がいる。

 

「ここが昔、僕らの家があった場所です」

 

 目線の先には、焼け焦げた跡の消えた空き地があった。地面剥き出しで、削り取られたような大きな土地がポツンと居座っている。

 火災以降、その土地の所有権ははレネートが持ち、数少ない家族の証明として護っている。二度と戻らない過去の記録としても。

 

「へ-、ここがねぇ……でもよ……」

 

「……面影すらありませんがね。おそらく家具も何もかも燃え尽きたのでしょう……手がかりもへったくれもありゃしませんよ」

 

「んじゃあ鎮魂歌でも歌って──」

 

 衝撃に応じ、体が傾く。

 

「!」

 

 ポルナレフの猛々しい頭髪に、サッカーボールが潜り込んでいた。花が咲くように、整えられた銀髪がボールを包み込みポルナレフは途端に不機嫌な顔をする。

 

「すいませ~ん。ボールくださ~い」

 

 村に響く無邪気な子供達の声に反応し、2人は振り向く。先には名門サッカークラブのユニフォームを着た数人の子供達が手を振っている。

 イタリアは恐ろしいほどにサッカーが人気とポルナレフは耳にしていたが、こんな閑古鳥の鳴くような村でもやっているということはさぞ人気なのだろう。

 ボールを取り上げて、レネートは慣れた足つきでボールを返す。

 

「もっと離れたところでやれ!……ったく、髪だけは勘弁してくれよなァー」

 

「まあまあ、子供が元気なのは良いことですよ」

 

 空き地に視線を戻す。

 

「……オイレネート、なんだァ-ー?ありゃあ?」

 

 空き地のど真ん中に、いつの間にか1つの小さな物体が置かれていた。光沢を放ち、不気味な模様を備えた長方形の細長い何か。側面上部には「POL」という三文字が彫られている。

 

「……銀色の…金属?先程はなかったような」

 

「不自然だな………お供え物か?」

 

 お供え物にしては簡素すぎるし、レネートも反応しているということは村の風習などでもないらしい。つまりは2人が目を離した一瞬の隙を見計らい、何のためか何者かが置いたということ。

 一歩ずつ、恐る恐る近づき視点を集中させると、すぐに正体は判明した。

 

「「ライター」……?ハッ……これはッ!まさか……この「ライター」はッ!」

 

「………「写真」に写っていたライターッ!だが……何故このサルディニアにッ!?」

 

 一番最初にポルナレフとレネートが出会ったときにも見た、記者と死体の写真に写り込んでいたライターだ。

たがこのライター自体は、恐るるに足らない。何の変哲も無い普遍的なものだ。それがここにあるということが、異様なのだ。偶然同じ服を着ていただとか、同じ趣味を持っているだとか、そんな生温いものではない。

 

「写真にあったライター……あえてそれを置く理由はおそらく単純な「警告」。ボスに近づく事は……死に近づく事……分かりやすく示してくれていますね。礼儀正しい相手だ」

 

 いつものすました表情で、レネートは的確な分析を始める。決して呑気している訳ではない。ポルナレフも警戒し、2人は周囲を見渡し再び現れた刺客を捜す。子供達の姿は見えない、他の村人さえいない。

 

「怪談話にしちゃあ心臓にワリーぜ……敵なら敵らしく姿を見せてみなッ!どうした!パッショーネの端くれ野郎がァッ!」

 

 ボォッ!──それは突如として点火された。

 

「!」

 

 反射的に2人はライターを睨む。

 吃驚ほどではないにせよ、今さっきその場にポルナレフとレネート以外の人間はいなかった。ライターの炎は既に消えている。火が付いたと気づけば、もうそこに火は無い。敵が点火したのだ。

 

「お、おい……今、そのライター……「燃えた」……のか?レネート……」

 

「……ええ、視界の隅で…「点火」されました。見間違いだとか杞憂だとかじゃあない……一瞬だけですが………それが逆に恐怖ですね……」

 

「ドゥーノが復讐に…?いや、あの出血量じゃあ無理だ……なら、「次なる刺客」ってやつか!」

 

「……ハードワークですね」

 

 一向に姿を現さない敵を不審がり、1秒が何分にも感じるほどに神経を研ぎ澄ませる。このまま立ち去る臆病者であってほしいと思うまで。

 

「……………」

 

 戦闘開始の合図は無い。

 

「ポルナレフさんッ!後ろにッ!!!」

 

「!」

 

 声に呼応し、咄嗟にチャリオッツを出し攻撃を繰り出す。背後にはレイピアを左手で掴む人影が視認できる。

 

「受け止めた……!?しかし本体がいねーなァ……「遠隔自動操縦型」か!」

 

『ポルポのデブからッ!借りたライターだからよォオーー!さっさとッ!終わらせてッ!返さねぇとッ!面倒なんだよなァアーーー!!!?』

 

 妙に途切れ途切れな話し方で、そのスタンドは昂然と喋り出した。怒っているのか威嚇しているのか、全くつかめないタイプだ。本体からの警告にしては無理解すぎる。

 右目から後頭部にかけて半月形で横縞の入った仮面を付け、丸く蛇腹のような眼をしている。それ以外は飾り気の無い緑色を基調とした人型スタンド。

 

『殺すよ!殺すよォォーーー!!』

 

「レネート!自動操縦型だッ!本体を探し出せッ!」

 

「……は、はいッ!」

 

 レネートは走り出す。

 現時点で相手スタンドの能力は不明だが、長年培ってきたポルナレフの感覚が押し切れると言っている。

 

「突き抜けろ!シルバー・チャリオッツ!!」

 

『攻撃なんてッ!意味ねェーんだよ!このドグソ野郎がァアーーッ!』

 

「なッ……!」

 

 チャリオッツから突き出される高速攻撃に動じることなく、敵は見事に全ての剣撃を捌ききった。その瞬間的な攻防で判ることは、相手はチャリオッツと同等がそれ以上のスピードを持つ自動操縦型ということ。

 

「…この程度でこの俺が挫けると思っ──」

 

『おまえ……!「再点火」したな!』

 

 背後から、シルバー・チャリオッツの首がものすごい力で鷲掴みにされ背が反る。「そいつ」は地面から上半身のみが突出し、口を裂けそうな程に大きく開けている。

 切り絵のように美しい漆黒のマントに細い体と、イタリアのコンメディア・デッラルデに登場するような黒い被り物。銀色の肌に煌びやかな黄金の装飾が華を添えている。そう、スタンドだ。

 

「何ィーーッ!!!こいつ……!「別のスタンド」ッ!?………敵は「2人」だったのかッ!!」

 

『チャンスをやろう!「向かうべき2つの道」を!』

 

「ガハッ……つッ、強い!すげーパワーだッ!この俺のチャリオッツじゃあ抵抗出来ないッ!!!」

 

 2人目の敵スタンドによる圧倒的パワーで首が強引に捻られ、チャリオッツの目の前には底の見えない真っ暗闇の口内が現れる。果たして頭から呑み込まれるのか、ビームでも放たれるのか、思考が錯綜しようとしている。

 

「……こうなったら…仕方ねぇ!甲冑を全て外せ!チャリオッツ!」

 

 内部から爆破されたように全身の甲冑が四方八方に吹き飛び、更に痩身となったシルバー・チャリオッツが現れた。甲冑を外した衝撃と同時にチャリオッツは圧倒的パワーから脱出していた。すぐさまポルナレフは黒いスタンドと距離をとる。

 シルバー・チャリオッツが有するもう一つの能力「アーマーテイクオフ」。甲冑を外すことで防御力は著しく低下するが、その対価として圧倒的スピードを手にする事が出来る。

 

「黒い野郎は「何か」あるなッ!先に藻みてーな色したてめーをやることに決めたぜッ!」

 

『オメーが!ゴキブリみてーに!「動く」ってことが!どぉーゆーことかアッ!!命を賭けて!知りてーかよォォーーーッ!!』

 

「テメーの速度は学習済だッ!」

 

 甲冑を外したチャリオッツは以前のものとは比べものにならないほどのスピードを得る。いくら自動操縦の奴のスピードが高かろうと、もう恐れる事はない。

 

「オオオオオオオオ!!!」

 

 体の軌道さえ捉えられない超高速の連撃が、ゲリラ豪雨のような勢いで敵を切り裂く。レイピアには無惨にも肉片が塗りたくられる、はずだった。

 

『ギィャッハッハァアアアアアア!!!!』

 

「何ィーッ!!?」

 

 捨て身覚悟のアーマーテイクオフの攻撃は、赤子と戯れるように軽々と弾かれた。相手は一度もカウンターを仕掛けてこない、それは余裕故か。狂い叫ぶスタンドに本能が恐れ戦き、拮抗していながらもポルナレフは徐々に後退していく。

 

「うっ!」

 

『ひとつは!「選ばれるべき者」への道!』

 

「なッ……!このタイミングでか!まずいッ!このままでは絞殺されるッ!」

 

 またも地面から出現した黒のスタンドの手が、チャリオッツの首に深く食い込む。今まで何故傍観していたのか、それは圧倒的パワーと引き替えに能力による何らかの制限があるからだろう。

 

『さもなくば「死」への道!』

 

「!」

 

 口の中から切っ先を見せた光沢のあるそれは、ポルナレフがよく認知しているものだった。どこに仕込んでいたのか、チャリオッツに切っ先が迫る。 

 

「まさか……そういうことか……この「矢」は!……だが……こいつ、パワーが強すぎる!………耐えきれないッ!」 

 

 時既に遅し。例の矢が突き刺さるよりも前に、打つ手の無くなったポルナレフの意識は遠のいた。助けを呼ぶ暇もレネートに伝える時間さえなかった。こんなところで、仲間の命で象られた自分の命は燃え尽きてしまうのか。

 

『よし一匹!残りは「裏切り者」だなァーー!ただいかんせん!「速く動く」物体がねーからよォー!移動が面倒だなァー!これだから田舎は懲り懲りだ!』

 

 声を出している自動操縦のスタンドも黒いスタンドも姿が見えない。村人はおらず、静かな空間を微かな日の光がオレンジ色に染める。

 奇妙な矢を内包するスタンドと、洗練されたチャリオッツのスピードにも対応可能なスタンド。どちらも恐るべき力を備え、巧妙な手口であっと言う間にポルナレフを倒してしまった。

 

 

「「遠隔自動操縦型」じゃあない、ただの自律……もしくは半自律の遠隔型スタンド。おそらく「「何か」に比例してスタンドエネルギーが変化する能力」……かな。今はサイズが「小さく」なっているだけ……謙虚なスタンドだな……」

 

 空き地の向こう側に、遙か彼方を見つめるような瞳で立っている男がいた。まるで何かを待っていたかのように、レネート・ダフトパンクは佇んでいた。理由はサルでも分かる、レネートは無力ではないのだ。

 

「黒い方は確かネアポリスにいた幹部の……名前は確か『ブラック・サバス』……「影の中の選定者」…………もう夕方か…」

 

『ヘッ!来たか裏切り者!オメーがスタンドを!持っていることは知っている!「ピラウ」から!耳が腐るほど聞かされたからなァ!』

 

「…………まだ残っていたのか」

 

 敵の話に眉をひそめ、倒れるポルナレフをまじまじと見て安心した様子のレネートは「自身の間合い」に敵を入れるために歩き出す。

 ポルナレフが見ていないならば、「使える」。かつて自分が発現させた「スタンド」で奴を殴れる。自信はあるが調子に乗ってはいけない。お互いがお互いを理解したこの状況で、勝者の旗はどちらへ振られるのか。

 

「ポルナレフさんは意識が無い、それは良しとして………僕一人か……すげーヤバいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
長くてすいません
喋れる設定はいる(鉄の意志)


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ノトーリアスB・I・Gとブラック・サバス その2

 
 
説明がややこしいですね。ですが私の文章力ではどうしようもない!完全戦闘パート!


 

 

 

 

 敵は恐らく2人、人質をとることも可能。大してこちら側は1人。しかしそこで尻尾を巻いて逃亡などという考えはカケラも無い。

 遠距離ながらも互いに張り詰めた不調和な空気が、人気を払っているようだ。橙色の鮮やかな空が終わりかけ、日が没するのは時間の問題。

 

「ポルナレフさん……あんたはお人好しすぎる……簡単に僕を信用し、囮や作戦に使わず逃げろと命じた……僕ならおそらく真逆だった」

 

『組織の裏切り者が!また裏切るのかァ!?』

 

「…僕は組織を裏切ってはいない……元からな…かつての仲間なら、ただ失望させただけだ。未練はあるが………関心は無いッ!」

 

 地面を思いっ切り蹴り、彼は戦場である空き地へ突っ走る。放たれた矢のように素早く的確に、見えない敵ではあるが、謎を解かねば明日は無い。敵は、攻撃か何かに影響されている。それを知るための全力疾走。

 

『ギャッハァァァアーーーッ!!!』

 

 再び緑のスタンドが前方に現れる。瞬間移動や幻覚ではなく、一瞬で奴の体躯が人間サイズになったのを肉眼で捉えた。風船のように、元々は小さかったヤツが巨大化したのだ。これでスタンド像の大きさも変動させることが出来るという情報が増えた。

 

「『ステップ・アウト』ッ!!」

 

 そして敵が視界に入ったと同時に、レネートの身体から「4つの腕」が飛び出した。オーラを纏い、それらは宙に浮いている。各々違う色と装飾で、体を持たない前腕から先だけのホラーチックな見た目。これこそが、直隠しにしていたレネートの『ステップ・アウト』。かつて矢に射られ、身につけた正真正銘レネートのスタンド。

 

「音……?距離……?いや!」 

 

『来い!来てみろ!ウシャオァァァ!!』

 

 両者目前に到達し、ブレーキと共に連打で攻める。音速にも等しき速度で打ち合う2つのスタンドだが、今は4つの拳と2つの拳。戦力差故か緑スタンドは少しずつ『ステップ・アウト』の拳から退いている。

 

『拳2つ分ッ!有利ィッ…!………』

 

「…………」

 

 ピタッ、とレネートは拳を下げて相手の様子を静観する。追い風が体を圧し、奴は歯軋りする。

 

 もう一度思考を巡らせる。何故、緑スタンドは攻撃しないのか。スタンドを後退させて体がガラ空きの今こそが、最大のチャンスだろう。ステップ・アウトのスピードはチャリオッツには及ばない、ならば最高速度のチャリオッツと互角であった奴が攻撃しないのはなおさら不自然。勘繰っている?否。「互角以上」の戦いをすることが不可能なのだ。

 

「……対象の「速さ」に応じてスタンドエネネギーが増減する能力…かな。ちっとも謙虚じゃあない。上にも下にも立たずに同じラインで威張る。タチの悪いそれが、真実だな」

 

 ヤツの能力。相手の攻撃が速ければ速いほど、緑スタンドのエネルギーは同じ分増加する。相手に合わせてパワーもスピードもスタンドの大きさも変化する、本来は「絶対互角」の能力。そのため、単体では勝利は不可能。本体やその他のスタンドのサポートが必須なのだ。

 

「だからお前は他人無しでは力を発揮できない、だろ?僕が止まれば、再び元の無力となる。あとはゆっくりと押し潰せば良い………!」

 

『………大正解だ!この『ノトーリアスB・I・G(ビーアイジー)』の能力ッ!……しかしそこでッ!今の!この姿を見て!なんとも思わねぇのかッ!』

 

 レネートの推測通りならば、先程のようにノトーリアスB・I・Gは縮んでいくハズ。だというのに

 

「サイズが戻らない……?」

 

『ポルナレフと同じ立場だぜ!……俺の能力には少し…!ほんの!少しだけ「余韻」がある!オメーの速度がゼロになっても!俺は数秒だけなら最大エネルギーを維持出来るッ!どういう意味か!オメーなら分かるだろォッ!』

 

「!」

 

 レネート自身の影法師が実体となる。

 

『……お前も…再点火したな!』

 

 この戦闘に眠るヒントの中で、サイズに起因する何か。それは一つ、「影」である。彼は昔からIQが人並みを越え、いつも周囲とは思考がズレていた。だがそこから周囲と思考を合致させる事と同じで、その答えを導き出す事はレネートにとって造作もない。

 

 だからといってブラック・サバスに抗うのは難問だ。瞬きをしている間に其奴は影から全身を出し、レネートの首を掴み上げている。

 

『俺の影は海峡に掛かる橋!その橋をお前へ繋げてやったッ!あとは「ブラック・サバス」が!とことんオメーをぶっ殺す!』

 

 ノトーリアスB・I・Gが後退していたのは、空き地に落ちる影を踏むためでもあったのだ。

 

「………お前の欠点は油断が過ぎる事だな。忘れたのか?……スタンドには各々能力がある」

 

 呼吸さえ難儀なパワーに首を把持されているというのに、レネートは無抵抗のまま、縮んで消えたノトーリアスに向かい流暢に話し出す。足下で、ステップ・アウトの掌が地面にへばりついている。

 

『与えよう!「向かうべき2つの道」を!』

 

「…問題はこの「矢」…一般人が喰らえば「死ぬ」か「スタンドの発現」かの二択…だとしても!スタンド使いが喰らったらどうなる……!?こればかりは並の知識じゃあ推測出来ないッ……!」

 

『ひとつは!「選ばれるべき者」への道!』

 

 ポルナレフの時と同様、大きく開かれた深淵から矢が顔を覗かせる。黄金に煌めく矢は、未だ細かい解明の出来ていない未知の存在。刺されたらどうなるのか、どんな可能性を秘めていても奇異ではない。

 

「……やむを得ないッ!『ステップ・アウト』!」

 

 レネートは自分をステップ・アウトの2つの拳で殴り飛ばす。唐突に自身の胸を容赦なく殴り抜けたことで、無理矢理ではあるが難を逃れることができた。

 

 これは逃亡ではなく戦略的撤退。全身を風を切っている間にも、彼の頭脳はフル稼働している。一手二手先どころではない、何十手先をも読み動く。相手が2体いるとしても、その頭脳を使い再起不能へと導かなければいいだけの話。

 

「……ガハッ………!」

 

 低空飛行しながらレネートは血を吐き、肋骨が折れたと察する。そのせいか風を受けるだけで鈍痛が生じてしまう。

 

 命を賭けた戦いに休憩は無い。

 不運なことに脱出さえ予測され、ノトーリアスB・I・Gは既に彼の背中を睨んでいた。

 

『ボケがァッ!オメーが動けばどうなるかッ!!分かってるだろォォーがよォオ!!!』

 

 彼が吹っ飛ぶ事によりパワーを得たノトーリアスB・I・Gは背後で拳を振りかざしている、ガードは間に合わない。完全互角の能力といえども、こちらが対抗しなければただ攻撃を食らうだけ。

 

「『ステップ・アウト』は「ダメージ転移能力」……触れさえすれば犬の糞でもドブでも……そして「自分の体」でも!移すことができるッ!」

 

 1つの拳がレネートの首筋に触れただけで、そこから多量の血が間欠泉の如く噴き出す。血液は後方にも噴出し、真紅のカーテンを作り出した。

 能力を使い、胸への拳2つ分のダメージを、首に一点集中で「転移」させたのだ。激痛はやがて消えるという確約の下、ひたすら耐える。

 

『血で前が見えねぇ!…クソッ!……これじゃあ!テメーが!「目の前」にいる事しか分からねぇじゃあねぇかよォォオー-ー!!!』

 

 華麗なキック。それは併せて血の膜を薙ぎ払い、ノトーリアスの眼前に3つの情報を提示した。1つは高く再跳躍するレネート、2つは点火されたライターを握るステップ・アウトの拳、そして3つはまったくの予想外ッ!それに尽きる。

 

 ──お前も……「再点火」を見たな!

 

 今にも掴みかかる『ブラック・サバス』を、避ける隙は無い。

 

『なッ……!何イイイイイイイ!!!』

 

 首が圧倒的パワーで捕らえられ、ノトーリアスB・I・Gの力では振り解けない。さながら大蛇に飲み込まれる小動物のよう。

 ブラック・サバスに大したスピードは無い。しかも突然敵と見做された理由が把握できなかった。元から味方でもなかったが、倒すべき敵は同じだったハズ。

 宙から見下すレネートの視線が更に苦しめる。

 

「………僕がブラック・サバスに掴まれている間、縮んだお前が油売ってるとは思えない。……お前のちっぽけな脳は「背後に回って殺す」と考えた……「ライターの回収」を後回しにしてな……代わりに僕が…ライターを貰って点火した」

 

『……はッ!…『ブラック・サバス』は!オメーの影の中に……!スデに潜んでいたのかッ!』

 

「そう。そいつは「再点火を見た者」かつ「影を踏んだ者」に襲いかかる。目を瞑っていたのかは知らんが……お前は攻撃の対象外だった。だから、点火を見せて……「同類」になってもらったよ…」

 

『………そうか……クソ!……自分の影で橋渡しを…!そして今ッ!!……影を踏んでいるのはこの……!『ノトーリアスB・I・G』だけッ!!』

 

「……似た者同士……消えてみせろ」

 

 偶然か、ポルナレフもレネートも敵にライターを取らせる時間を与えなかった。

 吹っ飛んでいる際は影はあれども宙に浮いているため、ブラック・サバスがレネートに手を出すことは能力上不可能。次に浮いたままの彼の影とノトーリアスB・I・Gの影を接触させれば、予め彼の影に潜行していたブラック・サバスは、先に自分の影を踏んでいるノトーリアスB・I・Gを襲うという計画だ。

 

 レネートはやっと接地し、2体のスタンドがイチャついている時間で手っ取り早く距離をとる。彼の一連の行動はある程度の速度を伴っているため、ノトーリアスB・I・Gのエネルギーは依然大きいまま。

 

「当分縮む事は無いだろう…それが十分な影を作りアダとなる。……あとはノトーリアスが攻め殺されれば、自動的に共倒れ……」

 

 幸い奴らは日光の射す広場の中心にいる。そのためノトーリアスB・I・Gが消えれば影も消え、行き場の無くなったブラック・サバスも消える。にしても人手が足りないのか本体の人望が無いのかは知らないが、自動操縦型の不便なスタンドを味方にする事が既に間違っていたのだ。だからノトーリアスB・I・Gは敗北した。

 レネートはあまり嬉しくはなかった。この戦闘は彼にとっては「過程」、なくてはならないものではあるが無くても気づかれないのだから。

 

『………チャンスをやろう!』

 

『WOOOOGGGGGYYOOOHHHHッ!GGYYYYYYYAAAAHHHHッ!』

 

『「向かうべき2つの道」をッ!!!』

 

 締め付けられる首から捻り出された断末魔は言葉にあらず、無様でしかなかった。

 

 

 *

 

 

 とある空き家の一室。

 もう日は暮れ、月の光が窓から射し込む。

 

羊飼いの歌(カント・ア・テノーレ)でも歌ってやりますか?………いや、2人じゃあ退屈か………って冗談は置いといて………やっと起きたみたいです」

 

 屈んで見つめるレネートは、新品の高級車のように無傷で爽やかだ。一方でポルナレフは腕を組み威圧している。

 ポルナレフには、2体のスタンドは自動操縦型の制約で、見えなかったが多分勝手に消えたと伝えておいた。まだレネートが非スタンド使いであり、ただの一般人という事になっているためだ。窮屈かもしれないが、信頼のためなら安いもの。

 

「……………」

 

 遠隔操作型スタンド「ノトーリアスB・I・G」の使い手、カルネは驚きの余り声も出ない。いや、声が出ないのは性格のせいだ。

 座り込む膨れた体。デブというよりは、まるで全身腫れ上がったかのような体型をしている。顔は厚化粧をしたマスコットキャラクターのようで、デッキブラシに似た髪にバンダナを巻いている。

 

「やけに寡黙なヤローだな。スタンドはあんなに喋ってたのによォー。ハッタリかましやがって、情けねーぜ」

 

「……戻ってきた時に、ポルナレフさんが気絶していたのには…驚きましたけどね」

 

「あっ、あれは寝てただけだ!疲れてたんだ!」

 

「………まあそれはいいです…こいつはどうしましょう?ドゥーノみたく死なれちゃあ困りますし」

 

 起きてそうそうスタンド使い2人が目の前にいる。冷静に考えなくても、勝てないことは明確だ。それに自殺するにも、カルネのスタンドではパワーが足りなさすぎる。

 

「もし口のきけない奴でも、文字くらいは書ける……いや、書いてもらわねーと困るな。さあ答えるんだ、ボスの情報をッ!」

 

 言い終わりと同時に、その無慈悲な一発は不意に訪れた。次なる宣戦布告ではない、戦闘継続の狼煙。

 カルネの頭を斜め横から銃弾が貫いた。突然の連続。バランスを崩したテディベアのように彼は倒れ、血の池が広がる。

 

「!」

 

 彼らに助っ人を呼んだ記憶は無い。ドゥーノの時とはまた違い、今度は組織の人間が同じ組織の人間を射殺したのだ。残忍、非道、そんな者共が蔓延るパッショーネは存在すらしてはいけない。

 弾痕は山吹色の電撃のようなものを帯び、窓ガラスは割れている。ポルナレフは身を隠し、裏の世界はなんて銃の好きな世界なんだと思った。もはや家ごと蜂の巣にされてもおかしくない。

 

「情報が漏れそうになったら即殺害……まったく、組織らしいですね」

 

 レネートは昂然と窓の前に立つ。

 

「オイ!頭を隠せレネート!!」

 

「……大丈夫ですよ、信じてください…僕を」

 

 角度的に見れば外れにある丘から狙撃したのだろう、そこからであればレネートの頭は正確には狙えない。加えて堂々と窓の前に立つことで、勝てる自信があること、スタンド使いであることを会話が無くても相手に警戒させる事が出来る。

 何故そんなことをするか?いくら撃たれようとも、即死しなければ『ステップ・アウト』の能力でダメージを消せるからだ。無論、ポルナレフは知らない。

 

「…狙撃………まさかな…」

 

 数年前の記憶にマッチするものがある。先の戦闘の会話も踏まえれば、そうとしか思えない。信じたくはないが、事実としか考えられない。

 

 

 丘の上、背丈に見合わぬスナイパーライフルを持った少女が風を受けて立っている。

 妙に刺々しいの灰色のロングヘア。淡い緑色の瞳に、凜とした顔立ちはレネートを見つめている。肩より上と腹を露出させた際どい衣装。一流モデルのようにスリムな体型が、貧しい胸を補っている。そして禍禍しく控えめの装飾が付いた両刃の「刀」が腰には差されている。

 

「あれれ?もう一発かな?うーん……発動させたいんだけどなぁ、カルネの『ノトーリアスB・I・G』の真の能力……ま、レネートいるし後でいっか!」

 

 流行りの歌を口ずさみ、上着を羽織りながら陽気に去っていく。月に向かって歩いていく後ろ姿に、人を殺した罪悪感など微塵も感じない。

 

「これでやっと「僕」の任務!……はまだまだ続いちゃうのかぁ……もー、こっちの苦労も考えてほしいよ。ボスの分からず屋!」

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 

【挿絵表示】


手はトレース(小声)


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パッショーネ1992

 
 
ここから説明パートが続きます。
カラー設定はアニメ基準。


 

 

 

 

 水の都、ヴィネツィア。最盛と衰退を経験したこの水上都市は「アドリア海の女王」の別名を持ち、近年世界遺産に登録されるなど、風光明媚な観光地として知られる。しかしこの地にも、万人が感じる暗影はある。その代表とも呼べる建物は見窄らしい外観で、空き家と言われても文句は言えない。観光とは疎遠なこの建物は常に恐怖心を煽り、出入りを許される者は数少ない。

 

 左右対称に黒いソファとテーブルだけが揃えられた薄暗い一室。札束がゴミのように投げ捨てられており、乱雑に宝石類や高級ブランドの品々がテーブルに置かれている。窓は無く、3人の男達がそれぞれソファに座っている。

 端のソファには、パソコンに似たコンピュータを抱え、左目のみ露出させたアイマスクを付けている薄紫髪の少年が、無言で席に着いていた。

 

「「リゾット・ネエロ」…1974年生まれの18歳……シシリー出身………ワイン、飲めるかい?…今日はトスカーナ産のものがあるんだけどね」

 

 奥にいる男の名はモルテ。濡羽色のコートに四つのベルトを巻いており、黒革の手袋が二の腕まで被さっている。全身真っ黒ながらも髪は赤く肌は雪のように白い。手には背中に綺麗な穴の空いた一匹のカメを抱えている。

 

 彼は手に持っていたワイングラスの底と何気なく睨み合い、とても温厚な口調で喋った。彼は誰とも視線を交わそうとしない、会話しながら意識がどこかに飛んでいるのかと疑うほどに。

 

「いや……結構だ」

 

 入り口側のリゾットという名の彼はフード付きの上着のみを羽織り、白黒の横縞の入ったズボンを履いている。白い髪を伸ばした、黒目が赤く白目が黒い若者。

 彼のシシリー弁はバッチリ矯正され、一般的なイタリア語を話している。だがこの場所にいる以上、それを律儀や真面目とは言い難い。

 

「……失礼。では一つ問おうか……この組織……我が「暗殺者チーム」に入るにあたりとても大切な質問だ……「この世に最も必要なもの」は何だと思う?リゾット君……」

 

 言い終わる寸前に手から離したワイングラスはドロドロと融解し、生命を持たずとも蛇行しながら変形を始める。その現象が何なのかは、互いが理解している。嘗てグラスだったモノは精巧な剣士のガラス細工に形成され、机にコツンと音を立て置かれた。他にも多様なガラス細工達がズラリと並んでおり、それらはチェスの駒であった。

 

「……安心感、だろうか…」

 

 不可思議な質問に戸惑わず、リゾットはポーカーフェイスをする。動揺など1ミリも感じさせない、彼は落ち着いている。

 まだリゾットの読み取ったモルテの思考はあやふやで、重い空気が支配人となって雰囲気をどんどん暗くしている。常人には解しがたいこの状況、彼は内心驚いていた。暗殺者ではなく異常者の集いではないか、と。

 

「悪くない答えだ………始めに言っておこう…私は参謀でありリーダーである故、常日頃から自覚と誇りを持って行動している………私たち暗殺チームは「人類の敵」だ。スタンド使いばかりの組織で、誰でも可能な「人殺し」をあえて専門としているのだからね……」

 

 パッショーネに設立当初から設置された、要人殺害を専門とした暗殺者チーム。そのリーダーであるこのモルテは、自らを悪と呼称するほど達観している。

 暗殺者チームは麻薬チームや賭博管理チームのようにチームの直接的な収入源となることはないが、少数精鋭でありながらも仕事が早く、ミスは一度としてない。そしてとある事情も相まってボスからの信頼は厚く、チーム1人の報酬は平団員でも並の幹部に値する。現時点では……

 

 何故かモルテは冬のナマズのように黙りこくっているので、ふとリゾットは薄紫髪の少年を横目で見る。

 すると偶然か、それとも彼にずっと見られていたのか、目が合った。依然としてコンピュータを膝の上に置き沈黙を貫いているが、顔を見る限り年齢は14~16歳程で、ただの常識人に思える。人殺しにはない奇妙な物静かさは、モルテのクレイジー具合を打ち消している。皆目心情の読めない集団だと、リゾットは呆れかけていた。

 

「……おっと失礼、私の答えは「悪」…うん、君は見た感じ菜食主義者でもなさそうだ……まずは覚えてほしい……個人という存在は、他の存在を「犠牲」にして成り立っている事をね………」

 

「………………」

 

「そして人の行動の原動力は「私欲」だ。他人からすれば「迷惑」……それを悪と呼ぶか必然と呼ぶかは人それぞれだが………人は己のために他者を救い、愛し、生きている。この組織においてそれは「要」となる……覚えておくと良い」

 

 モルテは片手でカメを撫で回し、パッショーネの黄金のバッジを親指で弾く。それを追うリゾットの大人びた眼差しは木で鼻を括っているようだ。バッジはテーブルに音を立てて落下し、その周りをガラスの駒達がレールの上を走るようにグルグルと回り始めた。

 

「車の免許は持ってるかな?もし持ってなかったらナポリにでも行って偽造してくれ。どうも私は運転が苦手でね……」

 

「……………さっさと本題に入れ…」

 

 その返答を鼻で笑い、遂に顔を見合わせる。

 7日間睡眠をとっていないような生気の感じない顔に、リゾットはちょっとばかり恐怖した。人々が言う猟奇的殺人犯などという言葉では表せぬ、柔らかい表情。

 

「………君へ課す「入団試験」は「怨敵の殺害」……判定と追跡はそこにいる「メローネ」がやってくれる………ただ、それだけだ」

 

 モルティッノ・ラッファダーリ。通称モルテ。彼は1986年に現在のボスと出会い、共にパッショーネを創りあげた創始者の1人である。

 

 

 *

 

 

 これで何度目か、彼女はレネートを遠目で見つめながら爪を噛む。手に持つ電話は繋がったままで、何者かの声が漏れ出している。

 

「レネート…………あぁ……レネート…!」 

 

 海岸沿いの岩場に座る1人の少女。

 彼女の足下からは絶え間なく山吹色の電流が放たれ、海面は激しく波紋を広げ、波打っている。岩に立てかけられた刀は、彼女のエネルギーが止まるまで水飛沫を浴びることだろう。それが一体何のエネルギーなのかは彼女自身、見当もつかない。

 

『オイ!聞いているのかピラウ!』

 

「……ハイハイ………ごめんねドッピオ」

 

 ヴィネガー・ドッピオ、それが電話の相手。彼の怒鳴り声は幼く、ピラウという名の少女は気怠く返事をする。

 

 ドッピオの正体を、彼女は知っている。

 彼自体は組織のごく一部の者だけが存在を認知し、若くしてボスに信頼されている参謀であるが、それだけではない。彼女が人に「その事」を訊ねたわけでも見たわけでも無く、ただ「同じ」だからこそ、彼がボスにとっての「何なのか」を自然的に分かっていた。

 共通の何かを持つことは力を持つということ。ドッピオの存在はピラウにとって、安心感という大きな力を与えてくれる指揮者の代理なのだ。

 

『お前は数少ないボスが認めたスタンド使いだ!裏切り者のことなど考えるな!』

 

「……数少ないって…3人しかいないじゃない」

 

『…………親衛隊の立案者であるお前に、ボスは強い信頼感を抱いている……お前は「親衛隊隊長」として十分な成果を上げているし、信頼度はもしかしたら僕と同等かもしれない』

 

「………………ふーん……」

 

 素っ気ない態度ながらも、内心は嬉しかった。それほど嬉しくなかった。二者の感情が交差し、次いで三者目の感情はどうでもいい、だった。

 

 ボス直属部隊である親衛隊。正体不明のボスへの忠誠心と高い戦闘能力が無ければ、門すら拝めない少数精鋭部隊だ。発足が4年前のため人数はごく僅かで、ボスからの直接命令でないと召集にすら応じない者もいる。少女はまだ未成年でありながら、親衛隊隊長を任されているのだ。全ては、自分を救ってくれた恩を返すために。

 

「でも、信頼だけじゃあ話にならない。「未来」のためにも、戦力増強してくれない?……いっつも人員が枯れかけてる」

 

『親衛隊の加入者はボスが直接見定めしている、文句は無しだ。つい最近「スクアーロ」という男が入っただろう、そいつを使え』

 

「………彼の能力、地味なのよね。もっとこう…ローマを丸ごと壊せるような……そう、ド派手な能力がウチらには足りないの」

 

『全く……まあ、他ならぬお前からの要求だ……ボスには伝えておこう』

 

 電話の向こう側にいる彼は、彼女の能力に一目置いている。彼女の歪んだ人生が生み出した能力は、誰にも破れない。おそらくボスでさえ苦戦を強いられるほどに、敵に回せば空恐ろしい人材。

 死にたくないという彼女の意志が創った、絶対不死の能力。『ヴァーチャル・インサニティ』は「彼女ら」によって使い方が異なり、まさに無敵という言葉に相応しい能力。ただ剣を振るうだけの男など、雑魚ですら無い。加えて、「彼女ら」にはそれぞれの戦法と武器がある。

 

 都市を破壊できる逸材。ドッピオはそれを頭に留め、ボスからの指令を彼女へ伝達する。

 

『ピラウよ、J・P・ポルナレフとレネート・ダフトパンクを迎え撃ち親衛隊の尊厳を示せ!生死は問わないとの命令だ!ボス自らの!』

 

 




 
リゾットって1974年生まれで2001年で28歳なんですよね。ド低脳な私にはこれがよく分からない。
アニメでリゾットの回想をやらないと信じる。


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悪魔の名前

 
 
難しい(切実)。長文&こじつけ注意。
ジブンデモヨクワカラナイ


 

 

 

 

 2人は村の最果てとも言える、エメラルド海岸に来ている。ターコイズブルーの透き通った水、峻険たる岩場、風に揺れる草花、全てが調和し空間は彩られる。サルディニアの海岸線はヨーロッパ中から人が訪れる有名観光地であるが、ここばかりは違う。近場には尖った屋根の教会があり、整備されていない砂浜には波が押し寄せる。

 この開墾すら難しい土地は紀元前から多くの者に支配され、搾取されるだけであった。やがてその念が土に染みついたのか、この場所で生まれた民は気高き反逆心と勇猛心を持ち合わせ、誇りとしているのだ。

 

 

 この村では、ボスの尻尾は見えもしない。この砂浜にでも手がかりが埋もれていれば嬉しいのだが。

 

「……あと一時間弱で正午ですが、先にランチにしますか?村を出て少し車を走らせた所に街があります。サルディニア産マグロを使ったボッタルガのパスタなんかオススメですよ」

 

「腹減ったし…ここら済ませたら、食べにいくかァー…………てかレネートよ、火事の後初めて来たって感じだが。まさか6年間、ここに来なかったのか?」

 

 軽率な問掛け。4秒間の沈黙。

 レネートは組織に目を付けられ、ドゥーノがいたために、1人ではサルディニアに降り立つことが出来なかった。だがポルナレフとSPW財団という強力な後ろ盾がある今は違う。ただし、利用ではない。彼はれっきとした仲間だ。それを心の中で何度も復唱し、言い聞かせることで前回のような失敗を防止しているのだ。

 

 ええ、と小声で言ってみると、予想通りポルナレフは素っ頓狂な顔をする。

 

「それより、あっちを」

 

 話題を受け流すように、レネートはポルナレフの背後に人差し指を向ける。その先には頭の禿げ上がった温厚そうな老人が、驚いた表情で立っていた。若さを一度として感じさせない足取りで、神を拝むかの如き老人は手を伸ばす。

 

 ポルナレフが一歩踏み出し攻撃を仕掛けようとするも、レネートが二歩踏み出して静止させた。

 

「レネート……?やっぱりレネートなのか!?」

 

「………ボニッチさん?」

 

 長く蓄えた白髭を揺らし、老人とレネートは目を合わせる。睨むというより、親密な間柄での感動的な眼差しといったところだ。

 

「……誰だ?知り合いか?」

 

「まだ、ポルナレフさんには話してませんでしたね。彼はチェズアレ・ボニッチ……僕と妹の面倒をよく見てくれて、母が死ぬ前からお世話になってた方です」

 

 ボニッチは弱気な足取りで歩き、無愛想なレネートを血管の浮き出た腕で抱いた。

 

「…婆さんがお前を見たって冗談にならない事言うもんだから来てみたら……よかったよ………この村を出てからずっと帰ってこないから、ワシらは心配したんだ。大火事のときも、手紙一つ寄越さなかったじゃあないか…」

 

「ごめん、仕事が忙しくって…さ」

 

「てっきりお前の身に何かあったのかと皆心配してるよ……婆さんと、皆と顔合わせてはくれんだろうか…」

 

「…………」

 

 きっと感動の再会だろう。ポルナレフに放つ言葉は無く、冷涼な海風を頬で受ける。水平線を瞳に投影し、ふと自分の親のことを思い浮かべた。

 とても優しく、それでいて厳しく面白く、決して完璧では無かったものの、自分とシェリーに等しく愛情を注いでくれた良き両親だった。エジプトでの一件後は、長い間帰郷できなかったこともあって1年おきに故郷へ帰り顔を見せている。

 

「今は……無理なんだ。訳を話すことはできないけど、迷惑をかけたくないんだ……」

 

 気無性な答えにも動じず、ボニッチは腕を解いて顔を見た。

 

「…お前は昔から他人の事から考える子だった……そう言うと思って、「これ」を持ってきた…」

 

「これは?」

 

「ミシェルの遺品と言っちゃあなんだが……焼け跡からはこれだけが見つかった……あれから6年か」

 

 ボニッチから渡された物は乾燥していて、かつ焦げていて茶色に染まっている。正方形に畳まれている事以外は小汚く、斑点状に残った素のホワイトが、妹の純粋な笑顔を思い出させる。実妹の香りや面影を感じられはしない。何も感じない、ただの焼け焦げたワンピース。質感を手肌で確かめてみても、ザラザラとしているだけ。レネートのろう細工のような目は、ほぼ無心だった。

 

 ミシェルのワンピースだ、彼はすぐにそうだと分かった。それでも彼に感嘆の涙は無く、泣くような素振りも気配も見せない。ここまで来れる家族愛を持つならば薄情者ではないが、彼には優先すべきことがあった。

 

「ミシェルの物は……これぐらいしか残っていない。こんなに焼けていては、警察も手すらつけんかった……」

 

 レネートが知る限り、サルディニアの警察は犯人特定には至らなかった。というより、突然捜査を中断したようだった。そのため、触れられてすらいない証拠品は数知れない。考えられてすらいない謎も数知れない。彼が納得いかない点はそこにある。

 

「…いらないのなら捨ててもいい……しかし、出来るのなら、ミシェルの墓にお前自身で供えてほしい……あの子も喜ぶはずだ…」

 

「……ありがとう」

 

 彼らは再び抱擁し合う。その隙に、ポルナレフとボニッチの死角の位置でレネートは自身のスタンド『ステップ・アウト』を発動させた。

 ワンピースの焦げ跡を自身へ転移させる。彼のスタンドは、他の物質から自分へ、及び自分から他の物質へとダメージを転移させる能力。それを使えば、数億年前の物質でも傷を消すことで元の姿に戻せる。無論、妹の味わったであろう紅蓮の業火は、自身の肉体へとそのまま移る。

 

「………ッ…!!!」

 

「?……どうしたんだ」

 

「何でも……ないよ、本当にありがとう……」

 

 針で深く深く刺されたような痛みが、全身を貫く。これが我が妹を焼き殺した痛み。もう永遠に蘇らない時間を、6年の時を経て体験できた気がした。すぐさま足下の岩にダメージを移し込み、鉄に熱処理を施すように灼熱は体から消える。

 

 能力を使った理由としては、損の無い低確率を試しただけ。2月14日に机や下駄箱を覗き込むような、デメリットの存在しないことをした。これはノーリスクハイリターン、成功すればレネートの旅は終わる。

 

 ボニッチは去り、2人は佇む。

 

「キレイなワンピースじゃあねーか。妹さんのなら……大切にしてやれよ」

 

「言われなくても、形見…ですからね……」

 

 ポルナレフは元の焦茶色だったワンピースを見ていない、スタンドも見ていない、ここまではクリア。

 自然な演技で、元の姿に戻ったワンピースから証拠を探し出す。といっても、妹は単なる一人の田舎娘。証拠がある確率なんて何万分の…………

 

「…………!」

 

 ピンク色の長髪が1本。それはツヤを放ち、探る手に絡まっていた。ミシェルの髪色は藍、すなわちこの長髪は赤の他人のもの。更にもう二つ、ワンピースが縫い目に沿って大きく裂けている事と、胸部にべっとりと血が付着している。

 奇跡だと、レネートは心から思った。どれほどの徳を積めばこれほど望み通りに事が進み、証拠が出揃うのか。そんな思考は喜びで覆い隠された。

 

 妹は几帳面だったし、ワンピースをとても大切にしていた。なぜならレネートがプレゼントしたものだから。焼け傷のみに限定してダメージを消した事もあり、この裂け傷は火災時についたものだと分かる。

 血液は胸部にあることや飛散の仕方から考えれば、妹が何らかの理由で吐血したに違いない。妹に持病など無いので、これも火災時のものだろう。

 

 つまりは「放火犯が犯行の目撃者である妹を襲い、殺害した」。

 

 都合が良すぎる?そうかもしれない。

 レネートは肥溜めのドブネズミでさえも、もし真相解明に繋がるのなら死に物狂いで捕まえる。未確認生物が妹を殺したというのなら、全身全霊をもって探し出す。半歩だけでも真実に近づける可能性があるのなら徹底的にやる。それが彼だ。

 

 ボスは足跡を全く残さないほど慎重な性格をしている。関係の無い村に放火するほどヤンチャなハズがない……加えて親衛隊連中の襲撃。この村にボスの情報があるのは確か……そして1986年の火災とパッショーネの出現……十中八九、犯人は村の関係者に違いない。

 最後にピンク色の髪の毛……自分の記憶の中で、以上の推理に当てはまるのは一人だけ。

 

 

「奴が……あの「どんくさいあいつ」が……?そうか………考えられる事はそれ「1つ」…!」

 

「?………どうした…」

 

「分かったんですよ……!奴と親しくはありませんが…………信じられません……全ての犯人は……!」

 

「………な、嘘だろ!?さっきから黙りこくってると思ったら……」

 

 ポルナレフは思わず息を飲む。

 敵が居たことから、組織のボスと村を焼き払った犯人に関連性がある可能性は極めて高い。それも戦闘による怪我の功名というものだ。

 レネートのことは信用している。情報収集能力は記者をやっていたこともあって、SPW財団に引けを取らない程だ。妹の死因の真相を暴くという意志には、ポルナレフにも止められない面さえある。ドラマを見ているのかと思えるほどの推理力があり、ハズレは無い。ここまで来られたのも、仲間である彼のおかげなのは間違いない。

 

「奴の名は「ディアボロ」ッ!!!」

 

「…ディアボロ……!?」

 

 人名とは思えぬ響き。イタリア語で「悪魔」という意味だが、自分の子供に悪魔などという名を付ける親がどこにいるだろうか。というより、法的にそう名付ける事は可能なのか。

 

「…………確か厄払いの意味で命名したと言っていたような……記憶が曖昧で顔が思い出せない……」

 

「いやレネート、その必要はねーぜ!名前だけで十分だ!さっさとSPW財団に捜査してもらおう!」

 

 DIOに続く第二の邪悪の正体、それを一刻でも早く口伝してやる。今まではイタリア全土に侵食しスタンド使いを使役するパッショーネの調査は、その危険性故にポルナレフ達が行っていた。だが名前と出身さえ分かれば財団のデータベースから特定することは容易である。遂に辿り着いたのだ。

 彼らは次に進む。数年間妹の仇を捜し回った昔とは違って、これほど早く解決できるとは思いもよらなかった。ポルナレフは満面の笑みで歓喜を体現する。

 

 レネートだけは二の足を踏んだ。靴に入り込んだ砂に異物感を覚え、足を軽く上げる。

 

「どうしたレネート、嬉しすぎるか?」

 

「…………」

 

 彼は寡黙、眉間にシワを寄せている。

 

「………ポルナレフさん…!」

 

 レネートは、違和感の正体に気づく。SPW財団に頼んでも意味を成さない理由が発覚することは、そう難しくはなかった。彼はコマ送り動画みたいに書類を取り出しながら、瞬きを忘れる。一枚一枚を謹少慎微にめくり、視線だけを機敏に走らせる。「それ」を発見すると、絶望の推理が真実であったと落胆した。

 

 レネートにとっての第一目的は妹の死亡原因の真相を暴くこと。ポルナレフの第一目的は故郷を蝕む組織の崩壊、ボスの正体を突き止めることも含まれる。

 レネートにとってディアボロが火災の真犯人であるとわかった以上、もうポルナレフと協力する必要は皆無。それはポルナレフも承諾するだろう。しかし今、彼は落胆した。自分にとって関係ないかもしれないポルナレフの目的達成が遠ざかってしまうことに、無意識の内に酷く落ち込んだのだ。彼自身も、後々気づく事。

 

 普通の人間とは違い、彼にとって仲間意識とは本能に近い。人の原動力は必ず自身の欲望であるが、彼の原動力は自分の欲望であり仲間の欲望。優先順位はあるにしろ、彼は人類の枠組みから外れた例外なのだ。

 

「………やはり元から変だったんだッ!奴が……ディアボロがボスなワケない!僕の推測では無い……事実が証拠になっているッ!」

 

「?……何を言って…」

 

「…火災の死亡者リストを……見てください。すぐに分かるでしょう」

 

 ポルナレフはレネートからリストを手渡され、疑問符を頭に浮かべながら目を通す。「その名」は一瞬で視界に飛び込んできた。正体が判明したという希望から故郷を救えなくなるという絶望へと、その高低差は計り知れない。

 

「何だってッ………!」

 

 ミシェルや他の名と並び、ディアボロの五文字は記されていた。

 

「何故ここに…ディアボロの名前があるんだ……!?つまりはもう……ディアボロは!火災で死んでいるだとォッ!!!」

 

 ディアボロという名は、既に死者の一人となっていた。もうこの世には存在しないのだ。

 死人に口無し。死んでいる者が生き返って組織を動かしているというのは、考えすぎにも程があるだろう。組織のトップを捜す旅は再びスタートラインに戻ってしまったのか。

 

「………クソッ、振り出しか」

 

「……………」

 

 見当もつかない未知の相手。巡ってきたチャンスはまた消え果ててしまい、2人のエネルギーも消えかけている。もしかしたらボスは整形をして、名前も戸籍も変えて遠い田舎国に渡り指示を出しているのかもしれない。復讐や出し抜くことを企てている相手に対し常に対策を講じているのかもしれない。そんな思考が脳裏をよぎる。そんなことを考えたら日が暮れてしまう。だがそれは現実味を帯びていると言っても過言ではないだろう。数億本の針の穴から、1つの歪んだ穴を探して糸を通す事に、自分の望む結果は待っているのだろうか。

 

 どうすればいい?そう心に問いかける。

 6年間、真実のために東奔西走した。今までもこれからも、死ぬまで真実を追い求めるだろう。

 

 希望の思考が駆け巡った。結局は全部推測で創られているのだ。

 

「…………いいえ……まだ…まだ終わったワケじゃあない!……この世には100%も0%も存在しない……全ては「賭け」ッ!調べ尽くさなければ気が済まないッ!」

 

 いつか見た月光のように美しい気高さ。だがそれは悪を倒し、勇気と覚悟を持って人々を救う黄金の精神ではない。自分と仲間のためなら誰であろうと払い退け、必要ならばその仲間さえ殺す。歪んだ本能。

 

「ボスはあらゆる過去を消して生きる人間です……水が零度で凍り、百度で沸騰し始めるような…「自分は予てより死んでいる」という事実を!創り出していないハズがない!……しかしいくらSPW財団でも、死人が生きているという証拠を探すことは困難。ましてやボスの証拠を……!だからこそあと少し、もう少しの情報が要る!」

 

「…………名前以外になんの情報がある?今の住所や表の職業がどう分かる?……」

 

「……無論、「今の情報」は無いですが「過去の情報」ならある」

 

「それはねーな。自分を死人に仕立てるような人間だ、過去の情報を抹消しない理由が無い。しかも、過去の情報から今のディアボロに繋げる事だって1つの壁だ」

 

「いいですかポルナレフさん……ディアボロ(イコール)ボスという事を前提にして話します………まずディアボロは赤ん坊の頃からサルディニアに居た……それは真実です」

 

「……何を言って…」

 

「……次に僕の推測通りに、1986年のあの日……!一気に!長い時間をかけてではなく一気に!()()()()()()()()()()()()()()()のなら………1つだけ「例外」が存在するッ!」

 

 僕の記憶が正しいのなら、ディアボロはサルディニアから外に出ることは全く無かった。外界に自身の情報を出そうとしなかった。何故か?──それは赤ん坊の頃からサルディニアにいるのなら、サルディニア以外に自身の詳細な情報は無いため、存在処理が楽だからだ。

 つまり奴は!現在に繋がる過去の情報が、サルディニア以外に存在することなど深く考えていないため、1986年の火災以前にサルディニアの外に持ち出された情報であれば、現在も残っている。

 

「……1986年よりも前に引っ越して、火災を回避出来た友人が何かを持っているということか!」

 

「そうじゃあありません……そんな身近な人間だけなら、奴も思いつく………そこで!奴と接点が皆無かつ、ディアボロの写真を持つ者を……僕は知っている!僕だけが知っているんです!」

 

「……!」

 

「…実は数日前、「父」と連絡をとりました……「離婚の際に持って行った物品はちゃんとあるのか」……と。離婚した1983年……父は無作為に僕達兄妹の写真を持って行きました。その中には必ず「集合写真」もあります………そう、外に持ち出された「父の持つ写真」から……ディアボロが16歳の際の顔が分かる!」

 

「顔……!それはホントなんだろうなレネート!」

 

「問題はありません………僕達は必ず辿り着けますッ!父は今「ローマ」にいる!」

 

 幾つもの確証がありながらも、それら全てが1つの真実だけで吹き飛ばされる。その真実は、絡み付くように複雑なものではなく、途轍もなく根底的すぎる問題。違和感がある、諦念を受け入れる時ではない。

 

「行き先は「ローマ」ッ!行きましょう、後戻りは出来ませんッ!」

 

 サルディニアに来て約28時間。今度の目的地は古来より歴史を積み重ね、世界を見てきたローマ。「全ての道はローマに通ず」という諺があるほどに、中心を担っている場所。そして物事の終着点や目的は不思議と一致するという意味もある。

 いざ、曇天構える安住の地へと。

 

 

 

 





 とりあえずディアボロがボスという事が分かったことだけ理解してください。

ボスに辿り着く物語なのに肝心なところを疎かにするのはさすがにどうかと思うので、いつか改訂するかもです。多分。


隠者の紫の念写とSPW財団の調査はなるべく使わないスタンスでいきます。


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皇帝のホル・ホース

 
この回のためにこの作品をやってきたと言っても過言ではない。



 

 

 

 俺の名前はホル・ホース。言わずと知れた超一流のガンマンだ。新たな雇い主と女を探していたら、イタリアに行けば仕事が山ほどあるという話を耳にした。そんなこんなでイタリア美人と恋に落ちた俺は、彼女の家があるというサルディニアとかいう田舎島に来たのだが………女に暴力は振るわない、そのせいで散々な目にあっている。

 

 

 オルビア=コスタ・スメラルダ空港にて。

 

 壁面に吸いつけられたように座る筋骨隆々の肉体、まさに西部劇のガンマンのような背格好。時代遅れで場違いでもあるが誇りであるテンガロンハットが影を落とし、ダンディーな顔面はこっぴどく怯えていた。彼の名はホル・ホース。とある事情で逃走中である。

 この感覚、3年前にDIOという男の館に潜入した際の絶望的な憂虞に酷似している。まだ決して諦めていはいないが、神が諦めろと言っている気がする。

 

「ッ!」

 

 突然誰かの足が彼に突っ掛かる。追っ手ではないかと身震いを起こし、汗が頬を撫でる。

 

「なんだァ~?こんなところで座り込んで……」

 

「…あ……?」

 

 見上げてみると、反射的に体が跳び上がった。

 

「「あッ!!!」」

 

 やはりその特徴的な姿は世界に1人。ホル・ホースとは対照的な剣使いのポルナレフであった。互いが互いに驚き、意想外を体で表現する。

 

 ポルナレフ。鍛え上げられた巧みな剣捌きと最速のスタンドを持ち合わせており、剣に関して右に出る者は1人としていない。幾度となくホル・ホース相対した、因縁深い天敵だ。

 ホル・ホース。タロットカードの暗示を持つスタンド使いでありポルナレフの仇敵Jガイル、そしてトト神のボインゴとコンビを組み度重なる襲撃を仕掛けてきたしつこい男。ポルナレフは彼により何度も絶体絶命の崖っぷちに立たされている、もはや馴染み深く忘れる理由がない。

 

「テンメー!ホル・ホースッ!!」

 

 シルバー・チャリオッツの剣先を喉元に突き立てる。

 

「待て待て待て待てポルナレフッ!この俺にDIOへの忠誠心なんてカケラもねーぜ!」

 

「何ィ~~ッ?」

 

 スタンドも出さずに手を上げるホル・ホースを見て、半信半疑のままチャリオッツを引っ込める。

 

 彼は実力者ではあるが、昔から無理をしない男でもあった。忠誠心も執着心も無い、金で動く軽い男。周囲を少し見るに、相棒の姿も見えない。何時も2人組で行動する性から考えるに、言っていることは本心のようだ。

 

「誰ですか?その人は」

 

「……ホル・ホース、かつて俺たちを襲ったスタンド使いだ」

 

 ホル・ホースは物憂いそうに立ち上がり、ホコリを払う。起立することすら憚っているようだ。

 

 旧敵とイタリアで再会するとは思わなかったため、互い羞明に似た顔を浮かべる。旧敵同士、まだ信用ならないといった複雑な感情を視線で理解し、鏡合わせのような仕草を繰り返す。ホル・ホースとポルナレフは切っても切れない関係なのかもしれない。

 

 ホル・ホースは周りを見渡したのち、素早く物陰に身を寄せる。ハットを被り直し腕を組むも、怯えていることは2人に筒抜け。

 

「……こんな田舎に来るんじゃあなかったぜ。おかげでイカれた男達が絶えず追って来やがる………撒いても撒いても!チクショー」

 

「そんな格好してるからだろーが!」

 

「女に会いに来ただけだ!なのになんでこの俺が死にかけなきゃいけねぇーんだよォーッ!」

 

 人目を気にせずに声を上げる。世界中にガールフレンドをつくっているというホル・ホースには、三角関係を乗り切る能力があるのかと思い込んでいた。

 他の敵とは違い逃走に成功したというのもあるが、ホル・ホースはしぶとい男だ。ある意味、生への執着心が強いというか幸運というか。自分の有利な状況下でしか見栄を張らないというのも、相変わらずだ。

 

 一驚。閑散とした空港にそぐわぬ濁り声が響く。

 

「おい!いたぞあそこだ!!」

 

「ゲッ!」

 

 ゾロゾロと、十数名の厳ついギャング達が四方八方から駆け寄ってくる。ホル・ホースはその者共を見るや否や首を竦め、ポルナレフ達を盾にした。

 あからさまに裏の人間だ。関わりたくない他の客は道を開け、渦中の3人に注目が集まる。

 

「こうなったらもうお終いだ!おいポルナレフ!どうすりゃあいいんだよォォ~~!」

 

「やかましいッ!オメーの『皇帝(エンペラー)』で撃ち抜きゃあいいだろ!俺たちになすりつけるなッ!」

 

「それで解決ならここまで追われてねぇぜ!……いいか?腰抜かすなよポルナレフッ!……あいつらの中に何人かスタンド使いが混じってやがる!」

 

「スタンド使い!?テメー………まさかッ!」

 

 女絡みの問題で追われるホル・ホースに特段違和感はない。しかし複数のスタンド使いが連携した群体が関わってくるのなら、とてもタイムリーな問題だ。

 

「パッショーネの女に手ぇ出したな!しかもここまで追ってくるってことは……幹部の女かッ!?」

 

「パッショー…ネ……?ああ、そんな事言ってたな…あいつ……」

 

 呆然唖然、口が閉じることを放棄する。

望まぬ再会を果たしたホル・ホースが連れてきた災厄による被害は蜂の巣どころではない、塵一つ残るか怪しい。この西部のガンマンもどきのトラブルメーカーに、クリント・イーストウッドのような雰囲気はない。モノを知らない蒙昧者だと、レネートは解した。

 

 無関係の機微な事であってほしかった。空港で揉め事を起こすことはなるべく回避したい。ポルナレフとレネートは戦犯の阿呆面を拝みながら、鼓動を加速させる。

 

「考えたのですが……この人に人員を割いていたから、僕ら2人を追う組織の人間がほぼいなかった……ということでは?」

 

 ポルナレフはやっと汗を流し始める。

 彼の言うとおり、我々はボスの正体に近づこうとしているのだ。ここは組織の中心部ではないにせよ、もっと組織の手先が襲撃を仕掛けてくるものではないのか。

 

 ホル・ホースと2人が出会ってしまったということは、サルディニア中の組織の関係者が全て迫ってくるということ。もしホル・ホースを差し出したとしても、追う対象がポルナレフとレネートに移り変わるだけなので、結局は自分の首を絞めてしまう。そう、3人全員が察した。

 

「スゴく……スゴくまずい状況では……」

 

「おいクソったれガンマン……」

 

 こちらを睨むポルナレフのアイコンタクトは「俺たちはこの場から全速力で逃げるから、お前はできる限り長く奴らを引きつけろ」。そう言っている。

 

「勘弁してくれよォー!そんなの俺の役割じゃあねェッ!二枚目の優男だぜこのホル・ホースはよォーーー!!」

 

 そう叫ぶ合間にも、模範的な悪人面をしたギャング共が、マイケル・ジャクソンのミュージックビデオのように、足並み揃えて集まってくる。虚栄ではない、奴らの顔はホンモノの自信を持っている。勝利を確信している。

 組織の勢力の中心はネアポリス。サルディニアにいるのは組織の息がかかっただけの者だ。だからといって全員を再起不能にできたとしても、ボスの写真どころではなくなる。ローマ行きではなく警察署行きだ。

 

「そこまでだッ!!!!」

 

 鶴の一声が鳴り響き、静寂が駆ける。一瞬でその場の空気がピリつき、ギャング共は途端に顔を強張らせた。

 

 革靴を打ち鳴らし、2人の男が新たに見参する。一方は一般的なスーツ姿の、付き人である若いイタリア人。場を制した声の主は彼では無い。

 もう一方は老いも若さも感じさせない男。艶の良い長髪、彫りの深い彫刻のような顔立ち。ハットを深々と被り黒いスーツとコートを身につけ、一見紳士的な風貌にもとれるが、気魄で直感に訴えかけてくる。この男はギャングだ。

 

「…あ、あんたは!……なんでここにッ!」

 

 先程まで狩る側だった人間が肩を竦めるほどの男の貫禄。初対面のポルナレフ達も、畏怖とは程遠い威厳を間近で感じた。幹部の命により動いてるであろう男たちが静止するということは、幹部以上の地位に座するという証拠。だがボスではない、レネートの記憶に当てはまらない。

 

「……参謀…か…………いや」

 

 レネートはどこか怪訝そうな表情をする。

 

「…急用で来ただけだ。さっさと仕事に戻れ」

 

「は、はいッ!」

 

 蜘蛛の子を散らす勢いで、ギャング共は一目散に去っていく。軍事教育を施されたように臨機応変かつ俊敏な動きで、すぐに奴等の姿が見えなくなる。

 これで一件落着、というわけでもない。

 

「見知らぬ男よ……何故助けた、奴らは同業者じゃあねーのか」

 

 ギャングを追い払う謎のギャングに対し、ポルナレフは疑り深く問う。組織の実力者が直接始末しにきたのではないか、と疑う事は必然的な思考であるからだ。

 男は表情一つ変えず、堂々と答える。

 

「私はかつて「子供」に助けられた。幼い子供にだ………だから私も、君達を助けた……」

 

「そうか……恩に着る……俺の名はJ・P・ポルナレフだ、あんたの名を教えてくれないか」

 

「………名乗るほどの誉れではない……では」

 

 2人は振り向かずに颯爽と立ち去っていく。

 

「ヘイヘイ何だァー?あいつ。気取りやがって」

 

 脅威が去り気の抜けたホル・ホースの一言で、重苦しい閉鎖空間は開放される。数々の疑問が2人を襲う。

 

「パッショーネの人間だと思うか?……俺はギャング以外の有力者と睨んだぜ」

 

「……おそらく何処かの組織のドン………かと」

 

 調査はパッショーネに集中しているので、2人は他の組織の情報には疎い。調べればすぐにドンの顔など判明するだろうが、殆どのイタリアンマフィアはパッショーネと敵対しているため有力情報は何も得られないだろう。あの男はただの聖人君子、それ以外のことを深く考察しても損だ。

 

 チャーター便を手配してもらいたかったが、SPW財団との連絡がとれなかった。ということで普通にローマ行きの便に乗ろうとしたが、何故かことごとく席が埋まっているのだ。ポルナレフとレネートは組織の仕業だと確信している。このサルディニアからは一歩も外へ出させないという、無言の圧が伝わってくる。

 ならばティレニア海を渡るべし。組織の目の届かない辺境の漁師に、漁船を貸してもらえばなんとかなるだろう。

 

 

「ちょっと待ちな!」

 

 何年経っても五月蠅い男だ。

 ホル・ホースがこのままサルディニアにいてくれれば助かる。運の良いやつだから、なんやかんや生き延びるだろう。そんなことを頭に思い浮かべながら、2人は空港の外へ向かう。モタモタしている時間は無い。

 

 SPW財団との連絡はおろか承太郎やジョースターさんとの連絡すらとれないのが致命的だ。もし一大事があった場合には、救助や仲間が呼べないことになる。しかも顔写真を入手出来たとしても、連絡手段が無ければ意味を成さない。イタリアから脱出するか……組織に2人だけで立ち向かうか……

 

「俺をこのまま放置したら、お前らも命がいくつあっても足りねーぜ。俺のハジキはポルナレフ、オメーの知るように超一流だ、そこでどうだい?ここいらで共闘関係を結ぶってのも………」

 

 顔を上げると、2人の背が遠く彼方に見えていた。

 

「オ、オイッ!地中海に沈むのは御免だぜェッ!待ってくれ!頼むよォオーーー!!!」

 

 

 *

 

 

 再びヴェネツィアの暗殺チームアジトにて。

 モルテの姿は見えず、リゾットとメローネは微妙に相容れぬ感情で話し合う。 

 

「……その「コンピュータ」は何なんだ」

 

「!………君……まさか見えるのか?僕の『ベイビィ・フェイス』が」

 

「…?」

 

「なら、スタンドの素質はディ・モールト(非常に)良いぞ。期待の新人ってやつだな………何、先輩面はしないさ……モルテのチームに、書類上以外での上下関係は無い。第一、僕は君より年下だ」

 

 今までリゾットが見てきた威勢だけの大人達とは違い、メローネは冷静で物腰が柔らかい。彼の言う『ベイビィ・フェイス』という語に聞き覚えはないが、例のスタンドというヤツか、とリゾットは察した。

 

「……これ以上の「指示」は不必要、あとは『ベイビィ・フェイス』が標的を発見するのを待つんだ。今回のは追跡と会話しかできない、使い捨てのジュニアだ…いいか?実際に暗殺するのは君自身だ。それが、モルテの入団試験だからな」

 

「分かっている……それよりも、奴はどこにいる。いとこを殺した犯人はどこだ…」

 

「まあ落ち着けよ……む、『ベイビィ・フェイス』から連絡だ。何々……?「ローマの市街地にいる。美容院にいる」……だ、そうだ。行くか?入団試験はもう始まっているが…」

 

 コンピュータで誰かと会話をしている。リゾットはそれを十分理解していないが、スタンドを用いた追跡ならば情報は正しい信じている。

 

 彼の答えはどうなるか。「少し待ってくれ」といって逃げ出す者は多い。チームの情報が漏洩するのを防ぐためにもそういう愚者は殺すが、リゾットはそんなタマじゃあなさそうだ。

 

「行くに決まっている……今すぐに、だ」

 

「ブラヴィッシモ(とても良い)。君は最高だな」

 

 ヴェネツィアからローマへ。

 飛行機での所要時間は約1時間10分。

 

 

 




 
 
▽ ホル・ホース が なかま に なった !
 


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ヴァーチャル・インサニティ その1

 
書き方を微妙に変えました。
女子がちょっとだけ髪切ったみたいな感じです。


 

 

 

 ローマ テルミニ駅。その名称の由来は、近くに古代ローマ帝国のディオクレティアヌス浴場の遺跡があった事から、公衆浴場を意味する「テルマエ」を由来とする地名からとったものである。

 近代建築でガラス張りの建物には、地下鉄や空港行き路線は勿論、バス、トラム、タクシーの発着所、地下には銀行からレストランまで、これでもかというほどの施設が入っている。これをローマの玄関口と言わずしてなんと言うか。

 

 3人はティレニア海を無事渡り切れたことが、逆に恐怖だった。幻覚を見せられているんじゃあないかという底知れない不安があった。親衛隊という存在自体が不明瞭であることも加わり、警戒心はよりいっそう強まっていた。

 

 組織はあえて、彼らを迎えている。

 

「知ってっかい?古代ローマの貴族ってのは贅沢を極めてたらしーぜ。でもよォー、なんでも程良くってのが大事なんたぜ」

 

 古くさい禁煙用タバコを口にくわえながら、外でイタリア人女性をナンパしている。

 懲りない男、ホル・ホース。彼だけは外気を浴び、非警戒態勢である。  

 

 残りの2人はホル・ホースを余所目に、カフェで優雅にしている。ポルナレフは大して好きでもないエスプレッソを口に運び、レネートはG・ベンフォード/G・エクランドの「もし星が神ならば」を読みふけっている。

 

「…………」

 

 茶飲み話をするわけでも、相席になった客同士でもない。空想を記した紙の束だって、レネートは好きでは無い。

 

 彼らは開店当初から待っている。世にも奇妙な「それ」を受け取るのだから、何が起きるか知れず多少は緊張感がある。

 人為的な危険なら、受け渡す担当者が組織に殺されるというのが、最もありゆるパターンだ。それ以外は、予想すらできない。

 

 

 2年前、承太郎と共に行ったエジプトの調査で発見した一つの「矢」。グリーンランドのとある事件によって、その矢の中には未知のウイルスが眠っている事が分かっている。そして同所に存在する隕石からも、そのウイルスは見つかっている。しかし、そのウイルスが何なのか、何故接触すら危うい隕石を矢に応用できたのか、財団の力をもってしても未だ解明には至っていない。

 もう一つ、パッショーネの調査をして判明したことは『矢は人を選び、選んだ者を磁力のように引きつける』ということ。そうでなければ、単なる犯罪組織に多くのスタンド使いがいる理由がつかない。

 

 

 客とおぼしき老人が席に腰を下ろす。ブラックコーヒーを小動物みたいに少しずつ飲みながら、時計を度々気にしている。

 

 コーヒーを飲み終わってから数分後、その老人は重苦しそうに店を出ていった。

 

「………………」

 

 老人は一つの角張ったスーツケースを、席と席の間に置いて行っている。するとすぐに茶色いそれを、ポルナレフは何食わぬ顔で持ち上げる。

 決して新手のスリの手口ではない。定時連絡が途切れた場合に限り、SPW財団の人間がポルナレフに手渡すことになっている。レネートも、その中に入っている物をよく知っている。

 彼らは「矢」を受け取った。

 

 補足ではあるが、財団の人間と接触したのならば、間接的命令で増援を呼ぶことができる。しかし、ポルナレフはそれをしなかった。

 スタンド使いを有する組織といっても、所詮は生まれたてのヒヨコ。スタンドに物言わせて暴力だけでイタリアを牛耳る、団結力も積み重ねも無い組織だ。相棒となれば真価を発揮するホル・ホースもいる今、恐れることはない。と考えていた。

 

 その行動が、破滅を呼ぶことも知らずに。

 

 

 *

 

 

 アルベルト・サエッティ。それが父の名だ。現在はローマで翻訳家をやっている。代々翻訳家に就いていた家系だから、自分もなったという粗末な動機らしい。

 両親の離婚理由は今でも知らないし、知ろうとも思わない。自分にとってはそれが一番なのだ。

 トレヴィの泉にコインを一枚、妹と一緒に肩越しに投げたことがある。当時はあどけなく、深い想いは無かった。だが今は、妹への申し訳なさだけが心に残っている。

 

 

 イタリア共和国の首都ローマ。

 築数百年を越える建物が軒を連ねる旧市街に、アルベルトは住んでいる。イタリアでは景観を損ねる修復・改築は法律で制限されているため、元に戻す目的での修復工事はあっても解体や再建築はほとんどない。

 新築の住宅は少なく、あったとしても安全面での信頼は薄い。過去の栄光の保全は、弛まない努力によって生まれるのだ。

 

 路上駐車が道路を塞ぎ、石畳の上を人々は行き交う。広がるのはイタリアの模範的な古き風景。

 

「じゃあ……僕1人で行ってきます。あなた方みたいな人が来たら、変な風に疑われますから」

 

 ベージュ色の外壁が3人の前にそびえ立っている。

 そのアパートは3階建てで、周囲一帯に似た建物がズラリと並んでいる。一見間違えそうだが、それは他とは違い全階が住居となっているため比較的分かり易い。

 

「おいレネート、こいつはまだしも俺ぁ女一筋だぜ?もうイタリア人は懲り懲りだけどよォー」

 

「嘘つきやがれッ!」

 

 犬猿の仲ではあるが、やはり似た者同士。

 どちらも女には甘いだろうに。彼はそう思わざるを得なかった。

 

「冗談ですよ、数分で終わります」

 

 レネートはスーツケースを片手に、父の待つアパートへと入っていく。

 残されたポルナレフとホル・ホースは用心棒の如くアパートの共用玄関の前に立つ。

 彼のことだ、マジにディアボロの写る写真だけ貰って帰ってくるだろう。

 

 過ぎ去っていく人々は顔立ちが様々で、人数は多くも少なくも無い。せっかくのローマなのだから観光したい気もするが、命には変えられない。

 ふと、2人の視線は一点に集中した。

 

「ホル・ホース、あそこにある花屋でバラを買ってこい。同行料の代わりにしておいてやるぜ」

 

「ちょいと待ちな、先に目をつけたのは俺だ」

 

 視線の先、向かい側の路肩に停められた車の前に立つ、可憐な少女。後ろ姿しか見えないが、それだけでも可愛らしさは感じられる。

 少女というにはやや大人びていて、誰かを待っているように見える。そう考えると、2人は話しかける気持ちを抑えた。

 

 ローマの空が黒雲を迎え入れる中、観光客たちは折り畳み傘を取り出すなり店に入るなりの備えをする。

 それを合図として、事は動き出す。

 

「…ハッ……ハァッ…ハァッ………!」

 

 右端のアパートから飛び出してきたスーツ姿の男と、ベスト姿の男が車へと疾走している。

 

 明らかに観光目的ではない彼らは畏怖の形相で、例の少女に怒号を飛ばした。

 

「その車から離れろッ!さっさとしろ!」

 

「おい女!どきやがれッ!!!」

 

 明らかに躍起になっており、彼らは理性を失っている。1人がスーツの内ポケットから最新式の拳銃を取り出し、標準が定まらぬまま少女を撃とうとしている。

 よく見れば彼らは服の所々に血がとんでいて、髪が乱れている。正気を保っていない様子を見るに、仲間が殺されたに違いない。彼らはギャングだ。

 

 冷戦は既に終わり、ここ数年は犯罪組織の摘発が検察により執り行われている。それに対してイタリアの犯罪組織は報復的な抗争を繰り返し、至る所で多くの血が流れているのだ。

 といってもそれは、スタンド使いを持たない犯罪組織だけの話。パッショーネとは関係無い。

 

「!……お、おい!危ねーぞッ!」

 

 間近で起こった突飛な出来事に、ポルナレフとホル・ホースは驚きを隠せなかった。すぐ止めようと、彼らは走り出す。

 

 ギャングの男は今にも引き金を引こうと、震える指を掛けている。それに対して少女は悲鳴を上げて全力で逃げ去る……ことはなかった。

 

「どけって言ってるだろーがァアッ!!クソッ!クソオオオオオオ!!!」

 

 雄叫びが街を駆け回り、それと同時に銃声も響き渡った。耳の奥が痛みに襲われ、もれなく人々は音源を見る。

 

 撃ったことは事実。だが男の手は震えていたし、少女だって恐怖していたはず。両者の恐怖心が重なれば、万が一当たっていたとしても、急所ではないはず……

 

 しかしその光景は、一瞬で血の気を引かせた。

 

「………なッ………!?」

 

 彼女は全く動じずに銃弾を左胸に受けていた。

 三重苦なのか、恐怖で気絶していたのか、少女は逃げなかった。まるで死を迎えるかのように、揺れる銃口から放たれた弾をその身で包み込んだのだ。

 

 心臓にめり込んだ銃弾は穴を開け、多量の返り血がスーツを赤黒くする。

 

「……は……は?…………え……?」

 

 撃った男は思わぬ事態に浮き足立ち、後ろに下がる。冷や汗が体中を湿らせ、降り始めた雨と混ざり合う。

 

 男は少女が死んでしまう事に恐れているのではない、「現象」への理解が及ばない事に恐れていた。起こった現象は刹那で、より詳しい情報を知るのは撃った男しかいない。

 そして完全な詳細を知る者は、少女一人。

 既に能力は完了している。

 

「…………」

 

 唖然としていたポルナレフとホル・ホースは拳を握り締め、覚悟を決める。助けられなかったことへの後悔もあったが、それ以上に怒りがあった。

 実際のところ自分たちとは無関係だし、迂闊に手を出せば危険に近づくことになってしまう。だがそこで、無力な人間を撃った卑怯者を見逃すことなど彼らにはできなかった。ましてや幼い女の子を撃つなど、言語道断。

 初めて利害が一致した。

 

「!」

 

 小さな地震と、次なる衝撃に彼らは歩みを止められる。

 然るべき報いを受けた。と思っても、それはあまりにも突発的すぎた。

 

「ウギャッ!!……」

 

 石畳を突き破り、地面からの「杭」がギャング2人を串刺しにした。背筋が一直線に伸ばされ、真紅の血が杭を滴る。

 光沢の無い杭は、岩石で創られている。鋼鉄程ではないが硬質、円錐状、それは股間から脳天にかけてを見事に貫いていた。

 

「何ィッ……!?」

 

 お前たちは蚊帳の外にいろ、と言われているように感じた。更に、殺しに次ぐ殺しのせいで、自分たちは一体誰を狙うべきなのか判らなくなっていた。

 岩石の杭はほぼ確実にスタンド能力。本体はポルナレフたちを追ってきたパッショーネの人間の可能性が大きい。だがあのギャングらしき男たちに手をかける理由は、理解できなかった。

 

 雨が激しくなり、彼らは絶え間ない雨音を一つ残らず聞き取る。灰色の空の下、感じたことのない寒気がしている。

 いつの間にか男たちの死体と杭は完全に消え去り、時間が戻ったかのように閑散としていた。どこかへ飲み込まれた、のかもしれない。

 

 すると共用玄関の扉が開けられ、暗然たる雰囲気が溢れ出す。男たちと同じアパートから、一歩一歩ゆっくりと地面を踏み締めている。

 

 殺害者の殺害を執行したその男に、2人は近づけなかった。ギャングたちを杭で貫いたのは奴だ、それ以外の判断と処理が追いつかなかった。

 

「殺す覚悟のない者は……武器を持ってはならない。まあ、相手が悪かったのかもしれないね」

 

 モルテ、その人であった。

 暗殺者チームのリーダーである彼の今回の対象は、パッショーネの縄張りを奪い取ろうと画策したミランツァ組の人間。観光客など眼中にない彼の殺人行為は、暗殺とはかけ離れたものだった。

 

「あ、モルテ。久しぶり」

 

 少女は彼を見ると、車に寄っかかりながら挨拶をした。

 人殺しの男と対等に話し出す彼女もまた、現状の異常さを彩っている。

 

「ああ、半年ぶりかな…?………それにしても、今の君は珍しく能天気だね。考え事かい?」

 

「能天気だなんて……あなたに言われたくない」

 

「…フッ……それもそうだね」

 

 彼は言い終わると、ポルナレフに瞬間的に視線を送った。見た目に反した温かい視線は、赤子を見守るようで、心の底に恐怖を植えつける。

 

 こいつはヤバい、と自分が自分に訴えかけてくる。支配者という器には納まらない、まるで何万年も世界を見てきたかのようなオーラ。今まで組織を軽んじていたポルナレフは、組織の本気を見た気がした。

 

「……人生は素晴らしい。ここまで一堂に会するとは……コカキも呼べば、もっと素晴らしい」

 

「冗談はやめて、私は嫌い……てゆーかモルテ、あなたまた偽物使ってるでしょ。目の色が違う」

 

 少女は目を細めて、ズバリと言い放つ。彼は目を閉じて微笑んでいた。

 

 偽物とは、モルテの能力で創り出した人形のこと。言動は全て本物が操作し、通常ならば偽物などと見破られることは絶対に無い。偶然今回は目の色が微妙に薄い、とはいえそれに気づくことは無理難題だ。

 

「……君にはお見通し、ということだね。こいつには入団試験の付き添いと仕事をさせている……本物は今、「とある仕事」を遂行しているよ」 

 

「…とある仕事?」

 

「機密情報……とでも言っておこうか。では」

 

 彼は少女の前を通り過ぎると、いつの間にかいなくなっていた。

 目の錯覚か?いや、偽物としての役割を終えたために消えたのだ。

 

「……全く……ワケがわからねーぜ」

 

 ハットを深く被り、茫然としている。

 

「…………」

 

 ポルナレフはそこはかとない違和感を持っていた。頭にモヤがかかるというのは、こういうことなのだろう。思い出せそうで、咽まで出かかっていて、全く覚えていない。テスト中に、基礎的な単語を書くだけの問題が解けないような、もどかしさ。

 

 2人は道路のど真ん中に立ち往生し、一人その場に残された少女を眼に映す。

 

「な、なあ……お嬢さん……怪我はねーのかい?もし腰抜かしたのなら、この俺が…手を貸すぜ」

 

 ホル・ホースが切り出す。

 

「……ありがとう…でも、あなたじゃあない」

 

「?」

 

 振り向いた少女の風格は、穏やかさの奥に冷酷さを秘めていた。澄んだ瞳はどこか虚ろで、諧謔を好まなそうな無表情。

 

 冷気と雨を白い肌に受け、彼女は動き出した。

 露出の多い衣装に、後ろでまとめられた長髪。視線の先にホル・ホースはおらず、実のところポルナレフもいない。もっと先に彼女の標的はいる。

 

「最も早く先に進む方法は…………相手の存在を否定する事…違う?…J・P・ポルナレフ……」

 

 彼女は車体後方から回りこみ、車で隠れていたそれを披露する。

 

「!」

 

 それは「刀」だった。夙に腰のベルトに携えていた刀を、雨粒が伝っていく。

 空気が歪むほどの気を放ち、黒い鞘に収められたそれはまさしく「妖刀」と呼ぶに相応しい。銀色の鍔は半円状に大きく広がり指を保護でき、中心に紺碧色の宝石がはめ込まれている。血に染めるなど勿体ない、美しい一品。

 

 ポルナレフは、刀身を見ずともそれが何なのかを知っていた。

 

「な……それは『アヌビス神』の刀……!?……見た目は変わっているが…なぜイタリアに…!?」

 

「……人はね、理解できないものに恐怖を示すの。だから、あなたは正しい。それでいいの……結局は皆、恐怖したまま朽ち果てていくから」

 

 抜刀し、切っ先を正面に向ける。

 アヌビス神本来の刀身は、三分の一程度しかない。しかし修復した継ぎ目は見えず、鏡のように世界を映し出している。

 

「貴方の命…貰い受ける」

 

 

 




 
※少女は最初から最後まで1人です。


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ヴァーチャル・インサニティ その2

 

 

 

 観光客はとうに逃げ去り、視界が歪むほどの大雨が支配する世界。石畳の間を縫うように走る雨水の道が、突如として塞がれる。

 踏み出されたポルナレフの足だった。

 

「オイまさか……戦うのかポルナレフ!俺は女には手を上げねーって決めてるんだぜ!それはオメーも同じはずだ!」

 

「俺はこの女……いいや、嬉しいようで嬉しくねーが……このスタンドには絶対に勝てない…だがやるしかねーぜッ!……チャリオッツ!」

 

 呆然とするホル・ホースを余所に、シルバー・チャリオッツを突撃させる。

 

「「アヌビス神(この子)」は前から言っていた、あなたとジョータローという男に復讐する……と」

 

 人形のようにか細い腕で、刀を振るう。

 少女に躊躇いはなく、チャリオッツと互角かそれ以上に刀剣を交え始めた。

 

 『アヌビス神』とはエジプト九栄神のアヌビス神を暗示する、刀に宿ったスタンド。本来は本体を持たず、刀に触れた者を洗脳し本体とする。しかし今、彼女は正気を保っている。スタンドが本体を操るのではない、お互いが意思疎通し共存している。

 

「くッ……!」

 

 腐っても剣の達人であるハズのポルナレフの突きは、赤子をあやすがごとく流されている。先手で仕掛けたのにも関わらず、現在優位に攻めているのは少女。

 火花が散るも、一進一退ではない。

 

「私はあなたに、絶対に負けない」

 

 構えや姿勢、振りは鍛えられてはいるが、ポルナレフには遠く劣る。だというのに、ずっと彼女にのみ前進を許している。それは何故か?───アヌビス神とは、昔エジプトでも戦っている。それによって生じる、大きなディスアドバンテージがある。

 アヌビス神は、一度戦った相手に二度と負けることはないのだ。

 

「マズいッ!……ウォォオオーーーッ!!!」

 

 あらゆる剣撃が弾かれ、防御するのがやっと。このまま続ければ、押し切られて失命待つのみ。

 

「…うッ……ホル・ホース!……今勝てるのはオメーだけだぜ!」

 

「何言ってやがる!まさか俺に女を傷つけろっつーのかよーーッ!」

 

「死にてーのか!ゴチャゴチャ言わずに皇帝(エンペラー)で奴の脳天を撃ち抜けッ!」

 

 ポルナレフの知る限りでは、アヌビス神とホル・ホースは戦ってはいない。つまり、奴のスタンドなら勝てる見込みは十分にある。ここでやっと、奴を同行させてきて正解だったと感じた。

 そう言っている間にも、彼女のスピードは増してきている。もう耐えきれない。

 

「さっさとしやがれ!!!」

 

「俺が……!女をォッ…!?」

 

 メギャン──右手に銀色の回転式拳銃を顕現させる。それは様々な拳銃の特徴が混在したようなスタンド。

 しかし、いつまでも銃口は地面を狙っている。

 

 葛藤うんぬんのレベルですらない。

 彼は女に嘘はつくが女だけは殴ったことはない。ブスだろうが美人だろうが女は尊敬しているからだ。そのプライドをドブに捨てて、殴るどころかスタンドで撃ち抜くという事など、出来るはずがない。

 

 生温い汗が額を縦断する──意志を曲げるか、決断しなければならない。仲間と自分の生死が、かかっている。

 

「ああ撃ってやる……撃ってやるともッ!こちとら銃なんだぜーーーッ!!!」

 

 声と手が震え、引き金に指が近づかない。

 

「じれったいぜッ!飛ばせチャリオッツ!」

 

 ポルナレフも勿論、女に怪我を負わせたくはない。だが今は、死ぬか生きるかの正念場。信じたくはないが少女はパッショーネの刺客だ。故郷フランスを救うためにも、結局のところパッショーネは壊滅させなければならない。

 咄嗟の行動でも、長年積み重ねられたポルナレフの技巧は燦然と輝いている。

 

 チャリオッツの剣を射出させ、車体で跳ね返して皇帝(エンペラー)に衝突させる。剣は建物の壁に突き刺さる。

 その超精密な剣飛ばしにより、トリガーは押し込まれた。

 

「何ィーッ!?オメー勝手にィッ……!」

 

 否応なしに、皇帝(エンペラー)から弾丸が発射された。

 それと同時、剣先を飛ばしたことにより、無防備になったポルナレフは刀をその身で受け、厚い胸板に爪跡に似た大きな傷が刻まれた。

 

 叫びをあげる。壁に激突し、ポルナレフの刀傷からはザクロの種のように肉が見え、止まることを知らない血液が水溜まりを赤く染めている。

 

「こんなことになるなら来るんじゃあなかった!俺は無罪だぜ!許してくれよシニョリーナ!」

 

 行き先は少女の眉間。空気を切り裂き、一発の弾は直進する。

 心に抜けない釘を打ち込む事になるが、始まってしまったのならもう後には戻れない。流れに身を任せる。

 

「…『ヴァーチャル・インサニティ』は殺せない」

 

 そう口を開き、彼女は自ら突っ込んできた。

 

「何ーーッ!?」

 

 冷静さを失っているホル・ホースにはその理由がカケラも分からない。ただ突っ走り、弾丸を迎え入れようとしている少女の思考に対して、もう一度頭を抱える。

 皇帝(エンペラー)の能力を使う気は無いし、少女は能力を知らない。つまり、少女は死ぬ。考え直せと?疑念が交錯し、「それ」が起こるまでに答えは出なかった。

 

 弾丸が眉間にめり込む。

 ホル・ホースは返り血を浴びると共に、顔を上げた。

 

「……!!」

 

 誰だお前は。解答は容易。失血しそうだな。少女はいない。雨が強い。服が重い。顔が冷たい。どこから来た。解答は容易。お前は俺だ。

 これこそが少女のスタンド能力。

 

「…弾をぶち込まれたのは……俺……?」

 

 返り血の主は「ホル・ホース」だった。

 

 この時この場には、背格好は多少違えどホル・ホースが2人いる。そいつは、目の前で眉間から真紅を噴出させている。

 更に見ると、そいつはまだイカしたヒットマンだった時代のホル・ホースだ。もみあげは短く、輪郭もシャープで若々しい。格好は今よりも控えめだが、愛用のテンガロンハットは変わらず。

 

 俺が撃ったのは、若かりし頃の俺!

 自分の身が崩れ去る音が、最期に聞いた音だった。石鹸みたく体が泡立ち、四肢の端から呑み込まれる。意外にも痛みは無く、意識はとても朧気だった。

 心なしか、泡の一つ一つが喜怒哀楽を表現する奇妙な顔に見えた。

 

 

 *

 

 

 夕日が部屋を照らす。強制的にかけられたレコードからはフランツ・シューベルトの「死と乙女」が流れ続け、2人は遙か彼方に耳をかたむける。

 

 猫が飼い主にじゃれるように、幼い少女は床に座りながら彼のスーツをなぞる。倚子に座る彼は、それに返す形で少女の頭を撫で、至極穏やかな表情を浮かべていた。

 

「とある「パラドックス」がある…「過去の自分を現在の自分が殺害したらどうなるのか?」という有名な話だ。また、殺害対象を祖父母や両親にしてもこれらは十分な話題となる……」

 

 レネートはかつて、語ってくれた。

 

「例えばお前が1年前に遡り、その時代のお前自身を殺せば、それより後の時代のお前は死人となる……つまり…「過去に遡り過去の自分を殺した」という現在のお前の「一連の行動」は、行われていなかったことになるんだ」

 

 どう足掻こうとも、死人は生き返らない──と彼は付け足す。

 

「だかその行動が無くなれば、過去のお前は殺されなかったことになる…つまり………現在のお前はキッチリと生きていて、一連の行動を行ったことになる」

 

 まだ舌足らずな私に、聖母の眼差しを向けながら流暢に話す。その様は、束の間の休息を楽しむ親子。

 

「気楽に考えてみるんだ……結末を。終わりが……どこにあるのかを」

 

 次の日、レネート・ダフトパンクはその幼い少女に名前を与えた。ピラウ・ビアンクという名を。

 

 

 *

 

 

「…………ハッ!!」

 

 喉の奥が痛むほどに息を吸い、ふと気がつく。皇帝(エンペラー)の弾丸は大きく軌道を逸れ、ポルナレフの肩をかすめていた。

 

「ホル・ホース!誰が「俺に向かって撃て」と言った!情でも移ったかッ!」

 

 怒られたのも仕方がない。決して故意に狙ってはいないが、無意識の内に相棒を殺しかけていたのだから。

 つい数秒前まで悪夢にうなされていたような感覚が湧き上がり、謝罪をする気は押し潰された。

 

 少女はその場に留まり、少し口角を上げながら刀を水平に構えている。アヌビス神の妖気以上に、妖しい雰囲気を醸し出していた。

 

「あなたの皇帝(エンペラー)……覚えたわ」

 

 滑らかに刀を納める姿には、演武のような気品がある。それ程の余裕を持っている。

 

 アヌビス神は一度戦った相手の戦法や動きを覚えることができ、二度目以降の戦いでは決して負けないという能力がある。その能力のせいで、かつて戦った経験のあるポルナレフは、もうアヌビス神に勝つことは不可能なのだ。

 「覚えた」─なぜ銃弾を受けていないのにそう言えるのか疑問だった。だが結論はすぐに出た。「単なる上辺だけのハッタリにすぎない」という結論が。

 

 それでもなお、少女には勝てない。剣を失い、かつ既に覚えられているポルナレフと、どうしても女を撃てないホル・ホース。

 車を爆発させるか?ここは狭い路地だ、自分たちも含めて被害は計り知れない。逃げるか?レネートを置いていくことはできない。

 

 誰もが敗北と答える現状。雨は更に激しく降り注ぎ、勝機は遠い雲の上にある。

 

「……自己紹介がまだだった。貴方はポルナレフだけど、そっちは誰?…私の名前はピラウ……ピラウ・ビアンク」

 

 と、ホル・ホースに目を向ける。

 ピラウ・ビアンク……不思議な名だ。

 

「……ホル…ホースだ」

 

 身震いしながら返答する。

 

「ありがとう……ホル・ホース。人の名前を忘れるなんて、失礼なことよね……。アヌビス神(この子)も覚えてるんだし、私も名前くらいは覚えないと…」

 

「?」

 

「過去を振り返らないためにも、敬意は大切。私はいつでも、未来を追い求めているから…」

 

 ピラウは消える。圧倒的なスピードで縦横無尽に駆け回り、車の間や上を使って翻弄している。目で追うことはかなわない。

 アヌビス神を扱う人間には、尋常ではない運動能力が付与されるということらしい。

 

「一つ質問……」

 

 後ろから、前から上から事も無げな声が響く。

 何時何処から斬られるか予測不可能な素早さと、無気味な冷酷さを彼女は兼ね備えている。エジプトでアヌビス神と会った時の、チャカという青年との戦いと全く一緒だった。

 

「……未来と過去の境目って、どこなの?…昨日と今日の境界はどこ?」

 

「そんなこと聞いて何になるッ!」

 

「……答えてよ」

 

 きつめの話し方は、まるで試そうとしているようだった。不正解は許されない

 23時59分59秒と0時0分0秒の境界。言われてみれば、コンマ何秒の世界でさえも昨日と今日は存在する。果たして未来と過去の境目……現在はどこにあるのか?

 数秒だけ思考を巡らせると、荒削りの回答一つが残った。

 

「「無い」……んじゃあないのか」

 

 ポルナレフは答えてみる。

 

「エザッタメンテ(その通り)……人々がよく言う「今」というのは、厳密に言えば過去……「現在」なんてものは限りなくゼロに近い…」

 

「!」

 

 喉仏に、刃の冷気が触れる。いつの間にか背後をとられ、命を握られていた。

 真理の話は注意を逸らすためだったのか。

 もうホル・ホースには頼れないし、抗う術は残されてはいない。そんな思いにふける中、ギロチンのように生首と身体が分離された自分の姿が脳裏を過ぎった。

 

「ひと思いに……やってくれ…」

 

 長い絶望に苛まれるなら、むしろ死んだほうがマシだ。故郷フランスの悲鳴もレネートの想いも蔑ろにして、少女に殺される。女に手をかけるよりは、騎士道に準じていると言えるだろう。

 諦めてはいない。だが、自分たちだけではピラウには敵わない。ギャングたちを串刺しにした男といい、パッショーネを甘く見すぎていた。

 

 力を込めず、刀を引く。

 そしてすり抜けた。アヌビス神の物質透過能力を使ったのだ。

 

「……!?」

 

 なぜこのタイミングて透過能力を使用したのか、ポルナレフには分からなかった。今までの素振りから考えるに、慈悲や慢心があるとは思えない。

 

 ピラウは再び刀を仕舞い、道路の真ん中へ歩き出した。足取りは軽く、喜んでいるようだった。

 

「もう、時間。あなたがレネートの友達だからって、お喋りしすぎた……アヌビス神(この子)も怒ってる…」

 

「……何を言って…?」

 

「「交代の時間」……って言ってるの」

 

 もしや、二人目の刺客と交代制で自分たちと戦うつもりだったのか。絶望は偶然により逃れられた、ということは無いらしい。迚も斯くても、彼女が何者なのかは不明のまま。

 少女は小さな水溜まりを軽く飛び越える。翻訳された注意書きを読み上げるように、透き通る声で話す。

 

「「他の私たち」は貴方たちの話に耳を貸さないわ……強い固定観念と執着心を持っているから。いかなる変化も彼女らの目には映らない……仮にそれが真実であっても…………彼女らが求めるのは真実ではなく「決着」なの……」

 

 攻撃の停止、交代の時間、他の私たち、彼女ら。パズルのピースが一部分だけ噛み合った。

 

「……じゃあね…………気をつけて」

 

 ピラウ・ビアンクは多重人格者である。

 

 



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ヴァーチャル・インサニティ その3

 
 第5部新OP「裏切り者のレクイエム」、めっちゃ良い。全てにおいてディ・モールト良いです。

 丁度スクアーロも登場してきたので、大した推敲もせずに投稿します。
 またもや完全戦闘パート



 

 

 

「あ-!も-雨振ってる!」

 

 建物のせり出した屋根の下に走り、雨水を払う。振り返ると直ぐにこちらに気づき、嬉しそうに目を見開いた。

 

「………あ?」

 

「あれ?ポルナレフ!?……じゃあ、自己紹介しないとね!我こそはピラウ、親衛隊の隊長さ!」

 

 離れた位置で腰に手を当て、声を上げている。

 

 ピラウの口調は180度一変しており、表情も豊かで、明るい印象を急に抱かせる。さっきまでの高尚な少女はどこへやら。見た目はそのままただが、そこにいたのは全く別人の、天真爛漫な少女だった。

 その陽気な性に照らされたのか雨が止みはじめ、ピラウは頭を振り、水滴を拡散させる。

 

「あれ?……もう「僕」から聞いてた?」

 

 その姿に仰天したホル・ホースとポルナレフは顔をしかめ、後退するように身を寄せる。

 

「お、おい……なんだ?イカれちまったのか?……別に俺はウェルカムだけどよォー」

 

「……」

 

 この時、どのような反応が適切なのか。そんな気遣いはすぐに消え果てる。

 スタンド能力のヒントになるのではないかと、瞬きを忘れるほどに考え込む。

 ポルナレフにはアテがあった。以前のピラウの与えてくれた情報からは、レネートのような推理が可能である。深読みは苦手な彼も、今回の推理ばかりは容易かった。

 

「…………多重人格……」

 

 そう呟く。先のピラウはその自覚があり、理由は分からないが注意し教えてくれたのだ。

 

 人の精神は時に、幼少時代に受けた衝撃などが原因で「心」に亀裂が生じる。そしてその部分が年齢とともに別の「人格」へと成長することで、複数の人格を内包する人間が誕生するのだ。

 

 先の冷静なピラウも今の無邪気なピラウも、一人の人間であるのならば、今のピラウが嘘をついているとは余り思えない。今の性格には表裏が無いのならば。

 

「…ピラウ・ビアンクは親衛隊……隊長!」

 

「何ッ!?」

 

 復唱して追加で驚く。

 

「キアーロ!(その通り)他の人とは違って、僕はボスに直接任されてるのさッ!」

 

 貧相な胸を張り、笑顔を満たす。しっくりこない子供っぽさには眉をひそめざるを得ない。

 

 ボス直属部隊の中で、長を任命されたのがこんな咲いたばかりの華とは誰も思うまい。

 下っ端達がチームをつくり、リーダーを決めるように、「親衛隊」にも「隊長」が存在するのは組織として当たり前。だが親衛隊は下っ端とは違い、その名に恥じない精鋭部隊。つまり親衛隊隊長という存在は、パッショーネの中でもトップ帯を争う実力者である。

 

 人格が変わったとしても、敗北が濃厚という状況に変わりはない。親衛隊隊長を堂々と宣言するあたり、ボスの正体を探るポルナレフ達に友好的なはずもない。

 

「刀かぁ……ふーん」

 

 何かを察し、アヌビス神の刀を水溜まりへと乱暴に投げ捨てる。

 アヌビス神が洗脳をしないのは、ピラウやボスの強さ故。DIO死した今、忠義を尽くすべきなのは組織のボス。そしてピラウのスタンド能力を最大限に引き出せるのは、本人だけなのだ。

 

 ホル・ホースはニヤリと笑った。

 右手に皇帝(エンペラー)を構え、即座に一発、二発、三発と弾丸を発射する。

 

「今が好機ッ!この俺、当てる自信はねーが撃つ自信はあるッ!覚悟はできてんだぜーーッ!!」

 

 なぜ刀を捨てたのかという疑問は当然ある。だが、ここはあえて早撃ちで勝利を納める。

 バカな、という言葉を咄嗟にのみ込む。ポルナレフも賭けるしかない。

 

「…!」

 

 これぞ上の空、あらぬ方向へと弾が飛ぶ。ピラウを狙いすましていたつもりが、レールに乗った車輪のように弾丸は散っていた。

 二度目だ。深層にある女への敬意が邪魔をしているのか?それ以外に考えられるのは1つ。

 

「やっぱしなッ!おそらく奴の能力は「攻撃をズラす能力」ッ!だが、ホル・ホースと会ったのが運の尽きだったな嬢ちゃん!嬢ちゃんの能力で幾ら軌道が変えられてもよォーー、俺の能力だって軌道は変えられるんだぜ!!!」

 

 二発の弾丸が宙を舞い、1回転して再びピラウに向かっていった。皇帝(エンペラー)の弾丸は、障害物に当たらなければ止まることは無いのだ。

 もう一発は2人の真正面を横切り、アパートの壁面に突き刺さっていたチャリオッツのレイピアの刀身を弾き飛ばした。

 

「受け取りなポルナレフッ!」

 

「ああ!」 

 

 相棒として同調し、見事に刀身をはめ込む。 

 自称銃の達人であるホル・ホースにとって、物を狙った場所に弾き飛ばすなど単純作業。そして刀を拾う動きを見せない今こそ、ポルナレフの磨き上げられた技が輝く時。ピラウへ向かう弾丸は単なる牽制に過ぎない。

 

「メルシーボークー!畳みかけるぜッ!!」

 

「アイアイサー!!」

 

 地面を一蹴り。無力な女に男二人でかかる、というものは最高にプライド違反だが、既に覚悟はすわっている。彼女は敵だ。

 ずっとホル・ホースを不思議そうに見ていたピラウは、不敵な笑みを浮かべ、息を整えた。

 その呼吸法は、ポルナレフがよく知っていた。

 

「コォォォ…………」

 

 人差し指を前方にかざすと、電気に似た山吹色のエネルギーが、指先から放出される。そのエネルギーは全方向から小雨を磁石のように引きつけ、空中に「雨水の塊」を形成している。

 

 あのエネルギー…あの効力…やはりボスの右腕は格が違う。予想を遥かに超えていた。ジョースターさんも使っていた「波紋」を扱えるとは…。

 

 徐々に塊は膨らみ、テニスボール大になった。

 

「スクアーロッ!」

 

 声を高らかに上げる。

 雨水の塊の中から突然、蛇腹状に甲殻を重ねた小さな鮫が顔を出した。その口には、身の丈に合わぬ短機関銃が咥えられている。

 

「!」

 

 鮫のスタンド能力は2人目の敵に間違いない。わざわざ雨水の塊から出現し、物資を運んだのは「水から水へと移動できる能力」だからに違いない。

 ピラウは短機関銃を受け取り、鮫は刀を咥えて水たまりへと潜っていった。いくら浅くても、水であれば移動は可能なのだ。

 

「!……ありゃあトンプソンだッ!だがこんなところでぶっ放すってのかッ!嬢ちゃんもろとも全員死んじまうぜ!」

 

「何かヤバい!あいつには「ここでぶっ放しても無傷で済む理由」があるッ!覚悟があるッ!」

 

 地面を蹴り、飛び込むように車の陰に身を隠す。

 こんな場所で短機関銃を撃たれたら、凌ぎきれる可能性は薄いし、建物や人々へ被害が及んでしまう。しかも車が爆発する危険性がある。レネートと合流して逃げられればいいのだが。

 

 ローマの空には鮮やかな青い蓋が被さり、乾いた雨が鳥肌を舐める。

 

「隠れなくてもいいのに………じゃあスクアーロ!君の初仕事、頼んだよ!コテンパンにしちゃってね!」

 

 ピラウの晴れ晴れとした表情と仕草は、いつになっても慣れない。短機関銃を構えようとはせずに、常にニコニコしている。

 鮫は顔を出している。

 

「…イッデェッ!こいつ水たまりからッ……!」

 

 足首に鮫が食らいついていた。しかし噛み切ろうとはせずに、ガッシリと歯で肉を掴んでいる。アキレス腱から全身へと激痛が走り、ホル・ホースは膝を崩す。

 首をひねって鮫を睨んだ。攻撃ではない、捕まえられている。

 

「この野郎ッ!まさか、「人間」も連れていけるのか!……なんてこったッ!!」

 

「ホル・ホース!」

 

「……刺身になりなァッ!皇帝(エンペラー)ーーッ!!!」

 

 噛まれている以上、とうに遅い。

 

 控えめの銃声だけが重く鳴り、雨上がりの空の下でホル・ホースは消失する。残された弾丸は水を貫いた。

 どこへ行ったのかというのは愚問だろう。

 手助けも間に合わず、ポルナレフはその場に屈んだまま、水たまりに映った自分の顔を見る。

 

 「液体から液体へと瞬間移動する能力」。モノに噛みつけば、そのモノも共に移動先へ連れていける。それが親衛隊の新人スクアーロの遠隔型スタンド『クラッシュ』である。

 

「ね~ポルナレフ、レネートはどこ?君たちを始末するのも大切だけどさ……肝心のレネートがいないじゃん!撃っちゃうぞ!」

 

「…………」

 

「ね、ね!聞いてる?」

 

 少女の問いかけは、異常者の見境無き暴力にしか感じられず、ポルナレフは歯をかみしめる。脚の筋肉は震え、耐えきれない悲痛を恐れている。訪れたチャンスは謎によって食い尽くされた。

 

 しかし「攻撃をずらす能力」だけならば、まだ勝ち目はある。更に「形見」とも言うべきそれは、再びチャンスを与えた。

 

「…………やかましいぜッ!撃ってきな!その銃がハリボテじゃあねぇならなァァアーッ!!」

 

「オッケー!」

 

 短機関銃を構えると同時に、チャリオッツの甲冑を全て脱ぎ捨て、銃弾の雨に対抗する覚悟を決める。

 ホル・ホースの最後の弾丸は、車体後部にあるガソリンタンクに穴を空けてくれていた。揮発したガソリンは酸素と交ざりあい、非常に爆発しやすくなっている。

 

「…体に当たる弾を最大限減らし、流れ弾で爆発させればいい……って考えてるでしょ?……でもね、僕を爆死させても八つ裂きにしても無駄だよ!スクアーロ!」

 

 三度目の号令が耳に届く寸前に、タンクの穴を広げて、クラッシュが飛び出す。

 穴が裏目に出た。

 

「やはりオメーには「撃てない理由」がある」

 

 刹那──超高速の乱撃は、既に鮫を串刺しにしていた。まさに銛で突かれた魚。

 

「そうくると思ったぜ……どうやらこの鮫のスタンド……大したパワーはねーみてーだな。ガソリンタンクの蓋を食い破るほどの……な。だからコイツにとって、穴が空くのは好都合だった」

 

 ポルナレフに最も近い距離にある液体はガソリン。しかし塞がれている以上、クラッシュのパワーではポルナレフへ辿り着くことは不可能。だからこそ、ホル・ホースが穴を空けてくれていたのは敵にとって都合が良かったのだ。

 そんなことはお見通し。

 爆発を読んだクラッシュの攻撃を読んだチャリオッツの剣撃が、敵を1人撃破した。

 

 鮫の造形美に舌打ちせんばかりに、睨みながら傷穴を掻き回す。笑うほどの自信はまだ無い。

 用無しになった鮫から視線を外そうとすると、ガソリンの臭いが強く鼻につく。

 何気なく視線を戻すと、視界を流れていく恐怖の来訪者が、そこにいた。

 

「なん……だってッ……!!!」

 

「…それも読んでいたよ」

 

 親に腕を引かれる子供のようにタンクの中から体を出している。クラッシュに連れられて、ガソリンで全身を濡らしている。

 

 剣は鮫ごと、ピラウの腕を貫通していた。

 穴はフルートのようで、鮮血はシャワーのよう。希望を打ち砕く。死の宣告と共に。

 

「痛いなあ……スクアーロはちゃんと甘噛みしてくれたのに、君ときたらこんなに穴空けるなんて……ここままじゃあ…………血が無くなって死んじゃうなぁ」

 

「なッ………!」

 

「死ぬと思えば…僕は死なないよ、最強なんだ。僕たちは……無敵さ」

 

───────────

 

「え……?」

 

 気が狂ったのかと、疑わないわけにはいかなかった。なぜならば──チャリオッツは自らの脳天を穿っていたからだ。こんな時に自殺を図ろうなんて事は、バカでも考えない事だからだ。

 あくまで顔はピラウに向いている。しかし、腕は奇妙に曲がっている。

 

 ピラウと鮫を突いていたと思ったら、自分を突いていた。何を言っているか分からないと思うが、自分も何をしたのか分からなかった。ピラウは無傷だ。時間停止だとかダメージ反射だとか、そんな茶々なものでは断じてない。

 

「…」

 

 叫びは出せなかった。

 

 

 

 




 
 自分の中でのスクアーロは2001年時点で二十代後半です。
 書きためてから投稿していますが、ピラウ戦はかなり長引きます。
 


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ヴァーチャル・インサニティ その4

 
ジョジョっぽさが足りないのはご愛嬌
戦闘はないです


 

 

 

 路上駐車の車に寄りかかり、ピラウは機関銃を片手で担いでいる。対極、アパートの玄関の前で、レネート・ダフトパンクは角張ったスーツケース片手に佇む。

 

「「ポルナレフを見逃せ」なんてお願い、君じゃあなきゃ認めてないよ?この僕に感謝してね!」

 

「……………ありがとう」

 

 気のこもっていない感謝を告げながら、濡れた地面やマナーなどお構いなしに、コツン─と矢の入ったケースを足下に落とす。

 

 今のピラウは組織への忠誠心が比較的弱い。その点では救われたのかもしれない。

 

「敵として相対する覚悟……今のお前にはそれが無い。その証拠に、その物騒な銃は飾りか?ボスがお前に下した命令を遂行してみろ」

 

「………」

 

 レネートは、ピラウが迂闊に自分を攻撃できないことを知っている。それ故の挑発的な言葉遣いに、少しだけむくれるも、レネートの左手が真っ赤に染まっていることに気づき、ハンカチを取り出す。

 

「…血?……その手……」

 

「これか………「父親が殺されていた」……銃弾をくらって、俺が見にいったときは既に遅かった。その時触った血だ……と言ったら、信じるか?」

 

 人の死を騙っているというのに、冷血漢としか思えないほどの、すこぶる落ち着いた物言い。

 

 ふと思い返す。

 父が抵抗した形跡や犯人の痕跡は無く、完璧な暗殺だった。加えて血は固まっておらず、机の上のコーヒーも温かかった。つまり数十分前に父親は殺されたということ。これは奇跡でもなければ、確実に組織が絡んでいる。ピラウが殺したという線もあり得る。

 

「…君の言うことなら信じるよ。レネートはいつでも僕の味方じゃん」

 

「………今でも……俺はお前の味方、と?」

 

「違うの?」

 

「…………………………」

 

 呆れて物も言えない。状況をわかっているのかいないのか、子供心が抜けきっていないピラウには、何を言っても通じない気がする。どうにかして、一発大きな喝を入れてやらなければ。

 

「だって「今」君は、僕に銃を向けていないよ?しかもしかも!二人きり……ね?戻ってきてくれるんだよね!」

 

「…そうか……そうだな…良い機会だから一つ言っておく………「テメーをぶっ殺す!」…それだけだ…「信じない」とは言わせない」

 

「…………え…?」

 

 頭蓋に指をさされ、正真正銘の殺意がこちらを睨んでいる。ピラウは大きく目を見開く。

 

 遠い宇宙に突き飛ばされたような途方もない悲しみに包まれて、一気に言葉を失う。一点の曇り無きレネートがそこにはいて、行き場のない憤りが深淵から昇ってきている。

 信じていた相手からの無慈悲な通告は、人の心を簡単に傷つける。特にピラウの場合は、言葉であれど、精神を大きく一変させる致命傷となる。

 

 レネートはポルナレフがいないことを再確認し、自身のスタンド『ステップ・アウト』を待機させる。いわばそれは、宣戦布告。ピラウの敵意に発火を始める。

 

「…………昔、2人で『ゴッドファーザー』を見ただろ?…復讐に次ぐ復讐劇……」

 

 過ぎし日々の記憶を掘り返し、あえて話題を変えることで、なにかと盲目的な今のピラウの反応を見る。

 

「それは僕が、ただマネ事をしていると思ったの?………他人に頼る事しかできないと思ったの?まあ…どっちにしても、確かに君といたときはそうだった。君が僕の「全て」だった。でもね、君は消えちゃった……それで僕は…変わったのさ」

 

「…………」

 

「君を頼らない……君を手に入れる。僕が求めるものは「4年前の延長線上にある関係」……それだけなんだよ。僕を拾ってくれたボスには感謝しているけど、ボスは単なる「生みの親」……でもねレネート、君は「育ての親」だ!愛する人なんだ!」

 

 心からの訴え。レネートは傾聴しているが、眉一つ動かさない。まるで話に偽りがあるように。

 

「……なら今すぐ攻撃をやめろ……お前は無敵だ。組織を辞めて俺の元へ来い」

 

「「頼らない」って言ったよ…「今」のまま、僕は君を手に入れる……!レネート!」

 

 レネートは思い出す。今の人格が重要視するのは「現在」だ。現在の結末である未来、現在が積み重なった過去。今の人格は新興宗教の信者のように、現在が森羅万象を創造すると信じている。

 

 奴は今、自分と決着をつけることばかりを考えている。それが必ず良い結果をもたらすと思い込んでいるからだ。そんな風に現在にばかりに目がいって、先のことを考えない楽観的な性格であることが今の人格の欠点。今の状況ではそれがまずい。

 

「お前は「今が大事」という言い訳にすがりついて、組織に依存しているに過ぎない。俺の創った「今」が手放せないでいる………二つ目の人格……お前はな…邪魔なんだよ」

 

 愛も容赦も存在しない冷酷な一言。

 もう一方の人格だけであれば、おそらくこんなことにはなっていない。未来を重要視するピラウだけならば、すぐにでも組織を脱退してレネートと逃避行でもしていただろう。

 

 説教をするつもりは毛頭無い。ごく稀にだが、ピラウは大きな衝撃を受けると、人格が引っ込んでしまうことがある。つまり強制的に人格交代を行うのだ。狙うのはそれ。

 

「…うるさい………」

 

 死魚目。静けさから遂に怒りが溢れる。

 爪が食い込み血が出るほどに拳を握り締め、脳が耐え難い悲哀の一色に染まる。

 

「僕の理解者は君だけだったのに!どうしてそんなこと言うんだよ!僕は僕だッ!二つ目の人格でも邪魔者でもないッ!!」

 

「…お前が変わったなら……俺も変わるさ。「時間の中心」に縛られたお前の心は、俺にはどうやら分からなくなったらしい……それが、時の流れだ」

 

「ふざけるなッ!何でなのさ……!レネート……!僕はッ……ピラウ・ビアンクだァアアア!!!」

 

 激昂に任せて機関銃の引き金を引いた。

 レネートは『ステップ・アウト』で辛うじて弾丸を弾き、距離を詰めようとするピラウから後ずさりした。

 ぶっ殺すと意気込んだのはいいものの、勝てる見込みは無い。もし自分が死んだら、それで何かを学んでほしいと思うだけ。

 

「違う……お前は…!」

 

 レネートは口走る。

 

 

 *

 

 

 晴れ空は閃々と澄み渡り、視界一杯の細長い光は目を痛めた。それほど呑気にいられるのは、体の痛みを感じないからだ。

 体中を濡らしているのは血ではなく水だった。ぶちまけられたペンキのようだった血は、爪の間まで綺麗に消えている。その代わりの水は少し生臭い。

 

「き、傷がない……?」

 

 上半身を起き上がらせると、恐怖と驚愕が同時にやってきた。夢の世界か、はたまた死んだのか、ピラウとの戦闘を振り返ると、そうとしか思えない。

 ハッキリとしない意識の中、首を横に捻る。

 

「よぉポルナレフ」

 

 ホル・ホースは風に揺られて、目だけ黄昏れながら、禁煙用タバコを口にくわえていた。

 鮫に連れていかれたホル・ホースがこの場にいるということは、一つの結果を意味する。

 

「なッ!………じゃあここはやっぱり…!」

 

「生きてんだよッ!あの世じゃあねぇぜ。まったく……しっかしよぉ、ここはどこなんだ?」

 

 なんの変哲も魅力もない橋の下。旧市街とは打ってかわって、河川敷のコンクリート道の上だ。川の流れは緩やかになりつつあり、血腥さとは縁遠く、生い茂る木から落ちる陰は寒気を運ぶ。 

 空気が湿っぽく、木の葉が濡れている。天気は晴れだが、ついさっきまで雨が降っていたのだろう。

 

「…ここは…まだローマか……?」

 

 低パワーや広射程距離ということから、鮫が遠距離型スタンドなのはわかりきっていたが、驚くほど遠方に移動させられた訳ではないらしい。

 まあそんなものか、と独りでに納得する。

 

 問題は山積みだ。レネートを助けるために、一秒でも早く戻らなければならない。

 

「鮫野郎は俺が倒し……たのか?まあいい、厄介なのはピラウが波紋を使えるっつーところだ」 

 

「波紋…?あの電撃のことか?」

 

 ピンときていない。

 「波紋」とは、波紋法や仙道などとも呼ばれる、特殊な呼吸法により体内に生命エネルギーを発生させる技術である。

 厳しく長い鍛錬によって得られ、使用方法は多種多様。太陽のエネルギーと等しく、液体に流れやすいという性質もある。

 

「まあなんだ…万能エネルギーってやつだ。ジョースターさん以外に波紋とスタンドを両立している奴がいるなんてな…かなりデンジャラスだぜ」

 

「ほへぇー」

 

 波紋の恐ろしさを分かっていないようだ。

 

「それよりも……だ。再戦になるってのはいいが、優先すべき仕事ができたみたいだぜ」

 

「!」

 

 川の中央──背びれだけが露出し、既にクラッシュはいた。その憎たらしい姿は目を疑うほどに巨大化しており、映画『ジョーズ』を彷彿とさせる。

 飛びかかってくる様子はなく、じっと我々の方向を向いている。

 

「水量に応じてサイズが変化するっつー情報も追加か。といっても、奴にかまう必要はない。液体がなきゃあ拝むこともねーんだからな」

 

「……甘ーぜポルナレフ、あの陽気な嬢ちゃんと鮫野郎は連携がとれてる。必ず何かを用意してるだろーよ……俺はここで戦うぜ」

 

 皇帝(エンペラー)を構え、歴戦の勇士の如く意気込む姿は、ポルナレフにとって意外だった。

 ピラウと鮫のコンビは確かに強い、分散して戦えばチャンスがあると考えたのだろう。だとしても、一人になると弱気になるホル・ホースが、この場に残って戦うというのは性に合っていない。

 

 ハットを深めタバコを吐き捨てる。

 

「いいか!オメーらを見捨てて逃げようとしてるだとかじゃあねーぜ!」

 

「………」

 

「レネートはスタンド使いじゃあねぇ、だから奴らはこの俺とオメーを見失いたくねぇはずだ。おそらく鮫野郎はこのまま監視を続けるさ………そもそも俺ぁ女を撃てるかも…分からねーんだぜ」

 

 元は関係のない話、なんて戯れ言は言っていられない。難しい事なんか考えちゃいない。ただ今まで通り飛びこむだけのこと。

 

「それに、オメーの相棒はレネートだぜ」

 

「………ハっ、らしくねーな」

 

 激励は不必要。覚悟さえあればいい。

 

「俺はレネートと合流する。鮫はオメーに任せたぜ!ホル・ホース!」

 

 

 

 





次回は誰得な人たちの戦闘回です。


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ザ・クラッシュ

 
ホル・ホースVSスクアーロ

こんな謎の対戦カードになるとは自分も思わなかった。



 

 

 

 ローマ テヴェレ川付近

 

「遠距離型のスタンドはよく知ってるぜ……なにかと隠れたがりなヤツが多い。分かるか?…チキン野郎が多いってことさ………そもそも、魚が銃に勝てるわけねーがな……それよりお前さん、喋れねーのか?」

 

 笑い混じりの返事なき会話は、静まった小さな河川敷の中を流離う。クラッシュに表情の変化などあるわけもなく、水紋は止まりつつある。

 一般人から見れば川に話しかける狂った男。彼らからすれば、既に戦いは始まっている。

 

「…だんまりってか。まあ、所詮は砂上の楼閣……本体がダメなら敗北よ」

 

 皇帝(エンペラー)の銃口をクラッシュに向け、鋭角的な目線を合わせる。その様はまるで別人のように雄々しい。

 引き金にかけた指に力を込める。

 

「ドタマに風穴、空けてやるぜ」

 

 軽い銃声──二発の弾丸が空間を抉り進む。

 そしてクラッシュはホル・ホースの予想通り、川から瞬時に消える。少しの飛沫を上げ、水が弾丸を優しく包み込んだ。

 

 やはりか。鮫の能力は「液体中でのみの瞬間移動」。弾丸が当たる可能性は薄いし、はなっから当てるつもりはない。クラッシュは一度の瞬間移動でそう遠くまで移動することはできない。直ぐ近くにいるのだ。

 

「この俺の皇帝(エンペラー)の能力を見たお前さんなら、横に回避することはしねぇ。監視の目を常に向けてるんなら……どっかにいるんだろよォー!」

 

 先程の弾丸一発が弧を描き川を脱する。異常な軌道でホル・ホースの真横を通過して、後方に突き進む。

 狙いは、葉先の水玉に潜むクラッシュだ。

 

 しかしまたも、クラッシュは消失する。弾丸は空振り。これでは、軌道操作と瞬間移動のイタチごっこだ。

 

 クラッシュは再び川の中に移動し、視線を陸にやる。

 

「!」

 

 しかし既に視界にホル・ホースはいなかった。

 

 

 少し場所は変わる。

 ルネサンス様式の豪邸にも見えるシンプルかつ美しい建物の、十字路に面した玄関口の上、ベランダにスクアーロはいた。そこからはテヴェレ川はおろか、クラッシュの姿が拝める。

 青黒いバンダナから溢れるような橙色の髪は若さの証。細身の体を汗が通り、左手に持ったコップ一杯の水の水面は揺れている。

 

「マズい……ヤツを見失っちまった!なぜなんだ……ヤツの能力は単なる暗殺銃(ハジキ)…!弾丸に気をとられていたとはいえ、この俺の『クラッシュ』から逃げられるはずがねぇ!」

 

 顔面蒼白で、わかりやすい焦りを浮かべる。

 親衛隊に入って初の任務が失敗に終われば、信用を失ってしまう。その先に何が待つかは知らないが、最も怒りっぽい時の隊長に始末されるか、もしくは組織に居場所が無くなるなんて事もありうる。

 

「必ずどこかにいるッ!探し出さなければ!」

 

 

「(ここだぜ……)」

 

 ホル・ホースは川底に潜っていた。

 ものの見事にクラッシュの後ろをとっている。

 

 水中は自分の独壇場と思い込んでいる点をついた、灯台下暗し。好都合なのは、相手は戦い慣れていないために、全体を捉える能力に欠けていることだ。

 波打たぬよう、ゆっくり確実に狙いを定める。

 

「(やはり戦闘においては素人だ……こいつ。嬢ちゃんがいないからかは知らねーが、能力を使いこなせてねぇ………スクアーロとかいったな…オメーの負けだぜ)」

 

 常に二人一組で歩んできたホル・ホースには分かる。相棒となる協力者がいないと、途端に自信を失い、小鳥の羽音にさえ驚くようなタイプだ。ならばここでは経験が物を言う。

 

 川にいるクラッシュは巨大化している。つまりは的が大きい。急所に当てるのは容易だ。水を含んだ服は重く、そう長く息も持たない。

 

「(終わりだ…!)」

 

 バン、と籠もった破裂音が勢い良く鳴る。水中でも弾丸は失速しない。

 

 当たる直前──クラッシュは瞬間移動し、弾は水だけを引き裂いた。

 ヤツはまるで気づいた様子が無かったというのに、奇跡的なタイミングで雲散霧消、弾丸を回避したのだ。

 

「何ッ!?」

 

 形勢逆転。

 

 

「魚だ!川魚の動きが一変したということは、誰かが川にいるということだ!魚にスタンドは見えないからな……そしてこんな時に川に飛び込むヤローは1人しかいねぇ!」

 

 予想外を解決した自らの機転に感服し、スクアーロは笑みがこぼれる。目の前で高笑いをしてやりたい気分だ。

 弾丸による軌道操作はもうない。あとは背後に瞬間移動させたクラッシュで食らいつき、その大口で首を千切ればいい。

 

「クラッシュ!!食い破れェェエーーッ!!!」

 

 

「マズいッ!」

 

 真後ろからの突撃はさすがのホル・ホースでも間に合わない。ましてや水中、動きは鈍くなっている。

 巨大化しているクラッシュのパワーは、もうバカにできない。

 

 ニヤリ、と口角を上げた。

 

「……なんて言うと思ったか、甘っちょろいな。俺はホル・ホースだぜ」

 

 皇帝(エンペラー)の弾丸一発は川底を突き破って現れた。こんなこともあろうかと、一回目の銃撃で保険をかけておいたのだ。

 

「二発撃ち込んだのを忘れたのか?ずっと地面を掘り進んでいたのさ………お次は、テメーを掘り進む予定だぜ」

 

「!」

 

 水を彷徨う微光を切り裂き、弾丸はクラッシュの腹から頭までにめり込む。

 疲れ切った赤子のように闇雲に体をくねらせると、やがてクラッシュは姿を消し、ホル・ホースに川から抜け出る時間を与えた。

 

 だが這い上がってもなお、悠長に構えていられない。追い詰められたスクアーロの次の目的、最適解となる行動とは。

 

「俺の体中の水滴の量じゃあトドメはさせねぇ…無理にでも、十分な量の水を用意するだろーよ。そう、次のオメーの予定は……」

 

 ホル・ホースが顔を上げると、予想通り、スクアーロはいた。

 

 滝のように細身の体を血潮が通る。彼は息を荒らげ、茂みの中をかき分けて来た。片手に持ったコップの水の中には、小さくなったクラッシュがいる。

 

「…………ハァ…ハァ………テメー!!」

 

「一人で来る!なあ、スクアーロさんよォー!」

 

 スクアーロは戦闘においては甘ちゃん、そして致命傷寸前の怪我を受けている。かといって油断はできない。ホル・ホースはすかさず銃を構える。

 ヤツが姿を見せたとしても、ホル・ホースが有利なことに変わりはない。2人の視線は火花を散らせ、環境音だけが耳に入る。

 

 火事場の馬鹿力なのか死を恐れる本能なのか、スクアーロの脳内は今まで以上に研ぎ澄まされていた。

 

「……………」

 

 このコップの水の量ならば、ホル・ホースの喉を突き破ることぐらい造作もない。水をかけさえすれば、勝てる。しかし、弾速よりも速く水をかけ、クラッシュを食いつかせられるか……。

 タイミングを間違えれば、負ける。

 

「!?………………うッ………!!」

 

 突如として、スクアーロは白目を向いて卒倒した。その場で眠っているようにピクリとも動かない。

 

 ホル・ホースはその数秒後に睨み合いが終了していたことに気づき、顔を歪める。

 出血性ショックか何かで気絶したのだろう。スクアーロの顔をのぞき込むと、不意打ち目的ではないと納得し、半信半疑ではあるが勝利に笑う。

 

「……ギャングのくせに肝が据わってねー野郎だぜ…………まあよく分からんが、物事の終わりってのは案外呆気ない幕切れよのォー」

 

 親衛隊のスクアーロ撃破、と胸に刻み、見下して余裕をかます。

 

「ふぅ、体中びしょ濡れだぜ。さっさと合流し」

 

 思わず口が途切れ、視界の隅に人影が入る。真の恐怖はこれからだ、と言わんばかりの雰囲気。

 横に目をやると、それは橋の陰を被っており、笑いかけているように見えた。

 

「あ?………ジロジロ見てんじゃあねーぜ。誰だテメーは」

  

 「その男」を見た途端、ホル・ホースは強張り、濡れた身体でも暖かい汗を感じた。顔を合わせると恐怖は更に増した。

 

 老人。という二文字には収まりきらない、無機的な穏やかさを持った風貌。顔全体にシワが刻まれ、襟足は跳ねている。

 お世辞にも背丈が高いとは言えないものの、若者以上に背筋が伸びており、老齢を打ち消しているよう。手に持つ蝙蝠傘が不気味なアクセントを加える。

 そしてホル・ホース達のやってくるずっと昔から、その場にいたような慎ましさ。

 

「……………」

 

 歩き出す。

 

「君は、君だけは情報が非常に少ない。恐らくは、レネート・ダフトパンクやJ・P・ポルナレフとは動機が違う……乗りかかった船のようだね」

 

「誰だ……と聞いたんだぜ、爺さん」

 

 本当にその通りだった。スクアーロなどとは違う、圧倒的な風格を漂わせている。その老人の名前よりは、何者かを知りたかった。

 老人は足を止め、静かに言った。

 

「私はヴラディミール・コカキ…………この名前を聞いても、君にはわからないだろうがな。組織の人間なのはわかるだろう」

 

 皮肉っぽい喋り方が不安をかきたてる。

 ポルナレフ達から聞かされた名前といえば、一部の幹部やスタンド使いの可能性が高い構成員のみだ。コカキ、などという名前は耳にしたことがない。

 

「……ホル・ホース。俺の名だぜ」

 

 息を整えつつ、皇帝(エンペラー)を出して背に隠す。

 

「なぜ組織に因縁の無い君が、彼らと行動を共にするのか……?ポルナレフもレネートも、ここにはいない。しかし君は逃げ出さない」

 

「…………何が…言いてぇ」

 

「なんてことない質問だ。これに答えても答えなくても私は敵だと、言っておこう」

 

 敵同士だというのに質疑応答を始めるとは、1ミリも意味が分からない。老人特有の浅はかな過信があるようにも見えないし、スタンドを出した気配も無い。

 ホル・ホースは今すぐ銃をぶっ放したい気持ちを押さえ、ため息交じりに口を開く。

 

「……俺は今、大海原のド真ん中にいるんだぜ。船を飛び降りるよりは、終着までついて行ったほうが安全ってものよ」

 

「自分のため……ということか」

 

「…………いいかジジイ!俺たちはオメーらほど暇じゃあねぇ!説教ならゴメンだぜ!戦いてーならそうと言いやがれ!」

 

 疑問はつのるばかり。

 

「君を始末するためにローマへ来たのではない。ただ、「組織の敵対者は殺す」……これがパッショーネでの共通認識。ルールではない、常識だよ」

 

 ボスの正体を探る者は組織の敵対者、とは普通はおかしな話だ。もしかしたらボスの正体が、組織を転覆させられる事に繋がるのでは、とホル・ホースはポルナレフ達のやっている事の恐ろしさを再確認した。

 それでも疑念は尽きない。

 

「…君の体は濡れているようだ」

 

「……………なに…?」

 

「そのせいで君は気がつけなかった………既に私の能力、『レイニーデイ・ドリームアウェイ』の射程距離内にいることに……」

 

 

 




 
1話だけです。

あと自分の中では、ホル・ホースが戦っている場所の近くにはティッツァーノ通りっていうのがあって、ティッツァーノとの出会いでも書こうかなーって思ってたりした(適当)


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知らない過去の物語

 
過去の物語と言ったな、あれは嘘だ。

旧題「仮想真実 その1」




 

 

 

 

 ピラウ・ビアンク。本名ラウラ・ツェペリは、「ツェペリ家」の末裔として1974年に生まれた。

 

 その頃のイタリアは揺れ動き、鉛の時代と呼ばれていた。そんな不安定な時でも何故か彼女の家は裕福で、ヴィネツィアに大きな島を一つ持っていた。けれども親にはその島への出入りを禁じられ、彼女は子供らしく素朴な疑問を抱いていた。

 父親は「波紋法」という特殊なエネルギーを操る術を身につけているが、何故私は使えないのだろう?毎朝決まった時間に父がその島に行くのはどうしてだろう?と。

 

 父親は娘に波紋を教授しようとはしなかった。彼女が波紋を使いたいと言っても、理由を訊ねても、いつも誤魔化された。笑顔の絶えない優しい父親だというのに、そればかりは疑問の募る日々であった。

 

 11歳の頃。

 父親の書斎に特殊部隊よろしく突入し、ラウラは満面の笑みを浮かべる。この世の悪を知らぬ純粋な顔で。

 

「パパ見て!できたよ!」

 

 細い指先から、僅かな波紋が放たれている。火花にも見えるそれは、いくら微かでも波紋。意識の上でやっている。

 ラウラは父親の発言や行動から独学で波紋法というものを解析し、1ヶ月かけて基礎を修得したのだ。彼女にとってこれほど簡単に修得できるは思わぬ幸運で、それをただ褒めてほしかった。

 

「…………ラウラ……お前!」

 

 だが待っていたものは望みとは反して、恐れをなす父親だった。怒鳴るわけでもない、その表情に込められた気持は誰にも理解できないだろう。

 

 

 女といえども、波紋法を極めた者が多かったというツェペリの血を引いている。才能が有り余っていることは承知していた。だが自身が厳しい修業の果てに得た波紋法を、こんなにも容易く、しかも独学で身につけると誰が思っただろうか?ラウラは好奇心旺盛で真面目な娘だったけれど、父親は遂にそれすら恐れてしまった。

 

 波紋法については、父親は特殊なエネルギーとしか説明していない。それ以外の全てを徹底的に秘密にしてきた。それは何故か?

 波紋法というものは、そこらのスポーツ等とは違い長い年月かけて極めるもの。まだ人生の選択肢が無限にある娘には、波紋など覚えずに友人と遊び、勉学に励み、時間を一秒たりとも無駄にしてほしくなかった。それに昔出会ったチベットの波紋使いから、「強固な意志と覚悟を持たぬ者に波紋を伝授してはならない」という掟があると教えられた。偶然だが父親にもそれはあった。もし波紋が悪用されれば、世界は破滅してしまうからだ。

 

 だというのに「天賦の才」は、その全てを自力で暴いてしまった。

 

 太古の昔に波紋戦士を一掃した怪物がいたと耳にしたが……私の娘はその怪物と同等の力を内に秘めている!あと1年経てば、私を易々と超越できる才能を持っているッ!

 

 

「………パパ…………?」

 

 すまない、そう言って父親は初めて人を殺めた。厳密には、有りっ丈の波紋を娘の脳に放ち、デタラメに脳組織をかき回した。もし奇跡的に生きていたとしても、口をきくことも指を動かすことも出来ない程に。

 

 ここで正式に波紋を教えれば、短期間でラウラは極めるだろう。いや、教えなくとも極めるだろう。だがそこには志も正義感も無い。最も父親が恐れたことはそこにある。

 波紋を軽く見た娘が波紋疾走を悪用すれば、自分もろとも責任を負わされて波紋使い達に粛清されてしまう可能性がある。嫉妬心も少しばかりあったが、父親は自身の命の方が惜しかったのだ。

 

 父親はあろうことか、自分の身を真っ先に案じた。実の娘を信じなかったのだ。

 

 彼女はこの歴史を知らない。名前も年齢も友人も何もかもを父により奪われた。彼女はヴィネツィアの運河にひっそりと捨てられ、動くことさえできずに最期を待つのみであった。

 それを受け入れることができなかった。前ぶりも無く訪れた悲運の荒波は体中を冷やし、包み込んでいる。水の中で手を伸ばしたかった。誰かに助けてほしかった。

 

 愛していた父親に裏切られ、希望も未来も失った。彼女はこの世界の全てを恨み呪った。そして「一度目の裏切り」は、彼女に「新たな人格」を与えたのだった。

 

 

 *

 

 

 J・P・ポルナレフは捜していた。

 

 クラッシュに連れていかれた川から、最初の旧市街地までの距離は徒歩だとなかなか遠い。地図を持っていないおかげで、時間はもっと伸びそうな予感。

 人の流れに抗うように走り続けるも、見たことのない景色ばかりが目前には広がる。どれだけ焦っても、神はレネートのもとへと案内はしてくれないようだ。

 

 石畳の敷き詰められた大きな広場に出る。変わり映えのしないベージュ色の建物や教会が囲むように建っており、観光客はごく僅か。見知らぬ景色にかわりはない。

 広場の端を沿うように歩いていると

 

「「何か捜している」。場所ですかな?今のあなたはとても疲れていますね、たまたま?いや、そんなはずはない」

 

 背中にかけられた的確な疑問符がポルナレフを止めた。ふと路地にこじんまりと店を構える男のほうを見た。

 イスに座っているその男は黒いローブを被り、猫に似た不気味な眼をしている。机には水晶やタロットカードが置いてある。

 

「なんだァ~?そのナリだと占い師だなテメー」

 

「ローマは初めてですか?実は私も。いつもはサルディニアでやっていますが、少し気分を変えたくてね…………ひとつ「占って」いきませんか?運命は変えられませんが、「悩み」や「不安」に対策を立てられる」

 

「……断固拒否する。時間がねーんだ。それに、俺が外国人だってことぐらいは誰だってわかるぜ。見た目から推測するなんて、よくある占い師の手口じゃあねーか」

 

 呆れて立ち去ろうとするポルナレフに言い放たれる奇妙な事実は、絵空事などではなく、彼に二の足を踏ませることになる。

 

「あなたには「悔い」がある。原因は「友人の死」、いや「犠牲」だ…自分のための。他人の前では後悔していないように振る舞ってはいるが、心の奥底では深く悲しんでいる……ね?そうでしょう~~~?」

 

「…………………なんだと?」

 

 占い師の疑いようのないそれは、彼の心をグイッと掴み取った。無意識のうちに振り返っており、足が地面を離れない。

 彼の言うとおりポルナレフには、仲間が自分を庇い死んでいった過去がある。もしその犠牲がなければ、ポルナレフはここにはいない。3年前の忘れられない出来事だ。

 

「まあ、料金はお安くしときますよ。なにせ新米なんでね。しかも、興味がわいてきた。その人生に…………年下がおこがましいかもしれないが、「アドバイス」をしてあげましょう。「杭」を取り除けるかもしれない」

 

「やけに物知りだな……オメーもしや……」

 

「すでに占っています。ズボンについている血の形が暗示している…うむ、「後悔」と「恐怖」。あなたは「今も昔」も「悩んでいる」」

 

 ズボンに垂れていた少量の血痕をじっくり見つつ、占い師はそう言った。

 曖昧な結果だが、ポルナレフは「そんなものは誰にでも当てはまる。バーナム効果とかいうやつだろ」という文句を抑えていた。心臓にグサリと突き刺さる何かがあった。過去をハッキリと思い出す時間はいらない。

 

「表面上では「他人のための正義」を掲げてはいるが、本心は違う。それはあなた自身も気づいていないことだ。人間は誰しも「自分が一番」だが、まれに「他人のため」に生きる「紛いもの」がいる。あなたの仲間たちはその「紛いもの」だった…ですよね?」

 

「……………」

 

「あなたは「紛いもの」になりかけている。しかし、なりきれていない」

 

 ポルナレフは唾を飲み込む。

 

「今、あなたは「命に関わる場所捜し」をしているらしいけれど、私の話に聞き入ってしまっている。それが「紛いもの」になれていない何よりの証拠です。あなたは、自分さえ知らない「境界にいる人間」なんだ。非常に珍しいタイプですよ」

 

「はっ……そ、そうだ。占いをしてる場合じゃあねぇ!レネートのもとへ行かなければッ!」

 

「「紛いもの」か「人間」………その年齢で自力で「どちらかに成る」のは不可能………しかし安心してください。あなたの運命には「更なる犠牲」が現れるでしょう!誰にも気づけない犠牲が!」

 

「気づけないィ~~?この俺をおちょくってんのかッ!やかましい!実力は認めてやるが、金は払わねーぜ!」

 

 犠牲などとは縁起でもないし、そもそも理解不能な予言。我に返り腹を立てる。

 

 占い師は職業柄、そのフランス人の事が気になっただけ。タダ働きには意を介さず、彼はしれっと北の方角に指を向ける。

 

「観光客からの盗み聞きだと、あっちで何やら騒ぎになっているようですよ」

 

「…お、おお。すまねぇな」

 

 イタリア人の親切心を信用し北へと走り去る。

 無駄な占いは短時間の出来事とはいえ、生死に関わってくる。というのに、ポルナレフは良い経験をしたと感じていた。

 

 その時、占い師はひとつ引っかかっていた。

 

「……あれ?自分で言ったことだが………誰にも気づけない犠牲……死?どういうことだ?」

 




 
場面転換多くなっちゃうのは悪いクセですね。しかも関連性が薄い……


なんか久しぶりに来てみたら、めっちゃお気に入り増えてて嬉しいです。ボスの小説を書いてる方が宣伝してくれたからですかね。いや、そうに違いない。

みんなも今話題のボスの小説を見よう!(見てない人のほうが少ないと思うけど)


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ヴァーチャル・インサニティ その5

 
 
遅れて申し訳ないです。戦闘構成が難しかった(こなみ)


オリキャラvsオリキャラはなるべく避けてたんですが、今回はすいませェん。



 

 

 

 

 賽は投げられている。

 ピラウの指は引き金から離れず、ローマの旧市街地は苛烈なる戦場と化す。弾切れを待てるようなパワーはレネートにはない。

 『ステップ・アウト』の4つの拳は弾丸をかろうじて弾き飛ばしてはいるものの、後退を強いられているのはレネートの方。

 

「くっ……!」

 

 100パーセント防ぐことはかなわず、何発かが体に命中していく。

 

 鉛の雨を防御する。対抗策も思案する。両方やらなくてはならないところが、今のピラウ・ビアンクと立ちあう時のツラいところだ。

 

「オオオオオオオオオ!!!!」

 

 彼女は口端が裂けそうなほどに口を開き、その身に似つかわしくない叫びを轟かせる。

 ピラウはわかっていた。たかが機関銃ごときで彼は破れないと。『ステップ・アウト』のダメージ転移能力はどんな傷でも無に返す。しかも相手はあのレネートだ。そう易々と即死してくれはしない。そこで重要となるのが、自らのスタンドだ。

 

 1つ説明すると、ピラウのスタンド能力『ヴァーチャル・インサニティ』は他人からの攻撃を受けない限り発動させることは不可能。無論、自ら攻撃を受けにいく手もある。

 そして一度発動してしまえば、ピラウの勝利はほぼ確実。

 

「危害を加えるのではなく…「停止」させなければならない……無傷のまま。俺に出来るのはそれだけ……肉体と精神の2つを止めなくてはッ!」

 

 地面や車体に存在する弾丸によるあるゆるダメージを空気中に転移させる。空気中へ放たれた衝撃は衝撃波に変わり、破城槌のようにピラウの胸を突く。

 

「…!」

 

 足を浮かせて後ろへ蹌踉けた。予想外に威力があったようだ。

 

「マズい!強すぎたかッ……!?」

 

 頭を打ちでもしたらお終いだが、敵を救う戦いとは…考えるだけで胃が痛くなる。

 

 地球を縦回転させる勢いで地面を蹴り、敵のもとへ向かい、スレスレのところで、滑り込むようにしてピラウの体を抱えた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「ううん、全然強くない……弱すぎ。ハエが止まったみたい……実はレネートもわかってたんでしょ?弱いのも、倒れたのが演技だったのも。でも敵の僕を助けた…「万が一」に恐怖しちゃった……教えて、それは本心?」

 

「……………それは…」

 

「覚悟なんてできない……誰も」

 

 首を掴み、一回り大きい男を押し倒し、持っていた拳銃を突きつける。レネートは驚いたのち、顔を険しく変える。

 

 押し倒せたのは怒りのおかげなのか、彼女自身にもよく分からない力だった。それ以前に、レネートに牙をむくなど、脳裏を過ぎりさえしなかった事だった。

 

「『ステップ・アウト』ーーッ!」

 

 しかし接近することはスタンドの射程距離内に入るということ。

 ステップ・アウトがピラウの白い肌に触れると、彼女は冷えた石畳に叩きつけられた。巨大な鉄球か何かが背中に落とされたように、体がめり込んで指一本動かない。

 

「ウガッ……!」

 

「…地面のダメージを転移させた……蓄積された車の重みだ。お前は死ねない…調整はしている」

 

 レネートは緊張感もなく体を起こすと、あぐらをかいてピラウを見る。呆れ果てるわけでも攻撃するわけでもない。澄み切った空を少し見上げて、包み込むように優しく拳銃を握った。それは拳銃を破壊するため。

 彼女を横目に悠然と息を整える。

 

「お前には似合わないな…親衛隊隊長だったか……というやつは。妄執に取りつかれすぎたんだ……」

 

 勝つために行うのは「人格交代」。今の人格に精神にショックを与えることで、無理やり、もう一方の冷静な人格を呼び出す。その後、対話による平和的解決を目指せばいい。

 説教ではなく、事実をつきつけて絶望の底に叩き落とすのだ。

 

「もう……相容れない。この俺を負かそうが……何も変わらない。理解できないのだ……俺が諦めない性格なのはとうにわかっているだろう」

 

「……何をッ…!」

 

「たった今だ…………覚悟はできた。残りはもう…もう殺すしかない……俺も、お前もな」

 

「………!」

 

 心の中から、微かな希望さえも消え果てた。レネートの言葉を全て信じてしまう性だからこそ、殺すしかないという定めは絶望の絶望の更にどん底に、少女を迎え入れた。様々な思考の矛盾は脳内を刹那的に白紙に戻し、改めて考える時を与える。

 

「……………」

 

 自分は今まで何のために生きていたのか。誰のために忠誠を捧げていたのか。親衛隊隊長になったのは、放棄の連続によるその場しのぎか。もしかしたら、今の私は他の人格達の邪魔になっているのではないか。

 今の人格は、他の人格達の思いの丈を知らない。他の人格達も同様だ。他のピラウが何を考えたのかは知らない。僅かな記憶の共有だけが可能。

 立ちはだかる峰に挑まぬ人間は、狭い範囲で欲望を満たすしかない。

 

 歯を食いしばって涙をこらえる。

 

「まだ………大丈夫…まだッ…!」

 

「!」

 

 突然──そばにレネートがいるということは『ステップ・アウト』の射程距離内にいるということ。レネートの意思がない限り、スタンド能力が解除されない。

 だというのにピラウは平然と立ち上がった。

 

「…なッ……?」

 

 現状で、彼自身以外が能力を外す方法はただ1つ。『ヴァーチャル・インサニティ』の「事実を歪曲させる力」だけだ。

 レネートはピラウの能力を熟知している。大体の場合、1時間以内に死亡が確定していることが能力の発動条件。そしてどれ程のダメージで発動条件を満たすのかも知っているし、『ステップ・アウト』の能力を使えばダメージの調節も行える。

 

 この状況、1時間以内に死ぬことはあり得ない。しかも指一本として動かせるはずがない。

 

「………………」

 

「……どうやって…能力を使った……どう俺の能力を「すり抜けた」!答えろピラウッ!!やはり……お前は一体…誰なんだッ!」

 

 レネートは跳び上がってゆっくり距離を置く。

 

 あれは単なる生存本能から来る馬鹿力か、それとも違う何かなのか。いや、今はそれよりも人格交代を優先すべきだろう。

 そんな思いが神にでも届いたのか、彼女の行動に変化が訪れる。

 

 瞳孔は開きっぱなし、口の開閉を繰り返し、小刻みに体を震わせている。その様子から推察するに、もう一方の人格へと入れ替わる最中に違いない。

 

「僕………はッ…!」

 

 頭に爪を立て、ツヤのある髪の毛を掻き乱す。数十分前までの陽気な少女からは想像もつかない、ただならぬ様相を呈している。

 その異様な緊迫感など関せず、レネートは真正面に立ちはだかる。

 

 その時丁度、ピラウはカタツムリが進むよりも遅く顔を上げ、何よりも速くレネートを睨みつけた。

 人格交代が完了したのだろう。

 

 表情に輝きは無く、下手な操り人形のようにフラフラとしている。突然呼び出されたことが不満なのだろうか、しかしどこか笑っているようにも見える。そして生後間もない赤子のように指を向けた。

 

「レネート………か…」

 

「……」

 

「………なあ……?…オイ……」

 

「…?」

 

 おかしい。

 

「そこのテメーだよッ!クズのよォーー!まあ、テメーからすりゃあ初対面だからなァ~~、ご丁寧に聞いてやってんだぜッ!挨拶しろよなぁ!」

 

 際限なき晴れ空は「新たなる少女」を照らし出していた。レネートの頭は真っ白になり、らしくない驚きと共に尻込みした。

 急に一変した口調は、どのピラウにも当てはまらない荒々しさを感じさせる。

 

「予想以上に…ピラウの人格はッ!「完成」していたのかッ!さっき『ステップ・アウト』をくぐり抜けたのも『ヴァーチャル・インサニティ』には「その先」があるからッ!……まさか……まさかこいつはッ!」

 

 真実はそう複雑ではなかった。

 そもそも「それ」が起こっている可能性は高かったのだ。穴だらけの心を持つピラウなら、情緒不安定になるよりもあり得る事だった。彼女が内心「レネートに裏切られた」と感じていれば、なんらおかしくはない事象なのだ。

 

 最悪の事態。これから起こる全ての事柄が、ドス黒い色に塗り替えられた気がした。

 

「……………『第三人格』……!!!」

 

 鳥肌が全身を囲った。

 

「羽虫よりみみっちい頭でよーく覚えておけよ!「俺」の名はピラウ・ビアンクだ!!!」

 

 




 
「リゾット・ネエロは動かない」をやりたい今日この頃。

能力の説明してないので、これを参照してください。わかりずらいかも。

【挿絵表示】


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