人と鬼、雪と春 (こつめ)
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人と鬼、雪と春

「本日の夕方から降り始めた雪は、都市部でも数センチの積雪が予想され……」

 テレビから、気象情報を伝えるアナウンサーの声が聞こえてくる。

 俺の記憶が正しければ、昨日は「しばらく暖かい日が続くことが予想され、春の訪れも近いでしょう」って言ってた気がするんだけど。

 ……もうこの番組の天気予報は当てにしないようにしよう。

 当てにならない天気予報など聞くだけ無駄だ。俺はテレビを消して、別れを惜しみながら炬燵から出た。なんとか炬燵に入ったまま生活できないものかと考えて久しいが、未だにいいアイデアが思い浮かんでいない。もし俺が天才だったら、真っ先に解決策を考えるだろう。

 さぁ寝るかーとベッドへと向かおうとして、ふと外の様子が気になった。窓の下へ行き、カーテンの隙間から外の様子を伺う。窓の外では、夜の暗さに対抗するかのように、降り注ぐ雪の白さが街灯に照らされていた。この分だと、確実に明日の朝は辺り一面雪化粧となりそうだ。

 しばらく窓際にいた所為で、炬燵の魔力が切れて寒くなってきた。完全に冷え切ってしまう前に、急いでベッドに潜り込む。炬燵ほどではないが、冬場の寝床も十分に魔力が充填されている。それこそ、ベッドに入った存在をすぐ眠らせることができる程度には。

 明日の朝までに雪どれくらい積もるかな、講義は休講にならないかな、でも家から出るのが面倒なのは嫌だな、とかそんなどうでもいいことをぼんやり考えていると、段々と意識が遠のいていく。

 そういえば、彼女と雪遊びをしたことがあったな。あれは確か、そう、今くらいの時期で……。

 俺の意識が保ったのは、そこまで。そのまま俺は、ゆっくりと意識を手放した───。

 

 

 夢を見ていた。俺がまだ『人理を修復したマスター』なんて分不相応肩書きを持っていた頃の思い出。今日みたいに春先なのに寒い日だった。

「ほれほれ、遅いぞ立香、置いていってしまうぞ〜?」

「あ〜もう待てって茨木!」

 その日は珍しく、茨木に半ば無理やりレイシフトに付き合わされた。なんでも、大江山に大雪が降って、辺り一面が雪で覆われたらしい。こんな状況を前にして雪遊びをしない訳がないのが茨木童子だ。そして雪遊びには当然遊び相手が要る。その遊び相手として、たまたま暇してた俺が選ばれてしまったのだ。

 俺もそれなりの環境を戦い抜いてきたから、雪の上でもそれなりに動けるつもりだ。しかし、それはあくまで『それなり』である。間違っても、サーヴァントとして召喚された鬼より元気に動き回れるレベルではない。

「だから待てって……!……うわぁ!?」

 先を行く茨木に追い付こうと焦ったのがいけなかった。見事に足を雪に取られ、バランスを崩して雪の中に突っ込んでしまった。その様子を一部始終見ていた茨木は、腹を抱えて笑っている。

「くひひ、全く、これだから貧弱な人間は……。もう少し鬼の頭領たる吾の身のこなしを見習ってだな、」

 そこまで言ったところで、茨木の姿が突如消えた。……どうやら、凍って固まっていた雪に気づかず踏んでしまい、それで滑って転んで俺の視界から消失したらしい。

「……は、ははっ」

 格好つかない鬼の頭領の身のこなしに、俺は堪らず笑い出した。

「ははっ、鬼の頭領って……わぷっ?!」

 すると突然、何処からか飛んできた雪玉が俺の顔面にクリーンヒットした。

「ふん、軟弱な人間などには負けぬわ……おうふっ?!」

 こちらもお返しとばかりに雪玉を投げ返す。顔面ど真ん中、ストライクだ。

「……汝、後悔してももう遅いぞ。大江山の鬼の頭領たる所以、存分に見せつけてやろうぞ……!」

「やれるもんならね……!」

 第1回種族対抗雪合戦大会in大江山、開戦……!

 

 

「……はー……人間相手に少々はしゃぎ過ぎだったんじゃない……?」

「……はー……汝こそ……」

 結果、引き分け(両者体力切れのため)。完全にお互い本気で遊んでしまった……。茨木、巨大な雪玉を右手に装備させて宝具みたいに右腕だけ飛ばしてきたからな……。まぁ俺もガンドで雪玉を飛ばしたりとか色々したのが悪かったけど……。……これは確実にカルデアに帰ったらお説教コースだな……。

 そうして両者全力を出し尽くした結果、こうして雪の上に仰向けで寝転んでいる。

「……は〜楽しかった……」

「……うむ、吾もだ……」

 周りの音は全て雪に吸い込まれて、何も聞こえてこない。感じられるのは、自分の息遣いと、雪の感触と、茨木の息遣いだけ。まるで世界に、俺と茨木と雪だけしか存在しないような感覚。こんな世界も悪くないかなって思う自分が居て。もう少しだけ、この世界で生きさせてくれ。そう思ってしまった。

 

 

「吾としたことが大事なことを忘れておった」

「え、なに?」

 茨木が急に飛び起きてそう言い出した。終わってしまった2人と雪だけの世界に若干の未練を感じながら、俺も身体を起こす。

「折角2人でこんなところまで態々来たのだ。この地を征服した証拠を何も残さず帰るなぞ寧ろ不粋であろう?」

 そう言って茨木がニィッと不敵な笑みを浮かべた。そうだ、仮にも彼女は鬼、人ならざるモノ。このまま平和に終わるはずなど……。

 

 

「うむうむ、よいではないか! どうだ立香、吾と汝の征服の証拠としてこれ以上ない出来であろう?」

 あったわ。平和的に雪だるまを作って終わったよ。うん、そうだった、鬼と言っても茨木だもんな……。

「うん、すごく良いと思う」

 俺も茨木に釣られてついはしゃいでしまった結果、ほとんど茨木の背丈と変わらないようなサイズの巨大雪だるまを作ってしまった。雪玉の重さを考えてなかったから、上に乗せる時に苦戦を強いられたが、その甲斐あってかなりの達成感がある。

 しばらくの間、雪だるまを前に2人で達成感に浸る。そうして雪だるまを見ていると、ふと、この雪だるまもいずれは溶けてなくなることに気づいてしまった。これだけの大作が消え去ってしまうのは、流石に名残惜しい。

「この雪だるまが、ずっと溶けなければいいのにね」

 俺が何の気なしに呟く。すると茨木が、目の前の雪だるまを見たまま言った。

「それはならぬ。雪がいつまでも溶けなかったら、春を迎えられないであろう。それでは困る。……だから、これで良いのだ」

 言葉から、茨木の鬼の頭領たる所以が窺い知れた。

 鬼とは、人に仇為すモノ。しかしそれは、人によって倒される定めにあるモノ。

 茨木は、それをよく自覚している。

「でも俺は、この雪だるまにも春を迎えさせてやりたいって思っちゃうな」

 でもそれは、あくまで鬼の側の考えだ。人間の俺は、そうは思わない。

「だって、雪だるまだってお花見したいって思うかもしれない」

 だって、俺は茨木とこれからも一緒に居たいと思う。

 俺は人で、彼女は鬼だけれども。

 それが一緒に居られない理由にはならないし、させたくない。

「……ふ、ふふ、ふははは! 面白い! 立香のなんと強欲なことよ!」

「お褒めいただきどうも。きっと、誰かさんの強欲が感染ったんじゃない?」

「ははは、相違ない!」

 だって今こうして、俺と彼女は笑いあっていられる。これだけで、一緒に居たいと願う理由には十分だ。

 

 

「雪が溶ければ、この辺りは桜が咲き始めるであろう。桜に包まれる大江山も、大層美しいのだぞ?」

「そうなの? そしたら、春が来たらみんなでお花見をしよう。料理もご馳走を作って貰おうか」

「うむ! 今から春が待ち遠しいな!」

 帰り道は、茨木と手を繋いで歩いた。鬼の手は見た目と違って、暖かくて、優しかった。

「今年も夏はまた海に行きたいねー。今度は普通のバカンスであって欲しいけど……」

「秋になれば焼き芋を作ろうではないか。この茨木童子が作った焼き芋は、大江山の鬼どもの間ではえらく評判が良かったのだぞ?」

 2人でこれからしたいことを沢山話した。春も、夏も、秋も、したいことがいっぱいある。

「来年の冬も、また来ようね」

「当然であろう」

「来年の冬には、もう一回雪だるまを作ろう。来年だけじゃなく、何度だって作ろう。何度だって」

「……うむ。……約束だぞ?」

 雪だるまがある場所から、形の違う2つの足跡が、雪の上にずっと続いていた。

 

 

「……夢か……」

 目を覚ますと、見慣れた自室の天井だった。

 もう昔の話だ。今の俺は、普通の学校に通う、普通の人間。周りにいるのも、みんな普通の人間だ。

「……茨木、元気でやってるかな……」

 夢に現れた、彼女のことを想う。茨木のことだから、きっと今日も大江山で元気に暴れまわっていることだろう。

 ベッドから出てカーテンを開けると、辺り一面が真っ白になっていた。昨日の夜から降り続けた雪は、こんな都市部にも積雪をもたらしたようだ。幸い、今はもう降り止み、太陽が顔を覗かせている。この分なら、夕方にはすべて溶けてなくなるだろう。

 ベランダに出ると、いつもより静かな世界で、自分の白い息を吐く音だけが残った。

 なんとなく、手すりに積もった雪を集めて雪玉にしてみた。そして何かを期待して───きっと夢の影響だ───雪玉を、虚空へと投げてみた。

 当然、雪玉は何かに当たるわけでもなく、やがて地面に落ちた。そして当然、それから何も起きなかった。

「……なにやってんだろ、俺」

 我に返って、少し恥ずかしくなる。1人では雪合戦が出来ないなんて、当たり前のことだろう。何で俺は、もしかしたら雪玉が返ってくるかもしれない、なんて思ったんだろう。

 なんで俺は、1人でこんな小さな雪だるまを作ってるんだろう。それも2つも。

 今日一日と保たずに溶けることがわかってるのに。

 雪だるまに春なんて迎えられないってことくらいわかってるのに。

「……待てよ?」

 突然、脳内に良いアイデアが思い浮かんだ。多分今、ニィッと不敵な笑みが俺の顔に浮かんだ気がする。

 俺は一旦部屋に戻り、いそいそと準備を始めた。

 

 

「随分あったかくなったなぁ……」

 昨日まで雪が残っていたなんて考えられないくらいには、暖かな日差しが出ている。

「本日は大変暖かく、春一番が吹くことが予想され……」

 付けっ放しのテレビを聞き流しながら、冷凍庫からベランダへと持ってきた2つの小さな雪だるまを手すりに載せる。

 昨日の朝、作ってからすぐに冷凍庫に仕舞っておいたおかけで、こうして今日も形を保てている。

「ほら、雪だるまでも迎えられたよ、春」

 春一番の風に乗って、鬼の笑い声が聞こえた気がした。

 



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