名の無い詩 (mocomoco2000)
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001

何かを失った。
それを"壊す"ために生きていた。
それは絶対に忘れてはいけないはずなのに―――


3月になった辺り。事前に連絡もなくリサがやってきた。

 

「こんにちわー、ってまた昼御飯適当にしたでしょ」

 

突然の訪問者は玄関口に立って、挨拶をしながら部屋を観察して、途中から呆れた声を出していた。

 

「はい、これ。今日の晩御飯。ちゃんと食べてるって言ってもコンビニの弁当か近くの定食屋でしょ?」

 

靴を脱ぎながら片方の手を突き出して袋を持たせる。中身を見るとキャベツや人参、玉ねぎに肉と色んな食材が入っていた。袋は2つあって、そっちにはアイスとか冷凍食品やらが細々としたドライアイスに冷やされながら入っている。どうやら冷蔵庫に仕舞っておけということらしい。

適当に野菜室の物は野菜室にと仕舞っていたらリサはリビングに入り、腰に手を当ててはぁと息を吐いた。

 

「悠翔さん、今日も生姜焼弁当ですか?食べるなとは言いませんが、毎日同じものを食べてたら食事バランスが偏りますよ」

「………………ああ」

「もう、そうやって適当に返事をする」

 

リビングの机の上にある乱雑にビニール袋に入れられた空の弁当箱を片付けながらリサは

 

「あたしが来なかったら悠翔さん、晩御飯どうするつもりだったのですか?」

 

と聞いてきたので適当にと本当に適当な感じで返すとまた不機嫌な顔をした。ゴミを片付け終えるとこの前社長から貰った1人用ソファーに座る。

食材を仕舞い終えソファーの近くにあるベッドに腰かけると多分ボーッとした顔つきでリサを眺めた。

 

今井リサという名をしたこの少女は数ヶ月ほど前からの付き合いである。

ピアスにフワッとした髪型、色んな所を着飾った姿は社長曰く今時の女子高生というものらしい。

今日も肩を大胆に見せたその姿は社長曰くファッションというもので、私からしたら寒そうにしか見えなかった。今は3月だから陽気な風が吹いていて丁度良い格好なのかもしれないが。

街を出歩くと通行人の数人は目に留めるであろう美少女は、チャラチャラした服装と相まって食事の栄養についてトントンと説明していた。

 

「―――だからコンビニ弁当だけでなくちゃんと自炊しないと………って聞いてます?」

「………ああ」

「その返事とその態度、聞いてないでしょ」

「………ああ」

 

説明に夢中になっていたリサを眺めるのも飽きたので、途中からベッドの上に置いてあった本を読んでいた。リサがすすめてきた本で、所謂恋愛小説だった。ヒロインが重い病気で余命が決まってしまったから、嘆くよりもやりたいことをとことんやって悔いなく死のうとする話。これを涙を浮かべながらオススメしてきたのを思い出して最近読み始めている。

 

「人と話す時は本を読まない」

「…………ああ」

「……………はぁ。時間も時間なんで晩御飯作りますね」

「ああ」

 

リサはこうやって私と話をしようとしてる。社長もたまには向き合って話をしろと言う。だが、私にはそれが分からない。仕事で意志疎通さえできればそれ以上の会話は必要なのだろうか?"私が置いてきてしまった記憶の中"にその答えはあるのだろうか?と考えても答えは出てこない。だってそんなことを考えたところで記憶は帰って来ないし、自分が納得する答えなぞ出てこないのだから。

 

 

 

山岸悠翔は数ヶ月前に知り合った人だ。夏が終わったというのに酷い暑さだった事をよく覚えている。

出会ったのは以前バイトをしていたコンビニで、オーナーが借金を背負っていたから取り立てに来たのだ。

その日たまたまオーナーと店長もいたから、悠翔さんはコンビニの出入口近くの雑誌コーナーをボーッと眺めていて、もう片方の人は奥の事務室へと姿を消した。

悠翔さんは店内で異様に目立っていた。すれ違う人は皆悠翔さんを目に留めてしまうほどに。

何しろ服装が軍服のようなものなのだ。しかも夏のような暑さだというのにネイビーのミリタリージャケットを羽織っている。

黒の軍用ズボン(BDUパンツって言うらしい)にレッグホルスターを着けていて、ジャケットから少し見えるポケットの多い分厚そうな服は軍人らしく見えたのだ。年齢が私と変わらないか少し上に見えるのも、一層拍車をかけている原因となっている。服装もそうだが立ち振舞いも軍人のようで、彼がいるだけで空気はピリピリし、まるで戦場に立たされているような錯覚さえ感じさせられたのだ。

さらに容姿も目立つ要因となっていた。整った顔つき。漆黒の髪は手入れをしていないからか所々跳ねていて、一定の長さになったら適当に切っているという感じに見受けられるが、それが妙に似合っていた。

あたしはその中でも1番目に留まったのが彼の目だった。表情は無なのに黒の中に濁った赤が混ざったようなその目は、何もかもを見抜くような、あたしたちには見えない何かを見据えているように感じられた。

格好、雰囲気が異世界なその姿にあたしは目を離さずにいられなかった。

 

しばらくすると事務室の奥から、

 

「やっぱり逃げた!」

 

と笑いも含まれたような大声が聞こえると、悠翔さんはため息をつきながら"姿を消した"。

そう文字通り姿が消えたのだ。あたしの横を通り抜けたような風が無かったら瞬間移動したのではないかと錯覚するほどのそのスピードにあたしや他の従業員は驚きを隠せなかった。

数分経つと事務室からまた声が聞こえ始めた時、あー、捕まったんだと他人事のように思ったのを今も覚えている。

その後、2人は事務室から出て来て

 

「悪かったね」

「……………」

 

と人懐っこい笑顔で従業員に声を掛けてるのと、無表情でボーッと眺めてる姿が相対的で見てて面白かった。

あたしは店長からあの人たちの名前を聞いた。

軍服の人は名乗らなかったから分からなかったが、隣にいた人は"丸山政一"と名乗ったらしい。

調べてみると"丸山探偵事務所"の社長だった。探偵なのに何故借金の取り立てなんかしてるのだろうかとさらに興味を抱いた。

住所を特定していざ行ってみると、まず目に入ったのは大量に積み上げられた段ボールだった。引越前なのかと思う内装に驚きを隠せず、思わずえっと声を漏らしてしまった。

あたしに気づいた丸山さんは、あの時のような人懐っこい笑顔をして手を振ってきた。

話を聞いてみると、探偵業の他にも別口で何でも屋みたいなものをやっているそうだ。そうしないと今の時代食べていけないからねと苦笑い。

話を聞いていく内にドンドン興味が沸いてきて、気付けばあたしはここでバイトをさせてくれと頼んでいた。

初めはあんまりいい顔をしていなかったが、頼み込んでみるとあっさり了承してくれた。こういうタイプは言っても聞かないから、こちらが折れるしかないとか何とか。聞いた感じ、奥さんもそういうタイプらしく色々と苦労してるらしい。

こうしてあたしはコンビニのアルバイトを辞めて新たに探偵事務所の事務員として働く事になったのだった。

 

 

 

「晩飯」

「え?ごめん、ちょっとボーッとしてた」

「…………晩飯は何だ?」

 

本を読みながら何となく呟いた言葉にリサは反応し、柄にもなく私は聞き直した。読んでいた所がたまたまぶつかり合うような言い合いをしていた描写だったからだろうか。

 

「今日は肉野菜炒めと筑前煮、後はご飯とスープかな?」

「………そうか」

「珍しいね、こうやって聞いてくるなんて」

「………ああ」

 

やはりリサも珍しいと感じたようだ。私自身感じたのだから相手もそう感じるか。

私は栞を挟んで本を閉じ、キッチンへと足を運んだ。炊き上がったご飯を軽く混ぜたり、リサの近くに皿を置いたりと、所謂"手伝い"を始めた。

 

「今日は本当に珍しいね。いつもなら出来上がるまで本読んでるか仕事してるかなのに」

「…………読む本を間違えたからだろうな」

「少し前にすすめた本ですか?あれ」

「……ああ」

「じゃあ、すすめて良かったです」

「…………そうか」

 

何となく噛み合ってない気がするが、リサは満面の笑みを浮かべているから間違った会話ではないのであろう。そう結論付けていたら、リサが盛り付け作業に入ったからご飯をよそい、箸とかコップとかを出したりと淡々と作業をこなしていく。

お茶を淹れるのは私の仕事らしく、リサは頑なに淹れようとしなかった。曰く私の淹れたお茶が1番美味しいらしい。感覚で淹れてるから教えてくれと言われても教えれないというのも原因の1つかもしれないが。

 

「ふぅ……完成!早く食べましょ」

 

適当に淹れたお茶をテーブルに置いて、リサの作った料理を並べていく。

丁寧に作った料理にいつもよくここまで作れるなと感心する。食べれれば何でもいいだろというのが私の考えだが、それをリサは一蹴する。というかそれを以前口にしたことがあり、長々と社長と一緒に説教を受けた。あの後社長にも怒られた。

 

「では、いただきます!」

「…………いただきます」

 

これが数ヶ月前から始まった"日常"で私にとって"ありえなかった風景"。

これだけは確実に言えることがある。"置いてきた記憶"にこんな"陽だまりの世界"なんて無い。もっと血生臭い、歪な世界が広がっていたはずだと、私の心身共に叫んでいるように感じたのだから。




大晦日スペシャルで一章を見て、最近公開されたfateの二章を見てふと思い付いて書きました。
本当に私の頭の中で何が起きたのでしょうか?
fateを見てたはずなのに書き上がった作品は"BanG Dream!"でした。
映画見たテンションで思い付きの見切り発車で書いたものなので続くか分かりません(あんな終わり方したのにな)
多分次の更新は来週でしょうか?その時のテンションで決まります。ではいつかまた


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002

4月になって少し変わった事が起きた。

リサがバイトの数を減らしたのだ。これに関して社長の政一は

 

「いや、これが正常なんだろう」

 

とホクホクした顔で頷いていた。確かに政一の言うとおりで、今までが異常だったのだ。基本毎日仕事に来ていた。何かから遠ざかるように。

ちなみになぜ政一がそんな顔をしてたのか詳しく聞くと娘が何かの事務所の研修生から正規所属に上がったらしい。ただの親バカである。

リサ不在となり、仕事が増えて忙しくなったのではないかと思われそうだが、その逆で仕事が減った。

新しくアルバイトが入ったのもあるが、何よりリサが張り切り出したのだ。入れない分働きますと言わんばかりにドンドン事務仕事を片付けてくれたおかげで、新規の仕事が入ってない今やることがない。

"別口"の仕事も粗方落ち着いて後は事務作業だけになり、それを片付けようとしたら

 

「仕事を取らないで。俺だけ働いてない感じになるのだけは嫌だから!」

 

と事務作業は政一がすることに。これにより基本実働要員である私は事務所にいても本を読んでるか、過去の資料を眺めるかだけである。要するに暇である。

 

陽気な風が少し涼しくなってきた夕刻。私は家にいてもすることがないから、あてもなく散歩をした。

暖かいのか冷たいのかよく分からない風がふわりと顔を撫でる。

目に入った本屋で数冊本を買って、また目的もなく歩き続けた。

歩けば人とすれ違う。コンビニ前でワイワイと騒いでいる女子高生。公園で楽しく遊んでる子供達に、ベンチでスマートフォンを弄っているサラリーマン。仕事帰りの疲れきった顔をしたOLに、叫びながら自転車で駆け抜けていく若者たち。

ミリタリージャケットを1度正してポケットに手を突っ込み歩く。叫ぶ、笑う、泣く、怒る………通る度に何かしらの表情を人は浮かべている。それに何かしらの意味があると探ってみるが、答えが出てこない。当たり前だ、所詮部外者の私には分からないモノ。

何故彼は笑ってるのだろうか、何故彼女は泣いているのだろうかと、そんな解答の出ない事を意味なく頭の中でグルグルと繰り返す。

何故こんな事をしてるのだろうか?それは多分"置いてきた記憶"を取り戻したいからではないだろうか?

 

山岸悠翔は数ヶ月前、気が付いたら血塗れで倒れていた。ドクドクと血溜まりを作る自身の身体を力なく見ていた時に私は政一と出会った。あそこで会ってなかったら多分死んでいただろう。

"別口"側の病院に連れていく辺り、私のあの時の服装や雰囲気で察したようだ。何かあると。事情を聞いた社長はその後色々用意してくれた。

山岸悠翔という名前も政一が便宜上作ってくれたものだ。無いと困るからなと。

こうして山岸悠翔という人間がこの世界に誕生した。

だが、山岸悠翔は記憶を失っている。というのは数ヶ月前からの記憶が無い。何かと戦っていたということは分かるが何と、そして何で戦っていたのかは分からない。酷いノイズにかかったように深い所は見えてこないのだ。

さらに色々と違和感を感じる。

今もこうして散歩をするが、記憶の私がこんな町並み知らないと叫んでいるような気がする。

本を読んでいたら、本当はこんな文字読めないはずと言われたような気がする。

最も多いのがお前の居場所はここではないという言葉。こんな陽だまりの世界がお前のいる世界ではないと。

だからさ迷う。記憶を求めてか分からないがとにかく歩き続ける。何かの答えを求めて。

 

 

 

しばらく歩いていたら最近知った声が聞こえた。

ちらりと見るとこの頃事務所に入ったアルバイトの子だった。どうやら帰宅中のようで周りに同じ制服の子と歩いていた。5人の少女はそのままパン屋に姿を消す。社長から聞いたの話だがかなりのパン好きで、食べる量もスゴいらしい。何故そんな情報を私に話したのか分からないが、そのおかげか現在の私の彼女の印象は"マイペースでパンを大食いする子"という感じになっている。

そのままパン屋を通りすぎてたまたま目に留まった喫茶店に入り、海外の人間っぽい従業員にブレンドコーヒーを注文して、適当な椅子に座る。

1番端の店全体が見える席。適当に選んだが、割りといい席を選んだ気がする。

 

「ヘイおまち!ブレンドコーヒーです!」

「……………ああ」

 

喫茶店とは思えない活気のある大衆居酒屋のようなハキハキとした言葉が飛んできたが、気にすること無く本を読んでいた。変わった店員がいるんだな程度の認識。特に何かをすることもなく私は本の世界へと意識を向けるのだった。

 

捲る度に紙の擦れる音、店内の音楽やたまに聞こえる場違いな接客の声。その音が少しずつ消えていく。

それは多分私がこの本にのめり込んでいるからであろう。

"人斬り"というワードだけでカゴに入れたので、どんな内容かよく分かっていなかったが、いざ読んでみると意外と面白い。人斬りの者の話なのかと思ったが、色々な人の人生を描いた短編集だった。

その中でもタイトルになってる"人斬り"の話に特にのめり込んだと思う。

幼い頃に我流で剣を覚え、その後道場で新たに鍛えられ、道場主に気に入られ少しずつ成長していく。だが"学"だけ成長しなかった。それにより道場主から"犬"のように扱われ、最終的にはその犬に道場主は噛まれて死んでしまう話。

その者の人生に何かを感じた。

血生臭い、泥の中を這いつくばって生きてる様は羨ましく感じ、"我々"と同じ境遇のようで全く別の在り方だったと感じる…………"我々"?

頭の中で何かが回る。クルクルと…クルクルと。

何かは分からない。だが、それが大切なモノであることは何となくだがはっきりと分かった。

 

 

 

「いらっしゃいませ!あ、ひまりさん、モカさんこんにちわ!」

「イヴちゃん、こんにちは」

 

店員の若宮イヴは見知った人が入ってきたからか少し気を緩ました挨拶をする。それに笑顔で挨拶をする上原ひまりとその隣にがさごそとビニール袋を一纏めにしようとしている青葉モカがいた。本当は他にも3人メンバーがいるのだが、1人は生徒会の仕事が急に入り、1人は家の用事があり、1人は予定があるとそれぞれ別れた。残ったひまりとモカは近くの喫茶店に行く事にしたのだった。

 

「やっほー。元気ー?」

「はい!とっても元気です!あ、そのゴミ捨てておきますね」

「ありがとー、助かる」

 

イヴに袋を渡すとモカは席に座るため店内を見渡す。ぐるりと見るとある一角に目が留まった。

 

「あれ?山岸さん?」

「え?誰?知り合い?」

 

モカは見てる方向へ指を指す。そこには1人の青年がいた。

見た目は高校生くらいに見えるが、雰囲気からして大学生にも見える。トレンドの服を着ている辺りファッションこだわりがあるように思えるが、上から羽織っているネイビーのミリタリージャケットがそれをぶち壊しているように取れた。予測であるが誰かに見立てて貰って服を買ったのだろう。服のセンスは無いと見える。

読書をしていたようだ。指を栞代わりにして本の隙間に挟み、身体を側面の壁に凭れ掛からして眠っていた。

その姿にひまりは絵になるなと思った。漫画やアニメにあんな感じのワンシーンがある。それを現実で見れて少し高揚した。

 

「山岸さんがあれをやると様になるなー。社長がやったら多分疲れたサラリーマンが寝落ちした感じになるだろうし…………ひーちゃん?」

「―――――――」

「おーい、ひーちゃん?どしたの?」

「え?あ………いや、その……凄く様になってて。何というか……"儚い"?」

「まさかの瀬田先輩の言葉がここで出てくるとは。でもーそれは私も思った」

「モカも?」

 

モカは目を青年から離すと近場の椅子に座る。それに倣ってひまりも席に座った。

 

「あの人バイト先の先輩で、蘭を遥かに越えるコミュ障なんだー」

「蘭を越えるって相当だね」

「そうそう。この前だってライブやりますよーって言ったら"………ああ"だけで、しかもライブ当日は"仕事有"ってメールまで短縮された文になってたんだよー」

 

ケータイを取り出してその時のメールをひまりに見せる。ひまりはそれを見てうわぁ……と声を漏らした。

悠翔は一応ライブに行こうとは思っていた。新しいアルバイトの人間の側面とか見れたらと考えていたから。だが、当日に"別口"の案件が飛び込んで来てしまったからそちらを優先した。政一から見に行っておいでと言われていたが、悠翔は縦に首を振らなかった。仕事が入ってきたからにはきちんとしないといけない。後、少し私情が挟まっていたから優先順位が仕事に傾いてしまったのだ。

 

「それにね」

「ん?」

 

モカはちらりと悠翔を見た。相変わらず悠翔は夢の中である。

 

「社長から個人的に依頼されてるんだー」

「え?モカが働いてる社長に!?それってスゴいじゃん」

「そだよー。それも一風変わった依頼。"山岸さんの顔に表情を付けてやってくれ"って」

「それって………」

 

簡単なのでは?と言いそうになったのだがそれを飲み込んだ。わざわざ社長から依頼されるレベルのものだ。きっと難題なのだろう。

 

「ほら、この前紹介したリサさん。あの人も数ヶ月前から同じ依頼を受けてるんだけど………現在全くの無表情」

「ええ!!あのリサさんでも!?」

 

少し前にモカから紹介された今井リサ。そこそこ自信あったのだが、彼女のあのコミュ力にはひまりですら敵わないと思ったレベルである。

気が利く、話の回しが上手い、それにいるだけで楽しい。そんな人ですら難航してる。

 

「あの人、本当に人間?」

「人間だよー……多分?」

 

ひまりの素の言葉におどけた口調でモカは返す。

モカもこのバイトを始めて数日で悠翔の異常性は感じ取れた。何を考えてるのか全く分からない。あのマイペースなモカですら少し恐怖を感じるほど、悠翔は異質な空気を放っていた。

 

「でもー」

「?」

 

モカは思う。あんな風になるのは必ず何か理由があると。政一も結果があるなら必ずそこに行き着く原因がある。ならゆっくりでも良いからそれを紐解いていかないと言っていた。多分政一も悠翔がああなったのを知らないのだろう。だから年の近いモカやリサを悠翔に近づけたと考えられる。そもそも彼女たちを雇う必要がない。今まで1人でどうにか出来てた会社で、悠翔という武力の高い者が入ったのだ。それなのにわざわざ雇った。政一は"紐解く"ために私たちを雇ったのかもしれないとモカは思った。

 

「ううん、何でもなーい」

「えぇ……それ気になる!」

 

だからモカは思う。その期待にちょっとでも答えないとなと。




来週投稿すると言ったがあれは嘘だ(ウワァアアアア
こんな早く書けるとは思いませんでした。映画の効力は未だ健在です。
スーパーの有線で"I beg you"が流れていたからでしょうか?
まあ、次は確実に来週投稿になるでしょう。
そして、新しくタグ"青葉モカ"を追加します。まさかのコンビニアルバイターを引き抜くとは書き始める時は思ってもいませんでした。そして作者は常に見切り発車。その後の展開を全く考えていない。何とかなるでしょう。
では次の投稿でお会いしましょう。

追記、お気に入りやしおりを挟んでいただきありがとうございます。
これからも精進していきたいと思います。


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003

名の無い鳥は今日もさ迷う。
迷いながらも、それでも前だけは見据えて―――


音が聞こえた。

その音は爆発音や、何かが砕ける音、機械が走行してる音と色んな音がノイズに混じって聞こえた。

 

声が聞こえた。

その声はノイズで殆ど聞こえないが、何かと戦っている事は分かる。その中に誰かが私を呼び掛けている気がする。

 

『――――――い――――――――』

 

聞こえるけど何を言ってるのか分からない。そもそも何故目を開く事が出来ないのだろう。身体は怠く、思うようにどころか全く動かない。

身体から何かが出ていくのは感じる。それが命取りになると頭の中で警報が鳴り響いているが、その身体がいうことをきかないのだからどうすることもできない。

 

『――ろ!"――――"。―――――――――!』

 

誰かが私を呼んでいる気がする。

それに答えようとするが口が動かない。出てくるのは息だけだ。

 

『―か――!―――――――。――――――――――――!』

 

次々と色んな人の声が頭の中で響き渡る。

相変わらず爆発音やノイズが酷い。だが、

 

『■■■■!起きてください!こんなところで終わる気ですか!!』

 

その銀色の声だけ、身体の中を貫通するように通り抜け――――

 

 

 

時刻を見るとまだ5時だった。外は少し明るみが出てきたばかりで、4月だというのに少し肌寒かった。

瞼が重い。どうやら寝足りないようだ。後4時間は寝れる。そのままベッドに飛び込みたい衝動に駈られるが、そんなことをしたら確実に遅刻する。私は二度寝すると起きれない体質らしい。仮眠なら即座に起きれるが二度寝は違うようだ。どう違うかは私本人も分からない。

とにかく覚醒する為に食事を取ろうとするが、昨日弁当を買い忘れていたのを思い出す。

 

「…………」

 

冷蔵庫横にある棚を開けるとカップ麺が数個あった。非常食用に買ったものである。

確認の為に冷蔵庫を開けてみるとあったのは水とジュースと少しの要冷蔵の調味料、冷凍庫には以前買ってもらったアイス。ほぼすっからかんだった。

ここ最近リサが来ていないからか冷蔵庫を使う頻度が減った気がする。

 

「……………夕方買うか」

 

毎日カップ麺でもいいが、肉も少しは食べたい。夕方にスーパーに行くことが決まった瞬間だった。

 

 

 

結局カップ麺を食べる気になれず、適当に本を読んで時間を潰してから事務所近くの定食屋で食事をして出勤。

鍵がしまっている辺りまだ誰も来ていない。

解錠して中に入ると少しひんやりした空気が漂っている。昨日の雨で冷気が溜まったのだろう。

窓を開けて、空気を入れ換えをしながら軽く掃除機をかけていく。前までは適当にやってたのだが、リサやモカが入った以上部屋は綺麗にしようと社長が言い出したのだった。それに乗っかるようにリサも掃除に力を入れた。

元々政一はモノを整理するのが苦手なタイプで、ここまで散らかったのは彼が原因である。それを特に何も思わなかった私にも原因はあるだろうが、少なくとも自身の机は綺麗に使っていた。だからかリサからのお小言は最小限に済んでいた。

資料も適当に積み上げ、何に使用するのかよく分からないモノも買っては倉庫に投げ入れて出来上がったこの魔境のようなゴミ屋敷。

 

「こら!悠翔も掃除しなさい!」

 

と言われた時は理不尽な物言いだなとどこか"懐かしい"感覚に陥るも、原因を作った政一には言われたくないと思い殴っておいた。

前まであった段ボールの山は消え失せ、新たに棚や収納ケースが配置されて綺麗に片付いた。ゴミ屋敷は普通の事務所へと姿を変えたのだ。

汚くモノが放り込まれた倉庫や応接室はちゃんと使えるようになっていて、本当にリサ様様である。

掃除機をかけ終えて、自分の席に座る。

時刻はもうそろそろ始業の9時。政一から連絡があり、少し遅れるとのこと。一応準備は完了しているが、いかんせん仕事が無いのだ。昨日のうちに抱えていた案件を全て片付けてしまったから。

いつものように本を読んでてもいいが、今は読む気にはなれない。先ほど見た夢が気になるのだ。

夢特有の曖昧さの中に殆どの閃きを置いてきてしまったため詳細は思い出せないが、

 

『起きてください!こんなところで終わる気ですか!!』

 

あの銀色の声ははっきりと覚えていた。

そのおかげで私は誰かと共に戦っていて、その戦いはまだまだ途中だったんだと分かった。

ネットで"今現在行われている戦争"と調べてみたが、どれも自分の知らない戦争で、"あの座り心地が最悪な軍用機"は見つからなかった。少なくとも写真で軍用機を見てもしっくり来ない辺り、違うのだろう。

そう言えば政一が以前言っていた事が現実味を帯びて来たなと思う。

 

「もしかしたら、お前さんは異世界から来た人間なのかもな」

 

SFみたいな事が本当に起こり得るのだろうか?

と言っても私が異世界の人間ではない証拠も無い。完全なグレーゾーンである。

 

「いやぁ、悪い悪い。遅くなった」

 

ドアの開く音と共に謝罪の声が飛んで来た。

見ればスーツ姿の人懐っこい笑顔を浮かべた社長……政一が荷物を抱えて入ってきた。

 

「おはようございます」

「うん、おはよう。とりあえず駆け付けの1杯……お願いできるかな?」

 

その言葉を受けて私は、モヤモヤした思考を片隅に置いといて目の前の仕事に思考を置くことにした。

 

 

 

「明日から忙しくなるから、よろしくな」

「はい」

 

今日もやることもないので帰ることとなった。時刻は4時で、道を歩いていると学校帰りの学生がちらほらと見受けられる。

明日から"別口"の仕事と探偵の仕事が同時に入っている。早朝と夕刻、深夜の労働に舌打ちを打ちたかったが、ここ数日働いてないだろと言われたら言葉が出なかった。

お前が自分の仕事をかっ拐ったたり、仕事を持ってこないからだろと言いたかったが不毛な戦いになるのは目に見えていた。

 

「あ、悠翔さん!こんにちはー!」

「…………ああ」

 

晩飯を購入するために家の近くのスーパーへ赴いていた所で偶然リサと遭遇した。隣には顔は見知らぬ、でもたまに見かける制服の少女がいた。

活発そうな雰囲気、紫髪でツインテールと見た目が目立つ少女は目を輝かせながら私を見ていた。

その姿に少し疑問を抱く。この少女と会ったことがあっただろうか。明らかに好奇の目で見られているのは分かるが、その理由が分からない。そもそも私は彼女を知らない。リサといるということは彼女の知り合いと践んで良いだろう。ということは彼女から私の事を聞いたことになる。だから疑問を抱く。何故彼女は私の事を話したのか?と。私とリサの関係は良好とは言えないものだ。深く関わる理由も無いから仕事の時だけ話をする。それ以外は適当にしていた。要するに仕事でしか殆どちゃんと会話をしていない。そんな関係の人間の話をするだろうか?

 

「どうも!宇田川あこです!」

「宇田川?」

「ん?」

 

考えていたらいきなり自己紹介された。だからか、"聞いたことのある名字"を聞いて反応してしまった。

 

「…………いや、何でもない」

「………………」

 

リサは何か気付いたが私はそれを無視した。別に言っても大丈夫そうな話ではあるが、後々何か面倒な事が起きる可能性もある。それなら口にしない方が良いと判断した。

 

「えっと…悠翔さんって呼んでも良いですか?」

「………ああ」

「悠翔さん!」

 

ぐいっと1歩あこは近付く。そのテンションを見て、そう言えばこういったテンション高い系の人と知り合った事無かったなと関係の無い事を思った。関係ある事と言えば、名前を知ってるということはやはりリサからどんな話か知らないが何か聞いているようだ。私の事なんて面白いのだろうか?その辺よく分からない。

 

「悠翔さんって軍服を持ってるって聞いたのですけど、本当ですか?」

「……………ああ」

「わあ!!見てみたいです!今度着てきてもらって良いですか?」

「……………ああ」

「ありがとうございます!あ、リサ姉が悠翔さんってネットとかよく見てるって聞いたのですけど、ネットゲームとか興味無いですか?」

「……………あまり」

「そうですか…………NFOってゲームがあるのですけど、そのゲームがスッゴく面白くて!―――――――」

 

予想の上を行くマシンガントークに少し怪訝な顔をする。よく初対面の者にここまで話が出来るなと。チラリとリサの方を見るとニヤニヤと、政一がからかっている時と似た顔をしていた。多分何かあこに吹き込んだのだろう。そうじゃないと普通見知らぬ者にこんなに話さない。

 

「それで、それで!」

「はーい、あこ。そこまで」

「えー!まだまだ話したいことあったのにー」

 

プクゥと頬を膨らましてまだ話し足りないと進言するあこ。

 

「……………で?」

「あはは……やっぱり気付きました?」

「まあな……で?」

「悠翔さんってあまり話をしないじゃないですか。じゃあ話が好きな子をぶつけたらどうなるのかなーって思いまして」

「………………」

「そんな目で見ないでください。でも……良かった」

 

リサはふっと笑う。悠翔さんも困惑したり不機嫌になったりするんですね……と。

その笑顔は本当に安堵したような…そんな風に見えた。

 

 

 

リサとあこは本当に偶然私を見かけたらしい。以前から色々と私の話をしていたリサはあこに

 

「悠翔さんとあこが話したら会話が続くのだろうか」

 

と言ったことをあこがずっと気になってたらしく、いざ会ってみると水が沸くように話すことが出てきたらしい。リサ曰く、"燐子"と似たタイプだからではないかと言うが燐子という子がどんな人間か知らないためピンとは来なかった。

 

「それで、それで!」

 

あこはひっきりなしに会話を続けていく。ネットゲームNFOや、ファッション、回りくどい言い回し…リサによると"中二病"というものらしい。そういった話を途切れることなく言い続ける。

私はそれを適当に相づちを打ちながら歩を進める。リサたちは今日買い物に行くらしく、なんでもあこの姉の誕生日プレゼントを買うとか。その際に、

 

「悠翔さんなら貰って嬉しいものってあります?」

 

と聞かれて、あって困らないものと答えたがリサの表情からして満足のいく解答ではなかったらしい。

プレゼント。そういったモノを"記憶を保持している私"は貰ったりしたのだろうか?考えても答えが出ないことは分かっているが考えてしまう。自分は記憶を無くす前にどんな生活をしていたのか。どんな風に会話をしていたのか。そもそもどんな人間だったのか。

 

怖いのかもしれない。話す必要が無いと言い訳して、記憶を無くす前の自分と解離してしまうのが。もしかしたらもう記憶を無くす前の自分とかけ離れてしまっているかもしれない。

 

『起きてください。こんなところで終わる気ですか!』

 

銀色の声がまた響く。

何というか"逃げるな"と言われているような気がする。違う意味で言ってるはずなのに今の私には、この場から逃げるなよと背中を押されている気がしてならない。それもぐいぐい押すのではなくそっと、支えるように押されているように感じた。

 

「………よく使うもの」

「え?」

「よく使うもの………靴とか、時計。そう言ったものを貰えたらありがたい」

 

気づけば、すらすらと言葉が出ていた。いつもなら無言でいたはずなのに何故か口を開いて言葉を発していた。

それにリサは驚いた顔で私を見る。

 

「リサ姉?」

「…………あ、いや。悠翔さんが自分の意見をちゃんと言うの初めてだったからつい」

「ええ!?悠翔さん、本当ですか!」

「…………ああ」

 

あーあ、またいつも通りに戻ったと少し残念がる声を出すリサだったが、どこか嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

あこは私の話を聞いてか、よく身に付けているネックレスにすることにしたらしい。

それをリサと共にあーでもないこーでもないと店内で和気あいあいと選んでいた。それを店の外から手すりに凭れながら眺めていた。

初めは楽器屋でドラムのスティックにしようとしていたが、

 

「手に馴染ませるモノは自分で決めた方がいい」

 

と言うとすんなり止めてショッピングモールへと足を運んだ。そして今に至る。

今日だけで私は少し変わったと思う。変わったというより"戻った"………そんな感覚があった。

目を閉じるとあの音を微かだが思い出せる。ノイズだらけだが、確かに聞こえる。この世界とはかけ離れた異常な音。それに違和感を感じず、この世界に"違和感を感じている"ということはやはり、私はどこか違う所からやって来た人間なんだろうと思った。

だからふと思う。もしも、もしも全ての記憶を取り戻し、元の世界に戻れたとしたら私はどんな選択をするのだろうか?それもやはり考えても答えが出ない。なら"今を全力で戦おう"。手を振る彼女に向かって歩を進めるのだった。




何度目の嘘だよ、本当に(ウワアアアアアア
今日もサリーは崖の底へと落ちていく。

それはそうと嘘つきの作者です。本当は来週投稿する予定だったのですが、ちょっと始めたことを言いたくなりまして…………それです(どれだよ)、Twitterを始めました(今さらかよ
成人式を越えて数年、ようやくTwitterというsnsに手を出す機械音痴。色々と遅いが、これで少しでも活動の輪が広がればと思います。
作者の自己紹介にURLを載せていますが、これからも後書きにアカウントのあれ(どれ?)を載せていきます。

@mocomoco20000

目指すは他作品とコラボ。
放置しないよう頑張ってツイートだっけ?していこうと思います。
次はいつになるか分かりませんが(来週になることを願って)、いつかまた。

追記、評価を付けていただいた桜田門様、ありがとうございます。これからも日々精進していきます。


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004

あたしやモカの仕事はその探偵業や別口の仕事の資料を纏めたり、たまに 政一や悠翔についていって仕事のサポートをする。テレビや小説みたいな事件をバンッと解決するようなものはなく、結構地味な感じである。

浮気調査に身元調査、失せ物捜しなど地道にやるものが多い。悠翔は身元調査が1番楽らしい。政一が全部調べるからと。それは楽というより単に働いてないだけだよね?と言ったらいつも通り"………ああ"と返ってきた。

じゃあ、別口の仕事というのはどんな仕事かと聞かれたら色々と答え辛い。本当に何でもやっているから。

借金の取り立てに運び屋、はたまた清掃活動に外部助っ人のようなモノとか。この前はカウンセリングとかも政一はやっていた。どこでそんな技術を身に付けたのか知りたいが、聞いたら後々が怖いので聞けない。

丸山探偵事務所は基本"別口"の仕事で生計を立てている。探偵業での収入もあるが、やはり別口の仕事の方が金銭的に儲かるようだ。

 

「まー、色々あったんだよ。色々」

 

前にそれとなく聞いたことがあるのだが政一は察して、妙に怖い笑顔を浮かべて答えたのでこれ以上は聞いてはいけないのだなとあたしは察した。

 

 

 

さて、何故あたしたちの仕事の話をしているかと言うと、今日は珍しく…というより初めて悠翔とモカが組んで仕事をしているからだ。もちろん別口でもなく、"危険な仕事"でもない探偵の仕事。

さっきも言った通り、探偵の仕事は地味なものが多い。しかも内容的にどろどろしているのもある。ここの事務所は比較的少ない方らしいが、探偵の仕事の7割が浮気調査だそうだ。少し前から"相談員"という役職を手に入れ、電話対応という新たな仕事に取り組んでいるのだが、内容が結構アレな感じの依頼も飛んできて、男女間の関係ってここまで縺れるのだなと勉強になった。もう少し大人になってから知りたかった節もあるけど。

話を戻すが、今モカと悠翔がタッグを組んで仕事に取り組んでいる。

あのマイペースなモカと何かと適当な悠翔。大丈夫だろうか?

 

「リサ、テンポが遅れぎみよ。ちゃんと周りの音を聞いて」

「あ、ごめん。分かった!」

 

と言っても今他の人たちの心配をする暇なんて無い。再来週にライブで新曲を歌うことになり、絶賛休み無しのぶっ通しの練習中。こんなこと考えているということは集中力も切れてきているのだろう。

あこや燐子も疲れが目立ってきてテンポが崩れてきていた。一通りセッションを終えるとあたしは皆に提案した。

 

「…………ふぅ。皆、ここまで3時間休まずだからさ、ちょっとインターバル取ろうよ」

「え?…………あ、もうこんなに………時間が」

「ホントだ………道理で腕が………」

 

燐子は指の疲れを取るようにグーパーと手を動かし、あこは額に溜まった汗を拭う。

 

「…………私はまだ行けます」

「紗夜駄目だって。ほら足に力入ってないし…。水分が足りていない証拠だよ。友希那も、歌い続けてほんの少し声が掠れてる。集中するのもいいけどちゃんと体調の管理もしないと」

「…………そうね。少し休憩しましょう」

 

友希那の一声でメンバー全員の緊張の糸が切れる。やっぱり皆無意識に無茶してたのだろう。

あたしも腕に力が入らずだらりとしていた。水を飲もうペットボトルを手に取るが、掴んでいるのか曖昧な感覚に思わず苦笑する。ちゃんと体力の配分を考えないと。

 

「リサ姉、ケータイ光ってるよ」

「あれ?ホントだ」

 

鞄の上に置いていたケータイの画面が点灯していて、着信が来ていた。

 

「誰だろう……って、悠翔さん?」

「ゆうとさん?」

 

珍しい着信だ。というより電話なんて殆ど来たことがない。緊急を要する電話ではないだろうか?しかし、メールも無いし、何度も電話してきている訳でもない。何があったのだろう?

 

「ごめん、ちょっと電話してくるねー」

「分かったわ」

 

スタジオから出てロビーの方まで来ると悠翔に電話を掛ける。数秒経つと悠翔は出た。

 

『はい』

「あ、悠翔さん?どうしたんですか、急に…何かあったのですか?」

『………"松原花音"を知っているか?』

 

悠翔の口から出てきた言葉はあたしの想定していたモノの中には無い言葉だった。

 

「松原さん?………うーん知っているけど……接点あんまりないんだよねぇ……松原さんがどうかしたの?というより何で悠翔さんから松原さんの名前が出てくるの?」

『生徒手帳を拾った』

 

今回の依頼って猫捜しだったはず。猫捜してたら手帳を見つけたって感じかな?

 

「…………あー…成る程。ってモカいるんじゃ?」

『聞いたが接点が殆ど無いと言われた』

「それであたしにかぁ。うーん、今バンドの練習中なんだよね……あ、今から………2時間後大丈夫?」

『…………ああ』

「松原さんと同じ花女の人と今一緒だからその人たちに渡して貰いますね。それでいいですか?」

『…………ああ』

 

スタジオの場所を言うと、話すことはないと言わんばかりに電話はすぐ切れた。それに少し寂しさを感じながらもこれでもまだ話した方と考える自分がいて、もっと頑張って話して貰おうと決意した。

 

「あ、モカとちゃんと仕事できたか聞けば良かった………でも、後で会うし良いか」

 

ふとそんな事も考えながら、後2時間頑張るぞー!と気合いを入れるのだった。

 

 

 

「あ、山岸さーん。報酬頂きましたよー」

「…………ああ」

 

リサからの電話を終えて、手に持っていた生徒手帳を鞄にしまう。地面に置いていた缶コーヒーを手に取って飲んでいたらモカがのんびり封筒を振りながら歩いてきた。

今回の依頼はいなくなった猫の捜索で、意外と早く見つける事が出来た。数日掛かるのではと思っていたのだが、1日で終わったのは運が良かったと思う。依頼は無事早く終わったのだが珍しく疲れを身体が訴えていた。今日は本当に色々あった。猫捜索よりそちらの方が時間を取られたような気もする。

報酬の封筒をしまえとモカに言って残りのコーヒーを飲み干す。

モカもそれに従い、封筒をしまっていると

 

「ねぇ、リサさんは何て言ってました?」

 

と聞いてきた。2時間後"CiRCLE"というスタジオに来いと言われたことを伝えると、

 

「そっかー。2時間後かぁ………それまでモカちゃんとデートしましょうよ」

 

とニシシと笑う。デート。ネットでは"一般に食事、ショッピング、観光や映画・展覧会・演劇・演奏会の鑑賞、遊園地・アトラクション、夜景などを楽しむ、といった内容であることが多いが、これらの行為そのものよりも、それを通して互いの感情を深めたり、愛情を確認することを主目的とする"とか書いてあったはず。以前政一に休みに部屋で本を読まずに彼女らとデートくらい行ってこいと言われて、デートについて調べた覚えがある。

多分モカは時間潰ししましょうよと言っているのだろう。本気でこの短時間でデートしようなんて考えてない。というより私は彼女をちゃんとは知らない。パン好きでバンドを組んでいるうちの事務所のアルバイトの高校生。その程度の情報しかない。リサのように家に乱入してくる訳でもなく、そもそも出会って日も浅い。探偵の仕事もあって会わない日もあるから実際出会って数回の間柄だ。情報収集という事で付き合っても良いか、というより誘ってくるということは何かしらの時間潰しを持っていると考えるべきか?

 

「…………ああ」

「おー、山岸さんやる気だねー。じゃあー」

 

モカは歩き始める。それについていくように私も歩を進めるのだった。

 

 

 

モカの話を相づち打ちながら歩いていると、目的地に着いたようだ。いつぞやの商店街で、見覚えのある建物だった。数日前にモカや友人たちが入っていったパン屋。そこにモカは入っていく。後ろからついていくように入っていくと、パン特有の香りがふわっと撫でるように通りすぎていく。

そこそこ広く、品揃えも豊富。ここまで多く作るということはそれほど売れているという証拠。店内の床や棚とかの傷からしてそれなりの年月が経っているように見える。所謂"老舗"に近い店なのだろう。

 

「あ、モカちゃん。いらっしゃい」

「どーも、さーや。今日も買いに来たよー」

 

やはりと言うか、モカはこの店の常連のようだ。店員と談笑している。私は邪魔にならないように数歩離れてパンを眺めていた。

 

「山岸さーん」

 

しばらくボーッと眺めていたらモカに呼ばれた。振り返るとモカはこちらに向けて手を振っていた。

 

「こちらモカちゃんの彼氏さんの山岸さんでーす」

「え?モカちゃん、彼氏いたの?」

「………………」

「………え、本当に彼氏さん?」

「……………いや」

 

変な空気が流れる。そう言えば、今日は妙にこの付近の"高校生"と会う。多分この店員もこの近くの学校の生徒だろう。モカと仲が良いし。

 

「山岸さん、こういうのは冗談でも"はい、そうです"って言わないとー」

「……………ああ」

「あのー」

 

モカのいつものトークを適当に聞いていたら恐る恐ると店員の"さーや"が手を上げて声を掛けてきた。

 

「山岸……さんですよね?」

「……………ああ」

「私、山吹沙綾です。よろしくお願いします」

「……………ああ」

「それで、モカちゃんとはどんな関係で?」

「会社の社員とバイトという関係」

「そ、そうですか」

「ああ」

「……………」

「……………」

 

また変な空気が流れる。多分私が原因なのだろうが、理由が分からないからどうする事もできない。それをモカはニヤニヤしながら見ているから理由は分かっているのだろう。指摘しない辺り、それで楽しんでいると見る。

 

「……………」

「さーや、この人は基本聞かないと何も話さない人なんだよ。しかも基本話に興味を持ってなーい。モカちゃんなんて大半"……………ああ"で済まされてるんだよー」

「そ、そうなんだ。じゃあ、果敢に聞いた方が良いのかな?」

「そーそー」

「そっかー………ようし」

 

軽く深呼吸をしたら沙綾はこちらに身体を向けて笑顔で聞いてきた。

 

「山岸さんって、どんなパンが好きなのですか?」

 

 

 

今日は本当に色んな人と話をした。出勤時、猫捜しの時、そして今。この沙綾という少女は"モカやリサと似た"察する、人にあわせる能力に長けた人物だ。兄妹がいるらしく、その子達の面倒を見ていたから身に付いたのだろう。

 

「それで、この前香澄が制服で木登りとかし出して、有咲が怒鳴っちゃってね。汚れるだろー!って……いやぁ、あれには私も………って、すみません、また話し込んじゃって」

「……………いや」

「山岸さんって意外と聞き上手なんですね。初めは無愛想な人なのかなーって思ったんですけど、ちゃんと聞いているって感じがして話しやすいです」

「……………ああ」

 

本当にそうだろうか?彼女が話上手だからではないか?仕事で色んな人と関わってきたが、雑談は数秒ももたなかった。仕事の話なら続いたが。こうやって沙綾は相手の様子を伺って上手く話を進めているから長く会話が続いている。会話と呼べるものか怪しいが。

だから思う。こんな私と話をしていて面白いのかと。あそこでパンを吟味しているモカと話した方が数段楽しいと思うのだが。

 

「実はですね、山岸さんの事はモカちゃんから聞いていたんですよ」

 

急に声のトーンが小さくなる。それに私は今考えていた事を止めて耳を傾ける。

 

「と言っても名前とか、容姿とか聞いてなかったからどんな姿の人かは知らなかったんですけど」

「…………ああ」

 

モカもリサと同じように他の人に私の事を話していたらしい。それに関してあこの件でもう特に何も思わなくなった。だが、リサのように美化したような話は止めてほしい。私はそんな立派な人間ではない。

 

「初めは変わった人だーとか、全然話を聞いてないーとか言ってたんですけど、この前は無表情だけどちゃんと話は聞いてくれているって」

 

この前?そこまで話をしたか?この前はリサとモカが各々のバンドのボーカルについて延々と話をしていたのを聞いていただけだったはず。確かにたまに質問されて答えたが、あれは話をしたというより受け答えしたと言った方が正しい。

 

「話してみて思いました。話しやすいって」

「……………そうか」

 

私は目を閉じる。前までは聞こえなかったあの破壊音。多分私の中に残っていた記憶の欠片。その音が私にはカチリと歯車がはまるように感じ、先ほどまでの会話は歯の噛み合わない歯車が摩擦で回っているように感じていた。

沙綾はとても優しい人物だ。私という歪な歯車に合わせようと会話をしていた。しかもそれを"私が聞き上手だから"と言った。

それにモカもそうだ。わざとゆっくりパン選びをしている。私が沙綾と会話をしやすいように。

 

「さーや、お会計ー」

「あ、うん。それじゃ」

「……………」

 

モカがレジに山盛りのパンを置く。軽く10は越えている数日分のパンだろうか?まあ、そんな思考は置いといて。

 

「あれ?山岸さん?」

 

財布から表記された値段の金をキャッシュトレーに置く。

 

「デートなのにほったらかした謝罪」

 

そう呟くとモカはポカンとして、その後

 

「それはそれはモカちゃん的にポイント高ーい」

 

とニシシと笑うのだった。




確認したら予約投稿されてなかった。
とりあえずその恨みも込めてサリーを落とす(ウワアアアアアア
どうも、モコモコです。今回で4話ということで少し話が展開するのかなと思ったらまさかの進まなかった。
とにかく彼が精神的に成長すればと思って書いたのですが、それどころか後退したような気がせんでもない。
とにかく彼が色々と面倒な性格をしていることが分かれば良いかなと思います。
次かその次で進展できれば良いなと思います(本当に行き当たりばったり
次は2、3日後になるかと思います。ではいつかまた

@mocomoco20000

追記、タグに新たに"オリキャラ"を加えます。ほら、政一って完全にオリキャラだし。というかタグのガールズラブ消そうかな?百合百合してないし。


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005

窓に当たる雨の音が段々酷くなっていく。

大粒の雨と強風が入り乱れる外を、政一は椅子をギイギイ鳴らしながら眺めていた。

私はその音を肴に本を読んでいた。

この前商店街の福引きで当てたらしい液晶テレビは今日の関東は台風に近い強風と雨に見舞われると報道していた。

 

「雨だねぇ」

「…………はい」

 

仕事は一応あるにはあるが、この雨の中する程日程が詰められていない。依頼人もやる気がないようで先ほど連絡あり、後日に回すとの事である。

完全にフリーとなった私はこのまま帰っても良いのだが、嵐のような外だ。弱まるまでここで時間潰しをする事にした。

時計の音と雨音しか無かった空間に一時騒音が駆け抜ける。政一はまたかみたいな顔をして立ち上がり窓から覗く。煩いバイクの音とサイレン。サイレンをけたたましく鳴らす車を煽るように運転するバイクに政一はため息をついた。

 

「うわぁ………あのヤンチャな連中、こんな雨の中でも爆走してるよ」

 

ありゃりゃ、服びしょびしょだろあれと呆れた声を出す政一。

 

「にしてもいつもより安全運転だな。怖いなら運転しなきゃ良いのに」

「…………ええ」

 

パラリとページを捲る。今読んでいる本は今度映画化するらしい。世間によく知られた犯罪者の兄を持つ弟が、1人の女性に恋する話。いつも思うのだが、リサのオススメする本は基本恋愛小説と偏っている。好きな本を読むのは良いが、他の本も読んだ方がいいと思う。

 

「悠翔君」

「…………はい」

「……………暇だ」

「…………はい」

「何か話とかしよ?」

「…………どうぞ」

 

適当にリモコンを操作しながら画面を切り替えていた政一は、観るものが無かったのか電源を切ってリモコンを机に投げる。椅子に座るや否や机に突っ伏して、だらだらし始めた。

 

「今度昭和の日じゃん」

「…………はあ」

「あー……祝日だよ。祝日。その日空いてる?」

「…………いつですか?」

「29」

 

ちらりと机にあるカレンダーを見る。特に予定はない。あるとしても本屋に行くか、散歩するかくらい。

 

「空いてます」

「じゃあ、その日は休みな。絶対に仕事とか入っても来るなよ?」

「…………何故?」

「お?いつもなら頷くだけなのに質問とは……面倒くせぇ。ほら、今リサちゃんやモカちゃんバンドの練習に明け暮れてるだろ?その本番だよ」

「…………それが休む理由になると?」

「観に行けって事だよ。悠翔君、まだリサちゃんのバンド観てないんだろ?3回やったんだっけ?3月の下旬に結成してからライブしたの。多いのかは私には分からないけど…………とにかくスゴかったよ。本当に結成して数日のバンドなのか?って。この前ライブの日程を聞いたんだけど、その日モカちゃんのバンドも同じとこでライブなんだ。だから、社長命令だ。観に行け」

「……………」

「いや、そこは頷いてよ」

 

その話は日時は教えてもらってなかったが数日前に聞かされている。それに関しては仕事が無ければ行くと話をつけていた。多分政一がそれを知って根回しに回ったのだろう。しかし、もし仕事が入ったというのに休むのはどうかと思う。ただでさえ休み休みな職場なのに。

 

「…………質問いいですか?」

「おう。何だ?」

本に栞を挟んで閉じる。ちらりと政一の顔を見る。身体を机に預けて顔だけ上げるその様は、中々にだらけきっているなと思う。気を抜いた状態だからか正直に話したのだろう。政一の言葉に1つ気になったフレーズがあった。

 

「彼女の過去のライブ、全てに仕事が入ってました。その時にライブを観に行ったのですか?」

「……………あ。いや、その………ね?ほら、部下の別の姿を観るのも仕事で…………」

「…………」

「はい、すみませんでした」

 

そう。仕事があったからライブを観に行けなかった。無かったら観に行く約束を政一の前でしていた筈だ。それを聞いていて仕事をほっぽり出して観に行ったのなら少しそれはどうかと思う。

 

「それでは部下に示しがつかないので以後気をつけて下さい」

「…………はい」

 

部下といっても私と、アルバイト2人しかいない弱小探偵事務所ではあるが。

閉じてあった本を再び開き本を読み始める。

 

「あー、暇だ」

 

その言葉は虚しく部屋に響くのだった。

 

 

 

時刻は10時。まだ事務所に来て1時間しか経っていないのに政一は暇をもて余して椅子に跨がってクルクルと回っていた。

外の雨は相変わらず酷く降っていて、弱まる気配はない。

ピリリリリと政一の机に乱雑に置かれた電話が鳴り出した。待ってましたと言わんばかりに政一は受話器を取って、いつもの1.2倍ほどのテンションで定型文を言っていくがその丁寧な口調はすぐに崩れ出す。どうやら知り合いだったらしい。

世間話に花を咲かせるのだろうと私は、彼らの話を遠ざけて本の世界に入り浸る事にする。

だが、その平和な世界は一瞬にして崩れた。

 

「悠翔君、ちょっとゲームしない?」

「…………何ですか?」

 

電話を終えた政一はちょっとニコニコした顔をしていた。

 

「負けた方は罰ゲーム。内容はこの雨の中配達をする」

「…………仕事ですか?なら行きますが」

「仕事じゃなんだよ。くそぅ、暇なんて言わなきゃ良かった」

 

どうやら面倒な配達らしい。また本を閉じて政一の方を見ると、何故かボイスレコーダーを取り出してセットした。

 

「ルールは"しりとり"。最後に"ん"が付いたり、同じ単語を言ったりしたら負けだから 」

「はい」

「………じゃあ、私から行くよ。しりとり」

「リチウム」

「り、リチウム?えっと……武蔵野」

「ノーベリウム」

「は?ノーベリウム?……いや、また"む"か……麦」

「ギンガム」

「いや、何それ?……ええと………うわっ、ホントにある言葉だ。んー……。む……無塩バター」

「タリウム」

「………悠翔君、本気で殺しにかかってるだろ。よーし分かった、悠翔君がその気なら私も殺しに行くからな」

 

政一は立ち上がってグルグルと肩を回してキッと私を睨んできた。

 

「"む"だな!ええと―――――」

 

 

 

途中から飽きてきて本を読みながらやっていたら、

 

「ちくしょう!もう悠翔君としりとりしないからな!」

 

と叫びながらボイスレコーダーと上着を掴んで事務所を出ていった。

 

「………………」

 

結局罰ゲームの配達というのは何を運ぶのだったのだろうか?後で聞けばいいか。

時刻は10時半。あれから30分、しりとりにしては長いのか短いのかよく分からないが、そこそこの単語が飛び交った。早く終わらせる為に元素とむで終わる言葉を中心にしてやってみたのだが、政一もかなりのワードを持っていたから白熱したのではないかと思う。その余韻が消えて雨音と時計の音しか満たしてないこの事務所に寂しさを感じた。政一がいるのといないのでここまで変わるのだな。何だかんだいって私1人でこの事務所にいることは少なかった。いても特に何も思わずに本を読んでるか、事務仕事してるかだったし。

パラリとページを捲る。

この数週間でかなり私の周りはかなり変わった。

モカという新しいアルバイトが入ったのもそうだし、リサの心構えも変わったのも影響されてるのだろう。

政一も元々ワイワイした感じが好きで、今の事務所の雰囲気の方が好んでいるように見える。

 

「……………」

 

私も変わったのだろうか。いや、少しは"戻った"のだろうか。未だに自分の"本当の名前"も分からない。記憶にあるのは戦争の音とノイズに紛れた"仲間"の声。そして、あの銀鈴を鳴らしたかのような清んだあの声。

強い口調だけど細く、か弱いイメージの声なのに何故か心の底に響く声だった。その声は聞き慣れたものでもなく、何というか最近知り合った程度の人ってイメージもある。だというのにあの言葉ははっきりと聞こえる。何故?他にも多くの言葉を交わした奴もいただろう。

そもそも私はどんな人間だったのだろうか。

考えれば考えるほど疑問は沸くだけで、減ることはなかった。

外の音が増したと感じ外を見ると、雨脚は酷くなる一方だった。政一がしりとりをしている際に興奮して落としたリモコンを拾って電源を付ける。

チャンネルを切り替えると臨時ニュースがやっていて関東は異例の暴風警報が発令していた。国営の鉄道も急遽運転見直しをして駅前はごった返しになっている。

海沿いと北関東に特別警報と呼ばれる警報が発令していて、まるで強大な台風が来ているかのような状況らしい。

 

「………………」

 

といっても、私は特に何も思わず再び本を読もうと自身の机に向かう。

電車が使えないなら地下にあるバイクを使って帰るか程度であった。

椅子に座って本を開く。雨の音と叩きつけるような風の音を聞きながら本の世界に落ちていくのであった。

 

 

 

電話が鳴ったのは昼前ぐらいだった。

誰だと思ったら政一からで、出て見ると今日の営業は終了とするとの事だった。どうやら何かに巻き込まれたらしい。内容を言わない辺り私情によるものと判断する。

会社の電話をオフにして、政一のパソコンの電源を落とす。

 

『悪いがこれ、明日まで縺れそうだから電話を臨時休業用のものにしといて』

 

と言われたから電話の設定を変更する。

 

「明日は休みという事ですか?」

『ああ、まさか遊びだと思ってたんだが…………まあいい。悠翔君に行かさなくて良かったと思おう。とにかく、明後日からよろしく』

「明日の依頼人はどうするのですか?」

『それはもう依頼人に伝えている。安心して休むといい』

「…………はい」

 

電話は切れる。しかし、一瞬聞こえたあの甲高い音は………いや、政一が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。戸締まりしたらいつでも帰れるようになった事務所を一望して、また机に座って本を読む。

夕方頃には風も弱まると報道していたので、その頃に帰ろうと考えた。無理して帰る必要性もないし。

だが、その予定を壊しにかかる電話が今入ってきた。

電話の差出人はリサとなっていて、今日は確か学校ではなかったかと思ったが、電話が来たということは自身に用があるということ。

 

『あ、悠翔さん。すみません、今大丈夫ですか?』

「…………ああ」

 

何やら周りの声が騒がしい。ちらりとニュースを見ると、学生や社会人が急遽休みになってもこの強風じゃ帰れないとか言っていた。この感じだと送って欲しいとかではないかと考える。

 

『別口の仕事……入ってませんでした?』

「後日に変更になった。………要件は」

『その、友希那………あー』

「その名前はよく知っている」

『…………あ』

 

友希那。この事務所にリサが来て何度か、モカが来てからたかが外れたのか何十ものその名前を聞いた。リサの幼馴染で、バンドのボーカル……歌い手をやっているそうだ。その話をモカとしているのを1度聞いたことがある。

 

『うん……友希那がね、学校が休みになったのだからバンドの練習をしたいって言い出してね。何かいくつかスタジオに電話したら1つ、この強風の中営業している所を発見したの』

「…………そうか」

『それで、行こうとなってもこの強風じゃ厳しいと言いますか………』

「…………ああ」

『すみません!移動の為に車を出してもらってもいいですか?』

「…………」

 

何となく察した私は、戸締まりを始めていた。要するに足が欲しいということか。

 

『あの………ダメですか?』

「…………いや。何処に行けばいい」

『!………それでしたら―――――』

 

場所と移動する人数を聞いて私は壁に掛かっているキーを手に取り事務所を後にするのだった。

 

 

 

大粒の雨が車を叩きつける中、私はふと思う。送った後どうしようかと。

私の住むマンションには一応来客用の駐車場がある。だが、そこが空いてる所を1度も見たことがない。面倒であるが1度事務所に戻ってバイクに乗り換えて帰るか。もしくはまた事務室で本でも読むか………だが、今読んでる本はもう終盤にかかってる。この強風が収まる前に読み終えてしまうだろう。

いつも行ってる本屋は通り過ぎ、もうそろそろ指定された場所に着く。

もしかしたらスタジオで立ち往生する可能性もある。本の補充はしておきたい。2度同じ本を読むのも有りだが、そういうのは時間を置いてからしたい。連続で読むのは多分途中で飽きる。

 

「…………この付近の本屋をリサに聞くか」

 

そう結論を出した頃にはリサの指定した場所、羽丘女子学園に到着した。

到着したことを連絡したら、数分経つと車のドアが開いた。

 

「うひゃあ…………酷い雨ですね」

「…………ああ」

 

本を閉じて声の方を見ると見慣れた制服を姿をした女子、リサと見たことのない顔であるがリサの話からして彼女が友希那と推定する。それとこの前話した紫ツインテのあこが飛び入るように車の中に入ってきた。

 

「…………後部座席にタオル」

「え?あ……。ありがとうございます」

 

助手席に彼女たちの荷物を置いてもらい、真ん中の席と後部座席に彼女たちを座らせる。

 

「悠翔さん!こんにちは!」

「…………ああ」

「ちらっと見ただけなんですけど、今日は軍服っぽいですね!あこの話を覚えていてくれたんですか!」

「…………いや」

「そうですか………でも―――」

「はいはい、あこ。落ち着いて。ほら、ここにもちょっと水滴があるから動かないで」

「はーい」

 

あこの相手が私からリサに切り替わると先ほどまで無言だった友希那(推定)が声を掛けてくる。

 

「あなたがリサのバイト先の上司である………山岸さんだったかしら?」

「…………ああ」

「リサがお世話になってます。リサから聞いていると思うけど、私は湊友希那です。今日はよろしくお願いします」

「…………ああ」

「……………」

「……………」

「………あ!」

 

この前の沙綾の時と同じ空気が充満し始めるが、それを即座に霧散させるのはリサへロックオンしていたあこだった。

 

「悠翔さん!この前話したNFO始めました?」

「…………いや」

「えー!始めましょうよ!すっっごく面白いんですから!」

 

彼女は空気を一瞬で切り替える事のできる才能を持つようだ。多分彼女と話を始めたら誰かが止めるまで止まらないだろう。

 

「…………そうか。リサ」

「え?あたし?」

 

あこの話を聞いていたら多分終わりが見えない。だから先に話を済ませておこう。

 

「次の目的地である花咲川女子学園までに本屋はあるか?」

 

そう聞いてサイドブレーキを降ろすのだった。

 

 

 

リサから話は聞いていたけれど、ここまで話の続かない人だとは思わなかった。

唯一話らしき事をしたのは花女までに本屋はないかくらいで、小さな本屋があることを聞くと1度そこに寄ると言ってそこから無言だった。

あこが果敢に攻めるように話しているが全て"ああ"か"いや"か"そうか"だけだった。これだけで会話を続けられる彼がスゴいのか、それでも会話を続けるあこがスゴいのか分からなかった。

端から見ると不機嫌に見える彼は、リサ曰く単に感情を表情に出すのが下手なだけらしい。

 

「いやぁ、本当に悠翔さんの仕事が延期になってよかったよ」

「そういえば、リサのバイトって何をしてるのかしら?探偵の仕事とは聞いてるけど、内容までは知らないわ」

「うーん、あたしは基本事務が多いかな?依頼人の電話対応と書類作成。たまに悠翔さんと依頼をこなすけど、人捜しだったりモノ捜し。あ、この前はモカと悠翔さんで猫捜しをしたんだっけ」

「猫」

 

猫という言葉に即座に反応してしまうがぐっと我慢する。ここにはあこや悠翔もいる。それを見たリサは微笑む。

 

「あはは。この前バンドの練習が終わってモカが生徒手帳を持ってきたでしょ?あれが猫捜しの帰りだったんだって。悠翔さんも来る予定だったんだけど仕事が入ったからそっちに行ったんだ」

「……………」

 

リサはちらりとあこを見る。あこは真ん中の席で身を乗り出すように悠翔に話し掛けている。

その後リサは私を見てウインクする。

 

「…………それで、その猫ってどんなどんな猫なの?」

「ええと………前に写真で見たけど、確か三毛猫だったかな?毎日同じところを散歩するんだけど、2日ほど帰って来なかったから、知り合いだった社長に連絡して翌日捜して見つけた………って感じかな?あの依頼は」

「三毛猫って色んな色彩があるわ。どんな感じだった?」

「え?ええと………」

「リサ姉ー」

 

リサがちょっと困惑し始めるとあこに声を掛けられた。

 

「え?何?」

「悠翔さんがこれをリサ姉にだって」

 

リサに渡されたのは数枚紙が入ったクリアファイルだった。

見た感じ仕事の書類だと思う。

 

「ん?この書類って…………」

 

リサは書類を抜き出して確認をする。

捲っていくと急にリサは笑い出す。何か面白い事が書かれていたのだろうか。

 

「これ、悠翔さんから友希那にだって」

 

渡されたのは1枚の写真。右目に縦に細い黒い筋のような模様が特徴的な猫の写真。

私はそれを見て硬直してしまう。

格好かわいい……………いや、そうではない。リサを睨むように見ると、私の意図を察したリサは首をブンブン振る。それから私は彼に私の事を話してないと察する。じゃあ何故と思っていたら、猫の写真の裏に何か貼ってあるのに気付く。

そこには付箋紙があり、"猫の特徴。もう不要だから捨てるなり貰うなりしてくれ"と書かれていた。

もう1度リサを見る。リサは苦笑いを浮かべていた。

悠翔の方を見るが、相変わらずあこのマシンガントークを適当に聞いていた。

この男、色んな意味で要注意だわと警戒心を少し強めるのだった。




2,3日後と言ったがあれは嘘だ(ウワアアアアア
これで何度目か分からないサリーの叫び声を聞く作者です。
遅れたのもあれです。こんなタイミングでfgoのイベントが始まるのが悪いです。
バンドリ?バンドリは常に10万位を行き来してる弱小なので……(放置だけは避けるよう頑張ってる
今回も全然進みませんでしたね。今回でちょっとは彼の元の世界の話が書けるかと思いましたが、思いの外書けませんでした。次の次で書けるかな?いや、プロットを見る限りまた先伸ばしになるだろう。
実は彼の元いた世界は既存作品です。ちょっと深く踏み込んだら"クロスオーバー"のタグを付けようかと思ってます。どの作品とクロスさせてるのか予想するのも面白いかもしれませんね(ヒントなしでどうやって予想すんだよ
そういえば、バンドリをやってたら面白い名前を付けてる人いますよね(話逸らせやがった
ガチャは悪い文明とか、ハルトオオオとか。それ見て彼女たちにそう呼ばせていると考えると吹き出してしまいます。ちなみに私は"第四中隊吉田"です。わかる人には分かる(バンザアアアアアイ

@mocomoco20000

よければTwitterのフォローお願いします。特に意味のない呟きやリツイートしてます。次はいつ投稿になるか分かりませんが早く書ききれるよう努力します。次はこの話の後編です。ではいつかまた
追記、新たにお気に入りを付けていただきありがとうございます。これからも精進していきます。


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