婚活オーク(仮) (大久保オーク)
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1話 ベルベット

 登場人物紹介

・オクダ
 主人公オーク。元人間の転生者。転生する際に『神の調理術(ゴッド・クッキング)』とかいう能力をもらう。
 料理するぞと思うと意識がなくなって、勝手に作ってくれる。チート。
 バフもりもり、食べまくると身体強化。
 うますぎる。
 独身だが、最近結婚について改めて考えだした。

・シュルツ
 社長オーク。ヨミハラへのゲートに向かう際、主人公と他3人と遭遇し意気投合。
 ノマド傘下の企業『㈱大久保人材派遣』の社長。
 嫁は4人いる。

・ギドー
 副社長オーク。業務は主に社長の補佐。ロリコンでケモナー。
 魔族の嫁が二人いる。

・ドラコ
 経理担当オーク。意外と武闘派。
 簿記一級を持っている。独身。
 最近とある鬼神乙女に狙われている。

・ミハイ
 営業部長オーク。嫁は一人。
 部長とあるが、特に部門が分かれているわけではないので実質現場での頭。
 めちゃめちゃ大変。
 嫁さんのことを愛しているが、嫁さんは少し病み気味。

・株式会社大久保人材派遣
 何でも屋。なんでもできるようにOJTや社内研修に力を入れている。
 ノマドが約90%株を持っている。
 社員は100名くらい。入れ替わりとかあるため正確な数字はわからない。
 シュルツのカリスマとオクダの料理で会社が動いている。


 

 

 

 眠らない街、東京。

 その中でもひときわ光を放つ街、ヨミハラ。

 際限なき人の欲望と、魑魅魍魎とが跋扈するこの街で、5人の男が机を囲んでいた。

 カラリと氷が入ったグラスをあおぎ、アツい液体を口の中に含んでいく。

 旨い酒であった。

 

「それで、話とはなんだ?」

 

 各々が注文したつまみを肴に、グラスを傾けていたところを、一人の男が口火をきった。

 彼は従業員100人程度の中手企業『㈱大久保人材派遣』の頭。つまりは社長である。

 名をシュルツといった。

 偽名である。

 こちら側で生活する上では、何かと戸籍がないと不便であるから作ったのだ。

 国籍は日本である。日本人ではない。

 そして、人間でもない。

 彼らの皮膚は青い色をしている。 

 口元から伸び出る発達した犬歯、下あご。

 闇の中でも赤く光る両目。

 オークと呼ばれる、異界からの訪問者であった。

 5人が5人ともオーク。

 副社長のギドー。経理担当のドラコ。営業部長のミハイ。料理長のオクダ。

 この4人にシュルツを加えた5人で、会社を立ち上げたのだった。

 何かあった時にはこうして机を囲み、話し合う。

 何かなくても机を囲み、騒ぎあう。

 そうして10年間、底辺からのし上がってきたのである。

 

「オクダ」

 

 社長であり、友人のシュルツの言葉で、机の全員の視線がオクダに集まる。

 オクダは傾けていたグラスを机の上に置くと、両指を絡ませて一言。

 

「俺、婚活することにしたわ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 わがはいは転生者である。

 名前はオクダ。正確な年はわからない。

 魔界の奥地にある島で生まれ、長い間そこで生きてきた。

 魑魅魍魎が己の存在をかけて喰らいあう、弱肉強食の檻。蟲毒の壺。

 外界から隔離されていた島から抜け出した際に、今のシュルツたちに出会う。

 そのままヨミハラの下っ端稼業で生計を立てていた私たちは、10年ほど前に独立し、会社を立ち上げる。

 人材派遣会社と名乗ってはいるが、ただの何でも屋だ。

 ヨミハラ一帯を支配する多国籍複合企業のノマドだが、自分たちがすべてのことをやっているわけではない。

 特に3K(汚い・きつい・危険)や命を張るような仕事は、尻尾切りの意図もあってかこういったベンチャー企業にも仕事を回してくれたりする。

 時間というのは偉大なもので、5年も10年も仕事の成果を重ねていくと、周りの評価も変わってくる。

 今では契約社員や派遣社員も含めると100人超になる中小企業の一つと数えられるまでになった。

 シュルツはよくやっていると思う。

 規模が大きくなってくると、それだけ目の届かない部分が増えてくる。

 まとめるのも一苦労だ。

 ましてや、会社の大多数が魔界の住人である。

 我の強いやつらをまとめ上げることは、それだけで一大事だ。

 小さなオフィスの中で怒号が飛び交うことも少なくない。

 しかし不思議と、辞めるやつが出てこないのである。

 これも、シュルツのカリスマなのだろうか。

 思えば、彼が俺たちの中で一番大きな野心を持っていた。

 その日その日を懸命に生きていく雑草。

 しかしいつかは、きれいな華を咲かせよう。

 歴史に名を残すような、きれいで、大きな華を咲かせること、それが彼の野心である。

 そのために、オークが住まう部落を抜け出して、ヨミハラまで来たのである。

 ギドーもドラコもミハイも何らかの目的をもってこの街にやってきた。

 そこで、シュルツという光を見たのである。

 彼の存在は灯台のように、私たちの道を照らしてくれる。

 だから、彼を慕ってついていくのだ。

 私は、彼のような存在にはなれない。

 ここに来た目的も、前世の故郷である日本に訪れることだったのだ。

 私の目的は、達している。

 彼の元で働いているのは、彼に義理があるからか。

 いや、私も彼のことは気にいっている。

 そんなことを考えても仕方がないが、ともかく、彼の元で今働いているのが事実である。

 さて、ここに来るまでいろいろなことがあったものの、今私が考えていることは一つだ。

 すなわち、そろそろ結婚すべきかどうかである。

 オークが人と同じように老化していくのかはわからないが、地球に来て10年経った今、少し独り身であることが寂しく思えてきたのである。

 シュルツも、ギドーも、ミハイも既婚者で、異種族の奥さんをもらっている。

 シュルツとミハイなんかは、子持ちである。それもそれぞれ3人いる。

 独身なのはドラコと私だけだ。

 いや、ドラコは最近仕事でかち合った時に戦い合った鬼神乙女の一人に結婚を迫られているらしい。あれは時間の問題だと思う。

 ドラコも私も、一人の方が気楽でいいと話し合ったこともあったが、最近はどうなのだろう。

 既婚者が組織の近くにいると、何となく結婚すべきという気持ちになってしまうのだ。

 しかし、どこかにいいヒトはいないものだろうか。

 相手が(おそらく)中年オークでもいいと言ってくれる、尽くしてくれるできた女性は…。

 私は店を出てふと、そんなことを考えながら歩いていた。

 今夜は丸い月が浮かぶ、良い夜だ。

 面倒な思考は、飲んで忘れるに限る。

 そう考えたオクダは、行きつけの旨い酒と美女がいる店へと足を運んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ついにこの日が来たか」

 

 そう、シュルツが言った。

 オクダが店を出た後、再び4人は集まり、別の店で机を囲んでいる。

 5人で集まっていた時とは違い、皆顔に神妙な表情を浮かべている。

 

「いや、普通に応援するべきことだと思うのだが…」

「俺としても、此度の友の決断は尊重すべきものだと思う」

「めでたいよね……」

 

 シュルツの言葉に、他の3人が各々に意見を出し合う。

 オクダに肯定的な意見ばかりのように聞こえるが、皆表情が固い。

 

「……俺としても、友としてオクダのことは応援したいと思っている。ドラコと一緒に『独身貴族』なんてずっと独り身を貫いていた奴が、結婚を意識しだしたことは喜ばしいことだ。俺にも家族がいるからな、結婚がすばらしいことだとはわかっている」

「僕にもブリちゃんとクーちゃんってお嫁さんがいるからねー。花嫁姿の二人は可愛かったなぁ……」

「俺も最初は結婚なんてって思ってたけど、やっぱり家族っていいよな。子どもができると特に思うわ。そういえば、『独身貴族』のドラコは、あの鬼神乙女とどうなったんだよ?」

「彼女とは、そういう関係ではない」

「とか言って、ちょっと悪くないと思っているんだろ?」

「ついにドラちゃんも結婚かー。鬼ごっこも長かったけど、結局逃げきれなかったな」

「だから、違うと言っている」

「……ドラコのことは、ひとまず置いておこう。問題は、オクダのことだ」

 

 盛り上がってきていた彼らの会話が、途端に静けさを取り戻す。

 シュルツはグラスに入っていた酒をあおった。

 苦い、苦い味がした。

 一息入れたのち、彼は言った。

 

 

「戦争になるぞ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 カランと、ベルの音がした。

 ステンレス製の取ってを押して店の中に入ると、甘い匂いが鼻の中飛び込んでくる。

 女の匂いである。

 雄の頭を刺激する、魔性の匂い。

 どうして女はあれほど甘い匂いがするのか、いまだにわかっていない。

 いらっしゃいませと声をかけてきた淫魔族の女にコートを手渡し、カウンターへと足を運ぶ。

 テーブル席ではそれぞれ、酒と女とを楽しんでいた。

 オクダがテーブルの端に腰を下ろすと、カウンターからおしぼりが手渡される。

 先ほどまで温められていたため、まだ湯気が出ている。

 オクダはそれで手を拭き、焼酎湯割りと注文した。

 甘い匂いと甘い音楽。男と女の話声が店内に広がっている。

 

「はい、焼酎湯割り」

 

 しばらくすると、頼んだ酒がカウンターに置かれる。見知った顔だ。

 

「久しぶり、ベルベット」

「久しぶり、オクダ」

 

 紫色の髪の、有角魔族だ。

 彼女がこのガールズバーを営んでいるオーナーである。

 昔は格闘家を目指していたらしく、武闘派だ。

 細身ながら魔力によって強化された手足から繰り出される一撃は、容易に相手の命を刈りとる。

 ちなみに、ここが女100%なのは、彼女の趣味である。

 オクダがここに通いだしてもう何年にもなる。

 

「結構間空いたけど、仕事?」

「そうだ」

「へえ、どんな仕事?要人警護とか?」

「うちみたいな小さな会社に、そんな依頼が来るわけないだろ」

「でも前に、呼び出されたんでしょ?」

「そうだがな……」

 

 以前ノマドから名指しで指名された依頼に、名門魔界貴族の令嬢の護衛というものがあった。

 魔界でもいまだ名を残す家柄の放蕩娘が、このヨミハラに来るということでノマドの中でも話題になっていた。

 そしていざ来るとなった時、奴さんがうちの会社を名指しで指名したらしい。

 ことの経緯を説明していた褐色の魔界騎士さんは、どこか疲れた顔でそう説明していた。

 名門魔界貴族の次期党首候補ということで無碍にもできず、うちとイングリッドの部隊の合同で護衛任務にあたることになったのである。

 といっても、特に対魔忍や米連という敵対勢力からのアプローチがあったわけではない。

 滞在期間中は、平和なもんでお嬢様もたらふく食って、たらふく寝て好きなことして魔界に帰っていった。

 結局うちもノマドも、わがままお嬢様に振り回されたってわけだ。

 もちろん、見返りもあったろうさ。

 噂では、ノマドには多額の寄付金があったとか。

 うちにも、素敵な贈り物が何個か届いてたな。

 ちなみに俺はノータッチ。

 お嬢様からルージュの伝言を一枚、もらったけどな。

 

「きれいな人だったんでしょ?」

「まあ、顔は悪くなかったな」

 

 あと身体も。

 乳も尻もでかい。

 腰もきゅっと括れている。

 プルプルとみずみずしい唇に、蠱惑的な瞳。

 放蕩娘なんて揶揄されてたけれど、いろいろな経験をしてきている。

 たぶんあれは、今のうちに見識を深める意味合いもあるんだろう。

 党首の座についてしまえば、身動きが取れなくなる。

 その前に、自分で世界を知っておこうというわけだ。

 なかなか頭のいいお嬢さんだと思った。

 なんてことを考えていたら、前からにゅっと伸びてきた指が、オクダの頬を掴んだ。

 

「いででででででっっ!?」

「鼻の下伸びてるよー」

 

 武闘派ベルベットは指先も鍛えており、その力で頬を引っ張られるともうたまらなかった。

 しかし、ベルベットの顔は笑顔である。表情は固定されていたが。

 何するという言葉にも、にこにことほほ笑むだけで応えない。

 それが逆に恐ろしい。

 

「……ねえ、夜空いてる?」

 

 少し気まずくなったところで、ベルベットから小声で誘いがきた。

 

「空いてるぜ」

「わたしもうすぐ上がるから、いつものとこで、ね」

「いいのかい、こんな早くにオーナーが上がっても?」

「オーナー特権です」

「頭が言うことには逆らえないねぇ」

 

 そう言うとベルベットは奥にカウンターの奥へ引っ込んでいった。

 手前の席から従業員であろう淫魔族のお姉ちゃんがこちらに視線をよこしてくる。

 どこか生温かい視線だ。

 急に居心地が悪くなったオクダは、コップに残っていた焼酎を一気に流し入れた。

 ぬるい酒だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「戦争になるぞ」

 

 

 

 シュルツはそう言った。あながち間違えではなかった。

 重い空気が4人の間に広がっていく。

 

「……女ってのは、わかんねえからなぁ」

「男には理解不能だ」

「ハーレムってのは、フィクションではいいけど現実では結構大変なのよね」

 

 4人が4人ともにうなづく。

 特に既婚者であり重婚者のシュルツとギドーは実感がこもっていた。

 人間だから、オークだからと一夫多妻制やハーレムを肯定・否定しているのではない。

 もうその段階はとっくに過ぎたのである。

 問題は、家族になってからのことだ。

 マジカルチンポが解決するとか、そんな甘い話ではない。現実は非道である。

 シュルツもギドーも、結婚して子供ができてからは奥さんに頭が上がらないのだ。

 家族ができることで、変わることがある。

 特に女性に関しては、男性が思っている以上の動きに出たりする。

 

「修羅場を仲裁するのが、どれだけ大変か……」

「もうチンコ噛まないで……」

「接待でキャバクラに行くだけで、あとで搾り取られるんだよなあ」

「やはり独身こそ最強」

 

 重婚者二人はあの悪魔のような時間を思い出し、顔を青く染め上げ。

ミハイは、嫁は一人だがちょっと病み気味のアラクネ族が糸を絡ませ、そのまま捕食(意味深)されるのに頭を悩ませ。

 独り身で身軽に動けるドラコがやはり自分の考えは間違ってはいなかったと納得する。

 しかし、ドラコも最近はちょっと過激な鬼神乙女にハート(意味深)を狙われているのだ。

 別名が『生殖猿』と呼ばれるほど性欲が旺盛で、女ならばたとえ異種族間でも交配することが可能なオーク族ではあるものの、10年という時間は彼らの価値観を変えてしまうには十分なものだった。

 ましては、ノマドおひざ元のヨミハラである。毎日のように魔族、対魔忍、米連、その他勢力とが入り乱れて殺し合いをしているのだ。

 おそらく、彼らが生きる人生の中でもっとも濃い10年間だったであろう。

 それゆえに、同じ10年間を過ごしてきた友として、オクダの決意は尊重したい。

 4人が4人ともにそう思っている。

 

「……シュルツが知ってるだけで、何人いる?」

「……ざっと思い浮かぶだけで、20人ほどは」

「OH……」

「たぶんもっといるだろうな」

「社外で女作ってても、俺達にはわからないからね」

「この前の魔界貴族のお嬢様、完全にオクダに夢中だったな」

「向こうも話は聞いていたんだろうが、見事に胃袋をつかまれていたな」

「お礼の品の中にも、オクダのは別に入っていたぞ」

「見た見た。ルージュの伝言って、あれは絶対誘っていたな」

「おそらくお抱えの料理人にならないかという話だろう」

「ぼっきゅぼんでグラマラスなお嬢さんだったなぁ」

「それを断るオクダの勇気」

「……あいついつか刺されるぞ」

「その前に戦争だ」

「取り合いか」

「いくらなんでも、人数が多すぎる。二人三人のレベルではない」

「ノマド内でもあいつを狙っている勢力は、少なくない」

「というか、武闘派が多すぎる」

「ブラック様も動かれるだろう」

「まじかよ、たかが一匹のオークだぞ!?」

「その一匹が、戦況を変えることもある」

「というか、たぶん人生変わっちまうよ」

「『神の調理術(ゴッド・クッキング)』だったか……、オクダの異能」

「気づいた時には料理ができていて、それを食べると各種バフデバフ特盛。しかも食べ続けると身体機能すら向上させるという特級の能力」

「俺たちはオクダの料理を食べ続けたこそ、今まで生き残ってこられたと言っても過言ではない」

「並のオーガ族程度なら文字通り一ひねりだからな」

「まあそのせいで、鬼神乙女に狙われることになった人とかいるし」

「……言うな」

「とにかく、あいつの重要性は、俺たちはもちろんのこと、ノマドの中では広まっていることだ」

「というか、オクダの飯目当ての依頼とかあるし」

「オクダの飯は旨いからな」

「うますぎて、コンビニの飯とか食べられないんだよなあ」

「うむ、オクダの飯こそ至高の一品」

「確かに、外に食べに行っても見劣りしてしまうのもしょうがないことだ」

「それで女の子の胃袋も心も掴んじゃうんだよね」

「しかも本人に自覚がないときた」

「あいつバカ舌だからな」

「何食っても美味いとしか言わないのはどうかと思う」

「そのくせ、腕だけは確かだから不思議だよ」

「……これ以上あいつの話をしていても埒があかない。俺からはこれだけだ」

 

 そう言って、シュルツは他の3人に目を向ける。

 

「何かあったら逃げろ」

 

「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」

 

 この世で、女の嫉妬ほど恐ろしいものはないのだ。ましてや、それが男の取り合いとなるとなおさらである。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ベルベットと合流し、腕を絡ませながら歩いた先は一件のラブホテル。

 割り当てられた部屋の中に入った瞬間、ベルベットが抱き着いてきた。

 そして差し出される唇。

 それをかがんで受ける。

 身長差もあり、中腰のまま口内で舌を絡ませあう。

 ぬちゅ、くちゃ、べろり。

 二人の唾液が混ざり合う音だ。

 官能的な音が、二人の気分を高めていく。

 たっぷり3分はお互いの口内で探り合い、そして舌を離す。

 距離が近いせいで、ベルベットの吐息を生で感じ取ってしまう。

 生暖かい、動物的な吐息。

 舌と舌とが、銀色の糸でつながり、やがてそのつながりが切れていく。

 女の顔が紅潮しているのがわかる。

 女の瞳がうるんでいるのがわかる。

 女が雄を感じ取っているのがわかる。

 そして俺は、雄を高めていく。

 

「シャワーはいいのか」

「いいのよ、こっちのほうが、男を感じられるし」

 

 再び、キスをした。

 舌を絡ませあいながら、お互いの衣服を一枚ずつ脱がしていく。

 素肌が見えてくるにつれて、香りが増している。

 ベルベットの、雌の香りだ。

 黒のブラジャーをはぎ取ると、そこにはピンク色の突起が二つ、

 服の上からでも容易にわかる、豊満な乳房。

 ピンと前に突き出たロケット型の乳だ。

 俺は彼女をベッドの上に押し倒した。

 彼女の爆乳の間に、頭をうずめてみる。

 頭の重さで沈んでいくが、一定までいくと押し返してくるような、張りがあった。

 顔を上げると、谷間からベルベットの顔が見えた。

 苦笑していた。

 その顔にムッとした俺は、ピンと張った突起を指でつかんだ。

 

「……あっ」

 

 突然のことに色声をあげてしまう。

 それに気をよくした俺は、そのまま指で乳首を転がしていく。

 ゆっくり、ころころと、撫でるように――――、

 そして、つまむ。

 

「んんっ」

 

 優しい愛撫からいきなり強くつままれると、声を我慢できないようであった。

 こうして、彼女の乳首の性感を高めていく。

 主導権はこちらがにぎっているのだ。

 例え彼女がすさまじいドMで、腹パンされるだけで感じる体質であろうが、今は関係ないのである。

 どうだ、ベルベット。

 俺は彼女の顔を見た。

 まだ優しく指で転がしているところだ。

 それをベルベットは物足りなそうに見ている。

 そして乳首をつまんでやる。

 今度は軽くひねりを加えて。

 

「んああっ」

 

 甘い声が部屋の中に響き渡る。

 ベルベットがねだるように、舌を差し出してくる。

 俺はそれを受けてやった。

 いやらしい音をさせながら、絡み合う欲望。

 その間も胸を愛撫することを忘れない。

 キスの間も、甘い吐息が漏れ出ていく。

 とろんとした眼が、こちらを見つめている。

 荒い息、紅潮した顔、涙を含んだ瞳。

 もはや何も起きないはずはなく。

 俺はベルベットに覆いかぶさった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「っはぁ、……あッ、……あぃッ、あんッ……あッ――――」

 

 女の嬌声が響き渡る。

 男は怒張した自らのものを女の中に突き入れる。

 抜くときにも、突き込むときにも、女は反応する。

 小柄な彼女の両腕をとり、後ろから勢いよく突く。

 後背位でのセックスは、男のほうから女の表情を伺うことはできない。

 しかし、俺にはベルベットがどんな顔をしているか容易に想像することができた。

 男に尻を突き出し、もうどうにでもしてくれというかのような彼女は、今悦んでいる。

 オーク族の巨大なペニスが、膣壁を擦っていく。

 その刺激が快感の波となり彼女の頭に伝わっていく。

 舌が垂れ下がった口からは、酸素を求める荒い呼吸が。

 雄を受け入れている膣は、もっと刺激をとせがむようにペニスを締め上げる。

 俺はふっていた腰を止め、ベルベットを抱き上げる。

 夢心地な彼女は、俺の為されるがままに股を開く。

 ベッドに寝転がり、上から彼女を見下ろした俺は、開いた股にペニスを挿入する。

 艶やかな声が響いた。

 こちらのほうが、ベルベットの色づいた顔を見ることができる。

 艶やかな、雌の顔だ。

 俺はたまらなくなって、彼女の口に吸いついた。

 そして欲望のまま、腰をふっている。

 女の、雌の、匂いが、香りが、味が、感触が、俺の中に入っていく。

 すさまじい勢いで、俺の中の雄を高めていく。

 眼前の雌も、すさまじい仕上がりだ。

 ほとんど叫んでいるような嬌声をあげながら、雄の身体にしがみついている。

 目には涙を浮かべ、口からはよだれを垂らし、鼻から鼻水が飛びでて、そして膣から愛液が噴き出す。

 いいぞ、最高だ。

 雌を犯しているという実感を得る。

 女をどうにかしているという実感を得ている。

 これはオークだからなのか。

 高まってくるといつからか、雌を孕ませたいという気持ちになってしまうのだ。

 それは転生して得たチートでもどうにもならない、原初の欲求だ。

 その欲望に浸りながら、思うのだ。

 ――――気持ちがいい、と。

 やがて、高まりが最高峰まで上がってくると、射精欲求がむくむくと湧き出てくる。

 

「―――っもう、出るぞ」

「うん、出してッ、私の中に出してっ」

 

 放さないとでもいうように、ベルベットが足を絡ませてくる。

 なんて愛しいやつだ。

 そしてそのまま、俺は彼女の中に欲望を解き放った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 こうして、俺ことオーク族のオクダの一日が終わったのである。

 となりで眠っているベルベットに視線を向ける。

 俺の腕を枕にし、規則正しい寝息を立てている。

 安らかな眠りを邪魔しないように、ゆっくりと髪をすいていく。

 こうして見ると、ベルベットって美人だよなぁ。

 

「結婚か……」

 

 前世の時は見合い結婚だった。

 それでも妻を愛していたし、子どもも二人も得た。 

 悪くない人生だったように思う。

 だがこうしてオークとなった今、前世と同じように相手を愛せるのだろうか。

 性欲猿と疎まれているこの身で、男と女の関係を築くことができるのだろうか。

 そんなことを考えながら、眠りに落ちていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――――逃がさない」

 

 

 

 



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2話

 登場人物紹介
・オクダ 主人公オーク 料理チート。昨夜はお楽しみでしたね。

・シュルツ 社長オーク 4人嫁がいる。

・ギドー 副社長オーク ロリコン。嫁が二人いる。

・ドラコ 経理担当オーク 今回は名前だけ

・ミハイ 営業部長オーク 嫁を愛しているが最近怖い。

・ベロニカ・ヴェロール 魔界騎士 シュルツ嫁①

浅間 美香(あさま みか) 秘書。対魔忍のあの人に顔が似ている。オリキャラ。シュルツ嫁②

・アエン、タウ姉妹 火と氷の魔族。シュルツ嫁③と④ オリキャラ

・キシリア・オズワルド 魔族の傭兵剣士。陥没乳首。

・ロスヴァイセ 鬼神乙女 ドラコを狙っている。今日は捕まえたもよう。

・ビーン 元社員で独立した。奴隷商人オーク。オリキャラ。

・リーナ 魔界騎士 『嵐騎』と二つ名がつけられるほどの実力者。巨乳。可愛い。

・ニミエ 鬼族の女。正式にはニミエという名前ではないが、本人もこの名が気に入っているようだ。巨乳。

・ユーリヤ 元暗殺者。それほど胸は大きくない。だがそれがいい。今はメイド。

・パティ・ヴィングマン 米連の魔族研究所の所長。オークを捕まえたりしている。

・イングリッド 魔界騎士でブラックの側近。今回は名前だけ。

・ユフィ&ソフィ いくつもの魔族の遺伝子を掛け合わせた人造兵器。可愛い。




 

 

 

 ◆

 

 

 

 まだ薄暗い部屋の中で目を覚ました。

 ベッドの横に備え付けられたデジタル時計は、『午前4時30分』と示している。

 俺はベッドから体を起こした。

 上等な羽毛の布団、包み込むような弾力を持ったベッド。

 何より、となりで眠っている美女。

 昨夜の思い出が、欲望と共にむくむくとよみがえってくる。

 俺は彼女を起こさないよう、静かにベッドから出た。

 部屋についている浴室は広く、5人ほど一緒に入ってもまだ空間に余裕がありそうなものだ。

 そこで一人、熱い湯を浴びる。

 男の体臭と、女の性臭が混ざり合ったものを、きれいな湯で洗い流していく。

 部屋の中で二人、雄と雌が絡み合う。

 夢のような時間だった。

 しかし、今からは違う。

 現実の仕事に、夢は持ち込まない。

 きれいさっぱりになって、出ていく。

 随分さっぱりしたところがあるが、これも性分である。仕方がない。

 たっぷりと時間をかけて身体を洗い流した俺は、浴室から出た。

 部屋の中はエアコンで快適な温度に保たれてはいるものの、熱い湯の中にいた身体には若干ひんやりと感じる。

 備え付けられたバスタオルで身体についた雫をとっていると、ベッドの方から気配がした。

 

「すまん、起こしたか?」

「ううん、私も目が覚めたから」

 

 そう言って、ベルベットがこちらにやってくる。

 身体には羽毛の布団を巻き付けている。

 露出した肩口や首筋に、昨日の赤い欲望の跡が残っていた。

「もう行っちゃうの?」

「これから仕事だからな」

「夜にあんなに燃え上がった仲なのに、案外薄情なんだね?」

「……すまんな」

「いえ、ごめんなさい。私もあなたのことを知っているつもりだったんだけれど、どうしてかな。少し、……いじわるしたくなっちゃった」

 

 ベルベットは、そう言ってペロリと小さな舌を出した。

 

「また、店には来てくれるんでしょ?」

「ああ、必ず行くよ」

「待ってる」

 

 最後に、深い口づけを交わした。

 舌を絡める動物のようなキスではなく、恋人のように甘いビターキス。

 チョコのように甘いひと時を過ごし、ベルベットとは別れた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 地中300m先にある地下都市ヨミハラにも、朝はやってくる。

 沈まぬ光の天蓋の下で生きる者たちが眠っている早朝、オクダは会社へと戻って来た。

 (株)大久保人材派遣の本社がある場所は、ヨミハラでも一番外に近い外側だ。

 もともと地面をくりぬいて作ったその場所で、3階建てのビルが一棟たち、その周りを数種の建物が並び立っている。

 その中で、ひときわ古い建物の中へと、オクダが入って行く。

 外から見ると、学校の体育館のように長方形の形をしている。

 履いていた靴を下駄箱の中に入れ、通路を進んでいく。

 途中、(株)大久保の社員たちがこちらにあいさつをしてくる。

 

「おはようございます!料理長!」

 

 この会社では、オクダの役職は料理長で定まっている。

 通路を進んでいく中で、元気な声がこちらにかけられる。

 社員にはいろいろなやつがいる。

 オクダやシュルツたちと同じようなオークもいれば、オーガ、鬼族、蛇人族、獣人、淫魔族、人間、大人、子どもと様々である。

 ある種の坩堝なのだ。

 魔界とつながるゲートからこちらにやってくる魔族たち。

 自身の薄汚い経歴から、闇の中に飛び込んできた人間たち。

 ただ、全員が闇の中で生きていけるかというと、そうではない。

 魔族の中には、力が足りずに命を落とす者たちもいる。

 特にオーク族なんかは、力と性欲が強いだけの猿としか認識されていない。

 上位魔族にとってみれば、都合のいい人形にすぎない。

 この世界では、命の価値は軽いものだ。

 人も魔族も、自らの欲望のためだけに他者を蹴落とす事しか考えていない。

 ノマドの支配者である大吸血鬼、エドウィン・ブラックもその一人だ。

 強大な力を持つ吸血鬼の王は、自らの欲望を満たしてくれるモノを求めている。

 配下の者たちなど、彼の欲望を満たすための駒としか見ていない。

 そしてノマドの配下である(株)大久保は、そのまた駒である。

 彼にとっては、ちんけな虫けらと変わらないだろう。

 

「……まあ、やることは変わらんさ」

 

 仕事なんてものは、日々の生活費を稼ぐためと割り切ってやるのが一番いい。

 下手に他人に入れ込んでいくと、派閥争いとかにぶつかったときに、面倒くさい。

 そして、オクダの仕事は、この会社を立ち上げた時から変わっていない。

 通路を進んだ先にある扉を開けた。

 

「「「おはようございます、料理長!!」」」

 

 飯を食わせることだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 シュルツが食堂に入った時には、もう大広間はいっぱいになっていた。

 時間だと午前7時ごろだろうか。

 昨夜は嫁たちとの連戦で、気づいたらこの時間だった会社の社長は、無造作に服を着こんで急いで出てきた。

 (株)大久保では、9時に一度集まって朝礼を行うことになっている。

 本社は三階建てのビルで、その周りにある建物は施設だ。

 100人近い社員たちを住まわせておく寮、朝昼晩の飯を用意する食堂、戦闘訓練をするための訓練所、専門的な知識を勉強するための学校などである。

 依頼される仕事の範囲が増えるにつれて、力が必要になる。

 そのため、ノマドにも協力してもらい設備投資には力をいれるようにしているのだ。

 この世界の命の価値は軽い。

 必要なのは力だ、技術だ、日々の暮らしに負けない心だ。

 そして、目的のために一丸となって業務を行う仲間だ。

 同じ釜の飯を食うという言葉が、地上にはある。

 シュルツが空いている席に座って、食堂の様子を眺めている。

 ここも、大きくなった。

 初めは、5人だった。

 小さな円卓の机だ。

 そこに、オクダが調理した食べ物を、さらに盛り付けて乗せたのである。

 各々が取り皿にとりわけ、水が入ったグラスを合わせたのが始まりだ。

 あまりの旨さに、泣きながら食べた覚えがある。

 そこでみんなと、熱い思いを共有した。

 たぶん一生忘れないであろう、大切な思い出。

 

「ここにいたのですか」

 

 シュルツが思い出に浸っていると、横合いから声がかかってきた。

 毎日聞いている、聞きなれた声だ。

 独特の騎士甲冑に身を包み、金の長髪を垂れさしている。

 力強い蒼の眼が、こちらを見ている。

 魔界騎士、ベロニカ・ヴェロール。

 高名な魔界貴族の次女であり、騎士教育を受けたあと、武者修行としてこの地球にやってきたのである。

 彼女の右手の薬指には、輝く金の指輪がついている。

 シュルツがはめているものと、同じデザインのものだ。

 そう、彼女とシュルツは、結婚している。

 そして彼女の後ろから、同じ指輪をした女性が3人。

 同じような顔だち、身長をした赤と青2色の姉妹、アエンとタウ。

 どこかで見覚えのある顔を仮面で隠した、ボブカットの女性、浅間 美香。

 なんとシュルツには、4人も美人な嫁がいるのだ!!

 

「そろそろ起こさねばと思い、部屋に入ったら姿が見えなかったものですから」

「昨日は頑張ったからねー」

「そうそう、激しかったからねー」

「……」

「悪い、寝過ごしたと思い、急いで出てきたんだ」

 

 どこかバツがわるそうに頭をかきながら、シュルツは嫁たちと共に列に並んだ。

 朝食はバイキング形式である。

 人数が多くなり、朝は自由に食ってくれとオクダがバイキング形式の朝食を提案したのである。

 実は食堂への投資が一番大きい(株)大久保では、様々な調理器具が備え付けられている。

 オクダが調理し、それをオクダの部下が運び、セルフ形式で好きなだけ盛り付ける。

 盛り付けすぎに注意が必要で、残せばオクダの怒りを買う。

 ひどいやつは、文字通り豚のエサにされた。

 ミンチよりひどい形になっていた。

 そしてオクダがそのことを覚えていることはない。

 料理を作っている間、オクダは『神の調理術(ゴッド・クッキング)』によって無意識のまま料理を作り続ける。

 オクダは、意識が落ちると表現していた。

 気づいた時には、終わっていると。

 長年やってきて、この食堂にもいくつかのルールができた。

 とった料理を残さずに食べることもその一つだ。

 とにかく、ルールとマナーを守って食事をすれば、オクダの怒りを買うこともない。

 オクダの料理を食べられないことのほうが、大きな損失だ。

 人生の半分を損していると言っていいね。

 貴族階級出身のベロニカも、高名な魔族の元で育ったアエン・タウ姉妹も、東京に住んでいた浅間も、皆オクダの料理のファンだ。

 俺が結婚できたのも、オクダのおかげなところがある。

 あいつには、足向けて寝られないな。

 ふと、浅間が顔を近づけてきた。

 今は仮面をとっており、黒い瞳と長い黒髪がなまめかしく、小顔が近づいてくる。

 

「……シュルツ、ちょっと匂うわよ」

 

 シュルツは心に大きな傷を負った。

 

「寝過ごしたのはわかるけど、シャワーくらい浴びなさいよ」

「身だしなみを整えるのは、大切ですわよ」

「「この寝坊助」」

「……面目ない」

 

 シュルツはオークの大きな身体で、肩を落とす。

 嫁たちには頭が上がらないのだ。

 朝食を食べてから、急いでシャワーを浴びることにしよう。

 盆を片手に何を食べるかを考えていたシュルツに、近寄ってくる影が一つあった。

 

「ご無沙汰しております、社長」

「ビーン」

 

上等な黒のスーツに身をつつんだ、一人のオーク。

 元(株)大久保の社員で、今は独立して奴隷商人をやっている。

 捕まった対魔忍や米連の兵士、一般人のか弱い女性など、華やかな街の裏側には薄汚い魔の世界が広がっている。

 彼はそこで安く売られている奴隷娼婦を買い取り、自分なりの調教を施し、売るのである。

 コンセプトは、理想の彼女。

 彼は雌にこだわるタイプだった。

 (株)大久保にいるときも、たまに街に出ては対魔忍や米連の奴隷を買って来ていた。

 彼にとって、女性は原石だ。

 磨くことで美しく、輝くものだと信じている。

 そして、女性を磨く自分に、やりがいも感じている。

 随分、変なオークだなと思う。

 

「社長はよしてくれ、もう一人立ちしただろ」

「これは、失礼しました。何分、ここも長かったものですから」

 

 軽口をたたきあい、にやりと笑う。

 

「とりあえず立ち話もなんだ。食いながら話すか」

「それが目当てで来たようなものですから」

「言うようになったじゃねえか」

 

 そう言って座るように促す。

 ビーンがとったのはカレーだった。

 あとは福神付と生野菜のサラダ。

 それに特製の胡麻ドレッシングをかけて食べるのだ。

 こいつは昔から朝カレー派なのだ。

 シュルツはごはんとみそ汁、小鉢にとられたホウレンソウに煮つけと、焼き鯖をチョイスした。

 最近浅間の影響で健康志向なのである。

 食事は順調に進行した。

 当然である、足の先から頭のてっぺんまで駆け巡るような美食の最中に、口を挟めるものなどいない。

 デザートで改めてとったりんごヨーグルトをペロリと食べたシュルツは、同じく食べ終わったビーンに話しかけた。

 

「で、今日はどうした?」

 

 朝カレーの余韻に浸って、だらしない顔をしたビーンが居住まいを正す。

 そこには、一人の商人の顔があった。

 

「依頼したいことがあって参りました」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ふと気づくと、手は包丁を握っていた。

 壁にかけられた時計は、8時を指している。

 『神の調理術(ゴッド・クッキング)』が発動すると、俺は意識を失う。

 その間の記憶はなく、無意識のまま料理が作られる。

 まるで神の見えざる手に導かれるままに。

 昼や夜の仕込みも、すべてやってくれる。

 便利なもんだ、本当に。

 厨房は食堂の地下に作られている。

 そこには大小さまざまな調理器具が備え付けられている。

 ぶっちゃけ、食堂よりもでかい空間だ。

 それが、地面をくりぬかれて作られているのである。

 厨房で作られた料理は、配膳用のカートに乗せられてエレベーターで地上に運ばれる。

 そこから、部下というか、手伝いをしてくれる3人の魔族がバイキングの場へ持って行ってくれるのだ。

 文字通り、この厨房は俺一人のために作られた、俺だけの空間だ。

 前、新入社員が匂いに負けて、こっそり忍び込んだらしい。

 調理中に乱入したそのオークを、俺はポークカレーの具材にしたらしい。

 俺は能力が発動中だったため知らなかったが、ギドーが後で教えてくれた。

 ポークカレーは絶品だったようだ。

 俺にはいつも通りの味のように思えたが。

 一仕事終えたオクダは、階段を上がって地上に戻った。

 

「あ、先生!」

 

 食堂に残って机を拭いていた少女が、オクダの姿を見てこちらに向かって歩いてくる。

 ピンクのエプロンと、胸につけられた猫のアップリケが可愛らしい。

 そして猫の顔を変形させている豊かな胸元が、愛らしい。

 彼女は魔界騎士のリーナ。

 まだ若いが、ノマドで『嵐騎』と二つ名がつけられている実力者である。

 上司である魔界騎士のイングリッドに出向を命じられて一年ほど。

 今ではすっかり(株)大久保の一員として馴染み、打ち解けている。

 オクダの部下として、食堂の配膳作業を手伝ってくれる良い娘だ。

 彼女は何かと、先生と言って慕ってくれる。

 特に彼女に教えたことなど、なかったはずだが……。

 

「おはよう、リーナ。今日も手伝ってくれてありがとう」

「いえっ、これが私の仕事ですし、……それに先生のためですから!」

 

 目を輝かせながら応えるリーナ。

 彼女はいつも元気でいいなあと、オクダは思う。

 まだ若い、活発な娘が一人いるだけで、職場が華やかになる。

 イングリッド様も、いい娘を出向させてくれたなあ。

 

「早朝からお仕事ごくろうさまです、ご主人様」

「お茶を入れてあります、こちらへ」

 

 白と黒のメイド衣装に身を包んだ褐色の女性、ユーリヤ。

 胸が大きく膨らんだ白い割烹着を着て、椅子を引いているニミエと名付けられた鬼族の女。

 彼女たち三人が、オクダに割り当てられた部下のようなものだ。

 もちろん、彼女たちはこれが本業ではない。

 リーナは魔界騎士としての高い戦闘力を活かして荒事に。

 ユーリヤは暗殺者としての経歴と、高い隠密性から情報収集のメンバーに含まれることがある。

 ニミエも最近は、会社の事務作業を覚えてきているみたいだ。

 最初は力を上手にコントロールできずに、キーボードをよく壊していたからな。

 今でも彼女は一部ではキーボードクラッシャーと呼ばれている。

 ……俺も酔った席で呼んだことがある。ごめん、ニミエ。

 食堂には、もうほとんど社員たちはいなくなっている。

 朝礼が9時からで、それまでは自由時間だからな。

 まじめな奴なんて、もう今日の業務の準備を始めているやつもいる。

 オクダたちも、朝食という日に3回あるピークの一つを終えて、一息つく。

 可愛い後輩社員が入れてくれた玉露で喉を潤す。

 オクダのとなりにユーリヤが侍り、向かいの椅子にリーナとニミエが座る。

 一息ついた後で、それぞれが朝食を取りに行く。

 裏方の食事なんて、質素なものだ。

 配膳台に残った料理を皿にのせ、レンジで温めなおす。

 

「「「「いただきます」」」」

 

 4人が手を合わせ、食事を開始する。

 静かで、こじんまりした、裏方だけの空間。

 俺は、どこかこの雰囲気が好きだった。

 この娘たちとも、長い付き合いになる。

 となりのユーリヤは、箸の扱いが上手になった。

 焼き鯖の骨を上品にどかし、身を食べている。

 ニミエも、よく笑うようになった。

 前に見た映画のまねで、食パンにベーコンエッグを乗せてかぶりついている。

 小さな口が可愛らしい。

 リーナは年相応の女の子で可愛らしい。

 みかんジャムをヨーグルトに混ぜたものがお気に入りらしい。

 最近は納豆も食べられるようになった。

 ねばねば納豆をかき混ぜながら、彼女の胸も左右に揺れている。

 彼女たちと談笑しながら、穏やかな時間は過ぎていく。

 今日は鬼神乙女たちや、魔族の剣豪であるキシリア・オズワルドも来ているようで、朝からリーナは剣士組と汗を流していたようである。

 大変勉強になりましたと笑うリーナ。

 なお、経理担当の独身貴族、ドラコはロスヴァイセに追いかけられ、逃げられなかったらしい。

 あーんと食べさせられ、食堂中の視線を一挙に引き受けていたらしい。

 最近、実をつけましたと報告するニミエ。

 植物学者であるエンシェイからもらった魔界植物の種を育てている彼女だが、ようやく実をつけたようだ。

 後で見に行ってみようと思う。

 昨日ご主人様の部屋を掃除しておきました、そう言うユーリヤ。

 正直に言うと俺の部屋には入ってほしくないのだが、上目ずかいでこちらを見てくる彼女の愛らしさにはかなわない。

 思わず頭をなでてしまった。

 彼女は目を細めて笑っている。

 他の二人が、むっとしている。

 彼女たち3人は仲がいい。

 それぞれ性格もジャンルも違うような女の子たちだが、やはり同じ職場で働くことで連帯意識などを感じることとなったのだろう。

 ただ、こうして時々恐い顔をするときがある。

 仲がいいのか、悪いのか。

 年頃の女の子の気持ちは、おじさんにはわからん。

 その後、仲良く4人が手を合わせてご馳走様をし、空になった皿を片付けていく。

 業務用の食洗器を導入しているため、短時間で皿洗いできるようになったのは大きい。

 こういう時に、技術の発展は素晴らしいと思う。

 余計な手間を省いてくれるのは、大歓迎だ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 うちの朝礼は主にコンプライアンスや、今月のノルマとかの話だ。

 社訓も適当だ。

 5人でそれぞれ一つずつ考えた。

 一つ、命を大事に

 一つ、力を合わせて

 一つ、精力的に働く

 一つ、お残しはゆるさん

 一つ、節度を持った交際を 

 ちなみにオクダは4つ目を考えた。

 やはり今でも変な会社だと思う。

 オークが立ち上げた会社だが、社内でのセックスは基本禁止だ。

 精液や愛液で汚れると、掃除が面倒だからだ。

 だから、会社の横にラブホテルみたいなのもある。

 たまにノマドから淫魔のねーちゃんがやってくることも。

 もちろん有料だ。

 こっちに来て相手してくれるやつには、俺が腕を振るうこともある。

 それが美容によく、好評らしい。

 戻った時の肌の張りとかつやとかが全然違うようだ。

 こうした慰安も、淫魔や娼婦の間では枠を取り合うこともあるらしい。

 どちらもウィンウィンで済んでいるようでいいことだ。

 さて、朝礼も終わりそれぞれの業務ごとに分かれていく中、俺はシュルツに呼び出された。

 傍らに秘書である浅間と、副社長のギドーの姿もある。

 そして、上等な黒のスーツに身をつつんだ青い肌をしたオーク。

 見知った顔だ。

 

「久しぶりだな、ビーン」

「ご無沙汰しております、料理長」

 

 元社員のオーク、ビーンがきれいなお辞儀であいさつした。

 

「ビーンから、正式に依頼があった」

 

 曰く、数日前に鬼族と思わしき魔族の姉妹を拾った。

 名を、ユフィとソフィ。

 長髪で聡明そうなのが姉のユフィで、短髪で活発そうなのが妹のソフィらしい。

 お腹を空かせて、夜の街を二人でうろついていたのを、ビーンが見つけたのだった。

 近くのファミレスに連れ込み、食事を与えながら話を聞いてみると、どうやら訳ありらしい。

 彼女たちは、米連の研究所から抜け出してきたようだ。

 それ以上のことは、聞けていない。

 聡明な姉のユフィは、まだこちらのことを疑っている。

 品定めをするようにこちらの出方を伺っているのだ。

 そして魔の悪いことに、ファミレスには近々納品予定の女もいたのである。

 今作のコンセプトは、『昼は主人に尽くしてくれる貞淑な妻だが、夜は激しく愛してくれる雌になる』というものらしい。

 やはり変なオークである。

 かなり長い時間と労力をかけて調教してきたようで、自信作です!!と鼻息荒く説明してくれた。

 その女に、ユフィとソフィがなついてしまったのだ。

 大人の女性で、既婚者とのコンセプトだったため、ユフィたちに母性が突き刺さったのだろう。

 彼女たちはまだ子供だ。

 どこかまだ親という存在に甘えたい年頃なのだろう。

 しかし、これにはビーンも参ってしまった。

 既に商談は決まり、あとは納品するのみとなっていたところ、横やりが入ってしまったのだ。

 しかも、この姉妹は力も強く、並の魔族なら文字通り片手でひねることのできる実力を持っている。

 普通のオークでは、力づくで引きはがす事などできない。

 困ったビーンから、こうして依頼が来たということである。

 オクダは改めて鬼族と思われる少女の写真を見た。

 まだ幼さの残る顔だちの、可愛らしい褐色の少女の姿である。

 

「子ども相手に、力づくってのもなあ……」

 

 シュルツもギドーも、困った様子で頭をかいている。

 特にギドーはロリコンである。

 正直、嫁がいなければ告白したいと思っている。

 嫁が怖いので言えないが……。

 とにかく、彼の胸には紳士の誓いが宿っているのだ。

 手をあげるなど、もってのほかである。

 シュルツが力づくでことを起こすようなら、殴ってでも止めるつもりだったのだ。

 ただ、そうなれば別の方法で彼女を商品の女から引き離さなくてはならない。

 そんな方法を取れるものは、この会社の中でも少ない。

 そして一番確実とされるのが、オクダを使った方法である。

 

「飯で釣るか」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「対象の信号、ヨミハラ内部から地上へと移動しています」

「捕獲するチャンスです」

「わかった。追って指示を出す。ひとまず待機しておけ」

 

 耳に装着された通信機から出る部下の返事を聞き流しながら、米連の兵士は長い息を吐いた。

 これでもう三本目だ。

 新たに胸ポケットから取り出したタバコに火をともす。

 薄暗い室内の中で、モニターに映し出された地図が映し出されている。

 その中で、二つの光点が点滅しながら移動しているのが見て取れる。

 双子に埋め込まれた、小型マイクロチップからでる反応である。

 あの双子が研究所から抜け出すのはこれが最初というわけではない。

 いくつか対策を講じてみたが、ことごとくが無駄となった。

 あの双子は、強すぎた。

 いくつもの魔族の遺伝子を掛け合わせ作られた人造兵器、それがユフィとソフィの正体である。

 上位鬼族並の腕力に加え、何種類もの超能力。

 だが、彼女たちは幼すぎた。

 子どもの好奇心はすさまじいもので、研究所で満足できなくなった彼女たちは外の世界にあこがれをもつようになった。

 それを連れ戻す側になってみろ。

 忌々しい。

 苦い顔のまま、紫煙を曇らせる。

 さらに今回は場所も悪い。

 信号は、あのヨミハラ内部を示していた。

 吸血鬼の王、エドウィン・ブラック率いる魔族の深淵。

 そこに潜入して連れ戻せなど、冗談ではない。

 男は、双子を連れ戻せと喚き散らしていた研究者たちの顔を思い出した。

 

「糞ったれどもめ」

 

 あの貧相な顔面を拳でへこませてやりたかったぜ。

 

「あら、汚い言葉ね」

 

 いつの間にか、男のとなりに来ていたらしい。

 パティ・ヴィンクマン。米連の魔族研究所の所長を務めている。

 魔族の生態や構造、能力等を日夜研究する機関がある。

 彼女自身も魔族の捕獲に向かうという、実力派の一面ももっている。

 

「博士、今回はご協力いただきありがとうございました」

「いいのよ、あそことは、知らない仲でもないしね」

 

 ひらひらと手を振るパティ。

 

「それよりも、彼女たちが手伝ってくれるなんてね」

「いい加減成果を見せないと、研究費を削減すると脅されたらしいです」

「それはそれは。彼女がいつも以上に真剣になるはずだわ」

 

 双子の位置をつたえるモニターとは別に、今回の協力者たちの姿を映すものがあった。

 

『よし、最終チェック完了!!いつでもエンペラーは発進できるぞ』

『マスター、隊長からは待機するようにとの命令がきております』

『なぬ、そうなのか?』

『はい、命令があるまでこの場に待機と』

『ぬぬぬ、……仕方がない。しかしヒーローは遅れて参上するものだ。ならばかっこいい登場ポーズと、名乗りを考えねば……』

『はあ、それは必要なのでしょうか?』

『馬鹿者!登場ポーズと名乗りは必要に決まっているだろう!これは古事記にもそう書いてあるのだ』

『そのような記述は古事記にはありません、マスター』

『うるさいぞ、とにかく、かっこいいポーズを考えるのだ!』

『……了解しました、マスター』

 

 その光景を目にした男が一言。

 

「子守りも俺の仕事か……」

「大変ね、隊長さん」

 

 本当だよ。

 眉間に寄せた男は、五本目のタバコに火をつけたのだった。

 

 

 

 

 




エロまでいかなかった……。

一応決アリとかwikiとかで確認してますけど、口調とか設定とかでおかしいところがあれば、報告お願いします。


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