鬼神と戦った職人はどうやら異世界転移に巻き込まれるようです (両刃剣はロマン)
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第1話

色々拙い部分がありますが、よろしくお願いします


「ここがジンの故郷ニャンだね」

「おう、何もないけどいい所だろ?」

 

俺の名は真桐(まきり)(じん)

職業は武器職人兼魔武器。

ん?いやいや、鍛冶師の方の職人じゃねーよ。

武器職人ってのは、アメリカネバダ州のデスシティにある『死神武器職人専門学校』通称死武専に所属しており、死神様の武器である『デスサイズ』を作ることを目標にして魔武器を扱う者を指す。

デスサイズには鬼神の卵である悪人の魂99個と魔女の魂1個が必要であり、武器職人は日夜悪人や魔女相手に奮闘していたのだ。

過去形なのは、初代鬼神である阿修羅との戦闘の際に魔女と共闘。

それをきっかけに魔女とは和解し、同じ死武専若手精鋭部隊『スパルトイ』のソウル=イーターがデスサイズになったのを最後に、それ以降のデスサイズ作成は中止となったためだ。

 

俺は鬼神戦の後処理も終わった後、現死神様であるキッドに長期休暇の許可を貰って、強い魔力をもった白猫兼魔武器である相棒のクレアと共に地元へと帰省したのだ。

 

両親は俺が死武専に行った際にアメリカについてきて、こっちにはいない。

今は、今日から世話になる所までのんびりとクレアと話しながら歩いている所だった。

 

「それでジン。今日から泊まる所ってどこにゃの?美味しいお魚があれば嬉しいにゃん」

「魚は分からんが、今から行くところは俺が小さい頃にお世話になった道場のとこだよ。ほらアレだ」

 

目の前にある大きな道場と日本家屋。

そこには『八重樫』と表札が書かれており、目的の人物の家である事を示していた。

 

「ここの道場は色々な武器を扱っていて、死武専の東アジア支部の人はここで訓練してる人も多いみたいだぜ」

 

俺自身もここで支部の人にスカウトを受け、死武専に入学したんだとクレアに教えながらインターホンを押す。

 

「はーい」

 

そう言って、玄関から出てきたのは俺と同年代の少女。

久々にあったが、向こうにいる間も時々テレビ電話などで会話していたためその人物が誰かはすぐにわかった。

幼い頃にここの道場で一緒に師匠に鍛えられた道場主の子であり、俺にとっては幼馴染でもある『八重樫 雫』である。

濡鴉のように綺麗な黒髪をポニーテールで纏めた少女に向かって、俺は片手をあげて軽い挨拶をした。

 

「よ、雫。久しぶり」

「………」

 

だが、向こうは無反応どころか何故か玄関を閉める。

仕方なしに俺はもう一度ピンポーンとインターホンを押すと、すぐに雫は出てきたが自身の頬をつねった後ため息を吐く。

 

「やっぱり夢じゃないのね……ジン、貴方アメリカにいたんじゃないの?」

「長期休暇で戻ってきたんだよ」

「それならそうと事前に電話しなさいよ、いきなりすぎて驚いたわ」

「いや、電話した「あらあらジンちゃん、大きくなったわねぇ」あ、おばさん、お久しぶりです」

 

何やら食い違いが起きている中、雫のお母さんが玄関へとやってきた。

 

「客間の準備は出来てるから、そこに荷物は置いてねぇ」

「分かりました」

 

そこまで言った時点で何やら雫の様子がおかしかった。

まるで初めて聞いたかのように目を丸くさせ、その後には頭が痛いかのように手を顔に当てている。

 

「……母さん。私、ジンが泊まるなんて聞いてないんだけど?」

「だって言ってないもの?サプライズよ、サ・プ・ラ・イ・ズ」

「なんで道場が休みだったか、今分かったわ……母さん。そういう大事な事は隠さずに先に言ってよ!!」

「その方がおめかししてお迎え出来るからかしら?」

「~~~ッ!!道場行ってくる!!」

 

そのうちおばさんに丸め込まれたのか、雫は顔を赤くさせながら俺の横を通って道場へと歩いていく。

 

「雫。後で久々に手合わせしようぜ」

「わかった………あとおかえり」

「おう、ただいま」

 

そのまま雫は耳まで真っ赤にさせながら、こっちを見ることなく道場へと入っていった。

 

「あらあら、少しからかいすぎたわねぇ。ジンちゃん、自分の家だと思って、ゆっくりしていってね」

「ジンも隅におけなゃいね」

 

客間に荷物を置く間に散々クレアにからかわれたが、うるせぇとデコピンをくらわせ動きやすい格好をして道場へと向かう。

そこには道着に着替えて、瞑想する雫がいた。

 

「悪い、待たせたな」

「………」

 

俺が声をかけると返ってきたのは木刀を構えた姿だ。

クレアは自然と肩から降り、道場の隅へ行く。

俺も予め用意されていたのであろう、自身の身長170cm程の長さの棍を持ち水平に構える。

電話で話すなどはやっていたが、手合わせは幼い頃以来だ。

だがそれを知るのに言葉は不要。

語るのは互いの獲物で十分だ。

雫が袈裟斬りしてくるのに対して、逆袈裟で木刀に合わせる。

 

「「ッ!!」」

 

雫がさらに攻撃してくるので棍を合わせ、再び互いの獲物が弾かれた。

俺はその反動を利用し、反転しながら勢いを乗せて息つくまもなく反撃する。

それを雫は足さばきだけで最小限の動きで避け、あちらも攻撃へと転じる。

突き、払い、切り上げ。

至近距離で打ち合うが互いに決定打は出ない。

当たる攻撃は互いの獲物で弾くため、道場は木刀と棍がぶつかる音と空気を切り裂く音だけが響いていた。

それは2人の間で終わる事はなく、結局おばさんが夕飯が出来たという呼びに来るまで俺と雫は打ち合っていたのだった。

 

「引き分けか」

「はぁ……はぁ……息を切らしてないのに何言ってんのよ」

 

おばさんの声で集中が切れた雫が息を切らし、その場で座る。

夕飯と言われ、道場の外を見れば既に日が暮れている。

集中していて気づかなかったが、かなりの時間打ち合ってたのだろう。

 

「これでも剣道で優勝したし、けっこう自信あったんだけどなぁ」

「いやいや、職人でもないのに十分だろ」

 

こちとら何年実践で鬼神の卵とやり合ってると思ってんだよ。

むしろ、そんな職人と打ち合えるほどの剣道……いや剣術の技術がある雫の実力に驚いた。

 

「これなら例の約束も近々果たせるかもな」

「え?本当!?」

 

クレアがタオルを2つ口にくわえて持ってきてくれたため、それを受け取り片方を雫に投げ渡す。

 

「ねぇ。せっかく帰ってきたんだから、後でアメリカであった面白いこととか教えてよ」

 

三角座りで頭をコテンと傾けてそう言った雫の姿に、不覚にもドキッとしたがそれを悟られたくなかった俺は別の方向へ顔を背けるら、

 

「しゃあねぇな。とっておきのエイボンの書の中の話をしてやるよ。代わりにお前も高校とかでの事話せよな」

「分かってるわよ」

 

 

「クレアがいるのにイチャラブ空間はやめるにゃ」




「猫が喋った!?」
「え?普通だろ?」
「デスシティでは普通にゃん」



真桐 刃(まきり ジン)
死武専若手部隊に所属する魔両刃剣使いである。
マカと同様に、魂感知、退魔の波長を得意とする。

クレア
ジンとタッグを組む魔両刃剣兼高い魔力をもつ白猫。
姉妹にブレアという黒猫がおり、ブレア同様魔法や人化する事ができる自他共に認める万能猫


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第2話

目が覚めると視界に映ったのは、いつもの洋装の天井ではなく和装の天井だった。

 

(そう言えば、今日から雫の家に泊まってたんだな)

 

いつもなら腹にはクレアが寝ており若干の圧力を感じるのだが、クレアは先に起きているだ。

窓を開けたら眠気眼の太陽ではなく、大口開けて笑う黄色い太陽が視界に映る。

どう見てもいつもより寝過ごしているのは確実だった。

 

「学校が無いのは幸いだったな。昨日は師匠に挨拶した後、雫と話していたらほぼ明け方だったからな」

 

1人言い訳がましくそれらしい事を言いながら、布団をたたんだ後居間へと向かう。

そこには既に俺以外の人物が揃っており、相棒であるクレアも眠気まなこの雫の膝の上でゴロゴロとノドを鳴らしていた。

 

「おはようジン、随分遅かったわね」

「おはよう、長期休暇ってことで気が抜けていたわ」

 

雫にそう返すと何とも言えない顔をする。

まあ雫は普通に学校、それも学生が最も憂鬱になる月曜でさらに言えば寝不足もプラスされている状態ならそんな顔にもなるだろう。

俺の席は雫のようで、そこに座ると目の前には俺の師匠である、雫の父さんが新聞を広げ座っている。

 

「…………」

「あらあらお父さん。ジンちゃんも大変だったんですからいいじゃないですか」

「…………」

「はいはい。ジンちゃんには後で言っておきますから、早く出ないと今日は死武専の支部に間に合いませんよ」

 

うん、相変わらず師匠は無口だが何故おばさんは師匠の仕草だけで会話が出来るのだろうか。

あれか?いわゆる阿吽の呼吸ってやつなのか?

これだけは未だに謎だ。

 

師匠と雫がそれぞれ仕事と学校へと向かい、俺は久しぶりに日本のTV番組を見ているとクレアが声をかけてきた。

 

「ねえ、ねえ。これって雫のじゃにゃいかにゃ?」

 

クレアが前脚でチョンチョンとするのは巾着に入った小さめの弁当があった。

その言葉におばさんもそれがある事に気がついて困り顔になる。

 

「あら雫ったらお弁当作ったのに……そうだジンちゃんお願いがあるんだけど……」

 

 

 

今の時刻は昼の12時を少し過ぎた時間。

俺はいうと死武専に比べて遥かに小さい校舎の前に立っていた。

 

「クレア、この高校であってんだよな?」

「うん、おばさんにもらった地図だとここにゃ。それにしてもにゃんでクレアはカバンの中にゃ?正直せまいにゃ」

 

そういって、俺が背負ったリュックの口から地図を咥えてひょこっと顔を出すクレア。

 

「仕方ないだろ。おばさんもパートでいないし、留守番は嫌だっていったのはお前じゃねーか」

「それでもカバンはないにゃ」

「さっきも説明しただろ。向こう(死武専)と違って、学校に堂々と連れていけないんだよ」

「むー」

 

いくら説明してもクレアは納得せず、肩に登って来て肉球で俺の頬をフニフニしてくる。

 

「……はぁ。帰りにち〇~る買ってやるから、今は耐えてくれ相棒」

「うにゃ!?にゃら仕方ないから我慢するにゃ」

 

ったく現金なヤツだ。

途端にご機嫌にカバンに潜りこむクレアにため息が出たが、大人しくなったため改めて学校の中へと入った。

 

 

そのまま事務員の人に話せば、まず通されたのは職員室だった。

そこで雫のクラスの担任である畑山先生と面会し、彼女に教室まで案内される事になった。

 

「すいません、わざわざ教室まで案内してもらって」

「いえいえ良いんですよ。だって私先生なんですから」

 

そう言ってふんすと胸の前で拳を握る畑山先生を見て、なんだかほんわかとしたオーラが漏れている。

道中、彼女と雑談するがその内容ら主に俺の事だった。

 

「ほへぇ、小学生の途中からアメリカに留学なんてスゴいですね。最初のほうはやっぱり大変だったんじゃないんですか?」

「まあ、そうですね。ろくに英語も喋れなかったですから、会話なんて主に身振り手振りでしたね」

「ふふ、でもそんな状況でもコミュニケーションを取ろうとする姿勢はスゴい事ですよ。あ、ここですね。昼休み中なら、学校にいても大丈夫ですので」

「ありがとうございます」

 

そう言って畑山先生と共に俺が教室に入ると中にいた全員の視線が俺に向く。

その理由は俺自身も理解している。

同年代の見知らぬ男子、それもこの学校の制服ではなく私服なら懐疑の視線を浮かべるのは普通の反応だった。

あまりこの視線は受け続けたくないので、雫を探せば幸いにもすぐに見つかった。

何やら、雫に負けず劣らず可愛い顔をした少女とエクスカリバーを持っていた時のヒーロを思わせる周囲にキラキラのエフェクトを浮かべた少年、後は周りよりは鍛えている少年がいる。

いや、あとそのヒーロ擬きの影になって見えなかったがNOTの魔武器にいそうなひ弱というイメージが思い浮かべれる少年も近くにいた。

 

「ジン!?なんで貴方、学校に来てるのよ!!」

「これ忘れてたろ、お前。弁当、おばさんに届けるよう頼まれたんだよ」

 

そう言ってふりふりと可愛らしい弁当を雫に掲げる。

……何故かこれだけのやりとりだけで、キツくなる視線が出てきた。

 

「別に学食あるんだから、わざわざ持ってこなくて良かったのに……」

 

そう言って全員に注目されているからか、顔を赤らめて弁当を受け取る雫にヒーロ擬きが声を掛けてくる。

 

「雫、彼はいったい誰だい?」

「あー、そう言えば貴方達は入れ違いだったわね。コイツは真桐ジン。光輝がうちに入門する直前に別の道場に移った同い年の貴方の兄弟子ね。ジン、彼は天之河 光輝。貴方の後にうちの剣道に入った後輩弟子よ。それで後は順に白崎 香織に坂上龍太郎、席に座っているのは南雲ハジメ君よ」

 

へぇ、弟じゃなくて後輩。それもわざわざ剣道って言っている辺り、俺が職人達レベルの所に移った時に入門した一般人相手用の門下生か。

まあ、そうそう俺みたいに幼少期に移るケースはないもんな。

 

「どうも、初めまして。ジンだ、今は長期休暇で雫ん家に厄介になってる」

「あ、よろしくお願いします。白崎香織です」

 

俺が右手を出して自己紹介すると、まず返ってきたは白崎と呼ばれた少女だった。

ハンドシェイクをすると先程から浴びる視線がよりキツいものになる。

いったい俺が何をしたのか分からないが、ちょっとわずわらしく感じる。

 

「よろしく、ジン。俺は天之河光輝だ」

「俺は坂上龍太郎だ」

 

次いで男子2人ともハンドシェイクしていると、何故か最後に雫が紹介していた南雲がコソコソと教室から出ようとしている。

 

「あっ!!南雲君、なんで逃げるの!」

「し、白崎さん……これは、ええっと」

 

それを見つけた白崎が南雲を逃がさないと回り込んでいる。

 

「なあ、雫。あの二人は?」

「あー香織がアピールしてるんだけど、空振りしてるって言えば良いのかしら?」

 

あぁ、なるほど青春ってやつだな。

特に初対面の俺がどうこう言える訳でもなく、見ているとそこに先程のヒーロ擬き……天之川が割って入って何やらクサイ事を言って白崎にアピールしていた。

 

「こういう時の天之川の事を日本語でなんだったか……ああ、アレだ馬鹿に蹴られて死んでしまえだったか?」

「鹿まで追い打ちかけてどうするにゃ」

「ぶふっ!!ってクレア、なんで貴方まで来てるの!?」

 

あ、雫がふいた。

次いでクレアの存在を知り慌ててリュックの口を閉めていると、突然床が光り始めた。

教室全域に幾何学模様が描かれている。

 

「皆さん、急いで教室の外へ」

「ダメだよ、愛ちゃん先生!!扉を開けたら壁があって出れない!!」

 

その異変に畑山先生が行動を起こすも、死武専前夜祭の時のように入口が封鎖されている。

この緊急時にクレアもリュックから飛び出し、俺の肩から幾何学模様を透き通るような青眼で覗きこむ。

 

「……クレア」

「ダメ、魔法って事しか分からない。それにこんな魔法陣見たことないわ」

 

クレアの口調が真面目になっている辺り、かなりヤバい状況だ。

脱出不可能な教室の中は阿鼻叫喚に包まれてる。

真横にいる雫も言葉が出ないのか、俺の服を掴んでいるだけだ。

俺自身も予想外の事だったため一瞬硬直したが、その後はせめて敵の居場所やどんな存在かを把握するため、魂感知を試みる。

そして、その結果に空いた口が塞がらなかった。

 

「ウソだろ……」

 

感知での反応の結果は何もなし。

そう、目の前にいる人物の魂すら見えないのだ。

その状況を俺は1度経験している。

先代の死神様の魂を覗いた時だ。

つまり、この仕業は死神様並に強大な……神のような存在って事だった。

 

「はは……神の仕業ってか?」

 

思わず出た乾いた笑みを最後に床は今まで以上に強く発光し、目の前が真っ白になった。



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第3話

沢山の感想ありがとうございます。
返信は返せていませんが、色々と参考になるご質問などありがとうございます。


光によりやられていた視界が戻るが、そこは最後にいた教室ではなかった。

目の前に映るのは大理石描かれた巨大な壁画だった。

自然の風景が描かれ、その中心には後光を背負う男性とも女性ともとらえられる人物が金色の長髪をなびかせてる。

恐らく地上に降り立つ神か、または天に召されて神となった者を描いたのだろう。

それが前者か後者なのかまでは判断がつかないが、少なくともそれが宗教的な価値のある絵だということだけは確信が持てた。

周囲を見れば、壁画と同様の素材でできた石柱やドーム状に加工された天井もある。

どうやらここは建築物の中らしく、俺たちは祭壇の上に立っていた。

 

「クレア、雫。ケガはないか?」

「クレアは大丈夫にゃ」

「私も平気。でもここはいったい……」

「俺も分からん。少なくともあいつらならわかるんじゃないか?」

 

そう言って指し示したのは、祭壇を囲んで祈るような恰好をしている者たち。

そいつらは白地に金の刺繡が施されたローブを纏っている。

 

「にゃるほどねぇ。ローブのデザインは見覚えにゃいけど、この場所を見れば分かるにゃ、あの服は法衣、祈っているのは神官にゃ」

 

 

クレアがそう断定すると、奴らの奥からより一層金をかけていそうな衣装を纏う老人がでてきた。

クレアの言葉が正しいなら、たぶん法王的な存在か。

 

「ようこそトータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 

 

 

 

好々爺然とした態度で接してきたイシュタルと名乗った教皇によって、俺たちは状況説明を聞くために長大なテーブルのある部屋へと連れられた。

席は特に指定されなかった為、上座の方に座った雫の隣にクレアを膝に乗せて座るとタイミング良くメイド達がティーセットをワゴンに乗せて入ってくる。

そのメイド達はあっちでよくいるようなおばさんではなく、全員が美女・美少女達。

男子のほとんどがその美貌に鼻の下を伸ばしているが、先程からのイシュタルの態度にこの狙ったかのようなメイド達。

正直に言って怪しすぎだ。

 

「……籠絡、脅迫どっちだ。クレアいけるな?」

「にゃあ」

 

俺の言葉にクレアは膝からおりてメイドの方へ走って行く。

クレアの低い視線なら、俺達から見えない位置にありそうな武器も見えるはず。

そう思っていたのだが、当のクレアは執拗以上にメイドの足元をウロチョロしていた。

クレアさん?さりげなく見るだけで良いんですが、そのままだとメイドさんがこけぇぇ!?

 

「きゃあ!!」

「「「おぉおぉお!?」」」

 

案の定メイドがクレアを踏みそうになったところでバランスを崩し、スカートを翻して盛大に尻もちをつく。

透き通るような色をした太ももをあらわに、更にはあと少しでその先の中身が見えるか見えないかという青少年には少々刺激的な姿に男子達が思わず声を出し、女子の視線が冷たくなる。

 

「ちょっとクレア、何やっているの!?」

 

その状況に雫が思わずクレアの回収へ向かい、俺は他人の振りをした。

確かにメイドの武器の有無を確認するように頼んだし、そのおかげで俺も確認できた。

だがやめろ、『これが見たかったんだろ』といいたげなドヤ顔と達成感をごちゃ混ぜにしたような顔をしてこっちを見るな。

 

「ジン、しっかりとクレアを抱いていないといけないじゃない」

 

そう言ってクレアを渡してきた雫の声は冷たく、俺は言い訳することもできず無言で顔を上下に動かした。

 

「すいませんでした。もう逃げないようにしっかり見ておくので許してください」

「あの、私は大丈夫ですので……」

 

俺がメイドに頭を下げるとメイドは顔を赤らめながらそう言って、作業へと戻っていく。

 

「こほん、では飲み物を来たことですし、この世界について一から説明させていただきましょう。まずは私の話を最後までお聞きください」

 

そう言って、イシュタルはここが異世界であるということから説明を始めた。

俺以外の全員がイシュタルの言葉に耳を傾ける中、俺はクレアへと咎めように視線をむける。

 

「……おいクレア、メイドがナイフを太ももに隠し持っていたのは分かったがお前が確認すればいいだけだったろ」

「にゃ?お爺さんの話しは良いのかにゃ?」

「話をそらすな。それに爺さんの話はここが異世界だとかの話だろ。口の動きをみればわかるだろ?意味不明な言葉と日本語を喋っているのに聞こえてくるのは全部英語だ。仮にこの翻訳が魔法だとしても呪文を唱えていない時点で俺の知っている常識とは違う場所だ。それに魂もおかしくなっているし、あの爺さんから言われるまでもなく信じる材料はある」

 

そう言って魂感知をこの場にいる者に向けてみれば、あの教室にいた者の魂が教室にいた時と違うことを改めて知覚する。

 

教室にいた時は何の変哲もない魂だった。

だが今は俺やクレアを含めて教室にいた全員が、まるで魂に焼印をいれたかのように幾何学模様が刻み込まれている。

その規模は人それぞれであり、もっとも多く刻まれているのが天之川で最低限刻まれているのが俺、クレア、そして南雲だった。

ただ言えるのはそれは規格が合わないことを承知で無理やりしたような物で、似たような魂だと魔婆の眼を奪った狼男のフリーのような後天的に魔法を扱えるようになった魂と似通った構造へと変質していた。

 

「魂にまで干渉するなんて、まさに神の御業ね……。ジン、弁明の前にひとつ分かった事があるわ」

「……なんだ?」

「あのメイドはクロのパ『べチン!!』フニャ!!」

 

真面目な口調でなに言い出すんだ、この猫は。

今重要なのは、メイドが武器をもっていたことだ。

言わんでいい事も言おうとしたクレアにデコピンをかました後、魂感知をさらに広域にしてみる。

まあ、そうすると反応が出るわ出るわ。

奥の座席や爺さんの後ろの壁や天井、それに先程通った入口の方からも何十人と人の魂を感知する事ができた。

つまり脅してでも従わせるという魂胆があるようだ。

そう考えると、今注がれたお茶も怪しく見えてくる。

どうなるかは成り行き次第だが、ここの物には手をつけずに動けるようにはしておこう。

 

「クレア、ふざけるのはなしだ。いつで武器化できるようにしていてくれ」

「りょーかいにゃ」

 

ある程度の事を把握し顔を上げて見れば、何故か畑山先生が小さな身体を震わせて爺さんにプリプリと怒っていた。

 

「なあ、雫。なんで畑山先生は爺さんに怒っているんだ?」

「さっきからクレアと話していると思ったら、やっぱり聞いてなかったのね」

 

俺が話を聞いていなかった事に雫は呆れた目をしながらもここまでの流れを説明してくれた。

その話は簡潔に言えば、魔人族と呼ばれる南一帯を支配する民族と何百年もの間戦争しており、今までは武力が拮抗していたが近年に魔人族が本来不可能な魔物を使役するという異常事態が発生しその均衡が崩れたらしい。

このままでは人が滅びそうなところ人が崇めている神から神託がくだって俺達が召喚されたらしく、俺たちには戦争に参加してほしいとのことだ。

また帰還を求めたが、これは主神が呼びだした為俺たちを元の場所に帰すことは不可能らしく、ふざけるなと畑山先生が怒鳴っているのが目の前の状況らしい。

 

それにしてもおかしな話だ。

その主神……えっとエヒトだったか。

そいつがあの転移の仕業なら、何故死神様のように直接関わっていないんだ。

俺達外部の者の力が必要なほど、戦況は切羽詰まっている状況なはずなのに。

だがそれ以上によく分からなかったのは天之川の行動だった。

 

なんとコイツ、イシュタルによる一方的な情報だけで戦争に参加することを決意したのだ。

これにはクレアも素で「人型の生物を殺したこともないのにバカなの?」とマジトーンで言っている。

イシュタルの話が本当に正しいのかもわからない状況なのに、何を根拠に信じているのか分からない。

もしかしたら俺同様に武器を持っている者に囲まれた状況を理解しているのかもしれない。

そう思った。

そう思いたかった。

 

「この世界の人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

疑っている相手に帰還できるか聞き曖昧な答えを信じてやる気を見せている時点で、俺の希望的観測はありえなかった。

目の前で他のヤツらを元気づける天之川がイシュタルの手のひらで踊る道化にしか見えなかった。

だがここで下手に動けば、隠れている奴らが動き状況が悪い方向へ動くことを考えると天之川の行動はある意味正しい。

雫も正義感に酔う天之川を見た後、俺に視線を送る。

聡明な雫のことだ。今の状況を理解した上で、どう動くのかを俺に聞いているんだろう。

その問いに対して、俺は横に首を振った。

流石の俺も少人数で40人以上の人物を守り切るのは不可能だ。

あれよあれよと言う間に他の者もほとんどの者が天之川の行動に賛同し、俺たちが戦争することが確定したのだった。



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第4話

戦争への参加を確認した後、イシュタルの爺さんによって俺達は今いる聖教教会本部がある『神山』から麓にある『ハイリヒ王国』へと送られた。

理由としてはそこの王国で戦えるように鍛えろとの事だ。

まあ、その点に関しては戦闘に関して素人集団である時点で分かっていたことだ。

それよりも気になったのは、山から麓まで移動する際に爺さんが唱えた魔法の呪文だった。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん――〝天道〟」

 

その言葉によって魔法陣が輝き、麓まで床ごとゆっくりと下っていく。

クレアの言葉によれば今のは魔法らしい。

だが俺の知る呪文とは違う。

俺が知る呪文は魔女ごとに違った。

例えば初代鬼神を蘇らせた魔女メドゥーサなら『ネークスネーク コブラコブブラ』。

その手下だった魔女エルカなら『カエロッグフロエル ゲコエルフロッグ』と唱えていた。

さらに言えば爺さんの魂はごく一般的なモノ。

決して魔女のような魂をしていなかった。

 

「クレア、この世界は魔女じゃないのに魔法を使えるみたいだな」

「うーん、なーんか違うのよねぇ」

「違う?どういうことだ?」

「えっとまず私や魔女には本来呪文なんて意味がないのよ。アレは魔力を操作してより確実に魔法を発動させるための所謂ルーティン、だから一人ひとり呪文が違うのよ。それに対して今のは呪文自体に意味を成している。なんて言えば良いのかしら……そうよ言霊、日本の言霊ね。言葉自体が体内の魔力の在り方を決めている。だから直接魔力を操れなくても、魔法を行使できているのよ」

 

つまりアレか。

トータスでは魔法を使う者=魔女ではなく、魔法を使う者=魔力をもつ者っていうことか。

そう考えると、この世界が魔法によって発展したことにも納得できる。

そんな事を考えているうちに気づけば、眼下には山から突き出るように巨大な城がそびえ立つ。

さらにその城を中心に放射状に建築された城下町は、まさに小説などに出てくる王都の街並みそのものだった。

周囲はそんな壮観な景色に息を呑みこんだり、テンションを上げている。

俺も少なからずその景色を楽しむ中、ふと目にした南雲だけは何かを覚悟するような顔をしておりその姿はとても印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

王宮に到着すると、レッドカーペットの先にある玉座で初老の男が立って待っていた。

その隣には幾分か若い女性に14前後の女の子と10歳程度の男の子。

恐らく順に王、王妃、王女、王子なんだろう。

さらにレッドカーペットを挟むように、軍人や文官らしき人物たちが控えていた。

俺たちは玉座の前まで行くとそこで止められ、イシュタルの爺さんのみがさらに王の前へと進み出た。

爺さんが手を出せば、そこに王らしき人物が立膝をたてその手に触れない程度の口づけをする。

それは、王族よりも宗教……いや神か。

デスシティーとは国と街という単位や治め方に違いはあるが、デスシティーと同様に神を頂点とするものであると示していた。

 

その後イシュタルはそうそうに立ち去り、王たちの自己紹介がなされた。

爺さんの手に口づけをしていたのはやはり王様でエリヒド・S・B・ハイリヒと名乗り、王妃はルアリア、王子はランデルと自己紹介をしていく。

途中ランデルに関しては白崎に熱い視線をチラチラと向けており、その視線に気が付いた雫が悩みの種が増えそうねとため息を吐いていた。

 

「私はハイリヒ王国王女のリリアーナ・S・B・ハイリヒです。皆さんよろしくお願いします」

 

そう言って、ニコリと笑う王女に何人もの男たちが顔を赤らめていた。

その後は控えていた軍人や文官、その中でも高い地位にいるものが紹介されているが、なにやら視線を感じる。

その視線の先を見てみれば、先ほどたくさんの男を落とした王女だった。

 

――じーーー

 

俺と目が合うも、視線はそれるこなく見つめ返される。

なぜ俺を見ているんだ?

首を傾げ、周囲を確認したが特に何もない。

改めてもう一度王女を見れば、かわらずこちらを見てくる。

さらに言えば頬は赤みが増しており、よく見れば指をワキワキと握ったり開いたりしている。

まるで何かを抱きしめたいのを我慢しているようだ……うん?

視線を改めて見てみる。

その視線は俺を……いや僅かに俺の横をみていた。

 

「うにゃ?」

 

肩にはクレアが乗っている。

試しにクレアを抱いて左へ右へ上へ下へと移動させれば、王女の視線もまた左右上下へと移動していた。

王女は気づいてないが周囲はその姿を見て微笑ましい表情を浮かべており、その状況に思わず――プッと笑いが漏れてしまう。

 

「ッ‼~~~~~///」

 

王女はそれで俺や周囲の状況に気づき、顔を急速に赤らめて手で覆ってしまった。

 

「クックックッ」

「ちょっと何やってんのよジン。まだ紹介中なのよ」

「いや、雫みたいに可愛い物好きなんだなぁってな。ほれ」

 

そう言ってクレアを雫に渡せば、お説教モードの表情が一瞬でフニャっと頬を緩めてクレアを抱きしめるのでさらに笑いそうになるのを俺は噛みしめて押し殺すことになった。

 

 

 

軍人、文官の紹介が終わった後は晩餐会が開かれた。

出て来た料理は見た目は洋食に似ていたが、時たまピンクのソースや虹色の飲み物などちょっと食べるのに勇気がいるような物もあったが味は良かった。

その時王子は白崎に積極的に話しかけたり、王女は王女でクレアを膝にのせようとしたが俺の膝から動かないせいで、可愛らしく頬を膨らまして俺を睨んでくるなどの些細な事があった。

10歳の少年に嫉妬する大人げない17歳達やクレアにフラれた雫まで俺を睨んできたなどの出来事もあったが些細な事にしておきたい。

晩餐会が終わり解散となると各自に1室ずつ部屋を与えられそこで休息だった。

しかし俺は部屋には行かず、給仕の人に部屋の場所だけ教えてもらいクレアを連れて王城の中庭まで出ていた。

 

「ジン?いったいここでどうする気にゃ?」

「ん?ああ、念の為にキッドに繋がらないかなっておもってな」

 

近くにあった窓に近づき誰もいないことを確認したら、窓に向かって息を吐く。

今からするのは向こうでよく討伐報告をしていた時の方法だ。

死神様の部屋にある鏡は稀代の天才エイボンによる魔道具で、ある番号を鏡や窓に書けばその魔道具に映し出される所謂ビデオ通話みたいなものなのだ。

 

「えっと42-42-564っと」

 

息を吐いたことにより、白くなった窓にその番号を書く。

本来ならすぐにでも湖面のような波紋が映し出されるのだが、今回はやはり繋がらず窓ガラスのままだった。

 

「やっぱり無理だったにゃ」

「しゃあない。薄々分かってたことなんだ、日課の素振りでもして寝るか」

「はーいにゃ」

 

そう言ってクレアが、柄の両側に剣がある両刃剣へと変貌し、それをいつものように切り上げ、切り払いなど縦横無尽に振るう。

そのまま何も考えず、かつて教えられた型を繰り返していると真夜中のはずなのに人影がこちらへと近づいてきた。

 

「休まなくても大丈夫なの?」

「雫か。いつものことをやっていないと落ち着かなくてな」

 

そう言ってタオルを投げてきた雫が俺の横で座った為、俺もそれにならいその場に座る。

 

「……私がここに来た理由聞かないんだ」

「ぬいぐるみが無くて寝れないのか?」

「違うわよ‼なんでそうなるのよ‼」

「いや、毎年誕生日に要求してくるのがぬいぐるみ……からかって悪かったから睨まないでくれ」

「たくっ……ねえ、私達無事に帰れると思う」

 

その問いに俺は一瞬言葉が詰まった。

俺たちはこれから戦争を、それも多分最前線に配置されるはずだ。

そうなればいくら常人の何倍もの強さを持っていても無事に終われるはずはない。

誰かは手足を欠損させるかもしれない。

下手すれば、大多数いや全員この世界で死ぬかもしれない。

戦争……殺し合いをするというのはそういうのを覚悟しなければいけないのだ。

 

「……正直に言えば死者がでてもおかしくない状況だ」

「ッ‼やっぱり……ここに来たのはね、不安で眠れなかったの。人を殺すのも、知り合いが死ぬかもしれないって思うと怖くて、不安で……ジン、あなたは怖くないの?」

「俺だって怖い。何回も命のやり取りは経験してるがそれでも怖い」

 

初代鬼神と戦ったときもメドゥーサやアラクネなどの魔女と戦った時も、鬼神の卵である殺人鬼とかと戦った時でさえ死ぬかもしれないという恐怖は消えたことはなかった。

 

「でもな、それ以上に勇気が湧くんだよ。大切な人達を守りたいって」

 

俺は所詮人だ、天之川みたいに何もかも救うなんて傲慢な事は言えない。

救える者は限られてくる。

だがその救える者……救いたい者のためなら恐怖は乗り越えられるのだ。

 

「ジンは強いわね」

 

そういう雫の顔はまだ暗いままだった。

それを見て俺は改めて決意する。

 

「雫、俺を持ってみろ」

 

そう言って俺は自身の体を武器化させた。

雫の目の前には一振りの月に照らされ緋色に輝く刀が地面へと刺さっている。

雫が恐る恐る俺を手にもつ。

 

「……すごい。羽みたいにとても軽い」

「波長が合っている証拠だ。これで俺とお前は武器と職人の関係だ」

 

その状態から武器化を解くと俺は左手で雫の手をとる状態になった。

 

「俺はお前の刃だ。お前に来る害は全部叩き斬ってやる。頼りねえかもしれねえが、いつでも頼れ」

「……うん、ありがとう。じゃあ、さっそくお願いだけど」

 

そう言って雫がほほ笑むと俺の手を離しなぜか背中に回って、ぎゅっと顔をうずめてきた。

 

「おい汗くさいぞ」

「いいの。少しだけでいいからしばらくこのままでいさせて」

 

まあ、頼れって言ったのは俺だ、甘んじて受け入れるか。

俺は上を見上げ、背中に雫のぬくもりを感じながらトータスの夜空を眺めるのだった。

 

「だからクレアを放置してイチャイチャするにゃー‼」

「誰!?え、クレア!?どういうこと!?」

 

まあそれも銀髪猫耳美女になって飛びついてきたクレアによって、雫に説明する為に直に終わるのだが。

 

 

 

 



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第5話

「なあ、クレア。許してくれよ」

「フン!クレアに相談なしに勝手にやって!」

 

雫への説明が終わった後、早々に部屋へ戻り現在は朝日が昇ったばかりの早朝ともいえる時間だった。

これから訓練が始まる為クレアを連れて行ってるのだが、クレアは俺の癖ッ毛が強い黒髪の上でへそを曲げている。

あの晩クレアに相談なく、俺を雫に握らせたことが原因なのだ。

 

「本当に悪かった。つい雰囲気的と勢いで……痛ッ!クレア、爪を立てるのはやめてくれ!」

「フシャー‼」

 

どうやら、しばらくは許してもらえなさそうだ。

爪をたてられることに甘んじて受け入れ、集合場所である訓練所へ向かうと多くの人が既に集合していた。

 

「ふう、どうやら遅刻は免れたようだな」

「もうすぐ始まるようだけど……大丈夫なの?頭の猫スゴイ爪立ててるんだけど」

 

そう言って若干引き気味にこちらを見ていたのは、昨日転移する直前に雫に紹介されていた南雲だった。

 

「痛いけど、いろいろあって諦めたんだ。それよりもあの時自己紹介できなかったな。俺は真桐 刃。ジンとでも呼んでくれ。で上にしがみついているのはクレアだ」

「その色々がスゴく気になるんだけど……僕は南雲ハジメ。ハジメでいいよ、よろしくジン君」

 

そう言ってハンドシェイクをしていると、ふと周りにあの時のメンバーがいないことに気づく。

 

「なあハジメ。昨日みたいに白崎たちと一緒じゃないのか?」

「え?あ、うん。4人は前の方だよ」

 

ハジメの言葉に前の方を見れば、確かに雫も含めた4人が固まっていた。

雫を見てみれば、白崎にからかわれているのか若干顔を赤らめている。

 

「……とりあえず大丈夫そうだな」

「八重樫さんを探してたの?」

「いや、単に昨日みたいによくつるんでるのかと思って聞いただけだ。それよりハジメ、騎士団が来たみたいだぞ」

 

早朝訓練の教官に来たのは、まさかの騎士団長のメルド・ロギンスだった。

彼の説明によればこれからの俺達の訓練は全て彼が直々にみることになるらしい。

俺たちにばかり構っていていいのかと誰かが聞けば、団長曰く対外、対内的に『勇者一行』を半端なものに預けることができないからだということだ。

それによる弊害は全て副団長が背負うことになり、デスサイズになったソウルが書類仕事をサボってキャバクラに逃げたマカの父親の分までやっていた姿が重なり、まだ見ぬ副団長に俺は黙祷を捧げた。

 

そんな団長の指示によって、俺達はスマホほどの大きさで金属質なカードが全員に配られた。

表や裏を見ると魔法陣のような模様はあれど、どちらも何も書かれていない。

コレには今までへそを曲げていたクレアも興味を示し、頭の上からカードを眺めていた。

 

「よし、全員に受け取ったな? このプレートは『ステータスプレート』と呼ばれている。これは自分のステータスを数値化して表示される。またこれは最も信頼のある身分証明書でもあるからな。例え迷子になっても平気だが失くすなよ?」

 

団長がそう言って気楽な口調で説明してくれる。

彼は小さなことは気にしない性格らしく、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも俺たちに対して普通に接するように言っていた。

正直な話、宰相の人等が敬語で接してくるのだが、年上から敬語で接せられる事がなかったため居心地があまり良くなかったからこの対応には助かっていた。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それでそのプレートに所持者が登録される。 『ステータスオープン』と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん専門外で知らないからな。俺から言えるのは神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

その聞きなれない単語に天之川が聞き返す。

 

「アーティファクトっていうのは、現代では再現不可能な魔法の道具のことだ。専門家の話では神や眷族が地上にいた時代のしろもんらしい。あとコレと複製するアーティファクトは一般市民にも普及しているが、他のは国宝になるな」

 

つまり、俺たちの世界だとエイボンの魔道具みたいなやつだな。

 

団長の説明が終わり、さっそく周りはステータスプレートに血をつけている。

俺も周りに続き、自身の血をステータスプレートに言って一滴気落としてみた。

 

真桐 刃   17歳 男 レベル:☆☆

天職 魔両刃剣職人・魔刀・死神の使徒

筋力:B

体力:A

耐性:B

敏捷:A

魔力:E

魔耐:D

技能:両刃剣術・魔武器化・魂感知・魂喰い・言語理解・狂気[+力]

 

「全員終わったか?なら説明するぞ?まず最初に〝レベル〟からだな。それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

「は?」

 

そう言われ、俺は思わず呆けた声が出た。

それはそうだ、メルド団長の話とプレートの表記がまるっきり違う。

レベルは星で表記され、ステータスも数値ではなくアルファベット表記なのだ。

 

「ジンのステータスどこかで見たことあるにゃ……どこだったかにゃあ?」

 

そんなことを言うクレアやステータスについての説明をするメルド団長の言葉を聞き流し、隣にいたハジメのステータスを見せてもらった。

 

南雲ハジメ   17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

 

「やっぱり俺だけだよなぁ……」

「どうしたの?何か変なのでも表示されたの?」

 

そう言って心配するハジメに俺のステータスを見せる。

 

「え?バグ?」

「あーーーー!分かったにゃ!」

 

突如、頭の上でクレアが叫ぶ。

それによってハジメが「猫が喋った!?」と驚くが、そういう猫なんだと言って流す。

 

「クレア、何が分かった?」

「このステータス、体力テストの成績にゃ!」

 

なん……だと。

確かに死武専では任務を受けるさいに、受付が適しているか判断するために体力テストから身体能力をE~S表記で表記していたが……

改めてステータスを見てみる。

確かに言われてみれば、筋力から敏捷までの表記は体力テストの結果と同じだった。

魔力、魔耐に関しては俺は魔法を使えないし、魔法を使う相手もそれほど経験はない。

その事を考えるとこの評価には納得できる。

 

「あとはレベルの星か。ん?星?、そうか職人ランク!」

 

俺は死武専若手精鋭部隊に所属のさいに職人ランクが二つ星へと昇格していた……って。

 

「あっちと変わんねーじゃねーか‼」

 

思わず俺はステータスプレートをべチンと地面に叩きつけた。

何が『()()()()()()()()()()()()()()()()()』だ!!

ただ単にあっちでの身体能力をデータ化しただけだろ!!

思わずその事に対して叫ぶと、さすがに騒ぎすぎたのかメルド団長等がこちらへとやってきた。

 

「おいおい、何を騒いでいる。ん?おい、ちょっと詳しく見せろ」

 

そう言って俺のプレートを見るメルド団長の顔は険しくなっていく。

そして「ちょっとこっちに来い」と訓練所の外へと連れ出された。

 

「ジン、率直に聞く。『死神の使徒』なんてお前、なにもんだ?人間……なんだよな?」

 

メイド団長は警戒しており、いつでも切れるように剣に手をかけてた。

俺の事に関しては、他の奴とは経歴が違うがそれを特に隠すつもりはなかった。

そのため俺はメルド団長に俺の経歴――死武専の事などについて掻い摘んで話す。

全てを聞いた団長は、目を瞑り1度大きなため息を吐いていた。

 

「鬼神の卵である悪人を狩っていたねぇ……お前さん等の世界は平和じゃなかったのかよ」

「それは一部だけですよ。俺なんてつい最近まで魔女や聖職者とかと殺し合ってましたし」

「……はぁ、お前の事は分かった。だが教会の奴らにはその天職は見せるなよ。下手したら異端者として認定されるからな」

 

そう言って、メルド団長がステータスプレートを返してくれる。

その際にステータスの隠蔽方法を教わり、『死神の使徒』とステータスの数値を隠蔽させる。

 

「……団長も信者なんじゃないんですか?」

「ああ、俺は確かに聖教の信者だ。だが別に、俺はおまえさんらにまでエヒト様を信仰しろなんて言わんさ。それにお前さん以外も違う神を信仰している奴もいるだろ?」

「ありがとうございます。あ、そうだ。団長、ステータスプレートをもう一つくれませんか?」

「あ?確かにプレートはまだあるが、何に使うつもりだ?」

「頭の上に乗っている相棒に使うんです」

「猫に使うって、おいおいお前さ……ん!?」

 

団長が呆れたような表情をしたため、クレアが人間の状態へと変わる。

クレアの姿は銀髪ロングのストレートに胸、尻など出るとこは出て、ウエストはキュッと引き締まっている。

まさにモデルさながらの体型をしており、顔に関してもハッキリと言えばものすごい美人だ。

そんなパンツスーツを着る妖艶の猫耳美女に彼は言葉が出なかったようで固まっていた。

 

「この姿では初めまして。ジンの相棒のクレアよ。一応この姿でも活動するかもしれないから、私にもプレートをくださいな団長」

「あ、ああ。驚いた、まさかただの猫だと思っていたのが亜人だったなんてな」

 

そう言って渡されたステータスプレートにクレアが血を垂らす。

 

クレア 323歳 女 レベル:☆☆

天職 魔両刃剣・死神の使徒

筋力:C

体力:D

耐性:B

敏捷:A

魔力:A

魔耐:A

技能:全属性適性・複合魔法・想像構成・魔力操作・魔武器化・魂喰い・魂魄蓄積・言語理解・狂気[+知恵]

 

「こっちの亜人と違って、私は魔法を使える猫ってだけなんだけどね。それにしても血から何を読み込んで表示させているのかしらコレ?」

「さあな。やっぱり『死神の使徒』はクレアにもでてるな。条件は死武専所属か?」

「まだ南雲君しか見てないから確証はないけど、それくらいしか今は思いつかないわね」

 

ふとメルド団長を見れば、クレアのステータスを見て二度目の硬直をしていた。

恐らくクレアが亜人そっくりな外見なのに亜人が操れない魔力を操作できるからだろう。

 

「ほら団長。いつまでも固まってないで他の人の所へ戻らないと訓練する時間無くなっちゃうわよ」

 

そう言って再び猫に戻ったクレアが俺の頭の上に乗る。

 

「今なら、勇者が初期ステータス1000でも驚かない自信があるぞ……」

 

そう言って疲れたようにメルド団長は再び深いため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

団長と共に訓練所へ戻ってみれば、なにやら一部が騒がしくしている。

その中心を見てみるとハジメが苦笑いし、その周りにいる4人がプレートを見て馬鹿笑いしていた。

 

「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」

「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

 

どうやらハジメのステータスを見てバカにしているようだった。

 

「団長、錬成師でステータスオール10って低いんですか?」

「勇者たちにしてみればの話だがな。この世界のレベル1の平均が10だ。あとは錬成師は物質を加工して変化させる天職だな。言ってしまえば鍛冶師だ」

「ふーん、そうなんですか」

 

そう言って俺はバカ騒ぎしている集団に近付く。

 

「なあ、何がそんなに面白いんだ?」

「あぁ!?なんだてめぇ?」

「まずは自己紹介を。アメリカのデスシティーからやってきたジンだ。声をかけたのは、たかが数字が少し大きいだけで同じ素人が何を笑ってんだろうなって思ってな。こういう必死に優劣をつけようってすること、確か日本ではドングリの背比べって言うんだろ?」

 

俺が小ばかにするように言えば、小物臭を感じさせる男子たちがこちらへと詰め寄り俺の胸倉をつかんでくる。

ハジメをみれば、この展開についていけてなのかポカンと口をあけていた。

 

「お前……殴られたいみてぇだな」

「ホントの事を言っただけだが?」

 

そう言って俺が殺気を出せば、胸倉をつかんでた奴はそれを感じとれたんだろう体が震えはじめていた。

 

「所詮は初期ステータスだろ?大器晩成型の可能性もあるのに今バカにしてたら恥かくかもしれないぜ」

 

ガクガクと首を縦にふる目の前のやつからプレートを取ってハジメに渡す。

 

「ほれハジメ」

「あ、ありがとうジン君」

「気にすんな。アイツにも言ったが、ステータスなんてこれからどうなるか分からないし、その技能も使い方しだいで面白しろくなりそうじゃん」

 

そう言っていると畑山先生もこちらへやってきて、自身のステータスを見せてハジメを励ましていた。

……励ましていたのだが

 

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

 

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 

ハジメと違い魔力の多さや技能の量によって、ものの見事にトドメの一撃をハジメに与えていた。

その状況に雫や白崎もやってきており、俺も話そうとすると誰かが俺の腕をつかむ。

その人物は先ほどハジメにトドメをさしていた畑山先生だった。

 

「どうしたんですか、畑山先生?」

「真桐君、いくら檜山君達が悪くてもやりすぎです‼」

「いや、でも」

「でもではありません‼いいですか、あなたがやったことは…………」

 

その後も説教は続いた。

結論から言うと、それは各自の武器を見繕うために宝物庫へと向かうまで畑山先生によるありがたい説教は続くのだった。




ある日の出来事

ハジメ:(いっそ旅に出たいなぁ……亜人の国なんかみたいかも。ケモミミを見ずして異世界に来たって言えないし、とりあえず図書館で亜人の国の場所調べてみよ)

――ガラッ

クレア(銀髪猫耳モード+伊達メガネ):「…………」ペラッペラッ
ハジメ:「……なんでやねん」
クレア:「あら?ちょうどよかったわ南雲君。錬成について少しお話しない?」
ハジメ「なんでやねん」




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第6話

あれから2週間がたった。

この頃になれば俺も一緒に飛ばされた奴らと仲良くなりはじめ、雫以外にも谷口鈴や永山重吾などいろんな奴らと仲良くなり訓練をするようになった。

それにともない他の奴らはレベルやステータスが上がるのを確認できたが、俺のステータスは他の奴らとは違い今だ変化していない。

身体能力に関しては向こうと変わりなかったのだが、いざ訓練してみると他のそれこそ勇者一行の中で最も数値が大きかった天之川ですら追随を許さないほどの差があった。

これには俺を含めた全員が驚き、雫には向こうでは手を抜いていたのかと怒られた。

この身体能力に関してはクレアの見解では、向こうにいた時点で元々こちらの何倍もの身体能力があったからステータス表記に変化がなかったんだじゃないかとのことだった。

そんな俺の一日は早朝訓練でクレアを使って模擬戦闘をし、昼は座学の後クレアに連れられて図書館へ、そして夜には雫と共に俺を使った刀剣の素振り、魂の共鳴などの訓練がこの二週間の流れだった。

あと変化したことと言えば、図書館で魔物や錬成を調べるハジメと出会ってから時々ハジメとクレアと俺で錬成などについての意見の交換が行われている。

その時にどうやらクレアはハジメの他とは違った発想力が気に入ったようで、俺がいないときも人間の状態で魔法や錬成など色々とアドバイスしているみたいだ。

……その場面を見ていた白崎がハジメと話そうと錬成の本を握りしめて般若の顔をしていたのだが。

俺?俺は雫と一緒にそれを目撃して、すぐさま二人とも回れ右して図書館から立ち去っている。

それと……

 

「それでジンさん。ジンさん達は狼男相手にどう戦ったんですか?」

 

雫の訓練後に俺はよく王女様に絡まれるようになったこともこの二週間で変わったことに含まれるだろう。

きっかけは雫との訓練中に俺が武器化したのを目撃し、俺が何者なのか聞いてきたことがきっかけだった。

それから毎晩、雫との訓練の休憩中に俺が死武専であった出来事を話すのがここ最近の通例となっている。

今現在は昼なのだが、昨日に話したマカ・俺・ブラック★スターが戦った不死身の狼男――フリーとの戦いの続きが気になって公務の途中に抜け出して来たらしい。

 

「あ~王女様」

「ジンさん何度も言ってますが、私の事はリリィとお呼びください」

「王族相手に愛称って……まあいい、リリィ。すまんがこれから訓練なんだ。この続きはまた夜な」

「もうそんな時間なんですか?ならまた雫さんの訓練の時お邪魔しますね」

「リリィ、別に雫たちの訓練が終わる頃に来ても良いんにゃよ?」

 

そう言って俺の肩からクレアがリリィに提案する。

ああそうだ、これも言い忘れていたな。

クレアが喋ることは、王城にいるほとんどの者が知っている。

ただ人間になれるのを知るのは俺を除けば、雫や団長、後は目の前の王女様ぐらいだ。

その理由は単純に、喋るだけでも混乱していた為これ以上の混乱を避けるためなのだが。

王女が知ってるのは、雫の訓練中にたまたま人間になる姿を目撃したためである。

 

「いえ、雫さんがジンさんを振るう姿がとても絵になるので、見るの好きなんです私。それにクレアさんを撫でれますし」

「にゃははは……最初の頃みたいにクシャクシャにはしにゃいでね」

「はい‼」

 

天真爛漫にそう言ったリリィが部屋から出て行った。

 

「すまんなクレア。図書館に行けなくて」

「仕方ないにゃ。リリィ、普段王城から外に出られにゃいからジンの体験談が気に入っているみたいだし」

「まあその代わりに王子には睨まれているけどな……」

「それもお姉ちゃんがとられにゃいか心配してるだけで可愛らしいでしょ。ほら早く行かないと訓練が始まるにゃ」

「そうだな」

 

そう言って俺も部屋から出て、訓練所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」

 

訓練所へ向かっている途中でそんな声が聞こえてきた。

 

「チッ、またあいつらか」

「バカはこりにゃいね」

 

俺はこっちにきて仲良くなったヤツがいたが、どうしても受け入れない奴らも5人ほどいた。

声が聞こえた方、訓練所から死角になるような場所で数人が集まっている。

そいつらは順に檜山、中野、近藤、斎藤、先ほど言った俺が受け入れられない奴らだ。

初日に俺が脅してから、俺には敵わないと媚びたように接してきて、陰では今の様にハジメをイジメて鬱憤をはらすハッキリと言えばクズの類だ。

 

「ほら、なに寝てんだよ? 焦げるぞ~。ここに焼撃を「おい、そんなに訓練がお望みなら相手してやんぞ」ぐぺぇ」

 

クレアに武器化してもらい、手始めにハジメに向って魔法を唱えようとする檜山を剣の腹で張り倒した。

 

「真桐!違うんだ、これは」

「うっさい。ハジメ、ケガの状況を見るから少し服めくるぞ」

「ごめん、ジン君。迷惑かけて」

「お前は悪くないだろ。そこはありがとうって言ってくれ。取りあえず、骨折とかの重傷はないな」

 

ひとまず大きなケガはなさそうで、ハジメを起こす。

 

「でお前ら。まだ相手したりないのか?」

「ひ、ヒィ」

 

ハジメをイジメていた奴らは腰を抜かしている。

……はぁ、檜山を張り倒しただけでビビるなら、最初からすんなよ。

 

「やめないか、ジン!」

「チッ、めんどくさいのが来やがった」

「ジン、その気持ちはわかるけど、顔に出しちゃだめにゃ」

 

俺と檜山たち間に割り込んできたのは、俺が受け入れられない最後のヤツ――天之川だった。

その後に続いて、雫や白崎、坂上も後に続いてやってきた。

 

「南雲君、大丈夫!」

「ちょうどよかった白崎。ハジメを治療してやってくれ、ケガしたのは背中と腹だ」

「うん!」

 

そう言ってハジメの治療を始めた白崎を見た後、改めて天之川を見る。

どうやら目の前のヤツはとても怒っているようだ。

 

「ジン、なんで手を出したんだ!」

「奴らがハジメに魔法を撃つつもりだったから止めただけだ」

「君ならもっと穏便に済ますことができただろ!それに檜山たちが悪いとも限らないはずだ‼」

「何?」

 

これだ。

 

「檜山達は南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?それに俺は南雲自身ももっと真面目に努力すべきだと思っている。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてる」

 

こいつのなんでもかんでも人は善意で行動していると信じているところが俺は気にくわない。

なんで被害者に原因があるとこいつは思っているんだ。

どうして二週間そこらしか見てない俺より、檜山たちがどんな奴か分かっていないんだコイツは?

 

「お前、本気で言ってるのか?ハジメが図書館で何を読んでいるのかも知らないのに」

「彼は俺たちの中で一番弱いだろ。ならそんなことよりも鍛錬するべきだ。彼はただ逃げているだけだろ」

 

そしてこの自分が常に正しいっていう態度も気に入らなかった。

俺にも最初クレアを武器化させて訓練していたら、クレアを使うな、生き物を武器にさせなくてもアーティファクトがあるだろ。クレアが可哀想だ。と言ってきたのだ。

死神様のように絶対的な規律があるわけでもないのに、その歪んだ物差しで俺たちを測られるのがとても気にくわなかった。

クレアも天之川の言葉にカチンと来たらしく、奴に対してフーッと威嚇している。

 

「二人ともそこまで。ジン、クレアあなたたちの気持ちは分かるけど今は抑えて。光輝はこっちでどうにかするから南雲君お願いできる?」

 

雫がそう言って困ったような顔を浮かべる。

 

「……はぁ。わかった、じゃあ後でな雫。ハジメ、もう平気か?」

「あ、うん。もう大丈夫だよ。ありがとう白崎さん」

 

白崎にお礼を言ったハジメを連れて、訓練所に戻る。

後ろでは「まだ話は終ってないぞジン!」と叫ぶ天之川の声が響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩、中庭でいつも通り雫が俺を使って訓練で八重樫流の型を一通り行っていく。

 

『それにしても良く雫は天之川の行動に耐えれるよな』

「まあ――ブン 慣れ――ブン よね――ブン」

 

雫は喋りながら俺を振るうがどれもブレはなく、まるで剣舞のようにどんどん技を決めていった。

そして一通りの型が終わり、雫は構えを解いた。

 

『慣れでどうにかなるもんか?正直、エクスカリバーと同じくらい……いやアレより全然マシだがそれでも常に一緒は俺は嫌だと思うがな』

「ふぅ……なんでそこで聖剣がでてくるか分からないけど、光輝はあれよ。手のかかる弟みたいでほっといたらもっとひどくなるのよ。昔からあの性格だから、私も直させようと頑張ったんだけどね」

 

そう言って息を整えるのとは別に深いため息を雫は吐く。

なんかあれだな、雫が言うみたいに姉って言うよりもこっちのほうがしっくりくる。

 

『……オカン』

「誰がオカンよ、誰が」

 

俺が茶化すと、口をとがらせ拗ねる雫。

そんな俺達が面白かったのか、少し離れたところから笑い声が聞こえてきた。

 

「ふふふ。本当、雫さんとジンさんは仲がいいですね」

 

その声は昼に約束した通りやってきたリリィだ。

特に汚れることも気にせず、中庭の噴水に腰をかけその膝にクレアを乗せていた。

 

『まあ、雫とは知り合ってずいぶん長いからな。それこそさっき出た天之川よりも前からの知り合いだ』

「小学生の時に違う国にコイツは行ったんだけどね。それでも時々連絡とっていたから確かに一番付き合い長いかも」

「そんなに長い付き合いだったんですね……羨ましいな。そういえば明日からオルクス大迷宮に行くんですよね?無事に帰って来てくださいね」

 

一瞬リリィが寂しげな顔をしたが本人が話題を変えた為、俺はそこには触れなかった。

 

「7大迷宮らしいけど、そこまで深く潜る予定はないってメルド団長は言っていたから心配しないで」

 

雫も言った通り、俺達は明日この世界有数の危険地帯――俗にいう7大迷宮と呼ばれる場所であるオルクス大迷宮での訓練をすることが今日知らされた。

ただここは新人の兵士の訓練にも使われているらしく、そこまで心配する必要がないとメルド団長が言っていたのだ。

 

『あの人のことだ。俺達に何かあってもカバーできるところまでしか行かないだろ』

「……ねぇ、迷宮でジンを使ったらダメかしら」

『いや、俺も魔物のレベルを知りたいし戦いたいんだが……一応アーティファクト貰っただろ?』

「……あれよりジンの方が使いやすいのよ」

『……はぁ、少しだけだから』

「やった♪」

 

そのやりとりが面白いのか再びクスクスと笑うリリィになんだか肩の力が抜け、俺は武器化を解いてその場に座る。

 

「んじゃ、今日の鍛錬はここまでな。明日からいないし、今日は少し長めに話すか」

「ホントですか!?」

 

雫もリリィの横に座り、リリィが用意していたお茶を入れ始める。

さて今日の昼の話の続きを語ろうか。

 

「あの時はまさにピンチだった。なんせマカとソウルが……」

 

――三人と一匹の秘密の茶会。戦争中とは思えない穏やかな時間を月が優しく照らしていた。

 

 




宝物庫前での一幕
「ここが宝物庫だ。ここには国宝級の武器や防具が入っている。有名なのは聖剣なんかだな」
「聖剣!?……メルドさん、その聖剣は制約とかってないよな?例えば5時間の朗読とか?」
「はあ?扱える奴が限られているっていう意味では制約はあるが、なんで5時間の朗読なんだ?」
「いや、まぁ……あはは」

メルドさんのいうことも当たり前だ。
こっちの武器は俺やクレアみたいな者じゃないのだから、喋るわけがないはずだよな。

「どうしたのジン?貴方、顔色悪いわよ?」
「……聖剣は苦手なんだ」

そう思い出したくもない、あの5時間の朗読に耐えたと思ったらエイボン製の記録器で記録された12時間に及ぶ伝説語りを渡されて肌身離さず持たないと何個も渡してくる、あのウザイ聖剣エクスカ私の伝説は12世紀から始まった。
あれは日差しの強い真夏だったかな?
いや…肌寒くなる秋だった…当時は私も「(ワル)」でね。
そういえばもう冬だったかもしれない。
すごく「悪」で巷でも有名な「悪」だった。
悪そうな奴はみんな友達だったよ。
美女たちはみんな私の取り合いをしていたよ。
いや……やっぱり夏だった すごく暑い真夏日だったよ。
そう記憶している 私は今と違って研ぎ澄まされたナイフのような男だったよ しかしなぜか気品を感じさせていた。
みんな言っていた 今でも言われている。
そうは言ってもその当時はそんなに言われてなかったかもしれない徐々に言われ始めていた。
意外と優しいと そう考えてみると 気品を感じさせていたのかもしれない 結果言われていた。
私はすごかった 今でもすごいがただ「悪」だった。
それもこれも気品溢れる冬の日―……
それでは次話から私の伝説を語っていこうか。
それまで正座して待っていたまえ。













「       」












































Excalibur~~~♪

Excalibur~~~♪

From United Kingdom♪

I'm looking for him♪

I'm going to California~~♪
















「  ン    」


































エクスキャリバー~~~♪
エクスキャリバー~~~♪
フロム ユナイテッドキングダム♪
アイム ルッキング フォー ヘブン♪
アイム ゴーイング ツー キャルフォルニアー~~~♪















































「  ン    なの」

























































!!






































!!










































だが今はアフタヌーンティーを飲んで気分が良い。ズズズ
だから今日は特別にここで語るとしよう。
そう、私の伝説は12世紀からはじま「ジン!あなた本当に大丈夫なの?」

「はっ!?」

やべぇ、アイツに頭の中を支配されていた。

「あ、ああもう大丈夫だ」

クソ、『聖剣』って単語を聞くと時々こうなっちまう。
まじでうぜえ……なんで聖剣伝説にワクワクしたからって、あの朗読会に参加したんだよ、あの時の俺よ。


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第7話

すいません、間違えて作成途中のものを投稿してしまい、再投稿させていただきました。


感想の返信はまだですが、毎回参考になるような考察ありがとうございます


移動するのに一日を費やしオルクス大迷宮の近場にある宿場町『ホルアド』で一泊後、俺達は迷宮へ挑戦するために入り口の正面前に来ていた。

各々は既に武装しており、俺も服装はこっちに来た時に来ていたジーパンにシャツを着てクレアを武器化させている。言ってしまえば死武専での恰好そのままだ。

 

「ねえジン。貴方ホントに防具を付けない気なの?」

「ああ、むしろ動きの邪魔になるんだ」

 

そういう雫の恰好は胸当てと利き腕とは反対側だけに小手を装備した格好をしていた。

雫のステータスは敏捷特化で全体的に見れば天之川に次ぐステである。

天職は剣士……そして魔刀職人だった。

本来は前者だけだったのだろうが、あの日俺を握ったことが要因なのか、俺やクレア以外だと初めて見る二つ目の天職を雫は持っていた。

技能に関してはそれに関連するように『魂威術』が出ていたが、まだブラック★スターやシュタイン博士みたいな事ができるほどのモノではなかった。

 

「あと昨日の約束、忘れてないわよね」

「わかっている。折り返しには武器になるから最初はそれで我慢しとけ」

 

そう言って俺は雫が帯剣している曲剣を指さす。

 

「刀に一番似ているから選んだけど、抜刀とかに違和感あるのよね」

「だからって俺が常に武器になってるのは無理だ、慣れろ。ほらそろそろ時間だぞ」

 

見れば騎士団の面々も既に集まっている。

 

「これから、迷宮に入る!良いかお前ら、この中は罠が沢山ある。中には発動しただけで死ぬものもある。死にたくなければ俺の指示に絶対下掛け‼いいな!」

 

全員が集まったのを確認したメルド団長の指示のもと、迷宮探索が始まろうとしていた。

と言ってもいきなり迷宮に潜るのではなく、受付に順にステータスプレートを見せて行くのだが。

これはステータスプレートの出入りによって、迷宮内の死亡者数の確認をしているらしい。

 

「ではステータスプレートを確認しますね。あれ?二枚ですか?」

「ああ、このアーティファクトの分もあるんだ」

「よろしくにゃ」

 

魔武器である俺やクレアみたいな存在はこちらではいないらしく、表向きでは武器化するさいは自我がある珍しいアーティファクトだという設定になってしまった。

最初は大丈夫なのかとも思ったのだが、さすが神代に作られたと言われているアーティファクト。

そう言えば誰も疑わなかったのだ。

 

「そうなんですか、さすが勇者様一行ですね。珍しいアーティファクトもお持ちなんてスゴイです」

 

現に今も受付嬢は疑問も浮かべず、すんなりと信じてくれた。

いったいどんなモノならアーティファクトって言われて怪しむのだろうか?

ステータスプレートを受け取りながらそんなどうでもいい事を俺は考えるのだった。

 

 

 

 

迷宮に入っての配置は、天之川や雫など素質が高いものは一番前に、逆に素質が無い物は一番奥に配置され騎士団が先頭と殿をするような陣形になる。

俺は、新兵以上の実力があり実践も経験済みなことから騎士団同様に殿をメルド団長に任されていた。

一番後ろにいたのは、ここ二週間もっとも交流が深かったハジメだった為、声をかける。

 

「頑張ろうなハジメ」

「あはは、僕も足を引っ張らないようにがんばるよ」

 

そんな感じで始まった迷宮攻略だったが、最初の方はまさにオーバーキルだった。

 

「あー勇者組にこの階の雑魚は弱すぎるな……魔石までボロボロだ」

 

団長の言う通り、一桁の階層で白崎や谷口などの術師が唱えた後、残っているのは魂以外は煤だけしか残らなかった。

団長はそう言ってため息をついていたが、俺は第三者という傍観者のおかげで分かったことがある。

この迷宮で魂感知をすると、魔物の魂が鬼神の卵と同質の魂をだったのだ。

考えてみれば、どちらも秩序において絶対的な悪なため同質なのは当たり前の話だったのだが。

ただ質に関しては今いる上層ではあちらで刈っていた悪人ほど良い魂ではない。

高く見積もっても、この魂が100個以上ないと釣り合わないほどその質は低かった。

 

『簡単にやられるぐらいだから、この質にゃのも納得だけど食べがいがにゃいにゃ』

 

クレアの言う通り、腹の足しにもなりそうになかった。

実際食べてみても、味のない飴玉みたいな……ただ口の水分だけ消えていくようなそんな感じだった。

 

ふと見れば、白崎が杖をもったままボーっとしている。

 

「白崎、大丈夫か?」

「え?あ……真桐君。うん、ちょっとね……魔法だったからあんまり実感はないんだけど、初めて生き物を殺したんだなって」

「そうか、初めてだったか」

 

やっぱり出たか。

俺以外は平和な日本の学生、人どころか虫以上に大きい生き物を殺したことが無い者が大半だろう。

大半の者は自身にとって既知の生物ではないからか、はたまた今だゲーム感覚なのか嬉々として魔物を斬ったり焼いたりとしている。

ただそのなかには、雫のように血が滴った剣を見る者、焼け焦げた魔物を見て口を抑え顔を青くする者もいた。

 

「気分が悪いとかはないか?」

「うん、それは大丈夫。ただなんだろう……胸に穴が開いたような、そんな違和感があるかな」

「……白崎、その罪悪感だけはなくすなよ」

「罪悪感?」

 

そう罪悪感だ。

例え殺す相手が悪であっても、この手でひとつの命を終らせることには変わらない。

それは本来なら人が嫌悪する行動のひとつであり、だからこそ罪悪感を感じる。

もしこの行為に喜びを見出したのなら……

 

「ああ、それは罪悪感だ。もしその感情が無くなれば、行きつく先は鬼神の卵と同様の血に塗れた人生だけだ」

 

俺の言葉に白崎は胸元をぎゅっと握りしめ、メルド団長に呼ばれ前行くハジメを見ていた。

 

「そう言えば、今日は一段とハジメを見ているな」

『もしかしてとうとう香織も告白したのかにゃ?』

「ち、違うよ!?そりゃできれば恋人に慣れたらってゴニョゴニョ。え、えっと、昨日南雲君と約束したから、私が守るって」

「それでずっと見てるのはどうかと思うがな……ん?」

 

白崎の行動に若干の呆れとハジメの受難に心の中で合掌をしていたが、ハジメが相手する魔物が視界に入り、俺も一番前へ行き一閃。

 

「ジン君?」

「おい、ジン。なぜトドメを刺した、これでは南雲の戦闘にならんだろ!」

 

魂感知をしてみると、すぐ曲がり角から一つの魂を感知する。

特に広くもない通路での戦闘、うん、ハジメならいけるだろう。

 

「団長、まあ見ていてください。ハジメ、次の角から同じのが一匹だ。やれるな?」

 

そういうとハジメは一度頷き、手を地面につける。

 

――錬成

 

ハジメがそう唱えると狭い通路の地面がボコボコと鋭く三角錐状に盛り上がっていく。

それと同時に曲がり角から4足歩行の魔物が現れ、ハジメを標的に駆けだした。

不規則にある盛り上がった地面を左右によけ、さらにハジメへ迫る。

 

 

それが罠だと分からずに。

 

 

『錬成師は鍛冶職?そう決めつけた奴はバカね。鉱石を操れるって時点で床が地面なら容易に戦闘に使えることぐらい理解しなさいよ』

 

クレアの言葉に重なるように突如地面がくぼみ、魔物が足を取られ倒れる。

 

――錬成

 

それに合わせ、さらにハジメが錬成を重ねる。

口に、首に、足が拘束される。

トドメとばかりに胴体も拘束された魔物は身じろぎひとつとれなかった。

そこをハジメがザシュッと肋骨の合間から心臓へ一突きし、魔物がビクリとはねた後ピクリとも動かなくなった。

 

「なるほど……魔物の動きを制限させて、落とし穴で拘束。錬成にこんな使い方があったなんて、面白い戦い方だな。どこまで吹き込んだジン」

「俺は、効率的な殺し方だけですよ」

 

ハジメのステータスの伸びはハッキリ言って悪かった。

それこそ、二週間そこらで筋力なんかは2しか上がっていない。

そこでハジメは確実に殺るために錬成で拘束してみてはどうかというのを、クレア(人間状態)に相談したのだ。

そこで出たのが、行動の制限。

周りに障害物を設置することによって、より拘束しやすい状況を作り出すことにしたのだ。

そして俺からは、最小の余力で殺す技術。

まあ言ってしまえば、どこにどの角度で刺せば一撃で殺せるかってことだ。

幸い、図書館で調べれば魔物の臓器はあちらの世界の動物とさほど変わらないものだったため、問題なく教えることができた。

 

「ハジメ、ナイスファイト」

 

俺はそう言って若干青い顔をするハジメの肩をたたく。

ハジメも喋るほどの余裕は無さそうだったが、頷いて後方へと下がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな調子でどんどん階層を降りていき、現在は20階層まで降りていた。

ここまで来れるものは一流の冒険者と判断される階らしく、今日の探索は21階層へ続く階段手前まで行くのが目的である。

 

「よし罠はないな。ジン、そろそろお前も戦闘に参加だ」

 

罠を見破るフェアスコープという道具で確認したメルド団長に呼ばれ、一番前に出る。

 

「ようやくか」

 

今までは殺しという行為に慣れるために、俺以外がずっと戦闘していたのだ。

さっそく魂感知をすると前方に3つ反応があった。

だが、その反応があったのは一見すればせり出した壁にしか見えない。

 

「擬態?」

「初見なのによく見破るな。ほら来るぞ」

 

その言葉の直後、3つのせり出した壁は変色し、褐色のゴリラになった。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」

 

メルド団長のその言葉に意識を切り替え、クレア――両刃剣を構える。

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

ロックマウントの雄たけびに周囲は怯むが、阿修羅の叫びに比べれば全然可愛い方だ。

 

『準備運動にまず一匹にゃ』

「おう」

 

一息に近付き、袈裟切りに両断する。

 

「そして二匹」

 

その勢いのまま遠心力を利用して、近くにいた一匹をひと突きで殺す。

そして残り一匹なのだが……

なぜかそのゴリラはこちらを、正確に言えば雫や白崎などを見ていた。

 

 

 

血走った目で。

 

 

そして鼻息もあらく、前に突き出した両手はワキワキと気味悪いぐらいに動かしている。

後方の女性陣からヒィッと引きつった悲鳴が漏れていた。

もしこのゴリラが喋るならきっとこう言っていただろう。

 

『ムフンムフン、ムフー』

 

って、いやこれはただ鼻息が荒いだけだな。

 

「なあ、あのゴリラ下心ありすぎじゃないか」

『デスシティーのお肉屋さんとお魚屋さんの二人を思い出すにゃ』

 

ああ、確かにあの二人もクレアを連れていた時のサービスはスゴかったが、下心満載だったもんなぁ。

こんなのは目に毒だとさっさと倒そうと思ったが、何故か後方から光がでていた。

振り返ると、そこには聖剣を構えた天之川(バカ)が詠唱をはじめていた。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

いや、許さないとかじゃなくて俺がいるのに何考えてんだアイツ!?

 

――万翔羽ばたき、天へと至れ

 

聖剣はいまにも光を放ちそうだ。

 

「クレア!」

『はいにゃ!』

 

俺の波長をクレアに送り、増幅させて俺へと戻される。

それを何度繰り返し、より強大な波長を産み出す。

武器と職人による大技を出すための技術『魂の共鳴』。

まさか、こんな場面で出すはめになるとは思わなかった。

 

――天翔閃

 

俺の共鳴技と天之川の聖剣が振り落とされるのはほぼ同時だった。

 

「このバカ者が!こんな洞窟で、まして前方に味方がいる状態でそんな大技放つヤツがどこにいる!」

「うぐっすいません。香織たちの事を考えたら、つい多めの魔力が……」

 

ゴチンと離れた所からでも聞えてくる拳骨をどうやら天之川はくらったようだ。

 

「ジン大丈夫!?」

「おう、雫。壁を破壊して難は逃れたわ」

 

心配してこちらへと来る雫に頭についた壁の破片を払いながら、ひらひらと手を振る。

 

「す、すまないジン」

「……俺だったから良いものの、他の奴だったら大けがだぞ」

 

すまなさそうに顔をして謝ってくる天之川に怒りが一周回って冷静になり、俺で良かったと思っていると白崎が俺が破壊した壁の上の方に視線を向けていた。

 

「何だろあれ?……キラキラしてる」

 

その言葉に全員が視線の先を見れば、青白く発光するこぶし大の水晶が壁に埋まっていた。

その幻想的な光に女子達はうっとりとした表情を見せていた。

 

「あれはグランツ鉱石だな。あの大きさはなかなかないぞ」

 

そのまま説明も聞けば、特に魔石てきな価値はないが貴婦人に人気があるらしく貴族が求婚するときに指輪などでよく使われるらしい。

 

『にゃふふふ。香織、南雲君を見ているにゃ』

「さっさと告ればいいのにな」

「それができていたら、香織も苦労してないわよ」

 

そう言って雫が子を見守るように白崎をみている。

 

「……やっぱりオカンだろ。痛ッ‼無言で蹴るなよ!」

 

全体的に弛緩した空気になる、メルド団長も撤収の声をかけていた。

 

「さて約束通り武器化するか」

「やっと刀を振れるのねって……何してるのよ」

 

雫が喜んだ矢先、目の前の状況に呆れる。

何を考えて……たぶん女子の誰かに渡したいのだろう檜山(バカ2号)が壁を上って、あの水晶を取ろうとしていたのだ。

 

「メルド団長も怒鳴ってるわね。罠、大丈夫かしら?」

「さすがにないだろ。壁の中にあったのに、罠なんて仕掛けても意味ないだろ?」

『ジン、それフラグにゃ』

 

クレアの言葉に笑おうとしたのだが、檜山が水晶に触れると俺達がいる地面に魔法陣が浮かび上がった。

 

……マジかよ。



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第8話

檜山が水晶に触れたことにより地面に魔法陣が現れ、まるであの時の教室のように視界が真っ白になるほど光ると次の瞬間には俺達は別の場所に転移していた。

そこは先ほどの場所とは違い、広い空間だった。

だが立っている場所とその反対側を除けば、一本の橋を除けば底が見えないほど深い崖になっていた。

 

「全員警戒しろ!何が起きても陣形を乱すな!」

 

メルド団長のその言葉に勇者組、騎士問わず緊張感が走る。

俺と雫も互いに視線を交わし、雫は後ろへ俺はクレアを握りメルド団長がいる橋の方へ向かう。

 

「ッ来るぞ!」

 

一部が臨戦態勢になると、俺たちを挟むように新たに魔法陣が地面に浮かび上がった。

魔法陣から何かが引き出されるように現れる。

そいつは俺が知る生物には当てはまらなかった。

しいて言えば、4足歩行の……ああそうだな牛に似ている。

額辺りから延びる二本の角と鼻先から延びる二本の短角が特徴で、体高だけでも俺の三倍はあった。

魂に関してもこれまでとは一線を画すほど強い。

コイツを調べるために魂感知をしたが、俺の後方……雫がいるあたりからも反応がある。

視線だけをそちらに向ければ、剣を持った骸骨たちが何匹も湧き出ていた。

 

「……ベヒモスか、ならここは65階層か」

「団長、後方からはトウラムソルジャー‼数はおおよそ20です」

「ちっ!前方は最高到達層のヤツが歯が立たなかったヤツで後ろは33階層の魔物……前方は引き受ける!全員、撤退だ!」

 

メルド団長の指示に返ってきたのは阿鼻叫喚の声だった。

それはそうだ。

今まで、どこか現実に受け止め切れなかったものたちはここで初めて命の危機を感じる。

こんな状況でまともに指示通り聞けるはずもなく……

 

「うわああああああ!」

「落ち着け‼あいつらはみんなで当たればどうにかなる!メルド団長が後ろを守っている間に早く!」

 

目の前の骸骨に闇雲に攻撃し、騎士団や雫、坂上などがそれを必死に統制しようと大声を上げていた。

 

「メルド団長、どっちに加勢しますか」

「……ジン、お前は勝てるのか?」

「いけます。ですがベヒモス相手は後方を守りながらは厳しいです」

「分かった、なら後方で頼む。ッ!おい、アマノガワ‼」

 

メルド団長と役割分担を話し合っていると、一つの人影が俺たちの前に躍り出た。

天之川だった。

あのバカは何を考えてか、光を纏わせた聖剣で斬りかかっていた。

 

――天翔閃

 

「バカな……天翔閃でも傷1つつかないなんて!」

「何やっている!お前も後方へ下がれ!」

「嫌です‼メルド団長を1人にするわけにはいけません!」

 

あのバカ……

俺から一言怒鳴る前に団長が口を開く。

 

「このバカもんが!ジン‼お前は構わず後方の道を拓け!」

「了解!」

 

その言葉に俺は180°体を反転させて、後方の戦場へ向かう。

途中、何やら覚悟をきめたハジメとすれ違うが気にず、最前線へ躍り出た。

 

「チッ数が増えている」

 

この短時間で骨の数は倍になっており、こちらの陣形は雫や騎士団が前で抑えているがグダグダだ。

大半がいまだパニックの状況から抜け出せてなく、後方からの支援はまともに機能していなかった。

そんな中、最前線の雫の側方から骨どもが斬りかかる。

 

「雫、俺を使え‼クレア!お前も単独で骨の除去を手伝え!」

「了解にゃ!」

 

俺は両刃剣を騎士団の前へ投げ、自身も前方へ飛びかかる。

そして右腕だけ武器化して骨どもを纏めて袈裟切りで斬り伏せる。

 

「ジン‼」

「雫‼」

 

互いに名前を呼びアイコンタクトを交わすと、雫は手に持っていたアーティファクトを目の前の骨に叩きつけ、俺の手を掴む。

それを確認した後、俺は完全に武器化し緋色の刀が雫の手に収まった。

俺を手にした雫は急所を守るように体を右斜めに向け、俺を右わきにとり剣先を後ろに下げる脇構――陽の構えを取る。

構えに合わせて、俺も魂感知をしてこちらへ迫る骨の数を正確に測る。

 

『まず正面に5そのあとに遅れて右横から3だ』

「雫ちゃん‼」

 

俺が伝えた直後に雫の前に5体のトウラムソルジャーが飛びかかり、白崎が叫ぶ。

 

『雫、全て切り伏せるぞ!』

「ええ、八重樫流……受けてみなさい!」

 

――八重樫流剣術 陽の型『飛燕(ヒエン)

 

地面すれすれから刀身が迫り、骨(獲物)めがけて一閃、手ごたえはなかった。

それは魂の波長の増幅によって俺の刃が強固になったか、雫の斬り方が鮮やかだったのか……いや恐らく両方だったのだろう。

一切の手ごたえを感じず、目の前の骨たちは一瞬で上半身と下半身が別れ、返す刀で右側方骨の上半身と頭部が泣き別れた。

 

「ニャンコ コニャンコ ニャコニャンコ『肉球スタンプ』」

 

俺たちから離れた場所にいた残りの骨に関しても、クレアが魔法によって地面に押しつぶしていた。

骨どもはまだまだ残っている。

 

『雫やれるな?』

「当たり前よ。これでもまだ試し切りには不十分だわ」

 

それは頼もしいことだ。

そう言って、雫が八相の構えで俺を持つ……が後方から光の奔流が流れてくる。

 

――神威

 

その言葉によって、残りの骨が塵に還る。

この技は見てないが、似たようなものはさっき見た。

 

「みんな遅れてすまない!聞いてくれ、ここを切り抜ける!出口の確保までベヒモスを足止めする為に魔法組はメルド団長の指示に従え!前線組は……」

 

やっぱり、天之川だった。

先ほどまであんなにベヒモスに躍起になっていたのに、何があったのやら。

天之川の登場によってパニックになっていた奴らは、急速に落ち着いていく。

俺や雫が体を張っていたのに、こいつに全て持ってかれた感じがする。

…………ふぅ、このままでは職人の名が廃るな。

 

「雫、すまん変更だ。俺が蹴散らす」

「ちょっとジン!」

「この数は乱戦だろ、なら俺のほうが有利だ」

 

そう言って、武器化を解き、こちらに近付いたクレアにアイコンタクトで武器化してもらって両刃剣を水平に構える。

そんなやりとりをしているうちに、さらに魔法陣が浮かびあがり骨どもは目視でも60を超える数に増えていた。

 

「天之川、前線組は抜けてきた骨の対処につとめさせろ」

「ジン!だがこの数だぞ!」

「一気に減らすんだ。周りにいるほうが俺は動けない。それに両刃剣の真骨頂はな……1対多なんだよ‼」

 

――八重樫流棒術 『環蛇打(カンダダ)

 

その場に小さな台風が吹き荒れた。

中心は俺、暴風は両刃剣のクレアだ。

骨どもは片っ端から塵に還る。

この技は単純だ。

ただ型を順に高速で無駄なく繰り出すだけ。

だが侮るなかれ、八重樫流の技は正確に順を追えば追うほど相手を追いつめていく。

極めれば44に及ぶ技の繋ぎに終わりはなく、終わるとすればそれこそ相手の死だけの連撃に魔物であるトウラムソルジャーはなすすべもなく消えていく。

流石に数匹はその暴風から逃れるが、それでも魔法陣による召喚よりも撃破するスピードが勝っていた。

 

「天之川!」

「みんな!順に上へ行って安全の確保を!」

 

天之川の言葉に騎士団と数人が上層へ抜ける。

これで少なくとも挟み撃ちにあう最悪なケースは逃れた。

後は……

 

「よし、坊主下がれ!魔法組攻撃‼」

 

その声に振かえると、なんとベヒモスを足止めしていたのはハジメだった。

ベヒモス自体は四肢を錬成によって埋め込まれており、時間稼ぎもできている。

これで後はハジメがこちらに来れば、問題ないはず……

 

「え?」

 

時間が止まった。

何故か不自然に……いやこれは狙ったという方が納得する。

魔法組による魔法の1つがこちらへと引き返すハジメに飛んで行ったのだ。

それによってハジメが吹っ飛び、拘束を解いたベヒモスごと奈落の底へ落ちて行ったのだ。

 

「ジン!まだ敵はいるわよ」

 

その状況に固まってしまったがクレアの言葉に、反応していまだ魔法陣から出てくる骨どもを塵に還す。

 

「南雲君、南雲君!なぐもッ!?」

「全員、上に上がれ‼」

 

白崎がヒステリックに叫んでいたかと思えば、途中で声が途絶えそれに続くようにメルド団長が叫ぶ。

崖の下を覗く。

俺がベヒモスを相手すれば……いや、クレアの魔法を使えばここから。

 

「ジン」

「…………」

「分かっているわよね?この上からしばらくは私達がいないと更に死人が増えるわよ。厳しい事を言うけど、生存が絶望的な南雲君と生きている人、優先順位を間違えちゃダメ」

「すまんクレア……ハジメ、少しだけ待っていてくれ」

 

そして俺達はそのままオルクス大迷宮から撤退した……崖から落ちたハジメを1人残して。



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第9話

「……おい、てめえら。もう一度言ってみろ」

 

あの日(撤退)してから二日、俺達はホルアドで一泊したのち王国へ帰還。

戻り次第、すぐさま国王や教皇たちに件の事件を報告していた。

奴らは最初は驚愕の顔をしてたが、行方不明がハジメだったことに安堵しやがった。

それはまだ耐えた。

だが……

 

「おい、そこのおっさん。死んだのが無能でよかったって今小声で言ったよな?」

「い、言っていません!」

 

ガクガクと青い顔をする豪奢な服をきたおっさんに向って、右手を武器化させてズカズカと音を鳴らすように歩く。

だがその前に団長に肩を掴まれる。

 

「ジン、やめろ。王の御前だ」

「団長。アンタだっておかしいと思うだろ!体を張ったハジメをコイツは‼」

「コウキだけでも大変なのに、お前まで暴れたら誰も止められない。すまないがカオリの様子を見に行ってくれ。良いですか王よ?」

「うむ」

 

…………クソッ

 

「すいませんでした」

 

そう言って、俺は謁見の間から出て行った。

 

 

「ジン、落ち着いた?」

「クレア、なんで人間の状態になってるんだ?」

 

扉をあけると、すぐ横で壁にもたれかかるようにクレアが立っていた。

 

「どうせ自分のせいで南雲君が~とかずっと考えてるんでしょ」

「……なんだよいきなり」

 

そう言うなりクレアが俺を抱きしめてくる。

クレアの身長は175cmと俺より高く、更にヒールを履いているため抱きしめられると俺の頭は丁度クレアの豊満な胸にうずくまってしまう。

 

「お、おい、クレア!?」

「大丈夫、あなたは選択は間違っていなかったわ」

「ッ!?」

 

そう言って頭を撫でてくる。

丁度心臓の位置に頭が置かれているのだろう。

ドクン、ドクンとクレアの鼓動が聞こえてくる。

 

「そのおかげで誰も欠けることもなく戻って来れた。これはジンじゃなきゃできなかったことよ」

 

だが……だがハジメは。

 

「南雲君は大丈夫よ。呪文を唱えれなかったから南雲君にピンポイントで座標固定はできなかったけど、代わりに風でベヒモスごと途中にあった滝まで横に飛ばしたわ。位置的にベヒモスの上だから、骨折とかのケガはしても即死はしてないはずよ」

 

それを聞いて、思わず顔を上にあげる。

そこにはほほ笑んだクレアの顔が映っていた。

 

「それにあの子は心配だったから、事前に魔物よけの魔法陣を服に刻んでるの。自分から魔物に近付かないかぎり、しばらくは食べられることもないわ」

「クレア……」

 

思わず、俺自身もギュっと抱きしめ返す。

 

「助けるわよ、南雲君を」

「ああ!」

 

そうと決まれば、行動は早かった。

まずはあの時倒れた白崎の様子を確認することにした。

 

「それにしてもジンは相変わらず、ネガティブになったらズルズル引きずるわよね。小さいころからそこだけは変わらないわ」

「うるせ!」

「よく剣神のところに挑みにいっては負けて、落ち込んでいたわよね?あの頃もさっきみたいに慰めてあげたものよ」

「~~~ッ/// 小学生の頃の話を持ち出すなよ!ほら着いたぞ」

 

さっきまでの優しい笑みは幻かというぐらい、道中でからかわれる。

くそ、顔が熱いじゃねーか!。

 

「雫、白崎の様子はどうだ?」

「ジン、クレア?」

 

ノックの後、扉を開ければ白崎を見るために謁見せずにこちらへ来ていた雫が白崎が寝ているベッドの横にイスを置いて座っていた。

 

「診察は終ったの?」

「ええ、ついさっき。身体的な異常はなかったわ。医者が言うには精神的ショックから心を守るためだろうって」

 

それを聞いて、俺とクレアは安堵のため息がでる。

 

「それは良かった。これで安心して行けるな」

「行く?まさか……」

 

俺の言葉に察しがついたのか、雫が立ち上がり俺の肩を掴んだ。

 

「ジン、貴方1人で戻るつもりなの!?」

「ああ、って言ってもクレアも一緒だがな」

「たいして変わらないわよ!」

「その話、私も混ぜてもらえませんか?」

 

俺たちがぎゃいぎゃい騒いでいると、開いている扉から1人の少女が入ってきた。

 

「リリィ」

「ジンさん、先ほどは貴族の方の失言を王に変わり謝罪させていただきます」

「いや、俺も迷宮のことで敏感になっていた。王の前での痴態、すいませんでした」

 

リリィと俺が互いに頭を下げる。

その状況についていけてない雫はクレアが耳元でささやいて説明していた。

 

「ではこれでお互い様ということで、改めてお教えしてくださいませんか?」

 

そうリリィに促され、俺はハジメがまだ生存していることをリリィと雫に説明した。

 

「なるほど……それなら確かに」

 

腕を組み、片手を顎に当て何か考えるリリィ。

だが、その顔は険しい表情をしていた。

 

「リリィ、何かあったのかしら?」

「……ええ、先ほど勇者たちは心のケアのためにしばらく王城からでないようにと王が指示されまして」

「それは命令かしら?」

「そうです、クレアさん」

 

それはどれくらいの期間なのか。

正直、いくら魔物よけがあるからと言っていつまでも無事にいられるはずはない。

一刻もはやく、向かわなければ行けない状況なのは誰の目にも見えていた。

 

「……ジンさん。ベヒモス、いやアレ以上の魔物を倒せますか?」

「どれくらい上を指しているかは分からないが、ベヒモスなら護衛対象がいなかったら大丈夫だ」

「分かりました。2日だけお時間を頂いても?」

 

俺はクレアを見る。

2日という言葉にクレアは少し考え、少しして縦に首を振った。

 

「ああ、問題ない」

「ありがとうございます。では私はやることができましたので」

 

そう言って一度頭を下げると、そうそうに医務室からリリィは出て行った。

残っているのは最初のメンバーだけだ。

 

「ジン、行くなら私も」

「ダメだ、雫」

「なんでよジン!」

 

覚悟を決めたような目で雫が提案したが俺は首を横に振る。

正直、付いてきてくれるという言葉はありがたかった。

 

「白崎を支えれるのはお前だけだろ」

「ッ‼」

「だから俺はお前にここを任せたい。俺にはできない、お前にしか頼めない事なんだ」

「私にしかできない……」

「ああ、俺は南雲を絶対に救う。だから頼む」

 

そう言って俺は雫に向って頭を下げる。

クレアも特に何も言わず、俺たちを見守っていた。

しばらく無言の時間が続き、やがて前方からため息がひとつ漏れた。

 

「……わかったわ。それに今のままでは足手まといな事は自覚しているつもりよ」

 

雫の言葉に俺が顔をあげると、鼻先に指を突き付けられた。

 

「南雲君を救うのは当たり前だけど、ジン、貴方も五体満足で戻ってきなさいよ!」

「……ああ、わかった。約束する」

「ならよし‼クレア、ジンはいざってなったら無茶するからお願いね」

「りょーかい。……ホント、なんでこれで付き合ってないんだか

「「?」」

「なんでもないわ」

 

クレアが何かいったが、ヒラヒラと手を振って医務室を出る。

 

「ジン、私は少し図書館に行くわ」

「ああ、俺も行く。じゃあ、雫行ってくる」

「そうだ、行くとき見送りはいる?」

「分かってるだろ?」

「ええ、なんせアメリカに行く時もまた会うからって見送りさせてもらえなかったものね。次会うときは、ベヒモスくらい狩れるぐらいに強くなって待っているわ」

「それは楽しみだ」

 

そう言って、俺もクレアに続いて医務室を出る。

扉越しにすすり泣く声が聞こえたきたが、俺はあえて聞こえてない振りをするのだった。

 

 

 

 

それからはあっという間だった。

図書館で迷宮について調べたり、迷宮周辺の地図を調べたりとここでしかできない事をやれるだけやった。

そして約束の2日の朝、俺とクレアは現在リリィの私室にいた。

 

「お待たせしました、ジンさん。まず、南雲さんですが正式に死亡したと王国は判断しました」

「ッ‼……リリィ、それだけの報告じゃないんだろ?」

「ええ、本命はこれからです。これを勝ち取るのが大変だったんですよ」

 

そう言って、リリィが手を鳴らすとメイドがないかを持ってやってきた。

それは豪華な装飾がついたロングソードと柄に茨の装飾がなされた短剣だった。

 

「この度、私に専用の騎士を持つ許可を頂いきました。この騎士には私が個人的に命令して良いんです。例えば、迷宮を攻略しろなどですね」

「にゃるほどね、でも勇者はダメって言われにゃかったの?」

「言われましたよ、『勇者は』って。それは光輝さんしか指しませんから、ジンさん達は関係ないですね」

 

そのリリィの屁理屈にその場に小さな笑いが漏れる。

その後、メイドから剣を受け取った、リリィが剣先を俺の肩に当てる。

リリィの顔は先ほどまでと打って変わり、真面目な顔だった。

 

「では、真桐 刃、そしてその相棒のクレア。あなたたちに私、リリアーナ・S・B・ハイリヒの専属の騎士を命じます」

 

そう言われ、俺はリリィの前で片膝をつけ右手を握り左胸に当てて首を垂れる。

クレアもそれに続き人間状態になって、同じ格好をする。

 

「「謹んで、拝命します」」

 

そう言うと、メイドに短剣をそれぞれ渡された。

これはリリィの騎士になった証だそうだ。

すぐには広まらないがのちのちは身分証明の代わりになるらしい。

そこまですると厳かな空気は霧散し、リリィの顔にも笑顔が浮かぶ。

 

「では、さっそくオルクス大迷宮に行きますか?」

「一応そのつもりだ」

「ならこれを」

 

そう言って渡されたのは、硬貨が入った袋と小さなビンだった。

中を見てみると金の硬貨が30枚、30万ルタが入っていた。

日本の通貨に換算すると30万ほどになる。

 

「ちょッリリィ!?多すぎるってこの額は!」

「いいえ、未到達階層に行くのに準備はしすぎなくらい必要です。それでも足りないかと思うぐらいだったのでよ。それともまだいりますか?」

「……いや、いい。ありがたく借りる。それでこのビンは?」

 

そう言って、俺は改めて水が入った小瓶を指す。

 

「借りるですか……まあいいです。そのビンには神水が入っています、南雲さんを見つけたら飲ませてあげてください」

「神水?」

「ジン、いわゆるエリクサーよ。肉体の欠損とかは無理だけど、傷や魔力は完全回復するわ。でもよく手に入ったわね?クレアも調べたけど、神水の元になる神結晶って教会が管理していたはずよね?」

「そこは王族ですから」

 

そう言ってドヤ顔をしたリリィを見て、三人とも笑ってしまう。

 

「ふふ。ジンさん、南雲さんの捜索よろしくお願いします」

「ああ、まかせろ。必ず見つけて連れてくる」

 

それでリリィと話は終わり、俺は最後に雫の姿でも見ようと訓練場へ向かう。

 

……さて、そろそろ後ろをつけている奴にも話をつけるか。

この二日間、医務室を出てから一人の人物に俺は尾行、いや尾行とは言えないもっとお粗末なものだが後をつけられていた。

曲がり角で留まる。

 

「なぁ?」

「ッ!?」

 

俺が声をかけると、奴は息を殺すようにその場に留まっていた。

俺は曲がり角の先を見ずに、そのまま言葉を続ける。

 

「お前が証拠隠滅の為なのか、罪悪感から俺をつけてるのかは分からない。……正直俺はお前の性格は嫌いだが、一つだけ忠告しとくぞ。これ以上選択を間違えたら死ぬぞ。というより俺が本来の仕事をするはめになる。よく考えて行動しろよ」

「…………」

 

分かっていたが、返事は返ってこなかった。

俺は言うことは言ったため、そのまま訓練所を目指す。

もう後を追ってくる人物はいなかった。

 

訓練所へ向かうと剣戟の音が聞こえてきた。

 

「雫、いくらなんでもハイペース過ぎないか?早朝からずっとだぞ!?」

「まだ喋る余裕があるみたいね。ならもっとできるでしょ」

 

――八重樫流剣術 水の型『雀蜂』

 

うわっ、雫のヤツえげつないな。

あれって中段の構えの状態で、全身をバネに最短・最速の突きをする技だぞ。

しかも確実に当てるために超短距離の縮地も併用して、ガードをずらしている。

案の定、天之川はもろにくらって地面に転がっていた。

いやまだこれはマシな方だろう。

今回は木刀だったが、これが真剣なら頭と体が泣き別れているはずだ。

そんな雫の姿を目に焼き付け、改めて俺は停めている馬車へ向かった。

 

その後は何も起こる事はなく、馬車へたどり着き早々に出発する。

 

馬車はオルクス大迷宮に向って走り出す。

ハジメを救うために。

 



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第10話

ガタゴトと馬車が揺れる。

俺とクレアは今、ハジメを救うためオルクス大迷宮の近くの宿場町ホルアドへ目指していた。

俺たちは最初の出発点であるハイリヒ王国から乗り込んでいるが、馬車は道中の村や町に止まり冒険者を乗せていく。

途中まではまだ見ぬ迷宮に夢見る新人冒険者や資金を稼ぐために潜る熟練の冒険者による会話で馬車の中は賑わっていた。

そう途中まではだ。

途中の村で一人の人物を乗せてからまるで通夜のように馬車内は静まり返っていた。

俺とクレアはチラッと目の前に座ってこちらをじーと見てくる件の人物を見る。

 

全身を騎士甲冑で身を包み、その甲冑には大小様々な傷がついている。

そしてその傍らには人一人がすっぽりと隠れるほど巨大で幅広な大剣とロングソード。

なにより、その人物が発する圧が尋常ではなかったのだ。

 

「ねえ、すごい見られてるんだけど」

「俺に言うなよ」

 

周囲の冒険者たちの口からは「戦姫」とか「帝国」などの単語が聞こえてきた。

正直、トータスに来て3週間ぐらいの俺には『戦姫』という単語にはピンとこなかった。

『帝国』は王国の東にあるヘルシャー帝国の事を指しているのだろう。

正直、帝国との接点もないためあまり関わりたくないのだが、猫の状態のクレアがしきりに頬をつついて催促してくる。

しかたなく俺は目の前の人物に声をかけることにした。

 

「なあ、俺に何か用なのか?」

「ん?ああ、にゃん……んんッ‼君の服が珍しかったのでな」

 

俺が声をかけると慌てたように言葉を返してきたが、今ニャンコって言いかけなかったか?

それ以上にそもそもこの人の性別が女性だったことに驚いたが。

 

「ああ、確かに今着てるのは向こうの服だから素材とかは珍しいかもな」

「向こう?もしや君はつい最近召喚された勇者か?」

「帝国の方にも知られてるのか……俺はその他大勢みたいなもんだがな」

「聖教は帝国でも信仰されているんだ、信託はこっちでも発表されてたよ。ところで集団でやってきたと聞いているがなぜ君1人なのかい?」

「ちょっと事情があってな」

 

周囲は俺と目の前の騎士との会話に先ほどとは打って変わって、ザワザワとしている。

 

「……ここで話すべきではなさそうだね。今日はホルアドで泊まるんだろ?もしよければ私に少し時間をくれないか?」

 

正直、この騎士甲冑に身を包んだ女性は怪しかった。

見ず知らずの俺になんでここまで関わって来るんだ?

 

「どうするクレア?」

「帝国ねぇ……どうせ泊まるんだし、話はいいんじゃにゃいかな?もしかしてら私達が知らにゃい情報も持ってるかもしれにゃいし」

「なら、そうするか」

 

「わかった。良かったら、おススメの店とか教えてくれないか?どこが良いかなんてまだ詳しく分からないんだ」

「任せてくれ」

 

陽が沈み始めた頃、目的地であるホルアドへ着くと女騎士に店の場所を聞き、宿をとる。

場所は前回と同じ宿を取った、約束の時間まではまだ少し時間があったため俺はクレアと雑談する。

気づけば話題は先ほどの女騎士についてになっていた。

 

「なあ、クレア。あの騎士どう出ると思う?」

「うーん……クレアも帝国に関しては気にする必要があまりないからって調べてなかったにゃあ」

 

珍しい、普段は二手三手先まで読むクレアが調べ切れていない事はそうそうないのに。

 

「そもそも帝国は王国と同盟国にゃのよ。聖教もこの世界の人族のほとんどが信仰している宗教だし、敵対するメリットもにゃいはずにゃんだけど……」

「けどあれはなぁ……」

「うん、どう考えても誘われているとしか考えられにゃいにゃ。目的は勇者に支給されたアーティファクト?それとも勇者そのもの?」

「案外、天之川並みの度が外れたお人よしって線もあり得えるかもしれないぞ」

「さすがにあんにゃのが二人はにゃいな」

 

ハハハと2人で笑っていると、気づけば約束の時間が迫っていた。

クレアを肩に乗せ、宿屋を出ると何やら通りが騒がしかった。

 

「なぁ、何があった?」

「見て見りゃ分かるさ。戦姫と冒険者のケンカだよ」

 

近くにいた男性のいった通りの方向を見れば、確かにあの騎士が巨大な大剣の腹で冒険者を薙ぎ払っていた。

これはケンカというよりも蹂躙という言葉のほうが合っているような……

そんな事を思っていると騎士に吹き飛ばされた冒険者が1人、こちらへ転がってきた。

その冒険者をよく見れば、あの時馬車にいたメンバーでだったことに気づく。

 

「にゃにゃ、これは貸しを作ったかもしれないにゃ」

 

クレアの言葉を理解した俺も苦い顔になる。

何も、狙うのは国だけじゃない。

むしろこういったアウトローが多そうな冒険者に狙われることを警戒しとかなければいけなかったのだ。

 

「おや君か。すまない、私があそこで軽率な事をしたせいで君の事を狙うやからが出てきてしまった」

 

蹂躙が終わったのだろう例の女騎士が倒れた冒険者を一纏めにしていく、傍ら視界に入った俺たちに気が付き話しかけてきた。

 

「いや、俺もこうなることを考えず言ってしまった。悪いな、手間をかけさせて」

「ならお互い様ということで。私はこれから詰め所にこいつらをぶち込むから、君は先に店に行っていてくれ」

 

そう言って、渡されたのはコインがたくさん詰まった袋と店の名前が書かれた紙だった。

袋の中を見てみれば、金貨がジャラジャラと入っている。

 

「ッ!?おい、これって……もういねぇ」

「ジン、とりあえず店に行くしかにゃいな」

「はぁ……仕方ないか」

 

俺とクレアが書いてあった店に行くと、そこは店のたたずまい、客層、出てくる料理、どれひとつとっても他の店と比べて桁がひとつかふたつ違うと分かる店だった。

何度も店の名前を確認するが、間違いはない。

 

「いらっしゃいませ。当店は予約制なのですが、ご予約はお済でしょうか?」

「いや、えっとだな……」

 

そこで俺は、あの女騎士の名前を聞いていないことに気づく。

 

「?」

「えっとだな…………戦姫、戦姫がここの店に来るように言ってたんだ」

「なるほど、レイア様ですね。確かに二名でご予約されています。こちらへどうぞ」

 

戦姫で通じたことにほっと一息つき、予約されていたという窓際の席へと案内される。

注文を聞かれたが、さすがにこちらにも原因があったのに相手を待たないのははばかられるため断って席から外の景色を眺めていた。

おおよそ15分ぐらいだろう、店員の案内のもと戦姫も俺の前の席に案内されてきた。

 

「待たせたね。はじめに自己紹介をしよう。私はレイアだ」

 

そう言って俺にステータスプレートを渡してくる為、俺も自己紹介をしたあとクレアのも含めてステータスプレートを目の前の人物に渡す。

 

「ニャ……んん‼猫の分まであるなんて珍しいね。それにこんな天職は見たことがないよ」

 

相手が驚いたような声を上げる。

だが、俺は声には出ていないがそれ以上に驚いていた。

なんせ書かれていた内容はこうだったのだから。

 

レイア・D・ヘルシャー 20歳 女 レベル:70

天職:剣聖

 

それ以下のステータスは隠されていたがレベルはあの王国最強の団長を越え、天職もみるからに強そうなものなのだ。

なによりびっくりなのは、この家名……

 

「まさか皇族の関係者とは……」

「たしかに私はヘルシャー家の者だが、私に継承権はないんだ。それに私自身皇族として敬られるのに慣れていないんだ、気軽に接してくれ」

 

リリィもだったが、なぜこう軽いんだ……

この気軽さも相まって余計に怪しく見えた為、念のために魂感知をやってみても誰かが潜んでいるなんてことはなかった。

あと感知で気づいたのだがこの目の前の人物の魂で気になることが二つあった。

一つは数十人分の魂に匹敵する強靭な魂だ。

そういった魂の持ち主は総じて強い。

あの剣神とうたわれたミフネも魂99個分に匹敵するほど強大な魂を持っていた。

そこまで考えたところであちらも注文を済ませたようでこちらに声をかけてきた。

 

「では改めて聞いてもいいかな?」

「その前にひとつ、なんで初対面の俺たちに関わって来たんだ?」

「なんでか……そうだね、まず王国と帝国が同盟関係にあるのは知ってるかい?」

「ああ」

「なら、話ははやい。つまり、私は帝国から派遣された君たちが迷宮に入る際のスケットの1人だったんだ。

まあ、本当はそれは建前で君達勇者の実力を見極めるためなのが目的だったんだけどね」

「……それって普通勇者の一味の俺に言わねえだろ」

「ははは、まあそうだね。見て分かるけど、君はとても強い。強者に敬意を払う帝国の一応は皇族なんだ、そんな者が君にウソはつかないさ」

 

詳しく聞けば、俺たちとは入れ違いになり王国へ目指している途中で早馬でリリィの従者から知らせが来たらしく、引き返したところ俺達の馬車に乗ったらしい。

 

「ああそうだ。リリィの従者から手紙を預かっている、勇者に会ったら渡してほしいって」

「リリィから?」

 

レイア皇女から差し出された手紙を広げてみるとそこにはリリィの字でこう書かれていた。

 

『ジンさん、この手紙を読んでいるということは早馬で知らせたレイア様と無事に合流できたということですね。

彼女は私が幼いころから交流がある方で、恐らく勇者一行を除いてトータスでもっとも強いお方です。

彼女ならきっと南雲さん救出も快く手伝ってくださいます。

貴方達が無事に戻ってくることを切に願っています。

                         リリアーナ・S・B・ハイリヒ』

 

「従者に聞けば、入れ違いで王国の騎士団と共に這う這うの体で脱出していたと聞いた。あの団長は王国でも屈指の実力を持っている。迷宮で何があったんだい?」

 

結局俺はリリィの言葉の後押しもあり、目の前の皇女にハジメ救出の件を話した。

それを聞いた皇女様は運ばれてきた食事に手をつけず、ため息が漏れている。

 

「君はバカか。単身で迷宮に潜るなんて、私でもしないぞ」

「いやでもレイア皇女「レイアでいい」ああ、わかった。レイア、団長でもベヒモスに勝てないんだ。アレは守りながら戦うのは俺には厳しい。なら一人で行くしかないだろ?」

「……私も手伝おう。何ベヒモスなら殺ったことがあるから守ってもらう必要はないからな」

「へ?」

 

レイアのその言葉に俺は変な声が出た。

 

「……なぁ、クレア。確かベヒモスって」

「うん、この世界の最強って言われていた冒険者が歯が立たにゃかったって言ってたにゃ」

 

「えっとレイア?ひとつ聞いて良いか?」

「なんだ?」

「レイアのオルクスでの最高到達階層は?」

「一応94階だ。ただ、あの時点で仲間のケガや食料とかの問題があって引き返したからもう少し深いところまで行けたと思う」

 

……最強より上じゃねーか。

正直雫にあんなことを言った手前、初対面の人物にこんな事を頼むのははばかられるが優先はハジメだ。

 

「……レイア。お願いがある、俺と一緒にオルクスに潜ってくれないか?」

「無論だ。付いてくるなと言われても行くつもりだったからな」

 

レイアに差し出された右手を握り返したところでこの話は終った。

余談だが、食事中レイアは頑なに鎧は脱がず、口元の部分だけを開けて食事をしていた。

 

翌日からは本格的なダンジョン攻略の準備が始まった。

食料や回復薬、そして解毒薬。

 

「私が特に気にしなければならないと思ったのは石化だ。これだけは受けてはならない」

 

聞けば、現状石化の対処法は高い魔耐かそれこそ高価な薬しかないらしい。

 

「ん?石化ならクレアに任せるにゃ。対処法は見つけているにゃ」

 

いざその薬を買おうとしたらクレアがそう言ったため、レイアは反対したがそれらは買わずそれ以外をそろえていく。

 

「……買いすぎたね」

「ああ……買いすぎたな」

 

一通り揃えてみれば、大きな木箱数箱分。そしてリリィに借りた金はほとんど残っていなかった。

 

「しいて半年分ほどの食料たち、さて問題はこれを運ぶ手段か……」

 

それを見たレイアが何やら計算を始めた為、俺はそこに口を出す。

 

「レイアそれは最初から問題ない。クレア頼む」

「はいはい」

 

そう言ってクレアが人間状態に変わる。

案の定、レイアは「ニャンコが亜人に!?」とか驚いた声を出していた。

 

――ニャンコ コニャンコ ニャコニャンコ 

 

「座標軸設定……空間固定 発動」

 

――インディペンデント キューブ

 

「続いて空間魔法発動」

 

――スケーリング イメージ

 

クレアがそう唱えると、目の前にあった木箱らが四角い空間に閉じ込められ、続いてそれが小さく縮小されていく。

魔法の説明をするならばインディペンデント キューブは対象を空間から隔離して封印する魔法でスケーリング イメージは対象を拡大、縮小する魔法だ。

欠点としてはインディペンデント キューブ、スケーリング イメージ共に多量の魔力を食うことである。

 

「いったいなんなんだ……この魔法は」

「空間魔法。私達の世界の、それも今生きている中で最も強い魔女の得意魔法よ」

「……そんな者の魔法を使う、君は何者なんだい?」

「ふふふ、ジンの相棒で武器であり、あの婆さん(魔婆様)曰く魔女以上に魔女な元使い魔の猫よ」

 

そう言って手に平に収まるほどに小さくなったキューブをクレアは手に取り不敵に笑う。

 

――キー出現 セット ロック完了

 

全ての過程を終えたキューブをクレアは俺に渡して、猫に戻る。

 

「今までの常識が崩れる魔法だな……」

 

団長もそうだがレイアもちょっと驚きすぎだと、俺とクレアは目を合わせて肩をすくめるのだった。

 

 

 

 

準備が終わった頃には太陽は真上まで来ていたが、気にせずに俺達はダンジョンへと潜った。

と言っても1~19階層までは最短ルートで降りていく、その際出て来た魔物を俺とレイアは文字通り一太刀で切り捨てていった。

そして現在20階層、上を見上げればグランツ鉱石がキラキラと光を反射させていた。

 

「君、ここは階段へ行くルートとは違うぞ」

「いや、いいんだここで」

 

そう言って俺は壁をよじ登る。

 

「おい、罠の可能性が」

「大丈夫だ」

 

なんせ、これ()が目的だからな

 

グランツ鉱石に触れるとあの時のように魔法陣が展開され、俺達は転移された。

 

「ここは……」

「65階層だ。レイア、骨を頼めるか?」

 

召喚されるのは前回と同じ魔物たち。

レイアは隠す気がないのか、()()()()に剣に炎を纏わせて頷く。

 

「トウラムソルジャーか、問題ないが君は?」

「俺はアイツに八つ当たりだな」

 

そう言って一部が崩壊した橋へ向かう。

出てくるのはあの時の再現かのように唸り声をあげるベヒモスが出て来た。

 

「クレア、魂の共鳴だ」

「了解、派手に殺っちゃうにゃ」

 

――魂の共鳴 『七大罪技(ななだいしんぎ)

 

「前回のやつとは違うかもしれないが、お前の魂頂戴する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事なものだな」

 

戦闘が終わり、そう言ってガシャガシャと音を鳴らしながら俺の元へ来るのは骨を全て炭にしたレイアだった。

 

「いや、味方を守る余裕がない時点でまだまだだ」

「そうか、それでこのまま階段を降りるのかい?」

「いや、ここから下へ向かうさ」

 

そう言って指すのは奈落のように底が見えない崖だ。

と言ってもこのまま落ちれば、下手すればケガでは済まない。

 

「じゃあ、クレアの出番ね」

 

そう言って、クレアが人になり呪文を唱える。

 

――ニャンコ コニャンコ ニャコニャンコ

 

「氷柱体を空間固定してっと、あとは……」

 

そう言って出て来た氷に飛び移ったクレアが右足を鳴らすと魔法陣が描かれていく。

 

――天道

 

「……」

「さあ、はやく乗って」

 

レイアは言葉を失っていたが、一緒に飛び移ると氷がゆっくりと地の底へ向かって行く。

 

「クレアが聖教の神山で仕える者しか使えない魔法を使えるのはもう何も言わないが、これは莫大な魔力が必要だと聞いているんだが」

「ん、まあ多いわね。それでも数日分あれば十分だけどね」

 

レイアの言葉にクレアがなんでもないように言っているが、クレアの魔力量は現在の天之川20人以上だ。

そのクレアが数日分の魔力生成量が必要な時点でこの魔法のすごさがうかがえる。

 

「数日分?」

「ああ、そういえばこっちでは自分の魔力を直接操れないのよね。これよ」

 

そう言ってクレアは服を少しずらして肩を見せる。

そこには幾何学模様が描かれていおり、それらが今は発光している。

 

「これは、余った魔力を貯蓄するための魔法陣なの。寝る前に魔力を操作してここに注ぎ込めばその分が貯蓄されるってわけ。莫大な魔力が必要な魔法でもここでプールした分から使えばいいってことよ。下まで降りるまでかかりそうだし、教えましょうか?」

「ぜひ頼む!」

 

俺の横で魔力操作を使える(魔女である)レイアにクレアの魔法教室が開催される中、俺達は迷宮の底へと潜っていく。

 

そうして65階層に残ったのは、真っ黒になって粉々になった骨と体中をそぎ落とされ頭から先がないベヒモスだけだった。

 

 

 




レイア・D・ヘルシャー
帝国の第一皇女
実力はトータスでもトップなのだが、女性だからなのか継承権はなく他の兄妹と違って自由に行動している。
また常に騎士甲冑を身に纏いそれにふさわしい口調性格をしているが、彼女の姿を知るものは皇帝と皇后以外誰も知らないらしい。
本小説においては、常識を知るがゆえに規格外PTでの苦労人枠にあたる


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