Fever Love Pass (ほ た る)
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Fever Love Pass
「私の事なんて、にこちゃんに分かるわけが無いじゃない!」
事の発端はつい2日程前のこと。
近所で開催されるライブに出演する事になったμ'sは、これを機に、と新しい曲を披露しよう という話になった。ここまではいつも通り。だが、肝心のライブのテーマがなかなか決まらず、話は平行線状態だった。9人全員が試行錯誤をした結果決まったテーマは『すれ違う恋』となったのだが…。
「お子様な真姫にはこういう経験なんてないんじゃな〜い?」
ライブのテーマが決まったや否や、作曲担当である真姫にちょっかいをかけるにこ。これもいつも通り。いつも彼女は何かしら真姫に絡んでくる。
「うるさいわね、お子様なのはどっちよ」
と彼女の頭の先からつま先までを見て反論する。これもまたいつも通り。そしてこの反論にムキになってまた言い返してくる…ここまでがテンプレ。のはずだったのだが、何故かこの日にこは更に言い返してくる事はなくすんなりと真姫の反論を聞き入れるとその場から立ち去った。はじめは少し違和感を感じたが、その理由がよくわからなかった。ただなんとなく歯痒い、そんな感情だった。なんだろう、と心の奥に渦巻くモヤモヤとした感情を静かに抑え、真姫もその場を去った。
そんなこんなで新曲に向けて準備を始めていくメンバーだったのだが、にこの言っていた事が的中したのかなかなか筆が進まない。だって恋なんてした事ないし…と皆には言えない弱音を心の中で呟きながら作曲作業に取り掛かっていると、ふらっと彼女が現れた。
「筆、止まってるじゃない」
何もいいアイディアが思い付かず試行錯誤している真姫を見ながらすました声で呟く彼女。
どうせにこちゃんだって恋なんてした事無いくせに…と思いながらも、別に、とにこの言葉を受け流す。やっぱり恋なんて経験ないんじゃない〜なんて真姫の作曲ノートをパラパラと眺めながら呟くにこを絵里や希が窘めるが、当の本人はお構い無しの様子だ。
なかなかいい案が思いつかない事や恋愛に対する指摘などでいつもより少しピリピリとしていた真姫は、つい本人に心無い言葉をぶつけてしまった。
「にこちゃんに…にこちゃんに、私の事が分かるわけないじゃない!」
思ったより大きな声が出てしまい、にこだけではなく他のメンバー全員の目が真姫の方へと向いた。あぁ、やってしまった、と思ったよりすぐに冷静になった真姫だったが、後の祭りだ。ここで黙って引き返すはずのない相手なのもわかっている。
しかし、次に彼女の口から出た言葉は真姫の想像を遥かに超えていた。いや、今考えるとそんな事は無いのかもしれない。ただこの時はいつもと違う彼女に驚きを隠せずにはいられなかったのだ。
「…そうね、言いすぎたわ」
バツの悪そうな顔をしながら彼女は部室から出て行った。いつもなら うるさいわねぇ! とか だって本当の事じゃない とか、何かしら言い返してくるような彼女が何も言い返すこと無く自分の元を去った。おかしい、と頭の中で声がする。そう、ライブのテーマの話をしていたあの日から。確かに自分がぶつけてしまった言葉のせいで彼女を傷つけてしまったのかもしれない。だけど、いつもと明らかに態度が違うのだ。なんというか、どことなく…
「…よそよそしい」
そう、そうだ。彼女はいつもより明らかによそよそしい。更に言えばどことなく自分の事を避けているようにも見える。いつもと違う彼女の態度や、こうして喧嘩の様になってしまった事の原因をなんとか見つけようと試みるも、真姫には何もわからなかった。
そんな一件が起きてから数日後。まるであの事は無かったかのように気兼ねなく話しかけてくる彼女だが、やはりいつもとは違う。何が原因で彼女をそうさせているのか、またその原因が自分にあるのかもしれないと直接本人に聞いてみたりもしたがはぐらかされてばかりだ。まるで日課の様に真姫に絡んでくる彼女だったが、そのやり取りが無くなると思ったより調子が狂う。しかし、どうして構ってくれないの、と彼女に問うのも何か違うし、なにより自分の性格が邪魔をする。もっと素直になれたらいいのに とは常日頃から思っているのだが。
しかしこうして彼女の事に気を取られてばかりいる訳にもいかず、作曲にも取り掛からなければならない。彼女の自分へ対する態度の変化と、思う様に進まない作曲作業、そしてそのせいでなかなか取れない睡眠時間。自分が思っている以上に体は悲鳴をあげていた。
「さ、今日の練習はこれで終わりよ」
絵里の合図を筆頭にメンバーは帰る支度を始めた。
やはり練習中も彼女の事と作曲の事が気にかかり、練習にも支障をきたしていた。絵里や海未に心配される程に。
なるべく気にしないようにしなきゃ、と思い直し、部室を出ようとしたその時、真姫の視点はぐるりと一回転した。あまりにも一瞬の出来事で、何が起きたのか理解できなかった。体を起こして確認しようとしてみたが、思うように体は動かず、黒い闇へと吸い込まれていった__。
*
別に嫌いな訳じゃない。理由がない訳でもない。ただ近すぎて自分の気持ちが表に現れすぎないかと思っただけ。たったそれだけの事なのに、まさかこんな事になるなんて思ってはいなかった。
次のライブのテーマが確定した時に、妙な気持ちになった。
『すれ違いの恋』。
このワードを聞いただけならきっと多くの人は男女のすれ違いを思い浮かべるだろう。自分もそうだった。いや、そうなるはずだった。何故か自分は、真っ先に自分と後輩である真姫の事を思い浮かべたのだ。その時はまだ理由はハッキリとはわからなかった。ただなんとなく彼女を思い浮かべた自分が恥ずかしく、また『普通ではない』事に戸惑いを感じ、その日から彼女を極力避け始めた。何度も言うが、特段彼女を嫌って、という理由ではなかったのだ。
だが、思っていたより彼女は気にしていたようで。
いつもなら絡む自分の存在が急に無くなったこと、いつもなら反論する自分の存在が急に無くなったことに違和感を覚えたらしく、明らかに態度に出ていた。そんな彼女を見て 「少しは自分の事を意識しているんだ」 と密かに優越に浸った事もこれまた事実。何故自分がそんな風に感じたのかはよくわからないが。
そんなこんなで彼女を避け始めて数日後のとある放課後、練習が終わりみんなが帰り始めにこも部室を出ようとした時、ドサッ、と何かが倒れる音がした。その音が何の音なのかはすぐにはわからなかったが、音のした方へゆっくりと目をやると赤い髪の彼女がその場で倒れていた。
「真姫、大丈夫ですか?!」
「ひどい熱や…」
状況を把握した他のメンバーはすぐ様彼女の元へ駆け寄り、声を掛けたり家の方へ連絡をしたりと動き始めた。
だが、自分は動けない。驚きのせいももちろんあるのだが、彼女がこうなった原因が大半自分なのではないかという罪悪感のせいでその場で立ちすくむ事しかできなかった。
「え、自分のせいでこうなったんじゃないか…って、一体どういう事?」
事が収まり彼女が家へ送られてから、帰り道、にこは絵里に相談した。
自分が彼女を避け始めた経由を大まかに説明すると、絵里はふぅ、と軽くため息をついた。
「確かに真姫はそういうの気にする子だから、少なくともにこの事も原因の一つには入っているでしょうね。でもにこ、戸惑ってしまった事もわかるけれど…何も言わずに行動するより、何か一言でも相手に伝えるって事も大切よ」
これだけ言うと じゃ と軽く手を振り絵里は家路についた。
確かに何も言わずに行動してしまうと誤解も生まれてしまう…。今回自分が彼女にしてしまった事を思い返しながら、帰り道のコンビニでゼリーを2つ買い、にこも家路についた。
*
目が覚めると、見慣れた部屋にいた。あまり思った様に動かない頭を回転させ、記憶を辿る。
「あれ…私確か…」
思い出そうとした時、扉が開き彼女が入ってきた。彼女は手に何かを持ち、真姫の方を向いて何かを言っているが言葉は全く入ってこない。
だるい体を起こし、ただぼーっと彼女の姿を眺めるしかできなかった。
…そうだ。確か練習終わり、部室を出ようとしたら倒れて…
そこまで思い出した時、彼女が真姫の顔を覗き込んだ。
「体調はどう?まだだるい?」
「ん…まあまあ」
まるでそうするのが普通とでもいうように彼女は真姫の額に手を当て、体温を確かめる。
なんでここににこちゃんがいるんだろう…そんな事をぼんやりと考えていると、あんた自分が倒れた事覚えていないの?と彼女が答えた。思っていた事が口に出ていたようだ。
「あれ、でもにこちゃん、私の事避けていなかった?」
熱のせいだろうか。いつもならこんな事絶対に自分からは聞かないのに、すんなりと口から思った事が出る。
いつもと少し違う真姫を見て一瞬ぽかん、とした彼女だったが、苦笑しながら自分の質問に答えてくれた。
「えぇっと、それは…次のライブのテーマが関係してて…その…っあぁ、だから!変にあんたの事意識しすぎて練習に集中できなかったから!…嫌な気にさせて悪かったわね」
最初の方はごにょごにょとしててあまりなんと言っているかはわからなかったが、彼女が自分に謝罪している、という事は理解できた。良かった、嫌われていなかった、と安堵の声を呟くと真姫は布団の中へと戻った。え、と何か言いたそうな彼女だったが、彼女の話を聞いてあげられる程の体力は残っていなかった。ずっとつっかえていた物が消え、真姫は深い眠りについた。
*
カーテンの隙間から差し込む朝日のせいで、目覚ましが鳴る時間よりも少し早く目が覚めた。
昨日より軽くなった体を起こし小さく伸びをし、壁にかけている制服に腕を通すとピンク色のブラシで髪をとかす。
パンが焼けたわよ、と階下から聞こえる母に返事をし部屋を出ようとした時、ベッドの横に置いてある何かが目に留まりその場で立ち止まった。
なんだろう、とベッドの横に置かれたその小さな白い袋の中を除くと、真姫の好きな味のゼリーが1つと見慣れた筆跡の可愛らしいメッセージカードが入っていた。
「何これ、なんでこのゼリー…」
メッセージカードを手に取りそこに書かれた内容を見た真姫は、急いで部屋を飛び出した。
ご飯は、と呼び止める母の声なんて気にもとめず、ただひたすら彼女がいる元へと走った。
『真姫、体の調子はどう?』
なんで。
『このゼリーが好きってこの前言ってたの思い出したから、買っておいたわ。体調がマシになってからでもいいから食べなさいよ。』
なんでこの人は。
『それと…にこのせいで体調崩してしまった部分もあると思うから、そこはごめんなさい、悪かったわ。別に真姫の事嫌いになったからとか、そういうのじゃないから。』
なんでこの人はこんなに…
『詳しく話すと長いけど…次のライブの件で、真姫の事思ったりしてちょっと気まづくなっただけなの。変よね、わかってるわ。でも、嫌いだったらわざわざ看病しに行ったりなんてしない』
『…寧ろ、寧ろ真姫の事が好きよ!悪い?にこには無い所とかたっくさんあるし、にこより大人っぽいし、美人だし!だけど思ったようにちゃんと伝えられなくて、今回こんな風になってしまって…ごめんなさい。早く体調良くなってね。お大事に』
「にこちゃん!」
赤いリボンで高い位置をツインテールにした彼女の後ろ姿を見つけ、彼女の名前を呼ぶ。
あれを言おう、これを言おう、彼女に伝えたい色んな感情が一気に溢れ出してしまい何から伝えればいいかわからなくなり、しどろもどろになっている真姫を驚きながら見ていた彼女だったが、どうしたのよ、と声を掛けながら歩み寄ってきてくれた。
「…っ、あのゼリーとカードは何よ!自分の言いたい事だけつらつらと書いて…!なんで私が好きなゼリー覚えている訳?なんで自分のせいでって思ってるんなら最初から普通に接してくれなかった訳?」
「ま、真姫?」
「なんで、なんで?次のライブのテーマで私の事を思ってしまったってなんなの?私の事が好き?私だって好きよ!にこちゃんに無いものを私が持ってる?私に無いものをにこちゃんは持っているじゃない!」
溜め込んでいた感情が一気に溢れ出して止まらない。全て吐き出してしまわないと気が済まない。息をする事も忘れて、ひっきりなしに感情をぶつける自分に戸惑いを見せる彼女なんてお構い無しに言葉をぶつけ続ける。
「なんで…なんでにこちゃんはいつもこんなに、自分勝手なのよう…」
一気に萎んでしまった風船の様に落ち着いた真姫をぽかん、としていた彼女がゆっくりと宥める。きっと妹達にもこうしているのだろうな、とまだ生きている理性が自分に語りかけた。
一気に自分の感情をぶつけたせいで、自分が何を言ったのかもあまり覚えていない。だけど彼女は優しく頭を撫でてくれた。
「…だから、それは悪かったわ。自分勝手なのもわかってる。でも真姫、昨日にこがゼリー持っていった時も起きていたし、あんた自分で「嫌われていなくてよかった」って呟いていたじゃない、覚えていないの?」
「へ…?」
思ってもいなかった彼女の言葉に思わず間抜けな声が出た。彼女がゼリーを持ってきてくれた時に起きていて、且つ自分がそんな事を言っていた…?全く記憶が無かった。きっと熱のせいだろう。ただ彼女が今自分に向けて放った言葉をゆっくりと理解していくうちに、自分が先程彼女にぶつけた言葉と看病の件を忘れていた自分が恥ずかしく思い、その場で赤面するしかなかった。穴があったら入りたいとはきっとこの事だろう。
「…全く覚えていない」
「でしょうね、色々話が食い違っていたもの」
はぁ、と呆れたような声を零しながら彼女は続けた。
「ところで。「私だって好きよ!」…って、どういう事にこ?」
意地の悪そうな顔でこちらを見る彼女。あぁ、いつも通りだ。心の奥でほっ、と安心しながらツンケンといつもの様に彼女に反論する。
そういえば、にこちゃんだって私の事が好きって…そこまで考えた所で、やめた。
いつか彼女の口から、また自分の口から直接相手にしっかりと伝える時が来るだろう。まだハッキリとわかっていない自分の感情にきちんと整理がつくまで、その時までは内緒にしておこう。
「そうだ、にこちゃん」
「ん?」
「新曲のアイディア、思いついたの」
Fin___.
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