Fate/imitation grail (ビリオン)
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プロローグ
始まりの始まり


『注意喚起』

※オリジナル聖杯戦争ものです。
※オリジナルサーヴァント、オリジナルキャラクターのみしか出ません。
※原作との僅かな矛盾があります。独自設定です。

 この条件がお好みでない方は、ブラウザバックを推奨します。


 代わり映えしない砂漠。車が起こす砂煙。砂漠を見る為に来た観光客であれば楽しめるだろう。だが、そうではない――移動手段の一つとしてのみの人間はとてもつまらない光景に違いない。

 その車の中に数人。高級な服を着た少年とメイドが数人だ。

 リムジンか何かにでも乗っていれば、別段違和感は無いのであろう。だが少なくとも、砂漠を走るというこの状況においては珍妙な組み合わせに思えてならなかった。

 もちろん、この一団にも砂漠を走る理由はある。その理由とは――。

 

「オータムサンドだっけ? 開催場所として作らせた街」

「はい。その名前で間違いございません」

「楽しみだね」

「楽しみにされているのはご主人様だけかと思われますが」

「そうかな?」

「はい」

 

 主従というにはあまりに気安く、友人というには上下関係がしっかりとしている。会話を分析するならば、そんな所であろう。

 主人である金髪の少年は、「楽しみ」と言うのが嘘で無いと証明するように興奮している。逆にメイドの少女は感情が抜け落ちたように冷静だ。

 

「やっぱり楽しみだなぁ。()()()()

「楽しみにするほど、明るいものでは無いと記憶しております」

「英雄を見れて、他の魔術師もいる。こんな良い場所他にないよ!」

 

 聖杯戦争。

 かつては、極東の都市で起こった儀式の名前である。

 七つのクラスを与えられた英霊を駒として用い、万能の願望機たる聖杯を奪い合う争い。

 その為に彼らは砂漠の中を移動しているのだ。

 

「それに、家の悲願も叶うかもしれないからね」

「そうなれば、とても喜ばしいことです」

「早く見たいなー。()()()()

 

 少年の名はブラッドフォード・オルグレン。主人と話すメイドの名はソランジュ・バルビゼ。

 彼らはただの参加者ではない。

 

 これより、この広大な砂漠の一角で起こる聖杯戦争の主催者である。

 

 

 

 

 ***

 

 オルグレンという魔術師の家系は特殊なものであると言える。

 歴とした魔術協会に属する魔術師でありながら、協会のほぼ全ての魔術師に嫌われているのだ。

 当然、歴史が浅いと見下されているわけではない。数百年程度の歴史を持つ家である。

 ただただ嫌われ、(はい)され、避けられる。

 オルグレンと仲良くする魔術師など皆無と言って良いだろう。もはや村八分と言っても良い。

 だが、それにも理由がある。オルグレンの魔術特性にして魔術そのもの。

 

 ――模倣。

 

 他者の魔術を真似る魔術。見たものを即座に再現するようなズルい(チートな)ものではないが、何割もしくは何分もしくは何(りん)かの技術を確実に吸収するものである。

 他の魔術師にしてみれば、自分たちの大事な研究成果を横から()(さら)われるようなものである。それは到底、容認できるものではない。

 

 故にオルグレンは協会の魔術師でありながら、別勢力に近い。下手をすれば、ただ利用されて終わるだけであるからだ。

 オルグレンは多くの分家を作り、模倣した魔術を与えた。薄く、広く、そして何より模倣者(本家)がいなければ立ち行かないように。

 

 ――そしてオルグレンは根源を目指す。

 

 ――他人の創った階段を並べながら。

 

 ――他人の創った道具を使いながら。

 

 ――自分で創る必要は無い。

 

 ――他人のものを盗めば良い。

 

 それが、オルグレンという家だ。

 

 

 

 ***

 

 ブラッドフォード――ブラッドが街に入るのは二度目である。

 街の名はオータムサンド。聖杯戦争をする為にオルグレン家が作ったものだ。

 この街の特徴などは後に回すべきであろう。

 まずは、ブラッドの道筋を追うこととする。

 

「ようこそお越しくださいました。本家オルグレンの当主――ブラッドフォード・オルグレン様」

「こんにちは、クリフトン。出迎えありがとう」

「いえいえ、本家あってこその我ら分家。特に此度の儀式――聖杯戦争においては我ら結界魔術を預かる分家が一つ。アーマスト家にお任せを」

「あー、はいはい。で、部屋はどこ?」

 

 恭しくブラッドに話しかけるのは、恰幅《かっぷく》のいい男。名を、クリフトン・アーマストという。

 会話の中で明白ではあろうが、アーマストとという家はオルグレン家の分家の一つである。

 クリフトン自身はブラッドの心象を良くしようという()()()()のつもりなのだろう。まるで効果は見込めないが。

 ブラッドはクリフトンを半分無視しながら使用人の一人に話しかける。面倒臭いと思っているのだろう。事実、見目の悪いクリフトンを好く者は少ない。見た目だけが原因ではないが。

 そして大多数の一人として、ブラッドはクリフトンを苦手としていた。もっとも、苦手な人間にそう感じさせないというのも、ブラッドの才能の一つであるのだが。

 

「では、こちらの屋敷をお使いください」

 

 クリフトンと共に車に乗せられ、一等地にある屋敷へと案内された。

 この街、砂漠の中にあるというのにどこぞの都会と見間違わんばかりのビル群が埋め尽くしている。

 その中で、屋敷である。西洋屋敷を基としているのだろう。木製で、どこかの森林の一角にあるかのような建物だ。

 だが、ここは砂漠の一角で、周りはビルとビルにビルだ。見渡す限りビルしかない。

 はっきり言おう。途轍(とてつ)もなく浮いている。勿論、雰囲気的に。

 さも、魔術師がいますとでも言いたげな建物。

 この為に用意されたのはわかる。中には魔術的な罠を含めたいくつもの仕掛けがあるのだろう。

 だが――

 

「却下」

 

 ブラッドは一刀両断する。

 

「……は? え、いや、な、何故でしょうか……?」

「目立つから。勿体無いなら、クリフトン使いなよ。あ! もしかして聖杯ここに入れてないよね?」

「そ、それは……」

「――勿論、そのようなことはございません」

 

 クリフトンが言うべきことを、その部下――ベネディクト・アップルビーが答えた。

 墓穴を掘るしかないクリフトンを見るに見かねたらしい。でも、クリフトンは怒っている。台詞を取られたのだから、(クリフトンにとっては)当然といえよう。ベネディクトは英断である。

 

「じゃあ、別の場所――どこかのビルの一角でも用意してよ」

「勿論、ご用意しております。お車へお戻りを」

 

 ベネディクトは仕事のできる人であった。ここまでの運転手も、これからの運転手もベネディクトである。ベネディクトは有能。執事服と白手袋がますますカッコいい。

 

「と、ところでご当主様。サーヴァントの召喚はいつ頃行いますか?」

 

 クリフトンが聞いた。また墓穴を掘るかと、ベネディクトが聞き耳をたてる。クリフトンがベネディクトと同じ白手袋をしているのが不思議なほどである。()()()()()()()()()()

 そして、ブラッドは右手の赤い紋様に目を落とした。

 

「今夜、召喚を行おう」

 

 赤い紋様――令呪は聖杯戦争の参加資格であり、サーヴァントへの絶対命令権。

 詳しいことは、また後に。サーヴァントが召喚されてからのこととしよう。




【予告(プロローグ)】

――私は見返してやる――ッ!



――其方は何故杯を求める?



――命令だ。



――中々見所のあるマスターであるな!



――……()()()



――カメラを回せ!



――令呪をもって命じる。



――やはり、()()()()()かの。


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その剣は主人の為に

「なんだあのガキは!」

 

 クリフトンは怒っていた。かつて感じたことのない、尋常(じんじょう)ならざる怒りである。

 怒りの理由は単純明快(たんじゅんめいかい)。ブラッドの態度と言動だ。

 

『もういいよクリフトン。召喚には付き合わないでいいから、帰って』

 

 一時間ほど前にブラッドが言ったのがこれである。

 言葉の上では丁寧で穏やかではあるが、そこには明確な拒絶があった。さらにはクリフトンへのおざなりな対応もあり、怒りを呼んだのである。

 本家と分家というコンプレックスを持ち、被害妄想豊かなクリフトンが怒るに十分な対応であった。

 

 そしてクリフトンがいるのは、先程ブラッドに勧めた屋敷。クリフトンがアーマスト家の叡智(えいち)を注ぎ込んだと自負する場所である。

 ブラッドは目立つと言って拒否したが、クリフトンがこの屋敷を作った理由もあるのだとフォローしよう。

 

 まず第一に結界。認識阻害、人避けを始めとする数十の効果を持つ結界を敷いている。一般人はまず気付かないし、魔術師でも気付く者は多くはない。その面に長けている者だけだろう。当然、侵入するのにも苦労するのだ。

 さらにはサーヴァント召喚の準備も整っている為、余計な手間もない。事実ブラッドは現在、手間をかけて召喚の準備を整えている。

 

 ここで、アーマストとという分家に説明しよう。

 本来魔術師とは根源へと至る為に神秘を研究する学者に近い。その研究はほぼ単独であり、余程交流のある魔術師でなければ互いの研究を知ることはない。

 だが、オルグレンを筆頭とする模倣の家系は違う。これらは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。即ち、本家が根源へ至る為の踏み台――それこそが分家の役割だ。

 だからこそ、分家には中途半端な魔術の知識が与えられる。

 その例の一つがアーマスト家。彼らが主とする結界は、メインとするような魔術ではない。あらゆる魔術の一部として存在するものだ。だが、その一部ずつのみを本家(オルグレン)から与えられた分家(アーマスト)はそれのみを研究する。その研究成果を礼装とし、他の分家へと提供するのだ。

 つまり、分家自体は根源を目指す魔術師にあらず。魔術師たる本家を持ち上げる踏み台(縁の下)である。

 

 閑話休題(話を戻そう)

 

 ブラッドへと献上するはずだった屋敷を自分の物として利用することに決定したクリフトン。

 心中の大半を怒りが占める彼の中で、唯一ブラッドに対する優越があった。

 それは――。

 

「ふふふ。これには、あのガキも気付いていないだろう」

 

 そう言いながらクリフトンは手袋を外し、天井へと掲げた。

 そこに浮かぶは赤い紋様。即ち令呪に他ならない。令呪が手に宿る事は聖杯戦争への参加権を持つ事であり、聖杯に資格ありと認められた証でもある。

 

「これで私は見返してやる――ッ!私をバカにするすべてのやつらを。本家当主であろうが、この聖杯戦争において私の方が優秀である事を知らしめるのだ!」

 

 劣等感の塊であるクリフトンが手に入れた優越の証。それに固執するがあまり、クリフトンには周りが見えていなかった。例えば、信頼するベネディクトが何をしているか。まさしく目が曇り、視界が狭まっていたと言える。

 

「ベネディクト。触媒を持って来い」

 

 

 クリフトンの言葉にベネディクトは動き出す。

 

 その数分後。召喚陣の描かれた部屋にクリフトンはいた。夢想状態である。どのような英霊が呼ばれ、どのような勝者となるのか妄想しているのだ。諺で言うならば『絵に描いた餅』や『取らぬ狸の皮算用』が当てはまるであろう状況だ。

 

「お待たせいたしました」

 

 ベネディクトが来た。手に持つは鞘に入った刀。黒い柄と白い手袋の対比が存在する光景である。

 クリフトンは刀を受け取り、三日月のように笑みを深めた。

 

「かつて極東の騎士――侍の使っていた武器。その中でも凄腕、ムサシとか言う奴が使っていた刀。ああ、素晴らしい! これで私の勝利は決まる!」

 

 クリフトンが刀を引き抜けば、驚くほど簡単に刃を現した。欠けた刃を。それはすでに、武器としては使い物にならないものだろう。だが、歴戦を潜り抜けた証左でもあった。故にクリフトンの自信はさらに深まる。

 

「では、クリフトン様。召喚を……」

「ああ。始めよう

 素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 英霊を喚ぶ為の詠唱が始まる。

 ところで、現在触媒となっている刀。あれはかつて、武蔵が使ったとクリフトンは語った。武蔵――かの有名な大剣豪宮本武蔵の事を言ったのであろう。だが、これは(デマ)だ。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 クリフトンがこの触媒を手に入れたのは、とある骨董品店である。その骨董品店は魔術師となんの関わりのない一般人である。そのような所から、武蔵に所縁のある刀として売っていたものを買った。所縁があるならば触媒になり得るだろうと。だが、問題が一つ。この骨董品店が詐欺を働いたことだ。武蔵など真っ赤な嘘。そんな謂れのない刀を、彼は使っている。

 

「――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 触媒として成立せず。無駄だと思われた刀。だが、それにも縁はあった。

 それはとある古家の蔵から発見されたものだ。ボロボロの刃の折れた刀でありながら、大事に箱の中へと仕舞われていた。当の発見者は売り払ってしまったが。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 そう。これは、武蔵の触媒にはなり得ない。だが、他の英霊の触媒にはなり得るのだ。

 故に召喚は成功した。

 

 光り輝く召喚陣から現れたるは和服を纏いし人型。髷を結い、帯刀せし武士である。

 

「召喚に応じ参上した。私を喚び出せし魔術師は、其方(そなた)か?」

 

 クリフトンを見据えながら、武士は誰何(すいか)する。誤解されぬように、ベネディクトは二歩ほど下がった。

 召喚を行なった当事者――クリフトンは感激に身を震わせた。なにせ、失敗ばかりの男の唯一の成功とも言えるものだ。もっとも、魔術師で無くとも、召喚自体は可能ではあるが。

 ともかく、クリフトンは興奮しながら誰何に答えた。

 

「そうだ! 私が貴様のマスターである!」

「そうか」

 

 クリフトンは威厳たっぷりに落ち着いて答えたつもりだろう。だが、滲み出るばかりの興奮は隠しようがなかった。見るものが見れば、まるで子供のようだと思うだろう。

 

「契約の前に、一つ問おう。何故、其方は杯を望む?」

「杯? 聖杯のことか。無論、我らオルグレンの一派が根源へと至る為の礎となってもらう」

「根源……。よく分からぬな……」

 

 武士は何か考える仕草をする。クリフトンは何故こんな質問をするのかと頭を動かし、ベネディクトは部屋を出た。

 

「質問が済んだのなら、契約に移って()いか?」

「……いや。前言を撤回して、もう一つ質問をさせてくれ」

 

 痺れを切らしたクリフトンが問えば、武士は否と言った。

 再度の質問。クリフトンは少々のイラつきを覚えながら、先を促した。

 

「感謝する。では、其方の前に愛らしい幼子がいたとする。助けを必要としている者だ。其方は如何する?」

「……なんだその質問は。まあいい。私は邪魔をするなら殺すし、そうでなければ放っておくだろう。これで満足か? さっさと契約に移れ」

「うむ……」

 

 そして武士は刀を抜き――クリフトンの令呪を手ごと斬り落とした。

 

「なっ……!?」

「やはり其方は、一時の主人(マスター)に相応しくない」

 

 目に止まらぬ早業。クリフトンには刀を抜く動作すら見ることが叶わなかった。魔術による強化を施してはいない無防備な状態であったとはいえ、斬れた後の手首を見てクリフトンは驚愕する。

(これ程の者か……! これが英霊(サーヴァント)っ!)

 そのように、クリフトンは思考した。

 

「く、くそ……! 貴様(サーヴァント)とは(マスター)に服従する者ではないのか!?」

「其方はまだマスターでは無い。さらには令呪すらも奪った。安心しろ、命は取らない。腕の治療もしてやる」

 

 武士は決定事項であるかのようにそう言い、クリフトンのモノであった手を拾い上げた。

 そして細切れにしようと、上方へと放り投げる。刀に手をかけ、自身の得意とする間合いに落ちてくるまで待ち――否、落ちてこなかった。

 

「――クリフトン様の手(こちら)、頂戴いたしました。クリフトン様。そして、英霊のお方」

 

 声の発生源である少女――即ち、扉の前に立つメイドは宣言した。ブラッドに仕えていたメイドの筆頭――ソランジュがそこに居た。

 ソランジュはクリフトンの手を持ち、令呪に触れる。そして令呪は直ぐに、ソランジュの左手の甲へと移った。

 

「か、返せっ……! それは私の令呪だぞ!!」

「拒否いたします。クリフトン様。これは私の令呪と化しました。これは、ブラッド様(我が主人)からの命です」

「な、に……。あのガキにバレていた……? 私は出し抜かれた……? これではまるで道化……。私は……、私は……?」

 

 クリフトンは壊れかけていた。今までの優越が全て劣等となり襲い掛かってきたのだ。ここ数日の彼にとって唯一の心の拠り所。彼の依存場所。

 それを全て奪われた。その喪失感は計り知れない。

 

「ベネディクト様、クリフトン様の回収を。許可してくださいますね? 英霊のお方」

「ああ。私にも、彼を殺す気は無い」

 

 武士はクリフトンを抱き上げ、ベネディクトへと渡した。既に、簡単な止血が施されており、ベネディクトは安堵の息を吐く。

 実際、ソランジュを招き入れたのはベネディクトである。ブラッドの命令であり、ある種の裏切りであるが、そこに思考を巡らすことは今のクリフトンには出来ない。

 そして、部屋には英霊たる武士とソランジュだけが残された。

 

「武士と思わしき英霊のお方。私をマスターと認めてくれますか?」

「ならば、問いに答えよ。其方は何故杯を求める?」

 

 ソランジュは武士を見据える。どのように答えるのが正解か、令呪は使うべきか、などと言った疑問を思考する。だが、この問いについて、彼女は嘘を言う事を自身に許さなかった。

 

「聖杯はいりません。全て主人に捧げます」

「主人……。……殿」

 

 武士は二言三言呟いて俯く。

 ソランジュは令呪を使い、従わせるべきかと考えた。だが、令呪は三回のみの絶対命令権。非常に貴重なものである。

 さらには、抽象的な事柄には強制力が弱い。

 仮にソランジュが『従え』などと命令したとしても、それはまるで意味をなさないだろう。

 ただ単純にこの時のみを対象に、マスターと認めると唱えさせる場合であれば効果はある。だが、あとで嘘だとでも言われ、裏切られるのがオチであろう。

 つまり、彼に強引にでも認めさせるのが最も効果的な解決案となる。さらに言えば、最も難しいが。

 

「この答えでは不満ですか? 侍と(貴方がた)は主君への忠誠を是とする者とお聞きしておりますが」

 

 揺さぶりをかける。自身に都合の良い方向へと持っていく。交渉の基本と言える行為だろう。

 

「……其方の主人が幼子を殺せと言えば、如何する?」

「殺します。私には主人こそ全てなので」

「それは盲信だ。時によっては、主人の命に従わぬことも是とせねばならない……っ!」

「……仮に私が生きよと命じられ、主人が死んだのならば――私は命に背くでしょう」

 

 それは、一部分の抽出。それ以外は全て盲信ということの裏返しではあるが、相手の意に沿うように計算された答えだった。だが、ソランジュにとってまごう事なき本心でもある。

 ――そしてそれは、武士の心を打った。

 

「……そうか。私もあの時に死ねば良かったのか」

 

 その後、心を決めたようにソランジュへと向き直った。

 そして膝をつき、言う。

 

「其方を我が一時の主君(マスター)と認めよう。我がクラスはセイバー」

「私の名前はソランジュ・バルビゼ。この時を持って、貴方は私の使い魔(サーヴァント)となります。セイバー」

「ああ、よろしく願う。マスター」

 

 そして契約は結ばれる。この模倣された聖杯戦争において()()()の主従の誕生だ。

 最優と名高きセイバーと、主人に全てを捧げるソランジュはここから始まった。




「お帰り、ソランジュ。それがクリフトンのサーヴァントだね。クラスは? クリフトンは、死んだ?」
「いえ、クリフトン様は生きております。クラスはセイバーです」
「そうなんだ。セイバーは()()()()()のところへ連れてってね」

 ソランジュは思考する。いつから主人は、人の死を願う様になったのかと。
 昔は、そうではなかった。初めて会った時、ブラッドはソランジュにとって救いの光であった。
 だが、今は違う。その存在は闇に堕ちている。底無しの、暗い闇の中に。
 そのようにソランジュは感じていた。
 いつからか。
 ああ、そうだ――。

 ――ブラッド(ご主人様)が、オルグレンの当主を継いでから。


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騎士道よ永遠たれ

 今回の聖杯戦争が行われるのは、領土の大半を砂漠が占める後進国の一つである。

 開催場所たるオータムサンドはこの国には他に無いほどに先進的であり、先進国の首都と比べても見劣りはしない。そこは観光地であり、別荘地であり、避寒地であり、節税の地でもある。故に多くの著名人や権力者等を招き、後進国の一都市でありながら治外法権にてまさしく外国と言えるほどだ。。

 かといって、国が蚊帳の外にいるわけでは無い。少なくとも、蚊帳を挟まない程度には関わっている。

 

 そう。魔術師に国が関わっているのだ。()()はそのための機関。

 政府内、本来存在しない部署。存在してはいけない場所。

 軍事用魔術機関である。

 

「さて、チェスター君。命令だ」

 

 明らかに要人か何かとわかる執務室。その場にいるは部屋の主人――長官との名札のある席に座る初老の男。隣には秘書であろう女性。そして、チェスターと呼ばれた少年――乱雑に切り取られた銀髪を持ち、眼鏡をかけた十代前半と思わしき少年だ。

 

「……はい。長官」

 

 応えるチェスターの声には感情というものが抜け落ちていた。諦めなどでは無い。諦めなどという感情すら持てない。そこらで作られるAIの方がまだ人間味が存在するのでは無いかと――まるで人間と話しているとは思えない。そんな声音であった。

 

「オータムサンドへ行き、聖杯戦争へ参加せよ。優勝する必要はない。ただ参加し、報告せよ」

「……了解しました」

 

 有無を言わさぬ長官の声。否、拒否しないと分かっているのだ。だからこそ、箇条書きのように端的に伝えた。

 秘書が立ち上がり、チェスターへと書類を手渡す。聖杯戦争に関する詳細な命令書だ。聖杯戦争がどんなものであるかというところから、命令の達成条件まで事細かに書いてある。

 

「触媒を与えよう。……私の個人的なコレクションの一つだ、大事に扱うように」

「……はい」

 

 長官はアタッシュケースを差し出しながら言う。()()()という部分には確かに彼の願いが込められていた。本当に大事なものであるが泣く泣く渡している、といったところであろう。

 

「退出せよ。……くれぐれも、触媒を手放すな。破壊させるな。いいな?」

 

 威厳を放っていた声が台無しになる程、その()()が大事であるのだろう。ドスの効いた声で念を押し、チェスターを退出させた。チェスターは言葉通り大事そうにケースを持ちながら、退出した。

 

「君。ミスターディクソンをここに呼んでくれ」

 

 長官が秘書へといったその言葉が、部屋の中に反響した。

 

 

 

 ***

 

 砂上を走る車の中。

 オータムサンドが見えてきた。

 四方八方を()()()()()()刑務所のようにも見える街。一つの観光名所にもなっているが、何故――何を逃がさぬためのものなのであろうか。

 だが、チェスターは思考をしない。()()は彼の任務には関係ない事だ。故にそこに割く思考は存在しない。関係があるのは、召喚するサーヴァントと生き抜く方法。ただ、それだけだ。

 

「着きましたよ」

 

 運転手がチェスターへと声をかけた。チェスターは頷き、車から出る。トランクの中にあるアタッシュケースとキャリーバッグを持ち、街に入った。

 

 街では少しばかり検問があったが、多くの書類の中にあった手紙にて、コネを使う形で問題なく通ることができた。

 

 チェスターの理念は効率的に、合理的にとでもいうものである。その通りに非合理的の象徴たる感情というものは()()()()。故に、彼は探す。合理的に。最も召喚が容易な場所はどこであるか。目立ちづらい拠点はどこに持つべきか。

 右手の令呪を隠すことなく、歩き回った。

 

 チェスターは魔術師としては二流――否、魔術師ではない。根源を目指すことなく魔術を使う魔術使いと呼ばれる人種だ。そして、彼は魔術の腕という意味で二流、三流程度なのである。だが、彼の強みはそこにはない。彼個人が使う魔術ではない。

 彼を端的に表すならば、こう言おう。

 

 ――チェスター・フィンドレイは改造人間である。

 

 魔術的に。或いは科学的に。サイボーグと言うにはあまりに生々しい改造方法を行い。肉と骨をそのまま武器へと流用する。某代行者の様な機械への転換では無い。人体を人体のまま兵器へと転換する改造人間。

 それ故に人体への負荷が大きく、長期運用を考えておらず、更にはチェスターの様な一定以上の魔術回路持ちでしか作れない。完全なる実験体として存在していた。

 

 よって、魔術師から見れば迂闊で不用心にも程があるがそれで問題ないだけの戦闘能力を有している。さらには、人外の如き感覚器官を持っている。

 故に、令呪に釣られて来た者に気付くには十分であった。

 

「出て来い」

 

 人目のない袋小路にて、チェスターは声をあげた。少なくとも、このままでは拠点の物色ができないと考えたのだろう。本音を言えば触媒を置いて安全を確保したかったが、下手に弱点となっても困ると考えた。

 袋小路の角から、男が姿を現わす。黒髪で髪を一つに結わい、アジア系の顔立ちの男。見た目の年齢で判断するならば、二十歳前後といったところであろう。目立つ様に思えてならない燕尾服を身に纏っている。

 

「ふむ。忍者(アサシン)の様には行かぬか」

 

 チェスターがアサシンという言葉から、聖杯戦争を連想するのは仕方がないと言える。貰った書類にも書いてあった。

 そしてその勘は当たっている。

 燕尾服の男こそ召喚されし英霊。剣を持ちし騎士――セイバー。

 

「用は?」

「見かけたから、付けただけだ。その令呪、マスターであろう?」

 

 思わず、チェスターは令呪を隠した。英霊(サーヴァント)は人外の領域。人間で敵う者はほんの僅かであろう。そして、チェスターはその()()にいない。

 故に、戦闘は起こすべきではない。

 当然、関係者でない可能性やマスターの一人である可能性もある。だが、最悪の事態を念頭に置くものだ。最悪は相手が英霊(サーヴァント)であり、こちらが殺されること。

 最悪にならない様に祈り、目の前の存在に問う。

 

「何者だ?」

「セイバー。と言えばわかるのだろう?」

 

 その答えは、チェスターの脳裏で最も高い可能性の一つ。そして一種の最悪である。

 これで力技という手段は使えない。逃げるのも骨が折れる――否、こちらには土地勘が無い以上、逃げられない。

 脳裏に浮かぶ無数の手段に、無謀という烙印が貼られる。

 手段を間違えた。つけ方が慣れていないと楽観していた。普通に撒いた方が良かった。

 こうなれば、何かしら要求に従うなどして逃してくれるように――否、マスターに話が向かう以上、単純に逃してもらうのも無理に近い。

 

「何が目的だ?」

「む? 先程申したであろう。見かけただけだと」

「それだけで、人を付け回すのか?」

「そうだな。 ()()()()()

 

 

 その台詞は、チェスターにとって最も信じられないものであった。

 嘘をついていると感じるのも無理がないだろう。だが、チェスターの強化された五感がそれを否定する。

 ――こいつは嘘をついていない。

 そしてセイバーは言葉を付け足した。

 

「尤も、其方を斬る事を考えないわけではない。だが弱い者を殺すのは性に合わぬし、さらには英霊を召喚すらしていない者であるならば――斬る必要性を感じない」

 

 それは、純然たる事実。圧倒的な力の差から出る余裕。仮に殺し合いをすればチェスターはなす術無く殺される。

 チェスターは黙って思考する。彼には怒りなどない。そのような非合理性の象徴(感情)は持っていない。

 故に彼は冷静に思考する。状況を打破する手を、探し求める。

 

「殺さないなら、どうする気だ?」

「私は帰るとも」

「帰る? わざわざ付けてきてか?」

「うむ。目的は達したと言っていい」

 

 そう言って、セイバーは背中を見せた。

 チェスターは困惑する。まるでバグを発見した機械のように。彼は動くという事を選択できない。今動いて、セイバーの気が変わらないとも限らない。だが、その答えは行動の選択が出来ないが故のものだ。行動が出来ないが故に、()()()()()()()()()()を行う。

 

 セイバーが見えなくなった時、チェスターは緊張を解くことが出来た。いつの間にか眼鏡にかけていた手に気づいたのは、その時だった。

 

 

 ***

 

 その後、チェスターは想定よりも多大な時間をかけて拠点を決めた。セイバーのマスターを警戒しての事だ。決めた拠点とはホテルの一室であり、正直に言えばまるで拠点に向かないものである。

 だが、召喚を人気のない郊外の一角で行い、魔術的な工房を必要としないチェスターには十分と言えるだろう。

 

 そしてチェスターは英霊(サーヴァント)を召喚した。

 

「サーヴァント、ライダー。吾輩を呼ぶとは、中々見所のあるマスターであるな!」

 

 現界せしは老人と呼ぶのがふさわしいであろう男。薄汚れた鎧、白髪の髪に髭、粗末な武具を持ち、一騎当千たる英霊とは思えない存在である。そこらの浮浪者がコスプレをさせられていると言われれば信じる見た目だ。

 

「む? どうしたのであるか? マスター。マスターであろう? 名乗られたならば、名乗り返すのが礼儀である。名乗るのだ」

「……チェスター・フィンドレイ」

「良き名だ。チェスターと呼んでも良いか? ……うむ。宜しく頼むぞ、チェスター」

 

 ライダーのテンションは高い。静かに合理性を求めるチェスターとは正反対に近いだろう。押しが強く、チェスターの苦手なタイプであると言える。

 

「……ライダー、何故召喚に応じた?」

「む? 吾輩が召喚に応じたのが不満であるのか?」

「そうではない。だが、知っておきたい」

 

 チェスターからすれば、ライダーが裏切らない保証が欲しいのだ。それ故に彼の情報を求めた。……少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふむ。マスターたるチェスターの問いとなれば、無下にはせぬ。答えよう」

 

 だが、そこで言葉を止め、辺りを見回す。その場はビル群の一角。目立たぬ裏路地の中である。チェスターはほとんど持っていない魔道具の一つを使い、人避けの結界を張って召喚に臨んだ。

 辺りの様子を確認したところで、ライダーは口を開いた。

 

「話したいのはやまやまであるが、この場では不都合であろう。移動するぞチェスター」

「……理解した。だが待て」

 

 主人(マスター)従者(サーヴァント)という関係性を無視するかのように、ライダーが先導した。チェスターがこの場で話していたのは、移動という手間を惜しんだというものが大きな理由であろう。彼はこの場で話しても問題ないと考えたのだ。さらには、召喚の後片付けも並行して行っていた。それは未だに済んでいない。

 

「霊体化をしておけ」

「拒否する! 吾輩は地に足をつけて歩きたいのだ!」

「少し――拠点に着くまでだけだ。そうでなければ、目立って仕方がない」

「むむ……」

 

 召喚陣などの後片付けが漸く済んだ。長官の触媒も傷一つなく無事である。

 ライダーは帰り道に服を買う事を条件に霊体化を許可した。

 二人は帰路へ着く。そして、彼らの戦いは始まる。方や、国家という存在に為に改造された人間。方や、英雄とは思えぬ程見窄らしき英霊。

 本質を知れば、万能の願望機たる聖杯を望まぬと思える一組。だが、彼らもまた、聖杯を競う参加者である。






「何処へ行っていたのですか? セイバー」
「少しばかり外を散策していた。私の生きていた世とはまるで異なるのでな」
「なるほど。では、帰って来られたならばお伝えする事が一つ。キャスターが呼んでおります」
「なっ! マスターは鬼か!?」

 ソランジュが報せれば、セイバーは驚愕に震えた。
 その姿は、何かへの恐怖を抱いているもの。歴戦の英霊を恐怖させる存在。
 まさかこの為に令呪を使う事になるとは思わなかった、とソランジュは回想した。
 故にセイバーは抵抗出来ず、キャスターの待つ場所へと向かっていった。


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彼らは決して理解されず

 二話目、三話目に後書き追加。

 読まなくても問題はありませんが、本編に関わりはします。


 現代における魔術師の総本山――時計塔。

 魔術師の集まるこの場で、新たな聖杯戦争が噂となっていない訳がなかった。

 だが、開催者はオルグレン。協会内において最も嫌われている家。

 そんな場所に行くとは正気の沙汰ではない。ただ自らの魔術を盗まれるだけだ。そう考えた殆どの魔術師は眉唾(まゆつば)物である願望機を捨て置き、自らの日常へと戻った。

 時計塔の上位陣としても、あまり関わりたくないのだろう。僅かな監視者を派遣し、静観する事と決定した。

 

 そんな噂でありながら誰も知りたがらないこの話。飛びつく稀有(けう)な魔術師が(わず)かばかり存在した。

 その一つ。音を求め神秘を探求する家系――オールドリッチ。

 

 

 

「と言うわけで、聖杯戦争に参加する事となりましたー!」

「ベラ。その明るいのやめない?」

 

 女性の物であるとわかる個室にて、会話をする男女。女の名をベラ・オールドリッチ。男の名をセドリック・エイトケン。協会に属する魔術師である。

 

「えー? 別にいいじゃん。戦争だってついてるけど、お祭りみたいなもんでしょ?」

「いや、お祭りじゃないし……。死ぬかも知れないのだよ?」

 

 とにかく明るく楽天家なベラに対し、苦笑(くしょう)を浮かべているセドリック。彼らは幼少の頃から互いを知る幼馴染であり、婚約者でもある。両親が望み、本人たちも承諾した許婚。その関係性は魔術師でありながら、普通のカップルのように見える。

 

「だからー、()()()()()()()()()()()でしょ?」

「……もう何も言えないよ」

 

 セドリックはベラが頭にクエスチョンマークを浮かべる様を幻視した。魔術によるイタズラである方がまだマシであると思えてならなかった。

 聖杯戦争を()()()と言い、聖杯を単純なる景品としか考えていない言動。それでいながら死の危険を理解し、先へ進む事をまるで恐れない。見る者が見れば狂人にしか見えない。聖杯戦争の過酷さを憂いた自己暗示と言われれば信じるであろう。

 だが、彼女はこれでデフォルト(正気)なのだ。いつも相手をするセドリックは頭が痛くて仕方がない。

 

「まあ、あたしが死んだらゴメンね。セドリック」

「……付いていけないのが残念だ」

 

 ベラの聖杯戦争への参加は、彼女の家――オールドリッチ家からの指令だ。()()()は次期当主に箔をつけるためだという。参加して問題の解決を行うものである。だが、それが建前であることは誰もが知っていた。だからこそ、()()()()で行かせるようにとなっている。

 

「でも、本当に大丈夫かい?」

「大丈夫、大丈夫。父さんから触媒もちゃんと持たされたし。それに――」

 

 彼女の家には、二種類の子供がいる。正妻の子か、愛人の子か。ベラは後者だ。本来、魔術師としての才能のない者が愛人となるため、その子供の才能も弱いものとなる。オールドリッチ家においても、それは例外ではなかった。ベラの母親の魔術回路は無いも同じだ。

 だが、ベラだけが捨てるには惜しい程の才能を持って産まれてきた。それは諍いの火種となる。当然、正妻のにも才能のある子が生まれた。だが、ベラには及ばない。当主はベラを可愛がり、彼女に継がせようとしていた。当然、それを面白く思わない者がいる。

 それ故に、この指令だ。

 魔術に関わっている者である以上、家を継がなくとも養子に出され根源を探求するだろう。だが、我が子に継がせたいというのも親の情。それは時に恐ろしく残酷なことへと発展する。

 

「……それにさ、セドリック。どちらにしても、帰って来たらもう婚約者じゃなくなるんだよ?」

 

 ベラは頬を染めながら言う。セドリックも同じく頬を染め、二人の距離は縮まる。

 そして、どちらともなく二人の影は重なった。

 

 

 ***

 

 

 

「変な街ー」

 

 ベラがオータムサンドを眺めながら言う。街を覆う長壁はとにかく異様に思えた。

 ベラの目的はサーヴァントを召喚し聖杯戦争を勝ち抜くこと。さらには黒幕であろうオルグレンを捕まえれば万々歳となる。

 

「さーて? まずはー、ホテルを探さなきゃ」

 

 大型のキャリーバッグを引きながら、鼻歌を(うた)い歩くベラ。誰がみても、観光に来た旅行者にしか見えない。ついでに言えば、頭がお花畑で浮かれた旅行者であると思われるだろう。

 だが、彼女もまた魔術師が一人。魔術師らしからぬ性格や言動をしようと、その常識は持っていた。故に令呪を隠し、魔術に関することが口から漏れることはない。

 

「はてさて、うーんと」

 

 ベラは地図を覗き込む。

 既にホテルに予約入れてあった。問題は、そこがどこであるか。そして、地図を見た程度でベラはホテルの場所を知ることはない。自分の現在位置を知ることもできないだろう。ベラは方向音痴なのである。本人は()()と言う言葉を聞くと否定するが。

 ともかく、このままでは彼女がホテルに辿り着くことはない。さらには、知り合いの助けも得られない。

 では、どうするか。単純だ。

 ――他人に聞け。

 そう書かれたメモはセドリックからのものである。いつの間に入れたのか、ベラにはまるで見当がつかなかったが、現状を打破するきっかけとなった。

 

「すみませーん」

 

 コミュニケーション能力としては、ベラは優秀であった。すぐさま通りかかった黒髪の西洋人に話しかけ、道を聞く。

 

「……()()()

「三十点?」

「気にするな。こちらのことだ」

「じゃあ、気にしません。道を教えてくれますか?」

「いいだろう。どこだ?」

 

 ジロジロと人を見る男。清潔ではあるのだが、なぜか不衛生にも思えてくる。不躾な男で失礼な男。だが、ベラはまるで()()()()()

 男の説明は分かりづらいと言うべきだろう。人へ説明することを考えていない――自分が理解しているだけの説明。

 それを聞いて()()()()()()()()のは、ベラぐらいのものだろう。

 

「ありがとうございましたー」

「ああ」

 

 ベラが男から離れる。実際、ベラが説明を理解することは出来ていない。だが、男は理解させた気になり、ベラは理解した気になる。ある種似た者同士であり、最も生産性のない一時であっただろう。

 

「あ、ここに居たの?」

「なんだ? ()()()()

「帰るよ。仕事してよ仕事」

 

「弟さんかなぁ? いやそれにしては似てないし、なんか……」

 

 黒髪の西洋人に近づいた知り合いらしき金髪の西洋人。その二人の会話に、ベラは違和感を覚えた。大事な事を知らないような、思いつかないような。忘れていると言うよりは気付かないと言うべき、そんな第六感的なナニカを感じていたのだった。

 

「うーん。まあ、いっか!」

 

 すぐに気分を変えるのも彼女の強み。ベラは歩みを進める。まだまだ始まったばかりであると、自らに言い聞かせて。

 

 ちなみに、この後彼女は三回道を聞き、最後にホテルへと連れてってもらう事でようやく辿り着いたのだった。朝方に着いたのに、ホテルへは日が暮れた後である。

 

 

 

 ***

 

 

 ホテル。オールドリッチ家の当主たるベラの父親のコネを使った場所。

 故に、魔術的な物品を運び込むことも可能であった。およそ1日をかけて済ませた召喚準備。タイミングを見計らい、自身の全てをかけた召喚。

 この聖杯戦争内でここまでの準備をしていた者はいないと言える――それ程のものだ。

 ベラは丁寧に管理していた触媒を取り出す。知名度において最上位と言える英霊を召喚すれば、おのずと勝利に近くなる。そう信じて、父はこれを預けた。

 

「陣は書いた。触媒は用意した。時間も問題ない。じゃあ、あとは召喚するだけだね!」

 

 独り言でありながら、まるで誰かと話していると錯覚するその言葉。だが、彼女は確かに一人きりだ。

 

 そして、触媒。

 彼女の取り出せし触媒は、古びた紙の束。幾何学(きかがく)的紋様の書かれた年季の入ったものだ。

 触媒として成立する以上、それは英雄又はそれに類する者に所縁があることに他ならない。だが、それは本当に触媒と化すのか。

 英雄が文字を書かないとなどと言う気はない。戦うだけが英雄の在り方ではない。

 それでも、()()()()()()()()()英雄がいるだろうか。

 

 ――結論を言おう。ベラが取り出した物は触媒たり得ない。

 

 ――代わりに触媒と化すは部屋の一角にある、古びた映画のテープ。誰もが知る名作のタイトルが描かれているもの。

 

 故に、英霊(サーヴァント)は召喚される。ベラの思いとはまるで異なり、最弱となるかもしれない者。

 されど、最狂の者――狂人(バーサーカー)

 

「ああ! カメラを回せ! 俺が起こすは神話の再現! 見たい奴は見るがいい!」

 

 光り輝く召還陣から飛び出せしはガタイの良い男。肉体的な全盛期は過ぎているであろうが、その姿からは衰えをまるで感じさせない。

 

「えーっと? どう見ても――じゃないし。カメラとか言っているし。……失敗した?」

「失敗? 何を言う。成功だ! ああ、これでまた画が撮れる! 素晴らしいことだ!」

「あー。失敗だなぁ。バーサーカーって()()()()し」

 

 マスターはサーヴァントの情報知ることができる。人によっては本だったり、紙の束だったり、ディスプレイに映る画像だったりする。

 ベラにとってそれは――音だ。

 実に珍しいと言える。一目で全てを知ることができず、敵の攻撃に対して反応が遅れると言う不利(ディスアドバンテージ)を背負うことになり兼ねない。

 だが、彼女にとってはこれがとても心地良い。聴覚とは、視覚よりも遥かに信頼できるものであるとベラは思う。それ故だろう。

 

「まぁ、バーサーカーならバーサーカーでいいか」

「其処の少女! 画を撮ろう! 素晴らしく映える映画(ムービー)を撮るのだ! 英雄に護られるヒロイン。神からの試練を受けるヒロイン。ああ! どちらも素晴らしい! 再現しなければ、神の御業の再現を!」

「映画を撮る!? いいね! それ。じゃあ、取り敢えず契約しよー。バーサーカー」

()()()()だな! 良かろう。この場にはスタントマンがいないので、同意書にもサインせよ!」

「わかったー!」

 

 ……少なくとも、片方はバーサーカー。狂いし者だ。ただでさえ、マスターに理解されることが少ない英霊。その中でもとびきりに――意思疎通すら出来ないことも珍しく無いバーサーカー。

 それと意思疎通し、ましてや共感すら出来るマスター。魔術師から見れば――否、どの人間から見ようと異常というに他ならない二人。

 彼らは聖杯を求む二人組み。

 他者からの真の理解を得られる少女と全世界に真の理解をされない狂人(バーサーカー)

 もしかすると、最も仲の良い組み合わせとなるかもしれない主従の戦いが始まる。




「ここがオータムサンド。ベラじゃなくたって、変な街だって言うだろうね」

 アジアの世界遺産を思わせるような巨大さで、それでいて近代的な長壁に囲まれた街。その前に立つは時計塔の魔術師――()()()()()()()()()()

「でも……ここにあるんだ。万能の願望機――聖杯」

 右手に手鏡を持ち、左手に古びた紙の束を持つセドリックは言う。
 彼もまた、聖杯戦争に関わる者。この街の激動へと身を投じる者。


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黄昏の先をその目に

 ほぼ同時に召喚された五騎目と六騎目――バーサーカーと()()()()()が召喚されて数日。

 未だ七騎目――ランサーに当たるサーヴァントの召喚は行われずにいた。

 

「……少し、おかしいですね」

 

 オータムサンドに数少ない教会の一つ。聖杯戦争の管理者――監督役の座する場所。

 その場で、此度の監督役及び教会一行の代表者――シルヴィア・ファイロニーは呟く。

 目の前にはサーヴァントの発生を知ることの出来る霊基盤。

 

「何がおかしいのでしょう? ミス・シルヴィア」

「最後のサーヴァントが召喚されない事です。シスター・ノルマ」

 

 シルヴィアに声をかける老婆――名をノルマ・レオーネ。年若いシルヴィアのために教会が付けたサポーターである。

 戦闘能力を有するシルヴィアとは異なり、事務員とでも言うべき普通の修道女(シスター)。この場にいなければ、聖堂教会所属であるとも思わないだろう。だが、ノルマは戦闘以外の業務ほぼ全てこなす。

 現在の任務内ではシルヴィアが上司のようになっているが、本来シルヴィアはノルマに頭が上がらない。それもそのはず、シルヴィアに物事の大半を教えたのがノルマであるからだ。

 

「では、どういたしますか?」

「……すでに召喚されたサーヴァントが六体。それぞれ間隔が開いています」

「つまり、待つという事ですか?」

「はい。出来るなら、あと二日ほど」

「いいでしょう。ですが、二日後に報告出来るように報告書を書いておきなさい」

「……わかりました」

 

 書きたくも無い報告書が増えたことで、シルヴィアの気分はどん底だ。

 そもそも七騎目が現れずとも、シルヴィアに不利益はない。これらは魔術師の事柄である故、シルヴィアはそれを僅かに管理するだけで良いのだ。

 だが、何か問題があってからでは遅い。それが危険でなければまだいいが、危険である可能性を考えると無視はできなかった。

 そして、二人の元に歩いてくる少女が一人。

 

「お姉ちゃん。こっちのお仕事終わったよ」

「ソフィア!」

 

 シルヴィアと同じ暗い紺色の髪を持つ七歳程度の少女――ソフィア・ファイロニーはシルヴィアの妹だ。

 シルヴィアが歓喜の表情で迎えるとノルマは頭を抱える。……また始まった、と。

 シルヴィアは優秀である。戦闘能力、事務能力、信仰心。どれを取っても年齢と釣り合わない優秀さを持つ。

 だが、その唯一の欠点。

 ――シルヴィアはシスコンである。

 妹のソフィアに対しての愛情は度が過ぎているのだ。

 現在もソフィアを抱きしめ、抱きしめ――抱きしめ続けている……。

 

「ちょっと……、苦しい、よ。お姉ちゃん……」

「もうちょっと我慢して〜。こうしないと私《お姉ちゃん》元気でないの」

 

 ソフィアの呻きを聞き入れず、腕の力をさらに強める。

 ノルマはすでに諦め、書類整理へと向かった。

 シルヴィアは一度ソフィアを離したかと思うと抱き上げ、椅子の上で愛でるように抱きしめた。

 似たような事が何度か続く。

「この間のカレー美味しかったね」「そうだね」などと言いながら、小一時間程度の()()を行なった。

 教会内にしてみれば日常の範疇。特に何か変わる事ない日常。

 その日は、日常に変化(霊基盤にランサー)が現れるまで続いた。

 

 

 

 ***

 

「失礼します!」

 

 忙しなく、ベネディクトが扉を開けた。

 そこは街の管理者たるブラッドの執務室。

 普段落ち着いたベネディクトの行動だ。何かしらの問題があると思うのは自然であろう。

 クリフトンあたりであれば部下とテンションを共有することも可能だろうが、この場にいるのはブラッドとソランジュを始めとして焦りとは無縁の存在。

 彼らの顔にはそのような感情は存在し得なかった。

 

「なに? ベネディクト。クリフトンが死んだりでもしたかい?」

「……いえ。クリフトン様の容体は今のところ問題ありません」

 

 ブラッドが口にするはあまりに笑えないブラックジョーク。現在クリフトンは精神的なもので療養となっている。セイバーの時のショックは、数週間経った今も彼を苛み続けている。

 

「じゃあ、()()()()()()()()()()()?」

「はい。……なぜお分かりに?」

「あー。やっぱり、か」

 

 そう言いながら、ブラッドは引き出しを開けた。

 そこから取り出すは一つの封筒――手紙だ。

 炎のように紅いその封筒の中身である便箋(びんせん)もまた紅い。

 そこにはこの様に書かれていた。

 

“拝啓。街の管理者――オルグレン家当主様。

 

 砂漠に囲まれるこの地において、季節の挨拶などという不躾なものは省略とさせていただきます。

 さて、わたくしが何故手紙を差し上げたかお知りになりたい事でしょう。

 端的に申し上げますと、聖杯戦争についてでございます。

 貴方様は何故最後のサーヴァントが召喚されていないのかとお考えになっているでしょう。

 ご安心ください。その悩みは今日で終了にございます。

 わたくしこそが七人目。七体目のサーヴァントを召喚する者。最後の空席に座する者。

 今宵、わたくしは聖杯戦争の開催を宣言いたします。

 敬具。

 

 七人目のマスターより。

 

 P.S.聖杯はわたくしが頂きます。”

 

 その宣言通り、七体目のサーヴァントが顕現した。

 そして戦争は始まる。

 模倣された聖杯による模倣された戦争。

 彼らは何を求め、何のために命を賭けるのだろうか。

 

 

 

 ***

 

 

 だが、戦争を始める前に時間を(さかのぼ)らせてもらう。

 戦争開幕の(キー)であるランサーとそのマスターが何をしたのか。その一部を見ることとしよう。

 

 

 

 時は戦争の始まる日の朝。

 一人の女性が街へと訪れた。

 燃える様な赤い髪を持つ女性――セシーリア・アシェル。

 

 この街には入る時に簡単な検査を伴う。入国検査などよりは厳しくないし、銃や刃物類でも一枚ばかりの書類で申請すれば持ち込みも可能だ。

 だが、簡単にとはいえ荷物を改められるというのは魔術師にとって良いことではない。神秘の秘匿を第一にする魔術師にとって忌むべきことだ。

 その為、非公式的に魔術師用の入場口も存在する。オルグレンへのコネを持つ者が使う場所だ。

 しかし、それを使われることもほとんど無い。真っ当な魔術師はオルグレンを信用していないし、そうでなくともコネを持つ魔術師は少ないからだ。故に使われたのは僅か数回。ライダーのマスター――チェスターもその一人だ。

 

 そして、セシーリアは使わない。

 一般人用のゲートを使う。本来の彼女は()()()()()()()()()()()()であるからだ。

 

「はい。問題ありません。オータムサンドの入場を許可します」

「ありがとうございます」

 

 セシーリアは問題なくクリアしていた。

 彼女の持ち物に魔術的な物など無く、危険物も持たず、何一つの問題すら存在し得なかった。

 スタッフからすれば、多くの観光客の一人という認識だろう。

 

「ですが、気をつけてください。この街も少しばかり物騒になっていますから」

「物騒? 何がありましたの?」

「ええ。行方不明者や集団自殺、薬物の摘発などが増えているのです」

「なるほど。()()()()も気をつけますわね。あ、一つばかりお願いがありますの」

「何でしょう?」

 

 セシーリアは鞄の中から一つの()()()()()()を取り出す。

 そしてスタッフの目を見つめ、セシーリアの瞳に浮かぶ()()が僅かに発光する。

 

「“この手紙をこの街で最も偉い人に届けてくださる?” お願いしますわね」

「……はい。かしこまりました……」

 

 セシーリアは上品に微笑む。スタッフの瞳には、セシーリアと同じ()()が浮かんでいた。

 そしてセシーリアは去る。この後手紙は()()()()()()()()、最終的にブラッドへと行き着いた。

 

「それにしてもこの道具、面白いですわ」

 

 セシーリアは呟く。その手には、目から外した()()()()()()()()があった。

 先程はコンタクトレンズに刻んだルーン文字を使い、暗示の魔術をかけたのだ。既にこのコンタクトレンズは礼装の一種と化している。

 だが、セシーリアが面白いと言ったのは礼装では無い。()()()()()()()()そのものだ。

 

「……まずは召喚場所。あぁ、触媒も作らなければいけませんわね」

 

 

 夜。サーヴァントを召喚するに適した時間。

 セシーリアは木を削り、魔術を彫り、陣を書いた。

 そして創り出した神々しい槍を地に並べ、詠唱を開始する。

 

■■■■(素に銀と鉄)■■■■■■( 礎に石と契約の大公)

 ■■■■■■■■(降り立つ風には壁を)

 ■■■■■(四方の門は閉じ)■■■■■(王冠より出で)■■■■■■■■(王国に至る三叉路は循環せよ)

 

 口から出る詠唱は、特別問題無い通常のもの。だが、どこか違う。どこか普通と違う。陣の文字が、そしてセシーリアの動きが。

 

■■(みたせ)■■(みたせ)■■(みたせ)■■(みたせ)■■(みたせ)

 ■■■■■■(繰り返すつどに五度)

 (ただ)■■■■■■■■(満たされる刻を破却する)

 

 その光景はまともでは無い。そこらの魔術師が見れば即座に卒倒する様な、それほどの光景。

 

「――■■■(告げる)

 ■■■■■■(汝の身は我が下に)■■■■■■(我が命運は汝の剣に)

 ■■■■■■■(聖杯の寄るべに従い)■■(この意)■■■■■■■■(この理に従うならば応えよ)

 

 聖杯への理解を持ち、干渉できるだけの技量を持つ者。

 下手をすれば、サーヴァントの召喚そのものを覆しかねない存在。

 

■■■■(誓いを此処に)

 ■■■■■■■■(我は常世総ての善と成る者)■■■■■■■■(我は常世総ての悪を敷く者)

 ■■■■■■■■(汝三大の言霊を纏う七天)

 ■■■■■■■(抑止の輪より来たれ)■■■■■(天秤の守り手よ)――」

 

 セシーリア・アシェルの召喚は、成功した。

 召喚されたのは、腰を超えるほどにまで髪を伸ばした人影。中性的な容姿をしており、男であるのか女であるのか判別のつかない存在だ。

 

「サーヴァント、ランサー。……何故俺を召喚できた?」

「ふふっ……」

 

 ランサーの問いに、セシーリアは腕を――その手の甲に存在する令呪をもって返した。

 

「令呪を以って命じる」

「なっ……!」

「“()()()()()()()()()()()”――!」

 

 その命令は、ランサーへと届いた。

 ランサーは膝をつき、されど令呪へ抵抗している。

 

「忌まわしき、記憶……? 何だそれは……」

「ふふふ。知っているわよ、ランサー。貴方の()()()()の事」

()()……!? あ……ああ……アアァァァァ!」

 

 そして、ランサーは狂う。抵抗などということはもう出来ない。

 ただただ頭を抱え、狂声を発し、()()()だけだ。

 

「……兄、様。申し……訳あり、ません……!」

「苦しいでしょう? 辛いでしょう? 安心して身を委ねなさい」

「身を、委ね……る」

「そう。()()()()()()()()()()わ。ただ()()()()だけでいいのよ」

「思い、出す……」

 

 セシーリアはかつて無いほどの恍惚とした表情を浮かべる。それは弱者を見る悦び。それは弱者を甚振(いたぶ)る楽しみ。この時は、彼女にとって幸福で仕方がなかった。

 そして、またしても令呪を使う。

 

「重ねて令呪をもって命ずる。“()()()()()()()()”、ランサー」

「英雄……。俺、は――私は……」

「そう。英雄になりなさい。邪神を討った英雄に」

 

 ランサーの神々しさは消えた。そして彼は、()()()()()()()

 こうして最後の――最も規格外(イレギュラー)な召喚は終了する。

 英霊と化したランサーと規格外のマスター。

 そして、戦争は始まる。

 

「――さあ、黄昏の先をこの眼に」

 

 

 

 ***

 

 戦争の始まる夜。

 オータムサンドから程近い砂漠に降り立つ者がいた。

 筋骨隆々で二メートルを越す巨漢。明るい茶髪を靡かせる若い男。アジアの古い着物を着る者。

 

「あー、実に疲れたわい。やはり()()()()()()()()のは無理があったかのぅ」

 

 若々しい見た目に不釣り合いな老人の口調。街を遠目に見て、身体を曲げ伸ばししている。

 

「じゃが、砂漠というのも実に良い。()()も行ったが、あまり物事を観られなかったからのぅ」

 

 まるで自分が死人であるかの様な言葉。だが、事実その通りだ。

 彼は英霊(サーヴァント)。この聖杯戦争に関わる一体である。

 

「さて、あと一息じゃのう。じゃが見つからぬ様に入らねばならぬし……。妙な壁もあるのぅ」

 

 彼こそは裁定者(ルーラー)。サーヴァント側における監督役。聖杯戦争の調停者。抑止力の一部。

 

「やはり、()()()()()かの」

 

 だが、ルーラーが現れたという事は聖杯戦争に何らかの問題がある証左でもある。

 ならば、此度の聖杯戦争――()()()()()()()()()()()()のだろうか。

 その答えを知らずに、魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)は戦う。

 

 ――戦争は、すでに始まった。




【予告】

――ランサー、殺せ。



――やあやあ! 我こそは……!



――こんばんは、()()()お姉さん。



――行くぞチェスター! 準備せい!



――宝具か? だが、それにしては()()



――ルーラーさんは何をしているの?」



――俺様を知らねえのか? いいだろう、名乗ってやる!



これが、戦争の始まり。


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一日目 スタジアムの戦い
夜闇に輝ける灯火


 オータムサンドはビルだらけの近代都市であるという。そのことに間違いはない。

 だが、本当に()()()()しかないのであれば、聖杯戦争など出来るものではないだろう。

 オータムサンドは広い街だ。聖杯戦争をする為には、ビル群以上に広いスペースもなければいけない。

 聖杯戦争の為に作られた街――オータムサンド。この場には全てが揃う。

 さらには夜の外出禁止令が存在し秘匿はほぼ完璧と言っても良い。

 

 そして此処は街の一角に存在するサッカーグラウンド。ここでランサーは魔力を放出し続けている。

 つまりは釣り餌である。聖杯戦争の勝利を求めるマスターには、無視する事は出来ない。だが、馬鹿正直にサーヴァントを戦わせる事もしないに違いない。

 しかし、いずれ倒さねばいけぬ相手。ランサーのマスター――セシーリアの予想では、一体くらいは戦う相手が出てくるであろうとの事だった。

 

「……マスター。あとどの程度此処にいればよいので?」

『うーん。あと一時間で来てくれればいいですわね。挑発もしましたし、分かり易いとは思うのですけれど……』

 

 彼らが話すのは念話。実体化ではない霊体化時や現在の様に遠くにいて会話のできるもの。魔術的な()()()を介して行われている。

 

 その数十分後、ランサーとって待ちに待った存在が現れる。空から。

 縦に数十メートルはあるであろうサッカースタジアムを飛び越えたかのようにそれから落ちてきたのだ。

 

「……っ!」

 

 現れたのは、まるでボディビルダーかと錯覚する様な男。身体中を余す所無く鍛え上げたと思わしき存在。茶髪を乱雑に切り取った青年。そのクラスを、ルーラー。

 

「む? 気になってきてみたが、戦っとるわけじゃないんじゃな」

「……何者だ?」

「ああ、攻撃せんでくれ。儂はルーラーじゃ。聖杯を奪い合う気は無い」

 

 ルーラーは聖杯を奪い合う戦争には関与しない。聖杯が人類を脅かす目的に使われるのを阻止する。もしくは、聖杯戦争そのものを管理するための存在だ。

 故に、争う七騎のサーヴァントはルーラーを捨て置く。味方にするならばともかく、敵にすれば恐ろしい事この上ないからだ。

 だが――。

 

『――ランサー、殺しなさい』

「……イエス。マスター」

「なっ……!?」

 

 ランサーはルーラーに槍を向けた。

 ルーラーも驚愕する。ランサーが放つ一撃を、完全に避ける事はできなかった。

 その一撃はルーラーの右腕へと命中し、赤い血が迸る。

 ランサーは槍を抜き、ルーラーは距離をとった。

 他のサーヴァントを従わせる事も可能なルーラーに喧嘩を売るなど自殺行為に等しい。ルーラーに恩を売りたいマスターは多くいるのだ。

 

『――ですが、そのルーラーが本物である保証などありません』

「マスターであれば、クラス名程度わかるのでは?」

『それが偽りである時もあります。その様なスキルを持つサーヴァントもいるでしょう』

 

 ランサーは距離を詰め、ルーラーは距離を開ける。ランサーなど常時目を閉じているにもかかわらず、ルーラーの存在を確実に捉えていた。

 ランサーの木槍、更には彼自身の胸に刻まれた文字が光る。

 その瞬間ランサーの速度は著しく上昇し、ルーラーとの距離を完全に詰めた。

 

「くっ……!」

 

『そして――』

 

 目と鼻の先。ランサーの美しい木の槍を突き出せば届く距離。当然、この瞬間をランサーは見逃さない。初撃よりも明らかに近づいた距離。より強力な一撃を喰らわせられるであろう事は想像に難く無い。必殺に限りなく近い間合い。

 だが、そこは()()()()()()()()()()()でもあった。

 

「ふんっ!」

 

『――この聖杯戦争の何処に、()()()()()()()()()()()があるのでしょう?』

 

 マスターが語るその言葉を脳裏に、ランサーは翔ぶ。片側のゴールポストにいたはずが、既にもう片側まで届いていた。

 現代で見ても大して大柄で無いランサーの槍と恐ろしい程の巨漢であるルーラーの拳の間合いは、ほぼ変わらないと言っていい。さらにルーラーは攻撃の時明らかに巨大化した。そして、ルーラーが殴る時に使ったのは、()()()()()()()()()

 故に、ランサーは見誤った。

 

「攻撃が重い……」

 

 ランサーは血を吐き、ルーラーが流すはずの血は既に無くなっていた。奇襲の有利は消え、ランサーには不利だけが残った。一瞬の有利は、それこそ一瞬で返される。

 ならば――。

 

「仕切り直そう」

 

 ランサーの自分に言い聞かせる声。ゴールポストを突き破り、壁にめり込んでいたランサーは体を起こした。槍に刻まれた文字の一つが光り輝き、ランサーの傷は一つ残らず消え去る。

 条件は振り出しへと戻った。

 

「これは、離れるべきかのぅ」

「逃がさない」

「実に手厳しいわい」

 

 ランサーとルーラーは互いに距離を詰め、槍と拳を打ち合わせる。どちらも金属では無いにも関わらず、硬いものがぶつかる音が響く。一合、二合、三合とぶつかり、その衝撃波ですら常人が卒倒するほどだ。

 例えるなら、神話の戦い。そうで無くとも、人外同士の戦闘だ。夢か現実かの境さえ、曖昧になっていく。

 

 ルーラーはランサーと戦う理由などない。本来、この場を離れるべきなのだ。だが、このランサーこそが自分が呼ばれた理由ではないかとルーラーは考えた。

 前述の通り、ルーラーと戦うのはリスクが大きい。まともなマスターとサーヴァントはルーラーとの戦闘を選択しない。

 だが、このランサーはそれを選択した。そして、マスターもそれを望んでいるのだろう。その者は――危険だ。

 そのマスターは()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないか、と邪推する事も無理はあるまい。

 故にルーラーは、相手の真意を知るべく拳を打つ。本来参加者の不利を行わないルーラーにしては、実に珍しい事だろう。

 なにせ聖杯戦争における始めの戦いが、ルーラーとランサーであるのだから。

 

 一分足らずの攻防、まるで決着は付かずにいた。

 どちらが不利かと言われれば、ランサーであろう。ルーラーは他のサーヴァントを制する事も可能な強力な存在だ。ランサーは殺す気でやっているにも関わらず、ルーラーは必要以上に潰さないよう加減をしている。明らかに地力が違う。

 さらには――。

 

「目が見えぬのか……」

「……!」

 

 ランサーがずっと目を閉じている事が、ルーラーには不思議でならなかった。一応ルーラーのことを捉えているようだが、観察すれば完全ではないことがすぐにわかる。遠近感、知覚範囲、命令系に伝わるまでの速度、その全てが視覚の消失というペナルティを負っていた。擬似的な感覚では限界もあるのだろう。

 この時点で、ルーラーに負けの目はなかった。

 

 ――そして、一人の乱入者が現れる。

 

「――やあやあ! 我こそはライオンの騎士! クラス名ライダーである!!」

 

 本来サッカーチームの入場するであろうゲートから現れた騎兵。簡素なロバに跨る貧相な騎士。白髪を持ち、全盛期はとうに過ぎた英霊には見えぬ存在。――ライダー。三騎目の英霊が、姿を現した。

 

 

 ***

 

 

 

「ライダー。三体目の英霊。想定より、遅いですわね」

 

 この街で五指に入る程の巨大なビルの屋上にて、セシーリアは呟く。

 その右目に光り輝く文字は、街に入る時に使ったものとは違う。さらには左目は閉じられ、顔は戦闘の場を眺めている。

 右目には擬似的な千里眼を生み出すコンタクトレンズ。千里眼といっても、視力を極端に上げるだけの目新しくはないものだ。言ってしまえば望遠鏡。完全に監視用。この様な物見場所が無ければ使えるものでもない。

 そして左目は、ランサーの擬似視界とリンクしている。セシーリアの力によって、ランサーが擬似視界を手に入れているからこそできる芸当だ。

 

「ランサー。標的を変更。ライダーを襲いなさい」

『イエス、マスター』

 

 この場においてもルーラーにこだわり、共闘でもされれば厄介極まりない。だが、ルーラーを捨ててライダーを攻撃すればルーラーも度を越して追っては来ないだろう。

 つまり、ライダーとほぼ一対一となる。

 仮にルーラーがランサーを攻撃し続けるなら、それもまた良し。令呪を使わずに撤退させる手段は確保している。

 そう思考して、セシーリアは視線をあげた。左目を開き、コンタクトレンズを外す。

 

「――こんばんは。お姉さん、()()だね」

 

 セシーリアの背後から声をかけて来たのは黒髪の少女。浅黒い肌に肩を軽く越す黒髪と白いワンピースの対比がよく似合う。稀に見る美少女であるという事を除けば、何処にでもいそうな少女であると言えるだろう。もっとも、この夜に出歩いている時点でマトモではないが。

 

「どちら様ですこと? わたくし、あなたの様な方は記憶にございませんが?」

「嫌だなぁ。会ったじゃない、午前に」

「午前? 観光をしていましたが、何処かですれ違ってでもいましたか?」

 

 セシーリアは記憶を探る。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。目の前の少女であれば、記憶に残っていても良さそうではあるが……。その様な部分は()()()()()()()()のだろうか。と、首を傾げた。

 

「酷いなぁ。本当に忘れているの?」

 

 そう言いながら少女は何処かからカップを取り出す。三人の少女の描かれた特徴的なものだ。何らかのブランドのものだと推察出来た。

 だが、それをセシーリアは覚えていない。

 

「ホントーに酷いねぇ。お姉さん。まだ思い出さないんだぁ。これは本当に、覚えていないっぽいなぁ」

 

 少女はそう言いながらコップを逆さにする。当然、コップの中の液体は地に落ち、周りに飛び散らかした。紫色の、鮮やかな液体だ。

 

「ごめんなさいね。全く覚えていないわ」

「ひっどいなぁ。人の事覚えてないとか、サイテーだよ?」

 

 少女は子供らしく、セシーリアを罵った。だがその言葉は冗談めかしている物で、誰が聞いても怒りを覚えることはないだろう。

 セシーリアは思考する。やはりこの少女はマスターの一人であろう。この場にセシーリアがいる事にも不審に思っていないというのもその推理に拍車をかけていた。

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「しょうがないなぁ。自己紹介してあげる」

「ええ。お願いしますわ」

「あたしはこの街に最近できた店『ムナカタ』の看板娘の一人で、トリー二っていうの」

 

 セシーリアはその名に聞き覚えはない。だが、『ムナカタ』という店名には見覚えがあった。確か、可愛らしい少女達と中毒性すら存在するジュースが売りの店だ。一度通り、声もかけられたが混んでいるので素通りした。

 そう言われてみると、その少女と眼前の少女は同一人物である気がする。とセシーリアは思った。

 

 そこで、フラッシュが焚かれる。

 目の前を見れば、トリー二がスマホのカメラをこちらに向けていた。

 

「……何かしら?」

「いやー。お姉さん本当に()()何だもん。だから――」

 

 トリー二がナイフを取り出す。紫色で覆われた奇妙なものだ。セシーリアも戦闘をすると考え、懐の礼装に手を伸ばす。

 そして、トリー二はナイフを投げる。

 愚直な一投。速度こそ常人には脅威であろうが、セシーリアには問題にもならない。

 セシーリアは即座にナイフを弾き飛ばす。

 

「あー。流石に舐めすぎたかなぁ? じゃあ、次は真面目にっ!」

 

 トリー二が次のナイフを投げる直前、前のナイフの落ちた位置――トリー二の足元にセシーリアは目をやった。

 そこではナイフが()()()()、さらにはそこに溢れていた液体が()()()()()()()

 視線を戻せば二本のナイフがセシーリアを外れて地面へと刺さった。防御する必要などない程の完全な外れ方。

 セシーリアはこれ幸いと攻撃用の魔術を発動させようとする。

 だが、二本のナイフは()()()()()()()()()。そしてビルの最上階は()()()

 

「なっ……!」

「アハッ! 潰れなさい。その綺麗な顔がグッチャグチャになれば良いのよ! ()()()()()()()()()()()()お姉さん」

 

 セシーリアは立つ場所を失い、重力に身を任せざるを得なかった。

 だが、セシーリアは最後に()()

 その表情を不思議に思ったトリー二はセシーリアの視線先を追った。そこにあるのは、トリー二には理解出来ない()()()()()()()が彫られた宝石。

 

()()()()()

「……っ!」

 

 ビルの最上階に広がる炎海。現代の魔術ではそこまで簡単には出ないであろう火力。景色の良い屋上全体に広がる紅い灯火。まるでビルが一つの蝋燭であるかのように、常闇の世界を赤く染めた。






 三騎目の英霊――ライダーがスタジアムに姿を現した時、また一つ戦いの場に近づくモノがいた。

 重々しい動きでノロノロと動作を確認するかの様に動く存在。

 腰に付けられた、刀と思わしき()()

 その存在は一歩、また一歩と歩みを進める。

 与えられた命令をこなす為だけに。

 ゆっくりと、戦いに近づいて行く。



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驢馬に(またが)る騎兵

「行くぞチェスター! 準備せい!」

「いや、待て」

 

 ライダーがスタジアムに現れる一時間ほど前。ライダーはランサーの挑発を受け、出発する気であった。

 だが、チェスターはそれに待ったをかける。

 

「何故であるか。敵がそこにいるのであるぞ? 敵を打ち倒し、勝ち抜くことこそこの戦争の目的であろう!」

「……それは認める。だが、わざわざ罠へ向かう理由は無い」

「否! それは否であるぞチェスター!! そこに敵対者がいるならば、我輩は騎士として逃げるわけには行かぬのだ!」

 

 それは暴論。他者のことをまるで考えないワガママであるだろう。事実チェスターもその理屈を受け入れることはできないと考えた。

 だが、拒否をして下手をすれば、サーヴァントとの関係悪化に繋がる。最悪の事態はサーヴァントとの殺し合いだ。チェスターにしては幸いな事に、令呪の余裕はある。

 だから、ここは令呪を一画使ってでも止めるべきだと思えた。

 だが――。

 

「……何故、そんなにも戦いに出ようとする?」

「だから先程行ったであろう! 我輩は騎士である! 故に、ここで挑戦を受けぬ事は――我輩が我輩を許せぬ!」

「そんな……、理由ですら無いもので……?」

「十分であろう! 我輩が騎士であり、チェスターは主人《マスター》である。そして彼方には敵対者がいるのだ。ならば! ならば騎士として、逃げるわけには行かぬ!」

 

 ライダーからすれば真っ当な理屈を述べているのだろう。だが、そこに合理性はない。そこに理屈はない。そこに正当性はない。まるで常識すら違うかの様な言葉。本来ならば令呪を使うべきだろう。

 だが、チェスターはそれを許す。

 

「……わかった。行け、ライダー」

「うむ。チェスターも来るのだぞ?」

 

 チェスターにとって、合理性の無いことは無駄以外の何物でも無い。そう思っているからこそ、その()()を知りたいのだ。無意識にしろ意識的にしろ、それを願っていた。

 だから、チェスターは初めて合理主義から解き放たれた。

 

「出でよっ!」

 

 地面より現れたのは、驢馬(ろば)。およそ騎士が乗るのに相応しくない動物であるが、真名を隠せと言われたライダーが仕方なく選んだものだ。彼に関わりがあり、英霊の所有物となった事で神秘を纏っている。

 

「借りるぞ……。我が――」

 

 ライダーは虚空にそう語りかけ、驢馬を駆る。およそ驢馬には似合わぬ俊足。サーヴァントの一部となった事による影響であろう。無理矢理にもチェスターを後ろへ乗せ、ライダーは夜道を(はし)る。

 そしてライダーはスタジアムへと辿り着いた。ちなみにチェスターは途中で転がり落ちた。驢馬に二人乗りは無理があったのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 時を僅かに戻し、ライダーが出現した直後。まだビル――蝋燭(ろうそく)に点火される前。セシーリアの指示が飛んだ時。

 

『――ライダーを襲いなさい』

「イエス、マスター」

 

 ランサーはルーラーへと向けていた視線――目が開いてないので視線などないが――を一転、ライダーを捉える。

 驢馬に乗るライダーはまるで強くは見えない。身に纏う魔力も大したことはない。

 ランサーは駆ける。弱点たる霊核を持つ場所めがけて、貫かんとする。

 

「名乗りもせず攻撃してくるか! 騎士と呼べぬ蛮族であるらしいな!」

 

 だが、相手は仮にもライダー。愚鈍と言われる驢馬とはいえ、一定以上の速度は存在する。

 ランサーの槍は躱され、ライダーの持つ槍がランサーへと放たれる。ランサーは槍の方向を変え、二つの槍はぶつかった。

 サーヴァントの武器同士の衝突。それは一種の衝撃波を生み、スタジアム中を波が翔ける。

 

「――起動」

「なっ……! 面妖な術を使う悪しき魔術師か!?」

 

 ランサーの槍に刻まれた文字が輝き、火が灯る。仮にもランサーの槍は木製である。だが、さすがはサーヴァントの武器として使われるもの。炎を纏う槍は、本体が燃えることなどなかった。

 だが、その熱はライダーの身を焦がす。咄嗟にライダーは鍔迫り合いをやめ、その槍で殴りかかろうとした。

 それは防がれる。他ならぬランサーの火を纏う槍によって。

 そして――ライダーの()()()()()

 

「な……、バカなっ!」

 

 サーヴァントの武具は万能ではない。宝具ですら壊れる事があるのだ。宝具でも無い。魔槍でも、神槍でも無い。只の粗末な槍がサーヴァントの武器として僅かばかりの神秘を得ただけのもの。そして何より――あの槍は生前も壊れた。

 これでライダーは武器無し。敗退してしまうかもしれない。

 

「……すまない。私はあなたを殺さねばならない。ライダー」

「……」

「せめて、最後となってしまったが名乗ろう」

 

 ランサーはライダーに槍を向ける。その顔に浮かぶ、申し訳なさは彼が善人である証拠でもあった。もっとも、ランサーはマスターに逆らえないので、マスターが悪人であれば意味がないが。

 

「サーヴァント、ライダー。早々の敗退は本意では無いだろうが、消滅してくれ――」

「……敗退? バカを申すな! 我輩は負けてなどおらぬ! 少しばかり本気を出さなければならぬようなので、そなたの運命を儚んでおったのじゃ!」

「狂ったか? いや、宝具か……?」

「嗚呼! 天上に在わすであろう神よ! 我が想い姫よ! 我輩に新たなる武器を――邪悪なる魔術師を滅する武具を与え給え――!!」

 

 そして、ライダーの隣の地面より――()()()()()()()。その造形は素晴らしく、一種の神々しさすら覚えるもの。最初の見窄らしい槍とは比べ物にならない馬上槍(ランス)。だが、その槍の力は大したことない。そのように、ランサーは感じた。見た目だけの槍と盾であると。

 

「嗚呼! 素晴らしき槍と盾! 感謝しますぞ!」

「……やはり宝具か? だが、それにしては()()

 

 ランサーは仕掛ける。ライダーを貫かんとするために。ライダーもそれに応じた。驢馬を走らせ、一直線に両者がぶつかる。

 

「せいっ!」

「はっ!」

 

 ライダーはランサーの槍を盾で受け、カウンターを狙った。だが、ランサーはそれを分かった上で槍に力を込め、盾に受け流される。だが、槍に込めた力は消えない。その力のままライダーが盾を持つ方向へと行き、ライダーの背後へと回った。

 

「貰った!」

「ぬっ!?」

 

「――まだ決着には早い! 尺はまだ残っている!」

 

 だが、そこへ現れる乱入者が一人。ルーラーには劣るが彼もまた巨漢であり、手にレイピアとリボルバーを持っている。そして何故か、カメラのようなものが背後に浮かんでいる。その男は、ランサーの槍とライダーの間に割って入った。

 又しても仕切り直し。ランサー、ライダー共に男から離れる。

 そしてランサーは誰何(すいか)する。

 

「……何者だ?」

「何者? ただの映画監督だ! 神話の対決というのは、すぐに決着がついては面白く無い! 分かるか?」

 

 男はバーサーカー。狂った者。神話の対決などという世迷言を叫ぶ姿はまさしくそのもの。だが、バーサーカーとしては至って真面目。彼が戦う理由は――狂おうが狂うまいが、それだけなのだから。

 

 

 

 ***

 

 

 ルーラーは三体に増えたサーヴァントたちの戦いを眺めていた。スタジアムの中央で戦っている彼らを、客席から見ている。

 ランサーがライダーに向かってからというもの、ルーラーには誰一人目もくれなかった。ルーラーは周囲を警戒し、戦うサーヴァントにも注意を払っている。

 彼にとって注意すべきは三つ。

 一つ目は当然目の前の三体のサーヴァント。だが、こちらは問題ない。通常の聖杯戦争にルーラーが関わることは何一つないのだから。

 二つ目は少し離れた場所の二つの魔力。戦っているのかいないのか測りかねるが、聖杯戦争の参加者である存在。少しばかりの嫌な予感はするものの、こちらも放っておいていいと考えている。

 そして三つ目――ルーラーにとってもまるで言葉にし辛いことだが、()()()()()()()()()。まるで空間か、何かが揺れているようなそんな感覚。聖杯の影響であろう事は、ルーラーであるからこそわかった。だが、それが何故かがわからない。もしかするとその理由こそが、ルーラーの呼ばれた()()であるかもしれないのだ。

 

「ルーラーさんは何をしているの?」

「ん?」

 

 ルーラーに声をかけてきた女がいた。明るい茶髪を持ち、何故か撮影用の巨大なビデオカメラを持つ女――ベラ・オールドリッチ。

 人の良さそうな笑みを貼り付け、さも当然のように近づいてくる。

 その姿に、ルーラーは生前を思い出し気付く。

 ――危うい。

 すでに何かが壊れているような。それでいて()()()()()()()()()()ような。もしかすると今すぐにでも壊れて、戻らなくなってしまいそうな――そんな危うさ。

 

「なんじゃ、娘さん。誰のマスターかのぅ?」

「ん? バーサーカーだよ。いやー、あんな狂ったサーヴァントって困っちゃうよねー。意思疎通が難しいよ。四回に一回くらい話通じないもん」

 

 ベラは分かっていないようだが、バーサーカーの言葉が四回に三回分かるだけで十分どころではない。意思疎通が不可能に近いバーサーカーでそれだけのことが出来るのだ。むしろこのマスターの方がバーサーカーらしいかもしれない。

 

「結構な関係を築けているようで何より。……何故ここに座る?」

「えー? ここなら守ってくれないの? バーサーカーいないと不安でしょうがなくってさぁ」

 

 ルーラーという中立だからこそ、火の粉は払いざるを得ない。その傘に僅かなりともお零れを得ようとしているのだ。

 もちろん、ルーラーがここを退けば済む話である。サーヴァントの速度に人間はついていけない。

 

「無理、じゃな。不安ならば逃げれば良かろう。マスターが前線に出る事も早々ないと聞くぞ?」

「そうだねー。逃げる方がいいかなぁ?」

「儂はそれをお勧めするが?」

「じゃあ、逃げますかぁ。あ、それと――」

「む?」

「その口調おかしいと思う」

 

 最後にルーラーのアイデンティティを否定してベラは去る。何のためにここへ来たのか、ルーラーにはまるで分からなかった。ベラは己のサーヴァントであるバーサーカーを一瞥する事なく走り、逃げた。

 

「……誠におかしな娘じゃった」

 

 そしてルーラーは立ち上がる。

 あと数分で、何かが起こると感じたから。

 

 

 

 ***

 

 

 混戦は熾烈を極めた。

 ランサーが貫き、ライダーが駆け、バーサーカーが力を振るう。地に転がるライダーの武装の残骸が、その苛烈さを物語っている。

 ライダーは幾度も武具を破壊され、調達し、剣などの装備も使用した。

 

「嗚呼! 素晴らしいいいぃぃぃ!!! これぞ闘い! これぞ神話の決戦! 感謝を!」

「正気ではないな! 此奴も、悪しき魔術師の尖兵に成り下がったものか!」

「……まともな英霊がいない」

 

 ランサーがつい漏らした言葉も、仕方がない事だろう。彼にはこの状況での、テンションの差についていけない。片方は尋常ならざるバーサーカーだが、もう片方もそれに近い。ライダーの力量を考えバーサーカーの方に注意を払いたいが、ライダーも完全には無視はできない。

 故に混戦。故に乱戦。

 互いが互いを牽制しあう状況。何か知らない限り、戦闘が動かないであろうと思われる状況。

 

 そして、一つの異物が投入される。

 

「……?」

 

 誰もが首を傾げた。入場口の奥から響いてくる奇妙な音に。足音のように一定のリズムで、されど人間が出せるようにない()()音。

 その何者かの存在は、姿を現した。

 

「何と面妖な!? 何であるか! ()()は!」

「これもまた神話! 動く石像(Living Statue)!!」

 

 それは、石像にしか見えない。されど動き、歩き、神秘を纏い、英霊(サーヴァント)に限りなく近い。まるで石で作られた英霊。

 石造英霊(ストーンサーヴァント)

 

「画になる資格を示せ! 石像!」

 

 バーサーカーが石像に向かって行く。()()()()()()()()()していたモノを抜き、応じた。

 数発の銃弾がバーサーカーから放たれる。そして、()()()()()()()()()()()

 

「……!」

 

 無言の驚き。三つ巴で争っている場合では無くなった。ランサーも存在しない視線を石像へ向けた。

 石像は刀を鞘へ戻し、居合の構えを取る。そのまま一歩二歩進み、バーサーカーとぶつかる位置で――。

 

 ――居合を抜いた。

 

 神速と言えぬが、それに近い一閃。それを虚空より出でた()でバーサーカーは止め、ランサーは石像に槍を刺し、ライダーは驢馬を操り蹴りつけた。

 石程度とは思えぬほどの硬さ。だが、ランサーに貫けぬものではない。ライダーの驢馬は脚を庇い着地に失敗し、ライダーが転げ落ちた。

 本人達にはまるで自覚のない共闘。だが、全てが無意味でなく、三体の英霊全てが貢献したと言える。

 石造英霊(ストーンサーヴァント)は崩れ落ちる。役目を終えたかのように。造物主の加護を失ったかのように。

 

 ――そして、()()()()()()()()()

 それは聖杯に呼ばれた、()()()()()()()()()

 

 

 



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その男、人斬りにつき

 オータムサンドの一角に存在するスタジアム。英霊による戦いの場。

 四騎の英霊が集うそこに、新たな異物が入り込む。

 

 その()は虚空より出現した。突如とした()()()()

 その場にいる誰もが、出現した男を見る。

 バーサーカーは興奮した様に声をあげた。

 

「おお! 新たな役者《キャスト》の到来か!?」

 

 その男は侍だった。両脇に一本ずつ帯刀し、着物をまとっていた。特徴的な薄赤い短髪――桃色の様にも見えるが、その男にその様な色は似合わない。故に薄い赤と言う。そして何より、男の人を射殺すような視線。

 その男は常に殺気を放っていた。

 

「あん? 何だテメェら?」

「貴様こそ、何者だ……?」

「俺様を知らねえのか? いいだろう、名乗ってやる」

 

 ランサーの問いに男は小馬鹿にした様な顔を浮かべ答える。

 その瞳は敵意に満ち溢れており、今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気である。

 

「聞いて驚け! 俺様の名は新免武蔵守藤原玄信(しんめんむさしのかみふじわらのはるのぶ)だ! 覚えておけ!」

 

 新免武蔵守藤原玄信(しんめんむさしのかみふじわらのはるのぶ)。現代においては、通称宮本武蔵(みやもとむさし)

 

「ムサ……っ! マスター!」

 

 その時、漆黒の夜が紅く染まる。

 ランサーはすぐさま目の前の男――武蔵から目を離した。そして紅い光源へと向きを変え走り出そうとする。

 

「――人斬りに背中見せるなよ! 馬鹿が!」

「っ!」

 

 武蔵が刀を抜き、ランサーの背中目掛けて斬りかかってきた。

 咄嗟にランサーは反転。槍で受ける。

 ()()()()と一本の槍の――一対一の鍔迫り合い。

 だが、武蔵には二本目の刀があった。

 

「くたばれ!」

 

 凶刃がランサーに迫る。

 ランサーは鍔迫り合いをやめ、後方へ下がる事によって致命傷を避けた。武蔵が刃の方向を変更する事によって、ランサーの右腕へ一閃。

 人間であれば頸動脈という急所。だが、サーヴァントであれば――生前に何か関連する逸話が無ければ――余程の問題にはならない。

 戦闘力のダウンは避けられないだろうが、マスターにより回復してもらうことも可能だ。

 ランサーは左手に槍を持ち、武蔵を一直線に見つめた。

 

「ちっ! 似た様なことする奴も何人か斬ったんだけどな。詰めが甘いのかね」

 

 一人で反省をするかのような武蔵にライダーが近づく。

 驢馬に跨り、馬上槍(ランス)を掲げた。

 

「背後からの奇襲とは! 騎士の誇りはないのか!?」

「――っ! ……誇り? 俺様は人斬りだ。そんな無駄なものは無いね!」

「何処とも知れぬ蛮族めが!」

 

 ライダーと武蔵は打ち合う。驢馬の速度はそこまででは無い。武蔵なら、隙を見れば斬れる。そう思った。

 だが、武蔵はそれをしない。隙を見つけても、致命傷を与える様なことをしなかった。

 槍を受け流すばかりである。

 

「手も足も出ぬか!」

「あ? 何言ってやがる、ジジイ。弱っちいジジイは斬らねえ。邪魔だ、どけ!」

「なっ……! 巨人へ挑み、ライオンすら恐れをなした我輩が弱い!?」

「そうだよ! だから退け! クソジジイ!」

 

 今のライダーと武蔵が戦えば、武蔵に軍配が上がるのは確実であろう。能力よりも、技の問題だ。

 戦い方を習わず、我流で埋めるお粗末なライダーの戦闘方法。それに対し武蔵は、しっかりとして剣術を使っている。人を殺すための殺人剣を。

 

「此奴、言わせておけば――!」

「俺様はジジイと戦う気なんてサラサラねーんだよ!」

 

 武蔵が見れば、ランサーはバーサーカーに足止めされていた。本人達にその気は無いだろうが、示し合わせたかの様だった。

 ランサーは外を気にしており、バーサーカーが行く手を塞ぐ様に立っている。

 

 バーサーカーはそのステータスの高さで攻め、ランサーは持ち前の技術で弾く。型に嵌っているわけでは無いのに、その最適解に近い槍捌きは武蔵を夢中にさせた。

 

 ――斬りたい。

 

 武蔵の瞳にライダーはいなかった。

 ランサーという一点を見つめ、走る。

 ライダーの攻撃など障害にもならないと言いたげに。避け。弾き。流し。抜ける。

 ランサーまでもう一息と武蔵が思った。

 

「――少し、話をさせてくれぬか?」

 

 ルーラーがその場にいた。

 ランサーと武蔵の中間地点。傍観を続けていたルーラーは武蔵に話しかけた。

 そのルーラーに対し、武蔵は――。

 

「――斬らせろ!」

 

 ルーラーへと斬りかかった。ランサーよりも格上。その鍛え抜かれた身体に凶刃を突き立てるべく、武蔵は駆ける。

 縮地かと疑わしくなる速度。武蔵の生き甲斐――斬るべき強き者を見つけた故の速度。

 一つの矢の如き武蔵に向け、ルーラーは拳を振りかぶった。

 

 ――ヤバイ……!

 

 咄嗟に武蔵は二刀を重ねる。拳と刀が打ち合い、武蔵は吹き飛ばされた。

 ルーラーは瞬時に駆け、宙を舞う武蔵に追いつく。そして着物の一部を掴み、闇の中へ連れ去った。

 

 残った英霊は三体。だが、ランサーはどさくさに紛れて去った。ライダーが気付いた時にはバーサーカーも消えていた。

 広いスタジアムに残ったのはライダー一体のみ。そして闘いの証拠となる地の傷跡と石の残骸のみだった。

 

「……我輩は、弱いのか――?」

 

 ライダーの言葉は闇の中へ消えてゆく。

 

 ――そして、初日の夜は明ける。

 

 

 

 ***

 

 

 巨大な薄型テレビに移された映像をブラッドは眺めていた。戦いの場であったスタジアムのものだ。

 最後に呆然と立っていたライダーが去り、映る者は何もいなくなった。

 

「残骸の回収は?」

「手筈は整っております。あと数分もご覧になられれば、回収の様もご視聴出来るものかと」

「いや、いいよ。消して」

 

 液晶が黒く染まった。

 ブラッドは高級なソファの上に転がる。まるで幼い子供と思える仕草で。

 彼の行動において、これは普段通りだ。昔は少々子供っぽい程度に思えたが、大人と変わらぬ背丈になると違和感も大きい。

 だが、この仕草はまるで幼少を忘れぬ様に()()()()()()()()()()

 

「でも、うーん。()()()()()()()()()()()なぁ」

「左様ですか」

「だって、魔術師とか出てこないし。英霊達だって宝具も使わないし」

 

 聖杯戦争で戦うのは英霊である。魔術師に戦えという方が無理な相談であろう。さらには、宝具は強力であるが故に英霊の真名に直結している。それをおいそれと使う様な者はこの戦争を生き残れはしない。

 

「とりあえず、キャスターに見せてあげて」

「すでに、別の部屋でご覧になっております」

「仕事が早いね」

 

 ブラッドと話すのは、ソランジュでは無い。彼女の部下。複数いるメイドの一人だ。

 名をイーダ。赤い髪をツインテールに結んだ少女である。だがその瞳は光を失い、感情の抜け落ちた者になっていた。

 

「次は、半分くらい投入するかな?」

「それもよろしいかと」

「それくらいやれば、宝具の一つも使ってくれるよね」

 

 主語の抜けた会話。それでも、彼らには十分だった。

 こうして、主催者としての初日。始めの夜は明ける。

 

 

 

 ***

 

 

「あはは――」

「うふふ――」

 

 二人の少女が姦しく声をあげる。

 暗く照明の落とされた部屋。何も特殊な事はない、ただの部屋。普通の人間が普通に暮らす様な何の変哲も無いリビング。

 違いがあるとすれば、部屋に()()()()()。そして老若男女問わず無心で立ち尽くす人間たちであろう。まるで感情を消された様に。思考することを、体の自由を、何もかも全てを失った様に立ち尽くす人間たち。

 その異常な部屋に入る者がいる。

 

「熱かったー。疲れたよぉ」

 

 トリー二だ。セシーリアと戦い、ビルの屋上を破壊した少女。トリー二は当然の様に部屋に入った。

 

「あら、お帰りなさい。トリー二」

「……おかえり」

「ただいま〜。あの綺麗なお姉さん酷いんだよー」

 

 トリー二は二人の少女に愚痴を言い続ける。ビルの屋上ごと燃やされたのに文句があるのだろう。

 普通の人間であれば死んでいておかしくないだけの惨状だった。()()()()()であれば。

 

「あー。()()()()()()()()()()()借りていい?」

「ああ。気付かなくてごめんなさいね」

 

 トリー二の言葉に少女のうちの一人――金髪の美女は席を立つ。少女の座っていた()()――中年の男が立ち上がった。意思を失った様な死んだ目をしている。

 

「魔力、ちょーだい」

 

 天使の様な笑みを浮かべながらトリー二はマスターと呼んだ男――バート・ディクソンと口付けを交わす。魔力供給。マスターから魔力を譲渡されるものだ。()()()()()()には必須のことであり、サーヴァントがサーヴァントとして現界する条件に近い。サーヴァントのみの魔力では、いずれ限界も存在する。

 

「ん……ぷはぁ。……うーん、まだ足りないなぁ。何人か吸い尽くしていい?」

「いいんじゃない? ()()()はやらないでね。ちょっとしかいない貴重な子達なんだから」

「りょーかい」

 

 ()()()はアサシン。

 彼女達のまた、聖杯を求める者。

 傀儡のマスターと年端もいかぬ少女(サーヴァント)達は戦う。自分達のために。言いなりの人形を作りながら。少女は愛を求めた。

 

 

 ***

 

 

 ホテルの一室に明るいメロディが響く。

 態々(わざわざ)DVDを持ち込み、アニメを再生しているのだ。

 可愛らしい少女がオモチャの様な剣を振り回す映像。絵柄は子供向けだが、内容は大人でも楽しめるものであるらしい。

 

「いいねー。ムサシちゃんは可愛い」

「アニメーション。それもまた神話の再現に使えるか……?」

「知らないけど、この娘は可愛いよ?」

 

 何故噛み合うのか意味不明な会話。本当にバーサーカーとマスターの会話だろうか。バーサーカーとバーサーカーの会話じゃないのか。

 ともかく、ベラが見ているのは日本のアニメ。魔法少女だなんだという魔術師が観るには不適当なものにも思えるが、本人はまるで気にしていない。

 見ていたアニメの本編が終了し、エンディングが流れている。

 

「この曲良いと思わない? バーサーカー」

「曲? 神秘的な神話には、心躍らせる神秘の曲が相応しい!」

「あー。バーサーカーには不満かぁ。オープニングとエンディング聴くために見てるんだけどなぁ」

 

 明るく元気なエンディングが終わる。

 ベラはすぐさま機器を操作し、次の話を再生した。

 テレビは愛らしい少女の姿を映し出す。

 

「俺は神話再現のための映画製作に入る。君の持つカメラを寄越し給え」

「あ、これだね。どうぞー」

 

 ベラは持たされていたカメラをバーサーカーにあげた。現代でも最新とされる高級なものだ。

 過去に生きた英霊の使うものとしては相応しくないようにも感じる。

 だが、それはバーサーカーが現代の品を参考にした自作品。サーヴァントとしてのスキルの成果だ。

 

「それにしても――」

 

 バーサーカーの去った部屋にて、ベラは一人呟く。その顔は普段の無邪気な笑みが浮かんでいる。テレビの液晶には、少女が敵と戦うシーンが映っていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ***

 

 

『其方の主人は本当に信用できるのか? マスター』

「それ程までに、キャスターを嫌っているのですか? セイバー」

 

 ブラッドの住む拠点の一角。霊体化したセイバーとソランジュが会話をしていた。

 マスター(ソランジュ)マスター(主人)という敬意を払うであろう相手に、セイバーは疑念を抱いていた。

 

『う、む。術師(キャスター)は少々不得手なだけだが……。それとは特別関係はない』

「では、単純に我が主人を――ブラッド様を信用出来ぬと?」

 

 セイバーは肯定を返す。

 セイバーは本来、人の陰口など言わない。善人であろうと悪人であろうと、その為人(ひととなり)を受け入れる。

 だが、セイバーにとってブラッドはどうにも不気味だった。かつて二度三度出会った化生(けしょう)の様に気味が悪かった。

 人に成り代わった妖もこの様に思えたものだった。

 

「それ以上の侮辱は、主人に仕える者として許せません」

『……マスターは何故、あの者に仕えておるのだ?』

「一時のサーヴァント(使い魔)に教える義理は無いかと」

『……そうか』

 

 それだけで、会話は終了する。

 セイバーの言葉に対し、ソランジュは取りつく島もない様に答える。

 盲信。妄信。いや、正確に言うならば――分かっていて目を背けているのだろう。セイバーの言葉に、彼女は心当たりがあった。

 それでも、この会話を嫌った。拒否した。

 

 ソランジュはいつまで――過去の光を信じるのだろうか。



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