フェイスレス博士の世界貢献 (ちゅーに菌)
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斑木ふらん

どうも、ちゅーに菌or病魔です。

息抜き小説でございます(万能な言葉)

暇潰しにでも楽しんでいただければ幸いです。




 

 

 

 ジャポンの奥地。発展した明るい街から外れ、トンネルを抜けた先の山の中腹に立つ四階か五階層の巨大な洋館。暗雲が立ち込め、時より雷が落ちる姿が確認できるその場所で一人の青年が佇んでいた。

 

「こ、ここがマダラキ研究所か……」

 

 青年――レオリオ=パラディナイトはやや引いた様子でそう呟いた。正面玄関の脇にある表札には"斑木研究所"と掛かっているため、間違いはないだろう。

 

「…………化け物屋敷みてぇだな」

 

 彼がそう評価するのも仕方ないだろう。何せ研究所の周囲は高く暗い木々に囲われ、研究所はゾンビが歩き出すバイオハザードが起きそうな寂れ方をし、パッと見では古い精神病院のような外観だからだ。

 

 まあ、ここまで舗装されているコンクリートの道があるだけまだマシと言えるだろう。

 

(あん)ちゃん。斑木先生に用かい?」

 

「あ、ああ……まあ、ちょっとな」

 

 ここまでレオリオが乗ってきたタクシーを運転していた80歳代の男性が車の窓を開けてそう呟く。

 

「安心しなさいな。今も大戦中も"司令"はいい人だよ。でも、気いつけな」

 

 優しげな瞳にどこか昔を懐かしむ様子でタクシーの運転者は呟く。

 

「死体なんか持ち込んだらどんな方法を使っても再生しちまうからな。イヒヒヒヒ――!」

 

 それだけ吐き捨てるとタクシーの運転者は走り去って行き、呆然とした様子で目を点にしたレオリオだけが残される。

 

「………………マジかよぉ」

 

 早くも来たことに後悔し始めたレオリオの呟きは虚空に消えた。

 

 彼がここに来ることになった理由は今年の年始――"ハンター試験"終了直後まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオリオくんじゃったな」

 

「は、はいッ!?」

 

 試験終了後、レオリオは個人的にハンター協会会長のネテロ・アイザックに声を掛けられて畏縮した。試験中ならいざ知らず、終わった後で来るとは思っても見なかったのである。

 

 ハンター協会とは怪物・財宝・賞金首・美食・遺跡・幻獣など、稀少な事物を追求することに生涯をかける人々の中で、数百人しか存在しないプロライセンスを持ち、世界に認められたプロハンターらの総本山であり、レオリオもまた今年プロハンターになった者であった。

 

 要は文字通り平社員に会長が直々に出向いてきたようなものである。

 

「君は医療系のハンターになる……いや、そうでなくとも道に進むんじゃったな?」

 

「あ、ああ……そうです」

 

「ならこれを渡しておこう」

 

 そう言ってネテロがどこからともかく取り出したのは一枚の名刺であった。

 

 そこにはジャポンの文字で"斑木(まだらき) 直光(なおみつ)"と名前があり、住所と電話番号等が記されている。

 

「それはちょっと特殊な名刺でのう。三ツ星ハンター、ナオミツ=マダラギの紹介状代わりになっておる。そこに記されているのは個人用研究所じゃな」

 

「ナオミツ=マダラギだとッ!?」

 

 レオリオの隣にいるハンター試験で知り合ったクラピカはとても驚いていた。かくいうレオリオも全く同じ反応で驚いている。

 

 ナオミツ=マダラギと言えば世界大戦中に生化学部隊に属し、"生物学の悪魔"と呼ばれるほどに名を馳せた科学者であり、ハンター協会に所属し、三ツ星を持つ医療(メディカル)ハンターだ。

 

 生命工学において世界トップクラスの頭脳を持ち、その外科施術は時として死した人間をも蘇生させるものだったらしく、"蜘蛛の糸"とも称えられた。

 

 戦後は研究のため海外を転々とし、近年帰国したらしいが、現在所在地不明。在命であればかなりの高齢だと考えられている。

 

 まさに生きる伝説であり、あまりに逸脱し過ぎているため、その存在そのものが疑問視されるほどの人物である。

 

「アイツとは古い友人でのう。医療系の道に進むプロハンターの顔を直接みたいということで、ワシが個人的にこれを渡す手筈になっておるのじゃ」

 

「そ、そうなんすか……」

 

 名刺を眺めながら固まるレオリオ。そんな彼の肩に手を置き、ネテロは言葉を続ける。

 

「まあ、行くか行かないかはオヌシ次第じゃ。少なくとも研究所は動かんから大丈夫じゃぞ」

 

 それだけ言うとネテロはレオリオから離れ、会釈してからその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ハンター試験で知り合った仲間達との所用を終えた直後に彼は斑木研究所にやって来たのである。

 

 しかし、外観と雰囲気と伝説からレオリオの中の斑木博士の予想図は、鋼鉄のバイザーメットを着けた悪の科学者やら、嬉々として人体をバラす人でなしの外道やらと酷いことになっていた。

 

「よしッ!」

 

 レオリオは深呼吸をし、頬を叩いて気合いを入れてから斑木研究所のインターホンを押した。何が出て来るかドキドキしながら背筋を伸ばしてレオリオは待つ。

 

 そして、暫くした後、扉が開き――。

 

 

 

「はぁい。どちら様ですかぁ?」

 

 

 

 間延びした声をしたレオリオよりだいぶ小さい少女が、応対に出て来てレオリオは目を点にした。

 

「…………え? あなたが斑木博士ですか?」

 

 気が動転してレオリオはそんなことを呟く。

 

 よく見れば少女は頭部の左右にフランケンシュタインの怪物のような電極がはまっており、見れるだけでも顔や首や手にツギハギしたかのような縫い目があるが、それを差し引けばかなりの美少女である。

 

「え? 博士ですかぁ? 博士なら今地下区画にいるのでたぶんすぐに上がってくると思いますよ」

 

 そういうと彼女はあっ!と声を上げ、更に言葉を続ける。

 

「申し遅れました。私、"ふらん"と申します。中でお話をおうかがいしますわ」

 

 少女にされるがままレオリオは研究所の中へと通された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました~~」

 

 応接間に通されたレオリオは少し待つように言われ、しばらくするとユラユラと前後左右に体を揺らしながら斑木ふらんがティーセットを持ってきた。ふらんはティーセットを机に置くとレオリオの対面に座る。

 

「ご用件はなんでしょうか? 博士が来る前に私が応対いたしますわ」

 

「えっと……」

 

 ハッキリ言ってレオリオからは用件というモノはほぼない。とりあえずレオリオは斑木博士の名刺を取り出し、それをふらんへと見せた。

 

「まあ! 医療を志すプロハンターの方でしたか! それならもしよろしければ、あなたについて少し私に聞かせていただけないでしょうか!」

 

 ふらんは屈託のない笑顔でニコニコと笑いながら力強くそう言う。レオリオはその様子に少しドキッとしながらも頬を赤らめ、ポツリポツリと話始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと、斑木ふらんはとても聞き上手な少女であった。レオリオは自分の身の上話を次々としてしまったのである。かといって悪い気はしないため、不思議なものだ。

 

 そして、その結果――。

 

「うっ……ぐすっ……」

 

 何故かふらんが涙を流し始めたのである。女の涙というものに戸惑うレオリオであったが、理由が理由のため、彼にはどうすることも出来ない。

 

「法外な手術費を用意できずに亡くなられたお友達のため、医師となって友人と同じ病気の子供を無料で治療することを夢見ているなんて……素晴らしい夢です!」

 

「あ、ああ……」

 

 身を乗り出してレオリオの手を取り、溢れんばかりに感銘を受けた様子のふらんにレオリオは己が少し萎縮する程照れてしまった。何せベタ褒めである。

 

「斑木博士はいつもいっていました……」

 

 ふらんは席に戻るとポリツと呟き始める。

 

「自分を信じて"夢"を追い続けていれば――」

 

 そして、ふらんはドンッ!っと音が出そうな様子で目を見開き、拳を肩の高さに掲げた。

 

 

 

「"夢はいつか必ず叶う!"――っと!」

 

 

 

 その言葉と共にボロりとふらんの両目が物理的に飛び出す。片方は少し出ただけだが、もう片方はすっぽりと抜け出し、そのままテーブルの紅茶の中に音を立てて落ちた。

 

 デロリとした肉々しい視神経が紅茶まで延びており、それが本物であるということが理解出来る。

 

「…………………………は?」

 

「ああ、スイマセン。少しコウフンして」

 

 メダマ、メダマと言いながら飛び出た片方を手で戻しつつ、もう片方の紅茶に落ちた目玉を探して眼孔に押し入れるふらん。そのリアルハッピーツリーフレンズな一部始終をレオリオは呆然と眺めていた。

 

「ゴメンナサイ、驚かせてしまいましたね。私、斑木博士が造った人造人間なんですよ。半分死んでいるようなものなので、部分的にちょっと体が緩いんです」

 

「そ、そ、そうなのか……」

 

 ハンター試験でも色々と非常識なモノを見て来たレオリオでもギリギリ許容できない範囲の事態が起こり、彼の表情は真っ青になっていた。それと同時に斑木博士の印象がB級映画の悪の科学者まで落ちる。

 

 丁度、そんな時だった――。

 

 

 

「ふらんクンさぁ……僕宛の来客なら呼んでくれてもいいんじゃないかな?」

 

 

 

 レオリオの真横から男性の声が聞こえ、レオリオとふらんはそちらを向く。

 

「な……」

 

 レオリオの隣には、全く気がつかないうちに、まるで最初からそこにいたかのように老人が座っていた。黒いローブを纏い、サングラスを掛けた奇妙な男性である。しかし、少なくとも世界大戦より前から生きているような年齢には見えないほど若々しい。

 

「あっ、斑木博士! いえ、博士の研究をお邪魔しちゃ悪いかなって。たぶん、念で気づいてると思いましたし」

 

「ふーん、まあそれならいいんだけどさー」

 

 すると斑木博士はふらんからレオリオへと首を向け、ニヤリと歯を出して笑いながら口を開いた。

 

「よろしくねレオリオくん。僕が斑木直光だよーん」

 

 "蜘蛛の糸"とも称えられた斑木直光にはもうひとつ異名があった。

 

 それは彼の台頭により、20世紀からこの世界の医療技術は少なくとも100年進んだとも言われていることに由来する。

 

 それはさながら神の所業である一方、一切神に頼らぬどころか神の存在を殺したとも言える。生命工学に裏打ちされた人間による人間のための人間の奇跡。

 

 そして、彼はこう呼ばれた――。

 

 

 

 神要らずの"信仰無し"――"faith less(フェイスレス)"と。

 

 

 

 

 

 



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信仰無しと念能力

 

 

 

 

 (フェイスレス)がこの世界に生まれ落ちたのは全くもって偶然だった。あの時、あのシャトルで確かに彼は死に、彼自身何もした覚えはない。まさに神の奇跡、あるいは悪戯といったところだろう。

 

 フェイスレスは三度目の記憶を持ったままの転生を果たしたのである。

 

 しかし、それが彼にとってプラスに働くことはほとんどなかった。当然ながらと言うべきか、兄はおらず、かつて愛した女性もいない。その上、世界地図を見てみれば明らかに彼が知っていた名称どころか、形すら異なっていた。すなわち、この星は彼がいた星ですらないということだ。

 

 それは()()()()()()()彼にとって、懺悔も償いも出来る場所ではないということに他ならない。彼に残されたモノは後悔の念と喪失感だけだ。むしろ、これこそが彼に下された最大の報いなのかもしれない。

 

 ジャポンという場所で生まれ、毎日を何をするわけでもなくぼーっと過ごしていた幼少時代。そんな彼に転機が訪れたのは10歳になったある時である。

 

 それは軍用車両の爆発事故であった。停められていた軍用車両が突如爆発し、積み荷と車体の金属が四散。その近くで遊んでいた数人の子供が、金属の破片によって引き裂かれるという非常に凄惨な事故である。

 

 幸いなことに子供らが負ったのはほぼ切り傷だけであった。しかし、全身に破片が通り過ぎた子供らは滅多刺しにされたかのような状態になり、突き刺さった破片を抜くことすら出来ず、ただ苦しみが続く状態となっていた。仮に近所にある病院に運び込んだとしても手の施しようがないであろう。今の時代は20世紀初頭であり、民間に普及している医療技術もその程度のものだ。

 

 ちなみにフェイスレスは誘われてその子供らに混じっていた。しかし、彼だけが無傷で助かった理由は、単純に自身に向けて飛んで来る破片全てを持っていた奇妙な工具で叩き落としたからである。

 

 しかし、爆発を回避し、辺りを見た彼は呆然とした。何せ、地獄絵図である。間違いを認める前ならいざ知らず、今の彼にとって子供らは微笑ましく見ていられる存在であっただけに、反射的に己だけを守ったことを彼は悔いた。

 

 そして、手に持つ工具ではなく、近くの女の子が持っていた裁縫道具の針が目に入る。そして、自身のポケットに入っている人形用の糸を取り出し、心の中で思う。

 

 

(ああ……これが今の僕に出来ることか……)

 

 

 "分解"は元の構造を完全に理解していなければ出来るものではない。その対象は人形であったが、それらの構造は人を模したものであり、優れた人形師が人体そのものに明るくとも不思議はないだろう。

 

 かといって出来るか出来ないかで言えば出来るかもしれない。非常に難しい。そんな確証のないことであったが、彼は自身を奮い立たせ、成し遂げて見せようと動いた。

 

 そして、彼は針に人形用の糸を通し、周囲の子供ら全ての臓器を含む傷を縫合した。結果は誰一人として命を落とした者はおらず、皆を救ったのだ。そして、子供らの親兄弟や、子供らから感謝されることとなった。また、これが彼にとって最初の手術である。

 

 間違いを認める前ならば、"ありがとう"というその言葉に感傷的になることはなかっただろう。しかし、今の彼にとっては自身さえも少しだけ救われたような、そんな淡い錯覚を覚える程、胸を熱くした。

 

 そして、この時代の医療水準の低さを省み、憂い、考え、彼は新たな夢を立てる。

 

 この命を全て――。

 

 

 

 

 

 "科学の発展と人類の幸福"に費やそう――と。

 

 

 

 

 

 しかし、すぐ後に彼が大戦に徴兵され、化学部隊の配属となり、そこでいつしか"司令"と呼ばれるまでになる。その後、戦争が泥沼化した兼ね合いで、彼が本腰を入れて医療に取り掛かれるようになったのは30歳も半ばに入ってからになるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、友達のためにか」

 

 斑木博士の自己紹介の後、ふらんの隣に移った斑木博士はふらんからレオリオのプロハンターになった動機を聞き出していた。レオリオからすれば恥ずかしいことこの上ない。

 

 ちなみに何故かふらんが斑木博士の腕に手を絡め、幸せそうにしているのが気になるところである。

 

「ふぅ……」

 

 斑木博士は一息つき、レオリオを見つめる。レオリオは明らかに只者ではない雰囲気に押されて汗を流す。

 

「僕はぁ、感激だよレオリオくん! 最近じゃあ、見ないタイプの好青年じゃないか!」

 

「そうですよねぇ、博士!」

 

 そして、ふらんと同じように感涙を流しながらレオリオを称えた。ふらんも斑木博士に続いて再び感激した様子でいる。レオリオは二人が親子なのではないかと考えた。

 

「ああ、それで本題なんだけどサ」

 

 斑木博士はすぐに切り替え、素に戻るとレオリオを爪先から頭まで眺め、難しそうな顔をした。

 

「うーん……悪くないけど別段とてつもなく才能があるって訳でもないなー。たぶん、知らないと思うけど。君"裏ハンター試験"って知ってる?」

 

「裏ハンター試験?」

 

 裏ハンター試験とは、正規のハンター試験に合格した人間に、念能力の習得をさせるための秘密裏で行われている試験のこと。この試験に受かり念を習得しなければ、真のハンターではないと言われていると斑木博士からレオリオは説明を受ける。

 

 そして、念能力とは自らの肉体の精孔という部分からあふれ出る、オーラとよばれる生命エネルギーを、自在に操る能力のことであるそうだ。

 

「念能力ぅ?」

 

 急に胡散臭くなり始めた会話にレオリオは眉を潜める。斑木博士が飄々とした人物のため、尚更であろう。

 

「うーん、見せた方が早いかな」

 

 そう言って斑木博士はふらんの肩に手を置く。

 

「ちょっとレオリオくん。うちのふらんクンと腕相撲してくれないか?」

 

「えー、私戦闘用じゃないですよぉ?」

 

「ふらんさんと俺が!?」

 

 ちなみに会話でわかったことだが、レオリオよりふらんは歳上らしい。しかし、たまに高校に通っているとかなんとか。

 

「いや、それでもほら。一応、念能力は習得してるんじゃん? 何故か(テン)(シュウ)(ギョウ)(リュウ)だけ」

 

「手術に便利ですからねぇ」

 

「他はからっきしなのにねぇ」

 

 斑木博士は首を傾げ、ふらんはフラフラと体を揺らしながらもテーブルの上に腕を構え始めたため、仕方なくレオリオも腕を構える。

 

「じゃあ、まずは念抜きでね」

 

「はぁい」

 

「よーい、どん」

 

 レオリオは少し遠慮しながらも程々に力を込めた。しかしながらそれがいけなかったと言えよう。

 

 何せ、そもそもハンター試験で合格できる時点で、レオリオは一般人から大きく逸脱していることは想像に難しくない。その上、彼はここに至るまでククルーマウンテンで第一の門を開ける程度には筋力を鍛えている。つまりはこの時点ですら、念抜きで人間として最高クラスのスペックを持っていることに他ならない。

 

 そんな彼が普通に斑木ふらんと腕相撲をしたらどうなるか?

 

「あらぁ?」

 

「あちゃー」

 

「嘘だろぉ!?」

 

 ふらんの腕は肘からボロンともげてしまった。折れたのではない。もげたのである。その上、赤々とした断面が見える形で、レオリオとまだ手を組んでいる状態だ。

 

「ちょ……おま!? なんでまだ動いてんだこの腕!?」

 

「ああん、私の手返してぇ」

 

 ちなみに暫く混乱の末に腕を返すと、ふらんの腕は断面をくっつけるとそのまま付いた。レオリオがこの研究所では常識を持っていてはいけないのではないかと考え始めたのは仕方のないことであろう。

 

「まあ、ちょっと予想とは違ったけど、ふらんクンはこんな感じに非力な女の子だネ」

 

 仕切り直した斑木博士はそんなことを言い、ふらんはまた手をテーブルに置いている。もう一度、やれということであろう。

 

「また取れない……?」

 

「大丈夫、大丈夫。今度は念使うからサ」

 

 レオリオは軽くトラウマになっていた。いや、目玉は落ちるわ、腕はもげるわ、トラウマにならない方がおかしいだろう。

 

 とりあえずレオリオとふらんは腕を組む。

 

「はい、どーん」

 

 そして、再び斑木博士から開始のコールが発せられた。

 

「――な!?」

 

 真っ先に驚いたのはレオリオである。

 

 先ほどポッキー並の手軽さで肘から分離したふらんの腕は取れるどころかピクリとも動かなかったのだ。そして、当のふらんは相変わらずフラフラと体を左右に揺らしながら特に力んでいるような様子もない。

 

「くっ!」

 

 その上、何れ程レオリオが力を込めてもふらんの腕は開始位置のままである。人造人間だという説明を思い出し、特別な改造を受けているのかとレオリオは考えたが、直前に取れた腕と、あまりに華奢なふらんの体からその線はほぼないことを痛感する。

 

(これが念能力って奴か!?)

 

「えいっ」

 

「うおっ!?」

 

 そして、勝負はふらんが動いたことで簡単に付いた。レオリオの手の甲がテーブルに付いており、ふらんの圧勝である。

 

「やりましたぁ、博士褒めてください」

 

「よしよし」

 

 終わるとふらんは斑木博士に頭を差し出し、博士はそれを撫でていた。撫でられるふらんは非常に幸せそうな表情である。

 

「それから――」

 

 斑木博士は近くにあったペーパーを筒のように丸めると、それをレオリオに差し出す。

 

「潰してみ」

 

「これ――おッ!?」

 

 触れたペーパーが明らかに手品や細工をしている様子はないにも関わらず、まるで鋼鉄のような硬さになっていることにレオリオは驚愕した。ここまで来れば最早認めざるをえないだろう。

 

「これが念能力って奴か……!」

 

「そだね。それで物は相談なんだけど――」

 

 斑木博士はそう言うとニコリと笑い掛けて口を開く。

 

「ここで念能力の習得してみない? 後、医師になる勉強の方も見て上げるよ」

 

 奇っ怪な体験をしたが、ヨークシンで再び会う仲間達のことを考え、レオリオは大きく首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 



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科学の発展と人類の幸福

 

 

 

 

 現在、研究所内を案内するとのことで斑木博士と二人でレオリオは廊下を歩いていた。

 

「んー? 何時まで居ていいかなんて律儀だね」

 

「いや、はい……」

 

 この研究所に滞在を決めたため、レオリオは斑木博士に細かいことを相談する。また、9月の頭にはヨークシンに着いていなければならないということもである。

 

「いつでも、何時まででもいいよ僕は。どうせ部屋は余ってるからね。後、僕に敬語は要らないし、僕のことはフェイスレスって呼んで欲しいかな」

 

 なんでも名前に関してはジャポンの漢字表記はレアであり、それを共通語にするとナオミツ=マダラギとなるため、なんとなく呼び難い。そのため、異名の方のフェイスレスで通した方が色々と楽だということである。

 

 敬語の方はこの研究所にいる者は全員敬語で対応してくるので、少しだけ息が詰まる等とのことだ。

 

「まあ、"昔"から呼ばれ慣れた呼び名だからねぇ」

 

「そうか、そういうことならありがたくそうさせて貰うぜ」

 

「うんうん、それぐらい元気で前向きなのがいいよん」

 

 すると斑木博士――フェイスレスは顎に手をやりながら口を開く。

 

「9月にヨークシンって言うとオークション関連かな? 奇遇だね。僕らもその時期に毎年ヨークシンに行っているよ」

 

「へー、そうなのか……何だって?」

 

 それを聞いたレオリオはすぐに自身の知る情報を話した。その内容はクラピカが話していた内容であり、今年のオークションに幻影旅団が何かしらの形で来るかも知れないということだった。

 

「"旅団(クモ)"かぁ……僕はそこまで深くは知らないけど、"ヴェロニカ"くんなら何か知ってるかな。おーい、ヴェロニカくーん!」

 

「呼びましたか?」

 

「うぉ!?」

 

 するとレオリオの隣にハットにコートを着た姿の少女――ヴェロニカが現れる。ふらんと同じように縫い目があり、彼女は顔に大きな×字の縫い目が走っていた。

 

「幻影旅団って知ってる?」

 

「えっ……!?」

 

 すると何故かヴェロニカは苦虫を噛み潰したような表情をすると共に驚いた様子でフェイスレスを見ている。

 

「えっと……旅団(クモ)の連中なら前にこの研究所を襲撃しに来たことがあったじゃないですか?」

 

「………………………………そうだったっけ?」

 

 フェイスレスは首を傾げ、暫く考え込む様子をしてからそう口を開いた。本当に心当たりがない様子である。

 

「3年前の7月ですよ。アイツら"13人"で突然襲って来て――4番と8番を博士が殺して追い返したじゃないですか」

 

「マジかよッ!?」

 

 レオリオはぎょっとした表情でフェイスレスを眺めた。クラピカの復讐相手であるA級首の幻影旅団、それを二人も殺した存在がここにいるのだ。

 

 しかし、当の本人は大したことでもないといった様子で口を開く。

 

「あー……そう言えばそうだったなぁ。今の今まで忘れてたよ。襲撃なんて月一であるからねー」

 

 つまりはフェイスレスにとって幻影旅団による襲撃は、忘れる程度でしかない認識のようだ。

 

「まあ、それなら今年のヨークシンのために"ガブリール"くんを呼び戻す程じゃないか。今平和に教員やってるし、面白いからまだ暫くそっとしておこっと。あんがとね、ヴェロニカくん」

 

「いえ」

 

 それだけ言うとヴェロニカは影に溶けるようにその場から跡形もなく消えて行った。その様子にレオリオは言葉を吐く。

 

「今の女の子はいったい……?」

 

「あ、ゴメン。紹介してなかったね。さっきの娘は僕の造った生体暗殺兵器のヴェロニカくんだよ」

 

「生体……兵器……?」

 

 とんでもないワードがフェイスレスの口から飛び出したため、レオリオは思わず聞き返した。その様子にフェイスレスは少しだけ寂しそうな様子で会話を続ける。

 

「医師の卵に対して話すようなことじゃないんだけどさ。僕ぐらいになると敵も多いんだよねぇ。マシンガンと索敵装置で武装した部隊を普通に相手し続けるのも疲れるんだ」

 

「そ、そうなのか……」

 

 月一で襲撃されると言っていたことをレオリオは思い出す。様子から考えるに比喩でもなんでもない事実なのだろう。更に言えばフェイスレスは大戦時代に化学部隊の司令をしており、生命工学という分野の専門家である。どちらかと言えば科学者寄りなのではないかとレオリオは考えた。

 

「ああ、大丈夫だよ。僕の造った生体兵器は市場に乗せてないし、基本的に一点モノしか造ってないからね。流石に科学の発展のために人類の幸福を潰すのは忍びないさ」

 

 レオリオが、その言葉を聞いて内心でホッとしてしまったのは、小生意気だが根は優しい暗殺家の少年と接したからだろう。

 

「まあ、この研究所はちょっとショッキングかも知れないけど、君にも参考になると思うよ。まず、これだけは見せておきたいんだ」

 

 そう言ったフェイスレスの前には大きな鉄扉があった。どうやらまずここに連れて来たかったようだ。彼に先導されるままレオリオは部屋へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこりゃ……」

 

 レオリオが通された暗い部屋はかなり広い空間であり、そこには幾つもの培養槽が置いてあった。

 

 その中には大小性別人種様々な人間が浮いており、皆起きる様子はない。それどころかあまりに機械的であり、生きているのかすら怪しいと考える程で、どこかホルマリン漬けの標本を思わせる。

 

「分かりやすいのだと、そっちがプロテウス症候群でしょ。向こうのが進行性骨化性繊維異形成症で、その隣は原発性小人症だね」

 

 よく見れば培養槽の中の人間は何処かしらに奇形を持つ者が多く、培養槽にはそれぞれ病名が刻まれた金属プレートが貼り付けられていた。

 

 最初は標本なのかとレオリオは思ったが、近づくと胸が上下しており生きていることがわかる。かといって明らかに患者では無さそうだ。となると答えは自ずと出ている。

 

「うちの"検体"だよ。みーんなここで造ったのさ」

 

「……クローンって奴か?」

 

「うーん、クローンとはちょっと違うかな。テロメアの劣化もあるし、完全に人間と同じデータが取れるって訳じゃないし、データが偏る原因にもなりうるからね。薬物試験用ならそれでいいけど、基本的に特定の疾患を持たせた検体は一から造ってるよ」

 

 レオリオはフェイスレスを見る目が化け物を見るようなものへと変わった。それを見たフェイスレスは口を開く。

 

「ひとつの医療技術を一般人にまで普及するのにさ。いったい、どれだけの臨床データと試行錯誤が必要かわかるかい? それこそ死体で山が出来るほど人体がいるんだ。それも治したい病気を持った人間のがね。だから僕は――」

 

「病気の人間を造ってるって言うのかよ!?」

 

 その言葉にフェイスレスは小さく笑う。そして、手でサングラスを外すと鋭く研ぎ澄まされた眼光をレオリオにぶつけた。老人とは思えぬ光を放つ眼光により、レオリオの顔に汗が浮かぶ。

 

「ラットやゴキブリでやる分には誰も咎めないだろ? それとも君は病気で苦しむ患者さんに直接、実験や解剖させて欲しいと言うのかい? 僕にはそうしないだけの金とコネと技術がある。それだけの話だよ」

 

「ぐっ……」

 

 レオリオは何も言い返せなかった。フェイスレスのしていることは感情では間違っている。しかし、同時に味気ない程まで正しくもあったのだ。

 

 フェイスレスは再びサングラスを掛けると、首を上げて天を仰ぎ見た。無論、そこに見えるのは天井だが、彼は遠い何かを見ているように感じた。 

 

「僕は"今度こそ"自分が正しいと信じてるんだ。きっと僕の研究は誰かを助けるための役に立ってくれる。そう思いたい」

 

 そう呟いたフェイスレスの言葉はどこか寂しげで、何か取り返しの付かないことを悔いているようにも見え、レオリオの頭は冷えていった。

 

「でもねレオリオくん。君の考えは大切にしなさい」

 

 フェイスレスは意外な言葉を言い放ち、レオリオは目を丸くする。

 

「こんなものさ。君がいつか治す患者さん達にはなーんにも関係ないことだもん。黒いものは全部、僕たちが飲み干して、患者さんには笑って貰えればそれでいいのさ」

 

 そう言ってフェイスレスは小さく笑う。それは嘲笑うようなものではなく、サーカスのピエロのように誰かを笑わせるためのものだとなんとなく感じた。

 

「それに君の夢はひょっとすると僕の夢よりも大変かも知れないよ。病院内外の権力闘争、責任の方向性、マフィアに金を渡してまで行われる他の医師や病院からの嫌がらせ、はみ出し者は皆から叩かれる。タダで特定の病気を治療する医師になりたいなんて夢を叶えるには金以上のやっかみごとが多過ぎる」

 

「………………」

 

 それにレオリオは全く返す言葉がなかった。そういったこと全てを跳ね退けたからこそ、フェイスレスという男がこの場に立っていることを雰囲気から察したからである。

 

「それでも君は夢を叶えたいんだろ?」

 

「ああ!」

 

 レオリオはそれだけは力強く答えた。彼を突き動かすのは過去の後悔と怒り、そして容姿に似合わない善意だ。それだけでプロハンターになった彼の意思は筋の通ったものであった。

 

「それなら、自分を信じて"夢"を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う――と、いいね。少なくとも、きっと君ならいい医者になれると僕は思うよ。僕みたいな医者モドキじゃなくてね」

 

 そう締め括ってフェイスレスは培養室を後にし、レオリオもそれに続いた。

 

 

 

 

 







………………誰だこいつ?(お前が言うのか)



~主にフェイスレスが変わったところ~

・改心済み(最終回後)→口調がやや穏やかで真面目

・顔無し→信仰無し Change!

・『分解・溶解』
 人形
 機械
 ↓
 人形
 機械
 人体 New!

・念能力習得 New!



~投稿動機~

いやー、からくりサーカスのアニメもやってるし、やっぱり面白いなぁ。きっとハーメルンにも二次創作があるんだろうなぁ、読も。

からくりサーカス 小説検索→7件

は……?(迫真)

あっ、ふーん(察し)→作者の小説投稿動機は読みたい物が無い時

うーん、投稿するにしてもキャラ絡ませたり、普通にぶちこむのも味気無いしなぁ……なんか微妙に人形っぽいので丁度良いの――。

あったよ!(部屋の棚に!)

\フランケン・ふらん/

でかした!

あ、そう言えばこの個人的に最高の漫画のひとつなフランケン・ふらんは二次創作どれぐらいあるんだろうなー(ポチッ)

フランケン・ふらん 小説検索→1件

キェェェェェ!(発狂)


要するにいつもの行き当たりバッタリでございます。作者は構ってちゃんのウサギちゃんなので感想とか投げるととても喜び、それを餌に成長します。


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ヴェロニカ

 

 

 

 レオリオがこの研究所に来てから1ヶ月の月日が流れた。

 

 最初の数日間は阿鼻叫喚であった。何せ、ここに来た時に化け物屋敷だと思っていたが、本当に化け物屋敷なのである。廊下を歩けば人面猫、ミイラ女、喋るトカゲ、犬頭の執事、狼男、蝙蝠男等々これでもかと言わんばかりに化け物染みた外見の者達がここにはいるのである。そのほとんどをふらんの手術でそうなったというのだから更に混乱するだろう。お陰でレオリオは今でも若干の恐怖からふらんにはデフォルトでさん付けである。

 

 しかし、人間の慣れとは大したものだ。そんな環境にい続けると意外とすぐに慣れてしまうものなのである。まあ、その最大の理由は化け物な見た目の者達は基本的に心優しく、どちらかと言えば怖がりという中身は至って普通の者達だったからであろう。

 

 人を外見だけ判断するなと、かつてのレオリオ自身がよく言っていたであろう言葉を自分が噛み締めることになり、逆に親近感が沸いてしまったというのも大いにある。

 

「あがり……」

 

「あっ、クソッ……ってなんだその役!? また、負けたー!」

 

 そして、今ではそんな化け物たちと麻雀卓を囲むぐらいにはレオリオは順応していた。諦めや達観とも言い換えれる人間の適応力とは凄まじいものである。

 

 ちなみに今あがったのは全身に包帯が巻かれたミイラ女こと"アドレア"である。他にも人面猫の"沖田"と、生体暗殺兵器のヴェロニカが卓を囲んでいた。

 

 なんだかんだレオリオはこの研究所での生活をかなり楽しんでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在はレオリオはフェイスレスに勉強を見て貰っている最中だった。この珍妙な光景を例えるのなら、北里大学に受験する予定の人間が、北里柴三郎に受験対策を直接教えられているようなものであるが、他でもないフェイスレス本人からしていることなので誰に咎められることでもない。流石に最初の方は畏縮していたレオリオだったが、1ヶ月も立てば慣れたものである。

 

 ちなみにレオリオの勉強はふらん、フェイスレス、人面猫の沖田が見ており、手が開いている兼ね合いで沖田が見ることが一番多い。また、念能力の修行は主にヴェロニカの担当であるが、精孔が開いたのがつい先日のため、最近始まったばかりである。

 

「なあ? フェイスレス」

 

「んー? なんだいレオリオくん」

 

 レオリオはふと疑問を覚えたため、彼に聞いてみることにした。

 

 それは世界各地を転々とし、所在地不明の人物と言われている割には、レオリオが来てからというもの。一度もこの研究所からフェイスレスが外出した姿を見ていないということである。

 

「ああ、それは昔の話だよ。今はもっぱらこの研究所に留まっているね」

 

「そうなのか」

 

「まあ、疾患患者の検体を作れるから外出しなくてもそんなに問題ないっていうのもあるけど、一番はふらんクンだねぇ……」

 

「ふらんさんがなんか問題なのか?」

 

 確かに化け物のような外見の者を造ったりはしているが、手術の腕は医師の卵であるレオリオが見ても驚嘆してしまうほどのものであり、フェイスレス自身が彼女を"最高傑作"だと言っていることも理解していた。

 

「うーん……言うより見せた方が早いよね。僕が留守中に、ふらんクンが施行した手術とその結果の報告書……少し読むかい?」

 

 そう言いながらフェイスレスは呆れ半分、微笑ましさ半分といった様子で今いる休憩室を後にし、直ぐに手で資料を抱えながら戻って来た。その様子から既に嫌な予感しかしないが、医者の卵としての好奇心には抗えず、レオリオは資料に目を通し始めた。

 

 

 

 

 

「事故死した息子を生き返らせて欲しいって要望を聞いて、親父の脳と息子の脳をサーキットで繋いで、父親が考えると一度息子の脳を必ず経由するようにした……?」

 

「写真見るかい?」

 

 そこには父親の耳から後ろの後頭部が、息子の耳から前の部分に置き換わっている姿が写っていた。さながら二面の阿修羅像である。更に首が270度回ることがわかる写真もあった。

 

 

 

 

「心中をして男性だけが残ったので、片割れの女性の頭に生命活動に必要な臓器をダウンサイジングして詰めた……?」

 

「文字通りだよ。あ、これはちょっと移動できるようにした写真だね」

 

 そこには頭部と首から生えた指があるだけの女性が写っていた。

 

 

 

 

「新興宗教でシンボルとして担ぎ上げられた少女を手術しようとしたが、教団が生体移植どころか輸血すら拒んだので、全身を完璧に代償できるだけの巨大な人工臓器に置き換え、建物自体を彼女にした……?」

 

「ちなみにその娘は処女懐妊していたらしくてね。生まれた子供の写真がこれ」

 

 そこには肉団子にスパゲッティが絡み合ったモンスターのような何かが、崩壊した施設から空へと飛び去っていく光景が写っていた。

 

 

 

 

 

「ああ、でも特に事後処理がヤバかったのは"タコな妹"だったんだけどさ……」

 

 "ハンター協会が解決に乗り出すハメになったもんなぁ……"とフェイスレスはどこか遠い目で呟いている。彼がそんな目をするほどのことがあったらしい。

 

 しかし、幸か不孝かレオリオは資料に目を通していたため、フェイスレスの呟きに気がつくことはなかった。

 

「すげぇなぁ……」

 

 依頼人からしたら堪ったものではないモノも含まれている気がするが、フェイスレスが渡した資料ではそもそもの依頼内容が破綻しているものが多く、むしろそれを無茶苦茶強引にでも解決してしまうことにレオリオは顔を引きつらせながらも感心する。

 

 人間を助けるというただそれだけの行為をここまで真摯かつ壮烈に出来るのは最早狂気の域であろう。

 

「いやー、帰るなりそんな手術や実験のことを、ふらんクンから直接いっぱい聞かされてねぇ。笑顔でとっても褒めて欲しそうにさ」

 

「うわぁ……」

 

「まあ、褒めたけどね」

 

「褒めたのかよ!?」

 

 "ふらんクンにとやかく言える程僕も出来た人間じゃないからねぇ"と呟きながらフェイスレスは更に言葉を続けた。

 

「なんというかね。ふらんクンは兎に角、手術して人間を助けること以外は見えていないというか、悪い意味でポジティブというかなぁ……全部善意100%でやってるんだよねぇ。いったい誰に似たのかなぁ?」

 

(それは突っ込み待ちなのか……?)

 

 親の背を見て子は育つ。つまりはそういうことなのであろう。1ヶ月、レオリオがここにいて知ったことだが、フェイスレスも大概自分が見えていない人間だということである。まあ、良い人か悪い人かでいえば善人なのでレオリオが言えることは特にない。

 

 ふと、フェイスレスが部屋の外を見た。今いる部屋はちょっとした休憩室であり、廊下側がガラス張りになっているため、廊下を行き交う者が見えるのである。

 

 それに釣られてレオリオも廊下を眺めると――。

 

 

「~♪」

 

 

 そこには手術着を身に纏い、腕を2本から6本に増やすマイナーチェンジをした姿のふらんが笑顔で歩いていた。彼女の後ろには担架に乗せられた大量の死体があり、全身を覆う手術着を着た複数の怪物がそれを運んでいる。

 

「………………」

 

「………………」

 

 二人はふらんが見える廊下を過ぎ去るまで、それらを眺め、一団が見えなくなると、フェイスレスはポツリと呟く。

 

「ほっとけないだろぉ?」

 

「そうっスね……」

 

 フェイスレスがこの研究所にいるのは彼なりの善意や、ふらんを想ってのことだったんだなとレオリオは溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の昼過ぎ。レオリオは斑木研究所の近くにある開けた場所にいた。そして、彼の目の前には念能力の修行相手である顔に×字の縫い目があり、コートを着て手袋をした少女――ヴェロニカがいる。

 

 当初、フェイスレスによってレオリオに修行を付けて欲しいと頼まれたヴェロニカは精孔を開く段階では全く乗り気ではなく、部外者だということもあり、かなり素っ気ない対応をしていた。まあ、どちらかと言えばヴェロニカが人見知りの気があるだけなのだが本人はそれを頑なに認めないであろう。

 

 しかし、レオリオがふざけ半分で何気なくヴェロニカを"師匠"と呼んでから話は変わった。何故か呼ばれる度に彼女が少しずつ好意的になり、今ではレオリオが本格的に念能力の修行を始めれるのをソワソワしながら誰よりも心待ちにしていたのである。

 

 つまり――。

 

 

「さあ、今日から本格的に修行を始めようか。ちゃんと私のことは師匠と呼ぶんだぞ!」

 

「お、おう……」

 

 

 レオリオでも心配になるぐらいヴェロニカはチョロかったのである。

 

 人体改造を施して何度も襲撃してくる相手に少し恋心を抱き、苛められ裏の顔が丸見えでも表面的に優しくされるだけで殺す気がなくなり、(ふらん)の造ったフェロモンに当たり前のように堕され、挙げ句の果てにゴキブリに絆された等々掘り返せば幾らでも恥ずかしい過去のあるヴェロニカだが、今回も例に漏れずチョロかった。彼女は既にノリノリである。

 

「まあ、まずは水見式だな」

 

「水見式?」

 

 ヴェロニカ曰く、水見式とは心源流に伝わる自身の属する系統を知るための方法であり、最も簡単で一般的なやり方とのこと。グラスにたっぷりと水を入れ、その上に葉っぱ等軽くて浮かぶ物を乗せ、手のオーラでグラスを包むようにして練を行うことで自身の系統を判定するらしい。

 

 系統については既にレオリオは教えられていた。強化系を頂点として左回りに、放出系、操作系、特質系、具現化系、変化系がある六角形で考え、得意系統を100%としてそこから離れるごとに20%ずつダウンしていくそうだ。だが、特質系だけは才能がなければそもそも発現しないらしい。

 

「まずは手本だ」

 

 そう言ってあらかじめ用意した水を張ったグラスにその辺りで拾った葉っぱを乗せて、ヴェロニカはグラスに手をかざした。

 

 するとグラスを漂う葉っぱが瞬く間に枯れて沈み、沈んだ枯れ葉を中心に金属のような銀の光沢を放つ不純物がまとわり付くように形成された。さながらミョウバンの結晶である。

 

 レオリオは目の前の光景に声を上げつつも首を傾げる。というのもヴェロニカが書いてきたメモには――。

 

水見式の結果

強化系  水の量が変わる

放出系  水の色が変わる

操作系  葉が動く

特質系  その他の変化

具現化系 水に不純物が出現

変化系  水の味が変わる

 

 ――のように記されているからである。不純物が出現するのは具現化に見えたが、それより前の光景はどれでもないため、特質系かと考えた。

 

「私は具現化系だけど、生まれつき特質系も持ってるんだ。だからこんな感じになる」

 

 ヴェロニカは特質系も持つ具現化系という特異な存在らしい。流石はフェイスレスの造った生体暗殺兵器といったところだろうか。

 

「ちなみに私の発は――」

 

 ヴェロニカが腕を振るうと、その手にギロチンの刃に柄を付けたような彼女の身の丈以上に巨大な得物が握られていた。

 

「こんな感じにいつでも武器を出せる」

 

「おおっ!?」

 

「ふふん、いいだろう?」

 

 まさに念能力といったモノを目にし、レオリオは感銘の声を上げた。ヴェロニカは得意気に鼻を鳴らしている。

 

「あれ……?」

 

 そして、本命のレオリオが水見式を試したが、結果はうっすらと緑を帯びたのみだったため疑問に感じた。

 

「最初はそれぐらいだよ。練がうまくなればもっとよくなるさ。それより放出系だな」

 

「放出系かぁ」

 

 操作系や具現化系や変化系よりも単純で分かりやすくてよかったとレオリオは好意的に解釈した。強いて言えばヴェロニカと真反対の系統なことが少し残念だと考えるぐらいだ。

 

「やっぱ、師匠はすげーなぁ……」

 

 レオリオは純粋に嘘偽りなく、思ったことを呟いた。こう見えても自身より、系統レベルで遥かに卓越した念能力者なんだなと感じたからである。そもそもオーラが見えるようになり、自身よりも何倍も大きいオーラを見ているのでそれもあるだろう。

 

「そ、そ、そんなことない!」

 

 しかし、褒められ慣れていないヴェロニカは顔を真っ赤にしながら否定する。嬉しそうな様子が全身から溢れている辺り、フェイスレスに撫でられている時のふらんにそっくりであり、姉妹だと感じさせた。

 

「よし、じゃあまずは基礎の修行からだな!」

 

 そんなヴェロニカの様子を少し鼻の下を伸ばして眺めていたレオリオだったが、ヴェロニカの修行自体は中々スパルタであり、速効でへたばるハメになるのであった。

 

 

 

 







こんなチョロQなヴェロニカちゃんですが、念を覚えて原作よりかなり強化されてるので、幻影旅団の戦闘員を2~3人同時で相手に出来るぐらいには強いです。

え? ふらんさん? モタリケくんぐらいじゃないかな。



そう言えばニコニコニュースで見たんですけど、フランケン・ふらんがチャンピオンRED 2月19日の発売号から復活して新連載するってマ……?(今日まで知らないで投稿してた情弱作者)

また、ヴェロニカちゃんがイジメられるのが見れるんですね! やったー!(無邪気)




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大富豪と自動人形

どうもちゅーに菌or病魔です。ゾナハ病の仲間です。

中々ご好評なようで嬉しい限りでございます。そろそろヨークシンに行くと思います。




 

 

 

 世界的大富豪、バッテラ氏には掛け替えのない女性がいた。

 

 それはバッテラ氏に比べれば親子以上に歳の離れた恋人であった。しかし、遺産目当てだと思われることを嫌い、彼女は高価な贈り物を全て突き返し、彼が作った拙い写真立てを喜ぶような女性であり、彼にとって最愛の女性であった。

 

 お互いさえいれば何もいらない、資産を全て処分し、一緒になろうと誓い合った矢先にそれは起きた。

 

 事故により、いつ覚めるともわからない眠りについたのである。

 

 彼女はただ眠っているようにしか見えず、その現実はあまりに辛いモノであった。

 

 バッテラ氏はその財力で手を尽くした。しかし、彼の傘下の医師も、如何なる病院も現状維持以上のことは出来ないと言われ、彼は絶望たな打ちひしがれた。

 

 そんな折、バッテラ氏はふたつの噂を耳にする。

 

 ひとつはゲームソフト"G・I(グリードアイランド)"。そこにはどんな病気やケガも治せる呪文(大天使の息吹)や、若返る薬(魔女の若返り薬)など彼に必要な夢のようなアイテムをクリアすれば手に入るということだ。

 

 そして、もうひとつは"生物学の悪魔"と呼ばれる科学者の噂だ。生命工学において世界トップクラスの頭脳を持ち、その外科施術は時として死した人間をも蘇生させたと言われる"斑木 直光"という男だ。ある意味、グリードアイランドよりも眉唾物かもしれない話である。

 

 バッテラ氏はグリードアイランドに取り掛かる前に、何人もの著名な医師にその存在について聞いた。しかし、あるものは溜め息と共に存在そのものを否定し、あるものは怒りを露にしながらそれ以上のことは話さず、あるものは名前を上げた瞬間に泣きながら逃げ出し、あるものは名を聞いた直後に笑いながら失神した。

 

 それらを目にした彼は流石にこう判断した。"実在したとしても恋人の命を預けるにはあまりに恐ろしい"――と。

 

 結果、彼はグリードアイランドを取った。

 

 バッテラ氏はそれ以来、サザンピースオークションに並ぶグリードアイランドを全て落札。念能力者を募り、大量の人員を投入してグリードアイランドの攻略に取り掛かる。

 

 

 

 それが実に10年前の話である。

 

 

 

 10年の歳月が流れても、現状は何も変わってはいなかった。グリードアイランドでは膠着状態が続き、プレイヤー同士での殺し合いも発生している。数年前にプロハンターとの契約を結ぶことは出来たが、それもかなり時間が掛かっており、ゲームクリアがいつになるのか見通しの立たない状態だ。

 

 そんな現状を省み、ふと10年前の噂を思い出した。

 

 恋人のことは彼女の安全のためにもトップシークレットのため、極一部の人間以外には存在を知られていない。そのため、理由は話さずに契約をしているプロハンターのツェズゲラにそれとなく"斑木 直光"について話を聞いたところ、衝撃の事実を知った。

 

 彼が受かった年のハンター試験の試験官をしていたのである。また、相談用の電話番号ならばその時に教えてもらっていたとのこと。

 

 ツェズゲラから番号を聞き、恐る恐るではあるが、バッテラ氏は電話を掛けたところ――。

 

 

 

《頭部外傷で植物状態の方ですかぁ? はい、全脳死でなければ恐らく治せますよ。料金の方は状態によって多少前後しますが、臓器移植もありませんのでリハビリ込みで1億ジェニー程になります》

 

 

 

 電話に出た間延びした声の少女の言葉にバッテラ氏は言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く彼に会いたいわ」

 

「それならリハビリを頑張りましょう!」

 

 世界的大富豪バッテラからの依頼から約1カ月後。そこには病室で車椅子に乗って外を眺めているバッテラ氏の恋人の姿があった。

 

 彼女は脳幹の機能は一部残存しているが他は絶望的であり、レオリオでも一目でわかるほど手の施しようのない状態であった筈である。それをさも当然のように再生させてしまい、今は筋力低下の改善のためリハビリに精を出しているふらんをレオリオは顔を引きつらせながら眺めている。

 

 ちなみに案の定と言うべきか、お互いさえいれば何もいらない、資産を全て処分し、一緒になろうと誓い合った二人の関係にふらんは涙ながらに心を打たれ、いつもよりもかなり熱を入れて取り組んでいた。

 

「はははは、そりゃあ、全脳死して脳幹部が融解でもされていたら流石にどうすることも出来ないけどさ。生きてりゃ、僕もふらんクンも治せるさ。こんな簡単な依頼ばっかりだと嬉しいんだけどね」

 

 レオリオの隣にいるフェイスレスは、さも当然のようにそう答える。しかし、フェイスレスは難しい顔になり、更に言葉を続けた。

 

「でも問題はこれからなんだよねぇ」

 

「これから?」

 

「彼女とバッテラ氏の今後さ。ふらんクンは生かすことに重点を置いてるから、あんまり患者が日常生活に戻ったらどうなるかとか考えないけど、僕はそっちも考えちゃう質でね。まあ、バッテラ氏がまた来た時に直接伝えるよーん」

 

 それだけ聞くと、とても良い人なのだが、フェイスレスが動くという時点で一抹の不安を覚えるレオリオを誰が咎めれようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「資産を全て処分して一緒になることについてですか……?」

 

 バッテラ氏が研究所に着いてから恋人と会って暫くした後、フェイスレスが二人で少し話がしたいと言って来たため、応接室にて対面していた。

 

 いきなりフェイスレスがそう切り出したため、バッテラ氏は財産についてのことなのだろうかと考えたが、すぐに違うことがわかる。

 

 フェイスレスは一流の盗賊は既に資産を処分した二人を襲うことはないとバッテラ氏に言う。しかし、二流・三流の盗賊は、ありもしない妄想上の隠し財産を目当てに襲って来る可能性が十分にありえる。その辺りのゴロツキも考えるだろう。更に念能力の前には通常の隠蔽工作も秘匿も全く意味をなさないモノだということもフェイスレスは伝えた。

 

「それは……」

 

 バッテラ氏自身もわかっていることであった。彼自身は念能力は使えないが、念能力の万能性と、それが不思議ではあっても決して特別なモノではないということを理解していた。一度、大富豪になった以上は一生涯それがつき纏い、金を手放すことは自殺行為であろう。それ故にフェイスレスの忠告は非常に真っ当なものである。

 

「しかし……私たちの"夢"なのです。二人で決めたことです。どこまで出来るかはわかりませんが、私たちはひっそりと暮らしていければそれでいいのです」

 

「…………」

 

 その言葉にフェイスレスはピクリと少しだけ眉を上げ、自身の目を覆うように片手を置いた。それは何故か、眩し過ぎるモノを見ないようにするかのように見え、バッテラ氏は不思議に思った。

 

 するとフェイスレスは手を退け、懐から妙に仰々しいデザインをした鍵を取り出すと口を開く。

 

「少し、ついて来て欲しい。第一"自動人形(オートマータ)"保管庫を開けよう」

 

「それはいったい?」

 

 来てみればわかると言うフェイスレスの言葉に従い、バッテラ氏は着いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーん! この世界で造った"僕の自動人形達"だよーん」

 

 研究所の最も深い地下区画の部屋。そこには広い空間に人型或いは人外の姿をした人間と見間違う程に精巧な人形がズラリと並んでいた。全て1~2本の管が人形の体に繋がれており、ぐったりと項垂れている姿はまるで死体安置場のようである。

 

 バッテラ氏の他に、彼の恋人とその車椅子を押すふらん、それからレオリオがこの場所に集められていた。

 

 さっきまで話をしていたバッテラ氏ですら状況が飲み込めないでいると、フェイスレスはレオリオに指をさした。

 

「ところでレオリオくん。前に全身を完璧に代償できるだけの巨大な人工臓器に置き換え、建物自体を少女にしたふらんクンの治療があったろう?」

 

「あ、ああ……」

 

「僕は"自動人形作り"に関してはふらんクンよりもずっと上手くてね。ふらんクンが大型施設にまで巨大化するしかなかった脳を含む臓器に加え、限り無く人間に近付けた機能全てを人型のボディの内部に入れて造り上げれるのさ」

 

「博士は凄いですからねぇ!」

 

 その言葉にレオリオは目を見開いて驚く、尚もフェイスレスは続けた。

 

「だからこの自動人形達は人間が可能なことは全て可能だ。食事、睡眠、性行為なんだって出来るし、トイレにも行ける。まあ、三大欲求は無いけど。たぶん、付けると危ないからね」

 

 "疑似体液からゾナハ病は撒かないし"と、自身以外にはわからないことを小さく呟きつつフェイスレスは更に言葉を続ける。

 

「さて、ここで問題。本来、人間にあってただの人形に無いモノってなーんだ?」

 

「こ、心とか……?」

 

「ブッブー! ざぁんねぇん! 正解は"念能力"でした!」

 

 レオリオが少し恥ずかしげに何気なく言った言葉を否定し、フェイスレスは更に口を開く。

 

「そう、僕は精孔を含む念の機構を機械で再現し、歯車から念能力者を造り上げたのさ」

 

 ざっと見ても百数十体の自動人形達がこの空間には存在する。フェイスレスは両手を開き、見せびらかすように大袈裟に振る舞った。

 

「ここにいるのはみーんな一流の念能力者さ! それも鋼の体を持ったね!」

 

 あまりのことにバッテラとレオリオは言葉が出なかった。対称的にバッテラの恋人はハテナを浮かべている。ふらんはどこか誇らしげな様子である。

 

「あ、これ。僕が世界各国から襲撃されてる裏の理由ね。昔、医療技術欲しさにオチマ連邦がふらんクンを拉致った時に、一個中隊ぐらい自動人形達を使って助けたら世界中から目を付けられちゃてさぁ、はははは! ネテロにもこっぴどく怒られたっけなぁ!」

 

「えへへ……博士ぇ」

 

 ふらんは両頬に手を当てながらふるふると体を震わせて喜びを露にしていた。

 

 要するにフェイスレスはたった一人の人造人間の救出に、120体前後の人工念能力者集団を投入したということである。最早、戦争であろう。しかも、機械のため毒も効かず、貧者の薔薇も爆弾として以外は効果の薄い無敵の軍隊である。

 

 当たり前だが、自身で念能力を使えるため、この世界の自動人形は(生命エネルギー)は弱点ではない。また、あまりにも分が悪いと考え、黄金律(ゴールデンルール)は発の使用を武器と判断するようにしてもある。まあ、念能力者も人間を止めた速度で動けるのでこれで互角といったレベルであろう。

 

「まあ、ここだけの話――」

 

 フェイスレスは言葉を区切り、指でポリポリと頭を掻くと、自嘲気味な様子で降参したように手を広げた。

 

「ちょっと、趣味の工作に精を出し過ぎちゃったんだよねぇ。僕って凝り性でさぁ……」

 

「限度っっっつうもんがあるだろアンタッ!?」

 

 レオリオの言う通りやり過ぎである。人形達はここで機能を停止して死蔵されており、前に言っていたように市場にも出回っていないため、兵器としての運用はされていないようだが、それにしても限度があるだろう。

 

 フェイスレスは"これでもかなり自重してるんだぜい"と言いながらレオリオを宥め、バッテラ氏とその恋人の前に出た。

 

「それでね。これを見せたのは他でもないよ。ふたりのアフターケア用に、この中から一体だけ売ろうと思うんだけど何れがいいかな? 金額は要相談。支払い日は魔女の若返り薬が手に入ってから適当にでどうよ?」

 

「おい、アンタ市場には――」

 

「戦争に使わない個人的な取引は別さ。24時間365日、ふたりを守ってくれる世界最高クラスの念能力者のボディーガードなんて他にいるかい? 後、無期限無料修理と、燃料の人工血液付さ」

 

 レオリオの言葉を遮りつつ、フェイスレスはバッテラ氏にそう告げる。その言葉と、さっきの問答からバッテラ氏は全てが彼の善意によって行われているものだと理解する。

 

 バッテラ氏は少し考えた後、恋人にフェイスレス二人でしていた話を切り出す。そして、話し合った末、その申し出を受けることにした。

 

「うん、じゃあ、これ取説(とりせつ)ね。後、原則として一度起動したら人間と同じく死ななきゃ止まらないから注意。創造主の僕は止めれるけどさ。早速、選ぼうか」

 

 そう言いながらもフェイスレスは真っ先に"最古"と"最後"の自動人形が置いてある場所に真っ先に向かった。

 

 ターバンと目に仮面をつけた大人の女性風の風貌の自動人形。先が長い帽子をかぶった老人風の自動人形。帽子をかぶり、リュートを持った瞳が右目にふたつある自動人形。黒いシルクハットをかぶった男性型の自動人形。

 

 そして、全身タイツの道化師風の自動人形。眼深に全身をコートで覆っている自動人形。中世の軍人風の容貌の自動人形の合計"7体"がそこには置いてあった。

 

 この自動人形たちは、第一自動人形保管庫にある黄金律から脱している自動人形の中でも取り分け強力であり、フェイスレスが自信を持ってボディーガードとして渡せる自動人形である。

 

「この辺りの自動人形は僕が今のところ造った中で一番強いからオススメだよ。こっちの4体はどれでも薦められるけど、こっちの3体は……ブリゲッラもといコートの奴ぐらいかな」

 

「うーん……」

 

 バッテラ氏の恋人は難しそうな顔をする。そして、暫くすると少し不満げな様子でフェイスレスにこう言った。

 

「フェイスレスさん。どれも可愛くないわ」

 

「………逞しいね。君の嫁さん」

 

「ははは、そういうところに惚れたんですよ」

 

「何言ってるの。重要じゃない」

 

 フェイスレスも思わずバッテラ氏に問い掛けていると、バッテラ氏の恋人は当然のように口を開いた。

 

「ずっといるボディーガードだったら目の届く場所にいるのよね? 嫌よ私。ピエロとか、私よりスタイルのいい娘とか、彼以外の男性と一緒に暮らすの」

 

「………………その発想はなかった」

 

 痛いところを突かれたとばかりに驚くフェイスレス。確かに全くもってその通りである。人間に近いからOKだろうと考え、彼女のプライバシーを一切考慮していなかったフェイスレスの落ち度である。

 

 しかし、戦闘能力を考慮すればここにある7体の中から決めて欲しいところであった。それと同時に一応、もう一体選択肢があることを思い出したフェイスレスだが、暫し頭の中で葛藤する。

 

「……………………………………一応、あるよ」

 

 そう言いながら何故かとても気が進まなそうな様子でフェイスレスは近くにある、人が余裕で入れるぐらい大きな段ボール箱を持って来た。何故か背に黒いものを纏っているような雰囲気さえあった。

 

 段ボールには大きな文字で"黒歴史"と書かれており、何かとんでもないものが入っていることを回りの人間が予感させる中、フェイスレスは段ボールを開封すると中から一体の人形を取り出し、バッテラ氏の恋人へと向けてみた。

 

 それは"金髪で縦ロールの髪型をしたゴスロリ風の少女の自動人形"である。あまりにも精巧過ぎて逆に恐怖を覚える程の出来にレオリオは短く悲鳴に近い声を上げた。

 

 そして、それを見た瞬間――。

 

「可愛いぃぃ!」

 

 真っ先に抱き締め、そう言い放ったのはバッテラ氏の恋人であった。そして、その光景に一番驚いているのは誰でもなくフェイスレスである。

 

「……彼女、少し感覚が他とズレているところがありますので」

 

 そんなことをバッテラ氏が言っていいのかとレオリオは考えたが、そもそもバッテラ氏を本気で恋人に選ぶような女性であるため、逆に納得してしまった。

 

「………………マジで?」

 

「この娘がいいわ!」

 

「あ、うん……そう。えーと……ちょっとその娘たぶん性格に難があるよ?」

 

「ううん、この娘に決めたわ!」

 

「……そうですか」

 

 素の反応で返すフェイスレス。バッテラ氏の恋人は本気のようである。チラリとバッテラ氏を横目で見たが、彼は彼女の好きにして欲しいといった様子であった。

 

 そもそもこの世界の自動人形は、ふらんと同じように"人類の幸福と科学の発展"のために造り、形と性格を似せただけの別個体のため、本質が必ずしも"昔"と同じとは限らないだろうとフェイスレスは考える。

 

 だが、怖いのでバッテラ氏とその恋人を何かの拍子に殺害しないように自動人形――"ディアマンティーナ"のブラックボックスを少し弄ろうかフェイスレスは迷うのであった。

 

 

 

 






自動人形
 この世界でフェイスレスが製造した自動人形たち。黄金律を持つところや、人血は必要だがゾナハ病を撒かない疑似体液が使われていること、デザインと根っこの性格はあまり変わらない。だが、真面目なフェイスレスによって"人類の幸福"のために作られたため、性格が全体的に改善されている。最大の違いはこの世界で数十年以上に渡る医療技術研究の粋により作られているため、人型のボディに人間の全ての機能及び念の発生機構を再現している。最早、人工的に作られた少しファンシーな念能力者そのもの。フェイスレスがしょっちゅう研究所を襲撃される原因のひとつ。
 ふらんを救助した自動人形たちはそのまま研究所に戻り、多くはフェイスレスの手で再び機能を停止させたが、何体かの自動人形はフェイスレスに要望を出し、世界に放たれている。
 ちなみにふらんやヴェロニカなどとはそもそも使用技術が異なるため、いとこのようなものである。


ディアマンティーナ
 フェイスレスが己の愛の醜さを自覚することになった自動人形。一応、フェイスレスはこの世界でも作ってはみたが、起動する勇気が沸かず、一度も起動せず、機能停止中でも視界に入ると少しビビるので段ボールに詰めておいた。バッテラ氏の恋人に気に入られ、ボディーガードとして売り付けられる。
再登場(彼女のその後)はグリードアイランド編



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ガブリール

どうもちゅーに菌or病魔です。

ヨークシンに行くといったなあれは嘘だ。

多分、ここで出さなきゃガブリールさんが、キメラアント編ぐらいまで出せそうにないのでちょっと話作りました。

後、感想はポリシーとして全て返信させていただきます(感想は小説の燃料)。





 

 

「魔物でもいそうね」

 

 今より3年程前の7月。黒いマントとマスクを纏った鋭い眼光を持つ小柄な男――フェイタン=ポートオはそう呟いた。

 

 彼が覗いている双眼鏡には"斑木研究所"と書かれた表札が玄関に掛けてあり、巨大な洋館の周囲は深く鬱蒼とした暗い森に覆われている。明らかにジャポンの原風景からは掛け離れている。

 

「おいおい、ビビってんのかフェイタン?」

 

「違うね。あれ明らかに何かいるね」

 

 筋骨隆々大男――ウボォーギンはそう茶化すが、フェイタンは訝しげな顔で研究所を見つめながらそう返す。

 

「だってよ団長。どうする?」

 

 そう言いながらウボォーギンは振り返る。

 

 そこにはオールバックの髪型に額の十字架の刺青、耳たぶに付けたイヤリングをしている青年――クロロ=ルシルフルが立っていた。更にその背後には背格好や人種など多種多様な10人の人間が控えていた。

 

 彼らはA級首"幻影旅団"。窃盗と殺人を生業にする盗賊集団である。たった13人の小集団でありながらその危険度の高さから彼らの危険性が伺えるだろう。

 

「無論、決行だ。斑木ふらんとヴェロニカが研究所から離れているタイミングはそう多くない」

 

 彼らの今回の目標は斑木研究所のどこかにあるという自動人形(オートマータ)の強奪だ。

 

 かつて、斑木ふらんをオチマ連邦が拉致した直後、100体以上の自動人形がオチマ連邦を襲い、軍関係者と、軍施設及び戦車含む車両、軍艦等が被害に遭い合計で兆の桁に達する程の損失を被ったという事件があった。

 

 更にその後、明らかに奇妙な内容で世界各国からオチマ連邦が糾弾され、幾つもの物品の輸出及び輸入に制限が掛けられる経済制裁までも食らわされることになった。

 

 その全ての元凶はひとりの男だというのだから衝撃的である。まあ、世界最高の外科技術を通じて世界各国の要人と極めて太いパイプを持ち、彼の医療技術を継承する少女を拉致した国が叩かれない訳がないため、当然と言えば当然なのだが。

 

 そして、今回の目標はその襲撃に使用された自動人形の確保。既存の軍をたった100体程で壊滅させるだけの性能を持つモノを例え一体でも裏の世界の人間どころか世界各国すらも欲しがらない訳がないため、一体でも小国の国家予算程の金になるのだ。これほど盗賊冥利に尽きる仕事もそうないであろう。

 

 それに正直なところ、クロロは自動人形とやらを実際に目にしてみたいという思いも多分にあった。何せ動く人型ロボットであり、それ自体に好奇心を刺激されても仕方のないことであろう。まあ、それで取る手段がとりあえず強奪なのだから非常に模範的な盗賊といえる。

 

「作戦通り、俺とマチで研究所に潜入する。他は"陽動"に徹してくれ」

 

 クロロは団員に今回の計画を説明した非常に単純なものであるが、問題はその陽動だ。

 

 陽動とはすなわち、研究所内にいると思われる斑木 直光――フェイスレスと呼ばれる三ツ星医療(メディカル)ハンターとの戦闘に他ならない。

 

 表の世界では幻の存在だが、裏の世界では"三解のフェイスレス"と呼ばれ、別次元の念能力者としてその名を馳せているのである。無論、裏の世界でも全く表に出ない人物には変わりないため、幻影旅団はフェイスレスの実際の戦闘能力までは知り得ない。

 

 そのために今回は団員フルメンバーで望み、11人もの団員をフェイスレスに当てたのだ。無論、前衛は戦闘員であり、他は後衛だ。更に後衛の一部は不利を感じれば真っ先に逃げるように指示を出す。

 

 そうして、計画は実行に移された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも~」

 

 月の出ている深夜に決行された作戦は、驚く程簡単に成功した。敷地内に入り込んでから直ぐにその老人は陽動チームの方に現れたのである。

 

 黒いマントを纏ったスーツ姿であり、黒い手袋を装着し、深夜にも関わらずサングラスを掛けている。間違いなくフェイスレスその人であろう。

 

「ざぁんねぇんだけど、ふらんクンもヴェロニカくんも出張中だから僕と今日偶々いた――」

 

 11人の団員がフェイスレスを中心に間隔を開けて対峙する中、彼は飄々とした態度を崩さず、その言葉を呟いた。

 

 

 

「"ガブリール"くんで我慢してね?」

 

 

 

 次の瞬間、暗い木々の中から煙草を咥えた女性が現れ、フェイスレスの隣に立つ。

 

 ガブリールと呼ばれた女性はウェーブの掛かった長い髪をしており、革のジャンパーとズボンだけを着て、ジャンパーのチャックは全て開けているというかなり大胆な服装だ。また、目の下と首に縫い目があり、両手足にコルセット状の保持具を装着し、頭にはヘッドフォン型の何かが装着されていた。彼女の纏うオーラは荒々しく、同時に馬鹿げた量でもあった。

 

「"人狼ガブリール"……」

 

「知ってるのかシャル?」

 

 チョンマゲをし、着流しに帯刀をした男――ノブナガ=ハザマがそう呟き、酷く驚いた様子をしている金髪の好青年風の男――シャルナーク=リュウセイは答える。

 

「特A級首の私掠海賊(バカニア)だ。世界中を移動し、先々で人を殺し、略奪を繰り返してる殺人集団のリーダーだよ」

 

「特A級首ってことは旅団(クモ)より上かよ……」

 

「おい、ゲロども。さっさとしろ。相手してやるって言ってんだ」

 

 ガブリールから気だるげに放たれたその言葉は挑発というよりも本気で面倒臭さから言われているのだとわかる。その言葉とほぼ同時にノブナガは動いた。

 

 帯刀に手を掛けながら近付き、ガブリールを斬り捨てようと居合いを放ったのである。結果、硬い音と共に周で強化された刃がガブリールの肌で止まる。

 

「な……」

 

 ノブナガは見た光景に驚く。何せ刀がガブリールの肌に突如として出現したビッシリと牙の生えた口に飲み込まれたことで止められていたのだから。

 

 ガブリールは直立不動にも関わらず、引き抜こうとするがびくともしない。更に引き抜けたと思えば半ばから刀が折られており、折れた刃は肌に出来た口に喰われていた。

 

「化け物かよ!?」

 

「ああん? そんなん見りゃわかんだろ」

 

「退けノブナガ!」

 

 長い耳たぶや顔に負った無数の傷を持つ巨漢――フランクリン=ボルドーが叫び、ノブナガが飛び退くと、ガブリールを機関銃で掃射をしているような量の念弾が襲う。

 

 しかし、ガブリールは服の破損こそすれど全く体にダメージが入っている様子はなく、片手で口元を守ったまま正面から受け続けていた。

 

「うぜぇな……」

 

 そう呟いたガブリールは地面にある石を蹴り上げて握り締めると周で強化を施し、フランクリン目掛けて投げ放つ。

 

「がっ!?」

 

 馬鹿げたオーラが込められ、とんでもない速度で放たれた石はフランクリンの脇腹を容易く貫通し、念弾の掃射が止まった。

 

「痛くもねぇよクソデク」

 

 そう吐き捨てながら手で守っていた咥えている煙草から煙を吹かすガブリール。

 

 団員は理解する。ガブリールというこの女は、単純にとんでもなく強固な体と、莫大なオーラ量を持つウボォーギンのようなタイプの相手だということを。

 

「うぉぉぉぉ!!!!」

 

 拳を引き絞りながら接近したウボォーギンは、ガブリールに拳を叩き付ける。鈍い音と共に彼女の頬に拳が突き刺さり、少しだけ彼女の身体が後ろに傾いた。

 

 少しの静寂の後、ウボォーギンの顔に目掛けてガブリールは煙草を吐き捨てる。

 

「ハッ! 少しは楽しめそうじゃねぇか!」

 

 そう言い放った直後、ガブリールはウボォーギンを文字通り殴り飛ばし、ウボォーギンは防御をしたままの体勢で十数m後退させられた。

 

 それに入れ替わるように、フランクリンが再び掃射を掛け、折れた刀で今度は首を狙いながらノブナガが動き、シャルナークも駆け出す。

 

 

「おー、やってるねぇ」

 

 

 そんな光景を眺めていたフェイスレスは未だ攻撃をしてこない他の団員に目を向ける。彼らは一応にフェイスレスに対して警戒しており、盗賊にしては惜しいほど、それぞれが卓越した念能力者だということが理解出来た。

 

「じゃあ、他は僕とだ」

 

 フェイスレスは手術用のメスを一本手に取り、くるくると宙で回しながら残りの7人の団員と対峙した。そして、何か思い出したかのように大袈裟に黒い手袋に包まれた手を振ると口を開く。

 

「ああ、そうそう。僕はふらんクンほど優しくないし、ヴェロニカくんほど慈悲深くもないからそこんとこヨロシク」

 

 次の瞬間、フェイスレスが纏うオーラが跳ね上がり、無機質でありながら黒々としたソレが溢れる。それに反応して団員は暗い森の中を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか……」

 

 そこには研究所内の"第一自動人形保管庫"とプレートが掛かっている場所だった。

 

 ここまで過剰過ぎる程の施設防衛機構を抜けてやって来たクロロだったが、厳重かつ侵入者を排除するためのコテコテ過ぎて逆にお目に掛かれないような防衛機構の数々に少し目を輝かせていたりしたが、それを表情に出すことはない。

 

「開いたよ」

 

 連れている髪を結んだ和服姿の女性――マチ=コマチネが扉のロックを解除したため、クロロとマチはその中へと入った。

 

「これは……」

 

「まるで死体置き場ね……」

 

 そこにはあまりにも精巧な自動人形の数々がずらりと並んでいた。寝ているだけで近づけば起き上がって来そうだと思え、中を歩くことが憚られる程だ。

 

「おぉ……」

 

 とりあえずクロロは自動人形に目を向ける。人型以外のものもあるが、多くは人型であり、一体一体の服装や造形から制作者の異常な程の技術が感じられる。どれを取っても並みの芸術品では足元にも及ばない程であり、思わず声を漏らす。

 

 クロロはここで本を読みたい等と考え始めたが、意識を戻して自身の念能力である盗賊の極意(スキルハンター)を使用し、自動人形を仕舞い込むためにその中から収納用の念能力を身繕った。

 

 丁度その時、クロロの持つ通信機に通信が入り、それに対応した。

 

「ああ、ああ、そうか。わかった。ご苦労だったな」

 

 通信を終えたクロロはやや青くなった顔で呟いた。

 

「マズいな……」

 

 陽動チームはフェイスレスの他に人狼ガブリールがいたため、当初の予定の3分の1程の時間も稼げず、撤退を余儀なくされた。また、フェイスレスに二人殺されたということを知らされたのである。

 

 クロロは収納用の念能力を使い続けながら、11人の団員を容易く退けたフェイスレスとガブリールという化け物二人を相手にして逃げ仰せるのはまず不可能と考え、盗賊の極意を閉じて一体だけ担いで持って行くことにした。

 

 近くにあった自動人形たちに目を通し、その中で目に付いた精巧で軽そうな外見の自動人形を担ぎ上げる。金属製のため見た目に反してとてつもなく重いが、予想していたため、ここに連れて来る相手にマチを選んだ理由でもある。

 

「そういうのが好み?」

 

「妙な誤解を生むから止めろ」

 

 マチの冗談を返しつつ自動人形を入手したクロロは考える。そもそもこの研究所に確実にフェイスレスとガブリールは戻ってくるため、逃げ切れるのかどうかすら怪しい。

 

「ねぇ……?」

 

 声によって顔を向けると、マチは保管庫の入り口付近に並んでいるモノの近くにおり、取り扱い説明書と書かれた冊子を読んでいた。

 

「なんだそれ?」

 

取説(とりせつ)だって。なんか人形に貼り付いてた」

 

 そう言われ、クロロも肩に担ぐ自動人形を探ってみると服のポケットに冊子の取り扱い説明書が入っていた。開いてみれば文字だけではなく、図も用いて説明されており、腹立たしい程わかりやすい。

 

「これ使えると思うんだけど……?」

 

 制作者の謎の拘りに微妙な顔をしていると、マチはそう言いながら目の前にある一際大きな人形を指差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、本当に追わなくていいのか?」

 

 盗賊を撃退し、研究所に戻る最中。ガブリールはフェイスレスにそう問い掛けた。フェイスレスはいつものことだとでも言わんばかりに普通の反応をしている。

 

「んー? まあ、いいよ。ただの盗賊みたいだったからお目当てはふらんクンでも研究資料でもなくて、僕の自動人形だろうからね。それならそもそも自動人形の黄金律(ブラックボックス)どころか人工臓器ひとつ僕以外が解析出来るわけないしぃ」

 

「ケッ、テメェがいいなら別にいいけどよ」

 

 そこまで話したところで正面玄関の前まで来る。フェイスレスはそこで立ち止まり、口を開いた。

 

「それより、警報によれば研究所に押し入った奴らがまだ二人いるからそっちをチャッチャと片付け――」

 

 その次の瞬間、正面玄関の真横の壁が内部から爆発するように崩壊し、瓦礫を吹き飛ばした。フェイスレスとガブリールは唖然とした表情でそれを眺める。

 

 そして、舞い上がった土埃の中から"両足がキャタピラーのような車輪になっており、ピエロのようなデザインの巨大な人形"が現れた。

 

 見ればそのピエロには一体の自動人形を担いだ青年と、十指から糸を伸ばしてピエロを操る女性が乗っている。

 

 こちらが口を開けて止まる中、研究所から逃げた二人は森へと入り、ピエロの腕で直線上の木を薙ぎ倒しながら消えて行く。

 

「…………ハッ!? クッソあのクソマンコども! 今すぐに追って……おい、クソジジイ?」

 

「ククッ……」

 

 ガブリールはフェイスレスの様子が可笑しいことに気がつき、表情を曇らせる。

 

 フェイスレスは何が顔に手を当て、小さく笑い声を漏らす。それは徐々に大きくなっていき、可笑しくて堪らないといった様子で声を上げた。

 

「……ははははははははは!」

 

 フェイスレスは調子外れに笑い、それをガブリールは半眼で眺めた。暫くして落ち着いたのか、フェイスレスは呼吸を整えてから口を開く。

 

「いやー、笑った笑った。まさかこの世界にも"懸糸傀儡(アレ)"使えるような奴がいるなんてねぇ。なんとなく覚えがある奴を少し作っといてよかったなぁ!」

 

 その様子には自動人形が強奪されたことに対する反応はまるでなく、ショーを見た後に余韻に浸るような様子であった。

 

「おい、ヤベェだろ。自動人形持ってかれたぞ?」

 

「大丈夫さ。僕の自動人形はこの研究所から離れると、少ししたら勝手に起動するようになってるからね。もし、たくさん持ち出してたら向こうが大変なことになるだろうし、一体だけなら別にあげちゃってもいい気分だなぁ」

 

 尚も思い出したように笑うフェイスレス。それを見ながらガブリールは肩を竦め、先に研究所へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

 斑木研究所から近い街の外れにあった廃ビルをそのまま仮のアジトにした場所。そこの一室に寝かせた自動人形の隣にクロロは座って取り扱い説明書を眺めていた。

 

 他の団員は最初はこちらの自動人形に集まっていたが、今はマチが操作してここまで来た"グリモルディ"という名の懸糸傀儡(マリオネット)の方に集まっている。思わぬ収穫であろう。

 

 死んだ二人については全員悲しみはしたが、強盗を仕掛けている相手に正面から直々に殺されたため、報復や復讐といったことは特にはない。殺し合いをしているのだから殺されもする。ただ、それだけの話だ。

 

「んー……」

 

「――!?」

 

 すると、寝ていた自動人形が突如としてひとりでに起き上がり、クロロは驚いた様子でその一部始終を眺めていた。

 

 それの自動人形は非常に長い金髪をしてカウガールの衣服を纏い、背にライフルを背負った四本腕の女性の自動人形であった。また、額には林檎の模様が描きこまれている。その精巧さ足るや腕が四本でなければ人間だと勘違いしてしまう程だろう。

 

 自動人形は伸びをした後、眠たげな眼でクロロを見つめながら口を開く。

 

「誰だいアンタ……?」

 

「………………ああ。俺はクロロ……クロロ=ルシルフルだ」

 

 あまりにも人間のそれである様子、声、仕草等により思わずクロロは固まるが、気づけば口を開いて自己紹介を行っていた。

 

 自動人形は"そうかい"と一言呟くと、寝かされていた場所から立ち上がる。そして、その場で片手を腰に当てながらやや大袈裟にポージングをすると、そのまま口を開く。

 

 

 

「アタイはジェーン。ライフルの得意な、"ワイルド・ウエスト・ジェーン"だよ」

 

 

 

 ちなみにこの後、愛着が沸いた幻影旅団により、彼女は結局、売られることも、研究所に帰ることもなく、幻影旅団に留まることになる。

 

 また、自動人形故か、トランプやチェス等ゲームの類いに妙に率先的かつ異様に強く、シャルナークが最下位になる確率が跳ね上がることになるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 






ガブリール
 無茶苦茶、口の悪い斑木ふらんの姉に当たる存在。改造人間なのか、人造人間なのかは作中でどちらとも取れるため不明。全身が細かくパーテーションに分けて自身の意思で可動するトランス・フェノメナ能力を持つ実験体。
 HUNTER×HUNTERで近い存在で例えるとほぼモントゥトゥユピーだが、ガブリールは小型核爆弾ですらほぼ無傷というとんでもない生命体のため恐らく上位交換。また、(異物)は体外に放出されるため、貧弱の薔薇涙目である。
 言動に似合わず、かなり頭脳明晰であり、また非常に面白いので7巻の49話ガブ先生は必見。
 どうでもいいが、6巻の表紙で青髪、6巻の同封のポストカードで金髪、8巻の表紙で茶髪と、髪色がどれなのかよく分からない人である。この小説では特に言及しないので好きに思い浮かべよう。



ワイルド・ウエスト・ジェーン
弾丸よりも速いヴィルマの流星を当てられて相討ちになった方。消去法で選んだ個人的に一番、さらっと旅団にいても違和感の無さそうな自動人形。




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ヨークシンとマフィア

どうもちゅーに菌or病魔です。

 フランケン・ふらんとフェイスレスでお気に入りが1000件を越えてビックリしております。特に感想を見る限り、フランケン・ふらんを知っている方々が沢山いて嬉しい限りです。
 知らない方々に内容を説明すると、"ふらんさんのオカゲで病気が治っていろんな人が救われて、みんなが幸福になる愛と感動のストーリー"なのでオススメの作品ですよ!(笑顔)




 

 

 

 

 ヨークシンドリームオークション。年に一度開催される世界最大の大競り市である。

 

 9月初頭から10日間の日程中に公式の競りだけでも数十兆ジェニーの金が動く。昨日一万で競り落とした品物が、明日には一億で売れることもあるという、一攫千金の夢の市である。その中で最大のオークションはサザンピースオークションと言われている。

 

 その一方。数万点に及ぶオークションハウスに紛れ、犯罪に関わる物のみを扱う闇のオークションも多数存在する。その最たるは十老頭が主催するマフィアによる地下競売(アンダーグラウンドオークション)だ。

 

 これに関してはヨークシンの街ぐるみで行われており、警察等の組織も荷担している。寧ろ、裏のサザンピースオークションといっても過言ではないだろう。

 

 そして、斑木研究所の者たちがこの時期にヨークシンに来ているのも無論、オークションに関係する。というより――。

 

 

「ヨークシンドリームオークションの開催中だけ市やマフィアからの直々の依頼で常駐医師として来てるって……本当にフェイスレスと、ふらんさんは大物なんだなぁ……」

 

「オークションに白熱し過ぎて倒れたり、病気を押しても来たがる富豪の方々とか。小競り合いで撃たれるマフィアの方々とか結構たくさんいらっしゃいますからねぇ~」

 

「みーんな金銭感覚がガバガバになってる時期だから稼ぎ時でもあるからねぇ」

 

 

 現在、ヨークシンで最も有名かつ高額なホテルの敷地内に建てられた別荘のような施設へ機材の搬入を手伝い終えたレオリオは、最早達観したような目で二人を眺めていた。

 

 研究所の外では伝説かつ幻の存在であるが、研究所内では気さくな爺さんと、ちょっとアレな娘なので時々忘れそうになるのであろう。

 

「まあ、僕は開催中は基本的にここにずっといるからね。何かあったら電話か、直接ここに来てくれればいいよ。君の友達なら無料で再生してあげるよん。早速、友達に会いに行ってあげなさいな」

 

「おう、そうするぜ! ……って縁起でもねぇよ!?」

 

「ははは! ばいび~」

 

 そう挨拶を終え、レオリオはヨークシンの街へと繰り出して行った。それを手を振って見送ったフェイスレスはふらんへと向き直る。

 

「それでふらんクンたちはどうする? いつもそうだけど、サザンピースや地下競売の前はそんなに急患も来ないし、オークション期間でもだいたい僕一人で回せるから別に何しててもいいんだぜい!」

 

 フェイスレスはふらんとその隣にいるヴェロニカとアドレアの全員にそう声を掛けた。その様子は子供に遊んで来ていいと諭しているようである。

 

「そうですねぇ。それならお言葉に甘えて大きなオークションの前に私たちは――」 

 

 ふらんは少し楽しげな様子で口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふらんちゃーん! ひっさしぶりぃ!」

 

「お久しぶりです"ネオン"さん~」

 

 ヨークシンに到着してから1日と少し経った頃。ふらんは水色の髪をした同じくらいの体格の少女に抱き着かれてた。少女がかなり体重を掛けてきているため、ふらんはぷるぷると震えており今にも倒れそうである。

 

「ヴェロニカちゃんと、アドレアちゃんもおひさー! 入って入って!」

 

 ここはマフィアのひとつ。"ノストラード"(ファミリー)のダミー会社が経営するホテルのひとつであり、そのスイートルームに泊まっている少女――"ネオン・ノストラード"に三人は会いに来たのだ。

 

 ネオンに案内されるまま三人は部屋に入ると、ベッド周辺の場所が強盗にでもあったかのように辺りにモノが散乱しているのがわかった。

 

 その近くの窓際には彫りの深い顔の男が座り込んでおり、こちらに気がつくと立ち上がって頭を下げて来る。

 

「すみません、斑木ふらん様方。少々取り込み中でして、ろくな対応も出来ず……」

 

「お久し振りです。ダルツォルネさん。おかまいなく~。小さな怪獣が暴れてたんですねぇ」

 

「もう! そんなことないわよ!」

 

 そう言いながら少し恥ずかしそうに頬を染めるネオン。そのままネオンは三人を近くのテーブルの回りに誘導し、四人全員が席についた。

 

 ネオンとふらんたちとの関係は非常に単純なもの。"友人"である。

 

 ネオンは人体収集家という凡そ同じ年頃の少女がしているような趣味からは掛け離れた趣味をしているのだが、それが高じ、紆余曲折あった末、友人という間柄になったのだ。

 

 まあ、ブラックジャックに笑うセールスマンを足したような存在であるふらんと話の合うような少女がマトモな少女であるハズがなく、ネオンは人体収集家であるという一面を除けば、活発で年相応の少女であり、ヴェロニカやアドレアとも友好を築いている。

 

 ネオンの親からすれば斑木研究所の斑木ふらんという少女は、医療を通して各国の要人や、裏世界の顔役に太いパイプを持つため、率先的に関わって欲しい相手であり、このように簡単に会うことが可能だ。

 

「ふらんちゃん! アドレアちゃんの()()見ていい?」

 

「いいですよぉ。でも触れないでくださいね」

 

 アドレアは着ている洋服を脱ぐと、顔以外の全身を覆う包帯を外す。するとそこには体中に付着したチャックがあった。更にアドレアがチャックを開けると、そこには赤々とした大量の臓器が詰まっていた。

 

 アドレアはフェイスレスが改造を施した臓器携帯人間であり、体内に人体の様々な臓器を格納している。包帯の下には体中に付着したチャックがあり、そこから各部位の内臓を取り出し、臓器移植等の手術をする際に提供するようになっている。また、顔に当たる部分には無数の触手があり、そこから取り込むことで臓器を収納出来るようになっているのである。

 

「わぁ……いつ見てもスゴいなぁ……ホントどういう仕組みなんだろう」

 

「それを知るには生命工学の勉強が必要ですよ~」

 

「それはヤだなぁ……」

 

 ネオンはアドレアの中に収納されている臓器や筋繊維をうっとりした表情て見つめつつも、勉強という単語には嫌そうな顔をした。

 

 

 

 

 その後、ネオンはヴェロニカとも会話をし、ふらんの腕や頭を外したりと色々していたが、ある時思い出したかのように言葉を荒げる。

 

「そうだっ! ヒドいんだよ聞いてよー!」

 

「はあ?」

 

 その様子に近くで静観していたダルツォルネの表情が、思い出してしまったかと言わんばかりの様子で曇った。その内容は行く予定であった今年行われるマフィアの地下競売に連れて行って貰えないという話である。

 

「私は地下競売ぐらいなら行っても問題はないと思うのですが……。入り口で銃やナイフはぜんぶ取り上げられますし、マフィアの方々も競売場で何か起こすような可能性は薄いのではないでしょうか?」

 

「やっぱりそうだよね!」

 

「ならヴェロニカでも――」

 

「ふらん様。少しいいでしょうか?」 

 

 首を傾げながらネオンに賛同し始めるふらん。その光景に不味いと感じたのか、ダルツォルネが会話に入って止めに入り、"少々お伝えしておきたいことがあります"と言って来る。

 

「はい? わかりましたぁ。ネオンさん、少しダルツォルネさんと話をして来るので、頭を戻してくれませんか?」

 

「はーい!」

 

 ネオンはそれまでぬいぐるみのように抱き締めていたふらんの頭部をふらんの体へと渡す。するとふらんの体はボタン付けでも行っているような慣れた手つきで首と体の接合面を縫合して元の姿へと戻った。

 

「じゃあ、行きましょうかぁ?」

 

「は、はい」

 

 "いつ見てもこの人は慣れない"とダルツォルネは内心で苦笑いを浮かべつつ、その場からふらんを連れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで話とはなんでしょうかぁ?」

 

「実は――」

 

 ふらんをスイートルームのネオンがいたところとは別の一室に連れて行くと、ダルツォルネは紙を1枚差し出す。

 

 

何もかもが値上がりする地下室

そこがあなたの寝床となってしまう

上がっていない階段を降りてはいけない

他人と数字を競ってもいけない

 

 

 それは奇妙な詩の写しのようであり、ふらんはそれに覚えがあるのか目を丸くした。

 

「これは……ネオンさんの"天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)"の占い結果ですか?」

 

 ラブリーゴーストライターとは、自動書記による四行詩という形式で、他者の未来を占う特質系能力である。予言を書き込む紙に、相手の名前・生年月日・血液型を書いてもらい、本人もしくは本人の写真を目の前に置くことで、占いが可能。そして、予言詩は4~5つの四行詩から成り、その月の週ごとに起こる出来事を暗示している。 

 

 ノストラード組はネオンのこの念能力で金を稼ぎ、急速に成長したと言っても過言ではない。それ故に、ノストラード組を妬む他のマフィアも非常に多いのだ。

 

「それと同じくだりの詩が四篇、顧客のマフィアから出たんです」

 

「競う上に値上がりする地下室は地下競売……それからこの結果を省みると、何らかの原因により、そこにいる方々が大量に死ぬようなことが起こるのですね……」

 

「そう読み取れますね。なので――」

 

 ふらんが悲壮な様子で目を伏せたため、ダルツォルネはその様子に理解して貰えたと感じ、ネオンを地下競売に行かせないで欲しいと言おうとした瞬間、ふらんは顔を上げた。

 

「なるほど! ならば私の出番ですね!」

 

 ふらんはそう宣言し、決意を秘めた表情で拳を作る。彼女の身内ならばわかったであろう。こうなった彼女は、治療を行うまで決して止まることもなくなるということを。

 

「人が死ぬとわかっているのならば、助けなければなりません!」

 

「え……? いや、その……」

 

「教えていただき、ありがとうございます。ダルツォルネさん! 私、地下競売に行って参ります! ヴェロニカ! アドレア! 準備して!」

 

 ダルツォルネはふらんの様子と行動に驚きながらも彼女を止めようと思考を巡らせるが、最早後の祭り。こうなった彼女は極端に他人の話を聞かなくなるため、既に手遅れてある。

 

 そもそもフェイスレス経由で地下競売を止める等という根本的な解決の選択肢が最初から頭に存在せず、負傷者や死傷者が出た場合に治療するということにしか意識を向けていないのが、斑木ふらんという頭のネジの外れた人造人間なのであった。

 

 

 

 






~次回予告~

ふらん「助けられる命は全て助ける! 術式を開始する!」

幻影旅団「ええ……(困惑)」




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地下競売

どうもちゅーに菌or病魔です。


すみません、ちょっとこの小説での自動人形の黄金律についての設定の変更です。


黄金律(ゴールデンルール)は纏及び絶を除く念の使用は武器と判断するようにしてもある。
↓ ↓ ↓

黄金律(ゴールデンルール)は発の使用を武器と判断するようにしてもある。

実質ナーフですが、こっちの方が小説の見せ方的に書いていて面白いなと感じたので、このように変更しました。




 

 

 

「うーん……」

 

 フェイスレスはヨークシンにある医師としての待機場所に置いてある社長が座るような回転椅子に座り、足でぐるぐると回転させながら唸っていた。

 

「猫に牡丹、平和が一番なんだけどねぇ……」

 

 その呟きと共にフェイスレスは椅子を回すのを止め、デスクに向き合うと溜め息を吐く。

 

 

「フェイスレス様。どうかなさいましたか?」

 

 

 するとそんなフェイスレスの様子を案じたのか、一体の自動人形(オートマータ)が彼の背後に現れた。フェイスレスはそれに体を向けると浮かない表情で口を開いた。

 

 その自動人形はフェイスレスが一応、自身の護衛として外出中に護衛に付けている自動人形の一体である。

 

 フェイスレスは自動人形を死蔵しているような状態であるが、実際には微妙に異なる。というのも昔から助手として一部の自動人形が時折起動されることはあり、最近では最も顕著になったのはふらん及びヴェロニカとヴェロニカの先代に当たる存在が造られてからであろう。

 

 彼女らはフェイスレスが基本的に護衛など必要ない戦闘力を持っているにも関わらず、博士に何かがあったら人類の損失やら、突然フラりと出歩いたまま消えないで欲しいやらと、彼のためを思って言ってくるのだ。そのため、ヴェロニカが実質ふらんの護衛になった今では、彼が外出するときあるいは外出先で一人になる場合には、必ず一体は自動人形を持ち込んで護衛に付けているのである。

 

「いやー、さっきヴェロニカくんから電話が来てさ。なんでも地下競売(アンダーグラウンドオークション)で大量にマフィアの死傷者が出る予言があったから、人助けのためにそこへふらんクンが向かうんだってさ」

 

「…………………………はあ?」

 

 自動人形は聞いたことが若干理解出来ないといった様子で呟きつつ首を傾げる。死地に嬉々として自ら向かっているのだからその反応も当然だろう。

 

「普通に考えて、仮に旅団(クモ)相手なら流石にヤバいよねぇ……。ヴェロニカくんじゃあ、精々2~3人を相手取るのが限度だろうし。ふらんクンもアドレアくんも戦闘能力は皆無だしなぁ……むー、かといって僕とふらんクンの両方がここを離れるのは規約違反だしぃ」

 

「では、ふらん様にフェイスレス様が止めるように言えばいいのではありませんか?」

 

「んー、彼女ほら……善意だけで行動してるから僕としても止めにくいんだよねぇ。ああ見えて、何かの拍子で人間を手術しないで見殺しにしたりすると後で無茶苦茶悔やむような優しい娘だしなぁ……」

 

「そうですか」

 

 要は娘の意思を尊重してやりたいという親バカな意識なのだが、そこそこ筋は通っているため、自動人形がそれに大して大きく言えることは特にはなかった。

 

「では、"わたし"におまかせを。必ずやふらん様の障害を全てを打ち崩しましょう」

 

「え、ホント? じゃあ、任せるね」

 

 フェイスレスはそんな軽いノリで今回のヨークシンで自身の護衛をしている一体の自動人形を差し向けたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下競売(アンダーグラウンドオークション)のお宝。丸ごとかっさらう」

 

 ヨークシン郊外のゴーストタウン化して随分時間の経ったビル群の一角。その場所で幻影旅団団長のクロロは13人の団員全員を目の前にそう宣言した。

 

 それを聞いた中でも特にウボォーギンが感銘の声を上げる。

 

「あはははは! そりゃいいね! なんだい団長。慈善事業でも始めたのかい?」

 

 そんな中で、カウガールの衣服を纏う金髪の自動人形――ワイルド・ウエスト・ジェーンはどこか小馬鹿にしたようにそう呟いた。

 

 彼女を入れて数を数え直すと、幻影旅団は13人と1体がいることになる。それは単純に彼女が自己申告で幻影旅団が所有する物として扱われているためであり、彼女は腕の一本に蜘蛛の刺青――というより塗装がしてあるが、番号が刻まれていないのはそのためである。

 

「ジェーン……何か文句あるか?」

 

「いやいや、滅相もないさね。寧ろ好都合だよ。この街にいるマフィアどもを全員蜂の巣にしたっていいんだろう?」

 

 ジェーンの癪に触る物言いをフェイタンは咎めるが、依然として楽しみで仕方ないといった様子でジェーンは笑い、なに食わぬ顔をしている。

 

 まあ、幻影旅団の共通の認識として、それはいつものことなのでそれ以上言われることもない。そして、ジェーンは小さく笑うとまた口を開いた。

 

 

「それってとっても"人類の幸福"になるじゃないかい!」

 

 

 それすなわち、自動人形は芸人あるいは道化師であるのと同様に全ての自動人形の存在意義であり、"黄金律(ゴールデンルール)にも刻まれた人類の幸福"に帰結する。

 

 悪党と悪党の喰らい合い。それは最終的にどちらかが潰れ、どちらかが残る。あるいは互いに消耗し、喰らい合えなくなるまで続くだろう。そして、どちらが死のうが滅ぼうが、ゴミがゴミらしく消えるだけの話だ。つまりはどうなろうと世界が少しだけ綺麗になるのである。

 

 ましてや、この世界で旅団が盗み出す程の宝を持つような相手は、基本的にカタギではなく、何らかの裏の顔を持つものがほとんどだ。

 

 そして、更に言えばその数も理由に上げられる。

 

 幻影旅団の数はたったの13人。ジェーンを含めても14人だ。また、彼らはただの盗賊。テロリストでもなければ、反政府軍でも、悪の秘密結社でもない。如何に彼らが優れた念能力者であろうと、その被害は累計したところでも高が知れている。

 

 それに比べてマフィアの数は莫大であり、彼らがこれまで何れ程の人命を奪い、苦しめ、辱しめ続けてきたというのか。その被害は幻影旅団が殺してきた人間など比べ物にならないだろう。

 

 故にジェーンの中の"人類の幸福(意思)"は、こう指し示した。

 

 

 "幻影旅団に加勢して、ゴミを掃除するのが人類の幸福につながる"と。

 

 

 大は小を兼ねる。人類の幸福という果てしなく、終わりもない目標の前に幻影旅団が気紛れで殺す無辜の人々など、微々たるモノだ。だからこそ彼らは所詮、A級首止まり。人類という大きな括りならば貧者の薔薇を抱えるテロリストの方が余程に恐ろしく、危険であろう。

 

 ジェーンによれば、基本的にほぼ全ての自動人形がその黄金律のために似たような選択を取るらしく、また彼女はとても意欲的に幻影旅団の仕事の集まりにほぼ全て出席しているため、創造主のフェイスレスという男の歪みっぷりが幻影旅団でもよくわかり、二度と本気で相手をしたくないと考えるのも妥当と言える。

 

 何はともあれいつも通り、幻影旅団の仕事が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦はこうだ。数人で地下競売を襲い、お宝をかっさらったところでマフィアにもわかるように小型気球で逃げ、広い場所に誘導して追って来たマフィアを一網打尽にする。馬鹿らしい程、非常にわかりやすい戦争である。

 

 ちなみにジェーンは小型気球の積載重量の関係で乗れるか怪しかったため、最初から気球の到着予定地点で待っている手筈になっている。

 

「始まりましたよー」

 

《ああ》

 

《あいよ》

 

 ジェーンと通信を繋いでおり、役割の少ない襲撃班のひとり――シズク=ムラサキから間延びした声と共にフランクリンの俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)によるけたたましい音が響き渡り、向こうにも特に考えずとも状況が想像出来ことだろう。

 

 ちなみにこの通信は襲撃班のシズク、襲撃班でも既に気球での移動地点にいるジェーン、待機班の団長との三者でなされている。最近の携帯端末の通信機能は便利なものだ。

 

《ん……? ダブルマシンガンの音質が変わったね。断続的になったよ》

 

「そうですか?」

 

《一応、確認してみてくれ》

 

 ダブルマシンガンの音に若干の違和感を覚えたジェーンはそう呟き、団長の指示でオークション会場の唯一の出入り口の外に立つシズクは扉を開けた。

 

 その直後、中の光景――というよりある一点に注目してシズクは声を上げる。

 

「………………うわぁ」

 

《どうした?》

 

「いや、マフィアは沢山死んでるんですけど、鎌や解体道具みたいな武器を両手に3~4本ずつ持った少女と、フェイタンさんと、フランクリンさんが戦ってます。後、マフィア達を…………手術? してるのかな、あれ。手術している少女がいます。何してるんですかあれ……」

 

《………………》

 

《………………》

 

 それを聞かされたクロロとジェーンはそれぞれ思い当たる節があるのか沈黙する。

 

《シズク、戦ってる方は黒いコートを着て顔にバツ印の縫い跡、手術している方は金髪で口裂け女みたいな縫い跡がある奴じゃないかい……?》

 

「えーと、前者はそうだと思いますけど、後者は金髪ですけど私からは後ろ向いているので断定は――」

 

《頭に電極みたいのないかい?》

 

「ありますね」

 

《マジかぁ……"斑木ふらん"と"ヴェロニカ"じゃんか……》

 

《ワオ、ビンゴ!》

 

《アイツら死神みたいな奴らだからなぁ……たまに仕事先で出くわしては面倒なことばかり起きるんだ……》

 

《二人が死神ならフェイスレス様は?》

 

《ハデス》

 

《ははは、違いないねえ!》

 

 ジェーンの楽しんでいるような反応と、クロロのやってしまったといった様子の反応に、幻影旅団としては日の浅いシズクは首を傾げながらも何かした方がいいのかと考える。

 

「加勢しますか?」

 

《いや、加勢はしなくていい。シズクではヴェロニカ相手にもって数秒だろう。保管庫を確認しに行った連中を待ってくれ》

 

「そうですね。わかりました」

 

 フェイタンとフランクリンが交戦しているヴェロニカは、シズクから見てもかなり逸脱した戦闘能力を持っていた。最早、鉤爪でも構えているように見える両手の武器を振るい、その状態で全身のあらゆる場所から暗器を飛ばしつつ、炎まで吐き、その上でフェイタンの倍以上の速度で血塗れの会場を駆けている。

 

 はっきり言ってヴェロニカは念能力者というよりも兵器のようであり、それに対応出来ているフェイタンとフランクリンが純粋に凄いとシズクは思った。

 

 そんな時である。

 

「すまない、横を失礼する」

 

「あ、すいません」

 

 扉の中央に立つシズクに対して、とてつもなく自然に声を掛けられたため、シズクは思わず邪魔になっていると普通に考えて返答しつつ場所を譲った。その人物は軽く会釈するとそのままあらゆる意味で戦場と化しているオークション会場へと入って行く。

 

「あ、譲っちゃった……」

 

《待て、今のは誰だ?》

 

《今の声はまさか……!》

 

 珍しく酷く驚いた様子のジェーンの声がシズクの耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、ヴェロニカはとても焦っていた。

 

 地下競売にわざわざ出向き、案の定と言うべきか幻影旅団に襲撃されるのはわかっていたが、それでも想像以上に幻影旅団が強かったのである。ヴェロニカひとりの場合なら寧ろ楽しんで戦えたものだが――。

 

 

「ウェヒヒヒヒヒヒ!」

 

 

 時折、奇っ怪な声を上げながら自身の後ろでほとんどこちらの戦闘を気にせずに手術を続け、気色悪いほど目を輝かせている(ふらん)を見るとそうもいかない。

 

 また、ノストラード組のトチーノ、イワレンコフ、ヴェーゼと数人の他の組のマフィアは、ふらんとアドレアに当たるフランクリンのダブルマシンガンを全てヴェロニカが武器を回転させて防いだ時に、その後ろに偶々居たために今のところは全員生存している。

 

 しかし、唯一の出入り口に携帯端末を耳に当てながら掃除機のような何かを持って立っている幻影旅団の団員が1名いるため、ふらんの回りに固まりながら出るに出れないでいた。

 

 そして、立っているだけのマフィア達をふらんは使い、助手代わりに手術の道具の引き出しの手伝いや、まだ再生可能そうなマフィアと逆に脳が完全に吹き飛ばされて再生の難しい人体を集めさせている。

 

 生き残ったマフィアにとっては、旅団とヴェロニカ()は地獄、ふらんと手術()も地獄であろう。

 

 言うまでもないと思うが、斑木研究所におけるヴェロニカの最大の特徴は、人造人間にも関わらず、斑木研究所にあるまじきレベルで極めて常識人なところである。

 

「お前も大変ね。お祓い勧めるよ」

 

「同情するなチクショウ!?」

 

 ニヤリと歪められた目を向けて鼻で嗤いつつ傘に仕込まれた剣でヴェロニカと切り結ぶフェイタン。ヴェロニカは右手の武器でフェイタンと応戦しつつ、左手の武器でフランクリンのダブルマシンガンを防ぎつつ暗器を放って応戦していた。

 

 ちなみにヴェロニカの指に多数の細菌兵器が仕込んであることは、ふらんとの出先で何度か交戦したり、ハンター専用サイトに載っていたりするため、既に幻影旅団からすると周知の事実である。故にヴェロニカに深入りせず、適度に攻撃と撤退を繰り返しているため、全く隙がない。その上、フェイタンは鈍っていた体が温まってきたようで徐々に加速しており、今ではヴェロニカの半分程の速度に達している。

 

(流石にキツい……!)

 

 ちなみに会場のマフィアは武器と共に通信端末なども回収されているため、外のマフィアが気づいて乗り込んでくるまで、ヴェロニカはずっとこの状態だ。

 

 それでも一切、後方の人間に被害が出ないようにした上で、幻影旅団の二人を抑え込んでいる辺りは、流石の性能と言える。

 

 そんな折だった。

 

 

「助太刀するぞ。ヴェロニカ」

 

 

 交戦しているヴェロニカとフェイタンの真横に、"全身をロングコートや帽子で覆った目深の自動人形"が突如として現れたのである。

 

「クソが……! 自動人形か!?」

 

 自動人形は微妙に人間とオーラの質が異なる。それこそ卓越した念能力者が自動人形と共に長い期間を過ごしてようやく気がつくようなレベルだが、自動人形と過ごしている幻影旅団の多くは違いが理解出来た。

 

 フェイタンは悪態を吐きながら距離を取るために後ろへ飛び退こうと動く。

 

 しかし、既に間近まで迫っていた自動人形の方が先に行動し、獣の牙や顎のように構えられたオーラを纏う掌が襲い掛かった。

 

 フェイタンは自動人形の手を剣を盾にして受け止めようと構えたが、自動人形の手は紙でも裂くようにフェイタンの周で強化された剣を両断し、そのままの勢いでフェイタンの首を通り過ぎる。

 

「が――!?」

 

 結果、フェイタンの首が飛ぶ。先に体が糸を失ったからくり人形のように地面に叩き付けられ、遅れて頭部がマフィア達で血濡れの床に落ち、水音を立てた。

 

「ククッ、"虎咬拳(ここうけん)"……中々悪くない」

 

「フェ……フェイタァァァン!? てめぇ!?」

 

 仲間を目の前で失ったフランクリンは慟哭と共に両腕を自動人形へと構え、ダブルマシンガンを掃射する。

 

 その瞬間、自動人形の目が笑みを浮かべているように妖しく輝き、たった一歩の跳躍で、十数m先にいたフランクリンが視認出来ない速度で懐に潜り込んでいた。また、さっきとは異なる何かの武術の構えをしており、即座に何かが放たれるのは明白である。

 

「しまっ――!?」

 

 ジェーンによって、黄金律の特性を知っていたにも関わらず、頭に血が登ったことで発を使用してしまったことを悔いるが、既に手遅れ。自動人形は攻撃の体勢に入っており、最早逃れる術はない。

 

 

 

「"止まりなさいブリゲッラ!" ブリゲッラ・カヴィッキオ・ダ・ヴァル・ブレンバーナさん!」

 

 

 

 しかし、叫ぶように吐かれたふらんの言葉に攻撃体勢にあった自動人形――ブリゲッラの行動が止められたかのように静止する。ブリゲッラの目には驚きの感情が浮かんでいた。

 

 そして、フランクリンも状況が呑み込めない中、ブリゲッラが動き出すと、そのままフランクリンを無視してふらんの目の前に立つ。

 

「ふらん様。なぜ、止めるのですか? わたしはあなたを守ろうと――」

 

「そう易々と人殺しをしないでください! あなたもヴェロニカと同じように博愛を学ぶべきですね。それはそうと、今殺した方、まだ繋がりますから早く持って来てください」

 

「――――えぇ……」

 

 ブリゲッラは非常に困惑した様子で呟く。そして、渋々といった様子でフェイタンの体と頭を抱えると、ふらんの前に差し出す。

 

 最早、生き残ったマフィアも、ヴェロニカも、フランクリンもその異様な光景を静観するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、やっぱりこうなっちまったかい……」

 

《何か理由があるのか……?》

 

 一部始終を目撃しているシズクの説明により、オークション会場内の様子を知るクロロとジェーンは何とも言えない様子で会話を行っている。

 

「別に言わなかった訳じゃないさ。今まで言っても特に意味無かったから言わなかっただけさね」

 

 クロロの問いにジェーンはそう釈明しつつ小さく溜め息を吐いてから呟く。

 

「ほら、自動人形って人類の幸福のために造られたろ? で、ふらん様は名実共に科学の発展と人類の幸福に創造主(フェイスレス)様の次に貢献しているんだよ。そんなお方に黄金律を持つ自動人形(アタイら)が逆らえると思うかい……?」

 

《なるほど……》

 

 つまりは全ての自動人形は基本的に斑木ふらんの命令には逆らえないらしい。機械故であるが、難儀なものであろう。

 

「ふらん様にフェイタンを再生して貰ったらさっさとずらかりな。関わるだけアンタらには不利益だよ」

 

《そうしよう……シズク頼む》

 

《はい。あ、繋げ終えたみたいです。貰ってきますね》

 

 再生し終えたフェイタンの回収に小走りで向かうシズクの足音を聞きながらジェーンはやや大袈裟に天を仰いだ。

 

 

 

 

 ちなみにしっかりと治療費に3000万ジェニーを請求されたので、シズクはフェイタンにツケておいたとのことである。

 

 

 

 

 

 





ブリゲッラ・カヴィッキオ・ダ・ヴァル・ブレンバーナ
 名前が長い自動人形。最後の四人のひとり。目元や髪型がとても中性的な容姿をしているが、一応は彼。様々な武術を極める変わり者の自動人形であり、その戦闘も武術によって行う戦闘狂。無論、実力も自動人形では最高クラスに当たる。
 しかし、この小説では回りがアレ過ぎるため、相対的常識人である。


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