ゼノブレイド2×逆行(仮題) (フトモモ族ヒカリ派の人)
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逆行

 「うわぁぁぁ!?」

 

 少年は叫ぶ。

 体を襲う風圧と、頭を揺さぶる重力──浮遊感に負けないように。

 本能が忌避する、落下という行為。11メートル辺りから恐怖を覚えるというが、少年が不運にも足を踏み外したのはもっと上──世界樹と呼ばれる、雲海の遥か上方に聳える高空からだ。

 

 少年は眼下に広がる雲海を見て、それからせめて仲間たちと、大切なパートナーの顔を見ておこうと上を見て──

 

 「レックス!!」

 「何諦めとんねん、ボン!!」

 「手を伸ばせ!!」

 「レックス!! 諦めちゃ駄目だ!!」

 「アニキ!!」

 

 「みんな···!?」

 

 絶望した。

 ここまで一緒に戦ってきた仲間たちが、自分を助けようとしてか、或いは自分を信じてか、足場から身を踊らせて、或いは存在しない足場に踏み出して、共に眼下の雲海へと落下して──

 

 「いや、だ」

 「レックスっ!!」

 

 空中でホムラに抱きしめられる。

 だが、それは感傷を満たす以外に意味のない行為だ。せめて空を飛べる──

 

 「ホムラ、あの力を──ホムラ?」

 

 ホムラは驚愕と絶望を宿した目で眼下を見つめていた。レックスもつられて視線を下げ──

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「うわぁぁぁっ!?」

 「きゃぁっ!? どうしたんですか、レックス」

 

 レックスが跳ね起きたとき、目の前にあったホムラの胸と顔。

 既知感に苛まれながら周囲を見渡すと、そこはいつぞやの湿地──グーラの巨神獣の背中だった。

 

 「え、え? なんで、ここ、グーラ···?」

 「ここに来たことがあるんですか? レックス」

 「え···何言ってるんだ、ホムラ、ここは···」

 

 ふと自分の腕が目に入り、違和感を覚える。

 黒いインナーと、青い外装。それは間違いなくレックスのサルベージャースーツであったが、もはや着ることの無かったハズのものでもある。

 その服は、ホムラとヒカリの全てを受け入れたときに得た力、世界を意のままに操るホムリ···或いはヒカラの力で「カッコいい」ものに変わったはずだからだ。

 

 「まさか」

 

 レックスは振り返り、もう一度振り返り、更に振り返り。

 

 「あぁもう!」

 

 ヘルメットを外して確認する。

 そこにずっと居た筈の保護者が、小さな巨神獣セイリュウが不在だった。

 

 「嘘、だろ···」

 「レックス···大丈夫ですか?」

 

 明らかに挙動不審なレックスを心配して、ホムラが声をかける。レックスは我に返ると、ホムラに真剣な眼差しを向けた。

 

 「ホムラ、確認なんだけど···オレのこと覚えてる?」

 「? もちろんです。 レックス、ですよね?」

 「違う、そうじゃなくて、えっと···オレの好物とか、オレの住んでた村の名前とか!!」

 「···」

 

 驚いたように目を見開くホムラ。レックスは期待混じりに見つめ返すが、ホムラの返答は否定だった。

 

 「ごめんなさい、レックス。命を共有してはいても、記憶までは···」

 「···あ、あぁ。いや、いいんだ。これから知っていけば良いんだしさ···そ、そうだ、じっちゃんを探さないと」

 

 予期してはいた。だがそれを受け止めるには、レックスのこころは未熟に過ぎた。

 

 ふらふらと、しかし方向を違うことなくセイリュウが落下した方に向かうレックスを、ホムラは心配そうに見つめながら後を追った。

 

 (どうなってるのかは分からない。けど···時間が巻き戻ってる、んだよな?)

 

 幸いにして、技術や経験は忘れていない。だが──

 

 「GAAA!!」

 

 威嚇の声を上げて突っ込んできたカエル型のモンスターを見るに、レベルは巻き戻っているようだ。

 数々のネームドモンスターを、そしてシンとメツという強敵を倒してきたレックスは、何分割もされた一秒の中で思考し、剣を構える。ホムラが焦ってエネルギーを供給しようとするが──

 

 「レックス、戻って!!」

 

 ──届かない。

 

 

 



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2

 エーテル供給路。ブレイドがドライバーにエネルギーを供給するための(パス)の長さは、培った絆の深さによって伸縮する。絆を深めれば深めるほど伸びるそれを、誰が呼んだか『キズナ』とも言う。

 ホムラとヒカリと一緒に旅をして、ここに戻る寸前のキズナ距離は10メートルはあった。

 だが今はほぼ初対面で、ホムラの別人格であるヒカリとは顔合わせすらしていない。そんな状態で、何度も一緒に死線を潜り抜けてきた時ほどの絆があるものか?

 

 結果を見れば、それはすぐに理解できる。

 悲痛な声を上げるホムラ。

 思い通りの動きをしないレックスの身体。

 飛びかかってきたカエルは、全盛期のレックスの何十倍も遅く、今のレックスの何倍も早く、重い。

 

 「アンカーショット!!」

 

 咄嗟にホムラの側に生えていた木にワイヤーを打ち込み、距離を取る。

 今まで通りに戦ったら死ぬ。

 レックスは今の一攻防──いや、一退でそう理解した。

 ホムラからのエネルギー供給を受けながら、かつての自分を、()()()()()()()を想起する。

 あの頃は、『天の聖杯』という莫大な力を得て悦に入っていた。ある種の全能感すら持っていたし、それはインヴィディアでヴァンダムさんを死なせるに至った。ホムラをシンに奪われたこともある。あんな無様は二度と御免だ。

 内心を焦がす激情が、レックスの拳に力を込めた。

 

 「この状況は全く意味分かんないけど···もう、誰も死なせない!!」

 

 かつて恩人を死なせたとき、そう誓った。

 今は、その恩人すら助けられるかもしれなかった。

 パートナーが自分を忘れているというのは何とも悲しいが、思い出はまた作ればいい。

 

 そう、レックスは自分に言い聞かせた。

 

 「ホムラ、行くよ!」

 「はい、レックス!」

 

 それから、レックスは思い出すように剣を振った。

 姿勢を戻しやすい攻撃、必ず仕留める攻撃、相手を止める攻撃。

 絶対に防ぐための防御、攻撃に繋げるための防御、相手の邪魔をするための防御。

 一通りの動作を確認し終えたとき、ホムラが叫ぶ。

 

 「レックス、行けます!!」

 「オッケー!!」

 

 キズナが高まり、パスが金色に光る。エネルギーの質と量が共に高まり、パスの接続距離が伸びた証だ。

 

 「「バーニングソード!!」」

 

 剣から吹き出す高温のエーテルが体表を焼き、地面から吹き上がる炎と衝撃が内臓を貫く。消滅していくモンスターを見ながら、レックスは剣を納めた。

 

 「さてと···この後は」

 

 レックスは記憶を辿る。この後セイリュウが巨神獣から小神獣になり、ニアと合流してグーラへ向かう。トラと遭遇···の前に、カグツチ率いるスペルビア軍と戦う羽目になるのだったか。

 

 「なんとかなる、いや、もうちょっとレベルを上げた方がいいかな···?」

 

 ぶっちゃけこの周囲の敵となら、レベル差があっても問題にはならない。スペルビアのイカみたいに大きいワケでもないし。ルクスリアのエイみたいに馬鹿げて強いワケでもないし。メツみたいに武器が消滅したりしないし。回避ライジングやら一人ドライバーコンボをしてくるシンほどの技量もないし。

 なんと平和なことか。

 

 「レックス、セイリュウさんの反応はこっちからします。早く···レックス?」

 「いや、ホムラ。もう少し身体を慣らしてから行こう。じっちゃんなら大丈夫だから」

 

 そのうち小さくなってふよふよとこっちに来るかもしれないし。レックスは呑気にそう考える。

 

 

 一時間ほど経った頃、ホムラがしびれを切らしたようにレックスの肩を掴んだ。

 

 「レックス、このくらいにしておきましょう? そろそろセイリュウさんやニアちゃんを探さないと」

 「もうちょっとぐらいいいんじゃない? まだレベルもそんなに上がってないし」

 

 湿地に住むモンスターは、大概が2~4レベル。レックスのレベルは5。ホムラには十分に見えた。・・・だが、レックスの知識は、この湿地で完結していない。もっと強いモンスターが跋扈する巨神獣に行った記憶がある。もっと早く動けた記憶がある。今のままでは絶対に勝てない相手を知っている。今のままでは、救えないひとを知っている。

 

 「レックス?」

 「・・・分かったよ」

 

 ホムラが怒りを見せると、レックスは渋々といった体で武器を納めた。

 

 「この後はどうなるんだっけ・・・? じっちゃんが小さくなって、ニアと合流して、グーラの街に行って・・・トラに会うんだ」

 

 脳裏に「アニキ!!」と呼んでくるノポンの姿が過り、レックスは微笑した。

 ホムラが眉を寄せるが、それには気づかない。

 レックスは覚えていなかった。過去のこの時、ニアがどんな状態に在ったか。

 

 「・・・セイリュウさんが落ちたのは、この辺りのはずですけど」

 「もう小っちゃくなった後なんじゃないの?」

 「ちっちゃく、ですか?」

 

 首を傾げたホムラにちらと視線を向けると、レックスは勝手知ったる湿地を進む。

 

 「そうそう。なんでも、特別な巨神獣にだけできるすごいコトらしいよ」

 「・・・」

 

 能天気に語るレックスに、ホムラはもの言いたげな視線を向けるだけで答えない。レックスは(疑ってるな)とは思ったが、(まぁ、縮んだじっちゃんを見れば分かるでしょ。百聞は一見に如かずってね)とも思い、それ以上は何も言わず歩を進めた。

 

 

 

 数分ののち、レックスは墓標のように突き立つ杭と、明らかに致死量の血を流したセイリュウを見つけた。

 

 



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