そういうところが嫌い (蒼い鳥)
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1話

 

私は本が好き。

誰の邪魔も入らない自分だけの世界が好き。

人は自意識の塊で、自分の理想、自分の欲求、自分のエゴを押し付けてくる。

私もそんな人間の一人で、でも人に押し付けたりはしない。

自分だけ、私一人だけの世界で生きていきたい。

 

だから私は人が嫌いです。

 

 

「もっと真面目に打ちなさい」

「わざと負けるなんて、馬鹿にしてるの?」

「勝たないとお小遣いもお菓子も没収よ」

「なんでそんな打ち方をするの」

「プラマイゼロ…?」

 

 

私は母親が嫌い。

やりたくもない、好きでもない遊びを私に押し付けてくる。

私は読書がしたいのに、麻雀なんてくだらない遊びに付き合わせる。

押し付けがましい、自分本位の理由だけで子供の楽しみを奪う。

麻雀を打たないもお小遣いが減らされる。

お小遣いが減れば、本を買えなくなる。だから不本意ながら付き合った。

なのに勝てば怒り、機嫌が悪くなる。

だから私は負ける事を覚えた。

でも今度はわざと負ければお小遣いを減らすと言う。

勝てば家族の仲は悪くなる、負ければ私の趣味が続けられなくなる。

どうしたって、不和を呼ぶことになるこんな状況。

母親に強く言えない父親も、助けてくれない姉も、全ての原因を作った母親も。

私は家族が大嫌い。

好きでいられる理由も、嫌いにならない理由も無い。

子供の頃はこの世の全てを差し置いて、どんな物よりも自分の家族が嫌いだった。

 

私と父親を置いて引っ越して行った母親と姉。

連絡のひとつも取らず、私は無干渉を貫いている。

父親とだって会話は無い。

出来るなら一人で暮らしたいけど、そこまで裕福な家じゃないから出来もしない。

ゲームひとつで家族を壊す、そんな遊びが麻雀。

だから私は麻雀が大嫌い。

出来るのなら、この世界から無くなってしまえばいいのに。

 

こんな世界だからこそ、当たり障りのないように外面だけは取り繕わないといけない。

嫌いな相手でも思っていることをそのまま言ったらまた面倒なことになるから。

いつだって、どんな時代だって、面の皮が厚い奴が跋扈する。

そんな人とは出来る限り関わり合いたくない。

でもそうもいかないのがこの世界らしい。

 

 

「よーう咲、学食行こうぜ」

「須賀君…私、本読んでるんだけど」

「そんなのは学食でも読めますよ」

 

 

私はこういう強引なところが嫌い。

人の事情も顧みない自分本意で身勝手なところが嫌い。

人の趣味をそんなのと低く見ているところも気にくわない。

自分が望んで陽の当たるベンチで読むようにしているのに、わざわざ学食で読む必要こそ無い。

 

学食に誘われた理由は、女子しか頼めないランチが食べたかったかららしい。

他に仲のいい女子生徒がいるんだから、その人に頼めばいいのに。

私を探し出して連れて来る行動が理解不能だ。

 

何より食事中に携帯を弄っていることも気に入らない。

男子らしい粗暴な性格なんだろうな。行儀が悪くて一緒にいたくない。

 

 

「麻雀って難しいのな」

「……麻雀…?」

「なんだよ咲、麻雀知ってるのか?」

「…私の前で麻雀の話しないで」

「…そうだ、麻雀部に人が足りなくて困ってるんだ」

 

人の話を聞かないも追加された。

どうしてこうなんだろう。

腕を掴まれて旧校舎の方に連れて行かれる。男が無理矢理人気のない方へ女を連れ込む、私が大声を出したらこの人は終わりなんじゃないかって考えたけど…そんな事が起きたらそんな人生なんだって諦めることにしよう。

 

結果到着したのは旧校舎にしてはやけに綺麗な部屋。

麻雀卓があることからここが麻雀部の部室なんだろう。

 

奥からペンギンみたいなぬいぐるみを持った人と、食べ物片手に歩く行儀の悪い人が現れた。

 

 

「お客様ですか?」

「客というか体験入部的な?」

「無理矢理連れて来られただけです」

「ほえ〜…あ、片岡優希だじぇ」

「宮永咲です」

「原村和です。お茶いれますね」

「お構いなく…」

 

 

読書の時間を削ってまで嫌いな麻雀を打つなんて…それにしても牌に触るのなんていつ振りだろう。

 

 

「原村さんは、勝つのと負けるの…どっちが好き?」

「勿論勝つ方に決まってます」

「そう…じゃあ負けてあげるよ」

「わざと負けられて嬉しいわけありません!」

 

 

そう…大体こういう人間ばかり。

勝てるなら勝たせてもらえばいいのに。わざわざ負けるか勝つかの勝負をする必要は無い。貰える勝ちは拾うべきだ。

だから私はこういうタイプの人間が嫌いなんだ。勝ち負けに固執するくせに落ちてる勝ちを拾わない。正々堂々勝負している自分に酔っているだけのどうしようもなく救いようのない人間。

手加減されても気付かないような実力しかないのにあたかも自分は実力で勝っています顔をする。

私は、この人を好きになることは一生無いだろう。

 

 

「そろそろ帰るよ…」

「咲は知ってるだけであんまり強くない感じだな〜」

「見え見えの混一色に振り込んでるんだから素人だじぇ」

 

 

好きなだけ言えばいい。

ここで反論すれば面倒な事になる

例えば、原村さんが本気で打ってください。とか言い出しかねない。

折角勝って気分良さそうなんだから余計なことして引き留められたくない。

 

 

「あはは…素人でごめんね」

「…待ってください」

「……なに?」

「宮永さん…あなたは今確実に、手を抜いて打っていましたね?」

「何を根拠に」

「素人ならば牌の扱いがたどたどしく、牌を倒す事も多少難儀する筈です。理牌にも時間がかかり鳴くことも、多ければ役無しに、もしくは面前で戦うのが殆どだと思います。私の中学校の後輩が現にそうでした」

「牌の扱いが上手い素人だっているでしょ」

「そんなオカルト有り得ません。宮永さんの手付きは明らかに経験者、それもリアルな牌でかなり経験を積んだ。素人がなんの躊躇いもなく嶺上開花を和了する筈がないですし、ゆーきの混一色にもわざと振り込んだのでしょう?」

「なんのこと?」

「いい加減その素人の振りをやめたらどうですか?」

 

 

ああ…やっぱり。

私はこの人が嫌いだ。

人が隠そうとすることを看破するまではいい、でも他人がいるところで吐くのは我慢出来ない。人として頭がどうにかなってる。

 

 

「勝ったのに嫌なの?」

「手加減されて勝つことが嫌なんです」

「手加減なんてしてないよ、あれが私の実力」

「嘘を言わないでください」

「…面倒くさいなぁ…」

「私は、自分の実力で勝ちたいんです。譲られた勝ちなんて一欠片も価値はありせん」

「勝てばいいじゃん。大会で負けたら終わりでも、勝ったあとそんなこと言うの?」

「手加減されているのであれば、言うでしょうね」

 

 

ダメだ。この人は筋金入りの頑固者だ。

私の手には負えない、嫌悪するタイプの人間だ。

自分の理想を人に押し付けて強要する、母親と近しいクズ。

自分の中だけなら許容も出来る。でもその理想を他人にも共感してもらおうと押し付ける行為は許せない。

こういう手合いは認めて退散するのが吉かな。

 

 

「はぁ…そうだよ。私は手加減してた…これでいい?」

「なら、もう一度戦ってください。今度は手加減無しで、本気で」

「やだ。私はもう帰るって言ったでしょ」

「私は諦めません。宮永さんが全力で戦ってくれるまで」

「…ちっ…」

 

 

アテが外れた。

もっと厄介なタイプだった。

思わず舌打ちしちゃったけど、これで関わる気が無くなるならいいんだけど…望み薄だよね。

 

 

「自分の都合を押し付けるな。全部自分の思い通りに進むと思ったら大間違いだよ」

「そんなことは分かっています。でもそうなるように動くことも大事なことです」

「お、おい咲…」

「のどちゃん…」

「知らないよそんなこと。嫌いな麻雀を打って勝たせてあげたのにそこまで文句を言われる筋合いは無い」

「勝たせてあげた。それこそあなたの押し付けです。私が勝たせて欲しいと言いましか?手加減してほしいと言いましたか?あなたの都合で手加減して、勝ちを押し付けるのはやめてください」

 

 

麻雀に関わるとろくなことがない。

昔から知っていた筈なのに、本当なら腕を振り払ってでもここに来ることを避けた方がよかった筈なのに。

どんな時でも、この遊びは私を不幸にする。

幸せな時間を作る努力をしても、出来上がりそうな頃にやってきて壊していく。賽の河原で石を崩す鬼のように。

だったら…私から壊しに行くしかないよね。

 

 

「…わかった。全力で打つよ」

「そうですか…」

「麻雀をやりたく無くなるくらい、徹底的に」



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2話

 

はぁ…面倒臭い。

嫌だ嫌だ。

麻雀っていうものは私を不幸にする。

家族。

姉妹。

友達。

全てを踏み躙ってぶち壊しにする。

これさえ無ければ…こんなものさえ無ければ。

私は幸せに生きていけたのに。

神様って存在は、どうあっても私と麻雀を縛り付けたいらしい。

神様って存在は、どうやっても離れられないように結び付けたいらしい。

そんな碌でもない神様なんて、消えてしまえばいいのに。

人と人を結び付ける神様にだったら、敬意を払ってもいい。

でも…麻雀の神様にだけは憎悪を、嫌悪を、殺意を。

私の悪意の全てを持って、ありったけの憎しみをぶつけてやりたい。

 

 

「私は、麻雀が嫌い」

「私は、そのいい加減な態度が嫌いです」

「私は、あなたの自分勝手な考え方が嫌い」

「私は、あなたの自分本位な考え方が嫌いです」

「私は、幸せそうなあなたが嫌い」

「私は、自分だけが不幸な気でいるあなたが気に食わない」

 

 

水と油。

どう取り繕っても交わることの無い私とこの人。

考え方が合わない。性格が合わない。

思考が噛み合わない。

お互いを嫌いあって、お互いを忌避する。

 

 

「私は、お前が嫌いだ」

「私は、あなたが嫌いです」

 

 

仲良しこよしなんて、絶対に出来ない。

想像するだけで鳥肌が止まらない。

 

 

「お前のその目が…希望に満ち溢れた目が大嫌いだ」

「あなたの独りよがりで頼ることを諦めたような目が心底嫌いです」

「お前に何がわかる…」

「何もわかりませんよ」

「…っ……お前なんかにっ…私の何がわかるんだよ!」

「分かるわけないでしょう! 自分一人で抱え込んで、誰にも寄り掛かることをしなかったあなたの自分勝手なエゴを! 誰が理解できるんですかっ!」

 

 

好き勝手言われても、もう何も思わない。

言葉になんの重みも無い、薄っぺらい軽薄な台詞。

こいつは、相談相手がいる幸せを理解していない。

誰かに頼れることが如何に幸せなことか、理解出来ていない。

頼る人間もいない、一人ぼっちで育った、姉妹すらも奪われた私の事を。

 

 

「偽善者が理想を語るな…どん底まで落ちてから物を言えよ」

「人の底の深さなんてものは人それぞれです。あなただってまだ底まで到達したとは言いきれません」

「…それが理想論だって言ってるんだけど…死にたくなる程の環境にいて、まだ底があるって? 笑わせないで」

「そうでしょう。死にたくなる程、でも死んでいないのだから底とは言いきれませんよ?」

「じゃあ私に死ねって言いたいの?」

「どうしてそう極論しか言わないんですか…その前に、誰かに頼ってみてくださいと言ってるんです」

「だからそんな相手なんてっ」

「いるじゃないですか。須賀君だって、私だっていいんです。誰でも、一度は頼ってもいいじゃないですか」

 

 

簡単に言うけど、私はそんな簡単に頼れない。

血の繋がった姉でさえ、父親や母親でさえ頼れる対象にならなかった。

そんな人間が会ったばかりの他人に頼れなんて土台無理な話。

こいつは無責任で、無遠慮で、無自覚に人の心に割って入ってくる。

 

 

「もういい…こんな話しても無駄だった」

「そうでもないですよ。こんな無駄な話だとしても、あなたがどうして人を拒み続けるのか…少しだけ分かった気がします」

「……知ったような」

「咲」

 

 

今まで黙っていた癖に、話が終わりかけた頃にタイミング悪く入ってくる。

これが男の空気の読めなさかもしれない。

 

 

「俺はそんなに頼りないか?こんなでも中学からの付き合い…って言ってもそんな長くもないか」

「付き合いって…一方的に絡んでくるだけでしょ」

「そうだったか?でも突き放すわけでもなく今までつるんできただろ」

「そうかもしれないけど…」

 

 

突き放しても、気付かずに絡んできただけなのに。

都合よく解釈する考え方をするから嫌いなんだよ。

 

 

「私は人が嫌い。なんでも口を挟んで何も知らないことを知っているかのように語るその根性が嫌い。人の心は自分にしか分からない、それを知らない上で無責任に押し付けてくる価値観が嫌い。人がああ言ったから、他の人はそう、自分はそう。その癖自分が言われると他人とは違う、一緒にするな。言う時と言われた時で対応が変わるから信用ならない。他人にそう言うなら自分がまずそうあるべきなのにね。だから、私はお前達には頼らない。仮に麻雀と関わる人生になっても、人に頼ることなんて絶対に無い」

 

 

何度言われても、私は人を好きになんてなれない。

家族が元に戻らない内は私の心が癒えることも無い。

普通で幸せだった家族を、返してもらうまでは。

 

 

「私、帰る。ここで麻雀を打っても楽しくないし、そもそも麻雀が好きじゃないのに…」

「麻雀が嫌いな理由も…関わっているんですか?」

「…寧ろ主な原因が麻雀だよ、他にも色々あるけど」

「……では、まず麻雀から…好きになる努力をしてみませんか?」

「…気が向いたらね」

「私は待ってますよ。宮永さんがもう一度打ってくれるまで、ここで待っています」

 

 

 



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3話

どうしてだろう。

離れようと思えば思う程その対象は近付いてくる。

何の因果か知らないけれど、麻雀は私にしつこく絡み付く。

やめたい、やりたくない。

何度そう願っても、嫌になるほど押し付けられる。

好きな物ほど手に入らず、嫌いな物は望まなくとも手元に。

払い除けても、捨てても、離れても、いつの間にか返ってくる。

多分世界は、そういう風に出来ている。

この世界のそういう所が、私は嫌いだ。

 

過去も未来も現在も、私の好きなようには生きられない。

嫌々にでも生きなければ望むものは欠片程も手に入らない。

無い無い尽くしの嫌味ったらしいこの世間が、世界が、そうさせてくれない。

どう利口に生きても、無理難題を押し付けられて簡単に瓦解する理想を。

愚行を繰り返してでも理想の為に生きる理念を。

理念に押さえ付けられた理性を。

全てを捨てても手に入らないこの世界の理が、私は嫌いだ。

 

いつだって、どんな時だって、私の前に壁が存在する。

試練と言い直してもいい。今日は、この学校の有名人。

 

 

「あなたが…宮永さんね?」

「…一体誰なんですか」

「学生議会長の竹井よ」

「ああ…それで、何の用ですか」

「学生議会長でもあるし、私は麻雀部の部長でもある。宮永さんの一件は部員から聞かせてもらったわ」

 

 

思った通り口の軽い連中だ。

昨日の今日でその場に居なかった人間に話すとはなんとまあ気遣いも思い遣りも無いものだよ。

まあその程度想定の範囲内だったけどね。

普通なら関わらないと思うけど、この麻雀部の部長…あの部員の上なだけあって似たり寄ったり。下らない仲間意識で私をどうにか麻雀の席に座らせたいのかな。

 

 

「麻雀なら打ちませんよ」

「ありゃ…分かってたか。でもそこをなんとか、ね?」

「私の話、聞いたんですよね。ならその上で麻雀を打てと?嫌いな麻雀を、嫌いな人間達と打てと?」

「押し付けがましくて申し訳ないけど…あなたの実力が知りたいの」

「知ってどうするんですか。少なくとも私が打つメリットは無いですし、打っていて気分がいい人達じゃないんですよ。つまらない人間性の上に大した実力も無くて手加減されていることすら気付かず素人扱い、気付いた人も変に突っかかってくる始末で…どんな部活なんですかあれ」

「それは全面的にこちらが悪いとしか…ごめんなさい…」

「部長のあなたも、私の話聞いたんですよね?それでも打ってほしいって…何考えてるんですか」

「それも私の都合…あなたの…宮永さんの実力を見込んでの話よ。私と一緒に……大会に出て欲しいの」

「嫌です。誰が好き好んであんなクソゲーの大会になんて出るんですか」

「…そこをなんとか…お願いします。私には…今年しか……今しか無いの! 部員が足りなくて現状だと大会には出られない…だからあなたしか頼る人がいないのよ!」

「知りませんよ…残念ですけど、他の人を当たってください」

「二年待った…今やっと、あなたという最後の希望が現れたの。だから…力を貸して欲しい…どんな手段を使っても手に入れたいのっ」

 

 

望まなければ手に入らない…この人はあいつらより愚直に、汚い手を使ってでも力を望む人。

そして…私には出来ない、人を頼るという手段を躊躇いもなく行使出来る人。

ああ…強いなぁ。

私には無い強さを持っている。

どうしてこんな人の近くに、あんなのが集まるんだろう。

類は友を呼ばないね。案外慣用句も間違ったものが多いや。

でも、だからこそ…私は私に無い強さを持つ人を嫌悪する。

嫉妬、羨望、なんでもいい。

ただ私が手に入れられなかったものを手に入れられる力を持っている人が憎ましい。私にその力があれば、私は…。

 

 

「お断りします…私にはあなたの願いを叶える力も、あなたの願いを叶えてあげたいと言う思い遣りもありません。大会に出るだけなら素人でも何でも使えばいいと思いますよ…では、失礼します」

「待って! ……私の願いは、大会に出る事じゃない…ううん、出るのは当然…目指してるのは、インターハイ優勝よ!」

「……優勝…」

「その為には、あなたが必要なの!」

 

 

やっぱり…この人の真っ直ぐ過ぎる言葉は、私の心に突き刺さる。

私の死んだ筈の心が、この人の為に立ち上がれと奮い立つ。

心臓の鼓動が早まって、血を回す。頭を回す。運命の歯車を回し始める。

 

 

「私は…目標の為に、夢の為に、全力を尽くし、後輩の私にさえ頭を下げるあなたのなりふり構わない姿勢が嫌いです。上に立つ人間が下手に出るその態度が気に入らない、簡単に言えばムカつくんですよ」

「じゃあ…どうすればいいのよ…。私にはその程度の力しか無い…後輩にだって頭を下げて、使える手段は使い果たした…もう…」

「だからこそここであなたの手を取れない私が…私自身が何よりも嫌いです。人に頼れない私は、人に頼られることが何よりも苦痛。そんな私にあなたの手を取る資格はありません」

 

 

その程度の力しか無いんじゃなくて、そんなにも力があるんだ。

この人はもっといい人を手に入れられる。

私なんかじゃなく、部活の和を取り繕える人を取り込むべきだと思う。

チームの、団体の和を乱すのは崩壊を招く。

私はそれを、家族で体験したから。

 

 

「ならっ…私があなたの手を取る! 私が欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる!是が非でもモノする…覚悟しなさい宮永さん、私を本気にさせたこと…後悔させてあげるわ」

 

 

…私とあの人は水と油…どうやら私は油だったみたいで、この人の燻って消えかけた炎に引火したみたいだ。



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4話

ここ数日、私は生徒会長…いや、学生議会長に付きまとわれている。

先日麻雀部に入って大会に出て欲しいと言われ、断ってからほぼ毎日だ。

正直うんざりしてる。

目立たないように生活をしていた筈なのにクラスに現れ声を掛けてくるせいで他のクラスメイト達の衆目に晒される羽目になった。

それだけじゃ飽き足らず読書中も、食事中も、何時何時だろうと所構わず勧誘をしてくる。

私は自分勝手な人間が嫌い。

あの人は目的の為には手段を選ばない。

他の生徒にも聞こえるように私を誘うものだからクラスメイトに部活に入ってあげたら、なんて余計な口出しをされるようになった。

こうして大した事ではないが外堀を埋めていく。

そして関係の無い立場故に無責任に勧めてくるクラスメイト達にも嫌気がさした。

ならお前達が入ればいい。大声でそう言えたらさぞ気持ちいいだろう。

でも私は平穏な生活を送りたい。だからこの言葉は心の中に留めておく。

 

 

「ねぇ宮永さん、気は変わった?」

「……本当にしつこい人ですね。何度来ても何回聞いても私の答えは変わりません。こんなことしてる暇があったら麻雀の練習でもしたらどうですか?」

「練習を放棄してでもあなたを勝ち取る方が価値のあることよ」

「それは単に私頼りということになりますよ。ワンマンチーム程崩壊が容易いものはないですね」

「勿論あの子達も練習はしてるし、私自身も部活以外でしっかりやってるつもり。そしてあなたさえいれば完璧なのよ」

 

 

どうして私ばかりが狙われるんだろう。

それこそ打てそうな人間を募ればこの人ならいくらでも集まりそうなものなのに。

いつだって私は何かに追われている。

暗い暗い仄暗い闇の底から何かが手招きしている。

そして私は一度、その闇に呑まれた。

どうにか這い上がった時には、私の世界は見るも無惨に砕け散っていた。

何も無い、空虚で、閑散とした、虚無の世界。

喜び合える相手も、怒りをぶつける相手も、哀しみを慰めてくれる相手も、楽しさを分かち合う相手も、何もかも居なくなった。

頼れる大人も、遊ぶ友達も、要らない。

頼れるのは自分だけ。

閉じ篭もれる独りの世界があればいい。

こうやって私は、ひとりで死んでいきたい。

できるのならば…私に関わらないでほしい。

 

 

「……じゃあ、私が麻雀部に入ったら…干渉しないで貰えますか。大会には出ます、でも部活には出ません。練習相手もいりません、そのせいで負けたら土下座でも何でもします。だから…私に関わらないでください…」

 

 

ありったけの苛立ちをぶつけてやった。

なのにこの人は、笑顔だった。

 

 

「うん…それでも十分よ。入ってくれるだけでも儲けもの、あなたの好きにしてくれて構わないわ。大会の日時とかは追って伝えるから……これでやっと始まるのね」

 

 

嬉しそうな顔を見るのは、あまり好きじゃない。

自分が不幸な目にあったから、人が喜ぶ姿が癪に障る。

我ながらなんと小さい器だろうとは思う。

でも…これが、これこそが人間の在るべき姿なのかもしれない。

人の幸福を喜べる人間は、それこそ聖人君子のような性格で、生まれながらにそういうものなんだろう。

そんな人間はひと握りで、私はそんな大層な人柄はしていない。

仮に育ちがまともだったとしても、妬みや嫉みを持ってしまうだろう。

だから私は、独りが好きなんだ。

独りが好きで、独りが嫌い。

家族が好きで、家族が嫌い。

本当の私はどっちなのかな。

いつだって私は好き嫌いが共存する。

その中で嫌いな方を選び続ける。

その方が、幸せだから。



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5話

最近なんだか騒がしい。

そう感じたのはクラスの人間が私に構うようになったからだ。

今まで一人の時間が多かったのに朝から声を掛けられたり昼食を一緒に取りに行こうだとか、そんな些細な会話から始まって今じゃ放課後遊びに行こうなんて言われるようになった。

でも私は全部断ることにしてる。

一人が好きだから。

 

正直こんなことになってる理由の原因は分かってる。

学生議会長、竹井久のせいだ。

 

あいつがところ構わず私に声を掛けるせいで自然と私にも注目が集まる。

それで単純に私に興味を持つ奴、私を通じて竹井久と仲を深めようと画策する奴、もしくはまた別の理由。

どうだっていい。

でも私に関わるのはやめてほしかった。

 

どんな理由でもいい、私から遠ざけるだけの何かが必要だった。

だから私は無視するか、露骨な態度で嫌悪感を剥き出しにした。

それだけで普通の人間なら離れていく。

でもそうはならない奴らが複数人存在する。

 

竹井久を筆頭に、染谷まこ、原村和、片岡優希、須賀京太郎。

 

麻雀部の部員達。

 

私をどうにか麻雀部の部室に連れていこうとする。

 

私は部活には出ないし、干渉するなと言ったはずだ。

でもその約束が守られることはなかった。

どうして上に立つ人間が約束を破るのか。

答えは簡単、ハナから守る気なんてなかったからだ。

 

私との約束は、最初から反故にすること前提でされていた。

ならば私も反故にしてやればいい。

 

そっちがその気なら、私は大会に出ない。

麻雀なんて続けるつもりもなかったし、丁度いいからこの学校での関係を全て断ち切った方がいい。

 

そう思った私はすぐに行動を起こした。

副会長の眼鏡に手紙を渡し、私は家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜になってから、私は家の外を歩いた。

家にいてもつまらないし、今日は月が綺麗だったから。

雲ひとつ無い真夜中の暗い空に浮かぶ煌々と輝く満月が世界を照らしている。

優しい光が、私には眩しい。

 

家から結構離れてしまった、無意識に歩いていたとはいえ帰るのはちょっと面倒だなぁ…。

 

 

「そこの」

 

 

何処かから声がした。

声からしてかなり幼い…小学生くらいの声音。

周りを見ても姿は無い、もしかしたら幽霊?

 

 

「こっちだ」

 

 

声の主を探して歩き回っていたら今度は上の方から声がした。

見上げてみると…兎の耳みたいなカチューシャ?を付けた小さい女の子が高い建物の屋根に座っていた。

 

 

「…子供?」

「子供ではない、衣だ」

「はぁ…衣…」

「うむ…お前の名は」

「咲…」

「そうか…あぁ、言っておくが衣は高校二年生だぞ」

 

 

歳上だったんだ…まあどんな見た目でもそういう人もいるよね。

高校生に見えない人なんてたくさん。

 

 

「こんな時間になにしてるの?」

「それは衣のセリフでもあるのだが…まあ良い」

 

 

そう言うと屋根から飛び降りて軽やかに着地。

間近で見ると余計に小ささが際立つ。

これで高校二年生か…言葉使いは変だし、ちょっと偉そうだけど…でも不思議とあの麻雀部の人間程嫌悪感は無かった。

 

 

「咲はひとりなのか」

「そうだよ…私はずっと独り」

「…そうか…衣と同じだな、衣もずっとひとりぼっちだ」

 

 

少し寂しそうな笑い顔が印象的に映る。

この人も独りなんだ…少し親近感が湧いた。

 

 

「咲は衣と同じ感じがするな」

「同じひとりぼっちならそうかもね…」

「そうではなく…凡百な言葉では表せない、心根から、生まれながらの根底から同族だと思った」

「…なんでだと思う?」

「咲は麻雀を打つだろう」

「打つ…ううん、打ってたが正しいかも。もうやめちゃったんだ、最近少しだけ機会はあったけど」

「何故それ程の能力を持っていて道を絶ったのだ」

「同じなのに分からないの?」

 

 

少しでも歩み寄ろうと思ったのは間違いだったかもしれない。

この人もまた人の事が考えられないのか、それ惚けているだけか。

同じ様な能力があれば人から遠ざけられたはずなのに。

 

 

「…孤独か…衣も昨年の今頃は咲と同じ考えをしていたよ。咲と違うのは、衣にはそれを受け入れてくれた友がいた。家族がいた」

「………だからなに?それを私に言うってことは当て付けか何かなのかな。私にはそれを受け入れてくれる友達も家族もいないって…そう言いたいの?」

「果たしてそう言いきれるのか…咲、咲は受け入れてくれる友や家族を自分から遠ざけただけなのではないのか?」

「…家族から散々なことされて、それでも自分から受け入れる様な大きな器を持ってるわけじゃなかったんだよ。誰でもそれが出来ると思ったら大間違い」

「衣の両親は死に、親戚からも厄介者扱いをされ、漸く留まった場所でも閉鎖的な扱いを受けた。だがな咲…衣はそこで新しい家族を得た。友を得た。衣や咲の様な人間は衣達から歩み寄ることをしなければならないのではないか?」

「嫌だよ、面倒臭い。それで割を食うのはこっちだって散々知ったし、それで何かを得た試しなんて無い。独りは楽だから、関わらなければ最低限、私が不幸になることはない。人と人の繋がりは…ただの拘束具だよ」

「しかしっ」

「煩い、黙れ、死ね」



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