絆の軌跡 (悪役)
しおりを挟む

プロローグ

戦車の砲が耳に響く。

砲が鳴る度に人の声が減ったり増えたりする。増える時はともかく減ったような感じを覚えた時はぞっとするような感じを覚えながら、ガレリア要塞に突撃する者達がいた。

 

「エリオット! 大丈夫か!?」

 

「う、うん! 僕は大丈夫だけど……」

 

紅髪の気弱そうな男の子が走りながら返事をするが、声に力がない。

それはそうだ。

何故なら周りは血が日常の風景に交じっているかのように当たり前に死体が置いてあるのだから。

 

「これは……」

 

「惨いな……」

 

長身の日が焼けた少年と凛とした少女もその光景には同意する。

 

「うっ……」

 

「くっ……!」

 

金髪の少女と紅髪の少年が死体に慣れていないせいか、この状況に顔を青くしている。

 

「大丈夫、二人とも?」

 

「無理もない……」

 

その二人に銀髪の少女と眼鏡をかけた少年が背中をさする。

この光景を見て、逆に何も思わないほうがおかしい。死を見て何も思わないような生物はその時点で破綻しているだろう。

その状態を少年ではなく大人の年齢に達している導力銃と強化ブレードを構えた女性と片手剣を構えた軍人の男性が口を開く。

 

「やっぱり、外の騒ぎは陽動見たいわね……」

 

「そのようだ。狙いは"列車砲"というのは間違いない。否、狙いは鉄血宰相と言うべきか……どちらにしても無茶苦茶すぎる……」

 

「テロを起こすような輩が無茶苦茶をしないわけないというわけか。ふん……気に食わんな」

 

そこに金髪の少年の無表情そうに見えてその実、怒りの感情を瞳に移しながら舌打ちを入れる。

 

「無茶苦茶というよりは有り得ないです……」

 

そこに眼鏡の少女が合いの手を入れて、この状況の有り得なさを嘆かせてもらう。

ここにいるメンバー全員がその意見には同意したいが、同意するだけでは意味がない。

若い、学生くらいのメンバーが集まる中、黒髪の一人の少年が皆より前に出て大人二人に進言する。

 

「───時間がありません。俺たちも協力させてください」

 

「俺もリィンに賛成だな。"列車砲"が発動したら、とりあえずトワ会長が危ないしな」

 

そこにもう一人、黒に多少青の色がかかったような少年が話に乗った。

この危険な状況でやれやれといった感を出して、黒髪の少年と事態の解決を求める。

そこに大人二人が口を開く前に二人で視線を交差する。

連れて行っても大丈夫なのか、と。その互いの視線を理解し、一瞬視界を今ではなく過去を覗いて、考え

 

「………全く。一体、その無鉄砲さ。誰に似たのやら」

 

嘆息と同時に答えを出した。

 

「───リィン以下A班は私に付いてきなさい。そしてレイ以下B班は少佐に従いなさい───念押しするけどこれは訓練とかじゃなくて実戦だからね」

 

「左翼と右翼の列車砲を二手に分かれて抑える。いいか? 私とサラ教官の指揮には余程の事態がない限り従え! いいな!?」

 

各自、頷きの返事と共に黒髪の少年───リィンが後ろに集っているメンバーに振り返る。

 

「トールズ士官学院《Ⅶ組》一同……列車砲の起動を食い止めるべくこれよりミッションを開始する! 日頃の成果を見せる時だ……全力で教官達をサポートするぞ!」

 

「おう!」

 

全員で一斉に唱和し、各自武器の点検、ARCUSの点検を行う中、黒髪の少年に青色がかかった少年が声をかける。

 

「一応言っとくが……俺が命を懸けて皆を守れるならなんて思って自殺行動するなよ、リィン」

 

「……はは。肝に銘じておくよ。そっちこそ。無茶や無理な事をするのは止めてくれよ?」

 

「こっちにはお前みたいな馬鹿はいないから心配すんな」

 

「鏡を見たらそんな馬鹿が映るんじゃないかな?」

 

「……言うようになったじゃねえか」

 

「誰かさんが悪い見本になってくれたからな」

 

互いに笑みを浮かべられる事実を再確認をして、互いに拳を向け、コツンと触れる。

 

「じゃ、そっちは任せたぜ? リィン」

 

「ああ───こっちは任せられたからそっちは任せるよ、レイ」

 

 

 

 

 

 

 

この事件が始まる五ヶ月前。

トリスタ駅の鉄道ホームに鉄道が停まり、暫くしてドアが開き、そこから数多の人が流れ出した。

老人、子供、青年、中年と色々な年齢層が溢れ出すが、今回は三月だからか制服姿の少年の姿が多く見れる。

そんな中、基本、緑や白の制服が多い中、赤の制服を着ている少年がホームに降りた。

 

「───あーーあ。流石と言うべきか。何と言うべきか……人が多いなぁ」

 

少年の声は姿をそのまま声にしたみたいな感じである。

髪は青が多少含まれ、顔は面倒という表情が張り付いているが、顔の造形自体はきちっとしている。

肉付きも無駄はかなり排除されており、右手だけが何故か黒いグローブで包まれている。

制服自体はだらしなく着ているが、それを着こなしているのは少年の雰囲気がそんな感じだからだろう。

そして本人はそんなのどうでもいいという感じに荷物を持って、ホームから歩いて出る。

周りをちらちら見ながら、そして改札を出ようとする。

すると

 

「おっ」

 

何やら金髪の少女が自分の荷物を慌てて見ている。

明らかに何かがあった様子である。

金髪の少女を一目見るとはっきり言えばかなりの美少女としか言えなかった。

整った造形に、プロモーションは完璧に近く、リボンで髪を括っているのが可愛らしく見え、笑っていたらさぞ可愛いのだろうと思い、そして気づく。

さっきからホームでちらちら見る制服の中で自分の制服は異色の赤色だが、彼女も同じ色だと気付く。

なら、お近付きになっておかないと損だろうと思い、彼女に近付き、声をかける。

 

「どうかしたのか?」

 

「え……?」

 

綺麗な目がパチクリとこちらに向けられ、何故か痒くなる。

そのまま驚きの視線で見られると微妙にそわそわしそうになるのでさっさと話題を変えようとする。

 

「何か、忘れ物をした……もしくは失くしたみたいな感じだったけど?」

 

「え、ええ……ちょっとどこかに切符を入れたかを忘れてしまって……でも、いざという時は駅員さんに事情を言ってお金を払うから……」

 

心配はいらないと続きそうな口調だったので、成程、そういう性格なんだな、と把握する。

なら、この場ではあんまり彼女に主導権を握らしては会話を断れると思い、続きを言う前に先に口を出す。

 

「───荷物ばかり見ているようだけど、その制服のポケットとかは見たか? 案外、慌てて何時もの自分が入れているようなとこには入れてないかもしれないからな」

 

「……あ」

 

すると思い出したのか、慌てて左ポケットに手を入れ

 

「あった……」

 

切符を見つけたようだ。

それにほっとした調子で息を一つ吐き、こちらに改めて向き直す。

 

「ありがとう……助かったわ」

 

「いんや。同じクラス? になるような制服だったからな。なら、これを切欠に仲良くなろうとした下心ありだ。気にしないでくれ」

 

「そういえば同じ制服ね……それにしても。普通、そんな下心があるからなんて正直に言わなくてもいいんじゃない?」

 

「親から素直に生きなさいって言われてるからな。いい子ちゃんなんだよ」

 

「ふふ……」

 

ツボに嵌まってくれたのか、予想通りの可愛らしい笑顔を見せてくれて十分、報酬を貰った気分だ。

この運は空の女神に感謝を捧げてもいいかもしれない。

 

「じゃあ、もしかしたら同じクラスになるかもしれないから自己紹介しておくわ。私の名前はアリサ・R(アール)。貴方は?」

 

「ん? ああ、俺の名前はレイ・アーセル。家名で言われるのはムズ痒いから名前でいい」

 

「じゃあ、私もアリサでいいわ。よろしくね、レイ」

 

「ああ。どうなるかは解らないが同じ士官学院に行く者同士、仲良くしようぜ」

 

一回、握手をし、お互いに笑顔を浮かべてよろしくする。

うん、かなり仲良くできそうである。

 

「じゃあ、このまま一緒にって行きたいんだけど、ちょっと寄りたいところとかがあるから悪いけど私は先に行かせ貰うわね。また入学式の時に会うんだろうけど、一旦、またね」

 

「おう。美少女と最初に友人になれて俺も嬉しいわ」

 

最後にもう、と微苦笑を入れて、そしてそのまま去って行った。

幸先いいなぁ、と思いつつ、俺も改札を通り、ようやく駅から出る。

そして、自分を迎えたのは花吹雪であった。

 

「おお……ライノの花がここまで咲いているのとは壮観だなぁ……」

 

思わず、ぐっ、と背伸びをしてこの気持ちよさを堪能する。

すると横で

 

「ライノの花か……こんなに咲いているのは初めて見たな……」

 

同じ感慨を抱いている少年の声を聴き、つい思わずそちらを見る。

すると、あちらもそう思ったのか、こちらを見ようとして、そして視線が交差する。

 

「───む?」

 

「───ん?」

 

すると、思わず最初に抱いた感情を確認しようとする。

相手の少年は結構な美形だと思われる黒髪の少年であり、見た目だけで察するのもどうかと思うがかなり生真面目そうであり、見たところかなり鍛えられているようであった。

内心ではそこはへぇ? と思うところなのだが、何故かそんな感想が思いつかない。

別に何か目に付くというわけではないし、派手なアクセサリーを付けてたりもしてないし性格が悪そうではない。

なのに、何というか───むかつく。

そんな感想を思って思わず、自分にはぁ? とか思ってしまい、初対面に何を思っているんだと思い、頭を振り、その思いは無視する。

相手も似たような素振りを見せていたが、見なかったことにして挨拶をしようとする。

 

「君は……同じ制服のようだな? 俺の名前はリィン・シュバルツァー」

 

「俺の名前はレイ。レイ・アーセルって感じでな。レイでいい」

 

「じゃあ、俺もリィンでいい……お互い向かうところは一緒みたいだから良かったら一緒に行かないか?」

 

「お? 別にいいぜ。まだ時間的余裕はあるみたいだが、流石に入学式に悪目立ちは不味いからとっとと行こうぜ。悪目立ちしたら後々が遊べねえ」

 

「後々に遊ぶ気なのか……」

 

苦笑を浮かべられ、そして行こうと促される。

俺も言葉じゃなくて歩くことで答え、そのまま学院に向かう。もう、さっきまでのむかつきは感じない。

なら、気のせいだろうと思い、そう思うと色々と話がしたくなる。

例えば

 

「それは………刀なのか?」

 

「あ? ああ……よくわかったな。エレボニアじゃあ、あんまり知られていない武装だと思ってたんだけど……レイも剣を使うのか?」

 

「いや、ケンはケンでも俺は拳とかのほぼ我流だからな……刀の事はまぁ、親父や母さんとかがそういうのをよく知っている人でな」

 

「成程……」

 

とまぁ、益体のない話と周りを見回りながら学校に行く。

途中、何やら貴族らしい凛々しい少女と少年が車や執事が送り出しているのを見たが、あの子らも同じ制服を着ていて、思わずお互いに、ん? と首を傾げるが、今気にしても意味がないとお互い納得し合い、遂に校門に辿り着く。

 

「へぇ……」

 

「ここが……」

 

互いに学院を見ての感想を呟き、感嘆する。

目の前に広がっているのは広大な士官学院。

名を『トールズ士官学院』という結構どころかかなり有名な士官学院であり、ドライケルス大帝とやらが創立した学院とまでは知っている。

生憎、学はないのでほぼ詳細は覚えていないが。

 

「写真では見たが……かなり良さそうな校舎だな。二年間いるには丁度いい」

 

「ああ……同感だ」

 

感慨深く一緒に頷く。

どうやら、こういう所の感性も結構似ているようだ。強いて言うなら俺はちゃらんぽらん。リィンは生真面目という差くらいだろう。

まぁ、友人が出来るのは心強いなと改めて思いながら校門を二人で潜ると

 

「───ご入学おめでとうございます!」

 

という明らかな女の子の甲高さの祝福の声が迎えてくれた。

 

「へ……?」

 

一緒に何だ何だという顔で声がした方に振り返ると二人がこちらに向かっているところであった。

一人は黄色のツナギを来た恰幅がよさそうな男性で如何にも技術者であるという雰囲気を出している男の人で、もう一人は一緒にいる男性のせいか。小ぢんまりという表現が凄く似合う少女であった。

この少女が自分達を祝福してくれた声の主だとは思うし、自分達を祝う学生なら先輩だとは思うのだが……

 

「(……先輩? なのか……どう思う、リィン)」

 

「(……俺もそう思うけど……理論的に考えたらそうなるだろ……?)」

 

そりゃそうだ。

最悪の可能性として隣の男性があの声を出したというのがあるのだが、流石にそれはメンタル的に厳しい。暫く、夢に出そうである。

そうしている間に二人が俺達の前に立ち

 

「うんうん、君達が最後みたいだね。えっと……リィン・シュバルツァー君とレイ・アーセル君で良かったよね?」

 

「え……あ、はい。確かに俺達がそうなんですけど……」

 

「……何か俺達が変なことしましたかね?」

 

いきなり、上級生に名指しで呼ばれるとしたらそういう事しか思いつかない。

入学試験の時には別に何かをやらかした覚えはなかったのだが……うん、確かないはず。

こちらの疑問を察したのか、少女の方が慌てて手を振って弁解する。

 

「わわっ、そ、そういうのじゃないの! ご、ごめんね? 確かにいきなり来たら先輩に名前を呼ばれるってちょっと嫌な予感がするよね?」

 

「まぁ、ちょっとした事情があるだけだから。これだけ言ったらそれでも嫌な予感みたいなのを感じると思うけど、少なくとも何か問題があったからとかじゃないから」

 

「はぁ……」

 

リィンと一緒に首を傾げるが、少なくとも二人とも嘘を言っているような雰囲気じゃなさそうだし問題ないだろうと思い、信頼することにする。

 

「おっと。じゃあ、その申請したものを預からせてもらうけどいいかな?」

 

「あ、はい」

 

「意外と重いのでしっかり持たないとやばいですけど……」

 

「わかった……っと。確かに。ちょっと重いけど……」

 

「わわっ。ジョルジュ君。大丈夫? 私も手伝う?」

 

「はは。トワに任せると潰れそうで怖いから大丈夫だよ」

 

二人で得物が入った荷物を渡し、それをジョルジョと呼ばれた先輩が受け取る。

見た目は重そうに見えないかもしれないが、どっちも持つと重い獲物だからなぁ、やっぱり。

 

「あ、そうだ。入学式はあちらの講堂にあるから遅れないようにね?  ───そしてトールズ士官学院にようこそ!」

 

「入学おめでとう。充実した二年間を過ごせることを女神(エイドス)に祈ってるよ」

 

「あ……ありがとうございます」

 

「感謝っす」

 

そして直ぐにベルが鳴ったのでこりゃいかんとお互い思い、挨拶をして先輩と別れる。

入学式……さて……やる事はただ一つだ。

 

 

 

 

 

「……らの二年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい」

 

「……はっ」

 

寝ていた意識が唐突に目覚める。

状況をみると寝ている間に頭がカックンとなった時に目が覚めた感じらしい。

やばいやばい。周りの学生は特技開眼睡眠で何とか誤魔化せただろうけど、教官達にばれたかもしれない。まぁ、流石にこれだけの人数がいたら注目されてないだろうけど。

だが、まだ意識が朦朧としているのでもう一眠りしようかなぁ、と思っていたら気配がこちらに寄ってきたので仕方がないので今度はしっかり目を覚ますと何時の間にか周りの学生がいなくなっている。

どうやら、入学式はもう終わってクラスの方に向かったという感じだが

 

……そんなのもらったっけ?

 

少なくとも入学案内書には書いてなかった気がするけどと思ってたら予想通りリィンと見知らぬ同じ制服の紅髪の少年がこっちに来ていた。

 

「……レイ。お前、入学式中ずっと寝てただろ」

 

「あ、バれた? 入学式の学院長の挨拶ほど眠たいのはないだろうと思ってつい」

 

「あ、あはは……メンタル強いね……」

 

「───と、そういえばそこの少年は?」

 

「ああ、紹介するよ。と言っても、俺もさっき入学式中に隣だったから喋ったところなんだが」

 

「あ、初めまして。エリオット。エリオット・クレイグっていうんだ」

 

「うっす、レイ・アーセル。末永くお見知りおきをってな」

 

一通り挨拶して、駄弁りたい所だが今の状況を知りたいので区切るしかない。

 

「所で、これは今、どうなってるんだ? クラスに向かっているみたいだが……そんなの俺、知らされていなかった気がするが?」

 

「ああ。それで、今、何か女の教官の人が特別オリエンテーリングをするとかでどこかに行かなきゃいけないらしい」

 

「……遠回しに言わせてもらうがキナ臭いな」

 

「十分、素直な発言だと思うよ……?」

 

否定しないところを見るとお前らも同意見だろうがと思うが、まぁいいや。

そんな事を言っているとどこにいったか追いつけなくなってしまうだろう。

だから、さっさと立ち上がり、外に出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

リィン、エリオット、俺で仲良く三人で沈黙する。

言い訳っぽく聞こえるが仕方がないといわせてほしい。

何せ、辿り着いた場所が超おんぼろそうな校舎なのだから無言にでもなりたくなる。

 

「まさか、これからの俺達の校舎はここだと言うのか……?」

 

「頼むからレイ……恐ろしい未来予想図を言わないでくれ……!」

 

「というか、明らかに机とかそういう必要そうなのがあるようには思えないんだけど……」

 

「───地面か」

 

最悪の未来予想図を語ると二人から現実逃避の為の殺意が湧いたので無視した。

周りにいるメンバーも何やら混乱している最中であり、メンバーの中には駅で出会ったアリサや来る途中で出会った人の顔もあった。

とりあえず、女性の教官が扉を開けて中に入っていったので疑問をそのままに中に入ろうとするが

 

「……ん?」

 

「? どうした、レイ」

 

「いや、何か見られているような感じがしたんだが……気のせいかね?」

 

「まぁ……こんな所に入ろうとする新入生はそりゃあ見られそうだけど……」

 

違いないと思い、今度こそ中に入る。

 

 

 

 

 

 

 

広場のような所で集まると教官が皆の前に出て勝気な表情で一言言った。

 

「サラ・バレスタインよ。今日から君達《Ⅶ組》の担任をさせてもらうわ。よろしくね~」

 

「は?」

 

「Ⅶ……組……?」

 

「ふむ? 聞いていた話と違うな……」

 

「サラ・バレスタイン……? ってぇと……」

 

各自、ばらばらの反応をしているが、俺はⅦ組云々よりも教官の名前が聞き覚えがあるというか聞かされた名前であるのを思い出す。

 

……うわぁ、クソ親父の元同僚らしいなぁ……

 

嫌な感じがプンプンする。

それはもう凄いくらいに。何せ、ただ立っているだけなのに隙という隙が見当たらない。

少なくとも今の自分じゃあタイマンでは勝てないくらいは理解できた。

とは言って、ここにいるメンバーもリィンを含め、かなり優秀っぽいメンバーばっかりみたいだが。

例外で言うならばエリオットと眼鏡をかけた少女なのだろうけど、戦闘のみが士官学院に必要な存在というわけではないので無問題だろう。

 

「あ、あのサラ教官? その……私の勘違いとかじゃなかったら確かトールズ士官学院の1学年のクラス数は5つだったと思うんですが……それも各自の身分に合わせて」

 

「あら? 流石ね。首席合格がいると説明が楽ね~」

 

おいおい、と皆が心の中を一つにした瞬間だったかもしれない。

だから、代表して俺が一つ言った。

 

「───つまり教官には学が無いと」

 

直後ににっこり笑顔をサラ教官が浮かべたかと思い、腰にあてていた左手が動いたかと思うといきなり脳天に激痛があり何時の間にか視界には天井が映っていた。

 

「お、おいレイ! しっかりしろ! 幾らなんでもぶっちゃけ過ぎだ……!」

 

「そうだよ! というかよく意識あるね……トンカチを思いっきりぶつけられたのに……」

 

「いや、流石に意識が飛びかけた。殺す気だ、あの教官……」

 

クソ親父に鍛えられていなかったら死ぬとこだったと思い、勢いよく立ち上がる。

ほぅ、とかへぇ、とかいう声が周りから聞こえるがそんなもんである。

 

「あら? 流石の体捌きと頑丈さね。それぐらい出来なくちゃあの家族で生きていけないか」

 

「……後半については物凄く同意させてもらいます」

 

まだオリエンテーリングが始まってすらいないのに、凄い疲れてきた気がする。

やれやれ、という調子で顔を振りながらサラ教官は苦笑のままこちらに告げてくる。

 

「でも、残念。5つのクラスっていうのは去年までの話。今年からは別───君達の平民、貴族、関係なく一緒のⅦ組わね」

 

「え……?」

 

全員で思わず唖然とした声を上げるがその前に怒号が一つ湧いた。

 

「じょ、冗談じゃない! 貴族と一緒のクラスなんてやってられるか!」

 

全員で声が上がった方に視線を向けるとそこには何やら生真面目そうな眼鏡をかけた少年が叫んでいた。

 

「えっと、確か君は……」

 

「マキアス・レーグニッツです! 今はそんなことよりも貴族と一緒のクラスなんて断固拒否します! はっきり言って正気じゃない……!」

 

すっごい貴族批判に思わず3人で顔を合わす。

 

「(うっわ……すっげぇ貴族批判。別に性根が腐っている奴っていうのは貴族だけというわけじゃないと思うんだけどなぁ……?)」

 

「(……何か理由があるのは確実だな……根は深そうだけど)」

 

「(うん……安易に聞いちゃいけない事情がありそうだよね……)」

 

3人でとりあえず小声で成程と思いながら、この空気をどうしようかと周りのメンバーと一緒に悩んでいると

 

「……ふん」

 

一人失笑する少年がマキアスを見た。

当然、マキアスはそれに気づき、怒りの感情を結構込めてその少年を睨む。

 

「……君。何かな、その失笑は。言いたいことがあるならはっきり言ってくれないかな?」

 

「別に。平民が煩く騒いでいると思っただけだ。ああ……貴族といると正気でいられないんならそれが普通なのか。すまないな」

 

「……これはこれは。どうやら大層な大貴族様が紛れ込んでいたようで。その無駄なくらい尊大な態度……さぞ名のある貴族なんだろうな……!」

 

「───ユーシス・アルバレア。大層な貴族の名前だ。忘れてもらっても構わない」

 

「なっ!」

 

明かされた名を聞いて絶句するマキアスと他のメンバー。

強いて言うなら驚いていないのは留学生っぽい背が高い少年くらいみたいだ。

 

「し、《四大名門》……」

 

「東のクロイツェン地方を治めるアルバレア侯爵家の……」

 

「ふむ……?」

 

「……(ふわぁ~)」

 

各自の反応を見ているとそれぞれの個性が嫌でもわかるなぁ、と思うがこれ以上は激化しそうだし、そろそろ止めるべきだろうと思い、二人の間に入ろうとする。

 

「───ストップ。お互いの主義主張性格はともかく名乗りだけでいきなり喧嘩を勃発しようとすんじゃねえ」

 

「───二人ともそこまでだ。譲れない了見があるんだろうけど、熱くなりすぎだ」

 

すると何故かリィンとハモった。

 

「「……む?」」

 

更にお互いハモって一緒に唸りそうになるが何か嫌なのでとりあえず周りも俺達のハモリに止まってくれたのでこの隙に目配せでリィンはマキアスを俺はユーシスとやらの説得に回った。

 

「自分の名前を誇りにするのはわかるが……自慢と嫌味にする気はないんだろ? なら、ここらで止めたらどうだ。」

 

「……フン、確かにな。無意味なことに熱くなったのは認めよう」

 

意外に話せる反応に意外に器は広い貴族かもしれないと思う。

まぁ、貴族を嫌がったマキアスに対する一種の反抗みたいなもので意外と性格は悪くはないのだろう。

リィンの方も説得に成功したみたいだし、大丈夫みたいだ。

 

「あらら? 最初から結託してくれる学生がいるなんて♪ 私も楽が出来ていいわぁ~」

 

「───リィン。思わず女性に対して禁句ワードをぶちかましたい俺の心情……理解してくれないか……?」

 

「気持ちはわかるが落ち着け……! さっきのトンカチを忘れてないだろ」

 

その前にあのトンカチはわざわざ俺へのツッコミに用意していたのだろうかと思うが、野暮だろうか。

とりあえず、まだ特別オリエンテーリングを始めていないということでサラ教官が何故か非常に楽しそうな顔をする。

 

正直、嫌な予感が猛烈に膨れ上がってきた。

それも、サラ教官からじゃなくて足元から。

そのサラ教官がいきなり下がって何やらスイッチらしきものに振れたことも。

 

「それじゃあ、さっそく始めましょうか? ポチッとな」

 

ガクンと地面が一瞬揺れた。

 

「え……」

 

「なっ……」

 

「しまった……!」

 

「やっべ……!?」

 

気づいた瞬間に地面が傾いた。

落とし穴!? と叫ぶ暇もなく一気に皆がずり落ちていく。

 

「うわわ……!」

 

「きゃ……!」

 

すると聞き覚えのあるエリオットとアリサの声がしてリィンと一緒に膝を曲げ、手をついていた俺達は一瞬の目配せで二人の方に駆け、手を掴んだ。

エリオットとアリサを俺は両方の手を掴み、リィンは体勢を維持し辛い俺の襟首を掴んで何とか耐えるという構図だ。

 

「くっ……!」

 

リィンの両方の腕にかなり負担がかかっているのが理解できるが、これが最善の形だから仕方がない。

他のメンバーは仕方がなく落ちてしまったが、一人銀髪の少女がワイヤーで生きているのを見たがサラ教官に落とされているのを見ると俺達も時間の問題のように思われる。

 

「……リィン、後、何秒耐えられる!?」

 

「……とりあえず十秒は確実!」

 

ナイス返答。

なら、その十秒の間に出来ることだけをするしかない。

 

「アリサ! エリオット! 嫌だろうけど下を見れないか!? 出来れば安全かどうかを確認してくれ!」

 

「え!? わ、わかったよ!」

 

「りょ、了解っ! ……ちょ、ちょっと暗くてあんまり見れないけどそこまで深くはないみたい!」

 

「落ちたメンバーの声も聞こえるから大丈夫そうだよ!」

 

そこまでわかったら十分だ。

 

「というわけでリィン、落ちるぞ! アリサは俺が何とかするからリィンはエリオット頼んだ! ───二人とも下噛まないように歯を食いしばっとけ!」

 

「へっ……? きゃあ!」

 

「わ、わわ……!?」

 

瞬間的にエリオットとアリサを腕の力だけで引き上げ、リィンも察してくれたのかそのまま指を離しエリオットを掴もうとするのだが

 

「あ……?」

 

「へ……?」

 

リィンがミスって足を滑らせ、滑った足が俺の頭を蹴り、当然そんなんだと狙っていた計画がパーになりそのままごちゃごちゃになって落下した。

 

 

 

 

 

 

「あっら~。変な落ち方したみたいだけど……まぁ大丈夫でしょ」

 

少女と紅い髪の少年はともかく黒髪の二人の少年はかなり鍛えられている。

練度だけを見れば、あのクラスでもトップクラスの実力くらいはあるだろう。フィーもいるから何とかなるだろうし。

奇妙なというよりは珍妙な集団だと最初は皆、思うだろうけど出来れば乗り越えてほしいと思う程度には大人になっている。

それに一人、サラは自嘲し、一言だけ独り言を呟く。

 

「さて……全員のお手並み……拝見させてもらうわ」

 

 

 

 

 

 

 

「イタタ……」

 

「っつぅ~~……」

 

「くっ……二人とも大丈夫か?」

 

リィンは四人で落ち、床に激突して真っ先に二人を心配する。

 

「え、ええ……意外と大丈夫みたい……」

 

「ぼ、僕も……あんな状況だったのに意外に大丈夫なもんだね……」

 

「ああ……すまない。俺がもうちょっとちゃんとしていたら……」

 

あそこで足を滑らせさえしなければ少なくともまともな着地にはなっていたはずなのに肝心な時にまた失敗してしまう……悪い癖だ。

そう思い、謝罪すると二人とも苦笑しながら首を横に振る。

 

「仕方がないよ……いきなりだったし……むしろ助けてくれたことに礼を言わせてよ」

 

「そうね……最後の最後はともかくそれでも助けてくれたことには感謝してるわ。ありがとう」

 

「───はは。そういってくれると助かる」

 

ほっ、と一息を吐きながら体の様子を見る。

見たところ体の一部一部を打ったみたいだが、酷い所はないようだ。

流石にそこまで酷いトラップにはしてないみたいだ。

 

「おい……大丈夫か!?」

 

「怪我は……見たところないようだな」

 

「ふぅ……無事で何よりだ」

 

すると先に落ちていたメンバーがこっちに駆け寄ってきてくれたみたいなので安心させるために立ち上がる。

よろっっとよろめくが打ったせいか安定してないなと思い、皆の方を見て気づく。

 

「そ、そういえばレイは!? 一緒に落ちたはずだが……!?」

 

「へっ!? ……ほ、本当だ!? レイはどこに……!?」

 

エリオットと一緒に慌てて、アリサもはっと思い周りを見回すが周りのその人影がいない。

そう思い、先に落ちていたメンバーの方に視線を向けると……何やら気まずいものを見たという表情を浮かべている。

何だろうと思い、問おうとしたところを銀髪の少女が先に口を開けた。

 

「……足元」

 

「へ?」

 

「え?」

 

「は?」

 

三人で馬鹿っぽい反応をして理解よりも反応で下を見ると……全員の下敷きになって普通に苦しんでいるレイが自分達の足元にいた。

全員で焦ってレイから足をどけ、介抱する。

思わず、リィンは何だか締まらないなと内心で苦笑しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初めましての人は初めまして。悪役です。
最初だから長くなりましたが次回は流石にもう少し控えようかと……次回で出来ればバトルまで行きたいと思います。
もう、ここまで見れば自分が誰をヒロインにしたいか解ると思いますが嫌だとという方はすいません。
感想よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旧校舎巡り

「……」

 

「……なぁ、レイ。流石に今のは俺達が悪かったから……」

 

「ご、ごめん……確かに気づかなった僕達がいけなかったよね……」

 

「そ、そうね……ごめんなさい……」

 

周りが謝りムードでこっちに謝罪してきているが、俺は気にせずとりあえず体を診てみる。

感触と感じを見ると別に骨やら筋を痛めたというわけでもなく、打撲とかはあるけど体を動かすのは全く問題ない様子である。

その事を確認し、よしっと立ち上がり周りでちょっと暗くなっているメンバーに振り替える。

 

「……ま。別に気にしてねえさ。うん、気にしないないよ? 俺の上に落ちてきたのは不可抗力としてその後の感動シーンを俺の上で繰り広げたとか気にしていないよ。いやいや、もう俺は三人の仲が良くなる光景の礎になれて光栄すぎて思わず笑顔が零れてくるくらいで、もう何ていうか殺意って行き過ぎたら楽しみに変わってくるというかとりあえずここはアリサはともかく野郎二人については一発かますとして……!」

 

「それは全然気にしているぞ!?」

 

リィンとエリオットが二人でツッコミを入れてくるが無視する。

華麗に無視して、屈伸する。

アリサは? 女の子に乗られることをご褒美とせずに何が男というのだろうか。

 

「えっと……私も同罪と思うんだけど……」

 

「いいか、アリサ───美少女とむさい男じゃ価値が違うんだ。友情? ああ……この前道具屋で見かけたな……二桁くらいで」

 

「……実はかなり余裕?」

 

「まぁ、鍛えているからな」

 

「その前にかなりの問題発言があった気がすると思うのだが……」

 

途中でマキアスがぼそぼそと言っていた気がするが無視である。

この真理を分かち合えないとは……人生損しているね?

 

「ふふ……元気そうで何よりだ」

 

「ああ。怪我が無くて運が良かった」

 

すると凛とした少女と日に焼けた肌の少年が近づいてきたので俺もそちらに向く。

 

「ああ。心配かけたようだな……これでも結構鍛えているんでね」

 

「うむ……感じたとおり、かなりの武芸者みたいだな……フフ。何れ手合わせを願いたいものだ」

 

「はは……その目で誘われたら断れないな」

 

やべぇ……何かかなり違う意味で興味を持たれている。

ここは違う雰囲気に変えるべきだと思い、周りを見回す。

 

「それにしても古い校舎の地下ねぇ……女の子と二人きりならムード満点だろうけど、こんなに大量じゃあちょいシチュエーションとして悪いな」

 

「お前、余裕だな……」

 

「あ? そりゃそうだろ? ここで焦ってシリアスかましても意味がないんだから多少おふざけでもリラックスする方が気が楽だろ?」

 

「ふむ……」

 

「……一理あるね」

 

ユーシスと銀髪の少女は多少の同意を示すような態度を取り、他のメンバーは多少驚きの視線でこちらを見ている。

何でそこで驚くやらと思っているといきなり懐から大きな音が鳴り出す。

 

「わわっ!?」

 

「これは……」

 

「……え、えーと、ど、どうすれば?」

 

各自どうすればいいかわからないが、とりあえず音を鳴らしている原因のものを取り出す。

それは一種の一つのケースみたいなもので、中にはクオーツというものを埋める穴がある。

 

「一応、確認したいんだが……これって戦術オーブメント……だよな?」

 

「ああ。俺も一応、見た事はあるけど……こんな規格だったっか?」

 

「僕はちょっとそういうのは疎いんだけど……」

 

やはり、俺の思い違いとかではなく見た事が無い戦術オーブメントだったらしい。

周りのメンバーもどう使えばいいのか、もしくは何なのかを知らずに困っていたらしい。

ただ

 

「(……やっぱり、これって試作段階の戦術オーブメント《ARCUS》……でももう使用段階に入ってるなんて話……私は聞いていない)」

 

何か一人ぶつぶつと呟いているアリサがいる。

 

「アリサ?」

 

「え? あ、いや! 何でもないわよ!? ほら!? さっさとこの音を止めましょ!?」

 

「お、おおぅ?」

 

えらい勢いよく話をそらそうとしているのは理解したが、ここまで必死だと問い詰めても無駄なのだろうと思い、とりあえず戦術オーブメントのカバーを開いてみる。

 

『はぁい♪ 皆、元気~?』

 

ふぅ、と溜息を吐いて思いっきり何か引っ掻いて嫌な音でも聞かせてやろうかと黒板みたいなものがないかを探してたが無かった。

ちっ。

 

『ま、そっちも多少は気が付いていると思うけどそれは戦術オーブメント。それもエスプタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した特注品よ。名前はARCUS』

 

「やっぱりか……それにしても特注品って」

 

「ふ、普通の士官学院にこんな最新式は投入されるのか……!?」

 

マキアスと一緒に呆れるが、全員同じ感想を抱いている様子である。

特科クラスⅦ組などと大層な名前がついているが、何をするのやらと内心で首を振りながら指示された通りに置かれていた自分の武器とオーブメントにクオーツを装着してみる。

すると、ARCUSと自分の体がまるで共鳴するように光った。

 

「これは……」

 

「え、ええ……!?」

 

ユーシスと眼鏡の少女が驚く声を最初に周りも一斉に思わず光が当たったところに手を付ける。

 

「まさか新たな力の発現か!?」

 

「レイ……貴方、間違いなくさっきから周りのメンバーに引かれているから多少は自重したほうがいいと思うわ」

 

アリサのツッコミが厳しい。

エリオットは突けばいい声で鳴いてくれそうなのに、アリサは一筋縄ではいかなさそうである。

そして、後からそれはARCUSと自分が共鳴した証拠であり、なら後は自分で上がってこいということらしい。それも魔獣を退けながら。

思わず、全員で目を合わせる。

 

「どうやらやるしかないようだ」

 

「というよりは最初から選択肢を排除している気もするがな」

 

「……めんどくさいな」

 

どの意見にも賛成するしかないと皆でうんうん、と頷いているとふん、と鼻を鳴らしたユーシスが一人勝手に先に行こうとする。

 

「お、おい! 何を先に勝手に行こうとしているんだ!?」

 

「……フン。別に。俺は馴れ合うつもりなどないから先に行かせてもらうだけだ───それとも貴族様の手を貸してほしいのか? 別に構わんが。貴族の義務(ノブレスオブリージュ)として力なき民草を守るくらいはしよう」

 

「なっ……結構だ!!」

 

そうして二人は勝手に先に進んでしまった。

 

「……こういうのって勝手に行動する人間から死ぬ、もしくは行方不明になるのがセオリーだったよな?」

 

「非常に不安方面に盛り上がるような事を言うのはどうかと思うぞ」

 

「ふむ……まぁ、仕方がない。ならば、我等で追いついて説得するしかあるま……ふむ?」

 

凛とした少女が何かに気づいたように周りを見回す。

それに気づいて全員で見回し、何かあったか、と思って見ると

 

「……あの銀髪の子がいないわね」

 

「え!? そ、それって不味くありませんか!?」

 

「ど、どうしよう!?」

 

とりあえず焦るのは不味いから焦ってる組を落ち着かせる。

 

「とりあえず……全員で行動するにはフォローできないからチームを分けるべきか」

 

「ああ。多いと逆に動き辛い時があるからな」

 

「それに三人を探すのならチームは分けたほうがよいしな」

 

「同感だ」

 

俺、リィン、凛とした少女、留学生らしき少年で続き、とりあえず簡易の自己紹介から始めた。

名前を知らなかったメンバーはラウラ・ガイウス・エマというらしい。

そしてその中から戦闘の訓練をしていないのはエリオットとエマらしく、ただアリサはまだ個人で魔獣と戦ったというわけではないということでとりあえずエリオットとエマは必ず分け、俺とリィン、ラウラ、ガイウス、アリサで互いの得物を見せ合うことにした。

 

「ガイウスは十字槍……だよな?」

 

「ああ。故郷で使っていた武器だ。やはりこれが一番俺に合っていてな」

 

「ふむ……堂々とした構えだ。やれやれ。故郷ではかなり上の方だと思っていたのだが……やはりこうしてそなた達と会うと世界が狭かったなと痛感できるな」

 

「そういうが……ラウラのその身の丈に合わない大剣が様になっているのを見るとかなりの腕前なのが実にわかりやすいんだが……」

 

ガイウス、ラウラの方は正直かなりの手練れというのが理解しやすく、頼もしさを感じることができる。

 

「リィンの得物は……珍しいな。それは刀だな」

 

「よく知っているなラウラ……人を選ぶ得物ではあると思うけど、刀の流派を習っていたから。これが一番使いやすいんだ」

 

「うわぁ……綺麗な刀身だね」

 

どのメンバーも個性的だと思うのだが、アリサは弓だし、エリオットとエマは何でも魔道杖っていうものらしいし。

 

「そしてレイのだが……ガントレットか」

 

「ふむ……中々物々しいな。鉄くらいなら凹ますことが軽くできそうだ」

 

「ガントレット……手甲と同じものか」

 

「あ? ああ……一応色んな武器は手は付けたが一番しっくり来るのがこれだったからな。一応、足の方も脛当てつけてるし、足技も手に負けないくらいは出来ると自負している」

 

殴って蹴る。

単純な方が自分には合っていたという事だろう。だが見本が格闘技が得意ので当然の結果という感じになった感があってちょっとむかつく。

流石にそこで噛みつくほど子供ではないので何も言わないが。

 

「ふむ……これならば魔獣との戦闘経験及びに武器の間合いとしても誰と組んでも大差はないか……」

 

「なら、一々話し合うよりじゃんけんで決めようぜ」

 

「異議はない」

 

「同感だ」

 

「ええ、構わないわ」

 

全員の同意を受けたので、そのままじゃんけんをし、エマとエリオットが分かれることだけは念入りにした結果。

俺、ガイウス、アリサ、エマ

リィン、ラウラ、エリオット組になった。

 

「まぁ、妥当なところかな」

 

「だな。まぁ、近接タイプの間合いが重なるような得物じゃなかったのが運が良かったっていうところだが。」

 

同じ武器同士でもタッグは当然組めるのだが、やはり間合いは違っていたほうが有利だろう。

 

「まぁ、というわけでよろしく、ガイウス、アリサ、エマ」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「ええ」

 

「こちらこそ……よろしくお願いします」

 

そして、リィン達とも挨拶をして先に行かせてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何というか……如何にも魔獣が出そうな雰囲気というか出る感じだよなぁ……いっそ、お化け屋敷関連で利用すればいいのに」

 

「あんたねぇ……そういうのはあんまり言わないでもらえる」

 

「あ、あはは……あ」

 

「……魔獣か」

 

探索を開始してある意味でようやくの魔獣遭遇という感じになるみたいである。

 

「トビネコか……まぁ、あれなら対処は楽だな。エマにも向いているし……最初だから俺とガイウスで行くか。頼んでいいか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

そういうわけでガイウスと俺で前に一歩出る。

既に魔獣もこちらに視線を向けている。

 

「ちょ、ちょっと! どうするわけ?」

 

「ああ、まぁ、とりあえずこいつ相手なら大丈夫だと安心させるためにまずは俺達で倒す。エマも最初は怖いと思うがとりあえず見といてくれ」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

礼儀正しい子だなぁと思っているともうこちらにダッシュ……というよりは飛んでくるトビネコ。

活きがいいなぁ、と思うが舐めて死ぬのはごめんなので構える。

 

「ガイウス。俺が相手の攻撃回避して隙作るからアタッカーは任せた」

 

「任せてくれ」

 

その一言と共にガイウスよりも先に前にダッシュする。

これが人間なら違うのだが、魔獣の為こちらに向かってきたのに驚いたという感じで立ち止まり、威嚇のようにこちらにその特徴的な足で蹴りを出してきた。

 

「よっ……とっ」

 

爪が当たるかもという瞬間に横にステップ。

それだけで躱せるし、魔獣も体勢が崩れてしまう。

 

「はっ……!」

 

そこにガイウスが突きを入れ、一丁終わり。

魔獣はそのままセピスに変化して退治終了。

 

「まぁ、どうやら雑魚クラスの魔獣しかここにはうろついていないみたいだからこんなものかな?」

 

「一体だけだったからな……それにしてもいい動きだ。これでも身体能力には自信があったのだが」

 

「いや、ガイウス。お前も大したものだろ。トビネコとはいえ浮いていて小さい的に一発で当てていたし、俺なんかちょい避けしただけだからな。大したものだよ」

 

「ふふ……そこまで言われるとくすぐったくなるな」

 

ガイウスは何というか大人というかこっちに意識的ではなく自然と合わせているところが凄いと思う。

知り合って一日だし、まだお互いのことを知らないから何とも言えないが俺らのメンバーで一番メンタル面でいえば強いかもしれないなぁと思ってしまう。

 

「とまぁ、こんなものだけど……エマと一応アリサ。参考になったか?」

 

「え、ええと……」

 

「……参考にするには物凄い度胸とか何やらが必要な気がするんですけど……」

 

そんなものかなぁ、と思う。

クソ親父のせいで魔獣なんて幾らでも相手したし、組んで戦うのも親父とやっていたのでそこまで大してことはしていないと思う。

 

「とりあえず、エマは最初だから絶対に誰かと組んで行動することにしようか。俺かガイウスか。俺達はあっさり倒したように見えるかもしれないけど、雑魚とか思わずにどんな相手でも俺かガイウスかを呼ぶこと。絶対……とは流石に言えないけど出来るだけ直ぐに駆けつける。いざという時はアリサもエマのフォロー頼む。ガイウスもよろしくな」

 

「ああ、了解した」

 

「勿論よ」

 

「す、すみません……何か色々と手助けしてもらって……」

 

「まぁ、適材適所という所さ。話を聞いていると勉強の方が得意なんだろ? じゃあ、勉強はエマ。バトルは俺というの事だ。いざという時はヤマを教えてもらうということで───頼むな?」

 

「そ、そこまでシリアスな顔で頼まなくても……」

 

「切羽詰っている顔ね……」

 

実技はともかく勉強ではギリギリだった俺を舐めるなよ、ふはははは。

ガイウスが何故か凄い優しそうな顔でこちらを見ているのが心が痛むので止めよう。

 

「ま、それはともかく。とりあえず、コンビを組んで暫くは行動するか? いざという時は俺かガイウスがフォローするって形になると思うけど……」

 

「ふむ……ならば俺がエマと組む。だからレイとアリサが組むといい」

 

「そうか? じゃあ、そうするか……よろしくなアリサ」

 

「こっちこそ……足を引っ張らないような頑張るわ」

 

となるとちょっとした作戦を考えた方がいいだろうと思い、幸い魔獣は近くにいないようなのでちょっとした作戦会議に入る。

 

「アリサは弓だからな……そうするとさっきみたいな追撃はちょい厳しいか……何ならアーツでも構わないけど……適正は?」

 

「結構高い方だったと思うけど……ちなみにレイは?」

 

「ふっ、俺か? 聞いて驚くなよ────最下位クラス」

 

アーツ適正の結果を見たときは驚いたものだった。

見に来た教官とかもここまで低い人間はいなかった。人間、上には上がいますけど下には下がいるものですねぇなどと好き放題言われたものだ。

クソ親父など結果を見た瞬間に大爆笑でわざとらしくアーツを使ってきたので思いっきりテンプルに一撃を入れてやって乱闘に入ったが気づいたら市内の女子トイレに押し込まれていて危うく尊厳が殺されるところであった。

今に見ていろ。

そこで呆れているような表情を浮かべているアリサも含めて。

 

「まぁ、とりあえず基本は俺が殴って足止めをしてアリサ。もしくはアリサが奇襲を仕掛けたところを俺が仕留めるの2パターンが限度かな?」

 

「まだ出会ったばっかりでお互いの癖とかを理解してないしね……まぁ、私は弓だから遠距離で安全なんだけど……エマの魔道杖は多少は離れて攻撃できるとはいえやっぱり近づかないといけないんでしょ? 中々間合いに気を使わないといけないわね……」

 

「確かに……いきなり魔獣というのは訓練受けてなかったら厳しいからなぁ……サラ教官もえげつないことをする……今日のところは本当の本当に安全な時だけ攻撃をするというのが関の山だな。本当はそれだけでも十分危ないんだけど……出来る限り俺らで弱らせよう」

 

「そうね……その……さっきは本当にごめんなさい」

 

いきなりの謝罪にえ? 俺、そんな事されたっけ? と瞬時に脳内で検索したお蔭で原因は一瞬で理解できた。

 

「別にいいって。あんな風に言ったけど、別にリィンやエリオットにキレているわけでもないし。強いて言うなら似たようなことがあったら今度は直ぐに気付いてくれっていう程度くらいだ」

 

「でも……」

 

あ~~、大体アリサの性格は解った。

彼女は恐らく安易に許されたり、納得できないことは断固拒否するタイプなのだろう。

上から目線の評価みたいで嫌なのだが、こういった人柄の人間は別にいいっていう言葉をそのまま受け止めることができない。

なら、そういう時は

 

「ん~~。じゃあ、暇ができたらデート一回でどうだ?」

 

「……へ!? ちょ、何!?」

 

ずばり無茶振り。

見たところ、彼女は潔癖そうだしこういう軽薄な申し出は嫌なタイプ。

あんまりやり過ぎると嫌われそうであるが、気にしないでいい問題でずるずると拘泥するのは余り好きではない。

日常を繰り返すことは大好きだが。

 

「デートだよデート。まぁ、別に重い意味で捉えずに遊びっていう意味で捉えればいいけど、もしもこのままこの件について謝罪するっていうならこっちはこの条件だけ。だから、この話題は終了───OK?」

 

「~~~!」

 

実に解りやすい顔の変化に純情だなぁと思いながら場が和みかけた瞬間。

ドォンという分かりやすい音がこの空間に浸透した。

一瞬で全員の表情が変わるのは流石かと思いつつ臨戦態勢。

 

「……今のは」

 

「銃声だったな」

 

「確かマキアスさんが銃を持っていましたよね……」

 

そしてさらに断続的に音が鳴るところを見るとマキアスがどんな風に陥っているか簡単に理解できた。

 

「ちっ、最悪なことに乱戦かよ……! ガイウス、エマ、アリサ! 九割の可能性で魔獣多数がマキアスを襲っているようだからエマは絶対にガイウスから離れないように! ガイウスはエマのフォローの為に無理に前に出ないように! アリサは俺が突破するから俺とマキアスのフォロー!」

 

「承知……!」

 

「わかりました!」

 

「足手纏いにならないように気を付けるわ!」

 

全員の頼もしい返事を聞いた瞬間に全員で駆け出した。

銃声は近い。

この音から察すると一、二分で着くことになるだろう。

 

 

 

 

 




ちゃんとしたバトルまでいけなかった………!
まぁ、今回は原作と多少変えてます。原作ではアリサとの喧嘩が原因で冷静にチームを決めるという感じじゃなかったですし。
何か早速うちのキャラアリサをナンパしていますが、この時点ではまだお互い恋愛感情を抱くまではいってませんね。
それにしてノルドの実習の時、どうしようかなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旧校舎めぐり (ドッキリもあるよ?)

「くっそ……!」

 

マキアスは本日最悪にして最大の正念場に息を切らせて現状を嘆いていた。

マキアスはあの後、自分がかなり軽率で周りに迷惑をかけるような行為をしたのかという事に気づくくらい頭を冷やし、謝罪をしようと来た道を戻っている最中であった。

そして戻る途中に魔獣に遭遇した。

そこまでは良かった。

魔獣に遭遇してもショットガンの扱いはそれなりに出来るので相手に気づかれる前に射撃して撃退した。

ここまでは良かった。

だが、その後が問題であった。

ショットガンというのは装填を一々しないといけないのが難点で距離が遠いと威力が減るのが弱点だが、その分近接の威力は強いし弾が広がるので集団戦にも有利なんだが……銃の特性。

大きな音が鳴る(・・・・・・・)というのを忘れていた。

そうなったら結果がこれだ。

フロア全て……というわけではないがかなりの魔獣がここに集まってきてしまった。

 

「ちぃ……!」

 

弾を放ち、直ぐにポンプアクションで放つ。

それと共に飛び掛かってきた魔獣は散り、そこで再びポンプアクション。

さっきからそれの連続である。

弾の交換などをやっている暇などないので既に導力をメインとした弾に変えている。

こうすると何時かは導力変換によって中身が熱でイカれる可能性があるがそんなのに構っていられる余裕はない。

また、導力弾だと弾に特殊な能力を加えるには戦術オーブメントから発動するのだが、貰ったばっかりのオーブメントであるが故にクオーツなどが以前のと違い規格外である。

つまり、現状は洒落になっていない。

 

「ああもう……! 今日は厄日だ!!」

 

愚痴を吐くが現実には作用してくれない。

再びポンプしてショットガンを前に構え、放とうとした瞬間に

 

「───キィッ!」

 

「なっ……!」

 

横からの魔獣の接近に気付かなかった。

致命的な隙。

ここで自分は死ぬのかなどと在り来りな感想を抱き、最後に父と自分の生き方を作るきっかけになった人を思い出し、そして

 

「どうりゃあああああああああああああ!!」

 

それら全てがガントレットを装備した少年の拳で粉砕された。

 

「はぁ!?」

 

突然の奇跡に何度目かの驚きを示してしまうが、少年の地面に叩き付けられた衝撃波で魔獣が怯えた様に引いてくれたことが一番ほっとした。

ほっとした所で気づいたら周りはほんの少ししか顔を合わせていないメンバーが囲んでいた。

 

「き、君達は………!」

 

「話は後だ。ガイウス! マキアスとエマを抱えて戦う事は!?」

 

「任せてくれ」

 

「よぉし……ガイウス。慣れないかもしれないが、流石にこれだけの数だと余裕がないから半分はお前達に頼む。アリサ。いきなりの実戦だがやれるか?」

 

「あのね……一応、私も士官学院に自分から入学しているのよ。やれるかじゃなくてやるわ」

 

思わず口笛でいい女だなぁと内心で微笑を浮かべる。

さっきのデート。冗談じゃなくてマジで頼むべきだったかと楽しい後悔を浮かべ

 

「全員! チームで組んで各個撃破。エマとアリサは後方支援、マキアスは前に出ないようにしてアリサやエマのフォローを最優先───行くぞ!」

 

「おお……!」

 

全員の叫びと共に魔獣がこちらに飛び掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

「ARCUS駆動……!」

 

複数を相手に弓では不利だとアリサは直ぐに思い、前からはともかく横から魔獣が来ていない事を確認した後にアーツ準備に入る。

流石に簡単なファイアボルトくらいしかないが下手な攻撃よりも攻撃になる。

だけどアーツが駆動するまで自分は無防備になるので横からはマキアスがフォローしてくれると信じ、前はレイとガイウスを信じるしかないと思い、前を見ていると

 

「ふっ……!」

 

呼気と共に飛び掛かってくるトビネコなどよりも速く近付き、何故か直前で空に飛ぶように地から跳ねる。

そこからがまるで自分の視界はスローモーションになったかのようにコマ送りに動きが進んでいる気分になる。

よく見ると彼は空中で一回転をしようとしており、そして左足がわざとらしく伸ばされており、そして恐らく数秒のカットシーンが視界に続き踵がまるで吸い寄せられるようにトビネコの頭に迫り、後は想像したくないので暫くお肉は見たくないかもしれない。

いや、士官学院に入った時点でこれくらい我慢しなくてはいけないのだと思い、アーツの駆動を急ぐ。

レイはそのまま群れの中に入らないように絶妙なコントロールと体捌きで爪や体当たりをガントレットで弾き、拳、足、更には肩や膝などを入れて魔獣を倒し、押しのけていく。

 

「凄い……」

 

思わず戦闘中だというのにポツリを口からの呟きを止めれない。

見れば後衛の二人も黙ってコクコクと一緒に頷いてくれる。

それに凄いのはレイだけではなくガイウスもだ。

 

「風よ……薙ぎ払え……!!」

 

一瞬、オーブメントが発光したかと思うと頭の上で回していた槍から強力な風が生まれ、そしてガイウスはそのままそれを魔獣達に放った。

するとそこに人口の竜巻が発生して魔獣達は阿鼻叫喚。

そしてそこから漏れたものをガイウスは槍で蹴散らせればいい。

あれだけの数の魔獣を単純作業の様に戦っている二人にやはりもう一回凄いとだけ呟き。

そして

 

「ファイアボルト!」

 

「ルミナスレイ!」

 

物理攻撃などの攻撃が効かない魔獣に対しては私達のアーツが止めを刺す。

後は本当に単純作業であった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……何とか終わったわね……」

 

「へ、へとへとです……」

 

そして魔獣を掃討するのに約十分間くらいで終わった。

戦闘に関して特別知識とかを持っているわけではないが、それでもガイウスとレイの役割が一番大きかったことは理解している。

正直、余りサポートできなかったのは不甲斐ない。

エマは仕方がない。彼女は戦闘に関しては経験を積んでいなかったのだから。むしろ、初陣とも言える戦闘で彼女は震えはしたが、自分の役割を精一杯やっていた。百点をつけてもいいくらいだと思う。

まだまだね、と自己評価をし、とりあえず前を見る。

マキアス……とりあえず勝手に言わせてもらうが、彼も似たような事を考えていたのか。少し悔しそうな顔で二人を見ていた。

そして私も二人を見ようとしたのだが……何やらおかしい。

二人とも構えを解こうとしていない。

念には念をという雰囲気……どころではなくまだいるという断定系の雰囲気を感じて思わず三人で周りを見回すが視界に移る場所には魔獣の姿はいない。

こっちの勘違いか、二人の考え過ぎかと思わず息を吐き出し

 

「アリサ!」

 

ばっ、と振り返ったレイがこちらに向かって突進してきた。

へ? と驚く間もなく腰に手を回されそのまま勢いよく地面に押し倒された。

 

 

 

 

 

「……っ。危なかった……」

 

女の子特有の温かい温度を体に抱きながら、背後を見る。

背後にはガイウスが貫いている魔獣の姿。

さっきまでは周りにはいなかったが、魔獣もない知能を使ったのか。天井の梁に上って上から奇襲してくるということであった。

クソ親父に魔獣退治に付き合わされた甲斐があったというものである。

やれやれ、と今さらになってサラ教官の無茶苦茶を実感する。

確かに、ここにいるメンバーの大半といいユーシス、ラウラ、リィン、それに銀髪の少女と頭一つ飛び抜けたメンバーが多く集まっているのは何となくわかるが、エマ、とエリオットとかは戦闘とは別分野の才能系統なのではないかと思う。

まぁ、それにしてはエマの度胸がかなり凄いと思う。魔獣に対して冷静にアーツを練れるというのはそれだけで才能である。

アーツの威力もかなり高いし、アーツ適正最下位の自分としては羨ましい。

今はともかくこれからとなると成長が凄いだろうなぁと今だけの上から目線を楽しませてもらう。

 

「だ、大丈夫かね!?」

 

「あ~~。平気平気。俺は大丈夫だし、アリサもだいじょ……」

 

うぶ、と加えようとしてようやく腕の中を見る。

腕の中では綺麗なブロンドの髪よりも色としては激しいくらいに顔を真っ赤にして恥ずかしさと怒りと照れの三つの感情が行き交って、どこに落ち着こうかをこの瞬間にも考えようとしているような感じであり、何となくオチが見えたのは理解した。

では、この状況をどうすればいいだろうか、と真剣に考える。

きっかり三秒考え、ここは自分が先に攻撃するべきだと考えた。何故ならアリサの表情はすでに怒りの方に傾きつつあるのだから。

 

「アリサ」

 

「……何かしら?」

 

冷静に怒っているという矛盾の表情を顕現させることに成功しているアリサに対してあくまで自分は冷静にああ、と頷き

 

「───出来ればこの状況をもっと楽しみたいから後三分くらい構わないか?」

 

「構うにきまってるでしょ変態!!」

 

そのまま即座に膝を曲げて思いっきり脇腹に抉り込む様に入れられ俺はたまらず吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

とりあえず十五秒くらい苦しんでから何とか立ち上がり、汚れた部分を手で払う。

 

「───よし。マッキー、怪我はないか」

 

「だ、誰がマッキーだ! 僕の名はマキアスだ!! というか、この場合、怪我人候補は君だ……!」

 

「それだけ叫べたら大丈夫そうだな。でも、あんな事になることも考えずに勝手に一人で行くのはどうかと思うぞ?」

 

「それについてはレイに賛成だ。風と女神の加護もそうだが俺達が間に合わなかったら危なかった」

 

「う……それは……すまない……」

 

この様子だとかなり反省しているようだから問題ないだろう。

反省していなかったら流石にあれだったけど。

 

「エマとアリサも怪我は………なさそうだな」

 

「は、はい。お陰様でって。レイさん。手、ちょっと怪我してますよっ?」

 

「え?」

 

何故かアリサが驚いた顔でこっちを見ているが、とりあえず、ああ、とエマに対して頷き手を見せる。

そこには怪我という割にはちょっと裂いて流れ出た血があるだけであった。

 

「別に大したことないよ。よくある擦り剥いたような傷。大方戦っている最中に怪我でも───」

 

「……嘘ね。さっき、私を助けるときは手に傷なんかつけていなかったでしょ」

 

一瞬で看破された気がするがここでめげたら帝国男子の名折れだと思い、膝かっくんしかけた膝を立て直す。

 

「いや違う………! そう! 実は先程槍を振り回していたガイウスの風に当てられて鎌鼬を喰らったみたいなんだ! だからオールオッケーだ!」

 

「……」

 

ガイウスが無言の抗議をこちらに向けてくるが今だけ無視する。

そう、女の子に責任を負わせるなぞ男のすることではないのである。だから、マキアスの馬鹿を見るような目も、エマの苦笑も今の俺には見えないのである。

そうしているとアリサも観念したかのように溜息を吐いて懐からハンカチを取り出す。

 

「……はいはい、じゃあ解ったからせめてハンカチで黴菌が入らないようにくらいはさせてもらうわ」

 

「いや、別に……そのハンカチ高そうだし、別にこれならティアを使わなくてもいいくらいだぞ」

 

「いいから。黙って治療くらい受けなさい。じゃないと」

 

ボッと小さいファイアボルトが指の先から出て、にこりと彼女はは笑った。

焼いて塞ぐぞ、と言外に告げられ無言で治療を受けるしかなかった。

やだなぁ、積極的過ぎるよ……。

成程……このクラスに集まるメンバーは規格外なんだな、と改めて実感した時であった。

そして手に何やら高級感感じる包帯を巻かれ、色んな意味でむず痒さを感じながら手を開いて閉じを繰り返して問題なく拳を作れることを試し、よしっと立ち上がる。

 

「ありがとよ、アリサ。今度、代わりのハンカチを何とかするわ」

 

「……(礼を言うのは本当はこっちの方でしょうに)」

 

「は?」

 

「な、何でもないわ。それより先に進むんでしょ」

 

「あ、ああ……マキアスも当然、それでいいよな?」

 

「むしろ、僕からお願いしたいくらいだ。解ってはいるだろうけど、改めて自己紹介させてもらう。マキアス・レーグニッツ。平民出身だ……そういえば、その……助けてもらった分際で失礼な事を言うと思うんだが……その身分を聞いていいか?」

 

逆に言えば失礼だと思っても聞かざるを得まいという事なのだろう。

リィン達と話したようにかなり根深い事情がありそうだが、下手をしたら反感を買いそうな言葉だから一応、周りのメンバーをそれとなく見回すが見たところそこまで気にしている人間はいなさそうであった。

 

「貴方ねぇ……まぁいいけど。私は別に貴族じゃないわ。平民よ」

 

「俺の方はむしろ身分とかがなくてな。ノルドの方からの留学生だ」

 

「私もです。田舎の方から来ましたから……そんな高貴な血を持っている人間じゃありません」

 

上手いこと貴族のメンバーはいなかったようである。

まぁ、見たところ貴族っぽいのはラウラとユーシスっぽいし。

身分制度関係なくと言うが、そこまで気にするほどごちゃごちゃになっていないのだろう。

 

「そ、そうなのか……ええと、君は?」

 

すると当然、まだ返事をしていない俺の方に視線が向くわけで、はて、どうしようかと思う。

別に答える程、まだ信頼性を築いているわけではないが流れ的に自分だけ答えないと明らかに自分は貴族ですを隠しているようにも思えるから困る。

まぁ、別に隠す理由もないから答えてもいいかと思う。

 

「平民か、貴族か、と言われると───ぶっちゃけどっちだろうなぁ?」

 

「……は?」

 

一瞬、マキアスどころか全員が意味が解らないという沈黙を作る。

その間に挟むように自分の言葉を入れる。

 

「いや、冗談じゃなくてマジでな────まぁ、よくある記憶喪失の養子って奴でな。だから、ぶっちゃけ自分が元平民か貴族かわからなくてな」

 

「……あ」

 

すると全員が気まずい顔でこちらを見るのだから面倒なのだ。

特にマキアスなど顔を青褪めている。

別にこっちは同情が欲しくてこんな詰まらない話をしているわけじゃないのだ。同情してほしいなら、もっと脚色をつけてお涙プリーズをしている。

面倒くさい雰囲気はさっさと掃除するのが吉だ。

 

「別に記憶喪失で養子だからと言って別に不幸じゃ……」

 

ないと言おうとして今までの記憶を思い出す。

そう、母さんは実に気立てがよくて素晴らしい女性と思っているが、逆にクソ親父の事を思い出す。

例えば、訓練だと言って滝がある場所に連れられたと思ったら後ろから押されて落ちた事とか。

例えば、泳ぎの練習だと言われたと思ったら何の遠慮なく足を下から引っ張られ危うく水死体になりかけた事とか。

例えば、勉強だと言われ椅子に座ろうとした瞬間に机をちょいやー!! とか叫んでこっちに弾き飛ばして顎を強打した事とか。

 

「不幸では……不幸では……不幸ではなかったが殺意が沸く生活ではあったが復讐をしようと思ったら毎度奇襲を察知するし、飯に毒を入れてやろうと思ったら何時の間にかそれが自分の飯の中に入っている時もあってストレスとかが溜まって……うん、まぁ普通の生活を送れたよ?」

 

「いかん、手遅れだ」

 

ガイウスがこちらを致命傷を得て死ぬ寸前である患者の見切りを下した医者のような表情でこちらに冷静なツッコミを入れた。

何とか意識を取り戻して周りを見ると気まずさが消え失せて憐みの視線がこちらを見ていた。

 

「その……すまない……そんなつもりで言った言葉じゃなかったんだ……」

 

「おい、待て。さっきまでならともかくこの状況でその台詞だと意味はともかく心に響かなくなるだろうが……!」

 

「……レイさん。後で一緒にご飯を食べませんか? 高いものとかは無理ですけど……でも一緒に普通のご飯を食べません?」

 

「慈愛の目で告げられなかったら嬉しかったなぁ……!」

 

「……さぁ、行きましょう。皆で明日を掴む為に……!」

 

「ああ、明日を掴む為に……!」

 

「おい、ちょっと待て。何だその結束力はーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

とりあえず、全員の結束力が高まり(不本意だが)さぁ、先に進もうと漲るパワーと共に前に進もうとしたのだが、相手が誰だったかを忘れていた。

 

「のわーーーー!!」

 

「マキアス! 叫んでいないで走れ! 無駄に酸素を消耗していると死ぬぞ!」

 

「も、最もだが……!」

 

最もだが、一言言いたいという表情で今、自分達が走っている状況の原因を睨む。

そう、それは巨大な丸い鉄球。

走っている自分達は坂道なので当然、そのスピードは段々と速くなっている。

そう、その意見は最もなのだが

 

「あの鉄球はどういうことだーーー!」

 

この通路に入ったかと思うと急に入ってきた入口が閉まり、そして何だ何だと思い、少し道を進むと急に後ろから鉄球が落ちてきたのである。

文句の一つや二つ言いたくなるというものである。

 

「知るか! 今必要なのは疑問を思うことじゃない………! 今、俺達に必要なのは心ではなくただ走るという機構になるという無心であり、そうつまり───」

 

「───風になることだな!」

 

「そう! その通り! 我らはこの瞬間人ではなく風になるのだ………!!」

 

「出来るかーーーー!!!」

 

「何を言う! 前にいるエマを見てみろ!」

 

そんな余裕は欠片もないのだが、とりあえず心配の意味でもとりあえず見てみた。

 

「…………!!」

 

すると、そこには初対面で感じた奥ゆかしさとか聡明さとかを全て脱ぎ捨てた有りの侭の姿………すなわち走らなければ死ぬという言葉を体現したかのようなド必死な少女の姿があった。

俗に言う女の子走りというものではなく、素人なりの必死な、しかしそれ故に生まれる足、体、手の振り。その表情に余裕などなく最早血走っているレベルの目線が自分の状態がどんなのかを示していた。すなわち、形振り構っていられない。

 

「って駄目じゃないか!!?」

 

ツッコんでから周りを見るが、よく見ればレイはおろかガイウス、アリサもレベルは違えど似たような血走りを見せている。

生の本能にしがみ付く原初の人間というタイトルの写真が生まれそうだな、と現実逃避の余裕が生まれてしまう。

だが、自分も残り数秒したら同じ存在になることを否定できず、いっそ己も最初から理性を捨てていればよかったと悔しくなった。

 

 

 

 

 

恐らく時間にしては一分ちょっとくらいだったのかもしれない。

しかし、俺達にとってはまるで一日中走ったかのような気分を覚えたものであったと全員で床に倒れて息を吐きながらそう思った。

 

風と女神よ……

 

ガイウスは本気で今の状況を風と女神に感謝していた。

全員無事で生きているという事をこれ程感慨深く思った事はないなと思った。

そんな時にエマがゆらりと立ち上がった。

 

「え、エマ?」

 

アリサもその立ち上がり方に不吉を感じたのか、少し引くようにエマに声をかけるが彼女は無反応。

視線も何か虚ろだ。

全員どうかしたのかと固唾を飲んで見守り、そして

 

「……あ、おばあちゃん。ふふ……今日はリソッドなの? セリーヌも喜びそうね……」

 

「え、エマーーーー!!?」

 

「……自分の最も幸福な記憶に飛んだか……こうなったらもう脳は……」

 

「い、言っていいことと悪いことがあると思うぞ!?」

 

もうこのチームは駄目かもしれないとつい思ってしまう瞬間であった。

だが、希望は捨ててはいけないという言葉を信じて息を整え皆に気力を取り戻す言葉を吐く。

 

「皆……風が流れている……もうすぐ出口だ」

 

「で、出口……? そんなものがあるんですね……」

 

「誰か……キュリアの薬持ってないか……!」

 

状態以上混乱を持て余しているエマに対して全員で何とか落ち着かせることでようやくまともに戻せた。

全く、とたまらずにマキアスが舌打ちをし

 

「一体誰がこんな陰険なトラップを仕掛けたんだ! 仕掛けた人間は絶対に性格悪いぞ!」

 

 

 

 

 

「なぁ、ゼリカ。そういえば一つ聞きたかったことがあるんだがよぉ……あの鉄球やら何やらは一体どうやって調達したんだ?」

 

「ん? ああ。学院長に訓練用にと言ったら快く引き受けてくれたよ? 何でも手作りらしい」

 

「……笑えねえ……」

 

 

 

 

 

「と、とりあえず……もうすぐゴールだ。とっとと行って上がろうぜ……太陽の光を見たくなってきた……」

 

全員が異議なしと頷き立ち上がる。

そこら辺は皆、士官学院に入学するだけあってか体力の回復がはえぇなぁと思って、俺も前に進もうと思い、前を見上げると魔獣が数体、こちらをじーっと見ていた。

 

「……」

 

全員の一致団結に言葉などいらなかった。

何やらオーブメントが光っていた気がするが、最早気にする理性などは既に存在していなかった。

やる事はただ一つ。

故に誰もが無言で武器を構えた。

その在り様に魔獣達は脅えた様に一歩後ろに下がった瞬間に、全員で奇声を上げて襲いかかった。

その時の魔獣が仮に僅かでも知性があったのならばこう思っていただろう。

キチガイ、怖い、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……何故かもうキャラ崩壊が起きているような気がする……。
この調子だと次回で旧校舎は終わりですかね。
というか次回で終わらせたい。
感想よろしくおねがいします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特科クラスⅦ組

そして俺達はガイウスの言う出口近くの所の回復装置が見える場所でばったりとリィン達の集団に出会った。

何時の間にか向こうにはユーシスと銀髪の少女がいたが、そんな些事はどうでもよかった。

見ると向こうもかなりやつれていて、汚れている。

お互いがお互いの姿を見て、何も言わずにお互いの事情を察し、代表して、俺、リィン、エリオット、ガイウスが皆より前に出て

 

「……!」

 

熱い抱擁を交わした。

 

 

 

 

 

 

男同士の熱い友情を終え(ユーシスとマキアスを除く)、女子同士も互いに挨拶を酌み交わし、回復装置があったからとりあえず今までのEPを回復して、全員で広場についた。

 

「……おお! 日差しが……日差しがあるぞ……!」

 

「うむ……太陽の日差しとはこれ程心地よいものなのだな……肉体はおろか精神の鍛練。見事果たせたな」

 

「ああ……今回の特別オリエンテーリング……俺達にとってかなり過酷なものだったがチームとしての一致団結が俺達を救ってくれたな……」

 

「というよりしなきゃ助からなかったという方が僕的には正しいんじゃないかなと思う……」

 

どうやらリィン班もかなり酷い目にあったらしい。

あのユーシスも無言で肯定しているところを見るとかなりの内容だったに違いない。

それにしても、さっき自己紹介でフィーと教えてもらった銀髪の少女は一人だけ余裕のというよりも初めから無表情の面倒だなという表情を浮かべたまま。

姿も汚れているように見えていないところ、あれらのトラップを平然と潜り抜けたということなのだろうか。

俺達の中で一番腕が立つのはラウラだと思っていたが、そこまで簡単なものではないのだろうと改めて認識する。

とりあえず、もう出れるとなると全員のテンションが無意味に上がるもの。

ははは、とテンションを上げて全く名残惜しくない旧校舎の最後の部屋を見回す。

 

「おいおい、見ろよあの石像。かなり凝っているなぁ」

 

「ふん……あの程度の造りで凝っているなどと己の価値観の低さを露見しているぞ。あんな物、美術館行けば下の下だ」

 

「……ふふ。別にいいじゃありませんかユーシスさん。もう終わりと思えば何故か何もかもが綺麗に思えません?」

 

「……エマ。それ末期症状だと思うよ」

 

「シッ。フィー……静かにしておきなさい……エマは、その……疲れているのよ……」

 

「はは……」

 

全員のテンションがおかしいなぁと冷静にテンションを上げながらそう思う。

もう、本当に何もかもが煌めいて見えるというのはこの事だろう。

 

「それにしてもあそこまで凝っているんだから動けばいいのになぁ……動かない石像なんて二流だぜ」

 

「そうなのか……帝都の一流の石像は動くのか……」

 

「おい、レイ。ガイウスに嘘を教えるなよ」

 

「そうだよ……信じられたらこれから石像がある場所をガイウスが歩けなくなるじゃないか」

 

「ははは、悪い悪い。それにしても本当に凝っているなぁ……ほら見ろよ。今なんかあの石像、目が光っているぜ?」

 

「……え?」

 

俺の最後の疑問に全員がピタリと動きを止める。

その一致団結さに気付かずに、俺は尚も石像批評を始める。

 

「うぉっ、すっげぇ! 今、一瞬だが手足がぴくりと震えやがったぜ……地震か……こんな地下で生き埋めになったら洒落にならないな……というかさっきは冗談で動けって言ったけどやっぱり石像なんだからそのまま時が止まった不変でいるのが礼儀だろうに、なぁ? ……なぁ、お前ら。どうしてそんなに離れているんだ?」

 

「───それは石像じゃなくて魔獣だ!?」

 

全員のハモッた声にはぁ? と遂に脳がイカレたかと思い、おいおいと思う。

 

「確かにそういう種類の魔獣も存在するかもしれないけど、こんな出口にラスボスよろしくで鎮座するなんて幾ら陰険なトラップばっかりあっても流石に魔獣の出現場所までトラップに出来……な……」

 

最後ら辺に言葉に自信が無くなっていくのはさっきまでちゃんと石をしていた石像があら不思議で色をつけてまるで生きているかのようにこちらを睨んでくるからである。

自分の笑顔が凍っていくのを自覚し、暫し沈黙が流れる。

ゴクリと唾を飲む音がその沈黙を破り───魔獣がこちらに向かって飛んできた。

 

 

 

 

 

「のぅわーーーーー!!」

 

レイとやらがこちらに向かって必死の形相で走ってくるのに対して、全員がうわーー! と叫びながらそれから逃げる。

思わず舌打ちをかまして逃げてくる奴に告げる。

 

「おい貴様! 何でもいいからこっちに来るな! 囮になれ!!」

 

「待てやコラァ! さっき一人で出るときに言った大層な貴族の責務(ノブレスオブリージュ)というのはどうした! 今こそ果たす時じゃないのか!?」

 

「ああ、弱い人間に対してはな───だが、ここにいる者共のメンバーは結構頭がやばい人間が多いと分かったからな! 俺の貴族の義務もそれは力無き民に対してのみだ!」

 

「屁理屈だ……!」

 

知るか馬鹿。

そう思うなら、もう少ししおらしい態度を取ってみろ。逃げる足が全く恐怖に捕らわれていないくらい武術を嗜んだものならば全員理解できている。

故に囮をさせた。

 

「ファイアボルト!」

 

「アクアブリード!」

 

アリサとエリオットのアーツが発動する。

レイが囮をしている間にリィン、ラウラが二人にアーツの駆動を促し、発動させたのだ。

結果、炎と水が魔獣の顔面に狙い打たれ、レイにしか興味がなかった魔獣は避けることも出来ずに諸に命中し、羽に意識を割くことが出来ないのか、地面に落ちていく。

 

「おお……!」

 

するとレイが反転し、ARCUSが光を放つ。

大分昔の戦術オーブメントでもあるCP。攻撃、防御時の使用者のテンションなどで貯められるもので使えば一時的にせよ、使用者の身体、アーツのレベルを一つ上げるというもの。

奴の適正的に言うと身体の方を上げたのだろう。

一瞬で空に浮かんでいた石像の龍……ガーゴイルと言うべきか。

それよりも上に飛び、三回転くらいクルクル回りながら

 

戦技(クラフト)烈震……!」

 

強烈な踵落としを魔獣の頭に落とした。

 

「……!」

 

激震。

衝撃と音が空間を揺るがしながら、魔獣の頭に該当する部分が罅割れながら地面に激突する。

地面に激突する瞬間にようやく痛覚を自覚したのか苦鳴を発するがそれ故にこちらの動きを全く視認できていない。

 

「───四の型、紅葉切り」

 

抜刀から続く連続斬撃による攻撃。

斬鉄の極みを目指した斬撃はいとも簡単に石のような硬さの魔獣の肌を切り刻む。

苦鳴は永続化され、纏わりつく蠅を払うかのように体を振り回そうとするが

 

「───もらい」

 

何時の間にか背中に乗ったフィーがその手に不釣り合いなガンソードを二つ握り、躊躇いなく引き金を引く。

一発、二発、三発、四発。そこからも弾丸の抉る音は響きに響き、一つの楽曲となって魔獣の背中を穿ち続き

 

「えいや」

 

冗談のような声で刃をクロスに振り、背中を蹴って脱出。

身のこなしの軽さはまるで猫のようだなとユーシスは思い

 

「───ゴルトスフィア!」

 

アーツを発動させる。

空属性のオーブは魔獣の周りを回ったかと思うと、そのまま魔獣に向かって激突を望む。

中心点の魔獣はたまったものじゃないという感じに首をもたげ、暴れまわるがその瞳はこちらへの怒りに濡れている。

許さぬ、認めぬ、食い殺してやるという殺意がそのままアーツの陣に成るのを見て、周りの者どもは俺を含めて───焦らない。

 

「させるか!」

 

「させません……!」

 

 

マキアスとやらが構えるショットガンの銃口に光が宿る。

エマという少女は魔導杖を振るうと導力で作られた光の剣が幾つも浮かぶ。

オーブメントもCPの消費に震えるように光り、そして音速突破の弾丸と光の剣がアーツの駆動を妨害する。

余程の一撃だったのか、遂に顔面に罅割れが走る。

悔しいがその威力と狙いの良さにちっ、と舌打ちしてしまう。

むかつくが役に立つから仕方がない。

そしてガーゴイルは罅割れを嫌がるように首を振りながら、後ろに下がろうとし、その前に罅割れに槍が迫る。

 

「逃がさん……!」

 

ガイウスという男がその狙い外さず罅割れに直撃するように槍を放ち、そしてものの見事に槍が罅を更に穿ち───そこから下に新しい皮膚? があった。

 

「嫌がらせかーーー!」

 

先を予見した馬鹿がツッコんでるが、内容に非常に共感したメンバーが結構多数いるので意地でも同意しなかった。

魔獣が急に光り出し、目を焼き暫く視界を失いそうになるが直前に目を閉じていたお蔭で何とか視界を維持でき、光が消えた辺りで目を開けると魔獣は大変化していた。

さっきまでは滑空みたいに飛んでいて自由に飛んではいなかったのだが、今度はどちらかというと竜というよりは悪魔みたいな感じなビジュアルになっており羽根で飛んでいる。

 

「………帝都の石像は空を飛ぶこともできるのか……」

 

「し、信じちゃ駄目だよ! ガイウス! それはレイの法螺話だからね!?」

 

「俺も法螺話のつもりだったが実は意外と真実なのかもしれないと思い始めてきた……」

 

「それは現実逃避よ!」

 

ナイスツッコミだアリサとやら。

ともあれ、不味い事態であるのは確かだ。

あれでは近接組の武器が届かない。

今は、マキアス・レーグニッツ、フィー、アリサがそれぞれの武器で攻撃しているが武器の攻撃不足は否めない。

三人ともそれを解ってか、それとも武器の特徴か。

全員、導力による弾で攻撃して、幾つかは当たってはいるのだがそこまで効果は効いていない。

やはり、攻撃というなら俺達そしてその中で一番高いであろうラウラの攻撃が一番効く。

策を考えようとするが

 

「来るぞ……!」

 

そうしている間に空中でターンをしてこちらに攻めてきた。

慌てて全員が軌道から避けようとする中、一人だけ動かない者がいた。

 

「ラウラ!?」

 

リィンが慌てて彼女に警告の意味で声を発するが彼女は眼を閉じ精神集中しているせいか、ガーゴイルが迫ってきても微塵も動かない。

 

「正気か!?」

 

どう考えても重量は人の手では余るクラスの重さである事は確かだ。

そんなのが空中で加速してぶつかってくるのだ。

当然、まともにぶつかったら肉も残らない。

それなのにそんな事を(・・・・・)をする事に正気か、と疑ってしまう。

だが、彼女は不動を保ちながら剣を顔の前で一旦、構え、精神集中。

瞳すら閉じた集中はわずか1秒。その1秒に全てを燃やすかのような瞳の輝きに不覚にも目が留まる。

 

「───我がアルゼイド流、鉄砕刃。本来ならば飛び上がって重力も含めた斬撃によるものだが……」

 

構えを変える。

剣の構えは下段。

それも、腰を普通よりも更に捻った明らかな魔獣相手のカウンター狙いの構え。

 

「今回ばかりは迎撃の為に技を改良しよう。アルゼイド流、昇竜斬とでも名づけるか?」

 

接敵まで残り四秒といったところ。

最早、引くこと不可能。

迎撃を選ぶしかない。

だが、もしもカウンターで弾き返すこと自体は可能だと仮定してもタイミングを誤ればやはり力があっても死しかない。

ヘルプも当然、間に合わない。

 

一秒

 

魔獣の方向がいやでも耳に響く。

周りのメンバーが何かを叫んでいるが、それすらも耳に響きやしない。自分の声ですら耳に届かないのだから。

 

二秒

 

心音がうるさい。

何時もの毅然とした態度を維持しろと言い聞かすのだが心音だけはその縛りなど効かぬと言わんばかりに暴れだし、二秒後の結末を予想しようとする。

 

三秒

 

もう、目と鼻の先に迫る死を目前とした騎士の家系はすぅっと息を吸い

 

四───

 

「せいやぁぁぁぁあああああああああーー!!」

 

閃光のように思える一閃が、魔獣を文字通り吹っ飛ばした(・・・・・・)

 

「……」

 

「……」

 

マキアスとエリオットが開いた口が塞がらないという感じで口をパクパクし、現実をちゃんと認識していないのが目に見えて理解できたし、正直同意できる事実であった。

だが、やはり負担は大きかったのか。

ラウラは汗を大量に流し、膝をつくのを剣で支えて我慢しており一撃に全てを賭けたと言っても過言ではない様子であの様子だとどこか多少は痛めたかもしれないな、と思い、そこまで思考している間に魔獣が地面に激突し───黒髪の二人の少年が左右から疾走した。

 

「合わせろよ! リィン! それとも合わせてやろうか!?」

 

「そっちこそ! 遅れるなよ!」

 

互いの速度はほぼ同じ。

リィンは左から、レイは右から回り。互いの視線と敵意が魔獣の首に向けられておりリィンは納刀し、レイは右拳を固める。

そして

 

「………何?」

 

気のせいだろうか。一瞬、二人のオーブメントが光った様な気がした。

いや、気のせいではない。

間違いなくその光は彼ら二人を繋げるかのように光り、そして拳と刀。その両方が同時に動く。

結果は魔獣の首が空に飛ぶ姿。

最後には首はおろか肉体も灰になって消えた。

その事実にようやく肩の力を抜くことができた。

 

 

 

 

 

 

 

「な、何とか勝てたな……」

 

リィンはそう言い、思わず地面に座り込みたかった。

実際、周りのメンバーで恐らくそこまで戦闘を本分にしていなかったメンバーは全員座り込んでいる。

全員、息絶え絶え。

真面に立って行動できているのはラウラを除いた戦闘訓練をちゃんと受けたと思わしきメンバーだけであった。

 

「ラウラ。大丈夫か?」

 

「……うむ。肉も骨も異常はないようだ。流石にあれだけの巨体の魔獣を飛ばしたことはなかったが上手くいった」

 

「いやいや。流石にあれは無理し過ぎだぞ。返せなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

「うん。その時はその時………と言いたいところだが負ける気がしなかったのでな。勝利しか考えていなかったんだ。だが、確かに無謀ではあったな。迷惑をかけた」

 

「……いや。とにかく無事で良かったよ。今度から無茶はよしてくれ」

 

じゃなきゃ周りの心臓にも悪い。

彼女も流石に悪いと思ったのか、うむと頷き立ち上がる。

どうやら、あれだけの一撃を放ったのに本当にそこまで負傷をしていないらしい。

凄い練度だと思い、周りを見回す。

 

「灰になったなぁ……魔獣らしいといえば魔獣らしいけど……お。落ちているセピス発見。フィー、お前もいるか?」

 

「ん。貰う。サンクス、レイ」

 

「なぁに、全員の報酬だろ、これは。それにしてもフィーも凄まじい戦闘能力持ってるな………ま、詮索はしないが」

 

「……レイこそ。この中で結構、別格クラスだよね。どういった事情かは大体予測できるけど」

 

「お互いさまって奴だな。ま、楽しめたらいいかっていう事でお互い納得って事で」

 

「ん」

 

何やらかなり怪しい会話をしている二人もいたが、今は気にしないでおこうと思う。

他のメンバーも立ち上がりつつあるので皆に声をかけて先に進もうと思ったところに、いきなり拍手が耳に響く。

 

「いやぁ~~。最後は友情で終わってくれてお姉さん。皆の青春を見れて嬉しいわ~~。うーーん、眩しい! 眩しいわね~~」

 

ふざけた様に語る声に階段から降りてくる姿を改めて確認して名を呼ぶ。

 

「サラ教官……」

 

「ま、無事なようで何よりだわ。じゃあ、これにて入学式の特別オリエンテーリングはお終い。こっからは文句でも何でも意見を受け付けるわよ」

 

その言葉に対して全員が視線を合わせて頷いた。

ならば、言いたいことは一つだ。

全員で全く同時に口を開いてその思いを形にした。

 

「なら、あの罠は最悪でしたよ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

というわけで全員で特科クラスⅦ組とその選ばれた理由───ARCUSについて聞かされることになった。

通りで何故かお互いの動きが何となく読めるわけだ。

プロの軍人や遊撃士でもかなりの訓練を積まなければ出来ないことをARCUSは簡単に再現してしまうということなのだろうとレイは思う。

どういった技術でそんな事が出来るのかは知らないが、どうせ語られても理解できないだろう。

そして後はⅦ組はハードなカリキュラムで授業を組むこと。

やる気がない人間は本来所属していたクラスに編入させられる事になるいうことだ。

そこまで聞き、ふむふむと頷く。

 

「別に強制はしないわ。今回はまぁ、不意打ちみたいな試験になったけどだからと言って試験をしたから入るようにとは言わないわ。やるかやらないかの自由意思はあんた達のもの。で、どうする?」

 

「あ、じゃあ俺入ります」

 

脊髄反射レベルで俺がまず手を挙げて前に出る。

周りのメンバーが揃って驚きの表情でこっちを見るが、気にすることではない。

 

「即断即決過ぎるわねぇ~。一応聞いとくけど理由は?」

 

「冗談風に言うならまぁ、普通のカリキュラムより面白そうだし、退屈しないで済みそうっていうのが理由ですかね? 鍛錬にもなりそうですし、やるならどうせ楽しいほうがいいですし」

 

理由を言うと物凄く呆れた様な表情を浮かべられた。

見れば周りのメンバーも似たような表情を浮かべているし、俺は少数派なのかと思わず内心で考えるが

 

「────なら、リィン・シュバルツァー。Ⅶ組に参加したいと思います」

 

お、と思い俺と一緒で前に出てきた少年に視線を向ける。

 

「何だ、リィン。若い身空で人生をもう投げ捨てたか。人生が大暴落したら骨くらいは拾ってやる」

 

「全部無視させてもらうが俺は俺で自分を高められるというなら願ってもない申し出です」

 

真面目な奴だなぁと思うが、俺達の参加を機に参加者は続々と出て一応、クラスとしての人数は足りてきたが、最後にやはり問題の二人が残った。

 

「さて。君達二人はどうする?」

 

「………」

 

「………」

 

マキアスとユーシスだ。

二人とも隣同士な癖に頑なに視線を合わせない。

これだけ見ると意見が合わないというよりは性格が合わないという感じだ。

今はまだ嫌悪する仲ではあるが、こいつら和解したら喧嘩するほど仲がいいって感じになりそうだなぁ~とどうでもいい事を考えながらどうなるやらと思う。

 

「二人はどうする? 別にさっきも言ったように無理にとは言わないわ。嫌々やってもらってもこっちは迷惑だからね」

 

「……いや、ならば話は簡単だ───ユーシス・アルバレア。特科クラスⅦ組に参加させて貰おう」

 

「んなっ!?」

 

心底信じられないという顔でマキアスはユーシスにツッコミ、それをユーシスが挑発なのか天然なのかはわからない態度で有体に言えばお前は辞退すればと要求している。

 

「(ユーシスもあれはわざとみたいだが……四大名門の坊ちゃんも喧嘩っ早いなぁ……)」

 

「(お、おい。レイ……お前順応早くないか?)」

 

「(そ、そうだよっ。ゆ、ユーシス様は四大名門の御子息だよ?)」

 

性格と育て方の違いだろう。

基本、最低限の敬意しかどうでもいい貴族には俺は払っていないし、偉いだの何だのはそりゃ凄いと思うが、士官学院に持ってくる要素ではないだろう。

それにユーシス本人も確証はないが四大名門の貴族様扱いはそこまで好いていない気がする。

貴族としての誇りはあるが敬われるだけの案山子にはなりたくないという感じか。

そうこうしている間に対抗する形でマキアスも参加の表明。それらの一連のいざこざを見て全員で溜息を漏らす。

 

「やれやれ……これは暫く一悶着がありそうだな」

 

「……めんどくさいね」

 

「あ、あはは……」

 

「はぁ……大丈夫かしらこのクラス」

 

色々と周りは心配しかないというコメントしか発していないが別に俺は気にせず頭の後ろで手を組み目を瞑って口笛でも吹いとく。

ただ、自分は常に自分に祈るだけ。

この瞬間を生きているという事にただ真摯に感謝し続けるのが自分の生き方なのだから。

 

 

 

 

 




最後ら辺はかなり端折った感がありますが更新です。
とりあえず、ようやくⅦ組設立。
これ以降はとりあえず多少のオリジナルの小話を幾つかしたらまたメインストーリーという感じを維持できればと思います。
感想、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三学生寮の掃除 愉快編 前編

そして速いもので俺達のクラス発足から既に三日。

簡潔ではなくしっかりとした自己紹介、普通の校舎巡りなどの新入生がする類のイベントをそろそろ全部終わり、授業が本格的に始まる寸前というタイミング。

特科クラスⅦ組は先にやらなければいけない問題に直面していた。

 

「おーーい、どっかバケツ空いてねー? こっちの水はもう汚れに汚れきってるわ」

 

「残念だが、こっちも全滅だ。エリオット、リィン、マキアスの方はどうだ?」

 

指名されたメンバーが各自の担当していた場所から首だけだし全員横に振る。

やれやれ、と全員で溜息を吐きながらフロアに出る。

ここは第三学生寮。

普通のクラスならば貴族ならば第一、平民ならば第二と分けられそこの管理人が寮を仕切っている。

だが、特科クラスⅦ組はあらゆる意味で規格外なので寮も分けられているのだが

 

「せめてもう少し掃除しとこうぜ……」

 

寮は売れ残っていたマンションタイプのものを改築したもので普通に住むぐらいは別に一応問題なかったのだが、管理人がいないせいか多少汚れていた。

これでは不味いと思いいっそ全員で掃除しないかという提案は必然と出された。

 

「おい、皆。バケツじゃんけんだ」

 

「これで七回目だぞ……」

 

「まぁまぁ。文句を言っても仕方がない」

 

「まぁ、僕達も自分の意思で参加しちゃったからねー……」

 

「フフ、それに皆で掃除というのも悪くはないだろう」

 

ガイウスは前向きでいいなぁ、と思いながら男子でここに来ていない生徒を呼ぶ。

 

「おい、ユーシス。お前もじゃんけんだ」

 

「……ふん。何故俺まで……」

 

自分が指定された部屋からぶつぶつと文句を言いながら出てくるユーシス。

出てきた瞬間にマキアスが嫌なものを見たという顔に変化するがこの程度でそこまで変化していたらこいつ将来禿るんじゃないかと思う。

 

「文句を言うんじゃないっ。じゃんけんに勝てば楽ができるんだし、自分だけ貴族様だからといって特別扱いされてほしいか?」

 

「……ふん、無用だ。とっととやるぞ」

 

一々、突っかからんと喋れないのかとツッコみたいがそこまで言うのは面倒なのでじゃんけんをする。

すると負けたのはユーシスだったので特大の舌打ちをかまして全員分のバケツを持って下に降りていく。

 

「四大名門の息子をパしらせている図……」

 

「……これって僕達貴族の人やアルバレア公爵家に知られたら首を切られても文句が言えないことを実はしているんじゃ……」

 

「何を言う。貴族だからって特別扱いするんじゃないエリオット。あの尊大な奴は偶には地味な事というのを知るべきなんだ」

 

相変わらずだなぁ、と思うがまだ三日だからこんなものだろうとは思う。

 

「それにしてもだ……レイ。ユーシスはお前の事を気に入っているのかもな」

 

「ん? 藪から棒に何を言い出すんだリィン。俺は別にユーシスを優遇した覚えなんてないぜ? 別に冷遇もしてないが」

 

「そこが気に入られているんじゃないか?」

 

そういうもんかねぇ、と思うが話していたら夕食に間に合わない。

さぁて、バケツが来るまで荷物の整理をしようと暗黙の了解で各自の指定された部屋に戻ろうとした瞬間。

 

「きゃあああああああああああああああああああああ!!!」

 

上の女子の階から悲鳴が上がった。

 

「何だ!? 新手の下着泥か!?」

 

「真っ先にそんな事を思いつく君はどうなんだ!?」

 

「漫才をしていないで行くぞ!」

 

漫才なんかしていないというマキアスの戯言は全員で無視して上の階に上がる。

今の悲鳴はアリサとエマだ。

戦闘においては仕方がないとはいえ達人とは言えない二人だ。

嫌な予感はするがラウラとフィーの二人はどうしたと思う。

あの二人がいるなら多少の痴漢くらい逆に折るだろう。どこをとは言わないが。なのに二人の声が聞こえないところを見ると

 

史上稀にみるレベルの達人クラスの変態か……!?

 

発足三日目で恐ろしい敵と対峙しなければいけないとはこれが士官学院の醍醐味と思い、全員で同時に三階に辿り着く。

後ろからは悲鳴が聞こえたのか。ユーシスも来ていた。

見るとフロアの休憩所に何故かフィーを中心にアリサとエマは彼女の腕を掴み、ラウラは何故か美しい笑顔でフィーの肩を握っていた。

中心のフィーは熱い、痛い、重いと不満を三人に吐き出していたが三人とも青褪めた顔でそんな声を聴ける余裕はなかった。

 

「ど、どうしたの!? 皆?」

 

「見たところ怪我はないようだが……」

 

エリオットとガイウスの言う通り見たところ尋常じゃないレベルで震え上がっている以外そこまで負傷とかはない様子である。

それに予想した下着泥棒とかも

 

「……一応聞いとくけどリィン。気配、無いよな?」

 

「ああ。このフロアには他に他人の気配はない。もしくは」

 

俺達に気取られないレベルの達人がいるかだ、と言外に告げ警戒を一つ一応上げとく。

だけど、それにしてはフィーがそんなに警戒していないのだから無用な心配なのだと思うのだがとりあえず聞いとく。

 

「フィー。一体、何があったんだ?」

 

「……ん」

 

フィーは結構疲れた顔をして仕方がなさそうに答えた。

 

「ゴキ───」

 

「お願い、フィー。言わないで。その正式名称を言った瞬間理性を保てる自信がないの」

 

「……黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ黒くてカサカサ」

 

「……」

 

全員が一斉にはぁ~、と溜息を吐いて緊張感を全て排出する。

各自肩を解し、かいていた汗を拭き、メガネを上げ、やれやれと首を振り、無言で帰ろうとしようとして全員が制服の裾を握られた。

犯人はテンションがおかしい方向に狂っている女子三人である。

最早嫌な予感は決定されたのを理解した男子は全員で再び溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「やだなぁ………」

 

エリオットは一人。

確か、フィーの部屋である場所を新聞紙ブレードを片手に憂鬱になりながら獲物を探していた。

結局あの後、女子三人に押し切られ男子全員で女子の部屋のアレ退治になったのである。

超面倒だなぁという感情を全員で思いながらそれぞれ分かれて退治することになった。

ちなみに女子はせめてもの礼という事か。今は食糧やら何やらのこれからの寮生活に必要そうなものの買い出しに行ってくれている。

正直、自分もアレはそこまで好きじゃないし、断りたい気持ちはかなりあったのだが家でも姉さんに頼まれ何度か退治した事もあったし、何より流石に女の子に頼られているの断るというのはなけなしの男としてのプライドに関わる。

だから、早く見つけて終わらせようと思い隅とかを注意深く調べてみると

 

「……あ」

 

いた。

それはもう結構立派な黒いのが。

かさかさと足を動かして動いている。

見ていると嫌な気分になるし、動き回られたら面倒なので即行動しなければいけない。

 

「ごめんね……」

 

相手がアレ相手でも謝ってしまうのは臆病だからだろうか、と自嘲し片手に握っている新聞紙ブレードを一気に振り下ろす。

だけど

 

「あ」

 

運が悪いことにそのタイミングでアレが動き、多少足にかする程度で止まってしまった。

失敗したぁ、と思い再度新聞紙を振り上げようと思った瞬間に

 

「……えっ」

 

目の前のアレが光り、僕を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガイウスはエマの部屋を虱潰しに探していると隣の音から途轍もない爆音が聞こえた。

 

「何だ……!?」

 

直ぐに件の部屋に行こうと足を動かしドアは手を使うのがまどろっこしいのでほぼ体当たりのような動きでこじ開ける。

そしたらラウラの部屋からはリィンが。アリサの部屋からはレイが。

そして余ったマキアスとユーシスが下から上がってくる音を聞きながら隣のフィーの部屋……エリオットが担当している部屋に突撃した。

 

「エリオット……!」

 

そして彼はいた。

その身をぷすぷすと焦がし、あんだけ鮮やかで女子負けの艶を持っていた紅毛は冗談みたいなアフロになって部屋の中心で倒れていた。

思わず後ろにいたメンバーがくっ、と唸っている。

唸りの方向性が気のせいか、喜怒哀楽の喜か楽だった気がするが気のせいとしてエリオットを抱える。

 

「エリオット……! どうしたんだ? 目をあけてくれ……」

 

エリオットは暫く何も反応せず、焦燥感が増して肩を揺さぶりそして数秒後にぼんやりだがようやく目をあけた。

その事に心底ほっとした───いが目に力がないことに気づき愕然とする。

 

「ガイ……ウス……? そこに……いるの?」

 

「ああ。俺も、リィンもレイも。ユーシスにマキアスもいる。だから心配しないでくれ」

 

何があったかを聞きたいところだが、そんな場合ではない事がエリオットの体から伝わる弱弱しさが無理矢理こっちに伝えてくる。

 

「そっか……うん……僕は最後に……友達に見守られて逝けるんだ……へへ」

 

「な、何を言っているんだエリオット! 気をしっかり持ちたまえ!!」

 

余りに弱弱しい言葉にマキアスも膝を着けてエリオットを激励する。

 

「そうだ、エリオット! 俺達はまだ三日目だぞ? まだまだ始まりすら味わっていないじゃないか……」

 

「それにだ。まだ、俺達はお前のバイオリンを聞いていないぞ? 自己紹介の時に言ったじゃないか……皆に聞かせてあげたいって……」

 

リィンとレイも励ますが言葉尻が弱い。

まるで心では認めていることを頭では認めていないと必死に出張するかのようだ。

 

「バイオリン……そうだ……僕のバイオリンはどこにあるんだろう……?」

 

するとエリオットの両手が何かを探すように空中を彷徨う。

その手の動きの虚ろさに両目から熱いものが流れそうになってしまう。

代わりに手を取ろうと思い、手を伸ばそうとしたときに

 

「……これの事だろう」

 

ユーシスが何時の間にか傍に立ってエリオットの両手にバイオリンを握らせていた。

きっと急いで走って取ってきたのだろう。肩で息をしていたが貴族の子息はそんな素振りをエリオットには絶対に気づかせないと気丈に何時も通り振る舞っていた。

そしてエリオットは握ったそれをとても大事なものみたいに両腕で抱え、最後にくしゃり、と表情を緩め

 

「ああ……良かったなぁ……」

 

そしてエリオットはがくり、と体から力を抜いた。

 

「……エリオット?」

 

返事は何もなく、ただエリオットはアフロのまま満足そうに眠っていた。

その日、その時間に。

第三学生寮から男達の叫びが聞こえたという。

 

 

 

 

 

 

「──状況を確認しよう」

 

リィンは3階の休憩所のソファで座りながら周りを見回した。

空いているソファには今は亡きエリオットの遺体(呼吸はしているが)がある。

顔にハンカチを乗せているせいで余計に胸の空白が痛みそうになり、くっ……と目をそらす。

エリオットの遺志を俺達は引き継がなければいけないんだ。

なら、悲しんでいる場合ではないだ、と自分に言い聞かせる。

 

「もしかしてフィーの部屋の火薬に引火したのか?」

 

「いや、それならばエリオットはあんなギャ……じゃなくてあんなダメージで済むわけがない。それにそれならば部屋にも爆破の影響があったはずだ」

 

「確かにな……見たところフィーの部屋に爆破の影響はなくあるのはエリオットのゆか……無残な死体(?)だけであった」

 

ユーシスの同意も済ませ、俺はなら何が爆発したのかという疑問を提示しようとして間にレイが入った。

 

「いや、原因は大体理解できた。恐らく原因は今回の騒動の原因───Gだ」

 

「? ……何故Gが原因になるんだ?」

 

ガイウスの最もな疑問に全員でそうだ、と尋ねる。

それにレイは答えるように頷き続きを話す。

 

「ああ……恐らく相手はゴキバン……一種の魔獣なんだが……まぁ弱いのなんの。普通のGと変わらない、それこそスリッパ一閃で倒せる経験値にもならない雑魚魔獣のせいだと思う」

 

「……それがエリオットを倒したというのか? 確かにエリオットは戦闘経験はないけど度胸は普通の人間よりもあるほうだったぞ。そんな雑魚に負ける要素はないと思うんだが……」

 

あの特別オリエンテーリングでもガーゴイル相手にちゃんと戦っていたところからそれは実証している。

その結論をまぁ、待てとこちらの焦りを押しとどめ結論を急ぐ。

 

「問題はな。普通のGと違ってこいつはな───一撃で倒さないと生物相手に対しての自爆をするんだ」

 

皆の顔が嫌なことを聞いたという表情に歪むのを見て、ああ、俺もあんな表情をしているんだなぁと思った。

 

「………何だ。その嫌がらせな魔獣は」

 

「だからエリオット以外は特に爆発の影響がなかったのか……」

 

ユーシスとマキアスの意見には完全同意の姿勢である。

嫌がらせ以外何物でもない魔獣だが、良く考えたら魔獣自体が人間に対しての嫌がらせみたいな感じだから魔獣の存在理由からしたら大差ないのかもしれない。

遭遇したらむかつくの一言しか生まれないが。

 

「……とりあえず対処にあたる前にエリオットを部屋に移さないか。このままでは風邪……いや、忍びないからな」

 

「そうだな……よし、俺とレイとガイウスで一旦部屋まで送るか……」

 

「しゃあねぇなぁ……」

 

よっこらせと三人で死体(のつもり)を持ち上げる。

力がないぐったりとした人間は持ち上げるのに苦労する。だから、決してエリオットの頭を見てはいけない。見たら俺達の力が抜ける。

 

「お、おい、ちょっと待ちたまえ!」

 

するとそこにマキアスの静止がこちらにかかる。

半ば予想できていたことだが、仕方がなくそちらに振り替える。

すると二人とも不満ありありという顔で互いを無視している。

 

「何故、俺がこの煩い眼鏡と一緒にいなきゃいけないのだ」

 

「そ、それはこちらの台詞だ! 僕はこんな傲慢な男と同じ場所で待っているなんてごめんだぞ……!」

 

同じ場所にいるだけでも駄目なのか……と俺は互いの険悪さに溜息を吐きそうになりかけたが流石に二人の前でそれをするのは失礼であると自粛。

こちらとしたら二人にしたら険悪になるのは目に見えていたが……それでもこれからはクラスメイトになるのだから仲が悪くても折り合いは絶対に必要なのだ。

だから敢えて二人にすることによって折り合いをしてもらおうと思い、それにガイウスとレイを巻き込んだのだが……やはり無茶だっただろうか。

やはりマキアスとユーシス。どっちかと自分が変わるべきかと思っているとおいおい、と間にレイが乱入してきた。

 

「帝国知事の息子と四大名門の御子息様は魔獣とはいえGが屯っている場所では怖くて二人きりでは心細いか?」

 

「なっ!?」

 

「……貴様」

 

二人の怒りの矛先がお互いではなくレイに向かうのに慌てて俺はレイを見るがレイはレイで普通に飄々とした笑顔を浮かべるだけで全く堪えていない。

むしろ自然体である。

 

「いや、何。別に攻めているわけでも笑うつもりでもないぜ? どんなに強がってもまぁ人間だしな。怖いものは怖い。それでいいじゃねえか。だから遠慮なくだれか一人残ろうか?」

 

「───馬鹿にしないでくれ!」

 

結果、マキアスの方が沸点が低い事が判明したが、ここまで露骨な挑発だと後に響くんじゃないかと思い、レイを見るが本人は二人に見えない位置でジェスチャーで気にするなと伝えるだけ。

そんな風に言われたら逆に気にするだろうがと思うが済んだことを取り戻すことは出来ないので動くしかない。

とりあえずエリオットを部屋に戻すために三人で担ぎ上げる。

願わくば、これを機に多少の折り合いが出来ればいいのだが……あの調子だと難しそうだと思う。

今日何度目かの溜息が三人重なる。同じことをどうやら考えたみたいだと苦笑し、今日は幸福が良く逃げる日だと思った。

 

 

 

 

 

 

茶番だな、とユーシスは心底そう思いながら内心で溜息を二桁以上した気がするなとどうでもよく考えながら隣の怒りやら何やらの視線は無視する。

マキアス・レーグニッツ。

こいつは知らないが、レーグニッツという名前ならば有名だ。

父が平民出身の帝都知事で革新派のオズボーン宰相と盟友とも呼ばれる人物で清廉潔白を地で行っている人物であり、やはり貴族から煙たがれているが有能ではあるというもの。

別に特別に貴族を毛嫌いしているという話は聞かないが、革新派という聞こえのせいか。余り信用できない。

現にこの息子がこんな様だからな。

別に貴族嫌いなんぞどうでもいいのだが、毎回毎回俺に突っかかってくるのが実に面倒だ。

お蔭でつい口が滑りやすくなる。

ここにいるといらついて何を言うか分からないので先に退治をするか、と自己判断をして勝手に歩き出す。

 

「……おい、君。一体どこに行く」

 

何故お前は俺を監視しているみたいな言い方で言うのだ。

思わず、貴様に答える義理も義務もないだろう阿呆が、とそのまま口に出そうになったがここでこんな風に言えばどうなるかは流石に学習している。

だから言い方を変えて

 

「俺が何かをしようと貴様には関係ないだろう阿呆が」

 

「……これはこれは。成績では一歩僕に劣るのに貴族様は位で自分が上に立っていると勘違いしてらっしゃるようで」

 

同時にお互いの襟首を掴む。

やる気か? そっちが売ってきたんだろ、と目線で語り合いながらいい度胸だ、と口に出そうとしてそうなるとどうせ二階から男どもが来るだろうから意味がないと思い舌打ちをして離す。

向こうも同時に舌打ちをして離した為やはり同時に睨む。

こいつは人の真似をして苛立たせる天才なのか?

だが、どうやら訳を聞かなければ許さんとでも言いたげな目線はまだ収まっていないので仕方がなく答えるしかないらしい。

 

「……効率の問題だ。ただ待っているよりも面倒事をとっとと終わらせた方が時間を節約できる。それだけの話だ」

 

「……まさか君が趣味の悪い魔獣を退治するというのか? 信じられん……君みたいな貴族はこんな小事などどうでもいいと無視をするんじゃないのか……!?」

 

「勝手に決めつけるな」

 

いや、その意見にはかなり同意なのだがこいつに言われると癪に障る。

だから、最後は半ば無視する形で先に進んだのだが

 

「……おい。何故俺の後をついて来る」

 

「ふん。君に言われる義務はない。単に僕も面倒事をとっとと終わらせて自分の掃除をしたいだけだ」

 

つくづく嫌味を言わなければいけない性格をしているらしい。

ちっ、と舌打ちをして無視してそのままラウラの部屋に入る。

やれやれ、と一度首を振り視界を開けると───直ぐ目の前に黒いのがいた。

 

 

 

 

ドアからの距離は一歩。

本当にその程度の距離くらいしか空いていないところで奴はカサカサ動いていた。

まるでこちらを挑発しているようだ。

 

「……面白い」

 

ここまで露骨な挑発はそれこそあの眼鏡やレイ並みである。

新聞紙ブレードを何時のも剣術を構えるように右手に下げ左手を腰に当てる周りからは独特な構えと言われる姿勢。

戦闘の時の緊張がこの部屋に満ちるのを満足し、奴と相対する。

敵対所はまるで俺の事など知らんとでも言わんばかりにかさかさ動くだけ。舐められたものだ。

先程、レイは言った。

一撃で倒さなければ駄目だと。

何と容易い。

そんなもの一瞬で済ませてやる……!

 

「せい……!」

 

踏み込みは一歩。

奴は人や魔獣よりも下にいるので横に振るのでは当てづらいので上段からの片手打ち。

決まった、と思った。

明らかに軌道はブレードの真ん中。

そう思ってたら

 

「なにっ!?」

 

こちらの攻撃の軌道を読んだかのようにこっちの足元にカサカサ動き出した。

 

「くっ……!」

 

いきなりの唐突な動きにこちらの動きがつい反射で腕がそれに合わせようとするが人体の構造上不可能なレベルである。

結果、狙いは外れ。目標はそのまま外に向かった。

 

「己……!」

 

それに対してユーシスは憤怒の視線で憎き怨敵を睨んだ。

この自分の剣が。

躱された? それもあんな虫けら風情に?

許せるか? 否

 

「許せるはずがなかろう下郎め……!」

 

すぐさま反転し目障りな黒色を叩き潰そうと意思を燃やす。

そう、俺は誇り高いアルバレア家の血を受け継ぐもの。

ならば、たかが虫けら一匹に見下されるわけにはいかない。

故に───叩き潰す!

足を反転すると黒いのは既に廊下の中央にいる。

ノロマめっ、と思うと同時に好機と思い足を進める。

すると

 

「なっ……!?」

 

黒いのが何故かエマの部屋からも飛び出してマキアス・レーグニッツも憤怒の形相で飛び出してきた。

何となく経緯は予想できてしまったのが腹が立つが今はそんな場合ではない。

獲物は二匹ともほぼ同じ。

だが、相手は小さい体躯なので問題はないのだろうが、廊下は人間二人が暴れるには少々狭い。

だから

 

「邪魔だ、戯け!」

 

「君が邪魔だ! どけ!」

 

言われた発言に思わず視線を相手に向け、殺意にも似たような感情を吹き出し

 

「……あ?」

 

二人同時に反射で振り上げていた新聞紙ブレードを振り下ろしていたのを他人事にように見た。

それもターゲットをちゃんと視認しないままに。

我武者羅に放った斬撃は当然真面に当たるわけなく、Gをちょっと掠る程度に収まり───二度目の光が自分達を包んだ。

 

 

 

 

 

 

その後、爆発音を聞いて二階に下りていた三人が見たものは廊下に横たわっている大貴族の綺麗な金髪アフロと知事の息子のアフロと罅割れた眼鏡であり、二度目の大声が寮に響いた。

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず何をやっているんだろうね自分と思えるオリジナルストーリー。
魔獣に関しては完ぺきなご都合主義型ギャグ魔獣です。
まぁ、ヒツジンみたいなセクハラ魔獣がいるくらいだから大丈夫な気もしますが……
本当は一話で完結したかったのですが、どうやら前編後編に分かれました。
次回で今回よりも短くして掃除を終わらせてもう一個オリジナルを書いたらメインストーリーに行こうと思っているのでできれば気を長くして待っていただければと。
感想、本当にお願いします……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三学生寮の掃除 愉快編 後編

一撃必殺。

 

その四文字が脳内で反復する。

そして同時に出来るか、と自分への問いかけも無限ループされる。

そして答えは何時もこうだ。

出来るか? いや出来なくてはいけない。

出来なかったら───尊厳的に死ぬからだ。

 

「そっちにいったぞリィン!」

 

レイの指示と共に部屋の中を動き回っているGがこちらに迫ってきている。

 

「任せてくれ!」

 

こっちに迫ってくるGに向かってこっちから突進する。

だが、Gはまるで意識を持っているかのように急カーブ。真っ直ぐから俺からしたら左下斜めに変更され咄嗟に止まるために両足に力を込めるが

 

「くっ……!」

 

下がまだ掃除したてだからか、滑りそうになる。

やばい、と思う。

相手のGは少々の攻撃で爆発する特徴を持つ。問題はその攻撃がどこまでが有効範囲なのかがさっぱりわからないことだ。

触れる程度の攻撃だけなのか。それともGが攻撃と見なしたものだけが攻撃になるのか。

前者ならまだいい。

だが、後者ならば虫レベルの体躯しか持たないGからしたら俺達の行動全てが攻撃に見えてしまうんじゃないかと思うとぞっとする。

だからこそ必死に踏ん張ろうとするが踏ん張れば踏ん張るほど足が体を支え切れなくなり、結果

 

「くあっ」

 

足が地面から───離れない。

 

「無事か、リィン」

 

「ああ! 助かったガイウス!」

 

横から支えてくれた異国からの留学生に感謝をし、標的に再び挑む。

 

「レイ! 横から回り込め!」

 

「任せろ! ガイウスは背後から挑んでくれ!」

 

「ああ……!」

 

そうして出来上がったトライアングル包囲網により敵は逃げる事が実質不可能になり

 

「はぁ……!」

 

俺の新聞紙ブレードを片手上段で振りおろし───直撃した。

数秒、そのままの状態を維持し爆発が起きないことを確認してから三人で一斉に溜息を吐いた。

 

「し、しんどいぃ……!」

 

「一体を倒すのに必死だものな……」

 

「ああ……手強くはないのだが……一撃で倒さなければいけないという縛りが厳しいな」

 

ここにいるのは全員が魔獣退治の経験を持ち、尚且つ腕が確かなメンバーだ。

だが、達人でも流石に膝下どころか床とほぼ変わらない小ささの魔獣など普通相手しないし、何よりも攻撃と見做されたら自爆というがどこまでが攻撃の判断に入るのかが謎で恐怖だ。

そして何よりも

 

相手の動きが読めない……

 

相手が動物型の魔獣でも足の動き、視線、音で人のレベルまでとはいかないがそれでも読み取れるといえば読み取れる。

虫型でも同じといえば同じなのだがやはり小ささと視線をこっちに向けていないこと……というよりは意識をこちらに向けていないから読み取ることがほぼ不可能だからいきなりの動きについていけないのだ。

ある意味で実戦よりも実戦を味わっているような感覚がする。

とりあえず膝を着きたくなる衝動をこらえて気配察知を鋭敏化させる。

 

「……アリサの部屋にはもうこれ以上の気配はないな」

 

「ああ、俺もそう思う」

 

「同じくだ。変な風も感じない」

 

Gで変な風を感じるようになったらお仕舞な気がするが気にしない事にした。

 

「これでラウラ、エマ、フィー、アリサの部屋は終わり……」

 

「残りは……」

 

「空き部屋とサラ教官の部屋だな」

 

三人で一斉に嫌な顔になる。

何故なら教官の部屋はともかく空き部屋なんてこういう生物が明らかにいそうな気配がプンプンする場所なのだから。

だからと言って無視したらまた後日現れて結局二度手間とかになったら余計に面倒である。

 

「下手したら一部屋に数匹いるとかあるかもしれねえな……」

 

「……だがやるしかあるまい」

 

ガイウスとレイがやれやれという調子で立ち上がり廊下に出る。

俺も一緒に立ち上がり新たな新聞紙をブレードに仕立て上げまずは面倒そうな空き部屋に挑もうとする。

 

「……いるな」

 

「……ああいるな」

 

「……いてしまっているな」

 

こういう時に気配を読める自分達が思わず悲しいと思ってしまう。

いっそ、そう言うのに鈍感ならばある程度探してあ、いなかったよあはは、で何とかなるのになぁと思うがそれでは女子に対しては申し訳ないと思い気を引き締める。

 

「……頑張ろう。逆に言えばもう二部屋だ」

 

「おうよ。とっとと終わらせて休憩しようぜ」

 

「ああ。そうなったら俺がノルドから持ってきたノルドティーを御馳走しよう」

 

全員で気合を入れてガイウスが空き部屋の扉を開け───顔色を変えていきなり俺とレイを突き飛ばした。

いきなりのガイウスの反応に流石に間に合わず、一緒に左右に突き飛ばされる。

受け身はとったが直ぐに行動できずだから先に視線を戻すと。

 

そこには空き部屋の中から光が溢れる光景であった。

 

 

 

 

 

 

レイは突き飛ばされた後、その光景を恐らくリィンと一緒に見ていた。

ガイウスが開けたドアからまるで天使でも降りてきたかのような光あふれる光景。

それをガイウスがただ受けている。

その光景をまるで天使から宣託を受けている巡礼者のような光景だと詞的に思いながら───部屋の光が爆発に代わる光景も見てしまった。

 

「ガイウスーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

リィンと二人で一緒に悲鳴を上げる。

ガイウスは俺達を助けるのに精一杯で避ける事など全く出来ていなかった。

直撃だ。

特徴的な焼けた肌を更に焦がし、頭は最早見るのも苦しい……………………………………リーゼント…………に?

 

「ぶほっ!?」

 

思わずリィンが肺から息を大量に漏らしているが俺も我慢しなければかなりきつい。

それはもうさっきから腹に力を有り得ないくらいに。

 

「ガ、ガイウス! しっかりしろ! 傷はまだ……まだ……まだ浅いぞ! 少なくとも外傷的には!?」

 

精神的にもとはとてもじゃないが口から出せなかった自分が情けない。

 

「そ、そうだ! それにガイウス! お前には帰りを待っている家族がいるんだろう……!?」

 

リィン、それは明らかな死亡フラグと言いたかったが言ったら頑張って保っているシリアスな雰囲気になるから何とか黙った。

そしてガイウスが閉じていた瞳を開けた……がその瞳はまるでこちらを見ていない。

それどころか何を見ているのかさっぱりわからないその視線が超不気味さを醸し出しているが言える筈がない。

そして急にガイウスは笑った。

そう、まるで吹っ切れたかのように。

そして一言。

 

「俺は帰ろう……あのノルドの永遠の青空に……」

 

そうしてガイウスの瞳はゆっくり満足そうな表情になりながら閉じていった。

最早、それ以降は語るまでもない。

最早慟哭の叫びすら出せないこの喉を恨みながら必死に歯を食いしばった。

だから代わりにリィンが

 

「ガイウス? なぁ、ガイウス……ああ……あああああああああああああああああああ!!!」

 

リィンのガイウスを抱きかかえての(しかしガイウスの顔を見ていない)聞きながら俺は件の部屋の中身を見る。

どうして爆発したのか。

何もしていないのにという疑問はやはり予想通りであった。

 

「開けたドアに引っ掛かったのか……」

 

本当に不幸な事故であった。

 

 

 

 

 

 

遂に生き残ったメンバーは俺とレイ。

その二人だけになってしまった。

 

「……」

 

「……」

 

沈黙が重い。

ガイウスを部屋に送ってからもう何も会話していない。

失くしたものを思えばもっと心が苦しくなる。

その弱気が言葉を作ってしまった。

 

「なぁ、レイ───もういいんじゃないか?」

 

「───」

 

自分の口から遂にあきらめの言葉を発してしまった。

故に一度出した諦めを止める口も持たなかった。

 

「だってそうだろう? もう女子全員の部屋も掃除し、空き部屋さえも終えた。残りはサラ教官だけ。でも、流石に教官くらいはもう自分の手で掃除するだろう? ならさ───もういいんじゃないか?」

 

ああ、情けない。

自分の口から何て情けない言葉の羅列が流れているんだと心底思う。思うが───やはり事実だと思うだろ?

なぁ、レイ。そう思わないか?

そう、言外に告げそして本人はこちらに視線を向けずにそうか、といい

 

「じゃあ、それを寝てるメンバー全員の顔と頭やらを見ながら言えよ」

 

「よっし、じゃあ行こうか。残りラストだ」

 

不可能ごとと可能であることの取捨選択くらいは出来る脳は持っているつもりであった。

そしてラストダンジョンに挑む。

───ここに冷静な人間。

この場合は例えばフィーなどがいたのであったらこの二人を見てこう呟いていたのだろう。

 

───目が血走ってるね、と。

 

 

 

 

 

 

「───実はさっきからずっと疑問に思っていることがあったんだ」

 

「んだよ、言ってみろよ」

 

リィンがああ、と呟くのを尻目に女子達の部屋の三階につく。

 

「───どうしてこのゴキバンがこの三階にしかいないのかって」

 

だっておかしいだろう?

 

「部屋は確かに多少埃が積もっていたし、汚れていた。少なくともこうして大掃除するくらいには確かに汚れていたんだろう───でもそれならば男子の二階も同条件だ」

 

「それは俺も思った。だが、気配を探っても二階にはそれらしい気配が存在しなかった」

 

「ああ。俺も同じだった」

 

ならば何故こんな三階にだけ異常事態が発生しているのだろうかという疑問に辿り着く。

そしてそれに二つ仮説があるが。

一つは本当にただの偶然。

流石に魔獣? の行動予測とかは知らないからこの一つ目は結構一番有り得る説ではあったと思う。

そしてもう一つが

 

「つまり発生源が三階にいる場合だ」

 

そうして三階のサラ教官の部屋に辿り着いた。

暫く意識を集中するために目を閉じる。

 

「……いるな。それもでかいのが」

 

「ああ。決定だ。つまりここにゴキバンの親玉がいる」

 

さっきは人を探すつもりで気配を探ったからこいつに引っ掛からなかったが今は小さな虫を探すレベルでの集中力で探っているから見つかった。

というかこんな事になるとは思ってもいなかったからなぁ。

そしてレイと一度視線を合わせる。

お互い頷き一度拳を合わせる。

 

「───行こう、これが最後の戦いだ」

 

何かテンションがおかしい、と脳内のかなり深いところにある理性がそう告げるが体がまるで言うことを聞かないかのようにドアを開け、そして

 

「ってでけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

レイの叫びで冷静さという言葉が一瞬で弾き飛ばされた。

でかい。

そうその叫びには全く同意だ。

何せGくらいの大きさであろうと思っていた俺達にまさか小さなダンボールクラスのGが現れるなんて誰が予想できるというのだ。

予想できるかっ。

 

「これじゃあ一撃必殺なんて無理だ……!」

 

おお、何ということだ。

あれ程小さな敵に手古摺っていたのに大きくなった瞬間に一撃必殺が不可能になるというジレンマ。

今まであれ程頼り甲斐があって誇らしかった新聞紙ブレードが今ではまるで木の枝を持っているような気分である。

 

「というか! 一体どうしたらこんな風に大きくなってしかも今になって出るんだよ!」

 

「知るか! 多分、ベッドに潜んでいたんだろうよ! ギリギリベッドに潜めるサイズだしな……! で、どうなったかはわからんが……何かこのゴキバン。ちょっと赤くね?」

 

「は? いやまぁ、言われてみれば……」

 

確かにというレベルでちょっと赤い気がする。

Gの癖におかしいとは思うが、これでも一応魔獣だし更にはさっきまでのゴキバンは小さかったのもあってそんな細かい所まで見てはいないので大きくなったらこんな存在だったのかと思うくらいで

 

「───いや待て」

 

それだけではないと体が勝手に反応する。

そこに脳の記憶が勝手に当てはまる事例を思いつかせる。

 

そう、こういった体が赤くなる現象……火照る現象を……最近……どこかで……

 

そこまで考えてあんまり掃除されていない部屋の片隅を目が勝手に見る。

そこにはサラ教官のトレードマークの一つのお酒が入って───いるが空っぽなのがある。

 

「サラ教官ーーーー!」

 

つまり、そういうことか。

元凶も原因も全部あの酒豪の年上教官のせいであるという事になった。

 

「というか酒で大きくなって尚且つ繁殖する魔獣ってなんだよ……!」

 

「それは俺も聞きたい……!」

 

思わず殺意すら湧いてくるが現状の改善をすることができないことは明白だ。

これ程の絶望はユン老師との修練の時ですらなかったことだ。

どうするとリィンは頭の中でこの悩みが無限ループしかけたところを

 

「いや待て……逆に考えろ」

 

「逆……?」

 

逆ってどういう事だ、と本気でそう思い先を促させる。

 

「ああ───つまり物理が駄目ならアーツでぶっつぶすってことだ!」

 

「この狭い部屋でアーツなんて出したら周りが吹き飛ぶぞ!?」

 

「ククク……何を言うリィン少年。だから逆だろう……? 周りが吹き飛ぶんじゃなくてサラ教官の部屋だけが吹き飛ぶんだよ……!」

 

いかん、今物凄く魅力的な案に聞こえたがそれをしたら間違いなく後でサラ教官による何かが待っているからやはり却下だ。

 

「大体、お前! アーツ適正最低ランクだろ!?」

 

「貴様……! 人の弱みに漬け込みやがって……! お前もそんなに高いランクじゃなかっただろうが!」

 

「それでもお前よりは上だがな」

 

「どちくしょーーー!!」

 

だんだんと膝を着いて床を叩く馬鹿は無視する。

しかし、どうする?

アーツは却下だがそれでもある意味それ以外の手段を思いつかないのも事実なのだ。

ならやれることはただ一つだ。

 

「こうなったらレイ……俺達のもっとも攻撃力があるクラフトを奴に同時に叩き込むしかない!」

 

「! そうか!?」

 

一瞬で俺達はARCUSを取出し戦術リンクを繋げる。

一撃必殺が無理なら二撃必殺で一瞬で倒すしかないという事だ。

 

「炎よ……!」

 

新聞紙ブレードに敵を燃やし尽くす業火の焔が宿る。

八葉一刀流の技の一つ、業炎撃。

この狭い室内だから本気でやるわけにはいかないがそれでも攻撃力という意味ならば少なくとも初伝の俺の技では随一の戦技!

 

「おお……!」

 

逆にレイは炎ではなく雷。

火と風と時というある意味でアタッカーのオードソックスのオーブメントによる発生。

風ではなく雷が発生するのがレイらしいというべきか。

ただし得手の拳ではなく新聞紙ブレードだからやはり威力は落ちるのだろうけどこの場合は好都合だ。

目配せも呼吸を合わせることもいらない。

戦術リンクがそれら全てを合わせてくれる。

いける、と二人同時に思った。

これならばあの一体を同時による一撃で必殺できると。

じりっ、と前に出て一呼吸。

相手は───動かない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

好機と捉え、二人同時に振り下ろした。

勝った、と最高の達成感と満足を得ながらブレードの行先を見て───愕然とした。

そう、そこには

 

「もう一体……!?」

 

そんな馬鹿なぁ! と叫びたくなるが思わずああ成程と思ってしまった。

そりゃそうだ。

あんなに繁殖したのだから魔獣とはいえ

 

「お母様がいらしたか……」

 

隣のレイが結論を出してそして恐らく男子全員が味わった光が俺達を包む結果になった。

 

 

 

 

 

 

 

「今日はすいません……色々手伝ってもらって……」

 

「ははは、いいよぅ。後輩が色々と迷ったり悩んでたら手伝うのが先輩の仕事だから」

 

「あぁ……流石、私のトワ……今日こそ私の部屋で私の抱き枕になってくれるかな?」

 

「……犯罪の臭いしかしないけどね」

 

「フィ、フィーちゃんっ。アンゼリカ先輩も冗談で言って……言ってるんだからそんな事を言っちゃ駄目よ?」

 

「エマ。それは口籠らなければ信じられる類の言葉だと私は思うぞ?」

 

そうして私達は買い物から第三学生寮の一階に帰ってきた。

途中で入学式に出会ったトワ……会長という人とまさか懐かしいアンゼリカ先輩に会えるとは思ってもいなかった。

買い物をしている間、どれがいいとかどれが必要かを迷っている時に偶然二人が通りかかって私達にアドバイスをしてくれたのだ。

どちらもいい先輩で幸先がいいわね、とアリサは素直にそう思う。

 

「で、男子諸君はまだゴキ……」

 

「あわわ! アンちゃん! そ、それの名を言うのは止めて! 本当に!」

 

「おっと、それは失礼。じゃあ言い直してまだG退治をしている最中なのかな?」

 

「え、ええ……多分、もうそろそろ終わっている頃合いだと思うのですが……」

 

買い物にちょっと時間がかかったからもうそろそろ終わっていてもおかしくはない。

あの時はちょっとテンションがおかしかったから仕方がないとしてやはり流石に礼とかはしなくてはいけないだろう、と思い各自でお菓子やら何やらを買ってきたのだが。

 

「まだ終わってないのかしら……」

 

「それだと流石に三階に行き辛いですね……」

 

うーーーん、と全員で考え込んだ時に───いきなりの爆音が上から聞こえた。

 

「敵襲か!?」

 

「……もしかして私の部屋を掃除しているときに火薬にでも引火したのかな?」

 

「犯人はまさかの身内!?」

 

「いや待て。フィー君を犯人にして牢獄に入れるなど女神が許してもこのアンゼリカが許せないね。男子には悪いがここは事故に……」

 

「アンちゃん! 言っていいことと悪いことがあるよ!」

 

「そ、それよりも急いで男子の皆さんの所に……!」

 

エマの鶴の一声に賛成して全員で急いで階段を上る。

 

「……いやもしかしたら男子の新たな掃除方法なのではないのか?」

 

「だとしてもどんな過激な掃除メニューを生み出しているのよ!? 部屋の中までおじゃんよ!?」

 

「……まぁある意味さっぱりはするんじゃないかな」

 

「フィ、フィーちゃん。会長としてその掃除方法は流石にめっだからね?」

 

「……ふぅ。和むな」

 

「な、和んでいる場合じゃないんですよ、アンゼリカ先輩」

 

そして件の三階に辿り着き恐る恐る周りを見回すがあのおぞましい黒いのはいない事に安堵をし、爆発した部屋を探すが一目瞭然であった。

 

「サラ教官の部屋……?」

 

「別にそこまで掃除を頼んだ覚えはないのだが……リィン達はやると決めたらとことんやる性質だったようだ。うむ」

 

天然は相手にし辛いと結論付けて部屋に近づく。

 

「……ね、ねぇフィー? 一応聞きたいんだけど中には誰か……もしくは何かいる?」

 

「ん。いるのはレイとリィンだけみたい。多分、気絶しているみたいだけど」

 

答えられるフィーも凄いけど問題は二人が気絶しているということだ。

 

あの二人が……!?

 

二人を語れるほど何かを知っているというわけじゃないんだけど、それでも特別オリエンテーリングの時は心強い能力を持っていることくらいは知っている。

強さにしても存在感にしても性格にしても。

その二人が揃って気絶しているなんてただ事ではないと思い、武器を取りに行った方が良いかと思ったが時間がない。

それに気づいたのかラウラとアンゼリカさんが皆の前より立ってくれた。

 

「先陣は我らが務めよう。一応、拙い腕ではあるが剣が無い場合の護身術程度には修めている」

 

「同じく。これでも多少拳には自信がある方でね。その後にフィー君、アリサ君、エマ君で最後にトワと行こう。依存は?」

 

ない、と全員で頷き部屋に徐々に近づく。

無事でいてよね、と内心で思いながら───ラウラが一瞬で蹴破りアンゼリカ先輩が突撃し

 

「───ぶっ。あ、あは、あははははははははははは!」

 

何故かいきなり大笑いしてへっ? と思うが全員動きが止まらずにそのまま部屋に入ってしまい

 

───中にあるのはギャグみたいに真っ黒焦げになったリィンとレイが何故か二人仲良く窓に突っ込んでぶら下っている愉快な状況であった。しかも頭がすごいアフロで。

 

思わず余り表情を変えないフィーですら思わず顔を歪めて全員で笑い、暫く腹痛に悩まされる状況になったのであった。

勿論、諸々全てを片付け帰ってきたサラ教官に対して部屋を掃除することとお酒の管理をちゃんとすることと一週間飲酒禁止の罰を全員で強制的に出し、ぐれてやるぅ、と逆切れされたのである。

 

 

ちなみに後にフィーが男子連中に語ったことがある。

このG。

何でも爆発した後に空気中に散布される粉みたいなものがあり、それを微量でも吸うと軽い混乱の状態異常になることがある、と。

その言葉を聞いて全員で思わず納得して溜息を吐く男子連中がいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は何とか早めに投稿できました……
いやぁ……何を書いているんでしょう自分と思わず言いたくなるのはいつもどおりなのでさておき。
今回で掃除を終えて次回のオリジナルでようやくストーリーとなります。
次回は簡単に最初の武術鍛錬の授業でも……

おかしい……結局五千超えちゃったよ文字数……

感想、お願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

力の差

「はーーい! ウォーミングアップ終了って君達だらしないわねぇ~」

 

エマはその一言と共に膝を着いて息を乱している皆と一緒にへこたれた。

 

「まぁ、初日のアタシの授業だったらこんなものかしら。エリオットとエマはまぁ元からこういう訓練をしていなかったから仕方がないとしてマキアスとアリサはもう少し鍛える事ね」

 

「くっ……」

 

「しょ、精進します……」

 

膝を着きかねない程息を乱して必死に受け答えしている二人を見てぼうっとした頭でそれでも凄いですね、と普通に思う。

2人は確か護身術程度くらいしか武術は習ってなかったと聞いているのだが、それでこのサラ教官の扱きに耐えられるのは純粋に凄いと思う。

私とエリオットさんなんか息絶え絶えで動けないというのに。

ちなみに次の段階の人になると息は多少乱れ、汗もかいているが普通のランニング程度くらいに疲れているの人───と言ってもそういった人達が過半数なのですが。

 

「ん……リィン、それはスポーツドリンクか?」

 

「ああ。昔からこれが一番お気に入りで体によく効くんだ。良かったら飲むか?」

 

「ふむ……有難いが……リィンよ。流石に女子に口がついた飲み物を譲るのはどうかと思うぞ」

 

「あ、済まない……配慮が足りなかった」

 

「……お前はどうして女子に対してもそこまで明け透けなのだ」

 

リィンさん、ガイウスさん、ユーシスさん、ラウラさんのこのメンバー。

私達Ⅶ組の中でも主戦力クラスの人達……と言えばいいだろうか?

皆さん、こんなの日常茶飯事という感じでくつろいでいるのが非常に羨ましい。

あ、皆さんがこっちに来ました。

 

「大丈夫か? エリオット。委員長」

 

「急に体を止めるのは逆につらい。二人ともキツイと思うが少し歩いたほうがいい」

 

「は、はい……」

 

「う、うん……そ、それにしても……皆凄いなぁ」

 

「何、これも修練の結果で勝手に身に付くもの。エリオットもエマもその内慣れれば私達クラスになれる」

 

「それにだ。おかしいクラスの体力を持っているのが居るから自慢にならんな」

 

確かに……と思い全員で視線の先を見てみる。

そこには

 

「フィー……スタン十個を何と物々交換してくれる?」

 

「ん、そうだね……クオーツの攻撃2、回避2、後は何らかのレアクオーツを一つくれたらいいよ?」

 

「絶対に等価交換になってねえじゃねえか! レアクオーツは抜き。攻撃2と回避2だけ……!」

 

「じゃあ、代わりに各種セピス30くらいでどう?」

 

何だか楽しそうに意味不明な交渉をしている二人。

レイさんとフィーちゃん。

二人は本当に息も一切乱さないどころか汗も見れないという凄いを通り越して呆れてしまう体力を見せつけられて色々と困ってしまいます。

 

「く、くそ……あの二人にここまで差をつけられると悔しさを通り越して怒りを感じるな……!」

 

「それは負け犬の遠吠えだろ、副委員長殿」

 

「ふ、ふん。君にだけは言われたくないね。大層な家名の割には平民の二人に負けているじゃないか」

 

「家名が体力になるわけないだろうが、阿呆が」

 

険悪な雰囲気になりそうなところを誰かが仲裁するのはもうこの数日だけで何度も見てしまった光景であった。

そこで代わりに元気な二人に近づいたのはサラ教官であった。

 

「フィーはともかくレイも流石ね。お父さんに鍛えられた?」

 

「鍛えられたというより鍛えなきゃあのクソ親父のせいでどんだけ面倒な修羅場を潜らされたというか……」

 

「まぁ、そうじゃなきゃ君は二年前とかやばかったでしょ? 感謝はしているみたいだから何も言わないけどね。素直になるにはあの家庭じゃ無理か」

 

「勝手に結論出されて何を言えと。まぁ、二年前は諸に巻き込まれてやばかったのは事実ですけど。あれは傑作でしたねぇははは」

 

「ええ、それには全くもって同意だわ。ふふふ」

 

「二人とも意味なく笑うのはちょっと怖いかも」

 

何だか和やかから程遠い笑い話が聞こえてちょっと引いてしまう。

でも、それにしても

 

「レイさんってサラ教官のお知り合いなんでしょうか?」

 

「そんな感じがするわねぇ……以前聞いたら二人そろって笑顔で知らないとか言ってたけど見え見えよねぇ」

 

「フィーもフィーで何かを知っているように思えるな」

 

ラウラさんもやはり気にはなっていたようで三人を見つめる視線には興味……興味?

 

「うむ。サラ教官は当然だがレイとフィーにも近い内に挑みたいところだ」

 

「……」

 

バトルジャンキーという言葉が全員の脳内に響き渡った気がするがきっと気のせいでしょうと全員で思うことにした。

とりあえず、ようやく立ち上がれる程度に体力が回復してきてほっとついたところを狙ったようにサラ教官が手を叩いて集合を示す。

慌てて教官の所に皆整列して教官の言葉を待つ。

 

「はい、ご苦労さん。皆こんなものでしょう。エリオットとエマは落ち込まないようにね。二人は他のメンバーと違って下地が出来ていないだけだから一か月もしくは二か月くらいでこれくらい付いて来れるようになるわ。幸い二人とも度胸はあるみたいだしね」

 

「は、はいっ」

 

「ど、努力します」

 

「よろしい。アリサとマキアスはさっきも言ったように。リィン、ガイウス、ユーシス、ラウラに関しては予想通りいい動きをしているわ。この調子で精進しなさい」

 

「はい……!」

 

自分の授業のときは流石にサラ教官も真面目でいい先生ですね、と本気で思える。

普段はお酒や教頭先生によく怒られているのを見てしまうが、それだけの人ではないというのがこの授業風景を見れば改めて理解できる。

 

「レイとフィーに関しては可愛げがないわねぇ。もう少しはぁはぁ、ふぅふぅした方がこっちとしたら面白いというのに……」

 

「はぁはぁ(棒読み)」

 

「ふぅふぅ(棒読み)」

 

「こいつらだきゃあ……!」

 

ああ、サラ教官がキャラを壊して米神に怒りマークを……

二人ともこういう時は普通に手を組んで相手が誰であっても冗談を言うのだから困ったものである。

怖いもの知らずというのは恐ろしいという体現例ですね。

 

「……ま、いいわ。精々座学で二人は後で苦しんでいなさい」

 

「はぁはぁ……! ちっくしょう! 疲れちまったぜ!?」

 

「ふぅふぅ……もう駄目かもしれないね……」

 

「分かりやすいわねぇ、君達……というかプライドはないの?」

 

「プライドで自分が救われた覚えが余りないからなぁ……フィーはどうよ?」

 

「皆無」

 

なんだか凄い話を聞いているようで聞いていないように聞こえるのが凄い。

というかお二人は今までどんな生活をしていたのでしょうか……?

疑問には思うがプライベートな事なのでそっとするのが一番と思い改めてサラ教官の話に集中する。

 

「じゃ、初回ということで───皆には模擬戦をしてもらうわ」

 

「も、模擬戦!?」

 

「わ、私達がですが!?」

 

思わずエリオットさんと一緒に驚く。

何せ自分達の戦い方ではチームで戦わせてもらわなければまず勝てるような獲物と能力じゃないですし、何よりも周りのメンバーと違って戦闘方法なんて素人なのである。

これで自分達が何とか出来ると思うほど持てる自惚れが存在しないのである。

 

「心配しなくてもいいわよ。流石にエリオット、エマの二人にやらせる程鬼じゃないわ。後は……戦い方的にはアリサとマキアスだけど……どうする?」

 

「いえ、私はやらせてもらいます。折角なので」

 

「僕の方もそうさせてもらいます。流石に近づかれたら負けるだけという弱点は克服したいので」

 

「オッケー。と言っても最初は流石にアタシも全員の実力をこの目で一応確認しときたいから……よし。じゃあまずはリィンとレイ。君達二人がやりなさい」

 

「ほう?」

 

「へぇ?」

 

「ふむ」

 

「……面白い組み合わせだ」

 

ラウラさん、フィーちゃん、ガイウスさん、ユーシスさんの四人が四人同時に興味深いという感じで反応する。

指された二人はというとリィンさんは生真面目にはい! と返事をしていますし、レイさんは了解ーと頭の後ろで手を組んでフリースタイル。

緊張感がないというかいい風に言えば自然体。

悪い風に言えばやる気がないという感じなのだが

 

「じゃあ、サラ教官、一つ質問───ルールは?」

 

「基本、何でも有り。アーツは勿論、それ以外の武器、戦術、戦略。何でも。普通にただの戦闘だと思いなさい。ただし安全面を考慮していない攻撃は流石に止めなさい」

 

「ラジャー」

 

そうして彼はガントレットを着けた腕で肩を一度回し……ガントレット?

 

え……?

 

だってさっきまでは基礎訓練で装備は今回は着けずにでいいと言われていて本人も装備していなかった。

流石にあれが装備されていたら誰でも覚えている。

ならば何時の間にという思考をそのままに。

 

笑顔で彼はそのままリィンさんに殴りかかった。

 

 

 

 

 

 

レイは己が放った拳がどうなったかを悟った。

理由は手応え。

人間を殴る特有の肉を討つ感触はなく、物質……鉄を殴った手応え。

 

「反応良いな……!」

 

「そりゃどうも……!」

 

リィンが鞘から中頃まで抜刀をしてこちらの拳を防いだ姿であった。

 

「っかしいなぁ……本当ならばここでリィンが無様に受けてその後に卑怯だぞって言って───」

 

「戦いに卑怯もクソもないって言うつもりだったか?」

 

「……よくわかってるじゃないか」

 

普通にこういう奇襲をすれば非難されるくらいは覚悟していただけに拍子抜けだ。

というかどうしてお前は俺の考えを読めるんだ。

 

「……まぁいいや。おい、リィン。ちょっと仕切り直ししねえか?」

 

「ああ。いいな。だからお前が先に引けよ」

 

「いやいや、ここはお前が引けよって言ったら拉致が明かんから1、2の三でで仕切り直そうじゃねえか」

 

「いいぞ……じゃあ1!」

 

「2の!」

 

「「3!!」」

 

同時に剣と拳にオーブメントとお互いの技術によって培ったものが生まれる。

雷と炎。

属性は違うが、互いに威力としては絶大かつシンプルな衝撃が生まれ、鍔迫り合いの状態からそのまま触れ合い爆発する。

 

「ちっ……!」

 

「くっ……!」

 

お互い二メートルほど吹っ飛び着地するが、見たところリィンにダメージはそこまでないみたいだし俺も負傷はない。

ならば、先手必勝こそが一番の早道だと思い身に加速を叩き込む。

 

「おお……!」

 

瞬時に二メートルの間合いを詰めて拳の乱打で攻める。

リィンも避けるのが間に合わないと悟ったのか、剣を完全に鞘から抜き放ち防御に専念する。

右脇腹、左膝、顎、股間、頭頂部、鳩尾と左右の腕に左右の足も付け加えた連打をかますが全部リィンが辛うじてというレベルで防ぐ。

 

「くっ……! し、しつこいし、致命的な個所ばかり狙うな……!」

 

「うっせぇ! とっとと死ねーーーーー!!」

 

「模擬戦だぞ、これ!?」

 

引こうとするリィンに隙を見出し、足を一歩───リィンがおいていた左足を踏みつける。

 

「ぐっ!?」

 

足の甲というよりは指を踏みつけたから逃げるのは逆に困難。

しかも、指を踏みつけられるのは甲を踏みつけるよりも痛覚が鋭敏なので痛みで思考と動きが止まる。

これで止めか、と右腕を振り上げ───突然風が吹く。

 

「きゃっ……!?」

 

後ろの女子の悲鳴が聞こえたところで

 

「神風か……!?」

 

思わず後ろを振り向き、エデンを見ようとするが───見えない!?

 

「ちくしょう! 抑えるなんて卑怯だぞ!?」

 

「むしろあんたの頭が腐ってるのよ!」

 

女子全員からのブーイングに男子の渇望をわからないやつめと思わず思う。

見ろ、周りの男子は目を逸らそうとして釘づけではないか。

なぁ、とリィンに同意を取ろうとすると

 

「おや?」

 

リィンは何時の間にか俺の踏みつけ拘束から外れており、間合いを取っている。

それも刀ならば届くが、拳では届かないという絶妙な位置取りに。

 

「てめぇ……卑怯だぜ!」

 

「お前がだよ……!」

 

周りが叫ぶと同時にリィンが瞬発した。

 

「───二の型、疾風」

 

目の前からリィンがいなくなると同時にぞくりとした嫌な直感に従い、そのまま膝を曲げて避ける。

すると上の方によく見れば丁度俺の首があったと思われる場所に後ろに出現したリィンの刀が振るわれており、思わず

 

「殺す気かーー!?」

 

「ええい、黙って斬られろ……!」

 

お前、キャラ崩壊激しすぎないかと思うが手首を返してこっちに突き刺してこようとするので慌てて前転して逃げる。

 

最近の若者は余裕がない……

 

嘆かわしい問題だな、と思い立ち上がり、構えたところで止まる。

お互いに技を一部開放し、反応速度などは露見したがまだまだ手はお互いにあるという状況。

強いて言うならば

 

「どうしたよリィン少年? 息が荒れてるぜ?」

 

「……何のことかさっぱりだな?」

 

強がりがまだ言える時点で余裕って取ってやるべきか、それとも精一杯って取ってやるべきか。

まだ続けてもいいが、と思いサラ教官をちらっと見る。

サラ教官はこちらの視線にちゃんと気づき周りに見られないようにハンドサイン。

 

……もう少し攻めなさいねぇ

 

念には念をということなのだろう。

 

「しゃあねぇ……」

 

も少し、本気出す。

 

 

 

 

リィンはレイの気配が更に凄味が増したことを恐らく誰よりも感じていた。

本人の姿に何か変わりがあるとか、表情が変わったとかではない。

変わったのは気当たりだ。

 

「っ……」

 

プレッシャーに押されている。

わかっている。

さっきからレイの態度には余裕しかない。遊んでいるというわけではなく、からかっているなどというわけでもない。

純粋に実力差による余裕があるのだ。

レイとそしてフィーもそうだ。

二人の肉体は正直人間としては有り得ないレベルの練度で作られた一種の武器のような感じがする。

年齢とか、そういうのを無視してこちらの脳内にそういうものだと直接刷り込んでくるほどの強さ。

意思とは関係なく流れる汗もそれに同意してくれる。

そんな相手の感じが変わった。

つまり、これからは余裕を消してかかってくるという意味合いになる。

 

ああ───これはリィン・シュバルツァーが終ぞ到達できないと諦めた境地ではないか。

 

その生まれてしまった意識の空白に少年が反応した。

 

「───CP消費(スロット)。落雷の型」

 

すっ、とまるで本当に光のように消えた。

そして上から猛烈な気配と光を感じると思ったと同時にリィンの意識は消えた。

 

 

 

 

 

「……うっ」

 

己の呻きが耳を打ち、同時にそれが意識の目覚めと直結する。

 

「……くぁっ」

 

すると同時に全身の痛みが思い出したかのように体を蹂躙して痙攣する。

覚悟も何もしていない状態でこれはマジで辛いとのた打ち回ろうとしたところに。

 

「お、起きたかよ」

 

隣から聞き覚えなる……というかさっきまで戦っていたはずのレイの声が聞こえた。

 

「……つぁ!」

 

何故か知らないが意地が働いてそのまま一気に起き上がる。

当然、物凄い痛みが倍増して自分に襲い掛かってくるが歯を食いしばって耐える。

見るとここはまだグラウンドであり、保健室に連れられたかと思っていたが違うようだ。

というか正面でまだ他のメンバーが模擬戦をしている所を見ると気絶していた時間はそんなになかったらしい。

 

「あ! リィン! 気が付いたんだ!?」

 

「お怪我のほうが大丈夫でしょうか、リィンさん」

 

「起き上れるところを見ると深い怪我はないみたいだが」

 

そこに今は見学をしているところなのかエリオット、委員長、ガイウス、アリサが近づいてくる。

見ると模擬戦相手はラウラVSフィーとユーシスVSマキアスだ。

前者はともかく後者はサラ教官、わざとだろうと思うけど今はどうでもいいことだ。

 

「どうやら無事のようね……全く。レイ、あんたかなりえげつない攻撃して……もう少し加減をしたらどうなの?」

 

「おいおい、アリサ。これでも一応、加減はしたんだぜ? まぁ、そりゃあちょっとやり過ぎたとは思うけど……本気でかましたら一週間はベッドから起き上がれないし」

 

「凄かったよねぇ……僕の目からじゃあいきなりレイが空中から落雷のように落ちてきて遠く離れた僕達でも凄い衝撃を受けたもの」

 

「まぁ、レイもリィンに当てない様に技を放ったから結果的には衝撃だけで済んだから軽傷なのだろう。アレに当たると思うと少し震えそうだ」

 

「少しで済むんだガイウス……」

 

というか俺はそんな技を受けそうになっていたのか……。

 

いやまぁ、人のことは言えない技は幾つか持っているので責めることではないと思うが。

とりあえず今もアリサに叱られているレイに対して聞きたいことやら言いたいことがたくさんある。

 

「いや、完敗だよレイ……我流って前に聞いたけど凄い腕だ」

 

「まぁ、生活していた場所が場所なだけで色々巻き込まれるような場所だったからな。腕は嫌でも上がるわけよ。あ、言っとくけど猟兵だったからとかそんなんじゃないからな」

 

それは何となく解る。

猟兵みたいにミラと闘争の為の技術の割にはどちらかと言うと真向勝負向けの……簡単に言えばまだ実直性がある武道の動きだ。

そういったものとは少しレイの技術は違うと判断できる。

ならばどこでそんなに鍛えたんだよ、と思うがプライベードだしまだお互い話せる段階にはいないだろうと思いそこは頭の片隅に放り込んだ。

 

「……俺もまだまだだな」

 

「そうかな? お前の場合は何故かは知らないが何かを恐れているからこの結果のように思えるけど? だってお前───負ける寸前に自分に対して憤りと恐怖を覚えていただろ」

 

「───」

 

周りが疑問と沈黙に満ちるのを無視して思わずレイの顔を見る。

すると本人はにやり、と凄いいやらしい表情を浮かべて

 

「ちなみに適当に言っただけ」

 

「……あのなぁ」

 

「にししっ。もう少しポーカーフェイスの練習をしたほうがいいな。このクラスは何だかんだで素直過ぎるメンバーが集まりすぎだしな」

 

「ちょっとそれどういうことよ」

 

「ほほぅ? アリサはもう直ぐに表情が顔に出るし、エリオットなんか叩けばいい声で鳴いてくれるし、ガイウスは嘘がつけるような性格じゃなさそうだしエマなんか口が勝手に喋ってくれそうだし、ユーシスもガイウスと似た感じがするしマキアスなんて言わなくてもわかるよな? ラウラは開けっ広げが特徴みたいなものだしフィーは睡眠欲求に素直。いやぁ~ここまで純情メンバーばかりだと逆に将来が心配だなぁ、おい」

 

「くっ……!じゃ、じゃああんたはどうなのよ!?」

 

「実は俺……一度トールズの入学に落ちて再試験受けたから皆よりも一つ年上なんだ」

 

「え!? 本当!? 通りで授業中普通に寝てぐーたらして余裕をかましていると思ったら……」

 

「うん、嘘だけど」

 

「───ファイアボルト!」

 

数秒後に多少焦げたレイが水に濡れながら横で横たわった。

 

「……ふぅ。ボケるにも一苦労だ……」

 

「はは、まぁアリサはそこら辺簡単に信じそうだからね。僕が言うのもなんだけどアリサを狙い撃ちにしたからやられる事も覚悟の上だったんだよね?」

 

「ふふ……わわ、フィーちゃんとラウラさん凄い……! ああ……マキアスさんとユーシスさんはまるで本当の決闘みたいな感じに……」

 

「大丈夫だろうか、あの二人」

 

ガイウスの締めに同意するがサラ教官が見ているから大丈夫ではあると思う。

だけど今回の件で完璧に理解した。

やはりこのクラスの戦闘力トップランキングとなるとラウラ、フィー、そしてレイが入るということだ。

その後に俺、ガイウス、ユーシス。そしてそこから僅差でマキアス、アリサ。そしてエリオット、エマという感じだろう。

ただこのトップランキングも少し能力差が激しいかもしれないと思った。

ラウラは単純に鍛錬の量も質も高い。単純な戦闘というだけならばレイとフィーを勝るかもしれない。

ただ何となくだが多分フィーとレイは単純に経験の量がラウラをもっと上回っている気がする。

仮にフィーとレイがやり合ったらどうなると言われたら返答に困る。

今見えているラウラとフィーの模擬戦だけでも十分にフィーが強いのは理解できる。

理解できるが……ちらり、とラウラの方を見るとラウラの表情はあからさまに不満という表情が浮かび上がっていた。

となるとやはり、と言うべきだろう。彼女は手を抜いて戦っている。

しかし、逆に言えばそれでもラウラと対峙して負けていないという事になる。

手を抜いてラウラに競り負けていないと言うと最早練度というレベルだけならばその年齢と性別、小柄な体格という常識を度外視したおかしいレベルということになる。

 

ならフィーとレイが対峙した場合はどうなるだろう、と思う。

 

得物的にはフィーの方が有利かもしれない。

だが懐に入ればレイが勝利するかもしれない。

正直読めない。二人の全力を見た後ならばともかく実力の底が見えない二人に対して予測がつかない。

だからこそ自分が余計に井の中の蛙という事を理解する。

自分が強い、なんて幻想を抱いたことは一度だってない。

自分は老師───ユン・カーファイの元で修業し曲がりなりにも初伝を得れたが……得れてそれで終わりであった。

つまるところ、才の限界。

初伝を得れただけでも良しとするべきだ、という内心の声で常に同意している現状。

情けないの一言でしかない。

八葉一刀流の名を落とした弟子と言われても仕方がないことである。

だから仕方がない、と口でも言おうとして

 

「ああ、ちくしょう……」

 

───悔しいなぁ。

 

と口からは全く別の言葉を吐いて空に溶かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はいどうも少し時間を空けました。
今回は一応シリアスタイムの時間。
最初の体育の授業という感じのお題です。
今回はわかりやすくリィンにレイは勝ちましたが、チートなくらい強いというわけではないのでお気を付けを。
わかりやすく言えば本来の実力をレベルでやるとサラ教官をおそらく100越えしていると判断するとすればフィーとレイは40~から50くらいでリィンは25くらいと判断しているからです。
つまり、純粋なレベル1はエリオットくらいと自分は思っています。
エマが少し戦闘能力という点で謎ですから少しだけ高く見積もって7くらいですかねぇ
アリサは大体12、マキアスは15くらいですかね。
ラウラは29
ユーシスは20
ガイウスはリィンと同じという感じですね。
ゲームは当然全員の足並みが揃っていないとおかしいですからそうなりますけど現実問題になるとこんなくらいの差だと思います。
フィーはもう少し高く見積もっていいかもしれませんけど……シャーリィレベルくらいはあるんですかねぇ?
とりあえず今回も楽しんでいただければと思います。次回から本編……ですけど多分一気に自由行動日に飛ぶと思います。
何故ならその前日はそこまで改変する意味がないと思うので。
という事で感想よろしくお願いします!!
切実に……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初の自由行動日 前編

「全くもっていい天気だなぁ……」

 

とレイは初めての自由行動日を満喫していた。

トールズ士官学院。そして特にⅦ組はカリキュラムがかなり厳しくなっている。

それ故にこの自由行動日という制度はいいな、と思う。

完全な休みというわけではないのだろうけど、その間に学校生活で足りなかったものを買いに行けるし、当然遊ぶこともできる。

レイはというと調査……と言えば不穏な言葉に聞こえるからトリスタの町と学校の散歩というのをしていた。

この町は基本狭いが、だからといって何もないというわけでは絶対ない。

学生が扱うような店はあるし、品揃えも基本悪くない。

だからそれに慣れる……というのも勿論あるのだがこれはもう昔……というか実家にいた時からの習慣だ。

初めてきた町は自分の足で歩いてその土地のことを知る。

それを習慣としてきた人の周りにいたものだし、親父が無理矢理色々な所に連れて行くから習慣という形で覚えてしまった。

だから実は特別オリエンテーリングが終わってほぼ直ぐに夜に街道なども出歩いて色々調べたのだ。フィーとサラ教官には気づかれたっぽいが。

そして色々と今も朝早くから出歩いていると色々出会うものなどもあり

 

「お?」

 

喫茶キルシェの前に知り合いがいるのも発見したりする。

 

「ん? ああ、レイか。珍しいな。何時も君は朝早く起きないくせに」

 

「そういう事もあるというものだよマキアス。こんな自由行動日に勉強するとは生真面目だなぁ」

 

「勉強は学生の基本だぞ。君も少しは励んだらどうだ」

 

ははは、と笑って流して勝手に相席する。

それにやれやれ、といった調子で首を振りながら勉強を続けようとしてコーヒーを飲んでいる所を見ながらふと見覚えのある物を見る。

 

「なんだ、マキアス。チェスでもやるのか?」

 

「あ……あ、ああ。父とよくやったものでね。僕もこれには少々自信と面白さがあるからな。暇な時にやるんだ」

 

ほぉ~、と思う。

するとマキアスも折角だからと思ったのか。ノートや教科書を閉じてチェス盤を指す。

 

「良かったら一回やってみないか?」

 

「いいのか? 俺は初心者だぜ?」

 

「ああ。勝ち負けは重要といえば重要だけど何もチェスはそれだけでやるものじゃないからな。相手が初心者でも楽しめたら十分だろ?」

 

「違いない」

 

よしっ、とマキアスも何だか楽しそうな表情を浮かべてチェスの用意をする。

俺もこれは長期戦になるな、と思いながら紅茶を注文する。

こういうのでは甘いものが必要だ。

 

「よしっ、じゃあ駒の動きから教えたほうがいいか?」

 

「いや。基本ルールは知っている。でも俺からだと自信がないから先手はそっちに譲る。」

 

「ふむ……よしわかった」

 

じゃあ、一丁やろうか、と指を鳴らしながらちょい思考を鋭くする。

 

 

 

 

 

 

 

 

リィンはトワ会長からの封筒を受け取りちょっとエリオットの部屋の掃除を手伝ってから外に出てさぁ依頼をがんばってこなすぞと思ってまずは学院に目指そうと思って歩いているとキルシェで難しい表情を浮かべている二人を見つけた。

マキアスとレイだ。

二人ともまるで激戦区の中で必死に生存方法を探す兵士みたいな顔つきであるものを見ている。

チェス盤だ。

その緊張ぶりに周りも二人の傍に集まっているのだが二人とも気にしていない。

思わず近くで見ていると盤面は物凄い攻撃と防御模様になっていた。

ぐちゃぐちゃ、というわけではなくむしろある種の陣形になっているのだが俺が一瞬見ただけでもどれかを動かせば何かが取られたり、キングを危険に晒しかねない。

凄い勝負になっている、と思わず驚く。

見るとどうやら今はマキアスの長考のターンみたいだ。

彼は盤面を見ながら必死に手段を先読みしている。

だからといってレイもその間にどこをどう攻めれば勝てるか、と必死に考えているようで彼も頭に手を付きながらじっと盤面を見ている。

思わず自分が何をしに行く所だったかを忘れて二人の取り巻きに混ざる。

そして数分後にマキアスがナイトを動かした。

その瞬間にレイは苦渋の顔になり約6分くらい考えに考え

 

「───参った」

 

降参の両手を上げた事によって全員が沈黙から大絶賛の声をマキアスに降り注いだ。

 

 

 

 

 

それから暫く、僕とレイはお客さんからも色々褒め称えられて嬉しいやら恥ずかしいやらと色々な思いをしてようやく公園のベンチの座っている。

リィンも何時から見ていたのか、ついでについてきていた。

 

「それにしても人が悪いな君は。明らかに初心者じゃなかったじゃないか」

 

「いやそれに関しては素直に悪いと思っている───がそうでもしないと勝てそうにないと思ったからな」

 

そう言われると僕が何かを言うと器量が狭いみたいで何も言えなくなるじゃないか。

ただ実力を評価されていたのは純粋に嬉しいのでつい顔を背けてしまう。

 

「それにしてもレイ。素人の俺が言うのもなんだけどまだ続けられていたんじゃないか? アレ」

 

「いや、それは確かに続けることは出来た。けどあと予想で後十数手すると雁字搦めにされて最後はチェックメイトだった。あそこに打たれなかったらまだ勝ちの芽はあったんだがなぁ……」

 

ああ、ちくしょう、と本気で悔しがっているのを見ると勝負事には本気になる性格はチェスでも出るみたいだ。

 

「それにしても見事だった……自慢するようで嫌だけどこれでも僕は地元では負け知らずだったんだけど……どうやらそれは捨てるべきだったようだ。クイーンの最強性に拘らずに全ての駒を利用するだけ利用していた……それにあれは何手くらい読んでいたんだ?」

 

「……四手。頑張って五手だな。それでも届かなかった所を見るとどうやらマキアスはもう少し読んでいたみたいだな。ちっくしょう……初戦だからここまでやれたのに次は難しいなぁ」

 

確かに、とマキアスは思う。

最初の方は手を抜いていた……というわけではないがやはり練習気分で挑んでいたのは否定できない。

試合のまだ前半の方に実力を見抜けていなかったら結果は逆だっただろう。

 

「誰とそんなにやってたんだ、レイは?」

 

「ああ。俺は親父がこういうの得意でな。チェスも戦闘も一緒。戦闘は読むものではなく支配するものが口癖な人間でな。お蔭で下手な物真似くらいは出来るようになったけど……親父ほどじゃねえなぁ。こういう理詰めなものでは」

 

つまり本人としては不得意な分野のつもりだったのか……!?

 

それでこの腕なら大したものだ。

 

「よかったらまた付き合ってくれないか、レイ。僕としてはそうしてくれたらうれしい」

 

「暇があったらな。じゃ、勉強を邪魔して悪かったな。リィンは?」

 

「ああ。俺は学院だ。生徒会の手伝いをしなきゃ……」

 

「お人好しな奴だなぁ」

 

二人して帰っていくのを見て僕は勉強も程々にしたからちょっと帰ってさっきの回想戦をしてレイが帰ってきたらもう一度挑むのも悪くないかも、と思い

 

「……あ」

 

そういえばごたごたで僕が彼の分の紅茶の会計を払っていたが、返してもらうのを忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後に俺はリィンと校門で別れ、学院の散策をすることにした。

 

「と言っても……」

 

流石に学院の地理は頭に叩き込んだ。

つまり学院を歩いて何かあるかと言えば何もない。部活とかに入っていたのならばあるのだろうけどあんまり入る気がないから意味がない。

一応一通りは回って制覇したのだが、どれもピンとこなかったからそういう時は止めにするのが一番だと思い結局部には入らなかったのだ。

 

「う~~ん」

 

なら冷やかしにでも行こうか。

確かガイウスは美術部、エリオットは吹奏楽部、ラウラは水泳部、アリサがラクロス部だったか。マキアスとエマとユーシス、リィンはまだだったはず。

この中で行くとしたら水泳部は男が見に行くには論外過ぎる。

そんな勇者は結構いそうだが、流石に遠慮しよう。

となると他だがどれも冷やかしに行くには集中して邪魔になりそうだなぁと思う。

とりあえずうろうろとしていたら思考が纏まるだろうと思い、学生会館の前を通り過ぎようとすると

 

「む?」

 

荷物が学生会館から現れてきた。

違う。

荷物を持って小動物じみた少女が歩いてきた。

 

「あれは確か……トワ会長……だっけ?」

 

最初に出会った上級生……一応で後から情報収集したらそんな名前と役職を聞き、更には平民はおろか貴族生徒にまで支持されている稀有な人らしい。

見た目は荷物に押し潰されそうな小動物だが。

 

「というかあれじゃあ……」

 

落ちるだろ。

その結論を支持するかのように

 

「わわっ!?」

 

つるりと滑る我らが生徒会長。

思わず、ドーーン、とポーズをつけながら驚きを表ししつつそのまま駆け出した。

荷物はこけた拍子に上に投げ出している。

ならば、まずは後ろにこけそうなトワ会長の背を腕で持ち、そのまま

 

「え、えーーー!?」

 

一回転させる。

合気のように相手の体を上手いこと一回転させそのまま足から着地させる。

そしてそのままボケーと驚いている間に上から落ちてくる荷物を睨み

 

「ほほほほほほほい」

 

落ちてきた順に積み重ね、そして最後に一礼。

完璧だ。ちゃんと場の流れを読んでトワ会長も拍手している。

うんうん。

 

「では行きましょうかトワ会長」

 

「うんうん───ってび、びっくりしたーーーー!!?」

 

 

 

 

 

「あ、あはは……荷物、大丈夫? 持たせてごめんねレイ君」

 

「いえいえ。女性には紳士たれが帝国男子の基本ですから」

 

とりあえず驚きであわあわ駆け回るトワ会長を説得して職員室に向かう。

何でもサラ教官に頼まれた書類らしくそれって思わず生徒会長の仕事かと思うと本人は凄いキラキラしてお仕事頑張ったよーという事なのでワーカーホリックと内心で浮かべるだけにした。

 

「それにしてもさっきは凄かったね! まるでアンちゃんやクロウ君みたいな事……っていきなり二人の事を言ってもわかんないよ───」

 

「ああいえ。トワ会長と一緒のARCUSの試験をして今のⅦ組の原型みたいな事をした同級生の人ですよね。確かクロウ・アームブラスト先輩とアンゼリカ・ログナー先輩。そしてジョルジュ・ノーム先輩でしたよね?」

 

「……え!? ど、どうして知っているの?」

 

「いや、まぁ……職業病というか」

 

家や前までいた場所の習慣でつい情報を収集することをしてしまうのである。

というか最初はトワ会長のキーワードで言ってたら何時の間にか色々と武勇伝やら何やらを発掘してしまったのである。

主に保健室のベアトリクス先生と談笑していると出たものであった。

それにしても学院長といいベアトリクス先生といいサラ教官といいナイトハルト教官といい化け物クラスが多い士官学院だことである。

特に学院長とベアトリクス先生はマジやばい。

戦ったら百億%負けるしかない。

 

「あ、ドア開けるねー。壁に気を付けてねー」

 

そうこうしている間についたらしく職員室のドアに入る。

失礼します、とちゃんとお辞儀して入るトワ会長を礼儀正しいなぁ、と思わずほほえましいものを見る目で見てしまう。

これが娘を持った父親の心境というものだろうか。この年でそれはどうかと思うので振り払うが。

 

「あら、トワ。ありがと……ってレイじゃない? ……成程ね。昨日は上手く逃げたみたいだけど悪癖は抜けないみたいねぇ?」

 

「む……」

 

第一声から続く皮肉に何か返そうかとは思ったけど事実こうなっていることを言われたら何も言い返せない。

 

「もう一人の重心は簡単にいったけど君は難しいかなぁ、と思ってたんだけど……それもそうか。私達は基本自由的に動いて勝手にそんな風にやっちゃうから企みなんて余計だったか」

 

「……何を言われても今のところ否定できないですから甘んじて受けますけど、とりあえずトワ会長が何のことかわからないという表情でこっち向いたりそっち向いたりしていますから止めませんかね?」

 

正直可愛いが、抜け出さないと変質者になる覚悟を得てしまいそうである。

 

……そういえばトワ会長のファンサークルみたいなものが隠れであるみたいな噂があったような。

 

はは、まさかと思い荷物を置き、談笑している教官と会長を見つつ───ふと窓の方を見ると脈絡なく何故か窓の外にこちらを見ている女子生徒がいた。

 

「───」

 

「───」

 

思わず色々と停止してしまうが、あちらも驚いたのか一瞬止まった後にしかし笑顔になってこっちに手を振りながら去って行った。

手を振るときに何か木の筒みたいなものを持っていた。

そう───まるで吹き矢のような。

初の自由行動日にいきなりそんなターゲットにされるとは思ってもいなかった。

警戒心を高めておこう、とそう思った。

というかうちのクラスは奇跡的なものか狙ったのか。綺麗どころが集まりすぎているから既に平民、貴族生徒から微妙な妬みを受けつつあるのである。

他のメンバーはそういうのに疎いから必然俺一人胃を痛めることになる。

 

 

ああ……幸福(ストレス)が痛い……

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずトワ会長の手伝いを終え、では何をするか考える。

さっきまでは色々とイベントが続いてくれたからいい暇つぶしになってくれたが次からはそうもいくまい。

世の中暇つぶしに事欠かないとはいえそれはちゃんと探す努力もしていないと出ないものなのだ。

さて、次は友情イベントに向かうべきか。それともアクシデントを期待するべきか。

 

「よし。何となくガイウスの所に行ってみよう」

 

基本、適当が信条のレイであった。

 

 

 

 

 

 

「ん? ああ、レイか。よく来てくれたな」

 

「おう、暇つぶしで悪いが来させてもらったぜ」

 

美術室に行くとガイウスが丁度筆休めをしているところだったのか少し立ち上がって幾つか部室に飾っている絵を見ているところであった。

奥で部長らしき人がせっせと彫刻をしているのだが全くこっちを見ない。

そういう人なのだろう、と思いガイウスと一緒に絵を見る。

 

「……美しいな」

 

「……同感だ。こういう絵とか彫刻は俺には作れないけど綺麗だと思うな」

 

「レイも美術に興味が?」

 

「美術というよりそうだな……俺はこういう時が止まったような不変が好きなんだよ」

 

「ふむ……?」

 

意味不明な呟きと思われただろうと思ったけど気にしない。

芸術家の感性じゃなくて俺自身の感性での答えで言っているだけなのだから。

でも、こういう芸術も好きだがやはり自分が好きなのは完成された不変よりも日常という不確かな脆いものである。

何時壊れるか知らない。

否。

恐らく何よりも壊れやすいものだ。

それを誰もが気づいていないだけで些細なことで日常は崩れる。解りやすい例でいえば戦争などで。

戦争など一つの言葉、一つの銃弾だけで簡単に起きてしまうものなのだ。

それを思うとこうして日常を謳歌するということがどれ程貴重なものか。

命なんて儚い。銃弾やナイフ所か。手足もいらない。

最小な凶器かもしれないが言葉でも人は殺せる。

これだけ人の文化は進歩したのに命の儚さだけは永久不変の価値。

 

───故に俺はその一瞬一秒を全力燃焼で生きる。

 

無論、そんな風に生きても後悔は生まれる。

己の選択肢を後悔する日は必ずあるし、日々の澱みはこの身を蝕む。

そういえば何時か、親父が言ってたか。

 

常に全力は結構。だが、しかしそれを文字通り本当に実践してしまったのならばお前は一切自分に言い訳できない事になる。

それは───

 

止められた言葉を想像することは出来るがする必要はないだろう。

さて自分はこの時、何と答えたのだろうか……?

 

「レイ?」

 

「───あ? ああ何だガイウス」

 

「いや……さっきから心ここに在らずといった調子だったぞ」

 

深く考えすぎてしまったか。

折角、遊びに来たのにこれでは申し訳ない。

一度、頭を内心で叩きさっきまでの思考を脳内ゴミ箱に捨てながら何でもないと言ってまた普段通りに話す。

ガイウスもそんな調子で言われたからか、何も言わずに付き合ってくれたのは嬉しいことであった。

 

 

 

 

 

 

 

美術室でガイウスと一通り語り合い、流石にまた絵を描くことになったので俺はお暇して

 

 

「さて……本格的にやることが流石になくなってきたな……」

 

友情イベントにサプライズイベントはこなしたがここからが問題だ。

吹奏楽部に行こうかと思ったがさっき美術室から出て音楽室の前を通った時に演奏されていたので邪魔したら悪いと思って流石に入れなかった。

となると確実に学院にいると思われるのはアリサのラクロス部だがそれも邪魔をしたら悪いタイプだろう。

ふぅむ、と悩みながらとりあえず散歩するかと思い一回の中庭に繋がる扉を開けると

 

「お」

 

「む?」

 

「は?」

 

そこにはフィーとラウラがじりじりと間合いを狭め広げながら対峙しているという不思議な事をしている空間であった。

 

「………………何をやってんだお前ら?」

 

誰でなくても聞くであろう問いをフィーはラウラから一瞬たりとも目を離さないまま

 

「……ウォーモンガー、私を、狙っている」

 

「……非常にわかりやすい解説だなぁ」

 

と思ったが嫌な感じがしたので恐る恐るその感じを辿るとラウラの視線でありそのラウラの視線の内容がこちらを物凄い興味深いという男の意味なら大歓迎。ただしそれ以外ならノーサンキューの視線であり

 

「丁度よかった。レイ。そなたも私と模擬戦をしないか? 無論、全力の」

 

無論という辺りからドアを閉めて逃げようとし───俺からしたら右側にいるフィーの手には何時の間にかガンソードが握られておりその片方がこちらに向けられていた。

 

「……フィーちゃん? 何でそんなものをこっちに向けているのかな?」

 

「……男の人にちゃん付けされたのは初めてだけど囮が必要と思っただけ」

 

つまり死ねと言ってくる猫型少女に舌打ちしてしまう。

迂闊にドアを閉めようと手を動かそうとすればこの少女は問答無用で撃ってくる気配がある。

だが、逆に言えばそれをすれば今度はラウラがその間に詰めてフィーを拘束するかもしれないのだ。

そして更にラウラもフィーばかり見ていたら俺に逃げられる可能性がある。

硬直状態。

少しでも切っ掛けがあれば動けるのに切っ掛けによっては集中攻撃を受けて最悪な目に合う人間が出るかもしれない。

そしてそれは困るから全員動こうにも動けない。

切っ掛けを自分から作るのは不可能だ。

ならば起こすのは自分達ではなく第三者の手によるもので、そしてそれは唐突に来るものである。

 

「……!!」

 

それはARCUSの通信音であった。

恐らくはⅦ組のメンバーかサラ教官からの。というかそれくらいしか自分の番号とARCUSを持っている人間がいないからだ。

そしてそれは自分のものであり、そして当然全員がいきなりの音に驚きに目を見開け

 

「……ちっ!」

 

直ぐに振り払いドアを一気に閉める。

すると

 

「うっわ! 本当に撃ってきやがった……!?」

 

フィーの情け容赦のない射撃がドアを穿ち、窓を穿ち、壁を穿っていった。

必死に後ろに下がりながら頬に一瞬掠める弾丸があり心臓を止めそうになりながら逃げ

 

「……囮が逃げた……退散」

 

「いや、逃がさんぞフィー……!」

 

ラウラとフィーの声が聞こえて、そのまま足音と発射音と風切り音が続いてそのままどこかに行った。

 

「……助かった」

 

間違いなくこの連絡音で二人に隙が生まれなかったらラウラが諦めるまでずっと睨み合いをして一日が終わるところであった。

日頃の行いがいいからだな、と自分に納得をしてARCUSのカバーを手首の振りで開け、誰からだろう、と思い出てみると相手はリィンであり内容は

 

───旧校舎の調査の手伝いをしてくれないか? というものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい何とか今回は早めに投稿できました。
とりあえず自分にとっても初の自由行動日ですが基本、こんな感じでイベント進ませると思います。
他のキャラの視点で書くことも考えましたが、基本リィンを除けば全員部活動をしていますからそうなると全員が全員じゃありませんが部活で半分くらい消費されますからねぇ……かといってリィン視点だと原作と変わらないものになるので多分ですがリィンの視点を書くときはオリジナルのストーリーの時になると思います。
感想、よろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初の自由行動日 旧校舎編 中編

「まだ二回目だけど、相も変わらず雰囲気がある校舎だよなぁ」

 

「そうだね……僕はこういう雰囲気があるの苦手なんだけどなぁ……」

 

「ふむ……ノルドの民が暮らしている所の近くにこういう雰囲気の遺跡があるからな。俺としてはある意味で慣れたものだな」

 

リィンが旧校舎の鍵を開けている間、俺、ガイウス、エリオットでつい旧校舎を見上げながら談話してしまう。

 

「これで魔獣が出なかったらデートスポットになりそうなものを……勿体ない。彼女の怯えた姿を守るのは男心を擽るものなのに……」

 

「あはは……でも、こういった旧校舎を恐れそうな女子はうちのクラスにいなさそうな……」

 

「二度目だからなぁ……一度目ならばある事ない事を言えばアリサとエマ辺りは何とかなりそうだと見る」

 

「ふむ……アリサはともかく委員長は難しそうだがな」

 

あっはっはっ、と青春を満喫していたところをリィンが鍵を開ける音で一先ず止める。

そして、当然旧校舎の中に入り

 

「うう~……やっぱり暗いなぁ……明かりくらいつけてくれたらいいのに……」

 

「そうだなぁ。俺もそう思うけど……暗かったら暗いだけ魔獣の発見と間合いの取り方が遅れるからな」

 

「暗いだけで精神が不安定になるというのもあるけどな」

 

リィンに同意し、それでようやく本命に入れる。

 

「それにしてもリィン……せめてもう一人バックを呼べなかったのか? これじゃあエリオットにかかる負担が高いチームになるだろうに」

 

「いや……一応、まぁ他のメンバーにも連絡を入れたんだけどラウラとフィーは繋がらないし……」

 

もしかしてあの二人はまだ追いかけっこを続けているのだろうか。

頑張れフィー。負けるなフィー。駄目だったときは黙祷はするから。

 

「ユーシスとマキアスは……」

 

「いや、それは確かに今の時点で二人、もしくは片方だけでも呼ぶのは下策というのはわかっている」

 

二人まとめて呼んだんなら険悪な雰囲気に。

逆に片方だけ呼んでそれでその事をもしも知られたらまた嫌な雰囲気にという悪連鎖になりかねん事くらいは理解している。

だが

 

「せめてエマ。良かったのならばアリサがいればいいんだが?」

 

「委員長は何故かARCUSの連絡が通じないし、アリサはその……俺が急だったから部活が……」

 

ああ、そうなるのか。

委員長はどうしてだろう、と思うが自由行動日なのだしどこかに行ってるのかもしれないと納得する。

そしてアリサは急な話だから部活があって来れないということなのだろう。

確かに初日……ではないのだがそれでもまだ一か月だ。

それなのに急に部活を抜け出すというのは確かに悪く見えるし、部活を蔑にしているようにも見える。

ならばこれも仕方がないのか。

 

「……というか一応聞きたかったのだけど。この中で集団戦を経験した人はいるのか?」

 

するとエリオットは当たり前だが他のメンバーも全員首を振るった。

 

「……リィンはまだわかるけどガイウスは驚いた。部族で集団で狩りをするとかはなかったのか?」

 

「いや、そういうのなら確かに経験はあるが……魔獣相手となると少し頼りない。だからないと思ってくれて構わない」

 

ふむ、となると俺だけなのか集団戦経験者は。

ならせめて要点だけでもエリオットに告げないといけないがポジション的に俺も知っているとは言えないからなぁ。

でも言わないといざという時は危ないから焼け石に水程度でも告げないといけないだろう。

 

 

 

 

 

 

そして、僕達は互いのオーブメントの状況や武器の状態を見ながらエリオットはレイに言われた事を反芻していた。

 

「いいか、エリオット?エリオットの位置は当然皆の背後。つまり戦う場合は殿の位置にいるのが普通だけど何故か解るか?」

 

「え? ええと……僕の能力や武器、技術が近接と相性が悪いから?」

 

「無論、それもある」

 

僕の戦法は基本、アーツを唱えて皆の後方支援であることくらいは初心者の僕でもそこは弁えていた。

勿論、魔導杖で多少の牽制は出来るかと問われれば出来るけどそれでも明らかに雀の涙程度の効力であることも理解している。

甲殻系なら効くかもしれないけどここにいるメンバーはそういうのを気にせず貫いたり切ったり潰したりするメンバーだから気にする必要がない。

 

……あれ? 僕の周り、少し人としてのランクを外している……?

 

それとも軍人はこれくらいが普通なのか。

恐ろしい世界観だ、と思うが気にしていたらストレスが溜まる。

 

「それと同時にまず一つ───一番逃げやすい位置だから仲間の危機を知らせる役目であるということが一つ」

 

「う、うん……でもそれって……」

 

「エリオット。見捨てるんじゃない。それにこのメンバーで太刀打ち出来ないんなら、それならやはり援軍に来てもらうっていうのは正しい選択肢だからな」

 

その場合、エリオット一人で旧校舎を踏破しないといけないけど、とさらっと凄い事を言うレイに冷や汗が流れるが真剣に言ってくれていると思って耳を傾ける。

 

「そしてもう一つ。これもさっきのと同等かそれ以上の役目だと言える───つまり周りを見回す指揮官の役目だな」

 

「し、指揮官!?」

 

それに関してだけは思わず叫んでしまう。

 

「い、いや! 僕、指揮官なんてそんなこと……」

 

「いやな、エリオット。俺も訓練を受けて一か月の人間にどんな無茶振りをしてんだよという自覚はあるんだけどやっぱり必然的にエリオットとエマ、他はマキアスとアリサか。そういったメンバーは指揮官のポジションにいてくれないと困るんだ」

 

何故なら

 

「俺達、前衛……もっと解りやすく言えば俺やリィン、ガイウス、ラウラは特に前に斬り込む事くらいが役目の一種の壁役と掃除役なんだ」

 

ユーシスはアーツ適性があるから下がる時もあるし、フィーも射撃することができるから俺達とは違う役目をすることも出来るけどなと間に挟みながら続きを告げる。

 

「そうなると俺達は前に出るから必然的にどう足掻いても視界は狭くなってしまうんだ。そりゃ多少の気配は読める。けど絶対じゃない。だから後ろから指示があるとかなりこっちとしては楽になるんだ」

 

「……えっとつまり皆を纏め上げろとかじゃなくて危機とかを見たら危ないって指示をしろって事?」

 

「そそ。そゆこと。まぁ、同時に自分の周りもちゃんと見て尚且つ他人のフォローもしなきゃいけないということなんだけど……」

 

途中言葉を濁したのは僕一人に明らかに荷を背負わせすぎだと思ったからなのだろうと思う。

つまり、こう言っているのだ。

誰よりも周りを注意深く警戒し、尚且つ仲間の状態も逐一見ながら更にはフォローし、そして自分も守り抜かなければいけないという。

正直に無茶苦茶だと思う。

ARCUSで普通よりも意思疎通がマシとはいえARCUSのリンクは基本コンビ限定だ。

全員に伝わるほどのリンクの繋がりはまだ一月だからないのだ。

勿論、プロの軍人ならそれくらい出来なきゃいけないかもしれない。

でも、士官学院入りをしたとはいえ僕はそれまでは普通の人生を歩んできたから戦いとかには縁が遠いしどれも荷が重い。

こうしてオーブメントとかの調子を見てみろとか装備の点検とか言われてもよくわからないのが実情だ。

勿論、授業で習った程度の事は出来るけど、手元が皆みたいに自信を持って操作しているわけではないことは周りを見ていたら理解できる。

皆には十分に素質があるとか度胸があるとかは言われているけど士官学院ではそれが当たり前のはずなのだ。

そういう素養で入ってきた人達ばかりなのだから。

 

「……何とかしなきゃ……」

 

周りには聞こえない声で呟く。

例え、自分が望まず入った学院だったかもしれないとはいえやはり自分で選んだ学院だ。

そこで自分がただ足手纏いで生きるというのは怠惰だろう。

頑張ろう、そう思いオーブメントを確認しながら思った。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

装備を確認、さぁ行こうかという事になり俺達は今回は前回の出口を入り口として入り、調査開始であるという所を最初の一歩で狂わされている最中であった、とガイウスは思う。

 

「まさか部屋が縮むとはな……」

 

自分達があの石の魔獣と対峙した部屋は少なくともあの魔獣と自分達が動き回るだけの部屋の広さがあったはずなのに明らかに今の部屋は縮んでいた。

 

「しかもご丁寧に模様替えもしているようだぜ」

 

レイの示唆を聞いて視線を変えると確かに自分達が来た方を入り口にするならば出口の方に見覚えのない石の扉が出来ていた。

どれもこれもまるで最初からそうであったかのように存在を出張している。

これでは自分達の記憶が最初からおかしかったと思いたくなる。

 

「で、でも! こんな事って有り得るの!?」

 

「それが有り得るんだよなぁ、こんなミラクル」

 

エリオットの目の前の物を否定したくなる言動に更に否定を入れたのはレイであった。

それに驚き思わず皆でどういう事だ、と問い詰めると

 

「これと同じ現象にはあった事はないけど規模はともかく同レベルのモノならあったことがある───ある程度予想していると思うが古代ゼムリア文明と暗黒時代の遺産だな」

 

逆にどうしてそんな場所と縁があるんだ、と思うがそれはまだ早いと何度もクラスメイト相手に思った事を内心で再び思い返して話に加わる。

 

「確か……古代遺物(アーティファクト)だったか」

 

「ああ。そういう系の類はな。何があってもおかしくないじゃなくて何かあっても普通だ(・・・・・・・・・)って感じの御伽噺のタイプの悪夢だかんな。部屋が縮むとか模様替えとかあっても気にしてたら禿る」

 

「順応早いな……」

 

リィンのツッコミに同意しつつ、しかしそのまま終わるわけにはいかなかった。

今回の件は旧校舎の調査であって驚くことではない。

 

「どうする、リィン? 一度引き返して報告するというのあるが」

 

「魔獣もうろついているようだしな。気配から察すると俺達よりは格下みたいだけど」

 

「気配で強さって計れるんだ……?」

 

落ち込んだ風に言うエリオットに対して内心で大丈夫だ、と思う。

大丈夫、エリオットも何時か感じ取れるようになる。

なったらどうなるかは知らないが。

 

「……俺達の目的は旧校舎の調査だ。疑問が増えたのならば尚更に解明する手掛かりが欲しい。だからこのメンバーで行けるところまで行こう」

 

「了解した」

 

「うう……やっぱりだよね」

 

「ま、気楽に行こうぜ」

 

リィンの決定に誰も否定せず各々武器を握って階段を下りる。

出来れば今回は何事もなければいいのだが。

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああああああああ!?」

 

「エリオット! 後ろを見るな!」

 

「何かデジャブを感じる遣り取りだなぁ……」

 

レイのしみじみとした声は無視して俺はエリオットに激励をしてガイウスは殿を務めてもらっている。

後ろには集団……といっても大体10体くらいだろうか。

それくらいの集団がこちらを追いかけている。

台詞を宛てるなら「肉、置いてけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」だろうか。

この旧校舎に入る人間は何かに追われる宿命なのだろうか。

解せぬ。

とりあえず数が多いのでノリで逃げてしまったのだが

 

……このメンバーなら勝てない事はない、くらいかな。

 

リィンは後ろから来る魔獣に対して冷静に戦力差を測ってアクシデントを除けば勝てるだろうとは思っている。

だが、その場合の問題は体力だ。

俺とガイウスとレイは多分大丈夫だからいいとしてエリオットはまだ訓練して日が浅い。

この地下もまだどれだけの広さがあるのか知らないのだから余計な戦いはしない方がいいから逃げ回っているのだがこれでは結局体力を消費してしまう。

やはり仕掛けるか、と内心で作戦を決めようと思っていたところにレイが懐から何かを取り出すのを目撃してしまう。

 

「……ってレイ。それは……」

 

「おうよ。このままじゃあジリ貧だろ? ───おいエリオット! ガイウス! 目と耳を閉じとけよ!」

 

二人の返事を聞くまでもなくレイはそれを後ろの魔獣に投擲する。

慌てて目と耳を塞ぐ。

避けろと言わないのならあれは爆発する方のではなく

 

閃光手榴弾だ……!

 

思った内容が背後で証明される。

 

「……!」

 

エリオットの悲鳴らしきものが聞こえるが耳と目を塞いでいるせいで言葉が聞こえない。

だがそれと同時に背後の魔獣らしいものの呻き声も音として聞こえたので効果は抜群だったらしい。

魔獣と言えども俺達人間と同じで五感はある。つまり、人間が効く攻撃は魔獣も効くのだ。まぁ、中には目とかあるのか? って感じの魔獣もいるのだが効くのだからあるのだろう。

とりあえずこの光と音がある間にスピードを若干速めて後ろの魔獣から距離を取り一分くらいしてようやく足を止めた。

 

「つ、疲れた……」

 

「……今の所後ろから追撃はないようだ」

 

エリオットが膝に手を着きガイウスは後ろを警戒するのを見て安心の息を吐く。

見たところ前方にも魔獣はいないらしく、何か意味深なドアがある。

近くには余り見覚えのない回復装置と……何か意味不明な置物がある。

まぁ、遺跡みたいな校舎だからそういうものもあるのだろうとは思うが、それにしても

 

「……レイ。お前、どうしてあんなの持ってたんだ?」

 

「物々交換。お蔭でクオーツとセピスしょっ引かれた……」

 

悔しそうに言われても俺にはどうしようもないのだが、と思うがつまり真面目に言う気はないという事なのだろう。

まぁ、このクラスは色々と隠し事が多い人間が多いからなぁ、と思う。

例外はそれこそガイウスとラウラくらいだろう。

あの二人は二人で素直すぎる気もするのだが。

余程素敵な両親やら周りに育てられたのだろう。いやまぁ、アリサやエリオット、委員長とかもある意味素直なのだが。

ちなみにひねくれ担当はマキアスとユーシスである。

隠し事担当はレイとフィーとサラ教官だろうか。

 

……まぁ、俺も人のことをとやかく言える立場じゃないしな。

 

内心で苦笑を漏らしながらもう一度周りを見回す。

 

「……見たところあのドアの奥が最後の部屋か……?」

 

「今の所奥に魔獣やら何やらの気配はなさそうだがな……」

 

「風も今は落ち着いている。後ろから魔獣も来る気配はなさそうだ」

 

「と、という事はそこを調べたら終わり?」

 

いきなりの終了宣言に流石に全員呆気なさを感じる。

確かにレイやガイウスの言うように奥の部屋からは魔獣の気配は今の所何も感じない。

つまり、奥の部屋はただの部屋だけかもしくは何かの仕掛けがあるのかの二択だ。

だが、仕掛けというのは普通人の意志によって張られるもの……と言いたいところなのだがこんな摩訶不思議建物で普通を説けるはずがない。

必然的に後手に回るしかないか、と息を吐き回復装置に向かう。

 

「で? どうすんだリーダー?」

 

「誰がリーダーだ……とりあえず一応回復してからあの部屋を見回りに行こう」

 

何事もなければそれで良し。

何事かあったら対応する。

それが一番の最善だろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

レイ達がドアを開いた先は何も変哲が無い広場であった。

結構な広場で講堂まではいかないかもしれないが、ちょっと動き回るには適しているくらいには広い場所ではあったが───逆に言えばそれ以外は何も無かった。

 

「……何かスイッチとか隠し階段とかがあるとかねぇかね?」

 

「ふむ……風は流れていないところを見ると隠し部屋とかは恐らくないと思われる」

 

ガイウスの風発言は信用性があるので、隠し部屋云々はないと見た方がいい。

なら、スイッチなどで何かが起こるとかはあるかな、と思いもう一度危険なものがないかを確認してから四散した。

 

「……そっち何かあるかーーー?」

 

「こっちには今のところ何も無いけど……」

 

「こっちもだ」

 

「右に同じく……どうやらただの広いだけの部屋みたいだ」

 

全員が離れながらも視線を合わしてアイコンタクトをする。

つまり───これで終わりかという。

呆気ないとはやはり思うが、こんなもので終わる遺跡なのだろうかと思ってしまう。

地下の構造が丸っきり変わったくせに最後の最後まで何もない?

終点に何かがあると思い込むのは人間の悪い癖なのかもしれないが……もしくはここが終点ではないか。

 

「……途中で何か見逃したかもしれないな」

 

「レイもそう思うか。俺も同意見だ」

 

「え? でも……そんな所あったっけ?」

 

「まぁ、途中から魔獣に追われてたから見逃したかもしれないと言われたらそうかもしれないが……」

 

ガイウスとエリオットの言いたいことも解る───ずばりそんな場所はなかったと思っているからだ。

追われていたからこそ周りを見回すことは疎かにしなかった。

細かいところはと言われたら流石に頷けないが、それでもこの地下はそこまで広くはなかったのだから無い可能性が高い。

あるとすればそれこそ隠し部屋か。

だが、そうなるとあの魔物の集団の追撃を受けつつ隠し部屋を探さなければいけない。不可能とは言わないが時間と人数が足りない。

手詰まり感に全員でうーーんと唸りながら考え込むが意味は当然ない。

こりゃ今日はここまでかねぇ、と思っていると視界が何故か勝手に動いた。

 

「……?」

 

視界は広場の中央。

そこには丁度エリオットが考え込んで立っている場所でありそれこそそれ以外は何もない場所である。

何もない……何もないのだが───酷く気になる。

 

───瞬間、右手が発熱した。

 

「エリオットォォォォォ!! そこから逃げろ!!」

 

突然の俺の叫びに全員が唖然とした───それがいけなかった。

何故ならエリオットの背後の空間がいきなり光りだしたのを後回しにしてしまったからだ。

最早一切の猶予はない。

だから迷わず俺はエリオットの所に突っ走り本人を蹴り飛ばし───何かによって勢いよく弾かれた。

 

 

 

 

 

 

え……? と思ったが間抜けと言われるが勘弁してほしい。

だっていきなりクラスメイトから突き飛ばされたと思ったら何故かその突き飛ばした本人が自分よりも勢いよく弾き飛ばされて壁を壊した光景を見たのだから。

過程と原因が全く繋がらない意味不明に混乱が生まれ───

 

「エリオット!」

 

倒れている自分をガイウスが引っ張ってようやく混乱が生まれる原因を肉眼で見たことによって把握した。

 

「ま、魔獣……!?」

 

最初の感想で言えば悪魔……というよりは何かデーモンという名前が似合いそうな大きな魔獣。

見た目のみでいえば完璧なパワーファイターっぽくそれが手を振るっている所を見るとああ、あれがレイを吹っ飛ばしたんだな、とかなり他人事に思った。

 

「ミノスデーモンか……!」

 

ああ……やっぱりデーモンって名前が付くんだとそこまで考えようやく思考能力を取り戻す。

 

「レ、レイは!?」

 

「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

吹っ飛んだ方向から一瞬で悲鳴の返事が聞こえたので余裕ありそうなので大丈夫なのだろう。

というかあんな勢いで壁にぶつかって痛いって叫ぶだけで済むのだろうか人間は。

鍛えたら種族を止めれる種族って人間の特権なのかなぁ。

 

「レイ! 無事なら叫ぶのは後にしてリンク繋げ! 後で塩塗りこんでやるから!」

 

「リーダー! お前ってやつは! ちっ、まぁいいや! エリオット! 組むぞ!」

 

「え!? あ、うんわかった!!」

 

突如の申し出にびっくりしたが直ぐに条件反射でリンクを繋げる。

既にリィンとガイウスも繋げている。

目の前、普通に暮らしていた僕にとっては見たこともない巨大な魔獣だが周りの皆は恐怖を抱いている様子はない。

これが士官学院生。軍人の卵と言われるようなメンバーなのか。

そして、それは自分から見たらそうは思えないが、他人から見たら自分もそうなのだ。

 

だから頑張らないと……!

 

その想いに反応するかのように

 

「───!!」

 

魔獣の叫び声と共に進撃が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、長い間待たせてすいません……悪役です。
少し就職活動で忙しくなってしまって恐らく次回もまた時間を空けることになると思います。申し訳ない……

感想よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初の自由行動日 後編

「リィン! まずはどうする!?」

 

「よし! とりあえずレイ。奴の攻撃をノーガードで受けて奴の攻撃力とパターンを俺達に教えて倒されてくれ!!」

 

「てんめぇぇぇぇぇぇぇぇーーーー!!」

 

愉快な二人の会話を聞きながらガイウスは相手の魔獣が愉快コンビよりもこちらを先に狙ってきたのを見た。

 

「───!!」

 

巨体の体に似合っている巨大な腕を振り上げ、振り下ろす。

余りにもシンプルな攻撃だが、魔獣の筋力や体重などを加算すると直撃を受ければ十分に自分は重傷を負うのだろう、と冷静に計算しながら。

 

「……ふっ!」

 

冷静に槍を一つ突いた。

その場所は体ではない。体では右手をこちらに振り下ろそうとしている相手には遠いし、時間も足りない。

だから狙ったのはそこではなく振り下ろされる左の腕だ。

狙いは合致した。

 

「───!!?」

 

魔獣は己の手から生えている金属製の槍を見て痛みと驚きに喚き散らしている。

ガイウスは特別な力や技術も使っていない。彼に必要だったものは来るであろう魔獣の衝撃に耐える力と構えだけ。

魔獣は単に己の力と重さに自分から槍に刺されに行っただけだ。

 

「ナイス間抜け!」

 

魔獣は何時の間にか己の右肩に乗った人間を叫ばれてようやく気付いて視線をそちらに向ける頃には既に視界は放たれた足しか映らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「す、凄い……!」

 

エリオットは目の前の戦いに驚きでびっくりであった。

迫ってくる魔獣に対して恐怖せずに槍を突くガイウスも、あの巨体を人間の足で吹き飛ばしているレイも。

そして今も

 

「おお……!」

 

CPを消費しながら刀を突きの構えで倒れた魔獣に対して疾走するリィンの姿。

追撃の為に躊躇わず魔獣に向かって疾走する姿は味方という視点からでは凄く頼りがいがあって思わずこぶしを握り締めてしまうほどであった。

しかし

 

「───!!」

 

魔獣はリィンの姿を視認したのか。ただ単に怒り狂ったのか。

ミノスデーモンはただ足を暴れさせた。暴れさせただけなのだが、それが巨体の魔獣であるミノスデーモンが暴れれば人間であるリィンにとっては巨大な獣に殴られたのと同じ一撃になる。

 

「くっ……!」

 

ここからでも聞こえるリィンの苦悶を聞き───リンク越しで伝えられていた指示を行う。

 

「アクアブリード!!」

 

水のアーツ。

数ある属性の中で一番僕と親和性が高いということで僕はそれを一番使うようにしており、駆動時間も減らすように駆動のクオーツもつけての発動。

過去最速での発動時間に思える水の攻撃は顔面にぶつかる。衝撃として脳を揺らされた魔獣は人間と同じで脳震盪になり、刹那の間だけ痛みと衝撃で体が停止し、その隙にリィンの突きが体の中央に突き刺さった。

 

「───!」

 

甲高い悲鳴が響くよりも先に脱出したリィンを流石というべきなのか。

単純に魔獣が弱いのかもしれないと思いそうになる危機感を戒めるべきかを考えそうになるが戦闘中にそれは駄目だと戒める。

だからアクアブリードを終えた後に直ぐに集中しているアーツの駆動が早まる。

今の自分にはこれが最善手であるのだ。

アーツのみでレイの言う他人の指示とか、逃げることも考えるとかはまだまだ出来ないとは思うがそれでも自分の意志で士官学院に入ったのだ。

ならば、戦闘で自分を弱いと思っても無価値と思うのは自分の思考を止めるだけの愚考という事だけは解る。

アーツの適正は高いとそれだけはサラ教官も含めて褒められているのだ。

ならば、それだけは

 

誰にも負けずに頑張ろう……!

 

そしてアーツの駆動は終了する。

実はリィンが追撃中にアーツの駆動をしていたガイウスとレイよりも先にだ。

駆動の早さに二人も多少驚くが自分達はエリオットみたいに駆動短縮のクオーツもつけていなければアーツの適正レベルも高くもないのでレベルが高い人間だと自分より早いと知っているので驚きはしなかった。

唱えられたアーツが何かを知らなかったから。

 

「ハイドロカノン!」

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんっ。リィン……まさかあんなに強力なアーツだったなんて……」

 

「い、いや……エリオットが謝ることじゃないし、それで魔獣も倒せたんだから……うぅ……」

 

「こりゃ見事にびしょびしょだなぁ……報告ついでに学院長かサラ教官に替えの服を借りるのが一番だな」

 

「余りその状態でいると風邪を引くからな」

 

結局ミノスデーモンはエリオットの一撃で消えた。

それも直線攻撃のアーツだったから飛び退いただけのリィンを巻き込む形で。

恐らくアクアブリードみたいな砲弾系だとエリオットは思っていたのだろうけど、まさかレーザー系であるとは知らなかったのだろう。

エリオットは士官学院に来る前までは一般人であったという話だし、アーツとは縁も所縁もなかったからだろう。

リィンも咄嗟に避けたから服がずぶ濡れるだけで済んだだけ、マシというものであった。

 

……それにしても

 

エリオットの才能と努力には驚かされる。

改めてエリオットのオーブメントを見ていると既にマスタークオーツがかなり成熟していることに気付いた。

何でも音楽や用事がないときは出来る限りアーツの練習をするようにしていたらしい。

その甲斐があってかマスタークオーツは見る見る成長するわ。アーツの駆動になれるわだったらしい。

そして何よりもハイドロカノンは上位アーツの一種だ。

そのレベルのアーツをエリオットは大凡七、八秒くらいで組んで発動したのだ。

下位アーツを普通くらいの適性の人間が駆動するのに大体、四、五秒。上位アーツならば十数秒は普通かかるものをとんでもない元一般人である。

遊撃士や軍人でもこれ程レベルの高いアーツ使いはそんなにいないだろうと思う。

この一か月で確かにⅦ組メンバーは全員才能があるメンバーだとは思っていたがもう少し上で見ておくべきだったのだろう。

うかうかしてられねぇなぁ、とレイは苦笑しながら旧校舎から出るメンバーに付き添って歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして旧校舎の報告を終えた後、リィンを替えの服をくれるという保健室に送り、流れ解散になった。

レイは帰るには少しだけ早いかな、という理由で適当に学院を散歩していた。

今日も今日とて夕焼け綺麗な士官学院~と適当に鼻歌を歌いながらグラウンドの方に向かってみると

 

「……ん?」

 

見知っている人物が一人、グラウンドにいた。

というかアリサだ。

見たところ、ラクロス部の後片付けをしているみたいだが何故か後片付けをしているのはアリサオンリー。

確かにこういう地味な後片付けというのは新入生がするものという風潮だが幾らなんでも一人にだけ任せるものだろうか。

先輩からの嫌がらせか、もしくは同級生からの嫌がらせと見た方が正しく思える。

そして動機は残念なことにたくさんあるのが残念。

アリサは容姿も完璧に近いし、能力、学力も学院では上から数えたほうが早いし、更には特科クラスⅦ組などという異端クラスのメンバーだ。

これがラウラやフィーならば二人の雰囲気から狙われるのは少ないのだろうけど、アリサ辺りはその性格が災いになりかねない。

エマはどうだろうなぁ、と思いつつ仕方がないからグラウンドに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「……今日はありがとう」

 

「どーいたしまして」

 

アリサはギムナジウムで着替えを済ました後に帰り支度を待ってくれているレイ相手に礼を言った。

それに対して本人は本気で別に大したことはしていないという表情でヒラヒラと手を振るだけ。

何時から見ていたかは知らないが、後片付けの途中でいきなり彼が出てきたかと思うとあっという間に片付けの手伝いをして止める間もなく流されもう終わっていたというのが現状であった。

感謝するべきであるというのは解っているのだが何というか……微妙に困る。

 

「で? 本当に先輩同級生の嫌がらせじゃないんだな? 遠慮せずに言っていいんだぞ? そいつらを別に痛めつけるとか物騒な事をする気はないんだから。ただ幼少時代の素直さを取り戻すための術を知っていてな……どんな捻くれ者も二秒で自分の愛らしさを思い出す」

 

「……その台詞でよくもまぁ、物騒な話をするつもりがないなんて言えたわね……」

 

この男、身内に対して甘いんだなと考えるが責めるべきでもなければ悪い所でもない。

むしろいい事なんだけど台詞が台詞なだけに頷き難い。

でも、だからこそ肩の力が抜けて自然と笑顔を浮かべることができた。

 

「ありがと……別に先輩は悪くないわ。本当ならもう一人私と一緒に入った子がいるんだけど……貴族の子らしくてね。色々、難しいと思うの。相手も───自分も」

 

「フーーン……まぁその様子だとお人好しを働かすつもりらしいから結論を先に言うけど将来苦労人決定だな」

 

「ずばずば言うわね……否定できないから何も言わないけど」

 

苦笑しながら顧みとを歩きながら、ふと気付く。

私はクラスメイトとはいえ一か月しか過ごしていない異性相手にこうも普通に喋るのは初めてではないだろうか?

家柄上、話しかけようにもやはり家柄というものが周りとの小さな隔絶を生んでしまうし、こちらも気遣ってしまう。

だから自分が地で喋れる人間なんて故郷ではかなり限られていたし、こっちに来てもそういった部分を変えるのに頑張らないと、と思っていたのだ。

それがこうも普通に話をしている。

自分が単純なのだろうか、と思う。

オリエンテーリングでも助けられ、今も助けられたからこの人は大丈夫みたいに思って甘えている。

そう考えると自分が凄い単純に見えて馬鹿っぽくてやっぱり苦笑と微笑の中間みたいな笑顔を浮かべてしまう。

 

「何だ、アリサ? いきなり笑って。今日の夜のメニューの想像でもしていたのか?」

 

「え? え、ええ……今日は誰が担当だったっけ?」

 

「何を言ってんだ。今日は俺とお前がくじ引いて当たってただろ? ……あ、確か冷蔵庫の中身なかったな……わりぃ、アリサ。誘っておいてなんだが───」

 

「もう、何言ってるのよ。私も手伝うわ。私も当たっているんだから遠慮も容赦も無用よっ」

 

「そうかぁ? でもお前……まぁいいか」

 

途中でどうして口を濁したのかは知らないが、本人は口調の通りにまぁいいかという顔を浮かべながらその足でそのままブランドン商品に向かった。

 

「はい、いらっしゃいーー」

 

ブランドンさんの迎えの言葉と同時に入店してとりあえず商品を見る。

 

「む……卵か……米があったし挽肉も今日の旧校舎で手に入れた材料を使えればオムライスが出来るな……」

 

「……ちょっと。今、文章の真ん中辺りで凄い不穏当な言葉があった気がするんですけど?」

 

「気にするな。仕様だ」

 

物凄く納得がいく言葉だったがいいのだろうか、人としてと思うが節約できるならそうすべきだから聞かなかったことにした。

後に他の食品も見てあーでもない、こーでもないと会話しながらとりあえず冷蔵庫に残っている材料と検討して買うものだけ買って今はレイがお金を払っているところだ。

今日は試にやらせているのか。ブランドンさんの娘さんが頑張っていて微笑ましい。

すると店の整理をしていたブランドンさんがこちらに来て何故か眩しいものを見たみたいな表情でこちらに来た。

 

「いやぁ、毎度ありがとうⅦ組の。青春だねぇ」

 

「いや、こちらも世話になってますし……というか買い物で青春って……」

 

これがアクセサリーや服なら確かに青春って感じがするのだろうけど今回は単純に今日の晩御飯についての買い物である。

色っぽさも何もかも欠けている買い物にそんな言葉を付けられてもと思う。

しかしブランドンさんの表情は止まらない。

いやいや、とこちらの言葉に返しながら

 

「まだ若いのにまるでもう新婚夫婦みたいなやり取りだったじゃないか。若い子はいいねぇ……」

 

「───シンコンフウフ?」

 

シンコンフウフ? はて? それはどういう風に漢字変換をするのだろうか。

新古んふうふ? 意味が分からない。

そう思いたいのに、頭の良さが祟ってか、脳内では勝手に正解の漢字変換をして数秒して

 

「……ぶっ!」

 

思いっきり吹いた。

女子として恥ずかしいレベルに吹いて、そして思いっきり赤面した。

流石の事態に会計をしていた二人がこちらに?マークをつけて見てきたが、慌てて何でもないという風に手を振って注意を逸らす。

焦ってはいけないアリサ・ライン……じゃなくてアリサ・R。焦ったら負けだ。

焦ってしまって何回、あのおっとりメイドにしてやられた事か。

だから、今頃母の元で手伝っているメイドの姿を十回くらい思い出すと落ち着いた。

ふぅ、と溜息を吐いて赤面も出来る限り失くして

 

「……残念ですけど私と彼はそういう関係じゃありません。ただのクラスメイトです」

 

「そうかい? その割には随分と……いやまぁこれ以上はただのうざい店主になるから止めとこう。またご贔屓に」

 

流石な長い間学生の支援し続けた町の店主である。学生に対しての引き際を心得ている。

話題が切れて思わずほっ、とするが話題自体を思い出してまた少し顔を赤らめてしまう。

 

……新婚夫婦。

 

新婚夫婦かぁ、と思わず考えてしまう。

最初に思い浮かんだのは恋人通り越してそこまで行く? という思考に思わず額に手を付けてしまう。

そんなに老けて見えるだろうか……ファッションは学生だから髪型とか小さな所で勝負するしかないけど、それ以外が老けているようにも見えるのだろうかと結構リアルにショックである。

そこまで考えその前に彼と夫婦って所に焦点を置こうとする。

いや、別に彼がとっても嫌いとか、願い下げとか思っているわけじゃない。

むしろ性格、能力含めたらかなりお人好しな馬鹿であることは理解しているし、こちらが家名を隠しているとはいえユーシスやラウラに対する態度を見るところ身分などで見る目を変える人ではないのも知っている。

強いて言うなら性格が傍若無人過ぎるのとイヤラシイのが欠点であることかもしれない。

特に後者は大き過ぎる欠点だ。

初日の体育の授業でさえ風で下が見えそうになっている女子勢を遠慮なく見ようとしてブーイングをした所だ。あれは紳士らしくない、うん。

 

……って何よ、この男チェックみたいな思考!

 

何様だ、という思考と違う違う! という思考がぶつかりあってあうあう~~と熱を頭から逃がしていると

 

「……お前、どうしたんだ?」

 

「ひゃい!?」

 

目の前に現れた少年の顔に思わず後ろに吹っ飛ぶように飛び───後頭部から壁にぶつかった。

 

「ぬ……!」

 

頭全体に響く衝撃にアリサはもしかしたら生まれてから三番目くらいの真面目な表情を浮かべて思わず悶える。

これは痛い。真面目に痛い。男の人の前だと言うのに涙が出てきそうなくらい痛い。

痛みというのは最大になるとむしろ感じなくなるが、逆に言えば最大以下だと感じて痛いのだと意味のない事を考えて悶える。

 

「……確かに俺も悪いとは思うけど、流石に今回は俺も予想外と壁までの距離の近さで対処できねえよ。湿布でも買うか?」

 

「べ、別に……いいわ。瘤にはなって……ないみたいだし……」

 

「どれどれ」

 

すると何を思ったのか彼は一気にこっちに詰め寄って頭を抱えてこちらの後頭部が覗け、触れる事が出来る位置に来た。

しかし、それはつまり正面からやられたのならば私の目の前には胸板があって私はほぼ彼に抱かれている、もしくは抱きつかれているような形になっておりずばり赤面ものだ。

 

「な!? ななななななーーーーー!!」

 

「確かになってないな。ま、後で冷やせば問題ないだろう」

 

するとあっさり彼は引いた。

驚きの表情のまま彼の方を見るが彼はまるっきり自然体。焦っているのも驚いているのもどうやら自分だけの特権みたいだ。

このやり場のない怒りをどこにぶつけろというのだろう。物凄い腹が立ってきたし、ストレスが溜まってきた。これが学校のグラウンドなら遠慮なくアーツで吹っ飛ばしていたのに。

そう思い、自重した。

 

……全く

 

何様なのよ、と思う。

別に相手は恋人でもないのだ。しかもあっちは善意でこっちの様子を見ただけ。

逆に下心有りであんな事をしたらいやらしいという事になるのだから彼の対応は何一つとして間違っていない。

ただ自分が過敏になっているだけなのだ。

異性とこういう風に仲良く接することも店のおじさんにからかわれる事などルーレではまずなかった事なのだから。

そう思った結論を思わず口に出してしまった。

 

「……私、楽しんでるのかしら……?」

 

誰にも聞こえない声量で発したから近くにいるレイにも聞こえていない。

でも、口に出した言葉でようやく胸にストンと正しいものが嵌ったみたいな感じがする。

楽しんでいる。

成程、私はこのよくある学生みたいな雰囲気を楽しんでいるのか、と。

そう考え、何度も心の中で頷いていると自然に表情が緩んできた。

やっぱり自分は単純であるという事なのだろう。

このアリサ・Rという士官学院の学生というものを私は目一杯満喫しようとしているのだから。

最初は母への反抗心からここに来ただけだというのに今ではそれを楽しむためにここにいるというのが現状なのだ。

長続きしない自分に呆れも感じるが、楽しいだけマシだろうと結論付ける。

 

なら開き直るのが吉かしらね?

 

ブランドンさんがレイには見えない所からこちらにアイコンタクトをさっきから送ってきている。

どう言っているかはわからないが何となく理解できる。

 

青春だねぇ……ね。

 

まぁ見た目的にはそうなのだろうと思う。

ならばやはり開き直ったほうがいいのだろうと思う。その方が面白そうだし、何よりも幾ら恋人とかではないからといって何一つこっちを意識しないこの鈍感男を懲らしめる必要がある。

下心を抱けとは絶対に言わないが何も思われないのも癪に障る。

 

「ねぇ、レイ? まだ夕飯には時間あるわね?」

 

「あ? そりゃ確かにちょっとまだ時間は余ってると思うけど……それが?」

 

よし、時間も言い訳もゲット出来たので即座に行動開始しないと勿体無い。

 

「じゃあ余っている時間でショッピングでもしない? 代金は全部貴方持ちで」

 

「……待て。この際意味は分からないが前半はOKしてもいい。だが後半は納得も意味も全く出来ない。せめて割り勘だろうが……!」

 

「あら? 女の子に奢らせるつもり?」

 

「くっ……!」

 

まさかこの言い訳で通じるとは思わなかった。

自分の言い分が明らかに滅茶苦茶であることは解っていたがここまで来たのならばテンションで攻めるしかない。

 

「それにほら? 一か月前に貴方の治療に使ったハンカチとかまだ返してもらってないし、このまま買い物だけして帰るのも勿体ないといえば勿体ないでしょう? なら遊ぶのも悪くないんじゃない?」

 

「……まぁ、どれも正論だしハンカチの件もあるからな」

 

仕方がない、と溜息を吐いて重い腰を上げたかのように立ち上がる。

よし、勝ったと思い……少し恥ずかしいが手を取る。

 

「ほ、ほら? 急ぎましょ? もう夕方なんだし時間は少ないわ。ここで短時間且つ面白いコースを組み立てるのに期待するからね?」

 

「……よく考えれば俺はこの荷物を抱えて行くのかよ? しかもコースってデートかよ」

 

言われた内容に少しだけ頬を赤らめるがそういえば昔読んだ漫画か何かでこんな台詞を言ってたのを思い出してそれを言ってみた。

 

「男と女が遊ぶ時点でデートって言うんでしょ?」

 

言って余計に恥ずかしくなったが仕方がない。

もう自棄だ。

これから夕飯もあるのにと思うが今日くらい体重のことは無視して買い食いとかしてみたいし、服とかも見たい。

こういう在り来たりな生活を送ってみたいと憧憬を抱いたことは昔はたくさんあったんだから今、実践するのも悪くない。

まぁ、強いて言うならばこの在り来たりを見せたかった人がここにいないのが少しだけ残念と感じ、私達は町に躍り出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

レイがユーシス相手に土下座しながら食堂でお金を恵んでくださいと叫んでいたが本人は知るか阿呆と蹴散らしていった光景が見えたが後の祭り。

女の子の買い物は金がかかるという経験を得ていなかった敗者の末路であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




意外にも投稿できましたが流石に一旦ここで打ち止めです。
ミノスデーモン相手に時間かけずに倒せるのはⅦ組メンバーの才能と努力によるものが大きいですね。
特に今回はエリオットの努力家の部分とアーツの天才の部分を出してみました。
序盤でハイドロカノンを出すエリオットマジ鬼畜。問題はまだ出すタイミングを熟知していないのが玉に瑕ですね。
そして後半はヒロインとのフラグ……みたいに書けてますかね?
これ、恐らくかなり誤解を植え付けそうですがアリサはまだレイ相手に恋してません。
まぁ異性の中でも仲がいいというのでは一番ですが、本人としてはまだ友情以上恋愛未満ですね。
アリサとしてはこういった普通の学生みたいな事を楽しんでいます。原作を知っている人は成程と思ってくれると思います。
まぁこの自分が恋愛に対していきなり惚れるのは有り得ないという考えを持っているからか、そういう発展はまだまだですね。
ノルド辺りですかねぇ……
次回は今度こそ時間が空くと思いますし、次はテストです。出来る限り早目にとは思いますが、何分就活で忙しいので長めに見てくれればと思います。
感想よろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

実技テスト

今日も素晴らしい晴天かな。

突き抜けるような青空。吹き抜ける風が今の温度と相まって素晴らしいくらいの癒しをくれる。

そんな青空の下でサラ教官のはいはーい、という声と共に

 

「じゃあ、今日は皆もお楽しみ。実技テストの始まりよー」

 

とのたまった。

 

 

 

 

 

 

レイはサラ教官が教官らしい真面目な顔で実技試験の始まりを告げるのに最早良い予感などないと思っている。

そう思っていると近くにいたフィーの表情が偶然見えた。

無表情を常とするフィーがまるで、超絶面倒な事態がこれから起きるぜベイビーという顔だ。

きっと同じ事を思っていたのかもしれないと思うとストレスが緩和される。

そうしていると

 

「ふむ……サラ教官。それはもしや我らとサラ教官が模擬戦をするのだろうか?」

 

「え? やーねぇ、そんなわけないじゃないラウラ───流石に最初からそんな無理無謀はやらないわよ」

 

一気に脱力した。

見るとフィーの方も後ろで手を組んでいた手がVの字になっていた。

同志はここにいるな、と熱い思いで胸が一杯になりそうになる。

ちなみに一種の挑発のような言葉を受けてユーシスとマキアスが凄い嫌そうな顔をしているのが目に見える。

婉曲的に言うと知らないって幸せだなぁ、と思う。

内容は何でも単純な戦闘力を計るものではなく状況判断能力を見るためのものらしい。

 

「つまり、ごり押しで勝つのは逆に問題という事なんですね?」

 

「……ふむ。まぁその方が面白い」

 

エマとユーシスの言葉にサラ教官もそうよーと答えつつ

 

「リィン、レイ、エリオット、ガイウス。前に出なさい」

 

チーム単位での指名をいきなり受けることになった。

 

「う、うわ~……一番かぁ」

 

「解りました……!」

 

「全力を尽くすとしよう」

 

「ま、気楽にな」

 

全員堅い&緊張し過ぎだろう、と思うがそんなものなのだろう。

いや、これが本当にサラ教官とバトルとかならば最早俺は自爆コマンドすら躊躇わずに使っていただろうけど。

そうして最初にまずは装備の点検とクオーツのセットをする時間を貰えた。

 

「よし。我らが切り札エリオットは何時でも大技をかませるようなものにしておくんだ……! いざという時はリィンごとやれ……!」

 

「……エリオット。馬鹿が何か言ってるけど躊躇ってくれよ? あ、この馬鹿相手なら気にせずやっても減点にはならないと思うからやっても構わないと思うけど」

 

「……前々から思ってたけどリィンって何故かレイに対して容赦ないよね?」

 

「ああ、それは俺も思っていた。まるで長い付き合いみたいだと錯覚してしまいそうだ」

 

「「それはない」」

 

思わずハモって否定するとつい、互いに目線を合わせてしまう。

そして、同時にむぅ……と唸る。

いや、本当になんだろうね? このシンクロレベル。

 

「はいはい。仲がいいのは解ったからさっさと相手出すわよ」

 

出す? と他のメンバー全員で首を傾げる。

まるで物を出すような言い方でてっきり何か魔獣でも出すのかと思っていたらサラ教官はにっこり笑って指パッチン。

すると

 

「───」

 

一言でいえば機械人形。

というか、普通にそうとしか表現できないモノがいきなり空間から湧き出た。

これには流石に周りも臨戦態勢に移ってしまう。

 

「ま、魔獣……!?」

 

「いや……! 魔獣にしては命が感じれない……!」

 

「ご名答っ。これは魔獣じゃなく簡単に言えば動くカカシ。人形兵器っていうものよ」

 

周りが驚きで沈黙する中、俺だけがフーーン、と思わずそれを睨んでしまう。

それに反応するのは当然出した本人だ。

 

「あら? レイは不満かしら?」

 

「不満って言うよりは少し悪趣味じゃないですかね? 見ていて壊したくなる」

 

「ま、それについてはほぼ同感なんだけど……使い勝手がいいのよねぇ」

 

欲に負けた……と思わず全員で呟くが教官は気にしない。

この教官、好き勝手し過ぎだろうと思うが性分なのだろう。

それに見たところ───勝てない相手ではないし。

だが

 

「サラ教官。一つ質問が」

 

「はいはい。何かしら」

 

「───その人形兵器、硬いですよね?」

 

「……少なくとも柔らかいイメージは湧かないわねぇ」

 

それがどうした、という視線に俺は無言で自分の両腕を指し示す。

そこにあるのは装備したガントレットをつけた両腕だが、幾らガントレットをつけていても硬いものを殴る時にその痛みを全軽減するということはないのだ。

そのジェスチャーに気付いた皆は躊躇わずに憐れみを向け、サラ教官は悟ったような笑顔を作って首を横に振るった。

すると両肩に手が乗った。

後ろを見るとリィンとガイウスだった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

口で語るよりも遥かに多い言葉を視線で語った気がするが二人の視線は要約すると

 

───諦めろ。

 

であった。

無言で両膝をついて両腕を地面につけて絶望表現をかますが二人は用事が終わったら直ぐに武器を取り出して構えようとしていた。

そんな非情なっ。

 

「俺の中の癒しはエリオットしか居ないのか……」

 

「……そこで僕の名を出されると色々と困る気がする……」

 

エリオットの苦笑と一緒に出された言葉に激励の意味も込められていたので何とか立ち上がり、膝や手についた砂を払いながら

 

「ま、やるかね」

 

 

 

 

 

 

 

ほぅ、とラウラは外野の視点で彼らの様子を見ていた。

特に恐らくあの中で一番強いレイの切り替えが凄まじい。

先程までコントをしていたというのに既に意識は戦闘用に切り替わっているのが解る。

プレッシャーがここまで届いて響いている。

気迫の質の差を除けば父やクラウスを相手しているかのように思えて自然と手が剣に伸びてしまいそうになるのを必死に堪える。

 

……未熟!

 

同年齢の少年が強烈なプレッシャーを放っただけでこうも自分が抑えられなくなるとは。

鍛錬が足りていないと何も考えずとも解る。

だが、そうと解っても戦ってみたい、と祈る。

それもレイだけではなくガイウスやリィンもだ。普段通りの真面目な表情を浮かべているが最早内側は普段という言葉から既にかけ離れた思考をしているのが目に見えるし、エリオットも何かあったのか。いい顔をするようになっている。

 

……父上。

 

父上は私が士官学院に入らず女として生きるのもどうかと思っていたのは知っている。

そして、それは間違いなく別に自分を不幸にするものではなく、その道を選んでいたらその道の過程と結果による幸福がある事も理解している。

もしかしたら、ある意味で今以上の幸福を得れていたかもしれないと考えるくらいには頭は固くない。

だが、これは無理だ。

父としては必死に男手一つで育てて女性らしさや女性としての幸せも見つけて欲しかったのだろうけど───やはり自分はこっち()らしい。

士官学院に来て良かったと今の私は声高らかに叫べる。

そして、リィン達の様子を見て準備は整ったと察したサラ教官は苦笑一つで顔を真剣に変え

 

「はじめっ!」

 

実技テストの開幕の合図と共にリィンとレイが同時に人形兵器に挑んだ。

 

 

 

 

 

 

マキアスは二人の疾走をその目でしっかり捉えた上で判断していた。

 

……は、速い!

 

武器を装備し、合図と同時に疾走した二人はマキアスの動体視力を持ってしても十分に速いと言えるスピードであった。

それは純粋な前衛組である事を省いてもその評価は覆らない。

恐らくリンクはリィン&レイ。ガイウス&エリオットペアに分けられており、前衛の二人が同時に挑んだのはこの二人なら未知の相手の攻撃でも対処できると判断したからだ。

ガイウスが行かないのは多分、エリオットの保護と同時に二人がやられそうになった時のカバー役。

作戦会議などしている様子は見れなかったが、何か事前にしていたのかもしれない。

そうこう思考していると既に二人は残り五歩くらいの距離まで詰めており、そろそろ人形兵器が反応をしなければいけない瞬間であり───そして、それは既にしていた。

人形兵器は機械的な反応と共に左腕を振り被っていたが、慢心無しであの程度なら僕でも躱せるだろうし、あの二人なら当然だろう、と思う。

そう思っていると───その左手から不思議な事に光が溢れていた。

幻想的な、と思ったが───よく見るとレーザーであった。

それが遠慮なく二人の胴体辺りを横薙ぎにする勢いで

 

「───」

 

ぶち込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおお!?」

 

アリサは二人が驚きのリアクションと共に走る勢いをそのままにスライディングに移行して二人の頭上を通るレーザーブレードを見た。

 

か、完全な近接殺しねぇ……

 

まさかあんなものからレーザーブレードみたいなものを、しかも自立思考でぶちかますなんてうちの実家にもそんな事が出来るか、と思うと不思議に思うがサラ教官が話すとは思えないので結果として謎のままだろう。

そして、人形兵器を通り越した二人はその勢いで立ち上がり

 

「まさかここに来てレーザーブレードとは! ───男心を擽る設定でマジカッコいいなアレ!」

 

「ああ! 男なら一度はレーザーブレードに憧れるべきだよな……!」

 

解るぜリィン!

だよな、レイ!

と謎のテンションでハイタッチをして───その反動を利用して、そこを突きで狙っていた人形兵器の追撃を躱して、お互いの支点を左右の足に託してくるりと回り、人形兵器に回ると同時に刀の柄頭と回し蹴りがヒット。

その攻撃に対しての人形兵器の反応は正しく機械的であった。

痛みを数値として捉えているが故に無反応を持っての反撃を是とした。

更には

 

「……もう一本!?」

 

左腕からも光を発生させた人形兵器はコマンド通りに相手を攻撃するために両腕を振う。

それに対してリィンは咄嗟に右に飛翔、レイはしゃがんでそれぞれの攻撃を躱す。

 

「───」

 

その中で人形兵器が選んだ相手はリィンである事が意思がない兵器相手ですらそれは読み取れた。

空中にいるリィンは例えどんな超人であろうとも重力と言う枷がある限り自由に動くことは不可能。

それこそ鳥のような筋肉でも持っていない限りは。

故に人形兵器は狙いをリィンに絞った。

その間にレイが攻撃するという事などは許容範囲というダメージをただダメージと捉えれるが故に出来る攻撃思考。

左のレーザーを持っての薙ぎ払いは武器では恐らく受け止められない。そして、頭を下にしたリィンは何をするのかと思えば両手をまるで求めるかのように下に下げ───そこにもう一つの両手が合致した。

 

「よっ……っと」

 

それは地面にいたレイがリィンの落下地点に滑り込んできたのであった。

空中から落ちてきたリィンの体重をそのまま受け止め膝を曲げ、更にそれを発条のようにしてリィンを再び空中に上げた。

それ故に左のレーザーは空振りを果たし───駄目押しで残った右のレーザーブレードをレイに斬り付けるが

 

「あらよっと……」

 

滑り込みの勢いを潰さずにそのまま手を使わずに側転を果たすことによって全ての攻撃は避けられ

 

「スパークアローー!!」

 

そこにエリオットのアーツが放たれた。

 

 

 

 

 

 

それらの流れはフィーをして優秀と言える流れであった。

最初から最後までの見事な攻防の流れ。

最初は速度の点で優秀なリィンとレイのコンビで威力偵察。

威力偵察を終え、それ以上がないと判断したらヒット&アウェイによる攪乱。

そして、最後は隙を作った上で自分は直線状から逃れ、エリオットのアーツによる止め。

それら全てが見事に成功した優秀な流れであった。

ただ一つだけ問題があるとすれば

 

「……まだ動いている」

 

恐るべきはあれだけの性能と機械の耐久性か。

いや、逆にあれだけの性能だから、これだけの耐久性を持ち得ているのか。

作り主が誰かは知らないが、何処で作ったのか予想できるが故に納得がいく性能だったが

 

「……フィニッシュ」

 

最後の最後に力を温存していたガイウスの突撃によってその使命は仮にだが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、文句なし。リンクも戦術も判断力も。オールオッケー。最初のテストでこのレベル出すなんてやるじゃない四人とも」

 

ガイウスはサラ教官の褒め言葉を聞いた。

 

「楽勝、楽勝ー。周りが才能の塊集団だと楽できる」

 

「レイ……慢心だけはするなよ」

 

「僕とかはアーツだけが取り柄だからなぁ……」

 

「いや、エリオットは十分だ。俺は最後の止めをかすめ取ったくらいだしな」

 

ガイウスをしてここにいるメンバーが全員凄いと言えることくらいは理解している。

ノルドの外を知らないが故に無知と言えるのかもしれないが、レイとリィンはまだともかくエリオットですら順応してきている。

不思議な事に自分の腕前も上がってきている事が自覚できるし、全員のはまだ不可能ではあるがこの四人のメンバーならARCUSのリンクがなくとも多少の意思疎通が出来るくらいだ。

これもある種のリンクによる影響なのかもしれないな、と思いながら武器を収納する。

そして、サラ教官が何らかの書類に何かを書きながらこちらを……というよりはリィンとレイを流し目で見て

 

「それにしてもリィンとレイ───あんたらもしかしてホ……はいはい、二人とも。仲がいいのは解ったから武器を抜いて互いに牽制しないの」

 

即座に戦闘態勢に入ってお互いを排除しようとする辺り、この二人は相当だ。

こういうのを……都会風に言えばノリノリだ、と言うのだろうか。

都会は言語が難しい。

一応、武器は収めたがお互いに数歩離れて睨み合いながら元凶のサラ教官に答えを求める。

するとサラ教官は素直に答えた。

 

「単純単純。二人が異様にARCUSのリンクレベルが高いからよ。リンクレベルだけなら恐らくここにいるメンバーの誰とよりも二人のペアがトップよ」

 

「はぁ?」

 

二人して意味が分からないという顔になる。

二人の表情を見ると嘘は感じられないから、本人側からしても予想外の出来事だという事なのだ。

だがリンクのレベルの高さの原因……というより納得なら前々からあった。

リィンは普段は真面目でお人好しな普通な好青年という感じなのにレイ相手だと多少ネジが外れ、しかも容赦がない、

レイはレイでリィン相手に容赦がないし、冗談を言いながら突っかかるし、それを楽しんでいる節がある。

それは今もわざとらしは、"はっ"という顔を作って

 

「まさかお前……俺のイケメンフェイスに遂にやられて畜生道に落ちたか! この変態が……!」

 

リィンが躊躇いのない真面目な顔でレイの襟首を掴んで右腕で殴っているのがリアルだ。

 

「リ、リィン! 待て! まるでギャグ漫画みたいに真面目な顔で殴りまくるのは体裁が悪いぞ!」

 

マキアスが必死に止めようとするのも愉快だ。

殴られている本人はぐわー、と楽しんでいるのだからそっとしておくのも手段とは思うのだが、人それぞれなのだろう。

他のメンバーは呆れているのだから。

 

「はいはい! 次行くわよ! 次! 今日はまだこれ以外にもイベントあるんだから」

 

サラ教官の切り替えを求める声に応じ他のメンバーも用意にかかる。

それらを自分も見守らねば、と思い思考を切り替える。

ちなみにレイはリィンに捨てられて泣き真似をしていた。

 

 

 

 

 

 

そうして各自の実技テストを終えてサラ教官からの次のイベント───特別実習についての話をリィンは聞いていた。

途中にネーミングまんまじゃないか……とぼそりと呟いた某クラスメイトは次の瞬間に弾き飛ばされたのを見たが何時も通りと思い無視した。

そして、特別実習というのは要約すれば学院の外での実習をするというものだ。

説明はそれだけでそれを持って何を学ぶのか、何をするのかを話さないまま俺達は違う目的地に行くために二チームに分けられた。

 

『4月特別実習』

A班:リィン、レイ、アリサ、ラウラ、エリオット(実習地:交易町ケルディック)

B班:エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ガイウス(実習地:紡績町パルム)

 

「……うわぁ」

 

とA班メンバー全員とB班メンバーの半数以上が恐らく同じ思いで息を吐いた。

チームメンバーの分け方があからさま過ぎる。

明らかに嫌がらせ以外の他でもない。

当の二人は嫌なものを見たという感じで顔を歪ませているが、流石に教官に逆らう気もないのか舌打ちだけで済ませていた。

実際、人間関係を除けばこれで十分に分けられているのだから仕方がないのだろう。

逆にA班メンバーは正直どこも文句がないチーム分けであった。

B班に負けず劣らず戦闘面の安心感があり、付き合いも悪くないチームだ。

チームの発表によってとりあえずチームで話し合うことになる。

 

「B班には悪いけどこっちは上手くいけそうね」

 

「うむ。このメンバーなら大抵の魔獣など押し通せそうだ。初の特別実習……よろしく頼む」

 

「あ、あはは……僕も出来る限り足手まといにならないように頑張るよ」

 

「じゃあ俺はそんなエリオットの応援役に……」

 

「お前はそんなエリオットの壁役な」

 

この人でなしっと、しなを作って叫ぶ馬鹿は無視してとりあえず思う。

 

このメンバーなら確かに大抵の事はやれそうだな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何とかここまでやれましたね……
レイはこの人形兵器について存在も知っていますし、アレらの存在も知っています。
まぁ、だからあんまり良い目で人形兵器は見ていませんが教官が使ってますしね。
今回は出来る限りまともな戦闘描写に……なっていると見られていたらいいなぁ。
感想よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別実習 ケルディック

「うわぁ……」

 

「ほぉ……」

 

この二つの呟きこそがケルディックに来たA班の約全員が思った感想であろうとリィンは思う。

見渡せば、二言で言えば穏やかな雰囲気でありながら、賑やかという矛盾しているかもしれないがそれらを成立している風景。

言い方が悪いかもしれないが、一種の田舎のような朴訥な雰囲気を醸し出しているのに、恐らくケルディックの最大の特徴ともいえる大市によるものなのだろう。

だからこそ穏やかな雰囲気の中に祭の雰囲気が混ざったかのようになっていて面白いとも言える。

だから、初めて来た俺やエリオット、アリサ、ラウラは全員驚きの溜息を吐いていたのだが例外が二人いる。

 

「あーら。相変わらず良い雰囲気ねぇ。こういった所に来ると自然と羽を伸ばしたくなるわ~」

 

「いやいや。どこに居ても羽を伸ばしている教官の言葉を俺はわざわざ指摘などしませんよ? ───する必要性がないですから」

 

遠慮なく駅からそのまま歩く傍若無人の権化の二人であるレイとサラ教官である。

レイはサラ教官の笑顔の肘鉄砲を笑顔で受け止めて苦しんでいるようだが、その表情に初めて来た人間の驚きやら関心がない。

むしろどちらかと言うと

 

……懐かしいと思っている?

 

同じことを思ったのか、アリサがレイに近づいて

 

「ちょっとレイ。貴方、ケルディックに来た事があったの?」

 

「来た事がないって言ったか?」

 

わざとらしい笑顔に流石にアリサはムッとするが、確かにここまでの道中はおろか実習先が決まった後にも行ったことがないとは聞いていない。

恐らく聞いてないだろ、とここで誰かが答えたら直ぐに聞かれなかったからな、と返すに違いない。

屁理屈ではあるが確かに理屈である……と言えるほど大人じゃない俺達は流石に悪趣味という表情を張り付けてしまうが本人は苦笑してそれに答えた。

 

「まぁ、流石に嫌味になるとは思ったが今回は初の特別実習だろ? なら、余り俺の主観で歪んだ事実をお前らに植え込ませて実習するのも不味いだろ? ただの旅行とかなら俺も多少は語ってるさ」

 

「う~~ん……そう言われるとそうなるのかなぁ……?」

 

エリオットの言葉通りに確かに言われると否定出来ない気がする。

相手が例えどんなに信頼出来る相手でも、知っている事を他人に語るとそこには間違いなく主観が混じる。

本人にとってはここはいい場所であったと語られても、今の俺達とは状況も違うし、当時とは町が変わっている可能性もある。

勿論、その変わっている可能性は人もある。

この町の住人であり、見た本人でもあるレイ自身だ。

主観ですら時間の流れで変わるものなのかもしれないし、記憶というのはつい過去を美化する傾向にある。

だからそういう意味で自分自身で感じ取ったほうがいいという事なのだろう。

そうだとしたら流石にこちらの態度が悪かったか、と罰が悪い顔に皆なってきたのだが

 

「はいはい。レイ、別に私は偽悪者になれなんて言ってないわよ。他のメンバーも。レイに黙ってたのは私が言っておいたのよ。一人の知っている知識に頼らないようにってね」

 

サラ教官のナイス仲裁に全員がほっとした顔になってレイ以外が顔を見合わせる。

 

「うん……すまないなレイ。私はそなたをもっと趣味の悪い男かと思ったがそれは私の勘違いであった……すまぬ」

 

「うん……僕もレイは性格が悪いと思ってたからちょっと意外と思ってしまったよ……ごめん」

 

「そうね……私もレイって悪趣味が人間になった存在と思ってたから貴方がやったと思ったわ……ごめんね」

 

「……まぁ、皆が謝っているから俺も謝っておく……すまない」

 

「おいおいおいお前らちょっと俺様少し脱帽ですだよその余りの仲の良さに───やんのかテメェら!!」

 

数秒後

 

「じゃあ、実習中に泊まる場所を教えるわよ。ついて来なさーい」

 

「はい」

 

四人全員がキッチリ同時に返答し、教官の後ろについて行く。

残り一人は地べたに倒れたまま動かなくなっているが、全員気にせずに捨て置いた。

 

 

 

 

 

 

捨て置かれていたレイはその後中に入ることなくぼーっとして脳内にある記憶と町の地図の誤差修正しているとようやく宿屋から四人組が現れた。

何やら憤慨しているものが一名、困惑しているのが二名、何か理解したという顔つきが一名と綺麗に分かれていた。

おやおや、と思うが気にせずに近づき状況を聞く。

 

「どうやらサラ教官から無理無謀と課題を提出されたようだが内容は?」

 

ああ、とまずラウラが反応した。

 

「どうやら今回の実習は男女寝る部屋が一緒のようだ」

 

「そりゃすば───女性に不利な。紳士的にもあの野生じみた教官は何を学生に強制してるんだろうなありがとうございました」

 

「本音と建前を同時に言われても………とりあえずアリサが怒るよ? そのリアクション……」

 

「もう既にリミットよ……!」

 

まぁまぁ、とアリサを殴られることによって制止して本命の内容についてリィンについて聞いてみる。

 

「内容自体は簡単な雑務みたいなものだ……──レイ。もしかして知っていたのか?」

 

「まさか。内容を俺一人だけ教えられていたら贔屓だし、面白味がないだろ?」

 

サラ教官による特別実習となると、彼女自身が慣れた手順をするのではないかと予測してはいたが、聞かれていないので答えなくてもいいだろう。

真実は心の中に。うん、至言。

ただ、大抵の真実がサラ教官による脅迫によって出来たものであるのはどういう事だろうか。

気にしたら負けという言葉を深く思いながら、どうする? という感情を視線に込めてリィンを見る。

返答はやはり予想した通りであった。

 

 

 

 

 

「えっと……ここが依頼内容の街道灯かな?」

 

「光もないようだしここが正解のようだな」

 

リィンがよっこらせとカバーを開けて、直そうとした所で気配が多重に重なる。

 

「魔獣か……!」

 

レイが振り返り構えるのと同時に魔獣の群れは一斉にレイ目がけて襲ってくる!

 

「レイ! 左よ!」

 

「レイ! 後ろからも来てるよ!」

 

「レイ! 正面突破するがよい!」

 

「え~と、パスワードは……」

 

「──お前ら少しは手伝え!!」

 

 

 

 

 

 

「これが手配魔獣……強力そうね……」

 

「ああ。だが、リンクと俺達の力があれば何とかやれるはずだ」

 

「うぅ……流石におっかないなぁ……」

 

「大丈夫か? エリオット」

 

「ははははは、安心しろエリオット……いざという時はお前の必殺ハイドロカノンでリィン事やっちまえば───」

 

「お前だけが行け」

 

げしっ、と背中を蹴られてレイはあっ、とよろめくが既に遅い。

そこは魔獣の視界内であり、接敵範囲であった。

そうして魔獣の脅威が降りかかりそうになる中、レイが見たものは俺を囮にして他のメンバーが効率よく散開している姿であった。

 

「お前ら覚えていろよーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

そうして各種の依頼を全てこなした後にラウラはレイが皆の前で一人歩いている姿を見る。

その姿はあからさまに自分不機嫌ですオーラを出していた。

 

「ご、ごめんね? レイ……その……まさかリィンがあそこまでやるとは流石に思っていなくて……」

 

「……エリオット。その割にはお前ら普通に対応していたよな……!」

 

あーだこーだ言っている背中を見ながらラウラは内心で苦笑する。

 

……よく言う。

 

その割にはほとんどダメージを負っていないではないか。

我等のメンバーはエリオットとアリサが多少の疲労、私とリィンがダメージと言えるものではないかもしれないが多少の傷を。

なのに見たところレイは疲労も見えなければ傷を負っているようにも思えない。

明らかに一番不利な立ち位置を強いられたというのに。

間違いなくこの中で一番平然としている。

ならば、昼間にサラ教官に問うた事も間違いではないかもしれない、とラウラは視界を過去に飛ばす。

 

 

 

 

 

「サラ教官。一つ問うても良いですか?」

 

「あら? 何かしらラウラ? 実習について以外で私が答えてもいい事なら別にいいわよ」

 

宿で既に昼からビールを飲んでいる教官に対して、大人としてそれはと思わなくもないが今はどうでもいい事だろうと思い、前から気になっていた疑問を聞いてみた。

 

「ずばり───レイとフィーは何者なのかを知りたい」

 

「───あら?」

 

面白い話題を聞いたという笑顔を浮かべているこの教官を油断してはいけないなと改めて思う。

周りの皆も気にはなっていたが問うてはいけないと思っていたのだろう。

驚きの顔を浮かべつつ納得の感情が浮き出ていた。

 

「私に聞くより本人に聞けば?」

 

「残念ですが……二人とも話術においても曲者です。なら剣で……と思いましたが何度も逃げられたので」

 

物理的に聞こうと思ったんだ……という周りの声はこの際聞かなかった振りをする。

今は大事な事を聞いている最中である。

 

「なら、何故特別二人を特別視するのかしら? 例えばそこに居るアリサなんか家名を隠してるわよ?」

 

「サ、サラ教官! このタイミングでその話題にしないでください……!」

 

アリサが顔を真っ赤にして叫んでいる姿は同性から見ても可愛らしく見えるのだが、今は気にしてるタイミングではないのでちらりと見るだけに留めておく。

 

「確かにアリサの家名も気になるかと問われても肯定します……が、二人への疑問と焦点が違います」

 

「具体的には?」

 

「───修羅場慣れし過ぎてる事です」

 

強さという点においてならばレイとフィーは私の全力より上か同レベル。

だが、経験の量という意味ならば二人は私達の中で桁違いである事は察している。

死にかけた事など恐らく両手の指程度では数えられないくらい体験しているのではないかと思う。

それは目の前の教官もそうなのだが、と思うが。

 

「あの年齢であの力量をただの訓練していた学生というので納得するのが難しいと思ったので、まずは教官に聞いておこうと思った次第です」

 

「う~~ん。期待されているところ悪いけど、プライバシーの問題って私が答えたら貴方は納得する?」

 

「納得はしますが、結局は直接二人に問う事になるかと」

 

「じゃあそうしておきなさい。フィーの方はあの子、天邪鬼だから答えないかもしれないけど、レイの方は単純に私が止めただけだから答えるかもしれないわよ?」

 

「───ちょっと待ってください」

 

「あら? 何かしら? 私の愛しい生徒の一人のリィン君?」

 

「台詞の真ん中は無視させてもらいますが……では、レイが今も正体不明なのは単純に教官が抑えたからと?」

 

「んーーー。そう聞こえたんならそれが真実になるのかしらねぇ?」

 

全員で視線を思わず合わす。

問うたリィンも含め、全員が視線を合わす。

その瞳に映る感情の色が全員同じであると確認して、再びビールを飲み始めた教官に向き直り

 

「───どうして教官が率先してクラスに亀裂が生まれそうな事をしているんですか!!」

 

と、叫んだ。

 

 

 

 

 

というわけで、アリサ達は直接聞こうかと思ったのだが、何だかんだで隠すのに同意したのはレイなので、こうなったら本人が言いたくなるようにしようと四人で思わず画策したのだが……何だかそれら全てスルーされていくの躍起になってしまったので逆に直接聞き辛くなってしまった。

 

どうしよう……

 

そうは思うが私自身も家名を隠しているから下手に行動に移すと、じゃあお前はどうなんだ? って事になるし、自分は聞くのに私は言わないなんて余りにも唯我独尊過ぎる。

かと言って他力本願にするのもいやらしい。

つまり本人が言ってくれるのが一番なのだが、ここまでの嫌がらせに等しい行動で逆に彼が伝える気になるのかも中々謎だ。

これならば素直に聞いておけばよかったと思うと同時に

 

凄い……

 

ラウラと同じようにアリサも彼が実力者であると気づいていた。

だが、それは単純にラウラのようにはっきりと分かる強さから解るものではなかった。

むしろどちらかと言うと地味な所なのかもしれない。

単純に───彼は上手いのだ。

戦闘の流れを読み、戦闘のリズムに乗り、戦術を頭で組む事が。

誰よりも危険な最前線にいるのに、誰よりも無駄のない行動をしていたのは間違いなくレイであった。

強さという面ならラウラとフィーとそこまで変わらないかもしれないのだが、二人とはまた違った強さをここで改めて感じ取った。

だから思った。強さという意味ならラウラ、フィーと同レベルかもしれない彼だが、もしかしたら勝利するかという点で言えば彼が最強なのかもしれない、と。

性能で勝つのではなく全てで勝つ。

そういった所が何か彼らしいな、と思わずくすっ、と笑うが何となくその表情は隠す。

そして、依頼達成を教会に伝え、外に出て宿屋に向かおうとしていた所を

 

「……!」

 

何か大市からの喧騒が私達の鼓膜に引っかかった。

 

「……? 何かしら?」

 

「何かのイベント……ううん。これは怒った声がする」

 

この中で一番耳が良いエリオットの言葉なら即座に信頼できる。

 

「ふむ……何か問題でも起きて諍いでも起きたのか……?」

 

「客が絡んできたのかもしんねぇな……どうするよリーダー?」

 

「だからリーダー言うな───だけど、確かにちょっと確かめに行った方がいいかもな」

 

リィンの鶴の一声に全員で大市に向かい、見てみると大人二人が襟首掴み合って殴り合いを開始しようとしていて

 

「って、止めな───」

 

きゃ、と叫ぼうとした瞬間に横から風が発生した。

え、と思う。

そこには記憶と視覚が間違っていなかったらレイが居た場所だから。

だが、今横目に見た場所には彼はおらず、どこに行ったと一瞬で視線を彷徨わせると

 

「ぶっ……!」

 

眼前にあったクロスカウンターが決まりそうな掴み合いの真ん中に突如彼が出現して何故か殴られていた。

クルリクルリと二人分の拳のエネルギーをトリプルアクセルすることによって発散し、空を清らかに回る。

思わず自分の脳が悟りを超えた境地に辿り着いたのか、と謎の感想を抱くがそんな感慨を外に出すまでもなく彼はそのまま着地した。

 

「……」

 

その場にいた全員の沈黙を背負う中、パンパンと体から埃を叩くような仕草をした後、レイは言った。

 

「芸術展10点は堅いな……皆の衆───拍手が欲しい所だな」

 

迷わずリィンが突撃して鳩尾をアッパーカットで殴る彼を、全員で称賛する光景が騒ぎを聞きつけた元締めの見た光景であった。

 

 

 

 

 

その後、二人も喧嘩する気勢を削がれたのが。

そのまま元締めさんの説得のまま喧嘩を中断し騒ぎを止めたと認定された僕達は元締めさんの家に招待される形で礼を言われ、今回発生した事件の概要を語られた。

何でも出店の出店場所を同じ所に配置され、どちらかが嘘を吐いていると思って喧嘩に至ったらしい。

そういう事は今のケルディックではよくある事であり心配しなくてもいいと言われ、僕達は宿屋に帰る事になった。

ただ、気になると言えば最後に元締めさんが言ったことで、元締めさんはレイを見ながら

 

「はて……君……私と出会った事はないかね?」

 

と、問うた事であった。

それに対し彼は

 

「いえ、それはきっと俺ではなくて、元締めさんが昔夢見たイケメン少年が偶然俺に似ていたのではないでしょうか?」

 

と真面目な顔で汗を流しながら答えていた。

リィンが無言で足を踏んで制止しようとしたが間に合わなかったと悔しがっていた。

とりあえず僕にもレイが嘘を言っているくらいは凄く解る。

彼は元締めさんと会うような事があったのにそれを隠そうとしている。

つまり

 

レイの過去に関係するって事かな……?

 

エリオットは自分の推理に恐らくという言葉は付くだろうけど確信を持っていた。

しかし、それを嘘を吐いてまで隠したということは、もしかして律儀にサラ教官の言いつけを守っているのだろうか。

自由人である彼らしくない……とは言えない。意外と本人が義理堅い事も目上に尊敬の念を忘れないことくらいは知っているからである。

冗談を言うとよくサラ教官に吹き飛ばされているがそれはそれである。

とりあえず、結局問い詰めるのは保留にして宿に帰り夕食を取る事になったのだ。

そして、話題になったのはどうして僕達が集められたのかという話題であった。

 

「ARCUSだけが理由じゃないよね……? 皆、わざとらしいくらいにレベルが高いし……」

 

「能力で選んだというだけならば、少々チームとして行動する事を考えていない気もするからな」

 

リィンの言葉に全員が現在のB班について予想して沈黙する。

 

「……ガイウスとフィーとエマは大丈夫かしら……?」

 

「……まぁ、流石の二人もチームが危機になった時に喧嘩をして最悪な事態を起こす程自制がないわけでもないから無用の心配だろう」

 

ラウラの言葉を信頼するしかB班の未来を明るく出来ないのだからそう願うしかない。

 

「ねぇ、レイはどう思う?」

 

「あ? ……悩んでも答えが出ない内容はあんまり気にしても意味ねえぜ? ま、多分学院長やサラ教官辺りの策によるものだとは思うけどね」

 

どれも正論だから成程、と全員思い、そこでふと咄嗟にという調子でリィンの口から発声された内容が耳に届いた。

 

「───士官学院に入った理由も皆違うだろうし」

 

あ、と全員で思わず声を出して反応する。

 

「入学理由か……それはちと考えてなかったな……」

 

「当然だけど皆、士官学院に入る理由なんて違うよね……」

 

逆にこのⅦ組が同じ理由で士官学院に入ったメンバーとかなら分りやすいんだけど皆を見る限り違うと思う。

 

「ふむ……私の事例でいえば目標としている人物に近づくため。つまり鍛錬の場を欲したという事だ」

 

「目標の人物って?」

 

僕が当たり前に疑問に思ったことを皆を代表して言うとラウラは

 

「答えても別に構わないのだが、ここは秘密ということにしておこう───アリサは?」

 

「私は……理由としては色々あるんだけど、やっぱり一番大きな理由は"自立"したかったからかな」

 

「自立に士官学院を選ぶとは……最近のお嬢様は物騒だな」

 

直後にズドン! とテーブルの下で大きな音が響いたと思うとレイが大きな汗をかいているのを見て全員が聞かなかった振りをした。

そして、素晴らしい笑顔でこちらに向けてエリオットは? と聞いてくるので

 

「うーーーん……もしかしたら少数派かもしれないけど……元々僕は音楽系の進路を取ろうとしていて……けど、本気じゃなかったから流れでここに来ることになって……」

 

「えー? エリオットの演奏、凄く上手いと私思うんだけど……」

 

「そうだな。私もそなたの音楽は私見を省いても素晴らしいと思う。諦めるには───」

 

まだ早いと言いそうになるラウラはしかし口を閉じた。

流石に踏み込みすぎ、と思ったのかもしれない。

だから僕もそこは飛ばして礼を言うだけに留めた。

そして、リィンが

 

「で? 一番怪しいレイはどうなんだよ?」

 

「俺かぁ?」

 

ある意味でもっとも気になる相手に自然とアリサとラウラも目線を強めて彼を見る。

しかし彼は気にせずうーーーん、と唸り

 

「強いて言うならば三人の意見を足して二で割った感じだな」

 

「……つまり?」

 

「ああ───本来なら違う道を選ぼうとしていたんだがクソな親父が、「その前にこの学院に行って経験と力をつけてきたまえ」とかいきなり入学決められて阿呆な猿め、と思ってテンプルに一撃入れてバトったら、何時の間にか気絶して荷物整えられてた」

 

「へ、へぇ……個性的な理由ね……」

 

「言葉選ばなくていいぞ」

 

えっと、とつまり……

 

「レ、レイはこの学院に入ったのは仕方なくだったっていう事なの?」

 

「んにゃ。余りにも反応が馬鹿らしかったから親父には反抗したけど、別にこれはこれで面白そうと思ったから不満じゃなかったぜ? ───ただ、入学試験前日に教えるのはどういう事だ」

 

「……時々思うのだが、そなたの父上はどんな方なのだ?」

 

「ああ。きっと山猿が人語を覚えてしまい自分を人間と勘違いした哀れな存在だ。もしも出会ったら躊躇わずに武器を向けてもいい。いいや……まずは俺が……!」

 

何やら熱く語りだそうとするレイをまぁまぁと落ち着けることによって対処し、感想を抱く。

意外と言うべきなのか。それともそんなものだろうかと思えばいいのだろうか。

ただ一つだけ言えることがあるならレイは今の環境も楽しんでいるということである。

刹那主義のレイらしい気もする。

 

「で、リィンはどうなのよ?」

 

「俺か? ───強いて言うなら"自分"を見つけるためかもしれない」

 

瞬発爆笑を披露したレイが即座にキレたリィンとのバトルを、刹那の瞬間にアリサが二人を殴る光景にツッコミを入れられなかったラウラと僕はとりあえず苦笑した。

 

 

 

 

……あら?

 

アリサは食べ終わり部屋でレポートを書こうと向かっている最中に後ろにリィンとラウラが居ない事に気付いた。

試に下を見ると二人が何か語り合っているのを見つけ、しかし雰囲気が重く見える気がする。

会話の内容は余りはっきりと聞き取れない。

悪いかな、とは思うが今度はしっかり耳に意識を傾けると最早会話の終わりらしく

 

「……いい稽古相手が見つかったと思ったのだがな」

 

「あ……」

 

そうして外に向かうラウラと取り残されるリィンを見て思わず唸ってしまう。

最後の一文だけを見て読み取るとラウラはリィンの腕前に失望してリィンもそれに応えられずにという形に見える。

だけどどうしてだろうか?

リィンだってかなりの実力者だ。別にラウラに劣っているわけじゃないし、私達の指揮やまとめ役としても頑張っている。

単純な武力だけでも一騎打ちでラウラにただ負けるような強さじゃないのだ。

それなのにラウラがそこまで失望するだろうか。

無駄に謙遜したからか? 有り得なくはないがラウラがその程度でそこまで思うとは思えない。

 

「色々あるわね……」

 

溜息を吐きそうになるのを我慢してどうしましょうと思っていると

 

「……あら?」

 

何時の間にか私とエリオット以外にも消えている人物が居ることを認識した。

 

 

 

 

 

 

ラウラは剣を持って街道に出て、魔物の気配がない事を確かめ素振りを始めようと思った時に、ようやく人の気配を感じることに気付いた。

 

「レイか……夜に女子に対して気配を消して追跡するのは余り良い趣味ではないのでは?」

 

「はっはっはっ、細かいことを気にしていると疲れるぞ」

 

本当に最初からそこに居たかのように、丁度あった岩場に腰かけている少年に苦笑する。

よく言う。

そんな気配隠蔽などという細かい事をしてまでこちらに来たくせに。

 

「……要件があるのではないか? それとも私の鍛錬に付き合ってくれるのか?」

 

「おうよ。気分転換にな」

 

最後につけた言葉は冗談交じりの言葉だったのだが、それに対してまさか肯定の台詞を受け取るとは思っておらず、レイの方を見ると既に武具を装備している。

 

「……よいのか?」

 

何時も彼とフィーは私が鍛錬に誘うと全力で逃げる。

余りにも綺麗に逃げるのでつい追いかけてしまうのは性格だろうか、と内心で考えつつ追いかけまわして最後には逃げられてしまうというのが何時もであった。

というかどうしてあそこまで本気で逃げられるのかが解らない。

ただ鍛錬に誘おうと解りやすい意思表示に剣を持っていっただけなのに、二人はまるで殺人鬼が来たかのような表情をこちらに向けるのだ。

思わず失礼なと思い地裂斬を叩きつけた記憶が新しい。

そして、普通に避けられた記憶を思い出して思わず不覚……! という感情を呼び起こしそうになるのを自重して返事を待っていると

 

「二度は言わない」

 

そうして彼はただ構えるだけ。

二度は言わない。

それはつまり、もう一度口に出している事であるという事で

 

「あ───」

 

そうだ。

そういえば既に要件も理由も言っている。

彼はこう言った。

気分転換に、と。

だが、それが誰に対しての気分転換かを告げておらず

 

「……ふふ。そなたも随分とお人好しだな」

 

「記憶にない思い違いはよしてもらおーか」

 

返事が実に子供っぽく聞こえたので微笑が更に深くなるのを感じ、気分転換が実によく効いていることを実感する。

 

「ふふふ……それはすまない。では、鍛錬に付き合ってもらおうか───手を抜くと承知しないぞ?」

 

「そういうのはまず俺を追い詰めてから言う台詞じゃないかな?」

 

実にシンプルな挑発だ、しかし、だからこそ乗ろうと思い───そのまま二人の速度が激突し、待ってても何時までも帰ってこないので様子を見に来た三人に叱られるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい! 長らくお待たせしました申し訳ありません!!
とりあえずケルディック編スタートですが、出来ればケルディックは速めに終わらせたいのでもしかしたら次回凄く端折って終わらせるかもしれません。
多分、作者の方だと解ると思うのですがケルディックは書くことが少なくて……!
だから出来るだけ次回に終われるようにしたいと思います。
感想をよろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別実習 ケルディック 終

ルナリア自然公園。

ここに訪れた経緯は複雑なれど目的としては単純であった。

先日に起きた大市に起きた事件。

それだけならいいのだが、更に翌日……つまり今日に前日の事件を大きくしたものが起きた。

商品が盗まれたのだ。

それも問題が起きた二店同時に。

当然、余りの不自然さにお互いがお互い疑いあうことになり、再び険悪な喧嘩が起きそうになったのでここは俺の出番だ、と俺は再び芸術技を炸裂しようとした瞬間に意識が暗転。

後にやったのがリィンとわかり殴り合いになるのだがアリサの命によるエリオットのアーツによって無理矢理終止符が打たれた。

最近、二人から遠慮という概念が消え始めている気がする。

そして意識が暗転している間に領邦軍が無理矢理な解決で事件を纏め上げたらしく、そこをリィンがあからさまにおかしいという事で領邦群の詰所に問い詰め、エリオットの機転で大体の事情が理解できた。

そして最終的に奪った犯人はどこに潜伏しているという推理をしようとしている内に酔っぱらいの人間がいたので水をぶっかけてやろうとしたら上手い具合に真相に辿り着け、そしてこの正面ゲート前にはアクセサリーが落ちているというビンゴ具合。

 

「さて……」

 

そして俺は扉を見るのだが案の定鍵がかかっている。

 

「南京錠か。また豪華な事だ。小物らしい金の使い方で」

 

「いやいや……今はそういう問題じゃなくてその鍵をどうにかしないと……」

 

「……ふむ。その程度なら……」

 

ラウラが鍵の具合を確かめつつ大剣を引く抜くとアリサとエリオットが声を上げる。

 

「で、出来るの!?」

 

「やれない事は───」

 

「待った───ここは俺にやらせてもらおう」

 

ない、と言いかけようとしたラウラを遮るようにリィンが声をかけ刀に手をかけまま皆の前に出る。

その視線は何時もより力が籠っているようでラウラもその視線を見たからか何も余計なことは言わずに解った、と言って下がる。

それにリィンは頷き

 

「レイ。お前も下がってくれ」

 

「……い、いや。その……やる気十分の所申し訳ないのだが……」

 

汗がたらたらに流れる俺を見て全員不審に思ったのか視線で空気読めよ、という言葉を贈られるのだがそれを十分に解っているから汗が流れているんだよ。

それでも最終的にはばれるものだと思い、仕方がなく手にあるものを見せた。

そこにあるのは───握り潰された様に壊れている南京錠の成れの果てと思える物体であった。

 

「……」

 

全員が驚きと同時にどういう事だ、と更に視線で追加注文されるので種明かしをするしかないと流石に悟る。

 

「いや、俺、実は───右手握力200なんだよ、ははは」

 

「ははは、成程そうだったのか。じゃあ南京錠なんて一撃だよな」

 

「ふむ、成程。それなら我らよりも静かに且つ効率的に鍵を壊せるわけだ、ははは」

 

ははははは、と俺、リィン、ラウラで合唱し、和やかな雰囲気を醸し出し始めた瞬間にアリサは一番に正気に戻り

 

「って! 握力200キロ!? どんな怪力よ!!」

 

「いや! 安心しろアリサ! 左手はまだ100キロ行くか行かないかだから! 左手は安全だぞ?」

 

「そ、それでも僕からしたら十分えげつないレベルだよ!? りんごとか簡単に割れるよね!?」

 

「いやいや。近接系なら少なくともそれくらいの握力は皆持ってるクラスが多いと思うんだが?」

 

ばっ、とアリサとエリオットがリィンとラウラに顔を振り向き、ばっ、とリィンとラウラが視線を明後日の方向に振り向いた。

こいつら本当にノリがよくなったよな、と思う。

こいつらの両親が今のこのテンションを見たらどんな風な感想を抱くのかある意味楽しい末路である。

きっと愉快な事になるだろうから。

 

世の中奇怪な人間は変な目で見られるからな……

 

そんな事態になった場合はなるべく他人の振りをしなければ。

そういった人間の周りも奇態な人間と思われる可能性が高いからだ。

常識人は疲れるものだ、と改めて考えながら───門を開けた。

 

「───サラ教官には悪いが───非常事態だしな」

 

内部に一歩踏み込んだ瞬間に目の前に壁が発生した。

しかし、それは違う。

その正体はいきなり上空から現れた巨大な魔獣なだけだ。

なので何の遠慮もなく予備動作無しのアッパーカットをぶち込んだ。骨が砕ける音ではなく肉を貫く音を拳が立てる事が自分の調子の全てだと判断した。

 

 

 

 

 

 

「なっ……!」

 

リィンは恐らくこの場にいる全員と気持ちを共有していると実感できた。

原因は当然、目の前にいる少年。

門を出た瞬間に二足歩行のゴリラのような魔獣の奇襲に襲われそうになり反射で剣を抜こうとして助けようとする姿勢のまま体は驚愕で停止していた。

見るとラウラも似たような姿勢で更に俺よりも驚いたように唾を飲んでいる。

レイがやった事は本当に単純でただ単にアッパーカットを放っただけなのだ───ただその攻撃一つの威力と速度が尋常じゃなかっただけ。

現に拳は叩くのでは穿っている。

そして自分達の動体視力ではいきなり腕が魔獣の中心に放たれたようにしか見えなかったのだ。

そして魔獣は一撃で死んでいたのだろう。余韻の生を終え、身をセピスに変えていった。

一撃必殺。

武術において誰もが望む技であり、境地を垣間見て自分を唾を飲む。

しかし、それを成した本人は特別気負いもせず殴った腕をプラプラ振って

 

「見習いで現在は士官学院生とはいえ習慣は中々捨てれないな」

 

そして彼はようやく思いだしたみたいにこちらに振り返り

 

「ほら。どうしたお前ら───先に行くぞ?」

 

 

 

 

 

アリサは先日までの評価が一気に狂ったのを理解した。

 

魔物退治というより掃除だわこれ……

 

出てきた瞬間に目の前のレイが叩き、一撃で終わるものはそれで終わり、終わらなければ私達に有効な位置に飛ばし終わらせる。

戦闘能力が昨日までと大幅に変わっている。

だが、それは凄い変化ではなかったと思う。

まるでマンガみたいに音速で動いたりしないし、地面を割ったりしていない。単純な運動能力が解放されただけでそれでも何となくだがサラ教官には負けるんじゃないかとは思う。

だけど基本的な身体能力が上がったせいで戦闘のスムーズさが半端なく効率よくなっている。

大物が来たら即座に大地を踏もうとする足を払い、止めをラウラか後衛の私とエリオットのアーツ。

小物が来たら即座に先制攻撃の拳を浴びせ、怯ませた好きに同じ速度タイプのリィンが止め。

戦闘を上手く回しているのは間違いなくレイであった。

その事に全員で色々とレイに問い詰めたいと思ったのだが、流石に事件の解決が最優先であるというのは理解しているし何よりも本人の表情が何時になく真剣だ。

余裕がないわけではない。

ただ余裕を捨てて本気を出しているだけなのだ。

その横顔の雰囲気が何時もと違う感じがして少し焦る。

落ち着きなさい、アリサ。私は至って普通よ。家は普通じゃないけど。ダメ? どうしてもダメ? じゃあ母親のせいという事にしておこう。よく考えればお爺様な気もするけどそれはそれだ。

そうこうしている間に

 

「ビンゴ」

 

という台詞と共に公園の広場らしき場所に到着し───あからさまな集団が屯っているのを発見した。

 

「えーと武器は銃火器……くらいっぽいし動きは素人のそれ。手早く動いたけど予想通り雑魚かよ」

 

「ふむ……レイよ。武装については解るが素人云々は何故そう思うのだ?」

 

「見張りも何もつけず、罠の様子もない。どこかに忍んでいるかと思ったら気配は今のところ感じる様子がないし、あの集団もこちらに気づいている様子がない───武器を持って粋がっているレベルのチンピラだな」

 

まぁ、これら全て鬼クラスの隠蔽によるものとかならお手上げなんだがなと溜息を吐きながら戦況を簡易的に説明してくれる。

あっという間に状況を説明してくれるレイにすごっ、と内心で思いながらも確かにレイの意見の通りだと相手の様子を見れば理解できる。

有体に言えば相手はだらけていた。

給料日の仕事を終えて嬉しそうにして呆けてるという感じがさっきから声を聴かなくても伝わってくる。

これが確かに演技なら大したものなのだろうけど、その割には装備が大したものではないのが知識によるもで理解できる。

 

「どうする? リーダー。正面突破、奇襲、一撃必殺の大技。どれでも行けそうではあるが?」

 

「とりあえずリーダー言うな。そしてそれについては俺もそう思うけど……場所が微妙に悪いな……」

 

「え? 何で? た、確かに素人の僕から見ても奇襲は場所が広過ぎるから難しいのは解るけど……他については別に大丈夫なんじゃあ……」

 

エリオットの意見に同意見のラウラと私もそう思い問い質そうと思い

 

「あっ」

 

気付く。

 

「荷物ね……」

 

私の独り言に二人も気づき、やれやれといった感じで溜息をつくレイとどうするかと考えているリィン。

荷物。

そう、今回は確かに犯人を捕まえることも主目的なのだがそれと同じレベルの目的で奪われた商品の奪還というものがある。

商品はやはりと言うべきか。犯人達の傍にあるので下手なクラフトやアーツをかましたら商品に被害が出そうだし、レイの言う通りなら速攻で勝てるのかもしれないが下手に商品を盾にされても不味い。

大技は封じられ、一撃必殺で挑まなければいけない。

不可能ではないとこのメンバーなら思えるのだが何事にも万が一というのがあるので出来れば万難を排したいのだが、いざという時は正面突破しかないと思われる。

どうするか、と全員で悩んでいる中、アリサが見たのは自分が装備しているものとか知識でありそこまで考え、ふと相手の武器を見てみた。

相手の銃はレイの例えを借りるならチンピラでも使えるアサルトライフルでラインフォルト社の銃であり、型式も記憶に間違っていなかったら見覚えもあるものであり大きさや装弾数も記憶しており───とそこまで考えて一つ作戦を思いついた。

そこまで考え、やれるだろうかと思う。

この場合、問題は何もかも全て自分の実力とタイミングだ。

どれかずれたら全滅……とまではいかないのだが、一人二人は敵が無傷のまま終わる。

だが、このメンバーならと改めて思い、口を開く。

 

 

 

 

 

 

「待て!!」

 

といういきなりの叫び声に俺達は慌てて傍にある武器を持って声が聞こえた方向を見る。

するとそこは何やら大層な武装をしたガキ共で中には女も交じっている。

しかも全員が同じような赤い服。

学生と直ぐには思いついたが、見た目が華奢な相手と自分達が持っている武器を見ていると余裕が生まれてくる。

 

「何だクソ餓鬼共……!」

 

「まぁ、落ち着けよそこの明らか学が足りていない大人共。ここは知性溢れる俺達を見習って少し落ち着いてみないか?」

 

ガントレットを着けたガキのあからさまな挑発に直ぐに体が正直に反応して銃口がそっちに向かう。

 

「いや、待つのだレイ───いきなり学がないと決めつけるのもどうかと思うが?」

 

そうだそうだ、と大剣を持った少女に全員で同意する。

 

「良いか? この大人達は見たところ健康状態は悪そうではない。つまり金には困ってはいない。それなのにこんな愚かなことをして生活どころか人生を歪める様な事を仕出かしている。つまり己のこれからを想像する学がないということで……」

 

うむ? とそこで首を傾げ

 

「やはりそなたらは学がないのではないか」

 

「このガキどもがぁーーーーーーーー!!」

 

もう我慢が出来ないという感情をそのまま指に籠め、そこでようやく気付いた。

 

「……は?」

 

銃口から何かが生えている。

銃剣なんてつけていたかと記憶を思い返すがそんな覚えはない。

だからもっと詳しく見ようとしたら気付いた。

 

「矢……?」

 

それも普通のではない。金属製の矢だ。

そんな物が何故生えていると思い、つい視線をガキの方に向けて更に新しい事実に気づいた。

一人、女のガキが他の学生よりも見え辛い背後に立っており、しかも弓を構えて既に残心状態であった。

そこから考えられる事には考えられるがそんなの有りかという思いが一番強く口から吐き出された。

 

「四人同時に矢を放って銃口に入れたのか!?」

 

 

 

 

 

 

上手くいったわね……!

 

安堵の吐息を吐きながら作戦の成功を喜んだ。

この作戦に必要なのは自分の実力とタイミング。

実力は当然、矢を銃口に入れる精密な技術と速度。それらはクオーツを命中や行動などの速度と命中率を高める組み合わせることによって上げた。

問題のタイミングはレイが時間稼ぎをしてやるから任せろと言ったから任せたのだがまさかあんな挑発でやるとは思ってもいなかった。

しかもラウラを巻き込む辺りが策士だ。

まぁ、だからこそ挑発によって銃口がこちらにずっと向けられたまま静止されていたからタイミングは取り易い事この上なかった。

だからこれで銃での相手の反撃は無くなった。

さぁ、どうなる? と思っていたら犯人達はやはりと言うべきか。銃を投げ捨てて

 

「ガキ共が! 調子に乗ったらどうなるか教えてやる……!」

 

と言って拳だけでこちらに挑もうとして

 

「へぇ?」

 

「ほぅ」

 

「……はぁ」

 

レイ、ラウラ、リィンの順で台詞順でありリィンが苦労を背負った溜息みたいである事に同情するが仕方がないことである。

 

「調子に乗ったらどうなるか、そりゃ是非とも教えて欲しいもんだな───何しろ俺も好きだからなぁ、泣かすの」

 

にやにやと拳を構えるレイ。

 

「是非もない。せめてそれくらいの気概を吐いて貰わなければアルゼイド流が穢れる───ただ逃げるものを斬るのは義に反すると」

 

ラウラは既に正眼の構えで斬るという意思を態度に出しまくっている、

 

「……レイはともかく確かに反抗するというならそれなりの覚悟をしてもらう」

 

リィンは鞘から抜刀し、何時でも動けるように前のめりの格好をし───そして三人が同時に挑んだ。

結果は強いて言うなら私とエリオット抜きで十分だったと言っておくだけである。

 

 

 

 

 

 

「商品は……うん、多分だが全部ここにあるな。おい、レイ。犯人達の傷口に塩を塗りこむな。犯人の顔芸スキルを無駄に上げても一発芸にしかならないぞ」

 

「……リィンって最初に会ったころよりも適応力がグングン上がっているよね……」

 

エリオットの台詞と共に背後から聞こえてくるぐわー、という悲鳴が止まりぐえっという気絶の音に代わっていた。

 

「ちょいと拷問したら案の定こいつら手動じゃなくて頼まれてやった事らしいな」

 

「額に肉奴隷と書かれているのは拷問なのか───相手は?」

 

「凡そ検討はついてんだろ?」

 

「……領邦軍か」

 

検討がついていたが故に残念だった。

こういった事件の場合、裏に権力者を持っている場合揉み消される場合がかなり大きいし、恐らくそうなる可能性が高いとしか思えない。

周りのメンバーも重い雰囲気を纏っているので同じ想像をしているのだろう。

未来を想像して軽く鬱になりそうだがとりあえず商品だけでも返却できるだけ良しとするかと思い、荷物を纏めようかと思っていると

 

「……あれ?」

 

エリオットが突然奇妙な事が起きたという表情に変わる。

 

「??? どうしたエリオット? 何か変な物でも見たか?」

 

「いや……その見たというより聴こえたっていうか……」

 

「聴こえた?」

 

エリオットの発音に全員で耳に集中するがそんな特別な音は聞こえてこない。

そしてエリオットが言うならば間違いなくその音はこの公園ではまず聞こえるはずがない音が響いたということであり───と、そこまで思考していると突然レイは武器を構えたかと思うと

 

「お前ら! 下がれ!!」

 

咄嗟に全員が反応し、後ろに下がったと思った瞬間にそれは(・・・)来た。

 

「───!!」

 

それは生態系に例えるならヒヒというのだろう。

ただし大きさが普通にヒヒよりも更に巨大なものであるという事を除けば。

 

「こりゃ喰われたらお仕舞だな……」

 

「盛り上がる煽りは寄せ!」

 

レイに遅れる形で全員武器を構える。

が、初の大型魔獣にエリオットとアリサは多少気が引けているのを察せられる。

それに

 

「もう二体……!?」

 

現れたのはレイが入り口で一撃で倒した魔物。

レイ一人からしたら雑魚なのかもしれないが、集団でそして大型の魔獣がもう一体いる中では難しいと思われる。

 

「どうするリィン? 逃げるか」

 

絶体絶命という単語が相応しい状況でも変わらずに何時もの口調でレイが撤退するかと尋ねてくる。

それは間違いないこの場における判断としては一番いいのかもしれないが

 

「……駄目だ。犯人とはいえ人と商品がここにある」

 

犯人達は逃げられたら困ると思い気絶しながら縛られているし、商品も片手間で運べる量じゃない。

全部を切り捨てたら確かに逃げれるかもしれないとは思うが

 

「……やっぱり甘いか?」

 

「ああ、甘いな」

 

即座に返ってくる返事に周りが何かを言おうとし

 

「───だからまぁ、甘さだけじゃない事を証明することにしようぜ。何、勝てない相手じゃない」

 

「───」

 

全員がその言葉に驚きと共感を覚え

 

「───ああ! 前衛頼むぞレイ! ラウラ! 俺とリンク頼む!」

 

「承知……!」

 

「エリオット! 私達でリンク組むわよ!」

 

「う、うん、わかった!」

 

「ははは───見ろ魔獣共! こいつら仲がいいだろう! 即座に俺をハブにしたぜ!? ざまぁみやがれ!」

 

全員で無視をして構える。

 

「Ⅶ組A班、これより敵魔獣と戦闘に入る!」

 

「おう!」

 

全員の頷きと共に魔獣達の攻撃が始まった。

 

 

 

 

 

「あぶね……!」

 

「うわ……!」

 

レイとエリオットの悲鳴と共にヒヒの魔獣の前足が私達がいた場所を撃砕するのをラウラは見た。

流石の巨体か。

速度はともかくパワーに関しては地面を破壊することなど容易い。

だがヒヒはその一撃で仕留められなかったのが不満なのか叫び声と共に一番近いレイの方に視線を向ける。

 

「わひゃーーーー!」

 

などと意味不明な叫びを上げながらレイは横にステップ、前に前進、後ろにスウェー。

全てを使って魔獣の攻撃を回避する。

言動はともかくその回避運動に思わず溜息をするくらいの美しさにくっ、と思い

 

「───む? 目の前に魔獣が」

 

ヒヒに比べれば小柄だが自分達から見たら十分巨大な魔獣がフックのような攻撃をこちらにぶちかました。

 

 

 

 

 

ラウラ死んだーーーー!? 

 

思わずエリオットは心の中で叫んでしまう現実の光景に目を閉じようかと思った瞬間

 

「ふっ……」

 

と彼女は直ぐに剣を大地に叩きつけるかのように振り下ろすと当然そのまま地面に刃が食い込みその反動で

 

剣を使った逆立ち状態に……!?

 

いきなりの上への移動に魔獣の攻撃もラウラの腹辺りを狙っていたので当たらない。

しかし、そのフックは当然刺さっている剣に当たり弾かずに持っているラウラはそのまま横回転をしようとするが───勢いが弱く見える。

恐らく弾き飛ばされる前に既に自分で抜いたのだ。拳で吹き飛ばされる方向に。

だからこそ余計な力で吹き飛ばされずに半回転で済み、そのまま

 

「……せい……!」

 

一刀両断した。

 

 

 

 

 

「まず一匹……!」

 

ラウラの勝鬨を聞きながらリィンももう一体の供回りの魔獣を相手に挑んでいる。

 

「───!!」

 

魔獣には当然知恵はない。

だからこそその人間を優に超える運動能力と頑丈さを持ってただ攻める。

防御という思考は持っていない。

だからこそこっちも防御に専心してはいけない。

攻撃だ。

だが魔獣とは違い大振りではなく小振りで、些細かもしれないが傷をつけ続ける。

だが時間をかけてはいけないという事も知っているし

 

何より! ここで俺も皆の道をつけないままだと皆と対等にならない……!

 

ここで限界を超える。

その技も自分の記憶と体にある。

オーブメントもそれを手伝ってくれる。

だが、その技を放つのに一瞬の隙が必要であり、それをどうにかしなくてはと考えている間に

 

「……!?」

 

横合いからの水の砲撃が魔獣の気を逸らしてくれた。

 

「……! 最高だよエリオット……!」

 

頼りになる仲間がいる事を至高の事だと認識し

 

「炎よ……! 我が剣に集え……!」

 

刃からCPを全消費(フルスロット)して生み出した業炎が生まれる。

それは触れるもの全てを燃やす剣であり、ここより更に派生する技の為の切っ掛けであった。

魔獣もこちらの炎に気づくが遅い。

 

「焔ノ太刀……!」

 

瞬間、三連撃を全て胴体にぶち込んだ。

一斬に一秒など無様な事はしない。

三連一秒(・・・・)

それを持って魔獣の生命は焔と化し、そしてその焔の明るさからヒヒの魔獣がレイではなくこちらを認識し吠えて向かってくる初動を見せた。

 

「しまった……!?」

 

本当にそう思った瞬間───自分の(ヒカリ)よりも尚輝く流星(イカズチ)を地上で見るとは思わなかった。

それはヒヒの背後から発生するものでそこには誰よりも光り輝いているレイがいた。

 

 

 

 

 

 

「おぉ……!」

 

レイはオーブメントの全力稼働による自身から発生する雷に包まれていた。

リィンと同じく自身もCPの全てを消費したクラフトの使用。

短時間勝利を願うが故に一撃限りの必殺技。

発光する幾何学的な陣が真っ直ぐに幾つも現れる。方向は無論、あのヒヒに。

そしてもっとも光っている右腕の雷撃が許容限界の点火を知らせる。

 

「行くぞ……! 迅雷の型ぁ……!」

 

それは地上を走る星であり、彼が願った祈りの形であり───己を象徴する最強の業である。

一撃必殺という躱せず、命中するという夢物語を自分なりに体現した拳。

それを

 

「レールガン……!」

 

 

 

 

 

 

エリオットが余りの眩しさから目を開けてみると何時の間にかレイがリィンの傍あたりにいた。

えっ、と思う。

レイのいた場所は間違いなくその逆であり間にはあの巨大な魔獣もいたはずだ。

どう足掻いても時間的に不可能な移動であり、そこまで考え魔獣はどうなったか、と慌てて見たら

 

「嘘……」

 

魔獣の胴体は焼失していた。

まるで抉り取ったかのように消えている胴体は辛うじて肉でくっついている程度でどう見ても魔獣が絶命している。

攻撃を受けた魔獣すら認知できないまま死を迎える一撃。

そして時間がようやく追いついたようにグラリと魔獣が倒れる刹那の時間の中、撃った本人はアチアチと多少火傷を負ったかのように手を振りながら

 

「とりあえず一件落着ってとこかね?」

 

 

 

 

 

 

 

アリサ達はこうして初の特別実習というものを終えて鉄道に乗り帰路についていた。

最終的に事件は解決したとは言えなかった。

あの後、領邦軍が現れたと思ったら私達を囲み逆に罪を私達に着せようとしに来た。

反論しようとも恐らく権力でそれを無理に通すつもりらしく、ならば反抗するしかないかと思ったところで

 

「その必要はありません」

 

という綺麗な声と共に鉄道憲兵隊というある種のエリートの存在が現れ、しかもそのリーダーと思わしき人が綺麗な水色の髪を女性ということであった。

名はクレア大尉というらしくまるで予見していたかのように私達の危機を収拾した。

領邦軍は仕方がなくという感じで退避していったが、最後の最後に吐いた

 

「鉄血の狗が……」

 

という言葉が嫌に耳に響いたと思った。

そしてそのまま事情聴取を各自受け、そのままケルディックに戻り元締めさんに礼を言われた。

ただ不思議な事があるとすれば

 

「お久りぶりですね、レイさん。ご健康そうで何よりです」

 

「……えーー、そうですねークレア大尉。俺も貴女みたいな美女にもう一度出会えてとてもとても嬉しいですーー」

 

と知り合いらしいのだがレイがあからさまに敵意を隠さずに応対するのでちょっと、と流石に全員で制止しようとしたがクレア大尉が苦笑と共にこちらを抑えるから仕方なしに放っておく事にした。

すると途中でサラ教官も合流し、しかもレイと似たような敵意を持って接していることにどういう事だろうと思いつつそのまま帰ることになった。

そうしてようやく終わったと思ったが帰る途中にリィンが自分が実は貴族である事と捨て子であった事を話し、全員で驚きつつも納得を示し、そしてラウラが

 

「───ではレイ。そろそろそなたの事も話してくれないか?」

 

「うっ」

 

ドッキリという表情をそのまま見せ、彼はチラリとサラ教官の方を見ると教官は瞬間就寝を使って寝ており逃げられたと叫んでいた。

 

「あー……一応断っておきたいんだが」

 

「言っとくけど、私達、サラ教官に貴方の隠し事聞いていいって本人から許可を得たわよ?」

 

「マジかアリサ……! この人自分でクラスの不協和音の原因を作っておきながら何たるいい加減さ……!」

 

私達と似たようなリアクションを取っていることにどう反応すればいいのかと思ったが、本人はそれで逆に覚悟を決めたらしくこちらに顔を見せた。

 

「まぁ、先に言っておくが実は凄い人間だった……! とか剣聖クラスの人間なんだ! とかそんな面白事実はないからな───単純に両親の仕事の影響だ」

 

「両親の……?」

 

思わず自分の家庭を思い出すが今はそれとは別だ、と思い彼の話に耳を傾ける。

 

「お前らも大体予想しているだろ? ───うちの両親は遊撃士でな。まぁ、母は流石に引退しているんだが親父は今も現役でな。その影響で俺も多少強いってわけ」

 

「遊撃士……!」

 

遊撃士。

支える籠手を持って市民を守る一種の正義の味方であり、その実力は軍人相手でも劣るものではないと言われる集団である。

帝国では今では余り見られなくなったのだが、それならば確かにレイの実力は頷ける所がある。

成程、とラウラが嬉しそうに頷き

 

「ならそなたは若輩とはいえプロとして行動していたのか……?」

 

「んなわけない。年齢制限とかあるしな。精々、見習い&お手伝い程度だよ。受付とかもしていたな」

 

まぁ、そりゃそうよね、と思うがそれでこの実力とかおかしい気がする。

流石にそこは怪しまれると思ったのか彼も即座に答えてくれた。

 

「そこら辺は両親がおかしいくらい鍛えたり、色々連れ回されたもんでな。最早、笑うしかない体験なんて両手両足の指で数えれないぜ、ははは」

 

「いや、そこで爽やかに笑われても僕達が困るよ……」

 

全員が苦笑で迎える中、そりゃそうだよなとレイも頷き

 

「ま、そういうわけだ。ようやく俺も無駄な隠し事を曝け出せれた。これからもよろしく頼むぜ?」

 

そうして私達の初の特別実習は青春よろしくで終わりを迎えれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何とか終わらせることが出来ました……!
今回は色々と頭に溜め込んだ物を多少吐き出せれたので気分良かったです!
色々と語りたいことはありますが、それは読者の皆様から問われたほうが応えやすいかな、と思い敢えてここでは書きません!
次は第二章ですが……二つ程聞きたいことがあります。
一つはもう間に何もいれずにそのままメインストーリーを進んだほうがいいかという事と。
二章に向けて、皆様に新しいクエストとか頭の中では思ったけど書くのがなぁ、と思った没ネタみたいなものでいいので二章のオリジナルストーリーに協力してくれないでしょうか!!
というわけで感想本当によろしくお願いします!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学院大ブレイク

「ん……くぅ~~」

 

授業が終わり、夕方にはまだ遠いが昼はとうに過ぎた時間をレイは満喫していた。

今日は日差しも良く、風邪も気持ちよかったので、中庭でお昼寝タイムをしていたのであった。

お蔭で健やかな眠りを貰い、寮のベッドで眠るよりも気持ちいい安眠をしたかもしれない。

フィーがここを昼寝スポットの一つにしているのも頷ける。

今度、暇の時に他のメンバーも連れて来てみるか、という思考に到った瞬間に我がクラスが直面している問題を思い出して溜息を吐く。

今現在、クラスの中の軋轢は更に磨きがかかっている。

何でもB班は散々な結果らしく、予想通りにユーシスとマキアスが何度も喧嘩し、終いには殴り合い寸前にまで発展したらしい。

ガイウスとエマが何度も宥めようとしても無駄であったらしい。

その中にフィーがいないのも予想通りであった。

猫というのは基本面倒くさがり屋なのだ。

と、まぁそこまではまだ想定内なのだがその後にお互いの班による報告会みたいなものをしたのだがその時にリィンが貴族であるということをばらしたのだがそれが今度はマキアスに引っ掛かった。

何でも以前、リィンはマキアスに身分を問われたときに曖昧な答えをしたらしくマキアスはそれを平民であると解釈していて、そしてそれはまぁ俺と同じ理由で間違いではないのかもしれないが現時点でのリィンの身分は間違いなく貴族である。

だからまぁ、明らかというわけではないが、騙したのだろうこれは。

でも、これに関しては間違いなくリィンの自業自得なので俺がする事は何もない。そういうのはクラスのお人好し集団がやるだろう。

 

「かと言ってあの調子のままじゃあ誰か胃が……」

 

いやよく考えればうちのクラスは皆が皆、メンタルクオリティが高そうなので問題ないか。

特にサラ教官なんて授業中なんて遠慮なく二人を組ませている。

その際に発生する敵意を笑顔で無視して楽しんでいる豪傑だ。だから結婚できないのだろう。

まぁ、サラ教官の結婚事情なんてどうでもいいかと思い、さて今日はどうしようと立ち上がって背伸びをしている最中に

 

「お? お前さんが噂の後輩君2号か?」

 

声をかけられたので振り向くとそこにはフィーとはまた違った銀髪をした青年が立っていた。

見覚えはないが、情報として知っている人間であった。

確か名前は

 

「クロウ・アームブラスト先輩……」

 

「ははっ、トワの言う通りこちらの事を調べてやがる───ま、その通りだ。俺がお前らの先輩のクロウだ。気軽にタメで喋ってくれ」

 

ふむ、と頷き、そして再び彼の頭髪の方に視線を向けながら

 

「確かにその通りの頭をしているな……」

 

「……テメェ。人間が一度はやるボケを初手でかましやがって……」

 

まぁまぁ、と先輩ならぬクロウを押し止めて落ち着かせる。

小粋な冗句である。

この程度で怒っていたらうちのクラスだと三日で禿げになるし。

特に最近はラウラがこちらの元職場を知ってから遠慮と言う言葉を言語野から喪失したのか。恐ろしいくらい訓練を所望してくるから逃げるこっちも必死だ。

お蔭でフィーやリィンを囮にすることが上手くなった。逆にあいつらも時々、こちらを囮にしてくるのだがリィンは甘い。フィーは当然手強いが。

 

最近のラウラは笑いながら追いかけてくるから余計に怖い……

 

大剣片手に美少女が男を追いかける図が昨今のトリスタでは噂話になっている。

珍怪奇! 珍怪奇! とトリスタに新しい風を入れているようで何よりだ。

 

「で? どうやら偶然みたいだけど暇なら何か相手するぜ?」

 

「お? 順応が早くて何よりだ……とは言っても確かにこのまま別れんのも味気ねえしな。ようっし、このまま技術棟に行ってブレードでも……」

 

しようぜ、と続く言葉はいきなり響いたエンジン音にかき消された。

ん? と二人で反応し、見たものは

 

「何だ……? あの小型導力車は」

 

明らかに規格のものから外れている。

あんな自転車のように小型化をされたなんて今まで見たこともなければ聞いたこともない。

帝国最大のラインフォルト社もあんなのを作ってないのではないかと思っていると、隣の男がこちらの反応を見て楽しんでいるのに気付く。

それで大体、予想はできた。

 

「……大方ジョルジョ先輩主導で作った四人メンバーの結晶って奴か?」

 

「うっわ、可愛げがねぇ後輩だよお前。これがリィン後輩なら絶対に驚いて俺の解説を聞いていただろうによぅ」

 

「可愛げなんて……実家に捨ててきた……」

 

しんみりとした雰囲気が流れそうになるのをそこに件の小型導力車に乗っている人がヘルメットを被ったまま近くに停まったことによって断ち切られた。

 

「───おや? クロウじゃないか。そんな所で後輩と一緒にいるとは……後輩にタカるのも人としてどうかと思うけどね」

 

「おい待てゼリカ。そんな誤解をされたままお前をこのまま行かせたりはできねぇなぁ……」

 

「そうなのかい? その割には学内アンケートではクロウは"もてない男"、"器的な小ささはナンバー1"、"あわ……可哀想な人"と中々人気者だよ? 流石の私も脱帽さ……」

 

「誰だそんな企画立てた奴は!!」

 

間違いなく臆面なく笑っている目の前の女だろうにとは思うが、空気を呼んで何も言わない。

世の中には知らない方が幸せな事もある。

 

「で? そっちが噂の」

 

「それはお互い様だと思いますよ? ───初めまして。レイ・アーセルです。気軽にどうぞ」

 

「これはご丁寧に。アンゼリカ・ローグナーだ。こちらも下の名前を気にせずにしてくれ。その方が私の気性に合ってね」

 

了解しました、と苦笑で答える。

世の中、自分が上じゃないと我慢できない人間もいるが、上から見下ろすのが合わない人間がいる事も知っている。

貴族という家柄だけで人格が矯正されるわけじゃないのだから。

まぁ、中にはそこまでやる貴族もいるのかもしれないが。

 

「というかゼリカ。珍しいな。お前が導力バイクに乗っている時にこんな狭い学院を走ってんの」

 

「ははは───所で君達、暇かい」

 

唐突に凄い嫌な予感がした。

クロウの聞いている事は別に珍しくもない、当たり前の質問であった。

それなのに返ってきたのは暇かい? と明らかに質問の返事ではない。

嫌な雰囲気をクロウも察したのか、表情に警戒心を灯しながらも

 

「……ま、まぁ、暇と言えば暇だが……どうしたよ?」

 

「いや何───ちょっと私と一緒に鬼ごっこを楽しまないかいと思ってね」

 

鬼ごっこと何やら普通に聞けば遊びでもするのかと思える誘いなのに何故か不安感が増し始めた。

ここは形振り構わず逃げるべきではないか。

そう思考し始めた瞬間に視界に再び人影が現れた。

 

「あ、トワ会長」

 

「お? トワ、お前さんも来た……か……?」

 

そこにいるのは我らがトールズ士官学院が誇るちびっ子生徒会長。

トワ会長であった。

何時も何時もその小さい体から無限の活力~と言わんばかりに働いているトワ会長なのだが……何やら様子がおかしい。

手足はぶらりと垂れ下がり、表情は前髪で隠れ、口元しか見えない。

もしかして体調でも悪いのかと思い、近づこうと……何故か足が拒否するのは何故だろうか。

口が何故か沈黙を選んでいる。

脳では気遣いの言葉を既に発しているイメージを生み出しているのに、何故か体がそのイメージについていっていない。

だが、その沈黙を破ったのは他でもないトワ会長であった。

 

「……私ね。アンちゃんもクロウ君もレイ君も、ここにはいないけどジョルジョ君やリィン君、生徒会の皆も含めて全員好きだよ?」

 

突然の暴露に、もしかしたらここで照れたり、赤面したりするリアクションをするべきなのかもしれないが……何故か逆に体が遂に後退りを開始していた。

見ればクロウも同じらしく、アンゼリカ先輩など既に何時でもバイクとやらを発進出来る体勢に移行していた。

ゴクリ、と我知らずに飲んだ唾を本能的に無視するかのように俺とクロウの口がようやく開く。

 

「お、おお。お、俺もお前らの事は気に入ってんぞ? 特にトワやゼリカやジョルジョとは一年からの付き合いだから阿吽の呼吸を体現できるっつぅか……悪友と思って……思ってんぜ?」

 

「え、ええ。俺もですよ? トワ会長。多分、Ⅶ組のメンバーはおろか大抵の生徒がトワ会長に対して好意を返すと思いますが……」

 

何故、段々と自分の台詞に自信が持てなくなるかのように小さくなっていくのだろうか。

そしてさっきから微妙に体が震えるのは何故だろうか。

理由を考える事は出来ても、脳がその答えを拒否している。

だってトワ会長だぜ? 小動物という言葉を体現したかのような体躯で、性格も愛くるしい事この上なく全生徒から尊敬と生暖かい視線を好き放題集めている人気ナンバー1生徒だ。

その評価は教員ですら認める所である。

それなのに

 

俺は今、トワ会長に恐怖しているのか………!?

 

汗がタラリと流れる中、ずさっとトワ会長がこちらに大きく踏み込んでくる。

 

「うん……私もそんな風に言われて嬉しいし、幸せだと思うの───でもね? 親しき仲にも礼儀ありっていう言葉があるよね?」

 

ええ、と返答しようとしてそれが不可能である事を悟った。

何故なら、何時の間にかトワ会長の手にハンドタイプの銃が握られていたからだ。

最早、危機感は予想を超えて暴走の域に入っていた。

 

「そ、そうですね! 親しい仲でもやってはいけない不文律ってありますよね! そうだよなクロウ! お前のせいか……!」

 

「ははは、俺もそう思うぜトワ! 友情を盾にして何でも許してもらおうなんて狡くせえ奴って最悪だよな! なぁ、レイ! とっとと謝れ……!」

 

見た目ちゃらけているが故に非常に怪しい先輩の言葉など信用できん。

だが、そんな俺達に対してトワ会長が選んだ行動は笑顔を浮かべることであった。

見かけとかそんな事を気にしないクラスの超絶綺麗と言っても過言ではない笑顔。

ただしこの状況がロマンチック方面に移行するには無理がある。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれトワ! 一体、俺達が……俺達?」

 

とクロウがまるで何かに気付いたかのように顔の方向を変えた。

そこにはバイクに跨ったままヘルメットを脱がないアンゼリカ先輩。

彼女がどうしたのだろうか、と俺は思うが

 

「……ゼリカ。お前、走行中でもヘルメットは被らない派だったよな……」

 

「──ふっ」

 

よくぞ気付いたとも、ようやく気付いたかとも取れる笑みを浮かべ──ヘルメットを脱いだ。

するとそこにはおお……汝は偉大なる男共の興奮材料……その名もパンティー!

 

「お前のせいかーーーー!!!」

 

一瞬で何もかもを理解した俺とクロウは直ぐに元凶に対して叫んだが本人はサムズアップしてきたので最悪だ。

いや、それよりも!

 

「ご、誤解ですトワ会長! ここに集っているのは完全な偶然の結果であり、トワ会長が敵意を向けるべき相手は全部アンゼリカ先輩オンリーです!」

 

「レイの言うとおりだぜトワ! 逆に俺とレイも手伝ってやるからこの憎き女狐を友情パワーで倒しちまおうぜ!?」

 

「はははは。二人とも、トワに見つかったからと言って人を裏切るのは良くないな──一緒にこれを堪能しようと誓い合った仲だろ?」

 

「誤解を招く言い方をするんじゃねーーー!」

 

いかん。流れが変わっていない。

完全にこの場の空気はアンゼリカ先輩とトワ会長が支配している。

このままでは俺とクロウが生贄にされる哀れな被害者A,Bになってしまう。

ならばと思い、いきなり走り出す。

 

「あ! テメェ! 先輩を置いて逃げるつもりかよ!?」

 

やかましい。

俺の安寧の為に素早く犠牲になるがいい。

俺はそれを2秒で忘れるから。

そう思い、中庭にある学院に入るドアを後五歩という所でトワ会長が突然、指を鳴らすといきなり目の前のドアが開いた。

すると、そこにはあら不思議。武器を持った少年少女の姿が。

まるで小説の一幕にありそうな言葉だが、表情がただの殺意に支配されている所を見ると駄目な感じだ。

退路が断たれたと思った瞬間に体は条件反射で逃げ場を求め───再びトワ会長が指を鳴らすと共に掃射が始まった。

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉおおぉぉ!?」

 

男子二人の悲鳴と共に技術棟の方に三人で走る。

 

「うぉっ!? 後ろでリアルに銃弾が……! のわっ、髪の毛削ったぞ今!」

 

「はははは! 何言ってるんだクロウ! 俺なんか今、危ない事に股間の下を通ったぞこんちくしょう! 未来の息子、もしくは娘を抱けなくなったらどうすんだこの野郎共!」

 

返答は更に激しくなった銃声や武器であった。

ぬぉう! と言って更にスピードを速め、校舎裏と技術棟に行く二択の道で迷いなく右に走り込む。

これで、多少だが余裕が生まれる。

 

「はははは、クロウは何時も通りだがレイ君。君も素晴らしくノリがいいね。どうだい? 君と私達と一緒に組んでグランプリを目指そうではないか」

 

「巻き込むのは好きですけど巻き込まれるのは好きじゃないんですよーーー!」

 

「というかさり気なく達って言って俺も巻き込むな……!」

 

おや残念。

こんな美少女の誘いを断るとは。

中々、お堅い少年だ、と思いながら、ではそろそろ速度を出そうと思いアクセルを踏もうとしたら鼓膜に直撃する声が聞こえた。

 

「アーーーンーーーーちゃーーーーん……!」

 

おお、私の大本命がやってきた。

と、余裕を見せた対応を見せたいところだが、トワの狙撃能力ならば油断は出来ない。

既に学生会館も越えて、後は校門から外に逃げるのみ。

野郎二人は私の生贄になっても───

 

「───おや?」

 

さっきまで横にいた二人がいない。

まさか捕まったのかと思うが、そんな軟な二人ではない事はクロウは記憶から、レイ君は勘で理解している。

つまり、何らかの方法で二人はこの場から消えたと思ったほうがいい。

その結果

 

「おや───背後から正確な弾丸が」

 

愛しのトワの攻撃を受けるのも仕方がない結論であった。

 

 

 

 

 

俺とレイは今、校舎の中で息を荒げて立っていた。

 

「ふいーー……運が良かったなぁ、こりゃあ」

 

丁度、学生会館と校舎の間に着けたから咄嗟に学生棟の中に逃げ込んだのである。

恐らくこちらはまだ気づかれていないと思われるので、ゼリカが一人死ぬだけで終わりである。

レイもくはー、と肩で息をしながら汗を腕で拭うが、やはりそれでは拭えない。

 

「はぁ……クロウ。タオルか何か持ってねえか……汗が気持ち悪い……」

 

「無茶言うなよ……俺がそんな用意して学校に来て……ん? お? 珍しく俺がハンカチを持ってやがる」

 

そんな物を入れていた覚えはないのだが、あるのならそれは俺が忘れていただけなのだろう。

別に隠す理由もないし、生贄仲間同士で互いの友情度も高まっているので気にせずに普通に取り出し

 

「おらよ。ハンカチ……だ……?」

 

「ああ。ありが……十……?」

 

そして出した物に愕然した。

そう、それは男共の永遠の興奮材料……泥棒という名に落ちても求めてしまう永遠の花園───その名もパンツ!!

 

「ゼリカーーーーー!!」

 

思わず叫んでしまう俺を誰が咎めようか。

しかし、叫んだ後にはっ、と気付いてしまう。

そう、ここは学生会館の一階。

今の時間帯だと込みはしないが、人はいる食堂の時間帯。

そして、そこには当然人がおり、叫んだ俺達を視線が捕まえている───勿論、互いが握り合っているパンツを。

莫大な沈黙と言う矛盾表現を受けている中、汗をかきながら俺達は考える。

このままでは不味い。間違いなく不味い。

数秒後に、この沈黙は悲鳴に変わるだろう。非難の意味の悲鳴に。

 

何か言わねえと……!

 

だが、ここで何と言えというのだ。

 

これはただのタオルだ……! →変質者の言い訳。

ゼリカに騙されたんだ!   →奴の方が圧倒的人気という理不尽。

動くな! 手を挙げろ!   →ついに強盗に走るのか俺。

何事もなかったのようにパンツを仕舞い、笑顔を向ける→不可能犯罪。

 

詰んだ……! 間違いなく詰んだ……!

 

まさかこんなにも学院生活が理不尽だとは。

余りにも自分が考えた通りに行かない学園生活に笑いすら込み上げそうになる所を───隣のレイが一歩前に踏み出した。

その行為にクロウは予測を立てた。

 

───ここから打開する方法があんのか!?

 

お互いの実力などは未知の領域だ。

だが、先程の走りや体捌き、機転を見ると能力というだけならゼリカにも負けず劣らずな部分があると認められる。

いざという時は当てになる奴というのが今、現在のクロウの評価だと思う。

ならば、自棄になりつつあるこの状況を任せてもいいと思い、敢えて止めなかった。

そして遂にレイは口を開けた。

 

「諸君───これは君らが今、現在思っているものではない」

 

……さぁ、その次は!?

 

「これは盗んだものではなく───貰ったものでね」

 

数秒前の過去の自分を蜂の巣にしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

「一体……何がいけなかったのだろうか……」

 

「人生をやり直せ。そうすれば上手くいけば理解できんじゃねえか」

 

中々手厳しいと男子の個室トイレに隠れながら嘆息する。

あの後、椅子やら机やらを避けながら上手いこと、校舎の方に窓から入ることに成功し、そのままトイレに隠れる事にした。

今のところ、この場所も気づかれてはいないみたいだし、出来ればアンゼリカ先輩が捕まった事によって誤解が解けていればいいのだが……

 

「無理だ……あの女を甘くみんなレイ───あいつは容赦なく俺達を地獄に落とすまでゲロる事はねぇ」

 

「凄い信頼関係もあったものだな」

 

さて、ならここからどうするかだ。

 

「校門から強行突破」

 

「いいや、駄目だ。恐らく既にトワが手配している。あいつは常識の塊みたいな奴だが、あそこまで怒っていると日々のストレスも含めて逆に手強くなる───誰かを味方にして情報収集しつつ、弱点があればそこを突く」

 

「無理だ。トワ会長の人気ははっきり言って尋常じゃない。生徒会長云々や見た目が可愛らしいなどという理屈を突破してる。リーダーという素質なら多分、帝国でもトップクラスに入れる人だ。誰かを味方にしたり裏切らせたりするのは不可能に近い───閃光手榴弾、及びに銃による狙撃による混乱に乗じて脱出」

 

「不可能だ。俺の銃も狙撃できるようなタイプの導力銃じゃないし、あの集団には二年も交じっていた。経験量という意味だけなら俺やトワ、ジョルジョ、ゼリカを超える人間は少ないが決して練度が低いってわけじゃあねぇ。閃光手榴弾だけで混乱がずっと続くほどトールズは柔じゃねえ───一人一人を闇討ちする事による撲滅作戦」

 

「現実的じゃないな。クロウの言う通り、二年がいるのなら練度が高いメンバーに毎回毎回奇襲できるとは思えないし、そういった作戦はスニーキングミッションのようにこちらの存在が知られていないという前提条件が必要だ。この場合だと直ぐにトワ会長に対応される」

 

それからもあれやこれやと作戦会議をしたが八方塞である事を認める発言しか出なかったことに溜息を吐くしかなかった。

敵が巨大過ぎる。

 

「一応聞いてみるが、ここで投降したらどうなる?」

 

「帰されるとは思うぜ? ───トラウマが一つ追加された後に」

 

「……白旗でも上げてみます?」

 

「悪くねえ判断だ。ただしこっちに負けた後にも相手に旨味を与える事が出来るならな」

 

土下座じゃ駄目だよなぁ、と二人で溜息を吐く。

万策というのはあっという間に尽きるものだと力が抜けてきたので壁に背中を預けていると

 

『あ~~、クロウ? レイ君も。聞こえるなら出来るだけ早く投降する事をお勧めするよ~』

 

「……ジョルジョ?」

 

「先輩……?」

 

何やら放送機材でこちらに遂に投稿を呼びかけてくる事になったらしい。

何とも壮大なイベントになった事である。

 

「というかあいつ、早くも裏切りやがったな……」

 

「……まぁ、あのトワ会長相手ならねぇ」

 

あの状態のトワ会長に手伝って、とか言われたら迷いなく喜んでと言うだろう。

まぁ、でも逆に相手側からのアクションがあるなら投降しやすいかもしれない。

クロウも似たような事を思ったのか、やれやれという顔はそのままだが多少、希望が見えてきたという表情になっている。

これで寮に帰れ───

 

『アンを囮にして君達が主犯になってこの騒動を起こしたというネタは上がっているから早目が本当にいいよ───僕も出来るだけ弁護するから』

 

「───」

 

二人揃って沈黙した。

待て。今、俺達は何を言われた。

君達が主犯? 一体何の? この騒動の? つまり、トワ会長のパントゥーを盗んだ事の? 何故そんな誤解という名の曲解が生まれた? ───理由はただ一つ。

 

「アンゼリカーーーー!!」

 

遂に先輩という言葉すら抜けた絶叫がトイレの空間を揺るがす。

あのヅカ王子。まさかここまで人を地獄に突き落とすか。

クロウはともかく一体、どうして初対面の俺がここまで酷い目に合わなければいけないというのだ。

すると相手が変わったのか。ごそごそという音が響き

 

『ふふ……二人とも……私に構う事はない……その宝を……君達が守りきるんだ……!』

 

一瞬で個室のドアを蹴破り、クロウがそのままトイレから出ようとするのを俺が直ぐに肩を捕まえる事によって止める。

 

「離せレイ! 俺にはやる事がある!」

 

「無理だ……! 気持ちは実に解るが不可能なんだ……!」

 

「お前に俺の気持ちの何が解る! ───この俺の今まで積りに積もったゼリカへの殺意をスナイプで晴らそうというこの気持ちが……!」

 

既に拳銃を抜いているのが本気の象徴であった。

赤い目が燃えるようで、間違いなく殺る気満々の目である。

既に仲間同士、友人といった言葉は脳内から消失しているようだ。

その気持ちは本当に痛い程理解できる。

 

「でも無理なんだクロウ……! それをやった瞬間、俺達の居場所がばれる! アンゼリカ……先輩はきっとそれも狙っているんだ……!」

 

「くっ……!」

 

ちっくしょう! と思いっきり壁に拳を叩き付け、無理矢理冷静になろうとするクロウを尻目に何やらまたもやガチャガチャと放送機材を違う人に手渡す音がし

 

『レイ……聞こえるか!?』

 

「……あ? リィンかよ」

 

まぁ、あの巻き込まれ体質馬鹿だから別におかしくはないが───もしかして俺の事を信じ───

 

『何時かはやると思っていた事をこんなにも簡単にやってしまうなんて……最早見損なうとかそれ以前に呆れたぞ! だが安心してくれ───俺は刀が使えるから介錯をしてやれる。だから投降してくれ。その方が最後は幸せだ!』

 

「離せクロウ! 俺には今から青春をする義務がある! きっと教官もクラスメイトの一人が死んだのは哀しい事ですが云々言って許してくれる!」

 

「応援してやりたいぜその気持ち……! でも無理なんだ……!」

 

くぅ……! と俺も壁を叩き割って堪える。

二人して何ともやるせない気持ちになってきた。

 

「遂には精神攻撃まで……」

 

「籠城でも限界が来るな……」

 

現在の状況を冷静に捉え、しかし精神攻撃のお蔭で逆に諦める気が無くなった。

絶対に最後まで戦ってやるという気になってきた。

 

「クロウ。何かないか。この学院は俺よりもお前の方が詳しく知っている」

 

「ああ───一つだけあった。旧校舎の方だ。あそこから森に入ると校門から行かなくても学院から抜けれる」

 

「じゃあそこまでは───」

 

「見つけたぞ君達!!」

 

するとドアの入り口に見知った顔、マキアスの姿を認識。

どうやら彼もトワ会長の側についたのかと思い、クロウと視線を合わせる。

やる事は解っている。

 

「全く! まさか君がこんな事をするとは……多少は思っていたがクラスから変質者を出すなんて副委員長として見ていられない! さぁ、諦めて投降をっブルァ!?」

 

マキアスは散った。

詳細は教えないが、彼の眼鏡は綺麗にキラキラと光る粒子のように散り、とりあえずトイレの個室に閉じ込め

 

「ここからは電撃作戦だ───隠れるとかそんなチマチマしているとトワも気付く……行くぞぉ!」

 

そうして俺とクロウは目的の為に全力疾走をした。

 

 

 

 

 

「い、いたぞーーー! トワ会長の為、ぐあーーー!」

 

「や、やだ……! あの人、這っている……!?」

 

「アンゼリカ先輩の敵ーー! ってきゃああああああ!?」

 

「やぁ? 君達も釣りにってぐわぁ!?」

 

何だか余計な物も倒した気もするし、分かり易いくらい阿鼻叫喚の図を俺とクロウで作っている気がするが全部無視する。

どうやらⅦ組全員が手伝っているわけでもなく、全員が全員トワ会長の統率、もしくはアンゼリカ……先輩の甘言に乗っているわけではないらしい。

ただ、純粋に突破する事に命を懸けている俺達に勝るものはなくそうしてクロウの言うとおりに旧校舎の森から急ぎ足で外に向かっている。

 

「───追手はいるかレイ!?」

 

「……いや! 今の所は気配がしない───俺達の勝利だ!」

 

よしっ、と思わず手を握って勝ちを実感してしまう。

このスピードを維持出来たら間違いなく、もう追いつける人間はいないだろうし、例え馬を持ち出したとしてもこんな森の中じゃあ追えない。

 

「勝った……!」

 

そう再び思い、前を見るとクロウの姿がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

突然、いきなり目の前から消えた案内人に思わず間抜けな声を出してしまう。

一体、何時、どうして消えたのかという謎が頭の中に結びつくが、疑問は意外にもあっさりと改称された。

足が見えた。

それも木に寄りかかっているように座っているので一瞬、見落としてしまったのだろう。

思わずびっくりしてしまったではないか。

全く。

 

「追手がいないからといって気を抜くのは早いぞクロ……ウ?」

 

歩きながら彼の姿が見える前に向かい───そうして愕然とした。

彼は完全に気絶していたのであった。

気に寄り掛かっているのではなく、まるで叩きつかれたかのようになって。

 

「馬鹿なクロウーーーーーー!!?」

 

思わず劇画な感じに顔の表情が変わり、叫んでしまう。

何らかのス……いや何でもない。

とりあえず、何があったか、クロウの死体(死んでない)を検証するべきかと思い

 

「レイ君」

 

ああ───自分の死を予期してしまった。

 

つまりはそういう事なんだろう。

よくよく考えれば降伏勧告の時にトワ会長の声がなかったし、最初を除けば姿も存在も感じれなかった。

つまりは最初からこうなるようにこちらの思考を誘導されたのだ。

完璧過ぎると思い、もう力を抜いて諦めが自分を支配しそうになる。

だが、それでも

 

「この馬鹿な先輩の後輩として一糸向かいさせてもらうぜ……! おおおおおおお!!」

 

そうして俺は栄光に突撃した。

その後に起きた発砲音が一体、何発であったかなんて数えたくないのか……意識はここで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、事件は何事もなく終了したとリィンは解説する。

あの後、アンゼリカ先輩はトワ会長の話術によっていとも簡単に事実をゲロり、トワ会長のお仕置きを受けた。

何をされたかは知らないが、アンゼリカ先輩はあの後「私が……私があそこまでフリフリな物を着ても似合わないだろう……」などと呟いているのを見たが無事だろう。

ちなみに教員や先輩は慣れているのか。何時も通りという感じであった。何という学院だ。

ただ、一人の教員だけが「何を下らぬ遊びをしているのだ!」と叫んでいたが学院長が普通に若いのだからこれくらいはという感じであっさりと認めたのであった。

そうしてトワ会長は慌ててクロウ先輩に謝罪をしに行ったらしいが、被害者も慣れたものらしい。

ただ

 

「あ、あの……レイ君いる?」

 

休み時間にトワ会長がおずおずとⅦ組の教室に入ってくるのを確認する。

だが

 

「……すみません、トワ会長。何か、あの馬鹿。急に窓から飛び降りて逃げて……」

 

「あ、あぅ……また逃げられちゃった……怯えられているよね……」

 

しょんぼりとするトワ会長をクラスの何人かが罪悪感を感じているのを察知するが、どうすればいいのか分らないので沈黙を選んでいる。

あの後、レイはトワ会長が近くに寄ると謎の第六感で毎回毎回逃げるようになった。

どんなトラウマが生まれたかは知らないが、逃げに徹したレイを捕まえるのはこのクラスでは不可能に近い。

はぁ……と思わず溜息を吐く。

どうしてあの馬鹿はクラスの微妙な雰囲気を珍妙な雰囲気に変えて行ってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 




はぁい! というわけで皆さんの要望に応え頑張りました本編の間の話!
いや、まさかここまで大ボリュームになるとは……!
ともあれ、皆さんに楽しんでいただければ思います。
感想よろしくお願いします!! 本当に!

あ、そこで聞きたいことがあるのですが……次でいきなり実技試験に移ってもいいですかね?
正直、ここら辺はオリジナルで書くのが少ないので……
書いた方がいいのなら普通に諦めますが、意見が聞きたいです。
作者の都合とかそういうのを抜きでいいのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

実技テスト2

「これは酷い」

 

「そだね」

 

実に簡潔な感想だが、それしか言いようがないのだから仕方がないではないかとレイは思う。

今日も今日とて天気が素晴らしい空の下。

トールズ士官学院Ⅶ組は再び、実技テストをしている最中であった。

今回も、前回と同じで人形兵器を利用した模擬戦。

しかし、前回と違うのが、人形兵器の外見が多少変わっているのと、性能が上がっている事であった。

それを問うとサラ教官は

 

「色々、設定したらそうなるのよ?」

 

恐ろしい最後は疑問形だ。

間違いなく理屈で考えて設定を変更していない。

もしもミスったら現段階の自分達よりも凶悪なボスクラスになって出現したりするのではないのだろうか。

くわばらくわばら。

まぁ、それはともかくとして。やはり、方法はチームで挑むという形になり、最初のチームはリィン・アリサ・ガイウス・ラウラという若干前衛に偏っているが、逆に言えば攻撃的なチームで挑み見事に撃破した。

そう、ここまではいいのだ。

問題は次の、つまり現在進行形でテストをしている今のチーム。

ユーシス・マキアス・エリオット・エマのチームなのだ。

こっちは逆に後衛に偏っているが、マキアスは運動能力が低いわけでもないし、いざという時はエリオットとエマよりは前に出れる。

チームの能力的には問題ない。

 

───単純に人間関係に問題があったのだ。

 

言わずとも理解できるだろう。Ⅶ組最大にして最高の険悪の仲。ユーシス・マキアスである。

二人のペアは未だにARCUSのリンクも繋げる事は出来ていないペアである。

それだけならまだいい。

しかし、今、俺達が見ている光景を見ているとそれだけとは言えないだろう。

 

「貴様……! いい加減にしろ!」

 

「そっちこそ! 何回、僕の邪魔をすれば気が済むんだ!」

 

内容を要約すれば、ユーシスが突撃しようとすればマキアスの射撃に巻き込まれたり、邪魔をする。

マキアスが攻撃をすればユーシスがアーツを使用して偶然にもマキアスの銃弾を消し飛ばしたり、弾き飛ばしたりする。

そういった内容の悪循環をこのテスト中にもう、数える気すら起きないレベルで起こしており、二人とも本来の目的を忘れて妨害に徹しているんじゃね? と疑ってしまいたくなる光景である。

 

「……今度は二人が組んだアーツがぶつかり合って敵に当たってない。ある意味器用だね」

 

「というかエリオットとエマが私には見ていられないんだけど……」

 

「二人のコンビがアーツを組む時間を稼ぐ所か、チームの妨害をしているからな」

 

フィー、アリサ。ラウラの批評をうむ、と男三人で頷く。

エリオットとエマは頑張っている。

必死に二人に落ち着けを促す叫びを出したり、詠唱が短い下位アーツやクラフトで援護や攻撃をしたりしている。

未だにあのチームが生きているのは間違いなく二人のお蔭と言える。

 

「……見たところ、人形兵器も限界が迫っているな」

 

「ああ。恐らく、このまま行けば勝てると言えば勝てる……」

 

「───が、当然、評価なんて語るまでもないだろうな」

 

あれで評価が高くなるなんて奇跡は起きるはずがない。

勿論、評価のマイナスの原因はユーシスとマキアスのチームワークの無さ。

エリオットとエマは戦闘未経験者として十分に頑張っていると言ってあげたいが、サラ教官の事だから二人も纏めて評価するだろう。

その方が二人にもダメージがあるし、ここは士官学院。

未熟、未経験で良しと許される場ではないのだろう。

 

「ふむ……レイよ。逆に聞くがあの状況ではどうすればいいのだろうか」

 

「正直に言うとかなり厳しい。この不協和音の原因のユーシスとマキアスをこっちから除外して戦うっていうのもありだが、それにはエリオットとエマの戦種じゃ難しい。強いて言うならマキアスを除外してユーシスが機能してくれるなら良しか」

 

「……味方を除外するのに躊躇ってない所に突っ込みは入れたいけど、何でマキアスの方なの」

 

「簡単。ユーシスの方が相手に近づいて生き残れる確率が高いから」

 

成程ねぇ、と二人の女子が頷くのを見ていると大きな音が聞こえたのでどうやら終わったらしい。

見ると四人共息絶え絶えだ。

前衛二人もそうだが、後衛も激しい。

無理もない。

二人に抑制の叫びを上げ続け、更にはアーツも連続詠唱。

逆に二人のキャパシティに驚くばかりである。

 

「はい、テスト終了。解っていると思うけど、原因の二人は反省しなさい。それ以外に問題があるっていうなら受け付けるけど?」

 

「……ふん」

 

「く……」

 

言われた二人は理解はしているのだろう。

そのまま武器を収めて反論せずにこっちに戻ってくる。

エリオットとエマも何とかという様子でこっちに帰って脱力する。

 

「お疲れ、エリオット、委員長」

 

「水分補給をした方がいい。タオルもこれを使ってくれ」

 

「あ、ありがとうございます……リィンさん、ガイウスさん……」

 

「はぁ……ほ、ほんと、ありが、と……」

 

死にかけという感じに疲れ切っている二人を他のメンバーが労うのを見て、やれやれと思い

 

「じゃあ、教官。俺とフィーで人形兵器とバトルですか?」

 

「……めんどい」

 

残った俺とフィーが前に出て、とりあえず質問する。

 

「ああ。残念だけど、二人の相手は人形兵器じゃないわ」

 

「───は?」

 

にっこり笑顔のサラ教官はパチンと指を鳴らして、嘘じゃないと示すかのように人形兵器を消す。

その行動に、嫌な予感が止まらない。

 

「……じゃあ、一体何と戦うんで?」

 

「二人とも、このクラスじゃトップクラスの強さよね?」

 

何か似た流れを以前にもした気がする。

そして、その後はどうなったか。

思い出したくもない。

 

「……確かに身体能力と経験は私とレイは高いけど、他の皆も伸びていると思う」

 

ナイスだフィー。

そう、その通りだ。

最近の伸び代はリィンが一番凄い。

以前の特別実習で何か、掴んだのか。もしくは吹っ切れたのか。

めきめきと上達している。

他のメンバーも同じだ。

数か月したら抜かれていそうで結構、怖い。これだから才能の塊集団は……!

 

「あら殊勝───でも、まだ皆を守る力はあるくらいは思っているんじゃない?」

 

「───」

 

俺は口笛を吹き、フィーは欠伸をする事によって返答を拒否した。

そのリアクションに素直な反応でよろしいと告げられた。

解せぬ。

 

「というわけで。一度、その天狗の鼻を折っとこうかしら」

 

にこっと笑顔で───懐からハンドガンタイプの導力銃とロングソードを取り出して構えた。

え? と思わず俺とフィーが呟くのに何時も以上に爽やかな笑顔でこちらを見ながら───姿を消した。

瞬間

 

「……っ!」

 

二人同時に横に飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

ガイウスは目の前に発生した土埃に対し、エリオットと委員長の前に立つ事にした。

そうすると自分は諸に土埃を被る事になるが構う事はない。

見ればリィンも同じ事をしている。

他はユーシスは反射的に腕で土埃を防いでいるが、マキアスは間に合わずに目が! と叫んでいる。

アリサはラウラが守っているようだから大丈夫だろう。

だが、その前に

 

「リィン。今の動き、見えたか?」

 

「いや……飛ぶ寸前の動きは見えたが、そこからは見えなかった」

 

「リィンもか……私も似たようなものだ」

 

前衛三人の動体視力を持っても見えなかった動き。

しかも、自分は高原育ちとして多少、目には自信があったのだが、サラ教官の動きには惨敗してしまったという事になる。

そう思った直後にサラ教官が砂埃から現れる。

立ち上がり、右手に銃、左手にブレードを持っている姿には隙がないし、余裕がある。

現に

 

「ほら? どうしたの二人とも。この程度で倒れるような可愛らしさを持っているとは思っていないからかかって来なさい」

 

このように挑発する余裕さえある。

そしてようやく攻撃を受けた二人はと意識を張り巡らした刹那に銃声が響いた。

俺達からしたら左手の方から射撃。

砂埃で見えないが間違いなくフィーの攻撃。

間違いなくまともに見えていない状況なのに見事に教官を狙っているのが風の動きで解る。

精密射撃というならアリサの方が上かもしれないが、それでもフィーの腕も凄い。

しかし、それらの射撃は

 

「~~♪」

 

鼻歌交りのステップで気楽に回避されていた。

軽い。そして速い。

ただのステップにしか見えないのだが、それが高速になると洗練さが違うように見える。

そうして軽い調子で回避しながら、右手の銃をフィーがいるであろう方角に向け───フェイントで逆に向けた。

すると銃口の直線状に土埃を払うように現れてレイが目の前の銃口に顔を引き攣らせた。

その引き攣った顔に対してもサラ教官はまるで平等であると言うように笑顔を与え

 

「Bang♪」

 

遠慮なく撃った。

 

「レイが死んだーーーーー!?」

 

エリオットのツッコミが今日も空気を揺るがす。

確かに、見事に顔面に命中し、しかも顔に穴を開けていった。

間違いなく人間なら即死なのだが……何故だか穴が開くだけに止まらずに、体までが消えていった。

これは

 

「本で読んだ変わり身の術……!?」

 

委員長が読んだ本が少しだけ気になった。

しかし、答えは違うようだ。

続いてラウラの口から叫ばれた、悔しいような。しかし素晴らしいと褒め称えるような声が

 

「───分け身か!」

 

その叫びと同時にレイがサラ教官の背後から飛びながら足に雷を重ね、そのまま後頭部に蹴りを振りぬこうとして

 

「はい、残念」

 

普通に左手のブレードを背後に回して受け止められた。

しかも、ブレードにはレイとは違い、紫の稲妻を重ねてのだ。

雷同士の衝突音など今まで聞いたことがなかったが、とりあえず即座に耳を封じてしまう音であるというのを即座に理解して耳を塞いだ。

だからこそ、光の対処が間に合わずに目がやられた。

 

「───」

 

「───」

 

耳は対処したお蔭か。

恐らく、レイとサラ教官のやり取りが音としては聞こえたが言葉としては聞こえず、そのまま数秒間じっと堪えた。

そして時間にしては二十秒くらいか。

ようやく耳と目が戻り始め、戻った視覚と聴覚が捉えたものは

 

「あーらら? 互角? ……私の紫電と同レベルって……ちょっとショックだわ私……」

 

紫電(エクレール)に言われるんなら最高の褒め言葉っすね……!」

 

拮抗している状態の二人であった。

しかし、見ているとそれが違うと解る。

何故ならサラ教官は不敵な笑顔を浮かべており、レイは冷や汗を流してポーカーフェイスの笑顔を浮かべている。

差は歴然であった。

 

「っと、油断も隙もないコンビねぇ」

 

「……っが!」

 

ようやく地上に落下しようとするレイをそのまま教官が回し蹴りみたいに振り回す足がレイの胴体を蹴り飛ばす。

咄嗟に両腕でガードしていたが、その腕事胴体にめり込んでいるようにも見える勢いで吹っ飛ばされ、サラ教官は蹴りの反動でそのままバックジャンプ。

 

「……む」

 

すると何時の間にか上にはフィーが落ちてきており、撃とうとアクションを起こそうとしている最中であった。

レイが一度、飛んでいたが故に、上からの攻撃は疎かになるであろうという奇襲をサラ教官は本当に普通にクリアした。

それでもフィーは落ちながら、腕を下がっていくサラ教官に向けようとするのだが落下していく風圧のせいで照準が定まらない。

元よりフィーはこの場にいる誰よりも小柄であり、鍛えているとはいえかなりの細腕だ。あの双剣銃を自在に操っているだけで十分見事であり、故にそれ以上には対処できない。

そして、そんなフィーに対しても遠慮なく銃口を向け

 

「おっと!」

 

一瞬で横に跳び、サラ教官がいた位置に雷撃が通る。

その間にフィーが着地し、レイの傍に一旦引く。

仕切り直し……と言いたい所なのだが

 

「完全にレイとフィーが弄ばれているな……」

 

あの二人が、という想いはを抱くなという方が難しい。

間違いなく、単体戦力という意味ならばあの二人は別格だ。

二人のコンビの相性も決して悪くない。

互いに速度という点でもⅦ組トップクラスという事であり、速度を持って撹乱しつつ、必殺を狙うコンビネーションは俺では多分、一手。よくて二手は防げても三手目でやられるであろうという事は確かだ。

それに対してサラ教官は息切れする所か、不敵な笑顔をずっと保っている。

強い。

間違いなく、自分が今まで出会った魔獣や人よりも遥かに格上。

 

いや……一人だけいたか……

 

恐らく、今も自分の故郷であるノルドで部隊を率いておられるだろう。

あの人の戦っている姿に対しても、自分は自然と畏敬の念を覚えさせられたものだ。

考えが逸れた。

見た所、二人はまだ余力がある。

さっきまでと同じような戦況に持っていく事は恐らく、まだ可能だ。

だが、逆に言えば同じような結果にしか持ち込めない可能性の方が高い。

どうする、と思う。

テストとして見るならば、既に十分な成果を見せたと俺の視点ではそう思う。

しかし、俺の視点と二人の視点が一致するわけがない。

二人ともお気楽に見えて、かなり実践派だ。

ここでの敗北をそのまま実践の敗北と捉えかねない。敗北と言ってもルビは諦めと取るのだろうけど。

ならば、どうする? と再び思い、視線を二人に固定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかっちゃあいたがなんつーか……」

 

本当、この教官、怪物だとレイは溜息を吐く。

まぁ、それもそうかとも思うが。

何せ、史上最年少でA級遊撃士になったのだ。その実力が嘘になるわけがない。

A級と言えば、あの剣聖(・・)のクラスと同格という扱いと見てもいいだろう。

そして残念な事に、その評価は間違ってはいないのだろう。

さっきからイメージが都合よくいかない(・・・・・・・・・・・・・)

例えば、今から正拳突きを入れようとしてそれをフェイントに足を刈るというイメージをしよう。

そうすると相手の対処もイメージ出来る。

例えば、相手がエリオットやエマの場合、引っかかるというイメージが生まれる。

次にリィンやラウラ。ガイウスやユーシスなら躱す、受けるなどといったイメージが生まれる。

これが、まぁ普通の対人戦におけるイメージ。

相手が何が出来るか。どういう風な癖があるかをイメージして、その先を想定する。

しかし、サラ教官の場合は最早、何でもあり(・・・・・)というイメージがこびれついており、イメージが固定されないのだ。

それでも、まだ防御の時のイメージはマシな方だ。

サラ教官の攻撃のイメージになる場合、一瞬で15回くらい見えてしまう。

 

……まぁ、それでもあの戦鬼(オーガ)よりも何万倍もマシだが。

 

あの時は五秒で三桁(・・・・・)くらいの死を見てしまった。

あの化物とはもう二度と絶対に会いたくない。

偶にあの時の記憶を思い出して、何故生きているのだろうか自分と思ってしまう辺り、あの出会いは本当に最悪なものであったと思う。

話がかなり逸れてしまった。

まぁ、でも簡単に言えば勝ち目のない状況っていう感じでしかないのだ。

 

「フィー。何か策はないか?」

 

「レイ。何か策ない?」

 

同時にお互いにもう策がないという事を自白してしまった。

思わず、真顔で無言になるが、気を取り直す。

 

「じゃあ、基本に返って下手な鉄砲以下略で言い合おうぜ」

 

「ラジャ───一つはこのままコンビネーションで戦う」

 

「ま、当然さっきまでの焼き直しだな。こっちが最後には体力なくしてゲームセットの流れ」

 

多少のチャンスはあるかもしれないが、かなりの望み薄。

ただでさえ、性能による差があるからこっちはミラクルパンチか、もしくは慢心を狙っているのだが恐ろしい事にサラ教官にはそれがない。

 

「サラ教官! もう少し油断してくれませんかね!?」

 

「やーね。あんたらの経験とセンス知ってて油断するわけないでしょ。油断して欲しかったらそこで呆然としている愛しい教え子みたいになってみなさい」

 

「教官! それは俺とフィーが可愛い教え子ではないという事ですか! おい! フィー! 聞いたか!? この教官、差別主義だぞ!」

 

「……レイと一緒にされたくないかも」

 

「そうね、フィー。私もあんたとレイを一緒にする気はないわ……」

 

「敵は身内か!」

 

舌戦でも追い込まれた。

俺の味方はどうやらこの火照った体を冷やしてくれる風だけらしい。ドチクショウ。

 

「二つ目はこのまま白旗」

 

「テストとしては十分にやった気もするしな」

 

逆にこれで勝てるのならサラ教官不要論が発生してしまう。

というかそれだけの力量があるなら遊撃士のプロを目指している。

 

「……で、第三が」

 

「ご都合主義。例えば、レイがこのままサラにぼっこぼこにされたら謎の力に目覚めるとか。追い込みとして結構いい所まで行ってるけど、キンチョーが足りないなら私が刺そうか?」

 

「フィーこそ。そのロリボディがいきなり色気溢れる大人ボディに変身してもてもてヒロインになるチャンスだぞ。その際に服が破れるミラクルを許可してやろうではないか」

 

一瞬、互いにこいつを先に仕留めて教官に差し出せば終わらないかな? という思考が過ぎったが疲れるだけだろう、と思い、吹っ飛ばした。

さて、恐らく現状はこんなものだろう。

バリエーションはあるだろうけど、基本方針はこの三つ。

その中で一番良さげと言えば

 

「……2だね」

 

「2だよなぁ……」

 

やはりどう考えても二人でサラ教官を倒すというビジョンが思いつかない。

かなりのラッキーがあればいけるが、そんな奇跡は現実で起きることは99%ない。

そんな無謀な賭けに賭ける事が出来る様な人生なら、人類はもう少し幸せになっている。

そして3は同じ意味で論外になる。

なら、消去法で2しかない。

この実技テストも別に勝つ事=合格ではないのだ。

如何に効率よく、また冷静に戦っているのもポイントのはずだ。

なら、勝算無しに戦う行為は褒められたものではないと評価されるし、正しい結論だ。

なら、ここで潔く両手を上げるのは正しいはずなのだが

 

「その割にはフィー。納得してないな」

 

「……む」

 

図星を突かれたという表情でこちらを見るフィー。

皆は、こいつの事を余り感情を表に出さない子だとか思っているらしいが、俺からしたら分りやすい。

無表情でいるのは、単に不器用なだけである。

過去のあれこれがあるせいで表に出しても、どうせ後には……という考えが多少、あるのだろう。

非常にその気持ちは理解できる(・・・・・・・・・・・・・・)

だからだろうか。

次の言葉につい、大爆笑してしまった。

 

「勝てない事は解ってたけど……やられっ放しはむかつく」

 

笑った俺を許してほしいものである。

何せ、相手はフィーだ。

これが他のメンバー。例えば、これがガイウスやエマでも別に俺は驚かないと思う。

予想外とは思うかもしれないが、人の性格を一から十まで把握など不可能と割り切っているからである。

だが、フィーの口だと思うと笑える。

他のメンバーなら意外とは思うかもしれないが、笑いはしないだろう。

これはフィーの事情を知っている俺のみの特権みたいなものだろう。

 

よくもまぁ、その事情でそこまで年相応でいられたなぁ。

 

「……遂におかしくなった?」

 

「はっ、はは……わりぃわりぃ。気にすんなフィー。兄貴分として妹分に出番を与えてやろう」

 

「こんなへんな兄はいらない……出番?」

 

最近の周りの評価に涙が出てしまいそうだ。

前回のヅカ王子の事件のせいで女性陣の皆は誤解と分っても白い目で見るのは止めなかった。

被害者は時に加害者よりも酷な扱いを受ける……。

だが、フィーも最後の言葉には興味があったのか食いついてきた。

だから、俺も笑顔で答えた。

 

「第三の選択肢だ───ご都合主義の結果を起こしてやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

サラは二人の作戦会議が終わるのを待ってあげた。

当然、サーヴィスだ。

本来なら、もう終わらせているのだがこの二人は面白いから待ってあげている。

 

でも、まぁ、それでも点をあげるなら白旗かしらねぇ。

 

勝負もしない人間は軍にはいらないが、勝ち目のない戦いをする蛮勇もいらないのだ。

勝ち目のない戦いに挑むのは勇者(バカ)と言う。

だから、まぁ、二人ならここで降りるだろうと思っていたのだけど

 

「……無茶苦茶。たかが、一か月ぐらいしか付き合いのない私達ができる可能性は低過ぎ」

 

「そうでもない。いや、普通ならそうだが、俺達にはリンクがある分、やりやすい。元々、互いの息を合わせるのがリンクの効果だからな」

 

「……だとしても難易度高過ぎ」

 

「そこら辺は互いの実力でカバーだな───やられっ放しは嫌なんだろ?」

 

「……むぅ」

 

何やら愉快な相談をしている。

目を見てみたら、フィーは呆れ、レイは愉快と感情は違うが、諦めは宿ってない。

やる気だ。

 

「……はぁ。ま、それしかないみたいだし───やる」

 

「そだな」

 

すると、気楽に言葉を吐き、明らかな前傾姿勢を取った。

こちらに突撃する気しかない。

フェイントの気配を探るが、その様子もない。

本気でこちらに正面衝突するつもりなのだ。

 

……正気?

 

明らかな実力差がある相手に対して小細工無しの正面衝突。

二人の加速力+自重+筋力で押し勝つとでも思ったのか。

そんなの躱せばいいだけの話だ。

二人の速度が速い事は知っているが、こちら以上ではない。

まだまだ、若い教え子に負けるつもりはない。

その事を、二人も承知のはずだ。

ならば、これはただのヤケクソか。

 

「───」

 

少し、失望かもしれないが、二人の年齢を考えればそういうものかしらねぇ、と思う。

まぁ、それならそれでいい。

突撃してくる二人を倒して、説教。

これで仕舞だ。

そう思っていた───二人の体が一瞬、光が包むというより消費のような形で浮かぶ寸前まで。

 

「クラフト!?」

 

そう思った瞬間に両腕が思考よりも早く瞬発して、鋼と鋼がぶつかり合った甲高い金属音に比例するレベルで腕に衝撃が走った。

 

「くっ……!」

 

前にいたはずの二人がいないのは解っている。

何故なら、二人は超高速の速度で私を中心にXの形に斬り込んできたからだ。

加速の原因はCP大量消費による一時的な加速。

そして

 

「……!? また!?」

 

次は左右から。

異様な加速に、ブレードと銃で防ぐが、かなりの速さに二人はまた擦れ違う。

だが、やはり二人がしている事は分かった。

これは

 

「コンビクラフト……!」

 

コンビクラフトというのは簡潔に言えば、コンビネーションによるクラフト。

口で言えば非常に簡単だが、その綱渡りのような能力の調節が簡単なわけがない。

力、速度、技術、タイミング。

どれかが狂えば間違いなく、ただの二人の攻撃にしかならないものだ。

それを、恐らく即興でここまで息を合わせるとは。

 

「───上等!」

 

まだまだ次が来る。

だが、紫電(エクレール)の名に懸けてスピードで教え子に負けるわけにはいかない。

少なくとも今はまだ。

 

 

 

 

 

 

エマの目からはそれはもう疾風迅雷という言葉しか思いつかなかった。

サラ教官を台風の目として活動する暴風圏。

時々、稲光のような光がサラ教官から発生するのは恐らく、武器が激突した際に起こる摩擦熱。

それがもう、何回起きたか。

自分の動体視力でも10回以上は起きている。

恐らく、この技は単純な加速に物を言わせて敵に攻撃を送るだけのクラフト。

でも

 

加速力が凄過ぎるとここまで……!

 

嵐の苛烈さは尚増す。

 

一回二回三回四回五回六回七回八回九回十回十一回十二回十三回十四回十五回十六回十七回十八回十九回二十回───

 

そこまでが動体視力が数えられる限界であり、そして二人が止まった瞬間であり

 

「あーーーー! 技名考えてねえ……!」

 

というレイさんの叫びと同時に今までの疾走の軌跡から雷と風が吹き荒れた瞬間であった。

そしてその後を見届ける余裕もなく、レイさんとフィーちゃんはそのまま倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

フィーは息を切らせながら、皆の介護を受けていた。

 

「本当にお疲れ様でした、フィーちゃん。

 

「……ん。あり、がと……」

 

タオルと水を受け取って汗と水分補給をとる。

流石に今回のハードワークは疲れた。

一応、相方であったレイの方を見ると

 

「さぁ、レイ。水なら好きなだけ飲め」

 

「あべべべべべべべ、べ、あぼ、テメ、こら、うぶぅ!」

 

まるで滝のように二本のペットボトルを遠慮なく真下というよりレイの口めがけて飲ますというより落としているリィンとそれを疲れた体で受けているレイの姿があった。

最後はペットボトルを口に突っ込んでいた。

中身はまだ両方とも六割くらいあった気がするけど、きっと大丈夫だろう。

本当にリィンはレイに対してだけは子供みたいである。

流石に呆れたのか。アリサが仲介して何とか復帰する光景に変わるが。

 

「……アリサもレイと仲がいいよね」

 

「あ、フィーちゃんもそう思います? でも、まだそういった感じというより何だか幼馴染みたいな雰囲気出ていますよねー?」

 

「……委員長。ちょっと母親っぽい」

 

「母……!?」

 

私のコメントにショックを受けたらしいけど、疲れて反応する気が起こらない。

いや、疲れもそうだけど

 

「あっちゃあーー。グラウンド完全に罅割れ状態じゃない。面倒ねー……ユーシス、マキアス。整備よろしく」

 

「何故、俺が……」

 

「何故、僕が……」

 

ハモった二人が同時に舌打ちをするのはどうでもいいが、サラが無傷なのはちょっとむかつく。

まさか、あれだけの連撃……は防がれるのは想定内ではあった。

だけど、最後に発生する風と雷まで完全に防がれるのは想定外であった。

同じ生き物なのか怪しい……と言いたいが、残念ながら似たような存在が身内にいたのでそういった存在もいると理解してしまう。

 

……流石にサラでも団長に勝てるとは思えないし

 

そう考えるとサラに人間味が出てくるから不思議である。

でも、今回で一番不思議なのは

 

「……」

 

コンビクラフト。

確かに、私達はリンクがあるから通常のコンビよりも遥かに成功率は高い。

息も合わせやすいし、どう動けばいいのかも察知できる。

だからコンビクラフトは出来るなどと言うわけではない。

そこに少しでも疑問を抱けば、コンビクラフトは勝手に瓦解する。

信頼関係があればいいというわけでもないが、それでもお互いの関係、能力などに信頼がなければ間違いなく出来ない技である。

まだ、これがこちらの事情を知らないリィンやラウラなら出来ても、そこまで何かを思うわないかもしれない。

だけど、レイは間違いなくこちらの事情を知っているだろう───私が元猟兵だという事を。

一般人からは間違いなく殺し屋みたいに思われていて、実際に否定できない私の過去。

猟兵になった事について後悔があるわけではない。

いや、後悔なんてあるわけがない。

それが生きていく為の手段であったし、団の皆に報いる手段でもあった───それが他者の命を奪い取るものでも。

最初の頃は自分の命や他人の命に震えて何も出来なかった自分が、よくもここまで強くなれたものだと改めて思う。

自分の生き方は間違いであったかと問われると、大多数の人間は間違いだとか人間の屑だとか言うのだろう。

それは否定しないし、大いに認める。

だから、このクラスでも事情を知られたらそんな風になるのだろうと思っていたのだが

 

「フィーちゃん?」

 

「……ん?」

 

「何かいい事でもあったんですか?」

 

委員長にそう言われるというのなら、自分の無表情が崩れていると認めるしかない。

でも、何だか安易に認めるのも癪な気がしたので

 

「───ん。なんでもない」

 

そう答える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さん、長らくお待たせしました……かなり飛ばして実技テスト2回目です。

まぁ、今回はむしろフィーとの絆イベントみたいな回でしたね。
そしてコンビクラフト……これを書くのが楽しみでしたけど、ちゃんと描写出来ましたかね?

今回のサラ教官の目的は言ったように二人の過信を叩き折るのが目的でしたが、もう一つは他のクラスメイトのレイとフィーに対する偏見を叩き壊すのも目的です。
ここまで、レイがつえーみたいな風に書いたかもしれませんが、当然クラスのメンバーもそう思うでしょう。
そうなると当然、レイなら。フィーなら大丈夫という考えが無意識にあるかもしれません。
当然、そんなのは明らかに不味いので二人には今回は負けてもらいました。
コンビクラフトの派手さに目を奪われがちですが、これって要は本来のサラ教官とのバトルに最初に急いでクラフトを割り込ませたくらいの小細工でもある事になりますからね。
流石にサラ教官も驚きましたがやはり無傷。A級は伊達じゃない。
ともあれ、次回から第二章……出来れば、皆さんこんなイベント、クエストが見たいという案があればなんでも言ってくれませんか?
オリジナルで行こうと思っているので、意見募集中です!

そして感想もよろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別実習 セントアークⅠ

「あっつっつ……筋肉痛が……」

 

「マッサージはしたのか?」

 

「したけど……まぁ、あんなアドリブコンビクラフトの後じゃあなぁ」

 

鉄道の席で他のメンバーと会話しつつ、レイは体を解していた。

 

「でも、凄かったわねぇ……あのクラフト。私から見たら、もう何が何やらで理解できなかったわ」

 

「フフ……私はそなたとフィーが良き好敵手であると改めて理解して素晴らしかった……」

 

ラウラの凄い綺麗な笑顔と声にぞくぞくする───恐怖で。

帰ったら、俺はどうなってしまうだろうか……。

 

「ま、まぁ、それはともかくとして。今頃A班はどうなっていると思う?」

 

「んー……あんまり言いたくないけど僕はその……予想通りだと思う」

 

全員がうんうん、と頷いて、あの実技テストの後を思い出す。

全員の実技テスト終了後、やはりというか予定調和的に次の実習の目的地と班分けのプリントを渡された。

その内容が

 

 

【5月特別実習】

A班:リィン、エマ、マキアス、ユーシス、フィー

(実習地:公都バリアハート)

B班:レイ、アリサ、ラウラ、エリオット、ガイウス

(実習地:旧都セントアーク)

 

 

というものであった。

ああ、この教官、間違いなくやる気満々だな、と売られている二人を除いて全員が理解したであろう。

そして当然

 

「サラ教官! いい加減にして下さい! 何か僕達に恨みでもあるんですか!?」

 

「……茶番だな。こんな班分けは認めない。再検討をしてもらおうか。」

 

予想通りの反応をしたので全員が耳を塞いだが、当の教官は暖簾に腕押し状態。

一応、ユーシスは実家。マキアスは何やら貴族の本山だからというちゃんとした理由もあるようだが、感情で認められるはずがない。

だから、サラ教官は普通に笑顔で

 

「それとも、実力で変えてみせる?」

 

と、笑顔で二人に問うた。

 

「……くっ」

 

「ちっ……」

 

それに対して、二人がそのまま挑む事は出来なかった。

これは、単純に俺とフィーが事前にサラ教官の実力を曝け出していたが故の理解だろう。

逆に、サラ教官の事実を知らないままなら、そのまま挑んでいた可能性は大いにある。

で、まぁ、結局あのままのチーム分けで挑む事になったのだが

 

「まぁ、サラ教官はリィンを見込んでああいうチームにしたんだろうけどな」

 

「見込んでって……リィンに力がないってわけじゃないけど、そこまで簡単にどうにかなる問題かな……?」

 

エリオットの疑問も最もだが、そうとしか言えないから説明しようがない。

リィンはこの一、二か月で大体理解したが、非常にトラブルメーカーである。

だが、トラブルメーカーというのは逆に言えばトラブルに対処するのが上手いという事である。

聞いたところ、人間関係、金銭関連、物、その他色々という様々なバリエーションなトラブルをリィンが解決してくれたとの事らしい。

情報源はトワ会長……ではなくクロウである。

あの人が傍に来ると体が未だにぞわぞわっと来るのだ。それはもう、強烈に。

だから、それを語ると

 

「……いや、それは貴方も……」

 

「うむ……無自覚、というものか」

 

「レイは何だか変な所で……」

 

「……まぁ、リィンと違って女子関連で鈍感ではないだけマシというものではないか?」

 

アリサ、ガイウス、エリオット、ラウラの順で何やら言われるが無視する。

俺はリィンみたいに人間関連系でのトラブル対処は苦手なのだから問題ない。

 

「ま、いない相手を気にしても意味ないさ。今回も気楽にやってけばいい。そんなもんだろ」

 

「本当に気楽ねぇ……まぁ、でも緊張し過ぎても意味はないわね」

 

「ああ。俺達らしくやろう」

 

ガイウスが綺麗に締めてくれたのでそうだろうと、頷きつつトランプを取り出した。

 

「あ、レイはトランプ持ってきたの? 僕もブレードは持ってきたけど」

 

「ブレードも悪くはないけど、今回は集団でやろうかと思ってな」

 

ほぅ、うむ、あら? と他のメンバーも協調してくれたのでふむ、とカードをシャッフルしながら

 

「暇潰しに罰ゲームでもするか」

 

「……パンツ頂戴なんて破廉恥な罰ゲームは嫌よ」

 

「その誤解がまだ解けていないか!」

 

あのヅカ王子が引き起こしたイベントはクラスの絆にすら罅を入れるとは……今度出会ったら唐辛子を目玉に注入してやろうか。

 

「そ、そういうのじゃなくてな。例えば、負けたらお互いに聞きたい事を聞いてみたいとか。所謂、交流ゲームだよ。例えば、ラウラ、趣味は?」

 

「今の所、レイとフィーと腕試しをする為に追いかける事だな」

 

「……聞きたくなかった……」

 

最近の彼女の朗らかな笑顔が怖いです。

彼女にバトルジャンキーの趣味を与えた人間は誰だろうか。彼女の父親だろうか。

 

ちくしょう……真っ向からじゃ勝ち目がねぇ……。

 

「と、まぁ、こんな感じに遊びと交流を深めてセントアークに辿り着く、ちょっと前まで遊ばね? 他のメンバーはともかくガイウスとアリサとラウラは前回の旧校舎で組むのが初めてだろ」

 

「そういえばそうね……」

 

「確かに盲点だった……」

 

クラスの交流は氷河期に入っている二人以外は問題ない。

問題ないが、やはり付き合いが短いのは事実だ。

そこは正直、どうしようもない事実なのだ。対策があるわけでもないし、特効薬があるわけでもない。

だから、こうしてコツコツと交流を進めるしかないのだ。

 

「それにしてもレイって凄いね?」

 

「はぁ? どうしてエリオット。おだてても手品しか出ないぞ」

 

「へ? う、うわぁ! レイの手から薔薇が急に!?」

 

「意外な特技だな」

 

特技以下のスキルだから、そこまで自慢出来るものではない。

少なくとも、本職の人から見たらザルだ。

 

「いるか? アリサ、ラウラ」

 

「いや、純粋に嬉しいけど……」

 

「この場で貰っても飾る事が出来ないではないか……」

 

御尤もで。

だから、薔薇は一旦、手から消して、代わりに

 

「わぁ……」

 

「ほぉ……」

 

アリサの方にはクッキー。

ラウラの方には飴。

それが両手から現れ、二人に差し出した。

 

「うわっ、これ……どこで買ったの?」

 

「別に。普通にトリスタで買ったものだ。高級品じゃないから気にするな」

 

「いや……しかし、御代を……」

 

「わざわざ金を取る為に買わんよ」

 

二人して何か言いたげな表情になったが、そのままお礼を言って貰ってくれた。

 

「さてエリオットとガイウスには……」

 

「え? 僕達にもくれるの?」

 

「有難いが……本当にお金の事は大丈夫なのか」

 

「ああ。こう見えても暇な時に魔獣倒してセピス塊売ってるから気にすんな。それに、俺は基本、男女平等だぜ?」

 

ごそごそ、とあっれーー? とか言いつつ目当ての物を探しているレイを余所に四人が思わず目線で会話する。

 

暇な時にって……。

 

そんな暇があるのかしら……

 

部活動にこそ入っていないが、リィンみたいに生徒会の依頼がないのに何かに奔走しているのが私の普段のレイのイメージなのだが……

 

少なくとも、魔獣を倒しにいっている姿を、そこまで見た覚えはないな。

 

アイコンタクトの範囲を超えている気がするが、そこはリンクで補っている。

無駄にARCUSを使いこなしていた。

 

「っかしいなぁ……ここら辺にガムを入れていたと思ったんだけど……」

 

「むしろ、どこにそれだけのアイテムを入れていたんだ?」

 

ガイウスの突っ込みに周りもつられてレイを見ると何時の間にか道具やらお菓子やらが結構、出てる。

本当にどこに入れているのだろうかと全員が気にするが、本人は気にするなと言うので渋々引いた。

 

「お。あったあった。ほら、二人にはガムだ。美味いぞぉ」

 

「あ、ありがと」

 

「感謝する」

 

パンパン、と今度は出した道具やお菓子を収納していく。

周りが凄い不審な目でこちらを見てくるが無視する。

 

「さて……じゃ、まずはババ抜きからやろうか?」

 

 

 

 

 

 

まもなくセントアークですというお馴染みのメッセージで現実に戻らされてB班。

そのトランプの内容は

 

「納得いかないわ! レイにダウトでここまで嘘がばれるなんて……もう一勝負!」

 

「時間的に無理だから諦めろアリサ。そんなのを言うなら神経衰弱の時のガイウスの記憶力と勘の良さはなんだ。風の導きパワーはチート過ぎるだろうが」

 

「そうか? 俺はむしろポーカーでのエリオットの謎の圧力が怖かったのだが……」

 

「そ、そうかなぁ……ラ、ラウラはババ抜きでちょっとポーカーフェイス崩れていたね?」

 

「むぅ……ああいうのは私は苦手なのだ……」

 

まさか、罰ゲーム以外で互いの個性がここまで暴露されるとは思わなかった集団は色んな意味で感慨深い思いを既に抱きつつ、とりあえず片付けを始めた。

 

「さて……セントアークか」

 

「A班が行っているバリアハートよりはマシだけど帝国の大きな貴族街の一つね」

 

「確か、Ⅰ組にいる四大名門のハイアームズ家が領主であったな」

 

「ふむ……リィンを学生館三階のサロンに招待した学生か」

 

「ユーシスやラウラ、リィンと比べると何だか典型的な貴族って感じだったよね?」

 

時々、俺はエリオットの順応が怖い。

次にラウラの剣を持っての笑顔。一番はトワ会長かもしれない。

まぁ、確かにエリオットの言うとおり典型的な小物な感じの貴族であったが。

物語で言うと主人公達に嫌がらせをするタイプの人間。

嫌な事に、あの同級生から何故か何度かこちらを見る視線を感じる。

いや、俺というよりⅦ組をという感じなのだが。

視線に見るからに、こちらに対しての侮蔑が込められていて、おいおいと何度か思った。それはあの坊ちゃんだけじゃなくてⅠ組の生徒のプライド高そうな生徒からだが。

 

「大方、Ⅰ組の貴族生徒からしたら特別なクラスなんて思い上がってこの野郎っていう感じなんだろうよ」

 

「……別に、Ⅶ組は我らが作ったものでもなければ思い上る要素もないのだがな」

 

正しく、ラウラの言う通りなのだが、そういう感じに見えるのだから仕方がない。

 

「……まぁ、なんだ。別に深く気にしないでいいとは思うが、やらかされないように気を付けとけよ。他の戦闘系はともかくアリサやエリオット、エマ、マキアスは色々と不安だぞ? 現時点で言えば一番不安なのはマキアスだが」

 

「……そういえば以外にもマキアスはユーシスでイメージが出来上がっていたけど、他の貴族生徒とはそこまで喧嘩してないね」

 

確かに、エリオットに言われてそういえばと思った。

ある意味で、ユッシーのお蔭で他の貴族に視線を集中する所ではないのかもしれない。

最近は、リィンが余計な言葉遊びをしたせいでリィンにも敵意が集中していたし。

まぁ、あれは完全にリィンのせいだから同情はせんが。

それも含めて、今回の実習でリィンが何とかするだろう。

無理だったら知らん。

まぁ、それはさておき

 

「今回は出来るだけ無問題で行きたいなー」

 

でも、何故だか知らないが無理な気がする。

ここにいるメンバーがリィンを含めて、全員トラブルメイカーだからだろう。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……!」

 

エリオットのこの第一声こそ、アリサは皆の心情を表してくれているだろうと思う。

正しく、貴族の街と言われても過言ではない豪奢な街並みの光景。

歩く人も、勿論、貴族ではない人もいるのだろうけど中には明らかに隠す気がない煌びやかな衣装を着て歩いている人が多い。

店も場合によるけど綺麗な所や大きな店が多い。

ケルディックは賑やかであり、ここも間違いなく人の数と規模なら間違いなく賑やかと評せるものがあるのだが方向性が違う。

ケルディックは楽しそうという感じがしたが、この町は少し威光が強過ぎて重さを少し感じてしまうものだ。

第一印象から決めるのは余り好きではないのだが、少しここは自分とは合ってないのかもしれない。

 

「レイ? それで? 私達は着いたらどうすればいいんだっけ?」

 

「何故流れるように俺に聞く。まぁ、確かにサラ教官から聞いてるけど。とりあえず、宿屋に迎えだってさ。ここで立ち止まっても意味もないし、行こうぜ」

 

地図を見ようともせずに歩いていく彼を見ると、どうやら今回も彼は来た事がある街らしい。

どれだけこの男は旅をしているのだろうか。

とりあえず、やはり宿も豪華であった。

 

「トールズ士官学院の皆様ですね? お話は聞いております」

 

と、歓迎の挨拶を受け、そのまま部屋に案内される。

今回は男女別に分けられている事に皆に気づかれないようにほっとした。

いや、まぁ、三人ともそういうのはしないタイプの人間っていうのは解っている。

レイは怪しいが、実のところ、彼は彼でギャグで抑えられる範囲でしかそういう事はしないので、そういう意味でなら信頼できる。

だけど、それとこれとはやっぱり別で……ラウラみたいにきっぱりするのが士官学院の生徒として正しいとは解っているんだけど……つい。

そして、そのまま荷物を各自の部屋に置き、ロビーに再び集まり支配人から例の特別実習の依頼を手渡された。

早速、中身を見る。

 

一つ目は手配魔獣。

二つ目は店のイベント手伝い。

三つ目はモデルを求めるというもの。

 

「……一つ目はまぁ、前にもあったものだな」

 

「うん。そこは実に士官学院らしい依頼であるのだが」

 

「……二つ目の店はレストランのようだな」

 

「じゃあ、二つ目は大安売りを手伝ってとか、店特有のイベント手伝いかなぁ?」

 

「三つ目はタイトル通りみたいで、依頼人も服飾関連の店らしいからそのままの依頼のようね」

 

何やら今回は珍し気な内容ばかりだ。

まぁ、珍しいと言ってもまだ二回目だから珍しいと判断するに早い気もするが。

 

「必須は手配魔獣だけみたいだな……これは一番最後に回した方がいいな。この面子なら問題はないだろうしな。じゃ、武器とオーブメントの手入れが終わったら早速行くか?」

 

レイの提案には最もだと思うし、その方がいい自分でも思っているので否はないが

 

「その前に班のリーダーを決めるのはどうかしら?」

 

すると、他の四人も意図を理解したのか。同意するように頷く。

唯一、意図が通じなかった当の本人は

 

「リーダー? まぁ、別にいいんじゃね? その方が身も心も締まるっていうなら問題ないし、引き際と攻め際&判断力を養うっていうなら何の問題もないしな。どうする? アリサがやるのか?」

 

ここで私がやるのか? って聞くのがレイらしいというか。

あからさまだろうに、それに本当に気付いていない。

そこら辺は微妙にリィンと被っている。

好意の意味が違うかもしれないが、そういった部分に鈍感である。

 

……もしくはわざとなのかしら……。

 

よく考えれば。

彼もクラスの中で過去を語る人間ではなかった。

知っているのは家族が遊撃士で自分も見習いとして働いていたこと。

そして自分が記憶喪失の人間である事。

それが全てであった。

まぁ、それは皆からしたらの私もそうなのだから気にしないでおこう。

だから、今はその自分はまるで関係ないっていうその表情を崩すために

 

「とりあえず、多数決で決めたいんだけど───」

 

勿論、私達が誰を指名したか言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

「ここが例のレストランか」

 

ガイウスはレイの先導を元にレストランに辿り着いた。

何故か、店はカーテンを閉め切っており、閉店しているのではないかと思ったが中で色んな人が動く気配をしたので間違いなくここだろうと思ったのだ。

レストランの名は『ロワイアル』

何故か、嫌な予感がする名前であった。

周りのメンバーも表情が何故、こんな店名にっという顔である。

だが、まぁ、別に店名に罪があるわけではないので無理矢理嫌な予感を振り払い、店の扉を開けた。

店は普通に広い店であり、何をメインにしているのかは理解出来なかったが、もしかしたらバイキングという形式の店なのかもしれない。

断言が出来ないのは依頼にあるイベントの為か。席が纏められており、中央に何やら横長の机と椅子が置いてある。

一体、どんなイベントをするのだろうか。

段々と興味が湧いてきた。

 

「あ! トールズ士官学院の学生ですね!?」

 

イベントの設営の指示を出していた女性がこちらに向かって声をかけてきたのでこちらも挨拶をしながら女性の方に向かった。

 

「初めまして。トールズ士官学院Ⅶ組B班のレイ・アーセルと愉快な仲間ですが、依頼のイベントというのはこちらの方で?」

 

愉快云々でアリサが凄い目でレイを睨んでいたが、本人は普通に無視した。

リーダーに指名された事を根に持っているのかもしれない。

まぁ、それでも黙ってこなす所がレイらしいが。

 

「はい、こちらの方です! 良かった! 来て頂いて!」

 

どうやら活発な女性らしい。

笑顔を撒き散らせ、周りに明るい雰囲気を生み出しており、見た目からすると店員の方かと思い

 

「あ! 自己紹介がまだでしたね! 私、店長のローラと申します! よろしくお願いします!」

 

「───皆。落ち着け。驚きたくなるのも仕方がないが、口調や仕草から明らかに事実だ」

 

世の中、不思議というものは数多くあるものだ。

よくよく考えればトールズ士官学院の旧校舎といういい例があるのだから不自然に若いくらい普通かもしれない。

何やら女性陣が頻りに自分の肌や髪を気にしていたが気にしない事にした。

 

「何やらイベントの手伝いという事らしいですが……見たところ、設営の方はかなり終わっているようですが……」

 

「あ! いえ! 今回、皆さんに手伝ってほしいのはイベントの設営じゃありません!」

 

失礼かもしれないが、レイの敬語というのも珍しくて驚くが、余り偏見で決めつけるのも失礼だなと思い、気を締めることにした。

 

「では何か……必要な素材でも? 危険な場所にしかない食材とか?」

 

「いえいえ! そういった細々としたものはこちらで揃えています! ───皆さんに頼みたいのはイベントの参加なんです!」

 

「参加?」

 

思わずといった調子でエリオットが口を挿む。

エリオットの疑問は最もだ。

見たところ、観客席だけを見ても結構な人数が参加するみたいだ。

その中で、学生である自分達が参加するのは浮くのではないかと思う。

それに

 

「ですが、こちらも他の依頼があるので余り時間は取れないのですが……」

 

「あ! それなら大丈夫です! イベント自体はもう直ぐ始まりますし、時間も一時間くらい取ってもらえば……」

 

ふむ、と少しレイはローラさんに相談の時間を取らせて貰い、こちらで集まる。

 

「一時間程度なら確かに不可能ではないか……」

 

「ふむ……私も余りこういうイベントについて詳しくはないが……しかし見た所困っているのは確かなようだ。なら、受けてもよいのではないか?」

 

他のメンバーも同意らしく、なので決定権があるレイの方を見る。

はいはい、と言いたげな仕草と表情で受ける事が一致した。

 

「では、イベントの詳細を知りたいのですが……」

 

「あ、はい! 参加は男性三人によろしくお願いしたいです! 女性の方々は細かな所を手伝って貰えれば!」

 

「あ、女子は直接参加しないんですね?」

 

アリサは多少、ほっとしたような顔をしている。

女子はこういったイベントで前に出たい派と前に出たくない派で別れるものなのかと思いつつ、質問の答えを聞く。

 

「はい! ───流石に女子の方に参加させるわけにはいきません!」

 

「え?」

 

何やら言葉の選び方がおかしかった気がする。

レイも気付いたようだが、気のせいだと思ったのだろう。特別追求せずに

 

「では、イベントの中身は……」

 

「はい! ───出された食事を食べ切るイベントです!」

 

再度の言語選択に店の前で無視した嫌な予感が蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

『はーーーい! 今日も皆さん集まって頂いてありがとうございます! 今回も隠れイベントの始まりですよーーーー!』

 

ワァーー! と騒ぐ中、レイはとりあえず座って周りの観客の視線を受ける。

すると隣のエリオットが小声で

 

「はは……やっぱり、ちょっと緊張するね」

 

「食べられる所を注目されるのは初めてだ……正直、帝国の食事のマナーを上手く出来るか不安だ」

 

「まぁ、流石にそこまで目くじらは立てられないとは思うが……いざという時は俺かエリオットに聞けばいいさガイウス」

 

「かたじけない」

 

「僕もちょっと心配なんだけどね……」

 

確かに人に食べられる所を注目されるというのは初めて近い経験だろう。

とりあえず、出来るだけ下品に食べないようにしなくては。

すると、俺の隣の他の参加者であるおじさんがこちらに笑顔で話しかけてくる。

 

「ガハハハハ! 何やら珍しい制服着ている子供らしいが、度胸がある子供達だな!」

 

「いやぁ、これも学院の授業の一環でして」

 

「授業の一環で参加するのか! ───凄い授業だな!?」

 

何やら参加者の皆さんの言葉の選び方もさっきから不穏だ。

他にも

 

「ああ……この状況で談笑する余裕があるたぁ、活きがいい子供だ」

 

とか。

 

「あそこにいる同じ制服の女の子は彼女かい? 成程……男だから見栄を張りたいよな……」

 

などと嫌な予感を増長させる言葉しかない。

見れば、頑強なおじさん集団は皆、武者震いに震えている。

まるで魔王に挑む勇者のようなテンションになっている気がするのだ。

 

「……早まった気がする」

 

まるで、天使の祝福を受けたはずなのにその天使は実は悪魔でしたという感じの。

間違いなく何かがおかしい。

良くて味の批評をする係り。

悪くて大食い競争だろうと腹を括っていたのだが、どちらも違う気がする。

遊撃士として培ってきた経験がさっきから警報を鳴らしている。

だが、もう賽は投げられた。

何故なら、もう目の前に料理が置かれたからだ。

 

「……普通のサラダですね?」

 

しかし、思ったよりもそれは普通のサラダであった。

緑に赤、黄色と様々な野菜を盛り合わせ、何やら赤いソースが惜し気もなくかかっているコースの第一走。

どうやら無駄に構え過ぎたのかもしれない。

もう食べてもいいらしいのでフォークを取り、いただきますと手を合わせる。

周りが戦々恐々しているのを無視してサラダを食べる。

うん、新鮮さを第一に、優しさすら感じるその食べ応えに後からソースの甘……甘? ───苦い。

最早、毒のレベルにまで昇華された苦味が一瞬で口の中で爆発した。

 

「ぶはっ!」

 

隣のエリオットが余りの苦みに耐え切れずに吹き出そうとするが───何時の間にか背後に立っていたウェイターがエリオットの口を無理矢理閉じさせた。

 

「お客様───料理を口から出すのは禁止で御座います」

 

ご丁寧に能面の笑顔を付けた完璧な笑顔で死刑宣言をした。

見れば、用意のいい事に手はゴム手袋をしている。

 

「ま、まさか……これは……!」

 

俺は即座に水を探すが───置いていない。

わざとらしく置いていない。

そのせいで何となくこのイベントの趣旨を理解し、更にこの赤いソースが何か解った。

 

「これはにがトマトのソースだ……!」

 

リベールが生み出した謎のトマト変異。

トマトの癖に苦いという斬新さで、実は意外に人気商品なのだが、これはそんなものではない。

よく見ればサラダにこの赤いソース……というよりはケチャップじゃないのかこれ? と思わないでもないが、かかってない部分が存在しない。

つまり、どこも苦みのフェスティバル。

そして、間違いなくこのにがトマト。どうやったのかは知らないが、品種改良か、もしくは調理法からか。

苦みのゴージャスさが増している。

ガイウスはどういう事だという表情をしているが、それに答えたのは俺ではなく隣でぐえっぷとか唸って笑ったおっちゃんであった。

 

「へへへ……どうやら気付かないで参加したようだな……そうよ。このイベントは批評大会でもなければ大食いでもねえ───これらの珍料理を最後まで食べ切れるかの生存競争よ!」

 

「は、謀ったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

思わず、叫び、視線を店長のローラさんを見る。

すると彼女はそのままの笑顔で口元を動かす。

声は聞こえない。だが、その口はこう動いていた。

 

け・い・か・く・ど・お・り

 

「げ、下種ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

エリオットが色んな涙を零して思わず、立ち上がろうとするが

 

「おっと、がきんちょ共。言っとくが、始まったらこの席は立てれねえ。食って生きるか、食って死ぬかがこのイベントの最大にして至上のルール。食い残しなんて当然許さねえ」

 

「狂ってる……!」

 

ガイウスすらも冷静さを失って叫ぶがそれどころではない。

その話が本当なら、俺達はこの後も続くこのファンシー料理を食べ切らなくてはいけないのだ。

観客の熱狂ぶりも異様だ。

デッドオアアライブ。

その単語こそがここの全て。

 

「くぅ……!」

 

悔しいが、出された料理は食べなくてはいけない。

ダメージすら負うこの苦味を必死に呑み込みながら、何とか食べきる。

見れば、周りも最初のサラダなのに息絶え絶えだ。

 

「だ、大丈夫かエリオット……」

 

「な、何とかだけど……絶対にもたないよぉ……」

 

仲間の絶望の声が耳に痛い。

ネガティブに陥りそうな心を必死に押し止める。

ここで精神すらも屈服したら後から続く地獄に耐えられるはずがない。

負けてはならないのだ。

 

 

 

 

 

 

次のメニューはスープであった。

見かけは逆に余りにも普通すぎて不気味……ではなく

 

「何だこの冷気は……」

 

そう。

スープからもうもくもくと冷気が漂っている。

足元に置いてある手が指の先から冷えていく感触がある。

どうしたら、こうなるのか理解出来ないがとりあえずスプーンを手に取って中に入れ

 

「───取れん」

 

そのまま凍結した。

おかしい。

感触は間違いなくスープの液体の手応えだったというのに、まるで氷の中に突っ込んだかのように瞬間凝固した。

最早、これは既存の料理ではない。

これぞ、調理する事によってミラクルと共に発生する料理───正しく攻撃料理!

 

「どうやって食えと言うんだ……!」

 

入れたスプーンが凍結する料理など間違いなく口にいれば口の中、全てが凍り付く。

口の中が凍り付いて死ぬなんて、もう拷問なんてレベルではない死に様ではないか。

既に横では無謀にも挑んで食べて、口の中が凍り付いて悶え死んでいる死体が増えている。

前菜なぞ、これに比べれば赤子に等しい。

だが、諦めるには早い。

それ程、容易く凍結するというのなら

 

「こちらから温めればいい事だろうが……!」

 

瞬間、スープから稲妻が走り、目論見通りにスープは温まる。

そしてそのまま食らいつく。

 

「あばばばばば、あばんばばばばば」

 

若干、口答えがビリビリしたが問題ない。死ぬには遠過ぎる。

見れば、ガイウスも見様見真似でオーブメントを利用して炎を出しており、生還している。

だが

 

「……エリオット……?」

 

何時の間にか、彼はスープに顔面を入れた状態で動きを止めている。

身動き一つすらしていない。

そう、本当に。呼吸どころか心臓ですら動いているのか怪しい。

 

「お、おい……エリオット。冗談は止せ。下手な演技なんてお前には」

 

似合わないと言いつつ、手を伸ばし、彼の肩を叩き───そのまま彼は横倒しに倒れた。

顔面に完全凝固した皿をくっ付けたまま。

 

「馬鹿なエリオットーーーーーー!」

 

思わず、ガイウスと一緒に駆け寄ろうとするが

 

「お客様───お席から立つ事は許されていません」

 

「な、何だと……!?」

 

それはつまり、目の前で身動きすらせずに倒れている仲間に手を貸す事も許されないと。

生死不明で、それでも今から手を貸せば復活する余地がある仲間を?

例え、生命が停止していても、その冷えていく体(料理による)を抱きかかえて涙を流す事すら許されないというのか。

 

「風よ……!」

 

ガイウスが祈るが、やはりエリオットは動かない。

 

「ば、馬鹿な……」

 

呆気無さ過ぎる。

あのエリオットが何もこちらに残さずに逝ってしまった。

余りにも空虚さに、最早涙すら流れない程であった。

 

「……あの二人、周りのテンションにやられて若干、おかしくなってない?」

 

「だが、客と参加者の反応からするとあれくらいにならないと逆に辛いのかも知れん……」

 

外野の反応ですら気にならない程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は魚料理か……」

 

これも間違いなく鬼門だ。

対処を間違えたら、間違いなく煉獄逝き確定の万能地雷。

不幸中の幸いか。制限時間がない為に他人の動向から料理の攻撃の種類が判断できる。

一人を生贄に捧げれば生き残れるのだ。

生贄になった人間には黙祷は捧げよう。後は知らん。

自分が生き延びればいいのだ。他人の事に構っていられる余裕なんぞ皆無だ。

だから、次に運ばれてきたカザギンに対しても何の油断もしなかった。

見たところ、やはり見た目自体は不審な部分はない。

ちゃんと焼かれたカザギンはその生命活動を停止し、間違いなく人に対しての食べ物へと変化している。

 

……ボコリ

 

「ん……?」

 

今、気のせいかカザギンの腹の部分が膨れ上がった気がする。

まるで泡のようにという感じに。

調べようと少し顔を近づけた時に近くから明らかにフョークを取る音が聞こえる。

はっ、として振り返る。

だって、そっちの方は

 

「ガイウス! 止せ!」

 

「いや、レイ。これが適材適所だ」

 

「馬鹿な事を言うな! 犠牲に適材も適所もあるものか!」

 

「───だがしかし。それでは周りに被害が出るだろう?」

 

「───」

 

事実だったが故に口が強制的に閉口した。

しかし、その様子にガイウスは微笑を出してこちらをただ見る。

 

「気にしなくていい。出来るだけ俺に被害を出さないように考えていたのだろう? 感謝こそするが非難する気はない」

 

「な、なら、お前の代わりに俺が食えば!」

 

「俺は余り詳しく知らないが───こういう時にリーダーを残すのはセオリーなのだろう?」

 

「ガイウス……!」

 

笑顔で何も言うなと今回の魚用の箸を魚から取ろうと魚に指しながら、笑顔をこちらに向けながら───その笑顔は光に包まれた。

まるで昇天するかのようなその光景に、何か前にも一度この光景を見たことがあるぞという思考が生まれたがその前に

 

「ガイウスーーーー!!」

 

ガイウスが爆発した。

否、厳密に言えばまさかの魚が爆発した。

一か月前のゴキバンの恐怖を思い出しながら、恐らく原理としては似た爆発要因……つまり触れられた事によって爆発したのだろう。

そして、爆発に巻き込まれたガイウスは───

 

「───またお前リーゼントかよ!」

 

ちゃっかりフラグを回収するガイウスに思わず、ツッコミを入れるが、よくよく考えれば事態に希望が見えない。

 

「今度こそどうしろって言うんだ……!」

 

触れれば爆発する魚なぞどうしろと言うのだ。

しかも、フォークで触る段階で。

ガイウスのような前衛職ですら一撃で倒す威力では、頑丈が売りな自分でも耐えられるとは思えない。

流石にこの事態に周りの生き残っているメンバーも悔しさを吐き出している。

ここでゲームセットするしかないのか? 

いや、だがそれだけはいけない。

ここでただ終わるのならエリオットの死はどうなる? ガイウスの犠牲は?

一瞬、ガイウスはこちらに嫌な役割を押し付けただけではないかという邪推が生まれるが無理矢理忘却する。

そう……なら、ここでただ終わるだけの決着など認められない。

ならば、直ぐに行動をと思い、袖の中に隠しているものをそのまま観客の前に落とした───フラッシュグレネードという小道具を。

小道具のピンは既に抜かれていたので、ちゃんと機能を発動させ、周りの目を潰す。

 

「うわあああああああああああああ!?」

 

周りの悲鳴は無視して、自分はちゃっかり腕で防ぎつつ

 

「ARCUS駆動」

 

本命のアーツを起動させる。

急げ。しかし、慌てるな。

ただでさえ苦手分野なのだ。ここでまさかの発動失敗とかになったら笑えてくる。

だが、今回は祈りが届いたのか。上手い事、アーツは発動した。

 

「アクアブリード」

 

アーツ適正がない俺だからか。明らかにエリオットと比べて小さい水玉が出るが、気にせずに分割して、それをそれぞれの魚にぶちまける。

全員にやるのはイカサマ発覚の可能性を避ける為だ。

丁度、ぶちまけた後に目潰しも終わった。

ならば後は

 

「命を懸けるのみ!」

 

そのまま勢いに乗ってフォークを刺す。

周りが爆発を恐れて引いていくが───爆発しない! 

勝った! と思い、そのまま切り分けて、安堵事食べようとするが

 

「水気が……!」

 

作戦上仕方のない末路であったとはいえ、何が悲しくてこんな水気たっぷりの魚を食わないといけないのだろうか。

色んな意味で涙が流れそうだが、止めるわけにもいかなかった。

すると、周りでは爆発音が幾つか。

どうやら、全部が全部、成功したわけではなかったようだ。

南無三。

 

 

 

 

 

 

いよいよ来てしまった肉料理。

間違いなく、これは最後の晩餐に成りかねないメインディッシュだろう。

気を引き締めなければ殺される。

そうして、よく周りを見回せば生き残りが既に俺を含めて二人しかいない。

それは隣にいるおっちゃんであった。

 

「よう、アンちゃん。まさか、最後まで生き延びるとは。大したもんだねぇ……」

 

ガハハ、と裏のない笑顔で笑ってくれるこのおっちゃんがこの煉獄における唯一の清涼剤であった。

女子二人は?

あの二人は同情だけで、この苦楽から救ってくれる事もなければ分かち合ってくれないのでノーカウントだ。

今の俺には積み上げてしまった戦友(とも)の姿しか見えない。

 

ガイウス……エリオット……見ていてくれ……

 

きっとボーナスポイントは手に入れて来るから。

暗い笑顔を浮かべながら、二人の笑顔が幻として浮かび、サムズアップしてくれる。

もう何も恐れる事もない。

見れば、隣のおっちゃんも

 

「へへ……俺にもよぉ……こんなガサツな俺が育てたとは思えねえ可愛い娘がいてよぉ……しかももう直ぐ結婚式なんだよ……はは、娘の幸せってぇのは何時の時代でも馬鹿な親父の最高の麻薬でよぉ」

 

ヤバイレベルの台詞と状況をばんばん口から吐いている親父。

しかも、この場合、他人事ではない。

おっちゃんがヤバイ目に合うという事は必然的に俺もヤバイ目に合うという事なのだから。

運命共同体という重い言葉が頭に思い浮かぶ。

冗談で済まないのが残念な所であった。

 

『はい! 皆さん、お待ちかねのメインディッシュの時間です! いやぁ~、ここまで生き残るとは……』

 

待ってない。そして今、本音出た。

製作者側の人間も明らかに殺意に溢れた料理だと自覚していたのか。

最早、怒りすら湧いてこない自分は末期症状なのだろうか。

そして、次のメニューがこちらに運ばれてくる。

ゴクリ、と二人で唾を飲む。

そして、その内容は

 

『次の肉料理はご覧の通り! 明らかに経営無視の大赤字八連ステーキ積立! この店、頭大丈夫かーーーーーー!?』

 

「───」

 

一瞬、視界に入れたが、しかし直ぐに何故か視界が真っ暗になった。

最早、思考すら出来ない無音の空間を心地よく思い、そのまま暗い海の底にまで行くような気持ちでそのまま真理の奥底に開眼を切に願い、渇望というのは心の底から願い、祈り、狂ってすら届かない切なる願いであってつまりこの世に神なんて存在しないという証明であり、ああ、何か悟りが来たよ来たよ。

 

「アンちゃん! アンちゃん! しっかりしろ! 間違いなく意味がない悟りに挑もうとしても、現実は変わらねえぞ!?」

 

そこは変わって欲しかったが、とりあえず有難い忠言に従って意識を覚醒させる。

 

「……うわぁ」

 

再び、無我の境地に挑みたくなる気持ちを抑えるのが精一杯であった。

それはタワーであった。

この際、肉が八連とかは関係ない。何故なら、それ程までに一つ一つの厚みがおかしかったからだ。

肉一つで明らかに二つ、三つはいける。

 

「まさか、ここに来て物量作戦とは……」

 

手の込んだ罰ゲームである。

よく考えれば珍料理というのは何も頭がおかしい料理の事を言うものではない。

明らかに常識から外れているものも珍料理とも言えるのだ。

これぞ、言葉のマジック。

ストレスの余り、頭痛すら発生し始めたが挑むしかない。

 

「い、いただきます」

 

 

 

 

 

 

最初の一、二つは意外な美味しさに舌を躍らせる時間であった。

三つ目で少し、飽きが出てきて、四つ目で地獄と化した。

あれだ。不味さというものには飽きは来ないのだが、美味さというのは続けると直ぐに飽きが出るというものだ。

しかも、この厚さ。

どんなに美味くてもその量の減らない視覚情報と段々と膨れてくるお腹が危険信号を送ってくる。

 

「くぅ……!」

 

ようやく五枚目を消化した頃には苦しくなってきた。

ここは一旦、フォークを置いて休憩するべきか。

そう思い、ふと隣を見ると、何故かおっちゃんは清々しい笑顔を浮かべていた。

 

「……? おっちゃん?」

 

返事は無言だけであった。

嫌な予感が益々膨れ上がり、その表情を見る。

それは見事な程に晴れやかな笑顔を浮かべ、我が生涯に一片の悔い無し! と今にも叫びそうな顔であり

 

「……気絶している」

 

夢半ばに散った敗残兵の姿であった。

もう、頼れる仲間すらいないらしい。

 

 

 

 

 

 

「ん……! がっ、ぐぅ……! うぷっ」

 

胃が吸収できる領域は既にリミットブレイク。

最早、胃では間に合わぬとばかりに過剰に抽出されたエネルギーは脳にでも贈られたのではないかと疑わんばかりに脳のイキっぷりは間違いなく違う世界に繋がっている。

視界はぐらつく。

時折、散って逝った戦友の姿がこちらに手を振っている。

 

ああ……エリオット……お前、そんなに青褪めた表情のまま笑っても怖いだけだぞ……ガイウス、お前もそんなリーゼントスタイル……笑えて今の俺には死活問題だ。おっちゃんも何をあっさり死んでるんだよ……俺一人煉獄に置いて逝きやがって……

 

最早、何が現実で真実なのかさっぱりだ。

チカチカと色々と光が広がったり、暗闇に埋没したりとフリーダムな身体機能。

遂に、視覚も新たな可能性を得たかエマージェーシー。

人体のミラクルは間違いなく、今、許容限界を超えて新たなら人類への一歩を踏み出すバーサクダンス。

おぉ……今なら何も怖くない。

トワ会長? それがどうした。

サラ教官? 何だそれは。

戦鬼?   くだらんくだらん。

剣聖?   恐れるに足らん。

何を恐れる事があろうか? この秒読みで天の領域に踏み込もうとしている俺が何を恐れる? 最早、何もかもを失い過ぎて何も恐れる事はないわあっはっはっ。

うんうん、さぁ、次へ行っくぞぉー。

例え、どんなゲテモノだろうが、大食い料理だろうが何も怖くない。

例え、生の魔獣が出ても恐れるものではない。

さぁ? 次は何だ? さぁ! さぁ!

 

『最後まで生き残った挑戦者の学生さん……───おめでとうございます!』

 

へい?

 

『最後のデザートはこのレストランでの人気ナンバー1のチョコレートパフェで御座います! ここまでの試練! 乗り越えた挑戦者に対しての報酬です! 受け取ってください!』

 

なんですと?

 

見れば、何時の間にか目の前にそのチョコレートパフェなるものが置かれている。

その見た目には明らかにおかしい所はなく匂いも変ではない。

周りの反応もよくここまで頑張った、素晴らしかったという反応。

それで、この料理に嘘はないと気付き

 

「……ここに来て最後は優しさを見せるなんて……最高の拷問だぞこれ……」

 

唐突に生まれた莫大な安堵に対処する事が出来ずにそのまま崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 




まさか、凡そ小説二話分になるとは予想も出来なかった……
オリジナル故に自由に書けるから最早、やりたい放題。
でも、何一つ後悔のない清々しいイベント……書いていて楽しかったです……!

ともあれ、この調子だとセントアーク終わらせるのに結構、時間がかかりそうです。
気長に付き合って貰えればと思います。

感想よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別実習 セントアークⅡ

 

「うぇっぷぅ……酷い目……うぷ……に……」

 

「ああ、もう。しっかりしなさいよ。水、飲む?」

 

お腹を擦りながら、必死に歩くレイを後ろから背中を擦りながらアリサが看病するが、ラウラも無理もないとは思う。

それ程までに凄まじい攻撃料理であった。

料理については生憎、詳しくは知らないので何も言えない人間ではあるのだが流石にあれらがキツイ料理であった事くらいは理解できる。

というか、死んでいく周りの光景を見て、そう思えなくなったら不味いだろうとは思うが。

だが、まぁ、店長もこちらの場に合わせてノリに礼を言ってくれたので依頼としては成功の出来であったのだろう。

今回ばかりは男性陣に頼りっきりの結果だったので、次は自分達が何とかせねばなとは思う。

 

「エリオットにガイウスも大丈夫か?」

 

「うう……な、何とかね……」

 

「……まぁ、俺達はレイよりも早くにダウンしたからな」

 

そうは言っても二人ともロワイヤルで貰った水を手放せないでいる。

やはり、あの時点でも胃袋にはダイレクトに効いたらしい。

そういう意味ならばレイはかなり頑張ったという事なのだろう。

だが、レイというなら一つだけ最後に不審を残した。

それは、彼が店を出る前に店長に問うた事であり

 

「一つお聞きしたいんですが……ここまで店を暗幕で覆っているのはどうしてでしょうか?」

 

と、彼は聞き、それに対して店長の反応は

 

「───」

 

力のない笑みであった。

苦笑ではない。

苦笑以上に、仕方がない、とあれは諦めるかのような感情が支配した時に生まれるものであるとラウラはそう感じた。

それに対して、レイも返事を期待していなかったらしく一礼で去り

 

「───ハァ」

 

溜息を吐いていた。

心底呆れているという感じの吐き方であったが故に自分が聞いていいものなのか、悪いのかを判断するのが難しかった。

 

「とりあえず、次の依頼だが……」

 

「次の依頼はモデル……なんだか実習っていうよりはアルバイトって感じが出てきたわねぇ」

 

「何事も経験という事だろう」

 

「でも、モデルって……女子二人は大丈夫だろうけど僕とかはちょっと見栄え的に合わないなぁ……」

 

「心配するなエリオット───お前にはいざという時の女装がある」

 

「ぼ、僕に新たなトラウマを植え込むつもり!?」

 

それに関しては、全員で一致団結して無視をした。

誰もが認めている事に、何故に疑問を挟まなければいけないのだろうか。

エリオットが泣き真似で落ち込んでいるが、とりあえずそれも全員で無視をして依頼の店に向かい

 

「……ここか」

 

目的地に辿りついた。

 

「店名はカラフル……まぁ、何というか可愛らしい店名ではあるな」

 

「まぁ、服と観点から見ても正しい店名ではあるな」

 

レイとガイウスからの男性陣の視点からの店名に対する考察を聞きながら、依頼の店と店名が同じである事を確認する。

うっし、とレイは曲げていた背を無理矢理戻し、表情も手で叩いて何とか普通に戻す。

腹が痛いがこれくらいのポーカーフェイスが出来ないと遊撃士は務まらないのだ。多分。例外がいそうだけど。

 

「ともあれ、今度こそちゃちゃっと終わらせようぜ?」

 

全員が同意の頷きをしたのを確認して全員が店に入った。

 

 

 

 

依頼は意外にもスムーズにいった。

 

「依頼を受けてありがとー♪」

 

店長のアンナさんの童顔の笑顔と共にエリオット含む全員がモデルとして起用されることになる事が依頼の内容であった。

 

「本当ならモデルさんに頼んでいたんだけど……急に来れなくなったから助かったわー」

 

ちょっと疲れたような苦笑を浮かべるのが不思議ではあったが、流石に気のせいだと思い全員が依頼を受ける事を進んだ。

 

「ネクタイきついな……」

 

「……ふむ。こういう服装は初めてだ」

 

レイとガイウスがそれぞれの着こなしでスーツを着てきたりとかは新鮮であった。

レイは前を完全に開けての着こなしで何だか悪い坊ちゃんみたいであったし、ガイウスは肌の黒さとスーツの謎の黄金律で格好よく見えた。

二人とも格好いいなぁと思いつつ、僕も着たのだが

 

「……七五三?」

 

それはカルバートの風習でしかも服装が違うよ、と皆の感想を否定したが似合わない事は自覚していたので仕方がなかった。

童顔なのもそうだけど背が低い事がこういう格好いい服装を台無しにしてしまうんだろうなぁ、と思った。

アリサやラウラも勿論、スーツを着たのだが何故かラウラが男物を着てのスーツであった。

 

「ふむ。どうだ?」

 

「……いや、結構普通に似合うわ」

 

隣で普通の女物を着ていたアリサが呆れた風に呟いているのに全員で同意した。

普段も凛々しいと言われる女騎士キャラのラウラだから男装は違和感なく彼女の雰囲気に溶け込んでいる。

上手くいけば男と偽れそうではあるのが流石だ。

 

「エリオット。心配するな。きっとお前も後、十数年すれば男ら……いやなんでもない」

 

「いっそ最後まで言ってくれた方が嬉しかったよ!?」

 

レイの要らぬ言葉にツッコミを入れながらも指定された服装を着ていく。

これなら、この依頼は平和的かな、と苦笑しながら普段着ないような服も着てテンションを上げていく。

 

───平和的な時間はある意味でここまでであった。

 

 

 

 

 

「ううむ……かなり着たな」

 

「まぁ、服を着続けるっていうのは流石に慣れない動作だから疲れてはきたわな」

 

「あはは……僕は姉さんのせいで慣れっこなんだけどね……」

 

悲しそうに呟くエリオットを尻目にガイウスは男性陣で指定された服装を睨んでいる。

既にスーツから私服、制服なども着まくったのでもう男性陣はほぼ終えていると言っても過言はない。

だが、アンナさんには終わったら他の服も見てくれても構わないという事で折角だから他の服も見ている最中なのだ。

 

「とはまぁ、言っても俺達は制服ばっかり着ているからなぁ」

 

「まぁ、士官学院って言っても学生だからね」

 

二人の会話にその通りだな、と思いつつもこっちに来てから俺からしたら珍しい服装を見る。

正直に言えばこういうセンスが無い俺からしたら見ても選ぶのは難しいのだが見るだけでも中々楽しいものだ。

 

「それにしても女性陣はまだやるみたいだな……」

 

ガイウスは今も着替えているであろう着替えスペースの方をちらりと見ながら呟く。

まぁ、モデルと言われた時から主役は女性二人か、と思っていたからそうなるのではと思っていた事ではあった。

 

「まぁ、タイプは違うけど二人ともスタイル含めて美少女判定受けているから、アンナさんみたいな職業は色々着させたいんじゃないか?」

 

「ある意味で職業病って言うのかな?」

 

「俺が馬を見るとつい世話をしたくなるようなものか」

 

女性陣に対して例えが悪かったかもしれないが、俺にとって一番分かりやすい例がこれであった。

そう考えるとアンナさんが熱中してテンションあげて二人を浮かせて、あのモデルショーのような場所のカーテンを敷いて暫く出てこないのも理解できる。

間に意味が分からない説明をしたような気がするが全て事実だった場合、俺はどうすればいいのだろうか。

どうにも出来ないか。そうなのか。

田舎者の自分にはどうも現実は厳しいものに見えるらしい。

哲学的なものを理解していると急に件のカーテンからばっ、と飛び込んできたアンナさんがマイクを持って

 

「はぁ~~い! そこの男子メンバー注目ー!」

 

などと騒ぎ始めた。

何だ何だと三人で見ながら、とりあえずレイが先陣を切った。

 

「どうしたんですかアンナさん。二人の美少女にセクハラした事の自慢ですか?」

 

「いや、それは勿論したけど」

 

したのか……とエリオットと俺は俯くが、聞くわけにもいかなかった。

そんな事を聞いたら間違いなく後で酷い目に合う。それだけは間違いない。

 

「まぁ、それは置いといて。野郎共ーーー! 今日は美少女二人の今まで見た事がないようなコスチュームを見れるシャインデイよーー!」

 

「はぁ?」

 

テンションが高いアンナさんに迷う事無く返事を返すレイ。

さっきはあんなに礼儀良かったのだが、人に合わせた礼儀らしい。

現にアンナさんもうんうん、とこちらの態度に嬉しそうに笑いながらテンションを更に上げていく。

 

「いや、もうね? あの二人、素材が良すぎてお姉さん、ちょっとテンションハイになってもう趣味で作ったあれやこれやを着せてあげたくなって……! ついでにセクハラしつつ結局、着せちゃったのよ……! はい、状況終了!」

 

「成程。つまり、際限なく嫌な予感が吹き上がってくるこの感覚は決して俺の被害妄想ではないという事ですね?」

 

レイの笑顔で断じた答えにエリオットと俺が同調する。

先程のレストランと似たような感覚が全身を襲っている。

何か死んで達成するクエストの類をやっている気分である。

 

「まぁまぁ───じゃあ予告無しの開帳ーーー!」

 

「え」

 

三人同時の間抜けな言葉に反応するかのように一気にカーテンを開けてしまったアンナさん。

そこは何かドラムロールとか何か開ける為のワンクッションがるものじゃないのかと思うが、もう遅い。

何故ならカーテンが開いた先には

 

 

もう、かなりのフリフリなドレスのような服装の二人のイメージカラーから生み出されたもうどう見てもアレっ、という感じの服装を見てしまったからだ。

 

 

「───」

 

ニコニコ笑顔のアンナさんを除く被害者三人は同時に真顔の無表情になって口を堅く結んだ。

幾らこういう事が疎いガイウスでも解るものは解る。

 

───ここで笑ったものから死ぬ。

 

胸の中央にリボンが結ばれている可愛らしい衣装やらスカートは制服よりも短くてかなり際どいとか。

髪には可愛らしいブローチがついているとか、最近、皆に教えられた言葉であるリリカルっぽいとか。

そんな要素は無視して決して表情を変えてはいけないのだ。

何故なら二人は既に羞恥とか、そういった表情を通り越して笑顔でこちらを見ているからだ。

究極クラスの笑顔だ───肉食獣としての。

最早、運命を受け入れるしかないと思ったのかレイは吹っ切ったかのように二人に声をかける。

 

「大前提としてせめて聞いておきたいんだが……今回は俺達、悪くないよな?」

 

「ええ、そうね。確かに何も悪くないわ。どっちかと言うと大人気ないのはこっちだと自覚しているし」

 

「うむ。我らも頭の冷静な部分がよさぬか、と警告を告げているのだが……感情とは厄介というものだな」

 

ああ、まだ彼女達が心の端に罪悪感を抱いているだけマシか、と思う。

視界の端であらあら顔で逃げていくアンナさんを尻目に最後にエリオット、レイと一緒に呼吸を合わせ

 

「遅れたが、似合っている」

 

二人の赤面と同時に衝撃が俺達を襲ったが、後悔しても意味がないものであった。

 

 

 

 

 

アリサ達はそうしてカラフルを出て、その足で手配魔獣に挑み倒した所であった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

五人が五人とも疲れた顔でとぼとぼ、としかし最低限の警戒で街に帰宅している。

五人のストレスは最早、表面張力状態だ。

これ以上、上がったら色々と破裂する。

だから、手配魔獣に対して全員がオーバーキルな技やら何やらをしていた気がするが、五人とも気にしていない。

 

世の中結果が全てね……

 

その結果が今の自分達になっているのが都合よく無視させてもらう。

このまま幽鬼のテンションで歩いていると一つ大きな溜息を吐いた少年がいた。

予想通りにそちらを見るとレイであり、やれやれと首を傾げ、唐突にパン! と両手を叩き、全員の視線を集める。

 

「ま、今回は色々珍妙な依頼が多かったが……これもある意味社会経験を積んだって事だ。気持ちは全員共有しているだろうけど、流石にこのままずっとゾンビテンションも面倒だろ? 後はレポート書くだけだ。逆に考えろよお前ら───俺達は今、A班達には出来ない経験を獲れたんだぜ?」

 

物凄い前向きな意見だ。

確かにレイらしい言葉といえば言葉なのだが……それを言うこと自体がレイらしくないというので思わず四人で顔を合わせてそのまま笑った。

どうやら我らの不器用なリーダーは不器用なりにも皆を率いろうとしたらしい。

こちらの笑に目に見えて彼は不機嫌になった。

自分でも似合わない行動だと思っていたらしいが……それを指摘されると不機嫌になるとか変な部分で子供っぽい。

 

「ご、ごめんごめんレイ。わ、笑ったのは悪かったら機嫌直してよ」

 

「別に機嫌を直すほど不機嫌になった覚えもする気もないわ、エリオット」

 

フン、と鼻を鳴らす仕草でどうやってその言葉に説得力を持たせるつもりなのだろうか。

笑いを堪えている私とラウラは残念ながら力になれない。

だから、今度は代わりにガイウスが

 

「いや、確かに。レイの言うとおりだ。愉快な体験ではあったが……滅多にない体験ではあった事には変わりないな。いい言葉だ」

 

「そーだなぁ」

 

苦笑しながら宥め様とするガイウスの言葉も効果がない。

そろそろ男性陣に任せっきりも悪いかもしれない。

何時の間にか街の中にいるし、もう夕方だ。

そろそろ機嫌が戻ってもらわないと困る。

そう思い、ラウラとアイコンタクトをし、レイに声をかけようと思ったら……ふと眼の前から走ってくる女性が見えた。

 

……わ。

 

有体に言えばかなり綺麗な人だった。

髪の色は私と同じ金髪で後ろで遊ばせているストレートの髪型。

瞳は碧眼で流石にそこまで同じではないが、スタイルも整っているように思える。

そんな人が走るには適していない青白いロングスカートを振り乱して息を乱している。

うちのメンバーというかエリオットもちょっと見惚れている。

ガイウスはどうしたのだろう? と見ているし、レイは運動かな? という風に見ている。

何だか男子三人でまともな恋愛観を持っているのか誰なのか分った瞬間な気がした。

だけど、まぁ、気にはなるけどここで声をかける程かどうかを判断し損ねているから私もラウラも何も言う事が出来ずにいるとその女性は体力が戻ったのか顔を上げた。

すると当然、視線は前に向く事になり彼女の前には私達がいる。

 

「───」

 

彼女は何を思ったのか。

視線を何故か、エリオット、ガイウス、そして最後にレイへと視線を動かした。

向けられた三人は警戒の体勢に思わず移行するが結果として最後はレイにのみ視線を固定した。

向けられた本人は何か服装に付いているのかと視線を自分に向けるが、私から見ても何か見られる様な汚れなどはついていないとは思う。

だから、逆に彼女の咄嗟の動きに対応出来なかった。

彼女はいきなりバッ、と立ち上がったと思うとこちら……いやレイの方に走り、直ぐに彼の手を両の手で握りしめ

 

「お願い……! 私と付き合って!」

 

「だが断る。では」

 

光速のやり取りと衝撃に耐えられずに相手の女の人は勿論として私達も時を止める。

やんわりと彼女に握られた手を解き、レイはそのままスタスタと去ろうとするが、途中で誰も付いて来てない事に気付き、心底どうしたんだ? という顔で

 

「おい、どうした? 速く帰ろうぜ?」

 

「───ちょっと待った!!」

 

告白を断られた女の人と一緒に盛大にツッコミを入れる事になった。

 

 

 

 

レイの心境はただ一言のみであった。

簡潔に、そう。誰も彼もが分かる言葉であり、誰も彼もが一度は使った言葉ではないのだろうかという言葉。

 

つまり、面倒くさい。

 

「この僕が君を欲しいと言っているのに何故、君は僕の物にならないんだい? 僕と居れば貴族の名誉を手に入れるんだよ? 庶民の君にとってこれ程幸せなことはないだろう?」

 

「お生憎様ですが、私は在り来りな人生を味わいたいと思っておるのでその名誉は他の誰かに差し上げてください?」

 

先程の女性に無理矢理腕を組まれ、目の前には超絶分かりやすい坊ちゃんタイプの貴族の少年と屈強なボディガードの皆さんに囲まれたパライソに思わず空を仰ぎ見たくなったが、そんな事をすればこの演技がばれてしまう事くらいは理解していたので意志で止めた。

結局、あの光速のやり取りの後でも彼女の話を聞くことになったのだ。

簡単に纏めると

 

「何かいきなり僕の物になれとか意味不明な事を言って付き纏ってくる貴族を払う為に手伝って欲しいの」

 

ストーカー被害に悩まされているという事であった。

まぁ、確かに見た目だけでもうちのクラスに負けず劣らずの容姿とスタイルだから貴族じゃなくてもそうなる可能性があってもおかしくはない。

おかしくはないが……確かに同情はした。

相手が平民の人間なら彼女はビンタ一発で済ますか、それこそ領邦軍にでも知らせるなりが出来たのだろうけど、この街で貴族が相手となると間違いなく困ったものだ。

すると、周りのお人好し連中は何とか力になればと考え、生み出された手段がこれだ。

彼女が最初に俺に声をかけたのもその貴族の申し出に断る手段として既に恋人がいるので、というのがあったらしい。

そして、それを描いたら丁度、俺みたいなのになるらしい。

別にどうでもいいのだが、この人の趣味は年下なのか。

だからこそ、俺が恋人役をやるしかなかったのだが。

 

……まぁ、二人には少し任せられない事柄だしなぁ。

 

普段なら二人に任したくなるのだが、今回のみは俺が(・・)やらねばなるまい。

だから、俺はせめてもの準備にあからさまな目印になりそうなトールズの制服の上着だけを脱いで他のメンバーはいざという時の為に近くに隠れて貰う事にした。

あ。アリサ、路地から髪が出てるぞ。

 

……それにしても困った。

 

ヒートアップする二人のやり取りを余所に俺は結構、本気で困っていた。

やる気がないとか面倒とかそういう次元ではない領域で困った。

恋愛とかそういうのは俺の範疇外(・・・・・)だからだ。

これは別に俺が鈍感だからとか交際経験がないからとかではなく、そういう思考をする生き物ではない(・・・・・・・)からだ。

誤解が生まれそうであるが、別に不能でもホモでもない。普通にアリサ達を見て、可愛い、綺麗などと思う事はある。

だが、自分はそこまでのみで止まっておくべきなのだ。

だから、こういうのは本当に困ったものなのだ。

恋愛事にはなるべく関わらない様にしていたのだが、こうなるとは予想外である。

だから、その……こういうのを見ると

 

 

───酷く自分に対して吐き気がする

 

 

「なぁ、君もそう思うだろう?」

 

そう思っていると坊ちゃん貴族がこちらにも語りかけてきたので、とりあえず適当にはぁ? とか言って話を促した。

 

「君みたいな庶民よりも僕みたいに権力と財産を約束された存在の方がそれは未来が輝いているだろう? 君も馬鹿じゃないのならどうしたら彼女が幸せになるか分かるんじゃないかい?」

 

こっちを明らかに馬鹿にした笑顔で説得のつもりの罵倒を垂れ流させてくる。

聞いているこちらからしたら正直、ああはいはい、そうですねの意見である。

恋とか愛とかに巻き込まれるのは面倒なのだ。

そういうのはそっちで適当にやって欲しい。

だが

 

「なら、お一つ聞きたいのですが?」

 

「ん? 何だい? 諦めの言葉かい?」

 

周りから凄い何をする気だ馬鹿野郎! という視線が凄い降りかかってくるのだが、無視して

 

「さっきから権力とか身分とか金とか仰っているようですが……彼女が本気で欲しいなら何故、愛で語らないんですか?」

 

「───」

 

チーーン、と周りが停止した。

隣にいる彼女も坊ちゃん貴族も周りにいるボディーガードも隠れている場所からはみ出ているアリサの髪も関わりにならないように無視していた一般人の皆さんも変なポーズで全員停止した。

はて? どうしてそうなる? と結構、本気で周りの停止を理解不能の視線で見回すのだが、誰も答えを返してくれない。

数秒後、何故か急速に顔面を赤く染め上げた坊ちゃん貴族が意味の分からん叫びを上げながら

 

「ややややや、やってしまえーーー!!」

 

謎の結論が急に出されたからえーーー!? と思わず驚きながら迎撃してしまった。

最後の覚えていろーーー! と言って逃げていく坊ちゃん貴族を見ながら、あの捨て台詞はまだ死語にはならないんだな、と適当に思った。

 

 

 

 

 

「今日は本当にありがとね!」

 

そう言って手を合わして謝る女の人は悔しいけど様になっているとアリサは思った。

 

「い、いえいえ! まぁ……礼を言うならレイに……」

 

と言いたい所なのだが本人は離れた所でやる気なしに欠伸をしている所であった。

どうでもいい、という雰囲気がプンプン出てる。

 

……何だか今までにないやる気の無さねぇ……?

 

正直、違和感を感じなくもないがそこはとりあえず無視しておく。

 

「でも……その……大丈夫ですか? 追い払ったと言えば追い払いましたけど……また貴女を狙うかもしれませんが……」

 

「あ、そこは大丈夫よ。私、旅行者だから」

 

そうだったんだ……と思うが、そうなると彼女は結構、本気で運が悪かったのかもしれない。

旅行先でまさかこんなストーカー事件に巻き込まれるとは。

 

「それにしても最高だったわね、あの切り返し……くく」

 

それに関しては結構、同感だった。

まさか、明らかに権力と金が全てっぽい貴族の少年に愛で語れよ、と言うとは。

見た目に似合わず意外とロマンチストなのかもしれない、あの馬鹿。

こうしてクラスの意外な面を見れるのは確かに面白いかもしれない。

 

「でも……ちょっと一つだけ聞きたいことがあるのだけど、レイ君」

 

「はい? 何ですかね?」

 

ヒョイ、と小首を傾げる動作が何だか子供っぽくてまた皆で笑いを堪える事になったのだがそれは別として

 

「まぁ、私もあの勢いで上手くいくとは思ってなかったけど……本当に光速に私の告白を拒絶したわよね? ……流石にあれはちょっと傷ついたんだけど……もしかして私ってそこまで魅力ないタイプだった?」

 

そう、それは確かに最大の謎だ。

そして、間違いなくこの女の人はかなりの美女に入る人だ。

タイプで言えば身近で言うとサラ教官を女らしくしたバージョンだろうか。

だけど、どちらであっても見た目がかなり魅力的である事だけは確かなのだ。

容姿もスタイルもオールオッケーだし、性格も何だか気が強くてそういった人が好みならかなり好かれるタイプだとは思う。

私が男だったら一撃KOはともかく揺らいでいたかもしれないというのは否定出来ない。

その疑問に、彼はああ、と頷き───何かぞっとする笑顔と共に答えを口に出した。

 

「だって、恋物語は人間(・・)の物語でしょう?」

 

その笑顔を見て、一瞬、透明な笑顔かと思った。

だが、これは違う。

ただ単に中身がないから透明に見えるだけで、実際に名付けるなら……どこまでも空っぽな笑顔だ。

中身がないんじゃなくて、中身を消した空っぽ。

 

恋物語は人間の物語

 

その言葉を。

私はそのまま受け取るべきなのか、暗喩で受け止めるべきだったのか。

私は、ここでそれを選ぶべきだったのかもしれないが、結局、それを冗談だと思って微苦笑するに留めてしまった。

これが、正しかったのか、間違っていたのか。

 

 

それこそ答えを知るのは空の女神様だけだろう。

 

 

 

 

 

 




長い間お待たせしました~。

理由はオリジナルに手を出していたのと就職難です……誰か助けて……

……ともあれ。今回は密かにレイの根源に繋がる様なイベントでした。
次回も空きそうですが感想よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

星の祈り

※途中からBGMにカレンのテーマを流した方が見やすいかもしれません。
何故なら、自分がそれを聴きながら書きましたから(笑)


「……うぅ」

 

ふと、何の理由も無しにアリサは目を開けてしまった。

目覚めに理由は多分、無かったとは思うがとりあえず気分は最悪だ。

何故ならこういう寝た直後に起きてしまったものは、経験上、中々寝付けないのだ。

現に今も寝る前にはあった眠気がちょっと引いてしまっている。

 

「……むぅ」

 

時間を見ると深夜ではあるがまだ二時だ。

まだまだ寝れる時間だ。

明日も実習があるからという事でレポートは当然、手加減抜きで書いたがそれでもラウラ共々、早目に寝たのだ。

今日の依頼を思い出すときっと明日もかなり疲れる内容だろう、と話し合った結果である。

だから、早く眠った事に後悔も間違いもないのだが、起きてしまったのは失敗である。

とは言っても、誰を責めることも出来ない失敗なのだが。

 

……まぁ、目を閉じていれば眠れるでしょ。

 

目を閉じて、ぼーっとしていたら何時の間にか意識は落ちているものである。

その間は辛いかもしれないが、仕方がない。

我慢しよう───そう思い至ったところでパタン、と扉が開かれ、閉められる音がした。

 

「……?」

 

勿論、この部屋の扉ではない。

この高級なホテルの広い部屋を占領しているのは女子の私達二人のみであり、可能性があるラウラは隣で同性からしても魅力的な寝顔と寝息を晒している。

そうなると当然、間違いなく違う部屋の扉である。

奇妙な話である。

二時なら確かに、不健康的な人なら動いている人はいるとは思うが、ここはホテルだ。

そんな時間に動き回るのは良くて従業人くらいであり、私の耳に聞こえる範囲の扉というのは客室でしか有り得ない。

そして、私の耳がおかしくなければ……間違いなく音は私達の隣。

男子の部屋から聞こえた。

 

「……何をやってるのよ……」

 

こんな時間帯に動き回るかもしれない男子メンバーなぞ一人しかいない。

トイレという選択肢は最初から無い。

何故なら部屋にあるのだから。

普通に考えれば、もしかしたら私と同じように起きてしまい、ちょっと散歩にでも行こうとしたのかもしれない。

それならば自分がわざわざ何かをする必要はない。

必要はないが

 

 

───恋物語は人間の物語でしょう?

 

 

そんな言葉を口から吐き出した少年の表情が頭から離れない。

面白半分に言った冗談……と、捉えるには余りにも重たい。

その時に浮かんだ表情を私は空っぽな笑顔と捉えた。

でも、本当に空っぽな笑顔ならまだ良かった。

でも、アリサにはまるでそれが……無理矢理に何も無いんだと出張する子供の必死な嘘のように見えたのだ。

根拠なんて何もない。

義務なんて何もない。

アリサが彼に何かをする必要性なんてクラスメイト&仲間以上の事は何もない。

だから、このまま布団を被って眠るのは別に何もおかしな事ではなく

 

気付けば布団を跳ね除けて畳んでいる制服の上着を羽織って部屋の外に出たアリサは間違いなくやってしまった、と自覚した。

 

そして、本当に予想通りの少年の表情が物凄いキョトンとしていたのが労働の報酬だったかもしれない。

 

 

 

 

 

「……で? 何か言いたい事はあるかしら?」

 

「……正座はデフォでしようか?」

 

「オフコース。当たり前よ。この状況での貴方の発言権はゴキバン以下よ」

 

「あの愉快爆弾以下だと……!」

 

「シャラップ! いい? 今の貴方はライン……アリサ裁判所における最終裁判。弁護士は既にあきらめの境地に入り、検事は賄賂で買収。終身刑は手堅い状態よ。この裁判結果を揺るがすには並大抵のミラと土下座じゃ無理よ」

 

「いやぁ……それ、状況説明ないと凄いお笑い劇場に見えるんだが」

 

反省点が見えない馬鹿にキツイ眼差しをすると躊躇いが見えない土下座に変化する。

こいつ、プライド捨てている。

土下座型人類をゴミを見る目で見下しながら溜息を吐く。

こんな風に説教状態に持ち込んだのは当然、モデルの時のような理不尽ではなく理由あっての理不尽だ。

何故なら───事もあろうかとこの男はこんな時間に一人で街道に出て魔獣退治をするつもりだったというのだ。

 

「馬鹿だとは思っていたけど……はっきり言ってあげるわ。貴方、リィンの事を馬鹿と言う資格ないわ」

 

「そんな……馬鹿な……」

 

本気で愕然としている馬鹿は無視して、もう一回溜息を吐く。

ああ、でも、こんなに馬鹿だからお人好し馬鹿のリィンと波長が合うのだろうか。

まぁ、別に望んで知りたかった答えではなかったのだが、これで彼が度々出すミラやクオーツ、セピスの出所が分かった。

つまり、彼はトリスタにいる時も似たような事を度々しているのだ。

その姿を見た事がないという事は今みたいに深夜か早朝に。

寮には早起きや朝練などで早く起きる人間が多いから深夜の可能性が高い。

だが、そうなると彼はその時、何時までやって何時寝ているというのだろうか。

ここが普通の学校ならば寮から出るというのは彼の実力があれば上手く行くだろうけど、2階にはリィン、ガイウスという気配読みの二大鉄板がいる。

無論、レイも三大鉄板に含まれる強者なので出し抜く事は可能と言えば可能なのだが……ずっと出し抜け続けていると考えれば、全員が寝た直後を狙っているのだろう。

だが、私達Ⅶには実は特に決まった就寝時間というものは存在しない。

例えば、ガイウスなどはそれこそ絵に熱中した時などはちょっと遅い時があるらしい。

見た事ないので伝聞だし、何よりもガイウスが徹夜をするイメージはないのだが。

まぁ、そういう時はレイも流石に諦めてはいるのだろうけど。

 

「……そんなに私達、頼りない?」

 

思わずこんな言葉が口から生まれてしまう。

確かにこういった実習という場面では私達がレイに勝る事はほとんど無い。

強いて言うならアーツの腕くらいは勝てるけど、それ以外はてんで駄目である。

武力という意味なら勿論、ラウラやガイウスは十分にこのチームの主力になっているしエリオットもアーツの威力は私以上である。

私も勿論、アーツ以外にも弓に関しては多少の自信はあるけど彼の技術を前にするとどうしても翳って見える。

それ以外の頭の出来……つまり、単純な知識量という意味でも勝っている……かもしれないけど実習における頭というのは何も知識だけではないという事くらいは十分に理解している。

遊撃士見習いという経験からか、何事も応用的に動き回っているのを見ると流石に嫉妬や焦りの念を抑えられない。

だからこそ吐き出された弱音であり、それを聞いて流石に本気でどうしよう? と微妙に視線を回していたが最終的には諦めたかのように溜息を吐き

 

「いや。別にお前らがどうこうとかじゃないんだ。単純に───やっておけばよかったという言葉は本気で大嫌いなだけなんだ」

 

「そ、そうなの……?」

 

やっておけばよかった。

でも、それはつまりifの可能性の否定。

あったかもしれない自分を大嫌い……と言っているというのは私の考え過ぎだと思うので、どうして? と聞いてみる。

 

「いや……だって……何かやっておけばって言葉は真面目に生きてないって感じがして気に食わない」

 

「真面目に……生きる?」

 

どうも言っている言葉が微妙に通じない。

彼の雰囲気を見るとはぐらかしているわけでもなければからかっているわけではないという事くらいは分かるが……何というか。

言葉の意味を互いに捉えているものが違うというか。

あー、と彼もそれを理解したのか。

少し、考え、ま、いっかなどと呟いて覚悟を決めた感じになったようである。

 

「最初の大前提を言わせてもらうが───俺は別に誰かの為とかそんなリィンみたいな事を思ってこんな事をしているわけじゃないさ。報酬があるし」

 

「報酬……?」

 

魔獣を倒せばミラでも貰える契約でも誰かと結んでいるのだろうか?

それならサラ教官辺りが怪しいが、サラ教官は放任主義のように見えて物凄い生徒思いの教官である事くらいは流石に感じ取っている。

そんな教官が自分を追い込むように戦っている彼に報酬などというのをやるとは思えないのだが。

その疑惑に、彼はああ、と答え───指を上に向ける。

自然と視線はその指を辿り、近くにあるビルを超え、そして

 

「あ……」

 

 

星空に辿り着いた。

 

 

「ま、ここはトリスタよりもちょいと都会過ぎて見え辛いが……」

 

確かに。

セントアークは帝都には劣るとは言っても十分に都会と呼べるものだ。

この深夜になっても多少の明かりがあるからか。星空は少しトリスタよりも少ない気がする。

 

まぁ、ルーレの方がもっと酷いんだけど……

 

それをこの場で言うものではない、と思い

 

「……これを見ることが貴方の報酬なの……?」

 

思わず、そう問い掛けた。

それに対しては彼は満面の笑顔でああ、と答えた。

思わず、驚きとか色々な意味でドキリとした。

よく考えれば、彼の満面の笑顔というのは冗談を無視したらこれが初めてではないだろうか。

まるで、それこそ彼は子供のような笑顔で星空を眺めている。

 

「……星が好きなの?」

 

「……言っても笑わない?」

 

笑わないわ、と告げ、そうかよと彼が苦笑しながらも星空に目を向けながら───星に手を伸ばす。

 

 

「───憧れなんだ」

 

 

その一言にどれ程の想いが込められていたのだろうか。

 

 

「星のように一瞬一秒を全力で生きてみたい。そりゃ後悔しないようになんて綺麗事は言わないけど、なるだけそういうのは無しに。輝く事は無理かもしれないけど、あの光に恥じないように生きてみたい。そうやって懸命に生きている命を守りたい。勿論、そんなのは不可能な事なんだろうけど───」

 

 

それでも届かないモノに手を伸ばし続けたい───

 

 

最早、それは説明とか解説ではなかった。

彼が吐き出しているのは祈りだ。

しかし、それは女神に届けるものではない。

誰かに理解されて言っている言葉ではなく、自分に届けと誓う祈り。

他人から見たら何を言っているんだろうと言われるものこそ尊いのだと誰に言うのではなく示す誓い。

夕方の彼の顔を見た時とは違う意味で背筋がぞっとする。

夕方のが多少の畏怖と恐怖が混じったモノであるのならば、今のはまるで感動するモノに出会った時の背筋の震え方であった。

アリサは必死に自分に言い聞かせていた。

そんな風に思ってはいけない、と。

何故なら、彼女は姿形だけなら間違いなく自分と同年齢の少年に対して───人の在り方なのだろうか? と本気でそう思ってしまったから。

それを誤魔化す為に聞いた。

 

「どうして、そんな風に思うようになったの?」

 

その言葉に彼は苦笑しながらもちゃんと答えた。

 

「こんなの聞いたらアリサは間違いなく何を言っているんだとか思うんだろうけど……俺はね。生きているっていう事はもうそれだけで奇跡なんだと思っている」

 

本当にそんな事を……彼はさらりと自分に告げる。

 

「こうやって会話をしている事も。士官学院に通って青春しているのも……いや。当たり前のように物を食べれて、自分の好きに生きているだけで十分な程に奇跡だ。いや」

 

───呼吸をしているだけで涙を流して感謝したくなる。

 

「───」

 

この時、アリサは間違いなく自分を恥じた。

結論だけを言うのなら、これを聞くには自分には早過ぎた(・・・・・・・・)

少なくとも今のアリサにはこの話に対して返す言葉もなければ相槌を打つ資格すらなかった。

自分の信じる者どころか家名すら隠している自分がこんな彼に対して何を言えるのだ。

言えるはずがない。

言えるはずがないのに……口がそれでも何かを吐き出すかのように大きな口をあけて

 

「……っ」

 

そんな考え方は間違っ(・・・・・・・・・・)ている(・・・)、と。

言えなかった。

言うべきであるというのは頭ではなく本能の部分で理解している。

しかし、間違いを指摘するというのは……その間違いに対して自分が指摘するに恥じない人間であるという認識が必要だと思う。

だから、自分に───全力で生きたいと願う彼にそれは間違いだと指摘出来る様な恥じない生き方をしていると言えるのだろうか。

言えるはずがない。

言えるのならば、間違いなくアリサ・Rなどという家名を誤魔化して名乗っているはずがない。

自分はここに(・・・)来るのは早かった。

せめて、ここにいるのがサラ教官やヴァンダイク学院長などなら彼に対して何かを言ってあげれたかもしれない。

もしくは

 

母様なら……

 

彼に対して間違いだと指摘しただろうか。

解らない。

ただ、彼がこちらの様子を眺めながら苦笑し

 

「寝付けないとはいえ余り夜更かしは女の子にはキツイだろ。そろそろ寝ようぜ? 明日も早いし、俺も諦めるから」

 

その催促から自分は失敗したのだと完全に自覚した。

命に対して光あれ、と祈る彼に一人の小娘が何を言えたのだろうか。

 

 

 

 

 

少し、疲れたような顔をしたアリサを連れて部屋に戻ろうとする。

流石にこればかりは自分が悪いと理解している。

夕方からの不調は中々治らない。

性能には勿論、問題ないが語るべきではない言葉だけが嫌に口から吐き出される。

まだ事情ならともかく人の内面というのは誰であって語るべきではないものだ。

人の内面というのはどんな内容であっても闇というものが混じっている。

それが清く正しく生きてきた聖人のような人間であっても例外ではない。

人が人である限り鬱憤という名のストレスは心に澱を残す。

日々を生きるだけで淀みは蓄積される。

それが生きるという事であり、人生というモノであるのだから。

だから、内面というのは他人であれ自分であれ語るものではないのだ。

そういった内面を利用して、その奥に呪詛を塗りこむような真似を人はロマンチックな生物の総称を持って名付けている。

故にアリサにはばれないように内心で非常に大きく舌打ちを鳴らす。

近くにアリサがいなければ殺意を漏らしていたかもしれない。

最近はリィンの出現のせいで忘れかけていた衝動が胸を疾る。オーブメントがまだかまだかと雷の発生準備をしている。

それら全てを無視して、ようやく女子の部屋の前に辿り着く。

 

「ほら、アリサ。明日も早いんだし、寝付けなくても無理矢理寝ろよ? フィーみたいに寝られちゃあ困る。何せこのチームの癒し要因が3人から2人に減るからな」

 

「……癒しかどうかはともかくもう一人が誰かは無視しておいてあげる……」

 

良かった良かった。

ちゃんと何時も通りに振舞えている事に内心で大きく安堵の溜息を吐く。

アリサのツッコミは何時もと違って、力が無いし、明日になっても彼女の性格から察するに引き摺ってしまいそうだが、正直、俺にはどうする事も出来ない。

間違いなく、原因も悪いのも俺なのだが俺がしてやれる事はないのだ。

誰に言われるまでもなく自分で理解していた。

 

 

俺は人を救うのに向い(・・・・・・・・・・)ていない(・・・・)

 

 

 

それなのに遊撃士を目指しているのだからお笑い草だと思うが、それくらいの矛盾は許容して貰いたいものである。

人を救う事は出来ないのだろうけど、助ける事くらいは出来る事は把握しているので問題はないと思いたい。

人を救うのはそれこそ向いている人間に任せよう。それこそリィンとかに。

だから、俺は彼女におやすみ、と告げ、部屋に戻ろうとした。

だが、そこに静止の声がかけられた。

 

「そういえば……」

 

と、そこから続く言葉は

 

「夕方の……あの言葉はどういう意味なの……?」

 

その言葉に込められている感情が100%の心配と不安である事を察し、答えを求めている金髪の少女に振り替える。

何時も気が強く、お嬢様然としている彼女はその瞳を不安で濡れさせていた。

その表情は余り、俺が見たいものではない為、思わず夕方の自分を■したくなりそうだ。

 

ああ、くそ━━

 

今日の俺は本格的にオカシイ。

いや、夕方のような事があったら昔から自分はこんな風に揺れていた。

今回はそれが久しぶりだったから、揺れが酷いだけだ。

だから、せめて彼女に無駄な心配をさせない為に作った苦笑を顔面に張り付けて彼女に答える。

 

「ああ、それか───悪いな。ありゃあお前らを誤解させちまった」

 

「……え?」

 

どういう事? と問い詰める瞳から外れる為に畳み掛けるように言葉を繋げる。

 

「いや何。間が抜けてしまっていたからな。本当なら俺は恋物語というのは必死且つ真面目な人間の物語でしょうと言うつもりだったんだけど……ちょい口が回らなかった。あれじゃあ、色々とお前らに変な誤解をさせちまうだけなのに。マジですまん」

 

心にもない事を言う。

余りにも道化っ振りに自分に対して嘲りの笑顔を浮かべてしまいそうだが、必死に何時もの自分を形成する。

 

「そ、そうなの? でも、それってどういう事?」

 

「いや、だって恋愛事って他人によっては違うかもしれないけど大抵はお互いの想いを真面目に出し合う事によって成立するものだろ? それがハッピーに辿り着くかは勿論、俺には解らないけど……家族になるっていう事はそういう事だろう? じゃなきゃ家族でもない人間と家族になるって難しいだろ?」

 

自分でも理解していない理屈を語るのは難しい。

他人事のように喋っていると彼女に気付かれていないといいのだが。

 

「今まで自分だけを養えばいいはずの自分が他人と一緒になるんだ。世知辛いあれで言うと金とか家とかそういうのもあるし、自分達も一緒になるんだ。そりゃ必死で真面目にならないと難しいだろ。俺みたいな不真面目な人間にはまだまだ遠い話だよ」

 

それこそ、星のように遠い。

それらの想いを全て鋼の自制心を持って、外には絶対に吐き出さないまま。

一応、嘘は言っていない。

結構、真面目にそういうものじゃないのかな? という自分の持論を語っているので説得力がある言葉になっているはずだ。

それを彼女が納得してくれればいいのだが。

 

「……貴方。意外にもそういう所は真面目なのね」

 

「それは褒めているのか?」

 

「うん、かなり。もっと、そういう事についてはちゃらんぽらんに考えていると思ってたわ」

 

全くもってその通りなのだが、話が変な方に逸れない為にへいへい、と告げて手を振る。

そろそろ寝て、今日の自分をリセットするべきだ。

アリサの為でもあるが、それ以上に自分の為に。

何時、襤褸が出るか。さっきから冷や汗ものなのだ。

だから、今度こそ彼女から離れて自分の部屋に入ろうとしようとして───

 

「───でも、それは遠い話とかじゃないと思うわ」

 

ルビーのような赤い目をした少女の強い言葉がそれを遮った。

 

「勿論。貴方の理屈も合っていると思うし、正しい事だと思う。愛って言うとちょっと恥ずかしいけど、貴方の言う世知辛い物もロマンスの意味も含めて、それは必死に真面目じゃないと手に入らないものだと思う」

 

でも

 

「恋っていうのは遠いとか真面目とかそんなんじゃなくて……うん。それこそ離れている者を知りたい、理解したいと思う心から生まれるもので……理屈とか抜きに求める心から強く想うものなんじゃないかしら」

 

「───」

 

今まで学院の中で一番手強いのは何人もいると思ったし、これまでの人生でも強さ的にも精神的にも手強い、いやらしいと思う人間は何人もいた。

だが、これは流石に読めなかった。

今夜限りかもしれないが……まさかレイ・アーセルの強敵がこんな可憐な少女とは。

天敵は間違いなくあの馬鹿なのだが。

 

「あ、そ、その……私が勝手に思っているだけだし、まだそういう経験もした事がないから美化しているだけだと思うから余り気にしないでね!?」

 

小声で叫ぶという妙技を使っているアリサの恥ずかしがっている表情が見なくても頭の中で浮かんでしまう。

最後の最後で自信を失くすんじゃなくて恥ずかしがるのが彼女らしいと笑うべきか。

そんな考えもしなかった考え方をこちらに突きつけられた事に苦虫を噛んだ表情を浮かべるべきなのか。

そんなの俺が解る筈がなかった。

だから、彼女自身は気付いていない戦果に対して皮肉めいた白旗を振り回す。

 

「───なぁんだ、アリサ。実に女の子らしい激甘なスイーツ思想をお持ちじゃないか」

 

「スイっ……!?」

 

余りの言葉に彼女が恐らく赤面して硬直したような気配を察し、そのまま俺はケケッ、とわざと笑いながら自分の部屋に逃げ込む。

今度こそ、彼女がこちらに声をかける暇もなく。

待ちなさい! とこちらを呼びかけようとする気配をドアを閉めることによって遮断する。

流石のアリサもこの深夜に、しかも寝ている男子クラスメイトの部屋に突撃しようとする程、女と常識を忘れはしないだろう。

それらを盾にすれば、ここは間違いなく安全地帯だろう。

そうして扉を閉めて数秒すればアリサも諦めて部屋に戻る気配を感じ取れた。

そこで、ようやく安堵の息を吐けた。

本当に今日は自分にとって鬼門の日だったらしい。

何もかもが裏目に出るアンラッキーデイというのは今日みたいな事を言うに違いない。

その割には逆のハッピーデイというのを経験した覚えがないが、そういうのは人生的存在しないだろう。

とりあえず、二人を起こさないようにしてぱぱっと上の服だけを脱ぎ、シャツになって布団に倒れこむ。

高級品は余り肌に合わないのだが、今回ばかりは感謝しておきたい。

自分の全体重を支えてくれるこの軋みが本気で有難い。

最後の最後にあんな止めのラリアットを受けるとは思ってもいなかったのだから。

 

「……」

 

らしくない。

アリサの言う事だって正しいとは限らないし、正しくあってもそれが全人類に共通する定義ではないのだから。

現に今日の夕方のように、ただ美しい、気に入ったからと言って迫る人間もいるのだから。

愛という言葉は決して美しい事ばかりに利用されるものじゃないのだから。

俺が言えた言葉じゃないけど、やっぱりそういうものなのだ。

命を尊いと先程言ったばかりだが、人間が綺麗とは言ってはいないので別にいいだろう。

何故なら悪という名称はそもそも人間を指す言葉から生まれたはずなのだから。

 

「……はぁ」

 

変な方向に思考が逸れそうになる自分を右手で顔を覆う事によってリセットする。

何を無意味な哲学を考えようとしているのやら。

そういうのは柄でもなければ、俺が語る事でもないのだから意味がない。

善悪なぞどうでもいい。

だから、目を瞑って自分をリセットしないと。

明日になったら、自分は何時も通り愉快なレイ・アーセルとして活動しないと。

だから、今日を締め括る結論として顔を覆っている右手を見ながら

 

「───勘弁してくれよ」

 

と、誰にも聞こえないように本音を零し、そこで今日を終了させた。

 

 

 

 

 

 

 




更新しました~。
今日はもう完全シリアスです。
今回の特別実習は正しく、これを書くために書いたと言っても過言じゃないです。
この話のテーマはレイの生き方、信念、祈りという部分に焦点を当てました。
どういう風に思ったかは読者様の思うように感じ取ってくれればと思います。
そして、それを感想に書き込んでくれば有難いです!

ちなみに、今回のレイは本気で弱っていますねぇ。
何だかんだで何時もどおりを貫けていません。
この主人公、案外イレギュラーに弱いねっ、精神的に。
そしてうちのアリサ……本編よりもロマンにいっているような気がする……なんてこったい。

ともあれ、次回で出来ればセントアークを終わらせたいと思います。
本編の様子を見ると規模はA班と違って小さいみたいのでその程度かよっ! と思うかもしれませんが、出来れば心広くお受け止めてくれればと思います。
次回も出来るだけ頑張りますっ。
感想よろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別実習 セントアークⅢ

 

「いたぞ! こっちだ!」

 

その叫びを受けて、レイは口笛を吹きながらセントアークの街中を走り回っている。

今はセントアークの中でも路地裏に面する場所を走り回っているが、幸い頭の中に地理は叩き込まれているので地の利で負ける事はない。

加えて運動量も幾ら青い制服がトレードマークの服を着ているとはいえ怪物染みた能力を持っているおっさん連中とは違い、運動能力全盛期を終えたメンバーも混じっている相手に負けるつもりはなかった。

街の人々は何が起きたという顔でこちらを見ているが、とりあえずお騒がせして申し訳ありませーーン! と叫びながら当たらないように走る。

そして、そのまま角を曲がり───

 

「な!? ……どこに行った!?」

 

「ば、馬鹿な……この道に人が隠れられるような場所もなければ道もないはずだぞ……!」

 

「ええい! とりあえず、こちらに向かったのは確かなのだ! 進むぞ!」

 

そう叫んで上から(・・・)その光景を見ていたレイはとりあえず溜息を吐いた。

今、俺は右手の握力に物を言わせたロッククライミング……めいた状態で家の壁に張り付いている。

正直、人間離れした光景である事は自覚しているがある物は利用するべきだろう。

まぁ、とりあえず一旦、この場は撒けたようだ。

撒けたが

 

「さて……駅の方はどうなっているやら……」

 

たかが、あの程度で駅を封鎖しているとは流石に思えないが人を配置したりはしているかもしれない。

その努力はもう少し違う所で発揮するべきなのが、領邦軍の役割じゃないのかとは思うが、言ってもどうしようもない連中なので言う気力もない。

とりあえず、隣の家の窓からこちらを見ている少女に手を振って屋根に上っておく。

 

「ねぇママ! 変なお兄ちゃんがヤモリみたいに壁に張り付いていたの!」

 

「ほほ、こらこら。そんな突然変異染みたお兄ちゃんなんていないから気のせいよ?」

 

お茶の間のトークの材料になれて何よりであった。

さて、と屋上でもう一度溜息を吐きながら

 

「……他のメンバーはどうしているやら」

 

 

 

 

 

 

ラウラ達からしたら何が何やらという事態であった。

朝は特に何かが起きたというわけではない。

強いて言うならば、レイは何も感じなかったがアリサがレイに対して妙によそよそしいというのが印象にあった。

夜はあのままアリサは自分と一緒に寝たはずだし、男子メンバーが言うにはレイも一緒に寝たはずらしい。

でも、朝に揃って直ぐにアリサの調子がおかしかった様子を見ると自分達が寝た後に何かがあったらしい。

一度、聞いてみたがレイは本当に何も無かったと調子も態度もおかしな様子を見せないし、アリサは逆におかしな態度と調子しか見せないのでとりあえず何かがあったのは確かなようであった。

問い詰めるべきか、と三人でアイコンタクトしたが、それがプライベートの物だと流石に聞いていいものかどうか判断が難しい。

だが、少なくともA班のマキアスとユーシスのような険悪ムードに陥るというわけではなかったので、二人には悪いが保留にさせて貰った。

何故か自分達のトレードマークである赤い上着を着ずに、腰に巻いているレイをガイウスがファッションかと正しいような、間違っているような会話をしていたのを何となく記憶に留めた。

そして、その後に朝食を食べ、ホテルの人間から今日の依頼を聞く。

内容自体は昨日とそこまで変わっておらずに魔獣の退治と更には武器の性能を見てほしいと言われるものであり、本来ならばテスターがいたのだが、それが急に無理になったらしい。しかもガントレットというからレイしか使えるものがおらず、勿論、彼が付けたのだが

 

「な!……が、ガントレットが急に光りだした……!?」

 

「まさか……必殺技のシークエンスが!?」

 

ただ光っただけであった。

思わず、うぉい! と叫んだレイがボケ殺しの魔獣タックルに吹っ飛ばされていたのが記憶の1シーンに残っていた。

ボスクラス相手だったから物凄いアクセルを空中でしていたが何アクセルくらい行っただろう?

ちなみに後に武器屋の御老体に問い詰めると

 

「へっ! 悪いかよ!? 武器が光るなんて武器職人だったら一度は挑んでみたい極致だろう!? 武器が必殺技を放つっていうのは最高の名誉だ! というかこんなストレスばっかり溜まる街じゃあ遊び心がないと禿るだろ!?」

 

という逆切れをされた。

必殺技を放つのはむしろ人間ではないだろうか? と思うが、そんな状況でもなかったので慌てて依頼の報告をして出て行った。

だが、一つ謎の事を店主は言っていた。

 

……ストレスばっかり溜まる街……?

 

どういう事なのだ? とラウラは思った。

流石に最後の言葉にレイを除いた三人も怪しく思った。

思えば、色々とおかしな依頼ではあった。

いや、間違いなくどこもギャグめいたお話であった事は確かだからおかしな依頼なのは間違いないのだが、そこが問題ではなく。

依頼内容がおかしいのではなく依頼理由がおかしいと言うべきか。

討伐依頼を除いたらほとんどが───唐突に誰かが来なかったからなどという理由だ。

無論、気にする理由でもないのかもしれない。

それだから、我らにお鉢が回ってきたとも言えるし、最初のロワイヤルの依頼はそういうわけではなかった。

 

 

そういうわけではなかったが───では、何故あのような祭り騒ぎをカーテンでまるで隠すかのようにやっていたのだろう?

 

 

演出だ。

そう言われたら成程、そうかもなと納得理解出来るかもしれない。

暗い中の方がテンションが大きくなると言われたらそうかもしれない、と。

間違ってはいないが……では、レイが店長に聞いたあの言葉は何だったのだろうか?

唯一、この場で悩んでいるような表情を取っていないレイ───まるで既に読み終えたミステリー小説をもう一度読んでいるみたいな顔だ。

完全に怪しいと思い、問い詰めようとした矢先であった。

 

「……む。やっぱり、来たか」

 

唐突に呟いて、チラリと視線だけ後ろを見て、何事かを呟くレイ。

は? と呟くが、とりあえず後ろを見てみる。

すると、そこには

 

「……領邦軍?」

 

ケルディックでも見た、あの特徴的な青い制服を着た男が2,3人いた。

別に、ここは貴族の街であるし、前回の実習で聊か胡乱げな目で見てしまうのは避けられないがパトロールくらいはしているだろうとは思う。

だから、そこにいる事自体は何ら不思議な事ではないのだが

 

「……こちらを見ているな」

 

ガイウスの言う通りである、と内心で頷く。

彼らの視線はこちらに集中している。

いや、集中しているというよりも確認をしているという感じか。

それこそ喩が悪いが……まるで偶然、犯罪者を見つけて確認を取っているという感じがする。

 

「……」

 

改めて集中していると視線はよく見たら、我々を見ていない。

いや、見ているが彼らは群ではなく個を見ている。

そして、その個が

 

「む。接敵まで凡そ十秒と見た。わりぃ、そろそろ逃げるわ。ま、ARCUSを気を付けといてくれよっと」

 

「え!? ちょっとレイ!?」

 

アリサの叫びを聞き終わる前に視線を戻すと彼はこちらに視線を向ける事無く、いきなり走った。

 

「……!? 逃げたぞ!?」

 

後ろの兵士が叫び、こちらに向かって走ってくる。

それに対して、反応が取れていないアリサとエリオットの代わりに自分とガイウスが二人の前に立ち───そして何事もないかのように自分達はスルーされた。

 

「何……!?」

 

流れ的には自分達も巻き込まれるような雰囲気だったのだが、相手側には認知されていなかったのか。

我等は総スルーの結果に思わず、停止し

 

「レ、レイが行っちゃったよ!?」

 

エリオットの慌てた言葉にようやく思考を取り戻す。

 

「些か奇妙だぞ……まだ全員で追われるのならばともかく何故、レイだけが追われるのだ。ここはトリスタではないのだぞ?」

 

「トリスタでなら追い回されていてもおかしくないのか……」

 

ガイウスが俯いてツッコミを入れるが、否定しない辺り同意見なのだろう。

レイはリィンみたいに人助けに走り回ったりしているが、トラブルにもかなり巻き込まれているので既にトリスタ名物になっている。

そのトリスタ名物に自分も入っている事を先日知って、解せぬと思ったがここでは関係ない事だ。うん。

 

「と、とりあえずっ。お、追いかける?」

 

「同意したいけど……追いかけるっていうのはこの場合、レイを追いかけるって意味になるわよね? ……ここでの土地勘はレイにかなり頼りっ放しで足と体力はラウラとガイウスがいてくれているけど……」

 

「逃げに徹したレイに追いつけるかどうかとなると難しいな」

 

その結論に思わず全員で呻く。

流石はⅦ組の実技トップクラスの存在だ、と言うべきか。

こうして仲間になっている間は物凄く頼もしい存在なのだが、敵になった……わけではないのだが追いかけるとなるとハイスペック過ぎて難しい。

普段、ラウラもフィーとレイを追い掛け回すが、何時も逃げられたり罠をかけられたりして何度敗北を味わったか。

次は勝つ。

 

「そもそも、何故、レイだけが追い掛けられているのだ? 実習中はずっと我等は一緒だったぞ? レイだけが追い掛けられるのは妙ではないか」

 

「ラウラの言う通りね……今回ばかりは追い掛けられるのなら私達全員が追い掛けられてなければ変よね……レイだけがしたこと……なん……て……」

 

最後の方になると一言一言自信がなくなるように声に力が入らなくなるアリサを見て、全員でどうしたんだ? と視線を問う。

すると、彼女は頭に手を当ててこれで本当に正しいのかしらという表情を浮かべながら

 

「……あの恋人役をした事くらいじゃないかしら? レイだけがこの街で何かをしたのって」

 

あ、と全員が思い出す。

確かに、この街でレイが一人でやったことはそれだけだ。

それだけだが

 

「……まだあの貴族のボディガードなどに追い回されるのならばともかく領邦軍に追いかけられるのはおかしくない?」

 

エリオットの言う通りだ。

幾らなんでも規模がおかしい。

……と言いたい所だが、あの貴族の態度を見ていると領邦軍に告げ口してある事ない事を言った可能性が高い気もする。

 

「結局の所、どうすればレイを助けられるかだ」

 

ガイウスの結論に全員が本気で悩む。

この場合のレイを助けるというとどうすればいいだろうか。

逃走補助?

確かに、それが一番の重要な事なのだろうけど今、彼がどこにいるのかさっぱりだ。

逃走補助というのは逃走する本人のコースが分かってないとしようとしても出来ないのだ。

 

「……分担して探すのはどうだろうか?」

 

「正しいんだと思うけど……でも、例えば僕一人じゃあ見つけても何も出来ない気がする……」

 

エリオットは悔しそうな表情で、それでも事実を吐き出す。

むぅ、とガイウスも似たような表情を浮かべる。

私やアリサも似たようなものだ。

確かに、私達でも3人以上揃えば、それなりの事は出来るとは思う。

しかし、二人くらいになると慣れない分野をそこまで上手く出来るだろうかという思いがある。

無論、それはARCUSのリンクがあるから二人でもマシな成果は獲れるとは思うのだが

 

「……この広い街を二つのグループで……」

 

またもやむぅ、と唸ってしまう。

土地勘があるならいいのだが、その地図は今、走って逃げ回っている。

いざという時に役に立たない歩く地図であった。

 

「……こうなっては仕方がない。適当に走り回って騒ぎになっている場所を突き止めるしかあるまい」

 

「そ、そうだねっ」

 

「同意だ」

 

「やるしかないわね……」

 

誰もレイを助ける殊に躊躇しない態度を見て、私も今のレイと似たような立場になれば皆、助けてくれるだろうかと思うと少々、くすぐったくなる。

 

私は良いクラスメイトを持ったものだ。

 

それでは走ろうかと思った時の待ったの声であった。

 

「あらぁ? トールズの可愛い子達じゃなぁい?」

 

聞き慣れたとは言えないが聞き覚えのある声に思わず走ろうとする前傾姿勢を正してそちらに振り替える。

すると予想通りに昨日の依頼者───カラフルの店主のアンナ殿であった。

 

「む……アンナ殿」

 

「やあっほーラウラちゃん。アリサちゃんも昨日と変わらずにお肌艶々でいいわねぇ……でもよく眠れなかったの? ちょっと顔にクマがあるけど」

 

「き、気のせいですっ」

 

プロだ……とエリオットの呟きに同意する。

同姓の私もそれに気付かないものをアンナ殿は一目でそれを見抜いた。

まぁ、私はそもそも化粧とかを余り知らないものだから余計に気付かないのだろうけど、こうして見ると自分が女子の嗜みというのに如何に疎いかを理解できる。

 

「あら? あの愉快な子はいないの? 別行動?」

 

愉快な人判定を受けている事は無視してどう説明すればいいかを迷う。

普通に領邦軍に追いかけられていると言ってもいいのだろうか?

しかし、それを言うと幾ら多少、気心が知れても一般市民としてアンナ殿は自分達も通報するではないのだろうか?

なら、隠すべきなのだろうか。

確かにそれならばこれ以上の厄介事は避けられるかもしれないが……街の人の土地勘を頼る機会が無くなる。

むぅ……! と究極の二択にどうしようかとラウラは悩む。

見ればアリサとエリオットも似たような表情で悩んでいるのを見て仲間がいると思っていると───無造作にガイウスが一歩前に出た。

 

ガイウス……?

 

その表情は任せておけと言わんばかりであり、アイコンタクトでも似たような返事を返してきた。

迷ったがガイウスなら任せられると思い、三人で頷いて一歩後ろに引く。

それに有難い、と小声で返事し、改めてアンナ殿に向かって

 

「実はレイが領邦軍に追い掛け回されているのだが、どうすればいいだろうか?」

 

「って、そのまんまじゃない!?」

 

アリサの雷速のツッコミに思わず、SPD足りなかったか! と自分に項垂れそうになるが、全くの同意の言葉にエリオットと共に唖然とするが

 

「……あっちゃぁ……」

 

とアンナ殿の言葉と表情の方が気にかかった。

態度を見ると不味い物を見た……というより

 

検問に引っ掛かった相手を見るみたいな表情……

 

思わず、全員が彼女を見るがう~~と、唸った彼女は

 

「ま、事情は分かったわ……ここだと何だから私の行きつけの店で話さない?」

 

 

 

 

 

 

アンナさんの行きつけの店ってここなのかぁ……

 

エリオットは蘇りそうになるトラウマと闘いながら、とりあえず皆と一緒のテーブルに座っていた。

今、僕達は『ロワイヤル』……つまり、昨日の依頼のあった場所に集まっている。

どうやら店長のローラさんと友達なのか入るなり、お互いキャッキャ、と両手を握り合って再開を祝し、そしてローラさんがこちらを見て、どうしたのかと聞くとアンナさんが苦笑して

 

「面倒事に巻き込まれたらしいの」

 

その一言で、全てを察したらしく。

少し、驚いた表情は取ったが、直ぐに二階の少し他の席から離れたテーブルに案内してくれた。

 

「さて、と……あんまり遠回しに言うのは趣味じゃないし、貴方達もあの子が心配だと思うから単刀直入に答えだけをなるべく言わせて貰うわ。ま、出来ればそちらから聞いて欲しいわね。その方が何を説明すればいいか分かるし」

 

答えられる事は答えて上げる、とウィンク突きで言ってくれるアンナさんに何だか大人だなぁって思ってしまう。

どことなくサラ教官に近い性格をしているから余計にそう思えるのかもしれない。

とりあえず、聞きたい事を聞いてという話題に最初に発言したのはアリサだった。

 

「じゃあ……どうしてレイは領邦軍に追われているんですか? まだ私達全員で追われるならともかくレイがこの街で単独でやった事なんて貴族の息子のストーカーを止めただけですよ?」

 

「あーー、成程ねぇ。そういう理由で起きたんだ。まぁ、多分だけど……簡単に言えば帝国で起きている問題が小さな出来事を起こしているのよ」

 

「……帝国で起きている問題?」

 

アリサもいきなり話が大きくなった事に眉を顰めている。

国単位で起きている問題が、何故ここで出てくるというのだろうか。

 

「貴方達も士官学院の生徒なら革新派と貴族派のいがみ合いは知っているよね?」

 

「……そりゃあ、まぁ……」

 

貴族派と革新派の対立。

これは間違いなく帝国にとって最大の問題であり、最大の頭痛の原因であった。

最も、その対立が根深くなったのは巷では『鉄血宰相』とも呼ばれる革新派の中心───ギリアス・オズボーン宰相が台頭し始めてからなのだが。

 

「そ、その……セントアークでもその対立のせいで煽りを受けているって事なんですか?」

 

「ま、平たく言えばそういう事よ、エリオット君。と言っても、まぁ無茶な増税とかそんな大きな問題じゃないの」

 

例えば、ちょっとした集まりなどをすると疑惑の目で見られたり。

例えば、少し貴族との商談を断ったりなどするとそれとなく店の人気が減っている事に気付く。

 

「八つ当たりなのか貴族につかないとこうなるって示したいのか微妙な所だけど……神経質というか敏感というのか……疲れる事、この上ないの」

 

「そんな事が……」

 

会話に加わっていないラウラとガイウスも険しい顔でその話題に反応を示す。

そこで思わず、エリオットは今までの依頼の反応を思い出す。

暗幕でまるで外に内の状況を教えないように閉じていた飲食店。

突然、モデルの人間がドタギャンした服飾店。

同じくテスターの人間がドタギャンしてストレスばっかり溜まると叫んでいた武器屋。

答えを知ると何もかもが納得出来る。

暗幕で店を閉めたように見せかけていたのは集まって騒いでいるのを見咎められるのを防ぐ為。

モデルとテスターがいないのは二人の店主が何かをしたかは分からないが、何かがあったが故の嫌がらせ。

確かに、特別大きな事を貴族の人達はしているわけではない。

だが、これらの行いは平民の人達には間違いなくストレスという形で残る。

いっそ、何か弾圧みたいな事をすれば正規軍や鉄道警備隊などが動いてくれるのかもしれないがこうも小さい妨害だとどちらも動き辛い。

 

「昔みたいに遊撃士がいればこういう状態にも対応出来たんだけど……帝国から遊撃士協会は最低限を残して撤退しちゃったでしょ? ストレスは溜まるわ、少しずつ利益は下がるわ───空元気で騒いでないとちょっと疲れるの」

 

「……あ」

 

つまりはそういう事。

やけにちょっとした場所でハイテンションな人が多かったのは必死の現実逃避だったのだ。

生きていくのが辛い……と悲観する程ではないのだけれどしんどい、と少し溜息を吐きそうな日々を出来る限り必死に楽しくしようとしている。

それがセントアークの街の精一杯な強がりという事なのだ。

 

「……それはやはり……ハイアームズ家の当主がそういう風に支持を出しておられるのでしょうか?」

 

「そこまではちょっとね……ごめんね? 重たい話をしちゃって。折角の学院の特別実習だったのに……」

 

「……いえ」

 

少し暗い雰囲気になる。

エリオットは自分の故郷を思い出す。

まだそんなに離れたわけでもないのだが、何故だか無性に懐かしく思えてしまう。

自分の家族は父が……まぁ、ちょっとした有名人で母も音楽関係で有名で姉さんも音楽を嗜む普通の一般家庭だが今のところ、こういった軋轢に苦しんではいなかった。

そう考えれば考える程、自分はかなり幸福だったんだなぁと思えてくる。

そうやって気分が落ち込みそうになった自分達の雰囲気を察したのか、少しどうしようか、とアンナさんは手をぶらつかせ、とりあえずその手を叩いてこちらの意識を現実に引き戻し

 

「は、はいはい。落ち込むのはその辺にして今はあの追われているあの子の方でしょ……あ~~でも、それをどうしようかと言われると私は少し力になってあげれないんだけど……」

 

「あっ」

 

4人同時にそういえばすっかり忘れていたと呟いた。

何だか最近、リィンとレイのノリに引っ張られる傾向にあるなぁ、としみじみに思ってしまう。

汚染という言葉が頭に浮かんだが、いやいやいや、と思って消しゴムでその単語を消す。

流石に汚染は酷いだろう汚染は。

そう思っていると

 

「……む」

 

突然、ガイウスの方から音が鳴り始めた。

ARCUSの呼び出し音に、まさかと思うまでもなく呼び出し人が分かった。

ガイウスは即座に自分のARCUSを取り出して全員に聞こえるように設定し、テーブルの中央に置いた。

そこから

 

『よーーっす。今、どこにいんだ皆の衆』

 

などと軽快な声が聞こえてきた。

はぁぁぁ~~、とアリサが僕達の心境を実に表す溜息を代弁してくれたので、とりあえずそこはアリサに任せておいた。

 

「そ、それはこっちの台詞だよぉ。今、レイはどこにいるの?」

 

『ん? ああ。とりあえず、逃げ回って今は……西の方の住民街の辺りだな。領邦軍は全体的に器は小さい癖に執念深い……あ、器が小さいから執念深いのかねぇ』

 

口調の様子を見ると大きな怪我などは負ってないようだ。

それだけをほっとして椅子に身を深く沈めた。

 

「大事がなくて何よりだ。その様子だと追っては撒いたみたいだが……」

 

『うむ。撒いたは撒いたのだが……確認が取りたいんだが誰か駅の方をちょっと見てくれね? 可能性は低いとは思うんだが……』

 

「……見張られている可能性がある、と?」

 

ガイウスとレイの会話に全員で顔を見合わせる。

 

「……確かにあの程度の騒ぎで駅を警備するってまではいかないとは思うけど……」

 

「見張る程度なら有り得なくはないか……」

 

アリサとラウラの結論に僕とガイウスも同意の頷きをし

 

「ぼ、僕が見に行こうか?」

 

「いや。私が行こう。ここからなら駅は直ぐ近くだし、私の足なら数分で帰ってこれよう」

 

そう言って、ラウラはその足で店を飛び出た。

そこまでの速度に僕、足遅いなぁ、と改めて思うが、とりあえず気を取り戻して

 

『念の為に聞くけど課題はもう終わってたよな?』

 

「運良くって感じだけどね……この場合は課題が残ってても貴方の助けに回るわよ」

 

「そ、そうだよっ。課題よりも追われているレイの方が重要だよ!?」

 

『う~~~ん。青春青春?』

 

新しい照れ隠しだろうか。

そうやってとりあえず色々話していると直ぐにラウラが帰ってきた。

 

『どうだった?』

 

「うむ───何やら旗みたいなものを用意してレイ・アーセル様ご招待(笑)! と書かれていたな」

 

ARCUSの向こう側から物凄い音───そう、まるで落下音みたいな音が衝撃としてテーブルを揺らした。

 

『ぬぁぁぁぁ! 着地地点誤って女子風呂に入ってしまったぜ! 危ない危ない……あ、皆さんはそのままで結構なので。自分、痴漢ではなく紳士なので。お騒がせして申し訳ない。堪能させてもらいました』

 

言葉が終わったと同時に女の人の悲鳴と何か物を投げる音が連続でARCUSから奏でられる。

一瞬、4人は真顔で沈黙するがとりあえず無視しておいて

 

「本当?」

 

「いや、冗談だ」

 

思わず無言になってしまう。

ARCUSから流れる騒音が空しい。

ラウラもそう思ったのか。真面目な表情からつつーーっと一筋汗が流れている。

 

「……」

 

チュンチュン、と少し時間がずれた外の鳥の音と共に全員でわざとらしく咳をする。

皆、きっと脳内メーカーをやると半分は優しさで出来ているんだ。

 

「は、話を戻すが……確かに封鎖などはされてはいなかったが微妙な配置はされていたな。改札など通ればばれるだろう」

 

「つまり、改札を通るには一苦労しないといけないというわけね……」

 

『いやっ。いい方法があるぞ。アリサとラウラが駅前で唐突に服を一枚ずつ脱げば領邦軍の石頭共はこれはいかんと鼻息荒げてそっちに向かうはずだ。その隙に俺はお前らのストリップ写真を撮りつつ改札を───』

 

アリサが流れる川のように自然にARCUSの通話停止ボタンを押した。

あっ、と言う間もない完璧な所作であった。

その動作をしたアリサは満面の笑顔だった。

これは無言を保つべきだと最近理解してきた緊張感への学習に、あれ? こういう事を習いに来たんだっけ? と理性が疑問を作るが黙殺する。

そして再びコール音が鳴るARCUSに、アリサが優雅な仕草と笑顔で通信開始ボタンを押す。

 

「───次は私達に得がある会話をしたいわ」

 

『セ、セメントだなぁ! おい!』

 

同感だが、ここでレイを擁護すれば次の標的は僕達だ。

無視の一択こそが平穏の象徴だ。

 

『ま、まぁ……要は俺がばれない様に改札を通ればいいだけだ。ただ、力技で通るのは避けないとな。封鎖されているわけじゃないんだし』

 

「確かに。他に迷惑をかけるのは避けたいな」

 

ガイウスの言葉にうむ、と全員で同意する。

だが、その結論が逆にじゃあ、どうすればいいんだ? という方法に結び付く。

 

『最悪、俺は歩いてトリスタに帰る事も出来るが……そこまでは流石に検問を布いていないと思うし』

 

「何日歩くつもりだそなたは」

 

サバイバルは得意分野だぜ? と自慢には……まぁ、なりそうな事を聞きながらエリオットは一つ案を思い浮かんだ。

でも、これで大丈夫かなぁ、という自信の無さで少し揺れるが言うだけならアリだろうと思い、手を挙げながら一言断る。

 

『どうした? エリオット? 何か良い案でも思いついたのか?』

 

「良いかどうかは分からないんだけど……上手い事行ったら、もしかしたら簡単に改札を通れるかもしれない」

 

おおっ、と皆からの期待にちょっと引きながらとりあえず見るべき人を見る。

そう……この作戦はここにいるメンバーだけじゃあ成立しない。

それには、レイが出た瞬間に若いっていいわねぇ、と呟きながら空気を読んで影になっていた女性。

 

「あら? 私に何かあるの? エリオット君」

 

個人の服飾店を出しているアンナさんに。

 

 

 

 

 

「む……」

 

駅で見張りの役割を帯びていた領邦軍の兵士は目の前から特徴のある集団が改札を通ろうとしているのを見た。

それは赤い制服を着た少年少女の服装であり、年齢も同じような団体であった。

 

確か名門トールズの……

 

領邦軍にも正規軍にも入学する彼らは実にいい働きをするらしい。

見たところ、褐色の長身の少年と青い髪を後ろで束ねた少女はかなり鍛えられている事がわかるが、もう二人の少年少女は後衛の人間なのだろうか。

 

まぁ……何はともあれ今は任務だ……。

 

何でもカッターと黒のズボンを着た少年が貴族のご子息に喧嘩を売ったらしい。

事実はどうかは知らないのだが、そういう報告を受けた以上、もう事実は関係ないのだ(・・・・・・)

喧嘩を売った子供にもいい授業になるだろう。

そう思いながら、彼は学生達から視線を背けると

 

「……なっ!?」

 

そこには───素晴らしい人がいた。

ドクン、と心臓の高鳴りが司会を揺らすのが煩わしい。

麦藁帽子を頭に乗せ、まるで深窓の御令嬢のような薄緑色のカーディガンとロングスカートを着た姿に心臓は大ブレイク寸前だ。

 

き、貴族の御令嬢なのか……!?

 

服装からではそんな事は分からないが、その気品のある動きが貴族ではなくともそう思わせる。

話に行きたい。

会ってそのお声をお聞きしたい。

そんな願望が胸を占めるが……ああ! 自分の意気地の無さに呆れ果ててしまう。

そうして彼女は学生の次に改札を抜けて行ってしまう。

ああ……! と嘆くが……その嘆きを女神が見てくれたのか。

一陣の風が彼女の顔を隠していた麦藁帽子を少し上にあげてくれた。

 

「おお……」

 

見た。

間違いなく記憶した。

きっと、その顔は地獄に落ちたとしても忘れはしないだろう。

また会えるだろうか。

その想いだけを鼓動と共に胸に刻んで───

 

 

 

 

ガタンゴトン、と鉄道が動く中。

一つ無言の世界を構築しているパーティがいた。

それは赤い制服を着た少年少女のパーティであり、何故かそこに異物のように薄緑色を中心とした私服を着た女性がいた。

沈黙が───重くない。

何故なら制服を着た少年少女は必死の表情で顔を緩めまいと堪えていたからだ。

堪えに堪えていた。

それはもう赤毛と金髪の少年少女はお腹を抱えて我慢する程に。

そしてぷるぷると震える私服の女性が

 

「……いっそ殺せ」

 

と姿に似合わない低い声を発した瞬間に全員が我慢の限界を超えて大いに笑い出した。

 

「あっ、ははははははは! レ、レイ……か、かな、かなり……! に、似合ってて……い、いるわよ?」

 

「ぷっ……そ、そうだな! レイよ。す、凄く……似合ってクク……いるぞ?」

 

「ええい。容赦の欠片もない御嬢さん方だ。全く……考え付くエリオットもエリオットもだが」

 

「い、いやっ……! さ、最終的にGOサインを出したののは……レ、レイっ、だよ?」

 

「……まぁ、方法はともかく。一番簡単で平和的だったからな」

 

馬鹿らしい事だが、この如何にもな女装で切り抜けられれば安全この上ない。

男がそこまでプライドを捨てて来るとは貴族の人間は特に思いはしない事だろうし、幾ら領邦軍でも女性(と思っている)相手に不躾な真似をするのはもう少しちゃんとした事情がないとやらないだろう。

ならば、見た目がちゃんと成立すればこの作戦は簡単に行けるものであり

 

「いや、それにしても……見事に化けたな」

 

「アンナさんのお蔭だな」

 

アンナさんが言うにはよくあるマンガみたいに普通に女装させたらばれるけど、本気でやればちゃんと化けるタイプだとか。

まぁ、多少、中性的であった事は認めるから流石にそこで本気で否定はしないとも。

 

「……ま、何はともあれ。無事にセントアークから脱出出来ました。めでたしめでたしって所だな」

 

「ぷぷ……そ、そうね……後で写真撮っていい?」

 

「リィンに頼むつもりなら……俺は例えアリサであってもこの拳を振るわない理由がなくなる……」

 

「どこまでも対抗意識ばりばりねぇ……」

 

やれやれ、とようやく苦笑程度に収める全員にこちらも溜息一つでとりあえず落ち着く。

 

「それにしても……簡単には抜けれたが……やはり帝国は革新派と貴族派の対立は根深いのだな」

 

ガイウスの一言に他の三人も頷いて考え出す。

青春だねぇ、とは思うがそれは口に出さずに唯一の事情に詳しくないガイウスに助け舟を出す。

 

「そうだなぁ。まぁ、一番の最大の要因は鉄血宰相のせいっていうのがあるんだろうけどな」

 

「確か……ギリアス・オズボーン宰相だったか」

 

そうそう、と重くならないように答える。

帝国でトップクラスの知名度を持った革新派の頭にして貴族派からは目の上のたんこぶとも言える元軍人の宰相。

流石に直接見た事もないし、会話もした事もないからどんな人物なのかをここで語るような事はしない。

だが、何故知っているのかは知らないクソ親父が言うには

 

「あれは本当に人のまま怪物になった(・・・・・・・・・・)阿呆だ」

 

との事らしい。

何やら色々と意味深ではあるが、怪物という単語には笑いを禁じ得ない。

まぁ、別にどうでもいい事なのだが。

 

「この調子だと次からの特別実習もそういった帝国の問題点とかを見させるような実習に……うん?」

 

「どうしたのだ? レイ」

 

いや……と断りを入れて、そういえばと思った事を口に出す。

 

「よく考えれば……貴族派の最大勢力の街に革新派の息子のマキアスとか行って大丈夫だったんかなぁって……」

 

「……」

 

全員が沈黙を選ぶ。

今更だが、マキアスのフルネームはマキアス・レーグニッツ。

革新派であり帝都知事の息子。

良くも悪くも俺みたいに無名の人間ではない存在だ。

そんな人間が貴族派の人間にマークされてない事があるだろうか?

 

「……ま、それこそ」

 

神のみぞ知るという所か。

いや。

もしかしたら───悪魔のみぞ知る(・・・・・・・)のかもしれない。

まぁ、そんなのは結局

 

「妄言だけどな」

 

と、誰にも聞こえない言葉でクスッと笑うに留めた。

 

 

 

 

 

 




ふぅ、更新出来ました。

今回はわざと前の話を引きずらず、且つ簡単に終わらせました。
理由としては前の話は引きずるにはまだ早いという事と今回のは本当にバリアハートと比べれば規模もレベルも違うという風に伝えたかったからです。

そしてセントアークは余り引き摺りたくなかったので終わらせました。
これでようやく3章ですわ……その前に二つ程オリジナルが入りますが。
次回が皆にとってのレイとの絆イベント(シリアス)。
その次が敢えて詳細は語りませんが……エマから起きるストーリーです。

感想・評価よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祈りは常に胸に

※各人が想う切ない系BGMを途中から聞いた方がいいかもしれません。


教室は第二次冷戦時代に入ったと、エマは思った。

第一次はマキアスさんとユーシスさんとの男の意地冷戦。

こちらは直ぐに口に出る、手が出ると余りにも分かりやすい意思表示があったからこそ逆に治め易かったというものであった。

ただ、治め方は暴れようとする二人の間にリィンさんが遠慮なくレイさんを投げ込んで二人のパンチを吸収するというものであったが。

その後に勃発する二人の戦いは大抵、アリサさんのアーツかサラ教官による窓から放り投げで沈着していたので、最早日常であった。

 

……ああ。お婆ちゃん……私……都会に毒されています……

 

恐ろしい世界だ。

子供の頃は都会に憧れている普通の子供だというのに、成長して来てみたら煉獄も生温い。

冗談で人が殴り合う事が許されているルールだったのか。

いや、まぁ、それも冗談ですけど。

ともあれ、今回の冷戦は前回のように目立つ争いではなく沈黙を持っての沈着であった。

 

「……」

 

「……」

 

原因は昼休みの鐘が鳴ってレイさんとリィンさんが早速教室から飛び出した後の二人の姿。

銀髪の小柄な少女に青い髪の凛とした少女。

フィーちゃんとラウラさんであった。

 

「……」

 

「……」

 

二人は教室内で語る事も目線も合わす事もない。

つまり、マキアスさんとユーシスさんとは違って互いに最低限のみで無視し合っているだけなのだ。

だから、彼女達が雰囲気を作っているわけではないのだが……何故か険悪な雰囲気が形成される。

いや、険悪という言葉は合わないのかもしれない。

険悪というのはそれこそユーシスさんとマキアスさんの一触即発の雰囲気を指す言葉だろう。

だが、二人にはその爆発するという予兆がない。

ただ、黙っている。

それだけなのだ。

それだけなのに空気が凄く重く感じるのだ。

そして、それは授業が終わり昼休みが過ぎて二人が部屋から出た瞬間に全員が安堵の息を吐く。

 

「……前の実習は終わってからずっとあの調子ね……」

 

「ああ……何か言ってくれたら僕らも動く事が出来るのだが」

 

アリサさんとマキアスさんの言葉を始めに、既に出て行ったレイさんとリィンさんを除いたメンバーが頷いた。

 

「いっそ、ユーシスとマキアスの時みたいに破裂してくれたら僕らも止める事が出来るんだけど……」

 

「あんな風に頑なに互いにいがみ合うわけでもなく無視をするわけでもないのならどうすればいいか解らないな」

 

うーーん、とエリオットさんとガイウスさんも悩んだ調子で腕を組んだり、視線を彷徨わせる。

すると、アリサさんの方から

 

「一応、ラウラの方は私が時々、話をしたりしているんだけど……エマ。フィーの方は?」

 

「フィーちゃんも別に何でもないの一点張りで……とてもじゃないが話してくれる様子じゃありません……」

 

「やっぱり、そっちもか……」

 

アリサさんがどうしたものかしら、と頭を抱える姿に少し苦笑する。

 

「こういった場合、部外者が乱入すると話がこじれる場合と良くなる問題があると思いますが……」

 

「……難しいな。俺の目から見てもどっちに転ぶかわからん」

 

ユーシスさんの溜息と共にやはり今日も二人を見守るという保留の決断をするしかないのかと今度は全員揃って溜息を吐こうとして

 

「あ、皆。まだ教室にいてくれたか」

 

すると先程出て行ったリィンさんがひょいっと帰ってきた。

 

「どうしたんだリィン? 何時もの流れだとレイと一緒にいる事で事件を発生させて最終的に殴り合いに行き着くショートエピソードをしていたんじゃないのか?」

 

「……マキアス。確かに遠慮はいらないんだけど、その全員がそうだそうだと言いかねない話題はどうかと思う」

 

事実だろうに、とユーシスさんの結論に最後まで反抗的な態度を取るリィンさん。

本当に何故かリィンさんはレイさんにだけはまるで子供のような反抗的な態度をとる。

それだけ見ると長い付き合いがあるように見えて、他のクラスメイトからも二人は幼馴染なのか? とよく聞かされるらしい。

その度に二人同時に誰がこいつ何かと、と言い合うらしい。

不思議な関係だ。

 

……まさかアレ(・・)の関係じゃありませんよね……?

 

流石に深読みし過ぎだろう。

となると二人の性格から生じるものなのだろう。

ともあれ、彼はこちら……というよりは皆に用があるらしい。

 

「何かあったんですか?」

 

皆を代表して聞いてみると

 

「ああ。ちょっと助けて欲しいって頼まれたから皆にもちょっと手伝って欲しいんだ」

 

そう言って視線を教室の扉の方に向けると金髪のショートヘアのおっとりとした女子生徒が立っていた。

それを見てⅦ組全員は同じような事を思っただろう。

 

───またか

 

 

 

 

ユーシスはリィンの説明と入ってきた女子生徒───ロジーヌの依頼の内容を把握した。

 

「ストーカーを何とかして欲しいというわけか」

 

「あ、いえ……その、ストーカーと決まったわけじゃあ……」

 

控え目に否定するロジーヌの様子を見ると断定していないのではなくどちらかと言うとそう判断するのはどうかと思うという気遣いの否定に見れる。

そういった人物か、と余り関わりを持っていない俺からしたらファーストコンタクトはそんなものであった。

とりあえず、彼女からの説明を纏めると

 

「だが、お前の教会の手伝いをしている所に見知らぬ男が言い寄って来るのだろう? 優しさというのは美徳に入る内はいいが行き過ぎると碌な物にならんぞ」

 

「ちょっ……君という奴は……」

 

「いえ、ユーシスさんの言う通りですから」

 

眼鏡が何かを言おうとするがロジーヌ本人も自覚していたのだろう。

困ったような笑顔を浮かべながらも行程をした。

それに頭を掻きながらもマキアス・レーグニッツが語る。

 

「まぁ、男がどうして言い寄って来たかは理解できなくもないが……二度も否定したのに付き纏うのは流石に困ったものだな」

 

今回ばかりはこの男の意見に同意せざるを得ない。

確かにちらっ、と見るだけでロジーヌはおっとりとしてはいるが綺麗な造形をしている事は認められる。

正直に言えば士官学院にいるのが多少、不思議な所なのだがよく考えれば生徒会長が既に見た目だけは似つかわしくないのでおかしくはない事か。

 

「頼みというのはそのストーカーを捕まえる事か?」

 

「場合によっては止む無しだが……ロジーヌさんはもう一度冷静に話をしたいそうだ」

 

「はい……その最近話そうとしてもこちらのお話を聞いてくれる様子がないので。せめて、もう一度だけ私がお話したいと……」

 

「で、それを俺が聞いて流石に危険じゃないかっ、と思って皆に相談したという事だ」

 

「確かにそうですね……ロジーヌさんのお話を聞く限り相手の方は少し冷静さを失っているみたいですし」

 

余り、そういった事態に関わった経験がない俺でも面倒くさい事態になりうる可能性があると読む事ができる内容だ。

全員があちゃあ……という顔になっている。

 

「好意がちょっと暴走しているパターンね……で? リィン? こちらに相談しに来たっていう事は何か策でもあるの?」

 

「ああ……ちょっとロジーヌの代わりに囮役を誰かにして貰おうと思うんだ」

 

「ふむ? 囮をしてどうするんだ?」

 

ガイウスの相槌にリィンもああ、と頷き

 

「正直、ロジーヌの話を聞いているだけでは相手の人がどんな類なのか想像できない……まぁ、大事にはならない……とは思いたいけど色恋沙汰で大変な目に合うっていうのはどの国でも起こり得る事件だから俺は一応、最悪な事態も考えている」

 

「……」

 

そんな事は起きないとロジーヌは視線で訴えてはいるが、否定しない所を見ると起こりうる可能性として見ている事は見ているらしい。

 

「勿論、そんなのは低いとは思うけど……出来れば確認は取りたい」

 

「で、囮なの?」

 

「囮……というよりはロジーヌよりも先に接触してどんな人か見て欲しいんだ」

 

教区長もどうしようか悩んでいたから手伝う事は全面的に協力するらしい。

 

「成程……まぁ、今は手が空いているから手伝う事は吝かではないが……誰が囮をするのだ?」

 

「確認を取るだけなら複数で話に行くのは相手に不信感を残してしまいますよね?」

 

「ああ。だから、一人で行く事になるんだ。一応、相手は敬遠な信徒の人だから修道服を着たら警戒を和らげてくれないかとは思うんだが……」

 

「成程ねぇ。そうなるとユーシスとマキアスは難しいわね」

 

「何故だ」

 

「どうしてだ」

 

眼鏡とハモッた事に素直に舌打ちをすると相手も同時に舌打ちをしてくる。

思わず、連続で鳴らしてやろうかと思ったがそうするとまたハモリそうで苛立つからとりあえず無視しておいた。

 

「そういう所よ。貴方達……演技とか苦手でしょ」

 

「となると俺も同じ理由で無理だな……」

 

ガイウスもうむ、と理解したという感じで頷く。

お前はそれでいいのか。

 

「じゃあ、僕かリィンかアリサか委員───」

 

「───貸し出せるような余った服は女性用しか運悪くないらしい」

 

「うん、アリサか委員長しかないね」

 

エリオットよ。

今、まるで敵を察知したかのように真剣な表情をしたのを見逃せなかった。

コンマ一秒以下で笑顔を浮かべる早業に額から一筋の汗が流れたが、それを指摘すると最近、遠慮がなくなったこのクラスメイトが何を仕出かすか読めないので黙っている事にした。

 

「まぁ、それなら私かエマでいいんだけど……」

 

「あの……その人、何でも昔は遊撃士を目指していたらしくどのレベルかは知らないですけど武術を修めているらしいです」

 

「───リィン? 私達に死ねって言うの?」

 

「最近のアリサの反応は怖いな……」

 

リィンは引き攣った笑顔でこちらを見てくるが全員で無視する。

ここで助けたら俺達が巻き込まられる。

 

「本当ならラウラかフィーのどちらかに手助けして貰おうかと思っていたんだが……」

 

チラリ、と周りをリィンが窺うか二人の姿がない事を見て察したようだ。

女子の武闘派二人を使うのは確かに間違ってはいないのだが、時が悪かった。

もう、ロジーヌの表情は無理でしたから構いませんから、という表情に変わりつつある。

どうしたものか、と嘆息をしていると

 

「ちぃーっす。後輩君共。届け物だぜーー?」

 

軽薄な声と共に入ってきたのは……確か二年の

 

「クロウ先輩?」

 

「よう、リィン後輩。悪いがこいつ受け取ってくれねえか?」

 

銀髪にバンダナが特徴のクロウ・アームブラストが肩に背負っているのは何故かぼろぼろになったレイであった。

 

「……まだ数分しか経ってないのに……」

 

エリオットがある意味で関心の表情と台詞を吐いたのに全員、同意する。

まだ昼休みが始まり、ロジーヌとの会話を含めても5,6分しか経っていないのだ。

それなのに、もう一ストーリー終えてきたという格好だ。

 

「一体何があればそうなるというのだ……」

 

「いや、何でも……適当に昼を買いに行こうとした所をばったりトワに会ってしまってトラウマが再発して青ざめた表情で逃げようとした所を調理部の部室から出てきたマルガリータと遭遇してぶつかり、その手に持っていたクッキーがミラクルに口の中に入り、猛毒と混乱状態で苦しんだら窓から落ちてしまったが、そこは何とか受け身をとったらしいんだが、そこに見事にゼリカのバイクと交通事故を起こして偶然開いていた窓からトリプルアクセルでまた一階に飛び込んでゾンビよろしく保健室に向かおうとしたが受付で力尽きてそこを通りかかった俺が拾ったって事らしい」

 

「ミラクル過ぎますよそれは!?」

 

というか何故生きていると思うが本人は「う~~ん、もう食べてやる……!」などという微妙に新しい寝言を吐いている。

呆れた生命力だ。

こいつはきっと崖から落としても死なないだろう。

 

「ま、そういうわけだ。どこに置けばいい?」

 

「ああ。そこのごみ箱に捨てておいてください」

 

「ははは! おいおいリィン後輩。何時からそんな冗談が上手くなった……んだよ?」

 

何時の間にかクロウ・アームブラストから掻っ攫ったレイを自然な動作で前のめりでゴミ箱にぶちこんでいるリィンを見て最後まで自信を持って笑えなかった先輩の姿があった。

証拠隠滅、という言葉が頭を過ぎるが気にしない方がいいだろう。

 

「───はっ。待ってリィン! そのゴ……! おほん。レイがいるわ!?」

 

「? 何だアリサ? このゴ……レイを何に使うんだ?」

 

「……お前ら本当にクラスメイトで仲間で友達なんだよな?」

 

素直とかひねくれているとかそういう以前の問題で頷き難い問題であった。

現に他のメンバーは全員俯いていたり、明後日の方角を見ている。

何とも締まらないクラスだ……と思っていると

 

「……む! 何だこの暗闇は……! そして体が動けない……! 壁に見えているこれは……ゆ、床なのか!? く……! 新手のアーティファクト(ミラクル)か!? メディーーーック!!」

 

「残念ながらレイ。救護兵はシリアスな用事で手が空いていない」

 

「な、何だと……! この事態を俺一人で何とかしないといけないのか……!?」

 

「ああ。だが、それはお前にしか出来ない事なんだ」

 

遂に隅っこで寸劇まで始まりだしたが、そろそろロジーヌの呆然とした姿が憐れなので何かフォローを入れるべきかと思い

 

「気にするな───気にしても仕方がない馬鹿だ」

 

「……むしろ気になるのでは?」

 

ガイウスの指摘にそうか? とは思うが問題はあるまい。

問題になったとしても俺に火の粉は降りかからないだろう。

 

「で? アリサ。レイを利用する策というのは何なのだ?」

 

「簡単よ。今回は危険がないよう、且つ修道服は女性用しかないって事でしょ?」

 

オチは目に見えたな、と他のメンバー全員でゴミ箱に向かって黙祷する。

ゴミ箱は虚しくガタゴト、と揺れるだけであった。

 

 

 

 

 

レイは己の虚しい格好に酷く涙を流したくなってきた。

 

「普通、こういうネタは間が開くだろうに……」

 

今の自分の格好は修道服……しかし女性用。

既に女性陣の本気のメイクによって前回のセントアーク脱出張りの姿に変身させられている。

ああ、男にとってのトラウマはどうしてこんなに発動しやすいのだろうか。

さっきからエリオットの気持ちはよく分かる! 分かるよ! という視線が虚しい。

だったら助けろという視線にはエリオットは躊躇いの見えない無視の態度で応じた。

成長し過ぎだろお前。

ああ……セントアークの実習から帰った時のリィンのあの大爆笑の後の殺陣を思い出す。

何故か駅にいる人から大絶賛を受けていたが、その後にサラ教官のSクラフトを受けて二人揃って気絶したんだっけ。

 

「よし、とりあえず作戦としては外でマキアス、エリオット、アリサ、委員長組が待機。俺とガイウス、ユーシスは中で礼拝の振りをしつつ見張り。それでいいかな?」

 

俺のこの姿以外は異論がないな。

 

何時か泣かせてやる……!

 

男の約束だ。

絶対に果たしてやる。

意地でもだ。

 

「その……すいませんレイさん。私の小事に付き合って頂いて……」

 

「いや、まぁ……やんごとなき事情があるなら手伝うのは吝かでもないから気にしないでいてくれ。というか気にすると負けだと思う」

 

人助けの分類に入っているのなら動ける。

 

「それに別に相手を捕まえるとか荒事にはならないと信じているんだろ? なら、問題はないだろ……まぁ、ちと大掛かりなのは認めるけど」

 

ちょっとお人好しが過ぎるだろ我がクラスよ。

確かにストーカーというのは追っ払えば安全であるというわけではないパターンがあるが、ここまで過保護な行動をするのもどうだろうか。

周りに人がいる状態で話をしたら流石に相手も冷静に対応してくれると思うのだが。

 

「まぁ、そこら辺経験が無いって事かねぇ……そりゃ、つい最近まで普通に暮らしていたりでこういう事をやってないから当然か」

 

遊撃士見習いの自分とは違い、他のメンバーは一般人も多いのだ。

リィンは例外かもしれないが貴族のユーシスなどはこういう事など余りする事ではないだろうし。

青いなぁ、と思ってしまうと何だか自分一人だけ老け込んだ気分になってしまう。

まぁ、その懸命に何かをしようとする姿勢は俺の信念的に好ましい。

道を過たない限り、その懸命さこそが唯一、人間の美徳だ。

 

「おい、レイ。そろそろ本人が来るらしい。何かそれらしい事をしてとりあえず待ち構えておいてくれ。後、写真は撮ったからそっちは任せてくれ」

 

「オーライ。後で決闘になる事も承知した」

 

この男はナチュラルに俺に喧嘩を挑むのが上手い。

そうなると、つい、拳が軽くなってしまう。

三日くらいは飯、食えなくしてやる。

そうして他のメンバーが散り散りになりながら

 

「……それらしい事って何をすればいいんだ?」

 

流石に修道女に成り済ました経験はない。

個人的にはそこまで信仰心も持ち合わせていないので、教会なんぞ依頼がない時はそこまで寄り付かない。

学業は最初の方こそ学んでいたが……まぁ、いっか。

 

「祈っておけば何となくそれらしい格好になるだろ」

 

適当に日々の祈りに感謝って感じで祈っとけばいいだろうと思い、まぁ、ここは女の子らしく両膝をついて祈る。

 

 

 

 

 

マキアスは時間にほぼ正確にロジーヌさんが言っていた通りの風貌の男が教会に入っていったのを見届けた。

 

「確かにロジーヌさんが言っていた通りに見た目は体が引き締まっていたな」

 

「武器持ってない僕らだったら普通に駄目だったかも」

 

男二人の情けない現実に思わず互いに目を合わせる。

何とも言いようのない虚しさを共感し、互いに握手をする。

友情、ここに極まれり。

 

「……最近のクラスのリィンレイ汚染が酷くなっている気がするわ……」

 

「……それをアリサさんが言うんですか……?」

 

全く同意である。

教室でアーツを使って二人を仕留めている人間が言う事ではない。

彼らが毎回、ティアラの薬を使いながら授業を続けているのを知らないのだろうか。

しかも、レイが言うには段々と威力が強くなっているからそろそろティアラル欲しくなってきた……などと言っているのだ。

我がクラスから瀕死の人間が出る事は近い未来かもしれない。

 

副委員長としてそれだけは止めなくては……!

 

眼鏡の奥に覚悟の決意を秘めながら毎日の腹筋と腕立ては欠かさない。

既に教頭先生からも色々と言われているクラスだ。

瀕死の人間なぞ出したら最早、学級崩壊だ。

そして責任は何故かエマ君ではなく僕の方に向かいそうな気がするのだ。

負けるな僕。くじけるな僕。

レーグニッツの名に恥じないようにあの二人の暴走を止めるのだ。

 

「今の所、中から騒ぎになっているような声は聞こえませんが……大丈夫でしょうか?」

 

「まぁ、多少、頭が緩くなっていても皆、能力的には十分に凄いメンバーだから大丈夫だと思うけど」

 

「……それ、思ったんだけど……逆に静か過ぎじゃない?」

 

エリオットの発言に思わず、む? と思い、改めて教会を見る。

自分達は隠れる事は逆に目立つだろうと思い、教室の入り口でただの会話を装って入ってきた人を見届け、リィン達に連絡を入れたのだが……確かに入口からでも音が余り聞こえない。

確かに教会というのは物静かだし、普通は余り響くような音は聞こえないが……それを考えても余りにも音がない。

生きているだけで何らかの音を出すのが人間というもので、その事実を考えれば教会の内部は最早、不気味のレベルの静けさである。

何かをやらかした……という雰囲気ではない。

険悪な雰囲気というのは重い雰囲気を感じるものだ。

だが、ここから感じ取れる雰囲気は"ない"のだ。

 

「……何だ?」

 

幾らなんでもおかしいと全員が察知する。

 

「……何か異常事態でも起きたのかしら……?」

 

「リィンさんとレイさんが何かをした……っていう雰囲気じゃありませんよね?」

 

「それなら、それこそ二人の声が外にも響いていると思うんだけど……」

 

見慣れているはずの教会が何故か別の物に思えてきそうな違和感。

間違いなく、中の雰囲気は当初、自分らが思っていた光景ではなくなっている。

全員とアイコンタクトをすると一致で中に入ろうと決定された。

ARCUSでリィン達にもう一度連絡を取ろうかと思うが、この静かな雰囲気に連絡音を流せば途端に嫌な事が連鎖するのではないかと思うと迂闊に連絡するのもどうかと思われる。

入るしかないか、と思い、出入り口の扉に近づく。

そして触れる段階にまで至ったが……本当に中から音が聞こえない。

息遣いすらも聞こえないというのはどういう事か。

今はミサをやっているわけではないというのに。

 

「……行くぞ」

 

最後に皆の確認を取り───扉を開けた。

 

 

 

「────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────あ」

 

 

 

瞬間、背筋が崩壊した。

そこにあるのは礼拝堂ではなく、ある種の懺悔室。

(ソラ)から落ちてきた天使の嘆きの現場であった。

本来の目的である男性や呆然としたリィンやガイウス、ユーシスなぞ最早、見る余裕すらない。

この場に集まっている人間ですら呼吸をする事すら禁じられている。

 

───中心にいる一人の少年の祈りが奇跡を成し遂げている。

 

「────」

 

祈るという仕草で最早、何もかもをそこに費やしている。

そこには最早、情熱などという言葉では到底語り尽くせない末期の喘ぎ。死を前にした人間の言葉を聞いているような気分を味わう。

膝が崩れ落ちそうになるが、崩れ落ちればこの奇跡は幕を閉じる。

小さな音を鳴らすだけでこの清廉さはきっと跡形もなく崩れ落ちる。

溜息を吐きたくなる壮絶は、その実、その溜息のか細い力で折れる骨のような脆さ。

女として変装しているせいで、正に天使が落ちてきたと錯覚してしまう。

それ程までの熱気と集中力。

教区長も修道女の人間もロジーヌさんも教会に近しい人でも、これ程の祈りを見た事があるはずがない。

聖女というものが存在するならば、それは間違いなくこの中心にいる少女のように変装させられた少年の為にある言葉だ。

身を捧げる祈り。肉体はおろか魂すら燃やし尽くす誓い。

 

───まるで地上で輝く星のようだ。

 

両膝を着いた格好も、両の手で握って祈る仕草も。

その情熱に沿える美しさの一つになる。

美しさという意味の神話の光景。

 

 

最早、痛々しさすら感じるその強さを────美しい、と感じてしまっていいのだろうか?

 

 

永遠のように感じられた時間は、しかし少年の気紛れで幕を閉じた。

閉じていた目を開け、祈る為に握っていた両手を開き、立ち上がる。

それだけで、もう先程の荘厳さは消え失せた。

はぁ……、と周りから響く息を吸う音を気にせずに彼は近くにいる男性に女の振りをして語りかける。

その事に───ようやく自分達の目的はロジーヌさんの協力であったな、とぼんやりと思い出した。

そして彼はまるで恥じるように直ぐに去っていた。

何となくそうなるだろうな、と思ったのはきっと僕だけではないのだろう。

 

 

 

 

 

「ただいま~~」

 

サラは学院から帰って寮の扉を開ける。

ここで愛しい生徒共がおかえりなさい、と皆で出迎えてくれればいい絵が出来そうなのだが、最近は皆から愛らしさが抜けてきて先生、泣いちゃう。

たかが2、3か月で素直じゃなくなるなんて……教官というのは大変だ。

悪いのは誰だ。

あの問題児か。

あれ? 問題児で当て嵌まる言葉がクラスのほとんどなのだが?

 

これが学級崩壊の危機……!?

 

噂でしか聞いた事がなかったのだが、まさかそれを私が体験する羽目になるとは。

ただでさえ、あのうるさいちょび髭教頭に色々小言を言われてストレスが溜まっているのだ。

学級崩壊なぞしたらオメガ・エクレールが炸裂するかもしれない。

全体攻撃なので目に映る全員に炸裂するがお茶目という事で許してもらおう。

そのついでに、いっそちょび髭とあの堅物教官もぶっ飛ばして最後は敬愛する恩師に撃たれて死のう。

最後に素敵なオジサマといい出会いがなかったのが残念だ。

そう思っていると

 

「いやだ。断る。断固として拒否する。俺は自由を目指す」

 

「いや、そこは待ってくれ。絵のモデルになってくれるならノル土下座を見せても構わない」

 

「ノル土下座……!?」

 

などと広間から騒がしい声が聞こえた。

ノル土下座の単語に流石に興味を惹かれ、そのまま扉を開けようと思い

 

「むっ」

 

ヒョイ、と素早く扉から下がり、そのタイミングでバタン! と広間の扉が開き

 

「興味深い単語だが、俺の自由は揺るがない! 何故なら俺はまだアンナさんの助けによって無理矢理得てしまった衣装の返済が待っているからだ! というか二度と着ないのに何で借金してんだこんちくしょう恨むぜエリオット……!」

 

「正直に悪いと思うけど僕にもそればっかりはどうしようもなかったんだよ……」

 

レイがあばよとっつぁん! と叫びながら二回に駆け上がった。

それを見届けながらも広間の中に入ると、一番印象的なのはガイウスの残念だ、という顔だろうか。

そしてこの喧騒から取り残されているのがフィーとラウラ。

密かに外れて周りにばれない様に沈痛しているのがアリサ。

そして、何故かぼーっとしているリィン。

他は微妙に全員興奮している。

つまり、ラウラとフィーの事情を推測する以外は意味不明。

 

「……何があったの君達?」

 

青春しているわねぇ、と思うのはきっと皆、理解してくれるだろう。

 

 

 

 

 

「成程ねぇ……」

 

大体の話は理解出来た。

これでアリサが鎮痛しているのが何故か理解出来た。

個人的に彼女が相談してきたのだ。

元の(・・)職業でも、元の元の(・・・・)職業でもそういった人間を見た経験は大いにあるので事情は理解出来なくても事態は理解出来た。

だけど、流石にどういう風に彼女にアドバイスをすればいいか悩んだ。

つまり、レイみたいな人種はそういった生き方しか出来ないのだ(・・・・・・)

選んだには選んだのだけど……きっとそうやって生きていけないと耐えられないのだ。

ただ生きているだけでは耐えられない。

だから、ただ生きているだけ(・・・・・・・・・)という方法を持ってただ生きているだけで(・・・・・・・・・・)はない(・・・)方法を採ったのだ。

それを間違いと指摘するのは簡単だし、指摘する事も間違ってはいないだろう。

だが、そこからをどうすればいいのかがサラ・バレスタインの経験を持っても答えを持ち合わせていない。

教え子が必死に助けを求めているのに応えられない自分が不甲斐無い。

 

「───サラ教官?」

 

「……ん? ああ、ごめんごめん。何かしら?」

 

つい、集中し過ぎたらしい。

周りの皆がこちらを見て不思議がっているので笑顔で誤魔化す。

 

「で? 何かしら?」

 

「いえ……ただレイは別に信仰心は篤くないって言うんですが、あれ程の祈りを見せたのに信仰心がないというのはおかしな話ではないかと思い……」

 

ああ、そういう事ね。

事情も何も知らずに聞けば、それは間違いない信仰が厚い人間の所業のように聞こえるだろう。

しかし、それは間違いだ。

 

あの子が女神様相手に(イノリ)を捧げるはずがない。

 

狂気に等しい純粋さを何と語ればいいだろうか。

だが、彼らも触り程度を知っておくべきだと思い、出来る限り軽い調子でいる事を務めながら説明する。

 

「そうね。例えで言うけど……マキアス。貴方、フィー並みのスピードで走れって言われたら出来る?」

 

「で、出来るわけないでしょう!?」

 

「ぶい」

 

マキアスがフィーの方に視線を向けるがフィーは何時の間にか違う方向を見ている。

逆に今度はフィーに聞いてみる。

 

「フィー。貴方、マキアスやエマ並みの成績をテストで出せる?」

 

「無理」

 

即答の返事に周りが苦笑するし、私も苦笑する。

でも、これで結論に辿り着くための材料を手に入れた。

 

「これと一緒よ。貴方達にとって得意分野っていうのは色々あるでしょうけど……貴方達にとってそれは普通だけど……周りから見たらどう?」

 

「そんなのは───」

 

ユーシスが答えようとして気付く。

他のメンバーもそれ同様に答えに辿り着く反応をする。

どの子も成績云々とは別の頭の良さはある子達だ。これだけヒントを出せば皆、気付く。

 

「そういう事よ。貴方達にとって尋常じゃない祈りも───あの子にとっては当たり前の事なのよ」

 

ましてや、あの子が祈った事はきっと当たり前の日々に感謝しただけなのだろう。

それはあの子にとって得意中の得意分野だ。

何せ、常にそれを考えている(・・・・・・・・・・)

あの子の義父からも説明されている。

 

稲妻が出ている限り(・・・・・・・・・)はそうなのだ。 

 

一番の悲劇はその在り方が間違ってはいない事なのだ。

命とは宝石の如く価値ある輝きだ、と思う生き方は間違ってはいない。

そう願う祈りのどこが間違いだと言うのだろうか。

間違いではない。

間違いではないのだ。

 

いや、ならもっとも不幸なのは───人間が常に正しくある事が出来ないという弱さだろうか。

 

正しくある事は正しい事なのに、それを完全に遂行すれば痛ましい事になる。

矛盾もここまで来れば嫌味だ。

そんな内心を決して表に出さないまま、ふと一人だけ広間の外に出ようとする影を見た。

唯一、この場で沈黙をしている理由が不明であった一人の男子生徒。

 

「……リィン?」

 

重心と称された少年は、間違いなくその言葉に違わない働きを何時もしていたというのに……今回の件のみ彼はそこから外れると言わんばかりに誰にも何も言わずに広間から密かに抜け出ていた。

 

 

 

 

 

パタン、と乾いた音がリィンの耳に響く。

ただ、自分の部屋の扉を閉めただけ。

心に残す事でもなければ必要な事でもない音を耳に留めながら、リィンは無言で部屋の中央に立つ。

先程のサラ教官の話。

他の皆は色々と驚いたりしていたが。

していたが───リィンは特に何も驚かなかった。

事前に聞いていたわけでも、見ていたわけでもない。

理由などない。

 

ただ、そうであろうと出会った時から(・・・・・・・)きっと気付いていた。

 

「……」

 

出会った時からきっと気付いていた。

互いの欠落を一目見た瞬間にきっと理解していたはずだ───お互いを理解出来ない(・・・・・・・・・・)という事に。

それ故に抱いた感情を互いが無視した。

そうやって目を逸らさないと互いを無視出来ないと本能的に理解していた。

俺だけの考えではない事はこちらと同じレベルの馬鹿に付き合う相手の姿を見ていれば一目瞭然だ。

 

「……」

 

でも、リィンにはその原因が理解出来ない。

自分が抱いている想いは何となくそうだろうという勘に等しいものだ。

理解できない部分も、それが具体的にどの部分かが分からない。

出来るなら間違いであって欲しいと何度思った事か。

だけど、リィンには考えても分からなかった。

だから、リィンは鍛錬でもしようと思った。

明日には何時もの俺とレイで生きていくんだ。

互いにそう想っている、その思いを抱きながら一日を全うする。

 

安らかな日々を続いてくれ、という祈り

 

それだけはリィン・シュバルツァーとレイ・アーセルの共通する願いだと信じているから。

 

 

 

 

 

 

 

 




はぁい、今回は予告通りにシリアス回。
彼の歪み暴露回でした。
この初期の段階はアリサにだけ隠すものでは特にないのでここは思い切って違うアプローチで吐き出させました。

それにしてもロジーヌを書くのが難しい……正直、これで合っているかと言われても仕方がないかもしれません。申し訳ないっ。

でも、次回はこの流れを壊すギャグ回にしたいと思います。
テーマは

「エマ」「文芸部」「生存競争」「G、現れる」

カミングスーン……

テッチーさん、自分、頑張るよ!?
書き終わったらいっそ殺してください……!

感想と評価お待ちしております。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セブンス・スプリング 前編

どうしてこうなってしまったのでしょう?

 

そう学院の屋上で後悔する私に対して本気で自嘲する。

今、エマは魔道杖を片手に屋上から学院を見渡している。

そこにあるのは今ままで本の知識くらいでしか知らなかった平穏で平凡で……しかし、暖かな世界であった。

屋上から見るグラウンドを見ると確かに厳しいけど、それでもクラスの皆と切磋琢磨した日々を思い出せるし、図書館の方を見ると今まで読んだ面白い本を思い返す事が出来る。

足元だから見るとは言えないかもしれないけど、後者を見ればそれこそ日常という幸福があったと笑みと共に思い出す事が出来る。

そんな光景があった学院は今では色々と壊れていたり、倒れていたりする人間がいる。

 

ああ、本当にどうしてこんな事に……

 

とか言いつつも原因など分かりきっている。

たった一つの過ちから始まったのだ。

いや……過ちというのもおかしいかもしれない……強いて言うなら天災のように出会ってしまった不幸のせいなのかもしれない。

 

───実にいいね。

 

ぞわりとする言葉が背筋を震わせる。

思わず、周りを見るが周りには人がいない。

今のは過去から掬い上げてしまった声だ。

現実で聴こえたものではないのだ。

それなのに、まるで遺伝子レベルで体に組み込まれているかのようにその声は現実を侵食していた。

頭で思い浮かんだ声なのに、何故か耳元で声をかけられたようなリアル。

 

そう───原因はこの声。

 

この暴走という言葉では到底思いつかない狂気の沙汰のようなこの事件が起きたのはこの声からだろうと思い、回想する。

 

 

 

 

 

「特別顧問……ですか?」

 

エマはその日は何ともない日常を過ごし、授業を終えて文芸部の活動の中であった。

教室は未だにフィーちゃんとラウラさんの冷戦が続いているが、周りの人達で何とか出来ないかと相談する日々(一部除く)である。

偶にリィンさんやレイさんが起こすしょうもない事件に巻き込まれるが、それも既に日常に組み込まれているのは諦観によるものでしょうか。

とりあえず、そこは置いておいて文芸部の部室でドロテ部長に言われた言葉がそれであった。

特別顧問。

言葉だけで察するのならば、文芸部の活動における補助などをしてくれる教師なのだろうかと思う。

でも、トールズの教師の人数はそこまで多くない。

どの教師も授業は掛け持ちだし、クラスの担任を複数持っている教師もいる。

担当がⅦ組だけのサラ教官ですら、自分が後、四人くらい欲しいとか愚痴っているくらいだ。

それらは当然、部活にも反映されており、メアリー教官のように技術と熱意がない限り、部活はほぼ生徒の自主性によるものだ。

文芸部もそっちだと思っていたのですが……顧問はいたらしい。

 

「でも、どうして今日に限って?」

 

「よくぞ聞いてくれましたエマさん。先程は顧問などと言いましたが、実際は相手の人が善意で私達の助けをしてくれる行為であって、メアリー教官のように受け持っているわけではないんです」

 

「ああ……成程」

 

顧問というよりはボランティアみたいなものなのだろうか。

だから、特別という名前が付くのかとも思いつき、更に成程と思い、ドロテ部長の先を聞く。

 

「そして、今日……ようやく時間が取れたとの事で来てくれる事になったのです! しかも! しかも、今日は特別顧問による最近出来上がった自筆作品もお持ちしてくれるという事なのです! ああ……! まだ読んでいないのに鼻血が……!」

 

「…………え?」

 

嫌な予感はその鼻から垂れる赤さから引き起こされた。

だが、不幸な事に私はその嫌な予感をきっとドロテ部長の何時もの深読みによって引き起こされた青春病だろうと思っていたのだ。

だから、嫌な予感はしても、とりあえずドロテ部長の為に備えているティッシュケースを取り出して部長に苦笑で渡しながら、誰が来るのだろうという好奇心を持っていた。

 

この時の私を一言で表すなら正しく油断の一言だろう。

 

油断。

間違いなく油断だ。

だけど、言い訳をさせて貰えるならば、私は日常で変な人と関わるのに慣れたと思っていたのだ。

名は伏せるが、何せクラスで大いに騒ぐ二人がいるし、その二名は何故かトラブルを起こしてはこちらを巻き込む天才だから多少のトラブルには慣れたと思い込んでいたのだ。

甘い。

甘過ぎる。

何故、私は慣れた時が一番危ないという言葉を忘れていたのだと思う。

そしてそんな思考を思い浮かべる前にトントン、と扉をノックする音がエマの未来を確定させた。

 

「あ、どうぞ」

 

特別顧問の方が来られたのだろう、とトリップしているドロテ部長の代わりに自分が入室の促しをする。

その声を聴いて外から失礼する、と聞いた覚えのある声が響く。

 

この声は……

 

ボランティアみたいなものだと思っていたからてっきり街の人が来るのかと思っていたら意外な人が来ましたと思った。

でも、趣味は人それぞれだからそういう事もありますよね、と思い、扉が開き……そこから姿を現したのは

 

「失礼するよ、お嬢さん方」

 

トールズ士官学院に用務員として所属している初老手前のガイラーさんであった。

 

───悪夢はここから始まる。

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうぞ(ガイラー)! お席について下さい……!」

 

「ジ、G……?」

 

ガイラーさんが来たかと思ったら、ドロテ部長のテンションが凄い上がった。

いや、まぁ、ある意味で何時も通りですねと思った。

もしくはそれだけドロテ部長が尊敬する程の行いをしたり、人柄を示したのかな? とエマはその時思っていた。

とりあえず、ガイラーさんとは所見ではないがちゃんと話をした事があるわけではないので挨拶をしなければならないと思い

 

「えっと……既に知っているかもしれませんが……」

 

「ああ、Ⅶ組は私のような用務員でも噂は良く聞いているよ。Ⅶ組の委員長のエマ君」

 

「あ、あはは……」

 

その噂については余り詳しく聞かないほうが吉だろう。

最近のマキアスさんの常備装備を知らない私ではない。

偶にお腹を摩っている副委員長の姿など何度見た事だろうか。

まぁ、それは置いておいてという風に話題を回避しようと思い

 

「それに、君達のクラスは実にいいからね」

 

「……え?」

 

「実にいいね」

 

同じ言葉を二度言われた事に褒められたと思う前に何故か先程の嫌な予感が再発する。

いやいや、別にただクラスの事を褒められただけなのだ。素直に受け取ればいいではないかと思い、嫌な予感を無理矢理振り払い、お礼を言うべきだと思い

 

「あ、ありがとうございます」

 

「何、礼を言うのはこちらの方だ───ふふ、私もあそこまで滾ったのは久しぶりだ」

 

ぞぞぞっ、と何故か背筋に虫が入ったかのような寒気が発生する。

落ち着くんです、エマ・ミルスティン。

実にいいと言うのはクラスのレベルという意味であり、滾ったというのは見ていて若かった頃の自分を思い出したとかそういうのなのだ。

そうやって不安を払おうとしているのに、それを増長させるように座っていたドロテ部長がガタリ、とわざとらしく椅子と机を鳴らし、過呼吸気味にわなわなと口を震わせ

 

「ま、まさか……! 次の作品の……!?」

 

「ふふ……トリスタのライノの花は二度散るのだよ、ドロテ君」

 

「!! ……くっ」

 

唸った所でドロテ部長の鼻から再び鮮血の華が咲くのだが二人とも全然気にしていない。

何故か、別世界にでも来た気分である。

いや、むしろ二人が別世界と言うべきなのだろうか。

同じ言語を使っているはずなのに別言語を使っているみたいに理解が出来ない。

おかしい。

もしかして私は今、熱でもあるのだろうか。

熱のせいで普通の単語が何故か変な熱を持っているように感じ取ってしまうのかもしれない。

うん、きっとそうです。

 

「そしてエマ君───君も実にいい。まだ蕾ではあるが……その頑なに閉じられている花弁が咲き誇る時の美しさは正しく青春を咲かせようとする若者の特権だ」

 

「え、ええとぉ……?」

 

呪文の域に入った言葉はこちらの理解力を狂わせる。

眼鏡の中の私の眼は今、ナルトのようになっていないだろうか?

状態異常混乱の攻撃を私は何時受けたのだろうか。

その混乱に漬け込むようにガイラーさんの口が三日月に歪む───ああ、悪魔に騙される人間の心境ってこんな感じだったのでしょうか、とぼうっとすらしてきた頭で私は記憶容量に残っている最後の言葉を聞いた。

 

「そんな君の開花を光栄にも私が手伝えるとは……実に、いいね───」

 

そう彼は私の目の前に置いたものがあった。

文芸部としては当然で、この場の状況ではあれ? と思うような物。

近くのドロテ部長がふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! などと鼻血を空中に散らかしているが、それらを無視して置いてあるもの。

 

それは本であった。

タイトルは『セブンス・スプリング』

 

安直なタイトルなのに何故か嫌な予感を悪寒に変える何かを感じたエマであった。

 

 

 

 

 

 

「どうしましょう……」

 

今、エマは学生会館一階の食堂にある。

そして目の前のテーブルには先程、ガイラーさんから預かった結構、厚い小説がある。

本当なら飲み物でも頼もうと思っていたのだが、この本を今読むのならば飲み物は頼んではいけないと何か本能が叫んでいるのだ。

本当なら部室で読んでも良かったのだが、二人の雰囲気に圧倒されて部屋から出て来たのだ。

その二人も話し合いに熱中していたようだから問題はなかったみたいですが。

 

「……」

 

読まなければいけないものだ。

特別顧問として彼が書いて、私達に参考になって貰おうという好意から渡されたものだ。

もしかしたら凄い面白い物かもしれないものなのだ。

 

───なのに、どうしてもその読む勇気が持てない。

 

今まで色んな本を読んできたが、こんな恐怖すら感じられる本なんてあっただろうか?

 

「……いやいや、内容を読んでもいないのにそんな決めつけは……」

 

よくない、と断言すればいいのに断言出来ない。

落ち着け、と自分に念じる。

きっと、自分は他人の知らなかった一面に飲まれかけているだけなのだ。

ドロテ部長もきっと何時もの鼻血体質で騒いでいただけなのだ。

だから、読むべきだと思い本を手に取ろうと思い

 

「あら? エマ? 貴方もご飯?」

 

「……あ? アリサさんに……ラウラさん?」

 

「……うむ。エマは……読書か?」

 

アリサさんは手を振り、ラウラさんは多少、力の無い笑顔を浮かべてこちらに寄って来る。

その様子を見ると、やはりラウラさんは調子は戻っていないかと顔には出さないようにして苦笑しながらこちらに来る皆さんの為に席を引く。

 

「お二人は勉強ですか?」

 

「そうね……まぁ、一応、復習、予習は欠かしてないから上位を狙うだけが目的なんだけど……他のメンバーはどうかしら?」

 

「ふむ……ガイウスは帝国史が苦手と言ってたな。ユーシスとマキアスはそこまで苦手な教科があるようには思えなかった。エリオットは頑張らなくちゃっと言って努力している様子は見れるし、リィンはアリサと同じタイプだろう。レイは寝てたな」

 

「……レイさん、勉強は大丈夫なんでしょうか……?」

 

あの人、入学時は点数が危なかったとか言っていた記憶がありますけど。

でも、その割には寝ている所をナイトハルト教官に起こされて当てられてもすらっと普通に答えている。

その度にナイトハルト教官が眉を顰めながら正解だ、と答えている。

ちなみにマキアスさんやユーシスさん、アリサさんもその度にどうして答えられるっ、と憤慨している。

その度にニヤリ、と笑い、とりあえず寝るなとナイトハルト教官の黒板消しアタックの直撃を受けている。

あの人はギャグに命を懸けているのだろうか。

そして、ラウラさんが意図的に言わなかった人物の事は深く言及せずに話題を続けようとして

 

「エマ? その本は何かの参考書?」

 

アリサさんが高速のスピードで私に現実を思い出させた。

 

「い、いえ……この本は参考書じゃなく……」

 

「じゃあ、文芸部の作品?」

 

「ほう? エマの作品か? それは気になるな……」

 

「わ、私の作品じゃなくて……その……特別顧問の人が書いた作品でして」

 

更にへぇ? と二人の興味を集めてしまった。

墓穴を掘ってしまったと何故か思うのだが、これは普通の小説なのだ。

ならば、何も問題はないのだが……どうしても虎穴に入っている気がしてならない。

それでもこれは普通の小説なのだ、と迷いを振り払い、でも少しだけ不安が残るのを

 

「……良かったらお二人も一緒に読みません?」

 

「え? いいの? じゃあ後に……」

 

「いえ。良ければここで。今直ぐに。同時に」

 

「……いや、読み辛いのでは?」

 

「いえいえ。そんなの椅子を近づければ何の問題もないですしっ」

 

少々、強引である事は理解しているが背に腹は代えられない。

二人も私の態度におかしなモノを感じてはいるようだが、まぁ、いいかと微笑で済ませてくれた。

 

「そういう事ならご相伴させてもらおう」

 

「偶にはいいわね」

 

女三人が一か所にギュウギュウに詰め寄って読書をする。

そのシチュエーションが何だかおかしくなって三人で笑う。

先程までの恐怖なんて別に何て事なくなったと言わんばかりで、気持ちも落ち着く自然とページを開ける事がで───

 

「あっと……」

 

つい、指が滑ってページを少し飛ばして開けてしまった。

それに苦笑し、出来る限り見ないようにしようとして

 

 

 

 

 

『あ……く、れ、リン……止めろ……! もう俺とお前の道は違えたんだ……! これ以上、俺に構うんじゃ───』

 

『止めないさ……どうしてもって言うなら否定しろみろ、レイン。俺とお前は全く気も合わないって。そう否定してみろよ? 俺は否定しないけどな……お前を理解できるのは俺だけだものな。俺を理解出来るのもお前だけ。なら、俺がお前を見捨てるわけないだろう……?』

 

『リン……』

 

『レイン……』

 

 

 

 

 

 

──────────と、脳にダイレクトに大ダメージを与える激痛の文がクリティカルヒットした。

 

 

三人の脳が異常事態に巻き込まれたのを理解出来なかった。

一瞬、文章を逆に見返したりもしたせいで更なる混沌に落とされた。

ギギギ、と三人で戦術殻になったかのようなぎこちない動きでお互いの顔を見合わす。

そしてアイコンタクト会議。

 

え? これ何? 物凄く知り合いの名前を象ったキャラクターが薔薇色満載で書かれているんだけど?

 

い、いや……もしかしたらこれは気のせいであり、しかもただの男同士の友情を一場面だけ見てしまったが故に勘違いしてしまっただけかもしれないぞ?

 

そ、そうですよね? 私がポカしたせいで前後が謎になったからこうなっているだけかもしれませんよね!?

 

結論を出した瞬間にバッと最初から読み直す。

今日の私達の読解力はおかしいのか。何時もの倍に近いスピードで本を読めるようになった気がする。

どうやら、ぶ厚いのは短編小説をくっ付けたからそう見えるらしく、一章事に違う物語とキャラクターで書かれている。

そして、出てくる登場人物は何故か知り合いの人物の人間の名前を少し変えただけで、性格すら似ているではなく同一では? と思うようなクオリティ。

いや、百歩譲ってそれくらいなら良いのだが、何故か登場人物達はぶつかり合ったら急接近したり、ちょっとしたいざこざが起きたかと思ったら押し倒したり、その他色々なシチュエーションがあるが最終的にはバラが咲くという結果を残している───男同士で。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

バッ、と今度は二人でこちらを見、ぶんぶんと首を振って否定する。

流石にその誤解を受けて生きていける程、強く生きれない。

その緊張感は一分くらい続き、アリサさんもラウラさんも最後まで疑ってきたが、最後まで否定の意を崩さない私を見て白と判断してくれた。

とりあえず

 

「な、何て物を書いているのよ……」

 

「うむ……最近では淑女の嗜みという風に言われてこういう文学が発展していると聞くが……」

 

「じ、実際に見ると迫力がありますね……違う意味で……」

 

しかも登場人物が間違いなく自分達のクラスメイトだ。

それ以外にも何故かクロウ先輩とジョルジュ先輩も巻き込まれていたが、その程度の誤差は気にしてはいられない。

間違いなくフィックションなのだが、妙に生々しい上に本人と置き換えて考えてしまうので赤面してしまう。

 

「え、ええと……こ、こんな事駄目ですよね!」

 

「そ、そうね! うん! こんなの不健全よね!?」

 

「う、うむ……その、アレだ。うん、アレだしな」

 

全員が何を言いたいのかさっぱりなままあはははは、と笑い合う。

あはははは、と笑い合いながら

 

「……これ、どうするのだ?」

 

という素直な言葉をラウラさんの口から吐き出された直後に真顔に戻る。

 

「……これを出すのは不味いでしょ……その……肖像権の問題で」

 

「そ、そうですよね? 間違いなくこれ、許可を得ていませんよね?」

 

「許可を得ていたら間違いなく本人達が了承するとは思えないしな」

 

むしろ許可を出す人間がいたら困り者です。

これからその人に対してどんな態度で接すればいいと言うのだ。

 

「と、とりあえず……処分……するにしてもこれ……借り物なんですけど……」

 

「……特別顧問でも肖像権無視して書くのは駄目って言うしかないんじゃない?」

 

普段の状態のガイラーさんならともかく今のGに対して常識は通じるのだろうか?

そして私に説得する事が出来るだろうか?

 

……駄目です、全然想像することが出来ないです。

 

Gを説得するという事はサラ教官に単独で打ち勝つ所業と等しく思える。

それをこの二人分かるように説明するにはどうすればいいだろうか、と学院主席の頭脳をフルに使って考えている内に

 

「よう。Ⅶ組美少女メンバーじゃねえか? 何見てんだ?」

 

と、ヒョイ、と横合いから突然、腕が生えてきて私が持っていた本をあっさり取っていった。

あと思う間もない犯行に私はおろかアリサさんもラウラさんも何もできずにそれを見逃し

 

「お? 委員長ちゃんの作品か? どれどれ…………………………」

 

ぱらぱらと読まれていく薔薇色ブック。

適当に読んでいるだけだろうけど、読めば読む程、相手の表情は強烈になり、そして最後にはそんな馬鹿な、という顔になってこちらを見る。

読んだ犯人はクロウ・アームブラスト先輩という名であり、この本に出てしまった被害者の一人であり───その目は加害者を責める眼であった。

運命と言う物があるのならば決定した瞬間はこの時だったのだろうか?

それとも

 

───実にいいね。

 

あの呪いの言葉からだったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

普段は余り、人が集まらない技術棟は珍しく人を集め、しかしその雰囲気はお通夜の如く沈黙していた。

集まっている人物はⅦ組の男子メンバーに二年のクロウ、ジョルジュのメンバーであった。

そしてそれぞれの顔は苦悶と悲しみに彩れた筆舌し難い表情をしている。

この重い沈黙は辛い。

しかし、この沈黙を振り払うための言葉を吐き出すのも辛い。

それがここにいるメンバーの共通する想いであった。

だが、それでも現実を認識しなければならないという断腸の思いでマキアスが口火を切った。

 

「……まさかフィーを除く女子達が……ぼ、僕達をだい、だだだ題材とした……く……!」

 

「マ、マキアス! しっかりして!? 傷はあさ、ああああさあささささ……うぅ……」

 

フォローしようとしたエリオットもダメージを負い、全員で暗い溜息を吐く。

何故なら男子にとってそれは口に出しがたい痛ましい事実なのだから。

だから、Ⅶ組ではないクロウが先導して事実を言う事にした。

 

「……まさか委員長ちゃん達が淑女の嗜みに走るなんてなぁ……」

 

この呟きに、全員が。特にⅦ組のメンバーが暗い顔になる。

無理もない、と先輩二人は思う。

何せⅦ組達は通常のクラスよりも人数が少ない分、仲は良くなるし何よりも特別実習では互いに助け合うのだ。

嫌でも仲は良くなる。

入学してまだ3か月しか経っていないが、一部を除けばチームとしての仲はほぼ完成されていたと言っても過言ではない。

それなのに今回の騒動だ。

痛恨な裏切りに、さしものⅦ組もショックを隠せないでいた。

 

「……確かに文芸部の部長は前から淑女の嗜みに系統はしていた……していたが……」

 

「……委員長は否定の姿勢を崩さないから委員長はまともな路線で書いているのだと思っていたんだが……」

 

リィンとレイのペアも溜息を隠す事をせずに今回の事態を重く受け止めていた。

まさか、うちのクラスでまともなタイプに入る委員長が必死に否定していたんだから大丈夫だろうと信じていたのに裏であんな小説を書いていたのだ。

眼鏡の裏で何という非道をしていたのだ。

あの清純そうな仕草は嘘だったのか。そのインパクトのある体が性格を表していたのか。

顔を手で覆って隠すユーシスの表情はどんな物になっているのだろうか。

 

───と、いう具合に男子メンバーは見事に誤解に走っていた。

 

本来の著者はGであり、エマ本人は書いていないのだが当然、あの場でそれらを否定するには証拠が足りなさ過ぎて結果はこうなるのが必然であった。

それに唯一の目撃者であるクロウは本を読んだ後に直ぐに逃げ出したので女子は言い訳をする暇もなかった。

そうして急いで被害者に連絡を取り合い、クロウが真実だと思っている事実を暴露したのだ。

こうして真実は焦燥によって隠されるのであった。

 

「……ともあれどうする? そこのふざけた先輩によると小説は下書きのような物で完成しているというわけではないようだが……」

 

「───でもユーシス君。あれがもしもどこかに展示でもされたらどうする?」

 

今まで黙っていたジョルジュの言葉に全員がガタリ、と体を揺らす。

いや、まさか。

そんな事があって……。

などとそれぞれが動揺の仕草を取る。

 

「い、幾らなんでも突飛過ぎるのでは? 委員長達でも許可も得ていない本をそんな簡単に出展するとは……」

 

「……だけどなガイウス。既に許可を出していないのに僕らをモデルにした話が出来上がっているんだぞ?」

 

マキアスの手痛い真実にガイウスも黙らざるを得なかった。

そんな事をするわけがない。

相手は仲間だ。

信じたい。

そんな言葉が頭を埋め尽くすが、事実としてある以上、現実を否定する事も出来なかった。

 

「……直談判をするしかないな。流石に俺達が直接に言ったらあいつらも消してくれるだろう」

 

レイの結論に全員が頷く。

被害者はここで一丸となって加害者(誤解)に言葉で挑む覚悟で技術等を出ようとする。

出ようと───

 

「……ん? リィンはどこに行った?」

 

「何を言っている。リィンならそこに……」

 

ユーシスの言葉と共に周りを見回すがおかしな事にリィンの姿がそこになかった。

技術棟はそこまで広い建物ではない。

隠れる場所も少ないそこに何故かリィンの姿が存在していない。

 

───ただ一つ。先程まで開いていなかったはずの窓の存在さえなければ。

 

「……リィン?」

 

エリオットがのろのろと空いている窓に近付く。

その行為を何故か止めるべきだと全員の頭脳に警戒音が鳴り響いているのだが、現実味が無さ過ぎて行動にだれも移せない。

そして誰も止めれないままエリオットは窓に近づき、そして外にあるのは───ぐったりと力なく倒れているリィンの姿であった。

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああ!!?」

 

エリオットの悲鳴のお蔭と皮肉のような結果だが、そのお蔭で謎の拘束力から解き放たれたメンバーは直ぐに警戒の動作に移ると同時に叫んだ。

 

「馬鹿な……! リィン程の男が一撃だと!?」

 

「そ、それにこんな場所では隠れる事も出来ないぞ!?」

 

「いや……そここそ窓だ! リィンは窓の近くに立っていたからな! 窓からそのまま声も出さずに一撃必殺だ……! 殺気も無しとは……!?」

 

全員が動揺はするが、とりあえずこの場にいるのは不味いと直感する。

最初に行動に出たのはレイであった。

 

「一か所に纏まるのは不味いぞ! 逃げるぞ……!」

 

口に出したら即行動。

迷わず技術棟の扉を蹴破り、そのまま外に出ようとするレイを迎えたのは太陽であった。

それもただの太陽ではなく───流星群のように落ちてくる太陽群であったが。

回避行動も叫ぶ事も出来ずにレイは息を飲む事も出来ずに太陽に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「レェェェェェェェェェェェェェイィィィィィィィィィィィィィィ!!!?」

 

全員の叫びが炎に呑まれる。

まるで罪人を燃やす炎に見える炎は数分してようやくその勢いに陰りが見えた。

弱ったのなら後は直ぐに勝手に鎮火し……残ったのは真っ黒になったレイであった。

直ぐに全員でレイを抱き抱えるが……既に何の反応も無かった。

クロウが勢いよくドアを外から見えない死角から閉めながら

 

「くそっ! さっきのはヴォルカニックレインか!?」

 

「火属性の最上位に近いアーツだね……」

 

アーツ攻撃という事にぞっとする。

レイの戦闘における唯一の弱点を訓練の時に彼は笑って言っていた。

 

「いやぁ、俺、かなりADF低いからなぁ。上位のアーツ食らったらかなりやばいから即座に駆動解除が基本なんだよ」

 

そう笑って言っていた彼の言葉を証明するかのようにレイは一撃でやられた。

 

「そ、そんな……」

 

エリオットは思わず馬鹿みたいな言葉を吐き出すしかなかった。

リィンとレイ。

方向性は違えど、二人の言葉と背中に一体どれ程助けられただろうか?

そんな彼らが数秒で物言わぬ死体(死んではいない)に変貌した。

呆気ない。

呆気なさ過ぎる。

主人公のような彼らがこんな呆気なく死ぬなんてあっていいのだろうか?

 

「しっかりしろ! エリオット!」

 

そこをユーシスの激励で意識を取り戻せた。

 

「ご、ごめん、ユーシスっ」

 

「……気にするなとは言わん。だが、奴らが死んだという事を無価値にしないのが俺達の仕事だ。貴族の……いや俺達の義務はそこだろう?」

 

ユーシスの不器用なりの励ましの言葉に少し気が楽になる。

そうだ。

リィンとレイの死(死んでない)を無駄にしちゃ、それこそ彼らが頑張ってきた努力が報われないんだ。

 

「今のアーツは……アリサか。やはり」

 

「……だろうな。他の学生の実力はそこまで知らないが、あのアーツの威力に僕達を狙う動機を持っているのはあの3人くらいだ」

 

「しかし、どうして俺達を狙う?」

 

ガイウスの当たり前の疑問に答えたのはクロウであった。

 

「んなもん決まってる───自分達の出店を邪魔する存在である俺達を消してしまおうっていう算段だ!」

 

全員が思ってはいたが言いたくはなかった可能性にくっ、と唸る。

 

「そこまでか……そこまでなのか……!」

 

マキアスの繰り返される言葉が全員の心に響くが、ここに止まるわけにもいかなかった。

 

「ここにいると間違いなく全員纏めてやられる! アーツを放つ余裕なく一気に駆けるぞ!」

 

クロウの叫びに同時に頷き、止まる事もせずにドアを蹴破り、アーツが飛んでこない事を確認したら全員ばらばらに散った。

だけど、エリオットは思わずにはいれない事があった。

 

 

……ああ、どうしてこんな事に……!

 

 

 

 

 

 

 

 




やっちまった……!
本当にやっちまいましたよ……!
テッチーさん! 申し訳ない! 遠慮なく自分の首をどうぞ!
覚悟は出来ています!
というかBLタイプを余り知らない自分にはこれが限界か……!

Ⅱは今、後日談ですねぇ。
それにしても……一番厄介なのは頑張ればクロウ生存ルートを作るのが容易い事ですねぇ。
二次にとってはこれはこれで厄介ですね。

と、ともあれ前後編に分かれたので次回は……何時になるでしょうねぇ。
ともあれ、感想・評価よろしくお願いします!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セブンス・スプリング 後編

誰もいなくなった技術棟───のはずなのだが、そこには人影が存在した。

直ぐに技術棟から逃げ出したように見えて、密かに残っていた人物───ジョルジュ・ノームは全員が外に出て行った事を確認すると即座に何らかのスイッチを押した。

ガシャン! という音と共に窓はおろか扉も即座に閉まり、鍵も閉まり、窓においてはシャッターすら落ち、電灯は消えた。

完全封鎖の技術棟。

対アーツ素材も利用しているという贅沢っぷり。

ここを落とすのには、最早、学園最強レベルの人物を集めなければいけないだろう。

ここに彼の同級生がいたら、「もう少し違う所の防壁のレベルを上げとけよ!」と叫んでいたに違いない。

言われても本人は軽く笑って無視したが。

そして、城砦と化した技術棟。

その中にいるのはジョルジュ(倒れているレイもいるが)だけ。

しかし、彼は何のこともないように

 

「いるんだろう? 出てきたらどうだい?」

 

と自分以外は誰もいないはずの技術棟に語りかけるジョルジュ。

間抜けな行為のように思われた言動はしかし意味があった。

 

「ふっ……」

 

小さな笑いと同時に暗闇から浮き上がるように一つの姿が浮き上がった。

ジョルジュの見慣れた姿であり、同級生……という言葉では片づけられない絆で結ばれた仲間の一人。

 

「アン……」

 

「ふふ、まさか君にばれるとはね」

 

アンゼリカ・ローグナー。

四大名門の跡取り娘……というには型破りな女の子だけど、それでも見る人からしたら男女問わずに憧れしまうような少女。

そして、僕もその枠から外れない人間であった。

 

「……リィン君は既に1年の中でというなら実力者だよ。そんな彼に気付かれずに近付けるのは1年の実力者か2年の実力者。その中で一番、今回に関わりそうな人間は誰かと思えば簡単だよ」

 

「おやおや。過大評価を受けているようだが、もしかしたらフィー君辺りだったかもしれないよ?」

 

「流石にこんな原因に年下の少女を巻き添えにする程、理性が無くなったとは思いたくなかったからね」

 

お互いの微笑を浮かべながら語り合う。

それだけならまるで教室で駄弁っているように見えるのに、その雰囲気をジョルジュが壊した。

何時もの工作棚から取り出した物騒なパイナップルのようなものを取り出したからだ。

それにアンゼリカは目を細める。

 

「これは別に殺傷用のじゃないから大丈夫だよ。ただ範囲は広くてね。この棟の部屋くらいなら防ぎようがないかな?」

 

「……心中かい? 君も中々、情熱的だね」

 

「あはは……そうかもしれないね」

 

ピンを抜こうとするジョルジュの動きをアンゼリカは止める素振りを見せない。

 

「そういえば……君は何故、彼女達に手を貸しているんだい?」

 

「何、君なら私がどういう条件で彼女達を助けるかなんて予測出来るだろ?」

 

「……まぁね。大方、女子の皆とデートとかで協力したんだろ?」

 

「慧眼だね」

 

まるで日常会話のような動作のようにジョルジュは躊躇いなくピンを引き抜く。

爆発まで、ほんの数秒のカウントダウンの間、彼は手榴弾を自分達の真ん中に放り投げる。

 

「じゃあ、ここでダブルダウンだ。僕なんかと一緒じゃ不服だろうけど……まぁ、我慢してくれないかな?」

 

「おやおや」

 

そうして数秒は遅く感じるような現象は起きずにあっという間に部屋が光に溢れる。

その溢れた後に、ジョルジュには聞こえない声で麗しい口が一つの言葉を紡いでいたのに気付かなかった。

 

「不服だなんて───思うわけないじゃないか」

 

ジョルジュにそれを聞く手段はない。

手榴弾は間違いなくその性能を発揮し、彼らの意識を混濁に塗り潰された。

こうして、この仁義なき戦いはⅦ組とクロウ・アームブラストに委ねられた。

余談だが、ここに密かに死体となっていた人物が余分にダメージを受けていたが、些細な事であった。

 

 

 

 

 

 

「おい! マキアス・レーグニッツ……! 貴様、どうしてわざわざ俺と同じ道を行きたがる……!」

 

「き、君こそ! 僕の方が先にこちらの道を走っていたぞ!」

 

互いに思わず舌打ちをしてしまう。

そのタイミングの合い方に更に舌打ちをしてしまう。

こいつ、もしかしてわざとやっているんじゃないだろうな、と互いに思いながら走る。

その漫才のようなコンビを睨んでいる狩人の姿がいた。

 

「……エマ。こちらアリサ。ユーシスとマキアスが中庭の所に着きそうだわ」

 

『屋上からも見えました───狙撃は可能ですか?』

 

十分よ、と言いながら弓に矢を番える。

今、私は二回から二人の姿を捉えている。

馬鹿でかい声のせいでこちらまでその漫才が届いているのだが、案外この二人だけはあの本に出ても違和感ないかもしれない。

喧嘩するほどという言葉は誰が言い出したのだろうか。

 

「最初にリィンとレイを倒せたのは行幸ね……」

 

『……はい。あの二人はトラブルに巻き込まれ、不幸な目に会う癖にちゃっかり場をまとめるご都合主義さん達ですから』

 

少し返事するのに遅れたエマの心情を悟りつつ、それに関しては触れない。

そんなの自分達も理解出来る。

何が悲しくて仲間同士で戦い合わなければいけないのだろう。

それも訓練じゃなくて殺る気で。

ああ、実に無情。

でも、やらなきゃいけないのだ。

 

「やらなきゃ不名誉な印象をばら撒かれるんだから……!」

 

この発言に至ったのは、クロウに見られた後に偶然、アンゼリカさんに出会い、彼女がどうやらクロウはそれについてを色々暴露しなきゃならねえと呟いているのを聞いたらしい。

一瞬、視界が真っ黒になったかと思うとラウラに支えられた記憶が鮮烈である。

ともあれ、このままでは誤解がそのまま噂になり、真実と扱われる。

そんな事になればライ……R家の末代まで恥になる。

阻止せねばならないと女子全員が一つの思いになり、ハンティングが始まった。

今なら一キロ先の林檎とか射抜けるような気分である。

 

───例によって女子達も暴走していた。

 

彼女達はアンゼリカの言葉を真実と思い、行動した。

信頼している先輩からの言葉と捉えればおかしくはないかもしれないが、アンゼリカの性根を知っているアリサが待ったを出さない辺り、彼女達が落ち着いているか否かを知るのは簡単だろう。

仁義なきというよりは正気なき戦いかもしれなかった。

周りの生徒が不審な目でこちらを見ているが、持ち前の整った顔を使った営業スマイルを周りに見せながら矢を二人の頭に命中させようとして

 

「───あら?」

 

何か意味不明な物体を見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ムホッ」

 

それがその生命体が発するブレスであった。

ユーシスは思わず、何を言っているんだ俺、と思うが馬鹿げた事に間違っていないのだ。

その人類の許容量を超えた肉も。

その人類を超越した威圧感も。

その人類かどうかも定かではない視線も。

何もかもが埒外の生命体だったのだ。

 

ああ……俺は夢を見ているのだな……それも頭に悪と付くタイプの……

 

なら、これは俺の頭が生み出した架空の怪物か。

俺の恐怖という物が怪物を生み出すとこうなるらしい。

 

「お、おい! 君! 現実逃避をしている場合じゃないぞ!?」

 

やかましい。

貴様は逆にこんなのを現実と認めるつもりか。

俺は認めんぞ。

 

「あらぁ~~? 貴方達はⅦ組のぉ~」

 

すると目の前の肉ダルマが喋り始めた。

人語を解するとは……! とは思うが、何よりも相手の目がこちらを縦横無尽に駆け巡っているのに思わず、二人同時にたじろぐ。

その事に思わず内心で舌打ちをする。

 

馬鹿な……! アルバレアの名を持つ俺がこんな様でどうする!

 

貴族の義務を果たせずしてどうする。

隣の男を守るというのは正直、気が進まない部分は多々あったりするのだが一応、平民ではあるので仕方あるまい。

ここは貴族として前に出るのが我が務め。

 

「……俺達に何か用でもあるのか? 無いのならこちらは急いでいる」

 

俺の言葉を受け……いや、受けていない。

肉ダルマは視線を何故か隣の眼鏡にロックオンしている。

それに気付いた本人も無意識で体を守るように警戒の態勢になり

 

「な、何か僕に用があ、あるのか?」

 

出来ればない、と言ってくれとでも言わんばかりの態度に、しかし相手は

 

「貴方も結構、いいわねぇぇぇ。ヴィンセント様の次に素敵だわぁぁ~」

 

「ひっ」

 

副委員長の命を守る技量が無い事を目の前の巨体の威圧に竦んだ自分の体で悟った。

 

「こいつは今、絶賛売出し中だそうだ。眼鏡も新鮮だから精々楽しむがいい」

 

「お、おい! 君……裏切るつもりか!?」

 

今回ばかりはその叱責は甘んじて受けてやろうではないか。

そう思いつつ、肉ダルマの横を通り過ぎて眼鏡を置いていく。

 

「お、おい……ま、待ちたまえ。ほ、ほら。人類が優れている利点の証明となる話せば分かるという言葉を実践してみないかい? そうすると分かり合える……とまではいかなくても、そ、その……や、やめ、ぬは、ぶるぅあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

最後に硝子が割れるような音を響いてくっ、と呻く。

こうして、仲間は一人、更に欠けてしまった。

その光景を見ていたアリサは思わず、何をやってんだ男子連中と呟くが無理もない事であった。

 

 

 

 

 

 

クロウは今、校舎前の広場に辿り着こうとしている所であった。

技術棟の位置関連上、旧校舎に行かない限り二手に別れるしか無かった為にさっきまでは俺とエリオットとガイウスがいたのだが、途中の校舎のトイレの窓が開いていたのでそこから入っていった。

俺もそっちは考えたが、同じ場所に固まっていたら狙い撃ちにされる可能性が高かったので別行動をする事にした。

アリサは恐らく校舎の中にいるだろうから、まずはアリサを倒すのを先決とするのが最初の目的であった。

ガイウスとエリオットには北側の階段から上がれと指示したからそっち側から登っているだろう。

後は俺が正面入り口から入って挟み撃ちだ。

そう思い、そのまま正面玄関の方にいると

 

「あ、クロウ君!?」

 

偶然にもそこから出てきたトワと出会った。

普段ならおう、とか言って会話を楽しむのも悪くないのだが、今は急ぎの要件がある。

だから、クロウは

 

「悪いな! ちょいと急いでるからな!」

 

と言って脇を通り過ぎようとして───何故かその脇の部分の服を掴まれてつんのめった。

何故かは簡単に理解できたので思わず文句でも言おうかと思って振り向くと、目の前には女の裸体があった。

おっと、積極的だな! と叫びそうになるが、よく見るとエロ本の1ページだった。

それも何故だか知らない事に、隣のページは俺達が使う教科書のページだ。

 

「……何だトワ? お前、教科書読みながらエロ写真見てたのかよ?」

 

「これはクロウ君が悪戯で私の教科書をこんな風にしたんでしょ!」

 

真っ赤な顔でそんな事を言う彼女に思わず過去を振り返る。

あ~~、と頭を掻いていると、そういえばそんな事をした事があったな、と思い出した。

あれは確かゼリカと一緒に初心なトワの為の社会勉強と評してちょいっとやったのであった。

その時の反応が楽しみだ、と二人で語っていたのだが……まさかこのタイミングで丁度ばれたと?

幾らなんでもタイミングが良すぎねえか、と疑る。

その中、トワの表情は怒りを通り過ぎて涙に変わった。

 

「もう! アンちゃんから聞いたんだよ! わ、私がこういうエッチなの嫌いなの知っている癖に……! クロウ君のバカ!」

 

その台詞と同時に放課後で残っていたであろう教室の窓がほとんど開いたり、廊下の窓が開いたりなどした。

そこからはこんな声が聞こえた。

 

「我らがエンジェル会長を泣かす声が……!」

 

「悪魔ですら微笑んで頭を撫でる会長を泣かす不届き物が……!」

 

「処刑なんて生温いわ……! RPG持ってきなさい! 今日はトリガーハッピーの時間帯よ……!」

 

「へへ……撃ってハッピー、殺してハッピー……! 煉獄は常にお客様をお待ちしております!」

 

トールズ士官学院はこの瞬間に学院から処刑場に変貌した。

トワ親衛隊(非公式)に巡り合ってしまうとは。

奴らには弁明の言葉なぞ一切通じない事を知っている俺は諦めの感情と共に何故、こうなってしまったのかと考える。

直接的な原因はトワだ。それは間違いない。

そして泣かせた原因の一端……一端?

 

もう一人の、犯人、は、ど・う・し・た。

 

そしてそういえばと思っていた最初の謎に辿り着いた。

そういえば、リィンを倒したのは誰だ、という。

消去法で行くとラウラの嬢ちゃんか、委員長ちゃんなんだろうけど二人とも俺達に気付かせない様な隠行が得意な風には全く見えない。

そしてリィン自身もまだまだ荒い部分はあれど少なくともこの学院の1年という目線で見れば、かなり上等なレベルである。

そんな奴が何も言葉を発せられないまま死ぬなんて有り得るか。

そうなるとしたら余程の不意打ちか、もしくは格上───

 

「ゼリカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ロケランと手榴弾祭りによる炎に召される寸前の俺が叫んだ悲鳴は誰に届く事もなく、空に溶けた。

ちなみに目の前で起きた悲劇にトワは呆然としているとそこに何食わない顔で一般学生がトワの心配とクロウの心配をしてクロウを保健室に届けるシーンが生まれる。

 

───こうして非公式という言葉は守られ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今……何かクロウの声しなかった?」

 

「いや、俺は聞こえなかったが」

 

ガイウスはエリオットを背後に従えながら、二階の階段を登ろうとしている最中であった。

ここまで来て何だが……ガイウスは今でも信じられない気持であった。

ノルドでは余りそういった小説などが人気ではないからそう思えるのか。

淑女の嗜みというのも説明されたが、よくは理解していないもの。

レイやユーシスが言うには、それは男同士の色々を色濃く強く書いたものらしい。

何故か詳しい事が省かれた説明にどういう事だろうか、と問い詰めると二人だけではなく全員が苦虫を噛み潰したような表情になった。

ともあれ、彼らの表情を見ると裏切られたような事をされたというのは解った。

だが、それでも俺は全員を疑うような事は出来なかった。

甘いと言われるのかもしれないが、性分なのだろうと思った。

 

───その性分故に目の前から掃射される矢への反応が遅れた。

 

「くっ……!」

 

咄嗟に自ら足を払って転ぶ事によってぎりぎり躱せるが、転び落ちそうになる。

後ろにはエリオットもいる。

それはいけないと思い、転び落ちそうになる前に段差を掴んで止まろうとするが

 

「……なに!?」

 

容赦無用の矢がこちらの腹に向かって飛んでくる。

体勢を整えようするのに無我夢中の俺はそんなものは当然躱す事が出来ずに敢え無くその一矢を受けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ガ、ガイウス!?」

 

心配の声を上げるが返事はない。

思わず彼に近寄って確かめようとするが

 

「エリオット。動かないで」

 

上からの制止にぴたっと体が止まる。

その声を知っている。

知らないわけがない。

 

「アリサ……」

 

彼女の視線はまるで獲物を狙う狩人のように鋭い。

もしかしたらあれが何時もの敵を狙う彼女の視線なのかもしれない。

その視線が僕を見ているという事が堪らなく悲しくて怖い。

 

「どうして……どうしてなんだよ……僕達、仲間だよね? 確かに、僕達はまだ出会って日も浅いし、完全な理解に至っているとは言わないよ? それでも……ARCUSのリンクは嘘だったの?」

 

彼女は何も答えない。

こちらに矢を向けるだけだ。

だけどその瞳と表情はまるで痛みを堪えた重傷患者のようであった。

その表情だけで理解出来た。

彼女達も決して好きでこんな事をやっているわけではないという事を。

 

───でも、それはつまり……彼女達は仲間と本を天秤にかけて本を取ったという事になる。

 

「ああ……」

 

僕らの絆はその程度のものだったのか。

絶望に心が折れる。

今の僕はアリサからどういう風に見られているのだろうか。

そのアリサは僕を痛ましい表情で見ながら……しかし震える腕でこちらを狙い───

 

「させん……!」

 

突然起き上がったガイウスが彼女の腰を抱えるように捕まえた。

 

「なっ……!?」

 

アリサも突然のガイウスの復活に戸惑ってしまい矢は全く見当はずれの場所に飛んでいく。

外れても思わず、身を竦めてしまうエリオットだが

 

「今だエリオット! 今の内に階段を登れ!」

 

ガイウスの叱咤に呪縛から解かれる。

 

「う、うん! 分かったよ!」

 

エリオットはもつれそうになる足を必死に扱い、何とかアリサを抜かして階段を駆け上がった。

そこで思わずほっと安堵の息を吐き、ガイウスも、と言おうとして振り返ったら彼はアリサを連れて窓を開けていた。

 

「……ガイウス?」

 

何故、彼はアリサを捕縛したまま窓を開けたりするのだろうか?

これがレイなら窓から突き落とすなどという危険発想があるが、幾ら敵に回ったとはいえアリサは女の子である。

クラスでトップクラスの紳士のガイウスがそんな事をするとは思えない。

なら、何故彼はそんな今生の別れのような笑顔を浮かべるのだろう……?

 

「ねぇ……どうしたのガイウス? あ、アリサはええと……縛ったりして僕らは先に───」

 

「すまない、エリオット。俺はここまでだ」

 

「な、何を……!」

 

じたばたとアリサが呻きながら抜け出そうとするが鍛えに鍛えたノルドボディから逃れる力を都会っ子であるアリサは持ち合わせていない。

いや、だがそれよりも

 

「ここまでって……! ど、どうしたんだよガイウス!? さっきの傷が痛むなら僕が回復アーツを……!」

 

「それは無理なんだエリオット」

 

何故無理なのか謎な答えだが、エリオットは意味もなくくっ、と呻いてしまう。

アリサもアリサで時折起きる、このⅦ組の謎のコントに嫌な予感がグングンと湧き上がってくる。

それはもう間欠泉の如くに。

何故かうちのクラスは暴走すると理屈とかを無視してストーリーを進めるのだから。

だから、ほら? ガイウス? ね? 縄でも何でもいいから私の動きを止めてエリオットと一緒に行けばいいじゃない? 無理だったらここで休憩するとか、ね?

そんなアリサの必死な思いを無視して、ガイウスは止めようとするエリオットに最後の笑顔を向けて

 

「エリオット……風と女神の加護を」

 

その託宣を最後にガイウスは窓から羽ばたいた。

 

「カァラァミティィィィィィィーーーーホォォォォォゥゥゥーーーーク!!!」

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

その二人のその後を見た者はこんな呟きを残した。

 

「いやぁ、まさか釣りをしていたら上から二人揃って落ちてきたからびっくりしたよ。魚志望の学生は流石に僕も見た事がなかったよ」

 

一言───そんなわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「おぉ……!」

 

グラウンドでは二つの叫びと共に汗を散らしながら激しい運動をしている二人がいた。

一人はⅦ組筆頭剣士とも言える少女、ラウラ・S・アルゼイド。

剛剣とも言える様な力強い押しと彼女の性格を表すかのような真っ直ぐな太刀を持ってラウラは果敢に攻めている。

対するはⅦ組筆頭のひねくれ貴族の少年、ユーシス・アルバレア。

彼は貴族の逃走(ノブレスエスケープ)に相応しく逃げに逃げている。散らばる汗がその端正な顔を美しく反射しているような気がする。

実に意味のない相乗効果である。

 

「ええい! 逃げてばかりではなく正面からやるがよい……!」

 

「それならお前も武器を放さんか!」

 

「剣士に剣を捨てよと言うか!?」

 

「今のお前のどこが剣士だ……!」

 

武器を持ってない男に本気で斬りかかろうとするなど剣士の風上にも置けるか。

そう反論すると、むぅっと唸るが

 

「それは、その……ううむ……アルゼイドの女の嗜みというのでどうだろうか?」

 

「その言葉が信用されると思っているのか?」

 

ううむ……反論に封ぜられたラウラの姿を見て

 

……こいつ本当にクロウが言っていた本の製作に関わっていたのか……?

 

この馬鹿正直の見本のような少女が隠してあんな本を作っているようには思えなくなってきた。

だから、思わず問うた。

 

「ちなみに何となく聞くが、例の本はどうであった?」

 

「うむ、いや、ああいう本には興味なかったのだが……思わずリィンのページを読んでしまった。うむ……何故だろう……」

 

訂正。

疑いの余地はまだまだあるようだ。

そして後でコーヒーを飲む事を誓う。

ともあれ、今は現状をどうするかだ。

剣がない今、手元にある武器はARCUSのみだ。

アーツに関しては別に不得意ではないからラウラに対して有効な手段ではあるのだが、アーツというのは前衛がいないと駆動時間中に斬りつけられる。

ラウラなら間違いなくそれくらい余裕だ。

なら、駆動時間が短い低位アーツで攻めるべきか。

ガーゴイルすら正面から弾き返す女にその程度じゃあ心許無い。

万事休すか。

そう思っていたら

 

「おや! 君達! こんな時間に訓練かな!?」

 

非常に爽やかな声が万事休すの雰囲気に飛び込んで来た。

その声にはよく世話になっているので振り向かなくても解る。

 

「ランベルト部長!?」

 

「やぁ、ユーシス君! 今日も元気そうで何よりだ。そちらのは確かユーシス君のクラスメイトのラウラ君だったかな」

 

「お初にお目にかかる。ラウラ・S・アルゼイドという者です」

 

お前、この状況で普通に挨拶をするのか。

それをははは! と笑って自己紹介をするランベルト部長も部長だが。

俺は何時になったらまともな常識のある世界に行けるのだろうか。

アルバレア家にいる頃は父のこちらの無視っ振りに常に落胆の感情を得ていたが、このトールズでは俺は自身に対して色々と落胆しそうである。

主に現状の事を考えると。

 

「うむ。二人が青春の汗を流していたからな! 思わず私も青春の汗を流したくなってな!

 

はぁ、と気乗りのない返事をしてしまうのは仕方がない事ではなかろうか。

ラウラも似たような表情をしているし。

今回ばかりは誰も彼もが味方してくれるだろう。

 

「というわけで楽しもうではないか───マッハ号ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

何故か片腕を上げて暑苦しく叫ぶ部長。

その叫びにぶるるん、と彼の相棒が走って近付いてきた───馬術部のポーラが連れてだが。

 

「……何をやっているんだお前は」

 

「……今回ばかりは流石に否定できないわ」

 

ポーラは部長か、自分に呆れたのか。

やれやれ、と言わんばかりに首を振り回していた。

部長は既にマッハ号にご執心である。

 

「おお! マッハ号よ! 我が半身よ! 感じるぞ……! この私の体を通して出るお前の力が!?」

 

最後に何故?マークが付くのだろう。

というか事態は今、どこに向かおうとしているのだろうか。

思わず、頭を抱えている間にふとラウラの方を見ると何故か彼女はポーラが連れてきたもう一頭に一緒に乗っている。

 

「ふむ……乗馬の経験は多少はあるのだが、やはり経験不足は否めないようだ」

 

「そう? その割には手馴れているようだけど……あ、私、ポーラ。こんな態度貫くけどいいかしら?」

 

「いや、その方が私も好ましく思える。私はラウラ・S・アルゼイド。ラウラで構わない」

 

「じゃあ、私もポーラで構わないわ」

 

おい、待て。

どうしてそこでお前達が仲良くいい雰囲気を作っているのだ。

先程、こちらを始末しようとした過去は全て無かった事にしているのか? それで忘れ去ると思っているのか。

だが、これはチャンスだと思いここから逃げようとしたら襟首を掴まれ、持ち上げられ、座る先はマッハ号の後ろであった。

 

「ぶ、部長……何を───」

 

「何、ユーシス君! 君がマッハ号を褒めてくれたのを思い出してな! その感謝をするのを忘れていたと思い、代わりに一緒に乗ろうと思ってな!」

 

わはははは! と笑う部長に何だと……! と表情が凍り付く。

厚意は嬉しいのだが、今は駄目だ。

先程、眼鏡を犠牲にして生き残ったというのに幾ら気に食わない男でも流石にそれは人としてどうかと思うだろう。

だから、ここは丁重にお断りして

 

「さぁ、行くぞマッハ号! 向かう先はケルディックにしようではないか! いっそ、双龍橋辺りまで駆けようか!」

 

力強い躍動と共にユーシスの意思は全て無に帰した。

この後、マッハ号がどこまで走ったかは知らない。

ただ、一つ言える事があるとすればラウラ・ポーラ組は普通に夕方過ぎに帰ってきた事。

そして、ユーシスの姿をその日に見たものはいなかった事。

ただ、それだけであった。

 

 

Ⅶ組男子+先輩2名

 

Ⅶ組女子3名

 

恐ろしい事に、男子の半数は女子の策略と行動とは関係なく自爆か脱落を迎えていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何をやっているんでしょうか皆さんは……」

 

屋上から結末を一通り見ていたエマは頭を抱えていた。

何故かクロウさんは他の学生の集中爆撃を受けているし、マキアスさんは謎の戦車系女子に破壊されているし、ユーシスさんとラウラさんは何故か馬に乗って遠乗り。

更にはガイウスさんとアリサさんは何故か二階から飛び立っていた。

学院トップの学力を持つエマでも流石にどれも予想出来ない事態であった。

これでは最初にまともにやられたリィンさんとレイさんがまともに見えてしまう。

そういえばアンゼリカ先輩とジョルジュ先輩は見ないのだが、どうなったのだろう?

アンゼリカ先輩の方は何回か連絡を取ってみたけど反応がないし。

 

「何だかもう私の手で収まるような事態じゃなくなっているような……」

 

逆にこれは本当に私達が起こしてしまった事態なのかと疑いたくなるレベルであった。

もしかして、私は皆さんのネジの締め具合を見誤ってしまったのだろか。

レイさんとリィンさんにばかり目を向け過ぎてしまったのかもしれない。

そう思っていると───バタン! と屋上と屋内に繋がる唯一の扉が勢いよく開かれる。

大体は予想できるのだが、見るとやはりそこにいるのは最後の一人

 

「エリオットさん……」

 

彼の手には魔道杖が握られている。

一度、教室に戻って取って来たのだろうか?

それは構わないのだが

 

「……よくこの場所にいるとわかりましたね?」

 

「……教えてもらったんだ」

 

思わず、誰に? と問いたい所だが既に彼は戦闘態勢を取っているのを見るとそんな暇はないだろう。

こちらも杖を持って彼と相対する。

どちらも既に対決が避けれない事は理解している。

止まるわけにはいかない。

何故なら倒れた人間がいる。

何を託されたわけでもない。

でも、その事実が既にお互いの意志を止めるわけにはいかないと悟っている。

そしてこの戦いの決着は一瞬だ。

何故ならお互いに戦闘という分野に関しては素人。

秀でているのはアーツの力という事だけ。

無理に慣れない事をすれば逆に弱点を晒すだけという事を理解している。

勝負を決する為の技はただ一つ

 

───どちらのアーツの威力が勝るかだ。

 

「ARCUS駆動!」

 

同時に駆動を開始する。

使う属性はきっとお互い決まっている。

親和性が高い属性。

私なら幻。

エリオットさんなら水という風に互いの得意分野を持って互いを撃滅する。

そして使われるのは現時点での最高位のアーツだろう。

何故ならそこも似通っているらしく、アーツに対しての耐性は強い。

故に彼らは間違った戦術をとっていなかったとは言える。

 

「ファントムフォビア!」

 

「クリスタルフラッド!」

 

唯一の失敗点はただ一つ───お互いこのアーツは真っ直ぐに行くものであったと思っていた事であった。

そうして騒ぎを聞きつけたサラ教官が見たものは凍結状態のエマと何やら色々と悶えているエリオットの二人の姿であった。

正義無き戦いの決着は最後まで悲惨の一言であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっ、とエマは唐突に目が覚めた。

余りにも唐突だからいきなり起きた自分に驚いていたが、とりあえず思考を取り戻す為に深呼吸をし、頭を冷やす。

 

「ここは……保健室?」

 

来る事はあっても今の所寝る程に利用した事はなかったから一瞬、見当がつかなかったが頭を回転させれば答えは簡単に導けた。

自分は確か、最後にエリオットさんとアーツ勝負になったのだが……決着はどういう風に決まったのだろうか?

何故か体が凄く冷えているし、よく見たら服も自分の服ではないようだ。

一体何がとは思うが、自問自答しても答えは出ないだろうと諦める。

どうやら他にも寝ている人はいるらしい。

自分はベッドがカーテンで覆われているから他を見る事は出来ないが、寝息や呻き声が幾つか聞こえる所を見ると多分、Ⅶ組のメンバーなのだろう。

時折、マキアスさんと思わしき声が「肉が……肉が攻め寄って……!」などと唸っている。

 

「……はぁ」

 

どうやら全員見事に生きているらしい。

流石、ベアトリクス教官と言うべきなのだろうか。

何人かは大ダメージを受けていたとは思うのだが、夢見が悪い以外は寝息は安定しているように思える。

中身はともかく外面はまともに戻しているのは流石と思い、そして思った。

 

───結局、これって誤解が解けてないんじゃ?

 

自分達がやった事を指摘するのもどうかとは思うが、やったのは攻撃する事だけである。

冷静になればこれは誤解を加速させるだけではないんじゃないか。

ああ……とは思うが、後悔は先に立たない。

何とか話をしてみるしかないと前向きに考え

 

「やぁ、エマ君。体調は大丈夫かね?」

 

いきなりの声に慌ててそちらを見るとそこには箒らしい物を二つ持ったシルエット。

姿は見えないが、そのシルエットと声から解る。

 

「が、ガイラーさん!?」

 

「やぁ、エマ君。倒れたと聞いたから見舞いに来たよ」

 

「そ、そうですか……」

 

シルエット越しだが、今のところ彼の態度は正常と思える。

いや、こういう考え方が失礼だと思うのだが、つい、この事件が起きた原因の事を考えると疑ってしまう。

 

「ああ、君達が壊した中庭や屋上は整備したから安心するといい」

 

「す、すみません……」

 

「何、私はこの学院の用務員だからね」

 

こうして聞くと何時ものガイラーさんのように思える。

もしかして文芸部で喋ったガイラーさんは私の疲労で見た夢みたいなものだったのだろうか。

うん、そうかもしれない。

あの本を書いたのだって執筆意欲が収まらなくてつい、書いちゃっただけかもしれない。

衝動買いならぬ衝動執筆。

それならガイラーさんに肖像権の問題を話して、あの本を発行中止にして貰う様にお願いしたら───

 

「所で────食堂にクロウ君に君達が面白そうな話をしていると説明してしまったのだが……良かったかな?」

 

「─────え?」

 

何やら酷くあっさりと意味は分かっても意図が分からない言葉を告げられた気がする。

事件が起きてしまったそもそもの要因はクロウさんが私達の読んでいる本を読んだ事。

確かに最悪な偶然が引き起こしてしまった恐怖の始まりであったが……

 

「その後にクロウ君が走り去っていくのを見送っていると、アンゼリカ嬢が来てね、クロウ君の友人の彼女に彼が言っていたんじゃないかなと思っていた事を告げて、君らの事を教えてしまったよ」

 

「───え?」

 

アンゼリカさんは食堂で固まってしまった自分達に何やらクロウが暴露だ暴露って叫んでいるのを小耳に挟んだがなどと言ってこちらに語りかけて来た。

その後に自分達はこのままでは不名誉な誤解が広がってしまうと思い、拡散を止めようと暴挙に出た。

 

だが……実はそこが間違いであったら?

 

実はそんな事実が存在していないのだとしたら?

 

真実の間に邪魔をするように立つ壁のような人物がいたら?

 

それの答えを笑顔と思われるシルエットの揺らし方で本人が白状した。

誰もが推理などしなかったが故にその隙間に潜り込んだ人物を。

 

「そして、つい先程、Ⅶ組の少年が何やらエマ君を探していたようでね。余りの必死な彼の表情に私も思わず折れてしまったよ……ふふふ」

 

「あ、貴方は……!」

 

エマはこの日を忘れる事はないだろう。

Ⅶ組が発足してから数か月。

その中で一番、最初にして最大の危機を生み出したこの人の名を。

その名は

 

(ガイラー)……!」

 

「ふふ……」

 

そうしてシルエットは動く。

まるで踊るように回り、箒はまるで重力がないかのようにクルクルと両の手で回す。

そして、最後に箒を合体させ───Xの字を生み出し

 

「実によかったよ」

 

その祝福(呪い)の一言と共にエマのストレスと疲労が蓄積された意識はシャットダウンされた。

Ⅶ組委員長としてのこの黒星がエマの精神に大きな傷跡と負けてはならないという決意を残して。

 

 

───そうしてエマは真犯人を告発する機会を失った事に気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 




一言───もう何も怖くないや……




……ゴホン。
ええと、これにて次回から3章ですかね。
まぁ、皆さんも予想しているとは思いますが、この回はレイ君、大きな伏線の回。
そしてアリサヒロイン覚醒の二大テーマですね。
ばんばん書き進めたい……と思いますが……他の作品もどうしようかなぁと悩んでいて。軌跡熱がある内に軌跡を書くか……それ以外か。
何時もより大量に感想があればこっちをやるかもしれません(笑い)

時間が空くかもしれませんが出来ればお待ちを。
感想と評価よろしくお願いします。






PS
素直じゃない系ヒロインは生憎苦手です(←婉曲表現)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ただただ流れていく

雨が降っている景色を、フィーは校舎の二階からぼーっと眺めていた。

 

「……」

 

別に特に感慨はない。

雨を見るとセンチメンタリズムになるとか、他のクラスメイトのようにはならない。

雨は雨だ。

強いて言うなら雨が降れば視界が悪くなり、行動に支障が来たす。もしくは逆に敵の視界、聴覚を妨害するなど元猟兵としての能力がそれを思うだけであった。

 

「……」

 

猟兵。

元、大陸最強の猟兵団の双璧であった西風の旅団所属の西風の妖精(シルフィード)

この二つ名を得た時、団長はちょっと困ったような苦笑をしていた気がする。

それがまるで子ども扱いされているみたいで、団長を困らせた記憶もある。

懐かしい記憶だ。

何となく分かってはいた。

団長が私を猟兵にするのは反対であった事を。

言ってはなんだけど赤い星座と違って、団長は酷く人間味が溢れていた。

あんな怪物染みた人が私には一番温かい人間のように思えた。

だから、私は今でも猟兵になった事は恐怖はあっても後悔は微塵もなかった。

生きる為というのもあったが、それ以上に"家族"の為。

文句なんてどこにも無かった。

 

「………」

 

今、後ろを通り過ぎた女子生徒がこちらがいると気付いた時に視線を逸らされた事も、現在進行形でクラスメイトがこちらを敵視されても、その言葉は揺るがない。

同じ状況になったら百回中百回同じ道を選ぶと断言出来る。

誰かに理解されたくてやったのではなく、家族の為にやりたかっただけなのだから。

 

「よっす、フィー。そんな所で何やってんだ?」

 

「……ん。委員長と待ち合わせ。勉強を見てくれるって」

 

すると背後から声が聞こえる。

気配はしていたから別に驚きはしない。

 

「レイは何をやってるの? またトラブル?」

 

「うーーーん。まだ巻き込まれる前だな。経験上、この後に何かありそうだ」

 

自覚有りのトラブルメイカーらしい。

無自覚のリィンと自覚有りのレイ。

どっちがマシなんだろう?

でも、どっちも周りを巻き込むからどっちもアウトか。

 

「勉強しなくていいの? テストが近いけど」

 

「くくっ、お前がテストの心配をするとは……ま、心配なさんな。クラスの平均を落とすヘマはしないとも」

 

「……やっぱり変? 元猟兵がそんな事を心配するのは」

 

「他人に風評や意見を常識にするのはストレスが溜まる生き方だぞ? 他人の意見は無視しろ……とは言わないが、他人の意見を全てと思うのは頂けない」

 

それくらいは理解している。

理解した上で問うてしまった。

そこをまるで分かっているとでも言わんばかりにこちらの頭に左手を置いてくしゃくしゃ無理矢理撫でてくるレイ。

委員長とかも偶にしてくるけど、レイは遠慮がない分、髪が乱れる。

 

「子ども扱いしないで」

 

「そんな事を言っている内はまだまだ子供子供、フィーちゃん?」

 

「む……」

 

レイは馬鹿っぽい癖に妙におっさんっぽい。

時々、サラよりも老成しているみたいになるんだから精神年齢やばく見えるけど、それでもどこか子供っぽい。

まぁ、委員長もお母さん化するから意外とそういうのは多いのかもしれない。

というか、彼的に私の事はいいのだろうか?

 

「……レイは私を敵視しないの? 元猟兵だよ?」

 

「自分で答えを言っているじゃないか。元に手を出す程、暇でもないし、生憎だが準遊撃士にもなっていないガキだよ。それにサラ教官が連れてきたのに文句を言うほど無粋じゃないよ」

 

「それはレイの結論じゃないよね?」

 

「そういうのは他のメンバーに頼んでくれ。俺は他のメンバー程、若い心は持ち合わせてないのよ」

 

そう言って視線を露骨に逸らすレイだが、下からじ~~っと見上げていると根競べに負けた。

 

「ああ、もう分かった分かった。分かったからその目は止めろ。たくっ……子供はそういう時狡賢いんだから……」

 

「ぶい」

 

とりあえず、片手でVを作り、勝利を誇っておく。

団で教えてもらった子供ならではの必勝法であった。

西風の旅団は子供の教育方法を間違えていると指摘するメンバーは残念ながら存在しなかったのであった。

猟兵の欠点なり。

 

「ま、言えばお前は怒るかもしれないが……お前は元々、猟兵向きじゃないからだよ」

 

「───」

 

猟兵向きじゃない。

そう言われたのには、確かに驚きではある。

確かに見た目の上では猟兵っぽくないのは自覚はしているけど、自身の能力を見た後にもそう言われるのは稀である。

だから、怒りとかよりも興味の方が先に頭に浮かんだ。

その興味に答えるかのようにレイも続けて話をしてくれた。

 

「ああ、先に断わっておくが能力面の話じゃない。力という意味ならばフィーは間違いなく猟兵は適していない職業ではないさ。戦闘能力は勿論の事だが、頭の回転、罠を張る器用さ。土壇場においても冷静に考えて行動できる胆力。猟兵じゃなくても遊撃士でも軍隊でもやろうと思えばやっていけるだろうよ」

 

戦闘という面におけるある種の天才性。

少女であるとか年齢とかそんな理屈などを簡単に壊して生まれた戦場で踊る妖精。

それがフィー・クラウゼルという戦闘能力の評価である。

評価ではあるが

 

「だけど……フィー。それでもお前は猟兵には向いてないよ」

 

「……どうして?」

 

「じゃあ、お前───そのガンソードで俺の首の頸動脈を切れって言われたら出来るか? 能力とか仲間とかそんなの関係なく。猟兵として仕事で俺の首を狙ってくれと言われ、出来るか?」

 

人を殺せるか? と彼は困ったような顔でこちらにその質問を告げた。

 

「……知ってたの?」

 

「勘だよ勘……それにお前は人を殺すにはちょいと良心があり過ぎる───でも、それは良い事だ。人を殺すのが怖いなんて当然だし、何一つとして悪いことじゃない。それは人として誇っていいことなんだよ、フィー」

 

「……でも、それがまた私を一人にした」

 

人を殺す。

猟兵としては実に当たり前の行為であり───私にとっては踏み越えられなかった一線であった。

団長が私が実戦を経験してからもずっと言い続けた言葉があった。

 

「いいか? 外れる、もしくは殺してしまうかもと思ったなら撃つな。迷ったなら撃つなよ。汚い仕事は俺達、大人がするもんだ」

 

そう言って絶対に私が人を殺しそうな役目は絶対にさせなかった。

本当なら見せる事も避けたかったみたいだけど、それだけは猟兵の仕事上不可能なので渋々私も連れていた。

そして、それらを団員の皆も異を唱える事はなかった。

親馬鹿集団と思わず文句を言ったら、全員にいい顔で親指を立てられた。

自覚のある親馬鹿集団の被害に遭うとこうなるのか、と実感してしまった。

それを言うとレイも笑い

 

「猟兵にしとくには……いや、それを言うのは流石に傲慢だな。在り来たりな表現だが、大事にされているのがよく分かる猟兵団じゃないか」

 

「……ん。そだね。仕事では容赦なかったけど……皆、私からしたらいい人だった」

 

勿論、これは内からの意見であり外からしたら皆は死神と呼ばれても仕方がなかったのだろう。

そこは認めている。

そして、団長はその中に私がいるのは反対であった。

役に立たないとかそういう理由ではないのは流石に理解している。

でも、それでも───

 

「フィー、余り過去を見つめ過ぎるのはよくないぞ」

 

その流れをレイが断ち切った。

無意識の内に肩に力が入っていたフィーはその一声でストン、と肩を落とした。

それにやはり、苦笑し

 

「トールズ……いや、Ⅶ組は嫌いか?」

 

「……ううん。でも、中には受け入れてくれない人がいるだけ」

 

別にラウラを否定するわけではない。

むしろ、どちらかと言うと他のメンバーがおかしいのだ。

猟兵と知ったのに、他のメンバーは別にそんなの構わないという態度。

どちらかと言うとラウラの態度は正しい反応である。

なのに、周りが少数派の集まりのせいで逆にラウラが異様に目立っているのだが。

皆はレイみたいな経験はないんだから、殺人者が隣に立っているのと変わらないだろうに。

 

「もしかして、皆、猟兵について余り詳しく知らないとか」

 

「まぁ、全員そういったのと関わりがあるような生活をしていないみたいだからな。そういうのを知っているのは俺とお前とサラ教官くらいみたいだ」

 

「ん、同意。仕方がないけど」

 

ここにいるのは軍人の卵だ。修羅場を経験してここにいるのはむしろレアケース。

教官メンバーでもちょび髭教頭とメアリー教官も戦闘能力は持っていない。

それ以外は流石に皆、経験持ちだけど。

まぁ、それでもⅦ組の皆は持ち前の胆力で戦闘になっても怯えないのは凄いとは思うけど。

 

「まぁ、フィー。結論を急ぐことはないだろう。お前さんは十分に人間なんだから何れ輪に入れるさ。ラウラはまぁ、ちょいと温室育ちっぽい所はあるけどな。俺はリィンみたいに話せば理解してくれるなんて暖か~い言葉はとてもじゃないが言えないが」

 

「同感。リィンはよくあんなに歯が浮くようなセリフを連発出来るかなぞ」

 

口から吐き出す砂糖加減は学院随一であるリィン同級生。

余りの台詞加減に一部ではリィン節と呼ばれている。

二日に一回は絶対、リィン節が出るので、その時は周りの男子生徒が「リィン節警報が出たぞ~~!」と叫び周りの男子全員で口説かれているであろう(無自覚)女子とリィンの間を舌打ちして通り過ぎるのが最近のトールズの慣習である。

時折、その舌打ちメンバーにマキアスやクロウ、アンゼリカが混じっている事から既にリィンは学院の男子の大半を敵に回している。

特に会長親衛隊(非公式)にはブラックリストに乗っている。

どのようにして苦しく始末するかを日々検討中らしい。

リィンも大変、と思うが大丈夫だろうから手を貸さない。

きっと生還するだろう。

 

「フィーちゃーーん」

 

すると委員長の声が響いて、こちらに小走りしている姿を確認する。

それにレイも気付き

 

「さて。我らの末っ子の面倒はお母さんにお任せして。悪いお兄さんは御退散しよう。んじゃ、勉強頑張るといい」

 

「……まぁ、どれも否定しないけど───お兄さんよりもレイはお父さんは?」

 

彼がへの字に口を曲げるのを見てようやく反撃出来たと内心でぶいポーズ。

そして彼はやれやれ、という表情に変化し

 

「こんな大きな子供はまだまだいらないわい」

 

「偏屈お父さんは大変だね」

 

放っとけ、と言ってこちらに背中を向ける。

私もこれからの委員長の授業に眠気を抑えて頑張らないといけない試練にやらなきゃダメかな、と思い

 

「あ!? レイ君見つけた!」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

 

「あ! ま、窓を突き破って逃げる程!? で、でも諦めないんだから! アンちゃん! 予想通りに下に逃げたから追って! クロウ君も学食奢ったんだから追い込み頼んだよ!」

 

どうやら宣言通りにトラブルに巡り合ったらしい。

さっきまでの感動やら何やらが台無しだ。

やれやれだね、と思いつつフィーは重い腰を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

リィンは雨の中、傘を指してアリサと一緒に帰宅している所であった。

必要な所は教官や先輩に質問するだけして、後は寮で勉強をしようと思い、途中で見知らぬメイドとちょっとだけ話をし、その後にアリサと偶然出会い、帰宅するという流れ。

当然、お互い明日の中間テストに向けての話題がほとんであり気になる部分を互いにピックアップしながらの会話であったが

 

「……」

 

時折、アリサの口が脈絡なく閉まる。

意識がこちらではなく違うところに向いたかのように話題が止まるのだ。

流石にリィンもそれには気付き、今まで言うべきかどうかを悩んでいたが、それでも聞いてみようと思い、行動に移した。

 

「レイと何かあったのか?」

 

「……へ?」

 

アリサが本気で驚いたと言わんばかりに目をぱちくりと開く姿は、見た目が美少女のせいか。そんな表情でも異性同性、両方見惚れそうだなと思い

 

「ちなみに、これに関してはやっぱり皆、薄々気付いていたし、レイは意識的にアリサに触れないようにしていた」

 

レイが完璧に振る舞うから逆にアリサの態度が目立って原因が何となく全員感じれたのだ。

時折、ちらちらとレイを見るアリサを本人は本当に何時も通りにからかうだけ。

だから、フィーとラウラとは違う形で違和感が目立ってしまう。

まさか、アリサの恋煩いか!? と叫ぶマキアスをユーシスが鼻で笑ったあのシーンは心によく残った。

ついでに二人の殴り合いでマキアスの眼鏡が割れ砕けたのも心によく残った。

財布を確認した時のマキアスの悲壮な顔を忘れるのは難しいだろう。

 

「……私ってそんなに隠し事下手?」

 

「……まぁ、ノーコメントで」

 

むぅ、とアリサは唸るがそこが分かりやすいポイントなのだと彼女は何時気付くだろうか?

でも、他のメンバーはどうだか知らないけどリィンは何となくアリサがおかしい理由に検討がついていた。

 

「……あの教会での事か?」

 

「……リィンは何故かレイに関しては鋭いわね」

 

何故かじと目で見られた。

いや、そんな目で見られても困るし、何よりもそれだけは頷き難い。

 

「誰があんな馬鹿の事を理解なんて───」

 

「そうやって人を馬鹿として扱うのもレイだけよね、リィンは」

 

何故かプレッシャーが増した。

むぅ、と思わず呻くが、仕方がないのだ。

何故だかレイにだけはどうも何というか態度が砕けてしまうというか何というか───苛立つのだ。

何かが苛立つ。

理由とか思うよりも早く苛立つ。

理屈とかそういう小難しい事から起きるものじゃない。

でも、それを言葉にすると互いの理性が吹っ飛ぶ(・・・・)ような予感がして怖いのだ。

だから、きっと互いに道化を演じていて……それしかお互い同じ場所にいられないような気がして───

 

「───リィン?」

 

「……あ? あ、ああ悪い。ちょっとぼーっとしてた」

 

アリサに言われて現実に戻ってこれた。

とりあえず作った笑顔でお茶を濁したが、気遣わしげな表情は変わらなかった。

ここで疑うんじゃなくて気遣うのがアリサの個性だよなと思いつつ、リィンは先程まで思っていた事はとりあえず心のごみ箱にでも捨てておいた。

 

───まだ互いが互いに踏み込む理由がなかった。

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーーンコーーンという鐘の音と共に学生は全員机に突っ伏すか、終わったーーと叫び、中間テストは終わりを迎えた。

ちなみにⅦ組で言うと会心の出来をゲットしたマキアスは手を力強く握る。

会心の疲れを誇ったフィーは机にぶっ倒れる。

会心の眠気を誇ったレイは盛大な欠伸を。

会心の笑みを発揮したサラ教官は出席簿をレイにシュート。

 

「ま、テストご苦労様。でも忘れてないでしょうね? 貴方達には実技テストもあるんだから」

 

「そ、それがあったか……」

 

「むしろそっちの方が気が楽」

 

「サラ教官のいやらしい何かがない限り問題ないだろ」

 

今度はチョークがコークスクリュー気味に飛んだ。

当たった本人もぐわぁ、と叫んで飛んだ。

動きを読んだリィンがレイを上手にゴミ箱に放り込んだ。

 

「あ、こら! 止めろリィン! こんな漫才みたいな恰好が他クラスに知られていいのか!? Ⅶ組が恥ずかしい集団にみられるぞ!? エマプロデュースのⅦ組作品とか言われてもいいのか!?」

 

「そ、そこでどうして私を巻き込むんですか!?」

 

「なら方法はただ一つだ───エリオット。刀を取ってくれ。焼却してくる」

 

「ぼ、僕まで殺人行為に巻き込まないで!?」

 

「あーー、もう話を逸らさない。レイはそのままでいいからリィンも席に着きなさい」

 

川の流れのようにレイはゴミ箱放置が決まった。

むーむー呻いてはいるようだが、既にⅦ組のスルースキルは極まっている。

エリオットやガイウス、エマですら完全な無視な態度を発揮する様子を見ると、既にⅦ組の残念度は計る事をするのは惨いだろう。

遂に、ゴミ箱に入りながら回転する奥義を見せつけるレイを誰も見ても聞いてもいないのだからトワ会長辺りがこの風景を見ると思わず涙を流してしまう程であろう。

 

「ま、明日はテスト明けの自由行動日だから精々息抜きをしなさい。あ、私はちょっと野暮用があって明日の夜まで戻ってこないから。私が文句を言われないレベルなら羽目を外していいわよぉ?」

 

「そりゃいい。最近、お酒を飲めなかったら飲みたくなっていたんですよ。代金後で払うんで飲んでも?」

 

「ふふ、未成年は酒を飲むな、なんて堅苦しいことは言わないから後でお金よろしくね~」

 

「いや、あのですね……未成年が酒を飲むことは止めましょうよサラ教官」

 

「全くだ。後ろのゴミ箱は後でリィンが何とかするからいいが、少しは教官らしく戒めるという事を知ってもらいたいものだ」

 

「ふむ……何ならレイよ。私と後で鍛錬でもしないか? 酒を飲むよりもいいストレス発散になるし、互いを高め合うことも出来る。うむ、一石二鳥だな」

 

「俺の命の有無以外はな。後、誰か助けてくれ」

 

全員で無視した。

そうしてそのまま流れ解散になった。

ちなみに、レイは結局、最後まで誰にも助けられずにそのまま放置された。

 

 

 

 

 

 

「ふふ……今日はどうだった? エマ君。僕の方は絶好調だったぞ。今日こそ君に勝たせて貰おう」

 

「あ、あはは……どうでしょう? ベストは尽くしましたよ?」

 

「ユーシス、五問目の問題についてだが……」

 

「ああ、あれはな……」

 

などとⅦ組の帰宅状況は最初の内は実に学生らしい会話をしていたのだが、ここにいない二人(レイに関しては意識的に消去し)に思わず溜息を吐く。

 

「……やっぱり、あの二人……仲が悪くなった原因はフィーの出自よねぇ?」

 

「うん……だって前回の特別実習の報告の後から雰囲気が急に堅くなってし。実習終わった直後は二人とも普通に会話していたし、報告の時もフィーの事を語る前も変わらなかったよ」

 

アリサとエリオットによるテーマと解説に、全員が同意する。

確かにその時までは二人の仲に問題らしい問題は無かった。

だが、A班の実習において判明したフィーは元猟兵という言葉を聞いた瞬間に偶々、マキアスがラウラの顔色と表情が一瞬、フィーに向けて鋭く変わったのを見たらしい。

そして、それと恐らくほぼ同時のタイミングでエマもフィーの何時もの無表情が変化するのを目撃していた。

それは仕方ないと諦める力の無い溜息と疲れたような顔であった。

 

「……逆に何の態度も驚きもしていなかったレイは気付いていたと見ていいのだろうか?」

 

「だろうな。あの男は何だかんだで隠し事が多そうだからな。そこのアリサみたいに隠し事が下手だったのなら可愛げがあるが」

 

「そ、そこで私に話を振らないでよ!」

 

まぁ、確かに未だにアリサも過去についてははっきりしていないメンバーの一人であるので全員で苦笑する。

全くもう、と軽く憤慨しているアリサを先頭に我らが第三学生寮に辿り着く。

 

「ふむ……今日の夕餉の担当は誰だったかな?」

 

「確か……マキアスとユーシスだ」

 

「ふん……後れを取るなよマキアス・レーグニッツ。いや、お前はコーヒーを作るだけで構わないが」

 

「ふん。そちらこそ。スプーンよりも重いものを握って食材に振れた事など無さそうだからな。僕の足を引っ張って攻撃料理など作らないように気を付けることだ」

 

もうこの二人、実はこのやり取りを楽しんでいないだろうかと苦笑し、アリサがドアを開けようとし

 

「おかえりなさいませ、お嬢様。」

 

「───へ?」

 

そこを横合いから呼び止められるような清流のような声が響いた。

全員ほぼ同時に振り替えると薄紫色のショートヘアをし、かなり特徴的な服装の───まぁ、メイド服なのだが。メイド服を着た、凄い顔が整った美女がこちらに笑顔を向けていた。

唯一、リィンだけがテスト前に出会ったメイドさんである事に気付くが、それ以上に

 

「シャ、シャ、シャ───シャロン!?」

 

「はい、お嬢様。お変わりがないようで何よりです」

 

ニコニコ笑顔の美人メイドは、というか間違いなくアリサからの暴露によって彼女がアリサの家のメイドである事を知らされ

 

「皆様、初めまして。シャロン・クルーガーと申します。アリサお嬢様の実家のラインフォルト家で使用人として仕えさせていただいております」

 

そして完璧な一礼と共に

 

「これから皆様のお世話をさせて貰いますのでよろしくご指導、ご鞭撻をよろしくお願いします」

 

その完全な笑みを見た、後の副委員長はこう語る。

 

「メイドというものは極めればあれ程の破壊力になるのか……」

 

ちなみにこれを聞いたアリサはもう乾いた笑みを作るしか出来なかった。

 

 

 

 

 

ラウラは食堂が何だか静まった何かに雰囲気が制圧されていることを知る。

とは言っても息苦しいものではなく、むしろ全員が微妙に生暖かい者を見る目で発生源を見ていた。

まぁ、やはりと言うべきか。

発生源はアリサであり、その彼女はわざとらしくキッチンで料理を作って運んでくる新しい管理人を無視していた。

それに自分もやはり苦笑し、原因となったメイド服姿の管理人を見る。

 

……シャロン殿か……

 

今も笑顔を絶やさずにキッチンを往復して料理を運んでいる。

その姿に男子も女子も含めて手伝いを申し出たのだが

 

「メイドとして仕える皆様にお手を煩わせるわけにはいけませんわ」

 

と笑顔で断るので全員渋々という表情で座っている。

というか男子勢は何やらガイウスとユーシスを除くと残念だ、という表情だ。

特にリィンがそんな表情でシャロン殿を見るのはどうかと思う。

既に色々な女子と会話をしているのをよく見るリィンなのにこれ以上、女子に懸想するのは帝国男子としてどうなのだ。

と、思うが

 

……いや、別にそれは私に関係がある事ではないではないか。

 

そう自分の想いを修正して、深呼吸をする。

だが、まぁ、とりあえずアリサにとっては不幸なのかもしれないがラウラにとってはシャロンの登場は意外と有難いものであった。

何故ならシャロン殿の登場のお蔭で少しだけかもしれないが皆の注目が私とフィーから外れている。

それが良かった。

幾ら聡い方ではないラウラとて彼らが自分とフィーの事を考えて悩んでくれている事には気付いている。

そして私のせいで少々、重い雰囲気が生まれるのを耐えてくれているのを知っている。

だから、時折わざとらしく暴れてくれるレイなどには感謝などもしていたのだが

 

「……む? そういえばレイはどうした?」

 

食堂の時、席は基本自由だからどこを見れば彼がいるというわけではないのだが、席の空白が出張すれば嫌でもいない事は理解できる。

それにまずはユーシスが応じる。

 

「少なくとも、俺達が最後に見たのはゴミ箱になっているレイだが」

 

「……私も最後に見たのはゴミ箱になっているレイかも」

 

フィーが応じる姿にやはり胸の内が少し良くない物を生み出すが無理矢理生み出して、つまり、と結論を纏める。

 

「───もしやまだ教室のゴミ箱か?」

 

「……」

 

ちらりとガイウスが外を見た。

外は既に真っ暗。

街灯や家の明かり、星と月が道を照らす時間帯である。

ちなみにテストが終わったのは昼過ぎである。

どれだけ短く見積もっても7時間くらいは経っている。

次に容疑者であるリィンを見る。

リィンはゆっくりと首を横に振るう───俺は無実だと。

 

「あら? 困りましたわね……このままでは料理が冷めてしまいますわね」

 

シャロンが少し苦笑の形に笑みを歪めてそんな事を言う。

迷わずに全員が目線でギルティを告げる。

何故なら匂うからだ。

自分達のように料理手帳を片手にとか、少しだけ上手いとかそういう次元を突破してプロの生み出した料理の匂いが。

リィンはくっ……、と唸り、諦めて学院に向かうかと決めた所に

 

「帰ってきたどーーー!」

 

というナイスタイミングのレイの帰宅の声と同時にそのままこちらに向かってくる足音が食堂の扉を開け

 

「……ってまだゴミ箱……!?」

 

エマのツッコミが全てを表していた。

何と見事に、レイは未だに上半身をゴミ箱に埋めたままであった。

人間から奇妙なオブジェにクラスチェンジしているレイはわはははっ、と笑いながら

 

「いや、それが今回は見事に嵌ってな。全く抜け出せなくて。仕方がないから色んな人に尋ねては案内してもらったり、色々助けて貰っていると何か噂が広まって『悪い魔女にゴミ箱に姿を変えられた』とか子供に言われた。そして応援を受けて、時々魔獣を倒したり、ドラマを作ったりしてようやく帰ってきた」

 

「何をどうしたらそうなるのよ……」

 

アリサが頭を痛めるかのような仕草に心底同意する。

リィンの場合は巻き込まれたトラブルが勝手に大きくなるのだが、レイは愉快犯でトラブルを自ら大きくしたりして楽しんだりしている。

 

「明日からどんな言い訳をすれば……!」

 

マキアスが胃の部分を擦って大いに悩んでいる。

そうか。

よく考えれば、レイは帰るために第三学生寮はどう行けばいいと色々聞きまわった事になる。

つまりは既に巻き込まれた。

その皆の思いに代表するかのようにリィンが立ち上がってゴミ箱に近付く。

 

「レイ。苦しいだろ? 今、楽にしてやる」

 

「おお? 外してくれるのか? ちなみにどうやってだ」

 

「はは───俺に任せろ」

 

何時の間にかリィンの左腰に刀が差してあり、抜刀態勢に移行する気満々であった。

殺る気だ。

斬鉄クラスの抜刀をするリィンならきっと綺麗に中身事スライスするだろう。

 

「策ありか。へへ、ここで疑うのは無粋だよな。よし、遠慮なくやってくれ! 優しくしてね!?」

 

「ああ、優しく、遠慮なくだな。了解した。首辺りを狙うとするよ」

 

「おいおい、首だけを狙っても抜け出せないだろう?」

 

「いや、そうでもない。少なくともあらゆる息苦しさから解放される」

 

ははははは、と二人して殺意も危機感も無しで会話するから流石だ。

とりあえず、暴走するリィンをマキアスとエリオットが落ち着かせ、その隙にガイウスとユーシスがレイをゴミ箱から救出しようと試みる。

 

「む……本当に上手く嵌まっているな。どうする、ガイウス?」

 

「うむ……とりあえず引っ張るしかあるまい」

 

ゴミ箱に嵌ったクラスメイトをゴミ箱自体と足を引っ張って救出する流れが生まれ、意外にも普通に成功した。

あーー、助かったーーなどと体を叩いて埃やらゴミを叩き落とし、久し振りに彼は外界を認識し

 

「あら? ───お初に(・・・)お目にかかります。今日から第三学生寮の管理人となったシャロン・クルーガーと申しますわ?」

 

「───」

 

一瞬、レイが本気で停止する。

恐らくだが最初に思ったのは誰だろう、この人? みたいな思考で止まっている。

だが、その後は何だろう?

多分だが、その後に記憶にこんな人いただろうか? という顔になって視線を中空に彷徨った。

次にいや、トリスタでは覚えがないな、という風になった。

そして、いやそれでもどこかで覚えがあるような……という顔になり

 

瞬間、思いっきり青褪めて

 

「あ、お、俺……そ、そそそそういえばクロウと飯の約束をしていたなぁなんて! あっはっはっ」

 

と言って何故かあからさまに逃げの態度を取り

 

「まぁ、レイ様? 管理人として差し出がましいかもしれませんが、御友人もこんな時間帯に食べに行くには不都合と思われますし、何よりも折角レイ様の為に作ったお食事が残念となると……このシャロン……一生の恥ですわ」

 

「い、いやだなぁ。その相手は実に不良の奴でして。いや、もう本当に!? でも、ほら! 友人として付き合ってあげないといけないでしょう? だから今日は残念ながら───」

 

「いや、レイ。途中でクロウと出会ったが今日は確かにテスト終了の打ち上げはすると言っていたがレイの事は言っていなかったぞ?」

 

「リィン……貴様……!」

 

普通にリィンは事実を語っただけのように見えるのだが、何故かレイは裏切ったな貴様、という顔つき。

そしてシャロン殿はまるで水を得た魚のように笑顔が輝きだしている。

ちなみにこの時のアリサは付き合いの長さから知っている。

あの笑顔は餌を見つけた肉食動物の笑みであるという事を。

まるで人生に絶望したかのように顔を片手で掴み

 

「いやぁ……今日は月が綺麗ですねぇ」

 

「まぁ? 情熱的ですわね? 東方のある人物は月が綺麗という言葉を貴方を愛しているという言葉に置き換えたと言いますが」

 

ふっ、とレイは笑い───何故かその場に倒れた。

全員で意味がわからないという表情を浮かべながら、とりあえずアリサが

 

「……シャロン? レイと知り合いなの?」

 

「いいえ? 全くの初めてですわ」

 

と、彼女は美人の鏡のような笑顔を浮かべるだけであった。

とりあえず、ここはまた騒がしい事になるみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、意外にも投稿出来ました悪役です。

でも、まぁ、今回はあんまり特別なことはない、つまり日常でしたね。
フィーとレイの会話くらいですか。

フィーは多分、人を殺した経験は無さそうなんですよねぇ。
そういったタイプは軌跡の人は殺気を出させてそういう過去を歩んできた人間と証明するのが多いですし。
団長の人物像を見るとフィーに殺しはさせているようにも思えなかったですし。
だから、自分の中のフィーはこういう風に戦闘は出来ても人を殺していない猟兵であり、適正は高くても猟兵に向いているとは思えない普通の少女でもあるという事で。

当然ですがレイもシャロンに心当たり……があるどころか恐怖?
いや、本当ならこれはちょっと微妙な部分ではあるのですが、サラ教官とシャロンがどういう場面で戦ったのが結局、描写されてませんでしたからねぇ。
だから、レイもちょこっとだけやり合った事がある程度にしています。
え? 結果はどうなったかって?
当然ですがシャロンさんは執行者ですからねぇ。まぁ、レイじゃあ勝つのは無理ですね。負けもしない性格と性能ですが。

次回も一気に飛ばして実技テストに入ろうかと思っています。
いやぁ、飛ばしまくって申し訳ない……だが、そこでようやくレイの大きな伏線が……出るかも!?

感想・評価よろしくお願いします!

後、実はノルド実習ですが……一応、パーティ編成2パターンあるんですけど。
普通のパターンがユーシスとレイを交換する。
次が敢えてのリィンとの交換というのがありますが……ちょっと意見を聞きたいです。お願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大いなる伏線

「いやぁ、皆、中間試験頑張ったじゃない~。もう、教官として鼻が高いわ❤ 特にあのちょび髭を笑う事が出来るなんて最高だわ。後でほっぺにキスくらいしてあげるわ」

 

「別に教官が教頭先生を笑えるように頑張ったわけではないのだが……」

 

「サラ。少し意地汚い」

 

「やぁねぇ。冗談よ冗談」

 

サラ教官の性格を考えると全く冗談に聞こえる言葉ではないのだが、ツッコミを入れると暴力が飛んでくるのは周知の事実なのでここは無視するのが賢明であると学習している。

 

「エマやマキアス、ユーシス、アリサが成績優秀なのは知っているけどリィンも凄かったし、レイも中々ねぇ」

 

「いやぁ」

 

と照れるような仕草をするレイを成績優秀者全員が睨む。

ラウラですら睨んでいる事実に流石にレイはたじろぐ。

 

「な、何だよ……?」

 

「……この馬鹿に負けた……頭で負けた……」

 

「……剣にかまけ過ぎたか……」

 

レイ・アーセル。

中間試験における順位───第五位。

第五位。

第五位なのだ。

採点を担当した教官全員がこれは何かの間違いではないのかと思い、教職会議を開き、採点を一つ一つ深く確かめたが、間違いなく答えはおかしくなかった。

今度はナイトハルト教官による尋問さえ起きたのだが、逆にそれだとすると武闘派であるナイトハルト教官やサラ教官の目を盗んでずるをする事が出来るのならこの学院にいる必要が無くなる。

だから、点数の張り出しの時に急にレイにナイトハルト教官が近付き、しかし何も言わずに苦渋の表情を浮かべるという珍イベントがあった。

ちなみにⅦ組では成績優秀者メンバー以外の生徒も全員馬鹿な……! と呻いた。

 

「……というかレイさんは入学試験は悪かったと言っていませんでしたか?」

 

「あー、あれはな───」

 

「それね。単純にテスト終わる二十分前に来たから受ける時間が無かったというだけなの」

 

サラ教官の遮った台詞に思わず、全員がレイを馬鹿を見る目で見てしまう。

 

「ちなみに、その理由はここに来る前にトラブルに巻き込まれたせいだって」

 

今度は憐れな生物を見る目に変化した。

 

「お前ら、段々と芸風が整ってきたな。特に俺に対するリアクションが」

 

全員無視してわざとらしく武器の点検を行った。

こいつら……などという呟きが聞こえるが、それも含めて無視する彼らは最早、自然体。

唯一、ガイウスだけが同情の目で見てくれるのが救いだ。

つまり、ガイウスが唯一の癒しキャラ。

ここでアリサやフィー、エリオットの名が出ないのがやばい所だろう。

 

閑話休題

 

それはさておき、何時も通りにサラ教官の指パッチンで戦術殻が現れる。

またフォルムが変わっている事にやれやれ、と全員思いながらも意識を戦闘の方に切り替える。

その中で何やらリィンとフィーが興味深い事を話し合い、そこにラウラが突っ込んで空気が悪くなる事件が起きたが今のⅦ組だとよくある事件である。

だから、全員がそれについてううむと唸る人と溜息を吐く人で別れ、武器とARCUSの準備をしている最中に

 

「フン……中々面白そうな事をしているじゃないか」

 

などと余り聞き覚えのない声がこちらの耳朶に直撃した。

何だ何だと声が聞こえてきた方面を見てみるとそこにいるのは真っ白な制服───つまり貴族クラスのⅠ組の人間が複数人いた。

フェリス? とアリサが呟くのを聞くが、部活仲間なのかと思いながら何故ここにⅠ組の生徒がいるのだと全員が疑問に思う。

その疑問を代表してサラ教官は別に驚いていない声で

 

「あら? どうしたの君達。君達の教練は明日だったと……思うけど?」

 

「……」

 

微妙に空いた間は何だ? と全員考えたが黙殺した。

言うと何かされるというのは身を以て理解しているのが多いからである。

そして恐れ知らずのⅠ組の代表らしき金髪の少年がグラウンドに降りてきて、近くによってくると

 

「トマス教官の授業が自習になりましてね。そこでただ自習するのも能がないと思い───クラス間の"交流"をしようかと思いまして」

 

そうしてサーベル……というには少々、細いタイプの剣を構えにやついた笑顔で全員がこちらを見て構えてくる。

それで大体、全員が相手がどういう理由で交流などとほざいたのを理解した。

 

「レイ、お前何かをしたか?」

 

「リィン、謝るなら今の内だぞ」

 

互いに襟首を掴み合う二人をとりあえずユーシスが二人の鳩尾を狙う事によって黙らせた。

呻いているⅦ組二人の馬鹿をサラは無視して笑い

 

「面白そうじゃない」

 

などと言って戦術殻を消した瞬間にⅦ組全員で自分達の運命を受け入れた。

また面倒事に、という。

 

 

 

 

 

 

「チームメンバーはこうか……」

 

マキアスはリィンの呟きに周りを周りのメンバーを見回す事によって同意した。

メンバーは僕、リィン、レイ、エリオット、ガイウスという五人メンバー。

相手も五人なのでそこら辺は狙ったのだろうとは思う。

本当はリィンは五人にフィーかラウラを入れ、もう一人アーツ使いを入れたメンバーというバランスあるメンバーで挑もうとしたのだが何故か班分けに毎回パトリックとかいう男が茶々を入れるから結局、チームはこうなった。

やれ男同士の決闘だとか言ったり、ユーシス・アルバレアを入れようとするとまた茶々が入る。

で、残ったメンバーがリィン以外貴族ではないのと男子である事を考えれば相手の考えなぞ思考するまでもなく理解出来る。

 

「まぁ、何時かはこうなるんじゃないかなぁって思ってたけど……面倒だなぁ」

 

「何だ。レイは知っていたのか?」

 

「知っているというか周りの風聞だよ。別にⅦ組自体は評価としてはそりゃ悪くないんだけど……ほら? やっぱり色々と特別視されているようには見られるからな。そこら辺、普遍的な貴族様達は耐えられないんだろうよ」

 

臆面なくよく目の前に見える相手に言えるものだと、流石に僕も顔を引き攣らせるが、相手は聞こえていなかったようで助かった。

こういった面ではレイは本当に相手が貴族であろうとなかろうと言いたい事を言うから周りはヒヤヒヤする。

エリオットも似たような表情を浮かべたから仲間がいる事に安堵する。

 

「ま、相手もそれなりに剣術に自信があるっぽいけど全員同じタイプで挑んでくるのはザルだな。俺達はエリオットのアーツが組むのを守ればそれだけで一網打───」

 

「あ、今回はⅦ組はハンデとしてアーツ禁止ねーー」

 

「───俺達の秘密兵器が戦力外通知を」

 

「ぼ、僕はいらない子!?」

 

全員が顔を逸らしたり、視線を明後日に向けたりしている。

かくいう僕もその一人だが、ガイウスだけがエリオットの肩に手を乗せ

 

「大丈夫だ。いざという時は俺達が何とかする」

 

止めを無自覚にしたガイウスはエリオットが崩れ落ちる理由を最後まで理解出来なかった。

 

「だが、不味いぞ……エリオットも入学当時より動けるようにはなったが……英才教育を受けている貴族達の動きについていけるか?」

 

エリオットの役割はやはり大抵の場合は固定砲台か回復役だ。

時折、前に出て攻撃する事はあるがそれは大抵の場合は弱った魔獣の止めか、追撃の場合のみだ。

真っ向から一人で相手をする事は滅多にないようにしてきた。

だが、今回はアーツが禁止であるというのならエリオットは必然的に前に出なければならない。

でないと五対五のこの戦いでは不利になる。

だが、それだとエリオットがピンチになるからやはり前衛の誰かと二人で組んで戦うしかないのだろうけど、そうなると他の3人で4人を相手にしないといけない。

それだと負けるとは思えない戦闘能力を僕……とは言うには流石に恥ずかしいので他の3人は持っていると思う。

だが、危険ではあるからどうするべきだと考えるが

 

「大丈夫だ。俺に考えがある」

 

とリィンが安心させるかのように全員にそう告げた。

 

「ほぅ? リィンよ。それはまともな作戦なんだろうな?」

 

「何を言うレイ。俺がまともじゃない作戦を立てた事があったか?」

 

「作戦ではないが時折、何故だと思うような事はあったな」

 

指摘したのがガイウスであった為、多少、リィンにダメージが生まれたが彼は堪えた。

 

「こ、今回は大丈夫だ───逆に相手がこちらの一人に対して二人で挑ませればいいんだ」

 

成程。

それならば確かにこちらのマイナスになる所かこちらが有利になる戦況にはなるだろう。

だが、それならそれで問題は勿論ある。

そうなるという事は逆に言えば一人で二人を抑えられる様な技量がない人間でないと駄目であるという事だ。

まぁ、それは当然の問題だからリィンも考えてはいないはずだから考えているとして、問題はどうやって分断するかだ。

二人に分断する方法は地形を利用したり、罠を利用したり、奇襲したりなど幾らでもあるのだろう。

問題は今は模擬戦形式であり、それらを利用する事が実質不可能であるという事だ。

だから、その問題について問うとリィンは実にいい笑顔で笑って

 

「俺に任せろ」

 

と言った。

微妙にオチを理解したようなのは僕だけなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

そうして互いが互いに武器を持って相対し、サラ教官の合図を持って始まる。

 

「───始め!」

 

そこから悲劇が連鎖的に生み出された。

まず最初にリィンはいきなり隣にいるレイの襟首を掴む。

あ? とレイが反応するよりも早くに腕の力と腰の捻りを利用して、レイの足が宙を浮く。

は? と敵味方関係なく意味不明な行為に身を固めている間にリィンはレイをまるで砲丸のように一周スイングし

 

「即席コンビクラフト……! 人間砲弾……!!」

 

「まんまじゃねーーーーーかーーーーーーーー!!!?」

 

レイを撃ち出した。

マキアスは余りに行いに胃を抑え、エリオットは人間ってあんな風に飛ぶんだと思い、ガイウスは意外に飛んでいるのを見るとレイもリィンに協力していたんじゃないかと思う。

そうして行く先はパトリック以外で固まっていた二人の男子生徒。

 

「へ……?」

 

「ちょっ、ちょっ!?」

 

狙われた貴族生徒は余りにも馬鹿げた行いに反応が遅れた。

それによって不幸にもいきなりやられた割には姿勢を上手く保持し、そのまま

 

「ダブルラリアットォゥ!」

 

首に引っ掛ける思いっきり凶悪な技で男子生徒二人を地面に引き摺り倒した。

首を押さえて苦しんでいるクラスメイトに他のメンバーもようやく動こうとして───そこにレイを除いたリィンチームが突撃をする。

変則的ではあるが間違いなく一種の奇襲としてリィンの作戦は間違いなく成立した。

だが、苦しんでいた二人も貴族の誇りからか。

立ち上がって自分達もと思っていたら失くしている物に気付いた。

 

「お探し物はこれかな?」

 

レイの笑顔を付けた答えの提示に恐る恐る二人がそちらの方を見るとそこには予想通りに自分達の探し物───剣が二本共、レイの手にあった。

そうそう、それだよこの平民野郎、と顔を引き攣る二人組を嘲笑うかのように三日月の笑みを浮かべるレイはそのまま両手の剣をポーーン、と遥か背後に適当に投げ捨てて

 

「英才教育を受けている貴族のお偉い坊ちゃんはステゴロの教育はどこまで受けているかちょいと平民様に教えてだせぇ」

 

ボキボキと両手の骨を鳴らしながら彼は処刑宣告するかのように笑顔で二人に立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

「……私やラウラを避けたからちゃんと事前に調べてきたのかと思ったけど、そこまでじゃなかったみたいだね」

 

フィーは適当に呟いているとどういう事? という目線が3人こっちを向いた。

もう一人は疑問ではない目線であったから敢えてスルーした。

 

「本音かはともかく。私やラウラ、ユーシスを省いたのは確かに戦力的に有名だから勝つ為には間違っていない。アリサもエマもアーツ使いとしても弓使いとしても上位のレベルだから剣一辺倒のⅠ組が恐れるのも無理がないと思う」

 

まぁ、後にアーツ禁止令が出たのは流石に男性陣も予想外だったと思うけど。

そうじゃなきゃエリオットを4人で守って一網打尽というプレイは夢ではなかったし。

まぁ、流石にそこまで後衛を警戒していないというのは無いとは思うんだけど。

ただ、Ⅰ組の何が失敗したかというと

 

「───ちょっと他のメンバーを舐め過ぎだね」

 

リィンを、ガイウスを、エリオットを、マキアスを、そしてレイを舐め過ぎている。

まずレイは言うまでもなく身体能力、技能、経験なら間違いなくⅠ組の相手にフルで使うには勿体ないレベルだ。

ラウラやユーシス、私を戦力的に排除したのならば彼も排除すべきだ。

そして他の前衛である二人は私の目から見ても才能有りまくりの二人である。

Ⅶ組はラウラという入学最強という少女がいるせいか、何故か隠れているが二人とも十分に強い。

特にリィンなど最近、物凄く成長しているせいでちょっと私もピンチ。

八葉一刀流も当然、技としても凄いのだが名刀も使い手がへなちょこなら鈍らになる。だから、リィン自身が凄いのがよく分かる。

現にあの金髪の貴族の人の渾身の突きを右足を起点に左回転をし、相手の左半身を踊るように回転をし、するりと背後に回り躊躇いなく峰とはいえ薙いだりしている。

ガイウスも勿論、負けておらず彼の方は技ではなく力で押し勝とうと思ったのか。逆にガイウスが渾身の突きを放ち、敵の手から剣を弾き飛ばしていた。

そしてマキアスやエリオットもだ。

二人はリンクしているらしく、作戦はリィンとガイウスが速攻で二人を蹴散らそうとしている間、マキアスが前衛を担っているらしい。

散弾銃を持っているマキアスを見て、最初は怯んでいたが懐に入り込めば有利は自分の方で実力は自分の方が上だと過信していたのだろう。

相手は少々むかつく笑みを持ってマキアスに挑みかかっていたが

 

「甘く見過ぎ」

 

マキアスはマキアスで必死にだが冷静に剣をちゃんと見ている。

凶器を見るというのは精神が壊れていない限り、恐怖と緊張を生み出し続ける物だ。

普段見慣れた包丁であっても、それを殺意と共に握られればそれは包丁とは呼べない。人を殺す凶器だ。

だが、マキアスは包丁よりも人を殺す為に造られた武器を相手に恐怖はそこまで覚えていない。

簡単だ。相手に殺意もなければ必死さが無い。

マキアスを下に見ているのを理解出来る。

 

「そんな事ないのにね」

 

確かに近接戦闘における技量というものではⅠ組の人間の方がやや上回るかな? とは思う。

剣技と銃技の違いだから別に当たり前の差である。

でも、マキアスは二回の特別実習で人から向けられる殺意を知っている。

魔獣との戦闘の経験も増やしている。

相手も魔獣とぐらいはやり合った事ぐらいはあるだろうけど───果たして敵意と殺意で刃を向けられた事があっただろうか?

その結果がこれだ。

マキアスの間合いに入り込み、突きを放った生徒は明らかに取った! という表情を浮かべていた。

マキアスは丁度撃った反動で防ごうにも反動を抑えているから不可能だ。

だから、このまま倒されるしかない未来を───マキアスは笑顔を浮かべる事によって否定した。

彼は背後から来た魔道杖の攻撃に全く気付く事無く倒される結果になった。

最後にエリオット。

エリオットの戦闘能力という点ではアーツを除いたら間違いなくエマと同じでⅦ組では本人達には悪いが下から数えた方が早いレベルの実力者である事は否定出来ない。

今回みたいにアーツを使えなくしたら彼の戦闘の能力というだけならほぼ使えなくなる。

クラフトによる治療は出来るだろうけど、エリオットにはクラフトでの攻撃手段はないので今回の条件は間違いなく彼を戦力外通告したと言っても間違いではない。

技術、経験、適正において彼が今回の戦いで注目を得られるとは確かに思えない。

 

だけど───だからこそ度胸という意味ならばエリオットとエマはⅦ組トップクラスである事を皆が知っている。

 

だから彼が一人だけ背後で皆を応援するわけがなく、それが読めていないⅠ組のメンバーに勝てる道理は無かった。

もう一人の事に関しては語るまでもない。

だって、武器も無いし、あっても巣の実力差があり過ぎる勝負なのだから。

 

 

 

 

 

 

こうしてここまではレイはちゃんとした流れではあったはずだと思う。

膝を着いた貴族生徒を前にうちのメンバーは息は多少は荒げているが、どちらかと言うと全員余裕がある様子であり、楽勝とは流石に言わないが勝利の二文字は貰えてもいいだろうという様子。

相手の貴族の坊ちゃん連中は馬鹿な……! とか。寄せ集めの連中にとか言っているが、それの文句はせめて教官連中に言えよ、と流石に思いながらも口にはしない。

だから、まぁ、サラ教官によるそこまで、の言葉を聞き、武器を収納するまでの流れは良かったのだが

 

「……今回は俺達の勝ちだったけど、次がどうなるか分からないような練度だった……また機会があればよろしく頼む」

 

などとリィンが相手の代表の金髪の少年に手を差し伸べた時、内心で頭を抱えた。

馬鹿か、リィン。

明らかに、そいつ……プライド高そうじゃねえか、と。

そして、まぁ、予想通りにリィンの差し出した手を払って無理矢理立ち上がり

 

「いい気になるなよ……リィン・シュバルツァー……! ユミルの領主に拾われた出自も知れぬ浮浪児風情が!」

 

などと暴言を吐いた。

即座に周りも金髪坊ちゃんが言った暴言に抗議の目線がⅦ組から発生するが、それを振り払うかのようにパトリック坊ちゃんは目についた周りのメンバーにも暴言を吐いていく。

やれ、平民如きが。ラインフォルトなぞ成り上がりの武器商人とか。猟兵の小娘がなどと聞いてて正直、眠たくなる。

周りもまぁ、否定はしないけど言われる筋合いはないとパトリックを睨んでいる。

そして、遂にパトリック坊ちゃんがこっちも睨んでくるので、無視してやろうと思ったが面倒なので一応答えた。

 

「何だ? 俺も浮浪児だとか平民風情がとか言うか? 別に俺もどちらも否定するつもりはないから言うなら好きにしてもいいが?」

 

「はっ……! 君に至ってはシュバルツァーよりも最悪だろうが……!」

 

最悪。

その一言に周りの目線が俺を注目するのが理解されるが、ハイアームズの彼はそれに気づいているのかいないのか。

気にもせずに、ただ

 

 

人の皮を被った怪物(・・・・・・・・・)()! おぞましい本性を発揮する前に生まれ故郷にでも帰るがいい───煉獄にな!」

 

 

などと、まぁ、ある意味で聞いていて呆れるような発言を叫んできた。

 

「え……?」

 

恐らく、アリサと思わしき声が耳に入るが正直、気にしていられない。

周りも似たような表情と声を出しているので一々、反応するだけ無駄である。

それにパトリックによる必殺の挑発はまだ終わってなく、そのまま引き攣った笑顔を浮かべると

 

「何なら……この僕の手によって帰らせてやろうか!?」

 

無理矢理に剣をこちらに向けて構えてきた。

そこでようやく取り巻き達はパトリックの暴走を止めようとしたが本人は全然聞きはしない。

でも、まぁとりあえず俺が言う事があるとすれば

 

「いや。お前程度に殺される程、俺弱くないから。ごめんな?」

 

と、本気で謝っといた。

 

 

 

 

 

 

 

敢えて割愛するが、アリサはその後のレイの挑発スキルの高さに今までこちらを上から目線で怒鳴りまくっていたパトリックだったか。とりあえず、相手に同情した。

具体的に言うといい気になるなって勝っていい気になって何がおかしいとか。

テストの事もそれだけ言うなら負けるなよとか。

寄せ集め寄せ集めうるさいけど、文句を言うなら学院長辺りに文句を言いに行けよ根性無しとか。

そもそもラウラやフィーを敬遠して、結果、リィンに負けているレベルじゃあまだまだ俺に届かないとか。

相手がズタボロなのをいい事にもう挑発しまくりであった。

途中でサラ教官が思いっきり頭を殴って止めなかったら、今頃パトリックの血管は切れていたかもしれない。

最後の方の彼の表情は赤を通り過ぎて赤黒くなっていたし。

本物の挑発スキルというのがどういう物なのかを理解した。理解したくなかったけど。

そしてとりあえずガイウスがサラ教官を止めている間に格好よく決め、その後にほらほら次の特別実習先を教えるわよ~の流れである。

で、それが

 

【6月特別実習】

A班:リィン、レイ、アリサ、ユーシス、ガイウス、エマ

(実習地:ノルド高原)

B班:マキアス、ラウラ、エリオット、フィー

(実習地:ブリオニア島)

 

との事であった。

毎度の事ながら嫌がらせ精神に溢れたチームメイクであった。

該当する生徒はお互いをちょっと見て、直ぐに視線を外していたりする。

そして同じチームの人間は頭を抱えている。

 

「こ、今回は人数を均等に分けないのですね……」

 

マキアスが言外に生贄をもう一人くれないでしょうかというが

 

「馬鹿め───こちらは問題児を二人抱えているのだぞ」

 

「……どっちも針の筵だったか……」

 

マキアスが諦めたように呟くのを見る。

無理もない。

何故ならノルド行きが決まった瞬間、何故かレイのテンションがバーストしている。

 

「やった! ノルドか万歳! ガイウスの話を聞いて、すっごい行きたかったんだよなぁ! もしかしてガイウス! 教官を説得してくれたか!?」

 

「ふふ……レイが以前、ノルドの星空を見てみたいと言ってたのを思い出してな。説得と言うほど大袈裟な事は出来ないが掛け合うくらいはしてみた」

 

「最高だ! ガイウス! 今度、うちの父親をファックして構わんぞ!」

 

「ふむ? どういう意味だ?」

 

慌ててリィンがレイを横合いから思いっきり殴っているが、何時も通り本人は無傷だ。

ギャグ体質過ぎるだろう。

そしてやっぱり、レイがあんなにテンションを挙げたのは星空を見れるからか。

 

───憧れなんだ

 

そう言った彼の表情を思い出す。

結局、あの後に彼と冗談以外で上手く話した事はない。

彼も彼で上手い事こちらを冗談で回避して避けている事は流石に気付いている。

気遣いなのか触れてほしくないのか。どっちかは知らないけど、成程、サラ教官のチーム分けは確かに悪辣である。

カメラを持っていくべきか。いや、ここは記憶に刻み込む為に持っていかないのが吉か、と唸っている彼。

だが、そこにユーシスが近付き

 

「おい、レイ」

 

「ん? 何だユーシス。もしかしてカメラを奢ってくれるのか?」

 

「自己破産をして買え───そうではなくてだ。先程のハイアームズの言った事……あれはどういう意味だ」

 

誰もが思ってはいたが聞いてもいい事は解らなかった事をユーシスがズバッと遠慮なく切り込んだ。

 

人の皮を被った怪物め、とパトリックは叫んだ。

 

どう解釈をしても流石に余りいい想像は出来ない。

聞かれた本人よりも聞いている周りの方が少し表情が暗くなってしまっている。

多分、私もその一人なんだろうとは思う。

でも、そんな雰囲気をまるで理解出来ていないかのように。

ノルドに行く事を喜んでいる表情のまま、酷くあっさりと

 

「ああ。そのまんまの意味(・・・・・・・・)じゃないかな?」

 

酷くあっさりとそんな事を言う。

逆にこちらが硬直するのを彼は本当に気にしていないようである。

そしてそれと同時に思う事がある。

シャロンの登場で私の隠していた秘密……と言っても大した事がないのだが。

とりあえず、ラインフォルトの娘である事実は発覚した。

隠し事は無くなった。

無くなったが

 

……私はどうしたいんだろう

 

何故かずっと彼の事に思い悩んでしまう。

周りからは世話好きとかよく言われるがエマ程ではない。

心配だからか?

心配であるのは勿論だ。心配などもうずっとしている───でもどうしてそこまで彼を心配するんだろう。

仲間だから? 

うん、それはある。

クラスメイトだから?

勿論、それもある。

だからきっとそれだけ。

 

───それだけ?

 

それだけのはずだ。

だって彼は別に私に対して特別な事はしていないし、こちらもしていない。

そこから発展するものはないはずだ。

 

でも……そういえば

 

この疑問を昔、誰かに問うた事があったような気がする。

 

多分だけどまだシャロンがラインフォルトにいなかった───父様がまだいて、陽だまりの様な生活をしていたあの頃に。

 

「……」

 

誰にだっただろう。

お祖父様か。

父だっただろうか。

 

───それとも……母だっただろうか?

 

わからない。

今の私にはもう過去の自分の事ですら時々他人事のように感じてしまう。

あの時、父と母の間で笑っていた子供は本当に私だったのだろうか。

そんな事はない、と常に被害妄想を否定するが時々、そんな馬鹿げた事を考えてしまうくらいに参っていうらしい。

大事な……本当に大事な思い出なのに……幸福と共に悲しさも一緒に思い出してしまう。

私は……私は本当に

 

「何がしたいんだろう……」

 

誰にも聞こえない声でそんな言葉を呟く。

当然、余りにも小さい声だったので誰の耳にも入っていない。

本当に唇を動かしたのかも定かではない音の羅列だ。

だから、周りがこちらの事を注視していないのは当たり前の事。

でも、つい口から漏れてしまったのは溜息であった事に、ちょっと疲れているわね、私、と苦い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はーーーい! ようやく大きな伏線を出せましたよ……

物凄い分かりやすいような伏線ですが、さて、彼はどういう形の怪物なのかはまだまだ謎ですねぇ。
怪物言っていますが、怪物のような人間というあれもありますから4章まで待っていてね!

ううむ……戦闘はもっと激しくしたかったですけど……自分の力の無さ+ここでそこまで激戦になるかなぁというイメージ力の無さですかねぇ……申し訳ない。

諸君、敢えて言おう! ───愛の芽生えとは何ぞや!?
それは曲がり角でぶつかり合って芽生えるものかね!?
命を助けられた時にドキドキして芽生えるものかね!?
特別な行動と特別な言葉によって芽生えるものかね!?
その答えを自分なりにこのノルドで出すので待っていてくださいーーーーー!!

感想・評価よろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別実習 ノルドⅠ

「やばいな」

 

「ああ、やばいな」

 

リィンとレイの合唱に鉄道の動きによって生み出される流れる風景を窓に映しながら、A班メンバー全員の深い頷きと共に窓ではなく反対の席をチラリと見る。

 

「……」

 

「……」

 

B班の席は実に重苦しいプレッシャーが特に男子二名の胃を直撃していた。

二人の可憐な少女が生み出すプレッシャーに最近、胃潰瘍になりそうなマキアスは大ダメージを受けているが、ここで挫けてはいけないという眼鏡男子の忍耐が笑顔で何か話題を出さねばなるまいと意気込む。

 

「そ、そういえばフィー。何か今日は準備の時間が長かったみたいだが……何をしていたんだ?」

 

「……ん。弾丸と閃光手榴弾と爆薬の補充。ブリオニア島には行った事がないから分からないけど一応、有事の際に備えて」

 

「……」

 

マキアスが崩れ落ちそうになる。

そこをフォローの為にエリオットが入る。

 

「そ、そういえばラウラは逆に夜遅くに出て行ったみたいだけど、どうしたの?」

 

「ああ。私は単純に何となく体を動かしたくなったから鍛錬をしに行っただけだ。レイもいたから鍛錬に誘ったが逃げられたが」

 

今度はA班のメンバーの視線がレイに集中した。

欠伸をして逃げたから隣のアリサが容赦なく小指を踏み抜いた。

レイは大量の汗が流れているが、アリサは綺麗な笑顔のままである。

 

「……不味いな。マキアスの胃が限界に達しかけている。おい、レイ。こういう時に茶番を作る役目だろう?」

 

「ふ、ふふ……こちらの小指の惨状を無視して茶番を作れとは……リィン。随分と芸人気質になったものだ……!」

 

もう一方をリィンが踏み抜いた。

それでも笑顔を浮かべているレイにガイウス辺りは称賛しているが他は無視だ。

 

「ふ、ふふふふ……生憎だが仕込みは既に済んでいる───全員のポケットにな!」

 

「なにぃ……!?」

 

慌てて全員が制服のポケットを調べてみると

 

「飴が……!」

 

「ど、どうして私だけ胸ポケットに……!?」

 

「……私のポケットには猫じゃらしが入っていたんだけど、レイは私に喧嘩を売っている?」

 

「胃薬……」

 

「お、おいレイ! マルガリクッキーなんてどうやって調達した!?」

 

大多数は飴だったが、何人かはそれぞれのネタを入れた物でニヒルに笑う彼の顔面を殴るシーンが生まれるが何時も通りである。

他、数人は何時入れられたのだろうかと考えるが、悪戯でレイの事を考えると無駄な気もするから溜息と共にとりあえず飴の人は食べ、胃薬の人は飲んだ。

マルガリクッキー。フルネームでマルガリータクッキーを引き当てたリィンはどうやって処分するべきか悩む事になった。

迂闊な事をしたら死ぬ案件である。

 

「ま、何はともあれノルドー♪ ノルドー♪ 着くのが楽しみで仕方がない」

 

「俺の故郷を楽しみと言って貰えるのは嬉しいな。期待に応えられる自慢の故郷だが」

 

「そうですね。そういえばガイウスさんは弟さんと妹さん二人いるんですよね? どんな子か楽しみです」

 

「まぁ、ガイウスの兄妹というのならかなり性格が良さそうではあるな」

 

ユーシスの言葉にうんうん、と全員が頷く。

 

「私も弟とか妹欲しかったなぁ」

 

「アリサさんは年下の子の面倒が好きそうですものね」

 

「私は兄か姉が欲しかったがな」

 

「へぇ……僕は姉さんがいるからなぁ。でも、皆からお前は末っ子属性だって言われるんだよね……」

 

「はは、俺も妹がいるけど兄とか姉がいたらか……考えたこと無かったなぁ」

 

わいやわいや、と何とか話題がいい方向に回ったのにマキアスが二人に見えないようにレイに親指を立てている。

レイもニヤリと笑って親指を立て返す。

ともかくこの場限りのマキアスの胃は安全を保障されたのであった。

後は知らないが。

 

 

 

 

 

 

そうしてB班と別れ、レイはエリオットとマキアスに敬礼をしてから別れ、それからどんぶらこをしてルーレに辿り着く。

そこでまた乗換かーと思い、全員で飯買わないとやばいんじゃ? という流れになり

 

「それには及びませんわ」

 

という可憐な声と共にあんぐり口を開けるお嬢様と逃げようとする俺をリィンが足を引っ掛けて倒す場面が生まれた。

当然、現れたのはパーフェクトメイドシャロンの姿であり、弁当を笑顔で浮かべる姿は他人から見たら天使のようにも見えるのかもしれないが、それと相対している学生は困惑したり、呆れたり、感心したり、憤ったり、逃げようとしたりと色取り見取りであった。

定期飛行船を使った先回りだったらしく、厨房もそこで借りるという無駄なレベルでのパーフェクト。

お嬢様への愛が為せる技と冗談交じりに言うがあながち否定できない箇所がある分、恐怖心もパーフェクトである。

だが、まぁそこまでなら全員、まだ許容範囲ないの出来事であったのだが

 

「久しいわねアリサ。そして他のⅦ組の面々も。アリサの母、イリーナです。ラインフォルトの会長をいているわ。うちの不肖の娘が世話になっているわ」

 

と、突然、キャリアウーマンの女性が出てきたかと思うと、アリサの母であった。

それはもう、アリサのリアクションが保証したので誰も疑いはしなかったが。

だが、挨拶をしたと思うと仕事があるのでの一言でそのまま帰ろうとするのをアリサが怒って自分に何が言いたい事はないのと言うと、別に今までの事は学院から聞いているから知っているの一言。

へ? とアリサが驚いている最中に自分が学院の理事の一人である事もばらし、アリサの精神はもう驚愕の形しか取れない。

その隙をまるで狙ったかのようにして

 

「それにしても……貴方がアーセルさんのお子さん?」

 

などと俺の方に視線を向けた。

流石に俺もちょい驚いたが、イリーナ会長の言い方に気付き、嫌な予感がするという表情で

 

「……クソ……父の知り合いで?」

 

「ええ。色々とお世話しているわ」

 

「身内の恥が……!」

 

イリーナさんの微妙な言葉選びで一瞬で悶えるかのように頭を抱えてしまう。

周りの全員が毎度思うが、こいつの父はどんなものなのだろうか? と考えるが、よく考えればこんな息子がいる時点で微妙に理解出来る気がする。

そしてそのままちょっとだけイリーナさんの視線が俺を見つめ、しかしそれを振り払うかのようにして後ろを向き

 

「一つ聞いてもいいかしら?」

 

「え? まぁ、答えられる質問でしたら」

 

「───貴方、笑わないの? 笑えないの? どちらかしら」

 

などと一々、クリティカルな質問をされる。

最近はこんなのばっかりで気が滅入ってしまう。

指摘されるのは慣れっこだけど、だからと言って指摘されまくりたいわけではないのだ。

 

「いえいえ何の事やら。このプリチーフェイスが見えませんか?」

 

とりあえず適当に両手の人差し指を頬に指してスマイルを浮かべてみる。

でも、こっちを見ていないイリーナさんには当然意味がなく

 

「そう。無駄な時間を取らせてごめんなさい」

 

そう言ってそのままクールに去っていた。

後からシャロンさんが微笑んで失礼しますと言っているが、とりあえず誰にとっても嵐であったアリサ母の登場は終わったようだ。

 

 

 

 

 

 

「……全く」

 

「あら? 会長、何か問題でも?」

 

後ろのメイドが恐らく微笑んでこちらに問いかけているが、どうせ理解して聞いているだろうから詳細は省いて

 

「貴方。気付いていながら報告しなかったでしょ?」

 

「ふふ……お嬢様の青春を邪魔するのは私の仕事の範疇外ですから」

 

「よく言うわね」

 

呆れて溜息を吐きそうだが事実なので何も言わない。

それにしても……うちの娘は男を見る目がないのかあるのか。

常識的に考えれば、間違いなく見る目が無い選択である。

そういえば娘の好みとか知らない自分であった。

 

「ですけど……お嬢様を戒めたりはしないのですね?」

 

「まぁね」

 

これに関しては昔、自分の口で一度、あの子に対して語った事だから前言撤回するのは少し大人気ない。

身から出た錆とはよく言ったものである。

自分やシャロンも含めて、本当に

 

「女って面倒ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

全員が沈黙を持って目の前の光景に注視しているのがエマにもわかった。

気持ちは分かる。

というか自分もそうしている。

目の前に広がる風景……雄大という言葉が本当に似合うような高原と空。

夕方に着いたという事もあって夕日が草や山を照らして少し赤く彩っているのがまた美しく、魔獣がいるのも理解しているのだがそれも含めて自然の調和というようなものに見える。

 

「ふふ……驚いてもらって何よりだ」

 

それを眼帯を巻いている屈強な軍人の人が微笑を浮かべながら自分の事のように喜んでいた。

帝国軍、第三機構師団長ゼクス・ヴァンダール。

何でもリィンさんやユーシスさん、レイさんが言うには隻眼のゼクスというヴァンダール流を修めたアルノール家の守護者らしい。

レイさんは見た瞬間に

 

「……いや、もう参った」

 

などと白旗を上げるような人らしい。

そしてガイウスさんが事前に中将に頼んでいたのが

 

「馬ですか……」

 

グラウンドで馬術部が乗っている姿は見た事があるが、自分が乗った事は一度もなかった。

だが、この広大な高原で馬を乗って駆けるというのは自分でも少し高揚してしまうものであった。

一応、リィンさん、ユーシスさん、アリサさん、ガイウスさんは乗馬経験があるから大丈夫だから私はアリサさんの後ろに乗せてもらい、経験のないレイさんは───物凄い気難しい顔になっていた。

 

「……レイさん?」

 

「あーー、いや……ううむ……よし。一度試してみよう」

 

まるで覚悟を決めた殉教者のように恐る恐る馬の方に近付いていくのだが……次の瞬間

 

「ぬぉ……!」

 

馬が急に驚いたように後ろ足でレイさんを思いっきり蹴り抜いた。

急な事に反応が出来たのはゼクス中将だけであり咄嗟に吹っ飛んだレイさんの背後に高速に回り込み、彼を受け止めた。

 

「大丈夫かね?」

 

「たはは……ええ。来るかなぁとは思っていたので防御と衝撃は逃しました」

 

それでも痺れるのか。

両腕をぶらぶらとしている。

慌ててアリサさんがレイさんの腕を見、男子三人は件の馬の方に近付いたんだ。

 

「どうしたのだ……先程まで落ち着いていたというのに」

 

「むぅ……嫌がって……いや……怯えている?」

 

怯えている?

ガイウスさんの推理に私が最初に確認をしたのは近くに魔獣がいるかという事であった。

確かに高原に魔獣はいるが、当然そんなに近くにはいない。

そもそも魔獣に怯えて人を乗せられないのだったら中将が馬を連れてくるはずがない。

ゼクス中将も

 

「おかしいな……そこの馬達はノルドで育てられた駿馬だ。荒っぽいのはいても怯えるような事は無かったのだが……」

 

「ああいや……ちょっとその。俺は少し動物に嫌われる体質でして。猫の子一匹近寄ると暴れ回って……だから馬もそうかなぁって思ってたんですけど……案の定みたいです」

 

「動物に嫌われるって……」

 

それだけでここまでの反応が返ってくるものだろうか。

私の呟きに全員が同じ思いを抱いただろうけど、本人は仕方がないだろと言わんばかりの態度。

小動物に嫌われるならまだ理解できる。

馬にだって多少の興奮による反応があるのも頷ける。

だが、馬は怯えているとガイウスさんは言った。

馬に関する事なら馬術部であるユーシスさんよりも寄り添えるガイウスさんが怯えていると。

嫌がっているではなく怯えているだ。

その差異は捨て置けるものではない。

だが、本人がそれを語るつもりがないらしいから余り聞くのも躊躇われる。

だが、とりあえず中将が

 

「しかし……困ったな。ノルド高原は見ても分かるように広大だ。馬に乗れないのは───」

 

「いえ、こうなっては仕方がありません───レイ」

 

「な、何かなリィンリーダー? 私には貴方の笑顔がとてもとても麗しく気持ち悪いので御座いますのよ?」 

 

「ああ、俺もその口調が気持ち悪いからイーブンだ───走れ」

 

皆でノルド高原の方に視線を再び向ける。

ノルド高原はやはり雄大な自然を自分達の瞳に映し、自分達の視力では広大な高原と山くらいしか見えない。

ちょっと何か塔みたいなのは立っているが、そこはノルドの村ではないので今は置いとく。

今度は皆でゼクス中将から貰った地図を見る。

地図でノルドの村がどの辺にあるのかを確認して、そちらの方を再び見る。

やはり、その辺りを見ても理解できるのは雄大な高原と美しい夕日。

雄大さは時に人間にとっての最大の敵になるのであった。

 

「よぉーし、皆。急いでノルドに向かおう」

 

「ま、待てリィン! 洒落になっていないし、仲間を置いていくつもりなのか!?」

 

「馬鹿だなぁ。仲間だからお前が踏破出来ると信じているんだよ。大丈夫だ、お前は死なない───と風と女神の加護がそう言っている」

 

「お、お前! ガイウスの決め台詞を奪うつもりか!?」

 

漫才コンビを無視している間に私を含めて全員が騎乗する。

馬に乗るのは初めてだけど乗る時はアリサさんやユーシスさんが手を貸してくれたお蔭で何とか乗れた。

自分の視点が高くなるのにはやはり驚いたが、考えている内にレイさんを除いて走る準備が出来ており、そこに漫才をしていたレイさんがわざとらしくはっ、と唸り

 

「リィンはともかくお前らも俺を置いていくつもりか!?」

 

「なら、方法はあるのか?」

 

ユーシスさんの直球に容易くダメージを受けるが、ここで諦めたら試合終了だと思っているのか。

次は

 

「ガイウス! 俺とお前の友情ならここで俺を置いていく選択肢は取らないよな!?」

 

「任せておけ。後でノル土下座をお見せしよう」

 

「ノル土下座……!?」

 

はっはっはっ、と笑うガイウスさんを見て、ああガイウスさんも諦めているんだなぁ、としみじみに思えた。

最後にレイさんの視線はこちらに向き

 

「いやよ、無理よ、残念ね」

 

「ま、まだ何も言ってないのにその台詞! このツンデレリーナめ!」

 

「だ、誰がツンデレリーナよ!? というか何語よそれ!」

 

「ああん!? ───多分、マキアスの脳内言語だ!」

 

即座に仲間をネタにした態度は凄いと思った。

 

「頼むぜアリサ! エマ! ここで誰にも思いつかないような凄い案を思い出せばその瞬間にA班の評価はSランク間違い無しだ!」

 

「サラ教官はきっとチーム分けに失敗したのよ……」

 

「た、確かに凄い弱点を突いたが今の問題について語り合おうぜ!?」

 

ふるふると全員が首を横に振るうのを合図に

 

「ハイヤーーーー!!」

 

「待てーーーーー!!」

 

 

 

 

 

一時間後。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 星空ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「……あいつ。一時間も馬と同じスピードで走って叫んでいる」

 

リィンの本気の呆れた台詞にユーシスも全く同意であった。

こっちは流石にレイの為に多少のスピードは緩めているが、それでも馬の脚で追い掛けられ続けるというのはどういう事だ。

 

「……執念ね」

 

アリサが感嘆するかのように……だが謎な事に憐れむように呟くのを聞くが、どういう意味か理解出来ない俺は聞かなかった振りをするしかなかった。

 

「だが、このままだとレイの体力が無くなるぞ。一旦、休憩を入れた方がよくないか?」

 

ガイウスの提案にリィンがちらりと背後を見る。

背後のレイには最早、正気の一欠片もない。

あるのは走りぬくという執念。

見栄も恥も外聞も捨てた男の顔はとてもじゃないが見れるものではなかった。

星ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! と叫び続ける男にリィンは

 

「さぁ、レイ。水だ」

 

懐から取り出した水筒を結構な勢いでレイの顔面にぶつける事であった。

情け無用。

容赦無しの行いに、普段の外道行為を見慣れている俺達も少し顔が引き攣った。

この人でなしぃぃ! と背後から聞こえてくる声に、俺達はどんな反論が出来たのだろうか。

 

 

 

 

 

 

はぁはぁ、と息を荒げてレイは高原で流石に倒れた。

流石にあの後一時間くらい走って追いかけていたが、限界が来たんで無理せずに休む事にした。

今度こそ周りのメンバーは俺の為に休憩しようと足を止めようとしたが、ただでさえ俺のせいで時間が推しているから構わずに行ってくれと頼んどいた。

勿論、これだけだとお人好し連中は否定するだろうから馬車でも持ってきてくれと頼んどいた。

そこでようやく迷っていた足を動かし、ノルドに向かっていった。

地図も水も一応の食料もあるので一応、迷う事はない。

魔獣も高原故に隠れる場所がないから魔獣がいない所で休憩しているから問題もない。

強いて言うなら少しずつ空に星が浮かんでいるのが、ただただ嬉しかったくらいである。

 

「……」

 

でも、何だかおかしい。

最近はふつふつと嫌な予感めいた物が胸によく走るのだ。

ボタンを掛け間違えたような……その程度の予感なのだが、それが自身の致命傷になるようなないような。

よく分からない感じだ。

 

何か帝国で大きな事が起こりそうな予感がするから?

 

そんなのは貴族派と革新派の対立の飽和状態を知った時から感じている。

間違いなくそろそろ嫌な事が起こり得そうな事くらい帝国民で勘がいい人間は皆、察知している。

だからそんなでかい嫌な予感ではない。

これは個人の嫌な予感だ。

何か自分の決めたルールが崩れるような予感。

どこからそんな予感をしていただろうか。

思い当たる可能性などそんなにはないがあるとすれば

 

───リィンと出会ってしまった事。

 

もしくは

 

「……」

 

どこぞの少女に誤って自身の内面を語ってしまった事だろうか。

 

どっちでも無さそうだし、どっちでもあるような気がする。

でも、それは回避出来た出来事だっただろうか。

少し考えるが、アリサについては多分、回避は出来たのではないかと思う。

極論を言えばトールズに言っていなかったら起きえなかった出来事だ。

だが、リィンに関しては……何故だろうか。

出会っていない自分を想像出来ない(・・・・・・)

何故かだなんて知るわけがない。

意味が分からない確信があるだけだ。

自身が生きているのならばあの馬鹿と出会い、馬鹿をしていたという頭に蛆が湧いたのではないかと思う馬鹿げた確信。

言葉通りに馬鹿馬鹿しい妄想だ。

馬鹿を五乗くらいしたイタイ妄想だ。

そう分かっているのに否定出来ない馬鹿さ加減。

きっと、リィンの方も似たような感覚を覚えているのではないかと思う。

だから俺達の過去も今も未来も運命が決めた……などとクソみたいな事は言わない。

こうあるべしと誓った生き方から互いに出会う未来を選択した。

そう思うのがベストだし、そうだと思っている。

 

リィンは人を救う生き方を選んでいて、俺は人を助ける道を選んでいた。

 

それ故に。

だからこそ。

きっと行きつく先は───

 

「ま、それはない事を一応祈っておくかね」

 

クスっ、と笑う。

周りに仲間がいなくて本当に良かった。

■■の籠った冷笑を見せるようなシチュエーションじゃないし、エマやアリサの心臓に悪い。

無意識の内にお互い理解しているはずだ。

破綻が決まった友情(・・・・・・・・・)であるという事は。

今はそれから目を逸らしているだけ。

だが、そんなのは風船を膨らまし続けている行為と何ら変わりはない。

永遠に膨らまし続けられる様な風船なぞ存在しない。

破裂した後の俺達のその後は、それこそ女神のみぞ知るでいいだろう。

だから、そこはいい。

納得していると思う未来予想図だ。

それならばOKだ。

だが、何故納得しているのに嫌な予感というのが生まれる。

実は納得していないからか?

否だ。

それはない。

それではあの馬鹿に負けているように感じるので絶対に無い。100%無い。断言出来る。

なら、それ以外とすれば

 

───でも、それは遠い話とかじゃないと思うわ

 

一か月ほど前に自分にそんな事を言った少女の姿を思い浮かべた。

恋とは、愛とは理屈抜きで求める心から生まれるものであると説いた少女がいた。

 

「───」

 

その言葉を自分が受け入れるわけにはいかなかった。

求めるモノも、求められる事も自分にはないのだ。

自分はそこに居て、それで居るだけでいいのだ。

それで満足している。

ただ、それだけの人生と言われても、自分はそれだけで良かったのだと笑って死ねる。

そういう生き方を考えて、やると決めた。

 

やると決めた(・・・・・・)

 

ならやるのみ。

理由も後悔もいらない。

だから嫌な予感なぞ振り払えばいいのだが

 

「……」

 

どうしても、それを振り払えなかった。

だから、拘泥するのは止めようと思い、立ち上がった。

休憩は済んだからまたノルドの村に向かおう。

色々と考えて悩むというのがまず自分らしくない。

折角のノルドだ。

唯一自分にとっての最大の報酬である綺麗な星空が見れるというのだ。

周りに多少の無粋な物はあれども、これだけ地上で照らすものが無いのならばその星空はきっと満天という言葉に相応しい風景だろう。

本当は今日、じっくりと見ていたかったのだが距離と体力と明日からの事を考えると今日は難しいかもしれない。

 

明日

 

明日を楽しみにしよう。

そう考えられるこの刹那が、真実愛おしいと考えている自分にやはり嘘などない。

この一瞬一秒にどれだけの幸福が詰められているかを改めて良く考え、疾走する。

 

明日が楽しみだ。

 

ともう一度だけ思った。

 

 

 

 

 

 

 




意外に早く出せるなぁ……悪役です。就活ストレスマッハです。誰か雇って。

……ともあれ、今回からノルド。
ああ……書きたいシーンの二つ目のノルド……。
ですが、正直に言いたい事がある───次の依頼を飛ばして星空シーンを一気に書きたい……!
ああ、でも急過ぎるだろうか……!
ここだけは書くべきという何かがあるなら教えてくれません!?

ちなみにrairaさんはびっくり仰天で気付いたのですが、3章から段々とリィンとレイの比較みたいなものが度々と起ってくるのでそこもご注目を。

感想・評価よろしくお願いしますーー!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別実習 ノルドⅡ

蒼穹の空の下でレイは空を仰いだ。

今日は雲一つさえない能天気(意味不明)。

実に晴れやかなノルドの村落で

 

俺とユーシスは洗濯物を畳んでいた。

 

「ふふふ……ユーシス。実に平和的光景だな……この素晴らしい刹那がマジで愛おしい、とお前も思わないかね?」

 

「確かに平和なのは上等なのだが、士官学院の生徒からはかなりずれた光景な気がするが……というか何故俺がお前と居残らなければいけないのだ……」

 

「それは単純にユーシスのじゃんけんが弱いからだろ」

 

解せぬと言うユーシスに俺はのんびりと洗濯物を畳んでいた。

───実に簡単な結果であった。

俺は馬に乗れない。

それはつまり、ノルド高原での移動手段が俺には無いという事だ。

実に残念な事である。

確かにサラ教官はチーム分けに失敗したとも言える。

これでは俺は何も出来ないのである。

だから、仕方がないから居残り組を作る事になり、じゃあ俺はお留守番ーーと元気溌剌なのに周りは俺を一人で残すとトラブルを生むからもう一人残そうとか言う。

信頼関係に拳が震えそうだ。

それでじゃんけんに負けたユーシスとただいるだけでは申し訳ないので家事手伝いをしていたのだが、それも今、終わった。

 

「これで手伝える案件は無限体力の子供の遊びに付き合うか、昼餉の手伝いをするかリィンに対してのトラップを張るかのどれかしかないな……」

 

「最後のはノルドの民の邪魔になるから止めろ。そして他、二つもそれではそれでいいのか」

 

「でも、他やるとするなら……村の近くにいる魔獣でもやるか?」

 

「……まぁ、その方が実習的にも村にも役に立つだろう」

 

ユーシスが剣を手に取ったので、俺もガントレットを着けて外に出る。

この高原に相応しい民族的なテントで暮らしている村落の風景を見、蒼穹の青空が視覚を刺激する。

結局、昨日はほぼ村の近くまで行って、ようやく迎えが来たのだ。

流石にガイウスやガイウスの父は驚きの顔は隠せなかった。

ゼンガー門からノルドの村落までがどれだけの距離かを知っているからこその反応だ。

一緒に迎えに来たリィンはすっごい笑顔で舌打ちをしたので躊躇わずにドロップキックをかましてそこからの互いのクロスカウンターで俺の疲労はピークになった。

最後の決め台詞は何れマルガリータをテメェにぶつけてやるぅ! だったはず。

己ー! と叫ぶリィンの姿を心底嘲笑って、そこで気絶した。

ふふふ、ノルドから帰ったら早速適当な理由を使ってやらなければ。

下手をしたら俺も死ぬがその時はその時よ。

その時はⅦ組はおろか。クロウも巻き込んで死んでやる。約束だとも。

 

「おい、お前。その邪悪な顔は止めろ。子供に悪影響を与える」

 

「それは不味いな。子供の為にジャスティススマイルを作っておかなければ……」

 

「どっちにしろ子供の怖がられるキャラだったなお前は。なら、正義の味方に負けた時の口上の練習をしておけ」

 

どうでもいい風に言うが、会話に付き合う所がユーシス様お人好し伝説である。

何だかんだでⅦ組お人好しランキングに入り込んでいる男である。

ちなみに俺の脳内では俺以外全員入っている。

その中で素直系、巻き込まれ系、クール系、真面目系とより取り見取りである。

何ていうクラスだ。

まぁ、何はともあれさぁ、行こうかとした所で

 

「おや……どこか行くのかね?」

 

聞きなれた声に似ているようで少し違う大人の男の人の声が聞こえ、二人揃って振り返る。

そこにいるのはやはり同級生に似ている……じゃなくて同級生が似ているが正しいか。

同級生……ガイウスが大人になればこうなるんじゃないかなと思えるノルドの民族衣装を着た人───ラカン・ウォーゼルさんが笑顔で俺達の方を見ていた。

 

 

 

 

 

「……? 何だ? 村がやけに騒がしいな……」

 

ガイウスは午前の依頼を終え、レイとユーシスを除いたパーティでノルドに昼餉と午後の依頼を受け取りに戻ったら村がやけに騒がしく感じた。

ただ悪い雰囲気を感じさせる様な騒がしさではないので急ぎはしなかったが気にはなるという事で他の皆と考えを一致させ、村の入り口で馬から降り、そして歩いて村の広場……という名称はないがとりあえず村で一番広く、そして今、喧騒が集まっている場所に向かう。

すると途中で

 

「あ! あんちゃんお帰り」

 

「トーマ。この騒ぎはどうしたんだ?」

 

うちの家族の次男のしっかり者が自分達を発見してくれたので理解がしやすくなる。

うん、とトーマも返事をして

 

「ええと……簡潔に話すと父さんがレイさんとユーシスさんと模擬戦をしているんだよ」

 

「……模擬戦?」

 

何故そうなったのかと逆に思う。

周りのメンバーもその疑問には同意したので、トーマに説明を要求すると

 

「何でも折角、ノルドまで来たのに我が家の家事手伝いをしているのではこちらが申し訳ないから、私なりに教えられる物と言えば(これ)と馬くらいだろうって事らしいんです」

 

「成程……」

 

つまり、父は馬に乗れないレイに対して折角、実習で来たのに何かを培わなければ可哀想だと思い、槍を使ったという事か。

 

「模擬戦……という事はやっぱりラカンさんの獲物は……」

 

「ああ。俺と同じで騎馬戦術にも使える槍術だ。俺の槍も元はと言えば父から教わったものだしな。技量も今のノルドの民で一番の実力者だ」

 

全員が驚いてくれるから父を余計に誇り高いと思える。

すると恐らく戦っている場所から一際甲高い音と声援が聞こえたから、俺達も見に行こうという流れになり周りの人に謝罪をしながら最前線に向かうと予想通りに槍を持って父が悠々と立っており、その対面にユーシスが膝を着いて、レイは……何故か何時ものごみ箱に詰まっているように地面に埋まっているレイがいた。

何故そうなる。

 

「……おい、レイ。何を悠長なギャグをかましている。何度も同じネタを繰り返しても笑いが取れるわけではないのだぞ馬鹿が」

 

「おいおいおいユーシス。俺が好きでこんな格好になっていると思っているのか? だとしたら悲しい誤解だぜ……俺はこんなにも窮屈だというのに!?」

 

「知るか馬鹿」

 

ユーシスが息を荒げながら立ち上がり、レイは立ち上がろうとしても立ち上がれず揺れるだけ。

父さんは微妙に困った様子で

 

「……そういえば先日、リリが遊びで落とし穴を作る、と言っていたが……」

 

「成程、お子さんは素晴らしい穴作りの名人ですね。その調子で例えば俺の同級生で黒髪で歯の浮く台詞制作名人の馬鹿も落として頂きたいですなっ」

 

リィンが飛び出して斬りかかろうかと悩んでいたが、委員長とアリサが止めたので一安心だ。

とりあえずユーシスが嫌々ながらもレイを引っこ抜き、レイは土埃を叩き落としながら父を見ながら

 

「うん、しかしこれはあれだな。大体の能力で負けているな俺達」

 

「……確かにな。基本能力と経験、技量における何もかもが負けている。勝てるのがあるとすれば手数とアーツとリンクによる協力と馬鹿の馬鹿プレイくらいか」

 

「最後は無視するが、それくらいだろうな。ま、それだけあればお釣り貰えるが」

 

「……策でもあるのか?」

 

「策はないが戦術を変えてみるかね」

 

するとレイには何か策があるのかゴキゴキと首を鳴らしてユーシスよりも前に出る。

父と完全な対面。

真っ向勝負を挑むつもりなのか父がほぅ? と興味深げに笑い、レイはそれに答えず何時ものファイティングポーズを……いや違う。

何時もとポーズが違う。

右手を地面に突き出すような構えをし、左手をまるで槍を放つかのように後ろに引いたポージング。

少なくともガイウスが初めて見るレイの戦闘態勢であった。

だが、どういった意味があるポージングなのかは恐らく理解出来た。

父も同じように思ったのか、一度目を細め

 

「……右で防御を行い、左で攻撃かね? 実にシンプルだな」

 

「生憎とそこまで器用な戦い方が出来ない器でして」

 

よく言うものだ。

Ⅶ組一番の多芸人間なのに。

だが、まぁ、そうは言ってもレイ以外の人間もかなり多芸なのがⅦ組たる所以なのかもしれない。

一番、芸を持ってないのはそれこそ自分ではないだろうか。

だが、それはともかくレイの見覚えのないスタイルがどんな物か。

そして父がどう出るか。

気になるな、と思い、若干、興奮して自分のその騒ぎの一員として楽しむ事にした。

ユーシスは二人の対峙を見ながら若干、父の視界から外れようとしている。

そして、それに気付かない父ではないが───口を笑みの形にしたのを見ると受けて立つという事らしい。

さて、どうなる? とガイウスは自分も期待の笑みを浮かべてその光景を見守った。

 

 

 

 

 

 

レイはもう集中に集中していた。

他の情報を受け取る力を極限にまで減らし、我が専心をラカンさんに向けた。

ラカンさんの利き腕はどっちかは分からないが、左の手に槍を持っている。

だから、集中力の大半は左手に集約しそうなのを静止して、ラカンさんの全身に集中する。

呼吸、視線、その他諸々を読み取る内に自分と相手との境界線が甘くなりそうなのを必死に自粛して───

 

「ぐぉぅ……!」

 

一つ槍を裏拳で弾き、続いて返される腿への突きを拳で迎撃し、三つ目の薙ぎ払いをアッパーで弾く。

冷や汗たっぷりの三連撃である。

恐ろしい事に三つ合わせてようやく6,7秒レベルの突きと薙ぎ払いであり、返せたのは全部奇跡と運と培ってきた実力である。

当然、手を抜かれての結果である。

何せ更に恐ろしい事実がある。

今の三連撃が左手だけで生まれた物という恐怖の事実が。

この人も間違いなくサラ教官やゼンダー門で出会った中将やうちの親の領域に入っている。

だが、そういった相手にやべぇ、とか思ってネガティブを考えてはいけないと経験上知っている。

盾一辺倒の右腕が凄い痺れているが平気であると言わんばかりに叫んでおく。

 

「どうしました!? これじゃあガイウスに近い内に競り負けますよ!?」

 

「ふむ」

 

楽しそうに笑いながら、脈絡もなく背後に石突きの方を突出し、背後から攻めかけていたユーシスを後退させる。

ええい。奇襲も駄目か。

挑発は……受けているというよりいいだろう、受け入れているといった方が正しい。

いいだろう、と子供の強がりを微笑んでいる大人の顔である。

そうして、ラカンさんは槍を片手で持つのではなく右手も添えてきた。

冷や汗だらだらである。

左手だけでこれなのに右手も加わればどうなるなんて自明の理だ。

どうする?

左も防御に加えるか。

いや、駄目だ。

こちらが防御しか出来ないなんてレベルなら囮になる価値がない。

囮というのは邪魔という概念が詰まっていないと無視される産物だ。

だから、何時でも左でカウンターをするという姿勢を崩すのは不可能。

全て右の腕で弾くしかない。

内心で顔を引き攣りながらも、自分は余裕だぞというポーカーフェイスだけは崩さない。

ここまで来たらこんがりうんちだぜ。

つまり

 

「ヤケクソってかぁ……!」

 

言葉通りにヤケクソにラカンさんに自分から向かった。

 

 

 

 

 

槍の間合いに入った瞬間に先程よりも早い突きが見舞われる。

残像すら見えかねない槍を右の裏拳で再び弾き、そのままもう一歩近付こうとすると逆からの薙ぎ払いが来る。

何でだよ! と嘆きたいがこのレベルの武人だと常識は覆されるものなので嘆きはしても驚かずに頭を下げる事で対処。

そして間髪入れずにやや斜めに打ち込まれた槍を横にずれて躱し、地面に突き刺さる前に止まると判断して槍に足を乗せて武器封じ。

周りがおぉ、という歓声を出すが無視してようやくの左のフックをかます。

こちらの反撃はいとも簡単に槍を手放された事によって後ろにスライドする事で躱され、そのまま逆立ちにまで移行したかと思うと下からの蹴撃に気付く間もなく顎を思いっきり吹っ飛ばされた。

 

「あ……ご……?」

 

グラリ、とマジで視界が揺れる。

脳震盪だ、と理性が告げるが、揺れている頭じゃあ体が追い付かない。

このまま無様に後ろに倒れこもうとして───視界に苛立たせる黒髪の馬鹿が目に映った。

 

「───」

 

脳の処理よりも早く体が反応する。

理性とか理屈とか通り越してここで無様だけを見せる終わりは許せない。

別に誰かに負けるのはいい。

誰も彼もに勝ち続ける事が生き方とかは流石に思っていない。

だからこそ、これは単なる意地であり意味が分からない理屈での行動であった。

 

「───ふん!」

 

脳が揺れている中で唯一動くもの───ARCUSによって発生する稲妻を押さえてだが自分に放った。

 

「おぶぅ……!」

 

結構な感じに痺れた体が反射で力が籠らない体でも立ち上がる。

流石にこの対応は想定していなかったのか。ラカンさんの体が少し硬直するのをARCUSを通じて相手に伝わり

 

「そこだ……!」

 

ARCUSの真価ここに在り。

互いの攻撃によって生まれた隙に自然と意識と体が合うリンク能力。

ユーシスはラカンさんの右手側から返礼と言わんばかりに脇に突きを入れていた。

右手も構えに入れたとはいえ、それでも中心に持っているのは左の手である。

更にはラカンさんは逆立ちから二本足に移行した直後である。

常識的には取ったと思いたいのだが……既に左の槍がユーシスの方角に向けようとしているミラクル。

これだから超人はと思いつつ───最後の策を悪辣とした顔を浮かべながら脳震盪からやっとちょっと復帰した体に鞭打って今まで防御に利用していた右の手に握っていた物を親指の動きだけでラカンさんの顔面に発射する。

 

 

「……!」

 

ようやくその笑顔を打ち崩す事に成功し、反射の動きか。

咄嗟に槍で飛んだ物を弾き飛ばし……そこでようやく飛んで来た物を知覚する。

 

「飴……!?」

 

指弾で飛ばした物は武器とかではなく店に入ったら普通に置いてあるような飴玉。

全くもって武器として使うには余りにもおかしく意図が不明な攻撃方法。

故にそれは隙を生んでくれてユーシスの剣はちゃんと寸止めで止まった。

 

 

 

 

 

 

「……し、辛勝……と言ってもかなり手を抜かれての辛勝……」

 

「……同感だ。勝った気など全然ないな……」

 

俺は地面にぶっ倒れ、ユーシスが膝を着きながら息を整えている。

勝った、と一応、口では言ったものの互いにとてもじゃないが勝ったとは思えない。

最初の方は俺とユーシスの波状攻撃。

次にユーシスとラカンさんが戦っている間に俺がヒット&アウェイ戦法。

最後にユーシスと俺が役目を変えての最終決戦。

隙を狙えはしたけど、とてもじゃないが勝ちとは思えない。

何せ、最後の最後まで右腕を使っていないし、こっちが息絶え絶えでもラカンさんは最初から最後まで息を切らせていない。

完全な余裕の態度である。

最後の最後だってやった事は小細工だし───多分、あそこからだって本気を出せばラカンさんはこちらを止めることなぞ簡単に出来たと思われる。

世の中上には上がい過ぎなのである。

 

「お前でもそう思うのか」

 

「誰でもそう思うの間違いだな。上限突破したような人間でない限り誰でもそう思うだろうよ」

 

例えば、ラウラの父のような。

例えば、リベールにいる剣聖のように理に至った者とか。

例えば、真逆の道の修羅になった者とか。

そんなレベルの人でもまだ上を目指そうとしているのだろうか。

ラウラの様子を見る限り、ラウラの父はそんな感じの様に思えるが。

 

「まぁ、ユーシスも覚悟するといい。世の中格下と戦う方が何故か少ないものなのさ」

 

「それはお前の運が悪いだけではないか?」

 

ははははは、と笑ってお茶を濁す。

そうは言われてもⅦ組のトラブルメーカーレベルは遊撃士にも勝るとも劣らずレベルである。

恐らく次辺りに自分達は何か大きな事に巻き込まれるのではと嫌な予感がばりばりしている。

だが、そんな確信の無い事を言ってもしゃあないのでとりあえず青空でも見ておく。

実に爽快である。

この調子だと昨日見れなかった星空をじっくり見れる事だろう。

折角、素晴らしそうな星空を見れるというのに逃す理由はない。

徹夜する覚悟は万全だ。

わざとカメラを持ってないからこの目に刻む……いや脳に刻むつもり満々である。

その野望を前にしては特別実習なぞ屁でもない。邪魔をするのならば実習ですら打ち崩そう。意味が分からんが。

 

「二人とも。大丈夫か?」

 

「うん?」

 

「む……」

 

そうやって疲れを癒していると他の実習メンバーが駆け寄ってきた。

とりあえず、俺は適当に掌をひらひらさせて大丈夫だと伝えるが、笑顔で顔面にキックかまそうとする馬鹿が来たので躊躇わずに俺はガントレットを装備した腕で的確にキックしようとした足の小指を狙う。

うぉぉぉぉぉぉ!? と呻く馬鹿を無視して欠伸でもかましておく。

ざくっと顔の横で何かが刺さった音がする。

リィンの刀であった。

 

「……野郎。死んでも俺を祟るつもりか」

 

「……最早、友情というより執念みたいになっていますね……」

 

エマの引き攣った表情にうむ、と俺も答えておき、とりあえずやれやれと立ち上がり小指を抱えているリィンに

 

「さぁ? お前はどこまで耐えられる? まずは一万だ!」

 

「おぶぅぁ!? あばっぶ……お、おおおおおまままままええええええええええええええ!!!?」

 

自然豊かな村落の中心で雷撃拷問。

うーーーん、悲鳴が実に美味しい。

ご褒美に電圧を五万に挙げてようではないか。

ふはははははははははは。

 

「ちょっとレイ。魔王ごっことその拷問ごっこは止めなさい。子供に悪い影響が残るでしょ」

 

「……む。確かに。未来ある子供にこんなゲテモノを見せるわけにはいかないな」

 

「……俺達には未来はないのか?」

 

ガイウスの鋭いツッコミは顔をアリサと一緒に逸らす事でスルー。

未来が亡くなったと思われるリィン某の死体はとりあえず放置しておく。

 

「その様子だと午前の実習は終わったのか」

 

「ええ。時間がかかったけど無事終わらせたからお昼ご飯を貰いに来たというわけ」

 

「む……もうそんな時間か」

 

時間間隔が分からなくなってしまうレベルののどかな光景故に油断した。

とりあえず、ユーシス共々ガイウスの家に向かう。

 

「とは言っても昼の実習も俺は関われそうにないからなぁ」

 

「馬車をするのが最終手段だが……馬に負担がかかるからな。自習を手早くするにはこうするしかなくてな。レイには暇にさせて申し訳ないが」

 

「うんにゃ。ガイウスの責任ではないさ。俺も俺で村落で色々とさせてもらうさ」

 

はっはっはっ、と青春の会話をしながら昼に向かう。

当然、黒焦げたリィンは放置だ。

 

 

 

 

 

 

擬音で例えるとドンガラガッシャーーン! という感じだろうか。

今度はエマと一緒に夕日が沈んでいく風景の中、子供と本気の鬼ごっこをしている最中にそんな騒音が起きた。

ちなみに子供の遊びと思って油断してはいけない。

ノルドはご覧の通りに遊牧民。

遊ぶと言ってもする事と言えば都会のように家の中で遊ぶなどという事はほとんどない。

外での全力疾走だ。

最初の脱落者はやはりエマであり、その隙を悪餓鬼がスカートを捲った時にズームで見つめた俺を責められる男子はいるだろうか。

その後にエマの腰が入った平手が首をゴキリ、と鳴らしたが何一つ後悔ない人生であった。

そのエロい下着を見て後悔をする思春期学生などいない。

アセラスを使ってもらって復活出来たから良しとする。

とりあえず、そういう風にノルドの子供達に帝都の事やら都会にはどんな物があるかや鬼ごっこの鬼役として遠慮なく走り回ったりと青春の汗を流している最中の轟音であった。

 

「新手の変態だな」

 

「そ、そんなわけ……」

 

ないと言い切れないエマを尻目にとりあえず子供達を家に戻るように伝えてから俺とエマは騒ぎが起きた場所に急いで向かった。

そうして急いでそこに向かうと

 

「うむ?」

 

「あ……」

 

何やら導力車が事故っている現場であった。

 

「これまた手酷く……石にでもタイヤを取られたか?」

 

とりあえず近くに向かってみるとアムルさんという俺以外のメンバーが午前の依頼で関わった人が車から出てきていた。

あの様子だと怪我はしていないみたいだ。

とりあえずエマに怪我がないかを見て貰う事を頼み、俺は件の車の方に向かった。

 

「……むぅ」

 

とは言っても俺には車の内部構造を読み取れる知識と技能は少ししかない。

モクモクと黒煙を出している内部構造をとりあえず俺の浅い知識で分かればいいがと思い、中身を見てみる。

 

「……ううむ」

 

機械には別段、強くも弱くもないのでとりあえず一通り見てみる。

見たところエンジン回りの結晶回路の接触不良な気がする。

聞いてみると安全運転を心掛けてはいたが途中でハンドルが重くなって思うように動かせなくなったらしい。

恐らく十中八九ビンゴの答え。

ビンゴだが……そこで手詰まり。

多少の心得はあっても緊急でない限り素人ではなくちゃんとした技術者に見て貰った方がいい。

後からタイミングよくこちらに集まった他のメンバー……というよりアリサの意見により技術者を呼ぶべきとなり、そこで長老とラカンさんが現れ、ゼンダー門にいる技術者よりもラクリマ湖にいる御老体を連れてきてくれという事になり、その事はリィン達に任せて俺とエマは車をとりあえず押して邪魔にならないところに置くのを手伝い、また空を見る。

まだ明るい……が既に時間が時間である。

恐らく皆が返ってくる頃には夕日が照り輝いているような時間になるはずだ。

そしてどうやら御老体と先程リィン達が連れて帰ってきたノートンさんも含めて宴会をする準備が始まったらしい。

いい人ばかりだなぁ、と思いつつ、ただ一つ思った。

 

 

───もう直ぐ、夜が、星が輝く、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はほんのちょっとオリジナルを入れての次回こそが星空回~

───ヒロインをここで輝かせずにいてどうする!?

というわけで次回を楽しみに!

感想と評価をお願いします! 初めての人でも普通に書くだけでいいので書いて頂ければ原動力になるので!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私は貴方を拒絶する───

エマはラクリマ湖から帰ってきたアリサさんの調子が悪いという事には気付いていた。

見るからに元気の色が抜け落ちている。

ちょっと前から何か悩んでいるのはエマも気づいてはいたが、ノルドの高原を見て、少しだけ元気の色を取り戻したからほっとしていたのにラクリマ湖から帰ってきた途端に再び元気の色彩が剥ぎ取られていた。

 

すわっ、緊急事態ですか。

 

もしくはリィンさんがまたトラブルを起こしたのかと思ったが、原因は身内ではなく外部───と言ってもアリサさんからしたら身内なんでしょうけど。

 

グエン・ラインフォルト

 

帝国トップの企業であるラインフォルト者の立役者にしてアリサさんの祖父。

今ではグエンさんの娘さん……つまりアリサさんのお母さんに任せて隠居をしているみたいだがアリサさんの表情を見れば複雑な事情があるのなんて誰にでも理解出来る。

だからこそ、宴会中にアリサさんが外に空気を吸ってくると言って一人外に向かう中、エマはレイさんを探していた。

文芸部所属、エマ・ミルスティン。

こういう時にどういう人が彼女と話し合うべきという王道は当然、チェックしている。

ここで必要なのはアリサさんがどう想っているかは敢えて詮索はしないが、それでも距離が近い彼が必要だと思い、視線を回して探し

 

「───あれ?」

 

彼の姿は無かった。

残念ながらレイはリィンと違い王道キャラではないという計算違いをエマはしていたのであった。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

アリサは溜息を吐きつつ、外に出た。

高原の空気は咽喉にも良く思える。

それくらいの綺麗な土地を見ながら、やはりアリサの感情はいい方向に傾かなかった。

今ではさっきまでいた宴会の雰囲気ですら自分がさっきまでいた場所とは思えなくなってしまう。

 

「……」

 

別にお祖父様が悪いわけではない。

むしろ悪く思うべきは母親の娘である自分なのかもしれない。

あんな事をされたのに私に対して昔と変わらずに接してくれるだけ幸いと思うべきなのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

何をどうしてもネガティブな考えしか生めないなぁ、と顔を下に俯かせ───そこに人の顔があった。

自分でも何を言っているのか分からないが現実である。

その顔はまるで自分の同級生の男子の顔のようにも思えた。

そしてその顔と目線はそのまま真っ直ぐ向いており、そこまで考えて相手が寝転がっているという事実を知り───そして自分の立ち位置が彼の顔の真上に立っているという事を知る。

そして今の自分の服装は学生服。

下はスカートである。

絶対領域は彼の視界に諸に入っていた。

 

「ふっ……」

 

すると彼は謎の微笑と共にただ一言。

 

「絶景だぜ……」

 

躊躇いなくその顔面を踏み抜いた。

 

 

 

 

 

 

「……一応、何度でも言うがとぼとぼ歩いて勝手に俺の顔の前に立ったのはアリサだぞ」

 

「わ、分かっているわよ……でもね。感情ってそんな簡単にコントロール出来るなら苦労しないと思わない? ね?」

 

そりゃ同感だが、尤もらしい理屈を利用しているのが丸解りである。

本人も理解しているのだろう。

少し表情が引き攣っており、申し訳ないという態度と恥ずかしさと怒りが混在している顔だ。

まぁ、いいかと思いつつ俺は再び見たかった物を見直す。

 

「で? 貴方は何をしているの……?」

 

「は? ここに来る前から言ってたじゃないか? ───上だよ」

 

そう言った俺の言葉に釣られるかのように上を向き

 

「……あ」

 

 

───星の天蓋に辿り着いた。

 

 

地上にある宝石とはまるで比べ物にもならないレベルの星々の輝き。

色んな場所で星空を見上げている俺ですらほぅ、と感嘆の溜息を吐く煌めき。

夜の帳を吹き飛ばさんばかりの光。

カメラなんて持ってこなくて良かった。

カメラなんて余りにも無粋だ。

だって、この星の川のような光景を忘れる事なんて恐らく生涯ないだろう。

 

「アリサも折角、ノルドに来たんだから見上げてみたらどうだ? それだけでこの実習に価値が生まれるものだろ?」

 

アリサは俺の言葉に反応せず、呆然とした顔のまま寝転がっている俺の隣に彼女も寝転ぶ。

別に場所はいいのだが、やけに近いなぁと思う。

まぁ、別にいっかと思い、空を見上げ続ける。

そうして暫く沈黙と星を楽しんでいると

 

「……8年前だったわ。技術者であった私の父が亡くなったのは」

 

ポツリ、と何の断りも無しに彼女は自分の事について語り始めた。

彼女の父が亡くなって以降、母親は以前までとは打って変わったかのように家族を顧みなくなった事。

シャロンさんとの付き合いは7年前から。

その頃から既にアリサに親しい友人というのが少ないという事。

ラインフォルトという大企業の娘という肩書がある以上、貴族からも同じ平民からも真っ当に話し合える人間が酸くなるという事はまぁ、仕方がない事なのだろう。

しかも武器商人の娘でもあるという事が彼女への目線に厳しい物を増やす要因だったのかもしれないが、それに関しては恥とは思わなかったのだと。

そして、それでもシャロンさんとお祖父様がいたから寂しくなかったと。

乗馬などはお祖父様から。

弓などはシャロンさんから。

そうやって色々な事を教えてもらい、むしろ満足であった事。

でも、そんな中、イリーナさんは一人祖父の意向を無視してグループを拡大していった事。

そして一番のアリサにとっての衝撃は───ガレリア要塞に供えられた二門の"列車砲"の事であった。

 

「レイも多分、知っているでしょ?」

 

「まぁな。世界最大の長距離砲大で……」

 

「そして恐らく世界最悪の大量虐殺兵器よ」

 

自嘲するかのように笑う彼女に、俺が何かを告げる言葉は持っていない。

何せ列車砲には武装というよりはアリサの言うとおりに虐殺兵器としての運用しか出来ないのだ。

敵国から自国を守る為に使うというよりは、自国に危害が及ぶ前に敵を……クロスベルを破壊しつくだけの軍用兵器。

兵器のように攻守で使う物ではない。

ただ殺す為だけの物。

 

……まぁ、武術も兵器も詰まる所はそれなんだけど……

 

流石にそれを指摘する程空気が読めない男ではない。

そういった考えも王道な彼らに無粋を言うものではない。無粋を知っているのは俺とまぁ、サラ教官くらいでいいだろう。まぁ、サラ教官も怪しいような気もするが。

フィーはきっと大丈夫だろう。

あの子はどう足掻いても悪い人間にはなれない子供だから。

話が逸れたので戻ると列車砲に関してのみは今も宴会で騒いでいるであろうグエン老人も気に病んだらしい。

何て罰当たりな兵器を作ってしまったのだと。

その慚愧から最後まで帝国政府に委託するかに苦しみ

 

───そこを自分の娘に付け入れられた。

 

ラインフォルトグループの大株主全員を味方にしたというイリーナさんは手の平に残った二人しかいない家族を容赦なく切り捨てた。

それが今から五年前の出来事。

どこにでもあるような事件と扱うのは余り好きではない。

好きではないが……そういった似たような事があるこの世の中では情よりも利益を取ったというのはよくある事であり、そしてここで俺が言える事は

 

「……」

 

残念ながら無かった。

何故なら

 

「ふふ、ごめんなさいね───貴方からしたら贅沢な悩みとしか思えないのよね?」

 

考えていた事を読まれた事に頭を掻いて逸らすが、効果はないだろう。

セントアークのあれはやはり響くものだ。

だから、俺には人を救えないのだ。

人を救うというのは生きていく中での余分も含めて助けるという事なのだ。

生きるという事を重要視している自分では人を救う事など出来やしない。

この場で彼女の言葉を聞くべきは俺じゃなくてリィンの方であるべきなのだと本気で思う。

そんなこちらの事を気にせずに彼女は睨むように、嘆くように続ける。

 

「だから……私は納得したくなかった。家族よりも会社を取ったお母様も。それをただ受け入れたお祖父様も。優しかったのに何も言わなかったシャロンにも……自分達が生み出して巨大になっていくラインフォルトという名前の重みに家族という意味が潰される事も」

 

認めたくなかった───

 

そうして自嘲するかのように笑い

 

「そうして何もかも嫌になった小娘が逃げ込んだと思った士官学院は実際は母の息がかかった場所で、あれだけ酷い目にあったと思っていたお祖父様はここで第二の人生を謳歌して……本当、何一人で空回りしているかと思ってネガティブになっていたんだけど……でも」

 

そうして彼女はでも、ともう一度繰り返し……空に手を伸ばす。

その表情には先程のような自嘲なんて一切なく、まるで本当に子供のような笑顔を浮かべて

 

 

「───この星空を見たらどうでもよくなっちゃった」

 

 

精一杯に手を伸ばし、届かない星に慈愛と感謝の明かりを瞳に映していた。

 

「───」

 

不覚にも。

本当に不覚にも。

その仕草だけで、一瞬、レイ・アーセルというシステムに致命的な崩壊が起きた気がした。

今までに一度もそんな事など起きた事がないというのに───あの馬鹿野郎を相手にしてもこんな事は起きないと断言できる致命の(イタミ)

だから、レイは必死にそれを無視する。

 

「何となくだけど……分かった気がする。お祖父様がどうしてこの地に住んだのかを」

 

「……そうか。お前の納得を得れたならそりゃ重畳だ」

 

「うん……ありがとうね。私に上を見上げろって。俯くだけじゃなくて空を見上げる事を教えてくれて」

 

「俺のお蔭じゃない。お前がお前を救ったんだ。誇るべきは俺じゃなくてお前自身だよ───お前の頑張りはお前が褒めてやるものだよ」

 

本音である。

俺はアリサという少女に対して手を貸してなどいない。

切っ掛けくらいにはもしかしたらなったのかもしれないけど……それでも彼女の強さは彼女の手で獲得したものだ。

俺が掠め取っていいものではない。

 

「ふふ……ありがと。でも頑張りねぇ……それだとうちの父はどういう風に頑張って私の母を口説いたのかしらねぇ」

 

「おいおい。そんなの俺にも理解出来るわけないじゃないか」

 

「でも、よく考えてみてよ? 確かにうちの母は父が生きていた頃は普通の母親だったけど……何か色々と苛烈な所は多分、変わってないと思うのよ」

 

重い話を終えて冗談のように軽い口調でアリサは楽しそうに話す。

それにさっきまでの痛みは気のせいだと思う事にして、まぁ星を見ながら付き合う。

 

「いや……でもイリーナさんも昔は今みたいな鉄壁な女って感じじゃなかったんだろ?」

 

「まぁ、そうだけどね。でも、別の意味では鉄壁だったと思うのよ。だって優しくはあったけど気が凄く強かったもの。昔、私が嫌な大人に怖い事されそうになった時、母が何をしたと思う? アッパーよアッパー。見事なアッパーカットだったわ……」

 

「成程、血か」

 

「何か言った?」

 

「いや何も」

 

人を教室でアーツやら弓で吹っ飛ばすとか全然言ってはいない。

思ってはいるが。

 

「それに父も……まぁ娘の私が言うのも何だけど……普通の父親って感じだったから。父はともかく母もどうして父と結婚したのか……」

 

「ふぅん……?」

 

アリサの話を総合すると父は普通そうな外見と性格で母はまぁ、ルーレでも会ったからの姿から想像すると気の強い美人であったのだろう。

確かに、どうしてくっ付いたかはある意味で謎のペアかもしれない。

好みとか何やらを気にしたら流石に推理は出来ないし、俺はそういうのに疎いから答えなど出しようもないのだけれど。

何か言うとすれば

 

「───どうしようもなかったんじゃない?」

 

「───え?」

 

何故か物凄い驚いたようにこちらを見られた。

見るというより凝視に近い視線に流石に少したじろぐが、先を待っているようなのでとりあえず思った事を言ってみた。

滅茶苦茶甘過ぎる結論だが

 

「いや、だから……その───どうしようもなく好きになったからじゃない? 理屈とかそういうのを抜きにして」

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間にアリサの見るモノは現実じゃなくて過去になった。

そこはやはりアリサが今も住んでいるラインフォルトの住宅ベース……つまり自分の実家であり───陽だまりのような時間を過ごした時の頃であった。

まだ全然小さいアリサはリビングの母の腕に抱かれて笑っており、その光景を父が、祖父が微笑と共に見ていた。

そして私が見上げた先には母の慈愛の表情があった。

何もかもが本当に完全な世界で、小さい自分が笑顔のまま母に

 

『ねぇ、かあさまー? どうしてかあさまはとうさまとケッコンしたの?』

 

などと年齢を考えれば結構、ませた質問をしている。

それに母は今よりも当然、若い顔でちょっと困った顔をして

 

『どうして疑問に思ったの?』

 

『だってね。おじいさまによんでもらったほんだとかあさまみたいなビジンはかっこういいひととケッコンするんだもの』

 

成程ね、と呆れたような顔をして、そして母は父に向かって

 

『あなた。アリサが格好良くない父ですって』

 

『はは、実に面目ないが、持って生まれた顔と性格に文句を言ってもね?』

 

『全くもう……』

 

開き直る父に今度こそ本気の呆れ顔を作るがその表情には今でこそ分かる幸福の色が見て取れる。

それを分かってか。

幼い自分は実に無邪気な顔でどうしてー? と質問を繰り返している。

母はそれにどうしたものかという顔で微妙に慌てた顔を作る。

それに対して黙っていたお祖父様がこれも今でこそ分かるサイン───親指を立ててGOサインを無責任に出すので母が笑って幼い自分の視界から見えない場所から何かを投げて祖父を轟沈させていた。

それに気付かない自分はやっぱり無邪気に答えを待っており、それに対し仕方がないわね、と微笑の形のままアリサを更に深く抱きしめる。

 

『あのね、アリサ。お母さんの完全な独断と偏見だけど……それでも聞く?』

 

『うん!』

 

独断と偏見という言葉の意味をまだ知らなかっただろうに。

私は無条件に母を信じた顔で元気よく頷く。

それに仕方ないわね、と全然仕方が無さそうな表情で母は子供に答える。

 

『いい? アリサ。愛っていうのはね……本のように特別な何かがないと生まれるようなものじゃないと私は思っているの』

 

『……そうなのぉ? でもおほんのおうじさまやおひめさまはいろんなことをしているよ?』

 

『そうね。きっとそういう恋愛もあるのだと思うわ……まぁ、最近のパンを加えて走ってぶつかった男と恋に落ちるとか、助けて貰ったらもうそれだけで特別っていうのは何か違う気がするけどね……ちょっと。あなた。何を笑ってるのよ。悪い? 私がそういうのを知っていて』

 

『い、いや……悪くないよ?』

 

全くもう、とちょっと憤慨した母に首を傾げている私を見て後で覚えておきなさいよ、と捨て台詞を吐くのを忘れずに

 

『アリサが言った通りに父様は見た目はかなり普通だし、性格もこの通りちょっとなよっとしてるけどね』

 

『なよっと?』

 

『ええ。なよなよしているの父様は』

 

『えー。酷いもんだなぁ』

 

舌を出してべーと笑う母様がとても綺麗に見えて私はきっと無意味に誇らしいような表情を取ったと思う。

母様はそれに笑顔で応え

 

『でもね。そんななよっとして顔も普通な父様だったけど……何故か母様はこんな人に惚れてしまったの。何かこの人に特別にされたとか。印象に残るような事をされてないのにね。理屈とかそういうのを蹴っ飛ばしてやっちゃったの。だからね───愛っていうのはどうしようもない事なの。多分だけどね』

 

言っている事の半分も理解していなかった自分はとりあえずどうしようもないの? と反復するだけ。

母は多分だけどね、と笑い

 

『私からしたら愛ってもう本能的な暴力みたいなものよ。私も色々と理想とか考えたけど、まさかそんな考え全てをご破算にされるとは思ってもいなかったわ』

 

ごはさん? と首を傾げる過去の私の目で見る母親の顔はご破算とか言いつつ本当に楽しそうな顔で笑っている。

その表情でどうして自分の計画をご破算にされたと言えるのか。

 

『……流石にアリサには早いかもしれないわね。まぁ、そうね。つまり、恋愛っていうのはどうしようもないっていうのが母様の経験談。アリサはどうなるかは楽しみにしておくわ』

 

『いや、それは父様許さないぞ。アリサが欲しければラインフォルト最新鋭の武装隊に勝ってもらうレベルじゃないとなぁ』

 

『また前時代的ねぇ……』

 

きっとこれが母が私に女としての教訓を一つ残した出来事で。

二人が幸福であるという証明をして、幼いながらも思わず羨んでしまった二人の完成形を見た時で───そうなりたいと思った記憶であった。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだった……そうだったのね……」

 

唐突に。

アリサは寝転がっていた体を起こすとこちらを全く意識せずにそんな独り言を呟いていた。

 

「……?」

 

別におかしな所はない。

変な独り言は呟いているが、別におかしな様子は見れないからまぁ、内面で何かあったのだろうというくらいは読み取れる。

俺がおかしな事を言ったのかもしれないとは考えるけど……何故だろうか。

 

俺にとっての嫌な予感というのがここに来てピークになった。

 

ここにいてはいけないと何故か無条件で確信できるような予知。

だから思わず起き上がってどこかに行こうとして───

 

「ねぇ、レイ。いきなりだけどやっぱり言わないといけないと思ってた事があるの」

 

───捕まった、と何故か思ってしまった。

 

「以前、貴方は言ったわね。星のように生きたい。全力で生き続けたいって。多分、本当はそれは正しい事なんだと思うけど……未熟な私でもわかるわ───それはきっと間違いだって」

 

胸に手を当ててこちらに対して挑むように、慰めるように、受け入れるように視線を逸らさずに自分の生き方を否定する。

 

「生きているだけで奇跡? それも正しいと思う。自分が生きている事を感謝するというのは大事だと思うわ───でも行き過ぎた感謝なんて普通は出来ないの。例え、それがどんなに幸福な事でも……私達は自分の手元にあるものを当たり前だと思うし……自分の命をそんな壊れ物(・・・)みたいに扱わない」

 

以前はこちらから視線を逸らした少女は本当に別人のようにこちらを畳み掛ける。

 

「呼吸をしているだけで涙を流したくなる? 私にはそれは」

 

生きるのに苦しんで喘いでいるように思える。

 

「───」

 

少女の言葉にこちらに気を使う言葉は混じっていない。

何もかもが弾劾の言葉だ。

でも、弾劾の言葉を発しているには少女の表情が歪み過ぎている。

心配の表情……というよりは懇願の表情に見える。

 

まるでもっと楽になってもいいの、と安心を呼び掛ける様に

 

大丈夫だから、と抱擁のような言葉。

 

自分のように自分にのみしか祈れない自分と違って他者を想う祈り。

その瞳を受けて───目を逸らすしか出来ない。

何故か解らない。

似たような言葉なぞ何度も受けてきた。

わかる人にはわかるようで基本は遊撃士の人だが色んな人に自分の生き方への指摘を受けた。

 

同情の言葉を受けた。

叱責の言葉を受けた。

畏怖の言葉を受けた。

憐憫の言葉を受けた。

 

アリサには悪いかもしれないが、間違っているなんて言われ慣れている。

サラ教官にも実は言われている。

それ(・・)は忘れるべきだと。

貴方は貴方の生き方をするべきだと。

 

───お生憎様

 

俺はこの道を選ばされたわけじゃない。

選び取ったのだと思っているのだから、他人の言葉で揺るぐ気なぞない。

そもそもの話、最近の本のように多少、揺らぐ事実を他人に言われた程度で迷うような生き方をするなら、それは生き方とは言わない。

流されていると言うのだ。

だから、アリサに対しても同じ言葉を言えばいいのに……

いいのに───その瞳の感情()がこちらに理解出来ない力で抑え込まれている。

 

知らない。知らない。知らない。知らない。

 

そんな目で見られた事なんてない。

挑むような目も、憐れむような目も、恐怖が混じったような目で見られた事なんて幾らでもある。

 

───でも、そんな何もかもを受け入れられるような目で見られた事だけはない。

 

ドクン、と心臓が痛む。

その目で見られると意味もなく喉を掻き毟りたくなる。

だから、逃げるように目を逸らしながら彼女に語りかける。

 

「どうして……どうしてお前がそんなに気にする」

 

返事はない。

だから、俺もここで畳み掛けないと今まで積み上げた物が壊されるような恐怖を覚えながら必死に口を動かす。

 

「仲間だとは分かっている。でも、所詮、俺とお前はクラスメイトで友人……お前がそこまで俺を気にする必要はないし……あのパトリックが言った事も覚えているだろう? 俺もここで断言するけどクラスの皆に隠している事なんて結構ある」

 

その瞳に翳り、見えない事に怯えて、必死に弁解する。

余りにも滑稽であると自覚しても言わなきゃならないという強迫観念に突き動かされる。

 

「まだ言わないけど……いや、多分そろそろ言うような気がするけど……それは間違いなくお前達に同情とかされるようなモノじゃないんだ。あのパトリックの言う様に」

 

畏怖と弾劾の言葉で言うようなものだ───

 

と口には出さずに伝える。

アリサは間違いなく聡明の子であり、言わなくても伝わるというのはそれくらい理解している。

 

───だからこそ次に寂しそうな微笑を浮かべながら瞳に変化がない事に愕然とした。

 

「……やっぱり、貴方……自分の事を嫌っているのね」

 

 

 

 

 

 

目の前で最早挙動不審とも言えるレベルで狼狽える彼を見てくすっ、と笑いながら続ける。

 

「セントアークの事件があってからつい貴方の事を見ていたけど……何時もトラブルに巻き込まれ、起こしたりして楽しそうに笑っていると思っていたわ。でも……その割に貴方は楽しそうではあるけど嬉しそうな顔は見た事がなかったわ。そうして見てみると貴方は事件の中心にいるように見えて、どこか他人事のように見え始めた」

 

まるで演劇の舞台を見ているみたいであった。

余りにも完全な演技に騙されそうになるけど違和感に気付くと凄くおかしく見える。

だって、周りは演技をしていないのだ。

周りは完全な自然体で物語を作っているのに、何故か彼だけが一人物語を演じているように見える。

生きる事を大事にしているのなら自然体で混ざればいいのに……まるでお前にそんな事が許せるかと言わんばかりであった。

そうしてリィンみたいに他人の為に奔走しているけど……リィンも別の意味で不安があるがレイはレイでそうやって生きているのを楽しんでいるように思えないのだ。

 

「それは……お前が勝手にそう思ってるだけだろう?」

 

「そうね」

 

それに関しては否定しない。

もしかしたら勝手にそう思っているだけかもしれないし、彼の言う様にまだ彼の事を全て知っているわけではないのだ。

今、言った事も勝手に私が思っているだけだし彼の言う通りに隠し事もたくさんあるらしい。

 

「それなら教えてくれるの? 何時かでも」

 

「……」

 

一瞬で沈黙する彼を見て本当に可笑しな気持ちになる。

何だ。一度気付いてみれば、まるで羽が付いたように軽い気持ちだ。

母様もそうだったのかもしれないと思うと笑みが深くなる。

だって、彼は今まで見せた事がない態度を見せると困った事に逆に嬉しくなる。

私が初めてという事は多分、他の皆も見ていないという事。

つまり、私が独り占め。

とってもいい気分である。

そうしているとレイは息を吐く事で逆に冷静になったらしく、何時もの態度にようやく戻り

 

「……忠告は感謝するし、まぁ多分、隠し事の一つや二つくらいは言いそうだけど……悪いが生き方を変えるつもりは毛頭ない。俺がこうあれかしと思って選らん生き方だ。簡単にゴミ箱に捨てて変える程度で歩いてきたわけじゃないんだ」

 

はぁ、と本気で疲れたような語る彼に私は笑いながら舌を出す事で返事をした。

完全に顔を顰めた彼はそのままどこかに行こうとする。

私はそれを無理には追わない。

 

まだ言わない。

 

自分の道も彼の事もよく知っていない自分が全てを曝け出すのはよくない。

まだ自分の暴走だけという可能性もあるのだから。

でも、逆に言えばそれらの条件が揃えば

 

「……負けないんだから」

 

自分にも彼にも。

強情という言葉から発生したような彼を何時か打ちのめしてやると。

 

 

 

 

 

逃げるように……否。本当にただ逃げて来たレイは誰も周りに人がいないのを確認すると手で顔を抑えた。

頭痛までしてきた気がする。

 

今の自分は何時も通りの笑顔(レイ)だろうか?

 

全くもって自信がない。

セントアークでの予感は正しかった。いや、甘かったというべきか。

彼女は強敵と思っていたがそんなレベルではない。

大袈裟な表現かもしれないが、俺にとっては致命に至る毒のような存在である。

思わずこのまま頭蓋を潰したくなる。

その魅力的な誘惑は自我で抑え、落ち着くために息を吐く。

 

「……ったくもう……」

 

何なんだ?

一体、何だという。

別に何時も通りに自分の生き方が真っ当ではないと否定されただけではないか。

何一つ経験則と変わらない。

おかしい所なんてない。

おかしいのは自分だけだ。

 

「……」

 

そうに決まっている。

そうじゃなきゃおかしい。

そうじゃなければまるで彼女の何かに押されている事を認めているみたいではないか。

 

「馬鹿馬鹿しい……」

 

ああ、もう本当に落ち着け俺。

別にどうって事はない。

どんな理由があれ、きっともう直ぐこの日常は崩壊する(・・・・)

何時もそんな終わりを迎えていたのだからいい加減慣れている。

最後は何時も自分の手で壊してしま(・・・・・・・・・・)()のだから。

我ながら悪癖だと理解してはいるが、そういう性分なのだから仕方がない。

だから、今回もそうだ。

彼女の理解不能の瞳も最後は冷めて……まぁ、良くて理解者のレベルに落ち着いてくれる。

だからこれは一時の迷いなのだと思い、空を見上げる。

生涯最高の星空がそこには輝いている。

でも、何故か今日だけは星は自分を照らしているようにとてもじゃないが思えなかった。

 

何て無様な被害妄想───

 

 

 

 

 

 




………………………………ふぅ、書き終えた……。

さぁ、もう後戻りはない。
どのキャラも進むのみである。
それにしても主人公を虐めるの楽しいなぁ……作者の半分くらいは同意してくれるであろうこの想い……

皆さんも感想でばしばし書いて下さいお願いします!
いやしんぼな自分に感想をギブミープリーズ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別実習 ノルドⅢ

リィンは昨晩のレイとアリサの二人での会話を明日に皆で問い詰めようという計画を立てていた本当に学生らしい日常を何故か思い出していた。

委員長プロデュースによる二人が気になるから見ましょう発案に全員がいやいや、と建前を放った後に普通に気配を経って見に行った昨日の夜。

誰もが普通に本気で気配絶ちをこんな馬鹿げた事に普通に使っている事実に全員のノリの良さがおかしいな、と内心で苦笑しながらも俺も乗っかった。

そして何やら雰囲気だけを見るとレイがすっごいヒロインっぽい挙動なのでとりあえず今度新聞部辺りに報告しとく事をスケジュールに入れて、その詳しい内容を朝に聞いてみよう。

 

───そんな当たり前の日常を送る事を目の前の光景が許さなかった。

 

「……」

 

全員が声を出す事が出来ない。

ここは昨日、依頼があって来た事がある監視塔。

カルバート共和国の方を監視するために立てられた塔であり、軍人の人にはそこで見える光景を見せて貰った。

昨日見たら普通に見えた監視塔の屋上部分が吹っ飛んでいる。

砲撃されたのは間違いなく───いや本当に目を背けたいのは

 

───余りにも真っ白な布団に包まれている塊が目についている事だ。

 

最早、想像するまでもないのは解っている。

アリサや委員長も口を覆ってその事実を噛み締めている。

顔が青白くなっているように見えるのは決して気のせいではない。

 

酷い

 

そうとしか言えない事故現場。

思わず俺も沈黙しようとして

 

「おい、リィンリーダー。とりあえず現場検証始めようぜ。突っ立っているだけだと邪魔だし」

 

レイが別に何も変わってないと言わんばかりに事故現場に足を踏み入れていった。

 

「お、おい……」

 

余りにも自然に悲惨な場に歩いて行くので全員が無理矢理に引き留めてしまいそうになるのを静止して勝手に行く馬鹿の背に小走りで追いつく。

余りにも自然な歩みと表情に本当に自然体である事に気付く。

それに対してか思わず委員長が

 

「その……レイさんは平気なんですが」

 

「ん? ああ平気と言えば平気なんだろうな。死体は見慣れている」

 

さらりと言われた言葉に思わず全員で絶句するが、本人は自分が吐いた言葉が気に入らなかったのか。

う~~と、ちょっと考え直して

 

「違うな。多分、見慣れているみたいか」

 

「……何故自信がないんだ?」

 

「いやだって記憶ないし」

 

経験だけ体が覚えて困ったものだ、と愚痴るレイにやはり絶句する。

本人はちゃんと自覚しているのだろうか?

それはつまり、記憶のなかった時期に人が大量に死ぬのを目撃しているという事である。

人の生き死にをその目と体で体感してしまっているという事なのだ。

もしかしたら

 

レイは猟兵の子供……とか?

 

それなら有り得なくはないかもしれない。

それはそれで頷ける部分は結構、多々ある。

戦闘能力もその切れる思考も過去にそれらしい場所で訓練を受けていたからというのなら分かる。

勿論、逆にそれこそ本当に遊撃士の子だったかもしれないし軍人の子供だったのかもしれないが。

それでもそこまで人の死を見慣れる理由があるとすれば猟兵の可能性が高い。

高いが

 

「……」

 

どうしてもリィンはそっち側には見えなかった。

おかしな話だ。

どこにいてもこのようなキャラを通すような唯我独尊の典型的なキャラに見え、戦闘中でも不敵な笑顔を浮かべ、むかつくが頼りになる男が

 

───被害者側の人間に何故か見えてしまう。

 

強いのは確かなのだ。

年齢からみても確かにレイは実力は普通に考えれば圧倒的ではある。

だが、それ以上にリィンはその精神力に目を向けてしまう。

武を昇華するのに必要なのは当然、才や地道な努力というものが必要ではあるが、それを成し得るのに必要なのは忍耐といった精神力だ。

ラウラはその真っ直ぐな志と生き方から。

フィーは今までの人生から。

Ⅶ組のメンバーのほとんどがこの組み方に分けられると思う。

レイは……多分、無理矢理に分けるとしたらフィーと同じで今までの人生から。

フィーみたいに選択肢は少なかったがそれでも選び取った道だからこそ強いかもしれないと同時に流されて得た力かもしれない場合もある。

レイは間違いなく選び取って得た力だ。

選ばされた力のような感じがしない。

勿論、今までのは自分の勘でしかないし、所々推理が間違っているのは承知の上の考えである。

それにこの馬鹿がそういった事を考えてはいないとは思えない。

そこまで考えてそういえばと思った。

 

───レイは過去の記憶を取り戻そうと思っているのか、と。

 

同じ記憶喪失者として過去についてはそれは思う事がある。

知りたくないか、知りたいで言うのなら確かに頷きたい様な頷けない様な気持ちがある。

何せ本当に何も思い出せないのだ。

自分が何故記憶を失ったのか、どうして捨てられた、家族は生きているのか死んでいるのか。

そういったネガティブになりそうな部分も丸ごとそこに詰まっている。

記憶喪失になる理由というのは小説などによる典型的なパターンで当て嵌めれば二つだ。

 

頭に大きな衝撃を受けて物理的なショックによって記憶が失う仕方がないパターン。

 

そしてもう一つが───精神的なショックで記憶が喪失するパターン。

 

どっちも恐怖ではあるがどちらがマシかと言えば前者の方だと思う。

この場合は悪意があるパターンもあるが事故によってなった可能性というのもあり、救いがある可能性がある。

 

だが後者にはそれは全くない(・・・・)

 

子供の頃の自分もどっちの可能性も怖いが、特に後者の可能性には怖がった。

先程は物理的に記憶を失わせるなどと言ったが、あれだって相当なショックが必要である。

それを精神的なショックで補うのだ。

一体、何をしたら自分がそうなるのかと震えたものである。

そしてだからこそレイがさらりと告げた事に畏怖に近いものを覚えるのだ。

 

覚えのない自分が死体に見慣れるような体験をしているのにさらりとそれを流している事に。

 

振りでやっているのだろうか。

否、そんな風には見えない。

本当に彼はさらりとそんな自分を受け入れているように見える。

自分は死体を見慣れてしまう体験はした。で、それが? とでも言わんばかりの態度であった。

その態度から二通りの解釈がある。

一つは過去の事は過去で今の自分とは全く関係ないことだと割り切っているのか。

もう一つは───過去の事を全て受け止めた上でさらりと語っているのか。

どちらも自分には真似が出来ない境地ではあるのだが……特に後者の場合は想像を絶する。

どれ程の精神力を持ってればそんな事を成し得るのか、と。

そして

 

「車の運転もそれか?」

 

「いや? それは事後だが?」

 

馬に乗れないレイの為にノルドの民のアムルさんに借りた導力車。

有り難いとレイは頷き、馬の負担を減らすために委員長も乗っての運転。

委員長は実に恐る恐るという態度の悲壮な決意をしていたが意外にも普通な運転ではあったのが別の意味で着いた途端にほっとしていたが気持ちはわかる。

何故なら運転自体は普通なのだが、時々小柄の魔物を見ては描写し辛い事をレイが自然体でやりまくったからである。

それはもう悲惨であった。

肉を擂り潰した時の音が響いた時は車内にいる委員長のひぃっ! という悲鳴が高原に響いたものである。

しかし、本人は今回に限って全くの善意であり、単に突っかかりそうな可能性のある魔物を潰しただけという。

論理的にはおかしいものではなかった為に委員長も止めるに止めれずに涙目でずっとスカートを握っての行進であったらしい。

まぁ、こんな馬鹿げた思考で現実逃避を続けていたいがやはり目の前の悲惨さから目を背け続けるのは無理であり、今も尚、このノルドが切迫した状況になっているのだ。

このままでは共和国と帝国との開戦が避けれないものになる。

 

「何とか出来る物を見つけないとな……」

 

パン、と軽く顔を叩いて色々と勝手に見回っているレイに何故かアリサも傍にいて散策してレイが凄いやり辛そうという珍光景は今日だけは無視して俺も何か回避に繋がる物がないかを見回しに始めた。

 

 

 

 

 

「カットバックドロップターン……!」

 

「た、ただのドリフトですようぷっ……!」

 

実に適当に叫んだ台詞に律儀に横からツッコミのお言葉を貰うが気にしていられない。

何せ非常事態だ。

例え、それによってエマの健康状態に著しい被害が出たとしても許される。

犯人候補に当たる人物を今、追いかけてノーブレーキなドリフトをかましているのだから。

それはエマ。厳密に言えばアリサとガイウスも含めた3人のファインプレーによって敵……まぁ、一応敵と呼称するけど、その敵がどこから監視塔と共和国の方を撃ったのかを見つけた後の出来事であった。

 

「お、おい! 皆! あれを見ろ!」

 

「何だリィン。ついに頭の中の妄想を現実に投影したか? 可哀想とは全く思わないが病院に行って来い。それで無理なら諦めろ」

 

即座に俺とリィンの殴り合いが発生したが他のメンバーは普通に二人を無視してリィンが言った物に目を向ける。

最初に反応したのはユーシスであった。

 

「あれは……」

 

銀色の物体が空中を飛行していた。

しかし、目がいいものには銀色の物体が銀色の傀儡に見え、その手と思わしき場所に何やら子供が乗っているのが分かるだろう。

余りにも意味の分からない組み合わせだが、ユーシスには心当たりがあるのか。

それをそのまま口に吐き出した。

 

「オーロックス砦付近で見た銀色の……!」

 

「それってマキアスが捕まる原因になったっていう?」

 

ああ、とユーシスは答え、エマもそこに保証するかのように頷く。

 

「……この状況で正体不明の子供と銀の傀儡……」

 

「……在り来たりだけど、偶然なわけないわよね」

 

なら方針は決まったも同然である。

各自が急いで馬に乗る。

俺とエマも急いで車に乗り

 

「速度だけなら俺達の方が上だから先行して足止めだけしておくぞ! ───ただしエマの健康面は考慮しないが」

 

「無茶するなよ馬鹿! ───せめて戦える程度には加減しておけ」

 

「あ、あの、ちょっと! 今、私の健康への悪影響がさらりと流されませんでしたか?」

 

善処する、ととりあえず定型な台詞を吐いてアクセル全開で走った。

いやぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁと叫ぶ少女の悲鳴が隣から聞こえた気がするがうん、非常事態だ。

非常事態は何事にも優先されるものである。

いやぁ、高原はいいものだ。

何せ走るのに邪魔するものが魔獣しかいないから遠慮なく速度制限など気にする事無くアクセルを踏める。

都会では不可能な事である。

 

ビバ高原……!

 

「そ、その表情……! うっ」

 

隣から使命感に満ち溢れた声が届いた気がするが後に喉からリアルな音が聞こえて口を押えたことになった。

悲しい事に正義も力が無いと生き残れないのである。

正義かどうかは勝った者が決めるのが弱肉強食の掟。

う~~ん、切ない。

と、やっている内に着いたようだ。

何やらストーンサークルめいたものの場所に降りたっぽい。

このままアクセル全開で轢いてやろうか、と一瞬、考えたが借り物の車なので万が一壊れたら結果としてサラ教官辺りに殺されそうなので手前で止めて車から降りる。

 

「おい、エマ。大丈夫か? ここで死んだらお子さんが悲しむぞ。フィーだが」

 

「う……ま、まだ……死ぬには……」

 

エマも随分とノリがよくなったものである。

最早、堅物という言葉はⅦ組からは消え失せた概念になりつつある。

マキアス? ははは、戯言を。

ラウラにユーシス? あれらは堅物ではなく天然気質である。

いやまぁ、一部堅いが。

 

「ともあれエマ。ARCUSと杖の準備は大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫かって……子供相手に戦うんですか!?」

 

「……それ言い出すと俺達も非難される立場だぞ?」

 

我がクラスの末っ子の事を出すとエマも弱い。

お母さんは大変である。

 

「まぁ、流石にそりゃあ暴力沙汰で解決するのは気が引けるけど、こっちがそう思っても相手がそう思っていないパターンというのがな」

 

「……何だか説得力がある言葉ですね」

 

以心伝心なぞARCUSを使っても難しいのだ。

全ての心を理解できるような装置なぞ……あっても気に食わないだけだ。

 

「ま、まずは会話から試みてみようぜ。交渉交渉」

 

「き、気楽に言いますけど私達交渉術なんて……」

 

「ないのなら臨機応変」

 

そう言って鼻歌を歌いながら緊張無くストーンサークルに向かっていく俺を見てエマも諦めたのか小走りで追いつき、向かう。

そうしてちょっと坂を上った先にはやはり小さな子供がいた。

何か独り言を呟いてこちらに気付いていない様子だったが、サークル内に入った瞬間にこっちに気付き

 

「あれ? シカンガクインの人だー? ってあれ? 人数減ってる?」

 

……ほぅ?

 

思わず内心で呟く。

何せいきなり士官学院の人だ、だ。

確かに今の自分達はまだ制服を着ているが故に分かる人には当然、分かる。

少なくとも学生服を着て武器を携帯している自分らがただの一般市民だとは口が裂けても言えない状態であるのは確かである。

武器と年齢から士官学院と推測されてもおかしくはないのだが……人数が減っているときた。

つまり、相手はこちらの事を知っている幼女のようだ。

ふむ、と思いながらも俺もそれに応える。

 

「そこの幼女よ!」

 

「ボク、幼女じゃないよー!」

 

「ほう? では何歳だ」

 

「うーーん。そこら辺はちょっとボクもわかんなーい」

 

「そうか───じゃあそこの幼女よ!」

 

「だからボクは幼女じゃないよー!」

 

「何を言うボクっ子で見た目10歳レベルの子供が幼女の範囲に入っていないと思っているのか! 鏡を見て出直して───」

 

背後からズドン! と色んな意味で響いてはいけないような音が後頭部から聞こえた気がしたら視界が真っ黒になった。

ちかちかと明滅する視界が一段落がついたと思ったら体は目の前の壁のような物に押し付けられていた。

 

……壁!?

 

いや壁と思っていたものは地面だ。

つまり、今の自分は地面に倒れているのだ。

 

「まさか遠隔攻撃か……! 己、幼女め!」

 

「う~~ん、シカンガクインの人って皆、こんな感じなの?」

 

「いえ。これはレイさんがおかしいだけなので気にしないでくださいね」

 

うむ、気のせいかエマらしい声がこちらを罵倒した気がする。

そういえば攻撃も前からではなく背後からだったような気がするが……まぁ、気のせいということにしておこう。

とりあえず立ち上がっとく。

 

「で、まぁお嬢ちゃんよ。悪いがちょ~っとお兄さん達と会話する気はないかい? 

 

「知らない人とは喋ってはいけないってクレアに言われたよ?」

 

「……ほっほぅ」

 

珍しい名前ではないがもうこれは偶然にしては出来過ぎなのでもしかしたら少女の正体が分かったかもしれない。

となると限りなく怪しいが敵ではない。

敵ではないが───情報を持っている可能性はあるな。

そう思っていると相手も何やらこちらを見ながらぶつぶつ言っている。

何でも戦力とか何やら呟いているように思える。

やれやれ、と思いARCUSUをエマに繋いでおく。

エマは唐突なリンクに驚いているようだが構ってはいられない。

 

「う~~ん。でもどれだけ出来るか試しといたほうがいいよね」

 

「§・∃ΓΛЁж」

 

銀の人形兵器が応えるかのように少女の前に出てきた。

どう見てもここからの流れは決まっている。

だが、ここを何とかするのが交渉術だ。

見ているがいい。

これぞ最終手段!

 

「まぁ、そんな事よりもちょっと話し合おうぜ? ほらほら、こっちに来ると飴ちゃんがあるぞぅ? 美味しいぞぅ? ささっ、こっちに来るとい───」

 

過保護の銀腕が躊躇わずにこちらに腕を振りぬいた。

直撃であった。

 

 

 

 

 

 

あ、自己紹介する前にガーちゃん殴っちゃった!

 

少女───ミリアム・オライオンは自分の分身ともいえるガーちゃん。正式名称はアガートラムがやった行動にやっちゃったー、とほんわか表情を浮かべながらてへっという顔をしている。

うん、今の手応えだと多分"ゴチャアッ!"クラスだと思う。

ガーちゃんのお蔭で現場は見えないけど多分、すっごい事になっているんじゃないかなー。

うん、さっすがガーちゃん! でも何時もより力が入り過ぎだった気がする。

でも、とりあえずこういう時は

 

「さよなら変なガクインの人! え~と、こういう時は君の事は忘れないよでいいのかな?」

 

「勝手に殺すな……!」

 

「え? うそ!?」

 

ゴチャアッ! コースから生き残れる人類が存在したのかとミリアムは瞳を輝かせてちょっとガーちゃんの背中から顔を除くと本当に生きていた。

ガーちゃんの拳をそのまま両手をクロスにして受け止めて、地面に亀裂を生みながらも両膝をプルプルさせながらも生きている。

 

「うわっ、本当に生きてるよ! マンガみたい~」

 

「ふふ……! この世界だとマンガみたい~という言葉を容易く実現することなぞ頑張れば出来るんだぜ……! 普通なら骨のどこかが折れている気がする!」

 

「……つまりレイさんもちょっと人外なんですね。逆に安心しました」

 

うわぁい、シカンガクインの人ってこんなに面白い人が一杯いるのかー! とミリアムはちょっと感動した。

おじさんやクレアが注目するわけだと深く感心する。

これは確かに色んな意味で楽しい。

そう思って目をキラキラしていると

 

「マンガ読んでんのか……」

 

「うん? うん! 面白いから好きだよー!」

 

そうか、そうかと答える変な人に首を傾げながら

 

「それがどうかしたの?」

 

「ああ───じゃあよくあるマンガのセオリー通りにやらせて貰おうか」

 

ほえ? と呟いた瞬間に気付いた。

自分の周りに光の剣が創造され、切っ先がこちらを向いている事に。

何時の間にとは思うが逆に納得する。これらの攻撃に繋げる為にわざわざ回避せずにガーちゃんの攻撃を受け止めたという事なのだろう。

攻撃を受けとめながら───否、何時の間にかアガートラムの腕を取りながら

 

「傀儡使いに対しての対抗策───とりあえず術者をやっておけ」

 

告げられる言葉が終わるよりも早くに導力で生み出された架空の刃は僕の方に殺到した。

 

 

 

 

 

 

 

目の前にいる銀の人形兵器を掴みながら、その背後の地面がまるで空爆を受けたかのようにドッカーン! と爆発をするのを見て米神から汗を流しながら

 

「……あの幼女……死んだかな……」

 

「い、威力は抑えていますから死んではいませんっ」

 

人間にはショック死という驚きで死んだりする死因が存在するのだが、いざという時は弁護側に回ってやろうと思うが、人形兵器に力が入るのを察して安全の為に後ろにバックステップした時点で何となくオチが見え始めた。

 

「うわーーー! すっごくきれいな剣!」

 

わーい! と言わんばかりに盛り上がっている子供が突き刺さった剣群の上でまるでブランコに乗っているかのような姿勢と能天気な笑顔で出迎えられた。

エマがそんな……とか嘘……と言わんばかりの驚愕を得ているのをARCUSを通じて感じ取るが、ただの子供がこんな状況でそんな謎の傀儡を操っているのだから実に想定内の身体能力である。

人間の形をした怪物というのを身をもって知っている人間からしたら何一つ驚くところはない。

傀儡使いの弱点は傀儡使い本人なぞ誰にでも分かる弱点だからそもそも期待してはいなかった。

強いて言うなら恐らく近寄れば自分で抑え込めるだろうとは思えた。

思えたが、それにはエマが目の前の傀儡を相手しなければならない。

却下するしかない作戦だからやはり自分がこいつを相手しなければならない。

 

フィーがいれば相性が良かったんだけどなぁ……

 

かなりの無い物強請りだが事実、フィーがいれば間違いなく勝てたと断言できる。

単純な近接系のリィンやユーシス、ガイウスでも行けるとは思うがその中でも特別にすばしっこく双剣銃という得物ならば能天気な少女相手には相性が良かったと思う。

猫みたいな彼女なら目の前の銀の傀儡に対しても擦り抜けられたとは思うし

 

「戯れに聞くけどエマ。あの傀儡───」

 

「ガーちゃんだよー! 正式名称はアガートラム! ちなみに僕の名前はミリアム・オライオンだよ!」

 

「おお、こいつは丁寧に───じゃああのアガートラムを潜り抜けてミリアムを捕えられる?」

 

「レイさんは私に死ねと?」

 

諦めマッハの我がクラスの委員長。

逆に行きますっ、とか言われたらこっちの心臓がブレイクしてたからいいのだが。

まぁ、でもそこら辺は別に問題はない。

何故なら今回の自分達の役目は別に目の前の少女を倒すことではない───足止めが本命だ。

少女の強さは確かに年齢を考えれば驚異的な物ではあるが、それも理不尽クラスの物を前にすれば自分らとそこまで力量は変わらない。

ならば、この面白コンビを倒す非常に簡単でシンプルな戦略は後ろから響く人では出せない足音であり

 

「悪い! 遅れた!」

 

「ああ。その分はちゃんと報告書に書いとくから気にするな」

 

「非常にリアルな売り文句だ……」

 

ユーシスのツッコミを無視してA班全員が追いついた。

 

 

つまり、数の暴力による強制的な鎮圧であった。

 

 

にゃにーーーー!? と驚くミリアムという少女に対して非常にいい笑顔を浮かべる自分を自覚して近接系全員でヒャッハーー! させてもらう。

目の前のアガートラムとやらも流石にMURIと言わんばかりな仕草に思わず苦笑してしまう。

 

 

 

 

目の前の銀の人形の方が実に人間らしく振る舞っているように見えて

 

 

 

 

 

 

 

 

 




な、長い間お持たせしました……

最近、疲れているせいか筆が進まず……いや言い訳ですね。
今回も何時もよりはちょっと短いのでお慈悲を……

でも、この話からでもリィンとレイの違いが目立つように書いています。

そしてようやく出たミリアムですが……ミリアム自身の強さとしては多分、Ⅶ組メンバーと変わらないだろうと思っています。
身体能力などは十分に高いが、実力としてみればⅦ組メンバーに勝るとも劣らないレベル。
まぁ、実際、ミリアムの強さはアガートラムの強さですからね。
最低限の身のこなしはあれど強さの概念はアガートラムに圧縮されているでしょうね。
他の鉄血の子供達と比べると実はミリアムが一番どういう基準で選ばれているのかがわからないんですよねー……

後、敢えてレイは前回の話を引き摺らないようにしています。
意識しないように……というのも勿論ありますが可哀想な事にレイ君はそこまで"弱い"意思でもないんですよねー……
戦闘もさらりと流したのは次回の方が本番だと思っているからです。

ともあれ楽しんで頂ければ有難いです。
感想よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別実習 ノルドⅣ


(こそこそ)


 

 

大人げないリンチ……ではなく戦闘行動を終えた後、自分達は先程まで戦闘していたミリアムという少女と一緒に石切り場の仲を探索していた。

ガイウスは最初、ここに来た時懐かしさを感じていた。

思わず驚く。

何せ自分は故郷を離れてそんなに時間が経っていないのだ。

それなのに随分と長い時間を経た、と肉体と意思、両方がそう感じ取ったのだ。

つまりは自分は思ったよりも士官学院での生活を謳歌していたという事なのだろう。

分かってたつもりなのだが実際に感じてみると感慨深くなる。

ちなみに探索する前にここの扉を見たときの会話なのだが

 

 

 

「随分と頑丈そうな扉だな……そこの馬鹿。その自慢の拳でこの扉叩いて壊したらどうだ」

 

 

「すまないなミリアム。そこの黒髪坊ちゃんは頭がおかしくてな。こんな扉を普通に叩いて壊せると思ってるイタイ人間なんだ……遠慮なく嘲笑ってやれ。やり方が分からない? じゃあ例を出してやろう───あっれ~~? リィン君どうしたのかな~? 子供でも分かる事を理解できない頭になったのかな~~?」

 

 

「離せアリサ! ユーシス! 今、あいつを滅さないと未来の子供達に暗い影が落ちる!」

 

 

この二人のやり取りに思わず頷いてしまう。

成程、慣れというのはこういう時に発揮するものだと思う。

何せここで慣れによる二人の停止と委員長がミリアムという少女に見えない角度でレイの脇腹に肘を打ち込んでいなければ醜い争いが幼気な少女の前で繰り広げられていただろう。

まぁ、当の本人は「シカンガクインの人達って皆こんな風にオカシイの?」って無邪気に聞いてきて何故かリィンとレイも含めてショックを受けた顔になる。

凄まじい連帯感にガイウスは帝国の教育に感心する。

自分もその教育に嵌っている事に関しては棚に上げている……もとい天然で気付いていないが。

ともあれ自分が懐かしさを感じていた古さを感じる巨大な扉はガーちゃん……正式名称はアガートラムというらしいがそれによって一撃で粉砕された。

別に楽しい思い出が詰まっていたとかそういうわけではないが、何故か切ない気持ちになってしまった。

ちなみに扉が破壊されて視界が固定されている間にリィンとレイは遠慮なく殴り合っていた。

そうした中で今までの人生である意味で結構な付き合いではあっても中を見た事が無かった石切り場に入った直後に妙な風を感じたと思ったと同時に二人程反応が起きた。

 

 

 

「……む」

 

「これって……」

 

 

レイと委員長であった。

レイは一気にテンションが急下降して不機嫌そうに右手を摩り、委員長は場の雰囲気に息を呑む。

どうしたのか、と周りのメンバーも謎に思い声をかけようとした瞬間に現れたのが魔獣とは何かが違う生き物であった。

石の怪物……とでも言えばいいのか。

まず魔獣ではないと断言出来る。

魔獣も普通の動物とは確かに違う生き物ではあるのは確かだが、それでも彼らは生物だ。

こんな石みたいな無機物で動く生き物は見た事がない。

 

 

「……いや。もしかしたらノルドにはいないだけか……?」

 

「ここはノルドだぞ!」

 

 

ユーシスの納得がいくツッコミにそういえばそうだったと思いつつ全員で武器を構え迎撃を行う。

 

 

 

「また固い系か……!」

 

 

その中で一人ガントレットを付けているとはいえ拳であれと立ち向かわなければいけない仲間の一人がちくしょう、と叫びながら突貫していった。

結果は確かに倒したがやはり拳を武器にした少年が両手を抱えて転がる結末になった。

それをリィンが鼻で笑い、アリサが回復にレイに近付くのだが……気のせいか。レイがアリサに対して余所余所しい。

誰とでも仲良くなりつつ無暗に近付かないという絶妙の間合いの取り方をしていた彼が自分をうまく扱えていない。

これがいい事なのかどうなのか。

それとも自分の勘違いなのかは定かではないが今はそれを確認する時間もない。

ただ、やはり───どこかレイの表情が痛々しいものに思える。

勘違いであって欲しい、と俺はそう願い、疑問を封印する。

代わりの疑問はやはり先程の怪物の話になる。

だが、それの答えを知る者が二人いた。

 

 

 

「これは魔獣じゃなくても魔物だな。時たまこの場所のような上位三属性が働いている場所にうろついている、要は怪物だな」

 

「また知っているのかレイ状態か」

 

「親父に付き添っていたら嫌でも……」

 

 

 

ふっ、と遠い目をするレイを無視して詳細は何故か知っている委員長に補足して貰った。

この場では地水火風の通常の4属性に加えて時・空・幻の3属性も働いているおり、それらのアーツも効くことがあると。

 

 

 

「つまり厄介な場所であるというわけか。」

 

「リミットが近づいているのに……」

 

 

ユーシスとアリサの呟きに内心で同意する。

時間の余裕なんて一秒もない、というのが本音だ。

本当ならば馬でも乗ってそのまま一気に駆けて、件の犯人達を捜したい所なのだ。

無論、それがどれだけ不可能事を語っているのかも悟っている為、やるつもりは毛頭ないが、それでも落ち着け、と思わないと焦りを得てしまうくらいには心が逸っている。

だから、こんな提案を出された。

 

 

 

「成程……お前ら迅速がご所望か」

 

 

 

レイから唐突にニヤリ、という笑いと共にそんな言葉をかけられる。

その口調に

 

 

 

「え? 何々!? 何か面白い提案があるの!?」

 

「ああ………とんだアスレチック且つダイナミックな提案が俺にあるとも…………!」

 

 

 

その時ガイウスは気付くべきであったと深く反省する。

レイが微妙且つ非常に暗い瞳の状態の意見を聞いた場合、風と女神すらも驚く確率で酷い目に合う事を既に色々と経験した後であったというのに。

つまる、ところ洞窟で暗い場所にいた事が最も彼らにとって不運であったと言えるだろう。

保護色でその暗い瞳に気付かなかったのだから。

いや元から黒いが。

 

 

 

 

 

 

 

猟兵崩れ共を相手にしていた眼鏡の男は地震………………という程ではないが、洞窟が揺れている事を知覚した。

 

 

 

「何だ…………?」

 

 

地震か、とは思うが、地震にしてはやけに不規則で…………どちらかと言うと場所が揺れているというより…………揺れの原因がこちらに近付いている、という感じだ。

まず最初に考えたのは魔物だ。

対策はしているが、ここは(・・・)文字通り常識が違う場(・・・・・・・・・・)()だ。

油断は出来ない。

故に男は会談を中断して、懐にある導力銃に手を伸ばす。

一番有り得る可能性は魔物。

 

 

 

二番目に有り得るのは正規軍がこの場所を探し当てたか、だ。

 

 

それだと正直不味い。

事、武力という意味では私の他の皆には劣るし、ここにいる連中を使い捨てたとしても時間稼ぎにもならないだろう。

だが…………正直、これは無いとは思う。

何故ならば、正規軍が動いたにしては振動も数も少ないし──────何より分かりやす過ぎだ。

だから、ほぼ違うだろう、と考えていると……………………第三の選択肢が頭に浮かぶ。

 

 

 

まさかな……………………

 

 

"C"が気にしているというか、興味を抱いている相手……………………トールズ士官学院のⅦ組の子供といったか。

ここにも演習に来ているようだが……………………まさか、という思いは己がいる広場に通じる入り口から緋色の服の文様が複数突撃してきた事から、まさか、という思いは疑問から、驚きに変わった。

しかし、だからと言ってこちらの対応が変わるわけではない。

来たならば来たで、こちらは武力行使で排除するのみ。

正規軍ではなく、Ⅶ組の子供相手ならばこの猟兵達も十分に役に立つだろう。

 

 

 

 

 

そう思って、計画を立てて──────1秒後に入り口から魔物の群れ(・・・・・)が一緒に入ってきた瞬間に頓挫した。

 

 

 

「は……………………?」

 

 

意味が分からない。

何をしているんだこの子達は?

不安要素ばかりを増やしてどうする?

 

 

 

 

そんな複数の疑問に飲まれ──────故に対応に遅れ、Ⅶ組事、魔物の群れに、男と猟兵は飲まれた。

 

 

 

 

 

 

「レイーーーーーーーーーー!!!!」

 

 

リィンとユーシスの二人の叫びを即座に無視しつつ、レイはふーーはっはーーー!! と笑った。

 

 

「どうだ!? お前ら! これが親父に習ったトラウマ戦術! "危険地帯、魔獣と一緒に渡れば運悪ければ全滅だ!"作戦だ!」

 

「貴様! 運が悪ければの部分を説明していなかったではないかさっきは!!」

 

「はぁーーー!!? ユーシスぅ──────説明するとお前らやらないだろ?」

 

「確信犯か……………………!!」

 

 

やかましい。

俺一人だけこのトラウマを持っているなんて不公平だろ。

折角のチームなんだから一緒に不幸になろうぜ……………と暗い野望を抱えて笑っておく。

まぁ、そうは言っても後衛メンバー二人はガイウスとリィンがちゃっかり守っているし、ミリアムという少女はむしろ笑って楽しんでいる。

 

 

 

「あはは! すっごぉーーーい! ぼく、流石にここまでおかしな作戦したことがないよーー!」

 

 

と楽しんでいるからいいだろう。

ユーシスもフォローしているし。

というわけで、流石に作戦通りに俺も一人、手軽な人間として、今、魔物の対応に追われている奴らに対して突撃を仕掛けた。

 

 

 

「くぅ……………………!!?」

 

 

あからさまな猟兵スタイルに何だか黒幕を気取りたいのかという感じの眼鏡がいたが、とりあえず脅威度を見て、猟兵の連中を相手することにする。

しかし、これに関しては予想外と言うべきか。

猟兵は俺が近づいてきている事より、近寄ってくる魔物を何とかしようと精一杯だったのだ。

はっきりと言えばこんなのランク外の猟兵だ。

 

 

 

本物はもっと冷徹に命を計算して捨てる。

 

 

駆出しの素人か、と思い──────ならば余計に遠慮はいらないと思い、そのまま突撃する。

 

 

 

「あら、よっと」

 

 

魔物の隙間を一歩踏み込んで通り過ぎ、振りかぶられた岩の巨人のような一撃を少し首を傾げることで避け、突撃してくる魔物二体を速度をもって突き抜け、背後で激突するのを無視していると猟兵の前に躍り出ているのである。

 

 

 

 

「──────は?」

 

 

それを見て動揺などしているので、欠伸をしたくなる。

たかだか、この程度の動きで驚くようならばどうせ先は短い。

いや、そういう意味では運が良かったのか、と思いつつ、遠慮なく馬鹿面晒している奴らに突撃をかます。

最も攻撃をするわけではない。

 

 

 

 

ただ、敵が手にしているそれぞれの武器に軽くタッチするだけだ。

 

 

触れれば怖るとかいう技術やクラフトを持っているわけではないが、今はただ触れるだけでいい。

それこそ鼻歌混じりに適当に武器類に触れつつ、そのまま通り過ぎ、再び魔物の集団を突破する。

魔物との距離も、猟兵集団からも一つ距離を取った所で

 

 

 

 

「ほいほいっと」

 

 

右の拳に稲妻が走る。

暗闇の同靴の中で唯一光る光に、少し自嘲しつつ、効果の発揮を待つ。

 

 

 

 

「なっ…………!?」

 

 

驚愕の叫びと共に、猟兵が持っている武器が全てこちらに飛び掛かるかのように浮いたのだ。

勿論、種も仕掛けもある手品だ。

敵の武器に触れた時に、こちらに引き寄せられるように磁化しておいたのだ。

そこら辺、しっかりとした理屈があるのだろうけど、一々理論を語るのも知るのも面倒なので知らない。

出来るから出来るのだ。

ともあれ、敵の武器は奪った。

放置していたら魔物に虐殺されるだけだから、そこら辺は残っているメンバーが何とかするという事になっているので俺は無視。

故に、後はもう一人の眼鏡をどうにかするだけなのだが…………

 

 

 

「あ」

 

 

そう思っていたら、眼鏡の男は早々とワイヤーガンを使って、離脱していた。

 

 

 

「おい! レイ! あんだけ色々やらかした癖に主犯を取り逃がしてどうする! 後でトワ会長に叱ってもらうぞ!?」

 

 

クソ馬鹿の言う事は華麗にスルーしておく。

あの野郎、人が一番苦手な所を突きやがって。

どうにも、あの人は何故か苦手なんだよなぁ、と思いつつ、

 

 

 

「あーー。こっちとしては捕まってくれたら超楽なんだけど──────というかその距離だとここにある銃器ぶっぱするしかねえんだけど」

 

「君は生きて捕まえる気がないのかね…………?」

 

 

敵にも何やらドン引きされているが、生死問わずはおかしいだろう、と犯罪者に説かれるのは中々新鮮である。

 

 

 

「仕方がない! 金らな幾らでもリィンとユーシスが払うし、美少女の奉仕が欲しければそこに金髪巨乳と眼鏡巨乳が二人いるぞ! まさか貧乳しか受け付けないなんて器量が小さい男じゃないだろ!」

 

「こ、この野郎…………!!」

 

 

身内からのヘイトが更に上がった気がするが、鮮やかにスルーする。

とりあえずボケれる余裕があるという事はいい事である。

あの分ならば、暫く俺の手はいらないだろう。

そう思っているとワイヤーガンに釣り下がられている男はふむ、と頷きつつ

 

 

 

「──────胸に貴賤は無いとも。大きくあっても、小さくあっても等しく女神の愛だ」

 

「──────せ、先生!?」

 

「一瞬で絆されるなぁーーーーー!!!」

 

 

アリサからのツッコミを空の彼方に送って、これ程の男らしさを曝け出した男に苦痛の色を見せてしまう。

 

 

 

何て惜しい……………………! こんな男を敵として相対しなければいけないとは…………!

 

 

現実は常に苦しい──────と、まぁ適当に嘆いておく。

本音を言えば別にどうでもいいし(・・・・・・・)

 

 

 

敵だろうが味方だろうが、いい奴だろうが悪い奴だろうが、どうせ最後の結末は全てが綺麗さっぱり壊された、である。

 

 

だから、どうでもいいかと思い、稲妻を練っていると俺の様子から何かを視たのか。

眼鏡の男は俺を見下ろしながら

 

 

 

 

「──────成程。どうやら聞いた通りなのかもし(・・・・・・・・・・)れないな(・・・・)

 

 

小さかったが、しかし聞き逃せないような言葉が耳に入った。

一瞬、稲妻を練る意志が停止し、練っていた稲妻が霧散する。

戦闘においてしてはいけない事をした俺は当然の如くその隙を突かれた。

眼鏡の男がぶら下がりながら、空いた手で懐から何かを取り出し、口に咥える。

 

 

 

 

 

「……………? フルート?」

 

 

 

 

こんな修羅場で呑気な、とは思わない。

むしろ、こんな状況で在り来たりな武器を持ち出してこない方が、よっぽど嫌な予感を湧き出させる。

しかも、ご丁寧にフルートは禍々しい形をしているのだから、余計だ。

何が起きるかは分からないが、何かを起こすつもりだ、という事だけで止めに入る理由になるのだが、さっき一瞬、止まってしまったのはやはり、余計であり、つまり、男の演奏を止める事が出来ないという事であった。

 

 

 

 

 

 

鳴り響いた音は、余りにも魔的な響きであった

 

 

 

 

 

魔物を相手しているⅦ組の馬鹿共も、武器を奪われ、逃げ続けていた猟兵崩れ共も、そして魔物ですら硬直する魔響の音楽。

そのせいで、逆にそのフルートがどういった代物なのかを理解できてしまった。

 

 

 

 

古代遺物(アーティファクト)か!? てめ、さてはとんでも腹黒眼鏡だな!? うちの堅物真面目眼鏡とは大違いか!!」

 

「君は眼鏡を何だと思っているんだ」

 

「レイ。レーグニッツを評したいなら、後、クソか、馬鹿をつけるがいい」

 

 

 

演奏を終えた眼鏡とユーシスからのツッコミは遠慮なくスルーするが、古代遺物であるならば、ここからが厄介だ。

何せ、あれらは結構、リアルで何でも起こしてくるから最悪なのだ。

追撃を取りやめ、周りの警戒に当たり────────自分が気付くよりも先にガイウスからの警告が耳に届いた。

 

 

 

 

 

「上だ……………………!!」

 

 

 

 

 

警告と共に落ちてきたのはまぁ、蜘蛛としか言いようがないのだろう。

例え、その体格が戦車よりも一回り程大きく見えたとしても、形としては蜘蛛に似ているから蜘蛛と称するしかあるまい。

あーーーこれが、ガイウスが言っていたこの洞窟の主みたいなもんかーーーっと呑気な思考をするが────────蜘蛛が降り立った真正面に武装解除した猟兵崩れがいるというのが問題である。

 

 

 

 

 

「ひっ……………………!?」

 

 

 

 

武装が無い今、反撃する事も出来ない猟兵崩れは情けない悲鳴を挙げながら、腰を抜かしている。

未知の魔物を見た程度で死に捕らわれているとか猟兵としてどうなのか、とは思うが、別にアドバイスする気はない。

しかし、問題はこの蜘蛛を呼び寄せた眼鏡の男が、そのままワイヤーガンを利用して逃げようとしている。

どうにかして、撃ち落としてやりたいが、ここで派手に雷を練れば、蜘蛛がこちらに集中するかもしれないのが難点である。

不幸中の幸いはリィン達を囲んでいた魔物は、蜘蛛に怯えたのか。

とっとと逃げてくれたお陰で、リィン達の手が空いたのが救いである。

 

 

 

「おいレイ!! あんだけ煽った癖にこの始末! やっぱりテストの結果はイカサマか!?」

 

「はっはっはっ、現実を受け止めないのは勝手だが、面倒だがリィン。ちょっとこの蜘蛛の怒り? を鎮める為に、奴の口の中に突撃する気は無いか? ゲテモノの方が美味いっていうのが相場だからなぁ」

 

 

「その理屈だと貴方達二人とも美味しいと思うわ……………………」

 

 

アリサからの疲れたツッコミを華麗にスルーしながら────────とりあえずあの眼鏡は諦めるしかないかぁって思っていると

 

 

 

 

 

「ただで帰すか………………!!」

 

 

 

何やら、叫ぶリィンが懐から何か袋を取り出して、中身を取るのを見て、何だ何だ、と思ってそれを見て

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿、おま、リィン! それ洒落になって……………………!!!」

 

「食らえ!! ────────奥義マルガリクッキー!!」

 

 

 

士官学院生……………………否、人としてもしてはならぬ行為を躊躇せずに行う様を見てしまった俺は反射的にクッキーが飛んでいく様を見る。

声に反応したのか、眼鏡の男も振り向きながら……………………何をしているんだ的な顔をしている。

非常に気持ちは分からないが、それは実に悪手だ……………………何故なら、そのクッキーは

 

 

 

 

 

「な────────」

 

 

 

 

何故か封から解き放たれると、意味もなく大爆発するからだ。

チュドーーーン、と分かりやすい効果音と共に爆発に巻き込まれる男を見届ける。

何やら粒子のように光が散らばっているように見えたが、あれはもしかしてあの男がかけていた眼鏡の破片だろうか。

逝ったか……………………とは思うが、攻撃料理一つで死ぬような間抜けでは無いだろう。多分。

さて、問題は運悪く、蜘蛛が目の前に落ちてきた猟兵崩れだろう。

あのまま放置すれば、最悪、一人か二人は食われるのか貫かれるのか潰されるのかは知らないが、まぁ、死ぬだろう。正直に言えばどうでもいい事だが(・・・・・・・・・)

でも、あの連中は連中で開戦を止める為の証人に利用できる人材であるのも事実だと思うと憂鬱だが、やるしかない。

 

 

 

 

 

 

まぁ、一番不幸なのは勝手に自分の庭であくどい事を行い、その上で肉体を操作されている蜘蛛かもしれねえしなぁっと思いながら、レイは右手を見て、心底から嫌そうな溜息を吐く。

 

 

 

 

 

レールガン及びそれ以外の大技を利用する時間がない今、真っ当な手段では猟兵達全員を救う事は不可能だ。

 

 

 

 

 

 

だからこそ、真っ当ではない方法がある自分が心底から■らしかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリサは弓を構えながら、自分はおろかリィン達もあの蜘蛛のような魔物が猟兵の一人を食おうとするのを止めるのが間に合わない事を悟ってしまった。

 

 

 

 

 

「いや……………!」

 

 

 

思わず、声を上げるが、現実はどうしようもない。

リィンもガイウスも間に合わないと悟りながら、足を止めてはいないが顔には諦めが浮かんでいるし、ユーシスは一応子供であるミリアムに見せないように、ミリアムの前にわざと立ち塞がり、エマはアーツを唱えながら、杖を力強く抱きしめ、ミリアムはそんな光景をまるで気にせず、ユーシス邪魔ーーなどと無邪気に笑っているが、とてもじゃないが注意している余裕はなかった。

 

 

 

 

 

「ひっ……………………!!」

 

 

蜘蛛の糸に捕らわれた男は迫る牙に情けない悲鳴を挙げながら、助けを求めるようにこちらを見ていて、間に合わない私達は一瞬だけど、反射的に目を閉じ────────その瞬間に肉を齧る生々しい音が聞こえた。

間に合わなかったという絶望は、しかし、そうなるだろう、という諦観のお陰と言うべきか。

閉じていた瞳を開けさせ

 

 

 

 

 

「────────え?」

 

 

 

食われているのが猟兵の一人ではなく、見慣れた少年の右手である事を認識した。

まるで、シーンが途中で切り替わったかのような急な展開にアリサの脳は反応しなかったが────────体は勝手に反応した。

 

 

 

 

「────────レイ!!?」

 

「ん? どうした? アリサ? あの眼鏡なら多分、マルガリクッキーを捕食した影響で多分、社会的に死んだと思うぞ?」

 

 

 

右手を蜘蛛の口に挟まれ、そこから赤い血が決して少なくない量が流れているというのに、彼はまるで何時ものように馬鹿な事を言うものだから、逆に脳が復活し、しかし次に動いたのはユーシスであった。

 

 

 

 

「阿呆が!! とっとと得意の稲妻を流さぬか!!」

 

 

叫びながら、それでも救出に走り寄るユーシスに触発されるように、他のメンバーも合わせて動く中、それでもレイの反応は変わらなかった。

 

 

 

 

 

「気にすんな気にすんな。こんなのアレだ。小動物が噛んでくるようなものだ。ほぅら怖くない怖くないガブリ。あいたたた────────蜘蛛じゃねえかこれ! こんなのに好かれても嫌だぞ俺!!」

 

 

「もう黙ってろ阿呆が!!」

 

 

 

全くもって完全同意するユーシスのツッコミを聞きながら、一斉にかかろうとした瞬間────────ようやく異変に気付いた。

 

 

 

 

「…………何だ?」

 

 

 

ガイウスの一言に、え? と思って、アリサは彼を見る。

彼が見ているのは、別の方向ではなく、蜘蛛のまま。

つまり、彼の呟きはここの主と思われる蜘蛛についてであり、何だ? って何……………? と思って、自分も改めて蜘蛛の方を見ると────────自分も違和感に気付いた。

 

 

 

 

 

さっきから、蜘蛛が何の動きも起こしていないのだ。

 

 

 

レイに噛みついてから既に十数秒ほど経っているのだ。

それこそ、レイの右手を食らうか、もしくは別のアクションを取ってもおかしくないというのに、蜘蛛の魔物は一切動かずに───────いや、よく見れば、ほんの少し、体を、揺らしていて………………まるで

 

 

 

 

 

「怯えている…………………?」

 

 

 

 

自分が放った言葉だが、内容が余りにも信じれない内容で、馬鹿な事を言っていると内心で呟くが……………まるで恐る恐ると言った感じで、レイの右手から口を離し、そのまま数歩退く姿を見たら、つい、自分の言葉を信じてしまいそうになる。

レイはレイで牙に貫かれ、自分の血で濡れた右手を、まるで心底どうでもいいような物を見ているという感じで、適当に振って、血を落としながら

 

 

 

 

 

 

「────────何だ。千切る事も出来ない程度の怪物かよ」

 

 

 

 

────────心底、失望した、という感じで、彼はそのまま右手を蜘蛛に向け

 

 

 

 

 

 

「────────!!!!!」

 

 

 

 

蜘蛛の魔物はまるでそこに絶望を見たという風に悲鳴のような叫び声を挙げながら、物凄い速度で逃げ出していった。

余りにも急展開に、私達はおろか、先程まで食われかけていた猟兵崩れまでもが動けない中、当の本人だけがそんな空気を無視して、先程、眼鏡の男性が落ちていった方に向かい、あーーーこりゃ、追跡は無理そうだなぁとか言っているのを少しの間、見届け……………………彼が怪我をしているという事実を思い出して、アリサは急いでレイの元に向かった。

 

 

 

「馬鹿! 貴方、右手!!」

 

「くっ…………!! 俺の封じられた右手が………………!! と思ったけど、右手は汚れているからじゃあ、左手でアリサの胸を遠慮がはっ!!」

 

「馬鹿言っている場合じゃないでしょうが!! エマ! 早く来て! 止血しないと!」

 

「あ、はい! でも今、アリサさん……………………思いっきり殴りましたね……………………」

 

 

馬鹿に漬ける薬が、これしかないのだから仕方がない。

ガイウスとリィンは猟兵の方を見ているみたいだし、ミリアムもそっちに向かっているのを横目に見ながら、アーツが得意のエマとユーシスが傍に来るのを感じ取りながら、アリサはレイの右手を取り、傷口を探そうとして

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

本日何度目かの疑問の言葉を口から漏らした。

硬直する私に、不審を覚えたのか、ユーシスとエマも血に濡れた彼の右手に視線を走らせ

 

 

 

 

「…………何?」

 

「どうして……………………?」

 

 

 

 

彼の右手に傷口が存在しない(・・・・・・・・)という事実を理解した。

 

 

 

 

二人も一瞬で硬直したが、直ぐに手ではなく今度は腕を見たが、やはり傷らしいものは一切ない。

では、実は噛まれたように見せただけなのかと思うには、真っ赤に染まる彼の手が否定していた。

何をどう見ても異常事態としか見れない事態に、本人は無視してユーシスとエマの手を振り払い

 

 

 

 

 

そういう事だ(・・・・・・)

 

 

 

などと、心の底からどうでもいいみたいな言葉だけを残して、立ち上がった。

うーーーん、と伸びをするレイの仕草には何一つ痛みを堪えている要素がない。

嘘でも幻でもなく────────彼の右手には一切の傷はないのだ。今は。

 

 

 

 

 

 

「ま、気味悪がるなら好きにしな。そうでないなら、ないで適当に。嫌われるのも同情されるのも慣れているさね」

 

 

 

顔も態度にも嘘はない。

その事からアリサは、本当に私達が彼を嫌おうが何しようが同じなのだ、と思っていると事に否応なく気付かされる。

敵意も悪意も、彼にとっては等しく普通なのだ、と思っている事を。

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

だからこそ、アリサは達観している馬鹿に対して遠慮なくもう一発平手をぶち込むのを躊躇わなかった。

ええ、それくらいで引くなんて女が廃るし、舐められているってもの。

両方の手を腰に当て、仁王立ちするくらいには怒りが込み上がるってものだ。

たかが、その程度の事で引くなら乙女というものを舐め過ぎというもの。

だから、続いて、叱責の言葉を、それこそ舐めるんじゃないわよ! と言おうとして

 

 

 

 

 

 

 

見事に顎を撃ち抜かれて気絶している事に気付いて、ヤってしまった、硬直するのであった。

 

 

 

 

 

 

……………………だからこそ、気付かなかった。

 

 

 

これだけの騒動を馬鹿が起こしたというのに、もう一人の馬鹿が何のアクションも起こさず、ただじっとレイを睨んでいる事に。

嫉妬とかそういう単純なものではなく……………………違うだろ、という視線を込めた目で、友を見ていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(こそこそ。あ、これでノルドの実習編は終わりです。では、こそこそ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔女と怪物

(こそこそ)


空の青さに対して、わざとらしく目を閉じながら、レイはさいっこうの昼寝日和のタイミングに心惹かれ、そのまま寝る事を決行する事にした。

今日はもう7月18日の夏服に変わっての初の自由行動日。

段々と外にいるだけで汗が書くような季節になってきたが、この程度の暑さで死ぬーーとか言うような軟さを持っていたら、遊撃士のサポートもそうだが、士官学院生にもなれない。

 

 

 

 

 

故にレイは躊躇う事無く、昼寝をすることにした。

 

 

 

 

場所はトリスタの駅前広場にあるベンチ。

ちょっと一人で独占するのもなんだが、偶にはベッドとか自然のではなく、こういったベンチで昼寝をするのも乙なものなのだから許して欲しいものだ。

マキアスとかユーシスとかそこら辺の堅物に見つかれば、面倒くさい説教が待っていそうだから、わざわざⅦ組のメンバーから時間をずらして、開けっ広げに寝ると決めたのだから、この至福は邪魔させない。

時々、そこらの悪ガキが寝ているのを邪魔しようとしてくるが、そういうのは目を瞑りながら、悪ガキの一人の襟首を掴んで、浮かばせ、揺らしたら大抵、どっか行くから問題無し。

どうでもいいけど、似たような事ならフィーもしているのに、フィーには何故そういったのが寄り付かない? 女の子だからか? 最近の餓鬼はませているぜ……………………

 

 

 

 

 

まーー、フィーはラウラのせいでテンション低いからなぁーー

 

 

 

 

まぁ、見た目通りラウラは実に小綺麗な人間である。

いや、そこら辺は、Ⅶ組全員に言える事だから、他のメンバーはフィーが猟兵と知っても、態度もキャラも崩す事は無い程度には清濁を併せ持っていた。

……………………あーーいや、単純にフィーは無害だから、過去がどうであっても、フィーはフィーだ、みたいなリィン理論を装備している感があるが。

一般人の反応としてはまぁ、ラウラの方が正しいだろうから、別にラウラの反応が心が狭いっていうわけでもないが。

他のメンバーはそこら辺でヤキモキしているみたいだが、レイとしては手助けはしてもいいし、しなくてもいいという感じである。

はっきり言っていいのなら、正直どうでもいい、と言ってもいい。

別にラウラとフィーが唐突に親友になるような事があろうが、逆に、最早殺し合うしかない、とかいう事態になっても構わない。

 

 

 

 

 

レイからしたら等価値である。

 

 

 

 

暖かな光景も、暗く、冷たい光景も、レイにとっては全く同じだ。

何故ならレイには何となくというレベルだが、分かる事があるのだ。

 

 

 

 

 

 

そろそろ、今ある日常は壊れるという確信に近い予感を感じるから

 

 

 

 

妄想と取られても仕方がないが、実際、この手の予感は今の所、全部必中しているのだから、本当に仕方がないではないか、と苦笑するしかない。

レイからしたら全部一緒なのだ。

平和も、戦争も、憎しみも、優しさも、恐怖も、愛でさえ最後には壊れるのだから。

どうして、わざわざ壊れると分かっている物に愛着を持たないといけない。

 

 

 

 

 

人も物も、出来事も、レイからしたらどうせ最後は(・・・・・・)と思う空白でしかないものだ。

 

 

 

 

だから、レイはこうして笑って、昼寝をするのだ。

最後には壊れるにしても、どうせなら楽して楽しんでいた方が気が楽なのだから。

そんな風に思って目を瞑っていると

 

 

 

 

 

 

『────────なら、どうしてそんな風に人に溶け込もうとするのかしら?』

 

 

 

 

するりと脳に入り込む言葉があった。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

試しに片目を開けてみると、当然、場所はトリスタの駅前広場である────────人の姿所か、人の気配が無いのを自分が知っているトリスタの駅前広場と言っていいのならばだが。

さて、酒をしこたま飲んだ────────なんて格好いい事はしていないし、狸か狐辺りに化かされたか、とかと思うにも、どちらの獣とも縁がない。

完全な異常事態に直面し、レイはどうした物かと考え────────どうも出来ないかと考え直して、そのまま再び両目を瞑って、昼寝を敢行する事にした。

 

 

 

 

 

『────────ふふっ』

 

 

 

その素振りに、声の主……………………恐らく、女性と思わしき、高い声は何かツボに嵌ったのか。

小さく笑うのをレイは聞くが、残念ながらこの空間から人の気配を感じない以上、面と向かって喋る、という事は出来ないのだからしょうがない。

人間、諦めが肝心なのである。

 

 

 

 

『捻くれているのに、可愛らしい子ね。"彼"とも似た反応だけど……………でも、私の質問には答えてくれないのかしら?』

 

「なーーんで、俺がそんなリィンみたいな奴が聞かれそうな痛々しい質問に答えないといけないんだよ。そーーいうのは捻くれていない、可愛らしい子にでも聞けよ」

 

 

 

しっしっ、と手を振るとまた何かツボに嵌ったのか、今度はさっきよるも分かりやすく、楽しそうに笑われるが、知った事ではない。

大体、何が人に溶け込もうとしているだ。

んなの────────生きるのに必要だから(・・・・・・・・・・)に決まっているだろうが。

この手の超常現象を操る類は大抵、こちらの事情を知っていてわざわざ聞いてくるからうざいとしか言えない。

知っている事を一々、ねちねちと人に聞いて、優越感に浸るのだから厭らしくて仕方がない。

 

 

 

「昼寝してるんだからいーからどっか行ってくれないか? それとも殺し合いとかそーいう物騒なのがお望みなのかよ。死人が出るぜ? ────────俺が」

 

『あらあら。そこは男の子として格好つけて、最後には俺が勝つ、とか言わないの?』

 

「プライドなんて生まれた時からねーーよ」

 

『あれだけ生に執着しているのに? それともあれは演技という名の嘘、かしら』

 

「生きようとするのに、嘘も偽物もあるもんか」

 

 

全くもってその通りね、と苦笑する声を聴きながら、俺の昼寝は出来そうにないという事を悟る。

せめてもの抵抗として目を閉じているが、眠れない以上、意味ねえなぁとは思うが、そういうものである。

やれやれ、と本気で溜息を吐いていると

 

 

 

 

 

『────────でも、貴方ほどの人なら知っているでしょう? "人に溶け込まずに生きていく方法" いえ、仮に知らないとしても……………………何なら私が助けてあげてもいいわよ?』

 

 

 

 

ほら、来た。

この類の人間が、超越している癖に他人に対する興味を失わないのだ。

もしくは、超越しているからこそ他人に興味を持っているのかもしれないが、どっちにしろ俺からしたら傍迷惑の一言である。

遠慮なく、もう一回手を振って、断る、と告げる。

それで会話が終わってくれたらいいのに、女は未練がましく言葉を告げる。

 

 

 

 

『何故? 貴方にとって人の世は興味がない、直ぐに壊れてしまうような儚いモノなのでしょう? 執着する事も無ければ、愛着も持たない。夢のような物。なら、いっそ自分の手で壊そうとするか────────完全に無視できる場所が欲しいと思わない?』

 

 

はっ、とレイは初めてこの女に対して嘲笑する。

何て下手な勧誘文句だ。

それで今まで勧誘できていたなら、程度が知れるというもの。

壊れるから自分の手で壊す? 完全に無視する? ────────何て夢見がちな言葉。

まるで、人間という物を理解していない。

人間という生き物は異常、異端、異物という存在に対する狩人だ。

それがほんの些細な事柄であったとしても、違いがあれば、存在する事すら許さない病的な潔癖症を群体として作られた生きもの。

獣や、魔獣ですら、そこまではするまい。

異なる存在に対する排他性ならば、地上に置ける最高の執行者だ。

善も悪も、光も闇も、愛も憎悪も、金も兵器も、権力も武力も────────涙すら利用するのが人間という存在だ。

そんな人間を壊そうとする? 完全に無視できる場所?

 

 

 

 

 

出来る筈も無ければある筈もない。

 

 

 

 

もしも、本当にあるとすれば、それは自分の首を絞めた先に辿り着く場所だろう。

正しく、逝きつく先という笑える場所だが。

そんな旨を伝えると、女は成程ね、と頷きながら

 

 

 

『それは、遠回しに────────私達は負ける未来しかないって言っているのかしら?』

 

「知るか。俺は俺の主観を語っただけで、あんたらがどうなるかなんて読めるわけないだろ。お前らがどんなモノなのかは知らないけど、頑張れば俺の言葉が負け犬の遠吠えになったりするんじゃないか」

 

 

どっちであっても、知らないが。

勝ち犬になろうが、負け犬になろうが、それこそどっちでもいい下らない事だ。

俺の言葉を負け犬の遠吠えと捉えるなら捉えればいいし、餓鬼の戯言と捉えるのも好きにすればいい。

何故なら、どっちも正しいし、捉え方だ。

 

 

 

 

 

 

 

間違いなく、自分の言葉はクソ餓鬼の言葉であり────────どうしようもない程に、人生の敗北者の言葉である。

 

 

 

 

 

だから、負け犬らしく欠伸をして我関せずの態度を貫くだけである、

そんな自分の態度に、そう、とようやく熱が消えたような言葉になってくれたので、諦めたか、と思って、気を良くしていると

 

 

 

 

『────────もう、人間は■くないの?』

 

「■い」

 

 

 

ノイズが混じる。

右手が熱を持ち、空間が軋むのを感じ、この空間の作成者が一瞬、息を呑むのを感じ、つい、力が込められている右手を開け、力を霧散させる。

そのまま、もう一度空間に向けて手を振りながら

 

 

 

「とっとと去れよ人間。怪物に話しかけ続けるのは賢いとは言えないって分かっただろ?」

 

『…………人間、と言うのね。私が魔女で、空間すら簡単に支配する事も理解して、蛇の一員である事も知った上で』

 

「はっ────────可愛い勘違いだ。たかだか多少、人間を超越した程度で、怪物になってしまったって思ってるのかよ。お生憎様。あんたが、そうなるにはまだまだ不幸(しれん)が足りてないわこの幸せ者」

 

 

そう言って、今度こそレイは本気で目を瞑る。

もう語る言葉も無ければ、聞く事もない。

相手が魔女だろうが、蛇の一員だろうが、知った事ではない。

火の粉となって降りかかるなら拳を振るうが、勧誘される程度ならばどうでもいい。

だから、レイにとって魔女の勧誘もまた、何時か壊れる儚い戯言であり

 

 

 

 

 

 

 

『────────そう。貴方は、一人である事を選び続けるのね』

 

 

 

 

 

────────至極、大きなお世話というものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────んあ?」

 

 

ふと、レイが目を開けたら、そこには夕焼けに染まりつつある空があった。

何時の間にか眠っていた事もそうだが、そうなるとさっきの変な女も空間も夢であった、という事になるのだろうかと思うが………………それこそ夢見がちな現実逃避かと思うが………………何やら甘い香りがするのも事実だ。

何らかの花の香…………………香水かとは思うのだが、そういう化粧品に関しては、流石に深い知識も無ければ、花との縁も無い人生+NO興味である。

 

 

 

 

「ま、いっか」

 

 

 

現実であろうが、夢であったとしても、どっちでも同じだ。

どうせどっちであったとしても、レイがする事は見なかった事、無かった事にするだけなのだから。

無駄に騒ぐのも疲れるだけである、と思って、もう一回、昼寝でもしようかと思っているとARCUSからの連絡音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

なーーんで、俺の昼寝を妨げるイベントが連続するのだろうか、と思いながら、ARCUSを引き抜く。

これがリィンからならば遠慮なく即切ってやると思う。

どうせなら、誰から連絡されているのか、名前が表示されるシステムでも無いのか、と思いつつ、取ってみる。

 

 

 

 

「はい、もしもしーー」

 

『─────レイ! 今、どこ!?』

 

 

 

いきなりの問い+相手がアリサである事に一瞬、げんなりしかけたが、口調から察する限り、上段系の叫び声ではない。

一瞬、そういやこの時間帯まで寝ていたって事は旧校舎に付き合えなかったって事で、つまり、サボりに対する説教か、とも思ったが、まぁ、そうであったとしても躱す所存なので、いっかと思い、答えを返す。

 

 

 

「トリスタの駅前広場にあるベンチだが? 今日は俺の飯当番じゃない日だろ? 何かあるのか?」

 

『────────ナイスタイミングよレイ! えーーと、分かりやすく言えばリィンの妹さんが学校に来ていて、ちょっとした事情で、今、迷子になっているの』

 

「ほう。あの偏屈野郎の妹……………………いや、妹と兄を一緒にしてはいけないな。で、何だ? もしかしてあの鈍感馬鹿阿呆間抜けが、妹の家族としての情を無視する発言して傷付けて、泣かせてしまって、そのままどっかに行ってしまった、とかいうオチか?」

 

『…………もしかして、貴方、実は今まで私達をストーカーしていたりする?』

 

 

ド失礼な。

かなり適当に言っただけではあるが────────まぁ、リィンがやりそうな事の最初の一つを言っただけだから、マジでただの偶然なのだが、本当にあの馬鹿は俺を毎回毎回苛立たせる天才である。

まぁ、それは今は置いといて、そうなるとその妹ちゃんは学院か、もしくは街の中をさ迷っているかもしれないから、保護しないといけない、という事なのだろう。

ナイスタイミングという事は、恐らく、トリスタの街の中にいるのは俺だけで、俺が外に居れば、もしかしたらすれ違う可能性が高いから、という事だろう。

 

 

 

「探しゃいいんだろ? 何か特徴もそうだが、俺は一通り、街の中を探した方がいいのか?」

 

『ううん。妹さんと喧嘩したのはついさっきだから、多分、まだ学院内にはいると思うの。今、皆も探し回っているから、貴方はそのまま真っすぐ学院に向かって、それらしい人がいないかだけ見てくれない? あ、特徴は黒い長髪の利発そうな子で、ほら。帝都の聖アストライア女学院の生徒だから、そこの制服も着ているわ』

 

「おいおい。お嬢様か……………………お嬢様だったな。同じ、お嬢様としてアリサも着たらどうだ? リィン汚染を受けているアリサが入ったら、悪目立ちしそうだが」

 

『後で殴るわ。人中を』

 

「酷い殺し文句を聞いた……………」

 

 

やれやれ、と思いながら、通話を切り、立ち上がる。

ここから、士官学院までは全力を出せば10分もかからないし、上手くいけば、校内を探し回っている仲間メンバーと合流して探す事も出来るだろう。

そうして、伸びをしていると、何かやけに右手が鼓動を打っているような感覚がして、んーーー、と唸りながら

 

 

 

 

 

「もしかして、今日あたり、日常が壊れるかなぁ」

 

 

 

 

今から天気が崩れるかなぁ、と呟くように、レイは何となくで感じる、日常の終焉に笑みを浮かべた。

その終焉が悲劇に終わろうが、喜劇に終わろうが、自分にとっては笑みで迎える事だ。

 

 

 

 

 

 

何もかもに諦めてきたのだから、お陰で笑みを浮かべる事だけは得意になった。

 

 

 

 

だから、自分は鼻歌混じりに、さて、崩壊するならⅦ組のメンバーはどういう風に対応してくるだろうか、と思った。

怪物だと恐怖と嫌悪の瞳で、俺を気味悪がるだろうか?

それとも、例え、そうであったとしても、お前は俺達の仲間だーーみたいな感じで、受け入れるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「ま、どっちであっても、結末は同じなんだけどね」

 

 

 

 

何せ、このレイ・アーセルという名の怪物は──────生まれてから、一度でも、めでたしめでたしで終わるような結末を迎えた事が無い。

故に、レイは笑う。

どうせ最後には(・・・・・・・)、と笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

走り去っていく赤い制服を着た少年の後ろ姿を、ある女性は見届けた。

やれやれ、と笑いながら、走っていく少年は、まるで仕方なさそうに誰かを助けに行く好青年のようにしか見えないだろう、と女性は思う。

しかし、今、少しとはいえ、彼の心と接した自分には、最早、痛々しい傷だらけの少年にしか見えなくなっていた。

 

 

 

 

「……………同情する資格はないとはいえ、気分が良くはならないわね。全く……………"教授"の悪趣味も困った物ね………………まぁ、そのお陰でレオンハルトみたいな副産物を見つけれたのだけど……………………」

 

 

 

本来、ミスティという女性はそこまで他人に同情する性格ではない。

必要とあらば排除も考えるし、"壊し"もする。

自分が善性だとは流石に口が裂けても言うつもりはない。

相手が、それこそ自分の"妹"と同世代とはいえ、甘やかそうという気は微塵も無いのだ。

だけど────────偽善である事は承知の上で、アレは流石に酷い、としか思えなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

笑う事しか出来ない子供なんて、最早泣き続けているの同義だ

 

 

 

 

「可哀想な子……………」

 

 

 

どこぞの嘘吐き男ですら、ここまで無残では無い。

 

 

 

 

 

 

 

復讐を諦めた子供が、あんなに滑らかに憎悪を吐き出す姿を、女は見た事が無い。

 

 

 

 

ならば、復讐をすればいい、とも女は言えなかった。

何故なら、彼がもしも復讐をすると言うならば、それは世界(・・)を相手にするのとほぼ同義だから。

比喩でもなく、人とか集団とか、国家ですらない枠組み。

この世全てを憎む、という人間には…………否、怪物ですら成し得ない事を、しなければいけないのだ。

だから、彼は出来る筈がない、と諦め………………自分の命を諦めるように生かす事だけを選んだ。

その事で、ふと、"彼"と少年を対比する。

 

 

 

 

 

"彼"の人生は本人も認める所で、どこにでもある在り来たりな人生で、そこに"何故"という納得がいかない餓鬼の我儘を振りかざしているだけだ、と笑いながら─────瞳の奥に意思の炎を宿す少年であった。

 

 

 

少年の人生は誰もが痛々しいと感想を抱く人生で…………………あらゆる憎悪を前にしても、あれ程の憎しみを知らぬと言える少年なのに………………彼は憎悪を抱いたまま、絶望と失望の道を選び、空白の笑みを浮かべる少年であった。

 

 

 

 

一体、どちらが正しいのだろうか。

いや────────一体、どちらが幸せなのだろうか。

 

 

 

 

 

「…………………魔女が問う言葉では無いわね」

 

 

 

 

去っていく少年の背から視線を切り、女は今の自分の仕事場所に向かう。

魔女から追放された魔女が、少年に対して出来る事も、する事も、少なくとも今の時点ではない。

祈る事なんて似合わない所か、時間の無駄だし、敵になるかもしれない相手にそこまでする気は無い。

だから、彼の幸福を祈るつもりは無いが────────せめて、加害者側の一員として、不運が少しでも少ない人生を歩めるくらいを願うのは大人としてはセーフだろうかと思い

 

 

 

 

 

 

「…………馬鹿ね、そんな事、有り得ないのにね」

 

 

 

 

不運とは切って離せない関係だから、あの子は苦しむ事すら放棄したのに、と女は、魔女はラベンダーの香りを纏いながら、去っていった。

 

 

 

 

 

 

 




(こそこそ。あ、これ、ストックがあったとかではなく、結構リアルに、この前投稿して直ぐに書いて、何か区切りが良かったので投稿しました。


ともあれ、今回は結構、レイの人生に関わる大きなヒントが洩れましたが、そこは楽しんでもらえば幸いです! あ、ちなみに、この4章はほぼレイの話です。いや、まぁ、今までもほぼそうですが、今回はレイというキャラクターが主題になるという感じです。


では、また書けたら次回をお楽しみを────────次回がレイというキャラクターがここまで絶望して歪んだ原因が出るお話になるので。では、こそこそ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奈落を掴むは

Ⅶ組一同は、まるで図ったかのように全員が、正門前に集合していた。

一同と言っても、リィンとレイはいなかったが、しかし、それ以外のメンバーは少し息を乱しながらも全員が示し合わしたかのように正門に集合したのだ。

………………一部、視線が合った少女二人は、即座に視線を逸らしていたりするのだが、そこは今、気にする所では無かった。

代表として、アリサが一番最初に口を開く。

 

 

 

 

「……………………見つかって、ないわよね」

 

 

 

返ってくる言葉が沈黙であるのが、既に最大の答えであった。

しかし、嘆いても現状が変わるわけではない事は知っているメンバー故に、直ぐに互いの調べた箇所を教え合う前向きさを発揮する。

 

 

「私は一階を調べてみたのだけど、保健室や用務員室……………学長室も確認して貰ったのだけど、エリゼちゃんはいなかったわ」

 

「俺とエリオットは二階を中心に回ってみたが、右に同じくだった」

 

「僕は図書館を調べてみたが………………人にも聞いてみたが、それらしい女の子が図書館には来てないらしい」

 

「……………………中庭、特にいなかったよ」

 

「私とユーシスさんで学生会館を見回りましたが………………」

 

「……………………一応、貴族生徒用のサロンの方を見回っても、特に無しだ。机の下にもいなかった」

 

「むしろ、何故、机の下にいると思うのだそなたは……………………私はギナジウムを見回ったが、やはり、それらしい姿は無しだ」

 

「……………………と、なると後、調べていないのはグラウンドと技術棟と……………………旧校舎だね」

 

 

エリオットが結論を纏めながら、最後の単語に顔を顰める理由は理解出来る。

何故なら、旧校舎は最早、自分達の常識を超えた建物と化しているからだ。

何故か、魔獣はどれだけ退治してもいなくならないわ、むしろ強くなって増えるわ。エレベーターが生まれるわなど、やりたい放題である。

 

 

 

 

そこにただの一般人が入ったら、最悪の事態が起きてしまうかもしれない

 

 

 

とは言っても、あそこには鍵がかけられているし……………………何よりもあそこは一般人はおろか訓練を受けている筈の学生ですら入ろうとは思わない不気味さがあるから大丈夫だとは思う。

だから、全員で残った場所を下がろうと足を一歩踏み込んだ時、

 

 

 

 

「おーーーい」

 

 

正門から軽く走りながら、手を振ってくるレイがいたので、思わず全員が振り返る。

そこに淡い期待を見たが……………………彼の傍に誰もいない所を見る限り、やっぱり外には出ていっていないらしい。

仕方がないからレイとも情報を共有するしかない、と全員が思った瞬間に……………導力エンジン音が耳に響き

 

 

 

 

 

「アリサが言っていた黒髪美少女らしい姿はやっぱり、外にはいぶるぅあ!!!?」

 

 

 

後ろから導力バイクに思いっきり轢かれるレイを見てしまった。

空中で3回転所か、乱回転する馬鹿に、ほぅ、とガイウスが呟くのを聞くが、頼むから、そこに芸術を見ないでね……………………!! とエリオットがツッコむが、むしろ、ここに誰もレイの現状にツッコむ人間がいないのが────────

 

 

 

 

「アンちゃんーーーー!!? 何しているのーーーー!!?」

 

 

 

そうは問屋が卸さない、という形で学園きっての才女からのツッコミが宙を叩くと同時に、レイが地面に崩れ落ちる。

ぐしゃり、と生々しい音が響くが、Ⅶ組メンバーにとっては日常茶飯事だったりする。

やれやれ、という感じでユーシスが代表して近寄り

 

 

「おい、レイ。外にはリィンの妹らしい姿は見えなかったのだな?」

 

「……………轢かれた事に関しての優しい言葉は俺には無いのか?」

 

「本当に轢かれた人間はあんな風に愉快に飛ばん」

 

 

この世に女神無し……………と泣き真似をする馬鹿を全員で無視する光景が生まれ、それに絶句するトワと密かにジョルジュもいるのだが、リィンとレイに関するギャグ関係ならば鉄血宰相もびっくりな冷血メンタルを取得しつつあるⅦ組は気にせず関せずである────────ガイウスに関しては単に、この程度ではレイは傷は負わんだろう、という信頼によるものだったりするが、外から見れば同類に見えるのが悲しい風評被害である。

よっこらせ、と立ち上がるレイは服を叩き落としながら

 

 

 

「で? 後はどこを探していないんだ? グラウンドと技術棟。後は……………旧校舎付近だ」

 

「んーーー。順調にフラグが作られている気がするぞ現状………………でも、俺、今回、旧校舎探索寝てて参加出来なかったけど、鍵は閉めたんだろ?」

 

「連絡が繋がらなかったのはそのせいですか………………ですけど、はい。鍵はしっかりと参加したメンバー全員で確認したので、旧校舎自体には入れない筈です」

 

「だよなぁ────────ま、あの場所に、普通の鍵が通じるかどうかが謎な所だが」

 

「前提条件台無しにする当然の疑問だね」

 

 

フィーがふわっ、と欠伸をしながらレイの痛烈な疑問に相槌を打つが────────どちらかと言うと旧校舎の存在を知っているメンバーはその意見に関しては同意せざるを得ないので、文句を言えないのだが。

多少、空気が悪くなってしまったのを察知したのか、レイはそんな雰囲気に対して落ち着け、という身振りをしながら

 

 

 

「心配するな────────最悪、その妹さんが巻き込まれたせいでリィンがとんでもなく苦しんで、こう惨めで無様な姿を晒しておいおい、何だよそれ最高じゃねえかよおい! くっそ! 巻き込まれるのがリィンの妹さんじゃ無かったら幾らでもやって欲しい所なのに………………!! こうしちゃいられねえ………………!! リィン妹を助けたら、隠して、リィンに死んじまったとか言って落ち込ませなければ……………!!」

 

「悪質だし、長いし、止めなさい」

 

 

一瞬にしてアリサが左ストレートを放ち、見事に顎を撃ち抜かれた馬鹿が、ゆっくり倒れるのを見届けながら、全員が一息を吐き

 

 

 

 

「────会長。もしかして、リィンか誰かに頼まれて、エリゼちゃんの捜索を手伝ってくれたんですか?」

 

 

 

何事もなく、聞いてくるⅦ組総員にさしものトワもえ、えーー? と慌てる。

おかしい、こう、入学式の時くらいまでは皆………………うーーーん、レイ君以外はとってもいい子で、普通の子だった気がするのだが、何か凄い勢いで方向性が変質していないだろうか?

あ、いや、でも、こうしてクラスメイトの妹の為に奔走しているという事は、方向性自体は変わってはいないんだけど………………メンタルが凄い勢いで鋼鉄製に変貌している気がする。

後でサラ教官に色々聞くべきではないかと会長スケジュールに乗せながら、とりあえず今は一番の目的を達成する事にした。

 

 

「う、うん。リィン君に頼まれて。グラウンドは私が、技術棟はジョルジュ君が、外は丁度バイクに出ていたアンちゃんが見てくれたの──────ってそういえばアンちゃん! 人を轢いたら駄目だよぅ!! ちゃんとレイ君に謝って!!」

 

「ははは、いや、大丈夫だろうトワ。彼はとても業深い者………………レザースーツのお姉さんに轢かれて悶えるくらいは容易いはずだ……………!!」

 

「人の性癖を歪めるな……………」

 

 

脳震盪から回復したレイがツッコみながら、蘇生し、あーぐらぐらするーー、と呟きながら、結論を纏める。

 

 

 

 

「じゃあ決定だな。とりあえず旧校舎に行って、中の捜索班とその周辺を探る班で分かれればいいだろ。あそこ、結構、森もあるから隠れ放題だし、まぁ、幾ら泣いたり怒ったりしていても、あんな不気味な旧校舎に入ろうとする程、無警戒な子供じゃないだろ」

 

 

 

レイの結論に特に異議はなく、同意の頷きと共に、全員が一斉に旧校舎に向かっていく。

その中で最後尾を走りながら………………レイは右手をさする。

 

 

 

 

「……………うーーーん」

 

 

 

さっきから、ちょっと右手が鼓動する(・・・・・・・)

これがこんな風に反応するっていう事は……………面倒事が起こり得る可能性があるという事であり………………日常が壊れる感覚である。

 

 

 

 

「やっぱりかぁーーーー」

 

 

 

大体、昼寝の時に、魔女と出会った時点でいちゃもんが付いているのである。

場所も場所で問題だらけの場所だ。

鬼が出ようが蛇が出ようが、特に不思議ではない。

 

 

 

 

 

「じゃあーーしょうがない」

 

 

 

 

鬼と蛇が出るなら、追加のサーヴィスで悪魔(・・)が出るくらいは仕方がないだろう。

そんな風に、理屈の通らない納得を得ながら、レイは特に気にせずに旧校舎に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リィンは脱力感と自身の能力から外れた逸脱した力を使った影響で膝を着きそうだったが、堪え、直ぐにエリゼをパトリックから奪い起こし、体に傷がない事もそうだが、意識もある事にホッとしていた。

………………鍵を閉めたはずの旧校舎が何故か空いていた事自体は、今までの旧校舎の異変に比べれば、可愛いものだが、今回はこちらの状況が違った。

明らかに不穏な場所であるはずの旧校舎にエリゼが入ってしまった事……………………そして、そんな義妹を斬る…………というよりは潰そうと巨大な刃を振りかざしていた首なしの鎧騎士がいた事。

 

 

 

 

────────一瞬にして視界は赤く染まった

 

 

 

我慢しようなどとは一欠けらも思わなかった。

己の胸から溢れる暴力的でありながら、快楽にも近いそれ(・・)に全てを委ね、またあの時のように(・・・・・・・)周りの全てを破壊し尽くそうと意識が薄れそうになり

 

 

 

 

 

 

何故か、そこで思い浮かんだのはエリゼではなく────────どこぞの馬鹿の姿であった

 

 

 

 

それも、あのノルドで、右手が食われたはずなのに、特に外傷も無く、本人も一切、それを気にしていない姿。

────────だが、リィンには一つだけ分かった事があった。

あの時、レイは右手が無事である事に、アリサ達が驚愕を得ながら、安堵を得ている時────────露骨にその事実に憎悪していた。

右手が無事で良かった、などと欠片も思う事無く、何故、右手が無事なのだ、と、いや、それすらも生温い。

 

 

 

 

 

 

むしろ、あの時、あの男は、己が生き残った事に憎む程に残念を得てい(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

 

あれだけ、生きる事は奇跡なのだ、と説く男が────────己が生きている事は汚らわしいのだ、とゴミのような目で、自分の右手を通して、己を見ていた事に……………………恐らくリィンだけが気付いた。

理由は分からない。

リンクのレベルが俺達が高いからこそ通じたのかもしれないし、直感かもしれないし、誤解かもしれない。

だからこそ、リィンも特に例に対して何も言わなかったし、しなかったのだが……………………今は何故か、その事を思い出して、マグマのような怒りの熱が、胸から込み上がる衝動を一瞬で、駆逐した。

何故なら、これもまた勝手な考えだが、思う事があるからだ。

 

 

 

 

もしも、今の状況を、あの馬鹿が見たら────────驚きや同情を得るのではなく、まず失笑する。

 

 

 

 

余りにも勝手な偏見だが、リィンはその偏見を捨てる事がずっと出来なかった。

最早、悪意に近い偏見だが………………その偏見が囁くのだ。

 

 

 

 

失笑した馬鹿は、その後、こう呟くのだ────────何だ、その程度か(・・・・・)、と

 

 

 

他の誰かに言われるのならば、リィンは素直に悔しがるか、納得しただろう。

Ⅶ組の他のメンバーもそうだが、学院の誰か、敵にすら言われても、正しかったら納得する────────だが、あの馬鹿に言われる事だけは許せなかった。

あの馬鹿に言われるくらいなら死んだ方が億倍マシというのは誇張表現でもないし、うっかり本気で殺したくなるくらいに最悪だ。

その最悪の気分が、己を暴走から解き放った、という事も最悪だったが、後はこの場に来てくれたクロウとパトリックのお陰で何とか助かったから、とりあえずは良かった思う事にする。

そして、昇降機が下りてきたのを把握して、見るとそこにはⅦ組のメンバーやトワ会長達やサラ教官がいたので、ホッとしようとし──────その中に馬鹿がいたのが、実に苛立つ。

向こうも同じ事を思ったのか、超苛立つ顔になった後、ポケットに手を突っ込んで来て

 

 

 

「あれあれぇ~~~~リィン君~~~~? 妹さんを泣かした愚か者がいるって話を聞きましたけど君の事かなぁーーーーー!!?」

 

「羨ましがるなよケダモノ馬鹿。エリゼが可愛いのは認めるが、発情期の猿が近づけるほど、安くはない。分かったらとっととく・た・ば・れ」

 

「ほっほぅ……………流石はせっかく来てくれた妹を泣かすような素敵な兄貴だな……………そんなに容易く暴言吐きまくる……………!!」

 

「ははは、いや、そんな弱っていると見るや否や、嫌がらせする気満々の馬鹿には叶わないさ」

 

 

はははは! と互いに笑いながら、さて、殺すかと俺は刃を、レイがガントレットを装着しながら、拳を握るのを、クラスメイトは華麗にスルーしながら、女子は主にエリゼを見てくれ、他は先程まで俺達が相手していた首なし鎧を見ていた。

 

 

 

「…………魔獣……………いや魔物? それにしてはまるで人工物みたいだが……………」

 

「生物というより人工物と言われた方が、納得出来るね。解析とかしたい所だけど……………流石に危険かな」

 

 

マキアスとジョルジュ先輩の会話を聞きながら、ちっ、と互いに舌打ちして、顔を逸らし────────エリゼが信じられないという顔でこちらを見ている事に気付き、あっ、と唸る。

良く良く考えれば、俺がここまで堂々と嫌味と悪意を言うのはこの馬鹿相手だけである。

エリゼからしたら、義兄が唐突にグレた光景にしか見えない。

事態を理解したリィンは一瞬で膝を着く衝撃を受けたが、その間にレイがけけけ、と嘲笑いつつ、エリゼの近づくのを見て、これを狙っていたなあの性悪………………!! と思ったが、義兄には辛い攻撃の前では動く事は叶わなかった。

 

 

「そこのリィン妹」

 

「エ、エリゼです。エリゼ・シュヴァルツァーですっ」

 

「こんな場所に無警戒に入り込むヤンチャなチビッ子なぞリィン妹で十分だ。明らかに変な校舎だって分かっただろうが。それをまぁ、この馬鹿が恐らくクソな言葉を言って傷心中とはいえ、警戒心を失っていい理由にはならねえな」

 

「そ、それは……………この校舎に入っていく猫を見て……………あれ? そういえば、猫が…………………?」

 

「猫?」

 

何故か猫とレイが呟くと同時に委員長を見るが、委員長も何故か顔を真っ青にしていた。

それに何かレイは納得したのか、はぁーーと大きな溜息を吐き

 

 

 

 

「何だ……………全く、今日は面倒事ばっかり起こるなぁ。嫌味な女の次は、御伽噺かよ。ったく」

 

 

何か意味が分からないぼやきを呟いて、再び大きな溜息を吐き

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 

レイは軽くエリゼにデコピンをかましていた。

ちょっとっ、とアリサが窘めるが、レイはレイでこれくらいは必要だろ、と言うので、他の皆も窘めずらくなる。

かくいう俺は………………正直、エリゼ相手にしっかりと怒れるかどうか不安でもあったが………………先に役目を取られた感があって超不満であったが………………とりあえず後でぶった斬ろう、と誓う。

 

 

 

 

「ま、ヤンチャするのはいいけど、ちゃんと責任とれる能力を得てからしろよ、リィン妹。世の中、身分や性別程度では配慮してくれない事態の方が多いしな」

 

 

 

そう、適当に忠告を告げるレイは、俺からしたらお前が言えた義理か…………と、言いたくなるが、正しい言葉だったから、否定する事も出来ない。

嫌われ者を担っている事も理解しているが故に、仕方がない。後で斬るけど。

そう思っていたら、何故かエリゼは額を抑えたまま、やや呆然とした顔でレイを見上げ……………………そして唐突に

 

 

 

 

 

「────兄さま?」

 

 

 

と、レイに対して呟いた。

流石にレイも、一瞬、その言葉に硬直したが……………………しかし数秒後に片手で顔を覆い

 

 

 

「何て事だ………………俺の溢れんばかり気高き魂のせいで本当のお兄様を超えてしまうとは………………すまんな屑リィン。お前の妹、俺の方が兄に相応しいって」

 

「よし分かったレイ。止まるなとは言わないから、待ってろ。そこでぶった斬ってやる。ワンミニッツあればイナフだ………………!!」

 

「HAHAHAHAHA! 嫉妬は見苦しいぞクソ餓鬼(バッドボーイ)。俺を斬り殺したかったら、サラ教官のスカートをめくるくらい出来ないとな………………酒臭いおっさん魂のパンツなんて興味もねえが。そういう意味ではクレア大尉は実に魅力的だなぁ……………憲兵隊じゃ無かったら、遠慮なく揉むんだけどな」

 

「ただの犯罪者の戯言かぁーーーー!!」

 

「というか、そこの馬鹿。いい度胸ね。教官を相手でも態度を変えないのは好ましいけど、その挑発は買うわよ。鉛玉で」

 

「駄目です教官。鉛玉ではこの馬鹿は生き残る可能性があるから、レイに対してはアーツです。最大火力でぶっぱするのが一番効果的です。手伝いますよ」

 

「アリサさん…………………今、オーブメントの編成、完全な火力編成にしていましたよね…………」

 

 

くそ……………………結局、あの馬鹿のペースか、とリィンは憤慨しながらも、ようやく立ち上がる力を取り戻したリィンはそのままエリゼの元に向かう。

見れば、馬鹿との会話に乗っていないメンバーは苦笑したり、引き攣った笑みを浮かべている人ばかりである。

エリゼですら呆然としていたのに、少し笑みを浮かべている辺り、あの馬鹿、本当に口だけは回るな……………と感心し

 

 

 

 

 

 

────────背後で物凄い勢いで立ち上がり、剣を振り上げる首なし騎士の動きに、全員が致命的に遅れたのであった

 

 

 

 

「────は?」

 

 

全員の総意であろう、呆然とした声が、現実を表している。

間違いなく停止していたと思われる鎧が、先程よりも明らかに速い動きで立ち上がり、既に剣を振りかぶっているのだから当然だ。

ただ、限界を超えた動きだったからか、鎧の体は所々、先程以上に砕け、ショートしているような音が響いている─────が、一撃を振り下ろすだけならば、何も問題ないだろう。

剣を扱うものとして、その切っ先がどこを向いているのか理解してしまったのが恐ろしかった。

 

 

 

 

 

剣の行く先は──────エリゼとレイであった。

 

 

 

誰でも良かったのか、もしくはどちらかを目的としたのかは分からなかったが……………………それを理解した瞬間、全員が抗おうと動くのをスローモーションの動きで捉える。

Ⅶ組のメンバーは全員がまずはそれぞれの武器を持とうとするが、その対応では構えた後の動作も必要とする為、余りにも無意味過ぎる。

一番効果的に行動したのは先輩達であり、彼らは武器を構えるよりも先に二人を助けに迎えに行こうとしていて………………しかし、余りにも致命的に距離があり過ぎた。

その中で一番、サラ教官が早く、既にダッシュをかけて、二人に向かっていたが……………幾らサラ教官が早くても、一秒以内ではとてもじゃないが、届く距離では無かった。

当然、俺も抗おうとし……………………もう一度力を開放しようとするが……………………とてもじゃないが間に合わなさ過ぎる。

その事実に絶望感が胸を走る。

 

 

 

 

 

そんな……………じゃあ、俺は何の為に………………!!?

 

 

 

何の為に士官学院に来た?

この先を、誰かを守りたくて来た。

何の為に剣を取った?

理解も意味も分からない暴走を制御する為であり、同時にこの手で誰かを守れる力が欲しくて剣を取った。

なのに、この様は何だ?

先程まで笑っていた義妹が、再び呆然とした顔で現状を見つめており……………………一秒後に無残な姿を迎える、とは理解していない表情。

 

 

 

 

────────違う!!!

 

 

 

エリゼはそんな風に死ぬ為に生まれたわけじゃない。

エリゼはもっと幸せに……………最後まで笑い、満足して死を迎えるべき人間だ。

だから、嫌だ。こんな結末は嫌だ。

 

 

 

 

 

許せない、認めない、消えさせてなるものか

 

 

 

 

 

その思いが、最早言葉にもならない叫び声として口から漏れる時────────最後の一人を見た。

 

 

 

 

 

 

 

その少年は襲い掛かる死を前にして────────圧倒的な無価値になる程の虚無の感情を浮かべていた。

希望所か、絶望すらない無、無、無。

下らない、詰まらない、どうでもいい、と言わんばかりに巨人の剣を見て、そんな風な感情を浮かべていた。

無価値なり、無意味なり、無情なり。

だって、少年は知っている。

こんな普通なら絶体絶命としか思えない事態ですらも────────全てを台無しにする悪(・・・・・・・・・・)魔が存在する事を(・・・・・・・・)

善も悪も、希望も絶望も、人も怪物も、同じ悪魔ですら無価値に扱う悪魔を知っている。

だから、少年は、レイは……………乾いた笑みと共に、右手を振り上げる。

まるで振り落とされる刃を、右手一本で受け止めるというような姿。

荒唐無稽にして、自殺願望のような仕草を前に、レイは唇を三日月に歪める。

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、呪いの言葉を紡ごう

 

 

あらゆる結末を台無しにして、下らないものに仕立て上げる悪魔による人を憐れむ詩を────────

 

 

 

 

 

 

【────────アクセス。■■の一柱】

 

 

 

 

ぐしゃり、と何かが砕ける音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

理解不能

 

 

 

この四文字こそが全てを意味する世界が今、そこにあった。

旧校舎という場所もそうだが、そこから現れた首なしの巨大な鎧騎士に、妹と馬鹿ではあるが、それでもクラスメイトの一人であり、友人であるレイの絶体絶命。

どれ一つとっても、理解不能という理不尽に相応しいし、文句を言ってもいい所である、とリィンは思うが……………それでもまだしっかりと繋がった理解不能という理不尽であった。

 

 

 

 

 

 

 

だが、これは無理だ(・・・・・・)

 

 

こればかりはどう足掻いても理解不能と叫ぶしかな(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

 

 

だって、そうだろう?

 

 

 

 

 

 

その絶体絶命な状況を────────目にも止まらぬ恐ろしいスピードと怪力で鎧騎士の胴体を掴み取り(・・・・)破壊した(・・・・)レイと……………そのどう見ても右手と言うには余りにも異形過ぎる鈍色の手(・・・・・・・・・)を見て、どうして理解出来ると言えるのだ…………………………!!

 

 

 

 

元々あった右手がまるで生まれ変わったかのように変わり、人間の手のひらと比べれば圧倒的に大きくなり、その上で手の甲からは突起物が9本程出ている異形の手。

雰囲気だけならば魔獣というより魔物のようにも見えるが……………アレと比べれば、魔物なんて赤ん坊のようなものだ。

 

 

 

 

 

あれ程、禍々しくて寒々しい怪物の手なんて見た事が無い

 

 

 

 

まるで、人間の魂を掴み取るとでも言わんばかりの禍々しさ。

こうして見ているだけで、魂の奥底から恐怖と嫌悪が掻き立てられ、自然と刃を構えてしまう。

それは誰もが同じらしく、全員が反射的に武器を構え────────相手がレイであるという事を思い出して絶句してしまう。

クラスメイトなのに、後輩なのに、教え子なのに、仲間なのに、友達なのに────────そんな理性を全て破壊する程の圧迫感。

 

 

 

 

 

もしも煉獄があるとすれば…………………………あの右手に詰まっている、と答えれるぽっかりと空いた奈落のような手で────────その右手を持った少年の瞳は更に暗かった。

 

 

 

 

「……………………はっ。何て無様─────」

 

 

 

感情の籠らない、零度の言葉を漏らしながら、異形の手を持った少年は、持っていた胴体の鎧を、その手で握り潰しながら、そんな事をぼやいた。

その言葉と共に時が動き出した、というように巨人の手足が倒れるのを聞いて、ようやく今の状況を思い出す。

しかし、中心である少年はそんな事を一切気にしないまま─────酷く無感動な笑みを浮かべ、その手を振りながら

 

 

 

 

 

 

 

「どうも────────化け物です」

 

 

 

 

何て実に下らない自己紹介をした。

まるで、レイ・アーセルという名は借り物の名で、こちらが本名です、というような紹介だった。

そんな寒々しい自己紹介を聞きながら……………リィンは一つ、理解したことがあった。

 

 

 

 

 

……………ああ、そうか

 

 

 

 

どうして、この男がこうまで気にくわない理由の一つが理解できた。

実力や性格なんて分かりやすくも、小難しい理屈じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

俺はただ、この馬鹿が浮かべる笑みが無性に……………憎らしかっただけなのだ、と

 

 

 

 

 

 

 




ようやくここを出せた……………レイの核心です。


あーーー、余り信じられないかもしれませんが……………これ、本当に一切、設定を付け加えた部分とかない、初期構想をそのまま書いたものなので、マクバーンだったり、鬼の力だったり、結構、無視した悪役のオリジナル設定です。


まだⅣをやってない自分ですが、軌跡で言う"外"に当て嵌まるのかな? あるいは繋がってはいけないナニカから生まれ出たものと思って頂ければ。
"外"が何か自分、マジで知りませんから、後者の方がベストかな?



感想・評価宜しくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怪物とは

第三学生寮のリビングでは、余り居心地のいい空間とは呼べない空間になっているのを、マキアスは理解していた。

この場には、この第三学生寮に住んでいる人間が、リィンを除いて、座っていた。

リィンがいないのは妹さんの介抱の為である。

妹さん………エリゼちゃんには怪我一つ無いのだが…………普通の少女にとって、今日一日の出来事は心に来るものであったのだろう。

仕方がなく、今日一日は寮に泊まっていく事になったという事だが…………エリゼちゃんには悪いが、今、僕達がここで集っているのはエリゼちゃんの事や、あの旧校舎での首のない鎧騎士の事でも無かった。

 

 

 

 

原因は、部屋の中央の席で目を閉じて座っているレイの事だ

 

 

 

「……………」

 

 

僕はおろか、この時間になれば基本、昼よりも眠たそうになるフィーですら表情は変えないままでも欠伸一つせず、腕を組んで目を閉じているレイの右手に注視していた。

今の彼の右手はどこにでもある右手だ。

とてもじゃないが、その手が…………鈍色の、巨大な手に変貌するなんて見た後でも信じれない。

旧校舎の件から一時間程経ったが…………アレの印象はたかだか一時間程度で消えるのは難し過ぎる。

 

 

 

 

全てを塗り潰すような右手

 

 

まるで、煉獄が凝縮されたような凄惨にして冷徹、そして無残な気配

 

 

 

正直、一般人の時に、あの右手と相対していたら、僕はみっともなく腰を抜かしていた、と思う。

修羅場だけは潜り抜けてはいるのだな、とサラ教官に感謝してもいいのか、駄目なのか分からない所だが…………そんな風に思っていると、この沈黙を破る人間がいた。

 

 

 

 

「……………リィンを待とうかと思ったが…………遅いから先に聞かせて貰おうか」

 

 

その尊大な口調に、思わず、声を発した人間、ユーシスに振り返る。

こんな時だというのに、一切変わらぬ口調と表情…………いや、どちらも変わってはいる。

表情は普段よりも数段鋭いし、口調だって聞くまでどかない、という強固な意志を感じさせる強さを纏っている。

普段はかなり気にくわない男だが、そういう所は見習うに値するな、と思いながらも、ユーシスの言葉に釣られ、、皆がレイの方を見る。

そして気付く。

 

 

 

 

レイは目を瞑っているのではなく、眠っているという事に。

 

 

 

こんな時だというのに、一切変わらぬ馬鹿過ぎる態度と能天気さに、僕は馬鹿、阿呆、間抜けという三単語を思いつく。

表情は普段、授業中に居眠りする時と変わらないし、こんな状況でも能天気さを完璧に貫いている。

普段も今もとてつもない馬鹿だが、そういう所は全く見習うに値しないな、と思っていると、ユーシスが無言でARCUSをホルダーから取り出す。

 

 

 

結果として、爆発音と共にレイが窓から吹っ飛んだ。

 

 

 

わざわざ窓ガラスが割れないように、レイの背後にある窓ガラスを僕とエリオットが開けている辺り、毒されている…………と思うが、窓ガラスを割るわけにはいくまい。

そうしていると、数秒後に居間の出入り口から焦げたレイが現れ

 

 

 

「殺す気かぁーーーーー!!」

 

「もう一発所望か?」

 

「そんなギャグに耐性無いと将来禿げるぞユーシス…………!! 俺の親父が以前、冗談が通じない馬鹿貴族に対して、"いいか? こういう時はこうするのだ"と語った後、言いたくも無いが略すが、そいつは禿げたぞ!」

 

「それは単純に物理的な手段で剃っただけでは無いのか?」

 

 

ラウラのツッコミにあいたぁーーーー、と顔を手の平で抑えながら、空を見上げる仕草には本当に一切、普段と変わる所が無い。

…………正直な話、むしろ普段と変わって欲しかった、という思いはある。

何故なら、つまり、これに関してはレイにとっては特に今更何か新鮮さがあるわけではない────"普通"の出来事という事になる。

あの異様な右手を晒す事も、それについて説明する事も────もしかすればあの右手を持っているという事も、友人にとっては別に気にすることない現実なのかもしれない。

それをユーシスも理解しているのか。

ふん、と鼻を鳴らしながらも…………しかし、慮るような口調で、腕を組んだまま先の質問を繰り返す。

 

 

「いいから、とっとと話せ。この阿呆が。その────」

 

「────右手(これ)の事?」

 

 

言葉と同時に一瞬で少年の右手が異形と化した。

肌色で鍛え上げられていた拳はあっという間に鈍色の、巨大で歪な怪物の手と変貌する。

余りの唐突さに、隣に座っていた僕は思わず、うわぁ!! と叫び、飛び退く。

飛び退いた後に、自分の失態に気付く。

大袈裟なリアクションを取った自分に、レイは色の無い目で見ている。

そこには好意は当然として、敵意や嫌悪、憎悪すら込められていない。

言葉にするなら、あ、そう、とでも言いたげな態度。

 

 

 

 

文字通りどうでもいい、という態度

 

 

 

僕のリアクションはおろか僕という存在すらどうでもいい、と言われたような気を感じ、即座に僕はすまない、と謝罪した。

それに気にしてねえよ、と返される言葉。

…………そこには一切の虚飾の色が見えなかった。

 

 

 

 

────むしろ、嘘や強がりの色があった方が良かった、とマキアスは歯噛みした。

 

 

 

 

「とは言ってもなぁ…………語れ言われても、俺も知らねえよこれについてなんか。お前らには教えただろ。記憶喪失。つまり、俺が目覚めた時にはこれは既にあったんだよ」

 

「……………目覚めた時に気付いた、という事か?」

 

 

ガイウスの顔には隠す気のない沈痛の表情。

…………どうしてか、と思ったが、数秒後には僕も気付く。

 

 

 

それは…………どれ程の恐怖だっただろうか

 

 

 

眠りから目覚めた時、自分を見失い、そして右手には訳も分からない異形の右手が存在している。

記憶があれば、まだ右手を恐怖する事はあっても、何故あるのかを知る事が出来ただろう。

右手が無ければ、記憶が無くても、それこそリィンみたいに、ただ記憶を失った子供として生きていく事が出来ただろう。

だけど、両方だ。

記憶はなく、右手は異形と化している。

…………正直、僕がレイの立場なら気が狂っているかもしれない。

そんな風に思っていたら、レイは苦笑して違う違う、と異形の手を振り、

 

 

 

 

「目覚めた時は普通の手だったさ。しっかりと気付いたのはその後────まぁ、日曜学校の奴らと色々あって、運悪く魔獣と遭遇した時にな」

 

 

あんときは大変だったなぁ、と笑うレイの顔には悲痛さも、後悔の色も無い。

だから、自分達は暗い話では無いのかと思っていたが…………

 

 

 

 

「何せ、魔獣全員を叩き潰した後、泣かれるわ怖がられるわ石投げられるわで大変大変。当然、日曜学校には二度と立ち入る事が出来なかったし、周りからの大人達の目線も冷たいのなんの。あーー。そーいや、沸騰したお湯ぶっかけられたり、花瓶を勢いよく叩きつけられた事もあったなぁ。全部やり返したけど」

 

 

 

くくく、と酷く楽しそうに笑う少年の顔には一切の邪気がない。

思わず、マキアスは演技か、強がりのどちらかを見つけ出そうと少年の顔を凝視するが…………少なくともマキアスの眼力ではレイの表情にはどちらの誤魔化しも見る事が出来なかった。

まるで、本当にあれは愉快だったなぁ、と過去を懐かしがっているようにしか思えなかった。

子供の頃の悪戯を馬鹿だったなぁ、と懐かしがり、面白がるように、彼は己の悲劇を喜劇だと扱き下ろした。

 

 

 

「最っ高に愉快だったのは、よりにもよって遊撃士に討伐依頼だぜ? 俺の両親、遊撃士だっていうのに依頼するなんて追い詰められていたもんだなぁ周りも! って俺、その時、マジで腹抱えて笑────」

 

「────止めて!!」

 

 

 

制止の悲鳴を挙げたのはアリサであった。

立ち上がり、テーブルに両手を叩きつけた少女の叫びは、最早、悲鳴に等しい。

ルビーのような宝石から小さな涙が零れそうになっているし、震えている。

…………アリサの悲鳴には完全に同意だ。

楽しそうに悲劇を語る少年の姿は見ていられない。

まるで、自分達も何れ、そんな風に破綻し、壊れていくんだよ、と優しく説明しているようにも思えて、悔しくて堪らない。

 

 

 

 

それはつまり…………僕達はレイから何の信頼も、信愛も得ていなかったという証左であった

 

 

 

何れ、壊れる、崩れる、離れていくものだ、とレイは告げていた。

それに怒る事は簡単だろう。

ふざけるな、僕達はそんな程度で離れていくような薄情な奴らでも無ければ、器が小さい人間ではない、とレイの襟首を掴んで教える。

とっても簡単だ────口で言う事はとっても簡単だ。

友情愛情なんて口で言うだけならば、悪人でも言える事を知っている。

 

 

 

 

僕は知っている────口先だけの愛を語る男を知っている。

 

 

 

だから、僕の口からはとてもじゃないが言えなかった。

他の皆も似たり寄ったりの考えなのか。それ以上、そういった事に関しては目を逸らし、再び少年の異形の手に目を向ける。

 

 

 

「……………記憶喪失だから仕方がないかもしれないが…………なら、逆に己の身元や………その右手を探ろうとは思わなかったのか?」

 

 

ラウラが切り込んだ話題に確かに、と思わず頷く。

記憶が無く、異形な手を持っていたのならば、余計に過去の事を知りたくなるというものではないだろうか?

記憶喪失になった事が無いから、そういった機微を理解出来るとは思わないが…………己の不明を理解はしたくなったりするものではないだろうか?

身元不明であるというが、完全に人間の痕跡を消すというのは並大抵の行いでは無い筈だ。

ならば、どこかにそんな痕跡があったのではないかと思うが…………レイはあーー、と頷き

 

 

 

「そりゃまぁ、気にならない、と言ったら嘘になるからな。調べたり、探しはしたんだけど…………これまた何の情報も無くてね。自分が見つかった場所から探ろうとしても情報ナッシング」

 

 

レイ・アーセルと名乗る前の自分はどこにも見つからなかった、とやれやれ、と肩をすくめるレイ。

流石に顔が曇るを止めれなかった。

痕跡を完全に消す事は難しくても、痕跡を辿る事も難しい、という事なのだろう。

理不尽ではあるが…………そればかりはどうしようもない、と思っていると

 

 

 

 

「ああ、でも…………記憶喪失になる前の自分がどうだったのか、一つだけ分かることがあるな」

 

「────本当か!?」

 

 

思わず、僕は目を見開いてレイを見る。

もしかしたら、その情報は些細な事なのかもしれないが…………0か1かなら1の方が遥かにマシだろう、と思ったから。

何も自分が知らないよりは、ほんの少しでも、それこそ何かが趣味だった、とか好きな物は何だった、とかあった方が良いだろうと思い、僕は少し嬉しくなって先を促す言葉を紡ぐ。

 

 

 

「それは一体何なんだ?」

 

 

 

と僕にしては無邪気に問い

 

 

 

 

「ああ────記憶を失う前は人体実験されていたっぽい」

 

 

 

問われた少年も気軽に、それこそ無邪気に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……………え?」

 

 

エリオットが疑問符を浮かべながら、引き攣った笑みをレイに向ける。

すると、レイもうむ、と腕を組み

 

 

 

 

「……………さっきから思っていたのだが…………語る事全部が重い話しか出ないのはどうかと思うな…………」

 

 

 

何かどうでもいい事で悩んでいた。

人体実験とか、明らかに軽くならない話を軽くしようとして冗談を言っているのか、本気で思って…………いや、これは本気で言っているっぽい…………と思いながら、僕は聞くべきかどうか迷ったが…………やはり聞く事にした。

 

 

 

「えっと…………どうしてそう思うの? 何も見つからなかったんでしょ? 過去の手がかり」

 

 

「いやぁ。見つかった時が、如何にもな病院服っぽい姿をして、更にはこんな手だ。否が応でも"そういう"事をされていた、と思わないか? まさかこんな右手して、実は風邪の治療だけをしていましたっていうと傑作過ぎね?」

 

 

最早、ブラックジョークの域にあるが…………確かに、そうは思える状況証拠ではある。

嫌な言い方ではあるけど…………それならば確かに彼の右手が存在する理由も納得がいくといえばいく。

…………こんな言葉を、内心でも使うのは初めてだけど、胸糞が悪い納得ではあるのだけど。

 

 

 

 

…………でも

 

 

それならば、深く納得が出来る。

記憶を失い、右手は異形と化し、そしてその手のせいで周りの心は離れていく。

そんな目に合わされて…………信頼してほしい、なんて口が裂けても言える筈がない。

だけど…………それならば、と思う気持ちがある。

 

 

 

 

「レイ。その…………右手は直す方法とかは探したの?」

 

 

 

それさえ無くなれば、全部が解決するとは言わない。

右手が人の手に戻ったとしても、レイが負った心の傷が無くなるわけではない。

だけど、それさえ無くなれば、少なくともこれからの彼は拒絶されずに済むのではないか、と思ったのだが…………レイは何時にない透明な笑みを持って首を振った。

 

 

 

「それは無理だろうな────悪魔(こいつら)は互いに求めてようやく成立するようなもんだ。一方通行で得たものじゃないから、勝手にいらなくなったから切るっていうのはほら………都合が良すぎるだろ?」

 

 

その言葉には確信が籠っていた。

互いに求めあったからこそ、この手はあるのだ、と。

 

 

 

「ど、どうして? 記憶が無いんでしょ? それに………」

 

「────人体実験されていたのなら、無理矢理つけられた、と思うのが妥当」

 

 

言い淀んだ部分をフィーが引き継ぎ、思わず、フィーに頭を下げたが、フィーは気にしないでいい、と言わんばかりに首を小さく振った。

…………変わらない無表情ではあるけど…………そこにはやはり、レイに対しての憂いの表情があった。

その事に、少しホッとする思いを抱きながら、僕達の疑問を叩きつけられたレイはうーーん、と困った顔をするが

 

 

 

「まぁ、理屈を求められたら俺も弱いんだけどな。でも、何となく分かるんだ。右手(これ)は俺の自業自得によって得たもんだって。それまで忘れたら、ちょいとばかり恥知らず過ぎるって」

 

 

苦笑いと共に告げられた言葉に二の句を告げれない。

その笑みには言葉通り、記憶とか証拠があるわけじゃないのだろうけど…………そういったものが無くてもそうだと確信している、という事だろう。

そんな言葉にエリオットは何も言えなくなり…………フィーもまた無表情のまま、何も言えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

アリサはエリオット達が何も言えなくなって黙るのを見てから周りを見回してみた。

顔色は…………誰も彼も同じ。

レイの重い過去に、精神が追い付いていない。

かくいう私もそうだろう。

間違いなく、何かを秘めているのは分かってはいたが…………流石にこれは私のキャパシティを超えた話であった。

そういった物に耐性がありそうなユーシスやフィーでさえ何も言えなくなっているのを見ると、これ以上の話し合いは厳しいかもしれない、と思った。

リィンがいないから代表としてエマに少し視線を向けると、エマも黙って、小さく頷いた。

今回はエマは聞き手に回っていたが…………一人でも問うのではなく、黙って聞いている役がいた方が良いと思ったのだろう。

それに感謝しながら…………でもアリサは最後に一つだけ、彼に聞きたい事があった。

 

 

「……………レイ」

 

「何だ」

 

「……………恨んでる?」

 

「……………」

 

 

どれについてかはアリサは言わなかった。

アリサとしては全ての事柄について求めた形で質問したが…………それを形にする勇気を持てなかった。

だけど、レイは…………そんな弱気を弾劾するかのように、とっても綺麗な笑みを浮かべ

 

 

 

 

 

 

「────勿論。俺は死ぬまで、お前達、人間を憎み続ける。願わくば死ぬまで苦しむ事を祈っている」

 

 

 

 

────星を見るような笑みで、少年は静謐な殺意をぶつけてきた。

 

 

 

ひっ、と漏れた悲鳴は誰の声だったか。

私であったとしても否定できない程、背筋が震えていた。

少年の言葉に偽りはない。

心底から、彼は人間を憎らしい、と呪っていた。

今までの経験で、多少の敵意だったり、殺意には慣れて来たと思っていたが…………最高純度の殺意を前にフィーですら身動き一つ出来なかった。

とても綺麗な笑みを浮かべながら、一切許さない、認めない、殺したくて堪らない、と祈る破綻に悲鳴を挙げる為の口が開きそうになり

 

 

 

 

「────はい、そこまで」

 

 

 

ぱんぱん、と叩く音が憎悪を霧散させた。

手の平を叩き、声をかけたのはサラ教官だった。

一応、リィンに付き添いでエリゼちゃんに負傷が無いか、確認をしてくれていた筈だが、降りてきたという事は問題なし、という事だったのだろう。

そんな風に思考を働かせながら、心底ホッとした私は、思わず椅子に深く座り込み、そのまま倒れたくなっていた。

 

 

「余り虐めるのは感心しないわよレイ。純真な子ばっかりなんだから」

 

「だから、捻くれ代表として捻くれの極致を教えようと思って。どうです? さいっこうの捻くれ具合でしょう?」

 

「それについては否定しないわ。あんた程の捻くれ者はそうはいないわ」

 

 

二人の会話が耳に入らない。

同じ言語で語り合っているのに、まるで石と石が擦れ合ったような音にしか聞こえない。

手は震えるし、足も同じ。

意識なんて全く定まらない。

まるで、今日一日、修羅場を全力で乗り越えてきたような疲労感に押し潰されていた。

その状態をサラ教官は理解してくれたのだろう。

安心しなさい、という普段余り見せない優しい色を隠さずに、私達全員に声をかけた。

 

 

 

「貴方達。今日はもう休みなさい。忘れろ、とも諦めろと言うわけじゃなく、まだやる、というなら今日は"知った"という事でとりあえず満足しておきなさい」

 

 

欠けた言葉ではあったが、逆に言いたい意味を理解した私達は誰ともなく立ち上がり、何も言わずに部屋に帰っていった。

その中で…………私は一人涙を溢していた。

 

 

 

「……………っう…………」

 

 

 

怖くて、辛くて…………悔しくて泣いていた。

何も出来ず、震えているだけの自分が情けなくて泣いていた。

…………好きだと自覚した相手なのに…………何も言えず、怖がる事しか出来なかった自分に泣いていた。

どうにかしたい、という思いはあるのに、どうにもしたくない、という恐怖の感情に押し潰され、惨めに逃げるしかない事が…………まるでレイを否定しているだけに思えて。

私も、少年を拒絶した人間と変わらないのではないか、という嫌悪感に、私は涙を止める事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

レイは一人一人、死人のように出ていくのを見届けながら、多少、やり過ぎたかねぇ、と思うが、別に後悔はない。

明日以降、腫物のように扱われようが、怪物として怯えられようが、逆に受け入れられようが、別にどうでもいい事である。

Ⅶ組メンバーだと、結構タフな奴らだから、受け入れる方向性も十分に有り得るかなーーなどと思っていると、一人残ったサラ教官が溜息を吐くのを見たので、手をひらひら振りながら

 

 

 

「いいじゃないですか。世の中、本当にどうしようもない(・・・・・・・・)奴っていうのがいるって知るのは悪い事じゃないでしょう? 卒業先はどうなるかはさておき、仮にも士官学院生なんですから、怪物に対してどうすればいいのかを早めに知る事が出来た、と思えば上出来でしょう?」

 

「…………仮に同意するにしても、もう少し段階を踏んで行う事よ、それは」

 

「世の中、段階を踏んでばっかりいられるわけではないでしょう?」

 

 

はぁ、と再度溜息を吐くのは呆れたからだろう。

でも、否定しないという事は納得もしているという事だ。

何もかもが段階を踏んで行われるのなら、世の中、もう少し平和…………にはならないか。

これだから人間は、と思いながら、ついでにサラ教官に対しても捻くれる。

 

 

 

「ですからサラ教官────どうしようもない捻くれ者の餓鬼一人、更生出来なくても気にしなくていいですよ」

 

「────」

 

 

思わず、といった調子でこちらを見てくる教官相手にけらけらと笑う。

そんな俺の態度に何か思う所があったのか。

迷う様子はあったが、それでもサラ教官は口を開いた。

 

 

 

「どうしようもない奴がいるって貴方はさっき言ったわね」

 

「ええ。俺とか、他にはそうですねぇ。赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)とか血染めの(ブラッディ)シャーリィとかどうです? あーー例えで語るなら、後者の方がいいかな。前者は仕事人ですけど、後者は趣味人ですからねぇ」

 

「概ね同意しないといけない相手だけど…………貴方は、その"どうしようもない"を捨てる…………いえ、折り合いさえつければ…………」

 

 

何時でも、救われる事が出来るのよ、と教官は俺に告げた。

流石の俺も少しだけキョトン、とするが…………直ぐに小さくくくく、と笑う。

それはまた素敵な勘違い(・・・)だ。

そういう風な受け取り方もそういえばあったあった、と思うと途端にサラ教官が可愛らしく見える。

この人も結構、地獄を見てきているけど…………根っこの所はアリサ達と変わらぬ、光を信じている人だな、と思い、怪訝そうな顔をしている教官に笑って、己の想いを告げる。

 

 

 

 

「────まさか。俺が嫌々、もしくは仕方がなく人間を憎んでいると思っていましたか? 人体実験されて、人から拒絶され、それで否が応でも嫌いになるしか無くて、本心は誰かと一緒にいたがっている、なんて有りがちな思春期特有の勘違い系。でしたら安心してください────俺は、俺の意志で、人体実験とか拒絶とかが無くても、貴方達人間が大っ嫌いですから」

 

 

 

この憎悪は、例え、何度煉獄に落ちようが、忘れないだろう。

何も覚えていない人間が言う言葉では無いが…………それでもこの憎悪だけは目覚めた時から胸裏に刻まれていた。

人間は醜くて、汚い。

個人としてみれば、そうではないが、総体として見れば、人間はどうしようもない程、醜悪である、というのが名も無い俺の結論だ。

性善説何て俺は欠片も信じていない。

 

 

 

 

性悪こそが人間という獣の真実だ

 

 

 

その悪を責めれる立場にいるわけではないが…………だからと言って、好きになれるわけでもない。

だから、この身は未来永劫の復讐者にして、復讐を諦めた負け犬。

死ぬ最後まで人間を憎み続ける惨めな悪魔(かいぶつ)だ。

そう告げると、サラ教官は何かを言いたそうに口を動かしていたが…………結局、何も言えず、そのまま去っていった。

その様子をやれやれ、と苦笑しながら、人がいなくなった食堂にいる唯一の人に声をかけてみる。

 

 

「あんな風にお酒大好き人間気取っている癖に性根では立派な教師っていうのは何か本になりそうだと思いませんか、シャロンさん」

 

「ええ、全く。それに関しては深く同意しますわレイ様」

 

 

音もなく現れるメイドさんに、俺は盛大に嘆息する。

ここまで気配を消して、優雅に微笑んでいたら、流石に心臓に悪いという物。

ましてや

 

 

 

「そろそろ、これ。この首のワイヤー。外してくれませんか? 俺、こういう首を絞めつける系、苦手なんですよ」

 

 

生殺与奪の権利を奪われているとなると、誰でも気分が悪くなるという物。

首に巻かれるワイヤーなんて、他の誰も…………サラ教官は気付いていたかもしれないが…………いい薬だと思ったのかもしれない。

まぁ、それはいいのだが、まさか右手を変化させた瞬間に巻かれるとは思ってもいなかった。

お陰で、未だに右手を変生させたままだ。

いい加減、解除したいのだが、ワイヤー(これ)がある限り、解くわけにはいかない。

そう思って聞いてみたら、普通に素直に分かりましたわ、と告げ、ワイヤーを解き、そのまま出ていってしまった。

アリサの所にでも行くのかねぇ、と思い、肩を解す為に、腕を回していると…………一人、出入り口に現れる奴がいた。

 

 

 

 

一応、Ⅶ組の顔役のような馬鹿であった

 

 

 

姿を見た途端、思いっきり殴りたくなるのを堪えながら、俺は右手を封印する。

人の手に戻った自分の手を2,3回開閉しながら、降りてきた馬鹿を無視して

 

 

 

 

「────お前も人間だ(・・・・・・)

 

一緒にするなよ他人が(・・・・・・・・・・)

 

 

無視できない言葉を吐く阿呆に対して、折角封印した右手をもう一度変化させる所であった。

よりにもよって、最も言われたくない相手に、最も言われたくない台詞を言われると、一周回らなくてもぶち殺したくなる。

 

 

 

「何だ? 右手だけが異形で、それ以外の所は人間だからか? それともお前には心があるーーとか何時ものリィン節で説くつもりか? はっ、知るか聞くかどうでもいい。可愛そうだとか何だとか思ったのかは知らないが、はっきり言おうか。有難迷惑だ」

 

 

俺の話を聞いていない人間だったというのに、まるで全てを聞いていたかのように振る舞うリィンが余りにも苛立たしい。

うるせえ、黙れ、まるで鏡の向こうみたいに振(・・・・・・・・・・)る舞うな(・・・・)

俺の正逆なんていらない。

だから、懐くな、とお前とは違うと跳ね除けようとして

 

 

 

 

 

「────首や心臓を裂かれても動けるわけじゃないんだろ?」

 

 

 

などと、とんでもなく馬鹿気た言葉を言われてしまった。

 

 

 

 

「────」

 

 

 

思わず、憎悪すら忘れた怒気が内心から沸々と湧いてくる。

何て馬鹿気た勘違いだ。

不死じゃないから怪物じゃないだろ、とでも言いたいのかこいつは。

微妙に共感できる怪物観だが、そういう意味じゃねえよ、というツッコミすら口から出せない。

あるのはただ、ああ、こいつ、マジで殺してやりたい、という苛立ちだ。

人の事を苛立たせる癖に、変な部分に理解が届いていないのが余計に拍車がかかる。

そして、本当の苛立ちは…………何故、こんな奴にわざわざ苛立たないといけないのだ、という自分に対するものであった。

だからこそ、俺は怒りを吐息にして吐き出し、そのまま席を立ち、立ち去ろうとする。

 

 

 

「待て! レイ! まだ話は終わってないぞ…………!!」

 

「はっ。お前は終わってなくても俺にとってはとっくに終わってんだよばーか」

 

 

俺が人間であるかどうかなんて当の昔に俺の中で結論が出ている。

俺は、誰も彼もから拒絶されるように怪物でいい、怪物がいい。

人間に何かなりたくも無ければ、なりたいとも思わない。

だから、後ろで喚ているリィンなんて知らない。

知るものか。

 

 

 

 

 

絶対に理解などしたくない

 

 

 

それが、俺がリィンに対する感情であり…………憎悪とはまた違う感情である事に気付き、舌打ちをしてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 




(再びこそこそ。感想・評価などよろしくお願いします。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。