学戦都市アスタリスク ~朝霧海斗のいる六花~ (みるくぜりぃ)
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プロローグ

勢いでつくってしまいました。
初SSです。



 ―――レヴォルフ黒学院

それは≪星脈世代≫の少年少女を集めた学園水上都市六花に存在する六学園のうちの一つ。

そのレヴォルフ黒学院を含めた六学園の生徒たちは優勝すれば好きな望みをかなえてくれるという≪星武祭≫を目指して切磋琢磨している……らしい。

というのも知識だけであって実際に詳しいことはしらない。

そのレヴォルフ黒学院の前に俺、朝霧海斗は立っている。

すべての物事において0と100はないと思っている俺だが,レヴォルフ黒学院高等部の生徒になるとは

俺の人生において限りなく0に近い事象だったのは間違いないだろう。

事は1か月前に遡る。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 日本の暁東市。ここは日本の中でも有数の都市で特にお金持ちが住む高等区が存在する町。男子は資産家を護衛するためのボディーガードとして、女子は一流のお嬢様になることを目的とした学園、憐桜学園がある。そして俺はその憐桜学園にボディーガード候補生として在籍していた。

まあ今、その学園をやめてきたとこだが。

 

 「さて、これからどうするか」

 

 手持ちは俺をこちら側に連れてきた張本人である憐桜学園校長の佐竹から与えられたスーツと腕時計、それに一年間の迷惑料として仕方なく受け取った1万円、これだけしかない。

 ほぼ無一文。衣食住どれをとっても満足にはない。

 それどころか学歴も戸籍もない。人権すらあるのか怪しい。

 

 「まあ、なるようになるだろ」

 

 最悪あの場所、禁止区域に戻ることになるだろう。今でもあの場所でも生きていく自信と力は持ち合わせているつもりだが……。

 これからのことを考えながら何気なしに時計をみて日付を確認する……と、

 

 「き、今日はなにわ探偵シリーズの発売日じゃないか!?」

 

 本をこよなく愛する俺だがその中でもお気に入りのなにわ探偵シリーズ。

臨時収入も入ったことだし本に全部使おう。金を持ち歩くのは俺に合わない。

どうせなら本屋で1週間ぐらい立ち読みをしてから買ってやろう。

 その間は公園のベンチで寝て、飯はその辺りにいるすずめでも雑草でも食べれば問題ないだろう。そうと決まれば本屋だな。

立ち読みで何時間粘れるかのギネス記録を目指し、本屋に向けて歩き出そうとして―――

 

「朝霧海斗君だね」

 

ふいに後ろから声をかけられる。

後ろを見るとスーツを身にまとった中年の男が立っていた。

知らない男だ。周りには5人ほどボディーガードを連れている。姿はみえないが4、5人ほど人混みに護衛が紛れているようだ。佐竹の知り合いか、はたまた憐桜学園の関係者か。

 

「そうだが……そういうあんたはだれだ?」

 

警戒感を露わにしながら尋ねる。

 

「これは失礼……私はこういうものです」

 

そういいながら名刺を差し出すおっさん。

 

「統合企業財体ソルネージュ幹部……?」

 

と書かれた名刺を渡された。

本でみたことがある。確か六花に構える六学院の一つであるレヴォルフ黒学院の運営母体となっている統合企業財体のひとつであったと記憶している。そして統合企業財体と言えば国すら頭が上がらないことで有名であり、いわばこの世の支配者といえる存在だ。

 

「んで、天下の統合企業財体の幹部のおっさんが一般市民の俺になんのようだ?」

 

おっさん呼びに後ろの護衛たちの視線が鋭いものへと変化した。

 

「私はまだおっさんと言われるような年齢ではないのだが―――まあいい、これ以上の話はとりあえずそこの車に乗ってからにしよう」

 

そういいおっさんは車を指す。いかにもVIPが乗る車でテロや狙撃による暗殺を防ぐためか一般車とは違う素材でできていた。

 

「大した予定はないし、それに天下の統合企業財体の幹部が俺に何の用があるのか、というもの気になる。おっさんについていくのはいいが……あんたが本当にソルネージュの幹部かもわからない上にぞろぞろと護衛を連れていくのは気に入らねえー――ここで護衛を全員外せ」

 

無理難題を吹っかけてみる。何かの拍子に車内で護衛に襲われても問題はないが。

 

「君がそう望むならそうしよう―――お前たち今日はもう帰っていい」

 

護衛に向けてそう発言する。

 

「さすがにそれは容認できません せめて私だけでも―――」

 

食い下がる一人の護衛。依頼主に直接意見するところから護衛のリーダー格なのだろう。

周りの護衛たちも頷いていることから同意見だろう。

 

「同乗するならクビにするがそれでもかまわないか?」

 

護衛たちに向かってそう発言する男。これには護衛たちも困った表情を浮かべたが……

 

「わかりました……では全員外させていただきます」

 

しぶしぶといった表情を浮かべながらリーダーはそう言い残し、去っていく。去る途中にこちらを再度鋭くにらんできた。ここで食い下がってでも、と護衛を続けないことに対して薄情に感じるかもしれないが≪落星雨≫以降は企業の気質を反映した営利主義が一般人にも蔓延しているそのせいだろう。護衛であっても利益がなければ主を護ろうとはしない。

 

「おっさんに一応言っておくが、このあたりの人混みに紛れているあんたの護衛も全員帰せよ、後ろから車でついてくるのもなしだ」

 

そういうと男は一瞬驚いたような表情をし、

「もちろん全員帰そう というよりも気づいているとは思わなかったよ」

 

「明らかにほかの一般人と気配が違うからな」

 

たぶん尊とかには難しいかもしれないが禁止区域の人間やプロのボディーガードなら気づくだろう。

そうして俺は車に乗り、二人だけの車は走り出した。

 

「で、おっさんは俺に何の用だ」

車が走り出してから数分、おっさんに尋ねる。

 

「まあとりあえずこれをみてくれ」

そう言っておっさんは紙の束を渡してきた。一番上には―――

 

「レヴォルフ黒学院のパンフレット?」

 

そうあの六花にある≪星脈世代≫が通う学校の一つであるレヴォルフ黒学院。

 

「まさかここに入学しろってんじゃないよな」

 一抹の既視感を感じる。佐竹もわざわざ裏に来てまで入学を勧めてきたしな。

 

「そのまさかだよ―――朝霧君、君には私たちソルネージュが運営するレヴォルフ黒学院高等部に入学してもらいたい」

 

「はっ、冗談だろ 俺が何者なのかわかっているのか」

 

「君のことなら数か月前から調べてある。君の出身、生い立ちからすべてだよ。もちろん佐竹校長の用意していた嘘の経歴ではなく本当の経歴だ」

 

力強い瞳で俺を見つめながらそう答える男。そういえば以前読んだ本にはレヴォルフは黒猫機関と呼ばれる優秀な諜報機関を保有していると書いてあった。その力を使ったのだろう。

 

「しかし、ますます俺をレヴォルフに入れようとする意味が分からないな 非≪星脈世代≫の俺をわざわざ禁忌を犯してまでも入学させようとする理由がないだろ」

 

俺は当然の疑問を口にする。

 

「まずレヴォルフに君を入れようとする理由から話そう 君の強さも一因ではあるけど一番の理由は君の親と私が知り合いであるということかな」

 

―――以前にも聞いたことがあるような理由。そう、俺が表の世界に出てきた原因だった。

 

「俺の親っていうと、おっさんは親父の知り合いか?」

 

「いや、君の父親―――雅樹さんとは2、3回ほどしかあったことがないね 私は君の母親―――神田川百合さんの知り合いだね」

 

母親の知り合い―――俺は幼いころに母親を亡くしているため母親のことは知らない。というか母親の名前すら知らない。

俺が困惑しているのをみてか男は写真を渡してきた。そこには男の若いころの姿と一緒に写っている女性―――ほとんど覚えていないがかすかに残っている母親の姿の記憶と合致する。この男は確かに母親の知り合いのようだ。

 

「とりあえずおっさんが俺の母親の知り合いってことはわかったがなぜ俺を学校に連れていく?」

 

「それは―――君の母親、百合さんへの恩返しかな」

 

男は小声でそう言い、どこか昔を懐かしむような顔を浮かべていた。

そして少ししてから我に返り―――ほかの疑問に答えよう、とそう切り出した。

 

「一番の誤解についてだけど、君は自分のことを非≪星脈世代≫とおもっているみたいだけどそれは間違いだよ―――君は≪星脈世代≫だ」

 

驚きの事実を告げる男。

 

「はっ、さすがに冗談だろおっさん―――≪星脈世代≫って魔法みたいに毒素を操ることができたり、歌うことで身体強化ができるいわば魔法使いみたいなものだろ? 俺にはそんなことできねえが」

 

憐桜学園時代に観た去年の≪王竜星武祭≫の決勝戦を思い出す。憐桜学園では近年増加傾向にある≪星脈世代≫による犯罪も想定し、俺たちの世代から授業内で≪星武祭≫の決勝戦をみるという特別授業があった。

といっても初年度のカリキュラムのため手探り状態で、本当にただ自由に観るだけといったゆるい授業だったが……。

ちなみに尊と侑祈を含めた男どもがやたらとはしゃいでいた。

まあ無理ないな、なんせ去年の決勝は世界的な歌姫であるシルヴィア・リューネハイムと六花最強と呼ばれている孤毒の魔女オーフェリア・ランドルーフェンだったしな。

どっちも容姿が良いし、女っ気に飢えた男どもの集まりである憐桜学園で女に興奮しないやつの方が珍しいだろう。俺としても見世物として面白かったしな。

ちなみに薫は尊を含めた男たちにごみをみるような目を向けていたらしい。

それによってまた男色に目覚めたやつもいた―――薫、罪なやつだ。

 

―――と、話の途中だったな。

 そう思い意識を過去から戻し、男の目をみると、男が話始めた。

 

 「君がそう思うのは無理ないよ なぜなら君が≪星脈世代≫として覚醒したのはここ4か月前程度だからね ここ最近体を持て余しているような感覚があるんじゃないかな」

 

 ―――確かにここ最近は100%の力を出すことができないような気がしていた。実際に本気をだしたわけではないからわからないが、どこか体を持て余しているような感覚があったのは確かだ。

 

 「≪星脈世代≫ってのは後天的になることなんてあるのか?」

 

≪星脈世代≫に詳しいわけではないが、少なくとも俺は知らない。

 

 「一応、確認はされていたけど比較的珍しいケースではあるよ 感動や不快感、驚きといった強い感情によって覚醒することがあるね 4か月前に衝撃的なことがあったのではないかい?」

 

4か月前、と言われ記憶をたどっていくと確かにあった―――人生で一番といってもいいレベルの衝撃が―――

 

「君の≪星辰力≫はかなりのようだ それこそ私たちのレヴォルフでも冒頭の十二人に余裕で入れるほどにね―――ぜひとも思い当たることがあるなら教えてほしいぐらいだね」

 

そう言われ俺は困惑する。

なんせ4か月前にあった人生で一番の驚きっていうのは―――尊の下半身のブツが膨張時ですら俺の小指の半分程度でしかなかったということが露見した事件であった。

いや、確かにタオルで下隠していたから気にしているだろうと思っていたがあれほどとは……。 

さすがに同級生の下半身事情で≪星脈世代≫として覚醒した―――なんて恥ずかしい覚醒方法は俺でも嫌だな。

ましてそれを教えるのはさすがに……≪星武祭≫に出場し、インタビューで≪星脈世代≫に覚醒した理由を語る俺を想像する。

『元同級生のブツの小ささに驚いて覚醒しちゃいました、てへっ』

笑顔で答える俺と冷めた目の記者たち。年一の放送事故になることは間違いないな。

経緯は一生俺の胸の内にしまうことを固く決め、知らないと男に告げた。

いや残念な顔しないでくれ。

 

 

「少し話を脱線したが、ここまで経緯を聞いてどうだろう、朝霧君、君にはレヴォルフ黒学院にぜひとも入ってほしい 君の戸籍問題などはすべて私たちが何とかするし、衣食住提供、学費免除も約束しよう」

男は頭を下げた。破格の条件に加え、少しばかり気になる俺の母親のことを知っている男。

ついていけば色々と知れるかもしない。

だが俺の答えは決まっている。そうして断ると言おうとしたが―――

 

「と、ここまでいっても君は断るだろう―――ということで秘策を用意した」

 

自信満々で語る男。ふっ、甘いな、今の俺は1億つまれても首を縦にはふらない―――。

 

 「大久保ブーデ先生の未発表作品を私は1冊持っている……それでどうだろう」

 

 「入学しよう」

速攻で答える俺。

見事な即落ち3コマが決まった。

 

 こうしてパンフレットの下にあった入学に関する同意書にサインし、俺は男に手渡す。

 そしてどこへ向かっているかわからない車に乗りながら、レヴォルフのパンフレットを眺めていると―――

 

 

 

 

六花は君を退屈にしないよ、と男は何気なくつぶやいた。

 

―――退屈、それは唯一俺を殺せるもの。その言葉を聞き、俺の口角が少し上がった気がした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 1か月前の事から意識を今に戻す。

 

 ―――退屈がない日々。

それが本当にあるのか……少し楽しみだな。

 

 俺は少しの期待を胸に校舎に向かって足を踏み出した。

 




感想、批評、誤字、脱字、文法ミスなどの指摘お待ちしております。

特に海斗の言動とか怪しい気がする。

尊のブツのサイズは完全想像です(小さかったはずですが)

海斗の過去もどこかで入れれたらいいなあ……

書き溜めとかは一切ないです。


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ウルサイス姉妹との邂逅

モブですがオリキャラいます。注意してください。
レヴォルフの内情はネットで軽く調べた限りあまりわからなかったのでオリジナル要素は入っています。こちらも注意してください。


 学院内に入り、職員室で簡単な最終入学手続きを済ませた俺はこれから過ごすクラスの担任に連れられクラスの前までやってきた。担任の教師が先に教室に入っていき、俺は待っておくように言われる。

 ―――しかし実際に学園を歩くとここの生徒が本でのレヴォルフのイメージと少し違うな。

レヴォルフといえば校則がなく、決闘を推奨し、また不意打ち、乱闘は当たり前といった不良校のイメージがあるが学院内ではそうではない。

 おっさんの話によれば確かに決闘も推奨しているし不意打ち、乱闘も禁止していない。それは学院内でもそうだ。世間からみれば明らかに不良校でこそあり、普通に考えれば授業が成り立たなく、学院としての体を保てないように感じるだろう。そこでレヴォルフではすべての学部に≪冒頭の十二人≫の下位並みの強さを持つ生徒指導担当教師を配置することによって不良生徒を学園としての機能が維持できるように抑圧しているらしい。といってもあくまで強さは≪冒頭の十二人≫下位クラスだ。勝てるやつもいる。おっさんはわざと生徒指導担当教師の強さをその程度とし、それ以上の強さを持つ生徒にはすべての自由を認めさせているらしい。さすがは個人主義、実力主義の学院だな。

 

「―――朝霧君、入ってきなさい」

担任から声を掛けられ教室に入る。クラスの面々をみるにモヒカン頭といったいかにも不良な格好をしているやつが7割、制服を着崩したちょいワル風な奴らが2割、残りが普通の生徒っていったところか……まさか普通の生徒もいるとは思わなかったな。

 

「朝霧君、自己紹介を―――」

教師が俺に促す。

よし、俺の完璧な自己紹介を決めてやる。

 

「俺の名前は朝霧海斗 特技はピッキングだ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

時は昼休み。俺の完璧な自己紹介にも関わらず話しかけてくる奴が皆無だ。

というより群れたりしているやつがほとんどいない。このあたりも校風の個人主義が強く出ているのか……。窓際の席だったのも影響しているのかもしれないな。唯一の隣のやつは今日はいねえみてえだし。

 とりあえず誰でもいいから話しかけてみるか……。

 と、ちょうどいいところにモヒカン頭の男双子がいたので声をかけることにした。

 

 

 「おい、そこのモヒカン頭1号、2号」

 

 「あ? 失せろ!」

―――と、1号が声を荒げて言ってきた。

 

 「ま、まあそういうなよ……特別にお前らに俺の焼きそばパンを買ってくる権利を与えよう」

 

 「あん? 失せろっつんだろ!」

と、2号が蹴りを入れてきた。

蹴ることないやん……。

 

「ま、まあそういうな 世間話をしよう そうだな、好きな女のタイプとかあるか?」

本で女の話には大抵の男が乗ると書いてあったので振ってみる。まじめな尊もなんだかんだで女の話には乗ってきたしな。

 

 「へへっ、あんたも女には目がないのかよ……いいぜ、教えてやるよ レヴォルフとは仲がよくねえが俺たちはクイーンズヴェール女学院の生徒会長で世界の歌姫のシルヴィア・リューネハイムがタイプだ」

―――と1号が答えると

 「そうそう、あの声がたまんねえよな あの声で毎日このモヒカン頭を褒められてぇぜ」

2号がそう言う。 

 

 「―――そうか」

大げさに神妙な顔をしながら俺は答える。

 

 「なんだよ、なんか文句あっか?」

と1号がいうので俺は二人に声を小さくし、近づくように指示してから―――

 「実はな……俺はあのシルヴィア・リューネハイムと知り合いなんだ」

―――まあ嘘だが。

 

 「ほ、本当かよ……」

と2号が言う。

 

「もしお前たちが焼きそばパンを買ってきてくれたらモヒカンを褒めてくれるように頼もうと思ったのだがな……」

いかにも残念そうな顔をしておく。

 

「ほ、本当だな 嘘じゃないよな?」

 

「大丈夫だ 取引で嘘をつくほど愚かじゃねえよ」

―――まあ、嘘だが。

 

「ただし録音になるけどそれでも構わねえか?」

と俺が聞くと

 

 「構わねえよ! おい、次郎!! 焼きそばパン買いにいくぞ!!」

1号が答える。

 「わかりやした、太郎の兄貴!! おい、お前約束守れよ ちゃんと『あなたのモヒカン今日も最高だね!』って言ってもらっとけよ!!」

―――と、言い残し二人は急いで廊下を走っていく、焼きそばパンを買いに行ったのだろう。

しかし俺の演技力もなかなかだな。

イケメン俳優として活動として活動していけるな。なんて考えていると―――

 

 

「おい、お前 今の話本当か?」

俺の後ろには胸を強調するためなのか制服を肩に羽織っている赤髪の女が立っていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おいおい、≪吸血暴姫≫が娑婆に出てきたぞ!」

「懲罰教室から出てきたのか!?」

と、周りが騒ぎ出すが―――。

「うるせえ! 見世物じゃねーんだぞ!」

と赤髪の女が言うと周りの奴らが一斉に消える。相当な実力者なのだろう。やべえな……。

 

―――よし、俺も消えよう。

俺も群衆に紛れて消えようとすると―――

 

「お前は消えんじゃねえよ」

と睨みを聞かせてきて俺は―――

 

「は、はい すんましぇん……」

蛇に睨まれた蛙状態だった。

 

 

 

「―――で、お前は本当にあの歌姫と知り合いなのか?」

 

「いや知り合いじゃないが」

正直に答える。

 

「は??? お前バカか? 嘘がばれたらあいつらお前にお礼参りにくるぞ!?」

赤髪の女は声を荒げる。なんだかんだ心配しているらしいな。

 

 

 「まあ大丈夫だって、心配するな」

赤髪の女に向かっていう。赤髪の女はまだ『いやでもな……』とか言って心配している。悪そうな見た目からは想像できないが親切な女だな。

とりあえず女の声をシャットアウトして発声練習をする。そして―――

 

『私、シルヴィア・リューネハイム 好きなものは男、毎日男をとっかえひっかえしているの! きゃぴっ☆』

とシルヴィアの声を出す。

 

「お前すげえな!? お前もしかして≪魔術師≫か!?」

赤髪の女は目を見開いて驚く。

 

「いや≪星辰力≫は使ってないし≪魔術師≫でもねえよ」

 

「確かに≪星辰力≫は感じなかったな……ってことは素でやったのか!?」

 

「ああ、俺の特技の声帯模写だ」

 

「いやあ お前すげえな こんなところこないでそれで飯食っていけるぞ……」

確かにこれで飯を食っていける自信はあるな。

とりあえず俺に関心している女に対して

 

「ところでお前はだれだ?」

気になっていた質問をする。

 

「おいおいまじか あたしの名前知らねえのかよ―――ん? もしかしてお前が今日来た特待生ってやつか?」

 

「ああ、そうだ 俺の名前は朝霧海斗 特技はピッキングだ」

 

「ははは、なかなかユニークな特技じゃねえか あたしはイレーネ・ウルサイス レヴォルフ学院の序列3位だ」

 

―――へえ、この女が序列3位か……確かに強そうだ。

イレーネが手を出してきたので俺も手を出し握手に応じる。

 

「ところで朝霧、お前は特待生なんだから強いんだろう? どうだい、あたしと戦ってみねえか?」

と俺に向かって戦いを申し込んでくる。レヴォルフの生徒だけあって喧嘩っ早いな。 

するとイレーネの手から鎌のような武器が展開される。これが≪煌式武装≫ってやつか……いや、序列3位なら≪純星煌式武装≫かもしれねえな。

―――なかなか面白そうだ。

 

「いいぜ」

と俺は握りこぶしを作り、ファイティングポーズしながらそう言うが―――

 

「……お前、手、震えてるぞ」

 

「……手の準備運動ってやつだ」

 

「足も震えているぞ……」

 

「武者震いってやつだ」

 

―――べ、別に序列3位なんて、こ、怖くないんだからねっ! 勘違いしないでねっ!

心のなかで意味もなくツンデレの真似をしていると―――

 

「でも隙がねえ 戦い慣れてるのがわかる」

とイレーネが答える。

決闘前に学友の隙なんて探してんじゃねえよ。

 

「俺ほどのイケメン平和主義者はいないぜ?」

 

「どこがだよ…… 握りこぶしを作ったときのお前の手、それは日常的にボクシングをやっていたか喧嘩をしていたやつの手だ さすがにわかるんだよ」

 

―――意外と目ざといやつだ。

女が睨んでくるので俺も睨み返す。静寂の中どれほど睨みあっていたのか、緊張が高まる。しかしその緊張は意外な形で崩される。

 

 

 

「こらー!! お姉ちゃん!また勝手に喧嘩して、もう」

赤髪の優等生っぽい女がこちらに向かってそう言った。

 

「げぇっ!? プ、プリシラ!?」

―――イレーネがそう言い、焦りながら武器をしまう。

俺たちの間にあった緊張が解ける。

 

「お姉ちゃん、喧嘩したらダメって言っているでしょ!」

 

「わ、わかっているよ……」

妹には逆らえないようだ。

 

「すいません、私の姉が迷惑かけて……」

イレーネの妹は姉の頭を無理やり下げさせている。

 

「いや、別に構わねえよ」

実際まだ何にもされてねえしな。

 

「お姉ちゃん、何かいうことあるでしょ?」

 

「あたしは別にまだ何もしてねえよ、そうだよな朝霧? なっ、なっ?」

食い気味に聞いてくるイレーネ。とりあえず同調してやるか―――。

 

「そうだ、俺たちは仲良しだ 仲良しを通り越してもうズッコンバッコンするような関係だ」

 

「―――ちょっ!?」

イレーネが顔を赤くして驚く。

こいつの妹に至っては『ず、ズッコンバッコン……お姉ちゃんが……あわあわわ……』と言って顔を赤くしながら軽くトリップしている。

 

「お前、妹に適当な嘘ついてんじゃねえ!!」

―――蹴りを入れてくる。 いてえ。

「後で妹の誤解を解けよ」

 

「解くのはいいが、俺からも一ついいか?」

―――なんだよ、とイレーネは悪態をつきながら答える。

 

「俺のことは海斗って呼んでくれ、苗字が嫌いなんだよ」

 

「別にいいぜ あたしのこともイレーネって呼んでくれ」

気持ちのいい笑顔を浮かべてそう言ってきた。

 

「ああ、わかった イレーネ」

 

こうして六花に来てから初めて知り合いができた―――。

 

 

先ほどの会話から数分後、イレーネは突然少しモジモジしながら用事を思い出したといって教室を出ていった。トイレか?などと無粋なことは聞かない。

残ったのはトリップしているあいつの妹。

―――お、トリップから帰ってきた。

 

とりあえずさっきのことは嘘でただの知り合いだと告げるとホッとした表情を浮かべていた。

 

「あ、あの! お姉ちゃ、姉のことは嫌いにならないでくださいね! ちょっと気が短くて少し乱暴ですけど本当はすっごく、すっごーく優しいんですよ!!」

やや興奮気味に姉のことを褒める妹。それほど好きなんだろうな。

 

「別に嫌いにならねえよ」

―――実際俺の心配をしていたぐらいだ。悪い奴にはみえねえ。

そういうとホッした表情を浮かべていた。

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね 私はプリシラ・ウルサイス イレーネ・ウルサイスの妹です よろしくお願いします えーとお名前を聞いてもいいですか?」

 

「俺の名前は昆布豆豆太郎だ 気軽にお豆さんと呼んでくれ」

―――今、思いついた適当なあいさつで返す。

「は、はあ……お豆さん? ―――って豆太郎なんて名前の人いないですよね?」

プリシラはジト目を俺に向けてくる。

 

「誰がいないと決めた? いるかもしれないだろ? この世に0と100はない ほら全国の豆太郎さんに謝るんだ」

さも当然といった顔をしながら言う。すると俺の勢いに押されたのかプリシラは―――

 

「全国の豆太郎さんすみません……」

といって頭を下げた

 

「それでいい 反省することは大切だ」

と言いながら俺は頷いておく。正義はなされたぞ、全国の豆太郎さん。

一人でさも正論をかざして悪を倒したような気持ちに浸っていると

 

「おい、人の妹に嘘教えてんじゃねえよ、海斗」

トイレから帰ってきたイレーネがいた。もちろん鬼の形相をしていた。

その後、俺は人生最速で土下座をした。

 

―――数分後。

「朝霧さんって面白い人なんですね」

プリシラは笑顔でそう言う。

 

「あー、お前も海斗って呼んでくれ 苗字は嫌いなんだ」

クソ親父と同じなのが気に入ってないからな。

そう伝えると―――

 

「わかりました、海斗さん これからよろしくお願いします 私のこともプリシラって呼んでください」

手を差し出してくるプリシラ。それに対して俺はああ、と一言返事をして握手をした。

 

 

昼休みが終わりに近づきプリシラは自分のクラスへと帰っていった。

イレーネは自分の席へと向かっていった―――って、俺のとなりかよ。

俺も自分の席に座る。

暇だったので太郎と次郎のためにシルヴィア・リューネハイムの声で『あなたのモヒカン、今日も最高だね』と録音しておく。まだあったこともない世界の歌姫シルヴィア・リューネハイム。すまん、許せ。

どこからともなく『海斗君なら仕方ないよ』とシルヴィア・リューネハイムの声が聞こえた気がした。よし問題ないな。

しかしもう授業開始5分前なのにまだクラスの奴らはかえって来ない。

イレーネを恐れてか、はたまた不良校なんで始業ギリギリに飛び込んでくるのが当たり前なのか……。そんなことを考えていると―――

 

「そういや海斗 言い忘れてたけど、放課後生徒会室に来な 生徒会長―――ディルクの野郎が呼んでいる」

 

―――俺の転入初日に安息はないらしいな。

 

 

一方そのころ太郎と次郎は学食にない焼きそばパンを買いに市街地まで出かけたことにより授業に遅刻し、生徒指導担当の教師にぼこぼこにされたらしい。

後日懲罰教室に入れられたが不思議なことに幸せそうな顔をしていたという。

 




感想、批評、誤字、脱字、文法ミスなどお待ちしております。
出来るだけ修正できるところはしていくつもりではあります。

モブキャラは罪深き終末論において裏ルートで海斗の部下になった太郎と次郎をモチーフにしました。まったく面影ありませんけど。

後、レミニセンスの恭一ネタがあるのは個人的に好きだからです。あまり気にしないでください。

もちろん次話も時期未定です。



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悪辣の王

初戦闘シーンあります。かなりあっさりですが……。


―――放課後。

俺はイレーネに連れられレヴォルフの生徒会室前まで連れられてきた。

 

 「んじゃあ、あたしはこれで」

 

 イレーネは背を向け、手を軽く振りながらそう言い残し去っていった。

 生徒会室前に一人残された俺。軽く一息つき、中に入ろうとして―――あるものが目に入った。それはドアノブ。

とりあえず―――舐めるか。

 ドアノブを舐め始める俺。い、いやお前たちがこういう変な選択肢を選ぶからな……。

 

 「んー、きれいな丸みを帯びたフォルム……なかなか良いドアノブだな」

  ドアノブを舐め終え、ソムリエのようにドアノブを語る俺。はたから見ればやばい奴に見えるのは間違いないだろう。幸いなことに目撃者がいなかったので、ドアノブをハンカチでふき、中に入ると赤髪に小太りで不機嫌そうな面を浮かべて椅子に座っている男が一人立っていた。

 

「あんたが俺をよんだ生徒会長か?」

椅子に座っている小太りの男に向かって問いかける。

 

「ああ、そうだ だがとりあえずマナーとしてノックぐらいしろ」

そう言いながら机の上に足をのせる男。

こいつが≪悪辣の王≫ディルク・エーベルヴァイン―――非≪星脈世代≫ながらレヴォルフ黒学院の生徒会長を務める男か。

雷太のような特殊な体臭はしないんだな。

しかしこんな態度をとるやつにマナーとか言われたくねえな。

 

「ところで俺を呼び出した理由はなんだ?」

単刀直入に聞く。回りくどいのは嫌いだからな。

 

「ずいぶんと話を急ぐんだな どうだ、世間話でもしないか」

 

「興味ねえな」

 

「わかった じゃあ本題に入るか」

ディルクはそう言い一息入れる。

 

 

 「俺がお前を呼んだ理由だが……簡単だ 俺の部下になれ」

 

 「もちろん報酬はあるのだろうな」

対価もなしにそんなことは言わないだろうが、一応問いかける。

 

 「もちろんだ 金や欲しいものを可能な限りやる それにレヴォルフ黒学院が保有する≪純星煌式武装≫も貸し出してやる どうだ、悪くないだろ?」

にやりと笑みを浮かべながら話すディルク。男の笑顔なんて気持ちわりぃな。

 

答えは決まっているが、とりあえず思案する。

こいつの部下になれば荒事に使い走りなどのめんどくさいことをさせられるのは間違いないだろう。それに俺は金や物には興味がない。それにどうしても欲しいものがあればそれこそ≪星武祭≫で優勝すれば良いだけだ。

あとは≪純星煌式武装≫だがこれはたしかに強力な武器であり、興味がないわけではない。おっさんの話によれば≪純星煌式武装≫ってやつは意思を持ち、ものによっては代償を要求されるらしい。

意思を持つということはこちらを裏切る可能性もあるということだ。絶体絶命のときに裏切られ、武器として機能しないかもしれない。これは武器としては致命的に感じる。

代償の方はもってのほかだ。何かを差し出し得る強さ。それは諸刃の剣だ。差し出してきたものによってどこかで歪みが生じ、それによって重要な局面で窮地に陥るかもしれない。絶対的な強さとは対照的なものだ。

それに俺には禁止区域で生きてきたという自信とクソ親父の地獄の訓練によって鍛えられたこの体がある。こっちは俺を裏切らない。

だから≪純星煌式武装≫に物としての興味はあっても、使用したいとは思わねえ。

ディルクの部下になることに対してメリットがないことを一応頭の中で確認してから俺は―――

 

「断る」

と、ただ一言言った。まあ部下なんて面倒なものになるのはごめんというのが一番の理由ではあるが。

 

「ちっ、そうかよ」

ディルクは悪態をつきながらそう答えた。破格の条件を断られたことに対して意外そうな顔をしていないことからある程度予想していたのだろうな。

 

「要件はそれだけか?」

 

 一応俺が尋ねると、ディルクは短く『ああ』といったので俺は部屋を出る。

 とんだ時間の無駄だったな。時刻を確認する。入ってから数分しかたってない。とりあえず本でも買いに行くか……。おっさんにもらった生活費は余分なほどある。確か市街地に本屋があったはずだ。

 こうして俺は本屋に向けて歩き出した―――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……」

朝霧海斗が去った生徒会室。俺はあいつの資料を見る。朝霧海斗―――出身地や経歴に特別変わった点はない。平凡な家庭に生まれたあいつが俺の破格の報酬を蹴ったが、それはあいつの性格によるものである可能性を考えれば別に不思議なこともない。会話をしてみてのあいつの態度からは人の下につくタイプとは思えなかった。

また、あいつの≪星辰力≫の量は≪冒頭の十二人≫クラスの非常に高い数値ではあるが、特待生ということを考えると平均的な数値である。特待生としては平凡にも思える。

だが注目すべき点はこいつの身体能力―――異常だ。人間の数値を越えている。≪星辰力≫なしに出せる数値ではない。この数値が本当ならあの化物と比べても劣らないだろう。この数値が本当なら使える人間だ。駒はあって困ることはない。俺は猫の一人に指示を出す。

「朝霧海斗を24時間監視して情報を集めろ」

まずは情報集めだ。経歴に特別変わったところはない。しかしそれが逆に嘘くさい。もし異常な身体能力の奴だったとしてそんな奴がこんな平凡な人生を送っているとは考えにくい。こいつの身体データと経歴はあまりにも不釣り合いだ。どちらか、はたまたどちらも嘘の可能性は低くないだろう。この情報はあいつを連れてきたレヴォルフの幹部で人事を主に行っている男が調べたものだ。この経歴は奴によってつくられたものかもしれない。

であれば真偽を確かめる必要があるだろう。使えない人間であったならそれでいい。

だが、こいつのデータが本当であれば駒としてこれ以上ないだろう。24時間監視していればこいつの弱みを見つけることができるかもしれない。そうすれば駒にすることも難しくないだろう―――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 俺はレヴォルフを出て繁華街へと繰り出した。

 禁止区域でも暁東市の市内でも見たことがない近代的な街並みが広がっており、あちこちに店が立ち並んでいる繁華街を通り、六花内でも一番大きなショッピングモールの中にやってきた。六花内にはここしか本屋がないらしい。

 近代化が進み、書籍も教科書もほとんどものが電子化されたため本に対しての需要が著しく低下し、本屋は激減した。だがそれでも本屋は残っている。本にしかない質感、紙の匂い、ページをめくるときの音といったものが電子書籍の利便性に勝ると考える人が一定数いるためだろう。若者の多い六花ですら本屋があることから本に対しての需要はあるようだ。俺も本は紙に限ると考えている一人だ。そんなことを考えている間に本屋までやってきた。

 金は十分にあるため気になった本をとりあえず買っていく。推理小説を中心に料理本といった生活に役立つ本やあまり普段は読まないがなぜか惹かれた『かずおの大冒険』というマンガなども買っていく。全部で20冊ほど買ってからショッピングモールを後にしたが―――。

 

「……」

 誰かにつけられている気配がする。レヴォルフを出て少ししたときからずっと気配を感じていたが、姿はない。だが間違いなく気配がある。光学迷彩装置を使って隠れているのだろう。そんな装備を持っている奴と言えばレヴォルフや他の学園の諜報機関だろうな。

また、かすかにだが足音もしている。繁華街の喧騒に紛れて普通の人間には聞こえないだろうがかすかに聞こえる。気配や足音の消し方も一般人の中ではうまくできている。だがそれは一般人程度だ。禁止区域の人間はもっと気配や足音の消し方が上手い。

それも当然、敵に気づかれれば即死なんてことも珍しくない場所。気配や足音の消し方は生きるために必要になる。 

またそれに対抗して相手の気配や足音に気づく技術も生きていくためには必須だ。

 相手に気づかなければいつの間にか数人に囲まれ、殴り殺されるなんてことも珍しくない。そんな場所―――禁止区域で生きてきた経験によって俺は気配に気づいた。

 後をつけているのは一人だ。だがここは街中。あたりから聞こえる音が正確な位置の特定を阻んでいる。このままでは対処は難しいが、このままつけられているのも気分が悪い。

 そこで俺は人の少ない方へと歩き出す。端末で地図を開きどこかへ向かって歩いているかのように装う。相手は光学迷彩によって姿が見えないことに過信しているのか、はたまた相当尾行に気づかれない自信があるのか、まだついてきている。

 人がいない小さい小道にやってきた。音もほとんどない場所。ここまで周囲の音がなければ相手の位置もわかる。俺の後ろ約10m。相手はそこにいる。ここで対処するか。

 ちょうど分かれ道が目の前にあった。俺は右に曲がり、そのすぐ角で相手の死角に入り、そこで気配を消して待機する。

 9、8、7―――相手がゆっくりと歩きながら近づいてくる。先ほど以上に音を殺しているところから俺が視界から消えたことによって警戒はしているようだ。

 6、5、4―――訓練校時代には手を抜きまくっていたからすいぶんと久々な感覚。命のやり取りになるかもしれないという緊張感と高揚感に包まれる。

 3、2、1―――距離を確実に図るため目を閉じ、音に意識を集中する。目を閉じると鮮明に気配と足音を感じる。

 0―――相手の視界に俺が入ったことを感じたのと同時に俺は軽く≪星辰力≫を込めた拳を相手がいると思われる場所に向かって振る。

ゴンッと鈍い音を立てた。相手が吹っ飛んだ感覚がある。殴った先には衝撃によってか光学迷彩装置が壊れ、それによって姿が現れたお男が意識を失って倒れていた。

まさか死んでねえよな。

殺すことにためらいはないが殺してしまえば面倒ごとになると考え、手加減はしたつもりだった。相手を確認する。俺より少し年上の若い男。顔に俺の拳が命中したのか頬が赤く腫れ、鼻から血は出ているが命に別状はないだろう。

一応の生死の確認を終えた俺は男の胸倉をつかんでから頬をたたき、起こす。

男は何が起こっているのか一瞬わからなく焦っているようだった。俺を見ると目を見開いていた。もしかしたら光学迷彩で隠れている自分が見つかるとは夢にも思っていなかったのかもしれねえな。

とりあえず聞けることは聞いておくか―――。

 

「おい、お前 誰の命令で俺を付けている?」

男をにらみ、声を低くして脅すように尋ねるが

「……」

男は完全に黙っていた。流石にこんなことをする奴が話すわけはないだろう。

「まあ今回は許す だが次はない そうお前の依頼主に言っておけ」

一応警告をすると男はこくこくと頷いたので俺は男を開放する。男は地面にへたり込んだ。

俺はその男の服で手についたこいつの血を拭ってから歓楽街の近くにある自分の家に向かって歩き出した。つけている奴の気配もない。とりあえず帰って『かずおの大冒険』でも読むか。

家に帰る途中、俺は考える。

俺をつけていたやつの依頼主はだれだったのか。俺が六花に来てからあった人間は少ない。ほかの学園が特待生として入った俺の情報を集めるために送り込んできたのか、それとも俺を連れてきたおっさんの差し金か、それともあの生徒会長―――ディルクの野郎の差し金か。

まあ関係ねえなー――次は全員ぶっ飛ばせばいいだけだ。必要なら半殺しにして聞き出して、依頼主を殺せばいい。今でも人を殺すことにためらいはない。

―――しかし、まだ完全に≪星辰力≫を扱いきれてないな。こればかりは戦闘を繰り返すことで慣れていくしかない。明日から歓楽街にいるごろつきでもぶっ倒すか。

―――ふっ……

あいかわらずの物騒な考えに少し笑いがこぼれる。人は環境が変わっても考え方は簡単には変わらないということだろうなー――。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なんだ!? このクソつまんねえ漫画は!?」

 

帰宅後、読んだ漫画『かずおの大冒険』は死ぬほどつまらなく、俺は二度と漫画を読まなくなった。

 




感想、批評、誤字、脱字、文法ミスなどお待ちしております。
出来るだけ修正できるところはしていくつもりではあります。

ヒロインとかどうするかなあ……。




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孤毒の魔女

お久しぶりです。
かなり間隔が空いてしまいました。
多忙で次回もかなり間隔が空きますが出来るだけ頑張っていくのでよろしくお願いします。



尾行されていた日から数日後の放課後。

 快晴の今日。外で本を読もうと思い立った俺は以前買った本をゆっくり読める場所を探して外をさまよっている。

 数十分さまよったのちに公園内に設置されたベンチを発見した。 

 ちょうど日陰になっていて本を読むのには最適だな。

 そう思い読み始める。

 

 

 「なかなかおもしろかったな」

 時刻はすでに19時を回っている。

ふとそれまでは気にしていなかった辺りを見回す。

 広がるのは照明によって照らされた白百合の花畑。実際にみたのは初めてだ。

 百合か。俺の母親のことが頭によぎる。

 しかし実際、記憶の中に母親の記憶なんてほとんどない。

 元々お嬢様だったらしい俺の母親、神田川百合。

 そしてボディーガードだった俺の父親、朝霧雅樹。

 そんな二人が禁止区域に来た理由。

 一番可能性のある理由を考えるなら親父はボディーガードとして一番の禁忌を犯したのだろう。

 ―――護衛対象者と関係を持ってしまった。

 結果として禁止区域に逃れるしかなかったのだろう。

 そこで生まれたのが俺。戸籍も人権もすべて持たない人ならざる者。

 俺の中にある母親の記憶と言えば俺に向かって笑いかける母親の顔。それだけだ。

 となりで親父も笑っていたような記憶もある。

 「そんなわけないだろ」

自分の中の記憶を鼻で笑いかき消す。

あの最低で残虐非道なクソ親父が息子を見て笑いかけるはずがない。

親父の事を思い出せばよみがえってくるのは地獄のような日々。

廃ビルの7階から落ちて足を折れば怒られ、男は殺せ、女は犯せと命じ、出来なければバン一切れで息子を男色家に売り飛ばすような奴だ。

あのような優しい笑顔をするわけがないだろう。

それにしても俺には母親の記憶がない。クソ親父は何も言ってなかったが俺が自我に目覚める前に死んだのだろう。お嬢様には禁止区域の生活が合わなくて病死や餓死で死んだのか、はたまた―――いずれにしてもろくな死に方はしていないだろうな。

 

 

―――過去に思いを馳せても意味はない。今あるのは親父も母親も死んだという事実だけだ。

そう思い、頭の中にあった雑念を振り払う。

―――そろそろ帰るか。

辺りは街灯と白百合畑を照らす照明の光だけで人のいる気配もほとんどない。

暗闇は怖いからな。

ベンチから立ち上がり、さっさと帰宅しようと立ち上がる。

立ち上がった時にふと白百合畑の向こうを眺めると糸杉とその前で立つ一人の白髪の女だろうか。遠くて判別が難しいが身長や体のつくりを見る限り女だろう。しかもレヴォルフの制服を着ている。

ろくでもないやつだろう。絡まれると面倒だ。

悲しいことに最短距離で変えるなら女の方向だ。

仕方ない、遠回りして避けるか―――。

そう考えたが俺の足は女の方向へ向かって歩き出した。

どうしてだろうな。

レヴォルフの生徒に近づかない方が良いという一般常識に相反する行為を楽しみたかっただけなのか。

―――それとも女の背中を見ていると昔の俺、表の世界を知らず、優しさに触れていない頃の自分と被って見えたからかもしれない。

 

歩き始めて少し、俺は糸杉の前に佇む女の近くまでやってきた。

遠くでみたときよりはっきりと女の背中に感じる孤独、悲しみ。

昔の自分に少し似ている。だからだろう、女の背中に向かって声をかける。

「お前が眺めているのは糸杉だな」

女に反応がないので話を続ける。

「糸杉と言えばゴッホによって描かれた糸杉と星の見える道が有名だな。あれはゴッホが自分自身の中にある強い死の予兆を反映したものだといわれている。西洋の方では糸杉と言えば死の象徴と考えられているらしい」

「……」

女は沈黙を貫く。

「そんな辛気臭いもの眺めるよりこっちに広がる白百合畑を眺めるほうが良いと思うけどな」

「……花には興味がないわ」

沈黙を破り、糸杉を眺めながら背中越しに女は言う。

しかし花には興味がないか―――。

「それは嘘だな」

俺はきっぱりと言い切る。

背中越しに女はどうして?といった反応を見せているような気がするので続ける。

「お前は向きこそ糸杉の方を向いてそっちを見つめているが、明らかに意識は後ろに向いているからな」

「それはあなたが後ろから話しかけて―――」

「―――いるから俺に意識を集中させているだけというだろうが、それは絶対に違うな。なぜならお前は俺が話しかける前、それ以前の俺が向こう側のベンチに座っていた時から後ろに意識を向けていた。後ろから襲われることを警戒してという可能性もあるが人の気配はない。それにお前とまだ距離があるにも関わらず感じるこの≪星辰力≫から察せられるお前の実力、レヴォルフの生徒で白髪の女ということから推測される人物を考えると誰もお前を襲おうとは思わないだろうからな」

 

少し俺たちの間に沈黙が流れたのちに女は口を開く。

 

「あなたは探偵?」

 

「いや探偵じゃねえよ、ただの推理小説好きだ」

 

「そう……」

 

再び沈黙が流れたのち再び女の方が沈黙を破った。

 

「私の運命はこことともにある」

女は右手を左胸に充ててそう言う。

左胸にあるものと言えばレヴォルフの校章。レヴォルフの従順な犬ということだろうか。

―――しかし運命か。気に入らねえな。

どこかあきらめを感じる背中からこいつは自分の運命とやらを信じているらしい。

 「くだらねえ」

 そう俺は吐き捨て女に向かって歩みを進める。

 「あなたでは私の運命を覆せない」

 そういい、女は背中を向けながら≪星辰力≫を開放する。

 吹き荒れる≪星辰力≫の暴風とまき散らされる毒素の痛みの中俺は一歩ずつ歩みを進める。

 「運命を覆せないか」

 

 一歩歩みを進める。

 背中越しではあるがこの状況で近づいてくる俺に驚いているようだ。

 

 「お前は運命ってものを信じているらしいが」

 一歩。

 

 「そんなものはない」

 更に一歩。

女に向かって歩みを止めることなく進める。

近づくたびに女の動揺が大きくなっているような気がする。

それもそうだろう。顔こそ見えてないがこの≪星辰力≫と毒素の嵐の中を臆することなく迫ってくる奴がいるのだからな。

近づくたびに痛みも増してくるが表情に出さない。クソ親父の教えがこんなことに役立つとはな。俺は微笑を浮かべて一気に近づき女の手を取り、こちらの方へ振り向かせる。

それと同時に女が観念したのか≪星辰力≫の嵐がやむ。

そしてそのまま白百合畑へと引き込む。

女の顔を見ると予想していた通りの顔があった。

≪孤毒の魔女≫オーフェリア・ランドルーフェン。

世界最強の≪魔女≫と呼ばれる女で前回の≪王竜星武祭≫の覇者だ。

そして困惑した表情の中にも優しい笑顔が見て取れる。

―――やっぱり花、好きなんだな。

 

「変わった人だわ」

 

「よく言われるな」

 

女は笑みを浮かべる。

実際に憐桜学園にいたころはあいつらにも言われたことがあるしな。

 

「あなたの名前は?」

 

首をかしげて上目遣いで尋ねてくる。

 

「俺の名前は朝霧海斗だ 好きな風に呼べばいい」

ウンコマンとかじゃなきゃなんでもいい。

 

「じゃあ海斗……私の名前はオーフェリア・ランドルーフェン オーフェリアって呼んで……?」

 

「わかった オーフェリア」

 

そう言うとほほ笑むオーフェリア。

まとっていた悲壮感や孤独感は消えてなくなっている。

それから二人で照明によって照らされた白百合畑を眺めていた。

どちらからも話すことはなかった。

ただ無言で流れる時間。

数分か数十分だったかわからない。

だが少なくとも悪くない時間ではあった。

時間が時間だけに帰宅の流れとなった。

「それじゃあ海斗……また」

今まで見たこともないとびきりの笑顔を浮かべてオーフェリアは言ってきた。

月光に照らされたその笑顔は魅力的であった。

 「気が向いたらな」

 少し照れ臭くなってそう答えた―――。

 

 

 




誤字脱字の指摘、感想、評価よろしくお願いします。
海斗が違うとかあれば指摘いただけると幸いです。

※追記
活動報告を上げさせていただきました。
活動報告には今後の更新頻度、ヒロイン、主人公、今後の作品の以上4つの項目について記述しております。
ご一読いただければ幸いです。

こちらも軽く訂正しました。違和感がある部分があれば指摘のほどいただけると幸いです。


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六花での日常その1

月1更新といったな……あれは嘘だ。
―――と言いたいのですが次は厳しいと思います。

オーフェリア回です。




―――オーフェリアとの出会いから次の日。

未だに毒素のせいか手に痛みがあるが問題ない程度だ。

痛みのせいもあってかいつもより早く目が覚めてしまった。

登校するまでにいつもより時間がある。

どうせなら気になっていたアレをやるか……。

身支度と日課のランニングを済ませてから台所に立つ。

俺がやろうとしているのはエッグベネディクト。

以前本屋で買った料理本の中に載っていたメニューだ。

お湯を沸かし、マフィンをオーブンで焼きながらベーコンを包丁で切る。

本によるとお湯には酢と塩を少し入れるときれいにポーチドエッグを作れるようなので加える。

となりでベーコンを焼きながらお湯をかき混ぜて卵を落とす。

白身がまとまり黄身がピンク色になったらお玉で掬う。

そういえばソースを作っていなかったな。

卵黄にマヨネーズ、レモン汁、溶かしたバターを加え、混ぜ塩コショウで整えたらオランデ―ソースが完成だ。

マフィンにベーコン、ポーチドエッグをのせソースをかければ完成だ。

「完璧な出来栄えだな」

店で出てきてもおかしくない見事な出来栄え。

将来は店を出すか。

自画自賛しながら朝食を食べる。

食後に買っておいた安いインスタントコーヒーを飲む。

なんと優雅な一日だ。

時計を見ると既にいつも登校する時刻だった。

「そろそろ出るか」

ふと台所をみると見事なまでに調理道具が散乱したままだった。

店は出せないな……。

レヴォルフの制服に着て部屋を出る。

なんとなく思い出すのは昨日の夜のこと。オーフェリアと別れた時のことだ。

「そういえばアイツまた今度とか言っていたが……」

あいつの連絡先すら知らないのだがどうするつもりだ?

階段から外を見ると涼しげな格好をした人がいるほど暑い日なのに妙に寒気を感じるな……。

謎の寒気を感じながら階段を降り、外に出ると寒気の正体が分かった―――。

 

「お、おはよう……海斗」

そこには顔を少し赤らませながら俺を見つめる白髪の女、オーフェリアが俺の手を握ってきた。

いや、なんで俺の家知ってんだよ……。

 

 

 

 

―――放課後。

机に突っ伏す俺。まあポーズだけだが。

「ハハハっ、海斗元気出せよ」

豪快に笑い、肩をたたきながら話しかけてくるイレーネ。

 

「お姉ちゃん、一緒に帰ろ―――あれ、海斗さんどうしたんですか?」

そこへプリシラがやってきた。

 

「ん? プリシラは知らんねえの?」

イレーネがプリシラに尋ねるが頭にはてなマークを浮かべている。

 

イレーネが画面を出しプリシラに見せる。

俺は立ち上がり、画面を覗くと中身はレヴォルフの新聞部の記事だった。

俺とオーフェリアが手をつないで登校している写真もご丁寧に添えられていた。

 

「えーと、孤毒の魔女に熱愛発覚……っ!? 相手は……」

とプリシラが眺めていると……

 

「い、いたわ 海斗、行きましょう?」

そう言いながら俺の手を握り、引っ張ってくる。

はじめこそクラスがざわめき立っていたが、休み時間ごとに毎回毎回来ていたのでもはや誰も声を上げない。一人を除いては―――。

 

「えっ、えっーーー!!??」

プリシラが大声を上げたためか、ゴシップ好きの新聞部の連中が集まりだした。

休み時間のたびに奴らは俺たちを探していたが、太郎と次郎が嘘を流し上手く奴らを誘導していたおかげで接触することはなかった。

今度、一応の感謝として自作の微妙にエロく聞こえるけどエロくないシルヴィアボイス集をプレゼントしてやろう。

そんなことを考えていると本格的に人が集まりだした。

「おい、オーフェリア行くぞ」

そう言い俺はオーフェリアの腕を引いて、抱きかかえる。

お姫様抱っこだ。

少しオーフェリアの顔が赤くなっているが気にしない。

そのまま窓から飛び降りる。

≪星脈世代≫ならだれでもできることだ。

飛び降りる際に少し後ろを振り向くとイレーネが笑いながら「頑張れよ」

と言っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「行っちまったか……ほら、プリシラ帰るぞ」

集まりかけていた新聞部の人間も霧散した後、あたしはプリシラに声をかける。

しかし、返事がない。

「おい、プリシラー?」

反応がまたないので顔を覗くと顔を紅潮させている。

「あ、あわあわわわ……もうお、大人の、か、関係……」

完全にトリップしている。

とりあえず画面をみると映っていた記事の端には『二人は大人の関係!?肉体関係あり!?』と書かれていた。

はっ、こ、こんなことにいちいち……ど、動揺し、しねーし……。

 

顔を真っ赤に染め、うろたえるイレーネ。軽い放心状態にあるなかどこからともなくシャッター音が教室内にこだました。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

オーフェリアとレヴォルフを飛び出してきてから繁華街へと向かっている。

流石にお姫様抱っこはしていないが手はいまだにつないでいる。

というのも手を離すと睨んでくる。

―――に、睨むことないやん……。

そういうわけで無言の中、手をつなぎながら二人で歩いている。

まあ、嫌いな時間ではない。

歩いているとすれ違う人間のほとんどが振り向いてくる。

中には顔を青くしてスタスタと去っていく人も少なくない。

仕方ないことだろう。不良校で有名なレヴォルフの制服を着た奴が二人もいるんだからな。ましてや片方は≪王竜星武祭≫を連覇し、六花最強の≪魔女≫と呼ばれるオーフェリアなんだからな。

 

「海斗、どこへ行くのかしら?」

そんなことを考えているとオーフェリアが尋ねてくる。

こいつが手を引っ張って歩いていたのにな。

 

「本屋だ」

昨日で本を読み切ってしまったので新しく仕入れようと考えていた。それに今日の朝は料理をした結果、台所を散らかしてしまった。別に問題はないのだが訓練生時代にルームメイトだった薫に部屋を散らかすと怒られたせいか部屋をきれいにしておくことが体に染みついている。禁止区域にあった住処はお世辞にもきれいと呼べるものではなかったが……。

そういうわけで整理整頓、清掃について学べる本も探したいと考えていた。

 

「そう」

オーフェリアは短く言葉を返す。しばしの沈黙が流れ―――

 

「昨日の……大丈夫だったかしら?」

オーフェリアが再び尋ねてくる。昨日の、ってなんのことだ?

「毒素……≪星辰力≫を出すと毒素が出て強い痛みを感じるから……」

オーフェリアはどこか寂しそうな顔をしている。手に触れていると少し痛むため今でも毒素が出ているのはわかる。多分、無意識のうちに出てしまうのだろう。こいつはもしかしたらこれのせいで人と付き合っていくのが難しかったのかもしれない。どこか禁止区域にいたころの俺、人を敵と認識し、人に触れる温かさ、喜びを知らなかった頃の俺を思い出させる。

「別に問題ない」

だからだろうか。優しい気持ちになるのは。

「本当?」

 

「ああ、多少体は痛いし、握っている手もヒリヒリが問題ない むしろ電気マッサージみたいで気持ちが良い 毒に強い体なんだろうな……だから気にすんな」

親父の地獄の特訓の中にあらゆる薬物に対抗する訓練もあった。もちろん毒物、麻薬の類はすべて試された。その中にオーフェリアの放つ毒素に近い成分があり、抗体ができているのかもしれない。または≪星脈世代≫になったことにより、体内における自浄作用が強くなっているのかもしれない。結論はわからないが問題ないことは自分の体の事なのでよくわかる。

「そう……よかったわ」

オーフェリアはたった一言そう言い、今までよりも強く手を握ってきた。

 

 

 

以前やってきた本屋があるショッピングモール前にやってきた俺たち。

 

「海斗、私は外で待っているわ……」

そう言いオーフェリアは手を放す。オーフェリアの発言に対して思案する。

こいつは優しい。朝も今もできるだけ通行人から距離をとっている。自分から出される毒素に巻き込みたくないんだろう。学校やここに着くまでの間もできるだけ人のいない道を選んで歩いていたからな……。外に出ていることを考えれば近づいただけで死ぬことはないんだろうがそれでも人を避けるのは怖がらせたくないからかもしれない。

「わかった」

俺はそう言い、さっさとショッピングモール内に入っていく。

本屋に行くためではない。

とりあえず目的の場所へ向かってさっさと歩く。

数分で買い物を終え、オーフェリアのもとへ帰ってきた。

 

「海斗、もう買い物は終わったのかしら?」

怪訝な表情を浮かべ、尋ねてくるオーフェリア。

 

「いや、トイレに行ってたらあることを思い出してな……ほれ」

俺はそう言い、オーフェリアに買った適当に見繕った上着とサングラスを手渡す。

顔を隠してもレヴォルフで白髪の女とわかればオーフェリアだと気づかれ、騒ぎになるかもしれないと考えて上着も見繕っていた。

 

「これは……?」

 

「これ着けてついてこい 騒ぎになんなきゃ問題ないだろ それに多少お前が近づいたくらいじゃ死にはしないだろ?」

 

「一応、肌を覆っているだけでも毒素の瘴気は問題ないわ……」

 

「ならこれ着けていくぞ」

 

「海斗……これ、お金は……」

うろたえるオーフェリア。

「気にすんな たまたま上着とサングラスを持ってただけだ」

我ながら苦しい言い訳。サングラスはまだしも男の俺が女物の上着を持ち、それがオーフェリアにぴったりのサイズとか嘘じゃなきゃ変態ストーカー野郎だしな。

オーフェリアもこちらにジト目を向けてくる。

しかし観念したのかただ一言―――

「ありがとう」

蚊の鳴くような小さな声だったがしっかりとこちらをみつめて言い、サングラスと上着を身に着けた。

 

―――べ、別に、あんたのためじゃないんだからね!!

俺は心の中でツンデレをきめながら、気恥ずかしさを感じたので、オーフェリアの手を引きショッピングモールへと入った。

 

 

本を買い、ついでに今日の晩飯も買い終え、二人で俺の家の方に向かって歩いている。

目的の本も買えたし、有意義な一日だった。

ちょうど俺の家、学園、繁華街の間に差し掛かった時にオーフェリアが口を開く。

 

「私の家、このあたりだからこれ、返すわね……」

どこか名残惜しそうな顔を浮かべながら上着とサングラスを差し出す。

 

「もっとけ どうせ今後外を歩くならあった方がいいだろ」

 

「いやでも……これは海斗のものだわ」

 

「いいから」

会話を断ち切るように強めの口調で言い切るとオーフェリアは観念した。

大事そうにぎゅっと上着を抱きかかえた。

 

「あ、そうだ 明日から家の前で待ち伏せはやめてくれ」

こいつが何時から待っていたかわからないが、長い間待たしていたら気が引ける。

 

「だ、駄目かしら……?」

上目遣いで俺を見つめながら言うオーフェリア。

 

「ああ」

俺は短くそう答えるとしゅんとしてオーフェリアは目にみえて落ち込んでしまった。

―――ったく。こういうこと言うのは侑祈のキャラなんだけどな。

心の中で悪態をつく。

なんだかんだ憐桜学園で過ごした一年間も俺を構成する一部なんだな。

昔、人間より人間臭いロボットに言われたようなことを俺も言う。

 

「連絡先教えるから 毎日、お前を待たせるのは悪いだろ 友達なんだからさ……」

どうにも気恥ずかしい。少しオーフェリアから目をそらしてしまう。俺に向かって友達宣言してきたアイツはどうだったんだろうか。

だがオーフェリアがどんな表情をしているか気になって顔を見てしまう。

はっと目を見開いて驚きの表情をしたのもつかの間、表情が変化する。

夕日のせいか、頬を赤くを染めて―――

「……うん、ありがとう……海斗」

お礼を言った

その時のオーフェリアは今までで、俺が生きてきて一番の笑顔を浮かべていた。

―――感情表現豊かじゃねーか。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

オーフェリアと別れて帰宅した俺。

片付け、夕食、身支度も終え本を読んでいると受信が入る。

オーフェリアからだ。

『今日はありがとう 楽しかったわ また明日』

とだけ書かれていた。

とりあえず『ああ』とだけ返す。

そして本に戻ろうかとも考えたが何となくニュースを調べてしまう。

六花内における本日の人気ニュースが掲載されていた。

一位は俺とオーフェリアのニュースだった。

これは見なくていいだろう。

二位のニュースを見る。

星導館学園の公式序列戦において天霧綾斗という特待生の男が序列一位を破ったそうだ。

記事内には匿名で自由に投稿できるコメント欄がある。

その中には今回の対戦に関する様々な意見や感想が書かれていた。画像なんかも貼られているな。

しかしこんな重要なニュースより人の色恋の方が上に来るとは人はゴシップ記事が好きなんだな。

そんなことを考えながら三位の記事を見ると―――

『レヴォルフの暴姫イレーネ・ウルサイス! その中身は意外と初心な乙女!!??』

という記事が顔を真っ赤にしたイレーネとともに掲載されていた。

こ、この記事大丈夫か? イレーネがこのニュースサイトを作っている編集部に殴りこみにいかなきゃいいが……。

 

この時の俺の予感は的中していたらしい。

翌朝、オーフェリアと待ち合わせして登校した。

教室内で記事をみせた奴がいたらしくイレーネは編集部に殴りこみに行こうとし、あの大鎌を出したが、その現場プリシラに見つかりこっぴどく怒られていた。

 




誤字、脱字の指摘や感想、批評お待ちしております。
正直、キャラ萌え書くのが苦手なんでものすごーく不安です。
その辺り指摘ありましたらお願いします。

暁の護衛にて好きな侑祈の友達宣言シーンぽいの入れてみました。
あそこから海斗が変わっていく感じが好きなんです。

次回は次月に出せたらいいなあ……。

※追記
色々と軽く訂正しました。猛省します。
軽く直しただけなので未だ違和感あれば指摘いただけると幸いです。


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朝霧海斗の過去

「あたしたち今度の≪鳳凰星武祭≫に出場するから」

 オーフェリアと出かけた日から少し経った昼休みの教室。唐突にイレーネから告げられる。

「急だな」

 

「前から決まっていたんだけどよ。そういえば言うのを忘れていたな」

 

「それにしてもお前の性格的に≪王竜星武祭≫に出ると思っていたが」

≪星武祭≫は3つから構成される。

 今年の夏に開催される2人1組のタッグで戦う≪鳳凰星武祭≫

 来年の秋に開催される5人1組のチームで戦う≪獅鷲星武祭≫

 そして再来年の冬に開催される個人戦≪王竜星武祭≫

 これらは六花にある6学園の生徒によって優勝を争う。

 

「しかし“達“って誰とペアを組むんだ?」

 ≪鳳凰星武祭≫はタッグ戦だ。ペアを組む奴がいないと出場できない。

 序列3位のこいつとペアを組める実力とコンビネーションがないと話にならないはずだが。

 

「海斗さん、私とお姉ちゃんでペアを組むんですよ」

「ぷ、プリシラ!?」

 イレーネの背後からひょっこりと顔を出したプリシラ。

 突然の登場にイレーネの方は体をびくりとさせるほど驚いている。

 

「お姉ちゃん、脅かしちゃってごめんね」

「べ、別に驚いてねーよ……」

 

 しかし姉妹でのペアか。

 

「コンビネーションの方は問題ないな」

 

「おう!」

 気持ちのいい笑顔を浮かべて頷くイレーネ。

 問題の一つは解決したがもう一つの問題であるパートナーの実力がある。

 イレーネは序列3位の猛者だがプリシラの方は俺と同じ序列外だったはずだ。

 端末で軽くプリシラの記録を調べてみるが出てこない。

 実力未知数というわけだ。

 体格や性格的に戦闘向きといった気はしないが……。

 そんなことを考えながらプリシラを観察する。

 

「私の実力はお姉ちゃんと比べたらだいぶ劣りますよ」

 観察してことに気づいたのかそう言うプリシラ。

「まああたしからすればその辺りも考えてプリシラとペアを組む。一応、作戦みたいなもんもあるんだよ」

 プリシラの弱気な発言を一蹴するイレーネ。

 確かにこいつらが考えなしで挑むわけないか。

 ならコンビネーションも実力も兼ね備えたペアということでいいだろう。

 

「まあ頑張るんだな」

 

「おう!」

「はい!」

 俺の適当な応援に気持ちの良い返事を返す二人。

 不良校の生徒とは思えないほどいい奴らだな。

 

「そういえば海斗は≪鳳凰星武祭≫に出ねえのか?」

 

「興味ねえな」

 

「興味ねえ、ってなあ……相変わらず変わった奴だな」

 苦笑いを浮かべるイレーネ。

 当然の反応だろう。

 六花に集まってくる生徒の大半は叶えたい願いを引き下げてやってくるのだから。

 中には違った目的をもってやってくる奴や途中であきらめて学園生活を謳歌している奴もいるが、どれにも当てはまらない俺は異端中の異端と言えるだろう。

 しかし実際叶えたい願いなどない。

 世界中の本とかならありかもしれない、と考えたこともあった。

 ただその程度のことおっさんに頼めばやってくれそうではある。

 

「≪鳳凰星武祭≫に出ればいいところまで行けそうだけどな」

 ぽつりとつぶやくイレーネ。

 

「買いかぶりすぎだ。序列外の俺では一回戦敗退が関の山だろう」

 実際に戦ったこともないのにイレーネからの評価が妙に高い。

 

「私も海斗さんなら優勝も狙えるかもって思いますよ!! 今回の≪鳳凰星武祭≫は例年の≪星武祭≫に比べると大混戦なので……」

 プリシラの評価も同じく高かった。

 

「おいおい……お前らの俺に対する評価がおかしいだろ。まず俺は序列外の生徒だぞ」

 

「序列外って……そりゃあ≪公式序列戦≫に参加してねえんだから当たり前だろ」

 

「まあな」

 どや顔で答える俺。

 実際に先週、レヴォルフ黒学院の序列を決める≪公式序列戦≫があったらしい。参加していないから知らないが。≪冒頭の十二人≫になれば相応の待遇が受けられるようだ。

 

「おいおい……。六花の学生なら≪公式序列戦≫くらい挑戦しろよ……」

 目的も目標も向上心もない俺にややあきれた口調のイレーネ。

 参加しないのはすでに特待生特権で≪冒頭の十二人≫と同じ程度の待遇を受けているからだ。

 寮ではなく好きなアパートで過ごさせてもらっているし、金も本を買いあさっても余るぐらい貰っている。

 そもそも特待生でなくてもなる気はなかっただろうがな。

 俺は外でも眠れるし、腹が減ればその辺の草や虫でも食べてられる。

 生きていくには問題ない。

 まあ貰えるもんはもらっておくが。

 ―――べ、別に本が読みたいからとかではないんだからねっ!

「そういえば……」

 そこで思い出したかのようにイレーネは端末を操作し、その画面を俺に見せてくる。

 画面には『六花最弱か!? 決闘48連敗!!』という見出しの記事であり、記事内にはクインヴェールの学生の決闘の映像があった。

 それを再生するイレーネ。

 最弱と呼ばれている学生は為す術なく決闘相手である同じクインヴェールの生徒に終始圧倒されているが、気を失うまで何度も立ち上がり戦い続けていた。

 俺にもこれぐらいの向上心を持て、ということだろう。

 「世の中には向上心の化物もいるのな」

 その言葉に肩を落として呆れるイレーネ。

「あ、ははは……」

 プリシラも乾いた笑いがこぼれていた。

 そんな反応されてもこのレベルの向上心を持っている奴は少ないだろう。

 しかし……。

 決闘の映像を再び眺める。瞬発力だけなら禁止区域にいた連中にもここまでのレベルの奴はあまりいなかったが。

 ―――最弱と言われるにはもったいない奴だな。

 まあ俺には関係ないことだ。

 

「しかしもったいねえなあ」

 映像に意識を集中させているとイレーネがつぶやく。

 

「こいつのことか?」

 終始圧倒されている映像の学生を指差す。

 

「いや、ちげえよ。 海斗、お前のことだよ」

 どうやら俺の事だったらしい。

 

「だから買いかぶりすぎだ」

 

「んなことねえよ。お前の体つきをみればわかるけど、明らかに武術を学んでいただろ。 真面目に特訓すれば上位も狙えると思うけどな」

 

 「た、確かに海斗さんって体つき良いですよね……」

 こ、こいつら―――。

 「俺をそういうエロい目で見ていたんだな」

 まさかクラスメイトからそういう目で見られていたとは。

 モテルオトコハツライナー。

 「いやねえよ」

 きっぱりと言い切るイレーネ。

 プリシラの方を見ると真面目な顔で頷いている。

「あ、でも!!」

 今度はプリシラが思い出したかのように端末をいじる。

「非公式で全学園の有力選手のランキングを作っているサイトがあるんですけど……その一部に全学園のイケメンランキングもあるんですよ」

 そう言って画面をみせてくるプリシラ。

 ―――っておい。全然俺出てこねーじゃねーか。

 ページをめくっていくと俺の名前があった。

「36位ってなあ……」

 微妙な顔をするイレーネ。

 俺も同じ顔をしているだろう。全くうれしくない。

「お姉ちゃん! 全学園に男の人が何人いると思っているの!? その中で36位だよ! すごいです!!」

 俺たちとは違って凄いと思っているプリシラ。

 それを聞いても素直に喜べない自分がいる。

「どうせ狙うなら一位だろ。こいつはどういったやつなんだ?」

 イケメン男子ランキング一位のアーネスト・フェアクロフとか言う奴について二人に聞いてみる。

「あたしは興味ねえけど六花最強の剣士って言われているな」

 あまり好きではない様子のイレーネ。

 そういえばこいつの制服は聖ガラードワース学園の物だな。

 確かレヴォルフとガラードワースの生徒は仲が悪かったはずだ。

 イレーネの反応にも納得できる。

 これ以上の説明が期待できないのでプリシラの方をみる。

「この方はガラードワースが保有する≪純星煌式装≫である≪白濾の魔剣≫の使い手のため六花最強の剣士と呼ばれていますね。また性格も良く、顔も良いためファンが多いと聞いています。血筋も由緒正しい……」

「も、もういいぞ」

 顔以外がどうにもならない。

 一位になるのは不可能なことは分かった。

 

「話を戻すけどよ。海斗は体系をみるに武術を心得があるんだろ?」

 イレーネが話を換える。

 

「多少はな。訓練校で習ったな」

 手を抜いていたのなんという流派なのかは覚えていないが。

 

「海斗さん。訓練校ってなんの訓練校ですか?」

 プリシラが俺の過去に食いつく。

 おっさんにもこのあたりの事はそのまま経歴書に書かれていたので隠す必要もない。

 

「ボディーガードの訓練校だ」

 

 

「へ、へえー意外ですね」

 

「≪星脈世代≫でボディーガードなら余裕で主席だったのか?」

 イレーネ興味深そうに俺の過去について聞いてくる。

 話して困るようなことはないが女は話が好きって本当なんだな。

 

「いや1クラスしかない学園で35人中30位だったな。下の5人は落第だから実質俺が最下位だ」

 どや顔で語る俺に対して苦笑いの二人。

「にしても海斗の人を殺してそうな目つきはボディーガードをやっていたからなんだな」

 

「いやそれは違うな。昔、何人か殺ったことあるからじゃねーか?」

 とこともなげに俺が言うと二人は警戒しながら距離をとる。

 

「冗談だ」

 

「海斗の冗談は冗談に聞こえねえよ……」

 

 そこで休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 いつの間にか消えていたプリシラ。

 自分の教室に帰ったのだろう。

 対照的に慌てて自分の席に戻るイレーネ。

 着席すると同時に授業が始まった。

 六花に来た当初は期待もあった授業だが今は退屈だ。

 訓練校時代の授業と大差がない内容。

 ぼうっと窓の外を眺めていると昔のことを思い出す。

 イレーネたちのとの会話では語らなかった訓練校時代よりも昔。

 ―――禁止区域にいた頃を。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ―――俺、朝霧海斗は禁止区域で生まれた。

 禁止区域は現代社会において貧富の差が拡大した結果生まれた小さな街。

 犯罪者や職のない人間が最後に逃げのびる場所。不法地帯。

 壁一枚を挟んで殺しが行われているなんてことは日常茶飯事。

 そのくせ警察が逮捕するために禁止区域に入ってくるなんてことはない。

 やつらも入れば最悪殺されることがわかっているからだ。

 そもそも奴らにすれば同じ人間と考えていないだろう。

 殺しの理由は様々だ。物、女の奪い合いに殺人欲を満たしたいだけ。普通では考えられないことがまかり通っている場所。

 一般人は禁止区域の人間は人に非ず、と思っている奴らが殆ど。

 いくら殺し合っても人の流入はなくならない。

 それだけ行くあてのない人間が数多くいるわけだ。

 生まれた人間は戸籍もない。人としての尊厳など存在しない。

 そんな場所で生まれた俺は父親である朝霧雅樹、最低最悪の男によって育てられた。

 

 まず始めに自分の父親から殴られる。何事もなく突然だ。

 大人に本気で殴られたのだから当然その痛みに泣く。それをみて再び殴られる。

 泣かなくても殴られる。何度も殴られる。痛みが顔に出れば殴られる。

 痛みが顔に出なくなるまで何回も何日間も殴られる。

 顔中血まみれになろうが関係ない。

 寝ていようが関係ない。

 曰く、「痛みを表情に出せば相手は調子づく」

  他にも廃マンションから飛び降りたり、突然水野中に顔を押し付けられ溺死しそうになることもあった。

 人も殺した。

 殺した人数など覚えていない。

 そんな毎日が死と隣り合わせの訓練。

 俺は強くなるためにその地獄の訓練を生き延びた。

 いや当時は地獄とは思っていなかった。

 禁止区域で生まれた俺は外の世界など知らなかったからだ。

 俺はこの特殊な環境が当たり前であると思っていた。

 そんな日々が続いたある日親父からある命令が下された。

 しかし俺はその命令を失敗してしまう。結果、男の三人組に親父はパン一切れでそいつらに俺を売り飛ばした。

 そんな日々が1年ぐらいだっただろうか。正確な時間はわからないがその間俺は犬のように服従して好機を待ち、男たちの隙をついて倒し、脱出することが出来た。

 外に出ると親父がいた。パン一切れで息子を売ったことに対して詫びる様子もなかった。

 その時から俺は親父を敵と認識した。そしてそれから俺は親父の元で地獄の訓練を続けた。

 そしてある時俺は親父を――――。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ―――とそこで終業を告げるチャイムが鳴り、ぼうっとしていた意識が覚醒する。

 手は知らない間に握りこんでいた。

 手を開くと手のひらには手汗がびっしょりだった。

 一息ついて腕時計で時間を確認する。

 時は放課後。

 端末を開いてみるとオーフェリアからメールが来ていた。

 

『海斗、帰りましょう』

 短い文章にあいつらしさを感じ、安堵する。

 俺も『わかった』と手短に返信した。

 




誤字脱字ありましたら指摘のほどよろしくお願いします。
また感想、批評、その他もお待ちしています。

今回若干サブタイトル詐欺なのは許してください。あまり禁止区域時代の過去を書きすぎると残酷な描写が多くなってしまうので……。

後、頑張って投稿ペースは上げていくつもりなのでよろしくお願いします

※追記 アンケート追加しました。出てきていないキャラもいるので期限は長めにみています。暇なときに投票していただければ幸いです。


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