特地剣客浪漫譚 メイベル・フォーン血風録 (秋みちのく)
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1話

シーズン2ではメイベルさん、ロウリィにビビリあがってますね。
それじゃやりにくいので無視する方向で行きます。


 門から少女が歩いて出て来る。

 

 そよ風に蒼い神官服がなびく。

 

 彼女の名はメイベル・フォーン

 ズフムートの神官にして亜神。そして一人、空港の国際線の如きゲートをくぐり蒼髪の少女が現

れた。

立ち止まって空を仰ぐ。

「帰ってきた」

 少女は呟いたが、別に行き来が制限されていたわけではない。彼女なり事情があって来なかった

だけだが、開放感というか、やはり"こちら"が落ち着くようだ。

 袋から出した鞘を腰帯に差し、"アルヌスの街"に向かって歩を進める。避難民向けのプレハブ二

棟から始まった難民キャンプが、今や大商業地にして大消費地。一時期は"倉庫はあるが宿はない"

という特殊な街であったが、門の再開通、日本の割譲地化、それによる出先機関の開設等による人

の流入によって宿泊施設の需要が高まったために投資、起業によって解消されつつあった。

 そこに宿を求めてメイベルは歩を進めていた。

 

 が。

 

「今度はどんな悪巧みを企てているのかしらぁ?」

 

 死神。漆黒の旋風。エムロイの使徒。ロウリィ・マーキュリー。かつて、呪いの執行、門の再開通

に置いて

争った亜神。

 思わずたじろいたが、弱みを見せるのも癪なので虚勢でも胸を張って答える。

「企みなど無い。先の件は神の御心に従ったまで。今や躬は神の声も聞こえぬ。神剣も失い、

神官業も休業中じゃ。躬は知人を迎えに来ただけじゃ。」

「休業中?」

「神声の聞こえぬ使徒の祝福など有り難くはなかろう。信者に申し訳が立たぬので神官業は休業じゃ」

 メイベルのいう神剣はロウリィの胸の中にある。声が聞こえない経緯も解らなくはない。

「日程に余裕があるのなら、仕事を依頼できないかしらぁ?」

というロウリィにメイベルは承諾し、"お茶菓子ぐらいはご馳走してよ?"という言葉に付き従い

、"食堂あさぐも"の二階に吸い込まれていった。

 

「紹介するわぁ」

とメイベルはロウリィに引き合わされた。相手はでかいヒゲダルマ。"亜神モーター・マブチス

よ"と。ドワーフにして鍛冶神の使徒にして匠精。光と秩序の神の使徒と、鍛冶の神の使徒。お

互いの神を称え、名乗りを交わす。

「見慣れぬものを差しておるなぁ」

 とモーター。刀はこの世界では珍しい。外務省官僚が貴族や有力者に贈りはしたが、誰もが知

るような知名度はない。自衛隊の儀仗隊でも見ることはなく、公的な組織の装備で見なくなって

久しい。現代日本では公には"美術品"として存在する。

"良かったら"と鞘ごとモーターに刀を渡す。

「数打ちの現代刀故、普通に使えと貰い受けた」

門の向こうで世話になっている御人から、刀とその使い方を学んだことも申し添えた。

 受け取った刀をモーターは抜いてみる。刃筋を確認し、

片手で振ってみる。"日本人は、これを両手で持って使う"メイベルは鞘を受け取りながら助言し

た。モーターは運足を確かめながら両手で柄を握り締め、袈裟に、横薙ぎに、切り上げに振って

みる。

「勉強になった。ありがとう。」

 刀を鞘に収め、メイベルに返す。"興味が湧いた"とモーター。"調べておくから帰ってきたら

持って来い、研げるようにはしておく"とモーターは外に向かった。アルヌスの街では場所によ

ってはフリーのwifiがあり、ネットに繋がる。アクセスできる情報には制限があるが、刀の知

識、情報については問題ないと思われる。モーターはスマホやPCを持っていないが、持ってる

者から何とかする積もりだと思われた。モノづくりの神として、知的好奇心を刺激されたこと

が久しぶりと見えて楽しげに去っていった。

 入れ替わりにメイベルよりも少し若年の少女が現れた。短髪のプラチナブロンドに導師のロ

ーブ。メイベルにとっても忘れる訳もない、レレイ・ラ・レレーナ。アルヌスの門を再び開い

た魔道士。レレイはメイベルを認めると少し身構えた。ロウリィと目を合わせると、微笑みで

答えを返した。続いて金髪のエルフとダークエルフも席に着いた。ややあって紅茶とケーキが

卓に並べられた。

「お茶など喫しながら始めましょう」

 とロウリィ。"紹介が必要かしら?"とメイベルに問う。

「皆のことは存じておる。躬の方からはさせてもらおう」

 と開門騒動以降のことを簡単に説明し、敵対の意図がないことを示した。協力に付いては聞

いてから決める、とも伝えた。"承知した"とレレイ。紅茶の香りを楽しみ、一口飲んでから話

し始めた。

 

 レレイは頼みの内容から話始める。"期間は五日、私達に同行してコダ村の家屋と周辺の調査

を手伝って欲しい"尚、暫定の予定ではあるが、長引く予定ではないという。事情があって事を

急いているが、その事について説明したい、と。

 "コダ村"とはかつて炎龍の出現によって放棄された村で、帝国の内戦やら避難民やらアルヌス

周辺の日本割譲やらで帰還希望者が集まっている。できればすぐにでも元住民を送り込みたいが

、現地の状況が全く解らない。自衛隊の航空偵察によれば"敵性武装集団は確認できず"との報告

。出来れば組合で傭兵を集め、それなりの戦力を揃えた上で現地調査を行いたいが、人手が集ま

る目処が立たない。やむ無く"自衛隊の情報を信用して"村長を立会い人として同道し、少人数で

現地調査を行うという妥協策をひねり出した。これに賛同して

貰える人を探しているのだ、と。

 と、ここまで事の次第を黙って聞いていたメイベルが口を開いた。"事情はわかるが、いかに

日本領内とは言え賊の出現がままある地域なれば、人が揃うか自衛隊の協力を待つべきではない

か?"と。

「人の行動は理不尽なこともあるものじゃが、これはレレイ殿らしからぬ理不尽ではないか?」

 言外にほかの理由があるのでは、と疑念を口にした。

 少しバツが悪そうに表情を曇らせたが、観念したようにポツリと言った。

「子供たちに故郷を見せてやりたい。」

 子供たちとは最初に難民としてここアルヌスに来た、炎龍によって身内を失った子供達の事だ

。親は失ったが、残った実家だけでも見せたい。将来的に戻ってもいいし、処分してもいい。図

らずも親が残してくれたものなのだから。レレイにとっての数少ない友人。彼女には寄る辺がな

い。姉はいるが、帰る所は無い。レレイには無いが、彼らにはあるのだ。

人気のしないかつての我が家を見て、今の彼らがどう思うかは解らない。だが、身内親族の思い

出が、形見が、財産が、あるという事は、とても稀有な事だと。いつか、でいいから解って欲し

い。

 そんな話をポツポツと語るレレイを見たメイベルは、一度頷き、答えた。

「あいわかった。納得したので協力しよう。功徳でもあるし弔いでもあろう。神官の勤めじゃ。」

 そこまで言うなら仕方がない、とでも言いたげな少し誇らしげに答えた。メイベルに子供っぽ

い仕草に、その場の空気が柔らかくなるのを一同が感じた。

「なんじゃ、この空気は?」

 この場の三人ほどが、ある人物との出会いの時のことを思い出した。




 チャンバラ書けなかったですね。
次は書きたいと思います。


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その2

 翌日、指定の場所、指定の時刻前にメイベルは現れた。

「あら、早いのね」

 と声を掛けるテュカ。

「集合時間には五分前の五分前に準備を終えていなければならぬ。海軍では遅刻は敵前逃亡と見な

され、死刑で銃殺じゃからな」

 冗談とも本気ともつかぬことを真顔でいうメイベル。テュカか困惑した表情を見せるが、その心

は"ゴフンマエって何?"である。知っている人は知っていると思われるが、五分前行動、なる教訓

は多様な組織で示されていると思うが、"五分前の五分前"は海上自衛隊独特のものである。

 そんなことより気になったのが、なんかこう物々しい、違和感を覚た。よく見てみると格好が少

し変に感じたのだが、さしあたって一番気になったことから聞くことにした。

「左後ろに留めてある手巾は何?」

 帯に安全ピンで留めてある布を指さした。

「"テヌグイ"というニホンの手巾じゃ。手巾ゆえ使い道は様々じゃが、煙などを吸わぬように口を

塞ぐ、というのが有益な使い方じゃろうな」

「腰カバンの右側から出ている手袋は?」

「"グンテ"作業用の手袋じゃ。手は怪我しやすいので、保護した上で作業をしなければならぬ。つ

まらぬ怪我をして戦力を減じるのは愚かじゃからな」

「その靴は知っているわ。ジエイタイと同じものでしょう?」

「かの者達は公僕故、官品という支給された物じゃが、躬はアメヨコで購った物じゃ。軽くて丈夫

、さらに履き心地着の良い物じゃ」

 テュカは"そうじゃなくて"と言いたかったが、メイベルが得意げに胸を張って答えたため肝心な

疑問点を聞けなかった。準備が万端であることは理解したが、テュカの質問の趣旨は"それは何の

意味があるの?"ということだったのだが。

 知っている人は知っていると思うが、これは海上自衛隊の"戦闘服装"というものをメイベルなり

に準じている格好なのだ。本来はズボンのベルトに手拭いを通し、左のポケットに入れる。使い道

はメイベルの言うとおり消火活動時に煙を吸わないように口を覆って後ろで縛る。ガスが発生した

時も同様。右側のポケットには軍手、又は革手袋を入れておく。あらゆる作業は手袋直用のこと。

それは自衛隊に限った話ではなく、現場作業の職業では一般的な安全則だ。そして安全靴の着用と

ズボンの裾を靴下にインする。そうすることで突起物等に引っかかったり挟まれたりすることを防

ぐ。ちょっと見た目を気にする人は"足ゴム"と呼ばれるゴムでズボンの裾を内側から留める方法も

ある。

 テュカは見た目が奇抜、というか奇妙な事について質問したのだったが、メイベルは気にかける

風もなく胸を張っている。"準備は万端"という主張である。テュカ達はその珍妙な格好が海上自衛

隊由来の戦闘服装であることは知る由もないが、"恐らくは"誰かに感化されてのことだろうことは

想像し得た。そこを茶化したい衝動に駆られたが、これまでの様子から皮肉の通じない相手と見え

たので黙っていることにしたテュカたちだった。

 

「準備ができたら出発する」

 レレイは人員が揃ったことを確認する。テュカ、ヤオ、村長、そしてメイベル。個人の準備は完

了している様なので、馬車、水、糧秣、そして自衛隊から借りた通信機の感度を確認する。

「メビウスー3レコン、コダ村へと出発する」

 

 レレイ一行乗せた馬車は昼過ぎに到着した。通信機で到着を報告し、作業に入ると告げた。

「具体的には何をするのじゃ?」

 レレイの説明によると村の資産、公共施設、周辺状況の確認。具体的には村の住人の家屋、物置

、納屋。家畜小屋、放牧地の柵。井戸、村長宅、共同の貯料施設。即時使用に耐えるか、修理の必

要の有無、程度。主の有無(主のないものは炎龍遭遇時の被災者)。村の生活、運営を始めるため

の下調べという。

 村長立会いのもと、村の広場に近い家屋から始め、滞りなく調査を進め日暮れ近くにその日は終

了とした。村長の自宅兼村役場にて宿泊させてもらうこととした。

 

 夕食の準備である。野営ではなく住居の竈があるので自炊することとした。自衛隊から支給され

た缶飯等のレーションもあったが、切迫した状況でもないので使わないこととした。

 鍋でスープ。メイベルがもってきた米と村長の自宅に残っていた大麦で米を炊く。干し肉、チー

ズ等携行保存食を合わせると、結構豪華な晩餐となった。

「このチーズは日持ちがせぬ故、食べてしまわねばならぬ。皆も食ってくれ」

 と持参のチーズをメイベルが振舞った。各々それに手を伸ばす。

「あら、香りがちょっと独特だけど美味しいわ。葡萄酒にあいそうね」

 とテュカが同意を求める。と、周囲を見渡すと小さめの瓶から透明の液体を小さめのカップに注

ぎ、ちびちびと舐めるようにあじわうメイベルを見つけた。

「何それ?」

「これは薬湯じゃ。先日来ちょっとだるい故、用心の為飲んでおる」

「薬が一瓶って多くない?」

「苦いゆえ薄めておる。これはこれで大変なのじゃ」

 見咎められたことに対する言い訳に見えた。テュカはピンときた。

「その瓶に書いてある文字は薬っぽくないけど?」

 テュカはカマをかけてみた。瓶のラベルには感じが書かれていたが、少し理解ができる風を装っ

た。

「"〆""張る""鶴"というのが名前なら、薬湯ではないはず」

 一呼吸おいてレレイは続ける。

「それとも"般若湯"とでも書いているの?」

「 !!! 」

 メイベルはいろんな意味で戦慄した。この世界の誰より(少なくともこの場では)ニホンの諸事

情に精通していると思っていたが、そんな言葉まで見知ったものがいるとは!

「ちょっと貸しなさい!」

 二人のやり取りが意味不明で呆気にとられていたが、メイベルに一瞬の機能停止の隙を突いてテ

ュカは当初の目的を達することができた。

 おもむろにコップの中身の匂いを嗅ぐ。

「これはお酒ね!」

 と言うが早いか一気に飲み干した。

「ああ、勿体無い!そんな飲み方をするでない!」

「美味しい!しっかりと味があるのにすっきりしてる。後味はフルーティですらあるわ」

「くいくい飲むな!アテをつまみながら味わって飲むのが嗜みというものぞ!」

「チーズもいいが、干し肉のような塩辛いものにも合うな」

 ヤオもいつの間にか口にしていた。

「分けてやるから返すが良い!」

 やっとの思いで五合瓶を取り返す。メイベルは別の"クリームチーズ"を取り出すと、皿に盛り、

何やら柔らかい筒から絞り出した緑色のペーストをチーズに乗せてかじり始めた。

「今度はなぁにぃ?」

 とイイ感じで酔いの回ったテュカ垂れかかってくる。絡み酒のようだ。

「試してみるか?辛いぞ」

 小指ほどのペーストを乗せたチーズをテュカに渡すと一口で頬張った。

「 !!! 抜ける!鼻から!なんかキツい!!」

「じゃから辛いというたであろうが」

 緑色のペーストの正体はワサビ。初めて、しかも大量摂取とあっては堪らない。かなりのダメ

ージを負ったテュカはそのまま討ち死に。程々に腹を満たしたところでお開きに、テュカ以外の

面々は明日に備えて就寝とした。

 

 

 村の調査を始めて三日目。130件程の家屋を調べ終え、残り後数件程となった。村の中央広場

から比較的離れた家を調べ始めた時だった。

「戸締りがされていない」

 レレイが皆に告げた。場の空気が張り詰める。

 当時、炎龍襲来の報は急にもたらされた。慌てて出ていき、戸締りをしなかった可能性もあ

る。

「板を打ち付けた跡がある」

 何者かが戸板を外し、内部に侵入した可能性が出てきた。この家の一家は炎龍に襲われた際

、全員が死亡している。家人が帰ってきたという可能性はない。

 レレイは目で皆に合図した。中野様子を確かめるというのだ。

 メイベルはレレイの10歩程後ろにつけた。屋内に害意を持つ者の存在を想定し、無言で合図

し体制を整える。ヤオはメイベルのかなり後方に位置し、クロスボウを構える。テュカもコン

パウンドボウに矢を番える。村長は馬車で待機。レレイは全員の配置を確認した。

 

 扉の取っ手に手をかけ、そっと開き戸を開けた。

 

 ゆっくりと開いた扉が半分程開いた時。

 

「 ! 」

 

 中から青白い細い腕がぬっと出てきて、レレイの持つ杖を掴んだ。

 レレイは咄嗟に空気を炸裂させる魔法を発動。姿の見えぬ手の主に放った。

 

「 ...!! 」

 

 声にならないうめき声と、昏倒したのか床に打ち付ける音。

「レレイ、下がられよ!」

 レ例は飛び退いた。魔法の呪文の詠唱をしようとしたが、メイベルが鯉口を切りつつ走り

込んできた。

 家の中から青白い、子供程の背丈の怪異が短剣を振りかざしつつ飛び出してきた。ゴブリ

ンだ。

 剣を突き出したゴブリンの腕を、メイベルは抜き打ちに斬った。

 痛みに悶絶し、もんどりうって倒れるゴブリン。

 メイベルは横に飛び退き、射線を開けた。

 テュカとヤオの放った矢が、倒れたゴブリンに吸い込まれるように突き刺さる。

 ゴブリンはそれっきり動かなくなった。

 

 続いてレレイの杖を持ったゴブリンが飛び出してきた。

 杖の長さを利と見たか、大上段からメイベル目掛けて振り下ろす。

 下段の構えから、刀の峰で杖を弾く。

 体勢を崩し、たたらを踏むゴブリン。

 メイベル、中段から刀を引き、手を添えて構える。狙いを定め一気に踏み込む。

 "片手平突き"

 ゴブリンの予想よりも遥かに伸びた切先は、心臓を深々と貫いた。

 刀を引き抜かれたゴブリンは力なく崩れ落ちた。

 止めの矢は飛んでこなかった。

 

 刀の血糊もそのままに、メイベルは構える。

「討ち入る、後詰めを!」

「承知!」

 とヤオ。

「待って、明かりを入れる」

 レレイが短く呪文詠唱すると、フワフワと浮かぶ光球を発生させた。その光球

はメイベルの背丈よりも少し高く浮かぶと、スルリと家の中に入って行った。

「参る!」

 メイベル、下段に構え、踏み込んだ。ヤオもサーベルを構える。

更に奥の部屋、闇に何か蠢く。テーブルを避け、光球を先行させ、奥の部屋に踏

み込もうとした時。

"バタン!"音とともに奥の部屋に光が差し込んだ。

"蠢く者達"がその光源に駆け上った。

 メイベルが踏み込んだ奥の部屋の窓が開き、二匹のゴブリンが外に飛び出す。

 窓からこぼれ落ちるように飛び出してきたゴブリンは、よろめきながら逃走を

図る。

 テュカは矢を番え、放った。正確無比にして、エルフならではの速射。ゴブリ

ンはたちまちハリネズミのようになり、絶命した。

 ゴブリンのうめき声が絶えたあと、静寂が訪れた。

 それは怪異が全滅したことを告げた。

 

 

 



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3話

 

 四匹のゴブリン死亡を確認した一行は、ゴブリン達が居た家屋を徹底的に調べた。床下、天井裏

納屋、物置、ゴブリンが潜みそうな調べて居ないことを確認すると、レレイは少し安堵の表情を見

せた。自衛隊に事の顛末を報告し、ゴブリンの身なりと生活の痕跡を調べる。"彼らが何処から来

た何者なのか"を知るためだ。

 結論としては"脱走した農奴ではないか"との事で意見の一致を見た。

 巣の先遣隊や武装勢力の偵察隊であれば、四匹それぞれに武装がされているはずだがこのゴブリ

ン達にはそれがない。屋内には保存食などを食い荒らした跡があったが、それもここ二、三日の事

らしい様子だった。

 総論として、脅威の種類としては小さいものと結論付け、調査を継続することとした。

 だが念のために今夜は村の広場で野営することとし、明日帰還することを決め自衛隊に報告し、

了承を得て作業に取り掛かった。程なく調査を終了し野営の準備にかかる。

「念のため、風の精霊の守りをかけてほしい」

 テュカは快諾し、呪文を詠唱し、精霊たちを四方に解き放った。

 

 野営の準備作業にかかるレレイ達を、物陰から覗き見る人影があった。

 

 

 彼らは商人だった。荷馬車に商品を載せ、アルヌスの街に商品を卸し、空荷になった馬車にアル

ヌスでしか買えない商品を買い付ける。それを帝国内で売る。という事ばかりではないタイプの商

人だった。

 隊商の列からはぐれた小集団や個人を襲い、その商品を奪う。

 アシの付きそうな貴重品、入手が特殊なものは仲間に流し、闇ルートで金にする。

 

 普通の商人としての立場があるので、通常の仕入れ、運搬、卸し等もやらなければ怪しまれてし

まう。本業が盗賊か商人かは本人達にしかわからないが、とにかく盗賊としてのアジトを廃村の外

れに構えていた。そしてここで見つかっては困るものの処分をこの付近でやっていた。

 彼らはごく最近、ゴブリンが廃村に浸入してきたことは知っていた。

 彼らにとってゴブリンの小集団は脅威にならないため、監視するに止めていた。どちらかと言え

ばそんな連中がうろついている環境のほうが望ましかった。

 ところが、それを排除する勢力が現れた。年寄りの男が一人、女が四人の変な集団だが、村を調

べて回っているらしかった。傭兵か軍人か、アルヌス自治行政府の役人か。ジエイタイでない事は

一目で解ったが、何れにせよ自分達の悪事が露見する可能性が出てきた。何かしらの対応をする必

要があるのは間違いなかった。

 それをアジトに帰り、リーダー格の男に報告したのは犬耳の男だった。

 それを聞いたワーウルフと人のハリョの男は少し考えた。

 コレを放って置いても今、自分達が追い立てられる事はないだろう。やつらの目的は廃村を調べ

ることで、盗賊や怪異を討伐する為ではないはずだ。何しろ老人一人に女四人だ。ゴブリン四匹を

屠ったというからそれなりに腕に覚えがあるのかもしれないが、荒事にかけては自身がある。くぐ

った場数は衆を越えているとの自負を微塵も疑わない。何より気になるのが女が四人。内二人は見

た目が好いエルフだという。ここの所大人しく商人をやっていたため、下卑たお楽しみが久しい。

上手くやれば楽しんだ上で金になるし、その連中が金目のものを持っていればもっといい。何かし

ようがすまいが、ここはいずれ引き払う必要に迫られる。どうせなら余禄に与ってから引き払うほ

うが得だし頭がいい、と自分の出した結論に満足した。

 そして仲間に宣言するように告げた。

「おい、やるぞ」

 仲間は一言で何事かを理解し、下品な笑みをもってリーダー格の男に答えた。

 

 

 犬耳の男は、家の陰から焚き火の側に座る見張りを覗き見ていた。

 時刻は深夜、午前3時ぐらいだろうか。焚き火の側に座っているのは男。フードを深く被って

はいるが、間違いない。傍らにボウガンを置いているが、フードの男はどうやら舟を漕いでいるら

しい。

"後ろから近づいて、口を塞ぎ頸を斬る"と決め、物陰から物陰へと移動しながらフードの男に忍び

寄る。馬車の中に眠るはずの女どもに気取られてはならない。それらは大事な商品で、自分達のお

楽しみなのだから無傷で手に入れなければならない。隠密裏に事を運ばねばならない。

 忍び足でナイフを構えながら近づく。あと五歩。あと三歩・・・。

「動くな 」

 女の声と何かの先端が犬耳の男に向けられた。"待ち伏せされた!"犬耳の男は訳が解らず混乱し

た。終始自分達の姿はこの連中には見られていないのに。

「シルフがお主らの声と足音を届けてくれた。だから待ち受けていた。」

 自分達は敵を侮ってしまっていた。戦力の多寡以前に、精霊使いの能力を舐めていた。取り返し

が付かない失敗をした事を認め、ナイフを捨てて両手を上げた。

「大人しく縛に付くなら、命は取らぬ」

 両手を後ろ手に縛り、膝を屈せさせた声の主は皮の鎧を着たダークエルフだった。

 

 ワーウルフのハリョ、馬車を襲う計画だった。女四人の寝込みを襲い、二人掛りで脅し、必要な

ら昏倒させる。縄で縛り上げ、可能ならその場で楽しむ。そんな算段で打ち合わせをしていた。自

分が馬車に乗り込み"動くな!"の声が合図になるはずだった。

馬車の縁に手を掛け、よじ登り声を出そうとした時。

 

 光を見た。

 

 そこで終わりだった。

 

 声も出せなかった。

 

 何も見えなくなった。

 

 ハリョの体は、馬車の縁からどさりと落ちた。

 

 レレイが放った爆轟魔法は、男の首から上を消滅させた。

そこにヤオが、外から声を掛ける。

「 残り一人だ 」

 

 

 男が馬車に近づいてくる。

 人の壮年男性よりも一回り大きく、それに相応しい膂力を持つ。さらに四つの腕を持つ種族。

"六肢族"

 メイベルは、"少し早いが始めるか"と一人ごち、歩を進めて六肢族の男に声を掛けた。

 

「もし、そこの馬車は今宵は女子達の寝所になっておる。この夜分にはお主は歓迎されぬ故、日

を改めてもらえんかのう。」

 六肢族の男は少し驚いた様子だったが、"なんだ小娘"といった怒りを隠そうともせず大剣を抜

いた。

「やれやれ、寝込みを襲えなかった時点で企みは潰えておるというのに。思慮のないことじゃ」

 と鯉口を切りつつ無造作に歩を進める。

 男は"この女、生意気だな"と思った。と同時に"ちょっと懲らしめれば大人しくなるだろう"

とも思った。楽しむにしろ売るにしろ多少元気はあってもいい。男は解り易く力の差を見せ付け

て屈服させるに限る、と解り易い行動で示すことにした。

 男は人並みはずれて大きな剣を、大上段に振り上げた。そして、迷いなく力一杯振り下ろす。

 

 メイベル、踏み込みながらその一刀を避けつつ、抜き打ちに大剣目掛けて打ち込んだ。

 

 男は手ごたえが軽くなった、と感じた。

 

 いや違う。手に持っている剣が軽くなったのだ。何故?

 

 剣を見た。

 

 刃の中程から先が無くなっていた。

 

 折れた剣の先は、近くに落ちていた。

 

 剣を打ち合わせた女は、剣を構えている。女の細くて短い剣は、折れることなく手の内にあり

、未だ戦意を失ってはいない。

 

「 フン 」

 

 男は手に持っていた剣を放り捨て、背中から新たに剣を抜いた。先に折れた剣と同等の長さ。

 普段から並外れた大剣を二本も持っているとは、男の膂力の程が窺い知れる。

 

 男は剣が折れたことをさほど気にしなかった。戦場で剣が折れることは珍しい事ではない、と

男は知っている。男は荒事の場数踏んでいると自負し、実力で生き残ってきた自身がある。

 だが、女を見くびるのはやめた。多少雑だったとはいえ、渾身の斬撃を避けた事には違いない

からだ。

 

 男は大上段に構えた。

 

 男は半歩、踏み込んだ。

 

 女は下段に構えたまま、動かない。

 

 男はもう半歩、踏み込む。

 

 女は正面から動かない。

 

 男は、大股で踏み込み、大剣を打ち込んだ。

 

 女は体を開いて斬撃をかわす。下段から跳ね上げた剣を、大剣目掛けて打ち込んだ。

 

 "まただ"男は先程と同じ手応えを、三度感じていた。見なくても判った。" また "剣が折れ

たのだ。この女は、狙って剣を折に来た事を理解した。

 男は折れた剣を捨てなかった。渾身の一撃を狙い打つなら、手数で勝負。短剣を取り出し、構

える。何しろ手は四本もあるのだ。一刀では捌き切れまい。

 

 それを見た女は、剣を正眼に構え後ずさった。

 

「そこまでだ。貴様の仲間はすでに捕らえた。武器を捨てよ。それとも、魔道とエルフの弓を相

手に立ち回るのを望むか?」

 男が声の方向を見ると、捕縛された犬耳の男が見えた。同時に弓を構えたエルフとダークエル

フの女。杖を持ったプラチナブロンドの女と老人が目に入る。

 男は流石に不利を悟った。5対1、その内3が飛び道具。いかなる剣の手数を持ってしても、対

抗するのは難しいといえた。

 男は油断せず、敵全員が視界に入るように向き直った。そして半歩、半歩と後ずさり、踵を返

して走った。

 追撃の矢は撃たれなかった。

 

 深夜ではあったが、通信機で報告をあげる。"迎えを出すので待機されたし"との返答。

 翌日になると、警務隊と3偵がやってきた。事情聴取と検分の為だ。それらに全員がほぼ一日

つき合わされ、寝不足も重なり疲労困憊であったが、帰りの馬車の御者は3偵の隊員が代わって

くれたのでゆっくり寝ることが出来た。

「ちょっと親心を出して安請け合いしたばっかりに、大変な目に会うたわ」

 と、メイベルは呟き、深い眠りに落ちた。

 

 その翌日。"食堂あさぐも"の貴賓席にて。ロゥリィ主催のささやかな慰労会が設けられた。

ゴブリンと盗賊が出たと聞いて残念がるロゥリィ。事の顛末を詳しく語るテュカ。匠精モータ

ーもスイーツをつまみながら聞き入る。摘んでいるのはロゥリィが持ってきた羊羹だ。

「 ホウ、綺麗なもんじゃな 」

 話がメイベルに及んだ時、モーターが刀の検分を求めた。そしてこの言葉を発したのだ。

実戦を経た剣は、大なり小なり刃こぼれ、傷は当たり前でへし曲がることすらある。だが、メ

イベルの刀にはそれがない。モーターは刃筋、目釘、ハバキ、がたつき、鞘の入り等を確認し

、メイベルに返す。

「でもこの剣、大剣をへし折ったのよ?二本も!」

 テュカが振った話は、見てないものには信じがたい話だった。

「峰で横から打ち込んだからのう。あんなに綺麗に折れるとはミも思わなんだが、上手くいっ

たの」

 "狙って折ったのか?"という問いに"そうなればいい、ぐらいの気持ち"と答え、稀な出来事

であると語る。

「時間稼ぎが目的で、まともにやりあう気はなかったからの。飛び道具が来るまであしらって

おればよかったからのう。最初から手数で押して来られたら面倒じゃったが、相手が舐めてく

れたおかげで助かった」

 冷静に分析するメイベル。ロゥリィには無用の殺生を避けたようにもみえた。声は聞こえな

くても神官の心掛けは無くしていないように思えた。

「手すさびにこんなものを作ってみた。良かったら使ってみてくれ」

 モーターが取り出したのは、革と金具を組み合わせて作られたベルト。

「刀は本来帯に差す。今でもそうじゃが洋装への転換期に革ベルトがあったと資料にあった。

善し悪しは使うものにしか分からんから使ってみてくれ。手直しは何時でも承る。」

 明治期に作られたそれらはネットで見ることができる。それらを参考に作ったであろう。

因みにコスプレグッズとして現行商品が存在し、普通に手に入れることが可能だ。オタク恐る

べし。

 早速ベルトと刀を装備してみる。刀の座り具合を調整し、"うん"と頷く。

「大変具合が良い。ありがとう。」

 モーターは満面の笑みで答えた。

「日本差すなら手直しするぞ。」

"いや、それは遠慮する"とメイベル。二天一流は無理、と言うより一刀を扱うので精一杯だ。

「回転剣舞、六連・・・。」

 レレイの呟きはほかの誰にも意味を成さなかったが、メイベルは戦慄した。"こやつ、どこ

まで知っている!"レレイの呟いたソレはとある劇画のアレ。メイベルもその劇画のヤツを参

考にしたが、そうゆうのじゃないから!ニホンの文化と伝統を継承しているだけだから!と

視線でレレイに抗議するも、レレイからの視線は冷やかでしかも上からだ。

「所でロウリィは何してたの?」

 用事があるので、と今回の調査に同行しなかったロウリィ。その理由は組合内の仲間でも

知らなかったようだ。

「実はぁ、ちょっと向こうで撮影の仕事が入っちゃってぇ・・・」

 向こう、とはニホンの事だが"仕事?""撮影?"全員が首をひねる。

「写真集を作ることになってぇ・・・」

 突然3偵の倉田が湧いて出て説明を始める。事の始まりは伊丹の嫁の同人仲間が写真集の作

成を持ちかけてロウリィが了承したという話。そこに大手出版社が乗っかって来たため、同人

レベルの話では無くなった。商業メディアからの制作費という予算が出たため、ロケが増えた。

同人CD-ROMの時点ではアキバと晴海ふ頭、同人誌即売会場での撮影で商品化だったものが、

企業参入によって京都、姫路城、アルヌス基地とロケが増えた。日本、海外、特地と全ての市

場をターゲットにしたものになった。それだけのロケを五日ほどで済ませてしまうロウリィと

関係者の逞しさには脱帽する。

 こういったロウリィのニホンでの露出にエムロイ神殿の関係者、特にアルヌス在住の某助祭

強硬に反対した。しかし、写真集の販売によってかなりの収入(しかも日本円での支払いが可

能)が入ることで関係者筋は承諾した。頑強に抵抗していた助祭については、製品(写真集)

の無償進呈を申し出ると渋々ながら了承を得た(三冊希望との条件ではあったが)。

 さらにこの出版社はロウリィの第二弾とテュカの写真集も企画しており、芸能事務所と出版

社が日本政府と交渉中との話も出た。本人もびっくりである。

 

 メイベルは思った。

 

"写真集!"

 

"ロケ!"

 

"芸能事務所!"

 

 ニホンで見たてれびの中の出来事が目の前に現れた、そんな状況だった。当の本人は浮かれ

まくっている。無理もない、異世界とは言え(いや、こちらでも炎龍殺しの英雄だったか)自

分が人気者で結構な財産が手に入るのだから。

 メイベルは正直イラっとした。自分が人気者になりたい訳ではない。だが、この中では自分

が一番長くニホンに滞在し、文化、伝統の継承者であると自負している。ちょっとニホンに二、

三日行ってメディアに出ただけの奴らがこの待遇。

 正直嫉妬、唯の妬みだ。女は他の女がチヤホヤされるのを見るのが不愉快な生き物なのだ。

 メイベルはそこは素直に認め、それはそれとして心の平穏を求めることにした。

差し当たって近くにあった、ロウリィの神の御印である所のハルバートの柄の部分。画鋲を裏

返して貼り付け、わさびを塗った。モーターは横目で見ていたが、知らぬ顔の半兵衛を決め込

んだ様子。

 メイベルは少し溜飲を下げることができた。心が穏やかになった気がした。

 宴もたけなわ、な感じであったが、レレイに挨拶し報酬を受け取り会を辞した。

「この街を、よろしく頼む。」

 

 

 "食堂あさぐも"を出てしばらく歩く。

 神を失って目的もなく千年生きるのかと思っていたが、徳島らと縁ができ、図らずも見聞を

広げた。この街との関わりも、縁か。厄介事が増えるばかりだが、人と関わるのは悪くない。

 

 遠くで何者かが悶絶するような声が聞こえたが、忘れることにした。

  




外伝の1時点で、コダ村の住人は帰還していることを
見つけてしまいました。

残念


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