盾の奴隷は愛に狂う (鉄鋼怪人)
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プロローグ 盾の奴隷はやり直しをするようです

「がっ……!?」

「ナオフミ様っ……!!?」

 

 私は悲鳴を上げていました。私の目の前で青白い閃光がナオフミ様を貫いておりました。  

 

 いつかこんな日が来るのかも知れないとは覚悟してました。

 

 ……もう遠い遠い昔、数えきれない程昔、私とナオフミ様はとある偶然から「神」へとなりました。そして精霊達の頼みに応じて世界を身勝手に食い潰していく者達を討ち果たしていくようになってから何万年、いえ何十万年、それ以上の年月が過ぎ去っていきました。

 

 「盾の勇者」から「神」となり、全ての攻撃を防ぐ盾の神となったナオフミ様、そしてその奴隷にして「槌の勇者」から攻撃に特化した「神」となった私……片や全ての力を防御に、片や全ての力を攻撃に回した二柱で一つの神、互いが互いを支える私達は世界を守護する精霊達の呼び掛けに応じて幾億の世界を巡り「神を僭称する者達」と終わりなき戦いを続けました。その中で多くの「神」を討ち、世界を救ってもしてきました。時として敗北しそうになるときもありましたが、ナオフミ様は知恵を振り絞り、私は力の限りに障害を打ち払い、私達は何度も困難を乗り越えて来ました。

 

 きっと……私達は目立ち過ぎたのでしょう。遂に「神を僭称する者達」は徒党を組み、私達に襲いかかりました。幾ら私達が精霊達の力を借りていても、自身の力を攻防の片方のみに振り分ける事が出来ようとも、所詮は数ある神々の一柱に過ぎません。世界の狭間で包囲され、何万年もの歳月を戦い続けて今や満身創痍、そして今まさに私に襲いかかろうとしていた奴らの攻撃をナオフミ様が庇い……そして貫いたのです。

 

「ナオフミ様……ナオフミ様……!!」

 

 胸元に大きな風穴を開けて吐血するナオフミ様の元に私はヒステリックな声を上げて駆け寄ります。きっとここまで甲高い悲鳴を上げたのは遥か遠い昔に鉱山の洞窟で双頭犬の魔物に会った時以来ではなかったでしょうか?それほどまでに私は取り乱していたのです。

 

「ら……ラフタリア……か?」

「はいっ!そうですナオフミ様!!私はっ……!ラフタリアはここにいますっ!!」

 

 倒れるナオフミ様を抱え私は叫びます。ナオフミ様の姿は痛々しいばかりでした。「神を僭称する者達」は卑怯な手段で私達を追い詰め、リンチと言わんばかりに私達を……いえ、ナオフミ様をなぶり続けていました。私に何の防御力が無いのですから全ての攻撃はナオフミ様が防ぐしかありません。そしてナオフミ様が私を見捨てて逃げるような方ではない事は承知の事実でした。それ故にナオフミ様は一人傷つき続けたのです。

 

 ああっ……!ナオフミ様の身体は既にボロボロでした。身体中で傷ついていない所なぞなく、出血していない所なぞありませんでした。既にナオフミ様の姿は目を背けたくなる程のものでした。

 

「ぐっ……糞っ……流石に…ここまでみたいだな……!!」

 

 胸に空いた風穴に手を添えて苦々しげに、悔しげにナオフミ様は仰います。

 

「ナオフミ様、私の後ろにっ……!後は私が……!!」

「馬鹿がっ……!!俺はいいっ!!ラフタリア、お前こそ俺を置いて逃げろ!!」

 

 私がナオフミ様を守ろうとするとしかし、ナオフミ様は逃げるように叫びます。

 

「お前は防御力なんて無いんだっ!一撃受けるだけで死んでしまうだろがっ……!!守るのは俺の……盾の勇者の役目だっ……!!だからっ……俺が盾になっている間に……お前はさっさと逃げろっ!!」

 

 血塗れの身体を無理矢理立たせて、ズタボロになった盾を構えてナオフミ様は私に逃げるように叫びます。

 

「そんな事っ……!!」

「うるさい!命令だラフタリア!!今すぐ逃げ……ちぃ!!」

 

 そう言っているうちに「神を僭称する者達」の次の攻撃が来ました。

 

「くっ……アトラっ……!!」

『分かっておりますわ、ナオフミ様っ!!』

 

 ナオフミ様が叫ぶと盾に宿る盲目の守護霊が答えました。

 

「ぐっ……ぐおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」

 

 ナオフミ様は持てる力を総動員して「神を僭称する者達」の一斉攻撃を受け止めました。凄まじい力の奔流を受け止めたナオフミ様は、苦悶の声を上げながらも耐え凌ぎます。そして……。

 

「かはっ……!!?」

「ナオフミ様っ……!!」

 

 全ての攻撃を受け止め切ったと共にナオフミ様は吹き飛びました。ナオフミ様に駆け寄る私は今度こそナオフミ様に僅かの力も無い事が理解出来ていました。

 

「ナオフミ様っ……ナオフミ様ぁ……いや、死んでは嫌ですっ……そんな……っ……死なないで……!!」

 

 私は最早手足も焼け焦げたナオフミ様を抱き締めながら子供のように泣きじゃくっていました。既にナオフミ様の傷が神の身でも助からないものである事を理解していてもです。

 

「ぐっ……ラフタリア……馬鹿野郎っ……だからっ……逃げろって……!」

「ふざけないで下さいっ!!私は、私はナオフミ様の半身ですっ!!ナオフミ様無しで生きていけません!!」

 

 あの日、狭く汚い檻の中で会ってから私とナオフミ様は常に共にいたのです。最初は主従として、次に同志として、そして最後には愛する者同士として、半身として共にいたのです。

 

「健やかなる時も病める時も、最後の時だって共にいると誓ったじゃありませんかっ……!!」

「はっ……!随分と懐かしい言葉を聞いたな……」

 

 私の腕の中で今にも死にそうなナオフミ様が呆れたような表情で小さな笑みを浮かべます。遠い昔、ナオフミ様のいた世界で私達の分け身が結婚式で誓いを立てた時の言葉です。私はあの誓いを今でも覚えていますし、それを破った事は一度もありません。

 

「……ラフタリア…済まない……もう、その守れそうにない……約束を守れそうにない……」

 

 私の腕の中でナオフミ様はこれまで聞いた事のない弱々しく、悲しげな声を上げます。

 

 私はその声に胸を抉られる感覚を感じました。違います、謝罪しなければいけないのは私なのです。ナオフミ様は本来こんな終わりのみえない戦いに生きる必要なんてなかったのです。全ては私のせいなのです。

 

 昔……まだただの亜人の奴隷に過ぎなかった頃、「波」により家族を、友達を失った私はナオフミ様に語ったのです。もう自分のような存在を出したくないと。弱い者が身勝手に奪われるような事を繰り返したくない、と。ナオフミ様はそんな私の願いを叶えるために「波」に挑み、遂には世界を守るために「神」としての役目を背負ったのです。全て、私の願いから始まってしまったのです。だから……謝罪しなければいけないのは私なのです。

 

「はっ……止めろよラフタリア。子供の時みたいに……そんなに泣いて………」

 

 掠れた声でナオフミ様が私に語りかけます。その瞳からは急速に命の輝きが消えておりました。

 

「ご、ご免なさい……ナオフミ様……けど……けど………!!」

 

 私は手で涙を拭います。ですが瞳からは次から次へと涙が止めどなく流れ続けます。

 

「……ご免……ラフタリア………もう……俺…疲れて……眠く……」

 

 恐らくはもう正常な思考も出来ていないのでしょう。ナオフミ様は疲れきった、眠たげな表情をしていました。その身体からは神としての力が急速に失われておりました。

 

「そう…ですね……ナオフミ様。働き過ぎて疲れてしまいましたね。………少し眠りましょうか?少しだけ休憩でもいたしましょう?」

 

 もうナオフミ様は助からない。そして私もまたナオフミ様無しではそう長くは生きれないでしょう、あの蛇のようにしつこい神気取りの者共が私だけを見逃すとは思えません。そして、ナオフミ様にその残酷な事実を告げる必要もないでしょう。

 

 ですから、私は初めてナオフミ様に嘘をつきました。ナオフミ様のために優しい嘘をつきました。

 

「ああ……けど大丈夫なのか?この辺りには……バルーンがいるから……」

 

 きっとナオフミ様は私と会ったばかりの頃の事を言っているのでしょう。私がまだ子供の頃、ナオフミ様が昼寝する間の見張りを頼んだ事を思い出します。確か私はナオフミ様の分の魚まで食べてしまい見張りの仕事を放って食べ物を探しにいってしまったのでした。そして魔物に襲われた私を助けてくれたのは全身オレンジバルーンに噛みつかれていたナオフミ様でした。

 

「ふふ、もう私は子供ではありませんよ?安心してください、今度はちゃんとナオフミ様を守りますから」

 

 私はあの懐かしい、懐かしい記憶を思い浮かべ、溢れんばかりの涙を流しながらナオフミ様に優しくそう告げます。

 

「そう……か……ああ、そうだな……少し……そんの少しだけ……ラフタリアに甘えよう…かな……?」

「はい、ナオフミ様。どうぞ…どうぞお休み下さいっ……!!」

 

 背中から巨大な力を感じます。あの忌々しい神気取りの者達が私達に止めを刺そうとしているのでしょう。既に私達には何も抵抗する力なぞ残されておりません、これで終わりです。だから………。

 

「せめて最後くらいはナオフミ様の盾にさせて下さいね?」

 

 私は目を閉じるナオフミ様の頭を優しく撫でました。きっと意味はないでしょうけど、それでもこれまでずっと盾として皆を、私を守って下さったのです。最後くらいその役目を休んでも文句なんてないはずです。

 

 ああ……凄まじい力が降り注いで来るのを感じます。奴ら、私達を完全に消滅させるつもりのようですね。私はナオフミ様に覆い被さるように抱き締めます。

 

「お休みなさいませ、ナオフミ様……」

 

 そしてご免なさい。貴方を守る事が出来なくて、貴方の盾になれなくて………。

 

 私は目を閉じて、ナオフミ様を強く強く抱き締めながらその瞬間を待ちます。

 

 そして意識が消滅する直前、ふと耳元で声を聞きました。

 

 

 

 

 

『もう、ラフタリアさんは狡いですわっ!けど……悔しいですがこの役目はお譲り致します。ですのでどうか………上手くやって下さいね?』

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 私と共にナオフミ様を支え続けていた盲目の守護霊の声に私がそう疑問の声を上げ、同時に私は光の中で意識を失ったのです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラフタリア?……ラフタリア大丈夫かい!?」

 

 私は私の名前を呼び掛ける懐かしい声に目を覚ましました。

 

 視界を開けばそこには私を心配そうに見るラクーン種の亜人の男女、私はその二人の姿をよく知っていました。

 

「お父さん……お母さん……?」

 

 私は大昔の記憶の掘り返して、その二人が誰なのかを言い当てます。

 

「ここは……天…国?」

 

 「神」の身として死に、天国に上がる……ある意味滑稽な考えではありますがその時私はそんな事を口走っていました。   

 

「ははは、残念だけどここは天国じゃなくてお家だよ。うん、熱は無いようだ。どこか気分の悪い所はないかい?」

 

 お父さんは笑みを浮かべながら私の額に触れてそう答えます。

 

「お友達と遊んでいるとラフタリアが急に倒れたって聞いて慌てたのだけれど……どうやら大事なくて良かったわ」

 

 心の底から安堵した表情を浮かべるお母さん。友達……?

 

 ふと次の瞬間、私の頭に激痛と共に記憶の波が流れ込む。

 

「うっ……!?うぅ……!!?」

「ど、どうしたラフタリア!!?どこか痛いのかっ……!!?」

 

 慌てて両親が私に駆け寄ります。しかし、私にはそれよりもずっと大事なことがありました。確かめないといけない事があったのです。

 

「鏡……」

「えっ……?」

「鏡っ!!鏡を持ってきてください!!今すぐにっ!!」

 

 私は久しぶりに会えた両親に、しかしそのように叫んでしまいました。罰当たりだとは思いますがそれでもすぐにでも確かめたい事があったのですから仕方ありません。

 

 差し出された手鏡を踏んだ来るように取り、私は鏡に映る自身の姿を見やります。そして驚愕と共に納得しました。

 

「これはっ……!!」

 

 手鏡に映っていたのは、ナオフミ様に出会った時よりも幼い、恐らくは五、六歳程の年頃の幼女の姿だったのです……。

 



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第一話 狸娘は未来を変える決心をしたようです

「ラフタリア、朝よ?さぁ起きましょう?」

「んっ……は、はい……」

 

 お母さんの呼び掛けに応じて私は暖かいベッドから起き上がる。もうすぐ冬なので暖かなベッドの中は恋しいですが仕方ありません。

 

 立ち上がり、洗面所にまで行って添えつけられた鏡を見ます。そこに映るのは年頃にして五、六歳程と思われる幼女の姿です。

 

「………」

 

 既に何度も目にしたその姿を見つめて、私はようやく確信しました。私はどうやら時間逆行、正確には記憶が平行世界の私にインストールされたようでした。

 

「奴らの忌々しい遊び……という線は無いようですね」

 

 神を騙る性根の腐った輩達が私に偽りの世界を見せている、と言う線も否定は出来ませんが恐らくは違うと思われます。

 

 目覚めてから幾度か実験と情報収集を行いましたがどうやら今の私は真の意味で神とは言えなくともその残骸と言うべき力がある事が分かっています。そしてその力で感じる限りこの世界は偽物ではなく、また周囲に奴らの気配が無い事が分かっています。あるとすれば……あの女神の気配。私達が最初に打ち払ったあの邪悪な女神の気配がこの世界のすぐ外から感じられました。

 

 そして、私の記憶にあるあの声……奴らの攻撃で死ぬ直前に聞いたアトラさんの声、それらを総合して考える限り、恐らくここは私は神々と戦っていた世界から見て裏側の世界というべき物、その中で私が元々いた世界に該当する世界のようでした。

 

 今の説明では分かりにくいかも知れません。可能な限り簡単に説明するとなると……そうですね、元々いた世界ではより上位次元に生きる神々は下位世界である平行世界や別世界に干渉が可能でした。私がいる世界の外側はそんな神々の世界のパラレルワールドとも言えるものであり、この世界はそのパラレルワールドから見て元々私のいる世界に当たる物なのだと思われます。

 

 恐らくですがアトラさんは死ぬ直前に私の記憶と神の力の一部をこのパラレルワールドの私に移植したのだと思われます。きっとこれまで少しずつ貯めていた力でも使ったのでしょう。

 

 最初はどうしてナオフミ様ではなく私を、と困惑し、怒りましたがその後考える中でアトラさんの望みについて考えが至りました。 

 

 多分アトラさんはナオフミ様が神にならないようにしたかったのだと思います。ナオフミ様は勇者では世界を救えないために神になりました。ですがその後は様々な世界の精霊の懇願に応じて永劫に近い刻を戦いに費やしました。確かに魂の一部を分け身して気晴らしなどもしていましたが所詮は全体の極一部、神の尺度で言えばほんの刹那の事でしかありません。神として殆んどの時間をナオフミ様は戦い続けました。

 

 アトラさんはある意味で私よりも遥かに近い場所でそれを見続けていました。人間の精神で神として戦い続け、少しずつ磨耗していくナオフミ様の姿を見てきたはずです。

 

 だから……きっとアトラさんが私をこの世界に連れてきたのは……。

 

「ナオフミ様を神にしないため、ですよね?」

 

 鏡に映る自身に向けて私は呟きます。神としてではなく勇者としてナオフミ様にはこの世界を救ってもらう。それこそがアトラさんの望みであり、多分そのために私が選ばれた……この推理は恐らく間違いではありません。

 

「………」

 

 私は考えます。遥か昔、まだ人間であったナオフミ様と共に「波」に立ち向かった頃の事を。

 

「ナオフミ様………」

 

 全てに絶望していたのに、自分の食べていく余裕もなかったのに、私のような貧弱な奴隷のために薬を作り、食事をくれ、武器を与え、戦い方を教えてくれたナオフミ様。我が儘を聞いてボールを買ってくださり、襲いかかって来る魔物から私を庇い怪我を為されたナオフミ様、私のために「波」に挑み、村を復興させてくれたナオフミ様、そして………。

 

「っ………!」

 

 最後の刻、疲労した私を庇い胸を貫かれ致命傷を負ったナオフミ様を思い出す。結局私はナオフミ様の剣などと言っても何一つナオフミ様の苦しみを共有出来なかった。所詮剣は剣、敵を傷つける事は出来ても守る事は出来なかった。

 

「だからこそ……ですね?」

 

 私は鏡に映る自分自身を睨み付ける。実に弱々しそうで、頼りにならなそうな貧弱な姿だ。こんなのだから愛する両親を守れず、仲良しだった親友を見殺しにし、しかもナオフミ様を修羅の道に誘ったのではないか!?

 

 ならば……やるべき事は決まっている。

 

「もう何も奪わせません。誰にも、何も……!!」

 

 例え神が相手であろうとも。

 

「ナオフミ様、お待ち下さい。今後は私がナオフミ様を御守り致します……!!」

 

 そして私は決意したのだ。ナオフミ様を神にせずにこの世界を救って見せる、と。

 

 

 

 

 さて、ナオフミ様を守りあの糞女神を倒す、と言っても今の私はレベル1、神としての力もその殆んどが失われた状態です。そんな事を言っても負け犬の遠吠えでしかありません。

 

 レベルが上がりさえすれば恐らく全てとは行かずともある程度神としての力も利用可能でしょう。

 

 レベルこそ引き継げませんでしたが、幸運な事に竜脈法や変幻無双流についてはやり方を知っていますし、魔術も呪文のコツは理解しています。これらを使ってレベル上げを行い、その後眷属器の勇者となり四聖武器と眷属器の強化方法を全て実践します。私の記憶が正しければ最初の「波」が村を襲うのは大体三年後の事のはずです。その前にレベル上げとステータス強化、そして可能ならば女神の尖兵たる転生者を抹殺していく必要があります。そうそう、竜帝の力でレベルの限界突破が可能ですので竜帝の欠片を集めなければいけませんね。

 

「そういう訳で早速行動開始ですね」

 

 私は家からナイフを拝借すると遊びにいくと両親に伝えて外出します。正直キール君やリファナちゃんと久しぶりに顔を合わせる事が出来るのでそちらも魅力的なのですが、今のうちに少しでもレベルを上げなければなりませんので仕方ありません、我慢です。

 

 誰にも気付かれないように気配を隠して村の外に出た私は弱い魔物の出る草原に向かいます。この辺りの魔物はレベル1や高くても3程のバルーンやマッシュ系の魔物ばかりです。動きは遅く、単体で行動してばかりの雑魚と言っていいでしょう。それでも戦い慣れしていない人にはそれなりに怖い魔物でしょうが……。

 

「残念ですが……私の経験値となって下さい」

 

 バルーンの動きを予測して私はその噛みつく攻撃を避けます。同時に気の流れを読んで私はバルーンの急所をナイフで突き刺します。

 

 風船が弾ける音と共に私は経験値を獲得しました。とはいえたったの2ですが。

 

「思いの外動けるものですね……」

 

 事前に何日かウォーミングアップのために身体を動かしていましたが、それでも予想以上にスムーズに私の身体は戦闘でも問題なく動きました。

 

 バルーンやマッシュは経験値の旨味こそありませんが、未だ子供の身体の私には戦いの勘を取り戻すには丁度良い相手です。素材もウサピルなどと違い腐りにくいので、今は兎も角将来売り払ったり武器に吸収させるために貯蔵も可能です。

 

「この分ですと週に一つレベルが上がるくらいでしょうか」

 

 正直レベルが上がる速度は遅いですが仕方ありません。幾つか実験したい事もありますし、この際は妥協しましょう。

 

 結局、この日は各種バルーンを十体にマッシュ系は四体の成果でした。手に入れた素材は森の中に作った秘密基地(という言い方も子供っぽいかも知れませんが)に隠します。ああ、ナイフは無駄遣い出来ないので研ぎ忘れてはいけませんね。

 

 夕方頃に私は村に帰ります。そこで鬼ごっこで遊んでいたリファナちゃん達の中に自然に溶け込みます。馬鹿にする訳ではありませんが、子供と言う物は勝手に遊びの輪の中に入り込んでも気にならないもののようで、いつの間にか入り込んでいた私に対して誰も疑問を持ってはいませんでした。

 

「あらー、もう暗くなってきたから皆帰った方がいいわよー?」

 

 そう呼び掛けるのは大きな魚を背負うシャチの獣人でした。あの間延びした声が懐かしい……サディナ姉さんです。

 

「サディナ姉ちゃん、また大きい魚獲ったなー!!」

 

 キール君がサディナ姉さんの下に駆け寄ります。それに釣られてほかの子達も次々とサディナ姉さんの所へと駆け寄りました。

 

「ラフタリアちゃんも見に行こうよっ!!」

「は…う、うん!」

 

 リファナちゃんの呼び掛けに思わずはい、と言いそうになりました。この頃の私は内気でリファナちゃんの後ろについていくような子供だった気がします。

 

 リファナちゃんは私の手を掴んでサディナ姉さんの下に走ります。何気なく添えられる手は、しかし私にはとても温かくて、懐かしい物でした。

 

「?どうしたのラフタリアちゃん?どこか痛い所でもあるの?」

「えっ……?ううん、どうしてそう思うの?」

「だって……ラフタリアちゃん、泣いているんだもの」

「えっ……?」

 

 私は思わず目元に触れました。そして私は気付いたのです。私の瞳から涙が流れているのを。

 

「あー!ラフタリアちゃんが泣いてるー!」

「えー?本当?」

「どこか痛いのー?」

 

 どうやら私の様子に気付いたのか、サディナ姉さんの下にいた子供達が私の下にやって来ました。皆心配そうな表情を浮かべています。この中の二人に一人は村の復興の時に見つけ出す事が出来ませんでした。恐らくは……。

 

「あらー?ラフタリアちゃん、どうしたのかしら?どこか怪我でもしたのならヒールでもかけて上げるわよー?」

 

 のしのしとこちらに歩み寄るサディナ姉さん。心配そうに私の顔を覗き見ます。

 

「ううん……大丈夫。何か……急に悲しくなって……ご免ね、心配させちゃった」

 

 私は内心の気持ちを誤魔化すために手で涙を拭き取ってそう答える。

 

「ふーん、俺も似たような事あるぜ!夕陽を見ると……こう、何かジーンってなるよな?」

 

 何を考えたのかキール君が何故か自慢するようにそうどや顔で答えます。

 

「それ分かるー!」

「えー何それー?」

「私おかーさんに抱っこしてもらえるとそんな感じかもー!」

 

 キール君の発言に周囲の子供達は思い思いの言葉を口にします。

 

「うーん、ラフタリアちゃん。本当に大丈夫なのかしらー?」

「はいっ……サディナ姉さん、心配させてご免なさい」

 

 涙を拭き取って笑顔で私は答えます。そうです、この涙は悲しいからではありません、嬉しいからなんです。運命は変えられます。私は皆を救う事が出来る、その事を理解したのです。

 

「うーん、だったらいいのだけれどー、無理はしないでねー?」

 

 自身の顎に手を添えて、サディナ姉さんはそう言いました。私は屈託のない笑顔で答えます。

 

 そう、私が救うのです。ナオフミ様も、この村も、皆を……。

 

 遥か昔に失われたこの光景を胸に、私は改めて心の中でそう強く決心したのでした………。



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第二話 狸娘は分け身をするようです

微エロかも


 次々と襲いかかるバルーンやマッシュの魔物達を私は小さなナイフ一本で仕留めます。派手な動きは要りません。最小限の動きで攻撃を避けて、逆撃を与えます。気の流れを読み取って最も脆弱な一点のみを狙いを定めて突き刺す。それだけで弱い魔物達の命は狩り取られます。

 

「……ふぅ、漸くレベルアップですね」

 

 同時に襲いかかってきた魔物五体に対して私は殆んどその場を動くことなく一方的に撃破しました。私がこちらの世界で目覚めてから約三か月、その間に私のレベルは漸く12にまで上昇しました。レベル上げ自体は上々です。問題は……。

 

「……やはり誤魔化すのも難しくなってきましたね」

 

 亜人は急激なレベルアップにより身体も成長する存在です。食欲自体は成長期ゆえに然程問題もなく、異様な空腹は最悪ウサピルでも狩ってその肉を食べれば良いのですが、問題は体型と身長です。そろそろレベル上げを誤魔化すのは怪しくなってきました。

 

「……そろそろあれを実験する時でしょうか」

 

 こちらの世界で私が維持出来た神としての力、レベル10になる事で辛うじて解放されたそれを上手く使えば村の皆に怪しまれずに強くなれるのですが……。

 

「……仕方ありません、もう一度挑戦しましょう」

 

 私は覚悟を決めて木の上に作ったログハウスの秘密基地に戻ります。

 

「失敗した後の処理が面倒なのですが……」

 

 私がこれから行うのは神としての力の一端、魂の分割です。はい、あの女神がメルロマルクのビッチを作ったり私やナオフミ様が様々な世界に侵入する時に作るものです。自らの力と魂を分割して分身を生み出すのです。これに成功すれば私は自身を分割していく事で村で怪しまれる事なくレベルアップをし続ける事が出来る訳です。

 

 はい、もし複数運用出来るようになれば様々なコネクションやツテを作り上げる事も可能でしょう。現在のレベルアップは40が限界で、その先は国の許可が要りますがこの身分けが出来ればメルロマルク以外で冒険者をやってクラスアップも出来ます。あるいは敢えてクラスアップする前に魂を分ける事でレベルを分割しても良いでしょう。

 

 尤も、成功したらの話です。一月程前に挑戦したら見事に失敗しました。魂を引き裂く痛みは神にとっては兎も角今の私には相当の激痛です。結果身分けに失敗して生まれたのは肉の塊のようなものでした。それもすぐに死んでしまい、埋めて処理するのが本当に大変でした。恐らくは分ける魂が少なすぎた事が理由でしょう。今回は出来るだけ大きめに魂を引き裂きたいと思いますが……。

 

『盾の神の片割れたるラフタリアが命じる……我が魂を裂いて生まれよ……』

 

 覚悟を決めて私は魂を分ける儀式を始めます。

 

「ぐっ……っ!!」

 

 すぐに身体を引き千切られるような壮絶な痛みが私を襲います。今にも悲鳴を上げたくなる痛みにしかし私は涙を流し、滝のような汗をかいて、歯を食い縛りながら耐えます。

 

「がっ……ぐあっ……あがっ……!!?」

 

 余りの痛さの前に私は思わずその場で倒れ、嘔吐し、痙攣すら起こしていました。それほどまでに今の私にとっては魂を分けるのは難しい事なのでした。ですが……。

 

「はあっ……はあっ……!この、この程度でっ……!!」

 

 私はもう長い間痛みと言うものとは無縁でした。盾の神であるナオフミ様の加護で全ての傷はナオフミ様に向かいます。それ故に何があろうとも私は戦いの中で疲労こそあれど激痛を味わう機会はありませんでした。ああそうでした、痛みとはこのようなものでした。懐かしいものです。

 

「あぐっ……!この程度のっ……痛みっ……!!」

 

 私は失神してしまいそうな意識を懸命に繋ぎ止めます。下手に意識を失えばまた失敗してしまいます。それは許されません。ナオフミ様はもっと多くの苦しみを耐えきってきたのですからこの程度の事でへこたれている訳には行きません……!!

 

「ぐっ……こ、この……ぐっ……うおぉぉぉぉっ!!!」

 

 私は獣のような声をあげながら殆んど力づくで自らの魂を引きちぎりました。そして、次の瞬間私は激痛から意識を失ったのです…………。

 

 

 

 

 

「んっ…あっ……」

 

 何時間程たったでしょうか?周囲は暗くなっていました。ああ夜です、これではお父さんとお母さんに叱られてしまいますね……。あれ?そういえばどうして私はこんな所に寝て………。

 

「はっ!!身分けはっ……!?」

 

 私は慌てて周囲を見渡します、と同時に私はそれを視界に収めました。恐らく彼方も私を視界に収めた所でしょう。私とほぼ同じ程度の背丈の衣服を纏っていない少女がこちらを見ていました。

  

「……貴方はラフタリアですか?」

 

 私は疲労している少女に尋ねます。すると少女は答えます。

 

「貴方もラフタリアでしょう?」

「はい、では……私達の目的は分かりますね?」

「ナオフミ様を御守りする事、でしょう?」

 

 どうやら身分けは成功したようです。ステータスを確認します。

 

「こちらはレベル9ですね。貴方はどうですか?」

「こっちは……レベル3みたいです」

「まぁ、そんな所でしょうね……」

「はぁ……神であった頃ですと結構簡単でしたがやはり今の身では命がけですね……くちゅ!」

 

 分けられて新しく生まれた私は小さなくしゃみをします。夜に裸で何時間も寝ていたらくしゃみが出るのも当然ですね。

 

「待って下さい。服を交換しましょう」

「貴方が家に戻るのでは無いのですか?……いえ、成る程。確かにその方が良いですね」

 

 長々と説明しなくとも同じ「私」なのですぐに理解してくれて助かります。背丈ではどちらかと言えば私の方が大きいですしレベルも私の方が上です。新しく生まれた私には家に住んでもらい、私の方はこの秘密基地でレベル上げの生活をした方が効率的です。まぁどうせそのうち身分けも増やしたり一旦一人に戻ったり繰り返すつもりですので今どちらが家に戻ろうと大した違いはないのですけどね?

 

「それよりも早く着替えましょう、村の皆が心配しているはずです」

「そうですね」

 

 私は衣服を脱いで身分けした自身に与えます。そしてこの時のために準備していたお古の服に着替えます。

 

「………」

「どうしました?あ、そういう事ですか……」

 

 もう一人の私がじーと私を見ていましたがすぐに理由を理解します。

 

「今更ながら貧相な身体ですよね」

「ナオフミ様はサディナ姉さんのようなのが好みでしたから……」

 

 互いに身体を見やる。決して痩せすぎと言う訳ではありませんが、正直年相応に幼児体型な体つきでした。ナオフミ様の好みは長年共にいたので良く理解しています。所謂グラマーな体型が好みらしかったです。ナオフミ様の持っていたゲームや漫画の趣向から見ても間違いないでしょう。

 

「あの頃は『波』との戦いを優先していて、体つきもそれに合わせて成長していましたから……」

「後悔する訳ではありませんがうかつでした」

 

 ナオフミ様の奴隷として戦いレベリングして成長していた頃、当然ながら好みなんて知りませんでしたので戦闘に相応しい体型に成長していました。今思えばもっと何て言うべきでしょうか……ボンキュッボンな体型?に成長するべきでした。

 

「神になった後は多少の外見なんて好きに変えられましたけど……」

「ナオフミ様が違和感あるから止めろって言ったんですよね……」

 

 互いにはぁ、とため息をつく。元の世界では分け身とは言え子供を作ったりもしましたし、決してそういう関係が無かった訳ではありませんでしたが、ナオフミ様としては男女としてよりも相棒、下手すれば最後の時ですら若干子供を見る意識があったと思われます。そのせいで慣れ親しんだ姿をやめて好みの姿をされても抵抗感が強かったようです。

 

「いいですか?今度はこんな失敗は出来ません。多少戦いに向かなくても今度はナオフミ様の好みの体型に成長して攻めますよ!目標はサディナ姉さんです!」

「当然ですっ!後美容にも力を入れないといけませんね、早寝早起きして肌を守りませんと……!!」

 

 互いを見つめあって、強く頷き合います。

 

「それではレベル上げの方は頼みます」

「分かりました。貴方の方も怪しまれない程度には鍛えて下さいね?」

「当然です。ではこれからは……」

「ええ、三日に一度くらいは顔を合わせましょう。待ち合わせの場所はここで」

「はい」

 

 互いに確認を行った後私達は別れます。分け身する前の私はこの秘密基地に残り、分け身した後の私は村に戻ります。まぁ、どちらも私たちですので区別するのも何か変な感覚がするのですが………。

 

「さて、それでは少し食べた後は寝ましょうか」

 

 予め秘密基地に保存していた食料を口にします。ナオフミ様の料理と違い塩気しかないものですが仕方ありません。というよりもナオフミ様って村で保存食作っていた時も凄く美味しかったのでした。………お陰様で私が料理を作る機会なんて殆んど無かったんですよね………。

 

「はぁ、いや別にナオフミ様の料理が嫌と言う訳ではないのですが……何と言うか負けた感が強くて……」

 

 ログハウスの秘密基地の中で何度か分からないため息をつく。この事に愚痴を言っても仕方ありません。明日は朝からレベル上げをするために早く寝てしまいましょう。

 

 古びた毛布にくるまって暖を取ります。うう、レベル的に仕方ないですがやはりこの時期は寒いです……。

 

「火はあまり使えませんし………」

 

 そこまで考えてふとその考えが思い浮かびます。同時に私はまるで生娘のように頬を紅潮させてしまいます。いえ、この身体は確かに生娘なのですが……。

 

「いや、ですが……いえ、これは別にやましい事ではありません、あくまでも暖を取るための手段でしかなくて………そうです、そうですとも!別に他意はないのてです。ですから………問題はない、はず」

 

 私は誘惑と理性を葛藤させて、最終的にこれから行う行動を自己正当化します。そして周囲に誰の視線もない事を確認した後、毛布の中にくるまって手を下半身に伸ばして………。

 

「んっ……はぅ……んんっ……はぁ……えへへっ……ナオフミ様………」

 

 口元を情けなく緩ませた恍惚の表情をして、切ない声を上げながら私はひっそりとそれを行いました。正直この身体で反応するのか半信半疑でしたが予想以上に反応と快感が来て身体は火照りました。

 

 ……はい、そうですよ!溜まっていたんですよっ!!悪いですかっ!?これまでは神ですからそんな欲望余りありませんでしたし、あっても分け身して本体はずっと戦っていたんです!正直今の私はやることが少なくて暇なんですよっ!し・か・も!家族や友達の視線があるので下手な事出来ないんですから!

 

「まさか精神年齢数億歳にもなって自分で解消する、しかも子供の身体でする機会が来るなんて考えてもいませんでした………」

 

 神になったばかりの頃の私が見たらどう思うでしょうか、ふとそんな下らない事を考えます。

 

「はぁ…はぁ……丁度良いくらいに暖まりましたね。これなら大丈夫でしょうか?」

 

 私は恥じらいを誤魔化すように状況分析を行います。もう十分に暖まりました。余りやり過ぎても眠れなくなります。これくらいでいいでしょう。私は目を閉じました。

 

 

「…………やっぱり少し寒いですから……もう一回くらい……いいです、よね?」

 

 そう言い訳するように私は再度下半身に手を伸ばします。

 

「ナオフミ様………」

 

 私の何処か子供っぽく、悲し気な呟きは闇に消えていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみに、私は結局八回くらいやってそれを終えた頃には朝が来ていました。三日後にもう一人の私にその話をしてジト目で見られたのは内緒です。うう、恥ずかしい………。




分け身ラフタリア「何それ羨ましい、立場替わって下さい」


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第三話 狸娘は思い出して病み始めるようです

「待てーっ!!」

 

 村から半日程歩いた場所にある草原で、私はとある魔物を追い駆けていました。

 

 ヤマラシ……大昔、ナオフミ様の奴隷として初めての「波」に挑む直前に遭遇した記憶のある魔物です。背中に沢山の針を持っており、当時ナオフミ様に初めて怪我をさせた記憶があります。私は今正にそれを追いかけていました。理由?はい確か経験値が結構入る魔物だったと思いますので、決してナオフミ様を怪我させた魔物だからじゃありませんよ?……本当ですよ?

 

「ちょこまかとっ……!」

 

 私は魔物の急所を狙い石を投擲しました。空を切る音と共に石が走る魔物の頭部に命中し、その頭蓋骨を陥没させました。貴重なナイフを投擲するのは危険ですし、案外そこら辺に転がっている石でも急所を狙えば一撃で仕留められるものです。

 

「痛……やっぱり刺が危ないですね」

 

 死骸を解体しようと触れると、誤って指に刺が刺さりました。流石ナオフミ様に怪我をさせただけの事はあります。油断出来ませんね。

 

 刺は一本一本回収します。この刺は魔物を狩る際に結構使えたりします。その後血抜きをして毛皮を取ります。肉は今日のご飯に、毛皮は加工して暖を取るのに使えます。

 

「何だかサバイバルみたいですね」

 

 家に戻らずにレベル上げに専念するのですから仕方ありません。実際村の皆や両親の事を気にしないで済むので結構レベリングは順調でした。こちらに来てから半年程、身分けしてから三か月、私のレベルは21まで上昇していました。身体の方は、流石にナオフミ様の奴隷であった頃に比べて成長は遅いですが、十代前半くらいには成長しているでしょう。

 

「もう少し成長すれば冒険者に登録出来そうですが………」

 

 血抜きと毛皮取りの最中、血を洗い流す時に川に映る私自身の姿を見て呟きます。しかしこのメルロマルクでは、当然ですが私のような亜人は歓迎されません。それどころか誘拐されて奴隷にされてしまう危険性すらありました。冒険者に登録するのも危険がありますし、クラスアップの申請が通るとも限りません。

 

「シルトヴェルトは……国境の警備が厳しいので難しいでしょうね。ゼルトブルなら何をするにも金銭次第でどうにかなりそうですが……」

 

 それにしてもいざと言う時に備えて秘密基地に残す分け身も必要でしょうから、今すぐゼルトブルに行く訳にはいきません。

 

「秘密基地の素材もかなり貯まっていますし……行商人に売れたら良いのですが……」

 

 因みに行商人と言うのがポイントです。このメルロマルクに根付く商人相手では、亜人が物を売っても足元を見られてしまいますので。無論ナオフミ様のように脅迫すると言う手もありますが、ナオフミ様と違って勇者ではない私ではすぐに手配されてしまいそうです。

 

「ですが、やはり幼い姿がネックですね……」

 

 行商人相手とは言え、今の私の姿はどこまで言っても子供です。レベリングすればもう少し成長するでしょうが、分け身すればまた小さくなってしまいます。正直この辺りで手に入る食料では二人を養えるか少し怪しいです。

 

「少し不安ですが……あの手しかありませんね」

 

 

 

 

 

 

 メルロマルク王国の一角にあるリユート村、そこに訪問したゼルトブルの行商人の一向は村人や地元商人達、周囲の村から訪れた者達と商談や物売りに精を出す。

 

 ふと、行商人の一人にフードを被った人物が魔物から取った素材を売りたいと申し出る。年に何度かこの村を訪れる行商人はしかしこのようなフードを被った者と会った経験がなく、若干警戒する。

 

「申し訳ありません、ですがこれを見れば理解していただけるかと……」

 

 フードをわずかに持ち上げると現れるのは十代後半程の亜人の美少女であった。その意外性に一瞬行商人は呆ける。

 

「この国は少し私のような者には生活しにくいものですので……」

 

 若干影のある表情で語る少女、その発言に行商人はこの姿である理由を理解する。

 

 人間主体で構成されるメルロマルク王国は、長年亜人主体で好戦的で排外的なシルトヴェルト王国と戦争を繰り広げて来た。

 

 更に言えばシルトヴェルトの首脳部は、フォーブレイ王国が守護しこの世界最大の信徒を有する「四聖教」の教えを否定して「盾の勇者」のみを信奉する「盾教」を掲げ、異端者たるメルロマルク人を捕らえ次第処刑にしたり、奴隷の身分に堕とすなどの所業を行なってきた。結果としてそれはメルロマルクの反シルトヴェルト派を刺激し、四聖教メルロマルク教区の独立と「三勇教」の成立、そしてメルロマルク王国上層部の「三勇教」への改宗へと繋がった。今やメルロマルクは世界で最も亜人達の住みにくい国の一つであった。

 

 メルロマルクの「三勇教」化後、メルロマルク居住の亜人の半数以上は教会の警告に従いシルトフリーデンやフォーブレイ等に移住したが、特に中流階級以下の亜人には移住する生活力もないためにメルロマルクに居住を続け、そこに迫害と元々貧困層ばかりが残ったために亜人種による犯罪が横行し、それがメルロマルクによる一層の亜人迫害へと繋がっていた。

 

 成程、確かに彼女のような亜人には素顔で生活は難しいため、フードが必要不可欠であろう。同時になぜ自分のような行商人に声をかけたかも理解出来る。

 

「父や兄が命懸けで魔物を狩って素材を集めたのですが、この国の商人相手ですと……」

 

 そう言って儚げに少女は言葉を切る。よく見れば目元は潤み、一筋の涙が流れていた。

 

 人種の坩堝に住まうゼルトブル人には、当然亜人に対して特別に差別意識なぞ存在しない。そのため若く善良な行商人は美しい少女の涙に素直に同情を覚えていた。

 

「分かりました、素材を御見せ下さい。無論品質が悪ければ値引きさせてもらいますが、可能な限り適性な価格で買い取り致しましょう」

 

 憐れむように行商人は語りかける。するとフードを被った美少女は花が咲いたような笑顔で感謝の言葉を口にする。その笑顔から来る言葉にはかなり破壊力があり、行商人は再度惚けると共に顔を赤らめながら少女の運び込んだ素材を鑑識する。

 

「ほう、バルーンに……これはエグッグの殻ですね。ウサピルとヤマアラの毛皮に……品質は……ほう、痛みも少ない。ひぃ…ふぅ…みぃ……そうですね、銅貨で100枚でどうでしょうか?」

 

 行商用の馬車の中でそう尋ねる行商人。若干相場よりは安いがそこは仕入れや輸送、関税も含んでいるので仕方ないだろう。それを加味すれば正に適性の値段であった。

 

「はぁ……本当ですか?ありがとうございます!」

 

 先程よりも嬉し気な笑顔に行商人も気分を良くして素材を換金する。そしてそのまま代金を受け取った少女を見送った後、ふと彼は思い出したのだった。

 

「そういえば、あの子の名前なんだっけ?聞き忘れちまったなぁ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……上手くいきましたね」

 

 幻影魔法を解いて私は子供の姿に戻ります。予想通り中々ちょろ……性格は悪くない方でした。

 

 ナオフミ様の奴隷だった頃、商人達との取引も見学していた記憶がありました。私はナオフミ様程に交渉の才能等ありませんでしたが、それでも見学していて多少は人を見る目は養えました。その結果が先程の取引です。

 

 まず差別意識のある可能性の低いゼルトブル人を狙います。その上で若く経験の浅い、それでいて足元を見る事がない善良そうな方を探します。そういう方は結構女性の涙には弱い物ですので、幻影魔法で大人の姿になって嘘泣きすれば然程苦労せずに取引は可能です。更にいえば将来的にクラスアップのためにもゼルトブルには行かなければなりませんので、ちょっとした伝手にも出来ます。そうですね……何気ない街中で偶然再会とか言うシチュエーションは男性方には結構ドキドキする筈で油断もしてくれそうですね…………何か私腹黒くなっている気がしますね。

 

「いえ、これくらいで躊躇なんて出来ません。あの忌々しい女神を打倒してナオフミ様を神にせずに平和に生活して頂くためにはこの程度序の口じゃないですか!」

 

 後ゼルトブルに着いたらあの奴隷商(兼魔物商)の人にも接触したいですね。それにフォウル君とアトラさんも確保したいです。勇者になった後何とかして買い取って、早めに戦力化したいのです。

 

 ………決してアトラさんとナオフミ様のフラグを圧し折りたいなんて考えていませんよ?(ハイライトオフ)

 

「ええそうですとも、決して鳳凰戦でアトラさんが死んでしまうなんて事が無いように育て上げたいだけですからね、断じてアトラさんにナオフミ様のファーストキスを奪わせないためだとか、アトラさんが盾に吸収させて二十四時間一緒な事に嫉妬していた訳でもありませんし、決してぽっと出の新参キャラにヒロインの座を奪われかけた事を怒ってなんかいませんよ?全ては善意であってそれ以外の考えなんて一ミリもありはしないのですから取り敢えず空気読まずに横槍入れたタクト死ね。ふふ、ふふふ………」

 

 私は取り敢えず受取金を懐に入れた後、鼻歌を歌いながら道端で出会う魔物達を経験値稼ぎのために仕留めていきながら秘密基地に帰ります。何故か途中から魔物達が私の姿を見た途端逃げ出し始めますが当然逃がしません。地の果てまで追いかけて頭部を粉砕していきます。

 

 ああ、やはりナイフや石では効率が悪いですね。早く手に馴染む槌の眷属器が欲しいものです。そしてナオフミ様のお側で……ふふふ……ふふふふふ………♪

 

「はぁ…ナオフミ様……早くお逢いしたいものです…………」

 

 何億年も当然のように連れ添っていたためでしょうか?早くナオフミ様に逢いたい、そう考えるだけで胸の中からゾクゾクとした感情が生まれてきます。

 

「ふふ……ふふふふ……ナオフミ様♪」

 

 私はまた一匹、目の前の魔物の頭部を粉砕しながらそう口にしたのでした。

 




盾・妹虎・ビッチ「何だ(何)?この悪寒は………?」


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第四話 狸娘は神の価値観を理解するようです

 温かい匂いがしました。温かで、美味しそうで、優しいお日様の匂いが……。

 

 幼い私はその香りに誘われるようにベッドから目覚め、一瞬凍りつきます。そこにはいるべき人がいなかったからです。いつも夜泣きする私をあやしながら抱き締めて、守ってくれる人が……。

 

 私は咄嗟に恐怖でひきつった表情を浮かべ周囲を探します。もう帰る場所なんて無い天涯孤独の身の私には、もうあの人の傍以外の居場所なんて無かった事もあるでしょう。

 

 ですがそれ以上にきっと私にとってあの人は頼るべき親であったからかも知れません。厳しくても、そのうちにじんわりとした優しさを感じられるあの人は私にとってはもう一人の親だったのです。

 

 ですから私はすぐに最後の居場所であり、最後の家族であるあの人の姿を探さないといけないと考えました。

 

 私はあの人と唯一の繋がりである胸元に刻まれた奴隷紋にそっと触れます。

 

 外は怖かったです。この国では亜人は迫害されているのですから、下手をすれば街の人々に殴られ、蹴られ、殺される……私はその時そう思いました。実際は他者の奴隷を勝手に傷つけるのはメルロマルクの法律では禁止されているのですが、当時の私にはそこまで考える知恵なぞありませんでした。ですから暫しの葛藤の後、泣き出しそうな覚悟であの人を探そうとベッドから降りたのです。

 

『どうした、ラフタリア?』

 

 ですが、私が外にまで飛び出して街に探しにいこうとする前に、その声が室内に響き渡りました。

 

 私が慌ててそちらを振り向けば、宿の一階から階段で登って来たあの人が視界に入ります。怪訝な、どこか怪しむようにこちらを見ていたあの人の手元には、二人分の食事の皿がありました。どうやら宿の主人から朝食を受け取っていたようでした。

 

『ふん、逃げようたってそんな事は許さんからな?お前には銀貨30枚を投資したんだ、投資分の働きをしてもらうまでは地の果てでも追いかけて連れ戻してやる』

 

 あの人は険しい表情で私を脅迫します。どうやら私が逃げようとしたのを見つかって慌てていたのだと考えていたようです。

 

『い、いいえ……そんな……事は……』

 

 私はそれを怯えた声で必死に否定します。それは決して演技でも誤魔化しでもなく、事実でした。寧ろその発言に私は安堵すら覚えていました。つまりは銀貨30枚分働くまではこの人は私を手放さないと、傍にいて良いと言ってくれたからです。それが以前の主人であった貴族に塵のように虐げられていた私にはこの上無い救いに思えたのです。

 

『ふん、どうだかな……。おい、さっさと身支度して食べるぞ』

 

 不機嫌そうに、しかしどこか思いやる声であの人は命じます。私は慌てて洗面台に向け走り、顔を洗い歯を磨きました。急がないと怒られるかもと思いましたが早すぎると逆にちゃんと歯を磨け、と叱られますので早く、しかし丁寧に行っていきます。

 

 それを終えると私が来るのを待っていたのでしょう、あの人はテーブルの上の料理に手をつけずに椅子に座っていました。

 

『来たか、さっさと座れ。食うぞ』

 

 私が椅子に座り料理を食べ始めるとようやくあの人も食べ始めました。

 

『美味いのか……?』

『はいっ……!!』

 

 詰まらなそうな表情で一口食べた後、苦い顔をしてあの人は尋ねます。そしてあの人の質問にまだまだ幼い私はその意味を理解せず満面の笑みで答えていました。今思えば心底残酷な行いでした。

 

『そうか……そうだよな、お前にとっては俺の苦しみなんてどうでも良い事だよな?』

『えっ……?』

 

 私が疑問の声を上げて料理からあの人の方に顔を向けました。どすっ、とあの人はテーブルに倒れていました。その腹を光条が貫いておりました。

 

『な、何…が……?』

 

 私は恐る恐る、信じられないものを見るように呟きます。

 

『そうやって貴様は……俺の弱みにつけこんで……俺を盾にして……俺に戦いを強いたんだ……!!』

『あっ………』

 

 テーブルに倒れたあの人は吐血しながら、苦しそうにうめき声を上げながら怨めしそうにそう私を糾弾します。そしてその意味を私は理解していました。私はその幼い表情を歪ませます。

 

 そうです。世界を憎み、蔑み、絶望していたあの人は最初は生きるためだけに私を買ったはずでした。ですがいつしかあの人は自分のためではなく奴隷であるが故に唯一の味方であった私のために戦うようになりました。そして、今にして思えばあの人が偽りの決闘で破れた時、私のあの人にかけた声があの人自身の運命を定め、呪いをかけたのです。

 

『そ、そんな事……私はただ……!!』

 

 あの時、私は下心があった訳ではありません。純粋に私を救ってくれたあの人のために、私を守ってくれたあの人のために、その壊れそうな心を支えるためにあの言葉をかけ、抱擁したのです。

 

 ですが……同時にそれがあの人を縛る鎖になったのも確かなのでしょう。

 

『そしてその果てがあの様なのよ。ふふふ、良い気味だわ』

 

 気づけばあの人の背後にその女神は立っていました。私は目を見開き絶句します。あらゆる者を嘲り、見下し、弄ぶ邪悪なる女神はそんな私を愉快そうに見やりました。

 

『愚かな娘!何も想像していなかったのかしら?私達神々は寿命で死ぬ事はないわ。けど、あらゆるものには必ず始まりと終わりがあるものよ?つまり、終わるのはほかの神々に殺される時……新参者の神である貴様達がこの私を殺したようにね。そして私が長い生で積み上げた業の果てに討たれたように、貴方達もあの時、これまでの行いの対価を支払ったのよ』

 

 はっはっはっ、と私達が初めて打ち払った女神は心から嘲笑するような声を上げます。

 

『っ……!私をっ……!私達を貴方と同じにしないで下さい!私達は……!!』

『精霊共の願いに答えて戦った?あははっ!これは傑作だわっ!本当に愚かな神よねぇ!貴方達はっ!!』

 

 涙が零れる程に邪悪な女神は高笑いします。

 

『別にそんな事する必要ないじゃないの?貴方達の世界を守るためだけなら兎も角、態態見ず知らずの世界のために何故戦うのかしら?あんな羽虫共の願いを聞いてまで?ましてやそのために同じ神を殺すなんて狂ってるわ!』

 

 かつてなら怒り狂ったであろう女神の台詞を、しかし今の私には……神となった経験のある私には彼女の言いたい事が分かりました。分かってしまいました。

 

 人が家畜を殺すのと同じです。人はそのつもりになればパンと野菜だけ口にしても生きていけます。しかし人々は味を楽しむために家畜を育て、魔物を狩り、肉を食べます。彼女達からすれば下等な世界を滅ぼして経験値を貯める事はそれと同じなのです。豚に同情する人はいません。女神にとっては寧ろ懇願する豚を守るために同じ神を殺す者達こそが異常に見えるのでしょう。

 

『全ての業は巡り巡る訳ね、たかが豚共を滅ぼした私が報いを受けるなら、同じ神を殺した殺神者共が滅びるのは寧ろ必然な訳。分かるかしら、愚かな奴隷の小娘?』

 

『……!!』

 

 私は怒りに震えなら女神を睨み付けます。

 

『あらあら怖い顔して。これだから只人から神になったばかりの蛮神共はっ!』

 

 女神は私に心底侮蔑した表情を向けます。そして警告するように語りかけます。

 

『貴方も曲がりなりにも同族なら覚えておくことね。神である以上、身勝手するのは良いけれど、物事の優先順位くらいつけたらどうなの?世界を巡り、救う事は其ほど大事なのかしら?貴方にとってそれは一番必要な事なの?それと……いつまでそれを放置しておく気?』

 

 その言葉に私はようやく倒れるあの人に駆け寄ります。もう冷たくなって生気の感じられない身体を抱き締めます。そして必死に私はその名前を呼び掛けて………。

 

 

 

 

 

「ナオフミ様っ………!!?」

 

 私は悲鳴を上げながらベッドから飛び起きました。

 

「はぁ…はぁ……はぁ………?」

 

 汗びっしょりで息を切らしながら、私は恐る恐る周囲を見やります。そこはベッドが一つにテーブルと椅子があるだけの質素な部屋でした。ベッドの傍にある窓からは日差しが差し込み、既に商人達が朝市を開き、子供達の笑い声が聞こえます。

 

「夢……ですか……」

 

 私は深い息を吐きます。どうやら嫌な夢を見ていたようです。

 

 すると、部屋の扉のノックが鳴ります。嗄れた老女の声が扉越しに響きます。私が返事すると扉が開きました。

 

「おやおや大丈夫かいお嬢ちゃん、随分とうなされていたみたいだけど……」

 

 声に相応しい歳の老女が朝食を持って入室してきました。この宿の女将さんです。

 

「いえ、少し嫌な夢を見てしまって……問題はありません。ご心配をお掛けして申し訳ありません」

 

 私は謝罪するように頭を下げます。

 

「いやいや、良いのじゃよ?お嬢ちゃんは冒険者なのじゃろう?仕事柄そういう事もあろうて。じゃが、無理は禁物じゃよ?」

 

 冒険者は魔物退治や盗賊退治もしますし、その中で命に関わる事や仲間を失う事もあります。その結果悪夢を見る方も少なくありません。女将さんはどうやらそちらの方向に勘違いしてくれたようです。

 

「はい、気を付けます」

 

 態態それを訂正する必要もないでしょう、私は笑顔で礼を言って食事を受け取りました。

 

 この世界に来て約一年、私は再度身分けをした後、片方を秘密基地に残して片方は伝手を作った行商人達と共に相乗りする形でメルロマルクの国境を抜けゼルトブルへと辿り着きました。無論、その頃には私のレベルは40近くまでなり、体つきも十代後半になっておりました(予定通りサディナお姉さんのようにボンキュッボンです!)。

 

 その後冒険者ギルドに加入して冒険者となり、今は依頼をこなして資金を稼ぎつつこのゼルトブルの一角の宿屋の世話になっております。流石金と実力が物を言うゼルトブルです。ギルドも商人も余り私について深掘りして来ないので助かります。

 

 顔を洗い、歯を磨いた後自室で女将さんの用意してくれた朝食を頂きます。パンに野菜とフィロリアル肉のスープ、ウサピルの干し肉、付け合わせのサラダと言うこのレベルの宿屋でしたら標準的な料理内容です。

 

「四聖と七星の精霊よ、今日の世界からの恵みに感謝致します」

 

 私は標準的な四聖教徒の食事に向けた祈りを捧げます。尤もこの手の祈りは歴史ある四聖教の信徒のみが行うものです。盾教や三勇教も四聖教から分裂していますので、この手の祈りはしません。とはいえ代わりに盾だけや三勇者を称える訳でもなかったりします。宗教問題は結構根深いものでして、独自の祈りなぞすれば四聖教の総本山たる教皇庁に睨まれます。ですのでメルロマルクやシルトヴェルトでは独自の祈りよりは寧ろ祈らずそのまま食べる場合が多いようです。

 

 私は別に四聖教の熱心な信者ではありませんが、敢えてこの祈りを行います。四聖教は世界最大の宗教ですので、国教としている国も多いのです。私の身元を隠すためにも敢えてその信者であると見せかけた方が良いと考えてそうしています。

 

 丁寧に食べ終わり私は下の階の女将さんに皿を返却します。そして武器として登録している「刀」を手に取り私は外出しました。

 

 冒険者ギルドは今日も人で賑わいます。冒険者のパーティーが依頼書を手に取り受付に申請していきます。

 

私はそんなギルドを見ていきます。

 

「やぁラフタリアちゃん、どうだい?今日も俺と一緒に依頼を受けに行かないかい?」

 

 背後から粘りけのある声が聞こえます。私は吐き気を抑えて人当たりの良い笑みを浮かべて振り向きます。

 

 そこにいたのは数名の女性を侍らせた端正な顔立ちの冒険者でした。尤も、その笑顔は軽薄でしたが。

 

「ええ、いいですよ?ユウヤさん」

 

 ですから私も軽薄な笑顔でゴキブリに対して返答をしたのです。




これから毎日神の尖兵を焼きに行こうぜ?


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第五話 狸娘はパーティークラッシャーに励むようです

 「神の尖兵」……それは所謂「神を僣称する存在」が世界を混乱させるために送り込んで来た異世界からの転生者や転移者、憑依者達の事を指します。

 

 彼らには神から各種の能力が付与され、また異世界からの知識や端正な容姿等が与えられております。  

 

 ですが彼らの大半は自己中心的かつ独善的な思考であり、また本質的には邪悪な者ばかりです。実際過去の記憶から考えても彼らの中で我々の話を聞いた者は極一部ですし、その中ですら最終的には全員と交渉決裂致しました。どうも元より性格に難がある者ばかり選ばれているようで、更に神によってこの世界に連れていかれる過程で思考も弄られているようです。

 

 まぁ、どうしてこんな事を考えているかと言えば、正に目の前にそんな世界の寄生虫の一人がいるわけです。

 

「うりゃゃあっ!!!」

 

 目の前では黒髪に黒瞳の端正な青年がドラゴンと死闘を繰り広げていました。いえ、死闘というには語弊がありますね、命懸けなのは生け贄のドラゴンのみです。

 

『グオオオォォォ!!』

「ちぃっ!中ボスごときがっ!!さっさとくたばれ!」

 

 そう語り青年は魔剣を振りドラゴンを追い詰めます。

 

「よっしゃあ!!くたばれ!」

 

 明らかに異様な力でステータスを向上させた青年は冒険者ギルドで討伐対象に指名されていたドラゴンの首を切り裂き、ようやく討ち取りました。

 

「どうだっ!!これが俺の力だっ!!」

 

 周囲に見せつけるように転生者の青年は叫びます。正直あの程度のドラゴンでしたら強化方法を共有する前の眷属器の勇者でも勝てるのですが……まぁ、只の冒険者にとっては偉業である事は間違いありません。

 

「どうだいラフタリアちゃん!俺の活躍見てくれたかいっ!?」

 

 流し目をこちらにしながら転生者は私の名前を呼びます。本音を言いますとナオフミ様に呼ばれるなら兎も角、彼の視線は気持ち悪いので同じ空気すら吸いたくないのです。ですので………。

 

「はい、貴方の最後の御活躍でしたら見ましたよ?ですので……そろそろそんな嫌らしい視線で私を見るのは止めて下さいね?吐き気がします♪」

「はいっ……?」

 

 にこりと微笑んだ私は刀でユウヤ……でしたっけ?転生者の胸元を貫きます。全く技術はない癖にステータスは高いので隙を狙うのが大変でした。私は反撃されないように急所を狙い、一撃で即死を狙います。そして相手は随分と油断していたらしく、それはほぼ完全に達成されました。

 

「なっ……ユウヤ様っ!?貴様何を……」

「あ、貴方達も目障りですので御消え下さい」

 

 取り巻きの女性方二人に礫を投げて頭蓋骨を粉砕致します。どうせ尖兵共の共食いで勝った方に着く事くらい知っています。貴方方確かタクトの所にいましたよね?

 

「それではソウルバキューマー、仕事お願いしますね?」

 

 私はドラゴンの巣の外に待機させていたソウルバキューマー達に命じます。魔物商からレンタルしておいた物です。私はレベル上昇で手にした神のとしての力(正確にはその残骸)で以て彼らの魂を探します。

 

「いた、あそこですね。早く食べてしまってください」

 

 太った中年の魂と女神っぽい顔立ちの魂を見つけ指差します。その命令に従い、ソウルバキューマー達は嬉々とした表情を浮かべて汚れた魂を貪っていきました。悲鳴が聞こえますが無視します。

 

 ……はぁ、やっと殺せました。あの転生者、不躾に私の身体を見てにやけたりして気持ち悪かったのですよ。視線だけで虫酸が走りました。どうせならナオフミ様にして欲しいのですが……結局そういう視線を向けられた記憶がないのですよね………。

 

「さて、それよりも……」

 

 苦痛と吐き気を我慢してあのうざい転生者達と同行したのは別の目的あっての事です。

 

「ああ、有りましたね。これが竜核の欠片ですか」

 

 転生者の偽りの力に敗れたドラゴンの死体を解体して私はそれを見つけ出します。

 

 竜帝、それは古の昔勇者と共に戦ったドラゴンであり魔物の頂点です。竜核はその記憶や知識が封印されている物であり、それらを集めたドラゴンは大昔の様々な知識を知り、次の竜帝となる事が出来ます。そして竜帝は更に世界の生命の三分の二を犠牲にする事で神の侵入を阻む結界すら産み出せる応竜を解き放つ鍵でもあります。

 

 私の目的は正にそれで、竜帝の欠片を集めるついでに、迫ってきた転生者の処理を行っていました。まだクラスアップも眷属器も有していない私には双方共に正面から刈るのは危険が伴います。彼らを潰し会わせて残った方を処理するこの方法はとても楽でした。

 

「さてギルドには討伐中に死亡、と伝えませんとね」

 

 これで三人目、ともなれば普通は少し怪しまれそうですが、元々彼らの周辺では不審死も多かったですし、正直ギルド上層部でも疎まれていたりするので案外何とかなるものです。その辺りは元々の素行の悪さによる因果応報と言うものでしょう。

 

 私は漸く身の毛もよだつ視線から解放され、鼻歌を歌いながらドラゴンの巣を出たのです。

 

 

 

 

 

 

 

「それは気の毒でしたね………まぁ、あの人も実力は確かでしたが少々強引な所がありましたので……今回だって危険だと止めたのですが……。冒険者にはよくある事です。気にしないでください」

「ひくっ……ひくっ……はい………」

 

 気の優しいギルド職員の前で私は嘘泣きしながら彼らの死を伝えます。後でギルドの調査隊が巣に行くかも知れませんが、まぁその頃にはほかの魔物に食べられて死因の特定は不可能でしょう。

 

 冒険者のパーティーが全滅する事自体は珍しくありません。しかも今回は高レベルのドラゴンの討伐です。何より私は素行が良いですし、態態人を疑う事のない職員に報告しました。嫌疑をかけられる可能性は最小限です。

 

 因みに奴隷紋を使った自白を命じられても問題ありません。あの程度の痛みなら身分けの激痛の方が遥かに恐ろしいですし、今の私には微風みたいなものです。最悪バレた場合は自害します。どうせ私が死んだ所で経験値や記憶はほかの身分けに相続されますので然程問題はありません。

 

 あ、けどナオフミ様からの奴隷紋の痛みなら悪くないかも知れませんね。ふふふ……ふふふふふ………おっと、危ないです、思わず想像すると口元が緩みそうになります。

 

「それでは依頼の達成の報酬の方ですが……」

「はい、……ひくっ…私は要りません。私が出来たのは……ひくっ…弱った所で止めを刺しただけですので……ユウヤさん達の家族の方に報酬は送って下さい」

 

 嗚咽を漏らしながら私は語ります。儚げな表情で遠慮するようにこう言えば余程の事がなければ私があの寄生虫共を殺した事はバレないでしょう。……何だかどんどんビッチ女神を笑えなくなっている気がしますが気にしてはいけないのでしょうね。

 

「しかし冒険者ギルドの取り決めではパーティーが壊滅した場合は生存者に報酬の第一継承権が……いえ、そう仰るのでしたら良いでしょう。分かりました、こちらの報酬については遺族の方々に相続と言う事で処理致します」

「……有難うございます」

 

 私は深々と頭を下げました。下げた口元が笑みで吊り上げっていたのは内緒ですよ?

 

 

 

 

 

 ギルド職員は壊滅したパーティーの生き残りが受付から去ると溜め息をついた。

 

「どうしたんだ?溜め息なんかついて」

 

 隣の同僚の受付がそんな職員に尋ねる。  

 

「ああ、これ見てくれよ」

「ん?ああ、こりゃ……最近有名な可愛いラクーンの冒険者か」

 

 同僚が見せた書類を見て反応する。このゼルトブル冒険者組合でも半年程前から登録したラクーン種の女性冒険者の事はそれなりに有名だった。

 

「加入したパーティーが三件全滅か。こりゃ少し怪しいが……」

「ですけどあの娘がやったとは思えませんよ」

「まぁ……そりゃなぁ……」

 

 職員の言に同僚は渋々同意する。

 

 実際パーティーの仲間を殺害する動機がない。回収した遺体から盗まれた物はないし、報酬も放棄して遺族に渡して欲しいと来ている。それに彼女はクラスアップはまだしていない。相手のパーティーはそれこそレベルで上回る者もいるし、何より一人でパーティーを幾つも壊滅させるなぞ有り得ない。少なくとも龍脈法や変幻無双流を知らぬ者には可能とは思えなかった。

 

「それに怪しさなら組んだパーティーも大概ですよ」

 

 壊滅したパーティーはどれも急激に頭角を現したが同時に様々な疑惑もあるものばかりだ。身元不明の黒髪の少年に有名パーティーの雑用を追放された後急成長した者、天才として持て囃されたどこぞの騎士の息子……優秀ではあるかも知れないがトラブルを良く起こし、我が強く、しかも女性を堂々と侍らせるために評判は良くない。ギルド上層部も手を焼いていた者達だ。

 

「しかも壊滅したのはどれもギルドから今の経験では危険だから避けるように警告したものばかり、か」

 

 当然ながらそれを無視して依頼を受けて、全滅と言うわけだ。

 

「あの娘は危険だからと、後方に残っていたそうです。それで怪しまれるのですからある意味被害者ですよ」

 

 ギルド職員とて人間である。ラクーン種の若く美しい冒険者と身勝手で女を侍らせるトラブルパーティーとでは、どちらを擁護するかは分かりきっていた。

  

「そいつの肩を持つ気はないが確かになぁ……俺もそのパーティーの奴ら危なっかしくて仕方なく見えたしな。いつか死ぬとは思っていたよ」

 

 結局職員達はすぐに唯一生き残った冒険者への疑惑を忘れてしまう。

 

「それはそうと確か申請が降りたのだっけか?」

「ええ、漸く降りたみたいですよ」

 

 そういって手にするのはクラスアップの申請許可証である。そこには複数名記述されるクラスアップ認可冒険者の名前があり、その中には当然の如く先程の話題のラクーン種の少女冒険者の名前も記載されていた………。

 

 

 

 

「さて、そろそろクラスアップの申請が降りるそうです。……それでは後の事は頼みましたよ、私?」

「ええ。そちらこそ、シルトフリーデンの方、上手くやって下さいね?」

 

 私はゼルトブルに残す分け身にクラスアップの申請許可証を渡すと、フードを被り急いで魔物商から中古で購入した老ドラゴンの背中に乗ります。

 

「ではセバスさん。さっさと行きましょうか?残りの竜核も早く欲しいでしょう?」

 

 脅迫気味に私がそう命じると中古騎竜のセバスさんは急いで翼を開いて空に飛びます。あっという間に私の身体は上空に誘われます。

 

「さて、ここからが時間との勝負ですね。セバスさん、間に合わなければその首を落としますのでご注意下さいね?」

 

 騎竜は小さな悲鳴を上げてスピードを上げます。これならばギリギリ時間は間に合うでしょうね。

 

 では、シルトフリーデンには槌の眷属器をお借りさせて頂くとしましょうか。精霊が呼び掛けに応じない時?

 ああ、その時は……。

 

「余り乱暴な手は使いたくないですが少しお仕置きをしませんとね………?」

 

 私は張り付けるような笑みを浮かべてそう一人ごちました。




次回でようやく勇者になれそう


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第六話 狸娘は勇者を始めるようです

 深夜、シルトフリーデンの首都に置かれた盾教の大聖堂、その一角に「槌」の七星武器は岩にめり込む形で鎮座している。

 

 何故盾教の聖堂に「槌」の七星武器が鎮座しているのか?七星教会の聖堂にあっても良いのではないか?という意見は時たま見られる事である。そこについては複雑な歴史的推移がある。

 

 現在の世界宗教たる四聖教も七星教も、最初からそのままの形で成立した訳ではない。多くの人々は忘れ去っているが、元々四聖武器はそれぞれ別の世界の聖武器であり、七星武器はそれぞれ二つずつが聖武器に従属する眷属器であった。世界融合現象によりまずは盾と弓、剣と槍の精霊が守護する世界がそれぞれ融合する事になる。そしてその後は盾と弓の世界と剣と槍の世界が一つとなった訳だが、それによりそれぞれの世界の住民は自らが崇める物とは別の聖武器、ひいては神を崇める世界と遭遇し、それは当然の如く宗教戦争に繋がった。

 

 結果として時の四聖勇者達による相互理解の努力によりその宗教戦争は終結し、各世界の聖武器を崇める教団の合併が四聖教の成立となり、四聖勇者を等しく守護する大国フォーブレイの建国に繋がる。

 

 四聖教の成立と共に七星教も成立した。正確に言えば八つ目の「馬車」も極初期には崇められていたが、長い歴史とそれによる戦火と混乱によっていつしか忘れ去られていった。

 

 四聖勇者の召喚権限、そしてそのための触媒である聖遺物がフォーブレイ王国とその庇護を受ける四聖教の教皇庁の管轄となったのは、建国期の第一回世界会議——これは現在に至るまで伝統として続いている——で決められた事だ。同時にこの会議により七星武器に関しては元々の世界の列強諸国の管轄となる事が決められた。これは四聖勇者を独占するフォーブレイ王国に対するカウンターパワーを列国が望んだ結果であり、当時の賢明なるフォーブレイ首脳部が後世に起る可能性のある自国の腐敗と暴走を危惧しての決断であった。

 

 このような経緯があり、「盾」の従える眷属器たる「爪」と「槌」は時の列強国シルトランの手に渡った。そしてシルトランには四聖教や七星教が成立する以前より盾とその眷属器を崇拝する独自の宗教があった。彼らにとって三つの武器は盾を頂点とした三位一体の存在であり、新興宗教である七星教会——しかもほかの武器と同列扱いである!——にそれを置くなぞ言語同断であった。

 

 結果として四聖教の様式へと改修された彼ら独自の教団の大聖堂には、しかしその後も「爪」と「槌」は祭られ続ける事になる。そしてそれはシルトランの滅亡と後継国たるシルトヴェルトの成立、シルトフリーデンの分裂と「槌」の譲渡を受けた後もその伝統は続き、多くの亜人達にとっては盾教の教会に「爪」と「槌」が置かれるのは理由こそ分からぬものの変える事も許されない伝統と化していた。

 

 建国から歴史の浅いシルトフリーデンに建設された真新しくも巨大な盾教の大聖堂、そこに安置される「槌」……正確にはそれに宿る精霊は近い将来起こるであろう世界融合現象……通称「波」に対抗するべく自らの所有者の選定を行っていた。この世界、更には星の数程ある異世界にまでその手を伸ばして自らを扱うに相応しい人物を探す。

 

 既に「杖」と「鞭」は自らの主を見つけている事は気配から分かっていた。だが「杖」は所有者が劣化の一途を辿り頼りなく、「鞭」は所有者が決まって以降謎の沈黙を続けていた。理由は不明だが、もしかしたらよからぬ事が起きているのかも知れない。最悪「杖」と「鞭」は戦力外として考えるほか無いだろう。

 

 「槌」の精霊は候補者に吟味に吟味を重ねる。それだけ今回の「波」が危険なのだ。今回の「波」はこれまでとは訳が違う。下手をすればこの世界が悍ましき「神」に食われてしまう。故に「槌」はこれまでで最も優れた者を自らの主とするつもりであった。

 

「……これですね」

 

 ふと、「槌」の精霊は目の前に誰かが佇んでいる事に気付いた。挑戦者……?精霊が怪訝に感じた次の瞬間だった。その者が「槌」を掴んだ瞬間に半強制的に自らの所有権を強奪された事に。

 

 同時にその者の体から淡くではあるがこの世界の者に非ざる力が宿っている事に気付く。即ちそれは神の力であった。まさか……!

 

「残念ながら違いますよ、私は貴方の正式の所有者です。正確にはこの世界と限りなく同じ世界、というべきかも知れませんが……」

 

 同時に精霊はその者の記憶を読み取りその事情を全て理解する、と共にどうするべきか困惑する。だが……元神の少女はそれを許さない。

 

「拒否は許しません、それともここで私に抗い無駄に力を消費しますか?貴方も理解しているでしょう、私の手にあるのがこの場では最善である事を」

 

 その返答に「槌」の精霊は思い悩む。確かにある意味では最善かも知れない。だが……。

 

「ああ、じれったいですね、さっさとして下さい。ここからは時間が命なのですから。……それともお仕置きが必要ですか?」

 

 冷え込むような声は脅しではない事を精霊は理解した、同時に決断する。「槌」は抵抗を止め目の前の元神を自らの所有者として渋々認めた。同時に彼女のステータス画面に文章が現れる。

 

 

 

カースシリーズが解放されました!

 

貪欲の槌の条件が解放されました!

 

憤怒の槌の条件が解放されました!

 

色欲の槌の条件が解放されました!

 

 

 

 ステータス画面の文章を読み終えると一瞬新たな槌の勇者は不快そうな表情をして、しかしすぐに自虐的な笑みを浮かべる。

 

「……これはこれは、随分と失礼な精霊ですね。これではまるで魔王扱いではないですか?尤も………」

 

 一旦言葉を切って槌に触れる少女。

 

「……ナオフミ様のためになら私は魔王にでもなりますが、ね?」

 

 覚悟を決めた、それでいてどこか歪んだ笑みを浮かべ、槌の勇者は大聖堂から立ち去った………。

 

 

 

 

 

「ふむ、また地方で暴動か。全くこれだから無知蒙昧な貧民共は……」

 

 闇も深くなったシルトフリーデンの首都、その首長府に座る国家第一主席ネリシェンはテーブルの上に置かれた書類を読んで吐き捨てる。

 

 対外的には自由と平等を謳うシルトフリーデンであるが、その内実は極端なある種の資本主義と自由放任主義に基づいた格差社会でもある。四大亜人の一つであるアオタツ種を中心とした一部の富裕層が国家の運営と富を独占し、それ以外の国民は決して裕福とは言えない生活に甘んじていた。

 

 いや、それでも流石に暴動が起きる程ではないのだが、ここ数年程シルトフリーデンの格差は更に拡大の一途を辿っていた。その一因がフォーブレイの企業の進出や数年前に国家第一主席となったネリシェンの存在にあるのだがそれを知る者は極僅かだ。

 

 ネリシェンはその美貌を醜く歪ませて暴動参加者を弾圧するように書類に記述する。実際はこれだけで命令が実施される訳ではないが、既に議会は彼女の傀儡に近い。一部の抵抗勢力が残っているものの、陥落は時間の問題であった。

 

 彼女がここまでシルトフリーデンを支配出来るようになった背景として、フォーブレイの鞭の勇者の助力も多分にあるが、それと同じ程に彼女の実力と性格による所も大きい。

 

 ハクコ、シュサク、ゲンム、そしてアオタツ………古の昔異世界から遣わされた勇者によって名付けられたとされる四大亜人達は自らこそが亜人の代表であるという誇りがある。そしてネリシェンもまたそのような環境で育ってきた。有象無象のほかの亜人達は所詮は自分達の命令に従うべき家畜でしかない。

 

 特に彼女の場合はアオタツ種の中でも純血主義を奉じる特に過激な一族に属しており、そこに生来の才能もあって傲慢に育った。加えてそこにシルトフリーデン上層部の神竜信仰も合わさり、本来ならば信仰するべき勇者……しかも盾の勇者すらも軽視する価値観が生まれていた。

 

「ふん、卑しい虫けら共め。誰のお蔭で生きていけると思っているのだ?ここは一つ懲罰を加えてやらんとな」

 

 窓から見えるシルドフリーデンの町並みを睥睨し、ネリシェンは心底蔑むようにそう口にする。まずは暴徒共の処刑を行い、そして……。

 

 そこまで考えていたネリシェンは窓から反射する人影に、気づいた。うん?と後ろを振り向く……と同時に彼女は壁に叩きつけられた。

 

「あ、やはりカースを使っても今の私では一撃でとはいかない見たいですね。まぁ仕方ありませんか。腐ってもレベルの限界突破しているようですから」

 

 壁に叩きつけられ、そのまま床に落ちるネリシェンは混乱する。何があった?この私が床に倒れている?馬鹿な、私はアオタツ種……しかも竜帝の力で限界突破をしてレベル200近いのだぞ!?その私が……!?

 

 彼女は反撃に出ようとするが出来なかった。既に四肢は第一撃で肉が潰れ、骨は砕かれ、内臓にまで損傷が及んでいた。床には既に大量の血によって池を作り出している。視界は暗転していた。明らかに危険な状況だった。

 

 慌てて助けを呼ぼうとするが声が出ない。それどころか動く事すらも。

 

 状態異常……沈黙と麻痺によりネリシェンは動く事も助けを呼ぶことも封じられた。

 

「腐ってもアオタツ種ですからね、貴方は吸収させれば結構良い槌や素材が出るのですよ。それに貴方の隠しているお金もかなりの額みたいですから、投擲具の強化法に利用するのに調度良いのです」

 

 それだけでなく、下手に生きてもらうと「槌」の所有者を捜索するように命じる可能性もあった。所有者が決まった事が知れる前に始末してしまい、シルトフリーデン上層部には逃げ切るまで混乱してもらわないといけない。そして何より……。

 

「貴方無駄にスタイルが良さそうですよね?それは私への当て付けですか?本当にムカつきますね。まぁ取り敢えず………さようなら」

 

 ラフタリアはそう語りネリシェンに容赦なく「槌」を振り降ろす。半死半生のネリシェンが最後に見たのは禍々しいオーラを放った槌が自身の顔面に迫る光景だった。

 

 その後暫くして偶然「槌」の七星武器が消えていることを確認したシルドフリーデンの政府職員が首相府に飛び込み、国家第一主席の執務室に報告に向かった。だが、そこにあったのは床に広がる真っ赤な血痕と、中身が消えた金庫だけであったという…………。




槌の精霊「うわぁ、やべー奴が所有者になっちまった」


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第七話 狸娘はハクコの兄妹を購入するようです

執筆中ラフタリアの性格破綻してね?と思ったが幸せそうに奴隷紋刻まれている時点で原作でも結構ヤバい片鱗がある事に気付いたアニメ最新話でした


「クラッシュハンマーⅢ!!ライジングハンマーⅣ!!」

『グオオオォォォ!!??』

 

 人里離れた森の中で私は魔物の群れを屠って行きます。今の私はレベルにして90、しかも十二の強化方法を全て実行しております。たかが魔物に負ける道理がありません。

 

『貴様かっ!我の領地を荒らす者はっ!!』

 

 と、粗方の魔物を殺戮し終えると天から巨大なドラゴンが現れます。どうやらこの辺りのボスのようですね。漸く出てきてくれましたか。

 

『ぬっ……貴様、もしや勇者かっ!!』

「はい、失礼ですが貴方の持つ竜帝の欠片を頂戴したいと思いまして……素直に献上していただければ命までは取りませんよ?」

 

 次いでに溜め込んでいるだろう財宝も欲しいですね、強化方法の中で投擲具の強化方法だけは面倒なので。

 

『ほざけ!!欠片が欲しければ力づくで奪ってみるが良い勇者よっ!!』

 

 唸り声を上げながらドラゴンは火炎のブレスを吐きました。恐らく有象無象の冒険者であれば一撃で焼き殺されるブレスを私は大きく跳躍して避けます。

 

「そうですか、では……さようなら、トールハンマー!」

 

 間合いを詰めた上で放たれた私の渾身の一撃の前にドラゴンは即死しました。巨大な身体が地面へと墜ちます。

 

「ではセバスさん。とっととそれの竜核を食べてしまって下さい。私はその間に巣穴に向かいますので」

 

 私は地面に佇む中古のドラゴンに命じた後急いで巣穴に駆けました。そこそこ強いドラゴンなだけあって結構財宝も貯めているようでした。では全て武器強化に使ってしまいましょうか?

 

 財宝を、粗方槌の強化のために使いきり外に出るとスーツを着た一人の老紳士が恭しく私に頭を下げて待っておりました。ですがその背中からは翼が生え、下半身からは刺の生えた尻尾がありました。

 

「セバス、今回の物はどうでしたか?」

「はい、残念ながら大した記憶は御座いませんでした」

「そうですか……ではやはりフォーブレイの蜥蜴の欠片が必要不可欠ですね」

 

 私は思案します。とは言え幾つか分け身に経験値稼ぎをさせて、更にセバスを含めてもあのタクトの軍勢を正面から殺るのは今の私では結構難しいです。この時点であの無駄に胸ばかり発育の良いアオタツがレベル200程なのですから、雑魚も最低でも100は超えているに違いありません。まだ手を出すべきではないでしょう。

 

 はぁ、と溜め息をついた後に私はセバスを一瞥します。竜核の欠片の保持者として、私は魔物商より頂いた中古の老飛竜を選びました。卵や若いドラゴンは高いですし、無駄に性欲が高いので扱うのが面倒なのです。ガエリオン(父)を選ぼうかとも考えましたが槍の勇者のループを聞く限り勇者になる前の私の話を聞くか怪しいですし性格も少し面倒です。フィロリアル?フィーロには悪いですが私はナオフミ様と違い酔わない体質ではありませんので……。

 

 そうなると安く、性欲が枯れて扱いやすく、魔物紋を刻める老竜であるこのセバスが丁度良いのです。下手に前世に面識もないのでいざと言う時に使い捨ての駒としても呵責が無いのも都合がよいですね。

 

「さて、ではそろそも行きましょうか?次の魔物商との面会もありますので」

「イエス・マイロード」

 

 淡々と私が命じれば老紳士は変化を解いて全長一〇メートル程のドラゴンに変化します。買った頃は今にも死にそうな四メートル余りの飾り気のない老竜だったのですが……気付けば全身に棘を生やして毒のブレスを吐くようになっていました。やはり勇者の成長補正は便利ですね、レベルリセットして正解でした。

 

 平伏するように頭を下げるセバスの顔を踏みつけ、そこから首を通って背中に辿り着きます。丁度体を支えるのに持ってこいの場所に生えた棘を掴み合図を送るとセバスは私が揺れないように飛び立ちました………。

 

 

 

 

 

 

   

 

「そう言えば聞きましたか?シルトフリーデンの代表が暗殺されたという話を」

「ああ、そんな話もありましたね?」

 

 ゼルトブルの一角のテントで私はセバスを控えさせ(当然ですが人型に変化しております)、背の低い小太りの男と歩きながらそんな会話をします。シルトフリーデンの代表が謎の死を遂げたのは直ぐ様シルトフリーデンやフォーブレイの新聞社により世界に知れ渡りました。しかもそこにこれまでの代表の不正や贈賄の証拠付きとなれば話題にもなりましょう。

 

「しかもこれはトップシークレットなのですが、シルトフリーデンの盾教大聖堂から槌の七星武器が消えていたと言うのですよ。四聖教と七星教はこの事に箝口令を敷いているそうで、フォーブレイの王宮では対応にてんやわんやだそうです」

 

 誰が勇者に選ばれたのか、というのも問題ですが、何よりもタイミングから見て槌に選ばれた勇者がシルトフリーデン代表を殺害したのではないか?そんな疑惑が流れているようでした。しかも下手に代表の醜聞付きですから、下手人たる勇者をどうするか?という事で困惑しているそうです。

 

「鞭の勇者が捜索に志願したそうですがフォーブレイ王が差止めたとか」

 

 それよりもシルトフリーデン代表の不正について追及するべきと命令したと言います。この時期のタクトではやはり豚王さんには歯が立たないようですね。

 

「私にとっては縁も所縁もない話です。所詮私は只の冒険者ですから」

 

 私は肩を竦めてそう答える。私のアリバイは完璧です。身分けによって槌の勇者となるのとほぼ同時期に私はゼルトブルでクラスアップを果たしています。普通は一人の人物が二か所に同時に存在するなどという芸当は出来ません。

 

 しかも今は一旦融合して人前で鉢合わせする事がないようにしております。そこに槌をアクセサリーハンマーに変えて小さくし、刀を腰に掛ければ(戦闘に使わなければこの程度なら精霊を脅迫すれば可能です)まず私の犯行とは誰も思いやしません。

 

「只の冒険者……まぁ、そういう事にしておきましょう。我々としてもそういう事にしておいた方が色々とやりやすいですからな」

 

 魔物商兼奴隷商はにたにたと悪どい笑みを浮かべご機嫌そうにします。まぁ、彼からすれば同業者の間でも問題を起こす事で有名だった冒険者パーティーやら賄賂がなければ禄に国内で商売もさせてくれないシルトフリーデン代表が消えてくれたのですから当然です。本当に幸運な事ですね。

 

「そうそう、御注文の品でしたな。漸く見つけましたよ」

 

思い出したように奴隷商は私に語ります。

 

「ハクコ種の剣奴、それも病気の妹付きを探すようにでしたな。子供ですが……宜しいのですかな?」

「ええ、構いません」

 

寧ろそうで無ければ困ります。

 

「そうでございますか。こちらになります」

 

 奴隷や魔物の閉じ込められた檻を通り過ぎ、周囲とは隔離された一角に向かいます。病気持ちの奴隷の置き場所です。

 

「少し待って下さい」

 

一つ、ナオフミ様のやり方に倣いましょう。

 

 私は檻に近付いて病を患う奴隷達に近づくように手招きします。

 

 皆さん一瞬嫌がりますが、後ろに控えるセバスが差し出す荷物入れから薬を受け取り目の前でぶら下げますと喉から手を出すように群がります。はい、槌により付加効果を与えた物ですが、元はそこら辺に生える薬草で作った安い治療薬です。

 

「欲しければ口を開けなさい」

 

 と、先頭にいる子供の奴隷の口に治療薬を飲ませます。薬効果範囲拡大(小)により周りに群がっていた病持ちの奴隷の皆さんにも効果が行き渡ります。安くても治療薬。しかも薬効果上昇が掛っていますから大抵の病気でしたら完治する事でしょう。

 

「おお……」

「奇跡だ……」

 

 どうやらすぐに効果が出てきたようです。奴隷の皆さんの血色がみるみる良くなっていきます。流石にナオフミ様のそれに比べれば効果は落ちますが……。

 

 病気が完治した奴隷達は私を崇拝するように見ています。きっとナオフミ様に薬を頂いた奴隷達も同じ目をしていた事でしょう。そして恐らく私も………ああ、ナオフミ様、早くお会いしたいです。

 

 因みにこの行為は善意と言う訳ではありません、奴隷商に借りを作った方が得と考えただけです。この方は記憶から言って抜け目が無い方ですからね。

 

「ふふふ、まさか廃棄処分予定の奴隷を……流石で御座いますなぁ」

「代わりに今後とも色々融通を利かせて下さい。……それでは行きましょうか?」

 

 奴隷商と共に最奥の檻に向かいます。案内された牢屋には一組の亜人の男女……いえ、兄妹が入れられていました。叫び声が響きます。

 

「な、なんだよ! 仕事ならちゃんとしているだろ! 何しに来たんだ!」

 

 一人は十歳前後の男の子でした。見た感じだと健康そのものですね。その反対に女の子の方は横になっていました。暗くて良く見えませんが藁と毛布を敷いて安静にしています。

 

「ケホ……ケホ……」

 

女の子の方は咳をしております。

 

「………!」

 

 私は何とも言えない気分に襲われます。私はこの兄妹をよく知っておりました。懐かしさすらありました。尤も兄の方は私を敵意を持って睨みつけ、妹の方は包帯塗れではありますがどこか怯えています。目は見えない筈ですが、恐らく気配で私の危険性は理解したのでしょう。私は静かにするようにアトラさんの方に殺気を飛ばします。

 

「御注文通り双子のハクコ、兄の方はレベル20、剣奴としての成績も上々、妹の方は遺伝性の病を患っており、目も見えず、歩けず、病弱で余命幾ばくもありません。ですが兄の方は妹をそれはもう大事にしております」

 

面白そうに笑みを浮かべながら奴隷商は説明します。

 

「一括で払いましょう。……金貨30枚もあれば十分ですね?お釣りはいりません」

「ほぉ……負債同然の妹もセットですので……少しお安く致しますが宜しいので?」

「構いません、これが私にとってのこの奴隷達へ付けた金額です。……不服ですか?」

「……いえ、商人としては商品に利益が出れば問題は御座いません」

 

 むふふ、と言って奴隷商は荷物入れから代金を取り出すセバスから購入費と手数料を受け取ります。

 

「さて、そういう訳です」

 

 私は体を仰け反らせて、冷徹な視線でハクコ種の双子を見下ろします。妹は不安そうにし、兄はそんな妹を庇うように立ち塞がります、がまだ幼くレベルが低い事、何より私の放つ殺気に流石に恐怖があるのか足が震えていました。

 

「今から私が御二人の主人となりました。金貨30枚を支払ってです。この意味は分かりますね?」

 

 そして私は兄の方に懐から出したユグドラシル薬剤を見せつけます。

 

「さぁ、問います。これからは御二人共どのような命令であろうとも一切の迷いなく、確実に果たすと。その覚悟があれば……この薬を差し上げましょう。返答は?」

 

そう言って、私は二人に選択を迫ったのでした………。

 



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第八話 狸娘は強欲に突き進む事を決心したようです

「さて、そろそろ力の差と言う物が理解出来ましたか?駄犬?」

『グッ……グゥゥゥ』

 

 私はズタボロになった状態で地に平伏す巨大グリフィンの嘴を踏みつけ、尋ねます。おや?前回もこんな感じで始まった記憶があるのですが……まあ、良いでしょう。

 

 さて、シルトヴェルトとメルロマルクの国境の山岳地帯を巣にしていたグリフィンの族長ですが所詮魔物は魔物、勇者に勝てる道理なぞありません。グリフィンの半数は私に、残る半数は私の後ろで肉を貪っているセバスによって壊滅しました。

 

 因みに同じく後ろであわあわと困惑しているフォウル君には戦闘はさせていません。今回の戦いはあくまでも私の実力を見せつける事と彼のレベリングのためです。「奴隷使いの槌」による奴隷の成長補正欲しいですからね、レベルリセットして連れて来ました。

 

『我が一族がこれ程……これ程あっけなく………』

 

 足蹴にしていたグリフィンが信じられない光景を見るように呻きます。絶望しているようで悪いですが私としては相当手加減しているつもりなのですが……まぁ、最大強化した勇者の前には亜人の四大種族も、大抵のドラゴンやグリフィンも雑魚ですから仕方ない事です。所詮これらは遡ればかつての勇者達が「波」等の災厄に備えて捨て駒や足止め役に作ったような存在ですからね。被造物が創造主に勝てる道理もありません。

 

まぁ、そんな事はどうでも良くて………。

 

「力の差はご理解頂けましたね、犬擬き?さっさと溜め込んだ財宝を差し出して下さい、後貴方方は今から私の下僕です。分かりますか?」

 

 ドラゴン程に無いにしてもグリフィンもそれなりに財宝や古代の武器や魔法薬を貯め込んでいます。恐らくは大半がタクトの元に流れたと思うので、その前に私が世界のために使ってあげましょう。それに捨て駒程度にしかなりませんがグリフィンの群れを戦力に加える事が出来るのも喜ばしい事です。あ、ちゃんと裏切らないように隷属の契約はさせますよ?

 

「それと……ああ、そこで縮こまっている物も頂きましょう、宜しいですね?」

 

 そう言って私が視線を向けるのは、巣の入り口でガクブルと震える少し小柄のグリフィンです。その姿に見覚えがあります。少し記憶に比べて小柄ですが、確かタクトの所にいたグリフィンですね。最後はフィーロに首を圧し折られていた筈です。名前は確か………。

 

『なっ!我が娘をっ……!アシェルを連れていくだと……!』

 

絶望と怒気を綯い交ぜにした表情でボスグリフィンは叫びます。ああ、確かそんな名前だったかも知れませんね。

 

「何か問題ありますか?」

 

 私は塵を見る目で足元で騒ぐ駄犬に殺気を浴びせます。途端に黙り込みました。いいじゃないですか、どうせこのままですとフィーロに首を折られるか、槍の勇者のエアストジャベリンで頭が吹き飛ぶだけなんですから。だったら私が再利用してあげた方が世界や本人のためにも良いですよね?

 

 レベルだけしかないタクトのせいで雑魚でしたが、グリフィン自体の潜在能力はフィロリアルやドラゴンに並びます。適切に躾けて育てればそれなりの戦力にはなってくれるでしょう。というよりもならなければ殺処分ものです。

 

『ひぃっ!?ち、父上えぇぇ……!』

 

 私が微笑みながら子グリフィン……確かアシェルさんでしたっけ?に顔を向けます。何故か化物を見るように恐怖しながら涙目で父親に助けを求めました。失礼な駄犬ですね。飼い始めたらまずは礼儀を教えてあげないといけませんね。

 

『………』

『父上っ!?』

 

 娘の懇願に対して父グリフィンはそっと目を逸らしました。完全に娘を見捨てています。諦めて下さい、もう貴方の処遇は決定しました。

 

「………」

 

 フォウル君が死んだ目で子グリフィンを見つめています。これは……仲間を見る目ですね。可笑しいですね、フォウル君には結構配慮と思いやりを持って接している筈なのですが……少なくとも子グリフィンやセバスと違って捨て駒にはしませんから安心してくれて良いのですよ?

 

「まぁ、そういう訳です。これから宜しくお願いしますね、アシェルさん?」

 

 私は飛び切りの笑顔を向けてそう呼びかけました。絶望に凍り付いた表情でアシェルさんは頷きました。さて、では最高位の魔物紋を刻む必要がありますね、魔物商に依頼しなければ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、ほかにもやるべき事は沢山あります。例えばバイオプラントの回収がありますし、フォーブレイ近郊に特に多い神の尖兵たる転生者や転移者、後おまけのビッチ女神さんの分け身も一緒に気配を消しながら一人ずつ葬っていきます。少し面倒なのが憑依者で、肉体事滅却する訳にもいかないので闇夜に紛れて憑依した魂だけ切除、その後にソウルバキューマーに食べさせるか私自らソウルバキューマーハンマーで消し去ります。

 

 後ラトさんについては……どうやらまだフォーブレイを追放はされていないようですね、残念です。追放された後はセバスとアシェルさんを弄りまわして改造して欲しいのですが……。

 

「問題はあれ、ですね………」

 

 ゼルトブルの郊外に購入した家(名義は冒険者としての私とは別です)で私はテーブルの上に開いた地図を睨みます。勇者となり、レベルを上げ、駒を揃えました。神の尖兵たる転生者・転移者については面倒な者から優先的に葬り去り、残るのは雑魚ばかり。タクトについても今ならばどうにかなりそうです。竜帝を速攻で消せば後はどうにでもなりそうです。所詮レベルだけの転生者ですからね。

 

 あ、言い忘れていました。この前三勇教から四聖武器の模造品と短剣は偽物にすり替えておいたのでした。偽物に注がれる魔力は私の方に行くようにしてあります。両方貴重な武器ですからね、私とナオフミ様のために再利用してあげませんと。ふふ、いざと言う時にがらくたに命がけで魔力を注いでいたと気づいた時の表情が楽しみですね。

 

 さて問題は迷いの砂漠のこと、プラド砂漠です。あそこには世界中から経験値を搾取しているシステム経験値があります。伝説の武器が大量に溜め込まれていますし、槍の勇者のループが正しければ尖兵共をこの世界に送り込む補助もしている筈です。出来れば今後のために早急に潰しておきたいのですが………。

 

「槍の勇者の話では最大強化した四聖勇者相手でも相当粘るようですからね………」

 

 尤も、準備さえ出来れば問題ありません。ですが行うならばナオフミ様のために活用したいです。そのための手段は講じておりますが……。

 

「ラフタリア様、そこにいらっしゃるのですか……?」

 

 ふと、後ろから声がします。振り向けばそこには銀髪の美少女が佇んでいました。

 

「アトラさんですか?余り無茶はしない方が良いですよ、まだまだ体は万全とは言えないのでしょう?」

 

 私は労わるようにアトラさんに言います。外見だけ見れば大昔の記憶いある通り、生前のアトラさんと同じですが、私はナオフミ様とは違います。私が調合した薬ではナオフミ様程の効果は得られません。今のアトラさんは外見こそ健康に見えますが、内側はまだまだボロボロと言って良い有様です。立ち上がる事も余り良くないでしょう。当然戦闘訓練も論外です。まぁ、その分フォウル君が頑張ってくれていますが。

 

「確かに苦しくない、と言えば嘘になりますが……この程度ならば許容範囲ですわ。ラフタリア様にお薬を頂く前に比べれば取るに足らない物ですわ」

 

 瞳を閉じた少女が笑みを浮かべながらそう答えます。私の傍の椅子を手で探して、座り込むと私の方を向きます。

 

「お兄様が御役に立っておりますのに、一番手間のかかる私が何も出来ないのは心苦しい限りです。せめてお悩みのご相談なり、話し相手程度にはなれれば、と思うのですが……お気に召して頂けないでしょうか?」

 

恐る恐るといった口調でアトラさんが尋ねます。

 

「いえ、そんな事はありません。ですが………」

 

 私としては少しアトラさんに含む所があったりします。それは嫉妬と羨望と罪悪感が混合された複雑な物です。私が今こうして二度目の人生を歩み、ナオフミ様を救う準備が出来るのは間違い無くアトラさんのおかげです。

 

 ですがナオフミ様の傍で、ある意味私以上に特別な存在であったアトラさんに少し嫉妬していたのも確かです。ナオフミ様は御優しいですから、自分のために身代わりになって死んだアトラさんに罪悪感があったのかも知れません。一見ぞんざいに扱っているように見えても、私にはそれが分かっていました。アトラさんの無償の、全てを肯定する愛情は長きに渡って神と戦うナオフミ様の心の支えになっていた事を知っています。

 

 そしてあの時……ナオフミ様と共に終わる筈であった私に機会をくれました。そしてそれを知っていながら私はアトラさんをナオフミ様と合わせない事を決めていました。ええ、そうです。私は強欲にもナオフミ様を独占するつもりなのですよ。卑しいものです。本当なら私こそ………。

 

「………ラフタリア様は何かに悩んでいるのでしょうか?」

「……?」

 

突然アトラさんは私にそのように語りかけました。

 

「私は目が見えないのですが、その分相手の心……というべき物でしょうか?そういう物を感じる事が出来るのですわ。初めてお会いした時、ラフタリア様の心を見て驚きました。熱い、灼熱の太陽のように燃え盛っているように感じられましたから」

 

 ………そう言われると思わず槍の勇者のループを思い出してしまいます。私はアレと同類なのですか……。

 

「ですが、すぐにそれ以外の感情も感じました。冷たく、悲しげな、嘆き悲しんでいる感情です。大切な

何か……誰か?それを失って後悔し、自分を責めているような感情です。そして今は何かに苦しんでいるようで……ですので何か悩み事があるのかと思いまして」

 

 アトラさんの指摘は正解です。私は確かに狂おしい程にナオフミ様を愛していますが、同じくらいに本当に会っていいのか、と悩んでいるのも事実です。

 

 私のせいでナオフミ様の運命を変えてしまったのですから当然です。本当ならばアトラさんこそナオフミ様に会う資格がある筈です。それを無視して自身のためにどの面を下げてナオフミ様に会おうというのですか?

 

「はい。昔、私はある方に救われ、そしてその方を愛するようになりました。そして……同じ位その方に対して負い目があります。あの方を不幸にしないためなら、もうあの方に関わらない方が良いのかも知れません……」

 

 それこそ、「波」を鎮めるのは私やほかの勇者に行わせて、ナオフミ様にはこの世界で自由に生きてもらっても良いのです。影からナオフミ様を守り、支えて、自由にしてもらっても……私ならば幾らでもやり様はあります。あの方を救うためにあの方の目の前に姿を現す必要性なぞありません。少なくともアトラさんが会わないならば私も会う必要なぞありません。ですが……。

 

「……それでもその方に会いたい、と?」

 

アトラさんが尋ねます。

 

「……はい。我が儘だとは思います。それでも……それでももう一度あの方にお会いしたいのです」

 

 ナオフミ様を永遠の戦いに引きずり込んでおいてどの面を下げて会いに行くのかとは思います。

 

 それでもやはりあの人の傍にいたいのです。もう一度あの人に名前を呼んでもらって、あの人と旅をして、もう一度あの人と話したい、あの人と食事をして、一緒に冒険して……。

 

「それは間違っておりませんわ」

 

アトラさんが力強くそう言いました。

 

「誰かを愛する事のどこが間違っているのですか?その方を思っているのでしょう?その方に尽くしたいのでしょう?ならば何を迷う必要があるのでしょうか?」

 

アトラさんは続けます。

 

「私も多くの愛情を頂きました。お兄様は勿論、記憶は朧気ですがお父様やお母様にも沢山の愛情を頂きました。私が病気に侵され、迷惑しかかけられないにも拘らずです。尽くされている時にはとても心苦しかったのを覚えています。私なんかのためにって。ですが……同時に嬉しくもありました。私を愛してくれる家族に情けなさで悲しくもありましたが、同じくらい嬉しかったのです」

 

アトラさんは自身の胸元に手を添えます。

 

「私もいつか……もしいつか病気が治れば愛する家族に恩返しをしたいと考えていました。両親はその前に死んでしまいましたが……」

 

そしてアトラさんは焦点の合わない瞳を私に向けます。

 

「ラフタリア様の気持ちは分かると思います。迷惑をかけるかもしれない、それでも愛したいのでしょう?私も迷惑をかけているのを分かっていても家族を愛しておりました。ましてラフタリア様は私と違ってずっとお強い方です。きっと貴方が思う以上にその方のために役に立てる筈です」

 

そして、顔を歪めてアトラさんは続けます。

 

「ですから……余り苦しまないで下さい。ラフタリア様は私の命の恩人です。そのような方が苦しそうにする姿を感じるのは辛いですわ」

 

心底悲しそうにアトラさんは私に語ります。

 

「………そうですね」

 

 その姿にまた別の罪悪感を感じますが、私はそう答えます。アトラさんにはその理由はきっと分からない事でしょうから。それに………。

 

「ナオフミ様………」

 

 アトラさんがそんな風に仰られるとその言葉に甘えたくなってしまいます。その肯定の言葉に甘えて折角芽生えようとしていた迷いは氷解し、再び独占欲と情欲が目覚めてしまいます。

 

 結局、私は身勝手な女なのでしょう。誰かのため、と言いつつ結局は自己満足のため、自分の欲望のために好き勝手しているだけなのでしょう。

 

 それでも……私はナオフミ様を愛しているのです。ナオフミ様を愛し、愛されたいのです。ナオフミ様を独占したいのです。そのためならば!!

 

「例え身勝手だとしても………」

 

 既に私の心からは身勝手さに対する自己嫌悪も、罪悪感も消え失せておりました。

 

 そして、同時に私はふと疑問と共にアトラさんに顔を向けます。そこには盲目の少女が喜ばしそうに笑みを浮かべていました。

 

 そして、私は前世の記憶を思い浮かべます。記憶のアトラさんはナオフミ様の美しい所も醜い所も受け入れ、慈しみ、盲目的に全肯定しておりました。

 

 そして私の記憶のアトラさんと今のアトラさんの笑みが重なります。

 

恐らくは、そういう事なのでしょう………。




原作アトラは命の恩人の尚文を悪事すら全肯定するような性格、では本作アトラの場合は……?


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第九話 狸娘はセーアエット領に訪問するようです

アニメ六話感想 ラフタリアに背中から刺されたいからそこ代わって下さい!


 セーアエット騎士団領はメルロマルク王国の王都から離れた辺境部に設けられている。

 

 セーアエット家はメルロマルク王国建国期より王家に協力してきた一族であり、その騎士団はメルロマルクの周辺諸国との戦争において大きな貢献をしてきた。

 

 そのようなセーアエット騎士団領の特異な特長の一つに亜人の自治区が置かれている事が挙げられるだろう。セーアエット騎士団領にはメルロマルクにおける非奴隷階級の亜人の半分以上が暮らしていた。

 

 何故建国期より続く武門の名家が国策に逆行する亜人の自治区なぞ作っているのか?という疑問が浮かぶのは自然な事だろう。現在は兎も角、初期においてセーアエット領に亜人自治区が成立したのは決して善意からではない。

 

 一つには亜人種の監視のためであった。亜人からなる武断国家であるシルトヴェルトに隣接している以上メルロマルク国内には決して少なくない亜人が居住しており、三勇教の成立と亜人の排斥が始まっても尚無視出来ない数の亜人が国内に在住していた。

 

 彼らを野放しにするよりも国内の特定の場所に閉じ込める方が監視の点で都合が良く、その上で万が一の暴動に備えるとなると武威に優れたセーアエット騎士団領にそれを置くのが王家にとっては合理的であったのだ。

 

 そしてそれはセーアエット家にも利点があった。亜人達の中には人間にはない技能や力を持つ者も多い。彼らの存在は産業面や労働力の面でセーアエット領の繁栄に大きく寄与したし、自治区の亜人種より構成された名誉メルロマルク人からなる軍勢は対シルトヴェル戦にこそ信用面から使えないがそれ以外の国との戦いにおいて心強い戦力でもあった。

 

 当初こそ打算から成立した亜人自治区とそれを利用していたセーアエット家ではあるが、世代が進むに連れて名に実が付くものだ。セーアエット家は次第に亜人種に対して融和的な姿勢を見せるようになる。無論、そこには最早亜人達がいなければ領地が運営出来ないという現実的な理由もある。

 

 今代のセーアエット家当主も歴代の当主と同じく亜人達に融和的であり、メルロマルク女王であるミレニア=Q=メルロマルクの後ろ盾もあり、領地は国内外での貿易で繁栄を極めていた。

 

 因みに女王がセーアエット家の後ろ盾になっている事も決して理想論ではなく、将来的なシルトヴェルトとの和解とための布石として、また繁栄するセーアエット領からの貢納が地方の貴族達を押さえて王家の中央集権を図る上で極めて重要な財源となり得るためである(それにに対抗するように貴族達は三勇教と結び付きを強め、セーアエット家に対して圧力をかけていたりもする)。

 

 そのような政治の陰謀が渦巻いていたりもする訳ではあるが、当の自治区の亜人達の中にそのような事を知る者はほんの一部しかいない。大半の亜人達は陰謀や策謀とは無縁であり、差別や排斥にも怯える事なく自治区の村村や街で安穏とした生活を送っていた。

 

 そんなセーアエット騎士団領の亜人自治区、その中でも特に大きい街に一組の冒険者のパーティーが訪れていた………。

 

 

 

 

 

「うー、ようやく到着かぁ。馬車は酔うな……姉貴、馬車使う位ならセバスかアシェルに乗った方が良かったんじゃねぇか?」

 

 フィロリアルの引く馬車の中、目の前では少し青い顔をした十代後半のハクコの青年が私に尋ねます。

 

「本当その通りよ!何が悲しくて臭いフィロリアルなんかが引く馬車に乗らないといけないのよっ!あー!もうフィロリアルの臭いがするだけで体が痒くなる!!」

 

 ハクコの青年の隣では外見年齢十代前半ほどの金髪の美少女が愚痴を言います。その背中からは鷲のような小さな羽が生えており、一見亜人種のように見えました。

 

「フォウルさん、アシェルさん。仕方ない事です、飛べば確かに早いし快適でしょうが、税関で足止めを受ける事でしょう。ドラゴンやグリフィンの姿を見せれば不必要な注目をされるでしょうし」

 

 そうフォウル君とアシェルさんを優しく窘めるのは老境の執事のような人物、セバスです。背中には同じく蝙蝠のような翼に蛇のような尻尾を生やしております。一応冒険者組合では竜人種として偽装登録をしております。

 

「冒険者さん、街が見えてきたよ!!」

 

 馬車の行者を勤める小太りの行商人が私達に叫びます。私は荷台から行者の下に向かいます。

 

「あの街ですね?ここまで相乗りさせて頂き有り難う御座います」

 

 地平線の先から見えてきた城壁に囲まれた街を確認して私は行商人さんに礼を言います。こういった細やかな心配りは大事です。

 

「いやいやこちらこそ。最近魔物が増えているみたいですからねぇ、実力ある冒険者さん達がタダで護衛についてくれるならこちらとしても喜ばしい限りですよ」

 

 にこにこと行商人さんは答えます。はい、現在私達はそこそこ名の知れた冒険者のパーティーとしてゼルトブルからメルロマルクのセーアエット領へと移動していました。行商人さんの馬車に相乗りする代わりに魔物や盗賊相手の護衛を請け負います。メルロマルクに亜人が入国するのは少し目立ちますからね、このように依頼という形ならば余り注目を浴びずに済みますし嫌がらせも受けにくいのです。

 

 城門を警備する兵士達が街に入る馬車を一つ一つ検問していきます。住民を奴隷にして出ていこうとする者ですとか、逆に物価の違いを利用して外貨を持ち込もうとする者、武器や麻薬の密輸入等々、そのような犯罪に備えて積み荷を検分し、身分証明書を確認していきます。

 

「亜人の冒険者か」

「はい、護衛です。ギルドからの依頼書もありますよ」

 

行商人が兵士に依頼書を見せます。

 

「うむ、悪いが冒険者の証明書を確認しても?」

 

 行商人から受け取った依頼書を一瞥した後、私達にギルドカードを見せるように兵士が言いました。

 

「はい、こちらで良いですね?」

 

 私はにこり、と笑みを浮かべてギルドカードを差し出します。一瞬私に見惚れたようにぽかんとした表情をした後咳をして改めてギルドカードを確認します。

 

「宜しい、入場を認めよう」

 

 少し雑な確認を終えてギルドカードを返されます。門を守る兵士が道を開いて馬車は遂に街へと入ります。

 

「へぇ、結構栄えているじゃん」

「ゼルトブルに比べると小さいですが治安は良いそうですな」

 

 馬車の中から町並みを見たフォウル君がそう語り、セバスが補足します。人種の坩堝で拝金主義的なゼルトブルは栄えている、といってもどこか退廃的な雰囲気を醸し出します。裏道に出れば危険な店も多いです。

 

 それに比べて亜人自治区、そしてセーアエット領の中心地であるこの街は人間と亜人も半分ずつ程おり、また外国からの商人も少なくありません。その上で騎士団のお膝元なので治安は極めて良いと来ています。その繁栄は王都に匹敵するかも知れません。

 

 因みに私の村はこの街から二日程馬車で進んだ先にあります。昔両親と共にこの街に訪れた経験もあります。その時にお子さまランチも食べさせてもらった記憶もあります。

 

「それで?姉貴、この街で何の用なんだ?」

 

 町並みを観察しながらフォウル君が尋ねます。レベル上げの協力をしてあげながら冒険者ギルドの依頼を果たしているといつの間にか姉貴呼ばわりされていました。実の所、私としては呼び捨てでも余り気になりませんが……まぁ、本人がそう呼びたいと言っているので良いでしょう。

 

「その内分かりますよ。とはいえ、暫くの間はやることもそう多くはありませんから何日かはこの街で遊んでも良いでしょう」

「やった!」

 

 私の言にいの一番に反応したのはアシェルさんでした。期待を込めたキラキラした目でちっちゃくガッツポーズをします。

 

 フォウル君は外見は兎も角中身はまだ子供、アシェルさんも子供っぽい亜人への擬態から分かる通りグリフィンとしてはまだ子供のようです。普段から厳しくしごいていますがたまには休息が必要でしょう。

 

 ナオフミ様も奴隷だった私に無理させてまで酷使はしませんでした。無理に働かせても効率が悪いですし、息抜きがなければすぐに潰れてしまいますから。生かさず殺さずが奴隷の鉄則です。

 

まぁ、それはそうとして………。

 

「そろそろ、ですか」

 

 私は馬車に揺られながら記憶を思い出します。そろそろてます。私の記憶に間違いなければ後一月程で「波」が始まります。正確に言えばメルロマルクにおける最初の「波」が来る筈です。

 

 二週間程前、各国の有する竜刻の砂時計が砂を落とし始めたのが確認されたそうです。四聖教会やフォーブレイはパニックになりながら大昔の記録を漁り、勇者召喚の必要性を把握、世界会議のために各国の首脳部がフォーブレイに集まっていると聞きます。このメルロマルクも例に漏れず、女王が会議に参加する予定であり、その間代理としてクズ……ではなくオルトクレイ……やっぱりクズで良いですね。クズが玉座についた模様です。昔は「叡知の賢王」などと言われていましたが知っての通り今では「叡知の賢王(笑)」状態であり、実質的に政務はセーアエット家の当主が取り仕切っているようです。

 

……まぁ、大体ビッチのせいなんですけどね?

 

 さて、ここまで説明すれば分かると思いますが、私がここに来た理由は恐らく来るであろう「波」から村を守るためです。

 

 そして可能でしたら、女騎士さんことエクレールさんの父の死亡を回避したいと考えています。流石に知人の親を見殺しは嫌ですからね?とは言え勇者召喚はしてもらいますし、そこに口出しは余りして欲しくはないので、それなりに怪我をしてもらいますが………え?黒い?何を言っているのですか?人助けをしているのに黒いなんて言われる筋合いなんて有りませんよ?うふふふふ………。

 

「ひっ!御姉様!調子に乗ってご免なさい!お願いします、焼き鳥にしないでっ……!」

「姉貴!俺は姉貴のためならどんな危険な命令だって受ける!だからその笑みだけは止めてくれ!!」

 

 急に顔を青くしたフォウル君とアシェルさんが悲鳴を上げながら宣言します。困りましたね、躾をしているうちにこの御二人は何故か私が笑みを浮かべた瞬間に土下座しながら謝罪するようになってしまいました。別にそんな事は望んでいないのですが……ほら、見てください。行商人さんが怪訝な顔になっているではないですか?二人共セバスさんを見習って欲しいものです。ほら、セバスはちゃんと怪しまれないようにそのままの体勢で気絶ができるのです。二人共、せめてセバスみたいに静かにして下さいね?

 

「あ、そうそう。アトラさんのお土産も買わないといけませんね、フォウル君、後でお店巡りしましょうね?」

 

 私は何度も無心で頭を振るフォウル君を見ます。少し喜び過ぎですがまぁ、良いでしょう。

 

「……さて、ここからが勝負ですね」

 

 大切な人達を守りながら、ナオフミ様を独占する……その計画を私は本格的に始動させたのでした。



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