ソードアート・オンライン 桜花の剣閃 (石月)
しおりを挟む

第一話 剣の世界

このサイトでは初投稿となるので温かく見守っていただけたら幸いです。ストーリー重視で書いていくので、原作に書かれている設定はほとんど端折ると思います(茅場のチュートリアルも端折るけど要点は言うから許して)。わからない部分があったら原作の小説を読んでください。(質問、意見、書いてほしいシーンの要望等がありましたらコメント欄に書いてください)
それと、ヒロインの登場は次回になりますのであしからず。


 六畳の静かな部屋に、ニュースキャスターの声が響いている。

 

「お兄ちゃん、部活行ってくるね~」

 

 階下から聞こえる妹の声に、少年は読んでいた雑誌を閉じると、立ち上がって窓の外を見た。

 学校の制服に身を包み、背中に竹刀のケースを背負った妹が小走りで玄関から出ていくのを無言で見送り、少年はテレビを消して机の上にある「それ」に手を伸ばした。

 濃紺色をした流線型のヘッドギア、あるいはヘルメットのような形状の機械――ナーヴギアを頭にかぶり、あごの下でハーネスをロック。ケーブルをつないで部屋のベッドにあおむけで横たわる。

 視界右上に映るよう表示されている時間が十三時になった瞬間、少年は目を閉じ、口元に微笑を浮かべて「その言葉」を口にする。

 

「リンク・スタート!」

 

 

 

 視界をカラフルな光の群れが後方へと流れていき、目の前にセットアップの確認ウィンドウが浮かんではOKの文字をつけて視界の隅に並んでいく。

 それが五つそろったところで、セットアップが終了し、目の前に現れたウィンドウにIDとパスワードを入力すると、「βテスト時に登録したデータが残っていますが、使用しますか?」という確認画面。YESボタンを押すと、目の前を青い光が覆い、「Welcome to Sword Art Online!」という英文が流れ、光が消えた。

 目を開けると、周りには中世ファンタジー風の建物。辺りは何千人入れるかわからない大きな広場。

 世界初のVRMMO《ソードアート・オンライン》通称《SAO》。

 舞台となるのは、空に浮かぶ巨大な石と鉄の城《アインクラッド》。

 そのスタート地点である《はじまりの町》の懐かしい景色の中に、少年は立っていた。

 視線を落とし、自分の体を見下ろす。

 青を基調としたシンプルな服の上に簡素な革の胸当て。石畳を踏みしめる革のブーツ。

 懐かしい景色と服装に喜びがこみ上げ、少年――キリトは指ぬきグローブに包まれた両手を強く握り締めた。

 

「戻ってきた…この世界に…!」

 

 感慨深げにそう呟くキリトの周りでは次々に青い光が出現し、そこからプレイヤーたちが現れては、喜びの声をあげている。

 あちこちでプレーヤーたちが喜びをあらわに談笑している中、キリトははじまりの町の商業地区を走っていた。入り組んだ裏道にある安い武器屋に向かうためだ。

 

「おーい、そこの兄ちゃん!」

 

 そんな彼に、声をかける青年がいた。

 振り向いたキリトの前で、走って追いかけてきた青年は軽く息を整えて顔を上げた。

 やや長い赤紫の髪に悪趣味な柄の赤いバンダナを巻いた、長身痩躯で戦国時代の若武者を思わせる整った顔立ちの青年だ。といっても、それは現実世界の彼そのものではなく、エディターによってゼロから作った仮想体(アバター)なのだが。

 当然キリトも、気恥ずかしいほどにカッコイイ、ファンタジーの勇者然とした精悍な容貌をしている。

 

「その迷いのない走りっぷり、あんた、ベータテスト経験者だろ? 序盤のコツ、ちょいとレクチャーしてくれよ」

 戸惑うキリトをよそに、青年は自己紹介をした。

 

「オレは、クライン。よろしくな」

「あ、ああ…。俺は、キリトだ。えっと…とりあえず、武器屋行くか?」

 

 こうして、二人は武器を買った後、パーティーを組んでフィールドへと出ていった。

 

 

 

「ぬおっ……とりゃっ……んなっ…どわっ!」

 

 奇妙な掛け声とともに剣が振り回されるが、それはすべて空を切り、直後に青いいイノシシが俊敏な動きで攻撃してきたクラインに強烈な体当たりを見舞う。見事に吹っ飛ばされ、情けなく草原を転がる姿を見て、見ていたキリトは思わず笑い声をあげた。

 

「ははは……、そうじゃないよ。重要なのは初動のモーションだ、クライン」

「ってて……にゃろう」

 

 毒づきながら立ち上がったクラインは、情けない声をキリトに投げ返す。

 

「ンなこと言ったってよぉ、キリト……あいつ動きやがるしよぉ」

 

 そう言うクラインの足元がふらついているのを見て、キリトは足元の小石を拾って肩の上にぴたりと構えた。

 すると、剣技(ソードスキル)のファーストモーションをシステムが検出し、小石がほのかなグリーンの光をまとう。

 次の瞬間、自動的に右手が閃くように動き、投げた小石が青イノシシの眉間に命中した。

 怒りの声をあげて向かってくる青イノシシの突進をいなしながら、

 

「訓練用のカカシじゃないんだから、動くのは当たり前だ。ちゃんとモーションを起こしてソードスキルを発動させれば、あとはシステムが技を命中させてくれるよ」

 

 とアドバイスする。

 

「モーション…モーション……」

「どう言えばいいかな……スキルの通りに体を動かすんじゃなくて、初動でほんの少しタメを入れてスキルが立ち上がるのを感じたら、あとはこう、ズパーン! って打ち込む感じで……」

 

 そう言ってキリトは青イノシシの腹を蹴ってクラインの方へ向かわせた。

 

「ズパーン、てよう……」

 

 クラインはなおも情けない顔をしながらも、右手の海賊刀(カトラス)を中段に構えた。

 気を引き締めるように何度か深呼吸してから、腰を落とし、右肩に担ぐように剣を持ち上げる。今度こそ既定のモーションが検出され、刀身がオレンジ色に輝く。

 

「うりゃあっ!」

 

 太い掛け声とともに地面を蹴り、打って変わって滑らかな動きで青イノシシに向かって突進し、鋭い突きを見舞う。

 片手用曲刀基本技《リーバー》。その威力は半減しかけていた青イノシシのHPをきれいに吹き飛ばし、直後、ガラス塊を砕くような音とともにその体はポリゴンの破片となって四散した。

 

「うおっしゃあああ!」

 

 キリトとクラインの目の前に現れたリザルトウィンドウを見て、クラインは大きくガッツポーズをとり、キリトとハイタッチを交わした。

 

「初勝利おめでとう。といっても、今のイノシシ、ほかのゲームじゃスライム相当だけどな」

「えっ、マジかよ! おりゃてっきり中ボスかなんかだと」

「なわけあるか」

 

 キリトは苦笑し、剣を背中の鞘に納めた。

 その後も順調に狩りを繰り返し、周りのMobが狩りつくされたところで、二人は小高い丘の上で休憩をとることにした。

 おさらいのつもりか剣を振ったりソードスキルを空打ちしたりしているクラインを尻目に、キリトは辺りを見回した。

 驚くほど広い草原が、夕暮れ時の日の光を浴びて輝いている。

 遥か北の森のシルエット、南にある湖の湖面の輝き、東にうっすらと見える《はじまりの町》の城壁、西には、無限に広がる空とオレンジ色の雲海。

 まさに壮観だった。

 

「しっかしよ……こうして何度見回しても信じられねえな。ここが《ゲームの中》だなんてよ」

 

 満足したのか、剣を収めてキリトの横に並んだクラインが感慨深げに言った。

 

「正確には、ナーヴギアが俺たちの脳に直接見せているだけだけどな」

「そういうこと言うなっての。おりゃこれが初のフルダイブ体験なんだぜ? マジ、この時代に生まれてよかったぜ!」

「大げさな奴だなぁ」

 

 そう言ってキリトは苦笑したが、彼もその気持ちはわからないでもない。キリト自身、SAOのベータテストに初めてログインした時の感動は昨日のことのように覚えている。

 

「じゃあ、あんたはナーヴギア用のゲーム自体も、このSAOが初めてなのか?」

「おう。つーか、むしろSAOが買えたから慌ててハードも揃えたって感じだな。なんたって、初回ロットがたった一万本だからな。我ながらラッキーだよなぁ。……ま、んなこと言ったらβテストに当選したお前の方が何倍もラッキーだけどよ」

「ま、まあ、そうなるかな」

 

 半ばうらやましそうな目でいうクラインに思わず目をそらし、キリトは少し離れた場所に出現した青イノシシを指さした。

 

「ほ、ほら、モンスターが再湧出(リポップ)してきたぞ。もう一戦行くか?」

「ったりめえよ! と、言いてぇとこだけど……」

 

 クラインの目線が右に動き、視界の端の時刻表示を見た。

 

「そろそろ落ちて、メシ食わねぇとなんだよな。五時半にピザの配達頼んでっからよ」

「準備万端だなぁ」

 

 呆れた声のキリトにクラインはおうよと胸を張り、思いついたように続けた。

 

「あ、んで、オレそのあと、他のゲームで知り合いだった奴らと《はじまりの町》で落ち合う約束してるんだよ。どうだ、紹介すっから、あいつらともフレンド登録しねえか?」

「え……うーん」

 

 その提案に、キリトは歯切れの悪い声を漏らす。

 正直なところ、キリトはゲームでも現実世界でも人付き合いが苦手で、クラインのように波長が合う場合はともかく、彼の仲間とも仲良くやっていける自信はない。むしろそっちとうまくやれずにクラインとも気まずくなってしまうことだってありうる。

 

「そうだなぁ……」

 

 そんな理由を悟ったのか、クラインはすぐに首を振った。

 

「いや、もちろん無理にとは言わねえよ。そのうち紹介する機会もあることだろうしな」

「……ああ。悪いな、ありがとう」

「いやいや、礼を言うのはこっちのほうだって! おめぇのおかげですっげえ助かったよ。この礼はそのうちちゃんとすっからな、精神的に」

 

 にかっと笑って親指を立てると、クラインはもう一度時計を見た。

 

「そんじゃ、おりゃここで一度落ちるわ。マジ、サンキューな、キリト。これからもよろしく頼むぜ」

 

 そういって突き出された右手を、キリトは笑って握り返した。

 

「こっちこそよろしくな。また訊きたいことがあったら、いつでも呼んでくれよ」

「おう、頼りにしてるぜ」

 

 そう言って互いに手を放す。

 一歩下がると、クラインはログアウトボタンを押すためにメニューウィンドウを開く。

 キリトも、ここまでの狩りで得たアイテムを整理するためにメニューを開いて操作し始めた。その時、

 

「あれっ、なんだこりゃ。()()()()()()()()()()()()

 

 クラインの素っ頓狂な声に、キリトは手を止めて振り向いた。

 

「ボタンがないって、そんなわけないだろ。よく見てみろよ」

「……いや、やっぱどこにもねぇよ。おめぇも見てみろって、キリト」

 

 そういわれてキリトも自分のメニューウィンドウを見ると、確かに本来ログアウトボタンがあるはずのところには何もない空白のボタンがある。当然、押してみても何の反応もない。

 メニューウィンドウ全体を探して場所が変わったわけではないことを確かめ、キリトは視線を上げた。

 

「……ねぇだろ?」

「うん、ない」

「ま、今日は正式サービスの初日だかんな、こんなバグも出るだろ。今頃GMコールが殺到して、運営は半泣きだろうな」

 

 のんびりとした口調でそう言って笑うクラインに、キリトは少々意地悪な表情と口調で突っ込みを入れた。

 

「そんな余裕かましてていいのか? ピザの宅配、もうすぐだぞ」

 

 時刻表示を見ると、五時半まであと十分を切っている。

 

「うおっ、そうだった!」

「とりあえずGMコールしてみろよ」

「さっきから試してるけど、何の反応もねーんだ。って、あと五分しかねーじゃん! やべぇ俺様のアンチョビピッツァとジンジャーエールがぁー! おいキリトよう、ほかにログアウトする方法はねぇのかよ!?」

 

 必死の形相で聞いてくるクラインに、キリトは少し考えこみ、

 

「……ない。自発的ログアウトをするには、ログアウトボタンを押すしかない」

 

 それ以外の方法を、キリトは知らない。というより、存在しない。

 

「んなバカな……ぜってぇ何かあるって! 戻れ! ログアウト! 脱出!」

 

 クラインはあれやこれやと喚きながら飛んだり跳ねたりしているが、キリトはそれが無駄な努力だとわかっている。SAOにはそういったボイスコマンドは存在しないからだ。

 

「無駄だよ、クライン。マニュアルにもその手の緊急切断方法は載ってなかった」

 

 無論フルダイブ中は体を動かせないから、ナーヴギアを自分でとることもできない。

 

「……じゃあ、結局のところ、このバグが直るか、向こうで誰かがギアを引っぺがしてくれるのを待つしかねぇってことかよ」

 

 クラインの問いに、キリトは無言で首を縦に振って答えた。

 

「でもオレ、一人暮らしだぜ。おめぇは?」

「……母親と、妹が一人。だから、晩飯の時間になっても降りてこなかったら、強制的にダイブ解除されると思うけど…」

「おお⁉ キリトの妹さんって幾つ?」

「この状況で余裕だなお前。あいつ運動部だしゲーム嫌いだし、俺らみたいな人種とは接点皆無だよ」

 

 途端に目を輝かせて身を乗り出してくるクラインを押しのけて、キリトは呆れ顔でそう言った。

 

「んなことよりさ、なんか……変だと思わないか」

「そりゃ変だろうさ、バグってんだから」

「ただのバグじゃない。《ログアウト不可能》なんて今後のゲーム運営に関わる大問題だよ。こんな状況なら、運営サイドはまずサーバーを停止させてプレイヤーたちを強制ログアウトさせるのが当然の措置だ。なのにサーバー停止どころか運営のアナウンスさえないのは奇妙すぎる」

「……言われてみりゃ確かにな。SAO開発元の《アーガス》と言やぁ、ユーザー重視の姿勢で名前を売ってきたメーカーだろ。その信頼があったからこそナーヴギアもSAOもこんな人気になったんだ。なのに初日からこんな大ポカやっちゃ意味ねぇぜ」

「まったく同意する。その上VRMMOの先駆けであるこのゲームで問題を起こしたら、ジャンルそのものが規制されかねない……」

 

 そんな話をしていた二人の耳に、突如として、リンゴーン、リンゴーンという鐘の音のような音が大ボリュームで響き渡った。

 

「な…何だ?」

 

 突然の出来事に驚く間もなく、二人の体が鮮やかなブルーの光に包まれる。

 

(これは、強制テレポート?)

 

 キリトがそう思った次の瞬間には、二人はそれまでいた草原とは全く違う景色の中にいた。

 

「ここは、はじまりの街か?」

「みたい…だな」

 

 そこは間違いなく、《はじまりの街》の中央広場だった。

 周囲には、色とりどりの装備をまとった眉目秀麗な男女の群れ。ざっと一万人はいるであろうその集団は、間違いなく他のSAOプレイヤー達だ。

 

「あっ…上を見ろ!」

 

 不意にそんな声が響きわたり、反射的に一万人のプレイヤー達が真上を見上げる。

 百メートル上空、天井のように広がる第二層の底面を、深紅の市松模様が染め上げていく。その一つ一つをよく見ると、「Warning System Announcement」と書いてあるのが読める。

 

「システム…アナウンス……?」

 

 クラインもそれが読めたようで、ようやく運営のアナウンスがあるのかと二人そろって肩の力を抜きかける。

 だが、続く現象は、その予想をはるかに裏切るものだった。

 突然、赤く染まった天蓋から液状の何かがどろりと垂れ下がり、広場のたちの上空で形を変えた。

 そこにあったのは、真紅のフード付きローブを纏った巨大な人の姿だった。おそらく身長二十メートルはあるだろう。

 ローブそのものは、キリトもβテスト中に何度か見たことがあるGMの服装だ。

 だが、深く下げられたフードの中には、本来あるべき顔がない。フードだけで中身のないその姿はまるで幽霊のようで、プレイヤーたちは言いようのない不安を感じずにはいられなかった。

 不意に、だらりと垂れ下がるローブの袖が動き、これまた中身のない白い手袋がのぞいた。

 わずかに両腕を広げた姿勢で、中身のないはずの赤ローブから、低く落ち着いた男の声が響き渡った。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

「私の世界……だと?」

 

 キリトは、困惑を隠せずにそう呟いた。

 だが続く言葉は、キリトの困惑を驚愕へと変えた。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

「な……」

(茅場……晶彦!?)

 

 キリトは驚愕を隠せずに巨大なローブの顔の部分を見上げた。

 一万人近いプレイヤー達が驚愕に包まれる中、続く茅場の言葉は、二年間にわたる戦いの始まりを告げるものだった。




とりあえずここまで書き終えた…(達成感)
まだ序章すら終わってないって? 学生だからいろいろ忙しいんです!ここまで書くのに半月はかかったんだから!

予告通り茅場のチュートリアルは大幅に端折ります。あと、次回はヒロイン視点から始まります。とりあえずキリトとヒロインが合うところまでは書く予定ですが、そのあとの二人の行動については全くのノープランです。

「この言い回し原作でも使われてるだろ」等のコメントは受け付けません。だって原作読み込んでから書いてるんだもん。普通に書いたら最初の三行で語彙力死んじゃって執筆止まるから許して。ああでも、誤字脱字等は片っ端から指摘してくれると助かります。
以上、人生初の後書きでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 はじまりの日

どうも、石月です。
思いのほか早く第二話書きあがりました。
前回言ったおり、今回はヒロインの視点から始まり、茅場のチュートリアルの前半はほぼ完全に端折りました。気力が持たなかったんです許してください。
ヒロインの名前は本編を読んでのお楽しみということで。
早速コメントいただきました! お気に入り登録してくださった皆さんありがとうございます!
ではどうぞ!


 強制テレポートによてはじまりの町へと飛ばされて真っ先に彼女の目に入ったのは、《はじまりの町》の風景でも、空を埋め尽くす赤い光でもなく……恐ろしい数の、人の群れだった。

 昔から極度のあがり症で、目の前に多くの人がいるとそれだけで足がすくんでしまうというのに、視界に映る人の数は、ざっと一万人近く。

 目の前でざわめく人、人、人の群れ。

 無数の人々の声が混ざり合い、それがまるでうなり声のように仮想の鼓膜を叩く。

 心が混乱と動揺で埋め尽くされ、ざわめきに耳をふさぐことも忘れて後ずさるが、数歩と行かないうちに背中が見えない壁にぶつかった。

 どうやらこの広場の端のほうにいたらしい。広場の中のほうに飛ばされていたら大変なことになっていただろう。それだけで回線切断してしまっていたかもしれない。

 とにかく、その時のパニックのせいでその時起こった出来事を鮮明に覚えてはいない。特に前半部分は曖昧だ。だが、断片的には思い出せる。

 ナーヴギア及びSAOの開発者である茅場晶彦から告げられた恐ろしい事実。

 アインクラッド第百層のラスボスを倒してゲームをクリアするまで、ログアウトすることは不可能であること。

 HPがゼロになれば、その瞬間現実世界でも死ぬこと。

 そう言った後、茅場晶彦が全プレイヤーのアイテムストレージに「プレゼント」と称して送ったのは、四角い手鏡。

 反射的にストレージから取り出してのぞき込む。そこに映っているのは、ナーヴギアがスキャンした現実の顔を元に、髪と目の色だけを明るい茶色に変えたアバター。手抜きだが、慣れないエディターを使って作った《サクラ》の顔だ。意図が分からずに顔を上げようとした瞬間、全身が強制テレポートと似た青白い光に包まれた。

 光が消え、閉じていた目を開くと、目の前には異様な光景が広がっていた。

 目の前を覆いつくす一万人近い群衆、ファンタジー然とした色とりどりの服装はそのままに、容姿だけが大きく変化していた。

 ゲーム世界であるだけに、ついさっきまでそこにいたのはモデルと見紛うほどの整った容姿を持つ人ばかりだったのだが、今目の前で困惑の声をあげているのは文字通り現実で見かけるような人々ばかり。物語の中のような美男美女の集団は見る影もない。

 ハッとして手元の手鏡をのぞき込むと、そこに映っているのはさっきまでとほとんど同じ顔、だが髪と目の色だけが違っている。

 ボブカットの髪は栗色から薄めのピンク色に、気弱そうなヘイゼルの瞳は銀色に。

 間違いなく、幼いころから嫌ってきた自分の髪と目の色だった。

「嘘……わたし……?」

 

 驚愕のあまり手鏡を落としそうになるが、そこで茅場晶彦がまた話し始めたことで我に返った。

 

『諸君らは今、なぜ、と思っていることだろう。なぜ私はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』

 

 突然アバターを現実の容姿に変えられたことに戸惑いの声をあげていたプレイヤーたちが、その言葉の続きを待つように一斉に静まり返った。

 

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私には、一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を作り出し、観賞するためにのみ、私はナーヴギアを、及びSAOを作った。そして今、すべては達成せしめられた』

 

 短い間、そして、

 

『……以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

 その言葉を最後に、巨大なアバターは消滅し、赤く染まっていた天蓋もいつの間にか元に戻っていた。

 麻痺しかけていた頭で少しずつ茅場晶彦の言葉を理解していくと同時に、心臓を冷たい手で鷲摑みにされたかのような恐怖と寒気がサクラの全身を覆っていく。

 ありえないと頭ではわかっていても、あの男の言ったことは本当だと直感的に理解した。理解してしまったのだ。

 誰もが呆然とする中、誰かが持っていた手鏡を取り落とし、甲高い少女の悲鳴が響き渡る。

 それが合図だったかのように、一万人のプレイヤーから大音量で発せられた声が広場全体を揺るがした。

 

「嘘だろ……なんなんだよ一体!」

「出せよ! ここから出せよ!」

「この後約束があるのよ! どうしてくれるのよ!」

「嫌ぁぁ! 帰して、返してよぉぉぉ!」

 

 悲鳴、怒号、罵声、絶叫、懇願、そして咆哮。無秩序に放たれる無数の叫び声が合わさり、広場の空気がびりびりと震える。

 その光景は、サクラにとって恐怖以外の何ものでもなかった。

 

「あ……ああ……」

 

 声にならない細い悲鳴が喉の奥からこぼれる。

 すでに見えない壁に半ばよりかかっている姿勢でありながら、さらに後ろに下がろうとすると、不意に見えない壁が消え、サクラは石畳に尻餅をついた。

 そのまま立ち上がる余裕もなく、未だ大音量で叫び続ける群衆から少しでも離れようと、這うようにして近くの路地に入っていった。

 群衆の叫ぶ声がわずかに遠く感じてきたあたりで立ち上がり、さらに駆け出す。目的など何も考えていなかった。ただあの叫び声の嵐から逃げられればそれでよかった。

 そうしてしばらく走った後、息切れがして立ち止まる。

 膝に手を置いて肩で息をしながら、仮想世界なのになぜ息切れを起こすのだろうとやけに呑気な思考が頭をよぎる。

 息を整えて顔を上げたその時、近くで物音がした。

 反射的に逃げようとするが、二人分の足音と戸惑っているような男性の声だと気づき、そっと建物の陰から隣の路地を覗き見る。

 そこにいたのは、無精ひげを生やし、頭に変な柄のバンダナを巻いた長身の男性と、戸惑った様子の彼の顔を見上げる、小柄で線の細い体つきをした黒髪の少年がいた。

 

 

 

 戸惑うクラインを引っ張って人気のない路地までやってきたキリトは、クラインの腕を掴んでいた手を放し、真剣な顔で彼の顔を見上げた。

 

「クライン。いいか、よく聞け。俺はすぐにこの街を出て、次の村へ向かう。お前も一緒に来い」

 

 驚きに目を見開くクラインに、キリトは低く押し殺した声で続けた。

 

「あいつの言葉が全部本当なら、この世界で生き残るためには、ひたすら自分を強化しなきゃならない。お前も重々承知だろうけど、MMORPGってのはリソースの奪い合いなんだ。このあたりのフィールドは、同じことを考える奴らに狩りつくされて、すぐにリソースが枯渇するだろう。モンスターの再湧出(リポップ)をひたすら探し回る羽目になる。今のうちに次の村を拠点にしたほうがいい。俺は、道も危険なポイントも全部把握しているから、レベル1でも安全にたどり着ける」

 

 キリトの長い言葉を、クラインは表情一つ動かさずに聞き終え、数秒後、迷うように顔を歪めた。

 

「でも……でもよ、さっき言ったろ。おりゃ、他のゲームでダチだった奴らと一緒に並んでソフト買ったんだ。そいつらもうログインして、次の広場にいるはずなんだ。置いて……いけねぇ」

 

 キリトは唇を噛んだ。

 クライン一人だけなら、彼を守りながら連れていくことはできる。だがあと二人、いや一人でも増えれば連れて行くのは難しい。

 仮に道中で死者が出て、さっき茅場晶彦が言った通り、ナーヴギアによって現実でも死んだ場合。

 その責任を背負う覚悟は、キリトにはなかった。

 キリトの迷いをまたしても察し、クラインは首を横に振った。

 

「いや……おめぇにこれ以上世話んなるわけにゃいかねえよな。オレだって、前のゲームじゃギルドのアタマ張ってたんだしよ。大丈夫、今まで教わったテクで何とかしてみせら。それに……これが全部悪趣味なイベントの演出で、すぐにログアウトできるっつう可能性だってまだあるしな。だから、おめぇは気にしねぇで、次の村に行ってくれ」

 

 キリトは数秒間の葛藤の末に、

 

「……そっか」

 

 そう言って頷き、一歩後ろに下がった。

 

「じゃあ、ここで別れよう。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ。……じゃあ…またな、クライン」

 

 掠れた声でそう言って、キリトは踵を返した。

 

「キリト!」

 

 後ろから呼びかけられ、肩越しに振り返るが、クラインは言うべき言葉を見つけられずに黙り込んだ。

 キリトも黙って、足を街の出口へと向ける。

 数歩ほど歩いたところで、またしてもクラインが声をかけた。

 

「おい、キリトよ! おめぇ、本物は案外カワイイ顔してやがんな! 結構好みだぜオレ!!」

 

 その言葉にキリトは苦笑し、肩越しに叫んだ。

 

「お前も、その野武士ヅラのほうが十倍似合ってるよ!」

 

 そうして今度こそクラインに――この世界で初めてできた友人に背を向け、歩き始めた。

 しばらくして後ろを振り返っても、そこにはもちろん、だれの姿もなかった。

 歯を食いしばってまた歩き出す。やがて早歩きになり、小走りになり、駆け出そうとしたその時だった。

 

「……あ、あの!」

 

 突然横から声を掛けられ、キリトは立ち止まって声のした方を振り返った。

 そこにいたのは、一人の女性プレイヤーだった。

 肩の少し上で切りそろえられた桜色の髪に、不安と混乱を映して揺れる銀色の目。小柄で幼い印象を受けるが、歳はそれほど離れてはいないだろう。

 現実と同じ容姿に変わったばかりとは思えないその見た目に戸惑いを隠せないキリトに、突然現れた少女はうつむきがちに口を開いた。

 

「わたしも……」

「え?」

 

 ひどく緊張したようなか細い声に、うまく聞き取れずに聞き返すと、少女は顔を上げて震える声で言った。

 

「わたしも……連れて行ってください…!」

「え…連れて行くって……次の村に?」

 

 少女は黙って頷いた。

 

「えっと……どうしてか、聞いてもいいか?」

「……わたし、さっきのクラインって人との話、聞いていたんです」

 

 キリトは驚いた。まさか聞かれているとは思わなかったのだ。

 

「次の村までで……いいです。わたしも、連れて行ってください」

 

 少女の声はひどく震えている。やはり怖いのだ。

 

「この世界で死ねば、本当に死ぬんだぞ? 次の村を拠点にするのは、俺がその周辺のモンスターも危険なポイントも、全部知ってるからだ。それでも、行くのか?」

 

 少女は一瞬、迷うようなそぶりを見せたが、すぐにきっぱりと頷いた。

 

「死ぬのは…怖いです。……でも」

 

 そう言って、後ろ――未だ混乱に満ちた叫び声の聞こえる広場の方をちらりと見た。

 

「あんなふうにパニックになっている人がたくさんいたら……そんな人たちの中にいるほうが、ずっと怖いです……。だから、次の村まで、連れて行ってください。……お願い、します」

 

 最後は消え入るような小さな声で懇願して、少女は頭を下げた。

 異性にこんな風に頭を下げられたことのないキリトは戸惑ったが、それでもその様子から彼女が真剣に頼み込んでいるのは伝わってくる。

 

「わかった」

 

 頷いてそう返事をすると、少女は驚いたように顔を上げた。

 

「……いいんですか?」

「ああ。けど、次の村に連れて行って、そこで死なれるのは嫌だ。だから、次の村までなんて言わずに、その後も、せめて周辺の魔物と十二分に戦えるようになるまで付き合うよ」

 

 その言葉に、終始怯えたような顔をしていた少女の顔に、初めて安心したような笑顔が浮かんだ。

 

「あ、ありがとうございます!」

「俺はキリトだ。君は?」

「わたしは、サクラっていいます。よ、よろしくお願いします」

「敬語はなしでいいよ。じゃあ、行こうか。日暮れまでには着きたいから、急ぐぞ。走れるか?」

「う……うん!」

 

 そうして、二人は次の村《ホルンカ》へと向かって走り出した。




さて、Wordで書いたのをそのままダイレクト投稿にコピー&ペースト。
ハーメルンのサイトを開いてからわずか十秒ちょっとの出来事でした。
サクラの見た目は、FGOのマシュの目が隠れてなくて目を銀色にした感じをイメージしていただければ。あくまで大体のイメージの話ね。挿絵などない。
それはともかく、キリト君とサクラのイチャイチャを早く書きたくて仕方がない作者がここに約一名(笑)
お次は第一層攻略会議編です。気力と時間に余裕があったらアニブレ獲得編も書きたいけどあんまり期待はしないでね。
以上、人生二度目の後書きでした!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 白の槍使い(ランサー)

どうも、期末試験が近づき現実逃避に小説を書く石月です←
早くもお気に入り登録が二桁行きました! いやぁ~、嬉しいですね。
オリキャラの登場をそこにしようと思って、アニブレ獲得編を根性で書きました!
勉強しろって? してますよちゃんと。 学校意外で一日二時間ぐらい。
上記の通り、今回で二人目のオリキャラ登場です。タイトルを見てわかると思いますが、キリト君とは対照的に白服の槍使い(ランサー)です。
前回のあとがきで、攻略会議編を書くと言いましたが、嘘です、アニブレ獲得編が長くなりすぎて、尺が足りないんです。一応平均五千文字くらいで出していく予定ですので。
前置き長いですね、すいません。
第三話、始まります!


 パーティーを組んだキリトとサクラは、未だパニックが続く《はじまりの街》を出て、北西にある《ホルンカの村》に向かって走っていた。

 アインクラッド外周の隙間から差し込む夕焼け色の鮮やかな光に包まれた草原を走っていくと、目の前に一体のモンスターが現れる。

 全身を青色の毛で包んだイノシシ、正式名称《フレンジー・ボア》だ。

 

「サクラ、戦い方はわかるか?」

 

 足を止めて訊くと、サクラは首を横に振った。

 

「カカシ相手に練習したから、ソードスキルの使い方くらいなら…でも、実戦はやったことない……」

「わかった。とりあえず武器を抜いて、構えてくれ」

 

 キリトはそう言って、背中の鞘から初期装備の《スモールソード》抜く。

 サクラも腰の鞘から同じ武器を抜くと、キリトの見よう見まねで構えた。

 

「基本はカカシと同じだ。ファーストモーションを立ち上げて、ソードスキルを発動されれば、あとはシステムが技を命中させてくれる」

 

 説明と同時にキリトは基本単発技《スラント》の構えをとる。

 剣を右肩に担ぐように構え、仄かな水色の光に包まれた剣を斜めに振り下ろす。

 システムアシストによって無駄のない滑らかな斬撃が放たれ、青イノシシの突進を正面から弾き返した。

 大きく吹き飛ばされた青イノシシだが、HPはまだ半分以上残っており、すぐに立ち上がって突進してきた。

 

「サクラ!」

 

 キリトは叫んで飛び退り、サクラが攻撃をミスしたらリカバリーできるように構える。

 だが、その心配は杞憂に終わった。

 意外にも落ち着いた動作で剣を構え、基本水平切り《ホリゾンタル》のファーストモーションを立ち上げる。

 

「右足で踏み切って…腰の捻りを加えて水平に切りつける……」

 

 小さくそう呟き、突進してくる青イノシシを見据えてソードスキルを放つ。

 

「はあっ!」

 

 先程までの気弱そうな表情から一転して、大きな気合の入った掛け声とともに放たれた《ホリゾンタル》は、通常のそれをはるかに上回る凄まじいスピードで青イノシシに直撃し、すれ違いざまに左頬から左後ろ脚の付け根までを深々と切り裂いた。

 

「なっ……」

 

 驚きのあまり絶句するキリトの目の前で、青イノシシがポリゴンの欠片となって爆散した。

 ソードスキルの硬直が解けたサクラは、剣を鞘に納めて振り向くと、驚いた顔のキリトを見て首を傾げた。

 

「あの……わたし、何か間違ってた?」

「あ…いや、完璧だったよ」

 

 慌ててそうごまかし、

 

「次の村までもう少しかかる。走ろう」

「うん」

 

 そうして、また走り出す《ホルンカの村》へと続く森まで、あと少し。

 

 

 

 慎重にモンスターを避けて《ホルンカの村》に辿り着いたときには、既に辺りは暗くなりかけていた。

 小さな村を見回してみても、当然のことながらプレイヤーのカーソルは一つもない。

 

「ここが…」

「そう、《ホルンカの村》だ。とりあえず、ここで装備をもう少し強いのに変えようと思うんだけど、サクラはどうする?」

 

 キリトがそう訊くと、サクラは少し迷うように口をつぐむが、すぐに頷いた。

 

「うん。わたしもそうする」

 

 そうして二人はまず防具屋に向かい、キリトは茶革のハーフコートを、サクラはフード付きのケープをそれぞれ購入する。

 

「キリト、武器は買わなくていいの?」

 

 武器屋の前を素通りして道具屋に向かうキリトに、サクラはそう尋ねる。

 それは当然の反応だ。確かにいつまでも初期武器のままではいられない。

 だが、キリトが武器屋に寄らなかったのには理由がある。

 この村の武器屋で買える《ブロンズソード》は、初期装備の《スモールソード》よりも攻撃力は高いが、その代わり耐久力はスモールソードよりも低く、この先に現れる植物型モンスターの腐食液にも弱い。

 道具屋でポーション類を買いながらそのことを教えると、サクラは納得したように頷いた。

 

「わかった。でも、それじゃあ武器はどうするの?」

「それはこっちだ」

 

 そう言って道具屋を出て、ある一軒家に向かう。

 ここでは近くの森に出現する《リトルネペント》というモンスターが落とす《胚珠》を入手する、という内容のクエストを受けることができ、クリアすれば報酬として、初期装備よりも強い剣である《アニールブレード》が入手できる。

 

「クエストそのものはけっこう面倒なんだけど、報酬の剣はうまく強化すれば第三層の終盤まで使えるくらい優秀なんだ。スモールソードよりも結構重いから、慣れないうちは扱いづらいけどな」

 

 そこまで説明を終えると、丁度目的の目的の民家の前にたどり着く。

 

「それじゃあ、入るぞ」

「あ、待って」

 

 民家のドアを開けようと伸ばしかけた手を止め、キリトが振り返る。

 

「どうしたんだ?」

「えっと…その剣って、だいぶ重いの…?」

「そうだな。……ひょっとして、サクラはAGI型か?」

「あ…あじ……?」

 

 サクラの知らないネットゲーム用語を使っていたことに気が付き、ごほんと咳払いして解説する。

 

「AGI型っていうのはゲームでいうスピード型のことだよ。俺は一応STR型、つまりパワー型で、アニールブレードはどちらかというとSTR型向けの剣なんだ。一応、次の町にAGI型向けの軽い剣が売ってるけど……」

「じゃあ、そっちにする」

「わかった。じゃあ、俺はクエストを受けてくるから、そのうちに装備とかを整えておいてくれ」

「うん」

 

 キリトが家の中に入っていき、ドアが閉まると同時に、サクラは近くの物陰に入ってメニューウィンドウを開いた。

 装備フィギュアを操作し、さっき買ったばかりのフード付きケープを装備した。

 戦闘の時は邪魔になるフードだが、そうでないときは被っておけば目立つ色の髪を隠せる。

 そうして、クエストを受けてきたキリトが出てくると、二人は《リトルネペント》が出現する西の森へ向かった。

 

 

 

「サクラ、スイッチ!」

「はぁぁっ!」

 

 キリトの攻撃で大きくノックバックした敵に、素早く間に入ったサクラが渾身の《ホリゾンタル》を打ち込む。

 その攻撃で、巨大なウツボに足のような根と先端がナイフ状になった触手を持つ植物型モンスター《リトルネペント》のHPがゼロになり、直後に爆散する。

 十数回ほど戦闘を繰り返し、辺りに敵の赤いカーソルがないのを確認して一旦小休憩をとる。

 

「今の《スイッチ》、どうだった?」

 

 木の幹によりかかるように座り込んだサクラの言葉に、正面の倒木に腰かけたキリトは頷いた。

 

「そうだな、だいぶ上手くタイミングが合うようになってきたと思うよ」

 

 何回か戦闘を繰り返しながら、キリトは、サクラというプレイヤーの実力に舌を巻くばかりだった。

 ソードスキルを、システムアシストに任せて放つのではなく、意識的に腕と足を動かしてブーストする技を、彼女はたった数時間、しかもカカシ相手の練習であっという間に体得していた。

 ソードスキルの意識的ブーストは、言うは易しだが相当に難しい。少しでもソードスキルを阻害する動きをすれば、その時点で技が止まってしまう。

 VRゲームどころか、ネットゲーム自体初心者だと言っていたが、戦い方やネットゲーム用語なども、少し教えるだけであっという間に覚えて自分のものにしていった。

 今や彼女はすでに下手なベータテスト経験者をも上回る実力を持っているだろう。

 

「キリト、敵が…」

「ああ、分かってる」

 

 きっと、彼女の力はこのデスゲームをクリアする上で無くてはならないものになる。

 そう予感しながら、キリトは新たに出現したネペントに向かって駆け出した。

 

 

 

 キリトがまず敵のタゲを取り、触手と腐食液による攻撃をかわしながら茎とウツボの間にある弱点に攻撃を叩き込み、のけぞったところでスイッチ。がら空きの弱点に《ホリゾンタル》を打ち込む。僅かにHPが残るが、素早くキリトが割り込んでとどめを刺す。

 キリトのアシストに助けられつつ戦闘を繰り返しながら、サクラはキリトの動きに感嘆していた。

 

(――強い)

 

 その一言では言い表せない強さが、彼にはあった。

 おそらく彼はベータテストの時も、かなりの回数、このモンスターと戦ってきたのだろう。だがそれを差し引いても、彼の動きには無駄がない。

 ネペントの触手を、最小限の、だが余裕のある動きで躱す。生まれた僅かな隙を逃さずに、鋭い一撃を打ち込む。

 VRどころか、ネットゲームの経験もないサクラでも、彼が相当に強いというのはわかる。

 

「サクラ!」

「うん!」

 

 最小限の言葉だけで合図を交わし、キリトとネペントの間に割り込む。

 繰り出した《ホリゾンタル》が急所にヒットし、わずかに残ったHPを間髪入れずに飛び込んだキリトが削り切る。

 

(いつかわたしにも、できるかな)

 

 彼のような動きが。彼の強さに、追いつけるのだろうか。

 

(キリトみたいに、強くなれるかな)

 

 サクラにとって、憧れにも似たそれは、今まで感じたことのない感情だった。

 

 

 

《リトルネペント》を狩り始めてから、およそ一時間が経過していた。

 二人で倒したネペントの数は恐らく三桁を超えているだろう。二人のレベルは二つ上がり、比較的安定して倒せるようになってきている。だが、肝心の《胚珠》をドロップする《花つき》が中々出てこない。

《花つき》の出現率は、通常のネペントを倒せば倒すほど上がっていく。百体も倒したのなら、そろそろ出てきてもいいはずなのだが……

 そう思った矢先、少し離れた場所にネペントが出現する。

 

「サクラ」

「うん」

 

 サクラはさすがに疲れを見せて座り込んでいるが、キリトが声をかけると、すぐに立ち上がって、出現したネペントに向かおうとする。だが、

 

「待った」

 

 キリトがそれを素早く手で制する。

 目線の先にいるネペントは、頭に相当するウツボの上に、真っ赤な赤い球体をつけていた。

 

「《実つき》だ」

 

《リトルネペント》は、その姿から大きく分けて三つに分類される。

 普通のネペントと、《胚珠》をドロップする《花つき》、そして二人の目の前にいる《実つき》だ。

 

「頭の上にある実に攻撃を当てたら、爆発して臭いで周りのネペントを呼び寄せるから注意してくれ。これまで通りの戦法なら問題はないけど、間違っても上段切りとかは……え?」

 

 口早に解説するキリトの目の前で、《実つき》のネペントは、どうしたことか彼らと正反対の方向に突進していく。だが、キリトの《索敵(サーチング)》スキルで見える範囲にほかのプレイヤーは見当たらない……

 その時、辺りを見回す二人の仮想の嗅覚が、これまでとは違う、異様な臭いを捉えた。

 

「……この臭いは、まさか!」

「もしかして、誰かが……実を?」

 

 サクラの言葉に、キリトは頷く。

 

「……助けなきゃ」

「だな。放っておくわけにもいかない」

 

 そうして、二人はネペントが向かった方向へ走り出す。

 少し走ると、索敵スキルによって二人の視界に大量のカラー・カーソルが浮かび上がる。

 やや開けた場所に、プレイヤーを示す緑色のカーソルが二つ、それを取り囲むように大量の赤いカーソルが並ぶ。その数、およそ三十以上。

 キリトはまず、先ほど見つけた《実つき》のネペントに狙いを定め、背後から渾身の《ホリゾンタル》を叩き込む。

 合図を交わす前に、飛び込んだサクラの《ホリゾンタル》が《実つき》のHPをレッドゾーンまで削る。

 その直後に、ネペントが反対側から攻撃を受け、ポリゴンの欠片を散らして爆散した。

 その向こうにいた二人男性プレイヤーのうち、一人は軽量な革鎧に、片手剣と円盾(バックラー)を装備し、もう一人は白を基調にした防具に両手槍を持っている。

 

「助太刀する!」

「ありがとう!」

 

 彼らの近くに飛び込み、短いやり取りを交わすと、後はもう、ひたすら戦いに集中した。

 そこからの数分間を、後々になっても彼らは仔細に思い出すことはできなかった。

 数百回にわたる戦いを経て所々刃こぼれしている剣を握りしめ、先頭のネペントに打ちかかっていく。

 サクラも、キリトの動きに合わせて無駄のないタイミングで追撃をしたり、時には自ら前に出て一人でネペントの相手をすることまであった。

 さすがの二人も疲労には勝てず、少しずつ敵の攻撃への対処が遅れ、自分の攻撃も精度を欠いていく。その上ただでさえ多勢に無勢なのだ。時折攻撃が体を掠め、少しずつHPが削られていく。

 だが、自然と二人の息は合っていき、一切の言葉を発することなく互いのリカバリーや追撃を行えるようになっていった。

 人の才能は極限状態で開花するというのは誰が言ったのだろう。

 不思議な感覚だった。体も、剣も、ただのオブジェクトではないのだ。それらが一つの意識のもとに一体化して初めて、真に《剣士》という存在となる。自分たちはまだそのほんの入り口を垣間見ただけ。そう思えた。

 半ば無意識で戦っているせいか、互いの動きが手に取るようにわかる。次にどう動くべきか、どこで追撃が入るか、入らないか。

 無論、二人の動きが完璧に重なるわけもなく、僅かな連携の隙間に襲い来る攻撃を捌ききれない。

 だが、減っていくHPには目もくれずに、二人はただひたすら剣を振り続けた。

 やがて背後で一度、モンスターの死亡よりも儚く、甲高い音が鳴り響く。

 その音の正体を無意識のうちに察し、ネペントを切り倒した直後のサクラの動きが一瞬、凍りつく。

 その一瞬が隙とならなかったのは、まさに偶然というほかないだろう。

 動きの止まったサクラに襲いかかるネペントをキリトが切り倒し、後ろを振り返る余裕もなく残りの数体に打ちかかる。

 残ったネペントを素早く倒し、剣を構えて振り返ると、相方を失った白装束の槍使いが残り三体となったネペントを相手に孤立奮闘していた。

 ボロボロになり、いつ壊れてもおかしくないような長槍で、それでも必死にネペントの攻撃をはじき返す。

 その僅かな隙を逃さずに飛び込むと、二人はそれぞれ渾身の《ホリゾンタル》で左右のネペントにとどめを刺す。残る中央の《花つき》を両手槍の基本単発技《シャフト》が貫き、周囲にモンスター三体分のポリゴンの欠片が舞った。

 その攻撃を最後に、キリトのスモールソードはすべての耐久値を失って砕け散った。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 サクラは疲労困憊してその場にぺたんと座り込み、肩で大きく呼吸している。

 キリトもその場に座り込んで息を整えようとする。

 辺りは静寂に包まれ、聞こえるのは三人の荒い息遣いのみ。

 ある程度息が整ったところで、最初に口を開いたのは、槍使いの男性プレイヤーだった。

 

「……助けてくれてありがとう」

「いや……」

 

 よく通る声で礼を言われるが、キリトは口ごもり、近くの地面に落ちているボロボロの片手剣と円盾(バックラー)を見た。

 

「あんたの相方は、助けられなかった……」

 

 そう言うと、彼は首を横に振った。

 

「君が気に病むことじゃないよ。自分も死ぬかもしれないのに、君たちは命懸けで飛び込んできてくれた。コペルだって、感謝こそすれ、責める理由なんてどこにもないよ」

 

 そう言うが、槍使いの声には僅かな、だがはっきりとわかる苦しみの色があった。

 コペルというのが、さっき死んだ片手剣使い(ソードマン)の名前なのだろう。槍使いとの関係はわからないが、一時でも共に戦った相方を失ったという事実は、地面に落ちている彼の武器が何より雄弁に物語っている。

 槍使いの青年は、立ち上がって足元に落ちている緑色の球体を拾い、淡く光るそれをキリトに差し出す。先程の《花つき》からドロップした《リトルネペントの胚珠》だ。

 

「せめてものお礼と言っては何だけど、受け取ってくれ」

「ああ。ありがとう」

 

 そこへ息を整えたサクラがやってきて、彼らはモンスターが再湧出(リポップ)する前に森を抜けて、《ホルンカの村》へ戻ることにした。

 あたりを見回すと、ちらほらとプレイヤーたちの姿が見える。おそらくキリトと同じことを考え、一足早くここにやってきたベータテスター達だろう。

 

「僕はルキヤ。改めて、助けてくれてありがとう」

 

 村に入ったところで、白装束の槍使いはそう言った。

 改めて見ると、暗がりでもわかる精悍な顔立ちをしている。

 容姿は完全に日本人のそれだが、ほとんど白で統一された装備と背中の槍は不思議と様になっている。

 

「俺はキリトだ」

「サクラ、です」

 

 それぞれが名乗ると、ルキヤと名乗った青年は、頷いてもう一度お礼を言った。

 

「うん。本当にありがとう、キリト、サクラ。このお礼はいつか必ずするよ」

「ああ、また会おう、ルキヤ」

 

 そうして、ルキヤと別れた二人は、《森の秘薬》のクエストを完了するため、クエストを受けた一軒家へと向かって行った。

 

「ねえ、キリト」

「ん?」

「コペルって人、本当に死んだのかな……?」

 

 サクラがそう疑問に思うのも理解できる。あまりにも早くパニックから抜け出して走り出してしまった二人は、これがデスゲームであるということをまだ実感しきれていない。

 だが、所詮はそんなものだ。SAOでの死亡エフェクトはキリトにとっては見慣れたものだし、ゲームの外で本当に死んだのかを確かめる術もない。

 

「それは俺にも、多分ほかのプレイヤーの誰にも分らないことだ。俺たちにできるのは、コペルというプレイヤーを見送ることだけだ」

「……そう、だね……」

 

 そう言って、サクラは何かに祈るように目を伏せた。

 彼が現実では死ななかったことを祈っているのか、あるいは、彼の冥福を祈っているのか……

 すべてが始まった、その日の夜が、ゆっくりと更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デスゲーム開始から一ヶ月で、約二千人が死んだ。

 浮遊城アインクラッドは、まだ第一層もクリアされずにいた。




書き終わったぁ……ついに書き終わりましたよ! アニブレ獲得編!
いやぁ~、長かったぁ~
というか、自分でもわかるくらい終盤の描写が雑になっちゃいましたね。最後の最後で気力が尽きました。ごめんなさい。
ルキヤ君はこの後も何度も活躍させる予定ですのでお楽しみに!
最初から出す前提で設定とか今後の動きまでばっちり考えてるオリキャラって、実は彼だけです。
サクラは完全に手探り状態ですね。はい。
次回こそ、トールバーナの攻略会議編を書くのでよろしくお願いします。
キバオウの関西弁上手く書けるか心配です……もしおかしな言い回しがあったら訂正コメントか誤字報告お願いします。
以上、人生三度目の以下略


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 攻略会議

間違って編集途中で公開してしまったので一旦削除しました。
どうも、相変わらず試験前だというのに懲りずに小説を書いている石月です。
といってもこれ、第一層ボス戦編までのほとんどは、昔書いて挫折した原稿を編集してるだけなんですけどね。アニブレ編だけ一から書きました。




「人が…たくさん……」

「今日、この街で第一層の攻略会議が開かれるからな」

 

 怯えた顔でしがみついてくるサクラに苦笑して、キリトは辺りを見まわした。

 第一層の迷宮区最寄りのこの町は、迷宮区の攻略に臨むプレイヤーたちのほとんどが拠点にしている。

 その上、今日の午後四時、この町の広場で、このゲーム初となる攻略会議が始まるのだ。

 この町――《トールバーナ》は、その会議に参加しようとするプレイヤーたちで賑わっていた。

 

「大丈夫か、サクラ?」

「あんまり、大丈夫じゃ…ない……」

 

 キリトのコートを掴む手がぶるぶると震えている。

 サクラは昔から人の多いところが苦手らしく、NPCを含め人がざっと三十人以上いるこの状況では、このように怯えて縮こまってしまうのだ。百人以上いればパニックになってもおかしくないらしい。

 ケープについているフードを目深にかぶっているので、目立つ髪色は隠れている。顔を隠すプレイヤーは少なくないのであまり悪目立ちする要素はないのだが、それとこれとは話が違うらしい。

 少し前まではどこか近くの物陰に隠れて、気づかずに進んでしまうとあっという間にはぐれてしまったのだが、最近はキリトのコートにしがみついて、背中に身を隠すようにしてついてくるようにはなった。

 

(まあ、少しは信頼してくれてるってことなのかな)

 

 人の多いところだとあまりしゃべらなくなるため、そうなった場合は彼女がどう考えているのかはその都度察してあげる必要がある。のだが……

 

(そういうの、苦手なんだよな……)

 

 知っての通り人付き合いの苦手なキリトは、現実でも、もちろん仮想世界でも「人の顔色で察する」というのが苦手だ。

 どちらかというとサクラは表情はともかく態度や雰囲気には出やすいほうなのだが、それでもキリトからすれば分かりづらい。

 何が言いたいかというと、キリトもサクラが黙ってしまうとまともなコミュニケーションが成立しないのである。

 

「相変わらず人込みは苦手カ、サっちゃん?」

 

 横から声を掛けられ、振り返ると、

 

「アルゴさん…」

 

 サクラがキリトの背中にしがみついたまま、声の主の名前を呼んだ。そこにいたのは、《鼠のアルゴ》と呼ばれる、アインクラッド初の情報屋だった。

 なぜ《鼠》という二つ名があるかというと、彼女の顔の両頬にある三本の線のペイントが、ネズミの鬚に見えるからだ。

 

「ま、キー坊の背中に引っ付いてでも歩けるようになっただけマシだナ」

 

 語尾に特徴的な鼻音が被さる声でそう言うと、アルゴはキリトに向き直った。

 

「キー坊たちはここでの攻略会議に参加するのカ?」

「ああ」

「なら、そろそろ時間だゾ。サっちゃんも大丈夫カ?」

「た、多分……」

 

 裏返りかけの声でそう返すサクラに苦笑して、アルゴはその場を去った。

 

「それじゃあ、行くか」

「……うん」

 

 会議が行われる広場に向かって歩き出す。

 サクラの手がキリトのコートの裾を一瞬だけ強く掴み、そしてまた力を緩めた。

 

「はーい! 五分遅れたけど、そろそろ始めさせてもらいます!」

 

 そう言って、石でできた円形劇場の一番下の壇上に上がったの男性プレイヤーの姿を見て、こちらは階段状の席のあちこちに散らばっている約四十人のプレイヤー達の間から軽くどよめきが起こり、サクラが隣りにいるキリトのコートの裾をまたぎゅっと握りしめた。

 どよめきが起こった理由は単純だ。壇上のプレイヤーは、おおよそSAOの中とは思えないイケメンで、更にはウェーブのかかった長髪をブルーに染めているのだ。第一層では、髪染め用のアイテムはモンスターからのレアドロップしかない。

 

「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう。俺はディアベル。職業は気持ち的に、《ナイト》やってます!」

 

 爽やかな美声で放たれたその言葉に、一部の集団からどっと笑いが起こる。

 SAOには、システム上の職業というものは存在しない。生産職のプレイヤーたちは、例外的に《鍛冶屋》や《商人》などといった職業名で呼ばれることもあるが、《騎士(ナイト)》のような戦闘系の職業名は聞いたことがない。

 だが、壇上に立つディアベルの装備は、肩、胸、腕、脛をブロンズ系の装備で覆い、腰には大ぶりな直剣、背中にはカイトシールド。確かにナイト系の装備と言える。

 

「さて、早速だけど本題に入らせてもらう。今日、オレたちのパーティーが、迷宮区のボスの部屋へと続く扉を発見した!」

 

 またしてもどよめきが起こり、サクラがキリトのコートの裾を掴む力が強くなる。

 

「……一ヶ月。ここまで一か月もかかったけど、それでも、オレたちは、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームもいつかクリアできるんだってことを、はじまりの町で待っているみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいる俺たちの義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

 その演説に、あちこちから喝采が起こる。中には器用に指笛を吹いている者もいた。

 その時、

 

「ちょお待ってんか!」

 

 その声が響いたのは、階段状の席の一番上、すり鉢状になった広場の端からだった。

 そこに目を向けると、小柄ながらがっちりした体をスケイルメイルで覆い、背中に片手用直剣を背負い、サボテンのように尖った茶髪が特徴的な男が立っている。

 彼は階段を数段ずつ飛び降りるように降りてくると、ディアベルの近くまでやってきて振り返る。

 

「わいはキバオウってもんや」

 

 ディアベルの美声とは真逆のだみ声でそう自己紹介したキバオウは、ぐるりと周囲のプレイヤー達を見回し、どすの利いた声で言った。

 

「こん中に何人か、ワビィ入れなあかん奴らがおるはずや」

「詫び? 誰にだい?」

 

 彼の後ろで、ディアベルが様になった仕草で両手を持ち上げる。

 

「決まっとるやろ。今までに死んでった二千人に、や。奴らが(なん)もかんも独り占めしたから、一ヶ月で二千人も死んでしもたんや! せやろが!!」

 

 そう憎々しげに吐き捨てた。言葉に、周囲がぴたりと押し黙る。

 

「…キバオウさん、君の言う『奴ら』とはつまり、元ベータテスターのことかな?」

「決まっとるやろ」

 

 後ろに立つディアベルを一瞥してから、キバオウはさらに続けた。

 

「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日に、右も左もわからん九千人のビギナーを見捨ててダッシュではじまりの街から消えよった。そいつらはウマい狩場やらボロいクエストやらを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強なって、その後もずーっと知らんぷりや。こん中にもおるはずやで。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティメンバーとして命は預けられんし、預かれん! そう言うとるんや!」

 

 名前の通り、牙の一噛みにも似た糾弾が終わっても、誰も声を上げようとはしなかった。

 否、誰も何も言えなかったのだ。

 キバオウの言うことは決して間違いではない。だが、すべて正しいというわけでもない。

 キリトがサクラを連れて行ったように、ビギナーを連れて行ったベータテスターもいるし、先ほど会った《鼠》のアルゴも、元ベータテスターとして、その知識を生かした情報の収集と提供をしている。

 

「発言、いいか」

 

 そこまで考えたとき、静寂に包まれた広場に張りのあるバリトンが響いた。

 前に出てきたのは、ディアベルやキバオウとはこれまた違った強烈な印象の男性プレイヤーだった。

 身長百九十センチを超えるであろう筋骨隆々とした体に、両手斧(ツーハンドアクス)を背負った男だ。さらに頭を完全なスキンヘッドにし、チョコレート色に焼けた肌。彫りの深い顔立ちと相まって、外国人じみた印象を受ける。

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、ベータテスターたちがビギナーを見捨てたせいで二千人が死んだ。だからその責任を取って謝罪、賠償しろ。そういうことか?」

「そ……そうや。あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ二千人や! しかもただの二千人ちゃうで、ほとんど全部が、ほかのゲームじゃトッププレイヤーやったベテランや! アホテスター連中がちゃんと面倒見とったら、今頃はもっと攻略も進んどったはずなんや!」

 

 一瞬気圧されたものの、そう叫ぶようにまくし立てたキバオウに、エギルと名乗った斧戦士は黙って腰のポーチから一冊の本を取り出して見せた。

 それは、アルゴがベータ時代と製品版、両方の知識を合わせて作った攻略本(ガイドブック)だった。

 

「あんたはそう言うが、キバオウさん、このガイドブック、あんただって貰っただろう? 道具屋で無料配布しているからな」

「……(もろ)たで。それが何や」

「これを配布していたのは、元ベータテスター達だ」

 

 今度こそ、プレイヤーたちの間で大きなどよめきが起こる。

 おそらくその場にいた全員が、このガイドブックを持っていたのだろう。

 勿論、キリトとサクラも持っている。ただしキリトのは無料ではなく、一冊五百コルの有料だが。

 

「いいか、情報は誰にでも平等に与えられていたんだ。それなのに多くの犠牲者が出た。そのことを踏まえた上で、どうボスと戦うか。それがこの場で議論されると、俺は思っているんだがな」

 

 エギルの言葉に、キバオウは言葉に詰まる。そこへ、

 

「僕も発言、いいかな」

 

 よく通る涼やかな声が上がり、一人の男性プレイヤーがキバオウの前に進み出る。

 すらりと均整の取れた体を白を基調とした装備で覆い、背中にはスピード型の両手槍。特徴的な服装に加え、更にはディアベルに勝るとも劣らないほど整った精悍な顔立ちに、周囲のどよめきが大きくなる。

 

 何より、キリトとサクラはその声に聞き覚えがあった。

 

「僕はルキヤ。キバオウさん、君はベータテスターのせいで二千人が死んだと言うけど、その二千人の中に、ベータテスターが何人いたか、知っているか?」

「……知らんわそんなもん」

「およそ三百人。ちなみに、SAOの正式サービス開始時点でのベータテスターの総数は、約七、八百人だそうだ。どちらも《鼠》っていう情報屋に教えてもらったから、ほぼ正確な数字と思っていい」

 

 ルキヤは静かに、だがきっぱりとした声で告げた。

 その場にいるほとんどの人間が知らなかったであろうその事実に、広場は大きなざわめきに包まれる。

 そんな中、ルキヤの言葉はまだ続く。

 

「これが何を意味しているか分かるか? 君はベータテスターが全員身勝手に強くなったと思っているようだけど、実際はその三分の一以上が死んでいるんだ。それに、僕をはじまりの街から連れ出して、ここまで来るきっかけをくれたのは、死んだベータテスターの一人だ。そして、彼が死んだ時、モンスターに襲われていた僕らを命懸けで助けてくれたのも、同じベータテスターだ。僕はその人たちに、凄く感謝している」

 

 ルキヤが言っているのは、おそらく《ホルンカ》周辺の森でのことだろう。

 やはりあの時彼と一緒にいたのは、元ベータテスターだったのだ。

 

「ベータテスター達がほとんどのビギナーたちを見捨てていったのは事実だし、それに便乗した僕にも、それを否定することはできない。だけど、全てのベータテスターを悪だと決めつける君の意見は聞き捨てならないな」

 

 静かな怒りを含んだその声にキバオウはたじろぐと、近くの椅子に座ってふん、とそっぽを向いた。

 

「それじゃあ、会議を再開しようか。エギルさんも言っていたこのガイドブックだが、実はついさっき、その最新版が配布された!」

 

 そう言ってディアベルは、最新版の攻略本を掲げて見せる。

 

「これによると、第一層のボスの名前は、《イルファング・ザ・コボルドロード》。武器は片手斧と円盾(バックラー)だが、四本あるHPゲージの最後の一本が半分を切ると、それらを捨てて《曲刀》カテゴリのタルワールに持ち替えるらしい。それと、ボスの取り巻きとして、《ルインコボルド・センチネル》がHPゲージ一本分につき三体ずつ、計十二体出てくることになっている」

 

 その他、ボス使うソードスキルや取り巻きに関する説明を終えると、ディアベルは本を閉じてその場にいる全員を見渡した。

 

「それじゃあ、これから実際の攻略会議を始めたいと思う。まずは六人一組でパーティーを組んでくれ! ボスはワンパーティーじゃ倒せない。パーティーを束ねた《レイド》で挑むんだ!」

 

 それを合図に、周りで一斉にメニューウィンドウを操作する音が聞こえる。

 今この場に集まっているのは、四十五人。そこから六人パーティーを組むとなると、三人余ってしまう。

 

「キリト、私たちはどこに入るの?」

 

 コートの裾を引っ張りながらサクラがそう言うが、キリトもそれは決めていない。

 あたりを見回すと、あちこちであっという間に六人パーティーが七つ出来上がっていた。

 

「見事にあぶれたな……」

「ははっ、奇遇だね。僕もだよ」

 

 思わず苦笑するキリトにそう声を掛けたのは、

 

「なんだ、ルキヤもあぶれたのか?」

「うん、久しぶりだね。キリト、サクラ」

 

 さっきキバオウに反論していた白装束の槍使いことルキヤだ。

 

「お…お久しぶりです、ルキヤさん」

「うん、ホルンカの村で別れて以来だから、一か月ぶりかな? 二人とも元気そうで安心したよ」

 

 ルキヤはそう言ってにこやかに笑う。

 

「えっと…ルキヤ」

「ん?」

「さっきは、その……ありがとう、かばってくれて」

 

 ここで言うべきか一瞬迷ったが、キリトは声を低めてそう言った。

 その言葉に、ルキヤは笑顔を崩さずに首を横に振った。

 

「お礼を言われることじゃない。個人的に腹が立ったから、ああ言っただけだよ。それはそうと、レイドは8パーティーまでだから、もう一つ入れるよ。人数は少ないけど、僕らもパーティーを組もう」

「ああ、そうだな」

 

 キリトがメニューウィンドウを操作し、ルキヤがそれを受諾すると、キリトの視界左端にある二つのHPバーの下に《Rukiya》の文字と彼のHPバーが表示される。

 その後、ディアベルは出来上がったパーティーを検分し、最小限の人数を入れ替えただけで(タンク)部隊二つ(A、B隊)、攻撃(アタッカー)部隊三つ(C、D、E隊)、長物装備の支援(サポート)部隊二つ(F、G隊)のバランスの取れた編成に変えた。

 その後、各部隊の動きや役割などを説明し、

 

「これで攻略会議は以上だ。最後に分配についてだが、経験値はパーティーで、コルはレイド全員で均等に分配し、アイテムはドロップした人のものとする。異論はないかな? では、明日は朝の十時にここに集合する。各自、準備を整えておくように。 それじゃあ、解散!」

 

 その言葉で会議はお開きとなり、三々五々散っていくプレイヤーたちと一緒に、キリトたちも集会所を出た。

 

 

 

「最初の攻略会議にしては、ずいぶんと多く集まっていたね」

「そうだな。けど、せめてもう三人いればフルレイドになるんだけどな……」

「ない物ねだりをしても仕方がないよ。それよりも、あのメンバーでどうボスと戦うかを考えた方が建設的だ。……それはそうと、サクラは何をしているんだい?」

 

 多くのプレイヤーやNPCが行きかう夕暮れ時の街路を歩きながら、キリトの背中に隠れるように歩くサクラに目を向け、ルキヤはそう尋ねた。

 キリトは苦笑し、

 

「サクラは昔から人の多いところが苦手らしいんだ。こうやってついてこれるようになったのはつい最近のことだけどな」

「そうなのか、知らなかったよ。……というか、これでも人が多いと感じているのかい?」

 

 夕方の《トールバーナ》の町は、人の数こそ多いが、面積が広いので、あまり気になりはしない。

 

「大体三十人くらい視界に入ると、もうダメらしい。百人とかいようものならいつ腰を抜かして立てなくなってもおかしくないんだってさ。だから宿も、町のはずれにあるとこを選んでいるんだ。それでも結構いい物件だけどな」

「そうなのか。……と、僕の宿はこっちだから、また明日」

「ああ、また明日。遅れるなよ」

「君たちこそね」

 

 互いに手を振って別れると、キリトもサクラを連れて自分達の宿に戻っていった。

 町に着いてすぐに借りておいた宿に戻り、キリトはソファに座ってポーションの手持ちを確認する。

 サクラはその正面に座り、アルゴの攻略本の最新版を読み込んでいた。

 

「……キリト」

「ん?」

 

 不意にサクラに呼ばれ、メニューウィンドウを閉じてキリトは正面に座るサクラを見た。

 

「キリトは、ベータテスターなんだよね?」

「? そうだけど、今更どうしたんだ?」

「……わたしは、何があってもキリトの味方だからね」

「……え?」

 

 突然そう言われ、訳が分からずにキリトは戸惑うが、サクラはキリトから目を逸らし、慌てた様子で寝室に入ってバタンとドアをと閉めた。

 寝室に向かう直前、サクラの頬が赤くなって見えたのは、気のせいだったのだろうか?




平均五千文字とか言ったくせに六千文字超えばっかり出してる気がするなぁ……
次回はついにボス戦です。ルキヤ君の実力もわかるのでお楽しみに!
……といっても、実はSAOの原作って、私の知る限り主要人物の中に槍使いがほとんどいないんですよね。サチとシュミットくらいかな? でも二人共出番全然無いからほとんど脇役同然だし。
なのでソードスキルはゲーム版の技とオリジナルの技に分かれます。
一応序盤の技はいくつか知っているのでご安心ください。
ではここでどーでもいい豆知識を一つ。
実は最初の会議の時の攻略状況、原作(プログレ)とアニメでは微妙に違うんですよね。
アニメではボス部屋がすでに見つかっていますが、原作ではまだ最上階への階段を発見しただけなんです。こういう差異を見つけるのも原作ファンの楽しみ方の一つですね。
ちなみに私は、見ての通りアニメの方を採用させていただきました。
長くなりましたがそろそろこの辺で。
ボス戦は一気に投稿したいので、長い一話になるか二話に分けるかは未定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 コボルドの王(ロード)

どうも、テスト勉強の合間に第五話を書き上げた石月です←
ついにコボルド王との戦いです!
結構前にこれを投稿したときは、アニブレ買い取り商談事件(適当なネーミング)を泣く泣くカットしたのですが、執筆の気晴らしで追記することにしました。
なので本編の文章は結構変わってます。だいぶ原作やアニメに近い感じにできたんではないかと……
前置きが長くなりすぎる前に行きましょうか。
ではどうぞ!


 アイテム類の確認を終え、自分も寝ようと立ち上がりかけたとき、キリトの耳に、コン、コココンと部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 これは宿屋の女将ではなく、ある人物との間で決めた暗号のようなものだ。

 

 なぜか寝室へ引っ込んでいったサクラがまだ出てきていないのを見ると、キリトは扉を開けて外にいた人物を迎え入れた。

 

「わざわざ部屋まで来るなんて珍しいな、アルゴ」

 

「まあナ。依頼人(クライアント)がどうしても今日中にって言うもんだからサ」

 

 アルゴはそう言うと、勝手知ったる様子でソファに腰を下ろした。

 

 キリトは部屋の隅に置いてあるワゴンの前に行って、大型のピッチャーから飲み放題になっている牛乳をグラスに注いでアルゴの前に置いた。

 

「それで、話っていうのは? まあ大方、例の取引の件だろうけど」

 

 例の取引というのは、あるプレイヤーが匿名でキリトの持つ《アニールブレード+6》を買い取りたい、というものだった。

 

《+6》というのは強化段階のことであり、キリトは《森の秘薬》クエストの報酬として入手したアニールブレードを6回強化させ、その全てを成功させている。

 

 それを、二万九千八百コルという破格の値段で買い取りたいという人物がいるのだ。

 

「話が早くて助かるナ。その剣の代金を三万九千八百コルに値上げするそーダ」

 

「なっ……!」

 

 これにはさすがのキリトも、驚きのあまり絶句した。

 

 その代金もさることながら、そこまでの大金をかけてまで、なぜキリトの剣を欲するのか。

 

 現在、《アニールブレード》の相場は約一万五千コル。そして二万コルあれば+6まで強化するのに十分な素材が買える。

 

 つまり、単純計算で合計三万五千コルあればキリトのそれと同じ剣が作れるのだ。

 

「アルゴ、そのクライアントの名前に千五百コル出す。それ以上積み返すか、先方に確認してくれ」

 

「……わかっタ」

 

 例え匿名で接触してきても、アルゴを介していれば彼女から相手の情報を買うことができる。もちろん無条件ではなく、相手がこちらの指定した金額以上のコルを払えば、情報は明かされない。

 

 互いに依頼人の名前をオークションに掛けるように、最終的により多くの金額を提示した側が依頼人の名前を知る、或いは守ることができるのだ。

 

 アルゴが高速のタイピングで送ったメッセージは、約一分で返ってきた。

 

「教えて構わないそーダ」

 

 もう何が何やら、という表情でキリトはウィンドウを開き、千五百コル分のコインをオブジェクト化し、アルゴに渡した。

 

「確かニ。…と言っても、キー坊はもう、そいつの顔と名前を知ってるヨ。会議で大暴れしてたからナ」

 

「………まさか、キバオウ……か?」

 

 アルゴは無言で頷いた。

 

 

 

 翌日、朝十時に《トールバーナ》を出発した四十五人は、パーティーごとに隊列を組んで迷宮区へと向かった。

 

 道中発生した数回の戦闘も、ディアベルの見事な指揮で殆どダメージなく終わり、一行はついに、迷宮区の最深部、ボス部屋の大扉の前にいた。

 

 ここで、装備や持ち物、作戦の最終確認が行われ、その後にとうとうボス部屋へと突撃することになっている。

 

 そこにいるプレイヤーたち全員が張り詰めたような緊張感に包まれる中(サクラは別種の緊張でそれどころではなかったが)、キリトは作戦などの最終確認を行っていた。

 

「いいか、俺たちE隊(あぶれ組)の仕事は、取り巻きを相手にするE隊のサポートだ。《ルインコボルド・センチネル》は全身を鎧で覆ってるから、闇雲に攻撃しても大したダメージは入らない」

 

「ああ、わかってる。狙うのは喉元にある鎧の隙間、だろう?」

 

「そうだ。俺とサクラのどちらかが奴の長柄斧(ポールアックス)をソードスキルで跳ね上げるから、もう一人と一緒に交互に突き技で追撃してくれ」

 

 キリトの言葉に対するルキヤの答えは、意外なものだった。

 

「いや、僕にも前衛をやらせてほしい」

 

「え?」

 

 思いがけないルキヤの提案に、キリトは驚いた。

 

「一応、半分ソロみたいなスタイルでやってきたからね。近接戦でも戦えるよ」

 

「そんなこと言ったって……」

 

 ルキヤが使う両手槍は本来、前衛が作った隙をついてやや離れた場所から攻撃を叩き込む武器であり、決して前衛で敵の攻撃を受け止めるようにはできていない。だが、ルキヤはそれをできると平然と言ってのけた。

 

「まぁ、さすがにタイミングがつかめないと防御は難しいから、序盤の前衛は二人に任せるけど、慣れてきたら三人でローテーションを組んで前衛と攻撃役(アタッカー)を回していこう」

 

「わかった。ならそれでいこう」

 

「……それはそうと、この大人数の中で、サクラは戦えるのかい?」

 

 ルキヤの心配も当然といえば当然だ。彼らは隊列の最後尾にいるので、目の前に四十人を超える人がいることになる。今も、サクラはキリトの背中に張り付いて震えていた。

 

「大丈夫だ。サクラは戦闘に集中すればその場の人数は気にならなくなるらしい」

 

「それならいいんだけど…」

 

「おい」

 

 友好的とは言い難い声に振り向くと、そこにいたのは、E隊のリーダーであるキバオウだった。

 

 昨晩の取引の一件もあって警戒心を抱くキリトを、キバオウは剣呑な目つきで睨見つけて低い声で言った。

 

「ええか、今日はずっと後ろに引っ込んどれよ、ジブンらは、わいのパーティーのサポ役なんやからな。大人しくわいらが取りこぼした雑魚コボルドの相手だけしとれや」

 

 言うだけ言って去っていくキバオウに、サクラは「何、あれ……」と珍しく不満を顕にし、ルキヤは小さくため息をついた。

 

「あぶれ組はは調子乗んなってことか……?」

 

「それもあるだろうけど、活躍を取られたくないが故の牽制という意味もあるんだろうね。身勝手極まりないよ、まったく……」

 

 疑問符を浮かべるキリトに、呆れた様子のルキヤが返した。

 

 去っていくキバオウの背中に目をやったキリトは、ふと違和感を感じて眉を寄せた。

 

 キバオウは、およそ四万コルという大金をつぎ込んでまでキリトのアニールブレードを買い取ろうとしていた。

 

 その目的はおそらく、今回のボス戦で使うことだろう。いきなり武器を変えて使いこなせるかどうかはともかく、強力な装備品を得て大活躍したいという気持ちはわからないでもない。

 

 だが、それなら商談が失敗に終わった時点で、装備を新調していてもおかしくないのだ。四万コルあれば、キリトのアニールブレードと同等の性能の武器を入手することも不可能ではないし、防具だって更にグレードの高いものがNPCショップにも売っているはずなのだ。

 

 だが、キバオウの装備は、背中の片手剣といい、スケイルメイルといい、昨日の会議の場で装備していたものと何ら変わらない。

 

 今日の戦闘の結果如何(いかん)によっては死ぬかもしれないのに、四万コルもの大金をストレージに溜め込むことになんの意味があるのか……

 

 そこまで考えたところで、準備を終えたディアベルの声が聞こえてきて、キリトは思考をやめて扉の前に立つ青髪の騎士(ナイト)に目線を向けた。

 

「みんな、準備はいいか? もう、オレから言うことはたった一つだ。……勝とうぜ!」

 

 ぐっと拳を握り締めたディアベルの言葉に、その場にいた全員が真剣な顔で頷いた。

 

「行くぞ!」

 

 気合を入れるように叫ぶと、ディアベルはボス部屋の入口の大扉を力強く押し開けた。

 

 奥行きの長い長方形の部屋。入口から奥の玉座までの間に、等間隔で設置された二列の柱の間が主な戦いの場となる。

 

 玉座の上には、コボルド特有の赤い肌を持つ巨大な獣人型モンスターが座っていた。

 

 プレイヤーたちが一定の距離まで進むと、そのコボルドの両目が鋭く光り、立ち上がる。

 

 二メートルを軽く超える巨体が飛びあがり、空中で一回転して一団から少し離れた場所で着地した。

 

 ボスの見た目は、ベータテストの時と変わっていないように見える。

 

 右手に骨を削って作られた斧、左手には革製の円盾(バックラー)。そして、腰の後ろには鞘に納められた反りのある武器。

 

「グルアアアアッ!」

 

 獰猛な雄叫びを上げ、第一層のボスたる獣人の王《イルファング・ザ・コボルドロード》は鋭い目でプレイヤーたちを睨み据えた。

 

 その雄叫びが合図だったかのように、壁に空いた穴から全身を鎧で包んだコボルドが現れる。四回に分かれて現れる《ルインコボルド・センチネル》の、最初の三体だ。

 

 センチネルたちはイルファングの前に並ぶと、王とともに猛然と突進してきた。

 

「攻撃、開始!」

 

 ディアベルが掲げた剣をさっと振り下ろし、叫ぶ。

 

 十二月四日午後十二時四十分、ついに最初のボスモンスター戦が開始された。

 

 

 

 ディアベルの指揮能力は、ボスとの戦いでも存分に発揮された。

 

 (タンク)部隊のスイッチのタイミングといい、攻撃の指示といい、見事と言わざるを得ない。

 

 戦いは想像以上に順調なペースで進み、既にコボルド王のHPバーは三本目の半分まで減っている。

 

 その様子を視界の端で確認し、キリトは《ルインコボルド・センチネル》に向き直る。

 

 振り上げられた斧の軌道とタイミングを読み、切り上げの《スラント》で斧を弾いて高く跳ね上げる。

 

「スイッチ!」

 

 そう叫ぶが早いか、まずはサクラが、次いでルキヤが順に無防備な喉元に攻撃を叩き込む。

 

 その二人の動きは、キリトも驚きを隠せないほどのものだった。

 

 サクラの剣技は、一か月に及ぶ経験を経て鋭さを増し、今ではもうキリトの目では追えないほどのスピードになっている。

 

 一方のルキヤはというと、戦いの前に言っていた通り、長物装備でありながら見事に前衛役をこなしていた。

 

 本来長く持って使うのがセオリーであるはずの両手槍を、あえて少し短く持つことで接近戦でも長い柄が邪魔にならないようにしている。

振り下ろされる斧を横から叩いて軌道を逸らし、斧が再び振り上げられるタイミングに合わせて下から強く打ち上げる。相手の力を利用しているから、ソードスキルを使わずとも大きな隙を作ることができるのだ。

 

 攻撃の際も、至近距離まで近づいてから相手の喉元に槍の穂先をあてがうようにして《シャフト》を放っている。

 

 ゼロ距離からの強力な突き技は、クリティカルヒットすればそれだけで中ボスであるセンチネルのHPを三分の一近く削り取る。

 

 その技量といい、その身のこなしといい、キリトから見ても相当多くの経験を積まなければできないと思えるほど正確かつ無駄がない。

 

「スイッチ!」

 

 ルキヤがそう叫び、キリトは意識を切り替えてセンチネルに斬りかかっていった。

 

 キリトが追撃し、サクラがとどめを刺す。《ルインコボルド・センチネル》がポリゴンの欠片をまき散らして爆散した。

 

 その直後、近くにいたキバオウが、ひっそりと呟くように言った。

 

「アテが外れたやろ。ええ気味や」

 

「え?」

 

 意味がわからず、振り返りざまに聞き返す。

 

 キバオウは、眉をひそめるキリトを睨みつけながら吐き捨てた。

 

「下手な芝居するなや。わいはもう知っとるんやで、ジブンがこのボス攻略部隊に潜り込んだ動機っちゅうもんをな」

 

「動機……? ボスを倒すこと以外に、何があるっていうんだ?」

 

「何や、開き直りかい。まさにそれを(ねろ)うとったんやろが! わいは知っとるんやで。ちゃーんと聞かされとんのや。あんたが昔、汚い立ち回りでボスのLAを取りまくっとったことをな!」

 

「な………!」

 

 LA(ラストアタック)。止めの一撃。

 

 ボスへの最後の一撃を決めたプレイヤーに与えられる、経験値や獲得アイテムのボーナス。

 

 確かにキリトは、ベータテスト時代、ボスのHP残量を測りつつ高火力のソードスキルを叩き込み、LAボーナスを取ることを得意としていた。

 

 だがなぜ、キバオウがそのことを知っているのか。

 

 さっきキバオウは、『聞かされている』と言った。つまり、それは何者かがキバオウに教えたということ。

 

 そしておそらく、キリトのアニールブレードを買い取ろうとしていたのもその人物だ。つまりキバオウも、ただの代理人に過ぎなかったということ。

 

 だから買い取りを断られた翌日も平然と話しかけられたし、四万コルもの大金を商談に出しながらもそれを装備の新調に遣わなかった。否、遣えなかった。

 

 なぜなら、その金は彼のものではなかったから。

 

 真の依頼人は他にいて、四万コルもその何者かの所持金だろう。

 

 その人物はキバオウにベータ時代の情報を与え、元テスターへの敵意を煽って操った。

 

 その目的はおそらく、強い武器の入手ではなく、キリトの攻撃力を削いでLAボーナスの獲得を妨げることだろう。

 

「……キバオウ、あんたにその話をしたやつは、どうやってベータテスト時代の情報を入手したんだ」

 

「決まっとるやろ。えろう大金積んで、《鼠》からベータ時代の情報を買ったっちゅうとったわ」

 

 それを聞いたキリトは、嘘だと確信した。アルゴは売れるネタなら迷わず売りに出すが、ベータテスト時代の情報だけは何があっても売らない。

 

 その時、本隊か一際大きな歓声が上がった。

 

 見ると、コボルド王のHPバーの三本目が消滅し、最後の一本に突入した。

 

 コボルド王が吠え、それと同時に壁の穴からセンチネルが三体出てきた。

 

「雑魚コボ、もう一体くれたるわ。あんじょうLA取りや」

 

 憎しみのこもった声でそう言うと、キバオウはE隊の方へ戻っていった。

 

「何を話していたんだい?」

 

 側に来たルキヤが訊いてくるのを「いや……」と言葉を濁して少し離れたところにいるセンチネルを見た。

 

「まずは、敵を倒そう。最後の取り巻きだ。二人共、いけるな?」

 

「うん」

 

「ああ、問題ない」

 

「よし、行くぞ!」

 

 ちらりと本隊のほうを見るが、暴れ狂うイルファングに対しても慌てることなく指示を飛ばしているディアベルの姿が目に入った。

 

 この調子なら大丈夫だろうと思い、キリトは目の前のセンチネル達に向かって走り出す。

 

 振り上げた剣がセンチネルの斧を高く跳ね上げ、その隙にサクラとルキヤの追撃が入る。

 

 そのまま順調なペースでセンチネルを一掃して本隊の方を見ると、丁度イルファングの最後のHPバーがイエローゾーンに入ったところだった。

 

 イルファングが両手の装備を投げ捨て、腰の武器を滑らかに引き抜く。

 

「下がれ! オレ達が出る!」

 

 そのタイミングで、ディアベル達C隊が前に出て、イルファングを取り囲むように並んでいく。

 

(ここは壁役(タンク)を前に出してタイミングを見極めるのがセオリーじゃないのか…?)

 

 イルファングがタルワールに持ち替えたあとの攻撃は強力だが、使う技は正面への縦斬りばかりなので、攻撃の軌道とタイミングを掴めれば攻撃役(アタッカー)で囲んでも問題はない。あくまでも軌道とタイミングを感覚で掴めればの話であるため、普通はそれを把握するために壁役(タンク)を前に出すのがセオリーのはずだ。

 

 イルファングに向かって走っていく瞬間、ディアベルは訝しむキリトに向けて意味ありげな視線を送ってきた。

 

「……?」

 

 隣の二人は気が付かなかったが、確かにディアベルは、キリトに対して何かの意思を示したように見えた。

 

(待てよ……?)

 

 先程キリトは、キバオウの後ろにいる何者かの目的を、キリトのLAボーナス取得を阻止することだと考えていたが、おそらくそれだけではない。

 

 ディアベルはコボルド王の正面に立ち、初撃を捌くために盾を構える。

 

 そして、ボスの無敵モーションが終了し、イルファングが右手に持ったタルワールを……

 

(……タルワール?)

 

 その武器を見た瞬間、キリトの背中に戦慄が走る。

 

(違う……あの形状は、タルワールなんかじゃない……!)

 

 タルワールよりも細く、だが鋭い輝きを持った鋼鉄の刃。

 

 ベータ時代最大の強敵達が持っていた、モンスター戦用の武器。

 

(あれは……)

 

「だ、ダメだ……」

 

野太刀(のだち)……《 ()()() 》だ!)

 

「下がれ! 全力で後ろに跳べーッ!!」

 

 キリトの叫び声は、コボルド王が発動させたソードスキルのサウンドエフェクトにかき消された。

 

 大きく跳躍し、空中でギリギリと体を捻り、パワーを溜めていく。

 

 着地と同時に、()()()に向かって強力な斬撃が放たれた。

 

 カタナスキル重範囲攻撃《旋車(ツムジグルマ)》。

 

 キリトの視界左端にあるC隊の平均HPゲージが、一気に半分を下回った。

 

 その上、重攻撃をもろにくらった六人は、数秒間動けなくなるスタン状態に陥ってしまっている。

 

 吹き飛ばされたC隊の中で、硬直から回復したイルファングが次のターゲットに選んだのは、正面に倒れていたディアベルだった。

 

 エギル達何人かが、我に返って援護に動こうとしたが、遅かった。

 

 コボルド王が、ディアベルに向かって床すれすれから、野太刀を高く振り上げる。カタナ単発技。《浮舟(ウキフネ)

 

 大きく浮かされたディアベルは、空中で長剣を振りかぶって反撃しようとするが、不安定な体勢のせいでソードスキルが発動しない。

 

 硬直時間が非常に短い《浮舟(ウキフネ)》は、スキルコンボの最初の技だ。あれに浮かされたら、まずは体を丸めて防御姿勢をとらなけらばならないが、初見のディアベルにそんな対処は不可能だ。

 

 無防備なディアベルを、イルファングの野太刀が再度襲う。

 

 上下の連撃から、一瞬溜めて強力な突き。三連撃ソードスキル《緋扇(ヒオウギ)》。

 

 強烈なライトエフェクトは、そのすべてがクリティカルヒットであったことを示し、大きく吹き飛ばされたディアベルは、キリトたちのすぐ近くに落ちた。

 

 彼のHPバーは、大ダメージを受けて少しずつ減っていく。このままではあっという間に全損――死んでしまう。

 

 キリトは慌てて駆け寄ると、腰のポーチからポーションの小瓶を取り出した。

 

 普通なら、攻撃役(アタッカー)のC隊ではなく壁役(タンク)のA隊かB隊を前に出すべきだったのだ。

 

 そうすれば、これほどの大ダメージを受けることはなかっただろう。

 

「なんで、あんなことをしたんだ!」

 

 ポーションを差し出しながらキリトはディアベルの明らかなミスを注意しようとするが、その手をディアベルは拒んだ。

 

「お前も……ベータテスターなら、わかるだろ……?」

 

 その言葉にキリトははっとした。

 

「…LA(ラストアタック)・ボーナスによるレアアイテムの入手……やっぱりあんたも、ベータテスターだったのか……」

 

 ディアベルは答えない。だがその沈黙が、答えを雄弁に語っていた。

 

 それならば、ベータテスト時代のキリトのことを知っているのは当たり前だし、タルワールのスキルをよく知っているが故に、壁役(タンク)を前に出した様子見を必要としなかった。

 

 おそらく、キリトがベータテスト時代にあちこちでLAを取っていたプレイヤーだと早い段階で確信していたのだろう。そして、今回も同じことをされるのだと思った。

 

 フロアボスのLAボーナスで入手できるアイテムは世界に一つ(ユニーク)の高性能品であり、入手すれば戦闘力を大幅に上げられる。

 

 ディアベルはそうして得た力を、プレイヤー達を導く騎士として使おうとしたのだ。コンビを組んでも結局は利己的なプレイしかできなかったキリトと違って、ディアベルはベータテスターとしての知識も経験も、全てを他のプレイヤー達のために使おうとした。

 

 たった二人のコンビで戦っていくことしかできなかったキリトにできないことを、彼はやろうとしたのだ。

 

「後は頼む。……ボスを、倒してくれ……」

 

 ディアベルのHPバーが消滅し、彼の体が少しずつ光に包まれていく。

 

「みんなの……ために……」

 

 その言葉を最後に、騎士(ナイト)ディアベルは、ポリゴンの欠片となって消滅した。




殺陣が…かっこいいはずの殺陣がうまく書けてない気がする……
悩んだんですけど、結局ディアベルさんには死んでいただく結果となってしまいました。IFストーリー系の投稿見てるとたまにいるんですよね。「ディアベルは生き残ってほしいです!」って人。そういう人はSAOIFやって下さい。ディアベル助かりますから。
このあとサチも殺さなきゃならないなんて……(泣)
まあとりあえず、アニメ第二話のラストの部分まで一気に書き上げたので(文字数の関係でここで切りました)、この後またすぐに投稿します。お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 ビーター

というわけで第六話投稿いたしました。どうも、石月です。
先ほど言い忘れていましたが、誤字報告、ありがとうございます。間違えていた部分は訂正を適用させていただきました。他にも、「ここの言い回し違くない?」とか、「ここの漢字違くね?」とかいうのがありましたらどんどん訂正してください。定期的にサイトに入って見ていますので、気づき次第確認、訂正していきますので何卒よろしくお願いします。
何か言いたいこと、聞きたいことがありましたらコメント欄にどんどん送ってください。訂正と同様に気づき次第確認し、できる限り返信などもするつもりです。
では本編の方、行きましょうか!


 ディアベルが死んだ瞬間、声のない絶望がボス部屋に満ちる。レイドリーダーが真っ先に死んだこの状況で、誰もが混乱と絶望で動けずにいた。

 

 だが、キリトは違った。

 

「何で…何でや……ディアベルはん、リーダーのあんたが、何で最初に………」

 

 キリトは放心したように膝をついたキバオウの元まで行くと、その肩を掴んで無理やり引っ張り上げた。

 

「へたってる場合か!」

 

「な…なんやと?」

 

 微かに敵意をにじませてキリトを見上げるキバオウに、キリトは一気にまくし立てるように言った。

 

「E隊リーダーのあんたが腑抜けてたら、仲間が死ぬぞ! いいか、センチネルはまだ追加で湧く可能性が…いや、きっと湧く。そいつらの処理はあんたがするんだ!」

 

「なら、ジブンはどうすんねん。一人でとっとと逃げようっちゅうんか!?」

 

「そんな訳あるか。決まってるだろ」

 

 右手のアニールブレードを握りしめ、暴れ狂うコボルド王を見据えて言い放つ。

 

「ボスのLA取りに行くんだよ」

 

『ボスを、倒してくれ』

 

 ディアベルの言葉が脳裏に再生される。彼は『倒せ』と言ったのだ。『逃げろ』ではなく。例えLAの取得に固執し、命を散らしてしまっても、彼の卓越した指揮能力は本物だ。その彼が最後に下した決断は、《撤退》ではなく《血戦》だった。

 

 ならば、レイドの一員として、その遺志に従うのみ。

 

 キリトの考えを察して、サクラとルキヤも駆け寄って来た。

 

「…わたしも、行く」

 

「僕もさ。同じ、パーティーメンバーだからね」

 

「……ありがとう」

 

 それを断る理由も時間も無かった。

 

 三人は同時に床を蹴り、パニックに陥った前衛部隊を襲っているイルファングに向かって走り出す。

 

「手順はセンチネルと同じだ! 奴の攻撃は俺が捌くから、二人はボスを囲まないように注意しながら攻撃してくれ!」

 

「「了解!」」

 

 打てば響くような声に微笑を浮かべ、キリトはイルファングに向かって突進する。

 

 こちらに気づいたイルファングが、先頭のキリトに向かって一歩踏み出し、右手に持った野太刀を左の腰だめに構える。居合系ソードスキル《辻風(ツジカゼ)》。

 

 それをキリトは、突進系ソードスキル《レイジスパイク》で迎え撃つ。

 

「うおおおっ!」

 

「グルオオッ!」

 

 イルファングの攻撃にタイミングを合わせ、足の踏み切りと腕の振りで威力をフルブーストしたソードスキルを放つ。

 

 二つの斬撃が交差し、大量の花火を散らして相殺しあった。

 

「「「スイッチ!」」」

 

 声を揃えて叫ぶが早いか、サクラとルキヤが追撃のソードスキルを叩き込む。

 

 ノックバックから回復したイルファングの前にキリトが飛び込み、再びソードスキルを相殺する。

 

 大きく弾かれた両者の間に割って入ったサクラとルキヤが、ソードスキルを打ち込んでダメージを与える。

 

 キリトはベータ時代の記憶を頼りに、放たれるソードスキルの軌道を読み、ギリギリのところで捌き続けた。

 

 タルワールに比べて軽い分、とんでもない速さになっている技を、全力でブーストしたソードスキルでどうにか相殺しきるには、相当な集中力が必要になる。

 

 そして、十数回目の防御で、その集中が途切れるときは来た。

 

「しまっ……!」

 

 上段と読んだイルファングの攻撃は、その逆、下段からだった。同じモーションから上下ランダムで発動するフェイント技《幻月(ゲンゲツ)》。

 

 対処が間に合わず、キリトはイルファングの斬り上げをまともに食らってしまった。

 

 吹き飛ばされ、後ろにいたサクラにぶつかってそのまま倒れ込む。

 

 二人に向かって、イルファングの野太刀がぎらりと赤い光を放つ。ディアベルを殺した三連撃技《緋扇(ヒオウギ)》。

 

 その一段目が、二人を襲う直前、

 

「ぬおおおっ!」

 

 太い雄叫びが轟き、割って入った人影が、両手斧ソードスキル《ワール・ウィンド》でイルファングの野太刀をはじき返した。

 

「あんたがPOT飲み終えるまで、俺たちが支えるぜ!」

 

 そこにいたのは、褐色の肌と魁偉な容貌を持つB対リーダーの斧使いエギルだった。

 

「ああ、頼む」

 

 エギルのほかにも、回復を終えたレイドメンバーたちがやってきて次々とイルファングを足止めする。

 

 とは言え、初見のカタナスキルを相手に防戦一方となるばかり。だが、わずかなスキをついてサクラとルキヤが攻撃を加えていく。それでも与えるダメージは微々たるものだが、キリトの回復が終わるころには、イルファングのHPはレッドゾーンへと突入していた。

 

 その時、最後のバーサク状態となったイルファングが、エギル達を刀の一振りで弾き飛ばし、大きく上に飛ぶ。再び空中で体を大きく捻り、《旋車(ツムジグルマ)》のモーションに入る。

 

「くそっ!」

 

 エギル達は吹き飛ばされた勢いで体勢を大きく崩し、中には尻餅をついている者もいる。

 

 回避は不可能。そう判断し、キリトは空中のイルファングに向かって飛びあがり、剣を右肩に担ぐように構える。

 

「届…けええええっ!」

 

 空中の敵に対しても有効な突進技《ソニックリープ》が発動し、今まさに技を放たんとしているイルファングの腰に命中する。

 

 クリティカルヒット特有のエフェクトとともに、イルファングは大きく空中で体勢を崩し、少し離れた所の床に激突してわずかな落下ダメージを受けた。

 

 キリトはどうにかノーダメージでの着地に成功し、走り出す。

 

 即座にサクラとルキヤも追随し、キリトの横に並ぶ。

 

「サクラ、ルキヤ! 最後の攻撃、一緒に頼む!」

 

「うん!」

 

「ああ!」

 

 立ち上がったイルファングの攻撃をキリトが捌き、その間に入った二人がそれぞれ全力のソードスキルを打ち込む。

 

 次いでキリトも、硬直から回復するや否や、鮮やかな青のライトエフェクトをまとった剣で上段切りを放ち、イルファングの左肩から右脇腹までを一直線に切り裂く。

 

 残りHP、1ドット。だがキリトのソードスキルはここで終わりではない。

 

 素早く手首を返し、一発目と合わせてV字の軌道で切り上げる。上下二連撃技《バーチカル・アーク》。

 

「う…おおおおおっ!!」

 

 全身全霊の気合とともに放たれた二撃目がヒットし、敵のHPバーが消滅した。

 

 大きくのけぞった巨体体が不自然に硬直し、次の瞬間、第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》は、大量のポリゴンの欠片となって爆散した。

 

 

 

 静寂に包まれたボス部屋。イルファングが撒き散らしたポリゴンの欠片が完全に消滅した後も、誰一人として口を開く者はいなかった。

 

「お疲れ様」

 

 剣を下ろし、呆然とするキリトに、ルキヤが声をかけた。

 

 それが合図だったかのように、レイドメンバーたちの目の前に、獲得経験値とコル、ドロップアイテムを示すリザルトウィンドウが現れた。

 

 一同はそれを見つめ、数秒後、同時に歓喜の声を上げた。

 

 ハイタッチを交わす者、抱き合って喜ぶ者、嵐のような大騒ぎの中、エギルがゆっくりと立ち上がってキリトに歩み寄った。

 

「見事な剣技だった。Congratulations、この勝利はあんたのものだ」

 

 途中の英単語を、それこそ見事な発音で言ったエギルに、キリトはどう答えたものかと迷った後、せめて拳だけでも合わせようと右手を持ち上げたその時、

 

「なんでだよ!」

 

 突然、そんな声が響き渡った。

 

 さっきまでの歓声が嘘のように静まり返り、静寂の中、同じ声が悲鳴のような声で続けた。

 

「なんで……ディアベルさんを見殺しにしたんだ!」

 

 そう叫ぶのは、ディアベルのパーティーメンバーの一人だったシミター使いだ。

 

「見殺し……?」

 

「そうだろ! …だってアンタは、ボスの使う技を全部知ってたじゃないか! アンタが最初からその情報を伝えていれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」

 

 その言葉に、他のレイドメンバーたちがざわめきだす。

 

 コボルド王が使うのは、タルワールのスキルだと、攻略本には書いてあった。

 

 それに、カタナスキルを使うモンスターは、アインクラッド第十層の迷宮区にしか登場しないはずなのだ。

 

 彼らの間に、疑問の波が広がっていく。

 

 その問いに答えたのは、E隊の一人のダガー使いだった。

 

 彼は一団の前に出てくると、キリトに右手の人差し指を突きつけ、叫ぶ。

 

「オレ…オレ知ってる! こいつ、元ベータテスターだ! だからボスの使う技とか、うまい狩場とかクエとか、全部知ってるんだ! 知ってて隠してるんだ!!」

 

 その言葉を聞いても、レイドメンバーたちの間に驚きはなかった。誰もが初見であるはずのカタナスキルを次々と見切っていた時点で、それは容易に予想できたことだ。

 

 さらに何かを叫ぼうとしたダガー使いに、エギル率いるB隊の一人が手を挙げた。

 

「でもさ、昨日配布された攻略本に、ボスの攻撃パターンはベータ時代の情報だって書いてあったろ? 彼が本当に元テスターなら、知識はむしろあの攻略本と同じだったんじゃないか?」

 

 もっともな正論だが、ダガー使いには通じなかった。それどころか、さらに憎悪あふれる声で断言する。

 

「あの攻略本が…ウソだったんだ。アルゴって情報屋がウソを売りつけたんだ。あいつだってベータテスターなんだから、ただで本当のことを教えるなんてありえなかったんだ。そうだ、ベータテスターが三百人死んだなんて情報も、きっと保身のためのウソだ!」

 

 彼の憎悪が、他のレイドメンバーに少しずつ伝染していく。

 

(この流れはまずい……)

 

 キリトはひそかに息をつめた。

 

 自分一人が糾弾を受けるならまだいいが、このままではベータテスター全員が敵意の対象になってしまう。

 

 彼らの知識と経験は――たとえ絶対ではなくとも――、このデスゲームをクリアする上で必要不可欠なものだ。

 

『みんなの……ために……』

 

 死ぬ直前のディアベルの声が脳裏に浮かぶ。彼はこんな状況を望んではいなかった。

 

 それどころか、ベータテスターとしての知識と経験を、自分のためではなくすべてのプレイヤーのために使おうとさえしたのだ。

 

 俯いたキリトの視界に、表示されたままのウィンドウが映った。

 

 そこに書かれているのは、獲得した経験値とコル、ドロップアイテム、そして……

 

「おい、君……」

 

「お前……」

 

 我慢の限界が来たらしいルキヤとエギルが、ダガー使いに詰め寄ろうとしたその時、

 

「ふふ…あははははははっ!」

 

 響き渡る笑い声。嘲笑を含んだその声の主は、キリトだった。

 

 あっけにとられたダガー使いの前に進み出ながら、キリトは口元に冷笑を浮かべて言い放った。

 

「元ベータテスター、だって? オレを()()()()()()()()()()()と一緒にしないでもらいたいな」

 

「な……なんだと……?」

 

「よく思い出せよ。SAOのベータテストは、とんでもない倍率の抽選だったんだぜ? 受かった千人のうち、ほとんどはレベリングのやり方も知らない初心者だったよ。今のあんたらのほうがまだマシさ」

 

 侮蔑極まるキリトの言葉に、その場にいた全員が凍りついたように沈黙する。

 

「でも、俺はあんな奴らとは違う」

 

 冷たい笑みを深くし、キリトはその先を口にした。

 

「俺はベータテスト期間中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知っていたのは、そこでカタナを使うモンスターと散々戦ったからだ。他にもいろいろ知ってるぜ? 情報屋(アルゴ)なんか問題にならないくらいな」

 

「なんだよ…それ……」

 

 ダガー使いが、驚愕の表情で後ずさる。

 

「もうそんなの、ベータテスターどころじゃねぇじゃんか……もうチートだろ……チーターだろそんなの!」

 

 周囲からもそれに賛同する声が上がる。「ベータ」と「チーター」が合わさり、「ビーター」という単語が聞こえてくる。

 

「……《ビーター》、いい呼び方だなそれ」

 

 そう言って、メニューウィンドウを開く。

 

「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは元テスター如きと一緒にしないでくれ」

 

 装備フィギュアを開き、LAボーナスで入手した「コート・オブ・ミッドナイト」を装備する。

 

 今まで装備していたダークグレーの革コートの代わりに、名前の通り夜の闇を思わせる漆黒のロングコートがキリトの全身を覆った。

 

「二層の転移門は、俺が有効化(アクティベート)してきてやる。出口から主街区まで少しフィールドを歩くから、ついてくるなら初見のMobに殺される覚悟しとけよ?」

 

 黒革のロングコートをばさりと翻し、キリトはボス部屋の奥にある扉に向かって歩いて行く。

 

(これでいい。これで、ベータテスターはただ知識があるだけの《素人テスター》と情報を独占する利己的な《ビーター》に分かれる。俺はもうパーティーやギルドには入れないだろうけど、他のベータテスターたちへの差別は少しはマシになるはずだ)

 

 誰も動けない中、キリトはそう考えながら石の大扉を開け、迷宮区の出口へ向かって行った。

 

 大扉が閉まった後、サクラは、わずかな逡巡の後、キリトの後を追いかけて走り出す。

 

「お…おい、正気か?」

 

 声を掛けるプレイヤーが何人かいたが、サクラはそれを無視して大扉から出ていった。

 

 続けてルキヤも後を追おうとしたその時、

 

「ちょい待ちや」

 

「待ってくれ」

 

 キバオウとエギルが、後ろから彼を呼び止めた。

 

 

 

 キリトは、迷宮区の外周、第二層を見渡せるテラスの端に座ってメニューウィンドウを開いた。

 

 そのままパーティーメニューへと移り、パーティー解散ボタンを押そうと手を伸ばした。

 

「キリト」

 

 そこへ、追いついてきたサクラが声を掛けた。

 

「……ついてくるなって、言ったのに」

 

「言ってないよ。キリトは、死ぬ覚悟があるなら来いって言ったんだよ」

 

「…そうだったな」

 

 キリトは苦笑した。

 

「……ここが、第二層なんだね」

 

 キリトの隣に座ったサクラが感慨深げにサクラが呟いた。

 

「ああ」

 

 そうして少しの間、二人はその景色に見入っていた。

 

 やがて、後ろから誰かの足音が聞こえてきた。足音の主は二人の後ろで立ち止まると、眩しそうに目を細めた。

 

「これは……壮観だね。一ヶ月かかってようやくたどり着いたことを思うと、感慨深いものがあるよ」

 

「お前も、初見のMobに殺される覚悟をしてきたのか、ルキヤ?」

 

 キリトの後ろに立って景色を眺めていたルキヤは、苦笑して首を横に振った。

 

「まさか。流石にそこまでの勇気はないよ。僕は伝言を伝えに来たんだ」

 

「伝言?」

 

「まずはエギルさんから、『次のボス攻略も一緒にやろう』って。それとキバオウさんから」

 

 そこでルキヤは一度咳払いをして、キバオウの関西弁を再現した。

 

「『今回は助けてもろたけど、ジブンのことはやっぱり認められん。わいは、わいのやり方でクリアを目指す』だ、そうだ」

 

「そうか……」

 

 その言葉を脳内で反芻する。そこへ、ルキヤがさらに続けた。

 

「それと、これは僕から」

 

 ルキヤは、サクラの反対側に腰かけてその先を言った。

 

「……本当にありがとう。ホルンカの森で助けてくれたことも、ベータテスターをかばってくれたことも」

 

「ルキヤ……」

 

「僕は、君の言う《素人のテスター》の一人だ。…と言っても、ベータテストに当選したわけじゃなくて、当選していた知り合いのソフトとナーヴギアを借りて、一日プレイしただけなんだけどね。その知り合いが、あの時死んだコペルだ」

 

 誰かに対して言うのではなく、独り言のようにルキヤは続けた。

 

「凄かったよ。この世界では、本当の意味で、現実世界とは全く違う自分になれるんだって思った。武器一本を頼りに、この美しい世界を駆け抜ける……その喜びと興奮が忘れられなくて、SAOと、ナーヴギアを買った。はじまりの街を出たのも、クリアを目指すとか、強くなりたいとか、そんな理由じゃなくて、純粋にゲームを楽しみたいと思ったからなんだ。でも……」

 

 そこで一旦、ルキヤは言葉を切った。風の音がやけに大きく響く中、ルキヤはまた口を開く。

 

「でも、コペルが死んだとき、それは幻想だったって実感させられた。コペルは、これがデスゲームなんだって理解した上で、それでも戦うことを選んだ。そんなコペルでさえ死ぬこの世界で、『楽しむ』だなんて言ってる自分は、生き残れないんじゃないかって。そう思いかけた時、君たちの剣戟が見えたんだ」

 

 ルキヤは、キリトとサクラを見て微笑んだ。

 

「君たちは、全力で戦ってた。負ければ死ぬとわかっていても、楽しむことなんてできないはずのデスゲームの中で、全力で剣を振るう、その剣技に憧れた。君たちの剣が、まるでいつ燃え尽きてもいいとでもいうように光り輝く流星に見えたんだ。君たちの強さがその輝きにあるのなら、僕は僕の強さ(輝き)を見つけてみたいと思った。そのおかげで、僕はここまでこれたんだよ」

 

 立ち上がると、ルキヤはキリトとサクラを交互に見つめた。

 

「ありがとう、キリト、サクラ。また一緒に戦おう」

 

 そう言って、ルキヤは元来た道を戻っていった。ややあって、ルキヤがパーティーを脱退したことを知らせるメッセージウィンドウが現れ、視界右端の彼の名前とHPバーが音もなく消えた。

 

 キリトも立ち上がり、サクラに声を掛けた。

 

「サクラも戻れよ。俺といたって迷惑がかかるだけだろ」

 

「戻らない」

 

 テラスの端に座ったまま、サクラはかぶりを振った。

 

「わたし、まだキリトに教えてほしいことがたくさんあるよ。それに…」

 

 そこまで言うと、サクラはキリトを見上げてにっこりと笑った。

 

「言ったはずだよ? 私は、キリトの味方だって」

 

 今まで怯えたような暗い表情しか見せてこなかったサクラの明るい笑顔に、キリトは一瞬、不覚にもドキッとしてしまった。

 

「ベータテスターがどうとか、ビーターがどうとか、わたしにはわからない。キリトはキリトだよ」

 

 キリトは知らなかったが、それは人見知りのサクラが本当に親しい人にしか見せない、心からの笑顔だった。

 

「キリトが一人で行くって言っても、わたしはついていくよ」

 

 笑顔のまま立ち上がったサクラに、それまでの内気そうな印象はなかった。キリトは、きっとこれが、サクラという少女の本当の姿なのだろうと思った。

 

「……わかったよ。これからもよろしくな、サクラ」

 

「うん!」

 

 こうして、二人は第二層主街区《ウルバス》へと向かって歩き始めた。




というわけで、今回で第一層攻略編は終了となります。
この次は幕間的なショートストーリーを加えた後、赤鼻のトナカイ編となります。
読者の皆さん、サクラは内気な子だと思ってたでしょ?
全然違います。あの子は人見知りであがり症で群衆恐怖症なだけで、実際はとても明るくて優しい子なんですよ。
今回でようやく完全にキリトに心を開き、ようやく明るいサクラちゃんが書けると大喜びしている作者がここにおりますw
長くなりそうなのでここであとがきは終わります。
何度も言っている通り期末試験が近いのでしばらく投稿はお休みさせていただきます。
試験が終わり次第書こうかなとは思っていますが、遅くなると二月中には出ないかも……?
まあ気長にお待ちください。では!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 小話詰め合わせ

実に一月半ぶりの投稿になります。どうも、石月です。
この度は長いことお待たせして本っっっっっ当に申し訳ありませんでしたm(_ _;)m
年度始めで皆さん忙しいと思いますが、今年度もどうぞよろしくお願い致します。
今回はアニメ第二話と第三話の間の短編を3つ入れております。
ではどうぞ!


 1、同調する剣技

 

 

 

 アインクラッド第十一層の迷宮区、キリトとサクラは、狭い通路でモンスターの群れに挟まれていた。

 

 下半身は蛇、上半身が人の槍を持ったモンスター。正式名称を「スピリットラミア・ランサー」通称ラミア。

 

 前後から2体ずつ、計4体。キリトは前の2体、サクラは後ろの2体を相手に応戦するが、2対1では流石の二人も分が悪い。

 

 押され気味になりながら、キリトはどうにか一体を倒す。ほぼ同時に、後ろでサクラも一体倒した気配があった。

 

 倒したラミアの爆散エフェクトに紛れて突き込まれる槍を剣で弾くが、わずかに押されて左足でたたらを踏む。

 

 同時に、槍を躱して一歩下がったサクラと背中合わせになった。

 

 互いに左足を一歩引いた姿勢。次の瞬間、半ば無意識に二人は叫んだ。

 

「「スイッチ‼」」

 

 全く同時の合図から、背中合わせのまま左に回ってお互いの位置を入れ替えた。振り返りざまに同時に放つ右水平斬りが、ラミアの腹を真一文字に切り裂く。

 

 サクラは《ホリゾンタル》の硬直が解けると同時に、振り下ろされる槍を躱して《スラント》で逆袈裟に斬り上げ、隙の少ない三連撃技《シャープネイル》でHPを一気にイエローゾーンまで削る。

 

 キリトは右水平斬りからそのまま手首を返して左切り払い、体を一回転させてもう一度左から、そして最後にフォアハンドでの右水平斬り。片手剣水平四連撃《ホリゾンタル・スクエア》。ラミアのHPバーが、こちらもイエローゾーンに入った。

 

 ラミアの反応が鈍い。急に相手の攻撃パターンが変わったためだ。

 

 その隙を逃さず、二人はさらなる追撃を仕掛ける。

 

 左脇に抱え込むように構えたサクラの剣が、ほぼ同時に二回打ち込まれる。左から一発、その直後に右からもう一発。二連撃技《スネークバイト》。

 

 キリトは剣を上に放り上げると、突進しながら突き込まれるラミアの槍を躱して顔面を殴りつけ、落ちてきた剣をキャッチ、上体を仰け反らせたラミアのがら空きの胸部に全力の上段斬りを叩き込む。片手剣·体術複合技《メテオ・フォール》。

 

 硬直が解けた二人は、ラミアの振り回す槍を躱して素早く距離をとり、再び背中合わせになった瞬間、今度は無言で同時に右に回る。

 

 それと同時に剣を左脇に構え、サクラは《レイジスパイク》、キリトは《スネークバイト》を放つ。

 

 キリトの攻撃を受けたラミアがポリゴンの欠片となって爆散する。だがサクラの《レイジスパイク》を受けたラミアは、まだHPバーを一割ほど残していた。

 

 キリトのように《スネークバイト》を使えれば良かったのだが、サクラはさっきそれを使ったばかりで、まだ冷却時間(クールタイム)が残っていた。

 

 だがサクラは焦ることなく、《レイジスパイク》の硬直に入る前に、左手を強く握って脇に構える。赤い閃光に包まれた左ジャブが、ラミアの顔面を強打した。エクストラスキル《体術》の基本技《閃打(センダ)》。ラミアの状態が大きくのけぞり、そのHPバーが残り数ドットのところまで減少する。

 

 打撃系ソードスキルは、総じて相手をノックバックさせる時間が長い。その時間は、キリトが《ソニックリープ》で飛び込むには十分だった。

 

 仰け反った隙だらけの胴を深く切り裂かれ、ラミアは無数のポリゴンの欠片をまき散らして爆散した。

 

 

 

「……さっきの連携、すごかったね」

 

「確かに、あんな動きができるなんて思わなかったな」

 

 迷宮区を少し進んだところにある安全地帯で、二人は先程の戦闘について話していた。

 

 背中合わせでのスイッチ。言うは易しだが、実際はとても難しい。

 

 スイッチというのは元々、正面の敵に対し、前後で隊列を入れ替えて攻撃する連携だ。主な目的としては、ソードスキル直後の隙をカバーしたり、パターンを変えて敵のAIに負荷を与えたりなどがある。

 

 重い大技でで大ダメージを与えるSTR型(パワータイプ)のキリトに対し、サクラは中、小の基本技を速く、的確に急所に当てて敵のHPを削るAGI型(スピードタイプ)だ。

 

 そのため、二人のスイッチの相性は悪くないと言える。だが、背中合わせでのスイッチはタイミングが取りづらく、互いの動きを阻害してしまうことのほうが多い。

 

 しかし、先程の戦闘では、背中合わせになった瞬間に同時に合図し、ほぼ完璧と言えるほどシンクロした動きで互いの位置を入れ替え、二回目は合図すらなかった。

 

 そして最後の攻撃の時、サクラは後ろからのキリトの追撃を半ば無意識に察していた。

 

 だから、HPを削りきれないと分かっていて、《閃打》による追撃でノックバック時間を稼いだのだ。

 

「ねえ、キリト」

 

「ん?」

 

「確か、前にも似たようなこと、あったよね?」

 

「似たようなこと?」

 

 首を傾げたキリトは、少し考えてから、「ああ…」と思い出したように顔を上げた。

 

「ホルンカの森で、ネペントの群れと戦った時の……」

 

 二人の意識が、何かで繋がったような感覚。互いの動きが、手に取るように感じ取れた。

 

 ほぼ無意識で戦っていたためよく覚えていないが、あの時も、二人は互いにアイコンタクトすら取らずに連携を取れていた気がする。

 

「一糸乱れぬ連携って、ああいうのを言うのかな…?」

 

「多分な。けど、もう一回やってもさっきみたいに上手くはできないと思うぞ」

 

「どうして?」

 

「うーん、なんて言えばいいか……さっきのは、二人ともほぼ無意識だったろ? 考えるより先に体が動くくらい集中してないと、さっきみたいなのはできない…と思う」

 

「そっか……」

 

 サクラは残念そうに肩を落とすが、すぐに気持ちを切り替えて顔を上げ、隣に座るキリトの顔を見つめた。

 

 一糸乱れぬ完璧な連携は、経験もそうだが、当人同士の相性が何よりも大事になってくる。

 

 この世界で出会ってから数ヶ月しか経っていないが、不思議とサクラは、キリトと一緒ならどこまでも行けそうな気がしていた。

 

 彼といれば大丈夫。ひどく人見知りなはずの彼女は、いつの間にかそう思うようになっていた。

 

 

 

 

 

 2、白夜の兆し

 

 

 

 索敵スキルの効果で、視界に遠くから接近する魔物を示すカーソルが見えた。その数、3つ。

 

 緑色の巨大なハチのような見た目を持つ虫型モンスター。固有名は《スタッグ・ワスプ》。

 

 レベル的には十二分にマージンを取れているため、表示されるカーソルの色は薄桃色だ。

 

 だが、3体もいればマージンなどあってないようなもの。特にソロの場合は僅かな油断も命取りになりやすい。

 

 ルキヤはここ最近愛用している両手槍《飛燕十文字槍》を背中から外して自然体で構えた。

 

《和風》をテーマにした第十層の鍛冶屋に作ってもらったからか、英語ではなく日本語、しかも漢字表記というある意味珍しい武器だ。

 

 スピード重視の軽い武器で、ルキヤの戦闘スタイルにはぴったりだった。

 

 本来はリーチを稼ぎ、攻撃に遠心力を乗せるため長く持つのが両手槍のセオリーだが、あえて少し短めに持ち、長い柄が邪魔にならないようにする。

 

 元々ルキヤは、家柄もあって幼い頃から古今東西の様々な武術に触れて育ってきたため、槍の扱いもすぐに覚えた。

 

 恐らく、純粋なプレイヤースキルはベータテスターを除けばトップクラスと言えるのではないだろうか。

 

 事実、攻略組と呼ばれるトッププレイヤー達の中でも、槍の扱いにおいてルキヤに敵う者は誰一人としていない。

 

 先頭のワスプがルキヤの手前で一度ホバリングし、尻についた針で突き刺そうと突っ込もうとする。

 

 だが、攻撃モーションの開始と同時に、素早くルキヤの槍がその腹を貫き、ワスプは体制を崩す。

 

 その左右から突進してくるワスプの右の方は槍で斬りつけて牽制し、右からくるワスプの噛みつき攻撃を槍の柄でガードする。

 

 槍に噛み付いたまま離れないワスプに対し、ルキヤは一度槍を手放して素早く右足を振り上げる。モーションを検知してソードスキルが発動し、後方宙返りしながらの蹴り上げを繰り出す。《体術》スキルの基本技《弦月(ゲンゲツ)》。

 

 顎に挟んだ槍を離し、ワスプは後ろ向きに回転しながら大きく吹き飛ばされ、木に激突したダメージも加わってHPバーががくっと減少し、同時に一時的な気絶(スタン)状態になる。

 

《弦月》の硬直が解けると同時に、ルキヤは落ちてくる槍をキャッチして素早く左に薙ぎ払う。

 

 突進してくる2体のワスプの腹を水平に斬り裂くと、返す刃で左側のワスプの腹を逆袈裟に斬り上げる。クリティカルヒット特有の手応えとともに、HPバーがレッドゾ-ン手前まで減少する。

 

 気絶(スタン)状態の解けた右のワスプは切り上げた槍が放物線を描くような切り下ろしで地面に叩きつけると、左と中央の2体のワスプの攻撃を槍の柄を使って器用に捌き、右のワスプの開きかけの顎に鋭い突きを浴びせて倒す。

 

 爆散するポリゴンの欠片を振り払うように水平に槍を振って残りの二体を牽制し、引き戻した槍で中央のワスプの喉を貫いて倒す。

 

 左のワスプが針で突き刺そうと突進してくるのを危なげなく躱し、横から隙だらけの脳天めがけて大きく槍を振り下ろす。《両手槍》スキルの斬撃系基本技《フォール・エッジ》。

 

 攻撃の勢いで地面に叩きつけられたワスプがポリゴンの欠片となって爆散し、ルキヤは体を起こして小さく息を吐いた。

 

「ふう……もうMobの再涌出(リポップ)が始まってるのか。急いで戻ろう」

 

 そう呟くと、ルキヤは入り組んだ森の出口に向かって足早に歩き始めた。

 

 

 

 ルキヤは第一層の頃から、普段はソロで、たまに人数不足などで助っ人を募集しているパーティーに一時的に参加する、俗に言う『野良プレイヤー』というスタイルを貫いている。

 

 なぜかというと、これには複雑な事情があった。

 

 今のルキヤが持っているスキルは、《両手槍》《索敵》《隠蔽》《武器防御》《体術》などといった、完全にソロプレイを前提とした構成なのだ。

 

 故に今更パーティープレイをやろうと思っても、本来後衛のはずの両手槍使いが前衛にいるという実に変則的な編成をしなければならず、一時的な助っ人ならともかく、進んでパーティーを組もうという人はいないのである。

 

 それ以前に、《索敵》や《隠蔽》、更には《武器防御》のスキルを取ってしまった時点で、パーティープレイの安全性よりソロプレイの経験値効率を取ったという事実は隠しようもない。

 

 と、いうのがルキヤ本人がキリトたちに対して言ったことであるが、実際は単なる強がりである。

 

 ルキヤは、デスゲームが始まったその日に、目の前でパーティーメンバーのコペルを死なせている。

 

 コペルは、これがデスゲームだと知った上で、ベータテスターとして最前線で戦い続けることを選んだ。

 

 その末に、不幸な偶然が重なったあの森での戦いで、恐らく初めてモンスターとの戦いで命を落としたプレイヤーとなった。

 

 キリトたちには気丈に振る舞ってみせたが、内心は全く違った。せめて自分が後衛に徹することなく積極的に前で戦っていれば、コペルは死なずに済んだのではないか。ルキヤは何日もの間、そんな後悔に苛まれ続けた。

 

 だが、後悔すると同時に、その時の戦いで垣間見た剣技が忘れられずにいた自分に気がついた。

 

 キリトとサクラが見せた、剣と一体化したかのように美しく、それでいて鬼気迫るような剣技と、一糸乱れぬ連携。

 

 これが《戦い》だと、直感的にそう思ったルキヤは、せめてその二人だけは守ろうとしたのか、迫りくるネペントの攻撃をかつてない集中力で防ぎ切り、最後には二人と力を合わせて残った3体を一掃した。

 

 その時の感覚が蘇り、ルキヤは無意識のうちに立ち上がり、宿を出ながら頭の中で素早くこれからすべきことを整理した。

 

 それから先は長いようで、過ぎてしまえばあっという間にも思えた。

 

 両手槍というスタイルは今更変えられない。ならばと、現実世界で培った経験や知識を活かし、両手槍のまま前衛で戦う術を身に着けた。

 

 パーティーメンバーはいらなかった。より多くの経験値を効率良く得るために、ルキヤは最も経験値効率の高いソロプレイを選択し、ひたすら自分を鍛え続けた。

 

 疲労のあまりダンジョンの奥深くで倒れそうになったことも何度かあった。だが、幸い周辺の敵を一掃したときばかりだったので、最寄りの安全地帯まで行って仮眠をとる余裕はあった。

 

 後になって思えば、その頃の自分はまるで、空を走る流星を追いかける少年だった。

 

 届くか届かないかなど考えもせず、ただひたすらその流星の向かう先が知りたくて、気がつけばとても遠い所まで来てしまっていた。

 

 そうして迎えた第一層のボス攻略。

 

 集まった数十人の中にキリトとサクラを見つけ、声を掛けてパーティーを組んだ。

 

 本当はその時にお礼を言おうと思っていたのだが、このタイミングでは遺言のようだと思いとどまり、ボス戦が終わったら言おうと決めた。

 

 二人とパーティーを組んで挑んだボス戦、ディアベルの死を乗り越えてどうにかボスを倒し、キリトはベータテスターたちへの逆恨みの感情を一人で背負うことを選んだ。

 

 ルキヤは、ベータテスターの端くれとして、キリトに全ての責任を押し付けてしまったことへの謝罪と、命を救い、新たな道を示してくれたことへの感謝を伝えた。

 

 以来、ルキヤは両手槍使いのソロプレイヤーとして頭角を現し、キリトたちと共にいくつものボスと戦い続けた。

 

 ゲームクリアを目指したわけではない。ただ、物心ついた頃から武術に触れて育ったからか、SAOにおける強さの限界を、そしてその先にあるものを見てみたいと思ったのだ。

 

 その意志はやがて、決して沈むことのない太陽のような光へと昇華していくことを、誰も知る由はなかった。

 

 

 

 

 

 3、桜花の巫女

 

 

 

 アインクラッド第十層フロアボス《カガチ・ザ・サムライロード》との死闘から二日後。

 

 第十一層の主街区《タフト》のはずれにある2階建ての宿屋。キリトとサクラは、その一室を借りていた。

 

 十分な広さのある2Lkの部屋にしては家賃もお手頃で、第十一層攻略の拠点をここにしている。

 

「キリト、サクラ、いるかい?」

 

 コンコンとドアをノックする音に続いて、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

 キリトがドアを開けると、そこには白い服に身を包んだ青年――ルキヤが立っていた。

 

「こんばんは、キリト」

 

「ああ、久しぶりだなルキヤ。十層のボス戦以来か? とにかく上がれよ」

 

「うん、お邪魔するよ。サクラも久しぶりだね」

 

「お久しぶりです、ルキヤさん」

 

 部屋のソファに座ったルキヤの前に、キリトがお茶の入ったコップを置く。

 

「ありがとう」

 

 ルキヤの正面のソファーに座ったキリトに、隣りにいるサクラがぴったりと体を寄せた。

 

 少し前まではこのスキンシップにドギマギしていたキリトも、今では慣れたものだ。

 

「早速だけど、今日はサクラに用があって来たんだ」

 

「え?」

 

 ルキヤが来たのはキリトに用があるからと思っていたサクラは、驚いた顔になった。

 

「サクラに?」

 

「うん。と言っても、そこまで重要でもないと思ってたから、今の今まで忘れてたんだけど…」

 

 ルキヤはそこまで言うと、メニューを操作してサクラの前にトレードウィンドウを出した。

 

「アルゴが十層で受けたクエストの報酬の中に珍しい物があったらしくて、僕からサクラに渡すよう頼まれていたんだ」

 

 サクラの前のウィンドウを覗き込むと、アイテム名の欄には「カスミの巫女服」と書いてある。

 

「「巫女服?」」

 

 キリトとサクラが揃って疑問符を浮かべる。

 

「そう。圏外で非武装状態の時に隠密(ハイディング)に大幅なボーナスがあるんだけど、ご覧の通り巫女装束なんだ。アルゴは『こんなのオレっちには似合わないヨ。サッちゃんなら似合うんじゃないカ?』ってさ」

 

「なるほどな」

 

 キリトは得心したように頷いた。確かに、サクラは髪と目の色こそ黒ではないものの、顔立ちは日本人らしさが強く出ている。

 

「せっかくだし、試してみるか?」

 

 サクラは頷くと、トレードを受諾して一度彼女の寝室に入って行った。

 

 数秒後、

 

「ど…どうかな…?」

 

 出てきたサクラの姿に、キリトは思わず目を見開き、ルキヤは感嘆の溜息を漏らした。

 

 キリトもルキヤも、テレビや神社などで時折巫女の姿を目にすることはあったが、サクラの巫女服姿はその誰よりも様になっていた。

 

 基本的なデザインは一般的な巫女服と変わらないが、袖口や襟などに名前のモチーフであろう霞桜の花びらのうような模様がうっすらと入っていて、それが全体の雰囲気を華やかにしている。

 

 袖口も裾も、戦う上で動きを阻害してしまわない絶妙な寸法になっていて、剣士としての印象を少しも損なっていない。

 

 キリトは以前から和服が似合いそうな容姿だとは思っていたが、これは予想以上だった。

 

 桜色の髪と銀色の目が和服の印象を損なうかとも思ったが、むしろこのデザインにはそういった色合いのほうが映えている。

 

 桜をイメージした模様が彼女の髪色と相まって春を連想させ、日本人離れした銀色の目が、ファンタジー世界のようなイメージをもたせる。

 

 キリトは驚きのあまりボーッとサクラを見つめていたが、サクラが視線に耐えかねて顔を赤くしてモジモジし始めたので慌てて目をそらした。

 

「驚いたね。サクラのことだからきっと似合うと思ってたけど、まさかここまでとは」

 

 ルキヤがしみじみとそう言う。それはキリトも同じだった。

 

「同感だな。よく似合ってるよ、サクラ」

 

「本当?」

 

「ああ、本当だ」

 

 キリトが頷くと、サクラはぱあっと明るい表情になる。が、微笑ましそうに見ているルキヤの視線に気づき、羞恥で顔を真っ赤にして俯いた。

 

「それじゃあ、僕はこの辺でお暇させてもらうよ。お茶、ご馳走さま」

 

 ルキヤはどこか含みのある笑顔でお礼を言って立ち上がり、二人の部屋を後にした。

 

 部屋には、キリトと耳まで真っ赤になったサクラが残された。

 

「えっと……」

 

 何を言うべきか迷った挙げ句、

 

「そ…そんなに恥ずかしがらなくてもいいんじゃないか? その……本当に似合ってるし、か…可愛いと思うぞ?」

 

 人付き合いスキルの低いキリトに言えたのは、そんなぐだぐだでドストレートな励ましだけだった。

 

「っ!? ~~~~!!」

 

 だが、サクラは更に顔を真っ赤にし、犯罪防止コードが発生しないギリギリの勢いでキリトをぽかぽかと殴る。

 

「え、ちょっ、なんで?」

 

 両手でそれを防ぎながらキリトは控えめに抗議するが、結局サクラの気が済むまでそれは終わらなかった。

 

 

 

 その後も、サクラはその巫女服を大事に使い続け、ステータスが追いつかなくなってもプライベートの服装として愛用し続けたのだが、それはまた別の話。




2つ目の前半部分はルキヤの殺陣を書きたくて後付けで書いたやつです。話の流れ的に不自然だと思うんですが、そこはまぁ、ツッコんだら負けってことで。はい。
3つ目はお分かりの通り、ただのキリトとサクラのイチャイチャ回(?)ですね。書きたいから書いた。ただそれだけ。反省? 後悔? してないっ!
3つとも、今後の話につながるところはちゃーんとあります。次回は赤鼻のトナカイ編! お楽しみに…したくないのは私だけではないはず……多分


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。