Fate/the Atonement feel 改変版 (悪役)
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序章 敗北の少年
始まりは苦しみから


 

よく人は自身の事を、才能が足りなければ失敗作だ、と自嘲する。

それに関しては、もしかしたらそうなのかもしれない、と俺も思いはする。

何も出来ない事、何も成し得ない事に怒りを覚え、歯噛みする。

経験や運は補える事があるが、才能だけはそう簡単に補う事は出来ないだろう。

だから、天才と呼ばれる人間は凡才、と言われる人間から嫉妬やら憎悪を受ける責任がある、という事なのだろう。

凡人ではない俺からしたら、その仕組みを納得や理解を示せるわけでは無いが、そういうものだ、というのは知っている。

 

 

 

その上で(・・・・)

 

 

俺は凡人である人に、曰く天才である俺に言いたい文句が一つあった。

もしかしたら、凡人所か、同じ天才ですら文句を言いかねない感想なのかもしれないが、それでも俺には言わざるを得ない文句があった。

 

 

 

 

最悪な程の天才は(・・・・・・・・)、そんじょそこらの失敗作よりも最悪な失敗作である(・・・・・・・・・)、と

 

 

はっきり言わせて貰おう。

天才が素晴らしい、美しい、輝いていると思っている人間に対して勝手に言ってくれると本気で思う。

天才であれば思うがままに生きれると思っていると?

ああ、それはそうかもしれない────が、その思うがまま(・・・・・)を突き詰めた結果など、それこそ同類くらいしか知るまい。

 

 

 

 

そうだ、こんなもの………こんな光景(・・・・・)を見るのに比べれば、凡才である事なんて天国だろうに………!!

 

 

歯噛みと共に意識の視界が見るのは、余りにも荒涼な砂漠であった。

否、砂漠という表現も実際には正しくないのだろう。

 

 

 

これは何かではない(・・・・・・)

 

 

物質所か、魔力的なものですらない。

ただ、あくまで人間である己の脳でも処理できるようそう見えるだけの、見たくもない■■の欠片だ。

 

 

こんなものを羨ましい、と思う人間がいるのかと思うと絶望する。

こんなものを妬ましい、と思う人間がいるのかと思うと自殺したくなる。

 

 

こんな■■を見せられて、一体、何が嬉しいと言う。

より幸福である姿を、より不幸である姿を延々と見せつけられて、何がいいのか、さっぱり分からない。

だから、今、ようやく意識がこの砂漠の形をした恐怖から逃げようとしている事に心底からホッとする。

そうやって、何度目かの逃避を行いながら、己は思うのだ。

 

 

 

才能なんて要らない。欲しければ幾らでもやるし、無料でやる

 

 

 

だから、凡人という者が謳歌している"普通"というものを与えて欲しい、と。

そう、心底から願う。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

「────っ! はぁ…………」

 

 

目を覚ました直後に、まるでフルマラソンを走り終えた直後のような疲労感に襲われ、自分は息を荒げる。

狭い個室に最低限の荷物のみを広げた空間で、俺は震える体を抱き締めて、生の実感を得る。

いや、得られたのは生の実感ではないかもしれない。

生の実感を得るには対極の死の実感を得なければいけない。

だけど、自分を包もうとした恐怖は決して死ではない。

そんな冷たくも、終わり上がるようなあっさりとしたものではない。

それを良く分かっているからこそ………シンは何もかもから逃げ出し、そして今も負け犬のように震えている。

無様だと誰もが言うのだろう。

だけど、俺からしたら知った事か、という所だ。

逃げて逃げて逃げ続け、最後はあっさり死ねれば、最高の人生だ。

他人の文句何て聞いてられる余裕なんて俺には一切ない。

 

 

 

 

※※※※

 

 

 

アメリ―・ランベールという少女は手鏡で自分の今の状態をチェックしながら、ある人物を待っていた。

己はフランス人の容姿からそう外れた姿から外れず、多くはいないが決して少なくはない金髪の青目で、まぁ、自慢するわけでも無いが、容姿もまぁ、悪くはないのではない、はず。

………もう少し胸の辺りに肉が来てくれないか、と歯ぎしりする事はあれど、不満に思う事は特にない人間だ。

しかし、まぁ、やはり女として男の目の前では、よりマシな自分でありたい、と願うもので、それがまぁ、うん…………好いた相手なら猶更だろう、と脳内でつい自己弁護する。

落ち着け―落ち着け――、と今の内に深呼吸をしていると

 

 

 

「────んぁ。アメリ―か………相も変わらず律義だな…………」

 

 

若干眠たげな声を持って話しかけてくる声に従い、振り返るとまぁ、見事な少年がいるのだから。

女の私ですら羨む赤毛の髪を無造作に背に流しながら、中性的な、しかし酷く整った顔を欠伸で歪める姿は最早、完璧である。

彼はシン・カヤマ。

日本から来た留学生であり、日本人の呼び方に則れば、カヤマシン。

別に特に珍しくない存在ではあるのだが…………ここまで何か文句を言いたくなるような容姿をしていると、勝手にスペシャル感が出てしまうものである。

日本人は童顔だーーってよく聞くけど、若さだけで得れるようなものじゃないだろ、と何か理不尽に突っ込みたくなる。

 

 

 

「………そのだらしなさと対比したら、誰も彼もが律義に見えるんじゃないの、シン」

 

「さぁ? 少なくともただ近所で、留学生であるだけで、こんな風に待ち合わせして面倒を見るような人間は日本ではお人好しって言うけど」

 

 

しかし、見た目の割には男性的な声で、その上で口が回る相手にうぐぐ、と少し唸りながら、しかし、ふん、と鼻を鳴らして歩き出す。

流石にそんな事は百も承知だ。

私だって、こんな行為、物好きな人間がやるような行為でしかない、という事は自覚している。

実際、物好きなのだろう────まさかこんな留学生に、一目惚れするなんてアメリ―・ランベール。一生の不覚である。

しかし、だからと言って、後悔するのも柄ではない。

してしまったものは仕方がない。

取り返しが効かないのならば、もう後は手に入れるだけだ。

恋愛シュミレーションの経験値はほぼ0ではあったが、要は戦争だ。

外堀中堀全て埋め尽くし、城主をとっちめれば勝ちになるのだから、責め続けるのみ、と思い、恥を忍んでこうして会いに来ているのだが

 

 

 

迂闊…………私が距離感に甘えるとは…………

 

 

全世界の人間は間違いなく、今の自分の状況に対してヘタレ、という感想を抱いただろう。

というか私が遠慮なく言う。

このヘタレ。

おっかしいなぁ…………私ってそこら辺、思い込んだら後悔するよりも早くはい、アクション! それからのやっちまった! の筈なんだけど、恋愛だけ奥手とか乙女か…………乙女だね、現状。

はぁ………と朝から溜息を吐いてしまうが、自業自得である以上、どうにもする事が出来ない。

 

 

「とりあえず、行きましょう。貴方、毎回ギリギリに起きてくるのだから」

 

「朝は弱いって毎回言ってるだろ? 早起きなんて俺からしたら怪異だよ怪異」

 

「馬鹿な事言ってないで早く歩きなさい。朝っぱらから怒られたら余計に気が重くなるでしょうが」

 

馬鹿な少年に朝のジャブを入れながら、私は歩き出す。

───私の背に、下らないモノを見るような瞳を向けていることを知らないまま。

 

 

 

「……全く。これだから悪趣味なのは嫌なんだ」

 

 

 

※※※

 

 

アメリーと一緒に難なく学校に入り、教室に入り、席に座る。

場所は教室の端。

最も、中心から遠く、最も人からの視線を外しやすい場所だ。

───そこに座れるように多少、色々と手を使ったが、シンとしてはそれが都合が良かったのだ。

お陰で、誰からも話しかけられる事がない。

まるで、世界から忘れられているような感触が、自分にとっては他のどんな贅沢よりも嬉しかった。

アメリーの事だけが、例外でまぁ、別に不愉快ではないのだが……それでも見ていてむかむかしてくるモノがあるが、自分の存在を考えれば、仕方がないのだろう、と我慢している。

直接、何かをされているわけでもないし、何もしなければ何も起きないだろう、と思い、黙認している。

その思考に至った時、自分も立派な悪趣味野郎か、と自嘲したが、事実である以上、否定知る気も起きない。

 

 

 

「────」

 

 

逃げて逃げて逃げ続け、ここまで逃げて、更に逃げる。

臆病者らしい生き方にシンはおかしくなりそうだ。

自分を囲む世界は幸せそうに、退屈そうに笑い合っている。

きっとそれは当たり前の日常で、当たり前の人間の営みなのだろう。

全ての人間が享受する事は出来ずとも、大抵の人間は謳歌している平凡なサイクル。

 

 

 

 

────その輪に入れる人間を、シンは心底から恨めしかった

 

 

 

 

※※※

 

 

あっという間に授業が終わり、自然とアメリーの目線は少年が座っている座席に向かい、声をかける覚悟を作って───少年の姿がそこにないのを理解し、思わず体を突っ伏した。

 

 

速い……

 

 

あっという間の逃亡である。

本当にそういった部分は不思議だ。

あれ程、存在感がある容姿をしているくせに、どうしてそこまで気配を消して動くことができるのだろうか

拙い知識で手品の誘導などに使う、ミスディレクションという技能があるのは知っているが、そんな技があったとしても、あの容姿と独特の存在感を隠し切れるのだろうか。

現実に起きたことを疑っても意味ないわねー、と吐息を漏らして起き上がろうとして

 

 

「なーーに突っ伏しているのアメリーー」

 

「ひあーーーー!!?」

 

 

唐突に諸に両胸の辺りに背後から手が伸ばされ、覆われ、掴まれた為、素っ頓狂な悲鳴を上げる。

クラスに残っていた女子は何やってんの? という目を向け、男子は羨ましい……!! と野獣のような視線をこちらに向けて来たので慌てて両手を撃退した。

 

 

「何すんのよ! この色情魔!」

 

「その二つ名、嫌いじゃないZE」

 

クラスメイトのムードメイカー担当がこちらの怒りに躊躇わずに親指立てて笑顔を向けるので、殴り飛ばそうか、と本気で考える。

が、した所でギャグによる攻撃に対しては耐性があるか……と思い、断念する。

これだからボケ属性はいけない。

そんな風に憤る私に、友人の一人である少女は指を適当に振り回しながら

 

 

「どしたのーー?」 

 

「……まぁ、魚を逃しただけよ」

 

流石に人前だから大っぴらには言いたくないので口を濁す。

しかし、ムードメイカー故に察しがいい友人だ。

あーーー、と呟きながら視線が彼が座っている座席の方に向くのを見て、誤魔化し切れないか、と一息吐く。

 

 

「よくやるねぇ」

 

 

その間に貰った一言に、変な言い回しを感じる。

感嘆の一言に聞こえるが……それ以上に、何というか呆れの響きが多分に込められている。

いや、確かに現状を鑑みれば呆れられても仕方がないかもしれないが、この友人はそこまで皮肉を効かせるような友人ではないから、少しだけ眉を顰めてしまう。

 

 

「まぁ、遠回りしているのは私も分かるけど……」

 

「あーー………」

 

 

私の言葉に、友人も言葉が足りない事を察したのか。

ぼやきながらも、言葉を探すように視線を彷徨わせる。

周りにいた人がほとんどいない事を確認した後、観念するかのように溜息を吐き

 

 

 

「いや、まぁ………何と言うか……よくまぁ、アメリーはあんなに怖いの(・・・)に近づきに行くなぁって」

 

 

不穏当な言葉に、流石にアメリーも驚いて友人の方に視線を強く向けるが、向けられた本人は告げた言葉に対する罪悪感は感じても、撤回する気はないみたいだ。

再びあーーー、と枕を置きながら

 

 

 

「いや、うん。別にシン君が悪い人とかヤンキーだ、とか言ってるわけじゃないんだよ? 話しかければ普通に答えるし、消しゴム落としたら拾うくらいはするし、特に場や雰囲気を乱すような人間じゃないっていうのは分かってる」

 

 

続けられた言葉に、彼に対して悪意を持って見ているわけではない、という証明の意を持たせた友人の言葉に、自分も頷く。

頷くが……しかし、逆に言えば、悪意や偏見を持っていないのに恐怖を抱えるというのはどういう事だろうか? と胸の内に生まれた疑問に対して、友人も再びあーー、と前置きをしながらも律義に答える。

 

 

「何て言えばいいのかなーー? 居なくなりそう? いや、うーーーん………そうじゃなくて………何と言うか、そこに居るんだけど、空けてるみたいな?」

 

「何それ。幽霊みたいって事?」

 

「違う違う。幽霊っていうのは死んでるっていうより、もう形がないものでしょーー? シン君は何か、そこに確かに居る筈なのに(・・・・・・・・・)、ふと近付けば、あっという間に消える(・・・・・・・・・・)感じなの」

 

 

一瞬、硬直するが………しかし後に沸き上がった気持ちは強烈な納得だった。

言い得て妙とは正にこの事だ。

確かに少年を見ているとその手の不安に駆られることは有り過ぎる。

そこに確かにいるのに、ふと視線を向けるとあっという間に消え去る蜃気楼のようなあわい。

近付けば近付くほどに、少年の現実感は離れているような感覚を、一体何度感じた事か。

まるで、鏡合わせの鏡像だ。

鏡に映った彼に触れても、触れられるのは鏡であって少年ではない。

本当の彼はまるで合わせ鏡の中のどこかにいるような………映っている以上居る筈なのに、触ることができない幻のような彼。

 

 

「………そんな不確かさを感じるから怖い?」

 

「まぁ、それもあるんだけど………ほら、私、そんなに彼と話していないのに、こんなにもこう、違和感感じてしまったの」

 

 

それが一番怖い、と。

特に深く接したわけでもなければ、何かを知っているわけでもない。

なのに、まるで捻じ込むように刻まれる少年のイメージ。

獅子を見れば、それだけで凶暴で人単独の力では打ち勝てぬ、と確信するかのような在り方を、同じ人間がしている事が怖いのだと。

 

 

 

「………」

 

 

それを責めることはアメリーには出来なかった。

当たり前だ。

同じクラスで、特に親しくない少女が得たという事はより親しい自分にはよりはっきりとその印象が脳内に刻まれている。

何時か消え去る蜃気楼のような儚さと終わりを内包した少年。

それはそう────まるで四月に降る雪のような不確かさな形であった。

だから、私は彼女を責めることも、同意する事もしなかった。

アメリーは笑みで気に死ななくてもいいでしょ、と笑いかけ、カバンを持ち、帰ろうとする。

そんな自分の背に、友人は何か思う事があったのか。

ねぇ、と小さく私に呼びかけ、

 

 

 

「どうしてそうなったの?」

 

 

酷く遠回りでありながら、直接的な言葉。

隠されている意味をしっかりと認識したアメリーは唐突でありながら、よく考えれば問われても不思議ではない言葉に、そんなの、と脳内からその理由を取り出そうとして────

 

 

 

 

───■まって■るじ■ない

 

 

 

「────秘密」

 

 

流石にそれを教室で言うのは恥ずかしい。

幾ら少年が何か違うのであったとしても、私の気持ちは他の特別なモノと違いなどない。

そういうのは胸に秘め続けるものである………と思う。

だから、アメリーは颯爽と教室から去る。

 

 

 

 

 

────そこに不自然さはなく、少女は当たり前のように自分の気持ちに正直にいた

 

 

 

 




はい、どうも初めましての方は初めまして。
悪役のFateの改変版を投稿する事にしました。


大分、以前とは違う感じになってますが、まず始まりは冬木からではなく、そもそも日本ではない、フランスの郊外の町からスタートです。
そして同時にシンの設定が、前作よりもネガティブになっています。
そんな風に以前とは違う所も多々ありますが、出来る限り以前とは変わらぬFate愛で書いていくつもりなので、どうか見守っていただければ幸いです。


感想・評価など宜しくお願い致します。


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道は幾万に

 

 

 

シンは今、自分が住んでいる町を適当に歩いていた。

目的も理由もない歩行は最早、夢遊病のそれに近い。

ゆらりゆらり、と揺れる自分はまるで海に漂う塵屑のような気分で、酷く無様だ。

同じように流れる人々は、決して明るかったり、熱意があるような顔を浮かべているわけではないが……それでも、歩く為の理由を以て歩いていた。

 

 

仕事の為に歩いているものもいれば、買い物の為に歩いている人もいる。

 

自分みたいに学校帰りの人間もいれば、ただ遊びに行く為にものもいた。

 

あるいは主要の通りにはいないが、路地に通るような道には蹲る人間もいた。

 

 

誰も彼もが幸福を噛み締めているわけではない。

幸福なだけな人間が皆無で………しかし、逆に不幸なだけの人間は存在する。

それを理不尽だ、と弾劾する権利も無ければ、吠える勇気もない俺だが……それでも(・・・・)

それでも、そんな両者に対して、醜い憎悪を生んでしまう自分の思考回路に、最早、呆れる事も出来ない。

人間にとって生きる事は苦痛の連続でしかない、というのを心底理解しても、俺にはそんな苦痛を当たり前に受け取れる人が余りにも憎らしく────乾いた笑みを浮かべるしかない程に羨ましかった。

 

 

 

「………意味のない嫉妬だな、シン」

 

 

思わず口に出して呟く言葉の軟弱なこと。

無味乾燥な嫉妬心では何一つ意義を生み出さない。

さもありなん。

シンはただ、他人を無駄に羨んで、不幸面を浮かべ、被害者ぶっている餓鬼でしかない。

不幸なだけはいる────けど、幸福なだけな人間はこの世にいない。

凡人だろうが天才だろうが怪物だろうが英雄であったとしても、必ず傷を抱えている。

同じ傷を抱えているモノもいれば、個人特有の傷を持って苦しんでいる人間もいる。

誰も彼もが、己の傷に対して苦しみながら、それでも足掻いている。

俺だけじゃない。

俺だけが特別、傷ついているわけでもなければ、俺だけが特別過ぎる、というわけではないんだ。

解っている。

解り切っている。

解り切っているからこそ………その解り切った事実に性懲りもなく拘っている自分の卑屈さがどうにも醜くて

 

 

 

「ぁ………!!」

 

 

────下らない思考が一つの小さな、しかし心に届く鳴き声によって断ち切られる。

 

 

反射的にそちらを振り返ると、そこには一人の、小さな少年が声を張り上げて泣いている光景があった。

人々がいる場所で、無邪気に泣けるのは子供の特権だな、と勝手に思うが、子供の涙には余程の事がない限り嘘はない。

今、少年が流している涙は、もしかしたら俺達にとっては酷く些細な理由によるものなのかもしれないけど………子供にとっては、それは慟哭を以て誰かに伝えねばならない苦しみだ。

………そんな少女の涙を、人々は気付きはしても、手を取ることもしなければ声を掛ける事もない。

何人かは振り向き、子供が泣いている事にどうしたのか、と眉を顰めるものもいるが結局、近寄らない。

酷い者によっては、そもそも無視している者もいる。

 

 

 

………国は違えど、どこにでもある光景だ

 

 

善意でもなければ、残酷な事に悪意ですらない形がそこにあった。

小さな子供が泣いても、それは自分には関係ないから、自分ではどうしようもないから、自分は忙しいから、で人は容易く悲しみを見捨てる。

………別に、そんな誰か達を責めるつもりはない。

こうして、何もしない自分も間違いなく同類であり………そもそも自分には誰かの手を取る資格がない。

だから、自分もその光景を胸に収めながらも、しかし目を逸らし、歩き出そうとし

 

 

 

「────ぱぱぁ………ままぁ………」

 

 

ああ、くそこの馬鹿………!

 

胸に浮かんだ怒りは全て己に向けられたものであり───歩き出そうとしていた足を戻し、少年の方に近寄る己の偽善に対する殺意であった。

苛立ちから生まれるそれは、決して小さなものでもなければ、嘘でもない。

なのに、体は憎悪を無視して、泣きじゃくる子供の傍まで歩き、膝を着く。

地面に触れた膝は汚れるが、そんなのは至極どうでもいいと扱いながら、声を掛ける。

 

 

 

「────どうしたんだ坊主。迷子か?」

 

 

声を掛けられた子供は泣きじゃくりながら俺を見上げる。

しかし、泣く事に熱中している為、言葉を上げる事も出来ずに、やっぱり少年は泣き続けるだけで、口も動かすことも出来ない。

通常の手段では、今直ぐに少年から言葉を貰う事は出来ない────魔術を使えば、別だが。

勿論。そんなものを使う気は一切なく、俺は根気強く、少年が泣き止むのを待った。

すると少年も俺が待っていると理解したのか。

必死にひき付く喉を抑えようとしながら、少年は確かな言葉を作り出した。

 

 

 

「い、いえ………か、帰れ、なくて………」

 

「迷子か。家の道は分かるか?」

 

 

やはり、予想通りに迷子か、と思い、それならば家に帰せば問題は全て解決するが、問題は少年が帰り道を覚えていなかった場合、どうするか、との事だが……少年は違うと首を振った。

 

 

 

「ぱぱとまま……何時もおこってて……だから……」

 

 

 

かえりたいけどかえれないの

 

 

 

「────」

 

 

少年の慟哭は酷く普遍的なもので………しかし、だからこそ重みを伝えてきた。

軽く少年の肉体を診てみたが、傷らしき部分もないし、庇っている様子はない。

怒っている、というのは少年に対してではなく両親同士であるというのならば………確かに少年は帰る事が出来ないのだろう。

 

 

 

少年が帰りたい家は怒りの声ばかりが上がる辛い家ではなく、自分によく帰ってきた、と告げてくれる暖かな家なのだから。

 

 

「………」

 

 

ありきたりな家なのだろう。

ありきたりの形が幸福ではなく不幸なだけの、よくある家庭。

当然、そんなこじれた人間関係をどうにか出来る能力はシンにはない。

自分は余りにも無価値で………無意味である事を望んでいるのだから。

だから、自分に出来る事は精々、この子を家に戻すだけで………だけで………

 

 

 

「そっか───でも、大丈夫だ坊主」

 

「え………」

 

「お前の父さんと母さんは………ほんの少し疲れているだけだ。何なら俺からも頼んでみるよ。もう少し坊主の事を見てやれって」

 

 

だけなのに………口から洩れる言葉は無責任な言葉の羅列。

正しく、子供にしか通じない戯言であり狂言の類だ。

それを本当の子供に告げているのだから、呆れるしかない。

そんな恥知らずの自分は、最後まで恥知らずに、無責任な言葉を綴る。

 

 

 

 

「大丈夫だ──ここには妖精も、人攫いもいない。帰りたい、と思えるのなら、きっとまだ帰れる」

 

 

 

──どの口が言う

 

 

そんな吐き気を催すような言葉を吐き散らかす口に憎悪しながら………シンは一度めを閉じ、そして開く。

そこには先程までは碧色に光っていた瞳は、まるで刃のような銀色に光り、そして──

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「おにーちゃん! ありがとうーーー!!」

 

 

 

シンは少年が嬉しそうに手を振ってさよなるを告げるのを、その傍で少年の父と母が頭を下げるのを風景にしながら、背を向けていた。

少年の言葉には一切の虚飾も無ければ嘘もない────が、当然、そんな言葉を受けても、シンの心が晴れる事は一切なかった。

 

 

 

「………ほんと、無様………心の贅肉にも程がある………」

 

 

ポツリと独り言を漏らす言葉には心底からの吐き気しか籠められていない。

何だ、これは。

こんな事をして、俺は自分を許せれるとでも思っているのだろうか?

それとも何だ? これを贖罪のつもりだとでも思っているのか?

 

 

 

「ふざけんなよド畜生が………」

 

 

これで誰かが救えているとでも?

確かに先程の家族は運よく両親が確かに少年を愛していたからこそ、軽い暗示と魅了でどうにか出来たが、それでも他者の心情を弄んだ事には変わりないし、何よりもその場鎬だ。

焦点を今の状況から息子に少しだけ向けさせただけで、何れ暗示では誤魔化し切れない現状が、再びあの家族を襲う。

その結果、再び手を取り合うのか、離れるのかは流石に予測出来ないが………つまり、どっちにしろ自分がした事は無価値だという事だ。

無駄に掻き乱してるだけだ。

それを、まるでさも良い事をした、みたいに振舞うのだから、本当に殺したくなる程の屑だ。

はぁ………と大きな溜息を吐きながら、シンは空を見上げる。

何時の間にか、空は夜に塗り替えられ始めており、今の暦は二月である事を考えれば、まだまだここから冷え始めるだろう。

とっとと家に帰るのが吉なのだろうが………何となく今は帰る気が起きない。

かと言って、外食したり、人通りがある所を歩きたいわけではないので、どうしたものか………と思っていると視界に一つの建物が映った。

 

 

 

「教会か……」

 

 

日本では余り見る事がない神の家。

日本では神社の方が土地柄的に合っているが、欧州では当然、こちらがメジャーだ。

小さい物から大きい教会まで幾つもあるが、共通点として、教会は静謐だ。

痛いくらいの沈黙は最早、一つの境界だ。

今の気分には丁度合っている、と思い、足を向ける。

 

 

 

───信仰心など欠片も持ってはいないが

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

歯ぎしりするような音で開く扉を潜り抜ければ、そこは予想通りに沈黙の園。

普通の教会であるから、そこまで装飾過多ではないが、それでも日本の常識で見れば、十分に美麗な一部屋。

十字架に張り付けられた主を中心に、世界は今、凍った時の中にあった。

 

 

 

「────」

 

 

極限を超えた静けさは、それだけで一つの異常だ。

無音もまた一つの表現なのだろうが、完全完璧な無音は最早、現代には存在する事はほぼ不可能となっている。

その中で、この教会は現代で許される限りの無音を表現していた。

その余りの静けさ(尊さ)にシンは信じてもいない癖に、神に感謝したくなる所だった。

 

 

 

静かであるという事は何もない、という事だ。

 

 

無音(ここ)には未来も、過去も、希望も絶望も、期待や不安も0と1ですら無い。

自分以外の誰もいない、という事がどれだけ救いか。

勿論、一番の幸いは自分という存在がこの世に一切の傷も残さずに消え去る事なのだが……それを成し遂げるには、自分には才能が無い、とよく理解していた。

だから、自分に許されるのは出来うる限り誰にも関わらず、ひっそりと暮らし、そしてとくに何も残さずに死んでいく事。

この世の誰もがしている事だ。

なのに………

 

 

 

「何で………」

 

 

そんな簡単な事も出来ないのだろう。

恥ずかしくて仕方がない。

そこまで考えて、ふと先程の子供を思い出し………泣いていた理由を思い出す。

家族。

自分を生んだ血の繋がった両親であり………子供が帰る場所。

どちらもシンが捨てて、逃げたモノだ。

それを思い出すと………本当に心の底から死にたくなる。

母さんからは託される筈だった魔術師としての夢と強さを捨てた。

親父からは本来、歩む筈だった理想と生き方を奪い、壊した。

本当に、散々な結果しか残していない。

せめて最後に残した"あの人"だけは笑ってくれているだろうか、と思うが………"あの人"も、母さんも親父も、無駄に………苦しいくらい優しい人達だから、気にしなくてもいい子供の事を、今も探しているのだろうか。

そんな事しなくていいんだ。

 

 

母さん………貴方の子は、魔術師としては欠陥品だ。

 

 

忘れて、無くして、出来るのならば次の子に託してほしい。

 

 

親父………あんたの子は、正義という観点からしたら落第品だ。

 

 

昔みたいに迷わず切り捨ててもいい存在だ。

否、それだと切り捨てられた他の人に失礼だ。

なら、自分は切り捨てられる価値すらない塵だと思って欲しい。

だから、と思い、見上げた先には何も映らず、それにホッとしながら

 

 

 

「────もう、いいんだ」

 

 

そんな下らぬ独り言を漏らし

 

 

 

 

「────良くはないだろう。君はまだ、何一つとして断ち切っていないのだから」

 

 

 

甘えた戯言だと、切って捨てる言葉が、己の体を切り裂いた。

 

 

 

「────────────あ」

 

 

思わず胸を押さえ、膝をつける俺は本当に斬り付けられた仕草をしており、他人から見たら大袈裟な、と言われるようなリアクションだろう。

しかし、シンを襲う衝撃は決してまやかしではなかった。

 

 

 

「ほぅ………流石、と言うべきか。如何に忘れ去ろうと君の魔術回路と魂は■■が刻まれている。で、あるならば君と私の位階はそう変わらない………いや」

 

 

全身が痙攣するような衝撃に抗いながら、ノイズが走る視界で前を見るとそこには何時の間にか人が立っていた。

黒衣のようなモノを着ながら、しかししっかりと立つ様は普通の人の姿の筈なのに………シンの感覚からはまるで数千年を超えても尚、勇壮と立つ偉大なる世界樹のように見えた。

 

 

 

人の姿でありながら、人の姿を超越した偉大なる何か。

 

 

人の視覚ではピントすら合わないのか。

顔も見えないまま相対するが………声を聴く限り、年は老境に差し迫っているらしい。

最も、声が老いていても、その強さは微塵とも揺るがず、老いてもいないのだが。

存在するだけで、世界を拉がせる存在を前に、シンの意識は混濁していく。

何もしなければ、それだけで倒れそうな存在を前にシンは何も出来ずに────

 

 

 

「その臆病な分だけ劣化はしているか────中途半端に可能性(未練)を残しているようではな」

 

 

 

────唇を噛み千切り、その流血と痛みを以て不確かな己を繋ぎ止める。

 

 

他の罵倒ならまだしも未練を残している、というのは聞き捨てられない。

確かに自死を選べていない時点で未練があるのではないか、と言われても仕方がないが、かと言って、それ以外は自分は確かに捨てた筈だ、という思いが、怒りとなって目の前の存在を睨む力となる。

その事実に、ほぅ、と感嘆を吐き出していやがるが、そんなの知った事ではない。

俺は捨てたんだ。

 

 

 

家族も、初恋も、友人も、未来も、魔術も、生き方ですら捨て去った。

 

 

これ以上、何が俺に残っているという。

何時の間にか鋼の色に変貌している瞳に気づかないまま、その思いを視線でぶつける。

ただの人間ならば、それだけで串刺しになり、動きが止まるはずが、しかし目の前の存在は一切、気にも留めずに

 

 

 

「異な事を言う────君は何も捨てれていないではないか」

 

 

まだ言うか、という思いが意地となり、開くことも難しい口が勝手に喋り出す。

 

 

「何が………残っている、と言うんだ………!!」

 

「何もかもが。未だに魔術回路が全て残っているから、君の魔術師としての人生は何も途切れていない。君の家族と初恋の少女は、未だ諦めていない以上、君達は未だ繋がったまま。友も未来も────生き方も、君が今、こうして生きている以上、確かにあるものだ。ほら、君は何も捨てれてはいない」

 

 

両親の事どころか、自分の初恋の人ですら知っている様子に焦りを覚えながら………言われた言葉に絶句する。

………それは、確かにそうだ。

この■が言う通り、自分が捨てたと思っていた事柄は全て、己の内と外に残っている事になる。

無論、その気になればどれも今から捨てれるものだ。

魔術回路は焼き切ればいい。

大事な人との縁も、それ以外の全ても、■■シンという存在を全て抹消させれば、あっという間に全て捨て去れる。

だけど………だけど、それをすれば………

 

 

 

「君の両親が、君に注いだ全てが無価値と消えるだろうな。つまり───結局の所、君は君自身を裏切ることは出来ても、家族を裏切れ切れていない」

 

 

 

裏切れ切れていない────

 

 

それは呪いのような言葉であった。

ここまで裏切っておいて、最後の最後に踏み止まるなんて裏切り切るよりも性質が悪いではないか。

そんなどうしようもなさが………つい弱音となって口から吐き出された。

 

 

 

「じゃあ────どうしろってんだよ!!」

 

 

思わず教会の床を叩く。

床がひび割れたのを見ると無意識の内に強化の魔術を使っていたのかもしれないが、そんなのは知った事じゃない。

 

 

「あのまま突き進めば良かったって言うのか!! 魔術師のお題目の根源の渦とやらに!! 下らない!!」

 

凡百の魔術師が聞いたなら、百回殺されても文句を言えないような言葉を、臓物を吐き出すように叫ぶ。

 

 

 

「あんなモノに、何の価値があるって言うんだ!! 無限の叡智か!? 強大な力か!? 現代の科学技術では達成出来ない偉大なる魔法の力か!? 馬鹿か!? 全部………全部全部全部全部全部塵だあんなの!!」

 

 

そうだ。

あんなの塵だ。

好きで欲しがるようなものなんかじゃ絶対ない。

だって

 

 

 

「誰にも出来ない事なんて────ただ苦しいだけじゃないか!! 誰かにしか出来ない事なんて………! そんなの……いらない………いらないだろ………」

 

 

 

────オンリーワンがいい、とよく言葉としては聞く。

だけど、それは誰にも出来ない(オンリーワン)というものがどういう事なのかを知らない人間が言う戯言だ。

それは………

 

 

 

「………ああ、全く。全く以てその通りだ。普遍、と言われると人間はつい嫌がるがね。だけど、人間は………誰にでも出来る(普遍)という概念に守られている。誰かにしか出来ない事など、実に面倒でしかない」

 

 

そう────誰にも出来ない、という事は、誰も同じことが出来ない、という事。

それは一つの頂点なのかもしれないが………翻して誰もそこに辿り着くことが出来ない、という結果に陥る。

勿論、何時かは辿り着く事が出来るのかもしれない。

しかし、何事でも………終わりが見えない終わりは、延々と砂漠を歩くような虚しさしか与えない。

良い事なんて一つもない………それを今、目の前の存在は肯定した。

思わず見上げると、やはり、男の顔は位相が合ってなくて(暗くて)何も見えないが………気のせいか、どこか優し気で………醜い俺を肯定しているような温かさがあった。

 

 

 

「勘違いさせてしまったかもしれんが………何も私は君が逃げる事を否定するわけではない。ただ、君が余りにも窮屈な迷路に入って勘違いしているようだから、見ていて我慢が出来なくなってきてな」

 

 

強さはそのまま温かさに。

偉大さはそのまま肯定に。

どこまでも確かな姿は────そのまま■■シンへの許す言葉として吐き出された。

 

 

 

「────いいのだ。君にはまだ可能性がある。わ■しのようにならなくていい。君は、君が成りたいものになるがいい────」

 

 

 

自分が成りたいものになれ───

 

 

その言葉にはやはり、偉大な強さと………どうしようもない哀切が込められていた。

これ以上なく応援しながら………心の底から自分がこれから辿る道を憂いていた。

それは賢人の優しさであり、絶望でもあった。

これ程、偉大な人が、まるで背負うように闇を持っている事が余りにも哀しくて、何かを言おうとするのだが、張り詰めていた意識がぶちぶちと千切れる感覚によって視界は暗転しかけていた。

シンは気付いていないが、この存在が持っている存在感は確かにシンの自意識を圧迫しているが、意識を失いかけているのは、催眠の、厳密に言えば安眠の暗示をかけているからである。

本来ならば生半な暗示や催眠はシンの強靭な魔術回路が弾いてしまう筈なのだが……当然、生半なぞ軽く超えた魔を前にすれば、例え人の領域外に手を伸ばしつつある魔術回路であったとしても、敗北を喫する。

故に、叱咤激励を行う存在は、叶うのならば少年にとって最後の言葉になるよう、人の言葉を吐いた。

 

 

 

 

「覚えておくがいい────君の人生は、不運の為に生まれたのではないのだと。他人の為でもなければ、■の為でもない。君が君として花開く為のものなのだ」

 

 

 

その言葉を最後に、シンの意識はテレビが切れるように落ち、そのまま暗闇に呑まれていく。

だけど、最後に生まれた感情は理解された安堵でもなく、激励された喜びでもなかった。

 

 

 

浮かび上がったのは何故、という怒り。

 

 

好きかって言われ、勝手気ままに意識を閉ざされた事への怒りではない。

勝手に人を理解して、上から目線で同情された事────でもない。

思うのはただ一つ。

 

 

 

俺のような屑の為に、もういいのだ、と言ってくれるような凄い人が────どうして誰にももう大丈夫だ、と言って貰えない孤独を受け続けなければいけないのだ、という世界に対する憎悪であった

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 

男は、眠りに落ちた少年が唐突に勢いよく立ち上がるのを見て、硬直した。

専門外の魔術ではあったが、それでも男の魔術は常人と比べれば意味()が違う。

偽神の書などに比べればお飯事ではあったかもしれないが、今の少年にならば十分に効く魔術だった筈なのに、そう視線を向けると

 

 

 

「────」

 

 

少年は決して魔術に対して対抗出来たわけではなかった。

目を瞑り、意識は眠りに落ちている────ただ肉体がそれに逆らうように立ち上がっただけだった。

 

 

 

「────全く」

 

 

折角、しっかりと眠れていない童の為の安眠の術式を掛けたというのに、そんな納得がいかない、という怒りの形相で寝るでない。

そんなんだから、何時までも己の業に苦しむのだ。

 

 

 

「馬鹿者。それ程の意地があるのならば、死ぬまで生きるくらい容易かろうに」

 

 

聞こえていないと分かっても言わずに入れない愚痴を少年に呟きながらも、苦笑し、そのまま少しだけ目を開き、そして閉じる。

それだけで立っていた少年は姿が消え、この場からは居なくなった────もしもこの場に魔術師がいれば、感涙して声も出ないような奇跡である空間転移が、正しく瞬きと共に発動されたのだが、男は……老人は意にも介さない。

意に会するのは別の事であった。

 

 

「全く。何時まで馬鹿笑いしている。盗み見とは趣味が悪い」

 

「えーー。それ、爺さんが言う? まぁ、それが爺さんの役目なんだけど、少しは許してちょーだい。何せ爺さんが孫に優しいいい爺さんをやっていたんだもの。私じゃなくても爆笑モノよ」

 

 

静謐な教会に、新たな風が生まれる。

風の主は赤い髪をした女性であり、それ以外は特に特徴もない服とジーンズを着た大人ではあるが、年を経ているというわけでもない、それこそ爺さんと呼ばれた老人に比べれば酷く普通の人間のようであった。

普通ではあったが……しかし、それは人であった少年が圧迫されていた老人に対して、普通に語り合える、という前提を持った"普通"であった。

 

 

「年の事を言うならば、お前さんとて私にとっては孫なんて物では言えぬ年(・・・・・・・・・・)齢差だぞ(・・・・)。曾を何個付ければいいのやら」

 

「ま、そりゃそうねー。重ねた年月語ったら、それこそお互い面倒が積み重なるか」

 

 

老境に至っている男はともかく女性の方は大人とはいえ、見かけは若い年齢だ。

それこそまだ20代になったばかりと言っても通用するような外見年齢なのだが……女性の口調は軽くはあったが、冗談を言っている緩さは無かった。

他人が聞いたら、ああ、そうなのだろう、と深く納得するような語り口がそこに存在していた。

 

 

「しっかし、まぁ………あの子が例の? 正直、本気で疑ってはいたけど……それに若いわね」

 

「………蒼崎の。逆光源氏はするでないぞ?」

 

「そうそう、あれくらいの若い頃が反抗期抜群で可愛い盛りなのよねーー──って、するかーー!! 人をどんな変質者にしてんのよ!!」

 

「前科者の言葉を信じるのは難しいぞ」

 

「くっ………!! 草十郎については別件よ別件。それもイレギュラーのね! あんなの二度もしないわよ!」

 

「殺人貴の件も含めたらどう………ぬ。いや、これはこの軸の話(・・・・・・・・)ではなかったか? ああいや、ここではあった話か。」

 

「勘弁してよー。色々と他の話(・・・)を見てきてるんだろうけど、ボケられたら話にならないわよーー」

 

 

余人が聞いたら意味が通らない会話を、二人は愉快そうに笑いながら話し合う。

無論、特に意味はない。

お互いがここで会う理由になる話でも無ければ、別にここで殺し合う為の前振りをしているわけでもないのだから。

だからこそ、本題は酷くあっさりとしたものであった。

 

 

「で、どうするのあの子。見た感じ、普通には生きれそうにないけど?」

 

「やはり、そう思うか?」

 

「完全に起動していない回路だけで爺さんの魔術に対抗してたのよ? あれじゃあ生きてるだけで魔を引き寄せるわ。これからの事を考えれ(・・・・・・・・・・)ば特に(・・・)

 

 

だろうな、と頷く老人もその言葉には納得している。

事実、少年の魔の気配は酷く色濃い。

回路を開いていない状態でアレなのだから、それでは日常生活にしっかりと入り込めまい。

まだ学校という閉鎖的な場所にいるからマシではあるが、あのままでは社会に溶け込むのは不可能だろう。

 

 

「志貴も似たようなものだったけどね。でも、あの子は死に触れている分、達観していたから折り合いをつけていたけど、シンだっけ? あの子は駄目ね。酷く純粋な分、納得も折り合いも出来ていないわ………綺麗な目だったわ。ずっと苦しんでいたけど、親や魔術からは逃げても、苦しみにはずっと向き合っているわ」

 

「馬鹿な話であろう? あそこまで逃げたのだから、後は放り出せばいいものを。最後の最後に視たものを捨てきれていないのだ。気にしなくていいものを」

 

「気にしてくれたから、爺さんも気にしているんでしょう?」

 

「そんな柔い爺に見えるか?」

 

 

さぁ? と笑う互いが互いに苦笑し

 

 

 

「で、今回の聖杯戦争はどうするの?」

 

「何時も通りだ。私は傍観する」

 

 

 

そのままの口調で、あっさりと重大事を口から放り出した。

ふぅん、と第五の魔法使いが赤い髪を手で梳きながら、老人の答えを咀嚼する。

確かに、この老人がこの手の事件を傍観するのは何時もの事だが………生憎と己の魔法はそんな風に見通す事も出来なければ、役に立つわけでもないものなので、とりあえず聞いてみる。

 

 

「今回はやけに広範囲っていうか世界規模(・・・・)の大戦争になっているけど、大丈夫? この世界じゃまだ蜘蛛だったり何だったりに対応出来る世界じゃないわよ? それとも視た?」

 

「残念ながら。私の分野とはいえ、気軽に視れば、それが確定するのは知っておろうに。それに、この世界………というより、彼が存在する世界は私には視え辛い。脚本も結末も、既に魔法使い(我々)の手から離れている」

 

「そりゃ難儀な……ああ、それで爺さんは傍観なのね。となると、この世界の行く末は本当に立ち上がる人間と這い回る怪物、そして星に名を刻んだ英霊達による群雄割拠か。さてさて、どうなるやら」

 

「───さてな。願えるとすれば、よりマシな答えに辿り着く事を祈るくらいだ」

 

 

その言葉と同時に、老人は姿を消した。

比喩ではなく存在すら消え去った。

それだけならば、先程の少年と同じように空間転移をしたのか、と思ってもいいが、女性………蒼崎青子は真実、老人がこの世から居なくなったのを理解している。

死んだ、というわけではないが、今はまたどこかの世界を見て、より良い結末があるように観測しているのだろう。

その超人の在り方には正直、辟易するが

 

 

 

「そりゃ過保護にもなるわね。爺さんにとっては視れない可能性(子供)なんだから」

 

 

そうボヤき、教会の中心で磔にされている主を見る。

見はするが………教会の連中と違い、信仰心なんて持ち合わせていない為、祈る気はない。

泣いて祈れば降ってくるような奇跡なんて、随分と前から品切れなのである。

 

 

 

 

 




前作同様、出来る限り型月が作り上げてきた設定は拾い上げていきたい………!!


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欲望の在処

 

 

シンが次に目を覚ました時、シンは部屋のベッドで寝ている状況であった。

それだけならば、昨日の出来事は全て夢の出来事だったのだ、と思えるかもしれないが………特に昨日は何もしていないのにわざわざ靴を履いたままベッドで寝転んだりするとは思えないし、服も昨日の服のまま。

それでも、可能性だけならば寝ぼけたとかも有り得るのだが………

 

 

 

君は、君が成りたいものになるがいい────

 

 

 

あの言葉を、夢幻として扱うには、余りにも真摯な言葉であった。

成りたいものになってもいい、という激励と同時に、成りたくないものには成らなくてもいいのだ、という許しの言葉。

どうしてあそこまで、俺のような屑を相手に、優しい言葉を言ってくれるのかは分からないが、だからこそ嘘などではないという事は分かる。

だけど

 

 

 

「成りたいもの………」

 

 

シンが、自分が夢見るもの。

こうしたいと思えるものに成れ、という激励を前に………シンは何も考えれなかった。

成りたいものなんて無かった。

………昔は、母のような立派な魔術師になろうと思ってはいた。

この場合の立派、というのはよくある定型な魔術師になる、というわけではない。

闇を肯定しながらも、闇に呑まれず、理念や思想があるわけでもないのに、ただ生き方が眩しいような、そんな形の魔術師になりたい、と思ったのだ。

成れるか成れないかは可能性は零ではなかっただろうけど………自分の手で壊した未来だ。

最早、未練さえ無い。

なら、他の道は何があるのだろうか────?

 

 

 

「ちょ、ちょっとちょっと! あ、歩くの、速い………!!」

 

 

ぼーっとしていた頭に叩き込まれる絶叫に、ようやく意識が内ではなく外を認識する。

自身の体が今、学校を終え、アメリーと一緒に帰宅しているのを認識し、己の速度が、少女を置き去りにしている事に気付く。

思わず振り返ると少女が必死に息を整えている光景があるので、完全に自分が悪い事をしたのだと認識する。

 

 

「………ごめん。何も見えていなかった」

 

「はっ………う、ううん………勝手に追いかけたの……私だし………どうしたの?」

 

 

散々と追い掛け回す羽目になった少女からしたら、当然の質問だ。

それに答える義務も俺は持ち合わせていないけど………答えない理由も存在しなかった。

しかし、それはそれで癪だから、逆に思わず問い返してしまった。

 

 

 

「どうもしてないって言ったら信じるか?」

 

「うん、無理。だって貴方───何時もより生き生きしてる」

 

 

 

────正直、その言葉は聞いて愉快になる言葉では無かった。

 

 

だって、それでは今まで苦悩と向き合ってきた甲斐が無い。

自分の苦悩なんて、他のあらゆる苦悩に比べれば、つまらないものかもしれないが、それでも向き合ってきた俺にとっては死活に等しい問題だった。

なのに、それが………いきなり出会った謎の人物の一言に言われただけで、振り払われるようなものだとは思いたくなかった。

………勿論、それが餓鬼の癇癪だという事は理解していたが、

はぁ、と一息吐きながら、シンは心底他愛もない話をしているという風に

 

 

 

「なぁ、アメリーは何か成りたいモノとかある?」

 

 

質問からの質問に対して、普通ならはぁ? と問い返されても仕方がない所を、少女は一度首を傾げるだけに留め

 

 

 

「それは、将来の夢、とか職業的な事?」

 

 

と、律義に付き合ってくれた。

 

 

 

「うーーーん………どちらかと言うと………前者かなぁ」

 

 

未来を語るという意味ではどちらでも正しいのだろうけど……あの人が言った言葉の意味を考えれば、前者の方が正しい気がする。

職業などで語る未来は現実的で、やはり正しい事なのだが………あの言葉にはそんな小さい事だけを述べているように思えなかった。

大それた、己の領分を超えた望みを語るのならば、それは夢と呼称するべきだろう。

 

 

 

「成りたいモノ………やりたい事じゃなくて成りたいモノね………」

 

 

酷く適当に振った話題だというのに律義に付き合ってくれる少女に、苦笑しながら、答えを待つ。

 

 

 

「やりたい事なら一杯あるけど………成りたいモノ、なら私は一つかなぁ……」

 

「へぇ……教えてくれたりする?」

 

「………笑わない?」

 

「笑うものか」

 

 

他人の夢を笑うほど、流石に落ちぶれてはいない。

余程、邪悪でない限り、誰かの望みというのは他人が笑っていいものではない事くらい俺でも理解している。

他人の望みを笑う、という事は自分の望みを笑うのと同義だ。

他人が望む夢を笑った瞬間、自分の望みもまた地に落ちる。

だから、少女が顔を赤らめながら、チラチラ、とこちらを見ながら、しかし口から洩れた言葉に対して、シンは真剣に聞き届けた。

 

 

 

「その………家庭に入りたいなぁ………って」

 

「ああ………成程」

 

 

成程、確かにそれもまた一つの夢か、と思う。

自分だけで形作る夢ももあれば、誰かとしか形作れない夢もあるのをすっかり失念していた。

少女の望みは今時の少年少女の間からだとロマンティック、と言われるかもしれないが、俺は全くそう思わない。

誰かと日々を歩む事を望む事を、夢見がち(ロマンティック)などと笑うものか。

………その夢を叶えれるか、どうかはさておき。

 

 

「そんなに照れる事はないだろアメリー。立派な夢だと思うよ」

 

「………」

 

俺の言葉に、少女が不満そうに頬を膨らませるが、それに関しては俺は気付いていない振りをして無視する。

それにしても、自分一人で作る未来しか想像していなかったが、他人を含めた自分の未来、となるとシンからしたら荒唐無稽の御伽噺に近い。

それが出来ない、と悟ったから、自分は家族から離れる事になったのだから。

なら、やはり自分に出来る事で未来を思い描くしかないのだが………やはり、何も思いつかなかった。

 

 

「………進路について、考えてるの?」

 

「ん……まぁ、そうなるのかな?」

 

 

進路、と言うと途端に呑気に聞こえるが、今の自分はまだ学生なのだから別におかしくはないか、と思う。

恐らく普通の少女であるアメリーは大学とか就活について、俺は悩んでいる、とか思っているのだろうけど、それをわざわざ訂正する事もないだろう。

 

 

「恥ずかしい話、アメリーみたいに何か、成りたいモノっていうのが何も思いつかないんだ。お陰でそれがずっとぐるぐる脳内をかき回している」

 

 

成りたいモノ、なんてモノは、シンにとっては最高級の贅沢に他ならなかった。

あるとしても、シンにあるのは末路(終わり)であって、結果(未来)があるとは思えなかった。

そんな自分に唐突に、結果がある、だなんて言われても、信憑性も無ければ、想像もつかない出来事である。

だから、シンは幾ら考えても、成りたいモノがあるのか、という問いに答えがあるとは思えなかった。

その事に、アメリーは首を傾げ………何故そんな当たり前の事に気づかないんだろう、という顔で問いただした。

 

 

 

「ねぇ、シン。さっきから成りたいモノばかりで考えているけど………成りたいモノ、より先に、やりたい事は無いの?」

 

 

 

 

「────」

 

脳天に銃弾を撃ち込まれたような納得。

魔術回路の起動のような感覚に、思わず、瞬きを一度大きくしながら、少女の方に振り返る。

そんな俺に呆れたような顔と………何故か嬉しそうな喜びを混ぜ合わせた表情で少女は聞き分けのない子に躾けるかのように指を一本立てて続ける。

 

 

 

「成りたいモノ、なんていうのはやりたい事の先にあるものでしょう? 料理人に成りたかった人は多分、料理する事が好きか、もしくは自分が作った料理で喜んでくれる人がいるからでしょう? 宇宙飛行士に成りたい人は(ソラ)に興味があったから──誰かと添い遂げたい思った人はその人に愛されたいから。例外はあるだろうけど、でも、やっぱり一番良いのはやりたい事で成りたいモノになる事よ」

 

 

成りたいと願うものはやりたいと思う事の先にある。

成程、全く以てその通りだ。

成りたい、というのが願望であり結果だ。

なら、その結果に辿り着くには経過であるやりたい事がある、という事だ。

ああ、それは───

 

 

 

■■シンが、自分には得る事が出来ない、と諦めた、ありきたりの未来────

 

 

 

「────はっ」

 

 

本当………ここ最近はメンタル的に大ダメージだ。

何もかも諦めなければいけないと悶々している時に、何も諦めなくていい、と諭され、何かに成れるものが見つからない、と聞いてみれば、まずはやりたい事を見つけないと、と昔の諦めを突き付けられる。

お陰で少女の顔を見れない。

空を見上げなければ、醜い言葉を吐き出しそうだ。

 

 

 

───そうだ。まず、シンにはやりたい、と思える事を喪失していた。

 

 

唯一、魔術だけが取り柄だったが、今はそれを誇る事が出来ない。

魔術だけが自分の全てだったのに………それを失くした俺は翼が捥がれた鳥のようなものだった。

……別に何も出来ないというわけではない。

人並み以上には身体能力はあると思うし、料理も洋食ならそこそこ出来ると思う。

勉強も魔術に比べれば、そう難しくない。

その気になれば、己の性能だと、まぁ、何かは出来るのだろう。

でも、それは出来るだけだ。

そこに熱意も無ければ、夢も無い。

空っぽの生き方だ。

あるいは、それもまた人間の生き方の一つなのかもしれないけど………そんなどうでもいい生き方を為せ、と言う為に、姿の見えない誰かが激励した、とは思えなかった。

 

 

 

………唯一、やりたかった事も、既に清算している。

 

 

ずっと、と言うと大袈裟かもしれないけど、かつて温かいシチューを飲ましてくれた人をずっとずっと救いたくて………そして、何とか救えた、と思う。

自分の父と母の下で幸せを掴んでくれたら、と思う。

その結果、父が色んな意味で食われていたとしても知らん。

親父は桜さんの幸せの為に犠牲になるがいい。でも、母さんを泣かせたら呪う。

だから、やっぱり、シンにはやりたい事が見つからなかった。

 

 

 

「───なぁ、アメリーの理論だと、家庭に入りたいのはアメリーのやりたい事って事になるけど………そこまでしたい事なのか?」

 

 

思わず、下世話で、お前が言うか、という言葉を、つい口から漏らす。

聞いた後に、しまった、と自分を罵倒する。

俺がその事を聞く権利があるわけないのに、聞こうとするなんて糞か。糞だった。

とりあえず、聞かなかった事にして貰おうと慌てて口を開こうとするが

 

 

 

「───うん、そうよ。とってもとーーーっても、やりたい事なの」

 

 

聞いた事が無い様な、嬉しそうな声に、口が勝手に閉じた。

少女は興奮からか。

少し顔を赤らめた顔で、酷く嬉しそうな顔で両手を顔の前に合わせて笑っていた。

まるで、誕生日プレゼントを貰った童女のような笑い方。

 

 

 

 

「なぁーーんにも無かった私だけど、ここまで熱中したのは初めてなの。ずっと適当に生きて、適当に死んでいくものだと思ってたのに………こんなに素敵な想いが、私にもあるなんて」

 

 

部屋の引き出しの奥から、宝箱が出てきた、みたいな言葉を、少女は嬉しそうにくるくると回りながら告げる。

何時もと変わらぬ帰り道が、まるでパーティ会場の中心であるかのように踊る少女は妖精のように無邪気だった。

……その無邪気さに、一瞬、背筋が冷える様な感覚を覚えるが………気のせいだと首を振り、そのまま少女に反論する。

 

 

「……でも、したいって事は相手はアメリーの事を見ていないんじゃないか? 悪く言うつもりとかじゃないけど………もしかしたら見る目が無い男なんじゃないのか、その相手は」

 

「Non。それこそ勘違いよ。見る目が無かろうが、有ろうが振り向いてくれないって事は、私にはまだ見てくれる魅力が足りないって事よ。私が他の何よりも素敵………は自意識過剰だけど、その、見てくれるような女になれていたら、どんな理屈や理由があっても見てくれる筈だもの」

 

 

男にばっかり責任を押し付けるのは大っ嫌いだもの、と笑いながら答える少女の表情には虚飾が無い。

そこまで言えるのなら、それは立派な強さであり、在り方だろう。

きっと少女には、そんな自分が誇らしく───見ている人が輝かしく見えているのかもしれない。

 

 

 

そんな事は、絶対に無いのに。

 

 

何でこう、周りの人間は納得の下に道選んでいる強い人ばかりなのだろうか。

偶にはもう少し、自分に悩んでいるような人っていないのだろうか。

そんな愚痴を、シンは負け犬として内心で溶かした。

 

 

 

全く以て意味のない、戯言であった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

シンと分かれたアメリーは色々と嬉しくなって鼻歌まじりで帰宅していた。

思わず、スキップしたくなるような気分、というのはこういう事なのか、とアメリーは思った。

気分が高揚する。

好きな人の違う姿、というのは人によっては幻滅する、というが、そんな事は全然無い。

今まで霞がかかったように朧気で、不確かで儚げな彼も美しかったが、今みたいに普通の人間のように迷う様は母性本能も相まって可愛らしい。

ぼんやりと浮遊する姿も良かったが、今みたいに未来に懊悩する姿もまた良し。

 

 

 

ああ、何て素敵な恋煩い────

 

 

これ程、甘美なお菓子なんてこれ以外に無いだろう。否、あったとしても私はこれこそを至高と信じる。

想い一つで、セカイは一気に変貌するのだ、とアメリーは本気で信仰していた。

だからこそ、少女は赤くなった顔で、生まれてしまった不満を、頬を膨らませて吐いた。

 

 

 

「ああ───出来れば私の手で悩ませたかったなぁ………うーーん悔しい」

 

 

長年………は流石に現実を見なさ過ぎなので、アレだが、それでも彼がこのフランスに留学してから、という条件なら誰よりも一緒にいたというのに、救い上げる役割を、誰だか知らない存在に奪われるとは。

やっぱり悔しい。

まぁ、でもそれならそれで

 

 

 

鈍感小娘ごっこ(・・・・・・・)も終わりかな」

 

 

くすり、と笑いつつ、楽しみが近付いているのを理解する。

別に何かを知っているわけではないのだが、やはり、何事であれ、サプライズは面白い物だろう、と思う。

だから、楽しみで仕方がない、と思い───トントン、と頭を指で叩く。

それと同時に、少女は浮足立っていた意識は落ち着き、歩く速度もゆっくりとなる。

見た目には特に何も変わらぬ変化。

どこにでもいる少女は特に変わらず───状態を反転させた少女は明日もまた少年と出会える幸福を考えて笑うだけだった。

 

 

 

 

 




感想・評価など宜しくお願い致します。


もうすぐサーヴァント召喚に入ろうと思います!

あ、第一話、ちょっと最後の方のアメリーの台詞、修正しました。
脳内で唐突に設定が思考を貫いて………!!


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汝に問う

 

暗闇の中、一人の男が目を閉じながら、現状を考える。

内心を埋め尽くすのは苛立ちだ。

何もかもが腹立たしくて仕方がない。

己の後継たる息子の出来の悪さや、そんな不出来な息子を生んだ妻の出来損なさ。

己の血からあんなガラクタが生まれたとなると、殺しはしないが、正直、腕の一本や二本くらい引き千切りたくなる。

だが、そんな物は、今となっては些末になりそうだ。

己にとって、全てが燃える様な怒りに襲われたのは人生で二回ある。

それも、どちらもここ最近、立て続けに行われたものであった。

 

 

 

まず一つ目は魔術のまも知らぬ小娘の上から目線の交渉であった

 

 

 

金髪を夜に光らせた女は、年の割に酷く蠱惑な笑みで私に求めてきた

 

 

 

"欲しいんでしょう? 魔術師さん。これ(・・)が"

 

 

笑みと共に形作られたのは、人の形をしたおぞましい怪物であった。

噂には聞いていたが、実際に聞くのと見るのでは、その印象は全く違った。

境界記録帯(ゴーストライナー)である筈存在がこうも易々と召喚されているという事は、戦争の規模が世界を覆っているというのはあながち嘘ではないらしい───が、そんな事よりも、そんな存在を、魔術の薫陶を受けていない小娘が召喚している、という事実と

 

 

 

"私との取引を受けてくれたなら、これ、貸してあげるわ"

 

 

まるで、プレゼントの箱を路傍に投げ捨て、拾えば? と語るような口調は、正しく煮え湯を飲ませるような煽りであった。

微笑んでいたが、その目には笑みの欠片も無かった。

取引、と対等の相手と見ているように見えて、その実、まるで虫を見るような無感情を、私は認識していた。

その事実に、殺意が浮かんだが……背後にいる境界記録帯の前では、如何に魔術師であっても対抗するのは難しい。

故に苦渋を飲み込み、少女の取引に応じたのだ。

意味が心底から分からない取引であったが、恐らく魔術師がどれ程出来るか分からない小娘が知ったかぶりの知識で何とか出来る、と思っての行動だったのだろう。

何れ、屈辱が数倍に帰ってくる事を知らずに笑う少女を見て、内心でほくそ笑んだ。

 

 

 

そして、二つ目の屈辱は………ふらりと現れた少年であった

 

 

この一帯を治める魔術師として、当然だが外来から来る魔術師には敏感だ。

唐突に表れた少年に警戒はしたが………監視しても特に何もせず………それどころか、一切の魔術の修練をしないのを見て、魔術の落伍者かと思った。

そして、それならばその無駄にしている回路を抜き取ってやろうかと思い、攻撃を仕掛け──全てが無意味に砕け散るのを使い魔越しの視界で捉えた。

支配しようと嗾けた、それ用の使い魔は少年に仕掛けようとした瞬間に、一瞬で砕かれる瞬間を見届けた。

特に何か魔術を行使したわけではない、という事を理解してしまった自分に憎悪する事は初めてであった。

少年は本当に何もしなかった。

対抗する事も反撃する事もしなかった。

 

 

 

ただ、少年に刻まれた強靭な魔術回路が、私の魔術をいとも容易く砕いただけだった

 

 

 

己の研鑽(これまで)が砕け散る音は硝子が砕ける様な音であった。

しかし、そんな事よりも衝撃的だったのは………

 

 

 

その衝撃で、つい、という感じで使い魔(自分)に振り返った時の鋼の瞳の美しさに震えた

 

 

美しい。

仮にも魔術師である私には、美しいモノにこそ魔が宿るという事を知っている。

磨き上げられた、どんな鋼よりも美しい瞳は、正しく魔と呼ぶに相応しい代物だ。

恐らく生まれつきの魔眼なのだろうが………その美しい様に、思わず、涙を零しそうになるのを堪え………そこまで考えて、ようやく自分の失敗に気付いた。

己の魔術が失敗し、そして補足されたのだ。

残る結果は報復のみ。

使い魔越しとはいえ、格上の魔術師ならば、幾らでもラインを辿れる筈だ。

そうなれば、自分達は根絶やしにされても文句が無い、と慄いた。

 

 

 

───その後の行動こそが、魔術師の自負を完全完璧に破壊した

 

 

 

少年は間違いなく使い魔である私を補足した。

しかし、その後、少年は鋼の瞳を一瞬、細めると………そのまま視線を逸らし、無視したのだ(・・・・・・)

 

 

 

「────」

 

 

先程までの感激は全て反転した。

感激は全て怒りと憎悪に。

己の不始末に死を迎えるまで覚悟し、恐怖していたというのに───この少年はまるで一欠けらも興味が無いと、と言わんばかりに私を無視した。

それを理解した瞬間、発狂するかと思うような怒りに自分は襲われた。

次に自意識を戻した時には部屋の風景が滅茶苦茶になっていたくらいだ。

直ぐ傍で蹲るように倒れ伏した妻の姿もあったが、自我を取り戻した後でもどうでもよかった。

 

 

 

許せぬ、と誓った

 

 

 

そうだ。

この無視に比べれば、小娘の態度など蚊で刺されたようなものであった。

否、今となっては屈辱を忘れる程ではないが……笑って礼を言っても良いほどでもあった。

本来ならば直ぐ様に殺したかったが、流石に彼我の実力を理解していないわけではない。

それが、何れ、と思っていた時に、手段を与えてくれたのだ。

思わず、儀式用の高いワインの蓋を開けてしまう程の幸運。

暗い感激をそのままに、魔術師は好機を待つ。

 

 

 

少年に光が刻まれた時にこそ、屈辱を返す時だと

 

 

 

※※※

 

 

 

結局………シンは数日経っても答えを見つける事が出来なかった。

学校で教師や生徒が色々と喋っている話を聞いた。

 

 

 

進路の話、進学の話、勉学の話、態度の話、趣味の話、家の話

 

 

どれも在り来たりの話だったけど、どれも素敵な話で───そして自分に重ねる事が出来ない話だった。

気紛れに外を歩いてみた。

外はやはり、郊外の街とはいえ、人はいるのだが………大抵の人は仕事の話か、もしくは学校と同じ、取り留めない話だった。

皆、在り来たり(素敵)普通の(羨ましい)毎日を送るのに大変そうであった。

詰まる所、問題というのは、そもそも自分には当たり前を参考に出来る程、選択肢が多くない、という事であった。

 

 

 

「困った。ドン詰まりだ」

 

 

他人が聞いたら、余り困っていなさそうな言葉で困ったって言っている、と思われるのだろうけど、自分的には本音を漏らしていた。

今、俺は公園のベンチに座ってボーっと座っていた。

学校で悩み、街中で悩み、最後は公園で悩んでいるのが現状。

ここ数日はほぼ同じような事をしている気がするが、まぁ、迷惑をかける様な周りはおらず、何時もは付き纏うアメリーも俺の悩みを気にしてか、深くは追ってこない。

………どうであれ、結局の所、自分は空っぽの面白みのない人間である、というのが結論に出てしまったのだが。

自分なりには色々と考えたのだ。

 

 

例えば、料理。

 

 

洋食くらいなら自分は作れるから、それにもっと熱中し、その筋で生きていくとか。

もしくは、こう見えて言語に関しては不自由じゃないから、翻訳とかそういうのを目指すのはどうか、とか。

考えてみれば、それ程悪くない未来ではないのか、と思い……理性が不可能と断ずる。

何故ならどれ程上手く生きていこうとも、己の存在は魔を引き寄せる。

安定の道を歩く事は出来ない。

魔術師が魔術師たらんとするのは何も根源だけが理由ではない。

自身に刻まれた刻印と回路は、それだけで不確かでおぞましい物を引き寄せてしまうのだ。

 

 

 

……まぁ、俺は刻印は置いてきたから無いのだが………それでも十分過ぎる。

 

 

何時か必ず、最悪のタイミングで自分は魔を引き寄せる筈だ。

現にここに来た時も目を付けられていたし(・・・・・・・・・・)

つまり、こうだ。

普通に生きようにも普通であれず、闇に浸ろうにも、その道は自分から捨てた。

何かをしようとしたら、何かにケチがつくという。

本気でどうしたものか。

 

 

 

「いっそ、魔術使いにでもなるか………?」

 

 

魔術を根源の渦に近づく為の物としてではなく、手段として金を稼ぐ魔術使い。

………正直な所、今も昔も魔術使いに対する印象は変わっておらず、別に悪くはないのではないか、と思っているくらいである。

いや、むしろ今となっては好印象である。

金の為に、魔術を使って生計を立てる。

何も悪い所がないのではないか。

………と言いたいが、俺が知っている限り、魔術使い、というのは基本、傭兵である。

厳密に言えば傭兵がメジャーなだけなのだろうけど………まぁ、どっちにしろ他人を弾劾する気はないが、自分の場合、命を奪って金を養う、というのは実にごめんだ。

吐き気がする。

そんな事をしないと生きていけないのならば、そいつは生まれた事が間違いだ。

死んで死に晒せ………とは思うが、真祖とか、そういうのだったら話は別か。

死徒はひたすら己の形の維持の為に、他者の血液を必要としているらしいが、真祖は本当に理由がなく吸血衝動が沸き上がるらしい。

空腹のように沸き上がるそれは、正しく真祖にとっての本能ならば、正直、そこは仕方がないものなのかもしれない。

 

 

 

生きる為に他者を食らうは人間もしている事だ。

 

 

真祖だけがしてはいけない、というのも変な話である。

………話が逸れた。

ええと、つまり、シンにはしたい事、というものがないのだ。

やりたい事も、成りたいモノも無い。

ここまでつまらない人間も………どうだろ? 結構いるのだろうか?

 

 

 

「───困った」

 

 

再び呑気な呟き。

無駄に酸素を消費した呟きを白い吐息として残し、空を見上げる。

見上げてみると空には大きな月が浮かんでいた。

綺麗な満月(フルムーン)

………知らなかった。

 

 

 

今日は本当に………月が綺麗だ

 

 

「────」

 

 

見上げた満月は何時かどこかで見た時と何ら変わらない。

色褪せる事が無い美しさ。

最後にこうして見上げたのは何時だっただろうか。

日本から逃げる時か。

それとも、救いたかった人を背負って歩いたあの帰り道だっただろうか。

それとも───正義の味方になろうとしていた人が家の縁側で、涙を流すように空っぽの己を語った時だっただろうか。

 

 

 

「ああ───嫌だ」

 

 

父は真実空っぽの人間であった。

希望も夢も、家族も自分すら失い、最後に残ったのは偽物であった。

偽物だったけど………そこに辿り着こうとする想いは決して偽物ではなかった。

むしろ、本物よりも本物に至ろうとする偽物だったから尊く見えた。

そして、その尊さを………自分は完膚なきまでに壊した。

今でも思う。

あれは本当に正しかったのか。

例え、その先が無残で残酷な結末であったとしても、本人が後悔しない生き方であったのならば、それは止める物ではなかったのではないか?

 

 

 

中途半端に何かを持っているだけの人間と、空っぽだけど本物に負けない偽物のようなガラクタ

 

 

───一体、どちらが生きている、と言えるだろうか

 

 

「……あーー」

 

思考はぐちゃぐちゃ。

考える事全てが意味も意義も持たない戯言。

本当に煮え切らない自分には腹が立つが

 

 

 

「あぁ───やりたい事も成りたいモノも無いけど」

 

 

欲しいモノならあるかもしれない。

者でも者でもないが………何か、自分に誇れるような何かが欲しい。

それは夢でもいい。

思想や理想、生き方でも構わない。

莫大なモノを詰め込まれたが故に、生まれてしまった隙間に、誇るような形が欲しい。

空白に、確かな何かが欲しい。

 

 

 

「………」

 

 

見上げた月に手を伸ばす。

あれ程、大きな光にはなれないけど………闇の中でポツンと浮かぶ、小さな光くらいになれれば、と思う。

ああ、でもそれこそ

 

 

 

「叶わない願いか………」

 

 

──永遠のような絶望が口から零れ────

 

 

 

 

叶わぬ願い、己の分を超えた望みこそが、万能の杯の欲する所なれば、これはやはり、必然だった。

 

 

 

星に手を伸ばした手に、光が灯った。

 

 

「───ッ」

 

焼け火鉢に触ったような痛みに、思わず手を引き、傷んだ個所を見ると

 

 

「………なんだこれ?」

 

 

そこにはまるで蚯蚓腫れしたような火傷のような跡。

何かしらの紋様のようにも見えなくもないが、生憎だが刻印も持っていなければ、刺青を刻むほど、人生に余裕はない。

そうなると当然、これを何時の間にかついていた傷ではなく………何らかの魔術的要因があると考えるのが、元とはいえ魔術師の思考であった。

呪いや毒といったメジャーなものから、病原菌などといった特殊性があるものまで考えたが、しかし、幾ら魔術師として活動していないとはいえ、そんな分かりやすい攻撃を見逃す程、自分の魔術回路は柔ではない筈。だ

それに………

 

 

 

「どこかで………」

 

 

見た事………いや、聞いた事があるような現象だ。

呪いのように紋様が刻まれる、という現象を、自分はどこかで聞かなかったか。

そう思い………しかし、調べるには回路を起動しなければいけない、と思うと、躊躇し───

 

 

※※※

 

 

邪悪な笑みが口元に浮かぶ。

堪え切れないと言わんばかりの笑みが、、待ち望んだ言葉を吐き出した。

 

 

「殺せ──我が傀儡」

 

 

※※※

 

 

躊躇し、しかし不穏当な物をそのままにしておく度胸が無い俺は、嫌々だが魔術回路を起動しようとし───目の前の空間が砕けた音に思わず顔を上げた。

 

 

 

そこにいたのはイカレた存在であった

 

 

我ながら、雑過ぎる説明だとは思うが、実際、そうだとしか言えないから、こうとしか言えないのだ。

まず、イカレた存在は人の形はしている………が、姿形は人であったとしても、中身と外見はとてもじゃないが真面な人だとは到底言えなかった。

まず、中身としてはこれは外見は人であっても規格が人ではない。

魔力密度は常人の数百倍は超えているし、神秘の濃度も現代では絶対に有り得ないレベルのを纏い──そしてまず、肉体を形成する要素が肉ではなく魔力だ。

正しく存在が人ではない、だ。

そしてもう一つの外見の要素だが───まず、着こんでいるのは西洋鎧のようなフルプレートであり、様式とかそういうのは分からないが、鎧だけ見れば、それなりの騎士のように見える。

が、その鎧はかなりの傷だらけであり、所々が返り血と思わしき黒々とした汚れが散らばっている。

それだけで十分、物騒な雰囲気を醸し出しているが………本当のイカレの要因を前にすれば、こんな物は前座だ。

 

 

まず、相手の顔

 

 

………本来ならば、かなりの眉目秀麗だったのだと思われる(かんばせ)をした金髪の男には理性、という物が欠片も存在していなかった。

まず、口からは涎は垂れ流しで口元近い鎧などはもう涎のせいで錆びているくらいだ。

それ以外も目は白目だったり、焦点が合わずぎょろぎょろ忙しなく動いていて、まるで魚の目のようだ。

更には皮膚は青白く、土気色で、更には栄養が不足しているのか。

やせ細っており、そのせいで骨だったり何だったりが浮き彫りになっている。

 

 

 

よく言えば死人。悪く言えば、麻薬常習者の末期患者のようにしか見えない男であった。

 

 

装備だけは御伽噺に出てくるような騎士格好なだけに、その落差はこちらに吐き気を催す程であった。

そして最後になったが………そんな強烈な印象が二の次(・・・)になるような物がそこにあった。

 

 

男の手に握られている剣

 

刀身が灰色を基調とし、その中心を通るような赤い文様。

更には柄にあたる部分から、角のような物が幾つもあるのが特徴的であったが、それだけならば間違いなく酷く美しい剣、という評価であっただろう。

しかし、その刃は美しさを穢す、と言わんばかりに呪われていた。

視なくても分かる。

剣に込められた情念。

呪わしさとおぞましさと──愛しさを込められた剣は最早、元の機能を歪め、狂わす事だけを目的とした魔剣と変生されている。

ある意味で呪いとしては基本なのかもしれないが………その質が違う、核が違う。込められた量が違う。

人の感情程度では発生しえない呪いが、その剣に込められている。

断言出来る。

間違いなく、この男を堕落したのはこの刃に込められた呪いのせいだと。

下手に視れば、魔術の心得が無い者は、それだけで気が狂う程の呪いを持ち続けていたら、どんな聖人や悪人であったとしても狂うしかない。

 

 

 

だけど、シンにはそれを気遣う事も出来なければ、無視する事も出来ない

 

 

 

そんな存在も性格もイカレた相手が、今、正にその魔剣を振り上げてきたからだ

 

 

 

「────」

 

 

認識は確かにしたが、振り上げた速度は人が素で出せる速度を優に超えた音速の速度だ。

何の防御も行わないままなら、人間の体なんてあっという間に四散する。

余りにもあっさりとした死の感触。

しかし、それはある意味でシンが最も望んだ結末であり………反射的に力が抜け──

 

 

 

"君は、君が成りたいものになるがいい───"

 

 

告げられた言葉を思い出した瞬間──イメージの引き金が引かれたと同時に斬撃が己に当たろうとした。

 

 

 

※※※

 

 

一瞬にて数十メートル先まで吹き飛ぶ少年を見届けるように、鎧の男は涎を垂れ流しながら、息を吐き出していた。

当然だが、この男には理性というものは一欠片も存在していない。

呪いに冒された体には記憶や思考、理性、人間性というものは剥奪されている。

あるのはただ、指示された事を為すだけの機械染みた作業効率のみ。

ある意味で、最も使役されている存在、という意味では適した存在になっている、というのが皮肉な状態と言うべきか。

命令された事が無辜の民の虐殺だろうが強姦だろうが、男は何一つ反論も理解もする事もなく、悪行も善行も等しく行うだろう。

 

 

 

だが、そんな男に唯一、人間の名残が残っている

 

 

あるいは、それこそが最も男を機械染みた性質にせしめているもの──生前、男が培った戦闘論理。

否、論理ではなく刻み込まれた戦闘本能と言うべき物が男にはあり、その本能が今、少年が自分の一撃を不完全だが防いだのを全て見届けていた。

まず、少年はこちらの奇襲に対して、瞳を開き、魔眼を開く事で時間を稼いだ。

コンマ一秒以下で開かれた鋼の色をした魔眼は、男に理性があれば感嘆する美しさだったが、その美しさに反して、顕現した異能はえげつないものであった。

一種の魅了の魔眼であると思われるが………その効果は体の行動を停止させるのではなく、その空間に串刺しとなって射止められるものであった。

 

 

 

串刺し公の逸話の如く、刺されていないのに刺されているような感覚で空間に刺され、行動不能とする魔眼。

 

 

これが並みの魔術師であれば、間違いなく奇襲への対処になれただろうが……男は人間の規格に収まるものではない。

どれ程の神秘であっても現代の薄さではほんの一秒以下を稼ぐのが精一杯。

更には男には痛覚という物が無い以上、串刺しにされても止まる神経を持っていない。

故に最後に、男の攻撃を防いだのは少年が作り上げた物であった。

何もない空間から煌びやかな双剣………作られたと同時に形が変形し、盾となっていたが、それが少年が制を勝ち取れた奇跡の連続であった。

当然、戦闘本能でしか認識出来ていない以上、男には感想を覚える、という感慨はないが──獲物が未だ生きている、という事実を知る事になる。

 

 

 

「■■■──」

 

 

故に男は直ぐ様少年が吹き飛んだ場所に直行する。

元より、男に残された機能は生前からこれ一つ──虐殺である。

 

 

 

※※※

 

 

「ぁ……ぐぅ………」

 

 

生き残ったシンは………とてもじゃないが、無事に生還、と呼べるものではなかった。

一瞬で組み立てたイメージの刃による盾は完全完璧に砕け、残った体はボロボロだ。

薙ぎ払いの一撃だったが故に、自分から見て右から受けた薙ぎ払いは防御に使用した右腕事粉砕され………凄い事に粉砕された右腕が右脇腹にめり込む、という笑うしかない事態になっていた。

更には衝撃で多数の内臓と肋骨の損傷に、踏ん張りに使用していた左足の骨折。

その他諸々の切り傷など多数も含めれば………有体に言えば戦闘続行は不可能であった。

余りにも呆気ない終わり。

 

 

 

………魔術師ならば、まず己の死を自認する

 

 

魔、という本来、人間の脅威であり闇を抱えるには、真っ当な人間性を持っていたら向き合えないからだ。

魔術師にとって恐れるのは死ではない。

『 』に到達できない。

それだけが唯一、魔術師にとっての恐怖であるべきであり………そういうのに飽き飽きしていたシンだが………死は怖くは無かった。

怖くはないが

 

 

「───」

 

傷の負傷によって自動的に荒れる吐息を感じながら………しかし、体は必死に這いずってどこかに逃げようとしていた。

ずっと求めていたはずの無意味の死が。

ずっと待ち続けていたはずの闇が目の前にあるというのに………体は何故かその闇を睨みつけた。

 

 

 

何だよそれ………

 

 

一体、俺は何がしたいんだ、と思わず苦笑したが、諸に体に響いた為、苦笑は単なる我慢の為の振動になった。

そのタイミングで

 

 

 

「■■■----!!!」

 

 

咆哮と共に爆裂音が一体を穿つ。

こんな状態になっても、尚、正常に働く魔術回路が超弩級の魔力体がこちらに向かってくるのを教える。

そんな実に冷静な魔術師としての自分が告げる──残り4秒であれは到着し、俺を殺すだろう、と。

その上で更に結論──■■シンにはこの死を覆す方法はない。

そんな確定された死を前に──シンは嘲る様に内心で笑った。

成程、確かにあの男を相手にシンが出来る事は何一つない。

如何に自分の魔術回路が優秀であろうとも、相手の能力は神代の魔力濃度に等しい力を持つ怪物だ。

神秘はより強い神秘の前に打ちのめされる、という大前提がある以上、どれ程精密であっても、濃度で負けている以上、シンに打ち勝てる道理はない。

このまま行けば八つ裂きにされるか、あるいはただ単に轢殺されるかもしれない。

 

 

 

──それで(・・・)

 

 

そんな物では駄目だ。

そんな生易しい死(・・・・・)では落ちるにも落ちれない。

いや、それとも……エネルギーが無くなったら、可能性はあるのかもしれないが………そんな悠長な死滅願望も無ければ、被虐体質でもない。

4秒という時間を寸刻みにする程の高速思考を行いシンが己の死、という些末な事を放棄して考える事は己はどうすればいい、という実に在り来たりで、公園のベンチに座っていた時と変わらぬ疑問であった。

 

 

 

まず、この状況から生きる術は無い

 

 

どれだけの能力があっても、4秒では人間では超越種に打ち勝てる道理はない。

知恵と勇気と根性も、たった4秒では奇跡の素材には成り得ない。

故にシンにはここから生きる術はない。

 

 

 

次に、シンには生きる理由がない

 

 

期待を裏切り、願いを裏切り、両親を裏切った。

例え、それが他人には許される事であったとしても、シンにはそれを許せない。

永遠の罪悪感は死に値する。

どれ程無残に殺されたとしても、当たり前だ、と答える程度にはシンは自分に愛想を尽かしていた。

 

 

 

生きる術は無い

生きる理由も無い

 

 

 

では───戦う理由はあるか(・・・・・・・・)

 

 

生きる理由は無く、死ぬ理由しかない自分に……立ち上がり、前を向く理由はあるか?

……少し前の自分なら間違いなく力強く無い、と断言していた。

しかし………本当に、本当に残念ながら………今の自分には無い、と言えなかった。

 

 

 

"君は、君が成りたいものになるがいい───"

 

 

まるで呪いだ。

何もかもを見失った俺に、その言葉だけが、耳にこびりついて拭えない。

いや、やはり呪いだったのだろう。

あの言葉には、祝福(呪い)と昇華される程の感情が込められていた。

成りたいものになれ、と痛ましい程の願望と切実さ。

 

 

 

まるで神頼みをするかのような言い方は………懺悔のようであった。

 

 

 

「──」

 

限られた4秒の中で己がしたのは痛みを堪える様な笑みを浮かべる事であった。

何て卑怯だ。

自分がどれ程、無駄死にしたいか知っているだろうに、それだけは止めてくれ、と哀願するような言い方を、あの老■に言われたら、恥ずかしくて死にきれない。

ああ,辛い、と心底から思いながら目を開き、空想の引き金を引く。

目に映るものはもうほぼ眼前にまで迫っている狂気の騎士。

先程も言ったように、シンにはこの騎士を相手に生きる術は無い。

残り4秒………時間が経ち、残り2秒となった死を前にシンが勝てる道理はない。

 

 

 

──そう、シンにはこの怪物には勝てないが………元より魔術師というのは自身の強さを磨くものに非ず、

 

 

己が打ち勝てないのなら、打ち勝てるモノを手にすればいい。

錆び切っていた魔術回路に魔力という名の水が流され、歓喜に身が震える。

3桁に及ぶ回路は一瞬で膨大な計算を成し遂げながら一つの物を活性化させる。

それは先程、手の甲に浮かび上がった赤い痣のような紋様。

先程よりも尚、赤く光る紋様をぼんやりと見ながら、シンは呑気な声で一つ声を出した。

 

 

 

ああ(・・)これか(・・・)

 

 

言葉と同時にまるでそこに何かあったかのように緩く手の平を虚空に掴む。

それだけで儀式が終了した。

正面に浮かぶ術式陣。

光輝くそれは、一瞬で少年の魔力を燃料にしながら光り輝き──少年とのラインを築きながら、エーテルを以て形と成し、そして

 

 

 

 

「────」

 

 

 

シンはあのイカレ騎士が一瞬で空を飛翔するのを見た。

無論、あんなイカレに魔術なんて小器用な事が出来るわけがないので、事実は違う。

真実はただ単に、自分の目の前に現れた物の手によって払われた事による浮遊だ。

あの一瞬にして、あのイカレ存在をそんな風に扱える事は普通に考えれば、奇跡だが、同じ存在(・・・・)が現れたのだと思えば、そう驚く事ではない──のだが、シンはそれでも驚いていた。

何故なら目の前に現れた存在は、そんな力強さを見た目とは程遠い、儚げでたおやかな雰囲気を醸し出した少女だったからだ。

 

 

 

艶やかな黒髪を後ろで軽く纏め、身を鎧に包んださっきの男とは真逆の和風の装い。

恐らく当世具足と思わしき鎧に包んでいるのに、無骨さよりも儚さを醸し出すのは少女の顔が余りにも綺麗で美しかったからだ。

美麗な顔に、夜よりも美しい黒目はそれだけで絵画のような美しさを称え、それに即したかのように手に持っている刀が少女の美しさを引き出していた。

 

 

 

「────」

 

 

声が出なかった。

少女の儚さと美しさに、何も言う事が出来なかった。

 

 

 

 

もしもシンが地獄に落ちても、この光景を忘れる事は無いだろう──

 

 

 

 

そんな少女は、形作られた肉体を、一度軽く握り、自分の確かさを自覚した後、こちらを見──そのまま膝を着いた。

片膝を立てて地に膝を着ける姿勢は、まるで神話の一幕にも見えるが、少女はそんな事はお構いなしに、ただ運命に誘う言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

「サーヴァント、セイバー。召喚のお招きに従い参上いたしました──問わせて頂きます。貴方様が、私の主君(マスター)でしょうか?」

 

 

 

 

 




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本当に気軽でいいので、何かコメントを頂けたらそれだけで励みになるので、宜しくお願い致します。
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契約

 

 

 

シンは目の前に現れた少女からマスターか、と問われた事に何の反応も出来なかった。

無意識の内では理解している。

この少女が、あの狂った騎士と同じ規格の超越種であるという事は理解している。

同じ存在だからこそ、狂った男と比べて、余りにも美麗だったから意識が麻痺しているのだ。

それ故に、本来答えなければならない問いに答える事が出来ず………そんな自分を叱咤するかのように手の甲の痛みが自分の口から声を漏らした。

 

 

 

「……っ」

 

 

焼け火鉢を甲に押し付けられたような痛みに、思わず手を見るとそこには先程の赤い紋様が、今はしっかりとした形となって浮かび上がっていた。

その事実に、少女は得心を抱いたという風に小さく頷き、立ち上がった。

 

 

 

「正式な挨拶は後程に。これよりバーサーカーと思わしきサーヴァントを迎撃します。マスター」

 

 

あっさりと迎撃をする、と言ってのける少女に、逆に正気を取り戻す。

見惚れている場合などではない。

今、現在進行形で修羅場であるのに、呆けている余裕があるか、と思い、魔術回路に魔力を通して肉体を操作しようとするが

 

 

 

「う……ぎぃ……!」

 

 

操作自体は幾らでもなるが、操作される肉体がボロボロ過ぎて、少し動くだけで全身に激痛が走る。

それでも動かないと死ぬ以上、まず立ち上がらなければいけない、と思い、奮起し──

 

 

 

「失礼を」

 

 

一瞬で体が転ぶように宙を浮かんだ、という奇天烈な感想を抱いた。

何だ、と思うと目の前に少女の綺麗な顔があって危うく色んな意味で死に掛けた。

 

 

「は? ──いや、ちょ! あった……!」

 

 

思わず反射的に叫ぼうとして、更に激痛を招き寄せてしまったが、これに関しては全国の男子諸君は俺の行動に文句を言える人間はいないと思う。

何せ、餓鬼とはいえ男が、同い年………ではないのか?

多分、年上と思わしき女性にお姫様抱っこされるのだ。

流石にたまったものでもないし、何より

 

 

「剣が………」

 

 

振るえないだろ、と続けようとした言葉は肺から込みあがった血液を吐血する事によって邪魔された。

その事に、少女が一瞬、表情を怒りの形に歪めていたのだが、シンは込みあがった血液に対処するのに忙しく、それを見逃した。

そしてシンが改めて言い直そうとした時には、セイバーと名乗った少女は可憐な笑みを浮かべながら

 

 

 

「ご心配なく──一刀あれば威を示すには十分です」

 

 

酷くあっさりと一撃で敵を打ち倒す、と宣言した。

余りにも滑らかに言うものだから、俺も何も言う事が出来ず、放心してしまい──地に着いた獣の咆哮が空間を打つのを聞き届ける事しか出来なかった。

 

 

 

※※※

 

 

セイバーは傷だらけのマスターを片手で抱えながら、こちらを睨むように剣を構える敵サーヴァントを見る。

見た目だけは明らかに精神を病んだ狂人に見えるが、左手を前にして盾代わりにしながら、剣を深く構える姿勢は間違いなく獣ではなく人しか取る事が出来ない剣術の姿勢だ。

 

 

 

………理性も、知性すら忘却しても培った技能だけは忘れていませんか………

 

 

その姿勢だけは例え野蛮であったとしても、武人としては感服するしかない。

逆に言えば、それは敵としては厄介である、という証拠なのだが。

私のような木っ端英霊の初戦が難敵とは、生前から敵手の巡りは悪いが、それは死後もそうらしい、と苦笑しそうになるが、それが生者すら巻き込んでとなると笑ってはいられない。

腕に抱くボロボロの少年を思えば、自然と心は刃と一体化する。

あっという間に冷えいていく思考と魂。

 

 

目は相手の挙動を

耳は息遣いと心臓の音

鼻は体を動かす為の息を全て、全身に巡らせ

体は地面に伝わる振動を

培った心眼は敵の殺意を知らせた

 

 

 

一瞬にして、それらの戦い方を整える自分に、内心で苦笑する。

 

 

 

………人間、一度死んだ程度では変わりませんか……

 

 

英霊などという大層な場所に召し上げられても、やる事は結局、剣を振るうだけだ。

人斬り包丁であるのは自覚していたが、死んだ後まで振り回さなければいけないとは業が深い。

だけど……

 

 

 

………少なくとも、英霊(わたし)を見て、自身の怪我よりも、私の心配をする人を守れるのなら

 

 

全てが全て、悪いわけではない、とセイバーは今度こそ笑みを浮かべ───音を超えた速度で振り下ろされる魔剣に完璧に反応しながら一閃。

 

 

──首を切った

 

 

 

※※※

 

 

 

「────は?」

 

 

傷口の痛みすら無視しながら、シンは目の前の結果を受け入れる事が出来ない、という意味の声を発した。

経過も結果も実に簡単なものだ。

セイバーと名乗った少女は、バーサーカーだろう、と告げた男が凄まじい速度で振るわれた刃に対して、それを払うような一振りを以て、完全に敵の一撃を無効化し、そのままの勢いで首を斬ったのだ。

言葉にすれば酷く簡単に聞こえるが、それを為すのに一体幾つの神業めいた………否、神業なんて美しい言葉ではない。

正しく、魔技としか言えないような境地だ。

力と神秘の度合いなら間違いなく打ち勝つ魔剣を、名刀とはいえ、人が作り出した刃だけであっさりと柳のように切り払い、その上でそのまま首を裂いた──のだろう。

最後が自信を無くすのは、自身が無いからとかではなく、シンにはその経過を見れなかったからだ。

音速を超える程度のレベルならば見れるように強化した瞳ですら、捉え切れない一刀。

理解できたのは単にバーサーカーの腕が唐突に弾かれるように横に動き、そして首に隠しようのない赤い筋が残って──

 

 

「────」

 

 

今、ようやく斬られた事を知った傷口から鮮血が零れたからだ。

膨大な血液は至近距離にいた俺達に触れる事はない。

何故ならば、まるで俺に血を浴びせないようにあっという間に10メートル程、バーサーカーからセイバーが距離を取ったからだ。

動いたという感触すら無かったが、あの剣戟を見た後では最早、驚く必要がない。

むしろこの程度など朝飯前なのだろう。彼女にとっては。

しかし

 

 

 

「………迂闊」

 

 

そんな魔技を放った本人は為した成果を誇るでもなく、むしろ険しい表情でバーサーカーを睨んでいた。

それに釣られ、シンもバーサーカーの方を見る。

鮮血を辺りに撒き散らしているバーサーカーはそのまま首がぐでん、と皮と筋が少しだけ繋がった状態で首をぶら下げていた。

余りにも奇妙なオブジェは、それだけでこちらの吐き気を催させる代物だったが──お陰でより吐き気を催させる代物がよく目立っていた。

人間なら即死。

彼らであっても、死を待つしかないであろう致命傷を負った狂戦士は───しかし、手に持った魔剣を一切手放していなかった。

で、あれば───魔剣と称された刃は、その名の通り、禍々しさを今こそ醸し出す。

 

 

 

 

ぞわり、と魔剣が一瞬、脈動したかと思った瞬間、魔剣から流血のような毒々しい色合いの形をした呪いが吹き零れた。

 

 

まるで、魔剣の手であるかのように動くそれ(・・)は、まるで迷うように少しだけゆらゆらと動き───唐突に首が千切れた男に向かって解き放たれた。

あっという間に、絡み付き、串刺しになる英霊は、今まで以上の咆哮………否、悲鳴を上げて魔剣の呪いに対してのたうち回っていた。

 

 

 

「A,、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaGyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa■■■■■■ーーーーーー!!!!」

 

 

 

肺に繋がっていない首のどこからそんな音が出せるのか。

上げられる悲鳴は苦痛というより絶命の際に発せられるそれに近い。

………しかし、呪いはそんな悲鳴とは正反対に体を修復させていた。

千切れた首をまるで縫合するように縫い留め、拾い上げ、合致させる。

それだけ見れば再生なのに、この光景では癒しの光景には程遠い。

だが、結果として

 

 

 

「■■■■ーーー!!!」

 

 

バーサーカーの肉体は再生し──何故か、復活した後の方が禍々しいが魔力が増えている。

肉体にはドロドロとした魔力が充満し、鎧の内から零れそうになる程だ。

つまり、これが魔剣の効果、という事なのだろうか、とシンは息を止めて、結果を受け止めていた。

 

 

「………神代の英霊は近代(私達)とは違い、摩訶不思議な現象を幾らでも起こす、とは知識では知っていましたが………首を斬っても死なぬとは………」

 

 

少女の言葉にも呆れの色が多分に含まれている。

思わず同意して頷きかけるが、そんな事をしている暇はないではないか、と慌てて口を開く。

 

 

 

「だ、大丈夫なのか………?」

 

 

こんな事しか言えない自分への嫌気で顔を顰めそうになるのを必死に堪えながら聞くと、逆に何故かセイバーと名乗った少女の方が申し訳なさそうな顔で

 

 

 

 

「申し訳ありません………一撃で倒すと言ったのにこの体たらく。後程、どのような罰も受け入れる所存です」

 

 

などと頓珍漢な解答が帰ってくるのであった。

 

 

「………はぁ?」

 

 

思わず素で反応してしまう。

そんな事を言っている場合か、とかよりもその程度の事で謝ってくる、という事に何かこう、すんごい既視感を感じてしまう。

どこぞの親父のような鈍感っ振りに何かすっごい腹の底から込み上がってくるものがあり、そのままぶちかましてやろうかと思い────代わりに吐血をぶちかましてしまった。

 

 

 

「げっほぅ!!?」

 

 

素っ頓狂な叫びで盛大に吐いてしまう。

ギャグかよこれ………!! と言いたくなるが、残念ながらマジである。

そりゃこれだけの重傷で思わず大声とか叫ぼうとしたら、色々と逆流するに決まっている。

ボドボドと結構、大量の流血がこれ以上、零れないように口を押えるが、量が量だから、抑えきれず、結果、少女の顔や髪に血が飛び移った。

 

 

………それが酷く申し訳なかった。

 

 

しかし、少女は一切気にせず、しかし、瞳に炎が浮かぶような色を見たような気がした。

 

 

 

「……マスター。回復に専念を。魔力もそちらに回して結構です」

 

 

少女の言葉に口を押えながら、首だけを振る事で否定する。

それこそ悪手だ。

敵は復活し、且つ強化されたのだ。

ここで少女が弱体化すれば、それこそ敵の思う壺だ。

大体、既に治療の魔術はかけ続けている。

しかし、重傷過ぎるからまだ治ってないだけだ。

魔力があれば、確かに再生の速度は上がるが、この戦闘中に復活するのは無理だ。

なら、今はひたすらに少女を信じるのが自分の戦い方である。

そんな自分に、やはり困ったような顔をしながら………しかし、直ぐに戦闘の姿勢を取り戻しながら、刃を構えてくれる。

第二ラウンドを開くしかない────そんな空気がある中で

 

 

「────」

 

 

狂戦士の男から殺意が薄れる。

何事か、という思いは次の瞬間、男の姿が霞のように消えていく事に繋がった。

 

 

「撤退………?」

 

 

セイバーが訝しげに告げるのを聞き、俺も視てみるが………確かに男の気配はもう存在していなかった。

正確には気配の残滓は残っているのだが………今の自分達の状態だと追う余裕は一切ない。

とても有り難いが………敵が自分達に有利な事をする理由なんて、向こうが予想外の事態に陥ったか……もしくはあのバーサーカーを操り切れていないくらいしか思いつかない。

暫く警戒状態を続けたが……一分経っても何も起きない以上、危機はとりあえず去ったのか、と思い

 

 

「…………」

 

 

一気に意識が薄れていく。

視界が段々と薄れ行く中、途切れては駄目だ、という思いから、瞳に魔力が通り、そして気絶しようとする自分に視線を向ける少女に向けて、視線を合わせ────そのままあっという間に闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

気絶した主を抱え、セイバーは主の部屋の寝床に彼を横たえていた。

何故、見知らぬ主の部屋の場所を知っているかというと

 

 

「………気絶する瞬間にこちらにお屋敷の場所を刷り込むとは………」

 

 

あんな状態で、仮にも英霊である自分に対してそんな精緻な魔術を使ってくるとは思ってもいなかったが、そのお陰で主を寒空の下に置かずに済んだ。

なので、それは有り難いと思いながら、少年の状態を見る。

一応、ここに来る前に、応急手当はしたが………魔術師でもない自分のような無骨物の手当ての方法など添え木などを使って固定するくらいしか方法は無い。

今の時代を考えれば、相当古い方法なのだろう、とは分かっても、だからと言って魔術師の主が普通の治療を受けていいのかが分からない。

幸い、少年の顔色は先程に比べれば遥かにマシだ。

診れば、恐らく左足の骨折辺りはもう治療されているみたいだ。

寝ている間にも治療魔術を使えてるのかもしれない。

………生憎、生前魔術師でもなければ、縁も無いからよく分からないが。

ともあれ、無事に済む、というのならば最上だ。

 

 

 

「それにしても………」

 

 

セイバーはお部屋を見まわす。

そこには何も無かった。

無論、何も無い、とかいうわけではなかったのだが………生活感というものが欠片も無い。

ここで暮らしている、というよりここに泊まっている、という形。

定住の地ではなく、移ろう者としての部屋の作り方に、この少年は旅人か何かなのか、と思った。

 

 

 

………魔術師としての工房にもしていませんでしたしね

 

 

もしかするとこの少年は魔術師ではなく、魔術を手放した者なのだろうか?

それならば、聖杯戦争に巻き込まれた被害者となる。

となると、自分は厄災を招き寄せた存在になる。

 

 

「どうしましょうか………」

 

 

──正直、セイバーは聖杯などいらない。

生前に未練が無いかと問われれば勿論、あると答えるが、むしろ未練が一切なく生きるなど人間の生き方ではないだろうから、別におかしいとも思わないからやり直そうとも思わない。

もしも、聖杯を得たとしても、マスターに譲るか……最悪、第二の生を得るかくらいしか考えていないくらいだ。

つまり、別段、少年が契約を切ったとしても文句を言う気が無いレベルだ。

まぁ、それもマスターが起きた時に語り合う事だろうと思いつつ、

 

 

 

「それにしても………まさかセイバーで呼ばれるなんて……」

 

 

 

自分が人類史に名を遺した理由は将としての自分だ。

呼ばれるなら一番高いのがライダーで、他は精々アーチャーで呼ばれるのが精々だろうと思っていたのに、セイバーだ。

アーチャーはともかくとしてセイバーの自分が聖杯戦争で呼ばれる確率は極々僅かの可能性の筈。

何故なら、まず自分の歴史に名を遺すように生きてこなかったのだ。

己の名を思い浮かべば、将兵としての名を思い浮かばれるのが普通であり、剣士としての自分など噂話とかそのレベルの域でしかない。

言うなれば、ライダーの自分が人々が思い浮かぶ自分であり、セイバーの自分はそういう物から掛け離れた、私個人としての在り方が浮き彫りにされている。

召喚の形を見る限り、媒介を使った召喚ではなく、完全な縁召喚のようだから………つまり、この少年と私には何か共通する形があるという事になるのだろうか………?

 

 

 

ライダーやアーチャーではなく………セイバーの自分と共通する──

 

 

 

「───それこそ、今、考えるは詮無き事」

 

 

どのクラスで呼ばれようが、マスターが余程の邪悪でない限り、従うのがサーヴァントの務め。

で、あるならば今は主の就寝を守るのみと思い、意識を研ぎ澄ませ

 

 

 

「………ん………」

 

 

自身のマスターの寝顔が歪むのを感じ取った。

傷が痛むのかと思い、姿勢を楽にさせるべきか、と思ったが………数秒後に少年の目から涙が零れるのを見て、しまった、と思った時には遅かった。

少年は苦しそうな顔と心底から申し訳なさそうな顔のまま………小さな寝言を宙に放った。

 

 

 

「ごめ……なさ…俺……生まれるのを………」

 

 

 

間違えてしまった──

 

 

 

懺悔のような告白を聞いてしまったセイバーは今度こそ絶句した。

だって、その言葉は──とても身に覚えがある痛みだ。

生前に何度も自分に吐いた恨み言にそっくりな言葉を聞き、セイバーは思わず腹を切りたくなった。

………まさかあっという間に理由を知る事になるとは思ってもいなかったが………なら、余計に迷いは消えた。

 

 

 

理由も理解も未だ不明だが………少なくとも守る事だけは迷わずに済みそうだ

 

 

そう思い、セイバーは目を閉じた。

寝るのではなく意識を集中し、ここら一帯の気配を探る為に。

せめて今日だけは、現実の事を気にせず寝れるように。

 

 

 

 

 

 

 




感想・評価など宜しくお願い致します。

たった一言でも言葉を貰えたら感無量です。


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それでも変えれず

 

 

「何故、あそこで逃げ出した!!」

 

魔術師の男は、今、霊体化している奴隷(サーヴァント)に対して怒りの言葉を吐き出していた。

無論、意味がない事は理解している。

私のサーヴァントはバーサーカー。

要は狂犬だ。

暴れて壊すくらいしか能がない低能使い魔だ。

魔術師である自分には余りにも似つかわしくないが………文句を言える状態ではないのは理解している。

理解しているが、唯一の能である殺戮すらまともにこなせないとなると話は別だ。

 

 

 

「子供一人とたかだか女のサーヴァントを殺せぬとは!」

 

 

痛めつけてやりたい所だが、幾ら狂犬とはいえ英霊である以上、男の攻撃では通じるとは思えない───唯一、サーヴァントに効くのは令呪のみ。

だが、その令呪は3画しかないのだ。

その貴重な3画をここで空費するわけにはいかないのは、沸騰した頭でも流石に理解している。

だが、狂犬風情が何故逃亡なぞ考えるというのだ。

譲られたサーヴァントである故に、真名を知らないままであるのだが………もしも私が予想する英霊ならば………このイカレた英霊にそんな知性や理性所か生存本能も無い筈なのだが………

 

 

 

「くそっ!」

 

 

とにかくとして今、己がする事は迎撃の準備だ。

あの少年とてこの一帯に魔術師は私だけだ、という事は理解しているだろう。

場所が分かっている以上、報復は容易い。

あの怪物染みた少年が攻撃を仕掛けてくる、というのは恐怖ではあるが………幸い、今はバーサーカーの攻撃で負傷中だ。

あれ程、ボロボロにされているのならばこちらにも勝ち目があるというものだろう。

それに

 

 

 

「見ておれ………貴様が見逃したツケを今、返してやろう………!」

 

 

暗い笑みと共に漏れる笑声にはどうしようもない程に暗い殺意がこびり付いている。

だからと言って、魔術師の家にそれを指摘する存在など居る筈もなく、男の殺意は笑みとなって零れるだけであった。

 

 

 

───故に気付かぬ。

霊体化しているバーサーカーは形はないが、存在として正気を失ったまま───酷く小さな歪みを作っていた。

もしも、実体化していたならば、それは三日月のような唇の歪みとして表れていただろう。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

暗い闇の中で、まるで池に小さな石を落としたような透明な音が意識に響いた。

音は単音ではなく、続いて鳴り続ける響きであり、そのお陰で音が歌であると気付いた。

聞いた事も無い歌は、しかし確かな優しさが込められており、涙が出そうになる程、暖かな音階であった。

その温かさを、俺は無意識の内に探り、思わず目を開けると同時に口も開いた。

 

 

 

「母さん………?」

 

 

その言葉と共に意識が覚醒すると自分が今、どんな状況にあるのかを理解した。

今自分が寝ている場所は自分が借りている部屋であり、歌を歌っていたのは母親ではなく、黒髪までは同じだけど、綺麗な黒い長髪を纏め上げてキッチンに向き合っている少女………いや、女性であった。

 

 

名をセイバー

 

 

昨日、俺が召喚した存在で………母親と呼ばれ、目をぱちくりと開いて驚いていた。

 

 

 

「………」

 

 

とりあえず顔に熱が溜まっていくのを感じながら、その顔を手で覆って

 

 

 

「………今のは、無し、という事にしてくれないかな………」

 

 

と、すっごい情けない言葉を吐くのであった。

 

 

 

 

とりあえず傷に障らないように起き上がってみるとセイバーが即座に縛っていた髪を解いて、片膝を着くのだから流石に焦る。

 

 

「えっと、セイバー……さん、でいいのかな?」

 

「敬称など不要です。私は、ただの刃であります故に」

 

 

見た目の年齢は若く見えるが………恐らく自分よりも年上であると思われる女性が、躊躇わずに子供に対して膝を着く姿勢には流石に困惑が生まれる。

 

 

「………じゃあセイバー。そんな堅苦しい態度と言葉はいいよ。セイバーからしたら俺は死んだ後に厄介事に巻き込んだクソガキだろ?」

 

「いいえ。どんな事情であれ、(わたし)を欲する者がいるならば、迷いなく。それがサーヴァントの在り方なれば」

 

 

………困った。

とんでもなく律義、というかしっかりとした人らしい。

俺の予想が正しければ、この女性は人類史に名を刻んだ偉大な人であるはずなのに、まるでそんな事は欠片も出さずに従者であろうとしている。

ある意味でそういった存在らしくない態度をとる人に本当に困った、と思いつつ………ちょっと意地が悪い言い方で対処するしかない、と判断する。

 

 

 

 

「………その、俺が困るというか。そういう風に奉られるのは性に合わないんだ。対等………は流石に言い過ぎかもしれないけど………せめて普通に喋り合う関係にはなれないかな? 堅苦しいのは嫌いなんだ」

 

 

俺の言葉に少しの間、困った、という感じの沈黙が挟まる。

………逆に言えば、それは生前、そんな風な言葉を言われた事が無いのか、と思い当たり、少しだけ目を細めてしまうが

 

 

「………マスターが、そう仰るのならば………」

 

 

と心底から良いのだろうか、という語調で恐る恐ると顔を上げる。

改めて顔を合わせるとなると正直、かなりドキッとした。

人間離れしている癖に、酷く人間らしい美しさ。

大和撫子、という言葉を日本人である自分は知っているが………そういう意味では彼女が生涯で最も適した出で立ちをしているのではないだろうか、と思う。

それによくよく見れば、背丈などは酷く小柄で、そう大きくない自分ですら少女を抱えれそうで………

 

 

って! それは関係ない………!!

 

 

慌てて煩悩を断ち切りながら、コホン、と間を取り

 

 

 

「まず───昨日は本当に助かった。礼を言わせて欲しい。貴女は俺の恩人だ」

 

 

セイバーが驚きを隠さない顔でこちらを見てくるが、完全な本心なのだから別に目を逸らす理由は無い。

 

 

「そんな………私はサーヴァントとしての役目を果たしただけです。礼を言われるような事は………」

 

「十分にあるだろ? セイバーがあの時、俺に力を貸してくれなかったら俺は死んでいた。十分に礼を言う事だ。それがサーヴァントの役目だろうが、何だろうが───俺は塵屑だけど、命を救ってくれた人に言う言葉を間違う程、耄碌はしてないよ。本当にありがとう」

 

 

俺の言葉に本当に戸惑ってあわあわしている様を見ると昨日の威風とのギャップが凄いが、まぁ、これはつまり、超人に至ろうとも人間の精神を持っているのならば人間である、という証明何だろうな、と苦笑する。

もう少し見てみたい気持ちはあるけど、流石にそんな余裕があるわけではない事を承知している為、シンは話を続けようと思い────よく考えれば大事な事を告げるのを忘れていた。

 

 

 

「───俺の名前はシン………まぁ、どこにでもいる落後者だよ」

 

 

 

 

※※※

 

 

己を落後者と呼ぶマスターに、セイバーはどう答えたものか、と思ったが………流石に何も言えず、気にしていない振りをして正座のまま自分の胸に手を当て

 

 

 

「申し遅れました。此度の聖杯戦争においてセイバーのクラスで召喚されたサーヴァント。真名を───」

 

「いや、それは今はいい」

 

 

己の名乗りを、申し訳なさそうに遮られる。

マスターの顔を見るとそこには本当にすまなさそうな顔で、こちらを見ているので、考えたが………今はいい、と言っている以上、己の真名よりも聞きたい事があるのだろう、と思い、了承した。

すると、すまない、と一言謝り、しかし一番聞きたがっていたと思われる言葉を問うた。

 

 

 

「………此度の聖杯戦争(・・・・)って言ったよな?」

 

「はい───聖杯戦争。魔術師が英霊を召喚して殺し合い、願いを叶える戦争。その駒の一人が私です」

 

 

聖杯戦争

 

万能の願望器を賭けての殺し合い。

その為に、魔術師は人類史に名を刻んだ英雄を召喚し、使役し、殺し合う。

願いを叶えられるのは最後の一組。

最後の最後まで生き延び、殺さなければならない魔術儀式の総称。

魔術師ならば、根源………という物に辿り着く為に利用できる儀式の一つである、というのが聖杯に与えられた知識なのだが

 

 

「その………マスターは………」

 

「察しの通り、魔術師の落後者でもあるからな。聖杯戦争になんて興味の欠片も無かったよ」

 

 

予想通りの言葉を、しかし言わせてしまう事に申し訳ありません、と謝罪をするが、マスターはいいよ、と無事な方の手をひらひら、と振るだけ。

………見た感じは本心に感じるが………心を読む技能など持たない私はそれを信じるしかない。

しかし、そうなると………先程、私の真名を言うのを抑えたのは

 

 

「………マスター。僭越ながら一つお聞きしたい事が」

 

「答えれそうな事ならなら何でも」

 

「では、お言葉に甘えまして。マスターは聖杯戦争に関わるつもりはありませんでしたが、しかし状況によって私を召喚するしか無かったような状態だったと思います────しかし、関わるつもりが無いのと願望が無いのは別で御座いましょう。なら………」

 

「こうして、参加してしまったのならば、何か叶える願いは無いのか、か?」

 

 

その通りである。

マスターは生存の為に、英霊に頼らざるを得なかった。

そこまではいい。

生きる為に自分以外の何かを利用するのは当たり前のことだ。

だから、戦う為ならば今の状態は別に問題は無いだろう。

しかし、戦い続ける、というのならばそこにはしっかりとしたモチベーションが無ければいけない。

それに………仮にだ。

聖杯戦争に興味が無くても、いざ英霊を見たら、その気になってしまうかもしれないのが人間の性だ。

これまでの反応から察するに、このマスターは善性のようだが………善性の人間が決して悪を為さない、というわけではないのだ。

故にセイバーはサーヴァントとしての義務でもある質問に対してのマスターの反応を伺う。

それを理解しているのか、マスターも真剣な顔で改めて布団の上からこちらを見、

 

 

 

「そうだな。君からしたら当たり前の質問だ。そして隠す理由も無いからさっさと答えを言おう────セイバーには悪いけど、マスターになったからといって、俺は聖杯に対して、いや、願望器に対して、全く興味は起きない」

 

 

万能の杯に叶える願いは無い、と告げる少年の瞳にわざと合わせ、真意を探る。

心を読む技能はないが、嘘を見抜く経験は持ち合わせている。

しかし、見てくるこちらに対して、少年は目を逸らすどころか、しっかりと見返してくる。

あくまで自分の経験ではあるが………嘘を吐いているようには見えない、ととりあえず判断した。

 

 

「何の願いも持ち合わせていない、と?」

 

「そうじゃない。俺にだって叶えたい願いは持ち合わせているし、人並みの物欲くらいはある。もしもその聖杯が、俺の魔力とか………まぁ、寿命だったりで動く程度の代物であるなら、俺だって叶える為に戦ったかもしれない────けど、俺の願いが、誰それの命や祈りを踏みにじってでも叶えなければならない、という前提があるならば、話は別だ────他人の命を奪ってまで叶える願いなんて俺にとっては糞食らえだ」

 

 

成程、と単純な理屈に私は頷く。

願いが無いのではなく、願いを叶える経過に不満があるから聖杯戦争に執着する事は無い、という。

言葉にすれば、魔術師の中でも有り得そうな理屈だが………その理屈の中に、他者の命の喪失を許せない、というのは聖杯に与えられた魔術師の知識からは外れる理だ。

だからこそ、彼は魔術師の枠から外れる事になったかもしれないが………それはセイバーにとってはとても嬉しい誤算であった。

その喜びには気付いていないのだろう。

マスターは内心で喜ぶ私に真剣な顔で、改めて視線を合わせながら

 

 

 

「───だけど、俺の勝手な偏見と君の願望と生存は別の話だ。セイバー、君が何かの願いがあるなら………俺が付き合う、とは言えないけど………別のマスターを見繕ったり………何なら戦うのを捨てて、どこかで平穏に暮らすのも自由なんだ」

 

 

 

 

※※※

 

 

 

間違いなく、俺は今、サーヴァントに切り殺されても仕方がない台詞のオンパレードだろうな、と自覚している。

サーヴァントにとってマスターとは己を律する主であると同時に、自身の願いを叶える為の土台だ。

マスターがサーヴァントが無ければ、敵に対抗出来ないように、サーヴァントもマスターがいなければ己を保てない。

 

 

 

そして、その上で、マスターとサーヴァントは共に聖杯を目指す(ともがら)でなくてはいけない

 

 

本来ならば、これは前提条件であり、問題になるはずがない事だ。

何せサーヴァントを召喚するという事は聖杯戦争に参加する意思がある、という事なのだから。

しかし、俺がサーヴァントを召喚したのはただ死んではいけないから、という身勝手な理由からだ。

彼女から呼び出しておいて報酬を貰えない、という立場だ。

殺しにかかっても文句は言えないし、言うつもりもない。

俺は確かに自分勝手に死ねなくはなったが………納得がいく死ならば別だ。

命を救ってくれた恩人に対して返す恩には命と等価値のモノがなくてはいけない。

故に少女がこのまま首を差し出せ、と言われたら差し出すし、マスターを替える為に令呪を出せ、と言われても仕方が無いのだ。

故に俺はそのつもりで少女に俺が考えている全てを吐き出し、答えを求めたのだが………予想外にも少女は怒らず、それどころか勘違いかもしれないが………嬉しそうな笑みを浮かべ、

 

 

 

「───で、あれば何の問題もありません」

 

 

何故なら、と一息間を置き、その間にセイバーは目を閉じ、片手を胸に手を当て、己の全てを曝け出すような仕草を作り

 

 

 

「私もマスターと同じで御座います。聖杯で叶えたい願いなど無い故、好きな時に何時でも私を捨てて頂いて構いません」

 

 

と、そんな馬鹿げた事を、少女は酷く清らかに言ってのけたのであった。

 

 

 

「────」

 

 

思わず、考えたのは自己犠牲に美学を見出している自己中かと失礼な事を考えた。

身内のせいで、そんな風に考える人間を知っているから、その疑いをかけたが………セイバーはただ自然体であった。

本当に………ありのままに、彼女は自分の事をいらなくなったら捨てるモノである、と評したのだ。

 

 

「───第二の生に何の願いも無い、と?」

 

「いえ。不遜ながらマスターと同じなのです。願望を持たないなどという悟りに至るにはこの身は聊か血を浴びてましょう。ですが、人斬り包丁とはいえ………生者を屠る事に愉悦を覚える外道になるつもりもありません。特に………死者が生者を殺めるというのは聊かばかり躊躇いを覚えます」

 

 

 

勿論、相手がマスターに危害を及ぼす存在であるなら話は別ですが、と断りを入れながら

 

 

 

「ですから………私も、聖杯に対して執着はありません───ですから、あのバーサーカーを打ち倒したら、令呪で私に自害を命じれば、マスターは最早、この戦争に関わる事は無いでしょう」

 

 

成程、と理性は思った。

確かにそうすれば、面倒事を全て切り捨てられる。

煩わしい全てを文字通り切り捨て、昨日までと変わらぬ平凡で苦痛だらけの日常に、自分は再び戻れる。

ただ日常に戻る、という観点で語るのならば、これ以上の選択肢は無いだろう、と頷ける完璧な意見であった。

成程、と理性で再び頷きながら──感情(からだ)はよっこらせっと体を立ち上がらせている。

それを見たセイバーが驚いたような顔で見るが、気にするつもりは一切ない。

 

 

 

改めて言うが理性はセイバーの意見が最も楽で現実的な解決案だと告げている。

 

 

が、

 

 

「このっ……! あったまきたぁーーー!!」

 

 

最適解だけで動けるのならば、今頃人間はもっと賢く、図太く進化しているのである、という想いが籠ったチョップが、呆然と見上げるセイバーの脳天に見事にめり込むのであった。

 

 

 

「あいた!」

 

 

初めて見た目相応の悲鳴を上げるのをシンは聞いたが、怒りに沸騰している脳髄ではそれを記録する事も出来ない。

あるのは、頭を押さえて涙目でこちらを見上げるセイバーが可愛……じゃなくて、何故ここで怒られる? という心底から理解していないその鈍感さに対する抗議だ。

 

 

「さっきから聞いてたらなんだそりゃ! 令呪で自害? 何時捨ててくれても構わない? ──ふざけんな舐めんな馬鹿にすんな! 俺は確かに塵で屑で生きてる価値なんてないけどな……命救ってくれた恩人に仇で返す程、恩知らずでも無ければ、女を見捨てるような最低な男じゃないんだよ!!」

 

 

唐突にキレだした俺に対してセイバーは心底から呆然と聞いていたが、そんな状態でもこちらの言葉を咀嚼したのだろう。

慌てて、顔を伏せ、謝罪の言を述べ始める。

 

 

「も、申し訳ありません………! マスターを侮辱したつもりは……! し、しかし私さえ居なければ──」

 

「"私さえ居なければ"っていうそれが舐めてるって言うんだよ! 俺は、どんな危険があるのだとしても、セイバーのせいにして全て解決するつもりは無いって言ってんだよ!」

 

 

セイバーが居たからこうなった?

確かにそういう面が0であるとは俺も言うまい。

しかし、セイバーが全て悪い、というのなら、それは0であると断言出来よう。

そもそも聖杯戦争という儀式そのものが、魔術師達の欲によって形作られた死者さえも利用した血と欲で出来上がった儀式だ。

勿論、英霊にもそれによって利がある場合があるから英霊が一方的に利用されているだけの関係ではないのかもしれないが、セイバーのように特別万能器に興味を持っていない人間ならば巻き込まれた側、という認識で構わないだろう。

詰まる所、被害者は俺ではなくセイバーだけと言っても過言でもない。

そこに責任転嫁して、じゃあお前一人だけ死ね、などと恥ずかし過ぎて自殺したくなる。

 

 

「そういうわけだ! いいか、間違えるなよ───セイバーは居ていい存在なんだから」

 

「───」

 

 

最後の言葉に、セイバーは小さな瞳を大きく開かせていたのだが、シンははぁーースッキリしたって感じになり、ベッドに座り込み───恥ずかし過ぎて顔を抱えた。

 

 

 

何を言ってんだ俺、それこそ恥ずかし過ぎて自殺モンのうざ説教じゃねえか………!

 

 

全てが全て自分の価値観が全て、という感じの押し売り状態。

更には少女は英霊なのだ。

価値基準は現代のそれではなく彼女が生きた時代に即している筈だ。

少女は見た感じ日本の……恐らく戦などが当たり前にあった頃の時代。

恐らく戦国時代の英霊ではないかとは思っているが、それならば猶更に人の命の価値というのは現代とは比べるまでも無く低かった頃だ。

英霊となっているという事は、恐らく有名な将の誰かだったのだろうけど……なら人の上で命を扱う以上、己もまた命を賭けるべし、と思っているのかもしれない。

何より武士にとって、主君とは絶対の時代だ。

現代の自分には全く理解できない価値観から来た存在に、今の価値観はこうだからお前も従え、とか何様だ。

そして、何が一番無様かというと……そこまで理解しているというのに、謝る気が一切沸き上がらない湯だった脳みそであった。

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 

……どうしよう、と一気に全身に冷や汗が流れるのは決して怪我の痛みだけではない。

俺のせいであっという間に冷え切ったこの空気をどうにかする方法を、俺のケジメとして何かしなければなるまい。

くっ……! と思いながら、密かにセイバーの方をチラ見してみると───伏せた状態で顔を上げているせいか、和服の首部分から覗ける女性らしい部分が眼球に突き刺さり、シンは一瞬で無事な左腕で己の顔面に拳を叩きつけた。

 

 

「ごふぅ………!」

 

めりっ、と顔にめり込んだ拳の感触に煩悩を振り払いながら、いやしかし、セイバーって着瘦せするタイプか。

しかし、そんな今よりも食事だったり何だったりで大変な時代だっただろうに、そんな素敵ボディになるとか貴女の体神秘的過ぎじゃないでしょうかって煩悩振り払えてねえ! 

変態か俺! あ、でも昔、トイレに寝ぼけて行こうとする中、普段使ってない部屋で親父が母さんに対して変態行為をするのを見たけど、つまり血か。そうなのか、そうなんだな!? あの親父許せねえ………!

 

 

「ま、マスター! いきなり自傷など! どうなされたのですか!?」

 

「い、いや大丈夫だセイバー! これは男の病なんだ! 男には一日結構な回数で本能が理性を刺激させてくるんだが、女性のセイバーは何も気にせず馬鹿なクソガキが馬鹿な事をしているって痛いモノを見る目で見てくれればいいんだ!!」

 

「そ、そんな事は思いませんっ。そ、それより自傷はお止めになった方が……」

 

「そうだな……あーー後、セイバー。もう平伏はいいから。今も俺みたいな餓鬼の説教聞かせて悪かった。まぁ、その、だからな………セイバーはその、折角こうして第二の生を得たんだから、今回は出来れば、うん、その………セイバーが納得出来るような生き方をしてくれた方が、俺として有難いんだ。俺に縛られる必要も無いし、俺もセイバーを縛るつもりなんて無いから」

 

「………」

 

俺の言葉に数秒、セイバーは沈黙を選んだが……次に浮かべたのは花開くような微笑であった。

 

 

 

「───いいえ。御心に感謝します」

 

 

とても綺麗な笑みを浮かべられる理由は分からないが………とりあえず気分を害していないのなら少し安心する。

まぁ、何はともあれ話が脱線したか、と思い、俺は新たにこれからについて語る言葉を作ろうとし

 

 

「───」

 

俺は視線を向け、セイバーが一瞬で笑みを閉じて、刀を展開し、鯉口を切る。

突然、戦闘態勢に入るのは当然、そこに自分達以外の異物が紛れ込んだのを察知したからだ。

その答えが視線の先、鏡の向こうにいる

 

 

 

「大鷲とはまた見栄っ張りな………」

 

 

シンは呆れた目で窓の外にいる大鷲を見るが、特に危機感は感じない。

何故なら、これはただの使い魔だ。

サーヴァントのように超級の霊格を持っているわけでもなければ、幻想種というわけでもない。

そこらにいる動物を支配して扱っているだけだ。

故に、その使い魔も特に何か事を起こすわけでもなく、一度こちらを睨みつけ、そのまま飛び去って行った。

勿論、何もしなかった、とか甘い話ではない。

むしろ仕事を終えたから去ったのだ。

俺はそれを理解して、立ち上がろうとするがそれよりも早くセイバーが立ち上がり、慎重に窓を開けながら、鳥がいた場所に置いてあった紙を手に取った。

暫くセイバーはそれを警戒して探っていたが、暫くして何も無いと察したのだろう。

 

 

「──マスター。どうやら文のようです」

 

「この時代に手紙なんて情緒が豊だな。魔術師らしくて結構な事だ」

 

 

多分に皮肉を込めた言葉と同時に手紙を受け取るが、開く前にひらひら、とそれを振るう。

 

 

「恐らく、いや違うな。間違いなく、バーサーカーのマスターからの手紙。サーヴァント同士だけがとはいえ殺し合った間柄で送り合う手紙ってどう思う?」

 

「私の時代の作法ならば───宣戦布告か、もしくは降伏勧告のどちらかです」

 

 

だよな、と思いつつ、胡散臭いという意味を隠さずに手紙を見る。

セイバーの意見は認める所もあるが………同時に認めない部分もある。

それはこれが戦争であり、相手が魔術師であるという事だ。

 

 

殺し合いに宣戦布告もクソも無いだろう

 

 

勿論、中には魔術師の見栄だとか何だとか、という場合もあるだろうが………でも、こんな分かりやすい大鷲をメッセンジャーに使うのならば、そういうタイプかもしれないな、とは思えるけど。

 

 

「だからといって付き合う義理も義務も無いけどな」

 

「………撤退ですか?」

 

「セイバー、思ったならば別に言ってもいいんだよ? 情けない男って」

 

 

苦笑混じりの俺の言葉に、セイバーは一度小さく首を傾げながら

 

 

「───戦場で逃げる事なんて多々ありますよ」

 

と、フォローなのか、何なのか分からない言葉を聞いて益々苦笑を深めてしまう。

さっき時代と価値観が違うと考えた傍からこれである。

俺は本当に成長しないなぁ、と思いつつ、手紙に視線を向ける。

精査はしてみたが、魔術的な仕組みは一切無いのを確認しているので、何の危険も無い手紙だ。

正直、俺としてはこれを読まずにそのままどこかに高飛びをしたい所である。

別にそれくらい直ぐに出来る事だし、荷物だって何時でもここから離れられるように必要最小限の荷物しか何時も開いていないのだ。

ここから離れるのに何か問題があるとすれば………唯一、一人だけずけずけと何時も近寄ってくる少女の存在くらいだが………それも別に何時でも覚悟していた事だから何も思わない。

だからまぁ、一応中身を見るだけ見て、決闘だとか………予想外に共闘の持ちかけであったとしても、スルーして逃げるか、と思い、遠慮なく手で開封し、中身を見───

 

 

 

 

冷たく沸騰した脳髄が自動的に魔術回路のスイッチを入れた

 

 

 

 

※※※

 

 

 

セイバーは慣れ親しんだ気配が少年から瞬間的に沸き上がるのを悟り、眉を顰めた。

それは戦を経験した人間なら誰しもが経験する現代の人間にも受け継がれた攻撃性──簡潔に言えば、殺意と言われるモノを少年は何時の間にかサファイアのように輝いていた瞳を鋼の色に変え、空間を冷たく変色させていた。

余りの唐突な変化だが………そういった唐突な変化を、セイバーは生前何度も経験した事がある故、口を開くことは無かった。

 

 

………恐らく人質、でしょうか

 

 

サーヴァントの自分にさえ居ていい、と言える優しいマスターならば間違いなくそれは抜群な程に効く、と冷静に戦術思考を行う自分を苦々しく思いながら、それ故に悟る。

怒りの質は少年の原動力に繋がる。

何の神秘も用いずに、空間を冷ます程の殺意は、ある意味で少年の覚悟の表れだ。

 

 

 

必ず殺してやる、という誓いは、どんな大義よりも甘美な原動力だ

 

 

人間であればある程、抗えないそれは人間であるマスターを間違いなく縛り付ける。

本来であれば、そんな暴走を止めるのがサーヴァントの役割の一つなのかもしれないが

 

 

 

「………」

 

 

セイバーは敢えて沈黙を選んだ。

マスターが如何に諭しの言葉をくれたとはいえ………自分が死者であるという事実は変わらない。

死者であるからこそ、生者を優先するべきだ、という考え方を間違いだとは思わない。

サーヴァントは今を生きるモノの刃であり盾になるのが、一番あるべき姿なのだから。

だから、セイバーはマスターが無言で、こちらに手紙を渡すまで何も言わず、渡された手紙も謹んで受け取り、黙って拝見させて貰った。

内容は典型的な宣戦布告と降伏勧告の両方であった。

 

 

 

今夜、0時に指定の場所まで来たれし

来ない場合はマスターの知人である誰かの命を奪う

 

 

ご丁寧に絵……じゃなくて現代の絵画だろうか……?

そこに小さな子供の姿だったり、マスターと近い年齢の姿を映した物を見ながら、マスターを見る。

黙ったマスターは無表情で、相変わらず鋼の瞳だけを輝かせている。

刃のような輝きに、数瞬見惚れながらも、私はサーヴァントとしてマスターに問うのを忘れなかった。

 

 

 

「───如何為されますか?」

 

 

そんな問いに対して、少年の答えは酷くあっさりとしたものであった。

少年は何も答える事無く───見逃しそうな程小さく微笑したのだ。

それはまるで冬の厳寒を乗り越えた小さな蕾が花開くように形作られた──雪の凍てつきを溶かすような冷笑。

生半な存在ならば、それだけで心の蔵が冷えかねない死神の笑みを見ながら───セイバーもまた同じ笑みを浮かべた。

 

 

 

※※※

 

 

───セイバーもシンも先程までの言葉には一切の虚偽は無い

 

 

どちらも心底から人の命なんて奪いたくないし、死者が生者の命を奪う事は叶うのならばしたくない、と思っている。

今、もう一度同じ質問を投げかけたら両者はやはり同じ答えを返すだろう。

 

 

 

───だが、同時にセイバーとシンは自身が特別な人間ではない、とも思っていた。

 

 

 

才能の有る無し等ではなく、在り方として人の枠組みという内では普通……とはお互い死んでも言わないが、それでも途轍もなく逸脱した存在ではない、と思っている。

全人類を愛している、とか憎んでいるとか、人が救われる事を祈っているや人々を救いたい等とは欠片も思っていない。

好きなモノは好きだし、嫌いなモノは嫌い。

そんな在り来たりな価値判断を持っている、と思っている。

故に、彼らは嫌いに部類する行為をされた時───特に人を人と思わぬ外道の一線を越えた相手に対して博愛主義を唱える程、両者共に器が大きい訳でも無ければ、慈悲の心も持ち合わせていないだけである。

 

 

 

「───仕掛けますか?」

 

「………いや、とりあえず話には乗ろう。こっちは殺し合いをしたいわけじゃないんだ。場合によっては俺達が出ていくだけで、話が纏まる場合もあるだろう」

 

 

しかし、それでも───セイバーもシンもただ怒りに任せる、という事だけはしなかった。

セイバーは戦を知る者として、シンは避けられるかもしれない戦ならしたくない、という考えから。

互いの姿勢からセイバーはシンの意見に頷き───シンは自嘲気味に笑みを浮かべる。

くしゃり、と手紙を握りつぶしながら、紙事顔面に片手を当てる少年は何も無い天井を見つめながら、一言、告げた。

 

 

 

「本当───情けない」

 

「………」

 

 

シンの自嘲に、セイバーは何の反応もしない。

少なくとも現時点ではセイバーはただのマスターのサーヴァントであり、マスターであるシンは例え殺されかけても殺し合いに興じるつもりは無かった。

 

 

 

 

 

だから、セイバーは何も言う事が出来ず、シンは自分を馬鹿にするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




感想や評価など宜しくお願い致します。

FGOは本当にこう……もう少しユーザーのモチベーション維持がどういうものか知ってほしいと切に願う……



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失望の果て

 

セイバーは決戦前に、マスターの荷造りの手伝いを行っていた。

交渉次第では直ぐに街を離れるかもしれない、という言葉と共に荷造りをするマスターの背には特に悲壮感は感じれなかった。

街から離れる事に特に躊躇いを覚えていない以上、サーヴァントである自分がとやかく言える事ではない、と思い、了承した。

 

 

 

───余人が見れば、サーヴァントに引っ越しの手伝いをさせている、と魔術師が見れば頭を抱える状況なのだが、当然、ここにそれをツッコめる人間は居ない。

 

 

 

しかし、荷造りと言っても、マスターが荷物を広げているわけではないので、ほんの二刻もすれば準備は終わった。

その後に、自分が作った握り飯をマスターはお食べになった。

………正直、現代の調理器具に目を回していて、どこに手を付けていいのか分からない状態で、何かよく分からない機具に触れたらお米があったから、何とかそれだけ形にしただけの粗末な料理だったので、主に出すには不十分だと思っていたのだが、マスターは笑って美味しい、と告げてくれた───寂しそうな笑みもつけて。

だから、敢えて私も良かった、と告げてマスターの笑みには一切追及せぬまま、荷造りを終え、マスターが活力を得た後、マスターは心底しんどい、と言わんばかりの溜息を吐いた後

 

 

 

「セイバー。そこのクローゼット………って分からないか。ええと、箪笥……になるのかな? そこにある物をちょっと取ってくれないかな?」

 

 

わざわざ自分の時代に合わせて言葉を作ろうとしてくれる少年に笑みを浮かべて頷きながら、示された場所の箪笥……ではなくクローゼットを開けるとそこには二つの物が置いてあった。

 

 

 

 

一つはとても綺麗な赤い一張羅

 

 

現代では確かコートと言うのだったか。

赤に染められた布は、しかし下品な色ではなく、気高さに即した赤色が着色されており立派な服である事が伺える。

硬さも何も無いが……見るだけでこれがマスターの戦装束であるという事が理解出来る。

 

 

 

もう一つは無骨なケースだ。

 

 

横長に長いそれは聖杯から貰った知識にあるものだと楽器を入れる様な物に似ているが、これに関してはサーヴァントである自分だから分かる事がある。

このケースは魔術的に封印されている。

それも途轍もなく厳重に封印されているというのだけが分かる。

魔術に詳しくない自分だが………これを壊すだけならともかく普通に開けようとするならば魔術に長けた英霊以外では開けれないのではないだろうか………?

ともあれ、指定されていないという事はこの二つなのだろう、と思い、セイバーは英霊としての筋力を無駄に使って二つとも手に取る。

予想通り重いわけではないが、見た目以上に重い服と予想に反して軽いケースを持ちながらマスターに振り向くとマスターがありがとう、と礼を言うのでいえ、と軽く会釈する。

するとマスターがまず赤いコートを一人で着ようとするので、そこは従者として持ち続ける事で拒否する。

首を傾げながら今も片手を吊っている少年に対し、手伝います、と告げると困った顔をされる………が、片手であるから着るのに手間取ると思ったのだろう。

直ぐに背を向け

 

 

 

「面倒ばかりかけてごめん」

 

「この程度、面倒にもなりませんよ」

 

 

コートを広げ、不快にならないように彼の両肩にかけながら、無事である左腕を通しやすいように手伝い、数秒後には彼は赤のコートを身に纏う事になる。

纏った後に一度だけ服を気にするように一回転した後、苦笑で私に問う。

 

 

「似合わないだろ?」

 

 

その問いには首を傾げざるを得ない。

マスターは何故かは知らないが自己評価が異様に低い。

まだ全てを知らない故に確信を持って告げはしないが………まるで自分には価値が一切ない、と言わんばかりだ。

その有様はまるで大罪を犯して懺悔している罪人のように見えるが……とりあえずセイバーは当たり触りのない言葉でマスターの言葉を否定した。

 

 

「いえ。お似合いです。赤がお好きなのですか?」

 

「そうじゃないんだけどな……母がうちの家系は勝負場では赤を着るべしって煩くてな」

 

 

苦笑しながら当時を思い出しているマスターの顔は懐かしそうでありながら同時に痛ましい顔を浮かべている。

ここ数時間で少年にとって家族の話題がタブーと分かる辺り、マスターは嘘を吐くのが苦手な人なのだと理解出来る。

だから、私も踏み込む事はせず、襟などの乱れを直し、問題が無いと判じた後に最後にケースをお渡しする。

するとマスターはまたしても心底から嫌そうな目でケースを見つめる。

何事か、と首を傾げるが、問い質す前にマスターが大きな溜息と共にケースのカギの部分に手を触れ

 

 

 

 

「───ACSESS(繋がれ)

 

 

一瞬、光る様に魔術回路が起動するのをセイバーは目と体で感じ取る。

 

 

 

「んっ……」

 

 

一瞬、体を巡る魔力に驚き、小さく吐息を吐くが直ぐに呼吸を整え、流れた魔力に体を慣らす。

次に浮かぶのは驚きだ。

今のは恐らく魔術回路が開いただけだ。

大袈裟に使ったわけでもなく、ただ起動しただけ。

それだけで仮にも英霊である己の体にまで巡る膨大な魔力が生み出されたのだ。

その事に驚きながら、しかし顔と言葉には出さずに、今の言葉を合図に開かれたケースの中身を私は口に出すことを優先とした。

 

 

 

「刃……?」

 

 

ケースに入っていたのは双剣であった。

白と黒で色は違えど、拵えは同じであるのを見る限り、夫婦剣と言う物だろうか。

自分の生きた時代では見た事が無い刃である故に珍しくはあったが、不思議ではない。

疑問を浮かべたのは二振りの刃が綺麗に輝いていたからだ。

無論、刀とて人を斬るという目的を無視してみれば工芸品として美しい物である事は理解しているが、これは刀身の素材が鉄などで造られた物ではない。

恐らく、現代の装飾品などに使われる宝石、と言われる物ではないか、と思うと自然と聖杯から与えられた知識に宝石を利用した魔術があると浮かび上がる。

知らない事を知っている感覚には余り慣れないが、ともかくこれはマスターの武装。

魔術礼装なのだろうと思うが……なら、どうして己の武器をそんなに嫌そうな顔で見るのだろうか、とは思う。

知らない事ばかりですね、と当たり前の事を胸に秘める。

 

 

「御腰に差すので?」

 

「いや。このコートに入れられるようにしていてな」

 

そう言って、コートを少し広げ、空いた左手の指を鳴らすと剣が勝手に跳ね上がり、コートの内側に収まった。

 

 

「ペットみたいで可愛いですね」

 

「そんな可愛くない可愛くない。もう呪いのようなもんだよ」

 

 

苦笑して返されるのに苦笑しながら、マスターの用意が終わったのを悟る。

スーツケースを引っ張り出して、コートを翻す姿を見ていると……最後に迷った顔でこちらに振り返って、マスターが告げた。

 

 

 

「……セイバー。これは俺の問題だ。だから、セイバーが付いてくる義務は無いんだ……あ、いや、セイバーが生きるにはマスターからの魔力供給が必要だけど……その、何なら……」

 

 

 

俺じゃなくてバーサーカーのマスターに付くのも有りなのだ、と言いたいのだろう。

 

 

 

やはり、と言っていいのか。

少年は己に対する自己評価の低さに嘆息しないようにしながら思考を走らせる。

周りの人間はおろか死者である自分に対してすら己に付き合わせる事が悪であるかのような言い方。

恐らく、存在する事自体が悪みたいな考えを常にしている。

……英霊である自分に対してですら礼儀と感謝を忘れない少年が、どうしてそこまで己を否定するかまでは分からないが……だけど、自分には彼に命じられた命がある。

 

 

 

「マスター。貴方は私に対して自由に生きて欲しい、と願い、その上で対等であって欲しい、と願ってくれました」

 

「……? あ、ああ。折角の二度目の人生なんだからセイバーが俺になんか縛られないような生き方をして欲しいし、俺にそんな畏まった態度をしなくてもいいと今でも思っているけど」

 

 

なら決まりだ。

自分はマスターが命じた言葉に順じて誓いを述べるだけだ。

 

 

 

「はい。なら、私は己の心のままに貴方様をお守りしましょう──個人的に貴方に好意を持てると判断しましたので」

 

 

一瞬、何を言われているのか分からなかった少年が数秒後に顔を赤くする光景に微笑を浮かべる。

実に可愛らしい。

この少年は、本当に隠し事が苦手なのだ、とセイバーは理解した。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

魔術師は己の城の中で哀れな敵が向かってくるのを察知した。

自身の結界に真正面から入ってきた愚者達を嘲笑う。

指定した時刻丁度に現れ、真っ向から挑んできた事に関しては褒めてやらんでもないが、だからと言ってそのまま通すと告げているわけではない以上、我が門番のお目通しを優しくする理由がない。

入ったと同時に現れる魔獣や亡霊の群れが襲い掛かっているだろう。

如何にサーヴァントが付いているとはいえ、かなりの量だ。

死なぬにしても消費はしている筈だ。

主導権を握っているのが、あの怪物染みた少年ではなく自分であるという事実に暗い愉悦を覚えながらも、

魔術師は黙って城の上に立つ。

フランス……というよりヨーロッパであるならば余り不思議ではない城の上に立ちながら、魔術師は傍で立っている己の傀儡に目を向ける。

 

 

 

そこには相も変わらず正気を逸したバーサーカーの姿がある

 

 

焦点の合っていない目に口から垂れ流される涎。立ち姿もまるでゾンビのように体を後ろに倒した脱力姿だ。

これを見て、誰が過去人類史に名を刻んだ英雄の姿だ、と言えるだろうか。

ただのイカレタ麻薬常習者(ジャンキー)にしか見えない道具に、魔術師は舌を鳴らす。

 

 

 

やはり、あんな舐めた女が呼べる程度の英霊なぞたかが知れているか……

 

 

令呪が身に宿らなかった為、仕方がないのだが魔術師からしたらこんなイカレタサーヴァントなど塵以下でしかない。

そうなると……あの少年が引いた英霊は悪くはなさそうだ。

見た感じ、極東のカタナ、とかいうのを主武装に扱って戦っているのを見る限り、日本のサムライの英霊を召喚したのだろう。

極東の英雄など余り知識として取り入れてはいないが、急遽、聖杯戦争に参加するとなった以上、出来る限り日本の英雄も調べるようにしたが

 

 

 

「……カタナを使う女のサムライ……巴御前とかいう武者か?」

 

 

 

古今東西、女が英霊になっているのは決して少なくは無いが、やはり男よりは多くない。

特に戦場の英霊となると当然だ。

無論、戦う女の英霊が居ない、というわけではないが……狂った獣とはいえバーサーカーの剣を前にあそこまで捌き得るような女の剣士が極東の英雄史にあっただろうか?

俄仕込みの知識である以上、絶対とは言わないが、疑問に思う事は止めれない。

至った結論は宝具も何も見せられていない現状では答えを探すことが出来ない、という当たり前の結論だ。

真名の結論は出ないが、違う結論は出る。

 

 

 

 

すなわち──このバーサーカーより(・・・・・・・・・・)は使い易い(・・・・・)、という

 

 

 

半端に意思がある傀儡も面倒ではあるが、ただ狂乱する獣よりかは遥かに手繰りやすいというもの。

生け捕りを最終目的にするわけにはいかないが、可能であるならばそうするべきだ。

使い魔越しに視た光景で、あの女の英霊はセイバーと名乗っている以上、聖杯戦争において最優のクラスを得た英霊だ。

こんなケダモノの英霊よりは使い勝手はいいだろう。

更には近代出身の英霊らしさがあるから、いざという時は魔術による縛りも有効かもしれん。

そうなれば、戦術の幅が広がる物、と思い、即興ではあるが中々いい計画が出来上がった事に満足し、思考を内側から外側に戻し

 

 

 

──城の入り口にあたる場所から少年と少女の姿が現れた事を捉えた。

 

 

 

馬鹿な……!!

 

 

意識を計算に勤めていたため、外界についての事が曖昧であった事は認める。

しかし、それは数分……どんなに長く見積もっても5分程の短い時間だ。

私が防衛に敷いたモノを突破するには幾ら英霊が付いていたとしても、否、付いているからこそもう少し時間がかかる筈だ。

 

 

 

それをこうも容易く突破するとは……!

 

 

苛立ちを抑えきれない魔術師の耳に陣地としての機能で入ってくる少年と英霊の言葉が更に苛立ちを増すのであった。

 

 

 

「お見事ですマスター。私は余り魔術師について生前関わっていなかったのですが……魔術師の城というのは堅固であるとお聞きします。それがこうも容易く」

 

「固い、固いってセイバー。こういうのは余り見ずに(・・・)視れば(・・・)浮かび上がってくるものなんだ。後は力業でやるか繊細にやるかのどちらかだよ。面倒だから力業でやったけど」

 

 

 

──相も変わらず常識外れの言葉に、最早苛立ちを通り越して喜びすら見出せる。

 

 

他の魔術師の結界を、視て理解し、解呪……までは出来なくとも、恐らく多少の制御を奪ったのだ。

どれ程の魔力があれば力業でそれらを成立させれるというのだ。

そんな私の怒りに気づいたのか。

少年は城の屋上に立っている私に気付いたように見上げ、その上でのほほんとした表情と間延びした声で、要件を口に出した。

 

 

 

「どうも──敵前逃亡の交渉に来ました」

 

 

 

※※※

 

 

 

シンは何やらキツイ目つきでこちらを睨んでくる魔術師に対して首を傾げていた。

何やらとんでもなく当たりがキツイ。

いや、まぁ、一応敵対しているのだからいい雰囲気になれるとは思ってもいないが、こう目がこのクソガキマジで許せねえ、みたいな言葉を滅茶苦茶物語っている。

とは言っても、こっちには一切、そんなに怒られるような事をした覚えがこれっぽっちも無い。

というか事情を考えたら、キレてもいいのはこっちだろ、と思いはするが、それで拗らせるつもりは一切ないので、心の中からポイっと思考を放棄する。

ともあれ、声が聞こえる場所に来たのならば、後は言葉を届かせるだけである。

 

 

 

「一度殺し合いはしましたが、まぁ、停戦交渉というよりこちらに戦意が無いから撤退交渉みたいなもんです。内容は俺達はこのまま貴方の領土から立ち去るので見逃して頂きたい」

 

 

怒りに歪めた顔が疑惑に満ちた顔に変貌し、会話のとっかかりは掴めたか、とホッとする。

なら、相手が冷静になる前に畳みかける方がいいか? と思い、言葉を連ねる。

 

 

 

「こちらはもう荷物を纏めており、それこそ交渉次第で今直ぐ街を出て行ってもいい。何なら街境、もしくは空港まで監視をつけてもらってもいい」

 

 

主導権握れるかなぁーって思ってマシンガントークしたつもりなだが……強化した目で見ていると嫌悪を隠そうとしない表情で口を開くのを見て、聴覚の強化をしたと同時に向こうの言葉が音となった。

 

 

 

「……何故、私が敵対者のマスターをみすみす見逃さなければいけない」

 

 

少しホッとする。

想定内の攻撃であるならば、交渉事がこれっぽっちも得意ではない俺でも想定していれば返すことが出来る。

 

 

 

「セイバーから聞いた──この聖杯戦争は異常……というより数と範囲が感じ取れな(・・・・・・・・・・)()、と」

 

 

 

聖杯戦争

 

 

……元々、冬木の聖杯戦争がオリジナルであり、各地で起きている亜種聖杯戦争もあるが……ほとんどがオリジナルの冬木の劣化コピーであるらしい。

万能には程遠く、召喚される英霊の数も大本の七体には及ばない事が多々あるという。

本物の領域でなければ儀式の意味は無い事を理解した上で聖杯戦争という概念に魔術師が虜になるのは、そこに可能性(・・・)があるからだろう。

 

 

 

 

魔術師の悲願──根源の到達という原初の悲願に

 

 

 

もう俺には視たくも聞きたくも無い目的だが。

……閑話休題、そんな聖杯戦争。

間違いなく冬木とは関係のない聖杯戦争である筈なのに………その規模はオリジナルを超える程に不明瞭である、と召喚されたセイバーが言うのだ。

勿論、セイバーでも感知範囲にいない英霊の場所が分かったりはしないが……大まかにまだまだいる、という感覚があるらしい──少なくとも一桁では収まらない数の英霊がいる、と。

……そうであるならば、脅威は俺達だけでは終わるまい。

聖杯戦争である以上、敵は必ず来る。

故に

 

 

 

「──なら、自分達を外に放つことにより敵を減らす事、もしくは囮になったりする事が出来る筈」

 

 

俺が言い放ち、言葉を咀嚼されたタイミングで──またもや顔が怒りに歪められる。

え? そこまで今、酷い言葉言ったか? と思っていると、表情通りの声が上から投げかけられる。

 

 

 

「……貴様のような落後者の手を借りなければ、私は勝てない、とでも言いたいのか?」

 

 

正直に思ったのは何、その無駄なプライド、なのだが、それを口に出せばそれこそ戦争待った無しである故に、顔にも一切出さずに、いやいや、と首を振り

 

 

「誤解なさらず──面倒事、嫌でしょ? 根源に辿り着く為に時間を使いたいのに無駄に命と時間を削ってくる敵の相手なんて、もう無駄、無駄、無駄の三重唱でしょうし」

 

 

強化された瞳には魔術師の眉がピクリと動くのを確認して、手ごたえ有りかな、と思う。

魔術師である以上、望むは根源。

聖杯戦争を手段にしたいのだろうけど……それだって可能ならば命の危険なんて少なくしたいのが人間というものだろう。

そこで俺が外に出れば餌になり、その上で獲物を狩る猟犬になる、というのは向こうからして旨味がある取引だが……

 

 

 

「それを貴様が成し得る、という保証がどこにある……裏切らぬ保障もな」

 

 

 

言われた言葉もまた想定内だ。

逆に想定内過ぎると不安になるのだが……英霊(セイバー)だとプライドが高い魔術師だと道具風情が、と逆上しかねないのだからこうするしかない。

そもそも俺の責任だ、と思い、懐から取り出した紙を出来る限り城の屋上に立っている魔術師に突き付ける。

 

 

「見えるかな? これ、自己強制証明(セルフギアス・スクロール)。内容は至って単純です。俺とセイバーはこのまま貴方の領地から離れ、敵と出会い、可能であるならば敵対者を倒す。その上で貴方とはここから先、二度と敵対しない。そして貴方の方も俺が敵対や妨害などしない限り、俺に対して攻撃をしないみたいな事が書かれています──これならば、保障になると思いますが」

 

 

魔術世界における絶対契約の一つ。

どれ程優秀な魔術師であっても、否、優秀な魔術師であるからこそ逃れられない絶対呪詛による契約がこれだ。

これならば、向こうも信じざるを得ない保障になる筈だ。

……まぁ、最も契約文にある"可能であるなら"というのが肝であるのだが。

勝ち抜くつもりも無ければ、戦う気も無いのにわざわざ敵を探す気なんてあるわけがない。

しかし、それを知らない向こうからしたら十分な取引材料になる筈だ、と思う。

強化の瞳で、自己強制証明を覗き込んでいると思われる魔術師が沈黙するので、ごくり、と唾を飲む。

これで上手くいくなら万々歳だ。

戦いなんてやりたくなんか無い。

そういうのは既に故郷で存分にした。

あの腐れ蟲爺相手に存分に殺し合ったのだから、もうしたくもさせたくもない。

これで終わって欲しい、と俺は切に願い───

 

 

 

「………」

 

 

だから、次に余りにも小さく空気を震わせた言葉を、俺は一度聞き逃してしまった。

淡い期待が、思わず、その言葉をいいだろう、とかわかった、とかそういう肯定の言葉かと思って小さく笑みを浮かべて顔を上げて魔術師の顔を改めて見ると───そこには憤怒の面があった。

え? と思う時には遅く、魔術師が怒りながら練り上げた魔術が手に持っていた契約書を一瞬にしてズタボロにした。

夜に闇に飛び散る紙吹雪を呆然と見ながら、見上げると先程の言葉を、今度は大いに声を上げて叫ぶ男の姿があった。

 

 

 

「───茶番だ!! 何もかも全てが茶番だ!! 今の言葉も! 貴様も! 貴様の成し得る全てが茶番だ!!!」

 

 

想定から完全な言葉を投げかけられ、思考が停止する。

思わず考える事は、相手に利とするものが無かったのか、という考えだったが……そうではない事を直ぐに次の言葉が証明した。

 

 

 

「貴様は今、戦いたくなどない、と考えているのだろ!? 語らずとも顔と目に十分に浮かび上がっている!」

 

 

理解され過ぎているもアレだが、それでも理解されている故に逆に混乱する。

なら、俺が少なくとも今、戦意を持っていない事だけは理解している筈だ。

なのに、どうしてそこまで逆切れされないのか。

それは

 

 

 

 

「しかし、貴様は戦いたくないと逃げ腰である癖に──自分が負けて死ぬなどと欠片も思っておらんだろ………!!!」

 

 

 

「───」

 

 

──間違いなく、それはシンであるからこその欠陥であった。

 

 

別段、他人を下に見ているわけではない。

全ての事が出来るとも思ってなければ、自分にも出来ない事がある。

しかし……事、魔術に関して、シンに出来ない事というのは出来る事を数えるよりも少ない、というのを直感で悟っている。

故に無意識の内に魔術師を視ながら、理解していた──自分の方が魔力も魔術回路も、魔術を手繰る技も上であるという現実を、シンは理解していた。

故にシンは戦いたくない、と思っていた──戦っても結果は見えて(・・・・・・・・・・)いるから(・・・・)

魔術師である事を捨てているのがより拍車がかかり、結果としてこうなってしまった。

だって……理解できないんだ。

 

 

 

 

魔術なんてたかが奇跡(・・・・・)を起こす程度のものであり───魔法はこの世で最も残酷な結(・・・・・・・・・・)末を迎えるものなのだ(・・・・・・・・・・)から(・・)

 

 

 

だから、シンは魔術の素晴らしさを理解出来ず───そして魔術師の生態も理解出(・・・・・・・・・・)来なかった(・・・・・)

 

 

 

「何より───何を勘違いしている? 貴様は今、私に命じられるだけの人形に過ぎん」

 

 

酷く暗い笑みと共に魔術師が俺には見えない資格から、物を持つように掴み上げるものがあった。

何らかの礼装か──等と考えている自分は本当に馬鹿であった。

そもそも戦う理由がない俺がここに来た理由──人質という道具。

 

 

 

それは先日、両親の喧嘩に泣いていた子供であった

 

 

何故、どうして、という思いは口に出す前にシンには理解できない怒りによって象られた言葉に説明された。

 

 

 

「理解出来んが………貴様はこんな子供の為にわざわざ暗示をかける愚物であるのだろう? ──なら、今回も貴様の手で救ってみるがいい」

 

 

自分が監視されているのは知っていたが、些細な事まで見られていたのか、と考える余裕は無かった。

男が全てを言い切る前に、そのままただ落とすのではなく、叩きつける風に子供を屋上から地上まで投げ飛ばしたからだ。

強化で投げ飛ばされた子供の体は空気を切り裂く音を響かせ、地表へと向かっていく。

激突すれば肉が残っているのかどうかが怪しくなる。

当然、命など以ての外だ。

 

 

「───」

 

 

何故、という思考は吹き飛んだ。

脳内に駆け巡るのは身体強化の魔術理論。

思い描いた理論は空想の回路を駆け巡り、現実の肉体に侵食していく。

コンマ一秒以下で立ち上がった魔術回路は43本だが、もう城の一階辺りにまで落ちている子供を助けるには十分であった。

人間の限界まで強化された身体は50メートルを1秒以下で踏破する。

門から見上げ、叩き落ちるように落とされているとはいえこの距離ならば間に合う。

問題は落ちてくる子供を受け止める事だ。

咄嗟だから身体の強化に回す以外に魔術を回す余裕が無かったし、落ちてくる少年を止める為に思考する、という事にまず慣れていない。

しかし、これの解決法も簡単だ。

 

 

 

魔術が無理ならば体で受け止めるしかない。

 

 

結論と同時に少年の肉体が体に叩きつけられ、勢いを俺が受け止める形で地面に激突する。

 

 

 

「ぐっ……!!」

 

 

喉からは先程、食べた握り飯や胃液。

体からは治療したばかりの肋骨が再びギシギシと軋み、間に挟まってしまった吊り下がっている右手は内側から骨をガンガン、とハンマーで叩くような激痛が込み上がる。

 

 

 

「~~~~~!!!」

 

 

放り投げたくなる激痛を、しかしシンは離さなかった。

痛みなんて苦しいけど、辛いものではない。

痛みなんて歯を食いしばれば耐えられるものばかりだ。

でも、喪失は耐えれないものだ、と俺は知っている。

失くしたものは戻らない。

聖杯でならば失くしたものが戻るかもしれない、と参加者は思うのかもしれないが、そんなのはくそったれだ(・・・・・・)

だから、この場で俺が激痛を受ける事で少年が助かるなら、それはとても安い買い物だ、と思い、少年によって与えられた衝撃と重力が無くなっていくのを悟った。

ホッと吐息事、肺から込み上がる血液を我慢しながら、シンは少年に怪我が無いかどうかを確認しようとする。

 

 

 

その時に、少年の両の手が少年の顔を左右から挟んだ。

 

 

意識があるのか、と思うが、それだけスムーズに両手が動くならば怪我は無いか、と今度こそ安堵の吐息を吐こうとし

 

 

 

 

───コキリ、と滑稽な音と共に首が回転する

 

 

スムーズな回転運動。

人形の首とてこうも上手く螺旋を描くまい。

まるでプロペラのように回るそれは(・・・)必死に回って空を飛びたがるような必死ささえ伝わってきた。

丁度、180度回転したせいで顔が見えないのがより一層に滑稽さを表現している。

お陰で俺は歪んでいるであろう死に顔も見る事が無いまま、己の体に抱えられたまま少年を看取る。

 

 

 

───つまるところ

 

 

シンは魔術師の気持ち等、この先、幾年幾月経とうとも理解できない。

自分への脅しと嫉妬──優越感の為だけに暗示をかけ、命を失わせる、という感情(システム)をシンは理解出来ない。

その欠陥こそが、魔術師の欠陥(非情さ)に対して何も対処出来なかった、という無能極まりない結果を得るのであった。

 

 

 

 

※※※

 

 

セイバーは目の前の悲劇を、一切止める事が出来なかった無能に鋼鉄すら割って砕くような冷たい怒りを内から燃やしながら、魔術師が城の上で哄笑するのを止めるさえも出来なかった。

 

 

 

「くっ、は、ははっは………!!! 魔術の落後者が! その無様な結果はどうした事だ! 自分には何でも出来る、などと夢見たまま我らの崇高な目的から目を逸らしたのであろう!? 己の才能に胡坐をかいた結果がこれだ! 私のように研鑽を積まず、油断を払わないからこそそんな滑稽な終わりを迎えるのだ!! ──魔術を修得する事も出来ない肉の塊に手を伸ばしている時点で欠陥品の証明ではあるがな!」

 

 

思わず、セイバーの顔が怒りに歪んだ。

生前、魔術師には縁が無い自分であったが、生きた時代は今と比べれば命の価値が酷く低い時代だった。

でも、それだからこそ必死に生き抜こうとする命もある事を知って───だからこそ、誰からに恐れられようと剣を取る道を選んだのだ。

無論、人々の中にはそんな命の価値が低い、戦国の世だからこそ剥き出しの殺意と快楽を以て人を殺める人でなしもいたし、命を守るよりも天下を取る事に躍起になっていた者もいた。

しかし、敵の魔術師はただ己のマスターを貶すため、乏しめる為だけに尊い命を消費したのだ(・・・・・・)

この魔術師とマスターの間で何があったのかは知らないが……魔術師の態度を見れば想像は出来る。

 

 

 

何故ならば、今、そこで子供の死体を抱いている少年は過去の自分だ

 

 

望んで得たわけでもないのに、他人からは拒絶され、曲解される。

いっそ全てが否定してくれたらいいのに、中には受け入れてくれる人もいるから、諦める事も出来ず、振り払う事も出来ない。

……何も変わらない。

殺し合いの時代を終えても、人の本質が変わらない以上、自分のような天才(かいぶつ)は排斥される。

それをよく理解しているからこそ、セイバーは動こうと判じた。

気配から察するに、人質はまだ複数いる。

自分が動けば、その人質も消費されるかもしれないが……マスターの体と心が第一だ。

最悪、己が恨まれるだけ恨まれ、罰せられるのならば罰せられればいい。

そう思い、一歩踏み込み

 

 

 

「───投影開始(トレース・オン)

 

 

吐き出された言葉は刃を思わせる冷徹さ。

呪いのような冷たさから、思わず立ち止ま──ろうとして戦闘で培った心眼が思わず視線を上に見上げる。

 

 

 

そこにあったのは彩り鮮やかな宝剣の星

 

 

星と見間違わんばかりの輝きを纏った白と黒の絢爛乱舞。

その輝きに見惚れながら、ようやく白と黒の星の正体がマスターが持ち出した双剣である事に気付いた──が、その数が異常だった。

空に浮かぶ剣の数は軽く3桁には届いており、その数、126本。

その全てがマスターが持っていた剣と同一であるのが異様であったが、疑問を挟む前に夜空に浮かぶ剣は主人の命を果たした。

 

 

 

空に浮かぶ刃はまるで自由であると主張するように各々それぞれが自在に動き、剣は地面に挑むように落下した。

 

 

それこそ星のように落ちる剣が地面に着弾に着弾すると同時に何故か魔術師が苦鳴を上げるのを、鋭敏な五感を持っているセイバーは聞き取った。

 

 

 

「がぁ……!?」

 

 

魔術師の声には理解が出来ない、という感情が色濃く出ており、まるで肉体が喪失した怪我人のように自身の体に手を巡らせていた。

魔術に疎いセイバーには判別がつかない事なのだが……今、マスターである少年は生み出した刃を干渉の為の起点とし、魔術が作り上げた工房にハッキングを行ったのだ。

言葉で説明すれば酷く単純な事ではあるが……言葉通りの事を為すのにどれ程の魔術行使と魔力が必要なのかをセイバーには理解出来ない。

精々、理解出来るのはこれがマスターの魔術であり、それによって敵のマスターが呻いており──己の主が泣くように怒っている事だけしか理解出来なかった。

 

 

 

 

「───万物は流転してない。あらゆるモノが削られ、喪失していく。物も人も神秘すら無くなっていく」

 

 

呟かれる言葉には力は無い。

少年の後ろに立っているセイバーには歪となった死体を出来る限り丁寧に治し、見開いたままの子供の目を閉じている姿が見えるだけで、顔までは見えない。

………そんな誤魔化しに騙されるほど、セイバーの五感は安くは無かった。

 

 

 

立ち上がると同時に、ポツリと透明な雫が地面に落ちるのを、セイバーは見逃す事が出来なかった

 

 

二つではなく一つしか流れないそれが、余りにも哀しく、しかしセイバーにはそれを問い詰める事が出来なかった。

 

 

 

「その喪失を、魔術師は何よりも恐れているから過去へと邁進する。意味も理解も得れぬまま、虚空へと走り続ける……それを何よりも知っているのに何故、そうも簡単に(ヒト)の価値を無視する? この世でたった一つしかない価値(ほうせき)をどうして無価値にする?」

 

 

怒りの詰問は同時に嘆きの咆哮である事がセイバーには理解出来た。

敵対者からには怒りの面を被っているように見えるだろう。

事実、敵対している魔術師は後退り、恐怖の表情でマスターを見ていた。

が、サーヴァントである自分にはラインを通して流れる悲憤の激情が身を焦がしていた。

 

 

 

まただ、また何もかもを見落とす!!

何時もそうだ、何時も俺の前で何かが傷つき、嘆く!!

それを何時も理解しているのに、何時も失くしてからでしか行動出来ない!

蒙昧、ここに極まれり!

情けなさ過ぎて、憎みたくなる……!!

 

 

冷静な声の裏腹で猛々しく自分を責め立てる激情に、セイバーは何も言えない。言える筈がない。

今、セイバーがマスターにしてやれるのはその激情を少しでも外に出せるよう無言に徹するしかないのだ。

 

 

 

「あんただって自身の首筋に刃を突き付けられたら恐怖するだろ? 死にたくない、生きていたい、と恐怖するだろ? ……なのに、どうしてそれを他人になった途端に忘却する? お前と、この子の命の価値がそんなに違うと思うのか? 生きて、苦しんで、泣いて、笑って、楽しんで喜ぶ。何が違う? 生きている事にどこに違いが出るんだ?」

 

 

 

──告げられる言葉は少年の怒りでありながら訴えだ。

何故、命を弄ぶ、と。

他に代わりなど無く、何にも代えられないからこそ宝石である、と少年は必死に訴えていた。

他の何を失う事になっても、これだけは弄んではいけない、と少年は訴えていた。

 

 

 

………痛ましくて見ていられなかった

 

 

失った命を前に激情よりもそんな哀絶の叫びを叫ぶ事がではない。

……本人すら理解出来ているであろう理を、しかしそれではいけないのだ、と訴える真心が痛ましかった。

それを理解しているわけではないのだろうけど、まるでそれを読んでいるかのように魔術師の男は、恐怖から立ち返り、叫び返した。

 

 

 

「はっ─は、はははははは!! 何だ()()()!? 命の価値だと!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 嘆かわしいにも程がある! 魔術の為であるならば他人の命など()()()()()!! 発展の為の生贄にわざわざ価値を見出すなど阿呆にも程がある! 落後者らしい言い分だ! ──そんな花畑のような思考しか存在しない人間が大成するわけがない!!」

 

 

当然の結果であった。

魔術師とは道徳から外れた畜生。

根源に至る為ならば親すら殺す外道が、他人の命を説いても、毛ほども感じるわけが無い。

無論、例外がいない、というわけでもないのだろうが……少なくとも魔術師の大多数が外道である事を良しとした集団である事は否めず、だから少年の言葉は一切が届かなかった。

 

 

 

絶対に届かない、と知っているのに、少年はそれでも口が裂けても言えない言葉を、口を裂かして言ってしまったのだ。

 

 

「………そうか」

 

 

断裂はここに。

少年の言葉には悔しさも哀しさも感じなかった。

呟きに込められたものは殺意。

最早、殺すしかない、という結論に辿り着いてしまった少年の言葉は、哀しいくらいに若さを感じる言葉であった。

一歩を踏み出すマスター。

それに対して魔術師は再び人質を利用しようとしたのか。

背後に手を伸ばそうとし──悲鳴と共にそれが出来なかった。

 

 

 

「あ、あああああああああああ………!!!」

 

 

天をも裂かんばかりの悲鳴が空間に響いたが、セイバーはどうでも良かった。

恐らく、これもまたマスターが何かをしたのだろうが、そうであってもどうでもいい。

聞くに堪えない悲鳴など心を揺さぶる価値もない。

マスターの懇願に比べれば、男の悲鳴など犬の餌にもなりはしない。

しかし、次の悲鳴に乗じて吐かれた叫び声は聞き逃すわけにはいかなかった。

 

 

 

 

「あ、ぁぁぁあああぁぁあこ、こここ、ころ、殺、せぇえええええええええええええええ!!! バーサーカーぁーぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

魔術師の懇願をどこまで察知出来たのかは知らないが──確かにバーサーカーは動いた。

 

 

 

「■■■ーーー!!!」

 

 

人の喉から発せられているとは到底思えない叫び声と共に魔術師の隣で涎を垂らしていた狂気の戦士が発射される。

一瞬にして少年の頭上にまで瞬間移動した男を見て、セイバーは少しばかり()()()()()

 

 

 

これで()()()()()()()()()()()()()()()()、と

 

 

思考したと同時にセイバーは一歩を踏み込み──その時にはマスターの傍に立ち、剣を引き抜いていた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

シンは振り下ろされる刃に対して何もしなかった。

刃に対して何かをするには負傷しているというのもあるし……特に根拠は無いが、何もしなくてもいいだろう、と思ったからだ。

直感によって選び取った選択は風圧さら起こす甲高い音によって証明された。

一瞬で俺とバーサーカーの間に立ったセイバーが、神速の居合を持って、力と重量と重力による攻撃を逸らした際に発せられた音だ。

可聴音を超えそうになる程の高い音を響かせながら、しかし少女の細い腕と刀はバーサーカーの一撃の全てを受け流し、その上で吹き飛ばした。

俺の後方に吹き飛ばされるバーサーカーを俺は振り向きはしない。

城壁の一部に激突し、粉砕し、吹き飛ばされる音を聞きながら、シンは背中にセイバーの体温を感じ取った。

その事に感謝しながらも、それでも振り返らずに、ただ声だけを彼女に届けた。

 

 

「……ごめん、セイバー。偉そうな言葉を言って、これだ。あれだけ自由にしていいって言った癖に、セイバーを縛ろうとしている」

 

 

前言撤回の言葉に、叱責の言葉は無く、情ではない鉄の声が返ってきた。

 

 

 

「──いえ。戦場で混迷は常の事。状況に応じる事こそが戦場にて生きる手段なので」

 

 

簡潔な言葉に、唇を歪める。

何て有難い──ここで、もしも俺を慮るような言葉を出されたら今度こそ怒りで暴走していたかもしれない。

俺には過ぎた英霊だ、と思いながら……ふと戯言を口に出した。

 

 

 

「………もしも、俺が最初から攻勢に出ていたら、この子は助かったかな?」

 

「──論じても意味は無いですね。どんなにもしもを語ろうと、この世界では、その少年は亡くなってしまいました」

 

 

……はっ、と小さく笑う。

全く以てその通りだ。

どれ程のもしもを語ろうと……この世界では少年は俺の腕の中で死んだ。

その事実を覆す事は魔法でも不可能だ。

 

 

 

この世にもしもは無限にあれど……この時、この場にあった命は一つなのだ

 

 

その無情こそを世界は命と尊んだのであるなら、俺に出来るのは剣を握るだけしかないのだ。

 

 

「───セイバー。バーサーカーを頼む。宝具が必要になったら何時でも好きなタイミングで発動してくれて構わない」

 

「承知しました──ただ、一つ、マスターにお願いをしてもよろしいでしょうか?」

 

 

セイバーにしては珍しい言葉に、俺は振り返りはしなかったが、何? と返し、セイバーのお願いの中身を伺った。

ええ、と頷いた剣の英霊は変わらず鉄の声を発しながら──サーヴァントとしての契約を持ちかけた。

 

 

「───貴方の名をお聞かせて貰えないでしょうか」

 

「………」

 

この戦を終えれば、私の真名も告げます、とついでのように言われたが、それは仕方がない。

流石に戦闘中に英霊の真名を聞いたら敵にもばらすようなものなのだから。

だからこそ、今はただ自分の名を預ける無礼を許してもらえないか、と剣の英雄は問うていた。

 

 

 

名を預けるという事は自身を預けるという事

 

 

魔術世界においても名は色々と利用でき、利用されるモノだが……セイバーも気付いたのだろう。

自分が名を完全に明かしていないという事を。

シンという名は本名だ。

だが、彼女には敢えて上の加山、というのは教えなかった。

それは適当につけた偽名であり、恩人であるセイバーに名乗るには余りにも無礼だったからだ、

その上で、今名乗るべき名は……資格が無くても一つしかなかった。

 

 

 

「……遠坂。遠坂真」

 

 

何て情けない名乗り。

母ならきっと優雅に、力強く己を告げるだろうに失敗に失敗を重ねた俺では名乗る事すらおこがましいとさえ思った。

だから、もう名乗りたくないんだ、と思い、一歩前に出ようとし

 

 

 

「マスター」

 

 

一言、今度は人の温もりを形にした言葉で

 

 

 

「貴方だけのせいじゃないんです」

 

 

その言葉に立ち止まりかけた足を無理矢理に一歩進める。

やはり、自分には勿体ない女性だ。

敢えて、彼女は貴方のせいでは、とは言わず、貴方だけのせいではない、という事で罪を指摘しながらも集中させなかった。

そして、きっとその通りなのだろう。

俺だけのせいでは無いのだろう。

だけど

 

 

 

「嫌だよ」

 

 

俺が返した言葉はセイバーの言葉の否定だった。

情けなくて卑怯者の俺だけど……それでも受け止めなければいけない責任であった。

だって、もしもここで俺がそうだな、とセイバーの言葉を受け入れたら……死んでしまったあの子は魔術師は当然として不運も世界も──父と母すら憎む事になるかもしれない。

なら、悪かったのは俺だけだ、とあの子が憎んでくれればいい。

少年にとっては何の慰めにもならないけど……それでも泣いて両親を憂いた子がその事まで憎まずに済むなら、俺は喜んで今以上に悪を受け入れる。

セイバーには悪いが、俺は前に進む。

 

 

 

 

 

もう、それしか報いる方法が分からないから

 

 

 

 

 

 

 




まさか16000字になってしまうとは……!

感想・評価など宜しくお願い致します。
ようやく主人公のフルネームが出てホッとしています。
あの二人の子からしたら、えっらいネガティブ過ぎないか、と思われるかもしれないが、寛容の心で見て頂ければと思います。


感想だけではなく何か質問とかアドバイスなどもあれば喜んでお聞きしますのでお待ちしています。
これからもよろしくお願いします。


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剣を執る

 

 

激突の剣戟は高らかに

 

 

異なる時代を駆けた英雄二人の剣戟は闇の世の中でも壮烈に光り輝いた。

剣戟の音と時折思い出したかのように流れる流血の音で戦場という概念を生み出す二人は共に奇形であった。

 

 

 

「■■---!!!」

 

 

バーサーカーのクラスで呼ばれた男の英雄の剣技は圧倒的な"力"であった。

それも幼稚に振り回すだけの力ではない。

狂化され、魔剣の呪縛によって理性が焼き爛れた中で肉体に刻まれた殺戮本能によって振るわれる力はただの力ではない。

 

 

 

人を圧殺し、轢殺し、鏖殺する──純然たる暴力であった。

 

 

 

人型の災害となった男は正しく狂戦士の面目躍如。

敵と認識──否、敵と認識しなくても、ただ目の前にいた、ただ近くを通った、ただそこにいた、という程度の理由があれば全てを塵芥とする怪物。

 

 

 

故に今もまだその力に抗っている女もまた人の域を超えた存在であった

 

 

「ふっ───」

 

 

セイバーのクラスで呼ばれた女の英霊が殺し合いにて使う物は魔術を手繰る事ではなく、それ以外の神秘に頼る事でも無い。

彼女には聖剣も魔剣も、神剣も妖刀も、ましてや特殊な肉体も持ち合わせていない。

あるのは今はサーヴァントとなって多少、人の域を超えた体と──生前から才覚として刻まれた己の剣技という人の技だけだ。

それだけで、セイバーは嵐のように打ち込まれる攻撃に対応していた。

上段から振り下ろされる落雷のような一撃に対し、セイバーのただ一刀を振るう。

バーサーカーの上段に寄り添うように振られた一振りにはバーサーカーの力に比べたら圧倒的に力が足りていなかった。

なのに、その一刀は本来ならばセイバーを一刀両断する軌道を、少し横にずらし、大地を削るだけに終わり──その上でバーサーカーの顔面から胴体まで一直線の血の飛沫が生まれる。

 

 

 

現代の剣術家が見れば、涙して称える様な見事な切り落とし

 

 

頭蓋を切り裂き、脳まで切り裂かれた男は通常であれば即死。

如何に英霊とはいえ、脳を損傷して生きられる生命はいない───而して、条理を覆した事があるからこそバーサーカーはここに立っていた。

 

 

 

「………!!」

 

 

死を刻まれた肉体に、意思という名の眼光が宿る。

絶命という名のスイッチが、魔剣を胎動させる。

血のような魔力が肉体を侵食し、刻まれた死を無かった事にする程の超速再生。

しかし、バーサーカーはそれらの傷が回復する時など待たずに、残った左腕で傍にいるセイバーを掴もうとする。

当然、弁えているセイバーは即座に距離を話す。

悪夢のように伸びてくる手に、恐れる事無く足を動かし、背後に飛び去る。

敵に余裕を与える事になるが……死なない敵であるならば、余裕が有っても無くてもセイバーには余り意味が無い。

 

 

 

「………」

 

 

都合、17回目の致命傷。

失血死といった言い訳のある死ではなく、どれもが脳を割り、心臓を裂いた一撃だ。

英霊であっても霊核である心臓か脳を潰されたら死ぬしかないというのに、バーサーカーは魔剣の呪いを利用して復活を繰り返す。

八尾比丘尼か、何かか、と呆れたくなるが、当事者である自分には溜まったものではない。

何より……

 

 

 

"少しずつ速くなっている……"

 

 

気のせいではない。

今のような鍔迫り合いは何度も行っているが……一瞬だけ、視線を下に向けると胸の辺りの鎧に少し削れている部分がある。

……試しに前回と同じ速度で背後に飛び去った結果、前回は完全に避けれた筈の攻撃が避け切れなくなっている証だ。

 

 

 

──何ておぞましい

 

 

あの魔剣は致命傷を再生させる不死者という呪いだけではなく、蘇生させる度に男を強靭にさせ、更なる闇に落とす混沌だ。

恐らく敏捷さと筋力辺りは間違いなく1ランクくらい身体能力が上がっているとみていい。

出来れば限界があってくれたら嬉しいが……際限なく堕ち行くとなる可能性がある以上、長期戦は余り好ましくない。

神秘の欠片も無い自分ならば、剣に当たる必要なく、あの手に握られたらあっという間に"圧縮"されるだろう。

 

 

 

「………」

 

 

魔剣の攻略法については、一応、戦闘になるかもしれない、という考えからマスターと考えは共有した。

一つ目は単純に呪いの発生源、魔剣本体を壊す。

これの問題点は刀があるならば、石だろうが鉄だろうが、鋼、金剛石であっても斬れる自信はあるが……あれ程の魔剣を技だけで斬れるのか、という生前、神秘に関わらなかった自分の経験不足による不安がある。

二つ目も単純だ。

如何に不死者にする呪いであっても……その呪いを維持するのはあくまでマスターの魔力だ。

魔力が尽きれば、呪いは最早、起動しない。

が、これも問題である。

これはつまり、バーサーカーの呪いが尽きるまで戦い続ける、という崖から落ちながら駆け落ちるようなものだ。

どちらが先に地面に叩きつけられるような競争をしなければいけなくなるし……何より敵マスターの魔力の貯蔵量が不明である以上、二つ目は聊か不安が残り過ぎる。

そして、三つ目──再生が追い付かない速度で殺し続けるか、もしくは再生出来ない程の損傷を与えるかだ。

後者は剣使いである自分には難しいが……前者であるならば、それは()()()()()

 

 

 

「■■ーーー!!」

 

 

戦闘思考によってコンマ1秒以下で現実を刻んでいたセイバーを現実に戻す咆哮が響く。

咆哮と同時に開けられた距離を詰める速度は神速。

片手を突き出し、盾としながら空いたもう一つの手で振り上げた剣を振り下ろそうとする攻撃は、直撃したら自分はそのまま一刀両断されるだけだろう。

目の前の男のように私は不死身でも無ければ、不死を謳った伝承を築いていない。

何せ、絶対とは言えないが……セイバークラスである自分だが、そのステータスは基本的に低い。

総合的なステータスという意味ならば、自分はもしかしたらセイバークラス最弱かもしれない──が、ただ一つ、己のステータスにおいて誇れる物があるとすれば………

 

 

 

「───」

 

 

余分な呼吸が身体の機能から排除される。

視界からは色が失い、ただバーサーカーだけを視認する装置となる。

刀を握る感触だけを確かにした己は、そのまま疾走を開始した。

 

 

 

一歩にて彼我の距離を零にする

 

 

己とバーサーカーとの距離は凡そ40間程の距離が空いていたが、その程度、一秒、否、一息も要らない。

並みの英霊ならば近づかれた事に気付く事も出来ないであろう駿足を

 

 

 

「■■■ーーー!!!」

 

 

狂戦士は見事に対応してのけた。

至近距離に、戦闘本能は剣では不向きと判じたのか。

盾にしていた左の腕をそのまま振るい、殴る……というより押し潰すかのような一撃を、セイバーは静かに見ていた。

速い一撃だ──()()()()()()()()()()()()()()

上級の英霊であったとしても通用する一撃を前に、セイバーは無感動の眼差しを持って、()()()()()()()拳を見ていた。

しかし、見届ける事は無く、セイバーは更に一歩踏み込む事によって、敵の対応を無意味なものとした。

 

 

※※※

 

 

「──」

 

 

嵐のように暴れまわっていたバーサーカーが今、初めて止まる。

先程まで抱き締められる程の距離にいた筈のセイバーが知覚から完全に消え、追いきれなかったからだ。

それは生前培った殺戮本能という名の網からセイバーが抜け出したという証明であり──戦闘者としてのバーサーカーの敗北であった。

而して、その程度で終わるのであったならば、バーサーカーが英霊になる事など無い。

焦点が合っていない瞳は、ぎょろぎょろと正面を見回し、敵影が無い事を確認したら、バーサーカーは無暗に動く事はせず、踏み止まり、構える。

 

 

 

これが、このバーサーカーの特殊性

 

 

間違いなく何もかもが狂っている筈なのに、事、戦闘においての判断は理性的にしか見えない。

狂気のクラスに宛がられ、魔剣によって混沌に堕とされても尚、過たない戦闘本能。

事、殺戮においては英霊の中でも上位に入るかもしれない狂気の武芸者。

 

 

 

──故に、殺戮の本能を上回るのであれば、バーサーカーと同等かそれ以上に血を纏った英霊であるという事を、理性無きバーサーカーでは気付かない。

 

 

バーサーカーの鋭敏な知覚が違和感を察する。

理性が無い以上、ほぼ第六感と変わらぬ感覚に、しかしバーサーカーは疑わない。

疑うという思考が存在しないのもそうだが、戦場で己の死を感じ取る能力が無ければ、土台、戦場の星にはなれない。

思考が無くても本能のみで違和感を探すが、その答えは一秒後に判明した。

 

 

 

違和感があったのは地面

 

 

時刻は夜ではあるが、今宵は月夜であり、更には何時もに増して月光が辺りを照らしている。

明かりが無い場所で、唯一光源とする月の光によって照らされている地面にバーサーカー以外の影が大地を染めていた。

それも、バーサーカーの影にまるで飛び掛かるように映し出された影が。

 

 

 

「■■■ーーー!!」

 

 

即座に振り返らずに魔剣を背後に振り上げるように突き刺す反射は正しく獣のようでありながら的確。

戦場にて輝いた英霊がその場にいたのならば、バーサーカーでありながら一切失われていない武芸に賛辞の言葉を述べる者もいる程の戦闘反射。

 

 

 

──しかし、バーサーカーに返ってきた手応えは少女の形をした剣士を貫いた感触ではなく、突き刺す為に使った右腕が輪切りにされる感覚であった

 

 

理解を理解する事が出来ないバーサーカーは己の腕が切り刻まれようとも一切、顧みずに殺戮の為に動く獣だ。

事実、バーサーカーは己の右腕が人参のように幾つもの肉片に輪切りされようが、頓着せずに振り返り、魔剣を振るおうとした。

──が、その途中でバーサーカーは再び動きを止めた。

 

 

理由は二つ

 

 

一つ目は、背後の宙より飛び掛かるように落ちてきていた敵が今は背後になっていた正面にはおらず、何時の間にか先程まで正面であった背後に立っている事を知覚したから。

二つ目は、もっと単純な物理的な理由だ。

 

 

 

如何に不死身の英霊であるとはいえ──物理的に全身を切り刻まれたら動く事など不可能であるからだ。

 

 

 

※※※

 

 

真実、文字通りの血の雨が降る。

セイバーの背後に立っていた狂乱の戦士は酷く丁寧に、その身を切り刻まれ、分割し、血と(はらわた)をぶち撒けた。

 

 

 

ぱっ、と花開くように咲いたそれは血染めの花のような雅さを醸し出していた

 

 

都合、24の肉片に切り分けられたバーサーカーはそれに見合う量の血液と臓物を噴出し、限定的な血の雨を降らせた。

血の雨の中心に立っているセイバーは当然、返り血として鎧や髪、肌などを血に染めていくが、特には気にしなかった。

生前もよく自分は血の雨を降らせ、飽きる程に浴びた。

今更、浴びる事に躊躇いなど無い。

 

 

 

とは言っても……ここまで無駄に刻んだ事はありませんが

 

 

自分達の時代で人を斬るのに、ここまで無駄に刻む事などほぼ(・・)必要が無い。

趣味の悪い人間はどうだか知らないが、流石に私でもここまで人を切り刻んだ事は無い……が、同時に必要である以上、躊躇う理由も無い。

故に試しにここまで刻んでみたのだが……ミシッ、と空間が軋むような音を聞いた瞬間、これでも駄目か、と思い、改めて距離を取る。

 

 

 

視界に入ったバーサーカーであった肉片は、丁度、再生されている最中であった。

 

 

まず、自分に降り注いだ血液や臓物が時が戻ったかのようにバーサーカーの肉体に高速で戻り、刻まれた肉片は魔剣から湧き出た茨の如き黒い魔力に覆われ、刺され、縫い合わされていく。

 

 

その間、わずか2秒ほど

 

 

使用すれば、理性が失わされるという最大のデメリットがある事を除けば、魔術的な観点からすれば凄い事である、と聖杯に植え付けられた知識が告げるが、セイバーには興味が無い。

興味は無いが頭を痛める事実だけが存在している。

この手法でも倒せなかったという事実と再び手強くなってしまった、という事実だけだ。

 

 

 

「……」

 

 

本当ならば、マスターの助けになりたいのだが、これを見る限り、短期にて打ち倒すのはほぼ難しいと言わざるを得ない。

このサーヴァントを倒すに当たって、最も単純で効果的なのは契約者であるマスターを殺す事だ。

それが出来ない以上、私はバーサーカーを引き付けるか、もしくは魔剣を斬るのに専心するか……

 

 

「宝具を展開するか、ですか」

 

 

別段、秘めるものでもないが……宝具とはサーヴァントの真名に繋がる物。

そして真名とはサーヴァントの伝承を紐解く手がかりにして答え。

すなわち、己の弱点と強点の全てを晒すようなものだ。

大した物ではないとはいえ、真名を晒すという事はマスターの危機が増える事にも繋がるのだ。

おいそれとは使えない──このような規模も敵の数も分からない聖杯戦争となれば尚更に。

 

 

 

……成程

 

 

改めて理解する。

()()()()()()()()()()()()

魔術師同士の殺し合い。

過去を英雄を兵器として召喚し、戦う。

これだけならば、珍しいのはサーヴァントである英霊の方なのだろうが……その実、戦いの趨勢を握るのはサーヴァントではなくマスターである魔術師だ。

無論、サーヴァント同士だけで決着が着く事もあるのだろうけど、今のような状況に陥った場合、切り札となるのはマスターだ。

 

 

 

強力なサーヴァント一人が戦うのではなく、マスターとサーヴァントが協力し、勝利への道を築くのは聖杯戦争

 

 

本来ならば納得と同時に飲み込む真実を──私は苦虫を嚙み潰したような感覚で飲み込んだ。

これが、普通の魔術師をマスターにしての闘争であるなら何の感慨も抱かずに飲み込むだけであったのだが……あの少年を前にした場合は何の感慨も抱かない、という事が出来ない。

戦闘能力が無いとか、そういう話ではない。

 

 

 

あの少年は致命的なくらい()()()()()()()()()()()()()

 

 

最後まで人を殺す事に躊躇いを覚える──からではない。

きっと彼は人を殺せる。それも優しさで人を殺せる。

殺せるのだろう──問題は殺した後だ。

優しさで人を殺せる人間は優しさに追い詰められるのだ。

 

 

 

優しい人が追い詰め、傷つけるのは何時も自分自身だ

 

 

……闘争の引き金を引いたのは向こうからだ。

正当防衛、という言葉からならば、こちらには義がある。

悪くない、悪くないのだ。

闘争を回避しようとして無駄に犠牲が出てしまった、と思うだろう。

現実的な意見ではそうなのかもしれない。

 

 

 

だけど、それで悪いのは決して逃げようとした人ではないのだ

 

 

戦いを回避しようとして何が悪い。

魔術師の外法外道を無視しようとして何がおかしい。

 

 

 

──殺したくない、という願いの何がおかしい

 

 

それを偽善だの間違いだの言うのは外野の意見だ。

やれ綺麗事だの、現実逃避だの言う奴など言わせておけばいい。

……勿論、現実である以上、綺麗事だけでは生きてはいけない。

今の世は、自分が生きていた時代に比べれば、涙が流れるくらいに平和な時代だが、戦争が完全に無くなったわけではないだろう。

それでも、殺したくない、という願いが嗤われる事なく、正しいと甘受される時代になったのならば、人を殺したくない、と思う気持ちに悪い所など一つも無いだろう。

生前から隠しながらも剝き出しにしていた怒り。

 

 

 

殺したくない、と願う善人が間違っていると、とまるで悪のように叩かれるのは余りにも理不尽だ。

 

 

だから祈らざるを得ない。

出来る事ならば……少年が少しでも苦しまない結論を、と。

叶う事が不可能である事を理解しても、そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

※※※

 

 

圧倒的、という言葉では物足りないのだろう。

圧倒、とは敵の存在を超える事。

あらゆる行動に対して、力や技を持って超えていく行動をこそ圧倒、という。

だからこそ、今の状況は圧倒的という言葉を使うには相応しくなかった。

 

 

 

何も起きていない状況では、圧倒なんて言葉は使えないのだから

 

 

 

「が……ぁ……!」

 

 

バーサーカーのマスターは無様に地に伏し、声を漏らしながら、串刺しにされる幻痛に侵されていた。

強化によって屋上まで駆け上ったセイバーのマスターである遠坂真はそんなバーサーカーのマスターを見て、目を細め──そして無視し、暗示を受けている人質達に向かったのだ。

 

 

戦いは起きない。見下される事すらない。

 

 

この状況で、何をどうして圧倒的なんて言葉が出るか。

蛇に睨まれた蛙、なんて対比ではない。

最早、竜に無視されている虫のような状況だ。

 

 

く……そ……!!

 

屈辱という言葉を端的に表した状況に、魔術師は怒りという感情を持って激痛をほんの少し無視し、手を動かす。

魔術回路が起動し、殺意が呪いとして形に成る。

その瞬間、手の平に衝撃が起き、反動で手が押される。

何事か、と思い、視線を向けると──手首から上が無くなった肉の断面が見つめてしまった。

数秒、何事か分からず、断面を見続けていたが、時間と共に理解が深まり、そして

 

 

「ぐ、あぁぁぁっぁぁぁぁぁあぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

 

思い出したかのように手首から発生する激痛と流血。

あっという間に自分と服、地面を血の色に染め、悶える私を、しかし為したであろう少年は一切、振り返らない。

暗示をかけられている人間に一人一人、暗示を上塗りし、避難させる事だけに注力しており……これっぽっちもこちらに興味を持っていない、という現実が更に私を追い詰めていた。

 

 

 

ここまで……ここまで差があるというのか……!!

 

 

魔術師の力量はほぼ生まれの才に左右される。

生まれ持った魔術回路の数、質、属性、そして積み上げた歴史。

どれもが己の意思ではどうにも出来ない部分だ。

経験や道具などで多少、質を上げる事は出来るだろうが、結局のところ、焼石の水に過ぎない事は理解している。

才こそが最も、魔術を磨くのに必要な砥石である事は理解している。

だが………だが!!

 

 

こんな落後者風情に負けているだと……!

 

 

魔術に邁進している魔術師が相手なら、屈辱に身をよじる事はあっても、納得はしただろう。

しかし、この子供は魔術を裏切ったのだ。

根源を、『 』に挑むという魔術師の大前提である願いから足を背けた臆病者であり、期待外れだ。

そんな存在に負けるなど、それこそ恥知らずにも程がある。

底無しの怒りが少年の後姿を焼いているのを実感する。

 

 

 

──が、底無しの怒りが勝敗を覆すような原動力になるというのならば……より深く、深く、心の芯まで燃えろと叫んでいるのは果たしてどちらの方だったか。

 

 

痛みに悶えながら、少年を睨んでいた時間は幾程か。

気付けば、人質に集めた人間は全員、城の屋上から消えており、そこにはようやく、といった感じにこちらを見る少年の姿があった。

 

 

 

「───」

 

 

場所の都合上、丁度、少年の背中に月がある。

満月を背負った少年の瞳は鋼色に輝いており、その幻想さは酷く魔的であった。

 

 

 

「───ぁ」

 

 

全ての怒りが拭い落とされるような感触。

幾多の魔術防壁を突破して、刻み込んでくる美しさ。

あれ程、憎んでいたというのに、少年が持っている尊さはまるで子供の頃に忘れ去った夢のようで自然と涙が流れた。

その上で、心に浮かんだのは拭い去られた上で、しかし沸き上がった検討違いの怒りであった。

 

 

 

何故……どうして……()()姿()()()()()()()()()()()()()……

 

 

理屈も道理も吹き飛ぶ神秘性。

希望が形になったような魔がそこに存在している。

これこそが少年の真実であるという事を理解した今ならば、求める事は見つめる事だ。

これこそが魔術師が目指すものであるという事を、己は見て、観て、視るのだ。

そうすれば、何れ己は──

 

 

 

「──残念ながら、それは勘違いだ。偶像になるなんてお断りだよ」

 

 

少年の言葉と共に、意識が現実に戻ってきた。

見ている光景は何も変わっていないが……自分の意識が戻ってきている感覚がある。

まるで窮屈な繭の中から這い出たような感覚に、敵が目の前にいるというのに自分の体をつい見てしまう。

片手が消え去った事すらどうでも良くなる程の疑問は、少年の口から語られた。

 

 

「……やっぱり、あんた、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……何?」

 

 

訳の分からぬ納得は、そのまま訳の分からぬ謎に繋がる。

私が、バーサーカーのマスターではない?

聖杯戦争の人間が聞けば、何を素っ頓狂な言葉を吐いているのだと思うだろう。

サーヴァントが傍におり、魔術師の命を聞き、そして令呪を持っている。

これだけの状況証拠があって、どうしてマスターではない、などと馬鹿げた言葉が出るという。

その疑問を察したのか、少年は変わらず無感動の表情のまま、口だけを機械的に動かした。

 

 

「まず一つ──あのバーサーカーの燃費は決して良くない。元々かなりの大英雄だったんだろうな。それだけで十分に悪食なのに、クラスがバーサーカー。更にはほぼ常時発動状態の魔剣だ。並みの魔術師程度なら一人二人ではとてもじゃないけど賄いきれない」

 

 

それは……その通りだろう。

あのバーサーカーの狂犬ぶりは最悪だが、性能だけで言うならば間違いなく大英雄クラスだ。

格が高ければ高いほど、強力になるのが英霊だが……逆に言えば、高くなれば成程、供給する魔力量は増える。

聖杯戦争が単純な力の有る無しで終わらない理由の一つだ。

強力なサーヴァントはそれだけで安心感が生むが、それを維持するのに燃費を食う。

弱いサーヴァントはそれだけでは不安を感じるが、使い方や宝具次第で十分に強力な駒となる。

その上で、確かに自分の実力以上のサーヴァントの操作は無意味極まりないが……そんな程度の条件なら幾らでも方法はある。

無いのなら他所から持ってくるのが魔術師である。

その結論を口に出そうとするが、まるでそれを遮るように冷えた声が吐き出された。

 

 

 

「無論、これは解決できる程度の問題だ。一人で足りないなら一人以上で貢げばいい──そこで二つ目だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「──」

 

 

一人で……? いや、それは……魔術師同士の決闘で……

 

 

言われた言葉に、思わず自分は周りを見回す。

当然、周りには少年以外誰もいない。

先程までいた人質もいなくなった以上、ここにいるのは敵である少年と自分だけ──そこまで思考してようやく理解する。

何故、()()()()()()()()()

魔術師同士の決闘?

何だ、その馬鹿らしい言い訳は。

この少年に唯一勝っている利点である数の利を使わない理由が魔術師(わたし)にあるわけがない。

いや、そうだ……単に供給役として死なせるわけにはいかない、という手段が……だからといって、マスターである自分の命に比べれば劣るものだ。

ああ、それに……そもそも……()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

最後に誰かと会った記憶は……そうだ、あの少年が現れ、暗示を防がれ、その上で無視された際に癇癪で妻を殴った時から記憶が無い。

 

 

突けば突く程、ボロが出る自分の記憶に血の気が引くのを感じながら──最後に、止めの言葉を聞かされた。

 

 

 

「最後に──()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()?」

 

 

「──」

 

 

本能が叫ぶ。

それを知ってはいけない、と本能が叫んでいる。

魔術師としての立場や誇り、それら全てが失墜する。

それを分かっていて……尚、体は動いた。

人としての本能が悟っても、魔術師としての"知りたい、知るべきだ"という自滅に等しい知識欲が全てを暴け、と体を動かす。

それが自滅であると分かっていても……魔術師は己の死よりも魔道を追及する事だけを望む。

因果は今こそ結び、ここに結末を晒す。

魔術師の令呪。

それは先程、飛ばされた右手首に刻まれていた筈であり、その吹き飛ばされた手首の甲には──

 

 

 

……何の刻印も浮かんでいなかった

 

 

 

「……は、は……」

 

乾いた笑いが喉から洩れる。

滑稽にして無様。

愚か者にして道化者。

才も知恵も運も持ち合わせていなかった魔術師の最後には酷く相応しい人生(過去)計画(未来)に裏切られる、という陳腐な終わりであった。

 

 

 

※※※

 

 

全てを悟って脱力した男を目の前にしながら、自分は腰にある剣を手に取った。

剣とは殺意の証明。

剣を執る、という事は殺す覚悟をするという事。

それくらい子供でも理解しているし、事実、そうする、否、そうしなければならない。

この男は確かに……恐らく本来のバーサーカーのマスターである人物に踊らされた手駒だったのだろう。

同情はする。

事実、ただ俺を殺しに来ただけならば俺はここで手打ちにしても良かった。

 

 

 

だが、ここで俺が許せば死んだ少年の嘆きが無くなってしまう

 

 

例え、この男が操られていたのだとしても、事細かに全てを命じたわけではないだろう。

人質辺りくらいは示唆されたりしたかもしれないが……その後の己の行いは暗示下であったとしても己の思考で動いた筈だ。

人質を暗示で洗脳し、その上で自殺させ、その死を嗤った。

そこに責は無いとは言わせない。

捨てたこの男も、見捨てた俺も同罪。

捨てられた少年からしたら何の意味も無いけど……だからこそ、俺は剣を執らないといけない。

 

 

 

笑う事も怒る事も、悲しむ事も憎む事も出来なかった少年に対する……本当に厭らしい自己満足──

 

 

全く、本当に父にも母にも届かないなぁ、と思い、剣を振り上げ

 

 

 

「──駄目よ。貴方には似合わないわ、それ」

 

 

──まるで似合わない衣服を着ようとした子供、あるいは友人を窘める様な声。

今もまだ学校の帰り道に、友人とウィンドショッピングをしている中、声を掛けるように、少女の声が俺の動きを制止した。

セイバーの声ではないが、自分には聞き慣れた声ではあった。

 

 

 

「──」

 

 

一度、真は目を固く閉じた。

正直に言うならば、見たくも聞きたくも無かった。

声の方に振り返れば、自分に待っているのは塗炭の苦しみだ。

断言出来る──この声は最後の最後まで自分を苦しめる黒炎のような言葉だと。

 

 

 

──本当に情けない

 

 

自分にあんなに頑張った父の血が、あんなに素晴らしい母の血が流れているのかが本当に疑問だ。

ああ、それとも、これが順当の結果なのか。

父の異形の才能と在り方。

母の優秀にして優美な生き方。

結果、生まれたのが異形にして優秀なだけのガラクタ。

ひたすらに周りの足を引っ張り、他人の人生を歪ませる事ばっかりだ。

 

 

 

──だからこそ、真は逃げる事だけは出来ず、振り返る。

 

 

「──こんばんわ、アメリー。こんな時間にこんな場所に来て。何か忘れ物でもしたか?」

 

「──こんばんわ、シン。そうね、忘れ物といえば忘れ物だけど……でも、私としてはここは"俺に会いに来てくれたのか"みたいな甘い言葉を言って欲しかった所ね」

 

 

肩辺りまで伸ばしたブロンドの髪に、綺麗な青い目を細めた少女は本当に普段と変わらない。

それこそ、夜中、散歩していたら偶々出会った、みたいな姿だ。

 

 

 

──いっそ、姿も変貌してくれていたら良かったのに

 

 

そんな弱音を内に秘めながら、真は自分でも伽藍堂した笑みを浮かべている事を自覚しながら──己の口から決定的な断絶を言葉にした。

 

 

 

 

「そっか──その忘れ物っていうのは俺を殺すのを忘れていた、とかそういうのかな? バーサーカーのマスター、アメリー・ランベール」

 

 

マスターがマスターである事を指摘する。

それは決定的な敵対の意思であり、拒絶の意思である筈なのに……その言葉を受けた少女は細めた目に合わせて口元を微笑の形に歪めた。

 

 

 

 

まるで、それは恋を受け入れら、花開く女の笑みのように見えながら──同時に、魂を手に入れた悪魔のようにも見えた──

 

 

 

 

 

 




感想・評価など宜しくお願い致します。



次は、何故か急激に見てくれたホライゾンの方を書くかもしれません


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敗者の不屈

 

月下の下でかつてこの地の領主であったであろう城の屋上で少年と少女が視線を合わせていた。

 

 

 

これで今までの話が全て、嘘や演劇であったのならば、遠坂真とアメリー・ランベールのこの対話も笑い話で済んでいたであろう。

だけど、そうはならない、いや、なれない。

直ぐ傍で這い蹲っている魔術師の男も、下で目を閉じ、眠っている少年の死も──自分と彼女が聖杯戦争のマスターとして参加している事実はどんなに寝ても消す事が出来ない現実だ。

だから、今、どんなに普段通りの綺麗な笑みで俺に微笑みかけようとも……自分が今、両手に握っている剣を離さない理由にはならなかった。

 

 

 

「……正直、マスターになった経緯とかは興味ない。何でも叶えてくれるっていう詐欺師御用達のアイテムが欲しいなら好きにすればいい──それを理由に俺を殺すっていうのは確かな動機になるだろうな」

 

 

何の熱も籠っていない俺の言葉を、少女はどう捉えたのか。

一度、目をパチクリと瞬きをしたら、直ぐにくすり、と一度笑い

 

 

 

「いやだわ、シン。私、そんなふざけた代物に手を出す程、現実を見ていない女に見えたかしら」

 

「……さぁ? 知らない……というより分からなくなった、と言うべきかな……まぁ、そもそも俺程度の人間じゃあ他人の全てを推し量るなんて出来る筈がないんでね」

 

「そう? その割には私がこうして現れた事に余り驚いた様子が無かったけど?」

 

 

どうして? と笑って聞く少女はまるで童話の本から現れたようであった。

まるで無邪気で……世には善意で満ち溢れている、と言わんばかりの透明さ。

明らかに剣を握っている自分に対しているのに……彼女はそれが絶対に振るわれない、と確信しているようであった。

その苛立ちを、より強く剣を握る事で誤魔化し、問われた事に言葉を返した。

 

 

 

 

「別に。特に大仰な理由はない──単に人間は何でもなれる、と思っているだけだ」

 

 

ある時、森に捨てられた赤ん坊がいる。

では、この赤ん坊はこれからどうなるでしょうか、と問われたら、大抵の人間はそのまま衰弱死するか、動物に捕食される等、答えるだろう。

確かに現実的にはそうだろう。

だけど、現実というのは意外に柔軟だ。

例えば、このままだと死ぬだけの運命は、偶然、そこを通り過ぎた石油王に拾われ、何もかもに捨てられたと思ったら、捨てた相手を見返せる程の悪運という名の幸運に見舞われるかもしれない。

逆に、偶々通った死徒にそのまま連れ去られ、死んだ方がマシだと思えるような台無しの人生を送るかもしれない。

 

 

 

全ての道は無限に通じている

 

 

だから、俺は少なくとも命を持つ生物に対して想定という言葉は余り持たないようにしている。

現に、目の前にいる少女がいい例だ。

例え、それが正しいとは思えない方向性であろうとも……ヒトは勝手に想定から外れて生きていく。

その旨を伝えると……少女の笑みはまるで夜空に輝く星のように輝く。

何故、と訝しげるよりも早く、アメリーは両の手を合わせて、己の喜びを伝えて来た。

 

 

 

 

「あぁ……つまり……私は貴方の予想を超えられたのね? ──良かったぁ……」

 

 

……この状況で尚、少女が浮かべるのは出来事に一喜一憂する少女の面であった。

そこには憎悪も嫌悪も……狂気の色すら見えなかった。

意味が分からない、という不理解はそのまま何故、という問いになって口から不意に出た。

それに少女は、小首を傾げて楽しそうに笑いながら

 

 

 

「あら? 人は想定を超える生き物じゃなかったの?」

 

「……想定を超える事には驚く事は無くても、何故、と思う事を止めれないのもまた人間だろ」

 

 

それもそうね、と少女は笑う。

……いっそ、自分勝手に、一方的な形になってくれた方が理解し易かった。

自分の感情に振り回され、暴走するだけなら、哀れではあっても同情する余地はない。

遠慮せずに知った事か、と突き放す事が出来るのに……アメリーは俺の言葉もしっかりと受け取り、理解していた。

いっそ狂っていてくれたら……と歯噛みしそうになり、しかしゆっくりと力を抜く。

 

 

敵だ

 

 

彼女は敵だ。敵なのだ。

例え、どういう理屈があったとしても彼女は敵の筈なのだ。

なら、俺は敵意を持って彼女を睨みつけなければいけない。

それは義務であり責任だ。

少年の死を見届けた者として為さねばならない務めだ。

自分は今、剣を握る……否、振らなければいけないのだ。

その覚悟の是非を──しかし、真は問う事が出来なかった。

 

 

 

「■■■ーーー!!!」

 

 

狂気の咆哮が月光の下で放たれる。

地響きのような震動が足元で響いたかと思った時には遅かった。

何時の間にか自分は影の下におり──つまり、己の背後に月から覆い隠すように立っている存在が居る事を教えていた。

 

 

 

 

 

背後に人/敵、否、英霊──バーサーカー/防御、回避/どれを取っても間に合わない

 

 

 

思考を並列に散らした事と大量のアドレナリンの分泌によって即座に思考だけは間に合うが、思考ですら防御も回避も不可能という答えを弾き出しており、絶体絶命と言うしかない状態だが──真が慌てる事は無かった。

バーサーカーが来ているという事は、己の剣が来ている、という事を感情ではなく感覚が告げていたからだ。

 

 

 

 

即座に刃鳴り散らす甲高い音が空間を引き裂き、発光させた

 

 

 

上を見上げれば、まるで地球と並行して飛んでいるかのように吹っ飛ばされるバーサーカーの姿。

そして背後には少々くすぐったくなるくらい暖かな人の体温を感じる。

 

 

「セイバー、無事か」

 

「──一切問題なく。しかし、申し上げません。バーサーカーをここまで近付けて……」

 

「君との戦闘を放棄したんだろ? 基本、不死身であるバーサーカーじゃあ相手が悪いからしょうがない」

 

 

夜に映える黒髪の女剣士は、俺の言葉にしかし頷かず、申し訳ない顔のまま俺の前に立ってくれる。

……本当に仕方がない事なんだから、そんな気にしなくてもいいのに、と思う。

実際、しっかりと対処して俺を守れているんだから至上の結末だと思うが。

そう思い、今度は主従同士で睨み合う状況になった──と思ったら

 

 

 

「がぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

何時の間にか、バーサーカーの片手に魔術師が掴まれていた。

それも残った腕を掴んだ腕ごと握り潰す強さでだ。

自身の魔眼による幻痛にすら耐えれなかった男だ。

そんな痛みに耐える事も出来ずに、魔術を編む事すら出来ていない。

 

 

 

その事に──真は特に興味も持たずに、アメリーの方を見た。

 

 

 

「何だ、アメリー。そいつ、まさか人質のつもりか?」

 

「それこそまさか、よ。そんな悪趣味な事は趣味じゃないし──こんな外道に対して大事な存在だ、とか言うくらいなら私は私の口を裂くわ」

 

 

魔術師ならば、魔道の神髄を目指す輩、とか言うのかもしれない。

しかし、この場に立つ二人のマスターにはそんな感情は欠片も存在しない。

血の匂いを発している以上、決して否定は出来ないが、だからと言って同族意識なんて欠片も起きないし──正義なんて抱けるはずが無かった。

故に、魔術師の結末は一切変わらず

 

 

 

「じゃあ、バーサーカー──()()()()()()

 

 

狂気の従者は一切、指示を過たずに従った。

 

 

 

「……ぁ?」

 

 

真は酷く滑稽な言葉を口から漏らしながら剣を腹に刺される人間を初めて見た。

バーサーカーは敵対者を嬲るといった余計な事は一切せずに、ただ剣を突き立てた。

狂気の檻に括られているとは思えない正確な一撃は、未だ流血を流す事を許していない。

──あるいは、それこそが魔剣の神髄であったのか。

 

 

 

 

「ぁ────ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああがぁぁぁぁぁぁあ!!!??」

 

 

唐突な激痛の爆発によって放たれた叫び──そう思っていたら

 

 

 

「く、くわ、喰われ、喰われてる!? な、んななななななんで!? 何で! 何で何故!!? ああぁぁぁ! やめ、やめ、止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ──止めてくれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

魔術師は刺された腹を見ながら、喰われると叫んだ。

当然だが、剣が唐突に獣の口に変わった、とかそんな事は無い。

あくまで魔剣は刺さっているだけで、肉体を貪っているような事はしていない。

それでも尚、喰われている、というならばそれは物質的な物ではなく霊的な事──魔力か、もしくは魂を食われる汚辱を受けているのか。

 

 

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁ!! いや、いやだ! 喰わないで! 喰わないでぇぇぇぇぇぇ!!! 喰、喰うくらいなら───お願いですから殺して下さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 

どれ程の苦痛なのかは知らないが、男の精神はいとも呆気なく崩壊し、惨めったらしく許しを乞うていた。

 

 

 

──もしも、ここに立っているのが正義の味方であるなら、例え罪人でも人を救ったのだろうか。

 

 

どれだけ言葉を重ねても、もしもの話だ。

どんなにIFの話をここで持ち出したとしても、ここに立っているのはツギハギだらけの下らない本物だ。

必死に本物になろうとする偽物にはとても及ばない。

故に、どれだけこちらに助けを求める瞳を向けられても、遠坂真は一切動かなかった。

 

 

 

悲鳴は丁度、一分を過ぎた辺りで途切れた

 

 

ぷらーーん、と剣に吊られる姿はまるで壊れたマリオネット。

嘘ばかり吐き続ける魔術師(ピノッキオ)には酷くらしい結末であった。

故に、俺は放り捨てられる魔術師には目も向けないまま、遠慮なく無感動の瞳をアメリーに向けた。

 

 

「──これは悪趣味じゃないっていうのか、アメリー。それこそ悪趣味だな」

 

「それもまさか。私だって趣味じゃないわよ……だけど、バーサーカーを維持するにはこれくらいしか無いの」

 

「……」

 

ああ、つまり……ここにいたであろう他の魔術師が居ないのはそういう理屈か。

魂食い……とはまた違う、あの魔剣の能力か。

恐らく魂を喰らいつくしたのではなく、魂を魔剣に取り込んだのだ。

 

 

 

魂とは……魔力とは命だ

 

 

命がある限り、原理上、魔力を発生させる事が出来る。

つまり、魂を取り込んだバーサーカーは原理上、魂が魔力を生み出し続ける限り、ほぼ永久機関となった……というわけだが、当然、完璧な永久機関ではない。

あくまでそれは魂が存在しているまでだ。

幾ら魔剣によって喰われたとはいえ、人の魂がそんな場所で擦り切らずに不滅であり続けれるわけがない。

何れ、破綻が発生し、魂は自滅する。

……逆に言えば、取り込み続ける限りはほぼ永久機関となる、というわけだが。

 

 

 

「……どちらにしろ悪趣味だが……外道を相手にするなら外法を持って対処するのは筋道が合っている、か」

 

 

 

──魔術師は素晴らしい、なんて死んでも言わない。

 

 

魔術師なんてものは現代から排斥されるべき存在の筆頭だ。

無駄に過去を追求し、辿り着く事が出来ない根源に必死に命を賭ける。

それだけならば、まだ尊さがあったが……挙句の果てには容易く他人の命を空費する。

無駄、無駄、無駄、無駄極まりない。

 

 

 

……まぁ、その魔術でしか身を守れないという事もあるが一長一短だが。

 

 

分かりやすい例でいえば吸血鬼……死徒のような存在がこの星にいるから魔術をただ害悪だと称する事が出来ない。

ああ……強いて言うならば、魔術は道具だ。

……モノによっては生きた魔術があるから絶対とは言えないが、少なくとも普通の魔術には術者がいる。

それならば現代の殺人事件らしく、道具に罪があるのではなく使う人間に問題がある、といった方が正しいか。

 

 

 

「で、それで? 同じ外道である俺もそうやって殺すっていう宣言か?」

 

「コンセンサスが取れていない今、そうやって言われるのはしょうがないけど……でも、駄目よシン。貴方は今の人みたいに外道じゃないんだから、そんな偽悪者みたいな態度ばっかり取っていたら」

 

「──うるさい。俺の事を見透かしたように語るな」

 

 

思わず奥歯を噛み砕いてしまいそうだ。

今の状況もそうだが、それ以上に目の前でまるで自分の最大の理解者みたいに振舞う少女が苛立ってしょうがない。

自分を理解出来る人なんて()()()()()()()

それを何も知らない敵が、まるで見たかのように語るのがどうしようもなく怒りを沸き上がらせる。

怒りに呼応し、鋼の瞳は爛々と輝いている事だろう。

それだというのに

 

 

 

「──」

 

 

少女はむしろ嬉しそうに笑う。

まるで美しいモノを見れた、と言わんばかりの態度に舌打ちをしてしまう。

その態度に、度が過ぎた、と気付いたのか、直ぐに笑みを消し、その上でごめんなさい、と前置き

 

 

 

「私の目的が何かっていう話だったね。ああ、先に言っておくけど、最初に言ったように聖杯が目的、とかえっと……こんげん? だっけ? そういった何か曖昧な意味の分からないものが目的じゃないから」

 

 

……口ぶりからしたら嘘を吐いている様子はなかった。

聖杯についてはまだ嘘かどうかは分からないが……少なくとも、根源は本当に意味が分からない物、と認識しているようであった。

どんな素人でも知っている根源について、全く知らないしどうでもいいと称しているのを見る限り……やはり、アメリーはそもそも魔術師でもない、ただの人であったという証であった。

 

 

 

……ならば、余計に目的が分からない。

 

 

こんな凄惨な殺し合いなんて、普通であった少女からしたら狂ったお祭りにしか見えない筈なのに。

何故、わざわざ参加したという……いや、もしかして偶然、バーサーカーを召喚してしまったから参加したという可能性も……いや、それは己に都合がいい可能性だ。

大体、アメリーは目的、といった。

理由ではない。

この聖杯戦争でやりたい事があるから、目的とアメリーは告げたのだ。

偶然巻き込まれた人間が言う言葉では無い。

なら、何故だ、と思っていると……少女は嫌に上気した顔でこちらを見つめている。

ようやく緊張感でも出て来たか……と思ったが、そんな可愛いモノには全く見えない。

何だ、という想いに呼応するように少女は数回息を吸って吐き、そこで覚悟を決めたかのようにこちらを見

 

 

 

 

「私の目的はたった一つ──貴方に振り向かれるような女になる事」

 

 

 

─ただそれだけ

 

 

そう告げられた俺は間違いなく茫然自失の状態に陥った。

 

 

「…………は?」

 

 

まるで何を言っているのかが理解が及ばない。

まだ全人類全てを虐殺、ただし動機は何となく、とかの方が納得も理解も届くというもの。

だって、そうだろ?

こんな血の匂いしかない修羅場で、少女が願う事がまるで王子様を待つシンデレラの如き願い。

言語も感情も理解しているからこそ、今、このタイミングで言われた事に、まるでおぞましい魔術の完成を見届けたような感覚であった。

同じ愛を理由にした行為なら、まだダイレクトに貴方を愛しているから、とか理屈の通じない理由にして欲しかった。

 

 

 

意味が分からない。

 

 

少女が正気なのか、それとも狂気に陥っているのか。

もう……本当に何も解りたくなかった。

それなのに……まるで少女は解れ、と言わんばかりに勝手に話を進めた。

 

 

 

「ねぇ、シン。私と貴方が最初に出会った時を覚えている?」

 

 

唐突な話題転換。

意味自体は解らなかったが……正直、有難くもあったそれに、俺は乗る事にした。

 

 

「……そんなの、俺が学校に転校──」

 

()()()()()()? 私達が最初に出会ったのはその時じゃない」

 

「──」

 

 

……そんな頃から彼女は理解していたのか、と思いながら、真は答えるべきか悩み……意味が無いか、と思い、結局答える事にした。

 

 

 

 

「……君は初めて出会った時……ここの魔術師の暗示を受け、俺の監視の命令を受けていた」

 

 

 

相当慎重に、あるいは臆病に俺を監視していた魔術師は獣だけでは不安になったのだろう。

ある時、魔術師は年齢の近い少女に暗示をかけて俺の監視をした。

能力柄、一瞬でそれを看破してしまった。

 

 

 

……無視すればいい

 

 

監視の道具とする以上、ある意味で少女の無事は約束されているようなものだ。

やましい事も無い以上、見るだけ見れば、向こうが勝手に見限るだろう、と思考は判断し──何時も通り体は裏切った。

脳には実は肉体に対する命令権が無いのではないか、と思うようなあっという間に己の瞳は少女の暗示を解いた。

そして、結局、その記憶は暗示で消すのだから、やはり俺は魔術師と何も変わらない、と判断し──その後、転校した学校のクラスで少女──アメリーの姿を見て思ったのだ。

そんな些細なとは言い辛いが……魔術世界では大した事が無い出来事を、少女は両の手を合わせ、顔を上気させながら、まるで子供の頃、読み聞かせられた正義の味方の話をするかのような姿で

 

 

 

 

「──あれは一目惚れだったなぁ」

 

 

そんな言葉を呟いた。

 

 

 

「丁度夜であったのも良かったわ。月を背後に、貴方の鋼の瞳がよく光っているのが見えたの。それ自体もとっても美しかったけど……一番キレイだったのは、貴方が本当に心の底からホッとした顔をしていて──うん、本当にそれがキレイだって思ったの」

 

 

知らない、そんなの記憶にない。

そんな──そんな偽善めいた感情を表に出していただなんて恥だけで3度くらい自殺したくなるくらいだ。

しかも、何だ?

たった、それだけ? ただのクソガキが……巻き込まれた迷惑の恥を雪いだだけで……アメリーはそんな風に思ったっていうのか?

そんなのは──

 

 

 

 

「……馬鹿かお前。そんなの──お前が損をしているだけだろうが……!」

 

 

たかがその程度の事で俺程度の男に対してそこまで狂ったというのなら等価交換が全く釣り合っていない。

俺は精々、俺のせいで巻き込まれたアメリーを即座に解放しただけで、恩なんて考えるようなものでもなく、むしろ仇と思ってもいいくらいだ。

アメリーが愛する価値も無ければ、人生を一秒でも懸けるのも勿体ないくらいな塵屑の男だ。

 

 

 

 

「…っ! 大体……それなら何でお前が聖杯戦争なんかに参加しないといけない! こんなイカレた儀式に付き合う理由なんてお前には一切無いだろう!?」

 

 

そうだ。

その説明が正しいのならば、アメリーは聖杯戦争に参加しないといけない理由なんて欠片も無い。

普通の生活と普通の生き方で十分だった筈だ。

 

 

 

 

こんな穢れた殺し合いなんて参加する必要も無ければ──そこまで狂う必要なんて無かった筈だ。

 

 

 

その問いに、少女は初めて美しい笑み以外の形を顔に出した。

嘲るような、憤激するような──憐憫するような顔を向け、首を振りながら、少女はその問いに答えた。

 

 

 

「──じゃあ、貴方の言う普通の方法で貴方に近付こうとして……貴方は私を受け入れてくれたの?」

 

「──それは」

 

 

それは……その通りであった。

現に俺は、いざという時、彼女に別れの挨拶も告げる事も無く街を出て行くつもりであった。

アメリーが自分に対して不相応な感情を抱いている事は知ってはいたが……それに応えるには、自分は余りにも欠けているから見て見ぬ振りをするつもりであった。

その方が少女にとって幸せだと信じていたし──いや、それは言い訳だ。

 

 

 

 

俺は少女の恋に応えるつもりは微塵も無かった

 

 

 

それが答えで……同時に少女の下した結論が間違いでは無いという証明であった。

 

 

 

※※※

 

 

 

セイバーは自分のマスターが脱力するのを視覚ではなく感覚で気付いた。

手足は死体のように垂れ下がり、持っている剣は今にも落ちそうだ。

……会話を聞く限り、少年と少女は知り合い……否、友人の関係だったらしい。

なら、今の状態は確かに惨たらしい。

 

 

 

少年は何も間違っていなかった

 

 

少女は何も悪くは無かった

 

 

だけど、結果はこうして互いが互いの悪と罪を示し合う事になっている。

人間の知性は時に、こうして絡み合った糸のように何もかもを狂わせていく。

最もおぞましいのは、それら狂気が、決して悪意から作られるわけではない事だ。

 

 

 

心の底からの善意が、結果として人を傷つける刃と化す

 

 

精一杯の愛情が、希望も絶望も奪い去る混沌の坩堝になる事がある

 

 

 

少年は何も間違っていなかった

 

 

少年はただ自分に降りかかる邪悪と神秘の狂気を誰かに触れさせたくなかった。

だから、少年は周りにいる誰かに積極的に関わらせる事なく、何もかもを連れて行きながら、何も持たずに去ろうとしていた。

 

 

 

少女は何も悪くは無かった

 

 

少女は特異な少年を愛し、自分に振り返って欲しかっただけだった。

しかし、普通であるなら少年からは守る為に無視される。

故に自ら神秘と狂気の世界に踏み入った。

全ては少年に振り返って貰う為に。

 

 

 

 

少年の覚悟も、少女の決意も決して悪いものではなかった

 

 

 

敢えて言うなら……何もかもの間が悪かった。

ただそれだけの断裂で、それだけの悲劇で

 

 

 

 

「──なら、君は俺の敵という事だな?」

 

 

糸が切れたように崩れ落ちかけた体を意思の力で捻じ伏せ、殺意と敵意を持って告げる少年。

 

 

 

 

「──ええ、そうなるんでしょうね」

 

 

優雅さすら感じる笑みで、少年の殺意と敵意を受け入れる少女。

 

 

 

 

少年は悪くなかった

 

少女は悪くなかった

 

 

ただ、少年は悪性よりも善性を尊び、少女は善を慮るよりも欲しい物を手に入れる為ならば悪を行う事を躊躇わない。

ただそれだけが二人を決定的に分ける最大の壁であった。

 

 

 

「でも、今回は私は逃げさせてもらうね。真っ正面からだと私じゃ勝てないし、バーサーカーも貴方のセイバー相手には相性が良いようで悪いみたいだから」

 

「それを聞いて、はい、いいですよ、と頷く敵がいると思っているのか?」

 

「うーーん、困ったな。そう言われたら私の力じゃ太刀打ちできないんだよね」

 

 

少女は本当に困った口調で告げる。

セイバーの眼でもそれは本当に困った口調に聞こえるが……しかし、同時に仕方がないな、というような言葉であった。

 

 

 

「追われたならしょうがない。また厭らしい手を使うよ」

 

「俺でも洗脳するか?」

 

「だから出来ないって──だけど、さっきシンが暗示をかけて逃がした人達はまだ近くにいるよね?」

 

 

一瞬だけ視線を背後に向けるとマスターが苦虫を嚙み潰したようかのような表情でアメリーと呼ばれた少女を見ていた。

最悪な発想だと責めているようで……そんな言葉を聞きたくなかった、という絶望にも見えた。

だからか、その策を告げた少女はごめんね、と笑う始末だ。

お陰でマスターは舌打ちをする始末だ。

 

 

 

 

「……悪党が謝るな」

 

「うん、そうね。だから止まれないし、諦めないわ」

 

 

 

そう告げて結局、最後まで笑みを絶やさなかった少女をバーサーカーはゆっくりと抱き上げ、肩に乗せた。

先程までの狂態からは考えれないような紳士然とした作法。

鎧や剣だけを見れば騎士と見間違う姿だ。

それをセイバーはサーヴァントとして最後までバーサーカーに注視するだけしか出来ない。

故に、最後まで少女が吐き出す呪いのような愛の言葉を塞ぐことは出来なかった。

 

 

 

 

「じゃ、今日はさよなら──また今度ね」

 

 

 

まるで、これからも友人だからと言わんばかりの言葉を最後に、バーサーカーは跳躍した。

あっという間に粒になっていく姿を、セイバーは自分なら追えるし、マスターが居る今、打ち倒せれる可能性も出てきたが

 

 

 

「……」

 

 

マスターが何も言う事が無い以上、自分はここから動く事が出来ない。

 

 

 

 

敗北、と言ってもいいのかもしれない

 

 

サーヴァント同士の戦いならば自分は敗北していない、と言ってもいいかもしれないが……あくまで聖杯戦争がマスターを主体としている以上、サーヴァントだけが勝利しても意味がない。

生前も含めて、中々に無い敗北ではあるが別段、自分には気にする事が無い。

敗北など今、生きている事に比べれば、何の傷にもならない。

敗北なんて次の勝利の為の布石にすればいい、がセイバーの持論だが──今、俯いて黙っている少年に対して、それを告げても効果はあるだろうか、と考え、セイバーはマスターに気付かれないように溜息を吐くしかなかった。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

その後、セイバーは死んでしまった子供の埋葬を手伝った。

埋葬中、ずっと何も言わないマスターは気がかりであったが、同じ時代を歩んでいない存在として語り掛ける為の立場を持っていない為、自分もまた沈黙を選んだ。

そうして作り上げられた墓……戦国時代を生きた自分にはこんなものだろう、という想いがあるが、やはり今の時代に即すればみずぼらしい墓なのだろう。

それを作り上げた後──まるで糸が切れたようにマスターは両膝をついた。

傷や病ではないのは一目で分かった為、ゆっくりとそちらの方に振り返ると少年は絶望から膝を着いていた。

 

 

 

 

友に裏切られた事か、誰も守れなかった事か

 

 

 

分からないからこそセイバーは膝を着いたマスターには何も言わずにいるとようやく彼から声を掛けられた。

 

 

 

「……なぁ、セイバー。セイバーは邪悪、という存在についてどう思う? どう感じるでもいいよ」

 

 

掠れた問いで問われた言葉に、セイバーは敢えて無視して自分の所感を冷静に語った。

 

 

 

 

「動機と所業にもよりますが、唾棄すべき邪悪であるのならば、人間であっても殺したくはなりますね」

 

 

セイバーは一切隠さずに自分の殺意を述べた。

別に恥じる事は無い。

自分は所詮、人斬り包丁ではあるが同じ斬るなら斬っても特に何も感じる事が無い相手を斬った方が気が楽だ。

その判断にも善悪の判断基準が生まれるのだろうけど、そこまで行けば堂々巡りだし、興味も無い。

 

 

 

サーヴァントとしての自分はあくまで死者であり兵器だ

 

 

なのに、マスターはそれを知っているのに理解せずに、こんな事を告げた。

 

 

 

「なら──目の前に邪悪がいるよ」

 

 

ポツリと漏らした言葉。

幾分か……期待も込められた言葉に、セイバーはだからこそ遠慮しなかった。

セイバーは少年にも覚悟を与える為に、ゆっくりとした動作で、しかし躊躇わずに少年の頭を掴み、そのままみずぼらしい墓に顔を無理矢理向けさせた。

一瞬、少年は硬直したが、即座に視線を逸らそうとしたので無理矢理技と力で押さえつけ、私は一切の怒りのない普段の口調で問いかけた。

 

 

 

 

「もう一度──今の言葉をこの墓をしっかりと見て言ってください」

 

 

マスターは何も答えない。

答える事を拒否するように震えるが……私は決して優しい存在でも無ければ、絡繰りでもない。

本当ならば自分にはそんな資格は無いのだが……彼が頼るべき生者が居ない以上、自分しか出来ないのならば、恥の一字を持って行うだけだ。

 

 

 

 

「私はその墓の子供を知りません。マスターもそう深い仲では無かったのだと思います。ですから分からなくても結構ですけど、質問させて貰います──その子供は、今の貴方みたいにもう死にたい、と思っていたのでしょうか?」

 

 

 

再びマスターが小さく震えるが構わない。

 

 

 

 

「そうであったのならば、別に構わないでしょう。死にたがりが死んで、ここにもう一人死にたがりがいる。それだけで終わりです──ですが、もしもそこの子供がそうでないのなら、貴方は自分の甘さで死んだ少年の前で死にたい等と甘えるのですか」

 

 

 

何て恥知らずな説教だ、とセイバーは思った。

殺す側の言う人間がいう言葉ではないし、何よりも死者がこんな言葉を吐くなんて侮蔑でしかない。

己もまたこの少年を殺す一因となった癖に図々しい。

だけど……サーヴァントは生者に肩を貸す存在だ。

だから、自分が言う。

誰も言う事が出来ないのなら、自分が言うしかない。

それでマスターの心が少しでも楽になるのならば、どんな恥を得ても言うだけだった。

だから、私の言葉に震えながら声を出してくれた事にホッとしたのだ。

 

 

 

 

「……何人もの人の人生を狂わせてしまったんだ」

 

 

 

詳細が分からない言葉。

だから、セイバーは何も問わずにそうですか、と頷いた。

 

 

 

「何も……俺自身が何もしなくても、何時も周りの歯車がおかしく、なるんだ……」

 

「そうですか」

 

「自分の手で壊したこともある。ずっと……ずっとずっと……正義の味方に成りたがっていた人の夢を壊した」

 

「そうですか」

 

「か、母さんもだ……母さんも……アメリーも、さっきの子供も……」

 

 

震えは段々と大きくなっていく。

……無理も無い。

マスターの才能を考えれば、過去にあるのは栄光だけではあるまい。

能力が有ればある程、余計な事も見えてしまうのが世の常だ。

そして、行き過ぎた才能は時に周りさえ巻き込んで狂わせる。

 

 

 

 

全部、自分も体験した出来事だ

 

 

 

だからこそ、セイバーは甘やかさなかった。

 

 

 

「で、あるならば答えは一つです──貴方は、その狂わせた人生の対価を支払うまで安易な救いは与えられません」

 

 

狂わした代価に釣り合う行いなんて一度死した自分でさえ思い当たらない。

贖いは永遠と続く場合もある──今の自分のように。

だけど、マスターが狂わした人間は未だ生きているというのなら……救いはまだある筈だ。

 

 

 

 

殺人は永遠と残る罪という荷物ではあるが……生きているのならば幾らでも戦う事も助ける事も出来る筈だ

 

 

 

全てを決めるのはその時でいい筈だ。

もうこれ以上──私は居なくていいのだから。

 

 

 

「マスター。泣いて謝る事なんて誰にでも出来ます。死ぬ事だって覚悟を決めれば子供ですら出来ます。なら、才がある貴方はそれ以上の事を為さなければいけません。貴方がどれだけ忌み嫌おうとも、貴方の才能(ちから)は貴方を放す事は無いのです」

 

 

「だから、貴方は立ち続けないといけません。両の足で立って、進んで、倒れて、また立って、進むのです。立ち止まらず前に進みなさい」

 

 

「血反吐を吐いても立ち上がるのです。貴方の才の限界にまで、貴方の才の限界を超えても。そこまで進んで──ようやく貴方は自分の限界を知るのです」

 

 

 

──私は死ぬまで止まれなかった

 

 

その言葉は絶対に外には漏らさないように内心で口止めする。

むしろ死ねたから止まれたのだろう、と思うが、私の事はマスターには関係ない。

願うのは立ち上がる事。

殺戮者が願う事ではないが……善良な人が少しでも長く生きて欲しい、という願いは生前から持っていた願いだ。

なら、死者である自分も願う程度なら持ち合わせても構わないだろう。

だから、私は残酷な言葉を彼の頭から手を放しながら告げる。

 

 

 

 

「立ち上がりなさい、遠坂真──ただ死ぬ為だけに生まれる生命なんてありません」

 

 

 

……一分ほど、時間が過ぎる。

よろよろと少年は逸らしていた(げんじつ)を見つめ続け──地面を弱く叩き始める。

 

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

漏れる呻き声は痛みを堪える声だ。

現実には存在しない痛みは、だからこそ止める事が無い痛みとして少年の身を焼いているだろう。

きっと、これから先、何十何百何千と彼を焼く自責の焔だ。

誰も肩代わりす事が出来ない、誰も癒す事が出来ない茨の如き焔。

しかし

 

 

 

「──っ!」

 

 

少年は立ち上がった。

誰の手も借りず、自分の足で立ち上がった。

その事に、セイバーは小さく微笑んだ。

それでいい。

絶望の中で誰の手も借りずに立ち上がれるのならば、これから先、幾度の絶望が襲い掛かってきても少年は立ち上がれる足を得れたのだ。

死者の自分にしては、十分な戦果だろう。

そう思って、胸を撫で下ろすと

 

 

 

「セイバー」

 

 

少年の声が滑らかに耳朶を震わせたので、思わず反射で少年の顔を見ると泣き崩れそうな顔で笑い

 

 

 

「ありがとうセイバー──君は優しいくらいに厳しいんだね」

 

「──」

 

 

どうやら今回の主は生前、自分が聞いた事が無い言葉を言うのが得意らしい。

思わず肩をすくめ

 

 

 

「優しさとは無縁ですよ私は」

 

「優しいよ──ここで厳しい言葉を吐いてくれるんだから」

 

 

苛烈だ、とか化け物だなら言われ慣れているのだが……似た者同士の人とはどうにも相性が悪いですね、と苦笑する。

だから私も特に反論する事なく、少年に向かって膝を着いた。

本来ならば召喚された時にしなければならない事。

傷や状況などで流されてしまった契約の言葉を、今こそ告げよう。

 

 

 

 

「改めまして、セイバーのサーヴァント。マスターの召喚と私の意思の下、貴方様を主としてお仕えさせて頂きます」

 

 

 

一呼吸、間を置き──最も契約に相応しい言葉を彼に告げた。

 

 

 

 

「我が真名、上杉不識庵謙信(うえすぎふしきあんけんしん)。又の名を上杉輝虎(てるとら)と申します。以後、この人斬り包丁を存分に使い潰して頂ければ」

 

 

マスターは一瞬、自分の真名を聞いて、目を見開いたが、でも直ぐに努力して作った笑みで

 

 

 

「──使い潰すのは無理だな」

 

 

と強がり、それ以降、少年は空を見上げるのであった。

だから、セイバーも何も言わずに伏して待つだけであった。

 

 

 

 

少年の覚悟と決意は彼だけのものなのだから

 

 

 

 

 




やっとセイバーの真名を言えた……いや本当に……FGOで長尾景虎の絵が出る前から彼女の設定は実は脳内で作っていたのですが、まさかの原作でやり、しかもランサー。


どういう事かと思っていたら、性格はほぼ正反対の癖に微妙に根本だけはそっくりというあいたぁーーな事になってしまいましたが、開き直って彼女のままやらせて貰います。


FGO本編の彼女とはまぁ、エクストラヴラドとアポヴラド以上に違う存在と思って頂ければと思います。
多分、異聞帯くらいに違う存在でしょうね……クラスが違うから大分違うように見えるでは恐らく通じないでしょうし……多分、見る限り長尾景虎の方は生涯負け知らずみたいな感じが見えますしね。
真名も長尾景虎ではなく、上杉の方なので。


根本は同一だけど、大事な所がほぼ違う存在みたいな感じでお願いします。
……あ、でもCVだけは同じでいいかもしれないです……!!


次回は多分、幕間となると思います。
ある一家の幕間……まぁ、隠してもしょうがない遠坂家の幕間ですね。


感想、評価よろしくお願いいたします。


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幕間 家族の味方
かつての勝者


 

 

 

とある日本の街を金髪の女性は歩んでいた。

しんしんと降り積もる雪は故郷にも繋がる物だが……日本の街はどこもかも開発しており少々風情が無い。

だから、女性は余り日本の事は正直好きでは無いのだが……私用でここに来ている以上、個人の嫌悪など二の次だ。

 

 

 

「お嬢様。どうやらこちらのお宅のようです」

 

「そう。助かりましたわクラウン。二ホンはどうにも苦手ですわ」

 

 

唯一自分の従者を一人連れ従ってようやく目的である家屋を見つける。

 

 

 

「またこれは……」

 

 

日本家屋、あるいは和風の……確か屋敷、と言ったか。

日本なのだから日本らしい家屋があるのは当然だが……魔術的な観点から見れば、余りにも()()()()()

敵の侵入を閉ざす所か開放している。

これでは入るのも出るのも自由自在では無いか。

とは言っても、そこら辺、あの無駄に性根が悪い女なら対策自体はしているだろうが。

そこまで、思考して苦笑する。

 

 

 

「いやですわ」

 

 

内心でとはいえ、あの女を擁護するような意見を吐き出すとは。

まるで本格的に年を取ったように感じ取れて溜息が漏れてしまう。

あの女狐を認める事なんて死んでも無いだろうと思っていたのに。

 

 

 

「ほんと……いやですわクラウン。私、今、唐突に自分の衰えを感じていますわ」

 

「御安心を──どれだけお年を召されようとも、お嬢様が気高さを忘れない限り、我が主はお嬢様です」

 

「立場的に娘達が主とは言いませんの?」

 

「私も年ですよ」

 

 

下手な返し方に思わず笑ってしまう。

流石は長年、自分に付き添った従者だ。

若い頃から変わっていない心得に誇らしさを感じながら、私は目の前の家についている表札を見た。

 

 

 

 

そこには遠坂という名が刻まれていた

 

 

それを見て、さて日本式だとどうやって挨拶すればいいのかしら、と思っていると──ガラリと目の前の扉が横に開いた。

あら、と思い見上げるとそこには懐かしくも、変わった長身の男性がいた。

皮膚は褐色に、髪の毛は白色に変わったが……瞳に映る優しさと強さの色は変わらないまま。

それだけで先程まで感じていた衰えが払拭され、若返るような気分になり、単純ですわね、と内心で告げながら

 

 

 

「御機嫌ようシェロ。お久しぶりですわ」

 

「ああ、こんにちわルヴィアさん。元気そうで何よりだ」

 

 

ルヴィアと呼ばれた女は見た目も声も変わったというのに、響きだけは何も変わらない口調に宥めるべきか苦笑するべきか悩んでしまう。

 

 

「シェロ。今回の要件をお聞きしましたでしょう──私は良い話と同時に悪い話を持ってきたのです。昔のように級友でも無ければ、仲間、というわけではないのですよ?」

 

「勿論、知っているさ──でも、わざわざ日本まで来て、俺達がずっと欲しがっていた情報を貰うんだ。この程度はさせて貰わないと俺の気が済まない」

 

 

悩んだ結果、苦笑を浮かべる事になった。

多少、面持ちは変わったように見えるが、それでも根本の性格は変わっていないようだ。

魔術師らしくない──否、彼の在り方を考えれば魔術師では無いのだが、捻くれ過ぎて真っすぐな在り方は何も変わっていないようだ。

 

 

 

「なら遠慮なく──後悔はなさらぬように」

 

「勿論。覚悟はしているさ──それに」

 

 

続く言葉は小さく唇だけが、動いているような状態だったが、目の前に居た私はそれをしっかりと確認し、しかしそれを問う前にシェロは笑い

 

 

 

 

「──ともかく入ってくれルヴィアさん。何時までもお客さんを外に出していると凛に怒られそうだ」

 

 

そう言って彼が手招きする中、ふとクラウンがホッとするのを感じ取り、ルヴィアは主従であるからこそ出来る刻印同士の同調で会話した。

 

 

 

『どうしましたクラウン? 不調でも起きましたの?』

 

『御冗談を……衛宮様の気に当てられた事を承知でしょう?』

 

 

でしょうね、と苦笑する。

何せ気所か言葉でも彼は小さく告げていたのだ。

 

 

 

 

"ルヴィアさんが俺の大事な人に手を出すなら……その時は容赦しない"

 

 

 

魔術師同士なら当たり前の言葉かもしれないが……彼が言うと本当に剣で貫かれたような感覚を得てしまう。

その事に恐れよりも、そうでなくては、と思ってしまうのは性分だろう。

 

 

 

 

このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが一度でも惚れた男なら、それくらいの畏怖は持っていなくては困る

 

 

そう思いながら、やはり自分に苦笑する。

そのルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが随分と未練がましい、と。

だから、即座に未練を断ち切る為に魔術回路を作る意識を持って甘い自分を意識の隅に置き去りにする。

ここからは甘い自分ではいられない。

 

 

 

──何せ、この家にいるのはシェロだけではないのだから

 

 

 

 

※※※

 

 

 

二ホンらしい木材を使った家屋の一部屋。

ルヴィアからしたら狭苦しいが、恐らく団欒する為の部屋と思わしき場所に、彼女は居た。

 

 

 

「ようこそ、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。歓迎するわ」

 

「これはこれは。心にもない挨拶、有難く受け取りますわミス遠坂」

 

 

ふん、と思わず互いに鼻を鳴らす。

相も変わらず赤い服を主に着る下品さ。

黒髪を流し、エメラルドのような瞳を猫のような形で睨んでくるものだから可愛げも愛嬌も無い。

これでせめてもう少し年齢相応に老けていたら笑ってやったのに、やはり自分とそう変わっていない。

力量にそう差が無い、という事実は本当にこちらを苛立たせてくれる。

互いについ、魔術回路を起動させていると

 

 

 

 

「あ、二人とも。今からお茶を入れるから待っててくれ」

 

 

 

と自分達の空気を読まずに笑みでそう告げるシェロが厨房に向かうのを私達はつい無言で見届けてしまう。

同時に溜息を吐きながら、私は慣れないお座敷に座り込む。

 

 

 

「……少しは変わっているように見えますが、根本的な所はやっぱり変わっていられませんね」

 

「……それについては同意よ。あの馬鹿、相も変わらずそこら辺抜けたまま。毎度、その心労が私ばっかり請け負っているのは本当にどうしたものかしら……」

 

 

それはそれはご愁傷様、と口だけは言うが、中身は詰めていない。

幾ら何でも惚れた男との惚気に同情する気なんて起きない。

 

 

 

「何なら私が貰ってあげましょうか? ミス遠坂」

 

「冗談。あんたに上げるモノなんて今回の件についての前払いの報酬以外一つも無いわ──後、別にミセスでも構わないわよ」

 

 

死んでも言いたくないので無視した。

お陰で敵意の継続を続ける事を再認したから良しと思えるが、ともあれ向こうも一区切りつけるのには丁度いいかと思ったのか。

一つ吐息を吐いた後、

 

 

 

「──歓迎はしないけど礼は言うわルヴィア。勿論、吉兆の方だけだけど」

 

 

 

最後の余計な言葉上がるから、この女とは合わないのである──が、今の関係だとある意味で適している、と思い、笑う。

 

 

 

 

「ええ──もう二度と貰えないであろう貴女からの礼、しっかりと頭に刻ませて貰いますわ」

 

 

 

 

※※※

 

 

凛は士郎に入れて貰ったお茶を飲みながらルヴィアが要件を話すのを待った。

正直、こんな要件でも無ければ直接話す所か電話ですらしたくない相手だが……正しく要件が要件だから茶を啜るくらい待つしかない。

 

 

 

……あ、これ高いのだわ

 

 

後で士郎を殴ってもいいかもしれない。

そんな風に思っているとルヴィアも同意見なのか。

お茶を飲みほした後、しょうがない、という感じに吐息し

 

 

 

「お互い要件以外を話していると殺し合いでもしてしまいそうだから、早速本題を話しましょうか」

 

 

全くもって同意見だ。

そういう所で意見が合うから最悪なんだけど、理解してしまうのがなんとも、という感覚だが、今はどうでもいい。

 

 

 

 

 

「結論から申させて貰えれば──行方知らずだと言われている貴方達の息子らしい存在を遠目からですが目撃したと情報が入りましたの」

 

 

私達は出来る限り不自然な態度を出さずに済んだ──とは思う。

士郎にもそうだが、自分に対しても言い聞かせて来た事だ。

幾らルヴィアが正々堂々を好んでいる魔術師とはいえ魔術師である以上、容赦や友情なんて微塵も期待してはいけない。

私達は互いに何かがったら、必ず駆けつけるような仲良しこよしの関係ではないのだから。

だから、弱みだけは出さない──こんな依頼を出している時点で露呈はしているようなもんだが、露出だけはしてたまるもんですか、と思い、口の中で噛み締める。

それに知ってか知らずか、ルヴィアはそのまま従者であるクラウンに声を掛け、彼の荷物から紙切れを取り出して差し出した。

 

 

 

 

そこにあるのは絵、というか恐らく魔術的に撮った写真だろう

 

 

 

遠目という事は使い魔越しだったのだろう。

画質としては正直、余り良くないがそれでも捉えられた画像で分かる事があった。

映っているのは4人。

その内、3人は全く知らぬ誰かだが、金髪の少女は整った顔をしながら現代風の衣装を着ている事と古臭い鎧をつけた男はまるで麻薬中毒者のように狂乱した顔つきで禍々しい鎧を着ている。

そしてもう一人は日本風の鎧を付けた見目麗しい女武者である事。

 

 

 

 

──そしてその中に、赤みがかかった髪とコートを風に揺らしながら、しかし双剣を握っている少年がいた

 

 

 

「──」

 

 

魔術回路を作り上げるイメージを脳に浮かべる。

心臓にナイフを刺し貫く感触を覚え、ようやく普段の自分を取り戻す。

危なかった。

危うく写真を取り上げて、抱きしめる所であった。

何十何百とイメージしていた筈なのに、直面したらこうだ。

参った。

自分が親になっても、子煩悩になるなんて思ってもいなかったのに現実では全く子離れが出来ないとは。

震えそうになる自分を精神力を総員して止め、声を出す。

 

 

 

「──どこで見かけたの」

 

「フランスの郊外。そこの魔術師が動物の洗脳を得意としていた魔術師だったらしくて。珍しい動物も飼っていましたから価値ある物として真っ向から奪おうとしていた最中だったらしくて」

 

「……あっきれた。相変わらずあんたそんな事をしてるのね」

 

「価値あるモノは誇り高く、尊き場所で管理すべき。何か間違っていて?」

 

「そのハイエナ根性には脱帽してあげるわ」

 

 

言葉を信じるなら、偶然による遭遇か、とは思うが当然信じる気は無い。

が、全てを疑っていても仕方がない事もある故に、今は欲しい情報だけを得るべきだろう。

 

 

 

「──で、ここにいる他の奴らは何?」

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 

出来れば否定した欲しい言葉を投げかけられたので思わず憂鬱になりそうだ。

はぁ、と大きい溜息を吐いてしまう。

見れば隣の士郎もとっても最悪、という感じに顔を歪めているのでやっぱりそうなるわよね、と思う。

ええ、ルヴィアが言う通りなんでしょう、と思い、このタイミングで言うには嫌々で仕方がない言葉を、敢えて自分の口から告げた。

 

 

 

「──サーヴァント」

 

「聖杯戦争における最強の駒にして人類史に名を刻んだ境界記録帯(ゴーストライナー)。万夫不当の英霊達の一騎」

 

 

補足された説明など聞くまでも無い。

自分達は彼らを召喚し戦ったかつてのマスター達だ。

英霊についてならルヴィアよりも遥かに詳しい。

──だからこそ猜疑的であった事実に、凛は眉を顰めるしか無いのだ。

 

 

 

「──冬木以外でそこまでの英霊が召喚されるなんて不可能な筈なのに」

 

「……それに関してはエーデルフェルトでも掴めていませんわ。それでも情報では欧州は当然としてユーラシア、アメリカ大陸とかでも英霊の存在を確認されているようですわね」

 

 

 

──かつて無い程の聖杯戦争の規模

 

 

本来、一騎ですら呼び出すのは奇跡の範疇にあるというのに現状、確認されているだけで数十は下らない、という。

冗談じゃない、と凛は思う。

一騎いるだけで街一つを簡単に破壊出来るのが英霊だ。

それが数十……考えたくないが三桁の数いるのだとしたら核爆弾よりも恐ろしい事になっている。

今では世界なんて簡単に滅ぼせれる、と言われているが、それでも人の形をした大量の爆弾が、今、世界中を犇めいているのだとしたらちょっと意識を手放したくなる。

だが、今はそれは問題ではない。

聖杯戦争が世界中で起きている事よりも遠坂凛が問題とするのは

 

 

 

 

「……間違いなく、真はマスターとして参加しているわよね」

 

 

 

恐らく立ち位置からしてこの女武者と思わしきサーヴァント……刀を握っているのを見るとセイバーだろうか?

自発的か受動的かは知らないが、それでも息子がサーヴァントを召喚している事は確かだ。

思わず、ここに居たらとっとと契約を切りなさい、と叱りたくなるが……あの子の事だから召喚した以上、絶対、意地でも契約を切らないでしょうね、と分かってしまうのは勝手な偏見だろうか。

 

 

 

「どういう経緯で真がマスターとして参加したのかとかは分かる?」

 

「偶然と言ったでしょう? それにそこまでは流石に契約に入っていませんわよ」

 

 

どっちの言葉を信じればいいやら、と思うが、後者に関しては確かにそうなのでこちらとしては頷くしかない。

……本音を言うなら息子の事を見つけてくれた事だけでも礼を言うべきなのは凛とて分かっている。

だけど、相手は魔術師で、自分も魔術師なのだ。

魔術師である事を前提に作った関係であるからこそ魔術師ではない前提では語り合う事が出来ないのだ。

面倒ね、と思う事を凛は素直に思った。

 

 

 

 

面倒な相手に、面倒な自分──面倒な魔術師、と凛は内心で口を歪めた。

 

 

 

そんな事をおくびにも出さずに凛は告げる。

 

 

「──礼を言わせてもらうわ。エーデルフェルトの当主」

 

「前払いで既に報酬を受けている以上、当然ですわ。これで遠坂が素寒貧にでもなったら最高なのですけど」

 

「安心しなさい。そうなったら、余計な物ばかり溜め込んでいるハイエナの家を襲撃して貯蓄するわ」

 

「あらあら。心も体も余裕が足りていない女は言う事が小物臭いですわね」

 

「あらあら。それは心も体も贅肉だからの証拠じゃないの?」

 

 

この空気を苦笑で済ますクラウンは実によく出来た従者だが、ひっそりと逃げようとする夫に対しては後でぶちのめそう、と心に誓う。

 

 

 

「じゃ、礼の時間は終わりね──次は敵としての挨拶かしら?」

 

「あら? 何の事かしら」

 

「次は悪い話でしょう? 私達にとっての悪い話なんてモノは私達と敵対をする、か土地の乗っ取りか──それとも真を殺すっていう宣言かしら?」

 

 

最後の言葉には噓偽り無い殺意を混ぜた問いであった。

演技の必要が無いって最高。

純粋というのは魔術においても必要な要素でもあるし……何よりも敵がこの女であれば躊躇わずに殺してもいい。

 

 

 

 

──もしも殺し合うのなら、こいつを真正面から打ち倒したいと思った相手なら尚更に

 

 

はっきりと素直に述べるのなら、遠坂凛はルヴィアという女に嫌悪の感情は抱いていない。

女としても魔術師としても本当なら敬意を持つくらいは吝かではない相手だ。

だが、それもまた相性という奴だ。

だから、遠坂凛はルヴィアに嫌悪は抱かず、敵意を持つことに躊躇いは覚えない。

相性が悪くても、どうしても侮れない奴、と認識しているからこそ、許すように好意を抱く事だけは絶対にしないと誓っている。

だから、私にとってこいつに向ける殺意なんて挨拶のようなものだ。

 

 

 

 

私は相も変わらず、貴女という女と対等である、という証明

 

 

そんな殺意に、ルヴィアは微笑みを持って受け入れた。

 

 

 

「──敵対、という事は否定しませんわ。少なくとも貴方の子と決闘をする事だけは確定なのですから」

 

「……この状況、このタイミングで言うって事はそういう事?」

 

「ええ──此度の聖杯戦争においてエーデルフェルトは満を持して参戦している事を、此処に断言しますわ」

 

 

思わず、やっぱりと告げる。

考えていない可能性ではない。

世界中にサーヴァントが召喚されているという事は世界中の魔術師に参加権利があるという事だ。

なら、エーデルフェルトが選ばれない、というのは中々に難しいだろう。

だけど

 

 

 

 

「──呆れた。あんたともあろう奴がよりにもよって私の息子を真っ先に狙うって言うの?」

 

 

本心からの言葉に凛は冷たく目を細める事を自制しなかった。

ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトという女は魔術師としては少々外れた女であった。

何せ魔術師であるというのに正々堂々と王道を行くような女であったからだ。

横に逸れず、蹲ったりしない、煌びやかに前進し続ける、正に貴族のような女であった。

口だけの貴族ではない。

お飾りの権力者という意味でも無い。

 

 

 

真に人の上に立つ存在という意味での貴族だ

 

 

だからこそ、いざ、私達が殺し合う場合はまず真っ正面からの殺し合いになると思っていた。

この場合においてはまず自分との決着を着けるだろう、と。

自惚れではなく理性的な計算としてそう思っていたのに……随分と堕ちた物だ。

それならば何も怖くないが……目の前に座る女は私の挑発に乗る事も無く、一度お茶を飲んで間を作った後、

 

 

 

 

「──そういえば先程の言葉で一つ訂正する事がありますわ」

 

 

反射的に眉を顰める一言。

取り合わずにルヴィアは一度目を瞑り──数秒後に目を開けて

 

 

 

 

「私、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは現当主ではありませんわ。立場としては前当主ですわね」

 

 

 

「──」

 

その発言に、凛は直ぐに理解した後、少女の身体を思わず視る。

しっかりと視る前に、ルヴィアはその反応は読んでいた、と言わんばかりに右腕のドレスの袖を外す。

そこにはかつて輝いたエーデルフェルトの魔術刻印の光は──存在していなかった。

そこで初めて気付く。

そういえば……先程から会話の内容に伝聞系の言葉が混じっていた。

今頃それに気づく自分の鈍感具合に浮かれていた、と思いながら、口は動かす。

 

 

 

「そ。それはおめでとうって伝えるべきかしら? 双子だから色々と大変だったでしょう?」

 

「それが手のかからない娘達でしたから問題ありませんでしたわ。特に姉は私に似て活発的で──貴方の息子の闘いぶりに火が付いた、との事らしく」

 

 

ちっ、と舌打ちしながら、しかしそれならば、と納得する。

つまり、今回のこれはこちらとの契約との折り合いと娘の晴れ舞台を作る為の親心なのだ。

娘の決闘を裏切り行為と解釈させない為に、自分から敵のホームに上がって、いざという時の穢れは自分で受け止める、という事なのだろう。

 

 

 

「──二度目の呆れだわ。貴女、そこまで親馬鹿になるなんてね」

 

「言い訳はしないでおきましょう。私とてここまで娘を立てる事になるとは思ってもいませんでしたわ」

 

 

浮かべられた苦笑は本物だ、と凛は思う事にした。

だからと言って、彼女の家……否、彼女の娘と言うべきか。

彼女の娘は今、自分の息子を打ち倒すと宣言したのだ。

敵である、と凛は認識する。

敵だからこそ、凛は容赦なく真実を告げた。

 

 

 

「──自慢にしか聞こえないんだろうけど……うちの息子はこの衰退期に生まれた突然変異よ。だから貴女の娘を慰める準備でもしておいたら?」

 

「奇遇ですわね。うちの娘も目に入れても痛くないくらいには天才ですのよ」

 

 

その言葉に表と内心で苦笑する。

ルヴィアには売り文句にしか聞こえて無かったようだし、事実、凛もそういう風に聞こえるように言葉を選んだ。

 

 

 

……実際は凛が言った言葉は嘘偽りない本音でもあった。

 

 

否、多少、控え目に言ってすらある。

ルヴィアの娘の評価である天才、というのは事実であるのだろう。

恐らく私やルヴィア、もしくはそれ以上の資質を持っているのかもしれない。

今の時計塔においても煌めく宝石の如き才を持っているのかもしれない。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

私の息子の才を説明するのに天才、と表現するのは間違ってはいない。

だけど……もしも口に出して少年の才を告げるのなら、私にはアレを天才、なんて軽い言葉では告げにくい。

勿論、息子の事は愛している。

息子の為ならば命を懸けれるくらいには愛している。

 

 

 

しかし、愛と事実は別だ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

士郎という異形の才能と私という普通の天才が組み合わさって生まれた異形の天才。

畸形の天才児。

もしも例え魔術の修業を一切していなかったとしても……天才相手ならば十分に戦えるくらいにはと思えるくらい。

 

 

 

 

勿論、敵として正面に座っている女に親切に教えるつもりは一切無いが

 

 

 

 

※※※

 

 

 

士郎はルヴィアが直ぐに発つ、と告げた時、一息でも、と告げたが

 

 

 

「シェロ? ──私達は敵同士ですのよ? だから、貴方が私に持つべきは気遣いではなく敵意を向ける事ですわ」

 

 

言われた意味を理解した士郎は確かに、と思い口を噤むしかない。

情けない。

それこそルヴィアさんに気を遣わせてどうする、と思う。

ただ見送るだけに止めよう、そう決めた時──ルヴィアさんは脈絡もなく幾つかの写真……真が映った写真をテーブルの上に放り

 

 

 

「娘からの言葉ですわ──まるでずっと首にナイフを突き付けながら泣いている子供のよう、と」

 

「──」

 

 

思わず、自分と……凛の顔から表情が消えてしまったのを悟る。

浮かび上がるのはルヴィアが告げた通りのイメージ。

 

 

 

 

星の光さえ届かない闇の中

 

 

一人、蹲りながらナイフを首元に突き付けながら、泣いて震える子供

 

 

 

死なないといけないと思いながらも死にたくないと震えあがる小さくて弱弱しい姿。

誰にも助けて貰えない孤独の中、永遠と死の恐怖と絶望と向き合わないといけない罪人のような姿。

 

 

 

 

──違う、違うんだ真。それは本来、俺が受け持つ業であり罪科だ

 

 

お前が苦しむ必要なんてない。

お前は当たり前のように生きて、当たり前のように死ねる様な生き方を選んでくれていいんだ。

罪も罰も俺が背負うから。

お前はただ遠坂真として生きてくれればいいんだ。

 

 

──お前が後悔する必要なんて何一つ無いんだ……!

 

 

 

「──魔術師の家系ですもの。深くは問い詰めませんわ──精々、子供に届くような言葉を考えておくといいですわ」

 

 

 

颯爽と言葉だけを告げていくルヴィアの声によって現実に戻ってきた士郎は凛が苦虫を嚙み潰したような顔で見送るのを最初に見た。

同じ気持ちを抱いているので俺もとてもじゃないが見送れたもんじゃない。

だから、ルヴィアさんが家から離れたと理解した瞬間、凛はそのまま畳に倒れこみ、俺も思わず座り込んだ。

 

 

 

「……ほんっっっっっっと最悪な女。最後の最後に痛い所突いてきたわね……」

 

「……そうだな」

 

 

今回ばかりは士郎も同意するしかない。

本当に最後の最後にこちらの急所を突いてきた。

実に鮮やかな手際であると言うしかない。

少しの沈黙。

しかし、直ぐに凛は起き上がり、ゆっくりとした手付きで机の上にある写真に手を伸ばす。

それを理解し、自分もまた凛が手に取った写真を見える位置に移動した。

 

 

 

そこにあるのは3年前から消えてしまった息子の姿

 

 

記憶にある姿よりも背は高く……少しやせ細っているが、それでも確かにそこに存在したのだという証明。

殺し合いの場にいた所を撮影していたのでその表情は堅いが……それでもそこに"居たんだ"。

思わず凛を抱き寄せると妻は簡単に身を預け、そのまま写真を胸に抱く。

 

 

 

 

「……あぁ……良かった……生きてて……」

 

 

凛の言葉こそが俺達の感情の総意であった。

息子の状況は芳しくない事は確かだろう。

だけど、真はまだしっかりとこの時を生きているのだ、という証明が俺達にとってどれだけのヒカリとなってくれただろうか。

ある日を境に、まるで怪物に追われているかのように絶望と諦観を見せるようになった息子だ。

傍にいた俺達ですらふとした拍子に手首を切りかねない危うさに何度不安を覚えた事か。

 

 

 

それが3年だ。

 

 

下手したら……自殺でもしていないか、と思い、その光景を夢で何度見て飛び跳ねた事か。

とりあえず、だがホッと出来る。

……聖杯戦争に参加している、というのは最悪ではあるが……逆に考えれば真が死ねば諸共にサーヴァントも消滅する。

それだけは真はしないだろうと信じられる。

誰かの為に怒って、命を懸けられる息子であると知っているから。

本来ならばサーヴァントを現世に止める楔となるのがマスターなのだが、ある意味で逆の結果となっている事に喜んでいいのか、悲しむべきなのか。

……ともあれ

 

 

 

「凛」

 

「そうね。準備出来次第、向かいましょう」

 

 

互いに頷き合い、目的をしっかりと確かめていると……ふと凛が何故か俺の後方……影の方に視線を向ける。

思わず、同じ方向に視線を向けるが、何も無い事に首を傾げるていると急に凛は笑う──すっかり慣れ親しんだあかいあくまスマイルを。

 

 

 

「ねぇ、士郎。ちょっと疲れちゃった。甘えさせてくれる?」

 

「は? いや、おい、ちょっ、凛?」

 

 

唐突にしなだれてくる凛を慌てて腕と体で支える。

先程から密着はしていたが、支えるという形から抱き合うという形になると別だ。

どうしても男と女という事を意識するし、魔術師のアンチエイジングとか普段、冗談風に言うが、見た目は本当に出会った時から少し大人になった程度の見た目なのだから本当に困るし、女性特有の甘い匂いは男性本能を刺激して──

 

 

 

 

どたどたどた、と廊下から走ってくる音を聞いた瞬間、本当は誰をからかったのかを悟った

 

 

 

「──姉さん! 謝りますから昼間っから生々しいトークを実況しないで下さい」

 

「士郎が鈍感だからといって人の旦那の影に使い魔仕込んで話を聞いていた出羽亀妹にはいい薬でしょう?」

 

 

うぅーー、と唸る凛に妹と告げられた女性───間桐桜はそれこそ3年前に比べれば随分と肉付きが戻り、元気を取り戻した姿を見せていた。

影、と言われ思わず影を少し視てみると……確かによく考えれば何かが居るのを感じて思わず苦笑する。

幾らルヴィアさんとはいえ桜を見せるわけにはいかない、と言って後で内容は絶対に告げる、と言っていたのにどうやら我慢出来なかったらしい。

 

 

 

「全く……あんただってそこらの魔術師に見つかったらまた最悪な事が起きてもおかしくないんだから。本当に気を付けなさい桜」

 

「ぅ……で、ですけど……私だって真君に世話になったから……」

 

 

紫がかった髪……所々白くなった箇所がある髪を自分で梳かしながら、抗弁する桜の姿に士郎は苦笑する。

本当に……随分と元気な姿を見せれるようになった。

かつて自分の後輩であった時もここまで活発な姿は見せれなかった。

おしとやか……と言えば聞こえはいいが、何時もどこか影があった少女は、まるで今こそ花開いたと言わんばかりに明るくなっていた。

それを成し遂げたのが自分の息子であるという事は誇らしい事だが

 

 

 

「桜。凛を責めないでくれ。凛も桜がこれ以上外道な奴らに弄ばれたくないから安全策を取りたいんだよ。それに桜が怪我とかしたら、それこそ真を連れ戻す時、俺達はどやされるからな」

 

「あ……はい! そうですね! 姉さんと真君が心配性なのはほんっとうにそっくりですよね!」

 

「こ、こぉら! 士郎! 何を好き勝手言ってるのよ! 大体、真があんなに純真なのはあんたの影響でしょうが!!」

 

「いやぁ、客観的な意見だと間違いなく無駄に誰かの為に怒るのは凛の性質だと思うが」

 

「その性質に"無駄にお人好し"が付け加えられたのは間違いなくあんたの血よっ」

 

 

そうかなぁ、と結構本気で思う。

そこは俺や凛のではなく、本人の資質だと思うけど。

俺はあくまで偽物で、真は本物なのだから。

 

 

 

「それにしても聖杯戦争ね。元からきな臭い儀式闘争ではあったけど、今回は色々と極まってきたわね。ちなみに士郎。二人のサーヴァントの武器も映っているようだけど、視れる?」

 

「写真越しで解析出来るのは流石に無理がある」

 

「でしょうねぇ。まぁ、そうは言っても真の方のセイバー? もしくはライダーだったりするのかしら。の方は間違いなく日本の英霊だろうし、こっちの鎧の男は顔つきを見る限りほぼバーサーカーでしょうが」

 

 

その推測にはほぼ同意だが……今言っても詮無きことだ。

今、話題にすべき事は

 

 

 

「──で? 今日には召喚するんだろう、凛」

 

 

俺の言葉に凛は彼女が浮かべる笑みの中で最も魅力的な勝気な笑みを見せ、そのまま手の甲を見せる。

そこにはかつて聖杯戦争に挑むマスターが必ず刻まれる聖印──令呪が刻まれていた。

ルヴィアさんの娘がマスターとして参加しているのは予想外だったが……逆にこっちは凛もマスターとしての参戦権を持っている、というのが切り札の一枚目。

そして二枚目は……正直、これに関しては俺も、凛も否定的なので二人で同時に桜の方を見る。

 

 

 

「──桜。何度も言うように……真に関しては私達が絶対に何とかするから……貴女は家で待っていた方がいいのよ?」

 

「──いいえ、姉さん。これに関しては姉さんや先輩がどれだけ言っても聞きません。私も、戦います」

 

 

右の拳を握りながら、こちらを強い意志で見てくる桜に二人で困ったような顔になってしまう。

彼女が握りしめている右の甲には……花弁のような紋章……凛と同じ令呪が刻まれているからだ。

これは運か、あるいは聖杯戦争という事象である以上、始まりの御三家に属する二人には優先権があるのか。

……正直、自分に令呪が刻まれなかった事には不満……というか恥のような感覚さえあるが、それでも桜まで巻き込むのは本意では無いのだが……あの顔では引いてくれなさそうである。

 

 

 

「……決意は固いんだな、桜」

 

「……先輩。あの夜、真君が告げた事がずっと頭の中で繰り返されているんです」

 

 

今度は拳ではなく胸に手を当てながら、桜は目を瞑って"あの夜"に目を向けている。

 

 

 

「"どうか……これまでの不幸を帳消しになるくらいに桜さんと桜さんを囲む世界が幸福に満ちる事を誰よりも祈っています"」

 

 

……その光景を見たわけではないが、目に浮かぶようだ。

本人はよく自分を詰まらない本物と自罰していたが、偽物が本物に勝てない道理が無いのと同じように本物である彼がただ偽物に負ける道理も無いという真理に気付くべきだ。

 

 

 

 

少なくとも……他人の幸福を祈る心だけは俺よりも確かな───優しい正しさ

 

 

 

「なのに、幸福であって欲しいと願った本人が傍にいません──私を囲む世界も含めて幸福であって、と願うならそこに真君が居ないのは頭が来るような欠落です。だから、私も戦います」

 

 

誰かの後ろで弱気で俯いていた少女はもう居ない。

僅か3年の月日ではあったが……それでも少年の命懸けの祈りと姉と先輩の本物の愛情と信愛は一人の人間として立ち上がる足をくれた。

だから桜は逃げない。

かつて自分の幸福の為に祈ってくれた少年に、今度は自分が獲得した人生(イノチ)を使うのだ、と。

本当に変わった、と思うと自分が凄く老けたように見えて苦笑するしかない。

凛も凛ではぁ……と溜息を吐くが、ここまで来たらもうどうしようもないのを悟っているだろうし……なら俺が代わりに頷いていいだろう。

 

 

 

「分かった──皆で真を連れて帰ろう」

 

「──はい!」

 

 

本当に輝かんばかりの笑みを浮かべるようになった、と士郎も笑う。

凛も凛で笑いながらよっこらせっと立ち上がり

 

 

 

 

「全く──幾ら真が可愛いからってショタコンとかに目覚めないでよね桜」

 

 

恐らく適当に冗談で告げたであろう言葉においおい、と俺は苦笑して合いの手を入れ──何故か桜がふっ、と目を逸らしたのを見て、凛は固まった。

 

 

「おいちょっと待ったそこの妹! 叔母と子供は結婚出来ないわよ!!」

 

「何を言っているんですか遠坂先輩。私、間桐桜。叔母? 知らない関係ですね」

 

「トラウマ乗り越えるの速すぎるでしょ桜ぁ! 言っとくけど! 私の眼が黒い……じゃなくて碧い内は容赦しないわよ!」

 

「じゃあ後でカラーコンタクトを用意しますから寝ている間にでも着けておきますね」

 

「な、何て詭弁妹……騙されている。騙されているわマイサン! あんたの初恋の女性はあんたが思っているほど、素敵なお姉さん枠じゃないわ!!」

 

 

姉妹で楽しそうに会話しているが、実は桜が凛には見えない角度で舌を出しているのでまぁ、俺は苦笑するしかない。

本当に有難い。

真が消えてから、俺達はずっと息子の喪失に冷えた体を寄せ合っていたが……本来ならば俺達を糾弾してもいい桜が許すように支えてくれたことがどれだけ救いになった事か。

口に出せば間違いなく受け取る事が無い礼だから口に出せないが……もうあの頃みたいに守ってあげないといけないと思っていた後輩はいないのだと思うのは桜を侮り過ぎだという事なのだろう。

その未練を首を振る事で解消した俺はとりあえず二人を宥め

 

 

 

「で、凛。召喚するサーヴァントだが………まさかあいつか?」

 

「……それこそまさかよ。あんな偏屈呼んだら士郎と延々と喧嘩し続けるのを見守らないといけないじゃない。それに、私と士郎が呼ぶ最高にして最強のサーヴァントなんて決まっているでしょ?」

 

 

前半部分は全く否定出来ないから顔を顰めるしかないが、後半部分は同意だったので直ぐに表情を緩める。

いや、流石に少しは心苦しいが……でも俺と凛が呼ぶサーヴァントで最も最強と思えるのはやはり"彼女"しかいないのだ。

 

 

 

「チーム第五次聖杯戦争を勝ち抜いたマスター&サーヴァントの再結成よ。それこそギルガメシュやバーサーカーが出てきても怖くないんだから」

 

「おいおい凛。口は禍の元だぞ」

 

「冗談よ冗談。ま、あのレベルの英霊がそんな簡単に呼べるとは思えないし大丈夫だと思うけどね」

 

 

 

───後に士郎は語る。

妻のうっかりレベルを見誤っていた。

凛のうっかりは最早、世界を捻じ曲げる対界宝具並みの強烈さがあると俺は昔っから知っていた筈だったのに、と

 

 

 

「ま、一応触媒として士郎が勝利すべき黄金の剣(カリバーン)を投影すれば私達との縁を考えればまず彼女が召喚されるわ。桜の方も……決まっているのよね?」

 

「はい。私も……召喚するなら彼女かなって」

 

 

そうなると同窓会みたいになるな、とつい思ってしまう。

いや、英霊の性質上、召喚される彼女達は俺達の事は記憶していない……所謂、同一人物の別人が召喚されるから一方的な思いだが。

着実と希望が積み重なる現状に拳を握りながら、士郎は空を見上げる。

冬の空だが……何時の間にか雪は止み、日差しが出ていた。

それを感じ取りながら、士郎は一つだけ祈る事を自分に許した。

 

 

 

 

 

どうか……この青い空の下、息子に光が届きます様にと

 

 

 

 




今回は完全な文字通り幕間です。

前作との最大の変更点の一つでもありますかね。
衛宮家参戦。勿論、召喚される英霊も二人決まっていますしね。
多分、最も王道的な最強を彩るチームになりますかね。


とは言っても、どこの陣営も基本、どこかしらが最強ばかりのチームなんですけどね。
元々、英霊同士の殺し合いという以上、最強と最強の勝負になるのですが、作る側になるとそこら辺が面白いですね。



あ、桜も前作とは大分違いますね。
今回の桜は救われた後の桜ですから精神性としてはhorrow時の桜をイメージして書いています。
腹黒いだ影薄いだなんて言われてますが……自分は桜はむしろ強い女性だと思っているので余りそういう表現は使いたくないかなぁって。
桜が後ろ向きなのはここまでの人生が影と闇ばかりで出来ていたからであって、与えられた光を、今度は自分で守るのだと覚悟を決めたのなら、多分、凛よりも強気になれる素敵な女性だと思います。



だから、次の映画もそうですが……桜には幸せになって欲しいですねぇ(しみじみ



というわけで、次回からはようやく前作に追い付ける……ドイツ編、英霊闘争スタートです。


感想や評価など出来れば宜しくお願い致します。


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1章 英霊闘争
始まりにして最大の試練


 

 

 

──甲高い音と共に堅い鋼が地に落ちるのを見た

 

 

周りは木製の……現代に比べれば稚拙な部分もあるが、恐らく道場と思わしき場所で一人の少女が真剣を握って一つの事を成し遂げる光景を真の意識は見ていた。

黒髪の……恐らくまだ5、6歳頃の年頃の少女が真剣を以て兜割りを達成した光景であった。

日本の、それこそ戦国時代においての兜など鋼によって錬鉄された鋼鉄の塊だ。

一流の武芸者ですらまず出来ない事を幼子はその齢で達成した。

周りの反応は様々であった。

 

 

 

驚嘆して何の反応も示さない者

 

余りの結果に膝を着き、畏怖で震える者

 

有り余る才覚の片鱗を見せられ、恐れながらも感動する者

 

 

その中で少女に近寄る男性は三つ目だったようだった。

幼子に駆け寄った男は刀を持っているというのに娘を抱き上げ

 

 

 

"見事! 見事だぞ虎千代! お前には武士としての才覚がある! 乱世に生まれた闘争の申し子だ!!"

 

 

……恐らく父と思われる男は娘の兜割りを前に狂喜乱舞していた。

娘を称えながら……男は愛ではなく打算を以て娘を愛でていた。

近い将来、この娘は人斬り道具として役目を果たし、己の価値を広める道具となるだろう、と少女の眼を通して視ていた俺にもそう感じ取れた。

思わず顔を……意識上では顰めながらも、しかし少女は無感動に小首を傾げるだけであった。

その反応にまだ幼子には理解出来ぬ事柄かと思い直したのか。

 

 

 

抱えていた娘を下ろし、父はそのまま道場から出て行った。

 

 

 

それを切っ掛けにぞろぞろと周りの者も出て行き……やがて一人になった幼子は持っている刀と割れた兜を見比べ……再び小首を傾げながら一人言葉を漏らした。

 

 

 

"……ちちうえ"

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

子供故の無理解ではなく、少女は本当に父や周りの反応が理解出来ていなかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()、と少女は本気で呟いていた。

 

 

 

──ああ、よく理解出来る

 

 

彼女にとってはそこにある置物を剣で斬れるから斬った。

本当にそれだけなのだ。

これが特別な事なのだ、とか異常な事だなんて知らない。

俺達にとってはこれは砂場から砂があったから砂を手に取ったみたいな感覚でしかない。

だから、今、ここに一人取り残されている少女がどれ程孤独であったか……痛い程感じ取れる。

あくまでここが過去である以上、何をしても意味がない事を理解していても……出来るのならば少女の手を取ってあげたかった。

……当然、意識だけで体も何も無い状態では何も出来る事無く、少女はもう一度無感動に小首を傾げて

 

 

 

 

 

"……どうして、こんなことでおどろくのですか?"

 

 

 

と虚空に一人……寂しそうに呟き、そこで俺の意識は闇に落ちるのであった。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「──さん、真さん」

 

 

ゆさゆさと揺らされる感覚に真はゆっくりを目を開くと視界一杯にとんでもない美少女の顔があるものだから心臓に悪い。

危うく跳ね上がりそうになりかけるのを意識で抑えていると、自分が寝ていた場所がベッドではなく椅子である事を思い出して……ああ、電車で寝ていたのね、と思い出す。

目的の駅に到達したのに眠りこけている自分に対してセイバーが起こしてくれた、という事だろう。

 

 

 

「ごめん、セイバー。迷惑かけた」

 

「いえ、この程度。マス……真さんの為にしているだけですから」

 

 

マスターという呼び方では流石に悪目立ちし過ぎるという事で名前で呼んで貰っているが、逆にこれはこれで気恥ずかしいな……!! と思うがどうしようもない。

お陰でさっきから周りの男どもが舌打ちしているのだが、せめて聞こえない所でやってくれないだろうか? 無理? 無理かぁ……。

いや、まぁ周りの人の感情はよく理解出来る。

今の彼女はどこにでもある現代風の衣装を着ているのだが……黒髪の艶やかさが洋服であっても発揮しているのだ。

洋服店では本人は店員にされるがままであったが、出来れば動きやすい服装を、と固辞した結果、ミニスカになっているのは如何なモノか、と俺は叫びたい。

 

 

 

 

お陰で美しい脚線美が開けっ広げに……!!

 

 

せめてニーソックスくらい履いたらいいのに、試したけど締め付けられる感覚が苦手、という事らしい。

己、戦国時代。ありがとうございます! ──いや違う。許さんぞ戦国時代!

最早、下を見る事は出来ない……と覚悟を決めながら荷物を降ろしながら──ふと気になった事を聞いてみた。

 

 

 

「そういやセイバー。俺、寝ている間に何か言わなかった?」

 

「いえ。ただ、何か嫌な夢をご覧になっていたので? とても不機嫌そうな表情を浮かべていらっしゃいましたが」

 

 

何でも、と適当に答えながら、ああ良かったと頷いた。

聡いセイバーなら寝言一つで悟られる可能性がある。

何せ、もしも口を開けていたら──俺は夢に出て来た人間全員をぶっ殺すくらいは叫んでそうだから、本当にそうならなくて良かった。

 

 

 

 

※※※

 

 

セイバーは大都会という言葉を今、初めて実感した気がした。

自分の時代における都会に適した都市は京であったが、ここは全く違う。

人の数は大量だし、知識だけはあるが見覚えも聞き覚えも無い絡繰り……じゃなくて機械が数え切れないほど見えるし、街並みですら違うものだ。

分かってはいたが、ここは自分が生きた時代でも無ければ自分が生まれた国でも無いのだと改めて実感する。

 

 

 

「ここから……確か宿を取られるのですよね」

 

「そうだな。また郊外辺りで家を取りたい所だけど……ヨーロッパは広いからな。足が無いと本当に大変だ」

 

 

車でも欲しいくらい、と独り言ちるマスターの言葉を聞きながら、少年の方針が何一つ変わっていない事を確認する。

マスター、遠坂真の方針は一切変わらず非戦。

あの少女に関しても付き合う義理は無いと語り、マスターは直ぐに荷物を束ねてその足でここまで逃げて来た。

それに関してはセイバーも特に何かを言う気は無かった。

あの少女に関しても何時か決着を着けるのだとしても、だからと言ってわざわざ殺し合いに付き合う必要はない。

それこそ聖杯戦争が終わるまで逃げ回り……私とバーサーカーが消えた後に決着を着ければ、あるいは正しい終わりを迎えれるかもしれないのだ。

 

 

 

無理に今、戦う必要はない。

 

 

そして私達は特に聖杯に興味が無い。

よって、戦う理由が無い自分達はどこかでひっそりと暮らせばいい。

 

 

 

 

……こんな事を考えているだけでもサーヴァントとしては異端でしょうか

 

 

殺し合いの為に呼ばれた駒がひっそりと暮らそうとしているのだから笑い話にもならない。

かと言って退去するにもマスターの安全が保障されていない以上、退去しようにも出来ない。

死んだまま生きて暮らす、というのは中々矛盾である。

しかし、そうなるとこのままでは私は無職の紐になってしまうのではないだろうか。

私は常に霊体化していていいというのにマスターは断固として許さず、服や食料ですら分け与えてくれる。

そんなマスターがひっそりと暮らしている時だけ霊体化させる、という事はないだろう。

で、あれば人は生きていくだけで様々な物を必要とする以上、先立つ物が無いといけないのだが……この時代に自分は適応出来るだろうか、という不安が……

 

 

 

 

ああ……特技人斬りなんて今のご時世では使えもしない特技……!!

 

 

冗談はさておき。

死者である自分がそんな事を考えるのはやはり違和感を覚えるが……そんな思考をしているとマスターが一度、セイバーと前置き

 

 

 

 

「──セイバーが生きてやりたい事が出来るように俺も手伝うから」

 

 

 

「──」

 

 

本当に困った。

この人は意図的に自分が死者であるという事を無視して喋る事がある。

ここにいるのはあくまで影法師。

かつて上杉不識庵謙信として駆け抜けた英霊の写身であるというのに、それを敢えて無視して生きた人間として扱う。

それを迷惑だ、と思う事は簡単なのだろうけど、それが尊さでもある事を理解してしまっている以上、口答えするのは気恥ずかしさを覆い隠す事にしかならない。

だから、自分は苦笑しながら話題を逸らす事にした。

 

 

「──どこに泊まるかは決めておられるので?」

 

「ああ。まぁ、近くでいいだろう。セイバーも少しは周りを観光したいだろうしな」

 

「べ、別に私の興味など……」

 

「いやいや。ドイツの料理は普通に美味しいからお勧めだぞ? 何ならデザートもいける……お! あんな所に〇ー〇ンダ〇ツの店が……!!」

 

 

案外この少年はタフかもしれない。

少なくとも冗談を言えるなら精神面では多少は持ち直したと判断してもいいだろうか。

元気な事は良い事である、とセイバーは苦笑に近い微笑を浮かべていると

 

 

 

 

「はい、セイバー。これ、アイス。えーーとセイバーに分かる言い方だと甘味」

 

 

と、何時の間にか何やら白い物体を以て渡してくるので、中々のフットワークである。

どうやら固形物の甘味みたいだが……貰った以上、食べるしかないので慌てて礼を言いながら口にすると

 

 

 

「……っ!?」

 

 

とても甘い味覚にセイバーは舌を打つのであった。

 

 

 

 

※※※

 

 

セイバーが目を輝かせながらアイスを食べるのを見て、よしっいい傾向……! と密かに拳を握る。

セイバーが生者を優先して自分の事を二の次にしているくらいは理解していた。

正直、その在り方には敬意と同意を得れる所が多分にあるのだが……俺程度にそこまでして貰う価値は無い。

出来るならセイバー自身が生きる理由を見つけて貰えればと俺は思っている。

その為に最も単純な食の欲求から攻めてみたが……狙いはばっちしだ。

やはり食べ物は全国所か死者にも通じる万能ツールである。

家を探すのも大変だが、折角だから今日一日くらいはセイバーの為に使うのも有りかな、と思い、静かな駅の構内を歩いていく。

 

 

 

「今回はバニラ……えーと牛の乳を搾った牛乳から作った云わば王道のアイスクリームの味を選んだけど、次はチョコ……って言っても分からないか。ま、ともかく違う種類でチャレンジして一番好きな味を探すっていうのも有りだな」

 

「な、成程……って違いますっ。甘味探しに来たわけじゃないですからねっ?」

 

 

そんなアイスを抱えて反論されても可愛いだけである。

うーーっと唸るセイバーを笑って見守りながら自分もアイスを舐めつつ駅の出口に歩いていく。

日本と違い改札機が無いから実にスムーズに出れるのだが、代わりに警備とか杜撰なのはどうしようもないんだろうなぁっと思ってしまう。

 

 

 

「それにしても……南蛮の駅はあっという間に人が少なくなるのですね」

 

「おいおい、何を言っているんだセイバー。幾ら何でも何百人も一斉に移動する物と場所なんだからそんな簡単に人が少なくなるなんて────」

 

 

あるわけないだろ、という言葉を最後まで発する事は出来なかった。

何故なら、セイバーの言葉通りに自分の周りには()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

伽藍堂と化した構内

 

 

その現象を理解した俺とセイバー。

まず、セイバーは即座に武装を取り出し、刀を抜き放つ。

俺はというと念には念をで戦闘用の赤いコートは着ている為、特に問題無いが自分の礼装である双剣を即座に取り出し、コートに突っ込みながら

 

 

 

「なんでだよ……!!」

 

 

規模が大きい以上、自分達がサーヴァントと出会う確率は決して高くないと見越しての逃走である筈なのに、逃走した先に闘争が待っているなんて駄洒落でしかない。

笑わせて欲しい笑い話を、遠坂真は何時も体験する事が出来ない。

これもまた呪いのような話であった。

 

 

 

 

優れた魔術回路はそれだけで魔を引き寄せる

 

 

時には偶然を装いながら必然とする不運は遠坂真を掴んで離さない。

ただ生きるだけでも許さない、と告げる様な呪いはある意味で遠坂真に似合いで……だからこそ歯噛みするしかなかった。

呪いによって遣わされた死神は予想に反して透き通るような綺麗な声を以て、自分達に声を掛けられた。

 

 

 

 

「──ねぇ、お話は終わり?」

 

 

口調は酷く無邪気でありながら雪を思わせる様な冷たさ。

妖精の呼びかけのような快感と不安を誘わせるような声に反射的に声がした方に振り向くと

 

 

 

 

そこには死神(しんわ)と妖精が立っていた。

 

 

 

「──」

 

 

妖精と見紛うかの少女は見た目の年齢は恐らく自分と同じくらいだろうが……雪のような白い髪と透き通るような赤い目を持った幻想を織り交ぜて生み出された少女はこの世のどんな存在よりも色鮮やかに美しさを表現していた。

 

 

 

 

───何て純粋。少女に比べればありとあらゆる生物が不純塗れにしか見えなくなる

 

 

反面、少女を支えるように……あるいは台無しにするように寄り添っている存在は強烈過ぎた。

2メートル……もしかしたら3メートル程の巨人のような身体に鋼を思わせるような体格だけでも規格外というのに、それら全てを吹き飛ばすような強烈な存在感。

あれを同じ生物と思うのは絶対に不可能だ。

間違いなく一つの神話において最強、あるいは怪物として名を馳せた英霊の中の英霊。

彼岸の彼方のような何かにまで変貌したそれに何かをしようとする方が異常で、だからこそつい、少女の方に視線を向け

 

 

 

「───」

 

 

 

口の中から矢が生えた。

違った。

実際は口の中に矢が刺さり─────それと同時に心臓、右腕、左腕、右足、左腕、脳、右目、左目に矢が全く同時に刺さった。

刹那における完全な絶命。

全ての傷にて未だ負傷の反応が起きないまま、遠坂真の意識が全てが射貫かれ──

 

 

 

「──マスター!!」

 

 

セイバーの鋭い一声によって死に掛けた自分(いしき)を取り戻した。

バラバラに砕けそうになる自意識を魔術回路を生成する方法を応用して取り戻し、倒れかけた手足に力を入れ、立ち上がる。

その様にへぇ? と笑う少女とほぅ、と呟く大男がいるが気にしていられない。

そう思っていると少女の方は雪解けのような笑みでこちらに声を掛けて来た。

 

 

「凄い凄い。アーチャーの威圧を受けて立ってられるなんて。お兄ちゃんはそこらの魔術師とは違うんだね」

 

「──残念ながらお門違いだ。俺は単なる落後者だ。聖杯戦争にも偶然巻き込まれただけのどこにでもいるろくでなしだ」

 

 

へぇ、そうなんだと聞き入れているが……どう見ても反応はどうでもいいけど、という感じである。

……可能性は低そうだけど、やれる事はやらないと、と思い、俺からも声を掛ける。

 

 

「……こっちは聖杯戦争には一切興味が無いんだ。サーヴァントを召喚したのもあくまで自衛の為であって聖杯なんて眉唾物に興味も無ければ欲しくも無い。だから出来れば見逃して欲しいんだけど?」

 

「そうねぇ……その言葉をあっさりと信じれるような要素も無いのに頷く馬鹿にはなれないわね」

 

「何なら自己強制証明(セルフギアス・スクロール)を使ってくれてもいいさ。それならそちらにもメリットが無いか?」

 

「……無くは無いけど──でも、あくまで私達の目的は聖杯なの。だから全てのサーヴァントを見逃すわけにはいかないわ」

 

 

つまり、正規のマスターというわけか。

こっちからしたら実に最悪な敵なので、顔を嫌な感じに歪めるしかない。

 

 

 

「ああ、でも──貴方が今直ぐ令呪でサーヴァントを自害させるっていうなら話は別だけど?」

 

「──断る。命の恩人を自分可愛さに自害させるくらいなら俺が自害する」

 

 

俺の発言にセイバーは溜息を、向こうのマスターとアーチャーと呼ばれた男は一瞬だが驚いたような顔と雰囲気を流し……マスターは愉快そうに笑った。

 

 

 

「貴方……名前は?」

 

「……シンだ」

 

「シン……シンかぁ。うん、何だか孤高そうな感じで素敵ね」

 

 

 

嬉しいような嬉しくないような褒め方をされてどう反応すればいいものか。

あーあ、残念と呟きながら、しかし少女は唐突にスカートの端を以て綺麗な一礼を行い

 

 

 

 

「私の名前はクラリス──アインツベルンと袂を別ち、滅ぼしたホムンクルスの一人よ」

 

「──」

 

 

二つほど、見逃せない事を言われたが……今の状況には関係ないしどうでもいいと思っていたが、むしろ逆にあれ? とクラリスと名乗った少女が首を傾げ

 

 

 

「そこは人形風情が反乱なぞ馬鹿げている、とか言わないの?」

 

「──お前達、ホムンクルス達に感情をつけた事と反乱されない為の環境づくりをしなかったお前らの主が悪い」

 

 

どれ程歪な生まれであったとしても、人としての感情がある以上、人間が出来る事は大抵出来るようになる。

どれだけ作り物であったとしても、人である以上、愛する事も憎む事も出来るのだ。

なら後はしっかりと作ったモノ達に報いる事を怠った主が悪い。

 

 

 

人形が裏切らない、なんて考えは最早古すぎる考えなのだ。

 

 

俺の考えに、また少しだけ瞠目しながら……多分だが、心底からの溜息を吐いて

 

 

 

 

「あーあ……ちょっとときめいちゃった──ま、それも出来ないから代わりに礼を尽くさせて貰うわ」

 

 

 

先程まであった少女らしい笑みを捨て、クラリスは真顔でこちらを見、

 

 

 

 

「改めて自己紹介させてもらうわ。私の名前はクラリス。盃の名前も、アインツベルンの名前も捨てたただの人造人間(ホムンクルス)。不完全さを以て貴方達の命を砕く者よ」

 

 

名乗りと同時に彫像のように立っていたアーチャーの眼に赤い光が宿る。

まるで今こそ命が吹き込まれたというように動くアーチャーはそれだけでこちらの心身を圧迫し、魔術回路が乱される。

人として扱うより災害として扱うべきそれに対して流石に真も死を覚悟しそうになるが──

 

 

 

「ご安心をマスター」

 

 

それだけの脅威を前にしてもセイバーはあくまで自然体。

空を支えかねない偉容を前にしても、一切無駄な力が籠められていない立ち姿と声は酷くあっさりと

 

 

 

「どんな力を持っていたとしても()()()()()()()()()()()()()()()()。で、あるならば斬り捨てられない道理はありませぬ」

 

 

例えどれ程、偉大な人生を歩んだ英雄が相手だとしても殺せれるのならば殺せる、と何の気負いも無しに告げるセイバーの態度に意識と力を改める。

そうだ、あれが今、どれだけ恐怖と畏怖を集めるような存在であっても──あれは一度死んだのだ。

何らかの弱点によるものかどうかは分からないが……それでも殺せる存在である以上、それは生物だ──決して倒せない存在ではない。

 

 

「──ACCESS」

 

 

スイッチが入る。

 

 

弾丸が装填されるイメージで魔術回路は起動し、思考は冷ややかになっていく。

脳内に浮かぶは己の双剣の設計図。

空想は魔力という骨子を以て現実に形を成し、最終的には3桁の剣の雨となる。

 

 

 

「──」

 

 

向こうが驚きに目を見開かれるが知った事ではない。

気付いたアーチャーが既に矢を創造し、こちらに引き絞っているが俺にも剣がいるから何も不安は無い。

大体──幾ら何でもいい加減むかついてくる。

こっちが幾ら譲歩しても相手は自分の言い分だけ押し付けて、それが駄目ならはい殺します──いい加減うんざりだ。

生憎、こちとら正義の味方でも無ければ司法の番人でも無い。

殺すと言ってきた相手にまで優しさを振りまくような余裕なんて一切ない。

瞬きと同時に瞳を鋼に、変え、音速突破の矢が放たれた瞬間に、己もまたトリガーとなる呪文を発する。

 

 

 

 

全工程完了(セット)全投影全掃射(フルバレルオープン)……!!」

 

 

 

 

唐突な遭遇戦は、開幕から互いに互いの命を取ろうとする一撃を以て幕を切って落とした。

 

 

 




案外早めに且つ短めに書き終えたので投稿します。


まぁ、大体分かられているかもしれませんが、アーチャーVSセイバーとクラリスというオリキャラと真のバトルから次回はスタートしています。
ようやく前回に追い付いてきましたし、実はここからの流れは余り前回と変わりませんが、出来ればご了承ください。



感想・評価など宜しくお願い致します。


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舞台に上がれ

 

 

 

セイバーとアーチャーの互いの初撃はまず己のマスターに対する攻撃を防ぐ事であった。

 

 

 

セイバーは疾走した。

セイバーの眼からでも分かる程にステータスの差がある相手だが……唯一勝る速度を以て疾走する姿は地上を走る流れ星が如き。

音の壁を瞬間的に乗り越えながら、自らマスターに迫る一射に近付き、まるで近くを飛ぶ蚊を弾き落とすかのような無造作さでその一射を切り落とした。

 

 

 

 

アーチャーは動かなかった。

矢を放ち終わった後、即座にマスターの身柄を腕と体で覆い、雨のように降り注ごうとする剣群に対し、一切の防御も回避もせず、真っ向から肉体だけで迎え撃った。

一瞬にして全弾が着弾。

頭、手足、胴体、背中、股間、眼球、耳の中、鼻、口にすら突き刺さろうとする剣は──全てが完全敗北という結果に終わった。

突き刺さった順番に刺さろうとした剣の方が硝子のように砕け散り、吹き飛ぶ。

その上で不動を貫いたアーチャーは無傷。

手足や胴体はいざ知らず、眼球などの肉体として弱い箇所に突き刺さった箇所ですら一切の傷無し。

 

 

 

 

あらゆる神秘が可能とされた時代において、尚、不死身と称された大英雄は今こそその真価をはっきりと表す

 

 

 

結果、どちらも無傷。

マスターとサーヴァントの攻撃の交換は何の傷も負わせず、ただ状況だけが残った。

互いのマスターは互いの結果に流石に一瞬、動揺を以て硬直するが、サーヴァント同士は一切揺らがずに、そのまま戦闘に入る。

初手は速度に乗り、走り抜けるセイバー。

マスターの眼からは当然としてアーチャーの眼から見ても、速いと感想を抱く程の疾走を以て突き抜けるセイバーに対し、アーチャーは矢による迎撃では無駄撃ちに終わると悟り、即座にマスターを優しく背後に押しながら、しかし弓による強烈な殴打の一撃を振り回した。

怪力無双でも名を馳せた一撃は、セイバーの耐久力では喰らうだけで身体が"無くなる"レベルの一撃だ。

セイバーがアーチャーの格を悟ったように、アーチャーもセイバーの存在を歩いて程度理解している。

最も可能性が高いのは唯一上回れている速度による回避を念頭に置き

 

 

 

 

──次の瞬間、己の体が羽のように浮かばされている事に気付いた。

 

 

 

「……ぬ!?」

 

 

アーチャーも流石に少し困惑するが……極限まで鍛え上げられているアーチャーの動体視力は確かに事実を見て取った。

弓の一撃がセイバーの直撃する直前に、セイバーは一瞬で剣を一瞬、宙に置き、そのまま両の手で弓が触れ──現状に至ったという事であった。

培ってきた心眼を以てこの現象を一秒以下の時間で判断する。

これは神秘による物ではなく、単純な技による現象。

中々認めがたいが……己より一回り小さい女性の英霊は投げ技を以てアーチャーを軽やかに投げ飛ばしたのだ。

あのほんの少しの接触を以て、大樹の如きアーチャーの身体を崩し、投げ飛ばすなど人間技を逸脱した技能の冴え。

恐らく投げ飛ばす際にアーチャー自身の力さえも利用しているのは読み取れたが……そうであってもあの状態からこの巨体を投げ飛ばすなど出鱈目にも程がある。

湧き出る畏敬の念を抑えながら──しかし、アーチャーは一切の動揺を生み出さずに、彼は吹き飛ばされるままに無言で矢を生成した。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

その意味を察知したセイバーもまたアーチャーに対して冷や汗を掻くのを止めれなかった。

姿勢は無茶苦茶、足場も無い状況。

どれ程の名手が居たとしてもあそこまで崩された姿勢では当たる物も当たらない──そう思える構えなのにセイバーの脳によぎった光景は全ての矢が的中する未来であった。

それもただ自分に射られるのではなく──アーチャーの視線はマスターにも向けられていた。

作られた矢の本数は5つ。

 

 

 

4つを以て、己の足止めを行い、一つを以てマスターを射殺す。

 

 

 

酷く単純な攻撃である筈なのに、セイバーを以てしても失敗の未来がよぎる程に、アーチャーの構えは絶望的な圧を感じさせた。

それと同時にアーチャーの意図を感じて歯噛みする。

アーチャーを吹き飛ばしたのは何も単純に吹き飛ばしたから、ではない。

吹き飛ばすだけではサーヴァントに対して何の意味も無い以上、やるならそれこそ大地に吹き飛ばした方が殺傷能力が高まる。

なのにわざわざ吹き飛ばしたのは単純で──敵のマスターを守る壁が無くなった、という好機を作るつもりだったのだ。

 

 

 

セイバーの速度をもってすれば、一秒にも満たない時間で少女を斬殺出来るが……それは同時にアーチャーが己のマスターを射殺すにも十分な時間であった。

 

 

 

──不覚!

 

 

そうなると不利になるのは吹き飛ばしたセイバーの方だ。

セイバーはクラスからして剣を使うクラスである以上、己のスキルも技も宝具もセイバーである自分に即した物になっている。

無論、だからと言って弓が引けなくなっている、というわけではないが……英霊が扱うのに耐えれる弓を持ってこれていない為、使えないと言った方が正しい。

遠距離手段を持っていないセイバーのクラスではこのままでは良い的になるしかない。

一瞬の逡巡。

打破したのは私の判断ではなく

 

 

 

「──行け! セイバー!!」

 

 

 

「──!!」

 

 

主の許可を告げる言葉にセイバーは迷いを一瞬で断ち切る。

溜める様に膝を一瞬、曲げ───超音速の弾丸となり今しがた駅の屋上を突き破って外に出るアーチャーに追い付く。

交錯は一瞬。

しかし、刃が交わる音は遅れて4回鳴り響く。

速度に任して放った刃は二つは弓に弾かれ、残り二つは手足に弾かれた。

 

 

 

「……っ!」

 

 

刀に帰ってきた反動は人の皮膚を裂いた感触ではない。

鎧所か城の外壁、否、それよりも遥かに硬い金剛石に当たったかのような感触。

同じ人だとは信じれない硬さを、しかし光よりも速く受け入れる。

この相手はそういう生物であると認識した上で立ち向かわなければ、即座に"喰われる"。

現に、己と交錯して、1秒も経たないまま、アーチャーは空中で身を捻りながら私に向かって弓を向けている。

殺し合いの場で恐怖した事が無いセイバーですら背筋に冷ややかな汗が流れる様な感覚を得ながら、私は放たれる凶悪な一射に対し──自然と口を歪ませた。

 

 

 

 

※※※

 

 

事、闘いという分野において神々が相手であったとしても敗走するつもりがないアーチャーをしても目の前の光景は少々悪夢染みていた。

交錯し、互いが互いの背後に弾かれた瞬間を狙った攻撃だ。

体は上手い事動かないだろうし、そもそも背も向けているような状態からの攻撃だ。

向かってきたが故に方向転換する事が出来ないセイバーだからこそ討ち取れたと思えたそれを──セイバーは振り返らず手首の返しのみを以て切り落としたのだ。

 

 

 

「──」

 

 

流石のアーチャーも驚愕するしかない。

己の矢がそんな手首の切り替えしだけの動作を以て矢に当てるだけで斬る事も落とす事も出来ないという自負と事実があるからこその驚愕だ。

完璧な角度とタイミングに、然るべき場所に刃を通さなければこうも美しく斬れないだろう。

しかも、それを振り返らず、手首の返しだけで。

 

 

 

尋常ではない剣才

 

 

 

事、剣技においては己よりも遥かに上であるかもしれない、と認めざるを得ない程に。

そのまま射撃に持ち込む事も出来たが……アーチャーはそのまま地面に着地する事を選んだ。

下手な射撃は先程の二の舞である、と理解しているアーチャーからしたら、最早、あの程度の状況ではセイバーを射貫けないと悟ったからだ。

 

 

 

 

あれを貫くには、絶体絶命にまで追い込まなければいけない

 

 

あの剣技を見た後では中々難儀な前提条件ではあるが……死に難いモノ、死なないモノを殺すのは己の得意分野だ。

相手が不死身であるなら、不死すら苦し殺す毒を持って射貫き、不滅を謳う英雄であるなら、滅するまで殴り、射貫き、殺せばいい。

ああ、そういう意味なら先程のセイバーの言葉には深く同意出来る。

 

 

 

 

例え、どれ程怪物のような英霊が相手でも……英霊とは死した者

 

 

どれ程、伝説で不死身を謳おうとも、それは死んだ者なのだ。

自分も……そしてセイバーも。

で、あるならばそれは殺せれる存在だ。

故にアーチャーは不死に近い己の体を以てしても過信せず、同時に負ける気など一切せずにセイバーと視線を合わせる。

意外な事にセイバーは己に向かって声を掛けて来た。

 

 

 

 

「どうしました? アーチャー。この距離なら貴方に利があるのでは?」

 

 

透き通るような声で告げられた言葉には多分の皮肉が込められており、アーチャーは肩をすくめるしかない。

今、私とセイバーの距離は凡そ20メートル程の距離がある。

成程、確かに相手が並みのサーヴァントなら数発は矢を射る余裕がある事は確かだが──20メートルの距離など一歩で軽く詰める様な相手にするには聊か以上に距離が足りなさ過ぎる。

 

 

「──戯言を。貴様ならこの程度の距離は一足で事足りよう」

 

「その驚異の防御能力、恐らく宝具と推察しますが、それを盾代わりに突撃すれば貧弱なこの身など幾らでも粉砕出来るのでは」

 

「貴様の剣技を見た後に暴れ牛の如く突撃する程、狂気に身を任せる気にはなれんな」

 

 

そうですか、と頷くセイバーの姿には特に残念な様子は見当たらない。

……唐突に喋りかけて来たセイバーの意図をむしろ考えてしまう。

見た感じ、セイバーには戦士特有の好戦性を持ち合わせていないように見える。

剣を振るう自分に躊躇いは覚えていないが、必要でないなら振らなくていいとすら思っているようにも見える。

あくまで闘いとは殺し合いであり、誉れだ名誉だなんてどうでも良いという気風に見える。

 

 

 

……で、あるならば何故私に声を掛ける?

 

 

誉れを求めない兵士であるならば、この英霊からしたら私は単なる敵だ。

親愛する必要も無ければ、誉れを交換し合う事もあるまい。

なら、私に声を掛けて得があるとすれば……

 

 

 

「──時間稼ぎか」

 

 

バレましたか、と仕方なさそうに呟くセイバーにアーチャーは目を細める。

成程、それもまた当たり前の一手。

敵サーヴァントが強力であるならば楔であるマスターを狙えばいい。

マスター同士であるならば、才能と手段によっては幾らでも圧倒する事も出来れば逆転もし易いという判断だろう。

事実、アーチャーにとってはそれは看過出来ない手段ではあるが……

 

 

 

「──」

 

 

セイバーはゆるりと片手に剣を持った無構えを以て相対しているが……持ち合わせた心眼を以てしても、セイバーに隙を見出す事は不可能であった。

少なくともこの状況からセイバーをここに押しとどめておくのは難しい。

かと言って乱戦覚悟でマスターの下に向かってもそれはセイバーにもマスターを殺せる機会を与える事になる。

 

 

 

──ならば、アーチャーに与えられた選択肢は人の域を超えた剣士を短期で仕留める事に注力する事だ。

 

 

覚悟を決めた瞬間、神性を示す赤眼はより赤く灯り、全身の刃を思わせる筋肉は膨張し、嫌でも敵対者に死の感覚を植え付ける。

───それでもあくまで自然体を崩さないセイバーを相手に挑もうと踏み込み、

 

 

 

 

───二人の殺し合いにも負けない破砕音がマスター達がいた場所から鳴り響いた。

 

 

 

 

※※※

 

 

真とクラリスは向かい合っていた。

殺意と敵意を以て互いを睨み、笑い、対峙する二人は当然、己の凶器をとうの昔に向けていた──が、二人の凶器は未だ必殺に届いていなかった。

 

 

 

「っ……!」

 

 

真が新たに投影した二振りの双剣は今やクラリスの首を貫かんとしていたが……残り数センチの所で空中に停止していた。

それが何であるかを真の眼は見通していた。

 

 

 

──針金か!

 

 

アインツベルンを滅ぼしたとはいえ、その体と術理はアインツベルンのものだ。

当然、そういった類での攻撃方法には成ると思っていたが……と思い、自分は首の間に左の腕と剣を間に入れて針金で首が締まるのを防ぎながら、軽口を叩いた。

 

 

「ず、随分と今風な戦い方だな……アインツベルンにも電気くらいは通っているのか……?」

 

「ふん……ほんの少し前に改造した名残があってね……! シンっていう名前だと二ホンの人間でしょう……? 貴方達のサブカルチャーは手本になって有難いわ……!」

 

 

ギリギリッ、と刃は迫り、針金は食い込もうと藻掻くがお互い攻撃を緩めるわけにはいかない──が、この勝負ならこちらに分がある。

ホムンクルスという事は魔術的な素養という意味なら魔術回路を素体として生まれている以上、親和性では負けるが、その分、肉体的に脆弱か、逆に戦闘用に調整されているか、だ。

彼女の場合は間違いなく魔術的な方面に調整されたホムンクルスだ。

なら、こうして肉体的に相対しているだけで、少女の体には負担がかかる筈だ。

その思考(緩み)を少女は見逃さなかった。

 

 

 

「……っ!」

 

 

クラリスは敢えて一瞬、少年の首の拘束を解き放った。

緩めた理由を即座に読み取れなかった真を、更に畳みかける様に針金が動いた。

それも今度は首だけと言わず、全身を囲うように多重の針金が迫る。

視れば、微細に震動しているのを見ると──拘束ではなく細切れを目的としており、正しく殺すための金属紐だ。

 

 

 

「……!?」

 

 

誰だこの娘にこんな技を教えた奴は! というツッコミは解き放たれないまま、震動した針金は少年に襲い掛かった。

 

 

 

 

※※※

 

 

必殺を確信したクラリスが見た答えは己が使役する針金が逆に切断される姿であった。

 

 

 

「──嘘!?」

 

 

心底からの驚愕は同時に納得させる為の証拠を見つけさせた。

彼がやった事は本当に酷く簡単な事。

ただ単に持っている武器で斬り付けたのだ。

無論、それがただの刃であったならチタンだろうがダイヤだろうとシン事細切れに出来たが……魔力を持って強化されたダイヤの剣だとより切れ味の方が強い方か……魔術の腕か魔力の量で勝敗が分かれる。

しかし、それはそれで文句は言いたい。

 

 

 

「何よそれ! インチキよインチキーー!!」

 

「インチキアーチャー召喚して、維持しているお前が言う事かぁーー!!」

 

 

やかましい。

女の子の理不尽くらい受け止めろと後ろに引きながら──密かに準備していた針金で天井を落とした。

無論、腕力ではない。

幾ら身体強化(フィジカルエンチャント)をしても元の身体が強靭ではない自分がしても天井を落とす事は不可能だ。

だから、自分が選んだ方法は魔術だけで落とす事だ。

それも大量の魔力を使えば間違いなく気付くであろう相手だから、針金の幾つかを天井に絡ませながら床にくっつけ、後は針金を操作して思いっ切り天井川を引っ張る。

間違いなく魔術頼みの無茶苦茶だが、使える道具は使わなきゃ勝ち残れない。

 

 

 

 

「くらいなさい……!!」

 

 

天井から落ちてくる瓦礫の山は即興だが、人を殺すには十分な質量だ。

明日からの工事作業に従事るであろう人達には申し訳ないが、殺さなければいけない動機を前にすれば謝意は殺意へと転換される──が

 

 

 

「──」

 

 

少年は落ちてくる瓦礫の山を詰まら無さそうに見るや否や──再び何も無い手から剣が創造され──いや、前回とは若干持ち手が変えられており、何となく投げやすそうになったな、と思いや瓦礫に思いっ切り投げつけた。

 

 

 

 

「──なんてインチキ」

 

 

自分の事を棚に上げて思わず呟く。

音速を突破した衝撃は自慢の髪と一緒に軽く体を叩くが、落ちて来た瓦礫を吹き飛ばした光景に比べれば軽いモノである。

あれが自分の体を貫いたら、と思うとぞっとする仮定だが……逆に考えれば、あの攻撃を最初から私にしなかったという事は……手加減されているという事実だ。

それが優しさなのか甘さなのかは知らないが……どちらであったとしても私にとっては好機だ。

次の攻撃に動こうとするが、先に少年の方に先行された。

片手の指を指鉄砲のように構え──指の先から吐き出される呪いの掃射に目を剥く。

 

 

 

「──もう!!」

 

 

何て無茶な! と襲撃した側だが、そう言わずにはいられない。

ガンドの呪いなら知っているが、あれはもっとこう一発一発のハンドガンみたいな感じだと思うのだが、彼はまるでガトリング砲のようにばら撒いてくるから景気が良すぎる。

だからと言って黙ってやられるにはこの量の呪いは抗魔力を持っている自分でも効く。

故にクラリスは髪をかき上げ──自慢の髪を二つ抜き取り、己の魔術によって幻想を編む。

 

 

 

 

空中で自分の髪の毛を材料に編み上げられるのは天使の詩(エルゲンリート)

 

 

髪の毛を元に生み出された幻想的な使い魔は剣の形を以て宙を踊り──そのまま呪いの弾丸に突撃する。

二刀の巨大な銀の剣は破魔としての役目を全うする。

多数の呪いは剣自身が生み出す魔力を持って打ち消し、突き進み、自分に当たる軌道の弾丸を全て切り払った事にホッとし──

 

 

 

 

空を回転しながら剣に向かって突撃する少年への対応に遅れた

 

 

取り出したるは今度は懐にあった恐らく彼オリジナルの双剣の魔術礼装。

先程作りあげた空想の剣の大本である以上、切れ味とか機能とかは分からないが、サイズは同じ──筈なのに、それらは今、長大な剣となっていた。

まるで天使の羽のような美しい白と黒の剣を回転しながら振りかぶる姿は驚きと美しさに目を細めるには十分であり、結果、天使の詩(デーケン)は一撃を以て粉砕された。

 

 

 

硝子細工が砕けるかのような音共に地面に着地し、剣を元のサイズにする姿は聊か幻想的な姿であり、思わず息を吞みそうになるのを噛み締める事によって封じた。

 

 

 

──後ろに引かない!!

 

 

驚きも萎縮も恐怖もしてはいけない。

それは加害者がする事でも無いし、勝とうとする人間がする事でもない。

下がる人間に勝利は得れない。

否、勝利とは得る物ではなく掴み取るもの。

で、あれば自分がする事は脅威を前に竦む事ではなく、前に進んで手を伸ばさなければいけないものだ、とクラリスは知っているから。

鋼の瞳を以てこちらに突き進んでくる敵に対し、私は先を考える事を放棄し、再び天使の詩(エルゲンリート)を二つ作り、更には手元の針金を抜き

 

 

 

 

 

───自分達の間に咲くように浮かんだルビーを見た

 

 

 

まるで宙に咲く一輪の薔薇のようなそれは美しい宝石である以上に神秘的に輝いていた。

宝石、という事でやはり最初に疑ったのはシンだが、見れば彼自身も自分達の間に咲いたルビーに対して目を見開いていた。

 

 

 

 

その意味に気付いた瞬間、ルビーからは溢れんほどの焔が溢れ出し、構内を吹き飛ばした

 

 

 

※※※

 

 

 

セイバーはアーチャーと同時に駅の構内の異変と別の異変を感じ取った。

駅の構内の異変は自分達の戦いに負けない程の激しい爆発音が響き、思わずマスターの安否を案じ──その後続くように感じ取れた存在感が自分達に向けられている事を悟ったのだ。

 

 

 

「……結界が破られたか」

 

 

アーチャーの呟きから読み取れるのは……誰かが人払いの結界を打ち破った乱入者が現れた、という事だろう。

このタイミングで現れるとしたら思い当たる相手は同類だ。

そう思って、意識を更に尖らせていると……セイバーの知覚が感じ取ったのは空であった。

 

 

 

 

見上げるとそこには太陽を思わせる男がいた

 

 

 

神聖さと太陽の如き輝きを持った鎧と長大な槍を担った男は肉体こそ細くはあったが……持っている装備に負けぬ程力を内包した英霊である事を一目で看破出来た。

白髪の髪を揺らしながら、鋭い眼光を以て私達二人を見る相手は恐らくランサーと思われる英霊。

それも恐らくアーチャーに負けないレベルの霊格を持った大英雄の魂を持つ存在。

 

 

 

 

「………太陽神(アポロン)の系譜………否、ギリシャ(我々)とはまた違う神の系譜であるようだな」

 

 

アーチャーの呟きには多分の呆れが籠められていた。

正直、同感だ。

アーチャーだけでも十分に規格外の英霊であるのに……それと同じ位階の英霊がもう一人いるのだ。

敵対者の自分からしても呆れるしかないが……敵として出てくるならば仕方がない。

内心で妥協していると空に浮かぶ男はゆっくりと地上に降り、そのまま声を掛けて来た。

 

 

 

「──その発言は聊か俺を持ち上げ過ぎだが、しかし今は素直にその賛辞を受け取ろう。ギリシャ随一の大英雄。不撓不屈の英雄よ。お前程の英雄と鎬を削れるとは俺も思ってもいなかった」

 

「……ほぅ」

 

 

アーチャーは小さく言われた言葉を咀嚼し、セイバーは現れた男の発現に目を細めた。

ギリシャ随一の大英雄、と表現される英霊は聖杯に与えられた知識の中で最も相応しい英霊など一人しかいない。

 

 

 

ヘラの栄光(ヘラクレス)

 

 

神が与えた十二の難行を打ち破った正に大英雄と称すに最も相応しい英雄。

アキレウスやテセウス等の英霊も考えはしたが……アーチャーの戦闘技能を見るならば、やはり最も相応しいのはヘラクレスだと思われる。

それならば納得の強さだと思うが……今、唐突に乱入しただけで相手の真名を悟れる男はどういう存在だ、という疑念は湧いてくる。

何かしらのスキルか、もしくは宝具かと思っていると男はこちらにも視線を向け

 

 

 

「その出で立ち。恐らくセイバーと思われるが……成程、お前もまた尋常ではない。()()()()()()()()()()()()()……英霊に尋常、という言葉を使うのも妙だが……敢えて使おう。初戦から尋常ではない相手と巡り会えた事に我が父と母に感謝するとしよう」

 

「……」

 

 

全てを見抜かれたわけでは無いようだが……しかし、確かに何かを見られた感覚を覚え、警戒のランクを更に上げながら、セイバーも敢えて口を動かした。

 

 

 

「それこそ過分な言葉ですが……それだけ好き勝手に私達を暴いたのです。せめてクラスくらい教えて頂けますか、ランサーと思わしきサーヴァント」

 

「無論、隠す事でもなければその推察は正しい。俺は今回の聖杯戦争で槍兵のクラスで呼ばれた者だ。暴いた事については生憎だが性分だ───そして俺のマスターからの命でな。お前達を倒させてもらう。悪く思うな」

 

 

あっさりと私達を倒す、と宣言した事に私は特に感情を動かす事は無かったが

 

 

 

「…………成程」

 

 

とアーチャーが頷き

 

 

 

────ノーモーションで矢が炸裂した。

 

 

 

砲弾の如き炸裂音と共に一射がランサーに向かっていくのを感じ、セイバーは見に務めた。

アーチャーの矢は本気ではないが遊びではない。

現れたランサーの実力を試す為の試射だ。

力が足りない英霊ならばそのまま死、多少の力があっても超一流の技と力を持っていなければ弾き飛ばされるように調節された一射をランサーは冷静に見つめながら──一閃。

 

 

 

 

アーチャーの矢が音を立てずに別れて飛ぶのを見届ける事になった

 

 

 

その光景にアーチャーは無言で数歩距離を置き、セイバーはというと小さく溜息を吐いた。

あれ程長大でありながら槍の一振りは繊細ささえあった。

残念ながら──力も技も超1流の戦士だ。

それを一切誇示せずに、ランサーは闘志だけを湧き立たせて殺し合いを始める為の言葉を放つ。

 

 

 

「行くぞ、セイバー。アーチャー」

 

 

その言葉を受け止めながら……しかしセイバーの脳裏によぎるのはランサーやアーチャーではなくマスターの方であった。

ランサーが現れると同時に向こうから爆発音が響くのは偶然と片づけるわけにはいかない。

何故なら聖杯戦争においてサーヴァントが居るという事はマスターが居るという事に繋がる。

ラインには変化は無いが……それがマスターの安全の保障になる事は無い。

 

 

 

「……」

 

 

思考の迷いは一瞬。

その一瞬で、一度瞳を閉じ、そして切り替える。

セイバーが選択した答えは信じる事だ。

先程の爆発音は人一人くらいなら軽く死ぬであろう威力だったが……事、魔術によるものであるのならば、マスターは死なない、と信じた。

念話をする事も考えたが、アクシデントに対応している時に声を掛ければ混乱を誘発するかもしれない。

 

 

 

 

だからセイバーは信じる

 

 

己とマスターが繋がるラインの強さを信じる。

故に剣を執る手に躊躇いは無く───瞳の色は黒のままなのに……まるで刃の鋼の如き意思を瞳に宿して武者は己を刀と定義して疾走する。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

駅の構内は正しく火事現場並みの荒れ方であった。

幾つかあった施設は破壊され、中にあった商品は散乱し、燃えている。

爆発地点に一番近くにあった電車の車両は窓硝子が砕け、焼け焦げてさえいる。

炎と瓦礫の現場は正しく火災現場そのものを生み出しており、普通の人間が巻き込まれていたのならば間違いなく良くて大怪我になっていただろうが……ここには普通の人間はそもそもいない。

爆発地点近くに繭のように包まれながら、煌びやかに光る網の中、現れるのはクラリスだ。

あの瞬間に、天使の詩の形態を繭のような形に変貌し、耐え抜いたが、今の火と瓦礫が積もった災害現場の如き情景に瞳を細め、けほっ、と一度咳を吐きながら、髪をかき上げる。

 

 

 

「……無粋ね。横槍なだけでも不作法だというのに、やる事が暗殺だなんて。下手人の品性が見て取れるわ」

 

「──あら? 貴女はあの程度の一撃で死ぬと判断するので?」

 

 

自分の言葉に返事が返ってきた事に眉を顰めながらも振り返るとそこにはシンとは違う女が立っていた。

 

 

 

 

炎と瓦礫を身に纏うように立つ女は蒼いドレスを着こなし、金の髪を輝かせる美しい女であった

 

 

 

 

クラリスが妖精のような幻想的な美しさを纏うのならば、女性は人間の美しさを表現する宝石のような煌めきを纏っていた

 

 

 

黄玉(トパーズ)の如き瞳もまた女の美しさを際立たせ、その瞳と浮かぶ表情は勝気と誇りを奇跡的に合わせたかのような黄金律となり、女性を尚、輝かせていた。

蒼いドレスもまた彼女の荘厳さを醸し出しており、常人が彼女の前に出たらそれだけで圧倒されるのだろう──がクラリスはそんな相手を前にしても鼻を鳴らして敵意を持つくらいは朝飯前であった。

 

 

 

「さぁ? 少なくとも今、私は貴女に奇襲されても無事に立っているわ。そう考えるならお粗末な腕ね」

 

「それは当然ですわ。何せ()()()()()()()()()。この程度で倒れるようならそれこそ幕引きには相応しくてなくて? アインツベルンのホムンクルス」

 

「──クラリスよ。次にアインツベルンて告げたら貴女から八つ裂きよ」

 

 

飾りのない殺意を唐突に現れた無礼な女にぶつける。

事情を知らぬモノかしらしたら唐突な八つ当たりだろうが……二度目を許す程、生温い覚悟でアインツベルンを滅ぼしてはいない。

何時でも針金と傍に鳥の形で浮遊している天使の詩に命じれるようにしながら、女を睨むと女は失礼、と告げ

 

 

 

「貴女の覚悟に敬意を表してクラリスと次から呼ぶことを約束しましょう」

 

「──へぇ。いいわ貴女。殺し合うには最高の相手ね」

 

「お褒めの言葉、有難く頂戴いたしますわ。返礼として私も名を名乗りましょう」

 

 

名乗りを上げようとする女は完璧なお辞儀(カーテシー)を見せた後、改めて輝く瞳を向けて名を告げた。

 

 

 

 

「私の名はシルヴィアリーチェ・エーデルフェルト。親しい者はシルヴィアと呼んでくれますわ。此度はこの聖杯世界大戦と言うべき戦争に槍と誇りを持って挑戦者として参加する事になりました」

 

 

 

エーデルフェルトという家名にクラリスは一度眉を顰めるが……ある意味でらしいか、と思い、詮索する事は放棄した。

 

 

 

「……フィンランドに居を構えているエーデルフェルトがどうしてこのタイミングでこんな場所に来ているのかしら? 貴女ならロンドンに向かっていてもおかしくないんじゃないシルヴィア?」

 

「それは趣味と実益──後は義理という名の仕事ですわね。何せ、私が狙っていたのは貴女ではなく、そこにいるトオサカですから」

 

「トオサカ……?」

 

 

告げられた家名に少しだけ考え、反射的に火の海の方に目を向ける。

そういえば、あの少年はシンと名乗りはしたが家名までは告げていなかった。

しかも、それがトオサカ──遠坂だとは。

余りの偶然とタイミングに少しだけ頭を痛めそうになる。

 

 

 

 

脳裏に過るのは私のモデル(誰か)の記憶

 

 

ノイズがかったそれに映るのは赤銅の髪の色と朴訥でありながら……どこか危うげな雰囲気を持っていた少年の姿。

過去の想起(リンク)を頭を振りかぶる事によって排除しながら、しかし感情だけは打ち消せない。

モデルである母様の感情の全ては受け継いでいないが……それでも母様が最も気にしていた少年の……その子供の筈だ。

 

 

 

 

まさかその相手と、こんな所で巡り合うなんて……

 

 

酷い運命の悪戯に混乱しそうになる。

しかも、今はその相手は宝石に向かって疾走している形になった為、先程の一撃は諸に当たった筈。

少年がどうなったか、と考えているとシルヴィアが一歩、火の海に近付きながら麗々と言葉を告げる。

 

 

 

 

「母がよく愚痴っていましたわ。トオサカがよく継承者を自慢してくるから癪に障る、と」

 

 

コツ、コツと一歩一歩大地を踏みしめて歩く様は、まるでレッドカーペットを胸を張って歩く主演女優であった。

自らの才と誇りを信じている女はそれを一切気にしないまま、火の海に向けて語り掛ける。

 

 

 

「そんな継承者がある日、母を経由して探して欲しいと言われた時、私は当然、失望しましたわ。如何に才覚があっても魔術を愛せないのであれば、魔術師足りえない。もしくは貴方の母は愛ゆえの盲目に陥っていただけではないか、と───フランスの郊外で偶然、貴方を見るまでは」

 

 

 

火の海の境界線に立ちながら──今こそシルヴィアは闘志と魔術回路を立ち上げていた。

魔術回路の回転数を見たクラリスは驚くが、シルヴィアは構わなかった。

 

 

 

 

「ええ、本当に腹が立つくらいでしたわ──あの時、横槍を入れなかったのは貴方が一戦を終えた後で、フェアでは無かったから。今回も少々遅れは取りましたが──あれ程の魔術を手繰る貴方が、この程度をハンデにはしないでしょう」

 

 

私でもそうなのだから、と傲慢に告げるシルヴィアはしかし美しかった。

吐き出す傲慢になど負けぬほど、才と自信に溢れている女は優雅な仕草で一度髪をかき上げながら、炎に向けて手を差し出した。

まるで社交界でダンスの貴婦人のような仕草のまま───女は殺し合いの契約書に名を書き込んだ。

 

 

 

 

「さぁ──いい加減、顔を出しなさい。エーデルフェルトの名に懸けて、貴方を飽きさせない事を約束しますわ」

 

 

 

シルヴィアの言葉は、あるいは一つの魔術であったのかもしれない。

その言葉と同時に目の前の炎の海がうねりを上げる。

魔術による自然現象とはまた違う現象の炎が不規則な形で歪み、震え、渦を巻く。

 

 

 

果たして───少年は炎の海から無傷の姿で立っていた。

 

 

今も渦巻く炎に囲まれながら、しかし少年は懐から一つルビーを取り出しながら

……酷く退屈そうな顔で。

まるで先程の宣誓に対して、もう既に退屈だが? と答える様な顔にクラリスはある意味で納得出来る光景に驚くべきか、溜息を吐くべきか悩み、そして正面にシルヴィアの顔はまるで猛獣のような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

そうだろう、そうでなくては、と笑う顔は攻撃本能の塊だ

 

 

ある意味で間違ってはいるが……しかし戦場の場で立つのに相応しい表情を見て、クラリスもまた改めて覚悟を決めた。

……少年について考える事はあるが、既に自分から殺し合いを挑んだ以上、ここで何かを語る方が間違いだ。

故にクラリスもまた魔術回路の回転数を上げながら───3人を含めた殺し合いになる事を受け入れた。

 

 

 

 

 

少年の傍では炎がうねり、シルヴィアは懐からサファイアの宝石を取り出し、クラリスは天使の詩に指示を出す

 

 

 

 

二度目の衝突もまた図ったかのように同時であった。

 

 

 

 




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生ある祈り

 

 

 

───ここまで攻撃を交わしながら、遠坂真には戦闘を続行するつもりも無ければ、殺し合いに乗る気も無かった

 

 

 

クラリス相手と戦いはしても正直殺す気も無かったし、もしも唐突に戦闘を中断するような幸運があればもろ手を挙げて賛成していたくらいだ。

遠坂真にとって殺し合いなんて何のメリットも無い行いだし、やりたくも無ければ必要とも思っていなかった。

だから、出来るのならばクラリスがこいつと戦うのは不利益だと思わせればいいかと思い……それは乱入者が現れた後も変わらない方針───のつもりであった。

 

 

 

 

先程の口上に聞き逃せない言葉があった

 

 

 

3人の魔力が衝突した事に発生した衝撃波を魔術で逸らしながら、真はシルヴィアの方を無表情で見ながら声を掛けた。

 

 

 

「……お前、今、俺の母の名を出したな?」

 

 

しかも、その前にシルヴィアはこう言った。

ここに居るのは趣味と実益と──義理という名の仕事だと。

趣味と実益についてはエーデルフェルトの家名から大体読み取れるが……俺の母の名を出した上で仕事という事になると──最悪な予感が脳裏に浮かぶ。

それを恐らく正しく読み取った女は俺の炎に対抗する為にサファイアから産み落とされた氷結の嵐を身に纏いながら、優雅に答えた。

 

 

 

 

「ええ。正確には私の母に対する依頼ですが。内容は行方不明になった貴方を見つけて報告する事」

 

「……」

 

 

予想通り───最悪な依頼。

その通りならば、彼女はフランスの郊外で俺を既に見つけていた、というならば

 

 

 

「……その報告は」

 

「勿論、もうしていますわ。恐らく母が既に伝えているでしょう」

 

「──はっ」

 

 

考える限り最低の返事に思わず笑ってしまう。

3年に渡る逃避行がこんなろくでもない事件に巻き込まれた事によって無駄骨に終わるとは流石に思ってもいなかった。

だからと言って、真は殺意に身を委ねるつもりは無かったが……八つ当たりだけは非常にしたくなった。

仮想の弾丸が装填されるのを脳内で浮かびあげ

 

 

 

「──ACCESS(接続開始)

 

 

起動された魔術回路はほんの42本程。

それらを以て、魔術理論を組み上げ、構築する。

 

 

 

「I'll give will and the shape(知性無き形に) to the shape(今こそ意思と) without(形を授けよう) the intellect now.」

 

 

 

淡々と述べる呪文は小規模の世界改変。

周りに渦巻いていた炎は自分の魔力に反応し、形を変える。

 

 

 

「The mission by which it(汝に与えられた) was given(使命は) to you(狩人) is a hunter. Prey(悉くを) on completene(捕食せよ)ss.」

 

 

魔力を持って作られた形は虎。

炎を肉体として作られた獣は架空の唸りを以て己の生誕を祝った。

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

クラリスは俺の魔術に驚いたように硬直し、

 

 

 

「──最高ですわ!」

 

 

シルヴィアは俺の魔術の出来に勝手に歓喜した。

当然、どちらの反応にも付き合う理由が無い俺は躊躇わずに炎の虎に行け、と命ずる。

創り手の言葉に、作られた獣は従い、突進した。

大地を溶かしながら燃え上がる獣は神話の獣のような幻想さすら生み出しながら、八つ当たり対象であるシルヴィアに向かった。

何もしなければそのまま炎によって"焼き喰われる"──が、当然、闘いに挑んできた魔術師にはそんな2流な事はしない。

シルヴィアもまた新たにアクアマリンの宝石を取り出し、指を滑らしながら、己の魔術回路を完全起動させる。

 

 

 

 

「──Standing(立ち上がりなさい)

 

 

 

気高き意思を以て、己と闇を直視する姿は確かに一流だ。

目の前から炎の獣が近寄っても尚、集中力を切らさないのはどの魔術師が見ても十分な評価を得れる。

自己への暗示、魔術回路の質と量と回転数。

どれを取っても満点に近い業は当然、現実に反映される。

 

 

 

「It's connected(蒼の) to number(十二番に) twelve(接続) of ao.Kaiou's stellar(海王の星の) silence(静けさよ). Be led to(汝の女王に) your(導かれよ) queen.」

 

 

流麗な美しい呪文は俺のように分かりやすい形とはならなかったが、結果は反映された。

炎を以て形となっていた虎が、段々と解れていったのだ。

アクアマリンは海王星の象徴であり、海王星には解放の意味もあるのを考えると………自身の魔力によって生成された虎が今、自分の手から解放される為の術式と判断する。

向こうも即興だろうに大したものである、と思っていると

 

 

 

 

「私を忘れないでよね………!!」

 

 

クラリスの叫びと共に解き放たれるのは髪を媒体にした巨大な剣。

どちらかではなくどちらもを狙う辺り豪胆と言うべきか、クラリスの心根が見えると言うべきか。

どちらにしろボーっとしていたら串刺しにされて死ぬだけだ。

地面を数度叩きながら形を崩しかけている虎に再度魔力を流し込む。

魔術によって解呪されつつあった虎は、正しく力づくで形を作り直し──そのままシルヴィアに向かって突撃を行った。

 

 

 

「……!!」

 

 

こちらの意図を理解したシルヴィアはやってくれますわね!? 的な顔をこちらに向けて来たが知らん。

絶体絶命だろうけど、その程度なら助かる力を持っているだろう。

で、自分に来る剣に対しては

 

 

 

何もせずにその剣に突き刺される────()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

炎を使った蜃気楼という、よくある手品である。

魔術を利用した蜃気楼だが、お陰で二人の少女の驚く様が見れただけで少しスッとした。

ストレス発散は人間の健康を維持する為の必須技能だなと思いながら……さて、と本題を思い浮かべる。

 

 

 

 

このままでは色々とジリ貧である

 

 

勝敗がどうこうではない。

絶対に勝つとは言わないが、勝てないとも言えなくもない戦況だが……聖杯戦争においてただ勝つ事が勝利に繋がる事ではない、と俺は判断している。

例えば、ここでマスターのどちらかを討ち取ったとしよう。

その場合、サーヴァントは即座には消えない。

流石にそこから新たなマスターを見繕うのは難しいが……弔いの為に最後の抗いを見せる事くらいなら可能だろう。

勿論、それもマスターとの関係次第だろうが、楽観するわけにはいかない。

 

 

 

 

今の俺の死は、セイバーの死に繋がるのだから

 

 

そうなると当然、最初に選ばれる選択肢は逃走である。

だからと言って人の足はおろか同じサーヴァントの足では危険だし、後に続かない、と思っていると

 

 

 

「……おっ」

 

 

近くを見回していると──とんでもなく幸運な物が見つかる。

恐らく外にいるサーヴァントの攻撃の余波によって吹き飛んできたものなのだろうけど……相当ついている。

鍵は鍵穴から逆算して投影すれば一瞬である事を考えると……後はタイミングか、と思い、セイバーに念話を繋げてみる。

 

 

 

 

『セイバー。そちらの状況は?』

 

『──はい。正直に申すと芳しくはありませんね』

 

 

やはりと言うべきか。

向こうの戦況も決して良いと言えるわけではないようだ。

 

 

 

……その割には急な念話にあっさりと応えたけど……?

 

 

声色には特に緊迫した様子は無いが、セイバーなりの戦闘意識から来る物かもしれないと思い、改めて言葉を重ねる。

 

 

 

『こっちも似たような物だ。勝てないとは言えないけど……迂闊に勝ったら勝ったでサーヴァントの逆襲が怖い。だから──」

 

『撤退、ですね。同意見です。ですが』

 

『ああ、足ならこっちで見つけた。だから、後はタイミングなんだが……』

 

 

撤退における一番難しい事をどうやって打開するべきか……殺し合いをしながら上手く形に出来るのか、という事から念話の中で言葉を止めたが

 

 

 

 

『──それなら、マスターのお好きに動いてください。私はそれに合わせて動きます』

 

 

と、あっさりと何時でも行ける、という言葉を告げた。

……セイバーの言葉を信じるなら、敵はセイバーをして尋常ではない相手の筈なのだが……本人が出来ると信じるならマスターである自分は信じるだけだ。

 

 

 

『──分かった。派手な方法で知らすから準備しておいてくれ』

 

 

了承の言葉を受け取った後に念話を閉じて魔術回路を更に複数起動させる。

どうせなら派手な演出こそがこの二人にも、サーヴァントにも効くだろうし……精々盛大にやろう、と己の双剣の設計図を脳内に58本叩き込みながら──無意識に小さく唇を歪ませた。

 

 

 

※※※

 

 

 

真が予想していた通り、サーヴァント同士の殺し合いは魔術師にも負けぬ様相を映し出していた。

駅から外に出た場所は町の中心部。

人や車などが行き交う場所は最早、過去の話。

 

 

 

セイバー、アーチャー、ランサー

 

 

まるで誂えたかのように集まった3騎士の殺し合いは全員が全員、致命の領域の中で得物を振り合う接近戦となった。

アーチャーだけが唯一クラスからしたら得意距離(レンジ)ではないが……アーチャーのクラスで現界した事程度で近接戦闘能力落ちる事など一切ない英霊である以上、無問題だ。

その上で全員が全力を出す事は無いが、本気の殺意と攻撃を交わし合っているのだ。

人の生み出した街など硝子細工よりも脆く砕けていく。

今もまた

 

 

 

「梵天よ……!」

 

 

圧縮された眼力が地と空を走り、続いて燃え盛り爆発する。

爆炎は吠える様に高らかに舞い上がり、辺りを炎熱の地獄と化す。

しかし、ランサーは超常的な眼力を解き放ちながら、しかと確認していた

 

 

 

 

───灼熱地獄の爆炎の中、二つの影が飛翔するかのように躱し切るのを

 

 

 

影を確認した瞬間、炎の影絵の中から大量の矢が放たれる。

次々と放たれる矢は、最早、それ自体が魔弾である。

ランサーとて大英雄の霊格を持ち、それ相応のステータスを持っているが……スキルではなく、培ってきた戦術眼が躱すより叩いて落とした方がいいと判断する。

即座に長大な槍を構え、連続で全ての矢に対して槍を合わせる。

矢に合わせたというのに、その手応えは大剣や力自慢の英霊の一撃と何ら変わらない、という事実にランサーは肉体と心を震わせる。

様々な相手と戦い、時には神にも等しい英霊とも戦ったり教えを授かった事があるランサーだが──これ程の手応えを感じる矢は、果たして受けた事があったか。

 

 

 

 

その手応えに歓喜の熱を笑みとして浮かべ────ようとした瞬間、ヒヤリと死神の手触りが首元を過ぎた

 

 

 

 

「──!!」

 

 

冷気を感じ取った瞬間にランサーは即座に無理矢理首を捻る。

その0.1秒後に───何時の間にか己の上を首を下にしながら剣を振りぬいている武者の姿があった。

黒の髪を翻しながら刃を振りかざす女の姿はランサーからして悪夢のように感じる。

 

 

 

 

───その隙を見逃すアーチャーではない

 

 

 

先程の連打ではない、一つの一射に拘った矢はランサーをして不可避の速度を生みながら己の胸元に直撃した。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

アーチャーはランサーを射貫き、そのままビルの壁にまで吹き飛ぶのを見届けながら、その戦果を舌打ちした。

 

 

 

……撃たされたか

 

 

ランサーの体勢にセイバーの奇襲を受けての感覚の隙。

どれを取ってもアーチャーにとっては絶好の機会であり──それこそがセイバーの目論見通りである事を理解したからだ。

セイバーには己の手で敵を打ち倒さなければいけない、という願望は無い。

あるのは合理的なまでの戦術論理。

最も的確に敵を倒せるのならば、誰が倒しても同じだ、という思考こそがセイバーの剣技と同じくらい厄介な"技"だ。

 

 

 

 

何せこの戦術論理はアーチャーですら賞賛しそうになる程、的確だ

 

 

セイバーが生み出した状況は弓兵であるアーチャーにとっては正に吸い込まれそうになるくらい魅力的な隙なのだ。

アーチャーからしたらこの程度の距離ならば敵がどれ程、高速に動いていたとしても射貫けるのだが……ランサーを相手にしても必ず当たる、と心の底から感じ取れる程なのだ。

 

 

 

 

完全完璧なタイミングで仕掛ける先を見据える戦術眼。

 

そのタイミングで振るわれる刃の驚く程の清廉で──空恐ろしくなる程に透き通る剣技。

 

 

本来、Aランク以下の攻撃ならば受け付けない肉体を持つアーチャー(ヘラクレス)だが……ヘラクレスも持ち合わせる心眼ですら完璧なタイミングであの一撃を受ければ斬られる、と推測出来るのだ。

心の底から畏怖を感じ取りながら……しかし大英雄の魂は一瞬にも満たない空白にそれらを握りつぶす。

 

 

 

 

──元よりヘラクレスには慢心を抱く気の緩みは無い

 

 

特に己の体と魂を存分に使い潰してでも守ると誓った小さき主を持った此度の現界においてはヘラクレスはどの世界の自分よりも妥協が無いと断言して良い。

 

 

 

必勝 必滅 必殺

 

 

この三つこそが自分が主に与えられる唯一の福音だ。

故にアーチャーはセイバーの一撃を脅威とは感じても恐怖は感じない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そういう意味ではセイバーに対して油断していいわけではないが、気にし過ぎる必要はない。

 

 

 

……問題は

 

 

と思考しながら、アーチャーは諸に胸の中央部に矢を受けたランサーが吹き飛んだ粉塵と瓦礫の中に視界を向ける。

丁度そのタイミングで粉塵が吹き飛ばされ──中から無傷のランサーが現れた所であった。

流石に己の事でもあるが故に呆れるのは筋違いではあるのだが……どうやらあの槍兵もまた不死身の英雄らしい。

 

 

 

 

いや、不死身というより……あの鎧が不滅と言うべきか

 

 

ここまでで都合49発程撃ち込んでいるが、己の矢を以てしても無傷。

こうなると自分の攻撃が失敗しているのではなく、太陽の如き絢爛な鎧の効果と見て取っていいだろう。

厄介ではあるが……恐らくセイバーも気付いている通り、鎧である以上、絶対的な効果があるのは鎧で覆われている所だろう。

頭部にも加護が無いわけでは無いのだろうが、間違いなく鎧で覆われている所と比べれば遥かに効き目は低いと思われる。

 

 

 

 

つまり、アーチャーにとってはどちらも殺せる算段が付いたともいえる

 

 

真っ当な攻撃の順番を語るならより脆いセイバーから行くのが常套手段。

恐らくランサーも同じ事は思っているだろう。

バトルロワイアルのような形式となった場合、最も狙われやすく且つ狙いやすいのは弱い存在から狙うのが定石。

卑怯でも無く汚いわけでもな当然の筋道を、しかしアーチャーは頷けなかった。

 

 

 

「……」

 

 

ランサーも同じ気持ちなのか、距離も相まって一種の膠着状態に陥る中、セイバーだけがゆらりと自然体の無構えの構えで自分とランサーどちらにも対応できる間合いで立っている。

己の立場を分かっている筈のセイバーには、一切の焦燥の色が見えない。

 

 

 

 

アーチャーとランサーに比べれば、セイバーの霊格は吹けば飛ぶような儚さ(カタチ)

 

 

それらはステータスにも反映されており、精々セイバーが自分達に打ち勝っているのは敏捷櫻井さんではないかと思われる。

その最も弱い英霊こそがここまでの戦果を形成しているのが脅威であった。

技巧の冴え、戦術眼の妙、刹那の間に隙を見出す反射神経。

霊格の差を技と速さだけで覆そうとしている事にアーチャーは畏敬の念を禁じ得ない。

アーチャーの心眼はセイバーに対して一度か二度、斬り殺された後、己の宝具によって勝てるという見積もりを立てている。

しかし、それはあくまで剣士としてのセイバーだけの技を見て取っての見積もりだ。

 

 

 

 

サーヴァントとしての奇跡──宝具を使われたのなら話は別だ

 

 

 

アーチャーも、ランサーも認めなければいけない事実。

十二の試練と鎧(宝具)が無ければ自分達は今以上にセイバーに追い詰められていたという事実を。

アーチャーは素でセイバーの刀を弾け、ランサーは鎧によってセイバーの攻撃箇所が頭部に限定されているからこそ凌げている。

逆に言えば……アーチャーとランサー程の大英雄が既に肉体を斬られているのだ。

神代を生きた英雄二人にとっては驚愕するしかない。

彼らにとって神秘は当たり前のように存在し、己と己以外の力や技になる事が常であった。

なのにこのセイバーは一切の神秘も無く自分達に脅威の念を湧き立出せる。

 

 

 

そんな相手が宝具を使えば、と思うと慎重にならざるを得ない

 

 

その視線を、セイバーは柳の如く受け流しなら、さらりと軽口を叩いてきた。

 

 

 

 

「どうしました? アーチャーにランサー。大英雄であるお二人が私程度の木っ端英霊に対してそこまで警戒をする必要は無いと思いますが?」

 

 

無駄口に付き合う必要は無いが……口もまた戦術の一つになり得る事を知っているアーチャーは敢えて軽口に乗る事にした。

 

 

 

「口が回るなセイバー。それ程の絶技を見せた後に木っ端等と言われても誰が信じるという」

 

「アーチャーに同意しよう。よくもまぁ、その脆い体でそこまでの技を練り上げたと感心するしかない。俺如きの賛辞では価値は無いだろうが、それでもその剣技は称えるしかあるまい」

 

「大英雄のお二人にそこまで言われるのならば私の大道芸も捨てた物ではないようですが……そっくりそのままお返ししたい所ですね──欠片も敗北感を抱かれていないのに賞賛されても無意味です」

 

 

全く以てそうだな、としか答えられない問いにアーチャーもランサーも、セイバーも苦笑する。

元より英霊とは奇蹟を形作った者。

特に戦から生まれた英霊であるならば、逆転や虐殺など赤子の手をひねるよりも()()()()()

 

 

 

 

敵が脅威──実に当たり前だ

 

 

敵が英雄を模した存在である以上、脅威にならない筈がない。

それこそ生前から経験した事だ。

──故に英霊殺しもまた自分達の特技である以上、本番はここからだ、とアーチャーは神性の証明でもある赤眼を以て二人を見る。

セイバーと変わらぬ自然体の出で立ちで──これまで以上の圧を全身から発しながら、大英雄は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

※※※

 

 

噴出する闘気と殺意にセイバーはあくまで冷静の表情を浮かべながら、剣を構えた。

余裕のようにも見えるが、セイバーにとっては刹那の間ですら綱渡りだ。

彼らの武装はどれも神代の、恐らく神かその係累によって作られた特殊な武装。

自分の刀も十分な名刀ではあるが、人の手によって錬鉄された武器と神の手によって作られた武装では格が違う。

ほんの少しでも彼らの攻撃を受け取れば、その瞬間、彼女の刀はそこらにある建物と同じように砕け散るだろう。

バーサーカーもそうだが、近代の英霊を試し過ぎである。

 

 

 

 

その上で不死身だ不滅だなんて反則にも程がある

 

 

こっちには斬られても無傷等という特殊能力は無いのだ。

───それでも2騎が本気で殺しにかかろうと敗北するとはセイバーも思っていない。

彼らに奇蹟の象徴である宝具があるようにセイバーにも宝具がある。

最悪の場合、己も宝具を開帳して2騎を滅殺する覚悟はしている。

アーチャーの気迫に負けじと殺意を冷気として垂れ流す。

ランサーもまた自分達の殺意に対抗するかのように熱のような魔力を無言で組み上げているのを感じ取りながら、互いが互いの必殺を夢想し

 

 

 

 

 

駅内部から巨大な爆発と閃光が発生した瞬間、セイバーは合図を悟った

 

 

 

今までと比べても遥かに巨大な爆発音と衝撃波はアーチャーとランサーどちらに対しても今まで以上の大きな隙を生み出した。

その瞬間、セイバーもまたサーヴァントとしての自分に形作られたスキルを今こそ発揮した。

頭頂部から足の先までの全ての筋肉を意識して踏み出す。

踏みしめた大地が悲鳴を上げるかのように亀裂を作るのを見届ける間もなく、セイバーの位置はサーヴァントの速度を超えた速度でランサーの眼前に現れた。

 

 

 

 

「──っ!」

 

 

敢えて一度も使わずただ己の足だけで高速を刻んでいたが故に瞬間移動に近い歩法にランサーは驚愕に更に硬直を深め───しかし、即座に彼は槍を持っていない手を手刀の形に押し込め、そのまま突き出した。

見事な戦闘反射───が、セイバーからしたら欠伸がするような緩慢な動きだ。

セイバーの眼には()()()()()()()()()()手刀を突き出そうとしているようにしか感じず、だから突き出される手をこちらから手に取り、引っ張り上げ、その動きに合わせて足を引っかけ───そのままアーチャーの方に吹き飛ばした。

 

 

 

「ぬっ!」

 

「くっ……!」

 

 

恐らく2騎ともこちらの意図を読み切ったのだろうが、初動が遅れた二人は乗るしかない。

アーチャーとランサーが敵対している以上、近付いたのならばどうあっても対処せざるを得ず──そのタイミングで駅の構内から機械仕掛けの絡繰りを以て飛び出してくるマスターに感謝の笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「ぬーすんだバイクで走り出すーーー!!」

 

 

何か微妙な叫び声と共に飛び出してきたがともあれ無事ならば問題無い。

セイバーもまた一息で少年が駆っているそれに近付き、乗り込む。

そのお陰で騎乗スキルがこれの扱い方を仔細なく理解させたので便利という感想を抱きながら、そのまま少年の背後から腕を回して持ち手を掴む。

その時、何故か少年の体が固まったが気にしない。

 

 

 

 

「このまま走り抜け──」

 

 

言葉を途中で切りながら、音よりも速く抜刀。

左腰にある分、遅れたが十分にカバー出来る。

抜き斬り、即座に右手にパスし、そのまま背後から来るそれに向かって振りかざす。

刀の表面を滑るように乗ってくるそれをそのままミリ単位の精密作業で細かくずらし、自然と横に通り過ぎる軌道に変える。

そこまでして隣を突っ切ろうとするそれが矢であるのを感知したがそれはどうでもいい。

右手に刃、左手はこの絡繰りの持ち手を握る以上、腕で支えれない以上、更に密着し顎を彼の肩に挟む形にする。

 

 

 

「あーーー!!」

 

 

何故か少年から悲鳴が上がるが、それも気にしない。

音速で突っ切る矢の衝撃波から逃れる為にそのまま無理矢理左に切り返しながら、セイバーは背後の英霊に対して一瞬視線を向ける。

わざわざ眼で語る気も無いので直ぐに視線を前に向けるが……あれ程の英霊ならば自分の挙動の意図は通じたであろう。

 

 

 

 

これだけ距離が開いていたのならどんな一射でも対応出来る事を

 

 

故にセイバーはそのまま絡繰りを走らせて戦場から脱出する。

追撃が来ることは無く、二人の戦闘音がこれ以上響く事も無かった。

 

 

 

 

※※※

 

 

してやられたか、とランサーはアーチャーと絶妙な距離を空けながら、セイバーの手際を褒め称えていた。

あっという間に粒となるセイバーの主従だが、サーヴァントの力ならば直ぐに追い付ける距離ではあるが……ここで追い付くというのはマスターを放置するという事だ。

マスター同士を置いていくという事もさることながら、ここにいる一騎がアーチャーである以上、仮にアーチャーと一緒にセイバーを追いかける事になってもアーチャーには自分のマスターだけを撃ち抜く技量がある。

そうなれば意味も無し。

 

 

 

無論、アーチャーにとっても同じ懸念であろう。

 

 

ランサーとはいえ宝具やスキルによっては遠距離から攻撃出来る可能性もある以上、捨て置けない。

見事に出し抜かれた。

セイバーもそうだが、セイバーのマスターの胆力にも賞賛するしかない。

そう思いながら、アーチャーを見ると無言で弓を仕舞っていた。

それに応じて身構えを解きながら彼に語り掛ける。

 

 

 

「いいのか、アーチャー。未だ敵はここにいるが?」

 

「私自身は幾らでも応じれるが、マスターの命だ。今回はここで舞台を下りさせて貰おう」

 

 

そうか、と頷きながら実は自分の方にも念話で退却の指示を出されていた所だ。

確かにマスターからしたら一番の狙いが居なくなったというのもあるのだろう。

それに──あちらのマスターはどうだか知らないが、アーチャーを相手にするのならば俺もまた全力で応じなければいけない。

この男には最善の手段として槍を使うべきだ、と経験が告げている以上、間違いなくこちらにも被害が出る。

 

 

 

「──偉大なる大英雄。お前の在り方と強さに俺は敬意を以てこの槍を向ける事を誓おう」

 

「──生憎だがその賛辞は受け取れない。此度の私は誇りよりも勝利こそを選択する。心せよ灼熱の鎧を纏う槍兵──この身はただ最強である事を選択する」

 

 

アーチャーが告げた言葉の意味をランサーは全てを理解し、応じた。

 

 

 

 

「肝に銘じようアーチャー。その上で、やはり俺は敬意を持つ事は止める事は無い。同じサーヴァントとしてお前の在り方を俺は尊ぶしかない」

 

 

巌のような体に沈黙の鎧を纏わせたアーチャーはその後、ほんの少しだけ首を小さく下に傾げ、

 

 

 

「──願わくば」

 

 

ただそれだけの言葉を告げながら、しかしその後の言葉を濁すアーチャー。

ランサーはその途切れた言葉を、しかし追及しない。

隠された言葉をしかと理解し、その上で今生の生き方の為に口を閉ざすアーチャーに合わせる形で俺もまた頷き。

 

 

 

 

「ああ。願わくば」

 

 

 

───再戦を。あのセイバーも含めて

 

 

 

互いの殺人許可証を無言で交換しながら、その言葉と同時にアーチャーが霊体化して去って行くのを見届ける。

俺もそれに応じて霊体化し、自分のマスターの下に向かう。

そうしながら思うのはやはり今回の敵手の事だ。

セイバーもアーチャーも尋常ではない英霊だ。

どちらを獲るにもランサーをして命懸けになる事は必定だ。

 

 

 

 

……聖杯戦争自体も尋常で無ければ、参加者もまた尋常ではない存在が集うか

 

 

あるいはそれこそが聖杯戦争と思うべきか。

ランサー───インドにおける大英雄の影、カルナはそう納得の理屈を得ながら、マスターの下に向かう。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

真はセイバーと隣町にまでバイクを走らせ、そのまま適当なホテルにチェックインした後、セイバーには本当に申し訳ないが先に風呂に入らせて貰った。

 

 

 

「……あぁーー」

 

 

とは言ってもヨーロッパには体を横たわらせる浴槽は確かにあるにはあるが、日本とは違う形式だ。

シャワーだけが主流であるのでただ浴びる、という形なのだが……余りにも風呂が恋しかったので魔術を使ってお湯を精製し、勝手に日本式のを適当に真似て極楽気分を無理矢理味わっていた。

 

 

 

 

「しぬーーーーー」

 

 

呑気な口調だが、実は本音であるから酷いものである。

何せ敵が敵だ。

マスターであるアインツベルンのホムンクルスに地上で最も優美なハイエナと名高いエーデルフェルトの次期、もしくは現当主。

 

 

 

 

更には謎の太陽のような鎧と槍を持ったランサーに───ギリシャ随一の大英雄、ヘラクレスなんて正気じゃない

 

 

流石にヘラクレスは冗談であって欲しかったが……確かによくよく思い出してみれば、身体的特徴にあの不死性は父や母が寝物語で聞かせてくれた英霊の特徴にそっくりそのままである。

それが今度はバーサーカーではなくアーチャーとして召喚されるだなんて悪夢過ぎる。

 

 

 

 

「……どうして俺の下にそんなとんでも大英雄ばかりが集まるっていうんだ……」

 

 

誰に問うても答えられない質問を中空に発しても返ってくるのは無音くらいである。

ストレス発散にしか使われない酸素が可愛そうになるが……本当のストレスは大英雄達が敵として現れた事ではない。

 

 

 

 

「……知られた」

 

 

 

自分の生存を知られた。

自分の場所を知られた。

 

 

父と母を知っている自分からしたらそれは最悪な結果を招く。

どこまでを報告されたかは知らないが……例え聖杯戦争が起きていたとしてもあの両親は間違いなく自分を探しに来る。

もしかしたら……桜さんも来るかもしれない。

最悪だ。

最悪の可能性だ。

 

 

 

 

「……何でそこで魔術師らしく切り捨ててくれないんだ……」

 

 

魔術師は後継者を他の何よりも慈しむが、それは慈愛ではない。

魔術の先を紡ぐための引継ぎ装置としての愛だ。

自分のような欠陥品に注ぐものでもない……否、分かっている。

二人が自分に注いでいるのはそんな構造的な愛ではなく、親としての愛である事くらい理解している。

 

 

 

 

それが余りにも……憎らしかった

 

 

この一瞬でも自分を心配しているだろう親が余りにも憎らしい。

こんなになっても切り捨てる事よりも見つける事に専心している親が苦しくて苦しくて仕方がない。

 

 

 

 

何よりも正しいから……正しくあれない自分には己を焼き焦がす破滅の炎のようであった。

 

 

解っている。

こんなのは八つ当たりだ。

父と母は正しいし、間違っていない。

悪いのは生き方を間違えた自分だ。

悪いのは──常に周り全てを巻き込んでは狂わす災厄となった自分だけなのだ。

 

 

 

 

「──」

 

 

気付けば自分の手元にはナイフがあった。

父のように異常な投影は出来ないが、宝具みたいなとんでもじゃない限り自分でもこの程度の道具は投影出来る。

鋭利な切っ先。

遠坂真の殺意によって生まれた銀の煌めきは吸い込まれるようで──

 

 

 

 

「──マスター。湯加減は如何でしょうか?」

 

 

セイバーの声を聞いて正気に戻った俺はあくまで冷静にナイフを空想に戻した。

嫌な汗まで浮かんでいるのをお湯で流しながら、あくまで真は平静な声で返した。

 

 

 

「ああ。まぁ、魔術で出したお湯だけどまぁまぁ行けるよ。でも、ごめん。本当なら女性のセイバーを優先するべきだったな」

 

「……マスター。私は今、サーヴァントなのでお食事もお風呂も必要ではないんですよ?」

 

「それは余りにも機械的過ぎるだろう。サーヴァントだって人間だったんだから、生きていた事をやりたくなるだろうし、求めるのは何も間違いじゃない。何度言われても俺は固辞するからな」

 

 

はぁ、と扉越しにも聞こえる溜息を吐いてくるのはセイバーなりの抗議か、心底からの呆れかは知らないが、どんな風に言われたって俺は方針を変える気はない。

セイバーはサーヴァントだけどあくまで人間。

セイバーがしたい事なら余程の悪事じゃない限り支援するし、最低限、この時代における普通を自分は彼女に見せて、教える義務がある。

 

 

 

 

その上でセイバーが嫌悪して拒絶するなら話は別だが……戦闘前のアイスを見る限り、結果は上々だと思っている

 

 

 

見てろセイバー。今度はジェラートでもソフトクリームでも貢いで甘味地獄に叩き込んでやる……!! などと邪な考えを脳内に浮かべ──だからこそ次の瞬間にガチャリと空いた扉に対して反応が取れなかった。

 

 

 

 

「──で、あればせめてお背中だけでもお流しさせて頂きます」

 

 

 

 

「──」

 

 

なんですと、というツッコミが口から放たれることは無かった。

視界一杯の美しい女性の体を見てそんなツッコミが取れる人間がいるのならば目の前に連れてきて欲しいが現実は厳しいので不可能で御座ります。

黒髪の長い髪を背中に流しながら、戦場に出たとは思えない艶やかで滑らかな傷一つない美しい肌。

お慰み程度にタオルを持ってはいるが、そんな物では全身は当然隠せず、丸みがかかった胸やら何やらが諸に眼球に直撃する。

 

 

 

 

紛う事なく──セイバーの全裸であった

 

 

 

「? 如何為さりましたか?」

 

 

首を傾げる動作に合わせて胸が震えるのを見て、結構なお点前とか思考し──ようやく自分の人格が復帰した瞬間、真は全力で叫んだ。

 

 

 

 

 

「なんでさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!???」

 

 

 

 

※※※

 

 

マスターの叫び声に合わせて何事かと現れた従業員を暗示で撃退するマスターを見守りながら、セイバーは最終的にマスターがようやく布団に倒れ伏すのを見つめた。

あの後、慌てて目を瞑り、即座に出て行かれたが、セイバーからしたら何もそこまで気にしなくても、という感覚である。

自分の体なんて気にする事なんてない。

一般女性は自身の体を秘め隠し、好いた男にのみ見せる切り札のような物なのだろうけど、生憎セイバーにはそんな感覚は無い。

 

 

 

肉体があるのは敵を斬る為

 

 

女の体で生まれたのはただの偶然で、子を成す為でも無ければ愛を育む為では無かったのだから。

 

 

 

……ああ、でもそういう思考は現代を生きるマスターには不適切だったのやもしれませんね

 

 

つい、己の時代に合わせた思考をしてしまったが、ここは現代なのだ。

今の女性というのは自分とは違う慎ましやかな生き方をしているのか、と思うと確かにマスターには見苦しい物を見せたかもしれない。

だから、思わずセイバーはマスターに対して謝罪した。

 

 

 

 

「申し訳ありません──ご迷惑とお見苦しい物をお見せしました」

 

 

 

疲労に突っ伏していた少年の体が少し硬直する。

何故、という思考はそのまま首を傾げる事に繋げていると

 

 

 

「……ご迷惑云々はともかく見苦しくなんてあるもんか」

 

「え?」

 

 

小声且つ早口で言われたから思わず問い返すとマスターはあーーと枕に一度顔面を叩きつけた後、勢いよく起き上がり、若干赤い顔で

 

 

 

 

「セ、セイバーの体は見苦しくなんてないから! だから、そんな風に男に容易に見せるのはよくない!!」

 

 

と言うだけ言ってそのまま再び枕に顔面を叩きつける勢いで布団に体を倒した。

耳まで真っ赤になって羞恥に悶えているようだが、セイバーにははぁ、と首を傾げるものだ。

……つまり、少年にとっては私は魅力ある体付きをしているからしっかりと秘めるべきだ、と言いたいのだろう。

よく分からない感覚だが、仮にそうだとしても──大抵の人間は自分の本性を見れば自分を相手に性欲など掻き立てない。

 

 

 

「──マスター。お忘れかもしれませんが、私はただの人斬り包丁なのです。この手で斬った人数は二桁なんて数では納まりません──見た目に汚れなど無くとも、私の全身は血で濡れているのです」

 

 

己の本性はよく理解している。

例え、それがどういう形であっても、自らの意思で人を惨殺する殺戮者だ。

人に触れていい存在でも無ければ美しい筈が無い。

その言葉に、マスターはゴロリと顔だけをこちらに向けた。

表情はまるでふーーん、という顔で

 

 

 

「──セイバーの時代も、セイバーがどういった人生を歩んだのかは知識としては知っている。だからもう一度その上で言うよ──セイバーは綺麗だ。だから、二度目の人生は人間として生きていいんだ」

 

 

 

 

「──」

 

 

眼を見開く自分を意識する。

彼の言った言葉は生前、ある人に言われた言葉にそっくりだったからだ。

 

 

 

 

『今はただ刃であればいい。しかし、もしもそなたが誰かと居たいと願える相手が出来たのならば……その時は人として、女として生きようと選ぶのは決して許されざる事ではないのだ。それくらいならこの捻くれた世界も許してくれよう』

 

 

 

 

死後ですら未だ輝きを保つ御人。

出会う前ですら血に汚れていた人斬り包丁を、ただ一人受け入れ、窘めてくれた御方。

あの時、確か自分には私が膝を着く相手は貴女だけです、と告げて……あの御方は困ったように、しかし愉快に笑って

 

 

 

 

『馬鹿者。主と友や情愛を抱く男と一緒にするでない。わしが言っているのは武者としてのそなたではなく個人としてのそなたじゃ景虎』

 

 

その言葉にも私は確か首を振り、恐らくそんな人と一生出会えないでしょうと答えた。

それに対しても、あの御方は否、と首を振り

 

 

 

 

『──必ず会えるとも。個人の願いを抑圧し、頑張るそなたに何の報酬も無い等と天が許してもわしが許さぬからなっ。だから……何れ、必ず貴様を刃としてではなく人として見る者が現れる。そう、あるいは──』

 

 

 

途切れさせた言葉は当時の私にも、今の私にも不明の言葉だが、彼女はその後、かかっ、と笑うだけであった。

この世でただ一人、上杉不識庵謙信が忠節を誓い──更には剣の術理で打ち負かしてくれた殿上人。

その御方の言葉が遠い未来において現実となって現れた。

硬直した私に対して首を傾げている少年は特別な言葉を放ったとは欠片も思ってもいない様子であった。

それもその筈。

 

 

 

 

少年は最初からあるがままに自分が生きていく事を望んでいた

 

 

 

今更変える態度も無ければ心も無い。

あの御方はかつて私にこう言った。

何れ傍にいたい、と願う誰かが生まれたのならばその心に従うがいい、と。

殺人者である事も関係なく心にだけ従え、と。

……正直、セイバーには未だその領域には至っていない。

セイバーにとってこの少年は得難いであろうが、ただの守らなければいけないか弱いマスターだ。

傍に居たいのではなく、傍に居なければならないとしか考えれない。

 

 

 

 

少年は確かに私に似ているが……だからといってそれだけで全てを預けるのは難しかった

 

 

故に私は沈黙し、少年はそれに対して何を思ったのか。

 

 

 

 

「セイバーも疲れているだろうし、ちゃんと眠ってくれ。サーヴァントは疲れないとかいう言葉は聞く耳持たないから。だから、まぁ、うん……お休み」

 

 

それだけ告げると少年はパタリと気絶するかのように眠りに落ちていった。

寝息を察する限り本当に寝たようだが……もしかして魔術を使ってまで寝たのかという疑惑が生まれるが……とりあえずもう一度だけ吐息を吐きながら、我ながら珍しい事だがお言葉に甘えようと目を瞑る。

 

 

 

 

少なくとも今夜の襲撃は無い

 

 

 

どちらの英霊も存分に魔力を使った。

そういう意味では霊格が低い自分は燃費がいいのであの二人相手には長期戦という意味では相性が良い。

で、あるならば襲撃するのならば万全の状態──明日になるだろう。

逃げれるのならば逃げるつもりだが……相手にアーチャーがいる以上、マスターとも覚悟をするよう心掛けている為、問題無い。

それでも意識を戦闘の感覚に切り替えながら、スイッチを切り替える感覚で彼女は眠りに落ちようとする。

気配を感じれなくても、殺意や鉄の音だけで起きれるように──そうしてセイバーは瞳を閉じ、鉄の匂いだけは纏わせながら、眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

唐突にヒカリを感じた。

余りにも眩しい光は自身の眼を灼くが……そこまでしてセイバーの意識が誰とも知らない赤ん坊の姿で、見知らぬ男性に抱き上げられている事に気付いた。

一瞬、動揺するが、直ぐにセイバーはサーヴァントが夢を見ない事に気付き……もしも見るのであればそれは自身と魂で繋がっている人物──マスターの夢という名の過去である事に気付く。

赤ん坊である以上、今、自分を抱き上げている男性はマスターの父親であるのだろうと思うが……よくよく見ればどこかしらの部屋の中でもう一人、見知らぬ女性が布団……ではなくベッドに寝かされており、少々疲れた様子を見ると……もしかして産んで間もない時の記憶なのか、と思う。

 

 

 

 

……こんな時の記憶を……?

 

 

有り得ない事ではないかもしれないが、若干、困惑せざるを得ない記憶。

しかし、その前にマスターに許可なくプライベートの記憶を覗き見てしまう事に申し訳なさを感じるが……当然、記憶はそんな事を待ってくれない。

 

 

 

 

「どう……? 士郎。貴方と、私の子供よ。可愛いでしょう……?」

 

 

女性は美しい顔と笑みを浮かべていた。

産後で疲労も残っているだろう女性は、しかし誇りと……何故かは知らないがしてやったりという顔で夫であろう男性に笑みを向けていた。

その笑みを見せられた男性……今は自分であるマスターを抱き上げている男性は震えた手と顔で、まるで地獄を覗き込んだような顔で、男は答えた。

 

 

 

 

「……遠坂……俺、は……俺は……この子を……この子を抱けない……抱く、資格が無い……」

 

 

絶望感さえ抱きながら、己の子供を抱き上げる父親には心底からの恐怖に体を震わせていた。

自分には産んだこの子を抱き上げる資格が無い、と男は許して欲しいと涙すら浮かんでいたが……女はそれを許さなかった。

 

 

 

 

「──駄目。許さない。貴方は、この子を抱いて生きるの。私、言ったわよね。貴方を真人間にして、もう苦しいくらい幸せにしてやるって」

 

 

愛を語るように朗らかに笑う女性は、男にとっては絶望の象徴でしかなかったのか。

まるで目の前でギロチンを落とされたかのように、女を見る男に、しかし女は勝ち誇った。

 

 

 

どうだ、見たか──もう絶対に許してやるものか、と笑う表情はある意味で悪魔の様で

 

 

 

 

「──しっかりと抱き上げてね、お父さん」

 

 

 

──その絶望と愛情の一幕を赤ん坊であるマスターは見つめ、捉えていた。

 

 

生まれつきの魔眼を通して男と女の姿を見る赤子には全てを理解する知能までは無かったが……言語化できない知能でも彼の眼はしっかりと真実を見通していた。

 

 

 

 

 

──詰まる所、男にとっては自分は絶望の象徴であり、女にとってはそんな男を苦しませてでも繋ぎ留まらせる、実に使い勝手のいい道具()であった

 

 

 

その納得と同時に眼を閉じ始める赤子に同調して意識が微睡んでいくのを感じ取りながら……セイバーは意識の上で沈黙していた。

……その光景は自分の知る家族とは似ているようで全く違う光景であった。

 

 

 

 

私の家族が自分に向ける愛は利己的な我欲であり、愛など一切存在しなかった。

 

 

ただ利用でき、己の支配を広げる事が出来る、という出来のいい道具を賞賛する我執による歪みきった愛と言う名の妄執であった。

少年の家族には痛みに塗れていたが……確かな愛があった。

 

 

 

 

男が絶望したのは確かに愛していたからこそ、抱いてはいけないという罪から

 

女が勝ち誇っていたのは確かに愛していたからこそ、許さないという罰から

 

 

男も女も確かに互いに愛し、それぞれの形で少年に愛を向けていた。

……しかし、その光景を、赤子であった少年はどう思ったか。

自らを見て絶望する父親。

自らを見て利用する母親。

 

 

 

 

──何も知らぬ赤子は、果たしてその光景をどう感じたか

 

 

 

疑問に答えられることは無い。

そもそも過去とはいえ、少年が意識して覚えている事柄なのかもわからない。

視界が闇に染まると同時にセイバーもまた意識を閉じる。

……明日から戦いに挑むというのによくないモノを視てしまった。

刀に迷いが生じるのは良くない。

この件については忘れる事は出来なくても、せめて明日だけは思い出してはいけない。

 

 

 

 

今はただ刀として生きる事だけを念頭に置こう

 

 

 

その思念だけを現実に持ち帰り、セイバーは意識そのものを暗闇として魂の交流を断つ。

 

 

 

 

 

……願わくば、あの赤子は何も理解していない事を祈りながら、セイバー()()()()願いを胸に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーーん、ちょっとセイバーの強そうに書きすぎたかもしれないです。
作者、普通に反省。
とりあえず、ようやく次回で前作に追い付けます……。



言い訳に聞こえるかもしれませんが……セイバー自身はかなりの戦上手だからこそのこの描写ですが、実際の所、セイバーはランサーに対しては首から上しか狙う事が出来ず、アーチャーに対しては逆に不用意な傷を与えてはいけないので状況だけ見れば有利に見えても実は全然有利では無いです。


柔よく剛を制す型のセイバーだからこそここまでやれているだけなので、次回辺りはアーチャーが本領を発揮するので多分、今回みたいにはならないかと。



セイバーに言葉を与えた御人も多分、予想が付く範囲かなぁっと思っています。
戦国時代において上杉謙信を超える剣才を持つ人間なんてそう……多くは……居ます……はい、実はあの時代、剣聖と呼ばれる人間がかなり居ます……はい。
上泉信綱然り丸目長恵然り、有名な立花道雪然りととんでも剣豪大量におられるので……えーーとまぁ、強いて言うならば上記に上げた御人ではありませんという事で。



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欠けし者

 

 

 

月と星の恵みが酷く近しい場所。

雲よりも遥かに高く、星よりは遠い空にそれらの星すらも見下ろさんとばかりに輝く黄金の船が飛翔していた。

超高度で輝くそれは飛行機ではなく、むしろ船のような形態を持つそれにはどう見ても飛翔する為の機関が付いているようには見えない。

そうなると当然、この船を動かしているのは機械などではなく、神秘を原料とした失われた遺物──宝具の証であった。

神秘の秘奥を目指すものならば、大抵の人間が涙しながら……しかし神秘の隠匿の一切を考えていない飛翔に膝を着いていただろう。

 

 

 

 

それも当然だ──この船に操る者達にはそんな下らぬ些事に囚われるような精神を持っていないのだから

 

 

 

 

「──お前に聞かせるにしては未だ形にならないあやふやな語りだが、聞いて貰ってもいいかな? アーチャー」

 

 

 

船の端にて天と地上の間を眺める者は一人の男であった。

凡そ、20代辺りの見た目をしており、その身体はしなやかながら無骨であり、長身を形作っている筋肉は人一人を砕くぐらいならば実に容易と思えるような人体美の完成系のような男。

黒服を纏い、黒のマントをはためかせた男は完成された男性像のようなフォルムを持っていた。

 

 

 

──そして同時にそれらを凌駕せんばかりの強靭な意思が金の眼から溢れさせてもいた

 

 

 

金髪金眼の燃える様なそれはまるで獅子にも思わせる程の意思を表現していた。

天と地を見上げているのではなく、染め上げているような彼はそれに見合う雄々しい声でこの船の持ち主──つまり、彼自身が召喚した英霊に声を掛けた。

 

 

 

 

「構わん、許す。真理は時に幽幻から現れる物。むしろ無意識にこそその者の魂が色濃く反映されるものよ」

 

 

男が雄大と称されるのであれば、黄金の男を称するの言葉は尊大と言うべきだろう。

その態度、視線、意志のどれを取っても絶大にして究極。

憚ることなく己を示し、その上で独占する存在感はそれだけで場を重くし、しかし煌めかせる。

 

 

 

傲岸不遜

 

天上天下唯我独尊

 

 

絶対にして至高と口に出さずとも示すアーチャーと呼ばれた英雄は黄金のグラスにある酒を飲みながら、マスターの言葉にそう返した。

そんな傍に居るだけで萎縮せざるを得ない英霊に対して、男はむしろそうでなくては、と言わんばかりに微笑みながら、しかし振り返らずに言葉を作った。

 

 

 

 

「俺という男はどこにでもいる男という始まりからスタートしたのだろう。どこにでもいる魔術師の家系、どこにでもいる程度の多少の才──俗に言うつまらん男というのは正に俺のような男だろうよ」

 

 

己をこき下ろすように言いながら、言葉と態度には卑屈さが存在しない。

男にとっては曰くつまらん男であるという事について否定的ではないからだろう。

己がつまらない。いいではないか。つまらないからこそ愉快にするのは己の義務だ、と誇示する男には一切の影が無い。

雄大に大地に根差す大樹の如き男を、背後にいる黄金のアーチャーは口を歪めながら赤い目で見ているが、男はそれに気付かずに言葉を続ける。

 

 

 

 

「その気になれば魔術師として、あるいは普通の人間として在り来たりな人生を送り、終わりを迎えていたのだろう。無論、俺とて在り来たりだからと言って下らない、とは思わん。普遍とは人々が作り上げた絶対基準。幸福の一定化を図ろうとしたのは間違いなく人間の一つの成功であり、大失敗なのだろう」

 

 

普通という概念に関しても男の口調には嘲る様子も無ければ下に見る様子も無い……が、握る拳はそれを否定していた。

 

 

 

「だが、叫ぶのだ。渇くのだ──足りていない、欠けている。俺は未だ完全ではないと魂が叫ぶ」

 

 

 

──燃える様なもう一つの黄金が世界に牙を突き立てる

 

 

握る手の平には力が籠り、この小さな拳でこの優美な景色を握りしめんと告げる様でありながら、しかしその口調は熱が籠ろうと常と変わらぬ口調であった。

 

 

 

 

「魔術は確かに恐ろしくもつまらない物では無かったが……俺の肉が、魂が違うと叫ぶ以上、惰性で続けるわけにはいかなかった。お陰で家族を皆殺す事になったが、彼らも信念があった以上、仕方があるまい」

 

 

酷くあっさりと血の繋がった人間を皆殺しにしたと告げるが……やはりそれに関しても後悔所か恥じる様子もない。

 

 

 

俺と彼らの道は激突するしかなかったから殺した。

 

 

本当に、ただそれだけの感想だけを抱いて、彼は再び己の人生を続ける。

 

 

 

「世界に出た事はやはり間違いでは無かった。多くの文化を、多くの技術を、多くの人間を見れた。家に籠っているだけでは見れぬものばかりを見れた事は俺に喜びと楽しみを確かに教えてくれた。特に武芸を学ぶ時間は正しく夢中の時間であった──だというのに俺の心は否と叫び続けた」

 

 

やれやれ、と首を振る男。

貼り付いた雄々しい笑みは聊かも翳りもせず──握りしめた拳の力も変わらなかった。

 

 

 

「そこから先は様々な事をしたとも。命懸けで死徒を殲滅した事もあれば、人の命も救い、逆に陥れもした。神秘の欠片に触れる事もあれば、最先端の技術を見届け、時には人の営みを賞賛もした。それらの行為は確かに俺に喜びを与え、怒りを湧き立出せ、楽しみも覚えた──なのに、どうしてか。俺の飢餓感は聊かも変わらなかったよ」

 

 

そう告げる男にはやはり雄々しい笑みが張り付いている──あるいはそう奮い立つ事を刻んだが故に、そこから変わらなくなったからだろうか。

その事を苦笑してかぶりを振り、ようやく彼は背後にいるサーヴァントに振り返った。

 

 

 

「そうして今、俺は聖杯戦争に参加している。聖杯そのものに興味が無いとも言わんが……何よりもそこにこそ俺が求めるモノがあるのではないか、と思いな──すまんなアーチャー。長話にするつもりは無かったが、どうやら俺には文を短く纏める能が無いようだ」

 

「構わん。少なくとも無聊の慰め程度にはなったしな。未だ輝くには至らんが、何、最後まで笑みを絶やさず己の生き様をこき下ろしたのならば、下らかったが、聞き心地は悪くなかった」

 

 

何の呵責も無く、男の人生をまだまだつまらんと告げる男には遠慮という概念が無かったが……それなら良かった、と同意する男にはどうでも良い事であったらしい。

 

 

 

「お前という男は詰まる所、愉悦の何たるかを知りながらも、而してそれだけは物足りぬと傲慢にも強欲を夢見ていると申すか──はっ、身の程を弁えぬ雑種が餓鬼道に堕ちるのは当然の末路よな」

 

 

傲慢と強欲が人の形になったような黄金のアーチャーが嗤いながら己のマスターに辛辣な言葉を告げるが……その口調は愉しそうに笑っている。

さもありなん。

アーチャーにとって人間の業とは愛でるべきもの。

堕落する様も、雄飛する様もアーチャーにとってはどちらも愉しむモノ。

今、彼が飲んでいる酒と変わらぬ。

それを理解してか。

男もまた苦笑しながら頷く。

 

 

 

「全く以てその通りだ。返す言葉も無い。人生を謳歌しながらもまだ足りぬと吠えるなど我ながら欲深い──が、しかしそこで諦めるなど()()()()()()()()。オズワルド・ローゼンハイムとして生まれた人生の主役は俺だ。その俺が満足しないのであれば満足するまで疾走せずにどうするという? 妥協してこんなものだ、と諦めれば良かったのか? ()()()()()()。そんな物が人生だというなら生まれた時に手首を噛み千切ればいい。妥協して堕落した人生を続ける等、誰が人間と認めるか。家畜にも劣る肉になるならば、そこらの肥料になった方が何兆倍もマシであろう?」

 

 

 

鮮烈な黄金の意思に、アーチャーもまた笑みを深める。

全く以て揺るがない。

男……オズワルドと名乗った男は自分の人生をこき下ろし、アーチャーから下らぬと認められた上でも一切変わらない。

アーチャーの、真の王を前にしても変わらぬ不遜はほんの少しでも醜さや弱さを露呈すれば速やかに処断するレベルのそれを一切揺るがせない。

その強固さはとても欠けたモノを捜索している迷い人には見えない。

 

 

 

そう──彼は求めるモノが見つからない事に残念さは感じていても、迷いは抱いていない

 

 

そもそもオズワルドという男の機能には立ち止まるという概念は無く、ただ進むという鉄の意思が入力されている。

その在り方はアーチャーをして嗤い、口を滑らせる程であった。

 

 

 

「で、あるならば、お前の欲の方向性を見誤っているという事だろう」

 

「──ほう?」

 

 

一切隠さぬ笑い。

アーチャーを前にして嬉々として笑う様は見かけの割には童のような好奇心の塊であり、その事にアーチャーは苦笑しながらも酒で口を湿らせてから先を続ける。

 

 

 

「お前の話を聞く限り、お前の今までの人生は一人で完結している。己の意思と肉の身をもって鉄の如き決断を下しながら、一切も顧みぬ。聞こえはいいが、要は貴様は己と己に関わるモノにしか視線を向けていない、実に狭苦しい在り方だ」

 

 

 

言われた言葉をしっかりと受け止めたオズワルドはふむ、己の過去を見返す。

成程。

確かに自分の人生に他人が存在しないとは言わないが、オズワルドにって他人とはあくまで己の全身を前に立ち塞がる壁になるか、己の背後で震えるか、罵倒するか、称えるかのようなものだった。

己に武を教えて頂いた師であったりは違うのだろうが……やはり、オズワルドにとって他人とは正しく"自分以外の他の人"でしかなかった。

 

 

 

「人間は醜悪でか弱い生き物よ。己が肉体一つで成し遂げれる事など余りにも小さいし脆い。だが、オズワルド。そんな人間の愉快な所は他人を受け入れる器は無い癖に、多くを迎合し、集団として一つの形に収まる事を是とする理性と本能。これには虫も獣にも真似できん」

 

 

個人では弱く、何も出来ない為、集団を持って一つの事を成し遂げるという意味ならば確かに人間は他の動物のそれよりも遥かに巧みでありながらどん底だ。

動物のそれがシステマティックな生態としての集団動作であるが故に弱肉強食という概念はあっても裏切りという概念は存在しない。

 

 

 

「確かに人間の特徴的な分野であり、愉快な部分ではあるが……しかし、集団で成す事の何に俺が求めるモノがあるというのだ?」

 

「逸る出ない。我が言う他者とは何も集団を意味するものではない」

 

 

嗤うアーチャーがマスターの勇み足を抑える。

むっ、と唸りながら腕を組むマスターもまたつい力んでしまったのに恥じたのか、何時の間にか踏み込んでいた一歩を戻しながら、今度は冷静にアーチャーの言葉を待つ。

 

 

 

「そも他人とは何だと思う? オズワルド」

 

「決まっている。自分とは違う、だ」

 

「然り。他人とは己と違う生物であり存在体。趣味趣向はおろか行動規範、願望、方向性が全く違う生き物だ。無論、似たり寄ったりのつまらん雑種はいるだろうが、総じて全く同じ、という存在はほぼおるまい」

 

 

同意見であるのだろう。

オズワルドもアーチャーの言葉に頷き、先を促すように黙す。

それに応じ、アーチャーは酒に月を映し、まるで星すらも己が愛でる対象と言うように血の色をした眼を光らせる。

 

 

 

「分からぬか、オズワルド──つまり、他人にはお前が持ち得ない余分を持ち合わせているという事だ。大半はお前の眼には下らぬモノばかりを持ち合わせた輩だろうが……時に雑種の中には愉快な程に捻じれた人間もいれば、狂気のような純粋さを持ち合わせている者もいる。ふん……そういう意味では人間とは総じて畸形であると言えるだろう……今の世は随分とつまらぬ形ばかりが浮き彫りにされているがな」

 

 

現代の人間は価値ある者が少な過ぎる、と断じた男は黄金の王気に少しばかりの不機嫌の色を覗かせたが、マスターであるオズワルドは全く気にせず、ふむ、とアーチャーの言葉に深く頷き

 

 

 

「……つまり、俺の求めるモノ、欠けていると感じるモノは物事ではなく……他人によって見出すものかもしれない、と?」

 

「万全である形を持って満足しない者が完全になるには己だけでは足りぬ。あらゆる出来事も欲や物でも満足しないとすれば……最後に埋めるべき欠片は人だ──それがどのような結果を招き寄せるかまでは知らぬがな」

 

 

くくっ、と血の匂いを漂わせながら嗤うアーチャーのそれは間違いなくマスターであるオズワルドに向かっていた。

己を愉しませるモノであるならば、オズワルドがどれだけ惨たらしい結末になっても構わん、と言葉も無しに告げるアーチャーは正しく人から外れた理を持って、人を愛でる邪心を持ち合わせていた。

通常のマスターでも勘が鋭い人間ならば気づくだろう。

 

 

 

 

この黄金の英霊は己の愉しみの為ならば、例えマスターであっても"使い潰す"事を

 

 

マスターを殺せば、楔を失ったサーヴァントは消滅するのだが……この男にとってはそんな事で愉しみを空費する方が下らぬ、と断言するだけだろう。

相手が召喚者だろうがなんだろうが、王の決定は絶対だ、と己の法を貫く男には迷いも情も無い。

 

 

 

 

そんな欲望に曝された男は──こともあろうに笑みを深めていた

 

 

それは正しく肉食動物の笑み。

黄金の獅子として誰よりも雄々しく、凶暴な暴食獣のような笑みを浮かべ、アーチャーの言葉を祝福として受け止めていた。

 

 

 

 

「──なら、結末は決まっている。それが正しいかどうかはまだ不明だが……もしもそうならば、俺はどんな結末に陥ろうとも笑って果てるであろうよ」

 

 

 

オズワルドはアーチャーの言葉を全て理解した上で笑って告げている。

己の想像にも吐かない絶望極まる結末を迎えるやもしれんが……オズワルドは例え、足先からゆっくりと捕食されたとしても笑いながら果てれると断言出来る。

そもそもオズワルドは死を恐れない。

彼は魔術の基本原則である魔術を習うとはすなわち己の死を受け入れる、という基本にして、しかし正しい意味で受け入れて切れない前提を当たり前のように己に刻んでいる。

命を奪う者としての当然の責務。

 

 

 

 

殺すという気概を持つ以上、どのような殺され方をされても笑って受け入れる気概を持たずしてどうして他人を殺せようか

 

 

例え、その死に様が道半ばによる死であったとしても、オズワルドにとってそれは所詮、自分はそこまでしか生きれなかった下らん命であった、と蔑むだけである。

獅子のような苛烈さと激しさは当然の如く己にさえ向けている。

 

 

 

「俺は無様な生よりも閃光のような死を尊ぶ。人間とはただ生きるだけでは余りにも面白味が欠ける。重要なのは如何に生きるか、ではなく如何に死ぬかだと思うのだがお前は違うのか──ギルガメシュ」

 

「戯け。貴様如きが王に覚悟を問うなど不敬極まる。本来であればその舌を切り落とす所だが……が、稚気を持っての問いに真面目に受け答える方が阿呆か」

 

「それ自体は否定せんが、俺とてお前に言葉を発する時は常に命懸けである事は承知しているとも。しかし、知りたい事は知りたい。聞きたい事は聞きたい。告げたい事は告げたい。実に単純な心理だと思ってくれないか?」

 

「それこそを阿呆と言うのだ」

 

 

 

黄金の獅子のような男が黄金のサーヴァント──人類最古にして最強の英雄王を心の底から畏敬の念を得ているように、英雄王もまたこの時代に生まれながらも埋もれた獣のような人を嗤う。

 

 

 

 

──互いに対する感情は敬意と愉悦だけではない

 

 

 

英雄王は無言で告げた。

己の愉しみの為ならば、己がマスターですら悠然と絶望を与えると。

男は言葉で告げた。

如何に生きるよりも如何に死ぬかが主眼であり……それに応ずるのであれば、誰が相手でも敵対すると。

それすなわち──互いが互いに己の欲望を邪魔するのであれば何時であろうとも躊躇わずに殺し合う、という事だ。

英雄王ならまだ分かるだろう。

往来の気質もそうだが、それ以上に彼はサーヴァントだ。

人を相手にした時、サーヴァントが人間に負ける事なんてほぼ無い。

それもサーヴァントとして最強の一角とされているギルガメシュならば猶更に。

 

 

 

 

で、あればオズワルドはサーヴァントの力量も見通せない能無しであるかと言えば──それも否だ。

 

 

オズワルドはギルガメシュの力を一切見誤っていない。

敵対すれば自分が100%を超過するレベルで敗北すると理解している。

 

 

 

 

 

理解した上で──それでも己を曲げぬと笑う大馬鹿者であるだけである

 

 

 

故にギルガメシュもオズワルドなりの敬意と生き方を嗤うが故に多少の失言に目を瞑り、オズワルドは戦意は持てども……本音を言えば出来る限り戦わなければいいが、と笑う。

それは臆病風に吹かれたわけではなく……単にまだこの王と語り合えれば、と願っているからである。

 

 

 

「……そろそろか」

 

 

オズワルドは再び視線を地上に向ける。

まるでその言葉を待ち侘びていたかのように地上を所々覆っていた雲は払われ、何も邪魔する事のない地上の風景が現れた。

大地を見下ろすオズワルドはその光景に感嘆しながら苦笑する。

こんな高所から見た事も無いというのに全身を懐郷の念に覆われてしまっているのだ。

存外帰巣本能とは馬鹿にしたものではないな、と思いながら、オズワルドは敢えて否定せずに言葉を小さく紡いだ。

 

 

 

 

「……欧州の大地。懐かしき我が故郷までは日が出たら着くか」

 

 

その気になれば高速で着けるのだが、ギルガメシュにその気はなくオズワルドも特に急ぐ理由はない。

だから、オズワルド夜闇の中、一人笑みを零す。

己の意思で世界を踏破するつもりではあるが、やはり己の願望を叶えたいという願いはある。

英雄王の言う通りであるならば、己の望みを埋める物が人である以上、巡り合うのに必要なのは運だけだ。

だからこそ、願わざるを得ない。

 

 

 

 

己が欲する者を──どうか今直ぐにでも会わして欲しい、と

 

 

 

※※※

 

 

遠坂真は嫌な汗と共に起床した。

思わず魔術回路を開き、架空の設計図を脳内に描きながら周りを見回す。

周りには既に起きているセイバーが鋭い目で窓を睨んでいるのを見ており──そこで気付く。

起きた原因は視線だ。

それも窓に張り付いているとかそんなのではなく……酷く遠い場所から己を見つめられているという確かな確信が己の体と心胆を冷やしていた。

 

 

 

「セイバー……これは……」

 

「はい。恐らくアーチャーですね……既に監視されています」

 

 

……真が眼球に強化を叩き込んで窓の外を見るが、彼の視力ではアーチャーの姿を見つける事が出来ない。

つまり、アーチャーは真の視認距離からも遥か遠くから自分達を見ているという事であり──そこからですら自分達を殺傷出来るという証左であった。

朝から冷や汗を流しながら、真は直ぐに立ち上がる。

 

 

 

「──速くここから離れよう。ここを巻き込むわけにはいかない」

 

「はい、ですが……」

 

「……分かっている。逃げるのは不可能、だな──アーチャーの能力って言ってもバーサーカーの時の彼だけど、それは頭に叩き込んでいるよなセイバー?」

 

 

無論、と頷くセイバーの冷静さに正直ホッとしながら自分は直ぐに服を──いかん、これ、俺がここで脱いだらセイバーもここで脱いでしまうのではないか?

いや、そんな悠長なことをしている場合ではないのは分かっているのだが、既に監視されている状態でセイバーを霊体化させるわけにはいかない以上、人の眼がある場所であの鎧を着させるわけにはいかない。

 

 

 

 

「……」

 

 

ごめんなさいホテルの皆さま、と内心で告げながら服を片手に速攻で風呂場に突撃した。

セイバーの事だから急がないとどうかしましたか? と首を傾げながら突撃しそうだからマジ速攻で。

 

 

 

 

※※※

 

 

閑話休題、速攻で荷物を纏めてチェックアウトし、ホテルから出て──まるで真夏の太陽を浴びたような感覚が己の身を灼いた。

 

 

 

「うっ……くぅぅ……」

 

 

焼けた岩石を両肩に乗せられたような感覚に真は一瞬、よろめきそうになる。

先程までのが監視なら……これは恐らく敵意だ。

お前を打ち倒すぞ、という人間ならば誰もが持っているであろう感情が……ギリシャの大英雄が発したのならば如何なる魔術師であっても発狂しそうになる程の圧となる。

 

 

 

死ぬ

 

 

魔術師としての高さなど関係なく死ぬという事象が頭に思い浮かび、何度も血飛沫を巻き散らかしている自分を幻視する。

様々な方法で死ぬ自分を見つめ、自然と呼吸が荒くなる中──ひんやりとした感触を手を包んだ。

 

 

 

「大丈夫です──死ぬ時は一緒ですよ」

 

 

 

「──は」

 

まさかそんな怖い事を言われるとは思ってもいなかったのつい自然と笑ってしまう。

てっきり私が守ります、とかそういう格好いい系の言葉を告げるかもと思っていたらまさかの駄目な時の場合を教えてもらえるとは有り難くて泣きそうだ。

お陰で死ぬに死ねない。

 

 

 

「……意外。セイバーはそういう時、現実的な事を言うと思ってた」

 

「現実ですよ。貴方が死ねば私も死ぬ。サーヴァントなのですから当然です」

 

「自分が死んだらそれこそアーチャーのマスターとかに二重契約を申し込んでみたらどうだ?」

 

「まさか──少なくとも今回の現界では私のマスターは貴方だけですよ」

 

 

どーにも有難い言葉を聞きながら、真は背筋を伸ばして立つ。

とりあえずアーチャーからやる気ある有難い視線を感じ取れる。

それはいい。

しかし……早朝故に多くの人はいないがそれでもまばらに人がいる中だ。

人払いの結界も張られていない以上、今、ここでやり合えば周りに被害が広がる。

 

 

 

……アーチャー、ヘラクレスなら覚悟を決めればやりかねないが……あのマスターがそんなタマかな……?

 

 

アインツベルンと、魔術師と決別したというような態度が昨日の彼女の態度であったが……しかし願いがあれば周りを無視するというのは別に魔術師特有の考えではない。

そうなるとここは不味い。

関係ない人を巻き込んでしまう。

早く場所を変えないといけないのだが……足ではアーチャーの知覚から外れる事は恐らくほぼ不可能だろうし、昨日かっぱらったバイクを使うのはより不安定な体勢になる以上、更に危険だ。

どこかに逃げ込まなければ、という思考から真は視界を見回す。

 

 

 

車に強化をかけて逃げる……駄目だ。アーチャーの弓なら強化しても間違いなく貫く。

なら、細道を利用してアーチャーの視線から外れる? 可能ではありそうだが……細道に逃げられる前に仕留められる可能性が有る為、一旦保留。なら、いっそこっちから近付くというのも手だが……真っ向から近付くのはリスクが有り過ぎるから、あるとすれば……

 

 

思考を深めながら、真は様々な手段を考え──ふと疑問に思った。

 

 

 

……何で、攻撃を仕掛けてこない?

 

 

一般人も容赦無用という性格ならもう攻撃を始めてもいいだろう。

アーチャーの力量を考えれば多少遠距離とはいえ当てれる筈だ、と知名度からくる信頼度だが間違いでは無いと思う。

なのに、未だ攻撃を仕掛けてこないのは……やっぱり一般人を巻き込むのは御法度と考えているか──もう既に攻撃を仕掛けているから?

ぞっとする思考に真は反射的に魔術回路を開き、身体に強化を掛ける。

セイバーもそれに気づいて、刀だけを実体化して不自然に見せないように手元に置いているが、今は注意している余裕はない。

 

 

 

 

……いや、幾ら何でも早計か……?

 

 

攻撃を仕掛けてきているのなら、セイバーは勿論の事だが俺だってその魔力と恐らく発生する大音量と衝撃を感じ取れる筈だ。

幾らアーチャーとはいえ物理法則を超えるには魔力を使わなければ不可能の筈。

そう思い、顎先に流れる汗を腕で拭いて──ふと空を見上げる。

見れば、空はどんよりと雲に覆われており、もう少しで一雨来るんじゃないか、という嫌な天気。

そういえばようやく天気の事に気付いたと思い、緊張感の中だと雲ですら癒しになると思い──強化された瞳が雲とは違う黒点を見つけ

 

 

 

 

「──あ」

 

 

全ての納得を驚愕と共に受け止めながら、真を貫くそれを躱す事が出来なかった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

セイバーはマスターが空から落ちて来た物に貫かれるのを呆然と見ていた。

類い稀なる動体視力を持つセイバーには落ちて来た物が自分には現代のどの道具よりも見慣れた原始的な木製の矢である事を捉えたが、それ故に衝撃が強かった。

 

 

 

──馬鹿な!!?

 

 

セイバーは一切隙など作っていない。

断言出来る。

例えば、今、欠伸をして通り過ぎて行った男性が唐突にアーチャーに変貌して攻撃を仕掛けるという奇想天外な事になったとしても反応出来ると断言出来るし、何なら今、出て来たばかりの宿の扉からアーチャーが現れたとしても対応出来る。

全方位、全可能性を探りながら警戒していたセイバーに死角など無いと断言出来る。

ましてや遠距離から飛来する矢なんて最も警戒するものだ。

その有り得ない現実を、しかし受け止めるのもまた速かった。

セイバーは即座に矢を偶然かわざとかによって受けた左腕を抱えながら倒れようとする少年を支えながら、即座に己の足を使って直ぐ近くにある細道に入る。

そして直ぐに彼の腕の矢……貫通して危うく胸まで貫く所であったそれを見て、即座に矢尻が付いている部分の木の部分を切り落とし、

 

 

 

 

「抜きます」

 

 

の一言と共に抜き取った。

流石に痛みを堪えるような歯を食いしばっていたが、危機が迫っている以上、マスターの片腕が使えない状態になるのは避けたい。

幸い綺麗に貫通しており、骨や神経は外しているようだから治療はそう難しく無いものと察し、そのまま鎧に換装しマスターの盾になる。

……視線は感じるがやはり姿は見えない。

セイバーが感じるように敵はやはり長距離からの狙撃を持ってマスターを射貫いた事になるが……

 

 

 

「マスター……今のは……」

 

「ああ……とっても絶望的で、出来れば鼻で笑って欲しい推理が一つあるんだが、出来るかセイバー?」

 

 

軽口を叩いているが……その顔は引き攣った笑みを浮かべており、声は余りにも馬鹿らしい絶望に笑っていた。

息を飲みそうな顔に、しかしセイバーは頷いた。

そうか、と魔術で治療を続けながら、マスターはその鼻で笑って欲しい推理を披露した。

 

 

 

「……俺とセイバーの感知能力を乗り越えて魔力を持った一射を俺達に気付かせないで当てるなんて多分ほぼ不可能だ。速度で誤魔化そうとしてもセイバーが気付く。微細な魔力で誤魔化そうとしても俺が気付く。なのにこうして矢が届いたっていうなら……方法は一つだけだ。セイバー、()()()()()

 

 

 

私と同じ、という言葉にどういう事だと訝しがろうとして……今、握っている刀を見る。

 

 

 

 

私と同じ……私が出来る事は刀を振るう事だけで……

 

 

 

──気付いた瞬間、セイバーもまた冷や汗を流した。

この事実に気付いた時のマスターの絶望と驚愕は如何ばかりであったのかを身を持って体感しながら、セイバーもまた思わず笑いそうになる声で、答えを返した。

 

 

 

「……つまり、何ですか? ──アーチャーは超長距離狙撃を、一切、()()()使()()()()成功させた、と?」

 

「どうだ? セイバー。出来れば馬鹿らしい、と言って笑い飛ばしてくれないか?」

 

 

とんでもない無茶振りを振ってくるマスターに応えられる度量が無い自分には出来ない相談である。

確かにとんでもなく馬鹿らしい事この上ない推理だ。

アーチャーの正確な距離は不明だが……最低でも1里は離れていると思われる。

最大ではその倍以上だ。

それを……魔力はサーヴァントである以上、最低限は消費しているだろうが、その程度なら確かに自身の感知能力でも気付かないが……己の筋力に風向きやマスターの行動予測、更には己が気付かないように矢の飛ぶ先も調節する。

どれを取っても不可能の領域だ。

そもそも弓が保たないだろう……と思ったが、アーチャーの弓が神代の頃の物で制作されているのならば保つのか。

だが……だが、それでもこればかりはセイバーでも絶句するしかない。

 

 

 

 

艱難極まる試練を全て突破した大英雄の絶技

 

 

 

神業なんてちゃちな言葉では扱いきれない魔技。

正しく神の栄光(ヘラクレス)と呼ばざるを得ない。

その畏怖は自身たちの退却が絶対不可能である事を示しており──しかし、次にマスターが浮かべたのは恐怖ではなく……不敵極まる笑みであった。

 

 

 

「──はっ。ここまでお膳立てされたなら逃げる気も失せるわな」

 

 

あるいはそれは追い詰められたからこその蛮勇。

逃げる余地が一切無くなったからこそ、攻撃本能に全てを注いで生み出された笑みと同時にセイバーの全身に膨大な魔力が駆け巡る。

 

 

 

「……っ」

 

 

近代の英霊であるセイバーの魔術回路は強靭ではないが、仮にも英霊の回路だ。

人を超えた精霊種として成り立っている魔術回路を──全て埋め尽くさんばかりの魔力にセイバーは危うく悦の声を上げそうになる所であった。

その代わり、セイバーもまたマスターと同じ笑みを浮かべる。

別段、セイバーも強敵を相手に喜びを得る様な神経は持っていないのだが……明確に己よりも上を行くかもしれない相手というなら話は別だ。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

己の魂が真に屈したのはあの御方だけだ。

故にそれ以上の絶望等許せない。

最早、斬殺するしかない、と冷たい笑みを浮かべながらマスターの敵意に感謝する。

 

 

 

「──セイバー。徹底抗戦だ。マスターはともかく……サーヴァント相手にまで優しくする気は流石に俺も無い」

 

「ええ、分かりました──如何な大英雄であろうとも此度は一切合切斬り捨てましょう」

 

 

この戦争において遂に敵意を持って剣の主従は意思を合致させた。

今、この時だけは間違いなく遠坂真は聖杯戦争のマスターであり、上杉不識庵謙信もセイバーのサーヴァントであった。

願望器ではなく己の生存を勝ち取る為のそれを持って、二人は完全な戦闘意識を作り上げ、行動を開始する。

 

 

 

「──しかし、どうやって近付きますか?」

 

「ああ。空から攻撃されたからお陰で逆の方法を考え付いたよ」

 

 

そう言ってマスターが視線を向けると見ればそこには……確かマンホールとか言ったか。

この街の地下に繋がる入り口の一つに視線を向けられ、成程とセイバーも頷く、が

 

 

 

「……それだけでは少々距離が離れて過ぎていると思われますが……」

 

「問題無い──敵は一人じゃないだろ?」

 

 

その言葉と共にセイバーは今度は巨大な魔力を感知し──しかし自分達とは別の方角に飛んで行くのを悟り、マスターの言う言葉も理解と共に咀嚼する。

そうだった。

今回の闘いはあくまで3竦み。

敵の敵はあくまで敵だが……利用出来るのならば敵でも活用するべし。

己よりもマスターが先に考えに至ったのは少々緩み過ぎだが、その反省は剣で返すとしよう。

 

 

 

 

「では」

 

「ああ、反撃の時間だ」

 

 

 

──殺し合いの開幕は静やかに

 

 

 

 

 

二度目の英霊闘争は未だ多くの人々が寝静まる早朝にて開始した

 

 

 

 




いや、ちょっと待って──ギルガメシュ書くの楽し過ぎ!
くっそ、やっぱり英雄王って超格好良すぎる!


あ、でも……もしも何かこれは少しギルと違うんじゃないかっていう言葉やら何やらがあれば遠慮なく指摘してもらえれば。


そして再びオリジナルマスターですが、御覧の通りに事、精神力だけで言えば恐らく全マスター中最高のイカレ具合。
英雄王相手にも引かず、媚びないそれは実は召喚した直ぐに恐らく軽くでしょうけど殺し合ったかもしれない英雄王ならやるのかなぁ……くっそぅ! きのこさんにそこら辺のお話聞いてからやっぱり書きたいですなぁ!!



そして! そしてそして! ようやく前回に追い付きました……!!


いやぁ、ヘラクレスなら無茶振りをしても軽く返してくれるから素敵ですね!
最早、神業と言うのも生温い大絶技。
まず筋力から無理ゲー判定が入るでしょうし、次に視力で無理ゲー入って、というか全部無理というか不可能ゲー。
しかし、それを覆してこその大英雄。




セイバーが近代だからこそ成し遂げられた人の極みであれば

アーチャーは神代だからこそ成し遂げれた人体を凌駕した極みという



ともあれ、本当に前回からお待たせしました。ここからがいよいよ自分も読者さんにとっても未知の領域です。
どうかこれからもよろしくお願いします。



感想や評価・投票などよろしくお願いいたします。


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魔は集う

 

アーチャーは自身の千里眼を持って己の矢がどうなったかを見届け、小さく吐息を吐いた。

すると隣に立っている白い少女が厳しい顔で問うた。

 

 

 

「……死んだ?」

 

「いや。運が良い。偶然上を見上げた時に気付き、腕を盾にされた」

 

「……そう」

 

 

そう、と頷く少女は残念そうに呟いているようにも見えるが……ホッとしているようにも見える。

その事情を昨夜の内に聞いているアーチャーは決して警戒を解かないまま声を掛ける。

 

 

 

「……殺したくないか?」

 

「……言う資格も、余裕もないもの」

 

 

否定出来ていない答えにさしものアーチャーもマスターに気付かれないように嘆息する。

皮肉な運命だ。

よりにもよって偶然出会った敵マスターが自身のマスターにとって憎む様でありながら惜しむ様な相手であるとは。

聖杯を手に取るという願望がある以上、少女には最低限サーヴァントを全員殺す必要がある。

マスター自身は必ずしも殺す必要があるわけではないが……今のようにサーヴァントが強敵であるならば一番安全な方法はマスターの暗殺だ。

ならば、せめて少女に見えない形で終わらせれば、と思ったが……向こうにとっては幸運だろうが、こちらにとっては不運な形に終わった。

 

 

 

運命とは織物のようだ、と言われるが、成程、確かにこれは実に出来た厭らしい織物だ、と嘆息するしかない

 

 

神々はいなくなったというのに未だ世界と人を絡めとる様な糸があるのではないか、と深読みしたくなる。

止めてもいい、と言う事は簡単だが……少女の願望と意思を知っている以上、迂闊な言葉は彼女の全てを穢す言葉に成り代わる。

故にアーチャーはクラリスが望まないのであれば、ただの弓となる事を己に課そうと決めていると次は敵意の声でクラリスが問うてきた。

 

 

 

 

「ランサーの方はどうなの?」

 

「ああ──流石と言うべきか。こちらの奇襲にも全て対応された」

 

 

遠くを見る程度の千里眼で見える光景には8㎞程先にある高級ホテルの()()()()()()()()()()()()()()()

本来であれば、そんな派手な事をすれば他者を巻き込むと言い、クラリスから禁じられている行為だが……向こうの魔術師の資金力が仇になったのだろう。

注意深く見てもランサーの主従以外の人間が従業員以外見当たらないからアーチャーは躊躇わずに派手な攻撃を292発程叩き込んだ。

勿論、ホテル自体が崩れ落ちないように細心の注意を持っての射だったが……こちらもほぼ無傷。

見れば太陽の如き焔を身に纏っているランサーがいるので恐らくこちらの矢は全て溶かされ、その上で弾かれたと見て取れる。

 

 

 

これだから自分のような半神半人は一切の油断が出来ない。

 

 

無論、それはセイバーを下に見るというわけではないが。

 

 

 

「済まないマスター。どちらも健在だ」

 

「……シンの方はただの運だけど、ランサーの方は少し癪ね──でも大丈夫。アーチャーは強いんだから」

 

 

白い髪を風に揺らめかせながら笑う姿に──アーチャーは正体不明の痛みに襲われる。

 

 

 

 

マスターとのラインを通して片目に映るノイズ混じりの映像には……雪に包まれた森の中、辺りと全身を互いに血に染めた雪のような儚くもか弱い少女と自分の姿があった。

 

 

 

……これは自分の記憶ではない。

クラリスの……否、クラリスという素体によって繋がったかつての聖杯の器の一人の記憶……クラリスが母と呼ぶ少女の記憶。

クラリスよりも遥かに幼い、未だ親に守られているべき年頃にしか見えない小さな、小さな姿。

そして呼び出された自分は……バーサーカーとして呼び出された自分。

クラリスと契約してから時折見る事になる光景は恐らくクラリスの母親が最も自分の心に刻んだ光景であったのだろうと思われる。

その母親がどうなったかはクラリスは何も告げない。

しかし、告げられるまでもない。

もしもその母親が勝ち上がっているのだとしたらクラリスは鋳造されていない。

 

 

 

 

──故にアーチャーは慢心など欠片も持たない

 

 

片目に映る小さき祈りと現実に微笑む己のマスターに対して己の全てを注ごうと誓った。

十二の栄光(キングスオーダー)こそ使えずとも、それら以外で自分に使える技能や手段なら幾らでも使おう。

ありとあらゆる悪逆非道を持って少女が救えるのならば、ヘラクレスは喜んで己の名を地の底にまで叩き落そう。

だからこそ、アーチャーは敢えて少女の言葉に言の葉を持って返した。

 

 

 

 

「──無論だ。此の身こそが最強である事を証明しよう」

 

 

己の言葉に嬉しそうに笑う少女に、小さく微笑み返しながら──アーチャーはマスターを抱えながら、炎を持ってこちらに飛翔してくるランサーに向けて何の容赦も無く矢を放った。

その矢の行きつく先を見ないままにクラリスは懐から携帯を取り出して、皆にお願いした。

 

 

「──皆。人払いの結界をお願い。終わったら皆、街から離れて。絶対に荒れるから」

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「──揺れるぞマスター」

 

 

シルヴィアを己を抱えながら飛ぶサーヴァントの唐突な言葉に即座に魔力で己を守る。

短い付き合いだが、ランサーが告げた言葉を違えた事が無いが故と理解しており──その上でそれだけで終わらないだろうという考えからだ。

結果的にそれは正しい判断であった。

 

 

 

「──くっ!?」

 

 

視界全てが回転する音速のバレルターン。

Gもさるながら人という身体構造から有り得ない回転と速度は脳を揺らし、吐き気を催すがそれら全てを活力と誇りをもって持ち直す。

 

 

 

 

「──迎撃ですの!?」

 

「ああ。そしてこれで終わりではない」

 

 

気軽に絶望的な言葉を告げるランサーの言葉に合わせて前を見ると──そこには前方の視界を埋め尽くそうとするかのような怒涛の赤光。

それら全てが一つ一つはただの小さき矢である筈なのに、大英雄が使えば、それらは現代のミサイルよりも苛烈な殺戮兵器となる。

もしも滅びの光景というものがあるなら、それは今、シルヴィアの前方に広がっていた。

常人所か、一流の魔術師が見ても絶望と共に目の前の光景を受け入れても仕方が無いそれを

 

 

 

「──任せますわよ!?」

 

 

これで終わりなど信じぬ、と叫ぶ意思を己の槍に託した。

その気高き意思に太陽の槍兵はマスターにも気づかぬ程小さな笑みを溢し

 

 

 

「──任された」

 

 

全身を燃やす炎よりも更に鮮烈な炎が彼の手の中に顕現し、灼熱は巨大な長槍の形になって彼の手に握られる。

あの暴威を前に下手に引けばそれこそ槍衾ならぬ矢衾になるという判断からランサーは前進する事を選ぶ。

マスターがそうであるようにランサーもまたここで終わる事など信じていなかった。

一人だけならば、炎の魔力を持って焼き払いながら進むところだが、今使えばマスター事焼いてしまう。

故にランサーは槍だけを持って全てを対処する事を誓い──そのまま激突した。

 

 

 

 

「……!!」

 

 

激震と衝突音は同時。

まるで戦闘機と戦闘機が激突した時のような激しい爆発音と衝突音はカルナの飛翔を止めるには十分であった。しかし

 

 

 

「おおおおぉぉぉ……!!」

 

 

沈着なランサーが普段のそれをかなぐり捨てて槍を振り回した。

今まで修めた精緻な技術よりも力と意気を押し出した槍の一撃は一振りで十数本の矢を叩き落していた。

ヘラクレスがギリシャ随一の大英雄であるならば、カルナはインドにおける大英雄の一人。

知名度における差はあれど、格という意味ならば彼の大英雄にも比肩し得る。

次々と射られながらもカルナは槍を、必要な時は盾も利用して前進する。

一秒に数十は飛んでくる矢を、ランサーは一秒で同じ数だけ叩きとして前に出た。

 

 

 

 

埒外の暴威とはどちらの事だったか

 

 

 

 

矢が飛ぶだけで音速の矢に追随するソニックブームが高層ビルの硝子を砕き割る。

 

 

槍を激しく振り、弾くだけで傍にあるマンションの屋上に断裂が刻まれる。

 

 

 

ランサー達は知らないが、クラリスが人払いの結界を張っているからこそ人々に影響が出ていないが、それだけに二人の闘争の苛烈さを物語っていた。

しかし、その膠着も次の瞬間、打破される。

 

 

 

「──視えたぞ」

 

 

カルナの両の眼が遠方に居るアーチャーの姿を視認する。

ランサーのクラスである以上、彼には千里眼は持ち合わせていないが……彼もまた弓兵としての素質がある英雄であり、スキルが無くともある程度の距離ならば素のまま視認する事が出来る。

当然、槍を届けるにはまだまだ遠い距離だが

 

 

 

 

「我が視線の先に灼熱は生ず」

 

 

視えているのであるなら、彼の焔は届く。

右の眼から発せられる眼力が形となってアーチャーがいるビルにまで光が一瞬で伸びる。

光を放ちながらどう対応するかを見届けていたランサーは──恐ろしい対応を見た。

アーチャーは放たれる眼力、灼熱を纏うそれに対し──まるで迎え入れるように空いた手を掲げ、受け止めたのだ。

 

 

 

「……ぬぅ!!」

 

 

アーチャーの左の手に収まるように、しかしそこから逃げるように暴れる暴威はアーチャーの左手を確かに焼いたが

 

 

 

「──!」

 

 

呼気一つで捻じ伏せられた。

砕け散るかのように己の宝具の応用利用の一つが無効化された事に、さしものランサーですら眼を見張った。

武器で防がれたり、魔術で防ぐ、もしくは無効化、一番有り得る手段として回避ならともかく……焼け焦げているとはいえ生身の肉体、それも左腕一つでそんな無茶を通すのか、とランサーは喜悦と呆れの半々を顔に出すのを止めれなかった。

カルナの焔はただの魔力放出ではない。

彼の出生……太陽神スーリヤと人間の間に生まれた彼の焔はサーヴァントとして聊か出力は落ちていても、その炎は太陽の如き業火である筈だ。

 

 

 

 

如何にヘラクレスと言えどもそう容易く乗り越えれるモノとは思いたくないが……

 

 

ランサーは続けたくなるような疑問を、しかし焼け焦げた左手をそのまま利用するアーチャー相手には続けられない。

己の思考を、恐らく宝具の効果と彼自身の強さの両方だ、と結論付けて槍の穂先に焔を灯す。

視覚による灼熱が届かないのならば、槍兵としての己であの弓兵を打倒するしかない。

 

 

 

 

──カルナもまた揺るがない

 

 

 

カルナの最大の特性は不滅の鎧でも無ければ神をも殺せる槍でも、ましてや絶大な炎の魔力放出でもない。

それは強靭という言葉ですら足りない"意志"の強さ。

臓腑を抉られようが、他者から裏切られ、乏しられようが──悲劇の末路を辿った今でさえ微塵たりとも他人を憎まず、己を憐れむ事も無かった施しの英雄。

 

 

 

 

幾度落陽を迎えようとも、立ち上がる不敗の精神こそがカルナを大英雄足らしめている。

 

 

 

故にカルナは最大の脅威を前に敗北を考える事など一切考えず、ただ勝利する事だけに専心する。

既に振り払った矢の数は三桁は超え、残り数十秒もすれば桁は一つか二つは増えるであろう。

しかし、時間の概念は永遠という時を許さない。

 

 

 

 

ランサーにとって最も凶悪な敵──アーチャーとの距離という敵が今、ようやく詰まった。

 

 

 

 

「……!!」

 

 

勝機を掴む為にランサーは惜しむ事を止めた。

自身が持つ魔力放出の最大出力を、今、ここで解放した。

スペースシャトルの噴射にも等しい炎の噴出はランサーをして痛みを感じる程であった。

マスターに対して最低限の傍に浮遊している鎧の一部を回して防御に回しているが、一つも泣き言を言わずにこちらの無理に付き合ってくれた事に感謝しながら──遂にランサーはアーチャーに肉薄した。

 

 

 

 

「捉えたぞ、アーチャー……!」

 

 

浮遊する鎧の一部にマスターを預け、アーチャーのマスターの傍にまで届けるようにし、焔を纏うランサーは今こそ槍を上段に持ち上げ、振り下ろした。

空気を焼き尽くし、地上一切を焼き払う槍は持ち主の意に沿って対象を焼き断とうと唸り

 

 

 

 

「──勝ち気になるには聊か早いぞランサー」

 

 

──彼の持つ弓に塞がれた。

最高級の槍に対して如何に神代の頃の素材を利用した弓とはいえ槍を受け止めるのは聊か可笑しな光景だが……傷一つ付かないのを見れば信じるしかない。

ランサーもそこに拘泥する事は無かった。

即座に槍を引き、二の槍を繰り出そうとするが、それよりも早くアーチャーの剛腕が空間を引き裂きながらランサーの鳩尾に迫りくる。

咄嗟に槍の柄で防ぐことは間に合うが……アーチャーはそんな事に頓着しない。

 

 

 

「──」

 

 

呼吸一つ。

僅かな酸素だけで全身を満たしたアーチャーの腰の入った一撃はそれだけで空間を揺るがし、爆音を響かせた。

10トン程の爆弾が爆発したかのようなそれは最早拳というより炸裂弾のそれだ。

受け止めたランサーですら思わず槍の柄が折れたような感覚を抱く程であったが……結果としてランサーはそれらを全て受け流し、耐えきった。

 

 

 

「……」

 

 

二人からしたら刹那の間の沈黙が空間を覆い……しかし、直ぐにそれをアーチャーが破る。

彼は巌のような体と顔のまま、しかし闘気だけを滾らせ──片手の指先をランサーに向け、くいくい、と数度曲げた。

分かりやすい挑発に苦笑するランサーはその上で闘志を燃やす。

 

 

 

 

「その挑発に乗ろうアーチャー」

 

 

ランサーの声色は常にない高揚の色が見て取れた。

別にランサーは己が生きた時代においても常に勝ち続けてきたわけではない。

己の師や友……最大の好敵手、アルジュナ。

己に匹敵する存在等数多くいたし、カルナ自身が自分を最高だとは欠片も思ってもいない。

 

 

 

──だが、ここまで明確な上を見上げる相手は同等の相手という意味では無かった気がする

 

 

高揚は喜悦と変じ、即座に槍を構える。

ミシリと踏み鳴らした偽物の大地が悲鳴を上げるが気にする事は無かった。

今、必要なのは己の槍とこの高鳴りだけだ。

高ぶる思いに付随するように魔力を、アーチャーからも感じ──互いの速度は音速の域に入った。

 

 

 

秒間100に近い刺突を繰り出す──が、それら全てを弓、拳、仕舞にはノーガードで防がれる。

 

 

全ての一撃はカルナにとって全力だ。

手加減何て微塵も込めていないというのに、全てを捉え、防がれている事に畏怖の感情を延々と蓄積しそうになる。

再度の刺突は下段からの振り上げを、アーチャーの赤眼は見切り、穂先に近い柄を掴まれる。

ランサーは即座に魔力放出を放ち、焔を槍に纏わせるが

 

 

 

「……何?」

 

 

多少なりとも焼かれているが……己の焔にしては余りにも効果が薄い。

籠める魔力も当然手加減などしていない以上、最低限握りしめた手は焼け落ちている筈なのに、原型所か今の感覚だと手の平しか焼けていない。

ほんの刹那の間だが疑問に囚われたランサーの隙を、アーチャーは見逃さない。

正しく一瞬。

握った槍を引き寄せ、体勢をほんの少し崩したランサーの頭頂部に──何時の間にかハンマーの如く合わせられた両の手によって作られた巨大な拳が撃ち込まれれた。

 

 

 

「──」

 

 

苦鳴すら漏らせない。

ランサーをして頭蓋が破砕されたような衝撃に、脳を揺らされ、全身を大地に埋め込まれた。

屋上全体を罅割れさせるような衝撃に、マスター達はたたらを踏んでいるのだが、アーチャーは手加減しない。

そのままランサーの頭蓋……否、頭全てを踏み砕くような隕石のような足を振り下ろす。

即座に軽い脳震盪から抜け出したランサーは逃げる為の一手を行う。

 

 

 

 

下──つまり、崩れかけの床をそのまま拳で砕いた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

一撃で罅割れた床はあっという間に崩れ落ち、屋上の下の階層にランサーは魔力放出も併用して落ちる。

踏み抜くつもりだった足を空ぶったアーチャーも下に落ちるが、唐突な足場の除去にも一切冷静さを損なわず、アーチャーは着地する。

しっかり見れば、どうやらここは廃ビルだったらしく、中身は何も詰まっていない空洞だ。

アーチャーからしたら下手しなくても、簡単に壊せるような構造にアーチャーは

舌打ちをしそうになる。

ここに来るときは他のビルから飛んで乗り移った為、中身を見ていなかった事が仇になった。

これが現代人なら廃ビルであっても、多少の中身を察する事が出来るのであろうが、現代人ではないアーチャーには想像するのは不可能であった。

下手に力を出せばビル事崩れる事を察した瞬間を狙うのもまた当然であった。

 

 

 

「……っ!」

 

 

アーチャーの視界の端っこに躍り出るように灼熱の槍が横薙ぎに振るわれるのを察知し、受け止めようと足に力を籠め──余りにもあっさりと大地が踏み砕ける感触を得た為、迷ってしまい、結果、ランサーの槍の一撃を諸に受け止めてしまい、吹き飛ぶ。

一瞬で脆いビルの壁を突き破って、外に弾かれる。

このままだと戦闘領域から弾き飛ばされると判断し、即座に行動する。

己の矢を飛ばす力を噴射代わりにして無理矢理ビルに戻る。

指の一本でもビルの壁に触れれば、十分な足掛かりだ。

直ぐにビルに指一本で吊り下がり、そのまま屋上にまで飛ぶ。

指一本で成し遂げたとは思えない跳躍をしながら、アーチャーは再び屋上へと舞い戻り、丁度ランサーも戻ってきたのを見て取り──屋上で派手な魔術を使って残った屋上も全て吹き飛ぶ光景が目の前で生まれた。

 

 

 

「きゃああああ……!!?」

 

 

互いのマスターが互いの魔術の余波で吹き飛ぶのを見て取り、即座にアーチャーはクラリスの下に駆け寄った。

唐突な浮遊感に驚いていた少女を抱きかかええると驚いた顔で振り向き、しかし私だと気付きホッとした顔をする少女に苦笑を浮かべそうになるが

 

 

 

「──余り派手にやるのは感心出来ないな」

 

「ち、違うわよ! あっちの野蛮人が派手にやるものだからこっちも返さなくならないといけなくて……!」

 

 

 

まぁ、そうなのだと思うが、向こうの魔術師も案外抜けているのか……しかしクラリスもクラリスで熱くなると派手にやる性分があるから余り信用できない。

ともあれ、今度は隣のビルに着地し、クラリスを下ろす。

至近距離で同じビルに降りたランサーの主従もいる故に、ここで再び再戦であると認識し

 

 

 

「……!」

 

 

恐らくランサーとほぼ同時に気配を知覚する。

突然のサーヴァントの気配に、当然、アーチャーは驚かない。

そもそも自分から攻撃を仕掛けたのだ。

あれから随分と時間を掛けた以上──セイバーが追い付いてもおかしくない。

 

 

 

──しかし、気配は二重にある。

 

 

自分達の背後とランサー達の背後。

自分達の背後には何も無く、要は突き当りしかないがサーヴァントの身体能力なら()()()()()()()()()()()()()()()

で、あれば当然、どちらかが陽動。

迷う必要は無い。

即座に振り返り、気配が丁度ビルを登り切った直後に弓を横薙ぎに振り

 

 

 

「……む!?」

 

 

直撃の感触を得ながら──しかし、それが人体ではない物を砕いた感触である事を理解し、思わず壊したものを見る。

 

 

 

 

──あの少年の剣か!?

 

 

 

空想の剣を持って出し抜いた──否、それだけではサーヴァントの気配を誤魔化す事は不可能。

となるとセイバーは恐らく本当に気配を感じた時には背後に存在していたのだ──それもランサーの背後にほぼ同時になるくらいに。

尋常ではない速度ではあるが、セイバーの足ならば不可能とは言えない。

もしかしたらどこかでビルの中を掘り抜いて真っすぐに貫通した道を通ったのかもしれないが……今、考える事は二つのサーヴァントが大きな隙を曝け出した事だ。

どちらを狙ってもセイバーに利はあるだろうが……セイバーの視点から一番脅威なのは間違いなく自分だ。

ランサーはまだ首を狙うという答えがあるが、私はセイバーにとって一番厄介な形の不死である筈だ。

 

 

 

故に狙うはクラリスか、と思い、アーチャーをして肉体が軋む勢いで体を捻って無理矢理姿勢を戻すと──セイバーは私達の立ち位置のほぼ真ん中からマスターである少年を背負って現れた。

 

 

 

片手だけであるが既に剣を横薙ぎの形に振り被っており、先日のセイバーのバトルスタイルに合わない姿勢に妙を感じるが

 

 

 

──宝具か!?

 

 

セイバーの手元から魔力の反応を感じ、真名解放やもしれぬと思い、目を見開く。

自分の感覚では聊かばかり魔力は多くないが……それが小さな奇跡であろうとしても人を殺すのにはわざわざ巨大な神秘は必要ないのだ。

アーチャーは攻撃本能をかなぐり捨ててマスターを守る為に少女の前に踏み出──そこでようやくアーチャーはセイバーの腰に彼女が扱っていた東洋の剣が納められている事に気付いた。

 

 

 

……!? セイバーの剣ではない!?

 

 

では、何かという答えは直ぐに眼球に映し出された。

 

 

 

 

それは剣というには余りにも美しく──異様に長大な剣

 

 

物質的にも異様なそれは直ぐに少年が作り上げた空想の剣である事を察知し、その上でセイバーがそれを振るおうとしている意図に気付き、さしものアーチャーですら唇を歪める。

どんな武装であれ、サーヴァントが持てばそれは第一級の対霊武装となる。

無論、セイバーの霊格であればその程度の攻撃で傷をつく自分ではないが……持っているのは少年が生み出した空想の剣に更には少年の膨大な魔力が込められている。

これだけの条件が揃えれば、自分達相手でも一撃は持つという事だろう。

 

 

 

 

恐らく正しいであろう推察に歯噛みする──が、恐るべきは大英雄の身体だろう。

 

 

 

アーチャーも、ランサーでさえ姿勢悪く、隙を取られた筈なのに、どちらも無理矢理に体を捻り、それぞれの武器を持って防ぐか壊そうかと画策している。

正しく不撓不屈の大英雄に相応しき行動は並みのサーヴァントが相手ならば、間違いなく奇襲は失敗に終わっていただろう。

 

 

 

 

──剣を握っているのが剣の英霊(セイバー)でなければ

 

 

 

※※※

 

 

剣を持って奇蹟を為したとして人理に刻まれた英雄は今こそ己の真価を発揮する。

セイバーからしたら握った事が無い刃に生前では有り得ない、正しく空想に等しい長大な刀身。

それでいて重量バランスは現実では有り得ない程整った異形のそれを、セイバーは瞬時に己の物として刻む。

己の愛刀、姫鶴一文字に比べれば余りにも荒唐無稽なれど、しかし確かにこれらは剣として機能しているのならば──()()()()()

 

 

 

過不足なく、十全に振り回せれる

 

 

喜悦の念と共に踏み込み、横薙ぎに振るうそれは音速では表現しきれない、サーヴァントの動体視力を以てしても神速としか表現できないそれは完全に二人のサーヴァントを順番に弾き飛ばし、軌道にあったもの全てを切り裂いた。

完璧な手応え。

 

 

 

どちらのサーヴァントに対しても等しく()()を与えた。

 

 

 

アーチャーのサーヴァントに対しては下手に致命傷を与えない為に刃止めをした剣での一撃だ。

サーヴァントなら死ぬ事は無いが、元より殺す為ではなく吹き飛ばすための一撃。

 

 

 

 

これによってサーヴァントはマスターの傍から一時離れた

 

 

どちらのマスターもサーヴァントが最後の抵抗に無理矢理地に伏せさせられた姿勢になっている。

本当ならばより堅固で凶悪なアーチャーのマスターを狙いたい所だが、アーチャーがあの姿勢からも弓を射れる事を知っている以上、そちらは徒労でしかない。

 

 

 

故に狙うは──ランサーのマスター

 

 

 

役目だけを果たして砕け散ったマスターが生み出した剣を捨てながら、本来の自分の刀に手を置き、一歩でランサーのマスターの前に踏み込む。

躊躇など無く、次の瞬間に少女の首を斬り落とせれる事を確信し──

 

 

 

「──まだだセイバー!!」

 

 

マスターからの叫びに意識を張り巡らせた。

剣を振りながら、一番に注意するのはやはりサーヴァント。

守護する義務があるランサーに漁夫の利を狙うやもしれないアーチャーのどちらにも意識を巡らすが……アーチャーは己を直ぐに戻す事を第一としており、ランサーは槍を放り投げようとする姿勢に移行しようとしているがとてもじゃないが間に合わない。

念の為にアーチャーのマスターの方も知覚を向けるが……彼女は未だ立ち上がるのに精一杯のようだ。

ならば、何が……という疑問の答えは目の前の少女から告げられた。

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

死の恐怖に襲われながらも不敵に笑う少女の──手の甲。

そこにはサーヴァントに対する絶対の命令権、令呪が刻まれ──赤く発光していた。

馬鹿な、と思いはするが現実は止まらない。

一際強く令呪が輝いた瞬間──光よりも速くランサーが目の前に現出した。

 

 

 

 

「……!!」

 

 

どちらにとっても至近距離過ぎる接敵に、しかしどちらも慌てない。

先日の焼き直しにようにランサーは手刀を繰り出し──しかしそれだけに終わらず炎を纏わせた。

それを見て取ったセイバーは戦術目的の達成不可能を悟り、今度は後ろに一歩踏み込む事によって距離を開け、仕切り直しとした。

そこにアーチャーも己のマスターの下に馳せ参じるのを見る。

 

 

 

セイバー、アーチャー、ランサーで再び三竦みの睨み合いとなる

 

 

 

そんな睨み合いの中、セイバーは己のマスターに今の流れについて視線で問うと、マスターも呆れたような顔で小さく頷く。

 

 

 

……何という決断力

 

 

今の流れは令呪によってランサーを強制的に目の前に転移させた。

言葉だけで語れば酷く簡単であっさりとした流れだが……令呪は確かに命令によっては不可能を可能とする奇跡を成立させるが……普通はサーヴァントの速度に対応出来る速さで発動する事は出来ない。

 

 

 

 

となると手段は一つだ──ランサーが吹き飛ばされる前にあの少女は令呪でラン

サーを呼び戻す行動を起こしていたのだ

 

 

 

下手したら空費になるやもしれない賭けに、少女は勝った。

あの土壇場で、少女は()()()()()()()()()()()()()()()()

マスター共々厄介な敵であるという事に険しい顔に成りそうになる中──自分の背にいる少年から小さな笑いが浮かべられた事を聴覚で悟った。

 

 

 

「……マスター?」

 

 

少年は答えず、前に出る。

サーヴァントよりも前に出る行為に危険と判じる前に少年は何時の間にか両の手に剣を握りしめてランサーのマスターに手招きをしていた。

 

 

 

「まだ踊れるか?」

 

 

挑発的な言葉を受けたランサーのマスターもまた分かりやすい不敵な笑顔を浮かべて立ち上がり、真と同じようにサーヴァントの前に立ち、髪をかき上げて誘いを受けた。

 

 

 

「エスコートして下さいますの?」

 

「手を取り合ってとはいかないけどな」

 

「あら? しっかりと取ってくれるでしょう? 我らは魔によって繋がった者なのですから」

 

 

どちらの声にも隠し切れない熱が込められており、セイバーの眼から見ても戦場の熱に当てられている事が理解出来た。

自身も周りを見て良く見知った物であるが故に理性では止められぬと悟るが、それでも制止させなければという想いから口を開こうとし

 

 

 

 

「──ちょっと。私を無視するつもり?」

 

 

飛んで火にいる夏の虫とは正しくこの事か、と恐らくここにいる全サーヴァントが思っている事だろう、とセイバーは内心で歯噛みした。

 

 

 

 

「引っ込んでおいた方がいいんじゃないかクラリス。大英雄の維持で大変だろう?」

 

「同意ですわクラリス。男と女の逢瀬に入る無粋を何と称するか教えてあげましょうか?」

 

「泥棒猫って言うんでしょう。貴女にぴったり」

 

 

 

各自のサーヴァントも己のマスターに声を掛けるが全員聞こえていない。

無理もない、とセイバーは思う。

魔術師ではあってもこれ程の戦場で死を刻まれかけた人間は恐らく誰一人としておるまい。

 

 

 

 

死は時に人を最大限に燃やす薪と成り得る

 

 

 

更にはここにいるマスターは神秘薄れた現代において尚、輝く魔術の才に溢れたもの達。

対等という言葉はおろか敵という言葉ですら知らなかったかもしれない人間だ。

そんな人間達にとって挑むという初めてかもしれない概念がどれ程己の身を燃やす燃料になるかなど容易に理解出来る。

3人の魔術回路が唸りを挙げて回転しているのを見て、止めるのは不可能かと思うが……この暴走はサーヴァント達にとっては想定外過ぎる。

 

 

 

本来聖杯戦争はサーヴァント同士の殺し合いだ

 

 

マスターを狙うのもあくまでサーヴァントを殺すための手段であり、目的ではない。

前に出るのはあくまでサーヴァントであり、マスターはその後ろで援護をするのが常套の手段であるというのに……ここにそんな事は知った事かと吠える魔術師が3人もいるとは。

流石にそれを看過するわけにはいかないセイバーは最早実力行使しかないと思い、少年の肩に手を伸ばし──それを避けるように少年は高速の動きで前に出た。

それに合わせるかのようにランサーのマスターも高速で前に踏み込み、アーチャーのマスターでさえ二人よりは遠くだが、しかし戦場の中心に躍り出た。

 

 

 

煌めく宝剣

 

鮮やかな宝石

 

針金から生み出された芸術的な鳥

 

 

 

それら全てが中心で激突し、爆ぜた。

サーヴァントですら衝撃を感じる魔術に、今度こそサーヴァント全員が戦場から外されたような感覚を受け止めた。

 

 

 

「──っ」

 

 

セイバーの視覚にアーチャーが弓を構えるのが映る。

確かにアーチャーの腕ならばあの乱戦状態でも敵マスターだけを狙える可能性が十分にある。

判断は一瞬。

あの中に混じってマスターを討ち取るよりも敵サーヴァントからマスターに対する攻撃を防いだ方が最終的な勝利に繋がる可能性が高いと見做し、地面を砕く勢いでアーチャーに躍りかかった。

見ればランサーもまた突撃しており、同じ判断を下した事を理解する。

 

 

 

 

なら、ここから決め手になるのはサーヴァントではなくマスター。

 

 

 

その事実にどう思えばいいか、まだ分からないセイバーはただ祈る事しか出来ない。

 

 

 

どうか、ご武運を……

 

 

 

※※※

 

 

前方から連続で発射される呪いの掃射を真は何も対処せず突撃した。

呪いは体に激突し、その真価を発揮──する事もなく弾き飛ばされていく。

その事実にガントを放っているシルヴィアが笑いながら叫ぶ。

 

 

 

「私のガントを受けて無効化とは正気じゃありませんわね!」

 

「それは誉め言葉か?」

 

「勿論!」

 

 

喜悦に似た叫びを上げる女の声に、真はさよか、と気のない返事を返す。

 

 

 

──本人は気付いていない。

 

 

どうでもいい、と装いながら……その顔と口調は同じように喜悦の念が漏れている事を。

魔術を操るという事が魔術師にとっては麻薬にも似た快楽であるから──ではない。

己の魔道を見た後で尚、不敵に笑う女達を見ているからだ。

真にとって己の才能というのは絶望の証だ。

賞賛はあれど、誉め言葉の裏には何時も濁った血の匂いがした。

母さんですら自身の才能に対して褒める事はあり、絶対に表に出さないようにしていたが……これが一体どこに()()()()()のかと考えていた。

 

 

 

 

そんな才能を前に女達は尚も挑もうとしている

 

 

 

その事実が無意識の彼を喜ばせる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

故に真は躊躇いなく魔術回路に魔力を通していく。

現時点で83の魔術回路が起動されている。

久々に使われる魔術回路は歓喜の悲鳴と共に魔力を生成しながら遠坂真という肉体を神秘を扱う為の機械に変貌させる。

 

 

 

 

「さっきから私を忘れてぇーー!!」

 

 

背後からクラリスの針金細工の魔鳥が高速に飛来してくる。

目の前に居たシルヴィアは攻撃目標から外れる為に横に飛んでいるが、俺はそんなつもりは無かった。

ゆっくりと背後に振り向き、飛んでくる魔鳥を前に──鋼の瞳を開く。

■■を読み解く魔眼が鳥を捉え、見据える。

 

 

 

ACCESS(接続開始)

 

 

まるで飛んでくる鳥に腕を差し出すように手を差し出す。

──しかし、飛んでくる鳥はその手に着くまで耐えられないというように体が解れていく。

 

 

 

「なっ……」

 

 

呆然とするクラリスには分かっているのだろう。

自身が扱う魔術が式として成り立たず、形を保てなくなっていく事が。

驚く事でも無い。

遠坂真の魔術回路とこの眼があれば大抵の事は出来ると事実として理解している故に真が驚く事ではない。

敵はどうだか知らないが。

 

 

 

「……錬金術も嗜んでいまして?」

 

 

シルヴィアも今の現象を理解したのだろう。

先程よりも少し震えた声が聞こえ、だからこそ真は容赦なく事実だけを吐いた。

 

 

 

 

()()()()()()

 

 

吐き出した言葉に、つい怨念を含めてしまったが、女二人にはどれを読み取っても絶望のように聞こえるのかもしれない。

その事を思った瞬間、自分が感じていた熱が急速に冷めていく感覚を覚える。

やはり、駄目か、という諦観が全身を襲い、諦めの吐息を吐こうとし──シルヴィアとクラリス髪をかき上げる仕草と共に図ったかのように顔を上げるのを見た。

 

 

 

「──なら、解析させる間もなく叩きのめしてあげる」

 

「──ええ。私が見初めた男ですもの。それくらい出来なければ失望していましたわ」

 

 

 

 

「──」

 

 

不屈と不敵。

在り方は違えどどちらも遠坂真を恐れても屈さぬという意気込みは同じ。

そのどちらもが遠坂真に死を迫る刃ではあったが──それこそが己にとっての福音でもあった。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という願望が表を上げる

 

 

 

納得出来る死がそこにあるかもしれない。

 

 

 

 

──()()()()()手を抜けない

 

 

 

希望すら感じる死を与えれるというのなら、それは俺という怪物を乗り越えた末にある筈だ。

妥協も怠惰も許せない。

完膚なきまでに遠坂真という存在を無価値に仕立て上げて貰わないと死んでも死にきれない。

俺の魔術回路と共鳴しているのか。

懐にある双剣が笑うように震えるのが少し癪だが、今は気にしない。

 

 

 

 

ああ、今日は最高の日かもしれない

 

 

 

ここまで自分(才能)を曝け出しても尚、踊れる敵は正しく得難いとしか言いようがない。

更に加速する自身の魔術回路と敵に今度こそ意識的に唇を歪めようとして

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

「──隙有り」

 

 

闇の中、三日月に歪む悪魔の笑みを少年は浮かべ、手を伸ばした。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「──」

 

 

誰よりも速く、あるいはサーヴァントよりも速く、唐突に現れたおぞましき気配を真は捉えた。

駆けだそうとした体を無理矢理歪め、視線を少女の背後──クラリスの後ろに向ける。

本来ならそこは当然何も無い、ただの空間だ。

強いて言うなら彼女の背後の少し先にサーヴァント同士が争っているのだが、問題はそこではない。

 

 

 

 

何も無い、サーヴァントとクラリスとの間というだけの空間に──まるで空間を裂いて生まれたかのような途方もない闇から()()()()()()()

 

 

 

遠坂真をしてぞっとする程の暗闇もそうだが……何よりもおぞましいのはその伸ばされた手であった。

手の形から見るに、伸ばされた手は自分らよりも小さい、少年のような手だ。

なのに、真の眼にはそれが吐き気を催す程の()()に視えた。

誰かの願望、こうあって欲しい、こうあれ、と愚直なまでに人々の願いを凝縮したような()()()()

 

 

 

気持ち悪い、と遠坂真は本気で思い、吐きそうだった

 

 

アーチャーの殺意に充てられた時ですらここまで気分を悪くしなかった。

──何より問題なのは、その気持ちの悪い手がクラリスに向けられていた事だ。

 

 

 

 

「──」

 

 

 

本来ならば遠坂真にとってそれは無関係な事だ。

マスターとしての真からしたらそれは凶悪な敵が一人減る事に繋がる。

喜びはすれど哀しむ事は無い。

遠坂真は父と違い正義の味方でも無いのだ。

 

 

 

 

ただ一つ、不運だけがあった

 

 

 

クラリスは恐らく知らないのだろうが……自分の父親は寝物語の一つで俺に呪いを掛けた。

無論、魔術的な事でも無いし、本人にもその気は無い、単なる愚痴のようなものであった。

父が昔、聖杯戦争に参加した時、ある幼いマスターがいたという。

具体的な事は言わなかったが……聞く限り父は幼い女の子を守れなかった事を悔いているようであった。

後々、色々と調べたら彼女は父にとって妹……身体的特徴はともかくとして年齢だけで言うならば義姉のような存在であったらしい。

それを知った後は余計に重く苦しかった、と告げる父の苦笑が耳にこびり付いていた。

だから、幼い自分は止せばいいのに、その救えなかった……自分にとっての叔母の名を聞いた。

 

 

 

 

そうして告げられた叔母の名を、自分は未だ覚えていた

 

 

 

それが一つにして最大の不運であった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「…………え?」

 

 

クラリスは一瞬で自分が誰かに抱えられ、運ばれるのを知覚した。

最初に思ったのはやはりアーチャーの事であった。

自分を守る最大にして最強の守護者。

自分を守る理由がある人は彼だけだから。

でも、違った。

彼の肉体はこれ程柔らかくも無ければ、小さくも無い。

恐る恐ると見上げると──そこには敵である筈の少年の姿。

 

 

 

 

鋼の眼で瞳を輝かせ、赤みがかかった髪を揺らして自分を抱き上げているのは──関係上、自分の従弟のような存在であった。

 

 

それに気づいた私は呆然とはしたが……直ぐに敵である事を思い出して、反射的に魔術で対抗するよりも力で対抗してしまう。

 

 

 

「っ! は、離して!!」

 

 

傍にある胸や周囲を手で叩いたり、押したりして自らを守ろうとすると、にちゃり、と自分の手を汚す肉と粘っこい液体の感触を得た。

思わず手を止めて、自分の手を見ると……そこには赤く染まった自分の手があった。

え……? と思わず少年を見上げると、そこには何ともないように振舞いながら──脂汗を流している少年の強がりが表現されていた。

 

 

 

「な」

 

 

何が、と問う暇も無く事態は自分を置き去りにした。

 

 

 

「──マスター!!?」

 

 

セイバーとアーチャーが同時にこちらに駆け寄ってきた。

その事に警戒するべきか、安堵するべきかも迷っていると反応を起こしたのはシンの方であった。

 

 

 

 

「──俺は問題無いセイバー。後、アーチャー。俺が言うのもなんだがしっかりしてくれ。流石に従妹が目の前に厭らしい怪物に襲われるのは忍びない」

 

 

 

 

「──────あ」

 

 

そのまま駆け寄ってきたアーチャーに彼は私を無理矢理預けるが、クラリスはそんな事よりも少年が言った言葉に衝撃を受けていた。

 

 

 

従妹

 

 

それは少年が自分と私の関係性を理解していなければ言えない言葉だ。

どういう事情で私の事を知ったのか……否、私の事を知る事は出来なくても、アインツベルンの事なら幾らでも調べれる。

それでもしかしたら……自分の父と私の母の関係性を知ったのかもしれない。

しかし、私は母と違って人間とホムンクルスの子供ではない。

 

 

 

母を真似ただけの作り者だ。

 

 

それを知った上で私を従妹と呼んでくれるのか。

胸裏に浮かんだ感情を思わずぶつけたくなるが──そんな感情を叩きのめすようなぞっとするような声が私の耳朶に響いた。

 

 

 

 

「あらら、残念。偶にはこう、映画のスパイみたいに背後から一突きっていうのを試してみようかと思っていたのに。中々上手い事いかないもんだ」

 

 

 

この場にいる誰でもない声にクラリスが振り返ると──暗い闇を引き裂いて現れた細い手があった。

ドロドロとした闇もそうだが……何故かその細い、自分よりも幼い手がクラリスには異様におぞましく感じ、思わずアーチャーにしがみつく。

アーチャーは安心させるように一度しがみついた私の手を撫で、他の面々よりも一歩下がって矢を構えている。

何の畏れも抱いていない何時ものアーチャーに少しだけ落ち着くが、闇から生まれた手は一切気にせず

 

 

 

「よいしょっと」

 

 

気軽な言葉と共に闇から全身を引きずり出した。

まるで母親の胎内から引きずり出たみたいに現れた存在は──思っていたよりも整った容姿をした少年であった。

凡そ12歳ほどの姿をしており、黒髪の黒目……否、灰色に近い黒かと思われる眼を持ち、服装は……独特ではあるが、修道服……否、司祭が着る様な服装にも思える衣装を着ている。

ロープのような白色の服を上にはおり、下に普通の黒色のズボンを着ている姿はそれだけなら本当にどこにでもいる子供のように見えないのだが……手に着いたシンの血が、全身を覆う圧迫感があれが人ではない、と警鐘を鳴らしている。

 

 

 

 

アレは姿形こそ人だが……その本質は人を捕食するモノ

 

 

 

戯れに人を害し、快楽を以て人を否定するモノ。

人から外れたという意味ではなく、人ではない物として扱われるべき怪物の一つ。

そんな印象を無理矢理脳に刻む様な少年は手に着いた血をそのままに

 

 

 

「──」

 

 

まるで舞台の主演のような立派なお辞儀(カーテシー)を見せ

 

 

 

 

 

「やぁやぁ、紳士淑女の皆々様方。初めまして、ピーターパンだよ」

 

 

 

と無邪気に微笑んで己の本質を告げるのであった。

ただし、微笑みとは言っても──それは見た目には全くそぐわない邪気と悪意に満ちた嘲笑のような……近い表現で言えば

 

 

 

 

 

──それは獲物を見つけた悪魔の微笑みのようであった

 

 

 

 

 




申し訳ない。ちょっと色々体調不良だったり、難産だったりで更新遅れました!
ようやく聖堂教会が動いているという事態を見せれました。


さて、今回は分かる人には分かるかもしれないのでちょっと説明を。
前にも言ったかと思われますが、この世界の軸はFGOやfakeと同じできのこ曰く、Fateと月姫とぢらもあり得る世界軸です。




だから、この世界には死徒27祖もいるし(全員が同じメンバーとは限らないのでしょうけ
ど)、とある二人曰く、死神もいた世界軸です。



そして、まぁ内容が分からないからここではこの世界では月姫2に似たような事は起きたけど、内容は全く違う何かであったと思って頂ければ。





感想・評価・投票などよろしくお願いいたします。


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悪魔の憎む詩

 

 

 

真は脇を貫通する傷を手で押さえながら、現れた少年の形をした怪物を睨む。

12歳程の年頃をした少年は酷く無邪気で、それだけならば容姿も含めて、天使のような微笑みをした少年としか見えないだろう。

 

 

 

 

しかし、今の状況──サーヴァント3人、魔術師3人に睨まれた状態で自分の血で濡れた手を広げて挨拶をする、という状況で見れば、最早それだけで異様な光景だ。

 

 

 

例え一般人であっても強烈な圧や恐怖を感じせざるを得ないサーヴァント3人に睨まれてにこやかに微笑む事が出来る子供など居る筈が無い。

 

 

 

真は見た事が無いが……本能で分かる。

この少年は人ではない。

ましてやサーヴァントでもない。

マスターとして与えられた眼で見ても、サーヴァントのステータスが読み取れないのもそうだが……それ以上に全身にこびりつく重苦しい魔の気配。

例えどれ程、無邪気な笑みを振りまこうとも漏れ出ている邪悪な気配。

存在している以上、人に害為さずにはいられない魔物──死徒であると理解出来る。

 

 

 

 

……死徒まで蠢いているのかよ……

 

 

英霊を、聖杯を死徒が求めるとは世も末である。

聖杯の由来を考えれば、偽物であってもお前達の敵の概念では無いか、とツッコみたいが、下手に口を出せばどう転ぶかが読めない。

アレにとっては俺達なんて魔術師がどうかと言うよりは楽しむべきか、啜るべきかの二択くらいしか考える余地が無いのではないかと思うが……確かに死徒の圧力は凄い。

俺はおろかクラリスとシルヴィアと組んでも、命を懸けてようやく真面な一矢が届くのではないかと思われる圧だ。

 

 

 

 

……でも、アーチャーやランサーに絶対に勝るとは……

 

 

セイバーを入れなかったのはセイバーが弱いのではなく、セイバー自身の技能が対人に振り切られているからである。

こういう怪物を相手にした場合、有難いがアーチャーとランサーは非常に適しているとしか言えないのだ。

片や不滅の英雄に、もう一人は不死身且つ不死殺しの大英雄だ。

大抵の無茶はこなせれる、と思い、思い切って二人のマスターに視線を向ける。

声に出せば気付かれる以上、これで気付いて欲しいという想いは……二人が小さく頷く事で達成された。

見れば、アーチャーやランサー、セイバーも頷いているので最悪の展開は免れたと思われる。

で、あるならば

 

 

 

 

「──それで? 死徒一匹が聖杯欲しさにマスター殺しか? 天気が曇っているから幸いでしたってか。ご苦労な事だな」

 

 

遠慮なく挑発を放つ。

何をするか分からない相手だが、だからと言って過剰に怯えていたら怪物は益々つけ上がる。

更にはこれで敵意を俺に向けて、少しでも行動を読みやすく出来ればという考えだが……予想通りセイバーがほんの刹那の間だけ半目でこちらを見て来たが、無視する。

逆にアーチャーとランサーが小さく礼を言うように頭を下げるのにはどうしたものか、とは思うが。

すると死徒は死徒でへぇ? と愉快そうに頷き

 

 

 

「たかが人間が言ってくれるじゃないか。とても僕達と出会った経験があるようには見えないけど……()()()()()()()()()()?」

 

「まさか。怪物らしく弱みに付け込んでみたらどうだ? 女を前にしないと格好つけれない腰抜けとか」

 

 

何か琴線に触れたのか。

俺の懇親の自虐冗句に少年の形をした怪物は笑った。

今度は今までの悪意と邪気に満ちた物と違って、心底から笑ったものであると感じ取れた。

 

 

 

「──これはまた愚かだねぇ。君、今の──心底から言っただろ?」

 

「女を盾にして後ろからキャンキャン吠える犬の名前を知っているか? 腰抜けって言うんだ。馬鹿な道化がいたものだって思って帰れ」

 

 

余計に笑われたが、別に気にする事ではない。

笑うならそのまま帰れ、と本気で思うが、向こうは勝手に笑って満足してそのまま言葉を続けてくる。

 

 

 

「随分と自虐的な生き方だねぇ。そんなんじゃ息苦しいだけじゃないか。もう少し趣味とか開拓した方がいいんじゃないかい?」

 

「例えば?」

 

「そうだねぇ……僕の場合は珍しい物を集めるのが好きでね──そこの人形の令呪や心臓は結構価値がありそうだし、そのついでに大英雄を従えれるならラッキーかなぁって思ってたんだけどねぇ」

 

 

アーチャーが憤怒で全身が少し赤くなるのを見ながら、真はクラリスが狙われた理由を知る。

 

 

 

死徒がコレクターに耽るとは……いや、ある意味らしいか

 

 

何せ不死ばっかり好き勝手謳う怪物達だ。

()()()()()()()()()()()

呆れから、つい真は口を滑らせた。

 

 

 

「難儀な連中だな──特にあんたは他人の願いを受け入れては歪ませてるんだから」

 

 

ぁ、と無意識で口を封じたが遅い。

一瞬、死徒の少年は動きを固め……しかし次の瞬間目と口を歪め、

 

 

 

 

「──僕の事を知っている……ってわけじゃないのに随分と知った口を聞くじゃないか? ……ああ、いや……()()()()?」

 

 

少年の眼が俺の眼を凝視する。

じろりと顔ではなく眼を凝視する様に、俺は色々としくった、と思うが、悪魔の興味を惹いてしまった以上、どうしようもない。

 

 

 

「へぇ……これは結構、大物かな? 我が姫君には当然劣るけど……飾るに中々に美しそうだ。黄金……いや、もしかして宝石に届くのかな? 益々興味深い。抉」

 

 

言葉が途中で途切れたのは少年が喋れなくなったからだ。

何せ上唇から上が消えたら人間の構造上喋るのは不可能だ。

余りにも一瞬の殺害。

 

 

 

それを為したのはセイバー──ではなくアーチャーであった

 

 

厳密に言えばセイバーも踏み込む姿勢を作っており、しかしそれよりも速くアーチャーが射たのだ。

その速さにも驚いたが、それ以上にアーチャーがまさか自身を守る為に射たという事実に驚いて、クラリスとアーチャーを見るが

 

 

 

「──最高のタイミングねアーチャー。あれ以上、淫らに恩人を穢していたら私が先に仕掛けていたかも」

 

「そうであろうと思っていたからのでな。それに私とて魔物の囀りを聞き続けるには聊か忍耐力が足りなかったようだ」

 

 

忍耐の極致のような男が良く言う、と思うが、もしかしてこれ、アーチャーなりのジョークだろうか。

それに恩人とはまた大層な……と思いつつ、自分は少年の死体を見る。

上唇から上を吹き飛ばされた少年の背は当然だが縮んでおり、犬のように舌がぶら下がっている光景は逆に滑稽に見えるが……真は無感動に死体に語り掛けた。

 

 

 

「死人が死んだ振りをして楽しいのか?」

 

「いやいや。これが時々オーディエンスを驚かせてね。身内は全く驚いてくれないけど、時々魔術師が腰を抜かしたりしてくれるからつい」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

気味の悪さは正しく随一であるし、単純に脳が吹き飛んでも尚、死なないというのは確かに恐怖だ。

 

 

 

──でも真にとっては恐怖するものではない

 

 

大体、この死徒は何も解ってない。

恐怖(ホラー)を語るなら喋ってしまったら3流もいい所だろうに。

喋るという事は知性がある証明。

無理解の怪物から不可解の怪異に成り下がったら、今時の子供は泣いてくれないというのに。

……思考が逸れた。

見れば、もう顔が再生されているのを見て、復元呪詛かと思いながら

 

 

 

「やるのか? こっちにはお前のような怪物殺しのエキスパートがいるんだが」

 

「職務上は駄目なんだけどねぇ……まぁ、ここで無駄死にする可能性がある事を考えれば止めておきたいね。英雄ヘラクレスは魅力的だけど御せるかどうかは話が別みたいだ」

 

 

好き勝手は最後までを貫くつもりらしい。

が、正直有難い。

相手は間違いなく死徒の中でも上級の死徒だ。

でなければ、幾ら死徒でもヘラクレスの一撃を受けてもあっさりと再生するのは難しいだろう。

職務上だとか何だとか気になる事は多々あるが……引いてくれるならばこれ程有難い事は無い、と思いほっとし──向こうの手に着いた俺の血を舐めとる行為を()()()()()()()()

 

 

 

──真は知らない

 

 

否、魔術師としては知っている。

血とは魔術師にとって最も魔力を通しやすい素材。

単純且つ当然の事実だからこそ真は見逃した。

 

 

 

 

その血液にどれ程の高魔力かを──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

変化は劇的であった。

血を舐めた少年は先程よりもはっきりと硬直した。

それ所か眼を見開き──遠坂真の全身が干上がる様な感覚と余りにも冷酷極まりない冷たい刃が全身を指し貫く感触を覚えた。

 

 

 

 

「……ぇ?」

 

 

背後の少女二人が冷気に当てられ膝を着く。

かく言う自分もまた余りの殺意にくらりと視界が歪む。

その威圧と感情。

大英雄である3騎ですら押され、攻撃ではなくマスターを守る為に立ち塞がるしか出来ない程の坩堝。

人型の、少年に押し込まれたとは思えない感情の地獄があっという間に世界を侵食し、恐怖と殺意を伝染させていた。

 

 

 

 

人類全てを縊り殺すという殺意が──今、遠坂真に全て注がれていた

 

 

 

ぎょろり、と先程まで黒目であった赤い赤い、血のような眼がこちらを見ている。

憎悪なんて生易しい物ではない。

殺意なんて軽々しい物ではない。

それら二つを混ぜて、煮詰めて、固め、最早言葉では到底表し切れない深い虚のような感情。

 

 

 

 

「ひっ……!?」

 

 

クラリスからの小さな、思わず出て来た悲鳴に真は心臓が飛び出したかと思ったが……逆にそれで自身を取り戻す事が出来た。

何時の間にか投影していた刃が砕け散る程の敵意をぶつけられ、投影した剣がイメージを保てなくなった事は分かるが、今はそれが余りにも心許なかった。

ならば、剣をとは思うが、砕ける様な恐怖は今もそこに存在している。

魔術回路を手繰ろうにも、普段のようにいかない。

アーチャーの圧とて絶望的で、死を感じる様な物ではあった。

だけど、これは余りにも違う。

アーチャーが巨大な山が睨んでくるような圧倒的な偉大さであるならば、これはブラックホールの真ん前に突然放り出されたようなものだ。

 

 

 

 

どこまでも暗く、逃げようにも逃げれない絶望の闇

 

 

その闇が今、呪詛を何億にも積み重ねたような言葉を吐き出した。

 

 

 

 

「──こいつは極上だ」

 

 

極上だ、と告げながら、その言葉は余りにも呪わしかった。

極上と言いながら、少年は間違いなく極上と称したそれをぶち撒けてやりたいと切に願っていた。

 

 

 

 

数千年に及ぶ憎悪の花が今、咲き誇る

 

 

「面白い……実に面白い。ここまでスパイスが効いた物語(料理)を食べるのは久しぶりだ。楽し過ぎて()()()()()()()()。よりにもよって、今、このタイミングで■■の■■者の■■だって? はっ、相も変わらず正気を疑うね。秩序とばかり戦っているせいで常識っていうのを弁えるのを忘れた()()()。ああ、くそ、最悪(さいこう)だ! まさかこんな状況、こんな場所で()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 

意味の分からぬ言葉の奔流、

一つ一つの言葉には津波の如き荒ぶる感情が込められており、その全てが遠坂真に向けられており、その余波だけで人類最高級の魔術師2人が沈静さを失い、大英雄が戦意を維持しながら、警戒を深める。

今直ぐにでも気絶すれば楽になる程の感情を受け止め、干上がりそうになった舌を……それでも真は動かした。

 

 

 

 

「……何が、言いたい?」

 

 

何とか形になった掠れた声に、吸血鬼はようやく面貌を上げた。

先程までの少年特有の愛らしさをかなぐり捨てた、憎悪に塗れた復讐鬼としての怪物が今、右足を一歩踏み出す。

心音が一際高まる。

より強く、深く視る事になり、真の眼球はその右足を凝視してしまう。

 

 

 

其はあらゆる暴威

 

人々が想像した神罰にして大海嘯の具現

 

人類を掃討する暴虐にして究極の救い

 

 

籠められた願望を読み取ってしまった真は無意識に先を想像し、息を止める。

結末を想像した真は止めろ、と叫ぼうとするが……直ぐに無意味である事を悟る。

 

 

 

「何が言いたい? ああ、うん、そうだね。ここまで言葉にしたい感情は久しぶりだからしっかりと言おうか」

 

 

三日月に歪む嘲笑は吸血鬼というより悪魔のそれ。

それもその筈。

何故なら少年は生粋の()()使()()

他人の願望を受け取り、歪めながら形にする生粋の御子。

4つの魔獣を創造した怪物の生みの親なれば──その身体は悪魔へと墜ちる。

而して吐き出される言葉は無垢なそれ。

偶像を愛し、空想のピーターパンを自称する以上、彼は願望を歪める事は出来ても、願望からは逃れる事が出来ない。

 

 

 

 

 

だから、彼の言葉は最初から最後まで──邪悪に満ちた純粋さであった

 

 

 

 

「──前言撤回だ。永遠の地獄(ネバーランド)で存分に踊って貰うよ」

 

 

 

右足から伸びる影が一瞬にして巨大になる。

その事実に、今度こそ真は大声で周りの皆に叫んだ。

 

 

 

 

「!! ──ここから逃げろぉぉぉっぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

俺と同じ感覚を得たのか、それとも最初からそのつもりであったのかは知らないが、英霊3人の反応は正しく最高であった。

それぞれのマスターを抱え上げ、それぞれの最高速度で即座に離脱する。

マスターに遠慮する事もせず、最高速度を持って離脱する判断力と瞬発力は当然、人間技を超えており、死徒ですら容易く追えず、追いつくのも難しい物だったが……少年はそもそも追う気等無かった。

何故なら右足から伸びる影は膨張を留まらず……凡そ200m先にまで伸びており、サーヴァントの速度よりも速く伸びているからだ。

 

 

 

セイバーは何があっても対応出来るよう姿勢を正し

 

アーチャーは何があってもマスターを傷つけないように己の肉体を盾とし

 

ランサーは何があっても突き穿つ決意とマスターを守る覚悟を身に宿し

 

 

悪魔使いの少年が今、己の悪魔を招いた。

 

 

 

 

「さぁ、破壊の時間だ。"陸の王者"の蹂躙乱舞を魅せてくれ」

 

 

 

刹那──それは顕現した。

 

 

 

影から一瞬で浮き上がり、まるで空間から唐突に生まれたかのように発生したそれは単純に巨大な怪物であった。

全長凡そ200m、もしくはもっとあるかもしれないかい巨大な鯨のような巨大にして強大な生命。

単純にして無比な悪魔は、それだけで人々の心を恐怖のどん底に押し落とす。

巨大な質量というのはそれだけで人心を惑わし、肉も魂も昏迷に叩き落す。

何せ、あるだけで200mの質量を押し付けてくるのだ。

 

 

 

 

 

どんなに大きくなれても3mと少しくらいにしかなれない人間からしたら空が落ちて来たのと変わらない

 

 

 

そしてその悪魔はその質量を持って、傍にあった全ての家屋、ビルを押しのけ、地面に着地すると同時に大質量による圧壊と地震を誘発させた。

 

 

 

 

「──くぅっ!!」

 

 

セイバーは即座に主を抱え、縮地によって圧壊よりも速く逃走を試みるが、どれ程素早く、人間の限界を超えれても限界がある以上、巻き上がる粉塵と衝撃に吹き飛ばされてしまう。

 

 

 

 

「ぬぅ……!」

 

 

アーチャーは大質量の衝撃を全身にしこたま打ち付けられるが、その上で一切マスターに被害を齎さずに受けきり、そのまま吹き飛ばされた方角にあるビルを突き抜けた。

 

 

 

 

「むっ……!」

 

 

ランサーは空中でも自在に動ける程の焔の出力を持って躱し切り、衝撃を槍で弾き飛ばすが、想定より巨大且つ凶悪な魔獣を相手に攻めあぐねる。

マスター二人は当然、生き残る事に必死であり、精々自分の身を考えるだけで……その中

 

 

 

「──」

 

 

その巨大な質量を持って全てを押し潰す光景を視認してしまった少年が居た。

ここら一帯はクラリスが人払いの結界を張っていたが……あくまで人払い、つまり一帯に近づけないだけであって、ここまでの巨大な怪物を相手にする予定が無かった以上、この街から全ての人が消えてしまったわけでは無い筈だ。

分からない。

見た限り、人影は見えなかったが……だとしても、この少年は酷くあっさりと大量虐殺する事を是としたのだ。

ただ一人を殺すために、無数の誰かを殺す事に何の呵責も持たずに行ったのだ。

 

 

 

 

「──っ!」

 

 

相手が死徒であるとという考えは捨て去られた。

激情は全身を駆け巡り、恐怖は焼き消された。

体を縛り付けていた圧は全て弾き出され、殺意が魔力を生み出し、魔力が魔術回路の中で駆け巡り、魔術回路が今の遠坂真に可能な魔術を組み上げていく。

その中で、遠坂真が最初に起こした行動は

 

 

 

 

 

「──テメェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!」

 

 

魔力が込められた咆哮を口から吐き出した。

指向性のない叫びは周りのビルや家屋の窓硝子を破壊し、衝撃を伴う。

無論、その程度の拙い魔術では巨大な悪魔を打ち倒すには儚さ過ぎる──が恐怖に縛られた魔術師二人を解き放つには十分であった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「……っ!」

 

 

少年の叫びにクラリスの瞳に知性が戻る。

戻った後に見せられたのは絶望的な程に巨大な悪魔と破壊の光景だ。

それだけで再び理性を失ってもしょうがない光景だが……クラリスもまた真と同じように巨体に踏みつぶされたかもしれない誰かの事を想像し、頭に血が上る。

別段、クラリスは赤の他人の全てが幸福でなければいけない、などという綺麗事を考えているわけではない。

 

 

 

彼女が願うのはあくまでも自分の仲間達が出来る限り普通の幸福を甘受する事

 

 

 

その為ならば自分の手も血に染める事を覚悟している。

だから、彼女は赤の他人がどれだけ亡くなろうと知った事ではないが……目の前の光景が下手すれば自分の仲間に降りかかっていたかもしれない、となると話は別だ。

今は人払いの結界を張った後、仲間達は皆、避難している筈だが……しかし、タイミングは違えば目の前の光景の中に自分達の仲間がいたかもしれないのだ。

 

 

 

 

そうと考えればクラリスの赤い目にも怒りが灯る。

 

 

 

元より世の理不尽に対して抗うと決めたからこそアーチャーを召喚し、アインツベルンを滅ぼし、聖杯戦争に参加したのだ。

相手が()()()200mくらいの巨体なんて絶望するに値しない。

故にホムンクルスの少女は声高らかに己の最強に命を下した。

 

 

 

 

※※※

 

 

全く同じタイミングで理性を取り戻したシルヴィアもまた焼き付くような怒りに身を震わせていた。

最も、少女は他の二人と違い、生粋の魔術師だ。

己の魔道の躍進の為ならば、他の全てを犠牲する事を許容する。

 

 

 

 

──が、それは在り来たりな魔術師の思考だ。

 

 

 

少女の魔術師の在り方は常道から大いに外れながら、しかし王道を愚直に進む。

その思考の中には当然、神秘の隠匿という考えがあるが……無辜の民を虐殺する怪物に対しての正当な怒りも持ち合わせていた。

 

 

 

 

シルヴィアリーチェ・エーデルフェルトは生粋の貴族である

 

 

 

それは身分による上下でも無ければ、階級としてのそれではない。

人の上に立ち、気品と誇りを持って生き続ける事が出来る尊き人という意味での貴族だ。

母の血は強し、とでも言うべきか。

母、ルヴィアが持っていた魔術師らしくないが惹かれざるを得ないという気質を受け継いでいた。

それ故にシルヴィアもまた目の前の光景を許せない。

これが魔術の進歩の為の苦痛と覚悟を孕んだ犠牲であるならば気に食わないが納得しただろう。

あるいは死徒である以上、己の肉体の劣化を防ぐ為の虐殺なら、許しはしないが、理性の部分で理解を得ただろう。

 

 

 

 

しかし、これはただの殺人行為の()()()()

 

 

 

 

神秘の躍進にも繋がらなければ、一般の常識に当て嵌めてもマイナスしか思い浮かばない無駄な虐殺。

誰に取っても、何に取っても益にならない。

更にはその主犯ですら、大量虐殺に目を向けていない。

死する者はただ運が悪かっただけ。

無駄に散らして、無駄に削れるだけの何の意味も意義も無い大掃除。

 

 

 

 

その下らなさにシルヴィアの堪忍袋は一瞬で断ち切られ、その結果、少女もまた己の最強に槍に向かって叫んだ。

 

 

 

奇しくもそれはクラリスがアーチャーに叫んだ同一時刻。

 

 

 

 

「アーチャー!! ──ここで一人だけ逃げようなんて言ったら怒るからね!」

 

「ランサー!! ──私一人を逃がして満足するような器の小ささを露呈したら分かっていますわね!?」

 

 

 

二人の少女の叫びは細かい所は違えど、同じ怒り、同じ言葉を持って大英雄の魂に熱を届けた。

 

 

 

※※※

 

 

「──」

 

 

アーチャーは誇るべきか、苦々しく溜息を吐くべきか悩む。

アーチャー個人としては当然、人々を苦しませる魔獣の存在は憎々しく、殴り殺してやりたいが、それでマスターを危険に晒すのは本末転倒だ。

サーヴァントとして正しい方法はマスターだけでもこの場から戦線離脱させる事だとは思うが……同時にマスターの願いを叶えるのもサーヴァントの役目だ。

で、あるならば仕方が無い。

 

 

 

元より怪物を殺すのは己の専売特許

 

 

 

世界全ての神話を相手にしても尚、誇れる怪物殺しのエキスパート。

それを二度目の生でも成し遂げろというのならば、ヘラクレスは新たな試練を前に挑むしかない。

喜悦に歪む唇をマスターから隠しながら、アーチャーは全身の筋力を盛り上がらせ、魔力を張り巡らせる。

 

 

 

ああ、それにそうだ──私はこの少女に誓ったのだ。最強であると。

 

 

何に対しても強くあれ、という期待に応えると誓った以上、相手が魔物であろうと関係ない。

大体、あの魔物が最初に狙ったのは少女だ。

その事実だけで鏖殺するという選択肢しかない。

神性によって赤く染まった目に光が灯る。

矢を顕現させ、限界にまで弦を引き絞った一射を持って我が殺意を証明しよう。

 

 

 

 

「■■■ーーーー!!!」

 

 

まるで狂戦士(バーサーカー)の如き咆哮と共に最強のアーチャーの一射が神速を以て大怪獣に放たれた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「──」

 

 

ランサーはマスターの咆哮に微笑を浮かべた。

ランサーの人格を元に形成されたスキル"貧者の見識"は当然ながら少女の性格も見抜いている。

今の叫びに至る理由が決して正しさや優しさだけから生まれた物では無い事を理解した上で、カルナは微笑する。

 

 

 

カルナは善も悪も良しとする

 

 

全ての邪悪を許すというわけではないが、そこから芽吹く想いや道を信じているからこそ、カルナは良しとした者の槍となる。

闇の中で輝くのを良しとしたのではなく、闇を以て輝こうとする少女をカルナは受け入れ、賞賛し、迷いが無くなる自分を自覚する。

 

 

 

 

「──了解した、マスター」

 

 

答えを返すと共に槍に込められた焔が力を増す。

日輪は不滅なり。

何度落陽を迎えても、日の登らない明日が無いように、カルナの焔もまた不滅である。

 

 

 

 

怪物とは日の光を恐れ、疎まれたものであるならば猶更に

 

 

 

※※※

 

 

セイバーは背後に迫っていた怪物を前に縮地を以て何度も逃げていたが──背後に現れた2騎の英霊がその戦況を打破した。

空からランサーが焔を噴出しながら、眼に光を灯して現れ、アーチャーが地上から限界にまで弦を張り詰めた弓を以て現れ──同時に攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

 

 

日輪の輝きを灯した眼力とギリシャにて頂点に輝いた剛腕による一射が同時に怪物を穿った

 

 

音もなく怪物の体が()()()()

比喩ではなく、文字通り怪物の体は消えたのだ。

厳密に言えば4つ足のみを残してだが……あれ程絶望的な巨大さを以て蹂躙していた怪物が、まるで夢の如く消え去ったのだ。

その暴威に助けられたと分かっていてもセイバーは戦慄せざるを得なかった。

息を飲んだ後にようやく強烈な衝撃波と音が辺りを鳴り響かせるが、それくらいならセイバーでも問題は無い。

ようやく安息を得られたが、セイバーは改めてアーチャーとランサーを警戒するが

 

 

 

「セイバー。一時休戦を提案させて貰う」

 

 

それを読んでいたのだろう。

タイミングよくランサーが即座にカウンターの言葉を放った為、セイバーも止まらざるを得ない。

……それに内容もまたセイバーにとっては正直、欲しい類の言葉だ。

セイバーも自分が弱いとは思っていないが……セイバーの力はあくまで人を相手に培い、本領を発揮する者だ。

聖杯の知識で幾らかは情報は得ているが、そこから察するだけでもアレは自分の天敵の類である事は理解出来る。

だから、アーチャーとランサーの援軍はセイバーにとっては万軍所か億にも匹敵する提案ではある──が、そこで馬鹿正直にはい、分かりました、と頷くわけにもいかないのが現状だ。

さて、どうするべきか、と考えて沈黙を選んでいたが……その隙に抱えていたマスターが自分の腕から無理矢理降り

 

 

 

「──協力感謝する。ここに来たのはマスターの保護だろ? それはセイバーに頼むから二人は存分にあのイカレた怪物(ファッキンモンスター)をぶちのめして欲しい」

 

 

などと勝手に言うものだから、セイバーからしたら小さく吐息を吐くしかないが……マスターの意向である以上、聞くしかない。

 

 

 

 

……まぁ、正直、今回に限ってはごねた方が問題になっていましたが

 

 

 

むしろ協力に関しては最悪、こちらから打診しないと行けなかった場合もあるのだから、それを考えると幸先がいい。

向こうの義侠に感謝するべき、と言うべきなのだろう。

 

 

 

「……分かっていると思うが」

 

「──ああ。もしもセイバーが二人に手を出そうとしたら俺が自害するよ」

 

 

さらりと告げられた言葉にセイバーはさっきより大きな吐息が出てしまう。

勿論、マスターには聞こえていないが、サーヴァントの知覚は誤魔化せない。

アーチャーとランサーが小さく苦笑し、アーチャーが皮肉を投げてくる。

 

 

 

「──随分と大変なマスターを持ったものだ」

 

「ええ、本当に。羨ましくても代わりませんけど」

 

 

要らぬ、と一言呟きアーチャーは一歩前進する。

向かう先は今はあの巨大な怪物の足しかない場所──ではない。

今の、ほんの数十秒の時間で鯨に象の足がついたような怪物は全身を再生しつつあるのだ。

 

 

 

 

「■■■ーーー!!」

 

 

再生された新しい口を以て、巨大な悪魔は吠える。

それだけで全身が殴打されるような感覚と心を打ちのめす衝撃が来るのだが……サーヴァントは元よりマスター達はもう折れなかった。

 

 

 

「品のない怪物ね。一々、吠えないと他人を恐怖させれないみたい」

 

「ええ、気が合いますねクラリス。所詮、怪物という事なのでしょう──弱い者を嬲って満足するような下らない気質の持ち主ですわね」

 

 

少女二人は怪物に負けない、という意気から本来の不屈と不敵を取り戻す。

その事に賞賛の気持ちが込み上がるのをセイバーは我慢しながら……もう一人のマスターである少年の顔を見る。

……ある意味、予想通りと言うべきか。

 

 

 

そこには憤怒の念を刻まれた少年の顔があった

 

 

鋼の瞳は常よりも爛々と輝き、魔術回路は最早、眼に見える程に回転し、輝き、殺意と共に魔力に転換されていく。

……仏蘭西の時と同じようで違う。

今回は見ず知らずの誰かの喪失と嘆きに身を震わせながら、しかし今回は純粋な怒りの念によって全身を燃え滾らせている。

 

 

 

許さない、認めない、殺してやるという人間を象徴するような感情で全身を染め上げていた

 

 

鬼のような形相であるというのに……中世的な顔に赤く美しい長髪によって一つの絵画のような美しさを生み出していた。

魔術回路によって彼の体を中心に碧色の光が漏れているのもまた神秘的であった。

……最悪、理性が飛んでいないかと思い、セイバーはマスターに声を掛ける事にした。

 

 

 

「……マスター」

 

「何、セイバー」

 

 

声を掛けられた途端、憤怒の顔を消してこちらに答える姿を見て、さて、これは自動的に返事をしているだけなのか……あるいは吹っ飛んだ理性の上で冷静な返事をしているのか、と悩んだ。

その答えを、今までの付き合いで考えるとどちらか、と決めるなら

 

 

 

……後者ですね

 

 

怒りに呑まれながらもその思考は冷静にして沈着。

灼熱の如き怒りに魂事身を焦がしているからこそ、その怒りを発散する為に冷静さを利用しようとしている。

生前、合理を基に戦を刷新した革命の王を知っているが故に驚く事は無い。

彼女はこれ程、感情を噴出さなかったが……感情すらも合理の仕組みに組み込むという点では同じだ。

 

 

 

 

これがあの第六天魔ならば気にせず放り投げてもいいのだが……このマスターに全てを任してもいいのだろうか……?

 

 

ほんの1秒くらいしか悩む余裕は無かったが、結局出た答えは

 

 

 

 

「──マスター。無茶をするなら私も付き合うので」

 

 

 

そんなあやふやな答えしか告げれなかった。

己の語彙力の無さに恥じ入るが……それでも届いたのか。

少年はバツが悪そうな顔になって目を逸らし

 

 

 

 

「──分かっているよ。無謀な事はしない」

 

 

と答えてくれたので、とりあえず今はそれで安心するべきかと思い、自分もマスター達よりも一歩前に出る。

そのタイミングでアーチャーが声を掛ける。

 

 

 

 

「──あの巨大な魔物は私が相手しよう。セイバーはマスター達の警護を。ランサーは全体の補助を頼む。可能なら本体の魔物を打ち倒してもらいたい。何か不満は?」

 

 

セイバーはランサーと同じタイミングで首を振る。

人相手ならともかく怪物を相手にした場合ならアーチャーかランサーの方が経験があるでしょうし、役割にも不満は一切無い。

 

 

 

「……先程は右足の影からあの怪物が出てきました。で、あれば他の四肢も疑った方がいいかもしれません」

 

「だろうな。おまけにあの少年事態も魔物であるなら、本人も留意しておいた方がいいだろう。あれが死徒……吸血鬼であるのならば影等も注意しておいた方がいいな」

 

 

己とランサーの意見が放たれるのと同時に怪物──あの少年が告げた言葉を信じるなら陸の王者が再び全身を表す。

相も変わらずの大きさに、近代の自分では馬鹿げていると思えないが……神代の英霊である二人は一切気にせず、遊撃に出るアーチャー等、特に気にせず前に進む始末だ。

それを再確認して、セイバーは内心で独り言ちる。

 

 

 

 

別段、この二人に比べて殺し合いという意味では劣っているとは欠片も思っていませんが……英霊という格では間違いなく自分が一番低いですね

 

 

 

どうしようもない事実に苦笑を浮かべるが──別にそこまで気にしていない事実だ、と思い──自分を切り替えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──英霊同士の殺し合いは休止し、英雄と死徒、魔術師による殺意と憎悪によって戦場は塗り替えられる

 

 

 

 




また風邪で倒れるとは……!

ともあれ再び難産……! 既存のほぼオリジナルのようなものだから仕方が無いのですが、出来れば奈須さん! 空の王者についての設定をもう少し深く掘り下げて欲しいです……!


さて、ここからは最後に告げた通り英霊と死徒、魔術師同士の殺し合いになりますが、この3竦みだと魔術師メンバーが酷く不利になってしまうという。



あ、ちなみに少年が真の血についての言及はオリジナルです。
彼が使える姫君が滅せられた時、幾ら万華鏡の魔法使いであっても血を一切流さずというのは無理でしょうし……その時、少年、あるいは忠義者二人は敢えてその血を舐めとり、自身に刻んだという。



この憎い相手を生涯忘れない、という誓いで。



もう一つ……よくあるサーヴァントステータスですが……これは見たいという人はいるのでしょうか?
自分も見るのは好きですが、さて初心者の人が作ったオリジナルステータスを見るよりはよ、次を更新せよって思うのかな? って思うのでちょっと聞いておこうかなっと。
現状、見れるステータスがあるのはセイバーとアーチャーかな。
バーサーカーはまだ一旦無しにしておこうかと。
カルナはほぼ原作のままです。
魔力とかそこら辺は上昇しているかなってくらいです。



ともあれ、次回でドイツ編……終わるか、もう一話あるかなって感じです。


次回もよろしくお願いします!!


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終わりの赤色





英霊+死徒(■■■■)+魔術師+第■の継嗣+第■の■■=


 

 

 

 

──()()は自動的に感じ取っていた。

 

 

それには一切の知性も無ければ理性も、あるいは狂気も無い。

当然だ。

それは元より形が無いモノ。

命が無いモノ、終わりを迎えたモノ、滅びを受け入れたモノ。

 

 

 

──当の昔に死を迎えたモノなのだから。

 

 

 

死徒のように人としての自分を終え、亡者になっているという言葉遊びではない。

事実、それはもう死に絶えている。

体など無い。

思考など無い。

心なんて当の昔に捨てた。

 

 

 

無い、無い、無い、無い、無い無い尽くしの亡者よりも亡者らしいのがそれの特性であった

 

 

 

敢えてそれに名を付けるならば怨念と呼ぶべきだろう。

思考も心も無いが……感情を基に生まれたそれは正しく怨念としか言えないだろう。

呪い、喰らい、犯すだけの亡霊。

最も知性が無いそれは、要は台風や地震といった自然現象に近しく、意志を以て動く事も無ければ、逆に何の脈絡もなく動く事もあった。

その事から傍迷惑ではあるが……どちらのキョウカイも放置するに限る、という判断を下すしか無かった。

 

 

 

 

既に滅んだもの、死を迎えた怨念を殺す為に死者を積み上げるのは余りにも()()()だと決断を下したのだ

 

 

 

故にそれは今もまだ放置され、ただ怨念を吐き散らす自然災害であり続けたのだが……一つだけ、亡霊を呼び寄せる餌のようなものがあった。

 

 

 

それは酷く高度な魔術式

 

 

あるいは純粋に質と量が極上の魔力

 

 

 

怨念である癖に……否、あるいは怨念であるからこそ惹かれるのか。

血の匂いに惹かれた肉食獣のように、しかし欲ではなくあくまで自動的にそれは()()に向かう。

 

 

 

今、自分が最も惹かれる大地──欧州の大地に

 

 

※※※

 

 

アーチャーは一歩一歩前進しながら、敵の魔物を見やる。

弓兵としての視覚は魔物の全体的な身長に体重、全てを推し量っていた。

そのどれもが現代には有り得ない程の質量に巨大さ。

自分が昔、相対した魔物や巨人族にも全く見劣らない体格を前に、アーチャーがした事は呆れの吐息を吐く事であった──()()()()()()()()()、と。

一切の恐怖も無ければ、敗北感すら芽生えていない。

 

 

 

……巨獣もそれを悟ったのか。

先程よりも鋭く、両の足に全体重を乗せている

 

 

そのまま一気に突進して轢き殺そう、というのだろう。

成程、よくある手だ、と思い──アーチャーは弓を消し、ゴキゴキと骨を鳴らす。

繰り返す事になるが、アーチャーはこの魔物の脅威度をしっかりと理解している。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「■■■ーーー!!!」

 

 

その傲慢に耐えきれなかったのか。

"陸の王者"は即座に地を蹴り、己が出せるトップスピードを以て肉薄する。

全身を凶器へと変えての突撃は何も傲慢が許せないからではない。

怪物は怪物なりの知性を以て、敵対者の脅威を判断し、結果、愚直に突撃する事を是としたのだ。

己の質量に速度を合わせれば、如何な超越種であろうとも負けはしないという判断なのだろう。

その事にアーチャーは魔物にしては見事な闘争本能である、と頷きながら──より深く腰を屈め、両の足を大地に突き立てる。

 

 

 

 

全長200mもの巨獣を相手に、人としては巨大とはいえ、2、3m程の人間が拳一つで相対するという傍から見れば正気を疑う光景がそこにあった

 

 

英霊ですら息を飲む展開に……アーチャーは嘆息していた。

これから自分に起こる不幸に──ではない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

サーヴァントである自分を否定するわけでもないし、生前の力をそのまま使えたら仕えたで問題が起きる事は分かっているが……それを含めてもまさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その思いを抱えたまま……アーチャーは一歩、拳の為の一歩を踏み出し

 

 

 

「──!!」

 

 

最大最強の一撃を魔物にぶちかました。

 

 

 

 

※※※

 

 

空からその光景を見ていたランサーは予想していたとはいえ目の前の光景を見ると本日何度目かの溜息を吐かざるを得なかった。

何せ、全長200mの巨大な魔物を負傷したとはいえ生身の拳で吹き飛ばし、拉げさせる光景など英霊が見ても悪夢のようなものだ。

震動するように肌を震わせながら、次第に壊れていきながら吹き飛ぶ怪物は自分に何が起きたのかも理解出来ていないだろう。

無理もない。

 

 

 

 

魔物からしたら小さき人間の拳一つに()()()するなど悪夢でしかないだろう。

 

 

 

魔物が人々の理不尽であるならば、大英雄ヘラクレスは魔物に対する究極の理不尽。

本来ある理屈を無視して成果を力づくで成し得る不撓不屈の大英雄だ。

 

 

 

 

「最も、無傷とはいかなかったようだが」

 

 

ランサーの視界に映るアーチャーもまたかなりの負傷を得ていた。

殴りかかった右の腕はまるで折り畳まれたかのようにぐちゃぐちゃに潰れており、巨大な魔物の突撃と体重を支えた両足や背骨、内臓は砕け、潰れているだろう。

奇跡を成し遂げる為の当然の犠牲……と言いたい所だが、本人は自身の潰れた体を見て、やれやれと言わんばかりに首を振っているのを見る限り、致命傷には程遠いようだ。

 

 

 

……まさしく強敵だな

 

 

今は味方であると言っても武者震いを止める事が出来ない程の強敵。

あれ程の男を相手にするのは今生における最大の幸運やもしれない。

 

 

 

「──で、あるならば俺も引いてはいられないな」

 

 

凝縮される熱。

眼に灯るように燃える炎はスーリヤを父とするカルナの誇り。

それを最大出力で今も空に浮かぶ魔物に対して放った。

 

 

 

 

※※※

 

 

セイバーはマスター達を保護しながら、今日何度目かの溜息を吐く事を止めれなかった。

先程のアーチャーのとんでもなさも大概だが、ランサーも全然負けていない。

放たれた炎の視線は進路にある物を全て焼き尽くす太陽の如き焔。

あれ程、巨大な魔物であっても日の光を防ぐ事は不可能。

触れた個所から焼き尽くされ、消滅していく光景は同じ英霊の所業とは思いたくないのだが、現実は受け止めるしかない。

私は奇跡には程遠い木っ端な英霊なのだ。

その事実を下に戦うしか無いのだ。

そういう意味では直ぐ傍に敵のマスターがいる今は正直美味しい状況なのだが………

 

 

 

それをすればマスターが自害とは……

 

 

仕方が無いとはいえ、絶好の好機があるのにと思ってしまう。

だからといって未練に何時までも引き摺られてはいけない。

今は敵の怪物を倒す事を第一に考えろ、と念じ、未練を断ち切る。

 

 

 

……それにしても

 

 

あの巨大な魔物は確かに脅威であり強敵だった。

自分一人では余りに相性が悪い為、難しい相手であっただろう。

しかしアーチャーとランサーからしたら難しくはない敵であったという事なのだろう。

あの魔物も本来は掃討用……集団を蹴散らかす為の魔物なのだろう。

でなければ、幾ら巨体とはいえ大きさを頼りにただ突撃をするというのは考えにくい。

いや、本来ならばそれで十分である筈なのだが、此処に例外がある以上、仕方が無い。

 

 

 

……問題は通じないと証明された後、あの子供の姿をした怪物はどうするか

 

 

あの二人を前に乗り越えるのは不可能と断じて引いてくれるのならば楽だ。

そうすれば、またアーチャーとランサーを相手の殺し合いになるかもしれないが、同じ不確定ならまだ"人間"である二人を相手した方が気が楽だ。

怪物を相手にした時、セイバーの今までの経験値では初手の対応が難しい。

現状は、アーチャー、ランサーによる有利な展開が続いているから普通ならここで撤退をしてもおかしくないのだが……あの激情を前にすれば、それらの考えは楽観に繋がる。

 

 

 

激情は時に戦略を無視する

 

 

 

で、あれば次来るとすれば……

 

 

そう思い、刀を握り、思考を加速し、認識を広げる中──広げた認識に引っ掛るものを感じ取り、セイバーは横を見た。

そこにはビルがあり、砕かれなかった硝子が映っており──その硝子は幾ら空が曇っているとはいえ、それ以上に闇に染まっていた。

一切の光を含まない暗闇としか表現できない闇。

 

 

 

 

──なのに、闇の中であるというのに鮮明に映る姿がそこにあった

 

 

 

それはさっきの巨大な鯨のような犬に比べれば普通の人に見えた。

否、人というより……絡繰り人形のように見えた。

とても肌とは思えない質感に人間では形作れない"無"の表情。

最初からそういう風に固定されているとしか思えない顔は、それこそ人に形作られた物でなければ到底不可能だ。

何らかの金属か、それとも鉱物で作られているのかは分からないが、よくよく見れば足など人の長さと太さで作られた柱みたいな形で生えている。

更には纏っている服の裾から槍のような物も生えており、サーヴァントでなくても嫌な予感を感じざる得ない"それ"は無機質にこちらを見る。

見た感じ、アバターは女性ではあるが、それは一切こちらを安堵させる要素になり得ない。

 

 

 

 

何せ、そのまま裾からはみ出ている槍を腕ごと向けながら発射してくる相手の何に安堵出来るという

 

 

 

「──っ!」

 

 

即座に走り込み、飛ばしてきた槍のような物を弾き飛ばす。

音速は超えていたがアーチャーやランサーを相手にした後に見れば、酷く遅いし弱い。

これならば、自分の領分であると思い、剣を構える。

すると"それ"は一度首を傾げ、ずぶりと鏡から姿を現す。

背後のマスター達が緊張を強めるのが分かるが、自分が片手で制す。

 

 

 

 

「──ランサー!」

 

 

一声かけると空に浮かんでいたランサーがこちらを見、状況を認識する。

ある意味、これも想定内だ。

四肢の内の一つから現れたのだから、最低、4体出てくることは想定している。

全てが全て、巨大さで来られたらセイバーは無力に陥る所だったが、どうやらそうではないらしい。

あのように人形のような人型もいるのならば、己でもやれる。

相手が人型であるというのならば、自分の殺傷範囲内だ。

 

 

 

 

──しかし、人型である事が()()()()()()()()()()()()()()()()()である事をセイバーは直ぐ悟る事になった

 

 

 

「──は?」

 

 

相も変わらずの無機質な顔のまま、唐突に両手を突き出したかと思えば──両手は何時の間にか金属的な輝きを持った数多くの円筒を突き出す武器に変貌した。

サーヴァントとしての知識が、それが銃器……現代でガトリングガンと呼ばれる類いである事を知識として知るが──コンマ一秒後にそれがどれだけ優れた兵器である事かを身を持って知る。

 

 

 

「──ッ!」

 

 

秒間100発を優に超えて発射されるのはまともではない物故か。

今の所真っすぐにこちらに向かってくるが、軌道も途中で変わる事もあるかもしれないとなると下手に避けるのも考え物。

 

 

 

全て叩き落すしかない

 

 

その思考と共に刃を振るう。

()()()()()()()()()()()()()()()()

最初の一発を切り落とした時から既に音速を超え、己の形を残像として残す。

後は同じ事の繰り返しだ。

数千だろうが、数万だろうが同じことをし続ければ全てを防ぐ事が出来──結果として僅か6千486発を防いだら、射撃は止まった。

足場が自身の動きに耐え切れず、摩擦熱で燃えているが、そういった部分はサーヴァントで助かった。

お陰で履物の心配をしなくて済む。

 

 

 

「……つかぬ事を聞きますが、セイバーさん。今、貴方ガトリングガンを全て切り落としませんでしたか?」

 

 

そう思っていると何故か後ろから敬語でマスターから神妙そうな声で聴いてくるので、視線を向けないまま首を傾げて

 

 

 

 

「はい。残らず叩き落しましたが?」

 

 

それが何か? という形の疑問視を浮かべるが、背後でマスターが深く頷き、他二人のマスターは呆れの吐息を吐いているが、あの2騎を従えているマスター達にそんな風に溜息を吐かれるのは実に心外である。

ともあれ、アレの相手は自分がするしかないようだ。

ランサーも既に自身の上空に戻っている。

これならば、任せても問題無いだろう。

 

 

 

「マスター」

 

「遠慮なく叩き潰してやれ」

 

 

ふん、と鼻を鳴らして何時にない攻撃性を見せるマスターの言葉に頷き、目の前の絡繰り人形に視線を向ける。

当然、向こうは一切表情は変わらないまま──今度は両の手を鞭に変えて、一気に攻撃を仕掛けて来た。

胴の上辺りと膝辺りを狙って横薙ぎされる軌道に、セイバーは迷わず突撃した。

 

 

 

「──」

 

 

体を丸め、ほんの刹那の間だけ足を浮かして、二つの攻撃の間を狙って突っ切る。

どちらの攻撃も音の速さを超えている為、何の音も聞こえないが、それはこちらも同じ事。

このまま近接戦に持ち込めば、こちらの領分だと思い、突っ切る。

後、一歩で切り裂ける──その考え事、引き裂く物が自信と絡繰りの間から生えた。

 

 

 

「……!?」

 

 

それこそまるで絡繰りの腹を引き裂いて生まれたかのように生えた銃器──散弾銃である事まで理解出来ないセイバーは目を見開き、轟音と共に発射されるそれを目に焼き付けた。

 

 

 

 

※※※

 

 

真はセイバーが致命の領域にいたセイバーが即座に身を翻し、散弾の雨を全て躱している事にホッとしながら、現状を見て取る。

戦況は互角……否、こちらが優勢だ。

らしくないようでいてある意味らしい結末なのだろう。

怪物とは人を蹂躙するものだが……英雄は怪物を退治する者。

俺達のようなただの人類に対しては格上として肉を食らう怪物だが、人の域を超えた超人に対して怪物は首を刎ねられるのが物語の常だ。

更にはここにいるのは怪物狩りのヘラクレスと焔のランサー……多分だが、あれは半人半神の太陽に纏わる英霊ではないかと思っているが、その二人がいるのだ。

ヘラクレスは不死の殺し方を何よりも理解しているし、推測が当たっているのならばランサーは怪物という概念に対する天敵だ。

相性という意味では最悪だ。

 

 

 

 

如何に悪魔使いとはいえ、彼らを前にして勝利を確信する事など出来ない

 

 

だから、そういう意味ではマスターを狙うという意味であの機械人形のような悪魔を遣わしたのだろうけど、今度はそれはセイバーと相性が悪い。

恐らく兵器という概念から生まれた悪魔だろうが、であるなら、例え近代の兵器であろうとそれがただ人を殺すだけの兵器であるならセイバーに勝てるとは思えない。

 

 

 

サーヴァントを倒せないならマスターをどうにかして殺すしかないという手段が現状手詰まりなのだ

 

 

まだ悪魔は恐らく二匹いるだろうが……未だ出さないという事は戦闘用ではないか、ハイリスクな悪魔なのではないかと思われる。

では、どうするか。

本人が出てくるという手もあるが……アレ本体にどこまでの力があるかは不明だが……恐らく悪魔使いである事が本領である以上、弱いわけではないが、自分達のサーヴァントに打ち勝つ程ではないのではないかと思う。

本来、あの悪魔はこうも容易く打ち勝てる存在ではないが……余りにも相性が悪い。

勿論、それを悪魔使いであるあのクソ野郎も改めて理解している筈。

 

 

 

 

で、あるならここでする行動は──撤退だろう

 

 

 

その事に腸が煮えかえる程の激情が身を焦がすが……唇を噛む事によって耐える。

分かっている。

ここで無理に攻めれば、バランスよく優勢である今の状況を壊しかねない事を。

忘れてはいけない。

今の優勢も薄氷の上にあるのだ。

ここで誰か一人でも死ねば、その瞬間、バランスが崩壊する。

アーチャーとクラリスがいるから、巨大な怪物を相手に真っ正面から闘える。

ランサーとシルヴィアがいるから、いざという時に備えつつ、アーチャーとセイバーを援護出来る。

俺とセイバーがいるからこそ、新たに現れた悪魔に対しても手を打てる。

 

 

 

 

「……はっ」

 

 

一度、冷静さを取り戻すために大きく息を吸い、吐く。

朝の冷たい空気を体に取り込めばそれだけで少し体温が上がった体を冷やしてくれるようだ。

分かっている。

感情一つで強くなれるのなら、人類は実に都合のいい進化をしている。

怒りで上手く行くことが無いとは言わないが、怒りだけで全てを解決出来るのならば経験という言葉も天才という言葉も生まれていない。

現に今もこちらが優勢なのはサーヴァントが強力であるからであって、自分の力ではない。

もしも自分一人で挑めば既に目の前の鯨犬に踏み潰されていただろう。

だから、俺が願うのは相手の撤退と皆の生還だ。

それこそが現時点における至上の結末だ、と頷き

 

 

 

 

「……くそったれが……」

 

 

口から洩れた自分の言葉に込められた憎々しさにこそ俺は舌打ちした。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

遠坂真が想像した通りに、悪魔使いは現状をしっかりと把握していた。

激情に身を委ねていたが……少年とて長い年月を生きて来た死徒だ。

可能と不可能を分ける事くらいは出来るし,激情の中で冷静な判断を下す事も出来る。

その程度の事が出来ない存在が今の地位、格になど到達出来ない。

 

 

 

 

「やれやれ。運が悪い……いや、状況を考えずに仕掛けた僕が言う事でも無いか」

 

 

現状、詰んでいるとは言わない。

"陸の王者"に"機械令嬢"を遠慮なくぶつけてみたが、どちらも効果が薄いが、悪魔二匹で英霊二匹を足止め出来ていると考えれば、そう悪いものでもない。

残り二匹の悪魔の内の最後の一匹を差し向け、英霊のどれか一体を葬ればこちらが優勢になる。

が、逆にそれは自分自身もノーガードになる事を意味する。

人間相手ならば自身でもそう遅れを取るつもりは無いが、最悪、向こうも防御を捨てて攻勢に出られたなら自身の討滅も十分にあり得る。

この状況が今の自分にとっての境界線(ボーダーライン)というわけだ。

 

 

 

「全く。溜まったもんじゃないね。仇の継嗣と巡り合えたっていうのに、まるで運命に守られているかのように大英雄共が揃っているんだから。これだから秩序の飼い犬共は」

 

 

抑え込んだ激情を飲み下す為に、口から激情の一部だけを吐き出す。

お手上げだ、と両手を上げているが……目には一切の敗北感を宿していない。

むしろ殺意が研ぎ澄まされるだけであり、決して負けというわけでは無い事を理解しているからだ。

確かにあのサーヴァント共は己の憎悪から盾となったが……サーヴァント共が召喚された理由が聖杯戦争である以上、盾であった英霊は即座に矛と化す。

昨日の敵が今日の友に、なんて輝かしい結末など向かえない。

ましてや魔術師同士であるならば、猶更に。

裏切りが十八番の薄暗い連中には実にお似合いな関係だ。

 

 

 

 

その時ならば、幾らでも背後から牙を突き立てる事が可能だろう、と唇を歪める

 

 

 

そうと決まったならば話は早い。

とっととこの街を離れつつ、あの老害の系譜を追えばいい。

欠片でもあの御方を穢す可能性がある存在を少年が許す事は無い。

立ち上がりながら、暗い笑みを浮かべていた少年はその瞬間まで己の憎悪に浸っており、事実、暗い欲望を成就出来る事を楽しみにしていた。

 

 

 

 

──次の瞬間、ある気配を感じ取るまでは

 

 

 

「──なに?」

 

 

少年は信じられないという顔で気配がした方角を見やる。

そっちにはあの魔術師達もサーヴァントも存在しない。

敢えて言うならば……その方角の雲は酷くどんよりとしていた。

朝から確かに空は曇っていたが、その方角の天気はまるで天気(シーン)が違うドラマの如く暗く、暗く、死徒である少年ですら息苦しさを感じるほどに重苦しい暗雲。

それの意味を理解した瞬間、悪魔使いである少年は顔を引き攣らせた(・・・・・・・・)

 

 

 

 

「おいおい……ちょっと待て冗談じゃないぞ第一の亡霊(スタンティア)……! ここに君が喰らう程の物なんて──」

 

 

無い……とは全然言い切れない。

何せ、此処に集うのは神代において最強と称されたであろう大英雄が二騎に普通の英霊が一騎、死徒二七祖が一体、更にはあの老害の継嗣がいるのであれば、成程確かに捕食侯爵が喰らうに十分に値すると言えなくはないだろう。

理解は出来ても標的にされている内の一人に自分がいるのであれば、笑えない冗談のような悪夢に陥るのだが。

 

 

 

 

「ああもう、何て厄日だ……!!」

 

 

悪魔使いが厄に関して叫ぶのは如何にも道化的だが、事実そうなのだから仕方がない。

アレが近付いているなら今までの目論見は全部パーになるが、ここで無駄死にする末路に比べれば遥かにマシだ。

 

 

 

 

敢えて願う事があるのならば──そのまま巻き込まれて死ね

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

当然だがその異変はマスターとサーヴァントに対しても伝播した。

一番に気付くのはそういった()()によく関りがあったアーチャー。

続いてランサー、その次に遠坂真、セイバーと順に続いて察知する。

 

 

 

「……何ですの?」

 

 

シルヴィアもまた続いて気付き、怖気を感じる方角に視線を向ける。

感じる怖気を知っている感覚で例えるならば……まるで大量の蟲の羽音。

その音の原因が余りにも当然で、しかし膨大であるが故に不吉を感じる様な感覚は段々と自分達に近付いてきている事を理解した。

やはり、最初に考えるのは新手。

新しいサーヴァントがこちらに向かってきているのかと思ったが……この感覚が果たして英霊、と呼べるような存在なのだろうか、という疑問はあった。

むしろ、似ているという意味ならばそれこそ少年の形をした吸血鬼であったあの怪物の方に近しい。

となると死徒の増援かと思ったのだが……それで考えても何かが違う、と感じる。

 

 

 

 

何なのですか──その思いは唐突に断ち切られる

 

 

細い腕が自分の腰に回り、即座に勢いよく空に上げられたのだ。

それがランサーの仕業である事は承知していたが、余りにも唐突に、しかしも急激であった為、シルヴィアは驚きに身を硬直した後に叫んだ。

 

 

 

「きゃっ!? な、何をするんですのランサー!?」

 

「すまん。釈明は後で必ずすると誓おう。今はここから離れる事を第一とする事を許せ」

 

 

何を……!? という怒りに似た疑問は彼の表情を見た後、焼き消えた。

ランサーの表情はあれ程絶望的な二匹の悪魔を相手にした時ですら生まれなかった焦燥の色が濃く見えており──信じられない事だが、今、ランサーは懸命に()()()()()()()()()()()()()()

あのマハーバーラタの大英雄のカルナが、ただ逃げる事だけを考えなければいけない。

その事態を理解し──シルヴィアは空に上がった事によってより懸命に見る事が出来る空を見た。

 

 

 

 

「──────ぇ?」

 

 

一瞬で精神が砕け散る様な絶望的な圧をそこから感じた。

怒り、憎しみ、哀しみ、恐怖。

そのどれでもあって、どれでもないそれらを最も表現し易い言葉は怨念と言うべきだろう。

現代の人間であれば怨念等眉唾物であると考えるのだろうが、魔術師であるシルヴィアは違う。

膨大な、あるいは尋常ではない質の感情は魔力やそれ以外と繋がれば、形となって存在し、文字通り怨念を晴らす呪いと化す事をしている。

自分がよく好んで使うガントもまたそれと同じ理屈だ。

指先を相手に突き付ける事は体調を悪化させるとされており、その行為自体が相手を呪っているという事になり、魔術が成立する。

 

 

 

 

そういう意味では怨念は魔術に親しみがある物であるとも言える

 

 

 

超一流と自他共に認めるシルヴィアにとっては飽きる程浴びたものであり、浴びせたものだ。

故に()()は自分が慣れ親しんだモノと言えるが……余りにも量が、質が違った。

個でありながら群体のような量。

個でありながら集団を覆すような質。

 

 

 

 

さながらハリケーンのような……否、性質と見た目を吟じるなら正しくハリケーンだ

 

 

ただ人を吹き飛ばした結果として殺してしまうハリケーンと人を捕食し、命を冒涜する()()を同一視していいのかは疑問の所だが……少なくとも大量に人を殺戮するという点では同じなのだろう。

黒く澱んだ風のような……手のような物がこの街に近付いており、酷く絶望的な五月蠅の群れのようでもあった。

 

 

 

 

「──」

 

 

あれが何かを問う事も出来ず──さりとて戻って誰かを助けろ、という事もシルヴィアは念じれなかった。

カルナは間違いなく大英雄の一騎だ。

特に黄金の鎧を纏っている現在であるならば、あれ程の怨念の嵐の中でも生存して活動出来る可能性はある。

ただ、それはあくまで可能性であり……その方法を取るには神秘の隠匿も無視した行動を取らざるを得ない可能性も含められていた。

無論、記憶に関しては暗示で多少は何とか出来るかもしれないが……絶対ではない。

そこまでを思考し、シルヴィアは呆然としながら……内心で自嘲した。

 

 

 

 

結局の所……他者を神秘の隠匿の為であるなら気軽に捨て石出来る以上、あの死徒を侮辱する資格など自分には欠片も存在していないのだ

 

 

 

だから、シルヴィアは怨念の嵐を見つめ続けた。

唇から噛み切った事によって流れる血液を無視しながら。

 

 

 

 

※※※

 

 

遠坂真もまた同じ物を見て……暴れていた。

セイバーに無理矢理抱えられて逃げさせられているのを止めようともがいていた。

 

 

 

 

「離せセイバー!!」

 

 

俺の叫びに、しかしセイバーは答えない。

魔力で強化している体ですら軋む程の速度で駆け抜け、あの怨念の嵐から逃れようとしている。

分かっている。

セイバーが必死に自分を守ろうとしている事くらい分かっている。

本当ならそれに感謝する事はあっても罵倒する権利など欠片も無い。

だけど、それでも抗う理由があるのだ。

 

 

 

 

「まだ! たくさんの人が! 俺一人じゃ到底届かない人達が!!」

 

 

街である以上、どれだけの数であろうと人がたくさんいる。

千人か、あるいは万人以上いるのかもしれない。

否、例え、それが百人、あるいは十人くらいの少人数であろうとも己より遥かに多く、価値がある宝石(いのち)だ。

老い先短いい命であろうと新たに芽吹いた命であろうとも、それらの命は間違いなく遠坂真とは比べようもなく尊く、美しい命だ。

何よりもかけがえのない宝を、見捨てる事なんて遠坂真には出来なかった。

だから、真は言葉での説得を諦め、強化を更に高め、無理矢理抜け出そうと試み

 

 

 

「……かっ!?」

 

 

何時の間にか拘束され、首を絞められる形にされていた。

一秒事に気道が締まり、酸素が全身から失われていくのを察知しながら、それでも真は手を伸ばした。

怨念の嵐に呑まれそうになる街。

何も知らず、ただ生きていただけの街が、今、正に飲み込まれそうになる光景を霞む視界で捉える。

無駄であり無意味であったとしても手を伸ばさずいられなかった。

 

 

 

 

霞み、遠ざかる街並み

 

 

もっと遠く離れれば手で掴めそうになりそうなのに……どうしても手に届かない物。

余りの遠さに涙が出てきそうであった。

 

 

 

 

何時だって、どんなモノだって──遠坂真にとっては届かないモノであったのだから

 

 

 

その思考と共に意識が沈む。

手だけは最後まで伸ばしながら──最後まで抗いを諦める事も出来ずに。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

──ニュース速報です。

 

 

今朝、未明にドイツの×××市にて大型のハリケーンが直撃しました。

既存のハリケーンの法則とは違い、まるで唐突にそこに発生した、という事で現場は今、大混乱の極みです。

不幸中の幸いで、大型ハリケーンは×××市の後は無くなりましたが……直撃を受けた×××市の死傷者は多数。現状、生存者の確認は出来ていません。

 

 

現在、救助隊が生存者を探している最中です。

 

 

 

 

※※※

 

 

ゆっくりと浮かぶように意識を取り戻す中、遠坂真は何故か立ち上がらなければいけないという感覚で目を開けると同時に起き上がる。

周りは荒野……というか広いヨーロッパの土地にはよくある広い大地の一角なのだろう。

少し遠くを見れば道路と思わしき場所もあり、葡萄畑も見える。

近くには未だ鎧と刀を装備しているセイバーが几帳面に正座で構えているが……探すべきは"それ"じゃない、という感覚を信じ、眼球に強化を叩き込んで、遠くを見つめ──思い出した。

 

 

 

 

「ぁ……あ、あぁ……」

 

 

両手を大地に付け、俯き、呻く。

分かっている。仕方が無い事だ。あの時、あの状況ではこれが最善であった。

そんな理屈を跳ね除け、怒りと絶望が己の体を蝕み、喉から情けない呻き声を漏らす。

 

 

 

 

強化によって見えた光景──そこにはかつて街()()()()場所が見るも無残に破壊され、蹂躙されている街並み

 

 

 

建物など全て崩れ落ちており、道路といった大地ですら全て捲れ上げ、場所によっては粉々になっている場所も多数あり──硬いコンクリートやビルですらそうなのだから、それ以上に柔らかい人間など考えるまでも無かった。

 

 

 

 

結論を言えば──遠坂真は街一つに居た全ての命を見捨てた事によって生まれた光景であった

 

 

 

 

 

「あ──ああああああああああああああああああああああああ……!!!!」

 

 

 

大地に拳を叩きつける。

資格なんて無いのに大量の涙が眼から零れる。

最早、笑う事も、自分に殺意を持つ事も出来なかった。

遠坂真の呪いは今、ここでも遺憾なく発揮していた。

ただそこにいるだけで周りが狂うという被害妄想は、遂に街一つまで飲み干し、大量の命を無駄死にさせた。

 

 

 

 

ただ、そこに遠坂真が居た、というだけであったのに……何て、罪深い方程式。

-1の存在が居ただけというのに……何故か計算結果が-10000されているような理不尽。

 

 

 

そう、何より罪深いのは──これら全ての考えが本当にただの被害妄想であるという事。

これ程の大災害が起きた原因は遠坂真──なんてちっぽけな存在によるものではない。

ただ運が悪かった。

ただそこに死徒が居た。

ただそこに神代の英霊が居た。

ただそこに■■の到達者が居た。

ただそこに第一の亡霊が近くに居た。

 

 

 

 

本当に……ただそれだけの、悪夢染みた不運の結果によるものだった

 

 

 

その事実に、真は叫び、あるいは嗤いながら──心を砕かせた。

 

 

 

※※※

 

 

セイバーは叫び、呻くマスターを取り押さえようとした。

マスターを追い詰める事は確かに分かっている。

これだけの大災害を前に平然としていろなんて言えるわけでも無ければ、自責の念を感じるななんて言えるわけがない。

だけど、全ての罪がマスターにあるわけでもない。

むしろ罪はサーヴァントである私達にあるのではないか、とあの大怨霊を見て思ったのだ。

だが、それを知らしめるにもまず今にも狂い果ててしまいそうになっているマスターを落ち着かせなければならない、と思い、取り押さえようとし──

 

 

 

 

「──まさか!?」

 

 

急激に巨大な気配を感じ、空を見上げる。

すると何時の間にかそこにはきんきらきんに光る黄金の船が浮遊しており、サーヴァントの感覚からアレが宝具であり、その上にサーヴァントがいる気配を感じていた。

アーチャーともランサーとも違う気配。

圧倒的な、という意味ではどちらも同じだが、黄金の船に上にいるサーヴァントの気配の圧倒さはどこか方向性が違うようにも思える。

だが、それ以上にこのタイミングでの襲撃は余りにも不味い。

自身の状態に問題があるわけではないが、マスターの精神状態に問題を抱えている。

こういった場面で仲間が一人でも傷を負っていれば、それだけで戦況はマイナスに偏る。

逃げるべきか、と思うが、こうも障害物の無い場所で空を飛翔する船を相手に逃げ切るのは不可能に等しい。

そう思っていると

 

 

 

「……?」

 

 

船から人が落ちて来たのをセイバーの視覚が捉えた。

真上とはいえとてもじゃないが人間が落ちてくる高さでは無いが……別にそれ自体に疑問を抱いたわけでは無い。

落ちて来た存在がサーヴァントではなく、人間である事に眉を顰めたのだ。

しかも、驚く事に人間が落ちた瞬間に船はあっという間にどこかに行ったのだ。

明らかに戦略的なミス。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

余りの欠陥に、逆に毒気を抜かれてしまい、結果として私は目の前に人間が降り立つことを許してしまった。

それはある種、異常な人間であった。

何も高い場所から落ちたのに、何の魔術行使も無く緩やかに降りて来たからではなく、男が発する気が余りにも強烈で強靭である事からだ。

ただそこに立っているだけであるというのに男は他の全てを圧倒する程の意思を発していた。

服装は洒落っ気のない黒服と黒いマントを羽織り、腰に刺した……恐らく木刀と思われる物を身に纏いながら、しかしそれらを吹き飛ばすような黄金の髪と黄金の瞳に込められた気の強さ。

 

 

 

 

我を持って他を染めるを地で行う人間

 

 

今の時代を加味すれば生まれた時代を間違えた存在ではないか、とセイバーが思考する。

この人間とは方向性は似たり寄ったりだったり、全く違う存在ではあるが、似たような存在であるならば生前何人か出会った事がある。

それは戦に狂い、血に狂った鬼武者であったり、あるいは革新を胸に全ての清も濁も嗤いながらに天下布武を求めた天魔であり

 

 

 

 

──万象を見通す眼と神を超えた剣技を身に付けながら、しかし人の世の為に朗らかに笑った将軍

 

 

……人でありながら人の域を超常ではなく我のみで超える種類の人間である。

最も例には出しても死んでも最後の御方と同列にも同類にも扱う気はないが……人であるからといって侮ってはいけない類いである事を認識して刀を構える。

すると男はこちらの構えに笑いながら、良く通る声で語り掛けて来た。

 

 

 

 

「そちらの対応が全く以て正しい道理だが……出来る事ならば今は休戦出来ないかね? 俺の今の目的は闘いでは無く、話し合いを主眼としている。無論、聖杯戦争に参加しているマスターが敵に対して悠長な、という考えも当然ではあるが」

 

 

闘いでは無く話し合いを主眼としている──その言葉を聞いてセイバーが思った事は酷く単純な事であった。

 

 

 

戦場において狂言を回す阿呆

 

 

セイバーからしたら実にいい鴨であり、何なら一秒と経たずに首だけでも刎ねたい所なのだが……今、自分の近くには絶望しているマスターが居る。

新たに現れたマスターに気にも掛けずに、未だ蹲りながら、しかし叫ぶ事だけは止めている少年。

戦場における心理であるならばセイバーの得意分野ではあるが……これ程までの絶望に曝された心理を読み解く力などセイバーには存在しない。

 

 

 

 

そんな少年に対して例え敵であっても人間である青年の死をここで生んでいいものだろうか?

 

 

 

あくまで敵のマスターであり、その男自らがイカレタ行動をした故の自業自得の結末であっても、それをどう受け取るかはその人次第だ。

最悪追い打ちになりかねない事を考えれば、下手に手を出すのは愚策であるかもしれない、とセイバーは判断する。

絶好の獲物を前に刀を構えるだけの置物になるとは……と歯噛みしていると男は気にした様子もなく、今も蹲っているマスターに対し、声を掛けるのであった。

 

 

 

 

 

「初めましてサムライのサーヴァントを従えたマスター。俺の名前はオズワルド・ローゼンハイム。俺のサーヴァント曰く、未だ輝くに至らぬつまらぬ男だ」

 

 

 

※※※

 

 

 

 

──二人の男の出会いは最低最悪の物であった、と彼は何時かどこかで告げた

 

 

──二人の男の出会いは酷く痛快の物であった、と彼は何時かどこかで告げた

 

 

 

二人の答えは全く正反対の物であり、その上で心底から吐き出された言葉であった。

──ただし、どちらか片方はひねくれ者であり、もう片方は正直者である。

どちらがどちらなのか。

二人は答えを言うつもりも無ければ、答えを得るつもりも無かったであろう。

 

 

 

 

何故なら、彼らはカドゥケウスの如く絡み合い、喰らい合う関係

 

 

星の終末まで延々と潰し合い、手を取り合い、戦い合う自滅因子(アポトーシス)

 

 

 

 

 

で、あるからには──彼らの答えは結局の所、どちらも真実であり、どちらの言葉も──

 

 

 

※※※

 

 

 

青年はあくまで泰然自若。

己の肉体と木刀一つで超然とした己を崩さない。

 

 

少年は今もまだ自暴自棄。

肉体も精神も魂も絶望に陥り、己の意思一つさえまともに動かせれない。

 

 

 

 

 

 

余りにも対照的だが……それでも二人の出会いは■■において共通であった

 

 

 

 




……な、難産でした。

いや、まぁ……それ以上に自分が趣味で色々やっていたせいで更新が遅れました!
申し訳ない!!



ともあれ、前書きで書いた方程式の結果は、つまり台無しという事です。


全員の思惑が崩れ落ち、願いは消え去り、更にはただそこに居た人達だけが消え去ります。
これ、正しくバッドエンド。
全てにおいて上手くいって、勝ってなんて眉唾なのです。
たかが天才の集団では天災には勝てないという。



……まぁ、スタンティアを天災と取るかもまた話は別な気もしますが。



いや、うん、本当にきのこさんが作った上で一切使われていない設定ばっかり使いましたよ……ちょっと不安。



ともあれ、話としては次回でドイツ編が終わり、次々回は幕間的な他のマスターとサーヴァントに焦点を合わせると思います。
だから、出来ればどちらも文字数抑えて投稿出来たらいいなぁって。



感想や評価など宜しくお願い致します!!


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憎悪を糧に

 

 

 

 

オズワルドは笑みを浮かべてはいるが、その実、失望に近い諦めを抱いていた。

 

 

彼が偶然、自身の故郷にある街の一つに巨大な魔力反応を感じ取り、アーチャー共々興味を持って近付き、辿り着いた時には全てが滅んでいた。

その事実にアーチャーもそうだが、オズワルドも特に感慨を抱かず、()()()()()、と残念がるくらいであった。

 

 

 

オズワルドとて人間だ

 

 

多くの人が死ねば悼みもしよう。

悪漢共がそれを成し遂げたというのならば殺し返す事も考えはするかもしれない。

ただし、それは決して暴走してではない。

あくまでオズワルド・ローゼンハイムという人間であるならばこの時、このような場面ではこうして動く事を決めているからだ。

復讐心などという場当たりな行動からではなく、己の信念に沿っての殺戮をこそ尊ぶ。

あくまでも己を指標とした生き方。

 

 

 

彼にとって生きるという事は己である事を示す事

 

 

だから、これらの強靭さは魔術的な制約である事とか、彼の人生において重要な物事(イベント)があったからこうなったのだ、という事は一切無い。

生まれつきの精神力。

生来の威風は確かにオズワルドという人間を人の域から踏み外させた。

 

 

 

しかし、だからと言って常人の行動が読めないというわけではない。

 

 

オズワルドという人間の目線から見ても目の前のマスターの心が折れている事は見て取れた。

他人の死を嘆く様は痛切を感じさせるが、そこに共感を抱く程、オズワルドは甘くも無ければ優しくする気も無かった。

そこで潰れるのならばそこまでの人間であった事と今回もまた外れか、と思うくらいであった。

失望はするが悲観する事も無いオズワルドはそこで一度小さく吐息を吐く為にほんの少しだけ目を閉じた。

ほんの少し、それこそ一秒にも見たないレベルの刹那の間。

 

 

 

 

──それだけで彼が見える世界が全て変わった

 

 

 

眼を瞑っている間に一際大きく地面が叩かれる音が響き、続いて眼を開けた時には蹲っていた少年は打ち付けたであろう右の手を拳と握りしめ──しかし、確かに自分の両足だけで立ち上がっていた。

 

 

 

 

「──」

 

 

その光景を前に、オズワルドは不可解な感情に襲われた。

彼の見立てでは確かに少年の心は、精神は砕け散っていた。

崩壊する程では無かったかもしれないが、それでも直ぐに立ち上がる事は無いだろうと診ていた。

であるのに、目の前の少年は痛みを抱えながらも拳を握り、立ち上がっていた。

痛みから逃れず、今もまだ顔を壊れ切った街の方に向け、その上で立ち上がっていた。

誰にも知らせず、誰も支える事が無い孤独な奮起──それを何故か、オズワルドは強く、熱く、懸命に問い質したいと考えている事に気付いた。

 

 

 

 

誰にも頼ずらずに立ち上がる克己にオズワルドは見惚れたと言ってもいい

 

 

 

おかしいものだ、と冷静な自分が自分に告げる。

克己など今までの人生で何度も見て来た、と思っていたのだが………ああ、でも自分の人生全てが砕ける様な衝撃から立ち上がる程の克己は流石に見た事が無い。

だが、それが何だというのだ。

それだけだというのに………オズワルドという名の魂が目の前の少年を掴んで離さない。

見ろ、追え、そこにこそお前の望むものがあるのだと燃えるように仄めかす。

 

 

 

 

少年は目の前の破壊を瞳に焼き付けるように背をこちらに向けながら、ポツリと言葉を漏らした

 

 

 

「──行くぞセイバー」

 

 

たった一言。

その一言にどれほどの力と血が込められていたか。

それらを一切おくびにも出さずに少年はようやくこちらに振り返った。

振り返っても俯いている為、顔をしっかりと見れないが、それでも自分よりも若く日本人と思わしき顔つきと幼さを醸し出しながらも、少し中世的な見た目である事は分かる。

その少年はそのまま無造作に一歩一歩と己に近付いてくる。

オズワルドは一歩歩き、近付くという行為にこれ程の愛おしさを感じた事が無かった。

ただ歩いて近付くという行為なだけだというのに、切実に時が止まって欲しいと願う。

この一秒を永遠と感じたいとすら思えるほどの感動。

 

 

 

 

──例え、それが殺し合いの合図であったとしてもオズワルドは自分の喜びを一切否定する気が無い

 

 

 

来い、来い、来い………! という己の思念に呼び寄せられるかのように近付いてきた少年はもう目と鼻の先にあり、そして

 

 

 

 

そのまままるでオズワルドという人間等居ないと言わんばかりに隣を通り過ぎて行った

 

 

 

 

「────」

 

 

余りにも想定外な事態。

自分がマスターの一人であるとかそういう話では無く──今思えば、オズワルドは自分の存在が無視されるという事は余り無かった。

強烈な自我と存在感は敵味方問わずに視線と意思を惹きつける。

誰一人としてオズワルドを目の前にして"無価値"である等と決めつけれた人間は居なかったのだ。

その事に呆然とした時間は数十秒にも及ぶのだろう。

少年は15m程離れており、その上でオズワルドに振り返る気配は一切無かった。

その事実にオズワルドは──全ての衝撃を振り払う程の喜悦の念と共に笑い声を上げる事を止める事が出来なかった。

 

 

 

 

「くっ……ふ、ふふ、はっ、は、はははははははははははははははーーー!!!」

 

 

両手を広げ、今の事実を抱き止める。

今を以て己がどうして少年にこれ程惹きつけられるのかは定かではない。

なので一々ちまちまと考えるのをオズワルドは放棄し、己の直感を全て信じる。

俺にとってあの少年は追うべき存在であると知覚した。

であれば、この反応は悔しくも嬉しい。

 

 

 

 

だってそうであろう? ──己の人生を懸けて得ようとしていた答えが空から降ってきたようにあっさりと得れるなど余りにもつまらない(・・・・・・・・・)!!

 

 

であるならば、己はあの少年にとって無価値であるべきだ。

至難であればある程、辿り着いた時の感動は甘美であろう──何より幸運だとか運命だとかによって降って落ちて来た奇蹟に頼るなど惰弱さなど要らぬ知らぬ下らぬ。

 

 

 

 

男として生まれたのであれば男として生きる以外の何を望むという

 

 

故に今は万雷の喝采の如き哄笑を以て彼の無視を受け入れる──が、たった一つだけ、彼に対して刻まなければいけないものがあった。

即座に翻し、去って行く少年とサムライの女があるのを見据え、腹の底から吐き出される空気を以て声とした。

 

 

 

 

 

「──俺の名は! オズワルド・ローゼンハイム!! 覚えておけ! 忘れる事など許さんっっ!!!!」

 

 

 

大気を一喝せんが如き咆哮を以て己をぶつける。

無視を受け入れる事は出来ても忘却する事も、ましてやただ無視られる事までを受け入れたわけでは無い。

忘れるな、俺はお前にとって路傍の石ではない。

貴様の大敵にして好敵。

 

 

 

 

貴様の破滅にして救いである事を胸裏に刻め

 

 

 

──少年の足が止まる。

止まり、しかし振り返る事もないまま暫し停止する。

オズワルドもまた特に声を掛ける事は無かった。

互いに視線を合わせる事も無ければ、意思も通わす事もなく風だけが動く。

ほんの数秒。

 

 

 

 

少年は振り返らず立ち止まり、オズワルドはそれ以上何も言う事なくただ笑った

 

 

 

その後、何事も無く少年は歩き去って行く。

今度はオズワルドも止めるつもりは無く、去って行く少年の背を見つめるだけであった。

遠く、遠く……小さくなっても決して折れる事が無かった背を、オズワルドは見送った。

 

 

 

 

※※※

 

 

セイバーは少年の背後を歩きながら、念には念をで背後に置いた青年の気配を感じ取っていたが、どうやら追いかけてくる様子はないみたいだ。

その事に安堵するべきではあるが、今は目の前で歩いている少年の心理の方が気になっていた。

確かに先程のシーンは物語のように主役が立ち上がるようにも見える物ではあったが………あれ程の絶望を前に立ちあがる方が逆に不安を感じる。

 

 

 

 

人間は立ち上がって歩き続ける事が出来るのが美徳だとよく言う

 

 

 

セイバーもそれに関しては否定するつもりも無かったし、以前、仏蘭西で彼が子供の死を前に安易な死を選んだ時に立ち上がれ、とも告げてはいた。

 

 

 

 

だからと言って、あれ程の絶望を前に直ぐに立ち上がる事が良い事だ、と言えるのだろうか?

 

 

絶望し続ける事は確かに良い事ではないかもしれない。

だが、絶望する事は悪か?

疲れて、傷ついて、苦しくなった時、膝を着く事は弱さの証か?

そんな事まで悪だとか弱いだとかで括られるのは人間は既に自滅している。

時には休み、癒される時間を与えられるから人間は何度も立ち上がれるのだ。

 

 

 

人間は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

だから、セイバーは何か声を掛けるべきだと思い、口下手な自分を叱咤し、開けようとして

 

 

 

 

「──ごめんな、セイバー。俺、お前に心配ばっかりかけているな」

 

 

先を越された時点で自分の行為は遅かったのだと悟った。

 

 

「……分かっているのならば、もう少しお休みして頂いてもよろしいのです。あれだけの戦いの後なのですから、ゆっくり休まれても誰もお怒りになりませんよ」

 

「はは。やだな、セイバー──まだ朝だよ。休むには早過ぎる」

 

 

言われた言葉に反応し、空を憎々しく見上げてしまう。

朝日をここまで憎らしく感じたのは初めてであった。

せめて夜であれば、睡眠を理由に寝るという言い訳が出来たであろうに。

 

 

 

「……朝でも、殺し合いをした後なのです。休む義務があります」

 

「……そうだね。休まないといけないんだろうなぁ……もう、休む事も出来なくなった人達も──」

 

「──マスター。死を背負うなとは言いませぬ。あれだけの大惨事を前にして私達のせいではない、と思う方が不可能である事は分かっております。しかし、そうであっても、私達は彼らの命を代価に動く理由を持ってはいけません──彼らの命を盾に生きる等、それこそおこがましいにも程がありましょう」

 

 

私の言葉に、何故かマスターは小さく笑った。

酷く懐かしがるような……苦しむ様な笑い方を。

 

 

 

「……昔、似たような事を、傲慢にも言った事があるなぁ………」

 

 

セイバーには意味も分からない、彼だけが知る言葉。

当然、その反応に返せる言葉をセイバーは持たず、続いて放たれる少年の覚悟を聞かされることになるだけであった。

 

 

 

 

「──セイバー。俺は聖杯戦争に参加する。ただ、それは聖杯を求めてじゃない。単にこんな殺し合いを見るのも聞くのも性に合わないからだ」

 

 

………本来、サーヴァントであるならば喜ばしい言葉ではあるのだろう。

願いを求めて殺し合うのがサーヴァントの宿命であるならば、これは福音である筈だった。

だから、そんな余分を持ち合わせていないセイバーにとってはそれは福音では無く、むしろ呪いのようにも思え、吐息を吐くと同時に言葉も放った。

 

 

 

「……御心のままに」

 

「──俺の心になんて従うなセイバー。俺は人型の道具なんていらないし、道具はもう手に持っている」

 

 

腰に差した双剣を一度叩いて、少年はサーヴァントという概念を否定する。

少年の顔を見やると相も変わらずこの件に関しては酷く強い意志の光を眼に輝かせている。

つまるところ、半端な言葉で応じれば彼は躊躇なく自分を置いていく事が分かった。

 

 

 

ならばセイバーが考える事は自分の事だ

 

 

 

セイバーが彼に従っているのは生者であり、マスターであり、善性であるからだ。

逆に言えば、そうであるから従っているだけで同じ条件のマスターが居ればそちらでも構わないとも言えるだろう。

で、あるならば今のセイバーにはマスターは今の彼しかいけないという理由はあるか?

魔術師としての力量は完璧だ。

文句を付ける所も無ければ、長ずればサーヴァントを相手にしても保たせる事が出来るかもしれない天才児だ。

かと思えば魔術師らしくない行動でこちらを冷や冷やさせるのが玉に瑕だが、それを含めてもセイバーには文句は無かった。

 

 

 

 

──分かっている。今、必要なのは戦術、戦略によるものではなく感情から選ばなければいけない事は

 

 

 

少年に対して好意的である事は別に否定しない。

しかし、それはあくまで友愛………否、むしろ同族に対する憐憫に近いのだろう。

私とマスターとの縁………隔絶した才覚を以て世にも人にも弾き飛ばされたあぶれ者同士。

同類であるからこそ少年の末路が自分には手に取るようにわかるし、それを可能のならば止める事が出来れば、と思う気持ちがある。

 

 

 

 

いや、それ以上に………上杉不識庵謙信は今、少年に対して何をしたいと願っているか?

 

 

 

その思いは自然と彼女の膝を曲げ、彼に平伏する姿勢となり声を発せさせていた。

 

 

 

 

「──であれば、私は貴方の剣となる事を誓いましょう」

 

 

 

道具は要らない、と言った少年の言葉を否定する言葉かもしれないが、それでもセイバーが自分の心に従った結果、やはりと言うべきか、自分の代名詞であった。

 

 

 

「もしも貴方が迷いを抱き、先に進みたいのならば私は貴方の迷いを斬る剣となりましょう。貴方が苦難に陥り、立ち上がる為の覚悟を持ち合わせたのならば私は貴方の力となる剣となりましょう──もしもどうしても絶望に、怒りに呑まれ、己自身ですら己を扱いきれなくなったら、私は貴方の弱さを肯定する剣となりましょう」

 

 

生前、毘沙門天の現身と言われたセイバーが初めて心の底から告げる祝詞は出鱈目でもあり、無意味でもあった。

自分は毘沙門天の現身でも無ければ、大層な奇蹟を織り成す事など出来ない人斬りだ。

殺人だけが取り柄の畜生が祈りのような言葉を吐くなんて我ながら烏滸がましいとも思うが………こうしたい、こうしなければという熱が自分の背を押したのだからしょうがない。

もしかしたら間違った言葉を吐いてしまったのかもしれないが、セイバーには一切の後悔は無かった。

セイバーは別に屁理屈をこねる事は苦手では無いが、己の気性はそちらと正反対の方に座している。

 

 

 

 

こうしたい、と思ったならこうすればいいで体を動かす。

 

それだけで()()()()()()()()()()()のが上杉不識庵謙信だ。

 

 

それは死後でも変わらず………とどのつまりセイバーが落ちる場所はどこでも一緒であるという事だ。

だから、セイバーは少年に対して膝を着いた。

こうしたい、という願望から少年の道に同道する。

 

 

 

 

そんな剣に対して、少年は空を見上げた。

 

 

 

あれだけどんよりとした曇り空だったというのに、何時の間にか空には太陽が浮かんでいる。

まるで大量の命を消費して、雲を取り除いたと言わんばかりの空を少年は睨みながら

 

 

 

 

 

「──少なくとも、戦う事だけは選ばせてもらう」

 

 

 

そんな小さな、しかし今までの遠坂真には無かった力が込められた呟きを空に向かって吐いた。

世界所か人すらも揺るがさない宣誓を聞いているのは一振りの剣と──

 

 

 

 

※※※

 

 

「馬鹿者が。そこまで気張ったのならもう少ししゃんとせんかい」

 

 

万華鏡の宙を歩む一人の■■■いだけであった。

 

 

※※※

 

 

 

 

アーチャーは己のマスターが仲間に連絡する姿を見守りながら、滅んだ街の光景を見ていた。

余りにもあっさりと消えてしまった営みにアーチャーは自身の力を嘆く──事は無かった。

むしろアーチャーが思った事は何も変わらない人の営みさに虚しさを覚えた事だ。

これだけ神秘が薄れ、神々も居なくなった世界であるというのにあれ程の呪いと怪物が跳梁跋扈している。

最早、英雄は存在しない時代に怪物とほんの少しの歪んだ神秘だけが残る現代にさしもの大英雄ですら人の業という物を考えざるを得なかった。

 

 

 

 

無論、それに固執する事も無いが

 

 

 

「そう……良かったぁ……全員無事だったなんて……」

 

 

けいたいでんわ? という物で連絡を取り合っているクラリスの言葉と表情から察するに彼女達、ホムンクルスは全員無事であったらしい。

不幸中の幸いとは正しくこの事であり、一人でも犠牲になっていたら少女の心にどれ程の傷を残していたか、と思うと犠牲になった人には申し訳ないが、安堵する事であった。

 

 

 

最悪ではあったが、まだ光はある

 

 

 

 

──まるでその思考を呼んだかのように確かに黄金の光のような威圧がヘラクレスの全身を貫いた。

 

 

 

「──」

 

 

即座に弓を顕現させ、クラリスの下に近より全身で覆う。

唐突の自分の動作に心が追い付いていないクラリスは目を白黒させているようだったが、しっかりと教えている余裕は無い。

これはもう直ぐ来る。

故にここで迎い打つ覚悟を決め──それは来た。

 

 

 

 

煌びやかな黄金の船

 

 

そしてそれすらも圧倒する程の巨大な王気。

生前出会った王では比べるまでもない巨大にして偉大な王としての圧が威圧的な船すら押しのけて感じさせる程の強き王。

アーチャーの人を超えた眼には船の上に玉座のような物があり、そこには金髪炯眼の男が居座っていた。

豪奢な鎧を身に纏い、炯眼を以て世の全てを睥睨する瞳は正に王者の居住まい。

神を知っているヘラクレスをして、完璧な気配に一瞬瞠目する。

 

 

 

 

 

「──────────ぁ」

 

 

 

故にヘラクレスは気付くのに遅れた。

男の存在を見た少女が呆然とした声を出した事に。

瞬間、片眼がジャックされ、別の光景が映し出される。

先にも起きたラインを通じてのクラリスの記憶──多くの杯達の無念の記憶の一つが映し出される。

この時、この状況でこの現象が起きるのは不味い、とヘラクレスは戦略から焦りを覚えたが、映し出された光景を見た瞬間、ヘラクレスの焦燥は露と散った。

 

 

 

「──」

 

 

見覚えのある巨体。

鋼の如く、世界すら支えんばかりに鍛え上げられた芸術的な兵器のような肢体を持った()()が鎖に縛り上げられていた。

どこかで見たようで何故か遠く離れた別人のようなそれをヘラクレスは片目でありながら、両の視線で捉えていた。

その視線は震えながら、涙で擦れながらも死んだ巨人を見上げていた。

そう、共有されるのはあくまで視線ではなく記憶。

溢れんばかりの哀しみと──立ち上がって、と願うような哀絶が胸の内に渦巻く。

すると記憶の中の誰かの視線は別の者を映し出した。

 

 

 

 

それは左目に映る金髪炯眼の黄金の王と同じ姿の青年であった

 

 

 

服装は何故か現代に即した衣装を身に纏い髪を下ろしていたが、それだけで見間違えるほど黄金の男の印象は弱くない。

左に映る絶対の自信を以て己を見下ろす姿。

右に映るのは自身は変わらないままに、視線に宿る色が好奇ではなく絶対零度の視線で記憶の中の誰かを睨み──視界が一瞬で暗闇に閉じる。

それと同時にありもしない両目に対する幻痛。

死を踏破した英霊でもあるヘラクレスはそれに値する激痛も幾度も経験しており、その痛みが両の眼を切り裂かれた事によって起きる激痛と失明である事を感じ取る。

光を失った事による恐怖、それに伴う激痛に侵される中、見る事が出来なくなった記憶で、しかしその誰かは

 

 

 

『■■■■カー………、■■■■カぁー……』

 

 

聞き取る事が出来ない言葉で、しかし求めるように手を伸ばした。

知っている。

その光景を、意味をヘラクレスは誰よりも知っている。

幼子が、何もかもに見捨てられたと認識してしまった時、どんな存在に声を掛けるのかをヘラクレスは知っている。

 

 

 

 

己の口から白くなる程の息を吐いている事に気付かないまま、左の光景に夢中になり──次に感じた激痛は胸を刺し貫かれた感触であった。

 

 

 

 

見えないまま剣に貫かれたのだと感じ取ったヘラクレスは激痛よりも怒りで何も考えられなくなりそうであった。

理性が焼き切れそうな怒りを必死で押さえつける中──最後に感じ取ったのは余りにも冷たい肉の感触。

安堵所か気味の悪ささえ感じ取れる触感は何らかの死体──例えば、自分が全ての命を消費した後に攫われたならこんな感触を誰かに与えるのではないだろうか。

命が燃え尽きる寸前で触れるにはあんまりな物に触れたというのに、刻んでくる記憶の誰かは蝕む不安と激痛を忘れ去る程の安堵を覚えて

 

 

 

 

『──あぁ……ぅん……良かった………ずっとそこに居てね■■■■カー………

 

 

それしか無かった、というのにそれだけで良かった、という呟き。

呟きを最後に逆流した記憶の奔流が終わり、右目もまた現実を捉えるようになったが、胸に刻まれた苦痛は消え去らない。

視界は最早、怒りのせいか赤く染まり、吐息は荒々しく乱れている。

弓を握る手は握る所か握り潰す寸前まで力を籠められており、客観的に見なくても自分が暴走気味である事が分かる。

分かっている。

あそこで死んでいたのは同一人物の別人である事で、自身の今のマスターが記憶の中にいる誰かではなくクラリスである事くらいは。

だから、ここで止まる事はサーヴァントとしては何もおかしくない事だ。

あくまで今の契約者に仕えるのがサーヴァントであり、本来、こうして過去のマスターに寄り添うのは異常事態であるのだ。

 

 

 

──しかし

 

 

 

「──殺して」

 

 

契約してから()()()()極低温の言葉。

可憐な少女の口から吐き出されたと思えない氷の言葉。

本来であれば戒めるべきなのだろうが………その言葉を聞いたヘラクレスは唇を禍々しく歪めるだけで、制止する気持ち等欠片も生まれず、今の契約者の命令を獣に与えられた餌の如く受け取っていた。

それに気づいてか、少女(マスター)もまた猛り殺意を口から吐く事を止めなかった。

 

 

 

「殺して………今直ぐ殺して!! ぐちゃぐちゃに! 完膚なきまでに!! あの黄金を八つ裂きにして!! 母様を殺したアイツを殺してぇ!! ()()()()()()!!!」

 

 

 

間違えたクラス名。

最早、クラリスなのか■■■スフィールなのか分からないその叫びにバーサーカーではないアーチャーはしかし応えた。

 

 

 

 

「■■■ーーー!!」

 

 

怒りに呑まれる自分を許し、眼光を赤く光らせ、アーチャーである筈の大英雄はクラスも、魂もそのままにしかしまるで狂戦士(バーサーカー)さながらに黄金の船にまで自前の脚力だけで砲弾の如く飛んだ。

大地を破壊し、風を切り裂き、空を飛翔するアーチャーは地上から放たれた最強の魔弾。

数多の英霊をして尚、最強であると煌めく災害の一人。

この時代において二度目の英雄王殺しの試練に挑む大英雄という名の暴威が地上から放たれたのであった。

 

 

 

そんな魔弾に対して嗤う黄金の男もまた条理を超えた災害の一人

 

 

男と船の周りに幾つも生まれるは黄金の波紋。

次の瞬間にはその波紋から綺羅星の如く輝く武装の数々が引き出される。

ヘラクレス(アーチャー)は知らない。

 

 

 

 

それが今、敵対している黄金の男──英雄王ギルガメシュが生前集めた財宝を収納した宝物庫が宝具となって具現した物、王の財(ゲート・オブ・)(バビロン)である事を。

 

 

 

原初の王であるが故に集めた財宝は全て至高にして原典。

真名解放が出来ない代わりにありとあらゆる英霊に対する絶対殺戮権を持つそれはヘラクレスの宝具、十二の試練(ゴッド・ハンド)に対する致命的な相性を持つ。

 

 

 

──しかし、それは何もしなければである

 

 

アーチャーはまるで狂戦士の如く怒りに任せた突撃をしているが……決してクラスがバーサーカーになったわけではない。

怒りに駆られているだけでその本質は弓兵(アーチャー)のままである。

生前培った技能はそのままであり、バーサーカーの時と比べれば筋力が落ちているなんて事もない。

精々、狂化による強化を受けれないくらいであり──ヘラクレスにとってそんな物は有っても無くてもどうでもいい、むしろ足枷になるような弱体化(強化)だ。

飛翔しながら弓を構え、数十はある宝具の群れに対して矢を向ける。

質量を考えれば無謀極まりない対峙方法に、ヘラクレスは構わず、黄金の英霊もまた構わなかった。

 

 

 

 

嵐の如き宝具の雨が降り注ぐ

 

地上から放たれた流星の如き一矢が空を駆ける

 

 

 

続いて起きたのは空間が捩じ切れるような形になる程の衝撃波が星を揺るがした。

宝具の雨と宝具の如き一撃が激突し、粉砕し、砕け散った余波だけで世界が揺るぎ、苦しむ様な衝撃を生み出す。

雲が弾き飛ばされ、地表がめくり上げられる。

サーヴァントですらその場に居れば吹き飛ぶ程の衝撃を作り上げた攻撃は状況だけを見れば、黄金の英霊の方が有利に思えたが、結果は

 

 

 

 

「……ほう?」

 

 

ヘラクレスは見事に宝具の雨を突破して、黄金の船に飛び移り、黄金の英霊の眼前に立つのであった。

 

 

 

 

※※※

 

 

アーチャー──ギルガメシュは眼前の男がどのようにして王の財(ゲート・オブ・)(バビロン)の攻撃を搔い潜ったかを悟り、笑みを深めた。

目の前の男は一矢を以て全てを跳ね除けたのではなく、一矢を以てこちらの攻撃全てを狂わせていた。

計算した角度、計算した威力を以て矢を放ち、矢自体、あるいは矢に込められた衝撃力を以てこちらの放つ武装を全て弾き、更には同士討ちさせる事によって無効化したのだ。

正しく言うは易く行うは難しの英雄の具体例みたいな手段を以て英雄王の眼前に現れたのだ。

その行いだけを見れば、敵ながら天晴れ、と褒め称えてもいいかもしれない場面ではあるが………

 

 

 

 

「──誰の赦しを得て我の前に立つか戯け」

 

 

天上天下唯我独尊。

己が敷いた方こそを絶対遵守する半人半神は例え相手が強大な物であっても欠片も許しはしない。

そもそも英雄王が見物しに来たから発生した殺し合いであるのだが、王は傲慢にも責をアーチャーに背負わせる。

英雄王の慧眼を使えば、目の前の男の真名程度等即座に看破する事が出来るが王としての慢心が多い彼にはそんな些事などする気も無く、故に今もまた王の財宝を自身の周辺に展開するだけだ。

ただし今度は先程の倍。

先程は数十程の波紋であったが、今度は軽く100を超える波紋が生まれ、その中から多くの名剣、名槍の数々が取り出される。

目の前の英霊がどれ程の大英雄であろうとも、慢心強き英雄王にとっては雑多な人間から生まれた一つの種である程度だ。

故にギルガメシュは無感動の瞳だけを向け、

 

 

 

 

「疾く墜ちよ」

 

 

言葉と共に放たれる宝物は今度こそ大英雄を串刺しにしようと突撃する。

世界に名だたる名剣の数々は大英雄の命脈を止めようと疾走する──その直前に目の前の英霊が浮かべた表情をギルガメシュは見た。

王の財宝と対面した敵が浮かべる表情は大抵が恐怖か、恐怖を塗り替える戦士なりの歓喜という名の畏怖に分かれる。

しかし対面した相手はその二つには分かれなかった。

厳密に言えば近い反応は後者だが……男の笑みは歓喜には程遠い暗いモノに歪んでいた。

 

 

 

近い表現で言えば──それは嘲笑であった

 

 

それを問い質すよりも早くに財宝が殺傷範囲に入り──破砕音が響く。

宝具の域に届いた武器が弓の一振りで砕け散る。

硝子の如く散る己の宝物を前にし、目を細めながらその光景を見やる。

続く連投さえも悉く破片となって散り、無意味と化す。

その事実に目を細め、宝物庫の射出を一旦止める。

慢心しているとはいえ無駄に己の宝物を砕かせるわけにもいかず、何より不愉快であるが故に止めた。

 

 

 

 

改めてギルガメシュは男を視た。

 

 

 

それだけでギルガメシュは英霊の中身を探り、真名すら読み解くのだが、強者とはいえそこまで読み解く程、ギルガメシュは暇でも無ければ勿体ない事はしなかった。

ギルガメシュが読み解いたのはあくまで出生だけは己と同一と知るくらいで他の事までは些末事として捨て置いた。

 

 

 

故に続いて響く嘲笑の理由を察する事はギルガメシュには出来なかった。

 

 

 

 

「……フ……クク……」

 

 

半人半神である男は分かりやすい程にギルガメシュを嘲っていた。

その笑みを前にギルガメシュはまず怒るのではなく無表情の面を以て雑種を睨む。

それだけで並みの英霊ならば強烈な圧を覚えるのだが……小癪な事に目の前の男は王の圧に一切頓着せずと言わんばかりに嘲笑するばかりであった。

故に王は気が向き、問いを投げかけた。

 

 

 

 

「我を見て嗤うとは……無欠の王に出会い感動に打ち震えたか?」

 

 

あくまでも己が上である事を崩さないギルガメシュだが、それを一切気にも留めずに男は嗤いを止め、一言呟いた。

 

 

 

 

「──()()()

 

「──」

 

 

 

己の口から吐き出される言葉であるならよく聞くが他人の口から己に対しては聞いた事も無い言葉がギルガメシュの耳朶に響き渡る。

その意味を深く理解し、英雄王は怒り狂う──よりも早く

 

 

 

 

「──まさか貴様程度の雑種が我をこの短時間で見極めたとでも言うつもりか間抜け」

 

 

指を鳴らし、王の財宝が再び胎動する。

今度は王の周囲だけでは止まらない。

王の周囲はおろか敵であり英霊の至近距離にすら黄金の波紋が浮かび上がる。

その数は数十では効かず、少なく見積もっても数百は超える必殺武器の群れだ。

並み所か上級の英霊ですら死を覚悟しかねない死を前にして、しかし男は何ら一切気にも留めずに、ゴキリ、と首を鳴らし

 

 

 

 

「──弱い相手を弱いと判じて何が悪いのだ? 金色の王」

 

 

 

瞬間、数百の宝具が殺到した。

人体所か空気すらも裂く宝具の群れは一瞬だが、男の周囲が真空状態になる程の破壊の群れであり、更には武器所か雷や氷、炎といった形のない武器までもが紛れ込んでおり、武術だけではどうしようもない攻撃さえ混じる中、偉丈夫の男は何も変わらず手を差し出し、力ある一言を呟いた。

 

 

 

 

「──十二の栄光(キングス・オーダー)

 

 

──サーヴァントにおける切り札の一つを男は開示する。

 

 

十二の試練が試練を突破した事によって得た神々の祝福(呪い)であるならば、十二の栄光は彼自身が試練の中で勝ち得た栄誉にして重責。

それを出すという事はヘラクレスも弱者であると判じても決して侮っているわけではないという証左ではあるのだが、ギルガメシュにとってはそんな事よりも虚空から現れた何らかの獣の毛皮の方にこそ好奇を向ける。

しかし、それをじっくりと観察する暇はなかった。

 

 

 

 

何故ならば恐らく身に纏う為であった筈の毛皮を掴み取った男はそれを身に纏わず──遠慮容赦なく毛皮を振り回したのだ。

 

 

旗のようにはためくそれは、しかしそれだけで幾つもの武具を吹き飛ばし、弾き、無効化した。

ほぅ? と英雄王は素直に感嘆した。

敵の技量にではなくその宝具に注目した故の簡単であった。

アレは恐らく人理を否定する魔獣という名の特異点の毛皮。

それらを加工して己の武装とした物であるのだろうが……言うは易く行うは難しの典型例のそれをこうまで見事に加工したとなると中々に良き逸品だ。

 

 

 

 

──それを宝具としているという事は目の前の男が刈り取ったという証明になるのであれば。

 

 

ここに来て初めてギルガメシュは大地が裂けたような笑みを浮かべ──結局、無傷のまま仁王立ちした男に今度こそ視線を向けた。

先程の毛皮は一瞬出し、その後、直ぐに消していたがそれでもその後は己の弓と肉体のみで全て防ぎ切った男に対し、ようやく好機を抱き、視た。

 

 

 

「──ほぅ? 誰かと思えば、ほんの小さな領土で随一などと持て囃された男ではないか」

 

「左様。貴様はただの二本足の男に縊り殺される弱卒となるのだ」

 

「はっ──吠えるではないか下郎。王に対しての幾多の無礼、本来であれば舌を抜き、自害を命ずる所だが……先程の毛皮と貴様の功績を以て、特に赦す。有難く頂戴せよ」

 

 

王としての言葉を告げながら、ギルガメシュはここでようやく己の身体と向き合う権利を男に許した。

二本の足で悠然と立ち上がり、しかし両の腕を組む姿は未だに不遜のまま。

相手がどれ程、強大な大英雄であろうとも英雄王にとって万象全てが儚き存在。

相手の出自が己と同じであろうとも、英雄王が定めた法に置いては己こそが至高であると決定されている。

故に王は傲岸に告げる。

 

 

「健気なモノよな。如何にヘラクレスと言えども強大である以上、この時代の雑種では貴様を再現する事など罷りならぬ。大量の数か、あるいは余程の資源があれば別であろうが……その()()()()()()で我を弱者と断ずると?」

 

「然り──ああ、それとも宝物庫の最奥にある剣を執るか?」

 

 

 

はっ、と英雄王は嗤う。

エアを見抜く心眼は雑種ながらに天晴れと言えるが、かと言って答える義務など王には無い。

 

 

 

「エアは俺の分身(わけみ)よ。貴様如きに使うには聊かばかり証明が足らんな大英雄」

 

「そうか。別に構わないとも──首を刎ね飛ばされた後に後悔を口ずさむがいい」

 

 

分かりやすい程の挑発の言葉を聞き、王は怒りに呑まれる──のではなく嘲る様な傲慢の笑みを浮かべる。

王が視たのはあくまで男の存在のみ。

過去も現在も未来も視ても居なければ、思考も回していない。

故にヘラクレスの敵意の中身を読み取れないが………敵意さえ感じ取れば、人を愛でる傲岸さを向けるのは容易いもの。

 

 

 

 

「随分と口が回るではないか大英雄。そこまで言霊を手繰るとはらしくもなかろう。いや、それともらしいのかな? ──そんなに下にいる人造人間(ホムンクルス)が大事か? 幼子にかまけるのは貴様の悪癖か?」

 

 

 

刹那──英雄王の眉間に矢が迫る。

刹那の投射。

音速を超え、神速を突破した矢を前に英雄王は恐怖所か瞬き一つしない。

何故なら矢は止まる──黄金の波紋から呼び出された銀の鎖が矢を絡めとっているからだ。

あれ程の速度、あれ程の勢いがあった矢を止めた鎖にヘラクレスが瞠目するがギルガメシュはわざわざ驚く理由がない。

 

 

 

何故ならこれこそが地上唯一の天の鎖。

 

 

最早、誰にも語る事は無い名を持つ鎖を手繰りながらギルガメシュは嗤いながら、しかし、と前置き

 

 

 

 

「──何時まで我の視界を塞ぐか肉達磨ぁ!!!」

 

 

怒涛の勢いで開門される王の財宝。

速度と数は先程とは比べるまでも無く、更には今までギルガメシュの周囲にのみ展開されていた波紋は今やヘラクレスの至近距離にまで展開されている。

 

 

 

 

──英雄王に欠片とはいえ認められるという事はこういう結末を招き寄せる

 

 

ギルガメシュに認められればなる程、かかる試練はより激しく、険しくなる。

慢心と傲岸さこそは剝がれぬが、それでも英雄王の本領の一欠片が漏れる。

 

 

 

「──」

 

 

ヘラクレスが即座に踵を返す。

船の上という事は正しく王の掌の上。

先程までは逆上して突撃してしまったが、時間とこれまでの攻撃を見る限り近付けば確かに有利になる部分もあるが、己であれば距離が離れても問題になるわけではないと理解した今ならわざわざ近付く必要は無いという判断。

──されど、ギルガメシュはそんな事を赦した覚えは欠片も無かった。

 

 

 

「──!」

 

 

放たれる前に船から降りようとしているヘラクレスに対して新たな波紋が生まれ、射出される。

それが先程、ヘラクレスが放った矢を絡めとった鎖である事を見て取った瞬間、ヘラクレスが瞠目するのをギルガメシュは見て取り、嗤う。

天の鎖は神々を戒める絶対の権能。

相手が神性を持てば持つ程、敵を絡めとる不破の鎖。

当然、半人半神であるヘラクレスに対してどれ程の効果になるかなど言うまでも無かった。

それを男は小癪にも即座に対応した。

 

 

 

 

「………!!」

 

 

鎖に捕まるよりも早く鎖を打ち払い、叩き落とし、咆哮を上げる。

さしもの英雄王とて失笑する。

 

 

 

 

本来であれば縛り首にする程の罪だが……我が友をまさか咆哮一つで吹き飛ばす愚か者がいるなど最早笑うしかあるまいて!

 

 

 

人間の肺活量を優に超えた咆哮になるのはその調整された神のような肉体があるからだろう。

それはつまり、生前は空が圧し掛かる様な日々であっただろうにそこまでの英気を保てるのは実に見物である。

故に船から落ちようとするヘラクレスをギルガメシュは今度こそ赦した。

その上で落ちる英雄を見たが……相も変わらず小癪な事にその赤い目は己を今も食い潰そうと睨んでいる。

故に己もまた船を消した。

今のままではあの男からしたら的であるだろうし、何よりも邪魔だ。

 

 

 

最も、英雄王はあくまで全てにおいて上に立つ者。

 

 

王の財宝によって何も無い空間で浮遊しながら、英雄王は大英雄を見下ろす。

その威光に、しかし大英雄は一切屈しない。

 

 

 

 

同じ緋色の眼を空にいる己に返す

 

 

同じ半人半神。

同じように神に生み出され、神に弄ばれた生涯を持つというのに二人は相反した形を天と地に映し出していた。

 

 

 

 

黄金の波紋で空を埋め尽くし、蹂躙と暴虐を行おうとする英雄王ギルガメシュ

 

己が身一つでその全てを撃ち落とすつもりしかない忍耐と限界を超えた大英雄ヘラクレス

 

 

 

再びその火蓋を切る──正しくその瞬間であった。

 

 

 

 

 

「──そこらで終わってくれないか? ギルガメシュ」

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

ヘラクレスは互いが互いに拍子を崩された事に驚きはしなかったが、声がした方向に視線を向ける。

そこには金髪金眼に黒い服とマントのような物をはためかせた男がいた。

ただの人間であるとは判断出来るが

 

 

 

………この時代にも戦士は居るという事か

 

 

実に鍛えられている。

この時代の、という前振りがあるが限界まで鍛えられた戦士であると判断は出来る。

その上で今、この金色の王の真名を告げた所を見ると………言葉を信じるならば英雄王ギルガメシュのマスターであると思える。

そのマスターが何故わざわざ自身のサーヴァントの真名を告げるかは謎だが、英雄王はそれには一切頓着していない──所か自身のマスターに怒りの色を向けていた。

 

 

 

「………気のせいか? オズワルド。マスターとはいえ今、我に対して下らぬ諫言をしたように聞こえたが?」

 

「生憎だがその通りだ」

 

 

返された言葉に英雄王は怒気を込めた視線をマスター………オズワルドと告げられた男に向ける。

それだけで並みの人間であれば膝を屈する程の圧力を向けられているのだが……男もまた凄絶な笑みを浮かべてその怒りに抗う覇気を吐き出した。

 

 

 

 

「お前の法を邪魔したのは確かに罪である事は理解しているがな──つい先ほど、俺は俺が物足りないという事実に直面してしまった」

 

 

ヘラクレスにとっては意味も理解も必要もない言葉に、奇襲を仕掛けるべきかを考えるが……英雄王の視線は確かに男に向いているが、あの波紋自体は消えていない。

下手に入れば位置関係上背後にいるクラリスに万が一が起きる事を考えれば、迂闊に動けない。

故にヘラクレスは沈黙し、英雄王もまた無言で先を促して、男は応えた。

 

 

 

 

「あれ程情けない自分を見るのは初めてだったさ………ああ、認めるしかあるまいて。俺はあの時、あの場所で、俺はあの嘆きに追い付けなかった。俺はあの怒りに応えれなかった──俺はあの克己に届かなかった」

 

 

 

全てを聞き終えたヘラクレスが思った事は一つであった──この男は喋り下手であるという事だ。

言っている言葉は通じるが内容が意味不明だ。

彼自身の中で完結しており、他人に伝える為の説明が全て省かれている。

 

 

 

 

正しく彼しか分からない意味不明な文だ──しかし、込められた熱は全てが本物である事を除いたら、だが

 

 

 

「──男として心底から情けなかった! あの時、俺は何とも上から目線で憐憫していたが、今思えば殺してやりたくなるくらいだ! ただ横から見ている奴の憐憫等、奴隷にも劣るクソだった! 故に! 俺は力を求めねばならぬ! 足りぬなら足らすまで俺を磨くしかあるまい! ──その為にはお前の力が必要なのだ英雄王」

 

 

 

最後の最後まで第三者には意味不明のまま、笑みを浮かべながらも真摯の瞳を己のサーヴァントに向ける男にはアーチャーの眼からしても虚飾という物は無かった。

 

 

 

──それは一つの恐ろしい事実であった

 

 

この場は戦場だ。

その意識がある以上、ヘラクレスの威圧は衰える事は無く、マスターに対しても今も警戒しかしていないがそれでも敵意をぶつけている。

そして本来それらから守らなければいけないサーヴァントである英雄王自身もまたマスターに対して惜しみのない敵意──否、殺意に近い視線を送っている。

どちらの視線にも嘘は無く、威圧は人一人が屈するには余りあるプレッシャーだ。

であるのに男は今もまだ自分の事で夢中で気にする所か、気付いてすら居ないのではないかと思う鈍感具合だ。

ここまで来ると鈍感も立派な才能であり──二人の大英雄を前に夢を吐けるのもまた。

 

 

 

するとヘラクレスの視線の先にいる黄金の王は呆れたかのような吐息を吐いた後、黄金の波紋を閉じた。

 

 

 

「全く……図体だけが大きい童相手に付き合うとは」

 

 

愚痴のような言葉を吐きながらギルガメシュは戦意と殺意も閉じた。

──チャンスだ、と思う心が無かったとは言えなかった。

しかし、同時に運が良かったと思う心も嘘では無かった。

その思いを外には出さないままでいると先程のギルガメシュのマスターが改めてこちらに視線と姿勢を向け、一礼してきた。

 

 

 

 

「──こちらの都合で闘争を止めて済まないな何処の大英雄よ。叶うなら我がサーヴァントの真名を土産に引いてはくれないか?」

 

「………」

 

 

案外策士である、とヘラクレスは内心で呻く。

ここまで派手にやった以上、何の戦果も無しに引くというのは難しいが………真名を得れたのならば、十分な戦果だ。

今、引く為の言い訳になる。

 

 

 

──しかし、あの残虐な男を見逃すのかと叫ぶ怒りが内で吠えたてる

 

 

──こんな時、自分がバーサーカーであれば、否、そもそもヘラクレスでなければどれだけいいか、と悔いる。

自分は大英雄だ、ヘラクレスだ──自身の生涯では………言いたくは、言いたくは絶対に無いが………()()()()では怒り狂えない事が多々あり過ぎた。

だからこそ、十二の偉業を成し遂げ、数多の英霊に置いて尚、輝く大英雄と称えられる。

 

 

 

故にヘラクレスはこの程度では怒り狂い、正気を失えない

 

 

 

バーサーカーである自分が心底恨めしくも羨ましいと考えてしまう。

ただ素直に怒り狂えることがどれ程幸せであるかを知っているヘラクレスにとっては羨ましい限りだが………同時に冷静である事で背後の少女を守れるのならば、どれ程の怒りに胸を掻き毟られようとも耐えなければいけない、と理解していた。

はぁ、と大きく息を吐き、そのまま弓を肩に担ぎ──しかし負け犬にはならない。

視線を改めて今も上で腕を首ながら浮かぶ金色の王に向ける。

敵意と殺意を以て睨むとギルガメシュは愉快そうに口を綻ばせるだけ。

今はそれでいい。

屈辱は甘んじて受け取る………が

 

 

 

 

「──決着は何れ。その時が貴様の王道が崩れ落ちる時だ」

 

「はっ──よかろう。時が来れば存分に己を示すがいい大英雄。その時が貴様の裁定の時だ」

 

 

 

盟約は交わされた。

次に視線が交わる時は互いのどちらかが死を受け賜わり、与える時だ。

英雄王は即座に己のマスターに先程とは違う鎖を絡めたかと思ったら、即座に姿を消した。

つい先ほどまでの気質を考えるとマスターの事など気にしない我欲の塊のように思えたが……英雄王にとって"我が事"であると思う程にはあのマスターを気に入っているという事か、と思いながら、それでもヘラクレスは暫く警戒を続ける。

数秒して、他に何の異常も危機も感じ取れないと判断し──即座に背後にいる己のマスターの下に駆け寄った。

 

 

 

そこには小さな岩場の影で苦しそうに呻きながら、倒れ伏している儚い少女が居た

 

 

思わずヘラクレスは自身の奥歯を噛み砕いた。

これは当然の末路であった。

朝からの連戦に、謎の呪いの嵐から逃走する為の強行突破に加え、英雄王との対峙、更にはほんの刹那の間とはいえ第二宝具の開帳。

 

 

 

ヘラクレスという最大級のサーヴァントを扱うに当たっての当然であり究極のリスクであった。

 

 

生粋の魔力喰らいであるが故に一流のサーヴァントですら扱う事が出来ず、扱えたとしても全霊で扱う事が難しいサーヴァント。

本来、一人で自分を現界しているだけでも途轍もない事であるのだ。

それに加え常時発動型の十二の試練もあるのだから、クラリスは十分に自分を扱えていると褒められて然るべきだ。

故に、これはアーチャーの失態。

本来、今、仕えるべきマスターではなく過去に囚われ、そのツケを今のマスターに払わしたというだけだ。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

何という──愚かな事を自分はしたのだ!

 

 

こうなる事が分かっていたからこそ自分は先程の三竦みの時ですら短期決戦を狙っていたというのに一時の怒りに任せ、危うくマスターを魔力枯渇による死を迎えさせる所であった。

蒙昧極まりない結果に、どこが大英雄だ、と燃え上がる様な憤慨が拳を握りしめ、爪を自壊させる。

自罰に駆られそうになる心を収め、即座に少女を抱える。

見る限り、魔力が欠乏している事以外には問題は無いが……それこそが最大の問題だ。

直ぐに魔力を何かで補わなければいけないが………魔力などそこらにあるわけでもなく、その上、ヘラクレスには唯一キャスタークラスに対する適正が無いのだ。

事、魔術に限って言えば、経験はあれど能力がない。

最も一番効率がいいのは他、何か魔力的な触媒か、あるいは別の人間から補うのが一番である事までは知識と知っているが、サーヴァントである自分がそれをするのは意味がない。

 

 

 

そしてこの場には他に誰も居ない事を考えれば………アーチャーにはもう一つしか方法がない事を悟っていた。

 

 

 

※※※

 

 

真はそれからゆっくりと別の街にセイバーと一緒に向かっていた。

どうやら上手い事セイバーが手荷物を回収していたらしく、お陰でそれらに関して困る事は無かったし………今はただ歩き続ける、というのが心地よかった。

無駄足………とは意味が全く違うが、元の言葉とは違う意味で無駄に足を動かす事で気が楽になっていた。

しかし

 

 

 

「………」

 

 

俺は斜め後ろに振り返り、セイバーは即座に鎧を顕現させ、刀を具現化する。

隠す気も無いサーヴァントの気配に振り返るとそこには見覚えのある巨漢──アーチャーのクラスで現界しているヘラクレスがそこにいた。

弓兵である筈の彼がわざわざ自分の目の前に現れたのも一瞬で理解出来た。

彼の腕の中に酷く辛そうに息を荒げている少女──クラリスの姿があるのだから。

真には一目見て魔力切れという事を理解出来たからこそアーチャーが何を望んでいるかも理解出来た。

 

 

 

だからだろう。自分が何かをする前にセイバーが一歩前に出て刀を構え、発言した。

 

 

 

「──呆れ果てましたね大英雄。貴方の方から殺し合いを挑んできた癖に、いざマスターが危機に見舞われたら助けを懇願しますか」

 

「──」

 

 

セイバーのあからさまな挑発に、アーチャーは何も言い返さなかった。

……当然だろう。

アーチャー程の男が今の自分の行為に恥を覚えていない筈が無い。

その上で己がマスターを助ける為に動いたのだ。

それを理解しているからこそセイバーもまた非情に徹している事もまた理解出来る。

 

 

 

──マスターとして考えれば、正しいのはセイバーであった

 

 

先程戦い抜くと決めた以上、マスターである自分はこのまま見捨てる事こそが正しい戦い方だ。

魔術師だとかなんだとか以前に、敵を救うなんて事は先程の吸血鬼のような異常事態でもない限り、本来あり得ない事だ。

しかし──

 

 

 

「……ごめん、セイバー」

 

「──」

 

 

自分の一言にもう全てを理解してしまったのだろう。

セイバーは呆れの色を隠さないまま、こちらに振り返り

 

 

 

「……何故ですか?」

 

「単なる義務だよ」

 

 

 

──どんな形であっても、自分の妹分を助けるのは兄貴分の役割である

 

 

それくらいは人でなしの自分でも理解している。

例え、それが自分の命を狙い──あまつさえホムンクルスであろうともそれは変わらない。

従妹であるという結果は変わらないのなら、自分は少女を助ける義務があった。

勿論、これらの行為を正義だとか偽善だとすらも思う気は無いが。

セイバーには申し訳ないが………こればかりは退いて貰わないと困る。

正直、さっきからやる事為す事セイバーに面倒を掛けているとしか思えないから本来ならば首を斬られても仕方がない事なのだが………セイバーはもう慣れたと言わんばかりの態度で小さく溜息を吐き

 

 

 

 

「………それが一番貴方が後悔しない道であるならば」

 

 

と退いてくれたので本当に悪い、と思いながら、少女を抱えたアーチャーの下に近付き、そのまま少女の額に手を乗せる。

そのまま魔術回路を軽く起動し、少女の魔術回路に接続し、魔力を送り込む。

 

 

 

「……んっ……」

 

 

軽くだが少女が呻くが……顔色と呼吸はさっきよりも落ち着いて来ているから問題は無い。

自身の魔力の2割程を供給すれば少なくとも死ぬ事は無いだろう。

流石はホムンクルスと言うべきか……と少女が嫌いそうな感想を即座に脳のゴミ箱に捨てていると

 

 

 

「……かたじけない」

 

 

近くから巌のような男の声が聞こえたので、俺は敢えて気楽に答えた。

 

 

 

「全くだ。あんたがしっかりしてくれないと困る」

 

「……貴殿は、我がマスターの事を知っていたのか?」

 

「いや。俺が知っているのは彼女の母親についてだけだ。だから、そういう事なのだと思って、ならそうしないといけないって思っただけだ。あんたが気にする事でも無ければ無駄に恩を感じる事でもない」

 

 

そう、これは別にお礼を言われる事ではない。

単に父親の失敗のツケを息子が勝手に払っているつもりになって適当しているだけだ。

ただの本物じゃあ、本物を超えようとする偽物には勝てないのだから。

 

 

 

「……っと」

 

 

そうこうしている間に魔力の供給が終わった。

これ以上供給すれば意識を回復しかねない。

そうなれば、少女のプライドを無駄に傷つけるかもしれないのでここらが敵としても丁度いいだろう、と思い手を離す。

先程に比べれば、顔色が良くなった少女を見て……少しだけ取り戻した、と思う自分に吐き気を催しながら離れる。

 

 

 

 

「じゃあな、大英雄。ああ、悪いが俺も聖杯戦争を終わらせる、という意味でやる気になったから」

 

 

と気軽に参加表明を告げて離れる。

それだけで別れとするつもりだったが

 

 

 

 

「………であるならば、誓おう。貴殿達と敵対するのは最後の最後。聖杯戦争における終幕の時以外は私は矢も敵意も向けない事を──その上でマスターを狙わない事も。我が全てに懸けて」

 

 

 

何とも堅苦しい誓いをして、と思い、つい振り返ると──大英雄がこちらに頭を下げて誓いを告げていた事を知ってしまい、何も言えなくなった。

そんな大層な事も、偉い事もしていないというのに……貴方ほどの英雄がそこまでしなくてもいいのに、という想いはあるが……それを告げればそれこそ大英雄に失礼と分かっている為、言う事は出来ない。

だから、俺は改めて背を向け、誓いを聞かなかった振りして別の意味がある事を告げる。

 

 

 

「……後は仲間に渡してあんたが霊体化して休ませてやればその子の魔術回路なら一日もあれば起き上がれる。とっとと休ませてやれ」

 

「──」

 

 

背後で小さな間があったが、直ぐに何かが移動する音が聞こえ、去ったのだと理解する。

後は自分を見つけた時と同じように千里眼で彼女の仲間の下に連れて行けば何とかなるだろう。

そこまで考えて、ちょっと小さく笑ってしまう。

隣で何事か、とこちらを見るセイバーが居たが、直ぐに何でもないと言って歩き出す。

そう、何でもない。

 

 

 

 

 

従妹である少女にはしっかりと頼れる仲間がいるのだと思って、安心して笑ってしまっただけなのだから

 

 

 

 

 

 




やっと書き終わったけど、後悔するべき場所が有り過ぎる………!


えーとまずは更新が遅くなって申しわけありませんでした!
TRPGに嵌ったり、ゲームしていたり、後、ダブルアーチャー同士の戦いがマジで難産で全然進まず、更には予定外のシーンを書いてしまったりで遅くなりました………!
なのであとがきは短くするつもりですが、とりあえず一言だけ!




冒頭のオズワルドと真のシーンは一週間ほどしたら前話の最後にくっ付けます!



何度読み返してもここがちょっと勿体ない形になっているのでとりあえず一週間くらいはこの話に乗せますが、それが終わり次第、前話にくっ付けた方が違和感ないと思います!
本当に申し訳ありませんでした!



次回が幕間って感じで主人公達とは関係ないマスターやサーヴァントをピックアップした話になります。
今度こそ短く纏めたい!!




感想・評価などお願いします………! 
とりあえず年内に最後出せてホッとしたぁ………!


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幕間 戦争の一幕
猛犬と武■


 

 

長閑な空の上で一台の車が道路の上を走っていた。

天井が無いタイプのスポーツカーであり、欧州の道路交通法に沿った速度で走られている為、結構な速度で駆け抜けている。

左右にブドウ畑を挟み、走る姿は日本人等からしたら中々見応えがあるような風景であろう。

まぁ、車の中にいる者からしたら同じ景色が続いている、で終わるかもしれないが。

 

 

 

「……なぁ、バゼット。暇だぜ」

 

「煩いですねランサー。暇なら運転を変わってくれませんか?」

 

 

スポーツカーに乗っている人間は二人。

片方はスーツを着たショートヘアの麗人であり、運転とスーツを着こなす姿には貫禄があり、見た目では20代過ぎの女性のように見えるが、実際に目の前で会話すれば別の印象を受けるやもしれない女性であった。

ワイン色のショートヘアを揺らす女性は逆に言えば、それ以外特徴が無いともいえるかもしれないが………一つだけ目に見える特徴的な物があった。

彼女は運転に片方の腕、左腕を使っていないのだ。

腕が無いというわけではなく、しっかりと腕としては存在しているのだが……左腕は一切動かずに片腕のみで運転している。

動かない腕を、女性は気にした様子はなくジト目で隣に座っている男を見る余裕すらあった。

 

 

 

「冗談。これはこれで面白ぇんだろうけど……どうせならバイクっていう奴の方が性に合うさね」

 

 

もう一人は酷く珍しい青い髪を後ろに束ね、細くして流している男であった。

赤い目と野性味がかかった精悍な顔つきをした男はやや眠そうに欠伸をしている。

同じスーツ姿ではあるのだが、こちらは女性と違って適当に着崩しているのだが……男の顔つきと引き締まった肉体が逆に男性的な色気を出しているのだが、それに関しては両者とも一切気にしていない。

 

 

 

「全く……サーヴァントなのですから暇なら霊体化でもしていればいいじゃないですか」

 

「おいおいバゼット。何時何が起きるか分からねぇから常在戦場の心地で居てくださいって言ったのは誰だよ。いやまぁ、規模を考えれば同感だけどよ」

 

「なら、そのだらけ切った弛みを取ってくださいランサー。そう出会う物じゃないとしてもアサシンでも出たら事ですよ」

 

「よく言うぜ。そんな風に言うアサシンを()()()()アンタが言う事か」

 

「あ、あれは……ほ、ほら、見事にこう拳が吸い込まれたというか……な、何ですかその不愉快な顔はっ! どこぞのシスターみたいな皮肉気たっぷりな笑みを浮かべて………!!」

 

「べっつにぃ……まぁ、その負けん気の強さは十分に俺好みでありがてぇってくらいだ。生前から良い女とは縁が無かったのにねぇ……」

 

 

ニヤニヤと笑いながらランサーと呼ばれた男は走りながら食べれるように買っておいたポテトを摘まみ喰う。

全く、と運転席で憤慨する女、バゼットと呼ばれた女性も怒りはしても本気で怒っていないのだろう。

直ぐに切り替えて前を見ながら運転し……しかし、今度は真剣な顔で会話を続ける。

 

 

「──貴方に戦場の事で説教なんて釈迦に説法なのでしょうが……しかし本当に気を付けてください。今回の聖杯戦争は本当に何もかもがおかしい」

 

「……ま、戦場なんてどれもきな臭いもんだが、確かにこれは一等きな臭い聖杯戦争だろうな」

 

 

バゼットとランサーは今回の聖杯戦争における異常を大体把握している。

まず一つ目は単純に戦争の範囲と数だ。

バゼットがランサーを召喚して既に複数のサーヴァントと交戦しているが、当然だがもう7人以上の相手と戦い、更には同じランサークラスとも交戦している。

そして範囲だが、最初はバゼットは自身の故郷であるアイルランドから参戦していたが、その後、今はフランスにいるのだがそこでも一騎と交戦した為、本当に戦争の範囲が全世界であるのか、と信憑性を得ているのだ。

 

 

 

「戦場は何時の世でも行われるっつても度というものはあるな。俺が言うのもなんだがサーヴァントがこうも跳梁跋扈してんのは()()()()()()()()()の問題な気がするがね」

 

「サーヴァントという現象だけではなく抑止力の後押しがあるかもしれない、と?」

 

「さぁな。どちらにしろ情報が足りなさ過ぎる……っつーか、そういう事は生者の役目だろマスター」

 

 

むっと呻く女魔術師も自覚はあったのだろう。

まぁ、それに関してはランサーも特には気にしない。

何せ一番の問題は

 

 

「行く先があんまり変わらない街並みっていうのがねぇ……旅だからある種しょうがねえが、も少し違う街並みとか見れんのかね」

 

「しょうがないでしょう? ヨーロッパは広い分、街に入らない限りは長閑なものです。これが日本ならとても狭いですけど……狭すぎて逆に街並みが変わりませんが」

 

「二ホン、ね。俺らがフランスくんだりに来たのもそれが理由だったよな」

 

 

ええ、と頷く女丈夫は少しだけ視線を遠くに向ける。

 

 

 

「かつて私が迷っていてくれた時に立ち上がる為の時間をくれた恩人達。その息子がフランスで見つかった、との事です。息子さんがどのような考えで家を出たかは分かりませんが………仮に再び家を出るにしても親と子が互いに納得し得るものになって頂ければ………」

 

 

言葉は憂いと同時に達成しなければいけない、という気概を持っていた。

ランサーからすれば悪くない、と口を歪ませるモノであり、しかしバゼットにとってはそうでは無かったのか。

少しだけバツが悪そうな顔になり

 

 

 

「………貴方を私情で連れ回すのは申し訳ないのですが………」

 

「………はっ」

 

 

マスターの言葉にランサーは何を言うか、という意味で笑う。

ランサーは戦士だ。

戦う事に高揚し、生と死の狭間にて勝利の為ならば死を選ぶろくでなしではあると自負しているが

 

 

 

「──どんな恩があったかは知らねえが、アンタにとっては殺し合いの最中であっても返せなければいけない程の恩なんだろ? 命を、否、魂を救われる恩であるなら返さねえのは恥だ。んで、俺はお前のサーヴァントだ。サーヴァントはマスターの命には従うものだ。一々気を使ってんじゃねえよ」

 

 

戦士は戦士でも誇りを以て戦士となったと自負しているランサーにとっては気にする事ではない。

それが現代にも残る赤枝の騎士の末裔であるならば猶更に。

 

 

「お前さんが気にする事があるとすれば、どうやってその餓鬼を見つけるかって事くらいだ」

 

「……そうですね。考え事は幾つもありますが、まずは目の前の事から、ですね。聞いた話では息子さんも聖杯戦争に参加しているようですし」

 

「おいおい。じゃあ出会ったらまずは殺し合いが始まるんじゃねえか?」

 

「聞いた話によりますと息子さんはどちらかと言うと非戦主義らしいですよ。貴方が暴走しなければ相手のサーヴァント次第では会話が出来ると思いますが」

 

 

へいへい、と苦笑しながらマスターのメンタルが上向きに上がった事を悟る。

軽口を言えるのは余裕の証拠。

何も生真面目な性分が悪いというわけでは無いが、何事もメリとハリがあった方がいいのが人生という奴である。

それに女運が悪い自分にしてはマジでいいマスターに巡り合えたもんだ、と珍しく運の強い自分に感謝し──六感に近い感覚が脳と体を貫く。

 

 

 

「──バゼット」

 

「──ええ。私も感じました」

 

 

言う前からブレーキを踏み、車を止めているマスターの判断力に口笛を軽き吹きながら、前方を睨む。

恐らく自分からも感じられるであろう力の圧。

サーヴァント特有の圧力を感じ、ランサーは喜悦を口元に表す。

 

 

「向こうさんもこっちを気取っている癖に隠す気はねえようだな。三騎士か?」

 

「かもしれませんね………ですが、その割には気配が近寄って来ませんが……マスターの方針でしょうか?」

 

「ぐだぐだここで管撒いてもしょうがねえだろ──で、どうする? マスター。やるか?」

 

「──そのやる気のある顔を抑えてから質問しませんか」

 

 

よく言う。

お前さんもお前さんで軽く笑みを浮かべている癖に。

ああ、ほんと──いい女に出会うっていうのはそれだけで幸運である。

お陰様で先程からストレスを溜めに溜めに溜めまくっている()()()()()が麗しくて溜まらない。

同じ霊体だからこそ分かる嘶きにランサーは獣の如き笑みを苦い笑みに切り替える。

 

 

「まだテメェらを使うか決まってねえんだから落ち着けよ──あ!? んな不満そうに吠えてもしゃあねえだろうが! お前ら俺以上に我慢しねえんだから!!」

 

尚も不満そうに脳内で吠える馬鹿共には流石に最後まで付き合わない。

大体、俺が槍働きをしてからがお前らの出番である。

雑魚を相手にする程、こいつらも安くねえし。

 

 

 

「で、どうする? マスター」

 

「戦意の無い相手ならば無視します──が、それも相手次第ですね。貴方には失礼な事態になるかもしれませんが」

 

「はっ、だから細けぇ事は気にすんなっつってんだろバゼット。それに──」

 

 

今、感じる気配は途轍もなく強大だ。

まるで目の前に巨大な岩石が存在しているかのような威圧感を放っているというのに、ただ圧倒するのではなく清澄な鋭さも纏っているようにも思える。

この手の気配は余り生前に感じたものではないが……様々な戦場を疾走したランサーには勘で理解する。

この相手は相当に使う相手だと。

だが──

 

 

「では、車はここに置い──」

 

「いやバゼット。このまま行っても問題無いと思うぜ」

 

 

は? とこちらに問い返すバゼットに対して俺は先程までの笑みを抑え、結構本気の敵意を発しそうになるのを堪えながら、その疑問に答える。

 

 

「バゼット。さっきからこの気配、少しだけだが離れている。多分だが徒歩だろうな」

 

「………確かに。ほんの少しだけですが離れていますね……それは単に戦う気が無いだけでは?」

 

「なら何故逃げねえ。気配が消える様子も無ければサーヴァントの能力で逃げる素振りもねえ。かと思えば敵意も無しと来てるんだぜ?」

 

 

恐らく距離は2.300mちょい。

戦闘系ではなく文化系の英霊であるならば気づかない可能性もあるが、この敵からはしっかりと血の匂いがする。

で、あるならば今の状況は──()()()()()()()()()()()()という素敵(怒り)タイムでは無いだろうか、と思うと今度は口元が殺意に歪む。

屈辱はこの上なく甘美だ。

後にその喉に牙を突き立てれば屈辱を薪にした歓喜が燃え上がる。

故に俺は敢えて車で移動する事を提案する。

 

 

 

 

「仮に虚仮脅しであるならば無視すりゃいい──が、俺を見て尚、無視するなら──」

 

 

存分にその心臓を貰い受ける、と殺意の微笑を浮かべる。

俺の笑みにバゼットの背筋が震えるのを感じ取るが………その後直ぐに笑みを浮かべるのだから最高だ。

 

 

 

「──ええ。その時は存分に魅せて下さい。我ら赤枝の騎士の誇り、クランの猛犬の呪いの朱槍を」

 

 

了承の笑みを浮かべながら、賽が振られた事をランサー──ケルトの英雄、クー・フーリンは戦の予感に身と心を震わせる。

例え肉体と魂が仮初の物であったとしても、槍を握る感触、心臓が鼓動する感覚さえあれば己は最後まで自分こそがクー・フーリンだと叫べるであろう、と考えながら前を見る。

今はまだ視界には収まっていない敵に最大の期待を送る為に。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

果たして、ランサーの言う通りに敵をバゼットは見つけた。

車で一分も掛からない内にサーヴァントと思しき相手とマスターを見つけたのだ。

道路の傍をゆっくりと歩く二人連れの姿。

一人は少年と思わしき年頃の少年と凡そ180ちょっとはあるだろうと思われる立派な体付きをした男の後姿。

その上で二人は中華風の衣装を着ている事からどちらも中華縁にある人間か………あるいは持っている衣装を着ただけか。

が、それはそれとして一目見て分かる事がある。

それはどちらがマスターでどちらがサーヴァントなのか。

 

 

 

答えは奇を衒わずに長身の男の方

 

 

未だ背中しか見えないが、それだけで分かる程の肉体の完成度。

荷物を手に抱えて歩く、という仕草を見ているだけで自分の首が滑り落ちていきそうな感覚。

敵意も闘気も殺意も無いというのに、既に刃を見ているような感覚。

バゼットもまた戦う者であるからこそ理解出来る境地。

あそこにいるのは間違いなく武を以て人理に己を刻んだサーヴァントであるという事。

その事実に唾を飲みながら、バゼットは車を止めて、ゆっくりと車から出る。

先程まで饒舌であったランサーが沈黙する程の相手に一挙手一投足しっかりと注意しながらだが……もしもあのサーヴァントがその気になれば意味がないのだろう、と冷や汗を流す。

マスターの方はちらちらとこちらを見て、恐怖を感じているようだが隣に侍る男のせいで全く気にしていられない。

だが、男も車を降りた自分達を見てようやく構う気になったのか………ゆっくりと足を止め

 

 

 

「ふむ。無視するのであればこちらも無視しようと思ってはいたのだがな……戦を所望するか何処かのランサー」

 

 

酷く厚みのある男の声。

威厳と重みを感じる音だが、逆にそんな声なのに意外と若々しい声である事にどうでもいい驚きを得るが………それ以上に

 

 

 

「………へぇ、何で獲物も構えていないのに俺がランサーだと分かったんだい?」

 

「経験と勘」

 

 

さらりと告げる言霊には余計な言葉も無ければ思い上がりのような上擦りも無い。

 

 

 

──何て恐ろしい言葉だろう

 

 

この男は今、己の蓄積する殺し合いの数と筋道が立っていない閃きを躊躇う事無く信じ抜いていると告げたのだ。

あるいは最も英霊らしい答えだと言ってもいいのかもしれないが………その上で私の隣にいるランサーはへぇ、と笑う。

 

 

 

「いい答えだ。と、なるとお前さんも三騎士………セイバー、かランサー(同輩)か」

 

「如何にも。此度の召喚ではランサーとして召喚された……とは言っても私の武器は槍でも剣でも無いがな」

 

 

肩を一度小さく竦めた後、男は振り返った。

黒くとまでは行かないが日焼けした肌に、堂々とした面構え。

特徴的な美しい髭を生やした姿が男の精悍さを際立たしており、正しく戦士の相と言わんばかりの出で立ちにバゼットですら一度小さく吐息を吐いてしまう程であった。

ランサーもそういう意味では負けてはいないのだが、男はランサーとして神秘的な物は感じ取れず、どこまでも人間的であるからこそ逆に驚くのだ。

 

 

 

人間とはここまで戦士という概念に染まれるのか、と

 

 

そのまま男は自分の荷物をマスターに預け

 

 

 

奉星(ほうせい)。下がっておれ」

 

「は、はい!!」

 

とマスターの名前……恐らく中国人と思われる名を出し、マスターもまた急いで一礼し、下がって行った。

それを敵のランサーと名乗った男は見届け………こちらに視線を向けた。

 

 

「そちらのランサーのマスターとランサーよ。一つ約定をして貰いたい」

 

「………約定?」

 

「左様」

 

 

一つ頷くだけで喜びのような喜悦を与えてくる英霊がいきなり殺し合いの前に交渉をしてくるとは思ってもいなかったが………彼女もまた殺し合いにも、サーヴァントにも慣れた女だ。

ランサーと一度視線を交わし

 

 

「内容によります」

 

「単純な事だ──どのような結果になろうとも私のマスターに手を出すのは止めて頂こう。代わりに私もまたマスターである貴殿を狙わぬ事をこの身と名と我が義兄弟(きょうだい)の誇りに懸けて誓おう──というのも奉星は成り行きで私を召喚した者でな。魔術師でも無ければ殺し合いに勤めれる程の能も才も無い」

 

 

 

………つまりはサーヴァント同士の一騎打ちを、という事だろう。

 

 

成程、これは正しく三騎士らしい正々堂々とした取引の典型例とでも言うべきだろう。

自らの技と力に自信があるからこそ真っ向から打ち勝てる事を疑ってすらいない。

そして恐らくだが、言っている事も正しいのだろう。

離れて行ったマスターは隠しようのない恐怖で体を震わしているし、魔力もそう大した物ではない。

出会った頃の士郎君とマシか同じかレベルの位階だ。

これで私が典型的な魔術師であるならば受ける気が無いか、あるいは逆に受けた後二裏切るかの二択をする所であるが

 

 

 

「バゼット」

 

「分かっています」

 

 

もう顔が任せておけ、という形になっている事くらいよく分かっている。

昔の私ならば非効率的だと思って言葉を濁していたかもしれないが

 

 

 

──あの繰り返す4日間は見事にバゼット・フラガ・マクレミッツという人間の機能を壊してしまったようだ

 

 

それを呆れた笑みで受け入れながら

 

 

 

「──構いません。勝つのは私の槍ですから」

 

 

ほぅ、と感心したかのように私の言葉を受け止める中華風の男。

無言だが、隣で小さな笑みを浮かべているクランの猛犬。

その事実に少しだけ首を傾げていると男達が勝手に喋り出した。

 

 

 

「実に良きマスターだ。主従の縁に恵まれたようだな」

 

「おうとも。ま、いい男にはいい女がつくって事だな」

 

 

軽口と共に槍兵は本来の戦衣装を纏う。

青いボディスーツに、鳥の羽のような物を付けられた酷く短いマント。

更には全身のボディスーツに刻まれたルーンの加護。

これがクー・フーリン。

 

 

 

冬木の聖杯戦争では目にする事が出来なかった彼の本来の姿。

 

 

そしてランサーである以上、彼の手にはこの世とは思えない禍々しい朱槍。

何度見ても惹かれそうになる程の呪いの槍。

 

 

 

ゲイボルグ

 

 

一棘一殺の呪いの槍。

影の王国で彼が師であり女主人であったスカサハから貰った確殺の槍。

ただそこに居るだけで誰しもに英雄という物がどういうものであるかを知らしめるケルトの大英雄がそこに居るという事実にバゼットはこれから先何度も感じるであろう熱を胸に刻まれる。

 

 

 

「そら、構えろよ同輩。それとも無手があんたの流儀か?」

 

「生憎そんな奇を衒った物ではない」

 

 

苦笑と共に中華風の男もまた獲物を具現化させる。

どんな槍が出るかと思ってバゼットはそれを注視し

 

 

 

「──は?」

 

 

絶句した。

何もとんでもない兵器が出た、とかではない。

あるいはとんでもないとんちきな武器が出て来た、とかでもない。

 

 

 

 

むしろある意味で敵にマッチしていると言えるだろう──何せ彼が具現した武装は()()()()()なのだから

 

 

 

中華の衣装に青龍偃月刀。

世界に伝わる程の星座となったヘラクレスやオリオンと同じくらいに世界に名を刻んだ大英雄。

中華の大地で様々な英雄が跳梁跋扈していた戦乱期に置いて尚、煌めく星として称えられ、その在り方から後に神として称えられた英雄の名を一瞬で脳内から浮かべ、思わず呟く。

 

 

 

「……もしかして……関羽雲長……?」

 

 

疑問を浮かべるのは余りにもあからさまだったから。

中華の衣装に青龍偃月刀なんて余りにもらし過ぎる。

今は更に彼本来の武装と違って皮鎧も追加されているが、そうであったとしても真名を大っぴらに明かし過ぎだ。

逆にここまで開けっ広げだと疑いにかかる本能に抗えない。

しかし

 

 

 

「如何にも。真名を関羽雲長と言う。どれ程の付き合いになるかは良しなに」

 

 

本当に一切、気にせずに彼は己の名を告げた。

その在り方に私が何かを言う前にランサーが目を細める。

 

 

 

 

「へぇ……心の芯まで真っ向勝負って事か──か、それとも……俺を舐めているのか?」

 

 

最後の一言に空気が死んでいく感覚をマスターであるバゼットですら感じる。

主人の殺気に共鳴するかのように朱槍が震えるのを見る。

それを一身に受け止めている筈の相手は………しかし呆れたような顔を浮かべながら

 

 

 

「ああ、真名隠蔽の法であるならば当然、儂も知っている──が、その戦略の妥当性も含めて()()()()()()。たかが()()()()()()()()で有利不利と右往左往する等、余りにもみっともない。大体──己が名を晒すことがまるで()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

答えられた言葉に唖然とするべきか感心するべきかを悩んでいるとランサーが噴き出す。

 

 

 

「くくく……そうだな、そりゃそうだな! 自分の名を晒すことが恥な筈なんてねえな!」

 

「応とも。生前に関しては醜い罪や……未練は多々あるが、この関羽雲長。誰が相手であろうとも名を晒す事に一切の躊躇いなし」

 

 

殺し合う前だというのにまるで友情を育むかのような光景だが……ランサーの生き方を知っている以上、呆れるだけで終わるし……ついでにこの先の展開も読めたから覚悟が出来た。

ランサーは直ぐに朱の槍を一度回し、大地に石突きを着け

 

 

 

「我が名はアルスターに響かせた赤枝の騎士が一番槍、クー・フーリン。師より得たゲイボルグを以て今生の貴様の心臓を貰い受ける」

 

 

戦士としての礼を略式ではあるがありったけに積んだそれを前に関羽雲長は一度目を少しだけ大きく開き、彼もまた青龍偃月刀を地面に突き刺し、右の拳を左の手で包む拱手をランサーに向けてする。

全く作法は違うが、互いが互いに礼を尽くした殺人許可証を交換し合い──同時に己の獲物を構えた。

ランサーは豹の如きの前衛姿勢。

宣言通りに心臓を抉り取るという進撃の体勢。

関羽雲長はランサーとは逆に槍の無構え。

ゆるりと槍の柄の中程を握り、自然体の構え。

対照的な構えを取りながら、放つ気ですら違う。

 

 

 

クランの猛犬が放つのは殺意

 

 

目の前の獲物を噛み殺したくて溜まらない、という餓狼の気概。

敵対者を殺戮する猛犬の威勢。

 

 

 

関羽雲長が放つのは闘気

 

 

敵対するのであれば打ち砕く、という戦士の気概、

敵対者を打ち倒す人の気勢。

封印指定の執行者であるバゼットですら精神防御に罅が入りそうな死闘の予感を感じ取り……瞬きをした瞬間、それは始まった。

 

 

 

 

※※※

 

 

一瞬で間合いを詰めるは青い槍兵。

呪いの朱槍を以て宣言通りに心臓を穿つ一棘をくれる。

無論、この程度で終わる男とは思ってはいないし、フェイクも何も無い一突きだが……音速を軽く超えた最速最高の一突きだ。

クー・フーリンの槍を受けるとはつまり絶命の一撃を受け続けるという事を刻ませる、という殺意でありながら親愛のそれ。

並みの英霊であるならば、それだけで勝負を決めかねない一撃に

 

 

 

「──」

 

 

──目の前の光景に眼を剥く自分をクー・フーリンは自覚する。

 

 

弾かれる、絡めとられる、躱される、あるいは何かしらの神秘の加護による何かが起こる事までは全て想定していた。

しかし、しかしだ。

 

 

 

このクランの猛犬の槍が、まさか敵の青龍偃月刀の()()に止められる光景だけは流石に想定していなかった

 

 

一瞬にして己の速度に対応し、流麗な動きを以て己の偃月刀の刃先を以てゲイボルグの刃先に合わせ、後は踏ん張りと肘を軽く曲げるだけで全ての衝撃を受け流し、停止させる。

余りにも鮮烈な神業。

あるいは、本来ならば己が他の誰かにもしてもいい絶技であっただろう。

しかし、それをまさか自分が誰かにされるとは思ってもいなかったという空白が

 

 

 

「っしゃああーーー!!!」

 

 

体を停止させる前に即座に槍を突くのと同じ速度で引き戻し、再度突き穿つ。

突き穿つは腹の中央。

腸事抉ろうかとする螺旋は、しかし再び止められた。

先程と同じように──しかし今度は石突によって魔槍の刺突は再び止められた。

戦場に置いて敵対者の悪夢であり続けた魔槍がまるで雑兵の槍の如く止められる光景に、さしものランサーも連続に見せられ、数瞬、意識が止まる。

 

 

 

ほんの刹那

 

隙というには余りにも短い刹那

 

 

 

──絶技を以て超人に至った男にとっては欠伸が出るくらいの長い刹那

 

 

ほんの小さな力を持って石突に抑え垂れた呪いの槍を弾く。

それだけだというのに槍とランサーの上体は軽く上向きに弾かれ

 

 

 

「──」

 

 

風のように滑らかに突き穿とうとする偃月刀の先を見、自分の心臓が穿たれる未来をランサーは幻視し──全力で両足を駆動させた。

 

 

 

※※※

 

 

 

「………ふむ」

 

 

関羽は軽くではあるが、必殺を予感した偃月刀を引き戻す。

槍の先は何時も通りの刃物の煌めきを見せる。

つまり、血は一切無し。

躱されたのだから当然血が付くわけない。

 

 

 

「成程。随分とはしっこい」

 

 

視線を前に向けると豹の如き青い槍兵が憤怒の表情でこちらを睨んできている。

最早、物理的な圧力と化している殺意はそれだけで地表に亀裂を刻んでいるのだが、関羽からしたら軽く流せる圧だ。

 

 

 

「生憎、生前から儂には青龍偃月刀(これ)しかなくてな。故に極めただけよ」

 

 

孔明等が使う魔術とやらはどうやら才能が無い処か資格すら無いとの事だったから返って開き直って武に時間を注いだだけである。

それで文武のどちらも納めている輩に負けては余りにも情けないというもの。

 

 

 

ランサー、クー・フーリン

 

 

けると、とかいう場所で猛犬と呼ばれた男。

何でも影の王国という場所で槍や魔術を収めたのだというのならば、せめて槍くらいは己が勝たなくてはいけないであろう。

無論、向こうからしたら後発に矜持を折られたと思うかもしれないが、流石にそこまで付き合う気はない。

戦場にて心が折れ砕けたのならば後は手折るのみだ、と思い、改めて男の顔を見ると──そこには怒りではなく雄々しい笑みが浮かんでいた。

 

 

 

実に見覚えがある顔。

 

自分の義弟が時折、強者を相手にした際、浮かべる事があった獣の如き笑み

 

 

己の中の警戒心が一瞬で数倍に膨れ上がる中、男は遂に口まで笑いを表現し始めた。

 

 

 

 

「………くっ、く、くくく………」

 

 

笑いを浮かべながら男は空いた手を以て自分に何かを刻み始めた。

指先から何らかの紋様と思わしき物を体に刻んでいく行為を見て、知りもしないのに脳内でルーン魔術という単語が頭に思い浮かぶが、一々聖杯に与えられた知識に踊らされるのも癪である。

自身の利になる情報であると分かった上で関羽は敢えてその知識から意識を逸らし、偃月刀を構える。

これから先の展開など読むまでも無い。

 

 

 

ああなった漢を相手にするのであれば、どんな相手でも命懸けの殺し合いになるのだから

 

 

 

 

※※※

 

 

関羽雲長の思考の通りであった。

ランサー、クー・フーリンの心にあるのは清々しい程の敗北感と──燃え上がる様な闘争心であった。

 

 

 

認めよう──確かに槍兵クー・フーリンは今、槍の技において関羽雲長という男に負けたのだと。

 

 

自分の槍に勝てる人間等、己の師であるスカサハ以外では在り得ぬと思っていたが……まさか後発の、それも純粋な人間に負けるなどとは!

見れば分かる。

マスターとしての眼を使わずとも、この男からはサーヴァントである以上の魔力を感じれない。

少なくとも自分に比べれば、神秘という格では大いに劣っている英霊である。

で、あるのに……否。で、あるからこそ男は技に拘り技のみで己に打ち勝ったのだ。

こうも見事に捌かれれば畏敬の念と共に賞賛をするしかない。

 

 

 

──だからこそクー・フーリンは笑った

 

 

快活に、獰猛に笑った。

クー・フーリンには聖杯に懸ける願い等存在しない。

求めるのは勝ち残った先にある結果ではなく経過。

己の血を沸かせる闘争を……より強者との殺し合いにこそ求めるモノは有り。

ならば、俺は今、笑わなければならない! 

目の前に己よりも武に置いての強者であるならば猶更に笑え!

 

 

 

此処に今こそ望んだ死闘が在り!!

 

 

肉体に賦活と強化のルーンを存分に刻む。

此処より先に安心も安全も無い。

この漢を相手に命を懸けない等出来ない。

クー・フーリンの全てを注がなければ勝てない、と納得したが故に死力。

全身の筋肉が膨張する、魔力を込めていないというのに呪いの朱槍が鼓動を刻む。

未だ顕現していないのに、どこかからか二つ程の凶暴な気配が主の歓喜に呼応して強烈な嘶きを発する。

全ての準備を完了し、待っていてくれた漢の方を見やる。

相手も俺の闘気に反応したのか、先程以上に鋭い視線でこちらを睨んでくれる事にクー・フーリンは最早、愛すら感じれる。

 

 

 

 

ああ、やろう。直ぐにヤろう。今直ぐにその心臓を抉る為に駆け抜けよう

 

 

生前の狂気が愛おしくすら感じる中──今こそ最速の槍兵が獲物に向かって駆け抜けた。

 

 

 

※※※

 

 

「──ぜぇああああああああああ!!!」

 

「──」

 

 

青い槍兵の口から放たれる叫び声よりも早く肉体が加速し、朱槍が煌めいた。

先程よりも数段早く、その上で強く鋭い一刺しが関羽雲長の喉元にまで迫っていた。

関羽雲長の眼からしても何時の間にかそこに現れたというレベルの疾走。

神代の英霊によるルーン魔術による強化の疾走は中華において武神と持て囃された男の眼すら欺いた。

しかし

 

 

 

「──戯けぇ!!」

 

 

超至近距離の槍を前に関羽は吠え、その上で()()()()()()()

偃月刀が間に合わないのであれば別の物で代用すればいい、と言わんばかりの態度にクー・フーリンは音よりも速く笑う。

技の冴えだけ所か、そんな野蛮なやり方も弁えている事に嬉しくなり──即座に槍を引き

 

 

 

「っしゃあああああああ!!」

 

 

ゲイボルグによる連続刺突が再開される。

脳天、心臓、胴体、膝、股間、袈裟、脇腹、あるいは偃月刀自体と一瞬一息による刺突が煌めく。

どれも先程よりも更に強化された一刺しであるというのに──関羽はその全てに対応した。

脳天に迫る突きを首を捻って躱し、胴体を吹き飛ばそうとする暴威を偃月刀の柄で弾き、膝への一突きをステップで躱し、股間への一撃を柄尻で弾き、袈裟蹴りを偃月刀自体で切り結び、偃月刀自体への攻撃を力づくで弾き返される。

この間、2秒にも満たない攻撃を全て的確に弾き返し、

 

 

 

「しぃぃぃ!!」

 

 

その上で偃月刀を手元で回転させ、力をいなした瞬間にクー・フーリンの顔面に斬撃が飛んでくる。

それを皮一枚で躱──そうとして即座に飛び退く。

眼前に迫りくる偃月刀が皮一枚で躱そうと思っていた角度に軌道変化するのを見て取ったからである。

間違いなく最速の動作とタイミングで躱した筈なのに、額の上を削られるのを感じ取る。

飛び退き、一度呼吸をし、ようやく全身の激痛と額から血液が流れるのを感じ取る。

表面上はともかく内部は既に肉は千切れ、骨が軋んでいる状態だ。

その激痛と躍動を感じ取りながらも、クー・フーリンが得た物は興奮であり感謝の念だ。

 

 

 

己の全力を受け止める猛者がそこに立っている

 

 

これに興奮せずして何が聖杯戦争、何がクランの猛犬だという。

おぉっ、という唸り声と共にそこから槍を放り投げる。

真名解放ではない、ただの投擲だが……英雄の投擲はそれだけで都市すら破壊する天の一撃だ。

一瞬で音速を突破し、熱を帯びる朱槍はそのまま関羽の心臓部を狙うついでに全身を抉り取らんと飛翔する。

 

 

 

 

「──」

 

 

その光景に関羽は強烈な意気を発揮させる。

ミシリ、と青筋は立ち、青龍偃月刀を握る右腕はクー・フーリンに劣らないレベルで筋肉が膨張している。

物量すら感じる圧力を吐き出しつつ、人のまま武神と成った男は立ち振る舞いとは別に清涼さすら感じ取る程に滑らかに偃月刀を構える。

その構えには投擲された槍に対し、逃げよう、躱そう等といった弱さが微塵も感じ取れない。

刃先を飛んでくる朱槍に真っすぐ向ける姿勢のまま微動だにしない。

 

 

 

 

その結果、起きるのは三度起きる神業

 

 

わずか数ミリの誤差も許さない──刃先を以て投擲された槍の方向を逸らすという偉業を関羽雲長は汗一つ掻かないままに達成する。

技もそうだが、一切揺るがず己の業に命を預ける精神力もまた他の追随を許さない。

──故に次の連撃にも対処出来る。

 

 

 

「──戻れぇ!!」

 

 

関羽雲長の()()()()()()()から発せられる主の声に呪いの朱槍は即座に応える。

投擲の速度を落とさぬまま、槍は物理的に曲がる。

今直ぐに主の下に帰参せり、という意思があるかのように槍はそのまま物理法則すら乗り越えて主の下に馳せ参じる。

愛槍の帰還に投擲と同時に跳躍し、追撃するつもりだったクー・フーリンは亀裂のような笑みを浮かべながら眼下にいる男と対峙する。

態勢を崩す為の投擲であったが、あれ程の神業を再びされては意味がない。

完全完璧な姿勢でこちらを待ち構えている。

 

 

 

ぞくり、と背筋を震わす悪寒にクー・フーリンは凄絶に笑う

 

 

ああ、そうであろうとも、とクー・フーリンは笑う。

このクー・フーリンが槍に於いては劣ると自覚させられる英霊だ。

槍の技だけで戦い続ければ、自分が負ける事は必定だ。

 

 

 

──故に、ランサーではなくクー・フーリンとして貴様を超えてくれよう

 

 

魔力が全身から駆け巡る。

己の意気に応じてマスターから魔力を送られるのを感じ取り、更に最高の気分に昇華される。

最高の好敵手に、いい女のマスター。

これだけの最高の状況を前にすれば、己の幸運のステータスは嘘偽りではないかと笑い捨てれそうだと感謝し

 

 

 

「──()()

 

 

──切り札の一つを開帳する。

 

 

かつて冬木のサーヴァントでも呼ばれていたクー・フーリンだが……日本における彼の知名度は致命的に低い故に様々な能力が欠けていた。

無論、そうであっても彼は己が弱いと思う事もなければ、槍と敵さえいれば十分であると思っていたかもしれない。

しかし、此度の聖杯戦争に於いての彼は違う。

 

 

 

ここに存在するは最盛期にして最高の状態で召喚されたアイルランドの大英雄クー・フーリンの真の現身である。

 

 

故に彼が手に持つは槍だけに非ず。

あらゆる戦場に於いて彼と一緒に駆け巡った彼の戦友。

その名は

 

 

 

 

蹂躙せよ鏖殺戦馬(マハ・セングレン)--!!」

 

 

 

宝具の開帳(主の叫び)に呼応し獰猛な獣が二匹空間を破砕しながら唐突に関羽雲長の眼前に現れる。

 

 

 

「むぅっ……!?」

 

 

さしもの関羽ですら思わず呻く程の圧。

彼の眼前に現れた存在は戦馬──であるにしても余りにも血腥かった。

巨大な青い装飾と色で飾られた人一人が乗るにしては少し長大で巨大な戦車を引き摺りながら現れた二匹の馬は見事に馬というには余りにも巨大にして威圧的であった。

二匹は灰色と黒色に分けられていた。

灰色の馬は黒色に巨大ではあったがしなやかであり、その上で力強さを忘れていなかった。

しなやかといっても細いというわけではなく気品のようなものであって決して弱さの象徴ではない。

その全てが戦場にて煌めき、邪魔をするものを跳ね除け、轢殺する為の躍動感である事を悟ると気品さや美しさが全て死神の鎌の如き悪寒を感じさせる。

全身に漲る筋肉と大地を蹴る姿には関羽は生前に見た汗血馬ですら駄馬に見えかねないと思う程であった。

 

 

 

──一瞬、某滅茶苦茶に暴れまわる奇天烈な馬の事を思い返したが、アレは比べるのが失礼なので即座に候補から消した。

 

 

もう一匹の黒色の馬は灰色と比べればよりがっしりとした上で瞳には動物であるとかを度外視した暴力性を感じ取り、正しく暴れ馬の呼称に相応しき災害の如き怪物馬である事を予感させた。

暴れ尽くす、轢き尽くす、鏖殺せしめんと全身から殺意を発っせられており、つまりはどちらも同レベルの怪物だ、と認識した。

それらが恐ろしい事に先程までのクー・フーリンと同じ──否、それ以上に速く突撃(チャージ)してくる光景というのは関羽をして悪夢染みた光景であった。

直ぐ様に感じた脅威に蓋を閉め、どう対処するかを考える。

 

 

ただ躱すだけでは足らぬ。

 

 

あの馬は恐るべき戦馬だ。

自身とて足に自信が無いわけでは無いが、この馬と空から睨みつけてくる猛犬を相手にするとちと分が悪い。

で、あるならば迫りくる両馬を斬り殺すか?

それも悪手。

宝具と宣誓された以上、この馬は己が知るよりも遥かに濃い神秘より生まれた奇跡の一つだ。

馬だからといって甘く見るわけにもいかない。

なら、踏み越えるか?

迫りくる馬を跳躍して乗り越えるか、あるいは戦車に乗るという手がある。

しかし、そうすると今度は空から落ちてくる男への対処に遅れる。

速度だけで言えば関羽を軽く置き去りにする大英雄だ。

戦車の上だからといって……否、己の戦車の上だからこそ地の利を得てしまう。

 

 

 

 

──ならば、と思って思考した策に苦笑する。

 

 

やれやれ、隠さない苦い笑みを浮かべながら、関羽は一度青龍偃月刀を()()

クー・フーリンが瞠目しているが、無視して関羽は自分の心に過った言葉をそのまま口に出す。

 

 

 

「全く……こういうのは愚弟の十八番であろうに」

 

 

過去への郷愁を覚えながら──関羽雲長は真っ向から鏖殺戦馬と激突した。

 

 

「──なんだと!!」

 

 

もう直ぐ地上に降りる寸前の光景にクー・フーリンはこの戦闘に於いて何度目かの驚愕を露わにする。

何せあの漢は真っ向から蹂躙せよ鏖殺戦馬(マハ・セングレン)の突撃を()()()()()()()()()()()()()()()

無論、それは完全には上手く行っていない。

 

 

 

「むぅ……!!」

 

 

突撃を受け止めた関羽雲長は一瞬で鏖殺戦馬に押され、地面に爪痕のような足跡と全身の血管が破裂し、流血が漏れる。

宝具の一撃を、奇襲だから速度は未だ乗っていないとはいえマハとセングレンの突撃を受けたのだから当然の代償──なのだがまだ生きているという事はつまり

 

 

 

「──噴!!」

 

 

マハとセングレンの鼻頭を掴んでいた男は一瞬の筋肉の膨張と共に………信じられない事に戦車事、鏖殺戦馬が持ちあげられている光景がそこにあった。

 

 

 

「──!!」

 

 

信じられない、と叫ぶようにマハとセングレンの嘶きが響く。

自分達の巨体もそうだが、それ以上に自身を御せる者など主以外存在しないとあらゆる戦場、あらゆる英雄と出会った上で認識した事実を目の前の男は何の神秘も使わずに否定していく。

空中を飛翔する事も出来る鏖殺戦馬は目の前の光景に衝撃を受け、回避する事も出来ずに大地に激突する。

その光景を、クー・フーリンは歯を食いしばって見る事しか出来なかった。

 

 

※※※

 

 

 

「……ほぅ」

 

 

全身を流血に染めながらも、激突した馬が決して悲鳴を上げなかったことに関羽は感服の言葉を呟く。

倒れ伏し、衝撃を受け止めた後でも戦馬の瞳に宿る物は殺意であった。

許さぬ、認めぬ、我らを凌駕して良い存在は猛犬を置いて他ならぬ、と告げる瞳は危うく戦士として惚れこみそうになる程の戦意であった。

故に何一つ容赦せずに戦馬の方に視線を向けながら心臓を抉ろうと槍を手繰る男の顔面に青龍偃月刀の柄をめり込ませた。

一種のカウンターの如く振るうというより来る位置を予測して適切な速度とタイミングで置いた柄は相手の速度を含めて見事に鼻の骨を砕く感触を自身の手に寄越した。

無論、そこで手は抜かない。

クー・フーリンも鼻の骨が砕けようと構わず槍でこちらを抉ろうとしている。

この手の男は心臓を失っても動いて殺し回ることを経験として理解している。

故にそのまま突き穿とうとうとする槍──の持ち手を狙って軽く押すと槍兵の突きは簡単に逸れ──そのまま膝を鳩尾に抉りこませた。

 

 

 

「ごっ……!」

 

 

自動的に猛犬の喉から息が漏れるのを聞き取りながらも、そのまま空いた偃月刀の柄で相手の足を引っかけ無理矢理に倒す。

そのまま即座に腰辺りに乗りかかり馬乗りになり、青龍偃月刀を再び消し

 

 

 

「──ふん!!」

 

 

拳をそのまま勢いよく顔面に叩きつけた。

技も何も無い力任せの一撃をそのまま何度も何度も浴びせる。

一撃目は砕けた鼻の骨を更に砕かせた。

二撃目は頬の骨を砕かせた。

三撃目以降はひたすらに肉を穿ち、骨を拉げさせ、皮を切らせた。

精悍な顔つきをしていた男の顔面があっという間に青紫色に染まっていくが………瞳に未だ輝くような戦意を光らせている男に手加減する心も意志も持ち合わせていなかった。

最後にハンマーの如く両手を合わせた拳で頭蓋を叩き潰そうとし

 

 

 

 

「──うぉぉぉぉぉおおおぉっぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

獣の如き遠吠えが目の前で響く。

血だらけの顔の中で尚も輝く紅い瞳に一瞬気圧された瞬間、関羽は腰に足が撒かれたのを悟るが──瞬発力だけならば関羽を圧倒するクー・フーリンに勝つことは出来ず、そのまま足の力だけで体を持ち上げさせられ、地面に激突させられた。

 

 

 

「ぐ、む………!」

 

 

受け身は取ったというのに全身が骨まで殴打された感覚に少し呻くが、直ぐに意識を取り戻し、追撃避けに一回転地面を転がり立ち上がると既にクー・フーリンは槍を手に立ち上がっている。

所か

 

 

 

「──」

 

 

鋭い呼気と共に放たれるのは呪いの域に達した殺意。

クー・フーリン自身ではなく、彼が握る魔槍ゲイボルグから放たれる寒気に関羽ですら足を止めざるを得なかった。

 

 

 

一刺一殺の呪いの槍……必ず心臓を破る槍と伝え聞くが………

 

 

伝承と事実がどこまで同じなのかは知らないが………もしも伝承が事実であるのならばあの槍程恐ろしい存在は中々無いだろうと思われる。

無論、流石にそうなるには何かしらの条件があると思いたいが………仮に槍技であるのならば隙を作ってしまえば終わりと仮定すると宝具を発動させる余裕を生まなければいいのだが………

 

 

 

「………」

 

 

背後には振り向かずに感覚だけで知覚すると背後から大きな金属音と共に何かが立ち上がる音が聞こえる。

先程の戦馬であろうと思うが、最早何と評していいか分からぬ戦馬だ、と溜息を吐きたくなる。

幾ら巨大な馬とはいえ、それだけで繋がれた戦車事立て直せるのかと文句を言いたくなるが、神代の馬だとそういう事も普通に有りなのかと思うと仕方がない。

問題はこの3匹の猛獣を相手に凌げるかという事だが

 

 

 

………不可能だな

 

 

敵手は既に命という戦士にとって最も有用で価値のある道具を使用している。

常に死を差し出すかのように戦う相手は更には一つの国、一つの時代に於いて最強と称された英傑の一人なのだ。

その命を前には如何に関羽雲長の武があるといえど隙程度幾らでも得る事が出来よう。

 

 

 

──で、あれば関羽もまた切り札を切らなければいけない。

 

 

宝具とは英霊の象徴。

当然、関羽雲長にも形も用途も違えど宝具を持っている。

しかしながら、関羽雲長の宝具は()()()()()()

切り札としては立派に機能するのだが、そう易々と切るに切れない事情がある。

だが、虎の子を温存したまま死ぬわけにもいかない。

 

 

 

自分には──()()()()()()()()()()()事があるのだから

 

 

宝具の開帳はマスターから事前に必要な時なら何時でもいいです、と許可を貰っている。

故に覚悟するはここで敵を殺すという意志。

蒸気の如く立ち昇る関羽からの殺意を感じ取ったのであろう青い槍兵は酷く嬉しそうに笑う。

その事実に関羽もまた同じような笑みを浮かべそうになり……しかし直ぐに自粛し、踏み出そうとした一歩。

 

 

 

 

──唐突に感じ取った自分達以外の膨大な魔力反応に同時に動きを止める事になった

 

 

 

 

※※※

 

 

人間であるバゼットにすら感じる強力な魔力反応が全身を貫き、無意識にそちらの方に拳を構えた。

そこまでしてその魔力反応がここから遠くは無いが、肉眼で見るには少し遠い場所であるという事を悟る。

この状況で起り得る異常現象の引き金等一つに決まっている。

 

 

 

「………サーヴァント!」

 

 

途轍もない魔力反応は間違いなく戦争を起こしたという証明であろうし………この魔力量を考えたら最悪、隠蔽等考えずに激突している可能性がある。

正気か、と思わず答えなど無いのに問いかけたが、同時に理解もしている。

これだけの規模の聖杯戦争だ。

マスターが何も魔術師ばかりというわけではないだろう。

中にはド素人の魔術師………それどころか魔術師ではない人間が不運にも巻き込まれたケースも0では無い筈だ。

そんな人間がマスターであるならば神秘隠匿の義務等知らないだろうし………マスターがしっかりしていたとしてもサーヴァントが暴走する事もある。

どちらにしろこれだけの魔力を一騎で出しているのだとすれば間違いなく大英雄の類だ。

 

 

 

 

正直、バゼットとしては関羽雲長との戦いを切り上げてでも向かいたい所なのだが………

 

 

そんな都合のいい願望を思い浮かべていると………こちらのランサーが先に槍の先を挙げた。

 

 

「ちっ……白けちまった。おい、そっちのランサー。今回はここらで切り上げねえか?」

 

「ふむ……正直こちらとしては有り難い上に白けたという感想には同意だ」

 

 

唐突に互いが互いに燃え上がった戦意を即座に納めるのだから困惑する。

未だに自分のランサーを含めてサーヴァントの行動というのは読み辛い。

聖杯に望む願いなど無く、ただ己が熱狂できる相手との死闘をこそ願望にしているというのに、ただ場が白けたという理由だけでその願望をいとも簡単に断ち切るのだから読み辛い。

何時の間にかランサーが出した鏖殺戦馬も霊体化しているのを見る所、主人が主人なら馬も馬なのだろうか。

 

 

 

「叶うならテメェとの死闘を最後に聖杯戦争を終えたいもんだが……流石にそりゃ高望みかね」

 

「さてな。何せ互いに首の価値が高い。お互い闇討ちで消えたくは無いものだ」

 

「はっ! そりゃそうだ!」

 

 

戦士達の友情は決して矛盾を起こさない。

今のように軽口を叩き合う関係も真であり、先程の互いに殺し合う関係も真だ。

敬意を抱きながら槍を構え、殺意を向けながら友愛を向ける。

普通の人であれば多分に破綻した関係であるが……戦士という人間にとっては破綻せずに許容される関係である。

現代の人間であるバゼットでは流石に全てを理解するのは難しいが……自身のサーヴァントがそういう性質である事は流石に理解している。

全ての英霊がというわけではないのだろうが、大抵の英霊は暴れ馬のようなものであるという理解が無ければマスターとサーヴァントの関係は拗れる。

それを理解しているマスターは少ない。

 

 

 

何故なら魔術師にとって英霊とは道具であり使い魔だ。

 

 

過去に偉業を成した大英雄であったとしても、己の魔力で召喚し、御している以上、魔術師はサーヴァントを相手に無駄に遜る事はないだろう。

 

 

 

……そのせいで共食いしている組みも多かったですが

 

 

強烈な個と覆る事が無い個同士が接している以上、何かしらが違えたマスターとサーヴァントが行きつく先は当然自滅だ。

そういう意味では聖杯戦争の業というべきだろう。

こう言うと酷く俗な言い方になるのだが……人間関係であると理解した上で英霊と接しなければいけないのに当たり前の魔術師からしたらその人間関係であるという理解を得る事はまず無いのだから。

そういう時の為の令呪があるのだが、令呪も絶対というわけではない。

 

 

 

……と今それを考えている場合ではありませんね

 

 

 

自分の肌に突き刺さる感覚を信じる限り、そう遠くない。

欧州とはいえ車を使えば約8.9分ほどの距離だろう。

こっちは連戦になるが、こればかりはどうしようもない。

幸い使った宝具は鏖殺戦馬であり、彼ら自体も宝具ではあるが真名解放には程遠い使い方だったので問題ない。

槍ならばもっと扱えるだろうし、負傷も既にほぼ治療済みだ。

搦め手が無い相手だからこそ連戦が可能という形だが……逆に言えば搦め手無しでクー・フーリンをこうも押していたという事実は空恐ろしい。

流石はあらゆる英雄による群雄割拠の時代で尚、武神として祀り上げられた男と言うべきだろう。

 

 

 

槍だけでこれならば宝具を明かせば如何程か……

 

 

冷や汗を隠すのに努力がいる想像だが、しないわけにはいかない。

この規模の聖杯戦争である以上、再戦が出来るかどうかは不明だが……未来を見るのから逃避した者こそが脱落するのが戦争の常だ。

意志があれば全てが解決するわけでは無いが、一歩を踏み出す意志が欠ければ挑む事も出来ないのも事実なのだ。

 

 

「おい、バゼット。ちんたらしていいのかよ?」

 

 

思考を回していると何時の間にかランサーが傍に来ている。

……ランサーの願望は知っている。

彼の願いは全力の闘争。

聖杯に願いを託すのではなく、その経過で命を燃やす事こそを願う戦士の願望。

そういう意味では正に関羽雲長は相応しき相手というのに、白けた、というが……私への気遣いがある事を見抜けない程の鈍感さはもうない。

感謝の言葉を伝えるには時間がない今を呪いながら、私は彼の言葉に応える。

 

 

 

「ええ。行きましょうランサー」

 

 

───故に応えるは言葉ではなく行動。

今の私は聖杯に願いを懸ける事も無ければ、ただ職務に忠実の人形でもない。

 

 

 

サーヴァントを相手と共に戦うマスターだ。

 

 

故にこちらを見送る形となる敵のランサーに対しても警戒はしても一切の気後れもせずに背を向ける。

敵を信じているからではなく、味方の英霊をこそ信じているが故の行動。

 

 

 

───そして仮に背後から仕掛けられても問題はない、という覚悟の現れだった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「成程。マスターもまた中々に手強い女丈夫よな」

 

 

関羽雲長は去っていく猛犬の主従を髭を撫でながら見送る。

必殺のタイミングだったが、はてさてこれは運が悪かったのか良かったのか───どうにもあのマスターからも必殺の気配を感じ取れたからなんとやら。

命を拾ったのは自分の方かもしれないと思った方がいいだろう。

それはつまり現代の魔術師も油断は出来ないという証左。

現代の身体と魔術はサーヴァントに比べれば稚拙などと言われているが、どうやら全く鵜吞みに出来ない事柄のようだ。

魔術に関しては生前才能が欠片も無いが故に余り詳しくは知らないが、ある種の呪い───つまり特異を扱うという事。

特異である以上、如何なる常識をも食い破れるという事があり得ると考えるべきか。

 

 

 

「最も、言うほど容易い程ではないのだろうが」

 

 

そう考えると成程、聖杯戦争というのはよく出来た構造だ。

単純なサーヴァント同士の激突に見えるが、その実、主流はマスターでもある。

現にこれが普通の戦場であれば、私のマスターは容易くあの女に打ち破られていた可能性が高いのだ。

サーヴァント同士での戦闘が対等であっても決して気が抜けず、さりとてサーヴァントを捨て置いて良い事も無し。

 

 

───更にはサーヴァントには当然だが固有の人格がある。

 

 

思想と思考が噛み合わない場合、力だけが噛み合っている主従は内から潰れる場合もある。

特に魔術師というのはよく分からんが気位が高い人間が多いとの事。

そしてサーヴァントはサーヴァントで英霊になる程の伝承を持つ個我の持ち主。

詰まる所、召喚するマスターとサーヴァントの相性も勝ち抜くには必要となる。

 

 

 

「存外俗……否、戦争と明記されているなら人間らしい宿痾か」

 

 

悩ましいが深く気にしてはいけない。

幸い自分は他のサーヴァントと違ってある種燃費がいいサーヴァントだ。

何せ生前から孔明辺りに”いやはや、その無才振りで天に至るとは少々矛盾を極め過ぎかと”等と褒められてるのか貶されているのか謎の言葉で言われている故に偃月刀を振って魔力を消費する能力は持ち合わせていない。

ただしマスターとの人間関係は……と視線を向けると少年が青ざめた表情で、しかしこちらが生き残った事にほっとしている私のマスターがいた。

 

 

 

……人柄はともかく戦となるとちょいとな……

 

 

我がマスター閻 奉星は自らマスターになったのではなく巻き込まれてマスターになった口であるが故に殺し合いにおいてはマスターの楔である以上の何かを成し得る為の願いや狂気、あるいは度胸がちょいと足りない。

贅沢を言ってる状況では無い以上、奉星との二人で挑むしかないのだが。

 

 

 

「………だが」

 

 

決着が先伸ばした原因。

先程の膨大な魔力を感じ取った方角に視線を向ける。

今尚肌を突き刺すような感覚を与えてくる剥き出しの魔力は膨大だ。

更にはどう見ても隠す気が一切無い。

魔術には詳しく無いが、知っている事とすれば隠匿する事が第一という事。

魔術世界では間違いなく禁忌とされる事を行っている筈だから間違いなく様々な思惑が入り乱れるし、民草を巻き込むとなると自分も行くべきなのだが……

 

 

 

「ううむ……」

 

 

どうにも嫌な予感が己の足を止める───あそこは()()()()()()()()()()、と。

生前ならいざ知らず死後の今となるとこの手の勘が如何に信じられるかを知っているが故に嘆息するしかない。

勝ち目が無いとは言わないが、何でも己でしなければいけないとも思わない。

故に今回は静観すると決めるが……さてこの場にあの義兄がいればなんと言ったものか……。

 

 

 

「………決まっているか」

 

 

"なんとかならねぇかなぁ関さん"

 

と酷く困った風に真摯に頼んでくるに違いない。

嗚呼、全く力の上限は必ずあるものであると悟っているし、把握しているというのに……その嘆願に何度頭を悩まされ、そして叶えてやれない事に無意味であると分かった上で嘆いてしまった事か。

 

 

 

生まれる時代を間違えた我が愚兄よ。どうか待っていてくれ

 

 

この戦争に勝利し……誓いを語ろう。

青臭くも信念を語り合ったあの桃園の誓いを。

 

 

 

───同年同月に死する事を守れなかったことを

 

 

 

 




こそこそ



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