鬼は内、人は内、福も内 (こつめ)
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鬼は内、人は内、福も内

「痛っ」

マイルームのドアを開けたら、いきなり何かが額に投げつけられた。痛む額を押さえながら辺りを見回すと、大豆が一粒落ちていた。どうやら私を襲ったのはこの豆らしい。……何で豆?

混乱する私をよそに、また豆が飛んでくる。

「人はー外!福はー内!」

「痛い痛い痛い……。そこは普通『鬼は外』じゃないの、茨木?」

本来なら豆を投げつけられる側である筈の彼女、茨木童子に問うと、むっとした表情になった。

「気に食わぬ、気に食わぬのだ。福を鬼は享受出来ぬと誰が決めた? 福は人だけのものと誰が決めた? 吾は福を人間に譲る気なぞない。だから『人は外、福は内』なのだ」

「むぅ、言われてみれば確かに……」

特に疑問も持たずこの掛け声を使ってきたけど、確かに茨木の言うことも一理ある。でもそれだったら、もっといい方法がある。

「うーん……だったらさ。折角なら、人も鬼も福も、全部内側になるように願えばいいんじゃない?『人は内、鬼は内、福も内!』みたいな感じで」

私がそう言うと、流石にその発想はなかったのか、茨木が目をぱちくりさせた。

「……立香よ、それは流石に、少々強欲が過ぎるのではないか?」

「えー、そうかな? でも福って、誰にとっても感じられなきゃ意味なくない? ていうか少なくとも私はそうあって欲しいかな」

茨木はしばらくびっくりしたような顔をしたかと思えば、腹を抱えて笑い始めた。

「くっはっはっはっは、それでこそ吾のますたぁだ! 成る程、真に福を手に入れる者とは斯様に欲深い者かも知れぬな」

一頻り笑い終わると、上機嫌になった茨木が豆を一粒渡してきた。

「では汝もこれを投げると良い。そんな大きな欲を願うのだ、一人で願うより二人で願った方が叶い易いであろう?」

茨木から豆を受け取って、手のひらに載せてみる。

私の手を傷つけないように、丁寧に鬼の手から渡された豆。

案外簡単に福って手に入るんじゃないかな、多分こんな感じで。

「よし、それじゃ早速……」

多分世界でこの部屋だけの、人と鬼が一緒に福を呼び込む掛け声が木霊した。

「「人はー内! 鬼はー内! 福もー内!」」

「今日は食堂で恵方巻きが食べられるらしいよ」

「えほうまき……? なんだそれは?」

「その年の恵方を向いて、太巻き寿司を無言で食べきると、願いが叶うんだって」

「ほう、誠か? ……何をしている立香、早く行かねば無くなってしまうぞ!」

「はいはい、ちゃんとみんなの分作ってあるみたいだから急がなくても平気だよー」

 



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