時空を超えて尚、色褪せぬその輝きを (鉤森)
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不滅の輝き
大好き。因みにマイデッキは「彼女」のテーマ一色。
———男は、「不愉快」の絶頂にあった。
『ひひっ、なんだぁオマエ。どっから出てきたぁ?』
目の前には、見覚えのない異形。耳障りな声は夜の闇にも衰えず響き渡り、嘲る声音は嗜虐の色を帯びている。
人間がベースの異形だ。大きな胸を惜しげもなく晒し、その顔は整っている。しかし巨大な体躯は工場の天井付近にまで届き、なにより悍ましいのはその下半身だ。腰から下は獣のソレであり、血生臭い匂いを発しながら巨大な四足で大地を踏みしめ、こちらを見下ろしている。なまじ人間がベースとなっているだけ、その不気味さと悍ましさを強調している結果となっている。
何が目的か、などとは疑問にも抱かない。その口元から垂れる大量の唾液を見れば、目的などよほどの馬鹿でもなければ察せるだろう。
『まあいいや。甘いかな?しょっぱいかな?オマエはどんな声で叫ぶんだぁ~?』
男は知る由もないことだが、その存在は所謂「悪魔」という存在だった。
端正な筈の顔を醜悪に歪ませ、主と袂を別ち、欲望の赴くままに人を喰らうバケモノとなったその存在…「バイザー」の問いかけに、男は答えない。
その碧眼を鋭く細め、バイザーを見上げている。バイザーはその様子を、「怯えて声も出せない」ものだと判断する。目元が、更に醜悪に歪められた。
『アッハハハハハ!なんだぁ情けないなぁ。カワイソウになあ!声もだせないかあ?まあすぐに叫ぶことになるだろうけどな!』
甲高い声で笑うバイザー。その声に、「発言」に、初めて男が反応を見せた。ピクリと肩が動く。
バイザーは気付かない。その変化に。今も黙るその男の瞳に、明らかな侮蔑の色が宿ったことに。白い外套に身を包んだ丈高な全身に、色濃く昇り始めた闘志に。
『じゃあそろそろいただくかな~。たっぷり痛めつ「———虫唾が走る。」……あぁ?』
嘲る様な笑い声がぴたりと止まり、せっかくの絶頂を遮った声の主へと視線を下げる。
そこには変わらず男の姿があった。人間にしてはそこそこに大きく、しかし自分から見ればちっぽけな、「単なる獲物」。そいつが、明らかな敵意をもって自分を睨みつけている。
バイザーの気分は、一気に不愉快なモノへと塗り替わる。
『なんつったぁ、オマエ。餌の分際でぇ…。』
客観的に見れば絶望的な状況だ。状況は何一つ変わらず、そこに勝てる要素などどこにもない。これが「英雄」か何かであったならば話は別だろうが、男の手には剣の一つも帯びていない。あるのは、左手に帯びた見慣れない装備のみ。
何より前提として、男は「英雄」ではない。
「虫唾が走ると言ったんだ、負け犬風情が。薄汚い声と図体でベラベラとよく喋ると耳を傾けてはみたが…九官鳥、いや「凡骨」以下と言わざるをえん。このオレの時間が無駄に費やされたわ!」
空気が震えるようなその発言に、バイザーの顔に赤みが帯びていく。怒気と殺意が漏れ出し、すぐには動けぬほどの屈辱を味わい、震える。
男は、ゆっくりと左手を持ち上げた。そして「構える」。
「眼を見れば貴様が既に敗者である事など一目瞭然だ。欲か!力か!何もかもか!貴様がその醜態に至るまでに、敗北を重ね続けた事くらい推し量れぬオレではない。哀れで醜い、負け犬めが。
———そんな負け犬が、我が前に立ちはだかり。我が高揚の余韻を踏みにじるなど!身の程を弁えんクズが、万死に値する!!」
男は「不愉快」の絶頂———その根幹を、息吹と共に吐き出す。
ソレは「見知らぬ世界」に落とされたが故ではない。何故ならば、何処であろうと男は揺るがない「己」であるからだ。
ソレは「帰る方法がわからない」からではない。何故ならば、先の見えない闇の道などいくらだって進んできたからだ。
男は単に———漸く到達した古代の時代に座した宿命の
眼光が鋭い軌跡を描き、「
告げているからだ。他ならぬ「魂」が、男の呼びかけに応えた事を。
強烈な光が、カードから、男から発せられる。ここにきてようやく、バイザーは身の危険を感じて爪を振り下ろした。しかしそれは、やはり醜い行動だろう。
なにもかも「遅すぎる」のだから。
「我が魂は世界を隔て、時を超えて尚色褪せぬ!その醜悪で無様な敗北者の眼にその輝きを焼き付け、逝くが良い!
現れろ!粉砕せよ!我が至高の僕、オレの魂の誇り、その全て———
—————『
その呼びかけに、一つの咆哮が応える。眩い光が収縮し、ソレを凌いで尚余りある絶美の白き龍が顕現する。
バイザーの爪が男に届くことはなく、その全身は龍の出現と同時に、断末魔の欠片さえ残せずに「息吹」によって消し飛んだ。
天に昇る一筋の輝きが、星の外へと果てしなく伸びていく。その輝きを男は無言で見上げ…不意に、その視線を巡らせた。
「…フン、まだ不埒な覗き魔どもがいるらしい。」
男は呟く。ソレは確信であり、事実であった。
男と白き龍が示した絶大なる「力」を、感じたものは少なくない。直感であったり、類まれなる知覚であったりと様々だが…それらの存在は例外なく、力を感じた瞬間から、男を「見ていた」。
場所、国、世界、神話を隔てた外と果て。それら全てから向けられた超常の存在達からの視線におくびも怯まず、男は高らかに宣言する。背後で、白き龍がその巨翼を広げていた。青い男と龍の瞳が、途方もない力を帯びる。
「貴様らが何処の「ナニ」かは知らん。現時点においてオレの興味はミジンコほども貴様らには向いていない。
だが憶えて置くがいい…オレは立ち塞がる障害を容赦せん。そして何者からも逃げることはない!
我が野望、行動に邪魔立てするというのならば、このオレが。このオレと、そしてその魂の誇りである『
咆哮が、男の言葉に偽りがないコトを証明するかの如く轟いた。
———言葉を引き継ごう。
男は「英雄」ではない。
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この日を境に、あらゆる神話と世界、神魔妖人の記憶と歴史に、一人の男が名を刻んだ。
異界からの来訪者。気高き決闘者。白き龍に愛され、従える者。
わずか数年も経たずして、惜しまれながらも帰還を果たした絶対強者の名は。
海馬瀬人。
これは、その輝ける栄光の道筋を描いた物語である。
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