仮面ライダースコープーSaved storyー (コンテンダー。)
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ターゲット0 プロローグ

人にはそれぞれ人生と言う名の物語が存在する。

 

数えることは敵わぬその無数のページの海にはどれだけの運命が交錯しているのだろうか?

誰と誰が何を演じているのだろうか?

その物語の広がりにはどれほどの世界があるのだろうか?

 

そんなことはわからない。知れるはずもない。

 

その無限とも言える物語は図書館の中に埋もれた一冊のストーリーにしか過ぎないのだから。

 

だから、人はその物語を賢明に駆け抜けていく。まるで自らを証明するかのように。

 

 

しかしだ、証明される事は確立を意味する。もし確立された何のへんてつも無い物語が『初版』と違っていたらどうなるか?

 

童話集等では『初版』での結末が後に書き換えられる事も少なくない。

 

それは残酷過ぎるだの、可哀想だの、ためにならないだのの一身的な都合によるためだ。

 

もし、そんな事が『人の』物語で起きてしまったらどうする?

 

つまりその人の物語が上書きされて『成り代わられる』、『消える』と言う事だ。

 

大事な思い出も、存在証明も成り立たない荒野に待つのはバッドエンドのエンドロールだけ。

 

そんな物語達を忘れさせない、壊させない、守り抜くために彼は銃弾を放つ。

 

闇に煌めく赤いゴーグル状の光。

 

『俺の名前か?お前になんてさ、名乗る名前はないのさ』

 

人知れず、彼はこう呼ばれる。

 

心を撃ち抜くスナイパー

ー仮面ライダースコープーと。

 

 

 

 

 

古い街並みが残る川沿いのエリア。心落ち着く風景と昭和の香りが色濃く残る。

 

そんな街の一角にレンガ造りで蔦の絡まった一軒の店がある。2階建てでキリシタンのようなステンドグラスが2階に、1階には明治、大正、昭和、平成各時代の雰囲気がごちゃごちゃにかき混ぜられたようなオフィスがある。

 

入り口には置時計に古びた小物類が、奥の応接間には西洋チックなソファーや雑貨、さらに昭和のテレビや日用品が壁際に、そして何個か連なる社員の机にはパソコンや今流行りのゲームなどが置いてあったりととにかく騒がしい。

 

屋号には筆記体で店名が刻まれていた。

 

ーMemory Gardenー

 

そんな横文字でロマンチックな屋号とは対照的に小さな看板には

 

ー大切な思い出を、形にしますー

 

怪しげなキャッチコピーが書かれていた。

 

その不釣り合いな看板同士がそっくり店の中と調和していた。そんな怪しげな店だがどうやら写真や映像も取り扱っているようだ。

 

ショーケースに飾られた味のあるカメラとフィルムが辛うじてーMemory

Gardenー記憶の庭であることを示しているのは吉か、はたまた凶か?

 

そんな不思議な店の前に白いスーツと黒いアーミーシャツ、青いジーンズと言う不揃いな格好をした青年が立っていた。

 

「今日は店じまいでいいだろ。ま、オーナーの趣味みたいな店だし閉めちゃってもノ・アイ・プロブレマ(問題ない)、な」

 

わざとらしく右目にかかるように伸ばした黒い前髪をかきあげ、日本語にスペイン語を織り混ぜながら話す青年。

 

彼の名は早瀬誠久郎(はやせ せいくろう)。

 

ここに半分従業員のような形で住み着いている自称・小説ライター……らしい。

 

「何勝手に閉めてるのよ」

 

とそこに誠久郎とは違って落ち着いた雰囲気を持つ少女が背後から声をかけた。

 

ポニーテールにたらした美しい漆黒の髪と鳶色のつり目と小さめの鼻と唇と言う気高さと可憐さを兼ね備えた顔立ち。すらりとした体型、ショートパンツとブーツの凛とした立ち姿。

 

「あれ、もう帰ってきたのかい、カナタ。ま、それでこそ君だねぇ。仕事の手早さ、俺も参考にしたいんだけどな」

 

誠久郎の煽りに近いような口ぶりをカナタと呼ばれた少女は受け流す。

 

「はいはい………馬鹿言ってないで」

 

彼女もここ『Memory Garden』の従業員、黒月星空(くろつき かなた)だ。

 

「じゃ、お嬢様?俺なりにさ、美味しいお茶でも煎れてあげようか?」

 

「回りくどいんだから、まったく………智大オーナーと所長に好き勝手やっていいって言われてるからって好き勝手過ぎるのも問題よ?」

 

誠久郎とカナタは軽い口喧嘩をしながら店内へと足を踏み入れていった。

 

ふわりとcloseの看板が風に浮いた。

 

それにつられるようにあなたの思い出を形にしますと言う看板の裏に目をやるとこんな文字が書いてあった。

 

ーあなたの物語を守りますー

 

仮面ライダースコープの物語を始めようか?

 

 



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ターゲット1 撃ち抜け、喰らいし者をートリガー・ザ・ゲシェンクー①

日はまた昇る。それは当たり前の事であり、物語の幕開けを指し示すことでもある。

 

となれば仮面ライダースコープの物語の幕開けの地であるMemory Gardenにも朝が来る。

 

朝も通勤時間を過ぎた9時近く、だいたいの店はこの時間帯を目安にシャッターをあげるのだが、そんな状況など露知らずとばかりに応接スペースの奥にある従業員の机からもそりと顔をあげた人物がいた。

 

そこは無造作な店内の中でものんびりできるようにソファーや古いアンティークが揃えられた休憩エリアのような場所だ。

 

そこのソファーに背伸びしたのと同時に腰を下ろし、半分濁った目で堕落していたのは早瀬誠久郎だ。何とも客を迎える気などないオーラをかもしながら、再び横になろうとしていたのだ。

 

その格好は髪は跳ね、服も甚平なのか、パジャマなのか分からない明細模様の服。恐らくここで眠っていたのだろう。

 

「またここで寝ていたの?部屋で寝てって何回言ったのよ?」

 

それを見透かしていたかのように掃除道具を片手に店内を片付けていた黒月星空(カナタ)が遠目から誠久郎に声をかけた。

 

だが言われているにも関わらず誠久郎は1つ欠伸をすると、跳ねた髪をかきながら口を開いた。

 

「朝から真面目ですねぇ、俺の幼馴染みで最高のパレハは。昨日の仕事でカンサード(疲れた)なんだから今日はのんびりやろうや。減るもんじゃないし、あんまり急ぎすぎるとドジるぜ?」

 

人を煽っているのか、本音なのかを隠すように独特のクセであるスペイン語を織り混ぜながら話す誠久郎。半分濁っていた目には徐々に光が戻ってきていた。

 

なんと言うか意地の悪い男である。だが昔からの付き合いがあるカナタにとっては慣れたものだ。誠久郎の言葉を聞き流しながらも話を続ける。

 

「カンサードだろうが、疲れただろうが関係ないの。オーナーに店を任されてるんだからしっかりやらないとダメでしょ?」

 

「いや、半分叔父さんの趣味だし………。表はエリサとか、荘平もやってくれてるし俺は俺の仕事に集中してりゃ問題ないでしょうよ」

 

完全にやる気の欠片もない誠久郎に業を煮やしたのか、カナタかすぐにソファーの前に歩み寄ると彼の耳を引っ張る。

 

「少しは手伝うぐらいの意思を見せなさい!」

 

「痛いッ!?耳は無しだろ」

 

カナタに耳を引っ張られたのが利いたのか、仕方なしに立ち上がる誠久郎。

 

「着替えてくりゃいいんだろ?手伝えばいいんだろ?デ・アクエルド(分かった)!」

 

「二人が来ないからって気を抜きすぎなのよ、貴方は」

 

どうやら他の従業員が別な仕事で店に出ていないようだ。少し噛み砕いて言うなればこのMemory

Gardenでは写真の仕事や映像の仕事もしているのが表の顔なのだ。

 

誠久郎はその中でも書き手、カナタは写真家として働いているがほとんどおまけのようなものなのだ。彼のメインの仕事はーー。

 

「それに明日にはオーナーが帰ってくるのよ、しっかりしないと」

 

小さく拳を握ったカナタ。彼女の頭には明日戻ってくるこの店のオーナーである男の姿が浮かんでいた。是非とも彼に誠久郎の緒を締めてほしいと思っていたのだ。

 

「ふうん…………」

 

そんなカナタの真意を知ってか知らずか、誠久郎の顔に意地の悪い笑みが浮かんでいた。

 

「カナタは知らないんだねぇ、オーナーこと俺の叔父さんはまだ暫く来ないって、さ」そう言った誠久郎は勝ち誇ったようにカナタにスマホを見せた。

 

「何?見ろって?………ええっ!?」

 

仕方なしに誠久郎のスマホを見るとカナタの顔が驚きに包まれていた。数日前とはまるっきり状況が変わってしまっていたのだから。

 

誠久郎のスマホにはつらつらと一文が綴られていた。要するに帰ってこないと言う旨で。詳しくすればこんな文だ。

 

ーすまないがまた急な仕事があって顔を出せなくなった、なんとかやってくれ。大体はいつも通りエリサに任せてあるから誠久郎とカナタは裏の仕事、よろしく。追伸・愚息がまた迷惑をかけているようなのでお仕置きしてきます。

 

byみんなに感謝を込めてオーナーよりー

 

気まぐれなのか、はたまた予定していたことなのかを図らせない文章で帰還を先伸ばしにしたオーナーにカナタは不満げだ。

 

「なんで誠久郎の血筋はこんなんなのよ?」

 

「知らないねぇ、まっ、慌てても仕方無いって事だね。少しはトランキーロ(落ち着いて)てな事で」

 

オーナーの言葉を後ろ楯にし、誠久郎はソファーに横になろうとするがそれを必死に止めるカナタ。

 

「ち、ちょっ!寝ちゃ………いったぁい!?」

 

だが、あまりにも急かしすぎたため思いっきり脛を机にぶつけてしまい、顔を歪ませたカナタ。

 

「相変わらずドジだねぇ」意地悪い笑みから穏やかな笑みに誠久郎の顔は変わると、ソファーから立ち上がった。

 

「え、どうしたのよ?っ………」

 

まだじんじんと響く痛みを抱えながらも誠久郎の心変わりに顔を不思議そうにするカナタ。

 

「ま、手伝ってもいいかなって、さ。一通りからかった、からね」

 

誠久郎はせかせかとMemory Gardenの2階にある生活スペースのうちの自室へと引き上げていった。

 

「もう………相変わらずなんだから」

 

付き合いの長い誠久郎に手を焼かされつつも、結局は手伝ってくれるところに感謝するカナタ。

 

ーコツン、コツンーとそこまでの空気を一変させるノックの音が入り口から聞こえた。

 

「お客さん、来ちゃったじゃない!お待ちくださいー!」と少しばかり誠久郎とのやり取りを後悔しつつ、見えるものだけを片付けてカナタが扉を開ける。

 

「お、客か?」

 

ひょこっといつの間にか白いジャケットを羽織り正装に着替えて降りてきた誠久郎も扉から顔を覗かせその音の主を確認した。

 

外に立っていたのは茶色の髪に黒いコートと紺のブレザーを着込み、少しおどおどしたような印象を与える少年だった。

 

少年は二人の顔を見るなり、頭を下げた。

 

「突然すいません!僕の『幼馴染み』の思い出を、何処に行ったのかを探してもらえませんか!?」

 

少年の突然の依頼に誠久郎も、カナタも顔を見合わせるばかりであった。そして誠久郎が開口一番、今までの喰ったような態度から一転した低い生真面目な様子で言葉を発した。

 

「…………記憶が無いのか、その子の?いや、まだ微かに頭にあるのか?エスペシャル(特に)に大切な事だぜ?」

 

「…………はい、確かにおぼろげですけど………」

 

「入りな、話を聞こう、か………。カナタ」

 

少年を招き入れた誠久郎はカナタに目配せしながら奥の部屋へと彼を案内する。

 

「分かったわ………。仕方無いわね、closedにしておくわ」

 

Memory Gardenの裏の仕事が始まった瞬間でもあった。

あなたの思い出を守る。人の物語を喰らう怪物殺しのーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カコッ、カコッ、カコッ。軽快なステッキと地面がぶつかり合う音が長い通路に響く。

 

「私の落とし子がまた1つ、物語を書き上げた。それはそれは………価値もないつまらない喜劇を飲み干して、題材としてリメイクさせるのです」

 

暗がりの中をゆっくり歩を進めながら、男は独り言を口にする。

 

「どれもそれも何とも言えぬ物語の果ては下らぬエンドマーク。私はその物語逹を書き直す、最高峰の作家なのですから」

 

コツン、ステッキを強く叩き立ち止まった男の側にはいつの間にか2つの影があった。ユラリユラリと揺れるように影は形を変えながら中に人のシルエットを浮かび上がらせた。

 

「遅かったですね、貴方逹」

 

「いえ、次の主人公を選んでおりました故、主様」

 

「そうだ、適合する奴をな」

 

丁寧な女声と高圧的な男声が影の中からステッキを持つ男に語りかける。

 

「…………まあ、そうでしょうね………」

 

男は静かに笑いながら、握り締めたステッキを肩に担ぎ、懐から茜に染まった『銃』を取り出す。

 

「では、新たな贈り物は『オオカミ』にでもしましょうか?」

 

男の銃口は真上に上げられた。スタートを切るように。

 

「私の物語は再生するのです。私、龍牙(リュウガ)レキの、ね。我が黄昏に世界に落とし子たるゲシェンクを」

 

男の銃から緋色の弾丸が空に舞うーー。



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ターゲット1 撃ち抜け、喰らいし者をートリガー・ザ・ゲシェンクー②

奥の部屋に少年を通した誠久郎は彼と向かい合いながら話が切り出されるのをじっくりと待っていた。かれこれ時計の針の動きが角度で言い表せば45度は進み、時間で言えば約15分の長い沈黙が続いている。

 

「……………………………」

 

どう言えばいいのか、少年は言葉に言い表せないのだろう。伝えるべき内容を整理することも出来ていないようだった。

 

「少年、いや………まあ2つぐらい下か………。幼馴染みの思い出が無くなってきているって言ったな、どこで感じた?」

 

これ以上は進展せずにさらに時間が経つ事を予期した誠久郎は少年を誘導するようにゆったりとした口調で言葉を投げ掛けていく。先程までの人の逆鱗を擽るようなしゃべり方は何処に行ったのか、とばかりに少年の心をほだしていく。

 

「………それは………学校での事でした」

 

ようやくきっかけを掴めた少年は誠久郎に誘導されるまま、事の顛末を口にする。

 

「………僕の幼馴染みは高瀬灯(タカセアカリ)と言うのですが、同じクラスに通ってます。実は数日前から家では姿を見かけるのですが学校ではいない、ような気がするんです。話しかけているはずなのに、呼ばれたはずなのに、確かに隣の席にいるのにいない」

 

哲学のような疑念を感じたままに誠久郎に言う少年。少年の違和感は最もだ、とばかりに誠久郎も首を縦にふる。

 

「矛盾、だねぇ」

 

ただその一言だけではあるが少年の疑念をさらけ出させるには充分な効果だようだ。

 

「可笑しいんです。周りのみんなに灯の事を話しても反応が可笑しいんです。そんな子はいないみたいな扱いで透明人間みたいに………存在が無いみたいに」

 

「親御さんは?」

 

「佳奈の両親はまだ………うん、そこまでは………こうして話していても僕も灯の事を思い出せなくなってる気がします」

 

誠久郎は少年の言葉を噛み締めるように静かに話を耳に入れ続ける。だが、どこか釈然としない『違和感』を感じていた。

 

「分かった。君の依頼を引き受けよう、かな。でもさ、その前に聞きたいことがあるんだよねぇ。少年、君の事を教えてくれないかな?」

 

突然、誠久郎の話し方がカナタと話すときのように変化した。少年に自分の事を教えるように求めたのだ。

 

「僕………ですか?」

 

「そう、まず君の名前からだね」

 

そう誠久郎が聞くと少年は少し言葉が止まり、目が泳ぐ。だがそこは自分の名前、すぐに名乗り始める。

 

「僕は……………………うん、龍海 星斗(タツミ セイト)です…………きっと」

 

名前を名乗ったはいいがどうにもこうにも彼の頭の中のハズルが上手くはまらない。自分の中に深い霧が立ち込めるように、何かのもやが記憶を、自らをシャットアウトする。

 

徐々にトーンが下がったのはそれ故なのかー。

 

「どこの高校に通ってる?何年生?どこのクラス?君の友人関係は?」だが少年の頭の中のもやを吹き飛ばさんがごとく、星斗と名乗った少年に対し誠久郎は次々と矢継ぎ早な質問を投げ掛けていく。まるで違和感を形にしていくようにしっかりとした『基本的』な質問を。

 

「えっと…………早いです…………」誠久郎のテンポの速さに頭が追い付かないのか、困惑した様子の星斗。

 

「ああ、ロ・シエント(すまない)。気になることがあるとどうしても首を突っ込まなきゃ気がすまないタチでね、いやあ、困らせてしまったならロ・シエント、さ。まあ、こう言うときにさ、自分にあっせんなよ………トランキーロって言わなきゃならないわけさ。少しは周りを見るようにするさ」

 

一気に捲し立てて謝っているのか、さらに困惑させているのかを掴ませない誠久郎の喋りにどうすればいいのか、答えを見つけようがない星斗。

 

だが、これは誠久郎にとってのジャブ。ここから再び同じ質問を今度は緩やかに星斗が間に答えられるように始めるのだ。

 

「改めて………君はどの高校に通ってる?何年生?」

 

「私立彩青高校の2年生………です。A組です」

 

このあとも誠久郎と星斗のやり取りは続いていくがどことなくぎこちない受け答えのようにも思える会話が続いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

誠久郎は一通り星斗の話を聞くと、店の外まで彼を送り出し、彼の帰路をじっと見つめていた。

 

「話、どうだった?………少し複雑そうね」

 

誠久郎のその背後から応接間でお茶などを準備しながら、話を途切れ途切れながら聞いていたカナタが口を開いた。誠久郎と共に行動するがゆえ、些細な事も気にかかるわけだ。

 

「ああ、俺もそう思うんだよねぇ。さすカナ、俺が言いたいこともエンテンデール(分かる)、お見通しだねぇ」

 

「分かったから………で、やっぱり引っ掛かってるのって彼の事」

 

誠久郎の言いたいことぐらいすぐに言った方が早い、そんな教訓の元で先手を打つカナタ。それに対して不機嫌そうな空気を作り出す誠久郎。

 

「先に言うなんて、俺の良いところまで盗られちゃったみたいで悲しいなぁ。ま、たまにはいい場面を手渡すのもオトナの流儀って奴………かな?」

 

一向に話を進めない誠久郎であるが、彼の疑念とカナタの引っ掛かりは同じ場所にあるのは明白なのだ。

 

「引っ掛かるのは………自分の名前を口にした時ね」

 

「ああ、確かに妙さ。とりあえず話だけは聞いていたが違和感があってね。名前を最初から忘れていたような、流れ」

 

誠久郎が始めに違和感を感じたのは最初の空白の時間からだったようだ。

 

「名前を聞いた時の間の開き方と目の動き。何かがあるんだよね、俺の推測が正しければ………ま、調査してみたいと分からないけど、さ」

 

誠久郎の推理とどうやらカナタの意見は重なっているようだ。彼女もまた静かに頷く。

 

「そうね………。本当に物語を侵食されているのはーー星斗君なのかも」

 

意見が一致したことを確認すると、二人はすぐに支度を始める。行かなければならないのはまず星斗が通っていると言う彩青高校だ。

 

「ねえ、今回のタイプは何か察しはついてるの?」

 

カナタが意味深な事を後ろ向きで準備をしている誠久郎に問いかける。

 

すると、くるりと振り返った誠久郎は赤と黒の『カバー』に拳銃を構えた西部劇とハードボイルドなスナイパーが砕けたタッチで描かれた『漫画』のような手持ちの文庫本のような液晶をブラブラさせながら答える。

 

「まだ詳しい事は見えてないけどア・ディビナー(察しはつく)さ。物語の喰われ方が緩やかだ、しかも本人も気づいていない可能性があるとすればパラサイトフォーム、寄生型だな。どこからともなく放たれた贈り物は自分を確立させるために、成り代わる。忌みな贈り物、ゲシェンクに、ね」

 

「知ってる説明、ありがとう」

 

それはそうだ、とカナタがジト目で見るが誠久郎は胸を張って大きく手をあげる。

 

「こちらこそ、皮肉をどうも。ま、それを撃ち抜くのが俺の仕事、だからね」

 

誠久郎は漫画を折り畳むとそのアイテムは銃の『マガジン』に変形した。

 

《ブラックスナイパー!》

 

「このマカジンバレットを手に、さ」

 

「カッコつけてないでさっさと支度しなさいよ、エリサには言ってあるから。まずは幼馴染みに会うわよ」

 

誠久郎を促すカナタ。「はいはい」と面倒そうに繰り返すと先に出ていった彼女の背中を追いかけていったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………」

 

龍海星斗はMemory Gardenを出た後、陸橋の柱に寄りかかり頭を抱えていた。

 

「…………僕は…………俺は…………龍海星斗で………会っているよな…………。家族は…………どうしたんだっけ?いや、いたっけ?帰る場所なんて」

 

頭の中にある違和感が彼を揺さぶる。自分の存在が消えるかのようにその違和感がノイズの彼方で何かを語る。

 

ーーー器をーーー

 

ーーー我が存在をーーー

 

ーーー物語はーーー

 

ああ、なんと言うべきなのか。自分が二人いるかのようだ。だが、それだけではない、さらに違和感を塞き止めているもう一人の誰かがいるのだ。

 

「……………俺は…………ああ、まだ………」

 

はっきり今、人格が回転した。今までの気弱な彼とは違う、もう一人の存在。違和感を塞き止めている防波堤だ。

 

その時、射し込んだ光に影が映る。その姿は一瞬だが、龍と鎧が混ざりあった異形の形をしていた。その形に気づいた星斗は唖然とした様子で小さく呟く。

 

「…………俺の中で何が起きてるんだ?」

 

信じられないのか、星斗はヨロヨロと腰を下ろす。だが、目は死んではいない。

 

「…………まだ、まだ…………」

 

一体何なのか、分からない中、光の中へと歩を進める星斗。陸橋の上から彼を見下ろす人物がいた。

 

灰色のロングコートを風にたなびかせ、ハットを深めに被る男は軽く笑う。

 

「面白い奴、みーつけた。このバレットと引き合うなんて………いやあ、偶然は面白いーー」

 

男の手の中には銃のポインターと液晶が合体したバックルを手に楽しげにしていた。



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ターゲット1 撃ち抜け、喰らいし者をートリガー・ザ・ゲシェンクー③

一体どれだけの人がこの都市に運びっているのだろうか。

 

誰もがこの街ではただの脇役にしか過ぎないのだろうか、生きている間には実感は無く、歯車として生きているのか。

 

無数の物語が交錯するこの街の片隅で今日も誰かが自分を見失ってさ迷う。名はある、語ることもある。だが、大事な事は忘れてしまった。

 

それ故に街の片隅には物語を書くのをやめた者もいる。

 

 

「……………………………」

 

派手な赤いスーツを着た若者は夜の蠢くネオンに誘われ住人となった、ホストと言うヤツだ。毎夜の務めをこなし、今ようやく解放されたのだろう。

 

「…………疲れた…………。アフターとかやりたくねえよな」

 

光を嫌い、若者は裏路地の薄暗い闇に逃げたかのように壁に寄りかかり吸うものが少なくなったタバコに火をつける。

 

メンソールのきつい香りとタールの足が彼の唯一の楽しみであった。いつかは解放され、自由になりたい………そんな儚い願い事は煙となって、空気にほどけていく。

 

「そろそろ………楽しいことしてえよなー…………したいのか?ー…………あ?」

 

ー自由になりたいのか?ー

 

ー自分を変えたいかい?ー

 

そんな叶わぬ願いを口に出した若者の真上からノイズのような誘い声が響く。

 

「……………自由かあ…………」

 

きっと今ごろは自由だったはずなのに、なぜ自分は今、全うに生きていないのか?そんな疑念が誘い声で浮かび上がった。

 

「……………変わりたい。今のこんな生活から抜け出したい…………でもなあ、無理かもしれないし」

 

ーそうか、ならお前はお前でなくなってもいいみたいだな?ー

 

思わず口に出した若者の前にゆらりと蠢く弾丸が淡い光を浮かべながら降り立った。

 

「な、えっ?えっ?何が…………どういうこと?」

 

恐怖心が沸き立つがその声と淡い光に心が凍りついたように身も動かない。

 

ーでは、お前の物語を喰わせてもらおう!お前は俺、俺はお前。お前の物語は消滅し、天からの新しい物語を授かれッ!ー

 

「ッ!?く、来るな!?」淡い光の中に怪物が浮かび上がったのと同時に襲いかかる弾丸。若者はようやく我に帰り、逃げなければと後ろに下がる。

 

だが、恐怖心がそれを邪魔しその場に彼を固定してしまっていた。

 

ズブリッ!と鈍く贈り物(ゲシェンク)が身体に突き刺さり、若者が痛みを訴えるかのように小刻みに震え出す。

 

「あ、ああああああああっ!?頭が…………頭が…………何かが消えていく…………」

 

若者は頭を抱え、のたうち回ると同時に淡い光に記憶を、自分を消されていく。塗り潰されていく本のように自我が弾丸に吸い込まれる。

 

いや、吸い込まれる………と言うのは正しくない。食い散らかされているのだ。自分の物語が。

 

そして若者の身体と淡い光が重なりゆっくりとその影が異形へと変わっていく。背中に狼の皮を被ったような鈍色の黒と銀の鎧を纏った禍々しい怪物に。爪が鋭く伸び、顔も狼の仮面を名もない顔に被ったその姿はまさに異質。

 

どんな物語でも語られることがない贈り物によって若者は全てを喰いつくされ怪物へと変わってしまったのだ。

 

物語の輪廻から外れた怪物の名はゲシェンク。

 

ドイツ語で贈り物と言う意味の怪物を呼び覚ましたのはあの弾丸を放った謎の男によってなのだろう。

 

『ああ………器としては面白味に欠けるな』

 

若者の姿から成り変わったウルフェル・ゲシェンクは仮の皮に身を包み、早速街へと繰り出す。獲物を狙う狼の血潮が疼いたのか?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ちょっと…………怪しすぎない?」

 

物語の書き換えが起きたそんな頃、誠久郎とカナタは星斗が『恐らく』通って『いる』であろう学園前にいた。

 

学園を遠目に見ようとするカナタの意思と反して、なめ回すように学園の校門を眺める誠久郎。

 

彼は本当に正義の味方なのだろうか。どう見ても怪しさしか漂わない犯人だ。まあ、いつもの口ぶりからして大分詐欺師よりなのだが。

「青くて、未来は彩飾。なんていい名付け形だ。『青彩』学園。カナタもいい響きだと思わないかい?そぉれぇとぉもぉ…………星斗君の言っている事は怪しいと?ま、確かに彼が喰われているのは否定しないさ。でもさ、意外と………彼は特殊な体質かもよ?」

 

どうやら事務所での対面での様子と学園を一回り見た誠久郎の中で別な違和感も感じるようだ。

 

「それって?」

 

「学園にいる事自体は制服からして間違いない。そして…………」

 

誠久郎がカナタにスマホを見せる。どうやら学園内部の映像が写っていた。

 

「いつのまに…………」

 

「俺は優秀でね、これくらいは当たり前さ。エンセリオ(本当に)」

 

何かを通じて学園内を見通しているその映像はしっかりと音声までを記録する。

 

『龍海、今日は来てないのか?最近、休むよな』

 

『昨日は来てたけど、ね?灯、星ちゃんは見た?』

 

どうやら星斗のクラスの音声を拾っているようで彼に関する話し声もしっかりと聞き取れる。意図してその内容だけを拾っているだけであるが、鮮明にしっかりと中継している。

 

「…………どういう事?」

 

「つまり彼の言う話では幼馴染みの彼女の記憶が思い出せない、だけどみんなは分かっている。しかしながら、みんなの話には彼の名前と記憶が生きている。つまり、星斗君の物語は消えかかっていない」

 

星斗が物語を喰われているはずなら記憶が無くなっていき、存在が消えるはず。

 

だがそんな素振りはない。それはつまり何か特別な事情があると言う事なのかもしれない。

 

「そして今話を振られているのが彼が思い出を忘れかけていると言っていた高瀬灯」

 

『星斗ね、いつもみたいに挨拶はしたよ。ちょっといつも通りトゲがあったけど』

 

ここでカナタにも同じ違和感が沸き出した。

 

「…………変よね。私達の前だとちょっとそんなイメージなかったけど」

 

確かに彼はもっと気弱であった気がする。トゲはなく真っ直ぐな礼儀正しいイメージしかない。

 

「そこだ、どうやら………星斗君には………」

 

「ま、掘り下げたほうがいいよね」

 

「そうね」

 

今はまだ早い、そんな結論に達した二人だがカナタはその映像をどうやって中継しているのか気になったようだ。

 

「ところで、私の『カラクリ』が部屋に無かったんだけど…………無断拝借してない?」

 

「……………………………」

 

目をそらし口笛をわざとらしく奏でる誠久郎にやっぱりかと彼を見るカナタ。

 

「あのね、あのカラクリの使い方は荒いと壊れやすいんだから借りるときは一言って言っているわよね?」

 

「あれぇ、そんな言われたことが無いんだけどなあ」

 

「わざとね、確信犯ね」

 

とそんな事を言っていると、カナタの真上を『妖精』のようなカラクリが飛び回っていたのだ。

 

「………お、これはこれは噂をすれば君ご自慢の『マガジンマキナ』じゃないですか。これはこれは………偶然だねえ」

 

「予備のカラクリよ、何かあったら怖いから。まあ、ちょっと反応がないか確かめるために飛ばしておいた物だけど」

 

そう言いながらカナタは降りてきた妖精型のカラクリ『マガジンマキナ』を手に取ると、背中についているインクボトルを取り外す。

 

すると、カラクリはあっという間に変形し本の形になったのだ。どんなカラクリかは分からないがものすごいシステムである。

 

「で、なんて?」すっかり子供に戻ったかのようなわくわくとした口ぶりでマキナの手にした本を覗き見る誠久郎。

 

「…………誠久郎、ゲシェンクの反応よ!」

 

放っていたカラクリがゲシェンクの反応をとらえていたのだ。その声を聞いた誠久郎は顔をあっという間に弛んだ形からしっかりとした形に切り替える。

 

「で、彼かい?」

 

「いえ、別なゲシェンクね。急成長したみたいよ。街に向かう反応………行くのね?」

 

誠久郎はカナタの問いは愚問だと言わんばかりに彼女と乗ってきたバイクに股がる。

 

「オッケー。灯さんから話を聞くのは私がやっておくからよろしくね」

 

そういうと再びインクボトルを本に差し込んだ。

 

《フェアリーウィング!》

 

本は空中で展開しあっという間に白い妖精型のカラクリへと変化した。

 

「よし、案内してくれ。ってトランキーロだ………。頼むぜ、妖精ちゃん」

 

そして、誠久郎は何処かへマシンを走らせるのだった。

 



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