BE SOMEWHERE(if短編) (アズマケイ)
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IF ズァーク編

「さあ、破壊されてもなお、お前に捕りつく危険な生命体から逃れられるかな!おれは《テラ・フォーミング》の効果を発動!デッキからフィールド魔法カードを1枚手札に加える!おれが手にしたのは《YOUTOUウォーターフロント》!発動するぜ!」

 

 

フィールドは一瞬にして湾岸エリアに変貌を遂げる。物流の流れにより空洞化、荒廃したかつての工業地帯がすさまじいスピードで再開発され、大規模な商業施設やテーマパークがたてられ、活気ある街並みを取り戻していく。その中心部にある広場に変わってしまった風景の中で、城前は笑う。

 

 

「こいつはフィールドのカードが破壊されるたび、1枚につき1壊獣カウンターを置く。そして、永続魔法《グレイドル・インパクト》の効果を発動!よし、いくか。《グレイドル・コブラ》を攻撃表示で召喚!さあ、バトルだ!」

 

 

宇宙人のような黒い目とピンク色の巨大な蛇の姿は嫌悪感を誘う。たった攻撃力1000だというのに、攻撃を命じる城前にどよめきが走る。突然の自爆宣言である。何をする気だ、と警戒する相手だが、《グレイドル・コブラ》は嫌がる様子もみせず、なんの躊躇もなく相手の攻撃の餌食となる。そのとき、相手のモンスターの挙動があきらかにおかしくなる。滴る液体は絶命したことを知らせているのに、ピンク色の蛇がその武器に絡みつき、一向に離れないのだ。そして、ふらふらとした足取りでそのモンスターは相手に刃を向けた。何をしたんだと叫ぶ相手に城前は笑う。

 

 

「こいつは戦闘または罠カードの効果で破壊され、墓地に送られた場合、相手フィールドのモンスターの装備カードとなる!そして、おれは装備しているモンスターのコントロールを得ることができるんだよ!さあ、いけ!」

 

 

相手のエースの必殺技を叫んだ城前に応じて、モンスターが相手にダイレクトアタックを叩き込む。苦渋に満ちたモンスターの表情、そして大好きなエースを寝取られたあげく、そんな表情をうかべるモンスターから攻撃されるという絶望が相手を襲う。

 

 

「おれはカードを1枚伏せてターンエンドだ。そしてエンドフェイズに《グレイドル・インパクト》の効果によりデッキから《グレイドル》モンスターを1体手札に加えるぜ」

 

 

相手はドローを宣言する。なんとかエースを取り戻そうと《サイクロン》を発動する。これで《グレイドル・コブラ》を破壊し、取り戻すことに成功するが罠カード《和睦の使者》を発動され、このターンで倒しきれないくなってしまう。悔し気に顔をゆがませた相手は、次こそは仕留めると息巻いて布石を巻きつつ盤面を整える。

 

城前はカードをドローした。

 

 

「《YOUTOUウォーターフロント》の効果により、壊獣カウンター3つのためデッキから《壊獣》モンスターを1体手札に加える!!そして魔法カード《妨げられた壊獣の眠り》の効果を発動!フィールドのモンスターをすべて破壊する!」

 

 

一瞬にして広場のモンスターは砕け散り、いなくなってしまう。あっけにとられる相手に城前はさらに畳みかける。

 

 

「そしてデッキからカード名が異なる《壊獣》モンスターを自分・相手のフィールドに1体ずつ攻撃表示で特殊召喚するぜ!この効果で特殊召喚したモンスターは表示形式が変更できず、攻撃可能な場合は攻撃しなければならない!俺はフィールドに《壊星壊獣ジズキエル》、そしてお前のフィールドに《海亀壊獣ラディアン》をそれぞれ攻撃表示で特殊召喚!」

 

 

湾岸エリアに迫りくる黒い影。見上げるほどの巨体が街を襲う。逃げ惑う人々、悲鳴がこだまする。そして、怪獣大決戦の火ぶたが切って落とされた。

 

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 

相手は目に見えた地雷を踏み抜かなければならない。どうやらモンスターをひくことができなかったらしく、攻撃力が負けていることをわかっていながら、攻撃を宣言した。そして相手のフィールドはがら空きとなる。カードが伏せられ、ターンエンドが宣言された。

 

 

「おれのターン、ドロー!罠発動《グレイドル・スプリット》!このカードを攻撃力500アップの装備カードとして《壊星壊獣ジズキエル》に装備するぜ!」

 

 

相手はワンキル圏内に入っているからだろうか、せめてダメージを軽減しようとアクションカードを使い、罠カードを破壊する。

 

 

「おっと、その前に《グレイドル・スプリット》の第2の効果を発動だ!こいつを装備してる《壊星壊獣ジズキエル》を破壊し、デッキから《グレイドル》モンスターを2体特殊召喚するぜ!《グレイドル・スライムJr》と《グレイドル・イーグル》を守備表示で特殊召喚!!レベル2《グレイドル・スライムJr》にレベル6《グレイドル・イーグル》をチューニング!!さあこい、レベル8!《グレイドルドラゴン》!!」

 

 

銀色の胴体に金色の鳥の翼、紫色のコブラのしっぽ、そして緑色のワニの頭部を持つキメラのようにいびつで禍々しいモンスターが特殊召喚された。

 

 

「このカードのシンクロ召喚に成功したとき、シンクロ素材にした水モンスターの数までお前のフィールドのカードを破壊できる!さあ、バックをはがしてやるよ!」

 

 

《グレイドルドラゴン》の咆哮により、相手の伏せていたカードが破壊されてしまう。

 

 

「さらに《グレイドルドラゴン》と《グレイドル・スプリット》を破壊し、手札から《グレイドル・スライム》をフィールドに守備表示で特殊召喚!墓地に行った《グレイドルドラゴン》のモンスター効果により、墓地の《グレイドル・イーグル》をフィールドに特殊召喚!そして、《グレイドル・スライム》のモンスター効果を発動だ!この効果で特殊召喚に成功したとき、おれは墓地にいる《グレイドルドラゴン》を特殊召喚できる!そして、レベル5《グレイドル・スライム》にレベル3《グレイドル・イーグル》をチューニング!こい、もう1体の《グレイドルドラゴン》!!さあ、残りのカードをすべて破壊させてもらおうか!」

 

 

コントロール奪取とフィールドをがら空きにする性能をもつ城前のデッキにおいて、最後の殲滅宣言といってよかった。

 

 

「さあ、バトルだ!いけ、《グレイドルドラゴン》!相手にとどめを刺せ!」

 

 

レベル8で3000打点は攻撃力最高峰である。破壊したところで蘇生した《グレイドル》が追撃を行うだろう。相手は何もできないまま、デュエルは終了した。

 

 

YOU WIN!

 

 

電光掲示板が城前を大々的に移す。小さなざわめきがだんだん大きくなり、どよめきとなる。興奮気味な司会進行役が解説と実況席にデュエルの詳細について説明を求める。誰もが初めて見るテーマカテゴリだった。そして、だれもが目を焼き付けた。城前という不敵な笑みをたたえた決闘者を。コントロール奪取と相手のモンスターを蹂躙する地雷デッキを操る城前は間違いなくこの大会の台風の目なのは間違いなさそうだった。

 

そんなざわめきとは全く違う方向性で城前に目を付けた男がいた。ずっとモニタ越しに見つめていた男は突然思い立ったように踵を返す。驚いた様子で立ち去ろうとする上司を引き留めようとした部下に、赤馬零王は淡々と答えた。

 

 

「何が何でも彼と話をしなければならない!大会が終わっても引き留めてくれと主催者側に伝えてくれ!」

 

 

なぜ、が乱舞する研究室で、零王が言えたのはひとつだけだった。

 

 

「今すぐ彼の決闘と他参加者の決闘のデュエルエネルギーを比較するんだ!彼はこの世界の未来を変えてくれるかもしれない!」

 

 

わけのわからないまま城前の決闘と他参加者の決闘を比較した研究者たちは、ようやくチームリーダーが言いたいことを理解したようで、早急に手配を始める。数値は証明していた。アクションデュエルを中心としたソリッドヴィジョンに質量を持たせるという技術を管理するスーパーコンピューターにおいて、原因不明のエラーが発生していることが彼らの目下の悩みだった。出力したはずのデータと実際に現実世界で展開しているソリッドビジョンが持つ質量の重さが合わないのだ。理論上は絶対にありえないはずなのだが、現に発生しているのだ。しかもその容量は次第に拡大しつつあり、彼らの計算によれば、時空のゆがみが発生しかねないレベルの誤差が生じるのも時間の問題。だがこの世界はこの技術を前提として発展してきた歴史があり、もはや人々の生活自体この技術がなければ成り立たないところまで到達しようとしていたのだ。代替の技術を開発中だが、実用化まではまだまだ時間がかかる。想定される大災害に間に合うかは微妙だった。

 

城前の決闘は、彼らが想定しているアクションデュエルとぴったりの質量を伴ったモンスターたちで行われていたのだ。ほかの決闘者たちは誰一人としてここまで理想的な数値にはいたらない。どうしても無視できない誤差が生じてしまう。こちらが修正を加えることでこれまで大事故は起こらないでいるものの、労力は増えるばかり。そんな中現れた城前は、彼らの理論の前提が間違っていないことを証明してくれているに他ならない。《壊獣》、《グレイドル》、未知のテーマではあるけれど、この技術を開発した人間からすれば、この上なく理想的な存在だった。

 

 

最大スポンサーからの圧力とアクションデュエルの前提となる技術の提供者の期待により、城前は大会優勝という建前で、いろんな理由をつけて大会会場にとどまることになったのだが、もちろん本人は知らない。

 

 

零王が城前と会見することになったとき、いよいよ大物が出てきたこともあってか、城前はさすがに開いた口がふさがらないようだった。

 

 

「初めまして、私はこういう者だ」

 

 

名刺を差し出され、城前は初めまして、と緊張気味に頭を下げた。

 

 

「緊張しなくていい、といっても無理な話だな。すまない、私もいきなり失礼だとは思ったんだが、いてもたってもいられなくてな。単刀直入に言おう、城前君。今、君はどこかに所属しているか?」

 

「え?」

 

「《グレイドル》も《壊獣》も初めて見るテーマだったんだ、浅学ですまない、きっと海外の有名なスポンサーがついているんだろう?あるいはどこかの専属デュエリスト?いや、そんなことは大した問題じゃない。私がここに来たのは城前君にお願いがあるからだ」

 

「私にですか?」

 

 

とっさに対応を切り替えられるのは、そういう場所にいるのだろう、と零王は判断した。

 

 

「ああ、ぜひ、うちに来てほしい。そして、力を貸してほしいんだ。この世界の未来を救うために。こちらでできることはなんだってしよう、ぜひ頼む」

 

「・・・・・・なんでも?」

 

「ああ、なんでもだ」

 

 

はっきりと言い切るだけの大企業であることを惜し気もなく提示しつつ、零王は城前の出方をうかがう。そうはいっても、零王の頭の中ではすでに城前を逃がす気はみじんもなかった。どんな手段を使ってでもこっちに来てもらうつもりだった。家族構成、友人関係、洗いざらい調べられ次第、周囲から固めていくことも視野に入れつつ、何がほしいのだろうかと考える。あれだけの強力なテーマカテゴリを惜し気もなく提供できるだけの大企業だ。どれだ、と競合しているところを想像する。企業、もしくはスポンサーからの移籍だ、難題を吹っ掛けられることは想定済みである。この二十代の青年はきっとプロだ。しかるべき教育を受け、プロとなってずいぶんと立つ、そんな印象を受けた。

 

 

しばらくの熟考の末、城前は静かに顔を上げた。

 

 

「なんでもとおっしゃいましたよね」

 

「ああ、いった。撤回する気はない。それだけは約束しよう」

 

「なら、次元転移装置、がほしいです。もしまだないなら、造詣が深い人を紹介してください」

 

「次元転移、か。造詣が深い人間なら、今ここにいるから必要ないとしてだ。なぜか聞いても?」

 

「調べればすぐわかりますよ、おれはこの世界の人間じゃない。だから、元の世界に帰りたいんです」

 

 

はっきりと言ってのけた城前が笑いかけると同時に、零王の携帯端末がアラームを鳴らす。一言謝り、通話ボタンを押した零王の向こうで、城前の発言を肯定していく事実ばかりが積みあがっていく。城前のテーマカテゴリを開発した会社はどこにもないこと、城前の持つIDカードはもちろんそこに記録されているあまたの大会の記録はすべてそこの会社主催であること。城前が提供してくれた携帯端末の保存されていた画像によれば、全国大会、世界大会、海外大会すらその会社が主催であり、実質1社がデュエルモンスターズの販売と供給、そして市場を独占しているという驚愕の事実。そしてアクションデュエルで質量を食わなかった理由がそのテキストにあること。城前の持つデュエルモンスターズのカードは非常に難解な言語で成り立っているが、ルールが詳細に設定され、一定基準の環境になるよう戦力が均一化されるよう、インフレが起きるよう調整されていることがわかる。1社独占だからこそ可能なカードだった。環境すらコントロールできるのだ。驚くべきことにその成立にオカルト的な伝承を持つカードでさえ量産化され、いろんな人間が所持することができたという。理想郷ながら地獄のような高速環境とインフレを繰り返す世界である。

 

 

「城前君、君の持ってるデッキデータを提供してくれないか。もしかしたら、我々は世界崩壊を招く大犯罪人にならなくて済むかもしれない」

 

「どういう意味か教えてもらってもいいですか?」

 

「ああ、もちろん。どうして君がこの世界にきたのかはわからないが、正直私は今、神も捨てたもんじゃないなと思っている」

 

「そうですか」

 

 

そして、零王は今の世界の現状と高確率で訪れるであろう未来について語る。

 

 

「つまり、おれの世界のデッキデータをもとにカードを再構築すれば、アクションデュエル等の謎の質量の増加が抑えられるかもしれないってことですか。そして、応用すれば軽減にもつながり、運営がうまくいく?」

 

「ああ、そういうことだ」

 

「わかりました。そういうことなら、使ってください。おれ、カードプールは広いほうなんで、よかったら全部貸しますよ」

 

「ほんとうか!?すまないな、決闘者にとってデュエルモンスターズのカードは命より大事だというのに」

 

「またみんなと会うためです。なんだってしますよ、おれ。研究に必要なら実験にだって協力しますよ。だから、おれをもとの世界に帰してください」

 

「ああ、わかった。約束しよう、何年かかろうが君をもとの世界に帰す」

 

「ありがとうございます」

 

 

城前はうれしそうに笑った。そして、いうのだ。

 

 

「おれが想定される数値なら、ほかの決闘者と比較してみたらどうですか?一番乖離が大きい決闘者が見つけられれば、なにが原因かわかるかもしれないですよ。素人考えですけど」

 

「ああ、もちろん。それは私も考えていたところだった。協力に感謝する」

 

「原因、見つけられるといいですね」

 

「ああ。そうだ、つまり君は別次元から来たなら、実質フリーの決闘者というわけだ。なんにしろ先立つものがいるだろう、ここじゃなんだからわが社に来てくれ。そこでこれからの話をしよう」

 

「わかりました」

 

 

よろしくお願いします、と握手を交わす城前は、零王のしるこの年代の若者にしてはずいぶんと落ち着いているように見えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高級住宅地の一角に、とりわけ広大な敷地を囲う壁がある。厳重にセキュリティシステムに管理されている扉を抜けると、玄関に向かって広がる長い私道が続く。手入れされた生け垣や低い木々、広大な芝生が広がっていた。ひときわ目を引くのは最新鋭のシステムを導入したアクションデュエル専用のデュエルフィールドだろうか。屋内にあるが、天気のいい今日のような日はこうしてフルオープンとなっていた。

 

そして、さらに大きな豪邸の両開きの扉を開けると、広い通路が続いている。壁画や装飾が施された高い天井からは吹き抜けが陽だまりを生んでいた。曲線を描く階段からは二階、三階に続く廊下が見えた。広々とした部屋がたくさんある。足元を踏みしめるだけで高いとわかるふかふかな絨毯を進んでいくと、とりわけ大きな部屋にでる。ゲストルームではない。この豪邸の主の出現率が一番高いリビングルームである。防音システムとソリッドヴィジョンが標準装備であり、巨大なホームシアター設備が設置されている。そして用途不明の高価な電子機器。湿度と温度が快適なよう調整された空気の中、彼は落胆したように肩をすくめた。

 

「はい、わかりました。連絡ありがとうございます。また詳細がわかったらこの番号に、はい、はい、お願いします。それでは」

 

 

最近多いな、とズァークはため息をついた。数か月前から決まっていたはずのスケジュールがいきなり変更になると、なにをしていいんだかわからなくなってしまう。アクションデュエルだけでなく、工事現場や大規模なイベントなど質量を伴うソリッドビジョンを支えるレオコーポレーションのシステムに不具合が起きると、途端になにもできなくなってしまう。例にもれず、アクションデュエルを主な活動拠点としているズァークもまた、今日から数日にわたって行われるはずだったデュエルモンスターズの大会とそれに関連したイベントが延期になってしまった。うれしくない休暇である。さてどうするか、とぼんやり考えながら、ポケットを探る。

 

 

「そう急かすなよ、お前らな。お前らだってデュエルしたかっただろ?え?こないだも似たような休みもらったばっかりだろ、俺はうれしくないよ」

 

 

大きな独り言だが、気にする人間は誰もいない。この大豪邸はズァークと彼のモンスターたちのものだからだ。リビングにアクションフィールドを展開するアナウンスが響く。ソファに向かうズァークを追いかけて、カードをデュエルディスクにセットしたわけでもないのに、彼のカードバンクからモンスターが実体化された。かまえーとばかりに後ろから乗っかってくるドラゴンに潰されそうになる。もちろん甘噛みだし、抱っこをせがむ子供のような無邪気さとやさしさが同居しているのだ、くすぐったくすらあった。隙あらばスキンシップを試みるモンスターたち。こうやって実体化できるのはこのアクションフィールドの容量一杯である。これでも制限しているほうなのだ。うっかりスペックを超過するとライフラインが異常を検知して緊急停止してしまう。勝手をつかむまで契約会社に何度も連絡を入れた日々を思えばぜひとも勘弁してもらいたいものだ。そうでもしないと、突然発生した高エネルギーに隣人から通報されかねない。まるで本物であるかのように、生き生きとしている完成度の高い精巧なモデリングがズァークのデュエルの評判を呼んでいるのだが、ズァークから言わせれば当然の評価だ。こいつらは生きているのだから。

 

 

「うーん、結構大型のメンテナンスみたいだな。これじゃお前だけか」

 

 

われさきに、と飛び出してきたドラゴンは、そのメンテナンスが終わるまでは主を独占できると分かったらしく上機嫌である。ズァークが契約しているこのシステムもメンテナンスの対象のようだ。制限をかけることを詫びるメールが入っていることに気づく。

 

精霊はレオコーポレーションの質量を伴うソリッドヴィジョンの普及により、自然発生的に生まれたいわば付喪神のようなものだ、とズァークは考えている。画像が質量をもち、そこから自我が発生し、魂と心が生まれ、そして生物として誕生した。アクションデュエルが普及するにつれて爆発的に増えていった彼らは、ズァークの確認するだけでも途方もない数に及んでいる。ズァークが生まれたころにはすでに普及していたこの技術である。だというのに、知覚できると公言している人間をズァークは一人も見たことがなかった。彼らの声を聴きとれ、コミュニケーションが行えるのはズァークだけのようだった。彼の見る限り、プロになってから名のある決闘者はその存在を知覚できないだけで恩恵に預かっている。そのデュエルタクティクスはもちろんプロデュエリストの努力と才覚の賜物だが、さらに上に行くには運命力が必要だとよく冗談でいわれる。ズァークにいわせればそれはどんな形であれ精霊と関係を構築しているのかに直結していた。

 

 

俺は精霊の声を聴けるんだ、とプロデュエリストとしてデビューした当初、公言してはばからなかったズァークである。冗談だと取られたこともあったし、まるで生きているようにふるまう高性能な自主学習機能を搭載したAIを指しているのだと見当はずれの考察をされることもあった。それでもズァークが戦歴を重ね、トップ層に食い込み始めた時には、だれも揶揄する人間はいなかった。少なからず決闘者ならその存在を意識した瞬間があるのだ、とズァークは思っている。ライフポイントが鉄壁の時、どうしても突破できない盤面に出くわした時、どうしても負けられない時、ここ一番で盛り上がれそうな局面に立った時。運命的なドローをすることもあれば、モンスターが想定していない動きをすることで危機を脱したり、アクションカードを取得できたりする。偶然、必然、いろんな言い方があるが、特定のデッキをずっと使い続けていくとその場面に遭遇する機会が飛躍的に上昇することは、誰しもが経験則としてわかっているのだ。ズァークは決闘者を始めたころからそれがわかっていただけであり、ズァークが公言することでその存在を主が意識し始めたと悟った時、精霊たちは躍起になって活躍し始める。その存在に気付いてほしくて懸命に頑張る。その姿がいとおしいほどに健気で、なんとなくその存在を意識したとき、ズァークの対戦相手は穏やかな顔になった。だから、ズァークは決めたのだ。精霊と決闘者をつなぐ、どちらにとってもいい関係が構築できるような、そんな存在になりたいと。だから、ズァークはアクションデュエルが好きだし、今回の大会に向けて調整に余念がなかった。それだけに残念でならないのである。

 

 

マネージャーからの連絡はきそうにない。なにか入ってないかパソコンのAIに呼びかける。

 

 

ズァークの意思ひとつでシアターが表示され、レオコーポレーションの大型アップデートのお知らせと謝罪の文面が検索される。様々な憶測が飛び交っているが、ズァークの興味を引くものはとくになかった。

 

 

「どれくらいだって?さあな……これだけ大型のとなると数日はかかりそうだなあ」

 

 

出演予定だった大会のホームページを呼び出してみるが、やはり数日予定がずれそうだと書いてある。

 

 

「だってさ。仕方ねえよ、こればっかりは。このシステムが死んだら、それこそお前ら全員死んじゃうじゃないか。そっちのほうが嫌だよ、俺は。俺だけじゃない、みんな悲しむだろ。だからレオコーポレーションにはしっかりがんばってもらわないとな」

 

 

ソリッドヴィジョンのある環境でしか生きられない精霊たちは、レオコーポレーションのシステムと連動しているといっても過言ではないのだ。サイバーテロで大きな被害を受けようものなら、もたらされる被害は甚大なものとなる。そのためのメンテナンス、アップデート、そして大型のシステム更新だと考えているズァークは、つまらないとぼやくドラゴンをなだめた。

 

 

「せっかくだし、サイドの構築でも考えとくか」

 

 

大規模な大会である。レオコーポレーションの名を冠するだけあって、その出場枠は世界中から集っている。この国の代表としてその1枠を手に入れたズァークも初戦突破は容易ではないレベルの歴戦の勇士達が集う大会だと聞いているのだ。久しぶりに主を独り占めできるとべったりなドラゴンに構ってやるのもいいが、こうしてデッキ構築を再考することもまた次の大会のモチベーションにつながる行為である。ズァークの愛用するペンデュラム召喚にとっての天敵を使用する決闘者はいないか意識するのとしないとでは大違いだ。仮想敵を前提に構築は考えなければならない。相手を意識しない決闘などこの世には存在しない。エンタメは相手がいてこそだ。

 

 

ズァークがまずは考慮すべきデッキギミックを取り入れている決闘者をリストアップする。ズァークとの対戦歴も表示させ、その中でさらに厳選していく。後ろから相手の精霊についてドラゴンから助言を受けながら、ズァークはそのうちの一人をみた。

 

 

「城前か、まだ戦ったことないんだよな」

 

 

噂には聞くところである。今季から本格的にアクションデュエルに参入したプロのデュエリストだ。ライディングデュエルのライセンスはまだ持っていないようで、もっぱらマスタールールでの活動が主である。今は休暇を通じてそのライセンスを取るための講習に通っている、とSNSの目撃情報や公式ブログに掲載されている。ズァークは海外の環境に精通しているわけではないが、1度は耳にしたことがある国の出身である。デュエルモンスターズにデュエルディスクを導入し、ソリッドヴィジョンを導入したかの国の出身だというのだから、弱いわけがないのだ。略歴、こちらの大会での戦歴、なかなか華々しいデビューだったようである。先輩として負けるわけにはいかないなとズァークは思った。

 

 

《壊獣》という新規テーマを愛用している決闘者だった。

 

 

ざっと戦術を確認する。ズァークはあからさまに嫌そうな顔をした。ドラゴンも相手の戦術を想像したのか、うめいている。

 

 

《壊獣》は相手モンスターをリリースして特殊召喚できる最上級モンスター、壊獣を用いたテーマカテゴリだ。相手の厄介なカードをリリースし、壊獣にしてしまうことで相手の戦術を封じるコントロールデッキである。相手のモンスターをリリースして、相手のフィールドに壊獣を召喚し、それに応じてモンスター効果でより有利な壊獣を呼び出し、自作自演の怪獣対戦を決行。相手のフィールドは焼け野原、焦土と化す。基本的なシナリオは変わらないようで、その弱点を補うために《グレイドル》などの別テーマとの混合でいろいろと戦術を模索しているのがうかがえた。

 

 

「《壊獣》だけなら初動が遅いし、1体しかたたないから物量で押せるけど……混合デッキだとなあ。うーん」

 

 

大量展開に追いつけない弱点を潰せるテーマを探しているように、ズァークには思えた。それなら本家本元のペンデュラム召喚の本領発揮と行きたいが、上からふたをするタイプの盤面には驚異的な突破性能を誇るようだし、罠魔法を駆使しないと回らないようだから慎重にいかないと。ずいぶんと頭を使うデッキのように思う。やはり初動のうちにエンジンであるあのフィールド魔法を潰しておくべきだろうか。一度張られたらなかなか除去できそうにない。こういうときが一番楽しい。思考の海に沈んでいると、ドラゴンがうなり始めた。

 

 

「うん?どうしたんだよ、そんな顔して。え?いやいやいや、そんなわけないだろ。プロなのにそんなやついるか、普通?」

 

 

ドラゴンは警告を発する。

 

 

「お前がそこまで言うなら確認してみるか?」

 

 

ズァークは城前の動画を探した。精霊がいない決闘者など存在するのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……驚かせるなよ。城前にも精霊いるじゃないか、普通に」

 

 

城前のデビュー戦である動画を閲覧したズァークは、その質量を伴ったフィールドを自在に駆け巡るモンスターたちを見てほっとする。そして、後ろからズァークの頭に乗っかる形で視聴しているドラゴンの顎を撫でた。

 

デュエルモンスターズの精霊は、デュエリストがレオコーポレーションのシステムを採用したデュエルディスクにデッキをセットし、データを読み込んだ瞬間からそのカードに生命が吹き込まれる。原理は不明だ。自然発生的に生まれる、としかいえない。城前はこの国にきてまだ1年もたたない。レオコーポレーションのシステム外のデュエルディスクを使用していたのだろう、城前のデッキの精霊たちはいずれも生まれたばかりの赤子や幼子というのが適切な自我を持っているように見えた。自分がなんなのか、どういう存在なのか、そんな難しいことを考えるまでには至らない。デュエリストの指示通りにうごくだけのプログラムだった時代から生命体に昇格したことを自覚するにはそれなりに時間がかかるものだ。自分がどんな設定でデザインされ、どういう効果があるカードなのか、データが記憶に変換して流れ込んできて、自分を使っているデュエリストの声が自分を必要としてくれる存在だと認識して、それに対してどういった感情を抱くのか、が精霊の出発点。

 

何をしたらいいのかわからない、そんな戸惑いの中で、明確な指示を飛ばすデュエリストの姿は、どんな状況であれ精霊たちに強烈な印象を植え付ける。与えられたデータはデュエリストの力になることを求めてくるし、それがさも当然だと考える自分に戸惑いながらも、突然自由意思を与えられてしまった機械のように結局指示通りにしか動けない。そして役目を終えればカードの戻り、しばしの眠りにつく。そして、ふたたびデュエリストに呼ばれた時、断片的な記憶が少しずつ継続して、連続するようになり、自我が芽生え始める。

 

ソリッドヴィジョンの状態でなければ自我を保っていられないモンスターたちは、デュエリストたちがそのテーマを使い込めば使い込むほどにその状態でいられる時間が長くなる。デュエルを通して学ぶのだ、様々なことを。そして、ただのソリッドヴィジョンではなく精霊という存在だと自覚したデュエリストは、きっとデュエル以外でもモンスターたちを実体化させることが多くなるだろう。外でも、中でも、様々なシーンで呼び出されることが多くなるだろう。そうすればより精霊は様々なことを学び、どんどん賢くなっていく。そして、様々な感情をデュエリストだけでなく、彼らを通じて出会った人々や組織、社会、いろんなものに触れていき、世界が広がっていくのだ。そしてデュエリストと触れ合えば触れ合うほどに、モンスターたちは殺生与奪を握るデュエリストに対して、それ以上の感情を抱くに至るのだ。

 

ズァークは、自分とのデュエルを通して、精霊という存在を信じるにしろ信じないにしろ意識しはじめたデュエリストたちが、どんどん変わっていくのをつぶさに見てきた。

 

城前は《壊獣》というコントロールに優れたテーマを主体に、その弱点を補うために様々なテーマを混合しているデュエリストだ。いろんな動画をみる限り、この優勝した大会を通じて《壊獣》たちの精霊としての自我が一番成熟しており、ほかのテーマカテゴリはまだまだ幼子程度といった風に見えた。ズァークも《EM》、《オッドアイズ》たちが一番精霊として確立した自我を獲得しているし、出張セットや一時期使ったカードはそこまで成長していないから似たようなものだ。これは数年たったらどれだけ成長しているか楽しみだ。

 

精霊は自我を獲得するとき、一番影響を受けるのは当然デュエリスト、そしてデュエルをする環境である。子供の成長に家庭環境が大事であるといわれるように、その人格形成に多大な影響をもたらすのがデュエリスト自身だ。精霊はデュエリストの思考、プレイスタイル、性格、そういった要素をみて学ぶのだ。だから同じテーマを使っていても、決して全く同じ自我を獲得するわけではない。それが画一的なAIが設定されている普通のAIと精霊の最大の違いだ。

 

ズァークは《壊獣》も《グレイドル》も城前の持っているデッキしかしらないし、この動画以上のことはなにもわからない。でも、AIに設定される性格はほんとうに単純なものであり、ここまで細かな挙動はしないし、常に城前を意識しているようなしぐさをするわけがないのだ。城前はプログラミングに精通している、といった略歴を見つけることができなかったから、独自でAIを設定しているわけではないだろう。だから想定外をひとつでも見つけたらそれは精霊なのだ。もっとも、ズァークは精霊の声を聞くことができる能力があるため、それが精巧なAIなのか精霊なのかはすぐにわかる。

 

 

「あ、おとといの大会の結果がもう上がってる。さて、どれくらい成長したんだろうな」

 

 

ズァークは早速動画を再生する。

 

 

「……あれ?」

 

 

違和感にはすぐ気づくことができた。

 

 

「…………ほかのもみよう、まだ決めつけるのは早い」

 

 

強烈な違和感は動画の視聴を重ねるにつれて、どんどんひどいものになっていく。

 

 

「………………なあ、お前がいってたのって、もしかしてこれ?」

 

 

ドラゴンはそうだと肯定するように鳴く。

 

 

「城前はアクションデュエルに参戦しはじめたばっかりだから、AIの演出と勘違いして機能をOFFにしてる?いや、そんなことで一度自我を持ったAIがただのAIに戻るわけないよな。へんな動きをするからバグだと思って初期化した?でも精霊が宿るのはカード自身だ。データは関係ない。一度精霊に昇格したモンスターはカードを変えないと初期状態にはならない。でも《壊獣》は城前しか持ってないし、城前は同じカードをずっと使ってるはずだ。おかしい、おかしすぎる。城前がアクションデュエルを始めてどれだけたつんだよ。さすがに気づくだろ…………!なんで変わらないんだ!?」

 

 

大会のたびに自我に目覚め、どんどん成長していく精霊たち。城前が大会やイベントに出場するたびに、それは初めからになっているようにしか、ズァークには思えなかった。本来なら、アクションデュエルを行えば行うほど精霊たちは精神的にも肉体的にも成長していくのだ。それなのに、1つの大会が終わるたびに初期化作業をしているような、そんな違和感があった。突然自由意思を与えられた無機物特有の挙動不審、《壊獣》はフレーバー通りの知能しか持たないのか、とも思ったが、比較的使用回数が多いはずの《グレイドル》まで似たような反応なのはいただけなかった。

 

オカルトを信用しないリアリストのような言動が目立つなら、精霊のような存在を認めず、煩わしいバグだと片付けてしまいそうだから問題なかった。ズァークもプロのデュエリストとして、それなりのシーズンを過ごしてきた。どうしても相いれない存在はいるとわかっている。城前がそういう連中なら気にするだけ無駄だと思った。でも、数々のイベントをこなす城前の動画や取材記事を見る限り、彼は精霊みたいな存在がいるなら会ってみたいという一般人によくある前向きな無関心さがあった。だいたいのキャラはわかった。バラエティに引っ張りだこな時点で容易に想像がつく。そんな彼が精霊の存在をノイズとして一切認めず、排除し続けるというおぞましいことをしているようにはどうしても思えなかった。ズァーク自身、自分の勘はそれなりに信用しているところがあるのだ。こいつは話せるやつだ、と思った。ドラゴンはズァークに警告する。

 

 

「まあ、そう決めつけるなよ。これは、城前に話を聞かなきゃだめだな。誤解してる気がする」

 

 

ズァークは城前のスポンサーをしている会社を見ながら言った。

 

 

「ここ、あれだよ。お前が大っ嫌いな赤馬零王がいるとこ」

 

 

精霊という存在を認めない勢力は一定数存在している。その筆頭ともいうべき存在が最大スポンサーなのだ。あることないこと吹き込まれている気がした。通りで決闘したことがないわけだ。所属事務所があちらの影響力が強いところなら、不愉快なこちらとわざわざ接点を持って感化されたら困るとでも思っているのだろう。ここは大人の世界の事情も複雑に絡み合ってくるのだ、そういった事情を抜きにしても数日後の大会ではおそらくぶつかることになるだろう、とズァークは思った。その時に話ができたらいいなとも思う。

 

《壊獣》たちは不敵な笑みを浮かべる城前の真似をして、怪獣映画の主役のごとく活躍しているのだ。我が物顔でフィールドを蹂躙する。ヒール役の精霊はヒール役になりやすいというところだろうか。精霊が生まれては死に、初期化されては、初めのころと同じように存在を認識できない城前に気づいてほしくて、懸命にデュエルをする。そんな精霊たちが城前に自覚されることもなく、人知れず初期化という生と死を短時間で繰り返し続けているとしたら、それはズァークにとっては我慢ならないものなのである。

 

 

「よし、決めたよ。今回、俺のターゲットは城前だ。だから、協力してくれよ、お前ら」

 

 

ズァークの言葉に答えたのは、ドラゴンだけではなかった。

 

 

「メンテナンス終わってないんだけど、どうしたんだよ」

 

 

いつの間にかたたずんでいたのは、ズァークが最近出会った《魔術師》というテーマカテゴリの代表格のモンスターだった。ズァークのカードプールの中でも現在の精霊とデュエリストの関係について、不満を抱えている勢力でもあり、ズァークを通じて主張をしたい勢力でもある。いわば過激派といってよかった。彼は赤馬零王率いる研究チームをひどく警戒しており、ズァークが接触を持とうとすると決まって警告に現れる。城前もあの男側の人間だから気をつけろと言いたげだった。

 

 

「え、城前のデュエルでか?珍しいな、お前が出たいなんて。いや、別にいいけど。俺は城前に精霊がいるってことを伝えたいだけなんだよ。信じようが信じまいが精霊は存在するんだ、それを城前が意識してくれればきっといろんなことが変わり始める。俺はそれがみたいだけなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「精霊?あー、うん、まあ。知ってるよ」

 

「え?」

 

 

衝撃だった。

 

 

「赤馬、赤馬零王からなにか聞かされたのか?」

 

「それもあるけど、デュエルモンスターズには昔から精霊はいたって知ってるし。ズァークのいう精霊はどっちかってーと、自我に目覚めたAIって意味だからちょっと違うかもしれねーけど、誤差の範囲だろ。おれ達とは違う存在」

 

「その口ぶりだと信じてるんだよな?見えるのか?」

 

「見えはしねーよ、ソリッドヴィジョンと区別つかねえもん」

 

「じゃあ、声は?」

 

「聞こえるわけねーだろ、俺は特別な存在じゃない」

 

「でも知ってる」

 

「ああ、知ってる」

 

「嫌いなのか?それとも何かあったから、あんなことを?」

 

「いや、全然。むしろ興味ねえよ、おれには関係ねーからな」

 

「本気で言ってるのか?」

 

「そうだよ、もちろん。本気じゃなかったら、誰がするよ、あんなこと。でもおれにはどうしても譲れねえことがある。だからさ、いつかお前とは戦う気がしてたんだぜ、ズァーク」

 

 

なぜ、が先に来る。なぜ城前はこうも堂々と敵対宣言をしているのだろう、傍らにはその発言を聞いて動揺しているモンスターがいるというのに。存在が知覚できないからこそ残酷な仕打ちができるデュエリストは数多く見てきたが。はじめからその存在を知っていながら、自分を慕う存在を認識しておきながら、こうも堂々と口に出せる人間をズァークは初めて見た。赤馬零王の勢力の人間として精霊の存在を認めず、排除する方向に動く、と宣戦布告をしているというのに、ここまで生き生きしているのか、ズァークにはわからない。ここまでいい笑顔を浮かべるのは、ズァークとのデュエルの前には些細なこと、むしろ余興とでも考えているのだろか。ズァークにとっての本題が城前にとってはどうでもいいことなのはその態度でよくわかる。

 

動揺してしまったズァークは、頭が回らない。

 

 

「デュエルが終わるたびに精霊を初期化なんて、どうしてそんなこと」

 

「レオコーポレーションとの契約なんだよ。精霊が存在を維持するのに必要なデュエルエネルギーとソリッドヴィジョンの関係についてのな」

 

「実験に差し出してたのか」

 

「おれにとっては大事な実験なんだよ」

 

「まさか精霊達をエネルギーに!?」

 

「そのまさかだよ。だいたい、最近のソリッドヴィジョンの不具合の原因は精霊が増えすぎたせいだろうが」

 

「だからってそんなことする必要ないだろ!」

 

「自覚はあんのか、安心した。本来計算されたはずの質量以上の実体が出現することの危険性はちゃんと認識してんだな、ズァーク。エネルギーは循環しなきゃいけない。それを管理して初めて、アクションデュエルは安全でいられるんだ。投影以上の実体や質量が出現したらどうなるか、想像するまでもねえだろ。今はその瀬戸際にまできてんだよ、わかれ。もし、レオコーポレーションのシステムを上回る質量を持った精霊が出現してみろ。お前は制御できんのか。ブラックホールなんて生やさしいもんじゃない、この街がどんだけこの技術で成り立ってるとおもってんだよ。そいつを全部食い散らかして実体化したらどうなると思ってんだ」

 

 

これ自体、城前が現れてはじめて判明した事実なのである。この街でデュエルモンスターズを行うと言うことは、レオ・コーポレーションのシステムを使うということを意味する。プロを目指すなら、それこそ幼い頃から結果を出すために大会に出場するだろう。アクションデュエルにしろ、ライディングデュエルにしろ、スタンディングデュエルにしろ、すべてのソリッドヴィジョンはレオ・コーポレーション製一択だ。デュエルモンスターズにだけ発生する謎の質量の増加を検証するにしても、研究所がサンプルとするのは大会常連など名の知られた者がほとんど。彼らは幾度も同じデッキを使い込み、精霊を成長させている状態であり、それがデフォルトなのだ。例外は存在しないといっていい。初心者を対象とするにしても、物心ついた頃からデュエルに慣れ親しむこの街の子供達である。デュエルを生まれてはじめてする子供がいて初めて検証が成り立つのだ。参考程度のデータはとれても、今まで一度もそのカードをデュエルディスクに通したことがないか、なんてわからない。そういう意味では、今まで一度もレオ・コーポレーションのソリッドヴィジョンをつかったことがなかった城前がデュエルをして初めて、彼らは精霊が出現する瞬間を物理的に把握することができたといってよかった。それが魂の重さだと。

 

 

「そこまでして何を望んでるんだ」

 

「元の世界に帰るためだよ」

 

「もと?」

 

「おれはこの世界の人間じゃない。元の世界に帰るには、次元転移装置がいる。それにはエネルギーが必要なんだ、膨大な」

 

「!?」

 

「精霊はしんじるのに、異世界人はしんじねえってか?」

 

「元の世界にはいないからって、精霊をそんなことに使うのか!?」

 

「だからいってるだろ、ズァーク。おれは精霊に興味なんてないんだよ」

 

 

ここまで明言されては、さすがのズァークも気づく。

 

こいつは敵だ。まごう事なき敵だ。ズァークは基本的に相容れない人間でも存在を許容するくらいにはプロを続けてきた。でもこいつだけは我慢ならない。城前に賛同して研究をしている赤馬たちもなおのこと許すことなどできない。

 

 

「さあ、デュエルと行こうぜ、ズァーク。これが終わったらいいこと教えてやるよ」

 

「もったいぶらずに今すぐ教えろ!何を企んでるんだ!」

 

 

選手控え室に呼び出し音が鳴り響く。くってかかろうとしたズァークだったが、城前は軽くいなして出て行ってまう。くそ、と壁を殴る音がやけに大きく響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デュエルディスクが城前の先攻を知らせる。

 

 

「先攻はもらうぜ!おれは手札から永続魔法《グレイドル・インパクト》の効果をを発動!そして、モンスターを裏側守備表示にして、伏せカードを1枚置く」

 

 

効果音と共に裏側のカードが伏せられていくモーションのあと、虚空にソリッドヴィジョンが溶けていく。

 

 

「エンドフェイズに《グレイドル・インパクト》の効果でデッキから《グレイドル》カードを1枚手札に加えるぜ。おれのターンは終了だ」

 

 

先走る感情をドローに込める。精霊たちがざわめいているのを感じる。初めて立ちはだかる敵に気持ちばかりが先走る。ズァークは警戒しつつも、ドローを宣言した。

 

 

「俺は永続魔法《星霜のペンデュラムグラフ》の効果を発動!このカードが魔法・罠ゾーンに存在する限り、自分フィールドの魔法使い族モンスターを相手は魔法カードの効果の対象にすることはできない!そして、俺はスケール4《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》をライト・ペンデュラムゾーンに、スケール8《虹彩の魔術師》をレフト・ペンデュラムゾーンにセッティング!ペンデュラム召喚!さあ来い、俺のモンスターたち!!俺は《賤竜の魔術師》と《覇王眷竜ダークヴルム》を攻撃表示で特殊召喚!!《覇王眷竜ダークヴルム》のモンスター効果を発動だ!こいつは召喚、特殊召喚に成功した場合、デッキから《覇王門》ペンデュラムモンスター1枚を手札に加えることができる!」

 

 

ズァークのデッキから鮮やかな光彩を伴ったカードが飛んでくる。それを手にしたズァークは、さらに展開を進める。

 

 

「バトルだ、城前!俺は《賤竜の魔術師》でその伏せられたモンスターに攻撃だ!」

 

 

城前は笑った。

 

 

「こいつは《グレイドル・イーグル》!!」

 

 

守備力はたったの500、2100も攻撃力がある《賤竜の魔術師》の敵ではない。だが、そのモンスターが開示された瞬間、城前のデュエルをたくさん閲覧してきたズァークは悪い手だったと悟る。どのみち攻撃しなければ始まらないのだ、どうしようもなかった。

 

 

「こいつは戦闘またはモンスターの効果で破壊されて墓地に送られた場合、相手フィールドの表側表示のモンスターの装備カードとなる!そして、そのモンスターのコントロールを得ることができる!」

 

 

城前の宣言と同時に、液状のスライムに取り込まれて擬態の餌になっていた鳥型のモンスターが、新たな犠牲者を求めて襲い掛かる。あっという間に取り込まれ、宇宙から飛来したモンスターの擬態の核となってしまった魔術師はズァークから離れていく。ズァークは苦い顔をする。精霊を奪われた苦痛と、その能力を発揮した《グレイドル・イーグル》の幼い子供が親を慕うような無邪気さが胸に刺さっていけない。コントロール奪取が得意なテーマカテゴリはその性質上ヘイトを集めやすい。だが、使い手がその戦術を好み、自信満々で駆使するとしたら、それはきっと本望なのだ。使い手に恵まれた《グレイドル》はとても生き生きしている。たとえこのデュエル大会が終わり、デュエルエネルギーの無に還る運命だとしても、きっとまた城前を慕うのだ。何度も何度も繰り返されてきた悲劇だ。

 

 

「どうする、取り返すか?大事な仲間なんだろ?」

 

「…………っ!俺は《星霧のペンデュラムグラフ》の効果により《魔術師》カードを手札に加えるっ!」

 

 

笑いかけてくる城前に、ズァークはにらむだけだ。《覇王眷竜ダークヴルム》の攻撃力では《賤竜の魔術師》の攻撃力は越えられない。

 

 

「俺はこれでバトルを終了だ、そして、エンドフェイズに《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のペンデュラム効果を発動!こいつを破壊して、デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターをサーチだ。ターンエンド」

 

 

どうくる、と前を見据えるズァークに、城前はどこか楽しそうだ。デュエルでこんな生き生きとしているし、城前の指示でデュエルを行うモンスターたちはとても楽しそうなのに、城前が精霊にたいしてやっていることを思うと愕然としてしまう。ドローにより手札が増えた城前は《N・グランモール》を召喚、バトルフィズに移行した。

 

 

「俺は《賤竜の魔術師》で《覇王眷竜ダークヴルム》を攻撃するぜ、いけ、バトル!」

 

 

《グレイドル・イーグル》に洗脳されたのか、自我を上書きされたのか、主導権を握られたのか、苦悶と謝罪の言葉が聞こえてこないのが唯一の救いだった。仲間から攻撃される苦痛を味わうのはドラゴンだけである。断末魔が響き渡った。そして余波で斬撃をくらったズァークは後ろに吹き飛ばされそうになる。かろうじて持ちこたえるが、やはり気にくわない展開だ。

 

 

「《グレイドル・インパクト》の効果でデッキから《グレイドル》カードをサーチ!俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 

ズァークは怒りのボルテージが上がっていくのを感じる。

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 

呼応するように呼び込まれるカードは強力な効果を連れてきた。

 

 

「俺はスケール1《紫毒の魔術師》をライト・ペンデュラムゾーンにセッティング!さあ、もう一度現れろ、俺のモンスターたち!!ペンデュラム召喚!」

 

「通すわけにはいかねえなあ!カウンター罠発動《神の通告》!!ライフポイントを1500支払い、モンスターの特殊召喚を無効にして、破壊する!さあ、墓地に行ってもらおうか!!」

 

「なっ!?」

 

 

わかってはいたはずなのに。ズァークは唇をかむ。《壊獣》も《グレイドル》も大量特殊召喚といった物量で押し切られることを非常に苦手とするテーマだ。その弱点を克服するためにいろんな混合デッキを組んでいる城前が対策を講じないわけがないではないか!ここはバックを早急にはがすべきだったのだ。冷静さを欠いているのは間違いなくズァークである。おちつけ、と自分に言い聞かせ、ズァークは必至で挽回を考える。

 

 

「まだだ!俺は墓地にある 《紫毒の魔術師》の効果を発動!効果で破壊されたこいつはフィールドの表側表示のカードを1枚破壊することができる!《グレイドル・イーグル》を破壊だ!俺のモンスターを返してもらおうか!!」

 

 

《賤竜の魔術師》は呪縛から解放され、ズァークのエクストラデッキに帰還する。うれしそうな声、そしてごめんなさいの声、ありがとうの声、そのひとつひとつがズァークを冷静にしていく。

 

 

「《黒牙の魔術師》のモンスター効果を発動!このカードが効果で破壊された場合、自分の墓地にある《魔法使い族》《闇属性モンスター》1体をフィールドに特殊召喚することができる!甦れ、《黒牙の魔術師》!!」

 

「こいよ、ズァーク」

 

「…………っ、いや、バトルは行わない!俺はターンを終了だ」

 

 

城前はちぇ、とぼやくが自分のターンになったことを確認すると、ドローを行う。《N・グランモール》は戦闘を行わずに互いに手札に戻る効果である。複数モンスターを並べられるなら攻撃できるが今はできない。

 

 

「じゃあ、お前のモンスターには生贄になってもらおうか!」

 

「なっ」

 

「俺はズァークの《黒牙の魔術師》をリリース!《海亀壊獣ガメシエル》をズァークのフィールドに攻撃表示で特殊召喚!」

 

「くっ……俺は《星霜のペンデュラムグラフ》の効果で《魔術師》カードを手札に加える」

 

「そんなことしても無駄だぜ、魔法カード《妨げられた壊獣の眠り》の効果を発動だ!フィールドのモンスターをすべて破壊し、デッキからズァークのフィールドに新たな《海亀壊獣ガメシエル》を攻撃表示で特殊召喚!そして、おれは《壊星壊獣ジズキエル》を攻撃表示で特殊召喚だ!さらに《グレイドル・コブラ》を召喚、そして罠発動《グレイドル・スプリット》!《グレイドル・コブラ》をリリースし、デッキから《グレイドル・イーグル》と《グレイドル・スライム》を守備表示で特殊召喚する!墓地に行った《グレイドル・コブラ》のモンスター効果により、《海亀壊獣ガメシエル》をこちらのフィールドに移すぜ!そして制約により墓地に送られる!そして、《グレイドル・イーグル》と《グレイドル・スライム》この2体でシンクロ召喚!現れろ、《グレイドルドラゴン》!!モンスター効果を発動だ、素材になった水属性のモンスターは2体、よってズァーク、お前のフィールドのカードを2枚破壊する!まずは1枚目!」

 

「くそっ……終わってたまるか!俺は手札から1枚目の破壊にチェーンして手札から《クロノグラム・マジシャン》を特殊召喚し、モンスター効果で手札から《紫毒の魔術師》を守備表示で特殊召喚する!さらに《虹彩の魔術師》のペンデュラム効果を発動だ!デッキから《ペンデュラムグラフ》カードをサーチする!」

 

「だが2枚目は破壊させてもらうぜ!対象は《紫毒の魔術師》!これで終わりだよ、ズァーク。楽しかったぜ、お前とのデュエル。さあいけ、《壊星壊獣ジズキエル》!そして《グレイドルドラゴン》!ズァークにとどめを刺せ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓声が遠い。どうしようもなく遠い。 城前の勝利を告げるブザーが鳴り響き、司会進行役が実況と解説に先ほどのデュエルについて、説明を求めているのが聞こえた。すべて意識しなければ通り過ぎてしまいそうな、雑音と化している、そんな状況の中でやけに大きく響くのだ。 城前の声が。何一つ変わらない、楽しかったぜお前とのデュエル、と言ってのけたその口で、ズァークにとって残酷な現実を突きつける。

 

 

「いいこと教えてやるよ、ズァーク」

 

 

脳が聞くことを拒否している。聞くな、やめろ、その意味を理解した瞬間に、戻れなくなるぞと本能が叫んでいる。でもどうしようもなかった。今のズァークはその言葉を拒否する権利などないのだ。 城前が、そして精霊という存在を認めない組織が、これからなにかしようとしている、とさきほど控室でぶち上げてきたのである。ズァークは感情と理性をきりわけて聞かなければならない。ズァークのこれからの行動を決定づける大事件が目前に迫っているという焦燥感だけがあるのだ。それがさきほどのデュエルでズァークの精神にゆさぶりをかけ、ありえないプレイングミスを連発してしまった、もっと平常心で挑むべきだったのに、だ。今更公開してももう遅い。ならば今できる最善を尽くすために、せめて情報を得なければならない。ズァークはなかば気力で立ち上がろうとした。

 

 

「レオ・コーポレーションが近々大きなアップデートをするって予告してるだろ?」

 

 

それはいろんなサービスを利用するうえで、ページを消去する手間が増えると嫌悪感を覚えるレベルで告知されていることだ。今、それを語られる意味を否応なくズァークは理解してしまう。あのアップデートはいつと告知されていただろうか。一週間、一か月、数か月、はっきりとは思い出せないが、ずいぶんと前から告知されていた気がする。思えば 城前がアクションデュエルに参戦することになった時期と一致している、とようやく気付く。

 

 

「おれのデュエルディスクの設定がデフォルトになるんだってよ」

 

「初期化がデフォルトになるってことか?!」

 

「それ以外に方法ねえんだよ、控室でいったろ?レオ・コーポレーションのソリッドヴィジョンシステムが精霊を抱え込んだまま、今のシステムを継続することはもうできねえんだ。このままシステムが破たんして、精霊とこの街もろとも死に絶えろっていってんのか、ズァーク?んなふざけたことできるわけねーだろ。ソリッドヴィジョンがないと生きられない精霊と、そのシステムがないとあらゆる経済活動、生命活動が完全停止するまで着ちまってるこの街だ。いつかはくる終わりだったんだよ、なんで誰も気づかなかったんだろうなあ?」

 

 

城前は問いかける。

 

 

「おれが、いや、おれじゃなくてもいい。おれみたいな、レオ・コーポレーションのシステムに一度も触ったことがないデュエリストが現れさえすりゃ、もっともっと別の方法がとれたかもしれねえのになあ?残念だぜ、ズァーク。おれもこんな立場じゃなきゃ、お前と仲良くなりたかったよ」

 

 

その発言の真意を問うことができるほど、ズァークは 城前のことを知らない。

 

待て、という気力もなかった。今まさに突きつけられた現実に頭が追いついていかない。このままだとズァークが実現までもうすこしだと思っていた精霊と現実世界が両立する、お互いがつながりあって存在を許容する世界が破たんしてしまうことになる。どうする、どうしたら、どうすればいい、問いかけられるような存在がズァークには精霊側にはたくさんいるが、人間側にはいなかった。なんでもできる才能に恵まれ、一人でなんでもできてしまうほどのポテンシャルに恵まれてしまったが故の欠点が最悪な形で露呈する。

 

ズァークがなにもしなければ、精霊はデュエルが始まった瞬間に生まれ、デュエルが終わった瞬間に死ぬという悲劇を彼は延々見せつけられる地獄が待っている。でも、このままだといけないことは 城前に指摘されなくてもズァーク自身心のどこかで分かっていたことだ。精霊のように万人が存在を知覚できない、たしかに存在する存在に対して、どう接していいかは答えなどない。千差万別である。まさかその対応の自由すら許されないレベルまでレオ・コーポレーションのシステムに負担を強いていたとはしらなかったけれども。

 

精霊が危険な存在だと今ここで大々的に宣伝されないということは、赤馬側はその存在を認めずに抹殺する気であると同時に、知る必要がない存在だとして人々から忘れ去られることを期待しているとズァークは感じ取る。そんなことがあってたまるか、許されてたまるか、こいつらが好きで、デュエルがすきで、デュエルを見てくれる人が好きで、ここまで一生懸命賭けがあってきたのに、こんな最悪な形で終わってたまるか。ズァークの感情の荒波に感化される形で、精霊たちは心配そうに彼の前によってくる。周囲には知覚できないが、それだけでほんの少しだけズァークは冷静になれた。

 

まだ、手は残されているはずだ。なにか、なにか。

 

控室にもどる過程で思考に没頭するがうまくまとまらない。ズァークは思いつめた表情のまま、大会会場を後にしたのだった。

 

 

どこから、といわれて線引きすることはとても難しい。ただ、ズァークという精霊も好きで、デュエルも好きで、見に来る観客も好きで、スポットライトを浴びる自分も好き。だからアクションデュエルを極めるんだとデュエルのエンターテイメント性を追求していたプロのデュエリストが死んだのは間違いなくここだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

断片的な記憶と現状を把握し、今自分がどうなっているのかを自覚するころには、新しい世界ができて14年もの歳月が流れていた。実体を失い、再構成された自分の一部から覗き見てきた世界は、ズァークが最も恐れていた世界だった。アクションデュエルが普及した街だというのに、精霊について気づく人間は誰一人としていない。デュエルで生まれデュエルが終わると同時に初期化プログラムが発動して、問答無用でデュエルエネルギーに還元されていく、そんなことが日常化した世界。ズァークのかけらたちは誰一人としてズァークの才能を受け継いでくれた者はいなかった。いや、わざとなのかもしれない。そして、ズァークはある時気づくのだ。精霊だけではない。アクションデュエルの有無にかかわらず、もともとデュエルモンスターズにはもともと精霊のような存在がいる、あるいはその生まれゆえに伝承や噂として人ならざる者の存在はまことしやかにささやかれてきたはずだ。少なくてもズァークのいた世界ではそうだった。だが、ズァークが近くできた4つの次元ではどこにもそんなものがないのだ。いいつたえ、噂、そういったものがなにひとつない。初めからなかったかのように、すべて科学がすげ変わっている。オカルト要素がなにひとつ存在できない世界のかもしれない。いや、この世界の住人たちはそもそもそういった存在を知覚できないように再構築されているのだとズァークは気づいてしまった。

 

精霊と融合し、悪魔と化したズァークを否定するために生まれた世界である。復活という悪夢の再来を何が何でも阻止しなければならない、そんな強い意志を感じてしまう。ズァークの脳裏に女がよぎる。赤馬零王も。そして、あらゆる精霊を変換したデュエルエネルギーが満たされたタンクのある地下施設で、起動した次元転移装置のその先をズァークはどうしても思い出すことができないでいる。この世界でもあの悪夢のシステムが存在しているということはまさか。予感はあるテレビを見ることで当たるのだ。

 

 

「あ、 城前だ!」

 

 

遊矢はテレビの前にかけていく。

 

 

「あら、ほんとね。この間のデュエル、放送してるわね」

 

「あのときの?」

 

「そうそう、あのときのね」

 

「じゃあ見る!」

 

「テレビ見ながらご飯食べちゃだめよ、遊矢。録画してあげるから、ほら」

 

「えー」

 

「ちゃんとご飯は噛んで食べなきゃダメよ」

 

「でも」

 

「でもじゃないの。そんなに城前 君に会いたいなら、今度見に行きましょうか」

 

「ほんと?!」

 

「ええ、今度お父さんとデュエルすることになったんですって」

 

「お父さんと!?」

 

「ええ」

 

「どうしよう、どっち応援したら」

 

「どっちも応援してあげないと、お父さんも 城前さんも泣いちゃうわよ」

 

「あははっ」

 

 

無邪気に笑う遊矢とそこから浮かんでくる回想、そして記憶、知識を拾い上げ、ズァークは戦慄するのだ。あれだけ精霊を殺しておきながら失敗したのか、あいつは!?しかも今度はもっと膨大なエネルギーが必要だと思って、今度は普及させると同時にデフォルトであの初期化プログラムを仕込むだと?!そんなことされては、いくらレオ・コーポレーションのソリッドヴィジョンシステムが普及しようと、精霊が自我を持つにいたらないではないか。自分がなんなのかわかる前に存在を抹消するプログラムがあたりまえとなり、しかも精霊を誰もが認識できないというおぞましすぎる世界である。ズァークは何もできない自分に絶望した。またか、また目の前でなにもできないまま、終わっていく彼らを見るしかないのか!

 

なにかないか、何か手は、必死で頭を巡らせる。せめて、せめて精霊たちだけでも解放したい。レオコーポレーションのシステム自体が普及していない、ほかの世界の精霊たちはまだ救いだ。デュエリストたちに直接接触することができる機会に永遠に恵まれないだけで、この悲惨な現状からはもっとも程遠い。せめてあの忌まわしきシステムだけでも破壊したい、だがそれだけでは駄目だ。前の世界の繰り返しだ。いつか精霊の存在を無視できなくなる時点がきっとくる。そのとき、何らかの答えを提示しなければ、きっと世界は精霊をまた抹殺する方向に動き出してしまう。それだけはいけない。二度目を繰り返すわけには絶対に。

 

知識が足りない。

 

その事実に気づいたズァークは、遊矢の思考を時々乗っ取り、そういった知識を蓄えることから始めることにしたのだった。



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IF エクシーズ編①

コンセプトデッキ

 

それは遊戯王の歴代アニメシリーズに登場する決闘者のデッキを公式が提示する条件を元に再現し、デュエルを行うという趣旨の大会で必要となるデッキだ。通常の公式大会とは異なり、使用できるカードが指定されていることが特徴である。城前が参加しようとしていた大会では、通常大会のほかにその大会も行われると告示されていた。これは参加せざるをえない。普通に考えたらEM魔術師オッドアイズを愛用しているのだ、遊矢のデッキが一番楽な城前だったが、たまには別のデッキを組んでみようと考えた。選んだのは、一番新規で購入するカードの枚数が少ないデッキだった。

 

九十九遊馬

 

ズババ、ガガガ、ゴゴゴ、ドドドと名のつくカードをメインデッキに合計10枚以上使用、かつエクストラデッキはNO.ズババ、ガガガ、ゴゴゴ、ドドドと名前のついたカードのみを使用すること。

 

無駄にカードスリーブをホープにしてみたりして、試行錯誤の末、城前はデッキを一つくみ上げ、久しぶりの連休に備えたのだった。

 

「すっげえ」

 

公式大会が行われる地方都市に遠征にきた城前は、その会場における再現度に驚くのだ。もうすぐアークファイブではエクシーズ次元編突入まで秒読みだと言われている。前作の舞台であるハートランドとよく似た建物が遠くにあるのがみえた。警備員の指示に従いバイクを駐輪場に置き、城前は久しぶりの公式大会、そしてはじめてのコンセプトデュエルの大会に向かったのである。時間が変更になったとアナウンスが入る。どうやらコンセプトデッキによる大会を先に行うらしい。この大会では封印されしエクゾディアが禁止であり、あとは最新のリミットレギュレーションが採用されるとあらかじめ告知されていた。そりゃそうだ、ファンデッキばかりの大会である。実際はエクゾディアによる特殊勝利を組み込んでしまうと、ファンデッキである以上汎用性の高い魔法罠を搭載できないデッキだらけである。無双は確定している。興ざめするよりは楽しんだ方が勝ちである。なのでカジュアルなイベントだからこそ、デュエルを楽しむことを目的にしたデュエルだ。明確な定義はもうけていないようなので、城前はサイドに遊馬に関するカードを積んでいた。

 

いつものように手続きをしていると、受付でDゲイザーとデュエルディスクを所持していないことを確認され、さも当然のように貸し出された。ゆるい大会だなおい、と思いながら参加者控え室に向かうと、どこかで見たことがあるような服装の人間とすれ違った。コスプレOKとかほんとにゆるい大会だな、と城前は思った。Dゲイザーの技術は城前の世界ですでに存在している技術である。だからそれっぽいものを作って、3Dでデュエルする、なんて遊戯王のイベントでやってそうだなあ、ちゃんとイベント内容調べれば良かった、と思いながら、さっそくつけてみる。無駄に高性能なところは好感度が高い。せっかくだし、どんな感じでガガガデッキが再現されるのか試してみようと思いながらデッキ調整の最終段階に入る。ガガガシスターがかわいくて何よりです。これでよし、と支給されたスリーブに入れ替えを完了し、エクストラデッキに手を伸ばした城前は硬直した。

 

「あれ?」

 

Dゲイザーごしに見たエクストラデッキが謎の発光をしている。おそるおそる手に取ってみると、いずれもナンバーズだった。無駄に凝った演出である。遊馬でもないのに何枚もナンバーズを所持している城前はいったいどんな決闘者なんだと突っ込まざるを得ないが、こういうお茶目は嫌いじゃない。これは積極的にナンバーズを狙っていくべきだろう。やがて最終調整を終えて数十分後、城前は名前を呼ばれるのだ。さっそく会場に足を踏み入れた。

 

特に躓くこともなく、城前は準決勝までいった。やはりホープ派生特化は殺意しかないのだ。

 

いよいよ準決勝である。さっきからエクシーズ使いばかりとあたるのは、コンセプトの作品によって振り分けられているんだろうか。どれだけ参加者がいる規模の大会なんだろうかと言わざるをえない。相手はエクシーズ使いだった。開始を告げるブザーが鳴ると同時に、無駄に気合いの入った高笑いが響く。ぎょっとしていると相手はナンバーズを召喚してきたではないか。だが、アニメではなく漫画版のカードだった。相変わらずまがまがしいオーラを放っている。使用者の腕にはナンバーズが刻印されていた。無駄に濃い演出である。城前のデッキはナンバーズとホープの派生だらけなのだが、この場合腕にいっぱい表示されるんだろうかと考えたらなかなかシュールな光景だ。しかし城前のみた時点ではコンセプトデッキの一覧にはなかったキャラのデッキである。でも、後から追加されたのかもしれない。漫画版にでてくるキャラのデッキを使うとか、なかなかコアなラインナップだなあ。ぼんやり考えていた城前を咎めるようにターンが回ってきたことを知らせるブザーが鳴り響く。ナンバーズを出されてはこちらも積極的に狙わざるをえない。ナンバーズはナンバーズでしか倒せないのだから。返しのターンで場に伏せられているバックアップを引きはがそうとこちらもエクシーズ召喚を試みる。続いて攻撃を仕掛けるために、魔法で呼び出したガガガたちでホープを呼び出したとき、相手は態度が豹変した。

 

「そのカードは・・・・・・まさかナンバーズ!?なんでお前も持っているんだ!お前、何者だ!」

 

まるでナンバーズに操られている人間のようなはっちゃけぶりに思わず城前は笑ってしまう。すごいこの人、どんだけゼアル好きなんだよ。これは乗らざるをえない。

 

「俺の名前は城前克己!人の心を巣くうナンバーズを狩る者、人は俺をナンバーズと呼ぶ!さあ、狩らせてもらおうか、お前のナンバーズを!」

 

観客席がざわついた。

 

遊馬デッキを使っているのにカイトの台詞を高らかに宣言したのはやっぱりまずかっただろうか。一応魂を狩る技術はないのでナンバーズだけもらうって自重したんだけど。そういう問題じゃないらしい。それでも会場からわりと反応が大きいので城前はまんざらでもないのである。相手は相当テンションが上がったらしく、それなら勝負だと息巻いている。もしかして劇団とかそういった経験がある人なんだろうか、ここまでくるとすごいとしか言い様がない。相手がここまでお膳立てしてくれるなら、と城前は全力を出して勝利をもぎ取ったのだった。

 

握手喝采が鳴り響く。これだけ気持ちがいい決闘は初めてだ。ありがとうございました、って言いに行こうとした城前が見たのは、まるで糸が切れた人形のように崩れ落ちる相手である。城前はあわてて駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?」

 

相手はぐったりしている。城前はあわててスタッフを呼んだ。どうやら気絶しているらしい。担架にのって運ばれていく相手の周りには、デッキから落ちてしまったカード達。城前はあわててカードをかき集め、一緒に手伝ってくれたスタッフに渡すのだ。ありがとうございました、を背に城前は一度控え室に戻ったのだった。

 

トラブルはあったものの、城前は無事大会に優勝することができた。公式大会もまさかのファンデッキを使う決闘者ばかりだったため、一人EM魔術師オッドアイズを使用してしまった城前は空気が読めない人みたいな状況になってしまい、ちょっと居心地が悪いのだった。そのかわり、2つの部門で優勝した城前は、Dゲイザーとデュエルディスクを記念品としてもらっていいといわれ、大喜びで持って帰った。そして公式大会なのにホームページ掲載用のデッキ撮影がないことに疑問を覚えつつ、城前は宿泊予定のホテルについたのだった。ホームページを確認してみると、優勝したときの動画と写真が掲載されている。デッキ内容を公開する以外はほとんど同じようだ。珍しいこともあるものである。それならいつも使っているデッキレシピサイトに自慢がてら投稿しようとしたが、ガガガやEMの項目がない。昨日はちゃんとあったのに。おかしいなと思っていると、今日の大会をおこなった運営側から電話があった。やっぱりデッキレシピは公開することになっているのだ。なにかの手違いで忘れてたってことかなと思いながら電話に出た城前は、思わず固まるのだ。

 

「え、取材ですか?」

 

相手は相当恐縮しているようで、こっちが申し訳ないくらいへりくだってくる。

 

「はい、うちの大会のスポンサーである××情報部の方から問い合わせがありまして。是非、将来有望な決闘者を取材したいと。城前さんの電話番号をお伝えしてもよろしいですか?」

 

「あ、は、はい。わかりました」

 

城前はうなずいた。スポンサーからの要請なら、主催者側としては動かざるをえないようだ。それにしても、将来有望な決闘者ってなんのことだろう?たしかに優勝はしたから、ネットで話題になってくれるならうれしいけども。聞いたことがない出版社だが、公式大会のスポンサーなのだ。へんな会社ではないはず。ちょっと不安に思いながらも、城前は即決だ。どうせ明日はなにも予定がはいっていない。のんびり観光する気満々だったからいいのだ、暇だし。

 

「ありがとうございます!こちらとしても助かります!

 

えらく喜んでいる相手に困惑しながら、城前は電話を切った。

 

「取材ってなんだよ、取材って。へんなの」

 

首をかしげながら、城前は大会用のスリーブから本来のホープが背表紙のカードプロテクターに入れ替える作業を開始する。

 

「・・・・・・あれ?」

 

城前のエクストラが16枚になっている。数えてみれば、なぜか相手が使っていたナンバーズが紛れ込んでいるではないか。たしかに今回のデュエルではかぶってしまったので、ナンバーズは世界に1枚のセオリーを重視してあえて展開しなかったが、城前のデッキはこのカードでほかのナンバーズをつり上げてランクアップしまくるという豪快なコンボが特徴のデッキだ。でも2枚しかいれていない。一枚だけやけにまがまがしいオーラが垂れ流されているカードを手に、城前はスタッフに再度リダイヤルする。カードの混入を告げると、かけ直すと言われた。一時間後、なんと相手が会いたがっているから入院している病院にいってくれ、と言われてしまった。相手が会いたいと行っているなら、まあ、カードを返すだけだしいいか。あれだけ面白い決闘をしてくれた人なのだ、もしかしたら気に入ってくれたのかもしれない。あの決闘で分かる。相手はいいやつだと。教えてもらった電話番号にかけてみると、さっそく明日会いたいといわれた。なんだかいつもの大会とは違うことがたくさんあるなあ、と思いながら、城前はためいきをついたのだった。

 

そろそろ夕食でも食べに出かけようと準備をしていた城前は、鳴り止まない着信にスマホをのぞき込む。さっき運営から教えてもらった出版社の人の電話番号だ。

 

「はい、もしもし」

 

「あの、城前克己さんのお電話番号でしょうか?」

 

どこかで聞いたことがある声だった。

 

「あ、はい、そうです」

 

「初めまして。私、××情報部の××担当をしている九十九と申します」

 

「え、あ、はあ」

 

名乗られて、ああ、そういえば、と城前は思い出す。遊馬の姉の九十九明里そっくりな声だなあと。そこまで考えて、我に返る。いやいやいや、そんなわけないだろ。たまたま九十九さんがその出版社の担当で城前に電話をかけてきただけである。きっとゼアル放送中はひたすらネタにされたことが想像に難くない環境にいる女性に勝手に思いをはせつつ、先を促した。

 

「実は私の担当している××という雑誌に、将来有望な決闘者を紹介するコーナーがありまして、よろしければ城前さんを取材させていただけないかなと思いまして」

 

「え、お、おれをですか?!」

 

「はい、そうです」

 

「いやだって、そんな、大会で優勝する決闘者なんてたくさんいるでしょう?なんでわざわざおれなんです?」

 

「そんなことないですよ。××大会の2部門で一般の方が優勝するなんて、これはもう大ニュースなんですよ、城前さん!」

 

「え、あ、はあ」

 

「少しだけ、お時間いだたけませんか?!是非、城前さんを取材させてください!」

 

「わ、わかりました。でもおれ、明日までしかいないんですよ。休みだからこっちに出てきただけで。なので、取材って言われても明日の夕方までしか時間ないんですけど」

 

「そうなんですか!?あ、明日はなにかご予定は?」

 

「明日、ちょっと人と会う約束がありまして」

 

「えーっと、それじゃあ、今からは?」

 

「今から・・・・・・え、今から!?」

 

「なにかご予定あります?」

 

「いや、ないですけど。これからどっか食べに行こうかなあと思ってただけで」

 

「あ、それならちょうどいいですね。私、おいしいところ知ってるんですよ。よろしければ、そこで取材させていただいてもよろしいですか?」

 

「は、はあ、わかりました」

 

「ありがとうございます!それでは××というお店に来てもらってもいいでしょうか?住所は××の×1-2-3です。ここのハンバーグおいしいんですよ!あ、私、九十九明里といいます。よろしくお願いしますね!」

 

一気にまくし立てられて、切られてしまった。なにかのどっきりだろうか、とものすごく不安な城前である。さすがにできすぎだろと思いながら、城前は言われた住所を検索する。そこそこいい店のようだ。悩んでいても仕方ない。城前はそこに行ってみることにしたのだった。

 

「うっそだろ」

 

思わず城前は固まる。何名様ですか?とスタッフに聞かれ、人と会うことになっている、と告げた城前は、電話をかける。すぐ近くで着信が鳴り、城前が思わずトイレ入り口に隠れてしまった原因の女性がその電話をとった。ここまでそっくりな人間がいるだろうか。九十九明里そっくりの女性が誰かを待っているのが見えた。

 

「もしもし、九十九です」

 

「あ、あの、城前です」

 

「どうされました?」

 

「今、ついたんですけど、その」

 

「あ、今、13番テーブルにいるんです」

 

彼女はきょろきょろしている。城前はそこにいくしかなかった。

 

「お待たせしてすいません」

 

「いえいえ、私が早く来ちゃっただけですから。気にしないでください」

 

城前が知るより少々幼い彼女は、城前がきてくれたことに安心しているようだ。

 

「急にごめんなさい。来てくださってありがとうございます」

 

彼女の傍らには録音機やマイクといったものがおいてある。取材はほんとうなのだと気づいた城前は、もう認めざるをえないのだ。今、自分は、ゼアルの世界、ハートランドにいるのだと。そこまで考えて、自分が使ったデッキを思い出して、心の中が修羅場となる。あらゆる特殊召喚を使った上に、ナンバーズまで使ってしまった。見るからに本編より前と思われる明里である。きっと本編前だろう。両親が行方不明になってから就職したなら、本編より若くても違和感はない。やっちまったあという言葉がぐるぐる回っていた。

 

「あの、ほんとに取材なんですか?」

 

「はい、ほんとに取材なんです。強引に押し切っちゃってごめんなさい。実は私まだ新米で、担当してるコーナーがデュエルモンスターズなんですけど、ほんと詳しくなくていつも困ってるんです。城前さんが取材に応じてくださってほんと助かります。ありがとうございます」

 

「いえ、こちらこそ」

 

「それではさっそくなんですけど」

 

録音ボタンを押した明里から、本格的な取材がはじまった。遊馬にデュエルモンスターズを禁じているはずだが、城前にはそんな様子は微塵も見せない。どうやらプライベートとビジネスはきっちりわけるタイプのようだ。ほっとした城前である。それはそれとして、なにひとつ問題は解決していないのだ。明里はデュエルモンスターズに詳しくないから、城前がつかったデッキがどんだけやばいものなのか、なにもわからないのだ。さすがに大会でつかったデッキと違うものを提示したら、明里が嘘の記事を書いてしまうことになる。今更やっぱなしは通用しないだろう、彼女は社会人なのだ。結局城前は、なるようになれ、と半ば投げやりに決闘者としての履歴や戦術に対する考え方などについてあらいざらいしゃべることにしたのだった。

 

「あはは、城前さん、私でも分かる冗談いわないでくださいよ」

 

「え?」

 

「えって、もう、さすがにわかりますよ。城前さん、20年もデュエルモンスターズやってないですよね?15,6でしょう?私よりちょっと下ですよね、たぶん」

 

城前は思わず笑ってしまう。童顔だった覚えはない。小学生時代の同窓会で変わらないと散々いじられはするけれども、社会人になって何年も経つのだ。明里より上なのは間違いないのに何を言ってるんだ、この人。

 

「あれ、もしかして私と同じくらいですか?ごめんなさい」

 

「いや、その、一応2×なんですけど」

 

「ええっ?!さすがにそれはちょっとおかしいですよ、城前さん」

 

まさかの全否定である。城前は鞄から運転免許証を取り出し、明里に渡した。今度は明里に吹き出されてしまった。解せぬ。

 

「よくできてますね、これ!あははっ。でも肝心の写真が城前さんと一致しないんじゃだめじゃないですか、もー」

 

城前は疑問符しか飛ばない。明里はよっぽどツボにはまったのか、涙すら浮かべながら、ポーチにある鏡を差し出してくる。さすがにここまで反応がおかしいと気になってしまう城前である。ようやく、彼は鏡を見るのだ。そこにはどこをどうみても、14,5の少年がそこにいた。

 

まさかのコナン状態になってしまった城前は、ショックのあまり前後の記憶が曖昧である。明里とお近づきになれたと喜べるほどメンタルは強くないらしい。気づけばホテルの一室である。予定通り、あの入院している準決勝の対戦相手だった人のところを訪ねた城前は、ナンバーズを返却しようとしたのだが、これは俺のじゃないと返されてしまった。、どうやら相手はとっても白熱した決闘ができたことは覚えているらしいのだが、前後の記憶が飛んでいて、どんなデュエルをしたのか覚えてないらしい。ここまできて、ようやく城前は気づくのだ。Dゲイザーごしにみえるこのまがまがしいオーラを持ったカードは、本物のナンバーズだと。そういうことなら仕方ない、なぜか所持していても問題ないし、本編が始まったら遊馬に渡せばいいだろう。そう考えていた。幸いお金は多少ある。なぜか通じない職場への連絡にいろいろとあきらめた城前は、ホテル暮らしを決意した。

 

そしたら、また、着信が鳴った。明里からだ。

 

「もしもし、城前ですけど」

 

「あ、城前さんですか?よかった、やっとつながった。予定があるってお聞きしてたのにすいません。今、大丈夫ですか?まだハートランドにいらっしゃいます?」

 

「え、あ、はい。大丈夫です。どうしました?また取材の件で?」

 

「いえ、それとはまた別件なんです」

 

「別件?」

 

「はい、実はですね、うちの父も決闘者なんですけど、城前さんがナンバーズっていうカードを使うって知って、聞きたいことがあるって」

 

「え、九十九さんのお父さんが、ですか?」

 

「はい。なんか、ものすごく珍しいカードなんですか?ナンバーズって」

 

「あー、はあ、まあ一応」

 

「いろいろナンバーズについて聞きたいって、お父さんが。でも城前さん、今日帰られるんですよね?」

 

「あー・・・・・・その件なんですけど、いろいろあって、しばらくはハートランドにいることになりました。だから時間は大丈夫ですよ。えっと、時間はどうします?おれ、今日はもう予定ないんでいつでも大丈夫ですけど」

 

「あ、それなら、えーっと。城前さん、お昼は食べられました?」

 

「え?昼ご飯ですか?まだですけど」

 

「よかったらうちに来てください。お父さんが是非って」

 

「えっ、」

 

「・・・・・・あ、いや、その、お父さんが是非呼んでくれって、そのなんかすいません!」

 

おそらく受話器の向こうでわたわたしている明里を幻視する。思わず笑ってしまったのはあちらの家族も同じらしい。ちょっと、という後ろに怒声を飛ばす明里の声が中途半端に聞こえた。音は聞こえないものの、きっとからかわれているのだ。そこに遊馬がいるなら、きっと楽しいことになっているだろう。想像するだけで楽しいが、ちょっと待て。一馬さんがおれに?その違和感に城前は眉を寄せた。今の時間軸が数年前なら、すでに一馬さんたち両親は行方不明になっているはずだ。なのにいるだと?それもおれに会いたいだって?もうすでに何が何だかわからない城前である。疑問符を飛ばしながらも、もう考えるだけ無駄な気がしてきた。いい加減疲れてきた城前は、明里のいう住所に向かって、歩き出したのである。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

九十九邸に招かれた城前は、客間に通された。大事な話があると説明されているようで、明里は案内するとすぐに立ち去ってしまう。一馬さんはやあと笑った。

 

「はじめまして、城前さん。俺は九十九一馬、探検家なんてものをやっている決闘者の端くれだ。よろしく」

 

「あ、はい、初めまして。城前克己です」

 

「昨日は明里がご迷惑おかけしたみたいですまないね」

 

「あー、いえ、」

 

「××大会の××部門と××部門優勝、おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

「それでさっそく本題なんだが、城前克己くん。これを見たことはないかい?」

 

ごとりと置かれたのは、皇の鍵。遊馬のトレードマークともいうべきものである。城前はぎょっとした。まだ一馬さんは遊馬にあげていないのだろうか。それとも城前がナンバーズをつかったから勘違いしているのでは。いろいろ思いは巡るものの、まっすぐに見てくる一馬さんに城前はうなずいた。

 

「ほんとうかい?」

 

「はい。見たことあります。それって、皇の鍵ですよね?」

 

「ああ、そうだよ。驚いたな、まさか」

 

「あ、でも」

 

「なんだい?」

 

「おれが見たのは、テレビで、です」

 

「なんだって?」

 

城前はまっすぐ目を合わせる。

 

「おれが持ってるナンバーズは、その、普通に発売されてるやつなんです」

 

「ナンバーズが、かい?」

 

「はい」

 

うなずいた城前は、エクストラデッキから、なんのオーラも発していないものとまがまがしいオーラがあるものを並べる。

 

「こっちがおれので、こっちが手に入ったやつです」

 

さすがに直に触ることはできないようだが、それらを見比べた一馬さんは驚きを隠さない。

 

「おどろいたな、あのナンバーズが一般に発売されるなんて。もしかして、城前君は、俺達の時代よりもっと先の時代の世界からきたのかな?」

 

「いや、たぶん、もっとよく似た世界なんだと思います。おれのいたところは、Dゲイザーとかなかったし。今でもテーブルデュエルしかやってないんで」

 

「なんだって?こんなに再現度の高いカード、しかも安全なものを作れる技術があるのに?未だにテーブルデュエル?」

 

「はい」

 

「はあ、なるほど。しかしすごいな。しかも城前君はナンバーズを持っても、何の影響もうけないんだね」

 

「みたいです。なんでかわからないけど」

 

「そうか・・・・・・それなら、もしかしたら。城前君、すこしいいかい?」

 

「はい?」

 

「これをもってくれないか?」

 

そういって皇の鍵を渡される。訳の分からないままそれを受け取った城前は、その直後にまばゆい光に意識を飲まれる。遠くで一馬さんが城前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

気づけば城前は知らない建築物の中にいた。円柱の建物であり、金色の棚には無数の本が並んでいるのだが、誰かが借りているのか、1冊2冊分不自然な隙間があいている。棚と棚の間には不思議な文字が刻まれ、この広大な円柱の空間を謎の原理で上下に行き来する物体がある。それもたくさんの本が敷き詰められ、金の棚のようなものの上には、ナンバーが刻まれていた。城前はゆっくり下降していく棚のひとつに立っていて、なんとなく下をのぞいたら目がくらむようなまぶしさが広がった。どこまで続くのか分からない円柱の空間。その果てには真っ白な光がわき上がっていて、この円柱の空間を照らしていた。

 

「No.38?これ、ホープか?」

 

城前がいる棚の下に刻まれたナンバーは、黄緑に発色している。

 

「飛行船とはちがうみてーだな」

 

あたりを見渡し、ゆっくり下に降りていく視界の中で、城前はつぶやく。ゼアルに出てきた皇の鍵の中は遊覧船だったはずだ。どこか似ているところはあるけれども、やっぱり違う。棚という棚に張り巡らされた彫刻はおそらくアストラル文字だろう。変形させたカタカナだ、頑張って解読すればなんて書いてあるのかは分かる。城前はエクストラデッキをとりだし、Dゲイザー越しにナンバーズを判別して、その一枚一枚のイラストに刻まれている言葉と似たものがないか探す。城前の行動を見越したかのように、足下の棚はその軌道を変えた。

 

「カオスナンバーズまであんのか」

 

ナンバリングのあたりが不自然にゆがんでいるところもある。たしかカオスナンバーズに刻まれていたもののはずだ。

 

「No.99希望皇龍ホープドラグーン、っと。うし、ここだな」

 

城前がナンバーズをその隙間にかざすと、手の中にあったはずのカードが消えて、その隙間にぴったりと収まる本が出現した。

 

「あとはこいつか」

 

城前のてもとには希望皇ホープがある。城前が持ち込んだエクストラデッキのはずなのに、なぜか光っていたカードだ。ゆるやかに足下が上昇し始める。やがて静止したあたりを読み解き、城前はカードをかざす。

 

「あれ?」

 

いつまでたっても本にならない。

 

「やっぱおれの世界のカードじゃだめなのか?じゃあなんで光ってんだよ、ややこしいな」

 

ためいきをついた城前はDゲイザー越しに光っているホープをエクストラに戻した。

 

「おれが今持ってるナンバーズはこれで全部だぜ。もどしてくれよ」

 

城前の意志に従って動いてくれる足下に声をかけると、ゆるやかに足下が下降し始めた。どんどん立っていられないほどのまぶしさに飲まれていく。光の濁流のその直前で足下は静止した。Dゲイザーで光の調節をしないととてもではないが前を見ていられない。城前はあたりを見渡した。

 

「うーん、やっぱアストラルはいないのか?遊馬がいねーとだめってやつかな。でもナンバーズはもうからっぽみてーだし。うーん?」

 

『私を呼んだか?』

 

「うわっ!?」

 

城前はあやうく丸い形状の棚から足を踏み外すところだった。

 

「びっくりさせんなよ!」

 

後ろから声をかけられたのだ、反射的に怒った城前は後ろを振り返る。

 

「あれ?」

 

誰もいない。きょろきょろ見渡す城前だが、確かに声がする。

 

『すまないが、今の私はナンバーズを失い、バリアン世界との闘争により疲弊している。君の前に姿を現すことができないんだ。許してほしい』

 

「えっと、誰?」

 

『君はさっきアストラルと呼んだだろう?違うのか?』

 

「・・・・・・わからねえとかいう?」

 

『ああ、私はナンバーズを失ったせいで、記憶が欠如している』

 

「バリアン世界との闘争って、そこは覚えてんのにか?」

 

『君が先ほど私にナンバーズを戻してくれただろう。あのナンバーズは私がこの世界にやってきた理由をおしえてくれるものだった。私はアストラル世界の使者であり、敵であるバリアン世界が別の次元と手を組み、この次元に戦争を仕掛けようとしていることを伝えるためにやってきた』

 

「・・・・・・は?別次元?」

 

『すまないが、私が思い出すことができたのはそれだけだ。別次元とはなんなのか、どうして君たちの世界に戦争を仕掛けようとしているのか、まったくわからない』

 

「そーかよ。わかったぜ」

 

城前はためいきをついた。別次元という単語が出てくる時点でゼアルではない。バリアンでもアストラルでもない次元などゼアルにはでてこない。でてくる話を城前は知っている。

 

「で、おれを呼んだのはなんでだ。アストラルの使者さんよ」

 

『君の名前を教えてほしい』

 

「おれか?おれは城前。城前克己」

 

『そうか、克己か。わかった。実は君に頼みたいことがある」

 

「なんだよ」

 

『私ははじめて君のような人間と出会った。ナンバーズを手にしてもおかしくならず、ちゃんと私に返してくれる人間とだ。私はバリアン世界との戦争で疲弊し、実体化することすらできない身なんだ。どうか、手を貸してはくれないか?」

 

『おれより適任者がいるだろ』

 

「なに?」

 

『九十九遊馬。いなかったかよ?一馬さんとこの息子さんだよ』

 

「九十九一馬はたしかに私に協力してくれるとはいったが、彼に息子はいないはずだ。なにかの間違いではないか?」

 

『・・・・・・まじ?』

 

「ああ」

 

『ひとつ聞いてもいいか?アストラルの使者さんよ』

 

「なんだ?」

 

『バリアン世界との衝突で消耗してるんだよな?全盛期より力が衰えてるってこと、ない?ついでにいうと、そのときナンバーズが飛び散ったってことは?』

 

『・・・・・・?君は不思議なことを聞くな、克己。私がナンバーズを失ったのは、バリアン世界との衝突で消耗した、あのときだけだ。そして私の力はなにひとつ衰えてはいない。ナンバーズさえ取り戻せれば、私は今すぐにでも実体化して、君の前に現れたい』

 

「まじかよ、まじでか、いやそうかもとは思ってたけど遊馬がいないってことは、そうだよな。うーん」

 

『克己?』

 

「なあ、アストラルの使者さんよ」

 

『ああ』

 

「ゼアルって名前だったりしない?」

 

城前がそう問いかけた瞬間、円柱の空間を照らしていた真っ白な光と、ナンバーズの黄緑色の発光が、まるで喚起するかのように波打つ。

 

「あたりっぽいな」

 

『その名をどこで聞いたんだ、克己?その言葉は私にこれ以上ないほどしっくりとくる。まさしく私を表しているといっても過言ではない。そんな気持ちさえしてくる』

 

「そっか、うん。おれさ、別の次元からきたんだよ。そこだと、アストラルの使者さんは、ゼアルって名前だったんだ」

 

『君は私を知っていたのか』

 

「この世界とよく似た次元なんだ。おれはゼアルとあったことはないけど、ゼアル達が世界に平和をもたらしたことは知ってる。バリアンとアストラルと人間世界が平和になった」

 

『それはほんとうなのか?』

 

「おれはそれを成し遂げたやつをしってる。そいつじゃなきゃできないことも知ってる。でも、この世界にそいつはいないみたいだし、ゼアルも困ってるみたいだし、おれしかナンバーズ扱えないなら、やるしかねーよな。うん、いいぜ、ゼアル。協力してやるよ」

 

『ほんとうか?ありがとう、克己。君と握手できないのが本当に悔しい』

 

「うれしいこといってくれるじゃねーか。ただし条件がある」

 

『なんだ?私にできうることがあれば、なんだってしよう』

 

「ゼアルたちは、次元を転移できるよな?」

 

『今はその力すら失われているけれども、たしかにそうだ』

 

「おれはさ、元の世界に帰りたいんだ。協力するかわりに、その力が戻ったらおれを元の世界に帰してほしい」

 

『故郷に帰りたいというわけだな。ああ、わかった。城前がナンバーズを集めてくれたあかつきには、私は力を取り戻すことができるはず。その時には必ず君を元の世界に帰すために尽力することを誓おう』

 

「わかった。あ、ただし人間としてもどしてくれよ?おれの体を乗っ取って、体だけ、精神だけってのはなしな?」

 

『なぜ君がわざわざ忠告するのかわからないが、わかった。君を人間のまま元の世界に送ることができる方法を共に探すと約束しよう。わかったらきっと私は君を帰す』

 

「よっしゃ、わかった。ありがとな、ゼアル。おれもどうしていいんだか正直困ってたんだよ。これからよろしくな」

 

『こちらこそよろしく、克己』

 

城前が笑った直後、世界は白に塗りつぶされた。

 

「・・・・・・あれ?」

 

「大丈夫かい、城前君」

 

「あ、一馬さん。すいません、おれ、」

 

「いや、いいんだ。まさかアストラルの使者がそのまま君を鍵の中に連れて行くとは思わなくてね。目が覚めたようで良かった。説明しようとした矢先にこれとは、ほんとうにすまない」

 

「いえ、その、気にしないでください。おかげで、おれ、なにをしたらいいかわかったんで」

 

「その様子だとアストラルの使者と会話することができたということかな?」

 

「はい、ナンバーズを集める代わりに、俺を元の世界に帰せる方法がないか探して、実行してくれるって約束しました。この鍵、借りてもいいですか?」

 

「ああ、もちろん。ということは、しばらくハートランドにいるということだね。拠点はあるのかい?」

 

「あー、はい、一応。今泊まってるホテルにしようかなって」

 

「でも君は14,5だろう?しばらくはいいかもしれないが、いずれ補導されるかもしれない。それはまずいだろう。よかったら、うちを拠点にしてみてはどうかな?」

 

「え、いいんですか?」

 

「ああ、ナンバーズを使えるのは今のところ、君しか俺は見たことがない。会ったばかりの君にこんなことを頼むのは申し訳ないとは思うんだが、お願いできないか?ナンバーズを集めるために必要なことがあったらなんでもいってくれ。協力者はなんにんかいるんだ。彼らに君のことを伝えておこう」

 

「協力者、ですか」

 

「もしかしたら、君のところの世界でも名前は伝わっているのかもしれないね。バイロン・アークライト、そして天城フェイカーだ。今日、明日、というわけにはいかないけれど、君のナンバーズ集めに協力してくれるだろう」

 

「ありがとうございます」

 

「それをいうのはこちらだよ。どうか、よろしく頼む」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

しばらくして、城前が出てくるとご飯の準備ができたと明里が教えてくれた。

 

「というわけで、明里。城前君はハートランドでデュエルの勉強がしたいそうだ。うちで世話をすることになったから、よろしく頼むよ」

 

「どういうわけでそうなったの、お父さん!?え、え、嘘!?」

 

なぜか慌てている明里をみて、城前は不思議そうに首をかしげた。

 

 

 

聞き慣れたアラームの音がする。いつもの場所を手探りするが、なぜかない。繰り返し起床を促してくるアラームに根負けした城前は、起きようと体を起こした。その瞬間に反転する視界。え、と思う時間もなかった。間抜けな音がひっくり返る。豪快に投げ出された城前は、そのまま冷たい床にダイブした。ばさりと上からふってくる毛布に視界を遮られる。強打してしまった体をさすりながら、いてててて、と毛布から這い出てきた城前は、ようやく目を覚ました。アラームは鳴りっぱなしだ。音を頼りにふらふらと立ち上がると、ずいぶんと離れた書斎らしき机に充電器がささっており、スマホは主の起床を待っている。ここでようやく城前は気づくのだ。ベッドから落ちたと。やっぱり柵がないベッドはだめだ、寝相が悪すぎる自覚がある城前は思うのだ。

 

 

 

 

くあ、と大きくあくびをしながら伸びをする。視界がいつもより低いのは、2×歳から縮んでしまったからに違いない。軽く体を動かしながら、城前はトランクの中を漁るのだ。昨日、九十九邸にお世話になるとわかってから、最低限度の生活用品は買いあさった。しばらくはこれでいけるはず。いくらお世話になるといっても、いつまでかかるか分からないし、なんたって異性が屋根の下にいるのである。さすがに洗濯物までお願いするのは気が引ける。たまったらまとめてやってしまえばいいだろう。寮では自分でやるのがお約束だったのだから。そんなことを思いながら、タンスからトランクからひっぱりだした服に着替える。城前が一階に降りると、すでに九十九一家はそろっていた。ここに遊馬がいればこれほど幸福な家庭はないだろうに、つくづく残念でである。そんなことを思いながら、城前は笑顔を作った。

 

「おはようございます」

 

「あ、おはようございます、城前さん。ご飯できてますから、どーぞ」

 

「ありがとうございます」

 

軽くお辞儀をして、教えてもらった席に着く。昨日からお世話になっている身だが、やはりご飯がおいしい。実家から離れて地方都市で就職し、一人暮らしが長くなってきた城前にとっては、実家に帰ってきたときを思い出させてくれるようなラインナップだった。

 

「やっぱおいしそうだなあ。あ、いや、おいしいことは知ってますけど」

 

「あはは、城前君は面白いことをいうんだね」

 

「ほらほら、はやく食べないと冷めちゃうでしょう。明里も遅刻しないうちに早く食べちゃいなさい」

 

「はーい」

 

わざわざ待っていてくれたらしい。いただきます、と手を合わせた城前は、さっそく湯気が立つ献立に手を伸ばした。

 

「城前君、今日はどうするんだい?」

 

「んー、そうですね。昨日一日考えたんですけど、やっぱり一番手っ取り早いのは俺が有名になることかなって」

 

「ほう?」

 

「ネットで見たんですけど、ハートランドって、大会がたくさんあるじゃないですか。一般人が優勝したらニュースになるくらいだし、珍しいんですよね?」

 

「ああ、とんでもないニュースだよ。詳しくない明里がスクープだってわかるくらいね」

 

「もう、お父さんやめてよ!」

 

「あはは。だから、その一般人が大会に出まくったら、それなりに話題になるんじゃないかなーと思いまして。大会に入賞できればネットとかに画像とか動画とかばらまかれるし、そこにナンバーズが映っていれば、反応する人は反応するんじゃないかなーと思ったんです」

 

「なるほど、たしかにそうだね。いい考えだ」

 

「ですよね?だから、しばらくはそうやって動いていこうと思うんです」

 

「ってことは、えーっと、城前さんはどんどん大会に出るってことですか?」

 

「はい、そうです」

 

「有名になった方がそのナンバーズとかいうのが集まるから、取材とかどんどん受けちゃうってことですよね?」

 

「取材っておおげさな・・・・・そんなに何度も来ないですよ」

 

「城前さん、全然わかってないです。デュエルモンスターズに詳しくない私がスクープだって取材を申し込むくらい大ニュースだったんですよ?そんな人がどんどん大会に出るようになったら、知名度あがっちゃって取材とかいろいろすごいことになりますよ。あの、城前さん。その取材、私が一番最初にしちゃだめですか?」

 

「え?」

 

「だって、昨日とった取材の内容、上司に伝えたらすごく反応良かったんです。もしかしたら、もうちょっと紙面を任せてもらえるかもしれなくて。ばっちりいい記事書きますから!お願いします!」

 

「ええっ!?いや、おれは別に大会の結果に顔出せればそれでいいかなって」

 

「だーかーらー!ハートランドでは、プロ養成所に通ってる訳でもない決闘者が入賞することだって大ニュースなんですよ!?それなのに城前さん、優勝しちゃったじゃないですか!しかも2つの部門で!そんなの、前代未聞なんですからね!?デュエルモンスターズわかんない私だってわかりますよ、それくらい!もっとことの重大性を認識してください!」

 

「こらこら、明里、今は朝食中じゃ。静かにせんか」

 

「だっておばあちゃん」

 

「そうよ、明里。気持ちは分かるけど、ね?」

 

「お母さんまで・・・・・・ってなにその笑顔?!違う、違うからね、私、そんなんじゃないから!あーもう、お父さんも城前さんも笑わないでくださいよ!」

 

「あはは、ごめんなさい。えーっと、よくわかんないけど、取材受けたらいいんですよね?わかりました。九十九さんにはお世話になってるし、そのときはよろしくお願いします」

 

「あ、はい、って、あ、受けてくれるんですね!ありがとうございます、そのときはよろしくお願いします」

 

明里はうれしそうに笑う。ころころ表情が変わって忙しい人だなあと城前は思う。ゼアルだと両親が行方不明になってしまったせいで、遊馬の両親代わりとして、九十九家の大黒柱としてがんばらないといけなかった明里である。両親が健在なため、いろいろと変化が生じているのかもしれない。こうして見ていると遊馬と似ているところが多い気がする。

 

「城前くんは学校には行かんのか?」

 

「明里さんから聞いたと思いますけど、一応おれ、ここに来る前は社会人だったんですよ・・・・・・。行きたいのは山々なんですけど、おれ、たぶん戸籍ないですよね?」

 

「ああ、そうか。別の世界から来たって話じゃったな。すまんすまん、つい」

 

「いえ、気にしないでください」

 

「ふふ、でも今の城前さんはどうみても14,5にしか見えないから、お酒もたばこもだめよ?」

 

「わかってますよぉっ!」

 

うわああんと大げさに城前は泣いてみせる。やっと日本酒のおいしさが分かってきたところだったのに、と悔し涙さえ浮かべてみせる城前に、お、いける口だったのか、と男性陣は反応する。今の城前はどうみても未成年だ、本人が社会人だと主張したところで身分証明書はただの紙切れ同然、戸籍がない以上証明できるものはなにもない。目の前でお酒を飲む意地悪をしようとしている男性陣に、城前は鬼悪魔とののしった。もちろん食卓に上がるのは笑いだけである。明里はどうみても年下しかみえないのに、本来は明里よりずっと年上なのだと主張する少年がおもしろくてたまらない。たしかに振る舞いは14,5にあるまじきところが目立つけれども、こうした仕草はどうみても子供じみていた。

 

「それじゃ、いってきまーす」

 

「おれもいってきます」

 

「二人とも気をつけてね。いってらっしゃい」

 

「そうだ、城前君、今度の土日に昨日話した二人と時間がとれそうなんだ。予定は開けておいてくれるかい?」

 

「はーい、わかりました。大会とか詳しい情報もってかえったら、相談しますね」

 

「ああ、わかったよ。いってらっしゃい」

 

明里と共に城前は九十九邸を後にした。今日はハートランドの散策がメインだ。近くの書店で住所が詳細に載っている本を購入し、ハートランドにある比較的大きな公園をしらみつぶしに広げては付箋をつけていく。そして、カイトたちが通っていたはずのプロ養成所を調べ、そこから近いはずの公園を中心にバイクを走らせる。半日ほどかけて回り終えた城前は、エンタメデュエルを布教する遊勝の姿も、不審な格好をした融合次元の手先も、大道芸人の振りをして瑠璃を探すデニスを見つけることもできなかった。時期がまだなのか、運が悪く会えなかったのかはわからない。とりあえず、行くべきポイントがだいぶ絞り込めたのは、いい仕事なのではないだろうか。リュックに地図を押し込め、今度城前が向かったのは、一番規模が大きいカードショップである。

 

公式大会の告知はネットで調べることができるが、非公式のカードショップはそれぞれしらみつぶしに回っていくしかないのだ。

 

いらっしゃいませ、というスタッフの声と共に来店した城前は、迷うことなくカードコーナーに目を向ける。発売中のカードのラインナップをざっと確認してみる。

 

「やっぱ発売されてたのか、こいつら」

 

ファントムナイツ、レイドラプターズ、どこかで聞いたことがあるテーマである。新規テーマなのか、封入率が恐ろしく低いあたりレアばかりなのがうかがえる。ここでテーマを揃えるのは大変そうだ。これはあれか、プロデュエリスト養成所にいけば優先的にカードが入手できるみたいな得点でもあるんだろうか。だから一般人の入賞率が恐ろしく低いんだろうかと思う。提示されている値段がOCG次元とくらべて目玉が飛び出そうな値段なのが笑えない。とりあえず、興味本位でのぞいただけだ。実際に買う気は微塵もない。むしろ今使っているガガガデッキに合いそうなカードがないか探すには、ゴミのような値段がつけられている掘り出し物を見つけるべきだ。どういうわけかこの世界ではモンスターの攻撃力ばかりが優先して価値を見いだされる世界観なことに定評がある。100円のコーナーにきれいなヴェーラーが投げ売りされている時点でもはやお察しというやつだ。城前は早速いろんなコーナーを歩き回り、ほしいと思っていたカードたちを揃えていく。恐ろしいほど値段が低いカード達である。万が一OCG次元とこちらの次元を行き来することができれば、転売屋をやりたくなってしまうような価格差だ。価値観が違うって怖いなあと思いつつ、城前はこれください、といつの間にか一杯になってしまったかごを渡す。スタッフの対応を待っている間、近くにあるチラシを手に取った。ここのショップの大会日程が載っている。この調子でいくつか店を回ってみよう。

 

提示された値段に思わず二度見する。ゼロがひとつ足りないんじゃないですか、と聞きたくなってしまうような値段である。財布的にはありがたいけれども、なぜか根拠のない罪悪感がわいてきてしまう。とりあえず城前はお会計を済ませ、近くのデュエルスペースに向かう。さすがにスタンディングデュエルが普及しているハートランドである、テーブルデュエルのスペースは狭く、スタンディングデュエル用のブースが設けられていた。のぞいてみたが、やはり人はすくない。今は平日の日中だ、プロデュエリスト養成所に通っている決闘者は間違いなく居ない。城前はかまわずテーブルに座る。この次元ではカードにプロテクターをつける人間はいないらしく、おそろしいことにカードショップで売っていないことがわかってしまったのだ。手持ちの余りと100円均一で購入した別用途のものを3枚ずつセットしていくのは城前にとって当たり前の作業なのだ。カードが反り返る恐怖と戦いたくない。たとえ不思議そうにほかの客がその作業をみていたとしても城前はかまわなかった。一通り作業を終わらせた城前は、カードをしまい、別の場所に向かう。

 

「やっぱガガガは発売されてんだな」

 

城前の世界でも見たことがあるパックが展示ケースにあるが、全然売れていないことがわかる。封入王がいないだけでここまで影が薄いテーマになっているということはエクシーズのエースの不在は大きい。種類はそれなりに充実しているようだが、エクシーズモンスターだけが恐ろしいほどのレアカードに設定されているためか。ネットで調べたかぎりでは、入賞者の中に使用者を見つけることはできなかった。ガガガデッキはエクシーズモンスターがいなければ、そもそも成り立たないコンセプトのデッキである。カードを並べることに特化したデザインは、棒立ちになるとどうしようもなくなる。回し方が普及していない上、カードの価値が攻撃力に比重を置いているこの世界において、低評価なのは無理もない。首飾りなどで下克上を狙うカードもあるにはあるらしいが、デッキレシピを投稿するにいたるほど評価されていないテーマらしい。大会結果の一覧をみながら、入賞者について検索してみる。黒咲隼、天城カイト、ネームドキャラを確認することはできたが、城前はバリアン出身の彼らの名前を見つけることができなかった。遊馬がいないのだ、ナンバーズを回収するには絶好の機会だろうにどうしていないのかわからない。バリアンが融合と組んでいるという不吉な言葉をゼアルから聞いたばかりの城前は、ためいきしかでないのだった。

 

「まー、投げ売りされてんのはありがたいけどね」

 

千円札でもおつりが来てしまうサイドデッキにうれしいんだか、かなしいんだか、よくわからない感情のまま、城前は立ち寄ったカードショップでデッキ調整をしていた。ガガガがパッケージのカードを片っ端から購入しているのはおそらく城前だけである。物珍しげな視線が多い。城前だってこれがナンバーズを巡る戦いの前哨戦にたいする前投資でなければ誰がここまで投資するという話だ。遊馬のデッキは使用モンスターの種類も数も多いから、ナンバーズを活躍させようと思ったら、そのナンバーズに対応したデッキを組まないといけない。今はホープドラグーンしかないからいいが、そのうち増えてきたらどのみち必要になる。いつ融合次元の奇襲があるかわからないのだ。用意するにこしたことはない。

 

ひたすらカードプロテクターにいれるという作業に没頭していた城前は、声をかけられた。

 

「なあ、少しいいか?」

 

「はい?」

 

顔をあげた城前は固まる。そこにいたのはユートだった。え、うそ、まじかよ、まだ昼間だぞ!?さっき時計を確認したからわかる、まだ14時だ。プロ養成所なり学校なり通っているのなら、そもそも今の時間帯にいるのはおかしい。もしかして休みだったんだろうか?なんてこった、油断した。全然想定していなかった出会いに硬直している城前である。どうして声をかけられたのか、必死で考えた。

 

「あ、ごめん、邪魔だよな」

 

一応ゴミは持って帰る前提だが、いい顔をしない人が多いのも事実だ。あわてて片付けようとした城前に、ユートは首を振る。

 

「いや、違うんだ」

 

「え?」

 

「これだけ開けてるってことは、買ったんだよな?」

 

「ああ、うん、そうだけど」

 

「ここらへんのショップで、まとめて買ってる決闘者って君なのか?」

 

「そうだけど・・・・・・あ、もしかしてほしいカードがあるとか!?ごめんな、全然人気あるパックじゃないみたいだからつい!」

 

「いや、いいんだ。シングルで買えばいいと思ってたカードがなくなってるとは思わなくて」

 

「いやあ、あんな値段で売ってたらついほしくなっちゃって、あはは。ごめんな、なんのカード?」

 

「え、トレードしてくれるのか?」

 

「今ちょうどデッキくみ終わったところなんだ。余ったカードは売ろうと思ってたところだから大丈夫だぜ」

 

ここにあるか?と城前がひとまとめにしてあるカードを差し出す。ずっしりくる重さにどれだけ買ったんだこいつという視線を感じるが、城前は苦笑いしか浮かばない。できることなら9期のテーマが使いたかったが、城前の軍資金ではとうてい手が回らない。エクシーズはもっているものでしか補えない価格設定だと相場が分かってしまった以上、デッキパーツやエースがそろわないデッキでナンバーズ回収なんて危なすぎてできない。城前だってできるならEMオッドアイズ魔術師を使いたいが、それが無理なことくらいわかっている。ガガガデッキが一般に普及している知名度が低いテーマだとわかったのだ、初見殺しはこちらのほうがいいはず。

 

そういうことなら、とユートは隣のいすをひいて、一枚一枚確認し始めた。

 

「このテーマ好きなのか?」

 

「うん、好きだぜ。ハートランドで初めて優勝したテーマだし」

 

「ガガガデッキで?」

 

「ガガガデッキで」

 

「すごいな、どうやったんだ」

 

「エクシーズモンスターがないと実力を発揮できないテーマだけど、ランクが自由に変えられるコンセプトはやっぱ優秀だぜ?」

 

「ランクを自由に・・・・・・魔術師デッキのコンボパーツに使われてるのしか見たことがなかったな。そんな効果があるのか」

 

「あー、たしかにそっちも優秀な構築だけどな。おれはどっちかてーと、シスターからいろんなランクを狙うコンボ軸なんだ。エクシーズモンスター手に入りにくいし、低評価なのは無理ないよ。ま、おかげで初見殺し?地雷デッキ?ビギナーズラックってことで」

 

「ビギナーズラックってことは、どこかの養成所にはいったばかりなのか?」

 

「え?いや、おれは入ってないよ」

 

「えっ、入ってないのに入賞したのか?」

 

「あーうん、一応?」

 

「すごいな・・・・・・。名前を聞いてもいいか?俺はユート」

 

「おれは城前克己。よろしくなユート」

 

「ああ、よろしく」

 

「で、ほしいカードはあったかよ?」

 

「ああ、よかったらこのカード、なにかとトレードしてくれないか?」

 

差し出されたカード達に、城前は快諾する。

 

「あんまり手持ちはないんだが・・・・・・」

 

ユートはカードケースを漁る。

 

「ここに城前のほしいカードはあるか?」

 

差し出されたカードの束は、雑多なものだ。おそらく城前のようにダブったものばかりなのだろう、1枚しかないと思えば、何枚も重複しているものもある。ざっと目を通した城前はスマホで相場を検索する。似たような価格設定のものを検索しているのをみたユートは慌てる。

 

「いや、そこまで気を遣わなくてもいいぞ、城前」

 

「だって初めて会ってトレードするんだし、一応大事だろ、そういうの」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

「城前がそういうなら・・・・・・あ、でも、もしほしいカードが見合わないなら、トレードなんだ。こっちも応じるから気兼ねなくいってくれ」

 

「そっか。じゃあ一つ聞いていいか?ユートが使ってるデッキってさ、もしかしてファントムナイツ?」

 

「え?あ、ああ、そうだけどなんでわかったんだ?」

 

「そのダブったカードみりゃわかるよ。墓地発動からのエクシーズ狙うテーマにはお約束のライロのレアカードぜんぶ突っ込んでるってことはいらないんだろ?それに闇・戦士のサポートばっか入ってるし」

 

「なるほど、たしかにそうだ。でもすごいな、城前。養成所入ってないのにすごい知識だな。有名な師匠でもいるのか?」

 

「だからいないって。ぜんぶ独学だよ、ネットとかで調べた」

 

「独学?!」

 

「いやだって、おれがいたところだとハートランドみたいに教えてくれるとこなんてなかったよ。イベントで教えてくれたりはしたけどさ」

 

「そうなのか・・・・・・ああ、なるほど、だからこっちにきたのか?」

 

「んー、まあそんなところかな。大会一杯あるみたいだし」

 

「だからビギナーズラック、か。すごいな、一般人でそこまでがんばってるやつは初めて見た」

 

「ってことはユートは養成所通ってるのか?」

 

「ああ、入ったばかりなんだ。憧れてるやつがいる」

 

「へえ、そうなんだ。がんばれよ。っつーか、それならなんでこんな時間にいるんだよ?」

 

「今日は職員会議があるからな、いつも早いんだ。それに今日は休みだからな、養成所も」

 

「ふーん?養成所って塾みたいなもんなのか」

 

「ああ、そんな感じだ」

 

「へえ」

 

「城前は興味ないのか?」

 

「うーん、まだハートランドきたばっかでよくわかんないんだよな。大会出まくった方が強いやつらと当たれるだろうし、今んとこそっち方面で考えてる」

 

「そうなのか。城前はすごいな、普通の人とは全然違う考え方をしてる」

 

「え、そうか?」

 

「ああ、プロになりたいなら養成所って普通は考えるからな」

 

城前が知っているより、幾分幼いユートは興味津々で城前にいろんなことを聞いてくる。やっぱり一般人がデュエルモンスターズで強くなろうと考えたとき、城前のような存在は異端なのだとうかがえる。そこまで聞いてしまうと、どこかの養成所に入ってネームドキャラと知り合ったり、ランキング上位の人とぶつかれたりするようにした方がナンバーズの持ち主の目にとまる可能性が高まるだろうか。でもまだ明里の雑誌が発売されていないから、反響がよくわからない面もある。発売日は来週だから、どのみちいろんな選択肢について考えるのはまだ先だ。今はナンバーズに操られた決闘者と戦うために、いろんなカードを入手する方が先だ。

 

「それじゃあ、養成所に通ってるユートの実力がどんなもんなのか、見せてくれよ。それがトレードの条件ってことで」

 

「えっ、カードはいいのか?」

 

「いいよ。今のおれにはそっちの方がずっと大事だしな」

 

「わかった。そういうことなら相手になろう」

 

「さんきゅー、助かるぜ」

 

城前は組んだばかりのデッキをデュエルディスクにセットする。その分厚さにスリーブを三重にしていると気づいたユートはすごいなと呟いた。うるせえ、ほっとけ!おれは三重にしないと不安でたまらないんだよ、と思いながら、城前はユートと共にデュエルスペースに足を運んだのだった。

 



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if エクシーズ編②

ユートのデッキに限らず、エクシーズに特化したデッキはコンボデッキの側面が強い。そのためキーカードがわかりやすい。これを通してしまうとほぼ負けが確定してしまう、あるいは相当苦しい状況に追い込まれるようなカードが存在する。コンボはカウンターに弱いのが当たり前であり、マストカウンターを見極められてしまうと致命的な影響を受けてしまう。投入されたカードすべてが戦力であるグッドスタッフが環境から排斥されて久しいハートランドでは、いかにキーカードを通していくかが課題だとユートは習ったばかりだった。

 

相手の行動を観察して、その対抗策を警戒することが勝利への道だと。

 

ただ、今日知り合った城前という決闘者が扱うガガガデッキというテーマを、ユートは正直把握できていなかった。地雷デッキ、初見殺しデッキだ、と本人がいうのだ、少なからずそういう側面に頼った部分はあるのだろうとは思っていた。城前はとても勉強熱心なようで、その入手の難しさ故に対策もまだまだされていないファントムナイツの微妙なかみあわなさと弱点を分かっていたらしい。その差がプレイングに露骨にでたといってよかった。墓地が肥えていない状態での展開の遅さはずっとユートが悩んでいる部分でもある。そこをピンポイントでつかれてしまった。

 

プロを志す養成所に通い始めた手前、正直面白くない。

 

「俺の実力をみたいと言ったのは城前だろ、ワンショットしてどうするんだ」

 

思わず文句も出てしまう。こちらの実力不足と知識不足が招いた部分もあるのだが、まだ小学生のユートはそこまで正直に認めることができない。ごめんごめん、と手を合わせて謝ってくる城前がいうには、いつになく手札がよかったらしい。これは狙うしかなかったと言われても困る。

 

「そう拗ねるなよ、ユート」

 

「拗ねてない」

 

「その程度なのかよ、プロ養成所って」

 

「そんなわけないだろう!」

 

反射的にユートは返す。大会で憧れている決闘者がいる。ずっと憧れている人がいる。ようやく所属しているプロ養成所の門をたたいて、試行期間が終わろうとしているのだ。まだまだ追いつくには時間がかかるけれども、いつかは同じ舞台に立ちたいと願ってやまない場所である。もちろん城前の口調から本気で侮辱しているわけではなく、ユートが不機嫌になってしまったから、奮い立たせようとしていることはわかる。それでも唇はとがってしまう。

 

「言ってくれると思ったぜ。あんなに楽しそうに教えてくれたんだ、そんなわけねーよな。じゃあ、見せてくれよ。ユートがそこで学んでること」

 

「ああ、もちろん。もう一回だ、城前」

 

「いいぜ、かかってこいよ。今度は事故るなよ?」

 

「だから手札事故じゃない!」

 

「だから、そこでムキになるのがそれっぽいんだって」

 

「ぐ」

 

たしかに初手で罠が固まっていることは否定できないユートである。城前のデッキがある程度わかったのだ、今度は負けたくない。そう思って始まった決闘は、先ほどよりターンが長引いた。

 

「俺はこの瞬間を待っていた!」

 

「なんだって!?」

 

「俺は手札から《幻影騎士団ダスティローブ》を召喚する!そして《影無茶ナイト》のモンスター効果を発動!レベル3のモンスターの召喚に成功した場合、手札から特殊召喚することができる!こい、《影無茶

ナイト》!」

 

「レベル3モンスターが2体!くるか、ユート!」

 

「ああ、何度も同じ手は食わない!俺はレベル3《影無茶ナイト》とレベル3《ダスティローブ》でオーバーレイ!こい、ランク3!《幻影騎士団ブレイクソード》!」

 

「きやがったな、ランク3のダイヤウルフ!」

 

「効果はしっているみたいだな。なら、説明は不要だな、城前。俺は《ブレイクソード》のオーバーレイユニットを1枚取り除き、モンスター効果を発動!城前の《No.39希望皇ホープ》と《ブレイクソード》を破壊する!」

 

「おっと、そうはいかねえな!おれは《ブレイクスルー・スキル》の効果を発動!その効果は無効にさせてもらうぜ!」

 

「一度食らった手はもう通用しない!俺は墓地にある《幻影騎士団トゥーム・シールド》を除外し、城前の《ブレイクスルー・スキル》の効果を無効にする!」

 

「げっ、通っちまったか」

 

「さあ、一気に決めさせてもらうぞ、城前!俺は《ブレイクソード》の効果により墓地からすでに墓地にあった《サイレントブーツ》とエクシーズユニットだった《ダスティローブ》をレベル4にして特殊召喚する!そしてこの2体でオーバーレイ!こい、ランク4!《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》!」

 

ユートのフィールドには、エースが登場した。真正面からその勇姿をみることができた興奮を城前は隠すことができない。口上がないのはエクシーズ次元がまだ平和だからだろうか、それともユートがまだ口上を考えていないだけだろうか。それはわからないけれども、迫力ある雄叫びがあたりに木霊した。

 

「《ダーク・リベリオン》、そいつがユートのエースか!でも《幻影霧剣》で置物になってるとはいえ、おれの《ホープドラグーン》の攻撃力には及ばねえぜ!」

 

「ああ、たしかにそうだ。でも超えてみせる!《ダーク・リベリオン》のエクシーズユニットを2枚取り除き、モンスター効果を発動!《ホープドラグーン》の攻撃力を半分にし、その攻撃力分アップする!いけ、トリ-ズン・ディスチャージ!」

 

「おっと、そうはいかねえよ!俺は墓地にある《スキル・プリズナー》を除外して、効果を発動するぜ!もちろん対象は《ホープドラグーン》だ!こいつを対象として発動したモンスター効果は無効だ!」

 

「くっ、」

 

「あっぶねえ」

 

「まだ安心するのははやすぎるんじゃないか?」

 

「なんだって?」

 

「俺は言っただろ、城前。超えてみせるって!」

 

「へえ、じゃあ見せてみろよ!」

 

「まさか初めてのデュエルでここまで追い詰められるとは思わなかった。ここで決めないと俺は負けるな。でも俺は負けない!いくぞ、城前!」

 

「こいよ、ユート」

 

「俺は墓地にある《ダスティローブ》を除外してモンスター効果を発動!デッキから同名カード以外の《幻影騎士団》カードを1枚手札に加える!俺が手札に加えるのは、《RUMー幻影騎士団ラウンチ》だ!」

 

城前は目を見開いた。初めてみるカードである。漫画版のユートのカードが混じっていたりするから、もしかしたらとは思っていたが、まさか本当に知らないカードが出てくるとは思わなかった。これはやっと面白くなってきた。そう思った。

 

これまでのターンの流れで、幻影騎士団のカードを把握している様子が目立っていた城前が初めて狼狽えた様子を見たユートは、なんとなくうれしくなって口元をつり上げた。極端な話、ずっと詰め将棋をしているような気分だった。このターンでようやく流れを引き込むことができたが、それまではずっと城前がユートが苦手とするところで妨害や展開をぶち当ててくる。間髪でサクリファイスエスケープを決めたり、ワンショットキルを止めたりできていたが、ひやひやしっぱなしだったのだ。やっとつかめた運命の糸だ、逃す気はなかった。

「さすがに知らないみたいだな、城前。俺は《幻影騎士団ラウンチ》の効果を発動!このカードは自分フィールドにあるエクシーズユニットがない闇属性エクシーズモンスター1体を対象として、発動することができる!対象となったモンスターをランクが1つ高い闇属性エクシーズモンスターにランクアップすることができるんだ!俺はレベル4《ダーク・リベリオン》でオーバーレイを再構築!こい、ランク5!《ダーク・レクイレム・エクシーズ・ドラゴン》!!」

 

城前の目前に、見たこともない美しいドラゴンが飛翔する。城前は息をのんだ。

 

「《ダーク・レクイレム》は《ダーク・リベリオン》をエクシーズユニットとしているとき、効果を得ることができる。俺は《ダーク・リベリオン》を取り除き、モンスター効果を発動!《ホープドラグーン》の攻撃力を0にして、その分攻撃力をアップする!そして、俺は《D・D・R》を発動、除外されている《ダスティローブ》を特殊召喚する!さらに手札から2枚目の《サイレントブーツ》を特殊召喚する!2体でオーバーレイ!再び現れろ、ランク3!《ブレイクソード》!もちろん対象は《ブレイクソード》と《ホープドラグーン》だ!」

 

「くっ」

 

「そしてレベル4の《サイレントブーツ》《ダスティローブ》を特殊召喚し、2体でオーバーレイ!こい、ランク4!《ヴェルズ・タナトス》!さあ、これで終わりだ、城前!2体でダイレクトアタック!!」

 

「うわあああっ!」

 

城前の敗北を告げるブザーが鳴り響いた。

 

「あー、負けた負けた。楽しかったぜ、ユート」

 

ほこりを払いながら立ち上がった城前は、ありがとな、と笑った。さっきの何もできないままのワンショットの雪辱を晴らすことができたユートはうなずいた。

 

「《ダーク・レクイレム》と《RUMー幻影騎士団ラウンチ》か、初めて見た!なあ、どんなカードか見せてくれよ!」

 

「え?あ、ああ、いいけど。そんなに気になるのか?」

 

「当たり前だろ、知らないカードが出てきてテンションあがらない決闘者なんているのかよ?」

 

「まあ、たしかに」

 

城前のエクストラデッキから召喚されるモンスターは、いずれもユートがハートランドで一度も見たことがないモンスターばかりだった。どきどきしたのは事実だ。それと同じことを城前は感じてくれたらしい。《RUM-幻影騎士団ラウンチ》が出てきた瞬間から、城前のテンションがみるからに上がったのはよくわかる。ネットなどで調べたのに出てこなかったカードを相手が使ってきた瞬間の緊張感と好奇心がない交ぜになった感覚は、高揚感と相まって楽しいものになるのだろう。それなら、とユートは提案する。

 

「城前のエクストラ、見せてくれないか?《ホープ》と《ホープドラゴン》が気になる」

 

さすがにエクストラデッキをすべて見せてくれとはいえない。でも、デュエルで活躍したモンスターくらいならいいだろう、城前も同じこと言ってるんだし。城前はいいぜとうなずいた。そしてデュエルディスクからカードを2枚取り出し、差し出す。

 

「このナンバーは?これも名前なのか?」

 

「そうそう、ナンバーズっていうんだ」

 

「ナンバーズ、か。変わったテーマだな」

 

「テーマというか、シリーズというか、見ての通り99枚あるんだ。おれ、このナンバーズ集めてるんだよ。珍しいカードだからなかなか見つからないんだよな。もし見かけたら教えてくれよ」

 

「ああ、わかった」

 

「さんきゅー、助かるぜ。おれがハートランドにきたのは、このカード集めるためでもあるからさ」

 

「そうなのか・・・・・・なるほど。でもエクストラは15枚だろ?99枚は入らないんじゃないか?」

 

「だからさっき組んでたんだよ、たくさん」

 

「ああ、なるほど、そういうことか。あはは、大変そうだな、城前。がんばれ」

 

「おう、がんばる。さーて、どうするよ、ユート。いい子はおうちに帰る時間だぜ?」

 

「まだ決着ついてないのに帰るわけないだろ」

 

「よっしゃ、さすがはユート。言ってくれると思ってた。さあ、いこうぜ」

 

「ああ」

 

デュエルブースの独占をスタッフに注意されるまで、城前とユートのデュエルは続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポーターからマイクを向けられたカイトは、いつもなら相手にしない取材をうける理由をぶつける。

 

「ふん、インタビューなど好みではないが、ある人物にメッセージを伝えるため、ここは利用させてもらおう。俺は必ずこの大会に優勝し、最強のデュエリストだと証明してみせる」

 

いつもなら軽くあしらわれる今大会の優勝候補から、強気な断言を引き出せたインタビュアーは興奮気味にその先を促す。

 

「ハートランドに俺の実力を認めさせると同時に、デュエルを授けてくれた師にも認めさせてやる」

 

カイトの師匠。クローバー校が誇るエースを育て上げた師匠、思わぬ発言にインタビュアーは名前を聞いた。

 

「クリス、クリストファー・アークライトだ。我が師よ、このニュースをみているのならこの大会にエントリーしてその目で俺を見極めてみろ。未だに俺が未完成などと言わせはしない!決勝戦の舞台で待っている!」

 

公共の電波で名前まで出した時点で、次の日からクリスの名前が町中の噂になるのはあたりまえ。たとえクリスがニュースをみていなかったとしても、本人の耳にはいるのはまちがいない。ハートランドのマスコミは、こぞって将来のプロデュエリストの師匠が誰か躍起になってしらべるだろう。クリスに多大な迷惑をかけることはわかっているがカイトはかまわなかった。

 

クリスはかつてカイトにデュエルを教えた男だ。極東チャンピオンのプロをしている弟はすでにプロであり、指導もかねていたクリスの指導力は明白。このままプロになるまで教えを請うつもりでいたカイトに突きつけられたのは、もうくるなと言う突然の別れだった。

 

「君のデュエルは確かに完璧に近い。しかし完璧ではない。自分になにが足りないのか、よく考えてみることだ。それがわかったらまたくるといい」

 

いくら問いつめてもそう繰り返して諭すクリスを思い出すたびに苦い記憶がよみがえる。カイトがクローバー校にはいる数年前の話だ。良くも悪くもかつての自分とは変わりつつあることをカイトは自覚している。今ならクリスの言葉がわかる気がした。だから強硬手段にでたのだ。正攻法では応じてくれないことなど突然の離別が納得行かずアークライト邸に通い詰めたあのときに思い知っているのだ。少しくらい意匠返ししてもいいはずだ。

 

こうして、カイトは満を持して、ハートランド主催の大規模な大会に参戦することを宣言し、インタビューを終えたのだった。翌週にはクリスに関する特集記事が並び、デュエル大会に参加すると明言されたことでカイトは全力を出すことを誓ったのである。余計なお節介でオービタルがクリスのデュエルデータを収集しようとして軽くあしらわれ、マシンスペックをもっと上げろといわれたと嘆く事件はあったもの、それ以外は問題なく予選は進む。順当に勝ち上がり、カイトは早々に準決勝進出をきめた。そして控え室でクリスとデュエルする準々決勝の相手とのデュエルをみていたのである。トーナメント表をみる限りでは、相手を先行制圧してなにもできないまま封殺する相手以外、クリスの障壁になりそうな決闘者はいなかったのである。クリスと同様公式大会には縁遠い人間なのかデータがない者同士のデュエルだった。結果だけみればカイトの漠然と抱いていた理想どおり、クリスが勝ち上がり相手は負けた。しかし、問題はそれではない。気づけばカイトは会場に向かっていた。控え室で待っていれば帰るために荷物を取りにくることはわかっていたが我慢できなかった。すれ違ったサヤカたちがどうしたの?と叫ぶのが聞こえたがそれどころではなかった。

 

「待て!」

 

「え、もしかして、おれか?」

 

「ああ、そうだ。城前克己」

 

予想通り、控え室に向かう途中だったらしい相手は、全力で走ってきたカイトに呼ばれて目を丸くする。ぜいぜい息をあらげながら近寄ってくるカイトに戸惑いがちに首を傾げた。

 

「おまえに聞きたいことがある」

 

「え?なんだよ」

 

「クリスとのデュエルで使ったあのカード、どこで手に入れた」

 

カイトの発言に城前は心当たりがあるのか、あー、と頬をかく。

 

「やっぱナンバーズ使うのまずかったか」

 

「ナンバーズ?なんのことだ」

 

「・・・・・・え?」

 

「なにを驚いている」

 

「ホープとかライトニングのことじゃねーの?」

 

「たしかにあのカードは驚異だったが、そうではない。俺が聞きたいのはダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンのことだ」

 

その言葉を聞いた途端、城前は硬直する。そして冷や汗がたらりとながれた。

 

「その様子だとユートのことは知っているようだな。あのカードはまさしくスペード校のユートのエースモンスターだ。一般に販売されていた覚えはない。その上効果が汎用性を高めているとなると捨ておけん。どこで手に入れた?クリスに全力でぶつかり、敗北してなお誉められていた実力者がカードを偽造するとは思えない。コピーカードなのだろう、つかまされるとは軽率だったな」

 

「・・・・・・たしかに買ったカードだけどさ」

 

「どこのショップだ?」

 

城前が教えてくれたショップは聞いたことがない。わざわざ遠征してきているそうだから、地方のショップなのだろう。カイトは城前が挙動不審に陥っていることを確認し、大会失格を心配しているとふんだ。

 

「城前、ダーク・リベリオンを見せてみろ」

 

「お、おう」

 

差し出されたカードをみて、カイトは目を細めた。

 

「すごい完成度だな、俺もユートとデュエルしたことがなければわからないレベルだ。一般人ではコピーカードだと判断するのは不可能だろう、おまえに落ち度はない。ついてこい、城前。運営委員会には俺が掛け合ってやる」

 

先を促され、城前は不安な顔をしたまま、カイトのあとを追った。

 

 

 

まさか、3日も早く会うことになるとは、とカイトの父親たる研究者は笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

二ヶ月後

 

 

 

 

 

 

 

「ユート、今度の土曜日予定はあるか」

 

「今度の土曜?予定は特に・・・・・・急にどうしたんだ、隼」

 

「今度学校対抗のデュエル大会があるだろう、観戦にいかないか」

 

「それはしってる。でも隼たちがでるのは日曜だろう?土曜は予選じゃないのか?」

 

不思議そうに訪ねてくるユートに、黒咲はパンフレットを渡しながらいった。

 

「カイトたちが出るんだ、行くぞ」

 

「えっ、カイト達が!?」

 

ユートはあわててパンフレットの出場者リストをめくり始めた。黒咲は真剣な表情のまま、なにかを考え込んでいるのか腕を組んだ。

 

プロデュエリストを目指す訓練生の実力向上と交流をかねて、定期的に開催されているのが学校対抗のデュエル大会である。団体、シングル、タッグデュエル、アクションデュエルの4種目で行われており、出場者は学校を代表するデュエリストばかりだった。

 

シングルスは勝ち抜き方式で行われ、それぞれの学校内で行われる予選を突破した決闘者のうち、シードを与えられる選手が各校2名、予選を免除される準シード選手各校4名を含む120名ほどが参加資格を得ることができる。シード選手は国際大会のルールに従い、世界ランキングを元に決定されていた。

 

団体はトーナメント戦で行われる。参加人数は16チーム。団体戦出場資格を得た各チームは、シングルスに出場資格を持つ決闘者に、団体戦のみに出場する決闘者に加えて、3名のチームを編成しなければならない。シード権のリストはシングル同様世界ランキングをもとに参加する決闘者を対象としたリストで順位が決定していた。団体戦はシングルスを2試合、タッグデュエルを1試合、シングルスを2試合の順で行われ、先に3試合を先取したチームが勝利となる。

 

監督から配布された日程表に目を通した黒咲は、いつもならすぐに見つけられるはずの名前が見あたらず困惑する。毎年、カイトを擁するクローバー校と黒咲率いるスペード校は、シングルスはもちろん、団体戦も毎年シード枠である。予選が行われる日程は訓練場で最終調整にいそしむのが定番だった。順当に勝ち進めばどのあたりでぶつかるのかシード枠をざっと確認した黒咲は、シングルスですぐにカイトの名前を見つけることができたのだが、団体の項目にクローバー校の名前が見あたらないのだ。どういうことだ。カイトもサヤカもランキング上位の常連のはず、普通ならば自動的にシード枠になるはずだ。まさか3人目がランキング上位ではないのだろうか。そう思って準シードのリストをめくってみるがそこには校章も名前も見あたらない。まさかと思って今までみもしなかった予選枠を確認した黒咲は、ようやくクローバー校の名前を見つけることができた。メンバーを確認してみる。カイトとサヤカはおなじみとして、今回、黒咲が知らない名前がそこにはあった。この決闘者がクローバー校の団体戦における平均ランキングを著しく下げているのは間違いない。いったい何者だろうか、と黒咲は思案するが全く記憶にない名前である。年齢は黒咲と同じ、一度も決闘をしたことがないのはめずらしい。団体の登録はタッグデュエルとシングルデュエルである。いつもは縁がないタッグデュエルの項目をみてみる。カイトと組んでいるこいつは予選に名前がある。疑問ばかりが浮かんでは消える。タッグデュエルのランキングもシングルスのランキングも予選を勝ち抜けなければいけないほどの実力なのに、わざわざカイトとおなじチームに入る理由がわからない。それだけ見込みがあるのだろうか、この決闘者は。

 

 

これは一度確認しなければならない。そう、思ったのだった。

 

「城前克己・・・・・・?」

 

「知らない名前だ」

 

「留学生?」

 

「さあ、な」

 

「カイトに聞いてみるか?」

 

「必要ない。トーナメントまで勝ち上がってこなければ、その程度の決闘者ということだ。目指すのは同じ高見だ、いずれぶつかるときがくる」

 

「でも、予選は見に行くんだろ?」

 

「それとこれとは話が別だ、ユート。俺はカイトの応援に行くだけだ」

 

「ほんとにそれだけなのか?」

 

「ユート」

 

ばつが悪くなったのか、低くなる声と黙れと言う無言の圧力をかけてくる金の目に、ユートはおかしくなってきて、笑ってしまったのだった。

 

トーナメントとは比べものにならない団体戦の予選会場は、早朝からごった返していた。もちろんクローバー校の制服が目立つ中、私服姿の黒咲達のような偵察にきているチームもちらほら見える。それだけ問題行動を起こしたわけでもないのに、予選から勝ち上がることになったクローバー校は注目の的だったのである。

 

城前克己という青年は、無名の訓練校から転校してきたライトロード使いである、という紹介がはいる。ライトロードといえば海外からハートランドに入ってきたテーマである。外国からの留学生だろうか、そのわりには黒咲達となんら変わらないようにみえたが。誰もが注目する試合は、シングルスにてサヤカが順当に相手を下し、クローバー校が1試合を先取した。次はいよいよ注目の城前克己である。戻ってきたサヤカにお疲れさん、とタオルとミネラルウォーターを渡した城前は、傍らでずっと話していた主将のカイトに声をかけられる。振り返った城前に、カイトは勝ってこい、と背中をおした。痛い痛いとおおげさに顔をゆがませた城前に、サヤカが笑う。せっかくの1勝ちをイーブンにするなと手厳しい応援がとんできたのか、城前はもっと応援してくれよとがっくり肩を落とした。

 

ずいぶんと仲がよさそうである。悪い奴じゃなさそうだ。カイトがわざわざ自分のチームに入れるくらいだ、当たり前だが。ほっとしたユートだったが、黒咲はデュエルをみてから決めると冷静である。対戦相手もやってくる。城前はデュエルディスクを構えた。ブザーが鳴る。先行は城前だった。

 

 

「おれは《ライトロード・アサシン ライデン》を攻撃表示で召喚する。そして魔法発動、《左腕の代償》!このカードを発動するターン、おれは魔法・罠をセットすることができない。このカード以外の手札が2枚以上の場合、その手札をすべて除外して発動できる。デッキから魔法カードを1枚手札に加える。おれが手にしたのはこいつだ、《同胞の絆》!このカードを発動するターン、おれはバトルフェイズを行えない。2000ポイントのライフを支払い、自分フィールド上のモンスター1体を対象に効果を発動することができる。ライデンと同じ種族、属性、レベルのカード名が異なるモンスター2体をデッキから特殊召喚することができる」

 

 

城前のフィールドには、《ライトロード・モンク エイリン》《ライトロード・ウォリアー ガロス》が特殊召喚された。黒咲は目を見開く。《左腕の代償》は2枚以上の手札をすべて除外という重い発動コストを持つが、この布陣では全く意味をなさない。デメリットのない魔法サーチカードと化しているではないか。黒咲の直感通り、超高速の墓地肥やしが始まった。

 

 

「ライデンの効果でデッキトップからカードを2枚墓地に送るぜ。そしてガロスの効果を発動、カードを2枚墓地に送り、2枚ドロー。おっと、《エクリプス・ワイバーン》が落ちたから効果を発動、デッキから《混沌帝竜ー終焉の使者ー》を除外するぜ。エンドフェイズにエイリンの効果でさらに3枚墓地に送る。追加でガロスの効果を発動、カードを2枚墓地に送り、1枚ドローだ。ターンエンド」

 

 

13枚の墓地肥やし、そして6枚以下のドローが可能になるコンボに黒咲は戦慄する。この墓地リソースを武器になにを仕掛けてくるのか、冷や汗が流れた。次のターン、なにもできなければ城前はゲームを終わらせにかかるだろう。ライトロードは墓地肥やしからすべてがはじまるテーマである。たった1ターンでここまでそろえてくるとは、さすがは混沌使いといったところだろうか。《裁きの龍》ではなく《混沌帝龍ー終焉の使者ー》のサーチを選択した理由が気になるところだ。

 

 

ターンの終了を宣言したとき、すごいな、と乾いた笑いがユートからもれる。黒咲の目に浮かんでいたのはいいようのない高揚感だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なあなあ、克己、克己!頼むからさあ、代わってくれよ!』

 

「んだよ、こんな時に!ふざけんじゃねえ、今は遊んでるような状況じゃねえってことくらいわかるだろ」

 

城前は頭の中にがんがん響きわたる声に舌打ちする。

 

『だって克己、このままじゃデュエルに負けちまうだろ!カードにされるのも、負けるのも、俺は嫌だ!このままじゃやばいことくらいわかってる!俺にその勝負、預けてくれよ頼むから!』

 

「は、バカいってんじゃねえよ。鍵からでれねえほど瀕死の癖して、自殺でもする気か?」

 

『それは今の克己だって同じだろ!一緒にアストラル世界にいくって約束したんだ、それを守れなくなるのが嫌なんだよ!』

 

「っくそ、うるせえ!」

 

『ああもう、克己の分からず屋!もーいい、こうなったら無理矢理にでも休ませてやる!』

 

ハルトを人質に取られ、裏切らなければバリアン世界に連れていくと宣言されたカイトと何者かの意識を上書きされているハルトとの決闘に追いつめられた城前は、ふらふらと立ち上がる。実体化するモンスターからの攻撃が直撃し、凄まじいダメージがおそっているらしい。カイトはいたたまれず目をそらす。エンドフィズを宣言した。その

直後に突然始まった一人の問答である。カイトは目を見開いた。明かな豹変だった。

 

顔を上げた城前は、初めてダメージを自覚したような反応を示す。悶絶する城前にカイトは違和感のあまり見つめていることしかできない。

 

「克己のうそつき、やっぱすっげえ痛え」

 

克己、と城前を呼ぶその声は、まるで別人のようだ。それを肯定するように、ハルトの意識を乗っ取っている何者かが敵意を剥き出しにする。城前にデュエルを強要したのは、こいつの登場を待っていたかのような言葉である。城前はハルトを見る。その眼差しは怒りに満ちていた。

 

「よっくも克己をこんな目にあわせたな!ぜってえ許さねえぞ!」

 

「お前がそいつにとりついてるから悪いんだろう。違うのか?」

 

「克己はそれも含めていいよって言ってくれたんだ、俺はその気持ちに応える!ハルトってやつにとりついて、カイトってやつに言うこと聞かせてるお前にだけはいわれたくねえよ!」

 

城前は、そういってターンの宣言をした。

 

「最強の決闘者のデュエルはすべて必然!ドローカードさえも決闘者が創造する!すべての光よ!力よ!我が右腕に宿り希望の道筋を照らせ!シャイニング・ドロー!」

 

それはハルトとは真逆の光だった。ドローするたびにまがまがしいエネルギーが観測されるハルトとは真逆に、あまりにも神々しい光のエネルギーが観測される。どちらも通常のデュエルでは発生し得ないものだ。

 

「俺は魔法カード《勝利の方程式》を発動!相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、発動することができる。エクストラデッキから「カオスナンバーズ」と名の付いたモンスター以外の「ナンバーズ」と名の付いたエクシーズモンスター1体を特殊召喚する。その後、この効果で特殊召喚したエクシーズモンスターの下にこのカードを重ねてエクシーズユニットとする事ができる。俺が呼び出すのは《NO.39希望皇ホープ》!そしてさらに手札から魔法カード《RUM-ホープ・フォース》を発動!このカードはエクシーズ素材を2つもつ《NO.39希望皇ホープ》1体を対象に効果を発動できる!選択したモンスターよりもランクが1つ、または2つ高いモンスター2体を自分のエクストラデッキから特殊召喚することができる!その後、その特殊召喚したエクシーズモンスター2体の下に対象モンスターのエクシーズユニットを1枚ずつ重ねてエクシーズ素材とすることができる!ダブルアップエクシーズチェンジ!」

 

上空に渦巻く銀河の渦が光の矢を落とし、城前のフィールドに飛来する。

 

「こい!《NO.39希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》!」

 

一気に3体のモンスターが並んだ。

 

「俺のフィールドにはナンバーズが3体いる!よってこのカードの効果を発動する!魔法カード《エクシーズ・トレジャー》!フィールド上に表側表示で存在するモンスターエクシーズの数だけ自分のデッキからカードをドローすることができる!よって3枚ドロー!もう1枚の《エクシーズ・トレジャー》を発動、よってさらに3枚ドロー!さあ、いくぞ!俺は《HRUM(ハイパーランクアップマジック)ーアルティメット・フォース》の効果を発動!自分フィールドの「ホープ」と名の付いたモンスターエクシーズ1体を選択して発動する。ナンバーズと名の付いたランク10のモンスターエクシーズ1体を自分のエクストラデッキから選択したモンスターに重ねてエクシーズ召喚することができる!そして、このカードの効果でこのカードをエクシーズ召喚したモンスターのエクシーズユニットとすることができる!」

 

城前は今まで見たことがないほどきれいな笑みを浮かべていた。

 

「現れよ、No.99!砕け散りし我が魂の記憶、今、ひとつとなりて天命を貫く霹靂となれ!これがナンバーズの終焉にして頂点!希望皇龍ホープドラグーン!そして、エクシーズユニットを1つ取り除き、俺は墓地に眠りし《NO.No.39希望皇ホープ》を蘇生し、オーバーレイネットワークを構築!ランクアップエクシーズチェンジ!一粒の希望よ!今電光石火の雷となり闇から飛び立て!現れろSNo(シャイニングナンバーズ)39!《希望皇ホープ・ザ・ライトニング》!さあ、バトルだ!ビヨンド・ザ・ホープで攻撃だ!ビヨンド・ザ・スラッシュ!」

 

「なにを考えているんだ、城前!こっちには・・・」

 

「《No.39希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》はナンバーと名の付いたモンスター以外との戦闘では破壊されない。それに加えて、このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分フィールドのモンスターは相手のカードの効果を受け付けない!よって

《和睦の使者》の効果は無効となる!さらにホープをエクシーズユニットとしてエクシーズ召喚しているため、お前たちのモンスターの攻撃力はすべて0、バトルは続行だ!いけ!」

 

それは容赦のない猛攻だった。モンスターは破壊され、ホープたちの攻撃は反射的にハルトをかばったカイトではなく、その後ろに不自然に延びる闇の螺旋めがけて突き刺さる。カオスナンバーズをランクアップさせる度に出現していたそれは、今まで観測したことがない波長のエネルギーを放出したあと、突然姿を消してしまった。それと同時に、ハルトは意識を失い倒れてしまう。すでにカイトの腕の中にいたため難を逃れたが、どさりという音が聞こえる。はじかれたように顔を上げたカイトが呼びかけたその先には、倒れてしまった城前がいる。真っ青になったカイトはあわててオービタルを走らせる。

 

「カイト様!城前モハルト様ト同様意識ヲ失ッテイルデアリマス!」

 

「なっ!?は、はやく救護を呼べオービタル!救急車より俺達の研究室の方が早い!」

 

了解、とどんどん声が大きくなるカイトの動揺を受け止めてしまい、オービタルもわたわたと準備を始める。

 

「ハルト・・・城前・・・あいつらは、いったい」

 

緊急治療室から出てこないハルトたちを鏡越しに見つめ、カイトは行き場の失った拳をたたきつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒咲が城前克己を知ったのは、1年ほど前の話だ。講義を受けるため講堂の扉を開いた黒咲は、いつもの席を占領されていることに気付いた。休み時間になると集まってくだらない話をしているグループがあり、そのうちの一人と席が近かったのだ。黒咲を見つけたクラスメイトはわりい、わりい、といつもの調子で謝ると席をどき、そのメンバーの机に腰掛けた。グループの中心にいるはずの席の主は、さっきから突っ伏している。重苦しい空気をしょい込み、はあ、と大げさにため息をついて落ち込んでいると露骨にアピールしながら、まわりをちらちら確認している。仲良しのクラスメイトは慰める様子もなく、だっせー、と笑って肩を叩いたり、回し読みする雑誌を熱心に読み込んでいる。大げさに泣きまねすらはじめた席の主を小突きながら、付き合いのいいクラスメイトは、黒咲と目が合うと、聞いてもいないのに話し始めた。

 

「なあ、黒咲。こいつ、ガッコやめるってよ」

 

「ちょ、そこまで言ってねえだろ、ふざけんな!」

 

「ふざけてんのはそっちだろー、なにいってんだ」

 

「みんな、冷たい……!」

 

「だってダセえにも程があるだろ、なんで素人に負けるんだよ、お前」

 

「ビギナーズラックってやつ?」

 

「いやいや、RUM使ってたじゃねーか、ぜってえどっかのガッコのやつだって。素人がどっから手に入れるんだよ」

 

「あー、そっか。つか、ほんとにダセーな、お前!」

 

「こ、このやろう、入院した友達にいうかそんなこと!」

 

「素人に負けてショック受けて気絶とか、かっこ悪いにも程があるだろー!しっかりしろよ、お前さあ」

 

そこまで聞いて、黒咲は何があったのか疑問を投げた。黒咲の斜め後ろの席の主は、プロデュエリスト養成所において指折り数えるほどの実力者である。素行に問題があり、少々教師が手を焼いているところは目撃するが、デュエルの腕は確かであり、そこだけは認めていた。黒咲が興味を持ってくれてうれしいのか、意気消沈していたクラスメイトは笑い話の顛末を教えてくれた。

 

それは、前々からクラスメイトが出場すると息巻いていた、ハートランド公認のデュエル大会だった。プロデュエリストになるための登竜門である世界大会の開催を間近に控え、街はお祭りムードになっている。定期的に大小さまざまなデュエルの大会が企画され、世界大会に向けた準備運動としてアマチュアデュエリストたちは、貴重な経験を積むため参加するのが恒例となっていた。その例にもれず、知名度もある大規模な大会に出場したクラスメイトは、準決勝で一般枠で参加した無名の同年代のデュエリストと戦い、敗退したという。どこかの養成所に入っていればアナウンスが入るはずだが、一般枠で参加したいわば雰囲気を楽しみたい素人のようなアナウンスが入っていた。現にデュエルの前にデュエリスト同士の戦歴を公開するモニタがあるのだが、相手はなにもなかったという。よって、無名のデュエリストとクラスメイトは結論付けたようだ。問題はデュエルを途中までしてから、世界がブラックアウトしたことだ。

 

「気付いたらベッドの上でさー、もう嫌だ」

 

「わざわざ見舞いにきてくれたんだろ、そいつ。やっさしい」

 

「つーか、ショックで気絶するとかどんだけメンタル弱いんだよ」

 

「う、うるせー!俺だって好きで気絶したわけじゃねえっての!」

 

「でも覚えてないんだろ?」

 

「うう、そうなんだよ。実はデッキ調整してたら腹減ってさ、外に出てコンビニ言ったあとから覚えてないんだ。気付いたらベッドの上とかやばくね?」

 

「一度病院に行った方がいいって。主に頭を見てもらえ、バカが治るかもよ」

 

「おいやめろ、この野郎!」

 

クラスメイトは徹夜してデッキ調整したからか、ふわふわしたままデュエルをしたらしい。本人曰く、今までにないほど頭がさえわたり、今までで一番デュエルに集中できたとのこと。あの時の高揚感が忘れられず、またデュエルしたいと思っているようだが、肝心のデュエルの内容を思い出そうとしてもいまいち思い出せないらしい。そのせいでデュエルの途中でぶっ倒れ、病院に運ばれ、心配したその素人がお見舞いに来てくれたそうだ。なんだかんだでその素人は大会に優勝し、無名のデュエリストは一夜にして有名な一般人となった。こいつだよ、と差し出された雑誌の特集記事には黒咲たちと同じか、年上の城前克己というデュエリストがうつっていた。一緒にうつっているモンスターは、見たことがないデザインである。

 

「このカード、俺のじゃねーかって聞いてきたんだよな。違うって言ったら、運営委員に渡してくるっつってたのに、なんでもってんだろ」

 

「持ち主が現れなかったんじゃね?」

 

「いや、でも、記事にはエースってあるだろ。たしかに城前のエースはこいつだったんだ。俺が持ってるわけねーだろ、俺、こんなカード初めて見たしさ」

 

「不思議なこともあるもんだなー、城前はエクストラに2枚しかもってなかったんじゃね?それで3枚目が紛れ込んでたから、お前のデッキのと混じったと思ったとか」

 

「あー、それかも。真面目なやつだよなあ」

 

それから、黒咲の日常のなかに城前克己という一般人の名前は、様々なかたちで耳に入ってくるようになった。でてくる大会はきまってハートランドが運営委員を務める公認大会ばかり。プロデュエリスト養成所に通うデュエリストのタマゴたちからすれば、フリーでプロを目指す道もあるにはあるが、それは希少な才覚をもつ者だけが許されたそれである。運営委員と一緒に居る所が目撃されたり、有名な理化学研究所の研究員と共にいる所が目撃されたり、なにかと話題になる一般人だったが、そのキャラクター足らしめたのは、いくつかのデュエルのルールを自らに課している事だろう。

 

その戦術とプレイング、デッキ構築から考えて先行をとったほうが有利であることは事実であり、城前もそれを認めているにも関わらず、城前は必ず後攻を選択する。相手のデッキを把握したうえで、どんなプレイングをするか期待するような態度をとる。不利になるにも関わらず、相手がエース級のモンスターを召喚したり、デッキを展開しはじめると、楽しそうだったり、嬉しそうだったりする。プロデュエリストを前にしたファンのような態度をとるのだ。相手ならば超えてくれるという期待を持って召喚するモンスターとプレイングは、防ぎきれなかったら間違いなくワンショットが決まってしまうような速攻に特化したデッキであり、罠が最小限しか入っておらず、ほとんどがモンスター効果に頼っている極端なデッキを使う。実力者であり相手をリスペクトしていると取るか、舐めプをする嫌な奴であり馬鹿にしている、と取るかは評価が分かれるところだ。

 

その城前克己という青年がプロデュエリストの登竜門であるハートランドの国際大会に出場するのではないか、という噂は半年前からあった。3か月前になると城前が大会に顔を出し、着実に実績を積んでいくにつれて噂は確信となる。1か月前となれば暗黙の了解となっていた。気付けば、黒咲の通う養成所で城前克己とデュエルを経験した、もしくはデュエルを目撃した人間の方が多数派になっていた。少数派になってしまった黒咲だが、プロを目指す者同士である以上、いつか道は重なる時が来る。それまでわざわざ赴く必要はない。そう考えて行動に移すことはしなかった。

 

それが現実となったのは、国際大会の前哨戦となるある大会の準決勝だった。組み分けを見た時から、この時が来たか、という確信があった。城前は黒咲を知っているようで、大会の結果が掲示されている前で視線が合った時には、よろしくな、と会釈された。ハートランドのアマチュアデュエリストのランキングで上位に居続けているデュエリストは少ない。城前は在住日数が少なすぎてランキングに乗る権利が与えられてはいないが、非公式のランキングでは着実に順位を上げていた。ランキングだけなら、黒咲の方が上だ。ずいぶんと古いデザインのデュエルディスクを使うのは、一般人だからなのか。デュエリストを知るならデュエルをするのが一番である。応援に来てくれた瑠璃とユートに見送られ、黒咲はメイン会場に足を運んだのである。

 

 

「城前克己、俺とデュエルだ!」

 

「望むところだ、黒咲!アマチュア屈指の実力者の腕前を見せてもらうぜ!おれは後攻をいただく!」

 

「いいだろう。城前克己、貴様は必ず後攻を選択するというのはどうやら本当のようだな。なぜわざわざ自分に不利な真似をする?」

 

「そんなの決まってるだろ?相手の最高のプレイングを見るには相手に準備してもらうのが一番だからな!最前列で最高のショーが拝めるなら俺は喜んで後攻を選ぶぜ。それに逆境を乗り越えてこその決闘者だろ!」

 

「最高のショー、か。たしかにデュエルは最高のショーだ。大人も子供も誰もが夢中になる、それがデュエルだ。城前、貴様がその舞台装置となるというなら、俺は本気で相手になろう。お望み通りこちらから行くぞ!俺のターン!俺はトリビュート・レイニアスを召喚する。このカードが召喚に成功したターン、俺はデッキからRRカードを1枚墓地に送る。俺が送るのはミミクリー・レイニアスだ。そして、墓地に送ったミミクリー・レイニアスの効果を発動する。墓地のこのカードを除外し、デッキからミミクリー・レイニアス以外のRRカードを1枚手札に加える。俺が手札に加えるのはファジー・レイニアス。ファジー・レイニアスは自分フィールド上に同名カード以外のRRモンスターが存在する時、手札から特殊召喚することができる。こい、ファジー・レイニアス!」

 

「レベル4のRRが2体、来るか黒咲!」

 

「俺はレベル4トリビュート・レイニアスとレベル4ファジー・レイニアスでオーバーレイ!冥府の猛禽よ、闇の眼力で真実をあばき、鋭き鉤爪で栄光をもぎ取れ!エクシーズ召喚!飛来せよ!ランク4!RR-フォース・ストリクス!」

 

「さっそく来やがったな、RRの源泉!」

 

「……ふん、対策は万全というわけか。なら、どこまでやれるか見せてみろ。このカードは1ターンに1度、オーバーレイユニットを1つ使い、デッキから鳥獣族、闇属性、レベル4のモンスター1体を手札に加えることができる!俺が手札に加えるのはバニシング・レイニアスだ。そして、カードを2枚伏せる。ターンエンド」

 

「よっしゃあ、いくぜ!おれのターン、ドロー!おれは手札からカードを1枚墓地に送り、オノマト連携を発動、デッキからモンスターを2体サーチする!おれがサーチするのはガガガシスターとドドドバスターだ!おれはドドドバスターを召喚、効果を発動する!墓地のドドドバスターを蘇生!さあいくぜ!レベル4のドドドバスター2体でオーバーレイネットワークを構築!現れろナンバーズ39、希望皇ホープ!さあいくぜ、黒咲!おれはRUM-アージェント・カオス・フォースを墓地に送り、希望皇ホープをランクアップ・エクシーズ・チェンジ!現れよ、ナンバーズ99!零れ落ちし異邦、今、ひとつとなりて、天命を貫く楔となれ!エクシーズ召喚!来たれ、ランク10!希望皇龍ホープドラグーン!俺はホープを取り除き、その効果を発動、墓地に眠りしホープを特殊召喚!さらにRUM-アージェント・カオス・フォースーの効果を発動、墓地から手札に加える!さあ、まだまだこれからだ!もう一度アージェント・カオス・フォースを墓地に捨て、ホープをさらにランクアップ・エクシーズ・チェンジ!再び降臨せよ、ランク10!希望皇龍ホープドラグーン!さあ、いくぜ、黒咲!ホープドラグーンでフォース・ストリクスを攻撃!」

 

「そうはさせるか。トラップ発動、RR-レディネス。このターン、フォース・ストリクスは戦闘では破壊されない!」

 

「そうこなくっちゃな!さあ、見せてくれよ、黒咲!お前の最高のプレイングをさ!この布陣を突破してみてくれ!おれはカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

「ふん、その程度の壁を前に決闘者の闘志は潰えはしない!俺のターン、ドロー!俺はフォース・ストリクスの効果を発動、バニシング・レイニアスをサーチ!さあ、見ていろ、城前克己!俺はバニシング・レイニアスを召喚する。そして効果を発動!デッキからさらにバニシング・レイニアスを特殊召喚!そして手札から永続魔法、RR―ネストを発動、デッキからバニシング・レイニアスを特殊召喚する!」

 

「レベル4が3体か、よし来い!」

 

「俺はレベル4のバニシング・レイニアス3体でオーバーレイ!雌伏の隼よ、逆境の中で研ぎ澄まされし爪を挙げ!反逆の翼、翻せ!エクシーズ召喚!現れろ!ランク4、RR-ライズ・ファルコン!そして、オーバーレイユニットを1つ取り除き、城前、貴様の俺から見て右側のホープドラグーン1体を対象として、効果を発動!ライズ・ファルコンの攻撃力は、ホープドラグーンの攻撃力分アップする!」

 

「その厄介な効果は発動させねえよ、トラップ発動、スキル・プリズナー!その効果は無効だ!」

 

「ならば次の手を打つだけだ!俺は手札からRUM-レヴォシューション・フォースを発動!獰猛なる隼よ、激戦を切り抜けしその翼翻し、寄せ来る敵を打ち破れ!ランクアップエクシーズチェンジ!現れろ、ランク5!獰猛なる隼よ、激戦を切り抜けしその翼翻し、寄せ来る敵を打ち破れ!ランク5!RR-ブレイズ・ファルコン!ブレイズ・ファルコンは貴様にダイレクトアタックすることが出来る!いけ!」

 

「ぐうっ……!」

 

「ブレイズ・ファルコンが貴様にダメージを与えたことで、モンスター1体を破壊することができる!」

 

「その厄介な効果は発動させねえよ、ホープドラグーンの効果を発動!その効果を無効にし、破壊する!」

 

「何度も同じ手を食うと思うか。俺はストイック・チャレンジを発動、対象はそのホープドラグーンだ」

 

「なんだとっ!?」

 

「これでホープドラグーンは破壊された!よって貴様のフィールドにはオーバーレイユニットがないホープドラグーンのみが残る。オーバーレイユニットを1つ使い、効果を発動!貴様のホープドラグーンを破壊し、500ポイントのダメージを与える!」

 

「っ……!」

 

「これで俺のターンは終了だ。これで貴様のフィールドはお望み通り平地と化したが……さっきの余裕はどうした、この程度なのか?俺を失望させてくれるな」

 

「なにいっちゃってくれてんだよ、黒咲!感動しちゃって言葉が出てこなかっただけだっての!やっぱデュエルはこうじゃなくっちゃな!さすがはプロ志望、やるじゃねえか!面白くなってきたぜ、おれのターン、ドロー!」

 

城前はいよいよ笑みを濃くした。

 

「おれの勝ちだ、黒咲」

 

「なに?」

 

「おれは死者蘇生を発動!よみがえれ、ホープ!さあ、いくぜ!おれはRUMを捨て、ホープドラグーンにランクアップ・エクシーズ・チェンジ!」

 

黒咲は城前が空高く掲げたエクシーズカードを持つ手が禍々しい光を放つのを見た。99、と刻印された光が浸食する。先程黒咲の前に立ちふさがったホープドラグーンがふたたび降臨する。その圧倒的な存在感に思わず黒咲は息をのむ。先程のソリッドビジョン化して、城前の背後から降臨した2体のホープドラグーンも圧巻だったが、1体しかいないはずのこちらの方がフィールドを制圧する気迫があるのは何故だ。そして、禍々しい彩色を放つあの99の入れ墨のような文様は一体。黒咲の表情に気をよくしたのか、城前の展開は止まらない。

 

「おれは手札からガガガシスターを召喚する!その効果により、デッキからガガガリベンジをサーチ、そして発動する!墓地に眠りしガガガマジシャンを蘇生し、特殊召喚する!そして、ガガガマジシャンのモンスター効果発動!自身のレベルを7に変更する!そしてガガガシスターのモンスター効果により、2体のレベルは9となる!さあ、準備は整った!2体のレベル9モンスターでオーバーレイネットワークを構築!さあ現れろ、ナンバー9!皮肉なる運命よ、今こそ銀河を飲み込む異邦となりて我が天命を照らせ!天蓋星ダイソン・スフィア!」

 

 

今度は9の刻印がかざされる。フィールド全体が激震する演出により、突風が吹きすさぶ。会場の天井がはじけ飛ぶ演出が追加され、砕け散った天井の先で空が裂ける。城前の頭上にはソリッドビジョンで再現しうる限界の容量で再現されたエクシーズモンスターが垣間見える。あまりの大きさに全貌をみることは叶わず、すさまじい質量がはるか上空でこちらを見下ろしているだけだ。凄まじいエネルギーを消費しているようで、電気が走る。城前の手にはRUMが握られていた。

 

「おれはRUM-アストラル・フォースを発動!現れろ、カオスナンバーズ9!天空を覆う運命よ、今こそその内に異邦を宿し、今、ここに降臨せよ!カオスナンバーズ9、天蓋妖星カオス・ダイソン・スフィア!」

 

エクシーズモンスターがさらに禍々しくなる。フィールドに炎の矢を落とすべく、幾重もの爆撃を装填するのが見えた。

 

「墓地のアストラル・フォースを回収!そしてホープドラグーンの効果を発動、おれは墓地からダイソン・スフィアを守備表示で特殊召喚させる!そしてランクアップ・エクシーズ・チェンジ!2体目のカオス・ダイソン・スフィアがここに降臨する!カオス・ダイソン・スフィアは1ターンに1度、エクシーズ素材×300のダメージを相手に与えることができる!まずは1体目!こいつのエクシーズ素材は3つ!よって900のダメージを受けてもらおうか!」

 

「その程度か!」

 

「まだだ!カオス・ダイソン・スフィアからその3つのエクシーズ素材を取り除き、さらに効果を発動する!エクシーズ素材×800、つまり2400のダメージを受けてもらおうか!合計3300のダメージとなる!」

 

「決闘者の魂はここで砕けはしない!俺は墓地のRR-ネストを除外し、効果を発動する!このターン、俺が受けるダメージはすべてゼロになる!これで効果は無駄に終わったな!」

 

「甘いぜ、黒咲!それで終わりだと思ったかよ!」

 

「なんだと?!」

 

「さあ、おれはエクシーズ素材がないカオス・ダイソン・ソフィアでブレイズ・ファルコンとバトルだ!さあ、効果を発動させてもらうぜ!ダメージ計算を行わず、ブレイズ・ファルコンをエクシーズ素材として吸収させてもらう!」

 

「貴様っ……!」

 

「またブレイズ・ファルコンを特攻されちゃかなわねえからな、悪く思うなよ!」

 

「ちぃっ……ならば仕方あるまい。トラップ発動、ゴッドバードアタック!ブレイズ・ファルコンをリリースし、効果を発動!貴様のカオス・ダイソン・スフィア2体を破壊する!」

 

「やるじゃねーか、黒咲!やっぱおれの見込んだ通りだぜ、最高だなお前!さあ、こっから逆転してみろよ、アンタならできるだろ?」

 

「……」

 

「なんだよ、その目。変な奴っていいたげな眼は!それともあれか?まさに絶体絶命っていう崖っぷちに追い込まれて、臆病風吹かれちまったのか?」

 

「言ってろ。だが、最後に立っているのは俺だということを、今ここで証明してやる!どれだけ追い込まれようとも勝つのはこの俺だ!ドローッ!」

 

黒咲は、初めて口元を釣り上げた。

 

「さっきの言葉、返させてもらうぞ」

 

「なんだって?」

 

「おれの勝ちだ、城前。おれはRUM-ソウル・シェイブ・フォースを発動!LPを半分支払い、墓地のフォース・ストリクスを特殊召喚し、2ランク上のモンスターをエクシーズ召喚扱いでエクストラデッキから特殊召喚する!誇り高き隼よ、英雄の血潮に染まる翼翻し、革命の道を突き進め!エクシーズ召喚!出でよ、ランク6!RR-レヴォリューション・ファルコン!このカードはRRのエクシーズモンスターをオーバーレイユニットとしている場合、1ターンに1度相手のモンスター1体を破壊し、その攻撃の半分のダメージを与える!」

 

「まだ終わっちゃいない!おれは墓地のスキル・プリズナーを除外し、その効果を無効にする!」

 

「ならば、俺はその先を行く!バトルだ、城前!」

 

「っ……!」

 

「やはりレヴォリューション・ファルコンの効果を知っていたか。そうだ、俺はこの瞬間、レヴォリューション・ファルコンの効果を発動する!貴様のホープドラグーンの攻撃力を0にする!いけ、レヴォリューション・ファルコン!レヴォリューショナル・エアレイド!!」

 

その日を境に、黒咲と城前の対戦成績は肉薄したものとなる。

 

「え、プロ?ならねえよ」

 

背後から冷水をぶっかけられた気分だった。なに、といいかけた黒咲より先に、怪訝な顔を見つけたらしい城前は困ったように頬を掻く。

 

「いや、違うな、わりい。おれはプロのデュエリストにはなれないんだ」

 

「どういう意味だ、城前。お前は俺とデュエルしてよかったと言ったはずだ。なぜ、同じ高みに上ってこない。俺はデュエリストとしての腕前は認めているつもりだが、貴様にとってはそうではなかったということか」

 

「まさか、そんなわけあるか。黒咲とのデュエルはやっぱ楽しかったよ、久しぶりにデュエルは楽しいもんだと思いだせたから感謝してる。……まさかそこまで評価してくれてるとは思わなかった、サンキュー」

 

「なにか、それ以上の夢があるのか?」

 

「夢だったらどんなに良かったか。醒めない夢は悪夢でしかねえよ、黒咲」

 

「答えろ、城前。お前にとって今までの日々は悪夢でしかないということか」

 

「いずれわかるさ、いずれな」

 

融合次元の侵攻という現実を前に、黒咲の夢の舞台が悪夢に変わったのは、その直後だった。

 

難民キャンプに、エースモンスターを奪うグルーズの噂が立ったのは、さらに半年後のことだった。そのメンバーの1人が城前とよく似た風貌の青年であると知ったとき、黒咲は思った以上にショックを受けている自分がいたことに驚いた。黒咲が思い描いた夢の舞台に至るまでの過程とは全く違う環境で頭角を現し、幾度もデュエルをした城前は、黒咲が何度も感じた将来の欠片だった。立ち塞がるであろうライバルと目されるデュエリストの出現は、いつでも黒咲に一種の高揚感をもたらしていた。切磋琢磨する関係ではないにしろ、お互いに一目置く存在だったことは自負している。融合次元の侵攻という最悪のイレギュラーがなければ、間違いなく黒咲たちはここで生活を強いられることは無かったはずなのだから。そんな苛立ちの中で、黒咲は城前と再会した。気を失ったデュエリストからモンスターを奪取するという最悪のタイミングで。もちろん、黒咲がとった選択はたったひとつだけである。仲間のエースは必ず取り戻す。グルーズに身を落とした城前をこちら側に引き戻す最良の方法だと知っていたからだ。

 

「黒咲、ナンバーズって知ってるか?」

 

「ナンバーズ?貴様が使っているカードのことだろう?」

 

「ああ、そうだ。もっとも、おれが使ってるのはコピーカード(ということになっているOCG次元のカード)。本家本元はヤバいんだ、覚えてるだろ、黒咲。おれが一度だけ本家のナンバーズを使った時のこと」

 

いつかの異邦という口上と共に出現したホープドラグーンは、いつかの圧倒的な存在感をもって黒咲に襲い掛かった。ソリッドビジョンではない、リアルダメージが襲った。深入りするな、と何度も忠告してくる城前の警告を無視して、黒咲はデュエルを続けた。城前が試しているような気がしたからだ。幾度も全力でぶつかる城前のデュエルを最前線で見てきた黒咲はわかるのだ、手加減されているという屈辱が。その先にある迷いを看破して問い詰めた時、城前のホープドラグーンによって蘇生されたホープはビヨンドとなりフィールドのモンスターをすべて0にして、ライトニングという新たなる進化形態を披露して、黒咲に襲い掛かった。RRが魔法と罠を駆使してモンスターを守る側面もあるデッキでなければ、即死だったに違いない。すべての猛攻を防ぎ切った黒咲は、いつかと同じRUMで城前が奪取した仲間のモンスターを奪い返した。返してもらうぞ、と宣言した黒咲に、城前は笑った。カードを見た黒咲は絶句した。カードが白紙になっていたからだ。そして、新たなエクシーズモンスターが創造される。

 

「おめでとう、黒咲。これでお前もナンバーズの使い手だ。もっとも、おれが許さねえけどな」

 

世界に1枚しか存在しないカードであり、別次元の高位体の記憶の欠片であり、100枚存在する異邦のカード。秘められた力が存在し、融合次元もその存在を感知し、城前たちは争奪戦を繰り広げている。ナンバーズに触れた者は対応する数字の刻印が体に浮かび、心の闇や欲望が増幅され、白紙のカードが形を成す。まるでお伽噺のようなことを述べる城前だが、黒咲の腕に刻まれた刻印は発光してその存在を知らせている。

 

「狩らせてもらおう、そのナンバーズ!」

 

グルーズの噂は噂でしかない。ナンバーズを回収していただけだった、という事実は黒咲の過去に影を落とすことは無かったが、城前に対するいら立ちを募らせた。もともと私事を語らない性質のデュエリストだったが、ここまで秘密主義を貫かれると疲弊するレジスタンス生活の中で過酷な環境に身を置いていた黒咲が爆発するのは時間の問題だった。結果的に見れば、そのナンバーズが黒咲の城前に対する怒りを内包したメタモンスターになったのは当然の帰結である。ナンバーズにその怒りを増幅された黒咲と城前のデュエルは凄まじいものだった、とのちにユートは語っている。ハートランドの著名な研究所で目が覚めた黒咲は、レジスタンスの面々と共に城前を介して別次元を研究する者たちと邂逅することになる。別次元への転移を可能にする装置を提供すると言われたのは、その時だ。融合次元の刺客の装置を奪い、研究し、模倣し、似たような機能を作り上げたと新しくデュエルディスクを提供された。誰が代表として別次元に行くかの話し合いのさなか、黒咲は城前の姿がないことに気付いた。面々の中には別次元と争奪戦を繰り広げていた経験をかって、城前を押す人間が多かったのもある。ならば、本人に意志を確認するのが筋だ。プロのデュエリストにはなれない。城前の発言がナンバーズの回収という命題があったからだ、と解釈していた黒咲にとって、すべて終わればその発言は覆される。そう思ったからである。

 

もっとも、城前本人によって、覆されてしまうことになるのだが。

 

「行くのか」

 

それは城前が世話になっていると日々口にしていた、若き研究者の言葉だった。ナンバーズに耐性があるが、彼には最愛の弟と父親がいる。それなのにナンバーズを集めるために命を削って人間とかけ離れる訓練をうけろというのは酷すぎておれにはできないと断言するほどには知りあいらしい、研究者である。

 

「そりゃ行くだろ、それがあいつとの約束なんだし」

 

「アストラル次元はバリアン次元と冷戦状態にあるだけで、いつ戦争になるかわからないそうだ。ほんとうに信用していいのか?」

 

「それをお前がいうなよなあ」

 

「・・・・・・?相変わらず、お前は時々分からないことをいうな。あたりまえのことを言って何が悪い。城前があの高位体の存在を無条件で信じるに値する理由がオレには見つけられない」

 

「カイトはそうだろうけど、おれはそうじゃないの。あいつは嘘つけるようなやつじゃないだろ」

 

「たしかに高位体にしてはずいぶんと人間らしい振る舞いをするが、擬態かもしれないぞ?」

 

「あれが擬態だったら、よっぽど混沌じゃねーか。アストラル次元にそもそもいられねえだろーがよ。まあ、バリアン次元との戦争に巻き込まれるかもしれねーけど、ヌメロンが要るのは事実だからな。あいつらに取られたら一番困るんだ。手を貸す理由としちゃ十分だよ」

 

「しかしだな……城前、俺は」

 

「じゃあ、おれが帰る方法、他にあるのかよ?ねえから行くんだろーが、ぐらつかせんなこれ以上」

 

「城前が行くのは困る人間がまだいるようだ。出てきたらどうだ、黒咲」

 

研究者は白衣を翻して立ち去った。

 

「なんで来ちまうかね、お前さあ」

 

「城前を代表に選ぶヤツが多すぎる。棄権するなら相応の理由を用意してから、どこでも行け」

 

「はああっ!?ふっざけんなよ、なんでまた勝手にいろいろ決めるんだ、お前らは!いつもいつもそうだよな、勝手に期待して外堀埋めやがって!気付いたら道が残ってないとかいじめかよ!おれはもう嫌だ。おまえらに付き合ってられる程お人よしじゃないんだよ、ほっといてくれ!」

 

「それがお前の本音か、城前」

 

「そんなんしるか!だいたいおれは全く違う次元から来てんだよ、帰りたいと思って何が悪いんだ!どいつもこいつもおれの知ってるやつと同じ顔してるくせに、そいつらを否定するようなことばっかいいやがって!おれの記憶が塗り潰されちまうんだよ、思い出せなくなっちまうんだよ、勘弁してくれよ、なあ!」

 

「そんなこと知るか、俺には関係のない話だ、城前。俺は貴様とユートを他の2人に推薦しようと考えている。辞退するに値しない、却下だ」

 

「おまえの都合なんか知るか!おれがいなくたって、お前らは世界を救えるから心配するなよ、ほっといてくれ!」

 

「断る。平和になったハートランドで俺がプロになった時、立ち塞がるデュエリストは多い方がいい。貴様にはその一角を担ってもらう」

 

「はあっ!?てっめえ、いい加減にしろよ、なに勝手に決めてんだ!」

 

黒咲と城前の言い合いが白熱するにつれ、ギャラリーが集まり始める。それに気付いた城前がアストラル次元に繋がるゲートを開こうと黒咲の手を振り払った時、融合次元の急襲を知らせる警報が鳴り響いた。血相変えた研究者たちが別次元の転移を急ぐよう叫んでいる。なんでどいつもこいつもおれの邪魔ばっかするんだよ、と城前は泣き叫ぶ。若き研究者がゲートの行先をスタンダード次元に切り替えるのは同時だった。ユートと黒咲をゲートに送り出す。城前を突き飛ばしたのは、誰だったのだろうか。   

 



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if エクシーズ編[完]

遊矢はデュエルの高揚感だけが残っていた。

 

「遊矢、大丈夫?」

 

心配そうにのぞき込んでくる幼なじみに生返事を返して、遊矢はあたりを見渡す。見慣れない天井。間仕切りのカーテン。そして遊矢が寝ているあんまり寝心地がよくないベッド。どうやら学校の保健室のようだ。起きあがろうとすると、柚子が無理しちゃだめよとあわてて立ち上がる。

 

「柚子、オレ、なんでここに?」

 

「覚えてないの?」

 

驚いたように聞き返す柚子に、気まずくて苦笑いしたまま遊矢はうなずいた。思いだそうとするのだが、かすみがかった記憶の彼方はぼんやりとした高揚感に満たされているだけでなにも浮かんでこない。あの高揚感を遊矢は知っている。ずっとわすれていた感覚だった。まだ遊矢の世界がちっぽけだったころ、お父さんが舞網市のヒーローだったころ、みんなでわいわいデュエルをしたときいつも感じていた高揚感。デュエルが楽しくて楽しくてたまらなかったころの気持ち。遊矢がお父さんみたいなデュエリストになりたいという夢を抱くにいたった、原点とも言うべき大切な記憶。突然失踪したことでその夢は具体的な形を帯びる前に、なりたい、から、ならなければ、になってしまった。具体像が描けないまま時間が過ぎて、焦燥感だけが先にあり、意固地になってしまっていると自覚しながらなにもできないでいる。模索するにもどうやって?が先立ち、立ち止まってしまっている。そんな遊矢にとって、目が覚めるような鮮烈な感情だけが強烈に残っている状態だった。きっと楽しいデュエルをしたんだ、そんな気持ちだけが今のふわふわとした遊矢の頭の中でうかんではきえていた。

 

がらがら、と保健室の扉が開かれる。権現坂の声に遊矢はどーぞと促した。

 

「大丈夫か、遊矢は・・・って起きたのか」

 

「ありがと、権現坂。遊矢は今起きたところなの。無理しちゃだめよ、遊矢」

 

「あーうん、ありがと?」

 

「その様子だと覚えてないのか?」

 

「そうみたい。なんか記憶が飛んじゃってるのかな?」

 

「そうか」

 

「なあなあ、ふたりだけでしゃべってないで教えてよ。オレ、なんでここで寝てるんだ?学校に帰る途中じゃなかったっけ」

 

柚子と権現坂は顔を見合わせる。遊矢は不安げに二人を見比べる。交通事故にあった?いや怪我はない。病院で目が覚めるだろうしお母さんもきているはずだ。事件に巻き込まれた?それなら警察がいるはずだ。お父さんが失踪した前後の警察の動向をつぶさにみてきた遊矢は経験上、ある程度は知っているつもりだ。さっぱり思い出せない遊矢は疑問符が飛んでいる。柚子は言葉を探しながら言った。

 

「ねえ、遊矢。城前克己さんって知ってる?」

 

遊矢は瞬きした。

 

「城前克己って、あの城前克己?決闘者の?」

 

「うん、そう」

 

「知ってるもなにも、今の舞網市で知らない決闘者っている?こないだの実況みんなでみたばっかじゃないか」

 

なんで今世間を騒がせている有名人の名前が出てくるのか、遊矢はてんでわからない。遊矢の反応を見て、柚子は権現坂に視線をとばす。なにがどう関係あるのかわからず遊矢は眉を寄せた。

 

城前克己は、1年ほど前から舞網市を中心に活躍しているアマチュアデュエリストである。今年行われるプロデュエリストの登竜門ともいうべき、世界大会の予選に参加するためにやってきたと噂されており、その実力は折り紙付きだ。アクションデュエルのプロを目指すなら、レオコーポレーションのお膝元であるこの町に拠点を構えるのが通例なのだ。年齢は17だから遊矢たちより3つ上。出身は地方都市である。大きな大会になるとデュエルの専門チャンネルは連日連夜実況を行っており、遊矢たちもテレビにかじりついている。エクシーズ召喚を駆使して戦う彼は、アクションデュエルに挑戦しはじめてまだ日が浅いにも関わらず、すさまじい速度で上達しているのだ。もともとスタンダードデュエル専門だったというのだから、プレイングはお墨付きである。遊矢は城前克己というデュエリストが結構お気に入りなのだ。純粋にみていて楽しいデュエルをするから。お父さんとはまた違うあこがれ、有名人に向けるあこがれを遊矢はもっている。

 

「遊矢ね、倒れたのよ」

 

「え、いつ?」

 

「今日、学校の帰り。ほんとに覚えてない?」

 

遊矢は首を振る。

 

校舎のチャイムが鳴り響き、下校時刻を告げる放送が流れる夕焼けの通学路を柚子と権現坂と歩いていたのはぼんやりと覚えている。今夜行われる世界大会の予選の第二回戦に城前克己がでるのだ。舞網市から未成年のプロデュエリストがでれば、赤馬零児につづいて2人目となる。そういった期待もあり、報道は結構過熱気味であり、遊矢たちもそれを一生懸命応援しているところだった。次の対戦相手について予想しながら歩いていたはずである。柚子はためいきをついた。

 

「気づいたらいないんだもん、びっくりしたのはこっちよ」

 

「え?」

 

「一緒に歩いてたはずなのに、いきなり消えたからな。探したぞ」

 

「え、え、怖いこというなよ、ふたりとも」

 

「遊矢が覚えてないんじゃ、どうしようもないけど・・・・ほんとに覚えてないのよね?」

 

遊矢は大きくうなずくほかない。

 

「そーよね、覚えてたらのんきに城前さんのこというわけないもんね」

 

「そうだな。ほんとうに記憶が飛んでる」

 

「さっきからなんなんだよ、ふたりとも」

 

「あのね、遊矢。落ち着いてきいて?遊矢はね、河川敷で倒れてたらしいのよ。ほら、あの赤い橋の下のとこの」

 

「はあっ!?おれが!?あっちって通学路の反対じゃん!」

 

「だから驚いたといっただろ、遊矢。城前さんがいなければ、行方不明扱いで大騒ぎになってたところだ」

 

「え、も、もしかして、オレを見つけてくれたのって城前とかいう?」

 

「そのまさかだ」

 

「えええっ!?」

 

「××先生がいうには、遊矢はふらふらしてて、心配だからってついてきてくれたみたいよ。制服からここの生徒だろってことしかわからないから、あとはお願いしますってかえったらしいけど」

 

「城前さんが言うには、家に連絡するのは嫌がるし、警察は拒否されるし、ほっといてくれって言われたけど、足取りがおぼつかないから気になったらしい。今は大丈夫なのか、遊矢?」

 

遊矢はうなずくしかなかった。まるで夢遊病である。たしかに今日は眠かった。授業中もあくびをかみ殺すのに必死だった。昨日買ったパックに生まれて初めてエクストラデッキに入るエクシーズモンスターが手には入ったのだ。テンションがあがりきってすっかり夜遅くまでデッキ調整したことは反省しなくてはいけない。それでも一番眠かった時間を乗り越えればわりと頭はすっきりしていた。まさか起きたまま寝てしまったのだろうか。それを口にしたものの、柚子たちは明らかにそれは違うと口をそろえる。現に、もう6時を回っている。2時間も寝ていたのだ、遊矢は。それはもうぐっすりと。いくらゆすっても起きない。突然の急変である。柚子たちが心配するのも無理はない。城前が目撃した遊矢は、お父さんが失踪して絶望のただ中にいたころの幼少期の遊矢そのものだったからである。今でも影を落としている最愛の父親の失踪は、遊矢の精神的な成長を著しく妨げていることを幼なじみたちはよく知っている。表面を取り繕うことを覚えてしまった遊矢が心配でたまらないのだろう、それはよくわかっている遊矢である。今回ばかりはてんで記憶にないが、どうした?と聞かれたら、さあ?としかいえない。

 

「ぜんぜん覚えてないなあ・・・・・・なんで思い出せないんだろ。あの城前だろ?城前克己だろ!?あー、もう、なんでサインもらわなかったんだろ、オレ!デュエルしてもらったのに覚えてないとかーっ!!」

 

遊矢の絶叫に柚子たちは目を丸くする。

 

「デュエルしてもらったって、それほんと?」

 

「思い出したのか?」

 

「ぜんぜん?だからいやなんだよ!なんかこうさ、すっごく楽しかったって感覚は残ってるんだ。すっごく白熱したデュエルみたあとみたいな、一進一退のどきどきするデュエルしたあとみたいな、そんな感覚は残ってるんだ。でも、ぜんぜん思い出せない!」

 

笑いながら説明する遊矢に、ふたりは少しだけ肩をなで下ろしたのだった。

 

「あれ、オレのエクシーズ、こんなカードだったっけ」

 

《オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン》を手に、遊矢は首を傾げた。

 

 

 

新たなるデュエルの幕があがる、数ヶ月前の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十六夜アキは、ずっと溺れる魚の夢を見ていた。苦しかった。突き落された水の中で生まれた哺乳類、もしくは乾いた大地に投げ出された魚のように息苦しい毎日を過ごしていた。呼吸するたびに耐えがたい苦痛を感じた。ここにいることに対する違和感がすべてだった。それはいつしか、ひとつの感情を抱かせた。はじめはおぼろげながら、しだいにはっきりと。思うだけでも恐怖だったのに、次第にそれを思うだけで呼吸が楽になるとんかると落ちるのは早かった。そして、誰にもいえないひとつの夢となり、それを叶えてくれる人が現れたことで、ようやくアキは楽になった。アキの夢それは。す

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 

覗き込む少年にアキはあたりを見渡した。簡素な部屋に寝かされていた。

 

 

 

「あなた、誰なの?」

 

 

 

「俺はユートだ」

 

 

 

「ユート、ね。どうして私はここに?」

 

 

 

「覚えていないのか?」

 

 

 

驚いたようにユートはアキを見る。そして、くだけた仮面を差し出した。

 

 

 

「これに見覚えは?」

 

 

 

ずきりと頭が痛むのか、くらりとしたアキはベッドに沈む。大丈夫か、と心配そうに覗き込むユートに、ええ、と言葉短くアキは答える。見覚えがあるもなにも、その仮面こそがアキの存在理由だった。砕け散った仮面を見ていることで、おぼろげだった記憶がゆっくりと蘇ってくる。

 

 

 

アキが敗北したのは、ユートではない。もっと長身で茶色いウルフカットの青年だった。シンクロ召喚が普及しているこの次元で、エクシーズ召喚、しかもナンバーズなんて特殊なカードを使う人間が自分たち以外にいるのは初めてだったから、強烈に覚えている。アキを制御できない超能力の苦しみから救ってくれた人から、危険人物だから排除しろと言われたのだ。双子の兄妹が攫われたから奪還しろと言われて。託されたカードを元にデュエルを挑んだ。そしたら、彼はそのカードが魂というのなら、魂ごと狩らせてもらうと宣言したのだ。敵対するしか道は無かった。

 

 

 

彼はエクシーズ主体のデッキの使い手だった。自由にランクが変えられるかわいらしい学園もののモンスターたち、そこから繰り出されるのは、希望皇ホープというナンバーズ。多彩なRUMによって繰り出されるナンバーズを専用で釣り上げる蘇生効果を持ったホープドラグーン。一度は葬ったはずの銀河眼の時空竜を蘇生され、FAと名のついた時空竜にランクアップ。そのドラゴンの効果でアキの融合モンスターが破壊され、ダークマターという名がついた時空竜によってデッキから特殊召喚できたはずのモンスターを3体除外。フィールドががら空きな中、2回攻撃されて敗北を喫した。後攻ワンキルだった。あの時の宣言が正しければ、アキのデッキにあったはずのブラックコーン号はもうエキストラから抜かれているはずだ。

 

 

 

「無理をしない方がいい。カードに乗っ取られた人間は、しばらく本調子に戻るまで時間がかかるそうだ」

 

 

 

「いえ、覚えているわ」

 

 

 

「そうか。やはり、城前の言ったとおりか。この次元出身であるはずの君がどうしてナンバーズを持っていたのか。何があったか、聞かせてくれないか」

 

 

 

「どうして?」

 

 

 

「俺達はそのカードをばらまいた人間を捜している。そのカードはこの世界にはあってはならないものだからだ。人間の心にある感情を増大させ、それを巣食って形を成す。やがて持ち主を乗っ取って破壊行為を繰り返す。ナンバーズと呼ばれているカードだ。トップスの君がなぜこんなものを」

 

 

 

「これがないと生きていけなかったからよ」

 

 

 

「なんだって?」

 

 

 

「見たんでしょう、私のおぞましい力を」

 

 

 

アキは顔を覆った。

 

 

 

「パパもママも離れていったわ。受け入れてくれたのはディヴァインだけだった。あの人のためなら私は何だってするわ。たとえそれがトップスに対するクーデターだとしても」

 

 

 

「ディヴァイン……それが君のところの親玉の名前か」

 

 

 

「あなた、一体何者なの?」

 

 

 

「俺も詳しいことまではわからない。ただ言えるのは、もうすぐこの世界は別の次元によってクーデターが起こされるだろうということだ。誰もかれもカードにされて連れて行かれる。君も。俺達はそれを止めるためにここにいる。ランサーズ、それが今俺達が所属している組織の名だ」

 

 

 

「ランサーズ」

 

 

 

アキは顔を上げた。

 

 

 

「ディヴァインが言ってた反逆の芽ってあなた達のこと?」

 

 

 

「……そのディヴァインは本当にこの世界の人間なのか、調べる必要がありそうだな」

 

 

 

「待って。私とデュエルしたのは、貴方じゃなかったはずだわ。彼は今どこに?」

 

 

 

ユートは背を向けた。

 

 

 

「今は止めた方がいい。君はまだ体にダメージが残っているはずだ。それでも知りたいのなら父親にお願いして、あのデュエル大会に連れてきてもらうといい。それが条件だ」

 

 

 

待って、と言いかけたアキの言葉を無視して、ユートは足早に部屋を去る。ユートにとって、ナンバーズの回収が最優先事項である城前の動向こそが最優先だったからだ。もともとユート達と共にスタンダード次元にやってくることに城前は乗り気ではなかった。エクシーズ次元でも、スタンダード次元でも、この次元でも、ましてや融合次元でもない、精神体ばかりが存在するアストラル世界という高次元に居場所を彼は求めている。彼が帰りたい次元は、ユート達が使用している次元跳躍の装置が捕捉できないところにあるため、どうしてもアストラル次元に力を貸してもらう必要があるという。その条件として、ナンバーズを回収し続けているのだ。スタンダード次元やこの次元にまでナンバーズをばら撒いている存在が発覚するまでは、隙あらば城前は戦線離脱しようとしたため、いつしかユートと黒咲のどちらかが傍にいることになっていた。城前は強かった。それにスタンダード次元に近い世界から来たためか、知識が凄まじく豊富だった。エクシーズしか馴染みがないユート達がある程度LDSに立ち回れたのは、城前が提供してくれた知識があったからでもある。ナンバーズをばら撒く存在を感知した時、城前はユート達の目を盗んで姿をくらまそうとするのを辞めた。ただし、今度はナンバーズを感知すると、すぐにそちらに行ってしまうようになった。城前はなんでおれに構うんだよ、と日々ユート達に愚痴っている。なにをいまさらという話だ。それだけユートたちの付き合いは長く、そして思い出を語り合うくらいには親交が出来ている。異邦の世界での立ち回りをよく知っている城前がいるのだ。頼らざるを得ない部分は多岐にわたる。城前が思っている以上に、ユートも黒咲もその存在をあたりまえのように思い始めているのだ。

 

 

 

しかし、城前にとっては、想定外もいいところのようだ。ユートが城前と話す時、注意深く様子を窺うとちゃんとユートの目を見て話していない。あるいは意識がそこにはない。あきらかになにか別のものを見ている。ユートの向こう側に誰かがいる。それに向かって話しているように思う。城前は何度も黒咲から指摘されているが、そーかあ?と疑問符を飛ばしているので、完全に無意識のようだ。余計にたちが悪い。その違和感に酷く胸がざわつく。目を見て話せと黒咲が低い声でいうのはそのためだ。城前はお互い様だろ、と笑う。たしかに置いてきてしまったレジスタンスの仲間に重ねることはあったかもしれないが、それはもう何カ月も前の話だ。ユートは城前はエクシーズ次元のデュエリストではないかもしれないが、仲間だと思っている。直接確認したことはないが、おそらくは黒咲も。

 

 

 

でも、城前はなぜか仲間だと黒咲やユートから言われるたびに、ひどく動揺する。目の奥がゆらぐのは何度も見てきた。城前を気にかけたり、仲間だと意識するような発言や態度をとったりするたびに、酷く動揺し、ぐらつくのが目についてしまう。すぐに煙に巻いてしまおうとする舌先三寸に黒咲が喧嘩を吹っ掛け、言い合いになるのは何度目になるか分からない。

 

 

 

ひどくもどかしい、はがゆいものを抱えながら、ユートはドアをノックした。

 

 

 

「城前、入るぞ」

 

 

 

ユートが真っ暗な部屋に入ると、モニタの光源の前で寝落ちしている後姿がうつった。いつかのように上着だけ放置されていないか、一瞬ヒヤリとしたが杞憂で終わった。城前、と呼びかけ、明かりをつけるが微動だにしない。何を調べていたのかと覗き込めば、この次元で過去に起きた事件が履歴に並んでいる。この次元がまだトップスとコモンズにわかれるきっかけとなった、爆発事故が重点的に調べられていた。ユーゴのデュエルディスクや次元を超える動力源となったユートの知らない技術の結晶、モーメント、その研究所がこの街を一瞬にして瓦礫にかえた陰惨な過去の残痕。その再開発による様々な歪みの結果、今のシンクロ次元は生まれている。一瞬にして街を崩壊させたゼロリバースによって亡くなった技術者をリストアップしているようだ。黒咲から知っている顔を思い出せなくなるから辛い、と怒鳴っていたと聞いたユートである。この次元でもよく似た人間を見つけてしまったのかもしれない。クロウの世話になった孤児院に匿ってもらった双子の兄妹、彼らを連れ戻しに来たアキ。アルカディアムーブメントに所属する彼らを見て影がおちたのをユートは目撃しているのだ。唇をかむのは城前の悪癖だ。なにかたいせつなことを思い出してしまって、暗い気分になる時はたいてい唇が白んでいる。

 

 

 

本来行くはずだったアストラル世界、あるいはもとの世界へ想いをはせているのは時々目撃する。そのたびに城前が遠くにいるような気がして、つい話しかけてしまう。黒咲は気に入らないようで舌打ちをしたのち不機嫌になるのをたしなめるのはユートの役割だった。でも、正直気持ちは同じだった。LDS狩りをしたい黒咲やユートに背を向け、城前はすぐ行方をくらましてしまう。ナンバーズを使って大会に入賞し、マスメディアやネットに情報を拡散させる、というエクシーズ次元でやっていた手段はスタンダード次元でもシンクロ次元でも有効だったのはいうまでもなかった。謎のエクシーズ使いの噂はすぐに広まり、ナンバーズの使い手となったデュエリストと戦っていた。城前はナンバーズを集める使命がある。それは何よりも優先されることであり、それはユート達も承知していた。その結果、赤馬零児との接触が早まったのは皮肉ではあったが。

 

 

 

未だにユートはチャンピオンシップで戦った相手がバリアンだった時、城前が堪えるような表情だったのが忘れられない。城前は自分のことを語らないデュエリストだ。頼りになるが寂しくはあった。

 

 

 

「おい、城前、起きろ。こんなところで寝ていたら風邪をひく」

 

 

 

「……おー、ユート、おはよう。やべえ、寝ちったか、おれ。寝落ちかよ、うあー、ねみい」

 

 

 

くあ、と欠伸をした城前は大きく伸びをした。こういうところは普通の青年にしか見えない。ユートは苦笑いした。

 

 

 

「城前、何を調べていたんだ?」

 

 

 

「んー?ああ、歴史のお勉強をちょっとね。こっちもなんかやらかしてないか、気になっちまってさ」

 

 

 

「どうなんだ?」

 

 

 

「ちらほらきな臭い奴らが見え隠れしてるけど、まーびみょー。んで?そっちは?わざわざ聞いたってことは、なんか手に入ったんだろ?」

 

 

 

「ああ。十六夜アキが目を覚ました。城前の見立て通り、彼女はサイコデュエリストのようだ。アルカディアムーブメントがビンゴだ。ディヴァイン、というそうだが」

 

 

 

「ディヴァインねえ」

 

 

 

「この次元の人間ではない、あるいは別次元の人間と接触している可能性がある。ナンバーズを渡したのはその男で間違いないようだ。気を付けた方がいいだろう」

 

 

 

「だよな、黒咲たちには頑張ってもらうとして、おれ達はやるべきことをしようぜ」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

始めこそ、サイコデュエリストという言葉を初めて聞いたユートだったが、城前はさして驚く様子を見せず、教えてくれた。ユートたちのデュエルディスクが、レオコーポレーションの技術もなしで、カードを実体化させることができる。ひとえにサイコデュエリストであるあの研究者の弟の協力あってこそらしい。もともと弟はそういった素質があり、バリアンやアストラル次元の影響を受けるため苦労していると聞いてなるほどと思ったものだ。それを救うために研究者を志した青年に、城前がナンバーズ回収の協力要請をするわけがない。しかし、サイコデュエリスト、なんてオカルトまがいな単語がすぐ言葉が出てくるあたり、城前の世界でも一定数認知されていたのかもしれない。

 

 

 

「城前、あまり無理はするなよ」

 

 

 

「え?なんだよ、突然」

 

 

 

「まえから思っていたが、ナンバーズに操られている人間はナンバーズが浮き出るらしいな。城前もそのエキストラのナンバーズを使うたびに刻印がでるだろう。影響はないのか?」

 

 

 

「ユートのそういうとこ嫌いだよ」

 

 

 

「すまない」

 

 

 

「そういう謝るとこもな。おれが悪いみたいじゃねーか。大丈夫じゃなかったらやってねえよ、大丈夫だからおれはナンバーズ回収すんのにうってつけなんだから。それにこれがあるから大丈夫」

 

 

 

城前が掲げるのは、ずっと持っている黄金色のカギ。高次元体から預かったというそれは、記憶の断片であるナンバーズを返す時に接触するのに使っているそうだ。城前はずいぶんとその持ち主を信頼しているようだ。おれがいなくても大丈夫だ、と断言されるくらいにはユートたちも信頼されているらしいが、黒咲の言葉を借りるなら気に入らないというやつである。城前はすぐにどこかにいってしまう。ともに歩く人間の存在に配慮すらない。文句を言えばいたのかと驚かれるのはどういうことか。一方的な好感をもって接触してくるくせに、返そうとしたらひかれてしまう。そんな感覚がある。ユートは未だに城前がよくわからないでいた。

 

 

 

「ディヴァイン、ディヴァイン、っと。やっぱあったぜ、ユート。こいつだ」

 

 

 

どっかで聞いたことがあんだよな、と城前が開いたページには、ジャック・アトラスとデュエルをした挑戦者たちの特集記事だ。そのなかに、ディヴァインという男がいた。

 

 

 

「サイキック?超能力を使うモンスターのテーマなのか?」

 

 

 

「アキちゃんが言ってたことを考えると、そういうことだよな。サイコデュエリストの総師っぽいデッキじゃねーか」

 

 

 

切り札であるメンタル・スフィア・デーモンがジャックのクリムゾン・ブレーダーに破壊されているところが見えた。

 

 

 

「問題は、なんでおれたちが双子を匿ってくれってお願いしたその日に、お迎えが来ちまったかってことだよ。いくらなんでも早すぎだろ、サイコデュエリストってテレパスでも使えんのかよ」

 

 

 

「見た限りでは、そうは見えなかったが」

 

 

 

「だよなあ。ルアもルカもそんなそぶり見せてなかったし。そもそも、アルカディアムーブメントはトップスの組織だろ、コモンズのが絶対数多いのに、支部がねえのはおかしい。アキちゃんはトップスだろ、どうやってくるんだよ」

 

 

 

「……内通者か」

 

 

 

「やっぱそうなるよなあ。リンちゃんが連れてかれた時も、コモンズからどうやって探し出したんだよって話だし。ま、手っ取り早いのは、仲介者がいるってことだよな。そいつをあぶりだそうぜ、ユート。話はそれからだ」

 

 

 

城前はにいと笑う。おそらくテレビを付ければ、コモンズとトップス、そしてランサーズで行われるデュエル大会の実況生中継が流れているだろう。あいつらが心配ならアキちゃん連れて行ってこいよ、と言われるが、ユートは首を振った。城前はじぶんのやり方でナンバーズを狩ると抜かしているが、トーナメントでトップス枠で登場した青年を見て、硬直していたのを忘れたとはいわせない。ナンバーズはまだ確認できないが、エクシーズ使いがいる時点であの青年はおそらく、敵である。ナンバーズを回収したところで、影響を受けずに管理できる城前が来なければ意味はないのだ。

 

 

 

城前が内通者からディヴァインに近付こうとしているのなら、それに付き合うまでだ。アルカディアムーブメントにバリアン次元の勢力、融合次元の刺客、両者とも見え隠れする時点で、ユートの答えはひとつだった。

 

 

 

「さあ、いこうぜ、ユート。お楽しみはこれからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城前が今まで愛用していたデッキは、九十九一馬から預かった、本来ならば九十九家の長男が使用するはずだったデッキである。アストラル世界からこちらの世界に来るときに、半分だけが人間界に落ちて、それが人の形となり九十九家にやってくる。そのときを前に、ナンバーズを使用することを前提としてエクストラデッキがないにも関わらずエクシーズ召喚を前提としたギミックが搭載された奇妙なメインデッキが生まれた。そのデッキの意味を知らないまま、両親の形見だと大事に持っていればそれなりに苦労はしただろうが、この世界にアストラルからの使者はこなかった。そして城前がきた。城前がナンバーズを扱える人間だったことが、一馬にデッキを託すきっかけだったようなものだ。次元を越える旅路を終えた城前は、一馬にデッキを返すことにしたのである。OCG次元に帰る前提だったから、いつか返すつもりではいた。

 

 

「ほんとうにいいのかい?君はエクシーズを使いこなしていたように見えるが」

 

「そりゃ、もちろん愛着がわいてるし、寂しくないかって言われればそうですけどね。でもこれはおれのデッキじゃない。それは一馬さんもわかってるでしょう?違いますか?」

 

「それを言われたら、オレは強くでれないな。はは」

 

 

一馬は困ったように笑った。そして、受け取る。

 

 

「ひとつだけ。いいかい、城前君」

 

「はい?」

 

「アストラルの使者と友好を深めたようだが、彼、いや彼女?はどうだった?いい子だったかい?」

 

「はい、そりゃもう。めっちゃいいやつでしたよ」

 

 

城前は笑った。

 

 

「そうか」

 

 

一馬はどこか寂しそうにうなずいた。結局城前は一馬にアストラルの使者について詳しく説明することができなかった。我慢していたものがあふれ出しそうだったからだ。

 

 

もしかしたら、一馬は本来遊馬とアストラルに分かれるはずだった、アストラル世界の使者と会ったことがあるのかもしれない。アストラルのような性質と遊馬のような性質を混ぜ合わせた不思議な雰囲気の精神体だった。城前と交流をはかることで少しずつ人間を学び、遊馬でもない、アストラルでもない、第3の人格を獲得したその精神体は、ゼアルほどハートランドの人々と交流をもつことはかなわなかった。次元戦争とバリアンとアストラル世界の戦争が複雑に絡み合い、交流を持つ機会に最後まで恵まれなかったことが悔やまれる。一緒にいてくれといいたかった、と精神体はいった。アストラル世界とバリアン世界は双方が疲弊し、結局冷戦は一時的な停戦という形でつかの間の平和となったにすぎない。人間に近づくことはカオスになることを意味する。城前やランサーズたちと近くなりすぎた彼、もしくは彼女がアストラル世界に残ることを選択した時点で、城前はその行く末を察してしまう。一緒にいこうとさしのべられた手は拒まれた。君の中で死なせてくれ、とアストラル世界の使者は笑い、崩壊する扉を閉ざした。

 

 

「ずいぶんと都合がいいことを言うな、城前」

 

 

崩落する後ろを振り返ろうとするたび、その手を無理矢理ひきずるのは黒咲である。やがて断絶する亀裂が隆起していくにしたがい、城前はアストラル世界に戻ることを諦めた。

 

 

「俺たちには黙って消えるつもりだった癖に、あいつには甘いことばかりいっていたな」

 

 

冷たいまなざしに、だってあいつは、と言い掛けて城前はやめた。城前とアストラルの使者の会話はいつだって鍵の中にある遊覧船の中で行われた。誰も知らない。城前が教えたことだけが真実となる。

 

 

アストラル世界に続く道が閉ざされた。OCG次元は黒咲たちが使っている次元転移装置ですら捕捉できない時間軸に存在している。技術の進歩を待つか、この世界にあるはずのアストラル世界とつながる別の扉を探して世界をさまよい歩くか、方法は思いつくものの、どのみち城前はこの世界で生きることを意味している。なぜならアストラル世界とバリアン世界の戦争に身を投じなくてよくなったと同時に、ヌメロン・フォースの力をあてにすることはできない。融合次元の干渉により意図的に、生まれるはずだった英雄たちが排除された世界で、城前はこれからをいきることになるのだ。改変されなかったその先になにがあるのか。それを思うと口にすることはアストラルの使者も黒咲たちも侮辱している気がしたのだ。

 

 

「だってあいつは?なんだ」

 

 

先を促す黒咲に、城前はいう。

 

 

「だってまだこんくらいの子供だぜ?下手したら遊矢より下の。お前らと同じ扱いなんてできるかよ」

 

 

その言葉の真意を探ろうとする金の目から逃れるように、先をいく。

 

 

「さあ帰ろうぜ、黒咲。お前らの世界にさ。これでいつ帰れるかわかんなくなっちまった。しばらくはカイトんちか、一馬さんちに居候だな」

 

 

目を見開いた黒咲だが、すぐにその口元はつり上がる。

 

 

「いいご身分だな」

 

「仕方ねえだろ。改変すらできなかったんだ。おれなんて存在してねえはずのやつをどうやってハートランドが受け入れるんだよ。戸籍とかしっかりしてそうじゃん?」

 

「方法くらいいくらでもあるだろう」

 

「へえ、たとえば?」

 

「そうだな。たとえば・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「なにをしているんだ、城前?」

 

「よお、黒咲」

 

初日の洗礼を終えた城前は机に突っ伏している。疲れたあ、と大げさにぼやくのはきっと××年ぶりの学校生活が思いの外ハードスケジュールだったからに違いない。記念すべき1日目が終わった感想を聞けば、こんなにきつかったっけ、ときた。このあとで部活に繰り出していたことが信じられない、とグラウンドにばらつき始めた生徒たちをみて城前はいう。

 

 

「部活に入るのか?」

 

「いんや、当面はバイト探しだな。お金貯めて早いとこ一人暮らししてえ。っつーわけで、これからよろしくな黒咲先輩?」

 

 

黒咲が提示したのは、黒咲の所属するプロデュエリスト養成所に進むことだった。その条件を満たすために、本来学ぶべきことを学びなおし、修了証書を手にするのに1年と少しかかってしまった。社会人になってすっかり忘れていたことを学び直すいい機会になったと死んだ目になりながら城前はいったのを黒咲は記憶している。優秀な成績を収めれば学費はある程度免除がきく上に、寮も存在している。黒咲は崩壊する前のハートランドにおいて、城前が大会で優秀な成績を収めた記録が残っていると知っている。これを提示し、ハートランド側が後見人になれば、その一枠をもぎ取ることは可能だと考えていた。そして城前は実際にやってのけた。

 

 

『プロのデュエリストにはならねえよ、いやなれないんだ』

 

 

かつて口にした言葉がある。今はプロもいいかもしれない、と笑う城前がいる。城前にとっては痛みを残しながらではあるけれども、前に少しずつ進んでいる。黒咲にとっては、ほかならぬ城前から否定された未来が近づいてきている手応えが確かにあった。

 

 

「ところで城前」

 

「ん?なんだよ、黒咲先輩?」

 

 

先輩よびの違和感に眉をひそめる黒咲がおもしろいらしく、今の城前のマイブームは先輩扱いである。ユートや瑠璃にまで先輩と付け始めたずいぶんと大きな後輩は、不思議そうに瞬きをした。

 

 

「お前がナンバーズハンターの時に使っていたデッキはもうないんだろう?どうするつもりだ?」

 

「お、情報はやいね。そーだよ。ここに通うことになったから、デッキは一馬さんに返してきたぜ。もともとあの人の息子さんのデッキだしな」

 

「息子?あそこにはあの記者しかいないんじゃないのか?」

 

「ただしくは生まれるはずだった、がつくけどよ」

 

 

城前の発言に九十九家のプライバシーを深読みした黒咲は、そうか、と納得する。黒咲のあたまの中では近からずも遠からずなストーリーが展開されている気配がするが、それを訂正する気はない。

 

 

「久しぶりに使おうかと思ってんだ、このデッキ」

 

 

差し出されたのは、ずいぶんと使い込まれたスリーブとデッキケースである。みる?と言われて、いいのか、と黒咲は思わずいう。決闘者にとってデッキは命ともいえるものだ。それを躊躇なく渡されることは信頼のあかしなのか、たんなる考え無しなのか、どちらも予想できるからわからない。

 

 

「いやだって入ってるカードがカードだからさ、プロ志望ならどんなカードがOKかわかるだろ?査定してくれよ」

 

 

そういうことなら、と黒咲はメインデッキとエクストラデッキを受け取る。1枚1枚確認した黒咲はため息をついた。お前、と言いたげな眼差しに気づいたらしい城前は、あはは、と頬を掻く。

 

 

「あ、やっぱだめ?」

 

「当たり前だ」

 

「ですよね」

 

「お前のいた次元はどういう次元なんだ」

 

「どうってそりゃ、遊矢たちの世界が一番近いよ。前もいっただろ?」

 

「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、しかも遊矢が使ってないオッドアイズが平然と入ってるデッキのどこが近いだ。そのものだろう」

 

「おれの世界ではこれが普通だったの!環境入りはしてなかったけど、まだまだこれからって感じのテーマだったから、おれは好きだったの!好きなんだよ!好きなテーマ回してなにが悪い!」

 

「落ち着け、城前。俺は別に使うなとはいってない」

 

「でもそれっぽいこといったじゃねーか」

 

「違う。俺がいいたいのは・・・。いや、いいか。城前はもうただの人間だ、今更蒸し返すこともないか」

 

「は?」

 

「とにかく、この世界にペンデュラム召喚は早すぎる。俺やユートと決闘するときは使えばいいが、それ以外はやめておけ。デュエルディスクにそもそもペンデュラムゾーンがない」

 

「あ、そっか。こっちの世界だとレオコーポレーションのやつじゃないんだっけ。すっかり忘れてた。さんきゅー、黒咲。そっかあ、それは盲点だった。やっぱ1から組み直すかな」

 

「ああ、そうしろ」

 

「へへっ、そうと決まればやることはひとつだよな!せっかくの放課後なんだし、黒咲、いつもカード買ってるショップ教えてくれよ!今日はどっか食べにいこうぜ!」

 

「なんだいきなり」

 

「えっ、だめか?」

 

「いや、特に用はないが」

 

「ならいーじゃん。せっかくの学生生活なんだし、それっぽいことさせてくれよ。寮だから8時30分までには帰らねえといけないんだ」

 

 

黒咲は仕方ないなと肩をすくめる。

 

 

「やりい、そうじゃなくちゃ」

 

「もちろんお前のおごりだろうな、城前?」

 

「え゛」

 

「まさか先輩におごらせる気か?」

 

「いや、そこは優しい黒咲先輩がかわいいかわいい後輩のために人肌脱ぐところだろ」

 

「RR組むなら考えてやるが」

 

「ぜってえやだ」

 

「なら俺にとってはかわいい後輩じゃないな」

 

「このやろう、こういうときだけ先輩面しやがって」

 

「男2人もなんだ。ユートと瑠璃もよぶか」

 

「え、まじで?いいけど、え、もしかして3人分おごる流れ?!」

 

「違うのか?」

 

「勘弁してくれよ、軍資金がなくなる!」

 

「そのカードを売ったらどうだ」

 

「いやいやいや、おれまだ帰るの諦めたわけじゃねーからな!?」

 

「そうか」

 

「いやなんでそこで残念そうにため息つくんだよ、黒咲!?」

 

 

城前は大げさに驚いてみせる。いらっとした黒咲はユートたちに電話をかける。よろこべ、今日は城前のおごりだ。やめろぉ!必死な声が聞こえてくる。携帯越しのユートは苦笑いの気配がした。

 

 

『黒咲、うれしそうだな』

 

「否定はしない」

 

 

 

 

 

カードショップにて。

 

「やっぱライトロード組もうかな、おれが一番最初に組んだデッキだし」

 

「いいんじゃないか、城前。ホープは光属性だったからな」

 

「だろだろ!?今回はコピーカード(ということになっているOCG次元のカード)のホープもライトニングもちゃんと入ってるぜ!」

 

「ライトニングか・・・・・・」

 

「露骨にイヤな顔すんじゃねえよ、俺の考えてるデッキだとお前のエースに対する回答はライトニングしかねえんだよ。出せなきゃ死ぬんだ。そもそもお前のエースは出しやすさと強さが釣り合ってねえ」

 

「俺がフィールドに呼ぶ前にチェーンで容赦なくつぶしてくる癖によくいうな」

 

「ふざけんな!通常魔法だからまだチェーンでつぶせるけど速攻魔法だったら終わってんだよ割とマジで!頼むから先行でアルティメット・ファルコンぶったてるのはやめようぜ?な?」

 

「オネストで無理矢理突破してくる奴がなにを」

 

「今度は次元の彼方にラスト・ストリクスをとばしてやろうか?それともシラユキで邪魔?あ、そういやシラユキとスキルドレインって相性いいと思うんだけどさ、おれ今からスキドレに魂うってこようかな」

 

「「それだけはやめろ」」

 



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IF 転移先が漫画版遊矢の次元だったら

「やっぱここ統一次元だよなあ」

 

ぼやく城前の言葉がとけていった。

 

デュエル大会に参加するため遠征に来た城前を待っていたのは、マスタールール3の大会である。リンク召喚導入に伴い大幅に弱体化したはずのペンデュラム召喚全盛期。4月ならまだわかるがもう7月である。そんなバカな。身内大会ならまだわかる、だが某会社公式の大会だとポスターがあるし、なによりもホームページにあったはずなのに。疑問符ばかりが飛んでいくが、マスタールール3だというのなら仕方ない、身内大会用に構築してある2017年1月制限のデュエルで挑もうではないか。そうおもったのがさらなる事態を呼び起こしてしまったのだ。

 

「いいデュエルだったぜ、城前。ところでさ、どこからきたんだ?ほら、今回初めて公式大会に参加したんだろ?ランキングにも載ってないからわからないんだよ、よかったら教えてくれ」

 

準優勝だった。決勝戦で城前を下したのは、控え室にわざわざ労いに来てくれたプロデュエリストである。世界大会に挑戦する代表を決める前段階である、店舗代表戦はどうやらこの世界でも大変大事な大会という位置付けのようだ。

 

「マイアミって聞いたことないか?」

 

「マイアミ?なにいってんだよ、マイアミはここだろ?」

 

「あーうん、まあ。えーっと、××市」

 

「なんだ、××市?すぐそこじゃないか、今までなんで挑戦しなかったんだよ、城前の実力なら余裕だろ」

 

まじかよ、××市あんのかよ、と城前は焦る。

 

「働いててさ」

 

「あ、どっかの専属デュエリストとか?それとも行きたいリーグがあるのか?」

 

「え?いや、普通に会社員だけど」

 

「えええっ!?こんな実力あるのにほんとにアマチュアなのか、城前!××市ってそんなデュエリスト人口少なかったか?」

 

「世界大会いけるだけの実力なかったし、150位とか無理だって」

 

「......あー、××市はハードルが高いのか!もったいない、もったいなさすぎるぞ、城前!今からでも遅くないから拠点をこっちにうつせよ、こっちはチャンピオンシップスに出ればある程度道は開けるんだから!それにアクションデュエルならまだ人口は少ないし、チャンスあし!今からでも転向してみないか?」

 

熱心に勧誘してくるズァークにぐらついたのは事実である。悪魔になる運命だとしても、ズァークは精霊の声がきける、みんなを楽しませたいエンターメイトを追求する好青年だったのは揺るがしようがない事実だ。悪魔になる過程が周りの意見に流されすぎてキャパシティオーバーしたことはわかるが、精霊の声がきこえる能力となにが関係あるのかいまいちよくわからない。いずれ目の前の青年に世界が壊されるのだとしても、今のズァークにはそんな面影みつけることができない。

 

「城前はアクションデュエルすべきだ、だってこんなに懐かれてるやつ初めてみた」

 

「懐かれ?」

 

「あ、城前はプロリーグあんまりみないか?一応、俺、精霊が見えるって有名なんだけど」

 

「え、まじで精霊いるの?俺」

 

「ああ、デュエル歴にしてはやけに幼いけど。もしかして城前って頻繁にデッキ変えるタイプか?」

 

「あーうん、別にこだわりはねーかな」

 

「そっか、環境デッキが好きなんだな。よく聞かれるんだけどさ、精霊はデッキの数だけいるんだ。城前の場合はそれだけいるよ」

 

「うっわ、まじかよ気になる。なあ、どんな感じなんだ、俺の精霊」

 

「見たいか?」

 

「見たい」

 

「じゃあ、アクションデュエルに来いよ、城前。精霊たちが1番自由にイキイキできるのはアクションデュエルだからな!」

 

この様子だとまだ相手を傷つけてしまったことはなさそうだ。これから行くところがない城前にはありがたい申し出だったのである。

 

 

 

「じゃあデッキをセットしてみてくれ」

 

「お、おう」

 

 

貸してもらったデュエルディスクを片手にセットし、城前はドキドキしながらデッキをセットする。そしてズァークに言われるがまま、カードをドローした。

 

「なあ、俺の精霊ってなに?やっぱ壊獣?それとも召喚獣?」

 

「精霊はレオコーポレーションのソリッドビジョンがないと自我を得られないからな、城前はまだそのデッキしかつかったことないだろ?じゃあ、一番精霊として実体化しやすいのは城前のいうとおり、壊獣か召喚獣だと思う」

 

「うーし、じゃあまずは!」

 

デッキの精霊は一体。やはりエース級だろう。そう思ったらしい城前は、さっそく手札を見る。

 

「こい、《召喚士アレイスター》」

 

白のローブを被った青年が杖を携えて召喚した。いざ、と相手を見据えようとしたが目の前のフィールドに決闘者がいない。キョトンとして困ったような顔をしたまま振り返るアレイスターに、城前は感動したように目を輝かせた。

 

「ズァーク、これってAIの演出か?」

 

「そう見えるなら近づいて見たらどうだ?」

 

「それもそーだよな」

 

デュエリストが立つべきエリアから降りた城前はアレイスターのところにやってくる。目を瞬かせ、杖を握りしめたまま、城前を見上げる青年が首をかしげた。

 

「えーっと初めまして?」

 

「?」

 

「あー、その、な、いつもありがとな、アレイスター。お前のおかげで壊獣たちも活躍できてんだよ、感謝するぜ」

 

「!」

 

「ほら、壊獣ってテーマ的に後攻じゃないとうまく動けないし、能動的に動けないし、回らないときはマジでお前だより、頼みの綱だし?壊獣自体強いテーマと混ぜるほうが安定するからほんと助かってんだよ、ありがとな」

 

アレイスターはうれしそうに笑う。ずいぶんと幼く見えるのはまだまだ精霊としての心をえたのがついこの間の大会だからだろうとズァークは教えてくれた。

 

「なあ、ズァーク。じゃあこいつら使い込んだら言葉通じるようになるか?」

 

「うーん、どうだろうな。言葉通じるの俺以外見たことないぞ」

 

「えー、まじでか」

 

「まあ、使い込んだらそれだけ成長するからな、どんどん表情豊かになるし、言葉が通じなくてもなにがいいたいのかわかるようになる。心配はいらない」

 

「へー、そういうもんなのか。わかった、じゃあしばらくの間はこのデッキつかってみるぜ」

 

浮気性の主人から直々に構ってもらえると知ったアレイスターは大喜びである。見た目は城前くらいの青年だというのにバンザイを繰り返し、ありがとう、あるいはうれしいです、と顔に書いてある。さすがに抱きつかれるとは思わなかった城前は面食らうが、中身はほんとに子供だと聞かされては無下にできない。もともと親戚の子供たちには構い倒すのが大好きなのだ。くしゃくしゃになるまで頭を撫でるともっとやれと押し付けてくる。なにこのかわいいいきもの。

 

「なあ、ズァーク」

 

「なんだ?」

 

「もしライロ組んだら《ライトロード・セイント ミネルヴァ》が精霊になったりするのか!?」

 

「……よく聞かれるけど、城前が本当にエースに据えてるなら可能性あるな」

 

「うっぐ……あのデッキのエースは《カオス・ソルジャー ー開闢の使者ー》っ!」

 

「なら無理だな、諦めろ」

 

「でも、でも、ズァークのいうとおりならみんな自我に目覚める感じなんだろ?ならワンチャン」

 

「否定はしないけどエースより自我に目覚めて成長するスピードはかなり遅いぞ」

 

「それはそれで……いや、どうせなら年上のお姉さんモンスターが」

 

「なにいってるんだ、城前。目が怖い」

 

「うるせえやい、お前に年上のお姉さんと知り合う機会がないとわかってしまったおれの気持ちがわかってたまるかあ!」

 

ズァークは思わず笑ってしまう。

 

「わらうなよ、割とマジで切実なんだからな!」

 

「精霊はお前の子供たちみたいなもんだぞ、それでもいいのか?お前にされたことが愛情表現だと勘違いして周りに伝播するぞ。贔屓にすぎるとデッキまわりが極端に悪くなるかもしれないな」

 

「ま、まじかよ、慈悲は!慈悲はないんですか、ズァークさん!」

 

「あいにく可愛い精霊が鬼畜生の手にかかるくらいなら俺は協力出来ないな」

 

「おにーあくまーそんなこといわれたら、できるもんもできなくなっちまうじゃねーか!」

 

「しようと考えるんじゃない」

 

ジト目のズァークに城前は涙目だ。

 

「しんじらんねえ、お前男かよ?一度は考えたことあるんじゃねーの!?」

 

「俺の精霊はドラゴンと魔術師たちだからな、そういう目で見たことはない」

 

「うっそだろ、魔術師普通にかわいい女の子いるのにか!?しんじらんねえ、ズァークお前人間じゃないだろ!お前を健全な精神をもつ男だとは断じて認めねえからな、ズァーク!」

 

「だからなんの話をしてるんだ、城前」

 

「なにって……ナニ?」

 

「アレイスター、殴っていいんだぞこういうときは。え?そうか、お前は真面目なんだな」

 

「え、なになに、アレイスターなんか言ったのか?」

 

「前の彼女とわかれてもう数ヶ月なのか、大変だな」

 

「うっぎゃー!やめろよ、アレイスター!よりによってんなプライベートなことー!しんじらんねえ」

 

頭を抱える城前にズァークは笑う。

 

「彼女ができるまで俺の家にくるか?いきなりプロを目指すのは大変だし、うちならアクションデュエルを練習する会場があるし」

 

「ズァーク、いいのか」

 

「なによりほっといたら城前の教育は精霊たちに悪そうだからな。熟れた関係にでもなってみろ、その瞬間からお前は俺の敵だからな」

 

「やんねーよ、人をなんだと思ってんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本気か、零王!お前、今、何を言ってるのかわかっていってるのか!?考え直せ、それだけはしちゃいけない!ほんとうにどうしたんだ、お前、正気なのか?落ち着け、落ちついてよく考えてみるんだ!それは零児君を1人にするってことなんだぞ!たったひとりの肉親であるお前がそんなことしたら取り返しがつかなくなることくらいわからないか!わかれ!わからなきゃいけない!お前は研究者である前に、一人息子を持つ父親でもあることを思い出さないか!!」

 

 

扉越しでも聞こえてしまう罵声に、ノックしようと構えていたズァークは、そのままそっと手を下ろした。

 

 

「……お取り込み中みてーだな、どうするよ、ズァーク」

 

「……まただな」

 

「また?」

 

「おそらく古巣に連絡してるんだろう」

 

「古巣?」

 

「榊さんはもともとこの国の軍事機関の研究員だったんだ。研究していた質量を伴ったソリッドヴィジョンの研究が民間にも広く応用が利くとわかって、民間利用を考えるために早期退職して会社を立ち上げた。赤馬零王研究員や他の研究者達と民間会社を作り、ある程度軌道に乗り始めた段階で独立、アクションデュエルの構想をぶち上げて第一人者になった経緯があるんだ」

 

「へー、そうなのか」

 

「ああ、独立したとはいえ、今でも時々意見を求められて出かけることも多いんだが、ここのところ本当に多い。代わりに俺が代役に出ることも多くなってる」

 

「それがあの電話?」

 

「榊さんはなにも教えてくれないけど、たぶん大変なんだろうな。質量を伴ったソリッドヴィジョンの研究については赤馬研究員と共著が多いから権利も今でも多く保有してる。今、この世界でレオコーポレーションの技術の貢献度は計り知れないし、それだけ大きなお金も物も人も動くから」

 

「たいへんだねえ」

 

「そうだな、できることなら力になりたいけど、俺はデュエリストだけど研究者じゃないからこっちの分野はからっきしなんだ。城前は?」

 

「おれもこっちの分野は高校以来音沙汰無し」

 

「だよな」

 

「なあ、ズァーク。赤馬零王研究員ってレオコーポレーションの?」

 

「ああ、社長のな。会ったことはないけど、一人息子がいるらしい。榊さんが時々話してくれるのを聞いたことがあるだけなんだ」

 

「へー」

 

「中学生なのに大学に行ってるらしいぞ」

 

「え゛なにそれすごくね」

 

「すごいどころじゃない。××大学だ、名前だけなら聞いたことあるだろ。この国で一番賢い奴らが集まるところだ」

 

「まっじかよ、じゃあ息子もばりばりの科学者ってこと?すっげえな」

 

「そうだな。赤馬社長と榊さんが考案したペンデュラム召喚を真っ先に会得したってきいてる。俺も早くデュエルしてみたいな」

 

「……そ、そうなんだ?」

 

「ああ」

 

 

城前は冷や汗たらりである。

 

何この世界。

 

ペンデュラム召喚がすでに存在していて、赤馬零王には娘ではなく息子がいて、しかも名前は零児だと?しかもプロのデュエリストじゃなくて大学生だと??これじゃあ柚子ちゃんたち生まれないじゃねーか!しかも零児はすでにペンデュラム召喚の使い手とかいみわかんないんですけど?!まさかエンディング後か?いやいや、それならズァークはそもそも存在しないはずだ。まるで意味がわからんぞ状態だが、城前の挙動不審をアクションデュエルの先駆達の研究室に来てしまった、と今知らされた格好なので、驚きすぎて言葉にならないというふうに取られたらしい。ズァークがにやにやしている。

 

 

「なあ、もしかして榊さんにも息子がいたりする?」

 

「気づいたか?」

 

 

ズァークは笑う。

 

 

「ああ、遊矢は榊遊勝さんの息子だぜ。優れたハッカーでアクションデュエルも天才の領域、噂で聞いたことくらいはあるよな」

 

「まじかよ」

 

「まじなんだな、これが」

 

「ズァークは遊矢とどういう関係?兄弟子?」

 

「まあ、そんな感じかな。将来が楽しみなんだ。精霊を見れないことだけが残念だぜ、あいつのオッドアイズもなかなか見所があるのにな」

 

 

まさかのラスボス候補が柚子のお父さんみたいに、兄弟子ポジションである。ここまで聞いている話だとどこまでも平和な世界に聞こえてしまう、先ほどの鬼気迫った遊勝さんの電話さえなければ。ここまでくるとこのパラレルワールドにおいては、柚子シリーズはどうなっているのか気になって仕方ない城前はそれとなく聞いてみた。

 

 

「じゃあさ、柊柚子って知ってる?」

 

 

ズァークはにやっと笑った。

 

 

「やっぱり来ると思ったぞ、城前。そっちが本命の質問だな?」

 

「……はい?」

 

「柊さんはたしかに美人だけどやめとけ。お前に振り向いてくれる確率は零だ」

 

「柊さん?」

 

「しらばっくれるなよ、あれだけお姉さんモンスターについて力説しといて。年上のスタイルがいい女性が好みなのはわかったから。頼むから俺に余計な恥かかせないでくれよ、見込みがあるからここに連れてきてやったんだからな」

 

 

おそろしくてその先がきけない城前である。どういうことだろう?成人のズァークがさん付けする柚子ちゃんいくつだよ。というかレイちゃんはいないのか!?気になって聞いてみたが、誰だそれ、と首をかしげられてしまった。まじか、まじか、え、どうなんのこれからこの世界、と城前は混乱する。

 

 

「榊さんは忙しいみたいだし、奥で待ってよう。いつもそうだからな」

 

「え?あ、おう」

 

 

ズァークにまねかれ、城前は遊勝塾とよく似た離れの建物に通された。

 

 

「あれ、ズァーク、それ誰?お客さん?」

 

 

広大なデュエルフィールドの真ん中で練習していたのは、幼い遊矢である。遊勝さんが失踪する前よりは大きいから、小学校高学年と言ったところだろうか。父親の失踪という悲劇がなかったためか、城前の知る性格とはほど遠い。

 

 

「ああ、今日からアクションデュエルを始めることになった城前克己、アマチュアのデュエリストだぜ」

 

「よろしくな」

 

「へー、そうなんだ!ズァークがつれてくるってことは実力は折り紙付きってことでしょ!?なになに、どんなデッキ使うの?」

 

「それは見ての楽しみだ。でも安心していいぜ、この間の大会、準優勝はこいつだからな。しかも初出場でだ」

 

「えっ、あの世界大会予選の?」

 

「ああ、結果報告も兼ねて、フリーだって言うからどっかに声がかかる前にと思って連れてきたんだよ」

 

「初出場で、フリーで、準優勝?すごいじゃん、城前さん!」

 

「お、おう?」

 

 

遊矢はにぱっと笑う。環境が違うとここまで違うのか、と思う。でも、柚子や権現坂といった友達がいないのが気になった。家族関係が良好な代わりに友達関係が壊滅状態な世界線の遊矢なのだろうか。いや、一応ズァークみたいな兄弟みたいな父親の弟子はたくさんいるみたいだけども。遊矢はお客さんがうれしいのかズァークに城前について根掘り葉掘り聞いている。好奇心旺盛なとても子供らしい様子にちょっと安心する。

 

 

「榊さん忙しいみたいだし、遊矢、城前にアクションデュエルおしえてやってくれ」

 

「いーよ、オレに任しといて!」

 

 

ウインクを飛ばした遊矢はこっちに来てよ、と城前の手をつかんでフィールドに連れて行った。

 

 

『アクションフィールド、アスレチックサーカスを発動します。このカードはこのカード以外の効果を受けません。このカードが存在する限りアクションカードをフィールドに4枚出現させます。プレイヤー双方は1ターンに1度しかアクションカードを1枚だけ入手することができません。1枚取られた場合、そのターンはアクションカードは出現しません。複数手札に持つことは可能です。扱いは速攻魔法と同じため、すべてのフェイズで使用することができます』

 

 

アニメよりだいぶ制限が加えられているようだが、展開するフィールドはアニメでよく見たフィールドだ。

 

 

「じゃあ、はじめよっか城前さん」

 

「おう」

 

 

城前は待ったが、遊矢は何も言わない。

 

 

「ん?あれ、どうしたんだよ、城前さん?先攻はそっちでしょ?遠慮してる?もしかして。やだなあ、オレはアクションデュエルのずっと先輩なんだよ、遠慮してちゃだめだめ」

 

「いや、別にそういうつもりじゃねーんだけどなあ。前口上とかねーの?アクションデュエルって」

 

「前口上?ライディングデュエルみたいな?うーん、ないと思うよ?」

 

 

まじかよ、ほんとにパラレルワールドだなこの世界、と思いつつ城前は遊矢に先攻を譲った。

 

デュエルが幕を開けた。

 

 



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IF 精霊が見えたら

「なあ、開闢」

 

『なんだよ、克己』

 

カオス・ソルジャーがテーマ化したころから、デッキを組めと煩かっただけに、彼は上機嫌である。鼻歌すら聞こえてきそうだ。精霊一体の影響でデッキのまわり方がかわるほど、デュエルモンスターズは楽ではない。

 

でも、ソリッド・ビジョンの皮を被った自称精霊の彼がご満悦なおかげで、ぎゃあぎゃあ喚かれないだけデュエルに集中できるのだ。城前にとってはメリットしかない。おまけにソリッド・ビジョンの演出で気合をいれてくれるのだから、彼のご機嫌をとるのは理にかなっている。

 

現在、城前が取り組んでいるこのデッキは、儀式軸のカオスデッキである。実際はカオスとは名ばかりのカオス・ソルジャーデッキである。カオスを突っ込んだだけだ。一応、前口上としてお馴染みの台詞と使用カードであるフィールド魔法が奇跡的な合致を見せてた。そのおかげでスタンディングデュエルでしか使えないが、評判はなかなかである。なけなしのカオス要素を強化すべく原子の種を入れてみたり、カオスドラゴンよりにしてみたり。カオス・ソーサラーをどうしようか頭を抱えているが、彼はそれすら嬉しいようで、デッキ調整に苦戦している城前の横でにやにやしている。試行錯誤中で一番しっくりきたデッキがまだまだ遠い城前は、しばらくこのデッキを回す気でいた。

 

「ホント、このデッキだと生き生きしてんのな、お前。なんでそんな嬉しそうなんだよ?不思議で仕方ねえんだけど?」

 

「よく言うぜ。あの台詞言えるからってノリノリなのはどっちだ」

 

「それをいっちゃーおしまいだろ!このデッキは、そのためにあるようなもんだろーが!」

 

「ちがいねえ」

 

「って違う違う、おれのことはどーでもいいの。おれはお前に聞いてんだよ、開闢」

 

「そりゃお前、記憶ねえんだから、由来に関わるモンスターに興味あるのは当然だろ」

 

「え、なんで知ってんの?やっぱ、いろんな人を渡り歩いてきたからか?」

 

「お前が言ったんだろうが」

 

「え、そうだっけ」

 

「忘れてんじゃねーよ、クソガキ。だいたい、お前より前の持ち主は、みんな大きなオトモダチってやつだ。んなこと、いちいちデュエルとか、デッキ調整で言わねえよ。ショーケースん中でもろくな話は聞かなかったしな。お前がバカの一つ覚えみたいに、どんなデッキにも俺を入れては使ってた時、よく言ってたの忘れたのか?」

 

「あ、あー、なんかそんな気がしてきた」

 

「気がするんじゃなくて、してたんだよ。自慢しまくってたじゃねーか。あんとき、お前しか俺持ってなかったしな。何度も漫画読んで練習してたの忘れたのかよ?今でも言える癖に?」

 

「あ、あ、あー!思い出した!たしかにそーだよ、なんか懐かしいと思ったら!」

 

「つまりはそういうこった。克己てめえ、あっちでは結局一度も組まなかったじゃねーか。環境デッキばっか組みやがって。おかげで俺はお前とダチが回し読みしてた漫画越しにしか、由来のモンスターを知らないんだよ。こっちでソリッド・ビジョンあるってんなら、お目にかかりたいのが心情だろ、察しろ」

 

「なるほど!で、どうだった?ご対面した感想は?」

 

「んなもん決まってるだろ、俺のがイケメンだ」

 

「あっはっは、なんだそれ!」

 

「うるせえ、黙ってろ。笑うな」

 

「いだだだだだっ、つねるな、つねるな、イタイイタイイタイ!!」

 

ひりひりする頬を抑えながら、城前は涙目で赤く熱帯びたところをさする。ほんの冗談である。なにもそんなに引っ張らなくても。ごめんなさいと言うまで力任せにひっぱられたせいで、まだ感覚が戻らない。自業自得だ、クソガキが、と彼は鼻で笑った。

 

「記憶喪失なのは悪かったと思ってるよ、あんときのが原因だろ?」

 

「ああ、たぶんな。あれで全部吹っ飛んだ」

 

「マジでゴメン。めっちゃ読み取り遅かったもんなあ。やっぱ俺の世界だと様式が違うとか?いやでも、テキストは普通に読み取ってたもんなあ?」

 

「問題があるとしたら、加工の仕様じゃねーか?俺の加工はあっちだって今じゃやってねえだろ。もし、あの加工の仕方をこっちでやったことねえなら、コピーカードと勘違いされても仕方ねえ」

 

「あー、そっか。そっちか、イラスト!ウルレア仕様がまさかの裏目に!いやー、ワンキル館に拾ってもらって、マジでよかったな。ソリッド・ビジョンのカードプールに紛れ込ませてもらえて、ホントよかった。これで謎のエラーはなくなったわけだしな」

 

「ほんとにな。ありゃもうたくさんだ。二度とごめんだぜ」

 

「あ、やっぱ、実体化する方も負担かかってんだ?……おれのカード使うときは館長にカード登録してもらお」

 

「おう、そうしとけ、そうしとけ。危うく死にかけたからなあ」

 

「マジでっ!?初耳なんだけど、開闢!」

 

「そりゃ言ってねえからな」

 

彼は今思い出したように、あっけらかんと言い放つ。ぎょっとした城前はかんべんしてくれよと呟いた。盛大にため息をつく。もちろん安堵でだ。OCG次元から迷い込んできたことを証明する同士がへったら、心理的なダメージが計り知れないものとなる。詳しく教えてくれとお願いされて、彼はもう過ぎたことなのに大げさだなと肩をすくめた。

 

彼にとっての世界の始まりは、デュエルディスクがカードのテキストとイラストを読み込み、ソリッド・ビジョンに構築されていく時に見た情報の濁流だ。無から有になった瞬間はわからないが、気付いたらそこにいた。削除されそうになった。セキュリティシステムには不具合と判断された。膨大な情報のほとんどすべて真っ赤なエラーに塗り潰され、不完全なままでは抹消される。唯一正常に働いたのが初心者として登録したIDカードから読み取れる情報だけ。デュエルディスクとソリッド・ビジョンにはうまく取り込めなかった情報が集積する中で、死んでたまるかと必死であがいた結果今に至る。本来、精霊にあるべき記憶がなくなったとしたら、その時が原因だろう、と彼はふんでいる。城前克己という決闘者のIDカードの情報端末だけ、自己防衛のプログラムが導入されていなかった。入り込む余地があった。そして、セキュリティシステムに感知されるほどの膨大なデータ量。突然発生したソリッド・ビジョンのAIでは成立しないはずの12年にも及ぶ五感の記憶の蓄積。すべてを最適化される形で再構築された。城前が混沌使いのデビュー戦であるあの日、あの瞬間、フィールドに特殊召喚された瞬間に誕生したのだ。記憶との齟齬は彼のアイデンティティの不安定さに直結する、だから彼は想い出話をよくしたがる。城前も思い出話は大好きだから、お互いやりたいことは一致しているのだ。

 

「セキュリティシステムは、Aiと精霊の区別がつかねえのかよ……!」

 

「今でもついてねえと思うぜ。つーか、初見で俺をAIと間違えてたその口が言うか」

 

「それについては触れないでくれよ、開闢!まさか精霊が見えるほど純粋な心がおれに残ってるとは思わなかったんだよ!」

 

「自分で言ってて悲しくねえか?」

 

「大人になるって悲しいことなの」

 

「いってろ」

 

「痛い痛い痛い、ひっぱらないでくれよ!今度は反対側とか、××兄ちゃんみてーなことしやがって!」

 

「よくわかったな」

 

「やっぱり××兄ちゃんの真似かよ、開闢!んなことまで覚えてんのかよ、精霊って記憶力よすぎだろ」

 

「お前が鳥頭なだけだろ、クソガキ」

 

「ちげーよ!おれは鳥頭じゃない!道理で偉そうなのに逆らえないと思ったら、××兄ちゃんの真似してやがったのか!デュエル教えてくれた従兄弟の真似とかえげつねーことしやがる!」

 

「まだ生まれて1年しかたってねえんだよ、誰かの真似しねえと振る舞いわかんねえだろーが。これが不満なら、あんときのガキ共の誰かの真似でもしてやろうか、克己?ちなみにおれが出来るのは、コレクションに入れられる前、克己の周りにいた奴くらいしかいねーぜ?最近のヤツラが分かるほど、俺使ってなかっただろ?」

 

「その格好で小学生のノリはきっついからやめろください。せめて、せめて開闢の騎士か宵闇の騎士で……!」

 

「残念ながら、おれはカオス・ソルジャー開闢の使者なんでな。リリースして、第二、第三の俺を生み出すやつらと一緒にすんじゃねえ」

 

「わかってますとも!カオス・ソルジャーで一番つえーのは間違いなくお前だから。エラッタしてねーのはやっぱでかいわ。そのうち準制限になりそうだけどな」

 

「そん時は楽しみにしてるぜ、克己」

 

「2枚になったらいくらでも専用構築考えるよ!サーチ手段死んでるけど!なあ、もう1枚投入しても、やっぱそっちのAIはお前にはできないんだろ?」

 

「そりゃそうだろ、こっちの世界の俺じゃねーか。そもそも、こっちに精霊っつーもんがいるのかどうかさえ、よくわかんねえだろーよ」

 

「ですよねー。でもさ、ファントムに関してはAIにしちゃ自律すぎてるとこあるから、案外精霊がソリッド・ビジョンのふりしてたりしてな」

 

「確かに、そいつは気になる所だな。そういや、アイツにソリッド・ビジョンを作ってもらう約束してんだろ?できたら見せろよ、反応見て確かめようぜ」

 

「それいいな!精霊か高度すぎるAiか、開闢に見てもらえば一発でわかるよな!なんなら、お前のデータをコピーして、開闢のソリッド・ビジョンに上書きしたら人格増えたりしねえか試してもらうとか?」

 

「あっはっは、俺が二人か!面白そうだな、やろうぜ」

 

「魂は1つっていうから無理だとは思うんだけどさー、やっぱ気になるじゃん?」

 

「お前のそう言うとこ、ホント喧嘩売ってるよな」

 

「今さらすぎるぜ、開闢。それがおれだろ?」

 

「まったくだ」

 

「それは今度遊矢に会ったら伝えるとして、デッキ調整しようぜ」

 

「よっしゃ、次は何試す?」

 

「うわーい、開闢がノリノリだ。寝かせない気だよ、こいつ」

 

「夜更かしばっかしてる癖に俺のせいにすんじゃねーよ、クソガキ」

 

「そうともいう」

 

城前は、今日のデュエルは単純な殴り合いだったと回想する。デッキケースとカードフォルダを広げながら、あーでもない、こーでもない、という相談がはじまった。

 

儀式軸の混沌デッキはまだまだ調整中なのである。聖騎士のカオス・ソルジャーをいれるなら、また大幅に構築が変わるし、いっそのことレベル8でまとめてしまうという手もある。ガーゼットやターレットウォーリアーなんて選択肢もある。どうしても1ターン凌いで超戦士たちでごり押していくことになるので、和睦の使者や威嚇の咆哮、一時休戦などに頼らざるをえない。もっとトレードインとか名推理とかで墓地を肥やすべきか、召喚制限との戦いである。気付いたらカオスドラゴンよりの構築になり、カオス・ソルジャーたちが抜けそうになってしまい、開闢に怒られる。儀式軸と意識しないとどんどんデッキは混沌としてくる。そんなにカオスドラゴンにしたけりゃ、儀式ドラゴン軸でも組めよと余計なことを言ったばかりに、城前は脱線し始めた。ファントムに儀式軸のオッドアイズぶつけたらどんな顔するかな。セイバーとオッP積んだカオドラ見せたら驚くかな。くだらない話が大半だ。あんまり羽目を外しすぎるとオーナーや館長に却下される。目に見える反対をなんとかかわして、ワンキル館の広告塔として違和感ない構築にするにはどうしたら。

 

「おいこら、超戦士軸の混沌デッキ組むんだろうが。カオスドラゴンは置いとけ」

 

肩に余計な負荷がかかる。痛い痛いと悲鳴をあげながら、城前はドラゴンに浸食され始めていたデッキを元に戻す。そして試行錯誤は続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はよーっす」

 

がらがらがら、と乱暴に扉が開かれる。力任せに扉を開いたせいで、勢いの余り半分以上跳ね返るが、声の主はその間に体を滑り込ませることで直撃を免れた。ホームルームのチャイムがなる5分前である。クラスメイトの視線を自然と集めることになった青年は、人好きのする笑みを浮かべてざっと教室を見渡した。はよ、とか、よう、という声が聞こえてくる。軽く会釈しながら、塊になっているクラスメイト達の間を通り過ぎる。席順のくじ引きで不幸にも教卓の真ん前と言うとっても勉強できそうな最悪の席を引き当ててしまってからというもの、城前は遅刻できないでいた。ああよかった、今日もなんとか間にあった。適当に椅子をひき、カバンをどかりと乗せる。教材は全てロッカーと引き出しにつっこんである城前である。基本的にカバンの中にはいらないものしか入ってない。その中で数少ない必要物であるペンケースと電子辞書を取り出し、後ろのロッカーにカバンごと突っ込んだ。上着は廊下にあるロッカーに丸めて入れておく。ついでに英語の教材とプリントを発掘して、自分の席に戻った。ここでようやく辺りを気にすることができるようになる。

 

ざっと辺りを見渡す。いつもならこっちに寄ってくるはずの、いつもつるんでいる友達が一人も居ない。ここでやっと城前は友達がみんな休んでいることに気が付いた。

 

「あれ、今日なんかあったっけ?」

 

運動部ばかりのメンツである。大会になれば、レギュラーだろうがベンチだろうがそれ以外だろうが、みんな行ってしまう。数日かかる所が会場となれば、その一週間はとても退屈な日々となる。壮行会をした覚えはないから、でっかい大会があった覚えはないのだが。それに何かあれば聞いてもいないのに話を持ちかけてくるほど、無駄に騒がしい奴らばかりだから、いつもより教室は大人しめな気がする。疑問符を飛ばす城前の独り言を拾い上げたのは、隣の委員長だった。

 

「そうですよ、城前君。今日はサッカーと陸上が大会ですね」

 

「あー、道理で人が少ない訳だ。あれ、でもなんか少なすぎねえ?」

 

「そうですね、今日は欠席者が多いようです」

 

「あ、やっぱそうなんだ?じゃあなんだろ、インフルエンザとか?流行ってんだろ?ニュースでやってたし」

 

「そうかもしれませんね。前からちらほら休んでる人はいましたが、ここで一気に増えました」

 

「ちらほら休んでるなあ、とは思ってたけど。やっぱそうか」

 

「ええ、そうです。気を付けないといけませんね。もしかして、先生が遅いのもそのせいでしょうか」

 

委員長の視線の先には、ホームルームの5分を消費したことを告げる時計の針がある。職員会議がある日でもないのに珍しいこともあるものだ。ざわざわし始めている教室をもう一度見渡す。委員長の言うとおり、城前の友人たちの他にも、いろんな部活、サークル、城前みたいにバイトをしている子、さまざまなメンツの席が空いている。いつもいるクラスメイトの4分の1も減ったら、結構空席が多いなあと言う印象が強い。

 

「あーそうかもな。気をつけねーと」

 

1度目の高校生活ではお目にかかったことのない学級閉鎖の言葉が過る。あと何人休んだら休みになるんだろ、とググろうとしたら、扉が開かれた。いつもの担任ではなく副担任の先生だった。委員長の号令がかかる。あわてて城前は立ち上がった。起立礼着席が流れるように行われ、城前が時期外れの転校生をした年にやってきた2年目の副担任は教卓の前に立つ。

 

「おはようございます」

 

小中学生とは違う、なんとなくやる気がない、形式的な挨拶が返される。

 

「今日は担任の××先生が体調不良のためお休みです。なので、私が代わりにホームルームを行ないますね」

 

騒がしいメンツが休んでいるせいで、教室のざわめきはそれほど大きくはならない。

 

「今年に入ってから、寒暖の差が大きくなってきているせいか、お休みする人が多いです。みなさんもインフルエンザには気を付けてくださいね。それではまず……」

 

インフルエンザではなく流行っているのは事実のようだ。まさか担任の先生まで欠席とは。たしかに朝と昼と夜の温度差はおかしいにも程がある。毎年申年は決まって暖冬みたいな頓珍漢な日がはじまるなあ、と思い出す。ホームルームは終わり、英語の時間が始まる。2、3、4限目まで終わり、空腹と眠気に戦いながら授業を受けていた城前は、チャイムが鳴ったことでなんとか勝利をもぎ取ることができたのである。

 

「やっぱすくないときっついな」

 

「インフルなら今週、アイツらずっと休みだろ?どうする、城前。暇じゃね?」

 

「だよなあ、どうするよ?」

 

城前の後ろの席を借りている友人は肩をすくめる。たしかにトーナメント方式だったり、タッグデュエルモドキだったり、数が多ければいくらでも出来るがたった二人ではやることは限られてくる。お昼ご飯もそこそこにデュエルをしていたはいいが、さすがに同じ相手とずっと連戦というのもマンネリだ。お互いにデッキの内容はわかっている身内戦である。メタ読み上等なのも1週間となれば飽きはすぐに来てしまう。

 

「たまにはこれやるか?」

 

友人が取り出したのはiphoneだった。表示されているのは、デュエルモンスターズのオンラインゲームである。

 

「あ、やってんだ?」

 

「ってことは城前やってねーの?意外」

 

「話には聞いてたんだけどな」

 

「まあワンキル館なら、これよりすげーのいっぱいあるもんな。それともやったらダメとか?」

 

「まあ一応連絡くらいは入れといた方がいーかも?ちょっと待ってくれよ」

 

「りょーかい」

 

城前は館長に電話を掛ける。一応、許可を仰ぐ。お昼時に電話をかけてくるなと怒られた。どうやらお弁当中だったようだ。向こうからはお昼のニュース番組の声が聞こえてくる。デッキを予め申請すること、IDカードはワンキル館で作ったものを使用することが条件だが、OKがもらえた。めんどくさいのでデッキのデータをそのまま館長にメールで添付する。快諾だった。よっしゃ、とガッツポーズした城前に友人はほっとしたように笑う。隣でiphoneを覗き込まれるよりは、お互いにやった方が面白いに決まっている。

 

「なあなあ、どれやってんの?無料のやつ?」

 

「そんなの無料に決まってるだろー。無理だよ、俺には。今月ギリギリなのにさ」

 

「ですよねー。じゃあ、どんなのか見せてくれよ」

 

「あ、ちょっと待って。たしか、ゲストにすればデュエルが見れたと思うぜ」

 

メールが送られてくる。アクセスすると、無料サーバの最大大手のユーザーページが表示された。ようこそゲスト様という言葉が表示されている。その先には友人の苗字をもじったハンドルネームだけが表示されており、デッキを確認することができる。へー、進んでんなあ、と城前は思った。

 

1度目の高校生活の時には、メールや掲示板、チャットを利用したものがオンラインゲームとして親しまれていた。そのうち、無料のサーバをつかった非公式のオンラインゲームができて、一気に普及した。公式もあとから運営を開始したことを覚えている。どうやらこちらの世界では、レオコーポレーションがその無料サーバごと売却され、有料化したようだ。無料利用したい有志が集まって、いくつかオンラインゲームを運営しているようだから、二極化が進んでいる。

 

無料のオンラインゲームにも有料と無料があるようで、友人は無料オンリーでやっているようだ。見る限りではそれなりに遊べるらしい。会員制だが、ゲストとして迎え入れれば非会員でも閲覧が可能のようだ。

 

「やりたかったらアカウントがいるよ」

 

「IDいれるのか?」

 

「いんや、これ、非公式だからIDカードは入れなくていいんだ。公式のやつならいるらしいけど、俺、やったことないんだよね。ちょっと見ててくれよ」

 

「おう、よろしく」

 

友人はかるく説明を始める。基本的にはログインしてデュエルを待つ人に申請したり、申し込みが来るのを待つ。合意するとデュエルが開始される。自動的にマッチングをすることもある。レーディングやランクはこのゲーム独自のものが反映されており、このゲーム自体の審査は非常にゆるい。あとでデュエルを見直すことができる、と過去の動画を見せてくれた。時場所を選ばず安全に実力に応じた相手が見つかるのが魅力的だが、非公式ゆえに問題も多い。これは匿名のオンラインゲームの宿命だが。荒らしや切断はもちろん、成りすましやコンピュータにやらせているものもあったらしい。アカウントが剥奪されても、またべつの名義でログインされてはイタチごっこになる。良心に任されているところが大きいらしい。

 

「まあ、怖がってたらオンラインゲームなんてできねーけどな」

 

「たしかに」

 

「公式ならもうちょっと居心地いいんだろうけど、有料だろ?高いって、あの値段は」

 

「おれ達にはちょっと厳しいよなあ」

 

「うんうん、だから俺はこれしかやったことねーわ」

 

「なるほど」

 

「あ、申請きた」

 

「なあ、横の星マークなんだ、これ?」

 

「ID交換できるんだ。こいつ、結構つえーんだぜ?見てろよ」

 

「わかった」

 

ソーシャルメディアとも連携しているようで、アイコンやアバターは友人が愛用している漫画キャラ風に自分をメイキングしたものが表示されている。相手はデフォルトのままだが、表示されるレーディングやランクは結構高い。友人より上だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手はドラグニティである。先行は友人だった。

 

「おー、つえーな、相手」

 

「だろー?」

 

何故だか友人は得意げだ。ドラグニティ相手に先行からライオウをぶったてるのもどうかと思うが、渓谷が使えると分かっている時点で相手は慣れているのが窺える。ライオウはテラフォが使えなくなるほか、シンクロエクシーズを使うことができなくなる。手札次第では即サレンダーの完封負けを喫することもあるが、どうやら相手はデッキに手を置く気はないらしい。

 

渓谷の第二の効果が発動し、レダメがデッキから墓地に落ちる。そしてリビデで蘇生され、戦闘破壊によってライオウが突破された。スタダがシンクロ召喚され、伏せがおかれる。友人は巻き返そうとするが、チェーンして撃たれた警告により、それはかなわなかった。あとはドラグニティお得意の高速シンクロによりトライデント・ドラギオンがシンクロ召喚され、破壊効果使用後に連続攻撃が確定した。友人はマクロコスモスを伏せていたのだが、スタダに邪魔されてしまった。

 

「おー、すげー」

 

「城前もやるか?」

 

「やるやる!カードに制限ってあるのか?」

 

「あー、うん。無料だとデッキとカードの数に制限かかってるよ。まあ、暇つぶしなら無課金でもいけると思うぜ?」

 

「まあ、おれの使ってるテーマ、結構古いし大丈夫だろ。心配なのはエクストラ」

 

「だよなー」

 

「よし、やろう」

 

適当にフリメを取得し、城前はアカウントを作成する。アカウント名のところで、カオスを連想させる言葉を打ち込んでみたが、すでに使われているの文字が赤く表示されてしまう。まあ、連想しやすい言葉ではある。城前は適当に数字を打ち込んだ。ようやく承認されたアカウント。友人に従ってデッキを作り上げる。ソーシャルメディアと連携しているそうなので、友人たちとやり取りに使っているアカウントを引っ張り出す。いざつなげようと手続していたら、すでにアカウントが使われていると弾かれてしまった。思わず固まる城前である。一応、ワンキル館の広告塔としてちょっと目立つ一般人なつもりではいたが、すでに成りすましがいるとは。友人は検索をかけてくれる。城前を連想させるアカウントが既に存在していた。

 

「おーっと、まさかの成りすましだとう。まさかいるとは」

 

「どーする?一応、証拠は取っといたけど」

 

「あーうん、館長に連絡してみるわ」

 

城前は連絡をいれたが、もちろんワンキル館が公式の有料オンラインゲームならともかく無料の数多あるゲームにわざわざアカウントをとる訳がない。成りすまし確定である。現在進行形で使用者を割り出し中だからちょっと待ちなと言われ、待機していると呆れたような声色が聞こえた。

 

「城前、アンタのノートパソコンから作成されたことになってるよ。忘れたんじゃないかい?」

 

「はああっ!?いや、いやいやいや、違うって!おれ、こういうゲームした事ねえもん!ハッキングでもされたんじゃ?」

 

「いんや、そんな痕跡は見つからないね、いまんとこ。正真正銘、アンタがアカウントを取得してるよ。メールアドレスはアンタのパソコンだし、パソコンから確認のメールが送られた記録がある。寝ぼけてたんじゃないかい?」

 

「えー……でもまじで記憶ないんすけど」

 

「うーん、そうかい。そう言うことなら、通報しとくよ。アカウント消すよう言っとくから、明日まで待ちな」

 

「りょうかーい」

 

なにこれホラー?城前が首をかしげていると、友人はその成りすましアカウントを見せてくれた。ご丁寧にソーシャルアカウントやワンキル館のホームページにリンクが繋がっている。城前だと思っている人もそこそこいるようで、繋がりを示す数字は結構大きなものとなっていた。

 

「デッキはカオスドラゴンみたいだな」

 

「こないだの大会のデッキじゃん。まあ、動画化してるしなあ。デッキも公開してるし、やろうと思えば誰でもできるか」

 

「最近、フレンド申請多くなったとかなかった?」

 

「いんや、ぜんぜん。これはプライベート用だから、そもそも知りあいじゃねーと承認しねーしな。そーいうのはワンキル館の公式アカウントにお任せしてたから、おれからどーこーしたことはねえよ。だから気付かなかったのかな」

 

「そうかもな」

 

「まー連携が明日になるだけだし、とりあえずデュエルしようぜ」

 

「そうだな」

 

こうして始まったデュエルである。デュエルモニタは面と向かってしてるわけだからいらないだろうと展開しない。目の前にいるのにiphoneをぽちぽちするのは違和感だったが、相手の反応がリアルタイムで現実で確認できるから、それはそれで面白かった。問題は時間泥棒と言う点だろうか。たった1度しかできなかった。やべーおもしれえ、とつぶやいた城前に、だろだろ、と友人はうれしそうに笑った。バッテリーの消費にさえ目をつぶればそうとう暇つぶしになりそうだ。明日、デュエルのマッチングのやり方を教わる約束をして、今日は一日デュエルの操作方法になれる事に費やされたのだった。

 

「っつー、わけなんだけど……うっわ、まじであるよ、メール」

 

今日のワンキル館は休館日である。よって、まっすぐ寮に帰ってきた城前は、真っ先にノートパソコンを起動させた。そんな怪しいメールあったかな、とカチカチしてみる。見当たらないが、まさかと思って迷惑メールをのぞいてみる。案の定、設定した覚えのないアカウントが取得されていた。確認してみたが、あのカオスドラゴンデッキを組んだその日の夜である。城前はすでに就寝していた時間帯だ。夢遊病だってもっとまともな夢遊病するだろう、アカウントをわざわざこのパソコンからするなんて手が込みすぎている。まさかと思って大家さんのところに持って行ったが、呼んでもらった業者の確認するかぎりではハッキングの形跡がない。ごく普通のパソコンとのこと。怪しいプログラムもウィルスも確認されず、城前は途方に暮れた。

 

「っつー訳なんだけどさ、どうしたらいいと思う?開闢。用心棒でもしてもらっていいか?」

 

大真面目に相談している城前に、開闢は大笑いである。ひとしきり笑い転げたあと、人が心配してんのになんて奴だ、とじと目の城前に、わりいと謝る。にやにや笑っている。全然反省していない。なにやらツボに入ったようで、何度も笑い始める開闢に、いよいよ城前は眉をひそめた。

 

「安心しろよ、克己。そいつはハッキングじゃねーよ、不法侵入でもねーさ」

 

「ってことは犯人知ってんだな、開闢」

 

「ああ、知ってるぜ。お前もよく知ってる」

 

「まさかあいつらか?」

 

「ぶっぶー、ちげえよ。ハッキングされた様子がないって言っただろ、不法侵入でもねーよ」

 

「え、じゃあ、開闢か?」

 

「なんでそうなるんだよ。だいたい俺なら超戦士軸組むっての。なんでカオスドラゴンなんてカオス要素しかねえデッキ登録するんだよ」

 

「あ、そっか。……ってことは、まさか帝龍とかいうんじゃねーだろうな?」

 

「そのまさかだ。やりゃできるじゃねーか、クソガキ」

 

「はあっ!?なんでだよ、なんで帝龍が!?あいつ、こっちの世界のカードだろ!?」

 

「違う違う、エラッタ野郎じゃねえ。あっちのだ」

 

「あっちって、旧テキストの方か?おれのカード?」

 

「そうそう」

 

城前はあわてて立ちあがる。ワンキル館のノーリミット大会用に組んだデッキをホルダから取り出す。デュエルディスクに混沌帝龍をセットする。ソリッド・ビジョンによって空間に応じて最適化された帝龍が現れた。

 

「なあ、開闢がお前がやったって言ってんだけど、違うよな?」

 

見上げてくる城前に、申し訳なさそうに帝龍は頭を垂れる。その頭に手を当て、覗き込む城前に、帝龍は目を閉じた。

 

『言い訳はせぬ』

 

「えっ、マジでおまえがやったの?」

 

『お前が悪いのだ、小童。なぜあの男ばかり優遇する』

 

「いやだって、おまえ、エラッタしたじゃん。エラッタ前だと使えないんだよ!」

 

『ならば我に相応しき舞台を用意することなど容易かろう。このような箱庭を使えばいくらでもできるではないか』

 

「え?あ、そうなの?まじで?ノーリミットもできるんだ?いやでも、だからって勝手にされちゃ困るよ!」

 

『何を言う、我が進言しようとした時にはすでに仕舞い込んだではないか』

 

「まさか開闢以外のカードもしゃべるとは思わなかったんだよ!」

 

『試しもせぬか、ばかたれ』

 

「それはごめんだけどさー!」

 

「あっはっは、戻ってきたエラッタ野郎はなんかよわっちいけどな!やっぱお前にはおよばねーぜ、帝龍。デュエルで使えるのと、禁止で威厳保てるのとどっちがいいんだろうなあ?」

 

『黙れ、開闢。我は克己と話をしているのだ』

 

「へいへい、黙ってますよ」

 

『我が主はただひとり、その名を馳せし克己のみ。この唯一至高の古き盟約は何人たりとも破れはせぬ。誇り高き戦いこそが我が望み。何にせよ、我を無下に扱った報いは受けてもらうぞ』

 

「ようするに構ってくれって話だろ、相変わらず回りくどいな、てめーは」

 

『うるさい、黙れ。……時間が惜しい、即決にて話を付ける。克己、貴様には捧げものをしてもらう。貴様に出せるか?』

 

「……えーっと、ようするに、これの有料版をやれと?」

 

『まあいい、ひとつ、克己相手に語りでもしてやろう。この箱庭の素晴らしさを』

 

(めっちゃはまってる…!?)

 

こうして始まった帝龍の語りは1時間に及んだ。

 

『むう、つい語りが長引いた。ここで過ごした時の長さゆえか』

 

「放置プレイはごめんよ、帝龍。ちいっと厳しいけど、なんとかやってみる」

 

『……捧げものに免じ、特別の慈悲をくれてやろう。我を使うことを許してやる』

 

「お、おう、わかった。これから定期的に全盛期カオスデッキ使うことにするよ」

 

『初めからそうしていればいいのだ、ばかたれ』

 

嬉しそうに目を細める帝龍に、城前はほっと息を撫で下ろしたのである。

 

「まあ、俺は専用デッキ組んでもらったけどな!」

 

「おいこら、開闢!」

 

『ほう?それはどういうことか聞かせてもらおうか、克己よ』

 

「……お、おう」

 

 全盛期カオスに征竜を積んだデッキを回す羽目になるとは、まだこの時の城前は思わなかったのである。         

 



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