戦艦大和は沈まない (カラミナト)
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プロローグ

2015年春、世界で初めて深海棲艦が確認された。

 

漁船ほどもあるその黒く機械のような生物は世界の何処へでも現れ、そして世界中のシーレーンの尽くを破壊していった。

何の武装もしていない大型の漁船は為すすべもなく沈められ、資材などを運搬するタンカーでさえもその何体かが集まって沈められていった。

 

もちろん世界中では自国の領海をそして沿岸部を守るために他国のことなど顧みずに自国の自慢の軍事力を以て未知の深海棲艦と対峙するに至った。

 

しかし、その結果はいずれも同じ。

世界でも有数の軍事力を誇る某国をもってすらその深海棲艦に対してかすり傷程度しか与えることは叶わず精々が領海内への侵入を阻むことしか出来なかった。

 

世界が輸出入を海だけではなく空でさえも深海棲艦に制限されるに至り、世界中の海に核兵器をばら撒こうと世論が諦め一色に変わりつつあったその時、又も新たな存在が海からやって来た。

 

体に小型化した砲台を固定し人間の女性を象ったその存在は、自らを“艦娘”と名乗った。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

目覚めるとそこは周りに何もない大海原だった。

 

訳が分からない。

 

波にゆらりゆらりと揺れながら混乱して真っ白になった頭で真っすぐにこの大海原を見る。

 

それで、どうしてこんなところにいるんだ。

改めて周囲のこの状況を十二分に理解するために辺りを見渡すが、やはり何もない。

不意に下を見る。

 

「うわわっ!?」

 

浮き輪も何もつけないでまるで陸上に立っているかのように自然体で海の上に立っている状況が理解できずに思わずたたらを踏んでしまった。

 

何で海の上に立っているんだ!?

 

波による上下の動きのせいもあって海の上に尻もちをついてしまい後ろに手をつきながら悪態をつく。

 

「って、だから何で俺は沈むことなく海の上で尻もちをついているんだ!」

 

とうとう抑えきれずに大声を張り上げてしまった。

 

一体何が起こっているのだろうか。

そう海の上で蹲りながら頭を抱えていると今の状況がまるで水面に垂らした絵の具のように段々と理解できて来た。

状況が分からないことが理解できて来た。

 

そうだ。俺は授業が終わった後に自分の家に戻っていたはずだ。

とはいえ何の授業だったのが分からない。

そういえばどこの大学に通っていたんだ?

ん?俺は大学に通っていたのか?

・・・いや、待て何処に住んでいたのかとかが全く分からない。

 

知り合いも友人も家族の存在さえも全く覚えていない。

 

それに・・・自分の名前が分からない・・・

 

どういうことなんだろうか。

住んでいる場所も家族の存在さえも忘れているとは記憶喪失だとでもいうのだろうか?

 

自分はどこかの大学で専門を学ぶ大学生だったはずだということは分かっているが自分自身の主な情報が全く分からないという状況に困惑してしまう。

 

俺は一体何なんだ?

 

―――大和型戦艦、一番艦、大和。

 

無意識のうちに浮かび上がってきたその言葉が一体どういう意味なのか。それを考える時間もなく脳裏に浮かび上がってきたのは自分自身が戦艦だったころの記憶であった。

 

進水の頃の様子。

緊迫感のある多くの軍艦に囲まれながらの航海。

南の海での大海原に出れないもどかしさ。

妹ともいえる姉妹艦との別れ。

そして、多くの爆撃や魚雷を受けて暗い海へと沈んで行く光景。

 

そのすべてを覚えている。

だが、俺は人として平成の日本を生きる大学生だったはずだという意識がある。

それでも、この記憶は嘘なんかではない。

 

間違いなく戦艦大和であった頃の記憶が存在する。

“戦艦大和”という太平洋戦争の頃に存在したという戦艦の名前こそ知れどもその実情は全く知らなかった大学生の俺にとって不思議な感覚である。

 

「俺の意識は大学生の青年のものだが記憶自体は戦艦大和としてのものか・・・」

 

口に出して言ってみればどうしてだかすんなり受け入れられるような気がした。

俺が大学生の青年であり、更に戦艦大和であるということに妙な納得感があった。

 

人であって戦艦であるだなんて普通に考えればありえないことのはずなのにな・・・

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

暫く海上に座り込んだままに未だ混乱する中、自己を確かめるとそのままスッと立ち上がる。

 

「ふう。

・・・この声もさっきから違和感があったが、まさか女になっているとは・・・」

 

俺が青年としての意識を持ちながら戦艦大和としての記憶を持っていると理解した後の、更に現在自分の身に起こっていることも突如脳裏から浮かび上がることで無理矢理に理解させられた。

 

まず、自分自身が第二次世界大戦時に活躍(?)した“艦娘”と呼ばれる存在であること。

艦娘とあるようにこの身は女性の身体であること。

そして、艦娘であるこの身には艤装と呼ばれるものが備わっていること。

 

まあ、いい。

何にも分からずに真っ白な頭で大海原の真ん中でぼさっと突っ立っているよりかは現状が少しだけ分かっただけマシだ。

記憶に関しても良くはないがどうしようもない。

俺がなんとなく納得しているこの状況こそ訳が分からないがこの極限状態でパニックにならなかっただけマシだろう。

 

だが、

 

「はあ、何で女の身体なんだ・・・」

 

この身が艦娘だというのなら最初から青年の意識なぞない方が良かったではないか。

それでなくとも女の身体でなくとも男の身体でも良かったではないか。

 

目が覚めてから理解できないことばかりが続いて現実逃避をさせてくれと願ってもこの大海原にはすべてを忘れて寝るための寝床などありはしない。

まあ、大声で不満をぶちまけるための環境はこれ以上ないくらいに揃っているが。

 

「・・・ふざけんなっ!!!俺が何したってんだァァァ!!!」

 

声をからしながら叫んでも今までとは違って女性的な高い声では威勢なんてものはない。

ただただ現実を思い知らされてまた不機嫌になるばかりであった。

 

はあはあと息を切らしながら下を見ていた俺の眼に男の身にはなかった女性特有の膨らんだ胸が目に入った。

 

初めて見るわけではないが今まで見た中で一番大きい。

これが自分の身体に付いているというのが信じられないがこの柔らかな触り心地と胸から伝わる圧迫感は本物だ。

女性の胸なんて初めて触った。

男としては少なからず興奮するところなんだろうがそんな気持ちはさらさらない。

というか胸を遠慮なく触ってしまったという罪悪感と衆目の前というわけではないにしても自身の胸を揉みしだいてしまったという羞恥心だけが残った。

 

・・・微かながら顔が火照っている気がする。

 

これは、下の方も確認しておこうかと思ったが・・・やめておいた方がいいだろうな。

 

これ以上変な感情を抱きたいとは思わない。

まあ、既にいつもの感じとは明らかな違いに言い知れぬ喪失感を感じて既に男としての意識というか精神が大いに傷ついてしまっているわけなのだが。

 

とはいえ、多大なる犠牲の元自分の身体に付いては知るというか十二分に思い知らされた。

どこか変わった形の赤い傘をいつの間にか右手に持っており、白を基調とした服を着ており、青年としての意識的には精神的に持ちそうにないほどに膝上の非常に短いスカートをはいていることも理解した。

この海上では何もない股を撫でる潮風も相まって心もとなくて仕方がないが現状どうしようもない。

なるべく意識しないようにしておこう。

 

【何考えてるのー?】

【お腹空いたー】

【早く行こうよー】

 

周囲にじゃれついてくるこの小さくて可愛い妖精を撫でたりあやしたりしながらあやしたり今後のことをぼんやりと考えている。

 

そう。

この小人のような小さな妖精は今の俺の生命線ともいえる。

またもや脳裏に浮かんだ都合のいい知識によるとこの妖精たちこそがこの身を艦娘足らしめてる要因の一つなのだ。

彼らは今の俺の背部にドッキングしている艦艇を模した艤装と呼ばれている武器の運用の半分を担ってくれているのだ。

 

この艤装というものがまたも摩訶不思議な物であり、脳裏に浮かぶ知識によると艦娘が持ちうる特別な武装の事であり、軍艦だったころの兵装の特徴を象ったものであるのだという。

特にこの左右と背後に見られる特徴的で懐かしさも感じられる砲台は戦艦大和である俺にとって自慢の主砲の46㎝三連装砲である。

他には15.5㎝三連装副砲しかないようだが進水したばかりの頃は海底に沈んだころとは違ってゴチャゴチャしていなかったからこんなものだろう。

 

・・・言っててなんだが何だか戦艦の頃の記憶があるというのは普通の青年としての意識を持っているからかどこか違和感があるな。

 

まあ、こんなふうに人の身では重すぎて立つことすら不可能だろう艤装を装備しているわけだが、背負っているかのような感覚があるものの目覚めた時からまるで身体の一部かのように違和感がないのである。

 

昔は当たり前のように装備していたわけだからそれも当たり前の事だろうけど。

 

【前方に敵影1!】

 

「っ!?」

 

頭につけている電探(つまりレーダー)の艤装の中から頭に響くかのような妖精独特の声が響いてきた。

 

敵、つまりは深海棲艦という存在の事だろう。

例によって脳裏に浮かぶ知識によって無理矢理に教え込まされた存在。

艦娘つまり俺にとっての敵であり世界の敵でもあるのだという。

未だにそこのところはよく理解できていないが、現在俺の正面から向かってきているその高さだけで3m近いその歯をむき出しにしたクジラのような生物が俺にとって敵だというのはさっきの妖精の言う通り明らかだ。

 

「っく・・・。

何で俺がこんな目に・・・って言ってる場合じゃない!

全主砲斉射用意!主砲通常弾!

皆っ!頼むよ!」

 

無意識のうちに動く身体に合わせて心を戦闘態勢へと移行する。

確かに青年にとってこんな事態は生涯で初めてだろう。

しかし、戦艦大和にとってこんなのは最後の戦いに比べたら屁でもない。

 

飛んでくる砲弾なんて効きやしない。

目にもとまらぬ速さで向かってくる弾も衝撃を与えるのみで傷を作るには至らない。

 

そんな豆鉄砲でこの“戦艦大和”の装甲を突き破れるとでも思ったか!

 

【対象正面、仰角5度ー!】

【通常弾、装填よーし!】

 

その声を頼りに向かってくる黒い深海棲艦に向き言われたように第一、第二の主砲の仰角をまるで腕を動かすかのように自然と動かす。

弾が装填されたのも感じる。

後は打ち出すだけ!

 

「ってーーーッ!」

 

トリガーを引くかのような感覚の後に周囲の音が途切れた。

いや、そのあまりの砲撃の音の大きさに正面の深海棲艦がきる波の音も風の音も全てを打ち消してしまったのだ。

 

硝煙特有の匂いと空気を震わせる余韻に浸りながら久しぶりの感覚に自覚なく無意識のうちに口角が緩んでしまう。

 

正面まで迫っていた深海棲艦は砲撃による煙が優しい潮風に流されると手のひら大の黒い物体のみを残して消え去っていた。

 

「うん。流石は俺の主砲」

 

オーバーキルと言っても過言でもないその結果に“戦艦大和”としての俺が満足しつつも“青年”としての俺は何が起こったのか理解できないと言うかしたくないというような感じだった。

その雰囲気を示すかのように口元が震えて苦笑いしているのも理解できる。

 

どうやら“戦艦大和”の俺は平和な日本を生きてきた“青年”の俺とは違って幾分好戦的なようである。

 

でもまあ、だからこそこの危機を乗り越えられたわけだから文句などありはしない。

 

それでもさっきまでの殺伐とした雰囲気を意識的に忘れようと初めての艤装の使用で一番頑張ってくれた妖精たちへのお礼も含めて癒しを求める。

触られることを鬱陶しそうにしている一人の妖精をツンツンとつつくと可愛く頬を膨らませてプンスカと怒った風になる。

うん、癒される。

 

「ふふふっ」

 

・・・分かっていることとは言え自分の口から随分と女性らしく可愛らしい声が出たことに一瞬固まってしまった。



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主機始動

東京都島嶼部北部に位置する伊豆諸島八丈島沖。

現在、巡視船あきつしまはこの海上保安庁第三管区に位置する伊豆諸島近辺のパトロールを行っている。

 

「棚田首席航海士、問題はないか」

 

「はい。異常ありません」

 

この巡視船の船長である渡辺がレーダーにより周囲を警戒している棚田首席航海士に対して神経質に周囲の安全性を確認している。

横浜の第三管区本部より東京湾を出てしばらくしてからは特に周囲を警戒している。

このあきつしまの船員たちからは、神経質といえるほどに慎重な性格であまり好ましく思われていないものの海上においての彼の慎重さに関しては煩わしさよりも頼もしく思われている。

 

それもそのはず、海上においてはいつどこで深海棲艦と遭遇するかなど分からないからだ。

 

約三年前の春に世界に深海棲艦がその存在を露わにしてからこの世界の有り様は随分と変わった。

特に世界的にも大きな変化をせざるを得なかったのは、太平洋に面し更に海に囲まれたこの日本という国だろう。

 

世界的に海上での輸出入を制限され、更に海洋上空の制空権ですらも深海棲艦に侵されてしまったわけだが、これは海洋上でのことであり、沿岸などを除けば大陸内部での車両や飛行機による輸出入は特に問題なく進められていったのだ。

 

そして、現在日本国は深海棲艦に対しては艦娘の出現によりどうにか領海内への侵入を阻みつつ領土への侵入を食い止めているものの領土である本州、四国、九州、北海道から特に離れた島々の国民を守るための対応として領海の縮小という大規模な政策をとるに至っているのである。

新たに指定した領海外の島民たちに関しては領海内の島などに移り住んでもらい随分と不自由をさせてしまっている。

 

少なからず、日本が撤退したその領海は深海棲艦の存在ゆえにそもそも他国もむやみに関わろうとしていないところが不幸中の幸いといったところだろうか。

 

そういうわけで、深海棲艦の影響を多大に受けた日本国の海域であるが、そもそも完全武装の海上自衛隊の護衛艦隊でさえもまともにダメージを与えられなかった深海棲艦の存在により海上保安庁の動き回れる海域は日本の領海と排他的経済水域との間を特別警戒線として、海上保安庁の動ける海域は領域内のみであり日本国領土近海の海難事件やパトロールを行うように制限され、領海外の排他的水域内の警備は海上自衛隊の護衛艦により行われるなど線引きがされている。

 

これというのも現状、領海内では深海棲艦が確認されていないためである。

 

しかし、現在この巡視船あきつしまが航海中の海域は領土から随分と離れた更に領海線スレスレの場所である。

 

万が一にも備えて渡辺船長はこの航海中は何時になく慎重になっているのだ。

 

渡辺船長を中心に作り上げられた程よく緊迫した操舵室内の空気は、突如甲高い機械音が鳴り響いたことで崩れ去った。

 

 

「棚田首席航海士!」

 

「船艇より南東の方向、距離25㎞の位置に反応を3つ確認!」

 

「船籍は!?」

 

「不明です!

レーダー網を掻い潜り突如出現した模様。

現在25ノットの速度で真っすぐこの船艇を目指し直進しています」

 

渡辺船長の予期していた最も悪い未来に出くわしてしまった。

 

海上の物体を探知するレーダーに至近まで近づかれても気付かず、しかも船籍不明の移動物体といえば考えられるのは一つだけだろう。

 

「・・・深海棲艦」

 

操舵室にいる誰かが呟いた。

 

「・・・深海棲艦特有の信号の受信に成功しました」

 

通信士が受信した信号を渡辺船長は海上自衛隊が公表しているサンプルと比較する。

 

「ッツ!

視認距離までに近づくまでの時間は?」

 

「およそ50分ほどです」

 

「竹中通信士、すぐに横須賀基地の海上自衛隊に通信。

深海棲艦との遭遇につき付近の護衛艦からの救援を求むと発信せよ」

 

「はい」

 

「原田航海長、乗員全てに連絡。

あきつしまの深海棲艦との接敵により乗員全てに防弾装備装着命令を」

 

渡辺船長の命令を理解した原田航海長はすぐさま船内のスピーカーを通して防弾装備装着命令の旨を淡白に伝えていた。

 

操舵室は先程までの緊迫感とはまた違った酔ってしまいそうなほどにクラクラする異様な緊迫感に包まれていた。

操舵室の外や甲板の方からも聞こえるバタバタとした慌ただしい音を聞きながら、周囲とは正反対に落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 

「船長、最も近い護衛艦はたかぜがあきつしまに合流するまで3時間ほどかかるとのことです。

鎮守府への応援は既に完了ししました」

 

「そうか、了解した。

鎮守府の“艦娘”が合流するまで1時間強はかかるであろう。

・・・北西方向へ進路を取る。

面舵いっぱい」

 

「了解しました。

進路北西へ転身、面舵」

 

未だ領海内に現れることのなかった深海棲艦が姿を現した。

南東方向という丁度特別警戒線のすぐ近くから出現したとあるためであろう。

しかし、楽観視することなど出来はしない。

この巡視船あきつしまには対テロリスト用に機銃が備え付けられているもののその様な豆鉄砲ではいくら鎮守府から駆逐イ級と呼ばれる最弱の深海棲艦であっても接敵すれば5分たりとも持ちはしないだろう。

 

それになにより、渡辺船長は先程仕入れた最も厄介な情報を思い出していた。

 

定かではないが通信士が受信した3体の深海棲艦のうちの一つが見た目に似合わず火力も装甲の厚さも驚異的な戦艦タ級のそれとほぼ一致してしまったのだ。

 

このままいけば約50分後はこの大海原でこの船艇一隻のみで戦艦級を含む深海棲艦と対峙しなければならない。

この巡視船は、双方が視認距離に入った時点で戦艦タ級の驚異的な砲撃を一方的に受けて間違いなく海の藻屑と消えるであろう。

 

彼らにやれることとはただ一つ。

 

少しでも横須賀鎮守府の“艦隊”が到着することを神に祈るのみである。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

一体どこへ行けばいいのだろうか?

 

初めて深海棲艦と対峙して一方的に片づけてしまった後は、どうにかこの物騒な海域から離脱できないだろうかと陸地を探そうとした。

 

だが、唯一この周辺のことを理解しているであろう電探の妖精はその陸地がある方向を教えてはくれない。

 

途方に暮れていたところでどうしようもなかったので、今太陽の昇っている方角とは逆の方へと向かっている。

太陽の位置的に大体正午くらいだろうから北の方へ行っていれば日本近海であれば大陸に辿り着くか日本列島に辿り着くかしてどうにかなるだろう。

 

「うん。先行きは暗いけどこれはいいな」

 

この身体になってから腰を超えるほどに長くなった自分の髪を潮風にたなびかせながら大海原を真っすぐに進む。

白い雲と青い秋空、深い青色の海という綺麗なコントラストを日光に暖められた心地の良い潮風を感じながら眺める。

 

先行きが暗いからこそこの景色を楽しまなければ嘘だろう。

 

まあ、現在地が分からず、深海棲艦という脅威も存在し、向かうべき場所も分からず唯一艤装という武装しか持たない現状は無人島のサバイバルなんかよりも酷い状況だろう。

でも、自分には電探があるから深海棲艦の出現を先に予測できるし、艤装という武装があるから脅威である深海棲艦に関しても為すすべがないということはないだろう。それに、電探があればもしかしたら近くを通る民間船なんかが見つかるかもしれない。

 

船底部分のような一風変わったウェッジヒールというのだろうか踵の高い靴で波を切り裂きながら先へと進む。

 

海上に立っても沈むことなく浮き続けるだなんて本当に不思議だ。

戦艦だった頃は確かにこんな感じで波を切り裂きながら海上を滑っていた気はするがこんなに不安定ではなかったはずだ。

 

そもそも海に浮くという感覚は“戦艦”としての俺はなんとなくわかっているけれども“青年”としての俺はそんな感覚など持ち合わせていないのだ。それに、靴が履いたことがないヒールの高いものであるということで更に海上に立つことを不安定にさせた。

 

まあ、自転車と同じ感じで一度慣れてしまえば簡単みたいで、そもそも“戦艦”としての記憶で海に浮く感覚はなんとなく分からないわけではない。

今はこんな風にこの航海を楽しみながら進むことが出来るわけだからいいのだが。

 

「昔の航行中はそんな楽しむ余裕はなかった・・・ってそもそも思考していたんだろうかうわッ!」

 

物思いに耽っているうちに少し大きな波が来てそのまま足を突っ込んでしまって海の上を転がった。

やはり不定形の海の上を何も考えずに航海できるほどには慣れていないらしい。

 

「水の中に入っても濡れないなんて本当に不思議だ。

これも“主機始動”というものなのか」

 

【バリアーだよー】

【防御フィールドだねー】

【いや、ATフィールドだ!】

 

どことなく世俗にまみれている妖精たちを無視しながら自身の奥底に目を向ける。

海上を航行している最中の今は特に身体の奥底が熱くなっており、妖精たちがボンヤリとしかその名称を理解していないその不思議エネルギーが自分の身を包んでいることがよく分かる。

 

俺は、この感覚がまるで身体の中の何かが熱く燃えてエネルギーとなっていくかのようだったから俺はこれを“主機始動”と名付けてみた。

 

この力は本当に面白い。

基本的にこのエネルギーを纏っていると海上に浮いたまま沈むことがなく、また水を被っても濡れることがない。

それに、初めての深海棲艦との遭遇戦の時も思ったことであるが、これは戦艦大和としての異様な装甲の厚さも表現しているようで感覚的にだが同じ戦艦級の砲撃を喰らったとしてもどうやら精々がかすり傷程度で済むみたいだ。

前回の深海棲艦は最弱の駆逐艦級であり、その駆逐艦級の砲撃でもロケットランチャー以上の火力はあるみたいだったからそれを考えれば今の俺の防御力の凄まじさが分かろうというものである。

 

しかし、感覚的に海上の航行だけでも体内の燃料みたいなものの消費具合が凄まじいものだから少し焦ってはいる。

これは、魚でも取って食事でもすればいいのだろうか。

現に結構お腹も空いてきたわけだし。

 

【電探に反応有り!

やや北東の方向、距離20㎞に深海棲艦3、船艇1の反応ー】

 

どうやらようやく目標のものを見つけたみたいだ。

しかし、深海棲艦三体と接敵しつつあるらしいのでどうせだから恩の一つでも売っておくとしようか。

 

「よし、それじゃあ。

助けを求めているかもしれない船の元に向かうとしようか。

・・・お腹も随分と空いてきたわけだし」

 

【飯をたかるなー】

【人でなし―】

 

「う、うるさいな!?

ああ、もう行くよ!

目標は北東方向。方角を修正。

では、最高航行速度で行くとしようか」

 

少しばかり荒れた程度の海上を慣れた動作で波を切りながら進んでいく。



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戦艦大和

「深海棲艦が視認距離範囲内に入るまであと三分です」

 

東京都の伊豆諸島のパトロールをしていた巡視船あきつしまは、特別警戒線に近いとはいえ今まで深海棲艦が確認されていなかった領海内を進んでいた中で戦艦級を含む深海棲艦3体と遭遇するに至っていた。

 

向かってくる深海棲艦は戦艦級と思しき個体が1体にその他駆逐艦級が2体であると考えられる。

最悪の場合、深海棲艦と遭遇してもより多くの海上保安官を救うためにも巡視船あきつしまは深海棲艦との遭遇が危ぶまれる伊豆諸島沖のパトロールを任されたのだが、だからといって艦娘でしか対処することが叶わない深海棲艦を相手取るとなると護衛艦ほどに十分な武装がされているわけではないため接敵すれば精々が数分持たせられるかどうかといった程度だろう。

 

だからこそ今は逃げに徹しているのだが最も早く救援が訪れるとしてもあと十五分以内に駆けつけてくれるかどうかといったところだ。

 

(しかし、この巡視船では戦艦級を含めた敵3体を相手に十分以上持たせるというのは酷というものだろう。)

 

巡視船の渡辺船長は理解していた。

このあきつしまの船員は恐らく無事では済まないであろうことを。

 

「40㎜機関砲の準備は?」

 

「第一第二共に準備完了しています」

 

今、この巡視船を守る手段は単純な火力としては40㎜機関砲二つだけだ。

ミサイルすらかすり傷程度しか負わせることの叶わない深海棲艦に対しての火力としては非常に寂しいものだが仕方がない。

 

「敵、視認にて捕捉しました!

右舷後方、南東方向。

敵深海棲艦は戦艦タ級が1、駆逐イ級が2!」

 

「全力で回避する!

特に敵魚雷を注視せよ!」

 

敵との距離は600mほど。

駆逐艦級の深海棲艦の砲撃ならばこの巡視船あきつしまであれば何発か被弾しても問題はないかもしれないが、戦艦級の深海棲艦の火力は未知数だ。

いくら日本国近海での深海棲艦の出現数が他国よりも少なく代わりに重巡洋艦級以上の火力の高い深海棲艦の出現数が多いからといって今まで深海棲艦すら見たことがなかった渡辺船長にとっては油断出来ようはずもない。

 

「戦艦タ級の砲撃、来ます!」

 

「クッ!総員、対ショック体勢!」

 

観測手である航海士補の言葉にすぐさま渡辺船長は他に為すすべなどなく総員に対ショック体勢を取るように命じる。

そして、そのすぐ後に大きな衝撃が総員を襲った。

 

「被害状況報告!」

 

「ひ、被害有りません。

全弾外れた模様です」

 

通信士のその言葉に操舵室の面々の顔色がサッと青ざめた。

その言葉が指すのは、先程の衝撃はただこの船の近くに着弾した際の衝撃波によるものということで、それはつまり戦艦級の深海棲艦の常識はずれな火力を思い知らされたということでもある。

 

操舵室の面々の思考がフリーズしている間にも敵は悠々とこちらへと向かってくる。

 

「・・・総員!警戒を続けよ!

呆けている場合ではないぞ!

射手に連絡、目標右舷第一は右方、左舷第二は左方。

射撃始め!」

 

呆けていた面々が渡辺船長の喝によりようやく動き始める。

通信士が射手に計算により導かれた射撃の方角・仰角を伝える。

 

そして、しばらくして巡視船の左右から先程の戦艦級深海棲艦の砲撃と比べようもないほどに小さなしかし腹に響く射撃音を響かせてくるのを感じる。

 

「ッ!

敵駆逐イ級2体が計2本の魚雷を発射!」

 

「取舵いっぱい!」

 

「了解、取舵」

 

右斜め後方から向かってくる魚雷に対して並行になるようにしてせめて魚雷との接触面を晒さないようにと船体を動かすようにと渡辺船長が命令を下す。

 

操舵室は緊迫感に包まれる。

通信士により射手に射撃の角度修正が伝えられるのみで他には計器のたてる音のみである。

 

「左舷方向の魚雷は回避、しかし、右舷方向は衝突します」

 

「総員、魚雷に備え対ショック体勢!」

 

渡辺船長がそう言うや否や今までにないほどの衝撃が巡視船を襲う。

大時化の海上をゆくのとは全く違う。

右舷中ほどで爆発音が響くのが聞こえる。

渡辺船長がいつの間にか倒れていたその身体を起こすと操舵室右側の窓から後方を覗き込むと黒い煙が上がっているのが見える。

 

「被害報告!」

 

「装甲は破られたものの船体の機能に関しては特に問題はないようです。

浸水していますが既に注排水装置は作動しています」

 

「航行速度が6ノット低下しました。

そうかからないうちに追いつかれる模様」

 

船体の機能に問題はない。

しかし、このままいけば間違いなく戦艦タ級の砲撃の範囲内で入り次第この巡視船は沈められるだろう。

 

そして現にその戦艦タ級はこの船へと近づきつつある。

 

「船長!

戦艦タ級が砲撃する模様。

如何しますか!」

 

「クッ!

第一第二機関砲の射手に連絡。

目標変更、目標は敵戦艦タ級の砲弾!

急げ!」

 

やけっぱちであることはここにいる誰よりも渡辺船長が理解している。

しかし、これくらいしかできない。

 

通信士が急ぎ角度を修正。

戦艦タ級の砲塔が巡視船あきつしまを捉える。

戦艦タ級の砲撃が始まる。

同様に射手の射撃も始まる。

 

しかし、戦艦タ級の放った砲撃は特に射線を変えることなく真っすぐにこの巡視船あきつしまへと向かってくる。

6つの砲弾のうち機関砲が1つをどうにか撃破した。

 

そして、巡視船あきつしまの操舵室は着弾の轟音と衝撃と黒い煙に覆われた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

間に合った。

 

俺の電探を司る妖精から深海棲艦3体の存在とそれらに追われているらしい船の存在を知ることが出来た俺はその船の救援を含めてすぐにその方向へと向かった。

 

波を切り裂きながら海上を進むことはこの一、二時間の間に随分と慣れた。

もっと進むスピードを上げるためにはどうすればいいのかということもなんとなくではあるが自らの内にある“主機”をもっと稼働させればいいのだというように感覚でわかる。

 

後は、二食何も食べずに間食の時間も過ぎてしまった時のような非常に空腹な状況を除いて絶好調のままに俺はこの場所へと向かった。

 

その4つの影を視認した時は、JAPANと書かれた恐らく海上保安庁か海上自衛隊の船だろう船艇を存在を認めた時はこれで日本の本州まで送ってもらえるかもしれないと安心して力が抜けたような気がした。

でも、次に深海棲艦の方を見て困惑した。

 

深海棲艦3体の2体は前に対峙したのと同じようなそこらの漁船ほどもある大きな黒いそれであったが、残りのそれはほぼ完全に人間の女性だった。

 

その病的なまでの真っ白な肌と真っ白な髪は確かに気味が悪くて人間離れしている。

そして、俺の本能みたいなものも彼女が深海棲艦であり、倒すべき存在だということを教えてくれる。

でも、だからといって俺はどうしてもすぐに彼女が敵だとは思えなかった。

 

少し煽情的すぎる服装は目をつむるとして、その彼女の周囲に浮いている機械的なそれは歯をむき出しにしテイル以外には二連装の砲塔があり、俺の背中にあるそれとほぼ変わりがなかった。

 

彼女は現在その特徴的な二連装の砲台計6門の砲を日本の船に向けていた。

 

彼女は人間の敵なのだろう。

しかし、そんな彼女と少しばかり似たような存在の事実人ではないこの俺をあの船から敵だと認識してほしくはなかった。

 

だから名乗りを上げた。

 

船へと向かって行く6つの砲弾。

その内一つは船に搭載されている機関銃のようなもので撃破された。

残り5つの砲弾が無防備な船へと向かって行くが、大丈夫。

 

俺は船と砲弾5つの間に入って砲弾全てをこの身で受ける。

 

少し火傷したのだろうか皮膚がヒリヒリしている感じがする。

服も所々すすけているみたいだ。

 

しかし、この大和の装甲、防御力をなめてもらっては困る。

 

(この俺の装甲を抜きたければ46㎝砲弾でも持ってこい)

 

周囲を覆っていた黒い煙が潮風に流され晴れていく。

 

「大和型戦艦、一番艦、大和。推して参る!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

戦艦級深海棲艦も砲弾5つをまともに食らって沈没されるはずだったこの巡視船あきつしまを襲ったのは先程戦艦級が砲弾を外した時と同じくらいの衝撃であった。

 

「お、面舵いっぱい」

 

「う、りょ、了解。面舵」

 

魚雷を避けるために方向を左へと変えていたこの船を右舷側へと向けていく。

後方で爆発したことによる黒煙は徐々に薄らいでゆく。

方向を転身させていく巡視船あきつしまの操舵室から先程までこの船の真後ろだった場所が見えてくる。

 

渡辺船長がそして他の船員もさっき何があったのかとその原因を確かめるためにその方向をじっと見据える。

 

そして、黒煙が完全に晴れたそこにいたのは綺麗な長い髪を上で一つにまとめた女性の後ろ姿。

彼女が背負っているその機械的なそれは何だか船のような形をしているようだ。

しかし、その華奢な女性が背負うそれに搭載された異様なほどに大きな砲台を三つ視認した巡視船の者たちは彼女が自然に海上に立っていることからも艦娘であることを理解した。

 

「大和型戦艦、一番艦、大和。推して参る!」

 

そして、その口上を聞いた船員は驚きを露わにした。

 

この巡視船ならば一発でも当たれば沈没したであろう砲弾5つを受けたであろうにも拘らず目の前にこの船を深海棲艦からかばうようにして立っている彼女は服が少し破れすすけている程度で特に何の問題もないようである。

しかし、ある程度艦娘のことを知る渡辺船長は戦艦級の深海棲艦からの砲撃をまともに受けて無事で済むような艦娘など存在しないということは知っている。

 

ということは、彼女は間違いなく戦艦大和の記憶を受け継ぎ、突如この世界に現れた天然型の艦娘。

日本が誇る世界最大級の戦艦大和の艦娘だということだ。

 

「通信士、第三管区海上保安本部へ連絡。

戦艦大和の艦娘が現れた、と」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

流石に拳銃なんかよりもよっぽど凶悪な凶器の前に立つということは“青年”の俺が相当恐怖したが、“戦艦”の俺がこの程度の砲撃ならば全然大丈夫だというから不安はあったけど、ものすごくあったけどこの身を挺して後ろの船を守った。

 

【ダメージは少々、大丈夫だよー】

【精々が小破程度だよー】

 

小破か、まあなんとなくそんなに問題ない状態であると分かるからそうなんだろう。

 

それならば、目の前の深海棲艦との戦闘に集中するとしようか。

 

それじゃあ、まずは左右に位置する駆逐艦級からだ。

 

「おっと」

 

駆逐艦級から既に発射されていたらしい魚雷を軽々と避ける。

46㎝三連装砲の二台と15.5㎝三連装副砲に通常弾を込めるように思考のみで準備する。

 

この“戦艦大和”の特徴は先程思い知らされた装甲の厚さもそうだが、やはり火力の大きさだろう。

 

その火力の全てでもって目の前の深海棲艦を叩き伏せようとする。

 

「第一、第二主砲通常弾込め、全副砲斉射準備!

第三主砲九一式徹甲弾込め!」

 

【装填完了ー】

【徹甲弾装填完了ー】

【斉射準備、右舷10度仰角10度に左舷10度仰角12度に合わせー】

【第三主砲用意ー】

 

俺の意志と妖精たちの助力もあって駆逐艦級2体をロックオンする。

駆逐艦級2体はその場を外れようと移動するがそれも織り込み済みだ。

 

戦艦級は邪魔をしてこようとするが、ドンッ!!!

 

無駄だ。

第三主砲の徹甲弾でけん制しておいた。

 

「全砲門、放て――――ッ!!!」

 

予測された弾着地点へと向かって行く2体の駆逐艦級の深海棲艦の元に46㎝と15.5㎝の通常弾が無慈悲にも降り注いでゆく。

 

後に残されたのは凄まじい砲撃の余韻と黒煙、そして油と何かの欠片の残る海上だけだった。

 

ここで手をこまねいている場合ではない。

 

俺はすぐに第一第二主砲の計6門の砲門に九一式徹甲弾を込める。

 

状況不利と判断して撤退するあの女の深海棲艦に主砲の狙いを定める。

 

妖精たちから砲弾の装填も角度修正も済んでいるというアナウンスが脳裏に走る。

 

抵抗はあった。

だが、“戦艦”としての俺がそのような甘えをねじ伏せた。

 

「放て」

 

先程とは打って変わって静かな声で放たれた砲弾はしかし轟音を響かせ女の姿をした深海棲艦へと向かって行く。

ギリギリで届かないとあっても問題ない。

この砲弾は対戦艦用の砲弾なのだ。

 

俺が放った九一式徹甲弾は、そのまま海中をまるで魚雷のように進み、そのままその深海棲艦は爆散した。



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巡視船内での休息

今まで人を殺したことはなかった。

生き物すら殺したことがなかった俺にとって前回の駆逐艦級の深海棲艦との戦闘では俺は半分機械とは言え初めて生き物を殺したことになる。

 

そして、さっきはほぼ完全に人間の女性の姿をした戦艦級の深海棲艦を俺自身の意志で殺したことに対して少しばかりの罪悪感とやはり“戦艦”だった頃の影響かどこか冷めたような感情もあることにも気付いた。

 

「あれ?

もう終わってるみたいデース」

 

海上で呆けているとそこに何処か外国人訛りっぽい言葉をしゃべる女性の声が背中にかかってきた。

 

振り返るとそこにいたのは今の俺と同じように大小様々多種多様な艤装を身に着けている女子たちであった。

突然やって来た彼女たちは決して船か何かでやって来たというわけではなくて、俺と同じく自然な様子で海の上に立っている。

 

恐らくは彼女たちは艦娘なのだろう。

 

今目の前に俺以外の艦娘が6人いた。

 

「あなたは?」

 

「ん?あなたは新しい艦娘みたいデスネ。

じゃあ、私が先に自己紹介をしましょう!」

 

下手したら数日は何もない海洋上でサバイバルをしなければならないと思っていたところにこうして日本国の船と出会い、そしてこのまま陸まで案内してくれるであろうこの状況に至り、ついさっき陸までの案内人を守るためにも3体もの深海棲艦を退けたこともあってホッと安心していた。

 

この大海原に放り出されてからまだ何時間と経っていない状況で知りたいことがごまんとあるが、取り敢えず目の前に突如現れた艦娘の集団のリーダーであろう改造巫女服のような奇抜な服を着ている茶色で長髪の彼女に名を尋ねる。

 

「英国で産まれた帰国子女の金剛デース!

ヨロシクデース!」

 

随分と明るいなと思いながらも彼女の自己紹介を聞いて何故か脳裏によぎった第二次世界大戦時の戦艦金剛についての恐らくは“戦艦大和”として記憶に困惑しつつも彼女はその戦艦金剛の艦娘なのだろうと半ば納得しつつ相手に言葉を返す。

 

「私は、大和型戦艦、一番艦、大和。

よろしく」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ようこそ巡視船あきつしまへ。

私は、この船の船長を任されている渡辺と申します」

 

取り敢えず金剛と自己紹介を交わした後に彼女の勧めもあって俺がさっき身を賭して守った海上保安庁の巡視船だというこの巡視船あきつしまへと乗船することとなった。

 

この船に乗り込むまでに、俺が戦艦大和であると名乗ったことで有名税という奴だろうかいきなり他の艦娘たちに囲まれたりなんかしてバタバタした。

確かに“青年”の俺は知識として第二次世界大戦時の日本の戦艦は戦艦大和だということを名前のみで何の知識もなくそんなことを思っていたみたいだが、“戦艦”の俺としては苦笑する他ない。

 

確かに戦艦大和は当時の日本国内の技術の粋を集めた傑作であることは確かだろうが、艦隊戦から航空戦へと移り変わりつつあった頃に生まれた俺は他の軍艦としてもあり得ないくらい戦闘経験がないのだ。

 

ずっとトラック泊地に居座って日本国最後のまとも(?)な戦闘であるレイテ島沖の海戦で沈むことも出来ずに最後は何の戦果も得られずに海に沈んだのだ。

 

確かに俺はこの装甲の厚さや火力の大きさに関しては誰にも負けないだけの誇りはあるが、何の戦果も得られなかった俺をちやほやされるのは非常に困るのだ。

 

まあ、そんなこんなで周囲に集まる艦娘たちをどうにかこうにかさばきながら巡視船あきつしまへと向かうことになる。

 

その後も他の艦娘たちが乗船する際に当たり前のように艤装を消滅させるという目を見張るような光景を見せられて驚いて、俺も彼女たちと同じように初めての艤装を消滅というか別次元への転送を他の艦娘たちに教わりながらどうにかこうにか艤装を解除するなんてことがあったが、まあ、些細なことだ。

 

「どうも。大和です」

 

先に金剛と自己紹介した時にもそうだったが、さすがにこの女の身体で“俺”という一人称はおかしいだろうということで“私”と言うことにした。

まあ、丁寧語だと思えばなんてことは無い。

というか今現在、そんなことを気にしていられるような状況じゃない。

 

「先程は間一髪のところをありがとうございました」

 

・・・これは、まずいかもしれないな・・・

 

意識まで朦朧としてきた。

せっかくさっき俺が救援に駆けつけたことに関してこの船の船長がお礼を言ってくれているというのに話半分くらいしか聞いていない。

 

「おかげでこちらの被害は軽微とはいえませんが最小限で・・・と大丈夫ですか?」

 

いや、

 

「大丈夫じゃ、ない・・・」

 

駄目だ。とうとう力尽きて膝をついてしまった。

精一杯身体を支えようとするが腕の力も入らない。

そのまま倒れ伏してしまった。

 

「何と!

大丈夫ですか!?

大和殿!?」

 

甲板に上がってきた俺たちを一目見ようと集まってきた多くのこの巡視船あきつしまの船員たちと艦娘たちに心配してくれるのか俺の周囲を群がってきた。

 

「やはり、あんなに砲弾を受けるのは無理があったんだ!」

 

「うぇ!?

大和って戦艦級の砲弾を5つもまともに食らっちゃったの!?

流石にそれは・・・」

 

周囲が緊迫感に包まれる。

どうやら俺が砲弾を受けた時に大きなダメージを負ってしまったと考えたらしい。

いや、それは違う。

大和の誇りにかけてあんな砲弾の5つや6つ当たったところでこの身に問題はない。

 

では、何故こんなことになっているのか。

それは、

 

「お、お腹空いた・・・」

 

今の小さな声で言った俺の言葉を代弁するかのように船内一帯に非常に大きな音が響き渡った。

 

さ、さすがにこれは恥ずかしすぎる・・・

 

大音量の出どころである腹を抑え、顔を赤く染めながら緊迫感がきれいさっぱり無くなったこの空間でそんなことを思った。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「す、すごいにゃ。大和って・・・」

 

「戦艦はすぐにお腹が減るデス。

でも流石にこれは・・・

そうだ!赤城ならこれぐらい余裕デスネ!」

 

「む、無理ですよ!?

流石の私も・・・二食くらい抜いたら大丈夫かもだけど・・・」

 

あ、大丈夫なんだ。と、他二人は心の中でシンクロした。

 

鎮守府というところから連絡を受けて、深海棲艦に襲われたこの巡視船あきつしまを救うために航空機まで使って駆けつけたのだという鎮守府第一艦隊の6人のうちの睦月、金剛、赤城の会話をBGMに俺は黙々と食事を続ける。

 

俺は、さっきからこの船の備蓄分まで食い尽くさんばかりに俺達を救ってくれたお礼も含めてと言って料理を作ってくれるこの船の料理長が作ってくれたたくさんの食事を食べていく。

 

最初はせっかくお礼に食事を出そうと言ってくれたのでまあ少しならばいいかなと思っていただくこととなった。

 

俺がこの船に上がったころは、ちょうどお昼前といった感じで料理長もちょうどこの船の船員たちの昼食を人数分を寸銅鍋に作っていたのだ。

 

まあ、この後は俺自身も驚いた。

 

最初は“青年”の頃の感覚で作られていたカレーを結構お腹が空いていたもんだから皿に大盛でよそって食べていた。

この大海原に目覚めてから初めての食事で、更に二回もよく分からない敵と戦う羽目になったこともあって非常においしくいただいてたら本当にいつの間にかなくなっていたのだ。

しかも、空腹の状況はほとんど変わらない。

 

まあ、お替りくらいいいかなと思ってもう一回同じくらいだけ皿によそって食べることとなった。

それでも少しばかりマシになった程度で空腹であることには変わらない。

もう一回同じように皿によそったわけだ。

 

そしたら、これがもう止まらなくて今ではもう料理長も呆れて寸銅鍋と炊飯器を俺の近くまで持ってきて俺はまるでわんこそばのように大盛カレーを食べ続けている。

 

まったくこの身体には驚かされる。

食事の合間にそれとなく聞いていた話によると金剛も赤城も同様に大食らいみたいだ。

そういえば、戦艦も正式空母もその大きさの分だけ駆逐艦なんかよりも馬鹿みたいに燃料を食うのだから食事=燃料と考えれば問題はないのかな?

 

それに食事をするだけ身体の中の例の“主機”に感覚的なものだが燃料が入っているようながあるからその考えは間違いじゃないかもしれない。

 

ってそういえば戦艦大和って燃費が悪いって言われてたような・・・

いや、そんなことはないはずだ。

燃費が悪いっていうのもホテルみたいに豪勢に使われていただけだし、あの時はそもそも日本国に燃料の絶対数が少なかっただけだろうし。

 

そもそも俺は最新鋭の技術であるバルバスバウのおかげで燃費は良いはずなんだ!

 

「そういえば鎮守府って何?

今の日本てどうなってるの?」

 

寸銅鍋の中のカレールーと炊飯器の中のご飯の最後の残りを皿によそった後に今まで俺のことを遠目に見ていた金剛たちに尋ねた。

ここまで来たら遠慮はなしだ。

視界の隅の方で新たな寸銅鍋を使ってカレールーを涙目で作り直している料理長を意識的に無視する。

取り敢えず空腹は落ち着いたので自分の状況を少しでも知るために話を聞いておこう。

 

「あ、えーと・・・鎮守府は横須賀にあって私たちみたいな艦娘がいっぱいいるのデス」

 

「そうだにゃ!大和もこれから私たちと一緒に暮らすのにゃ!」

 

「そうですね。

大和さんは私たちと同じでオリジナルの艦娘ですからね。」

 

ん?オリジナル?

 

「えーと、赤城さんだっけ?

そのオリジナルってどういうこと?」

 

「赤城で構いませんよ。

それはですね・・・」

 

赤城が言うには、今日本には俺と同じような艦娘と俺が持っているような艤装に適応した艤装適応者とが存在するらしい。

この場合の艤装は、艦娘と同時に現れた限られた人間にしか見ることのできない妖精が資材さえあれば今ある艤装を元に新たに造り出されたものである。

艦娘というのは最初に現れた艦娘がそう名乗ったために公式には海から突如現れたその存在を艦娘というが艤装適応者が出てきてからはその人たちも艦娘というようになったらしい。

それで今では以前まで艦娘と呼ばれていた者たちを便宜上天然型と呼称するようになったらしい。

 

それで、現在日本国には横須賀鎮守府に特別なオリジナルの艦娘が一か所にまとまって暮らしており、それ以外の艤装適応者は日本各地にある横須賀鎮守府、呉鎮守府、佐世保鎮守府、舞鶴鎮守府、大湊警備府にて海上自衛隊の護衛艦と共に特別警戒線という境を超えて多くの深海棲艦を退治しているのだという。

 

この艤装適応者は、深海棲艦と艦娘が現れてからしばらくして海上自衛隊や海上保安庁などから艤装に適応する者たちを集めた者たちらしい。

適応したのはなぜか女性で、しかも三十代以上は稀で彼女たちの年齢はほとんどが18歳以上30歳未満しかいないのだという。

 

「そういえば、特別警戒線とか言ってたけどそれは・・・?」

 

「それは、「それについては私が話しましょう」・・・渡辺船長」

 

俺と赤城の会話に混ざってきたのはこの食堂に来る前まで一緒だった渡辺船長だった。

 

「あの、これは・・・すみません。

こんな遠慮なく食べてしまって・・・」

 

「いえ、大丈夫ですよ。

私たちからのお礼と思っていただければ。

それと、今現在私たちは真っすぐに横須賀鎮守府へと向かっております。」

 

船長は、俺だけでなく艦隊の彼女たちにも顔を向けて言った。

 

「そうですか。

まあ、自分では何をどうすればいいのか分からないので陸に送ってくれるだけでありがたいです。

それと・・・」

 

「ああ、特別警戒線についてですね。

どうせなので現状をもっと詳しく知っていただきましょうか」

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ、あの戦艦大和と話が出来るのですからお礼は十分です。

それでは、艦娘や深海棲艦については?」

 

「ああ、それならばある程度分かります。」

 

まあ、分かっていることとは言え戦艦大和だった頃の記憶があるからってそんな大事に扱われてもな。

苦笑しているのが自分でもわかる。

 

「では、深海棲艦が現れてからの世界とそして日本についてお教えしましょうか」



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日本の艦娘

現在、東京都伊豆諸島の八丈島沖において不意の深海棲艦3体の襲撃を受けた海上保安庁の巡視船あきつしまは、東京湾のこの船の母港横浜ではなく横須賀鎮守府のある横須賀の港へと向かっている。

 

渡辺船長が第三管区海上保安本部の方に海洋上において戦艦大和を名乗る艦娘を発見したと報告をしたために、戦艦級の艦娘の火力と装甲の厚さを知っている者たちにとって戦時において火力においても装甲の厚さにおいても世界最大級とまで歌われた戦艦大和の艦娘を発見したとあって横浜どころか霞が関の一部が上を下への大騒ぎとなった。

 

取り敢えず、大和自身も陸地まで送って欲しいという風に言っていたこともあって目的地を天然型の艦娘たちが集まり生活している横須賀鎮守府へと向かうようにと上の方から連絡を受けた第三管区海上保安本部が巡視船あきつしまに連絡したのである。

 

今、巡視船あきつしまは重要人物といっても過言ではない艦娘の大和を横須賀鎮守府第一艦隊の面々が三人ずつ交代で船の周囲を護衛している。

 

現在の護衛任務メンバーは重巡洋艦の古鷹、軽巡洋艦の木曽、駆逐艦の響が担当中である。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

今からおよそ三年半ほど前の2015年春に深海棲艦が初めて姿を現し、続いて艦娘が人々の前に姿を現した。

 

日本はもちろん世界中が混乱に陥り、日本は特に変化を必要とされたらしい。

 

それはそうかもしれないな。

 

世界広しといえど日本のような大きな海洋国家はそうはないだろう。

 

広範囲に広がる領海域内の島々を深海棲艦から守ることも一苦労だろうな。

 

特別警戒線というのは領海には入ってきたことがない深海棲艦に対応するために一般の船や海上保安庁に対して設定するものであり、領海と排他的経済水域の境をそれと決めているらしい。

 

「それでもやはり危険なのは間違いない。

事実、さっきはいくら領土から離れているとはいえ特別警戒線を越えて深海棲艦が現れてのだからね」

 

「そういえば、日本って結構島が多いですけど東京都最南端の島々とか沖縄県の最西端の島々とかはどうしているんですか?

日本の防衛力だけで深海棲艦から守られるものなのですか?」

 

それを聞いた途端何故か渡辺船長に苦笑された。

 

何だ?

どうして笑われなきゃならないんだ。

 

「そもそも深海棲艦相手に国を守ろうと考えるのが間違えているんだがね。

深海棲艦は艦娘の艤装によってでしか退治することは叶わない。

いくらミサイルを持っていたとしてもよほどの火力のものではないと深海棲艦を傷つけることは叶わない。

何発もの砲弾を受けても精々軽い火傷ともいえないほどの怪我しかしなかった君ならなんとなくわかるのではないかね?」

 

なるほど。

 

深海棲艦も艦娘も駆逐艦級だったり戦艦級だったりといったように示されている。

艦娘である俺は、恐らく戦艦大和としての特徴を持った人外の生き物なのだ。

いくら大きな砲弾を喰らおうが戦艦大和は沈むことはない。

そういう特徴をあの“主機始動”によるエネルギーによって顕現させているようだ。

 

深海棲艦も同じようなことが言えるのだろう。

 

では、ミサイルすら効かない相手に今日本はどうやって相手にしているのだろうか?

艦娘というのはそんなにいるものなんだろうか?

 

「現在、深海棲艦と対等に渡り合える唯一の存在である艦娘は数が非常に少ない。

国家公務員の中から選ばれたのはこの三年間の間にどうにか50人といったところ。

この数少ない艤装適応者が横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊に散らばり、海上自衛隊の護衛艦と共に協力し合いながら日本近海の海域をどうにか警戒することが出来ていますがそれも限界があります」

 

いくら艦娘が強大な存在だからといって一人で日本近海を守り切れるわけがない。

そもそも船の航行速度はよほど速いものでもない限りたかが知れている。

戦時中の軍艦をその人の身に顕した艦娘も同じようなものだろう。

 

人の身である以上、沿岸部を警戒するだけならばまだしも遠洋を警戒するとなると船に乗りながら一週間弱ほどの航海による警戒が必要だろう。

 

海上自衛隊や海上保安庁がどのようにして日本の海を守っているのかは分からないが一部を除いて日帰りで海を警戒するなんてことは無いだろう。

 

「日本は、十分な守りが行き届かないということで南西諸島の一部や小笠原諸島などを手離しました。

政府としては、日本でさえも手放すしかなかったその島々を他国が接収することもないだろうと表向き楽観的に考えているようです。

事実、某国は日本国が手放した島々を手に入れようとしたそうですがそもそも艦娘がいない以上深海棲艦を相手取ることも叶わず大赤字という結果のみを残して撤退したようです」

 

渡辺船長は随分と軽い感じでこの話をしているがどう考えてもそんな軽く受け止められる話ではない。

 

確かに本土から離れた島々から撤退すると言っても故郷を離れることとなるその人数は馬鹿にならないはずだ。

まさか沖縄本島までも撤退したなんてことは無いだろうけど特に南西諸島は最西端に近くとも結構な人数が暮らしていたはずだ。

話している様子からもう二、三年は経っているようだが当時は大騒ぎだったんだろうな。

 

それとも深海棲艦が現れたばかりの大騒ぎしている時に避難させた後、どうしようもなくて未だに帰れない状況であるといった感じなんだろうか?

 

「もちろん深海棲艦の影響は大小はあれど世界中で現れました。

そのため、自国を守ることで精一杯になったアメリカも日本からの米軍の撤退を決断するに至ったというわけです」

 

なるほど。

世界中が混乱したというのがよく分かった。

 

日本からの米軍の撤退というのは相当なものだ。

それでも自国の防衛のために日本を構っている場合ではなくなったから撤退するだなんて随分と勝手なものだな。

 

「まあ、アメリカは世界でも最も深海棲艦による被害が大きいといっても過言ではないですからね。

深海棲艦が現れたばかりの最初期には太平洋に面する西海岸への侵攻を許してしまうほどの膨大な数の深海棲艦に襲撃されたのですから」

 

・・・そりゃ、アメリカさんも日本を撤退するよ。

日本なんて他国の事を構っていたら今頃は下手したら国が滅んでもおかしくない状況だったのかもね。

 

「そして、現在向かっている横須賀鎮守府ですが米軍が撤退したことでもぬけの殻となった米軍横須賀基地を利用して作られました」

 

深海棲艦の存在は世界の有り様を変えてしまったわけだ。

“青年”としての記憶は深海棲艦が現れる前のものといったような感じだったからいろいろとありすぎて驚きこそしたが良くも悪くもこういうことには慣れてしまったようだ。

 

まあ、目覚めたらいきなり大海原に放置され、身体も変わってしまっていて、当の深海棲艦とも戦わなければならないような状況に陥ったりと非常に濃い経験をしたのだからこの反応にも頷ける。

 

「なるほど。

今の現状は大体理解しました。

それで、私は今後どうなるのですか?」

 

「私は、本部から横須賀鎮守府預かりとなるとしか聞いておりませんので。

詳細については・・・」

 

「大丈夫だよ!

大和は私たちと一緒に暮らすんだ!

睦月、楽しみ!」

 

取り敢えずこの船に乗ってさえいれば陸地に上がれると思っていたが、さっきから話を聞いていると先のことが不安になってきた。

もしかしたらこのままいけば鎮守府でさっきみたいに日本近海の深海棲艦を相手に戦うことになるかもしれない。

いや、もしかしたらもなにもきっと国はそれを期待しているんだろうな。

 

そんな風に思いながらも目の前の渡辺船長の聞こうと思っていたところで横から睦月が声をかけてきた。

 

「そうですよ。

鎮守府の人たちは皆優しい人たちばかりですから。

心配しないでください」

 

「そうデス!

大和が所属するはずの第三艦隊も皆いい人ばかりデス。

これで第三艦隊も6人揃いマス!」

 

あ、俺が鎮守府の艦隊とやらに配属されるのはもう規定事項なのね。

 

そんな状況を聞きながらも特に動揺することなく不安を感じながらも鎮守府ってどんなところなんだろうかとか他の艦娘ってどんな人たちなんだろうかとか好奇心で満たされているのは、きっと俺が“戦艦大和”だからなんだろうか。

 

心の奥底で、活躍の場を与えられたことに対する効用も感じられる。

 

・・・俺ってこんな好戦的だったっけ?

 

「そう言えば、鎮守府にはどれくらい艦娘がいるの?」

 

「そうですね、大和さんを入れるとなるとちょうど20人ですね。

他にもいつも海上警備のために外に出ている艤装適応者の方もいますね。

確か横須賀鎮守府所属の方は12人だったと思います」

 

「適応者の皆さんって大変そうですよね・・・

基本的に四、五日は船の上みたいですし、この前なんて赤坂さんたち二週間近く船の中だって言ってましたよ!」

 

「そういえばそうだったデス。

あと数日で帰ってくる予定だったと思いマスネ」

 

元海上自衛隊や海上保安庁の所属だった彼女たちは随分とハードスケジュールみたいだ。

食べ終わったカレーの皿を隅に置きながら三人の話を聞く。

 

話すことは全部話したといったように席を離れた渡辺船長は料理長のところへと行くが少し話をした後、非常に驚いたような表情を見せてがっくりと肩を下ろしながら食堂を去っていった。

 

・・・まさか、元々は昼食を食べにここまで来たんだろうか?

それだったら、申し訳なかった。

多分、あと数十分したら新しい昼食が出いると思うからそれまで我慢してくれ。

 

「そう言えばオリジナルと艤装適応者はいろいろ違うみたいだけど、仕事まで違うの?」

 

「違うといえば違うデス。

適応者の皆は海上自衛隊の皆と常日頃の日本近海の海域のパトロールがお仕事ですけど、私たちは何かあった時の特別救難隊デス!

所謂スペシャリストなのデス!」

 

「スペシャリスト!

そうだったのですか!?」

 

「まあ、確かに間違ってはいないと思いますけど・・・

ただ、近くにまとめて置いておきたいだけかもしれませんよ?」

 

なるほどね。

聞いてみれば要請によって新たに建造される艤装はオリジナルの艦娘がいてこそだろうから国としてはオリジナルがいなくなってその派生の艤装も使えなくなったら困るから近くに大事に置いておきたいというようなことは分かる。

 

でも、だからといって彼女たちを国の防衛のために使わないという手はないからこその“特別救難隊”というわけなんだろう。

 

事実、今回は渡辺船長は彼女たち第一艦隊のことを頼りにしていたわけだし。

 

「そして、この私が皆のリーダーでもある秘書艦デス!

大和も頼りにしてくれてイイデスヨ!」

 

まあ、なんとなく金剛がこの第一艦隊のリーダーであることは分かってたけどまさか俺のリーダーとなる人だったとは。

明るいリーダーというのは集団を明るくするからいいリーダーなのかもしれないけど、“秘書官”って言われるとなんか似合わない気がするし、そもそも誰の秘書なんだろうか・・・

まあ、いいか。

 

「ありがとう。

ん?確か、ここに来る時に航空機を使って来たって言ってたよね?」

 

不意にここに来た際に航空機を使ったと聞いたがもしかしてそれで全国どこへでも行っているのだろうか?

 

「ものすごく速いエンジンにプロペラが付いた飛行機に乗って来たのです!」

 

「そうですね。

私たちは海上自衛隊の方たちが発見した少数ではどうしようもない敵がいた時に現地に駆けつけます。

本当に今回のように発見後こちらにやってくるということはないので情報を手に入れた後はすぐに撤退、その後に鎮守府の艦隊が出動して各鎮守府の適応者たちとも協力して深海棲艦を叩きます。

そう考えてみれば私たちは遊撃隊みたいなものですね」

 

「あっち行ったりこっち行ったり大変だけど、全国いろんなところへ行っていろんな人に会えるから楽しいデス!

艦隊が違っても二個艦隊が動いたり仮の艦隊編成が行われたりするからその時は一緒にガンバリマショウ」

 

俺は、金剛が差し出してきた手を迷いなく握る。

この先のことが楽しみで、そして“仲間”が出来たことを実感して俺たち三人は笑い合った。

 

この後、護衛を交代に来た古鷹たちとも色々話し合ったりした。

 

・・・正午になって昼食を食べに来た船員たちを見た時、本当に申し訳ないことをしたと思った。



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横須賀鎮守府

「見えてきた!

大和、あれが私たちの横須賀鎮守府デス!」

 

俺がこの巡視船あきつしまに乗船して、海域を離脱し進路を東京湾の横須賀鎮守府へと向けてから5時間ほどしてから三浦半島が見えてきた。

東京湾の入口へと入り一時間弱。

もうすぐ着くということで甲板に出て、左手の三浦半島に稜線に沈む夕日をぼんやりと眺めながら過ごしていたところにいつの間にかいた金剛に背を叩かれ驚きながらも金剛の指し示す方を見る。

 

そこに見えたのは、海上にまで張り出した飛行場だった。

 

「ん?

あれが横須賀鎮守府なの?」

 

「いえ、その一番手前の飛行場ではなくてそれより少し奥の島が横須賀鎮守府です。

手前の飛行場も私たちがよく使っていますから鎮守府の一部といえば一部ですね。

同じくこの横須賀に基地を置く海上自衛隊の方も有事の際は利用しています」

 

俺の疑問には赤城が詳しく教えてくれる。

 

この飛行場をぐるりと回ってみるとこの港湾の姿がよく見えるようであった。

 

飛行場にはその湾の内側に随分と大きな船の停泊施設の跡が見えるものだから何だと思って尋ねてみれば、どうやらこの飛行場も今の横須賀鎮守府の土地と同様に元は米海軍基地だったらしい。

今では、この巡視船あきつしまが経験したように火急の事態にすぐにでも横須賀鎮守府の艦隊が日本全国へとすぐに向かうことが出来るようにと、横須賀鎮守府をより効率的に活かすためにも建設されたらしい。

 

そして、そんな飛行場の目と鼻の先にあるのが目的地の横須賀鎮守府である。

 

見た目はまるで来るものを拒むかのようなまさしく洋上の基地という風情の鎮守府であり、湾内に当たる場所には何故か船の停泊所が見当たらない。

代わりにあるのは強固なシャッターで閉じられたガレージのような入口が3つほど見られる。

 

「あのシャッターは一体?」

 

「あれは私たちが出航するためのゲートです。

工廠ともつながっているので艤装適応者の方などは特にこのゲートを使って出ることが多いですね。

まあ、私たちも飛行場に面しているので今回みたいに航空機を使う場合はよく使います。」

 

でも、横須賀鎮守府からすぐに海に出る場合は早いから鎮守府の前の船の停泊所から出ますけどと答えてくれた赤城は可笑しかったのか少し笑っていた。

 

仰々しいゲートを横目に船はまだ先へと進んでゆく。

しばらくしてゲートの反対側に出るとそこには船が停泊するための湾があった。

この湾にはさっきのそれとは違って物珍しいイージス艦が浮かんでいるのが見えた。

 

「鎮守府の反対側は海上自衛隊の護衛艦隊司令本部ですからね。

艤装適応者の方などは特に海上自衛隊の方々と協力して警戒に当たっていますからこの鎮守府の立地って意外といいんですよね。

近くの横須賀の町ではショッピングもできますから。」

 

確かに至れり尽くせりといった感じだな。

海上自衛隊の近くに位置し、同様に緊急の際に利用する飛行場に面しているというのは凄く立地がいいと言えるかもしれない。

まあ、ショッピング云々に関しては特に興味はないからいいか。

 

そうこうしているうちに船は鎮守府側の停泊所に停泊する。

 

この停泊所の後ろには非常に大きな白っぽい建物が見受けられた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「本当にありがとうございました。

おかげ様で何の心配もなく横浜へ戻ることが出来そうです。」

 

「いえ、こちらこそ。

・・・昼食は申し訳ありませんでした・・・」

 

船から下りて渡辺船長と言葉を交わす。

 

彼らの母港である横浜はここからだと非常に近いものの、もう既に日が暮れてしまっており、更にこの巡視船あきつしまも軽いとは言えないだけの大きな破損をしてしまっているので無理は出来ないということで今日はこの鎮守府に留まるのだという。

しかし、俺も渡辺船長もこれからはこの鎮守府でいろいろあって恐らく明日の出航には会うことは出来ないだろうということでこうして話をしている。

 

「何かあったらいつでもお声がけください。

海で仕事する者にとって艦娘は守り神も同然ですからな。」

 

そう言い捨てて去っていく彼を俺は苦笑を滲ませながら見送る。

 

巡視船あきつしまの船員たちは鎮守府の人たちに連れ立ってこの停泊所を去っていく。

 

今さっきまでこの停泊所にいる鎮守府のお偉いさんと話していた渡辺船長も彼らと共に案内を受けながら停泊所を離れていく。

 

後に残ったのは、俺と第一艦隊の艦娘たちに渡辺船長と話をしていた三十代前半くらいの男性だけである。

 

目的地である鎮守府には着いたもののこの先何をどうすればよいのかも分からない俺はぼさっと突っ立っていた。

 

「提督ゥーーーっ!」

 

この場の静かな雰囲気を何の躊躇もなく切り裂いたのはそんなマヌケな声だった。

 

俺達の横を風のように過ぎ去っていった金剛は真っすぐにその“提督”と呼ばれた男性に向かって勢い良くダイブしていた。

当の金剛のダイブを受け止めざるを得なかったその男性は真正面から金剛に抱き着かれながら嫌そうというよりも非常に疲れたような表情を浮かべていた。

 

俺としては金剛のその柔らかな胸が押しつぶれるほどに変化しているのを見て、それを嫌がるとはけしからんという思考に至ったがそれも一瞬だった。

 

脳内のエンジンが空回りしていた俺はどうにかこの状況が現実であると認めると、周囲にいた他の第一艦隊の皆は例外なく苦笑を浮かべていた。

どうやら金剛のあの行動は日常茶飯事らしい。

 

「あれは、一体?」

 

「あ、まあ、金剛は提督大好きだからね・・・」

 

「はあ、旗艦で秘書艦でもあるというのに・・・」

 

他の艦娘たちは金剛だからという認識みたいだけど響は少し違った。

この艦隊のメンバーを何時間と見ていると大体分かったが、この艦隊のリーダーが周囲を引っ張る明るい金剛であり、それに行き過ぎた金剛に響が振り回されているようであった。

随分と苦労性のようだな、響は。

 

ぼんやりとその光景を見ていたが、すぐにその男性は引っ付いてくる金剛を引き離した。

そして、そのまま金剛を引き連れて俺達のとこまでやって来た。

 

「ご苦労だった。

第一艦隊のものはいつも通り十分に休息を取ってくれ」

 

そう話す男性に対して第一艦隊の面々(金剛除く)は男性の敬礼に対して仰々しくも敬礼を返す。

少女のような睦月や響なんかもいる若い女性たちが皆真剣な表情で敬礼をしている姿を見て奇妙な感じがしたが、そういえば彼女たちも俺と同様に軍艦としての記憶がある人ではない艦娘であったことを今更ながらに思い知らされた。

 

「君が戦艦大和だね。

話は海上保安庁を通してある程度知っているつもりだ。

私はこの横須賀鎮守府の司令官を任されている佐々木秋頼一等海佐だ。

今後は君の上司ということになる」

 

ゴクリと自分ののどが鳴るのが嫌に響いた。

巡視船内で話を聞いていたのである程度はこういうことになるのだろうなとは思っていたが、いきなりまるで軍隊式の歓迎をされてこの先自分はどうなるのだろうかと少し不安になった。

 

 

そんな俺の不安を打ち消すように大きな笑い声が響いた。

 

「ハハハ!

すまない。少し驚かせてしまったね。

まあ、今のは形式上の挨拶だ。

楽にしてくれていい」

 

さっきまでの雰囲気とはまるで違ったその表情は別人かと思わせるかのようであった。

今のこの顔が本物なのか、それともさっきの顔が本物なのか。

一体どっちなんだろうかと思って周囲を見渡してみると・・・

 

何故気が付かなかったんだろうか・・・

みんな笑い声を抑えようと必死になっている。

どうやらこのメンバーにとってさっきの真面目な司令官というのはよほどに堪えたらしい。

そんなみんなの様子を見て司令官もどこか困り顔だ。

 

「はあ、随分と酷いもんだな。

まあ、悪ふざけでやったことには違いないが、どっちかというとさっきのが普通のはずなんだがな」

 

「そもそも提督に普通なんてのは似合わない」

 

「はあ、響までそう言うのか・・・」

 

さっきまでの雰囲気とは一変したこの緩い雰囲気をどこか楽しく思いながらも俺は眺めていた。

 

「あ、紹介遅れました。

私は、大和型戦艦、一番艦、大和です。

よろしくお願いします」

 

「ああ。よろしく。

なるほど、君が大和か。

これから先色々あると思うがこの横須賀鎮守府は君を歓迎しよう」

 

「ありがとうございます。

それと、提督というのは?」

 

さっきのこの佐々木司令官の名乗りを聞く限りでは、彼は海上自衛隊所属の一等海佐つまりは大佐相当であり、この横須賀鎮守府の司令官だと名乗った。

そんな中、金剛や響などは普通に“提督”と呼んでいたようだが。

 

「ま、非公式な司令官の名称みたいなものかな。

他の司令官とも比較する意味もあって、更に第二次世界大戦の軍艦である艦娘という存在を導くというようなこともあっての“提督”だ。

随分と大仰なものだがな。」

 

まあ、あだ名みたいなものかな。

 

「それはそれとして、みんな緊急発進にその後は巡視船の護衛とご苦労だった。

入渠の準備は出来ている。

十分に身体を休めて来い。」

 

入渠というのは知らないがみんながみんな嬉しそうな表情を浮かべてこの場を離れて移動を始める。

 

「ただし、もちろん金剛は先に俺に報告だ」

 

皆と一緒にとある場所へと行こうとした金剛に対して司令官いや提督のお声がかかる。

最初その声を掛けられた時は随分と面倒そうな表情を浮かべていたが、その後すぐにパッと明るい表情へと変わり、その後すぐににやけながらも不機嫌ですよと自己主張しているかのような表情となった。

 

随分と分かりやすい百面相だ。

 

そんなこんなで周囲の皆は行動を開始する。

行先は皆目の前にある大きな建物だったのでそれについては行くが何処へ行けばいいのかも何をすればいいのかも分からない。

 

「ああ、そうだな。

大和、君は彼女たちについていくといい。

一番大変だったのは君みたいだからな。

それと、落ち着いたら俺の部屋である司令官室まで来てくれ」

 

佐々木提督はそう言うとすぐに金剛を引き連れてそそくさと目の前の建物へと入っていってしまった。

 

第一艦隊の彼女たちについて行けだなんて言われてもそもそも何処に向かっているのかすら分からないのだが。

 

「大和さん、こっちです。

・・・私たちは良いとしても大和さんは先に工廠に寄った方がいいよね・・・

じゃあ、最初に工廠に寄りましょうか。」

 

そう言って皆の先頭に立って古鷹は俺を引っ張っていくが何が何だか分からないためされるがままである。

 

中学生と高校生の間くらいの古鷹が身長の高い大和を引っ張っていく様は何処かおかしな感じだが周囲には特に誰かがいるというわけではなし、大和はこの状況でどうすればいいのかといったように頭が回っていないので恥ずかしがるでもない。

 

まあ、それを周囲で見ている第一艦隊の中には含み笑いを零しているものもいるのだが。

 

「それで、古鷹。

何処へ行くんだ?」

 

「大和さんは前の戦闘で被害を受けましたからね。

それで艤装の修理のためにも工廠へ行くんです。

それに、その後は皆でお風呂です!」

 

ちょっと待て!

修理がどうのとか言ってたがそれがどうして皆でお風呂なんだ!?

 

言われたことがよく分からずに混乱している大和を余所にこの集団は女々しくも話をしながら横須賀鎮守府を進んでいく。



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工廠と船渠

三浦半島の横須賀に位置する横須賀鎮守府は、横須賀の中心地から少し離れた場所にある海上自衛隊自衛艦隊司令部に面する島を拠点としている。

北側に面した場所に横須賀鎮守府本部が存在している。

 

そんな横須賀鎮守府本部だが、その外観はまさしく江田島の海軍兵学校のそれそのものだ。

 

横に非常に広いその建物は、表面を綺麗な赤レンガの壁に覆われており、つい数年前に建築されたなどとは思えない古めかしい外観をしている。

恐らくは、世界中に現れた艦娘の存在が第二次世界大戦時に存在した軍艦がまるで付喪神のように女性として具現化した姿をとっているためにどこかの趣味人がこの横須賀に海軍兵学校(偽)を作ってしまったのだろう。

 

まあ、こんなに古めかしい様相をしているわけであるが中はモニターがあったりと近代的である。

 

そんなこんなで鎮守府内の人々から物珍しそうなものでも見るかのような視線にさらされる中、この鎮守府の端の方に辿り着いた。

この鎮守府を出たところで次は武骨なまさに工場のような外観をした建物があった。

 

さっきまでの第二次世界大戦時の意匠と近代的な機器の融合という感じでなく特に何か特徴があるというわけでは無い。

また、この工場の横には木材などを用いた和風な銭湯がそこにあった。

 

「着きましたよ、大和。

ここが工廠です。

そして、この工廠の横にあるのが船渠です。

まあ、世間一般的なドックじゃなくて少し変わったお風呂なんですけどね」

 

そうやって説明してくれる古鷹の言葉を聞きながら辺りを見回す。

 

この二つの施設は海に面しており、同時にその目の前には桟橋のようなものがかけられていたり海の中まで続くスロープのようなものもある。

 

たぶん、艦娘がこの鎮守府に帰ってきてすぐにこの工廠と船渠に入ることが出来るようするための位置なんだろう。

ボロボロになった艤装の修理を頼むことは当然必要だと分かっても帰ってすぐに入浴だなんてよく分からないが。

船渠ということや工廠と並んでいることから艦娘の身体を癒す特別なお湯でもあるのだろうか。

 

「私は大和さんと一緒に工廠に行ってきますから皆は先に入渠していて。

後から行くから」

 

「分かった!

じゃあ、大和またあとでね!」

 

「すぐに来てくださいね」

 

睦月と赤城がそう言い残して俺たち二人を除いた全員が銭湯のような外観をした建物の方へと向かっていった。

 

「さあ、私たちも行きましょう」

 

頷き返し、俺は工廠の中へと入っていく。

 

中は何だか大量のガラクタが散乱している倉庫のような感じだった。

結構広いが不思議と人の気配はしなかった。

少し薄暗いこともあって不気味に思っているとようやく人影が見えた。

 

「明石さん、こっちです。

ちょっと来てくれませんか?」

 

そう古鷹に声をかけれらたピンク色という不思議な色の髪をした明石とやらはこちらを見て確かめると手を振りながら歩いてやって来た。

 

「古鷹ちゃん、どうしたの?

もしかして今回の任務で修理が必要になったのかい?」

 

「違います。

今日はこの大和さんがここに用があって来ました。

大和さん、この人は特にこの工廠にいることが多い艦娘の一人の明石さんです」

 

「へえ、大和かあ。

てことはあの戦艦大和なんだね?

私は明石です。

よろしく」

 

「まあ、戦艦大和としての記憶がありますからね。

私は大和、こちらこそよろしく」

 

俺は、差し出された明石の手を握って自己紹介をする。

彼女の性格はさばさばとしていて妙に明るかったりクールだったりとした第一艦隊の面々に比べてどことなく気が休まると言うか自然体に戻れると言うか、よく分からないが彼女とは仲良くなれそうな気がした。

 

「それで、今回はこの大和の艤装の修理ってことなのかな?」

 

「はい、まあ大したことはないみたいですけど一応ある程度の損傷もあるようでしたし見てもらった方がいいだろうと思いまして」

 

「ふ~ん・・・

じゃあ、大和。

艤装を出してくれないかな」

 

そう言われてすぐに出せたら困りはないのだが、如何せんこっちはこの前四苦八苦してようやく艤装を転送することが出来たのだ。

そう簡単に展開できるだろうかと思った。

 

だが、案外何と言うこともなく普通に艤装を展開することが出来た。

 

腰にかかる重みや、頭の後ろに現れた装着感がそれを示している。

少し視線をずらせば前方に張り出すようにしてある艤装が見られる。

 

「へえ~、これが大和の艤装なんですね。

駆逐艦のそれとは比べ物にならないほどに大きいですね。

同じ戦艦の金剛の艤装と比べても全然大きいし」

 

「あの、明石さん。

修理の方を・・・」

 

明石が俺の艤装を見るにあたって随分と近寄られてじろじろと見られて少し迷惑だったが、古鷹が俺の艤装を見るのに夢中だった明石に注意したところで止まった。

 

「さて、じゃあ大和はこの艤装を解除してくれないかな?」

 

「解除ってまた戻すの?」

 

「いや、違うよ。

今度はこの艤装を身体から外すんだ。

そうじゃないと艤装の修理なんてできないですから」

 

そう言われてもやり方が分からないから困ると思ってそのやり方を聞こうと思ったが、艤装を転送するのだって随分と感覚的で説明されてもよく分からなかったのだ。

今回も感覚的なものだろうからと取り敢えずこの艤装が外れるようなイメージをした。

 

すると、今回も随分とあっさりと解除が出来たようだ。

 

腰の艤装と身体とを繋げるジョイント部分が何かが外れたような機械音を立てる。

 

「よし、外れたね。

じゃあ、あとは私たちに任せて」

 

私たちという言葉に疑問を覚えたが、その疑問はすぐに氷解した。

彼女の言葉を狙っていたかのように小さな小人のような容姿をしている妖精たちが現れたからだ。

 

【我、参上!】

【あとは任せてー】

【うわあ、大きいなー】

【じゃあ、皆がんばるよー】

 

その掛け声と同時にその妖精たちが俺に身体に群がってきた。

 

何事だと思っているとジョイントが外れた艤装を地面に下ろそうとしてくれているみたいだ。

まあ、それなら仕方ないかと思って妖精たちにされるがままになった。

 

俺の胸を揉んだり、上で寝転んだりとしていた妖精も一人いたが、胸の谷間に潜り込もうとしたところでつまみ上げてそこらに放り投げてやった。

 

「うん。精々が小破といったところですかね。

皆はどう思う?」

 

【中破じゃないよー】

【小破でもないかもー】

【いや、小破程度だよー】

 

「うん、そうだね。

じゃあ、修理をしようか。

ちなみに燃料もまあまあ無くなっているみたいだから入れておこうかな」

 

妖精たちと話をしたりしてブツブツと言っていたが、話が終わったところでこちらへとやって来た。

 

「装甲がへこんだりはしているけど特に問題はないみたいです。

取り敢えず、この程度ならば明日の午前中には終わるからここまで取りに来てくださいね」

 

「よろしくお願いします」

 

俺がそう言うや否や彼女は自分の世界に入っていってしまって声を掛けようにもかけられないような状況となった。

 

「戦艦級は特に他の船よりも資材が必要になるけど・・・いくら戦艦級とはいっても小破程度だから大丈夫です」

 

最後にそんな声が聞こえてきた。

 

「じゃ、大和さん。

艤装の修理も任せたことですし、入渠といきましょうか」

 

「入渠っていうのはさっきも聞いたけどこの隣の銭湯みたいなところに行くっていうことかな?」

 

「そうですよ。

まあ、少し変わった入浴みたいな感じですが大丈夫です。

皆も待っていますから」

 

古鷹が今まで見た中で一番の笑顔を見せてくれたことを嬉しく思いながらも俺の心の内はどんよりと曇っていた。

 

(どう考えても今から第一艦隊の面々と風呂に入るみたいなんだけど・・・)

 

男である俺が入ってもいいんだろうか。

いや、この身体は完全に女だからいいのだろうけど・・・

 

まだ知らぬ禁断の世界へと向かうには心の準備が出来ていない。

出来ていないというのに身体はその目的地へと向かっている。

 

「行きますよ、大和さん」

 

先までと同様に古鷹によってされるがままに連れていかれながら。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

銭湯らしき建物はしかし男湯など存在しなかった。

 

まあ、それもおかしくはないだろう。

今までの話を聞く限りこの銭湯は任務を終えた艦娘たちのためにあるみたいだからな。

艦娘はみんな女だ。

俺も含めてみんな女だ。

 

ということで俺は古鷹と一緒に今脱衣所にやってきていたのである。

 

「ああ、そういえば。

明石さんが言ってましたが大和さんの服も一度預かると言ってましたよ。

代わりにここに簡単なものですが服を用意しておきましたので」

 

そこにあったのは簡単にサラッとしか見ていないがスカートらしきものがあったりしたためやはり女ものなのだろう。

だって、ブラジャーとか女性用下着が一番上によく見えるようにしてあるんだから。

 

「ほら、何しているんですか?

早く入りましょうよ」

 

彼女はすでに服の全てを脱いで生まれたままの状態でそこにいた。

 

彼女の胸は、服に隠れてあまり見えなかったが意外と大きかった。

それに全体的に見ても随分とスタイルがいい。

艦娘は見た限りみんな容姿がいいが身体までこんななのだろうか。

 

赤城なんて明らかに他と比べてもスタイルよさそうだったし。

 

とま、こんな考え事をして現実逃避をしているのだが、別に彼女の身体を見てしまったことに対する罪悪感はそうない。

そもそも自分の身体を確かめた時にもそうだったのだが、今の俺は女の身体を見ても男らしく興奮することなんてない。

あの時は、自分自身の身体だからだろうとも思っていたのだがどうやらそれは間違っていたようだ。

 

女の身体を見ても特に何かを思うことはない。

自分でも驚くほどに自然体だった。

 

確かに彼女の胸を見て大きいなとは思ったけれども女性同士ならば許容範囲内のはずだ。

 

つまりは、俺自身がこの服を脱ぐことに対して現実逃避をしていたわけだ。

 

女性の身体を見ても何も思わない。

それは分かった。

でも、俺の中に男としての意識は確かにあるのだ。

自分の身体がまごうことなく女の身体なのだと思い知らされることに躊躇しているのだ。

 

だが、この身体が女であることは理解しているつもりだ。

 

今更男としての意識がどうのこうの言っても仕方がないだろう。

 

覚悟を決めて服を脱いでいく。

 

普通に上着を脱ぐのにも髪が異様に長いとその長い髪までも一緒に出さないといけないもんだから苦労する。

上着の下は触った時からそんな感じはあったが胸を覆い隠すブラジャーがそこにあった。

取り敢えず、それを無視してスカートやら靴下やらの全てを脱いで下着だけになる。

 

上の下着に関しては外し方がよく分からなかったから焦ったが、まだ近くにいた古鷹に頼んでどうにか外してもらった。

艦娘となって日が経っていないことは彼女も知っているのでそれで不思議に思われることもなかった。

 

下の方もまた別の意味で苦労した。

・・・何で下着に錨が付いているんだろうか。

確かに、艦娘のその姿は第二次世界大戦時の軍艦の特徴が具現化したものだということは分かっているがこれはないだろう。

 

まあ、プラスチック製なのかよく分からないが軽くてただの飾りだったからよかったものの。

 

髪に関してはもっと面倒だった。

ものすごく長い髪からヘアゴムに似た何かを外すのには苦労した。

 

「行くよ、大和さん」

 

素っ裸になった俺を見ると古鷹が浴場の方へと案内してくれた。

 

それについて俺は胸と下を隠しながら進んでいく。

・・・はっきり見なくとも分かるこの胸の柔らかさが自分が女であることを教えてくれる。

 

進んでいく中でふと俺は立ち止まってしまった。

 

そこには、豊満な胸を隠して羞恥を感じているのかほのかに赤らんだ頬をしている、膝まで届きそうなほどに長い茶髪をした女性が移っていた。

 

この時、初めて今の自分の顔を身体を見ることが出来た。

 

この女はどう考えても俺の記憶にはない俺の身体とは大違いである。

もちろん記憶にある戦艦大和としての体とも全く違う。

だけど、隠すべきところを晒したこの女は間違いなく自分である。

 

俺の身体と連動して動く鏡の向こうの女性を見ていると自分がどういう存在なのかを思い知らされているようであった。

でも、さっきまで考えていた嫌悪感はない。

 

この身体は俺の身体であって、俺は艦娘で、俺は女なんだ。

 

俺は、ようやくこの世界で生きているのだということを理解した気がした。



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入渠

扉を開けたその先には、一段と広い大浴場や丸や四角といった大小様々な風呂が用意されているのが見える。

この大浴場の中には、娯楽的な意味もあるのか様々な種類の浴槽があり、左手の方には露天風呂があるみたいであの方向には海があったはずだからきっといい景色が見られることだろう。

 

また、よく分からない緑色のお湯で満たされた個人用の少し小さい浴槽が特に目を引く。

 

大浴場の湯けむりの中に4つの人影が思い思いに入浴を楽しんでいるのが見える。

 

「お、来たな」

 

「やっと来たのです!

こっちですよ大和!」

 

一番大きな浴槽に浸かっている木曽と睦月がこちらの姿を見つけると声をかけてきた。

睦月においては浴槽で立ち上がってバタバタと騒いでいる。

二人と一緒の浴槽に浸かっていた響は隣で騒がれて随分と迷惑そうな表情をしているのだが。

 

「いや、先に体を洗うからゆっくりしてて」

 

今日は、海で深海棲艦を相手に大騒ぎをして、更にそんなに問題なかったとはいえ本物の砲弾を喰らって煤に汚れているのである。

巡視船に入ってから煤汚れに関しては簡単に汚れを落としたからいいとしても海上特有のベタつく潮風を一身に浴びたためか巡視船に乗ったころから気になっていたのだ。

砲弾も海水も防いでいたエネルギーが潮風のベタつきを防ぐことが出来ないというのは如何なんだろうか。

 

例の如くみんなの身体を見ても劣情を抱くことなくそそくさと自然体でシャワーのついている体を洗う場所へと向かって風呂場用の椅子に座る。

 

さて、身体を洗おうかと思ってシャンプー・リンスなどに手を向けたその時、その手がぴたりと止まった。

横では古鷹が普通に身体を洗っているがその隣で俺は動かずにボンヤリとしている。

 

「どうかしました?」

 

短い茶髪を短時間で洗い終えた隣の古鷹が動かずにじっとしている俺を見て問い掛けてくる。

 

俺も予期しなかった。

まさかここでこんなトラップが仕掛けられているとは。

 

「いや、その・・・」

 

まあ、そこまで大げさなことではない。

 

自分の身体とは言っても女の体に触るということに戸惑っているということももちろんあるが、身体の洗い方が分からないのだ。

特にこの異様に長い髪の洗い方だとか、胸とかのデリケートな部分はどうすればいいのだろうかとか。

 

どう考えてもおかしいだろう。

こんな20歳手前くらいの女性が身体の洗い方が分からないだなんて。

こんなこと言えるわけがない。

下手に男の意思があるから洗い方が分からないなんてことが知れてみろ。

この大浴場をたたき出されるだけでは済まないぞ。

 

そんな風に悪いように悪いように考えていた俺だったが突如後ろから優しく抱擁された。

思わず背中から抱き着かれたことで驚いて大げさに身体が跳ねた。

 

「そんなにビクビクしなくてもいいですよ。

身体の洗い方だったら私が教えてあげますから」

 

その赤城の言葉はいつの間にか冷えていた身も心も暖かく包み込むかのような優しい言葉だった。

それでも、俺が身体の洗い方も分からないような人だと知れてしまったことに言い知れぬ不安を感じていたものの次の一言を聞いて力が抜けてしまった。

 

「大和さんは今日現れたばかりなんですよね。

随分と人としての身体に慣れていたようだったので今までは気にしなかったのですが体の動かし方とかは分かっても体の洗い方なんてわかりませんよね。

私だって昔はそうでしたから」

 

言われてようやく気付いた。

そうだ、そもそも俺は、周囲からは戦艦大和としての記憶があっても艦娘として生まれたのは今日であって、まだ赤ん坊みたいなものなんだ。

俺の場合は元々“青年”としての意識があったものだから海上に立つといったことに不安を感じたりはしたものの身体を動かすこと自体は人としての意識があったものだから普通にすることが出来たのであって、普通の艦娘ならば生まれてからしばらくはそれこそ歩くことにも慣れないなんてことがありえるのかもしれない。

 

そんな赤ん坊がそもそも人の身体の洗い方なんて知らないのだから、俺が身体の洗い方が分からないなんてことで悩んでいたのはまるっきり杞憂だったというわけか。

 

「私が背中を流します。

これで少しでも覚えてくださいね」

 

「分かりました。

ありがとうございます」

 

今日は自分が背中を流してくれるという赤城に純粋にお礼を言って待っているものの何の動きもない。

 

「・・・あの、赤城さん?」

 

「ふふふ、大和さんの背中は大きくてあったかくて気持ちがいいですね」

 

赤城がその言葉と共に体いっぱいで何かを求めるかのように身じろぎして背中の感覚に気が付いた。

 

ものすごくやわらかな感覚が彼女の動きと共に押しつぶされているという感覚が伝わる。

 

「な、何をしているんだ!?」

 

動揺し過ぎて思わず素が出てしまった。

女への欲情というものが無くなったみたいだとしても、女性と裸のままに密着するというのは未だ男としての意思がある俺にとってはたまらない。

 

すぐに離れてもらおうと彼女の抱擁から逃げ出そうとすると更にその動きで彼女の豊満な胸が左右に揺れて動いている。

そのせいか彼女の声から艶やかな声が漏れてしまったのはもう無視だ。

 

「ごめんなさい。

じゃあ、身体を洗いましょうかね」

 

「・・・お願いします」

 

ま、俺の身体を洗ってくれるというんだ。

もうこれ以上は何も言うまい。

それよりもどうやって洗えばいいのかを赤城のやり方を見て覚えるとしよう。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ふぅー、やっぱり風呂は良いなー」

 

赤城に髪やら何やらを洗ってもらってようやく風呂に入ることが出来た。

この秋と冬の中間くらいの気候の中、海上で冷たい風にさらされ続けていたことも相まって体いっぱいお湯に浸かるというのは本当に気持ちがいい。

熱すぎず温くもないこの風呂は随分と気持ちがいい。

 

特に緑色の濃い個人用の浴槽なんかもあったが、この最も大きな風呂もよく見れば薄く緑色をしているみたいだ。

何か入浴剤でも入れているのだろうか。

そうだとしても全ての風呂に同じ入浴剤というのは面白くないが・・・

 

でも、この風呂に入っているとじんわりと分かりずらいがまるで今まで滞っていた血流が全身を流れるようになっているかのように感じられてとても心地がいい。

 

「はあぁぁ~~」

 

しまった、気持ち良すぎてついため息が漏れた。

 

「ひゃあッ!」

 

「どうしたんだそんなため息をついて」

 

浴槽の壁際に背を付けて目を閉じていたのが悪かったのか真正面から木曽に胸を揉まれた。

次は随分と女々しい声が漏れてしまった。

 

恥ずかしすぎて風呂の熱とは違って顔が真っ赤に赤面していくのを感じる。

 

「な、いったい何をするんだ!?」

 

胸をかばいながら木曽から離れる。

あまり考えずにいたがさっきも赤城に身体を洗ってもらっている時に胸やら何やらあちこちを触られたのだ。

洗ってもらっているから何か言うことも出来ずにいたが、思っていた以上に自分の体が柔らかかったり、胸を触られるというのが未知の感覚というのもあって変な感じがしたのだ。

 

まだ女の身体になれていない身としてはいろいろと大変だった。

 

・・・さっきの状況を考えているうちにまた顔が赤面して熱くなってくるのを感じる。

男としてはこんなにも簡単に赤面することがなかっただけにいろいろといっぱいいっぱいだ。

 

「そんなに驚くことないだろう。

スキンシップだスキンシップ」

 

「だからっていきなり胸を揉まなくてもいいじゃないか」

 

「大和は艦娘としての身体になって日が浅いから少しでも慣れてもらえればと思ったのにな・・・」

 

随分と悲しそうな顔を見せてくるがあれはどう考えてもフェイクだ。

だって、あいつこらえきれなくて口元は変に歪んでいるのだから。

 

「そんなの。慣れたくもないな・・・」

 

そう返すと木曽も悪ふざけと分かっていたから軽く俺に謝った。

 

「そう言えば、大和って巡視船の中でカレーをルー寸銅鍋一つ分にご飯も炊飯器まるごと平らげてたよね。

あれは凄かったなー」

 

そういえば、あれって何合焚いてあったんだろうかと零す睦月を見る。

 

どうして、今こんな時にそんな話をしてくるんだろうか。

 

近くにいた木曽と響はあの場にいなかっただけにそれを聞いてものすごく驚いている。

 

「そう言えば、戦艦の金剛さんとか日向さんとかもよく食べるけど・・・」

 

「ううん、そんなの目じゃないってくらい食べてたよ」

 

へえ、戦艦の艦娘って他の子たちよりも食べるのか。

どうりであの時もあんなに食べれたのか。

あの時は自分でも驚いたくらいだったからな。

でも、どうして軍艦のクラスで食べる量が違うんだろうか。

 

「艦娘にとって食事こそが燃料みたいなものだからね。

昔と同じように軍艦それぞれに搭載されている主機は違うし他よりも大きな馬力の戦艦とかは燃料もたくさんいるからだと思うよ」

 

俺が思っていたことを聞く前に響が答えてくれた。

 

確かにそれだとつじつまは会うだろうな。

艦娘って第二次世界大戦時の軍艦の特徴を具現化したような存在だから主機についても必要な燃料も人それぞれに違うということなんだろう。

そう考えると、試したことはないけど戦艦の艦娘って他の艦娘たちとも比べれば膂力とか全然違うのかもしれないな。

 

特に普通の人間なんかと比べたりした時なんかは特に化け物染みているかもしれない。

 

「確かに身体の中に主機がある感じがするよね。

海に行くときとかは昔みたいに身体の奥が熱くなっている感じがしてたし、昔と違って燃料は艤装にしか入れてないからこれって何だろうなと思ってたけど、私たちが今まで食べてたご飯が燃料の代わりだったんだね」

 

「そうか、それなら金剛さんたちが結構な量を食べていたのも分かるな。

あの人たちは昔から俺達なんかよりも燃料は多かったからな」

 

「そういえば、戦艦大和ってバルバスバウとかもあって他の戦艦よりも燃費は良いはずなんだけどね」

 

「ごめん、それについては私もどうしてこんなに大食らいなのかが分からないんだ」

 

響の疑問も尤もだがこればっかりは俺もよく分からない。

戦艦大和の特徴を具現化しており、大食らいの特徴も何かが原因だと思うのだが。

 

・・・まさか、本当にトラック泊地でのホテル化のせいじゃないよな・・・

 

何か気に食わない。

 

「大和って調子はどうなの?」

 

「え?

悪くはないけど・・・」

 

突然の話の転換に俺は驚いて適当に答えを返した。

さっきのカレーの時もそうだったけど睦月ってころころ変わるんだな。

 

「いや、小破程度だったから分かりづらいけどこのお湯って私たち艦娘の調子を戻してくれる優れものなんだ。

まあ、その理由は妖精が用意してくれる高速修復材っていうのをお湯に混ぜているからなんだけど、普通これくらい浸かっていたら浸かる前とはまるで違ってすっきりすると言うか・・・

とにかく体調が良くなるはずなんだけど大和はそんな感じがしないなって思って」

 

へえ、このお湯ってそんな効果があったのか。

なんてファンタジー。

 

「それって大和が戦艦だからじゃないかな?

金剛さんも日向さんもいつもはそこの高速修復材が濃い風呂に入ってたから、あまり効かないのかもね」

 

「そうなのか。

じゃあ、大和。

あの個人用の風呂に入ってこい。

一気に癒してくれるはずだぞ」

 

木曽が俺にあの緑が濃い風呂に入るように催促してくる。

俺の反応を楽しもうとでもしているのか木曽ならず睦月までもがにやにやとしている。

 

・・・まあ、別に断ることもないからな。

 

風呂から上がって個人用の風呂へと入る。

 

足から入れていくが特に熱すぎたり温すぎたりしていることはないようだ。

全身で浸かってみると何だか温泉のような粘性があった。

 

これが高速修復材ってやつなのだろうか。

 

暫くすると木曽達に言われたように、いや、それ以上の感覚が俺を襲う。

 

今まで俺の内側にある主機のエネルギーが所々滞っていたのがあっという間に改善して一気にエネルギーが身体全体を駆け巡るかのような感じに襲われた。

身体を包み込む温かなお湯も含めて身体が火照っていき、最高の気分だった。

 

「くぅぅ~~っ」

 

抑えられずつい声が漏れてしまった。

 

こんなに気持ちがいい風呂に入ったのは初めてだ。

どことなく今日の騒動で酷使しまくった身体の中の主機の調子が幾分よくなった感じがした。

 

ゲームで全回復ポーションを飲んでる主人公ってこんな感じだったんだろうか。

 

・・・さっきまで浸かっていた浴槽でにやにやしながら木曽と睦月が見ているのが分かるが無視だ。



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保護と就職

入浴を楽しんだ俺たちは大浴場を出た。

非常に濃い今日一日の疲れは、高速修復材のおかげでまるで疲れなど知らぬとばかりに吹き飛んでしまった。

 

髪を乾かすのにはいろいろと大変だったが、またも赤城が世話を焼いてくれてドライヤーを使って乾かしてくれた。

俺は、年の若い赤城にまるで手のかかる妹か何かのように世話を焼かせてしまった羞恥やらなんやらもあって黙ってされるがままであった。

 

まあ、赤城も嫌々やっているわけではなかったのが幸いだが。

 

着替えに関しては正直脱ぐときなんかより苦労した。

 

女ものの下着やら服やらを着るのはどうしても気が引けて羞恥で顔を赤くしながら着替えた。

周囲からは入浴後ということもあって赤くなった顔を見ても何も思われなかったからいいものの、俺にとっては初めての女装みたいなものだったので大変だった。

 

今さっきまでもスカートやらを穿いていたのは確かだがいつの間にかそんな状況になっていたのだということもあるが、サバイバル覚悟の何処とも知れない大海原から陸地に上がって、風呂に入って落ち着いて自分の状況を考えられるようになったからだろう。

 

まあ、自分自身が女であるということは十分に分かっているつもりだし、せっかく用意された服を替えてくれと言うのは気が引けたからどうにか来たのだが。

 

「そう言えば、大和はこれから提督のところに行くんだよな?」

 

「そうですね、そんなこと言ってたよね。

でも、大和は提督の部屋って知らないよね?」

 

「もちろん。

そもそも、この鎮守府に来たのは初めてなわけだし」

 

木曽と睦月に言われてそのことについて思いだしていた。

風呂が気持ち良すぎてスッカリ忘れてしまっていた。

 

「・・・私が連れていく。

私も提督には用事があったから」

 

近くで髪をドライヤーで乾かしていた響がそう言ってきた。

 

「それじゃあ、響。

大和をお願いね」

 

何か用事でもあったのか早くに着替え終わった古鷹がそう言ってこの場を去っていった。

 

そうやって他の人たちもこの場を去っていって残すは俺と響だけとなった。

響が支度を整えているのを静かにして待っていながら俺は長い髪の毛を気にする。

 

普通に立っている状態で地面に届きそうなほどに長い髪が非常に鬱陶しい。

もちろん座っているだけでも地面に垂れてしまっているからそれを気にして髪をいじくる。

 

「髪、鬱陶しいの?」

 

「ん?そうだね。

せめてここに来たときみたいに一つにまとめられたらいいんだけど」

 

髪をまとめるためのリボンとかがないものだからどうしようもない。

 

俺は、響が突然声をかけてきたのを少し驚きながらも答えた。

 

「じゃ、これ使っていいよ」

 

響が突然手を出してきたので驚いた。

その手にあったのは青色のシンプルなリボンだった。

 

俺はそれを受け取って雑なりに適当に頭の上の方で髪を一纏めにした。

うん。どうにか髪の長さは膝くらいまでになった。

 

「雑だね、曲がってるよ」

 

「・・・本当だ」

 

鏡を見てみると、いわゆるポニーテールが妙に右の方に曲がっていた。

初めて髪をいじったんだけど、ポニーテールって結構難しかったんだな。

 

・・・いや、ただ単に俺が雑なだけか。

 

「・・・貸して、私がやるから」

 

「えっ?

あ、ありがとう」

 

響が俺の後ろに回ってきてリボンをほどいた。

そしてそのまま俺の髪をリボンで纏めていく。

 

俺は、その様子を黙って鏡を通して見ていく。

 

「はい、出来た。

じゃあ、司令官室に行こうか」

 

「うん、お願い。」

 

さっきまでの俺がやったポニーテールよりも随分と綺麗にまとめられた自分の髪を興味深く触りながら響についてこの場を去る。

 

歩いたりして動きに合わせて頭の後ろでポニーテールが揺れる感覚を面白く思いながら俺は司令官室へと向かった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

横須賀鎮守府は、外見こそ戦前までにあった江田島の海軍兵学校の校舎を模した外観をしているが、中に関しては非常に広いロビーを除けば比較的普通の広さに余裕のある商社ビルの中といった風である。

 

響についていってだだっ広い鎮守府内を進んでいく。

三階建てらしいこの横須賀鎮守府本部を二階へと進んでいって鎮守府の中央付近へと進んでいく。

そうやって進んでいくと、その内に立派な木製の扉の前にやって来た。

その木製の扉には“司令官室”と書かれてあった。

 

扉にノックして俺よりも断然背の低い響を前にして、少しだけ緊張している俺を余所に俺達は司令官室へと入っていく。

 

「ああ、来たな。

ようこそ、大和。司令官室へ」

 

この横須賀鎮守府において艦娘たちのまとめ役である司令官の部屋はとても広かった。

扉を開けたところの真正面に執務机があってその後ろには微かな夕陽に照らされて暗がりの中に沈む東京湾景色が見えた。

その前には、ここの司令官である佐々木秋頼が執務机に態々様になる格好をしてそこにいた。

 

「何してるんだい、提督・・・」

 

「すまないな、大和を前に司令官として格好つけたくてな」

 

「そう言っている時点で駄目じゃないか」

 

俺を前に司令官として格好つけた佐々木司令官に対して、響が冷たい視線を送るがそんなものはどこ吹く風と言ったように佐々木司令官は流す。

また、何を言ってもどうしようもないと分かっている響はそのまま黙ってしまった。

 

「それで、響は何か用があったのか?」

 

「明日の訓練の予定表をもらうためだよ。

他に第一艦隊についての明日の予定に変更があったら教えてくれ」

 

「ふむ。

一応、金剛には伝えておいたのだがな」

 

「私にも伝えるつもりだったんだろう?」

 

「もちろん。

よく分かっているな。

・・・ああ、この書類だ。

毎度すまないな。

金剛のことは頼むぞ」

 

俺が立っているのを余所に二人は話を進めていく。

 

話を聞いている限りではどうやら響は苦労人のようなだ。

あの金剛は第一艦隊のリーダーであるようだが、細かいことは結構苦手そうで響に任せている感じがあったからな。

第一艦隊についての雑用は佐々木司令官も響に任せているみたいだな。

 

・・・なんか、小学生くらいの響が大学生くらいの金剛の代わりに雑用を任されているのは違和感があるな。

艦娘は人じゃないからそもそも年齢なんて関係ないだろうからな。

俺も意識は成熟して20歳くらいだと思うけど実際は今日産まれたばかりで生後一日ってところだろうからな。

 

「響、いろいろとありがとう」

 

「どういたしまして」

 

そして、そのまま明日の第一艦隊の予定を佐々木司令官に教えられた金剛の秘書艦はこの司令官室を去っていった。

 

「さてと、響の用も済んだことだし話をしよう」

 

佐々木司令官はその執務机を立って右手の方を指した。

この部屋の右手には応接間のようにソファーが対に置かれていてその二つのソファーの間に机があった。

 

「遠慮せずにそこに座ってくれ」

 

言われたようにそのソファーに座る。

当の佐々木司令官は執務机を離れて近くに置かれていたコーヒーポットからカップにコーヒーを二つ分注いでそれを持ってこの応接間の方までやって来た。

 

「コーヒーは大丈夫か?

いや、そもそも飲んだことがないんだっけか」

 

「いえ、大丈夫です」

 

一応、大丈夫だろう。

“青年”の俺は特に拒否するなく佐々木司令官が入れてくれたコーヒーを受け取った。

 

・・・うん、うまい。

 

「・・・さて、改めて自己紹介をしよう。

俺はこの横須賀鎮守府の司令官を任されている佐々木秋頼一等海佐だ。

ここの艦娘からは提督と言われている」

 

「大和型、一番艦、大和です」

 

「突然だが、君にはこの横須賀鎮守府の第三艦隊に所属してもらう」

 

本当に突然だな。

分かってはいたけど。

 

「一応聞きますけど、それ以外でこの横須賀鎮守府を出て普通に過ごすことは出来ないんですか?」

 

「君らを無理矢理に対深海棲艦のために拘束することは出来ない。

可能ならば出来るだけのことはしようと思う。

だがしかし、艦娘は特に深海棲艦に対して大なり小なり戦意を持っているらしいのだが、君は如何なんだ?」

 

そう言われると困るな。

“青年”としての俺は普通の生活が出来ればいいと思っているのだが、“戦艦”としての俺は違う。

 

「・・・私は自分の力に誇りを持っている。

でも、碌に敵の戦艦を沈めること出来ずに最期はただ沈められるために沖縄へと向かって暗い海へと沈んでいった・・・

私は“戦艦大和”としてこの国を守るために役に立ちたいという思いがある」

 

「なるほど、坊ノ岬沖海戦か・・・

本人、いや当の戦艦大和からその海戦についてを聞くというのは不思議なものだが・・・

そうか、君たちはそういう風に思っているのか」

 

目の前の提督はどこか悲しそうな顔をしていた。

 

“青年”としての俺ならなんとなく分かる気がする。

第二次世界大戦で沈んでいった軍艦が艦娘として今もまた日本のために深海棲艦と戦っている。

特に当時の大日本帝国の意向で沈められてしまった戦艦こそが大和なのだ。

 

再び艦娘たちを戦場に送り出すことに少なくない罪悪感を抱いているのだろう。

 

「では、君はこの横須賀鎮守府に所属することを望むのか?」

 

「はい。

ここに私の居場所がある限り頑張らせてもらいます」

 

すぐに顔を引き締めた提督が俺に対してここへの所属を問う。

それに対して、俺も深海棲艦との戦いを望むためにここへ所属するということを確かに伝える。

 

「そうか。

では、司令官として今後のことについて話しておこうか」

 

提督が言うには、提督も海上自衛隊に所属しているようにこの横須賀鎮守府というのはほかの4か所の鎮守府・警備府と同様に海上幕僚長直属であるのだという。

そして、この全国の5つの鎮守府・警備府は市ヶ谷の防衛庁に鎮守府本部があって、ここの鎮守府長官である海将がこの提督たちの上司なんだという。

 

この鎮守府・警備府が海上自衛隊の管轄にある以上、元々海上自衛隊だったり海上保安庁の所属だった艤装適応者たちは当時の身分に相当した士官以上の身分が与えられるんだという。

 

そして、最も特異な存在である艦娘たちみんなには例外なく“特尉”の身分が与えられるのだという。

 

「特尉?」

 

「ああ、そうだ。

実際には一等海尉相当の身分だ。

国としては君らにそれくらいの身分を与える必要があって必要だったからそうしただけだ。

あまり気にする必要はない」

 

とはいえ、用があればこの鎮守府の二等海尉以下の者たちを好きに使ってくれても構わないぞ、部下なんだからな、と話す提督を余所に俺は呆けていた。

 

気にすることはないと言われても無理だろう。

生まれて一日も経たずして俺は海上自衛隊の一等海尉、つまり海外で言うところの大尉の身分が与えられた。

 

 

「そして、君には先にも言ったように第三艦隊に配属される。

ちょうど6人で一つの艦隊を作るところ、そもそも艦娘の人数が少なくて第三艦隊は未だに5人だったのだ。

そこに入ってもらう」

 

「分かりました」

 

「第一艦隊の彼女たちもそうだが基本的に艦娘は優しい奴らばかりだ。

きっとすぐに仲良くなるだろう。

心配する必要はない」

 

俺は、正直よく分からないような状況だが取り敢えず頷いておいた。

 

「既に君の部屋を用意しておいた。

この部屋を出たところで俺の部下がいるから彼に案内してもらえ」

 

まさか、もう俺の部屋が準備されていることに驚いたが頷いておく。

 

「うむ。

では、下がってくれ。

夕食の時間にはまた迎えをやるからそれまで自室で待っているといい。

では、戦艦大和、今後の活躍に期待する」

 

立ち上がり、姿勢を正して敬礼をしてくる提督の姿に一瞬驚いてしまったが俺は慌てて立ち上がって下手なりに提督に対して敬礼を返した。

 

そして、そのまま司令官室を退室して部屋の前で待っていた海上自衛隊の方に案内をされながら進む。

 

俺、戦艦大和は正式にこの横須賀鎮守府の艦娘として所属することとなった。



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第三艦隊へ

大和が去った横須賀鎮守府の司令官室内で、一人残った佐々木秋頼は大和がこの部屋に来る前にかかってきた電話の内容を思い出していた。

 

戦艦大和の艦娘が現れたという情報が流れて関係各所に少なくない動揺があった。

 

現在、世界においてはもちろん日本でも深海棲艦という人の手に余る災害を退けることが出来る艦娘の存在を国家規模で保護していた。

故に、第二次世界大戦で大日本帝国の象徴としてのネームバリューを持つ“戦艦大和”を名乗る大和が大海原で発見されたことを知った者たちは、大和を失わないようにして気を配るようにという意思を横須賀鎮守府の司令官である佐々木秋頼へと伝えた。

 

普通に考えれば少し過保護だろうという風にも思うだろうが、艦娘は死んだら彼女たちの艤装をモデルとした適応者が使用する艤装がどうなるのかが分からないために過保護になるのは仕方ない。

特に大和は、その場に出くわした海上保安庁からの報告により装甲の厚さも火力も他の艦娘と比べても段違いの性能であることが分かったため、日本という国家は大和に対して過保護になったのだ。

 

扉を叩く音が聞こえる。

 

「失礼します」

 

佐々木の許可を得て司令官室に入ってきたのは、短い茶髪で黒いウェアに巫女服のような服を着た女性だった。

 

「よく来た、日向。

少し頼みごとがある。

入ってくれ」

 

「はい」

 

何があるのか少し不安そうな表情をしている日向を前に佐々木は、責任感の強い彼女の今後のことを考えて少し申し訳なく思いながらも顔に出さずに日向を真っすぐに見る。

 

「今日、任務中の第一艦隊が新たな艦娘を発見したのを知っているな?」

 

「はい。

確か、戦艦大和を名乗る艦娘だそうで・・・」

 

「ああ、そうだ。

それで、ちょうど一人空いている第三艦隊にその大和を入れるつもりだ。

彼女のことを頼みたい」

 

信頼する提督に旗艦としての能力を買われて自らに新人を任せてくれるのだと言われて少し嬉しそうにしているのが佐々木には分かった気がした。

 

「分かりました。

で、彼女は今どこに?」

 

「今、自分の部屋に案内されている。

夕食の時間になったら彼女を迎えに行ってもらいたい」

 

それくらいならば構わないと日向は頷いた。

そして、この司令官室を退室しようとした彼女だったがそれを佐々木は止めた。

 

「それともう一つ、大和には第三艦隊の旗艦を任せる。

以上だ、下がっていい」

 

もう話は終わりだと言わんばかりに執務机に戻って今日中の決済が必要な書類仕事を始める。

 

「し、失礼しました・・・」

 

良くも悪くも軍人らしく何処か固いところがある日向は表情も特に崩すことなく黙々と退室していく。

 

「悪いな、日向。

・・・この異動で日向が、第三艦隊が更に良くなればいいが」

 

誰もいなくなったその部屋で佐々木のその言葉が空気へと溶けて消えた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

司令官室の前で一等海曹を名乗る男性に連れられて鎮守府の中を案内される。

 

この自衛官の人が言うには、艦娘たちの部屋はこのだだっ広い横須賀鎮守府本部の中にあるのだという。

詳しく言うのならば、この鎮守府本部とは中庭や渡り廊下などを挟んだ別館のようなところにあり、都合が言いように艦娘たちには必要な入渠施設や工廠と鎮守府本部の間にあるのだという。

 

廊下ばかりを歩いてきたものだから気付かなかったが、入渠施設から鎮守府本部まで別館の廊下を進んできていたのだろう。

 

そうやって自衛官に案内されているうちに俺達は艦娘たちの寮に辿り着いた。

 

「大和さんの部屋はここになります」

 

鎮守府別館の三階の“206号”と書かれたプレートのある部屋の鍵を自衛官が開けるとその中へと通された。

 

「うわぁ・・・」

 

その部屋の中を見た俺は思わず声が漏れた。

 

玄関のようなものがあり、左の方に進めば部屋の全容が分かった。

ベッドや机などの家具あるが、左の方にはキッチンもあってその装備の充実はただの寮ではありえないくらいだった。

この部屋は10畳以上かまたは15畳近くはあるだろう。

トイレや風呂も二つに分かれており、風呂場も脱衣所付きで非常に豪華だ。

 

「え?

艦娘ってみんなこんなに広い部屋を使っているんですか?」

 

「はい。

国家でも有数の貴重な存在ですからこうして周囲の環境は完備されています」

 

どうやら随分と恵まれた職場で働けるみたいだ。

 

この部屋まで案内してくれた自衛官の方が部屋を去ると俺はベッドの縁に腰を下ろした。

 

部屋のキッチンの向かいには部屋でも特に大きな窓がある。

バルコニーも見える窓からは海の向こうの北の空にぼんやりと夜の空に輝く夜景がよく見えた。

 

考えてみれば随分と遠くまで来たという風な思いに捉われた。

最初は何も分からず大海原に佇んていたが、ここに至るまでに艦娘や深海棲艦の存在を知って、そして横須賀鎮守府にまでやってきた。

 

日本近海にはびこる深海棲艦を退治する艦娘として横須賀鎮守府に居場所を得たことでようやく一息つけた気がする。

 

今日一日の疲労もあって俺はベッドに倒れ込んでそのまま目を瞑った。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

扉から聞こえるノック音で目が覚めてそのままベッドから起き上がった。

 

時計を確かめると俺が寝てから1時間も経っていないみたいだ。

しかし、やけに空腹感が募る。

 

・・・そういえば提督が夕食の時間になったら人が迎えにやってくるって言ってたっけ。

 

少し寝ぼけた目をこすりながらドアの近くまで行く。

 

ドアを開けるとそこには短い茶髪で巫女服のようなものを着ている女性がいた。

 

「あなたが大和ですか。

提督からはあなたを食堂まで案内するようにと言われました」

 

「あなたは?」

 

「伊勢型戦艦2番艦日向。

所属はあなたと同じ第三艦隊です」

 

それを言うと言うべきことは言い終えたとばかりにドアから離れて自分についてくるように促してくる。

 

第三艦隊か・・・

ということは俺の先輩みたいなものなんだろな。

 

そんなことを考えながらもまるで言われたことしかやりませんといった風な日向について行く。

 

部屋はまるでホテルのように閉めれば自動で鍵がかかってしまうタイプのようで随分と楽が出来る。

鍵はカードキーとかじゃなくて普通の鍵なのだが。

 

「第三艦隊ってことは私が所属するところみたいですけど・・・」

 

「そうですね。

提督からもそう聞いています」

 

・・・大丈夫なんだろうか。

第三艦隊に所属している彼女とは今後は一緒になるみたいだけど、彼女は少し関わりづらいところがある。

 

俺は今後一緒になるだろう第三艦隊のメンバーについて少し不安になる。

 

俺達はこの別館の中にあるエレベーターを使って一階まで下りて食堂へと向かっていく。

 

自動ドアを開けて、まるで大学にあるような広い食堂に入るとそこにはさっきまで一緒にいた第一艦隊の艦娘たちも含めて20人いないくらいの女性たちがいた。

彼女たちの雰囲気からいわゆるオリジナルの艦娘もそうだが艤装適応者もいるみたいだった。

 

勝手が分からない俺はそのまま日向について行く。

 

受付のようなところにおいてあるおかずやら何やらを取っていく日向を見ている俺に好きなだけ食べてもいいのだと言われて俺も空腹の赴くままに大盛の料理をお盆に置いていく。

どうしてもお盆が小さくて料理は少ししか取ることは出来なかったけど、まあ、後でまた取りに行けばいいか。

 

日向も好きなだけ食べていいと言ったんだから。

 

それに、横にいる日向も俺と同じくらいに大盛の料理を盆の上にのせているしな。

 

「あ、大和だ」

 

二人で料理を持って席を探しているとふと何処からか声が聞こえた。

辺りを見渡すとそこには声をかけてきたらしい睦月と彼女と一緒にいる木曽や響たち第一艦隊の皆がいた。

俺はこの横須賀鎮守府で唯一知っている人たちの元へと向かおうとするが、日向は黙って別の方へと向かっていく。

 

そこにも第一艦隊の皆と同じように固まって夕食を食べている人たちがいた。

 

「ねえ、あの人たちってもしかして・・・」

 

第一艦隊の皆の元に行って声をかけた。

 

「ああ、第三艦隊の人たちだね」

 

「旗艦の日向とさっきまでいたんだろ?

何も聞かなかったのか?」

 

へえ、あの日向って第三艦隊のリーダーなんだ。

 

少し人付き合い悪そうな感じはするけど皆をまとめるという点においては確かに合っているのかもしれないな。

 

「他の人たちは?

第二艦隊っていうのもいるんじゃないか?」

 

「ん?そう言えばあいつらいないな」

 

「何言ってるの木曽ちゃん。

第二艦隊は今地方に出張中だよ」

 

「てことはあいつらいないのか」

 

「ふーん、第二艦隊はいないのか。

なら、他の人たちは?」

 

この第一艦隊と第三艦隊の集まり以外には自衛隊の制服らしい服装をしている人たちが多い。

 

「あの人たちは艤装適応者。

私たちとは違って6人一組の艦隊じゃなくて不定形の二人一組で海上自衛隊の護衛艦と一緒に日本近海のパトロールをしている」

 

そうか、彼女たちが艤装適応者なのか。

自衛隊なのは分かっているけど多くの艦娘を見ていたらなんとなくオリジナルの艦娘とは違った感じがするな。

 

「それより大和も一緒に食べようよ」

 

そう言って睦月が自分の席の隣を指して席に座るようにと促してくる。

 

「いや、今日は遠慮しておく。

第三艦隊のところに話を聞いておきたいから」

 

「そうか、大和は第三艦隊に配属されるんだったね。

わかった。

じゃあ、また今度ね!」

 

俺は、睦月たちに見送られて日向たちがいるところへと向かっていく。

 

「あれ、この人は誰なのじゃ、日向?」

 

最初に俺の姿に気付いたツインテールの彼女が俺が日向の方に向かっていることから日向に尋ねた。

 

それに気付いた他の第三艦隊のみんなも俺のことにようやく気付いたようだった。

 

「今日、第一艦隊が任務中に発見した艦娘。

今度から私たちの第三艦隊に配属されることになった」

 

「へえ、新人か。

吾輩は利根である!

今後よろしく頼むぞ」

 

「大和型、一番艦、大和。

よろしく」

 

ツインテールの彼女、利根と自己紹介をすると周囲の人たちが俺に群がってくる。

 

「へえ、大和なんだ!

良かったね日向、今までよりも火力が増えるんじゃない?」

 

この利根も含めて真面目そうな雰囲気の第三艦隊でも明るいキャラをしている飛龍というらしい艦娘が、やはり“戦艦大和”というのを聞いて興味を持ったのか話をしようと迫ってくる。

 

この第三艦隊には戦艦日向と重巡洋艦利根、正規空母飛龍の他にも重巡洋艦高雄に軽巡洋艦夕張という艦娘がいた。

 

「そうなんだ、私たちと一緒の第三艦隊に入ったんだね。

結構大変だけど一緒に頑張ろう!」

 

夕張のその言葉に対して俺は頷く。

 

「そういえば、こうやってこのメンバーを見てみると随分と火力の高い艦隊になったものじゃな」

 

「そうですね。

私たちは5人だった時から既に他の艦隊よりも随分と火力の高い艦隊でしたからね。

これで大和さんが話で聞くような高火力で非常に厚い装甲をお持ちなら益々火力の高い艦隊になるでしょうね」

 

利根と高雄の話を聞く限りこの第三艦隊は他の艦隊に比べて火力の高い艦隊だというが、まあ、実際にこのメンバーを見る限りだと戦艦も2人になるわけで空母はもちろん駆逐艦の代わりに軽巡と重巡がいるのは確かに火力重視かもしれない。

 

日本において艦娘は、そもそも20人しかいないと言っていたからこの中から六人一組の艦隊を作ろうとするのなら少しくらい偏ってしまうのはどうしようもないことだがこれは偏りすぎな気がするな。

 

それを考えたら第一艦隊は戦艦もいて空母もいて小回りの利く駆逐艦もいてと随分とバランスのいい艦隊だったな。

 

「でも大丈夫でしょ。

日向なら大和がいたっていつも通りに私たちを導いてくれるよ!」

 

夕張のその言葉で第三艦隊の皆も明るい雰囲気になる。

 

さあ、それじゃあ新人の大和の歓迎会だ!とばかりに利根が音頭を取って盛り上がろうとしたところに発した日向のその一言で一気に冷めていってしまった。

 

「提督の命により、明日からこの第三艦隊の旗艦は大和ということになりました」

 

「・・・え?」

 

何でこの横須賀鎮守府に来たばかりの俺なんかが艦隊のリーダーにならなきゃならないんだ?

 

・・・それに、この冷え切ってしまった雰囲気を一体どうすればいいというんだ・・・



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