機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS (後藤陸将)
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改造

さっそくできました、番外編第一話。
初っ端からネタです。


 いまや人類の一大宇宙拠点となっているL4大日本帝国領コロニー群。その中でもやや外縁に位置する軍港コロニー『志摩』にある問題を抱えた船が停泊しておりました。

 

 アークエンジェル級強襲揚陸艦1番艦アークエンジェル。この軍艦が抱える問題、それは――――

 

「やはり、元々大西洋連邦の軍艦なので、兵装なども日本軍の規格に合わず、これから運用する際に支障をきたしかねないところだと思います」

 

 そう語るのは今回の依頼人代理、日本に亡命した元大西洋連邦軍第二宙域第五特務師団所属、マリュー・ラミアス少佐。彼女は初の実戦から日本に亡命するまでの間アークエンジェルの艦長を務めていた人物で、誰よりもアークエンジェルを理解している人物でもあります。

 

 この艦は建造からおよそ半年ほどしか経過しておりませんから、艦齢的には全く問題ありません。各種装備に関しても戦闘証明(コンバット・プルーフ)済みです。しかし、問題はこれらの装備の殆どが日本軍の装備の規格とは異なる大西洋連邦の兵装であるために消耗しても交換が不可能なことや、自軍の規格と異なる船の補修点検には人材の育成も含めてかなりの時間がかかることでした。

 

 

 

 

 アークエンジェルは今年の初めにL3にある中立国のオーブ連合首長国領コロニー、ヘリオポリスで竣工しました。しかし、竣工したばかりのアークエンジェルに不幸が降りかかります。ザフトが連合の新型MS奪取を狙いヘリオポリスを電撃的に強襲。これに巻き込まれてアークエンジェルの正規クルーの殆どが戦死してしまったのです。

更に不幸は続きます。ザフトは奪取し損ねた最後のMSであるストライクの破壊を狙って再度襲来したのです。ストライクを収容したアークエンジェルでは、ヘリオポリスで生き残った軍人で最も階級が高いマリュー・ラミアス大尉(当時)が臨時で艦長として指揮を執りこれを迎え撃ちます。

ストライクの奮戦の結果、何とかザフトの撃退には成功しますが、戦闘の影響でヘリオポリスは崩壊してしまいました。アークエンジェルは敵の有力部隊が闊歩する宙域に孤立し、宇宙を彷徨うこととなったのです。

 

 ヘリオポリス脱出後は大西洋連邦の有力な拠点である月基地を目指してアークエンジェルは進みました。道中の同盟国の要塞で艦艇を拿捕され、迎えに来た艦隊は沈められ、資源は枯渇して墓荒らしを余儀なくされと散々な後悔……ではなくて航行を経て、アークエンジェルはついに連合軍でも指折りの大戦力、大西洋連邦第八艦隊との合流に成功します。

しかし、そこに再びザフトの魔の手が忍び寄ります。アークエンジェルはアラスカの地球連合軍本部JOSH-Aを目指して降下を試みましたが、ザフトの執拗な追撃を受けたためにザフト勢力圏への降下を余儀なくされました。

 

 一難去ってまた一難。地上に降りたアークエンジェルには次から次へと追っ手が差し向けられます。

アフリカの地でアークエンジェルに牙を剥いたのは砂漠の虎の異名を持つザフト屈指の名将、アンドリュー・バルトフェルド。紅海で襲い掛かってきたのは紅海の鯱と畏怖される水中用MS部隊の指揮官、マルコ・モラシム。どちらも一隻の軍艦に割く戦力としては破格でした。ザフトは牛刀をもって鶏を割こうとしたのです。

しかし、これまでの激戦が祟ったのかオーブ近海での戦いで遂に機関に被弾し、航行不能に追いやられてしまいました。幸いオーブの領海に墜落したため、アークエンジェルの建造に深く関わったオーブの国有軍需企業のモルゲンレーテ社の手で徹底的な修復を受けることができ、オーブ出港後はほぼ完全な状態でアラスカの地球連合軍本部JOSH-Aへ辿りつくことができました。

 

 ……ここまで来ると呪われているのかもしれないと思いたくなりますが、アークエンジェルはJOSH-Aにて再度ザフトに襲撃されました。次々と味方が討たれる中、アークエンジェルのクルーは衝撃の事実を知ります。もはやこの基地はもたないと判断した上層部はJOSH-Aの地下に設置された自爆装置――サイクロプスを起動させ、ザフトの戦力の大半をいまだ奮戦中の自軍兵士もろとも吹き飛ばそうと考えていたのです。

なんとしても生き延びるべく、アークエンジェルは敵に包囲されたJOSH-Aを強行突破します。その甲斐あって何とかサイクロプスの起爆直前にサイクロプスの影響範囲外に脱出することに成功したのでした。

 

 JOSH-A脱出後、アークエンジェルはクルーと共に日本に身を寄せます。いくら自爆から逃げたとはいえ、アークエンジェルの行動は完全に敵前逃亡です。大西洋連邦に帰れば彼らは軍法会議にかけられることを理解していた彼らには第三国に身を寄せるという選択肢しかありませんでした。

 

 

 

 このような経緯を経てアークエンジェルは日本に接収されました。当然、日本としてもまだ艦齢が若く、ザフトの名将を悉く打ち破ったポテンシャルを誇る艦を置物にするはずがありません。ちょうど同じころザフトとの戦争が始まったことでアークエンジェルの需要はさらに高まっていました。

しかし、アークエンジェルの各種装備は大西洋連邦の規格で造られています。日本では調達ができない部品も多数使われているために一度損傷したら修復にはかなりの手間がかかることが予想されました。

そこでアークエンジェルは硫黄島の第二宇宙港からブースターをつけて打ち上げられてL4へ向かい、軍港コロニーである志摩に入港して本格的な改装作業を受けることとなりました。

 

 

 この白亜の大天使を再び戦場に送り出す――大日本帝国宇宙軍の大きな期待を受けてこの船の改装に一人の匠が立ち上がりました。

 

 軍艦改装の匠、大日本帝国宇宙軍艦政本部第四部(造船担当)滝川正人造船少将。

――あの世界のビッグセヴンと謳われる長門型戦艦の設計に携わり、弾幕を張るのに効果的かつ防御の妨げにならない絶妙なバランスの火器配置が軍内部でも高く評価されている人物です。

彼は金剛型戦艦のころから宇宙戦艦の設計に携わっているベテラン設計士でもあり、経験に裏づけされた堅実な部分と若かりしころと変わらない技術的冒険心溢れる部分を併せ持った機能美のある軍艦をこれまで数多く世に送り出してきました。

そんな彼を人は畏敬の念を籠めて天鳥船(アメノトリフネ)と呼びます。

 

 

 

 安土が強襲されたということもあって、アークエンジェルの戦力化が急務となっていました。工事を急ぐ匠の指示で優先的にF1ドッグに入ったアークエンジェルは次々と兵装が剥ぎ取られていきます。

これまで多くの敵機から艦を守ってきた傘であるイーゲルシュテルンも、時には曲芸まがいの機動をしてまで射線を取ろうとしたゴットフリートも、ここぞというときに艦を救った切り札であるローエングリーンもあっというまに剥がされ、アークエンジェルは数日の内に武装一つない状態になりました

 

 

「美しいですよね」

日本の宇宙軍士官としての教育を伏見で受けているラミアス大尉は武装が全て剥がされたアークエンジェルの映像を見てこう言いました。

「武装がないと、本当に天使みたいに思えてしまうほど優美な艦です。でも、私達はこんな美しい船に鎧を着込まして剣を持たせて戦場に送り込みます。……軍艦として造られたはずですが、少しだけ戦う運命を背負ったあの船が可哀想に思ってしまいます」

 

 

 

 

 

「バリアントの射角をもっと取れる配置にしていれば戦果も増えただろうに……」

まず匠はアークエンジェルの戦闘データを取り寄せ、この艦にどんな武装が必要かを考えました。そして彼が至った結論は、両舷への副砲の増設でした。

アークエンジェルが装備していたバリアントMk8は110cm単装リニアガンです。大口径電磁砲の威力は凄まじいもので、直撃すれば殆どの艦にかなりの損害を与えることができます。

しかし、バリアントには大きな問題がありました。砲が独立して稼動しないため、照準を合わせるには艦首ごと向けなければ撃てないのです。これでは照準の補正はできず、命中弾を出すのも容易でもありません。当たればタダではすまない巨砲でも、当たらなければどうということはないのですから。

そこで匠はバリアントを取っ払い、そこに防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)が開発したという試作75cm電磁砲――通称デキサスビーム砲の搭載を提案します。このデキサスビーム砲はこれまでの大口径電磁砲と比べ、同じ砲腔内径でもより短い砲身で従来の長砲身の電磁砲と同等の破壊力を得られるという画期的な兵器でした。

既に発射実験や耐久実験も終了しているので使っても大丈夫だろうと匠は考えました。しかし、この提案は受けた防衛省は却下します。

デキサスビーム砲はまだ量産体制が整っておらず、生産を委託する業者も選定中だったために使用許可が得られなかったのです。しかも研究現場からもたらされたばかりということもあて一門あたりのお値段もとても高いものでした。改装するだけなのにそんなに金がかかってはたまらないというのが防衛省の見解でした。

すったもんだの末、副砲には長門型戦艦への搭載で実績を挙げている45口径41cm電磁単装砲を砲廓式に搭載し砲廓は上下左右に射角が取れるよう稼動装置をつけて設置することとなりました。

同様の理由で主砲に提案されていた新型レーザー砲――通称メガバスターも、CIWSへの使用が考えられていた省電力メーサーバルカンも却下されてしまいます。

結局、主砲には長門型戦艦への採用で実績のある245cmエネルギー収束火線連装砲を採用し、CIWSには日本の軍艦でもいくつか採用例のあるイーゲルシュテルンをそのまま用いることになりました。

 

 しかし、匠はそれらの譲歩と引き換えに、一箇所だけ自らの要求を押し通しました。それは艦首砲です。

アークエンジェルの艦首砲には陽電子破城砲『ローエングリン』二門が搭載されていましたが、匠はそれを撤去することを画策。代わりにプラズマを発生・加熱して中間子(ニュートリノ)を生成し、収束照射する71式速射光線砲、通称「プラズマメーサーキャノン」の搭載を主張したのです。

プラズマメーサーキャノンはその連射能力、破壊力、射程から試作段階でありながら高い評価を受けている最新鋭の兵器でした。

一方、防衛省側はローエングリンでも十分な破壊力があるために無理に変更する必要は無いと主張しましたが、これまで主砲、副砲、CIWSと譲歩させられた苛立ちが頂点に達したのでしょうか、匠はものすごい剣幕で捲くし立てます。

 

「陽電子砲は第2射発射までの速度が遅すぎる。それに発射のたびに艦は放射能で汚染される。もしも船体が損傷している時に陽電子砲を放てば放射能汚染が船内まで広がる可能性もあるし、軌道上での戦闘では放射性物質をばら撒く可能性がある。この兵器は使えるときが限られる」

匠はこう主張しました。

喧々諤々の議論の末、匠の主張が認められて艦首にプラズマメーサーキャノンを搭載することが了承されました。

その他にもメインブリッジ周辺が狙われやすいということでブリッジ周辺に対空防御火器を増設、ブリッジの近くにあるために誘爆時には危険ということでVLSは移設しました。ミサイルの規格が日本軍の規格に合うように、VLSそのものも艦後部のSSM発射筒と合わせて国産のものに換装されています。

 

 

 武装の話が一段落ついたところで、匠は次に機関へと手をいれました。

 

「マキシマオーバードライブに換装してみようか」

 

 マキシマオーバードライブ。防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の八尾南晩博士が20年の研究を経て生み出した光を推進力とする最新鋭の機関です。従来の機関とは比べ物にならないほどの推力を発揮するこの機関を採用しているのは最新鋭の長門型戦艦のみです。匠はこの機関をアークエンジェルに搭載することで、アークエンジェルを長門型戦艦と組ませて行動できる艦にしようと目論んだのです。

従来の機関を搭載している軍艦とマキシマオーバードライブを搭載した軍艦では最高速度も巡航速度も違いすぎるために編隊を組んで行動することができず、防衛省も長門型の運用方法で頭を捻っていたこともあり、MSも運用できて自衛も可能なアークエンジェルを改装して長門型と組ませるという意見は一定の賛意を得ることに成功します。

また、艦首砲にプラズマメーサーキャノンを搭載するのであれば、マキシマオーバードライブが生み出す莫大なエネルギーが必要不可欠です。従来の機関ではエネルギー不足のため、プラズマメーサーキャノンの速射能力が発揮できなくなります。プラズマメーサーキャノンがあってもそのエネルギーを支える機関が無ければ宝の持ち腐れになってしまうのです。

何れ日本軍の主力軍艦の機関は次々とマキシマオーバードライブに換装されることが予想されるということもあって、防衛省は特に異論を挟むことなくこの計画を了承しました。

しかし、当初からマキシマを搭載する前提として設計されてはいなかったアークエンジェルの機関部にマキシマオーバードライブを搭載するには大規模な改造が必要です。内部の通路構造も変わるほどの大改装の結果、以前よりも機関部が巨大化してしまいました。

 

 

 最後に匠は装甲に着手しました。匠は新型MSに採用されたという噂の最新鋭装甲技術、ダイヤモンドコーティングを艦全体に施すことを画策します。しかし作業にかかる時間や予算が限られているために艦全体にダイヤモンドコーティングを施すことは不可能です。

そのため、匠はダイヤモンドコーティングを限られた部分――艦首プラズマメーサーキャノンのカバー部分と、ブリッジ周りの装甲にのみ採用することにしました。他の部分は基本的に他の日本軍艦と同じラミネート装甲で、そしてその上にレーザー蒸散塗料を吹き付けることにしました。レーザー蒸散塗料はほぼ全ての日本軍艦で艦の塗装に使用されているものと同一の色を使用したため、艦全体は灰色がかった色となりました。

 

 

 

 

 こうして軍艦改装の匠、大日本帝国宇宙軍艦政本部第四部(造船担当)滝川正人造船少将による改造(リフォーム)は全て終了しました。

 

それでは、天鳥船(アメノトリフネ)と呼ばれると呼ばれる造船の匠が兵装の日本軍規格化のみならず、新兵器や既存の技術を見事に組み合わせて実現したその驚異的な改造(リフォーム)の全貌をごらん頂きましょう。

 

 

 

 その軍艦に似つかわしくない優美な曲線で構成された白亜の巨艦だったアークエンジェル。その軍艦に似つかわしくない眩しい白の船体は他の日本軍の艦艇と同じ濃いねずみ色に、そして主砲が格納式から非格納式に変更したために露出した4本の凶暴な牙――245cmエネルギー収束火線連装砲。

 

 なんということでしょう。改修前はまるで優雅で気品ある豪華客船のようにも思えた外観が一転。無骨な武士のような印象を受ける外観になりました。

 

 高威力ですが照準を会わせづらかった両舷の110cm単装リニアガン、バリアントMk8は撤去され、代わりに両舷に身を守る棘のように生えた副砲は45口径41cm電磁単装砲。一発あたりの威力はバリアントに劣りますが、次弾装填速度も命中性もバリアントを遥かに凌駕します。

「大口径砲でなければ太刀打ちできない敵艦を攻撃することは主砲の役目である。副砲は主砲で攻撃するには効率の悪い小型の敵を狙うべし」

その考えに基づいて設置された両舷で8門の単装砲。その速射性は両舷の防御力を格段に向上させました。

 

 船体の各部には改装前の倍となる計16門の75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」。16門の近接防御火器が形成する弾幕は容易に潜り抜けることはできないでしょう。これでもう、ブリッジに敵機を近づけさせることはありません。

 

 

 

アークエンジェル改造(リフォーム)費用

 

予算 部外秘

 

工事費 軍機

材料費 軍極秘

内装費 8,000,000

合計  軍機(設計顧問料を除く)

 

 

 

 大日本帝国の最新鋭火器を備え、火器と装甲の配置による組み合わせで極めて沈みにくい艦として生まれ変わった大天使(アークエンジェル)。果たしてラミアス中佐(アークエンジェル艦長就任に伴い昇進)は喜んでくれるのでしょうか?

 

 

 

 

C.E.71 8月22日

 

 この日、大日本帝国宇宙軍大学での士官教育を終了し、アークエンジェル艦長就任を命ずる辞令を受け取ったラミアス中佐はかつてアークエンジェルの操舵を担当していたノイマン曹長と共に志摩のF1ドッグにやってきました。

 

「確か、F1ドッグって言ってたはずよね」

「そうですね。どんな改装をされたのかわくわくします」

二人とも期待からか少し早足でアークエンジェルの待つF1ドッグに向かいます。そして、正面の巨大ゲートをくぐってアークエンジェルといよいよご対面です。

 

 

 

「…………」

「…………」

 

「如何でしょうか?」

滝川少将に尋ねられ、二人は衝撃から抜け出したようです。機能美に魅せられて二人は思考を停止してたのでしょう。

 

「……すごく、ええと……独創的になりましたわね」

「え……ええ、まさか……というかんじですね」

 

 二人の顔はなんとも言いがたい表情。彼らは匠の素晴らしいセンスに圧倒されたのでした。

 

 

 

 

 

 

 異国の地で始まった大天使(アークエンジェル)の第二の人生。最新鋭の装備に身を包んだ日本の護り手は今日も志を同じくする国の守人を乗せて宇宙の平和を護るために漆黒の大海原を航行しています。

できれば、その矛を使うことなく余生を終えてほしいものですね。

因みにその後、ラミアス艦長はMS開発関係者という縁で知り合った顔の左半分に大きな傷がある強面の男性を誘って歓楽街に飲みにいったそうです。きっとこの艦のすばらしさについて力説していたのでしょうね。




今回、依頼を受けてくれた匠は『惑星大戦争』で轟天号を設計した滝川正人博士でした。


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クルーゼの逆襲

バカテスや柴犬を読み返していたために遅くなりました。
衝動的にバカテスの短編も書いていたので、更に最新話を書き上げるまで時間がかかったという……
短編も興味がありましたらどうぞ。

因みに自分はあくまでこちらのシリーズを優先する予定ですので、短編の方のネタを本格的に書き続ける気は今のところありません。


C.E.46 L4コロニー メンデル

 

 

 この日、G.A.R.M.R&D社には珍客が訪れていた。G.A.R.M.R&D社はコーディネーター産出を事業としているだけあって、その顧客は子供をコーディネーターにしようと考えている若い夫婦が大多数を占める。

しかし、この日同社を訪れたのは一人の中年男性だった。夫婦では無く夫だけが訪れるということは珍しくはない。ただ、老人は物々しいほどの数のSPをつれていた。それだけで老人が只者ではないことがわかるだろう。

 

 同社の技術チーフ、ユーレン・ヒビキ博士は男を応接室で出迎える。しかし、その顔は顧客に見せるには相応しくない渋面を浮かべていた。それに対し、男の方には余裕があるようにも見える。

「……まだ決めかねているのか。君が躊躇する理由がどこにあるというのだね?」

老人が重々しい口調で告げた言葉に対し、ヒビキ博士は眉間に皺をよせ、いっそう険しい表情を見せる。

「……しかし、それは違法です」

「法など変わる。そんなものに縛られていてどうするというのだ。……万が一、検挙されることがあっても無罪放免を勝ち取れると百戦錬磨の私の顧問弁護団は判断している」

「クローンは同一人物を造る技術ではありません。仮に貴方のクローンを造ったとしてもそれは貴方ではないのです。貴方と遺伝子的に同一な人間……つまりは一卵性双生児の弟ができるだけなのです。そのクローンが最終的には貴方と同等の能力を得る保証は何処にもありません。……あくまで、クローンはオリジナルとは違う別人なのですよ?」

ヒビキは険しい顔を崩すことなく、諭すような口調で男に語りかける。しかし、男は聞く耳を持たない。

「それでも、私の後継者となる資質はあるはずだ。多少能力が私より劣ろうとも構わん。その後の教育で矯正すればいい。私の息子を矯正するよりはまだその方が有意義だ」

 

 この男はクローンという存在を何故そこまで軽く考えることができるのだろうか。ヒビキは目の前の男の考えを理解することができなかった。

別にクローンを造り出すことは難しいことではない。なんせ今から数世紀前には確立されていた技術なのだから。ただ、それを行うものはいなかった。極一部のマッドサイエンティストが試みることはあったが、それらはほぼ事前に察知されて阻止されたと言われている。無論これは表向きの話であり、大国の暗部でのクローン人間開発の疑いはこの業界の人間だったら噂ぐらい一度は聞いたことがあるはずだ。

 

 

 既に人の遺伝子を操作する時代、コーディネーターは既に社会に溶け込める体制ができあがっているために誕生しても問題は少ない。しかし、これはコーディネーターが社会に溶け込める基盤を作り出した偉大なる先人、ジョージ・グレンの存在あってこそだ。

 

 普通であれば、コーディネーターを造る技術があったとしてもその技術によって造られたコーディネーターが好意的に受け止められるとは考えにくい。倫理、宗教、善悪の価値観から人間はその技術によって誕生したコーディネーターを忌避するだろう。

人々はコーディネーターは化け物(フランケンシュタインの怪物)のように見做したに違いない。そしてまともな親であれば、例え理論上は優れた能力が我が子に約束されるとしても社会から忌避され、化け物(フランケンシュタインの怪物)のように扱われかねない事情をわが子に付与しようとは考えなかったはずだ。

しかし、初めて世界に姿を現したコーディネーター、ジョージ・グレンは確固たる実績をもってコーディネーターの可能性、能力を世界に知らしめた。彼をこれまで賞賛していた人々は彼が明らかにした能力、実績を見て思う。自分も彼のようになりたいと、彼のようでありたいと。

そう望んだ人々は彼のようにはなれはしない。しかし、ジョージ・グレンが残した技術はそれを限定的ながら可能にした。彼が発表したコーディネーターの製造法(レシピ)を使えば、これから生まれてくる我が子にはジョージ・グレンに匹敵する才能を与えることができるのだ。不可侵であるべき生命の領域に踏み込むことへの忌避感よりも、確実に得られるであろう能力の魅力が勝ってしまったのも仕方の無いことなのかもしれない。

結果、ジョージ・グレンの告白以後は多数のコーディネーターが誕生した。そしてコーディネーターの数が増加した今日では、世間でも極端な拒絶の態度を示す意見は少なくなりつつあったのである。

 

 

「能力ある子供を造り出すのであれば、コーディネーターのお子さんがいればよいのではありませんか?優れた能力を約束された息子であれば、貴方の後継者たる資格は十分であると思うのですが」

ヒビキは何とかこの依頼を無かったことにするべく、男に提案した。だが、男の答えは冷淡でかつ、ヒビキを驚愕させる答えだった。

「コーディネーターを造り出すという技術を、私は信用してはいない」

「な……何故ですか!?」

ヒビキは僅かに声を荒げる。自分達が扱っている技術が信用に足らないと言われればそれは技術者としての沽券に関わるからだ。

 

「簡単な話だ。コーディネーターの製造法(レシピ)が世に出てから30年しか経っていない。遺伝子の調整が人体に与える影響について、誰もその終末まで確認していないからだ」

男は淡々とした口調で続ける。

「遺伝子を調整した人間についての研究はいまだ未熟だと言わざるを得ない。いまだ人類は老いたコーディネーターのサンプルを得ていないのだ。生命という未だ謎の多い領域を侵す問題である以上、机上の予測だけを鵜呑みにはできない。結果が出なければ安心できない人間もいるのだよ」

ヒビキは男の言葉に反論できず、閉口する。

 

 確かに、まだ自分達は遺伝子を調整した人間の末路を見てはいないのだ。そもそも、人類の遺伝子構造は30万年以上前に人類が誕生してからずっと変化し続けてきた。そしてその遺伝子の改変――進化には必ず意味があるのだ。

必要であったから進化したところもあれば、不要になったから退化したところもある。その遺伝子の取捨選択による進化の結果、人類という種が本能的に最適な遺伝子構造として選んだのが現在の人類の遺伝子である。人類という種が本能的に最適とみなした遺伝子に改変をした結果、人体には予期せぬ不具合が起きたとしても不思議ではないということだ。

今はまだ遺伝子の改変による深刻な問題が報告された例はない。しかし、遺伝子改変の影響は老後にコーディネーターの身体に現れるかもしれないし、コーディネーターの子孫に影響が出ることだってありえる。

そのような可能性を完全に払拭できるのかと問われれば否だ。学会では秀才の誉れ高いヒビキでも断言はできない。一方、クローニング(遺伝子複製)の方はコーディネート(遺伝子改変)に比べれば古い技術だ。技術的信頼性で言えば確かにコーディネート(遺伝子改変)に勝るかもしれない。

 

 だが、ここで首を縦に振ることはできない。別に倫理的な問題であるとか、技術的な問題であるとかいうことは全くない。

しかし、自分は遺伝子工学に携わる科学者だ。自分達の誇る技術に見向きもせずに信頼性に勝るという理由で古い技術の使用を強要されるなど、彼のプライドが許さない。自分達の研究を、英知の結晶が信頼に足らないなどと判断される屈辱を甘んじて受ける気は彼には毛頭無かったのである。

 

 

「まだ、首を縦に振らないか……それならば」

男は懐から封筒を取り出し、中から一枚の紙を手にとってヒビキに手渡す。ヒビキは訝しげに紙を受け取るが、その中に書かれた内容を見て絶句した。驚きの表情を浮かべるヒビキに男は冷笑する。

「……顧客から受け取った予備の卵子で人工子宮の実験か……確かに研究費を抑えることもでき、かつ不要になった卵子の処分もできる。一石二鳥というやつか。しかし、契約では予備の卵子は全て破棄することになっているな」

「この情報をどうすると……仰るのですか?」

ヒビキの眉間に皺がよる。しかし、男は飄々とした表情を崩すことはない。

「別に言葉にする必要はないだろう。……さて、ヒビキ博士。研究費の援助と引き換えにこの提案を受けてくれるかね?」

 

 ヒビキには目の前の男が悪魔のように見えた。しかし、その悪魔の要求を受け入れなければ自身の立場が危うくなり、これまでの研究も水の泡となることも確実だ。研究を志半ばで断念することはヒビキに許容できることではない。それゆえにヒビキができる返答は一つしか存在しなかった。

 

 

 

「……クローンの製造をお引き受けします。次回までに仕様書を用意しましょう、MR.フラガ」

 

 ヒビキがその一言を喉から搾り出すと男は破顔して右手を差し出した。

「おお、それはよかった。これでお互いに未来に希望が持てそうですな、Dr.ヒビキ」

自身の技術を侮辱された屈辱に耐え、怒り心頭に発する心境にあったヒビキは感情をできる限り押さえ、険しい表情を浮かべたまま男の手を握る。自分が怒りで煮えくり返っているからか、はたまた男の冷徹さ故か、ヒビキは握った手から冷たさを感じた気がした。

 

 

 依頼人――アル・ダ・フラガが去った後、ヒビキは自身の研究室に戻った。しかし、入り口の扉が閉まった瞬間、彼がこれまで押さえ込んできた鬱憤が爆発した。ヒビキは自身の机の上にあるマグカップを鷲づかみにして床に叩きつけ、書類が積まれた机の上を乱暴に振るった右腕で薙ぎ払った。

そして強く握りしめた拳を机に叩きつけた。

怒りが収まらぬまま机の上に飾ってあった写真立てを投げ捨てようとした時、彼の動きは止まった。彼が振りかぶった写真立てには学生時代の彼と、妻、そして恩師の姿が映っていた。写真の中の今は亡き恩師の顔を見て、ヒビキは恩師の言葉を唐突に思い出した。

 

「科学など、所詮権力の道具でしかないのだ」

 

 間違いなく遺伝子工学においては世界最高峰だった恩師ですら、権力の前には屈するしかなかったのだろう。それならば今現在そこそこ名が売れ始めた自分のようなひよっこが権力に抗えるはずはない。

恩師のことを思い出している内に、怒りに支配されていた頭から血が抜けてヒビキは多少物事を冷静に考えられるようになったようだ。

 

 

「科学は権力の道具……しかし、かといって我々はそれでいいのでしょうか?白神先生……」

 

 

 

 

 

C.E.55 11月30日 大西洋連邦 オクラホマシティ

 

 

 金髪の少年が眉一つ動かすこともなく燃え盛る豪邸を前に佇んでいる。しかし、この地域でも有名な大富豪の屋敷の大火災ということもあって、報道陣や野次馬で屋敷の近くはごった返していた。そのためにこの場に居合わせた野次馬の一人にしか見えない少年の存在に気がついたものは皆無だった。

あの大火の中では自分を生み出した男が燃えている。これで自分にとっての懸念が一つ、消え去った。しかし、達成感というものは不思議と感じない。特に感慨も湧かなければ、後悔したということもない。

 

 

 自らの生まれを、そしてその運命を理解したのは2年前のことであった。自分がアル・ダ・フラガという男のクローンであること、生まれつきテロメアが短いために自身には人並みの寿命がないこと、そして自分は科学者の研究資金と引き換えに製造されたということは衝撃の事実だった。

その事実を突き止めるのはさほど難しいことでもなかった。自身の成長速度を気味悪がっていた世話係の態度のおかげで物心ついたころには自身の成長速度の異常さを薄っすらと感づいていたし、教育には恵まれた環境にいたために割りと簡単に自身の成長の異常さの原因であるクローニングの真実についての調べをつけることができた。

自身の出生にまつわる秘密を10に満たなかった自分が知りえることができたのは、やはりその常人に在らざる成長速度ゆえのことだろうか。はたまた自身のオリジナルとなったアル・ダ・フラガのもっていた潜在能力(ポテンシャル)を受け継いだが故のことであろうか。真実は分からないが、ともかく自分は齢のわりに極めて優秀であったと自負してもよかっただろう。

 

 自身の生まれとその運命を知った少年は胸の奥に暗い炎を灯した。自分には遺伝子提供者はいても、親はいない。人の身体から生まれたといっても、胎盤を貸してもらっていただけのこと。

造られた命、それもただ自身の代わりが欲しかったという身勝手な理由で生み出された命である自分。愛情も、家族も自分には存在しない。与えられたのはアル・ダ・フラガとして会社の経営を継ぐという役割だけ。

しかもその役割でさえ、自分しか持ち得ないアイデンティティーとはなりえない。どうやら、自分以外にも同一の遺伝子、同一の目的を持って生まれた存在が何人か存在するということらしい。

確かに、アル・ダ・フラガからすれば合理的な判断であろう。クローンといっても、自分と全く同じ分身のような存在が生まれるわけではなく、ただ遺伝子的に同一の人間が生まれるだけなのだから、真に望んだ個体が生まれる保障はないのだ。

しかし、遺伝子が同一ということは、少なからずアル・ダ・フラガと似通った性質を持って生まれてくるはずだ。同じ遺伝子を持つ個体が複数いれば、当然その中でも多少の才能の差は必ず生じてくる。アル・ダ・フラガはその中から比較的寿命が長く、優れた素質を持つ個体を厳選するつもりなのだろう。

そして後継者として選ばれなかった個体の末路など考えるまでもない。クローンの製造は許されていない以上、またとない証拠である彼らは速やかに処分されるしかないのだから。

一体アル・ダ・フラガがどれだけのクローンを生産しているのかは分からないが、アル・ダ・フラガの後継者というアイデンティティーを得られるのは寿命に備えたスペアを考えれば数体といったところだろう。

それ以外の個体は例え生き延びることができたとしても決して他とは違う自己を得ることもできず、自己の根幹が空っぽのまま世間に放り出されて苦しみ続けるに違いない。そして彼らはそう遠くないうちに死んでいくしかないのだ。

 

 

 

 

 

 炎上する屋敷を見た少年は、まるで煉獄の炎が自らのエゴで生命を弄んだ愚か者に責め苦を与えているようだと思った。

ただ役割だけを期待して自身の複製を生産し、その中で能力値から後継者に秀でた個体を厳選して自身の後釜としての役割を与える。しかし、エゴにまみれた男の御眼鏡に適わなかった失敗作は僅かな命と空っぽの自分を抱きながらただ死を待つしかない。

煉獄の炎によってその身を焼かれ、裁かれるのも当然のことだろう。少年の胸の内には同情など欠片も湧いてこない。

 

 だがそれでも、アル・ダ・フラガはましなほうだ。彼が自身の罪を煉獄の炎で清算できたとしても、彼が生み出したクローンはこれからも僅かな寿命と戦って生き続けるしかないのだから。

庇護者も失い、金も地位も知り合いも……己すらない状態で社会に放り出された彼らにはこれからも責め苦が常に付きまとうこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝まで少年はずっと燃え盛る屋敷が見える場所から動かなかった。既に火は消し止められたが、屋敷は全焼し、屋敷があった場所には黒く炭化した残骸が散乱している。

自分を生み出した愚か者も、自分に与えられた可能性もある居場所も全てが燃えて塵になった。

 

 少年は文字通り全てを失くした状態となり、ふと考える。

己は何者なのか、何故元凶を焼き尽くしても尚、この心に灯る暗い炎はいまだに鎮火せずに燻っているのか――――

 

 

 

 

 

――――此処は何処だ? 私は誰だ? ――――

 

 

――――誰が生めと頼んだ? ――――

 

 

――――誰が造ってくれと願った? ――――

 

 

――――私は私を生んだ全てを恨む ――――

 

 

――――だからこれは、攻撃でもなく宣戦布告でもなく ――――

 

 

――――私を生み出したお前達(人類)への――――――

 

 

 

 

 

 

――――――――逆襲だ ――――――――

 




どっかの国民的アニメの劇場版第一弾をイメージしました。
というか、ほぼそのままですね。


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アナスタシア・ビャーチェノワ

C.E.71 9月20日 L5正面宙域

 

 

 自分に訪れるはずであった死というものは救援に駆けつけた一機のMSによって防がれた。満身創痍で動かない自分の機体を護るようにそのMSはさきほどまで自分の機体を圧倒的な技量で追い詰めていた敵機の前に立ち塞がったのだ。

しかし、機体の状態からするに救援に来た味方の方が不利だ。このままでは撃墜されるも時間の問題だろう。だが、機体に異常のあるジャスティスであの敵機と渡り合うほどのパイロットをこの場で失うことはザフトのためにならない。

アナスタシアの懸念通りにジャスティスの左腕は不調をきたし、敵機の斬撃で右腕を弾き飛ばされた。右腕を犠牲に咄嗟に頭突きをくらわせた判断は大したものだったが、片腕ではもう戦えないだろう。それに体当たりの衝撃で精細なセンサーが集中している頭部が小破している。

それを瞬時に理解したアナスタシアはジャスティスに向けて秘匿通信を繋いだ。

 

「そこのジャスティス、私のことは見捨てて別の戦線に回って欲しい。もう動くことすらできない私の機体を救ったところでザフトの勝利に全く貢献することはない」

「何を言っている!!俺は君を見捨てるつもりは毛頭ない!!それにこいつをここで倒さなければ、また誰かがこいつの犠牲になるんだ!!こいつにこれ以上同胞を殺させはしない!!」

「問題ない。私の機体はまだ動力炉が生きている。この機体は自爆して道連れにしよう」

合理的な選択だ。ザフトにとって最良の選択であり、ザフトのために戦うザフト兵ならば必ずこの提案を受け入れるに違いないとこの時のアナスタシアは確信していた。しかし、このパイロットはアナスタシアの提案を否定した。

「その必要はない!!こいつは俺が討つんだ!!今、ここで!!」

 

 そんな叫びと共に小破したジャスティスが突撃の体勢を取った。

しかし、突撃の体勢を取ったジャスティスに対して敵機は背を向けた。そしてスラスターに光を灯し、全速力でこの宙域から撤退していった。

 

「へぁ!?」

敵機の予想外の行動に対して、ジャスティスのパイロットは間抜けな声をあげた。先ほどまで彼は尋常でないほどに気合を入れていたためか、盛大に肩透かしをくらった気分なのだろう。

 

「……こちらクルーゼ隊所属、アスラン・ザラだ。フリーダムのパイロット、応答求む」

先ほどの間抜けな声は無かったことにしたのだろう。ジャスティスのパイロットはフリーダムに接触回線で呼びかける。

「シュライバー隊所属、アナスタシア・ビャーチェノワ。救援に感謝する。こちらは推進機関が故障して動けない。すまないがトゥモローまで連れて行って欲しい」

アナスタシアも先ほどの間抜けな声のことはひとまず忘れることにした。ともかく、自分は命拾いをしたのだ。母艦に戻り、再出撃の準備を早急に整えることを優先すべきと彼女は考えたのである。

アスランは彼女の要請に答え、ジャスティスの左手でフリーダムの右手を掴む。ジャスティスは左腕の関節が動かなくなっていたが、マニピュレーターはまだ生きていたのだ。そして2機は手をつなぎながら満身創痍の状態でトゥモローへの帰艦の途についた。

 

 

 

 

「おお、帰ってきたか!!」

トゥモローの格納庫に待機していた整備班のエッグ班長は笑顔でボロボロの状態で帰還したジャスティスとフリーダムを出迎えた。

推進機関への被弾が確認されたジャスティスは早急に冷却に回されることとなり、パイロットであるアスランはコックピットから文字通り引き摺り下ろされた。その隣ではフリーダムがガントリーにロックされている。

 

「エッグ班長、申し訳ありません。力及ばず、彼女一人しか救えませんでした」

コックピットから降りたアスランはまずエッグのもとを訪れて頭を下げた。だが、エッグは柔らかな表情を浮かべて首を横に振る。

「貴方が責任を感じることではありませんよ。一人でも、生きて戻ってこれた……それだけで俺達技術屋からすればありがたいことです」

そしてエッグはハンガーにて冷却処置を受けているジャスティスに顔を向ける。

「それに、貴方の機体を見れば貴方がどれだけ奮闘したのかはすぐ分かりますよ。貴方は文字通り命をかけて自分との約束を護ろうとしてくれたのでしょう?自分はあの子達(・・・・)のためにあそこまで戦ってくれた貴方に対して、心から感謝しているんです」

その時、エッグを呼ぶ声が格納庫に響いた。整備班の班長というだけあって、被弾した機体が帰還したときに彼がやるべきことは沢山あるのだ。

 

「すみません。自分はこれから仕事に戻ります。貴方の機体は今度こそ万全な状態に仕上げてみせましょう!それまでしばらくロッカールームで休んでいてください……それと、ここのコーヒーは裏ルートから仕入れた本物の豆を使っていますから、絶品ですよ」

最後の方は耳打ちでこっそりとアスランに伝えてエッグはその場を離れようとする。アスランもこれには苦笑いした。折角の好意であるし、是非堪能しておこうと考えた矢先、エッグが何かを思い出したのか、急いで戻ってきた。その表情は先程よりも申し訳なさそうな印象を受ける。

「ああ……後、あの娘も連れて行ってください。そしてロッカールームで戦術のことでも相談していただきたい。これからは貴方達でエレメントを組むことになりそうですからね」

ここでエッグは再び声を潜め、アスランに耳打ちする。

「研究者面したクルーが彼女を連れ去ろうとするかもしれません。その時も先の理屈で通してください。ごり押しでもかまいません。今は詳しく言えませんが……よろしくお願いします」

 

 エッグからの奇妙な相談にアスランは訝しげな表情を浮かべて質問しようと口を開きかけたが、彼が口を開く前にエッグは自身を呼ぶ若い整備兵の下に駆け出してしまい、質問することができなかった。

しかし、エッグの頼みだ。自分もお世話になっていることだし、その人柄にも信頼が持てると判断したアスランは彼の言葉に従い、先ほど助けたフリーダムのパイロット――アナスタシア・ビャーチェノワの下に向かうことにした。

 

「アナスタシアさん、少し構わないだろうか?」

格納庫の隅でヘルメットを脱いで顔の汗を拭いているアナスタシアにアスランは話しかけた。アナスタシアは特に表情を変えることも無く首を縦に振る。

「今エッグ班長たちが機体を修復している。今後は君と俺がエレメントを組むことになるから、修復が終わるまでに連携について相談しておきたい。時間がとれないか?」

アスランの提案にアナスタシアは簡潔に答えた。

「了解した。話はロッカールームでいいな?」

「ああ。そこで話そう。あそこのドアの向こうであってるか?」

「そうだ」

 

 アナスタシアの案内で二人はロッカールームに向かう。アスランはエターナル級3番艦フューチャーに乗艦していたので、同じエターナル級のトゥモローの艦内で迷うことはない。

二人でロッカールームに入ると、ひとまずアスランは班長お勧めの天然の豆を使ったコーヒーを淹れることにした。

「アナスタシア、コーヒーを淹れた。これを飲みながら話を……」

その時、アスランは自身の迂闊さに気がついた。アナスタシアはロッカーの前に無言で佇んでいたのだ。アスランも同じような思いを幾度か経験しているから分かる。彼女の前のロッカーはおそらく彼女の同僚……おそらく自分が駆けつける前に日本軍に討たれたパイロットのものだろう。

主がいなくなったロッカーの前では同僚がいなくなったことを否が応でも彼女は思い知らされるのだ。そこで何かを話し合おうにも彼女の精神が安定するはずもない。

「……すまない。場所を変えようか。確かブリーフィングルームが近くにあったはずだ。そこで話そう」

アスランはロッカーに背を向けて扉へと向かう。しかし、その時アスランの腰に衝撃が走った。何かが背中にぶつかった衝撃でアスランは慣性に従ってロッカールームの壁に吹き飛ばされた。そして彼は頭部を強打し、言葉にならない叫びを上げる。

 

 アスランは一瞬トゥモローが被弾して、その衝撃で吹き飛ばされたのかと誤認した。しかし、彼がいまだ何か柔らかいものが腰に当たっている感触を感じて後ろに振り向き、先ほどの衝撃の正体を知ることとなる。

「ア、アナスタシア!?」

「行くな……行かないでくれ。ここに一緒にいてくれ……」

突然の不可解な行動と言動、これまでの凜とした表情から今にも泣き出しそうな表情に変わった時のギャップでアスランは混乱していた。先ほど壁に打ち付けた髪の生え際に下から手を当てて自身の広めの額が丸見えになって傍目からはかなり微妙なことになっていることにも気づかずに。

因みに髪を上げて広い額を顕にして間抜け面していたアスランを至近距離で見ていたアナスタシアだが、涙を浮かべて彼に抱きついていたため、直視していれば噴飯ものの彼の顔を見ずにすんでいた。

 

 甲斐性なしのヘタレであるアスランにはこのような時どうすればいいのか分からない。ひとまず彼女を抱きしめるが、その顔は見るからに混乱したままだった。しかし、泣き顔を浮かべた女性への適切な対処をヘタレで甲斐性なしで優柔不断、そのくせフラグは乱立する凸野郎に求めるのは酷なことだろう。

彼は知らないことであるが、あのパトリック・ザラの息子で養成学校であるアカデミーを首席で卒業する秀才、かつ額を見せなければ文句の無いイケメンである彼は打算的なものも含めてかなりもてた。

アカデミー女学生の中では彼を巡って水面下で熾烈な戦争が勃発しており、その戦いを潜り抜けられ、かつ抜け駆けをするほどの肝っ玉をもった数人の女学生以外にはアカデミー在籍中の一年の間でアスランに告白することは不可能だった。

その争いの凄まじさを喩えるのであれば、スタイル抜群の幼馴染剣剣道少女と高貴な英国お嬢様とあざとい僕っこパリジェンヌとツインテール第二幼馴染中華少女と眼帯銀髪独逸軍人による某ブリュンヒルデの弟争奪戦レベルだ。

因みに卒業の間際にはその争いもヒートアップし、生徒会長な暗部の長やいつものほほんとしたクラスの癒しまでも参戦した世紀末決戦レベルになったらしい。

水面下で言葉にすることもおぞましいほどの争いを潜り抜けてきた彼女達は告白の返事にアスランからNOを突きつけられてもその場で泣かないぐらいには精神的にタフだった。そのためにアスランは影で女性を泣かせていながらも、目の前で泣かせたことはなく、対処した経験も無かったのである。

 

 

「オリガも、みんな逝ってしまった」

涙ながらにアナスタシアが呟く。

「今までは誰も死ななかったのに、みんなで帰ってこれたから怖くなかったのに……だけど、もう、みんなは」

死の恐怖をこれまで彼女達は感じたことが無かった。否、正確には覚えていなかったというべきだろうか。彼女達は幾度かの実戦を経験しているが、その際の記憶のうち、戦いの際に感じた恐怖の類の記憶は完全に抹消されている。

 

 アナスタシアは与り知らないことであるが、シュライバーらは戦闘のたびに彼女達をメンテナンスと称して調整装置に送って記憶の削除を行っている。彼女達は戦闘中は敵の恐怖を読み取って昂ぶるために恐怖というものを知らないが、いざ戦闘が終了すると戦闘時の恐怖を思い出して塞ぎこむ傾向にあることがこれまでの実験で分かっていたためである。

無論、彼女たちの中には恐怖を感じず、戦闘後も敵の断末魔を思い出して恍惚な表情を浮かべる個体も中にはいたが、そのような個体は総じて戦闘能力が高いとは言えなかった。おそらくは戦闘能力の高い個体=感受性、リーディング能力に秀でた個体ということもあり、戦闘時のように気が昂ぶってなければ敵が死の間際に感じる恐怖の感情に呑まれてしまうのだろう。

 

 

 そして今、アナスタシアは初めて自覚した死に対する恐怖に完全に呑まれていた。

自分の目の前で爆発四散した同僚、そして同僚を屠ったときと同じように圧倒的な力の差をもって自身の命を刈り取ろうとしている死神、死神の鎌から間一髪救われたときの生に対する微かな安堵、帰還後に見た還らない同僚のロッカー。

常に気を張っていた戦闘中は自身に迫っていた死を恐れることはなかった。戦闘中にやるべきことは任務の完遂だけであり、そのことだけに意識を向けることができたからである。しかし、任務から開放されたとき、これまでは自覚していなかった死への本能的な恐怖がまるで沸騰した鍋に蓋をして吹き零れるかのように彼女の脳裏に溢れてきた。

同時に、戦闘中は意識していなかった敵が死に際に感じた恐怖、宙に散った同僚が今際の際に持ったイメージを思い出し、その恐怖で彼女は動けなくなっていた。特に同僚のESP能力者が死に際に感じた恐怖は彼女にほぼダイレクトに伝わっていたと言ってもいい。

 

 ESP能力者である彼女達が連携して戦うとき、常に敵と相方に対してリーディングを、相方には更にプロジェクションを使用している。自分の考えを瞬時に相手に発信し、こちらも受信する。この能力によって彼女達は一心同体とも言える驚異的な連携攻撃を可能にしている。

文字通り互いの考え、感情を共有している状態であったアナスタシアはオリガの感じた死というものへの恐怖をそっくりそのまま味わってしまったのである。任務中はその恐怖を直視せずにすんだが、一度緊張の糸が途切れるともうその恐怖から目をそらすことが彼女はできなくなっていた。

 

 

 

 アスランは彼女が何に怯え、何故泣いているのかを理解した。彼女は同僚の死ではなく、自身の死が怖いのだと。

尚、アスランは自身の経験と彼女の様子からの推測で彼女が泣いて怯えている理由を理解できたと自分では思っているが、実はそんなことはない。感情が乱れたアナスタシアは無意識の内にプロジェクション能力を発動させており、アスランは彼女の感情を直接伝えられて理解したにすぎない。

あのヘタレな朴念仁が泣いている女性の表情と自身の経験からそんな察しのいいことができるはずがないのであった。

 

 さて、プロジェクションが泣ければ彼女が泣いている理由さえも察することができなかった凸野郎だが、彼は何故かここで男を見せた。自身に縋りつく彼女の背に手を回し、彼女を抱きしめたのだ。

アナスタシアはアスランの腕に抱かれ、その胸で涙を流し続ける。しかし、その嗚咽は次第に小さくなっていった。彼女を支配していた死への恐怖が薄らいでいく。リーディングを使っているためにアナスタシアはアスランの心境がはっきり理解できる。アスランの暖かな心に触れ、アナスタシアの死への恐怖で凍てついた心は今溶け出したのである。

 

「俺が護る」

アスランはアナスタシアを抱きしめてその耳元で口を開いた。

「君は俺が護る。俺が君と一緒に死と戦ってやる」

女性を口説く時の言葉にしては随分とシンプルな言葉だ。しかし、アナスタシアにとってはこれだけで十分だった。密着した状態で流れ込んでくるアスランの心からの想い――嘘偽りない想いは彼女の心を奪っていた。

その腕に抱かれた安心感と、彼が傍にいることで満たされる心。アナスタシアは生まれて初めて恋というものを知り、人を愛し、愛されたいと想う心を知ったのだ。それと同時にアナスタシアは自身が恋した男性の腕の中で子供のように泣き叫んでいたことを自覚して恥ずかしさから顔を真っ赤にした。

勿論、アナスタシアの恋愛対象となっているアスランはそのようなことを察するような鋭さなどない。アスランの胸から顔をあげたアナスタシアの顔が赤くなってきたのも人前で泣いていたことに対して羞恥心を抱いたのだと勘違いしていた。

 

 

 

「アスランさん!!ジャスティスの整備が」

その時だった。整備員の若い男がロッカールームにいたアスランを呼びに来たのは。ロッカールームにいたのは抱き合う二人の男女。これで邪推するなという方が無理である。

気まずい空気がロッカールームを包む。しかし、整備員もプロだ。多少視線を泳がしながらも用件を伝える。

「ジャスティスの整備が完了しました!すぐに準備をお願いします!」

「……了解しました。今いきます」

そそくさとロッカールームを後にする整備員の後についていこうとするアスランだが、ここで彼の腕は後ろから掴まれた。アスランが振り返ると、アナスタシアが彼の腕を遠慮がちに掴んでいた。

「私も貴方を見送りたい……」

涙目で上目遣い、更にプロジェクションまで使ってアスランにお願いをするアナスタシア。アスランもこれにはNOといえず、彼女と手をつなぎながらロッカールームを後にした。

 

 

「おう、アスランさん!……あ~、うん整備はひとまずおわりやした」

エッグ班長がアスランを迎えるが、その表情はさきほどの伝令役の青年のような微妙な表情だ。まぁ、アスランの隣で手を繋いで顔を赤らめているアナスタシアを見れば仕方のないことだが。

しかし、その整備が終わったというアスランのジャスティスの姿だが、あきらかに歪だった。

 

「……こいつにのるのか?」

「はい!!」

これは本当にジャスティスなんだろうか?腕と頭はフリーダム、脚はゲイツ、胴体しかジャスティスの原型が残っていない。しかもバックユニットの代わりにシグーの推進ユニットが強引に設置されている。

……正直、不安だ。

 

「大丈夫ですよ!見てくれはあれですけど、元々フリーダムとジャスティスの部品は互換性があるんで問題はないはずです」

「……ゲイツの脚とバックユニットに無理やりに付けられてるシグーの推進ユニットは大丈夫なのか?」

「…………正直なところ、保障はしかねます」

エッグは険しい表情を浮かべている。しかし、ここでごねたところで機体がよくなることは無いだろう。おそらくこの機体はこの艦の現状でできうる限りのことをした結果なのだろう。代替となる部品が無い中で彼らは最善を尽くしたのだ。ならば、多少問題がある機体であっても自分には最善を尽くす義務がある。

「エッグ班長、この短時間で再出撃できるようにしてくださったことを感謝します」

そう言うとアスランはコックピットに飛び乗った。シートをスライドさせ、ひとまずシステムを起動する。その時、まだハッチを閉じていないはずなのに上方からの光が遮断された。不思議に思ったアスランがハッチの入り口を見上げると、そこには美しい銀髪がたなびいていた。

 

「……アスラン」

不安げな表情を浮かべるアナスタシア。アスランはそんな彼女を正面から見つめる。そして、朗らかな笑みを浮かべながら口を開く。

「いってきます」

アナスタシアもリーディングで彼の心を悟ったのだろう。流れ出そうな涙を腕で拭い、精一杯の笑顔を浮かべながら見送ろうとする。

「いってらっしゃい」

ジャスティスのハッチが閉じられるようにアナスタシアが身を引こうとしたその時だった。

 

『ザフト軍全軍と、東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、大日本帝国軍に通達します。私、ラクス・クラインを中心とする勇士たちはこのたび、プラントを戦火から守るべく決起いたしました』

格納庫に澄んだ女性の声が響き渡り、誰もがその作業の手を止めた。

『そして、ザフト軍最高司令部にてプラントでの焦土戦を強行しようとする現プラント最高評議会議長、パトリック・ザラ氏を拘束いたしました。私達はプラント最高評議会議員、ギルバート・デュランダル氏とアイリーン・カナーバ女史との連名を持って東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、並びに大日本帝国軍に対して一時停戦を申し入れます。ザフト軍は直ちに戦闘行為を中止してください』

 

 何が起こっているのかアスランには理解できなかった。何故自身の元婚約者が決起したのか、何故、自身の父が拘束されているのか、そして東アジア共和国がこの場で出てくるのは何故なのか。アスランは考えが整理できずに呆然とする。

「おい!アナスタシア!!こっちへこい!!」

同時に格納庫にでっぷりと太った男が駆け込んできた。

「バンク副長!一体何事ですか!?」

エッグが駆け込んできた副長に訝しげに尋ねる。しかし、バンクはエッグを跳ね飛ばすと、ジャスティスのハッチの前にいたアナスタシアの手を強引に掴む。

「来い!!今すぐにだ!!」

しかし、アナスタシアは鼻息荒くして自身を引っ張ろうとする男に対し、恐れを抱いてその手を反射的に払いのける。

 

「何をするんですか!!彼女に乱暴することはやめてください!!」

ラクスの全周波放送を聴いて放心していたアスランもその様子を見て正気に戻り、ハッチからでてアナスタシアを庇うようにバンクの前に出た。

「やかましい!!拘束された元議長閣下のバカ息子は黙っていろ!!こいつは今すぐ連れて行かねばならんのだ!!邪魔するのなら容赦はしない!!」

バンクは拳銃を血走った目で拳銃を抜き、アスランに突きつけた。

 

「早くその化け物を引き渡せ!!」

アスランはバンクの言葉に青筋を浮かべて怒鳴る。

「化け物とはなんですか!?彼女は普通の人間です!!」

「黙れ!!」

しかし、アスランに怒鳴られて一層頭に血が上ったのだろうか。バンクはその手に握られた銃の引き金を引いた。

 

「アスラン!!」

アナスタシアは紅い鮮血が滲むアスランの右腕を見て息を呑む。バンクは苦悶の表情を浮かべるアスランに荒い息をしながら吐き捨てた。

「知らないのなら教えてやる!!こいつらは兵器として造られた人造人間だ!!人の心を読む化け物なんだよ!!」

バンクはアスランに縋ろうとするアナスタシアの手を強引に取って連れ出そうとする。しかし、アナスタシアはアスランの元に向かおうと抵抗する。

「手間をとらせるな!!化け物!!」

バンクは手に持った銃の銃底でアナスタシアを殴りつける。悲鳴をあげてアナスタシアが大きくのけ反った。殴られて怯んでいる隙にバンクは強引に彼女を連れ出そうとする。だが、その時彼の右腕に凄まじい衝撃が走った。

 

「はァァァ!!」

バンクの右腕を襲った衝撃の正体はアスランの蹴りであった。正確にバンクの右手首を狙った蹴りはその衝撃で彼の握っていた銃は吹き飛ばした。そしてアスランは素早い動きで慣性を殺さずに二段目の蹴りをバンクの顔面に放った。アスランの右脚に蹴り飛ばされたバンクは格納庫の壁面に叩きつけられ、そのまま気を失った。

アスランは気絶して宙に浮いたバンクを見て冷静さを取り戻す。この艦の副長を蹴り飛ばしたことは拙い。このままでは結局自分は上官反抗の罪で拘束されてしまう。しかもアナスタシアは彼女を化け物呼ばわりする人間に連れて行かれることになる。

アナスタシアが化け物呼ばわりされたこと、そして彼女を強引に連れ去ろうとし、自身を銃撃した男に対して激怒し、蹴ってしまったことは後悔していないが、これでは何の解決にもならないだろう。

 

 アスランが自分のしでかしたことに頭を抱えていると、エッグが歩み寄ってきた。アスランは反射的に身構えるが、エッグは笑みを浮かべている。

「そう気張らんでくれ、騎士(ナイト)さん。俺は別にあんたを拘束しようって気はねぇ。だから、アンタには嬢ちゃんを連れてこの艦を出て行ってほしい」

アスランは訝しげな表情を浮かべる。それを察したのか、エッグは更に捕捉を入れた。

「この艦の艦長やらの上の方はな、どうやらザフトのお偉いさんがやってるきな臭い計画に関わる人間しか配置されてないらしい。そして何か極秘のプロジェクトを進めているってことはなんとなく俺達も察していた」

だからとエッグは続けた。

「この艦の上のやつらは表に出るとヤバイ計画に加担してることは間違いない。だからあの嬢ちゃんを連れて行こうとしたんだろうな。証拠隠滅か、それとも戦勝国に自分達を売り込むために手土産にするのかは知らんが」

その事実を聞いたアスランは機嫌を悪くする。しかし、目の前の少女の持つ裏と、この期に及んで彼女を使って自身の保身を図る上層部に対して反感を持つなという方が難しいだろう。

「だから、あんたはこの艦を出ていってくれ。他の艦に行った状態であれば、おそらく表立って彼女の身柄をどうにかしようってことはやつらもしない。皮肉な話だが、ザフトは終わったんだからな。どこに人をよこせとかって命令はもうできまい」

アスランはエッグの話を聞き、アナスタシアに視線を向けた。彼女も今の話を聴いていたので、説明する必要は無い。アスランは彼女に手を差し伸べる。

 

「……アスラン、私のことは」

アナスタシアはその手を握れない。恋心を抱いている相手に迷惑をかけられないと彼女は考えたのだ。しかし、沈痛な表情を浮かべているアナスタシアの手をアスランは強引に掴み、そのまま彼女を連れてジャスティスのコックピットに連れ込んだ。そしてハッチを閉じる前にエッグの方を見る。

このままでは彼らが無事で済むか分からない。それが分かっているはずのエッグはアスランに向かって笑いながら親指を立てた。

「頼んだぜ、騎士(ナイト)さま!!俺たちのことは構わずにいっちまえ!!」

見ると、格納庫中の手が空いたクルーが敬礼を浮かべている。アスランは僅かに躊躇って彼らに答礼すると、ジャスティスの中に入る。

 

 コックピットに押し込められて目を丸くしているアナスタシアを膝の上に乗せるかたちでシートに滑り込んだアスランは彼女に声をかけた。

「君は俺が護ると言っただろう?」

密着した状態で好きな男性にこんな言葉をかけられれば、それも心からの言葉をかけられたとなれば、意識せずにはいられないだろう。アナスタシアは顔を真っ赤にしてアスランに抱きついた。

それを発進の際の振動に備えるものと誤解したアスランは首を刎ねられてもいいと世の中の男児は思うことだろう。

 

『まて、アスラン・ザラ!!発進許可は与えた覚えはないぞ!!』

スピーカーからパンクのわめき声が聞こえるが、アスランは無視する。

ガントリーから強引に機体を引っ張り出したアスランはそのままカタパルトへと向かう。

「ちょっと荒っぽい発進になるぞ」

ハンガーの整備員が退避したことを確認したアスランは格納庫からカタパルトに繋がるゲートをビームサーベルで破壊、そしてそのまま発進ゲートにライフルの照準を合わせ、躊躇せず撃ち抜く。

 

 

「アスラン・ザラ!!ジャスティス出る!!」

騎士(アスラン)囚われの姫(アナスタシア)を抱えて(トゥモロー)から逃げ出したのである。




アスランはやはりアスランでした。
こんなだから島流しとかしていじめたくなるんですよ。


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やはりアスランの青春ラブコメは腹が立つ

こういうシーン書くの難しすぎる……
同じ文量でもオッサンのややこしい話の方が倍は早く執筆が進むのに……


C.E.71 10月1日 ディセンベル ザラ邸

 

 パトリック・ザラは数ヶ月ぶりにディセンベル市にある自宅への帰宅の途についていた。ただし、その周囲には物々しいほどの護衛がついていた。そしてその護衛はザフトの赤や緑の軍服ではなく、大日本帝国宇宙軍の軍服を纏っていた。

 

 

 カナーバとデュランダルによるクーデターと降伏宣言の後、彼の身柄は地球連合軍の預かりとなっていた。正確に言えば彼は大日本帝国軍の預かりとなっていたのだが、これには勿論理由がある。パトリック・ザラと彼が率いるプラントは自治権を巡り戦前から理事国と激しく対立していた。

その理事国とは東アジア共和国、大西洋連邦、ユーラシア連邦の3カ国である。これから裁判を開くにあたり、この3カ国の何れかが彼の身柄を拘束していれば、法廷にて他の理事国に不利になる証言を強要させかねないと彼らは危惧した。もしもそのような主張をされれば、プラント利権の分配にも支障をきたしかねない。

そこでユーラシア連邦と大西洋連邦は妥協策として大日本帝国側が身柄を押さえることを提案。大日本帝国と犬猿の仲である東アジア共和国は強く抗議するが、この場ですぐに用意できる代替案もないため、半ば押し切られる形となり渋々同意した。

 

 現在、プラントを占領下においた地球連合軍は裁判に向けての資料集めや参考人聴取などの真っ最中だ。勿論、パトリック・ザラは最重要参考人だ。しかし、裁判にむけて把握すべき資料も膨大であり、彼に対して聴取すべきことすらも整理しきれない状況にあった。

そこで大日本帝国は拘留中のパトリック・ザラの一時帰宅を了承した。裁判の資料の整理が終わるまでは文字通りただ拘留を続けるだけとなり、彼の精神も必要以上に追い詰めかねないと判断したためである。

無論、ただで開放するというわけではない。彼の邸宅の周囲には警護部隊を派遣し、彼の邸宅からは自決に使えそうな拳銃の類は全て没収、彼の腕にはその生命活動を常にチェックできる計測装置を内蔵した腕輪が装着されている。また、屋敷と外界との通信手段の類も全て没収している。

パトリックは文字通り自宅軟禁というべき状態になろうとしているのだが、本人はそれを全く気にしている様子は無い。むしろ、ようやく窮屈な牢から開放されるとあって清清しい表情だ。

 

 

「閣下。着きました」

若い日本兵に付き添われてパトリックは送迎に使われた装甲車から降りる。元ザフトのお膝元ということもあって、ディセンベルには他の市以上に武器弾薬が保管されており、それらが流出した可能性を危惧した日本軍は警備に万全の体制を敷いたのだ。

 

 パトリックは数ヶ月ぶりに我が家に戻ってきた。ここ数ヶ月は戦局の悪化などもあり、ほとんど議長府で生活していたため、帰宅できなかったのである。扉を開けるとともに懐かしい我が家の空気を感じた。

パトリックはふと、もう戻れない昔の姿を幻視する。自治権の獲得を求め精力的に活動していた頃、深夜にへとへとになって我が家に戻っても、最愛の妻は玄関で暖かく彼を迎えてくれた。しかし、もう妻は迎えてくれない。彼女はここにいないのだから。

 

 

「おかえりなさい、父上」

久しぶりの帰宅で少し思いに耽っていたパトリックは息子の声で我に帰る。

玄関で自分を出迎えた息子は最後にあった時と比べて遥かに成長していた。その瞳からは歴戦の戦士の凄みが滲み出ており、強靭な意志もそこから垣間見える。過酷な戦場が息子を育てたのだと思うと、感慨深いものがある。

 

 ふと、パトリックは奇妙な感覚を覚えた。

おかしい。この家は自分の家であり、その住人は今帰宅した自分と入院中の妻、そして一人息子のアスランだけだったはずだ。それでは今アスランの隣にいる女性は誰なのだろうか。

 

「初めまして、お義父様。私はアナスタシア・ビャーチェノワと申します」

パトリックはアスランの隣で柔らかな笑みを浮かべる銀髪の美少女の告白に再度思考を停止させた。

 

 

 

「あの……父上?」

呆然としている父にアスランは恐る恐る話しかける。ややあってパトリックも正気に戻ったのか、視線を銀髪の少女から自身の息子に戻し、口を開いた。

「……床に座れ、アスラン」

「はっ!?……父」

「正座だ」

「……はい」

まず、パトリックはアスランから事情を聞くことにした。いきなり可愛らしい女性を連れ込んでいることに対しては人の親として思うところがあるのか、多少アスランへの態度は厳しいが。

「ああ、アナスタシアさん。貴女は座らなくてもいい。これは私達親子の問題だからな」

アスランの隣に座ろうとしていたアナスタシアに声をかけ、パトリックは正座している息子に改めて顔を向けた。

「何があったのかを最初から説明してもらおうか」

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、俺とアナスタシアはトゥモローから逃亡したんです」

アスランは居間の床に正座しながら自身の父親であるパトリックにアナスタシアをこの家まで連れ込んだいきさつを説明しているところであった。

そろそろ正座が辛くなってきて体が僅かに震えだしているが、パトリックはアスランに足を崩す許可を与えるつもりはない。まぁ、久々に帰宅してみれば息子が女を自宅に連れ込んでいたとなったらまともな親であれば多少厳しい目を向けることはおかしくはないだろう。

「……それで貴様はアナスタシアさんを連れて駆け落ちしたというわけか」

パトリックは半ば呆れた表情を浮かべる。彼もまさか息子が戦争中に駆け落ちをするとは思いもよらなかったらしい。

「違いますよ!!あの時の俺はただ彼女を護りたかったわけであって」

「……彼女に私を御義父さんと呼ばせておいて尚言い逃れようとするか。……恥を知れ、馬鹿息子」

傍目には愛の逃避行にしか見えない行動をし、更に救った女性と仲睦まじくしておいて、あの時には恋心が無かったなどと堂々と宣言したところで信憑性は薄い。ここは嘘でも彼女に惚れていたから救おうとしたということぐらい言っておくべき場面だろう。

 

 我が息子は親に結婚の報告をする気が本当にあるのだろうか?

パトリックは息子の育て方を間違ったかもしれないと猛省していたが、このままでは話は進まない。しかたなく頭を切り替え、アスランに話を進めるように促した。

「……それで、トゥモローから逃避行したお前はどうして彼女と婚約してこの家に連れ込むことになったのだ?」

アスランは足の震えを我慢しながら口を開く。

「はい……実はその後……」

 

 

 

 

 

 

 

 アナスタシアを連れて愛の逃避行をしたアスランは自身の母艦、エターナル級3番艦フューチャーに帰艦した。当然、浮いた噂の無かったアスランが女性を連れ込んだということでクルーたちは散々彼を弄ったが、アスランはむしろそのことを周知の事実とすることで彼女が母艦を離れてこの艦に乗ることを周囲に認めさせた。

 

 その後、ザフトは総司令部の降伏宣言を受けて全軍の戦闘停止を命令。そして彼らに母港に一時帰港することを命令した。実はこの時トゥモローのシュライバー艦長はザフト総司令部に対し、脱走したMSパイロットが他の艦にいるので連れ戻すように命令して欲しいと伝えていたのだが、降伏後の混乱で正式に受理されることはなかった。

当時の総司令部は現在展開している戦力の速やかな武装解除と兵の復員に追われてそんなことに気をとめていられなかったのである。シュライバーは総司令部に全く動きがないことに焦り、自身の後ろ盾にあった高官に連絡をするも時は既に遅し。

ザフトは降伏文書に署名し、全軍の武装解除が開始されてザフトという義勇軍組織は改組されて軍人の復員除隊管理組織へとその役割を変えていた。そのために戦闘員への異動命令や出頭命令は出せなくなっていたのである。

そしてアスランとアナスタシアはディセンベルの軍港に帰港後、終戦時まで一戦闘員に過ぎなかったということもあって速やかにフューチャーより退艦。そのまま簡単な手続きを経て除隊した。

ここでシュライバーら人造ESP計画に関与している派閥がアナスタシアの身柄を押さえることも不可能ではなかったのだが、ディセンベルが日本の管轄化におかれたこともあり、ここで動いて計画のことを日本に感知されることを恐れ、結局は実行されなかった。

既に研究成果は東アジア共和国に売り渡すことが決定しており、これが日本にも流出すれば東アジア共和国への手土産となる計画の価値が減ってしまう。それを避けることを彼らは優先したのだ。

アナスタシアから計画の一端が漏れる可能性があったが、彼女には記憶の操作がされているのでトゥモローに計画に関するものがあるということぐらいしか流出し得ないとシュライバーの後ろ盾は判断していた。そのために彼女は口封じをされることもなく、アスランと共に何の問題も無く除隊できたのであった。

 

 元々計画のために生み出された存在であるアナスタシアにはザフトという組織から離れても還る場所はない。除隊というのは文字通り放り出されるようなものである。

アナスタシアは知らないことであったが、終戦まで生き残った彼女の姉妹も東アジア共和国に売り渡されるか殺処分、または娼館に売却といった悲惨な運命しか待っていなかった。それに比べれば彼女は姉妹の中で最も幸せであったといっても過言ではない。アスランはあの傍目からは恥ずかしい宣言の通りに彼女を護り抜いたのだから。

 

 アスランは身寄りのない彼女を連れてディセンベル市内にある自宅へと戻り、それから彼女と二人で生活を始めた。この家には本来アスランを含めて3人の住人がいたのだが、その一人であるアスランの父は戦争犯罪者としてディセンベル市内の施設に拘留中、アスランの母は意識不明のままフェブラリウスの病院に入院中だったため、アスランとアナスタシア以外の住人はいなかった。

二人での生活をはじめたものの、初めのうちはトラブルの連続であった。なんせアナスタシアは一般常識に関する教育を受けてはいない。元々彼女達は兵器として製造されたのだから当然のことではあるのだが。

掃除、洗濯、料理。全てアスランが教えた。最初は全てアスランがやるつもりだったが、ただ飯ぐらいをよしとしないアナスタシアはアスランから家事のイロハを教わることにしたのである。

初めの内は上手くいかずに物を壊したりすることもあったが、めげずに続けていたこともあってアナスタシアの家事スキルは着実に向上していった。料理だけはいまだ及第点には至らないが、それでも掃除や洗濯は最低限の水準になっていた。

 

 しかし、軍から除隊した後の彼らの生活は順風満帆というわけにはいかなかった。アスランの父親はザフトのトップであるパトリックだ。大衆はこの戦争における敗戦の責任者、ひいては現在のプラントの苦境をもたらした張本人としてパトリックを批判しており、その謗りは息子であるアスランにも降りかかった。

アスランが街に出ると、国を滅ぼした愚か者のドラ息子、日本との開戦を誘発した戦犯などとと罵られ、露骨な嫌悪を向けられた。売店の売り子さえも露骨に無視をしたり嫌がらせをする始末だ。街で謂れの無い理由で集団リンチを受けたこともある。幸い治安維持の名目で進駐していた日本軍が迅速に駆けつけたためにアスランはたいした怪我もせずにすんだのであるが。

ここディセンベルはザフト軍の教育施設や軍政施設、軍港などが集中していたこともあり、居住区にはザフト軍の関係者が多く居住していた。そのためにザフトに敗北をもたらしたとされるパトリックを感情的にも許すことができない者も多いのだ。

 

 買い物に出るたびに憔悴し、大なり小なり傷を負って帰ってくるアスランのことを心配したアナスタシアは決して理由を話さないアスランの態度に業をにやして遂には共に買い物に行くと言い張るようになる。アスランは彼女を危険に曝さないたまにひたすら治安が悪化しているということを理由に彼女と共に外出することを拒み続けた。

しかし、アナスタシアはESP能力者だ。リーディングを使えばアスランの嘘程度見破ることは造作もないことである。ただ、同時にその嘘が自分を想うが故の嘘であることもアナスタシアは見破っていた。

そしてある日アナスタシアは買い物にでかけたアスランを追って家を出た。そこで彼女が見たのは謂れの無い誹謗中傷と侮蔑を浴びせられるアスランの姿だった。アスランが道端で暴力を振るわれた時にはつい駆け寄りそうになったが、アスランの心中をリーディングで察してその足を止めた。

 

 そのとき彼女が感じたのは尊敬する父を侮辱された悔しさ、怒り、そしてその感情を必死に押さえ込もうとする葛藤だった。

もしもここで彼が暴れれば、プラントを滅ぼした議長の息子だけあってやはり感情に任せて暴れまわる馬鹿息子だと吹聴することになってしまう。アスランには自分から偉大な父を貶めるような真似だけはできなかった。

ここで自分が止めに入ったとしてもアスランは喜びはしないだろう。父の名誉のために周囲の中傷に耐え続けることがアスランにとっての何よりの云われ無き暴力への抵抗であると彼女は察していたためである。

結局アナスタシアはアスランを影から彼を見守ることしかできなかった。唇を噛みしめ、アスランが無抵抗のまま周囲の中傷に耐え続ける姿を見続けた。

 

 その日の夜、アスランがベッドに入ったことを確認したアナスタシアは、意を決して彼の寝室に忍び込み、彼のベッドに潜り込もうとした。突然のことに驚いてベッドから飛び降りたアスランは彼女に翻意を促す。

しかし、アナスタシアはここで引き下がることはできなかった。彼女には決意があったのだ。

 

「私には聞こえるんです」

アナスタシアは言った。

「私は、人の心の声が聞こえるんです。だから、今貴方の心があげている悲しい悲鳴も分かるんです」

既にアナスタシアの生まれと能力についてはアスランに明かされているのでアスランも驚きはしない。しかし、普段のアナスタシアは普通の人間と変わらない様子なので、すっかりそのことを失念していた。おそらく彼女はもう自分が一人で外出する理由も、そこで何があったのかも察しているのだろう。

「貴方の心はもうボロボロなのも分かっています。そして貴方が心をボロボロにしても尚護りたいものがあることだって分かっています。……けど!!」

 

 アナスタシアはその瞳に泪を浮かべながらアスランを見据える。その潤んだ瞳の中に見える強靭な意志を宿した光を見た彼は何も言うことができない。

「貴方の心の痛みは貴方一人が耐え続けなければならないものなのですか!?」

アナスタシアの口調は次第に怒鳴るような口調に変わっていく。

「ずっと……ずっと一人で耐え続けるのですか?どうして私には何も言ってくれなかったんですか!?」

「……これは俺の問題だ。俺が父上と母上のためにも俺は耐え続けなければならないんだ」

「私だって貴方の苦しみを背負えます!私は!」

「無関係の君を巻き込みたくはない!!」

アスランの口調も次第に荒々しいものへと変化していた。アスランはアナスタシアを護ると誓っている。だが彼女に自身の負う責めを共に負わせるということは彼女を傷つけることに他ならない。それはアスランが認めることはできないことであった。

 

 頑なにアナスタシアの手を拒むアスラン。しかし、アナスタシアもかといって引き下がるわけにはいかなかった。

「わからないんですか!?……私は!!…………私は!!貴方のことが好きなんです!!」

突然アナスタシアは彼の頭に手を伸ばし、彼の頭を自身の豊かな胸部に埋めたのだ。アスランは顔を真っ赤にする。最もそれは告白の衝撃半分、スケベ心半分であったが。

「聞こえますか?……私の心臓、こんなにバクバクしてるんです。身体も、こんなに熱いんですよ?それもこれも、好きな人の前にいるからなんです」

勇気を出して告白した健気な少女に対し、アスランはというと目の前の少女の告白で頭が真っ白になって半ば思考を放棄していた。しかし、アナスタシアは続ける。

「私はアスランさんが好きです。私を命がけで敵機から救ってくれたアスランさんが、あの艦から連れ出してくれたアスランさんが、兵器でしかなかった私に居場所をくれたアスランさんが好きなんです!!」

 

 アナスタシアの真っ直ぐな告白にアスランは茫然自失になっていた。心臓はフルマラソンを走っているかのように早鐘を打ち続ける。顔から感じる熱はさらに上昇する。

自分はアナスタシアを女性として意識しているのかと問われればYesだ。毎日同じ屋根の下で暮らしていたため、そのボディラインを見せつけられることも何度もあった。これで意識するなという方が無理があるだろう。

では、一人の男として彼女に愛情があるかと聞かれればどうだろうか。確かにアナスタシアは美人だし、スタイルもいいし、たまに見せる表情は実に愛らしい。日常のふとしたところで見る笑顔に癒されている自覚もある。

……魅了されているといっても差し支えはないのかもしれない。

 

 そうか、俺は知らず知らずのうちに彼女に愛情を抱いていたのか。

アスランはその感情をついに自覚した。だが、同時にその愛情を貫くことが彼女のためになるのかと考えてしまう。

ここで彼女の想いに応えたとしても、彼女は本当に幸せになれるのだろうか。ザラの息子である自分は世界中の恨みを買ってしまう。その恨みが自分の伴侶にも飛び火することは確実と言ってもいいだろう。

自分とともに爪弾き者として生きることが彼女にとっての幸せなのだろうかとアスランは思ってしまう。真に彼女を愛し、彼女の幸せを願うのであれば彼女の想いに応えるべきではないかもしれない。

アスランは心を鬼にする。少しばかり残念な気持ちを抱きながらも彼女の胸に埋めていた顔を上げ、彼女と正面から向き合った。

 

「アナスタシア。気持ちは嬉しいが俺は君の事は」

「嘘ですね」

 

 覚悟を決めて彼女を振ろうとした瞬間、最後まで言い切る前に否定された。血を流すほどに唇を噛みしめて決めた彼の決意は一瞬で否定されたのである。同時にアスランは自身の迂闊さにも気づく。ESP能力者には自身の思考は筒抜けだと言う事を今この時まで彼は失念していたのである。

 

「……リーディングか。それなら、何故俺が君の想いに応えられないかも分かるだろう」

険しい表情を浮かべるアスランに対し、アナスタシアは苦笑しながら口を開く。

「別に、私には他人が何を考えているかをまるで読み物のように把握する能力なんてありませんよ。感受性が高い姉妹の間では別ですけど。私のリーディング能力でわかるのは人の大まかな感情くらいです。でも、アスランさんが何で私の想いに応えられないのかはなんとなく、わかります……私のため、ですよね?」

「リーディングではないなら、何で分かったんだ?」

アスランは訝しげな表情を浮かべる。アスランの答えを一瞬で嘘と断定するだけの根拠が彼女にあったはずだ。いったいそれはなんだったのだろうか?しかし、アスランは彼女の答えを聞いてしばし呆けることになる。

 

「貴方の心はとても暖かかったです。私の心とおんなじだって想いました。それなのにあんな苦しそうな顔をして私に答えを告げようとした……好きな人のことなんですから、これだけで根拠は十分ですよ」

アナスタシアはちょっぴり恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 そしてアスランはそんなちょっとした仕草ですらときめいている自分に気づく。

アナスタシアの微笑みを見て、頬がまるで燃えているように思えるほどに熱を持ったことを感じる。

そして、そこに追い討ちをかけるかのような可愛らしい笑みを浮かべながらアナスタシアが言った。

 

「私はずっとただの兵士だった……ううん、MSに乗り込む人形だったと言ってもよかったかもしれない。姉や妹もいたけれど、それは自分の同位体でしかなくて、結局私には何も無かった。私はいつも空っぽだった。周りの世界だって背景でしかなかった」

アナスタシアはアスランの背中に腕を回した。

「だけど、アスランが私を私にしてくれた。人形だった私に中身をくれた、愛情をくれた、平穏な暮らしをくれた。……アスランに出会って私ははじめて、この世界に生まれてよかったって、この世界は大切だって思えた」

アスランは次第に泪交じりになっていく彼女の言葉をただ聞き続けていた。

「私は貴方に出会えて初めてアナスタシア・ビャーチェノワって一人の人間になれた。貴方がいたから私の世界はただの背景からかけがえの無い世界になった……だから今、貴方に伝えたいことがあります」

潤んだ瞳でアナスタシアはアスランを真っ直ぐ見据える。

 

「……貴方が好きです。貴方といっしょにこの世界に生きたいんです」

真っ直ぐな言葉。無駄な装飾句は全く無い言葉がアスランの胸に染み入る。

 

 彼女は自分の嘘偽りない感謝と愛の告白の言葉を自分にはっきりと伝えた。ここまで彼女に言わせといて応えられなければ男がすたる。アスランは決意し、目じりに光る涙で彩られた端正な顔を見つめる。

無駄な装飾句はいらない。ここで必要とされるのは己の嘘偽りのない言葉だけだ。

 

「俺も……君が好きだ」

アスランはただそれだけを告げると、アナスタシアの背中に腕をまわす。

アスランに抱かれた少女はしばし現実が信じられないといった表情を浮かべるが、しかし、胸の中に流れ込んでくるこれまでにないほど暖かさを感じた少女はアスランの腕の中でまるで感情が決壊したかのように泣き出した。

その涙は悲しみではない。リーディングでは分かっていても直接言ってもらわなければ消えない不安、それが解消された安堵感から来るものもあったが、大部分は違うものから来るものであった。

それは喜び。好きな人と想いが通じ合っている喜び、このかけがえの無い世界で共に生きてゆける喜び、そして愛と呼ばれる感情に包まれる喜びだった。

 

 

 

 ESP能力を持った兵士として生産され、兵士としてのみ生きる価値を与えられた人形はこの日、少年に愛されることでただの少女になった。




そしてまだ続く……って状態。このままだと外伝にひとまずケリつけるまで3ヶ月はかかりそうですね。
新章はほぼ構成が出来上がっているのですが、来年度までお待ちください。


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ポールナイザトミーニィ計画の闇

予定ではこれでアスラン爆発しろ編が終わる予定でしたが、予想外に長くなりそうですので分割しました。


「まったく、あの馬鹿は……女性から告白させるなんて腑抜けた男に育てたつもりはないぞ……」

 

 アスランから告白にいたる経緯を赤裸々に告白させたその日の夜、パトリックは一人でブランデーを嗜んでいた。既にアスランは長時間の正座が堪えたのか床についている。アナスタシアも彼に付き添って寝室に戻っているはずだ。

 

 最初は戦場で吊橋効果で燃え上がった恋か何かだと予想していた。しかし、その経緯はパトリックの予想を超えていた。我が息子ながら何故にこんなヘタレに育ったのか不思議でならない。

まさか同棲しておいてその後に女性側から告白させるとは。しかもその返事も煮え切らないものという情けなさ。もしもこれで返事を引き延ばしてでもいたら顔面に右ストレートをお見舞いしていただろう。

あのようなヘタレが次代のプラントを担う若者であることに不安も感じてしまう。はたしてこんなヘタレの世代がプラントを再興できるのか……願わくばヘタレは我が息子だけであってほしいものである。

パトリックは預かり知らないことではあるが、彼の盟友であるエザリア・ジュールの息子も恋愛にはアスラン並みに鈍感であり、結局彼は女性側から告白されるまで自分に向けられる好意に全く気づいていなかった。ただ、告白された後は男らしく対応したらしい。その点、アスランよりはましであったと言えよう。……軍人としての成果はアスランより遥かに劣るとしてもだ。

因みに、タッド・エルスマンの息子は女性から殆ど見向きもされず、ザフトの地下組織として異端審問会なる組織を立ち上げて日々独り者の同志と共に異端者(リア充)狩りに精を出しているらしい。連合国の占領下にあってもなお活動が衰えぬあたり、かなりの執念と計算高さが垣間見える。

 

 

「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也……か」

独立運動を指導すべく地道に活動を続けていたらいつの間にか所帯を持ち、息子もできた。そしてその息子ももう所帯を持つようになったかと思うと、時の流れを感じるものだ。今も眠り続けている妻は過ぎ行く月日をどんな風に思っているのだろうか。

そんな風にぼんやりと考えていると、リビングの扉が開く音がした。

パトリックが振り向くと、そこには寝巻きの上に薄い羽織を着込んだアナスタシアがいた。パトリックに気がついたアナスタシアは少し慌てながら頭を下げた。

 

「すみません。少し、喉が渇いたのでお水を飲みにきました」

「いや、気にすることはない。私は少し寝付きが悪かったから酒の力を借りていたところだ」

アナスタシアは少し遠慮がちに笑みを浮かべながらキッチンへと向かった。その後姿を見てパトリックは思う。

あの息子にはもったいないほどの娘だ。器量もよし、あのヘタレを支えて喝をいれることもできて、支えてくれる女性はそう多くないだろう。こう言っては失礼かもしれないが、シーゲルの娘よりもよっぽどアスランの嫁に相応しいだろう。

何しろシーゲルの娘は少々天然過ぎる。仮に彼女と所帯を持ったとしても、アスランが苦労を重ねてストレスから頭皮が後退していく様子が目に浮かびそうだ。レノアというできた妻をもった自分ですら若かりしころに比べて頭皮が後退しているのだ。既に若かりし頃の自分よりも額が広いアスランが苦労する嫁を持ったらどうなるか。

 

 そんなことを考えているうちにキッチンの方から足音が聞こえてきた。アナスタシアが戻ってきたのだろう。気にもしないでパトリックは再び思考の海に戻ろうとする。しかし、その足音は次第に自分に近づいてくる。

「……お義父さま、少しよろしいでしょうか」

隣に立つアナスタシアの姿を見てパトリックはやや訝しげな表情を浮かべながら口を開く。

「別に構わん……正面のソファに座りたまえ。そこにひざ掛けもあるから使うといい」

パトリックに促されてアナスタシアはパトリックと対面するように座った。

 

 緊張した面持ちのままアナスタシアは話しを切り出した。

「お義父様は……私についてどのようにお思いなのでしょうか……?」

「どのように……とは?」

「わ……私のような娘がご子息と所帯を持つということに対して、不安や心配などはありませんか?」

彼女は自身の出自からアスランの嫁に相応しいのか、これからの結婚生活を幸せにできるのか不安で仕方がないのだろう。アナスタシアは今、世に言うところのマリッジブルーという精神状態にあるとパトリックは判断した。

 

「……自分のようなものがアスランの嫁でいいのか、と考えているのだな?しかし、私は君のような女性で構わないと思っている。むしろ前の婚約者よりも私は君をかっているのだが」

「でも……私は……」

「君の出自のことであれば、おそらく私は君以上によく知っている」

パトリックの言葉に俯きぎみであったアナスタシアは反射的に頭を上げた。その顔には驚きの表情が浮かんでいる。

「何を驚く?私はザフトが義勇軍組織として立ち上げられてからずっとザフト軍最高責任者である国防委員長の職にあったのだぞ?機密の一つや二つ、知っていてもおかしくないだろうが」

言われてみれば確かにそうだとアナスタシアは思った。目の前にいる壮年の男性は自身の愛する人の父でもあるが、ザフトの創設から大戦の集結までの間ザフトの軍政を取り仕切っていた人物でもある。自身の生まれにだって多少なりとも関わっていても不思議ではない。

 

 

「断っておくが、人口ESP製造計画――秘匿名称ポールナイザトミーニィ計画について君よりは知っているというだけだ。私もその計画の存在を知ったのは開戦間際のことだったからな」

そしてパトリックは語った。彼女の知りえなかった彼女の出自について――――

 

 

 

 計画が始まったのはC.E.50年代半ばらしい。らしい、というのはパトリックもその計画について一から十まで関与しているわけではないからである。

パトリックは大戦の開戦間際に計画の中心人物であるデュランダルから直接にポールナイザトミーニィ計画の存在を打ち明けられた。そしてパトリックはデュランダルの計画に一人の人間として怒りを覚えたが、プラントのためになると判断して計画の中止を命じなかった。

 

 デュランダル曰く、計画の当初の目標はコーディネーターを人類の完全な進化種として確立させることにあったらしい。ESP能力を得た新人類を自分達の手で自由に造り出せるようにする――つまりは超能力さえも遺伝子改造(コーディネート)次第で自由に生まれてくる命に付加させることができるようにすることを目指していたのだ。

しかし、今だに超能力の発現条件やその能力の過多をコントロールできるほどには至っていないらしい。そこで彼らが行ったことは数えるのも恐ろしいほど多くの命を費やした人体実験であった。

とにかく沢山の個体を生産し、その中から能力を強く発現した個体を厳選し、その個体を徹底的に調査して超能力発現条件の研究をする。エンドウマメで交配を重ねて遺伝子について研究したメンデルの実験のように非常に地道な作業だ。しかし、デュランダルらはそんな作業を成長が早く繁殖も容易なエンドウマメではなく、人間でやっていたのだ。

デュランダルの報告書によれば殆どの能力者は生後5年以内に能力をほぼ完全に把握され、能力が高い全体の数%の個体を研究用に確保して残りは処分していたとのことだ。

そして処分された能力者は金となる臓器や卵細胞を売買した末に文字通り堆肥にされた。実際にプラントやその関係国で戦中に施された移植治療で使用された臓器の5割が、そして不妊治療のために供給された卵子の3割が彼女たちのものであった。

再生治療に比べて移植手術にかかる費用は極めて安いので、高額な再生医療を受けられない市民や、負傷して臓器移植を余儀なくされた貧しい傷病兵などが彼女たちの臓器の主な利用者だったらしい。

もっと多くの臓器や卵子を提供することも不可能ではなかったが、足がつくことを恐れたために一部の提供に留まっていたらしい。

デュランダルが提出した資料によると、およそ20年間で2万人以上の命が弄ばれ、闇に葬られたことになっていた。

 

 しかし、能力が高い個体は生き延びられたからといって幸せな人生を歩んだわけではない。

デュランダルは敢えて生き残った個体が横流しされていたり、慰み者になっているという事実を隠匿していたため、パトリックは彼女達は次世代の能力者を生むための母体として――文字通り、産む機械として生かされているか、ESP兵士の実験台として実戦にデータ収拾の名目で投入されていると信じていた。

これはデュランダルらが人工子宮の――ひいてはスーパーコーディネーター製造計画の資料を得ていたことを隠匿するために行われた措置であった。

しかし、実際には生き残った個体もその後5年以内に解剖や非人道的な実験などで半数以上が死亡し、僅かに生き残った個体も殆どが戦場でその命を散らせ、全体の1%に満たない生存者も研究者や一部の権力者の慰み者になる運命しか残されていなかった。

因みに、デュランダルらが母体を必要としなかった理由は単純だ。生物という不安定な母体よりも効率的て安定的に能力者を供給できる母体がその手にあったからだ。――――そう、かつてメンデルでヒビキ博士が完成させた鉄の子宮、人工子宮である。

人工子宮と処分した実験体から採取した卵細胞を使うことでデュランダルらは実験体を安定供給することに成功し、十年以上の間研究を効率的に進めることができたということだ。

 

 

 

「……何故、そんな計画を止めなかったのでしょうか」

アナスタシアは顔面を蒼白にしながらパトリックに問いかけた。パトリックの口から聞かされた姉妹や卵子提供者――体裁的には母となる女性の末路を聞かされたアナスタシアは血の気のひいた表情を浮かべている。

「必要だと…………判断したからだ」

パトリックは憂いを含んだ言葉を口にする。そして彼はブランデーを煽って話を続けた。

「私がその計画について知らされたとき、既に彼らの計画は第五段階まで到達していた。その第五段階というのは、ESP能力を持たない通常の人間に対して明確な効力を発揮するESP能力者の安定供給という段階だ。君の苗字であるビャーチェノワというのは、第五段階の成功個体共通のパーソナルナンバーだな。君の姉妹は多くが実戦に投入されていたはずだ」

「……はい。私には5人の姉妹がいました」

「実際にはもっと多くの姉妹がいる。君は定期的に水槽の中に入っていたことを覚えているだろう?」

「はい……身体の検査のために。…………しかし、それが?」

「その水槽は君達の体調を調べる機械ではない。あれは君達の記憶を操作する機械だ」

パトリックの口から継げられた真実にアナスタシアは目を丸くする。しかし、パトリックは構わず続けた。

「戦闘のたびに君達をメンテナンスと称して調整装置に送って記憶の削除を行っている。君達は戦闘中は敵の恐怖を読み取って昂ぶるために恐怖というものを知らないが、いざ戦闘が終了すると戦闘時の恐怖を思い出して塞ぎこむ傾向にあることが分かっていたらしいからな。それを防ぐための措置だろう。まぁ、実際には削除というよりも上書きに近いらしいが」

 

 アナスタシアは次々にパトリックの口から告げられる自分自身も知りえなかった自分の話を聞いて混乱していた。しかし、ここで彼女の加熱していた脳を一気に冷ます話がパトリックの口から語られた。

「話を戻そう……私があの実験を知って尚、止めに入らなかった理由を話そう。理解してもらえるかはわからんがな……」

 

 パトリックが彼らの計画を知らされた開戦直前のころ、パトリックとシーゲルはある議題を前に頭を抱えていた。それは万が一この戦争に負けた場合の敗戦処理のことであった。

パトリックらとしては、万が一敗戦した場合、プラント創設時から独立運動に携わっていた自分やシーゲルら、独立運動家を贖罪の山羊(スケープゴート)とし、ザフト軍には一切責任を持たせない形を取ろうと考えていた。再起のためにはザフトが悪とされることは断じて避けなければならないと考えていたからである。

そのため、軍の上層部は独立運動の経歴があるもので固めている。しかし、それが万が一の時の贖罪の山羊(スケープゴート)のためであると知っているものは極一部であった。

しかし、如何に戦争責任を贖罪の山羊(スケープゴート)に被せられたとしても、一定以上の力を持つ勢力の庇護がなければ再起など不可能だ。そこで彼らは連合加盟国の中で東アジア共和国に目をつけた。東アジア共和国の母体となった中華の歴代の王朝で見られていた華夷秩序に基づき、東アジア共和国と所謂冊封関係を取ろうと彼らは考えたのである。

仮に連合が勝利したとして、その後は必ず連合内での勢力争いが再燃することは間違いない。その時、東アジア共和国の序列がユーラシア連邦、大西洋連邦より低くなることはまず間違いない。地球全体で見れば大日本帝国にも劣るだろう。人口以外の国力、科学力では先に挙げた国に劣ることは確実なのだから。

そこでプラントは東アジア共和国に擦り寄る。彼らにプラント脅威の科学力を対価に庇護を求めるのだ。東アジア共和国からすれば願ってもないことだろう。他国との差を埋めるために躍起になっているだろうから当然だ。

 

 しかし、彼らの国の一部になることは御免被る。あくまで主目的はプラントの再起なのだから。それにもしも東アジア共和国に併合などされれば民族浄化をされてもおかしくない。そこで彼らが注目したのは遥か昔から中華の地から盲腸のように突き出た半島に生息していたとある民族の姿である。

その民族は中華の目と鼻の先にありながら今尚民族として存続し続けている。(まぁ、中華の王朝がその半島に手を出したら滅ぶというジンクスもあるのだが)その半島の地の民族の取っていた体制こそが冊封だ。

代々中華の皇帝に対して臣下の礼を取り、冊封国として存在を認められて他の冊封国と外交や貿易を行う関係によって朝鮮は旨みを味わったきたという事実にパトリックは着目したのだ。

しかし、西洋的な国際法理念が定着していく中で古代から中世の中華式の華夷秩序は崩壊していった。勿論、パトリックも当時のような古臭い冊封関係を現代に再現しようと思っているわけではない。彼が参考にしようと考えていたのは第二次世界大戦後の朝鮮のとった冊封に近い関係である。

朝鮮は第二次世界大戦後、日本からは完全に手を引かれ、当時の中華の地を治めていた勢力の影響下に入った。その姿はまさにかつての冊封関係に酷似していた。簡単に言えば、一国家として東アジア共和国政府に対して臣下の礼を示し、内政や外交にも大きな影響力を持たれることになるような関係になるということだ。

当時も、そして現代でも東アジア共和国とその中心である中華の民の根源にはかつての中華の栄光を取り戻そうという理念がある。かつての中華の地で取られていた関係を結ぶことで中華の民は自尊心を満足させ、朝鮮は過度な干渉を受けず、かつ中華の地の保護下に入ることに成功したのだ。最も、その扱いは日本統治時代より悪いものであったが。

ここでかつての朝鮮と同じように臣下の礼を示し、彼らの根源にあるかつての大中華に対する誇りとやらを刺激する関係を築くことをパトリックは狙っていたのだ。

 

 ただ、東アジア共和国はやろうと思えば徹底的にプラントを搾取し、民族浄化をできる力を持っていることは間違いない。中華の主のプライドがあるとはいえ、そのプライドと実利を天秤にかければ必ず実利を重視するだろう。

冊封に酷似した体制を取らせることのメリットを東アジア共和国に提示できなければ、全てを搾取されて同化を進められるだけだ。そこでパトリックが目をつけたのがデュランダルの研究だ。パトリックはこれを手土産に東アジアの保護下に入ることを目論んだのである。

東アジア共和国の上層部であればこの研究を全力で推進するだろう。なんせかの国では命の値段が軽すぎると評判だ。

そして東アジア共和国の元で力を蓄え、東アジア共和国内部の腐敗が進んだタイミングを狙い、再起するというのだ。パトリックが東アジア共和国の歴史を学び、いつか政府の腐敗からあの国が崩壊する日が来ると確信していた。

シーゲルには兵士に適した人間を造り出す技術についての研究と偽り、ポールナイザトミーニィ計画を手土産にすることに対する了承を得た。そしてパトリックはデュランダルとコンタクトを取り、万が一の時には計画を手土産に東アジア共和国に取り入るようにする計画を提案した。デュランダルも賛意を示したという。

シュライバーら計画関係者のトップであるデュランダルがパトリックやその関係者に手を出すなと言っているのは、表向きは彼に計画がばれていないということを理由にしているが、実際はパトリックがプラント再興計画を妨げる行動を取るはずが無いと信じているためだ。

 

 

 

「……そういうわけだ。私は君の幾多の姉妹の命を犠牲にした忌まわしき研究を持ってこの国の未来への可能性を得ようとしている卑劣な男だ…………恨んでいるかね?」

パトリックの独白を聞いたアナスタシアは複雑な表情を浮かべる。

「……私はお義父さまがとった行動を善し悪しは分かりません。でも……貴方がプラントの、そこに住む数千万の命を護るために計画を保護したというのは理解できるんです。アスランが私を護ろうとしてくれたように、お義父さまにも護りたいものがあった。私は、何かを護ろうとするその意志は善悪関係なく尊ぶべきものだと思います」

その言葉にパトリックは幾分楽な表情を見せた。しかし、その時、呼び鈴が居間に響いた。

こんな夜分にいったいなんの用か、訝しげな表情を浮かべながらアナスタシアはインターホンを操作する。

 

『はい、ザラでございますが、夜分に一体どのようなご用件でしょうか?』

インターホンの画面に映っているのはザラ邸の警護に当たっている日本兵だった。彼は少し焦りを浮かべながら用件を告げる。

『はっ!!ザラ議長閣下に至急お伝えしたいことがございます。夜分恐れ入りますが、議長閣下を呼んで頂けないでしょうか?』

自身が呼ばれていると知ったパトリックはソファから立ち上がり、アナスタシアに代わって応対した。

『私ならここにいる。手短に用件を話したまえ』

『フェブラリウス中央病院より東アジア共和国の占領軍司令部経由で連絡が入りました。夫人の容態が20分前に急変したとのことです。上層部が東アジア共和国に掛け合って、閣下とご子息がフェブラリウスに向かう許可を取りました。我々がお送りしますので、今すぐこちらに御越しください』

突然告げられた愛する妻の危篤にパトリックは驚愕する。

『分かった。すぐに行く』

インターホンを切ったパトリックはすぐさまソファーにかけていた自身のコートを羽織る。

「アナスタシアさん、息子を今すぐに呼んでくれ。事情は聞いたとおりだ」

「はっはい!!」

アナスタシアは大慌てでアスランの眠る寝室に駆け出した。




次回は前回ほどではありませんが、書くのも億劫なアスラン爆発しろイベントになりそうです。書いてるうちに嫌になってまたバカテスに逃げて更新が遅れる可能性もありそうですね。


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アスランの結婚前夜

……帰省の準備しながら霧の艦隊と戦っていたら更新が遅れました


「こちらです!」

日本軍の兵士に先導されてアスランとパトリックは病院内を早足で歩く。これまで如何なる取調べでも焦慮を顕にすることが無かったパトリックだが、こればかりは慌てずにはいられなかったようだ。パトリックに続くアスランの顔も険しい。

そして二人は赤いランプが点灯している救急治療室の前に辿りついた。しかし、二人がそこでできることは何も無い。プラントを率いて人類未曾有の宇宙戦争を戦った巨人とも言える類稀なる能力を持つ政治家でも、日本軍のトップエースとほぼ互角に渡り合うザフト有数のエースパイロットでも、この場ではただ祈る以外のことはできなかった。

 

 幾ばくの時が流れたのかは分からない。二人は治療室の前の長いすに腰掛けて無言で治療室の扉を見つめ続けていた。

その時、救急治療室の赤ランプが消えた。反射的にアスランが立ち上がる。それに続いてパトリックが何かに耐えるような険しい表情を浮かべながら腰を上げた。そして治療室の扉が開かれ、中から青い手術着を着た壮年の男性が出てきた。顔につけたマスクのせいでその表情はよく分からない。

「……全力を尽くしましたが…………残念です」

その言葉を聞いて弾かれたようにアスランが治療室の中に駆け出した。

信じられない、そんな、まさか――この眼で見るまでは現実を受け入れられないと言わんばかりの勢いで治療室に駆け込んだアスランだったが、彼が見たのは手術台に横たわるもの言わぬ母の姿だった。

 

 血のバレンタインからおよそ2年。その間母は意識は戻らないまでも、ずっと容態は安定していた。それ故にここにきての容態の急変をアスランは信じられなかったのだろう。

「母上、そんな……起きてくださいよ、戦争は終わったんですよ。それなのに、こんな……」

アスランは目の前の現実を信じられないのか、必死に目の前で眠る母を揺さぶる。しかし、母は息子の言葉に何も応えない。アスランは目の前で眠り続けるもの言わぬ母の腕を手にとり、その拍動を確かめようとする。しかし、母の身体に命の拍動が無いことは明白だった。

アスランは在りし日の母のことを思い出す。人目を忍んでコペルニクスにやってきた父と3人で遊園地に遊びに行ったこと、学校の工作で造ったロボットを褒めてもらったこと、母が体調を崩した日に多忙な父の代わりに母の看病をしたこと。普通の親子の、ありふれた思い出が溢れでて止まらない。

現実を認めざるを得なくなったアスランは母の腕を抱き、慟哭した。

 

「……レノア」

アスランの後に続いて静かにパトリックが妻のもとに歩み寄る。そしてそっと彼女の顔を撫でた。意識を失ったままの長い入院生活のためか彼女の顔は少しこけており、その手足も彼女が元気だったころに比べると随分と細くなっていた。

無言で愛する妻の頬を撫でたパトリックだったが、妻の頬が次第に体温を失っていくことを感じて次第にその表情に変化が生じてきた。

「…………最後の言葉くらい、聞きたかった」

パトリックが浮かべていた能面のような表情が崩れ、悲壮な顔が顕になる。その瞳には大戦の間決して誰にも見せることが無かった涙が滲んでいた。

アスランも言葉を発することもできず、ただ母に縋り涙を流すことしかできないでいた。

護衛を兼ねている案内役も治療室の入り口から距離をとって立ち、ザラ一家だけの場をつくろうとしていた。

 

 妻との思い出がパトリックの脳裏に走馬灯のように駆け巡る。

平手打ちを食らわされた初めてのデート、友人の暖かな祝福を受けた規模は小さくとも幸せな結婚式、妻の研究の一環として製作された合成食糧が頻繁に出された恐ろしい食卓、日常のちょっとした愚痴を言い合ったティータイム、そして一人息子を囲んだ3人の日常……どれも幸せな思い出だった。

だが、もうそんな幸せは取り戻せない。全ては過去のことであり、もうあの日々は、妻と息子と3人で描く幸せな日常は二度と帰ってこないものになってしまったのである。

 

 そして自分も遠からず連合国が開廷する軍事裁判によって裁かれることになる。最初から自身の罪を弁護するつもりは毛頭ないので、自分は確実に絞首台を登ることになるだろう。自分は死をもってプラントの未来を繋ぐと決めているのだから、その運命が揺らぐことはありえない。

自分もそう遠くないうちにレノアに会いにいくことができる。むこうがあるとすれば、レノアは何と言って自分を迎えてくれるのだろうか――――パトリックはそんなことを想っていた。

 

 この日、この親子を大戦の間支え続けていた小さな希望の蕾が、何の前触れもなく絶望に彩られた大輪の華を咲かせた。

 

 

 

 

 

 アスランとパトリックが帰宅したころには既にコロニー内の照明がうっすらと光り始めていた。二人はフェブラリウスの病院からディセンベルの自宅までの帰路は終始無言であった。そして帰り際、ザラ邸の警備主任を任された灘逸平少尉がパトリックに遠慮がちに声をかけた。流石についさっき息をひきとった女性の夫に葬式について色々と注文を聞くというのは抵抗があるのだろう。

「それでは、奥方の葬儀と埋葬の手配はこちらでさせていただきます。もしもお二方の希望の宗教方式がございましたら、従軍僧や従軍牧師を呼びますが?」

もしも仏教式や神道式の葬式を希望するなら、僧侶や神官はすぐに都合をつけることができる。日本軍は戦地での戦死者や病死者を弔うために従軍僧侶や従軍神官を艦隊に派遣しているからだ。

また、キリスト教式の葬儀を希望する場合、他国の従軍牧師を呼ぶことも不可能ではない。大西洋連邦やユーラシア連邦は弔い以外にも日常的な宗教的儀式のために従軍牧師を派遣しているため、彼らを呼ぶのはそう難しいことではない。

宗教への信奉心が薄れているC.E.であっても、日常の生活や冠婚葬祭と密接に絡み合う宗教を完全に排除するところまでには未だにいたっていないのだ。

「……妻も私も無宗教だ。それに葬儀を開こうにもこの情勢下では弔問客も集めにくかろう。静かに故人を偲ぶ形でやれればいい。希望としては、ディセンベル市の墓地に妻を埋葬してほしいと言ったところか」

正直なところ、無宗教で葬式をやれと言われるほうが困るという本音を飲み込んで灘は敬礼した。

「了解しました。それでは訃報と葬儀の案内を送付する方々をこの用紙に記載してください。今日中に送付は終わらせましょう。東アジア共和国との手続きもありますが、明後日には葬儀が行えるようにするとのことですので、今日はもうゆっくりとお休みください」

「重ね重ね、ご好意に感謝する。しかし、葬儀は私と息子だけで進めさせてくれ。この情勢下だ。一個人の身内の葬儀のために時間をつくれる者も多くなかろう。……それに占領国が異なるコロニーからの来客は難しいだろう。私ですら日本側の好意がなければ妻のいるフェブラリウスには行けなかったのだから」

パトリックは灘に頭を下げて自宅に戻る。そして自宅に上がったパトリックは真っ直ぐに寝室にむかう。昨日から一睡もしておらず、また妻の突然の訃報で頭の中が整理しきれないのだろう。すぐに眠気が彼を襲い、そのまま深い眠りへと彼を誘った。

 

 その日、パトリックは妻の夢を見た。

目の前にいるのは死んだはずの妻だ。これが夢であると瞬時にパトリックは理解する。しかし、例え夢であっても彼女にもう一度会えることほど嬉しいことはない。パトリックは背中を向けている妻に声をかけるが、妻は全く反応しない。妻のもとに駆け寄ろうとするが、いくら走っても妻に近づくことができない。まるで逃げ水を追いかけているようだ。

次第に妻の姿が薄くなっていく。パトリックはそれでも必死になって妻の名を叫んだ。せっかく会えたのだ。夢であってもそばにいたい、話したい。パトリックの心はそれだけでいっぱいだった。

その時、初めて妻が自分の方を向く。そして少し笑いながら口を動かした。

「またね」

たった一言。それも夢の中での一言であるが、それでも久しぶりに妻の声を聞いたパトリックは涙を流さずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 それから2日後、ディゼンベル市の公共墓地区画にパトリックの姿があった。様々な手続きを経てフェブラリウス市の病院からレノア・ザラの遺体がディゼンベルに運び込まれたため、今朝から公共墓地に隣接する葬儀場でパトリックとアスラン、そしてアナスタシアの3人で静かに葬儀を行っていたのだ。

無宗教なので葬儀自体は非常に簡略化されており、一人ひとりが別れの挨拶をした後は棺の前で生前の関係者からの弔電を読み上げただけで式は幕を下ろした。後は埋葬するだけだ。

その時、葬儀場の扉が開く音がした。この情勢下でディセンベルまで弔問に来れるような人物には心当たりがないため、パトリックは怪訝そうな表情を浮かべて葬儀場の入り口に視線を向けた。しかし、一方で彼の隣にいるアスランは葬儀場に足を踏み入れた人物を見て目を丸くしていた。

「……キラ?」

「久しぶり……なのかな?アスラン……」

そこにいたのはアスランの幼馴染、キラ・ヤマトだった。しかし、先日戦場で会った時とは異なり、彼は正式な喪服を着てこの場に立っている。

実は昨日、レノアの訃報を小耳に挟んだキラは情報通の黒木中佐にその詳細を訊ね、レノアの葬儀がここで行われる予定であることを知ったのだ。軍服を着込まなかったのは大日本帝国軍の一軍人としてではなく、一人の私人としてこの葬儀に参列することを望んだためである。

彼が戦争終結後もディセンベルに残っていたのは戦勝国間で権益を巡って小競り合いが発生したときに迅速に対処するためである。そのため、貴重なエースパイロットが未だに治安がよくないコロニーに足を踏み入れることは黒木も賛成しかねることであったが、キラの上司である武の計らいもあって私服の護衛をつけるという条件で外出の許可を得ることができたのだ。

 

 アスランに一声かけた後にキラはパトリックに歩み寄って会釈した。

「大日本帝国宇宙軍、キラ・大和少尉であります。幼少時、コペルニクスで過ごしていたころにはアスランと家族ぐるみの付き合いをしていました。……この度は心からお悔やみ申し上げます」

「痛み入ります。妻もよろこんでいるでしょう」

キラはレノアの眠る棺の前に花を手向け、黙礼した。そしてアスラン達の方に向き直る。

「ご家族のみで行われていた葬儀とは知らず、失礼しました。自分はこれで……」

「待ってくれ、キラ君」

親族のみで行われている葬式に顔を出すことはあまりよろしくないと考えたキラは早々に退散しようとする。しかし、そこでパトリックがキラを呼び止めた。

「……これが最後になる。時間があったら、埋葬まで付き合ってくれないか」

「時間はあります……しかし、よろしいのですか?」

「レノアなら一人でも多くの人に見送られる方を選ぶと私は思うのだ。今回は時期や情勢もあって弔問できる人も殆どいないために親族だけの葬式になったが、本来なら多くの人に見送られていたことだろう。明るくて人に好まれるような女だったからな」

キラはアスランに視線を向けるが、彼も苦笑しながら首を縦に振る。どうやら父の意見と相違ないようだ。

「後は出棺と埋葬だけだ。どちらも直接俺達の手で行ってやりたい。しかし、3人では少しキツイからな、手伝ってくれると助かる。キラなら母上も喜ぶだろうな。昔はキラもよく俺の家にも遊びに来ていただろう?」

「そうだね……これでお別れだし、僕も手伝うよ」

キラは久しぶりにアスランとただの幼馴染として対話をしていた。

 

 

 葬儀場からレノアの棺を運んだアスラン達は、そのまま棺を穴の中に納める。最後に棺の中に花を詰めた後、棺を閉じてその上に土を被せていく。しかし、その作業は全て人の手で行われていた。

これはパトリックのたっての希望だ。おそらく戦犯に指定されている自分がそう何度も墓参りすることは不可能だろうから、できる限り自分の手で彼女を埋葬したかったのだという。

パトリックも、アスランも、キラも、アナスタシアも汗をかきながら棺の上に土を被せてゆく。因みに彼女の埋葬に使われた土はパトリックの自宅の土だ。元はユニウスコロニーで使用されていた農業用の土だったが、アスランを妊娠していたころに暇を持て余していたレノアが家庭菜園を自宅につくった際に運び込まれていたのだとか。

数時間かけて埋葬作業は終わり、パトリックが自らの手で墓石を立ててそこに花を供えた。そして4人は汗を拭うことなく、土で汚れた礼服を着て静かに黙祷を捧げた。

黙祷を終えた後、キラはパトリックらに挨拶をすると足早に墓地から去っていった。彼はここからは親族のみにしておいた方がいいと思ったのだろう。

そしてパトリック達も日本の装甲車に乗って自宅への帰路につく。墓地から自宅まではコロニー間の移動もあるために決して移動時間は短くなかったが、その間彼らは一言も発することはなかった。

 

 

 

 その夜、パトリックとアスラン、そしてアナスタシアは一つのテーブルを囲んで食事をしていた。家族で食事をすること自体、もう何年ぶりか分からない。しかし、そこに妻の姿がないためにパトリックは複雑な心境であった。

「……父上」

気づけば食卓に並んだ皿が殆ど空になったころ、アスランが突然に口を開いた。実はこの食事中ずっと視線がうろうろしていたり、何かを言い出そうとして止めるといった不審な挙動をしていたのだが、半ば呆然としていたパトリックは気がついていなかったのだ。

「……ん?何だ?」

「実は……その……俺たちは」

口ごもりながら話すアスランの姿にパトリックは既視感(デジャヴュ)を覚えた。あの姿は前にどこかで見たことが……いや、自分がかつて同じことをした記憶がある。そんなことをパトリックが考えているとは露も知らず、アスランは続ける。

「結婚……しようと思っているんだ…………」

 

 パトリックは答えを得た。

そうだ、これはレノアの実家に結婚の報告に行ったとき、彼女の父君に向かって話を切り出したかつての自分の姿だ。彼は若き日の自分と己の息子を重ねあわせ、一人感慨に耽っていた。

しかし、沈黙しているパトリックの様子を見て昨日の正座を思い出したのか、慌ててアスランが続ける。

「あ、あの……これまではあくまで、その、同棲段階にあったというわけで、き、今日正式にプロ……プロポーズをしたというわけです…………」

「……アナスタシアさんはそれを受けたということか」

パトリックはアナスタシアに視線を向ける。突然視線を向けられたアナスタシアは緊張する。

「はい……私はアスランさんのプロポーズを受け入れました」

「それが、君の見つけた幸せなのかね?」

「はい」

静かだが、はっきりとした声でアナスタシアはパトリックの問いに答えた。

「母上のことがあったその日に報告することはあまりいいことではないと、自分でも自覚はあります。でも俺は、今彼女と結婚したいんです」

アスランはパトリックを真っ直ぐ見据える。

「今日、母上とお別れをしてふと、思ったんです。……俺が父上と一緒にいられる時間も、そう長くはないんだって」

「お義父様は、連合国から戦犯に指定されています。遠からず、お義父様は今大戦の戦犯として起訴されることとなるでしょう。そうなれば、もう私達と会うことは不可能になります。……そして、恐らく……」

口を噤むアナスタシアに続いてアスランが口を開く。

「父上はこの大戦の責任を取る形で絞首台に登ることになります。…………元々、俺は情勢が落ち着いたらアナスタシアと正式に籍を入れて、夫婦になるつもりでした。でも、俺が家庭を持っても、俺が築いた家庭を母上に見せることはもう絶対にできないんです。もしかすると、情勢が落ち着くのを待っていれば父上にも俺の家庭を見てもらう前に会えなくなってしまうかもしれない」

だから、とアスランは続ける。

「俺は少しでも長く、俺の築いた家庭を、家族を父上にも見てもらいたい……せめて結婚式、俺の生涯の晴れ舞台だけでも見てほしいんだ。これが、16年間俺を育ててくれた父上にできる最後で、最高の恩返しだから」

 

「……それなら、私は許すだの許さないだのと、とやかく口を出すべきではないな」

そう言うと、パトリックはアナスタシアに頭を下げた。

「アナスタシア、息子を頼んだ」

突然の行動にアナスタシアもアスランも目を丸くする。

「アスランはきっと君と共に生き、共に暮らし、喜びも、悲しみも、苦しみも、全てを君と分け合うことができる。親馬鹿かもしれんが、愛するもののために全てを尽くすことができる男であり、家庭を護る男として一番大切なことをちゃんと理解している誇らしい息子だ」

これまで父の口から聞いたこともない言葉にアスランは驚きを覚えるとともに、羞恥で顔を赤くする。

「これから、私の息子は何度も苦難に喘ぎ、躓いて地に這い蹲ることになるだろう。しかし、君がその都度支えてくれれば、きっと息子は何度でも立ち上がることができるだろう。それだけの勇気と、心の強さが息子にはあると、私は信じている」

アスランも、アナスタシアも、その瞳に涙を浮かべている。アナスタシアは息子をこんなにも真摯に思う善き義父の姿に、アスランはいつも厳格だった父が初めて見せた心からの祝福の言葉と優しい表情に、それぞれ涙を見せずにはいられなかったのだ。

「アスラン、アナスタシア…………幸せになれ」

 

 

 

 

 その翌日、ザラ邸の庭園で静かな結婚式が執り行われた。出席者は新郎の父親だけという寂しい式であったが、新郎新婦は唯一の出席者である新郎の父親と共にとても幸せそうな顔を浮かべていた。




ちなみに衣装はアスランの両親が20年ほど前に使った衣装を拝借、食事は事情を把握した日本側の好意による差し入れです。
……流石に祝いの席であのクソ不味い合成タンパク料理は悲しすぎると灘少尉が気をきかせてくれました


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妻子持ちの忘年会

ギリギリ年内に間に合った……皆様、よいお年を。


 C.E.78 12月26日 大日本帝国 東京

 

 東京の下町に大勢の客でにぎわう一件の居酒屋があった。建物のつくりは古く、どことなく情緒を感じさせる佇まいだ。店からは時折笑い声が漏れ聞こえてくる。

 そして、その店の暖簾をくぐり、3人の男達が入店してきた。3人の男は皆鍛え抜かれた身体をしており、その引き締まった肉体は彼らの身に纏う雰囲気と相まって、彼らが一般人でないことを周囲の人間に気づかせていた。

 ちょうど年末ということもあり、店の中ではこの日が仕事納めというサラリーマンやOLが何組も飲みはじめていた。宴は盛り上がり、既にできあがっている人間も少なからずいたのだが、3人の男が入店すると同時に女性たちの視線は先ほど入店した男達のもとに自然と集まっていた。

 宴の最中にチラチラと別の方向に視線を向ける女性達の仕草に気づいたのか、周囲の男性たちの視線も女性たちの視線を追うように自然に3人の男のもとに集まっていく。そして、男達は何故女性の視線が先ほど入店した男達のもとに集まっていくのか気づいた。

 端的に言えば、3人の男達は皆イケメンだったのである。共通してスポーツマンとでも見間違うほどに鍛えられた長身の肉体を持ち、それぞれが女性をひきつける魅力を持っていた。

 一番若い茶髪の男は、アメジストのような瞳と柔らかな表情、細くそれでいて引き締まった長身の身体を持ち合わせており、海外のファッションモデルも顔負けの美貌である。

 黒髪の男は、端正な顔立ちに少し落ち着きのある態度、そして服の上からもわかるほどに鍛え上げられた肉体を持っていた。会社で言えば頼れる年上の中堅社員ような、憧れを抱かせる男だった。

 最後、壮年の男は一言で言えばナイスミドルだった。思慮深げな態度、前述の若い二人と比べても遜色のないほどに鍛え上げられた肉体、そして若い二人にはない人生の詫びさびを知る渋みが感じられるかっこいいおじさんだ。

 ただ、3人の中で唯一左手薬指に結婚指輪をしていることもあって彼に視線を惹き付けられた女性は溜息をつき、少し熱意が冷めたようだった。また、横顔からも分かる大きな傷跡を見てヤのつく自由業の人ではないかと恐れて視線を逸らした女性もいた。

 3人組が意図したものではないかもしれないが、折角の飲み会ということで好みの女性の気を惹こうという下心が多少なりともあった男達は、難なく女性の視線を釘付けにするイケメン3人衆を呪わずにはいられなかった。

 特に、クリスマスまでに恋人を得ることができず、寂しいクリスマスを過ごしたばかりの男は、つい先日まで味わっていた悲愴感を再び味わうこととなり、心の中で怨嗟の声をあげていた。

 

 

「……視線を感じますね」

 イケメン3人衆の中で最も若い茶髪の男がボソリと言った一言に、壮年の男が苦笑する。

「仕方ないだろう。武君もキラ君もまだ若いし、女性から熱い視線を送られることもある。それに、女性に情熱的な視線を向けられるのも悪くはないだろう?若いうちの特権だから存分に楽しむといい」

 今日はプライベートということもあり、互いに階級はつけずに呼び合うことにしている。妻同士も懇意であるし、彼ら自身よく職場で会う仲なので、遠慮は無用ということだ。

「いや、巌谷さんにも視線は集まっていると思いますよ?僕達だけではなく」

「否定はしないでおこう。しかし、君達よりは俺に向く視線は熱が冷めているはずだ。こいつがあるしな」

 そう言って巌谷は薬指に指輪を嵌めた左手を翳す。

「流石に、既婚のおっさんにそこまで熱い視線は集まらんよ」

「僕もつけてくればよかった……」

「諦めろ、キラ。視線を感じるのはどこの基地でも同じだろうが」

 隣に座る黒髪の男がキラの肩をポンと叩く。その顔には諦めが感じ取れる。

「武さん。でも、僕ら妻帯者ですよ」

「女性と意図して過剰なコミュニケーションを取らなければいいんだ」

 武とキラは帝国有数のパイロットであり、MSに乗る機会は事欠かない。また、非常脱出に備えた訓練や、MSでの近接戦闘時の体捌きの訓練なども抱えているため、指輪が原因で怪我をしたり、訓練中に指輪が破損する可能性があるため、武もキラも基本的に指輪は外している。

 せめてプライベートな時ぐらいは指輪をつけて欲しいと妻達は頼むのだが、武は基本的に常在戦場の心構えのため、万が一の時に指輪を外す暇もなく出撃を強いられることを危惧して妻の言い分を跳ね除けている。例外は結婚記念日ぐらいしかないだろう。ただ、その代わり武は公私を問わず常に妻からもらった守り刀を傍に置いている。

 武もキラも、現在では部下の模範であるべき立場なので、うっかりで指輪を外し忘れていたなどという事態はなるべく避けたかったし、指輪を壊すようなことになればもっと恐ろしいことになると考えていたということもあるが。

 既に年齢的な問題でパイロットを辞めて開発局に詰めている今の巌谷はこの点、あまり二人のようなことを気にする必要がないので、堂々と指輪を嵌めていられるのである。

 

「でも、女性の影が少しでも見えると、その夜はラクスの前で説明会ですよ?僕は……」

「俺もだ。女性の香水の臭いでもついていた日には子供達が寝静まってからずっと土下座だからなぁ」

 キラと武は軍の中でも女性からの人気は高い。ヤキンドゥーエ戦役の英雄、帝国宇宙軍屈指の撃墜王(エース)という冠だけではなく、軍人としての優れた立ち振る舞い、そして女性を魅了する容貌となると、妻帯者であると知られているのにも関わらず女性から興味や憧れを抱かれるのも無理もないことかもしれない。

 二人とも既に結婚してから数年が経ったが、「愛人でいいから」「一晩だけでいいから」と言い寄ってくる女性や、香水や化粧をしてさりげなくアピールしてくる女性も軍の内部、外部問わず未だに絶えない。

 キラはその点では生来の生真面目な性格もあって彼女たちのアプローチに頬を赤らめることはあっても、本気で心がぐらついたことは……数回しかない。キラは妻ラクスのような貧に……ゲフンゲフン、スレンダーな女性よりも、フレイのような凹凸ある……ゲフンゲフン、スタイルのいい女性が好みというわけではない。ただ、若く健全な男として妻が持たざるふくよかな胸に思うところがないわけではなかったのである。

 数年前、キラは妻と子供を置いての長期任務中に一度だけ、酒の力も合わさったことで一度だけ男の本能からなる誘惑に負けてしまい、数ヶ月の間通いつめて馴染みになっていた酒場の給仕のお姉さんと一夜を過ごしたことがあった。

 幸いにも、その夜のお相手はキラの立場にも配慮し、キラとの関係は一夜限りのいい夢だったと割り切れるあっけらかんとした女性であったため、彼女との関係は一夜限りのもので終わり、その後は何事もなかったかのように客と給仕の関係に戻っている。

 因みにこの事件、最終的にはキラの妻であるラクスの手によって曝かれていた。ラクス自身も平行世界では世界を掌握したほどの女傑であり、当然この世界でも同じ資質を持っていた。

 世界を掌握した女帝の勘と洞察力を誤魔化せるほどの交渉人の素質はキラには全くと言っていいほどない。あの一夜のことに罪悪感を抱いていたこともあり、ラクスの鎌かけで動揺を顕にしてしまう。ラクスに完全に不貞を見抜かれたキラは、基本的に妻に一途で頭が上がらないこともあって、数分の尋問で全てをゲロってしまった。

 そして、その日、子供達が寝静まったキラの家に世界を滅ぼす修羅が爆誕した。全てが曝かれた翌日のキラは精神も肉体も完全に干からびていたらしい。その夜に何が起こったのかキラは誰にも語ろうとはしなかった。

 ただ、キラに独身時代の女遊びについて色々と吹き込んで間接的に彼を一夜の過ちに唆した張本人である武にだけ、キラは少しだけその日にラクスが放った言葉について語っている。

 曰く「今度私以外の女性と関係を持った日には、私はアスランと寝ます」だそうだ。

 元婚約者であり親友だった男と寝るという宣言を聞かされたキラが戦慄したという。それからというものの、キラはラクス以外の女性に対する欲求をほぼ失ったらしい。

 

 一方、武は本音を言えば英雄色を好むを地でいきたがるタイプの男である。世界を超えてまで継承した恋愛原子核の力は伊達ではない。本来ならば大西洋連邦随一の墜とした女の数(撃墜数)を誇るエンデュミオンの鷹をも凌駕する撃墜王(女誑し)の資質があるのだ。

 因果情報を得た高校3年の10月以前の武はただの朴念仁で、周囲の女性にも心の準備ができていなかったために本気で武に対する告白をするものおらず、10月以降も人が変わったかのように一心にパイロットへの道を目指す姿に違和感を覚えた周囲の女性たちは告白を躊躇い、そのまま武は女性と縁のないまま高校は卒業していた。

 因果から幾多のループでの女性経験の生々しい記憶を得た武は、何人もの女性の身体を知り、複数の女性と同時に関係を持つことへの忌避感も薄れていたこともあって基本的に女性からの誘いは断らないことにしていた。元々積極的にアプローチされない限りは女性に欲求を抱かない性格だったこともあり、日常では女性を性的な目で見ることはなかったが。

 実際に武は宇宙軍ですぐにMAパイロットとしての頭角を顕し、生来の原子核の性質も相まって同僚や基地の女子職員にももてていたため、軍人として、独身の男としての節度を守りつつもそこそこに奔放な夜を過ごしていた。

 つまり、積極的に女性を求める程に女性に飢えていたわけでもなく、自分から女性にアプローチすることはなかった。しかし、一度なら付き合っていいと思った女性からのアプローチは断らず、据え膳喰わぬは男の恥という言葉の通りに過ごしていたのがこのころの武だろう。

 ただ、武はこのころは女性との本気の恋愛は考えていなかった。幾多のループの経験から真に美しい、愛らしいと思える女性たちを知っていたため、本気の恋愛に対して女性に求めるハードルが非常に高くなっていたのだ。

 実際、関係を持った女性たちも彼の一番にはなれないことを悟って長くて一月ほどで別れを切り出していたため、殆どの女性とは長続きしなかった。別れた後は関係はすっぱり絶っている。

 そんな攻略が難しい要塞と化していた武を如何にして悠陽が墜としたのか、その事実は当人たち以外では武の恩師である香月夕呼博士しか知らない。ここではその仔細は語らないが、いつか誰かの口から語られることもあるだろう。

 しかし、悠陽と婚約した後、武は女遊びをすっぱりやめた。軍では旧姓を使っているが、公式には皇族とも薄からぬ血の繋がりを持つ名門華族、煌武院家に婿入りした立場だ。当然、世間体というものがある。『名門華族の婿養子の夜の性活(ハーレム)』などという記事を週刊誌にでも書かれたら大惨事だ。

 戦後、悠陽と結婚した後も武に言い寄ってくる女性は事欠かないどころか『大日本帝国一の撃墜王(エース)』の名声もあってさらに増加していたが、武は「妻子がいる」の一言で女性からのアプローチを断り続けていた。

 世界を超える愛の力を知るゆえに、武は一度本気で愛したならば何があろうとそれを裏切ることはできなかったのである。

 ただ、妻に一途になった今でも女遊びをしていた当時の話は飲み会の席で赤裸々に話す。過去のことであるし、引きずっているものは何一つないからだ。英雄の肩書きの前に恐縮している新しい部下や同僚との距離を縮めるために武はこの手の話を積極的に利用していた。

 武自身はキラのように英雄の語る生々しい話に影響される若者が多数女遊びに走っていることは知っていたが、若いうちにはそんな衝動もあるだろうと軽く考えている。キラを唆した自覚は彼には薄かった。

 

「芋焼酎に軟骨のから揚げです!!」

 武たちが座る席に料理が届く。しかし、店オリジナルデザインの前掛けをかけた高校生ぐらいのロングヘアーの少女がテーブルに置く料理には、注文したはずのない枝豆の盛りが追加されていた。

「店員さん。僕達は枝豆は注文していないんですけど?」

「サ……サービスです!!」

 キラに話しかけられた給仕の女性は顔を赤らめながら答える。

「あ、ありがとう……」

「いえ!!とんでもないでしゅ!!」

 武に礼を言われ、少女は耳まで真っ赤になり、返答に噛みながら逃げるように厨房へと引っ込んでいった。

「初心な子だなぁ。唯依ちゃんを思い出すよ」

 巌谷は他人事のように枝豆をつまみながら言った。

「巌谷さんは篁少佐とはお父さんの代からの付き合いでしたよね?」

「武さんの言う通りなら、巌谷さんの言う篁少佐って何年前の話です?あの凛々しい人にあんな初々しいころがあったんですか?」

「なーに、唯依ちゃんも軍に入るまではあんな子だったぞ」

 巌谷は楽しそうに笑う。

「あのころの唯依ちゃんは生真面目すぎて融通がきかないから、からかいがいがあったなぁ。生まれたころの話とかをすると、顔を真っ赤にして『巌谷のおじさま~』なんて恨めしげにこっちを涙目になって上目遣いで見るんだよ」

 想像できないと言いたげな視線をキラは武に向ける。視線を向けられた武も何も言わず、同感だと言わんばかりに首を縦に振った。

「じゃあ、巌谷さんところのお子さんはどうなんです?確かもう6歳でしたっけ?」

「昔の唯依ちゃんに負けず劣らず可愛い子だぞ~うちの美咲ちゃんは!!」

 そしてここからは巌谷の親馬鹿トークの時間である。昔から実の娘のように可愛がっていた唯依のトークをすると長かったが、自分の実の娘の話になると、その1.5倍は長くなっていると武は感じていた。

 

「ただ、最近は嫁の方がなぁ……」

「マリューさんがどうかしたんですか?」

 巌谷の嫁となった女性の名は旧姓マリュー・ラミアス。前回の大戦時には八面六臂の活躍をしたアークエンジェルの艦長である。

 MSの開発局に勤める巌谷は、ヘリオポリスでMS開発に携わっていた経歴を買われてMS開発局に出向していたマリューと知り合い、自然と惹かれあっていった。そして大戦後には結婚して、長女の美咲を授かって幸せな家庭を築いていた。

 現在、彼の妻であるマリューは育児のために休職中だが、娘が小学生にあがったら軍に復帰し、定時には帰れる内職勤務に着く予定となっているらしい。

「実は、最近娘がアニメに熱中して、家でもよくそのアニメに出てくる美少女戦士のステッキのおもちゃをかざして遊んでいるんだ。マリューも娘に付き合って遊んでくれているみたいだ。それだけなら問題はないんだが……娘が撮ってきたこの動画を見てくれ」

 そう言うと、巌谷はポケットから携帯端末を取り出して何かの映像を再生して画面を武たちに見せた。

『水星に代わって、頭を冷やしてあげる!!』

『水の星! 水星を守護にもつ知の戦士! セーラー○ーキュリー参上!!』

 その映像に写っていたのは、変身アイテムのおもちゃらしきペンをかざしている水色のセーラー服を着た女の子の姿だった。その年頃の女の子らしい仕草のどこに問題があるのだろうかと武は首を傾げるが、その時女の子の後ろから女性が出てきた。

『愛と正義の、セーラー服美少女戦士、セーラー○ーン!!』

『月に代わって、お仕置きよ!!』

 その映像に写っていたのは、年甲斐もなくセーラー服を着込んだスタイル抜群の女性――巌谷の妻、マリューの姿だった。変身のポーズのキレも娘よりもよく、どこか慣れているような感じがする。

 三十路を過ぎた女性が美少女戦士のコスプレをしている姿は……正直なところとても痛いと武は思っていた。だが、声はそっくりだし、あのスタイルだ。これはこれで別なところで需要がありそうな気がするとどこかズレたことも考えていた。

「娘につきそって変身ごっこくらいならいいんだが……本格的な変身アイテムまで自作して、声まで完璧に真似ているみたいなんだ。いや、娘と仲睦まじくやっていることはいい。だが、ここまでノリノリで、衣装を自作する入れ込みようを見ると、そっちの趣味に目覚めたんじゃないかって不安になるんだ……」

 巌谷はお猪口を煽り、深く溜息をついた。

 武は何ともいえない表情を浮かべて、巌谷のお猪口に酒を注ぐ。キラは気を利かせて追加でつまみの注文をした。

 

 だが、まだ飲み会は始まったばかりである。いや、寧ろここからが本番である。これから、男達は夫婦生活の不満、惚気を数時間の間語り続けていくこととなる。




飲み会はまだまだ続きます。後、1~2話で完結する予定です。




大和の続編は、大和が本編に登場した後に投稿します。打ち切りではありません。


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妻子持ちの忘年会~二次会~

年末年始ぐらいしか見ようと思うバラエティーがなく、さらに録りためたアニメを見る時間がなく……というわけで、思っていたより執筆時間が取れませんでした。しかも、これからまた忙しくなるので定期的な更新は難しそうです。
とりあえず、番外編はこのあたりで更新打ち止めにします。


そして穢れた聖杯も更新再開するつもりです。まさか12月末にアポが完結するとは思わず、急いで買いに行きました。
そして知ったアキレウスさんの宝具……なんですか、あれ?
予想と全く違う宝具だったので、穢れた聖杯のプロット書き直し!!
本当なら本編をもう一本書くつもりでしたが、穢れた聖杯プロット書き直しのせいで時間取れませんでした。



 都内の某所で始まった妻子持ちたちの飲み会。

 帝国宇宙軍最強クラスの撃墜王(エース)に現役時代にはテストパイロットとして幾多の偉業をなしとげた伝説のパイロットが集まった飲み会は、その面子の豪華さとは裏腹に実に庶民的な話で盛り上がっていた。二件目のお店に突入し、アルコールが身体中に回って顔を少し赤らめた男達が酒の肴にしているのは、互いの家庭についての話だった。

 

「君達のところはどうなんだ?奥さんとは上手くやっていけているのかい?」

 巌谷に問いかけられたキラは、苦笑しながら答えた。

「ええ。結婚して5年になりますが、最近仕事で家に中々帰れない僕に代わって娘をしっかり育ててくれてます」

 キラはラクスとの間に長女を授かっていた。名前は瑞貴。今年で4歳になるラクスに似たおっとりとした女の子だ。

 一般にコーディネーター同士の婚姻によって子供が誕生する確率は非常に低いとされているが、それはコーディネーターの親から生まれた第二世代コーディネーターの婚姻の話に限定される。

 ラクスはこの第二世代コーディネーターに該当するが、キラは親がナチュラルである第一世代コーディネーターだ。第二世代同士の婚姻に比べれば、子供ができる確率は高い。また、キラ自身が普通のコーディネーターよりワンランク上の存在を目指して作られたということもあってか、第二世代コーディネーターに見られるような生殖能力の低下などは全くなかった。

 詳しく検査をしたところ、ラクスとキラとの間では第二世代コーディネーターとナチュラルの間の婚姻の場合とほぼ同じ確率で子供を授かることが可能だという診断された。生まれた子供もキラとラクスの能力を引き継いで特に異常もなく生まれてきた。

 ただ、キラはこの時、極秘裏に創設されていた軌道降下兵団(オービットダイバーズ)のメンバーと共に訓練の日々を送っていた。そのため、この半年ほどは一度も妻と娘が待つ家には帰れずにいた。幸いにも年末年始だけは休暇が取れたため、明日からは横浜に住む両親のところに娘を連れてゆっくりするつもりだ。

「中々娘に会えないのは辛いですけどね。だけど、ラクスがしっかり娘の教育はしてくれているらしいです。今年からは幼稚園にも通って友達もいっぱいできたそうですよ。こないだも幼稚園で書いたお父さんの絵を送ってきてくれて……」

 駄目だ、酒の入った親馬鹿の話が始まった以上、また地獄の時間が始まる。武は内心で頭を抱える。既に先の居酒屋で巌谷の親馬鹿話を聞いたばかりだ。二軒目でまた長々と親馬鹿話となると、精神的にダメージが大きすぎた。

 そもそも、娘を持つと親馬鹿の加速度が段違いだ。武も息子を持つ親の身であるが、娘を持つ同輩二人の親馬鹿度は自分の比ではない。やはり、男親にとっての娘というのは息子とは違うものがあるのだろうか?まぁ、それが理解できたところで親馬鹿トークには耐えられないことには代わりはないだろうが。

 結局のところ、自分も娘を授からない限りは分からないことなので、武はここで考えを打ち切ることにした。いつか娘ができたら、3倍にして親馬鹿トークを返してやると心に決めながら。

 

「ただ……一つだけ心配なことがあるんですよね」

 キラは視線を下に向け、憂鬱そうな表情を浮かべながら呟く。

「何が不安なんだ?ラクスさんはいい奥さんだし、いい母親をやっているそうじゃないか」

 大和家とは家族ぐるみの付き合いをしている武はキラの言葉に疑問符を浮かべる。確かに、かつてのラクスはお嬢様だったこともあり、その行動力はさておき家事能力は壊滅的なものであった。

 しかし、キラとの結婚を目前に控えた数ヶ月の間、彼女は煌武院家にて嫁入り修行を受けて掃除、洗濯、炊事などの能力を一般的な女性と比べても遜色ないほどに高めていたはずだ。初めての子育てということで当初は不安を抱えていたそうだが、母としては先輩であるキラの母や悠陽からもアドバイスをもらって精力的に育児に励んでいたらしい。そんな彼女のどこに不安を抱いているというのか?

「……ばれたのか?」

 巌谷が低い声でキラに尋ねた。しかし、キラは静かに首を振る。

 この問の中で巌谷が敢えてぼやかしていた主語は、『(ラクス)の身元が』というものだ。ラクスは前回の大戦中に日本に亡命し、その後日本国籍を得て今は民間人として暮らしている。しかし、数年前にもクラインの娘という立場などからテロ組織などに襲われたこともあって現在ではラクス・クラインであることを隠して生活している。

 髪は黒く染め、瞳にはカラーコンタクトをいれて外見上の特徴をなるべく隠して暮らしているため、普通に生活している以上は彼女の身元が周囲の人々にバレることはないはずだ。プラントで活躍中のラクス・クラインに似てると噂されることもあったが、あくまで似ている人レベルでしか噂されなかった。本物として彼女を名乗る偽者がプラントで活躍している以上、誰も彼女がまさかラクス・クライン本人だとは思わなかった(何より、プラントで活躍するラクス・クラインと比べればそのスタイルが違うことが一目瞭然だということが大きかった)。

 名前は敢えて変えなかったが、それはキラの伴侶である以上、ラクスを標的とするテロリストには名前を変えたぐらいでラクスの正体をごまかしきれないことを悟って開き直っていたからだ。

「ご近所で一度話題になったくらいですから大事はありませんよ。妻の身辺には護衛が密かに配置されているらしいですし」

 どうやら、彼女の正体絡みのやっかいな話はないようだ。数年前には旅客船ごとテロにあっというからその危険を心配してたのだが。しかし、それがらみでないとすれば、一体彼女のどこに不安を抱くのだろうか?武はますます深まる疑問に首を捻る。

「ばれてないってなら、不安ってのは何なんだ?」

 武が尋ねると、キラは静かに眼下の料理を指差した。

「実は、不安っていうのは、料理なんです」

「ちょっとまて、確かラクスさんの料理は煌武院邸での嫁入り修行で家庭に出せるレベルになったって聞いてるぞ」

 武は反論をする。

 確かに、かつてのラクスの料理は凄まじい不味さだった。流石にどこぞの高校のFクラスに所属する観察処分者の恋人のピンク髪のような薬品を使った毒物料理は作ったりはしなかったが、食材の使い方、チョイス、調理法の最悪コンボで極悪な味覚破壊兵器を製造していた。

 かつて彼女の父親であるシーゲル・クラインが彼女の料理をザフト宇宙軍で飢えを凌ぐために嫌々ながらに食べられている合成食材と比べ、食べられるだけ合成食材の方がマシだと評したことからも、その凶悪さは分かるだろう。

 また、その事実を知らずに初めてラクスの料理を食べたキラも武にこう漏らしていた。

『料理は愛だ!愛があればLOVE IS O.K.!!……って言えたらいいですね。僕には無理です。その場でエチケットタイムでした』

 簡単に言ってしまえば、彼女の料理はそんな愛のエ○ロンなゲロマズ料理だったというわけだ。天然物の食糧に乏しかったプラントという環境故か、はたまた彼女の天性のセンス故の事情なのかは分からないが。

 しかし、彼女の料理は5年前を境に変わったはずだ。飯マズな婚約者が怖いとキラに泣きつかれた武は、悠陽にラクスの花嫁修業をさせるように頼み、悠陽もそれを了承した。催眠を解除する療養を兼ねて煌武院邸においてラクスは煌武院家のスーパーメイドの指導のもとで嫁入り修行を行った。

 3ヶ月という短い間だったが、ひとまず一般的な家庭の主婦レベルの家事スキルをラクスは習得し、キラはテロ事件で負った怪我が治って宇宙に戻るまでの間は熱々の新婚家庭を満喫していたはずだ。当然、料理も一般的な主婦レベルにまで高められていたためにキラも新婚家庭に文句はなかったと聞いている。それが何故、今更問題になるのだろうか?

「まさか、昔みたいな愛のエプ○ンな料理にもどっちゃったってわけじゃないだろう」

「武くん、そんなに軽く言ってくれるなよ。もしそうだったら、キラ君だってもっと必死になっているさ」

 巌谷は慰めるようにキラの肩を軽くたたく。実は、彼の妻であるマリューもかつては劇物製作者であった。

 胃袋も強化されて一週間ぐらい賞味期限が切れた魚介類を食べても大丈夫な若いコーディネーターとは違い、抵抗力も中年のそれであった巌谷は、マリューの劇物手料理を彼女を傷つけまいと真実を隠しながら毎日食べて文字通り撃沈した。その時、巌谷は意識不明の重体となって救急病棟に担ぎ込まれ、胃洗浄を行うこととなった。そして、その手料理を作ったマリューは毒殺の容疑者として警察署で取り調べを受けたらしい。

 その後、巌谷は産休を取ったマリューを親交のある篁の家で過ごさせ、栴納に手料理を習わせていたそうだ。現在ではマリューも何とか子供に食べさせてもいい料理を作れるようになったらしい。

 因みに、武の嫁である悠陽はこのようなメシマズとは無縁の嫁だ。元々自分で料理を作ることは非常に珍しいが、稀につくる手料理は中々のものである。幼少期から手料理を作るような機会は全くなかったらしいが、彼女は武を手に入れるための一手として一般的な主婦に必要とされるスキルも一通りマスターしたらしい。超激戦区の白銀武争奪戦に一人勝ちした煌武院家の当主には全く隙がなかった。

「大丈夫です。今のラクスの料理は食べられますし、美味しい料理ですよ」

「なら、別にいいじゃないか。一体何が不満なんだ?」

 巌谷に尋ねられたキラはビールを一杯煽ってから話を続ける。酔わなければ話せない話のようだ。二軒目なのでもう既にそこそこにアルコールが回っているはずなのだが、流石スーパーコーディネーター。肝臓のコーディネートも抜かりはないらしい。

「実は、ラクスは最近変な料理人のレシピに嵌ったらしくって、その料理人の料理ばっかり作るようになったらしいんです。僕も、今日帰って昼ごはんを食べているときに知ったんですけどね」

「……民族料理とかか?それとも、あの秦山の麻婆豆腐の類か?ひょっとして発酵食品に嵌ったとかじゃないだろうな?」

「どれも違いますよ。普通に美味しいですし、見た目も悪くないし臭いも普通ですから」

「じゃあ、何が不満なんだよ、だから」

 キラは溜息を一つ吐くと、ポツリポツリと呟きはじめた。

「パルミジャーノチーズ……グリエールチーズ……ズッキーニ」

 キラが突然呟き始めた食材の名前に武は首を傾げる。一般家庭には珍しいものだが、別に高級品というわけでも、ゲテモノだったり入手困難品というわけでもない。少し探せば調達できる代物だ。

「ペコロス、ナツメグ、ピンクペッパー、ルッコラ、ロメインレタス、万願寺唐辛子、伏見唐辛子、ローズマリー」

 ちょっと分からない食材もある。しかし、これが一体何だというのだろう?

「オレガノ、セージ、カッペリーノ、エメンタールチーズ、タイム、アボカド、チャイブ、八角、タイ米、ショウコウシュ……」

 まだキラの口は止まらない。

「テンメンジャン、コリアンダー、ポルチーニ、アンチョビ、ベビーリーフ、ローリエ、エシャロット……これが我が家に常備されている食材です」

 かなり珍しい種類の食材まで揃えられている。イタリア人でもこれほどそろえているだろうか?

「ラクスさんって凝り性なんだな。物凄い数の食材を扱っているみたいだし」

「……それが、それだけの食材を使って凝って作っているのが男くさい料理なんです」

 食材に物凄く凝った女性が全力で作る男料理……何とも感想を言い難いと武は思った。酒で滑りがよくなっている舌からも何も出てこない。

「調理風景を見たんですが、一つまみどころか大匙2杯くらいありそうなぐらいの量の塩コショウを上からファサーってフライパンに振りかけるんですよ。本当にファサーって!!しかも物凄い高さから!!」

 塩コショウ過多。大雑把なのか?ラクスさんの性格には合わないと武は感じていた。

「そのくせして包丁さばきとか、料理の手間のかけ方のかは凄い細かいんです!!そこ細かくするなら、塩コショウの分量くらい気を使って!!」

 次第にキラの独白は愚痴になっていく。

「オリーブオイルでマリネしてからオリーブオイルで揚げるわ、オリーブオイルで炒めてからオリーブオイルをかけるわ、仕舞いにはオリーブオイルで揚げた後に、追いオリーブオイルをするわ!!おかしいでしょう!?」

 武はデジャヴを感じる。あれ?こんな風な料理を作る視聴者のリクエストをガン無視する料理番組を知っているような気がする。

「娘さんが成人病にならないか非常に心配だな……」

「娘はオリーブオイルの臭いが嫌いらしいので、ラクスはいつも娘の料理は別で作っているみたいですよ。何でも、ラクスが食べる方の料理は朝作りたくなる簡単レシピらしいんで、両方料理してもあまり手間はかからないらしいです。娘の食事は基本和食みたいで、ヘルシーでしたよ」

 そりゃあそんだけオリーブオイル毎日使っていれば臭いが嫌いにもなるはずである。

「僕はどうすればいいんでしょう?……妻の手料理が食べられるんだけど、好きになっちゃいけないと警告する自分も僕の中にいるんです。不味い料理を作っているわけでもないし、僕の趣味趣向を押し付けるのもどうかと思いますし……」

 おそらく、日本に来て料理の腕前そのものは一般的な主婦を上回る水準にまで向上したのだろう。しかし、プラントで生まれ育ち、不味い合成食糧に育まれた彼女の味覚は煌武院家のスーパーメイドによる教育でも矯正しきれなかったのだろう。そして、キラにとっては不幸なことに彼女は自身の味覚に会う血潮にオリーブオイルが流れる料理人の料理に出会ってしまったのだ。

 戦前のプラントの食育の業の根深さを感じ、武は戦慄した。そして、ザフトが世界を征服しなくて本当に善かったと思っていた。

 しかし、愛のエプ○ンを卒業したら、MOCO’Sキ○チン……キラの食運はどうやらどん底にあるらしい。強く妻を非難できないキラにも責任はあると思うが。

「……放っておけば娘の味覚もおそろしいことになるぞ。キラ君、君が本当に家族のことを思っているのなら、正直にラクスさんに言うべきだろう。遠慮してばかりいるのが夫婦ではない。時には意見をぶつけ合わなければいけないんだ」

 嫁の尻に敷かれてる巌谷が言っても説得力がないなぁと武は思った。まぁ、彼も人のことはあまり強く言えないが。

「言い辛いですけど、やっぱり言うしかないですか……婉曲的に言うしかないかなぁ……」

「直接的に言うべきだ。下手に隠すと、取り返しのつかないことになるぞ。俺のように」

 嫁の劇物を食べて死に掛けた巌谷が言うと、こっちは説得力はあると武は思った。

 

 しかし、キラとラクスの話し合いが如何なる結果に終わろうともしばらくはキラの家の食卓にはお呼ばれしても絶対に行かないことを武は心の中で誓った。

 彼女のセンスでは、ラクススペシャルなる紫色の複雑怪奇な味をした微妙なスープが出てきてもおかしくないと思ったからである。




ラクスの味覚は治りませんでしたとさ。残念無念。


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断章 業からこぼれたSTORY
PHASE-X1 蜂起


霧の艦隊撃破……そのままのテンションで一本書き上げました。

今回からはSEEDZIPANGUとSEEDDESTINYZIPANGU(仮)を繋ぐ断章がスタートとなります。断章は今のところ4~6話掲載するつもりです。
断章が完結したら、いよいよ続編に入る予定となっています。皆様、お楽しみに!!


 C.E.73 6月4日 L4 メンデル

 

 

「がぁ……!?」

長髪の男に鳩尾を蹴り上げられた茶髪の青年が苦悶の表情を浮かべる。

「どうした!?この程度なのか!?スーパーコーディネイター!!」

長髪の男は茶髪の青年の腕を強引に掴んで立たせると、その頭に拳を叩き込んだ。たまらず茶髪の青年は床に倒れる。

「どうした!?お前は唯一の成功体なんだろ!?失敗作の俺に手も足も出ないわけがないだろうが!?」

しかし、床に倒れている自身を見下ろす男の罵詈雑言に一言も返すことはない。何もなかったかのような無表情を浮かべながら青年は立ち上がろうとする。しかし、その済ました表情は男の怒りの炎に油を注いでいた。

「いいかげん、何か言ったらどうだ!?キラ・ヤマトォォオ!!!」

男は思い切り拳を振り上げ、猛る鉄拳を青年の頭に振り下ろした。しかし、今度は彼の拳は青年を捕らえることはできなかった。青年は身体を沈めながら男が突き出した腕を正確に掴み、男の突き出した右腕の運動エネルギーをそのまま活かして男を投げ飛ばした。

投げ飛ばされた男は壁に叩きつけられ、その衝撃で身体が硬直する。そして青年は身体の自由を男が失った一瞬の隙をついて地に伏せる男の首に目掛けて鋭い蹴りを叩きつけた。鞭のようにしなる右脚から繰り出された一撃は正確に男の意識を刈り取った。

青年は気絶した男の衣類を奪い、裸の男を自身の着ていた衣類を使って縛り上げる。そしてあちこちが痛む身体に鞭をうちながら青年は拘留されていた独房の外に出る。目標は一つだけ、愛する人の奪還だ。

 

「待っててくれ、ラクス……」

青年は愛する人を探し、駆け出した。

そして同時に思う。どうしてこんなことになってしまったのか…………

 

 

 

 

 C.E.73 6月1日 L4 名古屋宇宙港

 

「キラ、参りましょうか。地球では皆様が待っているそうですよ?」

「そうだね、白銀大……武さんも悠陽さんもセッティングをしてくれているらしいし。一体どんな式を用意してくれたのか、とても楽しみだね」

 

 人類が始めて経験した全世界を巻き込んだ宇宙規模の戦争――――第四次世界大戦、通称ヤキンドゥーエ戦役が集結してからおよそ1年と7ヶ月が過ぎようとしていた。既に各国の占領政策や今回の大戦で甚大な被害を被った諸国の復興政策も安定軌道に乗りつつあり、世界はつかの間の平穏を取り戻そうとしていた。

そんな中、大戦でその名を馳せた大日本帝国宇宙軍の若き撃墜王(エース)、大和キラ少尉(海皇《ポセイドン》作戦の功績により昇進)は秘密裏に亡命した元プラント最高評議会議長の一人娘、ラクス・クラインとの交際の末、めでたく結婚することとなった。

彼の上司、大日本帝国一の撃墜数(スコア)を誇る皇国最強の撃墜王(エース)の白銀武大尉(戸籍上は婿入りしたことで煌武院武となっていたが、政治的な場以外では旧姓で通していた)は彼らのために煌武院家の伝で式の手配をほぼ全面的に引き受け、企画をしてくれたのである。

そして彼らは今、いよいよ3日後に迫った結婚式のために現在居住しているL4大日本帝国領居住コロニー名古屋から地球に向かう貨客船に搭乗したのであった。しかし、彼らの幸せへの旅路はその出発点から何者かの妨害を受けることを、二人はこの時点では知る由もなかった。

 

 

 キラ達が登場している貨客船大瑠璃丸は日本の軌道ステーション、アメノミハシラとL4コロニーを往復している定期船だ。大戦から1年以上が過ぎていたが、未だに元ザフト兵やジャンク屋等による海賊行為が多発していたこともあり、その運行数は戦前ほど多くはない。

そしてL4からデブリベルトを抜けて地球に向かう針路を取っていた大瑠璃は航路の途中で自艦に接近する物体を捉えていた。

「艦長!レーダーが距離3000イエロー32マーク12アルファに浮遊物を確認しました。今モニターに映像出します」

「……これはコンテナだな…………国籍マークは旧ジャンク屋連合のものか」

「どこかから流れてきたんですかね?見た感じボロボロですし、かなり長い間宇宙を彷徨っていたのかもしれませんな」

大瑠璃丸はそのコンテナの推定コースを割り出し、このまま大瑠璃丸が進んでも接触しないことを確認した。しかし、一応コンテナから一定の距離を取って前進することを戸川は選んだ。

 

「コンテナ、後方に抜けます……!?待ってください!!コンテナから謎の飛行物体が発進しました!!こちらに向かってきます!?……MSです!!」

航宙士の真笠からの報告を受けた戸川はすぐに通信長の荏田に振り向いた。

「海賊か!?リア通信長、軍と至急連絡を取ってくれ!!」

「艦長、ここらはまだ我が国の宇宙軍の縄張りですよ?そんなところに海賊なんていますかね?あれが宇宙軍に関係ある機体だって言われた方が説得力ありますよ?」

「バカヤロウ!日本の関係者だったらこの距離にきたら何らかのリアクションをとる!連絡できないような事情を抱えた特殊任務をこなしているのなら定刻通りにこの宙域を通過する民間船に見つかるようなヘマはせん!いいから早く軍と繋げ!!」

大瑠璃丸の船長、戸川は昨年退職した元駆逐艦の乗組員だ。彼は軍での経験から接近する物体が味方ではなく、襲撃者であると瞬時に判断した。

 

『こちら大日本帝国宇宙軍安土管制本部。大瑠璃丸、応答せよ』

「こちら扶桑運輸、貨客船大瑠璃丸!現在本艦に海賊と思われるMSが接近」

「船長!!MSが!!」

副長の市倉の絶叫に反応した戸川が接近するMSの機影を映す正面モニターに視線を移したその時だった。凄まじい衝撃が大型貨客船である大瑠璃丸を激しく揺さぶった。

凄まじい衝撃で戸川はまるでボクサーのパンチを喰らったように吹っ飛ばされ、艦橋の壁面に頭部を強打する。脳が揺れて目の前の景色もまるで遊園地の遊具に乗っているときのように回転して見えた。

『……どうした大瑠璃丸!?応答せよ!!』

通信機からは安土管制本部からの呼びかけが流れている。一方、艦橋にいたクルーは皆先ほどの凄まじい衝撃で吹き飛ばされ、通信機から流れてくる呼びかけの声に応えることができないでいた。

しかしその時、応答するものがいないはずの無線に応えるものが現れた。

「こちら大瑠璃丸……すまないこちらの勘違いだった。本艦は前方から漂流してきたデブリを敵性勢力と誤認したようだ……どうやらあのデブリはザフトのMSのスクラップらしい。心配かけてすまない。少し前まで駆逐艦乗りをしていたせいか、ついMSが現れると緊張してしまう」

苦笑交じりに安土管制本部の管制官と応答しているのは紛れもなく戸川の声だ。しかし、その戸川は艦橋の壁面に叩きつけられて意識が朦朧としている状態にあり、とても管制官との応答ができる容態ではない。

『…………誤認であったのなら幸いだ。しかし、大瑠璃丸。今度からはもう少し落ち着いて状況を判断するようにしてほしい。常に緊張感を持って任務に臨む姿勢は理解できるが、誤認やそれに基づく通報は好ましからざることだ。理由が理由とはいえ、今回の一件は扶桑運輸に報告する必要がある』

「責任は後で船長たる私が取りましょう。迷惑をかけて申し訳なかった。これで失礼する」

『貴艦の航海の安全を祈る』

安土管制本部と繋がれていた通信が切られる。しかし、艦橋の誰もそのような操作はしていない。艦橋にいたクルーたちは皆戸惑いの表情を浮かべている。

 

「……一体何が起きているんだ!?先ほどの通信はなんだ!?」

意識がはっきりとしてきた戸川がリア通信長に捲くし立てる。

「わ……分かりません!?我々は何もしていません!!」

「く……もう一度安土航宙本部と通信を繋ぐんだ!!」

「了解です……!?船長!!通信機能が使えません!!」

リア通信長の報告を聞いた戸川は目を見開く。更にそこに航宙士達からも悲鳴のような報告が入る。

「船長!!操舵も不可能です!!操縦システムがこちらの命令を受け付けません!!」

「船内の通信も駄目です!!更に船内のセキュリティシステムが勝手に作動!船内のあちこちでセーフティシャッターは下りています!!」

戸川は次々と入る報告に顔を青くする。その時、操作不能だった船内通信機能が突然起動し、艦橋のモニターにヘルメットで顔を隠した人物の姿が映し出された。

 

『大瑠璃丸の全乗組員に通達する。大瑠璃丸は我らヴァンガードが占領した。繰り返す、大瑠璃丸は我らヴァンガードが占領した!』

突然の通告に艦橋のクルー達も驚きを隠せない。

「一体何が起きているんだ!?今の放送はどこから流されているんだ!?」

「分かりません!?船内の全システムの制御が奪われています!!救難信号も打てません!!」

更に、戸惑うクルー達の下に犯人と目される人物から直接通信が届く。

『艦橋のクルーに通告する。無駄な抵抗はやめて全員こちらの指示に従え』

「貴様等は何者だ!?目的は何だ!?身代金か!?」

戸川は思わず声を荒げる。

『我々はヴァンガード。我々の要求は乗客の中からある人物を引き渡してもらうことだ』

「……誰を引き渡せというのだ?」

戸川は乗客を売り渡してまで自身の命を繋ぎとめようとするような浅ましい人間ではない。しかし、外部と通信を取ることが不可能である以上自分達でできるかぎりのことをするしかない。交渉のためには相手について知る必要があると彼は判断したのだ。そしてヴァンガードのメンバーを名乗る謎の人物は要求を口にする。

「キラ・ヤマトとマリカ・ムサだ。乗務員に指示させてすぐに彼らを緊急脱出艇に乗せろ。既に乗客名簿はチェックしている。タイムリミットは30分だ。それまでに要求が受け入れられない場合、この船の生命維持設備を停止させてもらうことになる。こちらは乗員が動けなくなったころを見計らってお目当てのやつらを拉致する余裕もあるから、交渉をするつもりはこちらには毛頭ないということを付け加えておこう…………船長の懸命な判断を期待しよう」

そう言い残して犯人からの通信が途絶えた。同時に、通信設備が船内通信に限って復旧した。さきほどまで全通信システムは犯人が握っていたはずだ。これが復旧したということは犯人による仕業に間違いない。恐らくこれはクルーが速やかに要求を満たすことができるようにするためのお膳立てだろう。

 

「……どうしますか、船長」

市倉副長が不安げに戸川に尋ねる。ここで犯人の要求を呑もうが拒もうが指名された二人の乗員は拉致されることは確定だ。しかし、要求を呑めばその二人以外に犠牲を出すことはない。逆に要求を拒めば二人は連れ去られ、更に生命維持装置が停止するために乗員乗客は命の危険に曝されることとなる。

「通信長、どうにかして外部とコンタクトは取れんのか?」

もはや事態はこの場の船員だけで打開することは不可能だと考えた戸川は何とかしてこの事態を軍に通報することをまず考えた。旧世紀のアメリカの大衆映画じゃああるまいし、こんな事態に陥った船員たちが自分達の力で犯人を捕まえるなんてことは不可能だと彼は結論を下したのだ。

「駄目です。この船の全システムがこちらからの操作を受け付けていません。おそらく、大瑠璃丸の全システムは犯人側の制御下にあります。緊急信号も発進できません」

「船長、脱出艇の緊急信号発生装置は使えないでしょうか?あれならば本艦のコンピュータと繋がっていませんから、犯人側の手に墜ちている可能性は低いですし」

副長からの提案に戸川は首を横に振る。

「駄目だ。脱出艇に搭載されている発進装置の出力は小さすぎる。運よく軍の哨戒機が信号を捕らえてくれない限りはまず増援は期待できんだろう。それに、船内の全システムは犯人に掌握されている。脱出艇を船から出そうとしてハッチを空ければ勘付かれる」

 

 打つ手は無い。しかし、船乗りとして客を犠牲に生きながらえることには抵抗を感じずにはいられない。

「……艦長、ご決断を」

艦橋にいる全クルーの目が戸川に向けられる。クルーの命を護るため、乗客を危険から護るためにここで己は決断を下さなければならない。それが船を託された者の責務だ。船が沈む最後の瞬間まで船長は乗員乗客のために全てを尽くす義務がある。

 

 戸川は覚悟を決めた。

「……船内通信を使って指名された男女を脱出艇のハンガーに連れ出すように添乗員に指示を出してくれ。彼らには、ハンガーで私が事情を説明する」

艦橋のクルーは皆険しい表情を浮かべているが、異を唱えることはしなかった。これが戸川にとった苦渋の決断であることは彼らにも分かっていたのである。

「船長、僕も付き添います。脱出艇の通信機の出力を上げる方法がないか、確かめさせてください」

戸川は無言でリアを促した。そして押し黙るクルー達に背を向けて、戸川らは艦橋を静かに後にした。

 

 

 

 

「僕達を引き渡せ……それがむこうの要求なのですか?」

ハンガーに連れてこられた青年……キラ・ヤマトは険しい表情を浮かべている。傍らに寄り添う女性――マリカも不安そうに青年の腕を抱きしめている。雰囲気から察するに、彼らは男女の仲にあるようだ。

「そうです。犯人はこの艦のメインシステムを掌握しており、生命維持システムも彼らの思いのままという状態です。要求が受け入れられない場合は艦の生命維持システムを停止させ、我々が動けなくなったところで貴方がたを拉致するだけだと犯人は言っていました」

「僕は犯人の要求に従うことにした船長の判断を支持します。しかし、できれば彼女は危険に曝したくありません」

「しかし、あちら側は交渉する気は無いようです。なんせ、あちら側には強硬手段という奥の手があります」

打つ手はこちらには無い。だが、戸川は彼らに恨まれようとも、一人でも多くの乗客乗員を護る義務がある。そのためには彼らを説得する必要があるのだ。しかし、罵倒され、拒絶されることも考えていた戸川に青年がかけた言葉は、彼の予想だにしないものであった。

 

「艦長、僕に残りの25分を預けてくれませんか?」

戸川は青年にかけられた言葉の意味が分からず、一瞬呆然とする。

「僕は元々プログラム関係の技術者をやっていました。ハッキングされているこの船のメインシステムを奪還できるかもしれません。犯人が示した時間の限界まで、やらせてください」

「し、しかし、この最新鋭の船のメインシステムを数分もかけずにハッキングした相手ですよ?とても勝ち目は……」

「僕はMSのOS作成にも携わっていたこともある軍人です。それに、折角時間があるんです。足掻かなければ損だと思いませんか?」

青年は今の状況とは不釣合いなほど、朗らかな笑みを見せた。

 

 

 

 

 青年は持参していた小型端末を使って大瑠璃丸のメインコンピュータへの干渉を開始する。

「……これはこの船内の端末からのハッキングじゃないな。犯人の使用した端末が見つけられない」

青年――キラ・ヤマトの零した言葉に戸川は眉を顰める。

「……どういうことだ?船内の共犯者にジャックされているんじゃないのか?」

船内にいるはずの犯人を拿捕しようと考えていた戸川は予想外のことに訝しむ。

「違います。……しかし、船外から直接この船のコンピューターに干渉することは不可能ではありません。軍機にあたりますので詳しくは説明できませんが、いくつか心当たりもあります」

キラの言う心当たりとは、アクタイオン・ヘビーインダストリーが開発したバチルスウェポンシステムだ。ミラージュコロイド粒子を媒介に任意の量子コンピュータに特殊なコンピュータウィルスを送信し、感染したコンピュータを掌握することができる。

このシステムを使用されれば、戦場で艦船やMSのメインコンピュータがハッキングされる恐れがある。そこで現在、日本軍ではミラージュコロイド粒子を媒介とした干渉を受けないようにコンピュータを特殊な組織で覆う措置を取っている。しかし、この措置は機密保持のために軍のコンピュータにしか施されていない。当然ながら民間船には施されていなかった。

「だけど……ミラージュコロイド粒子を媒介に干渉してくるってことは、逆もまた、可能だよね!!」

キラは誰にも聞こえないくらいの小さな声でつぶやく。

キーボードをたたく軽快な音が響くと同時にキラの逆襲が始まった。

 

 

 

 

 大瑠璃丸の艦橋の上部に取り付いているMSの中で、一人の男が凄まじい速さでキーボードを叩いていた。最初に大瑠璃丸を揺さぶった凄まじい衝撃はこの機体が大瑠璃丸に衝突したときのものである。このMSは大瑠璃丸がその姿を捉えることができない角度で取り付いたため、戸川らは未だに大瑠璃丸に取り付いているこの機体の正体に気がつけなかった。

「クソ、キラ・ヤマトォォ!!貴様ァ!!」

そのMSのコックピットの中で長髪の男が怨嗟の声をあげる。彼は今、電子の海で一人の男と戦闘中であった。しかし、現在は一進一退、いや、僅かに男の分が悪い。

「成功作は貴様ではない!!貴様を下して俺がそれを証明する!!」

男は現在電子の海で戦っている相手が自身の怨敵、キラ・ヤマトであることを確信していた。このタイミングで大瑠璃丸のシステムを掌握したこの機体のコンピュータをハッキングしようとする者など、彼以外にいるはずがない。あの導師からもたらされた情報にも一致する。確かにハッカーとしての能力も高い。

だが、ここで勝負に凝ったことは彼の落ち度だった。大瑠璃丸からの電子上の攻撃を彼は凌ぎきることはできなかったのだ。ハッカーとしての能力で、男はキラ・ヤマトよりも劣っていた。

「クソ!クソ!クソ!!これが成功作だというのか!?俺は!俺は失敗作だから勝てないのか!?」

男は激しく歯軋りするが、それで戦局が変化するわけがない。遂に、彼の機体のコンピュータは陥落してしまった。

 

 

「やった!!敵のコンピュータを掌握しました!!船内の全システムの管制も取り戻しました!!」

キラは満面の笑みを浮かべながら思わずガッツポーズをする。戸川も喜色を浮かべながらキラの肩を叩く。

「よくやってくれた!!すぐに軍に通報する!!これでこの船は」

「そこまでですよ、キラ・ヤマト…………全く、カナードも遊びすぎですよ。ムキになるからこんなことになる」

その時、ハンガーに落ち着いた声が響いた。その声の持ち主はこの船の通信長、リアだ。彼はどこから取り出したのか、船外活動用の宇宙服を着て、両手に2丁の拳銃を握りながらハンガーに立っていた。

 

「リア通信長!!貴様はいっ」

そこまで口にしたところで戸川は頭を銃弾で撃ちぬかれて沈黙した。サイレンサーを使っているため、銃声はとても静かなものだった。

崩れ落ちる戸川の姿を見たマリカは思わず恐怖でキラにしがみつく。リアはキラではなく、彼にしがみつくマリカに銃口を向ける。

「キラ・ヤマト。今すぐハッキングをやめてください。要求が受け入れられない場合は、強硬手段に出なければなりません」

「……君も襲撃犯のお仲間か。でも、君達の目的は僕達を拉致することのはずだ。ここで殺すことができるのかい?」

キラは女性を庇うように前に出て、冷静に交渉しようとする。

「確かに僕は貴方たちを殺すことはできません。でも、足の一本や二本撃ちぬくことなら許容範囲だって上司から言質とってますから……まぁ、確かに、ラクス・クラインには手が出せませんが」

リアの言葉でキラの顔が一層険しくなる。

「お迎えに参りました。ラクス・クライン嬢。礼をつくしてお出迎えしたかったのですが、残念ながら礼を尽くして貴女を迎えるだけの余裕はありませんでした」

「……私に何のご用件でしょうか、プレア・レヴェリー」

マリカ改め、ラクスがリアに非難じみた視線を送る。しかし、リア――プレア・レヴェリーと呼ばれた男はその顔に喜色を浮かべる。

「おや、私の顔を覚えていらっしゃいましたか。光栄ですね」

「……先ほどまでは気がつけませんでしたわ。月にいたころ、私の監視役兼連絡役だった貴方はもっと若かった――見たところ、12かそこらに見えました。しかし……」

「私自身、実は結構わけありなんですよ。さて、用件については、目的地に到着次第、説明させていただきます。私には、貴女に情報をむやみやたらと話す権限がないものでしてね……それよりキラさん。もういいでしょう?」

キラは悔しげに口元を歪めて敵コンピュータへの干渉を止める。その様子を見たリアは笑顔を浮かべた。

「懸命です。……さて、お二方にはすぐにこの救命艇に乗船してもらいます。既に宣告から30分が過ぎましたしね」

 

 

 

 キラはラクスと共にリアに険しい視線を送りながらハンガーに収められた救命艇に乗り込んだ。




これが今年最後の投稿となります。皆様、よいお年を。
来年も機動戦士ガンダムSEEDZIPANGUをよろしくお願いします。


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PHASE-X2 再会

明けましておめでとうございます。
今年も拙作をよろしくお願いします。


 貨客船大瑠璃丸の船底ハッチが開き、一台の脱出艇が離脱する。脱出艇の外壁には一人の男がしがみついていた。男はヘルメットに搭載された通信機でMSにのる仲間との連絡を取る。

『カナード。作戦目的を達成しました。すぐに離脱しましょう。準備はできていますか』

『貴様に言われるまでも無い!!貴様とてついさきほどまでモタモタとしていたくせに!!』

『仕方が無いじゃありませんか。目撃者は黙らせないといけませんからねぇ…………副長がこっちまで来るなんて僕にも予想できませんでしたし』

『最初から艦橋にいたゴミ共を一網打尽にすればよかったんだ。貴様の甘さが無ければことはもっとスムーズに運んだはずだ』

カナードと呼ばれた長髪の男が不愉快そうに吐き捨てる。そしてカナードはMSを操作し、脱出艇を抱えた。

『こいつを連れて帰ればいいんだな……全く、あのクソ坊主。こんな面倒なことしなくてもいいだろうが』

『口には気をつけてくださいよ、カナードさん。導師はこの混沌に支配された世界を正すべく活動しておられるのですから』

脱出艇にしがみついている男――プレアが若干キツイ口調でカナードを窘めた。しかし、カナードはプレアの言葉など意にも介さない。

『フン……俺はあの胡散臭い坊主が言ってる救世なんざ全く信じていない。俺があいつに協力しているのは俺自身の目的のためだ。あくまで、俺は自分の目的のために動くという条件で俺はお前たちに協力しているんだ。お前もあのクソ坊主から聞いているはずだが?』

『……確かにそれは聞いています。しかし、導師の前では口調だけでも改めてくださいね。僕は物分かりがいい方ですから気にしませんが、我々の中には導師に対する暴言を看過できない性分の人もいますからね』

『知らん。つっかかってくるなら、潰すだけだ』

カナードはそう言い残すと、脱出艇を抱えた自らの機体を往路に使ったコンテナに向かわせた。

 

 

 

 C.E.71 6月2日 大日本帝国 防衛省 第一会議室

 

 第一会議室は防衛省庁舎の上階にある最大規模の会議室、第一会議室で始まろうとしていた。そこに出席していたのは何れも防衛省の上級幹部や情報局の官僚、内閣府から派遣された者などの高級官僚ばかりだ。その中でも、上座に座る一人の男が口火を切った。

「…………時間が惜しい。第一報を聞いて駆けつけたため、未だに出席者の半分以上が今回の事件の全貌を掴みきれてはおらんだろうから、早急に事件の概要を説明して欲しい」

男――大日本帝国防衛大臣、吉岡哲司は前置きは無用だという意志を示した。そして吉岡の言葉を聞いて、一人の男が立ち上がった。

 

「宇宙軍情報管理部の小早川時彦少佐であります。本官から本件の現場検証にて得られた情報を報告します」

小早川が手元の端末を操作し、会議室の正面スクリーンに映像を映し出す。そこに映し出されたのは大日本帝国がオーブから譲渡された軌道上ステーション、アメノミハシラの映像だった。

「これはアメノミハシラに設置されていた外部監視カメラが収めた映像です。時刻は12時50分、画面右端に見える点滅する光が扶桑運輸の貨客船、大瑠璃丸です」

画面右端に見える光点が次第に近づき、その正体がはっきりしてきた。楕円に近い形状をした船だ。あるいは、甲虫のような印象を受ける。

そして船はアメノミハシラの桟橋とのドッキング体勢に入る。別に珍しくもない、ごくごく当たり前の風景だ。そのはずだった。

突然、減速をしていたはずの船体が加速を始めた。制動をかけるために進行方向にむいていたスラスターから光は消え、進行方向と反対に向けられたスラスターに光が灯る。そして加速を始めた船体はそのまま桟橋に激突する。

桟橋に激突した大瑠璃丸はいまだ止まる気配を見せない。軌道ステーションは各部に設置された姿勢制御スラスターを全開にし、静止軌道の維持を図る。しかし、予想以上の衝撃であったために、姿勢制御スラスターの出力だけでは軌道をそれつつあるステーションを元の軌道に戻すことは難しい。

 

 この時、アメノミハシラの軌道や姿勢制御を管制するメインコンピューターは瞬時にこのままではアメノミハシラは墜落すると判断、墜落回避のために取りうる最善手を管制室のオペレーターに提示する。オペレーターはコンピューターが弾き出したアメノミハシラの墜落回避の方法を知り、一瞬硬直する。

コンピューターは桟橋を切り離すべきという結論を出していたのだ。オペレーターは自身の独断で決断するには責任が大きすぎると判断し、アメノミハシラの最高責任者である大日本帝国宇宙軍アメノミハシラ警備府の司令官、望月雄峰少将に指示を仰ぐ。

望月はコンピューターの弾き出した結論を信じ、桟橋の切り離しを了承した。そして桟橋はアメノミハシラから切り離され、桟橋は大瑠璃丸ごと地球の重力に引かれて墜落していった。

しかし、アメノミハシラの桟橋は全部で6基、どれも馬鹿にならないサイズだ。更に大瑠璃丸まで落下している。これほどの大きさの物体が地表に落ちれば大気圏で燃え尽きなかった破片が地上に甚大な被害を与える可能性もある。

望月も当然それに気づいており、桟橋の切り離し後、桟橋とアメノミハシラが十分に距離を取れたらすぐに桟橋ごと大瑠璃丸を撃沈しようと考えた。しかし、アメノミハシラに設置されている6門の要塞砲――――かの海皇(ポセイドン)作戦にてザフトの大量破壊兵器、ジェネシスを崩壊させた特型20口径330cm要塞砲、通称デラック砲の射角は姿勢制御のためにとれない。

かといって、アメノミハシラ付近を遊弋している巡洋艦や駆逐艦の砲では威力不足だ。そのため、望月は桟橋の破壊のために奥の手を切ることにした。

 

 早期の姿勢制御が功を奏し、元の軌道に戻ろうとしていたアメノミハシラが再度軌道をそれて高度を下げ始める。これでデラック砲は射角を確保することができた。アメノミハシラに設置されたデラック砲の内、2門がゆっくりと旋回し、桟橋と大瑠璃丸に狙いを定める。

そして巨砲から吐き出された紅い奔流が落下しつつあった桟橋に命中、桟橋を破砕する。続いて第2射が放たれ、こちらも寸分違わず大瑠璃丸を射抜いた。有事の際には簡単な改造で空母に改装できるつくりになっている大瑠璃丸であっても、ジェネシスを撃ちぬく要塞砲に耐えられるわけが無い。大瑠璃丸は乗客乗員300名以上と共に宙の藻屑となった。

 

 

 

 一方、軌道をずれ、墜落する軌道を取りつつあったアメノミハシラだが、なんとそこから持ち直し、再度高度をあげて静止軌道へと戻ることに成功したのである。

通常、同時に6隻の空母クラスの巨艦が着岸できる世界最大の静止軌道ステーションとなれば、通常であれば僅かにでも静止軌道から外れてしまえば回復はできず、そのまま地球の重力に引かれて墜落することは免れない。

しかしアメノミハシラは日本の接収後に大改装を受け、最新鋭の設備が新たに設けられていた。まず、先にあげた要塞砲であるデラック砲。そして小惑星にも匹敵する大きさの衛星の姿勢制御に必要となる膨大な推力を提供するマキシマオーバードライブだ。

 

 元々、日本がアメノミハシラを接収した時点ではアメノミハシラは未完成と言ってもいい状態だった。その原因は姿勢制御に使われるスラスターの問題にある。これほど巨大な物体を衛星の静止軌道上で運用するとなると、日々の細かい位置調整のために、またはなんらかの衝撃が加わったときに姿勢と軌道を適切な状態に保持するために膨大な推力を提供する機関が必要だった。

日本による接収前のアメノミハシラは自身の質量を支えるだけの推力を賄えるスラスターを用意できておらず、宇宙戦艦用の加速ブースターを改造した即席スラスターを各部に設置、一月ごとにそれを使い捨てることで何とか姿勢を制御していたという。そこで日本はマキシマオーバードライブをスラスターに採用した。マキシマオーバードライブの膨大な出力はアメノミハシラという巨大な物体の姿勢制御をある程度は可能にした。

しかし、それだけでは無い。日本はさらにアメノミハシラに最新鋭の技術を投入していたのである。それが、物理学博士号を取得している城南大学の若き天才学生が発明した反陽子浮遊システム、リパルサーリフトである。

 

 実は、マキシマオーバードライブは確かに膨大な推力が得られるが、細かい出力の調整が難しいピーキーな特性があるのだ。戦艦ほどの大きさの物体を動かすのであれば、まだコンピューターによる補正と操舵士、機関士の腕次第では全く問題なく運用できた。

しかし、アメノミハシラレベルの大きさの物体を重力の影響も濃く受ける宙域で制御するとなれば、マキシマオーバードライブによる制御は困難を極める。コンピューターの補正があれば姿勢制御は不可能ではないが、細かい軌道の修正を繰り返す必要があるため、一度アメノミハシラが軌道を外れて姿勢を崩したら、その復元にはおよそ数ヶ月はかかるとされている。

尚、諸外国はまだマキシマオーバードライブの理論から手探りで研究を始めたばかりで、大西洋連邦ですら莫大な予算をかけてテスト用エンジンの作成にこぎつけた段階にしかないため、諸外国はまだこの特性について掴んでいなかった。

一度軌道を外れたり、姿勢が崩れるだけで数ヶ月運用に支障をきたしかねない軌道ステーションなど大問題だ。オーブ側のプランではともかく多数のスラスターを設置することで問題の解決を図っていたらしいが。

そもそも、デラック砲は一射撃つだけでかなりのエネルギーを必要とする。一射を撃つだけであれば問題はないが、二射を連続して撃つとなるとマキシマオーバードライブであっても一時的にエネルギー切れを起こしかねない。

つまり、デラック砲2連射後のアメノミハシラはマキシマオーバードライブの大出力を利用して静止軌道に戻ることは不可能なのである。

 

 そして一方のリパルサーリフトは一定の出力を長時間維持することができ、その出力の細かい設定も可能、さらにこれまでのスラスター方式の移動とは違い、要塞外にスラスターを多数設置する必要は無いという大きなメリットがあった。推進力機関として見れば出力は不足していたが、揚力発生機関として見れば、この技術はとても優れていたのである。

そこで日本はアメノミハシラの姿勢維持、軌道修正機関としてマキシマオーバードライブとリパルサーリフトを併用して使用することを決定した。大出力が必要なときはマキシマオーバードライブを、細かな調整をするときはリパルサーリフトと使い分けることで如何なる状況でも迅速に対処できるようになったのだ。

余談になるが、このリパルサーリフトを発明した若き天才科学者は在学中でありながら防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)に強引に招聘され、リパルサーリフトの早急な実用化のために協力させられたのだという。そして更に不幸なことに、彼は横浜の魔女に目を付けられて徹底的にこき使われたらしい。

彼女から利用価値があると判断されるということは十分に優秀な証であるが、そんなことはこき使われる側には関係ない。実はその魔女にささやかな尊敬の念を抱いていた彼だが、一年近い共同開発に携わり、当初の尊敬の念を完全に喪失し、畏怖の念を抱くようになったそうな。そして彼は二度とあの魔女と関わらないと誓ったらしい。

しかし、そんなことは魔女には関係ないことだ。数年後、大学を卒業した彼は気がついたら防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)に就職することが決定していたという現象に遭遇することになる。そこで彼は悟るのだ。魔女からは永遠に逃げられないと…………

 

 

 

 さて、将来魔女の犠牲になる哀れな青年の話はこのあたりにして、大瑠璃丸撃沈後のアメノミハシラの話に戻ろう。

強引に軌道をずらして射角をとったアメノミハシラは、危険な高度まで下がりながらも、マキシマオーバードライブは一時的に使用不可な状態に陥った。そこで望月は軍機に指定されていたリパルサーリフトの使用を決断したのだ。

リパルサーリフトはこれからの兵器の未来を変える可能性を秘めた技術としてこの段階では秘匿されていた。アメノミハシラには試験的に導入されていたにすぎない。しかし、ここで使用すればまず間違いなくこの技術について各国に感づかれる。望月はアメノミハシラの喪失と桟橋と大瑠璃丸の落下による国益の損失とリパルサーリフトが各国の諜報部に感づかれる危険性を秤にかけてリパルサーリフトの秘密の漏洩を選んだのだ。

そしてリパルサーリフトを起動したアメノミハシラは高度をゆっくりとあげて静止軌道へと戻っていき、デラック砲の直撃を受けた桟橋と大瑠璃丸は破砕され、その欠片が大気圏へと降り注いでいく。

北半球に紅い流星が降り注ぐ。これらの流星は大気圏との摩擦熱で欠片が燃え尽きた際に放たれた末期の光だ。実際には流星の派手さのわりには大瑠璃丸及び桟橋の欠片による被害は微々たるものであった。

地球に降り注ぐ紅い流星群を映してアメノミハシラが捉えた映像は終了した。

 

 

 映像が終了しても、会議の出席者の表情は浮かない。それほどまでに今回アメノミハシラを襲った事件の一部始終は衝撃的であったのだ。

「ごらんのように、アメノミハシラは秘匿技術を漏洩することと引き換えに地上の被害を軽減することに成功しました。しかし、今回アメノミハシラが受けた被害は決して無視できるものではありません。桟橋が一基喪失、更に大瑠璃丸との激突の衝撃で四散したデブリが健在な残りの桟橋の内3基に衝突したとの報告が入っています。現場の整備班による見立てでは、損傷した3基の桟橋の内、1基は修復に2ヶ月、一基は半年かかるということです……更に悪いことに、損傷が浅い桟橋2基が宇宙軍アメノミハシラ警備府の軍用のもので、しばらくアメノミハシラ警備府につけられる艦は1隻だけとなります」

「損傷のない民間用桟橋を暫く回してもらうことはできないのか?」

吉岡が小早川に尋ねる。

「現在稼動している桟橋は軍用1基、民間用2基です。アメノミハシラは軍用区画と民間区画を明確に区別して運用しておりますので、民間用を軍用に回すとなると、軍の関係者と民間人が軍の運用区画で入り混じることになりかねません。機密保持の観点からするとデメリットが大きいかと。また、民間の物流にも影響を及ぼしかねません。深宇宙開発(ネオフロンティア)計画を本格的に始動したばかりである今の時期に物流が乱れることは国家の成長戦略に与える悪影響が大きすぎると考えます」

「……しかし、アメノミハシラ警備府は我が国の本土上空防衛の要だ。ここに戦力がおけなくなることは拙い」

「宇宙軍では、暫くの間アメノミハシラの周辺宙域に巡洋艦と駆逐艦を1週間ごとに交代で遊弋させることを検討しています」

毎週小規模な艦隊を派遣し続けるというのもやっかいだが、背に腹はかえられない。吉岡も不承不承ながらも頷いた。

 

「しかし、大瑠璃丸が桟橋に突っ込んだ原因は一体……」

軍令部書記官の日野垣真人が疑問を呈する。そして彼の疑問に答えるために小早川の隣に座っていた情報管理部の江森久美大佐が起立する。

「大瑠璃丸はデラック砲によって破砕されたため、航行記録を収めたレコーダーの回収は不可能です。しかし、さきほど海上保安庁からの連絡があり、地上に落下した脱出艇から大瑠璃丸の唯一の生存者を救出したとの報告がありました。生存者の名は大瑠璃丸副長、市倉大輔さんです。彼が目覚めれば、詳しい状況が把握できると思います」

「今すぐに話を聞くことはできないのか?」

「彼は腹部に銃撃によるものと思われる傷がありました。発見時には失血で危険な状態にあり、現在は那覇の海軍病院で手術中とのことです。彼の話の重要性は把握していますが、市倉副長が再び目を覚ますかどうかも怪しい状態なのです」

唯一の生存者にして唯一の希望の現状を聞いた出席者達は一様に険しい表情を浮かべる。

「……結局、彼が目覚めるまでは調査の進展は望めないということか」

吉岡が苛立ちを顕にしながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

「降りろ」

武装した集団に取り囲まれながらキラとラクスは脱出艇の外に出た。大瑠璃丸から拉致されておよそ数時間といったところだろうか。降ろされた場所はどこかのコロニーの湾港部といったところらしい。

周囲を取り囲んでこちらに……正確には自分に銃口を向けている男達はその立ち振る舞いから、おそらく元軍人だろうとキラは当たりをつける。自分だけであれば大立ち回りを演じてもよかったかもしれないが、この場にはラクスもいる。彼女に銃口が向くことは避けなければならない。

「ついてきてください」

ラクスにプレアと呼ばれていた青年がキラとラクスについてくるように促す。反抗することもできない二人はただ歩みを進めることしかできなかった。

 

 

「導師、入ります」

プレアに連れられて辿りついた湾港部の外れのあたりにある扉だ。どうやらこの奥に導師とやらはいるらしい。そしてドアが開く。

シンプルな造りだとキラは思った。普段は使用されていない小規模な会議室といった印象を受ける。そして部屋の奥、二人の護衛に左右を固めさせているのは黒髪の男だった。

「導師、ラクス・クライン様とキラ・ヤマト様をお連れしました」

プレアの声を聞いた男はプレアの方を向いた。

「ありがとうございます、プレア。よくやってくれました」

「光栄です。それでは、自分はこれで失礼します」

プレア破顔して喜びを顕にし、そのまま退室した。

 

「ラクス様、キラ様。どうぞおかけになってください」

まるで二人の位置を探るかのように顔を左右にゆっくりと振りながら、男はキラとラクスに着席するように促す。その振舞いや閉じている瞳から彼は盲目であることをキラは理解した。

 

「……お久しぶりですね、ラクス様」

マルキオが笑みを浮かべながらラクスに話しかける。盲目のために気がついていないのだろう。彼はキラの方を向きながら話しかけていた。しかし、ラクスは気にも留めずに彼に声をかけた。

「お久しぶりです、マルキオ導師」

ラクスの顔は、いままでキラが見た事がないほどに険しい表情を浮かべていた。




今回のネタ元
小早川
日野垣
江森

共にゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃より



魔女の犠牲となった某天才君

ウルトラマンガイアより


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PHASE-X3 キラ・ヒビキ

機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU
の原作キャラ紹介

そして番外編である
機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS
の最新話

更に更に!!昨日から投稿を始めたSEED ZIPANGUの続編

機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU

の第一話を今回同時に投降しました!!疲れた……


 小さな会議室の中で、静かに火花が散っていた。

「…………本当に久しいですね、ラクス様。貴女が救世の道で己に降りかかる責任を重荷に感じ、投げ出してしまったのは2年ほど前のことでしょうか?」

「私は責任を重荷に感じて逃げ出したのではありません。私は民を誑かす道化(ピエロ)を演じることを強いられる未来を受け入れられなかっただけです」

マルキオはまるで聖人が愚かな罪人を諭すかのようなおだやかな口調で言った。

「ラクス様。貴女は救世の御旗を道化(ピエロ)だと……民を誑かす悪のように申されますが、それは違います。SEEDを、世界を救う力をもつ貴女が今の乱れた世に立つことは運命なのです。貴女の力がこの世をあるべき姿に変えるのですよ。ナチュラルもコーディネーターも等しく生きる、平和な世界をつくる指導者となるべきお方……それが貴女なのです」

「世界を変えるのはSEEDをもつものではありません。世界を変えるのは、その時代に生きる人々の意思です」

「…………古くはアレキサンダー大王、チンギスハン、ヴラド3世、アドルフ・ヒトラー、最近ではジョージ・グレン。彼らは皆、その一言で世界を変革した人々です。彼らの手によって世界は変革され、歴史が動かされたと言ったも過言ではないでしょう。そして彼らはSEEDを持つものであったと私は考えています。世界を、歴史を変えてきたのは彼らなのですよ。彼らのように人類に夢を、可能性を魅せて世界を正しい方向に導くお方が今、再び必要とされていると思いませんか?」

「私は思いません。彼らは確かに人を動かし、世界を変えました。しかしそれは彼らを支持する人々が世界を変えたというべきでしょう。そしてそれは運命で決められているわけではありません。彼らが望んで、自分自身で選択した道なのです」

 

 穏やかな口調で説得を試みるマルキオだが、ラクスも一歩も引かなかった。マルキオは心底残念そうに溜息をつく。

「……シーゲル様の崇高な理想を継ごうとは思わないのですか?」

「父は父、私は私です。そして何より、父は私に己の跡を継いで欲しいなどと考えていなかったと確信しております。ですから父の理想が例えどれだけ崇高なものであったとしても、私は父の果たせなかったことを継いでゆくつもりはありません」

ラクスの口から放たれた父の理想の拒絶を聞いたマルキオは驚きを顕にした。普段は能面のように決まった表情しか浮かべないマルキオが驚愕を隠せなかったのだ。その衝撃は如何ほどか。

「父は私をあくまで普通の娘として愛し、育ててくださいました。プラントの独立運動家の娘ではなく、シーゲル・クラインという人間の娘として。ですから、父の遺志を継ぐということは、私が普通の娘として幸せに生きることだと私は思うのです」

 

 マルキオは溜息を吐き、俯きながら口を開いた。

「ラクス様。正直、私は失望しております。貴女が今ここで立つことは世界を正しき方向に導き、多くの民を救うこととなるでしょう。貴女は民を苦しみから救いたいと思わないのですか?」

「確かに、今この瞬間に苦しむ民がいることは分かります。しかし、その民を救うために必要なのは世界を正すという名目で武力を行使することでは決してありません。粘り強い対話によって世界全体の問題を解決していくことが民を救うために必要なのだと私は思います」

マルキオは険しい表情を浮かべる。もはや彼女の説得は不可能に近いことを悟ったからだろう。そこで、彼は交渉の対象をラクスではなく、キラに変えた。

「キラ・ヤマトさん。貴方はSEEDを持つものとして、世界をあるべき姿にすることについてどのように考えますか?」

突然話を振られたキラだが、その動揺を努めて顔に出さないようにした。これは一年の間積み重ねた修練の賜物だ。

 

 対プラント戦争終結後に行われた宇宙軍の大規模な再編により、キラは当初少尉に昇進の上で安土航宙隊に配属される予定になっていた。しかし、これに当時のキラの上司である武が異議申し立てしたのだ。

曰く、これまで単機、もしくは国で五指に入るトップエースとの連携しか経験のないキラをいきなり通常の技量の部隊に配属しても本来の実力が発揮できない恐れがあるとのことだ。

そもそも、彼は軍人としての教育そのものが付け焼刃な状態だったと言っても過言ではない。実際、キラが軍人としての教育を受けたのは富士教導隊に預けられていた数ヶ月の間だけだ。

あの頃はともかくキラのエース級の戦力が惜しく、アークエンジェルに配属されている間だけなんとかなればいいという教育をしていた。朝から晩までほぼ詰め込みで教育をしたため、前線で戦う軍人としてギリギリ許される振る舞いをマスターするだけでキラには手一杯だったのだ。

結果、キラはおよそ一年の間訓練学校に叩き込まれることになった。といっても、通常の生徒とは異なったカリキュラムを組まれていたために他の学生とは比べ物にならないハードスケジュールだったのだが。

しかし、その一年でキラは日本軍の少尉として恥ずかしくない振る舞いを身につけることができた。ポーカーフェイスも教官にみっちり叩き込まれていたので、この程度では驚きを顔に出すこともなくなっていた。

 

「世界が平和になることはいいことだと思います。しかし、僕は僕です。SEEDを持つものとか、そんなものは関係ない。僕は貴方の言う救世とかに参加するつもりはありません」

きっぱりとそう言い切ったキラの言葉にマルキオは落胆した表情を見せる。

マルキオは自身が打ち立てたSEED理論を信奉していた。かつて視力を失ったことで彼が得た新たなる感覚は、彼にSEEDというものの存在を確信させたのだ。

しかし、実際にはどうだ。彼が信じていたSEEDを持つものは誰もが道を踏み外す。

誰もが救世を掲げるという己の使命から目をそらし、凡百の輩のように間違った世界をただ受容するだけだ。自分が果たすべき使命を、救われるべき命を見捨てて彼らは目先の自身の安寧に走る。これのどこが英雄なのだろうか。英雄であるべき者がこのような姿を曝すことは許されることではない。

マルキオは心の内に迸る憤慨を抑えながらキラに再度問いかける。狂った世界の申し子として生まれたこの青年ならばきっとこの世界を憂い、変えようとする志を持っていると信じて。

「貴方は、この狂った世の犠牲になったご自身の実の兄妹を前に、同じ台詞を言えますか?」

「……貴方の仰っている意味が分からないのですが。自分には兄妹などおりません」

マルキオからの脈絡の無い問いかけにキラは淡々と問い返す。しかし、マルキオはその答えに少し眉を顰めた。

「もしかして、貴方はご自身の出生について今のご両親から聞かされていないのですか?」

「自分はカリダ・ヤマトとハルマ・ヤマトの息子に間違いありません。失礼ですが、誰かと勘違いされていませんか?」

「いいえ。私が知るキラ・ヤマトという数奇な出自を持つ男性は貴方に間違いありません。しかし、そうですか。ご両親からは何も聞かされていないということですか」

「……先ほどから何を仰りたいのか、自分にはさっぱり分かりません」

キラに嫌疑の眼差しを向けられたマルキオは一息ついて語り始めた。

「……ならば、私の口からお伝えしましょう。貴方の本当のご両親と、貴方の出生の秘密を」

 

 

 

 時は19年ほど遡ってC.E.54。メンデルにあるG.A.R.M.R&D社の研究室で二人の男女が激しい剣幕で怒鳴りあっていた。男の名前はユーレン・ヒビキ。現在学会にその名が定着しつつある優秀な科学者である。

そして彼に激しい剣幕で詰め寄る女性はユーレンの妻、ヴィア・ヒビキであった。彼女自身も科学者であり、妻として、そして助手として公私両面でユーレンをサポートする優秀な女性であった。

 

「どうして!?どうしてあの子を奪ったの!?」

ヴィアがユーレンの胸倉を掴んで揺さぶる。

「返して!!あの子を返してよ!!もう一人の……」

ヴィアは涙ながらに訴えかけるが、ユーレンの意思は揺るがない。

「私の子だ!!最高の技術をもって最高のコーディネーターにするんだ!!」

「それは誰のため!?貴方のため!?」

「この子のためだ!!優れた能力と約束された輝かしい将来……それこそがわが子への最高の贈り物だ!!何故それが分からない!?」

ユーレンは熱弁するが、ヴィアは納得とは程遠い表情を浮かべている。

 

「最高のコーディネーター……それがこの子の幸せなの!?」

「よりよきものをと、人は常に進んできたんだ!それは、そこにこそ幸せがあるからだ!」

「誤魔化さないで!!それは貴方の望みに過ぎないわ!!」

「違う!これは」

「貴方は結局白神先生を超えたいだけじゃない!!白神先生の最高傑作を超えるコーディネーターを造ることが貴方の目標!!違う!?」

ヴィアの叫びにユーレンは驚きの表情を見せる。

「まさか……君は知ってるのか?」

「私は貴方の妻よ……貴方の執念が白神先生を超えることにあるってことはお見通しよ」

ヴィアは机に立てかけてある写真を手にとった。そこに映っているのは大学時代の恩師、今は亡き白神博士とヴィア、ユーレン。そして数人の仲間だ。

「貴方が白神先生を超えることに執心していることは結婚した頃から分かっていた。でも、その頃はその動機まではわからなかった。……最高のコーディネーターを造ることがどうして白神博士を超えることになるのかが分かったのは、白神博士が亡くなった後、英理加さんに先生の遺品の整理を頼まれたときよ」

 

 数年前、彼らの恩師である白神博士が癌により帰らぬ人となった時、ヴィアはその遺品の管理の手伝いを白神博士の娘、英理加に頼まれた。

学会にその名を轟かせる白神博士の遺した研究資料となると、その中には学術的に大変価値のある論文などがあってもおかしくない。しかし、彼の残した資料は膨大であり、とても一人娘である英理加に整理しきれるものではなかった。

博士の娘である英理加も高名な生物工学学者であり、その資料の整理に必要な知識と経験は十分すぎるほどにあったが、如何せん人手が足りなかった。そこで彼女はかつての父の教え子で、自分もよく知っているヴィアをその手伝いで呼んだのである。

そして白神博士の残した資料を探る中で、彼女達は白神が娘にも告げることが無かった歴史の真実を知ることとなった。

 

「白神博士もその生誕に少なからず関わった世界最初のコーディネーター、ジョージ・グレン。……ユーレン、貴方が最高のコーディネーターを造ることに固執するのは、先生の造った最高傑作であるジョージ・グレンを超える存在を造りだすためでしょう?」

そう、白神が遺した資料の中にあった規格が相当古い記憶媒体の中にあった資料の中にはジョージ・グレンの生誕に纏わる資料があったのだ。そしてその資料に記されたジョージ・グレンの開発チームの名簿の中には白神博士の名前もあった。

白神はあのジョージ・グレンを造り出した科学者の一人だったのだ。

 

「……私がそのことを知ったのは、偶然だった。ある日、掃除をしていた私と桐島は研究室で博士の机の上の本に挟まっていた一枚の写真を見つけたんだ」

そこに映っていたのは若かりし頃の白神博士と数人の白衣を着た男達、そして中心にいた金髪の赤子の姿。

「写真の裏に書いてあった日付は旧暦のものだった。そして写真に写った金髪の赤子、その背後にあったのは遺伝子組み換えに使用される設備だ。写真に写った白衣の男の中には見覚えのある生物工学学者も数人いたからすぐに勘付いた。あの赤子がジョージ・グレンだと」

ジョージ・グレンが生まれたのはC.E.が始まる16年ほど前と言われている。勿論、これは本人の証言でしかないために真実は不明だ。そして彼に続くコーディネーターが生まれたのはジョージ・グレンの手によってコーディネーターの調整法(レシピ)が公開されたC.E.15より後のこととなる。

後に生物工学の権威となった白神博士を中心とした高名な科学者達、そして遺伝子組み換えの研究施設、研究成果を誇るような表情を浮かべている男に抱えられた金髪の赤子。それだけでこの赤子の身元を察するには十分だった。

「私は桐島と二人で白神先生を問い詰めた。最初はしらばっくれていたが、マスコミに写真を漏洩するっていったら渋々ながら話してくれたさ」

勿論、桐島にもユーレンにも本気でマスコミに写真を渡すつもりは毛頭なかった。生物工学の権威である白神博士は学者の卵である当時の彼らの憧れであり、それに加え、あのジョージ・グレンを造った科学者であったとしたら、彼らにとっては世界で最も尊敬する科学者にもなる。そんな偉人をゴシップ好きなマスコミに売るような真似はとてもできなかった。

その心情を白神博士が知っていて、それでも尚真実を明かしてくれたのか、それとも彼らの嘘を真に受けたのかは分からないが、白神博士は彼の口から真実を彼らに伝えた。

 

「私はどうしてジョージ・グレンを造り出した先生が人のコーディネートから足を洗ってバクテリアや植物の遺伝子操作に進んでいるのかを尋ねた」

その時の白神の言葉をユーレンは今でも一字一句正確に覚えている。

「『人の遺伝子を操作することで、ジョージ・グレンが生まれた。彼の広めた調整法(レシピ)からコーディネーターが世界に浸透した。コーディネーターの増加に伴って過激なコーディネーター排斥思想が生まれた。そして世界は変わった。私達が変えたと言っても過言ではないだろう。そして当時の私は自身が世界を変える化け物を造り出したことに歓喜し、誇りを持ったものだった。』」

「『だった』……?まさか先生は……」

「そうさ。先生はこう続けたんだ。『しかし、ならば怪物を造った自分は何なのだろうか。キマイラやケルベロスを産み、ゼウスに戦いを挑んで地球を炎で包んだテューポーンのようなものではないかと思った。私は自分が怖かった、認めたくなかった。……人類を、地球を救う研究をしていると科学者でありたいと思った私は、コーディネーターを造ることを忌避するようになった』と」

 

 ユーレンの口調は次第に苦々しいものになっていき、その眉間に皺がよる。そして彼は吼えた。

「先生は!!ジョージ・グレンというものを生み出すほどのお力をお持ちだった!!それなのにつまらない感傷でわき道に逃げ出したんだ!!」

真実を告げられたときは当時のユーレンも激昂した。そして白神博士に食って掛かった。

「私は先生に詰め寄った!!先生ほどのお方がどうしてそのような感傷に囚われているのかと尋ねたんだ!!」

その時に白神博士が返した答えをユーレンは忘れていない。その時の言葉こそが彼を最高のコーディネーターの製造という狂気じみた野望に染め上げたと言っても過言ではないのだから。

「『君には、まだ科学というものが分かっていないようだな』……それが白神先生の答えさ!!」

ユーレンは机に拳を叩きつけた。

「下らない感傷でその力の使い方を見誤った先生が!!私に向かって科学というものが分かってないと!?逃げ出した先生が科学を語るのか!?」

「……だから貴方は最高のコーディネーターに凝るの?先生の最高傑作(ジョージ・グレン)を超えるコーディネーターを造り出して、先生の言葉を否定するために……」

「そうだ!!コーディネーターの調整法(レシピ)が世に出てからおよそ40年が経ったが、彼の伝えた調整法(レシピ)通りに造られたコーディネーターも、ジョージの調整法(レシピ)を元に各国の科学者の手で造られたコーディネーターも、誰もがジョージには及ばなかった!!確かに彼らは優秀だったし、それなりの功績を残したが、それでもジョージ・グレンの業績と比べればたいしたことはなかった!!」

 

 ヴィアも、いや、生物工学に携わるものであれば誰もが知っていることだ。ジョージ・グレンが全世界に広めた調整法(レシピ)に基づいて生まれたはずのコーディネーター達は確かにナチュラルとは隔絶した身体能力や頭脳を持っていた。しかし、彼らの能力はジョージ・グレンのそれに比べれば明らかに劣っていたのだ。

生物工学者はジョージのもたらした調整法(レシピ)を研究し、ジョージ・グレンの再来というべき性能を持つコーディネーターの開発に躍起になった。しかし、どうやってもそれは不可能だった。

「ジョージ・グレンを超えるコーディネーター……それを造るための答えが冷たい鉄の子宮だと言いたいの?」

ヴィアは目じりに涙を浮かべながらユーレンを睨みつける。如何なる事情があろうとも、夫のやろうとしていることを許すことは彼女にはできなかった。

「そうだ。現在の理論上で造り得る最高の能力を発揮できるように遺伝子を操作し、胎児の発育も人工子宮で完璧に調整することでスペックに寸分も違わぬコーディネーターを生み出すことができる」

そしてユーレンは続ける。

「妊娠中の母体だって人間だ。日常の僅かなストレス、運動、食生活、全てが胎児のいる子宮の環境に干渉する可能性を秘めている。それによって胎児の中に不確定要素が入り込むことになり、コーディネートどおりの子供が生まれなくなる例も多数報告されていた。しかし、人工子宮ならその心配はない」

「でも!!どうしてあの子を実験につかうの!?」

「それがあの子のためなんだ!!そして私の子が先生の(ジョージ・グレン)を超える!!白神先生が亡き今!!私が先生を超える方法はこれしか無いんだ!!」

 

 それは、ユーレンにとっては親心だった。誰だって自身の息子や娘には幸せになってもらいたい。ましてや初めての自分の子だ。コーディネートを生業とするだけあって、ユーレンという男は時代の潮流を理解していた。

何れ、自身がコーディネートした子供達が社会を回すときが来る。その時、ナチュラルとして生まれた我が子が幸せに生きられるのかと問われれば答えを出すことは難しい。同年代のナチュラルに比べて抜きん出た力を持つ者たちが社会を回すようになれば、能力の低いナチュラルは社会の下層へと追いやられる可能性は高いだろう。

自らの初めての息子が将来社会の下層に追いやられることなど彼には受容できることではなかった。この幸せを願う親としては至極当然のことであろう。そして彼は決めたのだ。ジョージ・グレンを超えるスペックを我が子に与えようと。

別にジョージ・グレンのような偉大な業績を積むことを期待しているわけではない。そのような実績を積むような子供であれば誇らしいのは確かだが、子供に将来への道を押し付ける気は彼には早々なかった。

彼の心にあったのは、その子供が望むならばどんな将来も切り拓ける力を与えてやりたい。そんな純粋な思いやりだったのだ。

しかし、彼は生物工学の観点でしか社会を見ることができなかった。社会の真の潮流、世論や政治が振り回す世界の実情を彼は掴み取れていなかったのである。そのために優れた能力が社会における最高の武器だと最後まで彼は妄信し続けることとなる。

 

「それは貴方のエゴよ!!貴方のエゴをその子に押し付けないで!!子供は貴方のおもちゃでも、実験材料でも所有物でもないわ!!それは……一つの命なのよ!!」

ヴィアは必死にユーレンに縋る。しかし、ユーレンは妻の言葉に耳を貸さない。

「もう実験は始まっている!!それとも、君はあの子を人工子宮から放り出せとでも言うのか!!」

「私のお腹にあの子を返してくれれば!!」

「もう無理だ!!無理に胎盤に移植する手術をすれば君も、そのお腹の中の子供も無事ではすまないんだぞ!!」

既に人工子宮に奪われた我が子も順調に発育している。今、我が子を自分の胎盤に移植する手術を行うとなると、母体への負担は大きな手術となる。そうなれば自分の命も、お腹の中のもう一つの命も危険に曝されるのだ。

「……私は君も、私達の子供も死なせたくはないんだ」

そう言うとユーレンは彼の腕を掴む妻の手を強引に払いのけて部屋を後にする。誰もいなくなった薄暗い部屋でヴィアは涙を流さずにはいられなかった。

 

 

 

 その数ヵ月後、ヴィアは一人の女の子を出産する。名前はカガリ・ヒビキ。同じ日に人工子宮からも男の子が取り出され、キラ・ヒビキと命名された。ヴィアは二人の子を分け隔てなく愛し、育てようとした。

しかし、その矢先に事件が起こる。ジョージ・グレンを超える能力を持つコーディネーターが生み出されたという事実が漏洩し、メンデルにあるG.A.R.M.R&D社はコーディネーター排斥団体の過激派の最大の標的となったのだ。

しかし、その最高のコーディネーターとやらが誰なのかという情報までは彼らは掴めなかった。そこで彼らはメンデルにいる全ての人間ごと最高のコーディネーターを抹殺するという手を取った。

使用されたのは毒ガスだった。それも、それ自体が触媒となり、酸素と反応して強力な毒素を精製する大気改造ガスだ。それがコロニー内部の空気循環システムに仕掛けられ、コロニー内部は紅いガスによって覆われたのである。

ヴィアは命の危険に曝された我が子を妹に預けて救命ポッドで脱出させた。そして自身は研究所の責任者の補佐としての責任を全うすべく、職員の避難誘導に従事してその命を落すこととなったのである。

 

 メンデルから命からがら脱出したヴィアの妹、カリダはG.A.R.M.R&D社の出資者の一人であったオーブのアスハからの接触を受けてカガリをアスハに預けた。彼が何を考えてカガリを引き取り、キラに庇護を与えたのかは分からないが、そのおかげでキラとカガリはそれから十数年の間、自らの出生の秘密を知ることもなく健やかに成長することができたのであった。




疲れた……正月のストックを使い果たしました。
しばらく忙しいので更新できなくなります。


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PHASE-X4 stand by me

ようやく時間が取れました。


「これが貴方という究極のコーディネーターの出生に纏わる出来事なのですよ」

マルキオは長話をして乾いた喉を潤すためにテーブルに注がれた紅茶を口にする。一方、話を聞いていた側であったキラの喉も渇きを訴えていた。

自身の本当の両親、己の出生に秘められた父の野望、自分を生み出すために実験台となり、犠牲となった数多の命。その事実はキラの精神に強烈なダメージを与えていたのである。

 

「もう一度聞きましょうか……キラ・ヤマト君。貴方は、自分を生み出すために犠牲となった命に報いるつもりはないのですか?世界を変革し、己の罪を償おうとは思いませんか?」

キラの精神が動揺している隙を突き、マルキオはキラの心に言葉の刃を突き刺す。元々キラの心は脆いところがある。戦う決意を、護るという決意を決めた後の彼はその心を堅固な信念で覆い防御していたが、心に空いた隙間を縫ってキラの心に差し込まれた刃はキラの心に大きな傷をつけていた。

心が傷つき、信念が揺らぐその瞬間を狙い、マルキオは揺さぶりをかける。

「もしも貴方がこのまま一軍人であることを貫いたのなら、貴方を生み出すために犠牲となった命は一体なんだったのでしょうか?貴方一人を究極のコーディネーターとして誕生させるための礎だったということでしょうか?」

キラは俯いており、その顔面はまるで病人のように蒼白だ。自分一人を産むために犠牲となった数多の命の存在はなんだったのだろうか。自分が生まれながらにして背負わされたものの重圧を感じ、精神は締め付けられていた。

 

「……証拠は、あるんですか」

キラは喉から搾り出したかのようなか細い声でマルキオに問いかける。

「貴方の驚異的な能力は証拠にはなりませんかね?軍事訓練を受けたことも無い少年がMSを駆り、僅か2ヶ月の間にバルトフェルド隊やクルーゼ隊、モラシム隊といったザフト指折りの部隊を退けたのです。当然、ザフトのパイロットはコーディネーターだ。いくら搭乗機が当時最新鋭の機体だったとはいえ、よく訓練された精鋭のコーディネーターを圧倒する素人なんて、いくらなんでもおかしいとは思いませんか?」

確かにそうだ。相手が地球連合のナチュラルのパイロットならまだしも、自分の相手はいつもコーディネーターだった。これまでは自分には才能があったのだと考えていた。また、上司であった白銀大尉もナチュラルでありながら自分と同じようにあっという間にMSを乗りこなしたと聞いていたため、自分がずば抜けて特別という考えは浮かばなかったのである。

マルキオは続ける。

「貴方は、ご両親が何故自分をコーディネーターにしたのか、聞いたことはないのですか?」

聞いたことなんてない。別にその考えを思いつかなかったわけではない。ただ、それを聞くことが怖かったからだ。そして、自身をコーディネーターにした理由を親に聞くということは、ある一面では親に対する糾弾でもある。

「それとも、貴方が私の話を否定する確固たる根拠があるのですか?」

キラはマルキオの問いかけに答えることができない。必死に考えて見るものの、自分が彼の言うような忌むべき研究から生まれたのではないことを証明するものは見つからない。また、マルキオの言葉に矛盾は無いか考え直してみるが、それも分からない。

 

 顔を青ざめながら自分自身の存在を肯定するものを必死で考えるキラの隣で、ラクスが口を開いた。

「キラ」

キラはとまどう。隣に座っている彼女は一体どんな表情をしているのか。自分の素性を聞き、恐れを抱いているのではないか。そんな考えがキラの脳裏を過ぎる。

「キラ!」

反応を示さないキラに対し、ラクスはやや大きな声で呼びかける。だが、キラは振り向かない。

怖いのだ。人と違うという――コーディネーターであるという理由で拒絶されることを恐れ、自身の素性を隠しながらナチュラルの社会に住み続けていた過去のあるキラにとって、自身が周囲とは違う存在として認識され、拒絶されることはトラウマといっても過言ではなかった。

まして、その拒絶を愛する人から向けられると思うと、恐ろしくてたまらない。

「キラ!!何故私を見てくださらないのですか!?」

反応を示さないキラに業を煮やしたラクスはキラの顔に両手を添え、強引に顔を向けさせた。しかし、それでもキラはラクスの視線から目を背けようとする。

「キラ……答えて下さい」

真っ直ぐに自身を見つめるラクスを前に、キラは意を決してラクスを見つめ返した。

 

 ラクスの瞳は澄んでいた。怖れも、拒絶も映っていない、純粋な瞳だった。怖れていたような表情ではなく、慈母のような微笑を浮かべるラクスの姿にキラは戸惑う。

「例え人工子宮で生まれた存在であろうと多くの命を犠牲に生まれた存在であろうと、私にとってキラはキラにかわりないですわ。例え究極のコーディネーターでも……」

ラクスはキラの手を自身の手で優しく包む。

「誰も、キラに究極のコーディネーターであることを望んではおりません。誰も、自分の生まれながらの立場、あり方に添って生きる必要はないのですから」

ラクス自身も己のあるべき姿、周囲から斯くあるべきと望まれた自身の姿――プラントにおける最高指導者の後継者としての立場を選ばなかった。それは今は亡き父が彼女に自身の未来を選ばせてくれたからだ。

生まれ、育ち、才能から言えば、ラクスにとって政治家というものが天職だったのかもしれない。現在もプラントで活動しているラクス・クラインを騙り政治の場に立つ偽者のように生きることができたのかもしれない。むしろ、彼女よりも上手く政治をしていた可能性が高い。

娘を政治家として教育すれば、プラントにとってどれほど有益かシーゲルが分かっていないはずはなかった。それでもシーゲルは娘に為政者としての将来を押し付けなかった。それは、自身の未来を選ぶ権利は誰もが持っているものであり、、生まれ育ちや才能といった運命に従った未来を歩む義務は無いとシーゲルが考えていたからである。

結婚統制という形で人々の未来を遺伝子という運命で縛る政策を実施したシーゲルだからこそ、未来を選ぶ権利というものを重視していたのかもしれない。例え自身の政策が政治家としては間違っていないと信じていたとしても、娘の未来を案じる一人の親としては娘に運命を強いることに相当な抵抗をシーゲルは抱いていたのだろう。

「私も同じです。私が運命に従っていれば、救うことができた人も大勢いたでしょう。ある意味では、多くの人々の犠牲の上で私の現在(選択)があるとも言えます。ですが、自分の生まれた時から背負わされた運命を投げ捨てることができたから、私はキラの隣にいることができます。私は運命に従わなかったことを後悔してはおりません」

ラクスの手の温もりと自分を想う眼差しに、心から愛おしさがこみ上げて来る。彼女の言葉が折れそうになっていた心を支えてくれる。

 

「……マルキオ導師、僕は貴方の示す道は選びません」

マルキオに向き直ったキラは静かな、それでいて確かな決意を籠めた声音で自身の意思を告げる。

「自分の運命を否定し、自分の背負っている数多の犠牲から目を背けるのですか?」

マルキオは淡々と問いかける。

「僕は多くの犠牲を背負って生まれてきた……それは事実かもしれません。貴方の言うように、世界の変革を掲げて世界をよりよい方向に変えていくことができる力が僕にはあるのかもしれません。だけど、僕は運命に従って生きたくない。運命よりも、僕といることを選んだラクスの想い()に応えたい。それが僕の選んだ答えです」

マルキオは閉ざされた瞳でキラを見据える。見えないはずの眼には、落胆と悲哀の感情が浮かんでいるようにキラには思えた。

 

「それが、貴方たちが選んだ答えというわけですか」

「はい。僕達は自分の未来は自分の意思で選びます」

小さな部屋から音が消える。暫しの静寂の末、マルキオは静かにその唇を開いた。

「……どうやら、貴方たちは愚かな思想に頑強に支配されているようですね。そのままでは何を説いても無駄でしょうから、明日からお二人には説法を受けてもらいます」

「洗脳でもしようと?」

「説法です。私は貴方に教えを説く、それだけですよ」

マルキオは部屋の入り口の方に声をかける。すると、扉を開けて先ほどの青年と眼帯をした女性が姿をみせた。

「レヴェリー、ハーケン。君達をラクス様とキラ様の世話役に任命します。お部屋に案内なさい」

「「はっ!!」」

ラクスとキラは二人に連れられて部屋を後にする。扉を抜ける二人の背にマルキオが声をかけた。

「お二人が救世の旗を立てる日を心待ちにしていますよ」

 

 

 

 

 C.E.73 6月3日 大日本帝国 防衛省 第一会議室 

 

 

「大瑠璃丸の市倉副長の意識が回復!!彼から事情聴取することに成功しました!!」

第一会議室に小早川が駆け込んだ。突然の朗報を受け、彼に会議室の視線が集中する。

「大瑠璃丸の暴走の原因は分かったのか!?」

日野垣が声をかける。

「はい!!彼の証言によると、大瑠璃丸はテロリストに襲撃され、コントロールを奪われていたとのことです!!」

そして小早川は市倉から聴取した今回の事件の一連の流れを語った。

 

 

 L4からデブリベルトを抜けて地球に向かう針路を取っていた大瑠璃は航路の途中で自艦に接近する物体を捉えた。それは元駆逐艦乗りだったという大瑠璃丸の戸川船長も見たことが無いMSだったという。コンテナを隠れ蓑に大瑠璃丸に接近したMSはそのまま大瑠璃丸と接触、さらに大瑠璃丸のコンピューターが完全に乗っ取られ、救難通信まで掌握されたために通報もできなくなった。

ヴァンガードと名乗った犯人側の要求は、乗船しているキラ・ヤマトとマリカ・ムサという乗客を30分以内に引き渡せというものであった。そして船長はその要求に応えるべく件の二人をハンガーに連れ出し、脱出艇を使い犯人側に引き渡そうとした。

市倉は予定の30分を目前にしても脱出艇に動きがないことを心配してハンガーに向かったが、そこで彼が目にしたのは射殺された戸川と、引渡しを要求された男女に銃を向けるリア通信長だった。

リア通信長は躊躇いもなく市倉にも発砲、彼は腹部と胸部に銃弾を受けて倒れる。胸の弾丸は運よく上着の内側の胸ポケットにしまっていたライターのおかげで防げたため、致命傷にはならなかったのだという。

因みにこのライター、こっそり船内に火器を持ち込もうとしていた乗客から没収した金属製のライターだったらしい。

そして市倉を銃撃したリアは男女を連れて脱出艇で船外に逃亡した。リアの裏切りを目撃した市倉はすぐさま艦橋に戻ろうとしたが、船内の全てのドアがロックされており、ハンガーから外に出ることもできない状態に彼は陥っていた。

応急処置を終えた彼はハンガーにあった残りの脱出艇に避難し、脱出艇の通信機を使って何とか艦橋と連絡を取ろうとするが、繋がらなかったという。つまり、犯人側の要求を満たしてもなお、大瑠璃丸は犯人の制御下にあったらしい。

そしてそのまま大瑠璃丸制御を犯人側が遺したウイルスらしきものに乗っ取られたままアメノミハシラの桟橋に突っ込んだ。その際に市倉の乗った脱出艇がパージされ、地表に落下したということだ。

 

「キラ・ヤマトにマリカ・ムサ……なるほど、標的は彼らだったということか……」

吉岡が眉間に皺を寄せながら唸る。

「吉岡大臣、どういうことでしょうか?」

日野垣が吉岡の呟いた言葉に反応する。

「……情報部に命じて、乗客の洗い出しも同時進行で進めていた。大瑠璃丸が狙われた背景を知るために必要だと考えてな。そして先ほど述べた二人の名前を聞いて、私は確信を持つに至ったのだ」

「キラ・ヤマト少尉については自分も理解できます。帝国で五指に入る撃墜王(エース)ですから。しかし、その……マリカ・ムサというのは?」

吉岡に会議室中の視線が集まる。今回の一連の事件の鍵となる人物の正体となれば、注目が集まるのも無理は無い。

「……これは外交にも影響を及ぼしかねんほどの機密事項だ。この会議室外で吹聴することは絶対に許されんぞ」

脅すように吉岡は会議室を見渡す。その鋭い視線と重圧が、これから明かそうとする機密事項の重大さを感じさせた。そして吉岡はその重い口を開いた。

「マリカ・ムサというのは偽名でな……彼女の真の名は、ラクス・クライン。プラントの最高評議会議長を務めていた故シーゲル・クライン氏の一人娘だ」

 

 吉岡が告げた真実に一同は驚愕の表情を浮かべる。あまりの驚きに会議室にいる一同が硬直している中、いち早く冷静になった日野垣が吉岡に尋ねる。

「プラントにいるはずの歌姫がどうして我が国の客船に偽名で乗船しているのですか?それに、彼女とヤマト少尉の関係は!?」

「今、プラントにいる彼女は偽者だ。本物のラクス・クラインは前回の大戦中に我が国に亡命している。ヤマト少尉と彼女は男女の関係にあるとのことだ」

更なる衝撃の事実に一同は開いた口が塞がらないといった様子だ。しかし、彼らもこの国の防衛政策に関わる防人だ。意識を切り替えて、これから自分達がすべきことを考える。

 

「市倉副長の証言によれば、彼らはデブリベルト付近で襲撃されたとのことです。そこからMSで移動したとしても、行動半径はそう広くないはずです。おそらく、デブリベルト内に母艦かがあったはずです。アジトをMSの行動圏内に造った場合、我々の探索で発見される恐れがありますから」

江守大佐が真っ先に口を開く。

「彼らは大瑠璃丸を地球に落そうと企み、生存者を徹底的に抹殺しています。情報が漏れるのを嫌ったのと、アメノミハシラの戦力を削ることを狙ったとすれば、その狙いは初動で我々と差をつけることにあると考えられます」

「仮に、そうだとして、初動で差をつけたやつらは次にどんな手をうつのだ?」

日野垣が江守に問う。

「……大瑠璃丸のレーダーは敵MSとの接触までの間、周囲に他の船の反応を捉えていません。熱源センサーも同様です。レーダーが捉えている範囲外に母艦があるとすれば、MSの行動半径などから計算して、デブリベルト内に母艦が存在する可能性が高いかと」

 

 その時、軍令部第四課課長、立花泰三准将が手を挙げた。

「待ってください!!彼らの母艦がデブリベルトにあると考えるのは、早計であると考えます」

「立花准将、しかし、それ以外に彼らの退路はありません」

江守が訝しげな表情を浮かべるが、立花の姿勢は変わらない。

「大瑠璃丸は襲撃の直前、安土管制本部と連絡を取っています。連絡を繋いだところでコンピューターが乗っ取られたために通報は失敗しましたが、下手をすればこの時点で我々に大瑠璃丸の以上を感知される危険性がありました。その場合、哨戒機がすぐさま現場に駆けつけるということもありえたでしょう」

立花は手元のコンソールを操作し、会議室のメインモニターに周辺の宙域図を映し出す。

「今回は正に間一髪といったところで失敗しましたが、ヴァンガードを名乗る犯人グループは最悪の場合、通報された上で迅速にヤマト少尉らを拉致することも計算の内だったと考えます。ブリッジにも共犯者がいた以上、強引にことを進めることも不可能ではないでしょう。最初から強引な手を使わなかったのは、なるべくヤマト少尉らと共犯者を身の危険に曝さないためであったと考えられます。そして、仮に通報された上で逃亡したと仮定した場合、デブリベルトに逃げ込むという選択肢をとることはまずないと言ってもいいでしょう」

「では、彼らは通報されることも計算の内であったと?」

「通報されることを拒んでいたなら、犯人グループの一員だった通信長が態々軍に通信を繋いだりはしない。今の民間の宇宙船に設置が義務付けられている緊急通信機は受話器を取るだけで軍と自動的に交信できるタイプのものだ。受話器を取る行為を渋ったら怪しまれる可能性がある以上、共犯者が通報せざるを得ないということも犯人グループの想定の範囲内と考えるべきだろう。そこで怪しまれれば、ブリッジで拘束される可能性もある。船長は元駆逐艦艦長、副長も元法務士官だったとなれば制圧は一筋縄ではいかない」

吉岡が顎に手を当てながら口を開く。

「なるほど……宇宙軍は主要航路を護るべく多数の哨戒機を遊弋させている。仮に襲撃が通報された場合、デブリベルトに逃げ込んだところで哨戒機が虱潰しに探せば見つからないわけがない。哨戒機が集まるまでにデブリベルト内を高速で移動するということは不可能であるし、デブリベルトから飛び出してL4宙域を逃げようとしても、L4宙域は我が国の哨戒機がうようよしている。不審船の一つや二つ、見つかるのは時間の問題ということか」

「はい。では、彼らは如何にして逃げるつもりだったのかと考えます。通報を受け、現場に哨戒機や遊弋中の艦隊が駆けつけるまでは、最低でも1時間半はかかります。目立つMSでの移動は最小限にとどめたいでしょうから、彼らは最短の時間で母艦に戻ろうとするでしょう。小早川君、同時刻、周囲を通行中だった民間の輸送船を調べてくれ。MSの全速力で1時間半以内に駆けつけることができる範囲内を航行中の輸送船があるはずだ」

「はっはい!!」

密かに憧れていた立花から声をかけてもらえたことに少し心躍らせながら小早川は輸送船の運行記録を調査する。

「あっありました!!外灘運輸の貨物船、バントン・パール号が同時刻、別の航路を使ってます!!MSならば行き来可能です!!」

「バントン・パール号の行き先は何処だ!?」

「……L3です!!バントン・パール号はL4の小倉を出港後、L3のヘリオポリスに向かっています!!航路を今、モニターに出します」

メインモニターの宙域図にバンドン・パール号の航路が映し出される。

「この航路沿いで、バントン・パール号からMSで移動できる半径内に犯人グループのアジトがある可能性が高いと想われます。大臣!哨戒網をこのエリアに集中させる許可を!!」

 

 吉岡は立ち上がり、メインモニターを険しい顔で見つめる。そして、ややあって口を開く。

「……ことは重大だ。我が国の国民を300人以上殺害した卑劣な犯人グループを取り逃がした場合、末代までの恥だ。故に、失敗は許されない。立花准将、個人的には君の主張に賛同しているが、万が一のことを考えると、それに凝るわけにもいかん」

そして吉岡はその視線を立花に向ける。

「バントン・パール号の航路の調査には第二、第三航宙戦隊を割り当てる。それに伴い、第二艦隊からも護衛を出す。残りの哨戒機部隊はデブリベルト周辺を虱潰しに探せ。いいな、我らが守るべき国民を我ら宇宙軍の要塞砲に撃たせた愚か者を絶対に逃がすな!!」

吉岡は強い語調で会議室にいる全員にその気勢を見せ付けた。




まぁ、キラとラクスのやりとりの元ネタは察して下さい。
バンドン・パール号は某テレビドラマの劇場版第二弾の冒頭で爆発炎上した貨物船が元ネタです。
そして何故か名探偵立花准将になっちゃいました。

後3話は最低でも完結までにかかりそうです。


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PHASE-X5 FREEDOM

後2,3話で外伝にひとまず終止符を打つつもりです。


 C.E.73 6月4日 L4 メンデル

 

 キラとラクスがマルキオの手に捕らえられ、個室に軟禁されてから二日ほど経過していた。キラの囚われている部屋の前には常に監視員が配置されており、キラは部屋でおとなしくしていることを余儀なくされている。

一昨日マルキオから明かされた自身の出生に関する秘密は確かに衝撃的なものであったが、ラクスはキラはキラであり、たとえどんな生まれであろうと自信の愛が揺らぐことはないと言ってくれた。そのため、キラは一人で閉じ込められたからといって塞ぎこむようなことはなかった。

しかし、一方で自身を愛してくれたラクスの身の安全が気になってしまう。食事や見張りの交代の時間などを見計らって脱走の算段を立てようとしたが、警備は厳重で助けが無ければまず脱出は不可能だろう。

愛する伴侶を奪われ、今すぐにでも監視を打ちのめして強引に脱走したい衝動に駆られるが、キラに叩き込まれた軍人としての冷静な部分はそれを否定する。理性と衝動の板ばさみになったキラは外面では平静を装いながら、内心では自身の無力に憤りを覚えずにはいられなかった。

 

 

 

 

「通せ!!邪魔だ!!」

「しかし、面会には導師の許可が……」

「何故俺があの坊主に一々許可をもらいに行かなければならんのだ!!俺はやつの配下になった覚えは無いぞ!!」

 

 キラが如何に監視の目を掻い潜って脱出するかの算段を思考していると、個室の外から言い争う声が聞こえてきた。監視役の男と口論になっている相手の声には聞き覚えがある。確か彼は大瑠璃丸を襲ったMSのパイロットだった。そんな彼が一体自分に何のようだろうか。

「もういい!!俺は通る!!邪魔立てするやつには容赦せんぞ!!」

その後、何かが壁に叩きつけられる音が連続して響き、静寂が訪れた。そしてその静寂の中で何者かの靴音が静かに反響する。靴音は次第に大きくなり、靴音の発信源はキラの拘束されている部屋の前で立ち止まる。キラは自分の身に危害が及ぶ可能性を考え、万が一の時にはいち早く反応できるように腰掛けていたベッドから立ち上がり、扉の前で身構えた。

ドアの電子ロックが解除され、更にドアに設けられていたシリンダーが回転する音がする。そして扉は勢いよく蹴飛ばされた。瞬間、キラは半身になって扉の奥にいる者を警戒する態勢を取った。

扉が開いた瞬間にその奥にいる者をなぎ倒して脱走することも考えたが、面会希望者が靴音を出していた一人であると考えることは早計だと判断したキラはひとまず様子を見ることとした。ここで無茶をして今後警戒を厳重にされれば、それこそ脱走の可能性は完全に潰えてしまうからである。それに、向こうはどうやらこちらに用があるらしい。先ほどのやりとりが真実であれば、個人的な理由から面会を望んでいる可能性もある。

轟音と共に扉を蹴飛ばして入室してきたのは長髪の男だった。だが、ここで男は予想外の行動を取った。男は不意にキラに接近し、その腹に強烈なボディーブローをお見舞いしたのだ。咄嗟にキラは身を引き、更に腕を腹の前にあてがって男の拳を防いだが、更に男は追撃を加え、キラに頭突きをお見舞いする。

キラが頭突きを喰らって怯んだ一瞬の隙をつき、男はガードの空いたキラの鳩尾に蹴りを叩き込む。男に鳩尾を蹴り上げられたキラは身体をくの字に折り曲げ、その顔には苦悶の表情を浮かべる。

「どうした!?この程度なのか!?スーパーコーディネイター!!」

男は暴言を吐きながらキラの腕を強引に掴んで立たせると、その頭に拳を叩き込んだ。たまらずキラは床に倒れる。

「どうした!?お前は唯一の成功体なんだろ!?失敗作の俺に手も足も出ないわけがないだろうが!?」

しかし、床に倒れている自身を見下ろす男の罵詈雑言に一言も返すことはない。だが、男の言葉からこの事態に至った概要をおおよそ理解していた。おそらく、この青年はユーレン・ヒビキの実験の過程で生み出された命、マルキオの言葉を借りるのであれば、狂った世の犠牲になったご自身の実の兄妹なのだろう。それ故に、スーパーコーディネーター(唯一の成功体)を恨んでいる。

自分を恨む理由も理解できなくも無い。だが、恨みを晴らさせるわけにはいかない。自分はラクスを残して死ぬことは絶対にできないのだから。

 

 何もなかったかのような無表情を浮かべながらキラは立ち上がろうとする。しかし、その済ました表情は男の怒りの炎に油を注いでいた。

「いいかげん、何か言ったらどうだ!?キラ・ヤマトォォオ!!!」

男は思い切り拳を振り上げ、猛る鉄拳をキラの頭に振り下ろした。しかし、今度は男の拳はキラを捕らえることはできなかった。キラは身体を沈めながら男が突き出した腕を正確に掴み、男の突き出した右腕の運動エネルギーをそのまま活かして男を投げ飛ばした。

先ほどは不意をついた攻撃に対応が遅れたが、不意をついた攻撃でなければキラが対人格闘で遅れを取るということはない。キラは前回の大戦後も付け焼刃に近かった対人格闘術の訓練を続けており、上司であった武の勧めで休日には訓練場で修練を重ねていたのだ。

未だに一度も土をつけることができていない武に比べれば、目の前の男の技量は大したものではない。体力もあるが、動作には無駄が多く、喧嘩拳法のような自身の身体能力にものをいわせた力任せな戦い方だとキラは感じていた。

投げ飛ばされた男は壁に叩きつけられ、その衝撃で身体が硬直する。そして青年は身体の自由を男が失った一瞬の隙をついて地に伏せる男の首に目掛けて鋭い蹴りを叩きつけた。鞭のようにしなる右脚から繰り出された一撃は正確に男の意識を刈り取った。

キラは気絶した男の衣類を奪い、裸の男を自身の着ていた衣類を使って縛り上げる。そしてあちこちが痛む身体に鞭をうちながら青年は拘留されていた個室の様子を伺う。先ほど、あの男にノックアウトされた監視員2名を見つけると、キラは彼らも自身が拘留されていた個室に放り込む。

キラは監視員の処理を終えると、その手に握られた3枚のカードキーに目をやる。一つは長髪の男が奪ったこの個室のカードキー、そして残る2枚の正体は不明だ。だが、このカードキーで開けられる部屋にパソコンがあれば、ハッキングでラクスの居場所を見つけることもできる。

「待っててくれ、ラクス……」

青年は愛する人を探すために駆け出した。

 

 

 

 

 

 その部屋は異様と言っても過言ではなかった。多種多様な太さの配線が張り巡らされた卵型のカプセルの中に設けられた座席に女性が縛り付けられており、その頭部には特徴的な形をしたヘルメットが被せられていた。

「調子はどうですか?」

マルキオはカプセルの設けられた別室の様子をガラス越しに見ることはできないため、プレアに問いかけた。

「あまり順調ではありません。薬剤の複合投与までしていますが、中々……」

「彼女こそコズミック・イラを救う救世主(ジャンヌ・ダルク)です。失敗は許されませんよ。時間をかけても構いませんが、焦って彼女を壊してしまっては元も子もありません」

 

 ――――本人が如何に否定しようとも、英雄に相応しい強靭な精神力は健在か。マルキオは能面のような表情をつくろっていながら、内面ではラクス・クラインという一人の少女の強さに感嘆していた。

 

 

 彼女に使用されている装置は、第三次世界大戦終結後に大西洋連邦で普及した催眠暗示処理に使用された装置だ。

第三次世界大戦後、大西洋連邦は戦争でPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えた帰還兵の社会復帰問題や、帰還兵による暴力犯罪や、薬物犯罪による治安の悪化に直面した。

しかし、福祉の充実や更正施設の設置など、長期的な政策はその効果の割りに非常に高価であった。それを受けた大西洋連邦政府は、短期間で確実な成果を出すために催眠処置に目をつけた。

記憶の封じ込めや深層心理に働きかけることで戦争に関連する記憶を薄れさせる暗示処理装置はその後、各国に普及する。今日でも暗示処理は帰還兵の抱える問題の解決に大いに役立っているのだ。

だが、人の精神に干渉する手段が治療だけに使われるはずがない。当然、軍事的な利用法も考えられた。捕虜への暗示による情報の引き出し、捕虜を味方にするための洗脳など、その研究は多岐に及ぶ。大西洋連邦の一部のMSに搭載されている精神操作システムや、プラントでESP兵士の教育や調整に使われていたタンクもその研究の一環だ。

だが、大規模な記憶の改ざん、別人格の植え付けとなると、現代の技術でも大規模な施設で年単位の時間をかけた処理と膨大な予算が必要となる。そのため、拉致した外国人を洗脳してスパイに仕立て上げたり、敵のエースパイロットを洗脳して味方に引き入れたりといったことは行われていない。

大西洋連邦の一部で行われている戦闘特化の強化人間(エクステンデッド)や、プラントのESP兵士はまるでノートに字を書いたり消したりするごとく簡単に記憶や人格を改造しているように思えるが、彼らは人格形成期である幼少期に様々な処置を加えられているので、その後の記憶の改ざん処置が容易になっているだけなのである。

また、大西洋連邦のMS搭載型の精神操作システムは感情の操作や動揺の抑制などといった感情の操作が限界であり、使用後は精神状態が負の状態に向かいやすくなる欠点を抱えている。

今、ラクス・クラインに使用されている装置は東アジア共和国から流出した催眠暗示処理装置を改造したもので、軍の最新鋭のものに比べれば性能は劣るが、民間用以上の性能を誇る高性能機だ。

マルキオは配下に命じてラクス・クラインに催眠暗示処理を施して彼女の思想を変革させようとしていた。といっても、人格を変えてマルキオの配下にするわけではない。予算的にも技術的にもここの設備ではそれは不可能である。

ラクス・クラインに施している催眠処理の目的は、彼女の感情を操作することで自己欺瞞的心理操作で自分達に対する疑念を払拭させることにある。つまり、マルキオらは人為的にラクスをストックホルム症候群に近い状態に陥れようとしていたのだ。

マルキオはあくまで、彼女を説得できると信じていた。そのためにこのような比較的穏便な処置で十分だと踏んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 その頃、キラは監視員から奪ったカードキーを使い、警備員の詰所に潜入していた。室内で報告書を作成していた中年の男性の意識を一瞬で刈り取ると、キラは室内の端末を使ってコロニーの運営システムが集まっている中央管理室のコンピューターをハッキングする。

自分が脱走したことが察知されるのは時間の問題であり、余計なことに気を使っている暇はない。キラは他のものには目もくれずにラクスの居場所とここからの逃走手段を探した。

ラクスはすぐに見つかった。コロニー内部にある建物の一室でカプセル型の機械の中に囚われていたラクスの姿を見たキラは思わず駆け出しそうになるが、冷静になるように自分に言い聞かせてなんとか堪える。衝動を抑えながらキラは脱出手段を捜索する。

湾港部には中小艦艇が多数存在したが、これらを脱出手段にすることは難しいとキラは判断した。これらの艦を一人で操艦することは難しいし、脱出できたとしてもあの長髪の男のMSで追撃されたら大瑠璃丸のようにコンピューターを乗っ取られるか、攻撃されて航行不能になることは確実だろう。ハッキングへのカウンターと操艦を同時にすることはキラでも不可能だ。

となると、残る選択肢はシャトルかと考えながら現在このコロニーに存在する全てのシャトルの現在位置や機体の状態、警備状況を確かめる。そしてキラはとあるハンガーの監視映像を見て、不敵な笑みを浮かべた。

「これなら……やれる!!」

彼はそう呟くと、警備員詰所から弾丸のように飛び出した。目指すはハンガー。狙いはかつて死闘を演じた敵機だ。

 

 

 

 

 

 

「バイタルデータを見る限り、ラクス様の御心は昨日の処置にも全く揺らいでないようです。薬剤もあまり効果がありません」

「信じているのでしょうね。救援が――いえ、キラ・ヤマトが来てくれるということを」

マルキオはプレアから昨日からの催眠処置の経過と現在のラクスの精神状態についての詳しい説明をプレアから受け、ラクスの精神力、そしてキラ・ヤマトに対する信頼に感嘆すると同時に、より一層期待を強く持つようになっていた。

――彼女が我々に協力するようになれば、キラ・ヤマトも彼女を護るために自分達に助力してくれるだろう。その後はプラントにいるアスラン・ザラと日本に亡命しているカガリ・ユラ・アスハを引き入れなければならない。彼らが揃えば例え大国のイデオロギーに支配された世界であろうと変えることができる。いや、変えさせてみせる。それこそが自分がこの時代に生を受けた理由に他ならないのだから。

 

 マルキオがかつて『視た』光景は今でもはっきりと脳裏に浮かぶ。それは神の道を見失い、途方にくれていた若かりし頃の自分がその視力を永久に失う代償に得た天の啓示だった。

人種を巡り、二つに分かたれた世界。互いに憎悪し、剣を交え、この世の全てが憎しみの炎で焼き払われかけていた世界。そんな世界を救うべく立ち上がった自由の翼(キラ・ヤマト)正義の騎士(アスラン・ザラ)暁の姫(カガリ・ユラ・アスハ)永遠の歌姫(ラクス・クライン)。平和の道を模索し続け、絶望的な戦力差にも関わらず最後まで戦いぬき、世界を正しき方向に導いた4人のSEEDを持つ者たちの姿は彼に新しい信仰の道を示したのだ。

月日が経ち、マルキオは啓示の通りにSEEDを持つ者が生まれてきたことを知る。そして啓示で視た自分への啓示は天からの預言であると考え、何れ預言は成就するものであると信じていた。

だが、世界は次第に啓示で見せられた世界から剥離していく。そしてマルキオはこの世界は啓示で見せられた世界とは様々な相違点がある平行世界であることを思い知らされた。預言が平行世界の観測だったということは、天はいかなる意図で自分に啓示を下さったのかとマルキオは思い悩んだ。

そして彼は一つの答えに辿りつく。――啓示は天が世界のあるべき姿をお示しするために自分に見せたものであり、啓示を受けた自分の使命は天が示したあるべき世界を実現させることにあるというものだ。

故に、彼は世界のあるべき姿に導くためには手段を選ばないのである。

「……あの世界のように、世界は救われなければならないのです」

マルキオは誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

 

 その時、研究室でけたたましい警報音が鳴り響いた。

「何事ですか!?」

プレアが無線機を取り出し、中央管理室と通信を試みる。だが、中央管理室からの応答は無い。更に立っていられないほどの衝撃が彼らを襲い、轟音と共に施設内の電源が落とされて室内は一瞬闇に包まれる。プレアは咄嗟にマルキオを護るべくその身体に覆いかぶさる。

「導師!!お怪我はございませんか!?」

「ええ……しかし、これは一体……!?」

「まだ僕にも分かりません。万が一のこともありえますので、自分の指示に従って行動してください」

「分かりました」

プレアは腰のホルスターから銃を取り出し、赤色の非常電源灯が映し出す視界に目を凝らす。これが襲撃だとしたら、狙いは導師である可能性もあるからだ。だが、同時にこの場にいるもう一人の標的となりうる人物を思い出す。しかし、導師の身を護らねばならない以上、この場を離れるわけにはいかない。

「ヒルダさん!!貴女はラクス様を!!」

「アンタに言われるまでもないよ!!」

呼びかけられたヒルダはそう吐き捨てると、近くにいた警備員から軽機関銃をひったくり隣室に続く通路に駆け出した。

 

 しかし、ヒルダが通路に出た瞬間、機関銃のものと思われる軽快な銃声が連続して響くと同時にヒルダのものと思われる苦悶の声があがる。プレアはそれに反応して先ほどヒルダが飛び出した扉に銃口を向ける。

先ほどの様子からすると、どうやらヒルダは部屋を出たところで武装した何者かと鉢合わせたようだ。さきほどの銃声はどちらのものかは分からないが、敵は武装したヒルダを一瞬で制圧するほどの能力を有していることは間違いないようだ。

――来るなら来い!!刺し違えてでも導師をお守りしてみせる!!

プレアは覚悟を決めて扉を見据えるが、扉の向こうからは何も出てこない。隙をうかがっているのかと勘ぐっていると、後方から足音が聞こえた。そしてプレアは襲撃者の狙いを理解する。

「狙いはラクス様か!?」

プレアが振り返ると、ガラスの向こうでは茶髪の青年が桃色の髪の女性を抱えながら立ち去ろうとしていたところだった。

「キラ・ヤマト!?いつのまに脱出を……」

そしてプレアが思わず漏らした言葉にマルキオは反応する。

「キラ・ヤマト!?彼がラクス様を奪還したと言うのですか!?プレア!!今すぐ彼を捕縛なさい!!」

「し、しかし、導師をお護りすることが」

「私のことよりも今はラクス様を優先なさい!!」

「……分かりました」

プレアはマルキオの命令に従い、キラを追いかけようとする。女性とはいえ人一人を抱えているキラの移動速度は自分よりは劣るはずなので、全力で追いかければ追いつくことも難しくないだろうとプレアは判断したのだ。

「導師はその場を動かないで下さい!!すぐに増援を要請しますので!!」

マルキオにそう言い残し、プレアは廊下に出る。

 

 通路の角を曲がる人影が見えたのでプレアはそれを追いかけようとしたが、その足は足元からかけられた声によって止められた。

「プレア……待て……あたしの、銃をもってけ」

「ヒルダさん!!怪我は!?」

足元でぐったりとしているヒルダは弱弱しい声で答えた。

「肘を一瞬で撃ちぬかれた……あの茶髪の優男、尋常じゃない。あいつの武器は拳銃2丁だけど、アンタだけじゃ手に負えない」

プレアは険しい表情を浮かべる。自身の戦闘能力はお世辞にも高いものとは言えないのだ。キラにはラクスを守るというハンデがあるが、それを差し引いてもキラとプレアの技量の差は余りあるとヒルダは言っているのだ。

「港湾を封鎖し、多数で包囲します!!ヒルダさんはここにいてください!!」

ヒルダを壁に寄りかからせ、プレアは研究施設の出口に向かう。

 

 

 

 キラはラクスを肩で担ぎ、全速力で施設内から飛び出した。如何に鍛えている軍人であるキラでも、女性一人を担ぎながら追撃者を撃破することは重労働であり、既に息もあがっていた。

「ラクス!?ラクス!!」

何度呼びかけてもラクスの目は虚ろで反応は鈍い。彼女の身体に何が起こっているのかわからない以上、一刻も早く脱出し、専門の施設に搬送しなければならないという事実がキラを焦らせていた。

しかし、焦っていても判断を誤ることはない。キラは周囲に敵がいないことを確認すると、施設の前に降ろした『機体』の昇降機を掴んで上昇、そしてラクスを抱えたままコックピットに飛び込んでコックピットを閉鎖する。

この『機体』であれば、このままコロニー内の敵戦力を振り切って宇宙に脱出することも不可能ではない。ヤキンドゥーエ戦役の戦訓を受けて帝国の索敵システムはこの機体を最優先で察知するように設定されているので、上手くいけば早々に帝国の哨戒網に引っかかり、周囲から増援を呼ばせることもできるだろう。問題はそれまで生き延びられるかということなのだが、キラは自身の力量には絶対的な自信があった。

「このまま……行かせてもらう!!」

各種計器のチェックを終えると、キラは操縦桿を強く握り直した。

 

 

 

 プレアがコロニー内の円筒区画に出たとき、初めに目に入ったのは目の前で跪く天使の姿だった。天使は静かに腰を上げると、その背に6枚の蒼き翼を広げる。

一見優美な天使のように見えるが、この機体はそんな可愛らしいものではない。未だ記憶に新しいヤキンドゥーエ戦役において正義の名を背負う兄弟機と共に連合軍に災悪と並び称されたザフト最強のMSだ。

そして彼はその天使の名を震える唇で告げる。

「まさか…………フ、フリーダム!?」

フリーダムは地上で目の前の光景に驚愕する彼を一瞥し、その白い両脚を曲げ、上空に跳躍すると同時に各部のスラスターを噴射して飛翔した。

 

 奇しくもマルキオの視た天啓と同様に歌姫の騎士は自由の翼を手に飛び立った。その剣を得た経緯、振るわれる対象に違いはあれど、少年が行きたい道を切り開く為に自由の剣は振るわれるのだ。

 

 

 

 

 

 

形式番号 ZGMF-10AR

正式名称 フリーダムリバイ

配備年数 C.E.73

設計   ヴァレリオ・ヴァレリ

機体全高 18.03m

使用武装 腕部搭載型モノフェーズ光波防御シールド「アルミューレ・リュミエールハンディ」

     腰部88mmレールガン「エクツァーン改」

     翼部125mm2連装高エネルギー長射程ビーム砲「シュラーク」

     75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」

     肩部220mm径6連装ミサイルポッド

     ES01ビームサーベル

     9.1m対艦刀

 

備考:外見はほぼフリーダムだが、細部の武器のデザインが異なる。

 

マルキオが変革の時に備えてキラの搭乗機に宛がうために準備させたMS。ザフト降伏後、武装解除のどさくさに紛れて東アジア共和国が接収した機体をちょろまかした。

しかし、プラントが降伏し、プラントの軍需企業がフリーダムやジャスティスといった高性能機の部品の生産を終了せざるをえなくなったため、フリーダムを引き続き管理・運用することは難しくなった。

また、戦争期の驚異的な技術的進歩によりフリーダムの性能も他国で開発中の次世代MSと比べればいささか見劣りすることも否めなかったため、マルキオは来るべき戦いに備えて全面的な改装を施すことを決定する。

設計依頼は秘密裏にヴァレリオ・ヴァレリに対して行われている。彼も戦争中の反コーディネーター気運が抜けないアクタイオン社では大きな権限を与えられておらず、設計した機体が実際に製造してもらえないことに鬱憤を感じていたために了承した。一説にはとある極東に君臨する魔女の情報を流し、彼を焚きつけたとかそうではないとか。

コンセプトはI.W.S.Pに近く、如何なる相手と如何なる状況で戦っても優位に立てる万能MS。

装甲はPS装甲からTPS装甲に改装されており、PS装甲の外側の装甲にはラミネート装甲が採用されているためにビームに対しても耐性を持つ。

武装は弾薬や補充部品の補給の都合から全て連合側の武装に変更されている。

腰部のエクツァーン改はこの機体に搭載するためだけに態々砲身を二つ折りに改造した物である。口径はクスィフィアスに比べて小さくなったために一発あたりの威力は低下したが、その分速射性能と装弾数は向上している。

125mm2連装高エネルギー長射程ビーム砲「シュラーク」はカラミティに搭載されているものに比べて砲身を切り詰めた設計になっているが、核エンジンから供給されるオリジナル以上のエネルギー出力を利用することによりビームの収束性は向上している。そのため、オリジナルと比べても性能に遜色は無い。

頭部機関砲は丸々換装し、イーゲルシュテルンに換装した。オーブ崩壊のどさくさで技術者が流出し、更にモルゲンレーテの有形無実化が進んだことでライセンス料の踏み倒しも横行したためにイーゲルシュテルンは世界中で出回るようになっている。部品の調達もかなり容易というのがこの砲が選ばれた理由の一つでもある。

肩部のミサイルポッドはバスターに搭載されていたものと同型だが、ミサイルを撃ちつくした後はパージできるようになっている。バスター系列の機体とは違ってパージが前提になっているのは、ポッドと翼部のシュラークが接触するためにシュラークの射角が制限されるため。

9.1m対艦刀はI.W.S.Pに搭載されているものと同型で、I.W.S.Pと同様脇腹にマウントされている。また、この対艦刀を問題なく扱えるよう、腕部から肩部にかけての関節には小型のパワーシリンダーを内臓している。オリジナルのパワーシリンダーに比べれば性能は比べ物にならないほど低いが、このサイズの対艦刀を扱うには十分なパワーがある。同様のパワーシリンダーは脚部にも組み込まれており、蹴りも侮れない攻撃となりうる。

腕部のモノフェーズ光波防御シールド「アルミューレ・リュミエールハンディ」はヴァレリオがハイペリオンの設計データを社内から無断で持ち出して自身の手で改良を加えた一品。腕部から有線で電力供給を受ける小型化されたアルミューレ・リュミエールの発生器がビームシールドを発生させることで、敵の攻撃を防御することができる。

攻撃、防御共に隙はなく、機動力もオリジナルと比べても遜色はない機体として仕上がっている。

ハンガーに置いてあったのは運用試験のためだった。




補足


マルキオの天啓
因果情報の受け取りってやつですね。信仰に悩みを抱いていた彼にとっては神の啓示に思えたのでしょう。

ヴァレリオ?
ジアコーザじゃありません。ASTRAYの登場人物です。


キラ君はフリーダム奪ってコロニーの管理システムを一時的にダウンさせてその隙にラクスのとらわれている研究施設にフリーダムで突貫。ラクス奪還を試みたというところです


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PHASE-X6 守るために

後少しで断章は完結します。
とりあえず、そのあとは種死編に入れたらいいなぁと思っています。


「艦長!!哨戒中の『彩雲』二号機から入電です。『廃棄コロニーメンデル周辺宙域に熱源を探知、熱紋パターンはZGMF-10Aフリーダムと合致。更にそれに続く複数の熱源あり。熱紋はジンとストライクダガー』とのことです」

宇宙軍第三航宙艦隊の航宙母艦、蒼龍の艦橋で通信長柿崎大貴中尉が哨戒機から受けた通信について艦長である財部伸吾大佐に報告する。

「ストライクダガーとジンの混成部隊だと?」

「はい。正規部隊ではないようです」

「……司令官。どのように対処しますか」

財部は隣の席に座る第三航宙艦隊司令竹林宗治少将に視線を移し、指示を乞うた。竹林は髭に手をあててしばし考えに耽ると、静かな声音で命令した。

「……このタイミングで行動に出たことは些か気になる。しかし、我々の任務を考えるとやつらを放置しておくわけにもいくまい。『風巻』を先行させろ!第三航宙艦隊は針路をメンデルに取る!!」

 

 

 第三航宙艦隊の任務は、日本の貨客船を占領してアメノミハシラに特攻させたテログループの行方を操作することだ。防衛省の分析を受け、彼らはテログループが事件当日に潜伏していたと思われる宙域を虱潰しに捜索していた。その最中に何れの国にも属さないMSの発見だ。疑ってかかるのは当然である。

しかし、自分たちが広範囲な捜査網を敷いていることは簡単に分かるはずだ。仮にも日本の貨客船を人知れず乗っ取ることに成功するほどの能力を秘めた組織がこのように自分からボロを出すことをするだろうか。ひょっとすると、これは罠の可能性もある。

そう考えた財部は乗員を戦闘配置につかせ、いつでも艦上機が発艦できる準備を整えるように艦隊に命じた。

 

 

 

 

「くそ!!追手か!!」

フリーダムのコックピットの中でキラは悪態をつく。追手はジンが4機にストライクダガーが8機、キラの腕とフリーダムの性能を持ってすれば鎧袖一触で撃ち落せる相手ではあるし、そうでなくても速度性能に物を言わせて遁走することもできたはずだ。だが、キラは迎撃という選択肢を取ることに躊躇した。その理由は彼の傍らで意識を失っている恋人の容態にあった。

現在、着の身着のままの脱出ということもあって、彼らはMSにパイロットスーツを着用せずにMSに搭乗している。パイロットスーツはパイロットをGから護り、その体調を一定の状態に保つ働きがあるため、これを着用していなければパイロットは戦闘機動を取ることができないのだ。

補給や整備の行き渡った正規軍であれば非常時用に精神安定剤等をコックピット内に常備しているため、機動の負荷に耐えられなくなり加速度病に陥ったとしても適切な応急処置を施せる。しかし、私設武装組織であるマルキオ一味の機体にはそのようなものは設置されていない。

正規の軍人としての教練を受けたキラはパイロットスーツなしでも短時間であれば強い負荷がかかる激しい加速や戦闘にも耐えられるが、コーディネーターとはいえ民間人であるラクスに耐えられるとは思えない。

また、ラクスは救出されるまでの丸一日以上の間マルキオたちに監禁されていた。その最中に彼女の身に何があったことは彼女の様子から明白だ。何があったのかは分からないが、ラクスは精神的にも肉体的にも万全な状態にあるとは言えない。

この状態のまま戦闘や急加速などの搭乗者に負荷のかかる機動をした場合、ラクスは加速度病に陥る危険性もある。加速度病になり、意識不明の状態で嘔吐した場合、脱水症状や吐瀉物による窒息の危険がある以上、キラにはラクスに負担をかける選択肢を取ることができなかった。

 

 キラは機体にレーダーに表示されている敵機を表す光点に視線を映す。敵機との距離は後数分でMSの携行火器の射程に入るほどの距離しかない。こうなれば、ラクスの負担を承知で加速をかけるか、パイロットスーツも着用していない意識不明の民間人に負荷を与えない機動での戦闘で敵機を追い払うかの二者択一(オルタネイティヴ)だ。

キラは迷う。その迷う時間も刻一刻と削られていく中、キラはハーネスをつけている愛する恋人に目を配る。彼女を失うことなど考えたくはない。

与えられた選択肢は一人が確実に生き残るか、二人で生きるか死ぬか。だが、最愛の女性を危険に曝して得た命で日々をのうのうと暮らしていくことを是とできるほどキラは汚れてはいなかった。

 

 キラはラクスの髪を撫で、操縦桿を握る。足をフットバーに置き、各種モニターを作動させる。

「待ってて、すぐに終わるから」

キラはフリーダムを反転、追撃するMS部隊と相対させた。

「そして帰ろう、みんなのところへ……」

キラはフットバーを蹴り、愛しい人を護るべく戦場にその身を投じた。

 

 

 

 

 

「艦長、フリーダムが反転しました。後続の部隊につっこんできます」

「……どういうことだ?やつらは仲間ではないのか?」

「少し待ってください。先行した『風巻』が捉えた光学映像を出します」

ややあって蒼龍の艦橋の中央モニターに『風巻』が捉えた光学映像が映し出される。そこに映し出されたのは多数のジンやストライクダガーに対して大立ち回りを演じるフリーダムの姿だった。フリーダムはその圧倒的な火力を持って弾幕を展開し、後続部隊を火球に変えていく。その機動はフィギュアスケートの選手の流れるような氷上の舞踏を思わせるほど見事なものであった。

だが、それを隣で見ていた竹林はモニターに映し出されるフリーダムの姿に違和感を感じた。

「参謀、私の記憶にあるフリーダムとあの機体の姿はいささか異なるように感じるのだが、君はどう思う?」

竹林は航宙参謀の村木重雄中佐に疑問を投げかける。

「……はっ。僭越ながら本官も同じことを感じておりました。具体的に言えば脇腹の対艦刀、腰部レールガンといったところでしょうか。また、翼部のプラズマ収束ビーム砲も別のものに換装されているようです」

「何者かによる改装がなされているということか……しかし、あのフリーダムに改装を施して運用できるほどの組織とは、一体どんな組織なのだ?」

「私見ですが……弾丸の初速と口径から推測するに、あの腰部レールガンは大西洋連邦のエクツァーンではないかと。そしてあの対艦刀は大西洋連邦が開発した統合型ストライカーパック『I.W.S.P』に搭載されている9.1m対艦刀に間違いありません。これらを運用する組織を考えた場合、最も可能性はあるのは……」

「大西洋連邦の援助を受けている組織……または戦後のどさくさに紛れて各国の兵器を漁ったジャンク屋の残党といったところか。どちらにせよ油断はできないということだな」

竹林は参謀との会話を切り上ると、通信管制官にその視線を移した。

「第三航宙艦隊の全艦に通信を繋いでくれ」

「了解」

ややあって回線が繋がる。竹林は受話器を手に取って言った。

『総員戦闘配置につけ!!蒼龍、飛龍のMS隊はただちに発艦し、敵MS部隊を攻撃せよ!!ただし、捕虜を取るために可能な限り敵MSを無力化することを優先せよ』

 

 

 竹林の命令を受けて蒼龍、飛龍の両艦からカタパルトがせり出し次々とMS隊が発艦体勢にはいる。

『機龍1、発進準備完了だ』

『HQより機龍1、発進を許可する。繰り返す、発進を許可する』

『機龍1了解――――さ~て、野郎共!憲兵さんは不埒な輩の生け捕りが御所望だ!あまりいびりすぎて殺すんじゃねぇぞ!!」

機龍1――権藤吾郎大佐は配下のベテランパイロット達に忠告する。

『分かりました……それで隊長。隊長はとこまでいびるつもりなんですか?』

『佐藤……俺がそんなドSに見えるのか?まぁ、いびりたいのはやまやまなんだがな、今回は尋問部隊に任せるさ。後で司令官殿からお小言を頂くのはお断りだ』

実は第三航宙艦隊司令官の竹林は権藤が新人として配属された部隊の上官だった。まるで中学校の教師のようにとくとくと続く説教を何度も受けた権藤は彼に苦手意識を持っているのである。

『HQより機龍1。後がつかえていますからとっとと出てってください。それにこの会話は自分の判断で艦橋に聞かせることができることをお忘れなき用に』

『あ~分かった分かった、もう出ますよ。機龍1――陽炎発進するぞ!!全機、続けぇ!!』

カタパルトに競りあがってきた灰色の機体は僅かなずれもなく立て続けに発進し、発艦からわずか数秒で陣形を整えた。

『機龍1から機龍隊。第二小隊、第三小隊は敵右翼のジン部隊を無力化しろ。フリーダムは俺の第一小隊が、敵左翼は飛龍の連中が相手する。いいか、焦るなよ。武装とセンサーの類を優先的に潰していけ』

『了解!!!!』

権藤が自身の率いる第一小隊をフリーダムの相手に当てたのは当然のことだった。

彼と彼が率いる第一小隊は前回の大戦から編成が変わっていないベテラン部隊であり、そのチームワークと経験は帝国でもトップクラスのものだ。そして彼らは前回の大戦でエースパイロットが搭乗したフリーダムと交戦した経験もあり、フリーダムとの適切な戦いかたを実戦で学んでいた。

また、他のMS隊とは違い、機龍隊には宇宙軍の次期主力MSである陽炎改が先行配備されているということも大きい。前回の大戦で猛威を振るったフリーダムを相手に現在の宇宙軍の主力MSである白鷺で対応することは危険だと判断したのである。

 

『さあて……いくぞ、結城!!佐藤!!新城!!』

権藤は機体のフットバーを蹴り、フリーダムへの突撃体勢に入る。一対他を特意とする砲撃戦用MSを相手に距離を開けることは愚の骨頂であることを身をもって体験している権藤は近接戦闘でフリーダムを無力化するつもりだ。だが、いざ長刀を振りかぶったところで目の前のフリーダムから通信が入った。

「こちらは大日本帝国宇宙軍安土航宙隊第13航宙戦隊所属、大和キラ少尉です!!攻撃を中止してください!!」

フリーダムのコックピットから通信を繋げてきた相手の顔を認識した権藤は目を見開いた。さらに慌てて機体を急停止させ、小隊の全機もその場に踏みとどまらせた。

「大和少尉だと……帝国の撃墜王(エースパイロット)が何故ここにいるんだ!?」

キラとラクスが誘拐されていた件は艦隊の司令クラスにしか明かされていなかったため、権藤は事態を掴むことができないでいた。だが、権藤自身もキラとは軍の内部広報や演習で何度か顔を合わせたことがある。そのため、顔と名前は即座に一致することは確認できた。

権藤はまた上層部が何か隠していることを察して内心で舌打ちをする。機密もいいが、教えるべきことは最低限こちらにも教えてもらいたい。もしもこのまま斬りかかっていたら、自分の方が無力化されていたのかもしれないのだから。

『こちら機龍1。フリーダムのパイロットとの交信に成功した。尚、パイロットは安土航宙隊第13航宙戦隊の大和少尉と名乗っている。指示を乞う』

面倒なことになった以上、こちらの判断では簡単には動けない。ここは事情を知っているお偉いさんの指示を仰いだほうが得策だ。

ややあって、竹林が直々に権藤に命令した。

「権藤大佐。彼をMSごとこの蒼龍まで連行して欲しい。また、万が一に備えて銃口は下ろさずに監視をつづけておいてくれ』

『了解しましたよ』

権藤は司令部との回線が切れると、フリーダムに対して回線を再度開いた。

「……君がそのMSに乗っている事情やらハーネスに固定させている嬢ちゃんやら、こちらとしては状況が把握できない。そのため、貴官には我々の母艦、蒼龍に来てもらいたい。尚、すまんがしばらくはこちらは銃を構えたままということになる」

「わかりました。でも、急いでください。彼女の容態がよくないんです」

大和少尉の口調から、彼が焦っていることは理解できた。

「了解した。できるだけ急いでやる」

そして権藤指揮下の第一小隊はフリーダムを四方から取り囲む陣形を保ちながら蒼龍へと向かった。

 

 

 

 

「くそ!!キラ・ヤマトめ!!」

先ほどまでキラが拘留されていた個室で全裸のまま縛られていたカナードは副官のメリオルに助けられ、一路ハンガーを目指していた。

「メリオル!!俺のハイペリオンは出せるのか!?」

「出せます。しかし、周囲には日本帝国の空母打撃部隊が遊弋しているため、キラ・ヤマトと戦える可能性は高いとはいえません」

「構わん!!やつがいるのなら俺はそれでいい……邪魔する雑魚どもは叩きのめすだけだ!!」

メリオルは彼が一度言い出したことを撤回することはないことを知っている。色々と言いたいことはあったが、自分の成すべきことはカナードの望みをかなえることであると言い聞かせた彼女はカナードと別れ、オルテギュアに向かった。

何があってもカナードを護ることができるようにするために。例えそれが、自身の命の引き換えでなければ成しえないことであっても彼女が躊躇することはないだろう。彼女のカナードを見る眼差しは、まるでわがままな我が子に振り回される母のようであった。

 

 メリオルと分かれたカナードはハンガーに出ると、慌てふためいている作業員を尻目にハイペリオンのコックピットに飛び乗った。即座にOSを起動させると、機体を移動させる。既にフリーダムの追撃部隊が出ているらしいが、有象無象の者たちがキラを討てるとは思わない。だが、彼らとの交戦でキラは多少なりとも時間を費やしたことは間違いない。

今すぐにやつを追いかければ、やつと戦う機会がある。やつを討ち、自分こそが唯一のスーパーコーディネーターであると実証できる。それだけがカナード・パルスのアイデンティティー確立する唯一の方法なのだ。

「邪魔だ貴様ら!!とっととどけ!!」

カナードの駆るハイペリオンは脱出の準備で慌しくなるハンガーの工員の都合などお構いなしに強引に発進ゲートに向かう。何人もの作業員が慌ててハイペリオンの針路から飛び退いた。

「全システムオールグリーン…………CAT-X1/3ハイペリオン一号機、カナード・パルス発進するぞ!!」

そしてカナードは漆黒の宇宙へと飛び出した。自身の敵、キラ・ヤマトをこの手で討ち取るために。

 

 

 

 

 蒼龍に着艦したフリーダムのコックピットを開放し、キラはラクスをその手に抱えたまま無重力空間に飛び出した。コロニー内とは違い、重力がないためにラクスを抱える重さは感じない。

「大和少尉は君かね?」

キラは近づいてくる髭を蓄えた老将の肩についた階級章を見て反射的に敬礼しようとする。だが、ラクスを抱えているために右腕は挙げられない。

「敬礼はいい。私はこの艦隊の司令官を任された竹林だ。……そこの君、彼が抱えている女性を医務室にお連れしなさい。色々と聞きたいことが彼にはあるが、それよりも女性の容態が気になる」

「彼女は薬物を投与され、なんらかの催眠措置がとられていた可能性があります。すぐに検査してください」

保安部員の一人が竹林に手招きされ、キラからラクスを受け取ってその場を後にする。そしてそれを見届けた竹林が厳しい声音でキラに語りかける。

「それよりも、私から君に質問がある。君もその腕で抱かれている女性のことで色々とあることは分かっているが、こちらとしても君が本物の大和少尉であることを確認する必要があるのだよ。もしも君が偽者だったとしたらかなり面倒なことになるからな」

キラは自身を取り囲むように配置されている保安部員が銃を抱える腕に力を籠めたことを察知した。

「君が本物であるということを証明するために、私の質問に答えてもらおうか。本物なら応えられるはずだと白銀大尉のお墨付きをもらっている」

「わかりました」

キラは老将と堂々と対峙する。恐らく、竹林は本物しか知りえないはずのプライベートなことや、アークエンジェルにいたころのことを聞くのだろう。だが、本物である以上質問を恐れる理由はないのだ。老将は堂々としたキラの態度に笑みを浮かべる。

 

「よろしい。では質問だ。……君が第二次ヤキンドゥーエ戦役の前に叢雲劾の剛力ーと交換したポケモンはなんだ?」

キラは記憶を探る。確か、あれは劾が伝を通じて入手した通信ケーブルを初めて使ったときのことだった。あの頃、クリスタルを初めてシナリオ攻略の中盤にさしかかった自分は丹波のジム戦に備えて戦力を欲していて、手っ取り早い戦力増強として通信進化という選択をしたのだ。珍しく気分の浮ついた劾を見て気持ち悪いと思ったことを今でも覚えている。そしてキラは堂々と答えを言った。

「ゴーストです」

キラの答えに竹林は表情を和らげ、手を下ろすしぐさをした。同時にキラの周囲を取り囲んでいた保安部員が手に持っていた銃を降ろす。

「……どうやら、君は本物の大和少尉みたいだな。君があそこにいた経緯までは大体調べがついているが、一応確認のために事情聴取」

だが、竹林の喉まで出かかった言葉はハンガーの作業班長の大声で遮られた。

「竹林司令!!艦橋より緊急通信です!!」

「なんだというのだ!全く!!」

竹林はすばやくハンガー内の通信機の元へと駆け寄り、受話器を手にする。

「私だ。一体何が起きた?」

通信相手である艦橋の村木参謀は上ずった声で叫んだ。

「司令!!至急艦橋にお戻りください!!メンデルから新手の部隊が出現しました!!飛龍のMS隊が蹂躙されています!!」

 

 

 

 

「雑魚には用はない!!」

カナードのハイペリオンはアルミューレ・リュミエールを展開し、日本のMSを一方的に攻撃していた。一方、日本側のMSはアルミューレ・リュミエールを破る手立てがないと判断すると、ひたすら回避に専念していた。だが、ちょこまかと逃げ回る雑魚の姿にカナードはフラストレーションを募らせていた。

「ええい!!いい加減に……」

しかしその時、上方から多数の閃光が降り注ぎ、少なくないMSが白鷺が被弾して火球となった。カナードは驚きの表情を浮かべて上方を見やる。そこにいたのはYMF-X000Aドレッドノートと見慣れない巨大なMAだった。

『カナード!!提案があります』

ドレッドノートを駆るプレアから通信がきた。カナードは通信に心底面倒くさそうな態度を見せる。

「何のようだ。貴様もキラ・ヤマトとは因縁があることは知っているが、俺はやつの相手を譲るつもりはないぞ」

カナードはプレアが自分達(スーパーコーディネーター)を生み出す資金と引き換えに製造された短命なクローンであるということは知っていた。だが、キラ・ヤマトを恨む理由があるからといって相手を譲るつもりはカナードには毛頭ない。

 

『……貴方の懸念は分かりますが。僕にはそんなつもりはありませんよ』

プレアはカナードの意見を苦笑しながら否定する。

『私はペルグランデと共に突撃して敵艦隊の戦力をひきつけます。貴方はその隙にキラ・ヤマトが収容されたソウリュウ・タイプの空母に取り付いてください。できるだけ早く』

「貴様……何が狙いだ?」

カナードはプレアの提案に疑念を抱かずにはいられない。そんなことをして、一体彼らに何のメリットがあるのだろうか。

『もうすぐ、マルキオ様が脱出されます。そして私の望みはマルキオ様の脱出を成功させることです。彼らの艦隊まで突っ込んで暴れまわれば、その分マルキオ様は遠くに逃げることができます。その分の時間を稼ぐのに協力してくれれば、キラ・ヤマトの相手をお譲りします』

メンデルを見ると、確かにいくつかの光点が観測できる。メンデルを放棄し、逃亡するつもりなのだろう。そうなると、プレアのいう本音は真実の可能性は高い。カナードはプレアの提案に乗る意思を示した。

「いいだろう……貴様の企みに乗ってやる。しくじるなよ」

『私も、貴方の宿願が果たされることを期待していますよ』

カナードは薄く笑うと、フットバーを蹴っ飛ばして更に前に出た。目標にむけて、針路は真っ直ぐだ。

 

 

 

 

 

「状況はどうなっている!?」

艦橋に駆け込んだ竹林が村木に詰め寄る。

「MS2機とMA1機が接近中!!迎撃にあたったMS隊は蹴散らされました!!先ほど機龍隊の第一小隊が再出撃しましたが、彼らもMSの前に押さえ込まれています!!」

「第一小隊が押さえ込まれているだと!?」

村木の報告に竹林は驚きを隠せない。第一小隊は最新鋭機を任される精鋭部隊だ。それがわずか1機のMSに封殺されるとは。

「第一小隊を潜り抜けたもう1機はアルミューレ・リュミエールを展開!!本艦に迫っています!!」

「護衛部隊が対空砲撃を開始!!命中多数なれども効果なし!!」

「敵MA、無線誘導砲台を展開しています!!護衛部隊に被弾多数!!」

次々と艦橋に入る厳しい報告に竹林は歯軋りする。まさかテログループがこれほどの戦力を持っているとは彼も想定していなかったのだ。

 

「司令官!!ハンガーから連絡です!!大和少尉が敵から奪取したフリーダムで出るそうです!!彼は発艦許可を求めています」

その報告を聞いた竹林は即座にオペレーターに返事をする。

「許可したまえ。彼にはアルミューレ・リュミエールを装備した機体を相手にするように伝えてくれ」

「了解」

敵の機体も、パイロットもかなりのレベルであることは間違いないだろう。ならば、こちらも相応の機体とパイロットを当てなければ相手にできない。この状況下でその条件を満たすにはかつての大戦でその名を馳せた大和少尉とフリーダムだけだろう。竹林は青年に賭けたのだ。

 

 

 

 

 

 キラはフリーダムに乗り込むと、再度機体のOSを立ち上げる。そして正面のモニターにOSの起動画面が表示された。

 

 

Generation

Unsubdued

Nuclear

Drive

Assault

Module

 

 

 この機体のOSもストライクと同じGUNDAMだ。網膜投影ではなく、周囲はモニターになっている。ストライクとは異なり操縦には間接思考制御が使われているのだが、蓄積データがインプットされたパイロットスーツがない以上この機能も無用の長物なので、結局は間接思考制御を用いないマニュアルの操作となる。

つまり、周囲のモニターを見ながら間接思考制御無しで戦うということだ。そしてOSまでGUNDAMとくれば、ストライクに乗っていたころを思い出してしまう。2年の時を経て、自分はどこまで成長したのか、試したくなる気持ちも湧いてきた。

そして何故か、このフリーダムという機体に愛着を感じてしまう自分がいる。まるで長年連れ添った愛機のような感覚を覚えるのは何故だろうか。自分はザフト系列の機体には一度も乗ったことはないというのに。

 

『フリーダム、発艦願います』

オペレーターからの通信でキラは我に帰る。そうだ、今考えることはフリーダムに感じる愛着のことではなく、如何にみんなを護るかということだ。フリーダムのことは後でいくらでも考える時間はあるのだから。

 

 

「キラ・大和、フリーダム行きます!!」

 

キラの駆るフリーダムは星の海に蒼い翼を広げて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

形式番号 TSF-Type2

正式名称 二式戦術空間戦闘機『白鷺』

配備年数 C.E.71

設計   大日本帝国防衛省特殊技術研究開発本部

機体全高 19.5m

使用武装 71式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビームサーベル

     71式複合砲

 

備考:XFJ-Type2との外見上の差異はない。

 

 

 XFJ-Type2の量産仕様である。整備性に難ありと判断された腕部内蔵兵装をオミットし、胸部ブロック以外の装甲も軽量化されている。しかし、それでも接近戦の鬼と称されたこの機体の実力を引き出すことは設計者が考えていたほど容易ではなく、結局調達は少数で打ち切られ、結局次期主力機の座を陽炎改に譲ることとなる。

だが、この機体の開発で培われた経験と技術は陽炎改に受け継がれており、陽炎の近接戦闘性能は白鷺に比べれば劣るとはいえ、他国の主力機の追随を許さないほどのものであった。

白鷺と陽炎改の各種部品の互換性も高かったため、主力機の代替わりに関わる財政的な負担も最小限で済まされた。

 

 

 

 

 

 

形式番号 XFJ-Type5

正式名称 試製五式戦術空間戦闘機『陽炎』

配備年数 C.E.71

設計   三友重工業

機体全高 18.0m

使用武装 71式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

     71式複合砲

     71式高周波振動短刀

 

備考:外見はMuv-Luvシリーズに登場するF-15J『陽炎』

   ただし、脹脛の部分にスラスターを内蔵しているほか、甲型は跳躍ユニットの形が異なっている。(飛行機を思わせる形状ではなく、扁平な形状)

   撃震とは異なり、ナイフシースは膝にある。。

 

 

 白鷺の試験運用の結果、白鷺は近接戦闘能力秀で、ザフトのエースとも渡り合えるだけの性能を示した。しかし、その一方で豊富な近接武装を使いこなし、機体の力を出し切ることができるパイロットは極少数に留まる結果となった。ようは、機体の技術力についていけるだけの人材はそうそういなかったということである。

この結果を受けて白鷺の生産でそのノウハウを学び、実戦データの洗い出しで更なる改良点を見出していた三友重工業は搭乗者の能力によらず、一定以上の能力を引き出せる機体の設計に踏み切った。

その設計思考は徹底した基本性能の高性能化にある。枯れた技術とも呼ばれるものをも徹底的に取り込んだ本機はフレームの剛性や装甲の耐久力、腰部噴射ユニットの出力といったところから最高のものを求めた。

結果、撃震から白鷺に受け継がれた各種部品のある程度の共通性はほぼ失われたといってもいい。だが、白鷺にはなかった10年は軽く第一線で運用を続けることが可能になるであろう拡張や発展の設計用の余地を考えれば、次期主力機とするだけの価値はあるという試算が防衛省でも出ている。

また、肩部には多種多様な装備を取り付けることが可能なウェポンラックが設置されているため、偵察、強襲など任務に応じて様々なユニットを搭載できる。輸出も考え、改造すればストライカーパックに運用も可能になるように設計されているため、機体は胸部と噴射ユニットのみラミネート装甲が採用されており、劾が搭乗した機体には試験的に対ビーム蒸散塗装がされている。

 

劾が与えられた機体はその拡張性を十二分に発揮し、劾専用機に近い改修を受けている。主な改良点としては、ナイフシースはナイフが射出されるタイプに変更、頭部は特注の大型センサーマストを搭載、肩部ウェポンラックにはスラスターを増設しているほか、ナイフシース収納ユニットそのものにもビーム刃発生装置を組み込んだ。

 

 

 

 

 

 

形式番号 TSF-Type5

正式名称 五式戦術空間戦闘機『陽炎改』

配備年数 C.E.73

設計   三友重工業

機体全高 18.0m

使用武装 71式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

     71式複合砲

     71式高周波振動短刀

 

備考:XFJ-Type5と外見上の差異は無い。しかし、宇宙軍使用の甲型、陸軍使用の乙型が存在し、跳躍ユニットの形状が若干異なる。

 

 ストライカーパックの換装で様々な状況に対応する連合のMSとは異なり、武装の換装のみで如何なる状況にも対応できるMSである。これは原型機となった陽炎の機体の優れた基礎設計の賜物である。

これは宇宙軍が各種ストライカーパックを十分な数だけ母艦で運用することを嫌がったことも影響している。

アークエンジェルで得られたデータを基に、各種ストライカーパックを適切に運用する航宙母艦を想定した場合、ストライカーパックの在庫で格納区画のスペースが少なからず奪われることが判明したのだ。1機につき3種類のストライカーパックを用意するだけでかなりの数のストライカーパックを必要とするのだから当然である。

また、ストライカーパック搭載機は、その性質上戦闘能力のほとんどをストライカーパックに頼っている。そのため、ストライカーパックを喪失した場合、戦闘力は大きく削がれてしまう。戦場では戦況に応じてストライカーパックをスムーズに交換することも難しかったため、宇宙軍ではストライカーパックは費用対効果では割に合わないと判断されていた。

これらの事情を考慮し、ストライカーパックを運用せずに如何なる戦場にも対応するMSということで宇宙軍が次期主力機に目をつけたのが陽炎だったということだ。

更に、陽炎は設計段階から各種の改良の余地を残しながら設計されている。戦間期に入るため、長ければ10年ほどは戦争は無いと判断した防衛省はその間の主力機として改修で性能を大きく底上げできる基礎性能に秀でたMSを運用するつもりだったため、改良の余地のある機体は魅力的だったのである。

尚、陽炎改は他の中立国からライセンス生産を申し込まれるほどの人気となった。




SEED ZIPANGUで紹介し忘れていた劾の搭乗機、陽炎の紹介も一緒に載せておきました。


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PHASE-X7 カナード・パルス

断章は後一話で完結となります。


「畜生!!やっかいな装備を使いやがって!!」

権藤の駆る陽炎改は宇宙空間を上下左右に不規則に飛び回り、自身の後を追うように放たれる緑の閃光を回避する。

「権藤!!逃げ回るばかりじゃ埒があかねぇぞ!!」

権藤と二機連携(エレメント)を組む結城もひっきりなしに回避運動を取りながら愚痴を零す。

「言われんでも分かっとるよ!!しかし、やっかいなもんだな、ドラグーンってやつは」

権藤は舌打ちをした。

既に敵の正体は分かっている。やつはYMF-X000Aドレッドノートだ。帝国軍がディセンベル市を占領した際に得られたザフトのデータバンクにこの機体についての記録も残っていた。それによると、この機体はザフトで初めての核動力を搭載したMSであり、第二次ヤキンドゥーエ会戦で猛威を振るったZGMF-X13Aと同じく、量子通信で操作される移動砲台『ドラグーン』を始めて搭載したMSでもある。

権藤にはドラグーン搭載のMSと相対した経験は無いが、その脅威は軍内部の戦闘詳報で目にしている。だが、1対1ではあの大日本帝国最強の撃墜王(エースパイロット)白銀武中尉(当時)ですら大苦戦した相手だ。戦闘詳報において白銀中尉は『緊密な連携のとれた中隊規模のベテラン部隊を相手取るようなもので、こちらも敵の移動砲台以上の数の精鋭を揃えて戦うことが対抗する最低条件となる』と評していた。

 

「こっちは付き合いの長いオッサンが4人、敵のドラグーンは腰と背中を合わせて6機……これは厳しいですなぁ」

「陽気なこと言ってないで作戦でも考えてくださいよ隊長ぉ!!こっちはいっぱいいっぱいですよ!!」

佐藤が泣き言を零すが、権藤は特に気にした様子は見せない。

「今考えとるよ。まぁ、ロートルの頭だからなぁ。如何せんいいアイデアが浮かばん」

「隊長ぉぉ!?」

必死になって逃げ回る部下を尻目に、権藤は考える。だが、元々科学技術に詳しい方ではないので、ドラグーンの技術的な弱点などは全く思いつかない。他人の経験から類推しようにも、日本国内でドラグーン搭載機との交戦経験があるのは先に挙げた白銀中尉だけだ。それに、彼は全方位からのオールレンジ攻撃を純粋な技量を持って突破して正面からこれを打ち破ったのであって、あまり参考にはならない。あの白銀武(変態)のように目玉が何個もついているパイロットは他にいないのだ。

「まてよ、目玉が何個も……」

その時、権藤は閃いた。そう、目玉を何個も持った変態は50万を超える帝国軍の中でもたった一人だけ。だが、目玉が2つしかない自分達でさえ、急場をしのぐくらいにはオールレンジ攻撃に対応できている。では、はたして、目の前のパイロットの目玉も二つ以上あるのだろうか。

権藤は敵機の動きとドラグーンの動きを観察する。観察に気を取られてライフルをドラグーンに打ち抜かれてしまうが、それでも知りたいことは知ることができた。

 

「おい!!佐藤、新城、結城!!アンチビーム粒子ディスチャージャー用意しろ!!同時に信号弾の発射準備だ!!俺が合図をしたら一斉に展開しろ!!」

「「「了解!!!」」」

4機は現在、ドレッドノートを四方から囲む陣形を取っている。これは、下手に一箇所に集まればまとめて撃墜されかねないという判断からである。また、囲まれている以上ドレッドノートはドラグーンの狙いを一機に集約することはできない。そうすればガードが空いた他の三方からの攻撃に対応できなくなるためである。

そしてドレッドノートのドラグーンは機体の後方と前方で同時に運様する場合、後方のドラグーンの狙いはやや粗いことは先ほどビームライフルを犠牲にした観察で確認済みだ。つまり、このパイロットの目玉は二つだけ、視野は常人のそれと変わらないということだ。そしてあの機体のパイロットはドラグーンの操作をその視野に頼っている。それならば、こちらにも打つ手はある。

 

 

「この人たち……巧い!!」

プレアはドレッドノートのコックピットで敵機の巧みな連携に舌を巻いていた。自分の能力やドレッドノートの性能に自惚れているわけではないが、並大抵のパイロットが相手であれば遅れはとらないと自負している。世界でも希少な空間把握能力の持ち主である自分の手でドラグーンはその性能の全てを引き出されているはずであるが、それでも敵機を撃墜することができないでいる。

プレアが苦戦している理由は敵機のパイロットの能力故ではない。確かに彼らの能力は低いわけではないが、別に並外れた技量と言うほどのものでもない。

だが、その巧みな連携は脅威だった。正しく阿吽の呼吸で繰り広げられるコンビネーション攻撃により、ドラグーンは封殺されていると言っても過言ではなかった。自身を取り囲むように布陣する4機のMSに対応するためにドラグーンを遊撃させているため、どうしてもプレアは決定打を得ることができないでいたのである。

自身の集中力もそろそろ限界が近い。一か八か、ドラグーンを一機に集中させるか――プレアがそう考えていたとき、敵機に変化が生じた。

 

「あれは……アンチビーム粒子ですか!!」

自身を取り囲む敵機の装甲のすきまから露出した噴霧器から噴射されている粉末を視たプレアは瞬時にそれがアンチビーム粒子であることを看破した。そしてその利用法にも当たりをつける。

「アンチビーム粒子を展開し、ドラグーンの攻撃を凌ぎながら一斉攻撃といったところですか……でも!!」

確かにドラグーンの火力はそう高いものではない。一時的とはいえ、砲撃仕様MSの全力砲撃をも封殺することができるアンチビーム粒子の幕をドラグーンの火力で突破することなどは不可能だ。敵機の狙いはドラグーンを封殺した間に接近戦に持ち込むことだろう。ビームを封じられた上で多人数相手の接近戦となれば、プレアの敗北は必死だ。

しかし、宇宙空間ではアンチビーム粒子はその場に停滞することはなく短時間で拡散してしまう。また、激しい機動をとっていれば粒子の拡散速度は増加する。つまり、敵機がアンチビーム粒子を展開している間逃げ回り、敵機に自分を追い掛け回させれば敵機の術中に嵌ることはない。

そう判断したプレアは即座にフットバーを蹴りとばすが、同時に彼の視界を白色の光の靄が覆った。そして、光の靄に彼の操るドラグーンの姿が覆い隠される。更にその隙を突いて全方位から敵機が長刀を構えて突撃してきた。

プレアは慌ててブースターを吹かせて距離を取ろうとしたが、機動性ではドレッドノートは陽炎改には及ばないため、距離を開くことができない。頼みのドラグーンは光の靄に包まれて現在位置を把握できない。レーダーではドラグーンの位置を把握できているが、レーダーだけを見てドラグーンを正確に制御することは難しい。

咄嗟にシールドを構えて敵機の襲撃に備えようとしたが、敵機はドレッドノートには目もくれず、その傍をすり抜けた。同時に敵機はバックユニットの突撃砲を起動させ、ドレッドノートとは見当違いの方向に火箭を叩き込んだ。同時に、ドレッドノートのレーダーが捉えていたドラグーンがレーダーロストする。そして、ドラグーンの爆散に伴い、爆風で光の靄が薙ぎ払われた。薙ぎ払われた靄の向こうでは、信号弾にも用いられる照明弾が煌々と輝いている。

 

「アンチビーム粒子の幕の中で照明弾を……なるほど、あの光の靄は照明弾の光を反射したアンチビーム粒子でしたか。そしてその靄で僕の視野を阻めてドラグーンを操作不能にし、その隙にドラグーンを撃墜したということですか。確かにドラグーンを失えばドレッドノートは脅威ではありませんからね」

敵の見事な戦術に感心していると、自分を包囲する敵機が回線を開くように要求してきた。要求に従い、プレアは回線を開いた。モニターに映ったのは不真面目そうな男の姿だった。

「こちらは大日本帝国宇宙軍第三航宙戦隊の権藤大佐だ。ドレッドノートのパイロット、投降する気はないか?」

「ドラグーンを失った以上、ドレッドノートはもう脅威ではない……そのようにお思いのようですね」

「あんたも分かってるでしょうに。これ以上抵抗しようがないってことは」

確かに権藤という男の言葉は否定できない。こちらの武装はビームライフル一丁に複合防盾ひとつ、ドラグーンを使っても撃墜できなかったMS相手に太刀打ちできるはずがない。だが、ここで諦めるつもりはプレアにはなかった。ここで彼らをできる限り引き止め、導師の逃亡を確実とすることが自身の残り短い命の最良の使い方であるとプレアは判断していたのである。

「残念ですが、お断りさせていただきます。どうせ投降したところでまともな扱いはされないでしょうし、自分にはまだやることがあるんです」

「けっ!ウチの国の民間人に手出ししといて、いい扱いをされるわけないでしょうが。それに坊主、お前さんは包囲されているんだ。わがまま言いなさんな」

「我儘ですか……ですが、我儘だと言われようが、やらなければならないことがあるんですよ」

そう寂しそうに笑いながら言うと、プレアは回線を切断した。プレアが降伏勧告を蹴り、戦闘態勢に入ったと判断した権藤達は咄嗟に身構える。だが、ドレッドノートは微動だにしない。

何か行動を起こされる前に四肢を斬り飛ばして無力化しようと考えた権藤がドレッドノートに向けて突撃しようとしたとき、コンピューターが警告音を鳴らした。警告音を聞いた権藤は制動をかけ、突撃を取りやめる。

そして警告の原因を示すウィンドウに目を通す。ウィンドウには、敵機が以上な熱をエネルギーを生じつつあることを示すデータが表示されている。

「敵機に熱反応……まさか核爆発か!?全機全門開放!!全力射撃!!」

敵機が核爆発しようとしていると判断した権藤は、敵機を今すぐに撃破しようとする。もしも核爆発をされたならば自分達も間違いなく無事ではすまない。だが、幸いにもこのあたりはNJの影響下だ。あの機体のNJCを破壊することさえできれば、NJの効果によって核分裂は起きなくなる。それゆえの全力射撃だ。

後先考えない全力の射撃は何とか攻撃を避けようとしていたドレッドノートを飲み込んだ。ボディには幾多の弾痕が穿たれ、そこから火を噴いたドレッドノートは一瞬で巨大な火球へと変貌した。幸いにも核爆発は起きなかったようだが、その壮絶な最後は権藤達の目にしっかりと焼き付けられた。

 

「全く……若けぇやつが無茶しやがる。だが、確かにお前さんは勇気あるもの(ドレッドノート)に相応しいやつだったのかもしれねぇな」

権藤はそう呟くと、最寄の母艦である飛龍へと針路を取る。先ほどの全力射撃で弾薬が尽きており、推進剤の残量も心もとない。既に彼らの継戦能力は完全に喪失していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 その頃、飛龍のMS隊は敵の巨大MA――――TSX-MA717/ZDペルグランデとの戦闘中だった。飛龍のMS隊はその数に物を言わせて全方位から絶え間ない射撃を続けていた。何機かはとりついてビームサーベルで斬撃を加えている。ペルグランデもドラグーンを使うことができるが、ドラグーンの数の数倍の敵機に群がられれば満足に運用できるはずがない。

その画はまるで血に飢えたピラニアが徒党を組んで自身より巨大な魚に群がる様を連想させる。俗に言うフクロにするというやつだろう。

パイロット達はいたって真面目に生命のやりとりをしているのだろうが、傍目から見ると死闘というより、食事に見えてしまうのは何故だろうか。マルキオ側が捨て駒として投入したペルグランデは結局、飛龍MS隊に大した損害を与えることもなく全方位からフルボッコにされて爆散した。

以外とあっけない最後である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キラ・ヤマトォォォ!!!」

ソウリュウ・タイプから発艦した蒼い翼の機体を見つけたカナードは一目散に向かっていく。自身の怨敵、自身の兄弟、自身の成功作――やつを倒し、自分は初めて何かを得ることができる。彼はそう信じていた。

「貴様は俺が討つ!!そして証明してやる!!俺が成功作だと!!」

カナードのハイペリオンはアルミューレ・リュミエールを全方位に展開し、背部のビーム砲、フォルファントリーを発射する。キラの駆るフリーダムはそれを回避し、ハイペリオンに向けてエクツァーンを撃ちこんだ。だが、光の幕の前に電磁砲は無効化される。次いでキラは背部のシュラークを起動させて打ち込むが、こちらもアルミューレ・リュミエールの前に弾かれて効果は見られなかった。

「無駄だ!!このバリアを突破できるものか!!」

カナードはなす術もないキラのフリーダムを嘲笑する。だが、キラはまだ諦めたわけではなかった。脇腹の対艦刀を抜くと、二刀流の構えを取った。長刀の2刀流は元上司にして師とも言える男の本気の戦闘スタイルだ。

対艦刀を両腕に構えたキラはアルミューレ・リュミエールに向けて突進する。だが、狙いは光の壁を突破することではない。超電磁砲でさえ突破できない壁を対艦刀で突破できると考えるほど彼はお気楽ではない。狙いは、アルミューレ・リュミエールの発信機だ。これさえ潰せば、ハイペリオンを丸裸にすることができる。

当然、突進してくるフリーダムに対し、ハイペリオンはビームマシンガンによる弾幕で応戦するが、フリーダムは両腕のアルミューレ・リュミエール・ハンディを展開してそれを防御する。そして対艦刀による2連撃は正確に発信機の一つを捉え、それを破壊した。それに驚いたハイペリオンは後退し、フリーダムから距離を取る。

 

「フン……それでこそ俺が貴様を討ち取る価値があるというものだ!!」

自分が本気を出して初めて討ち取れる相手ではなければならない。いや、キラ・ヤマトを自分以外に討ち取れる人間が存在してはいけない。そうでなければ、自身が最強のスーパーコーディネーターであるということは証明できないのだから。

カナードはアルミューレ・リュミエールをビームランス状に展開し、フリーダムに対して突進する。キラはそれに対し、エクツァーンで迎え撃つ。カナードはエクツァーンを防ぐためにビームランスを解除し、再度アルミューレ・リュミエールを傘のように展開した。

だが、ハイペリオンの突進の勢いは衰えていない。ハイペリオンはアルミューレ・リュミエールを纏ったままフリーダムに体当たりを敢行する。更に、接触の直前にビームマシンガンを連射し、追撃をかける。

フリーダムは接触の瞬間にアルミューレ・リュミエールを展開し、ハイペリオンとの接触の瞬間に機体の姿勢を制御する。自身の機体はアルミューレ・リュミエールの影に位置するような姿勢を取り、ハイペリオンの銃撃をやりすごす。

だが、それだけでは終わらない。キラは銃撃が止む直前にシュラークを再度アルミューレ・リュミエールに向けて発射する。光の幕と接触したビームはその場で閃光とともに消滅する。そしてその閃光を目くらましにしてアルミューレ・リュミエールを解除したキラは対艦刀をアルミューレ・リュミエールの発信機に突き刺して左右の2機を破壊する。これでハイペリオンは5基の発信機の内、3基を失ったことになる。残りは2基では、キラのフリーダムリバイが装備しているアルミューレ・リュミエールハンディとスペック上では変わらない。

カナードは接近戦の技量差を持ってまんまとしてやられたことに憤怒し、顔を真っ赤にする。

 

 

 

『ハイペリオンのパイロットに降伏を勧告します』

その時、フリーダムから通信が入った。通信の相手は怨敵、キラ・ヤマトだ。やつは淡々と事務的な口調で降伏勧告をしてきた、おそらく、技量の差を示したので、こちらが諦めるとでも思っているのだろう。

 

「……降伏勧告だと」

 

『はい。このまま戦闘を続けても勝ち目がないことは貴方も理解したはずです』

屈辱だった。失敗作の自分に対して成功作であるキラ・ヤマトがその技術差をもって降伏を勧告してきたのだ。勝者から敗者に向ける憐憫、それがカナードには我慢ならないものだった。

 

「…………ざ……るな」

 

生まれから分かたれた成功作と失敗作の差、全てを賭けて挑んだ戦いで突きつけられたキラ・ヤマトとカナード・パルスの差。生まれからずっと差をつけられ、その差を埋めようと足掻いた果てに差し向けられた憐れみ。それはカナードに眠っていた真の能力を覚醒させるほどの憤怒の呼び水となった。

 

 

「ふざけるなぁぁぁ!!!」

 

 

 カナードの脳裏に種子が弾けるイメージが浮かぶ。同時に頭の中がクリアになり、身体はまるで水を得た魚のように動く。ハイペリオンはビームランスを展開し、フリーダムに突撃を敢行した。その乱れ突きをフリーダムはアルミューレ・リュミエールを展開してブロックする。

これまでとはまるで異なる動きをするハイペリオンの猛攻にキラは目を見開いた。この現象には心当たりがある。防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の魔女の姉君曰く、火事場の馬鹿力というやつだ。

 

 

 

 

 昨年、模擬戦の最中に見せたドーピングのような異常なパワーアップとその際のバイタルデータの変化がきっかけとなり、キラは原因究明のために防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)への出向が命じられた。

その際に彼の主治医扱いとなったのは、防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の魔女の姉君である香月モトコだった。あの魔女の姉ということで妹の数倍ぶっ飛んだマッドサイエンティストであると考えて日々恐怖に震えていたが、幸いにも脳に電極をさされるようなことはなく、脳波を計測する装置やMRIを使用した詳しい検査が行われた。そして結果、モトコはこの急激なパワーアップの原因が脳のリミッター解除にあることを突き止めた。

 

 人間の筋肉は常に全力を出しているわけではない。平時は全力のおよそ数割のスペックしか発揮していないのである。これは、全力を出すことは筋肉にも負担を強いるためである。

同様の理由で、人間の脳にも普段はリミッターがかけられ、普段は能力がセーブされている。だが、人間は自身の生命の危機を感じた場合、生存本能からそのリミッターを解除し、限界を超える能力を発揮して生存を図ろうとする。俗に言う、火事場の馬鹿力というものだ。

そしてキラは意図的に自身に課せられたセーブを外すことができた。これは、スーパーコーディネーターとして生み出されたキラの驚異的な脳の基本スペックの賜物である。キラは脳にかけられたリミッターを解除し、その脳の処理能力を完全に引き出すことで驚異的な戦闘能力を発揮することができるのだ。

無論、モトコもキラの脳の驚異的なスペックから彼がただのコーディネーターではないことは見抜いていたが、彼女はそこを追求することはしなかった。彼女曰く、興味が無いとのことだ。

 

 実は、香月モトコは過去に植物状態となった患者に携わった際、植物状態になっていた間に流れた月日が患者とその周りの人間の人生を大きく狂わせていく様子を目の当たりにした経験があった。

そして、何もできないでいる自分に歯がゆさを感じていた。

実は、人間は脳の傷ついた部分の働きを別の部分で代替し、補完することがある。それは脳の眠れる力であり、現代医学ではいまだに解明のなされていない部分であった。

それゆえ彼女は妹から持ちかけられた脳の持つ眠れる力を引き出す研究に短期間とはいえ手を貸したのである。

 

 

 

 

 

「貴様に俺の気持ちが分かるかぁぁ!!」

カナードは吼えながらハイペリオンのビームマシンガンを連射する。

「俺は貴様の失敗作だ!!何年も俺はスーパーコーディネーターを研究するための非検体だった!!」

 

 それは自身の内に秘めていたキラへの羨望だった。

生まれから成功作と失敗作という絶対的な差をつけられた。失敗作たる自身はユーラシア連邦の実験動物(モルモット)、戦後のドサクサにまぎれて現在は狂信的なテログループの協力者だ。片やキラは一般家庭で一人の人間として育ち、普通の人間として家庭を持とうとしている。

この差はなんだろうか。

失敗作というだけで与えられるものも、得られる未来も差をつけられる。追いつこうと足掻いた末に、圧倒的な実力差から来る憐憫の眼差しを向けられる。

 

「失敗作というだけで俺は不幸を背負い、貴様は天から降ってくる幸福を教授するのか!?」

カナードのハイペリオンは緩急を織り交ぜた乱れ突きでキラのフリーダムの動きを封殺する。

「失敗作というだけで俺は貴様より劣るということが決まっているのか!?」

本来であれば、カナードはキラのような火事場の場家力――マルキオがSEEDと呼ぶ能力――を使うことはできなかった。マルキオに言わせれば、彼はSEEDを発現する因子を生まれつき持ってはいなかった。

だが、彼は本来は不可能であるはずのSEEDの発現を可能にした。彼のすさまじい執念が本来なら起きるはずのない能力を目覚めさせたのである。

 

 

 カナードの執念の攻撃は続く。乱れ突きから斬り上げ更に回し蹴りとハイペリオンに残された全ての力を引き出しながら彼は戦う。無理な機動、関節に負担をかける格闘技、アルミューレ・リュミエールの連続使用による損耗――ハイペリオンはキラの攻撃を受けるまでもなく、消耗していった。

「どうした、キラ・ヤマトォ!?貴様はその程度なのか!?」

だが、カナードは止まらない。ハイペリオンが刻一刻と自壊に近づきつつある中にあってなお彼は狂気に染まった眼で敵のみを見据えている。

彼の脳裏にあるのは目の前の敵に勝利することだけだ。その後、戦闘不能になって捕虜になっても別に構わない。キラ・ヤマトにさえ勝てるのであれば、彼にはもう未練はないのだから。

スーパーコーディネーターと互角に戦える力が自分にはあった。自分にはキラ・ヤマトを圧倒する力があった。その事実が彼にとっての全てである。

カナードは今、その力を存分に振るえる生命をかけた戦いだけを望む狂戦士(バーサーカー)となっていた。

 

 

 カナードの執念はキラの予想を遥かに上回るものであった。キラも両腕のアルミューレ・リュミエールハンディと各部のスラスターの微妙な調整でなんとかハイペリオンの攻撃を凌いでいたが、凄まじい反応速度で繰り出される攻撃に紙一重での対処を強いられたキラの精神力は次第に削がれていく。

彼には自分を恨む理由があることは分かる。だが、だからと言って彼に殺されるわけにはいかない。自分には待たせている女性がいるのだ。彼女を幸せにするのは自分だ。他の誰にもこの役目を譲るつもりはキラにはなかった。

 

 

「貴方の味わったものが分かるとは言わない……だけど、僕には生き残らなければならない理由があるんだぁぁ!!!」

 

 キラの脳裏に種子が弾けるイメージが浮かぶ。同時にキラの脳にあるリミッターが取り払われ、フリーダムの動きが数段尖鋭になる。

防戦一方だったフリーダムだったが、今度は一転して攻めに転じた。対艦刀を使ってビームランスを強引に左右に受け流し、更に一歩踏み込んでハイペリオンのボディに斬撃を叩き込む。間一髪で機体を後退させたハイペリオンだったが、これによってビームランスの内の一機が根元から切り取られた。

ビームランスによるダメージを受けた対艦刀は使い物にならなくなったと判断したカナードは残された最後のビームランスで突きを放つ。だが、ここでキラは予想外の手段に出る。両手から発生させたアルミューレ・リュミエールによってビームランスの発信器を挟み込み、それを破壊したのだ。僅かなミスも許されない神業であり、実行したキラの神経も擦り減らされていた。

その代償に、ハイペリオンは全てのアルミューレ・リュミエールの発信器を失っていた。ハイペリオンに残された武装はビームマシンガンとビームナイフだけである。

 

 あっという間にハイペリオンの最大の武器が奪われ、カナードは目の前の現実が信じられなくなった。確かに先ほどまで自分はキラ・ヤマトを圧倒していた。まるで鬱陶しい枷から開放されたような感覚で戦うことができたのだ。枷を取り払った自分は無敵だと、彼は信じていた。

だが、それは覆された。自分と同じように『急激なパワーアップ』を遂げたキラ・ヤマトによって。

 

「何なんだ……何なんだ貴様は…………キラ・ヤマト!!貴様はぁぁ!!」

 

 ビームナイフを両腕に握ったハイペリオンは最後の突撃を敢行する。だが、ハイペリオンとは違い、フリーダムには未だ遠距離戦闘用の武装が残っている。その状況でナイフを受け止めて接近戦をするつもりはキラには毛頭なかった。

エクツァーン、シュラーク、ビームライフル同時に展開し、キラはハイペリオンの四肢に狙いを定める。

 

「謝りはしない。君に同情もしない。恨むのなら恨んでくれて構わないよ。けど、僕は君を倒す」

 

 フリーダムから放たれた五条の火箭がハイペリオンから四肢をもぎ取り、その頭部を吹き飛ばした。




元ネタ解説

香月モトコ
香月三姉妹の長女。
『君が望む永遠』より


ペルグランデの描写が少ない・・・・・・というか、書きようがなかったんですが。


断章の最終話は週末に書き上げるつもりです。それではまた次回!


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PHASE-X8 猛る刃

これで完結とか思っていたら、忘れていたことがありましてさらに一話増えました。


「認めるか……俺は認めないぞ!!」

四肢を失い、コックピットのモニターに各部の破損を示すアイコンが表示されていても尚カナードは戦意を喪失していなかった。

18年間追い続けた自身の仇敵に一度とはいえ迫ったのだ。ようやく手が届きかけた獲物に痛烈な後ろ蹴りを喰らわされたからといって簡単に諦めることはカナードにはできなかった。故に、彼は敗北が必死な状況であっても足掻き続ける。直ぐに自己診断プログラムを作動させ、損傷箇所を割り出す。まだハイペリオンは動く。彼はそう信じていた。

「駆動系統がやられたのか……」

だが、ハイペリオンの再起動は不可能といっても過言ではなかった。胸部の装甲の一部が欠損、さらに機体の各部に指示を伝える駆動系統の障害が発生しており、これでは機体を動かすことができない。

 

『パイロットに警告する。すぐに機体を捨てて投降せよ。1分以内に出てこない場合、抵抗の意思ありとみなして撃墜する。これが最後通牒である』

自身に情けをかける怨敵の声が彼の業火のような怒りに油を注ぐ。勝てないにしても、この期に及んで圧倒的に優位な立場にある宿敵から降伏勧告され、彼が応じるわけがない。幸いにもハイペリオンは核動力搭載のMSだ。核爆発させることはさほど難しいことではない。自爆を決意したカナードは原子炉の設定を操作しようとコンソールに手を伸ばす。

だがその時、フリーダムは突如ハイペリオンに向けていた銃口を上に向ける。カナードもそれに釣られて上方の映像に画面を切り替える。同時に幾条もの火箭が上方から降り注いだ。

「メビウス!?……あいつらか!!」

上方から火箭を放ったのは傭兵部隊Xの所有する9機のMA、メビウスだった。更に、ハイペリオンに通信が入る。相手は傭兵部隊Xの母艦、オルテュギアだ。

 

『カナード。無事』

「何故手出しをした!!こいつは俺の獲物だ!!」

メリオルが何かを言い切る前にカナードは口を挟んだ。

「確かに俺の機体は満身創痍だ!!だがな!!だからといって俺は宿敵を討つのに手助けを求めるほどの腑抜けではない!!」

凄まじい剣幕で捲くし立てるカナードに対し、メリオルは普段と同じ態度で淡々と話す。

『腑抜けですか。しかし、達磨よりはマシではありませんか?』

「何だと!!」

『このままでは、貴方はフリーダムに撃墜されるか拿捕されるかしかありません。自爆という選択肢も貴方の中にはあったと思いますが、既にドレッドノートが同じ手を使っていますから、恐らくは看破されるでしょう。自爆に失敗すれば、貴方は犬死です。自爆は古今東西どんな例を見ても負けに他なりませんよ?』

負け――それを認めることはできない。それは、自身に押された失敗作という烙印を否定するために重ねた研鑽の――ひいては、自身の人生の全否定に他ならない。それは、彼の矜持が許さなかった。

「そうだ……俺もお前もまだ戦える!生きているうちは負けじゃない!!」

この交信の間にも、既にメビウスの数は半数を切っていた。時間がないと判断したカナードはコックピットを開放し、座席に備え付けられていた工具箱を手に宇宙空間に出る。そして胸部の装甲欠損部分に取り付くと、工具箱から電灯を取り出して欠損部分を照らした。

「クソ……情報伝達ケーブルが欠損している!」

損傷箇所を確認したカナードは手持ちの工具を使用し、情報伝達ケーブルを繋ぎあわせようとする。だが、生憎とキラはそれを黙って見ているほどお人よしでも間抜けでもなかった。キラはカナードがコックピットを飛び出し、欠損した装甲部分にはりついているのを見て、カナードが何を企んでいるのかを察したのである。

既にオルテュギアから発艦した9機のメビウスは全て撃墜されていた。もう、キラのフリーダムの邪魔をするものは存在しない。キラはこのままカナードを捕縛しようと考え、機体をハイペリオンに向ける。

カナードも一瞬、もはやここまでかと覚悟をした。その時、艦砲クラスのビームがフリーダムとハイペリオンの間を貫いた。ビームを放ったのは他でもない、オルテュギアだ。

『カナード!!私達が時間を稼ぎます!!』

「メリオル……まさかお前!?」

『長くは持ちません!!手を休めないで下さい!!』

オルテュギアはゴットフリートMk.21をフリーダムに向けて斉射する。更に、対空ミサイルでフリーダムの回避行動を妨げる。後先を考えないミサイルの集中砲火により、フリーダムの動きはオルテュギアに完全に封じ込まれた。

 

 フリーダムの動きが封じられている間にカナードは断裂していた情報伝達ケーブルを復旧し、再度コックピットに潜り込んだ。機体の状態を確認し、戦闘プログラムを大破した機体の状態に最適化する。

「よし……メリオル!!もういいぞ!!下が」

カナードがOSの組み換えを終え、いざ機体を再起動しようとしたとき、カナードは外部のサブカメラが移す映像を見て言葉を失った。オルテュギアは船体の各部に被弾を受けて大破炎上していたのだ。だが、未だに対空火器は激しく火を吹き、フリーダムを引きつけていた。

 

 カナードはすぐにオルテュギアの艦橋に通信を繋ぐ。

「メリオル!!」

『カナード…………修理は……』

モニターに映る艦橋は煙に黒煙に包まれつつあった。紅い水滴が浮遊し、まるで何かが大暴れしたかのように荒らされた艦橋の様子から見るに、艦は既に航行が困難なほどのダメージを受けているらしい。メリオルも額から血を流し、その純白の船外服のいたるところを紅に染めていた。

「俺も、ハイペリオンももう戦える!!だからお前達は下がれ!!」

カナードは必死に呼びかける。これまでのカナードにとっては使い勝手のいい駒程度としか思っていなかった相手のはずだったが、何故か今のカナードの胸には彼らを失いたくないという強い思いが芽生えていた。

『下がりたいのは山々なのですが……既に推進機関が停止しています。ミサイルは撃ちつくしたので弾薬庫に誘爆する危険性はないのですが、動力炉が危険な状態にあるとの報告を受けています。遠からず、爆沈するでしょうね』

「すぐに脱出艇を使え!!」

メリオルは静かに首を横に振る。

『脱出艇を収容していた格納庫がレールガンの直撃を受け、半数以上が使用不能です。生存者を全員脱出させることはできません』

普段と同じ、事務的な口調でメリオルは艦の現状を報告する。

『全員が脱出できない以上、艦長たる私は最後まで艦の保全につとめ、生存者を脱出艇で送り出すところまで見届ける義務があります』

「ふざけるな!!貴様も生きて脱出しろ!!」

カナードは画面越しにメリオルに怒鳴りつける。だが、メリオルは涼しい顔を浮かべながら頭を横に振った。

『艦橋から格納庫に通じる通路は被弾の影響で既に空気がありません。船外服が破けていますから、このまま真空空間にでることはできないのです』

 

 その時、フリーダムの翼部シュラークから放たれた閃光が残された最後のイーゲルシュテルンを射抜いた。その衝撃でメリオルの身体は宙に跳ね上げられ、天井に激突した。だが、メリオルは激痛に悶える身体に鞭を打ち、再度カナードの顔が映し出されるモニターの前に戻って微笑んだ。

『勝ってください……かならず。私は貴方を信じています』

普段の彼女とは違う柔らかな笑みにカナードは知らず知らずの内に見惚れていた。

『ずっと言えませんでしたが、私は貴方のことが好きでした』

今まで見た事のない表情を見せる女性の告白に、しばしカナードの思考は停止する。

「スーパーコーディネーターだとか、失敗作だとかは関係ありません。私は……」

 

 メリオルが最後の言葉を伝えきる前に、破局は訪れた。度重なる攻撃を受けたオルテュギアの艦橋直下の穿孔から真紅の火柱が奔騰し、船体に刻まれた多数の亀裂から漏れ出した閃光がオルテュギアを一瞬包む。そしてオルテュギアは暗き空に灯る星となった。

ハイペリオンのコックピットでカナードは身体を静かに震わせていた。

 

 この心の底から湧き上がる思いは何だ――カナードは自問する。

絶望や苦痛なら何度も味わってきた。だが、今自身の胸を満たす感情は憤怒でも、悲哀でもない。それよりも辛いこの感情は何なのだろう。

それはカナードが生まれて初めて味わった喪失感だった。愛も家族も何も与えられたこともないカナードの人生で、初めて与えられたものが自身を補佐する特務部隊Xだったのである。そして初めて自身の力の及ばなさから喪失したものもまた、特務部隊Xであり、その纏め役だったメリオルであった。

 

 自身にとってメリオルとはなんなのか――その問いをカナードは自身に投げかける。

初めて会った時の印象は、どこぞの情報統合思念体が情報爆発の原因を観測すべく送り込んだ対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースか国連の特務機関が開発した汎用人型決戦兵器の零号機パイロットかといったものだった。こいつも、自身をモルモットとしか認識していない腐った豚共の手下でしかないと想っていた。

そんな考えが変わり始めたのはいつからだっただろうか。気がつけば、傍にいることに不快感を感じることがなくなっていた。常に自分しか信じていなかったはずが、戦略や己の機体について相談するほどに彼女を信頼していた。

彼女が最後に自身に告白した愛というものが自身の中にあり、それがメリオルに向けられていたのか。それはカナード自身も分からなかった。肉親の愛も知らずに育った彼が他人に対する親愛や恋愛の情を理解することは難しいことであった。

 

 だが、一つだけ彼の中で確かなことがあった。紛れもなくメリオルと特務部隊Xはカナードにとって掛け替えの無い大切なものであり、キラ・ヤマトは自身の大切なものを奪っていったということだ。

 

「キラ……キラ・ヤマトォォ!!!!」

 

 カナードの胸を憎悪の炎が焦がす。喪失感を糧に憎悪の炎は更に大きく、強くなっていった。そして、憎しみにその身を焼きながらカナードはフットバーを蹴っ飛ばした。

再起動を果たしたハイペリオンは健在な背部スラスターに大きな光を灯し、急加速する。

 

「貴様だけは許さん…………貴様だけはぁぁ!!」

再起動し、突撃を仕掛けてくる相手にキラが棒立ちでいるわけがない。キラはフリーダムの持つ5門の火砲をハイペリオンに向けて放つ。だが、カナードにはフリーダムの動きが全て(予知)えていた。

スラスターの僅かな操作でハイペリオンは自身を襲う火箭を紙一重ですり抜ける。キラは驚きながらも追撃を続けるが、ハイペリオンはビームと実弾の弾幕をまるでサーカスをしているかのように軽やかな動きで突破する。

「俺はお前を許さない!!」

今、カナードはフリーダムの一挙一動を視ることでその先の動きを先読みできた。全ての攻撃を先読みされているフリーダムの攻撃がハイペリオンにあたるはずがない。ハイペリオンは弾幕をすり抜けながらフリーダムとの距離を詰める。

 

 実はこの擬似的な予知能力は成功作であるキラには存在しないもので、カナードが後天的に会得した能力である。

幼少期からユーラシア連邦の手によって様々な苦痛を伴う実験を施された影響で、カナードの脳内にある各種脳内物質を分泌する組織には変化が生じていた。そのため、脳内物質の分泌量にムラが生じ、感情が不安定になるなどの症状がでていた。

普段は薬などでその影響を最小限にとどめているのだが、『生まれて初めて味わう喪失感』は薬の効果など無視するほどに彼の脳の根幹を大きく揺さぶった。これまで強制的にその活動を封じ込められていた脳内物質分泌器官はかつてないほどの刺激を受け、暴走状態といっていいほどに脳内物質を大量に分泌した。

その影響を受けてカナードの感覚神経はSEEDの発現時を凌駕するほどに鋭敏化した状態にある。鋭敏化した感覚神経が捉えた膨大な情報とカナード自身の戦闘経験、超活性化した脳の処理能力が相手の動きを擬似的に予知できるほどの精度での先読みを可能にしたのだ。

一方、僅かな刺激も通常の何倍に増幅されて脳に伝えられるため、本来であれば自身の一挙一動が、周りの状況の僅かな変化が耐え難い苦痛であるはずだった。しかし、既にカナードの精神は肉体を凌駕しており、常人であれば耐えられない苦しみをものともしていなかった。

 

 熾烈な弾幕をすり抜けて接近するハイペリオンの姿に焦りを覚えたキラはアルミューレ・リュミエールを展開して突進を防ごうとする。だが、先ほどハイペリオンのビームランスを挟み込んだ際にフリーダムのアルミューレ・リュミエールハンディも損傷しており、バリアを展開することはできなかった。

アルミューレ・リュミエールが展開できないことに気がついたキラは、自身の目算が狂いすぐ目の前にまで迫っていたハイペリオンに対して反射的にES01ビームサーベルを抜き放った。

同時に、ハイペリオンは唯一残された武装である背部ビームキャノン『フォルファントリー』をフリーダムに放つ。

 

 ハイペリオンの展開した砲門から放たれた閃光はフリーダムの抜き放った光刃が届く前にフリーダムの胸部を正確に捉えた。だが、僅かに遅れてフリーダムが抜き放った光刃も寸分違わずにハイペリオンの腹部を真一文字に切り裂く。

 

 カナードは自身の視界を染める光に飲み込まれるその刹那の瞬間、ハイペリオンが放った必殺のビームがフリーダムのコックピットに――キラ・ヤマトに確かに届いていたことを見届けていた。

 

――――俺が磨き上げた牙は貴様に届いたぞ、スーパーコーディネーター!!

 

 カナードは不敵な笑みを浮かべながら光の中に消えた。




メリオル忘れてました…………完結までにまたさらに一話増えます。

次こそ完結させたいです……

スーパーカナードの元ネタは某幕末流浪人の義弟と警視庁警備部警護課第四係の某SPです。


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PHASE-X9 新たなる時代へ

これでとりあえず断章は完結です。


C.E.73 6月24日 大日本帝国 内閣府

 

 

 テログループに占拠された大瑠璃丸がアメノミハシラに衝突した事件からおよそ3週間が経過していた。懸命の捜査活動の末にテログループの本拠地を見つけ出し、航宙母艦を伴う有力な艦隊を派遣した帝国宇宙軍であったが、遂に首謀者を捕らえて組織を全滅させることはできなかった。

捕虜となったジンやストライクダガーのパイロット、そして無事救出されたラクス・クラインの証言により、今回の一連の事件の首謀者はマルキオ導師であることが判明していた。しかし、帝国軍は数週間に亘る大捜索にも関わらず彼の身柄を押さえることはできなかったのである。

 

「無碍の民を虐殺した不貞の輩を捕らえられなかったことは痛恨の極みです。面目次第もありません」

吉岡は沈痛な面持ちで深く頭を下げる。だが、澤井は手を挙げてそれを制した。

「防衛大臣、君が責任を感じる必要は無い。我々の想像以上に敵は狡猾であり、巨大であったというだけのことだ」

「いえ、私があの時東アジア共和国に対する抑止力として安土に残していた第一艦隊のマキシマオーバードライブ搭載艦を一隻でもメンデルに回す決断をしていれば、テロリストの逃亡は防げたはずでした」

 

 去るC.E.73 6月4日、大日本帝国宇宙軍第三航宙艦隊は廃棄コロニーメンデル周辺でテロの犯人グループと接触した。敵の本拠地であるメンデルからの脱走に成功した大和少尉を追跡してきたMS部隊と交戦した第三航宙艦隊は被害を出したものの、これを退けることに成功する。

そして第三航宙艦隊はMSが出撃した拠点であるメンデルに突入し、これを占領することに成功した。だが、既にメンデルにはテログループの首班であるマルキオの姿は無かった。彼はメンデルから出撃したMS部隊が交戦している間に快速艇を使ってメンデルから高速で離脱していたのだ。

マルキオが逃亡に使用した高速艇にはかつてヴォワチュール・リュミエールが搭載されており、メンデルからのプロパルションビームを受けて加速し、そのままL4から逃亡したのである。第三航宙艦隊にはマキシマオーバードライブを搭載した艦は未だに配備されていなかったため、高速で逃亡するマルキオの脱出艇を追跡できる艦はなかった。

マキシマオーバードライブを搭載した艦は従来艦と比べて巡航速度が段違いに速く、連携させることが難しい。また、従来の機関に比べて調達費と維持費も高い。澤井政権も性急なマキシマオーバードライブの搭載艦の増強は列強国を刺激しかねないと判断したために調達ペースを押さえる路線を取っていた。そのため、現在マキシマオーバードライブ搭載艦は第一艦隊に集中して配備されている。

 

「過ぎたことを悔やんでいては仕方がない。それに、私は君の判断が間違っていたとは思わないさ。あの時はまさかテログループがあれほどの技術力を持っているとは想像できなかった」

「D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の解体が、このような形で帝国に害を及ぼすとは我々も考えていませんでした」

吉岡の判断を支持した澤井の言葉に、重ねて辰村情報局長が発言した。自身の発言の真意を読み取れなかった一部の閣僚が訝しげな表情を浮かべていることを察した辰村は、すぐに捕捉する。

「報告書にあった快速艇の加速に使われたヴォワチュール・リュミエールはD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)が開発した技術で、簡単に言えば既存のソーラーセイルの延長線上にあるものです。D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の解体直前には既に技術立証機が完成していました。今回、テログループが使用したプロパルションビームの発信器の構造も、D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)が試作したものとほぼ一致したそうです」

五十嵐文部科学大臣が辰村に問いかけた。

「つまり情報局長は、D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の解体と同時に本来出資国以外に漏れるはずが無かった技術が人材と共にテロ組織に流れたと考えているのですか?」

辰村は首を縦に振って肯定した。

 

 

 D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)はかつて、国際連合が機能していたころに設立された組織で、各国の共同出資によって運営されていた。その主目的は人類を火星以遠の宇宙に進出させることであり、その手段としてソーラーセイルや冷凍睡眠、自己修復型マイクロマシナリーテクノロジーを研究していた。そしてその研究成果は出資国に平等に公開されていた。

だが、戦後になるとD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)に出資する国は存在しなくなってしまった。最大の理由は日本で開発されたマキシマオーバードライブである。ヴォワチュール・リュミエールよりも深宇宙開発用宇宙船の動力としては遥かに優れており、その力は簡単に軍事力にも転用できるのだ。

D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)にヴォワチュール・リュミエールの開発をさせるよりも、マキシマオーバードライブを早期に実用化させるために自国の研究部門に投資すべきという動きが加速し、D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の出資国は次々と離れていった。

また、各国の宇宙開発に携わる科学者達もこれからはマキシマオーバードライブの時代であると判断していた。巨額投資をされていたにも関わらずヴォワチュール・リュミエールという宇宙開発においてはマキシマオーバードライブに劣るものしか造れず、肝心の宇宙開発にも確たる成果を出すこともできなかったD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)は各国から見限られ、やがて資金難から解体された。結局のところ、敵国にも技術をもたらすような中立的研究機関というのは軍事的な緊張が高まっている時期には無理があったようだ。

日本もマキシマオーバードライブの実用化により火星以遠の開発を独力で推進することが可能になっていたので、いち早く援助を打ち切って自国の技術者を撤収させている。

その後、D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の技術者達は列強国に引き抜かれて各国に散らばったという。

 

 

「D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の出資国の『何れか』が意図的に流出したという可能性は考えられませんか?テログループにしては装備が異常なほど充実していたようですし」

奈原の問いかけに辰村が答える。

「その可能性も否定できません。ですが、メンデルでの調査では我が国に敵対的な国家の関連を裏付ける証拠は発見できませんでした。回収されたストライクダガーやジンも、ヤキンドゥーエ戦役で公式には喪失扱いにされた機体でした」

「戦闘終了後にジャンク屋が回収した可能性もあるということか……」

「はい。また、マルキオ導師はジャンク屋連合の成立にも深く関与していました。各国の上層部にも縁があるとか。自身の人脈であれほどの装備を集めることも不可能ではないかと」

「……根は深そうだな」

テログループの予想以上の厄介さに澤井は険しい顔を浮かべながら言った。

「このような勢力の跳梁跋扈を許しておけば我が国の宇宙開発の障害にもなりかねん。辰村局長、引き続き調査を頼む。必要とあらば軍の特殊部隊を投入することも許可しよう」

「はい」

 

 澤井は溜息をつくと、静かに椅子を引き、天を仰いだ。

大戦が終わり早2年、未だに帝国の宰相に安息の日々は訪れない。

 

 

 

 

 

 

 C.E.73 7月27日 大日本帝国 二条国立病院

 

 病院の一室、VIP専用の個室で一人の男性が着替えていた。病院服を脱ぎ、壁にかけられた軍服に袖を通す。未だ胸部と、頭部の半分を隠すように巻かれた包帯が痛々しい。

男は着替えを終えると、病室に備え付けられた鏡を見て身だしなみを整える。外地では国の範たる軍人は身だしなみは常に完璧でなければならない。本来であれば髪もセットすべきなのだが、頭部が半分以上包帯で覆われているため、本格的にセットすることはできない。

「キラ。お着替えは終わりましたか?」

軍帽を手にとったキラに病室の外から声がかけられる。キラはその声の主にすぐに返答した。

「ラクス、もう少し待ってて!今行くから!」

 

 

 病院の廊下をキラは清楚な白いワンピースを着たラクスを連れ添いながら歩いた。

「結婚式は、来月まで持ち越しだそうですね」

「残念だけど、仕方ないよね。新郎がミイラ男じゃ格好がつかないし」

キラは苦笑し、ラクスもそうですわね、と言いながら釣られて笑みを浮かべる。

 

 

 カナードの駆るハイペリオンとの戦闘の終盤、キラはハイペリオンの最後の特攻をビームサーベルで迎え撃った。そしてハイペリオンのフォルファントリーがフリーダムの胸部装甲を正確に捉えてから僅かに遅れてフリーダムのビームサーベルがハイペリオンのコックピットを真一文字に両断した。

キラが搭乗していたフリーダムの改修型は外部装甲にはラミネート装甲は採用されていたが、至近距離から発射されたフォルファントリーを防ぎきることはできず、フェイズシフト装甲部分までの貫通を許してしまう。

そしてフォルファントリーの命中の直後にハイペリオンが爆散、フリーダムは至近距離で爆発の衝撃を受けてしまった。特にコックピット部分は先のフォルファントリーで外部装甲が破壊され、フェイズシフト装甲部分も損傷していたこともあり、爆発の衝撃を防ぎきれずに大きな被害を受けた。

想定外の衝撃がコックピットを覆うフェイズシフト装甲を破壊し、コックピット内にいたキラはその餌食となった。コックピット内の計器が爆ぜ、その部品が飛び散ってキラの身体を襲ったのだ。頑丈に造られたコックピット周りのフレームのおかげで爆風そのものに身を曝されることはなかったが、爆発の衝撃飛び散った部品だけでもキラの命を脅かすのには十分だった。

パイロットスーツは装着しておらず、ヘルメットしか装着していなかったために全身をコックピットで跳ね回る部品が彼の身体を傷つけ、一部部品はヘルメットのバイザーを砕き彼の頭部を襲った。衝撃でシートに叩きつけられ、全身を打撲、更に身体の複数個所が骨折していた。

戦闘終了後、爆発を感知して駆けつけた権藤にすぐさま救助されたキラはそのまま蒼龍の医務室に緊急搬送されて治療を受けることとなる。一時は出血多量で命の危機もあったが、蒼龍のクルーからの輸血でなんとか命を繋ぐことができた。

その後、全治3ヶ月半と診断される重傷を負ったキラは容態が安定した後に安土の宇宙軍病院から内地の京都に搬送され、遂に今日退院となったのである。

京都の病院に移送されたのは、彼の療養を兼ねていたためだ。退院したのちはしばらく京都にある煌武院邸で世話になり、けがの具合を見せるために二条国立病院に定期的に通院することになっている。

上司も、『雅な都にある大きなお屋敷で可愛い婚約者に看病されるんだからうらやましいものだ』と愚痴を溢していた。

 

 

「ラクスは、もう大丈夫?」

キラはラクスの体調を案じる。

「私は大丈夫ですわ。もう完全に薬の影響も無くなっていると診断されましたし」

「暗示の方は大丈夫なの?」

「そちらの方も、専門のお医者様に診ていただきました。1週間ほど前まで暗示をなくすために治療を受けておりましたが、もう心配はないそうです」

 

 

 マルキオに囚われた際に催眠効果のある薬物を投与され、催眠暗示を受けたラクスは蒼龍の医務室では有効な治療を行うことはできないと判断されて即座にL4の安土宇宙軍病院に搬送された。そこで彼女はマルキオに植えつけられた暗示を解除するために催眠療法士による治療を受けた。

幸いにもラクスに投与された催眠誘導剤は僅かであり、薬物による影響が身体に残ることはなかった。だが、暗示の解除には思ったよりも時間がかかった。暗示に使われた機械や暗示の内容などのデータはマルキオのメンデル脱出直後に実験施設が爆破されたために消滅していたのだ。

そのため、彼女にどのような内容の暗示が如何なる手法で行われたのかを把握することに時間を費やし、結果的には1ヶ月以上の治療が必要となってしまった。

退院後彼女はキラの入院している二条国立病院にほど近い煌武院家の邸宅に世話になることになった。これはラクス自身がキラの傍にいたいと申し出たことと、彼女の身辺警護の都合のためである。

因みにラクスは花嫁修業も煌武院邸で行っていたらしい。

 

 

 病棟を出たキラは空から差し込む真夏の日差しを受けて眩しそうに手を上にかざした。日本に移住してから2年が経過したが、普段は気温、湿度ともに快適に調節されたコロニーで過ごしているためか未だこの蒸し暑い気候にはなれない。

蝉時雨の中、病院の敷地の外に待機している迎えの車の元へ二人は額にうっすらと汗を浮かべながら歩く。

 

「この後、キラはしばらくお休みでしたよね。今度二人でどこかでかけませんか?お仕事がないからといって、悠陽様のお屋敷に缶詰では気が滅入ってしまいましょう」

ラクスが少し声を弾ませる。何しろ、久々に二人で過ごせる休みだ。期待が隠せないらしい。

「うん。僕は怪我が完治するまでは京都で療養だからね、できれば気が紛らわせるようなところに行きたいな。でも、身辺警護の事情もあるからあまり人が多いところとかには出かけられないんだ」

これまでも、デートの際には二人とも完璧なメイクを施して、密かに警護のものを周辺に配置していた。だが、今回の件を受けて二人には厳重な身辺警護が敷かれている。そのため、ラクスとよくデートに行った遊園地や水族館、ショッピングモールといった施設には行けないのだ。

「身辺警護の事情は私も理解していますわ。ですから、そうですわね……映画館にでも行きませんか?それでしたら、大丈夫ではないでしょうか?」

「映画館か……それならいいかもね。ラクスは見たい映画はあるの?」

「はい。何でも、今は『始まり(ゼロ)に至る物語』というものが人気らしいのです。私も入院していたときに予告編をテレビで見て、少し気になっています」

 

 

 

 

 

 他愛の無い会話をしながら病院の門に向けてラクスと二人でゆっくりと歩いていると、前方から一人の少年が走ってきた。服装から推測するに、少年は帝国宇宙軍少年学校の生徒のようだ。少年はその額に大粒の汗を浮かべ、息を切らしながら走っていた。

しかし、少年は病棟から歩いてくるキラに気づき、慌ててその場に立ち止まる。おそらく、キラの着ている軍服を見て条件反射で反応してしまったのだろう。そして少年は軍服の襟に光る少尉の階級章に驚いたのか、緊張した表情を浮かべて敬礼した。

キラもまだ初々しさが抜けない少年に微笑みながら答礼し、少年の隣をゆっくりと通り過ぎた。

 

 ふと、キラは後ろを振り返る。既に少年は病棟に向けて駆け出していた。

「あのお方はお知り合いですか?」

不意に後ろを振り返ったキラにラクスが怪訝な表情を浮かべて声をかけるが、キラは普段と同じ朗らかな笑顔を浮かべながらラクスに向き直った。

「いや……なんでもないよ。最初はこんなところに少年学校の生徒がいるのは珍しいと思ったけど、そういえばもう学校も夏季休暇に入った頃だしね」

「あの方も病院にどなたかお知り合いが入院されているのでしょうか?」

「そうかもね。軍少年学校の生徒なら自分の怪我は軍病院で安く治してもらえるから民間の病院に行く必要はないし。……さあ、行こうか。あんまりお迎えの人を待たせるのはまずいだろうし」

「そうですわね」

キラの様子から、別に何か特別なことがあったわけではないと判断したラクスは、特に気にしたそぶりを見せずにキラの腕を自身の腕で抱え込み、彼の肩に頭を寄せる。

 

 

 

 一瞬の会合だったが、キラは先ほど擦れ違った黒髪の少年に何か『人とは違ったもの』を感じた。その正体はキラにも理解できてはいなかったが、少年の紅玉のような紅い瞳の奥に少年自身も気がついていない何かが眠っていることをキラは確信していたのだ。

 

 

 

――――頑張れよ、後輩。

 

 

 

 キラは心の中で名も知らぬ後輩にエールを送り、ラクスと共に迎えの車に乗り込んだ。




とりあえず、次からは種死編の方を更新する予定ですが、現在諸事情で各種資料の揃ったホームを離れているので執筆が難しくなりそうです。
もしかすると、またバカテスに逃避するかもしれません。


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PHASE-X ~挑戦者達~
PHASE-X 挑戦者達


およそ7ヶ月ぶりに更新……まぁ、ここは外伝おきばですからそんなこともあります。

現在抱える連載が種とゴルゴとバカテスですが、
バカテスは気分転換ですからまず更新はなし。
ゴルゴは、アキレウスさんの宝具次第ではシナリオ改変の必要がありそうなので、アポ5巻出るまでは書きたくても書けない。
というわけで種中心となっています。気分次第では、こちらにも後何本か投下するかもしれません。


 カズイ・バスカークは長年務めている産業用ロボットを生産する工場を後にして、車に乗って自宅に帰宅した。寄り道などしない。もう定年退職が近い年齢ということもあり、昔のように仕事帰りに飲み屋を梯子することはできなかった。仕事が終わったら、家で一杯のビールを飲んで、少し酔いが廻ってきたところでベッドに入って寝入る。それが、最近の彼の日課だった。

 この日も、いつものように彼は自宅に帰り、シャワーを浴びて寝巻きに着替え、冷蔵庫を開けた。しかし、今日に限ってビールがない。常に2本は冷えたビールをストックしているはずなのだが。

「おーい、ビールがないぞぉ!」

 普段ビールを補充してくれる妻を呼んだところで気がついた。そう言えば、妻は一昨日から出産予定日が近くなった娘を手伝うべく、娘夫婦の家に行っていたのだった。ビールの補充は普段は妻がしてくれたから、切らしていたことに気がつかなかったようだ。

 カズイはビールを諦め、仕方なく戸棚からウイスキーを取り出した。高い品なので、あまり頻繁に飲んでしまうのはもったいないが、今日は特別だ。グラスに氷と水をいれ、グラスが十分に冷えたころを見計らって中身を捨てる。

 そして氷を入れ、さらにそこにウィスキーを注ぐ。氷が解けるにつれて変化していく風味を味わうことで、一杯のウイスキーを何倍も楽しもう。それぐらいしないともったいないとカズイは思った。

 ただ、生活観溢れる自宅で同じ雰囲気に酔うことはカズイにはできそうになかった。老いた男が自宅で一人、静かな空間でチビチビと酒を飲むということにカズイは抵抗を覚えるタイプだ。街のバーでは、カウンターに座り静かにオン・ザ・ロックを楽しむのは悪くない。バーで静かに一人、BGMを聞きながら酒を飲むことが彼の静かな楽しみでもある。

 仕方がなく、カズイは壁面のテレビを起動させる。確か、この時間ならば音楽系の番組があったはずだ。

 しかし、この日は音楽番組はやっていなかった。教養系の番組が売りのこのチャンネルでは、今夜はドキュメンタリー番組を放送していた。カズイは落胆してチャンネルを回すが、新メンバーが加入するもつまらなくて視聴率が駄々下がりの低俗バラエティーや、法律解説の番組のはずなのにバラエティーしかやらない謎番組、スポーツの実況中継ぐらいだ。

 カズイは結局、一番マシそうだったドキュメンタリーを見ることにした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 戦艦――それは、艦隊決戦においてはその主力として行動し、敵の同種艦艇を打破すべく、強大な主砲とそれに耐えうる堅牢な装甲を纏った軍艦である。かつては戦艦の性能、保有数こそが軍事力であり、抑止力であった。

 

 戦艦はまさに、船を超越した怪物(モンスター)だった。

 

 大艦巨砲主義の流れを受けて第二次世界大戦勃発までに船体や主砲が恐竜的な進化を遂げた戦艦も、全盛期を迎えた第二次世界大戦後には航空機の発展によりその姿を消すこととなった。

 しかし、それから数世紀たったコズミックイラに戦艦は再度軍事力の象徴として蘇る。

 蘇った彼女たちの戦場は、かつて支配した蒼く生命に満ちた母なる大海原ではなかった。彼女達の戦場は、海を、そして空を超えて人類が飛び出した新たなステージ――星々が煌々と輝く銀河の大海原に変わっていた。

 主砲は実弾からエネルギー砲へと変化し、機関も重油を燃焼させる蒸気タービンから光を推進力とするネオマキシマオーバードライブへと変化していた。

 かつてその座を脅かした航空機も、MAやMSへと変貌していた。

 

 

 L4大日本帝国領コロニー群軍港コロニー『大坂』。ここは大日本帝国の宇宙の守りを担う宇宙軍最大の拠点である。太陽系内の守りを一手に担う『大坂』の軍港区画には大小多数の軍艦が並んでいる。

 その軍艦の中でも一際目を引くのは、他の軍艦を一回りも上回る巨大な船体と、獰猛な牙を思わせる長大な砲身をそろえた砲塔を背負う戦艦群であった。

 

 そして、その中で一隻だけ浮いた雰囲気を持つ武骨な船があった。船型や主砲配置、装備などを見ても、周囲の真新しい戦艦との世代差を感じずにはいられない古い戦艦であった。

 

 その戦艦の名は大和。大日本帝国がその持てる技術の全てを投入して完成させた宇宙軍の誇る武勲艦にして、かつて戦場に幾多の伝説を刻んだ最大、最強の戦艦だった。

 

 これは、最強の戦艦を造るためにその技術者生命を賭けた天才たちの、壮絶な開発の日々を振り返るドラマである。

 

 

 

 

 

 

PHASEーX ~挑戦者たち~

 

 技術立国の誇りを賭けて――怪獣王を造った技術者魂――

 

 

 

 

 

「皆様こんばんわ。私は今夜、ここL4コロニー群の『大坂』に来ております。そして、今私が立っているこの場所――ここは、本日のドラマを語る上で欠かせない存在、日本国民なら誰もが知っている大戦艦、大和の甲板なんです。私の後ろをご覧下さい」

 司会の男は後ろに視線を向け、巨大な主砲塔、そしてさらにその後ろには城郭のようにそびえる艦橋を見上げた。

「大きいですね~!!」

 アナウンサーの女性が少しのけ反りながら艦橋を見上げる。

「大和の全長は実に600m、全幅は95.9mです。竣工時は文字通り世界最大の戦艦でした。竣工から30年近く経った現代でも、その力強さ、雄雄しさは全く衰えていないように感じます」

 そして、男は振り返りながら、その手から立体フリップで数人の男女の写真を投影する。

「その大和に賭けた人々が、こちらの方々です。日本の科学界の頂点に君臨する天才科学者香月夕呼博士、そして、大和を設計した造船の神様、自分の作り出した力の使い方に苦悩する技術者、人間の未来を信じる若き女科学者、それから、己のロマンと情熱を一隻の軍艦に全てつぎ込むべく世代を超えて団結した同志たちです」

 女性も振り返り、朗らかな笑みを浮かべながらコールした。

「PHASE-X 挑戦者たち。今夜は、『日本の力を結集せよ――怪獣王を造った技術者魂』と題しまして、世界最強の戦艦、大和誕生のプロジェクトを紹介します」

 

 

 

 

 

 C.E.75、プラントと地球連合による壮絶な世界大戦は地球連合の勝利という形で幕を降ろし、世界は平和な時代を迎えていた。しかし、平和とは次の戦争にむけての準備期間に過ぎない。各国は競って次の戦争に備えて軍拡を推し進めた。

 大戦でその力を見せ付けたMSがMAに代わる機動戦力として研究開発が進められる一方で、各国は戦艦の開発にもいそしんでいた。そのきっかけとなった一隻の戦艦が、日本にあった。

 C.E.71に就役した大日本帝国宇宙軍の最新鋭戦艦、長門型戦艦だった。

 

 長門型戦艦は、世界で始めて新時代の推進機関、マキシマオーバードライブを搭載した戦艦だった。

 特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の原子物理学主任研究員、八尾南晩博士が40年に及ぶ研究により生み出したマキシマオーバードライブは、光を推進力にして進む機関で、従来の推進剤を用いて進む宇宙船の数倍の推力を発揮する。その強大な推力は、単艦での大気圏離脱が可能なほどの推力を得ることも可能なほどだった。

 さらに、主砲にも当時の世界最大の主砲であった、225cm2連装高エネルギー収束火線砲『ゴッドフリートMk.71』をも上回る245cmエネルギー収束火線連装砲を採用し、それを6基12門搭載していた。マキシマオーバードライブが生み出す潤沢なエネルギーは、膨大なエネルギーを消費する主砲の連射をも可能にした。

 装甲には最新鋭の超耐熱合金TA32を使用しているため異常なほどの防御力を持ち、「自艦の持つ火力を決戦距離で浴びても耐えられる」という戦艦の設計要件を満たしていた。理論上、陽電子砲による攻撃でも受けなければ、如何なる攻撃も簡単には致命傷になりえなかった。

 マキシマオーバードライブを搭載した画期的な新型戦艦の存在は、同時に全世界の戦艦を一世代格下の、旧式戦艦へと叩き落とすものであった。

 

 当時、地球連合の構成国は地球連合共通規格の軍艦を採用していたが、その主力戦艦だったネルソン級戦艦では、長門型戦艦に手も足もでなかった。そこで、プラントという敵国を滅ぼした各国は、次なる脅威となった日本の長門型戦艦に対抗しうる戦力を求めて、独自に研究開発を進めて次々と新型戦艦を就役させた。

 大西洋連邦はドゥーイ級戦艦を就役させた。ドゥーイ級戦艦は、アークエンジェル級強襲揚陸艦を踏襲した戦艦で、バリアントMk.8やゴッドフリートMk.71を採用し、陽電子砲ローエングリンを標準装備していた。抜本的な技術開発と平行し、現時点で大西洋連邦が持てる技術を全て盛り込んで開発した戦艦だった。

 ユーラシア連邦、ピョートル1世を就役させた。基本的な構造はネルソン級戦艦を踏襲した、拡大発展型の戦艦であった。戦艦をいくら開発したところで、マキシマオーバードライブ搭載艦でない限りは旧式艦でしかない。旧式艦の開発よりもマキシマオーバードライブの開発に予算を割くべきだと議会が判断したため、新機軸の戦艦を設計することは許されなかった。

 東アジア共和国は、接収したモルゲンレーテの技術者や、占領されたプラントから募った人材を集めて設計した経遠級戦艦を就役させた。イズモ級戦艦の発展型である経遠級戦艦は、MS運用能力を廃することで防御力を上げ、火器を増設した重火力艦だった。

 各国はマキシマのオーバードライブの開発と平行しながら、既存の技術をもって長門型戦艦に対抗する術を模索した。

 

 一方、各国の激しい建艦競争に対応すべく、日本にも新型戦艦が求められた。しかし、長門型戦艦の就役により一世代遅れた旧式戦艦となってしまった艦艇も多数あり、それを全て代替できるだけの数の戦艦を揃えることは、到底許されなかった。

 各国が次から次へと新型戦艦を就役させている以上、対抗するためには新型戦艦が必要不可欠であることは政府も認めていたが、支配領域の拡大を受けて不足したのは巡洋艦以下の艦艇であり、勢力圏の治安維持のために巡洋艦の建造が優先されていた。

 当時、本格的な宇宙や深海、地底の開発、広義には最先端科学や生命の神秘、人間の在りかたまでも含むあらゆる未知へ挑戦し、知識欲を追及する『ネオフロンティア計画』を政府が発表したこともあって、航路の安全確保のために必要な警備用艦艇の需要が、急増していた。

 建造に長時間建造ドックを占有する新型戦艦の建造は敬遠され、宇宙軍は既存戦艦の強化で対応する方針を決めた。艦齢を鑑みれば、長期的に見た費用対効果は新型戦艦を就役した方が安くつく。しかし、この時は日本のドックに時間も余裕がなかった。

 金剛型、扶桑型、伊勢型戦艦は大規模な改装を受け、マキシマオーバードライブを搭載した。武装も、マキシマの運用を前提とした武装へと換装され、旧式戦艦は再び第一線で通用する軍艦として蘇った。

 

 

 その旧式戦艦の改装の指揮を取った男が、大日本帝国宇宙軍艦政本部第四部(造船担当)にいた。

 滝川正人造船少将。30年以上、造船一筋で生きてきた生粋の造船屋だった。

 滝川はとても落ち着いた男だった。そして、技術屋としての確固たる信念を持った、芯のぶれない男だった。設計の現場では、誰からも父親のように慕われる存在だった。

 どんなコンセプトを持ち込まれようと、乗員の安全性を損なうような注文には断固として反対し、新技術が必要だと判断すれば、上司に直談判してでも使用を認めさせた。己の立場よりも、上司からの命令よりも、技術者としての魂と誇りを時には優先した。

 そうやって、滝川は30年以上を宇宙軍を過ごしてきた。いつしか滝川の職場には、世代も性別も問わず彼の技術者としての在り方を慕う気骨ある技術者達が集まっていた。ただ技術者の本分に尽くすことを是とする彼らを、いつしか人は滝川組と呼んだ。

 

 

 旧式戦艦の改装があらかた終わったC.E.76の夏、防衛省の軍令部で一つの軍艦建造計画が持ち上がった。

『マルサン計画』――前回の大戦後に失われた艦艇の補充兼ねて大規模な建艦計画を進めた結果、近い将来戦艦や航宙母艦の数で圧倒的優位に立つであろう大西洋連邦に対して、戦艦の質で凌ぐため、建艦技術の粋を集めて最大最強の戦艦を建造するという計画だった。

 防衛大臣、吉岡哲司は、軍令部から提出された建造計画を見て言った。

「量より質というコンセプトを取るからには徹底的にやらねばならない。長門型戦艦3隻を相手取って勝てる艦を造れ」

 

 後日、吉岡の裁可を経た建造計画書は、吉岡の言葉と共に艦政本部第四部に届けられた。そして、直接手渡しで計画書を届けられた第四部部長、福田貞道造船中将。中身を検めると、すぐさま滝川を呼びつけた。滝川以外に設計責任者はいないと、確信していた。

 滝川は、手渡された新型戦艦の仕様要求を見て驚いた。

 

 仕様要求は大きく分けて4つ。

 

 一つ目、機密保持の徹底。

 『次期主力艦は、帝国の十年の国防の計を支える根幹であり、当然のことながらその情報を狙って敵国の間諜はあらゆる手段を用いてくる可能性が高い。その予測に鑑み、機密保持には細心の注意を払うべし』

 さらに、そこには具体的な防諜計画も併せて記されていた。それによれば、工員は上から下まで全ての人員に対して厳重な身辺調査を行った上で採用し、さらに設計者や工員は作業中は宇宙軍の工廠コロニーで寝泊りし、建造期間中は心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合の外部入院を除いてコロニーから外出することを許可しないとされた。

 コロニー内には憲兵も配置され、さらにコロニー内の造船所には一部の隙間もないように監視カメラを設置する。コロニー付近の宙域も機雷除去訓練場に設定され、機密を知る艦以外が立ち入ることを制限した。

 

 二つ目は、技術的な限界への挑戦。

『主力艦建造に関し、帝国宇宙軍で基礎的研究が十分でないものがあれば、こちらから各種研究実験の促進を図ることができるように手配する。広く周知を集めて独創的考案を加え計画を完全にすることを優先せよ。ただし、これがため計画の完成を遅延せしめ、ひいては全般計画の変更をきたすことあるべからず。諸般の計画は遅くとも建造着手までに完成させよ』

 最新鋭の技術を惜しみなく使い、最高の艦を造れ。足りない技術があれば、その研究にも力を貸すという宇宙軍の姿勢を示していた。

 

 三つ目は、最大効率の達成。

『最小の規模を持って最大威力の発揮させるように努めること。常時の便宜又は一部の便益を考慮した、戦闘や日々の士気の維持に用途の少ない物件の搭載は極小限度に留め、戦闘能力を増大させよ』

 居住性など、乗員の士気の維持に必要な機能を除き、極力無駄を省いて戦闘能力の向上を優先せよという意味だ。

 

 最後の4つ目は、カタログスペックではなく、実地での戦闘能力の重視。

『現場での荒い扱いに適し、みだりの巧緻に流されぬこと。科学の粋を集めた最高傑作を造るべきであるが、これがためにみだりに巧緻に流れ、一部の故障もしくは断片による一小部分の破損によりその効力発揮に支障をきたし、または使用不能に到らしめ、あるいは取り扱い複雑にして先頭での全能発揮疑わしきものなきように深甚の戒慎を要する』

 技術的な冒険は大いに結構。しかし、実用に耐えられないような技術を使い、設計だけで満足するなという、釘刺しだった。

 

 

 これまでに類を見ない、身柄の自由を奪われるほどの大規模な防諜体勢、最先端技術の使用に対する全面的なバックアップ。そして、『長門型戦艦3隻分を凌駕する戦闘能力』という常識を疑うような注文。

 定年前に飛び込んできた技術者人生最大の大仕事を前に、滝川は脚が震えた。

「設計主任はお前しかいないと思っている。引き受けてくれるか?」

 福田の問いかけに対し、滝川は静かに「はい」と言った。

 

 

 新型戦艦開発の裁可が降りてから2週間後、情報局によって設計開発担当者の身辺調査が一通り終了したことを受け、滝川が選抜した技術者達は艦政本部の大会議室に集められた。彼らは皆、艦政本部第一部から第五部までの中から滝川が直々に選びぬいた、一癖も二癖もある技術者ばかりだった。

 そこで初めて彼らは仕様要求を目にした。会議室がにわかにどよめいた。

「我々が要求されるのは、我が国の持つ技術の粋を詰め込んだ世界最大最強の戦艦に他ならない。私は3年は家庭に帰らない。同じ覚悟が持てないのなら、ここから出て行け」

 選ばれた200人の設計技術者の内、会議室を去ったのは5人だけだった。

 

 

 一週間後、プロジェクトリーダーの滝川は、志を同じくする195人の技術者を率いて新型戦艦の建造が予定される工廠コロニー『佐和山』へと向かった。大日本帝国が建国以来積み上げてきた全ての技術を賭けて、技術の極みを目指す途方もない壮絶な戦いが、始まった。




今日はここで切ります。多分、後2話ほどは完結までにかかるでしょう。

さらりと忘れられたカズイ君。定年に近いですが、普通に生きています。


職業は産業用ロボットメーカーの技術者です。
多分、もう出番はないかもしれません


劇的前後のときもそうでしたが、このような番組風の構成にするのはすごい疲れますし、効率悪いです。文体とか、言葉もそれっぽくしなくれはならないのが辛いですね。
製作の過程で過去の番組見て参考にする作業がまた面倒なんです。
しかし、できあがると達成感がすごいありますから、やめられないんです。


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