白野ちゃんは叶えたい~凡才だけど頭脳労働~ (フロストエース(仮))
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第1話 岸波白野は庶務りたい

 
 ※注意書き(本編をお読みになる前に)



 先日、今作品における「原作とクロス元の世界観が合っていなさすぎる」との作品そのものを否定する意見をいただきました。

 筆者の価値観を押し付けるつもりはございません。原作では普通な世界観であるラブコメに、Fateを割り込ませているワケであり、勿論ながら世界観が合っているとは筆者も微塵も思ってはいません。

 ですので、あらかじめ“そういうもの”とご理解の上でお読みになるようお願い致します。
 それが受け付けられないのであれば、ブラウザバックを推奨致します。

 それでも良い、というお方はどうぞお進みください……。







 

 

 私立秀知院学園───。

 

 かつて貴族や士族といった高貴な家の子らを教育する機関として創立された、由緒正しい名門校である。

 

 時代は移ろい、貴族制が廃止された現代でなお、富豪名家に生まれ将来、国を背負うであろう人材が多く就学している。

 

 そんな彼等を率い、纏め上げる者が凡人であるなど許されるはずもない!

 

 学園の全生徒を纏め上げるのが、生徒会である。そして、その中でも生徒会内すらも問わず、校内トップクラスの能力を持つ者が二人。

 

 秀知院学園生徒会、副会長───四宮かぐや。

 

 総資産200兆円。鉄道、銀行、自動車───ゆうに千を超える子会社を抱え、5大財閥の一つに数えられる『四宮グループ』。

 その本家本流、総帥・四宮雁庵の長女として生を受けた、正真正銘の令嬢である。

 その血筋の優秀さを語るが如く、芸事、音楽、武芸いずれの分野でも功績を残した正真正銘の『天才』。加えて、校内一───否! 道行く誰もが思わず振り向く美貌まで備えている才女。

 

 それが、四宮かぐやである。

 

 そして、その四宮こそが支える男こそ、秀知院学園生徒会長、白銀御行。

 

 質実剛健、聡明英知。学園模試は不動の1位!

 全国でも頂点を競い天才たちと互角以上に渡り合う猛者である!

 

 多才であるかぐやとは対照的に、勉学一本で畏怖と敬意を集め、その模範的な立ち振舞いにより、外部生でありながら生徒会長へと抜擢される。

 

 代々、会長に受け継がれる純金飾緒の重みは、秀知院二百年の重みである!!

 

 

 そのような二人が校内を並んで歩いていれば、周囲からは黄色い声がわき起こるのは自然であり必然!

 

 中には、

 

「いつ見てもお似合いな二人ですわ」

 

「ええ。神聖さすら感じてしまいます」

 

「もしかしてお付き合いなされてるのかしら? どなたか訊いてくださいな……」

 

「そんな! 近づく事すら烏滸がましいというのに、できる筈が御座いません……っ」

 

 

 などといった声もある程に、校内においては何かと話題を呼ぶ存在なのである。

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか、噂されてるみたいですね。私たちが交際してるとか……」

 

 お茶の用意をしながら、かぐやは件の噂噺を白銀へと告げる。場所は生徒会室。彼らが普段から執務を執り行う場所である。

 

「そういう年頃なのだろう。聞き流せばいい」

 

「ふふ……そういう物ですか。私は、そういった事柄に疎くて……」

 

 どうという事もない、とでもばかりに、かぐやの淹れた茶を口にする白銀。

 

(ふん。俺と四宮が付き合っているだと? くだらん色恋話に花を咲かせおって。愚かな連中だ。が、まぁ……

 

 

四宮がどうしても付き合ってくれと言うなら、考えてやらん事もないがな……!)

 

 

 その心境たるや、余裕綽々であり、更にかなりの上から目線であった。

 というのも、彼には自信を持って、四宮かぐやが己に好意を抱いていると推測できるデータが、頭の中にあるからだ。

 

 それというのも、最近読んだ雑誌に掲載されていた───『見落としがちな女のラブサイン特集』、それによるところの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……である。

 

(まぁ確実に、向こうは俺に気があるだろうし。時間の問題か……)

 

 たかが雑誌、されど雑誌。掲載されている記事の真実はともかく、世間一般でそういった意見があるのも事実。故に、白銀は確信を抱くに至ったのである!

 

 

(くく…。さっさとその完璧なお嬢様の仮面を崩し、赤面しながら俺に哀願してくるがいい)

 

 などと、白銀が心の中でほくそ笑んでいる一方、かぐやはと言えば澄ました微笑みを携えながら、その心の内では、

 

(全く。下世話な愚民共。この私を誰だと思ってるの? 国の心臓たる四宮家の人間よ? どうすれば私と平民が付き合うなんて発想に至る?)

 

 この少女、白銀とはまた別の次元(いみ)で、完全に上から目線であった。

 

(まぁ、会長にギリのギリギリ可能性があるのは確かだけど。向こうが跪き、身も心も故郷すら捧げるというなら、この私に見合う男に鍛え上げてあげなくもないけれど……。まぁ、この私に恋い焦がれない男なんて居ないワケだし? 時間の問題かしら?)

 

 四宮の家に生まれたが故の宿命か、はたまた上流階級であるが故か。いかんせん、かぐやは優秀過ぎるが為に、プライドが尋常成らざる程に高いのである!

 

「ククク……」「ふふふ……」

 

 

 

 

「…………………、」

 

 

 

 

 果たしてお気づきになられた方は居るだろうか?

 先程からもう一人、白銀とかぐやの様子を観察している者が居るという事に。

 

 二人が廊下を並んで歩いていた時も、そして今、生徒会室にて仕事の合間に二人が休憩を挟んでいるこの瞬間も。

 黙って二人を見ている、影の薄いその存在こそが、生徒会庶務にして四宮かぐやのクラスメイトでもある、この物語の主人公───岸波白野、その人である。

 

(……え? 何を笑ってるの、この二人? やだ、ちょっと怖い……!)

 

 白野もまた、庶務の仕事に勤しんでおり、次の会議で配る資料のコピーをせっせとホチキスでまとめていた。

 先に一段落ついた会長に、かぐやが茶を淹れて噂噺について口にしたところまでは良かった。

 白銀が噂を一蹴し、かぐやも困ったように笑みを浮かべる。そして、何故かその後、二人して互いに聞こえぬように静かに、それでいて不敵に笑いだしたのである!

 

 想像してほしい。目の前で急に笑いだす者が居れば、誰だって怖いだろう。

 

(というか、会長は噂をあしらってるけど……これどっちも互いに意識してるんだよね。かぐやなんてチラチラ会長の事を見てて露骨だし)

 

 そう──プライドが高い二人だからこそ、当事者であるというのに、そこに気づけない。加えて、よく自分の世界に入りがちな二人。それが余計に拍車を掛けていた。

 

 逆に、第三者であり、それと同時に生徒会のメンバーでよく一緒になって仕事をする事の多い白野は、持ち前の洞察力もあり二人の関係性をなんとなく察していた。

 

 恋愛事に鈍そう(白野目線で)な白銀が読んだ雑誌も、白野が気を回して白銀の妹経由で彼に読むよう誘導したのだ。つまりは白野のお節介である。

 

 白野から見ても、とにかくもどかしい二人の関係性に、早々に決着をつけたい。そう思っての隠密行動であったのだが……。

 

(……告白、できるのかなぁ? 二人とも、割りとチキンなとこあるし。うーん、心配)

 

 未だに笑みを浮かべ続ける二人を心配しつつ、自らの作業に集中する白野だったが───

 

 

 

 などとやってるうちに、半年が過ぎた!!

 

 その間、特に何もなかった!

 

 

 

「そういえば今日、庭の噴水にある甘いりんごとさくらんぼのレリーフの奥深くにカタツムリが……」

 

「ああ、俺の妹が昔、暑いからといって噴水に入って風邪を引いてな。本当、感情で動くとろくな事に……」

 

 執務をこなしながら、他愛ない雑談を交わす白銀とかぐや。だがしかし! 胸中で渦巻くのは、そんなのほほんとしたものではなかった!

 

 この何でもない期間の間に二人の思考は、『付き合ってやってもいい』から、『如何に相手に告白させるか』という思考へとシフトしていた!!

 

 つまりは、白野の心配は見事的中。それどころか、もっと面倒な事に発展していたのである。それ即ち、恋愛頭脳戦!!

 

 この生徒会室の中で、超高校級の頭脳が高度な駆け引きを行っている事に、

 

「あ~、そういえばですね~」

 

 書記の藤原千花は全然気づいていなかった!! むしろバックにポワポワ感を醸し出している程である!

 

「この間、駅前に新しい喫茶店がオープンしたそうで、そこの開店オープン割引券を戴いたんですよ~。でも、期日が明日までなんです。私、今日と明日は家の用事で行けないので、良かったらどうぞ~!」

 

「ほう……」←備考・白銀、ドケチ

 

 藤原書記のスカートのポケットから取り出されたのは、一枚の割引券。どうやら一枚でドリンク二杯まで使えるらしかった。

 

「ふむ……思った以上に割り引くな。その程度の金額なら、俺の財布にも優しいし、せっかくだから行ってみるか。ドリンク二杯までなら、もう一人誰か……」

 

 白銀の言葉に、かぐやが目を見開く!

 男女で喫茶店でお茶する。それはつまり、デート!

 ここで白銀に自分を誘わせたなら、それはもう告白させたようなもの。気になる異性をお茶に誘う、その構図自体がイコール告白に他ならないとかぐやは判断!

 

 一方で、白銀もかぐやを誘うというところまでは思考が及んだ。が、しかし! 自分から誘うのは絶対にNO!!

 男から女をお茶に誘う時点で、「え? もしかして好きって思われてんじゃね?」と相手の女性に思わせる事に繋がり、遠回しな告白と捉えられかねないのである。

 たとえ直接的な告白でなかったとしても、()()であると相手に認識されてしまえば、その瞬間に敗北が決定してしまう!

 恋愛とは、告白した(好きになった)方が負けなのである!

 

 故に、白銀からお茶に誘う事はNG。しかし、それはかぐやにしても同じ事が言える。

 

 如何にして、相手に誘わせるか。それが今回の肝であると言えよう!

 

「流石に俺一人でドリンク二杯も飲むのは気が引けるな。かといって、せっかく二杯までは有効ならば使わねば損というもの。藤原書記は用事、石上会計も今日は帰ったし……どうだ? 四宮か岸波も行くか?」

 

 ここで白銀が仕掛ける! かぐやだけでなく、白野を候補として入れる事で、()()()()()()()()()()という狙い撃ちではないとアピールする事に成功する!

 

「え、私? うーん、私も今日はちょっと。帰ったら今日は月に一度の中国拳法の特訓があるので」

 

「そ、そうか(中国拳法の特訓てナニソレ……!?)」

 

 なし崩し的に巻き込まれた白野であったが、既に先約があると誘いを断る。……実は用事などなく、本当のところは白銀とかぐやをデートさせる為の嘘である。

 嘘も方便。この場合、優しい嘘をついたと言うべきか。

 

「それなら仕方ない。四宮はどうだ?」

 

 白野が断った事により、自然な流れを作る事に成功する白銀。しかし、かぐやが白銀有利な流れを許す筈がない!

 

「そうですね……。私も今日は空いてませんね。明日なら大丈夫なのですが……」

 

 かぐやもまさかのキャンセル! だが、当然ながらこれはわざとである。今日は、と強調し明日なら空いていると伝える事により、明日の予定が無い事をアピール! これにより白銀に自然と明日に誘わせるための口実が生み出される。

 更にそこに、デートの約束をより磐石なものとするための援護射撃を白野は行う!

 

「会長、確か今日も明日も珍しくバイトが休みだよね? 圭ちゃんに『帰ったら、お兄の小言がウザイから避難させて(遊びに行かせて)』っておねだりされたし」

 

「いや待て!? なんだかルビがおかしくなかったか? まぁ、確かに今日明日と予定は無いが……」

 

 白銀、かぐやと白野の連携プレイにより窮地に立たされる!

 

(くそぅ……! このままでは、俺から誘う事になってしまう! それだとまるで、わざわざ明日に予定を立ててまで四宮と喫茶店に行きたいと言っているようなものではないか……!)

 

(ナイスアシストです岸波さん……! これで会長は今日一人では行かず、明日に誰かと行くという選択肢を選ばざるを得ません。ドケチな会長の事ですから、せっかくの二杯分の割引券を無駄に使うなんて真似はしないでしょう。さあ会長、さっさと私を誘いなさい……!!)

 

 圧倒的に優位に立つかぐや! 追い詰められた白銀!

 果たして、勝利はどちらの手に掴まれるのか……!?

 

「……あー!?」

 

 生徒会室が緊張に包まれる中、場違いなまでのすっとんきょうな叫びを上げたのは藤原書記!

 

「この割引券、よく見たらドリンク二杯に関してはカップル限定ってなってますよ!!」

 

「カッ……!」「プル……!?」「だと……!!?」

 

 想定外の事実に、白銀とかぐやはおろか、白野までも驚きに愕然とする。

 

(会長もっとちゃんと見てから言ってよ!? ……あ。近眼だから小さい注意書きまでは見えなかったのか……!)

 

 白銀の痛恨のミスに、策略を立てていた全員の脳内がパニックを巻き起こす!

 カップル限定───そうと分かって割引券を使用するのは、互いにとってもあまりにリスキー!! それを容認してしまえば、明らかに好意を抱いていると公言するに等しいのである。

 

「カ、カップル限定か……。ふむ、ならば俺一人では使えんな。何せ、俺には恋人が居ない。せめて、フリだけでもしてくれる相手さえ居れば、なぁ……?」

 

 だが、白銀はまだ諦めていない!

 是が非でもかぐやから喫茶店へ行きたいと懇願させる。明日が空いていると強調してきた以上、かぐやにも少しは喫茶店に行く意思があると読んだ上で、白銀は最後の一手を仕掛ける。

 

 そう、『嘘から出た真』作戦である!

 恋人のフリをする。つまりはカップルを演じるだけ。本当に付き合うのではない以上、多少は恥ずかしい思いをしようとも、自分を誤魔化せる、演技という名の都合の良い嘘!

 

 曲がりなりにも好意を抱く二人。演技であっても恋人気分は味わえる……あわよくば、そのまま相手に告白させる流れにまで持って行ける! ───かもしれない!

 

 白銀の苦し紛れの一手に、かぐやもまた追い詰められていた!

 

(恋人のフリ……。カップルを装い、会長と喫茶店デート……。でも、私から相手役を申し出るのはできれば避けたい。でもでも、演技とはいえ会長と喫茶店デートできる機会なんて今後もう無いかもしれない……! 断るのはNO! そこは乙女的に絶対NO!!)

 

 密かに焦るかぐや。そして勝負に出た白銀……!

 藤原書記による思わぬ事実発覚から、流れは急速に収束を始める───!

 

「あれ? この喫茶店を経営してる会社って……」

 

「あ。ウチの子会社の一つだ」

 

 またしても、藤原書記により衝撃の新事実が発覚!

 何を隠そう、喫茶店の経営社は、岸波白野の実家であり世界的な財団とされる『ウルク・シュメール・バビロニア・フロンティア』。通称『ウルク財団』の子会社だったのである。

 この十年あまりで、ギネス記録級の超急速成長を遂げ、経済界においては新参でありながら、“世界の頸動脈”と呼ばれるまでの成長へと至った巨大な財団である。

 

 それもそのはず。手を出した業種のジャンルは数知れず。衣食住全てを網羅しているのは当然として、カジノやリゾート経営といった娯楽類。未開の地の開発まで行っている。

 近頃では、とある芸能プロダクションを丸ごと買収し、アイドルのプロデュースにも力を入れているとの事。

 

 と、数多くの事業展開は驚く事に全てが成功し軌道に乗っているのである。その好調っぷりに裏で怪しい取引でもしているのではと疑われ、国際機関による綿密な調査も行われたのだが、結論からして完全なる白。

 これにより、名実共に清廉潔白で世界的企業として全世界から認められたのである。

 

 そんな超級の財団の養女である岸波白野であったが、特にその財力を充てにして生きているワケではなく、基本的には一般家庭と同じような生活を望んでいる。

 まぁ、望んでいるのであって、完全にそうであるとは言い切れず、実際は屋敷で生活させられていた。使用人も付けられ、監視はされていないが、フリーダムであるかと言えば否と言えるだろう。

 

 ちなみに本邸はニューヨーク。白野は日本の別邸で使用人たちと共に暮らしている。

 

 と、話が脱線したが、喫茶店の新事実に、

 

(岸波のとこの子会社かよ! 子会社とはいえ友人の実家が経営してる店でデートとか恥ずかしいにも程がある……!!)

 

(というか、岸波さんのご実家、経営してる子会社多すぎない!? 万越えとか、四宮家より多いんだけど!!)

 

 余談だが、ウルク財団の抱える子会社は国を問わず、業種も問わず各国に数多に存在しているため、とんでもなく太いパイプを有していた。

 

「………、」

 

(やっちゃったーーー!!!)

 

 口にしてからようやく事態の重さに気づいた白野。

 

(何気なしに聞かれたから思わず口に出た……。もうちょいでデートまでこぎ着けそうだったのに……千花、恐ろしい子)

 

 この場合、お家デートを親に目撃されるのに近いレベルで恥ずかしい事になると推測され、目に見えて白銀とかぐやが沈んでいるのが確認できた白野。

 

 気まずい空気の中、白野は逃げるように庶務の作業に没頭する。今この場で呑気にせんべいを齧っているのは藤原書記のみ!

 

 完全に機を逃した白銀とかぐやは、結局完全下校時刻まで互いに喫茶店について切り出せないまま、雑務を淡々とこなしたのだった。

 

 

 

 本日の勝敗結果───白銀、かぐや、白野の負け。(白野も仕事に逃げたため)

 

 

 

 

 




 
~補足~

原作における3年の庶務と会計監査は、今作においては居ないものとして扱っています。


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幕間 岸波白野は帰りたい

 




 この世界は、つながった───







 

 

 

 岸波白野は混乱していた。

 

 目を覚ました時、そこが知らない天井だったからではない。

 否。確かにそれに関しても驚きはある。だが、それ以上の衝撃的な事態が、今まさに彼女に起きていたのである!

 

「手が、小さくなってる……!?」

 

 それどころか、その異変は全身に発生していた事に、数秒後の彼女は気付く事となる。無論、白野が絶叫したのはご愛嬌。

 

 ひとしきり叫んだ彼女であったが、それにより落ち着きを取り戻し、現状把握を全力で努める。

 

(まずは状況を整理しよう。起きたら知らない部屋に居た。そして何故か体が幼くなっていた。……何歳くらいだろう?)

 

 白野はベッドから起こした体を見下ろした。控えめであった胸は、幼くなった事で完全に平らになっている。

 そして注目すべきは、小綺麗というか、とても高級そうな寝間着を身に纏っていた事か。

 部屋を見渡した白野であったが、改めて眺めた事で感嘆の息を禁じ得ない。

 

 ローマ風でもなければ、和風でもない。ごく普通──と言うには無理があるが、それでも普通な感じの洋風な造り。強いて言えば、いかにも大金持ちの家の子どもに割り振られたような様相の部屋だった。

 

 ベッドから降り、部屋の探索を始める白野。

 目についた高級そうな(というか部屋にあるもの全て高級そうである)勉強机に向かうと、卓上には無造作に置かれた一冊のノートが。

 しかも、しっかりと『きしなみ はくの』とひらがなで書かれていた。

 

 もちろん、白野にはそのようなものに覚えなどなく、自分の名前が書かれている謎のノートに興味を惹かれないはずもなく。

 

「……?」

 

 手に取ったノートの1ページ目を開くと、そこには、

 

 

 

───帰りたい?

 

 

 

 その一言だけが書かれているのみだった。

 

「……どういう意味だろう」

 

 白野は思考を巡らせる。

 帰りたい、つまりはここが白野にとっての本来の居場所ではない事の示唆ではないか? 疑問系である事が、その推測に拍車をかける。

 ならば、どうやって帰るのか。そもそもここが何処なのかも分からない。まだ幼児化の謎もある。

 

 帰る以前に、解決すべき問題であるのは間違いない。

 

 とにもかくにも、情報が無ければ何も始まらないものだ。当然ながら、白野も少しでも情報を得ようと行動を開始する。

 まずは手始めに、ここが何処であるのかを明らかにするために、部屋の外へ出ようと扉に向かう白野。

 

 初めての幼い体に感覚が狂いながらも、どうにか扉の前までやってくると、ドアノブに手をかけた。

 

 カチャリ。と音を立てて開かれた扉の先にあったものとは───

 

 

 

「遅かったな、雑種。ようやく目覚めたか」

 

 

 

 偉そうにふんぞりがえりながら、あのクルクルと回る椅子に腰掛けた、黄金のAUOなのであった……。

 

「え、なんで!? なんでギルガメッシュ!?」

 

 驚きのあまり声を荒げて、趣味の悪いスーツに身を包んだ彼へと詰め寄る白野。そんな彼女の額を手で押さえて制する黄金の王は、呆れたようにため息を吐いた。

 

「よく吠える雑種よな。(オレ)とて貴様のお()りを請け負うつもりなど、微塵も無かったが……」

 

 にやり、と意地の悪い笑みで彼は続ける。

 

「だが、それが幼少の貴様であるなら話は別だ。幼少期の存在しないお前を我手ずから育てたとなれば、ローマの小娘やあの女狐、アルテラめが悔しがる様が目に浮かぶようではないか!」

 

 フハハハ! と、とても愉快そうに笑う王様に、白野はあんぐりと口を開けて一瞬機能停止になる。

 

「じゃなくて! なんでギルガメッシュが? ここが何処か知ってるの?」

 

「知らん。だが、だいたいの察しはついている」

 

 ギルガメッシュの言葉に、期待で目を輝かせる白野。だが、その輝きは一瞬で曇る!

 

「故に、我が貴様を一人前に育て上げてやろうではないか。喜べ雑種。貴様は最古にして原初の英雄王であるこの我に! 人生をプロデュースしてもらえるのだからな!」

 

 あまりの暴論、予想の遥か上を行く答えに、白野の思考はまたもやフリーズしかける。しかし! そこは気合いと根性で踏ん張り、なんとか意識を保った白野。

 幾度となく乗り越えてきた修羅場により培われた精神力は、伊達ではないという事である!

 

「違う! そうじゃなくて! そうじゃなくて! どうやったら帰れるの!? あと体も!」

 

「ん~? 肉体に関しては、時が解決するだろうさ。そして帰る方法だが……、それは知らん」

 

 不遜なまでの物言いと態度は、彼だからこそ許される。最初に語られた王。全ての英雄たちの起源となった英雄の王。

 その自信も、慢心でさえも、彼が自負する通りであるが故に。

 

「さて……見たところ、今の貴様の肉体年齢は七、八歳といったところか。よし、余さず上流階級としての教養を叩き込む。せいぜい落ちこぼれるなよ、雑種」

 

「え、私に拒否権は……?」

 

 

 そして、半ば強制的に岸波白野はギルガメッシュの養子として、スパルタ教育を受ける事になる。

 

 

 時は流れ、十年───

 

 現在、白野は私立秀知院学園に通う、高校二年生へとなっていた。

 

 

 

「……あれから十年、か。長かったような、短かったような」

 

「? どうしたんですか、白野ちゃん?」

 

 生徒会室に向かう廊下の途中、ふと窓から差し込んだ日光を手で遮る白野。その輝きに、この世界での養父となったギルガメッシュとのやり取りを思い出してアンニュイになっていると、共に生徒会室を目指していた藤原千花が不思議そうに白野の顔を覗き込んでいた。

 

「ううん。何でもない。さ、生徒会室に急ごう。会長とかぐやも、もう来てるはずだし」

 

 千花の問いかけを軽く流し、白野は前に向き直って歩を進める。そのあとを慌てて追いかける千花。

 

 実のところ、十年経った今もまだ、元の世界に帰る方法を白野は掴めずにいた。

 帰り方が分からない以上、気長にこの世界でやっていくしかない。ギルガメッシュの話では、幸いにもここは一種の夢の世界。元の世界との時間の流れは完全に切り離されており、意識だけがこの世界に迷い込んだようなもの。

 故に、白野に刻限的な焦りはない。それに、帰る前にどうしても解決しておきたい事が、今の彼女にはあったのだ。

 

 それこそが──

 

 

「遅かったな、岸波庶務に藤原書記」

 

「ごきげんよう、藤原さん。岸波さんは先程ぶりですね」

 

 

 この二人、生徒会長こと白銀御行と、副会長こと四宮かぐや。

 

 学園が誇るツートップにより繰り広げられる天才たちの恋愛頭脳戦。言い換えれば、恋愛戦争の解決という無理難題である!

 

 要は、二人のどちらかを、相手に告白させるというだけの話なのであった。

 

 だが、この半年でそれが如何に困難であるのかは、嫌というほどに理解させられた。プライドがやけに高い二人が、素直に周囲に互いが好きであると認めるはずもなく、ましてや相手に公言するワケがない。

 下手に騒ぎ立てようものなら、告白自体が有耶無耶、最悪の場合ご破算に成りかねない。

 

 つまり、彼と彼女のお互いへの好意は、当事者たちはおろか、周りの人間にも公には開示できない情報なのである。

 

 だからこそ、白野は悩むのだ。見ていられないほどに白熱する、天才たちが繰り広げる恋愛頭脳戦に、凡人の自分がどのように立ち向かうべきなのかを。

 

 どうやって、会長とかぐや、二人に告白させようか、と───。

 

 

 

「やれやれ。帰る前に、その行く末だけは見届けないとね」

 

「何か言いました?」

 

「何でもないよ、千花」

 

 

 

 ─────これは、決して岸波白野の恋物語ではない。

 これは、岸波白野が友人の恋を応援する物語なのである。

 

 



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第2話 かぐや様は見つけたい

 

 

 

 

 

「宝探しゲームをしましょう!」

 

 

 

 

 とある昼下がり。いつものように生徒会室で昼食兼、適当な雑務に取り組んでいた白銀、かぐや、白野の三名。

 そこに遅れてやってきた千花が、入ってくるなり唐突にそんな事を言い出した。

 

「これまた急だな。どうしてそうなった、藤原書記?」

 

「いえ~。実は昨日、家で探し物をしてたらですね~。小さい頃に大事にしてたものが見つかりまして~」

 

「それがどうして宝探しゲームに繋がるの?」

 

 白銀、かぐやは千花の思考は把握できたものではないと理解している。故に今回も、何故そうなったのかが予想もつかなかったのである!

 

 しかし! 白野は違っていた!

 

「もしかしてアレ? 子どもの頃の大事なものを見つけたのが嬉しくて、宝探しを連想した的な」

 

「イグザクトリー! え、何で分かったんですか白野ちゃん!? ドンピシャですよ!」

 

「いや、まぁ……なんとなく? あははー(言えない。ウチの使えない理性蒸発ポンコツ使用人と同じ発想だったなんて。口が避けても言えない……!!)」

 

 千花からの純真無垢な疑問の眼差しに顔を背ける白野。その理由を口にするのは、「お前がアホだから」と言うのと同義!

 大切な友人に、面と向かってそれを告げるなど、白野にはできなかったのである!

 

 

 

 

 

「くしゅん! うう……。どこかで誰かが僕の噂してるなー?」

 

「そこ! サボってないでキビキビと働いてくださいまし!」

 

「……はーい!」

 

 

 

 

 

 白野が言い当てた事で、二人も「ああ、いつものか」と遠い目で千花に視線を送る。

 本人は素知らぬ顔──というか気づいてない──で、まだ誰も参加表明してもいないのに、ルールについて説明を始める。

 

「まずはそれぞれ隠すものを一つ決めます。ちゃんと探す人が分かるように、隠したものには目印をつけましょう! たとえば~……」

 

 さらさらさらり、と口に出しながら付箋紙に千花は自らの名前を書き写し、何故かポケットの中に入っていた虫眼鏡にそれを張り付ける。

 

「こういう風に! それと、宝探しゲームをしていると分かるように、きちんと『宝探し中』と書いておきましょう~」

 

「……う、うむ」

 

 現在、千花を除いた全ての者は、こう思っていた。

 

 

 

(((幼児かッッッ!!!)))

 

 

 

(いやいやいや。高校生にもなって持ち物に名前を書いて隠すとか。しかも宝探しをして遊んでるとか。生徒会何やってんのってなるわ!)

 

(まぁ、名前に加え、宝探しをしている事を書いておけば、もしもの時は落とし物として届いたりはしないでしょうから、理に適っているのは確かだけど……。でも、部外者に見られでもしたら恥ずかしいじゃない……!)

 

 この通り、千花の謎な思考回路は理解しているが、その発想にまでは追い付けない白銀とかぐや。

 

 白野はと言えば、

 

「そうだね。千花はかしこいね。他の人にもしっかり伝わるね」

 

 死んだ魚のような眼で、ガクンガクンと頷くだけのイエスマンと化していた!

 

(うわ、岸波庶務の挙動怖いんだけど!!)

 

(甘い。バレンタインのチョコよりも甘いよ。会長、そしてかぐや……。千花のコレは今に始まった事じゃないでしょう? 慣れないと)

 

 これまで幾度となく、千花の謎理論に付き合わされてきた白野! かぐや、白野、千花はそれなりに付き合いが長く、かぐやもまた千花の斜め上な行動に巻き込まれた事は数あれど、四宮の家に連なる者としてその奇行に精神が染まる事はなかった。

 

 けれど、白野はほぼ一般人。バックは凄まじいが、彼女の内面は鉄の精神である事を除けばまさしく普通! 加えて、家で雇っている一癖も二癖もある使用人たちに長年にわたり日夜揉まれ、その上で千花に振り回され、妙な耐性を備えてしまったのである!

 

「IQ3は伊達じゃないネ」

 

「それ褒めてます!? ……とまあ、ルールはこんな感じですけど、何か質問はありますか?」

 

 彼女の説明からして、ごくごく普通、至ってシンプルな単なる宝探しであり、何ら奇妙な点は見当たらない。そう、()()()()()()()()()()という、彼女の発案にしては珍しい内容だった。

 

 異論はない、と皆が口にした瞬間、白野はとある策略を思い付く。普通なルール。であるならば、普通でなくしてやればいい。

 

「私から提案。どうせなら、競争制にしよう。見つけた人から早抜けで、最後まで自分以外の人が隠したものを見つけられなかった人が罰ゲーム、ってどう?」

 

 既に定められたルールを覆さず、後から勝敗の付け方を追加する作戦である! この白野が付け足したルールに、言わずもがな千花は目を爛々と輝かせて、首を大きく縦に振った。

 

「いいですねソレ! じゃあ~、どんな罰ゲームにしますか~?」

 

 千花の思考パターン、行動パターンは不規則である事が多いが、それにも例外は存在する。この場合、勝負事がソレに該当する!

 ゲームで何かを賭ける。千花がそれに乗って来ないはずがないと白野は把握していた!

 そして案の定、千花が罰ゲームの設定をどうするか意見を求めてくる。そこにすかさず、白野は白銀とかぐやに先んじて手を打つ!

 

「三位が一位の言う事を何でも聞く。もちろん、モラルに反しない範囲内でね。それで最下位は全員にジュースを奢る……とかでどう?」

 

 ここで白野の搦め手……!

 普通、最下位のみに罰ゲームは科されるもの。しかし、最下位の他に三位までが罰ゲームを受ける者に含まれた事で、より千花のゲームへの勝負熱に油を注がれる!

 

 一見、三位のほうが罰の内容が重そうに思うが、前話を思い出してほしい。白銀の性格を。

 

 ───備考・白銀、ドケチ。

 

(ジュースを奢る、だと……! 簡単に言ってくれるが、秀知院の購買には自販機よりもお高いものも取り揃えている……。四宮と岸波は俺に遠慮してそれらを避けるだろうが、藤原書記は予測できん! ならば、狙うべきは一位……。だが、当然ながら四宮も狙ってくるはず……!)

 

(そう。私と会長、互いに一位は是が非でも取りたい。けど、三位にだけは絶対になるわけにはいかない。会長は金銭には煩いところもあるし、一位と二位以外がアウトゾーン。けれど私は、三位以外ならどれでもセーフ……。いいえ、場合によっては三位でさえも利用価値があるわ。まぁ、会長が一位ならの話だけど)

 

 この間、僅か一秒にも満たない一瞬で、二人の天才的頭脳は理論を組み立てていた!

 

(───と、二人は思うはず)

 

 無論、白野とて二人の思考を推測し、どう考えるかを想定し、どんな結論に至るのかを熟考した上でのルール決めである。

 わざわざ四位だけでなく三位に罰ゲームを設定し、一位にその決定権を委ねたのも、全てはこの為のお膳立てだったのである!

 

(あとは会長、かぐやのどちらかを一位と三位になるよう調整すれば……。それから、千花の動きだけが唯一の不安要素かな?)

 

 流石に千花の行動を抑制したり、監視したりの妨害行為はゲーム的にもダメだろうと白野は判断。よって、白野にできるのは白銀とかぐやの頭脳戦にあとを託すのみ。

 

(千花が一位にさえならなければ、あとはどうとでもなる。かぐやが一位の場合、会長は二位しか選択肢はない。だから私か、千花のどちらかが二位になりさえすればいい。この場合、もしかしたら会長が三位の罰ゲームに勝ち筋を見出だす可能性もなきにしもあらず……!)

 

 にこやかに罰ゲーム内容を提唱した白野。しかし、その心の内では、(したた)かに勝利への道を逐一と築き上げていく!

 

(そして会長が一位の場合。かぐやは三位を自ら取りに行く可能性が高い。かぐやの事だし、罰ゲームですらも利用するはず。このケースが一番楽だし、千花を二位にしやすい分、私は自動的に四位になるだけでいい)

 

 白野の中で、勝利条件は整った。

 

 一……白銀、およびかぐやのどちらかに一位、もしくは三位を取らせる。

 二……白野、および千花は二位か四位のどちらかになるようにする。

 

 この二つのどちらかが崩れれば、白野の計画は脆く崩れ去る。最悪、白野は自身が最下位になる事も厭わない覚悟である!

よって、全ては千花の予測不可能な動きに懸かっていると言っても過言ではない!!

 

「私はその内容で構いません。会長、藤原さんもそれでいいですね?」

 

「は、はい!」

 

「あ、ああ。いいだろう」

 

 有無を言わさぬかぐやの迫力に、白銀と千花の二人は思わず気圧され頷きを以て返答する。

 

「では、隠すものを各自用意して、昼休みの間に隠し、ゲーム開始は放課後に生徒会の業務を終えてから。という事にしましょうか」

 

 それでは、とかぐやは付箋紙を一枚取って、生徒会室から出て行った。彼女の後ろ姿をポカンと見つめ、扉が閉まる音で再起動を果たす白銀、千花の二名。

 昼休みはさほど長くはない。残り時間はあと十数分ほど。急ぎ、自らも、と生徒会室を後にしていく。

 

「……ゲームはもう、始まってる」

 

 二人が居なくなったのを見て、白野も付箋紙に手を伸ばしたのだった───。

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、放課後。生徒会の業務は全て滞りなく終了し、時間をもて余した今こそが、決戦の時……!!

 

「よし。全員、仕事は終わってるな? では、宝探し……開始!!」

 

 白銀の号令で、宝探しゲーム開催の火蓋が切って落とされる。

 

(……この歳になって何言ってんだろ、俺)

 

 若干、羞恥に駆られる白銀だったが、

 

「真実はたいてい一つ! 名探偵チカの名に懸けて、まるっとぬるっと全部お見通しだ~!!」

 

(……コレに比べたら幾分マシか。あと、色々混ざってるし所々おかしい点があるんだが、まぁ、いいか)

 

 年甲斐もなくはしゃぐ千花の様子に、開き直るのであった。

 

 開始の合図を受け、全員が生徒会室から一斉に外へと出て、校内へと散り散りにバラける。

 

 白野は一人女子トイレに向かい、誰も居ない事を確認すると個室に入ってスマホを取り出す。

 

「もしもし。宝探しが始まったよ。そっちはどう、先生?」

 

『あー、こちら()()()()。会長とやらは体育館に向かっておるな。それと、せっかくコードネームを付けたのなら、そちらで呼ばぬか。とは言ってもただのクラスでしかないのだがな』

 

 端末越しに聞こえてくるのは、声だけでも読み取れるほどに精練極まる剛の者である男の声。今回のミッションのために白野が用意した、使用人の一人である。

 

「ごめん、アサシン。それじゃ会長の動向確認は任せたよ」

 

 一度電話を切り、再度掛け直すと、今度は別の相手に繋がる。

 

「もしもし。かぐやの状況は?」

 

『特に変化はございませんねぇ。今は教室を探して回っています。涼しい顔をしてますけど、(わたくし)のアニモウセンスがビンビン反応してます! クンクンクン……これは、恋に恋している香り!!』

 

 妖艶さを隠し切れていない女の声に、白野は呆れたようにため息を吐く。

 

「了解。くれぐれもバレないように気をつけてね、()()()()()

 

『分かっておりますとも! そのための変装と偽装工作ですもの。な・の・で! ミッション完了の暁には、ぜひともご褒美が欲しいな~、なんて! それもとびきり濃厚なやつを───』

 

 ブツン、と音を立てて中断される通話。もしかしなくとも白野による強制ブッチである。ちなみに、彼女も使用人の一人である。

 

(……ん? 変装って、どんな? 何か嫌な予感がするなぁ……。気にしないようにしよう)

 

 現実逃避して少し一呼吸をおいた後、最後の連絡を行う白野。

 

「もしもし。千花はどんな感じ?」

 

『んー? あっちこっちに動いてますよっと。いやぁ、それにしても落ち着きの無いお嬢ちゃんだね、全く。進行方向に規則性なんざ欠片も無いとキた! んで、鼻歌なんて歌ってスキップしてやがる。これはアレかね? ウチのアホな自称アイドルに近いもんを感じるね』

 

 めんどくさいとばかりに、千花の行動の感想を述べる男。気持ちは分からないでもないが、音楽センスに関してだけはその限りではないと心の中で断言する白野。

 

「頼んだよ、()()()()()。あなたが一番重要なポジションだからね」

 

『あいあい、分かってますよ。仕事しないで済むってんなら、こっちのが百倍楽だし。あの小うるさい家政夫バトラーにグチグチ言われるよりはマシってな話でしょ』

 

 通話を終え、スマホをしまうと白野は女子トイレをあとにする。幸い、今のやり取りは誰にも聞かれていないようだった。

 

「……さて、と。私も一応探しておかないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。かぐやは白野が受けた報告通り、教室を捜索しており、それというのも白野辺りがここに隠していないかと予想したからだった。

 

「………、ないわね」

 

 掃除用具入れ、ロッカー、教卓等々。色々と見て回るが当たりはない。一応、白野や自分の机も確認したが、やはり無い。既に白銀、千花のクラスも調べ終えた後。

 まさか関係者以外の机に隠すとも思えなかったかぐやは、狙いを教室から別の場所へと切り替える。

 

(藤原さん、岸波さんが隠しそうな場所は、残念だけど私では読みきれない。なら、逆に会長なら? 会長が隠しそうな場所は幾つか心当たりはあるわ。会長の隠したお宝を狙い撃ちで探すほうが、確率は高い……!!)

 

 これまでの白銀の行動からその思考パターンを推測。隠しそうな場所、逆に隠しそうにない場所、そしてその裏を読んで隠しそうにない上で隠しそうな場所……。

 深い思考の末、かぐやは幾つかのポイントを割り出す!

 

(まずは近場の職員室。用事のついでにさりげなく隠す可能性は大いにあり得る。職員室を遊びで利用しようなんて、普通は思い付かないでしょうし)

 

 職員室。そこは教師たちの集う、校内で最も遊びから遠い勉学の聖域である! もし職員室でふざけようものなら、すぐさま叱責されるのは想像に難くない!

 だが、それこそが盲点! 逆に手出しのしづらい職員室は、見方によっては校内でも随一の安全な隠し場所となる。

 

(問題は、職員室のどこに隠したか。隠す時に先生方に怪しまれるような行動を会長がするはずもない。となると……)

 

 ごく自然に職員室で隠せる所。それはすなわち───

 

(共用ゴミ箱の底……!!)

 

 職員室にて掃除が行われるのは、教師が授業で出払っていてほとんど居ない時間帯である。休み時間、放課後などは逆に作業の必要な教師も居るため、その妨げになるような事は行われない。

 故に、掃除もまた然り! 掃除、並びにゴミの回収は昼までの授業の間、そして完全下校時刻の30分前の二回!

 白銀が隠したと考えられるのは昼休み以降であり、まだ確実に安全であると言える!!

 

(多分、ゴミ箱の袋がズレているとでも言って、整える振りをして隠したのかも。まぁ、隠しているなら、の話だけど)

 

 白銀の思考をトレースした(つもりの)かぐやは、早速職員室を目指して歩きだす。放課後は部活動に顔を出す教師がほとんどで、残っている教師はそこまで多くはない。

 今日は早めにゴミの回収を行う、などとでも言えば、大きな違和感はないだろう。

 

(職員室になければ、次は───

 

 

 

 

 ───体育館、かしら?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、体育館にまで来たワケだが」

 

 奇しくも、かぐやが職員室の次に狙いを付けた体育館に、白銀も足を運んでいた!

 

「あ、会長だ」

 

「え、やだ!? もしかして私を見に……!?」

 

「いいえ、きっと私を……!」

 

 普段、部活動の様子を見に来る事のない生徒会長の訪問に、女性陣のテンションがみるみるうちに高まっていく。

 

「すまない。邪魔をするつもりはないんだ。皆は俺の存在を無いものとして部活動を続けてくれ」

 

「なんだぁ……部活動を見に来てくれたわけじゃないのかぁ……」

 

「残念……」

 

「ほらほら! 会長もこう言ってるんだし、みんな部活に集中しろー」

 

 露骨にガッカリする様々な部の部員たちを、それぞれの部長が部活動へと引き戻していく。

 

 あくまで体裁としては視察を名目に装い、体育館を壁沿いに移動する白銀。部活動の邪魔にならないようにするのは当然として、もし生徒会の誰かがここに隠したとしても、部活(かれら)の活動中に迷惑にならないような所に隠してあるはず。

 

 考察しながら、白銀は体育倉庫の前まで移動。他の者からすれば、生徒会による備品のチェックをするのだとしか映らないだろう。

 まさか秀知院を率いる生徒会長ともあろう者が、呑気に宝探しゲームをしているとは誰も思うまい!

 …仕事はきちんとこなしているので、別段問題ではないが、生徒会長としての威厳を守らなければならないという、言わばこれは白銀自身の矜持でもあった。

 

「どうせなら用具の点検がてら宝を探したいところだが、今は罰ゲームが懸かっているからな……。背に腹は代えられん。今日の生徒会業務は終了、店じまいとしておこう」

 

 仕事したい気持ちをグッとこらえ(と言いつつも、やはり軽い点検はしてしまうのだった)、体育倉庫を調べ始める白銀。

 彼がここに来たのは、千花が隠したものに狙いを定めたからだ。行動が読めない千花ではあるが、案外その行動指針は単純であり、こういう時は如何にもな所を選ぶ可能性は十分あり得るのだ。

 

 だが、しばらく探しても、それらしきものは見つからない。

 

(体育倉庫は外れか。一応、舞台のほうも見ておくか……?)

 

 倉庫に無かった以上、既に体育館自体に望み薄と感じ始めていた白銀。黄色い声援を再び受けながらも、壇上へと上がり、周りを確認する。

 

(やはり無い……む?)

 

 探しても見つからず、諦めて他を当たろうと天を仰いだその時! 白銀の視界が何かを捉えた!!

 

「あれ…は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間が経ち、生徒会室に一つの影が。

 それはスマホを耳に当てている白野である。

 

「会長がこっちに向かってる?」

 

『応。何やら不敵に笑っておるわ。呵々(かか)っ! あれは()い面構えよ。なるほど、人の上に立つだけの事はある。何なら、お主があの小僧をモノにするというのも一興ではないか?』

 

「冗談はその辺で。何か手に持ってる?」

 

『ん? 応さ。おそらくは探していた物だろうよ。さて、となれば儂はお役御免かな?』

 

「うん。ありがとう、先生」

 

『なに、礼には及ばん。では、帰るとするか。よし、帰るついでに拉麺でも食っていくかな?』

 

 通話を終えると、白野はすぐさま次への思考を巡らせる。

 

(会長の一位は確実になった。となると、かぐやが三位になるよう調整する必要がある。私も一応かぐやのを確保したけど……問題は千花か)

 

 実は白野も既にかぐやの隠した宝を見つけていた。それは彼女の靴箱の中に隠されており、普段かぐやが使っているペンであった。

 何故、白野にかぐやが靴箱に隠したと分かったのか。それは白野が使役している使用人の他にもう一人、白野には協力者が居たからである。

 

(千花を見張ってるアーチャーから連絡はない。なら、千花もまだ見つけてはいないという事。流れ的には千花が二位になってくれたら、あとは私がドベになればいいだけなんだけど……)

 

 最悪、千花が何も見つけられずに終わる可能性さえある。その時は、白野が二位に名乗りを上げなければならないのだが、そのタイミングが重要となってくる。

 

 今の時点で千花に宝を見つけられる気配が皆無であれば、白野が二位に名乗り出る必要があるのだ。

 

 どうするべきかを悩む白野。と、そこに、扉を開く音が鳴り響く。

 

「ん? 岸波庶務ではないか。となると、一番乗りはお前だったか……」

 

 あからさまに残念そうな白銀に、白野はいたたまれなくなり、嘘をつく。

 

「ううん。まだ見つけてないよ。今は生徒会室を探しているところ」

 

「生徒会室を……? なるほど、それは確かに盲点だったな。あの頭の回る四宮の事だ、生徒会室を出て誰も居なくなったのを見計らって隠しに戻って来た可能性は否めないからな」

 

 ウンウン、と勝手に納得する白銀に対し、白野は彼の言葉に違和感を覚えていた!

 

(どうして、ここに隠しに来たのが()()()だと思ったの? それはつまり、他に選択肢が無いから……!)

 

 白野の思考が高速で回転を開始する!

 

 実を言えば、白野が宝を隠したのはここ、生徒会室に他ならない!

 思い出してほしい。白野は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事を。

 白銀が口にした推測。それは惜しい解答であったのだ。正確には、生徒会室に宝を隠したのはかぐやではなく、白野であった。

 そしてかぐや、千花はまだ宝を見つけておらず、白野は既にかぐやの隠した宝を手にしている。白銀も誰かの宝を見つけてここに戻ってきた。

 

 という事はつまり、白銀が見つけたのは、事実を照らし合わせて千花の隠した宝であるという事が分かるのである!!

 逆を言えば、白銀、白野の隠した宝がまだ見つかっていないという事になるのだ!

 

(私の宝はここにある。会長の事だし、簡単には見つけられなさそうな所に隠したはず。だったら、千花に見つけるのは無理かな?)

 

 作戦が軌道に乗ったと確信した白野は、一気に気が抜け、会長の机にもたれかかる。もう、自分が二位となっても問題無いだろうと安堵した白野は、白銀が口にした推測を利用する事にした。

 

「あ。あったよ会長! 本当にかぐやは生徒会室に宝を隠してたみたい」

 

 いかにもたった今見つけたとばかりに、白野はヒラヒラとかぐやのペンを白銀に見せつけるようにして振ってみせる。

 

「灯台もと暗し、とはよく言ったものだ。まさか俺の机に隠していたとはな。執務に集中していたから、まるで気がつかなかった」

 

 否。元々そこにそんなものは存在していない。全ては白野の仕組んだ巧妙な手口の賜物である。

 

 ともあれ、これでかぐやが三位にさえなれば、白銀からかぐやへと罰ゲームが執行される運びとなる。

 そう、あとはイレギュラーさえ起きなければ───

 

 

 

「あれ~? 会長と白野ちゃん?」

 

 

 

 イレギュラー、発生───!!!

 

 

 

「ふ、藤原書記も戻ったか。という事は、俺か岸波庶務の宝を見つけられたのか?」

 

 ここにきて千花の帰還に焦る白銀は、自然に千花に探りを入れる!!

 

「それがですね~、まだ見つけられてないんですよ~」

 

 疲れた、と言わんばかりにたどたどしい足取りで、室内へと歩を進める千花。

 何も白銀ばかりが焦っているのではない。無論ながら、白野もここで千花の登場にとんでもなく動揺していた!!

 

(え、え!? なんで千花がここに!? というかアーチャーそんな報告来てない!!)

 

 慌ててスマホを取り出す白野。着信も無ければメールも届いていない。LINEの新着も上がってきておらず、このまま通話するワケにもいかずLINEでの状況確認を行う。

 

 

〉アーチャー! 千花が生徒会室に戻ってきたんだけど!?

 

 

〉あ? あー、そっすね。でも、まだ宝は見つけてないでしょ? だから報告の必要無いと思いましてね。手違いがあったんならスミマセンね。

 

 

 圧倒的、報連相の不足であった……!!

 加えて、安堵した事による油断。それがこの危機的状況を招いてしまった大きな要因と言えるだろう。

 

(マズイ……。けど、大丈夫。まだ焦る時間じゃない。千花が私の隠した宝さえ見つけなければ、何も問題はない!)

 

 白野が宝を隠したのは、ソファの上に置いたクッションの中。元々は生徒会室に無かったクッションであるが、これは白野が個人的に持ち込んだ代物で、休憩や仮眠をとる際に愛用しているもの。

 私物だったが、娯楽品や嗜好品ではないので持ち込みの許可されたものの一つであり、白野はかぐやと千花にも使用を許している。

 

 そう、千花にも、使用の許可を、出していた。

 

「ふぃ~疲れた~。歩きすぎて足が綿棒になるかと思いましたよ~」

 

 そして白野は思い出す。アーチャーの報告では、千花はあちらこちらに歩き回って探していた、と。更に、この疲れた様子───彼女の足は、一直線にソファへと向かっていた!!

 

「千花ァ!? 喉渇かない!? 私が紅茶でも淹れてあげようか!!」

 

 とてつもなく焦る白野は、どうにかクッションの使用を阻止せんと千花に紅茶を勧める。

 自分が紅茶を淹れてあげると申し出る事で、千花にクッションを使わせず普通に座らせるように誘導するためである。

 人に茶を淹れてもらうまでの間、だらしなく寛ぐ者などそうは居ない。最低限のマナーとして、姿勢を正して待つのが礼儀というもの。

 

 当然、千花とて礼儀くらいは(わきま)えているが、白野の隠しきれない焦りが不運を招く事となる。

 

「あれ? 白野ちゃん、なんでそんなに慌てて……ハッ!? もしかして、そういう事なんですか!?」

 

 要らぬ時に限って嗅覚が鋭くなる千花は、ニヤリと笑いソファを物色し始める。

 

「ここかなぁ? それともここですかぁ? ぐへへ、一体どこに隠したんですかぁ?」

 

「あ、ダメ……そこはダメなのぉ、お願いやめてぇー!!」

 

「下品な笑い方は止めろ藤原書記! あと岸波庶務も変な声を出すな!」

 

 そして、白野の必死の抵抗も空しく、千花はクッションをまさぐり、中に隠されていたものを抜き取り、こうして千花の三位が確定したのだった。

 

 ちなみに、何が入っていたのかと言うと、ロールケーキを象ったキーホルダー。白野随一のお気に入りの逸品である。

 

 

 本日の勝敗結果───白野の逆転負け&かぐやは知らぬ間に完全敗北(最下位)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「職員室も図書室にも家庭科室にも無い……一体どこに隠したのよ、会長ーーーー!!!!」

 

(あれ? もしかして(わたくし)の出番って見張り(これ)で終わりですかぁ!? そんなぁ! めくるめく、夢のご褒美タイムがぁぁぁ………!!!)

 

 

 

 答え……白銀のママチャリの籠の中。物は消しゴム。

 

 

 




 余談。白銀会長が見つけたのは藤原書記の隠した宝。壇上の垂れ幕に、いつも彼女が着けている黒いリボンのスペアが貼り付けてありましたとさ。



「BB~チャンネルー!!」

※本編とは関係ありません。

BB(以降省略)「さあ、やってまいりました月の裏側で最もアツいNo.1コンテンツ。BBチャンネル出張版のお時間です♪」

「ここを見つけた奇特な貴方。こんな遅い時間にスマホでSSを読みふけるなんて、グッドなバッドボーイorガールと見ました!」

「もしくは、日頃から夜間モードで読んでるとか? それはそれで面白いので、不思議ちゃんのスタンプをあげちゃいます!」

「ま、それ以外の方法もあるかもですけど~。どうでもいいですよね、そんなコト。ともあれハーメルンさん様々です♪ おかげでこーんな遊びが出来ちゃいますから」

「ん? メタい? そんなコト私は知りませーん! 人間の定めたルールなんかに私は縛られません。どこであろうと、私がルールなのです♪」

「と、無駄話はこの辺で。今回はご挨拶だけのつもりですので、さっさと本題に入りますね?」

「この番組では、本編では語られない裏話や、メタな話題もバンバン語っていく予定です。残念ながら、流石の私も、毎回は番組の収録はできませんので、そこは諦めてくださいね? グレートデビルで小悪魔可愛い後輩系AIな私ですが、そこは作者さんの采配次第。決して私があまのじゃくなワケではありませんので」

「ではまた次回のBBチャンネルでお会いしましょう。アデュー!」


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第3話 藤原千花は話したい

 










 

 千花発案の宝探しゲームの勝敗は、千花とかぐやが三位、四位で敗北するという形で終了した。

 いつの間にか勝負が決し、知らぬ間に四位となってしまったかぐやは悔しさを笑顔で押し隠しながら、罰ゲームとして三人にジュースを奢る事となり、そして白野の計画を物の見事に打ち砕いた千花は、三位の罰ゲームである命令を一位の白銀より下される事となった。

 

 

 

 

「お前、今日から三日間遊びもコイバナも禁止な」

 

 

 

 

 

 

 

 ───一日目。千花の精神崩壊まで48時間。

 

 

 

 

「ああぁぁぁあぁぁぁ………!!!!!」

 

 地獄の底より這い出てきた悪鬼かのような唸り声が生徒会室に鳴り響く。無論、それは他ならぬ藤原千花による、言葉に成らぬ苦悶の叫びである。

 

「ええい! あの壊れたラジカセみたいな声はどうにかならんのか!?」

 

 罰ゲーム内容の決定者である白銀でさえも、千花の絶望ぶりに頭を抱えたくなっていた。それなら、罰ゲームの撤回をすればいい話なのだが、

 

『罰ゲームは罰ゲーム。男に二言は無いよね? 生徒会たる者、会長も千花も、ルールはしっかり守らないと』

 

 という、白野の(少しばかりの私怨が込められた)言葉により、千花は罰ゲームから逃れられない運命が決定付けられていたのだ。

 

 ちなみに、かぐやも千花には日頃から計画を意図せずとも邪魔されているので、今回はお仕置きの意味も含めて白野に賛同している。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛………!!!!」

 

 机に突っ伏しながら、絶えず呻きを上げる千花に、生徒会室の空気も引きずられるようにして重いものとなっていた。

 千花の顔からは絶望、悲壮、辛苦といった負の感情しか読み取れず、その様は例えるなら、まさに生きた屍であるかの如し。

 

「さすがにずっとあの調子だと耳障り……もとい、心苦しくなってきますね」

 

「今ポロっと本音出てなかった、かぐや?」

 

 何の事でしょうオホホホホ、と笑って誤魔化すかぐや。だが、彼女の言いたい事が分からないでもない白野と白銀。

 

 白野はともかくとして、クラスが同じである白銀は朝から千花の様子を見続けており、さすがに授業中はボーッとしているだけだが、それ以外の時間はずっとあの調子なのだ。

 今日一日の千花の姿に、教室内の雰囲気は最悪と言っても過言ではなかったのである!

 

 そんな光景をずっと見ていて、気分が重くなるのも無理はないだろう。

 

 ルールは絶対。しかし見ていられない。白銀は絶望に囚われた千花に、どうにか救いをもたらせないかを思案する。

 

(ルールは破らず、それでいて藤原書記の気を紛らわせる何か……。きょうだいの話とかはどうだ? 俺と藤原書記にはお互い妹がいる。家族の話ならばコイバナ禁止に抵触しないだろうし)

 

 家族について友人と語る。親、きょうだい───それは誰よりも身近な存在であり、友人と過ごしたよりも長い時間を共にしているのが殆どと言える。

 故に、エピソードも過ごした時間に比例して、豊富に存在していてもおかしくはない!

 

「藤原書記、気分転換に話でもどうだ? ほら、お前には姉妹が居ただろう。何か面白い思い出とかはないのか?」

 

 ピクリ、と千花の肩と頭のリボンが小さく揺れる。顔に活気は無いが、のそっと体を起こすと、呻きだけを吐き出し続けていた口からようやく言葉が出てきた。

 

「……そうですね。私の家ってお父様が色々と厳しいんですけど、その原因となったのが私の姉でして。姉の教育方針を自由奔放にした結果、姉がなんというか残念な感じになっちゃいまして。それで私と妹の教育方針は改めようって事になったらしくて、私生活の締め付けが厳しくなったんですよ~……」

 

(……重い!!)

 

 あははー、と力無く嗤う千花に、白銀は話題を振っておいて、いたたまれない気持ちになる。

 

「あ、もちろん姉の事は好きですよ~? 優しいお姉ちゃんですし。ただ、もっと自由に生活したいなぁ……って、たまに思っちゃうんですよね~……」

 

 どことなく哀愁漂う千花の微笑みに、思わず女性陣はホロリと涙ぐんでいた。

 白銀も、目頭を指で押さえ、涙を堪えている。若干小刻みに震えているが、幸い誰も気付いていなかった。

 

「なので、お父様の目が届かない学校は、私にとっての癒しというか、憩いの場でもあるんです。友達と他愛ない話をしたり遊んだり、あとコイバナ───コイ、バナ……ああぁぁぁぁぁ………!!!」

 

 話していて自ら負の螺旋へと戻ってしまう千花。どう足掻いても、この悪循環からは逃れられないとでも言うかのように、取り戻されかけていた千花の活力は、真夏日のアスファルトに投げ出された氷が如く即座に霧散した。

 

 白銀の家族話は残念だが失敗に終わった。むしろ今の千花にとっては、ある意味でその話題は地雷であったのかもしれない。

 

 そして再び垂れ流される悲嘆の呻き。先程の白銀の失敗から、あまり下手に刺激するべきではないと判断した白野、並びにかぐや。

 まだ罰ゲームの期日は二日も残っている。ここはひとまず傍観し、明日に何か対策を持ってくると決め、セミの鳴き声レベルの騒音の中、淡々と仕事を片付けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ───二日目。千花の精神崩壊まで24時間。

 

 

 

 

「コイバナコイバナコイバナコイバナコイバナナタベタイコイバナコイバナコイバナコイバナコイバナ」

 

 

 

 壊れたラジカセ度は昨日よりも酷さを増しており、もはや千花の瞳には光が灯っていない。濁りに濁った底無し沼にも似た、虚無を映した瞳には、何かを見ているようで何も映してはいなかった。

 

 精神状態が異常になりつつある千花に、現在生徒会室に居る全員が恐怖すら覚えている。

 

「なぁ……これは、流石にヤバくないか?」

 

「奇遇ですね……私も同じ事を思ってました」

 

 白銀、かぐやの二人も、戦々恐々と千花の様子を眺めており、罰ゲーム続行は不可能ではないかと考え始めていた。が、

 

「でも、今日とあと一日だけだし。千花は普段からイタズラが過ぎるところがあるからね。たまには灸を据えてやらないと」

 

 白野は断固として罰ゲーム中止反対の姿勢を崩さなかった!

 白野にとって千花は大切な友人であるが、今回の罰ゲームは、これまでの積もりに積もった恨みを晴らすまたとない好機。何もずっとというワケではなく、三日間という短い期間を設けられているのだ。ならば、きっちり三日間は罰ゲームを甘んじて受けてもらいたい───そんな、白野のちょっとした仕返しでもあった。

 

「そうは言うがな岸波庶務。藤原書記の昨日と今日の様子を見れば、もう十分な罰となっているのは明らかだろう。俺とて嗜虐の嗜好は持たないんだ。というか持ちたくない。そろそろ勘弁してやっても良いではないか?」

 

「会長は優しいね。でも、だからこそ今ここで甘やかしちゃダメ。これは千花の為でもあるの。社会を生きていく上で、千花には我慢というものを教えておかないと」

 

 菩薩のような微笑みで、千花の頭を優しく撫でる白野。ただ、千花はそれにも全くの無反応ではあったが。

 

(なんというか、岸波さんってたまに父性と母性の両方が出てるわね。……本当に同い年?)

 

 白野の反応に勘繰るかぐや。しかし、白野はかぐやの心の声など知る由もなく、千花の為に用意した秘密兵器を投入する!

 

「ゲームはダメ。コイバナもダメ。でも、コレは大丈夫!」

 

「…………?」

 

 ごそごそとカバンの中を漁って取り出したるは、ラッピングされた小さな可愛らしい紙の小箱。

 その愛らしい包装は、魂の抜けていた千花の目にも微かな光を取り戻させる。

 

「何なんですか、その箱? とても小さいですけど……」

 

「良い質問だね、かぐや。これはね、女の子の好きなものだよ」

 

「……? 分からん。勿体ぶらずに早く教えてくれ」

 

 白銀とかぐやが頭に疑問符を浮かべる姿に、クックッ、と含み笑いをする白野。わざわざ一日空けてまで用意したという事もあり、相当の自信があるらしかった。

 

「それではご開帳といきましょう。とくとご覧あれ……!!」

 

 満を持して開封される小箱。包装紙を丁寧に剥がし、小箱の外装が露となる。そしてすぐに、その蓋が取り外され、中から現れたのは───

 

「うわなにコレすご!!」

 

 藤原邸宅にて飼われているペット、犬のペス……をミニチュアサイズで再現したチョコの像と、その隣にはデフォルメされて可愛らしく表現されたペスをイメージしたクッキーが数枚。

 

 あまりの出来に、白銀はたまらず即座に感想を口にしてしまうほど。

 四宮の家に生まれ、これまで多くの芸術作品を作り出し、または目にしてきたかぐやでさえも、その造型に知らずの内に目を奪われていた。

 

「女の子の好きなもの。それは甘いお菓子に可愛いもの! ウチの執事兼シェフに、腕によりをかけて作らせたんだ。どう、すごいでしょう?」

 

 決して自分で作った訳ではない。だというのに、何故か誇らしげに語る白野。その理由は簡単なものだ。

 白野は、このチョコとクッキーの製作者の腕を心から信頼している。彼の作品が評価される事は、白野にとって彼が大切な存在であるからこそ、自分の事のように嬉しいし誇らしく思えるのだ。

 

 だから、彼の作品が評価されて素直に喜んでいるだけなのである。

 

「ふわぁ……!! かわいい~!! ペスぅーー!!」

 

 白野の思惑を見事に現実のものとなり、千花の淀んだ瞳は瞬く間にキラキラと輝きを取り戻していく。

 愛犬を模したチョコとクッキーをまじまじと眺め、絶えずにへら、と頬をだらしなく弛ませる千花。その姿は、いつも通りの彼女の姿に他ならない。

 

「どう、千花? 気に入ってくれた? 罰ゲームはまだ終わらないけど、頑張ってるご褒美にコレを千花にあげようと思うの。これでまだ頑張れる?」

 

「がんばります、がんばります! やる気がモリモリ湧いてきました~!! コレ、すごく可愛いから、家に持って帰って家族にも見せたいんですけど、いいですか?」

 

「いいよ。千花にあげたんだから、千花の好きなようにしなさい」

 

「わーい! いやっふぅ~! ありがと~白野ちゃん~!」

 

 文字通り、跳び跳ねて全身で喜びを表現する千花。そのせいで、体のとある部分が激しく動いて大変な事になっていて、白銀は目を背け、かぐやと白野の目が暗殺者のソレになっていたが、幸か不幸か千花は気付いていない。

 

「何はともあれ、藤原書記が元に戻って何よりだな」

 

「ええ。岸波さんのお手柄ですね。私も一応は考えてきていたのですが、どうやらお蔵入りになりそうです」

 

 千花に笑顔が戻った事で、生徒会室全体に漂っていた重苦しい空気が一斉に消失し、和やかで朗らか、それでいて穏やかな空間へと早変わりを遂げた。

 

「可愛いなぁ~。食べるのが勿体ないですよ~」

 

「でも食べてね。多少は保存も利くけど、カビとか生えるかもだし。……でも確かに最高の出来映えだし、映像として保存したいから、私も写メっとこ」

 

 これで罰ゲームも、あと残すは一日。この分なら、もう一日くらいは千花も耐えられるだろうと誰もが確信し、それぞれ生徒会の仕事に戻っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───最終日。千花の精神崩壊まで、残りゼロ。

 

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 

 

 開口一番、白野は目の前に広がる光景に目を覆いたくなっていた。

 

 

「ここだけの話なんですけど~、白野ちゃんって結構モテるんですよ~? この前だって三年生から体育館裏に呼び出されてました~。私ですか? 私はお父様が許してくれないから、殿方とお付き合いした事はないですね~。そういえば、同じクラスの園田さんって彼氏出来たらしくて、最近は付き合いが悪くなったってお友達が言ってて───」

 

 

 一見誰かと話しているかのように見える千花であったが、彼女の正面には誰も居ない。ましてや隣にも誰も立っていなかった。

 つまり、藤原千花は見えない誰かと“エアコイバナ”を繰り広げていたのである!

 

「ね、ねぇ…藤原さん? さっきから誰と話してるの……?」

 

「え? やだなぁ、かぐやさんってば~。私の目の前に居るじゃないですか。私の友達のトモちゃんですよ?」

 

 そう言って、かぐやへとジェスチャーで自分の目の前にあたかも人が居るかのように紹介する千花。虚ろな瞳には、誰も、何も映していないというのに。そこに“トモちゃん”なる人物が存在すると言い張っているのだ。

 常軌を逸した千花の言動に、かぐやも思わず血の気が引くほどである。

 

 そんな千花の様子を見て、白銀は以前耳にした“ある事”を思い出した。

 

「そういえば、石上会計から聞いた事があるな。ぼっちは時に、孤独を極めたが為に架空の友人、親友を作り出し、さも実在するかの如く振る舞う事が可能となる、と」

 

「いや別に千花はぼっちじゃないからね? それに多分、誰かとのコイバナを禁止してるからこそ、ルールの抜け穴を模索した結果が、エア友達っていう結論に至っただけだと思う」

 

 

 ───エア友達(妄想)

 

 本来、ぼっちが気持ちだけでも孤独から逃れる為に生み出された技法であり、きわめて高度な想像力と妄想力を有する事が修得条件となっており、そのため使い手はごく限られたものと言われている。

 

 しかし! 藤原千花はどうしてもコイバナがしたいが一心で、その困難に立ち向かい、これを打破! コイバナとは本来誰かとするものであり、エア友達とのコイバナは、その()()には含まれない!

 そこに、千花は活路を見出だしたのである!

 

 元々が恋愛脳で幼稚な思考の持ち主だった千花だからこそ、ぼっちでなくともこの境地への到達を可能としたのであろう。

 

「エア友達……? そんな架空の存在を作り上げてまで友人が欲しいものなの……?」

 

 かぐやとて、今でこそ友人は大切であると理解している。だが、エア友達などと幻想を作り出してまでして欲しいかと聞かれれば、彼女は否と答えるだろう。

 四宮の娘として、周囲に恥を晒す事は彼女のプライドが許さないのだ。

 

「エア友達はともかく、千花のコレはヤバいかも。明日には罰ゲームから解放されるけど、その反動がこっちにまで来そうで嫌だなぁ……」

 

「それは……確かに、そうですね」

 

 話す内容こそ普通ではあるものの、この千花の異常な言動は嵐の前触れである可能性が非常に高いと白野は読んだ。かぐやも概ね同意見である。

 無論、千花のコイバナの矛先は白野やかぐやに伸びるだろう事は想像に難くない。最悪、家にまで押し掛けてきてお泊まり会などと言って、徹夜でコイバナに巻き込まれかねないのだ。

 

 その経験があるからこそ、千花の様子に二人は警戒していた。 

 

「できれば、私はコイバナ地獄を回避したい。完徹でコイバナとか、それこそ罰ゲームだし」

 

「私だって、もう私の分の罰ゲームは済んでますから。藤原さんには悪いけど、貫徹コイバナお泊まり会なんかはお断りさせてもらいます」

 

 両者の意見が合致する。対千花コイバナ阻止同盟の誕生である!

 

「お泊まり会、か。男の俺には関係ない話だな」

 

 そして、いつの間にか蚊帳の外になっていた白銀は、後は二人に任せて執務に戻っていく。

 

 白銀が抜けた事など露知らず、白野とかぐやは頭脳をフル稼働させて、千花をどう対処しようかを考え始める。

 

(この流れを放置すると、千花は私か、かぐやのどちらかの家に泊まりでコイバナしようとする確率が高い。しかも、ほぼ二人共が巻き添えになる可能性も高い。なら、どうするか……)

 

 どちらかの家で行われるであろうお泊まり会。否、可能性はそれだけに留まらない。白野、かぐやの家で行われる以外に、千花宅に誘うという選択肢を千花は持ち得ていた。

 

(この場合、お泊まり会そのものを開催させない。もしくは、お泊まり会でコイバナができない状況を作り出すのが妥当かしら? 岸波さんはなんだかんだで優しいから、前者は選ばないでしょう)

 

 かぐやの読み通り、白野はお泊まり会そのものを拒否している訳ではない。お泊まり会というイベント自体は楽しいもので、夜通し行われるであろうコイバナを除けば、割りとウェルカムとさえ白野は思っていた。

 

(お泊まり会を開き、なおかつ、コイバナができない状況───たとえば、それは第三者の介入とか?)

 

 この場合の第三者とは、それぞれの家で住まう者の事を指す。すなわち、家族である。

 だが、親と一緒に生活していないかぐや。保護者は一応居るが、そもそも親が居ない白野にはいささか厳しい条件ではある。

 二人の家には使用人が居るのだが、使用人とは主に対し控える立場であり、常に主人の傍ら居るかと言えば、ノーである。必ずしもそうだとは限らないが、四六時中すぐ近くに居られてはプライバシーも何もないだろう。

 

(人選としては使用人は入れられない。条件としては、かぐやも私と同じ……でもないか。あ、でも()()()、対千花仕様も持ってるから例外で除外だな)

 

 主人に対し非常に近しき従者というのは、探せば勿論見つかるし存在もする。年が近い、強い忠誠心、長年の付き合い……等々。そういった理由から、主人に多大な親しみを持って接しているのだ。

 かぐやにも、それに近い存在の使用人が居る事を白野は承知していた。……その使用人が主人をどう思っているかは別として。

 

 白野にも、仲の良い使用人たちは大勢居る。が、しかし。その内の一人が問題だった。

 恋愛脳とまではいかないが、その手の話には恐ろしいまでに耳聡い女性の使用人。コイバナをするとなれば、状況を悪化させるのは想像するまでもなく。

 故に、千花と彼女のコラボだけは絶対に許してはならない。もし許してしまえば、きっと貫徹コイバナ以上の責め苦を味わう事になるだろう。

 

 と、白野の宅での第三者の介入は危険。かぐや宅も第三者の介入は望めない。

 であれば、

 

「千花、明日はお母さんとお父さんは家に居るの?」

 

「え? はい。居ますよ?」

 

 先手必勝とばかりに打って出る白野!

 言うまでもなく、白野の狙いは千花宅でのお泊まり会である。千花に対し厳しい父親が、貫徹でコイバナなど許すはずもなく、遅くても0時を回るくらいには就寝と相成るだろう。

 

 最悪、コイバナは許容する。されど、貫徹までは認めない。身を切る思いで捻り出した、白野の唯一打てる妥協案である!

 

「じゃあさ、罰ゲーム終了祝いでお泊まり会をしよう。私の家は養父の知人が来客中でしばらく泊まりらしいから、千花の家はどうかな? どうせだし、かぐやもどう?」

 

 さりげなく、かぐやも誘う白野。かぐやならば、本当に用事でも無い限りは断りはしないだろう。なんだかんだで、千花に甘いところがあるのだ。

 

「そうですね。私もご一緒させてもらえるなら嬉しいです。藤原さんのお家でお泊まり会をするのも賛成で」

 

 かぐやとて、千花に対しただ甘い訳ではない。敢えて誘いに乗る事で、千花の選択肢を狭めていく。そして先に“お泊まり会は千花宅で”という意見に賛同する事で、千花が白野宅、かぐや宅を会場に指定する事を防ぐ!

 

 そうとは知らず、千花は二人が純粋な厚意のみで提案していると信じ、満開に咲き誇る花のように華やかな笑顔へと変わっていく。

 

「いいですね、それ! 明日は金曜日ですし、学校が終わったらそのまま私の家でお泊まり会にしましょう!」

 

 虚ろだった瞳は光を取り戻し、エア友達は何処(いずこ)へやら、千花はキャイキャイとはしゃぎながら白野、かぐやにじゃれついていた。

 

 

 

「女三人寄らば姦しい───か。まさしく、今の光景がそれだな。フッ……」

 

 

 

 仕事に戻っていた白銀ではあったが、実はこっそり様子を見ていた。無事に円満に話が終わり、彼女らのじゃれあう姿を、彼は微笑ましく眺めていたという───。

 

 

 

 本日の勝敗結果───千花の勝ち。

 

 

 




 
小ネタ)

千花の勝ち。逆から読んでもチカノカチ。
勝ちの千花。逆から読んでもカチノチカ。

「だから何です!? ってコトで~、BB~チャンネル~!!」

「はーい! というワケで始まりましたBBチャンネル出張版。え? 無いと思ってた? ぶっぶー! 毎回はしないってだけで、次回はしないとは言ってないのでーす!」

「さて、ここではメタな話題もオールオッケーですので、早速ぶっちゃけていきましょう!」

「今回はセンパイの家族事情について、です♪ この世界でのセンパイは金ぴかさんの養子という設定です。精神のみでの転移に伴い、肉体はこの世界で再構成されたワケですが、召喚主さんの不手際により本来の時間軸とズレて喚ばれてしまったのです。その際、肉体の再構成もそれに合わせて年数が遡ってしまった……というワケですね。召喚主さんたらおまぬけさん♪」

「金ぴかさんがこの世界に居た理由ですが、あの慢心王のコトですので、きっと蔵に溜め込んだ財宝を使ったんでしょう。難易度チートとか反則ですよね~? チートはグレートデビル可愛いBBちゃんの特権だというのに! それはもう、げきおこですよ!o(*`ω´*)o」

「で。センパイには金ぴかさん以外に使用人が数多く仕えています。言わずもがな、サーヴァントの皆さんですね。金ぴかさんの言うように、ここはある種の夢の世界。平行世界のようで、どの世界とも繋がっていないはずの一個の孤立した世界です。ですが、センパイはこの世界と繋がった。繋げられた」

「サーヴァントとマスターはパスで繋がっています。マスターはサーヴァントの過去を夢として垣間見る事もあるそうです。ですので、今回はその逆。そこがセンパイにとって夢の中の世界であるのなら、パスで繋がるマスターの夢にサーヴァントが介入するのも可能でしょう」

「センパイの為だけに次元を超越したタマモさんも居ますし、ムーンセルでは顔芸の学者さんも違う時間軸に並行移動(スライド)を可能としましたので、そこはもうサーヴァントの皆さんの涙あり笑い増し増しの奮闘の末に、センパイの精神が招かれた世界に介入できたのです。無論、現実での時間の流れは止まっているも同然なので、センパイがサーヴァントの皆さんの魂に呼び掛けるというプロセスがキーであり必須でしたが」

「まあ、だからって全員が全員介入したワケではないですけどね? その使用人さんたちの名前と役職に関しましては、また次の機会に、です♪」

「それでは、今回はここまで。また次の放送でお会いしましょう! さよーならー」



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第4話 白銀御行は帰れない

 

 

 ──休日。

 

 それは、学生たちは部活動をしている者を除けば、ほぼ全員が休みを謳歌している。

 友人と遊びに行ったり、家で寛いでいたり、買い物、気分転換、家事手伝い。各々が目的をもって安息日を消化し、疲れを癒し、次の月曜日に向けて英気を養うのである。

 

 だが、何事にも例外とは付き物であり、白銀御行もその一人であった。

 

「労働労働楽しいなっと」

 

 白銀は現在、アルバイトに勤しんでいる。というのも、白銀家は財政的にあまり余裕がなく、生活費の一端も彼のバイト代で賄われていた。

 彼が金に細かい、というかドケチなのも、それが理由の一つである。

 

 ちなみに、朝から新聞配達、それが終われば運送業のアルバイトを夕方まで。そして帰れば夕飯の仕度をし、余った時間は全て勉強に充てられる。

 と言うのも、白銀は自身に一日10時間勉強を課しており、それが破られる事は余程の事でもなければ基本的には有り得ない。

 故に、彼はアルバイトに家事に勉強にと、休日であっても多忙極まるのである。このハードスケジュールは彼にとって珍しくもなく、もはや白銀にとっては当然であり、当たり前にこなすべきルーチンワーク、即ち日常と化していた。

 白銀にとっての休日とは、稼ぎ時に他ならない。平日は学校、生徒会が終わってからバイトのため、働ける時間が短いが、休みの日ならば、その制限も無くなる。絶好の働き日和となるのだ!

 

 ……あらかじめ言っておくが、彼は決して自分を極限まで追い込んで悦ぶ性癖ではないと、彼の名誉のためにも断言しておく。

 

 とまあ、彼は今日も今日とて、休日返上の勢いで労働に精を出していたのである。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 昼も過ぎ、休憩を終える。白銀はまだ車の免許を持っていないので、トラックの助手席に乗り、相方が戻ってくるのを待っていた。

 その間に、本日分の残っている配達先の確認を済ませようとリストを手に取る白銀。リストに書かれた名前を、上から順に見ていく。

 

「えー、あとは残り三件か。田中さんに堂本さん、ん? 横文字……最後のは外国人か?」

 

 午前中にも何件か回ったのだが、それでもなお荷台にはまだ大量の荷物が残っている。その理由として考えられるのは、もしかすると、残った三件のうちの誰か宅に集中して荷物が残っているからかもしれない。

 

 と、白銀がリストに目を通しているところに、ガチャリと扉の開く音が鳴り、運転手が休憩から戻ってきた。

 

「悪い悪い。トイレが思いの外混んでてさ。いやー、休日はどこもかしこも親子連れだったりで、公園なんかはトイレを使うのも一苦労だね」

 

 相方の男が遅れた事に謝罪し、その釈明をする。白銀も、市民公園のトイレを昼食直後に使用したので、彼の言葉に納得していた。

 

「仕方ないですよ。コンビニですらトイレが混んでますからね。休日ってのはそういうもんですよ」

 

「だな。ま、俺たちはそんな休日を返上して働いてるワケだけど」

 

 ですね、と笑い合いながら、二人は次の配達先に向かう準備を整え、トラックは発車する。

 だいたいの地理に関しては、運転手の男も把握してはいるが、どこの家が誰の家かまで認識するなど到底不可能。故に、白銀が住所入りの地図を手に、助手席にて細部に至るまでのサポートをしていた。

 

「白銀くんって学校は秀知院に通ってるんだっけ? あそこってお金持ちが多いんでしょ? 社長の子どもとか、政治家の子どもだったりさ。有名どころだと、四宮グループの娘さんに、総理大臣の孫とか?」

 

「そうですね。他にも外国の王子に、とある筋関係の娘さん、警視庁総監の息子なんかも居ますね。あ、次の交差点右です」

 

「王子にヤクザに警察のトップってか? 何と言うか、流石は秀知院って感じのラインナップだな……」

 

 男は感嘆の息を漏らしながらも、白銀の指示通り右折する。

 彼のその反応は当然である。秀知院に通う生徒のほとんどは、いずれ国を背負うであろう人材ばかり。いわば秀知院学園は優秀な人材の宝庫とでもいうべき学舎なのだ。

 故に、普通に生活していれば、そのような雲の上の存在と関わり合うなど、まず無い。身分制度の廃止された現代社会であっても、秀知院学園とそこに属する者たちは一般人にとって身近なようで遥か遠き存在なのである!

 

「でも、俺は一般人ですけどね。秀知院に入ったのだって、親父が勝手に申し込んで、それがたまたま通ったってだけの話ですから」

 

「ああ、外部入学ってやつ? そりゃそうか。そうでもなきゃ、バイト入れまくったりしないか。ま、白銀くんには助けられてるから、職場の全員がありがたく思ってるよ」

 

 ハハハ、と笑い合う二人。白銀自身、自分が特別な存在だとは思っていない。だから、秀知院の生徒だから、と遠慮されるのではなく、普通に気安く接してもらえる分には居心地が良かったのだ。

 

「えー……そこの角を入って、六軒先が配達先の住所です」

 

「了解。さっさと配達済ませて仕事終わらせるかぁ」

 

 

 

 

 

 特に何事も無く、順調に配達を終わらせていく白銀たち。二軒目を終え、最後の配達先の住所を確認するのだが、そこで白銀はとある違和感を覚える。

 

「……この住所、そこはかとなく覚えがあるような……?」

 

「え? もしかして知り合いの家とか?」

 

「あ、いえ。宛名が外国の方っぽいんで、多分違うと思うんですが……」

 

 白銀にそのような知人は今のところ居ない。もしかすると、生徒会絡みで何かあったかとも考える白銀だったが、やはり思い当たる節はなく、余計な思考を頭の中から追い出す。

 

 どうあれ、次で最後なのだ。早めに終われば、その分だけ時間も余裕が生まれる。すなわち勉強の時間を早めに取れる。そうすれば、寝る時間も僅かではあるが増えるというもの。

 白銀にとってまさしく、時は金なり、なのである。

 

 果たして、余計な思考を排除した白銀は、最後の配達先へとやってきた。

 目に入ってきたのは、豪邸───とまではいかないが、屋敷と呼ぶには十分な大きさと装飾の建物。如何にも金持ちが住んでいそうな家である。

 

「これまた立派なお屋敷だことで……。俺もいつかは、こんな家に住んでみたいもんだねぇ……」

 

 相方の男も、屋敷を前にして感嘆の一言。純粋な憧れの目で、屋敷に見惚れていた。

 だが、それも仕方ない事。庭の隅々に至るまでに行き届いた手入れだけで、この屋敷の質の高さが伺えるというもの。

 となると、住んでいるのはどんな人物なのかと気になってくるのだが、車から降りた彼らに背後から掛かる声があった。

 

「配達ご苦労様です……って、会長!?」

 

「え、岸波? あ、そうだ思い出した! 覚えがあると思ったら、年賀状を出した時に書いた住所だ! あれ、でも宛名は『バートリー』だったはず……?」

 

 ちょうど帰宅してきたらしい制服姿の岸波白野に、白銀は戸惑いを隠せない。白野の家の事はもちろん白銀とて聞き及んでいる。世界一と言っても過言ではない大富豪の家の養女、それが岸波白野であると彼は認識していた。

 故に、屋敷に彼女が住んでいるだろう事自体には違和感も無ければ、不自然さも皆無。

 

 しかし、宛名と住人の名前の不一致は、一体如何なる理由なのか。それだけが腑に落ちない白銀だったのだが、そこである事を思い出す。

 

(そういえば、圭ちゃんが言ってたな。岸波の家は多国籍状態だって)

 

 たまに白野宅にお邪魔する間柄である白銀妹。その妹から聞いた話では、白野の屋敷で雇われている使用人は外国人がほとんどであるとか。

 もしかしたら、宛名の人物もその内の一人ではないか、と推測する白銀。

 

 そして、その推測は、白野の口から当たらずも遠からずであると判明する!

 

「あー、それってウチの居候のコトだね。我が家は使用人の他に何人か居候が住んでるの。その内の一人の荷物だと思うよ?」

 

 なるほど、と白野の説明に納得する白銀。白野はと言えば、荷物が『バートリー』宛に届いたと分かるや、「またか」という顔で項垂れていた。

 

「岸波は部活の帰りか?」

 

「うん、そう。今日の部活は午前だけだったから、お昼を済ませて帰ってきたところ。会長は……バイトかな?」

 

 だから彼女は休日なのに制服で外出していたのである。休日だろうと、学校には制服で。歴史ある秀知院の、それも生徒会の人間たるもの、生徒たちの模範となる振る舞いをするべきなのである。

 

「今日届いたって事は、今日は居るのかも。荷物の受取人を呼んでくるから、ちょっと待ってて」

 

 そう言って、白野は白銀と隣の相方に軽く一礼して、屋敷の中へと消えていく。

 白野が屋敷へ入ってすぐに、知らぬ間に停止していた相方の男は、再起動すると白銀へと詰め寄った。

 

「な、なあ! 今の女の子って白銀くんの同級生なのか!? なんだアレ!? 今時の女子高生ってあんなにレベル高いの!?」

 

 興奮を隠そうともせず、男は唾を飛ばす勢いで捲し立てる。流石の白銀も、彼の様子に若干引き気味である。

 

「秀知院いいなぁ! あんな美少女とお近づきになれるなんて、羨ましい限りだよ!」

 

「……良い事ばかりでもないですけどね」

 

「え? なんて?」

 

「何でもないですよ。それより、荷物を下ろす準備しときましょう」

 

 白銀は零れた本音を隠すように、相方の男を誤魔化しトラックの荷台へと向かう。秀知院学園の持つ、あまり褒められるべきではない側面を、わざわざ外部に漏らす必要はない。

 秀知院に在籍する全ての人間が、それに当てはまる訳でもないのだから。

 

 

 

「呼ばれたから参上したわ、アタシ! さーて、アタシの荷物はどこかしら?」

 

 

 白銀たちが荷下ろしの準備をしていると、白野が呼んできたであろう荷物の受取人らしき女の声が聞こえてくる。

 その声を聞いた白銀の第一印象は、無垢なる乙女のような可憐さを持ちながら、妖しき女の艶やかさも含んでいて、なのに若さに溢れる少女のような幼さをも感じさせる───様々な矛盾を内包したかのような少女の声。

 しかし、それ以上に白銀はその少女の声に、何故か奇妙な感覚を覚えていた。

 

(どこかで聞いた事があるような……?)

 

 配達先の宛名に心当たりはなかった。だというのに、何故自分はその声を知っているような気がしているのか?

 白銀は疑問に思いながらも、それを解消する間もなく声のする方へと相方の男と共に向かう。

 

 トラックの前に立っていたのは、一人の少女。赤みの掛かった長い髪、下着が見えそうな程にやたらと短いスカート、露出度高めのニットに身を包み、そして何より目を引くのは側頭部から飛び出た(ツノ)らしきモノ。

 異様な姿ではあるが、やはりなんとなく白銀は彼女に見覚えがあった。

 

「え……、あーーー?!!」

 

 と、白銀が少女について思い出そうとする横で、唐突に相方の男がすっとんきょうな叫びを上げる。

 真横に居た白銀はたまらず両手で耳を塞ぎ、何事かと混乱するが、それは男も同じで、少女を指差しながらワナワナと震える手で、パクパクと口を開いては閉じてを繰り返していた。

 どうにも、あまりの衝撃に言葉が出ないらしく、なんとか捻り出した声は、やはり気が動転したものとなっている。

 

「エ、()()()()()……!? あの……!? なんで?!」

 

 まるで、有り得ないものでも見たかのような男の反応。白銀はそれを訝しく思う。自分だけでなく、彼もまた彼女について知っていた。それも、この様子では、何なら自分なんかよりもよっぽど詳しく。

 

 少女は男の驚きぶりに気を良くしたのか、嬉しそうに、そして自信に満ち満ちた笑顔で、勝ち誇ったように高笑いする。

 

「アッハハハ!! やっぱり人気者って辛いわね! いや、全然辛くないんだけど! アタシの知名度もかなり広まったみたいだし、このまま頂点もゲットしちゃったり?」

 

「はいはい。分かったから調子に乗らないの。浮かれてると、足元掬われるよ?」

 

 再び外に出てきた白野が、少女の脳天にチョップを落とす。それなりに威力があったのか、少女は「ンギャ!?」と小さく悲鳴を上げ、頭を抱えてその場にしゃがみこむ。

 

「ゴメン、うちの居候が騒がしくて。ほら、エリザ。早く荷物を受けとるよ?」

 

「痛いじゃない子リス!? アタシってば頭痛持ちなのに、脳天チョップはヒドくない!?」

 

 エリザと呼ばれた少女はすぐに復活したので、チョップに威力はあれど重みは無かったようである。

 白銀は配達証明書にサインをもらい、早速荷物を下ろしに掛かる……のだが、やはりエリザという少女について疑問が残り、働きながら相方の男に聞いてみる事にした。

 

「さっきの子って、もしかして有名人だったりします?」

 

「え? なに、白銀くん知らないの!? 一昨年突如として現れ、瞬く間に多くの人気を獲得した二人組アイドルユニット、『Red Think』のエリザこと“エリちゃん”だよ!」

 

「レッド……シンク……、あ」

 

 そこまで聞いてようやく、白銀はあの少女について思い出した。たまに見る程度のテレビで、雑誌で、妹が好んで聞いている楽曲で。その顔を、声を。白銀は見た事、聞いた事があったのだ。

 

(確か……『ドラゴン系アイドル』としてデビューして、あっという間に売れっ子になったんだったか?)

 

 そこでようやく「なるほど」と白銀は心の中で納得の声を上げる。あのツノは、そういう路線だからこそのものなのだ。

 ただ、仕事ではないオフの日までツノを付けたままなのは、些か奇異であるというか、仕事熱心と感心すべきというか。その点だけは、白銀は微妙に腑に落ちないのであった。

 

 

 

 荷物の搬入も終え、後は帰るだけとなった頃。別れの挨拶をしようと白野とエリザを玄関口で待つ白銀。

 待っている間、妙に相方が落ち着かないのが気になる白銀であったが、しばらく待ってもなかなか白野たちは現れない。もう大きな声で礼だけ済ませて帰ろうかと思ったその時。

 

「まだ居るわよね!? まだ居るに決まってるわ! まだ居るならちょっといいかしら!?」

 

 少し息を荒げてエリザが玄関まで走ってきた。何やら白銀たちに用事があるらしく、全力疾走もかくやという勢いに床がかなり軋んだ音を上げていた。

 

「何か不備がありましたか?」

 

「そうじゃないわ。あなたたちに用があるの。ちょっとついて来てくれるかしら?」

 

「はぁ……。ところで岸波は?」

 

 白銀は近くを確認してみるが、エリザの他には誰も居ない。そう、()()。不自然なまでに人の気配がないのだ。

 白銀が妹から伝え聞く話では、白野の住む屋敷には使用人も多く住んでいるそうなのだが、荷物の搬入の際も誰一人としてすれ違う事もなく、それどころか影すらも見えなかった。

 

 仕事中は特に何も思わなかったが、こうして落ち着いて改めて見れば、それは明らかに異様。大きな屋敷が、エリザや白野を除いてほぼ無人に近い状態というのは、普通とは言えないだろう。

 

 だが、エリザはそんな事など微塵も気にする様子はなく、白銀の問いに答える。

 

「子リス? 子リスなら、今は特性防音ルームで寝てるわよ。アタシの歌声にうっとりしちゃったのね!」

 

「……寝た?」

 

 先程まで眠そうな様子など、一切なかったのにも関わらず、白野は眠ってしまったという。それに、エリザはいくつかの気になる事を口走っていた。

 

(防音、歌声、寝た……。岸波はこの子の歌を聞いて眠ったのか? なら、俺たちに用事って、歌を聞いてくれって事か? ───ていうか、そもそも子リスって何!?)

 

 疑問は尽きない。だが、待ってくれるかどうかはエリザにとって無関係。

 

「そんな事よりも! 用事よ用事! 頼んだ荷物のチェックがてら歌を聞いていかない? というか、聞いていきなさい!」

 

 案の定とでも言うべきか。白銀の推測通り、彼女の用事とは見事に推測通り。まさしく的中であった。

 

 さて、ここで誘いに乗るべきか。白銀としては仕事が早く済んだ分、早く帰って勉強に時間を回したいところではあるが、せっかくの申し出だ。お誘いを受けても良いか……と白銀は考えていたのだが。

 

「エリちゃんのナマ歌!? モチロン! 聞いていきます! いや、お聞かせくださいぃ!!」

 

 相方がかなりの乗り気で、歓喜の涙を流しながら先に承諾してしまっていた。この流れでは、白銀だけが断るというのは厳しいだろう。

 そもそも運転手は相方の男なので、彼が残る以上、白銀は歩いて戻らねばならない。もはや残る以外に選択肢はないのである。

 

「決まりね! それじゃ、案内するから付いて来なさい?」

 

 意気揚々に屋敷内への案内を始めるエリザ。彼女の後ろを、街灯に集まってくる虫の如く追いかける相方の男。そしてその後ろを歩く白銀。

 白銀は前を歩く二人の姿を見失わないように気を付けつつも、屋敷の観察もしていた。広いが手入れは隅々まで行き届いており、目につく範囲では埃一つない。屋敷に有りがちな調度品などもここにはあまり多くないが、そこは白野の方針というか意向なのだろう。

 だが、やはりこうして見て回っても誰も見かけない。この人気の無さは、不思議を通り越して不気味ですらある。

 

 しばらく続いた鼻唄混じりのエリザの誘導の下、ようやく目的地へと到着する。場所は岸波邸宅の地下二階。防音というだけあって、音の伝わり難い地下にその部屋は用意されているのだ。

 

「さあ、ここよ!」

 

 開け放たれた扉、その先はレコーディングルームのようになっており、またはカラオケボックスのようでもあった。

 

「荷物はほとんどアタシの部屋に運んでもらったけど、新品のマイクの試用はここじゃないと許してくれないのよね。というワケで、早速おニューのマイクの御披露目よ!! アタシの歌を聞いていきなさい!!」

 

 人気最高潮のアイドルが、目の前でナマ歌を披露してくれるVIP待遇に、期待で胸が弾まない訳がない。相方の男は無論のこと、白銀とてそれは同じ。

 超人気アイドルの歌を直に聞いたなど、後で自慢できるネタとしては最高レベルのものだろう。実際、

 

(ヤッベ! 帰ったら圭ちゃんに自慢しよ!)

 

 などと白銀も思っていた。

 そう───()()()()()()

 

「じゃ、まずは肩慣らしから。『愛のドラドラドラぶ♪』!」

 

 エリザが息を大きく吸い込む。いざ、歌が始まらんとした瞬間、白銀はふと思い出す。「あれ、岸波は?」……と。

 

 

 

ぼえぇぇぇぇぇぇ~~~~~(愛は挨拶から生まれるの♪)!!!!」

 

 

 

「…………ッ?!!」

 

 

 

 予想を遥かに越える歌声───否。予想を遥かに裏切る音程の外れ具合に、たまらず耳を両手で塞ぐ白銀。

 苦悶に顔を歪めながら横を見れば、相方の男は白目を剥いて立ったまま気絶していた。口からは泡が吹き出ている。

 

ぼえぼえぇぇぇぇぇぇ(あいあいあいあい愛しテイルわ♪)!!!!!!」

 

 エリザは完全に自分の世界に入ってしまっており、途中で歌が止まる気配は欠片もない。更に、ここが地下で防音も施されているため、地上にはこの地獄が伝わるはずもなく。

 まず屋敷に人が居ないので、助けを期待できようもない。

 

ぼえぇぇぇぼえぇぇぇぇぇぇ(角から尾の先まで愛で満たしてほしいの♪)!!!!!!!!」

 

(ぬぅおおぉぉ……!! まるで悪魔の叫び声を聞いているかのようだ……ッ!! あれは、岸波!?)

 

 全力で耳を塞ぐ白銀の視界の端に、横たわる白野の姿が映る。彼女もまた、相方の男と同様に、白目を剥いておよそ女性がしてはいけない顔で気を失っていたのである!

 

 

 エリザの「子リスは寝た」発言はある意味で正しい。より正確に言い表すなら、白野は彼女の歌声で卒倒した、というべきか。

 

 気付くべきだったのだ。白野が歌を聞いていて眠ってしまった、などとエリザが答えた時に。

 

(アイドルなんだよな!? 本当にアイドルなんだよな!? え、コレでなんでCDとか出してんの!? テレビも出てるんだろ!? こんなん放送して大丈夫なのか!!?)

 

 今すぐにでも白銀は逃げ出したかったが、倒れた二人を置いて逃げる事など彼にできようか。ここで一人逃げ出そうものなら、男が廃るというもの。

 故に! 白銀はこの責め苦を必ず生き抜き、二人を助けだしてみせると誓う!

 

「………ふぅ。まずは一曲歌い切ったわ! あら?」

 

 歌い終えたエリザが、倒れた男の状態に気付く。これで終わってくれるならば───

 

「オーディエンスも満足してるみたいね! 感激のあまり気絶しちゃうなんて! まだ起きてるファンも居ることだし、次の曲に行くわよ!!」

 

(えーーーー!!??)

 

 終わるはずもなく、地獄はまだまだ底が見える気配はない。いや、地獄はまだ始まったばかりなのだ。

 

 

「お次はヒットナンバーよ! 『恋はドラクル』!!」

 

 

 

 それから、白銀が解放されたのは、2時間後の事だった。

 

 

 

 ───本日の勝敗結果。

 

 白銀の敗北。(結局、途中でダウンしたため)

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の顛末を語るなら、何故、使用人たちは屋敷に居なかったのか。そこから解き明かすべきだろう。

 白野の住む屋敷には、使用人の他に何人かの居候が住んでいる。エリザはその一人であり、売れっ子アイドルである彼女は仕事の関係で屋敷に居る事が少なく、ロケ地近辺のホテルに宿泊することも間々ある。

 

 そんな彼女が、久々のオフに朝からずっと屋敷に居た。そして、白野や白銀たちが被害に遭ったように、エリザは歌を誰かに聞かせたがる性格をしている。

 アイドルなのだから当然と言えば当然だ。だが、エリザにはアイドルとして致命的な欠点があった。

 

 それこそが、超絶音痴である。

 

 音痴、というには語弊があるかもしれない。彼女の歌声自体は絶世のものだ。それは、とある原初の王が保証している。ただ、音程の取り方に問題があった。

 彼女が仕事以外で歌う時、それはたいてい自己満足によるものだ。自己満足、つまり自分の為だけに歌っている。好き勝手に音程も取らずに。

 

 加えて、彼女は声量も大きい。大きな声量、外れすぎた音程、それらが合わさって、ヘルズミュージック足らしめていたのである。

 

 これらを踏まえた上で考えてみてほしい。何故、使用人たちは屋敷に居なかったのか。

 

 答えは、“エリザによるライブから逃れるため”である。

 

 悲しいかな、白野は午後には帰るつもりだったので、携帯を充電したまま部活に向かい、エリザは白野とすれ違いで屋敷に帰ってきていた。故に、白野はエリザ帰宅を知る術もなく、使用人たちは携帯が充電されたまま置き去りになっている事も気付かず、エリザだけを残して屋敷から避難したが故に起きてしまった悲しい事件……というのが真相だ。

 

 

 後日、白銀は白野にエリザの事について尋ねてみた。何故、あの音痴さでアイドルとしてやっていけているのか、と。

 

「それはね、エリザは自分の為だけに歌うと下手くそだけど、誰かの為に歌う時だけはすごく上手になるんだよ」

 

 至極単純。エリザは仕事として歌う時は、白野の為を思って歌うように、とあるプロデューサーから調教、もとい訓練を施されたのである。

 

 そのプロデューサー、そしてアイドルユニット『Red think』のもう一人が、後にまたも白銀の頭を悩ませるのだが、それはまた別の機会に……。

 

 

 

 

 

 

 




 
「お馴染みBBチャンネルのお時間です♪」

「実はセンパイの外出時には、毎回護衛としてアサシンさんが影から見守っています」

「今回もアサシンさんは護衛していましたが、センパイの帰宅を見届けて、彼はそのまま昼食に向かってしまったのです」

「アサシンさんも、センパイが携帯を置いていった事は知らないので、普通に家に帰ったセンパイに何の疑問も持たずに、昼食に行ってしまったワケですね」

「というワケで、起きてしまった悲しい事件なのでした~。というか、何でこのコーナーで真面目に補足してるんです、わたし?」

「というコトで、ここで無関係な話題を一つ。インドパナイですね? カルナさんもでしたが、どうしてインド系の神霊や英霊って常識外れなんですかねぇ? 私も大概バグってますけど、違う方向で振り切ってるというかぁ……」

「それでは無駄話はこの辺で。次回もお会いしましょう! 嫌って言っても無視しちゃうのが私、ですからね?」



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第5.0話 岸波白野は釣り上げたい

 

 

 果たして、地獄のライブは終演し、もはや死に体、ヘロヘロになりながらも白銀と相方の男が帰った後。

 エリザはひとしきり歌って満足したのか、届いた荷物の整理のために部屋へと戻った。一応の気遣いもあったらしく、エリザによって自分の部屋まで運ばれたらしい白野は、ベッドの上で目が覚めた。

 

「うぅ……まだ頭がガンガンする」

 

 痛む頭を押さえつつ、白野は起き上がり、制服から部屋着へと着替え始める。部活から帰ってそのままエリザのライブに連行され、着替える暇が無かったので、今になってようやく着替えられたのだ。

 

 一体どれだけ気絶していたのか。昼過ぎに帰ってきたはずなのだが、気付けばもう日も暮れ始めている。およそ5時間ほどは気を失っていたようだ。

 

「我ながら迂闊だったな……。携帯置いていったのが(あだ)となったか」

 

 着替え終え、充電したまま部屋に置いていった携帯を手に取ると、使用人ほぼ全員から『エリザ帰還、待避せよ』といった具合の危険勧告のメッセージが何件も入っていた。これさえ知っていれば、昼に帰ってくる事もなかったのに……などと嘆いていると、扉をノックする音が鳴る。

 

『ご在室ですか、マスター?』

 

 若い男の声が扉の向こうから聞こえてくる。物腰柔らかではあるが、全てを射ぬくが如く鋭さも内包したその声の持ち主は、当然ながら白野の使用人の一人のもの。

 

「居るよ。どうかした、アルジュナ?」

 

『あと少しで夕食の時間ですので、よろしければ食卓までお越しを』

 

「分かった。伝えてくれてありがとう。もう少しで行くね」

 

 白野の返事に了承して、彼はその場を離れていく。

 

 アルジュナ───インド神話に名高き大英雄の名を冠した彼は、まさしくその大英雄と同一人物なのだが、それはこの際関係ない。ここで重要なのは、彼という一個人の人間性、キャラクター性である。そして、それは彼に限った話ではない。

 命を賭して戦うような展開も、死に溢れるような血生臭い結末も、この世界においては有り得ない事象であると白野は認識している。故に、英雄だとか、戦士であるとか、そういった事は些末な事でしかないのだ。

 

 アルジュナが下がってから数分程して、白野は友人から来ていたメッセージへの返信を出し終えたので部屋を出る。

 白野が昼間に帰ってきた時は、屋敷はエリザを除けばもぬけの殻だったが、ようやくの平穏さを取り戻しとばかりに、いつものように使用人たちが働く姿が目に映る。

 ただし、エリザから逃れていたために、現在に至るまでの仕事が滞ってしまっていたのだから、全員が慌ただしく動き回っている。中には、

 

「ひーん! 忙しすぎて全然手が回らないよー!! もう休みたい~! お腹すいたー!! それもこれも全部エリザベートのせいだー! ドラゴン娘のバカヤロー!!」

 

「口を動かす余裕があるなら、その余力を仕事に回して下さいません? まだまだ掃除する所は残ってるんですから。(わたくし)だって早く仕事を片付けて、ご主人様と優雅なディナータイムを過ごしたいんですからね!? あと、あなたの声エリザベートさんに似てるので、あまり叫ばないでくださいます?」

 

「そうは言うがな、キャスター。ライダーとて、空腹ならば万全の力は出せないものだ。日本の僧侶は時に修行として断食を敢行する事もあるとジナコが言っていた。そしてジナコはそれを自分ならまず不可能な苦行であると。空腹とはそれほどに辛く過酷な状態を指すと言えるだろう。だが、我々サーヴァントがそれに該当するのかは微妙ではあるがな」

 

 仕事に追われ泣き言を漏らす者も居れば、それを窘める者、そして庇う者も居た。エリザただ一人がもたらした破壊の(ライブ)は、白野を襲ったのみならず、それから逃れようとした者たちの時間をさえも奪い去ったと言えよう。

 もはや災害、いや。むしろテロじみた一種の人災である。

 

 声をかけて仕事の邪魔になるのも悪いので、白野は心の中で合掌するに留め、食堂へと向けて再度歩き出す。

 

 食堂、と言ったが、何故屋敷で食堂なのか。普通、金持ちの家の食事風景と言えば十数人以上は席に着けるだろう長いテーブルに、家の主人とその家族といった具合のたかが数人が掛けている程度。

 それを白野は、寂しい食事風景だと感じた。食事は気心の知れた者たちで共に卓を囲んでこそ。

 白野は家族を知らない。いや、血の繋がった家族など存在しない。家族の暖かさを感じた事などない。だが、自分を家族のように慕ってくれる者たちなら、白野にだって居る。

 

 だから、この屋敷では食堂という形式を採用した。学校のような、注文したら料理が出てくるようなものではないが、これならば否が応でも和気藹々と食事を摂るしかないだろう。

 孤独に食事を摂るのは良くない。食事というのは、何も栄養を摂取するためだけの行為ではない。誰かと共に食事をするというのは、心の栄養にもなる。

 食事とは、心身共に栄養を摂ってこそなのだ。

 

(そう。どんなに美味しい料理だとしても、一人寂しくご飯を食べるなんて私は嫌だ。せっかくなら、皆と食べたいと思うのは、何もおかしな事じゃないはずだ)

 

 果たして、何に対する言い訳だったのか。別に言葉には出していないが、心の中でとは言え、白野は何故か自問自答しなければならないような気がしたからした、それだけの事である。

 

 

 

 

 

 

 

 ───食堂。

 

「おっ。マスターじゃねえか。ようやっとお目覚めかい?」

 

「あ。アニキちっす。おかげさまで、さっき起きました」

 

「なんだよアニキって……。ま、無事で何よりなこった」

 

 食堂には、既に先客が居た。

 さっぱり気質、自由奔放、面倒見の良い兄貴こと、名を『クー・フーリン』。

 彼は岸波家の正式な使用人という訳ではない。一応ここに住んではいるが、どうにも一ヵ所に留まるのを好まぬようで、様々な店でアルバイトをして生計を立てているらしい。

 たまに屋敷で臨時の使用人として働く事もあるが、基本的には自由人なので、こうして顔を合わせる事も珍しいのである。

 

 ちなみに、クー・フーリンはその面倒見の良さとさっぱりした性格から、よく“アニキ”と呼ばれ親しまれているが、そのアニキにも最近は種類が増えているらしく、原典である槍ニキ、キャスニキ、プロトニキ、バサニキ……などなど。

 まるで需要と供給の関係のように、アニキは世間が求める声に応じて増え続けるのだ───、

 

「いやいやいや。んなポコポコ増えねぇよ。エリザベートじゃあるまいし。そういうのは派生筆頭の騎士王にでも任せとけっての」

 

「? 何の話?」

 

「何でもねえよ。こっちの話だこっちの話。にしても、飯時だってのに、今日は人数が少ないねぇ。あのドラゴン娘が原因だってのは分かるんだけどよ」

 

 彼の言葉に、白野も席に着きながら周囲に目を向ける。確かに白野とクー・フーリン、厨房に居るメンバー以外はまだ仕事に追われているようで、白野を呼びにきたアルジュナも不在だった。

 

「まあ、朝から屋敷内全ての業務が滞っていたからな。今日だけは特別に仕事は休み……なんて特例を認めてしまえば、それが今後も(まか)り通る恐れがあるのでね。時間は押しているが、せめて通常業務だけでも終わらせるようにしてもらっている」

 

 と、厨房から肌の浅黒い男が顔を覗かせる。厨房全てを一人で管理する責任者であり、岸波家の食事事情を一手に引き受ける男。

 白野が使用人たちの中でも特に信頼している存在だが、何故そこまで信頼しているのかは白野自身よく理解していないのであるが。

 

「アーチャー」

 

「かくいう私も、こうして全員分の夕食の支度に追われている。普段なら昼食後に夕食の下準備は済ませて、この時間には夕食は軽く手を加えるだけ。今頃は明日の仕込み作業に入っているはずなのだがね。まったく、エリザ嬢には困ったものだ」

 

 シェフ姿が妙に似合う男───アーチャーが、料理の載った皿を手に厨房から食堂へと来ながら、ここには居ないエリザへの苦言を呈する。

 

 アーチャーという名称は、決して彼の名前ではない。それは単なるクラス名、ある意味で記号とも言える。とある事情から名前の無い彼ではあるが、白野にとっては彼は『アーチャー』なのだ。もはやそれが彼の名前かのように、白野の内で定着していた。

 ただ、社会的には名前が無いのは困るので、一応の名義は用意してあるから問題はない。

 

 アーチャーがクー・フーリンと白野の前に皿を置く。どうやら本日の夕食はチャーハンのようで、芳ばしい香りに両者の顔は笑顔に変わる。

 

「待ってました! テメェはいちいち気に食わねえ野郎だが、飯を作る腕前だけは一流だからな。旨いモンに罪はねえってヤツだ」

 

「美味しそう。いただきます」

 

「召し上がれ。そしてクー・フーリン。今の発言は単純に褒め言葉として受け取っておくが、減らず口が多いようなら今後も食事にありつけるとは思わない事だ」

 

 クー・フーリンに軽く牽制してアーチャーは厨房へと戻っていこうとする。言われたクー・フーリンはと言えば、特に気にするでもなく既に夕食に手を出し始めていた。

 

「それじゃ私も。……そういえば、アーチャーが料理を直接持ってくるのは珍しいような?」

 

 いつもなら、ウェイター係も居るのだが、白野が食堂で見かけたのはクー・フーリンとアーチャーのみ。もしかしたら厨房のスタッフも何人かは助っ人に出ているのかもしれない。

 そんな白野の疑問は当たっていたようで、アーチャーは振り返ると、疲れたように答えを口にした。

 

「ジャンヌは騎士王殿のお守りに派遣した。アルテラはそのジャンヌの監督役で同行している。今日に限っては忙しいこの時間に、もし彼女に来られてしまえば厨房(ここ)は一瞬で戦場と化すだろう。なので、申し訳ないが今日は騎士王には外食してもらった。無論、私のポケットマネーでね」

 

 一体いくらお金を出したのだろう。普段から哀愁漂わせている男は、いつにもまして、その気配を色濃くさせて遠くを見ていた。

 結構な額を渡されて困惑しただろうジャンヌ、アルテラの顔も容易に想像できる。事実、白野の脳内では、ジャンヌが申し訳なさそうに引き笑いしてお金を受け取って、アルテラはアーチャーに合掌していた。

 

「アルトリアもだけど、ジャンヌもよく食べるもんね。大人二人と子ども一人分でいくら渡したの?」

 

「………10だ」

 

「十万!? 一度の飯にどんだけ掛かるんだ、あの女ども……」

 

「おかげさまで、今月分の副収入はほとんど消えたとだけ言っておく」

 

 渡した額に食べていたチャーハンを吹き出す二人。流石にアーチャーに同情を禁じ得ない。今度から、緊急時手当てを出すようにギルガメッシュに打診しようと誓う白野だった。

 

 

 

 

 

 白野が夕食を半分まで食べ進めた頃、ようやく急ぎ仕事を終わらせた使用人たちが、疲れた顔をしながらぞろぞろと食堂に現れ始める。

 

「疲れたー! やっとご飯が食べられるよ~。アーチャー、今日の夕飯なに~?」

 

「チャーハンだ」

 

「えー。精一杯働いた後にそれだけだと、なんか物足りないよー!!」

 

 先程、白野が食堂に向かう途中で叱られていた美少女───ならぬ美少年、アストルフォが頬を膨らませてぶーぶー文句を言っている。

 白野にはちょうど良い量なのだが、よく食べる者たちには足りないらしく、アストルフォ以外も声には出さないが、黙々と頷いて賛同の意を示していた。

 

「不服であるのなら、足りない分は自分たちで調達したまえ。君たちだけではなく、私とて今日は忙しいのでね。人数分を用意するだけで手一杯だ。……こういう時に人手不足で困るとなると、外部からシェフを雇うべきか? そうだ、玉藻の前。疲れているところ悪いが、給仕の手伝いを頼む。あいにくとジャンヌは外に出ていてね」

 

「仕方ないですねぇ。どうせあれでしょう? 腹ペコ王様のお守りに出していると見ました。それにご主人様に良妻アピールできますし、お手伝いいたしましょうか」

 

 文句は受け付けないとばかりに、アーチャーはさっさと厨房へ引っ込む。戻る際に、和風な給仕服に身を包んだ狐耳の女性───玉藻の前に手伝いを依頼し、彼女はそれを承諾した。

 

 玉藻の前。白野の良妻を自称する彼女は、実は以前の宝探しの際に既に登場していたりする。

 そう、秀知院に潜入した三人のうちの一人。唯一、校内に変装して忍び込んだのが彼女なのだが、その変装というのが色々とアウトだったために後日、頭痛持ちでもないのに白野は頭が痛くなったのだった。

 

(せめて教師に変装してよ!? なんで学生服なんか着て生徒に変装しちゃったの!? それもギャル系! しかも変に似合ってたのが怖い!)

 

 ……というのが、帰ってからそれを目にした白野の感想である。妙齢の女性が女子高生のコスプレをしているようにしか見えず、いわゆる“そういう系”のビデオを彷彿とさせるのだ。

 

 と、話が脱線したので戻すが、使用人たちは各々が運ばれてくるチャーハンを順次食べ始める。文句を言っていたアストルフォも、味には不満一つ無いようで、とてもいい笑顔で食べていた。

 

「はー食った食った! 確かに、ちと物足りないが味は満足だ!」

 

 先に食べ始めていたクー・フーリンが食べ終える。同じタイミングで食事を始めた白野は、まだ少し残っていたのだが、そんな事はお構い無しに彼は話しかける。

 

「そういや嬢ちゃん。学校はどうなんだ? ほれ、手の掛かる坊主と娘っ子が居るんだろ?」

 

「手が掛かるって言っても、恋愛方面でだけどね。かぐやは天性の秀才で、会長は努力型の天才だし、私なんかより頭良いのに世話の焼けるというか何というか……」

 

 白野は学友の顔を思い浮かべては溜め息を吐く。最近の悩みの種でもある、かぐやと白銀の二人の恋の行方。本来なら他人がどうこう口出しや手出しするべきではないだろう。

 だが、それでも二人の態度は非常に白野をやきもきさせるのだ。気になって気になって仕方がなく、あまりの進展の無さのままに半年間を無為に過ごしたのだから、ことここに至っては、お人好しの白野としては見過ごせなかったのである!

 

 白野が疲れたように息を漏らすので、クー・フーリンもまだ話題の二人の恋愛話が面白いところまで進んでいないのだと察したらしく、日頃の苦労を(いたわ)るように白野の頭をくしゃくしゃと撫で回す。

 

「ちょっと、髪が乱れる!」

 

「あん? んだよ。せっかく(ねぎら)ってやってんのによ。それに今日はもう外に出ねぇんだろ? なら髪が乱れようと構いやしねえって!」

 

 槍ニキは男らしくさっぱり気質な分、ナイーブ(?)な女心はなかなかに察しづらいのである。

 

「そういや、エリザベートは帰ってきてるってのに、相方の皇帝様はまだなんだな。外に用事でもあったか?」

 

「うん。ライン来てた。今日はアイドル友達と遊んでくるって。夜には帰ってくるらしいけど」

 

「アイドルねぇ……。竜の嬢ちゃんを見てて、いつも思ってたんだが、何がそんなに楽しいのかねぇ? 趣味の範疇を越えてんじゃねえか。趣味にやるならやっぱ釣りだな、うん。なーんも考えずに、ただ魚が引っ掛かるのを待つだけでいいし、何より気楽に楽しめるってもんよ。なんなら、マスターも一釣りどうかね?」

 

「うーん……生徒会に部活もあるし、あまり暇が取れないからなぁ。また今度、時間がある時にね。そうだ。どうせだしアーチャーも誘おうか」

 

 白野が他に誘うメンバーにアーチャーの名前を挙げた瞬間、彼は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「アーチャーか……。野郎、投影だか何だか知らねぇけどよ、新しい竿を金も払わずにバンバン取り出しやがるからな。あんなん反則だ反則! ま、いざやるとなったらオレが勝ってやるさ」

 

 アーチャーとクー・フーリン。ここでは詳しく説明しないが、何かと因縁のある二人は、趣味ですらかち合っていたらしい。

 

「釣り、かぁ……。ふむ、それも有りかも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───休み明けの月曜日。その放課後。

 

 

 

「釣り大会をしよう」

 

 

 

 生徒会の仕事が一段落し、全員でお茶をしている時に急に白野が口を開き、そんな提案をした。

 

 もちろん、いきなりで、しかも何の脈絡もなくの発言に、かぐやは怪訝そうに、千花はぽけーっとした顔で、白銀は普段よりも一層眼光を鋭くさせて、それぞれが白野へと視線を送る。

 

「釣り大会、ですか。また唐突にどうしましたか岸波さん?」

 

「いや、今度の休みに釣りでもどうだって知人に誘われてさ。どうせなら誰か誘おうと思って。で、更にどうせなら生徒会主催の釣り大会でもしてみたらどうかと」

 

「おおー! 面白そうですね~! 私もやってみたいです!」

 

 かぐやは微妙そうにしているが、千花は興味津々といった具合に、身を乗り出して挙手している。そして白銀はと言えば……、

 

「へ、へぇ~。釣りな、釣り。うん、釣りってイイヨネ」

 

 平静さを装ってはいるが、声が僅かに上ずっていた。

 

(釣りって魚を釣るアレだよな!? えっ、ちょっと待って。俺、魚とか触るの無理なんだけど!?)

 

 何でもできる、何でも得意なオールマイティー人間に見られがちな白銀ではあるが、彼とて人間。苦手なものの一つや二つや三つは有って当然なのだ。

 そして、調理されていない素材そのままの魚が、白銀にとって苦手なものの一つだったのだ!

 

 だがしかし!

 

 今まで築き上げてきた秀知院での白銀のイメージを、ここで簡単に崩す訳にはいかない。由緒ある秀知院の生徒会会長としての威厳を守るため、そして何より気になる異性であるかぐやに弱味を見せる事だけは絶対に阻止すべき!

 ここは白銀にとっての正念場。なんとかこの危機を回避する必要が───

 

「せっかくだから、釣った魚はその場で調理して食べませんか? 私、釣りたての魚でお刺身とか食べたいです!」

 

「それいいかも。キャッチ&リリースもいいけど、やっぱり新鮮なうちに食べるのも釣りの醍醐味だしね。調理人兼インストラクターができそうな人がうちの使用人にいるから、そうしようか」

 

「やったー! タダで美味しいものが食べられますね!」

 

「いいな釣りとてもいい。魚ってのは栄養も豊富だからな。新鮮なうちに食えばDHAもより多く摂取できそうだし、種類にもよるが何より旨い。学校行事としてもネイチャー方面で良い体験会にもなるしな。よしやろうすぐやろう……と言いたいところだが、確か再来週の水曜日は校舎の点検だとかで午前授業だけだったか。ならその日の午後からで予定を組むか。では四宮と岸波庶務は各所への伝達をよろしく頼む。藤原書記は貼り紙の製作を学内広報と組んで行ってくれ。大至急でな。石上会計には必要経費を割り出してもらうとして、俺は校長に掛け合うとするか。なに、心配はいらん。是が非でも開催してやるとも」

 

 発案者の白野ですら引く勢いで、白銀は釣り大会に大賛成していた。先日のエリザによる多大なダメージもどこへやら、無垢な少年のように目をキラキラ───ではなくギラギラさせている。危ない人に見えなくもないので、若干怖い。

 

 それにしても、なんという変わり身の早さか。先程まで窮地を迎えていた人間とは思えないが、それには理由がある。

 

(調理しなくていいのなら、まだ希望が持てる! 触るのも捌くのもキツイが、あわよくばタダ飯が手に入るのは家計的にすごく助かるからな。火を通してあるのだけタッパーに詰めて、親父と圭ちゃんにも食べさせてあげよう)

 

 スキル・ドケチが発動し、苦手意識よりも苦しい家計を支えている白銀の金銭感覚が勝った瞬間である。

 

「ま、まあ、会長がそう言うんでしたら、先生方には私から伝えておきます」

 

「なら、言い出しっぺの私が会場を押さえるね。うちは漁業にも手を広げてるから、漁港が使わせてもらえるか漁業組合に話を通してみるよ。あと、竿は何本でもうちにあるから、レンタル料金も掛からないよ」

 

「わーい! 今から楽しみですよ~! あ、そうだ。姉様のお知り合い(気になる人)に釣りが好きな人がいるらしいから、話を聞いてみようかな?」

 

 それぞれが釣り大会開催のために動き始める───!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当日。

 

 無事に学校からの許可も下りて、参加する生徒も生徒会が想定していたよりも多く集まった。

 会場となる漁港には、貸し切りバスに揺られること50分ほどで到着する。港は白野の(つて)である程度の漁船を残すのみで、ほとんどが沖に出払っている。なので釣りの邪魔になる事もない。沖釣りも一考したが、人数や安全性を考慮した上で、それは無しの方向で話はまとまっていた。

 

 午前授業が終わり、手配されたバスに参加する生徒たちが続々と乗り込んでいく。

 生徒会の面々は、参加希望者の名簿を手に点呼を取って回っている最中だった。

 

「………うん。これで全員かな」

 

「あとは同行してくれる先生を待つのみだな。それにしても、よくこれだけ集まったもんだ」

 

「そうですね~。私なんて、せいぜい5、6人くらいだと思ってましたよ~」

 

「それが、まさかの20人ですものね。秀知院全体としては少ないけど、それでも意外に参加希望者が多くて、私も驚きました」

 

 意外も意外。都会に慣れ親しんだ若者が、磯釣りに興味を示すとは思わなかったのだ。それも彼らが思っていた以上の人数の参加に、驚くなというほうが難しいだろう。

 

 点呼確認が終わってしばらくして、引率役の教師がようやくやってきたので、バスが目的地に向けて出発しようとする。

 生徒会メンバーは点呼確認のため、必然的に余った最前列に座るしかないのだが、白野はここぞとばかりに先制攻撃を仕掛けた。

 

「千花、一緒に座ろっか」

 

 いち早く腰かけると、隣の座席にポンポンと手を置いて千花を誘導し、ごく自然に白銀とかぐやのペアを相席させようとしたのである。

 

「お邪魔しまーす」

 

 何の疑いもなく千花が誘導され、並んで座るしかないと初めて気付く白銀とかぐやの二人。

 本来は30人は座れる座席数なのだが、男女の数が均等ではないために後ろのほうの座席で(まば)らになっていた。その上、空いた座席はバスの構造的に最前列は片側だけと、その後ろ一列分のみ。

 最前列に教師が座るとして、既に一列の半分は白野と千花で埋まってしまった。ゆえに、白銀とかぐやが並んで座るしかない状況なのである!

 

「俺たちも、す、座るか四宮」

 

「そ、うですね」

 

 他に席もなく、まさか補助席に座るなんて暴挙を二人が打てるはずもなく。互いに顔をそらしながら座る白銀とかぐや。

 その様子を、千花越しにニマニマと微笑みながら白野は見つめていた。

 

(ふふ。隣同士、存分に意識し合うといいよ……)

 

(白野ちゃん、なんかにやけてます……。それだけ釣り大会が楽しみだったんですね……!!)

 

 

 気になる異性の隣に座る。初心な二人には、それだけで頭も心もいっぱいいっぱいで、特にお得意のアクションを起こすでもなく、バスは目的地へと到着。

 隣同士に座っただけで何も進展のなかった二人に、白野は内心で、せっかく御膳立てしたのに、と悔しがっていた。

 だが、自身が釣り大会の主催側であるので反省は後回しにして、行事進行に努める。

 

「お待たせ、アーチャー。クー・フーリンも」

 

「まったくだ。待っている間に、先に始めさせてもらっていたよ」

 

「つってもだ。まだ全然釣れてないがね。ま、ちょうど良かったんじゃねえの?」

 

 先に会場入りしていた二人。何故この二人が居るのか、というのも、彼らは釣り経験者として白野がインストラクターを依頼したのだ。

 釣りが趣味ならば、色々とノウハウも心得ているはず。あわよくば、初心者にレクチャーしてもらおうという算段だった。

 

 バスから参加者全員が降りたのを確認し、参加者たちをインストラクター役の二人と、縁者である白野を囲むように並ばせる。ちょうど半円を描くような形だ。

 

「えー、この二人は今回の釣り大会で指導役をしていただく方々です。左から弓塚さん、そしてクーさんです。分からない事があれば二人に聞いてください」

 

 簡単に紹介された二人は、軽く前に出て会釈する。

 

「まーなんだ。あんまり気負う事はねぇよ。釣りってのは無心でやるもんだ。上手い下手なんぞ本来は気にするもんでもないからな。気楽にやろうや!」

 

「とはいっても、だ。釣具の使い方、フィッシングマナーなども当然ながら存在する。白野君の言う通り、分からない事は何でも聞いてくれて構わないのでね。遠慮なく聞きにくるといい」

 

 二人の話が終わったのを見計らい、白野はテキパキと事を進める。

 

「はい。それでは話はこの辺にして、釣竿を配っていきますので、受け取り次第、各自釣りを始めてください。この後、軽いレクチャーも行いますので、必要なら是非残ってください」

 

 白野の説明が終わると、生徒会メンバーが釣竿の配布に回り始める。全員が釣り未経験者という訳ではないので、何人かは釣竿を受けとると早速釣り始めているが、ほとんどがアーチャーの釣り講座を受けている。

 

 クー・フーリンは先に釣り始めていた生徒たちと、いつの間にか交ざって一緒に釣りを始めていた。彼は多くのアルバイトを掛け持ちしている事もあり、クー・フーリンの顔を見知った生徒もチラホラといるらしく、彼の誰にでも気安く接していける性格もあって、既に仲良くなっている生徒もいた。

 

 しばらく続いた釣り講座も終了し、全員が釣竿を手に沿岸へとバラける。釣りをする際は、あまり釣り人同士が近すぎないのが常識だ。近すぎては釣糸が絡んでしまう。

 釣り餌は基本的に見た目の気持ち悪い虫であり、そういったものが苦手な生徒───おもに女子───は、平気な者が釣り針に付けてやる。

 餌が触れなくて釣りを楽しめないとあっては、釣り大会に来た意味がない。触れるように克服するのも良い事かもしれないが、無理強いは良くない。

 

 そして、釣り餌に触れない系男子の白銀は、外部の人間であるアーチャーなら知られても問題ないだろうと考え、こっそりとどうにかならないか頼み込んだところ、特別に疑似餌……ルアーを用立ててもらえたのであった。

 ……無論、白野に内密にする事も口添えして。

 

(ふっ……。これで俺に死角はない! 懸念事項だった「餌に触れないなんて、会長ったらまるで女子のよう……お可愛いこと」問題は解消し、魚もゴム手袋を装着すればギリいける! 理由を聞かれたら、滑り止めという言い訳もできる! 釣るぜ、タダ飯!!)

 

 不敵に、不遜に、不躾に。静かではあるが急に笑い出す白銀に、近くに居たかぐやと千花が不審がる。変なテンションの上がり方をしているためか、彼はそれには全く気付かずに、むしろ自信たっぷりな様子でかぐやへ啖呵を切ってみせる。

 

「四宮、この俺が脂のたっぷりと乗った絶品の魚を釣り上げてやろう。DHAも大量に摂取できるヤツをな! だが、それを食ってしまえば俺の学力は更に向上するやもしれん。なに、心配せずとも四宮や藤原書記の分も俺が釣ってやるから存分に食うといい!」

 

 まだ一匹たりとも釣っていないのに、既に勝ち誇ったような態度の白銀。かぐやとてプライドの高さ故に、ただ素直に施しを受けるのは癪であり、その時あることを思い付く。

 

「いいえ会長。どうせなら、釣り上げた数を競いませんか? 釣り()()という名目ですし、勝敗を明確にするのも良い趣向かと。せっかく来たのですし、私も釣りを体験したいと思いますから」

 

「ふむ。いいだろう。まあ特に景品などは無いが───」

 

 

 

 

『えー、生徒会より追加でお知らせします。一番多く魚を釣り上げた人には、秀知院学園釣り名人の称号と、ささやかかつ誰得ではありますが、景品として生徒会役員の中から誰か一人選んで、選んだ人のブロマイドを一枚プレゼントします』

 

 

 

 

 

((えーーーー!!!??? そんな話聞いてないんですけどーーーー!!!???))

 

 

 白野による突然の拡声器を用いた連絡事項に、一瞬だけ静寂に包まれたが、すぐに黄色い歓声に漁港が呑み込まれる。

 生徒会主催の釣り大会に参加している時点で、参加者のそのほとんどが秀知院生徒会のファンばかり。秀知院でもトップクラスの眉目秀麗な面子が揃っているのだから、当然と言えば当然である。

 

 しかしながら、生徒会のブロマイドが景品となっているにも関わらず、白銀とかぐやは無論景品については初耳である。

 

(岸波ぃぃぃぃ!!!! 景品ありきとか聞いてないぞ!! というかブロマイドって何だ!? いつの間にそんなもん用意したの!?)

 

(そ、そんなもの……欲しいに決まってるじゃない!!)

 

 寝耳に水。されど、是が非でも景品を手に入れたい白銀とかぐや。しかし、今まさに勝負すると言った手前、ここで勝ちにいくのは互いに気まずい。

 更に、白銀の場合は誰のブロマイドを選ぶかにもよって、状況的に危険な事になりかねなかった。

 本命であるかぐやを選ぼうものなら、それはもう告白したも同然。それはかぐやにも言える事だが、白銀がそれを悟られまいと他の女子を選ぶとする。すると高確率で、その女子に好意を寄せていると誤解される可能性があった。

 逆に男子(石上)を選べば、違う意味でホの字と解釈されかねず、自分を選べばナルシスト以外の何物でもない。

 かといって、他の誰かにかぐやの写真など渡したくもない白銀は、かつてない程の葛藤に見舞われていた。

 

 その点、かぐやにはリスクがあまりない。かぐやにとって、千花と白野は数少ない友人だ。女子同士、友人同士ならば、男のソレより印象はそこまで悪くない。近年では友チョコという文化もあるくらいなのだから、ここで同性を選ぼうとも、

 

『選ぶなら、大切な友人のものを、と思いました』

 

 ──という言い訳も不自然ではないのだ!

 

 それでも、かぐやはやはり、白銀のブロマイドが欲しくて欲しくて堪らなかった。故に、その勝率を上げるためなら、どんな手段を取る事も厭わない。

 

「それでは会長。お互い健闘を」

 

「あ、ああ。健闘を祈る……」

 

 大量の冷や汗を流す白銀をよそに、笑顔でお辞儀すると、かぐやは釣竿とバケツを手に、ある人物の元へと歩いていく。かぐやが見出だした勝利への道筋。それを握る者の元へ───。

 

 

「ちょっといいかしら、早坂?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───かくして、白野が起案した釣り大会……を隠れ蓑とした、白銀とかぐやに告白させる事を目的とした真の計画は始動した。

 自分たちを待ち受ける罠など何も知らない二人は、見事に白野に釣り上げられたのである。

 

(会長には気の毒だけど、どっちも多少強引すぎるくらいでないと告白なんてできないでしょう? さあ二人とも、決戦の場は私が整えた。互いにブロマイドが欲しいのなら、互いのブロマイドを他の誰にも渡したくないのなら! 戦って勝ち取る以外に道はない! 存分に……告白しあいたまえ(Sword, or Love)……!!)

 

 

 

 ───続く!

 

 

 

 

 




「BB~チャンネル~!!」

「さてさて~。今回は初めての前後編ですね!」

「で・す・が~? そんなコトはBBちゃんには関係ありませーん! いつでもどこでもフリーダムな放送をモットーに。ここでは私が神です!」

「今日のお題はズバリ! “センパイのお家の使用人さんたち”について! まだ未登場の人も居ますが、そこは無視します♪」

「けっこうな数なんで、名前は真名を流して挙げていきますね? それでは~……じゃん!」

「無銘、玉藻の前、クー・フーリン、ジャンヌ、カルナ、アルジュナ、アストルフォ、ガウェイン、ロビンフッド、李書文、スカサハ、アルトリア……です!」

「おやおや? もしかして疑問に思いました? あると思っていた名前がない……って」

「その通り~! 今挙げたのは“使用人”です。名前の挙がらなかった人で、現界している方たちは使用人ではないからです」

「また次の機会に……は面倒なので、一気に紹介しちゃいますね?」

「ネロさん、エリちゃんの二人はアイドルをしています。あの音痴さでよくやってますよね~? 私なら、歌を聞く前に無言でボッシュートして虫空間にぽいっ、ですから」

「金ぴかさんはご存知金持ちライフを堪能中。ドレイクさんは金ぴかさんとの相性は最悪ですが、商人としての腕を買われて貿易担当しています。海賊に貿易を任せるとか、不安しかないですけど」

「口の悪い童話作家さんは覆面作家として活動中で、アルテラさんは小学校に通っています。みなさん大好きな幼女ですよ幼女!!」

「まあ、だいたいこんな感じですね。もしかしたら今後、思いもしない人がゲストで登場するかもですけど、あくまでメインはセンパイと生徒会のみなさんですので、あまり期待しすぎないように! BBちゃんとの約束ですよ?」

「ではまた次回。5.5話でお会いしましょ~う!」



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第5.5話 岸波白野は、(告白を)釣り上げたい。

 

 

 前回のあらすじです!

 

「一番多く釣った人には生徒会ブロマイドをプレゼント!」

 

「四宮の写真だと? ほしい! でも、手に入れるイコール告白……。ぐおぉ、どうすれば……?!」

 

「……会長の写真。絶対に手に入れてみせるわ。そのためなら、手段は問わない……!!」

 

 以上! さ~て、会長さんとかぐやさん、一体どちらが勝つのか? 釣り大会の勝敗の行方や如何に!?

 私としては、結果はどうでもいいんですけど~。そんなコトより、もっと私にセンパイとの絡みをプリーズ!

 

 というワケで、時間も押してますので中継先に画面を戻しまーす!

 

 

 

 放送協力:BBチャンネル(出張版)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かぐやの呼び掛けに対し、釣りに興じていた一人の少女が振り返る。

 

「……なに? 四宮サン」

 

 金髪をサイドアップにし、制服も着崩して、如何にもギャルギャルした容姿の彼女は、言ってはなんだが釣りをする場にあまり似つかわしくないように見えた。

 そんな彼女は、突然釣りの邪魔をされて、あからさまに迷惑そうな顔をする。

 

 だが、かぐやは彼女の態度に一切怯まない。

 

「ちょっと話があるの。こっちに来て」

 

「え、いきなりなんなの」

 

 むしろ堂々たる態度で早坂の手を掴むと、かぐやは彼女を引っ張って人気の少ない所にまで連行した。その際、少し周りから注目されるが、そんな事はお構い無しに。

 

 周囲に誰も居ないのを確認すると、かぐやは改めて早坂に向き直る。

 

「……それで、話というのはさっきのアレの件についてですか? ()()()()

 

 先程までの態度とは一変、早坂はかぐやに敬語を使い、その上敬称で呼ぶ。

 彼女の名は“早坂 愛”。彼女の正体、それはかぐや専属の侍女である。更に言うなら、彼女はかぐやに最も近しい存在でもある。

 かぐやが唯一何でも頼り、相談するような存在と言える。

 ギャルの格好は彼女の趣味も入っているが、学園においては擬態の意味も持つ。人前ではかぐやに対するよそよそしい態度も、自身が四宮家と縁のある出自である事を隠すため。そのほうが、かぐやにとっても早坂にとっても何かと都合が良いのである。

 

「アレですよね。会長の写真が欲しいんですよね。それで私に協力しろ、と」

 

「べ、別に会長の写真が欲しいんじゃないわ。ほら? 私含め生徒会の女子の写真が男子の手に渡るのは、あまり快くないでしょう? だから私が釣り大会で一位になって、岸波さんや藤原さんを守ろうと思ったのよ!」

 

「では、会長の写真は要らない、と?」

 

「欲しいわよ! じゃなくて! 会長の写真を常に手元に置いておけば、会長に告白させる為の計画立案にもインスピレーションがもっと湧いてくるような気がするの! だから、早坂にも手伝ってほしいのよ」

 

欲しいなら欲しいと素直に言えばいいのに……。まあ、いいですよ。かぐや様に協力する為に私も釣り大会に参加したんですし。それで? かぐや様が勝ったとして、そこで会長の写真を希望したら、それこそかぐや様自ら告白するようなものなのでは?」

 

 誤魔化すかぐやに、早坂は核心を突いた質問を投げ掛ける。気になる男子の写真一つで、何をやきもきしているのかと呆れているのだが、かぐやはまるで気付いていない。

 それどころか、早坂の問いかけに対し、秘中の策(かぐやにとっては)を得意気に披露する。

 

「そこで、よ。私が一位になると言ったけど、それは撤回します。私ではなく早坂、あなたが一位になるの。そして会長の写真を選びなさい。会長との勝負もあるけれど、この際そちらは負けても構わないわ。今回は罰ゲームも決めてないし、私はその敗北よりも、もっと重要で大きな勝利を得るの。そのためなら、会長に釣りで負けるなんて安いものよ」

 

「別にそれでも構いませんが、どうやって私を勝たせるおつもりですか?」

 

「簡単よ。私と早坂の合計を、早坂が釣った量として掲示するだけ。それに、岸波さんは明確なルールを言わなかったわ。大会と銘打っているけど、景品の発表も今初めて行われた事を考えると、釣った数を競うというのは大会の元々の趣旨ではない。景品はあくまで参加してくれた生徒たちへのオマケみたいのものでしょう。つまりルール自体が最初から存在しない。釣った魚を盗むとか卑怯な真似でもない限り、ある程度は黙認されると読んだわ」

 

「……、へぇ~。流石はかぐや様。それほどまでの深慮、私では思い至りませんでした。わー、すごーい」

 

 棒読み感が半端ないが、かぐやは早坂の態度に何ら疑問を抱かない。

 早坂はかぐやの策の欠点に気付いていたが、あえて口には出さなかった。それこそ、藪を突いて蛇を出すような愚行に等しいからである。

 

「それにしても早坂も居てくれて助かったわ。さあ、お互いよく釣れる穴場を探しに行くわよ早坂!」

 

 勢い勇んで、釣竿を手に港沿いを歩くかぐや。流石に校内では接点を人目に見せていない事もあり、それぞれが違う場所で釣って、大会終了の頃合いを見て合算させようという腹積もりだった。

 早坂は主人とは別の方向……というか、元々釣っていた場所へと戻っていくのだが、ふと振り返り、自分とは逆方向を歩くかぐやを見てポツリとこぼす。

 

「かぐや様は失念してますけど、釣りって運要素強めなのでは……」

 

 早坂の言うように、釣りとは時に高度な技術も求められるものだが、往々にして運に左右されるのが常である。どんなに玄人、達人の釣り人であっても、釣り場に魚が居なければ何も釣り上げられはしない。

 確かにかぐやは天才である。しかし、育った環境は箱入りと呼ぶに等しく、まして釣りなど今回が初めての経験だ。故に、釣り人にとっての常識をかぐやが知らぬのも自明の理なのである!

 

 だが、一人よりも二人、というかぐやの考え自体は決して間違いではない。釣り上げた魚の大きさを競うのならともかく、今回は釣り上げた数を競うのであって、やはり手分けして釣るというのは賢いやり方と言えるだろう。

 かぐやと早坂、二人がどれだけ釣れるのか。全ては彼女らの運に掛かっている───!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かぐやは動いた、か……」

 

 景品発表を終えた白野は、かぐやが早速動きを見せている事は察知していた。そして、そんなかぐやとは対照的に、白銀がどうするべきかを悩んでいるのもまた承知している。

 

「かぐやの写真は欲しい。けど、選べば告白しているようなもの。でも、他の誰にも写真は渡したくない。なら自分が勝つしかない。ただし、誰を選ぼうと波風が立ちかねない……って、会長は思ってるんだろうね」

 

「……かなり強引な遣り口ではあるが、確かにこうなれば彼も勝ちに行かざるを得ないか。我がマスターながら、なかなかにエグい手を使うものだ」

 

「こう見えて私、あのAUOに育てられましたので。これくらいはしないと、あの二人の仲はそう簡単に進展なんてしないから。それに仕込みもしてあるし、大会終了後が楽しみかな?」

 

 簡単な講座を終えて自身の元に感想を言いに来たアーチャーに、不敵に笑って答えてみせる白野。その立ち振舞いからは、どことなく、かの英雄王を彷彿とさせるものがあった。

 流石、英雄王仕込みは伊達ではないという事か。それとも、英雄王による超英才教育という過酷な試練を乗り越えた自信の表れなのかもしれない。

 

「ところでマスター。この話には一切関係ない事だが、一つだけ確認しても?」

 

「なに? なにか気になる事でもあった?」

 

「いや、そうではないのだが……君の友人に藤原姓が居たな? それはあそこで、何故か全力で竿を振っている少女で良いのかな? あと、彼女に姉は居るのだろうか?」

 

 と、神妙な顔をして、クー・フーリンの横で釣りに全力で興じている千花へと目を向けるアーチャー。彼の質問は全てその通りだったので、白野は頷いて返す。すると、彼は深い溜め息と共に困り顔をした。

 

「やはり……確かに似ている……。なんというか、容姿や雰囲気など全体的に」

 

「え? 何の話?」

 

「いや、君が気にする事ではないよ。私の個人的な話というか問題でね……ハァ。では、話はこの辺りにして、私はレクチャーでもしに回ってくるとしよう」

 

 そう言って、彼は疲れたように息を吐き、釣りをする生徒たちを見て回りに行った。白野はその真意までは図りかねたのだが、なんとなく察しはついていた。

 

「……また新しい女か。うん、こういう時はお決まりのアレだよね。……爆ぜて、アーチャー!」

 

 白野の小さな叫びが彼に届く事もなく、当の彼はと言えば、女子生徒たちに黄色い声援を受けながら、「やれやれ」という風に釣りの実演をして見せているのだった。

 

 

 アーチャーの女難の相について語るのは、この際一切関係ないので除外するとして、思考を恋愛頭脳戦(第三者目線)仕様に切り替える白野。

 今回の計画もとい作戦は、正直なところ賭けでもあった。参加者が少なければ開催自体が見送られる可能性もあり、逆に多すぎればブロマイドは一般の生徒の手に渡る確率の増加にも繋がる。

 つまるところ、参加する生徒の人数に大きく左右され、多すぎても少なすぎても計画が破綻しかねないというリスクを、企画立案当初から内包していたのだ。

 

 しかし、結果として20人という参加人数は、白野が理想とする程よい人数であり、この好機を逃せば次は無い。そう確信した白野は、強引とは理解しながらもブロマイド作戦を決行した。

 

 何故、最初からブロマイドを景品に、釣った数を競う事を公表しなかったのか。それこそ参加人数を極力抑えるためである。生徒会メンバーにはファンの居る者も存在し、中でも女子組はファンクラブ(非公認)すらも設立されていた。

 釣りという野暮ったい催し物ではあるものの、ファンが大挙して参加されでもしたら本末転倒。計画は実行前からご破算である。

 故に、ファンに対し餌となるような事前情報は与えなかったのだ。

 

 ちなみに、白野が釣りを題材にイベントを企画したのは、クー・フーリンによる釣りの誘いがそもそもの発端ではあるが、釣り大会参加人数がこれくらいで治まったのは、やはり釣り餌が虫であるという事が何より大きな要因であった。

 白野はその事を失念していたのだが、今回は運が良かったと見るべきだろう。昨今、男女を問わず虫に触れないという人口の増加傾向ではあるが、やはり触れる者は忌避なく触れる。

 釣り大会への参加が面倒、虫に触れないなどの要素が上手く噛み合った結果が、今日の釣り大会の様相なのである。

 

 

 計画は実行された。釣りは運に左右される以上、結果がどうなるか、あとは神のみぞ知るところ。

 

 なので、今は白野も純粋に釣りを楽しもうと、千花の隣へ行って自身も釣りを始めた。

 

「あ、白野ちゃん。釣りって楽しいですね! こう、ぐわーって振って、ぶわーんって飛んでいって!」

 

「いやいや、釣りの趣旨間違ってるかんな、お嬢ちゃん!?」

 

 魚を釣り上げてこその釣りなのだが、千花はどうやら、それまでの行程が気に入ってしまったらしかった。隣では、クー・フーリンが呆れたように笑っている。なんというか、傍目では親戚のお兄さんが年の離れた従妹の面倒を見ているかのような、なんともほのぼのとした光景でもあった。

 

「まあ、楽しんでもらえてるようで何よりかな」

 

「そうだ、白野ちゃんに聞きたいんですけど、ブロマイドなんていつの間に用意してたんですか? というか私、許可とか取られてないんですけど……?」

 

「それに関しては大丈夫。ほら、今年度の生徒会発足時に写真撮ったでしょ? あれを、それぞれ個人単位で胸から上の部分だけを拡大して、輪郭がくっきりするように軽く加工しただけのやつだから。そもそも見ようと思えば全校生徒の誰にでも見れる写真を使ってるしギリセーフだと思う……多分」

 

「いや~……加工してる時点でアウトな気がすんのは俺だけかね?」

 

「というか白野ちゃん、その自信無さげなのがすごく気になりますよ!?」

 

 千花の追及を笑って誤魔化す白野。これで、いつ白野がブロマイドを用意したのかという謎は解けた。

 ともあれ、疑問が解消された千花は、納得こそしていないが千花流の釣りを再開させる。それに倣う訳ではないが、白野も少しだけ距離を取って、針に餌を付けると海面へと投げ入れる。

 

「……海、かぁ」

 

 ポチャリと音を立てて、ルアーが海中に落ちる。そこから先は無心で浮きを眺めていた白野だったが、揺れる水面(みなも)を見つめているうちに、今は遥か遠く、懐かしい世界を思い出していた。

 

 ───帰れるなら帰りたい。でも、私はここで、まだやりたい事がある。別にやらなければならないのではなく、絶対にやるべき事というワケでもない。

 でも、やりたいと私は思った。義務ではなく、私の意思で。

 それがお節介なのだと分かっている。そして余計なお世話だとも。それでも、世話を焼きたくなったのだから仕方ない。

 ほら、よく言うでしょう? 心が命じた事は、誰にも止められはしない、と───。

 

 

 

 だから、岸波白野は彼ら彼女らの為にこそ動くのだ。それこそがお人好しと言われる所以であるとは、これっぽっちも自覚せずに。

 

 

 

「センパイ? ボーッとして、どうかしましたか?」

 

 横合いから掛けられた声に、ぼんやりしていた白野の意識が現実へと呼び戻される。いつの間にか、一人の女子生徒が白野の隣で、白野と同じように沿岸へと腰を下ろしていた。

 

「えっと、ごめん。誰だっけ?」

 

「えぇ~?! 可愛い後輩の顔を覚えてくれてないなんて、ショックだなぁ、わたし~! まあ、そうは言いつつ、別にわたしの名前はどうだっていいんですけど。そんなコトより! せっかくのイベントなんですし、楽しまないと損ですよ?」

 

「う、うん。ソウダネー」

 

 なんともイケイケな感じでグイグイと詰め寄ってくる少女に対し、白野はその勢いに負けて、たまらずたじたじとなる。

 後輩と名乗る少女に、白野は何ら心当たりはない。何となく、見た事があるような気がするのだが、はっきりとは思い出せないでいた。

 

 戸惑う白野を余所に、少女は楽しげに笑っている。

 覚えてくれていなくてもいい。忘れていたとしても構わない。ただ、一緒に居られるだけで十分───。

 そんな儚げな雰囲気を、少女は纏っていた。

 

「さあ、センパイ? どっちが多く釣れるか勝負です! 負けたほうは罰ゲームとかどうですか? 負けたほうが勝ったほうの言う事を一つだけ何でも聞く、みたいな」

 

「あ。それ私も参加します! 宝探しでは白野ちゃんと会長に遅れを取りましたからね。今度は勝ってみせますよ!」

 

 自身へ無邪気に笑いかける後輩と、勢い良く話に割り込んでくる千花に、釣られて白野も笑みがこぼれる。告白を釣り上げようと画策していた白野であったが、逆に自分が釣られる事となった瞬間であった。

 

「いいよ。やろう、釣り勝負。先に言っておくけど、手加減はしないからね」

 

 

 

 

 

 

「青春してるねぇ……」

 

 そんな少女たちの仲睦まじい様子を、クー・フーリンは釣りをしながらも優しい眼差しで見守っていたのはご愛嬌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はてさて、あちらこちらで賑やかにイベントが進行する中、ただ一人だけ、様子のおかしな男が居た。

 楽しげな周囲とは打って変わって、いつにも増して眼をマジにしながら竿を握っているのは秀知院学園生徒会長───白銀御行その人である。

 

 この男、先程の景品発表から一人悶々と悩んでいたのだが、

 

「もういいや。とりあえず勝とう。後の事はその時に考えればいいや」

 

 と苦悩から逃げるが如く開き直り、ひとまず自身が一位になる事に専念したのだ。

 だが、そうは言っても白銀とて釣りに関しては素人。しかも、魚が苦手ときた。ゴム手袋こそしているが、やはり生きた魚に触るのは抵抗があった。

 しかも、いざ釣り上げた時に針を外すために必然的に触る必要があり、それを何度もしなければならないかと考えた時点で、彼の心は折れそうになっていた。

 

 そんな時だった。

 

「───お困りかね?」

 

 まるで、ヒロインのピンチに颯爽と駆け付けるヒーローのように、背の高い男が彼の元へ現れたのだ。

 

「あ、あなたは───弓塚さん!」

 

 そう、弓塚ことアーチャーである。

 

「いやなに。擬似餌といいゴム手袋といい、君の様子から察するに、虫や魚などに触れるのは苦手かと思ってね。だが、それを我慢してでも勝ちたい理由があるのだろう? そういった類いの努力は嫌いじゃない。なので私が手を貸そうじゃないか。まあ、単にお節介というヤツだよ」

 

 白野と別れて女子生徒たちにワーキャー言われていたはずのアーチャーだが、かねてより白銀の事が気になっていた。故に、合間を見て抜け出し、彼の元へと馳せ参じたのである。

 

「本気で勝ちを狙いに行くというのなら、君は何も気にする事なく釣りに集中するといい。釣り上げた魚の針は私が外そう」

 

「でも、手伝ってもらうなんて反則にならないですかね……?」

 

「そこは気にする必要はない。白野君はルールに関して明言しなかっただろう? 景品は用意こそしたが、この大会の目的は決して勝負事などではない。──楽しむ事。それこそがこの釣り大会の命題なのだろう。だから、私が君を手伝う事は何も問題はない。それに、だ。釣り上げる事自体は君が主体となる。あくまでも私はサポートに徹するのみ。二人で釣った分を合わせるならまだしも、この程度の協力は卑怯とは言わないはずだ」

 

 渋る白銀を説き伏せるアーチャー。ちなみに、具体的な例を出していた彼だったが、かぐやがその卑怯な手段を選んだという事をアーチャーは知らない。

 

 そんなワケで、アーチャーと協力体制を取った白銀であったが、釣るのは白銀である事に変わりはない。素人がどこまでやれるか。問題はそこだった。

 

「えっと、弓塚、さん? 何かコツとかってありますかね? こう、初心者でも簡単に釣る方法とか」

 

「釣りは運も絡んでくる。簡単に、とはいかないと思っておくべきだ。だが、掛かった魚を釣り上げるのにはコツがある。それは体で覚えるべきだろう。なので、ヒットした時に教えるとしよう。口で伝えるだけでは中々に難しいのでね。ではまず、ルアーが沿岸より少しだけ遠くになるよう意識して竿を振ってみたまえ」

 

 アーチャーのアドバイスに従って、少し強めに竿を振る白銀。ルアーが着水してからは、ひたすら待ちに徹する。

 

「君の場合、擬似餌を使っているのだが、その竿は私が手を加えた特別製でね。海中で擬似餌を自由自在に動かす事ができる。操作はリールの下に付いている十字キーで行うんだ」

 

 言われて、キーを適当に押してみる白銀。説明によると、上のキーを押すと擬似餌が上下に揺れる。下のキーでは左右に、右のキーだと擬似餌が生きた魚のように体を波打ちながら揺らめき、左のキーを押せば円を描くように回転するとの事だった。

 

 肉眼で海中での擬似餌の動きを確認するのは困難だが、その効果は視認せずとも分かるほど、如実に表れる。

 

「ん? もしかして引いてる……?」

 

「もしかしなくても引いてるな。よし、ではゆっくりリールを巻くんだ。遅すぎても駄目だが急がなくていい。焦って早く巻けば、魚に逃げられる可能性もあるのでね」

 

「わ、分かりました」

 

 指示の通り、慎重かつ丁寧に、白銀の手はリールを巻いていく。初めての体験に、自然と全身の筋肉も強張る。

 ゆっくりとではあるが、着実に魚影は海面へと近付いている。掛かった魚もうっすらとではあるが、目で捉える事ができる範囲にまでは来た。

 

「そろそろか。白銀君、ここまで来ればこっちのものだ。そのまま一気に巻け!」

 

「了解!」

 

 白銀の手が加速する。丁寧さとは程遠い、男らしさ溢れる力強い巻き。怒涛の勢いに、ついに掛かった魚が海面へと引っ張り上げられ、水飛沫を上げて暴れだす。

 ラストスパートとばかりに白銀はリールを巻きながら、教えられずとも竿を引いていた。直感的に、あるいは何処かで見た記憶があったのだろうか。無意識ではあるが、その様はさながら釣り人の姿そのものだった。

 

 白銀が奮戦する中で、アーチャーは網を構え、獲物が近付いてくるのを待つ。そして、白銀の渾身の引き上げで魚がすぐ近く、アーチャーの持つ網の射程圏内へと入る!

 

「もらった! 一匹目フィーーーッシュ!!」

 

 奇妙な決め台詞と共に、アーチャーが目にも留まらぬ速度で素早く網を振るえば、そこには白銀が釣り上げた魚が収まっていた。

 

「まずは一匹。見たまえ、君の力で釣り上げた最初の戦果だ」

 

「おぉ……俺が、釣ったんだ」

 

 釣れたのは初心者でも比較的簡単に釣れるとされるアジだった。さほど大きくはない。ともすればサイズとしては小さめですらある。

 だが、白銀は達成感を得ると同時に、ふつふつと湧き上がってる高揚に心を満たされていた。

 初めて、自分で魚を釣り上げた。手助けはあったが、それでも自分が釣ったのだ。他でもない己自身が。

 

 初めての勝利、初めての経験に、興奮するなと言うほうが無理だろう。そして、この成功により白銀は自信を持ち始める。

 

「イケる。イケるぞ俺は! 勝つんだ、勝ってやるぞ、俺は!!」

 

 今の自分は勢いに乗っていると(たかが一匹釣り上げただけで)確信した白銀。更に、アーチャーという釣りに詳しい助言者兼サポーターの存在が、白銀の過信度合いを助長させていた。

 アーチャーとて、それが分からない訳ではなかったのだが、彼は特に白銀を咎めるでもなく。

 と言うのも──

 

(過信も慢心も、あまり褒められたものではないが……。だが、魚への苦手意識を興奮状態により麻痺させられているのなら、敢えて注意はしないでおくのが得策か)

 

 ──という考えがあっての事だった。

 

 アーチャーの出したこの結論が、吉と出るか凶と出るか。答えは、釣り大会の最後に明らかとなる───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「釣りた~のし~い!!」

 

 

 

 ここに来て想定外の事態が、今まさに、白野の目の前で進行しつつあった。

 

「釣りって思ってたより簡単なんですね、白野ちゃん!」

 

「えっ、うん……」

 

 千花の釣りを甘く見たような言葉に対し、しかし狼狽えたような返事しかできない白野。それは無理もない話。千花のバケツには既に、もうこれ以上は何も入りきらない程に魚で溢れかえっていたのだ。

 

 バケツが足りず、追加で持ってきたバケツすらも魚で埋め尽くされつつあった。

 

「アジにイワシにメバルにカサゴ。ハッ……。まさしく入れ食い状態じゃねえか。こりゃアレだ、幸運ランクA以上はあるだろ、この嬢ちゃん。仕舞いにゃ鯛でも釣るんじゃねえの?」

 

 千花の大漁っぷりに驚愕しているのは白野だけではない。彼女の隣で釣っていたクー・フーリンも、千花の異様なまでの釣れ具合を前に、堪らず渇いた笑いを上げていたのである。

 

 悲しいかな、彼の幸運ランクはEで、最高でもDランク止まりであり、千花程に短時間で大量に釣れた事は無かった。

 

 破竹の勢いでバンバン釣り上げる千花の背景で、はためく大漁旗の幻影が見えるかの如し。ちなみに旗手は某聖女ではありませんのであしからず。

 

 ───と、こういった具合に、白野の予想を遥かに上回る千花の爆釣(ばくちょう)は、釣り大会を企画してまで白銀やかぐやに告白させようとしていた計画を破壊しかねない。

 計画の破綻を危惧した白野は、どうにか千花が釣り以外に興味を向くようアレコレと話を振ってみるのだが、それも一向に上手くいかなかった。

 

(ヤバい。千花の勢いを止められない……! うぅ……せっかく協力者も用意したのに、これじゃ計画が水の泡になる……。神様AUO様、お願いしますから、どうか、どうか、千花が優勝しませんように!)

 

 もはや、心の中で祈るしかなかった。

 

「たーのしい~、たーのしい~、釣りたーのし~い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白銀は順調に滑り出し、千花がノリにノッている頃。かぐやはと言えば、

 

「案外釣れるものね」

 

 二人に負けず劣らず、快調に魚を釣り上げていた。

 早坂が案じていた釣れるかどうかという事も、天はかぐやに味方しているようで、千花に迫る勢いがあった。

 確実に運が向いている。風は自身に吹いている。それも紛れもなく追い風で、勝機を見出だしたかぐやが乗らないはずもない。

 釣って、針を外して、餌を付けて、浮きを投げて───の作業を単調に繰り返しているうちに、その手付きはもう素人のものではなく、経験者のソレである。

 

(この分だと、早坂の手を借りるまでも無かったかしら? ……まあ、どのみち()()()()ワケにはいかないから、早坂に頼むしかなかったけど。多く釣れるのは良いこと。勝ちを磐石なものにする為と思いましょうか)

 

 自分の釣果が大漁で、更に早坂の釣果も含めて考えた時、かぐやは勝ちを確信する。まだ早坂が釣った数も知らないというのに、だ。

 それだけ彼女が、早坂という侍女を信頼しているという事の裏返しでもある。

 

 

 時間は待ってはくれない。イベント開始が昼からで、釣った魚の調理と食事、夕方までには生徒を帰宅させる事を踏まえ、釣り自体は15時まで。それまでの間に釣り上げた魚の量で勝敗が決まる。

 かぐやは普段着けない腕時計に目を向ける。

 

「釣りって案外、時間が経つのが早いのね。もうこんな時間だなんて。……タイムリミットはもうすぐそこまで来てる。きっと私が勝つわ。他の誰にも、会長の写真を渡すものですか」

 

 暗殺者もかくやとばかりに、視線だけで人を殺せそうな程の鋭さを持ったかぐやの紅い瞳。その視線の先、見据えているのは魚ではなく、もはや勝利だけだった。

 

 

 

 

 そして、決着の刻が訪れる。

 

 

 アーチャーと別れ、簡易調理場付近へと赴いた白銀。両手に持った二つのバケツには、大量の魚が暴れ回って水飛沫を散らしている。

 そこへ、かぐやもまたバケツを携えてやってきた。

 

「おお、四宮。見てくれ、俺はこの通り大漁でな。お前はどれくらい釣れたんだ?」

 

「あらあら。会長はたくさん釣れたのですね。恥ずかしながら、私は……」

 

 そう言いながら、残念そうにバケツの中身を見せるかぐや。

 当然、彼女の策略通り、()()()()()()()は空である。

 

「ほう……。多芸なお前でも、流石に運をコントロールするのは無理だったか。なに、そう落ち込むな。たとえ一匹も釣れなくても御相伴には与れるだろうさ」

 

 ……この男、口ではこう言っているが、内心では今にも飛び上がりそうなほど勝ち誇っていた。

 

(イヤッホウ! 四宮に勉強以外で勝ったぜ!! おまけにタダ飯も大量確保だし、最高じゃん今日!!)

 

 この通り、必死に笑みをこらえているのだが、白銀は忘れていた。釣り大会勝者は、生徒会役員のブロマイドを一枚選ぶ必要がある事を。

 長らく続いた興奮状態、そして勝ちに行く一心で釣り続けたために、目的ばかり先行し、景品について頭から抜け落ちてしまっていたのである。

 

「それもそうですね。では、せっかくですので私は会長が釣り上げたお魚で作った料理を戴きたいものです」

 

 僅かに悔しさを演出するかぐや。だがしかし、この女、全く悔しさなど感じていない!

 

(……目測ではあるけど、私と早坂の合算のほうが多いわね。おそらく会長には勝っている。問題は、会長以外の伏兵かしらね)

 

 かぐやは白銀から見せてもらったバケツを見て、白銀に対しての勝ちは確信していた。というのも、かぐや一人で釣った魚の数は、白銀のバケツ一つと同等。加えて早坂の釣った数は白銀のバケツ一つ分の1.5倍ほど。

 早坂と既に合流を済ませ、自分の釣った分を彼女に託してきたかぐやは、そうとは知らず勝ったと思い込んでいる白銀より、自分たちを凌駕しかねない他の者に意識を割いていたのである。

 さしあたって、かぐやが今一番危険視しているのは、これまで幾度となく告らせ作戦を破壊してきた人物───藤原千花に他ならない。

 と、そこへ、災厄をもたらすかの如く、かの人物が顕れる。

 

「あー! かぐやさんに会長! 見てくださいよ~、こんなに釣れちゃいました~!! 釣りって楽しいですね!!」

 

 ルンルンとスキップ弾ませ、両手にバケツを携えて千花も二人と合流を果たす。

 千花の持つバケツを覗き込む白銀とかぐやだったが、その中身を見て、

 

「な、んだ、と………?!」

 

 白銀が膝をついて崩れ落ちる。余裕で白銀の量を上回っているのは、一目瞭然だったからである。

 

「たいしたモンだぜ、この嬢ちゃんはよ。俺でも1時間や2時間そこらで、こんなに釣った事なんざねぇからな。まさしく幸運の女神に愛されてやがる」

 

「いやいや~。クーさんの教え方が上手だったんですよ~」

 

「……その呼ばれ方だと、一昔前の某釣り映画の主役の相方の渾名っぽいよね」

 

「なにその具体的な例え? 別に俺はそんな歳喰ってねぇからな!?」

 

 千花に遅れる形で、白野とクー・フーリンも並んでやってくる。ちなみにアーチャーは調理の準備に入っているので、この場には居ない。

 

 千花の釣果を目の当たりにした白銀は撃沈し、そしてかぐやは僅かに焦燥感に駆られていた。

 二杯のバケツに山盛りで積まれた魚群。衛生面で心配になる見た目をしているが、それにしたって大漁過ぎる。かぐやと早坂、二人の合計に迫るのではないかという程に。

 

(まずい。まずいわ。よもや二対一で接戦になるなんて……! あまつさえ、負ける可能性すら見えているなんて……!! 流石は藤原さん、明らかに浅そうなのに、どこまでも底が読めないわ。本当に、恐ろしい子……!!)

 

 この時初めて、早坂と手を組んで正解だったと心の底からかぐやは思う。

 

 おそらく、千花以上に個人でここまで釣っている者は居ないだろう。ならば、白銀が脱落した今、もはや千花とかぐや(プラス早坂)の決戦であると言えるだろう。

 

 勝利への執念に燃えるかぐや、呑気に笑っている千花。釣り大会の結末は、間もなく一人の少女の口から、直接伝えられる事になる。

 

「じゃ、簡易調理場に向かおうか。そこで判定と優勝発表をするから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───えー、という事で判定の結果、釣り大会で最も多くの魚を釣った優勝者は、早坂 愛さん、です!」

 

 

 

 白野の口から告げられた、優勝者の名前。それは何の事はない、予定通り早坂であった。つまりは、かぐやの思惑の通りに事が進んだ証明である。

 

 名前を呼ばれ、早坂は生徒たちの前に出て表彰される。日頃からギャルに擬態しているだけあって、称賛の声も拍手にも、ギャルらしく明るい笑顔を以て軽いノリで応えていた。

 

 その様子を遠巻きに見つめるのは、あえなく勝利を逃した千花と、そして影ながら勝利を掴んだかぐや。

 

「うぅ……負けちゃいました~」

 

「残念だったわね、藤原さん。また次の機会があれば、その時は私も藤原さんが勝てるように祈りますね」

 

 微笑みながら千花を慰めるかぐやであったが、その実、全く憐れんでなどいなかった。むしろ、その千花の敗北に対し心の中では「負けてくれてありがとう」と感謝すらしている程である。

 

 一安心しているのはかぐやだけではない。白銀も、女子が優勝した事で、かぐやの写真が男に渡る可能性が立ち消えたのでホッと一息ついていた。

 

「……敗れはしたが、魚料理を楽しめるんだ。それで良しとしようじゃないか、藤原書記」

 

「それもそうですね~。私、イワシの南蛮漬けとか食べたいなぁ」

 

「変わり身早いわね……」

 

 花より団子──とは意味合いが違うが、栄光より食い気が勝った瞬間であった。

 ともあれ、白野の企画した釣り大会は、まだ食事会が残っているが、これにて終了となる。告白させるまでには至らなかったが、かぐやは人知れず白銀の写真を得られたので、全くの無駄でもなかったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───本日の勝敗結果。

 

 かぐやの勝利───

 

 

 

「──そうは問屋が卸しません。協力こそしましたが、写真を入手するだけなんて生温い。かぐや様には、確実に会長に告白してもらう、ないし、かぐや様へ告白させる。そのどちらかを為すためにこそ……だから、私は」

 

「私と、手を組んだんだものね。千花が追い上げてきた事は想定外だったけど……。さしあたっては、写真をダシに、会長とかぐやをデートさせようかな……」

 

 よもや、かぐやは思いもしまい。己が従者と、数少ない自らの友人が、裏で繋がっていようとは───。

 早坂が優勝する事は、かぐやにとってだけでなく、白野にとっても予定調和だったのである。

 

 白野の計画は、ここではまだ終わらない。真の狙いは、その先にこそある。それこそが、白銀とかぐやの『デートで告白!? ドキドキ大作戦!!』なのだ──!!

 

 

 

「ネーミングセンスが古くないですか?」

 

「………、」

 

 

 

 

 ───本日の勝敗結果。

 

 白野&早坂の勝利。

 

 

 

 

 




「蕩けるような甘い口付けを貴方に……。『メルティーキ〇ス』の始まりよ」

?「というワケで今日から始まった新番組、メルティ──」

BB「なーにがメ〇ティーキッス、ですか!? BBチャンネルのパチモンじゃないですか! というかメルトリリス、その名前は色々とマズイので使用禁止です!!」

メルト「あら? 本編にちゃっかり出演したBBさんじゃないの。本編に出られたんだから、今日くらいは私にこの裏側を譲りなさいな? それが親心というものでしょう?」

BB「く……痛い所を突いてきますね。流石はドS。創造主に対しても辛辣だなんて、我が娘ながら恐ろしい……」

メルト「ま、ここで下らないやり取りを続けても優雅じゃないし、今日は引き下がってあげる。それで、今日のテーマは何かしら?」

BB「なんでメルトが仕切ってるんです? ……はあ。今日は開催された釣り大会に関して、です」

BB「センパイと早坂さん、二人が協力関係にあるという事実については、今回のお話の中で僅かだけ伏線が張られていましたが、気付きましたか?」

メルト「ああ、アレでしょう。白野が口にした協力者の存在もだけど、早坂が釣り大会に参加した事自体も普通に変だったもの」

BB「原作を知っているなら、早坂さんがかぐやさんと常に行動を共にしている訳ではないと分かりますよね? ましてや、友人との外出に同行はあり得ないし、学校行事では余程の事でもなければ一緒には居ません。つまり、早坂さんがこの釣り大会に参加している事が既に奇妙な点であると言えます」

メルト「まあ、主人の身を案じて、という捉え方もできるでしょうけど、今回に限っては生徒会が主催だし、関係を疑われないためにも参加は避けて然るべき。でも参加した。それには理由があった……という事ね」

BB「結局のところ、釣り大会は作者さんがデート回にこじつける為だけに行われた───それが真相です」

メルト「ただ、それだけじゃ味気ないから、色々と脚色したというワケよ。例えば……BBの登場やアーチャーに女の存在を匂わせた事とかね。……自分で言ってて腹立たしくなってきたわ」

BB「センパイと早坂さんが知り合った経緯については、また別の機会に触れようかと思います。では、次回のBBチャンネルでお会いしましょう!」

メルト「次があるかは分からないけれど、もしあるなら、また会いに来てあげる。それじゃ、サヨナラ」



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第6話 かぐや様は誘わせたい

 

 

 釣り大会より幾日かが過ぎ、白野の周囲では変わらない日常が続いている。

 学園での生活、波も無く回る世間。そして、それは生徒会室の風景にも言える事だ。

 白銀は淡々と事務作業をこなし、かぐやは粛々とその補佐を務め、白野は黙々と処理済みの書類を仕分け、整理する。会計の石上は既に仕事を終えていそいそと帰宅し、そして千花は溌剌(はつらつ)とエア釣りに励んでいる。

 

 いつもと変わらない日常。変わり映えのしない光景。何一つ、変化する事なく日々と時間は流れるように過ぎていく。

 

 そう、何も。何もなかった。何もないのだから、白銀とかぐやの関係は何一つ変化せず、進展などあろうはずもない。

 

 ──いや。何もなかった、と言うには語弊があるだろう。二人とて、その間に何もしなかったというワケではない。いつものように互いに告白させる為の策略は巡らせていた。

 だが、それらは不発に終わってばかり。何も成果を得るものが無かったが故に、()()()()()()と語ったのだ。

 

 その点に関してはいつも通りと言えなくもない。二人の恋愛頭脳戦は失敗続き。目に見えて分かる程の成果をこれまで上げた事はないのだから。

 

 

 

 普段と変わらない光景ではある。けれど、内心でとてつもなく焦っている者が生徒会室にただ一人だけ存在した。

 

(……んあぁ!! どうすればいいの!? もう猶予も残り僅かなのに!!)

 

 誰あろう、四宮かぐやである。

 

 平静を装ってはいるものの、いつもより余裕がなく、近頃では執務の合間の休憩時も千花がコーヒーを淹れる事が多くなっており、かぐやの紅茶は長らく生徒会メンバーに振る舞われていない程だった。

 

 たまに白野が紅茶を淹れる事もあるが、かぐやの技量にはやはり一歩及ばない。天才でありながら、四宮の長女として淑女の嗜みも徹底的に叩き込まれた彼女に、凡人が簡単に勝てるはずもなく。

 白野とてアーチャーから紅茶の淹れ方を学んでいるが、それでも、かぐやには届かないでいた。

 

 とにかく、かぐやは表面上はどうにか取り繕っているが、他の事にまでは手が回らないというのが彼女の現状である。

 

 さて、では彼女は何を焦っているのか。何に苦心しているのか。それを語るには、まず釣り大会の日にまで時間を遡る必要がある───。

 

 

 

 

 

 

 

~回想~

 

 釣り大会の優勝はかぐやの目論見の通り、無事に早坂のものとなった。

 景品である白銀のブロマイド(違法スレスレ)は、名目上では早坂へと贈呈され、ひとまず釣り大会が終了し、帰路につくまで早坂が所持していた。

 そして、帰宅したかぐやは嬉々として早坂にブロマイドを渡すよう要求したのだが、ここで一つ問題、というか彼女にとっての誤算が生じたのである。

 

「は? 嫌ですよ。優勝するための作戦自体はかぐや様が立案しましたが、これは優勝者である私に贈られたもの。つまり会長のブロマイドの所有権は私に有ります。ブロマイドの生殺与奪権は私が握っていると思ってください」

 

 その誤算とは、早坂の裏切りである!

 かぐやは知るよしも無いが、早坂は釣り大会が開催されるよりも前から、正確には釣り大会開催が決定した翌日には、既に白野と手を組んでいた。

 早坂に頼った時点で、もしかぐやの作戦が成功したとしても、最初からこうなる事は確定していたのである。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!? 早坂、まさかあなた……会長に気があるの?! だからブロマイドを渡さないんじゃないでしょうね!?」

 

「別にそういうワケでは……。というか、そんなにムキにならないでくださいよ」

 

 普段から「べ、別に会長の事なんて好きなんかじゃないんだからね! 会長が私に気があるみたいだから、会長ならまあまだギリで無い事も無いし告白させてあげようかな、とか思ってるだけだし!」と、テンプレの誰得ツンデレを常時発動しているかぐやだが、今は早坂の想定外の裏切りに対し、少しテンパってしまい無意識の内にヒステリック気味になっていた。

 

 主人の必死すぎる態度に、早坂も流石に見かねたのか、とある条件を付けてブロマイドを譲ると提案する。というのも、

 

「そんなに会長の写真が欲しいですか。分かりました。では、会長とデートしてきてください。そうすれば報酬として譲りますので」

 

「んな!?」

 

 早坂の提示した条件。それはかぐやにとって、是非とも成し遂げたい事の一つではあったが、いささかハードルが高すぎる内容でもあった。

 そも、告白さえできないかぐやに、いきなりデートに誘えというのは、告白の次くらい無理難題と言える。超が付く程の箱入り娘として育てられたかぐやは、無論異性と付き合った事も無ければ、親しく過ごしたり出掛けるといった事など有るはずもなく、むしろそういった方面には人一倍疎い。

 そんなかぐやにとって、“デート”はある意味で未知の領域なのである!

 

「会長とデデデ、デートだなんて……! 無理、私から誘うとか絶対無理! 私だってデートはしてみたいけど……。でも、でもでも……!!」

 

「デートくらいなんですか。別に告白するワケでもあるまいし。近頃の女子高生なんて、むしろ自分から積極的に男子を遊びに誘う子だっていますよ。時代は草食男子より肉食女子です。かぐや様はもっと自分からガンガン行かないと」

 

「そ、そんな女性から誘うだなんて、はしたないわ! 私は四宮かぐやよ? きっと会長にとっての私は、清楚で貞淑な美少女として、あの鋭い目には映っているはず。なのに、そのイメージをぶち壊すような真似をできるはずがないじゃない!」

 

 デートへの憧れはある。しかし、いざ誘う勇気は無い。となれば、いつものパターンしか無いのは自明の理。

 やはりと言うべきか、かぐやお得意のアレが始まった。

 

「私から誘うのはあり得ない。なら、会長から誘って来させれば……。どうしようかしら、どんな手で行くべきかしら。……ああもう! こういう時の為に会長のブロマイドが欲しかったのに! 早坂、ちょっとでいいから貸して。……早坂?」

 

 返事が無いので姿を確認するかぐやだったが、既に早坂は消えており、というのもかぐやが一人ぶつぶつ言い始めた辺りで、「それではかぐや様、私はこれで失礼します」と彼女は早々に立ち去っていたのである。

 

 結局、その日は就寝するまで思案したのだが、あまり良い策略は何も浮かばなかった。

 

 

 それからしばらくして、数日後の放課後。

 いつものように白銀と恋愛頭脳戦を繰り広げたものの、何も得るものは無く、かぐやは帰宅するなり部屋へと戻り、制服を着替えもせずベッドに身を投げ出す。

 

「今日は良いところまで行ってたのに……。また藤原さんに阻まれたわ。……あの子、いつまで釣り真似遊びしてるのかしら」

 

 案の定、今回も千花の意図せぬ妨害に遭ったかぐや。それでなくても、近頃は渾身の策が浮かばず、余計に不機嫌になっていた。

 

 苛立ち、駄々っ子のように足をばたつかせていると、扉をノックする音が。すぐさま佇まいを整え、何の用件か聞けば、声からしてどうやら扉の前に居るのは早坂らしかった。

 

 入室の許可を出し、速やかに室内へと入ってくる早坂。彼女の姿を見て、そういえば、とかぐやは帰りに早坂が居なかった事を思い出す。

 

「早坂、今日の帰りは居なかったみたいだけど、どこかに行ってたの?」

 

「あー、はい。友人と喫茶店に寄ってました。少し相談事もあったので。かぐや様にもその事は今朝に伝えたはずですが?」

 

「そ、そうだったかしら?」

 

 早坂は嘘を言っていない。かぐやがそれを忘れていただけの話である。普段のかぐやなら、まずしないミスなのだが、それだけ恋愛頭脳戦に根を詰めてすぎている証左と言えるだろう。

 

「あ、そうだ。かぐや様、このあいだの続きですが、映画デートとかどうですか? 恋愛映画なんて、まさしくデートの定番ですよ」

 

「映画……。恋愛映画、会長と二人で……」

 

「そうです。愛を囁くシーンを二人並んで見た時には、ムードも最高潮に達し、その帰り道、どちらからともなく告白してしまう……なんて事もあるかも。それこそ“魔法にかけられて”と言えるでしょうね」

 

「なにそれステキ。いやでも、映画に誘うなんて難しいことを私ができるの……?」

 

「いつものように、会長の方から誘うように差し向けたらどうです?」

 

 早坂という小悪魔の囁きに、かぐやの心は激しく揺さぶられる。白銀と映画を見に行きたい──でも、やっぱり誘うとなると恥ずかしい……。

 デートに誘うのがまず無理なのに、映画になど誘えようものか。そんな葛藤に苛まれていた。

 

 当然、この案を決行させるにはまだ決め手に欠ける。早坂はその決定打と成り得る一打を手にするため、さっさと退室していった。

 例によってかぐやはそれに気付かないのだが……。

 

 

 そして三日が過ぎ、映画にデートにと悶々とした日々を過ごしていたかぐやに、ついに早坂が決定打を叩き付ける。

 

「かぐや様。こちらをどうぞ」

 

 と、かぐやが早坂の声に釣られて見れば、その手に握られているのは細長い紙切れが二枚。

 

「え、なに……? チケット?」

 

「はい。映画のチケットです。会長と二人分。座席は指定で、上映の日取りも決まっていますので、それまでに会長との映画の約束までこぎ着けてくださいね」

 

「あ、ちょっと早坂!? いきなり何!?」

 

 半ば強引に押し付けるように、持っていたチケットをかぐやへと渡すと、早坂は追及されるよりも先に退散する。

 

 後に残されたのは、唐突にチケットを渡され、何がなんだか理解の追い付かないかぐやだけ。

 持たされた呆然とチケットを見つめて、ようやく事態が呑み込めた。

 

「───って、期限が二週間も無いじゃない?! たった二週間以内で会長を映画に誘えだなんて……なんて無茶振り!」

 

 さて、どうしたらいいのだろうか。そんな風に悩んで───一週間が過ぎた!

 その間、やはりかぐやは白銀を誘えていなかった!

 

 

 

 

 

 

 ───そして冒頭に至るというワケである。

 

 とにかく、もうチケットの期限は近い。ご丁寧に席と日付まで指定して予約されたチケットは、かぐやから簡単に余裕を奪っていた。無論、それを狙って早坂はわざとそのようなチケットを買ったのだが。

 

 デートの誘いに成功すれば素晴らしい時間が約束されている。なのに、無駄に羞恥心とプライドが邪魔をするせいで、まるで行動に移せない。

 

 蓄積し続けるジレンマに、かぐやの精神は徐々に摩耗していく。発狂しないのは、ひとえに彼女の意地により辛うじて持ちこたえていたからである。

 常人であれば、抑えきれず暴走気味に行動に移していただろう……。

 

 とはいえ、だ。暴走して良い結果になるとは限らない。最悪、白銀との今後の関係にも支障を来す可能性も無くはない。

 故に、かぐやは一度落ち着いて状況を整理する。

 

(……冷静になるの。クールになるのよ四宮かぐや。成り行き任せで上手く行くのは空想の世界だけ。現実はそう甘くはないわ。……ふぅ。少し落ち着いたわ)

 

 生徒会の仕事と並行しつつ、手は動かしながらも思考回路のほとんどを“如何に会長とのデートにこぎつけるか”へと傾けるかぐや。

 

(よく考えれば、別に私からアクションを起こす必要は無い。というか最初に早坂に言われたデートだって、会長から誘わせる事を前提としてたし。発想の転換でも無いけれど、私がすべきはチケットを会長の手まで回らせる事。あくまで会長から私を誘わせるように動くべき)

 

 ならば、どうやって白銀にチケットを手にさせるか。今度はそこを焦点に、かぐやは頭脳をフル回転させる。

 

(私から直接会長に渡すのはNG。チケットに私が関与していると知られれば、「あれ、四宮ってやっぱり俺のこと好きなんじゃね? 俺と映画に行きたいとか、告白してるも同然じゃね?」なんて思われてしまいかねない。それだと私の負けみたいで嫌! そうならないためにも、チケットは第三者から自然な形で会長の手に渡るのがベスト)

 

 では、その第三者を誰にするのか。

 

(会長と何ら関わりの無い人物を利用するのは、安全性は高いけど確実性に欠ける。使うなら秀知院の関係者。教師は不純異性交遊を考慮されかねないから除外。……別にそんな事は起こらないとは思うけど。──だとすれば、クラスの誰か、もしくは生徒会の誰かを経由すればいいかしら)

 

 そう考え、かぐやは仕事をこなしつつも、意識は白野と千花に向けていた。

 

 まずは千花。彼女は動きが読めないところが難点であるが、案外扱い自体はさほど難しくはない。むしろ、簡単に誘導できる節がある。思うままのコントロールが難しいだけで、方向性は容易に操れるのだ。

 さすが、IQ3と謳うだけの事はある。……実際、「IQ3でも任せなさい!」と自分でも妙な歌で宣言した事があるのだが。

 彼女の名誉のためにも、本当に藤原千花のIQが3───ではないとだけ断言しておこう。

 

 

 次に白野。かぐやは彼女を友人だと思っている反面、底が読めないとも感じていた。あまり表情豊かとは言えないが、ユニーク(?)な事を口走ったり、たまにすっとぼけた事を言ったりもする。

 接していれば白野の人間性はおのずと理解できる───のだが、かぐやは時折だが白野に対し違和感を覚える事があった。

 

 “岸波白野”としてのパーソナリティー。その奥底で、()()()()()()()の意思が稀に表面化してくるような、まるで白野が誰かに操られているのではないか……という不思議な違和感を覚える時が稀にだがあるのだ。

 具体的に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな印象を極稀にではあるが、かぐやは感じ取っていた。

 例えとしては、プレイヤーに操られるゲームのキャラクター、が妥当かもしれない。

 

 故に、かぐやは岸波白野の内面を完全には読みきれない。千花とはまた違った意味で動きが読めないのだ。千花は行動が予測不能であるならば、白野は思考が予測不能。

 

 これらを踏まえた上で、どちらが今回は利用しやすいか。

 

(藤原さん、かしらね)

 

 まだ御しやすい事から、千花を利用すると決めたかぐや。

 第三者に抜擢する対象は決まり、次はどのような策で白銀へとチケットを回すのか。それに関しては千花を第三者として利用すると決定した時点で、ある程度は考えが固まっていた。

 

 以前、千花自身が語ったように藤原家では長女の教育に失敗した事により、千花とその妹が二の轍を踏まぬよう教育方針が厳しめとなっている。

 取り分け厳しく取り締まっているのが娯楽に関して。ゲームにマンガ、アニメなど。日本の誇る娯楽文化のほとんどが禁じられているのだ。どれも悪影響───毒に成りかねないと判断されての事だった。

 ましてや、恋愛映画などもってのほか。そういった場面やシーン(いわゆる、えっちぃ要素含む)などのある可能性が僅かでもあるなら、情操教育に相応しくないものとして全て遮断しているのである。

 

 つまり、今回の恋愛映画のチケットは千花にとって禁止されているものであり、千花が持っていても使えない無用の長物というワケだ。

 

(何かの懸賞に当たったとでも書いて偽装し、それを藤原さんの家の郵便受けに入れておく……。藤原さんはチケットが当たったけれど、映画を見に行く事ができないから、チケットを無駄にしないためにも誰かに譲るしかない。その譲渡が生徒会室で起こるように調整すれば……フフフ。全ては私の手の平の上……)

 

 完璧(自己評価)な計画に、たまらずかぐやは口元が弛む。既に頭の中では己の勝利はイメージ済み。あとは構想通りに事を運ぶ事だけに専念すれば、勝ちは揺るがないだろう。

 

「フフフ………」

 

「……!?」

 

 作業中だというのに間近で意味深に微笑むかぐやに、白銀は軽く不気味さを覚えていた。

 

「えらく機嫌が良さそうだな四宮。何か良い事でもあったのか?」

 

「いいえ。ただ、こうして皆で執務をこなすというのも楽しいな、と思いまして。つい……」

 

「ん? いつもと変わらないと思うがな。石上は報告書上げたらすぐ帰ったし、それに約一名は遊び呆けてるし」

 

 白銀は誰とは言わなかったが、自然と某F氏を除いた全員の視線が、藤原(なにがし)へと集中する。無論、それに気付かないほどには彼女も鈍くない。

 

「わ、私だって別に遊んでるだけじゃないですよ!? ただ、今はすることが無いなぁ~…って。だから暇潰しをですね……」

 

「千花、それを遊び呆けてるって言うんだよ? 暇ならこっちを手伝って。職員室で各所に配布する資料の印刷をお願い」

 

「え゛。この量を一人でですか!? 山みたいに積み重なってますよ!? 私だけじゃ無理ですよ~!!」

 

 エア釣竿を即座に収納した千花は、無情にも積み重ねられた大量の紙の束を前にして、白野へと泣きついた。そもそも彼女が仕事をせず遊んでいたのが原因なのだが、流石に一人でさせるには哀れに思った白野は、言い出しっぺながら妥協案を出す。

 

「わかったわかった。私も一緒に行くから。とりあえずこの書類を片してからね」

 

「俺も一段落つきそうだし、運ぶのは手伝おう。男手は要るだろう。ちょうど職員室にも用があるのでな」

 

「ありがと。助かるよ会長」

 

(用……? 用、用事……予定、ハッ!?)

 

 白銀の提案に、白野は軽く礼を述べる。何でもない、どこにでもあるような、ありふれたやり取り。だが、その時かぐやに雷が落ちる!

 

「……! じゃあ私は残って紅茶でも淹れておきましょう。あまりぞろぞろと押し掛けても迷惑でしょうから」

 

「わー! 久しぶりにかぐやさんの紅茶が飲めますね!」

 

「そういえば、そうだったかしら」

 

 無邪気にはしゃぐ千花に、全員が困ったような微笑ましいような、曖昧な表情を浮かべて笑っていた。

 

 かぐやが生徒会室に残ると宣言した本当の意味を、誰一人として理解しようともせずに。

 

 

 

 

 

 

 やがて、先程の言葉通り、生徒会室はかぐやを除いて無人となる。そして彼女はすぐさま行動を開始した。

 向かうは生徒会長の机、すなわち白銀の席。机の裏に回り、脇に置いてあった白銀の鞄に躊躇無く手を伸ばすと、慣れた手つきで中から手帳を引っ張り出す。

 

「私とした事が迂闊……。映画に誘う以前に、会長の予定と被ってたら意味がないじゃない。どれどれ会長の予定は……」

 

 黙々と目的の日にちまで順に目を這わせていくと、何か書かれているのをかぐやは見つけた。

 

「……上から訂正線が引かれてるわね。午後からのバイトが午前中に変更。映画は午後からだから、ちょうどいい勤務変更ね。見たところ他に予定も無いようだし、これでブッキングの心配は無いわ」

 

 やることを済ませると、速やかに手帳を元の位置に入れ直し、何事もなかったかの如く、かぐやは紅茶を淹れる準備に入る。千花が言ったように久しぶりに紅茶を淹れるかぐやだったが、染み付いた慣れは簡単に抜け落ちたりはしない。

 別称を紅茶ことアーチャーに負けず劣らずのレベルの高さで、かぐやは手際よく紅茶を人数分用意した。室内に芳醇で香ばしい香りが漂っていく。

 この香りは偽証である。その偽証とは、かぐやが真面目に紅茶を淹れていた、という事に他ならない。

 それ以外何もしていなかったとでも言うように。まさか白銀の鞄を漁り、手帳を盗み見たとは誰も思うまい。

 かぐやは技術の高さで、自身の悪事を隠蔽しているのだ。

 

(これで今できる事は終わったわね。帰ったらすぐに偽装工作を進めないと)

 

 人知れず、かぐやの作戦は白銀を罠に嵌めんと進行していくのだ───。

 

 

 

 

 

 そして翌日。昼休みに生徒会室へと集まったいつものメンバーは、各々で昼食も摂り終わり、休み時間が終わるまで執務を少しでも終わらせて、放課後の空き時間を増やそうと作業に励んでいた。

 ある程度の区切りもついた頃、今日は遊ばずに働いていた千花が、そういえばですね~、とスカートのポケットから何かを取り出した。

 

「なんか懸賞で当たったみたいで~。でも、家の方針でこういうのは見ちゃダメなので、誰か代わりに要りませんか?」

 

(来た……! ナイスよ藤原さん! 流石は私の友達ね!)

 

 心の中でガッツポーズをするかぐや。だが、ここは自分からは動かないで様観に留める。

 

 かぐやは動かないが他の者───特に白銀が強くチケットに興味を示した。

 

「どれ……。ほう、映画のチケットか。タイトルは……『戦車男』?」

 

「一昔前に放送されたドラマの映画リメイク版だね。当時はけっこう流行ったらしいよ。私もまだ見てないけど。あれ? これ日付と時刻と席が指定の……あー、この日はちょっと予定がアルナー」

 

「俺は……お。この日はちょうど午後から時間が空いてたし行けるな」

 

「そうですか~。じゃあ二枚有ることですし、会長と……かぐやさんもどうですか?」

 

 白野が譲渡権を放棄し、自然な流れで白銀とかぐやへチケットの権利が回ってくる。それこそ、かぐやが望んだ最良の結果である。

 

「私は……そうですね、私も特に予定も無いですし、藤原さんのご厚意に甘えましょうか」

 

「はい、どうぞ~!」

 

 ここぞとばかりに、かぐやは自身の手帳を手に取り、ペラペラと捲ると、素知らぬフリで自分も予定が無い事をアピールし、滞りなく千花からチケットを受け取る。

 こうして、チケットは無事に在るべき場所へと舞い戻ってきたのである。一枚はかぐやへ。そしてもう一枚は作戦通り白銀の手に。

 

 あとは、白銀からかぐやへと映画に誘わせるだけ。本当の勝負、正念場はむしろここからだった。

 

(フフフ。さあ会長、私を映画に誘わせてみせます……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ちょっと待て。何かおかしい)

 

 かぐやの目論見とは裏腹に、白銀は千花から受け取ったチケットを改めて観察して、妙な違和感を覚えていた。

 

 チケットそのものは本物だろう。だが、よく考えてみてほしい。このチケットと先程の千花の言葉から、明らかにおかしな点が存在している。

 

(藤原書記は懸賞が当たった、と言っていた。普通、懸賞で当たった映画のチケットが、こんなに日付やら時間まで指定してくるか? 極めつけは席の指定だ。VIP専用などといった特別席というならまだ分かる。だが、これは一般席での予約。懸賞なのに席が指定されているとか、まずおかしい。となれば、だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事が考えられる)

 

 懸賞という隠れ蓑で千花を騙し、そして千花が家庭の事情でこのチケットを誰かに譲る───そんな流れを予め読める人物など、白銀の周囲ではそうは居ない……のだが。

 だが、何人かは容疑者として名前を挙げられるのもまた事実。

 

(四宮か、岸波か。おそらく、そのどちらかだな)

 

 既に白銀は二人のどちらかで当たりを付けている。

 まずは白野。彼女はたまに天然じみたボケをかますが、妙に歴史や偉人、英雄に詳しかったり、鋭い観点で真実を見抜くなど、なかなかに頭がキレる側面も併せ持つ。

 白銀をして、奇しくもかぐやと同じく、その思考を読みきれない、というのが白野への評価である。

 

 次にかぐや。彼女はあの手この手で、白銀に告白させようとしているので、今回最も怪しいと言える。何故なら、かぐや自身もチケットを受け取っているからだ。

 白銀とかぐや。この二人に同じ映画のチケットが二枚。考えるまでもなく、二人揃って相手にどうやって誘わせるかを思考するに至るのは目に見えている。

 白銀は考えた末に理解した。これは遠回しな、かぐやからの挑戦に他ならないのだと。

 

(黒幕は四宮の可能性が高いだろう。だとすれば、まったく手の込んだ真似をする。この場合の勝利条件は、相手から映画に誘わせる事。だが、それは四宮にも同じ事が言えるな)

 

 どちらがより上手く相手を糸に絡め取れるか。それこそが勝負の肝となる。

 

(というかだ。もし俺から『し、四宮。どうせなら俺と一緒にこの映画を見ないか?』とでも言おうものなら───)

 

(『なんです? 会長は私()映画を見に行きたいと? 私としても別に構いませんが、わざわざ一緒に行きたいんですか。それはそれは……お可愛いこと』)

 

(───となるに決まっている! そんな事は断じて認めん! 四宮、断じて俺からは誘わんぞ。何としてでもお前から『会長と一緒に映画を見たいですぅ!』と懇願させてやる!!)

 

 

 

 

 

 

 二人が闘志を燃やす中、いち早くチケットを断った白野だったが、なんとなく状況は察していた。というのも、

 

(これはアレだ。多分、早坂さんが原案の作戦だ。そういえば“映画でデート作戦”に決まったって玉藻が言ってたし)

 

 白野はかぐやの近侍である早坂と共謀し、先日の釣り大会で早坂にかぐやへの切り札を入手させた。その早坂に、アドバイザーとして玉藻の前を紹介したのだ。

 

 白野はその場に立ち会わず、玉藻を喫茶店に呼び出しただけで早坂に場を託した。後日、自宅にて玉藻から映画デートさせる方向で決まったと聞かされていたので、今回すぐに気付けたのである。

 

(……というか、別に相手を誘わなくてもいいんだよねコレ。たとえ二人共が別々に映画を見に行くとして、絶対に鉢合わせるし。同じ日取りの同じ時刻、多分だけど早坂さんは席も隣同士になるよう予約してるはずだし。でも───)

 

 白銀とかぐや。もし二人がその事を見落としていなかったとしても、きっと()()()()事に執念を燃やすだろう。

 これだから天才たちの抱く恋愛観は始末が悪い。どちらかの一方だけでも折れれば、その瞬間に全てが簡単に片付く話だというのに。

 

 しかし、そんな世話の焼ける二人を応援するのが、少し楽しくなってきている白野。故に二人のやり方を崩そうとは思わない。

 二人の意思を尊重しつつお節介も焼く。頭脳で天才たちに及ばなくとも、白野には天才たちに無いものがある。

 幾多数多の修羅場を潜り抜けてきたという経験。どのような困難に阻まれようとも、白野は決して屈しなかった。彼女一人の力で、とは断言こそできないが、不可能を可能にしてきた実績が今の白野をここに存在させている。

 

 それに何より、頼れる仲間たちが居る。人脈、入れ知恵、裏工作。あらゆる手段が、白野の手の内にある。何も恐れる事はないのだ。

 

(今回ばかりは、友達(かぐや)贔屓はしないでおこう。公平に、形勢が優勢に傾いたほうに肩入れするかな)

 

 

 

 

 

 チケットを受け取った白銀とかぐや。すぐには動かず、しばらくは千花の変な鼻歌だけが静かな室内に響いていたが、ここで白銀が先制攻撃を仕掛ける!

 

「四宮、この映画は恋愛映画のようだが、普段お前はどんな映画を見るんだ?」

 

「どんな、ですか?」

 

「ほら、たとえばどんなジャンルを──とかさ」

 

 映画に関する話題としては、白銀が選んだものは無難。かぐやも、それには気付いており、あえて白銀の振りに乗る事を選ぶ。

 

「そうですね……。私はファンタジーなものを好んで見ます。ミステリーやサスペンスも嫌いではありませんが、恥ずかしながら、すぐに謎や犯人といったものの展開や大体の想像がついてしまう性分でして」

 

「ほう。四宮ほどの頭脳ならば、簡単にトリックなども見破れてしまう、と。なるほどな、確かに先にネタが割れるようで面白くないか」

 

「ええ。ですがファンタジーは現実から離れた夢物語を描いています。四宮の娘として厳しく育てられた為か、そういった現実から逃げられるファンタジー映画を好ましく思いますね」

 

 にこやかな笑みで、自らの生い立ちも軽く踏まえて語るかぐや。

 しかし、かぐやは本当の事など言っていない!

 

 別段、かぐやがファンタジー映画を好きとは捉えている訳ではない。見る時は見るし、見ない時は見ない。

 要は今回のようにチケットを与えられでもしない限りは、自ら映画を見に行く事などほぼ無いのだ。

 

 ならば何故、そんな風に語ってみせたのか。

 それは次の一手をかぐやから放つために他ならない。

 

「会長はどうなんですか? これは恋愛物の映画のチケットな訳ですが、もし会長が恋愛映画をお好きだとしても、まさか一人で見に行くおつもりですか?」

 

 一人で映画。無論、世の中は広いので、そういった事をする者も居ない事はないだろう。

 だが、事は恋愛に関する内容。よもや独りで恋愛映画を見に行けるほど勇敢な者はそう多くない。

 そしてかぐやは知っている。白銀にそんな勇気が無いという事も!

 

「そ、そうだな。男一人で恋愛映画を見に行くのは……なんというか、死にたくなるな……」

 

 今にも消え入りそうな声で全身を白くする白銀(もちろん比喩)。

 白銀はケチ故にチケットを貰う事そのものに最初は執心していた。そして、チケットが日時と席の指定されたものであると後にはなったが理解もしている。

 

 白銀は、かぐやから誘わせる事を前提に、映画を見るつもりだったのだ。かぐやも同じチケットを持っている以上は、決して一人映画を見るという事にはなり得ない。

 けれど失念していた。男一人での恋愛映画鑑賞が如何に空しい事であるかという事を!

 

(いやちょっと待て。これヤバくない? これ流れ的に俺から四宮に頼む感じじゃね? 「男一人だと恥ずかしいから、一緒に見に行ってください」的な? そんな事をしてみろ、きっと四宮は───)

 

 

『あら? 一人で行くのが恥ずかしいからと、私に一緒に映画を見に行ってほしいんですか? 会長にもそんないじらしい一面があったなんて、お可愛いこと……』

 

 

(──ってなるに決まってるし! くそ、流れを断ち切らねば……!!)

 

 白銀はどうにか話の流れを方向転換できぬものかと思案するが、ここで無慈悲にも千花が特に考え無しで、かぐやにとって有利な発言をする。

 

「たしかに~。男の人が一人で恋愛映画を見に行くのはキツイかもですねー。だって周りがカップルばっかりなのに、一人だと浮いちゃうというか」

 

「いやそれ女子にも言えると思うけどね。なに? 千花は恋愛映画一人でも平気なの……って、あ」

 

「…………見てみたいなぁ。恋愛映画。映画館で……一度でいいから、見てみたいぃぃ………!!」

 

 ……かぐやに有利な発言かと思われたそれは、白野により意図も容易く瓦解する。ついでに千花のメンタルも軽くブレイクしながら。

 

「……確かに、男女問わず、独りで映画館に赴いての恋愛映画の観賞は、幾らか目立つでしょうね。私も、流石に一人で行くのは恥ずかしいですし、やっぱり行くのは辞めておきましょうか。……残念ですが」

 

 千花のメンタルブレイクなぞ、まるでどこ吹く風と言わんばかりに、かぐやはそれすらも利用する!

 無論、かぐやが映画を諦めたなど、万に一つもない。当然ながら嘘の言葉であるが、四宮かぐやの演技力を甘く見てはいけない。

 この、真に迫るほどの残念そうな素振りは、誰の目から見ても演技には到底見えず、それは白銀ですらも容易く騙してみせる!

 おそらく、これを演技と見破れるのは、かぐやの本性を多少知っていて、なおかつ、多くの死線を潜り抜け培った熟練の洞察力の持ち主である岸波 白野を除いて、他に多くは居ないだろう。

 

 そしてやはり、

 

(四宮……。そんなにこの映画を見たかったのか。仕組んだのは四宮だろうが、同行者が居なければ見に行き辛いというのは、確かにその通りだろう。もしかすると、四宮はこの映画を見たいがために、こんな手の込んだ事をしたのかもしれない。……どうすべきか、ここは男である俺が折れるべきなのか。だが、しかし………)

 

 当たり前のように白銀は騙され、かぐやの思惑通り意志が折れかけていた!

 そんな白銀の苦悩する様子を盗み見て、ここぞとばかりに、かぐやはわざとらしく、よよよ、と悲しむ振りで追い討ちを掛ける!

 

「四宮の娘ともあろう者が、知己と連れ立つ事もせず、ただ独り寂しくポツンと映画を鑑賞するだなんて、四宮家の恥を晒すようなものですもの。誰も一緒に行っていただけないのなら、諦めるしかありませんね……くすん」

 

「うぐっ……!」

 

 泣き落とし。

 古来より、男は女の涙には弱いものである。かぐやは古典的な手法であると理解しつつも、これを選んだのは、それが現代でも通用する非常に強力なテクニックであると認識しているのだ。

 事実として、かぐやの涙を見せられて白銀が動揺しないはずもなく、白銀の精神に対し、まさしく「効果はばつぐんだ!」だった。

 

(……四宮を泣かせてまで、映画に誘わせる事にこだわる必要があるのか? いや、ここは男として俺が甲斐性を見せるべき場面だろう!? どうあれ、俺だって四宮と一緒に映画は見たい訳だし。告白がどうとか関係ない。それに、映画に誘う=告白とは限らないんだしな!)

 

 かぐやの泣いた振りにまんまと騙された白銀は、むしろ開き直り、手にしたチケットをグッと握り締めて、意を決して口を開いた。

 

「……し、四宮。四宮が良かったら───」

 

 途中まで言って、白銀はふと思い留まった。

 

 果たして、“四宮かぐや”という人間は、たかが映画一つを見れないだけで泣くのか?

 

 その考えが、一瞬だが確かに白銀の脳裏に(よぎ)り、白銀は言い淀んでしまった。

 そして、それは間違いではなかったと、すぐに知る事となる。

 

「会長。()()()()()、何ですか?」

 

 先程まで涙を浮かべていたはずの緋色の瞳は、今や一心に白銀の顔へと向いていた。より正確に言えば、白銀が紡ぐであっただろう言葉の続きを待つかの如く、その視線は彼の口元を射抜かんとばかりに送られている。

 

 ──しまった。

 そう思った時には既に手遅れだ。かぐやは今、白銀の判断ミスという最大の好機を手にしている。これ以上無い程のチャンスを、かぐやが逃すはずなどない!

 

「何か言いかけてましたよね、会長? 一体何を仰ろうとしていたのか、とても気になります」

 

「いや、えっとだな……」

 

 言い間違いだったと訂正させる隙も与えない、かぐやの連続口撃が白銀の退路を奪う。こうなれば、もはや何か言わざるを得ない空気になり、白銀はしどろもどろになりながらも、どうにか言い逃れ出来ないものかと高速で思考を回す。

 しかし、それすらも許さんとばかりに、彼にとって予想外の所から追撃が加えられた。

 

「もしかして、一緒に映画見ないかってお誘いとかじゃない? 同じ映画のチケットなんでしょ、それって。それにお互い一人で見に行くより、二人で行けば映画館でも浮かないだろうし」

 

 白野による、かぐやへの援護射撃である!

 流れがかぐやに有ると踏んだ白野は、迷いなく白銀へのフォローを取り止め、かぐや優勢に乗ったのだ。

 何しろ、白野からすれば、二人のどちらが勝とうと関係ない。この見ていてやきもきさせられる二人の関係性に、早々に決着が付けられるのなら、白野が迷う理由など有るはずも無い。

 

 白野の言葉が図星だった白銀は、一瞬高速回転させていた思考が停止してしまう。彼に生まれた、その僅かな空白の時間を、白野は完全に読み切る。

 そして、白銀に近付き耳元でそっと囁いた。

 

「女の子はね、男らしいアプローチにときめくんだよ……?」

 

 それは決して、映画に誘えという指示でも、ましてやアドバイスでもない。ただ単に、女とはそういうものである、と白野の持論を告げただけだ。

 勿論、全ての女性がそうとは限らないだろうが、少なくとも白野が言うような感性を持つ女性は、少なからず居るはず。

 

 だが、その言葉は白銀を後押しするには十分な重みがあった。

 

(……! そうか、そういう事か岸波!)

 

 白銀はニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。それこそ、先程までの冷や汗はどこへ行ったのかと思える程の様変わりに、当然かぐやも違和感を覚えたが、白銀の放つ次の言葉を聞いた時には、それも消え去る事となる。

 

「……ああ。言いかけたとも。四宮さえ良ければ、この映画を一緒に鑑賞してみるのはどうだ? どうやら四宮はこの映画をかなり見たいようだし、俺としてもせっかくのチケットを無駄にしたくはない。一緒に行けば、互いに映画館では浮かないし、四宮は見たかった映画を見れて、俺もチケットを無駄にせずに済む。Win-Winの関係というやつだよ」

 

 自信に満ちた白銀の言葉に、嘘偽りは一切無かった。正々堂々、彼はかぐやを映画に誘ってみせたのである!

 

 かぐやにとって、これはまさしく理想的な展開と言える。けれど、少し想定と違う白銀の態度に引っ掛かりを覚えるものの、()()()()()()()()()()()という覆りようのない事実が、それを上回る喜びにかぐやは見舞われたため、正直どうでもよくなっていた。

 

「───そうですね。()()()()()せっかくのお誘いです。その提案、お受けさせていただきます。では、待ち合わせなどはどうしましょう───、」

 

 今にも溢れだしそうな喜びの感情を必死に抑えつつ、かぐやはさも平静さを装って、当日の打ち合わせに心を弾ませる。

 

 だが、嬉しさのあまり、かぐやは白銀の心変わりの理由にまでは気を回せなかった。絶対に彼女から誘わせてみせると心に決めたはずの白銀が、それを曲げてまで自ら映画に誘うと決断した、その理由を。

 

(……くくく。映画に誘う=告白とは言い切れない。どうかは知らんが、今時は異性の友人と映画を見に行く事とて、さほど珍しくはないだろう。……多分。そして、映画のムードにあてられて乙女心を爆発させた四宮ならば、いつも以上に告白させやすくなるのではないか? 岸波、礼を言うぞ。ついに、四宮から告白させる事が出来るかもしれないこのチャンスを、俺は絶対に掴んでみせるぞ……!!)

 

 表向きは普段通りながらも、心の内では嬉々として映画鑑賞当日への計画を立てるかぐや。

 そして、当日こそが決戦日であり最大の好機であるとほくそ笑む白銀。

 

 そんな二人の様子を、千花を慰めながら白野は漠然と思うのだった。

 

 

 

(あれ? なんかニアミスが起きてない?)

 

 

 

 ───本日の勝敗結果。

 

 かぐやの勝利(?)……白銀が今回のみ、かぐやに花を持たせたため。

 

 

 映画デート編へ続く!!

 

 




 
「BB~チャンネルー!!」

「およそ一年三ヶ月ぶりに皆さんコーンニーチワー!! 帰って来たBBちゃん、ここに推参です☆」

「本当はもっと早く更新したかったそうですけど、作者さんスランプというか、話の構成の仕方が上達しなくて全然書けなかったらしいんですよね~。私が何度もお尻に豚さんダンクしてあげて、ようやく書き出したくらいです」

「これはもう、完全にBBちゃんの功績じゃないです? というかもう、タイトルも『BBちゃんと先輩の、ラブラブ学園生活!』に変えちゃっても良いのでは!?」

「……なーんて。それじゃあお話ぜーんぶ変わってしまいますので、そんな野望は胸の奥にしまっておきますね。先輩の迷惑にはなりたいですけど、邪魔にはなりたくないので☆」

「さてさて、次々回はデート回です! 原作だと映画デートの約束はしませんでしたが、一体どんな展開になるのか、どうぞお楽しみに~!」



「……どうして次回じゃないのかって? 次回は、まだ7話ではないからでーす!」


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第6(裏)話 早坂 愛は相談したい

 

 早坂 愛、という名の少女が居る。

 

 秀知院学園2年にして、かぐやと白野のクラスメイトであり、そして幼き頃から四宮家の近侍(ヴァレット)として勤める少女。

 

 代々四宮家に仕える家系に生まれ、彼女の両親は四宮家の現当主である雁庵直属の部下である。

 そして彼女も親と同じように、四宮の長女であるかぐやの専属付き人として業務に従事している。

 

 その付き合いは長く、かぐやとの主従関係は小等部からの10年にも及び、早坂はかぐやが猫を被らずに接する数少ない人物の一人でもある───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ? 相談、ですか?」

 

 

 

 とある喫茶店にて、早坂の対面では、和風パフェをスプーンで突っつきながら、どこかで見た事があるような気のする色香漂う女性が、怪訝そうな顔をして頭の上に疑問符を浮かべていた。

 

「はい。先日の釣り大会の折りに、かぐや様とうちの生徒会長をデートさせようという話になったのですが、これが中々に難しくて……。そこで、そちらの主人から色恋事ならタマモさんが適任だとお聞きしまして、失礼ながらお呼び立てしました」

 

 (くだん)の女性───というには、もう何度も登場しているので今更感はあるが、改めて紹介すると、彼女の名は玉藻の前。

 岸波白野の従者の一人にして、白野との付き合いは従者たちの中では1、2を争う古参メンバーの一人である。

 それゆえ、白野からの信頼も厚く、色々な面で頼りにされている。また、見た目に反して経験豊富(?)であるため、このように誰かからの相談──主に恋愛事で──を請け負う事も少なくない。

 

「いやまあ、こうして奢っていただいてるワケですし、ご主人様からの推薦でしたら光栄の限りでございますけれど……。して、そのご主人様は何処(いずこ)に? 一緒にいらしたとお聞きしていましたが……」

 

 キョロキョロと店内を見回す玉藻。しかし、どの席にも白野の姿は見当たらない。店員に扮しているのでは、と玉藻は通り過ぎていくウェイターにも目を光らせていたが、やはり居ない。

 

「岸波さんでしたら、もうお帰りになられましたが」

 

「えぇー!? せっかく恋愛相談に乗じてご主人様とイチャラブしようと思ってたのにー」

 

 クネクネと身を捩らせながら不満をこぼす玉藻。

 早坂は思い出す。白野が玉藻を呼び出して、「後は任せた」と逃げるように退散していったのを。

 目の前の玉藻の姿に、なるほど、だから逃げたのかと早坂は一人納得していた。

 

「それで、恋愛相談……とは言っても、早坂さんではなく貴方の仕える主人の、でしたっけ?」

 

「はい。どうにかデートさせるところまで持って行きたいんですが、何か良い案はありますか?」

 

 早坂の問いかけに、玉藻はうーん、と頭を捻らす。考え込む玉藻を見つめながら、早坂は主を思い浮かべて、心の中だけで溜め息を吐く。

 

 何も、早坂とて最初は他力本願ではなく、自身でも策を練っていた。白銀のブロマイドは、かぐやが策を講じて手に入れたとはいえ、名目上では早坂のもの。

 ならば所有権は自身に有ると主張するのは、何もおかしな事ではない。これ以上ないアドバンテージ、好機を手中に収めたとも言えるだろう。

 

 そこで一つ、早坂が考えた、というか実行したのは、“ブロマイドが欲しければ白銀をデートに誘え”というものだった。

 多少……いや、思い切りストレートな物言いではあったが、これくらいはっきり言わないと、かぐやは誤魔化してしまうのは目に見えている。

 

 故に、早坂は強引と理解しつつも、主人に対し諭したのだが、

 

『そ、そんな女性から誘うだなんて、はしたないわ! 私は四宮かぐやよ? きっと会長にとっての私は、清楚で貞淑な美少女として、あの鋭い目には映っているはず。なのに、そのイメージをぶち壊すような真似をできるはずがないじゃない!』

 

 ……早坂は、思い出してぶちギレそうになるのを堪えた。

 

 とまあ、割りと強情なかぐやを簡単に説得できるはずもなく、その後も色々と試してみたものの、結局どれも不発に終わった。

 一人であれこれ悩んでいても、このままでは打開策は見つからない。そう考えた末に、協力者である白野にヘルプを頼み、白野経由で玉藻に連絡を取った───それが今回の経緯である。

 

 ひとしきり考えた後、玉藻は何か閃いたようにみこーん、と狐耳をピンと立たせる。ちなみに、ケモミミとモフモフ尻尾は隠しておらず、どちらもコスプレで通している。何を言われても、何と聞かれようとも、自らのアイデンティティーは曲げないキャス狐さんである。

 

「かぐやちゃん───じゃなくて、かぐやさんに、ブロマイドを餌として会長さんとデートさせる。そこまでは良い考えだと(わたくし)も思います。あとはやり方。そこを煮詰めていくだけでございますね。そこでなんですが、例えばこんなのはいかが?」

 

 玉藻曰く、映画のチケット(日付に指定のあるもの。もしくは期限が決まっているもの。できれば恋愛物が好ましく、期日の近いもの)を二枚用意し、それをかぐやに無理矢理にでも押し付ける。その際かぐやにはそれとなく、白銀を誘うように声を掛けておき、かぐやからデートに誘わせるように誘導する。ブロマイドは映画に上手く誘えたら報酬として渡すといった具合だ。

 人間というのは、期日が迫れば焦って判断力が疎かになりがちになる。これは、そこを上手く突いた作戦と言えるだろう。

 

「……ふむ。なるほど。確かに妙案ですが、そう上手く事が運ぶでしょうか? だってあのかぐや様ですし」

 

「そこはそれ。ご主人様からもよくお聞きしますが、かぐやさんは会長さんと恋愛頭脳戦? とかをしていらっしゃるのでしょう? でしたら、そこはかぐやさんに任せるしか無いかと。その気にさせる手段は多岐にわたりますけど、ここは一つ作戦成功の為にも、かぐやさんを軽く煽ってみては?」

 

「自信はありませんが、せっかく案をいただいたので試してみます」

 

「あ、そうそう。どうせならアドレス交換しときません? ご主人様を介してやり取りするのも私的には合法的にイチャラブできるのでウハウハ、むしろバッチコイですけども、そちら様としては面倒でしょう? 間に人を通してやり取りするより、直接的に連絡を取れるほうが利便性も良いですからねぇ」

 

 こうして早坂は、玉藻とメル友になった!!(♪~ファンファーレ)

 

 

 

 

 

 

 しばらくのガールズトークを楽しんで、四宮邸へと戻った早坂。早速アドバイスを活かすべく、かぐやの私室へと足を運ぶ。

 ノックし、入室の許可を得ると、室内ではかぐやがベッドにうつ伏せに倒れ込んでいた。

 

「早坂、今日の帰りは居なかったみたいだけど、どこかに行ってたの?」

 

「あー、はい。友人と喫茶店に寄ってました。少し相談事もあったので。かぐや様にもその事は今朝に伝えたはずですが?」

 

「そ、そうだったかしら?」

 

 早坂は嘘を言っていない。かぐやがそれを忘れていただけの話である。

 

「あ、そうだ。かぐや様、このあいだの続きですが、映画デートとかどうですか? 恋愛映画なんて、まさしくデートの定番ですよ」

 

「映画……。恋愛映画、会長と二人で……」

 

「そうです。愛を囁くシーンを二人並んで見た時には、ムードも最高潮に達し、その帰り道、どちらからともなく告白してしまう……なんて事もあるかも。それこそ“魔法にかけられて”と言えるでしょうね」 

 

「なにそれステキ。いやでも、映画に誘うなんて難しいことを私ができるの……?」

 

「いつものように、会長の方から誘うように差し向けたらどうです?」

 

 まあ、それができたら苦労はしない。早坂とて、それは飽きる程に理解していた。だからこそ、かぐやの逃げ道を完全に潰してしまうべきなのだ。

 言い逃れや追及が来る前に、早坂はかぐやの反応すら見ずに自室へと戻ると、服を仕事着に着替え、いつも通りの近侍としての仕事も着々と終わらせ、空いた時間を使って早速ネットで映画情報を検索する。

 

「……恋愛映画、恋愛映画。有るには有るけど、いざ選ぶとなったら悩む……」

 

 最寄りの映画館で今期の上映中の恋愛映画は三つほど。

 一つは悲恋の物語で、ざっくり説明すると、物語の途中で死に別れた恋人にもう一度逢いにいくために死者と話ができるという伝承のある秘境の地へと向かい、再会は果たすというもの。

 恋人同士ならともかく、まだ付き合ってすらない二人にそれを見せるのはどうなのか。早坂は脳内審議の末にこの映画は除外した。

 ちなみにタイトルは『今、逢いに行きたいです』。どこかで聞いたような題名だが、気にしてはいけない。

 

 二つ目。こちらは純粋に、とある男女が出逢って恋に落ちていく過程を描いたもの。いわゆる、ラヴでロマンスな王道を行く系だ。特徴を挙げるとするならば、男性は現代にそぐわない戦車──それも猛る牛が引くもの──に普段から乗っている点か。女性は特に変わった点はなく、あえて言うなら中性的な容姿をしている事が挙げられる。

 タイトルは何の捻りもない、主役であう男性のイメージそのままの『戦車男』である。余談だが、登場人物の中には、白野の知己によく似た人物が数名出ているらしい。

 

 そして、三つ目。

 恋愛物ではあるが、先に挙げた二つと違うのはラブコメであるという事。それも、コメディ方面に力を入れているらしく、ブラウニーを思わせる一人の男子高校生と複数のヒロインとのドタバタな日常を描いたもの。

 同じ学年で勝ち気なお嬢様。どことなく陰があるけど可愛い後輩。長年の付き合いのある破天荒な女教師。長身であるのを気にしているお姉さん系美女。シスターなのにドSな少女。どこかズレたところのあるイケメンな大人の女性。

 そしてメインヒロインであると思われる、小柄でありながら凛々しく毅然とした金の髪の乙女。

 彼女らに振り回される主人公の羨ましい苦労話を楽しむ、といった内容である。タイトルは、『Fate/hollow ataraxia ~ブラウニーの女難~』。ちなみにこの作品には前作もあり、そちらは三部作の超大作らしい。

 

 少し遠くの映画館なら、まだ他にも上映しているのだが、白銀家の家計をこそ思えば、それは酷というもの。

 早坂はひとまず候補として、今挙げたものから二つ目と三つ目に絞り込む。

 

「………。イロモノ系ばっかり。個人的には、戦車男が気になるところ……」

 

 せっかくデートさせるのだ。ならば、その勢いを利用しない手はない。どうせなら告白まで持って行きたい早坂は、迷った末にコメディを捨て、ロマンスを取った。

 

 すなわち、予約するチケットは『戦車男』である───!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから三日後の四宮邸にて。

 

「かぐや様。こちらをどうぞ」

 

 と、かぐやが早坂の声に釣られて見れば、その手に握られているのは細長い紙切れが二枚。

 

「え、なに……? チケット?」

 

「はい。映画のチケットです。会長と二人分。座席は指定で、上映の日取りも決まっていますので、それまでに会長との映画の約束までこぎ着けてくださいね」

 

「あ、ちょっと早坂!? いきなり何!?」

 

 半ば強引に押し付けるように、持っていたチケットをかぐやへと渡すと、早坂は追及されるよりも先に退散する。

 これで退路は潰した。あとはかぐやがチキンぶりさえ発揮しなければ、早坂の狙い通り、白銀にかぐや自身を映画へと誘わせる計画を立て始めるだろう。

 

 ……まさか一週間も動きがなかったのには、早坂も予想だにもしなかったが。

 

「あ、そうだ。肝心な事を忘れてた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでまた相談、でしたっけ?」

 

 今度はとあるファーストフード店にて、やはり早坂の対面には玉藻の姿があった。前回は仕事中の呼び出しのために割烹着のままであった彼女だが、今回は予め会う約束をしていた事もあり、カジュアルな私服での登場だ。

 特に変わった点もないピンクのパーカーにホットパンツと、普通にオシャレで可愛らしい服装なのだが、彼女が着ると何故か色っぽくなるので、店内でも結構な人目を引いていた。特に男性の割合が高めで。

 

「アドバイスの通り、映画デートの作戦という事で決まって、チケットも日付と時間指定のものにしました。なのですが、会長の予定を把握するのを忘れてたんです」

 

「ふむふむ。つまりはマッチングの問題ですねぇ。まあ、心配は要りませんよ。生徒会の皆さんの動向は私どもとしましてもチェックしておりますし、会長さんのバイト先のほとんどは、うちの雇い主の経営の系列ですので。あまり頼りたくはありませんが、あの金ぴかにシフト調整してもらうよう打診しましょうか。それくらいなら手を回すのは簡単かと」

 

 たかだかアルバイト一人のシフトを調整するためだけに、ウルク財団のトップを動かすと玉藻は言う。かぐやも大概だが、それ以上のあまりに大それた話に、早坂は一瞬面食らう。

 

「本当に大丈夫なんですか? 言ってしまえば、こんなかなりしょうもない事で、ウルク財団のトップに動いてもらうなんて。正直恐れ多いんですけど」

 

「まあ、おそらくは大丈夫かと。詳しい話は言えませんが、かぐやさんの恋の行方を、ご主人様並びに私どもにとっても見てみぬふりなど出来ません。うちの金ぴかも、その点に関しては誰よりも理解しているでしょうから。むしろ進んでちょっかい出さないかが心配というか……」

 

「はあ……?」

 

 玉藻の言葉の真意は分からないまでも、ともあれ白野とその関係者たちは、かぐやの恋(本人は恋心を否定しているが)を前向きに応援している事だけは早坂も理解できた。

 

「何はともあれ、絶対の保障はできませんが、会長さんのバイトと映画がブッキングする事はほぼ無いと思ってくださいまし。ただ、家庭の事情などの個人的かつ私的な用事などは、流石にカバーしきれないのでご了承を」

 

「はい。何にせよ助かります。ありがとうございます」

 

「いえいえ。困った時は助け合うのが人の世の常ですので。それにそちら様には、ご主人様の手助けもしていただきましたし、お互い様ですよ」

 

 早坂の礼をにこやかに微笑みながら受け取る玉藻。白野という暴走の起点(スイッチ)さえ無ければ、彼女の持つ高い対人スキルはフルに発揮されるのだ。

 さて、これで一応の相談は終了したのだが、それでお開きというのもどうなのか。そう思った早坂は、このままガールズトークをすれば良いのだと思い至る。

 前回も同じ流れではあったが、それはまだ初対面だった時の話で、当たり障りの無い世間話程度をしただけ。

 今は連絡を取り合う間柄になった事もあり、早坂は一度踏み込んだ話をしようと、会話を試みる。

 

「ところで、釣り大会の時に岸波さんのお知り合いという男性が二名居たんですが、あの方々もタマモさんと同じ使用人なんですか? どちらもけっこうなイケメンでしたが、特に岸波さんは肌の浅黒い男性と仲睦まじくされているように見えましたけど」

 

「あー、はいはい。誰だかすぐに分かりました分かりますとも。あれでございましょう? やたらキザったらしいニヒル気取りの白髪頭。あー、ムカつく。マジでムカつきますことに、ご主人様は誰よりも信頼している風なんですよねぇ。因縁浅からぬのは確かですが、それが私どもの誰よりも強い因果をお持ちというか何というか……」

 

「つまり、岸波さんはあの男性に好意を抱かれていたり?」

 

「……どうでしょうねぇ。あるとしてもちょっと気になる年上のお兄さん程度かと。おそらく、ハッキリとは自覚していらっしゃらないでしょうけどね。それにご主人様はともかく、あのバトラーさんは人の好意に素直に応えようとしない節がありますので。まあ、あの方が歩んできた人生も関係するのかもですが」

 

 煮え切らない答えではあるが、恋心にまでは至っていない、というのが玉藻の見立てであるらしい。

 

「そうですか……。私にはお似合いに見えたんですが」

 

「それはそれで私気に入りませんけど~! それより、早坂さんはどうなんです? 気になる男性は居ます?」

 

「私、ですか。私は……」

 

 逆に質問され、早坂は答えに詰まる。これまで自身の望みを押し殺し、やりたい事、してみたい事もせずに、かぐやに仕えるだけであった自分。

 願望が無い訳ではない。早坂とて年頃の少女。異性と交際してみたいし、何も気にせずに日がな一日遊んでみたいと思う事もある。

 だが、現実は違う。そう簡単にそれを許してもらえるような家に早坂は生まれていない。四宮家に代々仕える家柄。従者の一族であったとしても、早坂家も名門に名を連ねる家系なのだ。

 せめて、成人するまで。自分の面倒は自分で見られるくらいにならなければ、完全なる自由は許されないだろう。

 

「すみません。特に誰といった方は……」

 

「ふむ。見るに、早坂さんも色々と苦労なされている様子。なかなかそういう機会が無いのは仕方ありませんが、運命の相手との出逢いとは何時(いつ)訪れるとも知れません。いずれは、あなたにもきっと素敵な出逢いがあるでしょう。それに関してはご主人様と運命的な出逢いを果たした私が保証しますとも」

 

 経験に勝るものはないと言わんばかりに、白野との出逢いは運命であったと言い放つ玉藻。そこから怒涛の惚気(のろけ)が1時間は続き、帰る頃には甘々な話の聞きすぎで早坂の胃はもたれまくっていた。

 

 

 

 数日が過ぎ、かぐやが白銀の予定を盗み見た事で、映画とのブッキングは起きないと自信満々に主から伝えられた早坂は、無事に約束が果たされた事を知り安堵した。

 あとは、かぐやが白銀に映画の件をどうけしかけるか、その一点に尽きる。

 

 それがいつ実行に移されるのか。そればかりは、かぐやの裁量に任せるしかなく、今か今かと待ちわびる日が続いたが、今日ようやく映画を見に行く事が決まったのだと、かぐやより報告を受ける早坂。

 

「それも、よ? 会長から誘わせる事に成功したの! これはもう、告白されたも同然じゃない!?」

 

「いえいえ、かぐや様。それはまだ早計が過ぎるかと。告白ってつまりは、異性に好きである事、もしくは交際を求める事ですよ? 会長はその辺、ハッキリと口にされていましたか?」

 

 かぐやの着替えを手伝いながら、早坂は舞い上がった気分になっている主を嗜める。基本的には完璧人間のかぐやだが、完全に浮かれ切っている今の状況では、何かミスをやらかす可能性は高い。

 恋愛脳になりつつある彼女は、時折、恋愛頭脳戦においてポンコツ化する事があり、大概はかぐやがポカをやらかすか、白銀が機転を利かせるか、千花の妨害が入るかで作戦が失敗していた。

 割合としては千花の妨害がかなり多いが、それでもかぐやのミスによる失敗も有るには有る。主にここ一番で失敗させないためにも、早坂は早めの軌道修正を試みたのである。

 

 早坂の指摘に、意気揚々としていたかぐやも、

 

「そ、それは……それっぽい事は何も言ってなかったけど……」

 

 自信が少し薄れ、最後のほうは言葉も尻すぼみになっていた。

 

「もしかしたら、会長はかぐや様が映画を見る事で有頂天になって隙だらけのところを狙うために、わざと勝ちを譲ってきたのかもしれません」

 

 かぐやに語ってみせた早坂の推測は、かなり正確に的を射ていると言っても過言ではない。

 白銀が今回折れてまで、自らかぐやを映画に誘ったのは、まさしく映画を利用するためだからだ。

 最初は早坂と白野の起案により始まったデート作戦。かぐやと白銀をデートさせるために一計を弄し、映画デートに方向性が決まり、そしてかぐやが白銀から映画に誘わせるために千花を利用し、巡り巡って今度は白銀が根本の事情を知らないながらも、かぐやの策を乗っとらんとしている。

 

 恋愛頭脳戦。なるほど確かに、無駄に頭を使っていると、早坂は一人納得していた。

 

(……まあ、すごくしょうもないと思うけど)

 

 今思った事は口には出さず、早坂は自分の言葉によりようやく白銀の思惑に気付いたかぐやを眺める。

 四宮の娘として、度を越した英才教育を受けた完璧人間のかぐやも、恋愛事ともなればこうも抜けてしまうのかと、今更ながらに少し呆れた。

 

 ……けれど。

 

(私はそこが、かぐや様の好きなところでもあるんですよ)

 

 やはり、その想いは口に出す事はない。主人と従者、その垣根を越えるような発言は、早坂には許されないのだから。

 だから、この想いは胸に秘める。きっと、この先それを告げる事は無いだろうと諦めて。何か大きな変化でも起きない限りは、従者としてしか接する事は無いのだ。

 

「迂闊だったわ……! 勝ったと思って喜んでいたけど、言われてみれば会長がこうもあっさり落とされる訳がないものね。こんな簡単に落ちてくれるなら、今まで苦労するはずもなかったのだし。早坂! 早速会長との映画デートの対策を考えるわよ!」

 

 声高々に、早坂にも対策会議への強制参加命令が下される。バレない程度に小さくため息を吐きつつも、早坂は主人の言い付けに従うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、そうだ。岸波さんにも連絡しとかないと。当日は忙しくなりそうだし)

 

 

 

 




 
「BB~チャンネルー! 延長版!」

「というワケで、今回は映画デートにこぎ着けるまでの裏話でした!」

「というか、今更ですけどかぐやさんと白銀さん、原作だともう付き合ってるんですよねー。アニメ二期ではサブタイトルに取り消し線まで入ってしまい、そして原作でついに『告らせたい』というタイトル回収も済んでしまい、FGOのCCCコラボイベントが発表前と後でタイトル変わったくらい大きな変わりようじゃないですか?」

「それでも、二人の今後だったりとか、石上くんと飯野ちゃんの恋の行方とか、まだまだ気になるコトが山盛りなので、面白いんですけどね☆」

「それでは、次回こそ本当にデート回です! なるべく作者さんのお尻を教鞭でペンペン叩いて急かしますので、期待しないで待っていて下さいねー!!」



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